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上条「なんだこのカード」 SEASON 4 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(東京都) [sage]:2011/11/06(日) 17:32:38.41 ID:buu+4t/uo
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諸君、狂いたまえ。 @ 2024/04/26(金) 22:00:04.52 ID:pApquyFx0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1714136403/

少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1714054765/

渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714052788/

二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(東京都) [sage]:2011/11/06(日) 17:34:29.69 ID:buu+4t/uo
上条「なんだこのカード」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1275618380/

上条「なんだこのカード」その2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1285896943/

上条「なんだこのカード」 3rd season
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1299458857/
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(長屋) [sage]:2011/11/06(日) 21:28:20.56 ID:k6OnkbEgo
スレ建て乙レイスター
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(関東・甲信越) [sage]:2011/11/06(日) 22:00:15.56 ID:mWnK1ulc0
もう4スレ目か……

2スレ目くらいからずっとクライマックスな気がする
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(栃木県) [sage]:2011/11/06(日) 23:11:28.25 ID:zc6RoUzxo
何気に長寿スレ
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(長屋) [sage]:2011/11/13(日) 16:47:49.14 ID:GL1bIslWo
2年くらいやってたり?
折角だから何かしてやろうか
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都) [sage saga]:2011/11/13(日) 16:57:27.39 ID:mbjy+d0Ho
つクラッカー
つクリスマスケーキ
つアイロン
つ↓

1 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/06/04(金) 11:26:20.32 ID:NlVGP62o
たつなよ

2 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/06/04(金) 11:29:57.75 ID:5x5C8mIo
残念、立て逃げは許さない

3 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2010/06/04(金) 11:31:55.63 ID:seFnl7Ao
>>1で立つなよとか書くスレはVIPでやれks
立ったからには責任もって書け

8 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga]:2010/06/04(金) 13:21:47.84 ID:/usMMSk0
>>1
死ね、絶命しろよ
一回立てたら1ヶ月落ちねぇんだぞどうすんだこのスレ
お前のせいでまた運営の仕事増えるじゃねぇか
8 :時間のかかるオナニーはオナニーとしてどうなのか [sage saga]:2011/11/21(月) 10:55:50.80 ID:g6oyp1r5o
>>7
ああっ、そんな黒歴史を晒さないでハズカシイ(///

昨日までの土日で一回投下しようと思ったけど全く終わらなかったので
今週土日に一気に2周目何が何でも終わらせます、いい加減長すぎるので。申し訳なかと

3周目なる物にも2行ぐらい入るよ!そして3周目の方は殆ど戦闘ないよ!主要キャラクター掘り下げてエンドするよ!内容的に更新も早いよ!人も死なないよ!多分ね!

9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関東・甲信越) [sage]:2011/11/22(火) 00:14:30.44 ID:meXlW+5z0
嘘だねッッッ
死ぬねッッッ
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都) [sage]:2011/11/22(火) 00:19:55.22 ID:Frl1XdsAo
>>8
>今週土日に一気に2周目何が何でも終わらせます

投下分が凄まじい予感。全力で頭のスペース作ってワッフルワッフル
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(長屋) [sage]:2011/11/23(水) 09:34:15.50 ID:DV6hxgp0o
第二週完!
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/23(水) 18:54:27.38 ID:OTe4p+HSO
死者0……?
ははっ、御冗談を
13 :確かに、土日で終わらせるとは言った [sage]:2011/11/27(日) 23:59:39.73 ID:nf/CzDRIo
既にその場所は、市街と言える状況では無い

斃れている者は死者であり、生きている者は正気を保っていられない

超能力や魔術と言える程度のものならば、"オカルト"という概念が彼らを納得させるが

「なんで……。何が、どうなっちまってるんだ?」

先程まで隣に居た人間に破壊するものとなったフィアンマの体液が降りかかり、悲鳴を上げて、すぐさまその声も止んでしまった

それなりの知識のあるロシアの魔術師の生き残りが、こう呟いてしまったのも無理は無かった

到底人間には理解できようもない領域を占める、世界中の既知を全て内包する"ホルス"の塊を前に納得しようものなら、それは"地獄"という言葉しかなかった

そして現実を地獄と理解したところで、どうして平然といられようか

元からの市民も外からの来た者達も、最早関係なく我を生かすために逃げ惑い、死に逝く

そんな文字通りの地獄的な空間となったモスクワ市を、同じく平然としていられない面持ちで見守るのは、その外側

核以来一気に攻撃の手が弱まった元ロンドンからも、その様子は、この世に在ったどの建築物よりも大きな威圧感と恐怖を与える神の様子は、見える

何十キロも離れた地点ではあるが、見えてしまう。つまり、恐怖も伝わってしまう。この浮翌遊したモスクワ中に

その恐怖の塊を遠景としてみる実質的なロンドンの守護者である神裂火織の視界には、しかし、垣根帝督の未元物質という"神の力"の模倣の模倣を扱っている所為か、異形なもう一つの小さな塊を察知する

"相対する者"でもない第三の、そしてそれに類する力の、小さすぎる集点

本来ならば、そこから破壊する神に負けないぐらいのパワフルさを感じ取れるはずなのだが

神裂(しかし、何故でしょうか)

戦闘に巻き込まれて意識を失った人をその肩で支えながら、彼女はその点に意識を向けた

神裂(あの点には意識が、ない。感じられない)

彼女の周りでは、慣れない弱重力の状況にバランスを崩す者も多く、疲れきって死者なのか生者なのか分からない表情の人々が座りこんでいる

それらと、その点は同じように感じられた。つまり

神裂(黒く悲しい存在からは破壊と消滅の意識が、それに対抗するよう向かっていく存在からはそれに対抗しようと言う意識が、それぞれ滲み出ているというのに)

肩で支えていた焦点の合っていない瞳を開いたままの人を廃墟の中から木材を集めた焚火の近くに、彼女は座らせた

神裂(あの点にはそんな意識が感じられない。疲れ切った人々のような。……いや、流されるがままの人形とでも言えばいいのでしょうか)

それは、適切な表現とも言えた

チカチカと光が瞬く中、ただ中に浮いているだけで特別な動きもしない。風が吹けば飛んでいきそうな儚さだけが、感じ取れた
14 :だが、いつものペースで連続投下する。とは言っていないッ!!! [sage]:2011/11/28(月) 00:02:00.05 ID:HPvCLoy6o
「……?! ……――――!!!」

声を、痛みの悲鳴を挙げる様な素振りを見せるが、彼からは、上条当麻の姿をしたものからは、音は出ない

肉の体を持たない、ただの塊になりつつある彼を突き動かすのは、"幻想殺し"としての、絶対的な力を持つ神へ"相対するもの"としての役割

そう動くよう台本で決められた役者。そう働くよう書き込まれたプログラム

彼は、僅かに残った人間性を徐々に忘れ去るに並行して、しかしまだ愚直な突撃を繰り返し続けていた

その人間性が、まだだ、と命を吐いているのか

右手をただ前に突き出して、自らのある空中から黒い衣をまとった翁のような巨大な存在の心の臓への最短距離を、ひたすらに突き進む

何度目か。それはやはり、止められる

ブワァッ、と黒の巨体からすれば火の粉程度の大きさの黒い結晶が吹き出して、彼を止めるのだ

そして、それと彼が衝突して生まれた余波が半球を描いて拡散していく

拡散に混じる輝かしい太陽光と黒い光の拡散は、しかし、最初に彼らの衝突が生じた時に比べると随分と巨大なものに変化していた

当然である

フィアンマだった黒い自縛の巨体が最初の数百mの単位から、kmで表示すべき単位まで成長しているのだから

その大きさという規模を考えれば、より大きな衝撃の拡散は見た目に即していたが

同時に、それだけ対となる存在も、つまり上条当麻の姿をした存在も、対として相当するべき力の大きさにまで強大化しているということ

今までにない変化が、そこで生まれた

今回は、今回からは、その衝撃に混じって弾かれるのではない

彼は止まっただけだ。空中で、その場に留まっている。つまり、距離が再び広がった訳ではない

多段ロケットの再度点火を思わせる、急激な推進が再び黒い巨体の中心部へと加速した
15 :要約:(全然時間足りなかったんですごめんなせぇ) だから、纏めて視姦する人は明日以降がお勧めだよ! [sage]:2011/11/28(月) 00:23:09.88 ID:HPvCLoy6o
彼は、対である。両者に力の上下差は無い

そして、km単位まで巨大化した存在と対を為すだけの力の総量が殆ど人間サイズの器に備わるのだから、凝縮されている分、"破壊するもの"の巨体には指先でつつく程度の規模でなら"相対するもの"に凝縮率で分がある

対照的に、上条の接近を邪魔している黒い結晶の出力は、一つ一つが復活者単位なので、どうしても上限が生まれる

あまりにも強いエネルギーの塊を止めるには、それだけ対抗できる力の大きさ出なければならない

今まで吹き飛ばされてしまっていたのは、そのバランスが結晶>>上条だったから

それが逆転した、それだけのことだが

意味するところは、大きい。だからこそ

これまでとは確実に違う、自らに比類する存在を確認して、巨体はその大きな腕で、手で振り払おうと振りかぶった

彼の手を術式と見るならば、細胞レベルまで術式が小分けにされている為に、その拒絶の手の平と"相対するもの"の拳が触れあったところで、エネルギー同士の衝突を上条当麻の姿をした存在は避けられない

だからこそ、その巨体は消え去るどころか彼と反発し、そしてお互いに弾け飛んだ

巨体はその場に倒れ込むようにして、巨体に比べれば蚊よりも小さい"相対するもの"は浮翌遊モスクワの大地の続かない場所よりも更に遠くまで、それこそ宇宙空間にまで、極音速で飛ばされる

そして、拳と手の平が接触して生じた衝撃は、浮翌遊モスクワを半分に叩き割るにはあまりにも十分過ぎた

浮翌遊モスクワの、ローラによって大地に接続されていない方が、支えを失った様に、巨体と一緒になって母なる大地へ落下を開始する

もちろん、その衝突を見ていた生存者達も落下を始めた場には居ただろう

いくらの高さから落下するのか分からないが、とにかく、大地と衝突してしまえば間違いなく死しかない

その事実に気付いた者達には、砕けた地面とずれる地層に戦慄を覚えたことだろう

もちろん、それ以前に絶望しきってしまった人々の方が余程多いだろうが

そんな、彼らの思いが通じたのかもしれない

ぽっきりと折れて自由落下を始めるはずだったそれは、落ちると言うよりは寧ろ、水平方向へ流されていった。丁度、水の上に落ちた木の葉の如く、ゆっくりと
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [sage]:2011/11/28(月) 01:24:44.93 ID:p4vPyL8uo
更新キター。
だが今は大人しく寝たほうがいいか…
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/28(月) 07:55:50.42 ID:HPvCLoy6o
今の彼を為す構成物には、彼が呼び起こした復活者達も含まれている

純粋に死者を蘇らせると言うよりは都合の良い様に存在を作り直すという要素の強いそれは、確かに神の御業らしいものではあるが

結局のところ、児戯の人形遊びに等しい悲しさがあった

コミュニケーションも出来、尊敬も愛情も向けてくれるそれらは既に人間であると言いきれなくもなかったが

逆にその所為で、彼はスタンドアローンの頂点であることしかなく、並び立つ存在は無い。対等な友と言えるものがないのだ

そもそも、"神の右席"の頂点として、そして"神の消滅させる"という使命を知ってから、ずっとそう

孤独感

それは、彼自身の尊大な喋り方にも、そしてその見識からも見て取れるものだった

だから、彼は人形遊びをより自然なものとする為に、人間らしさとして反抗される可能性を含ませた

結局のところ、しかし、それは目的も過程も現状も、彼を一人にさせ続けるばかり

そうやって溜まり溜まった彼の心情を体現させたのが、この巨体だった

倒れ込んだことで、彼を[ピーーー]ために背中に刺さっていた大きな大きな刃達が、より一層深く刺さり、ブジュゥ、とあふれ出る血肉

その巨大さは他に近づく者も止める者も許さず、故にその苦痛は彼だけのもの

果たして、イエス=キリストはここまで孤独だっただろうか

彼の教えを聞かんと晩餐の席を埋めた人々は、彼を孤独にしただろうか

本当に彼が神の子供として孤独だったなら、そうだったかもしれない

だが、神は彼を人間の世界に産み落としたのだ

それは人々を導くためだったが、同時に、人間がどう苦悩し、どう愛し、どう騙し、どう憎み、どう傷つけるのかを学ばせるためでもあったのではないだろうか

そうであるならば、彼の周りを覆った人々はきっと人形などでは無かった

そして、知って、学んだからこそ、彼は磔にされたのだ

フィアンマと彼は、背景があまりにも違った

イエスの苦悩は人間の全てを受けたものから。しかし、フィアンマの苦悩のベースは、哀しいことに、とても悲しいことに、孤独感からのみ生じたもの

無意識に自分が辛いと感じ取って、それを基盤に絶対多数の他者の辛さを感じ、同情に近い結論を導き出し、だからこそ変えなければと彼に意識させたが

それは結局のところ歪で、何よりも垣根提督のような優しさを知らなかった

もしかしたら、自分の作りだした人形から、愛欲だけでも学ぶことが出来たかもしれない

彼女も、彼の寂しさを埋めるための存在なのだから。彼が作り出した彼女はそれを知らされているのだから。それが彼女ら復活者の情愛の源泉

だが、不幸にも、フィアンマにもヴェントにも、それだけの時間は無かった

彼もまた、不完全なままだった
18 :はううううううううううううううううううう月曜日がこんにちわしとるううううううううううううう [sage]:2011/11/28(月) 07:58:17.83 ID:HPvCLoy6o
どうしてこんな不可思議な動きとなるのか

離れ離れになった大地が殆ど落下せずに、ただ離れていくだけ

そもそもどうして浮いているのかも分からないし、浮いているという事実は殆どの人にとって伝聞で手に入れた情報だから、不思議のオンパレードの中では気付く人も少ないが

「……まぁ、そうなるやろなぁ」

と、ボソリ呟いたのは青髪だ

激しさを増すぶつかり合いを逃れるために、混乱する人々に混じって彼らもモスクワの中心から離れようとしていた

そんな中で、大きな地揺れが起きて空中に浮かんだ大地と大地が離れていく

原因は簡単だ。空で何かと黒い巨体の腕がぶつかったから。ただそれだけ

地を真っ二つに砕く程なのだから、その衝撃だけで彼らの視界の中だけでも逃げていた人々は簡単に吹き飛ばされる

置いてきた駆動鎧達も今頃粉微塵になっているだろう

何故彼らはそうならないのか。なぜ弱体化した重力の中で埃の様に吹き飛ばないのか

黒い巨体となって全てを破壊しようとしている存在は、既にモスクワを浮かせようとしてはいない。それを補佐する固定的な術式だって、既に灰燼の中にまみれてしまっている

人の腕の形をした地球表面からの隆起によって接続されていなければ、この大地すらもそもそも落下していたハズだ

今この大地を支えているのが、彼の後ろで肩を貸されているローラという女性であることは彼らは知らない

結標「別に隠さなくてもいいのに」

走りながら、隣の彼女はそう言った

青髪「へぇ、何を?」

結標「あなたの能力、使ってるんでしょ」

青髪「バレてしもた?」

結標「いつもの顔じゃないもの。ただ走ってるだけなのに戦っているみたい」

青髪「そんな言うなら、戻そか?」

茶化すように言ったその表情は、無理矢理に余裕を作っていることがありありと感じ取れる

結標「いいわ。今という状況にそぐわないもの」
19 :ふっつうに寝オチしたああああああああああああああああああああああああ [sage]:2011/11/28(月) 07:59:11.71 ID:HPvCLoy6o

青髪「何時だって無暗にニヤケとる訳やないんですけど。……演算なんかは頭ん中の機械が勝手にしてくれるから、特別顔とかに出るとは思ってへんかったな」

結標「それでも、何処をどうしないといけないか判断する必要がある。それだけでも十分に集中力が消耗する。特に、今してるのは本来のあなたの能力の使い方を応用したものだから、尚更でしょうね」

青髪「"基本的には大きさを変化させず質量を変化させるものだから、直接的に重力だの引力だのを操れる訳ではない。ごくごく限られていて、そこには限界もある"って説明書に書いっとったんを、今更になって思い出したわー」

もっとよう読んどけばよかったわーと続ける彼

彼らの前では、絹旗がローラを支え、その横を滝壺が走り、その前にはクローンの少女たちが安全確保の為にある

結標「原子単位である一点を集中的に変化させるブラックホールなんかの方が、私達の周りって決まった範囲を通常の重力を生じさせる程度に延々に変化させ続けるより、あなたにとっては楽なんじゃない?」

青髪「まーね。ほいでも、そう言うの我慢して、あれから距離取らんことにはなぁ」

結標「あの女の人がいるから配慮してるんでしょうけど、それならいっそ、一端全部止めた方が移動は速くなるんじゃない?」

そう言った少女を、彼はしばらく見つめたが

青髪「うーん。まぁ試してみたら分かるかなぁ。あわきんやし大丈夫やろ」

言い切った後、女の体は大きくフワリと浮かび上がる

地面を蹴った反作用なのだが、それはまるで宇宙空間の様

結標「うわわっ!?」

と驚いた声も、非常に希薄に伝わった

すぐさま彼女は浮かび上がった身を空間移動させて、青髪の隣へ戻る

青髪「理解できましたかー?」

と笑う様に言う彼は、しかし、目が笑いきれていない

結標「……こんなに弱まってるなんて」

だから、何をするのか言ってからにしろという主張を、彼女は現さなかった

青髪「お月さんってほどやないけど、元々ここはえらい高台に浮いとるらしいし。空、見てみ?」

結標「空?」

言われるがままに上を見る

吹き上がった粉塵が何時まで経っても降りてこないので、空色と言うよりは灰色茶色だった

青髪「徐々に変化しとったから気付かんかもしれんけど、かなり暗くなっとるやろ? まるで、大気圏を越えた宇宙空間みたいにさ」
20 :続きは昼以降になりますお・・・・・申し訳なかと [sage]:2011/11/28(月) 08:00:08.29 ID:HPvCLoy6o

結標「……確かに」

青髪「移動速度は、確かに弱重力のが早いかもしれへんけど。でも、大気まで薄くなりはじめとる」

チラ、と視線を隣の会話相手から外して、彼は周りを見る。結標もその視線に促された

ちらほらと倒れ込んでいる人々が在る。どこも同じような光景になってしまった

青髪「その辺に倒れとる人の中にも、もしかしたら、走っとる最中に息が続かんくなってしもうた人もおるかもしれへん」

結標「だから、あなたは空間移動で逃げるのを拒否したのね」

ん、と男は短く頷いた

空間移動で動いた場合、どうあっても移動先には予め重力を用意できない

となると、下手をすれば移動先に空気が殆ど無くて、一気に意識を失ってそのまま倒れる可能性だってある

それを彼は危惧しているのだ

結標「……でも、それだとあなたはずっとこの変化に合わせて能力を使い続けないといけない」

青髪「そろそろ慣れてきとるから大丈夫やって」

結標「馬鹿言わないで。そんなの保つ訳ないでしょう」

彼女の言うとおりだった。しかしだからと言って、彼は止めるわけにはいかない

青髪「それよか、寒さは感じひん?」

だから、苦し紛れに話を逸らすしかなかった

結標「それより、って確かに寒いけど、ここはモスクワで高高度な場所よ。夜に時間が近づけば、当然」

青髪「10月とはいえ、寒いやろうな。特に宇宙が近づけば尚更」

宇宙、という言葉を彼は意識的に強調した

結標「まさか」

このままでは何れ彼は潰れ、更には大気の層も剥がれてしまい、そして重力も反転してしまいかねない

どうにか、それこそ浮翌遊モスクワから破壊者まみれの大地に戻らない限り、状況はもっと悪くなるばかりだ

青髪「美琴ちゃんと黒子ちゃん、大丈夫やと良いなぁ」

結標「……そうね」
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/28(月) 17:08:46.41 ID:HPvCLoy6o
間近で地面をも真っ二つに砕く衝撃が生じていたと言うのに、彼、一方通行は留まったままだった

一切の衝撃も受けない様は、まるでそこだけ全てから切り離されている様でもある

そんな彼の視界では、絶壁にも見える巨体が、体を痛みに震わせながら再び立ち上がらんとしているが

彼には、それをただの風景のようにしか見えなかった。美術館でぶら下がった興味のわかない絵画のような代物のと何も変わらなかった

そもそも彼は見ようともしていないのだ。自らの興味のあるもの以外を。そしてその、興味そのものも


だったら、何故、そこに居るの?

一方(知らねェよ)

何故、何も考えようとしないの?

一方(分からねェよ)

何故、何も思い出そうともしないの?

一方(分からねェ)

何故、何もしないの?

一方(……何でだろうな)

何故、そこまで無気力なの?

一方(さァな、分かりたくもねェ)

何故、そんなに疲れているの?

一方(思い出せねェよ)

そう。なら、また失うかもしれないよ?

一方(……何でだ?)

だって、それだけの力もないんでしょ?
22 :僅かな時間に再投下 [sage]:2011/11/28(月) 17:09:25.92 ID:HPvCLoy6o

一方(力がない、だァ? そもそも、何を失うってンだ?)

うーん。全部、かな?

一方(全部とはまた、大きく出るじゃねェか。だが、何にも思い出せないンだよ。だから、失った事にも気付けやしねェ)

思い出そうとしないのは、あなたが拒否してるからなんじゃないかな。気付かないのも同じだと思う

一方(拒否だ?)

……ねぇ、思い出してもいい?

一方(それは、嫌だ)

何故?

一方(そうしねェ方が、良い気がするからだよ)


全部黒く塗りつぶしてしまいたい

出来る事ならばまっさらで上書き出来る白が良いけれど。白じゃ駄目だ。どうしても下が滲みだしてしまう

だったら、黒色。何も手を加えられない、やる気にもならない、無という深黒

一方「本当に、それでいいの? 目をそむけていても、風景は変わってしまうんだよ?」

彼の口が、らしくない声を出した

一方「いいンだよ。目を合わせたとこで、俺には全部守り切れやしないンだ。どれだけ足掻いたところで無駄だ、無駄」

一方「……それは、それだけの力が無かったからじゃないかな?」

一方「力があったところで、結局俺は破壊を押し付けるだけの一方通行なンだよ。それが現実で、これまでも、これからもずっとそうだ」

一方「弱虫さんだね」

一方「何とでも言いやがれ。俺は――」

一方「だったら、そんな現実そのものを破壊したらいいのに。それだけの力は、目の前に有るんだよ?」
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/28(月) 17:10:42.19 ID:HPvCLoy6o
(また、間に合わなかった)

風に舞う木の葉のように惨めに吹き飛ばされる中、彼の人間性は何度目かの後悔をした

巨大な対の相手は数百km飛ばされてもまだ視界の中に見える

寧ろ、今の彼にはそれ以外に目に入る物などない。その執着も人間らしいものと言えないことも無いが

彼のそれは、限界に限りなく近づいていた

相手が成ってしまった。立ち上がろうとしている巨体から、それを感じる

                                にんげんせい
もしかしたら、"幻想殺し"がその引き金を、最後まで残っていた彼の 不 完 全 性 を壊してしまったのかもしれない

またも、上手くいかない

いいや。上手くいかないのは、今に始まった事じゃあない

幼い時から身近に不幸が在ったし、記憶を失った時だって禁書目録は助かったかもしれないが、自分の脳は再起不能にまで破壊された

魂とも言うべき情報源が無ければ、今の自分は昔のことだって思い出せなかっただろう

今まで解決してきた事だって、視点を変えればどれもこれもどちらかが傷ついている

巻き込まれた人だって、阻止してきた計画だって、何かどうしようもない理由があってそれを解決しようという意図を持って、在ったはずだ

それを自分は破壊してきた。そして、新しいものを作り出してはいない

敵だから仕方ない? 悪だから仕方ない?

          げんじつ
だったら、簡単にその 幻 想 を殺してもいいのか。破壊してもいいのか

相手にだって主張はある。守っていたものだってある

どうして自分一人で決め付けて判断が出来ると言うのだ

そう言う自分勝手が、これまでのことにはあったんじゃないのか

上条(だったら、どうしろってんだよ)

何かあって、それを独断出来なければ、そもそも動けやしないじゃないか
24 :慣れないことをするからずれるんですね、わかります [sage]:2011/11/28(月) 17:11:53.67 ID:HPvCLoy6o
(また、間に合わなかった)

風に舞う木の葉のように惨めに吹き飛ばされる中、彼の人間性は何度目かの後悔をした

巨大な対の相手は数百km飛ばされてもまだ視界の中に見える

寧ろ、今の彼にはそれ以外に目に入る物などない。その執着も人間らしいものと言えないことも無いが

彼のそれは、限界に限りなく近づいていた

相手が成ってしまった。立ち上がろうとしている巨体から、それを感じる

                                         にんげんせい
もしかしたら、"幻想殺し"がその引き金を、最後まで残っていた彼の 不 完 全 性 を壊してしまったのかもしれない

またも、上手くいかない

いいや。上手くいかないのは、今に始まった事じゃあない

幼い時から身近に不幸が在ったし、記憶を失った時だって禁書目録は助かったかもしれないが、自分の脳は再起不能にまで破壊された

魂とも言うべき情報源が無ければ、今の自分は昔のことだって思い出せなかっただろう

今まで解決してきた事だって、視点を変えればどれもこれもどちらかが傷ついている

巻き込まれた人だって、阻止してきた計画だって、何かどうしようもない理由があってそれを解決しようという意図を持って、在ったはずだ

それを自分は破壊してきた。そして、新しいものを作り出してはいない

敵だから仕方ない? 悪だから仕方ない?

             げんじつ
だったら、簡単にその 幻 想 を殺してもいいのか。破壊してもいいのか

相手にだって主張はある。守っていたものだってある

どうして自分一人で決め付けて判断が出来ると言うのだ

そう言う自分勝手が、これまでのことにはあったんじゃないのか

上条(だったら、どうしろってんだよ)

何かあって、それを独断出来なければ、そもそも動けやしないじゃないか
25 :続きは夜デスサーセン [sage]:2011/11/28(月) 17:12:29.14 ID:HPvCLoy6o

上条(こんなにも大きな力をポンと渡されて、どう使えば正しい結果に導けるかなんて、分かることかよ)

だったら、分からないままで今までと同じ事を繰り返すのか?

上条(なら、黙ってろってのか)

それも一つの答えだ。無暗に破壊するよりは、良いかもしれない

上条(だったら、こんな力は不必要だってことになる)

一つの答えと言っただろ? 完全に不必要なものなんて、この世にはないんだ

上条(じゃあ、何だって言うんだ)

簡単なことだよ。他の存在と共に考えればいい。自分以外を受け入れるんだ

上条(……そんなことか。つい最近までいつでも会話出来るような便利な存在がいたけど、結局、何にも変わらなかった)

それは、彼女、いや、彼女たちだけでは不十分だったからとも思えないか。結局、見えている世界がお前と同じだったんだから

上条(より多くの人と話し合えばいいって? ははっ。そりゃぁ確かにそれも正しいかもしれないけど、でも、それじゃ間に合わないことだって有る。纏まらないことだってある)

……でも、お前だけが背負い込む訳じゃない。それだけでも意味が在るさ

上条(そうかもな)

ああ、そうだ

上条(でもだったら、最初からこうやって一緒に居てくれよ。今じゃ、もう遅すぎる)

何故だ?

上条(自分すらもどうにもできなくなってからじゃ、どうしようもないだろ?)

自分を? うーん、それは違うな

上条(違う?)

そうだ、当麻。そうやってお前はお前自身を楽にさせているだけだ。自分じゃない自分を作って、それに任せているだけ。逃げているのさ、現実から

上条(逃げてるって……。だったら、今でも間に合うって言うのか)

間に合うも何も、そもそも、"相対するもの"はお前自身じゃないか
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/29(火) 05:17:30.33 ID:PXWD8LoSO
まだ夜だよな
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都) [sage]:2011/11/29(火) 17:52:59.60 ID:g7jpTGWco
投下が終わるまでが土日だって、学校の先生が遠足の時に言ってた
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(愛知県) [sage]:2011/11/29(火) 20:10:43.69 ID:Wrx1KALUo
まだ土日だったのか……
休める、休めるんだ!
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/01(木) 08:38:51.80 ID:5l/7TzXWo
彼女らにとっても、それは、危険なものだと分かっていた

だから、彼に簡単には近づけない。それは先程生じた衝撃からも、裏付けられた

下手に近づけば、衝撃に巻き込まれて瞬時に塵になってしまう

更に、移動手段が白井の空間移動である以上、彼女を巻き込む訳にはいかないと言うのが、御坂の判断

御坂(だけど、こんなんじゃ何時まで経っても……っ)

そう歯痒く思っていた彼女の願いが通じたのか、先程の衝撃によって彼は見えなくなるほど後方へ吹き飛ばされていった

彼と巨体との間にかなりの距離が開いたのなら、彼女らも遠慮なく近づける

御坂「黒子っ!」

チャンスとばかりに白井に空間移動を促したが

ザッ、と服と砂が擦れる音が聞こえた

その音源の少女、隣の白井は見るからにぐったりとしていて、呼吸が荒く、色も悪い

長距離移動を繰り返し強要しているのだから、良いと言える状況にないのは当然だが

それによって生じた彼女の集中力の限界に加えて、御坂が白井の肌に触れて微小機械から読み取った症状は圧倒的な酸欠だった

フィアンマがただの"破壊するもの"となってしまう前ならば、大気も温度も湿度も、本来のモスクワのものとなるように調節されていた

しかし

"神の国"という巨大な質量が近づく事で、重力に異常が生じ

更に破壊が進むことで施されていた術式効果が徐々に細ってしまって、エベレストよりも高層にあるただの平べったい空間に変化しつつあるのだ

そうなれば、今の浮翌遊モスクワ島はとてもではないが人間が生存していける場所では無くなっていく

御坂「く、黒子っ!?」

当然、そこでは白井黒子も例外ではない

急速な体温低下を示し、更には脈が異常に早くなって呼吸の荒い後輩

このままでは、どう考えても死は間近だ
30 :なんぞこのgdgd 閉まり悪いぞオラァ [sage]:2011/12/01(木) 08:39:54.63 ID:5l/7TzXWo

何故彼女はこうなってしまったのか。そう思って初めて御坂は環境の変化に気付き、同時にそのことを一切申し出なかったこの少女にどれほど配慮をさせていたのかを知ることになった

いや、もしかしたらその予兆はいくらでも示していたのかもしれない。自分が見落としていただけなのかもしれない

だとしたら、どうしてこうなるまで気付かなかったのか

その答えは恐らく、彼のせいだ

他のものが一切目に入ってこない程に、彼のことに集中していたとでもいうのか

……いや待て。そもそも、何故自分は問題ないのだ?

空気密度も重力も、その上温度だって、自分にとっても危険水準だ

微小機械は気温と空気の減少を警告として気が狂った様に報告しているし、事実、調べてみれば自分もかなりのの細胞が死滅してしまっていた

その水準ではとうの昔に意識を失っていてもおかしくないと言うのに

御坂(微小機械が細胞機能代替してる? いや、それなら黒子だって同じじゃないとおかしいし)

なぜだろう?

考える間にも、時間は、ざらざらと荒廃した地面に倒れていて立ち上がれそうにもない少女の残りの時間は、減っていく

何処かへ運ぶにも、何処へ、と言う点が解決できない

電気ショックで無理矢理に起こす?

いやいやいや、そんなことをしても白井にますますダメージを負わせるだけだ。解決どころかそれこそ地獄へ落とす事になる

こんなことが、この後輩が危険に陥ったことは前にもいくらかあった

そして一番最近の事例では、自分は駄目だった。一切役に立たなかった。第一学区で原子力的な何かが爆発してそれに巻き込まれた時の事だ

あの時は、完全に取り乱してしまって、フレンダがいなければ白井も初春も死んでしまっていた

そのフレンダも初春も、もうこの世にはいない

あるのは、自分だけ。あの時と違うのは、何故か、かなり落ち着いていると言う事ぐらいだが

御坂「……だったら」

何かを決心した彼女は、白井の口の中に指を突っ込み、そして意識を集中させた
31 :納期は遅れるものってばっちゃが言ってた [sage]:2011/12/01(木) 08:40:35.09 ID:5l/7TzXWo
環境の克明な変化はもちろん彼女も、神裂火織の周りも同じ

遠目には再度立ち上がった、大き過ぎる破壊する神が見える。その一方で、彼女の周りの人々も次々と意識を失っていく

唯一の温かさであった焚火の火も、今にも消えそうなほどに小さくなっていた

この異変の原因はなんだろうか。予想が付かない訳ではないが

近づいて様子を調べた数人から、原因を推測すると

浮かび上がったのは、結局、絶対的に力のある自分だけが無事に生き残っているというどうしようもない事実だった

この人々を一人一人全員、人工呼吸だのの応急措置をして助けようものなら、或いは不慣れな回復魔術などを行使しようものなら、一体どれほどの時間がかかるだろうか

神裂(能力や術式を使って、全てを包み込むように覆うことが出来たら)

駄目だ。適する術式も思い浮かばないし、状況は刻一刻と深刻化していっている。今更包み込んで擬似的な通常空間にしたところで、遅すぎる

そしてこれ以上に更なる都合の悪い変化が起きてもおかしくは無い。場当たり的な動きでは、それに対応できない

根本的な解決方法でもない限りどうしようもないではない。そして、そんな方法など

神裂(無い。ああ、また私以外の人が犠牲に)

何ら根本的な解決策を思い浮かばない彼女の脳は、そう愚痴った。それ以外に、何も出来なかった

自らの不出来。自らの力不足。そう言った内的な感情を人が持って、それを解決出来ない時

往々にしてそれは、怒りとも言うべき、外側への感情へシフトしていく

どうして、こんな中途半端な力しかないのだ。どうして自分は後悔しても後悔しても同じ事を繰り返してしまうのだ

最後に残った天草式の彼がうつ伏せに倒れているのを見て、その感情はより強くなる
32 :そして口内炎が痛い [sage]:2011/12/01(木) 08:41:06.74 ID:5l/7TzXWo

こんな状況が悪い、憎い

だからこそ、自分よりも圧倒的に大きな力を持っている存在を見た

自分以上の力を、この状況すらも改善させることが出来る程の力を、確実に持っている存在を。憎むように

"神の国"と名前づけられた巨大な隕石は近づいている。そしてそれは、あの存在をも消滅させるかもしれない

そう、分かっているのか

破壊する神は、一切に邪魔をする存在がいないせいか、痛々しい諸手を大きく広げて、如何にも受け入れたいという感を全面に出して、仰ぐようにしてその時を待っている

それも、この地獄を終わらせる一つの解だろう。しかし

神裂「お前が、お前が単なる破壊神だと言うなら……!」

空気が薄くなって、非常に聞こえの悪くなった声を、あえぐように漏らす

神裂「それだけの力を、それだけの意思を持っているなら、何故」

怒りが、額に血管を浮かせるように。声と一緒に、堪え切れなくなった感情を代弁するかのように

神裂「どうしてあなたはそれを壊そうとしない!! 受け入れようとしているのですか!!」

それは、八つ当たりとも言うべき代替衝動だが

彼女の体中から未元物資が、"神の力"の片鱗が溢れだして

ボッ、と薄っぽい爆発音を鳴らして、彼女はその神へと向かっていった
33 :予定では今頃3周目書いてるハズだったのにどうしてこうなった [sage]:2011/12/01(木) 08:42:12.27 ID:5l/7TzXWo
『……が、園……市、え……』

全くもって不意に、特定の周波数に合わせられた無線から声がした

酷く音質は悪いが、それは確かに人の声

まさか地上の生き残りと言う訳でもないだろうが

「誰、だ?」

答えたのは、学園都市に残って居た兵の一人

空軍仕様のエアマスクに少々手を加えたものを臨時に使って、空気を体に取り込んでいる

彼以外にも同じものをつけている者がちらほら居る。それを使い回してなんとか低酸素症を防ごうとしているが

この無線を受け取った彼自身も、既にかなり酷い頭痛を感じている

一線を通り越して呼吸機能が低下してしまえば、もう終わり

むしろ楽になれるかもしれないと、残った兵の何人かも狂った様にして逝ってしまった

そもそもの空気の絶対量が少なすぎるから、何れ自分もそうなってしまうだろう

ある種の救いを求めて無線に答えた彼だったが

『聞え、……核を……』

聞えた言葉は、Nuclearという聞きたくもない単語だった

「……核?」

『そ…だ。残っ……ミサ、ルに弾頭をせっ……』

「ミサイルに乗せろってのか。何をするつもりだ」

『時間…ない。とに…く、……せ。あとは、こっ……』

節々に聞えた、ザザザ、というノイズが大きくなった。カットする機能が付いているハズなのだが、あまりにも大き過ぎて通用しないらしい

これ以上はもう、本当に聞き取れなくなった。今まで通じていたのが本当に運が良かった事なのだ

不通の原因はもしかすると、この不酸素状況を作りだした原因と同じなのかもしれない

そのように弱ってきた頭で判断すると、彼には最早その無線の内容だって、どうでもよくなってしまった

核を暴発させたいならお好きに。丁度弾頭もミサイルも僅かばかり残っている

だがそれ乗せる作業はしたくない。というか出来ない。動く気になれないのだ

生きる為、足掻くのも馬鹿馬鹿しいくらいだ。本当に
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/01(木) 08:44:08.15 ID:5l/7TzXWo
「垂れ込める暗雲すら、もう既に生じないか」

と、彼は一人呟いた

人間にとっては危機的環境でも、根本的に人間でも力による存在でもない彼にとっては、今は、そしてこの先の変化も、さして大きな問題ではない

流石に隕石が地球に衝突する際に巻き込まれたならば、辛いものがあるだろうが

見た目からは考えられない強さの重力を紡ぎ出す"神の国"は、確かにとてつもない脅威だ

急な加速は、予定の動きとも違う。何者かが操作しているとも考えられる

だからこそ、先代のアレイスターは手を焼いているのだろう

この現状だって、彼の望むものではあるまい

あのような破壊神は、それこそ彼が"前"に、この世界を作り直そうとした原因と同じではないか

先々代の顔は見たこともないし、それが直面した世界の破壊も彼は経験してはいない

だが、一度経験している今のアレイスターならば、どうにかする手段がある

だから、今のアレイスターにとっての最大脅威は予想を超える"神の国"

それは、ただの破壊だけを狙って生まれたものではないのかもしれない

次の代のアレイスターである、今の世界の浜面仕上だったものは、今のアレイスターが解決できないならば、彼がどうにかしなくてはならない

それは、大きな問題であるはずなのだが

他者複数脳と思考を共有させていた彼には、既に自分の方法とも言うべきものを見つけていた

だからこそ

ただじっと、自分の番が来るのを待っているだけだった
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/01(木) 08:45:18.58 ID:5l/7TzXWo
「……ッ」

彼は、まともに声の届かなくなった無線を見つめている

思わずメキッと握りつぶしてしまいそうになったが、何とかそれは避けた

こうなったら、自分が何らかの方法で戻って核の操作をするか

いや、そんなことをしたら、その魔術的な反応に気付かれてしまう

今自分の手元に在るのは繊細な存在だ。しかも、魔術や超能力に対する察しがすこぶる良い

下手な干渉となって、折角成功しつつある誘導がパァになってしまうのは避けたい。その為に、犠牲も出たのだから

「困っているようだな」

ふと、声をかけられた

ここは中央のモスクワ市から少々離れた集落の一軒家の中

しかもこの建物以外は全て原型をとどめない程度に吹き飛んでいて、この家、と言うより物置だって外から中が見える程度に崩れている

もう一度風でも揺れでもあれば倒壊しそうだが、そこに別の存在が入って来た

刀夜「笑いに来たのなら、お引き取り願いたいところなんだがね」

返す声はあまり機嫌の良いものではなかった

アレイスター「確かに君の致命的に遅い決断を笑う事は出来る。が、私もそこまで暇ではないのだよ」

ならば、何か用があっての来訪か

そうでもなければ、確かにこんなところに来る必要もないだろう

刀夜「……そうか。君も憂いている訳だ。そもそもここに私達を運び出したのは他でもない君だったからな」

無線機を棚と言えそうなところに置いて、彼は振り返る

案の定、目の前に居るのは薄い緑色をした衣に包まれた存在

アレイスター「1万程度でも生き残れば人類はもう一度再興出来る。が、絶滅しきってはどうしようもない」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/01(木) 08:47:39.32 ID:5l/7TzXWo

言葉ぶりから、この存在も今の状況を良くは思っていないらしい

刀夜「一人ぼっちの王様は嫌かい、君も」

「"君も"、か」と上条刀夜の反復を小さくし、アレイスターは短い鼻笑いをした

アレイスター「私は今更王などにあこがれている訳ではない」

言いながら、その視線を目の前の上条刀夜からその奥、横たわっている女性のようなフォルムに移した

影になっていて良く見えないが、頭部の方から胸にかけて赤い色が拡がっているのが分かる

刀夜「だろうね。その気になれば、いつの時代でも可能だっただろうさ」

アレイスター「直接為政者になるよりは、それを身代わりの山羊にした方が都合が良いものだ、という助言を君に送ろう。しかし、このような余計な話をする程度の余裕はあるのか」

余計な話か。間違っては無いない。一刻を争う事態だ。遅れれば人類は全て死にかねない

だが、それでも。突然現れた、しかも目下のところ最大のライバルに対してどうして探りを入れないようなことが出来るだろうか

刀夜「そうか、君は合理的という言葉が好みだったな。良いだろう。私が何をしようとしているか、説明は必要かい?」

アレイスター「……核兵器を持ってしてこのモスクワと地表を繋いでいる柱を折り、その後、残った核を浮翌遊しているモスクワの上に発射。その衝撃で強引に地球表面にまで戻す、という予想に間違いがあるのなら指摘するがいい」

言われて、上条刀夜は数秒返答できなかった

あまりにも的確に、この大雑把過ぎる方法を言い当てられたからだ

刀夜「一片の間違いも指摘出来ないのが残念だよ。それで、協力は?」

アレイスター「"一人ぼっち"は嫌だ、と言い当てたのは君だな」

言いかえれば、一人でも多い人類の存続か。或いは

刀夜「有難いね。じゃあ早速、無線系を改―――」

アレイスター「その必要はない」

刀夜「え?」

アレイスター「妹達を向かわせた。彼女たちが弾頭のセットをする」
37 :続きは………      頼むから今週中に終わってくれ [sage]:2011/12/01(木) 08:48:35.88 ID:5l/7TzXWo

刀夜「……妹達って、学園都市の周辺にまだ居たのかい? それは難しいんじゃないか? 彼女たちだって弱っているはずだ。指示を出した所で」

アレイスター「案ずるな。この環境に適さないような既存の型のものではない。自立思考可能な脳という高性能受信器が大量に余っているのでな。それを使う」

刀夜「まさか、今になって新造するつもりか」

アレイスター「普通の体で無理ならば、合わせたモデルを作ればいいだけのことだ。ただし、急造の杜撰なものになるのが欠点だが。恐らく、30分程度しか生命機能を維持できないだろう」

その時間を超えれば、例え低温・低空気密度・低重力に耐えるように設計されたものでも、体組織が崩壊する

環境適応には本来莫大な時間が必要なのだから、30分でも長い方かもしれない

刀夜「なかなか酷い方法を使うものだね」

アレイスター「自らの目的の為に一つの部族を滅ぼし、息子を利用し、血の繋がった娘とも言うべき存在までその手塩にかける君が、それを言うのか」

上条当夜に言い返す言葉はなかった

アレイスター「何、君にとって慰めになるかは分からないが、第三次製造計画の妹達には感情など生まれていない。その命一つで数万の命が助かるのなら、それは尊い犠牲と言うものではないだろうか」

魔術的な何らかの行為によってどうにかして降下させると言う方法も、両者は考えた

だが、アレイスターも一つの行為にその能力の大部分をつぎ込んでいる為に、別の手段を用いる必要があった。だから、こうやって上条刀夜の前に現れた

既に必要性が大きく低下した第三次計画の妹達をそれに用いるという判断は、無駄のない合理的な方法で、彼らしいと言える

しかしながら

自立思考は可能でも、そもそも意識が無い高性能な"受信器"でしかないと言う所に、つまり"送受信機"では無いところに、落とし穴があったのだが

この時に彼らは気付けはしなかった
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/01(木) 12:24:21.97 ID:RJE10MZSO
どこまで行っても絶望しかない
39 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 01:53:14.13 ID:6Ddv1M6no
更新待ってるぞ
40 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/13(火) 00:17:14.45 ID:jXJb5x8/o
クリスマス近いし宣伝するか?
41 :はいはいやっ2周目と終わった終わった20日遅れで終わった終わった [sage]:2011/12/19(月) 21:11:46.43 ID:clCjz2IDo
ローラ(たった一撃、直撃を食らいしだけでこの様とは)

自分よりも背も年齢も低い少女に抱えられている自分は、正直笑うしか無かった

何が英国だ。何が大地だ。何が母だ

結局、アレイスターはその上にあり、神には対抗手段が無いではないか

自らの身を守るどころか今は守られている。こんな小娘達の手によって

土で代替していた右腕は脆くも崩れ去り、動かせるも震えが取れない左腕で自らの下腹部に触れた

女としての機能の一つを失い、それを取り返そうと時間をも操ろうと企むも、この様では

最初は、友人の娘が育つのを見ることで我慢できたのだ。あやしたりすることもあった

そんな子どもをも、自分は手にかけた。罰が当ったと言えばそうだろう

そもそもイギリスに不幸の呪いをかけたのは自分ではないか。反逆者に力を貸す術式は、してしまった後には害にもなろう

その自分が英国であるならば、その不幸は自らが被ることになる。何もおかしなことは無い

ローラ(……違う)

何を気弱になっているのだ、自分は。殺したのだぞ、あの子たちを。友とも言える存在をも

自分の望む形ではあるが、再び時間を巻き戻すからこそ、あらゆるものを犠牲にすることを自分は正当化してきた

もしこのまま自分も犠牲の一人になってしまうなら、彼女たちは殺されたままではないか

それを許しては、あの男と同じではないか

得た力を無駄にしてはいけない。私は犠牲の上に立っているのだ

ローラ「もう、いいわ」

絹旗「え? ちょっ、そんなんで立とうなんて無理ですよ」

いいから、と彼女は強引に絹旗の腕から足を下ろし、そしてやはり、そのまま倒れそうになる

そこを、滝壺が支えた
42 :宣伝なんてされたら死ぬ気でストリップせなあかんやんかー [sage]:2011/12/19(月) 21:13:15.02 ID:clCjz2IDo
滝壺「まだ、無理。安全なところで休んだ方が良い」

ローラ「それなら、あなた達だけで行きけるがいいわ。もっとも、そんな場所がありたれば、の話だが」

滝壺「置いて行くことは、しない。確かに安全な場所は無いだろうけど、ここはアレからまだ近い。だから」

ローラ「その気持ちだけで十分よ」

青髪「んなところで一人のこるのは駄目やで。少なくとも、僕の周りじゃないと普通の人には危険やから。第一、そんな手足でなにするのでしょうかね」

はいはい、と言った感じで出てきた彼だが

「僕の周りじゃないと、とは」「ハーレム願望ここに実現したり、という気持ちなのでしょう。と、ミサカは――」

などと言われる始末だった。そういうのが無い訳ではないが、日頃の行いのせいかと思ってしまう

こんな事態だから、そういう余裕のあるやりとりが聞けたのは悪くない

ローラ「普通の人間ではなきから、大丈夫よ」

青髪「へぇ、どういうところが? 話し方の変な若いおねーさんにしか見えへんけど」

ローラ「……そうね。こんな手足で駄目と言いいしなら」

絹旗「……って、ぅ、えええええ!?」

驚くのも無理はない。なぜなら、少女たちの目の前で、彼女は自らの脚に残った左腕で手刀を入れたのだ

殆ど叩き込むように入れたそれによって、右脹脛の中腹から先が千切れて、そのまま左の脚も腕の流れのまま、同様に切れる

一瞬にして両足を失ったのだから、青髪の重力圏内に居る彼女は当然地面へ落ちるはずだ

だが、その彼女の足元に在る地面がそのまま小さく部分的に隆起して、粘土のように軟体な動きを見せた後、彼女の両の脚となる

土はそのまま彼女の失われた右腕の方へ進んで擬似的な腕を作り、両脚を叩き切った反作用で関節の逆方向へねじ曲がった左腕を、土で出来た右腕で引き千切った

腕を千切った割には少ないが、ある程度の血が噴き出して、彼女の顔の左側に飛沫がタパタパと赤い斑点を作ったが、そんなものは当然気にしない

"じんわりとした再生"という大地らしい属性を完全に無視しての、急速な付け焼刃によって、彼女の四肢は仮初の復活を見せた
43 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:14:09.35 ID:clCjz2IDo

結標「へぇ」

絹旗「これは、土に含まれる物質かなにかを超操ったりする能力者だったんですね」

ローラ「そうね。……超能力ほど純粋なものではなきけれど、深きところでは似た様なものではあるわ」

青髪「もうなんや、魔術も見慣れてきたなぁ。学園都市の超能力と起きてる結果は似たようなもんやし。どーぞどーぞ、超人さんなら問題ないですよー」

ローラ「学園都市。ふぅん、やっぱりあなた達はあそこの人間ね」

滝壺「そうだけど……?」

ローラ「なら、あれが何か簡単に説明して欲しいところなるが」

そう言って、女は天に浮かぶだけの白い人影を指差す

地上から見上げるそれは、殆ど点だった

青髪「あれって、そりゃあ多分。っていうか、なんであんなとこにおるのあの人。てっきり第7学区で打ち止めちゃんとお留守番しとると思っとったのに」

結標「学園都市の、まぁもう無いけど、第一位。一方通行」

ローラ「それは既に知りたるところ。問題はその単一的な術式、超能力の内容」

絹旗「内容ってベクトル操作ですよ。決まった対象じゃないといけないとか、そう言う面倒な制限なんて全くない。チートですよチート」

ローラ「ベクトル……か」

「特定の向きと大きさの量など示す際に使われるもので、空間的な変化などにも応用できる概念です。とミサカは一般定義を」

ローラ「概念……。つまり、具体的な物理現象ではなきものであるわのね」

道理で中途半端に聞いたことのある言葉な訳だ

そしてそれは結局概念で、特定の何かを目標にしていない。だからこそ広範の応用性がある

そこまでは予想が付く。だが

青髪「こっちの攻撃は問答無用で片っ端から跳ね返すか弾き飛ばして、あっちの攻撃は全部押し付けてくるんやから、ホンマにいっぽうつうこうさんやで彼は」

ローラ(押し付ける……)

ローラ「そもそも、"べくとる"と言いけるものは、何かものを直接操作するようなものでありけるの?」
44 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:14:57.53 ID:clCjz2IDo
結標「そこの子が言った様に、ベクトルそのものは何かを説明・立証する際に使われる概念でしか無いわ」

ローラ「ということは、彼にとってそれは照準のようなもの、というわけか」

絹旗「照準ですか」

結標「照準でもあり、分析の手段であり、ってところじゃないかしら。捉えてしまえば何だって操作できるみたいだから。まぁ本人に聞いてみない限り、推測でしかないけど」

ローラ「そうか。……ふむ」

ローラ(分析に照準に。なんとも便利で都合よき基盤か。しかも、恐らく)

特定の術式ならば、その基盤となっている宗教だの神話だの伝説だのは、それ単体であまり意味を為さない。ただの文章だ

だが分析が彼の能力の副作用だとすれば、それは武器でもある

ローラ(べくとる自身は能力そのものを補佐したるだけ。本質である"押し付け"は別モノ)

しかも、その対象は捉えさえすれば、万物か

本人ですらそれが何を意味しているのか分かっていないに違いない

そして、どうしてそんな力を持っているのかも

否。知っている者は、いる

ローラ(お前は分かっているのであろうな、クロウリー)

彼こそ、その張本人なのだから

ローラ(我が身体を用いたりて得た神威の器の注ぎ方。それを彼の者に為したのは貴様であろう?)

あんな、子供に。その責を負わすと言うのか

青髪「で、んなことを知ってどうするん?」

ローラ「十分よ」

滝壺「え?」

ローラ「十分に狙いが分かったわ。あの男の、ね」
45 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:17:30.15 ID:clCjz2IDo
「……う」

あまりにも酷い痛みが、そしてどこか遠い痛みが、彼を再び呼び覚ます

もう二度と目を覚ます事など有り得ないと、本人すらも考えていただろうが

あまりにも大き過ぎる悲しみを伴った力は、痛みと言う形も含めて、その従者である彼にも作用した

アックア「!?」

目を覚ましたアックアの頭上に在ったのは股、巨大な股間

仰向けで目を見開いた彼の上に、だらぁ、と黒々とした巨体の体液が垂れてきそうになる

背筋にゾォッとした悪寒を感じて、彼は一気に立ち上がり、そのまま倒れたと言うか跳んだというか、その半ばの行動を選択して、避ける

頼りない重力が彼の強力な跳躍を助け、それは、かなりの速度をもった慣性移動となる

不慣れな気味の悪いフワフワした感覚がどうして生じているのか、彼が気付いたのは、ようやく着地してからだった

それよりも、彼にはその目の前の、天を求めるように仰ぐ黒い巨体の方が気になったからだ

アックア「これは……」

自分が先程まで背にしていた、黒い巨体の直下の砕けてしまった煉瓦造りの地面が更に砕け、その上溶けている

あのままあそこに居れば、ああなっていたのは自分だったろう

アックア(まさか、いや)

確実に、彼だ。こんな物質を垂れ流せる存在は、彼しか居ない

正確には、彼であったもの

アックアにそう思わせるのは、彼とフィアンマの間に僅かばかりの、とはいってもそれは神にとっては僅かばかりの、力の供給が残っているから

力が異常なレベルにへと変化したからこそ、彼の自然な回復は異様に早まり

そしてその繋がりによって、この巨体がそれだけ蝕まれたものであることであるのかも伝わっていた

その、全ての解決として選んでしまった、理不尽な破壊の意図も

だからこそ、彼は再び憤怒した

アックア「これが……貴様の、望みだったのであるか……!!」

なぜこんなことになってしまったのか、その経緯は知らない。あるいは、あの時自分と騎士団長を貫いた存在によるものが切っ掛けなのかもしれない

だが、こんな姿は、こんな世界の状況は、私の、そして彼の望んだものではないハズだ

この巨体からは、最早そうした理想の意図は感じられない

感じられるのは、ただ、憎いものを壊したいと言う子供染みた意思だけ。救世主などであるとは、笑いのネタにもなりはしない

運のいい事に、自分にはまだ体がある。魂とも言うべき何かが、自分を再び目覚めさせたのだ

ならば

            人としての優しさ
アックア「それを正す"聖母の慈悲"を与えることこそが、私の役目」

親しい知人が間違っていることを正してやる。もちろんそれは、何処までも普通の感情だ

あの黒い巨人の核がこれまで経験していない、普通の
46 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:18:01.48 ID:clCjz2IDo

少女は、ひたすらに走っていた

脳には締め付ける様な痛みが徐々に強くなっていくが、それすらも痛みという信号に変換されない

どうして自分が走っているのか、どうして自分だけなのか、他に誰がいるのか

そんな物は、知らない。思考する術も持たない

だから、どれだけ走ってきた経路のそばに死体となった人々が転がっていようとも知ったことではない。興味もない

それが、自分の将来の姿であったとしても

ただ一つだけはっきりしているのは、頭の中にインプットされた行動を、妹達という電波集団から発されるネットワークで表示された場所で行うこと

それだけだ

その異常さは、やはりネットワークにて拡がっていた。生きている個体はかなり限られてしまっているが

「あなたは何者ですか」という質問にも、彼女は答えなかった。答えることは出来なかった

ネットワークを拡大するなとの指示は無かった為に、彼女はそのまま無意識な接続を行ってしまっていたが、だからなんだどいう

時間制限もある。もちろんそれが自分の生命維持の残り時間であることも、彼女は知らない。知っていても何も思わない

「……」

ミサカ人形と言うべき彼女は辿り着いたそこで、パネルを操作した

反応が少々悪かったから、自らの能力で強引に電気信号を流しこんだ形にはなるが、問題は無い

この部屋には他の人間もには居るはずなのに、彼女の呼吸と操作の音ばかりが響く

つまりは、そういうことだ

そんな米兵や学園都市の人間と思われる人々が累々とする中で、目の前のモニターに表示されたのは残りの対地ミサイルの弾数と、特殊弾頭とネーミングされたものの残数

どうやら遠隔操作は切れているらしく、手で直接弾頭ユニットをセットしなくてはならないらしい

残り時間は20分弱

終わらないことは無いだろうとの判断が下って、彼女はそのまま部屋を後にした

後にもう一度立ち寄るころには、生命の火を灯す蝋燭の残りを持っている者は完全に居なくなるだろう

彼女を、含めて
47 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:18:24.05 ID:clCjz2IDo
少女たちの上空を飛び去る者

それは、自らの後輩を助けんとする彼女にとっては彼と接触するチャンスを逃したことを意味していた

なぜ自分がここまで彼と接触しなければならないのか、それは正直彼女自身も分からない

愛だとか恋だとか、そういうレベルを超えた、一種の盲信とも言える状況ではあるが

ともかく、彼女が酷く残念な気をしたのは確かだった

それでも、今集中すべきは目の前の白井黒子

手を抜く訳にはいかない。今までにないことを自分は行っているのだから

そんな彼女の背中が、ピカッと照らされた

一瞬またしても核が使われたのかと思うが、違った

その原因を既に彼女は知っている。見たことがある。アメリカで

驚いて再び振りかえると、黒い巨体の左膝近くにぽっかりと穴が開いていた

それは、既に2km近くにまで巨大化してしまった黒い巨体の大きさからしても、ハッキリと損害と分かるほど

"幻想殺し"の出力展開

本来接触しての直接的な"打消し"に使われるハズだったエネルギーをそのまま外部へ出力するというもの

その対象が大きければ大きいほど、例えば大きな炎を消すに大量の水が必要なように、彼のエネルギーも大きくなる

唯一の弱点であった接触という点を完全に無にしてしまったそれは恐ろしく圧倒的で、少女は彼に対して若干の卑怯さすらをも覚えるほど

しかしそれは、今まで使われていなかったのだ。何か遠慮するように

それを使った、と言う事は

御坂(アイツは、あの黒いのを、"私達の神"を壊そうとしている。本気で)

容赦はしない、と言う事だ

何か苛立ちを覚えたのは本当に、自分がそこに、彼の側に行けないからだろうか

この場を離れられないのも事実だ

御坂(……もう少し)

少女の目の前で、後輩の少女が徐々に形を失っていく

御坂(もう少しで終わるから、だから)

白井黒子の半ば崩れた顔が、バチッと火花を生じさせた。最早ヒヤヒヤする思いすらもない

御坂(だから待ってなさい。上条当麻)
48 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:18:56.83 ID:clCjz2IDo
この存在に、まともな戦い方など通じはしない

そんなこと分かっている。見れば分かる。この大きさだ

だったらどうするか

都合のいい事に、それに負けないくらいの存在が大きな切っ掛けを目の前で作ってくれた。それを

神裂(利用しない手は、無い!!)

判断すると次には、即座に膝の大穴へ自らの腕を空間移動させた

その、未元物質の塊である腕を上下へ繊維状に伸ばすことで、巨体にとっては非常に長細い軸によって脚が固定されたことになる

動きは縛った

だったら、このままその無暗に大きな体を引き裂くまで

切り離した腕の代わりに再度未元物質で自分の肩から右腕を生やし、両の手で握った刀を横薙ぎに

彼我の距離はおよそ1km。そしてその胴の横幅はおよそ400m

神裂「おぁあああああああああああああああッ!!!!」

気迫が、その黒々として細長い未元物質を包み込む

1.5kmにまで伸長した切先が、巨体の下腹部を真横に、簡単に引き裂いた

それは確実だ。ブジュゥ、っと大河を支える堤が決壊するかのような音を立て、中身である黒々とした血肉が溢れ出たのだから

とはいえ、それは細すぎた

巨体からすれば神裂の伸長した未元物質の刃など、ピアノ線よりも更に細いマイクロファイバのようなもの

寧ろ、それより余程痛々しい出血すら自ら行っているのだ。そしてそれらを上回る再生機能

その再生機能があまりにも強過ぎるからこそ、自らを殺しきれないからこそ、天に浮かぶ"神の国"を仰いでいるのだ

結果だけみれば神裂のそれはあまりにも規模が小さく、また、"相対するもの"の外部出力という火砲すらも、彼の天を仰ぐのを止めることにはつながらなかった

巨体の中にある軸も、既に体内へ取り込まれてしまっただろう

"未元物質"≒"神の力”の劣化コピーでしかない彼女如きが、そもそも影響を与えられる存在ではないのだ

そんなことは承知の上。いくら脳内の複脳が無理と警告を表示したところで、彼女は止まらない

神と言えど、それは人の形を模している

自己の破滅として愚かしい人の形を望んだのかもしれない。だったらば、その核は人の最大急所

神裂(心の臓を、狙えば!!)

奇しくもそこは確かに、垣根帝督の願いを取り込みながらも

狂ってしまった悲しいコアであるフィアンマの原初的な、魂とも言えるそれが、備わった場所だった
49 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:19:24.47 ID:clCjz2IDo

効果が無い、と分かってしまえば効果があるところに狙いを変えるのは当たり前と言うべきだろう

明確な"殺し"の意図を持ちながらも、どこか虚ろな目をしている"相対するもの"は何かの指示を受けた様に頷いた

同時に、わかった、と口を動かしたかもしれないが、彼に声はない

ただそのままに、彼は右手を遥かに高い場所へ向けた

その先に在るのは、巨体の胸部

黒い肉体なのか衣なのか皮膚が禿げているのか判別できないが

その下にはあるはずだ、心臓が

人間の形を敢えて残している辺りは、偶像を求める西欧的な十字教らしいものだ

それ以外の予備動作も準備も無く、出力される白線。恐らくこれまでに彼が放ったどの攻撃よりもそれは強いもの

太陽よりも明るい、一瞬の蛍光灯が灯った先。しかし

その心臓は、それでも、貫かれたりはしていなかった

代わりに剥き出しになったのは皮膚の下の皮膚とも言うべき胸膜だ

上条「………」

だが、それは人体の膜というには鉱物を思わせる色合いをしている

つまりのところ、大事な大事な核を守るためのものということだ

(破壊されるべくして"神の国"を待っていながら、他者に破壊されるのは拒む。随分とわがまままですね)

(だが、神の国以外の方法で彼が破壊されたとしたら、他のものが残ってしまう。どこまでも全てを道連れにして破壊したいらしい)

確かに、全てが破壊されれば理不尽は無くなる。彼の望む結果ではある

とにかくだ

一発通じないなら、もう一発撃ち込むまで。それで駄目なら更にもう一度これでいい

誰もが考えるその行動は、しかし、出来なかった

それよりも先に行動を起こしたのが、巨体の方だったから
50 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:19:58.18 ID:clCjz2IDo
雷より早く振って来たのは、100m超の拳

それは明確に、巨体の興味が"神の国"から別のものへ移ったことを意味していた

流石に、胸部の外装をごっそりと剥ぎ落されればそうもなる

もちろん、その対象は上条当麻の姿をした存在

胸に向けて放つつもりだったそれは、上条当麻に降りかかる拳を防ぐために使われる

しかし個体と一瞬の光線では分があまりにも悪かった

光っている棒を縦方向から強引に圧縮するように、それは拳によって押し付けられ

拉げる代わりに、巨大な爆発となった

上条当麻の姿をしている存在からすれば、自らの力によってモスクワの大地へ叩きつけられることとなり

更に、その上から「止め」と言わんばかりに拒むものの無くなった拳が降ってくるということになる

今度はこちらが全力で身を守るしかない

それでも特別恐怖の表情を作らずに、彼は両腕を真上に伸ばし、受け止める

神と神に"相対するもの"の真向からの接触、衝突

それによって生じる衝撃だけで、モスクワの大地の表面を水平に衝撃が駆け巡り、残っていた家を、丘を、草木を、根こそぎ吹き飛ばす

とはいっても、低重力によって地面の方向へすら落ちることは無いそれらは、大きな大きな塵となり、規模の大きな粉塵がモスクワ中に巻き上がった

粉塵を生じさせた根源では、両者の力は拮抗していて、どちらも全力。お互い譲るつもりなどありはしない


生まれるのは、停滞
51 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:20:19.56 ID:clCjz2IDo
だが、巨体の敵は一人では無い

その僅かな間に、露出した巨大な心臓部めがけて突っ込む存在。神裂火織

どれだけ強固な胸膜であろうとも、そしてどれだけこちらの力が絶対的に弱くとも

細い切っ先に力を集結させれば、分からない。先端が細く鋭い包丁ほど肉を簡単に裂き、細ければ細い注射針ほどより簡単に深く刺さるように

「う゛あ゛あ゛あ゛あああああッ!!」、という声以前の音とともに突撃し、振り下ろした刀

結果だけ述べれば、確かにそれは、外皮を貫通して減衰していたとはいえ、あの"相対するもの"ですら傷つけられなかった胸膜を、裂いた

しかし、やはり僅か過ぎた

裂けたと同時に、巨体の胸膜は刀を弾き返す

自然治癒力が異常な回復を始めたことで内部から盛り上がった肉質がそうしたのだ

生まれた反発に、神裂の小さすぎる体は、力に耐えられず、遥かな宇宙空間へと何回転も何回転もしながら投げだされてしまった

明確な反撃では無かっただけに、彼女自身が消滅することは無かったことを考えれば、彼女はまだ幸運だ

だが、その幸運すらも犠牲にしよう

見方によっては神なのだからセイントなものでも、彼女にとっては、そして大多数のまだ生きある人々にとっては、迷惑の限度をとうに越えてしまったこの神は、必ず倒さなければならない
52 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:20:46.40 ID:clCjz2IDo
そして、折角の隙を狙うのは彼女だけでもない

少女たちと一人の男の前で、彼女、ローラ=スチュアートも土塊と化した量の腕を地面に叩きつける

傍から見れば四つん這いになったようにも見えるが、決して倒れ込んだ訳ではない

回復に消耗してしまった為に、今直ぐに使える力は万全の大地のそれではないが

それでも、神を下ろす器の試作品である彼女だ

如何に陳腐で単純な術式であっても、その威力は異常と呼ぶべきところまで昇華される

ローラ(逆に、下手に細工の効きしものでは、純粋な力負けで終わってしまう)

単純に、ただ、あの胸のコアを打ち破るため

あの存在が危うくなれば、もしくは斃れるようなことがあれば

あの男、クロウリーはもう一度姿を現すはずだ

ローラ(その時に、"時項改変"の方法さえ学べば。全てが、全てが上手くいく)

現状なら、"やり直し"という方法を拒む人間などないだろう。私の行いは全ての人が望みしもの

言うなれば、一つも折り目無く机の上に敷かれたテーブルクロスの中心を摘み上げるように

彼女の目の前の場所に、モスクワの地表が集まり、縦方向へ伸びていく

瞬く間に、それは地上に在ったどの建築物よりも高い尖塔のようなフォルムとなり

何が、と直ぐ横の少女は思ったが

思った瞬間、それは一気に巨体の胸へと伸びていく

"バベルの塔"。それは、挑戦

神が人類から挑戦され、怒って壊したと言う説が一般的であるが

"再びの大洪水という形で脅され神の奴隷になるぐらいならば、高き塔を立てて神域へ達し、逆に復讐してやろうぞ"

という目的で建設されたと言う説もある。どちらにしても、神への挑戦と敵意は、本物だ

ローラ(神を斃さんとする目的に、これ以上の"人間として"の反撃に沿うものは無し!!!)

狙いはもちろん彼奴の中心部。伝承の如く、刃物の如き尖塔の先端が神に接触するまでは一瞬

鋭利な先端が異常な硬さを誇る胸膜に刺さり、砕ける
53 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:21:12.22 ID:clCjz2IDo

胸膜の自然超再生も同時に行われるが、次々と回復していくのは巨体だけに限らない

"神への挑戦"も際限なく地面から吸い上げられ、胸膜を抉る。抉る

放水車の様に続くそれでは確かに派手さも効果も大きく見える。だがそれですらも、決定力に欠けていた

心中で舌打ちしながらも、彼女はそれを止める訳にもいかない

もう一度構築し直す余力は無いし、何よりガリガリと消費しているのは力だけでない。叩きこまれる大地も含まれている

思った以上に勝ち目の薄い根競べが始まってしまった

滝壺「……きぬはた」

目の前で巨大な動きが生じていて、皆呆気に取られている中

隣の女に、少女は不意に話しかけられる

絹旗「え、あ、はい。なんでしょう」

滝壺「ちょっと、借りるね」

絹旗「借りる? ―――――あ、ぅ」

女は、隣で意識を失った少女を腕で受け止めた

青髪「……ついに酸欠始まってしもた?」

寒さに似合わない脂汗をかいた男が気付いて、代わりに持とうかと近寄ってくる

だが示されたのは、明確な拒否だった

滝壺「あなたは、触らないで」

青髪「……あー、僕駄目? 嫌ならしゃあないな」

滝壺「そう言う訳じゃない、けど。今は、駄目。あなたはあなたで集中して」

青髪「ん、そうですかそうですか」

何か納得しかねない感じで首をかしげる中、更なる変化が"塔"に生まれた

ローラ(何を、した?)

じっと滝壺が大地の槍を見始めたと同時に、"神への挑戦"の周りを棘のような突起が包み、高速で表面を這い回っている

チェイン・ソーとも一種の研磨装置にも見えないことは無い
54 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:22:23.90 ID:clCjz2IDo

滝壺「……」

ローラ「何をしたるの?」

滝壺「邪魔では、無いはずだけど」

ローラ「何をしたるか聞いているのよ」

滝壺「言うなら、手伝い。あなたがやろうとしていることを、私は応援する」

何をしようか言ってもいないのに応援だと?

 やりなおし
それは神へ挑戦しているという現況か、その延長線上にあるクロウリー、ひいては"時項改変"か

しかもこの棘の発生源を辿れば、元はこの小娘ではない。意識を失っている少女の方ではないか

超能力にしても魔術にしても、それをコントロールする中心は行為者の意識だ

           他者の意識に干渉する
ということはこの娘は、"そういうもの"ということ

                           分け与えられた
ローラ(そもそも超能力とは神からその力を"Giftedされしもの"。学園都市、神を細分化したることで、暴発をも管理したらんということか。クロウリー)

神は時に人へと降り、民を導く。それは"預言者"というメシアにも当てはまることだ

そして、その力を恐れた才の無い人間達が神を模倣して生みだしたものが魔術でもある

つまり、源流は同じもの。だから、彼女は自分を助けている

他者の心を辿り、その意識すら乗っ取って、自分の力すら加えて

ローラ「手伝う、と言いけるな?」

滝壺「うん」

ローラ「ならば、コレは任せたるわ」

滝壺「……わかった」

と、少女は頷く。コレ、と言われて任されたものは目の前の"神への挑戦"を体現した"塔"

頷いた直後に、それは更に勢いを増した。ローラが他の手を考えて力をある程度で留めていたからか、それとも滝壺が彼女の上を言っていたからか、それは定かではない

そして他方、周り人間はただただ意図の分かりにくい彼女らの会話を聞き、神の胸を貫かんとする大地の上を飛び跳ねながら駆けていく女を見るしか無かった
55 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:22:49.70 ID:clCjz2IDo
二回目の突撃

今度は、自動治癒機構などに弾かれるつもりはない。分かっていることには対策を考えられる。それが人間だ

一度目同様、奴はこちらを気にしてすらいない。そして胸膜部分は未だに露出したままだ

この状態をキープできているのも、きっと自分の真下で巨体へと奔る土砂や岩石の強引な流れのお陰だろう

ここまでされてもまだ、一切こちらを気にしないで、拳を地面に叩きつけた姿勢のままの神は都合が良いが、舐められたものである

下から突き上げるように貫こうと土砂が細く突っ込んでいるので、彼女、神裂火織は巨体の上から、顔前で刀叩きつけ顔を切り裂きつつコアへ向かっていく

吹き出る血肉という弾幕を回避しつつ進んだ先、剥き出しの胸

グチャグチャという音を立てながら、とりわけ激しく血肉が飛び散っている

大地の刺突だけでは自然再生と五部だったが、土中に含まれる窒素を硬化して作られる無数の棘が更に削り、そのバランスを僅かに傾けている

神裂(好機ッ!)

一呼吸置いて投げ込んだ、未元物質によって己の体と同化した刀

それは再生過程の胸膜を、僅かだが確かに、貫いた。飛び出している、白さの中に淡い桃色を含んだ液体がそれを現している

前回は近づきすぎた為に、内側から肉が盛り上がる自然治癒によって自らの体ごと弾かれた

ならば距離を広く取って影響外から攻めるまで

刀を刃とした薙刀として、力を加え続ければ、あるいは

神裂「!?」

流石に、胸膜までも貫かれたのには、気に障ったのかもしれない

拳の先だけに集中して、地面へ向けられていた巨体の顔の視線が、明らかに彼女を捉えた

直後、胸の傷の合間から、無数の人の怨念をそのまま形にしたような黒い結晶が、体液の如く浸み出して、彼女へ向かって一斉に放たれる

少しでもまともに触れた場合、その部分は丸々使い物にならなくなるだろう、破壊と恐怖の混沌

そんな危険極まりない物質が、全方位からの一斉に放たれる

攻撃を受けてでも粘るか、素直に引き下がるか

神裂(――――ッ!?!?!?!?)

結論を言えば、どの選択も同じ事だった

周辺を異常空間とされてしまったのか、空間移動の術式すらも一切に機能しない

逆にその失敗によって、生き場を失った力が負担をかけ、彼女の左足が体内に設置された爆弾の如く弾け飛ぶ

結果、再度彼女は吹き飛ばされた。今回は宇宙空間にまで飛ばされるようなことは無いが

しかし逆に、出でた彼我の距離は、巨体の感覚では胸から少し離れた、ボクシングでいえば丁度最大の威力を伴った拳を叩きこむことのできるであろう、間合いである

右拳は未だに地表を押しつぶすように押し付けられ、そこから訳の分からない規模で力の渦が生まれているが
56 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:23:23.77 ID:clCjz2IDo

左拳と片目が、しかもそれは器用に片側だけ涙を流している方の目であるが、明らかにこちらを標的としていて

次の瞬間には彼女の目の前にまで拳は迫っていた

そこから考えられるのは、明確な終わり

だがそれでも、まだ彼女は幸運だった

ローラ「おっと、まだ逝かれては困るのよ」

拳よりも先に彼女は他のものに叩き飛ばされた

それが、"神への挑戦"からツタのように伸びたものであると分かったのは、自分よりも背の低い女に受け止められてから

ローラ「しばらく見ぬ内に、随分な体になりけるようね」

神裂「最大主教?」

ローラ「なればこそ、失うには惜しいの」

神裂「また、あなたは。こんなところでも暗躍をしているのですか」

ローラ「随分な言葉ね。否定はしないけど。でも、助けたのだから感謝の言葉の一つでも欲しけるかしら」

神裂「……助かりました。礼は言います。それで」

ローラ「それで?」

神裂「私に何をさせるつもりですか? その目的で助けたのでしょう、あなたは」

ローラ「かわいい部下を助けるのに理由は……、と。御託は無用ね」

そう、神裂の目が訴えていた。それほどまでに、彼女は猛っているのだ。神を裂かんと

ローラ「どういう訳か、この私にできなしことが、その体では出来た。僅かなりしもあの胸を貫いた。それが、どういう理屈なのかは分からない」

神裂「それはもしかすると、この"未元物質"というものから親和性と同時に怒りに似た感情を覚えることと関係があるのかもしれません」

ローラ「親和性に、怒りか。見しところ、その"だーくまたー"とやらは、神威のなりそこないのようだが」

当然、彼女達は知らない

 神の力    神の継位
"未元物質"垣根帝督と"神の右席"フィアンマの間にどんな対話がなされたのか。どのような約束がなされたのか

そして垣根が最も望んでいない、理不尽な破壊をフィアンマ自らが行っているという事実の認識も

だからこそ、他でもない垣根帝督のコピーである彼女の力は怒りに満ち、巨体はその未元物質に負い目を感じていることも

ローラ「ならば、我が刃となれ。神裂火織」

神裂「刃………」

ローラ「力が足りんのだから、弾き飛ばされたのであろう? ならば、お前の背後を私が補えばいい」

神裂「いいでしょう。頼みます」
57 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:23:51.24 ID:clCjz2IDo
(でも、まだ足りない)

少女には分かってしまっていた

彼女らを掛け合わしただけでは、まだあの胸膜を完全に貫くには程遠いということを

自分は手伝うと言った。だから、探さなければ

相手がいくら強大だといえど、その大部分はこちら側には向かっていない。代謝レベルの行動しか、相手はしていない

この程度なら、まだ破れるはずだから

今欲しいのは鍵だ。あの胸の扉を切り開くような、強い意志を持った何か

あんな存在に表立った敵意を現しているのは、彼女らの他に3つ

一つは今まさに力比べをしている"幻想殺し"

これは駄目だ、扱えるような代物じゃない

もう一つはただあるだけの"一方通行”

まさか狙っているとは思わなかったが、これも駄目だ。触れれやしない

もう一つある。これは女、第三位

いや違う。この人の執念が向いているのは、あの巨体じゃない

滝壺(だめ、駄目。なにか、扱えるものじゃないと)

こうなったら、この中の誰かを使うか?

髪の青いのは駄目。座標移動は役に立たない。絹旗は今まさに使っている

劣化複製品程度ではいくら熨斗をつけたところでたかが知れている

結標「ねぇ、大丈夫?」

難しい顔をしている少女を、彼女は気遣ったのだが

滝壺「……誰?」

他のものに興味を取られてしまっていた

結標「誰って、今更?」

滝壺「あなたじゃない。……でも、誰かは知らないけど」

だが、彼を使うには乗っ取りじゃ駄目だ。単純な力関係の維持ならばまだ何とかなるが、根本的に魔術は超能力よりも複雑だ

だから、何か移動させる手段が必要だ

滝壺「使うしか、ない」

丁度良いところに、便利な移動手段があるじゃないか

結標「―――――ぅあっ」

更に一人、女の意識が奪われた
58 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:24:19.31 ID:clCjz2IDo
「………」

一体、いつまで続くのだろうか。この、拮抗は

ジリジリと地面に足が食い込んでいっているのが分かる

こちらが負けることもなければ相手が抑えつける手を離す事もない。結局、時間ばかりが過ぎている

(とはいっても、どうしようもないものだね)

彼の中で、他の意思が次々と口をひらいていく

(どうしようもないといっても、この状況が長続きするのは)

それは、間違いなく彼ではないだろう

彼は、受け入れてしまった。欲してしまった。自分以外の意思を、自ずから

(芳しくないに決まっている。これでは皆、犬死だ)

だからこそ、彼自身はただ、言われるがままでいられる

(わかっているさ。さて、どうしたものか)

自分は何も決めないで、自分を追い込まないで、いられる

(…………ん?)

父親たちとも言うべき操り師が脱出策を決めかねている間の、上条当麻一人分程度しか高さの無い、拳と地面の酷く狭い空間

そこに、一人の少女が現れ、

「苦戦しているようですのね」

と、述べる

述べたと言うより、電磁波を撒き散らすと同時に周辺の物質を磁化させ、擬似的にスピーカーを作りだすと言う仕組みなのだが

そんなものは当然、彼女の能力では無い。だが、それを扱えるのが、限りなく自然に感じられる

なぜなら、彼女自身そのものが人間らしい物質で構築されていないから

誰が見ても、普通の人間では無くなっているから

少し、眉毛を上ずらせて、上条当麻の体は驚いたような顔をし、更に何かを言いわんと口をパクパクと開け閉めてはいるが
59 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:24:47.51 ID:clCjz2IDo

白井「言の葉を垂らす事も出来無くなってしまいましたか。これは、お姉様がガッカリなさらなければ良いのですが」

電子の幻影は彼の様を見て肩をすくめるばかりだった

白井「まぁ、私も人の事は申せませんけども」

いやいやそんなことはどうでもいいんだ。何でこんなところにお前がいる

彼は、きっとこう言いたかったに違いない

白井「私のことなど、どうでもいいことですの。私の役目はあなたがまだ存在しているかどうか、確かめること」

両の腕を上に伸ばし巨体の拳を支える上条へ、歩みよる彼女

根本的にこの場所は、上条と巨体の力と力が衝突している

例え実体のない電子だけで構成されているとしても、その衝突から生じるエネルギー的な余波は、それらにだって干渉するはずだ

(それが無く、一縷のブレも生じないということは)

("神"レベルの力にも干渉出来る力の持ち主ということになる、が。まさか)

白井「もちろん、その役目を私に頼んだのはお姉様。……なんというか、鬼気迫ると言うべき剣幕にておっしゃられましたの」

(ということは、彼女がこの娘を再構築したということか)

白井「死にかけていた私をこのようにしたのも、当麻さんを探すためという目的の方が強いかもしれません」

少し、重たい表情をして、彼女は彼の前で彼を見上げた

それは、恐怖と言うべき顔であった

白井「……これ程までにお姉様に思われるなど、嫉妬を越えて恐怖を感じてしまいますの」

そう、彼女が言った瞬間

彼の行動を止めていた巨体の拳は、まるで発泡スチロールのように軽くなって

サァッと小さな塵となり、拡散していった。彼女にとっては、人を模した神の体など、ただの物質の塊でしか無いらしい

「はぁい、マイダーリン。やっと会えたわねぇ」

聞える声と、現れた女

"神"の拳を分解した彼女の顔は、とても恋慕のソレとは思えない表情だった
60 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:25:13.30 ID:clCjz2IDo
「っく、砕けた!?」

神裂らが次の攻撃を仕掛けようとした瞬間、拳を地面に突き刺した体勢の巨体は急にバランスを崩す

原因はその拳が分解されると言う、全く予期していないもの

ローラ「これは、運の悪い」

チッ、と彼女は舌打ちした。仕方のないことだ

"神への挑戦"は所詮、塔

器用にその方向を捻じ曲げられるものではない。元々は神域を犯さんとする意思表示でしかないのだ

敢えて言うならば攻城用のもの

腰を屈めていた巨体の体勢は支えを失って更に前のめりになってしまったので

"塔"の標準は当然ズレてしまう。今は逆に、巨体を支えている状態で、ゴリゴリと表皮を撒き散らしているだけだ

ローラ(だったら尚更、急がねば!)

ローラ「神裂!!」

彼女の叫びに呼応して、もう一人の女がその姿を変えた

変幻自在の神裂の黒い未元物質が作り出す縦長のフォルムは、まさしく剣

剣にも刀にも槍にも弓にも矢にも銃にも砲にでもなるそれを引っ提げ、"塔"の表面を走る棘をカタパルト代わりにして運ばれつつ走る彼女

移動する間にも、少しでも胸の回復を遅らせる為に、彼女の手の剣から黒く鋭い未元物質の塊が放たれる

一発目の砲撃の弾丸は、神裂の右腕を構成していたものだった

腕と言う弾丸は巨体の胸に鋭く突き刺さり、その先端にはかえしがついていて、そう簡単には押し出されない

二発目は、左脚

同じようにかえしが付いているが

どちらも胸膜を僅かに貫いて引っ掛かるように刺さっているだけで、巨体の注目はまだ彼女たちにはむかない

三発目以降も同じように胸膜へ次々と射出されていく
61 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:26:06.48 ID:clCjz2IDo

これらだけでは皮膜の自然再生すら、止める効果にならない

撃ち込むことは目的ではないのだから、当然だ

ローラ「いくわよ、神裂!!!」

黒い未元物質の短刀。彼女の両手に握られたそれは、神裂の頭部に相当するもの

もう胸の直ぐ側方に来た彼女は、一気に、その300m近くを跳躍し

同時に、先に着弾していた巨体の胸に引っ掛かった未元物質達が一斉に光を放って、爆発

「消え去れぇぇぇぇえ!!」

そう叫んだのは、神裂の方だったかもしれない

強く吐いて、その短刀は巨体の胸膜に押し当てられた

先に爆発したのは、神裂の体を構成していた、恐ろしいほどに凝縮された未元物質

自己再生産も可能である彼女の未元物質だが、その大部分を失えば回復は瞬時には行えない

それだけの未元物質の爆発ならば、膜を更に掘り進めることも出来よう

一発限りの大技であることも間違いない

そして、ローラ=スチュアートには、何か軟らかいところにまで切先が達したのを感じられた。が

ローラ「くっ……!!」

これでもまだ、届かない。確かに軟らかい、核心となるところまで届いているというのに。まだ浅い

剣と化している神裂の方も問題だ。あまり長い時間をかけて胸膜に接触していては吸収されてしまいかねない

滝壺『大丈夫』

声がローラの中に響く

ローラ(私の心まで掴みけるというのか)

滝壺『大丈夫。助けになれそうな人を、送ったから』 

ローラ「助けになれそうな人だと?」
62 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:26:35.59 ID:clCjz2IDo

そう呟いた彼女の横に空間を割って現れたのは、見たことのある大柄の男

活力のある、とは言い難い。しかしその眼は、体から出でる迫力は、そんなことを感じさせない

ローラ「ウィリ、アム!?」

驚く彼女の横で、しかし男は隣に誰がいようとも気にしていない様子

アックア「約束なのである」

ローラ「え?」

アックア「貴様は言ったな、私に自らを消滅させろと」

言葉を外へ、その口から出すと並行して

彼という存在もまた何か希薄に、内から、外へ外へと出ていっている

アックア「だから今こそ、約束を果たすぞフィアンマァッ!!!!!」

溢れているのは、彼に留まった力なのか、それとも彼の魂とでも言うべきものなのか

実母を思わせる温かみのある光が、アックアという存在自体とも言える巨体の胸部で拡がった。その拡がり方は数キロにも及ぶ巨体を丸々包み込もうとしている

神を生んだ母の愛
"聖母の慈悲"はとかく溢れ、そして、その包容は彼の心の壁をも打ち溶かす。何よりも、彼にとって必要なのはそれだったのだから

その行為自体は、しかし、彼にとっては自滅行為。許しを与えることで力を打ち消すにしても、力の本質を引き出すにしても

天使でないものに"天使の力"や"神の力"と分類づけられている力が詰められ、それによって存在を維持している彼は消える以外に選択肢は無かった

最初から分かっていた事である。散々フィアンマに覚悟を尋ねると同時に、彼は自分自身の覚悟も練り上げていた。共に消えようという覚悟だ

ともかく

男の最期の雄叫びとともに、硬質な胸膜は剥がれ落ち、剥き出しになる軟き神の臓

ローラ(いける!!)

そのタイミングを逃すわけにはいかない

半壊した神裂という短刀を強く握って、臓の中心に見えるフィアンマを――――――
63 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:27:20.48 ID:clCjz2IDo
「さぁ、あれはあなたの力」

一方通行の口は、彼の声質で少女のような発音で彼を導く

彼女の導く通り、目の前には核心部分を剥き出しにした神

このままではコアの部分が壊されて、"神"と言う概念として"神の力"としてまとまっていたものが、ただのエネルギーと化してしまう

一方「今なら、何の痛みもなく手に入れられる」

別に、痛いのが嫌だとか、そンな訳じゃねェ

一方「それがあれば、あなたの望まないもの全てを変えることが出来る」

変えたいンじゃない。そのままがいいだけだ

一方「失ったものを取り戻す為に、時間も戻すことだって出来る」

殺人をするだけの実験個体に戻れって事にもなるじゃねェか

一方「それは、あなたのやり方次第じゃないかな。未来を知っていれば、避けられることもあるんだよ?」

随分と夢のある話だなァ

一方「でも、あなたはやり方を知らない。だから、誰かに教えて貰わなければならない。違う?」

……別に、すると決めたわけじゃねェ

一方「嘘。あなただって、後悔はある。ううん、あなただからこそ」

ガキが、偉そうにすンな

一方「また強がって。でも、その後悔の根っこにある寂しさだって埋められるんじゃないかな」

鬱陶しいぐらいに話しかけて来る奴の言う事じゃねェがな

一方「そう。あなたはひとりじゃないよ。だから、まずはアレを手に入れよう?」

と言って、右人差し指が指し示す"神"

「その方が、あなたの為だから」

彼の心の中で少女の像が呟き、それが彼の声となり

その声に従って、彼は一直線に巨体の心臓部へ突き進む

途中に何か短刀の様なものを持った女が居た様な気がしたが、知ったことではない

邪魔にもならないから、速度で押し飛ばしてしまった

そして彼は、誰にも何にも邪魔されることなく、それを手に入れた。少女の導きのままに


               最後の希望
果たしてその像が本当に"打ち止め"と呼ばれる少女なのか

彼には疑えるだけの思慮を、残されていなかった
64 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:27:47.89 ID:clCjz2IDo
こちらはこちらで、緊急事態

滝壺の隣で絹旗が倒れたと思ったら、今度は結標も倒れたのだ

そして寒さは着実に体の感覚を失わせていく。間接的に重力を操れる青髪でも、それはどうしようもない

彼の能力だって、いつまでも保つとは断言できない

滝壺「終わっ、た……」

遂には彼女まで朦朧とし始めた

その腕に抱かれていた少女と共に、ドサッと地面に倒れ込む彼女

これで3人。その上クローンの少女達も、体調が良いなんて言える状態ではなさそうだ

青髪「あー、どなってんのこれ」

彼が愚痴ってしまうのも無理は無かった。これでは移動も出来ない。する先もないが

そして、悩みは更に増える

「……これは」

「流石に冗談だといいのですが」

と、クローンの少女たちが不穏な会話を始めたのだ

そろそろ狂いそう、と思ってしまう彼。冗談じゃなく限界は近い

青髪「んで今度は何ですか」

「エラーですよ、とミサカは寒さ以上に背筋が凍りつきながら答えます」

青髪「エラー? なんの?」

「ここに在るものではなく、ネットワーク上で共有されている視覚で」

青髪「ふんふん。で?」

「結論を先に言うと、あれのエラーです」

と言って、彼女らは指を上に向けた

さされた空中には、20本ばかりの高速で空飛ぶ鉛筆

青髪「……あれかぁ」

「どうやら、核らしいです」
65 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:28:19.97 ID:clCjz2IDo
「「馬鹿な」」

アレイスター=クロウリーも、そして上条刀夜も、同時に同じ言葉を呟いた

現状を見れば、確かにそう言いたくはなる

一人でも多い人類の存続という共通目的の為に、彼らは一時的な協力関係に在った

秘蔵の核兵器の情報を刀夜がアレイスターに伝え、廃棄処分以外に選択肢が無くなってしまった脳だけの妹達をアレイスターが利用し

モスクワ市での出来事など、核の暴発など、我知らずとして逃げ惑っていた人間のところを避けるよう、妹達にミサイルの発射装置を操作させ

核の衝撃を、真の意味で漂う様に浮翌遊しているモスクワの大地に当て、その大地を強制的に地球へと降下させる

出来るだけ早くしなければ、超低重力・超低気圧で今ギリギリ生きている人間ですら全て死滅してしまう

だから、選ばれた妹達の個体は何も考えずに、ただ指示された通りに動き続けた

彼女に指示を出した側の焦りが、杜撰さが、そこにはあったかもしれない

その結果が、この状況を招いた

浮翌遊モスクワの上空で、必要最小限の小規模になるよう分散した核を爆発させた衝撃を扱う予定だったが

なんということか、それらの大部分は殆ど直接モスクワの大地の表面間近で起爆してしまった

さすれば、どうなるかなど予想は簡単に出来よう


人類と呼べる種族は、死滅した


そもそもである

最大の問題である重力異常の原因が近づいているのだ

浮翌遊モスクワ自体も僅かに上昇を続けているにも関わらず、彼らはその高度変化を計算に入れていなかった

更に、各ミサイルを管理する第7学区のシステムが致命的な電力不足を引き起こしていて、重力異常・電磁波異常の状態を検知するも、それを加味した演算も出来ておらず

そして、それらのエラーを間近で見ていた妹達は、ミサカネットワークに勝手に入ってしまったことからも察することができるように、外的刺激に為されるがままで、生まれたばかりの赤子よりも劣った自立思考程度しか持ち合わせていなかった

仮にオリジナルのような意識を持っているならば、エラーや計算ミスについても改善させることが出来ていたかもしれない

失敗の要素は多く、結果だけ見れば止めようが無かった

そう言ってしまうことも、そうやって自分を納得させることも出来るが
66 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:28:58.17 ID:clCjz2IDo
刀夜「お互いが手の内を隠すのは良くない結果を生む。そうは思わないかい?」

土星を囲う輪の如く完全に粉砕してしまったモスクワの一部、自動車程度の岩石の上に立って、彼は話しかけた

アレイスター『……もっと出来ることがあったはずだ、と言いたいのか』

返事をした彼の姿は見えない。完全粉砕された大地だったものの小片が多過ぎて視界は不良

あの爆発に巻き込まれたのだから、彼も吹き飛ばされてしまったのだろう

返事があると言う事は、まだ存在しているということだ

刀夜「私にはあれ以上のことは出来なかった。その結果が、これだ」

アレイスター『"自分は精一杯の事した。だからどうにもできなかった"とでものたまって、私一人の責任にしたいのか』

刀夜「そう言うつもりは、無いでもないか。でも、君なら出来たんじゃないか」

アレイスター『出来るなら、君と手を組んだりはしない』

刀夜「それもそうだ」

アレイスター『加えて、こちらとしてもミサイルがどのような仕様かは聞かされていなかったからな』

そんなもの、君なら教えるまでもないだろうに、とも刀夜は思ったが

刀夜「痛いところを突く。この状況がミサイルの制御ユニットにどんな影響を与えるのか考えていなかったのは確かだしね」

アレイスター『そうだろう?』

                    "エイワス"
刀夜「だが、私には君のような、守護天使のような存在があった訳ではないんだ」

その力を用いれば、核など無くともモスクワを降下させることが出来たのではないか?

間接的にそう言いたいのだ

アレイスター『……優先事項の問題だ』

刀夜「そうかい。それじゃ、仕方ない」

人類存続よりも重要な事に使っていたならば、それはどうしようもない

そして恐らく、それは子飼いの"第一位"のことを指しているのだろう

刀夜「だが、生きたいとした人々の本能を無視したのは許されないよ」

こっちにはこっちの、"対"があるのだ
67 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:29:25.00 ID:clCjz2IDo
「何処に行くつもり?」

巨体の拳が消えて、核が炸裂して、地面と呼べるものは消え去って

4トントラックぐらいの大きさのモスクワの破片の上で、彼女は問うた

白井黒子はそこには居ない。空気を読んで、というより御坂の意思で、消えてもらった。彼女の中に

上条「……」

何も言わずに、彼は彼女の横から、何処かへ向かって歩き出す

その顔も、彼女には向いていない

御坂「答えなさいよ。っても、言えないのよね」

全く、彼に期待してはどれほど裏切ってくれるものか

御坂「……はぁ」

まぁいい。どうせいつもいつも勝手に動く奴だ、コイツは

だったら付いて行けばいい。ついて行って、付いて行って、付いて行く。どこまでも

そして―――――

御坂(そして? そして、何するんだろ)

目的は、何だ?

御坂(人間としてのアイツはもう居ないし、し、しかもっ、やるべきことはやってるし)

そもそも、恋愛に目的などあるのか

とにかくイチャコラして、結婚とか、子供を作ることだろうか?

御坂(でも、私も、アイツも)

既に、人間と形容できる存在ではない

全裸でありながら、体から淡い光を発していて声すら出せなくなった上条は言わずもがな

自分も、無酸素・無重力空間で何食わぬ顔をしてここにあるのだ。とてもじゃないが、普通の人間ではない

折角彼の遺伝子を自らは受け取ってはいるが、何の意味があろうか

御坂(だったら、なんでこんなに私はコイツに執着してるんだろ?)

白井(愛と言う感情に、そしてそこから生じる行動に、理由をつけることに意味はありますの?)

見かねて、後輩が助言してくれた

御坂(分かってる。でも、なにか違う気がするの)

白井(違う、ですか……)

御坂(うん。それだけじゃない。それだけなら、私は、私が)

タッ、と上条が破片を蹴って別の破片に飛び乗った

御坂「私が、こんなにも気分が悪い訳がないじゃない」

それを見た彼女の顔は、なぜかとても、そしてやはり苛立っているように見えた
68 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:29:51.64 ID:clCjz2IDo
それは間違いなく、戦いだった

戦いの場は、彼の、一方通行の一番深い心の底

彼らは皆、同じなのだ

"第二位"垣根帝督、"神の右席"フィアンマ、"第一位"一方通行

全員が悲しみを背負い、そして全員が器として不完全

中には変化の過程の中で、それを埋めた者もいる。そもそも、完全などと言う事は有り得ないのかもしれない

共通点はある。違う点もある。それが戦いの原因

垣根帝督は人の好意だろうがなんだろうが、そこに何があろうとも壊す理不尽を

フィアンマは、この世で人が生きていく中で問題を生じさせるあらゆる不可思議な運命を

それぞれ、取り除こうとした。つまり、世界を変えようとしたのだ。まさしく救世

しかしながら、一方通行が力を欲したのは彼らとは全く異なる理由

彼の行動原理。それは、"これ以上失いたくない"。ただそれだけ

もちろん、状況をより良くしたいと思っていない訳ではない

しかし、それはオーバーホール的な前者達と違って、破損したパーツを直すだけ、といったもの

二人の希望に沿うには不十分なのだ

そういう意見の対立が、"神"を我が力として吸収した彼の中で渦巻いているのだ

それも全ては、"力"を手に入れてしまったから

一方(ほォら、違う事をしたら苦しくなるじゃねェか)

今まさにある心の内面から生じる吐き気のようなものを、そう思ってしまう

新しいことをしたら、世界は何れの形にせよ変わる

コイツらが言っていることだって、仮に実行したところで、本当に上手く世の中ってものが回るのか?

新しい弊害が出るに決まってる。そしてその問題が、解決できない可能性だってある

だったら、問題が見えている今を保持した方がマシじゃねェか

一方「何を迷っているの? 導いてあげてるんだよ?」

口が促す

それでも彼は動こうとしない。動けない

何が自分がすべきなのか、のたうつ意識達があまりにも彼に合わない

だったら動かなければいい

このままこの岩の群の中で、永遠に。それで世界が終わるならそれでもいいじゃねェか

一方(分かってンだよ。もうアイツは死ンでンだろ)

一方「アイツって? なんのこと?」

一方(しらばっくれンな。テメェが誰かは知らねェが、猿芝居で俺を動かそうとしてンのは止めろ)
69 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:30:19.53 ID:clCjz2IDo

一方「……ほう。察知されてしまったらしいな」

一方(消されたくなければ、俺ン中からとっとと出ていきやがれ。その場所は、この野郎共の為の場所だ)

一方「そうしたいところだが、彼に、アレイスターに頼まれているからな。彼と言うのは、君にとっては統括理事長と呼んだ方が聞き慣れているかもしれない」

一方(統括理事長だァ? ……はッ、テメェの都合なンぞ知るか)

一方「それに、君にとっても実は良くないのさ」

一方(ンだと?)

一方「私という制御装置無しでは、このように"神の意思"が渦巻いた"神の力"を、君は扱いきれない」

一方(だったら、捨てりゃァ良いだけだ)

一方「そう切り返してくることは分かっていたさ。だがそれだけではない」

君にとっては、もっと重要だろうな。と彼は前置いて

一方「確かに、君が好意を持っている"打ち止め"は死んだ。だがそれは肉体的なものだ」

一方(何が言いたい)

一方「結論を先に言おうか。彼女の意思はまだ生きている。君の中の私の、そのまた中に。だから」

一方「……ごめんね」

一方(しッ、芝居をまだ続ける気か、テメェは!!!)

一方「君がそう思うなら、そうしたらいい」

一方(…‥ッ、テメェはァっ!!)

ここにきて、人質である

彼の理念は"現状悪化の阻止"。この場合に、どうして選択肢などあろうか

一方(分かったぜェ……。テメェらがその気なら、俺はとことンまで何もしないだけだ!!)

一方「ふむ、それも手だな」

一方「駄目だよ一方通行。それじゃ一体何のためにあなたがあったのか、あの人たちが居たのか、分からないよ」

思わぬことに、少女の方が声を出した

一方(何のために、だと?)

確かに、この自分の中で暴れる意識達には目的があった

だが、自分にはそれらを参考にして自分自身が何をするのか結論を出せない。敢えて言うなら、何もしないが結論だ

自分は変化を望んでいないのだから

一方「でも、だったらこのままでもいいの?」

悪くないのかもしれない。だって、これ以上は悪くなることなンてないだろう??

どんな理屈が正しくて、どう行動するのが正しいのか分からないのだから

だからお願いだ

これ以上苦しませないでくれ。そして誰か、助けてくれよ
70 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:30:46.84 ID:clCjz2IDo
「……ここは」

何処だろうか

というか、何処という言葉を使う事が正しいのだろうか

モスクワの破片がやたらめったら飛び交っていて、自分もその中の、とりわけ大きな破片に乗っているのだろう

名前など有る筈が無い

アレイスター「目が、覚めたか」

背後から声が聞こえた

滝壺「あなたは……」

第一学区に捕らわれていた時、助けてくれた存在だ

アレイスター「体に問題はあるかね」

滝壺「大丈夫、です」

アレイスター「そうか。ならいい」

いい? 良くない良くない

何故自分しかここに居ないのだ

しかも、空気も温度も重力も、ここは正常ではないか

助かったと言っていい状態なのかは疑問だが、自分しか助からなかったのだろうか

それとも、自分しかこの存在は助けなかったのか

どちらにせよ、他の者が絶望的であるのは、少し離れたところに浮かんだ一組の男女を見て悟ってしまった

それは青髪をした男性と、それに庇われるように抱かれている女

表情はここからは良く見えないが、死んでいることは分かる。なぜなら、そのペアは上半身しかないから

強すぎる衝撃で千切れてしまったのだろう。そう言えば、空にいくつもの太陽が生まれた様な光景を見たのが記憶に在る

皆は? と、この存在に聞く意味は無さそうだった

滝壺「何故、私を助けたの?」
71 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:31:22.17 ID:clCjz2IDo

アレイスター「彼が助けなかったから、が建前なのだろうな」

滝壺「建前? それに彼って」

アレイスター「私が君を助けたかったと言う本音を、彼が、"今"の浜面仕上が察してくれたのかもしれない」

滝壺「はま、づら……? 今、あなたははまづらって言った?」

アレイスター「如何にも」

滝壺「あなたははまづらを、はまづらの居場所を知っているの? 生きているの?」

アレイスター「それは分からない。既に"次"へ旅立ってしまったのかもしれないし、未だにどこかで成り行きを観察しているのかもしれない」

滝壺「つまり、わからないのね」

そう言った彼女は、本当に、本当に希望を失った顔をした

この男が何を言っているのかを理解しているわけではないが、ともかく彼が何処に居るのか分からない状態だということは分かったから

アレイスター「……そこまで君が彼を望むならば」

彼の姿が、変化した

それは紛れもない、彼本人の元々の姿

上条が経験した"前"ではない意味の、"前"。既に神によって滅ぼされてしまった世界の浜面仕上

過去に"前の"滝壺理后と恋仲にあり、死別した。紛い物ではない本物の彼

だが

滝壺「やめて」

アレイスター「む」

滝壺「そんな偽物を見せられても、何の慰めにもならないもの」

そうか、とも返事はしなかった。出来なかった

恐らく、これほどまでに彼に心理的動揺を与えたことは、直前の核兵器の誤算ですらもなかったことだ

それでも彼は表情を変えることすらしなかったが

それが災いしたことは、間違いないだろう
72 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:32:17.97 ID:clCjz2IDo
なぜそんなことになってしまったのか、意識が朦朧としているローラ=スチュアートには分からない

今の彼女に見えるのは、一面の、岩、岩、岩

巨体に止めを刺そうとして瞬間に、背後から現れた一方通行に轢かれて弾き飛ばされ

その最中で見えた光景では、巨体の崩壊に中で神裂とアックアが飲み込まれて

そして気が付いたら、浮翌遊していたモスクワの大地は無くなっていて、その破片ばかりが目に入る

何かが強烈に光って、今。目の前には

ローラ「……一方通行」

彼はただ、じっとしている

だが、その表情は苦しんでいることが確実に見て取れる

まるで、街中で一人迷子になった幼い子供のように、不安も露出させている

何処に行けばいいのか、何をしたらいいのか、誰に聞けばいいのか

彼の外には誰もいない。だが街の雑踏はある

ざわついているのは、彼の内だ。それが、彼を苦しめている

ローラ「そう。わからないのね」

とてもではないが、体を構成するほどの力を操作できる余裕は、彼女には無かった

しかし、まるでずっと世話をしてきた息子のように、彼がなぜ苦しんでいるのかは彼女には理解できた

一方通行「……」

話しかけても、彼はまるで反応しなかった

ローラ「どうすればいいのかわからないから、なにもできないで、泣いている」

それでも気にせず、胴から上しか無い彼女は彼を優しく見上げ続ける

一方通行「……」

ローラ「なにかをしたら、なにかが壊れてしまいそうで。決められない」

公園の砂場でようやく出来たトンネル

しかし、より良くしようとして、壊れてしまった

そこには、自分のお気に入りを失ってしまったことに対する悲しみと後悔が生まれ、自分を責める

その責めに自分自身が耐えれないで、彼らは泣いてしまう
73 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:32:44.81 ID:clCjz2IDo
一方通行「……」

ローラ「だから、言われただけのことをする。それしかできない」

言われた事なら、多分上手くいくだろう

子供は次にそう学ぶのである。言ってくれる人の言うとおりにしたら、どうにか出来るようになる。自転車に乗れるようになるのと同じように

一方通行「……」

ローラ「それでもいい。何もしないより」

一方通行「……」

ローラ「でもね、坊や。それじゃ変わらない。苦しさもそのまま」

どうして彼女が彼へ"坊や"という表現を使ったのか、彼女自身も分からない

ただ、最期に見えるぼやけた視界の中に、確かに"坊や"が居たのだ

ローラ「当たり前のことなの。たくさんの正論の中のたった一つを、自分で選択しない限り、正しいことが正しいと、間違ったことが間違っていると、そして何よりあなたがどうしたいのか、どうしたかったのか、その答えすらも得られないのよ」

それが、大人になると言う事。経験すると言う事

ローラ「自分で決めなさい。せめて、自分の希望くらいはね。その為に、あなたにも感情があるのよ」

言って、最期に彼女は手を彼の方へ伸ばした

髪を撫でられて、彼の頬に雫が垂れた

泣くのを我慢していた子供が、安心してしまって逆に泣いてしまう様に

今の彼女には、腕など無い。だから、それは魔術だ

"奇跡"と称してもいいかもしれないが

結果だけ言えば、その行為によって彼女の力は果ててしまい、自らの滅を早めたことにはなるが

乾いてひび割れた粘土像のようになってしまった彼女の表情は、すこし、優しいものだった

彼らの間には、遺伝的なつながりは無いかもしれない

知っているのは、アレイスターだけだろう

だが、そんなことはどうでもいいのだ。彼女は神を下ろす器を孕み、そして彼は神となるべくしてこの世に生を受けた

子を求めたローラ=スチュアートという女と、母のような頼れる存在を求めた一方通行という男の子

両者が満たされたのならば、それは十分に親子ではないか
74 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:33:10.46 ID:clCjz2IDo
目の前に伏すのは、滝壺理后

その頭には、一発分の銃創がある。それが意味しているのは、端的に彼女の死

無表情なアレイスター=クロウリーの顔が、浜面仕上の顔が、更に硬くなる

殺したのは、彼では無い

刀夜「これでも、君の心は揺らがない。人間でないとはいえ、感嘆すべきだな」

声の主は、隣のモスクワの破片から

アレイスター「貴様……」

刀夜「本当は、子供に手をかけるのは主義に反することなんだがね」

少し笑みを浮かべて、上条刀夜はそう言った

刀夜「だが、仮にも神の器としての資格があるなら、彼女は君の保険ということになる。だったら、仕方のない事さ。優先順位の問題だ」

アレイスター「……そうだな。仕方のない事だろう」

全く同じ言い訳を、彼自身が既にしたのだから

刀夜「そうさ。他人の都合によって殺されても、その他人にとって必要なことだったんだよ、それは」

自信を持った口ぶりに、素振り

言ったと同時に隣に現れた彼の息子という存在が、彼にそう言わせる自信となっているのかもしれない

アレイスター「その為には、主義に反することであろうとも、直接罪の無い一部族全てであっても、例え血縁のあるものであっても、その手にかけるか」

刀夜「恥ずかしいね。そんなにも調べられていては、CIAの諜報班も顔負けだ」

照れたような口をするのが苛立たしい

刀夜「ちなみに、今の当麻にそんなことを教えたところで聞きはしないよ」

アレイスター「そこまで支配を深めているか。同位体を流用しているだけはある、と言ったところだな」

当麻「……」

息子の方をじっと、アレイスターは見つめたが、当の本人は全く反応しない

刀夜「妻と同じ顔を持っていたから、この私自身も相当抵抗していたがね」

アレイスター「所詮、人は欲に勝てなかったか」

刀夜「1対2ではな。この事自体が、上条刀夜自身の欲が望んだものでもある」

3の内、1つが刀夜で1つがイェスであるならば、残る1つの意思は何だろうか

アレイスター「貴様は何者だ」

少し声に力を加えて、彼は問た

刀夜「何者でもない。ただ、志と現実と欲で錯乱し、心の中の悪魔に食われた哀れな男が、この上条刀夜だ」

そして――

刀夜「そんな悪魔に、君も食われるのさ」

上条当麻が、アレイスターと呼ばれる存在に対して、敵意の目を向けた
75 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:34:05.31 ID:clCjz2IDo
「あなたは、それでよいのですか」

まるで操り人形のように体中に紐を結び付けられた彼女はそう言った

この場合、言った、といっていいのかは疑問だが

        相対するもの
「"上条当麻"と"幻想殺し"は同時の存在。それは連理の契りで結ばれた者たちのように、切っては切れない」

広くて狭い、上条刀夜の心の中

その中に押し込められた彼女は、目の前の人の形をした影の言葉を聞いた

相「だから、この私と形式で介在してくる上条刀夜の悪魔に、言われるがままでも構わないと」

      魂と呼ぶべきもの
「結果が"書き込まれた宿命"が求めることと、同じ結果になるならばな」

相「その魂とやらがそこまで大事ですか」

「役者が役割をこなさなければ、それが例え喜劇であっても、苦笑いすら出来ない結果になってしまう」

自分を見てみるがいい、と彼は前置いた

「本来筋書きに無かった存在である君も、こうして彼に手を貸しているではないか」

相「それは、強いられているから」

「強いられていたとしても変わらない。君は彼の同位体だ。だからその目的は私とも同じもの」

相「わ、私には」

「彼に対する姉としての、守護者でありたいという思いがあるから、違う。とでも?」

語尾の抑揚が、茶化すようなからかうようなていをしていて、彼女は苛立ちを覚える

相「笑われるような言われは無いはずです」

「そう聞こえたなら謝ろう。だが、それは当然のことだ。何処に自分を愛さない者がいる」

相「自分?」

「もう一度言おう。君は彼の同位体だ。端的に言えば限りなく同じもの。だからつまり、君が彼にどんな形の好意を持っていたとしても、それは全て一種のナルシズムということ」

相「私は、私の意思はアメリカの」

「原初はそうだったかもしれない。だが使われもせずに眠っていただけの人格など、赤子も同じ。加えて、人間の体を得るまでにベースとなったのは間違いなく彼だろう?」

相「……確かに、そうでしょうね」

「その自分を守ろうとすることも同じ、限りなく同じものだからこそ。そしてだからこそ上条刀夜はその性質を利用して、君を使って、自我を低下させた上条当麻を操る事を可能にしている」

相「ならば、私という存在を消し去れば」

「それは無理だ。君は、彼のナルシズム。その根源は自己を存続させようとする本能にある。そんなものを、そんなもの自身が、消し去れると思うか?」

彼女は、言い返せなかった

どうしてどうして、飛んでくる上条刀夜の意思を当麻の体で実行するだけしか許されていない自分に、自分を消す事など出来ようか

そして

「帰結が変わらないならばいいじゃないか。ここは居心地が良いだろう?」

止めに言われた言葉は、まさにその通りだった
76 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:35:02.62 ID:clCjz2IDo
何とか追ってみれば、アイツは統括理事長に殴りかかっていた

空間移動か超スピードなのか分かりはしないが、それを避けた緑の衣の男は遥か後ろの破片の上に

間髪いれずに外部出力された"幻想殺し"の大砲が離れた彼へと発射され、男の姿はその周辺の破片と共に消えた

やられてしまったのか、それとも空間移動か何かで消えたのか、それは分からない

刀夜「全く、彼は本当に引き籠るのが好きらしい」

御坂「……え?」

刀夜「ああ、君は無事だったようだね。良かった」

余程統括理事長に意識を向けていたのか、この男は自分の接近に気付いていなかったらしいが

無事、と言っていいかと言われれば、当て嵌まらない気がした

だって、今の私は自身の能力によって自身を保っている身

細胞活動に必要な物質を電子操作で強引に原子と原子を接合して造り出し、それすらも不可能なところは白井のように電子だけの構造体に変換する

御坂(それってもう、"生きてる"って言えないわよね)

白井(しかし、お姉様ですらそうしなければ体を維持できない状況だと言うのに。この男)

御坂(…‥そうね)

警戒を促す心の中の後輩

あの上条当麻の親だから、と言ってしまえばそれまでだが

刀夜「そしてすまないが、しばらく当麻は私と一緒にしなくてはならないことがあってね。それに時間を割くことになるんだ」

御坂「はぁ……」

刀夜「つまり、折角面会出来たところを悪いが、二人っきりの時間は少し待ってもらえるかな」

ついてくるな、と言いたいのか

御坂「それ、私もついて行くのって」

上条刀夜の瞳が僅かに動いた。眉の動きから拒否という感じではなく、寧ろ

刀夜「うーん。別に構わないけど、危険なことは間違いない」

御坂「危険なんて、今更この状況で、気にすると?」

刀夜「そうだね、確かに今更か。……実のところ私と当麻だけでは少々心もとなくてね。君という戦力には期待したいところだ」

御坂「勘違いされたくないから言っておきます。私はあなたの為じゃなくて、アイツの為について行くだけだから」

聞かされた彼は、言われなくとも分かっていたようで

刀夜「それでいい。その方が都合が良い」

と、述べた

ついてくるなと先んじて言う事で、逆に炊きつけたかったのか

そんな会話の事など知らず、彼らの目の前で、上条当麻はまた次の目標へ足元のモスクワの破片を蹴っていく

刀夜「この事が終結したら、彼は君のものさ」

見ながら言ったこの台詞は、本意なのか。そんなものは定かではない
77 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:35:29.43 ID:clCjz2IDo
ローラという名前すら知らない女の死は、彼の前で一つの存在が散ったこと意味していた

その人に付いて、彼は、一方通行はよく知らない

だから、見方を変えれば、彼にとっては死を前にして耄碌したババアでしかない

だが、無意味なものだったかと言われれば、違う

そもそも、奪ったものであれ、奪われたものであれ、効果の多寡はあれど、彼にとって無意味なものなどないのだ

あまりに多くの殺人は、彼を冷酷なものにすると同時に孤独を深めさせ

あまりに一瞬の敗北は、その孤独の中に思考を取り戻させ

あまりの多くの出会いは、孤独へ回帰することに恐れと怒りをもたらした

そして、あまりに多くの死別は、特定の目標も時間制限もない、守り保つということがどれだけ難しく、どれだけ力のがあっても難しいことなのか、どれだけ考えることを放棄していたのかを彼に知らしめた

結局、フィアンマであれ垣根提督であれ

"守りきれないからこそ、そのものを変えなければならない"という結論に辿り着いたのだ

そしてそれは、一方通行の思っていた通り、ただ変えるだけでは逆により深い歪みが生まれることだって有りうる

同時に深い思考が必要なのだ

彼自身を振り返ってみれば、全体を見通した思考をした試しなど殆どなく、実験にせよ依頼にせよ、そして日常生活にせよ、他人から導かれてばかり

それは、彼がまだその段階でしかなく、同時にその段階で良かったから

だが、今は違う

今自分は、自分の行動を自分で考えて、判断しなくてはならない立場になった

そして複数ある内の中から"判断"という決断を後押しするものは、なによりも自分の感情だと教えられた

一方「やらなきゃ、ならねェよな」

その傀儡は、まず言う為の声を取り戻した

一方「え?」

一方「どうやら、一番変わって無かったのは俺の方だったンだからよォ」
78 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:35:55.93 ID:clCjz2IDo
『"相対するもの"に第三位のオマケつき。それが切り札か』

直接的に、引き籠ってしまったアレイスターの声が上条刀夜へ届いた

「この娘については本当におまけと言うべきだけどね」

『ほう。ではそれがどういう意味をしているのか、理解をしていないか』

「愛欲のあるものはこちらの味方さ。そして、当麻のもつ力も、人間の持つ"破壊衝動"という本能的な力と同じ」

『だから、彼も彼女もそちら側であると言いたいのか』

「私達自体もまた対のようなものだろう? "合理"という鞭を振るって万事の規則を見出そうとする人間性と、その対として反感的・本能的・情欲的な関係性を求める人間性」

急に喋り出した男を、後ろで追う少女は怪しい目で見ていた

「それが神をも生み、またその束縛を嫌う。お互い、実に人間本位じゃないか」

『そこまで理解をしておきながら、どうして貴様は本能の側に付く。それによって行使される力ほど危険なものはないと分かっているだろうに』

「君は何千という年を経たにも関わらず、生き物というものを根本的に理解できていないようだね」

「一体どこに、自らの種を滅亡させる本能がある? 一体どこに、バランスの取れた周辺環境を自ら破壊するような本能がある?」

"座標移動"の女が露骨にこの男を警戒していた理由が、今ならわかる気がした

「今みたいに、それを可能にしてしまうのが、結局人間の理性じゃないか」

『何を言う出すかと思えば、原始社会回帰論など』

「そこまでストイックじゃないさ。ただ、本能を、情をないがしろにしてはならないとしているだけだ」

『心情など、所詮は人間が人間自身をコントロールするための手段でしか無い』

「分からなくもないね。でも君は人の親じゃない。だが、私は親だ。たったそれだけの、しかし私達の間にある最大の違いは、理解の幅の違いは、それだけさ」

『なら、その条件を満たしていない私では、永遠に貴様の立場を理解することは出来ないということになる』

「それでいいさ。私にとって君は邪魔だ。邪魔な者を排除するのもまた本能的なものだろ?」

御坂の前で上条刀夜は足を止めた

目の前には、傾いた窓の無いビル

「当麻」

この一言を彼が言った直後

未だ残っていたアレイスターのビルに大きな大きな穴があき

詰まっていた空気が、一瞬にして外部へ拡散した

星をも砕かんとする勢いで放たれた"幻想殺し"の外部出力を食らったのだから、仕方ない

アレイスター「これで、"神の国"を人の手で直接破壊する手段はなくなってしまった」

そのビルの主が、あいた大穴から姿を見せる
79 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:36:40.03 ID:clCjz2IDo
とても堪らず出て来たという素振りでは無く、落ちついたもの

刀夜「そこにあったものですらもアレを破壊できない。それは君自身が一番知っているはずだ」

アレイスター「どこぞの誰かが放ったレーザーですら簡単に弾き返されてしまったのだからな」

刀夜「っ。だが今なら、私には"相対するもの"がある!」

声に従って、そのまま、上条当麻が同じ場所に"出力"を照射する

アレイスター「"一方通行"」

言うが先か、現れたが先か

目の前に現れた一方通行が、アレイスターを簡単に消し去ってしまってもおかしくない"幻想殺し"の砲撃を弾き返す

上条から放たれた力をNとすると一方通行がそのままの勢いで弾き返した力は2N

自らの攻撃を自ら喰らいたくない上条当麻も力を更に込めて、その力もまたNならばN+Nすなわち2N

結論、彼らの力は双方2Nづつの同値となって、相殺

刀夜「やはり出て来たか。想定していたよ」

そのまま、今度は一方通行が上条刀夜に向かって直進

単純な突進であるが、その体の周りを覆うエネルギーは、分厚すぎて黒々としている

もちろん、上条刀夜が喰らえば消滅は必至だ

今度はそれを、上条当麻が父親の前に立って防ぐ。具体的には、出力展開を面のようにして分厚い盾を空間に作り出すと言う方法で

凄まじい衝突音と衝撃が、周りを無重力に漂う破片を息を吹きかけられた埃の如く吹き飛ばす

ついてきてしまった御坂美琴も当然巻き込まれ、簡単にその手足が吹き飛んだ

白井(お姉様!)

と御坂の心中で叫んだ少女の意図を採って、彼女は一度安全圏に空間転移

吹き飛んだ腕や脚の部分部分を、電子的に解体して取り込んだ白井黒子の空間転移で引き戻し、更に電子操作による強制接合によって再生させる。足りない部分は周りの破片から、それでも足りなければ電子による構造体で代用だ

また少し、人間から能力による純粋な"電子構造体"に体が転化したことになる

             神に与えられた者
人と言うには、あまりにも "超能力" に頼った存在となっていく

先程まで自分が居た位置を見ると、一方通行と上条当麻はお互いがお互いの手を掴みあい、子供のような力比べをしていて

とはいっても、それは決して微笑ましいものではなく。少しでもバランスが崩れたらこの宙域の全ての破片を粉々に砕くには十分なエネルギーが暴れることを意味していた

そして、いつの間にか上条刀夜の姿は無かった

白井(お姉様、あそこに)

彼女が示した先。先程の"幻想殺し"の外部出力によって大きく壊れてしまった窓の無いビルの中の、統括理事長という存在の前に、どう見ても頭部が3つある男性のような存在があった
80 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:37:06.10 ID:clCjz2IDo
「阿修羅とは、お似合いだな」

その姿を見ての素直な感想だ

刀夜「褒めている暇があるのかな?」

アレイスターの言葉に真ん中の上条刀夜の顔が返事をし、6本に別れた腕を一斉に振り回す

阿修羅と言うには、確かに顔は三つ。知的な表情をした刀夜に、悲しみを浮かべた刀夜、そして中央に邪悪な笑みを浮かべた刀夜

だが、その腕は人のそれと言うよりは蜘蛛などの虫を思わせるフォルムに変形していて、すこぶる長い

アレイスター「物理的な攻撃など効果は―――――ッ!?」

余裕の言葉は最後まで言えなかった

どう見ても、ただミュータントのように変化させた腕を振り回していただけだと言うのに、身動きを取らなかった彼は身に受けてしまった

特定の場所に居る自分という存在そのものの濃度を希薄化させ、薄くなった分を他の場所で生じさせる

つまり、体を純粋に真っ二つにするのではなく、100の水の内50を物質的な影響を受けにくい水蒸気に変換して移動させる形を、物質及び魂とも言うべき情報を含んだ"存在"という概念で実行させたのだ

そうすれば、一つの地点で殴られる存在は自分の中の極僅かにまで影響を減らせるし、同じ地点であっても100の内100を物質的な影響を受けないフォルムに変えてしまえば全く無被害となる

ハズだった

結果を見れば、アレイスターという男の腹部には火傷のような壊死のような痣が浮かんでいる

刀夜「君と言う存在を相手にしようと言うんだ。そんなに単純ではないさ」

右側の顔が呟いた

アレイスター「流石に、見抜かれていたか」

刀夜「何度も目の間に現れてくれたからな。対策はするさ」

アレイスター「だが、私が採ったアクションはそれだけではない」

その顔にはまだ、緊迫したものは見られない

彼が何を指してそう言ったのか、上条刀夜にも直ぐに分かった

三つに分かれた首の内、一番左側のものを除いて、残りの二つが派手な飛沫を挙げて吹き飛んでしまう

ゴトゴトッ、と無重力空間の中で吹き飛んだ二つの頭がビルの壁にぶつかる音が響いた
81 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:37:33.80 ID:clCjz2IDo
拮抗しているように見える、"神"を取り込んだ一方通行と"相対するもの"である幻想殺し

しかし、一方の白髪の男の顔には、余裕がある訳ではないが、ハッキリとした戦意の様なものが見え

もう一方の上条当麻には、どこかハッキリしない、気遅れのようなものが見える

御坂「アイツ、もしかして」

白井(もしかして?)

あんな表情は、見たことが無い

いつものような、どこか頼もしさを感じる様なものではない

御坂「怯えて……怖がってるの?」

遠目に、彼女にはそう見えた

それは事実だった

一方「――――ォラァ!!」

何処か気迫を感じない相手に、彼は思い切って脚を振り回し上条の腰を狙う

少しでも、それこそ子供の喧嘩レベルに体術の心得があるのなら、それは先に仕掛けた一方通行の方に隙が生じることは明白だ

根本的に反射も一方的な"押し付け"も、効果の無い幻想殺し

同じ力ならばこちらも常に出力し続けなければ打ち負けるが、こっちが出力している力よりも低い防御しかしていない場所にならば、"幻想殺し"にも効果はある

結果的に、それは上手くいった

上条当麻はくの字に体を曲げて、いくつものモスクワの破片を巻き込みながら、派手に吹き飛んでしまった

一方「オラオラどォしたァ!!こンなもンかよォォ!!!」

そのまま、彼は吹き飛んでいった上条当麻を追い掛ける

一瞬、御坂の方にも視線を送り、その視線に彼女は恐怖を感じた

この女は敵ではない。敵はあの"幻想殺し"だけ

あれの力を消し去れば、俺は

一方(存在そのものを消滅させてしまっては、対は消滅してしまうぞ?)

一方「その説明は聞いた。よゥは、アイツの意識だけを殺せればいいンだろ」

一方(そうだ。けれども、いいのか。結局、その選択はアレイスターの望むことと変わらないぞ?)

一方「誰が、アイツに、俺が協力すると言ったァ!」

言いながらも、次なる拳を日和った上条に叩きこむ

彼には吐く空気もないハズだが、腹部に受けた上条は口を開いて何かを吐くような顔をした

これ以上食らいたくないから、身を守る様に腕を顔の前に置いて防御の構え

そんな物を見せられれば、一方通行はますます好機と見做す

とても"対"とは言えない一方的な殴り合いになってしまった
82 :はい、設定忘れかけてました [sage]:2011/12/19(月) 21:38:14.91 ID:clCjz2IDo
「馬鹿な。当麻ッ!!」

一人が、劣勢の息子をみて思わず声を出した

アレイスター「どうした? 君の相手は私ではなかったのかな?」

と、言いながらも

吹き飛んだ二つの首から一瞬で生えた第二第三の上条刀夜を八つ裂きにして、立っているがアレイスター

刀夜「ッ。なぜこんなことに」

アレイスター「人の事を理解している風な事を言っていたが、一つ、アドバイスだ」

刀夜「何だというんだ!」

叫びながら、残った一人が拳銃の引き金を引いた

飛びだした銃弾が瞬時に周りのエネルギーを吸収して、それは地上の如何な砲塔が放つ弾丸よりも凶悪な威力となるが

アレイスターは、子供の投げた全力のゴムボールをグローブも無しにキャッチするが如く、受け止め

更に再生した他の上条刀夜達が構築しようとした術式が放たれるよりも早く、その頭部へ衝撃を送り込み簡単に破裂させた

アレイスター「やる気は無いが他人に言われて仕方なく戦わせられいるのと、少しでも自分が乗り気である場合で、強敵に出会ったのなら、どちらの方がより恐怖するだろうな?」

刀夜「馬鹿な。アイツが、"相対するもの"が恐怖しているというのか」

言った男は相手に首根っこを遠隔的に掴み挙げられ、壁に叩きつけられた

それでもすぐさま立ち上がり、先程喰らった術式効果を生じさせぬように新たな制限の術式を展開する

実のところ、このいたちごっこが続いているのだ

アレイスター「より深く"相対するもの"を受け入れていれば、恐怖することなどなかっただろうが」

攻撃手段が少ないのなら、上条刀夜のその行動は正しいと言えるだろう。臭い物へ一つづつ蓋をしていく形になる

しかし、相手の深みは、そんなに簡単に全ての蓋の出来るものではない。単純に、想定以上だった

アレイスター「君が彼を動かすために使っている上条当麻の同位体の女。彼女があるために、上条当麻の自我は君に必要だ」

刀夜「ぐぅっ!!」

またしても裁き切れずに上条刀夜は壁に叩きつけられた

回復能力がなまじ有る為に、最大級の悲鳴が彼の体を駆け廻り続ける

アレイスター「しかしまぁ、このままでは彼が可哀相だとは私も思う」

親子そろって一方的だ

アレイスター「君は、この男に覚えがあるであろう?」

頑張って立ち上がった上条刀夜の前には、上半身だけとなった青髪の体があった

刀夜「……まさか!?」
83 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:38:41.54 ID:clCjz2IDo
(あ、れ?)

ふと、眠りからさめれば、目の前に一方通行がいる

しかも初めての時よりも恐ろしい剣幕で、こちらを殴りに来ていて

感じてみれば、体中痛いところだらけだ

そして更に、腹部に叩きこまれる拳。生じる痛み

上条「!?!?」

何で、どうして、俺はこんな目にあっているんだ?

痛い。やめてくれよ

そう思っても、一方通行は止まる素振りなど見せてはくれない

(止めろよ、止めろって!!)

逃げようとしても、直ぐに一方通行は追い付いてくる

痛みは、止まらない

怖い、あの拳が。怖い、あの目が。怖い、あの足が

怖い。一方通行が

と、とにかく守らないと、逃げないと

更なる拳が迫る。今度は腹か、それとも顔か。どっちも嫌だ

そんな形で怯えるばかりの彼の前をズバァ、と光る青白い光が奔った

一方通行と上条当麻の間を極太の電撃が横切ったのだ

御坂「見てらんないわ。なーにやられっぱなしでぼさっと立ってんのよ」

上条「……!!」

登場した彼女に対しても、しかし、彼はかける声はない

一方「邪魔すンじゃねえクソアマァ!!」

身を呈して、文字通り上条当麻の盾として現れた御坂美琴を、一方通行は手で強引に押し飛ばそうとするが

御坂「黒子っ!!」

叫んだ御坂の手から電子の塊となった少女が飛び出し、一方通行の体に接触して

強引に、彼の体を空間移動させた

もちろん、一方通行はそれを防ぐことは出来たが

仮に実行した場合、白井黒子という存在そのものを撥ね飛ばす過程で、霧散させてしまう

そのことを瞬時に察してしまった一方通行は、強引にその移動先の座標を捻じ曲げる事しか出来なかった

御坂「今度は私が助けてあげる。だから、ビビってんじゃないわよ」

そう言った御坂の目は、しかし、優しいものではない

だから上条は恐怖が故に頷くしか無く、その様子を親でも殺されたかのような視線で封[ピーーー]るのは御坂美琴

御坂「じゃあ、行くわよ。第一位の一方通行さん!!」

気迫と共に、バチィと飛びきり大きな紫電が彼女から拡がり、周辺の破片達が下記集まって

現れたのは巨人

フィアンマのkm単位の黒い巨体には程遠いが、そのフォルムは
84 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:39:03.42 ID:clCjz2IDo
「…‥ほう」

圧倒的に余裕のあるアレイスターが、上条刀夜を足で踏みつけたまま、ビルの外の光景を見て声を漏らした

踏みつけられた彼がどうしてここまで何も抵抗できないのかの理由は、"幻想殺し"が本格的な恐怖を表に現したのと同じもの

アレイスター「見るがいい。いくら低俗な悪魔を掃う術式を受けて満足に動かぬ身であっても、視界ぐらいは確かだろう?」

悪魔払いの術式

そう彼が呼称したものの本質は、アメリカに腰をおろしていた青髪の一族の世界安定の為の儀式だった

世界各国のどの地域にもあるような、人の我欲が社会を乱し混沌を生むとした考えの元、世界を安定させるために彼らの部族は神に贄を捧ぐことでそれを抑えるという術式を生みだした

アメリカ政府が押し付けてくる欧州産人権観にも配慮して、歴代に続いたような人の命を捧ぐ様なことはせず、贄には欲の象徴である美酒や珍味で代用していたが

人の欲を貪ることを生業としている悪魔にとっては、それすらも邪魔なもの

だからこそ、彼は潰した。プロテスタント的な信仰と資本主義自由主義以外を悪として排除しようとするアメリカは、彼にとっても都合が良かった

青髪の一族を潰した事は、実は、数多ある彼の活動の内の一部でしかなく

一方で増大するそれらに対する後悔と、そして何より監視の為に、彼は青髪の男を身近に置いていたのだが

それらが積み重なることで、彼の中の混沌はますます深化していった

刀夜(この精神を弱らせるのに敢えて残しておいたものが、こうして逆利用されようとはな)

抑え込まれた彼の中の悪魔は、愚痴るしかなかった

そもそもである。愚直な本能が、どうしてアレイスターの理性を打ち負かす事が出来ようか

柔よく剛を制す。だから悪魔は力を強大な力を持ちながらも愚かな存在であると、到るところで現されると言うのに

刀夜「……あれは、"神の化身"」

力の基盤を己が悪魔においていた彼は、殆ど動きを封じられながら、壊れたビルの外を見た

アレイスター「そうだ。君の中の一人であるイェスがアメリカや学園都市で召喚した神の代替、偶像」

刀夜「しかも、私のもののような、上半身だけの代物ではないだと」

不完全だった自分のものと、御坂美琴のそれは一目して違う

その要因はどこにあるというのだ

アレイスター「当然だ。然るべき者の然るべき手段によって構築されたのだから」

刀夜「然るべき? 彼女は魔術を使えるわけが……」

フッ、と馬鹿にしたような音が響いた

アレイスター「まさか、第一位・第二位と言った呼び名が、ただその強大さだけを誇ったものだとでも思っていたのか」

刀夜「な、に?」

アレイスター「あらゆる規則原則を無視して一方的に押し付ける第一位の"一方通行"。あらゆる法則を変化させる第二位の"未元物質"。その能力こそまさしく神の能力、神の力」

アレイスター「その序列が次に高い第三位の彼女が、それらに匹敵する力を持っていて、何処に不思議がある」

刀夜「つまり、彼女の能力は"電撃使い"ではなく」

アレイスター「電子という手段によって、神の定めた世界の法則にそって物質を作り上げる"万物創造"。それが彼女の本来の能力だ」

刀夜「ということは……!!」

悲しみを持った父の顔は、更に青みが増した

アレイスター「だから言っただろう。何を意味しているのか、気付いていないようだ。と」


「そもそもの時点で、こちら側なのだよ。彼女はな」
85 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:40:09.48 ID:clCjz2IDo
「逃げろ当麻」

父の声が届いたのは、御坂美琴が作りだしてしまった"神の化身"が、一方通行ではなく上条当麻に対してその口からの咆哮を放った後のこと

何故、という感情が沸き上がると同時だった

そして、自分が呼び起こした破壊の巨人の思いのよらぬ行動に一番最初に気付いてしまったのは、他でもない御坂美琴自身

だからこそ、上条の盾として自らの後輩を強引に送り込んだ

上条の前に現させられた白井黒子は、それでも、気丈な笑みを浮かべて

"神の化身"から放たれた光線を身に受けつつ、その光の束全てと共に空間移動をした

より高い、より巨大隕石"神の国"に近い宙域で、突如空間移動して現れたものがパァッと大きく光るのが、上条の目にも写る

(何で)

白井黒子もまた、彼を守って消滅した

これに近いことを、"前"に見た。絹旗最愛の時と同じだ

あの時のような悲しみを、心の苦しみを、後悔を、しない為に自分は行動しようと、してきたはずなのに

(何でだよ)

何だこの状況は

それでも構わず、一方通行はその拳を躊躇なく叩きこんでくる

助ける、と言った御坂美琴は、自分にその矛先を向けて来た

どうしたらいいのか、"父親たち"に聞いても返事はない

上条「……!!」

どうしたらいいんだ! とも叫べず

ただ、その拳を顔で受けて、ふざけた痛みを覚えつつ吹き飛ばされ

自身の頭を砕かんばかりに掴み、狂った様な表情をする御坂美琴が、特大の電撃槍を"神の化身"に放たせる

(何でお前まで。御坂、御坂美琴っ!!!)

避けもせずに、彼はその雷を身に受けた

周りは全て敵だらけ。誰も、誰も助けてくれはしない

何をしたらいいのかも、誰も、何も言ってくれない

す べ て が
て  き ?

86 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:40:39.77 ID:clCjz2IDo
「だったら、自分を守るために」

彼の役割は、呟いた

「敵を倒し、自らを残すしかない」

彼のナルシズムもまた、操り糸から解き放たれて、その言葉に続く

両者のその声は、限りなく同じものに聞えた

彼女らも本来は一つ。今まさに苦しんでいる上条当麻の心の一部達

そうだ

自分の役割は、結局"幻想殺し"

"神"が、人の思考と言う名の理性によって生じたものであるというのなら

"相対するもの"である自分は、人の本能である破壊意思に従って、神を生みだす理性を、思考する幻想達を全て

全て、殺さねばならない

上条「…‥それが、俺の役目。幻想殺し」

オラァ! と声を吐きつつ繰り出される、認知可能なあらゆる力を内包した一方通行の拳

それを、上条当麻は身に受けた

しかし、損害を負ったのは一方通行の拳。そっくりそのまま、切り落とされたようにそれは掻き消されてしまった

ゾワッ、とした恐怖が一方通行の中にはじめて生まれた

明らかに今までと性質の違う相手の行動

瞬時に距離を取ると、次の瞬間には"神の化身"の左半分が消え去って、更には御坂美琴の前に上条当麻が立っている

女の顔は、混乱の一舌に尽きる

彼女の中で、愛情という本能と、"神の化身"の作成によって限りなく神の側に沿ってしまった思考が、戦っているのだ

そんな彼女を見るのが、忍びなかったのだろうか

上条当麻が心臓を鷲掴みにした直後、御坂美琴はこの世界から消え去った

その時どんな心情だったのか、一方通行には分からない

だが、彼女を彼がやったことで、彼がどんな行動パターンに入ってしまったのかは、理解した

一方通行と上条当麻は"対"となっている

一方が消えるようなことがあれば、もう一方もその存在形成を維持する力が無くなって、消え去る

だから、一方通行は己が変化の為に、"幻想殺し"の制御装置である上条当麻という意識を行動不能にするか、削除するかが必要だった

気弱になっているようだったから、このまま押し切ってもいいと思っていた。その方が、彼の精神にとっても楽だった

しかし、この上条当麻は相手の意思だけを壊すなど生易しいものではない。今の彼がしようとしているのは

一方(野郎、何でもかンでもブッ壊すつもりかよ!!)

対同士の消滅など、彼の気にするところではないらしい

ズルッ、と生えた腕でにも力を込めて、彼は再度突進した。彼を止める為に

向こうが消し去るつもりで来るならば、それに対抗できるだけの力を加えるしかない

つまりそれは、一方通行自身も何もかもを破壊しつくせるレベルのエネルギーを用いると言う事でもあった
87 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:42:36.54 ID:clCjz2IDo
「それは不味い」

そう言ったのはアレイスターの方だった

上条刀夜に到っては、今だに足蹴にされていて、動けもしない

アレイスター「エイワス、止めさせろ」

エイワス「残念だがね、無理だよ」

思わず声に出してしまったが、返事は彼の直ぐ後ろから聞こえた

アレイスター「な、何故ここに」

神の"器"の中に居てくれなくては、一方通行はその力を扱いきれないはずだが

エイワス「流石に、神の意思には勝てないものだ。叩き出されてしまったよ。まぁ、実のところ彼の制御はかなり前から解けてしまっていたのだが」

アレイスター「馬鹿な。彼女という人質があったのだぞ」

エイワス「君のやり方に同調されてしまっては、どうしようもない。彼は彼になってしまったのさ」

アレイスター「それでも、あなたなら何かやり様はあっただろうに」

エイワス「何者にも負けない押し付けを彼に定義したのは君自身だろう?」

言い返せず、彼も押し黙る

エイワス「それに、対の方から全力を出されてしまっては、こちらも全力を出す他ないと思うがね」

アレイスター「……。"打ち止め"の少女は何処だ」

エイワス「残った。彼女の意思で」

アレイスター「そうか」

ならば、一方通行自身が彼女という存在を消す選択を採るとは考えられない

問題は"相対するもの"

彼が"対"である一方通行を打ち倒してしまうようなことになれば、全てが

まさか、"悪魔封じ"がここまでの効果になってしまうとは

刀夜「当麻…‥」

              守り導く
"悪魔払い"によって"コントロール"することも出来なくなった息子の名前を、彼は呟いた

本当に予想を超えてしまう存在である。悪い意味で
88 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:43:03.17 ID:clCjz2IDo
「どうなると思います? 浜面さん」

少し長い黒髪をした少女が、その少女本来の姿のままで、隣に居る男に尋ねた

遠目に見える光景では音や衝撃が遅れてやって来て、とても詳細には見えないが

最早結果だけを見れればよい。巻き込まれることはデメリットでしか無い

「その名前は捨てた。あなたには、佐天と呼ばれることに違和感はないのか」

「んー、あるっちゃあるかなぁ。今あるのも、私自身の記憶そのものはないですし、違和感に近いものを感じるはありますけど」

だろうな、と同意の視線を送った先で、少女はその姿を変えていく

見る見るうちに、その黒髪は金髪となって、身は長身となる

「でも、折角先代と違うことをしようとしているんだ。違いをハッキリする為に"浜面"の名前を敢えて冠しても良いとは思わないか」

「……悪くない。名前などに大した意味はないからな。だが、その名前を使えるかどうかは、この結末を見なくては」

そう、ハッキリと言い放った彼を見て

「うん、その通りだ」

と、彼女はその横で彼に寄り添った
89 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:43:30.42 ID:clCjz2IDo
拳と拳が、正面から衝突した

たったそれだけのことだと言うのに、両者は軽く数1000km吹き飛んで

両者の腕は完全に掻き消えてしまった。再生する暇もなく上条当麻は突っ込んでくる

ならば、こちらもそうするしかない

二度目の衝突。今度は逆の腕が。これで、両者ともに上半身の肢は首だけとなった

一方(このままじゃあ、あなたが消えちゃうよ)

一方「気にすンな。お前だけでもなンとかする」

一方(そんなこと考えなくていいよっ!! 来る!)

一方「ッ!」

三度目の衝突前。"相対するもの"は大きく口を開いてこちらに向かっている

その様は獣。ネコ科の猛獣だ

しめた。噛みついてくるなら、脚で迎撃すればリーチの差がある。回り込める

蹴り飛ばした隙に腕を回復させて、そのまま一気に叩きこむ。なァに、いざとなれば"相対するもの"の1欠片でも残っていればいいンだ

その判断はもちろん一瞬で、彼は特別相手がどう動くのか、腰の、そして首筋の動きを注視する

だからこそ、気付くのが遅かった

その口から飛び出す、外部出力された幻想殺しの力、光の束

パッと光ったそれ自体では、ハッキリ言って効果は無い。込められている力の大きさが拳などの体に比べて小さく、方向を捻じ曲げることだって出来る

逆に言えば、それを対処をしなければならない手間が増えた事になる

故に、彼はそれを意識的に見ざるを得なかった

結果。方向を捻じ曲げて視界が完全にクリアになった時には

一方(引っ掛けられたァ!?)

眼前に迫った上条当麻は、その脚を鋭く回しつつあり、一方通行にはまともに防ぐ手段も無く

何とか自らの脚で相手の蹴りを守った直後に、ガブリと。その、上条当麻の顎が喉を砕いた

痛覚が廻った瞬間、彼は自らの体が軽くなったかのような感覚が駆け巡り

一方(何がッ、起きたンだ?)

直後、今度は一気に体が重くなる。負担の急増だ

"神の力"としてまとまっていた力の、フィアンマと垣根帝督の意思も混じった力の、その"神"の本質と言える構築を破壊されたのである

短く言えば、"神の力"に相応しいだけのエネルギーの塊を束ねていた枷が壊れたと言う事

当然、"神"と言う制御装置を失ったことによる急増した力の制御負担を、ただの一方通行という存在が負えるはずもなく

彼と言う存在は、堪らず弾け飛ぶ

同時。"対"の概念の消失は、上条当麻にも及んだ

"幻想殺し"の構成に必要なものは、神に対する"対の力"

その"対の力"もまた、"神"という枷が消えてしまったことによって、制御装置を失ってしまったことになり

"幻想殺し"すら失った、本当にただの上条当麻などに、その強大すぎるエネルギーの暴走を抑えられる訳もなく

全く同規模の、何もかもが馬鹿馬鹿しくなるほどの"消滅"という属性を帯びたエネルギーが、窓の無いビルを、モスクワの破片を、そして上条当麻という存在を、吹き飛ばした
90 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:43:56.86 ID:clCjz2IDo
「終わったな」

遠目に拡がっていく力の拡散を見ての言葉

浜面仕上のそれは、次代のアレイスター=クロウリーのそれは、映画館でスタッフロールが流れ出したのを見ての感想に似ていた

もうじき、防ぐことのできなかった破壊のエネルギーがここをも吹き飛ばすだろう

「んじゃ、行きます?」

隣に立った、これから始まる長旅の道連れである佐天涙子が、エイワスという名の彼の守護天使でもある存在が、彼を促した

もちろん、答えは決まっている

「ああ」



彼は短く頷いた

そしてここを離れるまでの残り僅かな時間。彼はじっと、残された"神の国"と名前づけられた人工物を見つめていた
91 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:44:43.01 ID:clCjz2IDo
(結局、俺はこういう運命か)

消滅の中、意識が急速に遠のいて行く彼は最期に思う

一万人も妹達を殺し、汚い仕事もしたんだから、当然の罰というやつなのだろう

(まァ、最期の最期まで足掻いたンだ。悪かねェよ)

いろんな人と会話して、戦って。偶々最後が上条当麻だった

彼が肯定できるような行動をする立場だったかと言えば、自分は否と言うが

結局この世は強いやつの思い通りになってしまう。そんなことは百も承知だ。そして自分の意思は負けたのだ

(俺は意思を貫いた。失ったものを取り戻そうとした。結果が伴わなかっただけだ)

もう心の中で、打ち止めは応えてはくれない

どういう理屈だったのか今になったらよく分からないが、心の中を実在空間として規定して、魂とも言うべき"存在の情報"を同居させる

その前提が、フィアンマや垣根提督の意思の為の神威の空間であったならば、枷が消えてしまった以上、そう言う事になってしまうのだろう

(本当に、嫌になっちまうぜ。まァ、孤独に消えゆくのが俺らしいと言えば、らしいけどよ……)

打ち止めが消えた途端にこれだ。随分と可愛らしい存在じゃないか、俺は

(いや。俺は、ただ誰かに甘えたかっただけなのかもしれねェな。取り戻そうとした世界だって、甘えたかった奴らにもう一度会って)

それで、自分の思い通りに?

何処の童貞の微笑ましい願望だろうか。でも根源で働いた心理はそういうものだったのかもしれない

そんな思いを浮かべる中に、フッと少女の事が、像が、彼の脳内に現れる

(アヒャヒャヒャッ。こんな時にまで打ち止めの顔が出て来やがるとはなァ。なンですかァ? 俺はペド野郎だったってのか)

「お疲れ様、一方通行。ってミサカはミサカは優しくあなたをねぎらってみたり」

どれほど逞しい妄想なのか、目を開くことも出来ない彼の暗黒の世界の中で、現れた少女は少し前の方で手を振っている

「ありがとよ」

彼は少女の頭に手を置いて、その髪を少し雑にやった

「わわわっ。そ、それじゃ、行こう。麦野のお姉ちゃんも黄泉川も待ってるって。たっぷり話を聞いてやるじゃん、ってさ」

「そうかァ」

そう返事して、彼はその少女の横へ並び立って、永遠の暗がりの中に歩みを進めた

「……そいつは、悪くねェな」
92 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:45:10.21 ID:clCjz2IDo
「最期の褒美だ。楽しむといい」

それぐらいは与えてやるべきだろう

結果的に、一方通行は私のアレイスターの為に働いてくれたのだから

例え望む結果にならなかったとはいえ、消え入る最後の力をそんな彼の悲しい空想の為に使って、誰が文句を言うのだ

そして同時に、顔を回してアレイスターを探してみる

あのまま一方通行の精神操作装置として中に在り続けていたら、先程の時点で消えていただろう

探せる体を与えられていただけ、やはり感謝すべきだ

尋常ではないエネルギーに満ち溢れた自分の器も、もう殆ど力を失っている

それでも、這ってでも最期くらいはあの男の側に居たいのだ

「居た」

見つけて、顔が、少しだけ緩くなった



身を乗り出そうとして、今のエイワス、前の佐天涙子は彼に近づくのを止めた

恐らく息が無いアレイスター。その側に居たのは

何の偶然か。頭を撃ち抜かれて既に死亡している滝壺理后が側に在って

彼の顔は、少し優しい色合い

だから彼女は

動かず、そこで、一人で最期を迎えた
93 :祝第二部完 [sage]:2011/12/19(月) 21:45:50.08 ID:clCjz2IDo
消え去ったのは"相対する"要素

残ったのは空っぽの、残された上条当麻の身

残ったのは役割の消えた、残りかすの僅かな僅かな人間性

目を開いたら、そこには黒い黒い塊があった

違う。それは宇宙だ

何がどうなったのか、状況を少しだけ理解して、同時に体がサラサラと消えゆくのが分かった

並行して意識も薄れていくのが分かった

今回は、"前"とは違う。一方的に世界を巻き込んだのではない

今度は、自分も消えゆく中の一人だ

(ごめん)

彼はまず、そして最期に、謝るしかなかった

(俺は結局、どこまでも疫病神だったんだな)

いろんな奴が頑張って積み上げてきたことを、簡単にブチ壊してしまった

昔からよく言われてきたことだ。何かを作るは難しく、壊すのは簡単だと

(本当に、その通りだ)

どうしてこう、壊すことばっかり得意なんだろうか

人間と言うものがそういうものだから、仕方ない事なのか

(いや。例えそうでも、やったのは俺なんだ)

それでも、仕掛けてきたのは向こう。なら、身を守らなくてはなるまい

それで向こうが斃れてしまって、それで世界が滅びるのなら

仕方ないじゃないか

「確かに、仕方ないかもしれねぇな。お前は破壊を望んでいた訳じゃないんだろ?」

(当たり前だろ。誰が好き好んで、こんなことをしたいって言うんだ)

「それには、俺も同意する。でもこうなった。なんでだと思う?」

(知らねえよ。偶々、そういう流れだったとかしか言えないだろ)

「じゃあ、そう言う流れだったのさ。もともとな」

(そう言う流れ……?)


「そ。だからこの世界の最後の犠牲者である俺に、俺は選択肢を与えてやるよ」

そう、確かに聞えた。あの"神の国"とかいう、ふざけた球体から
94 :本日分(ry EXVSオモスレー [sage]:2011/12/19(月) 21:49:20.61 ID:clCjz2IDo


――――――――――――――――――


「……ちゃん。……うちゃん!」

背中に何か突かれるような感覚がする。鬱陶しい

うーん、なんだよ。今日は疲れるんだから寝させて欲しいのに。もう朝なんですかね。早すぎますよ

小萌「上条ちゃん!!」

バン! っと頭に平たいボードか何かで殴られた音と衝撃がはし―――


上条「……おはようございますです」

ぷうっと、目の前の先生の顔は膨らんでいる

どうやらまた、課題が増えそうだ。不幸だ
95 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 22:12:08.95 ID:IGDhDs9ro
お疲れさん
超ボリュームで展開されたなあww
96 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 22:14:33.54 ID:xTh/90EXo
乙〜
ついに、長い長い土日が終了したか……
97 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/20(火) 09:23:26.00 ID:vRKTWfSSO
2周目、何もかも全滅endか
1周目の犠牲なんて可愛いもんだったんだな
98 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/20(火) 14:34:09.49 ID:nwW05YOuo
まさかの日常編突入
99 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 18:43:21.37 ID:Azi1D8QMo
一週目は上条の独り相撲
二週目はエゴのぶつかり合い
三週目はさてさて 期待してるよ
100 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/22(木) 14:10:27.11 ID:qj2zoxx4o
※warning
・三週目は独自の概念及び独自の設定が出てきます

・基本的には原作のキャラ設定に近いようにはなっていますが、気に食わないことも多くなることが予想されます
例:ビッチな麦野とか(性交渉に軽いとかじゃなく身の振り方的な意味で)

・世界観的にも偏見ばかりでてきます。ハッキリ言って気分が悪くなります

以上、ご注意ください

主人公の上条・一方・浜面は変化なし
だいたい悪いのはアレイスター(=二周目浜面)のせい
暗い

ああ、うん。今更だなこの注意書き

では本日分、短いですが
101 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/22(木) 14:12:54.60 ID:qj2zoxx4o
俺の名は上条当麻。この元・掃き溜めの街の一住人

元・掃き溜めの街。ここを外の連中は"ロウワー"と呼ぶ。中の人間も、面倒だからそう言ってる。昔からずっとそうなら今更変えるのも馬鹿馬鹿しい

本当の名前も有るんだろうけど、この街に居る4000万の内の大多数の"家無し"と同様、その名前を知っている者は少ない

       自然分娩個体  先天的遺伝子調整個体                 ロウワー
上階層の連中は "gifted" だの    "tuned"   だのの差別論を繰り広げているが、"こんなところ"に住んでいる人間からすればロウワーとそれ以外の格差の方がよっぽど酷いってものだ

上条「ま、逆に言えば、ここでは生まれの区別なく皆平等ってことなんだけどなぁ」

夕方の我が街の光景を何と考えるも無く歩きながら、彼は愚痴た

殆ど黄色人種だけで構成されつつも人口10億を突破した日本区の中で、髪や目や肌や輪郭がここまで色とりどりなのはこのロウワーぐらいだろう。小萌のような実験によって生まれたが廃棄された人間達がたくさんいるのだから

その中でも珍しい、髪が青色をした隣の男が上条の背中をポンと叩いた

青髪「ボヘーッっと見飽きた景色眺めても、課題は減らへんよカミやん」

土御門「そっとしてやるんだにゃー、青髪ピアス。連日の悪夢にカミやんの心は折れかかってるんだぜい」

反対側の金髪サングラス男も話に乗って来た

……まぁ、そうなんですけどね

青髪「課題増える→睡眠時間持ってかれる→授業中寝る→更に課題増える」

土御門「まさに無限ループ!! ってとこだにゃー」

上条「そう思ってくれるなら手伝って下さいませんかね。いや、マジで」

かなり真剣な顔で、彼は二人を見る

しかし両者の視線は上条を見ていない。当然のように

            プレ・マテリアル
土御門「いやー残念だぜい。"未元物質"系は専門外なんだにゃー」

青髪「ホントのところ、僕らも手伝いたいんはやまやまなんやけどねー。専門外じゃあなぁ」
102 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 14:13:52.72 ID:qj2zoxx4o
上条「とっかかりのところなんですよ!? 入門も入門の、ホントに1+1=2レベルの問題なんだぜ出来ないワケねえだろチクショウ!」

土御門「それでも専攻してないのは無理なんだにゃー」

上条「絶対嘘だよな! 手伝う気なんてさらさら無いよなお前ら!」

面倒臭いことは皆嫌い。当然の心理

青髪「つーかそんなレベルならカミやんだけでも出来るでしょ」

上条「それが出来たら苦労しねえんですよああああああああああ」

大通りに響き渡る絶叫。連日徹夜になれば仕方のないことである

このやりとりも何度繰り返してきたことか。無駄なエネルギーを使うだけである

各々の帰路に分かれて、自室のある集合住宅の安っぽい作りの階段をコツコツコツとやる気の無い音を立てて昇ると

部屋の前に、女が居た

御坂「……遅い。遅い遅い遅い遅い!」

しかも、お怒りの様子である。不幸である

少し重そうなビニル袋を持っているのだから、待たされるのは確かに嫌だろう

上条「いやいやいや、来るなんて連絡来てな……」

ポケットの中から型落ちもいいところの携帯端末を取り出すと、そこにはメールを示すアイコンが自己主張していた

上条(うわぁ、来てるし。ってこれ)

上条「1時間前どころか10分前じゃないか。流石の上条さんでも対応出来るわけないだろ」

御坂「先週言ったじゃない。今日あたりに来るって」

上条「あれ、そうだったっけ?」

言いながら、部屋の入り口のセンサーに手の平を当てて、そして反対の手でその少し上を殴る
103 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 14:14:20.00 ID:qj2zoxx4o
ブッっと嫌な音を立てて起動したセンサーが何とかして部屋の主であると認めてくれた。最近調子が悪いからこうせざるを得ない

御坂「そーよ。全く、か弱い女の子をロウワーなんかで待たせるとか」

上条「本当にか弱い上級層の女はこんなとこには来ないと思うんだけどな」

御坂「へぇー。食費不足でそろそろ餓死するって聞いてたアンタのためにコレ、持ってきてあげたんだけどなぁ」

上条の視線にまで持ち上げたビニル袋。わざわざ保冷材に包まれたその中には、鮮魚の文字

最上級層の彼女が持って来ているのだから、この地区で食べられるような、どこかのマッドサイエンティストが創造して野生化してしまった宇宙魚とは別格だろう

上条「めめめ、滅相も有りませんぞ御坂様。ささ、どうぞ中へお入りくださいまし」

御坂「はいはい、調子いいんだから。感謝はあなたの姉にしなさい」

上条当麻という男の部屋であるにもかかわらず、慣れた様子で彼女は部屋の奥へ

彼女がここに来る主な理由は、そこにある固定端末及び固定回線である

簡単に言えば、上層階級家族用の特別回線。日本区の最下層であるロウワーには一番似つかわしくないものが、ここにあるのだ

その特別回線を介して、彼女はアメリカ合州区に転籍してしまった上条相という女性に対して自分の研究結果をチェックしてもらっている

上条「いっつも思ってたんだけどさ」

御坂「んー?」

これまたこなれた様子で古臭い大型固定端末を操作する御坂を横目に、課題に目を通しながら上条は言った

上条「研究結果のチェックなんてお前の学校の、常盤台の先生達でよくないか? お前のしてる事って一応日本区からアメリカ区への技術流出だろ?」

御坂「何? アンタ自分の姉が信用できないの? 確かにこれって御法度的な事だけど、あの人はそんなことしないでしょ」

上条「うーん、そうだろうな」

         先天的遺伝子調整個体 
母に良く似た顔をした  チューンド の姉を思い出しながら、彼は言った。そういえばもう年単位で会っていない。他の自分の家族にも

御坂「それに、ウチの学校の教師陣じゃあ力不足だし」
104 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 14:16:11.07 ID:qj2zoxx4o
上条「だったら御坂家関連の研究機関でも良くないか? お前の姉ちゃんたちだって凄いんだろ?」

                                                                      最高傑作
御坂「その御坂家自慢の姉妹達の常盤台での連続主席って牙城を破ったのがアンタの姉でしょうが。10代目で"フルチューニング"の私よりは劣るかもしれないけど、5代前の姉だってそんなに大差ある訳じゃないの」

その姉の一人を更に超える成果をだした存在。そんなものと対立するのは馬鹿馬鹿しいと思った彼女は、寧ろ味方につけている

上条「へえ、常盤台にはそんな歴史があったんですかい」

御坂「アンタ、ホント自分の家族の事知らないのね」

上条「物心ついた時からロウワー住まいだからなぁ」

御坂「そ。んでもって、そのロウワー住まいの頭が残念な誰かさんを心配して私を寄越させてる人の頼みよ」

送信が終わり、「確認しておきます」の返事を見てから、彼女は隣で額に皺を寄せている男の持っている教科書タブレットを奪い取った

上条「それ持ってかれたら私めの課題が」

御坂「……アンタ、こんなものに苦労してるの? 生命科学系専攻の私でも分かるわよ」

上条「ですよねー。未元物質系の初期教材ですからねー。年下にこの言われよう。泣きたい」

御坂「ハァ。しゃーないな、この御坂美琴様の教鞭を受けるんだから、感謝しなさいよ?」

上条「え?」

御坂「アレに書いてあるでしょ? 負のループに陥った弟を助けてあげて下さいって。運が良い事に、私も今日は時間あるし」

なるほど確かに、固定端末の空間投影型ディスプレイにそっくりそのまま書いてある

御坂「でも、こんなのを理解してないんじゃ、そりゃあアンタの先生も特別な課題を出さない訳にはいかないでしょうね」

上条「……いらないと思いたい」

御坂「馬鹿言ってんじゃないの。とっととしないとまた徹夜よ」

上条「それは嫌。上条さん死んじゃう。……つーか何で姉ちゃんは俺のこの悲惨な現状を知ってるんだ?」

御坂「さぁね。でも連絡した時とか、アンタの生活の結構細かいところまで書いてあるのは確かよ。昨日魚食べたいって言ってたんでしょ?」

上条「……ちょっと待て。確かにそれは言ったけど、それって確か独り言」

御坂「だったら監視カメラでもあるんじゃない、この部屋?」

おろおろし始めた上条を、何を今更と見るのは御坂

やはりこの男、頭はあまりよろしくないらしい
105 :  [sage]:2011/12/22(木) 14:20:39.60 ID:qj2zoxx4o
「はァ、そうですか」

どうにも風当たりが良くない。まァ、いつもの事だが

                                                                       家系無し
番外個体「言っとくけど、べっつにミサカはあなたがロウワーからの成り上がり者だからだとか、チューンドだからとか、"名無し"だからこうしてるって訳じゃないから」

                                  自然分娩個体
白い肌に更に白い髪、その上赤い瞳。自分は間違いなくギフティッドではない

一方で目の前の女、ここの所長は、あの御坂家の姉妹達の長女でありその中で唯一の自然分娩個体

                                                           十 
そもそも姉妹達という計画が御坂家最高の先天的遺伝子調整個体"フルチューニング":ミサカミコトを作り出す為のものだとか言われている

その噂が本当ならば、この長女であり唯一の自然分娩型は、後のより良い個体誕生の為の試作ベースとしての意味合いが強く、言い変えれば、姉妹達の中で能力が一番劣る

だから通称:番外個体、ミサカワースト

それでも御坂家の優良遺伝子によって誕生しているのだから、その辺の家系のギフティッドやチューンドに引けを取る訳ではない。自分が一番下という現実を前に、少々性格に問題が出てしまったが

番外個体「ただ純粋にコストの問題なわけ。功を焦るあなたの気持ちは分かるけどねぇ」

一方(なァにがコストの問題だ。他の職員共の平均よりも予算の見積もり高は3割も低いってのによォ)

番外個体「当然だけどミサカの一存でもないから。他の上級職員との合議によるもの。だからまたのチャンスまで他のプランのサポートをしときにゃさーい」

突き返された研究企画書を、彼は受け取るしか無かった

一方「わかりましたァ」

返事をして、そのまま部屋を出る。背後から「嫌だったらロウワーに帰ってもいいんだからねぇ」と有難いお言葉を受けながら

一方「誰が帰るかよ、チクショウが」

一人廊下を歩きながら、彼は愚痴る

やっとの思いで這い上がったというのに、結局現状はコレだ
106 :本日分(ry 区≒国 [sage]:2011/12/22(木) 14:23:10.47 ID:qj2zoxx4o
血統・家系主義による地位の確定、不動の格差

10年前にロウワー救済政策を打ち出した日本区知事も今は退潮ムード。連日の議会で責められる絵柄ばかり報道されている

同じ廊下を前から歩いてくる他の研究職員も、あからさまな侮蔑の視線を彼へ送ってきやがる

権力者の殆どが信奉している血統主義の一大保守政党の筆頭である御坂家関連の研究機関に居るのだから、多分、他の機関よりも視線は冷たいものなのだろう

一方「どゥも」

仕方なしの会釈を送るも、隣を通りすぎた男は無視

聞えないように舌打ちをして、彼、一方通行は屋上へ

ライトアップされた明るい宇宙という、コロニー独特の、どこにでもある景色がそこに在った。それは、育ちの故郷であるロウワーでも同じ

チューンド嫌いの女所長に、血統主義の同僚達。加えて一方通行というオリジナルな名の通り、名を持っている家に生まれていないロウワー育ち

腫れもの扱いになるのは当然だ

一億近くの最上層が住むこのコロニーへ移って2年。最初は夢とまではいかなくともある種の希望があった

だが現実はどこまでも非道。2年間も居て成果が上がっていないからという理由で、もうじきこの研究機関を首になるだろう。そうなればどうしたものか

いっそ今のうちに思い切ってアメリカ区などの他の区への転籍も考える

だが、この日本区で最高峰の研究機関に居ながら一切の成果を出していない自分を、一体どこの区が受け入れるだろうか

一方「はァ」

考えれば考えるほど気が滅入る

最高級の珈琲がタダで飲めるくらいが唯一の利点だったが、その味もとうの昔に飽きてしまった

変化のない現実。これならまだ、ロウワーの方が充実していた。楽しかった

一方「アイツ等は元気にしてっかなァ」

自分らしくない発言が漏れた。慣れは怖いものだ。涙も出やしない
107 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 14:27:04.93 ID:qj2zoxx4o
主人公の、っていうのは主人公が上条・一方・浜面で変わらないって意味ですサーセン
中身かなり変わってますサーセン。能力とか無いですサーセン
108 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 20:17:33.87 ID:3d9raRQ7o
能力のない一方通行なんか
ただのもやしだな
109 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 21:21:26.52 ID:ngfQc3Txo
この展開はふつうの時項改変ではなさそうだねえ
110 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 21:23:56.09 ID:Q41TVTDvo
乙〜。そういや、救いがないんだっけか……
さてさて、どうなる
111 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 21:26:15.10 ID:ycmNBwS4o
三周目にして一気に世界観変わったなww
112 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 23:15:07.18 ID:zQjbBhnZo
いきなりどうしたんだよ・・・
113 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 13:46:41.81 ID:03bOOkISO
3周目で色々分かってくるかと思ってたけど、甘かった……
114 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 13:58:10.24 ID:JZhUy4AIO
100週目でやっとぼんやりわかってくるから大人しくみてなさい
115 :100週とか人生掛けても終わらないですぞ [sage]:2011/12/24(土) 17:25:16.59 ID:rA/VFFdXo
最下層、ロウワー。私に、私達にとっては故郷

チューンドもギフティッドも混合した、ある意味ではマシなところ

そこの出身である私達も、自分達がどっちであるかなんて、出るまで分からなかった

調べようと思えば出来たんだけど、あの中に居たなら必要な事ではなかったから

外に出たら分かったこと。双方の調和を尊ぶなんて言いながら、影ではドロドロとして、陰湿極まりない

まぁ、そう言う対立って逆に利用できるものなんだけど

「さぁて、この後どうする?」

日本区上層コロニーの行き付けのレストランの特別客用個室で、彼女、麦野沈利は一人呟いた

この後、とはこの食事の後のことだけではない

この先の事。一体何をしようかということ

どうせ何かするなら、やっぱりツレの連中を使った方が良い。気心が知れている

ツレ。実子ではないという共通の秘密を抱えた少女達

先程までここに居た3人のツレ。その馴れ初めは故郷の時

みんなみんな、同じような"名無し"だったと言うのに

麦野(それが今や、どれもこれも名家のオジョーサマになっちまってさ。しかも、なかなか忙しいみたいだし)

もちろん、私もその一人だ

しかし"麦野"の家はどうにも放任主義らしく、他の名家の娘と遊ぶと一声かけただけで、こんなにも無駄に大きく豪華な洋風個室すらも自由に使えるだけの金をぽんと出す

そんなだから、子が続かず極秘養子など必要になるのだと言ってやりたいところだ。まぁその状況に感謝すべきは自分なのだから、文句はない

ともかく、私達はロウワーを出た

今飲むことのできるこの高っかい紅茶の味が、合成された紛い物では無い味が、それを物語っている

この勝利の味を知ることを可能にしてくれたロウワー救済政策。それを実行した日本区知事には感謝しなくては

麦野(日本区知事……か)

品よくカップに口をつけて、液体が口に入って来るのを待つが、空

しかしそんなことにも気付かないほどに、彼女の頭脳は集中していた

麦野(いいこと、思いついちゃったぁ)

いい加減、お家血筋以外に取り柄の無い男達をからかうのにも、飽きていたところであるのだから
116 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 17:26:03.14 ID:rA/VFFdXo
「上条ちゃんもやれば出来るじゃないですかぁ!!」

教室中に、声が響き渡った

小さな全身を使って喜びの感情を露にしている女の子、もとい、女性

この背で成人女性であり教師なのだから、流石はロウワーだ。きっと彼女にも辛い過去があるのだろうが、触れるわけにはいかない

なにはともあれ、御坂美琴様様である

もう徹夜の日々からおさらば出来ると、彼は喜んだが―――

小萌「前のやつをこうも完璧にやって来れたんなら、もうちょっと増やしても大丈夫ですよねぇ」

彼女の言葉は、彼の心を簡単に粉砕した

上条「無理無理無理無理、無理だ無理です無理に決まってますの三段活用!!」

小萌「大丈夫ですって。上条ちゃんならきっと出来ますよー」

吹寄「やりもせずに諦めるなんて情けないわね、上条」

小萌「そうですよー。例えロウワーの人間だって、出来ない訳じゃないんですから」

全く持って、教師の鏡のような言葉である。感涙ものだ

そんなことを、上条は思っていられない。こちとら生活がかかっているのだから

だが、しかし

「そうだ!出来るぞ上条!」

教室の誰かが声援を投げかけた。そして始まってしまう上条コール

土御門や青髪も参加して、こうなってはどう考えても悪乗りでしか無い

だが教師の方は目を輝かせて、クラス全員が彼を応援している(?)という光景に喜んでいるのだから、始末に負えない

こうして、彼の睡眠時間はまた削られていく
117 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 17:26:35.00 ID:rA/VFFdXo
そんな帰り路

上条「……お前らってさ、俺に死んでほしいのか?」

足取りは重い。毎日のことだ

土御門「上やんは、俺達が友人が苦しむ姿を見て喜ぶような鬼畜に見えるのかねっ!?」

青髪「そうやで! 僕らはただひたすらに、上やんが賢くなる事を祈って!!!」

上条「で、また睡眠不足の負の連鎖ですね」

ああ、空が暗い。いや、いつもどおりなのだが

青髪「うーん。でもなんでやろうなぁ」

ヤバい。マジ死んじゃう。睡眠抑制剤中毒になっちゃう。などとブツブツ言っている上条の横で、青髪が不思議そうな声を出した

上条「……なんだよ。なんかあるのかよ」

青髪「つっちーはさ、課題キツイって思ったことあるん?」

土御門「んー。そこまで苦戦した事はないにゃー。適量って感じはするぜい」

青髪「やろ? 僕もなんだけど、なんで上やんだけそんな厳しいんかなぁ」

上条「知らねえーよ! 分かってたらどうにかしてるわっ! なんかもういろんな意味で気に入られてるとしか思えません!!」

この心からの叫びを上げるために、彼は立ち止って天を仰ぐ

もちろん、そんなやつは置いて行かれるだけだ

土御門「そう言われると、確かに謎だぜい」

青髪「やろ? "研究主義経済"で回ってるこの世界システムだったら、よりたくさんの研究者が必要になる」

土御門「だから、それを作り出すための教育カリキュラムは相当練られて作られているハズぜよ」

上条「ロウワーだから通用しないんじゃないんですかね」

追いついた彼は、その自分なりの解を提示した。そうやって納得していたのだが

青髪「ありえへんてわけじゃなさそう。でも僕らは適量、上やんは徹夜」

土御門「カリキュラムに問題があるというよりは……上やんの方にありそうだにゃー」

上条「なぁおい、バカって言いたいだけだろ、それ」

両者の首が縦に振られた。凹む

青髪「つーかさ、なんで"未元物質"?」

上条「……そんなの適性試験に聞いて下さい」

土御門「アレは確か遺伝形質に成績とか含んだ総合判断だったけど、本人の意思でかなりなんとかなったはずだぜい」
118 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 17:27:23.93 ID:rA/VFFdXo
青髪「まさか自分で選んだん?」

上条「どれもこれも知るかってことで、俺に選択権など無かったのですよ」

青髪「で、せめて適性があるって言われた"未元物質"系と」

土御門「流石上やん。一番難度の高いのを選ぶとはアホの極みだにゃー」

上条「知ってたらするわけないだろ! 最初は面白かったのに、なんかこう、書いてある事が正しいと思えないんだよなぁ」

青髪「きょーかしょに文句言ってもしゃーないで」

上条「俺が間違ってるんじゃない。世界が間違ってるんだ! きっと! さて」

言って、彼は自分の古臭い端末を制服のポケットから取り出した

土御門「タイムセールの確認かにゃー? なんかお勧めは?」

上条「いいや、それじゃない。俺に睡眠時間をもたらしてくれる鬼教師に連絡しようかな、って」

極力、頼みたくないのだが。だってアイツ間違えたら懲罰的に殴って教えてくるんだぜ?

スッスッスッ、と使い慣れた端末を操作して、いざ御坂様に送信――――

しようとした、瞬間だった

ここはロウワー、最下層階級である。急に何があってもおかしくない

バリーン!!、と

映画にそのまま流用できそうな、分かりやすい破砕音が聞こえた

丁度彼らの横にあった、さびれた喫茶店のようなバーのような店。その一面のガラスが割れて吹き飛んだのだ

中から、白い装飾をした少女が飛び出してきて、周りが見えていなかった上条は避けることも出来ず

結果、二人は派手にぶつかって、彼の持っていた端末は明後日の方向へ。ぶつかった少女は直ぐに立ち上がった

「待ちなさい、禁書目録!!」

更に飛んでいったそれは、中から飛び出してきた一組の男女によって二度踏みつけられて―――

結果。立ち上がった上条は、粉砕された己の端末と走り去っていく3人の人影しかなかった

あまりにもキツイ現実である

ポン、と力無く立ったままの上条の肩を気休めのように叩く友人

土御門「これくらい日常茶飯事だってのに、気を抜きすぎだにゃー」

青髪「まぁ、神様がずるしたらあかんと言ってるんやろな」

そんなことを今更言われて、何の慰めになろうか

だから彼は、「終わった……」と虚ろな目で呟くしか無かった
119 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 17:29:51.21 ID:rA/VFFdXo
「でも、次の区知事選挙って、御坂さんのお父さんの勝ち確定らしいじゃないですか」

中層階級の、如何にも何処にでもありますといえそうな固定路線を走る乗客運搬用カーゴ内で、佐天涙子は言った

似つかわしくない人間もそこには居る。そんな乗り物になど縁の無いはずの、常盤台という女学校代表の御坂美琴とその補佐としてついてきた白井黒子である

学生生徒代表者会議と言う名前の、現実的には上級層の学校の意見しか通らない会合があって、彼女ら4人はその代表として来たのであった

もっとも、御坂はお忍びでロウワーという最も似つかわしくない場所へ頻繁に行っているのだが

御坂「単に現知事の人気が落ちただけだけどね」

ありきたりな返答をした

初春「当たり前ですよ。日本区全てがロウワーみたいになったら困ります」

白井「そうですの。確かにあの掃き溜めの中にも優れた人はいるでしょうが、これ以上の解放など、社会が不安定化するだけです」

御坂「……そーねぇ」

この者達は恐らくあの場所を深くは知らない。行ったこともないに違いない

確かにそこらへんで売買春があったり、喧嘩が始まったり、およそ普通の形をしていない様々な生き物が自生していたりはする

しかし、彼女らの言う様な危険分子ばかりが居る場所ではないのだ

御坂美琴はそれを知っている

しかし、伝聞だけで、しかも印象操作されている彼女達には未知の空間。そして未知が故に、恐れる

特に、この佐天涙子のような、ロウワー落ちギリギリのラインにある人間などは

佐天「もう、当の御坂さんがそんなハッキリしてなくてどうするんですか。あんな連中が出て来たことで、どれだけの人が迷惑してると思ってるんです」

と、殆ど怒りに近い感情を持っている

その通りなのだ。現区政権のロウワー救済法案によって、才のある人間はその外へ出ることが可能になった

だが、出たら出たで、その出た先に元々居た人間との競争になる。その競争に負けた者もいる。負けそうな不安を思う者もいる

仮にロウワー出身の人間に研究であれ何らかの活動であれ、負けたとすれば、それは一族の恥

遺伝子関連技術が深まったが故に生じた血統主義。200年近く経過したその根深さもあって、敗者は一族追放の憂き目にあう事だって有る。そうなれば、終わりだ

"佐天"や"浜面"などの、"偉大なる始父祖達"から生じた一般的な家名はあまりにも多岐に枝分かれしていて、現状、殆ど力は無くなっている。転落に歯止めが効かなくなってしまう

だから、敗者として社会から蹴飛ばされれば、向かう先はより下層、ロウワーのみ。一度落ちれば殆ど這い上がれない日本区の最底辺

その恐怖はまた、御坂家という次期日本区の頂点になると言われている一族の"最高傑作"である彼女には分からないだろう

『――――本日16時頃、第12日本区管理コロニー、通称ロウワーにて未元力場発生装置の爆発事故が発生しました。この影響によってロウワーでは――――』

カーゴ内の空間投影ディスプレイにそんなニュースが流れる
120 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 17:30:40.42 ID:rA/VFFdXo

ロウワーコロニー内全てのエネルギーが一時的に使用不能になったらしく、苛立つ人々の絵面が映し出された

その中で、如何にもと言った感じに頭を抱える、御坂には見慣れたツンツン頭の男がクローズアップされて、彼女は思わず吹き出しそうになってしまう

佐天「うわぁ、また派手にやって。これで何度目? あれの修理にいくら税金かかると思ってんだか」

表情を変えたのは、他の女達も同じだった。原因は微妙にずれてはいるが

初春「いっそのこと、日本区から切り離してしまえばいいんですよ。あんなところ」

白井「得策ですの。ねぇ? お姉様」

御坂「あ、え、うん。そうね、それもありかも」

本心では無い、が、彼女は頷かざるを得ない立場

何しろ、当確が既に決まっているとされる父の立候補の背景こそ、この対ロウワー蔑視と、現状が変化するのを拒む保守的な権力者層なのだから

娘の自分がおかしな発言をするのは、しかも白井という支持者である名家の人間を前にして、出来はしない

だから、少し。窒息しそうな気分を彼女は感じた

御坂「っというか、そのお姉様って言うのをやめなさいよ」

白井「それは出来ませんの、 お ね え さ まぁ ん」

気分の悪い話題は転換するに限る

だが、少しからかうような、しかし後輩の本心の言葉に、彼女はうんざりといった感じだ

初春「仕方ないじゃないですか。常盤台の学校主席がそう呼ばれるのは伝統らしいですし」

白井「そうですの。そしてもちろん、私たちがそう呼び合うべき間柄であるのもっ、常盤台の伝統!」

お姉様ー、っと至近距離から抱きつかれては、避けようもない

ほかの乗客の目が痛い。最早いつものことだが

佐天「ええっ!? ってことは、二人はそう言う関係? 相部屋って聞いたのも、ま さ か」

御坂「違うから! それもこれもあの上条相ってかなりマジなレズ、じゃなくてバイセクシュアルだったからでっ、その毒牙にかかったウチの歴代の姉達がっ」

歴代の姉とはすなわち、常盤台の歴代の主席である

白井「だ・か・ら、現主席のお姉様もその伝統に漏れず」

この黒子を苛めてくださいましーっ、っと頬ずりまでされてしまう

誰が見てるかも分からないんだからやめて、とその場は引き離そうとした

すると写真が、結局、パパラッチされてしまって

次の日の芸能系ニュース配信に、『やはり御坂家の姉妹達はレズだった!!』と大きく見出しが載る羽目になってしまった
121 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 17:31:07.18 ID:rA/VFFdXo
「なんでこんなタイミングで止まっちまったんだよ!」

ガァン、と彼、浜面仕上は目の前の椅子を蹴った

蹴られた椅子が、彼ら、ロウワー代表"スキルアウト"ラボ兼ガレージの壁に当る。ついでに蹴った足先が痛い

半蔵「馬鹿野郎。ドライバーであるお前の足が壊れたらどうすんだ」

浜面「悪い。……ちょっと頭冷やしてくる」

そう言って、彼はその場所を出た

"浜面"という名前を持っている彼ではあるが、出自は分からない。恐らくは、没落したどこかの浜面家が子供をここの遺児センターに預けたのだろう

そんな、ロウワー代表のドライバー

さて何の話かと言えば、恐らくこの世界全区の人間が知っているであろう、フロンティア・ワンというレースのことである

200年前に地球から出ざるを得なかった僅かな人類。しかしただ宇宙に出たのでは、およそどうしようもない宇宙規模の僅かな力で簡単に絶滅してしまう

だから生きるために必死で種を増やし、技術開発に明け暮れた

結果。四百億にまで人口は増え、宇宙空間に無限に在ると言える"未元物質"なるエネルギーにも物質にも転用可能な万能態すらも、完全ではないとはいえ制御が可能になった

簡単に人類が消滅することは無くなったのである

だが逆にそれによって生まれた副産物が、"停滞"。劇的な変化を起こすだけの技術革新とそのやる気も、薄らいでしまったのだ

"文化復興"というまだ良いといえる動きも生まれたが、多くの人々は享楽的堕落的に変化していった

そんな中で、注目をされるようになったのが"フロンティア・ワン(=F1)"

禁止事項が他のマシンへの攻撃と空間移動だけ、あとは人が乗っていればどんな技術を用いても良いというルールで速さを競うという、恐ろしく単純なレース

その単純さ故に、その派手さは凄まじいものとなっていて、停滞が深まるにつれて、年々人気は増していった

同時に全ての区を統括する統括理事会直営の莫大な配当が貰えるギャンブルでもあり、それが人気に拍車をかけている

世界各区のそれぞれの区を代表する為の、言わば区内予選。彼らはその出場チームの一つなのである

もちろん、機体には莫大な金がかかる上、技術レベルの高いところ程有利であるという性質上、日本区の代表はいつも最上層コロニーのチームであり

彼らロウワーは常に最下位だった。故にオッズも最下位

ロウワーの中ですらも、誰も勝てるとは思われていない彼らだが

浜面「それでも、今度の大会は負けられねぇんだよ」

と、彼は呟き、気負う

今度の大会に掛っているのは、金だけじゃなく、彼らの未来なのだから
122 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 17:32:01.61 ID:rA/VFFdXo
自身の才能と"空間内特定ベクトルへの干渉及び転向"という技術の研究成果を持ってここを出た一方通行のような才能の無い彼ら"スキルアウト"の構成員

そんな彼らがこのロウワーから浮上するには、このレースしか無い

しかも、ロウワー隔離派の御坂旅掛が次の選挙で勝つと言われているから、その前に成果を出さなくてはならない

結論、これが彼らのロウワー脱出をかけた最後のレースなのである

浜面「なのに、こんな時だってのに!!」

機体設計の演算途中に、停電。原因はこのコロニー内にエネルギーを供給している未元力場発生装置のトラブル。どっかの馬鹿かは知らないが3人程度がそこで暴れたらしい

復旧して演算装置を立ち上げてみれば、データはバラバラに断片化してしまっていた

バカみたいな速度が要求される為、最終的なハンドルは搭乗者が握るとは言え、随所にAIによる制御は必須

それまで巻き込まれて壊れてしまっていて、バックアップはあるものの作業は殆ど最初から

レースはもう、直ぐ目の前だというのに

浜面「チクショウ!!」

言って、持っていたお世辞にも美味とは言えないドリンクのボトルを握りつぶしてしまった浜面

溢れだした液体が彼の作業着に大いにかかってしまったが、眼中にない

それを見て、あーあ、と仲間の声が聞こえた

半蔵「全く、物に当っても仕方ないと思うぜ?」

いつの間にか、このボロッちい倉庫にしか見えない建物の中から友人が出ていた

浜面「一人にしておいてくれよ」

半蔵「駄目だ。その調子じゃ、最終的にこのラボまでぶっ壊しちまうだろ」

浜面「流石にそこまではし……」

言葉が止まった

少し冷静に考えてみれば、この建物、梁と柱が一本ずつ無いのだ。当りどころによったら、人間のか弱い一蹴りでも倒壊しかねない

浜面「いや、やるかも」

半蔵「だろ? ここを建て替えたいっていうなら賛成だが、そんな金はどこにもない」

浜面「わかってる。でもな、いい加減運が悪すぎるだろ、俺達」

半蔵「運の悪さでいうなら、こんなところに居る時点で最低だろ? だが何処までも最悪に悪いって訳じゃねえ」

そう言った彼の顔には、何か含むものが現れていた
123 :本日分(ry ……ふぅ [sage]:2011/12/24(土) 17:33:54.13 ID:rA/VFFdXo

浜面「何かアイデアでもあるのかよ」

ゆっくりと頷く目の前の男

半蔵「停電を引き起こした原因、未元力場発生装置だよ」

浜面「……は?」

まったく意味が分からない。だが、半蔵は続ける

半蔵「あれのお陰で、俺達はコロニー内ならどこでも携帯端末やら車やらなんでもバッテリー無しで使える」

浜面「"誰もが使えるエネルギーを何処でも使えるように"がスローガンなんだろ? ガッコの歴史の授業で何度も聞いたぜ、それ」

半蔵「そうだ。だが、あの発生装置自身は誰もが扱えるものじゃねえ。触れるのはそれ相応の専門知識がある奴らだけだ」

浜面「わかってるよ。だから復旧だってこんなに遅れたんじゃねえか。しかも今はサブシステムで何とかこのコロニーをまわしてるらしいし」

半蔵「それだ、浜面」

自分に向けられた、半蔵の指。でも謎である

浜面「いや、だからわかんねーって。手短に言えよ」

半蔵「了解。つまり、そんな専門知識のある奴らは何処から来て、何処へ帰るのかってことだよ」

何処ってそりゃあ、と浜面は考え、そして気付く

浜面「……まさか、お前」

半蔵「そうだ。有難いことにわざわざロウワーまで修理に来てくれる最上級層の技師達の移動システムに相乗りして最上級層へ行って、最上級マシンのデータを奪ってここへ戻るんだよ」

突拍子もないことだった

そもそも、ロウワーの人間はロウワーコロニーから出てはならないという、ふざけた法律があるのだ

違反すれば最上級刑罰が待っている

              エンジェライズ
浜面「おいおいおいおい、"天使化"されたいのかよ。んなこと出来るわけ―――」

半蔵「無いってか? だったら俺達は一生ここで暮らす事になるだけだ。やるやらないじゃねえ、やるしかないんだよ」

浜面「で、でもよ。んなことバレたら」

それ以上言うのを、半蔵が遮った。具体的には、フロンティア・ワンのパンフレットを浜面の顔の前に出すことで

半蔵「よし浜面、これをよく読んでみろ」

浜面「もう何千回も見てるぜ、こんなもん」

半蔵「じゃあ聞くぜ? 一体どこのページに、他チームの情報を盗んではならないって書いてある?」
124 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 17:48:26.73 ID:kjUp6CwWo
一体なんなんだってばよ
125 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 17:49:17.56 ID:99HU5wTro
これは嬉しいプレゼント
メリークリスマス乙
126 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 18:43:11.50 ID:CtXiN/5/o
ちょっと説明がほしいです……
127 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 00:26:03.94 ID:02XwFQw0o
そのうち説明くんべ
128 :多分どっかでオリジナル設定の纏め書きますぞ。多分 [sage]:2011/12/27(火) 11:13:24.20 ID:hd+44aozo
「はぁー」

溜息も出る。仕方ない

とりあえずの原因は、目の前のキャッシングマシーン。通称ATM

"研究主義経済"という、学業もしくは研究だけしとけば収入があるという訳の分からない制度の下、ロウワーだろうが最上層だろうが生活費は全ての人間に支給される

超高度自動化によって一般的な消費物の生産に人間という段階が必要なくなったために可能になったこの制度

背景には、宇宙開拓時代からの"人は一人も死なせてはならぬ"と言う精神が生きている訳だが

やはりそこにも格差はある。ただでさえ副収入が上の階層に行けばいくほどあると言うのに、支給される額も上に行くほど多いのだ

最下層ロウワーの得られる額は遊び幅があまりにも少ない。これでただでさえ種類の限られた食料品などの生活消費品の値段が上がりでもしたら、ロウワーは、というより上条当麻は、終わる

結論。何が言いたいかと言うと

上条「財布が寂しい……」

何度見ても、その中身が増えることはない

彼のような成績の悪さであれば制度は鬼となる

そんな彼の食欲すら満たすに怪しい視界にチラッと入って来たのは、F1区内予選の電子広告

こうなればいっそ、これに有り金全てつぎ込むか

上条(現状オッズで一番の大穴に賭ければ10万倍……一体どこのチームなんだ)

そんなもの、見るまでもなくウチ、here、我らがロウワーに決まっている

上条(ですよねー。ってかまだ出る気かよアイツ等。今度差し入れでも)

上条(――――って、今差し入れ貰いたいのは俺の方じゃねえか!)

それでも、彼は目の前の端末を操作した

それは残り少ない僅かな遊びの部分を、更に大幅に減らす操作だった
129 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 11:14:04.23 ID:hd+44aozo
上条「差し入れ代わりだチクショウ! 頑張って勝ってくれよな!」

精一杯の背伸び、もとい応援

帰り道で、「アレ、勝てないところに賭けるぐらいなら差し入れした方がマシだったんじゃね?」と気付くが、それは後の祭りである

部屋に付いてみれば、もう後悔しかなかった

しかも、昨日の停電のせいで半分程度やっていた課題達は丸々吹き飛んでしまって

上条「はぁー」

今日は休日だが残る時間は半分。そして寝たい

頼みの綱の御坂美琴様からの連絡もないから絶望的だ

基本的にあの女は用がある時にだけ一方的に来るやつだしね。うん、仕方ない、仕方ない………

上条「あああああああああああああ!!!!! もういろいろと駄目だああああああああああああ!!!!!!!」

部屋内に声がこだまする中、長らく洗濯していないベットにダイブ

しばらくあーだこーだ喚いて、彼は現実に向き合った

しかし

上条(どーせ出来ないなら、適当に書いてしまえ)

という、限りなく邪な方法に思い到ってのことである

A4サイズに拡大した端末のディスプレイをポンと叩く

ペシャッと本のページをめくるような音がして、ズラリと並ぶ式、式、式

頭が変になりそうな気がするも、そこに書いてある記号の意味を限りなく適当に解釈して、展開し続ける

まず一問目。我ながらの筋は通っている。あくまでも我ながらのだが

二問目。わぁお、方向性を変えて来やがった。適当に参考データを開いて、コレだ。これを使おう。なになに―――――

こうして、限りなく手抜きの課題が完成されていく一晩が始まった
130 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 11:15:30.09 ID:hd+44aozo
「……ハァー」

こちらも溜息。吐いたのは一方通行

一方(研究どころか子守りとはなァ。いっそ教師にでも転職してやろうかねェ)

そう思わせる原因は、目の前の子供

なぜ日本区最上層コロニーに子供がいるのかと言えば、それはここの所長ミサカワースト様の妹様が来ているから

当初は一年ごとに調整を繰り返して出来た最高傑作が一番最後の妹である予定だった。それが御坂家の高名な姉妹達

しかし、娘を10人も作った父親は最初から狂っていたとも噂されている

最後の妹である"最高傑作=フルチューニング"が幼少期を終えたことで、我が娘の幼少期をみることは無くなってしまった。これまでは正月にでもなれば、およそ娘と言うべき全ての年代でズラリと並んだ娘達が居たのに

敢えてその感情を言葉にするならコレクター欲のようなもの

それが暴走して本当の最後の妹を作った、と

だから通称:最終個体、打ち止め。だから蔑称:愛玩個体

打止「ねぇねぇ、これはなぁに?」

などと次から次へと質問されれば、流石の一方通行であっても、うんざりもするだろう。寧ろ彼だからか

身の周りをぴょこぴょこと動き回り、とりあえず人の居ないラボの器具やら図式やらについて説明を求めてくる

この知的探究心はやはり御坂家譲りと言う奴なのだろうか

最初こそ感心したものだが、ねェ

一方「……あのですねェ、御坂のお嬢さン」

打止「なぁに?」

一方「あンたは怖くはないンですかァ? 俺、いや、私か」

打止「俺でいいよ。あと敬語も、私達しか居ないときは要らないからね」

間。もとい周辺を見回して確認する一方通行

とりあえず人はいないようだ。他の連中もこの子の面倒を見たくないらしい。分からなくもない

一方「ああえっと、その、そいつは助かる」
131 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 11:16:58.05 ID:hd+44aozo
打止「いいよ。それで?」

一方「そ、そうだな。怖くはねェのか、って聞きたかったンだ」

打止「怖い?」

なんで? と彼女は本当に無邪気な顔をした

一方「そりゃ、俺は今でこそここに居るが、元はロウワーの人間なンだぞ。姉の方から聞いてると思うがよ」

打止「うん、聞いてるよ。あと無能な奴だって言ってた」

一方(無能だァ? 発揮できる機会を片っ端からブチ壊してきたくせによォ……!!)

積年のモヤモヤが思わず、この女の子に向かってしまいそうになる

それほどに、積っているのである。はち切れそうなのである

一方「だ、だろォ? なら」

だが、それでも彼は抑え込む。当たり前だ。この子に害は無い

打止「でもね、別に初めてってわけじゃないもん。ロウワーの人と話をするの」

一方「初めてじゃない、だと?」

最上層の人間だと言うのに? およそ周りにロウワーの人間などいないはずだ

打止「周りにいる"天使"達の中に何人かいたから、どういうものなのか聞いたこともちゃんとあるよっ!」

元気の良い返事に、一方通行は合点がいった

"天使"。彼らをこう呼ぶようになったのは、何時なのか。あるいは人が神であるという誇示のためか

そうであっても、結局"天使"もまた人間。人間であったもの

    エンジェライズ
最高刑罰、"天使化"。それは死刑の代わりである

宇宙開拓の創成期において、一人の人間の持っている価値は大きかった

研究人材であり、次世代の元であり、更に労働力であり

だからこそ、一人の人間が凶悪な犯罪行為を犯した場合のその処遇が問題となった
132 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 11:26:50.66 ID:hd+44aozo
終わりのない懲役刑は管理コストがかかり、死刑ならば貴重な労働生産力の損失を意味する

そこに、既に遺伝子制御の萌芽と共に芽生えつつあった血統主義が加わって、犯罪をするようなおかしな因子は残すわけにはいかないとした結果、出来たものが"天使化"

掴みつつあった未元物質制御技術を生身の人間に組み込むことで、その体を永遠で無限大なる未元物質と同化させる

もちろんただの人間にそんな物を操る事は出来ない。だから、制御する仕組みを内蔵させる必要がある。その肉体に、脳に。例えその過程にその被検者の自意識と言うものが邪魔となるなら、それをも破壊して

結果。どこまでも使用者側に都合の良い、命令絶対でありながら最低限のコミュニケーションをする程度には自立思考も出来るという、万能で永遠の労働力を持った人形となる

故に"天使"。神すなわち人間の命令に絶対服従な、永遠なる下僕

AIでは今だどうしようもないところの操作や労働、それに重要人物のボディーガードが、主な"天使"達の役目である

確かにそれなら、彼女のような人間の側にもいるだろう

一方「確かにロウワー出身の天使は腐るほどいるだろォがよ。ありゃもうただのオートマトン、人形じゃねェか」

打止「でもでもでも、ちゃんとお話も出来るんだよ?」

一方「だが、そいつは襲ってきたりはしねェだろ? 特にどこぞのお嬢様なら、人質にして身代金とか要求してもおかしくねェのがロウワーの人間ってもンだ」

打止「へぇー」

少しニヤついた、大人びているとも言える笑みを、少女は浮かべた

打止「じゃああなたもそう言う事、するんだ?」

こういう余裕こそが、物怖じしない姿勢こそが御坂。その最終個体

一方「へッ、ここの羽振りはそこまで少なくねェですよォ」

打止「でしょ? だから、私はあなたを信頼してるよ」

そう言った顔は、今度は子供らしいもの

全く、その年で表情を使い分けるかねェ。どっかのお姉さンも見習ってほしいところじゃねェか

一方「……食えねェガキだなァ、オイ」

思わず、フッと吹き出してしまった

愚痴しか言ってこない同僚の補佐なんざより、よっぽど気がのるお仕事だ

一方「よォし、こういうの知ってるか?」

打止「え、なになに?――――――――――

まともな会話をしたのは何時以来だろうか

少し、楽になった気がした
133 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 11:27:40.84 ID:hd+44aozo
「ったく。何だってこここ連中の為に俺達が再三、アイツ等の生活の為に修理しに行かなきゃなんねえんだよ」

「それ以上言うなって。一応職務だ」

「わーってる。だけど、次の選挙で変わるだろ。そうすりゃ、限りなく暇なポストになるな、俺達の仕事」

「殆ど毎月のように呼び出されてるからなぁ。少しぐらい長い休みがあってもいいと思うよ、俺は」

「まーな。でも、その前に何度ここに来るか、賭けでもするか? F1の区内予選よりは面白いだろうぜ?」

「だな。どうせまた最上級層、ハイアー様代表の独走だろうし」

なんて会話が彼女の横で行われた

その場所は、コロニー間移動装置の客室。十数年前ならそれはちょっとした宇宙船のハズだったが

日本区だけで10億人なのだ。全ての区がその規模と言う訳ではないが、それが約200区

それだけの人数を含んでいるコロニーのサイズは早い話バカでかい。船舶で移動しようものならば、日本区の最上級層ハイアーから最下層ロウワーだけであっても数時間規模の移動時間が浪費される

その問題を解決したのが空間移動技術。それによって移動時間は20分の1にまで減少した

もちろん、長大なコロニーが誇る万キロ千キロ単位の移動など一回の空間移動では不可能であり、更に重量制限だって有る

だから小規模の一客室をいくつもの中継地点を経由させて進むのだ。だから、一瞬では無い

そして今彼女が乗っている移動用客室

ハイアーからロウワーに向かう奇特な人間など殆ど居ないため、この客室はいつもガラガラ

久しぶりの同乗者に、彼女は久しぶりの変装をする羽目になった。単に、伊達眼鏡をつけて髪を結び、少し下品にシャツを着た胸元をはだけさせるだけだが

御坂(っぶないわねー。制服で来なくて良かった、ホント)

彼女があそこに行く理由は単純である

前に彼の部屋に行った時に送った研究成果のチェックが出来たと、いつもの暗号を含めたメールが届いたのだ

そしてついでに、ついに出鱈目な課題を提出しするようになったから、受け取るついでに馬鹿な弟を厳しく叱っておいてくれとも

御坂(どう考えても後半の内容の方が手がかかりそうでしょコレ……)

もう一度読み返すも、行く前から少し気が滅入ったのは変化しない。まぁいい。そういう約束だ

わざわざ出向いて叱るぐらいならば、向こうを呼びつけたいところだが

残念ながら、ロウワーの人間のみ、そこに戸籍がある人間がその外に出る場合は審査を通らなければならない

彼らが中流層や下層に出るだけでもかなり厄介だというのに、最上級層のハイアーともなれば、ロウワーの管理をしている役人に多額の賄賂でも握らせなければ不可能だ

それに加えて今彼女が乗っているコロニー間連続空間移動装置の運賃を考えると、上条当麻にはとてもではないが無理だろう
134 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 11:28:08.30 ID:hd+44aozo
だからこうして自らが行くしかない

御坂(でも、御坂家のお嬢様演じるよりも、正直気楽だしねぇ)

ぐぐぐっ、と椅子に深く腰掛けて伸びをする彼女

物珍しい同乗者に興味があったのかもしれない。先程会話をしていた男達がそんな自然な振る舞いをするこちらを見ていた

ハァイと言わんばかりに右手の指を誘う様に遊ばせて、反対の手で絶賛成長中というお世辞にも目立たない胸元をを隠していたシャツを更に下げる

明らかに誘う下層の女を演じると、技師の男達は彼らの欲求に反して強引にしかめつらをして

「コレだから下層の売女は」「下品すぎる。見境が無い」

などと口走るのだった

狙い通りの、予想通りの反応に表面上は残念そうな表情をして、内心笑いが止まらない

御坂(鼻の下伸ばして言っても説得力無いのよ、自称紳士さん達。ま、こんなもんね)

ここまでやれば、こちらがまさか御坂の人間であるとは思うまい

ついでに言えば、あまりにも誘い過ぎて本気にさせる訳にもいかないし

襲って来たのなら、英才教育を受けた体術で相手のナニを潰すまでだが

『間も無く、第12コロニーに到着します』

ポーンという音に続いてのアナウンス

御坂(あ、そーいえばアイツに連絡入れてないや)

あちゃー、と考える程度には反省する御坂美琴。前みたいに直前に連絡してもいいが

御坂(うーん? たまにはアポ無しで驚かせるのも面白いかも)

なんて思いながら浮かべた、悪戯っ子のような顔は、とても自然な表情だった
135 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/27(火) 11:32:48.74 ID:hd+44aozo
リ・テラフォーミング
「"Re:Terraforming"」

逃げ惑う少女は、そのあまりにも気に食わない単語を呟いた。何度目かなんてカウントすることは無意味なほど

ガタッ、と何かが足にでも当る音が響いた。この逃げ込んだ、あばら家のような倉庫にである

あの追手達がこんなあからさまに近づいているという音を立てるとは思えない

ならば別の誰かが近づいているのか、或いは追手の連中がもうチェックメイトだと間接的に伝えているのか

圧倒的に前者であれば嬉しいが、現実は

         日本区の最下層コロニー 
ステイル「いい加減、"こんなところ"にまでの逃避行は止めにしないかい?」

神裂「そうです、禁書目録。一体何が気に入らないのですか」

後者だった

一方の男は煙草に火を付けながら、もう一方の女は自らの得物にすら手を付けず、倉庫の奥に身を隠している少女の方へ歩んで来る

それでも身を机の下に隠すしかない。それしかないのだ。自分自身は知識だけの、ただの少女。非戦闘員

対する目の前の連中はイギリス区の対情報流出への精鋭部隊。如何なる資金・資源などよりも貴重な最先端技術を守るための人間達

戦いなど挑めば、勝てる訳が無い。だから逃げて来たのだ。こんなところにまで

禁書「近づかないで!」

少女は叫んだ

そしてあまりにも古い実験器具、というよりただの金属の塊を彼女らに両手でなんとか投げつける

そんな物に、そんな抵抗に何の意味があろうか。金属の塊は男の片手で簡単に受け止め、叩き落とされる

ガッシャーーン!! と分かりやすい破砕音が倉庫内に響いた

それでも諦めず、彼女は抵抗を続ける

周辺の物をただ投げつけるという限りなく意味の無い抵抗

だが、それは全く完全に無意味では無かった

ロウワーという場所にとって無駄と言えるのは、簒奪されたあとの何も無い廃墟だけ

各コロニーには億の人数を収容できるように出来ているが、この4000万しか居ないでロウワーでは廃墟になっていない場所の方が少ないのだ

だから、まだ器具として使える物が残っているこの倉庫は、ある種の資産ということになる

「誰だお前らぁぁぁぁ!!」

学校にもまともに出てない、ロウワーのゴロツキ。いわゆるチンピラが出入り口で叫んだ

この三人が片っ端から壊しているのは、彼らのようなゴロツキが自身の暴力で奪った生きるための糧、商品だ

部外者に荒らされ壊されれば、キレる以外の選択肢などありはしない

「うおらぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
136 :本日分(ry [sage]:2011/12/27(火) 11:36:59.31 ID:hd+44aozo
ゴロツキにとっては、奥の少女など後でどうにでも出来る。となれば問題は手前の二人

ロウワーのチンピラ一号はステイルに殴りかかった。分かりやすく、顔を狙って

そのあまりにも愚直な拳は、しかし、簡単に避けられて

「ぐふッ!!」

そのまま逆に腹部を殴り返される

ステイル「ここは君達の塒だったのか。悪いことをしたね。だが」

「ヅゥッ……!」

更に今度は顔へ拳の直撃。ぐらつくチンピラの体

ステイル「こっちにもこっちの、都合があるんだよ!!」

止めの薙ぐような蹴りには、うめき声すら出なかった。その理由は単純

ロウワーの男が、逆に、ステイルの脚を受け止めたからである

「なめてんじゃねぞごらああああああ!!!」

ステイル「馬鹿なッ!?」

そのままステイルの脚を掴んで、壁に向かって投げつけた

その行動こそ商売を自ら壊してしまうことを意味したが、シンプルな思考しかないゴロツキには気になるような事ではない

壁に叩きつけたステイルに、ゴロツキはそのまま突っ込んでいった

今度はこっちの止めだ、という事なのだろう

続けて攻撃を喰らいたくないテイルとしても、背中に刺さった実験器具を掃う間もなく回避行動を採る

今度は避けられて行き場を失ったゴロツキの拳が壁にめり込んで、バキィと骨に何か影響が出た様な嫌な音が鳴った

しかし、このゴロツキは怯まない

それは、有り得ないはずの事だった

神裂「この者達には、リミッターが無い!?」

ステイル「ッ、条件が同じなだけだ。攻撃そのものは見た目通り単調、相手にできない訳じゃない!!」

片方の拳が割れた事などお構いなしに突進して来たゴロツキをいなしながら、返しに蹴り飛ばす

蹴り飛ばされた体によって倉庫の出入り口を守る扉の留め金が外れて、ゴロツキは派手に倉庫を叩きだされたが

ゴロツキは一人ではないからこそゴロツキなのだ

ロウワーのロウワーたる所以達が、"制限無し"の群れがそこには立っていた

その時にはもう、禁書目録の少女どころではなくなってしまった
137 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 11:40:22.16 ID:mIkj11QQo
打撃型ステイル
138 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 01:32:25.14 ID:XSRctTIoo
あけおめ
今年で終わるかな!?
139 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 02:21:16.96 ID:9Loi4eFV0
あけおめ
ひそかに更新楽しみにしてるんだからねっ
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/01/07(土) 05:03:19.29 ID:j7jwvaep0
やっと、ここまで読み終わった・・・・
仮に3週目がパラレルワールドとして1・2週目とどうつながって行くのかが楽しみ

>>1さん、引き続き頑張って下さい!楽しみにしています
141 :正月って案外忙しいよな。その癖太るって言う [sage saga]:2012/01/09(月) 18:00:20.04 ID:Y0IbYJ1Po
「ふんふんふーん」

特別何かの曲でもなく、ただ即興で浮かんだリズムに合わせて鼻歌を歌うご機嫌な彼、上条当麻

機嫌の悪い部屋のロックも気にならない程度に悦ってしまっていた彼は、いつもの解錠作業の一環としてセキュリティセンサーの少し上を叩こうとして

部屋の中からドサッという音が鳴ったのを聞きとった。確実に、人間サイズの何かが動いた音だった

上条(……お久しぶりの押し入り強盗様ですかね)

悦っていた気分は、一瞬で吹き飛んでしまった

上条「新学期にはまだまだ先だってのに……。不幸すぎるだろ俺」

突拍子もなく彼がそう呟くのも、新学期であれば必要に応じた新しいデバイスが支給されるからである

大多数が研究専用のそれらを複数集めて並列させれば結構な演算能力をたたき出せることもあって、ロウワーにおいてそれは一応金になるものと認識されている

だからこそ、新学期の始まる時期には、それ目当てに強盗やらが頻発する傾向にある

しかし今は夏期休暇前。新学期は二か月先だ。前の学期始めの時にもらったデバイス達もほとんど使われることなく、今も上条の学生鞄の中にある

上条(俺の部屋で今価値があるって言えんのは……)

あの固定端末か? あんな大きいものを? 有り得るか?

上条(ちょっとしたサーバークラスの重さがある上に、学校やら役所やらどっかの研究所の倉庫とか漁った方が実入りがいいだろうしなぁ)

その上、先日の、勝てる訳のないギャンブルに浮いた金をすべてつぎ込むという愚かこの上ない無駄遣いのせいで、食材だって満足にはない

こうも盗る物が無いと、盗みに入った人を逆に申し訳なく思ってしまうくらいだった

上条(いやいやいや、俺が被害者だから。だけどどうせ盗むにしても、ロウワーなんかじゃたかが知れてるんだから、もっと上のとこに行けっての)

なんて思いながら持っていた鞄を廊下側の壁に掛けて、彼は自らの部屋の壁を恐る恐る開いた

いつ”ちょっとした格闘”になっても対応できるように、覚悟を固めてである

開いた先、部屋の中から飛び出してきたのは強盗などではなく、円形の物体に柄が付いたもの

長年連れ添った相棒、フライパンだった

早速そんなものが飛んでくるとは思ってはおらず、一瞬虚を突かれてしまう形となったが

場慣れしていると言う表現をするしかない冷静な反応を、飛んできたそれを掴んでコンロの上に置くという動作を、彼は即座に行った

そのまま、完全に思い違いの人物へ向かってお決まりの台詞

上条「……どなた様?」
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/09(月) 18:01:10.60 ID:Y0IbYJ1Po
次に投げつけようかと包丁を手に持っている、殆ど白一色の少女が部屋の中央に立っていた

持っているブツは凶悪だが、とても押し入り強盗などには見えない

「もしかして、ここの部屋の人?」

警戒してますという姿勢を崩さず、少女は包丁を彼に向けたまま

上条だけでもどうにか出来そうな気はしたが、彼はひとまず両手を挙げておいた

上条「じゃなきゃどうやって玄関のセキュリティを開けたんでしょうかね」

「……古いタイプのものだから、そんなに難しくはないんだよ」

上条「そりゃロウワーに最新式のセキュリティなんてありゃしないって。でも、ってことはお前はそうやって入ったのか」

有り体な押し入り強盗なら、セキュリティ付きの一般的なドアなぞ、制御回路を破壊するなどして強引に開けてしまうものだから、盗られた上に修理費が嵩むもの

そういう意味ではこの可愛らしい強盗様は、思慮分別があって助かるところだ

上条「はぁ……。それで、何者様なのですかね、あんたはさ。何の用事でわたくしめの部屋に?」

まさか本当に強盗なんかではない、よな?

「私、私は」

しかし、白の少女は押し黙ってしまった

上条「……あー、うん。言いたくないならいいけど」

「ありがとう」

おいおい、お礼が帰って来ましたぞ? 何か訳ありか? どちらにしてもやりにくい

上条「えっと、俺は当麻。上条って姓に当麻って名前だ」

「とうま」

上条「そ。見たところ、んー。その、なにかに追われてたりとかですかね?」

「……なんで分かるの?」

上条「なんでって、ここの住人でも使わないような埃被って汚れた場所を走り回ったような見た目してるからな」

その結果、何の因果か部屋に逃げ込んだ、と。カンタンに予想がつきそうだった

上条(ここはロウワーだ。どんな素性の奴がいてもおかしくないし、わざわざ聞いても厄介事に巻き込まれるだけなんだけど)

何か訳ありで逃げ込んできた少女だ。例え大の悪党であったとしても

上条(今すぐ出てけって叩き出すのもなぁ)
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/09(月) 18:02:07.77 ID:Y0IbYJ1Po
はぁー、と深く息を吐く男

そして、手のひらを上にして彼は少女の前に腕を伸ばした

上条「とりあえずさ、その包丁は返してもらえないですかね。ウチには一本しかないからさ、無いと飯も作れないし」

「あ、ご、ごめんなさい」

言って、直ぐ少女は構えていた包丁の柄を彼に差し出した

上条「……ん、どうも」

                                ロウワー
上条(言われたままに自分の武器を渡すってことは。"ここ"の人間じゃないっぽい、か)

明らかに物騒な世界とは隔絶された場所にいたと思える、なすこともなくただ立っている少女

殺意らしいものは感じられないので、彼は背を向けて中身のあまりない冷蔵庫の中から食材を引っ張り出していった

まだ晩飯時というには早すぎるが、どんな厄介事を抱えているかもわからない見知らぬ者とは極力接触をしない方がいいと、彼は経験的に知っていた

だが、彼がもくもくと、途中で「あ、醤油きれかけじゃねえか」ぐらいしか言葉を話さずに料理をしていれば、当然少女は手持ちぶさたになる

「……ねぇ」

上条「んー?」

「この端末。弄ってもいい、かな?」

おずおずといった感じで、することのない少女は尋ねた

上条「構わないけど、見た目通り古いぞ。なにせ姉ちゃんからもらった10年モノだし」

「お姉さん。……そう言えばさっき、かみじょうって。確かその家名は、今の日本区の知事の、かみじょうとうy―――」

上条「お、おいおい」

それ以上は言わせまいとしたのか。男が少女の言葉を遮った

上条「ここはロウワーですよ? 俺とは無関係に決まってるだろ?」

「うん? そう言おうと思ってたんだよ」

上条「で、ですよねー」

端末の起動画面を眺めている少女は最初からそう思っていた

あまりにも手持無沙汰だから、会話を終わらせまいと「同じ家名だね」と続ける程度に言っただけだ

逆にそのせいで、会話が終わってしまったが
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/09(月) 18:03:03.77 ID:Y0IbYJ1Po
「……あれ?」

不思議がる少女の前で、更に不思議な文字列が流れた

「もしかして、この部屋、特別回線が敷かれてる?」

上条「おー。なんだかよく知らないけど、家族用の特別回線が通ってるらしい。俺は使わないけど、それ目当てでちょくちょく来る奴がいてさ。そいつの持ってくるお土産で食い繋いでるって感じだな」

フライパンの上で具材を踊らせながら、彼は答えた

「そ、そうなんだ」

ちょくちょく来る奴というのはもちろん御坂美琴のこと

だが、少女はそんな女などとは全く異なる人間像を想像した

(おかしいんだよ。普通の家族用の回線が最下層階級のコロニーにあるだけでも珍しいのに、アクセスしてるネットワークが高度すぎ。これって……)

怪しんだ少女は、おそらく、上条も御坂も開いたことがないであろうコードを打ち込んだ

それは各区の最高レベルのセキュリティをパスしてアクセスできる、最高高度の、各区を統括する世界の最上機関である"統括理事会"のネットワークにあるデータベースを開くためのアプリケーション・コード

およそ"こんなところ"にある固定端末に組み込まれているわけのない、しかし少女にとっては使った経験のあるプログラムが

(……起動、した)

勿論、アプリケーション自体のセキュリティを突破できないので、それ以上は少女にはどうにも手が付けられないが

上条「そーいや、そんなのもあったなぁ」

驚いている少女の後ろで、できた野菜炒めのような料理を机の上に置きながら彼は言った

上条「使いたいなら、ちょっとかしてみ」

と少女の背から腕を伸ばして、彼の指を埃まみれのセンサーデバイスに差し込んだ

痛点を避けて極細の針が複数彼の指に刺さり、そこから本当に僅かな電流が、まるで意思を持ったように彼の体を駆け巡って、本人かどうかの確認が行われる

照合中という表示が僅かな間流れて、およそ視覚的とは言いがたい文字の列が写し出された

上条「少し難しいことを調べるには使える、って教わったけど、結局今まで殆ど使って無かったなぁ。この機能」

驚く少女の背中側で、一人呟く上条当麻

上条(書いてある情報が高度過ぎてわからないんじゃ、調べても意味がないっていう悲しさですよ。ただの一度も課題の助けになってくれないんだよな)

どーぞ、と促されて、少女は一瞬たじろいだ。調べるべきことは、あるにはある

口ぶり素振りから、この男は、どうやらこの端末に入っているものの価値も意味も、理解していないらしい

それでも、自分が調べようとしようとしている事は最上級の超区級機密。断片でも知られるべきではない

知られれば、彼にとっても良い事にはならないだろう

そんな空気を読んだのか、彼は少女と空間投影ディスプレイに背を向けて、茶碗に盛った米を口に運びだした

他人の食事の匂いに食欲を掻き立てられるも、少女はその欲求を振りきって"Re-Terraforming"と打ち込んだ

145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/09(月) 18:04:24.84 ID:Y0IbYJ1Po
「見付からないだって?」

赤髪の背の高い男は、黒の服を揺らしながら、その返り血まみれの頬を拭った

神裂「ええ。この集合住宅の中に入ってから、反応が消えてしまいました」

倉庫の中で、女が空間に投影された画面の中の地図を指差した

彼らの回りでは、刀傷や火傷というには酷く綺麗な裂傷が散見される、惨殺された男達がバラバラに倒れている

ここはロウワー。"制御のなっていない"無法地帯

日本区で殆ど唯一、病死や事故死以外の、"事件による死体"が生じる場所

どうせ金をめぐって仲間割れを起こしたのだ、程度に警察組織も判断する為、少々死体が転がっていたところで誰も気にしやしない

ステイル「これはまた、随分と遠くまで逃げたものだ」

神裂「この連中に手を焼きすぎましたから。逃げる時間なら十分でしょう」

ステイル「善良な一市民らしからぬ"アンリミテッド"達が相手。僕らが得物を使ってしまう程の相手だった。逃げられた事への言い訳程度にはなると思いたいね」

神裂「しかし、その結果禁書目録の反応を見失っては」

ステイル「わかっているさ。こうなってしまったら、やれることは一つだろう?」

そう言って、火の付いた煙草を口から離して、フゥッと煙を吐いた

神裂「このアパート、部屋に行きますか」

ステイル「しか無いね。もう一度彼女の生体反応が何処かで生じない限り」

渋い顔のまま、彼らはそのままその倉庫を後にした

残ったのは死体と煙草の吸殻。彼らにとっても、いつもの光景だった
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/09(月) 18:05:33.12 ID:Y0IbYJ1Po
浜面「うっへぇ……。こりゃ随分と派手に壊れちまったな」

少し遠目の通路から、宇宙空間活動用の安いスーツを着込んだ彼らはその施設の中を見た

その場所は、コロニー運営の命であるエネルギー供給部の中核・未元力場発生装置

トラックで大型の専用機材が次々と運び込まれる搬出口から忍び込んだ彼ら。浜面に半蔵

部屋、と言っても100mプールが三・四個ほどすっぽりと入ってしまいそうなやたら広い空間の中腹に、他に二人の人間がうなだれた様な表情でこの惨状を見ている

恐らくは、エネルギーというコロニー住民が生きる上で一番重要な要素を独占管理している最上級層の技師だろう

技師らのすぐ前には、本来ならば一際大きな装置があって、宇宙空間内に溢れる"力の源"を変換し、そこから複数の直径10mはあろうかというパイプのようなものが施設から外へ伸びていき、如何なる形にでも変容可能な万能エネルギー態をコロニー内に充満させているのだが

本来あるはずのそれは大破してしまっていて、伸びているはずのパイプは殆ど拉げている

「報告書にあった通り、ホントにひでえな」

技師の一人が作業を始める前から疲れた様に言った

「もともと旧式だった。その上今までも騙し騙しだった。いつか全部変える必要があるとは思っていたけれど。……いやいや、まさかこういう形になるとはな」

「修理じゃなく総取換えって指示が出て、寧ろ良かったな。こんなもの、修理してたら何時までかかるか分かった物じゃなかった。ロウワー相手にしては気前が良いよ」

「そのことだが、知っているか?」

「何を?」

「今回の修復には、なぜかイギリス区からの大型資金援助があったらしい、って話だよ」

「イギリス区? なんで他の区が、わざわざこのロウワーなんかに?」

「詳しくは知らない。が、どうやら本当らしい」

「なんだなんだ? まさかイギリス区の工作員がハイアーと間違えて破壊工作でもしたのかよ」

「そこまで愚ではないだろうが」

「どっちにしろ、それ以上深く知ったところで俺達にはメリットがない。ロウワーがらみの機密なんかで狙われたくないからな」

「好奇心猫をも殺すという諺がある。余計な詮索を考えるより、早く終わらせることを考えるべきだ」

「だな。よっしゃ、まずはメインユニットから―――――」

A4くらいの端末を技師の一人が触れると、広い空間に運び込まれたコンテナが自動的に開き、格納されていた機材を格納されていた作業機械が運び出す

どうやら本格的に復旧作業が始まりそうだった

半蔵「今までにも何度かこの変換炉が止まっちまったことはあったが、多分コレが一番最悪だろうな」

自動化された作業工程を見守りながら、口を開く男達
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/09(月) 18:06:00.22 ID:Y0IbYJ1Po
浜面「だけどお陰で、搬入物資が多くて簡単にここまで入り込めた。バックドア仕掛けとけば、後でいくらでもここに侵入出来るようにもなるぜ?」

言いながら、基本的には無人のセキュリティルームの場所を指差す

バックドアというのは、一度破ったセキュリティシステムに名の通り"裏口"を作ることで、再度セキュリティを破る際の難易度を格段に下げる手法の事だ

半蔵「おいおい。こんなところ何度入っても仕方ねえよ。こんなトコから盗んだ盗品で商売なんてすれば、F1の連盟から除名されるだろ」

浜面「逆に言えば売らなきゃバレねえってことだろ?」

半蔵「待て。レースマシン用のジェネレーターにコロニー用の炉核突っ込む気かよ」

浜面「超ハイパワーになるんじゃね?」

半蔵「……オーケー、ロウワーの代表レーサーだ。ブッ飛んでるくらいで丁度良い。ハイアー侵入に失敗した時はそうすっか」

浜面「え、マジで?」

冗談のつもりだったのだが、相方の表情は固まってしまった

どんなキチガイ染みたマシンになっても、運転するのは自分なのだから割と恐怖である

炉心のある大きな空間に繋がる細い通路の中で、彼は頭を抱えた。ただでさえロウワーのマシンは伝統的に狂ったバランスをしていると言うのに――――

半蔵「さて、こりゃどう見ても総とっかえだ。ってことは俺達をハイアーまで運んでくれる空貨物コンテナは腐るほどある」

浜面「どれに乗ってもいいんじゃねえの?」

半蔵「それだと、運が悪けりゃコンテナの中に入ってくる小カーゴなんかに潰される」

浜面「うげぇ。運試って訳か」

半蔵「バーカ。こんなところで貴重な運使ってどうすんだ。頭使って解決するんだよ。コイツだ」

言われて、20cm四方ぐらいの薄い板のようなものが手渡された。裏には両面テープのようなものが付いている

浜面「何だコレ?」

聞き返すと、半蔵は得意げな顔をしていた

半蔵「まだ裏のを剥がすなよ。コイツでな―――――」

だが、言い切る間もなく

突然、ブゥゥンという何か気の抜ける様な音がして。周りの照明が、一気に落ちた

ここの照明が落ちると言う事は、恐らく、コロニー規模のエネルギー障害だろう

半蔵「ちょ、早いぜ駒場のリーダー!」

え、え、え、何事ですかとキョトンとしている浜面の前で、半蔵が炉のある大きな部屋の中へ走りだした

半蔵「とにかく、ついてこい!」
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/09(月) 18:07:50.64 ID:Y0IbYJ1Po
リ・テラフォーミング
"Re-Terraforming"

再度人類が居住出来るよう各種の有害物質取り除き、10を大きく超える回数行われた世界大戦によって荒廃した地球を再生させる、地球帰還計画

第一次計画として小型除去装置の大規模投下及び――――

(違う。こんな表面的な、こんな理想的なものじゃないんだよ。これは)

少女は苦い顔をして、更に深い階層を調べるべく、その端末にあるアクセス権限を拡大しようとした

調べたいのはこんなことはではないのだ

自分が居ないことで進度に大きな障害が出たハズのこの計画が、どれほど進展しているのか

『次は新アイドルユニット、"アイテム"の皆さんでーす!』

人が必死で真剣に調べている後ろで、そんな放送の音声が流れた

空間投影型のディスプレイが反対側の壁側に展開されていて、そこには三人の女が映っている

半ばイラッとした少女に背を向けている男は呑気に

上条「流石名家のお嬢様って感じだなぁ。同じ名家でもどっかの誰かさんとは、ここまで違いますか」

なんて言って、そして食事を口に運んでいる

上条「特にこの滝壺って子、清楚ってのはこの事なんだな」

なるほど、確かに少し肩にかかる髪に暑苦しくない軽さの和服が良く似合っている

埃を被って薄汚れた自分とは比べ物にもならない程に、綺麗で清楚

少女の中の女が、その嫉妬が、そこで初めて大きな苛立ちを生んだ

呑気な男の行動による苛立ち×嫉妬による女の苛立ち=苛立ちの二乗

無言で直ぐ真後ろに座っていた上条当麻の後ろ襟を、少女は強引に引っ張って、強引に床に抑えつけ

「グェっ!?」、とか言っている男の腹の上にそのお尻を押し付けた

何が起きたのだ、と驚く上条の上で、少女は黙々と目の前のテーブルの上のお世辞にもおいしいとは言えない物を、食う、食う、食う

少女の思わぬ行動にしばらく何も出来ない上条当麻の目にあるのは、少女の背中と天井と、それに先程まで少女が見ていた端末の方のディスプレイ

一番後者には、手前に"can't access"と言う警告が出ていて、その一つ奥のウインドウには

上条「"Re-Terraforming"?」

と、表示されている。思わず読んでしまった

「え? あっ、ああ!!」

驚く少女が箸を置き、振り返って上条の目を塞ぐも、時すでに遅し

その両手を上条当麻は掴み、一先ず、少女を体の上から退かせた

そしてマジマジと、端末のディスプレイを見た。わぁわぁ喚く少女を抑えながら

149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/09(月) 18:08:49.42 ID:Y0IbYJ1Po

上条「へえ、ガッコやテレビじゃまだまだ地球には戦争の爪後が深すぎるって言ってたけど。なんだ、もう始まるってるのか。地球帰還って」

立ち上がった彼の顔を覆おうと、顔に向けてくる少女の両手を再度掴む

「見ちゃ駄目なんだよ! これは機密情報で、とうまが見たら!」

上条「見たら? 何が問題なんだ? 別にこんなの知ってたところで問題はなさそうだぜ?」

寧ろ知るべきいいニュースじゃないか、とまで彼は続けた

「……さっき、学校でってとうまも言ったんだよ」

上条「ああ。でも、もう大丈夫になったんだろ? だからこんな計画が」

「なったなら、真っ先に公開されると思わないかな?」

確かに、その通り。地球帰還は、ある種全人類の、全生命の希望なのだから

上条「え? だったら地球の回復は間に在って無いのか?」

「……うん。今は、自壊を抑えるだけで精一杯なんだよ」

上条「おいおい。だったらここに書いてあるのは何なんだ?」

「だから!! 最高機密なんだよ!」

上条が両手を握っていた少女が、今度は彼女の方からその両手を握り返してきた

そのまま窓にレースカーテンの上から押し付けられて、ガタンと揺れる窓ガラス

                                 加えられた者
禁書「聞いてとうま。私の名前は禁書目録。イギリス区の"added"。そしてその目的は――――」

それこそ、殆ど唇でも接触しそうな距離で

「"加えられた者"って今言ったわよね?」

しかし、少女の声を遮ったのは、また別の、女の声だった
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/09(月) 18:10:53.55 ID:Y0IbYJ1Po
「あぁれ? また来たの」

所長室で偉そうな椅子に腰かけ、両脚とも机の上に乗り上げている所長様の部屋に、少女が一人入って来た

なにか常時怒っている様な御坂家長女・番外個体のこの部屋に、気軽に入って来るのはこの子しか居ないだろう

打止「うん。今日もあの人借りるよ? お姉様」

番外「べっつに、構わないけど? というか、これからはそんなこと一々言いに来なくていいから」

打止「それは良くないんじゃないの? あの人もここの研究者なんでしょ?」

番外「いーのいーの。どうせ暇してる」

打止「ふぅん」

心底どうでもいいという顔をした長女は、そのまま妹の方を見もせずに上げられた資料に目を通し続ける

それに向かって、おずおずと言った感じで、口を開く少女

打止「それってさ、人材の浪費なんじゃないかな?」

番外「……あん?」

打止「だって、あの人って」

いつの間にか資料から目を離した姉は、少女を睨んでいた。それこそ、眼光だけで心臓を貫かんとするばかりに

打止「……なんでもない。じゃあね」

番外「ん。お父様には宜しく言っといて」

そのまま無言で、少女は最上級層コロニー・ハイヤーの一研究施設の所長室のシックな色をした木製のドアに手をかけた

打止「でもね、忘れないで、お姉様」

ドアの前で半身ほど振り返り、少女はまた口を開いた

打止「あなたよりも私の方が人を見る眼があるんだよ。遺伝子的にも、精神的にも」

そのままパタン、と扉が閉まる。言い捨てるようなやり方だった

見送った姉の目には、怒り

番外「……ガキの癖に」

いや、通り越して悲しみなのかもしれない

どちらにせよ、それらは全て悔しさという感情に内包されるものだった
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/09(月) 18:12:18.93 ID:Y0IbYJ1Po
「生きてるか?」

本当に暗い空間。しかもそんなに広くない

浜面「残念ですがご臨終です」

半蔵「そうかい。なら幽霊さんよ、さっき渡したプレート、持ってるよな」

一応確認。まさか走る途中で落としたと言う事はないだろう

浜面「あるけど、なんだよこれ。走りにくいことこの上なかったんだが。この狭いコンテナの中で使う物なのか?」

半蔵「ワンルームマンションぐらいの広さはありそうだけどな。んでもってそれは、裏面のシール剥がしてこのコンテナの中の四隅付近に適当に貼りゃあいい。あっち側頼むわ」

浜面「お、おう」

この薄いプレートが何を意味するのか今一よくは分からなかったが、彼は言われるがままにペリペリとシールを剥がして、それらをコンテナの床に貼った

浜面「……で?」

半蔵「チョイと待てば分かる」

浜面「ちょいと待てば分かる、じゃねえよ! さっきから説明なさすぎだろ!」

半蔵「悪い悪い。タイミングが無かったんだ、って事にしといてくれ。今貼った奴を作んのにかなり時間を持ってかれたんだよ」

浜面「それで昨日、お前ガレージに来なかったのか。折角駒場さんが地下格闘のファイトマネーで来てた奴全員に晩飯おごってくれたってのに」

半蔵「なん、だと……? ちなみに何食った?」

浜面「寿司。しかも宇宙魚のバッタモンじゃねえってのを売りにした自称本格店」

半蔵「嘘クセー。んな店がロウワーにあるかよ。まずどっからマジな魚なんて金持ち用の海洋食プラントでしか作れないモンを仕入れるんだ」

浜面「なんだって構わねえって。旨かったからそれでいい」

昨晩の味を思い出した彼の満足そうな表情は、非常灯の薄暗さでもよく見えた

半蔵「ちっくしょう! 道理で羽振りがいいなって思ったんだよ。さっき貼った加圧プレートの費用も、昨日あの人に工面頼んだんだぜ?」

10数人の寿司費に、結構な値段のする素材費。更に彼はファイトマネーの多くを"スキルアウト"に投じている

大スポンサーであり、チームの司令塔

浜面「つーことは、よっぽどデカイ試合だったらしいな」

半蔵「どうせハイアーか準ハイアーの連中にも非公開放送してたんだろ。あれの有無でギャラが段違いだからな」

浜面「そのレベルになるとリアルに殺しが入ってくるからなぁ。レースの資金稼ぎの為に頑張っては欲しいけどさ」

半蔵「死人がゴロゴロでるここでも、身内に死なれたくはねえよ。今日だって侵入の為に無理させて、代理で稼働してるサブの方の未元力場発生装置の動力炉を一時停止して貰ったし」

152 :本日分(ry 末端冷え性UZEEEEEEEEE [sage saga]:2012/01/09(月) 18:18:58.57 ID:Y0IbYJ1Po

浜面「やっぱ、そう言う訳だったのな。頼りっぱなしだ」

半蔵「そう思うんなら、もう地下格闘場の賭け試合なんてしなくてもいいように、俺達がハイアー連中のデータを盗ってこなきゃな」

非常灯が一つ点灯するだけの薄暗いコンテナの中で、半蔵の真剣な顔がボヤァと浮かんでいた

「ああ」と浜面が頷くと、殆ど同時にブゥゥゥンという低い起動音が鳴った。恐らく、コンテナの外では停電が直ったのだろう

コロニー内全土のエネルギー供給が無くなったという非常事態から、再度、人々の生活圏に、生活必需品の供給施設群に、およそ生きている生命の周辺全てに万能なエネルギーが満ちていく

非常事態が終わったので、コンテナ内の非常灯が消えて、二人の居る空間は通常通りの暗闇となった

半蔵「よし。まずは第一段階クリアってとこだな」

浜面「あぁ、そうなの?」

半蔵「……今更だけど、これまでの行動の説明いるか?」

浜面「さっき加圧プレートって言ってただろ。流石に大体予想はつくっての。それより、問題なのは今からだろ?」

半蔵「鋭いな。スシのDHAのお陰か?」

浜面「バーカ、何年つるんでると思ってんだよ。何度似たような事をして来たと思ってる」

半蔵「そいつは悪うござんした。お察しの通り、コロニー内のエネルギー供給を駒場のリーダー達に襲わせて一時的に止めて貰って、セキュリティが最低レベルに落ちてる間にコンテナの中に忍び込むって単純な策だ。あとは多分、これに乗ったままハイアー内の格納庫まで運搬される予定」

浜面「コンテナのセキュリティの電源にまで、何でもかんでも未元力場からのエネルギー供給に頼ってるからこそだな。んで、回復した未元力場のエネルギーを使って、今貼ったこの加圧プレート君達が、さもコンテナ内に重そうな貨物があるって圧力感知センサーを押し付けてんだろ?」

半蔵「そ。これで俺達を押しつぶすような貨物やら機械やらが、今からこのコンテナ内に入ってくることは無くなる。ほーら、説明なんていらなかったじゃねえか」

浜面「結果オーライだから許してやるよ。んで、こっから先の事は考えてるんだろうな?」

半蔵「いいや、全然」

浜面「……マジ?」

半蔵「加圧プレート作るのに手いっぱいだったって言ったろ? それに、見たこともないハイアー内での行動なんて、どうやっても行き当たりばったりだっての」

そう軽く言った、多分目の前に居るであろう男、半蔵

一方で、あれ、コレかなり絶望的じゃね? と思う男、浜面

半蔵「なぁに、見つかって"天使化"刑になっちまったらなっちまったで、ある意味脱ロウワーになるかもしれないぜ?」

確かに、人間の代わりに労働する元・人間:天使ならば、より上級層コロニーでの労働を強いられるかもしれない

だが、少々の記憶は残るものの、天使化の過程で自らの意識やら意思はまるっきり消え去ってしまうと言われている

だから、そう言われたところで、何の慰みになろうか
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/01/09(月) 18:35:00.51 ID:xOrtryBno
乙〜
つ生姜
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/09(月) 18:44:13.79 ID:05qXh0xSO

155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/09(月) 22:49:22.38 ID:XS0ba2VMo
乙なんだよ!
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/10(火) 00:56:49.74 ID:n+TUwTf2o
上条さんは完全にヒモに成り下がったのね
157 :ヒモ条さんか。冷静に考えたら原作も常に女が(ry [sage saga]:2012/01/21(土) 10:48:09.62 ID:leekw0Hqo
「やっほー」

空間投影ディスプレイが海のさざ波の如く溢れかえっている研究室に、らしくない高い声が響いた

老若男女揃っているとは言え、少女の声は流石に不似合いに高過ぎる

全員が一度、チラと顔を向け、若い研究員の中には作り笑顔をして手を振ったりなどした

(また来たか)というのが彼らの本心だろうが、名家出身ばかり揃っているこの研究室でも御坂は別格なので、お相手係にお呼びがかかる。もちろん、一方通行だ

一方通行の肩に、年配のチームリーダーの女性研究員が珈琲を口に含みながら、もう片手を置いた

既に目の前のモニタで進行中の資料を一時保存しておいた彼が体を向けると、女は無言で部屋の入り口へ目を向けた

視線の先では少女が頭上のアホ毛と腕を同時にヒラヒラさせて、こちらを見返している

机を並べている隣の同僚に目を向けると、既に一方通行が行っていたセクションの引き継ぎを始めていた

無言でそう言う事をするのだから、若干気に食わない感はあるが

一方「……たのンます」

「ん」

と同僚と簡単な言葉のやりとりをして、部屋の入口へ

気ののらない連中のサポートも子守りも、正直どちらも同じ程度に面倒なお仕事だ

同じ面倒なら、煙たがれている様な顔をされながら作業をするよりも、部屋の出入り口で笑顔を作って待ち受けてくれる少女の相手の方がずっとマシである

スッと閉まったラボの扉。そのままテクテクと当てもなく、研究所の中を歩く

打止「なにかご機嫌斜め? 皆ムスっとしてたけど」

一方「ンなことはねェと思うが……。理論値と実験データに想定外の違いが出て嬉しい奴はいねェだろ。これから少々大規模な実験をする予定なンでな」

打止「ふーん。そっか」

一方「ンで、今日は何をしますかお嬢様ァ?」

打止「そうだねぇー」

言いながら、少女は廊下の窓から外に目を向けた

丁度窓を通して見えるそこは中庭。夕刻にはまだまだ早い時間で、良い天気である

打止「うん、外でよう。お散歩!」

一方「外、ねェ。悪くはないな」
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:48:42.48 ID:leekw0Hqo
「み、御坂?! お前来るなんて連絡っ!」

禁書目録と自己紹介された少女によって窓に抑えつけられたまま、彼、上条当麻は入口に立っている女に向かって言った

しかし、彼女は彼の言葉など無視して、スタスタと室内に入って来て、とりあえず持っている食材を冷蔵庫の前に置く

御坂「"加えられた者"って、今言ったわよね」

突然の来客に、上条は元より少女は大いに驚いていた

両手を上条の手から離して、とりあえず、近場にあった物を武器として警戒の構え

上条(って、それは箸ですよー、インなんとかさん! せめて金属製ならまだしも、合成樹脂製だから安物だから! 無駄な器物破損は勘弁して下さい!)

禁書「誰?!」

武器、もとい箸を一本逆手に持った少女などビックリするぐらい脅威を感じさせないが

とりあえず、接近してくる御坂は止まった

禁書「この短髪は誰なの、とうま!」

上条「……あ、ああ、えっと。コイツがさっき言った、そこのパソコンちょくちょく使いに来る奴だよ」

禁書「そこの端末を?」

上条としては、特に敵ではないと言いたかったのだが

"この部屋の固定端末を使いに来る人物"が意味するところは、彼と少女の中で大きく違った

だから

禁書「あなた、イギリスとの関係は?!」

と。少女は叫ぶ

御坂「イギリス区? ……なんの話? それより」

禁書「近づかないで欲しいんだよ! 私は、もうアレに協力するつもりは無いの!」

御坂「……アレ?」

上条「ああもう! 噛み合ってない! あのな、イン、えっと禁書目録さん? 」

小さな動物が威嚇するが如くある少女の後ろから、上条はその両手首を掴んだ。主には、予備含めて二膳しかない箸の保護の為に

禁書「やっぱりとうまも私の敵だったんだね!?」

上条「違います! 敵とか味方とか、そのどっちでもない! んで多分、この御坂もな!」

御坂「ちょっと、多分って何よ」

上条「だってお前なら他の区とも関わり合いありそうだし」

御坂「そりゃ、無くは無いけど。"加えられた者"の女の子をどうこうしろなんて命令を受ける立場じゃないって」
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:49:09.63 ID:leekw0Hqo

禁書「……本当?」

少女の暴れようとする力は、それを聞いて若干落ち着いた

御坂「当たり前でしょ? じゃなかったら、箸一本しか持ってない子なんてとうの昔にどうにかしてる」

上条「だ、そうで。この御坂のお嬢様はマジで強いから、とにかくそのチョップスティックを置きましょうぜ、禁書目録さーん」

言いながら右手首を掴んでいた手を少し動かして、彼はようやく箸を回収出来た

そのまま、どうどう、と宥めるようなジェスチャーをしつつ、卓上の空になった食器を御坂が立っている側の流しへ運ぶ

御坂「って、もう晩御飯食べたの? 折角何か作ろうと思ってたのに」

上条「いや、作るには作ったんですけどねー。そこのお人に食べられてしまいまして。出来ればその、作って頂けると上条さんうれしーなーって」

部屋のキッチン側に居る二人は、窓側でとりあえず立っている少女を見た

御坂「ふーん。なら、説教の前に何か作ったげる」

上条「説教!?」

御坂「ん。ねえ、そこの"加えられた者"さん」

禁書「禁書目録って呼んで欲しいんだよ」

御坂「はいはい。じゃあ禁書目録さん、あなたも食べる? 多分、コイツが作ったのよりずっとマシなものが出来ると思うんだけど」

禁書「いいの?」

少し、少女の表情が上向いた。上条の飯が不服過ぎたか

御坂「いいわよー。でも、二つだけ条件があるんだけど」

禁書「……何?」

御坂「一つは、後であなたの事を少し調べさせて。あ、別に薬を盛るとかじゃなくて、生命データ見るだけだし、それもあなたの目の前で消すつもり。訳ありみたいだしね」

禁書「二つ目は?」

御坂「そこの馬鹿を逃げ出さないように見張っといて欲しいの。ちょーっと、分からせてあげないといけないからねぇ」

聞えてすぐに、上条は逃げ出さんと「あ、飲み物買ってくるわー」と玄関の方へ足を向けたが

一瞬で御坂に足を引っ掛けられて、派手に転ぶ。転ぶついでに頭をぶつけて、しばし、無意識の世界へ

その襟首を禁書目録が掴む。了承の合図だろう

御坂「頼むわねー」

ずるずると部屋の中に引っ張られる上条を横目に、彼女はタンタンタンと食材を挟んでまな板を包丁で叩く

それは限りなく、いつも通りの光景だった
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:49:43.78 ID:leekw0Hqo
「………んで、ここは?」

思い返せば、予想外の事ばかりだった

まず、未元力場発生装置の復旧作業が大体終わってから始まると思っていたコンテナ帰還が、彼らが乗り込んでから直ぐに始まってしまった事

お陰で気を抜いてウトウトしていた浜面が、コロニー間の連続空間移動中に派手に体をコンテナ内で打ちつけてしまって、その際に加圧プレートが外れかかったり等あった

考えてみれば、いくら広い空間とは言えコンテナばかりになれば、次々に運び込まれる資材の詰まったコンテナが入るスペースが無くなってしまう

だから空になったり不必要になった機材の入っている、先に来ていたコンテナが自立的に外へ出るのは当然とも言える

そして、てっきり巨大な建築物に囲まれたハイアーのコンテナ置き場か何処かその辺りに辿り着くと思っていたが

彼が呟いた通り、整備されたコンテナヤードの無人ドックの重たい扉を開いて出てみると、そこは

半蔵「森だな」

浜面「ああ、森だ。……じゃねーよ! なんだよ森って! ハイアーって他のコロニーと違いすぎだろ!」

半蔵「まさか、コロニー内部が丸々公園みたいなところなんてアホらしい噂が本当だったとはな」

言いながら、彼は地面を少し強く蹴る。すると地面の表面を覆っていた苔やら落ち葉やらが跳ねて、フカフカとした土が顔を出す

どうやら、ロウワーの様な排気や廃水から自然に飛沫して生じたような汚い砂ではなく、本物の土のようなものが敷き詰まっているらしい

浜面「人口も他コロニーに比べて少ないって話だぜ?」

半蔵「弱ったな。それもマジっぽいとすると、俺達はこの森の中を当てもなくさまよい続けなきゃならねえかも」

視界に在るのは、一面の森のみ。億単位の人数を住まわす事が出来るコロニーだから、例えこの中で一際高い木に登って周囲を見渡したところで、視界のなかには木々以外何も無いに違いない

浜面「ええっと、それってつまり」

半蔵「食い物も無く、下手すりゃ野垂れ死ぬ」

浜面「うげ、最悪」

半蔵「どうする? 引き返すなら今の内だぜ? この中を進めば、こんなコロニー壁にポッつり開いたようなドックの勝手口の場所なんて、直ぐに分からなくなるだろうしな」

浜面「ここまで来といて、それは今更じゃね? どうせ見付かっても"天使化"だし、自由に野垂れ死ねるだけこっちのがマシだ」

半蔵「オーケイ。なら……」

言って、半蔵は後ろへ戻っていく。そこはもちろん、ドックの勝手口

浜面「って、お前は引き返すのかよ!?」

真剣に驚いた顔と声を向けた浜面。その声に驚いたのか、近くの木から鳥が羽ばたいた

恐らくは遺伝子操作で強引に造り出された生命種だろうが、どうやら、何処までも母星の森に似せているらしい

半蔵「はぁ? んなわけねーだろ。って、まさかお前、マジでこの森の中を当てもなく歩くつもりだった?」

浜面「……え、違うのかよ」

半蔵「おいおい。んなことしたらマジで餓死しかねねぇよ。いくら自動化が進んでるっても、何かあった時に動くのは人間様なんだぜ? このドックにもちょっとした移動手段ぐらいあるんじゃねーのって話」

浜面「あ、確かに」

半蔵「そういうことだ。運転は任せるぜ、未来のチャンピオン」
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:50:19.78 ID:leekw0Hqo
「それじゃ、街までお願いね」

少女が言うと、正面の黒い背広に身を包んだ男は頷いた

一方(……"天使"、か。この見た目ってことは)

一方通行が所属する研究室を始めとして、およそ物理と名を為す研究室が群を為して入っている、この巨大施設の荘厳なメインエントランス

そして、どこかの超高級ホテルかと思わせる、緑が溢れるその入口のロータリー部分に止まっている車両

その側に立つ存在についてよくよく見ずとも、にじみ出る気品のようなものが感じられる

一方通行が、生まれながらにして持っていないものだった

一方(ロウワーの出じゃねェな。大方、過去の政争で派手に負けた野郎ってところか)

「では、参りましょう。そちらの方も、どうぞお乗りに」

客用の座席に通す様も、一々適度な緩急が付いていて滑らか。早く言えば品がある

一方(……なァるほど、教育係にはうってつけだ)

スッとドアが閉まると、恐らくこの少女一人の移動の為だけの、5人程度しか乗れないサイズの、そこまで大きくない車両が動きだした

打止「ねぇねぇ、どこに行く? 行きたいところとかある?」

一方「街の方だろ? そういや、しばらく行ってねェな」

打止「生活するだけなら研究所の中で全部揃っちゃうしね。……そう言えばあなたって、いっつも何をしてるの?」

一方「何を? そうだなァ……」

ふと、流れる光景を見る。だだっ広いコロニー内を移動するのにも、基本的には連続空間移動や高速移動が用いられるが

外は比較的ゆっくりと森の光景が流れていた。つまり彼女自身も何か目的があって急いでいる訳ではないらしい

一方「特にねェ、な」

打止「え?」

考えてみれば、自分は、何がしたいのだろう

一方「……死に物狂いで上がって来たってのに、やってる事と言えば他人のサポートと飯食って寝るだけの毎日、か」

打止「で、でも、何か違いはあったんじゃない?」
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:50:51.35 ID:leekw0Hqo

一方「まァ、食い物は随分とマシにはなった。寝てたら急に襲われることもねェし」

打止「そ、そうだろうね」

一方「だがこれと言った役割がある訳じゃねェ。誰でも出来る、厄介なことばかりやらされる毎日だ」

誰でも出来る、とは恐らく語弊があるだろう

今の一方通行を支えるレベルの知識を持っている人間なら誰でも、というものであり、例えば目の前の少女にはまだ到底理解できる代物ではないことだ

打止「それに、面倒な御坂の子供の相手もあるしねっ」

だから、茶化すように少女は言ったが、それは彼の低い感情を変えようとしたのだが

一方「"掃き溜め"から出ることだけが目的だった。外に出たらアレをしたいだの、コレをしなきゃならねェだの思ってたが、ンな事は出て直ぐやっちまったか、忘れちまったなァ」

そして、少し考えて、でも、答えは出ず

「一体俺は、何をする為にここに居るンだ?」

と。彼の言葉はまるで彼女と言う存在が無かったかのように、ぼぅっとして放たれた

打止「それなら、今から見つければ良いんじゃないかなー。あなたもまだ若いんだし。ね?」

一方「見つけるよりも先にあそこを首にならなきゃいいがな」

打止「何でそんなことになるの」

一方「俺の成果、ってものがねェのよ。でかい計画の直前だってのに、こうしてここに居るしなァ」

打止「それなら、私の所為だよね。……もしそうなりそうなら、何とかしてみせる」

一方「そりゃ、頼もしい」

フフンと、彼は鼻で笑った

打止「冗談じゃないってば。あなたも、ロウワーになんて帰りたくないんでしょ?」

一方「ものはねェし、しょっちゅう力場は止まる。その上犯罪はそこいらで起きるわ、道を歩いてりゃどっかのガス管か何かが爆発したりするわ、だ。そりゃ、誰も行きたいところじゃねェ」

打止「やっぱりそうじゃん」

一方「……けどな」

打止「けど?」

窓から少女の方へ、彼は顔を向けた

一方「あそこはあそこである意味自由だった。古臭いリニア機関なんかをどっからか引っ張って来て、そいつのリミッター取っ払って、外装もなンもねェフレームだけの車体に突っ込んで馬鹿みたいに走り回ったりとか、ここじゃ到底出来やしねェ」
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:51:57.77 ID:leekw0Hqo

打止「うーん、されても困るけどね」

一方「だろォな。こンだけ小奇麗に外見も中身も整えちまったハイアーみたいな場所であンなことすりゃ、このお美しい環境は―――ッてェ!?」

思わず、彼は言葉を途切れさせてしまった。理由は、彼女の方の座席の窓を通して見える光景だ

心底驚いた表情の一方通行を見て、少女もその方向を見る為に振りかえる。そして、そこには

打止「うわぁ、ひどい」

本来、人工的に造られた起伏に沿って緑が永遠と涼しげに乱れているはずの場所の、一部が、ごっそりと土色。ところによっては地面側のコロニー内壁すら見える

あからさまに物体が高速高出力で突っ切った際に出来た様な跡が、彼らから見て縦方向に奥まって伸びてある

空気を読んでか、黒服の"天使"が車の速度を緩めてその光景をよく見せてくれた

「恐らくは、この車両か更に小さな何かが、公園内で超音速度を越えて動いた為にこうなってしまったのでしょう。道の反対側にまで跡が及んでいます」

と、簡単で的確な説明をすると、その黒服は速度を戻し、そのまま加速

いい勉強にはなるだろうが、めちゃめちゃに荒れた地面などこの少女には見せるに値しない

打止「ソニックムーブってヤツだよね? こんなに酷いものなの?」

一方「ソニックブームだ。もろに食らえば人間だって簡単に木端微塵になっちまう。多分、折角生きてた動物やら昆虫やらも、あの土くれになっちまってるだろうな」

打止「……かわいそうだね」

一方「普通はこうならねえ様に対策がなされてる。たまにぶっ壊れてたりするが、ロウワーですらもな。例えば、今俺達が走ってる道路上には、こうはならないように緩衝装置が何重にも貼ってある」

打止「だけど、公園の方には」

一方「ンなものは無い。必要がねェし、あったらあったで動植物に影響が出るとかどうとかって理由だったはずだ」

打止「じゃあなんで、あんな酷い跡が出来たんだろう」

一方「さァな。大方、どっかの馬鹿が自然の中でもいつもの舗装路感覚でアクセルを捻っちまったンだろ」

それこそ、ロウワーに居る様な大馬鹿野郎がな、と続けた一方通行

その大馬鹿野郎が、浜面仕上という男であることを、恐らくこの最上級層コロニーの住人は知ることは無いだろう
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:52:27.90 ID:leekw0Hqo
「そ れ で、申し開きはあるのかにゃーん?」

机の上に並べられた、御坂美琴の手料理。本物のお嬢様が普段食べているというイメージから少し離れた、スペアリブを使ったそれは、どちらかと言えば家庭料理だった

しかし、彼、上条当麻は食べられない。物理的な理由だ

リビングの机よりもずっと玄関側の方で彼は正座させられているために、手すらも届かないのだ

目の前に立って見下ろして下さっている御坂美琴様の背では、そのまま歓喜の声が生まれそうなくらいに幸せそうな表情でほおばっている禁書目録が更に食を進めている

上条(ああっ、俺の貴重なエネルギー源が……)

なんて視線を送っていれば、つまり視線を逸らして居れば、目の前の鬼は当然お怒りを増す訳で

御坂「ど こ を 見てるのかしらねぇ?」

言葉と同時に手の平が飛んできた。痛い

御坂「はい被告、汝の罪状を申し上げなさい!」

上条「うぅ。えっと、その。か、課題を……、ものすんごく適当に、しました」

禁書「はふっ、はむっ」

少女の息使いが彼の心に響き

御坂「はい被告、課題とはどういうものか答えなさい!」

上条「えっと、多分、マジになってやんないと、どうしようもない手ごわい代物です」

禁書「うんっ。ぷふぅ」

少女の「旨い」という動作が彼の食欲を引き立てる

御坂「なら、それをすんごく適当にすると出来はどうなりますか? また、そうすることで何か意味はありますか?」

上条「たっ、確かに適当に埋めることに意味はないかもしれない。でも、でもですね裁判長!」

御坂「何でしょう、被告」

禁書「もむ、もむもむ。うん、おいしっ」

上条「適当にやった割には最後の問題を除いてすべて正解していたでありますです、っておいそこ肉全部たいらげてんじゃねえええええええええええええええ!!」

遂に耐えきれなくなって、彼は己が食事を叫んだ
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:52:56.11 ID:leekw0Hqo

しかし、メインと言えそうなものは既に殆ど少女の腹の中である

御坂「え、全部食べちゃったの? じゃなくて、アンタ課題、殆ど合ってたの?!」

上条「お、おう! 見ますかね、御坂様!」

当たり前でしょ、と御坂に頷かれて、上条当麻は部屋の奥を見まわした。鞄は何処に置いたかな、と

そこでは丁度満腹になった禁書目録が立ち上がって、スタスタとベットの方向へ目を擦りつつ歩んでいた

上条(そういや、逃げ惑ってたんだっけ? 食欲も疲れもあって当然だよな)

上条(……じゃねーよ! 俺の肉を返せ、チクショウ!)

なんて少女との一連のことを思い出す中で、そう言えば鞄がまだ家の外の壁に立てかけてあったことを思い出す

ここはロウワー、日本区で最悪の治安を誇る場所。置き引き被害は容易に考えられる

やべぇ! と思って、慌てて部屋の玄関を確認もせずに開いた

「うわぁっ?!」

上条「どわっ!!!??」

外開きのドアから飛び出した矢先、その場に立っていた男と派手にぶつかってしまうのは考えられたことだっただろう

そのまま、長身の男を玄関の向かいの壁に押し付けるように身を預けつつ、しかし同時に、鞄を置いた位置を見る

有る。黒髪の女の足元に、マイバックがある。あったとなると問題は中身だ

すみませんと男に謝る前に、すぐさま彼は鞄に飛び付いた

ステイル「全く、今日はこんなのばっかりだな。……おい、君」

上条「あ、はいすみませんでしたっ」

ステイル「いい。それより、こんな少女を見なかったかい。この辺りに来たはずなんだが」

言いながら、男と鞄をさも大事そうに抱く上条の間に画像が浮かび上がった

上条「え?」

なんてことない空間投影だが、問題はその内容。その白い少女は、紛れもなく

上条(禁書目録さんじゃないですかねー、これはどう見ても。ってことは)
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:53:22.83 ID:leekw0Hqo

もう一度、長身赤髪の男と黒髪で中々の身体つきをしていらっしゃる女に目を散らす

これが追手か、彼女の

御坂「鞄あった? ……って」

さてこれはどうしたもんだろう、と思っているところに、部屋の奥で禁書目録の寝込むベッドの上の掛け布団を直した御坂が歩んできた

御坂「どなた?」

上条「いや、知らない人達だけどさ。お前、コレ」

言いながら、投影された画像を指差した

御坂美琴はそれを見て、間に一度上条当麻と目を合わせた後

御坂「……ああ、この子。ねえ当麻、さっきのじゃない? ほら、多分、この部屋に戻って来た時に」

上条「やっぱお前もそう思う?」

神裂「知っているのですか?」

黒髪で何か刀のようなものを持った女が聞いてきた

上条「知ってるって言うか、泥棒とかじゃないのか? 知り合いなら逆に教えて欲しいんだけど。帰るなり俺と目があってさ、そこの窓から外に逃げやがったんだけど」

言いながら、玄関からでも見える部屋の奥の窓ガラスを示す

ステイル「流石に逃げられたか」

神裂「ええ。寧ろ証言を聞けて良かったかと。しかし、どうやって生体反応を消したのでしょうか」

ステイル「さぁね。ただ、彼女の頭脳にはどうにかするぐらい訳もないことだろうさ。微小機械の設定を書き変えることすらも容易なのかもしれない」

御坂「微小機械を書き換える?」

ステイル「おっと。君達にはこれ以上聞かせられないね。とりあえず、どっちへ向かったか教えてくれるかい」

上条「窓から出て右方向だから、えっと、西の方かな」

神裂「西ですね。どうも。それでは」

言って、男達は去って行った
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:53:48.73 ID:leekw0Hqo
日本区最上級層用コロニー、通称ハイアー

コロニー一つ当りの人口が少なめのロウワーよりも更に少ない人口しか居ない、本格的な名家専用コロニー

ハイアーとロウワー以外のコロニーでは、基本的によく似た形の大都市が並ぶという内部構造だが、それらが勝手に廃れてゴロツキ共のねぐらになっているロウワーと違い、ハイアーにはそもそも大規模都市もゴテゴテとしたビル群も設置されていない

だから、彼女、滝壺理后は、そのハイアーでも唯一と言える中央都市部に隣接した湖のほとりに立って、そのままその砂浜に腰を下ろした

清水の水たまりにある水は、本当にそのまま飲める程の清潔さを保っていて、多分、泳いだら気持ちが良いだろう

しかし、時間は今からもっと夜の方へ進んでいく。そもそも、泳いでどうすると言うのだ。水着もないのに

滝壺「……んっ」

それでも、なんとか水の感覚を得たかった彼女は、履物を脱いで、足先だけつけた。思った以上に冷たかった

付きの者は、公園の外に待たせてある。もうしばらくは、こうしていたい

結局、この水と同じだった

滝壺(……はぁ、疲れた)

秘密養子という、その名の通り極秘のシステムによって、彼女達はロウワーを脱出した

容姿が良く、ロウワーに擦れていないという要素

実のところ、脱ロウワーの為に、彼女は素粒子を用いた原子トラッキング技術の精度向上理論を作り上げたのだが、決め手は研究結果以前のものだった

恐らくそれは、他の3人も似たようなものだろう。もちろん、自らの研究が示す頭脳水準も養子に選ばれたことの要素では有るのだろうが

滝壺という家は、宇宙開拓初期の、まだ人類世界が区という概念によって分かれる前から"日本"というアイデンティティーを保持している家系で、それがこの日本区設立に大きく関与したと言われている

伝統的な名家でありながら、しかし、今の彼女の義理の両親たちには子宝に恵まれず、高齢に

反"チューン=先天的遺伝子操作"の立場である、というのも災いしたのだろう

だからこそ、家の存続の為に養子が必要となり、だからこそ、彼らからの扱いは優しく実子のようであるのだが

それは同時に、社交界に出て家を存続させて欲しいという希望の裏返しでもあった

その期待に答えて、最近になってようやく身の素振りがそれらしくなってきて、滝壺家のお嬢様に相応しいだけになって来たところに

アイドルユニット・"アイテム"の話が舞い込んできた

一息つけると思っていたところでこんな話を突っ込んできたのは、何を隠そう麦野沈利。彼女達全員の脱ロウワーを計り、どこかから秘密養子の話を持ってきた女

恩人に当るポジションのこの人物が何を考えてこんなことを提案したのかは分からないが、両親は快諾してしまった

"婿探し"。この言葉に頷いたのである。彼女たちの様なロウワー出身者を極秘で養子にしなければならないのも、お家存続という理由なのだ

メディアに露出させれば、狭い社交界だけでなく、より広い範囲から有能な人間が声を掛けに来るかもしれない
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:55:11.89 ID:leekw0Hqo

そもそも絹旗・セイヴェルン・滝壺・麦野の家は既に最上級層。向上しようとは思っていないのだ。現状を維持できるレベルの有能な婿であれば、準最上級層の人間であっても準々であっても構わない

義理の親が承諾してしまっては、彼女たちには拒否権などあろうか

チャプ、チャプと水面に僅かな音を立てながら、彼女は浜の砂を眼の高さくらいに持ちあげてはサラサラと落とし、夜を告げる夕陽を模した光に照らし出す

砂粒自身が光っているように見えるのは一瞬。結局それはただの砂

滝壺「………私……私は」

一体何がしたかったのだろう。何をしたらいいのだろう

日々悩んでいるこの疑問に、そうそう答えは見付からない。そしてまた明日が来る

随分と足が冷えて来た。仕方ない、帰ろう。我が家へ

そんな風に、更なる疲労が重なりながら、思った時だった

「半蔵? おーい、何処に行きやがったー? 半蔵ー?」

彼女の直ぐ側の藪から、作業用のツナギのような服を着た男が出て来た

ここへ人が来ないように"天使"の付き人に頼んでおいたこともあり、完全に自分だけの空間だと思っていた滝壺は、驚く他なかった

浜面「うおっと、もしかして邪魔しちまった? つーかもしかしなくてもそうっぽいな」

しかも、話し方がハイアーらしくない荒さを持っている。誰だコイツは

言葉を返さずに、立ち上がって怪訝な目を向ける。それこそ、いつでも叫べるように

浜面「えーと、えーと。ここに男が来なかった? 黒髪の、長くはない感じの」

滝壺「そんな人、来てません」

浜面「やっぱ来てないか。じゃあその、サヨナラー」

と、男は去ろうとしたものの、何故かまた振り返った

浜面「……あのさぁ」

滝壺「なに?」

浜面「F1ハイアー代表のガレージってどの方向にあるか知ってる?」

滝壺「あっち」

浜面「あっちか、あっちあっち。そーかあんがとさん」

あっちも何も、その手の施設はコロニー中央に集まっているから、間違いようは無いハズだが

このおかしな男は、しかしまだ滝壺の側の藪近くで悩んでいる。こっちの顔をじっと見ながら
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:55:37.98 ID:leekw0Hqo

滝壺「……あの、私にまだ何か?」

浜面「あ、ああいや。んー、どっかで見覚えがあるんだけど、俺と会ったことあるかなって」

滝壺「いえ、ないですけど」

浜面「だよな。俺もハイアーに女の知り合いなんて居ねぇし。邪魔してゴメン」

言って、ようやく男は"あっち"の方へ向かった

が、また振り返る。今度はまた戻って来りはしなかったが

浜面「思い出した! 滝壺理后、朝見た番組でやってた人じゃねーか! だよな?」

滝壺「……そうですけど」

浜面「うおおお、アイドルに普通に会えるなんて流石ハイアー。これだけでも来たかいがあったな」

普通? プライベートな空間を壊しておいて、それが普通か?

浜面「歌も上手かったし、普通にかわいいし。そーか、ここで会った以上、コイツは運命だな、うん」

滝壺「はぁ、どうも」

浜面「っと、一人ってことは休憩中か。悪い、とっとと消える」

んでもって、ようやく男は去った

暗くなっていく景色の中で、しかしまた声だけがこちらに届く

浜面「俺の名前、浜面仕上って言うんだけどさ。 多分もうすぐ俺の名前もチラッと放送されるだろーから、もし覚えてたら応援してくれよな」

と。そしてようやく静寂が戻った、一人きりの湖。変に元気な奴だった

歌が上手かっただ? あんなもの、感情も何も籠って無い、用意された歌詞を歌わされただけのものだ

しかも、聞いても無いのに自己紹介。自己主張。こう言うのがファンと言う奴なのだろうか

そしてああいう輩の一人が、将来の自分の結婚相手になるのかもしれない

そう考えると、ますます何か疲れてしまった

「お嬢様、そろそろ帰りましょう」と言って現れた"天使"の女性に促される中

滝壺「……はぁ」

と、何度目かの溜息が出た
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:56:08.81 ID:leekw0Hqo
「なんで庇ったんですかね、御坂さん」

長身とナイスバディが完全に去ったのを確認して、彼らは眠りについた禁書目録のあるベッドを見ながら話し始めた

御坂「あのねぇ……。この子が何者なのか、"加えられた者"って事しか分からなくても、刀なんて物騒な物を腰にさしてる人間に差し出す様な事、流石に出来ないわよ」

上条「ま、確かにそうだな。あの髪の長い男も、黒いローブの下にはなんか隠してそうだったし」

御坂「でしょ? それに何より、"加えられた者"なんて非合法の塊みたいな人間、めったに会えないし。こういうとこは、流石ロウワー」

上条「……お前、単にコイツの遺伝子見てみたいだけだろ?」

御坂「好奇心って大事だと思わない?」

上条「へーへー。遺伝子レベルでそうなってんだからしょうがねえよな」

言いながら、メインディッシュである肉の無くなった、野菜だけを口に運ぶ彼

机を挟んだその向かいで、御坂は少女の髪に手を入れて、自然に抜けた毛を摘んだ

御坂「ハサミある?」

上条「多分台所。ああ、俺の肉……」

御坂「ちょっと借りるー。んで、このボロ借りるわよ」

と言って指した古い固定端末の空間投影ディスプレイには、もうあの"地球帰還"の画面は閉じられていた

恐らく、自分が気を失っている間にでも禁書目録が消したのだろう

上条「って、そーいやさ、お前何しに来たの?」

御坂「いつも通り、チェックの受け取りとアンタをしばきにだけど」

上条「……来るって連絡は?」

御坂「忘れてた」

けど何か? と後に続きそうなぐらい、この女は気にしていない様子
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:56:36.35 ID:leekw0Hqo

そしてそのまま、いつものように固定端末の家族回線を立ちあげる

上条「お前なぁ。ここってロウワーなんですよ? 俺が部屋に居ない時ずっと外で待っとく気かよ?」

御坂「今までもそうしてきたじゃない」

上条「そう言う慣れが危ないって言うだろ?」

御坂「何ー? 心配してくれてんのー?」

流すような返事。彼女の意識は目の前のデータの羅列だ

一方で彼も、食べ終えた食器を流しに運ぶ

上条「そりゃするさ」

そう言われて、少し御坂の手が止まる

例え好意を越える様な意識を持っていない相手でも、異性にそう言われて嬉しくない訳がない

上条「お前が来なくなったら、ワタクシの食がままなりませんもの」

御坂「……アンタねぇ。私をなんだと思ってんのよ」

上条「……母親的な何か?」

御坂「はぁ? 私はアンタの親じゃ」

そう言えば、コイツは物心付いた時から一人でこのロウワーに生きているのだ

そして家族との繋がりは、このボロっちい固定端末だけ

なぜ彼だけがこうなっているのかは聞いていないし、そこには理由があるのだろう、こちらからは聞けない

分かっているのは、この男の姉だけは確実に、この男を気にかけていると言う事。それこそ、この部屋を遠隔的に監視するレベルで

御坂「……まぁ、いいか。でも、母親代わりだって言うなら、ちゃんと言う事聞きなさい。いいわね」

上条「やっぱり取り消ししたいんだけど、効きませんかね」

御坂「無ー理。さて、その子の分析に移ろっと」
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:57:39.40 ID:leekw0Hqo

                                        チューンド         ギフティッド
上条「楽しそうだな。つーかさ、"加えられた者"って何? "先天的遺伝子操作個体"とか"自然分娩個体"と何が違うんだ」

御坂「生まれる前から遺伝子弄ってより良い個体にしようとしたのが"チューンド"で、自然的な進化とか遺伝・いい意味での突然変異を期待してる個体が"ギフティッド"。これは常識よね」

上条「流石に知ってるよ。んで?」

御坂「で、"加えられた者"は、生まれた後に遺伝子操作されたり、名の通り外部から手を加えたりされた個体の事を言うの」

上条「なんだか、聞くだけだとあんまり"チューンド"と変わんない様な気がするな」

御坂「先天的なら、その遺伝子という名の設計図に沿って受精卵が成長する。でも、後天的に書き換えられたら、既に成長してしまった細胞とか体組織に影響が出るでしょ? だからその分調整が異常に難しいし、それだけならアンタの言った通り"チューンド"と変わらない」

上条「おいおい、メリットが無いぞ」

御坂「でしょ? でも、そもそも人間という生き物のジャンルの枠内でどう遺伝子を変えても不可能なこと領域ってあるじゃない? 例えば、音速域で走ったりなんて、人間には出来ない」

上条「んな速度で走るには、筋肉的にも骨格的にも、ちょっと考えただけで体がもたないって分かるな」

御坂「そ。例えそれを可能にするような合成筋組織で筋肉を置き変えたとしても、そもそも人間の脳ではそんな筋肉には収縮命令を出せない。……ここまで言えば、"加えられた者"のメリット、見えて来たんじゃない?」

上条「つまり、人間って枠外の事をする為に、生まれた後、または細胞の発生過程で強引に手を加えて、人間には到底できないような性能を持たせる事が出来るってことか」

御坂「そう。もう一つ付け加えると、外部から、例えば強化骨格強化筋組織を導入出来る様に、体内にスペースを空けさせたり、制御装置と脳や神経を接続できるように組織構造を変化させたりとかもね」

上条「だから、"加えられた者"」

御坂「うん。で、ここで考えてみなさい。そもそもの人間には不可能だったことを強引に出来るようにして、弊害が出ないと思う?」

上条「そう言われたら、出るんだろ?」

御坂「多分ね。それで禁止されてるわけだし」

上条「なんで多分?」

御坂「だって、この子表面的には弊害があるように見えないじゃない。どういう構造なのかも気になるでしょ?」

上条「あんまり他人の体について知るのもなぁ」

御坂「生物学やら医学なんて、そんなことの繰り返しなのよ。……よし、分析結果出た」

ハサミで適度な長さにサンプリングした髪の毛から読み取った遺伝子データや髪の構成データが、彼らの目の前の空間投影ディスプレイに表示された
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:58:21.92 ID:leekw0Hqo
「ったく、いらねェったンだがなァ」

ポツリと零しながら、彼は満腹になったお腹をさすりつつ、研究所に併設されている寮に向かって屋外を歩いていていた

あの後、街の方で限りなく面倒な衣類や小物の買い物に付き合わされ、食事を御馳走され、カエルのイラストがプリントされた無駄に高いマグカップをお土産に持たされ、研究所まで送られた

「おそろいだねっ」などと少女は喜んでいたが、流石にこれを研究室の机の上で活躍させるのは恥ずかしい

一方(かと言って、次に来た時に使ってなけりゃ確実に文句を言ってくるだろォし)

面倒なのは相手が御坂という立場であること。下手に嫌われる様な事があれば、最悪ロウワー戻りでは済まないかもしれない

そんなことで頭を悩ませていると、少し前の電灯に照らされたベンチに座っている人影があった

それは女のようで、近づいてみると、背もたれに身を預けて、片腕を背もたれの後ろに回して暗い宇宙空間を見上げている。もう片手でアルコールの強そうな酒の四角い金属性の入れ物を力無く持ちながら、である

一方(……御坂の番外個体サマじゃねェか。なンで所長がまた、こンな時間にこンな場所で一人酒浸ってんだ)

このまま真っ直ぐ、彼女の前を歩いて通過したところで、恐らく彼女はこちらに気付かないだろう

触らぬ神に祟りなし。気付かれない事を願いつつ、彼はそのまま何も無かったかのように寮へ進もうとした

とうの昔に夜時間に温度管理や明度管理が移行した為に、端的に言えば少し寒い

彼女のように、白く薄らと桃色の花の刺繍がなされている丈の長いワンピース系の衣類であるアオザイの上に白い研究服だけでは、間違いなく寒いハズだ。最も、アルコールで誤魔化されているだろうが

番外「こんな時間に御帰りとは、随分と気に入られてるじゃなーい」

通りすぎた一方通行の背に、変にご機嫌な女の声が聞えた。運のないことだ

番外「このままあのガキに気に入られれば、もっと上の立場にもなれるかもしれないぜ?」

このまま無視するのも有りではあるが、一応御坂の人間であり上司である

振り返って、「はァ」と限りなく適当な返答をしておいた

番外「気の無い返事だこと。そうか、信じてないなー? 確かにあのクソ妹様はまだまだガキもガキだしね」

一方(面倒臭ェ……。掴まっちまったな、こりゃァ)

番外「その上、愛玩個体なんてよばれちゃって。まー、ある意味間違いじゃないんだけど」

一方「……間違いじゃない、ですかァ」
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/21(土) 10:59:19.33 ID:leekw0Hqo

番外「そーそー。あのクソガキ様は一つ上の最高傑作までの姉妹達とは違う目的で作られてるからさー」

一方「へェ」

限りなくどうでもいい感じがしたが、とりあえずの相槌はしなくてはならないだろう。面倒臭い

目の前の泥酔の口は止まらない

番外「それまでのが最高の頭脳を作り出す事が目的だけど、アレは違う。目的はお政治、御坂の家の力をより盤石にする為の社交。その為に必要な手駒をそろえるために、本能的に有能な人間をかぎ分けられる様に出来てんの、若干脱法的な方法で」

一方「そうなンすか」

番外「あ、言っとくけど、これ一応御坂家の最高機密だからー」

一方「はァ。……はァ?!」

番外「ったり前でしょー? そう知られちゃ御坂に取り入れられたいゴミカスみたいな奴があのクソガキ様にすり寄ってきやがっちゃうだろ」

一方「そりゃ、確かに」

番外「んで、どっかの白モヤシはそのガキに気に入られてる。これは一種、認められてるってこと。表面上は単に懐かれてるだけに見えるけどさ」

認められている。曲がりなりにも、御坂に

そう思うと、少し気分がよくなるのを一方通行は自覚した
       ・ ・
番外「……このミサカは少しも認められてないってのにさ」

対照的に、女はポツリと自分を愚痴る様に零した

番外「あーそーだよ! このミサカ様は所詮ワースト、一番劣った存在さ! ゴミ箱上がりの白いのにすら怖がって疎んじゃうような、粗悪品ですよーだ!」

怖がる?

番外「ねーねー、自分が確実に劣った人間だって、自覚したことがある? 多分それって、最高に惨めな気分だけど」

答える間もなく、目の前の女は続けた
    ・ ・                                ・ ・
番外「このミサカはねぇ、生まれてからずっと、ずーっとなのさ。あのミサカ達にはどうやったって勝てやしない。ただの踏み台、しかも一番下の土台。他が貴金属なら、精錬する時に出るゴミ」

一方「でも、所長だって常盤台の学校を首席で卒業してるンじゃ?」

番外「残念でしたー。ありゃ、学校側からアプローチがあったの。コネだコネ。今じゃ御立派に日本区議会の議員様をやってるブタ校長が、自分を取り居って貰う為にねぇ。このミサカの成績はいいとこトップ10に入るかどーかだった。どう考えても首席になる訳が無かったってわけ」
175 :本日分(ry [sage saga]:2012/01/21(土) 11:00:44.45 ID:leekw0Hqo

一方「ってことは、他の妹さンたちも」

番外「またまた大外れー。あのミサカ達は実力でもぎ取ったのさ。このミサカじゃ到底追いつけないレベルでね。だから、上条の女が御坂から首席奪った時ははっきり言って気分良かったなー」

一方(上条か。……懐かしい名前だな)
        ・ ・
番外「だからこのミサカは嫌いなんだよ。御坂も、妹も、こんな世の中も、お前も」

そして、女は一際長くアルコール飲料を口に含み、そのせいでそのまま意識が途切れ、体を支え切れなくなって、ベンチの上で横に倒れた

流石にこの温度でここに放置していては、微小機械の抵抗があっても病気になってしまいかねない

大質量空間移動の中間実験を控えている今、それはこの研究所の痛手になりかねない

治安の良すぎるハイアーでは逆に、夜間の守衛などおらず、居てもせいぜい昼間に受付で暇そうにしている僅かな事務員だけ

さっきまで相手をしていた妹のようなお付きの"天使"も、番外個体自身が自ら拒否しているらしいので、それもおらず

まさかこんなことで非常事態用レスキューを呼ぶ訳にもいかないので、さりとて高層ホテルの如く部屋数のある併設寮の中の彼女の部屋など知りもしないので

数秒周りを見回して、助けなどいないのを辟易しながら確認した彼は、まず手から口の開いた酒を離させて

一方(スコッチをそのまま飲み続ければ、こうもなるか。しかも慣れてねェときた)

その女を背に負った。女性らしい軟らかさよりも、残念ながら酒臭さの方が気になった

一方(しょうがねェ、俺の部屋にでも寝かせるか。まさか誤解する様な事はねェだろうし)

自分はロウワー上がりの身。そう言う噂など立とうものなら、この女は、御坂の家は、全力でなかったことにするはずだ

恐らくそれはここの職員全員が分かっている事なので、吹聴する馬鹿など居ないだろう。消されかねない

また、自分が消されるようなこともまたない。それは殆どそういう事があったと肯定することになってしまうからだ

「全て、消えちゃえばいいのに」

部屋に運ぶ中で彼女が背中で不意に言った。恐らく、酩酊状態から漏れた寝言だろうが

それは、この恵まれた世界の中で生きている彼女が言うべき言葉ではないと、最下層からの成り上がり者は思った
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/21(土) 17:44:06.36 ID:rk0U6/Jso
もやしに番外個体背負えんの?
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/01/22(日) 19:04:52.22 ID:EsupCHHto
なんか・・・もう読む気がどんどんうせてくわ
最初期から応援してたけど、俺はもうついていけそうにない

178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/23(月) 01:36:18.45 ID:18G2Lgb7o
他のやつよか全然いいじゃない
もうすぐで終わるらしいし見守ってやろうぜ
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 13:53:10.97 ID:CmFQIwsIO
>>177
俺がいる
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/01/23(月) 19:42:02.54 ID:BRaAhWObo
1週目のラストのほぼ全員が死んでいくあたりが盛り上がりとしては最高潮だった気がする
特定のカプはないって最初のほうに宣言しときながら2週目ではガンガン、カプ出してきたあたりからあれ?ってなってたけど
今回のでもう禁書である意味がなくなった、根本的に別の物になってないか?
この禁書じゃない状態がまた1周分続くの?

めっちゃ面白くて、ずっと好きで応援してただけに書かずにはいられん
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/01/23(月) 22:08:24.13 ID:cLMRyWD3o
俺は逆に今が好きかな
展開が楽しみだわ
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 23:22:33.13 ID:A8W/ofpbo
結構作りこまれたSSだから1周目2周目と毛色が違うからって切るのはもったいないとは思う
普通に考えてここまで長く続けてきて全く関係ない話になるとは思えないし
今回の周がどう1周目2周目と絡んでいくか楽しみではある
まぁ関西の人は無理なら余計なこと書かないで黙って消えたほうが良いと思うよ
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/01/23(月) 23:26:57.84 ID:CIRUVE1no
>>100とはマジで何だったのか。ガン無視される>>100に合掌

乙〜
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/24(火) 00:33:10.99 ID:cK3CWPTJ0
三週目の設定面白いと思う
人の好みだから何とも言えないけど
まったり応援してるぜ
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/24(火) 19:19:12.39 ID:QKN2Gc5A0
ちゃんと風呂敷を畳めるんであれば問題無い
それに内容が面白いからね。まだまだ応援するよ
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/01/26(木) 23:42:50.76 ID:zeOvyXhro
ここからの着地に興味が尽きない
187 :やたらレスついてたと思ったら荒れていたでござるの巻。有難し [sage saga]:2012/01/29(日) 20:59:52.27 ID:8rY99DGdo
「おはよう、とうま」

ごく普通の朝の挨拶をした少女を目覚めさせたのは、特別大したことのない肉の焼ける臭い

ある種の特別さと言えば、焼かれているハムやベーコンが豚のものなどでは無く、一体何の生命を殺して得たのか分からない肉を使っていること

上条「おっ、起きたか。んでもって、俺の名前も覚えてる訳だ」

よっ、と慣れた調子で卵と肉を焼いたものをフライパンから皿に移して、机に運ぶ

禁書「うん。……で、これは何の卵とお肉なのかな?」

目の前に並べられて、緑の目玉が白い卵白に囲まれている2フィート近くのそれに、疑問を持つのは仕方なかった

上条「流石にこれは知らないか。っても、俺もわかんないんですけどね」

禁書「食べられるの?」

上条「少なくとも、今までずっと似たようなの食べて来たけど問題ないぜ。あ、もちろんお前も食べていいからな」

と、箸を差し出した

禁書「微小機械からのエラー報告とかは?」

上条「出てませんよー。ま、俺のはロウワーなんで型落ちの微小機械だから、当てになんねえけどさ。カロリーも高めだから、多くは無いけどお前の食欲もある程度は満たせると思う」

禁書「私の食欲? そう言えば、あの短髪の人はどこに行ったの?」

上条「御坂のことか? 昨日中に帰ったよ」

ふーん。と、そう言いながら、少女は恐る恐る謎の食物を口にした

ふむ、食べられないこともない。体中の微小機械の報告が視界に直接映し出されるが、毒素も許容値内だった

禁書「もむもむ。そう言えば、"御坂"ってあの?」

うーん、ちょい味薄いかったな。などと同じ卵の焼いたものを食べつつ言っている男に聞いた

そう言えばこの米もどことなく緑色がかっているようにも見えるが

上条「ん。こんなとこに来てるってことは一応極秘だけどな。それはお互い様だってさ」

禁書「……お互い様って、どういう意味?」
188 :そして正直>>180の禁書じゃない状態って批判はもっともだと思う所ですぞ [sage saga]:2012/01/29(日) 21:01:33.33 ID:8rY99DGdo

上条「んー。あ、そうそう。それでだ、ちょっとこれ見てくれ、禁書目録」

箸を置いてそのまま膝立ちで、彼は振り返り、後ろの固定端末の机の上にあった親指サイズの保存媒体を掴んだ

そしてそれを、机を挟んで向かいに座っている少女の目の前で、挟むように掴んでいた人差し指と親指に、力を加えてベキッと折る

上条「はい、これでお前の個体分析情報はひとまずこの部屋からは消えた。もちろん、アイツも俺が見てた限り持って帰って無い」

禁書「ということは、あの御坂の人もとうまも、私の体質を」

上条「完全記憶能力に、なんかよく分からんデバイス入りってことはな。なんかすげー奴なんだろ? アイツも驚いてたし」

アイツと言うのは、きっとあの短髪の事だろう。とても最上級層の人間には思えない、よく言えばセクシー、悪く言えば下品な格好をしていたが

上条「お前の目の前でデータ消すって約束してたんだろ? 昨日は帰らなきゃなんねえから、その約束守れないって、こうして俺が目の前で壊したって訳。御坂家出身の人間であるってことも約束破って一方的に秘密握っとくのも悪いからってさ」

禁書「……そうなんだ」

しばらく、少女は何かを考えるように淡々と食を進めた

そして、なんとなくいたたまれなくなって、彼が「えーと、うまいか?」と聞こうかと思った時

禁書「そう言えば、あの短髪は"地球帰還"のことは知ってるの?」

上条「いや、多分、見せてないと思う」

禁書「それなら、いいんだけど。……とうま」

上条「もっと食いたいとか言うなよ? "加えられた者"のせいで胃腸の吸収効率が低いのは知ってんだけどさ」

禁書「確かに、もっと食べさせてくれるならうれしいけど。そうじゃないんだよ」

上条「……じゃあなんだ?」

何か良く分からないスープを飲みほして、彼女は口を開いた

既に上条は自分の分を平らげて、食器を運んでいる

禁書「いろんなものが、隠されてるんだよ。今の世界は」

上条「隠されてるって、何がだ?」

チラッと時計を確認しながら言った。八時十分、学校に出発するにはギリギリの時間

頷いて、彼女は次の言葉を続ける
189 :言ってることが分かる分、どうにかして禁書っぽさっていう謎めいた要素を練り込みたいのはありますぞ [sage saga]:2012/01/29(日) 21:04:11.83 ID:8rY99DGdo

禁書「例えば、こういう技術とか」

言って、少女は両手を合わせて、祈るようなポーズをとった

何をするのかと、彼女を見ながら首をかしげている上条当麻

心なしか髪や衣服が煌めいている気がするが、しかし目の前の少女は動かない

そのままスウッっと目を開くも、何もなし

と、そこで何者かが、彼の学生鞄を目の前に差し出した

上条「サンキュ。……って、なんだこいつ!?」

もちろん、鞄を手渡したのは、禁書目録ではない

差し出してきた元にあったのは、牛のような体に10本程度のカエルの様な手足が付いた何か

それは1m程度のそれが机の上にベッタリと座って、その長い舌で彼の鞄を掴んでいた

禁書「こんな生き物を見たのは初めてだけど」

一見して分かる奇妙な様は、何処かの実験によって生まれた何か

禁書「でもそれが、さっき私達が食べてたモノの10分の1の大きさのものなんだよ、とうま」

上条「なんか鞄の取っ手がベッタリしてるんですけど。ってか10分の1って」

禁書「そう。その子はさっき食べた卵や肉から遺伝子を読み取って、未元力場のエネルギーを代替素材にして作ったレプリカだからね。そのネバネバも、私が維持の指示を止めれば消えるはず」

上条「はぇー、未元力場ってんなことも出来るんだな」

禁書「本来なら、誰にでも出来る事なんだけど、これだって隠されてるんだよ。危険だからって」

上条「確かに、こんなもんが溢れかえったら軽くパニックになるってのは俺でもわかる。……うお、やばい」

鞄の中から取り出した携帯端末の画面の時刻が示すのは、余裕がないということ

禁書「学校の時間?」

上条「そーですよ」

玄関へ立って靴を履こうとする上条当麻を、禁書目録と牛と蛙の合体生物が見送る

そこでおずおずと少女が尋ねた
190 :でもって、ついていけねーと思ったら切ったらいいんですよこんなオナニー!新期のアニメを切るように [sage saga]:2012/01/29(日) 21:06:26.95 ID:8rY99DGdo

禁書「……ねぇ、とうま」

上条「なんですかー?」

禁書「とうまもあの人も、なんで私を庇ってくれたの?」

庇ってくれた? ああ、昨日のあの時のことか

上条「起きてたのか」

禁書「うん」

上条「そうだなー。まぁ、可哀相って思ったからだろうな」

急ぎだったから、彼は限りなく適当に答えた。それは同時に、限りなく適切な答えでもあった

禁書「うん、そういうのって大事だと思う。ありがとうなんだよ」

上条「はいはい。んじゃ、行ってくる」

適当な答えだったが彼女はとても満足そうな顔をしていて、だから、彼は彼女の傍らにある謎生物のレプリカを気分良くポンと叩いて、部屋を出た

家主が出立して、閉まる扉。これで部屋には謎生物と少女のみ

禁書(……さて、これ以上とうまのお世話になる訳には)

何処にどうやって身を隠そうか。他の区に逃げ込むにも手間がかかりそうだが

なんて、思った時だった

禁書「え?」

と、少女が呟いたこの音は、彼の部屋に響くことがあっただろうか

彼女が維持を解除する信号を送っていないにも関わらず、ブクブクと風船のように謎の食用生物のレプリカの体表がいくつも膨れ上がって、そのまま

特別にやたらと頑丈に造られていた彼の部屋だが、生まれた爆発はガラスや扉を吹き飛ばすには十分だった
191 :んでもって、しばらくした跡にどっかで見かけたらまだ終わってねぇのかよあの変態オナニストと思えばいい [sage saga]:2012/01/29(日) 21:09:22.56 ID:8rY99DGdo

「……おはよう。ッ、……あー」

空気を読んで、彼、一方通行は己のベッドを占領している自らの上司の側に、水の入ったコップを運んだ

番外「ありがとって特別に言ってあげよう」

水を半分ほど飲んで、彼女はそう言った

一方「そりゃどゥも」

番外「何? じっとこっち見て、何か文句でもあるのかな?」

一方「いや、二日酔い用の薬でも必要かと」

番外「えー? んな物あるなら欲しいけど」

他人様の部屋で図々しい女の前で頷いて、彼は机の引き出しを引いた

確かこの辺に幾らか残っていたはずなのだが

「まーだーかーにゃー? ……あだだっ」

なんて声が、部屋に響く

内心舌打ちしながら、ようやく見つけたタブレットを梱包ごと手渡した

一方「水の替えは?」

番外「……お願い」

末の妹に似て世話のかかる相手だと、聞えないように息を吐いて

彼は、もう一度キッチンのウォータータンクへ水を注ぎに行く

一方「どうぞ」

渡されて、経口薬とそのまま口へ運んで

番外「……ふぅ。アセトアルデヒドの分解促進か。こんな薬持ってるとはさ、流石ロウワー上がりの人間ってとこ?」

一方「それは、どういう意味で?」

番外「中心街のモールに行ったことないの? 多分、いっこ下のコロニーの大規模モールでも同じだろうけど」

一方「行ったことがない訳じゃないですが、特に詳しいって訳じゃァ」
192 :んで最後に、公開オナニーである以上、批判は大いに結構なので好きなようにしてくだしあ [sage saga]:2012/01/29(日) 21:10:59.99 ID:8rY99DGdo

番外「だったら、そっからか。めんどくさ」

仕方なく、机の椅子に座って言葉を待つ

番外「なんかミサカ、説明面倒になってきた」

一方「はァ……」

頭を押さえる女。おかしな言い方だが、なんというか二日酔いし慣れてない感じがする

この年齢で、まさか初めてという訳ではないだろう

番外「上の人間はさ、そもそも二日酔いなんてしないようになってんの。だからこういう薬は売って無い。必要が無いから」

一方「二日酔いなンてしないようになっている?」

番外「そ。人間の理性なんて、理性と言う程には碌に働きゃしないってことだ。あだだだ」

そのいい例が目の前の女なのだ。言われるまでもない

だが薬まで売って無いとはどういう事だろうか。まるで二日酔いと言う症状が生じることなど想定していないみたいではないか

一方「まァ、俺ァ先に行きますンで」

番外「はいはい、行ってらっしゃい。っと、じゃなくて」

玄関に立つ彼を、彼女は止めた

一方「……? 遠慮せずに楽ンなるまでそうしてても構わないですけど」

番外「それはホントに有難いんだけどね。でもそもそも、何でミサカ、ここに居るわけ?」

それは、今更な質問だった

一方「えと、昨晩外のベンチでブッ倒れるまで飲ンだってのは?」

番外「倒れる? あれ、もしかしてそれで気失っちゃったのか」

そのことすらも覚えていないらしい

番外「んとさ、ミサカ、何か変なこと言ってなかった?」

仕方なく、浮かび上がったA4程度の空間投影ディスプレイで今日のスケジュールを確認していた一方通行の手が、一度止まったが

一方「いえ、別にィ」
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/29(日) 21:11:53.48 ID:8rY99DGdo
と言って、また操作を始めたのだった

余計なことは知らないことにしていた方が良いに決まっている

番外「あっそう。でもって運悪くこのロウワー上がりの馬の骨に食べられちゃったわけか」

一方「えェそうで。……って違ェよ!!」

番外「あー、大声うるさい」

一方「あ、すンませン」

番外「ってか違うの? 折角のチャンスなのにもったいないな。一番上のミサカに末のミサカを手籠めにしたら、御坂の家だって乗っ取れるんだぜ?」

一方「そこまで野心家じゃねェですし、下手すりゃ人生終わっちまうじゃないですか」

番外「ふぅん。思ったよりチキンなわけか。ま、お言葉に甘えてしばらく休ませてもらうかね」

「ンじゃァ、お先に」

そう言い残して、若干腕と腰と膝に筋肉疲労を感じつつ彼は自らの寮の部屋を後にした

部屋に残ったのは彼女一人

気だるい体を男の匂いのあるシーツで包む。一応、体内の微小機械を巡らせて、昨晩本当にそう言う行為があったかどうかチェックした

番外「ッ」

結果はNO。別にして欲しかった訳ではないが、そう言う価値すら自分には無かったのかと思ってしまう

それは結局、彼からも見下げられたのだと言う思考に、重たくてマイナス思考になりがちな頭が繋げてしまって、

番外「……ッ」

っと、もう一度舌打ちしたのだった
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/29(日) 21:12:21.99 ID:8rY99DGdo
「……子供か」

駒場利徳はお呼びがかかった場所にかかった

場所だけ見れば、地下格闘という名前は相応しくないだろう。地上なのだから

ただイリーガルな見世物的格闘と言う意味での地下。闇の、なんて言い方は素敵すぎる

今回の"リング"は廃ビルの1フロア。元々は行政用の窓口施設があるはずの場所だった

よく使われる場所であり、割と良く死者が出る、つまりかなりの無茶が行われ、故に人気のある場所。今日も賭け金の大きさと言う意味で、客入りは上々のはず

そして目の前に居るのは子供。年齢は12歳くらいか

地下格闘に来る子供には2通り。何の運命か偶然上がって来てしまった、生贄の祭壇に捧げられた子羊か

もう一つは、本格的に戦闘能力のある奴。メインイベントである駒場クラスの対戦となると、圧倒的に後者の確立が高い

少し大きめのビニル地のイルカの人形の上に足を載せている、白の薄い上着に黒の服を着た少女

「だからと言って、手加減とかはしないでいいぞ。客が白けたら意味が無い。アンタにとっても同じだろう?」

少女は、そう言って人形を一先ず壁際の方に蹴り飛ばして、不似合いなファイティングポーズをとった

彼らの間には5m程度の間。他には何もなし

駒場「……遠慮などするつもりはない」

基本的には、視覚的な興奮の為に、つまり派手さの為に、ここでは禁止されている行為はない。単純明快に、相手を叩きのめす事がここでのルール

判定の為のレフリーなどおらず、決着は勝者が決める

だが、遠距離でドカン、は正直好かれない。客が冷めてしまうのだ。他の格闘技と同様、人間は余程肉体と肉体の戦いがお好みらしい

だから、彼は"少々"外部的に強化された体を己が武器としている

最初に動いたのは、少女の方だった

非常に分かりやすいステップで近づいて、非常に分かりやすい構えから繰り出される、非常に分かりやすいストレート

トレーニングの末のもの、というよりはただ知っているイメージのまま、と言う感じがする

相手の情報がないので、彼はそのままその分かりやすいのをギリギリでかわしてそのままカウンター、なんてことは狙わない

チャンスを失うと言う意味でもあるが、結果的にそれは良い判断で

「そうそう。そうじゃないと困る」

殆ど真横に跳んだ自分より体格の大きい駒場の方を、ゆっくりと向きながら少女は言った

分かりやすいイメージとしては、週刊少年なんちゃらに出てきそうな格闘漫画

周りの空気をどうにかして、拳から気弾を放つとかいうアレだ

駒場の体中を流れる微小機械によって、先程少女が放った拳から放たれたものが、窒素によるものだと断定した

槍のようなものがかすった頬にNという原子記号で表示されるものの濃度がやたら高まったことが確認できた

駒場「……トリックか。見た目に反して手強そうだ」

「さぁ、どうする?」

ぎこちない、明らかに本来の戦闘フォームでは無さそうなファイティングポーズを、少女はまた駒場へ向けた
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/29(日) 21:12:51.70 ID:8rY99DGdo
「よぉ、遅かったな」

声は、目の前の施設に入ってすぐ聞えた。時間的には昼を少し過ぎた時間だ

浜面「遅かったな、じゃねえよ。何でさも当然のように居るんだ」

返答。ここは、一応、この最上級層コロニー・ハイアーの中心街の一角

街と言っても、周りには涼しげな木々の群しか無い

学校であり商業施設であり行政施設であり、それらは確かに群れているが、その一つ一つの施設の間すらも、ちょっとした緑と水のせせらぎが占めているのだ

半蔵「おいおい。これでも苦労してんだぞ? どっかの誰かさんが折角見つけた移動手段をフルスロットルで使いやがった挙句、こけやがったせいで、思いっきり投げだされたんだからな」

軽く死ぬかと思ったぜ? なんて半蔵が続けるのも無理は無い

恐らく、乗り物と一緒に得た宙間作業用の防御機構を備えたツナギを着ていなければ、自分も半蔵も死んでいただろうから

浜面「仕方ねえじゃねぇか。多分あのバギーみたいな奴の制御機構が、俺達の微小機械のバージョンを受け付けなかったんだ」

半蔵「要するに古すぎてバグっちまったってことかよ」

浜面「多分な。あれでも一応、何とかしようとしたんだぜ?」

半蔵「何とかね。完全に超音速域で暴走してて何とか。まぁいい、お陰で一気に近づけたし、このコロニーがどんなもんなのか大体分かった」

浜面「殆ど全部が緑一色で、一応ある程度の間隔はあるけど建物がちょくちょくあるこの辺りが中心部ってことなんだろ? ここだってF1用機体の整備製造施設の玄関だってのに、ぜんぜん人の気配しねえけど。ホントに人住んでるのか、このコロニーはよ」

手首をスナップさせて、コンと金属の廊下を叩いた

その音が反響して、何処までも奥の方へ響いていく。まるで誰も居ないかのように、透き通った感じで

半蔵「実のところ、俺もここまで来る途中で見た人間は、川辺で"天使"っぽいのを従えて絵を書いてる爺さんだけだったからな。お陰で怪しまれることなんてなく、汚れ一つない道を堂々と歩いて来れた」

浜面「マジかよ。茂みを隠れ隠れ進んでたのに……」

確かに、浜面のツナギはところどころ土汚れが見て取れる

これでは逆に、ここでは怪しいだろう

半蔵「無駄な体力消費だな。結果的にここで合流できたから良いけどよ」

浜面「なぁ、なんか食い物持ってね?」

半蔵「無い。つーか、あるわけないだろ」

浜面「だよなぁ。……あぁー、あの子から何か貰っとけばよかったかも」

どうしても響いてしまう靴音を最小限になる様に気を付けて、先へ

半蔵「あの子?」

浜面「滝壺理后って子。昨日の夜会った。ゲキマブ」

半蔵「滝壺……。どっかで聞いた名前だな」

浜面「なんと、昨日の朝ぐらい番組で出てたアイドルだぜ?」

半蔵「ほー。そらゲギマブぐらいじゃなきゃ、やってらんねえもんな」

しばらく、コツコツととりあえず先へ。さて、お目当ての電算室はどこかしら

半蔵「……おい、昨日会ったってまさか、こっちに来てからじゃねえよな」

浜面「さっき会ったのは夜って言ったぞ。こっち以外ないだろ」

半蔵「はー。ってことはお前、見付かっちまったのね」

直後。室内をいやな感じがする赤色の光が覆った
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/29(日) 21:13:27.54 ID:8rY99DGdo
恐らく、この映像を見ている者たちの興奮度は、中々のものだろう

そう言う意味では、主催者側も視聴者側もホクホクだ。そうでないのはプレイヤー側だけ

駒場がこれまでに何度も対戦相手を叩きつけて来た壁が、床が、予め爆薬でもセットされていたかのように、砕けて裂ける

「そろそろ隠れるところも無くなってきたけど、どうする? このままこのリングを 全 て 破壊しても、こっちは全然構わないぞ」

口の中にジャリッとした粉っぽさを感じる程に吹き上がった壁やら床やらの塵の中を、わざとらしい足音を立ててこちらに歩んでくる少女

駒場「……変わらない。何も」

と、彼は殆ど聞えないように呟いた

フロア分けしていた仕切りの壁には所々大穴が空いていて、少女の体格はもとより、駒場でも部屋と部屋の出入り口を使う必要が無いほど

これでいいのだ。自分の逃げ場が無くなると言う事は、相手の逃げ場も無くなると言う事

そもそも、何があろうと彼の戦闘スタイルは変わらない。相手を己が体で叩きのめす。それだけ

相手に接近しなくてはならないリスクがあるこの戦い方だからこそ、この得体のしれない少女の事を知る必要があった。そして、一度のラッシュで片を付ける必要があった

あちらも粉塵で隠していたようだが、どういう方法論でなされているかは分からない窒素の超高密度噴出は、手の平からしか出てこないようだ

つまり、足やら肘やらから出る訳ではない。その噴出のリーチも1m以内らしい

わかってしまえば、戦いようがある。飛距離の長い高威力の飛び道具ではないのだから

積極的に距離を取ろうとしなくなった、というよりただ立ち止まっている駒場に、少女はそのまま歩みを進める

「もう観念したか? つまらない上に、少々、いやかなり困る」

言って、そのまま流れるように、また最初の様な分かりやすいパンチのフォーム

「でもま、困るのは私じゃないし」

完全に少女のリーチの外、それだけなら見た目はただのシャドウボクシング

だが、拳と言うには少々握りの緩いその手から伸びるは、窒素の短槍
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/29(日) 21:13:53.70 ID:8rY99DGdo

駒場「……それだけなら」

「ッ、速い!?」

駒場「これまでのやり方が通じないと言うことには成り得ない」

駒場の声が聞こえたのは、殴り飛ばされて床に倒れた後だった

要するに体躯が小さいが腕のやたら長いボクサーをイメージすればいい。結局のところ、人間の腕の可動範囲内の範疇でしか彼女の窒素は的を捉えられないのだから

拳だけに自信がある、なんて輩をたくさん見て来た駒場利徳がそれを見切るのは訳の無い話だ

倒れてしまえば、後は簡単な話。止めを刺せばいい。いや、刺さなくてはならない

ワンチャンスでこっちが死ねる、そう言う相手だ。この少女は

横・前、とたった2つのステップで、少女の手の平が機能する前に背後を取り、薄皮でしか守られていない脊髄を強打した駒場は、そのまま少女の行動を完全に奪わんとその頭脳を狙ったが

「フン。下半身も丸々取り替えたほうがいいかもな」

少女の頭部と蹴ろうとした足先は、一瞬で距離が生まれてしまって、結局触れることはなかった

駒場「……そういう使い方もできるのか」

具体的には、立ち上がる動作の過程で、手の平から窒素の噴出を行って体を強引に移動させる、と言う方法。これまでに見たことのない使い方

それでも、人間的というより猛獣的に突かれた少女の脊髄という急所には、相当なダメージが生まれているらしく、こっちを向いている脚には変な筋痙攣が起きていた

「んー、これなら十分。合格合格。そう言う事でいいだろ」

駒場「……何を言っている」

「いいや、こっちの話。まぁ、お前にとっても無関係じゃないけど」

駒場「……?」

若干めんどくさそうに腰をトントンと叩きつつ、少女はこちらに振り返った

「ってことでさ、そろそろ終わりにしようぜェ。こンな体験版見てェな、どうでもいい糞試合はよォ」
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/29(日) 21:14:50.21 ID:8rY99DGdo
「はぁー」

と、やりきれない感のある吐息を彼女、ミドル・ローのコロニーに住む佐天涙子は零した

それを拾う友人も、今日は風紀委員の仕事だとかで近くに居ない

直接的な溜息の原因は下校前の面接であり、間接的には積もり積もったものだろう

佐天(進学は厳しい、なんてさ。なんでハッキリ言うかなぁ)

家への足取りは重い。仕方のない事だろう

個人的には努力してきたつもりだ。その為に学校代表、なんてハッキリ言って面倒なだけの仕事も引き受けた

お陰で内申の方は良いらしく、このコロニー内ならば最高レベルの学校への進学は可能

しかし彼女の希望の上の層のコロニーへの進学は適わなそうなのだ。しかも、学力と言う面以外の理由で

佐天「『本当にすまない。我が校には"自然分娩個体"の前例がないんだよ』……てさ、どうしようもないじゃん。それ」

一応推薦入試を受けること自体は出来るが、結果は保証できない。そう続けられた

"チューンド"だったら良かったと、そう言いたいのか

確かに、この中層下位コロニーですら成績優秀者は基本的に"先天的遺伝子操作個体"ばかり。それは御坂美琴に現されるように、ハイアーまで変わらず

佐天「……ああもう!!」

苛立つ少女は、目の前の清掃用の円柱型ユニットへ拳を下ろした

慣れぬことをするもんじゃない。痛い

佐天「〜〜っ」

痺れるような痛み。しばらくまともに動かせないだろう。今の自分と同じだ

結局、御坂美琴は名家である御坂家の最高傑作。自分は大祖母エイワス=サーテーンから通じる、世界中に多くいる佐天系一族の一人でしか無い

あの人のようにはなれない。そんなことは分かっている

でも、それはあまりにもつまらないじゃないか

落としていた鞄を拾い直して、彼女は帰路を再び歩み出す

実家にこのことを連絡すべきか。いやどうせ、親もそこまでの期待などしていないだろう

道端に浮かんでいる雑多な空間投影広告に、何気なく目をやった

その中にはF1の日本区の代表選についてのものもある

佐天(オッズはハイアーが0.8、ミドル・ハイが――――で、ロウワーが0.000001か)

これでは殆ど賭けにならない。プッ、と息がこぼれてしまった

結局、これも同じ。誰もがハイアーが勝つと思っているし、誰もがロウワーが下位になると踏んでいる

地位の固定、結果の固定

佐天「"今度のレースは、何かが起こる"、か。どうせ何も起きないんだろうなぁ」

馬鹿馬鹿しいと思ってしまって、少女はそのまま前を――――

ふと、"そのままでいいのかい?"という怪しげな広告が目に留まった
199 :本日分(ry ブリーフィングオンライン改善はよ [sage saga]:2012/01/29(日) 21:15:55.55 ID:8rY99DGdo
(さーて、禁書目録さんはいらっしゃるでしょうかね)

鞄を肩に担いだ彼、上条当麻は一人下校中

新しい未元力場発生装置、つまりエネルギー供給装置の調子が悪いのか。なんだか今日はどこもかしくも到る場所で様々なデバイスの調子が悪いらしい

自分の携帯端末君もガビガビとした画像しか写さず判別に困る上、道行く空間投影広告だって、怪しい飲食店の調理システムだって、まともに動きやしない

だから、いろいろとコロニー内が騒がしいが、気にしない

ドン、と隣を駆け抜けた男の腕が彼の肩に当ってバランスを崩しても、気にしない。ロウワーはそう言う所だ

更にその男をおっかけて数人の輩が追いかけ、立ち上がろうとした上条を更に突き飛ばす形になっても、気にしない。ここはロウワー

更に更に歩道に設定されているハズの道を、どういう経緯か分からないが無人の調子の悪そうなバイクが駆け抜けようとして、彼の殆ど目の前で壁に激突して、破片が彼の額を叩いても、気にしない。ここはロ

上条「だぁぁぁぁあああ! ざっけんなよチクショウ!! ってあだだッ!?!?」

流石に堪忍袋の緒が切れて、飛んできた破片を事故車両に投げつけようとしたら、今度はそれが変に帯電していて、手が焼けた

不幸の極みのような光景だが、今日はそれを笑う友が近くに居ない

いつもの友人たちはテストの出来が悪かったとか言って、各専門分野で補修を受けている

いつもはその補修こそ彼が常連だったのだが、最近はなんというか運が向いてきているらしい。限りなく適当な答えが、限りなく適切な答えだったという事が続いている

怪しむべきところだとは思ってるのだが、強引に頭を切り替えたい彼はそれよりも、部屋にまだあの大喰らいの少女がいるかどうかが気になった

上条(……消化効率が同年代の一般レベルに比較して3分の1以下ってことは、同じだけのエネルギーを採るのに3倍以上食わないといけないってことだよな)

となると、彼女の食事には多額のコストがかかると言う事

財布の中身を確認。やっぱり勝手に増えてたりとかはない

上条(うーん。匿ってあげたいとこだけど、資金がやばいって現実があるしなぁ。願わくば、もうどっか違う所に逃げてて欲しいところだけど)

今直ぐに無くなると言う訳ではないから、二、三日は何とかできるが。それ以上は正直困る

上条(いざとなったら御坂様頼みだな、あんまり頼るのは良くないんだろうけど。……ってか、そもそも禁書目録はここの人間じゃない。アイツのところで世話になった方が良いんじゃないか?)

そんなことを思いつつ、彼はコツコツと音を立てて階段を上る

少なくともこの時までは、そういう事態は想像していなかった

上条「……お?」

広いとは言えない集合住宅の廊下に、凹んだ扉が倒れている

お隣さんが派手な喧嘩でも起こしたか。いやいや、玄関だけはやたら頑丈に造られているロウワーの扉がそう簡単に壊れたりは

上条(いや、俺の部屋のセキュリティは壊れかけてるけどさ。……つーか、あそこ俺の部屋じゃねーか!!)

それが分かって、咄嗟に思いつくのはあの少女のこと

焦って廊下を走り、今だにバチバチとショートしているセキュリティシステムのある我が部屋の中には

乾いた血に囲まれた少女が一人、倒れていた

200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/29(日) 22:53:23.47 ID:iuhe4R4Ao
まさかの自爆目録とは
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/30(月) 13:54:08.05 ID:O69I4lzSO
3周目は死人が出ないって言ったじゃないですか、ヤダー!!
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/01/30(月) 17:52:48.31 ID:hm2Hk7fto
爆発コントw

佐天さんエイワスなんか。
二週目から枝分かれした世界の成れの果て
かなんかなのかねえ。全くわからん
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/24(金) 09:25:09.95 ID:+Xuq7onUo
俺のイチモツがエレクチオンしそう
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/24(金) 17:20:06.74 ID:cfiVrU8Lo
今周の爆発ヒロインは禁書であったか・・・
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/24(金) 22:46:20.24 ID:QjfLJQKSO
>>1
アイロンの次は何だろうな
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/25(土) 00:16:47.88 ID:RfDIXACyo
>>204
いや二周目でも上条さんを掘ろうとした奴が爆発してる
つまり・・・
207 :危うく人生オンラインから強制ログアウトさせられるところだったぜ [sage saga]:2012/03/03(土) 23:09:37.31 ID:shW34zu2o
「あらお姉様。お家の用事とやら、今日は無いのですか」

常盤台の学校寮で、相部屋の少女が戻って来た御坂美琴を迎えた

机について端末に何かを打ち込んでいたらしいが、こちらを向いて歓迎してくれている

御坂「あ、あーうん。そんなとこ」

さてと、なんていいながら自分の机へ

白井「んん? 今日で中間報告は終わったのでは? 熱心なのもいいですが……。また何か飲み物でもお持ちしますの」

机について、期日前の追い込みスタイルについた先輩を見ての言葉だ

極秘で上条の部屋で通い妻のようなことしていれば、どうしても時間は足りない

だからここのところ、彼女は帰ってくるなり、百単位の数の空間投影ディスプレイを並べて研究データの処理をしていた

その連日の姿勢の癖が出てしまったのだろう

御坂「大丈夫、大丈夫。まだ次の実験データも返って来てないし、今日はちょっと調べ物でもしようかって。昨日はありがとね、黒子」

白井「"生体適応"というテーマは、実験データ無しにはなにも出来ないものですものね。しかしそれでは、何を御調べになりますの?」

後輩が「どうぞ」と言いながらカップを渡してくる

中身がオニオンスープなのは、作業ではないからという配慮だろう

御坂「白井の家は代々、この日本区内セキュリティの元締めだったわよね」

白井「ええ。そのため今は区知事である上条の家と直属的な連携関係にありますの。ですが、それが何か?」

御坂「いやちょっと、最近外部の区から来た人の一覧とかさ、確認できるかなーって。合法違法問わないでさ」

んー、などと頭を傾けてしばらく考えたが

白井「流石に見つかってもない違法の者の名前などは表す方法などは無いですし。加えて、ミドル・ミドル以上のコロニーにおいては観光客の方々を含めると、莫大な数に上るかと」

簡単にお見せしましょうか、なんて言われても流石にそれは断った

見たいのはあの禁書目録と言う少女と、その追っ手の情報なのだから

           最上層   最下層
御坂「じゃあ逆に、ハイアーとかロウワーなら?」

白井「最上級に向かうような外部の方のことなら、外交関係にもパイプの在るお姉さまのお家の方が詳しいかもしれませんの。そして、わざわざ外部からロウワーなんかに来る輩ですか。そのような者達はそもそも、公式の手続きを経るとは考えにくいかと」

208 :不摂生は辞めよう。な? [sage]:2012/03/03(土) 23:10:32.14 ID:shW34zu2o
御坂「うーん。ま、そうよね」

白井「しかし何故そのようなことを? まさか、何か問題ごとに首を突っ込んでいたりなどは」

御坂「あのさ、ここのところの私にそんな暇あったと思う?」

白井「……ふむ、言えてますの」

少々強く虚勢を張ると、後輩は簡単にだまされてしまった

確かに彼の部屋に行っていた時意外は本当に暇など無かった。あの場所に行くのは息抜き的な側面もあるが

御坂(それにしても、正規の手続きなんて踏まえない、か。あの子やあの追っ手の二人もそうと考えるのが自然よね。手続きなんてしてたら許可リスト上で目立って仕方ないだろうし)

そして何よりも、一体誰が、まじめにロウワーなんかへの不法侵入者を取り締まるものか。そこ自体の住人ですら、治安なんてまともに無いものと思っているのに

白井「ああ、そういえば、直接関係無いのですけれど」

思い出したように、自分と同じオニオンスープを口にしつつ、後輩が口を開いた

御坂「ん? 何かあんの?」

白井「外部の事で思い出したのですが、イギリス区の話ですの」

イギリス区。そういえば、あの禁書目録という少女の個体データの出生地タグもイギリス区だったか

御坂「イギリス区のっていうと、……王家の継承問題?」

白井「ええ。ようやく片がつくようで、結局は穏健派の第三王女とその婿であるウィリアムという殿方の共同君臨という形式を採るそうですの」

御坂「確か、実力主義派の第一王女と血統主義派の第二王女で争ってたんだっけ?」

白井「はい。そこで白羽の矢が立ったのが、どちらの派閥にもある程度の力のある、言い換えれば両側に対して過ぎたることの無い、日和見的ですらない第三王女のヴィリアン様というわけです」

へぇー、なんて少々間の抜けた声を出してしまった。なんだかんだでこの問題はここ数年の区際社会の話題だったりのだから

自分よりも早くそういった情報が入ってくるのは、流石というか、諜報系にも影響力のある白井の家の人間らしい

御坂「うーん、ちょろっと質問なんだけどさ。ウィリアムって人はどの家の人? 当然貴族出身だとは思うんだけど、覚えに無いんだけど」

白井「ああ、お姉さまの記憶に無いのもそれは当然ですの。イギリス区どころか、ヨーロッパ区群のどこの貴族家系の出身でもない方らしいですから」

御坂「ってことは、実力主義でのし上がった人って事か。……あれ? でもそれじゃ、実力主義派が勝ったようなものじゃない」

ある意味ではそういうことになりますの、と後輩は頷いて
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:11:14.67 ID:shW34zu2o
白井「わたくし達日本区と同様、技術水準での区際競争力の低下の要因が血統主義に有った、という批判をかわし切れなかったのでしょう。だから、血統主義の最たるものである王家の人間と一般からの出身の者の共同君臨という形式は、両サイドの妥協の表れですの」

御坂「それでも血統主義からしたら結構な譲歩ね。長女じゃなくって、第三女の家庭が継ぐことになるわけだし」

白井「それについては言い難い事ですが、問題は両方の主義というよりはむしろ、姉君達に定まったお相手が居なかったことが原因との噂ですの」

御坂「あー、あるかも。数えるくらいは謁見したことあるけど、確かに二人とも我が強そうだったなぁ」

白井「ええ。それにウィリアムと言う殿方は血統主義側とも交友がある方で、共同君臨についても元々は反対の立場であったらしく、最終的な妥協成立に至ったようです」

歴史を振り返る限り、共同統治だとか君臨だとかは、特段珍しいことではないが

御坂「なんかこう、腑に落ちないんだけど。その人って元は反対だったのに何で引き受けたの?」

白井「それは、第三王女様の立場を考えればわかりませんか?」

御坂「第三王女の立場ねー。私は世間的にはオジョーサマなんだろうけど、王侯貴族ってわけでもないしなぁ」

白井「先に答えを言ってしまえば、泣き落としですの」

御坂「……泣き落とし? え?」

白井「はい。今まで全く見向きもされていなかった中で、突然妥協の象徴としての大役を押し付けられる。そこで自らの男すらも御すことができないようでは、王家の中で自分ひとりが本当に無能な人間と目されることになるでしょう。しかし、肝心の男は提案には反対」

実力主義旋風が各国を振りまく中、王家の中の人間も例外ではない。現に、第一王女という形でそれは現れている

そんな中で、自分からはほとんど何も介入せず、回されてきた役割すらも果たせないなら、本格的にその人物は価値の無い存在として非難されてしまうだろう

御坂「でもそれで泣き落としって、それこそ無能って言っているようなものに思えない?」

白井「"完璧な"お姉様はそう考えるかもしれませんが、涙は女の武器。必要なタイミングで使うのも立派に政治ですの」

御坂「んー、そんなものなのかなぁ」

白井「まぁ、お姉様にも特定の殿方というものが出来れば変わるかもしれませんの。もぉっちろん―――」

御姉様の露払いである私の目にかなう殿方はそう簡単には、なんて興奮しながら続けているが、それはこの後輩の持病なので無視するとして

特定の殿方として思い浮かぶは、あの男、上条当麻

それはハイアーの女子校に通っているという性質上、男性との接点の薄さから仕方の無いことではあるが

御坂(そこでアイツが思い浮かぶってのは、……私って本当にそういう経験無さ過ぎるかも知れないなぁ)

なんて、少し反省気味に思ってしまった
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:11:51.28 ID:shW34zu2o
生きているかどうかと言われれば、少女は生きていた。しかしいわゆるセーフモードという奴である

それは、少女に直接触れたことで、彼、上条当麻の体内を巡る微小機械が示していて、早い話が生命の危機であると分からせる

上条「おい、禁書目録!!」

室内はキッチン部分からリビング、バスルームまでもいろいろ滅茶苦茶な状態になってしまっているが、そんなことは二の次だ

声をかけて肩をゆすってみるも、少女の体はピクリとも動かなかった

何度か意識の無い人間を介抱したり負ったりしたことはある。だがそれは、酔っ払ったことや喧嘩などで意識を失っている程度のもの

かなり深いレベルで少女は意識を失っているのか、または出血は止まっているものの、肉体のダメージがそれだけ大きいのか

少女の体は、嫌にずっしりとしていた。まるで死体のように

上条「クソッ!」

ともかく、包丁やらの破片が散乱し焦げたキッチンこんな場所では無駄に体温も低下する。とりあえずベッドで寝かせるべきだろう

抱き上げた際に顔がかなり近づいて、ようやく少女の弱弱しい呼吸を耳にする。昨日の迫られた時の凄みと比較して、それは、とても弱弱しかった

上条(さっぱり原因が見えてこない。何が起きたんだ?)

朝出発したときを思い出してみるも、見えてこない。まさかキッチンシステムの何かが吹き飛んだわけでも在るまい

となると、ありえそうなのは

上条(……まさか、あの二人か?)

この少女を追って現れた二人組みの男女がこんなことをした。ということは、ここがばれたのか?

彼らと断定するのは早急だろうが、しかしそれ以外に原因が考えられない

お湯で湿らせたタオルで顔で乾いた血を拭ってやると、少女の顔色の青さがよくわかった

上条(原因なんて今はどうでもいい。とにかくなんとかしないと)

緊急救命を呼ぼうかと思ったが、彼女は恐らく不法侵入者。逆に厄介なことになるのは想像に難しくない
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:12:24.29 ID:shW34zu2o

その上微小機械が完全普及した現在、既知の疾病・症状に対して自動的に対症対策を行うために、町の診療所と言えるものは基本的に存在しない

あるのは新疾病等の研究施設だけであり、このロウワー・コロニーには公式的なものは存在しないのだ

上条(基本的に何でも勝手に治してくれる微小機械が機能してこの状態ってことは、対症的な動きしか出来てないってことか?)

血色に染まったタオルを見ながら、そのまま少女の首に手を当てる。お世辞にも暖かいと言う感想は生まれない

上条(だとしたら、どっかに診せても、そいつの専門じゃなかったら対処できないってことだよな)

しかも加えて、彼女は得体の知れない"加えられた者"。どういう性質なのか、自分には検討すら付かない

上条(……だからって、なにもしないままでいられるかよ!)

彼女のことを自分よりよく知っていそうな存在で、彼が知っている人間と言えば

先日踏み潰されたために、ここのところ使っていた予備の携帯端末からでも、クラウドネットワークで繋がれているご時勢

御坂美琴への連絡は出来るはずだ。が

上条「クソッ!! なんだってこんなときに!」

取り出した携帯端末のモニターは満足に映像を映し出してくれないまま

原因不明の未元力場不安定。それはつまり、このコロニー内においてすべてのデバイスに対して安定的なエネルギー供給が出来ないと言うこと

この4000万が住むロウワー・コロニー中のすべての装置と言う装置が、まともな操作が、演算が出来ない状況なのだ

彼の持つ端末ももちろん、例外ではない

上条「……これじゃ、御坂どころか、誰とも連絡なんて」

この目の前の、呼吸すら弱々しい少女を救える選択は、もう無いというのか

「そうですね。だからその子は渡してもらいます」

と。いつの間にか扉の無い玄関の前にたっている黒髪の女が言った
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:15:03.79 ID:shW34zu2o
「振り替え休暇出るんだろうな……。折角連休になるように申請してたってのに」

数台に並んだ装甲車両から一番最後に降りてきた、スーツ姿の男は呟いた

「気持ちはわかりますけど、仕事ですから」

先に下りていた彼の部下らしい人間がまぁまぁと諌めつつ、目の前の施設、ハイアーのフロンティア・ワン機体製造整備施設を見上げた

この施設規模だけでもロウワーなんかとは比べ物にもならない上に周辺の緑に囲まれ、ところどころに金のかかってそうな彫刻やら記念碑やらがある

装甲車が並んでいる駐車場にしても、洒落た石造りである

「ここの連中も、今頃どっかで気楽に観光とかしてるんだろう? やんなっちゃうよ、そう思うとさ」

「まぁまぁ。とにかくとっとと終わらせれば良いんです」

「どんなに早かろうとも事後処理報告作成が鬼のようにあるからなぁ。一応ここ、最重要の情報施設に指定されてるもんだから」

「最先端技術をとにかくぶち込んでますからね、F1のマシンは」

「とかくハイアーだしな。そういえば、お前はどこに賭けたんだ?」

賊退治に突入した"天使"達の情報が目の前の空間投影モニタに表示されているが、ほとんど気にせずに彼らは他愛ない会話を続ける

この手の仕事は、"天使"達に任せておけばとりあえずOKなのだから

「F1ですか? そりゃあミドル・ハイですね。出身コロニーですし」

「んな事言いながら、どうせハイアーが勝つだろうが本命過ぎて金にならないからもし当たった時に分の良い出身地に賭けたんだろ?」

「まぁ、そんなところですね。先輩は?」

「賭けになって無いモンに賭ける金が勿体無いっての。賭けるとしたら区際戦の決勝レースしかな……おっ、賊の居場所が分かったらしいな」

モニター上のマップに赤い光点が二つ灯った。発見した賊の居場所だ

その場所にへ追跡者を示す青い交点が迫っている

「女子トイレですか。まさか、そういう目的で忍び込んでた奴らだったんですかね」

「だったら忍び込むところを間違えすぎだろ。しかも、洗浄音擬音装置を間違って押しちまったらしい。馬鹿だなぁ」

「洗浄音擬音発生装置?」

「音姫とかいうエチケットツールなんだとさ。娘が言ってた」

「ああ、そういうのあるらしいですね。というか、誰も居ない場所でそんなもの鳴らしたんですか」

「まだ熱線探知装置の使用許可を"天使"共に出してすらいないのにな」

「馬鹿ですねぇ、これは流石に」

「確かにな。だが、そんな馬鹿野郎達のために休暇が吹っ飛んじまったんだぜ、俺達」

ハハハ、と乾いた笑いを浮かべながら、そのあと嘆息

もうじき連行されてくるであろう賊たちをお迎えするための準備を、彼らは面倒くさそうに始めた
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:16:18.26 ID:shW34zu2o
それは一見何のことは無い、違法広告だった

現区知事上条の統治になってから10年近くたっての、その特色であった実力主義の弊害、もとい反発

それは本来、最下層の人間だけがのし上がると言うものではなかったが、彼らが目立ってしまうのはどうしようもなかった

実力と言うもので負けているなら、すがるのは血統しかなく。故に能力的にはロウワーと大差の無いミドル・ローでは反感が異常なほどにある

それこそ暴力といわないすべての弾圧を、あがってきた者には与える。それは、彼女の家も、周りも、そして彼女も、同じだった

だから"そのままでいいのか"と言うフレーズも、当然、彼女には"ロウワーをこのまま放置していていいのか"という意味に自然と変換された

佐天「どうせ暇だしなぁ……」

割とまじめにやってきたつもりだった。でも、思い返してみれば、それは個人的な主観の範疇でしかなかったかもしれない

敢えて言えば、誰もがやろうと思えばやれることで内申点が向上すること、程度しかしていないのだから

つまりのところ本当に腹が立っているのは自分自身の無力感に対してなのだが、"下"の者への優遇に対する不満という偏光板が彼女の思想を、ミドル・ローの人間全体を歪ませていたのだ

佐天(えっと、場所どこだー? って、なんだ結構近いじゃん)

携帯端末を空間投影広告に当てて示された場所は、今歩いている通りを少し行って曲がった雑居ビルが多くあるところ

怪しさ満点の、もっと奥へいけばある種の風俗施設さえあるような場所である

"真面目"ということに対して空虚感を感じている彼女。ついでに挙げれば好奇心の種もある

本当にただそれだけで、彼女はその場所に足を向けた

佐天「んと、ここだよね多分」

なんて思わず呟いた彼女の目の前にあるのは、示された場所

何の看板も企業のプレート名もかかってない、しかし嫌に綺麗なその雑居ビル群の一つ

入り口のガラス扉が自分を感知したのか開いたので、何か違和感を感じながらも、彼女はその中に一歩踏み入れた

周りにある雑居ビルという性質から、多分フロアごとに違うテナントが入っているものだろう

どこの階に向かえばいいのかと、そんなことを考えていると、フロアというよりは廊下の奥から何かの電子掲示が目の前にスーッと向かってきた

そこに書いてあったのは

佐天「"当施設はただいま使用されておりませんー!?」

である。つまりなんのテナントも入っていないということだ

佐天(もしかして来る所間違えた、って訳でもないのか)

手元の携帯端末では、現在位置を示すコロニー内座標は先ほど保存した住所内になっている。道を間違えたわけではない

佐天(………………ってことは、何? だまされた?)

それ以外、特に理由は思い浮かばなかった

騙されたにしても、なんという絶妙のタイミングだろうか

今日と言う日自体がし自分をからかっているような気がして、彼女は当然腹が立つ

佐天「はぁー? 騙すにしても、なんかこう、もうちょっと捻るとかさー。完全無駄足です残念でしたとかマジ意味わかんないっての!!」

苛立ちの感情そのままに、しばらく実体の無い電子掲示を両手で何度か叩く様に、引き裂く様にして

ああー、と唸りながら、入ってきたガラス扉を出た

完全に時間の無駄をしたからゲーセンにでも寄ってスッキリしようかと、振り返りもせずにその場所を離れる彼女

その後ろで、先ほどまで居た不自然に小奇麗なビルが、周りのビル同様の経年劣化を感じさせる見た目に変化したなど、一切に気づきはしなかった
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:18:11.07 ID:shW34zu2o
浜面「起こっちまったもんは仕方ねえだろ! とにかく今はどうやって逃げるかだ!」

と、女子トイレの個室で逆切れしたのは浜面仕上

半蔵「わかってるけどな。こっちから音鳴らして見つかりましたって納得出来るかぁ!」

浜面「そもそも女子トイレなんかに飛び込んじまったのが悪いだろ! あーもう、オラァ!!!」

二人が隠れていた個室の扉が開かれると同時に、彼らは飛び出し、目の前の防具を身に付けた人間を押し飛ばす

まず一人目。しかしまだ入り口側に次の男が立っていて、確保せんとしてる

元々は細身なのだろうが、プロテクターに身を包んだ姿には幅があって進路を塞いでいる

半蔵「ここは野郎禁制の場所なんだ、よォ!!」

しかし逆に、プロテクターのせいか動きは緩慢。だからこそ体勢を崩すのは容易

半蔵(そして何より、こいつらは俺たちを殺せない。下手すると死んじまいかねない攻撃はしこない。手加減してくる。そいつが分かってるから、俺たちは無茶が出来る。いくらでもな)

まっすぐに突進しながら、迎えて上から押さえ込もうとしたハイアーセキュリティーの男の腕を軽く弾き上げて、そのまま防具のない脇の下に手刀を打ち込む

腋下は神経の集まる人体の弱点。わずかに身を逸らした男に、今度は浜面が半蔵の後ろからその顔にレンチのようなものを叩きつけた

いくらフェイスガードで守られているとは言っても、バランスを崩したところへの殴打の被害は守りきれない

浜面が殴った男はそのまま道を譲るように横へ倒れこみ、結局、流れるような動きで浜面ら二人は女子トイレから脱出した

どちらへ行くべきともわからず、彼らは走り去り、残ったのは二名のプロテクターに身を包んだ者達

倒れている方をもう片方が手をさし伸ばして引き上げ、起した

「被害レベルは如何程でしょうか」

手を差し伸ばしたほうが尋ねると

「鈍器による殴打により頭蓋陥没、致死レベルと断定。そちらの予測は」

とても頭蓋が陥没しているようには見えない素振りで、その人間の形をしたものは立ち上がった

「人体急所への攻撃準致命レベル。総合結果、準致死レベル以上の行動が可能な固体による行動と結論」

「肯定。"アンリミティッド"固体と推測。けだし最下層コロニー系市民である可能性極めて高。拘束具解除申請の必要性有り」

「了解。行動データの報告送信完了。解除申請の返答了承、全追跡"天使"隊員へ転送。追撃を続行します」

215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:18:53.40 ID:shW34zu2o
「早いな」

駒場利徳が目が覚めると、すぐ横に少女が腰掛けていた

病院のベッド、と言うわけではなく、どこか適当な廃ビルの待合室のようなところだろう。寝ているのはソファ、女が座ってるのも対面のソファ

恐らく、地下格闘のフィールドの近くだと、埃っぽい空気で察した

駒場「……。」

体を動かそうとして、痛覚を体中から感じた。動けないほどではないが痺れがひどい

「動けないわけじゃないだろ? 手を抜かざるを得なかったからな。お陰でこんなにも早いお目覚めだから、私にとっては好都合だが」

少女をしばらく見て、結論。やはりこれは先ほどまで戦っていた少女だ

最後は一体何を受けたのかすらよく分からなかったが、とにかく手酷くダメージを受けたものだ

駒場「……負けたのか、俺は」

「負けたのか、だって? ははっ、じゃなけりゃどうして、今そんななりで寝っ転がされてるって顛末になる」

駒場「……」

「あぁー、そうか。あれは一応賭け試合だったな。無敗って称号をネタにお呼びがかかってたお前からすれば死活問題か」

その通りだった

彼は浜面達、F1ロウワーチーム"スキルアウト"の活動資金源であり、その収入元は賭け試合でのギャラだ

ビッグネームになればなるほど、そのファイトマネーは大きくなるし、声もかかる。自分自身に賭ければ更なる利益

逆に言えば、そのネームを失うことは、すなわち収入の減少を直接的に意味していた

F1代表戦前のこの時期の収入源は、かなり痛い

216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:22:00.88 ID:shW34zu2o

「だがそんなお前には朗報だ。あの試合は無かったことになったぞ」

駒場「何……?」

「朝っぱらから生じた未元力場の不安定。そのせいでそもそも試合内容が配信されて無かったらしい。誰が見ても私の圧勝だったが、粉塵のせいで何がおきてたのか分からなかった上、パッと見で強そうに見えてお好みの肉弾戦が得意なお前のネームバリューが下がるのは、主催者側にとっても都合が悪いからな」

駒場「それは、運のいい話だ。だが……」

一安心したのち、生まれた疑問

駒場「そんなことを伝えるだけのために、俺の目が覚めるのを待っていたのか」

「だと思うか?」

見下ろしてくる少女には、何らかの企みの臭いを感じられる

この少女がその企みの手駒なのか、はたまた中心なのかは分からないが

駒場「……俺に、何の用だ?」

「手短に言えば、コイツを渡しに来た。それだけでね」

腰のポケットから何か封筒サイズの紙を取り出し、駒場の体の上でヒラヒラと舞うように落とした

パサ、と所々に紅い染みのある包帯ぐーるぐるの体に触れたソレを手に取ってみると

駒場「何のつもりだ、コレは?」

「さぁ? どうとでもとればいい。それこそ、神様からの贈り物なんてお花畑な考え方でもな。自由に使え」

怪しさ満点の、意図の読めないそれは、額面にやたら0がズラリと並んだプリペイド式の送金用カード

賭け試合を50戦近くしたとしても、到底得られないような額だった

217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:22:40.72 ID:shW34zu2o
「渡せって言われて、はいそうですかなんて言うと思うか」

どうしようもなく動転していた上条当麻は、本当に思ったままのことを言った

こいつらはこの少女を追って来た存在。"地球帰還"の何かが悪いから、協力を嫌がったこの少女を連れ戻そうとしている

それぐらいのことはすぐに彼でも理解した

「では、あなたはその少女、禁書目録を救えるのですか?」

土足のまま部屋に入ってきて、淡々と言う髪の長い女

上条「そんなもの、医者に見せれば何とかなるかもしれないだろ」

「へぇ。どうやって診せるんだい? 医者なんてものは絶滅危惧種じゃないか?」

部屋の出口を塞ぐ様に赤髪の男が立っていた

上条「ロウワーにはまだ悪趣味な奴が居る。どけよ。そこに居ると運び出せない」

「運び出したとして、もちろん僕はそのヤブ医者の場所は知らないけれど、どうやって連れて行くんだい?」

上条「背負って歩いていく」

「へぇ。歩いて、ね」

右腕で背負った少女の腰を支え、左腕で邪魔な二人を払いのける

思いのほか、簡単に彼らは道を譲ってくれた。その背後から

「それで、そのまま医者のそばまで行けたとして、どうやって治療させるのです?」

上条「それは医者の仕事だ。俺には、分からない」

我ながら無責任とは思うが、それしかないじゃないか

そう思う彼に、女はある意味とどめを刺した

「治療器具のほとんどが使えないような状況だというのに、ですか?」

彼らに背を向けた歩みが止まる。確かにそのとおりだった

携帯端末ほどの比較的わずかなエネルギー消費すら安定しないと言うのに、どうして医療器具がまともに使えるだろうか

運ぶ手段も無ければ診る手段もない。それが現実

上条「だったら」

「はい?」

上条「だったらお前達はどうするんだ。お前達はこいつが必要なんだろ? お前達だって運び出す手段がないってことだろ」

「まぁ、確かにそうですね」

上条「じゃあ俺と同じじゃないか」
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/03/03(土) 23:24:26.80 ID:shW34zu2o

「同じ? 状況が読めて無いな。君はその子を守りたいらしいが、僕達は運び出したい。この前提にはその子を確保しなければならないんだよ」

「なら、そうやってダウンしているほうが逃げ回られなくて済むということです」

上条「……ッ」

余裕なのだろう。こうやって向こうが向こうの意思を淡々と述べるのは。こちらの言い分を聞こうとしているのは

だから、ともかく彼はこの場を離れようと逃げた。少女を背負ったまま

歩み慣れた階段を半ば転びそうになりつつ降りた先、上からスッと女のほうが降りてきて、道を塞ぐ

後ろを見れば赤髪の長身の男も来ている。挟まれた

「諦めたらどうです? 私達はその子を殺そうとかしている訳ではありません」

「どちらかというと救う立場なんだけどね」

しれっと答えた声

上条(救う? ……確かに、こいつらやその仲間なら、こんな状態になった禁書目録も救えるかも知れないけど)

それに、上条は反感を覚えた

上条(だけど、そもそもコイツが逃げなきゃならなくなったのは)

上条「何が救う立場だ。そもそも逃げなきゃならなくなったのは、お前達の方に原因があるんだろうが!」

「……私達の方に?」

上条「そうだ! "地球帰還"にどうしようもない問題が在るから、コイツはお前達に協力しないって道を選んだ。それがどんな問題なのか俺は知らないけど、でも、それでもコイツを従わせたいなら、お前達がその問題をどうにかするって方法もあるだろうが!」

言っておきながらも、彼もわかっている

"地球帰還"なんて確実に異常な規模の計画だ。たった一人のわがままなんて通るはずが無い

それでも、わかっていても、彼は感情的に言ったのだ。それが少女の本意だと思ったから

「それが出来るなら、そうしています」

上条「ならコイツを追ってくるのは筋違いだろうが! やろうとしてないだけなんだろ!! お前達が―――」

感情のままに、言葉を畳み掛けようとした彼だが、

「うるせえんだよ、部外者が!!!」

突然、何かがその腹を突いた

それが先ほどまで目の前に居た女の刀の柄で突かれたのだと分かるのは、突き飛ばされ、階段に横たわるように倒れてからだった
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/03/03(土) 23:25:01.57 ID:shW34zu2o
「"アンリミテッド"固体、ってことはロウワーの奴ら?」

ハイアーのF1機体整備施設の外、装甲車のそばで待つ治安組織の人間は驚いたように言った

「どこから入り込んだんですかね。基本的に出入り出来そうなところは重度のセキュリティを張っているハズですが」

「大方、管理局の連中、休日前だからチェックが甘かったとかだろ。……いや、ちょっと待てよ」

目の前に施設内に放った"天使"達の報告が、空間投影モニタに移されるのを後ろのウインドウに配置して、手前のウインドウに他の情報を映し出す

「まさかとは思うが、昨日の森林部破壊の犯人もこいつらじゃないだろうな」

「ええー? ハイアーに入ってくるような侵入犯が、自分から私達はこう入りました、みたいな痕跡を残しますかね?」

「ロウワーの連中なら、そんな愚かとしか言えない行為をとってしまったとしても納得がいくだろう?」

「はぁ。まぁ、有り得なく無い、いや有り得ると言えそうですが……」

少し、と言いながら、部下の男は自らのディスプレイを操作し、現れたデータを上司のディスプレイに送った

「こいつは?」

「もし仮にロウワーの人間だったなら、という説を基にして考た場合の侵入経路です」

「……おいおい。確かに都合良くロウワーで未元力場発生装置のとっかえがあったのを利用したってのは考えられるが、これだと」

「はい。今この施設内を駆け回っている輩は、連続空間移動システムのセキュリティを破り、自らが乗り込んだコンテナだけ監視の甘い区画に移動するように情報を書き換えた、ということになります」

「空間移動システムは区際管理局に接続されているから、つまり、統括理事会チャネルのセキュリティをパスする必要が有るってことだよな」

「そうなります」

頷いた部下の顔は、かなり真剣だった。上司である彼もわかっている

「はぁー、どれだけ凄まじい犯罪組織だよ、コイツらは」

「いや、でも。だから不思議なんですよね。なんでそれだけのセキュリティ突破能力が有る程の連中が、森林部の大規模破壊なんて馬鹿げたことをしたんでしょうか」

「ただ利用されているだけなのか、あるいは本当の天才的なバカか。どちらにせよ、捕まえて聞き出せば分かることだな」
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/03/03(土) 23:25:44.81 ID:shW34zu2o
「……ほォ」

部屋に入ってきた女性を、一方通行はしばらく見ていた

ワンピース状の衣服の上から白衣を身につけた彼女、御坂の番外固体は朝よりずっとマシな顔をしている

二日酔いの薬が効いたのか、単に回復しただけなのか。どちらにせよ一安心だ

そう思って、彼は正面に視点を戻す

何人かが自分の前に横に立っていて、恐らく全員が壁面一面のモニタの数字や映像を見ているだろう

「よいタイミングでお戻りに、所長。しかし、今までどこへ?」

怪訝そうな表情で、年配の男が入ってきた尋ねた

番外「ちょっと体調がね。まぁどうせ私なんて居なくても、勝手にするつもりだっただろ?」

「はい、予定通りに計画は進んで居ますので。まだ体調が芳しくないようなら休んでいてもかまいません。この管理は私ですので」

淡白な声で、男は答える。相手が御坂の人間であっても、役職が表面上上であってもかまわず、遠まわしに居なくてもいいと言う

御坂の家の発言力・行動力は今なら他のハイアーの名家ですらも簡単につぶせるだろう

だが、それは家長であり、又はそれなりの役職など社会的背景を持っている者の力だ

彼女は所詮30にも満たない女でしかない。このハイアーの最先端技術確立を目指した研究施設の長であるには幼すぎる

ゆえに、お目付け役がある。それが、この年配の男だ

番外「……それでも、所長として立ち会うべきだと思ったのよ」

「それは殊勝なお心構えで。ならば、始めてもよろしいですかな、所長?」

番外「どーぞ」

形式だけの許可をとって、副所長の彼は口を開く

「いいか諸君、よく聞いてほしい。この実験の最終的な目的、大規模長距離空間移動技術の確立は人類の長年の課題だった。いつまでもチマチマとした連続移動では効率も設備費用も無駄が多く、過去の技術と化している。先人を馬鹿にするつもりはないが、そろそろ発展させねばならないだろう。いつまでも"偉大なる停滞"などと、自身を誤魔化すわけにはいかない。実力主義だろうと血統主義だろうと結果をださねば、そこに意味など無いのだ。我々はハイアーの、この日本区の代表でもある。世界の課題をその我々が解決し、その名を知らしめようではないか。そのためにまずは第一段階だ。机上の理論では補いきれなかったことも在るかもしれない。些細な数値の異常にも目を配って欲しい。では、打ち合わせの通りに頼むぞ」

男の声が始めを言うとすぐに、グォンという何かとてつもない規模の力を要する起動音がこの観察室にも響いた

221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:30:15.38 ID:shW34zu2o

恐らく、この巨大な施設どころか、併設の寮までその振動が響いているだろう

各員が所定の端末に流れていく数字文字を観察を始める。もちろん、その中には一方通行も含まれていた

一方(あァ……、起動の時点でエラーがテンコ盛りかよ)

単純にエネルギーを装置に送り込むとかいう段階では、流石に躓いてはいない

だが、その装置が行おうとしている大規模な空間転移のための開始アクセスで、既にいくつもの赤文字、つまり想定値域の範囲外を示しているのだ

一方(だが全体的には間違っちゃいねェ。当たり前だがな。今日の目的である第一段階、空間移動先指定に、それに必要なエネルギー経路指定までは、今のところ……)

番外「ありゃまぁ、これは数値補正だけでも骨がいる作業確定だな」

気がつけば横に、朝方頭を抱えていた女が来て、人事のように言った

一方「……体調はもう大丈夫なンすか?」

番外「あなたまでアイツみたいなことを言わないで欲しんだけど。大丈夫じゃなきゃ顔出さないでしょ」

アイツとは、おそらくあの年配の、副所長の事だろう

番外「ふぅん。下請けに出してたとこのエラーが大半か」

一方「これでもかなり手直しを加えたンですけどねェ」

番外「作り直せって付け返してほしい?」

一方「そいつは、俺一人の判断じゃァ言えないですが、あンまり効果的じゃねェかと。結局は現場の人間が手直しするもンには変わりない」

番外「これでもミドル・ハイに頼んでたものだしねぇ。二度手間になるか」

でもそれだと、君達がタイヘンダヨ? なんて御坂の長女はからかうように続けた

一方「他の区に手柄もってかれたく無いなら。俺達がなンとかしてみせます」

番外「ははーん。日ごろからこんな雑用みたいな事ばっかりしてる奴が言うと説得力が在る在る」

そうさてる原因のひとつはお前だろうに、とは流石に返せなかった

だから言う代わりに、彼は視線を目の前に戻し、他の研究員と同じく黙々とエラーを注視

相手をしません、という素振りを無視してまで話すネタもないので、御坂の番外固体は他の相手をしてくれそうな者のところへ

ちゃんと所長が居るべき場所が在るのだが、そこには当然お目付け役の副所長が近くに居るので、向かいたくないのだろう

その心理が構って欲しがる幼い妹と似ていたので、一方通行は内心少し笑ってしまったが
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:31:07.70 ID:shW34zu2o

一方(まァ、元は同じってことか。で、またエラーかよ。ほンと安定しねェ制御系だな)

ミドル・ハイのレベルなら、この日本区でハイアーに続く二番目のレベルなら、この結果は仕方ないのか?

ふと、そう考えてみた

ロウワーに自分が居たころでも、確かに、孫請けとして元々はミドル・ミドルの役割であったプログラム設計をやったことはあった。最終的に残念な出来にはなるが

基本的にそういうアウトソージングが無いわけじゃない。だが、流石に最先端技術の確立なんて要素まで程度の低い下請けに出す訳が無い

と言うことは、これは日本区における最高峰技術には間違いない

一方(それが、"severe functional error"ばっかりってのは。……定義式自体に根本的な間違いがある可能性すら)

頭を上げて所長、いや副所長の方を見る。表情は芳しくないが、止めようと言う気はさらさら無いらしい

当たり前だ。定義を誤っていたとすれば、責任はミドルの方ではなくハイアー、つまり自分達に在る事になる。認めたくない気はわかる

これまでに積み重ねてきたものが、全体とは言えなくとも、部分的に間違っているとしても

この土壇場で、しかも曲がりなりにも進行している中で、引き返そうと言いだすのは、無理がある

一番手前の席に付いていた男が副所長へ何か言いたげに近寄るも、不退転の雰囲気に圧殺されてしまったようで

「異常があるなら異常があるで、何が異常なのか突き止めなければ意味が無いだろう」

という言葉に一喝されてしまった

一方(あのおっさンの言うことも分からなくもねェ。……だが、ここでやり直しを提案するには、あの女に止めさせるように進言するしか)

あの女、われらがヒス所長は――――

突然一際大きく、しかもそれぞれ別の部分の数値を表示しているモニター群に共通のエラー告知。それが意味するのは、最悪レベルの重大な問題が生じたと言うこと

そして更にそれは大量にエラーを吐き出しまくって、

最終的に"DANGER"という表示に置き換わった
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:32:02.60 ID:shW34zu2o
(クソ……、何でこうなっちまったかな)

赤色灯で薄く照らされた廊下を走りながら、浜面は思った

こんなところを逃げ回っても、いずれは捕まる。だけど捕まったら"天使"化、ほとんど奴隷のような扱いの人形になってしまう

だから、仕方なく逃げ回る。何か、どこかに、何とか出来る方法を探して。それは前を走る半蔵も同じだろう

半蔵「ここも駄目かよ! これなら爆薬のひとつでも持ってくるべきだった!」

開かない扉をガン!と殴って半蔵はまた廊下を走り始めた

浜面「駄目かよ、って何するつもりなんだ?」

半蔵「決まってんだろ、ここを出る方法を見つけんだよ」

浜面「出るって、普通の出入り口は確実に押さえられちまってるし、そもそもこんなトコにあるわけねえだろ!」

少なく見積もっても、400平米は少なくともありそうなこの施設。自分達は恐らくかなり中腹あたりに居るに違いない

半蔵「んなトコは使わねえよ。よく考えろ。ここはF1マシンを整備製造する場所だ。ハイアーなら本戦用以外にいくらでも予備の機体を持ってるはずだろ?」

浜面「だろうな」

半蔵「そいつの動力炉を使うんだよ」

浜面「使う、って。まさか」

半蔵「暴走させんだよ。うまく指向性を持たせられれば、このハイアー・コロニー外壁まで穴をあけられる」

……マジかよ、と浜面は言うしかなかった

機体全体に高純度のエネルギーを循環させる動力炉心。近年の機体の高性能化に伴って高出力化したそれの扱いは、少々誤るとそこいらの武器兵器などよりもよっぽど危険な代物になる。そもそもそれをうまく制御する方法を奪うために、そもそも彼らはここに来たのである

しかし、そんなものを外れとは言え市街の中で自爆させようと言うのだ

爆発に方向性を持たせれば、と言ってはいるが、失敗したら自分達はおろかここの住人にまで被害が出る

どうせ捕まれば死ぬようなものだから、というのが半蔵の言い分なのだろう。分からなくも無い

浜面「で、でもよ。逆に言えば、それって機体がなけりゃどうしようもないってことだろ?」

半蔵「だから探してんだろうが!」
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:33:16.13 ID:shW34zu2o

同時、ヒュン、と何か空を切るような音が半蔵の声に被せて聞こえた

それは、空間移動独特の空を裂く音だ

来る、と気構えてすぐに、警棒を持った腕が目の前に振り落ちてきた

浜面(プロテクターなんか着込んだせいだ、遅くて見え見えなんだよ!)

広いとは言えない通路を塞がんと現れた存在に臆せず、彼らはそのままプロテクターに覆われた体に突き進む

そして分かりやすい警棒の軌道を横に払おうと、警棒の根元、空間移動してきた追っ手の手を弾き――

浜面「あだあああああああああああああああっ!?!?」

何が起きたのか、理解するには時間がかかった

彼らが見た現象をそのまま述べれば、人間が爆発したということ

空間移動して現れた追っ手の着ていたプロテクターが爆散し、その破片やら爆風やらが、この細長い空間で自分達に向かってきたのだと

理解したときには既に、胸部や腕部や頭部や、もう体全部が痛みを叫んでいて、出血でレッドスクリーンなのはたまた潰れたのか目はまともに見えなかった

半蔵「おい、大丈夫か浜面!」

声は聞こえた。触覚もある、けれど

浜面「……づ、た」

恐らく半蔵に支えられているんだろうが、足が言う事を聞かなかった

自分なんかを助けていては半蔵まで捕まってしまう。そう思っても、それを表す意思表示すら出来ない

それでも、引っ張って立ちあげようとしてくれているところで

急に、自分を引っ張っていた力が消えた。捕まったのだろう、半蔵が

そう理解した瞬間に

「あが、やめ、や゛めろって、っが、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

それは、もう誰なのかすらもわからない悲鳴だった
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/03/03(土) 23:33:54.05 ID:shW34zu2o

言葉の頭の部分が半蔵の声だったから、たぶん、考えたくないが彼だろう

現実にはプロテクターという力を制限していた拘束具を脱いだ"天使"が、むんずと半蔵の肩と腕を両手で掴み、そのまま引き千切るという悲惨な光景が合ったのだ

見えなかったから、マシかも知れない

引き千切られて、しかしそれでも、半蔵はまだ降参しはしなかった

まだもう一本自分の腕は残っているし、両足は健在だ。肩口で断裂が生じているという緊急事態に対しても、体内の微小機械が血管収縮・血栓化作用を行うことによって救急止血を行っている

自らの腕を千切りやがった目の前のほぼ全裸に対して、最大限のお礼をしなくては

手ごろなプロテクターの破片を拾いつつ、そのまま片腕を振り回して脇腹へ破片を突き立てる

半蔵(……貰った!)

斜め下から刃渡り10cm以上、臓器まで達したのは確実。敵に刺さった破片をそのままグリッと回転させて、更に抉る

暗がりと赤色灯の逆光のせいで、敵の悶絶の表情は見えないが。確かな手ごたえ、具体的には何かを引き千切ったような触感を、破片から感じた

少なくとも動きは鈍る、はずだ

あとはもう一人の敵、自分を確保しようと手を伸ばしている後ろの敵を何とかしよう

そう、半蔵が思って振り返ろうとした矢先

振り向こうとした体の、両肩に。がっしりと掴まれたような感覚

それはもちろん、先ほど破片を脇腹から胸部にかけて差し込んで始末したと思っていた敵の手だ

残った腕も引き千切るつもりかとゾッとして、足で地面を蹴る反動で掴まれた身を強引にまわして抵抗しようとしたが

逆に、もう一方の敵にその両方の足を掴まれて、そのまま

半蔵「お前らまた゛ッ!? あ、ぎゅ、がああああああああああああああああああ!!」

聞きたくも無い二度目の友人の悲鳴が、視覚が戻らない浜面の耳に入ってきた

引き千切り。今度は上半身と下半身

とうとう片腕と首だけしか動けなくなって、半蔵はそのまま沈黙してしまう

抵抗できないからでは無く、純粋に意識を失ってしまったからかもしれない
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/03/03(土) 23:35:40.68 ID:shW34zu2o

「目標沈黙、ならびに微小機械タイプαを検知。ロウワー・コロニー系住民と断定。識別番号送信」

痛がりもせず、確実に臓器をいくつか貫いただろう破片を抜きつつ、"天使"の追手の一人が言った

もちろん、浜面にはその光景は見えるわけも無い

そこに、ゴオオッ、と音が静けさを取り戻した廊下に響く。わずかにひんやりとした空気を浜面は感じた

「侵入者Bの生命反応低下、独断で応急処置を開始」

浜面「生命反応低下って、お前ら、殺したのかよ!」

何が起きているのか把握できない彼は、震えた声で叫んだ

その返答が返ってきたのは、天使の指先から生じた液体窒素化の冷凍線によって半蔵の各部の止血および保存があらかた完了してからだった

「統括理事会規約により、殺してはおりません。より詳しい生命情報の説明又はあなた自身の応急処置を受けたいのなら、こちらの質問に答えて頂きます」

浜面「俺の処置はいいから、半蔵の方を。頼む」

実際のところ、頭部以外が冷凍保存状態に在った半蔵にこれ以上の処置は出来はしないのだが

「詳しくは所定の場所に留置してから聞くとして、では、一つ聞かせていただきましょう」

好都合と判断した警備部隊の"天使"は続けた

浜面「……なんだよ」

「ここへの侵入者は合計何人ですか? 正確にお答え下さい」

目が見えない上に、いくつかの骨折といくつかの断絶にによって、まともに立つことも出来ない浜面の首を掴みながら、尋ねた

脅しているのだろう。とにかく、首に触れた手からは人間らしい体温の温かみは感じなかった

浜面「俺と、その半蔵の二人だけだ」

「……虚偽では無いようですね。了解しました」

首に触れていた手が離れ、今度はゆっくりと体ごと掴みあげられた

浜面「な、何するつもりだ?!」

「何するも何も、護送です。そちらの処置は?」
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/03/03(土) 23:36:26.85 ID:shW34zu2o

「完了。固体情報をはじめ、得られた情報の送信も同上」

「了解。他の"天使"隊員に帰還命令を送信。これより侵入者の収容を開始します」

施設の細長い通路を、二人の侵入者を二人の特殊任務用"天使"が歩みで送る

捕まえている浜面達に配慮してか、なるべく振動のないようにゆっくりとしたものだった

浜面「空間移動で運び出せば早いんじゃねえの?」

と、されるがままに肩に担がれた彼が問うと

「残念ながら、これは我々"天使"化された者用に調整されておりますので」

浜面「……ッ、お前ら"天使"だったのかよ。んなもん、逃げられるわけねえじゃねえか」

自立思考判断可能で、痛覚も無く、身体的訓練・調整をされ、任務の遂行以外の欲求を持たない、不死の存在

それらの会話から察するに、今身近に居る二体以外に何人もこの製造整備施設で自分達を確保しようとしていたのだ

逃げられるわけが無い、と零してしまうのは無理なかった

浜面「一度聞いてみたかったんだけどよ」

出口へ近づいていく中、しばらく間を置いて、彼はおずおずと尋ねた

「なんでしょうか」

浜面「やっぱ"天使"になっちまうと、自己意識っていうかさ、自我とか、そういうの完全になくなっちまうの?」

「それは難しい問題ですね」

浜面「……どうせこれから俺達もそうなっちまうんだろ? 教えてくれよ」

「難しいというのは機密的な意味ではなく、個体差があると言う意味と、どこまでを自己意識と考えるかの個別的な違いが在るためです」

浜面「っていうと?」

「"天使"の目的用途によっての差異、たとえばこのハイアーの公園を整備するなどの場合は感情的な感性が必要とされ、美感に応える必要程度は残されますし」

浜面「そりゃ、そうだな」

「また、我々のような実力行使を目的とされた場合、それら美感は抑えられますが、現場判断に必要な程度の思考の為の自我は残されます。そしてそれを自我と呼ぶか否かは各個個人の主観に左右される領域です」

浜面「ふーん。ちなみにあんたはどっちだと思うんだ?」

「難しい質問です。ですが、ひとつだけ言えるのは、ハイアーの都市部にまで易々と侵入したあなた方の行動能力に驚愕したということです」

浜面「つまり、驚く程度の感情の自由はあるわけか。そりゃー希望的だー」

「満足出来た様で何より」

浜面(……バーカ、今のは皮肉だっての)

驚ける程度の感情で、皮肉や冗談は理解できない程度の意識らしい。だから

浜面「ああ、ありがとうよ」

と。目の前に迫った絶望に、ほとんど無感情で独り言のように言うしかなかった

そんな時だった
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 23:37:08.41 ID:shW34zu2o
「これは、しばらくは立てないね。じゃあその間に」

激しい痛みに上条は意識が霞みながらも、柄で派手に突かれた自分によって、その背に負われた禁書目録が下敷きにならないよう、赤髪の長身の男がいつの間にか彼女をその腕に抱いていたのを見ていた

本当に気づくことが出来なかったから、その気になればこの二人は自分の背から少女を奪うことなど、いつでも容易に出来ることだったのだろう

それでも、己の意思に応えて、その体を立ち上げようとする

上条「待て……よ」

「へぇ。鳩尾にあれだけを喰らってもまだ意識を保っているとはね。どうにもここの連中は全員が"アンリミテッド"らしい」

上条「いいから、待て、って」

「はぁ、タフなのもここまでくれば損だろうね。……神裂、後は任せるよ」

上条「待てって、いってんだろうが!」

「うるせえってんだろ部外者ァ!!」

第二打。今度は抜き身の峰打ちだった。悲鳴をあげる余裕すら、ない

もちろん、ふらふらの上条が避けられるわけも無く、縦に打ち込まれたそれを、左肩から思いっきり受けてしまう

片峰が断絶し、肩甲骨全体にヒビ、というより粉砕が生じた

立っているという状態を維持できるわけも無く、簡単に倒れこんでしまった

それでも、視線だけは刀を持った女を、その後方へ連れて行かれる禁書目録を離さない

上条「クソ……。嫌がってる女の子ひとりを、お前達みたいなのが、追いかけやがって」

「なにか言いましたか」

見下ろすように、すぐ上条の目の前まで足先が来るまで近づいた女

上条「言った。ああ、言った。……どうせ、お前達か、お前の仲間か何かなんだろ? あんな年端もいかねえ子供を、"加えられた者"なんかに、しやがったのは」

「今、なんと言いました?」

上条「無理やり子供一人の体を改造した挙句、逃げ出されたから追っかけてるって言ってんだよクソ野郎!!」

「いい加減にしろよクソガキ!! テメェが何を知ってんだ!?」

言葉と同時に顔を蹴飛ばされ、首に深刻なダメージが生じたというエラーメッセージが上条の視界に表示される

上条「……そんなもの、気に食わないことから逃げてるって事実だけで十分だろうが!!!」

「いい加減こいてんじゃねえ!! 逃げ出してるって事実だけだぁ!? そのせいであの子自身が危険になってるって考え方は出来ねえのかよ!!」

上条「危険? それって、どういうことだよ」

あまりの上条の状況の読めて無さに呆れたのか、怒り狂った女の声色が「はぁっ」と聞こえるほどの息の後に緩まった

「……機密を持ったまま逃げ出した者の末路は決まって居ます。そしてあんな子供では、幾ら未元エネルギー系の扱いに長けていたところで、ろくに抵抗も簡単に始末できる。それどころか、こんな見知らぬ最下層コロニーなどで逃げ回れば、始末者が手を出すまでも無く何かに巻き込まれてしまうかも知れない」

だから、と女は続けた

見上げて見えたその表情で、ようやく上条はこの女があの少女に対してどんな感情を抱いているのかを理解する

229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/03/03(土) 23:39:27.05 ID:shW34zu2o

「だから、私達は彼女を追っているのです。殺処分命令が出る前に、連れ戻すために。それを、あなたは理解していますか、考えましたか」

上条「それは……。すまん、わからなかった」

彼もまた、熱くなっていたのだろう。言われてみれば予想がつかなかったというわけじゃない

「分からなかった? 違いますね。しらばっくれないで下さい」

上条「……?」

しらばっくれる、ということが何をさしてしらばっくれるなのか分からなかった

だから上条はまともに動けない首筋で疑問の視線を向けるしかないが、返って来たのはきつい視線

「とぼけたような顔をしても無駄です。あなたの立場からすれば、飛んで火に居る夏の虫という諺通りなんでしょうからね」

上条「何、言ってるんだよ?」

まだとぼけますか。いいでしょう、はっきり言わせてもらいます。と前置きして

「イギリスの技術の粋を集めた禁書目録を懐柔し、日本区にとって都合のいいように利用しようとしていた。そうでしょう? 現日本区知事上条刀夜の実子、上条当麻」

上条「な……。ひ、人違いだろ! 大体なんで、そんなお偉い奴の子供がこんなロウワーなんかに住んでるんだよ」

「さぁ、それは分かりかねます。しかし、次期区知事と目される御坂のご息女を侍らせていた以上、言い逃れは出来ません。御坂と上条の家はてっきり敵対関係に在るものと思っていましたが、違うようですね」

上条「あ、あいつはそんなんじゃ、ないんだ」

本当にそういうわけはない。自分の中では、彼女は生活の柱の一つであって

しかし、それはよくよく考えてみれば、それだけ頼っているというのは、確かにそういう意味でもあるのかもしれない

どうしても語気が弱まってしまう。言い返せない

「見苦しいですね。日本区が、禁書目録のもつ未元関係の制御技術が喉から手が出るほどに欲していることは想像に難しくないことです。それを用いて"地球帰還"に必要不可欠な大規模超長距離空間移動技術を逸早く確立させ、統括理事政府の中で主導権を握りたいようですから」

もちろん、ロウワーに住んでいる上条は大規模空間移動についてなど知ってはいない

しかし、この女が言っていることはどこまでも状況にマッチしていて、やはり言い返すことは出来ないのだった

ぐうの音もでない上条の様子を見て飽きたように、女は上条の前で踵を返し、その場から歩いて離れていく

待てよ、とは言えなかった。肉体的にも、精神的にも

そんな上条の意思が通じたのか、女はしばらくして顔だけをこちらに向けて

「最後に、私達が動きにくくなるようにこのコロニー内の未元力場のバランスを崩壊させ、それにあの子を巻き込んだ張本人であるあなたには報いを受けてもらいましょう」

と、10m近くの距離を一気に跳躍でつめて、その勢いそのままに、彼の頭部をもう一度蹴飛ばした

それは、彼の意識を完全に刈り取るには十分すぎるものだった
230 :本日分(ry と言うわけで待たせた割りに短くてスンマソン [sage saga]:2012/03/03(土) 23:40:53.43 ID:shW34zu2o
何かがパァッと光った

それが、彼が知覚できた全てだ。強烈過ぎたから、目を覆っていた赤い血の色すらも透過したのだろう

まさかこのハイアー・コロニー内のほとんど全範囲を巻き込んだ大事故が発生していたなど、この時の彼に知るすべは無い

浜面「……何だよ、今度は」

どれくらいか時間が経ったのだろうか、少し、体が動く

浜面「"緊急時非常措置の実行"?」

視覚に情報を強引に映し出すという微小機械の設定を、レースの時をより差別化して集中するために、彼は普段オフにしている

そのオフ設定を無視してでも情報を映し出すのは緊急時のみであり、それが見える今は緊急時ということだ

措置内容を参照して、出てきた内容は

浜面「"体内への異物侵入及び臓器損失に対する処置。身体拒絶反応の低下措置と臓器機能代替措置"は? なんだ、これ?」

見慣れない、というより見たことも無いホルモンやら酵素やらの羅列がズラーッと下から上へ流れ始め、確認するのは諦めたが

最後の最後に、"痛覚薄化効果中に回復措置を受けられる施設へ向かってください"というメッセージが流れて、状況がようやく飲み込めた

浜面(早い話が、もうじき死ぬってことか……?)

よりにもよって、地の利も無ければ味方も居ないこの場所で回復措置を受ける場所に向かえ? 絶望的すぎる

だがそれでも、彼は立ち上がろうと痛みの引かない体を鞭打った

多分、今は寝ている体勢だ。だから、まずは腕を支えに身を起こそうとして、感じた触感

それは、間違いなく固い床などではなく、むしろフカフカしたした土のような

浜面(土? なんでこんなところに土が?)

今一状況がつかめない。いつの間にか外に出たのだろうか。だとしたら有り難い

片目だけでも視覚を取り戻そうと、口に唾液を溜めて手に移し目を拭う。触れた自らの顔は、嫌にひんやりしていた

そうして見えた、すこし滲んだ光景は―――――
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/04(日) 01:06:00.89 ID:19SpwTsLo
真っ二つはキツすぎる
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/04(日) 14:44:29.68 ID:KCs/LKET0
乙!

やっと追い付いた
続き楽しみにしてる
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/05(月) 20:11:40.10 ID:UM2h4wlSO
>>1
爆発するにはまだ早いぞ
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/06(火) 09:08:20.71 ID:jcAMt01Ho
乙。半蔵がえらいこっちゃ……
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/31(土) 00:37:53.52 ID:uqYHgDoXo
原作よりいいんじゃないかと最近思うんだな
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/04/21(土) 14:22:33.73 ID:MQKlwvqV0
続きマダー
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/04/21(土) 17:00:29.80 ID:U8eCxjGKo
最低半年は待てるぜ!
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/23(月) 19:53:40.89 ID:gfJgF3GSO
飽きたとか……ないよな
楽しみにしてるんだ
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/04/23(月) 20:36:18.34 ID:Hpof474To
1が1ヶ月以上放置なんてよくあることじゃん?
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/23(月) 20:38:25.74 ID:zqnuzBf4o
アイロンに喰われたか忙しいんだろ
2ヶ月経過する前に生存報告の一つでもくれば満足満足
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/26(木) 23:43:36.86 ID:xBgVtukSO
たしか2ヶ月でアウトだよな
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/26(木) 23:49:16.00 ID:KLmVch20o
5月3日までおk
まあそろそろGWだし来るだろ
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/04/27(金) 00:10:30.99 ID:FrDz7nyLo
なんかシビアになってきたぞ
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/01(火) 21:33:03.53 ID:661nqfGSO
はよ
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/02(水) 08:42:32.57 ID:+O6Mg9QSo
無駄レス爆破
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/03(木) 07:34:38.37 ID:p7Omot40o
入院からの新生活が乙すぎてワロスなオナニストですお。新約4巻も届いてるのにぜんぜんまともに開いてすらない現状。時間の流れが本気でマッハ
生活の落ち着く6月ぐらいに一気に1000ぐらい投下できたらいいなーて思っていましたが、日本の弟から2ヶ月ルールってのを知らされて飛んできますた
正直まだ20レス分ぐらいしか書きためがないけど、とりあえず脱いでから今日中に書けたところまで投下します。頑張って30レス以上ぐらいまでに増やして、キリのいいところで今日は終わる予定
待たせた人には本当に申し訳ない。では、しばしお待ちくだされ
  (  ) ジブンヲ
  (  )
  | |

 ヽ('A`)ノ トキハナツ!
  (  )
  ノω|
本当にどうでもいいけど、TENGAの奥の洗えないところに黒いなにかが生じたんだが、これは使用を控えるべきなんだろうか
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/03(木) 09:10:20.15 ID:tXWpwt2Go
それ未現物質
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/03(木) 21:38:13.34 ID:3JMcVBMzo
新約4巻は読むの疲れるから心と身体に余裕がある時に読んだほうがいいよ
249 :うほっ、ぜんぜん終わらない。だがルールのために1レスだけ投下。続きはお待ちを [saga sage]:2012/05/03(木) 23:58:30.19 ID:p7Omot40o
「な、……どうなってんだよ。こりゃ………」

ようやく取り戻した片目だけの視界で、浜面仕上げはそれ以上言葉が無かった

外などではない。ここは中だ、建物の。恐らく、いや、間違いなく

重力方向に対して斜めに走る柱、天井で狂ったように開いたり閉まったりするドア、まるで地層のような土砂と金属壁の境界がある壁

廊下であったはずのその場所は、理解不能な現代アートのワンシーンを切り取った感じに施設内の部屋や施設外の森林を取り囲まれている空間。それがこの場所

浜面(なんだよ。訳が、わからねえよ。こんなもん)

どこへ向かって進めばどんな出口に繋がるのかということすらも、検討がつかない

それでも、彼は自らの命のために、この混沌の中を歩くしかなかった

浜面(まさかここ、地下ってわけじゃないよな……?)

壁にもたれ掛りながら進むよくわからない空間。触りなれない土と金属が織り交ざった奇妙な壁の触感

ところどころに、彼も見知ったF1マシンのフレームやらエンジンノズルやらが壁から床から飛び出していることからも、ここが先ほどまで居た施設の一部らしいと言うことは確かなようだ

眼中の端で、体内の微小機械が表示している意識が途切れるまでの時間数字。それが刻々と経過していく危機的状況

精神安定作用ホルモンを強制分泌させていなければ、不安だけで発狂していてもおかしくは無い

浜面(でも、こうやって自分で動かねぇと。元から助けがあるって状況じゃない。……助け?)

そういえば、半蔵はどうなったんだろうか。半蔵だけじゃない。少なくとも身近に二人、"天使"の警備員が居たはずだ

どこに居るんだろうか? こんな事態なら"天使"はあてになる。死にそうな人間なら無条件で助けることになっている、死なない人形だ

一歩一歩が、本当に骨や筋肉が金属になってしまったかのように重い中で、頼ることの出来そうなものを探す

ところどころから突き出たパイプやら配線やら基盤やらに足をとられる中で、ふと、動きの在るものが視界に

浜面(あれは……腕、か?)

少し進んだところにある、ちょうど壁と床の境目のようなところから、五本の指のようなものがついた何かが突き出ていた

どこからか差し込んでいる光や何がしかの回路がらのスパークで何とか見えたそれは、しかし、指と言うよりは波に揺れるイソギンチャクのヒゲのようで

浜面「げ……。これ、関節とかって、ぶっ壊れてんじゃねーか?」

どういう風に筋肉へ信号が送られているのかわからないが、そこにある、スーツのような袖口の腕は明らかに人体の動きとは思えなかった。確かに、きっとそれは腕なのだが

気味が悪くなって、その、人の腕のような何かを蹴飛ばすと、簡単に壁から引き千切れて、転がっていった

切り口から散った液体が頬に付着した。生暖かい上に、舐めてみると、鉄の味。血の味

生えていた根元を見ると、たぶん、人の肩口なのだろう。黒い液体が周辺に染み出し始めた
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/04(金) 00:10:55.41 ID:FByM5S5ro
あと二ヶ月か・・・
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/04(金) 00:37:21.82 ID:wNqo0NPio
生きてたー!

>>246
別に生存報告だけでも大丈夫だよ
まあ>>1は酉付けてないからSS投下じゃないと本人との見分けがつかないけど。乙
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/04(金) 15:33:10.13 ID:r8XhnADfo
つまりは埋もれてしまった人間だ、これは

寒気が増して、自分も運が悪ければこうなっていたかもしれないと思うと、本当におかしくなりそうだった

浜面(……大丈夫、大丈夫だ。アレは、半蔵の腕じゃない。あいつはスーツなんて着てなかった着てなかった。だからコレも、アイツじゃない)

そうだ。楽観的に考えれば、もう半蔵は警備員の"天使"の連中に助け出されているかもしれない

自分だけが運悪く、この誰かも運悪く、この空間に入ってしまっただけ

大丈夫だ。だったら、俺がここから出ればいい。そして、どうにかして体を治して、半蔵を取り返して

浜面(…………………)

そんなこと絶望的過ぎるだろ。思えば思うほど、無理な気しかしないじゃないか

気がつけば、彼は、後悔していた

浜面(ハイアーに忍び込むなんてのが、最初から、間違ってたんだ)

その通りだ。ここは、無法地帯である意味では自由なロウワーとは違うのだ

無茶をすれば、すぐさまに警備員やら"天使"やらが押し寄せてくる

そんな場所への侵入は、そもそもの時点で不可能のレッテルを貼るべき行為であり、だからこそ、誰もしないこと

木を隠すなら林。忍びをするなら、人が居住可能数よりも多く、それ故に物品も密集しているミドル・ハイがせめて

最初から無理。だから、俺達はロウワーの人間で、這い上がれる才もない。永遠にスラムのようなロウワーで落ち着けもせずに苦しみながら生きて死ぬ

畜生、嫌だ。そんな現実。嫌に決まっている。俺はまだ若い。生まれたというチャンスがあるなら、そんな場所からは脱出したい

が、今のこんな現実よりは、ずっとそこは天国だった

253 :>>248 そうなのかぁ。人の事はいえないけど、どこまでやるんだろうな、かまちー [sage]:2012/05/04(金) 15:34:45.83 ID:r8XhnADfo
「―――――よぉ、無事か?」

唐突な言語情報

それは、本来は声などではなかった

ただ、あまりにも自然に視界に入ってきたものだから、あまりにもそれを望んでいたものだから、彼には声と錯覚すらしてしまった

音の元は、文字

大部分は土砂に埋もれている物理ディスプレイの端に、文字列が浮かんでいた

浜面「……はん、ぞう?」

漏れた声に反応したのか、今まさにタイプしているように文字が次々と横につながって表示されていく

"いや、そのナリじゃ、無事っつうよりギリギリ生きてるってところだろうな"

文字が、まるでそこにいるかのように言葉を作っていく

浜面「俺が、見えてるのか?」

向こうが見ているならこちらも見えるはず。しかしそんなものは彼の視界にはない。人影すらないのだ

その上に

"おれのことは、今はどうでもいい"

なんて言い出す始末

浜面「どうでもいい?なに言ってんだ」

"今は、そこからお前が出ることが重要だ。それも、なるべく早くな"

そこでようやく、会話の相手が無機質な文字であると気づいた。あまりにもありありと、"お前が"の部分が強く見えすぎてしまったから、気付けたのだが

浜面「俺が? "俺達が"だろ?」

"……だな。とにかく、今その場所から右手に進んでくれ。そうすりゃ、かろーじて生きてる端末がある"

その方向に見えるのはほとんど暗闇に近いが、彼がそう言うのだ。ここは、疑っても仕方ない

浜面「分かった」

と、頷く他なかった

指示のままにしばらく歩くと、確かに何か打ち込めそうな入力装置があるにはあった

これがどこに入力されるのかわからないが、これをどうにか使えということだろう

携帯端末サイズの空間投影ディスプレイが、浜面の顔のすぐ前に浮かび上がる

254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/04(金) 15:35:59.35 ID:r8XhnADfo

"とりあえず俺の方と繋ぐから、そいつの上に手を置いてくれ。それだけでお前の中の微小機械が何とかしてくれる。いつまでも文字で会話すんのはダリいだろ?"

言われた通りに手をのせてみると、バチッと少しショートしたような音が鳴った。そして

『っ。思った以上に酷いな』

という、明確な音が聞こえた。どういう方法を使っているのか定かではないが、声が聞こえるというのは頼もしい

浜面「ああ。見る限りぐっちゃぐっちゃで、右も左もわかんねえ」

『あ、あー違ぇよ。そのことじゃねえ。安心しろ。どういう理由でこんな事態になっちまったのかはわからねえが、今のその場所、施設の周りの状態は、多分誰よりも俺が分かってる。酷いって言ったのはお前のことだ』

浜面「俺の?」

『そうだ。もともとの怪我に加えて、……いや、口で言うより直接データでも見たほうが分かるだろうさ』

聞こえてすぐに、浜面の目の前に現れた大体 1 メートルぐらいの、緑がかった二つのパネル図

右側にはボロボロの自分が鏡のように映っていて、左側にはその解析図という具合だ

そしてそのレントゲン画像のような見た目には、いくつか赤い表示が映っていた

浜面「で、何だよ。これ」

『なんだも何も、普通に生きてりゃ体内に出来るはずの無い部分だ』

浜面「回りくどいな。普通に生きてりゃ出来るわけ無い部分って何だよ?」

『早い話が、お前の体の中がこの施設の現状と同じようなことになっちまってるってことだよ』

浜面「余計に分かり難いぞ、その説明。とりあえずなんかいろんなものが入り乱れてるって解釈でいいか?」

『せーかい』

浜面「ってことは、これに表示されている部分には」

『そうだ。不純物、つまりこの施設の壁やら柱やら、周りの土やら木やらがお前の体内に入り込んじまってる』

向こうの言う言葉の意味を理解するのに、時間をかなり要したが、

浜面「えええええ。じょ、冗談だろ?」

『あのな。ただでさえ少ない時間だってのに、わざわざ冗談なんて言うとでも思うか?』

驚きのせいで、何も、満足に言えなかったが

そんな様子を見越してか

『だから聞け。今からエスコートしてやる。ここの出口までな
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/04(金) 15:37:59.35 ID:r8XhnADfo
女が去って、ろくに抵抗と言う抵抗が出来なかった上条は引き返すしかなかった。自らの部屋に

とぼとぼと階段を登って目に入る、燦々たる状態の玄関にリビング

先程まで少女が横たわっていた場所を、赤黒い血が縁だけを残していた

それを見つめながら、壁を背に腰を沈める彼

部屋の惨状は頭のいたい問題なのだが、気にならなかった

上条(あれで、良かったんだよな)

そう考えてしまう。どうしても

自分は、少女の事はよく知らない。知っていたのはその意思だけだ

「"地球帰還"の手助けをしたくない」

なぜ彼女がそう思ったのか、その理由すらも分からないのだ

あの二人の追っ手の方が余程、その事について知っているだろう

上条(だから、あれで良かったんだ。俺は、……結局)

何の力も持っていない、ロウワーの、その他大勢

上条(御坂みたいに賢い訳じゃない。ハイアーにまでのしあがった一方通行みたいな結果も出しちゃいない。出せもしない)

同世代の知人という限られた範囲で比較しても、こんなにも自分の強みなんてない

上条(だから俺は、きっと、捨てられたんだろうな。……この最下層に)

珍しいことじゃない。どんなに優れたシステムにもバグはあるものだ

先天的調整固体であろうと、血統的にすばらしい自然分娩固体であろうとも、出来の悪い個体が生まれることはある

そういうのが人知れず捨てられる先。それがこのロウワー

あくまでそれは噂程度の話でしかなく、捨てられたとされる個体はそもそも自分が捨てられたと、知ることもない

しかし彼は違う。幸か不幸か、彼は彼の生れを知っている。知らされたというべきかもしれない

捨てられたという事実を知っているならば、原因を考えれば、出てくる答えは自分の無力と無能
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/04(金) 15:38:42.09 ID:r8XhnADfo

あまりこのことは考えないようにしていたのだが、こういう時どうしても出てきてしまう

知り合いがこの最下層を出て行ったとき以来かもしれない

だから、やるせなくなって、部屋の片付けなど気にもとめずに、とにかく、彼は少女の残り香のあるベッドに身を投げた

上条「――――――ん?」

ふと、何か光るものが眼に入った

それは予備の携帯端末。未元力場の不調が回復したのか、着信、いやメールを知らせる淡い光が点滅している

いやなことを忘れて眠ってしまいたいが、しかし、眠るにはまだ早い。眠れるわけがない

上条「こんな時に、誰からだよ」

土御門や青髪あたりだったら無視確定だったのだが

手に取ってみると、それは、直接自分には連絡をしてこない、姉からだった

"これはまた、酷い目に遭ったようですね"

から始まった文章は、さして長いものではなかった

要約すれば、部屋の内装がぐちゃぐちゃになってしまったようだが、生活は出来るのか、という心配だ

上条(なんで、今の状況のことを知ってるんだ……?)

そんな疑問をそのままに文章にして送り返すと

"恐らく、あなたが知っていることよりも、私はあなたのことを知っていますよ"

という、はっきり言って不気味な感じすらさせる文章から始まる内容が返ってきた

その上で、である。一連の生活についての心配を装った分の最後に

"それで、もうこれ以上は何もしないつもりなのですか?"

と、あった

この文の意味を、彼は考える。考えた末で、しかしそれでも、彼は

上条「何のことを、どうしろっていうんだよ」

と、零してしまう
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:39:31.41 ID:r8XhnADfo

そもそも、この顔も覚えていない姉が、あの少女のことを知っているのかは定かではないが

しかし、この文を見て考えた中では、否、ずっと、彼は考えていたのだ

「あれで良かった」と忘れようという明確な意図で、逆にあの少女のことを意識し続け居ていたのだ

また、受信を示すライトの点灯

"もちろん、あの禁書目録と言う名前の、かわいらしい子のことですよ"

と、返信すらして居ないのに続いて届いたメールである

これはもう、確信犯だろう。視覚的な情報なのか、あるいは他の情報なのかはわからないが

この姉にはすべてを知られている。その上で

上条「でも、あれは、ああするのが最適だったんだ」

と言えば

"本当にそうでしょうか?"

即座に飛んでくる短文

上条「だってそうだろ。俺はあいつが、あいつらがどういう組織内でどういう立場なのかってこと、考えてもなかったんだ」

"それは、確かにそうでしょうね"

上条「だろ? ……それに、ロウワーなんかに住んでる俺には、守る力も養う余裕すらも無いんだぜ」

仮にあの時どうにかしていても、何になるっていうんだ

"それもまた事実。しかし、まだ他の事実をあなたは見落としていますね"

言われて、少し考えた。それでも、今吐露した内容以外に、なにかあるとは思えない

上条「他の、事実?」

少し間をおいての返事。その返答にも少し間隔があった

"考えられる限り、あの少女を救えるのはあなただけ、ということですよ"
258 :>>251 なん……だと……? [sage]:2012/05/04(金) 15:40:32.78 ID:r8XhnADfo

上条「……俺だけ?」

"冷静に考えてみてください。あの子は逃げ出してきているのです。あの二人組みに捕らえられたということは、当然彼女の本拠点へ連行されます。命を奪われるということもないとも言い切れません。そうでなくとも、それなりの罰を受け、さらに 2度と脱出できないように監視を受ける。もちろん地球帰還計画にも協力させられた上で、です"

少し考えて、でもその通りだと思った

そしてそれは、きっとあの少女にとって一番望まない状態だろうとも

"そして、あの少女がそのような立場の存在であるということを知っているのは、このコロニーひいてはこの日本区の中であなただけ"

例外として御坂美琴も面識はあるが、少女がどんな立場の人間なのかまでは知らないだろう

言われてみれば、全てが全て、その通りだった

だが

上条「でも、今さらどうしろってんだよ。もう手遅れじゃないか」

逃げられてから、もうかなりの時間が経過しているのだ

その上、あらゆる機器のエネルギー源である未元力場の安定性だって復活してしまっているし、このロウワーから出てしまったと考える方が自然

"確かに、時間だけを考えれば、既に彼らはそこを出たと考えるのが普通でしょうね"

上条「ほら、今更どうしようもないじゃないか」

"しかしそれは、連続空間移動装置が通常運行していたらの話でしょう。あなたにとって都合の良いことに、日本区内では少し前からずっと運航が休止中になっています"

上条「……なんだって?」

連続空間移動装置はコロニー間交通の要。人間以外に食料や物資物品を運ぶと言う性質上、そんなに簡単に停止するものではない

それが停止するということは、余程のことが起きたということだったが、今の彼にはそれが何かなんて関係のないこと

"結論だけ言いましょう。まだそこに、あの少女は居ます。それでも、あなたは何もしないのですか?"

とどめの一文に焚きつけられて、彼は痛む体を夜時間の町に走らせる選択をした
259 :なんかホント、物書きで生きてる人はすごいと思うわ [saga sage]:2012/05/04(金) 15:42:53.14 ID:r8XhnADfo
最下層にいた時でも、こんな光景はなかった

端的にいえば、ぐちゃぐちゃである。それもそう簡単にはあり得ないというレベルで

思いあたるといえば、昔どこかのニュースで見た映像。その事件についてのリポートにはデカデカと書かれていた

"人為的ミスによる空間移動装置の接続失敗"と

ぎりぎり物心ついていた時の記憶だからあまり詳しくはないが。覚えているのは

たしか、乗客運搬用のカーゴかなにかが、宇宙空間内に浮かぶ50m近くの大きな円の形をした空間移動装置の経由装置に、バラバラになったガラスの如く細切れになって突き刺さっていた映像

遠景の写真だったから、ガラスの破片程度に見えたのだが、あの時の現場はきっと今のような状態だったに違いない

彼、一方通行の視界は混沌としていた

決して、薬を飲んだとかある種の幻覚を見ているとかいうわけではない。現実の景色が捻じ曲がっているのだから

あの事故から数時間。彼は今、施設の外だ

今もなお、次々と研究施設だったものの中から、不死の人形である"天使"達によって人が救出されている。どれもこれも、重体ばかりで

最初に自力で脱出した一方通行たち数人以外の、あの観測室にいた人々も、やはり遺体か五体のどこかを失った姿で運び出されていた

それはこの、専属の超大型加速器すら保有している巨大な研究施設の所長、御坂の番外固体も例外ではなかった

頭を除いた右半身を緊急冷凍処置された状態で車両に乗せられていくのをしばらく前に見ている

ほかの重傷者よりも優先されていたのは、いつものことだろう

一方(いくら傷つこうとも、死ンでなけりゃなンとかなる。肉体の欠損程度ならいくらでも再生できるからなァ)

だが逆に、死んでしまっては、意識データを複製でもしていない限り、もうどうにもならない

仮にそうしていたとしても、本来のオリジナリティは失われてしまって、どこか人間味に欠けた複製のクローンでしかない

それではほとんど"天使"と変わらないとさえ言われている

一方「……ハァ」

溜息が一つ、なんと言うか軽く出てきた。現状を本当の意味で理解出来ていないからかもしれない
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:43:51.99 ID:r8XhnADfo

一方(どうして、ンなことになっちまったかねェ)

ふと、空がある場所を見ると、滝だ。何もないところから、だばーっと水が街のほうに降り注いで、止まった

非常事態ということもあって、本来なら夜時間間近でオフになっているはずの擬似太陽の照明。その光を受けて、天から生じた即席の滝のキラキラとした残照が、幻想的である

一方(大方、どっかの培養櫓か湖の水が空天井にいっちまって、耐え切れなくなって降って来たってとこですかねェ)

ぼーっっとした頭脳で原因を考えてみたが、正解をチェックする者などいるはずもなく、空虚

コロニー内のこの光景を見る限り、この実験の失敗は相当の規模に、おそらくはこのハイアー・コロニー全体にわたっているであろうと、彼は思わざるを得なかった

空である場所に木が生えていて、まっすぐであった道が頭のおかしい設計者の作ったジェットコースターのようにうねって跳ね上がっている

まっすぐと荘厳につくられていたこの施設も、地面の下にあるはずの加速器の一部が飛び出し、一部が地面に突き刺さり、全体的に半端に傘を引きちぎられたキノコのような形になってしまっていた

そして何よりこの惨状を象徴しているのは、このコロニーの至る所で、人のものと思われる腕や脚がつきだしていることだろう

そこにその腕や脚の持ち主が埋まっているのか、それともその部分だけが千切れて埋まっているのかは、掘り出してみないと分からない

しかし、その手間を考えるのは杞憂というものだろう

どの道、一介の所属研究員でしかない彼は、こうなってしまってはただただこの駐車場で指示を待つしかないのだ

一方(……まァ、逆にこうなっちまう前なら、俺にも何とか出来たンだよな)

何かじっとしていられなくなって、彼は自らが昨日まで寝泊りしていた寮の方へ歩みを進めた

危険エリアなど指定しようものなら、どこもかしこもKeepOutのテープを張り巡らせなければならないし、更には避難者の行動を監視するだけの人員も無い。だから動こうと思えばいくらでも自由に動けるのが現状だ

それでも、多くの避難者は指定された駐車場から動かなかったが

一方(あの時、俺は、やろうと思えば止めることが出来た。権限なンざ無視して、強制停止コードを打ち込むことは可能、だった)

アスファルトの地面であるはずにもかかわらず、なぜか沈み込む地面を踏み込んで、寮へ

一方(それは俺以外の連中も同じだ。だが、誰もやりゃァしなかった。……当然か。こンな結果になること自体、誰にも予想出来るわけがねェ)

ガララ、と脇道の園芸にある木の枝から箱型に梱包された備品が落ちてきて、一方通行の目の前で中身が飛び出した

その2,3cmの小型の空ビーカーになど気にもせずに踏み潰し、前へ。ブツブツと鳴る破裂音が小気味良い
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:45:02.24 ID:r8XhnADfo

一方(いや、例え俺がこの状態になると予想していたとしても、それでも止めることが出来たか?)

仮にこの現実を回避できたとしても、変わりに自分は責任を追及される。最下層上がりの煙たい身だ、切るのは簡単だろう

これまでずっと嫌がらせを我慢してまで保ってきた身を、多分危険かもしれない、なんて状態で捨てられるか?

一方(結果だけ見れば、俺は捨てられなかった。数年前でしかない昔を懐かしンでた癖にな)

そもそも予見すらしていなかったと言うのに、この幻想的な光景にあてられたのか、まるですべてが自分の責任のように思えてきた

エントランスをくぐって、中へ。無論エレベーターなど、生きてはいない

なんとか形を保っていた非常階段を、手すりを握りながら強引に上っていく

一段上る度、どこかがボロボロと崩れていく。早く目的の階にまで上ったほうが良さそうだ

一方(チッ。なンだって俺の部屋は13階なンて場所なンだよ。高すぎンだろォが!)

なんて良く分からない怒りを覚えて目的のフロアまでたどり着く

膝に両手を置いて、中腰のまま肩で息をするのは仕方ない

そのまま少し止まって休んで、まだハァハァ荒い息をたてながら自分の部屋に

中は、照明がダラりと垂れて、ベッドは天井に刺さっている。カオス。ぶら下がっていると言うべきかもしれない

というかそもそも自分のものかも分からない。調べる気力もない

一方(……何故、わざわざ俺の部屋にまで来ちまったンだァ、俺は)

と、今更な疑問を浮かべつつ、変わり果てた部屋を見回す

唯一朝と同じなのは、いや同じなのかは分からないが、机の上に最下層では良く見かける安い二日酔いの薬があった

特に思考が定まらない中で、なんとなく、それを手にとって、ポケットに突っ込む

直後に、部屋の天井に刺さっていたベッドが自重に耐えれずついに落下してきた

しかしそれに驚くことはなかった

何故なら、すでに彼の意識は途切れて、キャスター付の椅子の上に崩れていたのだから
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:45:28.84 ID:r8XhnADfo
恐らく、今ここからさっきまでいた場所に戻ろうとしても、とてもできはしないだろう

身体的なダメージも精神的な疲労も、限界が近い。もともとずっと限界だ

ここがどこか、なんて、もう分からない。知る気力もない

歩いた時間からして、恐らくここはもうあの整備施設からは離れているのだろうが

なんと言うか、金属と金属の亀裂のような道を、足を引きずりながら歩いている

見たくも無い生首やら動物の死骸やらがゴロゴロしているのを見る度に、ぞおっとした悪気が背中に広がり、その度すぐに微小機械が感情を整える

その起伏に、若干の疲労すら感じた。ぼやけるような、疲れが広がっていく

完全に無意識に、足がふらつき始めた

『おい、しっかりしろ!浜面!!!』

直接大音量で話しかけられると同時に、身を支えるように触れていた壁からちょっとした電流が流れて、流石に浜面仕上の意識は明瞭さを取り戻した

ただ、そのショックで腰を抜かしてしまった彼は、その場に座り込んでしまう

腰が地面に付いたときに、ジャリッとした土の感覚が体内から伝わって、本当に体中身までぐちゃぐちゃになってしまったという実感が、彼に沸き広がっていく

半蔵『馬鹿野郎! んなトコで座り込んじまったら、助かるものも助かんねぇぞ!』

音がけたたましく脳内を走り回るが、足は立たない

力をこめると、ギアの壊れたエンジンの如く、闇雲に痙攣してしまう

浜面「そうは言っても、足が言うことを聞かねぇし……何か、何か体の違和感が半端じゃねぇんだよ」

半蔵『クソ……とうとう誤魔化しが効かなくなっちまったか。おい、腕はまだ動くよな?』

浜面「ああ、動かすだけならな」

半蔵『よーし、なんとかしてやる。ちょっと待ってろ』

明らかに焦ったような声の半蔵。浜面にはそれが、逆に半蔵には焦られるだけの余裕があるように感じた

浜面「……いらねえよ」

ポツリとこぼした言葉

それを聞き逃すことを、半蔵はしない

半蔵『何?』

浜面「いらねえっったんだ。お前はもう安全なところに居るんだろ? だったら、俺なんて置いて、ロウワーに帰るんだ」
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:46:09.76 ID:r8XhnADfo

半蔵『それ以上馬鹿な事言ったら、また感電させるからな』

浜面「馬鹿な事? どこが馬鹿な事なんだよ。今だって、ハイアーの管理システムを乗っ取ってんだろ。そんだけの才能がありゃあ、F1なんかに参加しなくても、ミドルハイだろうがハイアーだろうが行けるじゃねえか」

半蔵『黙ってろ。無駄な体力を使うんじゃねえ』

浜面「無駄じゃねえよ。俺はここで終わっちまう。だから―――」

そう落ちに落ちる浜面の気力を吹き飛ばすように、強い揺れが生じて、彼の言葉を遮った

同時にズオオッ、と鈍いが強い大きな音が伝わってくる

半蔵『気取ってる余裕があるなら益々黙ってろ。気力が勿体ねーよ。んで口閉じろ、来るぞ』

浜面「来るぞって、何だよ? おい、お前何したんだ」

半蔵『暴走させて爆発させたんだよ。エンジンを』

浜面「エンジンをってお前、マシンのエンジンか?!」

半蔵『そ。コロニー外壁まで余裕で吹っ飛ばせる爆発力は保障するぜ?』

浜面「爆発力って、おい。普通に使うだけでも特類危険物で爆発クラスSの、ええと免許が特3で、特別許可が、緊急時の特別連絡先が……ってんなの関係ねえよ畜生!!」

大声を出すために仰け反った拍子、浜面はわずかに背中の方へ流れそうな引っ張られる力を感じた

恐らくこれは、無重力状態の過剰な慣性だ

半蔵『良く覚えてんじゃねえか。流石我がチームのドライバーだぜ』

浜面「ざっけんなこりゃ走馬灯って奴だよ! しかも何だ、無重力かよ! お前、何の目的があって、って」

口を開きっぱなしにしていたところに、風、空気の流れが襲ってきて、ボボボボボと音を立てて頬を引きちぎる勢いで揺らした

無重力で体が軽くなったかと体感した次の瞬間のことである。体の横からの、細い隙間によって圧縮された空気の勢いはつまり、小型の未元力場発生装置を搭載したF1出場予定機体の心臓の爆発衝撃の一部

それが彼を、進もうと思っていた方向へ強烈に押し飛ばす

半蔵『動けねぇってんなら、動かせばいい。問題は、お前が自分で今得た推進力を殺さないように体を動かさなきゃならないことだが』

浜面「だあああああ、チクショウ! 楽に死のうと思ったらこれだ!お前と居たら慌しくて安らかに逝くことも出来やしねえよ!」

半蔵『おーし、それだけ活きが良ければ十分だぜ』

再度、着実に目標地点に近づき始めた浜面の光点を見て。半蔵はひとまず安堵の息を、剥き出しの基盤に囲まれた空間内で、吐いた
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:47:00.33 ID:r8XhnADfo
唯一と言える抵抗者を屈服させたならば、どうしてわざわざ身を隠すだろうか

日本区最下層のコロニー間用連続空間移動設備のある港のロビーで、彼らは待つしかなかった

大事そうに少女を抱える赤髪の男は、恨めしそうに出入のボードを睨む

書いてあるのは、本来の運航プランの文字とその横の欠航の文字

連続空間移動装置を使用することも出来なければ、空間移動よりは余程時間の掛かる船での宇宙航海すらも欠航

苛立ちを抑えるためにタバコを吸おうと、仕方なく少女を小汚いロビーのベンチに寝かせたところで、黒髪の女が近づいてきた

「駄目ですね。如何なる理由があろうと宇宙空間に出ること自体を禁止しているらしいです」

「はぁ? なんだいそれは?」

「分かりません。多少の賄賂をちらつかせても、区全体で禁止令が出ているとか」

チッ、と舌打ちをして、そのままタバコに火を灯す

汚れた壁には禁煙という文字が薄く見えるが、その汚れそのものがタバコによるものだ。気にするものか

「ちょっとした非常事態じゃないか、それじゃ。なんでここの連中はそのことに文句を言わないのか疑問だよ」

「この日本区最下層の住人は許可を得ない限り上級コロニーには赴けないらしく、空間移動を使うのは稀のようです。その上、わざわざこの公式ポートを使わなくとも、個々人で外に出る手段は持っているのでしょう。管理局の人間もそれに目を瞑っているみたいですし」

なんなら、そのうち一つを奪って使いますか。と、未だ意識の戻らない少女を一瞥して、黒髪の女が同僚に問いかけるも

「駄目だ。理由か分からないが、本来動作するはずの非常用代理人格の"自動書記"すら立ち上がらなくなっているのは、完全に異常事態だと思わないか。早急に連れて帰る必要がある。時間の掛かる通常航行なんかに下手に手を出すぐらいなら、禁止が解除されるまでここで待つ方が良い」

「そうですね、待ちましょう。……こうなってしまうならば、やはり強制リカバリ用のシステムカプセルを持って来るべきだったかもしれません」

女の言葉を聞いて、男は表情を更に険悪にした。勢いで煙草のフィルター部分を噛み切ってしまったが、もったいないという思いはない

「正気か? あれは、禁書目録の現人格まで消し去ってしまう危険性があると、君も説明を受けている筈だ!」

勢いで女の羽織っているジャケットの襟首を掴み上げ、睨みつけた

その剣幕に、女は目を逸らすも

「しかし、今のままでは同じことでしょう。このままイギリスに連れて帰って、再起不能と判断されれば、そのまま処分されてしまう可能性もある」

「それは、……そうだが」

首を握っていた手を離し、しかしそれでも男は納得のいかない様子だった

「それでは、私達の今までの努力も、この子も、何もかも水の泡になってしまいます」

そう言った女の顔もまた、納得のいかない表情であることは共通していた

ある意味、こうやって時間を稼ぐことが出来ているのは運の良い事かもしれない。何も手を出せないことが口惜しいが、時間を置けば代理人格が立ち上がるかもしれない

淡い希望に過ぎないが、それにすがるしかないのが現状だ。ほんとうに忌々しい現状だが

「――――――だったら、連れて帰らなきゃいいだろうが!!」

突然、人気の無い港のロビーに声が響いた。彼らには聞いたことのある声だ

欠航を意味する×印のついた文字列が左右の壁を走り回るロビーの入り口側に立っているのは、乾いた血のついた制服を着た男

走ってきたのか、ハァハァと息を切らしながらも、一歩一歩少女の方へ進んでくる

「良くここが―――、いや、愚問ですね。この問いかけは」

「簡単な推測だったけどな。一刻も早く連れて帰りたいなら、ここしかない」
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:47:28.41 ID:r8XhnADfo

答える彼、上条当麻は止まる気配を見せない

「あれだけ痛めつけられていたのに、まだ向かってくるとは驚きだね。いや、もしかすると君は、女性にそういう風に扱われたい性癖なのかもしれないが」

侮蔑、というよりは挑発的な意味があった

一度伸された相手にもう一度向かってくるということは、何らかの策を積んでくるものだ

ならば、挑発でもして愚直に怒る方が戦う上では好都合。そういう意味があったのだが

上条「お前らなんかに用はないんだ。俺のことなんて好きに言ってればいい」

なんて返される。そして一直線に少女の方へ向かう一定速度の歩みを止めない

やれやれ、と呟きつつも懐に手を居れて迎え撃とうとする赤髪の男だが

それは、黒髪の女が止めた

「私が相手をします、ステイル」

「そうかい。でも相手は手負いで、こんな場所だ。殺すのは得策じゃないぞ、神裂」

分かっています、と頷いて、女は腰の刀を抜く

港は外壁に接しているということもあって、都市部の外れではある

しかし外れとは言っても直接的で公式的に外部からの物資が出入りする場所である。雇用もあれば居住もある

短く言えば、人通りはある。夕食時であることを考えれば、人通りは日中の他の時間帯よりも多いぐらいだ

下手に騒げば野次馬が来て面倒になる。それは簡単に想像がつく。もっともここなら刃物を持った小競り合いは日常茶飯事ではあるだろうが

さて、どうするか。考えているよりも先に、上条の方から突っ込んで来た。それも

上条「うおおおおおおおおおおおおっ!!」

なんて、声を出して愚直に、まっすぐ

何か狙っているのか、と用心してしまうのは、戦闘慣れしているからか

刀の間合いよりもずっと遠い間隔で、神裂は刀をすっと横に振った

それだけで、ゆっくりと切り裂いた空気が、まるで巨大な刀身と化したように、上条を横に薙ぎ払う

想定外のリーチに、なすがままに横に飛ばされる上条当麻。前の一方的な戦いの痛みが引ききっていないにも拘らず、その上で壁に強く当たったので、立ち上がるにも時間を要した

どう考えても、戦闘で神裂が遅れをとる要素は無かった
266 :狂気が足りない [saga sage]:2012/05/04(金) 15:48:14.06 ID:r8XhnADfo
「まったく、これはいつぞやの時の比較にもならないなぁ」

いつぞやの時というのはきっと、過去の連続空間移動装置の中継ミスのことだろう

それに状態が似ているには似ている。余りにも規模が違いすぎるが

彼、上条刀夜がぐちゃぐちゃとしか形容しようのないハイアーコロニーを、現地視察用仮設テントのビニル窓を通して見ながら呼び掛けたのは、隣の男

現在の最大野党にして保守派の筆頭、次期日本区知事と名高い御坂旅掛。しかし、その表情はお世辞にも余裕があるとは言えない

当然なことだ

この事故の原因はどこにあるのか。そう問われれば、間違いなく御坂の長女が所長を務める研究所

彼女の能力・経験からしては身に余る役職であり、形式的なもので実権の多くが副所長にあったとは言え、そこ自体が御坂の指揮下にあったことは確かだ

政治権力にも経済権力にも技術権益にも篤い名家支配の現実であるがゆえ、その失態はたちどころに日本区すべての人間の知るところになり、グループ内へ与える影響はあまりにも大きい

特にハイアーコロニーほぼ全域が、空間移動後の位置関係の再構築に失敗するという最悪の惨事ならば、最低にして最大の失態である

旅掛「……この件は、あなたにとっては都合の良いことかもしれないですが」

そう言う言葉には、彼本来の自信が失われていた

刀夜「政局的には、確かにそうかもしれない。でもね、人的被害も物件的被害もこれだけ出ていて喜べる程強い精神は生憎持っていないよ。君の娘さん達だって、重傷を負ってしまったようじゃないか」

旅掛「生きている限り、ウチの娘の代えの体はいくらでもストックがありますよ。だが、死んでしまった者は蘇らない。何とか生きていても、生粋の自然分娩主義者達の場合、今から組織細胞の培養を始めるとなれば時間を大量に要してしまいます」

規模が規模だ。完全に元に戻すことは出来ないし、復旧にも時間が掛かるだろう

そのまましばらく上条刀夜は目の前の政敵を見つめていたが、ふぅ、と気を抜くような息を吐いた

刀夜「こんな時まで政治的な立場を持ち込むのは面倒だよ。少し乱暴な、昔のしゃべり方で構わない。ここは本会議じゃないんだからさ」

旅掛「そうか。なら、お言葉に甘えさせてもらう、現知事。旧知の友人として、俺から要求、いや頼みがある」

刀夜「頼みか。珍しいじゃないか」

机を挟んで頭を下げる旅掛と、それを見返す刀夜

刀夜「録音も録画もしてないから、遠慮なく言っていいよ。どんな下衆な内容でも、この場限りだ」

しばらく待ってみるも、口を開かない。本当に盗聴などは仕込んでいないのだが
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:49:03.13 ID:r8XhnADfo

一転して危ない立場となった御坂であるから、下手な事を言って、それがより立場を悪化させるような事には出来ない

沈黙が続いたので、なら、こっちから当てて見せようか、と口を開いたのは刀夜

刀夜「うーん、そうだな。最近息子の元気がなくて、夫婦生活が困っているとかなら、良い薬を知っているけど」

旅掛「……ハァ。生憎だが間に合っている。そんな事をわざわざこの機会にお前に訪ねたりすると思うか?」

刀夜「分かっているさ。君の口から言わせたかったんだけどね。まぁいいか、同じ事だし。今回の被害に在ったハイアーの人達は君の最大の擁護者、支持者、背景だ。君にとっては、今回の事をほど不都合なことはない」

机に両腕を乗せて、手を組ませ、少し高圧的な語気で

刀夜「こんな大きな事件ですらも、揉み消せというんだろ?」

旅掛「ああ、そうだ」

頷くのを見て、しかしわざとらしく、「うーん、それは、難しい話だなぁ」などと唸る

刀夜「自分が何を言っているか分かっているのかい? 自分の息がかかった所の大事故で、自分の支援者が被害を受けていて、尚且つそれを揉み消せと言っているんだよ?」

旅掛「分かっている。だから、頼みがあると言っているんだ」

刀夜「はははは。これはこれは、どこまでも自分勝手な大悪党じゃないか、御坂旅掛」

旅掛「言いたいように言ってくれて構わない。だが、お前にだって、この件はそこまで都合がいいわけじゃないハズだ。どんなにうまく舵取りをした所で、責任という矛は向かってくる事になる」

刀夜「だろうねぇ。民意というのは厄介なものだとここ何年かで学んだよ。全く、困った困った」

旅掛「困っているのはお互い様なハズだ、上条刀夜。もちろん、お前が望むよう、見返りも用意する。これは取引だ」

刀夜「見返りか。何なら注文をつけて良いかな」

旅掛「構わない。言ってくれ」

促してみれば、返ってきたのは意外な要求だった

刀夜「うん。君の娘さんを一人、秘書にでもしてもらおうか。あぁ、もちろん、この度の怪我が治ってからでいい」

旅掛「秘書に、だと?」

刀夜「そうだよ。出来るかな、君に」

どの道、実力主義派閥の上条刀夜は下火になりつつある。次の選挙になれば、確実に力を失う。ならば来るのは政治家としての保身の要求、そう思っていたが
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:49:38.05 ID:r8XhnADfo

秘書など、例え説得して娘が就いたところで、辞めると言ってしまえば意味が無い。保身には成り得ない

ならば何故かと考えて、浮かぶのはゴシップ記事の内容だ

旅掛「……馬鹿な。それは意味のないことだ」

それでも、抑えるように低い声で返すも

刀夜「フフ。その意味については、君の決めることじゃないな」

なんて、含み笑いなどされてしまえば

旅掛「女好きも大概にしろよ、上条刀夜!! まさか本当にそこまで下種な奴だとはな……!」

父親としての怒りのままに、簡易な机を払いのけて、上条の胸倉が掴み上げられる

衝撃でテント内に浮かぶ現状を事細かに報告してくれるディスプレイにノイズが走ったが、どちらも気にも留めない

それでもまだ、上条刀夜はすこし余裕のある表情をしていたのだ

「失礼します」

と、まるで空気を読んだように女の声が室内に響かなければ、きっと御坂旅掛は拳で相手を叩いていたかもしれない

刀夜「……何だい?」

と返事をして、女、上条刀夜の第一秘書をしている上条詩菜が防音カーテンをめくって入って来たときには、すでに男と男の距離は机を挟んだ元の位置に戻っていた

若干、上条刀夜のスーツの襟周りが皺で歪んではいたが

詩菜「微小機械を通じた情報工作についてのプランがたちました。ご確認ください」

旅掛「……情報工作だと?」

驚いた御坂旅掛をおいておいて、上条は秘書の方へ向く

刀夜「良し。確かもう被害者の全員を強制睡眠状態にする手筈はとっていたよな。君は、目を通したかい? 見て問題ないようならば、そこの御坂旅掛氏にも拝見してもらってくれ」

詩菜「はい。特別大きな問題ありませんが、細かいところが少々。例に上げますと、準最上級住人の警備員が巻き込まれてしまったのは厄介に思います。似たようなケースが他にも何件か」

刀夜「警備員か。生存反応は?」

詩菜「ありません。ただ、分かっているとは思いますが、現在このハイアー内の情報機器の反応は確実ではないので」
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:50:10.84 ID:r8XhnADfo

そう言った直後、どこからかズドォと大きな爆発音が生じて、どこからか吹き込んだ大気の揺れがテントを強く揺らした

とにかく不安定なのだ、ここは。空気だって、ずっと流出が止まらない

刀夜「どうにもそうらしいね。だがこの様子だ。今反応がないなら、生きている可能性は限りなく低いと見ていい。そっちの方も情報工作をしておいてくれ。"特別休息日"にハイアーで活動してる人間なんて一握りだから、そこまで広範囲に広がらないのは不幸中の幸いだな」

詩菜「生活基盤を失った被害者家族の経済的な整合性はどうしましょうか。先ほどのミドルハイコロニー在住警備員の例では、夫人も子供も職に就いておらず、残された家族だけではミドルハイでの生活水準の維持は出来ませんから、矛盾が生じてしまいます」

刀夜「そのパターンは……うん。従来どおり、ロウワー送りで。当面の生活維持のために、銀行口座の貯蓄は最下層の一般レベルより少々高めに設定しておいてくれ。せめてもの情けとして、ね」

詩菜「了解しました。手配します。では、御坂氏、こちらをご覧下さい」

言って、女は現状の計画データを空間に投影して、その投影した端末を御坂旅掛に手渡した

お久しぶりですね、と手渡す際に申し訳なさそうな表情で言ったあたり、やはり話を聞いていたのか

旅掛「これは」

受け取った内容をざっと確認しつつ、彼は唸る

刀夜「ご期待に沿う物かな、御坂旅掛殿?」

旅掛「……最初からお前は、今回の事を揉み消すつもりだったのか」

刀夜「まぁ、そうなるな。確かにこれで君を強請ることも出来た。そうすれば私達の派閥が次も政権を握れるかも知れない」

旅掛「ならば、何故そうしない。まさか、本当に、そこまで俺の娘が欲しいのか」

刀夜「ここでYESと言えたら、それは本物の女好きさ。あまりにも無条件で君の目的を呑むのは面白くなくて、からかってしまったのは反省してるけど。そもそも私の場合、そんな事を言えば有能な秘書が一人去ってしまうことになるから、その選択は出来ないなぁ」

話しながら、刀夜がチラと妻の方を見ると、嫌に微笑んでいる

詩菜「あらあら刀夜さん。ということは、私が秘書でなければ、肯定していたということですね?」

刀夜「えええっ。いや、断じてそう言うわけでは」

間接的に、だってあなたって本物の女好きでしょう? と言われているようなものだった

刀夜「き、君は美しくて気品があって優しくて、その、りょ、料理も美味いし」

詩菜「と言うことは、御坂のうら若いご令嬢の方々よりも遥かに老け込んでしまった私の方が、それらの点で優れているということですよね? 刀夜さん」

旅掛「ほー。それは聞き捨てならないな?」
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:50:36.93 ID:r8XhnADfo

刀夜「え、ええと」

詩菜「即断してくれないなんて。またしばらく実家で暇を頂こうかしら。因みに、さっきのお上手な言葉は、通算12回は聞いていますからね? 覚えています?」

刀夜「ちょ、今君を失ってしまうのは、ほ、本当に辛いことなんだ。だから、その」

一方の男は鼻で笑い、秘書の女はフフフと笑う

旅掛「自業自得ということだ。今度から、もう少し身振りを考えるんだな。これも言うのも何度目、いや何十回目になるか。そんな様子では、とても娘はやれんぞ?」

刀夜「だ、だからそれはね。よし、この話はもうやめよう。止めだ、止め」

少し緩やかになった緊張を、男の表情が再びこの部屋の中に呼び寄せた

旅掛「……なら、聞かせてもらおうか。この件を揉み消そうとする理由を」

刀夜「問題なく君に政権を譲る為、では納得できないか」

旅掛「そうする事で、政権移譲後の便宜を図ろうという取引だな?」

刀夜「まぁ、そう考えるのが普通だろうけどね」

旅掛「……違うのか」

刀夜「身を引きたいんだ。穏便に。そして詩菜と二人でゆっくりと過ごしたい」

旅掛「正気か? お前の派閥は、まだお前を必要としているはずだ。スキャンダルの塊みたいな存在でもな」

刀夜「私がしなければならなかったことは、もう終わってしまった。これ以上権力の座に居続ける必要はないよ。今回の事故でハイアーの家も失ってしまったから、任期が終わればミドルハイの雑踏の中に身を紛らわせることにしようと思ってる」

そう言った声色は、すこし弱弱しさがあった

旅掛「家については謝る。だが随分と腑抜けたものだな。お前にだって子供がいるだろう。彼女により良い人生を歩ませたいなら、お前が権力の中にいた方が良い」

刀夜「それは、相の事を言ってるのかい?」

旅掛「彼女以外に子供が居たとは聞いていないが」

刀夜「あれは……、悪趣味だよ。本当に」

そう言った夫の、夫婦の顔は明るくなく。だから、御坂旅掛は怪訝な顔をするしかなかった

とにかく、結果的に用件は果たせたのである。予想していた取引など無しで
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:51:30.35 ID:r8XhnADfo
痛い。痛いってもんじゃない

これまでいくらか喧嘩・乱闘・爆発・落下、どれも経験してきたけど、これは一番痛い状況なんじゃないだろうか

瞬間、脳内麻薬を一気に放出させて、痛みを緩和する。あんまり良いやり方じゃないのは承知の上だ

上条(我ながら馬鹿なことしてるよな、これって)

ほとんど見ず知らずに近い少女のために、しかも姉に焚き付けられて、敵いもしない相手と戦うのだから

口から出た血を吐いて腕で拭いつつ、一歩でも少女へ近づく

一歩、更に、一歩

最初に突っ込もうとした時とは違って、すでに足が震えている

そこに、再度女が、神裂という名の女が、逆方向に刀を振った

上条(……来る!)

とりあえずの回避行動。漫画とかなら、身を低くして―――

そんなに、生易しい物じゃなかった

刀をそのまま長くしたようなイメージは、半端に体を屈めたところで意味がなかった。全く無の空間から来る横からの衝撃は簡単に上条の肩を強烈に叩く

港に在る、縦長の空間転移施設のロビーの横幅は大体30m程度だろうか。奥行きはその何倍かある

左端の壁に叩きつけられていた上条は、今度は逆側の壁に飛ばされて叩きつけられ、叩かれた肩には細い痣が出来ていた

しかも、最初より若干出口側に、つまり禁書目録からは離されている。これでは意味が無い

だからといって、何か別の方法があるわけでもなく。立ち上がって、前に進むだけ。神裂は最初の場から一歩も動いてすらいない

薄汚れた壁に体を預けつつ、上条は立ち上がる。ロビーの壁に更に汚れを作っているが、もともと汚いここでは目立つわけが無い

だが、片方に壁があるならば、女の攻撃が来ると予想されるのは、壁とは逆方向からだけだ

宙から襲ってくる衝撃は、これで避け易いはずだ。そして避ける事が出来るならば、確実に前に進める

そう思っていた上条を見て神裂は、フゥッ、っとさも面倒そうな息を吐いた

神裂「なにか考えがあるのかと思えば、この様子。ステイルが言ったように、あなたには本当にそっち系の趣味でもあるのですか」
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:52:04.04 ID:r8XhnADfo

上条「こんな、死にかけるレベルの攻撃を、喜ぶ、ような趣味は、流石に、ねえよ」

神裂「ならば何故、こんな愚かなことをするのです?」

上条「そこで寝てる、女の、子の為、だ」

神裂「奇遇ですね、私もですよ。しかし、同じ目的なのに、何故あなたは歯向かうのですか」

上条「何故だ? そんなの、目的が違うからしかねえだろ!!」

壁際を、今度は一気に駆ける上条を見て、神裂は「そうですか」と一応の返事をした後

刀を、上条の読みどおりに、壁とは反対側の方から振った

衝撃は右から来るハズだ

上条(今度は、もっと身を低くして!!!)

タイミングを計って前方へヘッドスライディング。これなら、流石に自分の上を衝撃が通過するはず

が、衝撃が来たのは正面から。しかも上条の体を下から叩き上げるように、向かってくるのが見える

見えたところで、どうしろと。ヘッドスライディングした後で、しかも全身が痛む状態。避けられるはずも無く

上条「ご、ゲっ……」

と声にならない苦痛の根を上げて5m近く叩き上げられ、そのまま床に自由落下

目がチカチカするとか、そういう次元じゃない。このまま死んでもおかしくない

神裂「どうやら、あなたは私の攻撃を避けようとしているみたいですが」

暗がりの中で、声が聞こえた。暗いのは照明のためではない。まぶたがほとんど開いていないからだ

神裂「そもそも、一体誰がこの刀の動きとあなたを襲うものの動きが一致するなんて言いいましたか」

やっぱり無理だ。この相手と戦うなんてのは

でも、まだ動ける。多分、いやきっと

上条「そうだな。俺は騙されてたみたいだ。だけど」

立ち上がる。壁の助けも借りず、自分の力で
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:52:44.51 ID:r8XhnADfo

上条「今ので、お前の攻撃の種は分かった。……これだろ」

言うことをあまり聞いてくれない右手で、上条は握っていた黒い糸のようなもの引く

ピピピッと、地面を這う一本のワイヤーが波打ったような動きを表した

上条「分かっちまえば、ただの糸、ワイヤー。3流手品レベルのトリックと何もかわんねえ」

言い放つも、当の上条はフラフラ

ネタが分かったところで避けるも防ぐも出来ないのでは意味はない

だが、低レベルの手品、という台詞に、神裂はくらいついた

神裂「それで、なんだというのです。ネタがバレたところで、あなたに何が出来ますか。私は一歩も動いていない。こうしてしまえば」

慣れた手つきで、女が腕を振るうと

左右に上下、ついでに背面からも、一斉にワイヤーが彼めがけて進んでくる

神裂「この通り。あなたは無力じゃないですか」

ドサッと、神裂の目の前に倒れこむように上条が飛ばされる。奇しくも、これまでの上条の愚直な歩みでは近づけなかった、少女との距離だった

上条「ぐ……。こ、こんなにも沢山隠してたのか」

神裂「これだけ小汚い場所ならば、目立たないようにいくらでも仕込めます。そして一応言っておきますが、確かにこんなものは3流の手品レベル。お遊びに過ぎないレベルです」

言い捨てて、倒れこんでいる上条の肩を、思い切り蹴り飛ばす

うつ伏せの状態からバックテンするように縦回転しつつ蹴り飛ばされて、更にうつ伏せで床に倒れこんだ

それでも、まだ立とうとするから驚きだ

ステイル「見苦しさすら感じる頑丈さだよ、全く。いくらそういう性質を持っているといっても、これは生来のものだ。だけど、ここまで来ると逆に可哀想だな、頑丈すぎるのも。神裂」

神裂「なんですか」

ステイル「このタフネスに敬意を表して、終わらせて差し上げろ」

頷いて、再度蹴りを食らわせるために上条の方へ

その、一歩目だった。プツ、と何か物音が、上条の方から生じたのは
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:54:02.87 ID:r8XhnADfo

直後、ズドン、と同時にいくつかの爆発が生じる。ガラスと言うガラスが、扉と言う扉が、搭乗権や各種申請を送るコンソールというコンソールが派手に吹き飛んだ

爆発に近かった壁には、内部の基盤や制御装置が露出し、蓄積していた埃や汚れが粉塵となって視界を奪い、一気に施設の奥へと流れていく

完全に予想していない爆破だった

神裂「こ、こんなもので私達をどうにかできるとでも!?」

咄嗟に身を対衝撃のために小さくした後に、神裂は若干の焦りをこめて見えない上条に問いかける

上条「そんなこと、思っちゃいねえよ」

煙の中で返事が聞こえた

その発生源と思わしき輪郭へ、神裂はワイヤーを走らせるが

輪郭に辿り着く前に、いくつもの引っかかりが生じて、上条の姿まで届かない

一体、何に引っ掛かったのか。彼女が理解した時には、ワァッという歓声が煙の中から雪崩のように突っ込んできた後だった

それは、人、人、人。薄汚れたロウワーの、住人達

何人か考えるなど時間の無駄だろう。全速力で群がってきて、神裂達を取り囲む

本当は取り囲むという表現は正しくないのだが、彼女達にはそう見えたのだ

ステイル(これは上条当麻の増援か!?)

神裂(まさか、"上条"の家の力を使ったというのですか!?)

騒乱の中で初動の遅れた彼らに、住人達は襲い掛かる

次から次へと向かってくるのは拳に足先。しかし彼らは、どう見ても一般人。良く見ればお互いでも派手に殴りあっているが

敵ならば、襲ってくるならば、相手をしないわけにはいかない

何十、何百もの相手を、しかもすし詰めの空間でするのは辛い

目標は禁書目録なのか、その価値に日本区が気づいてしまっているのか。想定されることが多すぎて、状況把握には時間がかかった。本当はもっと単純な状況だったと言うのに

そんな中で、ドン、っと片腕で禁書目録を抱いていたステイルに何者かがぶつかった

仰け反った後に、抱いていた少女が奪われていたことに気づくも、遅かった
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:55:34.94 ID:r8XhnADfo
体に更に幾つかの脱臼と打撲を増やして、満身創痍どころでは無い浜面が『ここだ』と言われて着いた場所

目の前には、球の形状をした3m程度の物がある

浜面(緊急避難シェルターの脱出ポッドか。定番だな)

半蔵『流石ハイアーだぜ。よーくあるコールドスリープ機能だけじゃなく、細胞培養装置まで付いてるスグレモンだ。早く乗っとけ』

浜面「わ、わかった。でもよ、いくら高性能なものだっていっても、ただの一人乗りの脱出ポッドでフラフラしてたら、簡単に捕まっちまうだろ」

半蔵『そいつは大丈夫だ。運がいい事に脱出ポッドから人間まで、何から何まで宇宙空間に飛び出してるからな。気づかれねーよ』

浜面「人間まで? っつーか、今更だけど何が起きてるんだ、このハイアーで」

半蔵『わかんねーけど、恐らくなんかの事故だな。ログを見る限り、どれもこれも同じ時刻で計器破損だの欠損だので深刻なエラー。まぁ、事故なんて俺達のホームじゃよくあることだろ』

確かに最下層ロウワーでは、事故自体は日常茶飯事。巻き込まれて死亡、なんてよくある話。流石に、精肉装置でペースト状になった元人間だったものを見たときは、ぞっとしたが

球体の一部を窪ませて搭乗口を開きつつ、どこに居るともわからない半蔵と話を続ける

浜面「いやでも、一番大金持ちの権力者が住んでるようなところで、そう簡単に事故なんておきるか?」

半蔵『そりゃあ、なんだかんだで申請さえすりゃあ何だって出来ちまうロウワーとは違うだろーな。細心の注意とやらがあるだろうし、すぐさま"天使"の連中だって来るんじゃね? 逆に考えりゃ、今回のはそれだけの注意があっても防げなかった大事故って奴ってことだ』

浜面「そんなんが急に起きるとか、最上級と最下層、どっちがマシなんだかわかんねえな」

半蔵『いやー。飯が旨いわ、頻繁に力場止まらないわで考えりゃ、断然こっちじゃね?』

浜面「女も可愛いし。……って、そういやお前はどこに居るんだ? どうやってそんな情報集めやら俺の誘導やらをしてんだよ」

半蔵『うーん、そいつはな……』

そういって、しばらく返答は返ってこなかった

薄暗い中で、脱出ポッドの内部からの青みがかった光が、浜面の乾いた血で汚れた顔を照らすばかり

浜面「……半蔵?」

半蔵『そーだな。説明するなら、そいつの中に乗ってくれ。口で言うより、そっちの方が早い』

浜面「わかった」

脱出ポッドに乗るのは初めてだったが、リクライニングの利いた、いかにも横になってくださいと言わんばかりの白いソファがある狭い空間だ。乗り方なんて迷いようがない

半蔵『行き先はまっすぐロウワー。救命信号は、いらねぇか。警備員に捕まっちまうし。んでもって、どんな設定したとこで、どーせ外で違法にやってる宇宙魚だのウシガエルだのの養殖槽にぶつかるだろうから、お前の意識を完全にカットするわけにはいかねえ』
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:56:10.54 ID:r8XhnADfo

腰をおろすとすぐに、パシューと明らかに密閉してますという空気の流れる音がして、ポッドの出入り口の多層隔壁シャッターが次々と閉まっていく

同時に、内部の浜面の周りに液体が満たされ始めた

浜面「んだこれ、ネバネバってかドロドロしてるっ!?」

半蔵『気にすんな。お前の傷を癒してくれるありがたーい液体だ。飲んでもいい。どーせ最後は肺まで浸かっちまうからな』

少なからず美味いゼリーというわけではないことを浜面が確認したところで、ガコッっと、今度は大きく揺れる

そのまま、この球形は転がり始めたようだ

半蔵『ご苦労さん。それじゃあ、快適な宇宙の旅を。そいつの操作は微小機械と繋げば出来るようになってる。操作っても、ロウワーに向かうのは変えらんねーけど』

試しに、四輪駆動の移動装置やらF1のマシンを動かすのと同様に、微小機械に外部デバイスの接続命令を流してみれば、簡単に操作画面が液体で満たされつつあるポッド内に映った

浜面「うへえ、マジでボロボロ。何が起きたんだよ」

そこから見えるポッドの外の光景は、まだ密閉されたコロニー内を転がっていると言うのに、裂けているのか砕けているのか、ところどころから壁の内側が見えて、真っ暗な宇宙空間が見える

浜面「でもこれで、ようやくお前のツラが拝められるな。こっちと接続してんだろ?」

半蔵『あ? ……ああ、そうだな』

まさか一方的な接続ではあるまい。こちらの言葉が伝わっているのだから、どういう方法かは分からないが接続の共有をしているはずだ

ならばその接続から半蔵の情報を送るように要求すればいい。脱出ポッドの通信機器を介せば出来るはず。あっちも拒まないだろうし

浜面「……あれ、どうなってんだ?」

"Sound Only"という文字が、ポッドの外の映像とは別の小さなモニタに示された

この一人用のポッドにも内部にカメラ機能程度はあるだろう。半蔵も同じものに乗っているハズなら、双方向通信出来るはずだ

お世辞にも自分の身は状態が良いとはいえない。それをここまで案内してくれたのはこの男が居たからだ。そしてその身は、多分、相当酷くやられているはず。生存のために冷凍保存しなくてはならない程度に

まさか、と彼は思った

浜面「おまえ、今どこに居る?」

ゴロゴロとした音が終わって、完全に宇宙へ投げ出されたのとほぼ同時、彼は問いかける

半蔵『……今の体調はどうだ?』

浜面「はぐらかすなよ。今どこに居るんだ? 無事なのか、お前は!!」
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:57:12.11 ID:r8XhnADfo

半蔵『お前の体には、恐らく事故のせいだろうが、普通に生きてりゃ絶対に入らない量の不純物が混じっちまった。置き換えられた、入っちまったって言うべきか』

浜面「何を言ってんだよ! 無事なんだろうな!? いいから、姿をみせろよ!」

完全に液体で満たされた状態で、それでもなお残っていた空気が、声とともに浜面の口でゴボッと音を立てた

半蔵『……姿な。それならずっとお前の前に見えてるんだよ』

浜面「ずっと、見えてる?」

何を言っているんだ? 目の前にあるのはただのポッドの壁と外の様子を知らせる投影ディスプレイだけだというのに

半蔵『さっき言っただろ。事故のせいでお前の体の中身がおかしくなっちまったって。おまけに、お前が目覚めたのは気を失う前とは別の場所だったろ?』

浜面「……?」

半蔵『お前はコロニーの中は見ちゃ居ないだろうが、外と同じだ。本来あるべき位置関係の場所から、本来あるべき物が無くなって、別の物が在る。お前も聞いたことがあるだろ? 正規の方法以外で空間移動装置に乗ったら、位置関係がぐちゃぐちゃになっちまって、人間がただの汚ねえ肉の塊になっちまったって都市伝説。あれと同じことが起きちまったんだと思う』

浜面「あれと、同じって」

液体に浸かったためか、少し意識が緩くなっていく中で、それでも浜面の意識は彼の声に耳を向ける

半蔵『わかるか? お前は体の中身の内臓なんかの位置関係が、いくつかチグハグになっちまった。俺は、その逆だ』

浜面「その逆。つまり、お前の中身が置き換わったんじゃなくて」

半蔵『そーいうこと。俺そのものが、ほかの何かと置き換わった。入っちまったんだよ。どうやら生きてはいるみたいだが』

数秒、訳が分からなかった

浜面「ってことは、お前。帰れない、のか?」

半蔵『……だな。悪ぃ』

すでに体は動かない。恐らく微小機械だかなんだかで、休息のために強制的に運動能力を切られたか

もしかすると、すでに筋肉やら骨格やらが限界を超えていたのかもしれないが。どちらにせよ動かないのだ

どうやっても、今更戻ることは出来ない。徐々にだが、目の前のディスプレイに映る円形のコロニーが小さくなっていく

浜面「……せろ」

半蔵『あん?』

それでも、浜面は目を見開いて、声を絞り出した
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:58:06.02 ID:r8XhnADfo

浜面「見せろよ、ツラを。生きてんだろ。どんだけグロくて人間離れしちまったとしても、お前が生きてるって証拠を見せろ」

音声のみの画面に、少しノイズが走って

半蔵『………わーったよ。見せてやる』

そこには、見慣れた顔がぼんやりと映った

明かりがほとんどないのだろう。何とか確認できるのは、顔の輪郭がぼんやりと

浜面(思ったよりは元気そうじゃねえか)

なんて、思った瞬間、幸か不幸か、半蔵の後ろの何かがパッと光った

そして理解する、その異様な状態

見えていなかった首から下、明らかに人間のものじゃない。肩とか胸とか腕じゃない。青と肌色の混じった異様な肉塊だ。そこに、何らかの配線やら基盤やらが針鼠のように直接刺さっている。逆に半蔵から生えているとも言えそうだ

体の中に木や金属や土が入り込んでいる自分は可愛いほうだ。この男は別の存在と織り交じって、更に

半蔵『悪運ってのはあるもんだな。ハイアーの管理システムのメインユニットの一部にぶち込まれたらしい。しかもついでに俺達を護送してた"天使"とも混じって、このザマだ。まぁ、こんな状態じゃなきゃ、即死だったけどな。なんてったって首から下が無いんだぜ? 未元物質の塊になっちまった"天使"が自己保存の為だってって、なんだってしてくれるけどな』

これでクッソ不味いロウワーの飯にもおさらばってやつさ、はははははっ

と。茶化すような声で言う割りに、声は乾いた感じに聞こえた

浜面「クソ。頭がはっきりしねえ。でもよ、お前が馬鹿言ってるってことは分かってるからな」

半蔵『そいつは当然だ。そういうものらしいからな、そのポッドは。長時間閉所に居ておかしくなっちまう前に、意識を低下させるらしい。目的地の前になったら意識だけ起きるようには設定してある』

何から何まで、本当に。自分のためにしてくれる

浜面「わかった。だけど、もう一度聞かせろ。お前は生きてる、そうだよな」

半蔵『いつまで保つかわからねえけど、まだ死んじゃいねえ。……死にたくもねぇ』

生きている。いつまでかは分からないが、半蔵と言う意識はまだ生きている

十分だ。今のところは

浜面「じゃあ、待ってろ。俺が、俺達が迎えにいくまでにくたばったら、許さねえからな」

確かに言い切って、浜面の意識は絶えた
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:59:02.78 ID:r8XhnADfo
「まさか、逃げ切れるとは思っていないだろうな。上条当麻」

ロウワーの街を、少女を背負っていた上条の背後から、声が聞こえた

正直、あまり聞きたくない声だった。目的地まではまだまだ遠いのだから

上条「早かったな。もうちょっと迷ってくれるかなーと、期待してたんですが」

神裂「これでも時間のかかったほうです。しかし、そんな体の状態でその子を負って逃げるなんて、正気の沙汰ではありませんね」

表通りに続く道ではあるが、人の流れはほとんどない。時間もあるだろうし、起きている連中は上条たちが事を起こした港の方へいっている。今でもまだ乱闘騒ぎは続いているだろう

小汚い茶色をした上水道施設行きの河をまたぐ、それなりに大きな橋の上。上条当麻はゆっくりと彼らの方を振り向いた

上条「見逃してくれって言ったら、無理ですかね」

ステイル「まさか。冗談にしても笑えない」

上条「ま、そうだよな。実のところ俺も、逃げ切れるとは思っちゃいないんだ」

神裂「では、何故こんな無駄な逃避行をするのです?」

んー、それは、と余裕を持った前置きが出来るのも、彼が一杯食わせたからであろう

上条「話し合い、かなぁ。ああ、先に言っておくけど、もうさっきみたいな策はないんだ。そんな体力もないしな。だから、話し合い」

ステイル「確かに、ここには僕達しかいない。話し合いには相応しい。しかし、わざと公共施設を爆破して、その施設内で使われている装置をむき出しにすることで、少しでも売れるものを奪って確保しようとする浅ましい連中を釣ることは出来ないだろうな」

神裂「先ほどはしてやられましたよ。ここに住んでいる人間の習性を利用した、いい手だと評価はしましょう」

上条「それはそれは。でも、他人を巻き込んで自分だけ逃げるってのは常套手段だから、正直お前達が釣れるかどうか不安だったんだ。実際はな」

実のところ"上条"の姓であるという副次的な要素も、彼女らが騙された原因でもあり、今も隙を見せないようにしている理由なのだが

神裂「ですが、私達を騙す手段がないなら、よくもまぁ話し合いだと言い出せたものですね。ここで永遠の眠りにつかせることも出来るんですよ?」

上条「まさか、考えてないわけじゃないだろ? 俺が港でお前達に吹っ飛ばされながら仕掛けてた爆発物、まだ残ってるって可能性をさ」

実のところ、これもハッタリなのだが。余計になんて持ってれば、戦っている最中に溢してしまって、策が見透かされるかもしれない

そんなリスクをカバーできるほどの余裕が、あのときの上条にあるわけがなかった

ステイル「あれか。最下層の露天レベルで売っているものにしては、性能が良いようだったな」

上条「おいおい。ここで売ってるものをそのまま使おうものなら、下手すりゃ自爆しちまうよ。回路まで見直して用途に合わせるのって常識じゃないのか?」

神裂「あなたの技術程度は把握し切れないですが、例え持っていたとしても、禁書目録と心中自爆する以外に使用方法があるようには思えませんね」

そんなものに一体何の意味がある。自爆なんて望むところではないだろう?

そう、間接的に伝える文言だったが
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/04(金) 15:59:49.74 ID:r8XhnADfo

上条「そのつもりだ。俺はこいつを殺すつもりだからな」

と、彼は暗がりの橋の上で、即答したのだった

ステイル「……何?」

上条「そもそも、何でお前達はこいつを連れて帰りたいんだ?」

神裂「それはもちろん、既に述べたとおり、その子の身の安全の為です」

上条「じゃあ聞くが、お前達が連れて帰って、こいつが殺されないって保障はあるのか?」

ステイル「それは、確実とはいえないけど」

上条「なら、なぜ連れて帰る意味があるんだ? どうぞ殺して下さいって、お前らの上司に言うためか?」

ステイル「そんなわ――――」

神裂「そんなわけ、あるはずがないでしょう!! 大体、実情も知らずに何様なのです、あなたは!!」

男を押しのけ、強い不満を加えて言葉と視線を上条に投げつける女

しかし、それを、更に強い視線で投げ返す上条

上条「何様だって、こっちが聞きたいところだ。連れて帰って、仮に生かされたとしても、こいつは、禁書目録はやりたくもない事を強制的にさせられるんだろ? 違うのか」

ステイル「それは、そうだが。しかし、死ぬぐらいなら、そっちの方がマシってものだろう!」

上条「それが何様だって言ってんだよ! わからねえのかよ! なあ、こいつは、逃げたら殺されるかもしれないって可能性を考慮できないほど、馬鹿なやつなのか?!」

それは、と、言い返そうとして、神裂は言葉が詰まる。そこを上条は更にまくし立てた

上条「勘違いすんじゃねえ。殺されるかもしれないって、リスクを犯したのは紛れもないコイツ自身なんだ。そういう選択を、自分の意思を持ってしたのは、こいつ自身なんだ!」

上条「真にこいつの身を案じるなら、その意思を尊重すべきじゃねえのか? 禁書目録が禁書目録であるのは、この体じゃなくて、禁書目録っていう意識じゃねえのか?」

上条「それをテメェの勝手な同情で、"しない"って死ぬ覚悟で決めたやつを、強制的に"させる"のは、一番こいつを踏みにじる事なんじゃねえのかよ!?」

聞かされて、反論しようと口を開いて

しばらく動かすも、言葉がなくて

そんな彼らの様子を見て、今までとは調子を変えて、上条は言い放つ

上条「だからまず、そのふざけた現実をぶち殺す。俺が、今からな」

その言葉が何を意味するのか分からないステイルたちの目の前で、上条当麻は腰を下ろして、背中の少女を己の膝に寝かせる体勢にし

そして、その両の手で少女の首を躊躇なく、絞めた

ステイル「お、おい! 何してるんだ!」
281 :久々の本日分(ry やっと序章終わったから残りも頑張って書くぞー [saga sage]:2012/05/04(金) 16:01:08.90 ID:r8XhnADfo

上条「近づくんじゃねえ! こいつ共々自爆するぞ!」

怒鳴られて、足を止めるステイル。一方で、絞める手の力を緩めない上条

訳の分からない状況というのが、率直な感想だったが

ゥ……ァ……、という呻き声と共に、少女の顔色が更に、確実に悪化していく

突如

少女の体に、少女の力とは思えないほどの力が宿って、上条の両手を振り払う

そしてそのまま、払った腕に噛み付いた

一切の手加減のない咀嚼筋によって、上条の皮が引き千切れ、若干の肉も抉れる事になったが

既に痛みを伝えるシナプスが限界突破している彼に、耐えられないものではなかった

しばらく、猛獣のようになった少女が上条の目の前で、その皮と肉を口の中でモゴモゴとさせた後、それをゴクリと飲み込んだ

そして

「……あれ、あれ、あれ? これってどういう状況なのかな?」

と。少女は意識を取り戻す

顔なんて最早腫れまくって誰なのか分からないボロボロの上条が微笑みかけ、なぜか神裂とステイルが少しはなれたところで見ている。そんな謎めいた状況に驚くしかなかった

上条「さぁ、俺は殺したぞ、禁書目録を。今度は、お前達の番じゃねえのか」

立ち上がりもせずに上条は問いかける。単に、立てないだけだが

上条「意味は、わかるよな?」

意味。この少女を殺された事にしろ、という意味だ

つまり、自分達の組織を騙せと言うこと。この少女のために

当然それは、発覚すると言うリスクを要すること。隠す手間を取れということ。結果として自分達が組織を追われる可能性があるということ

我が身の可愛さよりも、彼女のために動いて見せろと言うことだ。"俺がそうしたのだから"という意味をこめて

赤髪の男は、しばらく目を瞑り、そして上条と禁書目録に背を向けた。ほとんど同時に、神裂と呼ばれる女も

結局、彼らはこれまでリスクから逃げてきたのだ。上条がこの少女の首を絞めたのも、実のところリスクはあるも効果的な方法ではある

どういう理由か定かではないが、意識が落ちている中で差し迫った生命の危機を与えれば、微小機械が、無意識が、生物の本能が、危険を脱しようと働きかける

もちろん、少女がそのまま死ぬ可能性は在った。だから、彼らはそれをしなかった。だから、上条はそれを行った

結果的に見れば、それはうまくいっただけのことであり、賭けに勝っただけのことであるが

見えなくなっていく二人を不思議そうに見送る禁書目録の頭に、手をポンと乗せて

上条「じゃあ、行くか」

と、少女の助けを借りて立ち上がり、神裂達とは反対の方向へ、歩みを進めた
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/04(金) 18:03:23.76 ID:ENzcnIm7o
ガンバレ
いつぐらいに終わるかな?
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/06(日) 01:04:11.52 ID:u48pX/Oso
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/07(月) 12:57:52.10 ID:HUGIqhpSO
乙、待ってた
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/12(土) 00:57:46.75 ID:8G4Vn2CRo
今日やってたラピュタの巨神兵の上半身ががイエスとかぶって仕方ない
作られた目的が逆だけど
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/16(水) 08:45:03.12 ID:HkR3XI7Mo
ああこれナウシカだ…
287 :あと数回の投下で終わるつもりだけど正直盛りすぎた感はある [saga sage]:2012/06/07(木) 14:54:31.94 ID:kuk3dVuOo
『以上、常盤台ミドルハイ分校始業式の中継でしたーっ。CMの後は話題のグループ"アイテム"の欧州……』

なんて骨董品レベルの壁掛けモニターに写る映像を何気なく少女が見る横で、彼はあたふたしている

あれから数日経って、顔面にまでも容赦なくあった酷い腫れもようやく目立たなくなったところなのだが

"やんちゃして怪我したのはわかりますけど、これ以上学校を休むと土御門ちゃんたちの後輩になってしまいますよー"

なんてメールが、あの可愛らしい容姿の先生から来てしまった

上条「んじゃ、いってくる」

ここは、仮住まいというには、えらくゴチャゴチャとした部屋だ

禁書「わかったんだよ。でも、お昼ご飯はどうしたらいいのかな?」

上条「冷蔵庫の中に肉とかあるし、何とかしてくれ。丸焼きにして塩をかけるくらいは出来るだろ?」

禁書「……はーい、わかったんだよ」

えっと学校ってこっちだったよな、なんて彼のぼやきを聞きながら彼の背中を見送って、少女は玄関と思わしきから部屋を眺める

『次は少し心配なニュースです。統括理事会と深く関係のあるエイワス・サーテー……』

前の上条の部屋よりは広いかなと思うが、なにぶん埃っぽい仮住まいだ。町外れでこれより後ろには砂漠しかない立地で、長らく人が住んでいないようだから、仕方ない

禁書(前のとうまの部屋より広いから、気軽と言えば気軽なんだけど)

ここ数日の間掃除をしたから、来たときよりはずっとましになったし、別々にそれぞれの寝床も確保できた。実験用の水槽を流用しているせいで見栄えはアレだが、大きな風呂場もある

それでも、壁に並んだやたら重くて動かすのがめんどくさそうな、廃品を集めて作った加速器やら分離器やら制御パネルなどは動かしていないままで、壁との間にはごっそりと埃が残っているだろう

ここは、街の中心からかなり離れたところにある、元々は住民監視用の丘に建った塔の地下空間だ。いろいろと仕方ない

あまり派手に掃除をするにしても、舞い上がった埃やらの処理に対して、そもそも地下室なので窓を開けるとかの選択肢がない、やる気のない空調換気装置を頼るほか無い

禁書(地上に出てる部屋も砂漠の方の砂が入ってくるから、ほんとどうしようもないんだよ)

はぁー……、と息を吐いて、冷蔵庫を見る。確かに肉がある

見慣れた肉っぽい赤みのある色ではなく薄い青をしている点を除けば、食べられそうである。付け合せに使えそうな他の食材が無いのが、少し残念だが

あれから数日

今自分がこうして、何処に逃げるとかなどではなく、こんなことを悠長に考えらていられるのは彼のお陰であるのだろう。きっと

何をどうしたとかは、なぜかバツが悪そうな表情ではぐらかされた。が、ともかく、追っ手である彼らが自分を捕らえにくることはないんじゃないか、と彼は言っていた

288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 14:55:18.41 ID:kuk3dVuOo

だから、彼には感謝すべきだ。そして、その感謝の仕方を考えるには十分に暇がある

ひとまずは、生活環境の整理だ

禁書(えっと、ここから電気に変換されてるんだから……)

何の拍子にか分からないが、主電源から副電源に切り替わり即座に主電源が復旧・主副切り替えが生じる、という原理で、この部屋の照明はしょっちゅう瞬間的な停電をおこす

原因不明の爆発でふっとんでしまったものの、窓があった彼の部屋ならば、外からの昼と夜を作るコロニー内の照明の光が入ってくるが

地下のこの部屋はそうはいかない。第一電気周りの調子が悪いのは、上の階でも困る

掃除の際に見つけた、白黒液晶の付いているA4サイズの制御端末からプラグを伸ばして、ガラクタの寄せ集めみたいな機材の電源プラグの代わりに壁に差し込み、不安定の原因を探ると

どうにも調子が悪いのは、未元力場によって供給されるエネルギーを電力に変換する設備の周りだということがわかった

原因さえ分かれば、自分でも直せないことはないだろう

禁書「よーし」

数日この周りをうろうろしてみたが、よく言えば治安がいい、悪く言えば人がいなさ過ぎるこの辺りである

つまり、上条当麻が学校へ向かってしまえば、自分だけだ

邪魔くさいいつもの装束を脱いでほとんど下着だけの状態になり、機材と機材の間に上半身を突っ込んで、未元力場変換装置から電気の流れる回路を確認

禁書(うーん、この辺は問題ないかな。だったらもっと根本的な、変換装置のほうかも)

変換装置。普通の物ならばその物に個別に備わっている機能であり、力場の影響圏内であればバッテリーなど無しで電子機器から加熱機器、圧力機器、運動機器までを半永久的に使用することが出来る

だからこそ、根本の根本である未元力場の供給が止まったりすると大変だ

しかし、残念ながら人が定住している環境では最下層の場所であり、管理の質も最下級なロウワーでは頻繁に生じているらしい

ともかく、本来なら各機械・各装置ごとに付属しているはずの機能が、一括りの大型装置となっているのは珍しい

禁書(大出力電源が必要な器具を使うなら、確かにこの方が効率がいいんだけど……。ええと、変換装置は違う部屋なのか)

うーん、と唸りながら少女は部屋の玄関、というよりは塔の中の一室を区切る扉をくぐる

禁書「そもそも、なんでこんなに寄せ集めの実験器具みたいなものが並んでるんだろ? とうまは知り合いのおうちだって言ってたけど」

こんなところに住むなんて、相当な物好きさんなんだよ、と、独り言をこぼしながら、ペチペチと廊下を歩む

そんな時に

「なら、そンな物好きの家に無断で入ってンのは、一体どォちら様なンでしょうかねェ?」

不意に、下着姿の女の子の耳に、誰かの声が入ってきた
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 14:55:45.78 ID:kuk3dVuOo
どうしようもないこと、というのはある

例えば、窓から外を見ていると、頭の弱そうな奴の馬鹿な運転から生じた事故に巻き込まれて、誰かが轢かれたとする

そんな時。自分は、事前になら、どうにか出来ていたかもしれない

しかし、実際に生じるまでに「あ」と言う程度の時間も無いならば、そもそも神経伝達レベルで間に合う訳がない話だ

出来ることと言えば、通報してやったり救急を呼ぶ程度のこと。そいつの打ち所が悪ければ死ぬだけ。それは止められない。自分とは直接関係が無いのだから

そんな感覚だった

(何か、忘れてる気がする。……思い出せねえ。面倒臭えな)

不愉快だ。何か無性に

ロッカールーム。後は胸元までチャックを上げるだけで、ドライバースーツに着替え終えるところだったのだが

チッ、と舌打ちした後。肩までかかったスーツを脱いで、彼はその部屋の出口へ足を向けた

「あれ、垣根さん。どこ行くんすか?」

廊下に出てすぐ、作業用のツナギを着た、見知った顔の整備員が声を掛けてくる

垣根「今日はどうにも気が乗らねえ。帰る」

「ええー? またっすか。もう予選近いんですよ?」

垣根「知ってる。だが乗らねえもんは乗らねえんだよ。乗らないときには乗らない方があらゆる点でマシだ。今日の制動チェックは二番手ドライバー様に任せることにする」

「あー、えー、ううん、わかりました。伝えときます。でも、そんなんじゃエースの座奪われちまいますよ」

垣根「出来るもんならやってみろって。誰だっけか、木原なんとか」

「同じチームメイトなんですから名前くらい覚えといた方がいいっすよ?」

垣根「人がクソ多いミドルハイだぞ。出入りなんていちいち覚えていられると思うか?」

苗字だけでも覚えていたのを感謝してほしいところだ、なんて言われて、整備員の男は苦笑するしかなかった

「整備係のチーフですら、最悪、ひと月で3人も代わっちまってますからね。その度いちいち最初から説明すんのがダルいっす」

垣根「だろ? 代わりなんてゴマンといる満員電車の競争コロニー。上の政治家連中が実力主義だろうが血統主義だろうがおかまいなし。それがここなんだからな」

そんな場所で、エースドライバーの座を譲らないこと。それは、彼の自尊心を構成する一部だ

目の前の整備員の若いのは、そんな彼を見透かして、話題を変える

「いやー、そのお陰で、女も星の数ほど代わりがいるってのが救いっすね」

垣根「テメェも好きだな、おい。何をするかはお前の自由だが、変な病気にかかんじゃねえぞ?」

「ご心配どもっ。ま、決まった女がいる垣根さんには無縁ですよね。垣根さんは超美人な彼女さんがいて、確か名前が……。あれ?」

垣根さんって、あれー? 女、いたよなぁ? と、話をしていた整備員がたまたま通りかった他の同僚を追っかけて尋ねてみるも

返って来た答えは空白。居たような気がするけどなー、なんて少し垣根から離れたところで言い合っている
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 14:56:46.04 ID:kuk3dVuOo

垣根(………女か)

そんなやり取りを見て自分で考えてみても、なにか曖昧だった。記憶の上では、いないハズなのだが

「そもそも彼女さんいましたっけ?」

垣根の前に戻ってきて、尋ねてきた

垣根「いねえよ。多分な」

「多分て。……あぁ! ってことは、今度合コンやるんスけど、来てくれますか?!」

垣根「合コン? まぁ暇ならな。んのかわり、俺がいくだけの価値があるようにしろよ?」

日本区予選前ではあるが、区内では不動の二位を堅守し続ける彼らにはあまり大きなことではない

だからこそ、両者この余裕である。もちろん、今回こそ不動の一位であるハイアーのチームを倒すつもりだが

「よっしゃ! 今日中に時間とかしょーさい送っときます! もち、女も上玉ばっかっすから!」

そのまま目の前の男は盛り上がって、絶対来てくださいね! 食いつき違うんスから! なんて言ってくる始末

垣根「わかったから、テメエらはとっとと行け。ミーティング始まるぞ」

面倒くさそうに言って、ようやく追い払うことが出来た

合コン。彼とは対照的に、あまり自分は乗り気にならない

それは、当然のことだが、自身に自信が無いからとかという理由ではない

何か、こう、気が引けるのだ

例えば、それがバレると厄介な関係の存在があったからとか、そんな感覚。今のところ、婚約者はおろか彼女と言える者もいないはずなのに

垣根「ッ。もうボケでも始まったってのか」

区庁すらもある日本区コロニー群の中心である、2億近くの住民を誇る準最上級コロニー・ミドルハイ。そこが誇るF1施設を出て、とりあえず駅へ

オフになった今日をどう過ごそうかと、コロニー内移動用のカーゴ駅のホームで空を見上げながら、彼はあくびをした

別にどこに行こうとか目的先があるわけでもないので、次々と来る列車カーゴを何台も見送っている

試しに携帯端末を起動させ、学籍のある長点上機の、自分が提出した論文データを覗いてみた

"未元力場からの高濃度再未元物質化"なんてタイトルに連なる名前に女のものは無く、どいつもこいつも記憶にある者ばかり。忘れたとか言うわけではないようだ

そもそも、自分が囚われているこのもやもやの原因が女では無い可能性もあるし、なにより昼前だ

顔見知りの店主がやっている行き付けのバー兼昼間はカフェの店にでも顔を出そうか

そう思って、彼は目の前に来たカーゴのひとつに乗り込んだ

ポケットに突っ込んだ端末にいくつかのメールの着信があり、片方は限りなくどうでもいい合コン詳細で、もう片方は非常に重要な連絡なのであるが

彼がそれに気づくのは、行き付けの店の店主と一頻り他愛の無い会話をした後だった

291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 14:58:17.61 ID:kuk3dVuOo
「はぁー。式典ってどうしてこう、無駄に長いのかなぁ」

真新しい寮のベッドに身を投げて、うつ伏せのまま、ため息がてら少女は漏らした

白井「お疲れ様ですの。わたくしも、休憩を挟んでまでずっと座りっぱなしというやり方には、好きにはなれませんね」

御坂「ねー。なんでまた急に、ミドルハイの分校に集団で転校するようなことになったんだか」

白井「急? 随分と前から決まっていたではありませんか」

御坂「ええ? そうだったっけ?」

あれ? と顔を後輩の方へ向けた。体は寝かせたままだが

白井「はい。名目上は"最上級の洗練されすぎた、言い換えれば好環境過ぎた中では競争力が低下する"などの理由で、人口過密の準最上級・ミドルハイで、より競争的な精神を養うとのこと。大半の父母からの了承を得てから、実行されたはずですの」

ふーん、そうだったけなー。と言いつつ、少女は身を起こした

御坂「あ、でも今日の始業式って結構な欠席があったわよね。あれって反対派の家の生徒?」

白井「それは、流石に存じ上げませんの。でも確かに、欠席の席がちらほら見えましたわね」

御坂「最近の研究なんてさ、実験とか培養とか反応観察とかの指示を"エージェント"に送って返って来たデータを見ればいいだけだから、正直どこでやっても同じようなものじゃない? それなのに、わざわざ自分の子供を好環境から雑踏ばっかりの環境に移したくはないわよねー」

つまり、遠まわしに「わざわざ移動する必要があったのかと」言いたいわけである

白井「確かに。まぁ、いいではありませんか。お姉さまも、いつまでもハイアーで生活し続けるわけではないでしょうし、その予行演習だと思えば」

御坂「えー。私、将来、区外にでる気ってあんまりないんだけどなぁ」

白井「あら、そうですの? お姉さまのお姉さま達の中でも、何人か出て行った方がいたと思うのですけど」

御坂「あれはどっちかっていうと、家の、父親の方針とかだったりもするー」

一人は何気なく天井を見上げながら、もう片方は高層ビルの窓越しから地上空中問わず縦横無尽に様々なものが走り回るミドルハイの街を見下ろしながら

白井「外に直接的な外交基盤を置く為ですか」

御坂「多分。でもね、私って個体が頭脳特化って面もあるから、おそらく私が他の区に行ってお偉方と仲良くしろとかって、言われないと思うのよ。まぁ、それよりも」

白井「?」

御坂「日本区の"外"に出たら出たで面倒なことが多すぎるのがねぇ。技術流出防止のための情報規制がどこも嫌になるくらい厳しいから、ちょっとした話をするにも盗聴とかの監視があるみたいで。逆に私が姉達にちょっとしたことを質問するのだって、日本区から外に流出することになる可能性があるとかって厳しいのからさ。年末年始に家族親族が集まるときですら、それで微妙にギクシャクしたりするもの」

下手に外になんて出るもんじゃないわよ、と少女は起こしていた身を再びベッドへ寝かせた

白井「……それは、面倒ですのね」

御坂「でしょ? だから、私の希望としては出たくない。もちろん、欧州の方が未元力場とかの技術水準が高いのは知ってるし、その神髄とかを見てみたいのはあるけど、あんまり私のテーマとは関わりが大きくないし」
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 14:58:45.60 ID:kuk3dVuOo

白井「結局はそこが理由ですのね。まぁ、私としてはお姉さまがこの日本区からあまり出たくはないというのは、うれしいですが」

御坂「あー、白井の家は技術家じゃなくて治安・警備・流出対策の行政系だもんね。ごめん、文句言って」

謝られて、後輩の少女は苦笑しつつ首を横に振った

白井「気になさらないでくださいまし。そういう不満があるのは重々承知しておりますの。とは言っても、私も区外にでることもあるにはありますし、それは他区との捜査協力のためであったり日本区の技術を横流ししようとする愚か者を捕らえるのを見学するためですから」

御坂「あはは。黒子の前じゃ迂闊に電話で相談もできないわー。そう言えば処分ってさ、具体的にはどうするの?」

もちろん、アメリカ区の上条の家の先輩と普通は使えない回線を使って割とよく連絡をとっていることは、この後輩には言っていない

それどころか、この関係の事は家族へすらも秘密にしているが、彼女は後ろめたさなど感じず笑ったのだった

白井「……あまり大きな声では言えませんが、多いのは所謂"最下層送り"というやつですの」

御坂「"ロウワー送り"か。それってさ、やっぱり噂通り、記憶とかも弄るのよね?」

白井「ある程度は。それより重大な場合は最悪"天使化"ですの」

御坂「掃き溜めに行くか奴隷人形になるか、か。どっちも勘弁だなぁ」

白井「どちらにしても記憶を弄られ、自分が自分ではない存在になってしまいますからね」

する側も気分の良いものではないですの、と少し重めの息を吐いた

御坂「でもそれって、そういうことをするためのシステムがあるってことよね。やろうと思えば、それこそ1コロニー単位の人間全員ですらも記憶を弄ったりして情報操作できるってことじゃない?」

白井「はい。しかし、その規模で情報改変などしようものなら、いろいろと整合性を持たせるのが非常に難しいと思いますの。なので恐らく、そのようなことはないと思いますわ」

御坂「さぁ、それはどうだか。どうせやられても気づけないんじゃ、されててもされてなくても同じことだもん」

言いながら伸びをしていると、机の上から聞きたくもない着信音が聞こえてきた

音自体は、蛙のマスコットが踊っているお気に入りの音楽なのだが

御坂「あー、"エージェント"から結果データ届いちゃったかぁ。はぁー」

白井「今から分析しますか、お姉さま?」

外ではほとんど見せない、あからさまなやる気の無い顔をして、ベッドの上で2、3回身を転がして

御坂「したくないー。けど、やっといた方が楽だしなぁ。……うん、するか。今回のは結構重要だから、時間かけたいし」

白井「わかりました。では、何かお飲み物でも用意しましょうか。わたくしも"犯罪者心理と行動"の期限がありますし、お付き合いいたしますの」

御坂「ありがとー」

そして、やれやれと立ち上がった
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 14:59:22.07 ID:kuk3dVuOo
「あーあ、めんどくさいなぁ」

最下層より一つだけマシな、スラムとまではいかないまでも雑多なミドル・ローの街でそう呟いたのは、佐天涙子

表情にも、いつもの元気が無い。拗ねている感じだ

佐天(まじめに学校いっても、そうじゃなくても、結局同じことだったらさぁ。やる気出ないのもしかたないっすよねー)

そんなことを頭に浮かべつつ、コロニーの壁に沿って丘のようにそそり上がった高台の上で、ガードレールに身を預けて、あまり高層建築物のない町全体を見下ろす

とうの昔に学校の授業が始まっている時間だ

見かけだけの優等生を演じていた少し昔の自分ならば、すでに椅子に着いて教師が表示する画面に目を向けていただろうが

それは、酷く無価値な過去のように感じてしまう

人工的ではあるものの、様々な場所にぶつかって生まれた自然の大気の流れが、彼女の髪を撫でる。なんというか、気分がいい

佐天(……あーあ、初春とか心配してるかもなー)

思うだけで、動く気にはなれない。いろいろとやる気が出ないのだ。朝ご飯だけはしっかり食べてきたが

今までサボりの生徒を見下している節が自分にはあった。だけど、なかなかどうして、これも悪くない

むしろ、どうせ頑張るだけ無駄なら、時折こうして息抜きをする方がいいんじゃないか。なんて思ってしまうくらいだ

本来、こういう人間だったのだろう。自分と言うものは

上から寄越される下請けの仕事をただやるだけの、ルーチンな人生が目の前に待っている。故に教師だってたまに授業を無断欠席する始末。サボりについて誰が文句を言うだろうか

ふと、思い出される"このままで良いのか"というフレーズ

その言葉につられて行ってみれば、ただの空ビルがあっただけで、しかも時間を馬鹿みたいに浪費した、悪質な悪戯だったのだが

佐天(あれって、かなりクる言葉だよね。たぶん、ここのみんなが少なからず思ってることだろーし)

だからこそ、自分は引っかかってしまったのだ。ほかにも何人か被害者がいるだろう

佐天(誘拐だとか恐喝だとかじゃなくて良かったとは思うけど、あれだけってのは面白くないよなー。話のネタとしてもつまんない)

結局、あれから得られた教訓は一つだけ

"いつもと違うことをしたところで、自分には得にならないどころか損をする"ということ

佐天「今こんなところでサボりしてる時点で、この教訓すら生かせてないってことなんすけどねー」

風は気持ち良いし、眺めもいい。人通りも少ないこの場所

今度クラスのみんなにでも教えてあげようかなー、集団ストライキもいいかも。なんて思っていると

後ろの方に珍しく人の気配がした。昼間だからこそ人通りが無いものの道路に付属した歩道なのだから、当然だが

特に気にもしないで、仕方なく学校へと足を向けると

不意に。恐ろしく強烈な、自分の意識を刈るには十分な衝撃を首に感じた
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 14:59:48.07 ID:kuk3dVuOo
何を隠そう昼休憩だ

購買で買ってきたパンをいくつか食べ終えて、ぐたーっとしている教室内の上条

目の前では高らかに義妹自慢をする金髪君と、隣に自分と同じ表情の青い髪の男

その周りで屯しているほかのクラスメイトですらも、まーたその話かと思わされつつの、思い思いの昼休憩である

土御門「そこで舞夏がだにゃー」

上条「……あー、もうその話は聞きましたんですよ。土御門さん。つーか聞き飽きたよ! 何度目だ!」

青髪「残念やったな上やん。上やんが休んどった間も毎日聞かされとる僕からすると、つっちーの話は一日として同じ内容はないんやで」

土御門「当たり前だにゃー。毎日同じことをしてたらマンネリ化しちまうぜよ」

青髪「だそうです」

無駄に威張っている元気があるのも義妹のお陰だろうか。いろんな意味で

辟易である

上条「えーっ……そうなのかーっそれは気づかなかったなーっ……さすが土御門だなーっ」

これでいいか? という視線を青髪に向けると、ええんちゃう? という魂の抜けた視線で返された

なんとも変わり映えのない、よくある休憩時間である

この光景はきっと、どこの階級のコロニーでも学校でも同じであろう

時折原因不明の停電やら謎の爆発がある分、思いもよらない変化に富んでいるのは、逆にこの最下層ロウワーかもしれない

上条「なんかこう、少しは変化のある話をしてくれよー土御門ー」

青髪「そうやでー。まだ半分ぐらい休憩時間のこっとるでー」

土御門「授業が待ち遠しいとは流石青髪ピアスだにゃー」

青髪「僕は別に授業自体に興味はなくてやなー」

上条「先生の方にって言うんだろ? なぁおい。このやり取り毎日してねーか?」

流石に飽きたと顔に浮かべるも、そんなことは皆同じである

土御門「って言ってもそんな面白いニュースなんてにゃー」

ごそごそと携帯端末を取り出して、上条の机の上で像を空間投影

20インチぐらいの画面にまず、デカデカと義妹の笑顔と見切れた土御門の顔が映った。もちろん、そんなものは今更すぎる

コメントなど無い

土御門「んー」

机の上で顔を寝かせている上条の斜め上で、画面を操る土御門

どうやって取得しているのか上条らにはわからないが、程度の低いロウワーのAIによる監視システムのログを流し読んでいく

本来の性能よりも監視AIの程度が低いのは、高くすると頻繁に警備員が出動しなければならなくなってしまうからであり、早い話が怠慢である
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:00:22.47 ID:kuk3dVuOo

土御門「おおっ、と?」

青髪「ん? なんかおもろいことでも見つけたんつっちー?」

土御門「中々のニュースだぜぃ。これは、少し情報集めに時間をもらうぜよ」

お? と寝かせていた上条も顔を上げて、しかし更に待つこと数分

いい加減、何か飲み物でも買って来ようかと立ち上がったところで、土御門の顔が少し曇った

土御門「上やん」

上条「ん? 何かほしい飲み物あるならついでに買ってくるぞ?」

青髪「ほなコーヒブラック頼むわー」

上条「あいあい。土御門は?」

土御門「じゃー、ヤシの実のヤツで」

上条「ほいほい。言っとくけどおごりじゃないからな」

青髪「ケチやなー」

上条「うるせー。非常事態宣言発令中なのですよ、わたくしめの家計は」

そこで、調べの進んだ土御門は上条の方を向いた

土御門「それでも見舞いぐらいは出来るだろうにゃー?」

上条「ん? 万年義妹病の患者様は退院した時におごってやりますけど?」

土御門「いーや、俺のじゃないぜよ。その病気は死ぬまで直らないからにゃー」

なら、誰のだよ。と教室後ろのドア付近まで行っていた上条が振り返って聞くと

土御門「浜面仕上って、上やんの知り合いにいたよにゃー?」

青髪「それって"スキルアウト"のドライバーの人やったっけ?」

上条「ああ、そいつそいつ。で、アイツがどうかしたのか」

まさか練習中に事故ったのか? なんてあまり気分の良くない予想が頭を過ぎった

土御門「事故とかではないぜよ。ただし、容態は良くないらしい」

上条「じゃあなんだよ。悪さでもしてパクられたのか?」

いーや、そんなありがちな事じゃない。と土御門は上条の机の上に浮かぶモニタをにらみつつ首を振って

土御門「残念だがもっと悪い。なぜか今日、ハイアー製の脱出ポッドで、コロニー外の食肉培養槽に引っかかってたらしいぜよ。それも、かなり重態で」

上条「……? なんだそりゃ」
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:01:15.72 ID:kuk3dVuOo
(なんで、こんなことになっちゃうのかなぁ)

薄い黒の色をしたガラスごしに、後ろへ流れていく光景を見ながら、涙を目に浮かべた少女はそう思うしかなかった

とりあえず殴られたんだろう。首が痛い

ここがどこか、わかるわけもない。それが分かれば、まだ逃げ出すことが出来るかもしれない

光景が見えていると言っても、目隠しの布の端に、ほんの少しだけ見えているという程度だ

「ええ。……ええー、はい。新しいのの入荷までもうすぐです」

隣から耳に入る声。多分電話をしているのだろう

「活きですか? 捕まえたばっかりなんで、ほらこのとおり」

言ってすぐ、少女の腹に鈍痛が生じ、

佐天「ん゛お゛ッンン!!!!!」

口に詰められた布のような何かのせいで、悲鳴は呻き声になった

「聞こえました? 元気がある分跳ねっ返りがあるかもしれないですけど。え? そっちのほうが良いって? いい趣味してますね。それじゃ、もうすぐそっちへ着きますんで」

腹部の痛みに悶える中で、ピ、と通話を切ったのであろう音が聞こえた

「ま、これで当面の飯は食えるかね」

「だな。強盗なんかするよりはよっぽど安定してるぜ」

「馬鹿な女を拉致るだけ。しかも拉致った事実は客の連中がなかったことにしてくれんだ。超低リスクでハイリターン」

「話として美味さのみがある。研究や仕事などを、まじめにやっていられるわけがない」

声は4種類。どれも野太い声で、男のもの

先日の絶望的な進学相談以来、なんだか真面目に学校に行く気がなくなってしまったのは確かである

それでも「まぁ行ってやるか」ぐらいの気分で、昼間にブラブラ寄り道しながら派手に遅刻登校をやってみたら、これだ

朝方や夕方ぐらいならチラホラと通勤の人通りのある道だが、昼休憩が終わってしばらくという時間では、ほとんど無人で

最下層コロニーのロウワーよりは多分マシだが、ほかの10を越えるコロニーの中では最低の治安であるこのミドル・ローにおいて、そんな時間にそんな場所に居るということは、避けるべきことだったのだろう

これから自分がどうなるのか、なんとなく想像はついた

「でも勿体ねえよな。このガキもいつまで保つんだか。客によっては一回で終わりだぜ? もったいねー」

「おっとお? 悪戯しちゃいます?」

「バーカ。餓鬼相手じゃ勃ちもしねーよ。第一、バレたら面倒なことになるだけだろ」
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:02:14.84 ID:kuk3dVuOo

「やろうと思えば膜の再生なんてすぐだぜ? 毎度毎度再生してる店だってあるしよ」

「んなもん見てくれだけの価値じゃねえか。常連の奴らにゃすーぐばれちまうよ。下手なことしたら消されるのは俺達だぜ? 俺が言いたかったのは、純粋にこのガキがいつまでもつかってことだよ」

「ほう。今更になって罪悪感でも感じているのか?」

「ちげぇよ。確かに女パクるのなんて簡単っちゃ簡単よ。だけど、コイツみたいに人のいない時間帯にフラフラ歩いてる奴なんてレアだろ」

「馬鹿な女も無限じゃねえっていいたいのか」

「そういうことだ。その上、ある程度店や客の注文にあわせなきゃならねえだろ。いつまでも都合よく出来るものじゃねえ」

「まぁなー。俺達の商売あがったりになるけどよ、いざとなりゃクローンでもいいじゃねえかって思うわ」

「ま、何だって出来る上の連中のことなんつーのは、俺達にはわかりゃしねえって。考えるだけ無駄よ、無駄」

なぜ金を払えばいくらでも複製可能なクローンでは駄目なのか。そういう店なら、そもそも擬似的な肉体をもたせたAI制御の人形でも"天使"でもいいはずだ

理由が少女の耳に入る前に、車は止まってしまった

「おい、降りろ」

同時にバシッと頭を後ろから殴られて、前席の椅子の背に額をぶつけて

「何チンタラしてんだ。降りろっつっただろ」

今度は髪を掴まれ引っ張られ

目を隠されているというのに、それでやっとようやく車両から降りた。すると背中をドンと押されて

「歩け」

命令されて、しばらく見えない前に向かって歩く。前後に複数の足音がやたらに響いているから、室内のあまり広くない空間なのだろう。廊下か

不意に足音が止まって自分もそれに習って止まる

「てめえは入るんだよ、馬鹿」

今度は理不尽に蹴られて、手を縛られている為に前のめりにそのまま倒れこむ

後ろの方で、スッとスライドドアが閉まる音がした

まともに見えていないけれど、多分、ここはさっきまで歩いていたのとはしきられた別の空間、部屋

「……金……いつ…所」「また……連絡…る」

とドア越しの会話が少しだけ聞こえつつ、彼女はどうにか後ろ手に縛られた姿のまま立ち上がった

頭を支えにして体を起こしたので、目を覆っていたアイマスクのようなものがついでにズレて外れて

久々の視界に入ってきたのは、薄暗くて天井の低いコンクリート色むき出しの四角い部屋。映画の拷問シーンに使われるような、典型的にアレな部屋
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:02:41.51 ID:kuk3dVuOo

その最たるものが、天井や壁・床にある赤黒い染み。何かこう、生きているように動いている気がする

佐天「む゛っ?!」

その光景に思わず声が出た

佐天(違う。こんなのじゃない。私が想像していたのと、違うよ。これ……なに)

正直、どこの誰とも分からぬおっさんに対して、強制的に"相手をさせられる"ものだと思っていた

だがそれは、こんな血痕がこびり付くような"行為"ではないはずだ。よほどなプレイでも無い限り、こんな、惨殺現場のようなことには

ここで、何が起きたのか。何が自分に行われるのか

「佐天涙子。ミドル・ローで家族と共に生活。同コロニーに存在する学校名"柵川"で生徒会長を担うなどして、現時点での内申点は好評」

佐天「ん゛!?」

背中、つまり彼女が蹴られて入らされた扉から、突如として聞こえた女の声

「しかし学研の才にとりわけ目立つ点はなく、上のコロニーの学校への進学は不可と判断されてしまう」

振り返ってみれば、そこに立っているのは五、六十程度の初老の女性だった

お堅い番組などで時折目にしたことがある女。たしか親船なんとかとかいう名前だったはず

「遺伝子的には大祖母エイワスの血縁ではあるものの、それ以外に目立った血縁があるけでもなく。それでも非現実的な希望を夢見る典型的・一般的なミドル・ローの子供。そんな希望など無理な話と言えてしまうのが、現実」

佐天「……」

「その上昇志向を満たすには不十分であるものの、少々容姿が良いのが幸い……いいえ、こうなってしまうと逆に不幸なのでしょうね」

微笑みというには、表面上柔和で上品で、でも逆に裏になんでも隠していそうな、顔

そのまま、ヌッと正面の少女の顔に手を伸ばす

恐れて佐天涙子が一歩下がるも、強引に口に指を向かわせて、ベリッと口を覆っていたテープを剥した

佐天「ン゛ッ!!」

「さぁ、口の中に入っているものも吐き出してしまいなさい」

佐天「うぇ……、あ、ありがとうございます」

言われるがままに口の中の布も吐き出して、ひとまずのお礼

それを聞いて、もう一度、少女へ微笑みを向けて

「ありがとう、ね。それが本当に、甘いというのですよ」

佐天「え?」
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:03:10.60 ID:kuk3dVuOo

「先ほど、私はあなたに何を言いました?」

まだ顔は柔らかい。それでも、声は如何ほどか冷徹になった気がする

佐天「え? えっと」

「……ではこれからいくつか質問をしましょう」

佐天「は、はい……」

気圧され少しだけ後ろに下がって、少女は返事をした

「何故、あなたはここにいるのでしょうか?」

佐天「そ、それはあの。なんだかよく分からない人たちに……」

「連れて来られたと。あなたの意思ではなく」

佐天「……はい」

「ではどういう目的で、彼らはここにあなたを連れてきたのか想像はつきましたか?」

佐天「それは、ええと。多分……」

「多分?」

促される。この薄暗い赤暗い部屋の雰囲気に流されて、声が出しにくい

佐天「男の人と、そういうことを、させられるのかな、って」

「ふむ。少しも掠っていない考え、という訳ではありません。それでも、履き違えている点がある」

え……? と怯える顔で、恐る恐る親船の口の動きを窺った

「あなた程度の容姿でそういった仕事をしている人間はいくらでもいる。そんな中で、わざわざあなたを強引に拉致してまでそういう行為をさせると言うのは、拉致が発覚して逮捕されるリスクを負ってまで行う価値があると思いますか?」

そう言われれば、その通り

つまりのところ、「なんで私がこんなことに」が少女の思うところでもある

佐天「じゃ、じゃあ。なんで」

「質問は、こちらがする立場です。わかっていますか?」

佐天「う……」

「ふふふ、実にいいわ。その、分からないということから生まれてる恐怖。それこそが子供。守ってやらなければならない、自分で身を守ることも出来ない、馬鹿な子供」

佐天「子供……?」

「そう、子供。あなたの価値は、そこなのです」
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:03:40.82 ID:kuk3dVuOo

再度、浮かぶ笑顔

しかし親船のそれは、最初のそれよりもずっと、含みを隠していない

「無限の可能性という幻想、建前の下で、守られて育っていく。でも本当にそれだけの価値が、わざわざ守られるだけの価値が、あるのでしょうか」

正直、何が言いたいのかわからなかった。なぜそんな話をここでされるのだ

でも多分、自分のことを良く言っているわけじゃないのだろうと理解できる

おろおろとするだけで何も答えられない中、不意にノックが部屋の入り口から聞こえた

「お客様。こちらの方はどうしましょう」

そういう言葉とともに、黒いスーツとサングラスを身に着けた男が入ってくる

その腕に抱えられた肌色と赤色の何かを見て

佐天「……え?」

と、果てしなく小さな声を出してしまった

「いつものところに置いておいてくださいな」

「了解しました。それでは」

わずかなやり取りだったが、少女は固まっていた。もしかしたら、今の扉が開いている間に逃げることも出来たというのに

抱かれていたそれが一体何なのか、正直理解したくなかったが

「大丈夫ですよ。あれでもまだ、生きていますから」

なんて言われて、理解してしまう

それが人間であったものであると、四肢のいくつかを?がれたり潰されたりして、更に顔の皮膚も髪も4分の1ほどしか残っていない、多分女性の、自分とは年端の離れていない人間であると、理解してしまう

佐天「……………く、来るな! こっちへ来ないでください!」

この時になって、ようやく明確な拒否と恐怖の情が生まれた少女だが

そこまで広くも無い部屋で、どこに逃げ場などあろうか

「来ないで? ふふ、それは面白い言い方ですね。ここは、私があなたを追い詰める場所だというのに」

なんて、余裕の顔をして、両手を後ろで縛られながらも逃げ回る少女を、歩いて追い詰める

虎の檻に置かれた兎だが、走り回る中で、何かに躓いてしまった

平坦な床と壁と天井のここで、何に躓くというのか

佐天「なにこれ、人の手!?」
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:04:09.89 ID:kuk3dVuOo

倒れてしまって、目の前に入ったもの

そこでようやく、壁や天井や床に赤く蠢いていた血の渋きのようなものが、実際に血肉剥き出しになった何かであり

そうでない色のところも、人肌のような滑らかさをもったものであると、認識した

つまり、肉のようなものに覆われた空間だ。ここは

「すべてが甘いのです、あなた達のような子供は。いくらも逃げる機会はあったというのに、抵抗もせず、流されて」

30cmも離れてない横から見下ろされつつ、少女は立ち上がれもせずにほぼ片目で、親船を見上げる

「こんな価値のない子供達に、私は、散々労力を割いてきた。結果が出ないという現実も予測できていたと言うのに」

その表情は、今までになく冷徹で。いや、照明の関係で真顔に見えるだけかもしれない

本当はもっと、憎悪に包まれている?

「そうなのだから、この私が愉しむ為にあなた達のくだらない未来が犠牲になっても」

ふっ、と佐天涙子の目の前の足が浮き

「それは、対価というものではないでしょうか」

ズドンと、その体重を乗せた衝撃が少女の背に踏みつけとして生じる

そういう直接的な暴力に慣れていない少女の肺から息が漏れ、それに明確な興奮の表情を作る女

「ふふ。男も知らない、無垢な顔、体、精神。これこそがっ」

そのまま、何度も何度も繰り返し、少女の背を踏みつける

佐天「あがっ、がっ、あ゛っ、あ゛っ」

「その悲鳴です。もっと、もっと聞かせて頂戴」

恍惚極まった表情になり一際大きく足を浮かせたところで、少女は耐えかねて身を横に回して、うつ伏せから仰向けになって踏み付けを回避

そのまま自分でも驚く強さで腹筋を動かして飛び起きる

だが、背中へのダメージのせいか、移動はフラフラとした歩みになってしまう

佐天「ごっ! ごないでぇ!!」

と、迫る、笑う女性に向かって叫ぶ。だがそれは正しい表現ではなかった

なぜなら、床を構成する肉が彼女の足元をがっしりと掴んで、来ないどころか逆に引っ張られているのだから

佐天「うわ゛、ぁ!?」

それに気づいて、必死に足を動かすが、少女の力はあまりにも非力で
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:04:41.08 ID:kuk3dVuOo

逆に、急に離されて転倒し、必死に立ち上がってまた捕まって、を繰り返している

何なのだ、この空間は。なぜ壁や天井や床から手や肉が生える?

「安心していいのですよ? ただ、あなたもこれの一部になるだけなのですから。私のコレクションとして、永遠に」

佐天「一部って。……そ、そんなの嫌、嫌だ!!」

涙目で叫ぶ声。何度目かわからないが、その度に目の前の女は喜びの表情を作る

「では、逃げ回ってみればいいのです。ここはあなたを取り囲む社会の縮図。この生きた人間の檻の中で逃げ続ける。それが、いつまで可能なのかわかりませんが」

そもそも後ろ手を縛られていて、バランス維持能力が下がっている少女である

そこに踏みつけのダメージと、元来の高くない身体能力が合わされば、再びこけて、近づかれるのは時間の問題にすらならない

佐天「げあぁッ!?」

今度は、倒れた横っ腹を靴のとがった先端で蹴り上げられる

痛い。これ、普通の靴じゃない。こうやって楽しむ用途に作られたのかもしれないけど、たぶん、先端に金属を忍ばせてる

「もう終わりですか? じゃあ、もっと悲鳴を聞かせてくださいな」

佐天「いだっ、嫌っ、いだい、嫌、嫌、あ゛あ゛、あ゛っあ゛!!!」

何度も何度も蹴られて、口に広がる血の味

それが臓器から逆流してきたものだということは、少女にはわかるわけがない

「そもそも! 危険だと感じるのが! 遅すぎるのです!」

痛みによってすこし腹が浮いたところで、今度は蹴り上げ

そのまま、床の肉が盛り上がって少女をつかんで固定し、立ち上がらせた状態にする

自力で立ち上がれる訳が無いのだから、それは磔のようなものだ

目の前に迫った親船が、服の胸ポケットからナイフのようなものを取り出した

そしてそれをそのまま、少女の目の方へ向ける

――――刺される?

つまり、視力を奪われる

怖い、きっと痛い、そして嫌だ

必死に首を動かそうとするも、自らをがっしりと掴む複数の人型が集まって出来た肉の塊が、左右に動かすのを許さない

だったら、だったら
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:05:10.93 ID:kuk3dVuOo

佐天「う、う、う、う゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

何かが、吹っ切れた

それは多分、他人を傷つけてはいけないという、単純で、異常な堅さをもった理性だ

向かってくるナイフを、自らの口で噛んで取り上げ、吐き投げ返す

「ッ!」

回転しながら親船の顔へ向かったそれは、頬をかすり、後方へ

コロニー内を満たす未元力場のエネルギー供給を受けているそれは、刃が高振動をしている。切れ味と言う面では抜群だ。お陰で、少女の顎は酷くしびれた

そして切れた頬から流れる己の血を、年増の女は舐めとって、「不味い」と言って吐き捨てる

その間に、少女は自分でも信じられない力で体中を動かし、自分を掴んでいた肉達から離れた

気がつけば、後ろ手で縛っていた縄のようなものをも、その力で引き裂いている

その力が筋肉の本能的・微小機械的なリミッターを解除させた、いわゆる火事場の馬鹿力というものだと理解する必要は、少女にはない

少女の様子を見て、初老の女はもう一度笑った

「上出来ですよ。でも、この程度では残念ですね。微小機械の行動制限を超えた"アンリミテッド"化することなんて、別に、あなただけの特別な才能ではないのですから」

女が顎を振って合図とすると、一斉に、壁や床となった生きた人間が、少女を捕まえんと動き出す

自らの間接や骨をバキバキと言わせながらも、近づいてくる肉達を潰して払い、この部屋唯一の武器であるナイフをなんとか拾い上げて、親船へ向けた

佐天「うわあああああああっ!!」

そして声を張り上げ、切りかかる

武器を手に入れた、ということから生じた心理的な変化からか。それともただの不慣れか

それは、あまりにも単純な動きであり、逆に慣れている親船には問題にならないと言わんばかりに避けられる

「っと。今の行動も、私がこの部屋に入った時にしておけば、そんな状態になる前に逃げ出せたかもしれなかった。すべてが遅いのですよ、あなたも」

切りかかる最中、フッと盛り上がった床の肉に脚をとられてしまい、何度目かの転倒

今回は致命的なもので、武器のナイフを手放してしまう

すぐさま立ち上がろうとしたところで、およそ体中の"首"と名の付く部位を、床から生まれた骨を含んだ複数の腕のようなものによって固定される

佐天「むぐうううっ!!! ぬううううう!!!」

「助言してあげましょう。もがける内に全力でもがいておきなさい。今に絶望してその気も無くなってしまうから」

女がナイフを拾い上げつつ、床に固定された少女を見つめながら、諭すように喋っていく
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:06:04.52 ID:kuk3dVuOo

「もうこれ以上、後悔はしたくないでしょう? 最後に出来るだけのことをしておきなさい。そうでなければ、あなたは最後までずっとそのままなのですよ」

そんなこと、言われるまでもない。危機感しかない少女は、全力で体を動かすしかない

このままは嫌だ。このままでは嫌だ

それは、そもそもの彼女の行動理念そのものだ

だが、先ほどはこれで拘束逃げれたというのに、出来ない。固定の仕方が違う。相手もきっと、学習している

佐天「うああああああああああああああああああああ!!!!!!」

様々な神経物質・ホルモンがオーバードーズの状態で、更に逃げられないことから生じる、精神のパニック

そんなものを経験するのは初めてで、早い話が慣れていない。肉体的にも精神的にも耐えられるわけがない

まるで、電源がオフになったように。ぐちゃぐちゃに眼球が動くのを瞼が蓋をして、少女の体と意識は停止した

「お疲れ様。大丈夫ですよ。あなたも生きたままこの部屋の一部になれるように、"グレムリン"に外注してあげますから」

さぁお楽しみ。どこから切り裂こうか、と、拾ったナイフを迷うように動かす女

その迷っている僅かな間だった

"system has just installed and restart your nanomachine"

夢の中と言っても差し支えの無い、無意識の視界の中

蛍光色緑の文字が、流れて。少女の瞼が、自然に開いた

「ほぅ、まだあきらめないとは……。よかったですね、そこまでの意識を保てるというのは、きっとあなただけの才能です。それでも」

初めてのケースに、驚きは隠さない親船最中

しかしそれは喜びの表情でもあった。なんと言っても、意識のある悲鳴が聞けるのだから

やりやすように床での拘束がそのまま立ち上がり、少女は十字に磔状態となる

そのままスッと、女が少女の胸の上でナイフを振った。軌跡上の服が、下着が、肌が、血が肉が裂ける

「……ん?」

はずだった
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:06:36.98 ID:kuk3dVuOo

だが、切れたのは制服だけ。期待していた血の滴りも悲鳴も、返って来ない

それどころか、微小機械によるものと思われる光が、ぼやっと傷の上で生まれて、驚くべき早さで傷を縫い上げている

同時に、灯っていなかった少女の瞳の光が、元に戻り

佐天「は、な、せぇええええええええええええ!!!!」

という、怒号とともに。突然の爆発的衝撃が、少女の肉の拘束を弾き飛ばす

「なっ、何が……」

同じく弾き飛ばされ、肉の壁にキャッチされた親船

驚愕にゆがんだ顔で少女の方を見ると

「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」

声とともに、拳を振り上げて向かってくるではないか

何がどういう原理で先ほどの爆発的な衝撃が生じたのか、わかりはしない。つまりは未知

「こ、この!」

未知に対する想像というものは、そもそも、誰も持ち合わせてはいないものだ

だからこそ、しかし、親船最中という狂ってしまった年配の女は、全力をもって部屋の内側を占める人間であったもの達を少女へ向ける

球体状に少女を取り囲む、床と壁と天井

しかしながら、それは、時間稼ぎにしかならない程度のものだった

自分の周りを囲む同年代の人間達に向かって、何度も何度も爆発衝撃を生じさせ、最後の最後となった肉塊をぐちゃっと少女が踏み潰した時にはすでに

佐天「……はぁ、はぁ。…………はぁ」

親船は部屋の中にいなかった

だから少女は、大量の返り血を浴びたまま、衝撃で拉げたスライドドアを完膚なきまでに吹き飛ばして、その場所を全力で逃げ出した

306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:07:06.91 ID:kuk3dVuOo
「……あァ、そこだ。そいつを上の口に、よォし。良いぞ。……あァ、そうだ。それでいい」

チューブやら配線やらの隙間に潜り込んだ、少女の持つカメラの映像を見つつの指示である

一仕事終わって戻ってきた少女に、一方通行は濡らしたタオルを投げてやった

一方「オーケィ。これで少しは安定するハズだ」

禁書「いっそ純正品を入れたらと思うんだよ」

埃まみれになった顔を拭きながら、禁書目録が提案する

流石にもう下着姿などではない。それでも、狭い場所に入るために、上条のTシャツしか着ていないが

一方「悪くねェ。昔と違って今は多少の金もある。だが、それには根本的に問題があるだろォが」

禁書「お金があっても、何か問題があるの?」

その返答に、一瞬、一方通行はきょとんとした顔を作った

この少女は、あまりにもここのことを知らないらしい

一方「そもそもそンなもンが、ここに売ってないって問題だ。万が一メーカー製の装置があったとしても、ガワはそれなりに見えるが中身はまるで別物なンてことはよくあるしな」

禁書「うわぁ、それは困るんだよ。と言うか詳しいんだね、あなたは」

一方「故郷だからな。っても、俺のロウワーの記憶なンざ年単位で前の物で、当てにならねェ。壊れちまってたパーツもあるし、実際にモノを見に行ってみますかねェ」

言いつつ、端末で電力供給が安定的なのかを一応確認

緑色のグラフはまぁまぁきれいな水平線を描いている

よし、と頷いた横で

ぐぅーっ、っと非常にそれだとわかり易い、少女の腹の虫が鳴いた

一方「あいつは飯とか用意して行かなかったのか?」

禁書「えっと、あったにはあったんだよ。でも少なくて」

もう一度、少女の腹がなった

基本的には金欠なのが、記憶の中の上条当麻である

それに匿われているということは、食事も満足なものではないだろう

一方「……そォかい。全く、下着姿でお出迎えといい、とンだガキを置いてったもンだなあの馬鹿は」

禁書「も、もう一度言っておくんだけど、下着だったのはぐ、偶然なんだよ! とーまにも見せてないんだよ!」

一方「はいはい、そいつは貧相なもンをどうもありがとうございました」
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:07:40.28 ID:kuk3dVuOo

禁書「ううううーっっ。女性に対して貧相は酷いんだよ! 遺伝子情報によれば、そりゃ、私はぐらまーなおねーさんとはちょっと違うけど!」

本来の私はもっと、こう! とわめく少女

安くて薄っぺらでその上汚れた上条のTシャツの上からでも、その少女の体のラインぐらいはわかる

年齢を考慮に入れると、発育不良。もちろん、他人のことは言えない自分だが

最上層コロニー・ハイアーでもっと幼い子供の世話をしてきた、というか権力構造上させられてきた

見るに、発育具合は下手をすれば年下の向こうの方がよいかもしれない

向こうは最上級のお嬢様で。こっちは最下層に身を隠す少女

どういう立場でこんな場所に来ているのかまだ聞いてはいないが、その発育不良の原因は明確だ

一方「ンじゃ、ついて来い。食わしてやる」

どこかそこに親近感を感じて、彼はそう言った

禁書「いいの?」


一方「……俺も久々にここの飯を食いたいところだったしな。言っておくが、フレンチだのタイ料理だの、気の利いたものはここには無ェぞ」

禁書「お腹いっぱいになるなら、なんでもいいんだよ!」

と、顔を輝かせて言われれば、悪い気などするはずも無い

上で待っているからまともな服に着替えて来い、と言って、待つこと数分

急いで来たのか、まだいくらか髪に埃が引っ掛かっている。だがここの住人の誰がそんな汚れを気にしよう

それでも肩の上を簡単に払ってやって、"がれーじ"と汚く書いてある扉を開くと、外に向かって開くであろう大き目のシャッターのある部屋だ

ドアが開いたことで生じた気流によって、溜まりに溜まった埃が舞う

禁書「コホ、コホッ」


と背の低い少女が咳き込んでしまうのも、仕方ない量だ

一方「ま、ンなこったろうとは予想してたが。酷ェなこりゃ」

すぐさまシャッターを開いて一先ずの対策とするも、どの程度の効果があろう。むしろ逆に塵が入ってくるかもしれない

とりあえず部屋の汚れは気にせず、その部屋の中央にある、これまた継ぎ接ぎだらけの乗り物に近づく一方通行

楕円を横に伸ばしたような本体に、タイヤが前二つ後ろ一つ、二人乗り分のスペース

更に後ろのタイヤの両サイドには明らかに付属のブースターが取り付けられた、早さ意外に長所のなさそうな全体のフォルム

一方「……流石に2、3年でエンジンが回らなくなるなンてことは」

308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:08:09.70 ID:kuk3dVuOo

部屋の方の電気周りも調子が悪かったために、嫌な予感がする

車体のパワーを入れて埃の積もったフロントガラスに表示されたのは、やはり"原因不明のエラー"だった

一方「あァ……、こいつもか。えェと、どこの調子が悪ィンだ?」

とりあえずボンネットを開いてみれば、どいつもこいつも機嫌が悪そうな見た目になっている

ものすごい面倒な顔をして、ハイアー製の最先端端末を近づける一方通行

その横から禁書目録が中を覗き込む

しばらく少女はそれをじっと眺め、男は「こいつ、じゃねェし。ならこっちか」なんて続けている

禁書(ここの動力系が干渉してる? ええと、こっちの排出機構内の再変換出力と本来の出力との契合がうまくいってないってことかな。一応、システム制御の下にはあるけど、認知してない。だったら、片方を強引に回せばシステム側が異常の認知するだろうから)

外部から力を加えてやればいい

未元力場からエネルギーを受け取って低密度ながら物質化することすらも可能な自分になら、専門的な端末の補助などなくとも、装置内を強制加圧することくらいは難しくない

だが

禁書(……あれ、"使えない"?)


力を加えるために翳した手をしばし見つめる。自分の中での力場の変換・伝達に誤りは無いはずなのに

だが、使えないものは使えないのだ

「あの、多分。ここに問題があるんじゃないかな」

仕方なく、自分の思い当たる場所を示す。しらみつぶしに検査している一方通行にとっては、どこから調べても同じことだ

一方「ン? こいつか? ……ほォ、動力の連絡が詰まってやがンのか。起動シグナルすら通っちゃいないと。そういやプログラムの書き換えする前に出てきたんだったかなァ? 流石継ぎ接ぎってところか。えェと、なら強制的に接続して片方のアクセラレーション設定を弄ってやりゃァ」


禁書「あ、そんなことしたら」

瞬間的に、グォンとけたたましい音がガレージ内に響き、巻き上がる埃

"エラー検出。プログラムの自動修正開始"の文字が浮かんだときには、二人とも更に白くなってしまっていた


一方「……これで、ほかに問題はなさそうだな。快適なンて概念からは正反対のシロモノだが、乗れよ。速さと反応の良さだけなら、そこらのデチューンされたF1マシンのレプリカには負けねェ寄せ集めだ」


機嫌まですこぶるじゃじゃ馬だけどな、と言った一方通行は疲れたような顔だ

そのまま二人は乗り込み、港周辺に広がる市街のほうへ

禁書「でも、極端な速さなんて日常生活には必要ない気がするんだよ。さっきみたいな問題もおきやすくなるし」

一方「悪ィな。だが、そもそもこいつは日常生活用に作ったわけじゃねェからよ」

禁書「ふーん。そういえば、このくるまにも浮遊装置とかついてるけど、このロウワーには飛行経路標識とか立体駐車場とか見たことないんだよ」

309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:08:41.01 ID:kuk3dVuOo

一方「そいつは、駐車場なンて場所があったところで、ここの連中は出店にしちまうからな。駐車なんて空いてるところに置けばいい。飛行時用の推進も、町の方じゃそもそも使用禁止だ。使ったら腕に縄がかかることになる」

どちらかと言うと、コイツを使うならアッチのほうだ。と


指を刺したのは一方通行達が住む丘の上の監視塔の横。見えるのは砂漠に砂嵐だけの、コロニーの空白地とも言える場所

禁書「あっち? ……うーん、砂煙で何も見えないんだよ」

一方「その通り。ほとんど何もねェ。あっちの方向にはな。崩れかけの廃墟が死ぬほど沢山あるだけだ」


禁書「廃墟? なんで?」

一方「知らン。俺が生まれる前の話だ。分かることと言えば、ゴロツキの群みてェな連中には、標準的なコロニーでも大きすぎたンだってことだけよォ。上の連中のお下がりを継ぎ接ぎにして無理に標準サイズにまでしたものの、結局、栄えてるのは"出入り口"の近くだけ。お陰で港の方だけミドルハイ並みに過密状態だ。居住区として広がってるのもせいぜいこの辺りで終いだしなァ」


禁書「なら、一方通行のお家より向こうには誰もいないの?」

一方「具体的何処だとかは知らねェが、間違いなく、隠れ住んでるのがある程度はいる。場所はあっても、研究だの製造だの培養だのをするなら、あンな汚染砂漠よりはコロニーの外の方が随分とやり易い。俺があの空ビルに住みついたのも、逆に人が寄りつかねえ場所だからこそ、折角作り上げた器具がブッ壊されねェと踏ンだからだしな」


禁書「うーん。でも、なんだかもったいないんだよ、それって」


一方「そう思うか?」

市街に本格的に入ってきて、道端で寝てる者、露天商、酒をあびている者など、よくある光景が回りに展開してくる

ようやくハンドルを両手握った一方通行は、少し、苦笑した顔をした

一方「……ま、分からなくもない。だが、何事にも理由ってものがあるンだよ。使われてないには使われてない理由が、必要なものには必要なだけの理由が。結局は、どの側面で考えるのか。それに尽きる」

禁書「側面?」

一方「確かに汚染されちまってほとんど使い道のない広大で砂だらけの廃墟だが、ここのF1チームにとっては都合のいい試走コースだ。それ以外にも、地下格闘のフィールドやら、プラズマ状態化した未元物質砲弾の試射場だとか、他の場所なンかじゃ到底できねェことが出来る」


もちろんどれも非合法なンだがな。と続け、そして真剣な声で

一方「だから、表面上どれだけ駄目で無駄なものだろォが、価値を見出そうと思えば見つけられる。俺は、そう思ってる」

と言い放った。もちろん、しっかり前を見て

これこそが彼の自信の源であり、それは彼がハイアーの研究員にまで登りつめたことで、彼にとっては根拠のあるものになっている

だが、少女には別の意味にもとることが出来ることでもあった

禁書(だって、それって。私に与えられた役割を、私はするべきじゃないって思っても、他の人にとってはやる価値のあることだって、認めることになる)

理解は出来る。出来るが、あまり同意したくなかった

やってもいいこと、悪いこと。その分け目が、人によって様々であっていいのか。誰か力のあるものが悪行を行い、それを価値のあることだと認めていいのか

飛躍ではある。しかし、彼女はそう考えてしまう。自分の役割のことしか、物心付いてから考えていないのだから

禁書「……うん。そう、思うんだよ」
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:09:10.39 ID:kuk3dVuOo

あからさまにトーンダウンした少女に対して、当然、一方通行には具体的な理由が見当たらず

何か気に障ることでも言ったのかと考えて、居心地の悪い沈黙が流れた


一方「あー、そういやよくこのボロの不調部分を見つけられたじゃねェか。テメェは、詳しいのか?」


禁書「う、ううん。専門分野自体は未元力場系の応用分野なんだけど、性質上、あーいうエラーはよくあるから」


一方「ほゥ。そう言えば、どこの機関の人間なンだ?」


禁書「ええっと……それは」


せっかく話題を変えたのに、間誤付く少女の口

よく考えればロウワー出身以外の人間が、わざわざ最下層にいるのだ。その人間に、何か言えないわけが合ってもおかしくはない。それは、予想の出来る範疇のこと

面倒な沈黙になっても困る、と考えた彼だが

一方「悪ィな。訳有りなら話さなくていいぞ」


禁書「そういうつもりじゃないんだけど、ええっと」

結局、微妙に沈黙が生まれてしまった

単にどこまで説明したものか、と少女は迷っていただけなのだが。一方通行はまた失敗したと思ってしまった

いっそ、目的地の飲食街に着くまで黙っていようかと考えた矢先

禁書「あ、とーまだ」

運のいいことに、助け舟を少女が見つけた

当然、歩道も車道も分けられていない道を走る彼に近づき、声を掛ける

一方「よォ、上条当麻。急ぎなら乗せてやるぞ?」

上条「お、お前一方通行!? なんだよおい、帰ってきたの? やっぱ何かやらかしたのか。言ったじゃねえか気を付けろって!」


一方「お言葉だなァ? 勝手に人の家に住み込もうとした挙句、ガキに満足な飯も置いて行かねェ鬼畜野郎の割には言ってくれるじゃねェか」


満足な飯? と頭に疑問符を浮かべて、上条は奥側の座席に座る少女を見た

上条「おま、禁書目録さん? まさかあの肉、全部食べてしまわれたのですか?」


禁書「当たり前なんだよ。あれっぽっちじゃ、成長期の私の体は満足できないんだよ!」


上条「あれっぽっちって、あなた……。今日の晩にしようと思ってたのに」


一方「はァー。分かった。お前らが困窮してンのはよォーく分かったから、乗れよ」

言いつつ、親指で合図
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:09:44.84 ID:kuk3dVuOo

乗れってどこに? あ?お前に座席なンて必要ないだろ? へいへい。えっと上の突き出てるやつって体重かけてもよかったっけ? どォせボロだ好きにしろ。ただし、壊れたらお前が直せよ。えええー

なんて会話しつつも、結局車体にしがみつく上条

この雑踏の中、このロウワーの中、一体誰が、車に乗るというより掴まるというスタイルを咎めるだろうか

ちょうど、これよりよっぽど多くの人間がぶら下がってる交通機関が一方通行の車の隣の斜線を通過する。よくあることだ、ここでは

持っていた鞄を助手席の禁書目録の上に手渡して、運転席のすぐ横に両足で立ち、体を車のボディに乗せて、ルーフを掴んで上半身の安定にして

上条「で、まさかわたくしめにお食事を奢ってくださるのですか、出戻りの一方通行様?」


一方「あァ? テメェは自分払いに決まってンだろ」


上条「金はたらふくあるんだろ? 禁書目録にはおごるっぽいのにケチだなー」


一方「バーカ。コイツは俺と一緒に労働をした、お前はしてない。ドゥーユーアンダスタン?」


一応、上条が掴まっているため車の速度は落とす。だが、二人ともこの乗り方には慣れているようだ

上条「それって頭脳労働もあったりした? だったらしょーがないか。でもって、えーっと」

一方「素直にかけうどんでも食うんだな。って、馬鹿野郎何しやがる。前見えねェだろうが」

車のルーフの突起に掴まったまま、上条が運転席の一方通行の前にグイッっと押し入った

そのまま、地図データをフロントガラスに映し出す程度しか能のないナビシステムを操作する

もちろん自動操縦など付いていない車体であるから、それは非常に危険なことだが、こんなことも慣れっこである

上条「ちょっとな、行かなきゃならないトコがあるんですよー。ここ、ここ」

一方「ン? 身体再生施設だァ? ……テメェ、どこか調子悪いのかよ」

身体再生施設。この最下層での日常茶飯事に巻き込まれて、腕が吹っ飛んだり腹に穴があくことは珍しいことじゃない

この施設は文字通り、そういう人間へ部分的クローニングで作り出した体の一部を与える民間の施設だ

民間なのはそんな需要はロウワー以外ないためであり、ロウワーでも独占状態で値も張る上、違う人間の体が出てきたりするなど、評判はそこまで宜しくない

いわゆる最終手段的な場所である

上条「いいや、俺じゃない」

一方「だったら誰だ? 誰か入院でもしてンのか?」

上条「んー……。帰ってきて早々で悪いニュースってのもアレだけどさ、浜面が事故ったっぽい」

一方「浜面がァ? おィおィ予選前だろ。何してンですかあの馬鹿はァ。まさか、試走中のマシントラブルか?」


上条「いいや、今年に至ってはそのマシンすら完成してないらしいんですよねー、これが」

312 :今気づいたけど、なんか改行がめちゃくちゃになってるなこれ [saga sage]:2012/06/07(木) 15:10:20.76 ID:kuk3dVuOo

一方「はァ? なンだそりゃ」


上条「俺が知りたいところだっての。こっちは浮いた金全部つぎ込んだんだぜ?」

一方「お前のはした金のことなンて死ぬ程どうでもいい。ンで、ヤツの容態は?」


上条「くたばっちまうようなことはないらしいけど。なんか、ハイアーの脱出ポッドに乗ってたところを見つかったらしい」


一方「脱出艇だァ?」


思わず上条の顔を見ると、さぁ? と言う表情に手の仕草

その後ろで、唐突に「グーッ」という音

会話の流れから自己主張を遠慮していた少女だったが、代わりにお腹が自己主張したのだ

仕方なく上条が「鞄の中に惣菜パンがあるから」と言えば、嬉々として鞄を開き、目的のものを口に突っ込んでいく

上条「で、お前、何か知らねえの?」

一方「……いや、流石に何も」


上条「だよな。お前ただの研究員だしな」

禁書「ねーとうま、もっとないの?」


すでに完食である。あまり時間稼ぎにはならなかったらしい

トカゲのような肉が20cmほど丸々乗った、それなりの大きさのパンだったのだが

同時に目的の場所に着いたので、降りながら首を振る上条

上条「すいません。ないです。もう勘弁してください。……えーと、一方通行、禁書目録どうする? 一緒に連れてくか?」


一方「浜面なんてこいつは知ってンのか?」

上条「いや、顔合わせたことないはず」

一方「だよなァ。テメェはどっちがいい?」


禁書「お見舞いなんでしょ? なら、待っておくんだよ」


小汚いが大きいガラス製の出入り口の前で、少女は申し訳なさそうに言った

見舞いに何時間もかかることは無いだろう。それでも、いくらかは待たせることになる
313 :ever note使って下書きしたからなのか……? [saga sage]:2012/06/07(木) 15:11:04.61 ID:kuk3dVuOo

一方「……おィ、まだあのなンちゃってフォーの屋台って潰れてねェよな?」


上条「あそこか、あの親父じゃなくて息子がやってるけど。そーだな、場所も味もあんま変わってないかな」


一方「二代目ねェ。……やっぱ、少しは変わっちまってるのか。おィ、白いの」


禁書「あなたには言われたくないかも」


一方「今俺らが話してた屋台がここから右行ってすぐのとこにある。そこで食って待ってろ」


言いつつ、財布からキャッシュを少々とりだした。大盛りが3,4杯は頂ける額である

ロウワー自体はどこも危険と言えば危険だが、この辺りは時折警備員のパトロールもありまだ治安もマシな場所である

一人で歩かせても、そこまで問題はない筈だ

禁書「ありがとうなんだよ!」


小遣いを初めてもらった子供のごとく、少女が走っていく

その背中を見送る男二人だが、片方が疑問の声をだす

上条「ん〜」


一方「なンだ? 養育方針にそぐわないってか、お父さン?」


上条「いやさ、あれで足りるかなぁって」

中に入って案内端末を操作して、浜面がどこの部屋にいるかを確認する上条の後ろで

一方「……はァ?」


と、彼は疑問の声を上げた
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:12:46.62 ID:kuk3dVuOo
「佐天、さん?」


あまり大きくない、汚いとまでは言えない川を跨ぐ橋の下

連絡を受けたこの影の場所に、佐天涙子は背中を壁に預けて立っていた

その体には、ところどころに血のような赤黒い色があり、川の臭いだろうか、生臭い

佐天「ごめんねー、初春。こんな遠くにうわざわざ来てもらって。この格好じゃ、いろいろ問題ありそうでさ」

明らかに驚きながらも着替えの服とタオルを手渡す友達

その血管の浮いた震える腕を見て、黒髪の短い少女は怪訝な顔をした

初春「えと、その。何が、あったんですか?」


佐天「正直さぁ、よくわかんないんだよね。あ、このタオル、新しいの買って返すから」


初春「あ、はい。何かに巻き込まれたんですか?」

佐天「単純に言えばそうなるかなぁ。不幸だよ、ホント」


ハハハ、なんて笑っているが、流石に分かる

この佐天涙子は無理をして、普段のように振舞っているのだと

初春「腕、痙攣してます。怪我とか、大丈夫ですか?」


佐天「ホントだ。こう見ると、とても女の子のものとは思えませんなぁ。怪我とかは、うん、たぶん大丈夫」


初春「……何が、あったんですか?」


佐天「あは、聞いちゃいますかーそれ。いやぁ、うん。聞いちゃいますよね」


顔をタオルで拭いて、付着した血の量を見て、「うぇ」と零して

佐天「ねぇ、初春。現実は小説より奇なりっていうじゃん? 想像は現実に勝てないーってさ」


初春「は、はい」


佐天「アタシの想像もね現実に負けちゃってましたよ」

初春「……襲われたんですか?」

頑張って笑みを浮かべて、あえて初春の方を見ずに、着ている服を脱いでそのまま川に投げ捨てる

佐天「連れ去られて、襲われて。そこまでなら想像どおりだったんだけどさ。襲われるの意味がちょっと、いや、かなりかな? 違ってて」


血に塗れた制服のスカートをしばらく見つめて、やはり川に流した

佐天「死なないように殺されかけたって、あぁ意味、分からないか。でもそんな感じだったんだ。それで、最後は寧ろ、アタシが襲ってた。ね、ホント意味分からないでしょ?」


何が起きたのか、確かにほとんど伝わってこない

しかしこんな明らかに無理をしている状態の彼女により深く聞くわけにもいかないし、なにより普通の"そういう行為"がなされたのではないということは分かった

だから、友達の次の言葉がくるまでじっと待つ

佐天「……で、さ。何が最悪だったのかなぁって考えてみるとね」

初春の方を見ずにポケットから携帯端末を取り出した

佐天「相手させられた"客"が、どうもおえらーい人だったみたいで」

それにまで血が付着していて、溜息を吐く

吐いたと同時に、"DANGER"の文字が表示された帯のようなものが、少女の周りを円状に取り囲むように浮かぶ
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:13:12.33 ID:kuk3dVuOo

初春「佐天さん、こ、これ」

それは、危険物や指名手配犯を意味する表示

これがなされたと言う事は、当然この佐天涙子がそういう人物であるという意味でもあるし

なにより、すぐさま警備員が来るということである


佐天「ああ、やっぱりこう来ちゃいますかー」


初春の方こそ混乱したような顔をしているが、当の本人は予想済みと言わんばかりに落ち着いている

佐天「アタシが初めて逃げ出せた人間っぽかったしなぁ。情報が外に漏れるのを全力でカバーしますか。……アタシ一人の力なんて、所詮、たかが知れてるのにさ」


初春「え、これって。どっ、どういうことで、どうしましょう、佐天さん!?」

佐天「……ねぇ、初春」

初春「は、っはい」


佐天「あはは。さっきから"はい"しか言ってないじゃん」


少女が悲しいくらいに軽く笑う一方で、ウーウーとけたたましいサイレンの音が近づいてくる

佐天「アタシ、捕まるべきかな? それとも、"全力で"逃げるべきかな?」

初春「それは……」


答えられるわけがない

彼女は目の前の友人がなぜこんなことになっているのか、その理由を知らないのだから

まさか、学校をサボった程度で警備員に確保されるなんてことはありえない

そして話だけを考えれば、むしろこの友人は被害者側なのだが

佐天「……はぁー。こんな選択まで初春に委ねちゃう時点で、また"甘い"とかあの人に言われるんだろうな」


初春「あの人?」


佐天「そ、あの人」

言いながら、血を拭って最低限見えるようになった携帯端末の物理ディスプレイの画面を見つめる

見ようとしていたのは、我が学校の名簿のデータ。生徒会の権限で接続した、管理の緩いネットワークから得たものだが

生徒会長のところは空白になっているし、クラスの名簿の自分の場所も空白になっている

佐天「……ごめんねー初春。あのタオルなんだけどさ」

先ほどまで見ていた携帯端末を、そのまま川に投げ込んだ。もう必要はないと言わんばかりに

そして、橋脚から主桁へ斜めに伸びた細い柱に引っ掛けたタオルを指差す

初春「はい?」


指で示されたままに、初春はタオルを見た

佐天「やっぱり、買って返せないっぽい」

初春「い、いや、そんなの、いいですよ。気にしなくて」

と、振り返って友人の方を見たときには

初春「あれ? 佐天さん?」


すでにその少女はいなかった
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:13:41.21 ID:kuk3dVuOo
やたらと高い階にある浜面仕上の部屋近くに、二人がようやく着いた時

少し下品にくだけた和服を着た女が、浜面の部屋の自動スライドドアを手で強引に開いて廊下に飛び出した

そのまま上条の肩とぶつかるも、顔も合わせず走り去っていく

一方「あそこは浜面の部屋だよなァ? ってことは、今のは。……えェと」

上条「郭。郭ちゃん。浜面のツレの半蔵のツレの女」


一方「あァ、思い出した。だが何で泣き顔で浜面の病室から出てきてンだ?」

上条「ショックだったんじゃないの?」


一方「浜面の容態がか? 半蔵の方じゃなくて? そいつァどれだけ酷い状態だ」


グロいのは嫌だなぁとか上条は思うが、それは部屋に入ってみればわかること

女が飛び出した扉の前に立つと、中の会話が聞こえた

浜面「そうか。金の方は何とかなりそうなんだな、駒場さん」


駒場「……何か、きな臭い気がするが。そういう状況なら、背に腹は変えられない」

浜面「分かった。俺も、出来るだけ早く退院するから」


それで会話が終わったのか、上条たちの前でドアが横に動いて中からゾロゾロと出てくる"スキルアウト"のメンバー達

先頭で出てきた駒場とは、当然対面することになる

駒場「……上条に一方通行。久しぶりだな」

上条「こんちわ。郭ちゃんが飛び出して行ったけど、なにかあったのか?」

駒場「半蔵のことで、すこしな。……詳しくは、浜面に聞いてくれ」

一方「あァ。そのつもりだ」

じゃあなと言い残して去っていく集団

その中の見知った顔と簡単に挨拶をして、二人は中に入った

一方「よォ。一応、生きてるみたいだな」

浜面「おま、一方通行?! 何でお前がここにいるんだよ!!」


上条「言っておくけど、俺もいるぞ?」


浜面「上条もか。見舞いに来てくれたのか」


なんも見舞いの品はないけどなーと言いつつ、浜面の体を見る

すでに処置済みなのか、特別おかしな点は見当たらなかった
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:14:08.06 ID:kuk3dVuOo

一方「状況はどうなンだ? つーか、何故この時期に入院なンて様になってる」


上条「そうだよ。俺なんてお前のトコに全財産賭けてんだぞ」


浜面「いや、全財産はさすがに馬鹿だろ。でも安心しろ、走れなくなっちまったわけじゃねえから。ちょっと不純物が体中に混じっちまってただけだ」


上条「不純物?」

そう尋ね返した上条の前で、浜面は自らのほほを軽く叩く

浜面「……光ってるだろ?」


確かに、ぼやけた薄緑のラインが丸やら直線やらを形作るように、光っている

部屋の照明のおかげで、あまり目立っては見えないが

上条「なんだこれ。新手のファッションじゃないよな?」


浜面「あんまりいい趣味じゃねえだろ、これ。ネタをばらせば、応力発光するなんかがまだ頬に残ってるんだよ。わざと残してるんだけどな」


上条「なんで残してるんだ。気にいってるのか?」


浜面「趣味悪いって言っただろーが。決意だよ決意。んなことよりよ」


半身を綺麗とは言えない掛け布団で隠している浜面は、上条ではなく、今度は一方通行の方を見た

一方「何だァ?」


浜面「一方通行、お前はなんでここに居る」



上条「ああ、そうそうそれ。俺も気になった。何やらかしたんだ?」


一方「あのなァ。別に、何か問題起こしたわけじゃねェよ。休職中みたいなもンだ」


上条「休職中ねぇ。聞こえのいいクビってことなんじゃないのか、それ?」


なにがどうしても悪い方に持っていこうとする旧友に、一度ため息を吐いて

一方「……お前ら、ニュースとか見てねェの?」


上条「そうだなー。ここ数日意識なかったらしい浜面には不可能だし、俺はお前の家の掃除してたし」 


一方「まるまる1週間近く掃除しかしてなかったンですってかァ? しかもなンでお前がテメェの部屋じゃなく俺の所に住もうとしてンだよ。まァ、いい。見てないなら仕方ねェか」


部屋の壁のスイッチを押して、30インチ程度の空間投影ディスプレイを映し出し、自分の携帯端末で入力する

あまり映りはよくないが、そこには理想的な庭園の映像が映し出されていた

一方「最上級コロニーの優良な自然環境を使って動植物の回復実験をするンだとよ。だから、2000万の住民のほとんどが準最上級で日本区の中枢のミドルハイに一時移住してる」


上条「なんじゃそりゃ。環境回復力を見るだけなら、いつもの"エージェント"に任せりゃいくらでも結果データを送ってくれるだろーに」

318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:14:37.67 ID:kuk3dVuOo

一方「理由なンざ知るか。誰の気紛れか知らねェが、こンな見た目だ。観光にも迎賓にも使うつもりだろォよ」

上条「はぁー。マジでお金持ちの考えることはわかりませんなぁ」

一方通行が映し出した映像を、眺める上条。うちの砂漠もこうなりゃ、空気もいいんだろうなあ、なんて言っている

だが対照的に、数秒の間を置いて、突然、浜面は声に出して笑い出した

上条「ど、どうした浜面? どっかの神経でも狂ったか?」

浜面「んなわきゃねえ、んなわけじゃねえよ。そういうやり方かよって、笑いたくなっちまったんだ。……おい、一方通行」


一方「あン?」


浜面「聞きたいんだけどよ、さっきのきれーな庭があった場所の現状についての映像は流れてたか? 工事中とか理由をつけたような。そういう内部の映像とか、流れたのか?」


ンー? と少し考えて、しかし白髪の男は首を横に振る

一方「そゥだな、馬鹿みてェに大量の資源持った船やら作業船がコロニーの外に並んでる光景なら、いくつか報道されてたぞ。だが内部は、しょーもねェ完成予想図しか見てねェな」


浜面「はぁー……。やっぱり、な。もっと聞かせて貰ってもいいか?」

一方「? 別に機密でもなンでもねェし、構わねェぞ」

浜面「よーし、そうだな。2000万人規模の移住計画なら、それこそ馬鹿じゃねえかって手続きやら計画が必要なハズだよな」

一方「そりゃそうだ。俺がしたわけじゃねェから、知ったことじゃないか」

浜面「でも、連絡ぐらいはあったはずだ。最下層出身だからっても、お前は一応ハイアー住人だし。で、こんなことを計画してますよーっつう連絡は一体いつからあったんだ? でもって、そんな計画があって帰ってくるかもしれなかったなら、俺らに連絡の一つぐらい寄越してくれても良かったんじゃねえのか?」


一方「……そうだな。確かに。そいつはァ、その通りかもしれねェ」

なにが聞き出したいのかわからないので、不思議そうに上条が二人の顔を続けて見ている

一方通行は少し眉間に皺を寄せて、浜面は不敵に笑みを浮かべて

一方「わからねェ。はっきりとした記憶は……ッ。いや、覚えてないだけかも知れねェけどよォ」


浜面「確かに、ずいぶん前の話ってんなら、忘れてても仕方ねえな。なら、最近の記憶はどうなってんだ? もしかしたらお前は、……何かとてつもない規模の事故に巻き込まれてたりしなかったか?」


一方「とてつもない規模の事故?」

浜面「そ」

上条「おい、何の話してんだ? 完全に上条さん置いてけぼりなんですけど。何が聞きたいんだよ。先にそれを教えろって」


流石に置いて行かれすぎた上条が根を上げたように言った

浜面「じゃあ、手短に言ってやるよ。俺に、俺達に何があったか」

駒場さんとかにも言った事だしな、と前置きを置いて

319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:15:07.40 ID:kuk3dVuOo

浜面「脱出艇に書いてあっただろうから予想してたかもしれねえけどさ。俺達、ハイアーに忍び込んでたんだ。機体のデータ盗むためにな」


上条「は? ちょ、それマジなの? つーか、正気かよ?」

浜面「あの時は正直、正気すぎて頭変になるレベルだったぐらいだぜ」

上条「はぁー、そうですか。いきなりでかい話だな。ってか、俺達って?」


浜面「俺と半蔵」


上条「だよな、お前だけとか無謀すぎるし」


浜面「どーいう意味だよ。……確かに俺だけだったらまず考えもしねえんだけど。でも、そんな半蔵は今ここに居ねぇんだ」


上条「ここって、ロウワーに?」

ああ、と浜面は頷き、一方通行の方を見た

一方「居ない、だと? じゃァどこにいる」


浜面「単純に言えば、あいつはまだ、ハイアーにいる。残ってる。言っとくが、別に捕まったとかじゃない。そっちのほうがマシなぐらいだ」


上条「許可なしでハイアー忍び込んでて、捕まってた方がマシって。……おいおい、それってどんな状況だ」

尋ねられ「うーん、それはな」と浜面は、少し考えるように間を取った

浜面「今の人間ってさ、微小機械入ってるじゃん? 複雑な操作が必要なときは流石に専門知識必要だけど、それ以外なら手足を動かす感覚でいろんなもんにアクセス出来る」


一方「何の話かと思えば、今更だな。ここの人間に入ってるのは相当な旧式で、ものによっちゃエラー起こすぞ」


いきなりの急な話題の転換に、上条はまた首を傾けるばかり

浜面「実体験済みだ、それ。逆に、それは俺達を守ってくれたりもする。悪辣な環境に対して、中毒にならない程度に身を適合させたりな」


上条「それって、人間の元々の適応能力を効率化させた程度のもんらしぞ。聞いたことある」


浜面「へぇー、そうなのか。でもそれって、例えばこのロウワーの汚染された砂漠化地帯でもある程度生きれるとかって話だろ。……実はより機械的な劣悪環境、例えばコロニー環境管理ユニットの頭脳部分の一部と体が混ざっちまったなんて状況ですらも、何とかしちまうんだよ。微小機械ってやつはな」


突拍子もない具体例

確かにそういう入力デバイスのある装置に指を突っ込むなどすれば、微小機械を介在して、より直感的に制御や入力は出来る

だが、流石に体が入って混じると言うのはどうなのだ。そしてそれを今持ち出すと言うことは

上条「……ちょっと待て、それって。どういう意味だ?」


浜面「わからねえか。まぁわかんねえよなぁ」

そこまで言って、急に、彼の目がクワッと見開いて、激しい表情を作り出した

溜め込んでいたもの、というものだろう
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:15:37.70 ID:kuk3dVuOo

浜面「半蔵がそんなわけのわからねえ事になっちまってハイアー取り残されたなんて、誰も想像できやしねえ。当たり前だ。……でもな、起きちまったんだよ! んな訳のわからねえ事がな! その上、それを隠すためにコロニー丸々自然公園化だ? ふざけんな!」


一方「落ち着け、体に障るぞ。第一、話が見えねェだろうが。何があったのかを言え。手短でいい」


余裕のない、真面目な顔で聞き出そうとする一方通行を見て、鼻で笑うのが浜面仕上

浜面「ハハッ。ハイアーで起きた事をハイアーの人間が知らないっつうのはお笑いだぜ」


一方「言えってンだよ!」

実際のところ、彼自身は自分がなぜここまで気が立ったのか、焦った様に聞き出そうとしたのか、その感情の原因はわからなかったが

なにか引っかかるものが、一方通行にもあったことは確かだ

言いながらとうとう浜面の胸倉をつかみだした彼を、流石に上条が止めに入った


上条「やめろ一方通行。怪我人だ」


めくり上がって、今まで隠れていた布団の下の浜面の下半身が露になった

肉の色をしているところや明確にくぼんでいる所があり、カテーテルが何本も刺さっている

流石に気圧された見舞いの二人に、当の本人

浜面「……単純な話だ。ハイアーに忍び込んで、俺が馬鹿やって見つかって、ボロカスにやられて、捕まっちまった時に何かが起きた」


一方「何か?」

浜面「わからねえ。ただ分かるのは、それがハイアー全土をグチャグチャにしちまって、それを隠すために大量移住と自然公園化を実行したようにしか考えられねえってことだ。俺が見た限り、およそコロニーを構成している、土から木から水から建物から、人間も、全部が全部出鱈目に切り貼りされて、混ざっちまってた。ちょっと使いどころがおかしいとは思うけどよ、有る意味"夢の様な光景"ってやつだ。あの光景は」


上条「夢の様な光景……。そりゃ多分、夢でも悪夢だろうな」

何が起きたんだ? と彼がつぶやく横で、一方通行もまた、そんなことが起きていないか慎重に記憶を辿る

その様子の一方通行を見ながら、浜面は再度問う

浜面「なぁ、一方通行。覚えてないかも知れねえけどさ、この一週間ぐらいの間に、何か大規模な実験とか事故とかしてなかったか? 曲りなりにも日本の最高機関の所属のお前なら、なあ?」


一方「駄目だ。やっぱ思い浮かばねェ。ンな事故は」


浜面「そうか。……あの時、あの場所にいて、覚えてないなんてことはありえねえと思うけど」


一方「悪ィな」


そう言ってから、しばらく、沈黙が生まれる

この沈黙を打破したのは、コンコン、という個室の入り口からノック

「検診すんぞー。見舞い客は邪魔だから出てけー」


黄ばんだ白衣を着た人間が、ぞろぞろと機材を持って入って来た

321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:16:06.72 ID:kuk3dVuOo

出てけと言われたら出るしかない。空間投影ディスプレイのスイッチを切り、そのまま、一方通行と上条は浜面の寝るベッドの側から離れていく

上条「んじゃ、俺達はこれで」


一方「……早いとこ、復帰しろ。予選までに時間はねェぞ」


浜面「分かってる。そこで、一方通行。お前って今からしばらく暇? ここにはどれくらいいるつもりなんだ?」


一方「さァな、具体的にいつまでとはわからねェ。だが間違いなく、長いこと暇だ。なにしろ、再配置先が決まるにはまだまだ時間がかかるだろォからな」


自分は、最下層からの成り上がり者

それが例え最上級レベルで有能であったからと言って、血統主義の蔓延しきっているこの区では、逆に扱いにくく、結局受け入れの手を上げる場所はまず出てこない

どこかで酷い人員不足が生じてようやく、というのが実情だろう。そう一方通行は理解している

浜面「ならよ、"スキルアウト"手伝ってくれねぇか? ギャラは出ねえけど」


一方「お前らからの安給なンてハナから期待してねェが、いいだろう、引き受けてやらァ」


浜面「サンキュ。じゃ、このデータ見といてくんね? 俺がポッドの中で握ってたらしいんだが、ハイアー製のプロテクトが合って破れねえんだ」

二つ返事で最高レベルの頭脳の協力を取り付けて、浜面は親指くらいのデータメモリを投げ渡した

浜面「頼りにしてるぜ特別顧問」

というと、一方通行が「へいへい」と言い残して

見舞い客二人は、浜面の個室を後にした
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/07(木) 15:16:36.12 ID:kuk3dVuOo
「"エージェント"システムとの接続安定性、低下傾向増大を確認。このまま増大するなら"地球帰還"の予定日である今現在の"定めの日"では、完全にこちらのコントロールから脱してしまった後となり」


薄暗い空間の中央に、いくつかの空間投影ディスプレイが浮かんでいる

それらが囲うようにしてその中央にあるのは、生命維持装置のビーカー。そしてある人物

アレイスター「最終的に、"あちら"だけが破壊されてしまう、そういうわけだな」

「はい。プランの変更、具体的には"繰り上げ"を進言します」

更に追加に映し出されるディスプレイ

顔が表示されているものよりも大きなそれには、なにやら建造計画や開発計画だのの現在状況が表示されている

アレイスター「その線で、具体的な検討を始めたまえ」


「……了解しました」

返事とともに、ふっと消える表示

ビーカー内の泡の音すら響くのではないかと言う静寂が生まれたが、スーッと何か車輪の付いたものが回転する音がそれを拒んだ

エイワス「相変わらず熱心なことだね。君の役割はもう果たせただろうに」

現れたのは、白い装束を着た女だった。ただし、立ち歩いているわけではなく、自動移動能力のある車椅子に座っての登場だ

アレイスター「エイワス。その車椅子はなんの冗談だ」

エイワス「これか。いいだろう? これに乗っていると、周りが気に掛けてくれてね。なかなかに面白い」


アレイスター「そうか。だが、そんなことをしたところで、あまり意味があるようには見えないな」


エイワス「君にはなくても、私にはあったんだよ。だが残念だ。その私なりの意味は、今の君の言葉で無くなってしまったからね」

言って、薄く微笑んでビーカー内の存在を見つめるも

予想通り、やはり特別な反応はなかった

エイワス「……しかし、今度は"帰還"か。つい最近ようやく"脱出"したというのに」


アレイスター「最近か。百年近くも経過していることを、最近と言えるのはあなたぐらいのものだ。十分な時間だと、大半のものは思っているだろう」


323 :本日分(ry 改行が可笑しいのはたぶんunicodeがどうとかってせいです。EverNoteめ [saga sage]:2012/06/07(木) 15:17:41.25 ID:kuk3dVuOo

エイワス「確かに、わからなくもない。誰も彼も、そして君も、故郷が恋しいというわけだ。いろいろなことがあった場所なのだから、当然」


アレイスター「……そんな安い感情だけが目的ではない」


エイワス「だが否定はしないわけだ」


アレイスター「肯定もしない。そもそも、"逃げた"だけではまだ完全ではない。こちらが"破壊"する側となることまでがセットのプランだ」


知っているよ。と一度彼女は頷いて

エイワス「だが必要なら、その計画すらも変更するのが君だろう?」

アレイスター「変更が必要なら変更をする。"破壊"側が必要だから実行する。これも必要の為、何もおかしなことは無い」

エイワス「……なら、"帰還"からあぶれ、必然的に宇宙に"残る"300億の人間も、君にとってはお得意の保険ということか」


アレイスター「その通りだ。ようやく私を理解してきたようだな、エイワス」

そう言うと、車椅子の女はほんの僅かな間、喜んだような表情をつくった

エイワス「何千年も相手をして、この時になって、ようやくだ。でもね、迷走しているように感じるのさ」

アレイスター「……迷走?」


エイワス「進むべき道が分からず、これという方法が定まらない。つまり、自信がないということ」


アレイスター「今更、そのような言葉の意を教えられるつもりはない。何より私は、私の出来るだけのことをしている。それだけだ」


エイワス「悪いことではないな、目的の為出来る限りをするというのは。実に君らしい」

そう一度肯定した後、しかし「ただ、」と付け加えた

アレイスター「ただ、なんだ?」

エイワス「その理由によっては、巻き込まれる側にとって負担以外のなにものではない。それだけだよ」


もちろん、言ったところでビーカー内の存在の表情は変わらず

仕方なく、車椅子はその空間から出て行った
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/07(木) 17:11:38.97 ID:DreQkqIPo
佐天さんまたやらかしちゃったか
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/06/07(木) 17:42:09.86 ID:icoo6EtAo
ばくは・・・つ?
佐天さん爆発フラグですか!?
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/07(木) 21:54:27.35 ID:Ab2UHRgzo
乙でした。クライマックスなのね
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/06(金) 02:13:38.55 ID:jeXoOelBo
ククク・・・
スレに精液ぶちまかしてやる!
あそれ一発目っ!!(ビチャア
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/14(土) 20:38:51.25 ID:q+iy3kESO
もう2年経つのか、なんか感慨深いな
もう1年かかるか?
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/14(土) 21:09:14.49 ID:rYn0Ewmpo
クライマックス言うてたし1年以内じゃねえかな
もう原作は終わる気配ないからこっち主流で読んでるよ
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/05(日) 12:59:47.25 ID:rXuH5KDmo
2ヶ月までもうカウントダウンだぞ
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/05(日) 19:20:20.93 ID:A7OcNqUSO
このスレはルール変更前からあったスレだから3ヶ月じゃないか?思い違いだったらすまん
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/05(日) 21:57:00.07 ID:rXuH5KDmo
>>331
>※但し2011/10/18以前に立てられたスレッドは、3ヵ月に読み替え

残念ながら……
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