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やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている ) - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 17:45:50.30 ID:Uj41ozq/0





やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部』








作:黒猫







1-1





海浜幕張駅にほど近い臨海部の高層マンションの一室。

俺には不釣り合いすぎる住居である。

大学の友達(仮)に言ったところで、その名前だけ知っている知人達は、

俺がこのマンションに彼女と住んでいるって言っても信じやしないだろう。

むしろ、その学部の人間は俺のことを痛い人と認識するまでである。

それもそのはず、ここは雪ノ下が高校時代から居を構えているマンションだから

当たり前って言ったら当たり前だ。



俺がここに越してきたのが約半年前。

雪ノ下と付き合いだして約2年だから、順調に交際を進められているのだろう。

他人がどう思っていようが気にはしていないが、今の俺達の関係に満足している。



ただ、俺がここに引っ越してきたと言えるのかは疑問が残る。

なにせ・・・・・、







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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/29(木) 17:48:06.50 ID:V1s/awcco
俺妹とのクロス?
3 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 17:48:51.28 ID:Uj41ozq/0






小町「あぁ、お兄ちゃん。

   お兄ちゃんの部屋、今、家族の書庫になってるから。

   今日引っ越し業者来るから、一応荷物チェックしておいてね。」

八幡「なぬ・・・・?!」



雪ノ下の家で連日レポートの追い込みをし、

久しぶりに帰ってきた住人に対する仕打ちとは思えないこの対応。

最近雪ノ下とばかり一緒にいるせいで、小町とのコミュニケーション不足に

なっていることは事実だったが、ここまで悪化していようとは。

お兄ちゃんとしては、寂しい。

アイスをパクつきながら、ちょっとコンビニに行ってきてね程度の軽いお願いに

ショックを隠せなかった。



たしかに、俺も含め本好き家族である。

居間に置かれている本棚も窮屈になって、

あちこちに分散して片付けられているのは確かだ。

だからといって、息子の部屋を無断で書庫にするとは・・・・。



かつて自分の城だった部屋に駆け上がっていくと、衣類などは段ボールに梱包され、

きれいに並べられてあった本も紐で結わかれていた。

唯一助かった事と言えば、Hな本を所有していなかったことだろうか。

一般の本とは別に、丁寧に紐で結わかれたHな本が目立つ所に鎮座していたら

このまま海に沈んでいったと思う。

まあ、雪ノ下が遊びに来た時に見つかり、一斉検挙されて以来、その類のものは

所持していないから問題ないのだが。



4 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 17:52:17.26 ID:Uj41ozq/0

「黒猫」っていうのは、投稿者名を考えた時に適当なのが思い浮かばず、

雪ノ下雪乃が使ってたブックカバーが「黒猫の絵」だったからです。

だから、これといった意味はなく、「俺妹」とは関係ありません。

紛らわしい名前を使ってしまって申し訳ありません。
5 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 17:54:47.23 ID:Uj41ozq/0





さて、そんなこんなで、毎日のように入り浸り、半同棲状態だった雪ノ下の

マンションに引っ越すことになった。

雪ノ下に事情を説明したところ、雪ノ下には既に小町から相談を受けており、

引っ越しの日時さえ知ってたという。



八幡「なんで教えてくれなかったんだよ?

   今朝、朝食とっているときに教えてくれてもよかったじゃないか。」



携帯に向けて文句を垂れても、いたって冷静な声が返ってくるだけで。



雪ノ下「別に、今と代わり映えしないんじゃないかしら?

    現に、私の部屋で寝泊りすることが多いのだから。

    それに、使っていない部屋があれば、有効活用すべきよ。」

八幡「それは、そうだけど。」



最近では、俺の(へ)理屈は全く通用しない。

由比ヶ浜曰く、もうすっかり尻に敷かれてるね、だそうだ。

俺も認めちゃってるところがあるから、仕方がない。



八幡「それでも、一言くらいいってくれてもいいだろ?

   色々準備ってやつがあるんだから。」

雪ノ下「ごめんさない。

    あなたをびっくりさせたかったから・・・・・・。」



6 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 17:57:04.77 ID:Uj41ozq/0





しおらしい声に俺の勢いは衰えていく。

さすがにその声は反則ですよ、雪ノ下さん。



八幡「わかったよ。だけどさ、引っ越し手伝ってくれよ。」

雪ノ下「ええ。帰りを待ってるわ。」

八幡「片付けもあるし、なるべく早く帰る。」



微妙に裏返ってしまった声を抑えつつ、

震えてしまう手も抑えこもうと両手で携帯を握りしめる。

「帰る」という言葉に反応せざるを得ない。

俺が帰る家は、実家ではなく、雪ノ下のところだと宣言されてしまったから。

これが携帯でよかった。

こんな真っ赤にして身悶えている姿なんて、雪ノ下にも見せられない。

でも、声で伝わってしまってるんだろうけど・・・・・・。








とまあ、かくかくしかじかというわけで、実家を追い出されてしまった。








7 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 17:58:11.98 ID:Uj41ozq/0




1-2





朝食というには、さすがに遅すぎる時間。

遅くまでやっていたレポートを終わらせ、ベッドに潜り込んだのは午前3時頃。

雪ノ下は既に寝ていたので、起こさないように気を付けたが、

睡魔には勝てず、勢いよくベッドにダイブして、そのまま寝てしまった。

朝起きてみると、横に寝ていた雪ノ下はいない。

しっかりとタオルケットがかけられていたので、雪ノ下がかけてくれたのだろう。

おそらく夜中、俺がベッドに潜り込んだ後、かけてくれたのだと思う。

いくら俺が起こさないようにしても、起きてしまうので、一度聞いたことがあった。





八幡「雪ノ下って、寝る時神経質なの?」

雪乃「そんなことはないと思うのだけど?」



首を軽く傾げ、俺のことをじっと見つめる。

そして、なにかを確かめながら続ける。



雪乃「私が神経質だったら、あなたとなんて一緒に寝ることなんてできないでしょ?」

八幡「それって、俺の歯ぎしりやいびきがうるさいってこと?」



8 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 17:59:05.83 ID:Uj41ozq/0




たしかに、自分の歯ぎしりやいびきは気がつかない。

もしかしたら、雪ノ下に多大な迷惑をかけていたのかもしれなかった。



雪乃「それは大丈夫よ。ただ・・・・・。」

八幡「ただ、なんだよ?」

俺を見つめていた視線をすっとそらし、歯切れ悪くつぶやく。

雪乃「寝言がね。」



雪ノ下は、自分の腕で自分を抱くようにして俯いてしまう。

雪ノ下の顔が、はっきりわからない分怖い。

俺って、夜中何を言ってるんだろ?

大学生にもなって、中二病発言だけは避けたい。

小町関連だったら、雪ノ下も俺が小町ラブだってわかってるんだから、

あきらめがつく。

しかし、俯きながらも、腰をくねらし始めた雪ノ下を見ると、

これ以上追及したら自爆せねばならない事態とみうけられる。

ならば、



八幡「ごめん。・・・・・あまりひどい内容だったら、

   蹴り飛ばして止めてくれていいから。」

雪乃「・・・・・その、嫌な内容ってわけでもないのよ。」

八幡「そうか? 雪ノ下が我慢できるっていうなら、それで・・・・。」

雪乃「ええ、そうね。」



9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/29(木) 18:00:01.86 ID:sP7yohRj0
前作有るならリンク貼り付け願う
10 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 18:00:29.91 ID:Uj41ozq/0




雪ノ下らしくもないあとに残る返事しか返ってこなかった。

この時の俺に平常心なんか期待できない状況だったが、

よく雪ノ下を観察したら、頬を上気させているのに気がついたかもしれないが

そんなことは無理なことだった。

まあ、俺がその寝言を雪ノ下から聞きだしていたら、はずかしさのあまり

窓から飛び出していたのは確実だったはず。

寝言で、酒の勢いに任せても言えないような愛のささやきを毎晩してるなんて

俺が知ることなんてないだろうけど。





11 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 18:08:00.07 ID:Uj41ozq/0

前作ありますけど、直接話がつながってるわけではないんです。

『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1387361731/

レス30からお読みください。1〜29を読みやすいように書きなおしたのが30〜です。



第二部としたのは、大学生編を書こうと思ったからです。

このあと、「前書きみたいなもの」をアップするので、

そこで、なぜ今回書こうとしたかをお伝えします。
12 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 18:11:43.18 ID:Uj41ozq/0

前書きみたいなもの




自分が書いた作品のネタを使ってのリメイクです。

最初は、その作品のままもう一度書きなおそうと思ったのですが、

それだけでは面白くないと思い

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 』

を使ってみました。

昔の作品と比べ、進歩してるんでしょうか?

本音を言うと、書くための練習みたいなものです。

ネタがないと書けないし、だからといって人のをそのまま使うっていうわけにもいかず

今回のようなことになりました。

それでも、一生懸命書きますので、しばらくお付き合いできればいいなと思っています。

一応このまま続いていく予定です。

更新速度は未定です。

元ネタは、以下の通りです。



黒猫--アップ情報

WHITE ALBUM2


『ホワイトアルバム 2 かずさN手を離さないバージョン』長編
(かずさNのIFもの。かずさ・春希)

『心はいつもあなたのそばに』長編
(かずさNのIFもの。かずさ・曜子・春希)

『ただいま合宿中』短編
(IC。かずさ編・雪菜編)

『麻理さんと北原』短編
(麻理ルート。麻理・春希)

『誕生日プレゼント〜夢想』短編
(夢想。かずさ・春希・曜子)




やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。


『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』短編
(由比ヶ浜誕生日プレゼント後あたり。雪乃・八幡)


どれをどう使うかは考え中です。

WHITE ALBUM2 の原作そのものとは、かぶらないと思いますが、

なるべく注意して書いていこうと思っています。


13 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 18:15:42.24 ID:Uj41ozq/0

今日は以上です。

大変失礼な動機での投稿となってしまっていますが、

それでも読んでみたいと感じていただける作品を

アップできるよう頑張っていきます。

14 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:01:00.95 ID:Uj41ozq/0




寝室からリビングに向かうと、容赦なく太陽が自己主張してくる。

徹夜明けの俺には、きつすぎる洗礼だ。

あくびをかみ殺していると、片手にコーヒーカップを持ってやってくる雪ノ下に

昨夜の無礼を詫びとくことにした。



八幡「昨日は悪かったな。また起こしちゃったみたいで。」

雪乃「おはよう。・・・・・はい、コーヒー。」



俺にとっては、太陽以上に眩しい笑顔で朝の挨拶をしてくれれるが、

ひいき目を差し引いても、それだけの価値はあるはずだ。

しかし、誰にもやらんけど。と、一人悦に浸ってるが、

昨夜の無礼はまったく気にしていないのか、俺にコーヒーカップを差し出す。

雪ノ下が入れてくれる紅茶も好きだが、寝ぼけた頭にはコーヒーがよく効く。

脳を活性化させる香りを肺に満たす。



八幡「コーヒーありがと。それと、おはよう。」

15 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:01:58.71 ID:Uj41ozq/0



俺がコーヒーを受け取ると、キッチンに戻り、朝食の準備をしてくれているらしい。

それにしても、俺が顔を洗いに行く音とききつけ、絶妙なタイミングで

コーヒーを差し出してくれるだなんて、末恐ろしいお人。



八幡「タオルケットかけてくれて、ありがとな。」

雪乃「どういたしまして。」

八幡「それと、起こして悪かったな。」

雪乃「・・・・・・・・・・。」



やはり、このことだけは受け入れてくれないらしい。

ふくれっつらの雪ノ下が、これ以上言うなと意思表示している。

これ以上言っても、雪ノ下を怒らせるだけだし、心の中で感謝しておくとしよう。



雪乃「もうすぐ朝食の準備が終わるから、座ってて。」

八幡「ありがと。」

16 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:04:16.17 ID:Uj41ozq/0


テーブルに着く前に、リビングのローテーブルを見ると、

ノートパソコンと資料が広げられている。

どうやら雪ノ下もレポートなのだろう。

俺と同じようにレポートに追われているのに、遅くまで寝ていたことに罪悪感を

感じてしまう。



八幡「悪かったな。」

雪乃「もう、いいって言ってるじゃない。」

八幡「いや、そうじゃなくて。」



どうやら、昨夜起こしてしまったことの謝罪がまだ続いていると

勘違いさせてしまったらしい。

眉間にしわが寄りつつある雪ノ下をなだめるために、あわてて訂正する。



八幡「雪ノ下もレポートあるんだろ。

   それなのに、食事の準備まかせてしまってさ。」

雪乃「それも、気にしてないから。」

17 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:06:02.75 ID:Uj41ozq/0



あきれ顔でトーストが載った皿をテーブルに並べる。

どうやら、これさえもNG事項のようだ。

雪ノ下が俺にたくさんのことをしてくれるのは、正直うれしい。

だけれども、それが当然だとは思いたくない。

ぬるま湯につかって、自分が気がつかないうちに腐っていくのだけは

避けたかった。

そして、なによりも腐ってしまった俺を雪ノ下に見せたくない。



八幡「わかったよ。・・・・・でも、感謝していることだけは覚えておいてくれよ。」

雪乃「そういうことなら、受け取っておくわ。」

なんとか納得してくれた雪ノ下を眺めつつ、ちょっと苦いコーヒーを喉に流し込んだ。




18 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:06:58.12 ID:Uj41ozq/0



食事中、気にはしないようにしていたのだが、俺の目の前に座って

食事をする俺をずっと見つめる視線に問い合わせることにした。



八幡「なあ、どうしたんだ? なんか変か俺?」

雪乃「どうして?」

八幡「どうしてって。お前が食事中、俺をずっと睨んでるから。

   睨んでるっていうよりは、なにか思い悩んでる?」



それでどうにか理解したらしく、



雪乃「そんなことないわ。」



話を終わらせたいのか、コーヒーカップを両手で持ち、

中身ももう残ってないだろうカップの中を見つめる。

いつもの雪ノ下なら、話をそらしたい内容があれば、俺が気がつかないように

誘導しているはず。

それなのに、今日の雪ノ下の態度は不自然すぎる。



八幡「なにかありますっていう顔してるぞ。

   そんな顔していると、かえって聞きたくなる。」

雪乃「・・・・・・・・・。」

俯いたまま考え込むが、しばらくすると、なにか決意した顔つきで切りだそうとする。

雪乃「あの・・・・・、だからその。」

八幡「・・・・・?」

19 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:07:50.91 ID:Uj41ozq/0


あの雪ノ下がこうもまで歯切れが悪いとは。

そんな弱々しい態度を見ると、悪い予感しかできない。

ざわつく心をなだめる。

イラついた態度を見せて、かえって恐縮させないよう

なるべく真摯な態度で接しようとする。



八幡「そんなに、言いにくいことなのか?」

雪乃「そんなことはないのだけれども。」



こんな風なやり取りを何度も繰り返して、辛抱強く待ったが、

俺も大人になり切れている訳もなく、



八幡「はっきり言ってくれ。そんな態度とってたら、なにかありますって

   言ってるようなものだ。」

雪乃「そうじゃないのよ。・・・・・そんなんじゃ。」



雪ノ下の煮え切れない態度に、ある最悪の事態が脳裏に浮上してくる。

これだったら、あの雪ノ下であっても言い出しにくいだろう。

こういうことは、俺の方から言うべきなんだろうな。

20 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:09:41.56 ID:Uj41ozq/0



八幡「俺、このマンションから出て行くよ。

   やっぱり他人と暮らすとストレスたまるよな。

   気を使わせてしまって、すまん。」



深々と頭を下げて、今までの迷惑を謝罪した。

夜中起こしてしまうことの謝罪も受け入れないでいたのも、

なんとか我慢しようとしてたんだろう。

俺に不満をぶつけたら、かえってぎくしゃくしてしまうもんな。

そうと分かれば、俺の方が全面的に悪いんだし、いさぎよく・・・・・・・・、



って、

痛い、痛いって、

マジで痛いです、雪ノ下さん。

皮膚に爪が食い込んでいき、鈍い痛みが脳に突き刺さる。

痛みで反射的に上を向くと、

俺の左腕を力いっぱい掴む雪ノ下の姿が目の前にあった。

顔からは血の気が引き、普段から白いと思っていた顔が、青白くなっている。

おもいっきりパニくった俺は、雪ノ下と向き合おうと体の向きを変える。

あろうことに、今度は右腕さえも掴めれ、自由を奪われてしまった。



21 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:10:28.18 ID:Uj41ozq/0



八幡「ゆ・・・・雪ノ下・・・・さん?」



目に涙をためた雪ノ下の顔が目の前に迫っている。

歯を食いしばり、なんとか涙があふれ出すのを抑えようとしていたようだが、

それも決壊してしまった。



雪乃「そんなことあるわけないじゃない!」



あまりの迫力に、重心が後ろに下がり椅子からずり落ちようとなるが、

俺が逃げようとしたと勘違いした雪ノ下が、さらに腕を掴む手に力を込める。



腕の皮膚が裂け、血が爪にしみわたっていく。

鈍い痛みが広がっていく中、雪ノ下の必死な視線から目をそらすことができない。

嘘をついているようでも、俺をいたわっての発言でもなさそうだ。



八幡「わかったから、とりあえず手を離してくれないか。」



俺の訴えでようやく理解したのか、爪についた血を見て正気に戻ってようだ。



雪乃「ごめんなさい。傷の手当てをするわ。」

八幡「そんなことは、あとでいい。」




俺の傷はあとでも大丈夫だ。

だけど、目の前にいる雪ノ下の傷は今すぐ癒しておきたい。

22 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:11:29.60 ID:Uj41ozq/0


雪乃「そんなことではないでしょ?」

八幡「そんなことだ。それよりも、ちゃんと話してくれないか?

   なにをそんなに悩んでいたんだ?」

雪乃「あなたが別れ話をきりだすから。」

八幡「それは、雪ノ下の様子がいつもと違って、なにか言いにくそうにしてたから。

   もしかして、別れ話かなって。」

雪乃「そんなこと、あるわけないじゃない。

   私と一緒に暮らしているのに、

   そんなことも分からないくらい脳が腐ってしまっての?」

八幡「だったら、なんだよ?」



どうやら別れ話ではないらしい。

それならば、俺の脳みそくらいいくらでも腐らせてやってもいいくらいだ。


雪乃「・・・・・・・・・。」



ここまできてもぐずつく雪ノ下につい大きな声を出してしまう。



八幡「はっきりしてくれ!」



突然発せられた大声にびくりと肩を震わせる雪ノ下。

それを見て、悪いと思いながらも、今度ばかりはひけない。



八幡「頼むよ。」



雪ノ下が俺の顔をみて、ついに観念してくれたのか、

小さくため息をついてから、語りだしてくれた。

23 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:12:04.17 ID:Uj41ozq/0




雪乃「この前、由比ヶ浜さんと二人で食事に行った時、言われたの。」



そこで一呼吸して、さらに言うべきかもう一度考え直そうとしたみたいだが、

俺の顔をみて話を再開させる。



雪乃「比企谷君って、・・・・・・あいかわらず変わらないって。」

八幡「そりゃあ、大学に行ったからって、俺のアイデンティティが変わるわけじゃ

   ないんだから、しかたないだろ。

   そのくらい雪ノ下だってわかってるだろ?」

雪乃「そうじゃないの。・・・・・・そうじゃないのよ。」

八幡「だったらなんなんだよ?」



いくら理解しようとしても、なにを言ってるか分からなかった。

たしかに、今非常にパニクってる。

だけど、今雪ノ下が言ってる言葉の意味くらいは判断できる自信がある。



雪乃「恋人になってから、もう2年くらいたつのに、

   いまだに名前で呼び合わないのは変だって、由比ヶ浜さんが言うの。」



こんなときに不謹慎だが、妙に拗ねた感じの雪ノ下が色っぽく感じてしまう。

恥じらいを帯びた艶っぽさと、上気した頬がなんともたまらない。

しかし、ここで飛びついては、男の威厳っていうのが・・・・・、

って、もうそんなのないって雪ノ下にはばれてるけど。



24 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:12:49.07 ID:Uj41ozq/0




八幡「そんなの人それぞれでいいんじゃねーの。

   自分がいいたいように言うのが一番だって。

   変にかしこまって言おうとすると、今みたいになっちまうし。」

雪乃「それは、そうなのだけれども。」

八幡「それじゃあれか? 由比ヶ浜が雪ノ下にも「ヒッキー」って

   呼ぶように決めたら、「ヒッキー」っていうのか?」

雪乃「そんなこと言ってないわ。・・・・私だって、その。」



どうやら理屈ではないらしい。

普段ならお互い理屈(屁理屈)の応酬だが、やはり雪ノ下も女の子だったらしい。

まあ、雪ノ下の女の部分を見せれらてしまうと、こっちとしては

何もできない骨向きになってしまうのは秘密だ。

きっと、かろうじて? ばれてないはず。



八幡「俺は、好きなんだけどな。

   「雪ノ下」って呼ぶの。」



いつものようにぶっきらぼうだけど、俺の真意が伝わるように。

あまり真剣にいっちまうと、俺の方が緊張しちまう。



八幡「雪ノ下は、嫌なのか?

   俺は、雪ノ下に「比企谷くん」って呼ばれると、なんか安心しちまうんだよ。

   それに、なんだその。お前には、なんて呼ばれようとうれしいっつーか。」



25 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:13:54.26 ID:Uj41ozq/0




やばい、やばすぎる。

このままじゃ、俺の方がデレちまう。



雪乃「あなたらしいわね。」



雪ノ下を見ると、どうやら落ち着きを取り戻したらしい。

いつもの冷静沈着がモットーを表紙にしたようなつらかまえ。



雪乃「だったら、・・・・・私の言いたいように呼ぶわね。」

八幡「それでいいだろ。」



雪ノ下が小さく深呼吸する。

そして、俺の方にあらたまってむきあうと、こっちの方が緊張してしまった。



雪乃「はぁ〜・・・・、は・・・・。」



携帯の呼び出し音が室内に響き渡る。

この音は、雪ノ下の方だ。

ナイスタイミング!

これで、この雰囲気を打破してくれると助かるんだけど。



なにかほっとしたような、残念なような顔つきの雪ノ下は、

ひとつため息をつくといつもの雪ノ下に戻り、携帯に応対した。


26 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:14:41.77 ID:Uj41ozq/0





雪乃「もしもし?」



どうやら由比ヶ浜からの連絡らしい。

いつも空気を読んでくれる貴重な存在だけど、こんときまで空気読んじゃうって

大学生になってレベルが上がったに違いない。

そうこう無駄な妄想にふけっていると、電話は終わったらしい。



雪乃「ちょっと由比ヶ浜さんのところへ行ってくるわ。」

八幡「どうかしたのか?」

雪乃「今度のテストで使うノートを貸す約束してたのだけど、

   けっこう大変らしく、今からやらないと難しいみたいなの。」



俺と由比ヶ浜は学部が同じだが、雪ノ下だけは学部が違う。

それでも、外国語の授業だけは雪ノ下と同じにするあたりテストのことを

考えていると疑ってしまう。

ちなみに俺も同じドイツ語だが、テスト勉強で雪ノ下に頼むあたりあざとい。

ふだんの講義では、さんざん俺に頼りまくってるくせに。

ちょっとジェラシーを感じちまうじゃないか。




部屋にノートを取りに行き、出かける準備をしている雪ノ下を横目に

自分が使った食器くらいはと洗い物をしていると、

すぐに雪ノ下は準備できたらしい。



27 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:15:58.88 ID:Uj41ozq/0




八幡「もう行けるのか?」

雪乃「ええ。それと、ノートだけっていうわけにもいかないだろうから、

   帰るの遅くなるかもしれないわ。」

八幡「りょーかい。」

雪乃「一応連絡だけはするから。」

八幡「わかったよ。由比ヶ浜をびしばし鍛えてやってくれよ、雪乃。」

雪乃「私が力を貸すのだから、テストで平均点くらい取れるくらいには

   なってもらうわ。」



そう言って鞄を肩にかけ、玄関に向かおうとした雪ノ下であったが・・・・。

いきなり立ち止まり、せっかく肩にかけた鞄をすとんと床に落とす。

その後ろ姿を見てしまうと、自分の頬をかみしめ、笑いをこらえるしかない。

きっと意地悪く、ニヤニヤしてしまってるんだろうけど。

雪乃「比企谷くん。今なんて?」



こちらを振り向かない雪ノ下に丁寧に教えてあげよう。



八幡「由比ヶ浜を鍛えてやってくれか?」

雪乃「それじゃないわ。」

八幡「じゃあ、びしばしと鍛えてくれ?」



わかってるが、どうしても虐めてしまいたくなってしまう。


28 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:16:44.22 ID:Uj41ozq/0




肩を震わせる雪ノ下に、愛らしさを感じてしまうのは、

俺にSッ気があるからではないはず。

あれだ、好きな子に意地悪したくなるってやつだと思う。



雪乃「あたな、わかってて言ってるんでしょ。」



ついに我慢できなくなった雪ノ下は、こちらを振り向き、俺を睨めつける。

その表情に、どきりとしてしまった快感は、言わないでおく方が賢明なようだ。

それよりも、これ以上ひっぱると、あとが怖い。

いや、まじで喧嘩だけはしたらいけないって、心に決めている。

あの精神を削られるような攻撃は、雪ノ下家の秘儀だと思うよ。



八幡「悪かった。」

雪乃「もう一度言ってくれないかしら。」



おずおずと俺の胸に手を伸ばし、手のひらを押しあててくる。

そして、俺は、そのいじけた可愛い顔を喜ばせるために

雪乃が望んでいる言葉をささやくしかない。



八幡「悪かったな、雪乃。ちょっとからかいすぎた。」

雪乃「今回のところは許してあげるわ。

   だけど、八幡のせいで由比ヶ浜さんは少し待っててもらうことに

   なってしまったわね。」

八幡「それは仕方ないな。」




29 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:17:24.08 ID:Uj41ozq/0



今度は手のひらだけでなく、雪乃の体ごと俺に預けてくる。

それをそっと抱きしめてやると、可愛い吐息を洩らす。

小さな体がすっぽり収まってるのを感じていると、

昼間っからなにやってんのかなって考えてしまう俺がいるけど、

まあ、俺だから仕方ないか。



雪乃「ほんと、八幡のせいよ。

   ・・・・ねえ、もう一度呼んでくれないかしら。」

八幡「俺も雪乃に八幡って言われると、すっごくうれしいよ。」



由比ヶ浜には悪いが、30分以上は雪乃のリクエストにこたえ続けた。

たまにはそんな休日もいいじゃないかと思ってしまう。







30 :黒猫 [saga]:2014/05/29(木) 20:18:07.68 ID:Uj41ozq/0
今日はこれがほんとうにラストです。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/29(木) 20:21:22.66 ID:GWHRhkuLO
おつ
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/29(木) 21:15:08.76 ID:B5KhGcfuO
元ネタの一つにホワルバ2入れてる時点で悪い予感しかしない…
33 :黒猫 [saga]:2014/05/30(金) 02:36:13.36 ID:0BZ7FlE10
元ネタよんでくださると分かると思いますが、短編ならそうでもないですよ。

ただ、由比ヶ浜をからませてくると面白いことになるかもしれませんが。

今回書いてみて、元ネタを使ったとしても難しいですね。

でも、そこから新しいネタが浮かんできたのも事実なので、ゆっくりの更新ペースになると思いますが

また書いたのがたまったら、アップします。

ありがとうございました。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/31(土) 00:32:39.17 ID:N8lWvVJVo
本当に面白かった
次は全身にキスマークつけた雪のんが更衣室でがはまさんともめるとかおなしゃす
35 :黒猫 [saga]:2014/05/31(土) 08:23:54.74 ID:WhCE81ed0

『ホワイトアルバム 2 かずさN手を離さないバージョン』長編
(かずさNのIFもの。かずさ・春希)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1394068852/

『心はいつもあなたのそばに』長編
(かずさNのIFもの。かずさ・曜子・春希)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397636998/

『ただいま合宿中』短編
(かずさ編・雪菜編)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398739337/

『麻理さんと北原』短編
(麻理ルート。麻理・春希)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399500141/

『世界中に向かって叫びたい』短編
(かずさT。かずさ・春希・麻理)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1400991999/

『誕生日プレゼント〜夢想』短編
(夢想。かずさ・春希・曜子)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401263874/



やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。


『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』短編
(由比ヶ浜誕生日プレゼント後あたり。雪乃・八幡)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1387361731/

『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部』長編
(リメイク作品。雪乃・八幡・由比ヶ浜・陽乃)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401353149/
36 :黒猫 [saga]:2014/06/05(木) 07:55:06.08 ID:R8wExlhP0

今日の夜までには新作アップできるはず!(希望的観測)
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/05(木) 08:25:07.98 ID:+g5tMruu0

楽しみにしてるよ
38 :黒猫 [saga]:2014/06/05(木) 17:09:41.90 ID:R8wExlhP0

これからアップします。

おそらく1時間くらいかけると思います。

書き手のエゴでごめんなさい。

39 :黒猫 [saga]:2014/06/05(木) 17:11:02.97 ID:R8wExlhP0

第2章









由比ヶ浜「ねえヒッキー。ここ教えてよ。」

八幡「まずは、自分で考えてから聞けよ。」



といいつつも、素直に教えるあたり甘い。

この傾向は、大学に入学してから、さらに強くなったと思う。

大学受験の時は、俺と雪乃が二人がかりで勉強の見てやっていたが、

今は雪乃だけが学部が違う。

その結果、必然的にも俺が由比ヶ浜の面倒を見る時間が増えた。

教養課程ならば雪乃と同じ講義もあるにはあるが、

3年になり専門課程になれば、ほぼ皆無になってしまうだろう。



40 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 17:19:11.44 ID:R8wExlhP0



由比ヶ浜「さすがヒッキー。愛してるぅ。」



どこまで本気か疑う発言、いや、全く心がこもっていない告白だが

若干の感謝の気持ちくらいは入ってると信じて受け取っておくとしよう。



雪乃「由比ヶ浜さん。私の彼氏に愛の告白なんて、やめていただけないかしら。

   この男のことだから、真に受けて、あなたを襲ってしまう恐れがあるわ。

   さすがに私も、性犯罪者の彼女をやっていく自信がないわ。」



やや芝居がかった「よ・よ・よ」と崩れ落ちる姿は、

なかなか様になってるなと感心してしまった。

しかし、



八幡「そんなの真に受けねーよ。ぼっちマイスターを舐めて貰っちゃ困る。

   これでも、女の子が気もないのにしちまう男を惑わす言動には耐性があるんでね。」

雪乃「あまり嬉しくない耐性ね。」

由比ヶ浜「ははは・・・。」



41 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 17:24:26.38 ID:R8wExlhP0


八幡「ほれ。無駄口叩いてないで、先すすめるぞ。」

由比ヶ浜「無駄口叩いてるのは、ヒッキーとゆきのんじゃない。」



由比ヶ浜の非難を無視して、さっさと終わらせるべく説明を始める。

無駄口が面倒なんではない。

これ以上やったら、雪乃に潰されるから逃げたまでだ。

戦略的撤退。負け戦は、しないに限る。



こんな軽口や、雪乃がいれてくれた紅茶の飲みつつ、

適度にストレスのガス抜きをこなしながら、朝からテストにむけてのお勉強をしていた。

主に、由比ヶ浜の為だが。



42 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 17:31:39.63 ID:R8wExlhP0



ピピピピピ  ピピピピピ ピピピピピ ・・・・・・・




雪乃の携帯着信音が室内に鳴り響く。

雪乃は、勉強の邪魔をしてしまったと、申し訳なさそうに慌てて電話にでて、

そのまま廊下に行ってしまった。



由比ヶ浜「ゆきのんに、なんか気を使わせちゃったなぁ。」

八幡「気にするな。雪乃も気にしてない。」

由比ヶ浜「よくわかってるんだね。」

八幡「そうかな? 一緒に住んでても、まだまだたくさん分からないことだらけだぞ。

   お前のことだって、大学じゃ一緒にいるけど、何考えてるか分からないし。」

由比ヶ浜「ヒッキーには、私の気持ちなんてわからないよ。」

由比ヶ浜は、俯きながらも、ノートではないどこか違うところを見つめている気がした。

由比ヶ浜「さ、ここも教えて。」

八幡「だから、ちょっとは考えろよ。」





43 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 17:39:30.63 ID:R8wExlhP0



今日も由比ヶ浜に救われる。

俺は、由比ヶ浜の誘導にのって、演じていけばいい。

俺達の微妙な距離感を保っていられるのも、由比ヶ浜が常に空気を読んで

距離感をはかってくれているからなんだろう。

だけど、それも最近の由比ヶ浜の行動からは、理解できない行動も出てきたことも

事実であり、俺は、あまりそれを考えたくなかった。

悪い癖だ。

根本的解決を先延ばしにして、

うやむやにしてしまう悪い癖がまだ抜けきれないでいる。



雪乃「八幡。悪いのだけど、この前行った文具店の地図もってないかしら?

   姉さんも行ってみたいって言ってるのだけれど。

   八幡もってたでしょ?」



廊下から戻ってきた雪乃が訪ねてきた。どうやら陽乃さんからみたいだ。

品ぞろえもよく、海外からの輸入文具も多数取り揃えている店とあって、

見ているだけでも飽きさせない文具店であった。

先日デートがてら行ってみたが、なかなかのもので、いくつか買って来たものもある。



44 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 17:45:38.39 ID:R8wExlhP0



八幡「ああ、携帯にまだ地図データ残ってるはず。

   陽乃さんにメール送っといてくれよ。」

そう言って、雪乃に自分の携帯を渡す。

雪乃「じゃあ、姉さんに送っておくわ。」



雪乃は、俺の携帯を操作し、地図を送る準備をはじめた。

そんな光景を見て、昔を思い出すように、由比ヶ浜がぽつりとつぶやく。



由比ヶ浜「私がヒッキーのアドレス聞いた時も、こんなだったよね。

     平気で自分の携帯渡してくるんだもん。

     プライバシーとか気にしないのかって、驚いたなぁ。」

八幡「ああ? 俺にだってプライバシーくらいあったぞ。

   個人情報保護。知られない権利。一人でいる権利。プライバシー保護。

   そういった権利があるって、昔は本気で思っていたさ。」

由比ヶ浜「じゃあ、今はないの?」

八幡「ない。」

由比ヶ浜「そんな断言しなくても。」



45 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 17:52:14.03 ID:R8wExlhP0




俺の切実な叫びに、由比ヶ浜が、若干? いや、おもいっきり引いてしまった。



雪乃「聞き捨てならない台詞ね。」

八幡「雪乃?」



身を凍らすような声に、心臓が止まりかける。

俺の首を絞めるのでもなく、ただ俺の肩に雪乃が手を置いただけなのに、

息苦しくなってきた。



雪乃「別に、八幡が好きなようにしてくれてもいいのよ。

   でも、私は、八幡がどんなことに興味があるのかなって気になるだけ。

   それくらい、彼女に教えてくれてもいいわよね。」



46 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 17:58:53.91 ID:R8wExlhP0


雪乃の顔が近づいてきて、もう10センチも離れていない。

空調が効いていて快適な温度設定のはずなのに、汗が止まらなかった。

息も苦しい。本能が逃げろと訴え続けているのに、雪乃の視線から逃れることが

できなかった。それもそのはず、

俺の経験則が、逃げたら確実に殺されるって断定しているんだから。



これは思い出したくもない黒歴史。

俺だけじゃない。雪乃にとっても黒歴史に違いない。

今日は、そんな苦くも甘い思い出を語ってみよう。







47 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:06:28.35 ID:R8wExlhP0




八幡「ちょっとコーヒーいれてくるわ。雪ノ下は?」

雪乃「お願いするわ。」



いつものごとく、大学が終わったら一緒に仲良くお勉強。

今日は俺の部屋だが、雪ノ下のマンションの比率の方が圧倒的に高い。

その方が二人っきりになれるので俺としてはうれしいが、

雪ノ下は俺の部屋にも来たがるので、数回に一回は俺の部屋に来る。



勉強が好きっていうわけでもないが、俺達が付き合うことで成績が

下がったなんて思われるのが嫌だった。

俺の成績なんて気にしてないけど、雪ノ下の成績が下がるのだけは我慢ならない。

こいつが実家にどんな思いをしているかわからないし、

詳しい話もしてくれてない。

だけど、付け入るすきを作るわけにはいかない。

これだけはわかる。

俺達が付き合っていくには、乗り越えなきゃいけない障害があるってことくらい

アウトローの俺でも理解できていた。



48 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:08:15.61 ID:R8wExlhP0

ごめんなさい。

このペースでアップしていくと、あと2時間かかるかも・・・・・・・。

アップスピード上げます!

49 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:09:01.04 ID:R8wExlhP0



八幡「砂糖とミルクは?」

雪乃「お願いするわ。」

八幡「りょ〜かい。」



キッチンに行き、素早くコーヒーを用意する。

雪ノ下の好みの甘さも熟知しており、砂糖とミルクの量にも迷いがない。

甘いものも欲しくなるだろうから、お菓子類も少し拝借した。



八幡「ほれ。」



カップを雪ノ下の邪魔にならない位置に置くが、

雪ノ下はノートパソコンから目を離さなかった。


50 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:11:03.86 ID:R8wExlhP0


おかしい。何かが変だ。

そう思いつつも、ローテーブルの自分の席につこうとしたが、

雪ノ下が座っている席こそが自分の席だった。

ならば、雪ノ下が見ているノートパソコンは必然的に俺のパソコンって

いうことになるわけで・・・・・・。



八幡「雪ノ下さん。どうして俺のパソコン使ってるんでしょうか?」



小さな刺激でさえも爆発させてしまうような雪ノ下を

恐る恐る声をかけ、その液晶画面を覗き込む。



雪乃「高尚な趣味をお持ちのようね。逝ってくだされば、よかったのに。」



字が違う。絶対あの世に逝けっていう意味で言ってるだろ。


51 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:14:05.53 ID:R8wExlhP0


八幡「俺も男の子っていうことで・・・・・。」

激しく目が泳ぐ俺を許すわけもなく、息の根を止めるためにモリを撃ち込まれる。

雪乃「比企谷君もこういう卑猥な画像に興味があったわけね。」



画面に映されていたのは、俺が集めたエロ画像と動画。

しっかりとフォルダの奥深くに隠してあったはずなのに。

ちょっと目を離した隙にどうやって?



雪乃「事態がが呑み込めてないみたいだから、教えてさしあげるわ。」

雪ノ下が肩にかかった髪を払うが、その仕草が美しいなんて感傷に浸っている余裕もなく。

雪乃「勝手にあなたのパソコンを使ったことは謝るわ。

   でも、いつもお互い使ってるでしょ?」

八幡「別にそれについては怒っちゃねぇよ。」

雪乃「そうね。」


52 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:17:29.72 ID:R8wExlhP0


携帯もそうだが、パソコンであっても気にせずそのまま貸してしまう。

さすがに雪ノ下の携帯を無断で使うってことはないが、

検索やネットを見るために雪ノ下のパソコンを無断で使うことは多い。

しかし、それも雪ノ下は了承済みで、とやかく言うこともない。

だが、俺が気兼ねなく貸しているのは、持ち運び用に使っているパソコンであり、

自宅に置きっぱなしのパソコンではない。

自宅のには、雪ノ下には絶対見られてはいけない秘蔵のコレクションがあるわけで。



油断していた。

今日は自宅だから、そのまま自宅のパソコンを使っちまった。

慣れっていうものは、まじこえ〜な。


53 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:19:36.24 ID:R8wExlhP0


雪乃「私のパソコンフリーズしちゃったから、再起動するまでの間、

   ちょっとだけ借りようと思っただけなのよ。

   そうしたら、履歴に怪しげなアドレスがあって、・・・ちょっとね。」



そこから秘蔵ファイルまで見つけ出すなんて、どんな処理速度だよ。

ユキペディアさんは、どこまで知りつくしているんですか?



雪乃「なにか申し開きがあるのなら、聞くけど?」



笑顔が怖い。

下等生物を見下す冷徹な目をしてるし・・・・。



八幡「なにもありません。」



素直に全面降伏するしかない。無駄なあがきはかえって傷を増やすだけだ。

白旗を振りつつ、ゆっくり退却していくしかない。

退却できればの話だが、それは無理な話で、壊滅しかないんだろう。



54 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:22:33.90 ID:R8wExlhP0


雪乃「なら、説明してくれるかしら?」



俺は隣に座れと手で招かれるので、素直に座る。

彼女と仲良く?Hな画像を見るという奇妙な展開になってしまった。

ラノベとかで、そういうシーンを読むんなら笑っていられるけど、

実際自分が体験するとなると、まじで死にたい。



八幡「なにを説明すれば、いいんでしょうか?」

雪乃「こういった下着を着た女の人が多いのだけれど、

   これは比企谷くんの趣味かしら?」



たしかにきわどくカットされた刺激的な下着が多い。

ガーターベルトに、どこを隠しているかわからないのやら、

俺が実際目にすることなんてないような下着の数々が画面に映し出されていた。



55 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:26:05.28 ID:R8wExlhP0


八幡「男の子だし、色々見てみたいかなって・・・。」

雪乃「それは聞いたわ。」



すぐ横にある雪乃の目が、これ以上手を煩わすなと語っている。

横目で睨みつける視線が、部屋の温度を10度は下げているはず。



雪乃「別にいいのよ。あなたがこういういかがわしい画像を見ても。

   ただね、私の彼氏がどういった趣味嗜好をお持ちなのか

   知っておく必要があると、強く感じるの。

   だから、この下着のどういうところが魅力的なのか

   語っていただきましょうか。」

八幡「はひ・・・。」



56 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:27:42.71 ID:R8wExlhP0


その後、俺は、夜遅くまで食事抜きで自分が集めたエロ画像を

一つ一つ何故保存したのか、どこが気にいったかなど、尋問に応じるまま

詳細に説明していった。

そして、一日で全て終わるわけもなく、俺のノートパソコンは証拠物件として

雪ノ下が持ち帰える。

また、俺の部屋の捜索もその日のうちに行われ、

素直に提出したエロ雑誌も押収物として、雪ノ下が持ち帰った。



もし、彼女に自分の趣味嗜好を事細かに語ったことがやつがいるんなら

名乗り出てほしい。

この消えないだろうトラウマを癒す参考したい。



まあ、そんなわけで、俺の黒歴史はこんなものだ。

ただ、この話には続きがある。

雪ノ下は、どういうわけか、

俺の趣味嗜好にそったきわどい下着を着たりしてくれるようになったのは、

嬉しい誤算だった。

きっと雪ノ下のことだから、負けず嫌いもあっての対抗心なんだろうけど。





57 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:30:24.35 ID:R8wExlhP0



それから数日後、今日もいつものように雪ノ下のマンションでお勉強だ。

今は雪ノ下が紅茶をいれてくれるとのことで、休憩中。

パソコンであてもなく適当にメールやらニュースやらを覗いてると

間違えて迷惑メールをクリックしてしまった。

そうすると、突然ブラウザが立ち上がり、半脱ぎの女子高生の姿が映し出される。



後ろから足音が聞こえることからして、雪ノ下が戻ってきたようだ。

心臓が絞りとられるような汗が噴き出してきた。

俺は急いでブラウザを閉じ、迷惑メールを消去することで証拠隠滅を図る。

雪ノ下がテーブルまで戻ってくる数秒で気持ちを再起動し、

何もないように対応できたと思う。

雪ノ下のその後の様子も普通だったし、問題ないと思ってた。

あの夜までは・・・・・。




58 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:31:30.58 ID:R8wExlhP0



雪乃「ねえ、比企谷君。どうかしら?」

八幡「どうって、どうしたんだよ?」

雪乃「似合ってない? さすがに高校を卒業した人間が高校の制服を着ても

   似合わないわよね。」

八幡「似合ってるけどさぁ・・・・。ついこの間まで制服を着た雪ノ下を

   毎日見てたんだし、違和感なんてない。」



どこからひっぱりだしてきたのか、高校の制服を身につけている雪ノ下が

目の前にいる。

しかも、俺に見せつけるかの如く、回ったり、スカートの裾を少し持ち上げたりと

ファッションショーを始める始末。



雪乃「だったらいいのだけれど。」



そう言って、迫ってくる雪ノ下に逆らえるはずもなく、俺はベッドに押し倒された。








59 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:33:29.02 ID:R8wExlhP0




翌朝、雪ノ下が朝食を作ってくれているのを横目に昨夜の出来事を検証していた。

たしかに今まで、俺の秘蔵コレクションにあった嗜好にそった誘惑はあった。

でも、俺には女子高生関連の嗜好はなく、そういった画像・動画はなかったはず。

ここにあるのは持ち出し用で、エロ関連なんて入ってないし、

自宅のも雪ノ下が全て消去してしまったが、なにかヒントはないかと

パソコンをいじっていると、

履歴に一つだけかすかに見覚えがあるHPが表示されている。



これか。

この前の迷惑メールのやつが履歴に残ってて、

それを雪ノ下がみたっていうわけか。

でも、雪ノ下のやつ、何も言ってこないしなぁ。



60 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:36:03.31 ID:R8wExlhP0


どう対処していいか迷ったが、一つ罠を仕掛けておくことにした。

俺の秘蔵コレクションにはないエロ関連をわざと入れておき、

しばらく雪ノ下の出方をみればいい。



まずは、まだ持ってるかわからないけど、体操服あたりにしておくか。



そういうわけで、俺の実験が始まった。

数日後の夜。俺の予想は的中し、体操服姿の雪ノ下がいたことはご想像に任せよう。

その後は、ちょっとずつ、慎重に。しかも、雪ノ下が引かない程度に・・・、

と、徐々にエスカレートしていくわけだが、その後なにがあったかは秘密だ。




そして、ある日の午後。

さすがにSMはなぁ・・・・。

今日も、雪ノ下になにを着てもらおうかと作戦を立てていると、

音もなく雪ノ下が背中から抱きついてきた。



61 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:37:56.73 ID:R8wExlhP0


雪乃「ふぅ〜ん。比企谷君って、こういうのが趣味だったのね。」

八幡「これは・・・・、いつから見てた?」

雪乃「なにか独り言をいいながら、エッチな画像を見てるところからかしら?」

八幡「それって、最初からってことじゃ?」

雪乃「あたながこの前着させた猫耳あたりから知ってたわ。

   でも、あなたが気がつくまで、どうしようかしらって思って。」



今日のことだけではなく、ずっと以前からのことも全部ご存じのようで。

ここは、土下座して謝るしかない。

そう思い、雪ノ下の腕を振りほどこうとしたが、力が込められた腕からは

逃げられることはなかった。


62 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:39:06.78 ID:R8wExlhP0



雪乃「どこに逃げるつもりかしら?」

八幡「どこへって。土下座して謝ろうかと。」

雪乃「そんな謝罪はいらないわ。

   言ったわよね。あなたがどんな趣味嗜好があってもかまわないって。

   だから、私に分かるように教えてくれないかしら。」

八幡「その手に持っているのは、なんでしょうか?」

雪乃「ロープよ。だって、縛られてた方が、気持ちがわかるかと思って。

   さ、手を後ろに回してくれないかしら? 

   あなたの手を縛れないじゃない。」



俺は雪ノ下に拘束され、正座のまま足がしびれようが翌朝まで

説教を受け続けた。

その後、お互いコスプレにはまってしまったことは秘密にしておく。



ま、これが雪ノ下の黒歴史ってわけだ。

それ以来、俺はそういったたぐいのものは見向きもしなくなった。

しかも、拒絶反応まで出るまでである。

間違って迷惑メールを開いたときは、すぐさま雪ノ下に報告するようになったのは

けっして雪ノ下が怖いからじゃないってことは信じてほしい。








第2章 終劇

第3章につづく




63 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/05(木) 18:51:55.66 ID:R8wExlhP0

第2章 あとがき



アップに予定以上時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした。

だいたい今回ぐらいの文章量で毎回アップしていく予定です。

来週もアップできたらいいなと考えています。

皆さまが、楽しんでもらえる作品だといいなと、せつに感じております。





今回のネタは、先週思い付いた軽い日常ネタでした。

後半描写が薄くなったのは、さすがに書きにくい内容だったので。

その分後半駆け足の展開になってしまいました。

それが今回の大きな反省点でしょうか。




次週は、SS元ネタを『俺ガイル』に流用する予定です。

なんかまったく別物に感じてしまうのは、書き手だからでしょうか?

次週も読んでくださると、大変うれしいです。





黒猫 with かずさ派


64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/05(木) 19:12:51.27 ID:FiVXXTLGO
乙 待ってる
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/05(木) 19:13:07.20 ID:NpyP1pDfo
ふむふむ
悪くない
続けなさい
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/06/05(木) 23:59:54.62 ID:t5G9aMd80
面白い 続きも期待
67 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/06(金) 19:54:33.58 ID:EMkf76980

>>62のラスト5行は

「雪ノ下」じゃなくて「雪乃」だったorz

そうしないと時間の流れがあわないですね

68 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/06(金) 20:09:47.88 ID:EMkf76980

今回も読んでくれた人がいてくれて、ほっとしています。

次週もアップできるよう、がんばります!

ありがとうごいました。

69 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/10(火) 19:28:16.87 ID:a/YdFhaI0



ホワイトアルバム2(cc〜coda)cc編


『心の永住者』


の第1話あとがきより、一部転載






cc〜codaのcc編始まりました。

週一回のアップでやっていこうと思います。

現在あと8週分のストックありますから、貯金を使いきる前にcc編を

書きあげたいです。

ストックがあっても、アップ直前にもう一度チェックいれないといけませんし、

なによりも、いくら書き進めても、前の方の話を書きなおさないといけないことが

多いです。

だから、いくらストックがあっても、とても不安です。

大きな話の流れを作り変えないとしても、

数字とか設定を直さないといけないところが出ないかドキドキしています。

さすがに、前の方の話は書き直す心配は低いと思いますが。




『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部』の方の連載は大丈夫かと

心配されている方もいらっしゃると思いますが、

こちらも第4章まで書き終わってました。

来週分までは、出来上がってましたが、第5章を書くにあたり、

第4章を書き直すことになりました。

といっても、3割くらいで済むと思います。

あと、これは言い訳になってしまうのですが、

ニヤニヤする展開をずっと続けることは不可能です。

ですから、シリアスな話も、重い話もあると思います。

しかし、なるべく軽い感じで書こうと努力はしてます。

その辺の事情をご理解して頂けるとうれしいです。




70 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/10(火) 19:28:48.02 ID:a/YdFhaI0



ホワイトアルバム2(cc〜coda)cc編『心の永住者』
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1402390303/

ですが、原作White Album 2 を知らなくても楽しめる内容になっています。

序盤は暗くシリアスな展開になっていますが、

それでも読者の皆様が引き込まれる恋愛ものになるよう努力しております。

もしよろしかったら、せめて5週目くらいまでは読んでから判断して頂けると

嬉しく思います。







黒猫 with かずさ派






71 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 17:59:12.83 ID:4Y4IV9wx0



第3章








6月になり、雨の日が多くなると、必然的に自転車での通学はできなくなる。

俺一人ならば、カッパを着て突っ切ってもかまわないが、

雪乃が一緒だとそうもいかない。

風邪をひかれるのも嫌だし、・・・・・雨で雪乃の服が透けるのは、もっと嫌だった。

最近、というか雪乃と付き合いだしたときからうっすら自覚してたが、

俺は存外独占欲が強いようだ。

もともとそこに存在しているだけで注目を集めてしまう雪乃だったが、

いやらしい目をした男どもの前に晒されるのだけは許せない。

そんな小さすぎる俺を見せない為にも、そういうハプニングを未然に防ぐ努力だけは、

やめることができなかった。

雪乃にだけは、絶対に知られたくない秘密だ。

たぶん、いや、高確率で知られてるんだろうけど・・・・・。


72 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:01:33.42 ID:4Y4IV9wx0



小雨が降る中、二人傘をさし駅に向かう。

カッパを着て、無邪気に母親にまとわりついていた子供が横を走り抜ける。

雨の中、無邪気にはしゃぐ気持ちにはどうしても共感できないでいた。

傘をさした分、若干いつもより二人の距離がひらいてしまっていることに

いらだちを覚えるのも、きっと連日の雨のせいだけではないはずだ。



八幡「こう毎日雨降られると、嫌になるな。」

雪乃「そう? 私は、こうして二人で歩きながら駅に向かうのも悪くないと思うわ。

   自転車で行くのも楽しいのだけれど、話しながらゆっくり歩くのも、

   有意義な時間じゃない?」



首をかしげ、傘の下から覗き込む姿が、あまりにも絵になってしまい見惚れてしまう。

雨でしっとりとした髪が頬に張り付くのさえ、妙に艶っぽく感じられた。

73 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:02:50.96 ID:4Y4IV9wx0


八幡「そうだな。・・・・たまには、歩くのもいいかもしれない。」


自分の意見を即座に撤回するあたり、小町の言葉は真実味を帯びていると思えた。

小町曰く、

「最近のお兄ちゃんは、雪乃さんにデレすぎ。

見ているこっちの方が恥ずかしくなっちゃう。」とのこと。

自分でも、その自覚はある。

顔が赤くなってしまったのは隠せないが、せめてもの意地で言葉ぐらいは平静さを

装おうとしたが、かえって声が裏返ってしまう。

そんな俺を見透かしてしまっている雪乃に恥じらいを感じていたが、

今では、それさえも心地いい関係になってしまっていた。



雪乃「そうでしょ? 

   ・・・・・・でも、最近コミュニケーション不足じゃないかしら?」


74 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:04:48.57 ID:4Y4IV9wx0


雪乃は、一呼吸あけてから、どきりとする話を切り出してきた。

あまりにも平凡で、あまりにも倦怠期を迎えたカップルの台詞に

俺は強く反発してしまう。



八幡「そんなことねーよ! 俺は、今のこうした何気ない会話でさえ新鮮で、

   喜びを感じている。

   最近、レポートで話をする時間が減ってきているけど、

   それは仕方がないっつーか。

   でも、俺は、朝食の時とか、わずかな時間時でも雪乃と話す時間があると思うと、

   すっげーうれしくて、レポートも頑張ってしまうっていうか。

   それが、レポートに時間食ってしまう悪循環になってるかもしれねぇけど・・・・。」



あせりもあってか、言葉がまとまらない。

強引に一気に巻くしあげ、必死の弁明を繰り広げる俺を見て、

雪乃は優しく微笑みかけてくる。


75 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:07:52.08 ID:4Y4IV9wx0


雪乃「そんなに、私といると楽しい?」

八幡「楽しいよ。」



ばつが悪くて、つい顔を背けてしまう。

そんな俺を見かねた雪乃は、傘を閉じ、俺の傘に入ってきた。

雪乃は、俺が傘をさしている腕に腕をからめると邪魔になるのではと思案していた為

そっと俺の腕に手を触れてきただけだったが、そのまま遠慮がちに腕をからめてくる。



雪乃「私も楽しいわ。こんなに喜びを感じることなんて、今までなかったわ。

   でも、最近ちょっと物理的接触によるコミュニケーションが不足がち

   だと思うのだけれど。」

八幡「雪乃?」

雪乃「だから、駅までこうしていきましょう。」

76 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:08:36.05 ID:4Y4IV9wx0


俺は雪乃を見ることができない。

まっすぐ前を向き、傘をいつもより深めにさして歩き続ける。

下から俺を覗き込む雪乃には、俺が顔を赤くしているのが丸見えだけど、

それでも、にやけてしまう顔を直接見せることだけはできなかった。

残ってたレポートを思い出し、できる限り迅速に終わらせる計画を立てようとしたが、

それは後回しにすることにした。

今は、雪乃を感じていたいから。









77 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:10:16.74 ID:4Y4IV9wx0






雨が強くなっていくのを眺めつつ、ここ最近乗っているいつもの電車を待っている。

通勤ラッシュが終わり、一息できるこの時間。

朝の講義にはぎりぎりであったが、人ごみにもまれるよりはましだ。



八幡「早く梅雨明けねーかな。こう雨ばっかりだと腐っちまう。」

雪乃「そうね。八幡の場合、このままだと腐り落ちてしまうわね。」

八幡「既に腐ってる前提ですか。」

雪乃「ええそうよ。

   でも、私もあなたとなら、このまま腐り落ちていってもいいって

   最近思うようになったわ。」

八幡「それは・・・・・、まあ、あれだな。腐らないように努力します。」

雪乃「ええ、そうしてくれると助かるわ。」


78 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:11:29.22 ID:4Y4IV9wx0

ごめんなさい。15分くらい席をはずします。

79 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:21:52.04 ID:4Y4IV9wx0


朝から体温が上昇する発言だけはやめてほしい。

こう蒸し暑くて不快なのに、雪乃に振り回されて汗が滝のように流れてしまう。



雪乃「汗すごいわね。」

八幡「誰のせいだと思ってるんだよ。」



恨みがましげな視線で抗議すると、できの悪い弟を甲斐甲斐しくも世話をする姉のごとく

バッグからハンカチを探し出そうとしていた。

傘が邪魔になって、うまく探しだせないでいると、ホームに電車が入ってくる。

雪乃はバッグの中に意識が集中しているせいで、

電車から降りてくる客に気がつかないでいた。

80 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:22:34.21 ID:4Y4IV9wx0


八幡「雪乃。」



電車のドアが開き、中から客が降りてくる。

降りてくる客の邪魔にならないように、雪乃の肩を掴み、抱き寄せた。

不意をつかれた雪乃は、足をもつらせ、俺に体重を預ける形になってしまった。

雪乃の小さな体が俺の中にいると思うだけでドキドキするのに、

雪乃のつややかな髪から漂う香りに意識が奪われる。

雪乃が俺を見上げて、恥ずかしそうに非難の目を送っていたようだが

そんなのに気がつく余裕なんてあるわけない。



雪乃「助けてくれたのは、嬉しいのだけれど、いつまで抱きしめているつもりかしら?」

八幡「すまん!」


81 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:23:00.36 ID:4Y4IV9wx0


俺は慌てて雪乃を離したが、周りにいる客の視線を十分すぎるほど集めてしまい、

雪乃は俺を置いて電車に乗り込んでしまう。

一人残された俺は、嫉妬と羨望の視線をありがたく頂戴していた。

もう、慣れっこよ。









82 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:24:42.97 ID:4Y4IV9wx0


雪乃の後を追い、隣の吊皮にだらしなく垂れ下がる。

しかし、きつい視線を感じ、反射的に背筋を伸ばしてしまう。

二人でいるときは、それこそ腐りきって二人で溶けあうほどであっても雪乃は文句を

言ってはこないが、人前では、姿勢など、こまごまと注意を受けてしまう。

そのことをそれとなく、なんでかって聞いてみたところ、



八幡「こういう躾っていうか行儀作法というのは、普段からの行いが大事だと

   思うのよ。だから、俺が外で行儀が悪いのは、

   普段から俺を甘やかしている雪ノ下が悪い。」

雪乃「あなたは、私と二人っきりの時も型にはまった作法を重要視した堅苦しい

   時間を過ごしたいの?

   もちろん常日頃の行いは大切だわ。

   でも、息抜きというか、二人だけの時間は、そういった作法とか

   外での自分を忘れたいというか・・・・・。」

八幡「そうだな。・・・・なるべく気をつける。」
  

83 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:25:38.70 ID:4Y4IV9wx0


雪乃「あなたは自分がどう思われようが気にしていないみたいだけれど、

   私は、・・・・・自慢の彼氏って見せびらかしたい訳じゃないのよ。

   その・・・・・、あなたが必要以上に見くびられた存在として認識されるのが

   許せないの。

   だって、あなたは、あなた自身が思っている以上に、素晴らしい人なのに。」



って、恥ずかしがりながらも、堂々と告白されてしまった。

これを聞いてしまっては、男としては、彼女の願いを叶えたいっ。

なんというか、まあ、今みたいにパニクってなかったら、

たいていはお行儀よくするようになったと思う。

たぶん、・・・・少しは改善したはずよ?



八幡「さっきは悪かったな。」

雪乃「いいのよ。私の方こそ、助けてくれて、ありがとう。」

84 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:26:24.64 ID:4Y4IV9wx0


雪乃は、もうなにも気にしていないようで、俺は胸をなでおろす。

ほっとして、落ち着いたのもつかの間、

汗で湿った髪が額にへばりつき、うっとうしいので髪をかきあげるが、

頭から未だ流れ落ちる汗が不快だった。



雪乃「八幡、こっち向いて。」

バッグから、ようやく見つめ出したハンカチを手にしていた。

八幡「いいよ。」



これ以上雪乃に接近を許してしまうと、さらに汗が出るんではと危惧した俺は

雪乃の申し出を断ろうとした。

85 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:27:03.30 ID:4Y4IV9wx0


雪乃「冷房効いているのだから、このままだと風邪をひいてしまうわ。

   それとも、私に看病してほしくて、わざとやってるのかしら?」

八幡「そんな面倒なことしねーよ。」

雪乃「だったら、おとなしくしなさい。」

八幡「よろしくお願いします。」



俺は、素直に雪乃に汗をぬぐってもらうが、甲斐甲斐しく世話をしてくれる雪乃を

夢中で目で追ってしまった。

頬笑みを浮かべる雪乃があまりにもかわいすぎて、今すぐ抱きしめたかったが、

周りからの視線に気が付き自重した。

周りからのひがみの視線はうっとうしいが、

こういうとき気持ちを立て直すことができるので便利つったら便利かもしれない。



どぎまぎしながらも幸福な時間に浸っていたが、それもすぐに終わってしまう。

名残惜しいが、放課後まで我慢するしかないか。

86 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:28:52.03 ID:4Y4IV9wx0

しかし、



雪乃「明日から、実家の用事で家を空けるのだけれど、八幡一人で大丈夫かしら?」



そう。雪乃の言う通り、明日から一週間ほど雪乃は実家の用事で実家に戻ってしまう。

俺達が一緒に暮らすようになってから、いや、付き合いだしてからでも、

一週間も会わないでいたときなんかなかった。

でも、俺達のわがままを聞いてくれている雪乃の両親のためだ。

地元有名企業を経営していて、しかも議員もやってるとなると

その家族も色々忙しいらしい。

今までは、姉・陽乃が主だって出ていたが、大学生となった雪乃が呼ばれることも

増えてきている。

それでも、陽乃が手をまわしてくれているおかげで、雪乃の負担は軽減されていた。

だから、こういうときくらいは雪乃を実家に帰してあげなくてはっていう思いもある。

寂しくないなんて、嘘になるが。

夜になったら、絶対雪乃の枕を抱きしめて、ぐるぐる転げまわる自信もある。

だけど、心配せずに行って来いなんて、すぐにばれる嘘を言う気もない。


87 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:30:20.29 ID:4Y4IV9wx0


八幡「生活していく分には問題ないだろ。

   ただ、雪乃がいなくて、すっげー寂しいだけだ。

   だから、一人で大丈夫じゃないけど、行って来いよ。」



捻くれていて、矛盾だらけの言葉を送ることにした。



雪乃「あなたらしいわね。」



呆れた顔をして、俺を覗きこむ雪乃が俺に腕をからめてくる。

湿った服がからみ合うのは本来不快なはずなのに、雪乃となら全くそんなことない。

湿った服が雪乃の腕のラインを強調され、見慣れた腕なのに

見てはいけないものを見てしまった気さえしてしまう。



雪乃「それならば、少し充電しておきましょう。

   それと、悪い虫がつかないように、しっかりと私の臭いを刷りつけないと。」

88 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:31:30.99 ID:4Y4IV9wx0


冗談とも本気ともとれる表情に、どう反応すればいいか困る。

たまに見せるこういう子供っぽい顔も好きだが、

こういうときに限って本気の場合が多いというのは、

やはり雪乃なりの照れ隠しなんだろう。



八幡「俺になんか悪い虫寄ってくるわけねーよ。

   そういうのは、葉山みたいなリア充イケメン君くらいにしか必要ない。」

雪乃「私もそう思うわ。」

八幡「だろ?」

雪乃「一人を除いてだけれども。」

八幡「ん?」



雪乃の声が小さく聞き取れなかったため聞き返したが、

雪乃は俺の問いを無視して話を続けた。

89 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:32:49.26 ID:4Y4IV9wx0


雪乃「こうやって群衆の前で見せつけておけば、もし八幡がやましいことをしても

   すぐに噂になって、私の耳に入るでしょ?」

八幡「なんだよ、それ? そんなに俺って信用ない?」

雪乃「八幡のこと、信用してるわ。でも、念のために・・・。

   私って、嫉妬深い? 嫌いになった?」

八幡「そんなことねーよ。嫌いになんかならねーし、

   雪乃が嫉妬深いと感じてしまうくらい俺のことを想ってくれるんなら

   光栄なことだ。」



今にも消え去りそうな雪乃を安心させるために、電車の中だっていうのに

我ながらくさいセリフを言ってしまった。

後悔はしていない。雪乃の不安を払しょくするためだ。

そのためだったら、このくらい・・・・。

あとで一人になったときに、身悶えまくって頭を床に打ち付けまくる程度で済むはずだ。

その後、一週間くらいは後遺症も残るけど。



雪乃「八幡、ありがとう。・・・・・・好きになってくれて。」



俺にしか届かないような小さな声だったが、今度はしっかり俺の耳に届いた。

雪乃の温もりを感じつつ、目的地までのわずかな時間を堪能する。

何度も何度も頭の中で雪乃の囁きが繰り返された為、顔が緩みきる。

顔が緩んでいたことを雪乃に指摘されたのは、改札口を出てからであった。









第3章 終劇

第4章につづく


90 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/12(木) 18:34:40.93 ID:4Y4IV9wx0


第3章あとがき




今週もアップでき、ホッとしております。

今週から3週続けて(3・4・5章)は、話がつながっている感じで仕上がっています。

現在第5章を描いている途中なのでわかりませんが、もしかしたら第6章も

続いている感じになるかもしれませんが・・・・・。

来週の木曜日もアップできると思いますので、また読んでくださるとうれしいです。



ちなみに、今回の元ネタは

『ただいま合宿中』(かずさ編 1 1日目 朝  ・  3 2日目 朝)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398739337/

です。 それと、第1章 1-2 の元ネタは

『麻理さんと北原』
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399500141/

になります。







黒猫 with かずさ派




91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/12(木) 20:05:14.49 ID:mJ2+ZKB2O
ゆきのん!!
92 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/13(金) 19:42:25.40 ID:C1FlZCf10

【悲報?】


第3章から第5章までの続きモノの予定が、第5章を書き終えてみたら

第6章だけでなく第7章までいきそうな予感・・・・・・。

今の展開終わったら、別の展開やるつもりだったのに、終わらんw



もう少しストック溜まるようだったら、今まで5千字くらいを目安にアップしていたのですが

もうちょっと増やして7千字〜8千字くらいまで上げられるように頑張ります。

(参考資料)ライトノベル1冊300ページで8万字〜10万字らしいですよ。

93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/13(金) 23:07:23.32 ID:qq2sy5+Io
次作はラノベの新人賞に応募してみてもいいんじゃないの?
94 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/14(土) 01:19:58.02 ID:6YeU34Jw0

そんなこと言ってくださると、頑張ってもっと書いちゃいますよ

95 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:02:32.08 ID:62wq7byL0



第4章










普段学食に通い慣れていない俺は、席を確保するのでさえ神経をとがらせてしまう。

こういう場所では、リア充の仲良し集団がお気に入りの席といって

いつも同じ場所を確保するやつらがいる。

うちの大学くらい大きければ、ごった返しの学食でそんなことできるとは思えないけど

万が一ということも考えて、隅の方でこっそりと食事をとることにした。



いつもの昼食といえば、雪乃と待ち合わせをして、空き教室や

天気のいい時だったら中庭などで、雪乃お手製のお弁当を二人で食べるのが日課だった。

だから、こうやって学食に来ることは珍しいことで、不安も感じるが、

ちょっとだけ楽しみでもある。

味に関しては、そこそこ美味しかったという印象が残っていた。

雪乃の料理と比べれば、大したことがないが、味というよりは、

いかにも大学の学食という雰囲気が味わえることに興奮を覚えていた。



由比ヶ浜「あっ、ヒッキー!」



どんより曇った梅雨の天候とは裏腹に、もう夏が到来してしまった由比ヶ浜の

底抜けに明るい声が学食に響く。

うちの大学も、そこらの学食と同じように静まり返ってるわけではない。

むしろ人が多い分うるさいんじゃないかって思える。

しかし、そんな中でも、由比ヶ浜の声は騒音を突き抜けてまっすぐ俺まで届いた。

俺を見つけた由比ヶ浜は、トレーを持って人の間を持ち前の人懐っこさで

てこてことすり抜けてくる。

波打つコップの水面を見てハラハラしたが、当の本人はトレーの上の状態など

お構いなしだったので、注意の一つでもしてやろうと思った。


96 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:03:43.48 ID:62wq7byL0


しかし、昼食の前にお小言なんか聞いてしまうと、味がまずくなるし、

言う方の俺も気まずい。

だから、お小言は口の中の唐揚げと共に飲み込んだ。



由比ヶ浜「ヒッキーが学食だなんて、めずらしいね。」



由比ヶ浜は、空いている俺の隣の席にごく自然に座る。

教室では、俺が由比ヶ浜の面倒を見ていることもあって、由比ヶ浜が隣の席に

座ることなんて当たり前の光景になってしまっている。

だから、最初こそ教室内で噂にもなったりしたが、由比ヶ浜の人気と

人当たりの良さもあって、今では特になにか言われたりすることもなくなっていた。

だけど、学食では別だ。

俺が目立ってしまっているのは、雪乃といつも一緒にいるからであるが、

その俺がいつもはいない学食で独りで食べているとなると、

いやでも注目を集めてしまう。

しかも、今は由比ヶ浜という雪乃に引けを取らない注目を集める存在が

俺の隣に座っってる。

どんな噂話をされるかと思うと冷や汗が出てしまう。

今まさに同じテーブルのやつらが聴き耳を立てているんじゃないかって

自信過剰の猜疑心に悩まされてしまった。

俺一人が問題になるんなら、どうってこともないが、雪乃と由比ヶ浜が

必然的に巻き込まれるとなると、心中穏やかではいられなかった。



八幡「うっす。どうしたんだ? お前の方こそ珍しいな。」

由比ヶ浜「ゆきのんは・・・・・、って、実家の用事でいないんだっけ。」

八幡「そうだよ。だから、学食に食べに来てんだ。

   久しぶりの学食だけど、結構いけるな、うちの学食。」



見てからしてボリューム満点の唐揚げ定食。

肉を与えておけば大丈夫でしょ的発想は安直すぎるが

お金はないがボリュームとお肉が食べたい大学生には的確すぎる食事だ。

97 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:04:32.94 ID:62wq7byL0


しかも、材料費も考えれば学食からしても使いやすいメニューなんだろう。

一つ注文があるとすれば、脂っ毛が少ない胸肉ではなく、

ジューシーなもも肉を作って欲しいところだった。

まあ、低価格で大学生を満足する量を提供しなけりゃいけないんだし

もも肉は高嶺の花なんだろうな。



由比ヶ浜「うん、まあ、そだね。でも、毎日だと、飽きちゃうかなぁ。」



由比ヶ浜のメニューは、俺とは違い日替わりランチだったと思う。

野菜と肉が両方取ることができる中華丼。

肉ばっかりの唐揚げ定食では、人目が気になる女子大生は敬遠するんだろうか?

だったら、野菜も取れる中華丼は女子大生にうってつけのメニューなのかなと、

自称学食研究家を気取ってみたりする。



八幡「そうかもな。」

由比ヶ浜「だから、たまに自分で作ってくることもあるんだよ。」



俺が由比ヶ浜の壊滅的な料理センスを思いだしてしまったことが

顔に出てしまったようで、由比ヶ浜は、すぐさま抗議の視線を叩きつけてきた。



由比ヶ浜「私だって、料理するようになったんだから。

     だから、少しずつだけど上達してるし。

     さすがにゆきのんみたいにはできないけど・・・・。」



雪乃と自分とを比べることで落ち込む由比ヶ浜であったが、そもそも比べる相手が悪い。

俺も料理をする方だが、いくら上達したとしてもあいつに追いつけるとは思えなかった。

人には得手不得手があるから、自分にあった長所を伸ばせばいいと思うが、

それでもやはり高すぎる山はうらやましく思ってしまうのも人のサガなんだろう。


98 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:04:58.81 ID:62wq7byL0


八幡「まあ、なんだ。今度食べさせてくれよ。上達したんだろ?」

由比ヶ浜「うん!」



こうやって由比ヶ浜のフォローなんかするなんて、

昔の俺だったらありえないことだった。

これでも俺は、短所の方も少しは改善できているってことなのかもしれない。

長所と短所。どちらも改善していくことが必要だと思うけど、

俺は、人の本質なんか簡単には変えることはできないって、身をもって知っていた。











99 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:05:37.82 ID:62wq7byL0










八幡「ごちそーさん。」



俺は由比ヶ浜より先に食べ始めていたこともあって、食べ終わってしまった。

だからといって、由比ヶ浜を置いていこうなんて思ってなかったのだが、



由比ヶ浜「もう少しで食べ終わるから、ちょっとだけ待ってて。」

八幡「別にゆっくりでいいよ。ゆっくり食えって。

   それに、次の講義一緒だろ。食べ終わるまで待ってるから、気にするな。」

由比ヶ浜「うん。じゃあ、慌てないで食べるね。」



由比ヶ浜は、再び一つ一つ味わいながら食べ始めた。

俺は、ぬるくなったお茶をずずっとすすりながら、由比ヶ浜を横目で観察する。

微妙に気まずい。食べ終わり、何もやることがなくなると

妙に手持無沙汰になってしまって落ち着かない。

雪乃となら、意識なんかしないのに。

これが、俺と雪乃と由比ヶ浜の間に出来てしまった距離の差なのだろうか。

普段なにも感じることもなく積み重ねてきた俺達の距離が

気がついたときにはどうしようもなくなってしまっていて、

それに絶望する日がくるのかもしれない。

雪乃も由比ヶ浜も、きっと気がついてしまっているはずだ。

俺達はどこで道をたがえてしまったんだろう。



八幡「なあ、お前がいつもつるんで昼食べている連中はどうしたんだ?」



俺は、気持ちを切り替えようとして、他愛もない話題を振ろうとした。

しかし、すぐさまその話題の選択が間違っていたことに気がつく。


100 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:06:26.85 ID:62wq7byL0


由比ヶ浜「ん?」



箸をくわえるのは、やめなさい。

ちょっと、かなりかわいい仕草だけど、雪乃がいたら説教ものだぞ。

そんな心配事などつゆ知らず、由比ヶ浜は俺の質問に答えた。



由比ヶ浜「なんか独り寂しく食べているヒッキー見つけちゃったから

     一緒に食べようかなって。

     食券買ってるとき席を見まわしていたら、ヒッキー独りなのに

     目立ってるんだもん。

     だから、皆に断って、こっちきちゃった。」

八幡「あぁ? そんなに目立ってたか?」

由比ヶ浜「そうだよ。」



笑いながら話す由比ヶ浜を見て、俺はどんな顔をしているのだろうか。



俺は知っている。

由比ヶ浜は、俺を見つけたからここに来たわけではないって知っている。

由比ヶ浜といつもつるんでいる連中は、俺が学食に来る途中に外にでも

食べに行こうとしてるのか、こことは逆方向に歩いていっている。

だから、由比ヶ浜がここに来るには、最初から俺に会う意思を持ってなければ

出会うことなんてできやしないんだ。

だからといって、俺はそれを指摘しない。

指摘できない。



あぁ、なんでこんな話題ふっちまったのかな。

と、俺が選択ミスを嘆いていると、由比ヶ浜は自分から別の話題を振ってくれた。

俺は嬉々としてそれに乗っかろうとしたが、それも間違いだったって後で気がつく。



由比ヶ浜「あのね、ヒッキー。」

八幡「ん? どうした?」


101 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:07:11.81 ID:62wq7byL0


箸を置き、胸のあたりで両手を合わせてもじもじしていたが、

俺の返事を聞くと、まっすぐ俺を見て要件を伝えてくる。



由比ヶ浜「昨日から、ゆきのん実家に戻ってるでしょ。

     ヒッキーは食事どうしてるのかなって思って。」



俺の顔のちょっとした変化さえ見逃すまいと、じっと見つめてくる。

そんなに見つめられてしまうと照れしまうものだが、

場所が場所だけに、周囲からの視線の方が気になってしまった。



八幡「食事って? 今日から弁当ないから、こうして学食で食ってるだろ。」

由比ヶ浜「それは見ればわかるよ。じゃあさ、朝とか夜はどうしてるの?」

八幡「朝は、パンとかサラダを適当に食べるくらいかな。

   ま、そのくらいはできる。」

由比ヶ浜「サラダって、いばっていうほどの料理じゃないし。」

八幡「そうだけどよ。朝は色々忙しいんだよ。それに、それくらいで十分だ。」

由比ヶ浜「そうだけどさぁ・・・・。じゃあ、夜は?」

八幡「夜? 昨日はラーメン食べに行ったな。」



どうも今日の由比ヶ浜はくいついてくる。

その理由も分かっているけど、だからといって、邪険にはできない。

だから、いつものように、のらりくらりとかわすしかない。



由比ヶ浜「今夜は?」

八幡「今夜? まだ決めてねぇけど。」



しかし、今日の由比ヶ浜のくいつきは、想定以上だった。



由比ヶ浜「決まってないんなら、作ってあげようか?」

八幡「いや、それは悪いだろ。」

由比ヶ浜「そんなのぜんぜん。それにヒッキー、さっきさ、

     私が料理上達したか見てくれるっていたじゃない。

     食べさせてくれって言ってくれたよね?」

102 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:07:55.25 ID:62wq7byL0


八幡「そんなこと言ったか?」



口は災いのもとだな。どこか油断していたところがあったのは認めるけど、

由比ヶ浜がこうも理屈も絡めて迫ってくるなんて読み違えていた。



由比ヶ浜「言ったよ! 私が料理少しずつだけど上達したって話したときに。」



由比ヶ浜が興奮気味に言うものだから、周囲も声の大きさに驚いて

こっちを見ている奴も少なくない。

このまま話を引き延ばすのも良作じゃねぇな。



八幡「そうだったな。たしかに今度食べさせてくれて言ったな。」

由比ヶ浜「だったら、食べてくれるよね?」

八幡「そ・・それは・・・・。」



俺が目をそらそうとしても、俺の前に顔を移動させて追っかけてくる。

本当にこのままだと、シャレにならないくらい目立ってしまう。

それだけは、勘弁してほしい。



由比ヶ浜「むぅ〜・・・・・。」

八幡「わかったよ。今度食べさせてくれ。だけど、今夜は駄目だ。」

由比ヶ浜「なんで?」

八幡「雪乃がいないのに、由比ヶ浜を一人部屋に上げるわけにはいかないだろ?」



こんなこと言うのは卑怯だってわかってる。

だけど、今日の由比ヶ浜は、雪乃の名前を出さないとひいてくれないだろう。



由比ヶ浜「・・・・そだね。」



中腰に立っていた由比ヶ浜は、自分の席に身を沈め、肩を落とす。



八幡「だ・・・。」


103 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:08:41.55 ID:62wq7byL0


由比ヶ浜は、俺の言葉は遮って、今度こそはと新たな提案を打ち出してくる。



由比ヶ浜「だったら、明日。明日のお昼お弁当作ってくるね。

     これだったら、問題ないでしょ?」



ここまで言われたら、俺は折れるしかないかもしれない。



由比ヶ浜「ね!」



由比ヶ浜の顔が迫ってくる迫力に押されて、ついに俺は由比ヶ浜の提案を承認した。

その後、由比ヶ浜は嬉々して残りの中華丼を平らげ、一緒に午後の講義に向かった。








翌日の昼、俺と由比ヶ浜は、午前の講義が終わると弁当を食べるために

空き教室に向かった。

いくつか空き教室をチェックしてあったが、その中でも比較的人が少なく、

なおかつ雪乃と普段使っていない教室を選択した。

やましい気持ちが全くないって否定できない。

やましいというよりは、後ろめたいんだろう。



由比ヶ浜「ねえ、ヒッキー。そんな難しい顔しないでよ。

     友達のために、お弁当作ってきただけだよ。」

八幡「それもそうだな。遠慮せずに、いただくとするよ。いただきます。」

由比ヶ浜「召し上がれ〜。」



由比ヶ浜が自慢するほどの成果はあったと思う。

若干不揃いなところがあるけど、見た目も悪くないし、味も申し分ない。

不器用ながらも、日々の努力が見受けられた。


104 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:09:30.83 ID:62wq7byL0


由比ヶ浜「どう・・・かなぁ?」

八幡「ああ、うまいぞ。初めてお前のクッキー食べた時からしたら

   信じられないほど進歩してる。」

由比ヶ浜「クッキーを基準にされると、誉められたのかよくわからないんだけど。」

八幡「お世辞抜きでうまいって。」

由比ヶ浜「ほんとに? よかったぁ・・・・。」



由比ヶ浜は、心底ほっとした様子だった。

そんな由比ヶ浜をみていると、こっちまで嬉しい気持ちになってしまう。

駄目な子ほどかわいいってやつだ。



由比ヶ浜「この卵焼き自信作なんだ。最初は焦がしちゃったり、

     フライパンにくっついて、うまく巻けなかったりしたんだけど、

     今はうまくできるようになったんだよ。」



由比ヶ浜がはしゃぎながら自慢するように、うまそうな卵焼きである。

うっすら焦げ目がつきながらもふっくらしていて、いかにも食欲を掻き立てる。



八幡「そんなにいうんなら、食べてみっか。」

由比ヶ浜「うん。食べてみて。・・・・・・はい、あ〜ん。」

八幡「え?」

由比ヶ浜「え?じゃないよ。だから、あ〜ん。」



由比ヶ浜が、箸で卵焼きをつまみ、俺に食べさせようと目の前に卵焼きを運んでくる。



由比ヶ浜「自信作なんだから、食べて、食べて。」

八幡「それくらい自分で食べられるから・・・。」

由比ヶ浜「むぅ〜・・・・・。」


105 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:10:36.68 ID:62wq7byL0


上目遣いで迫ってくるあたり、雪乃とは違った魅力があった。

忠犬のようにまっすぐな瞳で見つめられてしまうと、

思わず頭をなでたくなってしまう。

由比ヶ浜の昨日からの様子から見ても、ここで引くことはないんだろう。

俺がどうしようか迷っていると、しびれを切らしかけた由比ヶ浜は、

さらに卵焼きを俺に近付けてくる。

雪乃に限らず由比ヶ浜も、自分の魅力をうまく発揮する方法を知ってるんじゃないか

って疑ってしまうことがある。

こうまでして由比ヶ浜の魅力を発揮されると、あらがうこともできず、

目の前の卵焼きを食べてしまった。



八幡「うん。うまいな。絶妙な甘さ加減だ。」

由比ヶ浜「ヒッキーは、甘いほうが好きかなって思って。

     じゃあじゃあ、こっちも食べてみてよ。」



人間、一回悪事を働いてしまうと、2回目、3回目となるにつれて

罪悪感を感じなくなっちまう。

このときの俺も例外ではなかった。


















第4章 終劇

第5章に続く





106 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/19(木) 18:12:42.91 ID:62wq7byL0



第4章 あとがき








予想していた人も多いと思いますが、元ネタは

『ただいま合宿中』(雪菜編    2 1日目 昼  ・  4 2日目 昼)

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398739337/

です。

元ネタと比べて、全くニヤニヤできないのは作者のせいですが、

書けば書くほど深みにはまっていってしまいました。

今の展開は、第6章で終わる予定です。

第7章までいく容量でしたが、その分を第4章〜第6章までに振り分けて、増量させました。

といいましても、第4章と第5章の関係上、第4章はほとんど増やせてませんが・・・。

ちなみに、第5章〜第6章には元ネタはありません。

そして、第7章からは、心機一転今回とは違った感じの展開になる予定です。

まだ話の構成を作ってる段階なのでなんともいえませんが

きっと予定通りいくはず?です。

来週の木曜日も同じくらいの時間帯にアップする予定ですので、

来週も読んでくださるとうれしいです。










黒猫 with かずさ派





107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/19(木) 20:01:50.95 ID:0cJMA9XSo
ガハマさんは賢いな
108 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/20(金) 01:09:56.57 ID:k8sjLDVk0

由比ヶ浜結衣も好きなキャラクターなので、

健気でかわいらしく描ければいいなと思っています。

今回みたいな書き方だと、賢いと受け取ってもらえればいいのですが

あくどいと感じてしまうこともあるので、きわどいところです

もっと書き方を学ばねば・・・・・・。

今週も読んでくださって、ありがとうございました。

109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sag]:2014/06/20(金) 13:46:16.98 ID:tGhaTMjvO
これはホワイトアルバムっぽいね
110 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/22(日) 09:17:28.22 ID:t98pGa1U0

予定は未定である。覆す為に存在する。

第7章書き始めたら、最初に考えた話の展開に行く前の導入パートが

思っていた以上に長くなってしまったw



ホワイトアルバムっぽいのは、やはりWAの話ばかり書いていた影響ですかね・・・・。

111 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/22(日) 20:13:43.33 ID:t98pGa1U0

第8章突入も、導入パート終わらず・・・・・。

おそらく第8章でも導入パート終わらない気もw

もう、導入パートが本編でも構わない気もしてきた・・・・・。

112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/22(日) 22:09:21.82 ID:Ur9ay5ZJO
次の更新が楽しみだ
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/22(日) 22:32:18.74 ID:0Oz/hVibo
週1更新だと1クールぐらいかかるかもね
まぁ木曜の恒例行事ということで
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/23(月) 15:32:40.29 ID:a/xaLaE4o
長引く分には一向に構わん!
むしろ読み応えが増して嬉しいまである
ただエタるのは勘弁な
115 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:50:20.93 ID:+lTyknbO0

第5章








どんよりと曇った空は重く、今にも雨が降り出しそうだった。

傷心を演出する為に雨の中をわざわざ傘もささず突き進む真似なんてしたくない。

そんなのドラマや小説だけで十分だ。

こんな暗い気持ちの中、雨に振られもしたら最悪すぎる。

たとえ、自転車をこいでいるときは気持ちが良くても、

玄関に一歩踏み入れた時正気に戻ってしまう。

誰もタオルを持ってきてくれないのに、どうやってびしょぬれの中、

タオルを取りに行けばいいのかって思い悩むことになるはずだ。

水滴が床に残ろうが部屋に入っていけばいいっていうかもしれないけど、

雪乃の心までも汚してしまう気がして嫌だった。



八幡「もう少しもってくれよ。」



俺は、誰に聞いてもらいたいわけでもないのに、一人愚痴る。

大学の門を出て、信号が青に変わるのを確認すると、強くペダルと踏み込んだ。

その後は、全速力で駆け抜けている。

信号が見えたら、タイミングよく青信号に当たるよう速度を調整する。

俺は、止まることを拒否していた。

ペダルをこぐのをやめ、赤信号を眺める数秒であっても意識がペダルから離れてしまえば

きっと由比ヶ浜の笑顔を思い出してしまうから。

はにかんだ笑顔で弁当を差し出す姿を思い出してしまう。



もう少しもってくれ?

なにがもってほしいのだろうか?

天気なのか?

それとも、自分の心なのだろうか?



俺は、何も考えない為に、ペダルを全力で踏み続けた。


116 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:51:03.25 ID:+lTyknbO0









幸いマンションについても雨が降ってくることはなかった。

天気予報通り、夜から降り出すのかもしれない。

玄関のドアを開け、ふらふらとリビングのソファに倒れこむ。

脚の方から忘れていた疲労感が駆けあがってくる。

喉も乾き、水が飲みたかったが、キッチンに行くのでさえおっくうであった。



頭の中を空っぽにして、余計なことを考える余裕さえなくしてしまえば、

昼間の由比ヶ浜との昼食など、大したことがないように思えた。

実際、雪乃と3人で弁当を持ち寄って食べたこともあったし、

見るからに危険な由比ヶ浜お手製のおかずを

由比ヶ浜に無理やり口に放り込まれたこともあった。

なにか馬鹿らしくなり、乾いた笑いが漏れる。



そんなの虚言だ!



本当は、自覚している。

雪乃は、俺が由比ヶ浜と常に一緒の講義に出ていることを快く思っていない。

さらに、俺が由比ヶ浜の勉強の面倒までみていることに嫉妬している。

大学では、雪乃ではなく、由比ヶ浜と付き合ってるのではないかと

噂されているのを、雪乃は大声で否定したいってわかっている。

だけど、雪乃にそれを全部心の奥にしまい込ませてるのは、俺のせいだってわかってた。




どうして俺は弱くなった?

俺は、なにがあっても独りで生きてきたんじゃないのかよ。

なのに、どうして何もできなくなった?


117 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:51:47.56 ID:+lTyknbO0


うす暗い室内に、淡い光が点灯する。

気がつくと、手には携帯電話を握りしめ、発信ボタンを押していた。

発信先は、もちろん雪乃だった。

慌てて終了ボタンを押そうとしたのだが、既に遅い。



雪乃「もしもし?」

八幡「うっ・・・ぃぉ。」

雪乃「八幡?」



喉が渇ききっていたことを忘れていた。

軽い脱水症状を起こしていて、声を出すことができない。

代わりにしゃがれた空気を吐く音のみがし、雪乃を困惑させる。



八幡「ぁ・・う。」

雪乃「八幡!? なにかあったの? ねえ?」



雪乃の切羽詰まった声が聞こえてくる。

今にも泣きだしそうな声に変っていくのが分かり

聞いている自分の方が申し訳なくて泣きそうだった。

俺は、勢いよく立ちあがるが、視界がぶれる。

脳に酸素が足りず、立ちくらみを起こしたらしい。

脱水症状と立ちくらみ、最悪すぎるタイミングだ。

片膝をつき倒れることは避けられたが、弾むように携帯が転がる。

足をふらつかせながらも携帯を拾うが、どうにか電話は切れていなかった。

脚の悲鳴を脳から切り離して冷蔵庫に駆け寄る。

携帯を落とした時の音も、慌てた足音さえ携帯のマイクが拾ってしまう。

しかも、途中何度か脚に力が入らないせいで、もつれて倒れそうにもなり、

そのたびに鈍い大きな音を携帯のマイクに拾わせてしまった。

携帯からは、雪乃がすすり泣く声が聞こえてくる。

今すぐ声を出して雪乃を安心させたかった。


118 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:52:24.71 ID:+lTyknbO0

焦る気持ちを抑えつつ、大きな音をたてないよう携帯をそっとテーブルに置く。

そして、冷蔵庫を勢いよく開け、ミネラルウォーターのペットボトルと取り出す。

焦る気持ちと、べたついた汗のせいで、うまくキャップがまわならない。

携帯を横目で見ると、静かな室内に、かすかに雪乃の悲鳴が漏れているのがわかった。

どうにかキャップを開けたボトルを勢いよくのどに流し込む。

ここで蒸せ返したりでもしたら、さらにロスタイムをかせいでしまうので

なるべく慎重に喉を潤した。

全て飲み干し、ダンっと力を込めてテーブルにペットボトルを置く。

すぐさま携帯を手に取り、声を出す頃には、せっかくひいていた汗が

再び頭から大量に流れていた。



八幡「雪乃!」

雪乃「はち・・まん?」



涙声が痛々しく聞こえてくるが、とにかく誤解を解くことを最優先にした。



八幡「すまない、雪乃。電話かけたのはいいが、喉がからからで声が出なかった。

   まじで心配掛けてごめん。」

雪乃「え・・・・・・・・・。 ほんとに?」

八幡「嘘ついてどうするんだよ。」

雪乃「それはそうだけれど・・・・。本当に大丈夫なの?

   もしかして、だれかに言わされてるとかないわよね?」



なかなか信じてくれない雪乃であったが、仮に俺が雪乃の立場だといたら

雪乃と同じ反応をしていたと思う。

なにせ、自分で電話しておきながら、意味不明な行動をしてるのだから

疑うなっていう方が無理がある。



八幡「そんな大事件に巻き込まれてないって。」

雪乃「あなたに何かあったと思うに決まってるじゃない!

   うぅ・・・・・ひっく・・・・。」


119 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:52:57.82 ID:+lTyknbO0


ぐずつきながらも会話を成立することができていたが、

とうとう雪乃の緊張の糸が切れてしまった。

あれこれ雪乃をなだめる言葉をかけるが、一向に収まる気配がない。

TV電話への切り替えをまじめに考え始めたころ、雪乃の方で変化があった。



雪乃「ちょっと待っててくれないかしら? すぐに戻るから・・・。」



そう俺に告げると、携帯のスピーカーからは、かすかに雪乃と誰かが話す声が

聞こえてきた。

実家の用事で行ってるから、近くに家族がいるかもしれない。

そう考えると、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

電話口で雪乃が泣きながらとり乱している姿を親が見たらどう思うかなんて

俺でさえ想像できる。



雪乃(何も問題ないわ。・・・・・・・・・・ええ、八幡から。

   ・・・・・・・・・・・だから、私の勘違いだったのよ。

   ・・・・そうよ。八幡が電話してきたものの、なにか向こうで・・

   ・・・・・わかったから。・・・・・・そうするわ。その時はお願いするから。」



やはり誰か家族がいたらしく、余計な心配をさせてしまった。

冷や汗が吹き出し、ペットボトル1本を全て飲んだばかりなのに、喉が渇く。

たまらず冷蔵庫からもう一本取り出し、口に含む。

今度はドジを踏むこともなくキャップをあけることができた。

半分くらい飲んだところで、雪乃が電話に戻ってくる。



雪乃「ごめんなさい、八幡。待たせちゃって。」

八幡「いや、こっちこそ心配掛けさせてしまって、なんか悪いな。」

雪乃「でも、そんな状態になっても電話してきてくれるだなんて、少し嬉しいわ。

   さて、本来なら夜電話する約束だったのに、今電話してきたということは

   なにかあったのね。」


120 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:53:32.32 ID:+lTyknbO0


さっきまで散々泣いていたはずなのに、この切り替えよう恐れ入る。

名探偵雪乃が登場する前に全てげろった方が身のためだと、俺の直感がささやく。

いつものように心をじわじわ削っていって、丸裸になった心にとどめの一発を

ぶち込んでくるだけなら、喜んで受け入れよう。

まあ、後遺症が残る恐れが高いから、なるべくなら避けたいところだけど。

しかし、今回は雪乃を泣かせてしまったというのが痛い。

自分の中での問題なら、自分一人で抱え込めば済む問題だけど

雪乃まで巻き込むとなるとそうもいかない。

考えるまでもなく、俺が独りで生きていく力が減退してしまったのは、

雪乃と向き合うようになってからだ。

だったら、俺は・・・・。



八幡「まずは、謝罪からさせてくれ。心配掛けさせて悪かった。」



俺は、電話だというのに頭を下げる。

漫画とかでこういうシーンを見るが、本当にやるやつがいるなんて

って、変に感動を覚えてしまったが、今はそれどころではない。

まじめな話、雪乃が目の前にいたら、土下座してたんだろうと思う。

最近価値が暴落しまくっている俺の土下座だけど、誠意だけは尽くしたかった。



雪乃「謝罪はもういいわ。私の方もとり乱して、ごめんなさい。」

八幡「それは、いいものみられたっつーか。

   俺のことで、あんなに泣き乱れてくれるなんて、愛されてるのを

   再確認できたっていうか、・・・・ごちそうさまっす。」

雪乃「それは、もういいわ。ちゃかさないで、正直に話しなさい。」



正直に話してるつもりなんだけどなぁ。

たぶん雪乃も俺の本音だと気が付いているはずだし、ちゃかすなと突っぱねはしたが

雪乃が照れているのは電話でも分かってしまうほどだった。


121 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:55:11.49 ID:+lTyknbO0


八幡「声が出なかったのは、大学から全速力で返ってきたのが原因だ。

   そのせいで軽い脱水症状を起こしたらしい。」

雪乃「そこまでマゾだったとは、気がつかなかったわ。」

八幡「そんな趣味ねぇから。疲れ果てて、水を飲みに行くのも面倒だったんだよ。」

雪乃「それでも、電話かけてくれたのは、なぜかしら?」



一番話さなければならない話題に切りこんでくる。

そして、雪乃の空気が変わるのが肌で分かった。

緊張をほぐそうと飲みかけのペットボトルをとろうとしたが、

手を伸ばしたところで取るのをやめた。

たとえ喉を潤したところで、うまく声を出せるとは思えない。

だったら、今の気持ちをあるがままに吐き出したほうが得策だとさえ感じられた。



八幡「今日・・・・・・・・・・・、由比ヶ浜と弁当を食べたんだ。

   昨日、由比ヶ浜が弁当作ってくるって約束してさ。」

雪乃「そう。」



雪乃は短く、そう答えただけだった。

おもいっきりののしられた方がましだ。

その方が雪乃に精神的余裕があるって読みとることができるから。

だけど、一言だけって。

こんなにも重い一言なんて、味わったことがなかった。

いや、一回だけあるか。

その時は、今とは真逆のシチュエーションだったけど・・・・・。



八幡「それでさ、卵焼きうまくできたっていうものだから、

   それから・・・・、それで、あ〜んって由比ヶ浜に食べさせてもらって。

   そんな感じです。・・・・はい。」


122 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:55:48.48 ID:+lTyknbO0


なに言ってんだよ、俺!

正直すぎるだろ。ここまで詳細に話してどうしろって言うんだ。

雪乃だって聞きたくない内容だろうし。

つーか、雪乃が誰か知らない男にこんなことしたら、多分自殺してるんだろうな。

って、なに言ってるんだよ。

駄目だ。頭の中がごちゃまぜで、言いたいことがまとまらん。



だけど、俺がやられたら嫌なことを雪乃にしてしまったってことだけは理解できた。

自分がやられたら嫌なことを、雪乃にしてしまうなんて最低だ。
   


八幡「雪乃。実家に行く前に、散々不安な思いはさせないって誓っておきながら

   それをやぶって、ごめんなさい。」



もう一度、目の前にいない雪乃に向かって頭を下げる。



雪乃「もういいわ。八幡が何が言いたくて、何を思って自暴自棄な行動していたか

   だいたい想像できたから。

   でも、・・・・・・・本当に反省してる?」

八幡「反省してます。」

雪乃「もうしない?」

八幡「もうしません。」

雪乃「今すぐ謝りに来いっていったら、来てくれる?」

八幡「行きます。」

雪乃「今、新宿のホテルにいるのよ。」

八幡「たとえ海外にいたって、謝りに行く。」

雪乃「そんなお金ないくせに。」



雪乃の声に安堵が混ざってくる。いつもの会話が俺達を癒す。

雪乃の声が俺を癒すように、俺の声が雪乃を癒していく。

123 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:56:24.92 ID:+lTyknbO0


八幡「小町に頼んで借りるさ。」

雪乃「ご両親では、ないのね。」

八幡「俺が親に直接頼んでも、貸してくれないつっーの。」

雪乃「相変わらず、信頼されてないのね。」

八幡「信頼されてるから、放任されてんだよ。」

雪乃「それは、放任されてるから、相手にされてないと考えるべきではないかしら。」

八幡「それは違う。相手にしなくてもいいくらいできた息子って取るべきだ。」

雪乃「あなたって、どこまで楽観的思考をしてるのかしら・・・・。

   これだから、ほっとけないのよ。」



俺は雪乃を守るって宣言したのに、

逆に守ってもらう存在になってしまってるのではないだろうか。

弱くなった俺に、存在価値があるかって疑ってしまう。

だから、俺は、雪乃に質問してしまった。



八幡「なあ、雪乃。」

雪乃「なにかしら?」



俺の空気を察した雪乃の声も鋭さがにじみ出す。



八幡「俺って、弱くなったよな。

   独りで生きていけるって思ってたけど、最近は、そんなこと全然ない。」

雪乃「弱いって、いけないことかしら?」

八幡「お前を守るって、雪乃の両親の前で宣言しておきながら

   今の俺は情けない姿をみせてるからさ・・・・・。」

雪乃「そんなの傲慢だわ。

   私は、あなたに守られるだけの存在になんて、なるつもりはないわ。」

八幡「雪乃?」


124 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:57:08.81 ID:+lTyknbO0


雪乃「私の両親の前で、堂々と言い放つあなたを見て、どんなに心強いと思ったか

   想像したことある?

   あの姉を巻き込んで、しかも利用までして両親に会おうとしたあなたを見て

   頼もしいと思わないわけないじゃない。」



俺は忘れていた。学校では、完全無欠で冷血女の雪ノ下雪乃でさえ弱い存在であるって、

忘れてしまっていた。

自分の弱さばかり気にして、他人の弱さから目を背けてて、

どうやって雪乃を守るっていうんだ。

守る対象を見てなくては、守るものも守れやしない。






雪乃「だから八幡。私の前では、弱くてもいいのよ。」






俺の頬に涙がこぼれ落ちる。

雪乃に許されたから泣いたわけではない。

雪乃に認められていることに、心がうたれた。



八幡「遠慮なくそうさせてもうらうよ。」

雪乃「ええ、そうしてくれると、私もうれしいわ」



俺は、雪乃を守るために自分の弱さを受け入れた。

雪乃を守るためだったら、どんなこともやる覚悟はある。

だけど、雪乃を守る力、イコール、独りで生きる力、ではないんだと思う。

同じように大きな力だけど、ベクトルが違っている。

俺は、独りで生きていく力が消失したことを嘆くことなんかしない。

その力がなくなったことで、雪乃と歩いていく力が手に入るのならば

喜んで独りを捨てよう。

だから、俺は強くなれる。


125 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:57:42.97 ID:+lTyknbO0







俺は床に座り、冷蔵庫に背を預けながら電話を続けていた。

お互い電話を切ることなんて眼中になかったのかもしれない。

電気をつけずにいたせいで、室内は暗くなってきている。

窓の外を見ると、雨が降り出していた。

だけど、今は耳と口さえ使えれば問題ない。

暗くなってぼんやりとしかみえない目の前の食器棚より、

ここにいない雪乃の姿のほうがはっきりと脳が姿を描写させてくれていた。



雪乃「今さらなのだけれど、一つ八幡に謝らないといけないことがあるわ。」

八幡「あらたまって言われると、なんか怖いな。」

雪乃「昨日、由比ヶ浜さんから電話があったの。」



相槌くらい打とうとしたが、脳が反応できない。

雪乃も、俺が押し黙ってしまったことを理解したみたいで、話を続けた。



雪乃「日が暮れてすぐくらいだったかしら。

   明日あなたにお弁当作ってもいいかってお願いされたわ。」



絶句とは、こういうことなんだなって初めて実感できた。

言葉を発すことができないどころか、言葉になってない声さえ出すことができなかった。

できることといえば、雪乃の言葉を理解するのみ。

その言葉を理解する為に、体を動かす全神経を言葉の理解のみに接続したって

いうほうがわかりやすいかもしれない。

一つ分かったことといえば、驚いた。

シンプルすぎる判断だけど、これが一番しっくりくる。



雪乃「八幡? 八幡聞いてる?」

八幡「あ・・・あぁ。聞いてる、と思う」



どのくらい脳以外の活動を停止していたか判断できないが、雪乃が心配するくらいには

止まっていたらしい。

126 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:58:21.94 ID:+lTyknbO0


雪乃「ごめんなさい」

八幡「いや、いいよ。なんていうか、これで由比ヶ浜の行動も理解できたっていうか」

雪乃「それは、私も怒っているのよ。八幡に食べさせてあげるなんて、

   聞いてなかったのだから」

八幡「あれは、俺も由比ヶ浜も悪ノリみなたいな感じもあったから、

   あまり由比ヶ浜を責めないで欲しい」

雪乃「別に由比ヶ浜さんを責めたりしないわ」

八幡「助かるよ」



一気に頭からつま先までの力が抜ける。

ずるずると背もたれにしていた冷蔵庫から滑り落ち、台所の床に仰向けに転がった。

頭だけが冷蔵庫に引っかかり座りが悪かったので、ごろんと横に回転する。

そして、見上げた天井が、こんなにも高く感じられたのは初めてだった。

これは、いつも同じ視点で、なおかつ俺視点でしか見てない俺への

罰なんじゃないかって思えたけど、あいつらの考えなんて今後も分かることなんて

できないんだろうなと思い、嬉しくなった。

もし、わかるっていうのならば、それこそ傲慢だ。



雪乃「ねえ、本当に聞いてる? こんなことになるなんて、思いもしなくて」

八幡「聞いてるって。雪乃を責めたりなんかしない。

   むしろ、いい経験だったんじゃないかって思えてもくる」

雪乃「そう?」

八幡「そうだよ。・・・・・・悪い、ちょっと疲れたけど、雪乃の声がききたいんだ。

   なんでもいいから話してくれないか?」



瞼が重い。体の力が入らない。

脳で言葉を理解する為に接続されていた全神経は、もとの神経に再接続されず、

そのままスリープモードに移行しちまったのではないかとさえ思える。


127 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:58:49.48 ID:+lTyknbO0


雪乃「なんでもいいって言われても。なにかテーマくらい指定してくれないと困るわ」

八幡「・・・・そうだなぁ」



普段使わない脳細胞まで総動員してしまったつけがここで現れてきてしまったようだ。

だんだんと意識が遠のくのがわかる。

雪乃の声が耳に気持ち良く響く。



八幡「・・・・・会いたいよ、雪乃。」



目に映るうす暗い天井が暗闇に変わっていった。







第5章 終劇

第6章に続く










128 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/26(木) 17:59:26.16 ID:+lTyknbO0


第5章 あとがき




『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』と『心の永住者』をアップ前にチェック

しているのですが、読み比べるほどに文章の違いを感じてしまいます。

書いた本人にしかわからないような違和感なのですが、

『心の永住者』の方が一カ月くらい前に書いたものなので

最近書いた『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』と違うように感じてしまうのでしょうか。

別に、うまくなったとかではなく、書く癖みたいなものですかね。




今回の展開も次週で終了です。第7章から新展開の予定です。

第4章と第5章って暗いよなぁって書いてて思うのですが、

これが定期アップの弱点ですかね。

話の起伏が途切れてしまうのは残念ですが、だからといって

一気にアップなんてしてしまうほど余裕がないのが困りものです。




文章の途中でいきなり終了して逃亡ということだけは全力で阻止する所存です。

とりあえず、現在連載を止める予定はありません。

今は、目の前の話作りに集中していきたいと思っています。

ネタがあっても、書く執筆力があるかは別問題ですがorz





来週の木曜日。いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださるとうれしいです。







黒猫 with かずさ派




129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/26(木) 18:51:35.37 ID:6VoZ4dmAO



……もう、婚姻届を出して来た方がいいんじゃないかな……
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/26(木) 21:16:55.73 ID:CaJy/Rt2O
明日テストだっていうのに、気になって勉強できないわ
131 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/06/27(金) 02:46:21.30 ID:sk36EG/E0

今週も読んでくださり、ありがとうございます。

第7章から新展開といいましても、第6章までの流れを結びつける話(導入パート)がありますので

話が続いていると言ったら続いています。

第7章からの本来の本編に入らず、第8章も書き終わりそうになっても導入パートっていうことは、

書き手としては、調子がいいってことなのでしょうかね?

で、面白いの?って聞かれると、頑張りますとしか言えませんが。



この展開の雪乃だったら、婚姻届くらい常備していてもおかしくなさそう・・・・・。

今日のテスト頑張ってください。来週以降も気になって勉強できない物語が作れるよう努力します。

132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/30(月) 03:11:47.36 ID:eC0TIrp5O
おもしろいよー
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/01(火) 00:49:07.69 ID:KpEfSj/F0
来週定期テストなのに....気になって夜も眠れない....('、3_ヽ)_スヤァ
134 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:53:06.38 ID:vwud7W/R0


第6章








目を覚ますと、いつもの寝室の天井どころか、知らない天井でさえない。

目に映るのは、俺を心配そうに見つめる雪乃の顔だった。

そもそも雪乃は東京のホテルにいる訳だから、ここにいるはずもない。

ならば夢であると結論付けたのだが、腰のあたりが重い。

それもそのはず。雪乃が俺の腰のあたりにまたがって、両手を俺の両耳辺りについて

俺を覗き込んできている。

長くつややかな髪が俺の頬を撫でるせいで、こそばゆい。

雪乃が普段使っているシャンプーの香りではないのは、ホテルのを使ってるせいだろうか。

五感が一つ一つ脳に再接続されるたびに、夢であることを打ち消していく。

視覚と触覚、それに嗅覚での確認はとれたから、あとは、味覚と聴覚か。

と、とんでもない論理を展開するも、夢なら仕方がないと自己完結をする。

とりあえず味覚のために、キスでもしておくか。

・・・・・・・って、顔を近づけていくと、おもいっきり雪乃に突き飛ばされた。



八幡「ぐあっ!」



受け身も取れず、背中と頭をに床衝突させる。

頭が軽くバウンドし、脳が揺さぶられる。

激しい音とともに、やっぱり夢じゃなかったと分かったことに喜びを覚えた

・・・・・なんてこともなく、罵声を上げるのがせいぜいだった。



八幡「なにすんだよ!」

雪乃「なにすんだよは、こっちのセリフよ。

   キッチンで失神しているのかと思えば、いきなりキスだなんて」



未だにキスで頬を染めるって、どんだけ純情なんだよって、感心している場合でもなく、

とにかく現状が把握できない。

やけに痛い頭をさすりながら、雪乃に説明を求めた。

135 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:53:36.41 ID:vwud7W/R0


八幡「お前は、失神している人がいたら、馬乗りになるのか?」

雪乃「そんなの八幡限定に決まってるじゃない」

八幡「それは、まあ・・・、光栄なことだなって、そうじゃないだろ。

   なんでここにいるんだよ?」



俺の発言に驚きを見せた雪乃の顔が、驚きから呆れへ。

呆れから頬笑みへと変化していった。

しかし、この頬笑みが邪悪な頬笑みではなかったら、心から感謝していたのに。

あまりにも空々しい頬笑みに、恐怖さえ感じてしまう。



八幡「ゆ〜きの、さん?」

雪乃「あなたが会いたいって言ったのよ。それさえも覚えていないのかしら?」



あぁ、なんか言ったかもしれない。でも、言ってないような気もするが、

雪乃が言ったというのならば、言ったのだろう。

手に震えが来てしまうのは、未だに痛い頭のせいではないはずだ。

原因は、きっと目の前の・・・・・、



八幡「かすかに覚えてる・・・・かも?」

雪乃「どれだけ大変な思いをして、ここまで来たとお考えでしょうか」



俺を問い詰めようと徐々に間を詰めてくる。

近づけば近づくほど、形のよい唇に目を奪われる。

やっぱりキスしてぇなあと不謹慎なことを考えてしまう。

だから、あえて意識を会話に集中させた。



八幡「陽乃さんが助けてくれたのか?」

雪乃「ええ、そうよ。あなたから電話が来た時、姉さんが側にいたのよ。

   それで、いざって時は力になるって。

   でも、とんでもなく大きな借りを作ってしまったわ。

   どうしてくれるのよ」

136 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:54:07.02 ID:vwud7W/R0


心の底から嫌そうな顔をみせる。

俺も借りを作っておくのだけは、勘弁したい。

あとあとが怖すぎるって。



八幡「どうもこうも・・・・。俺の方からも礼をしとくとしか」

雪乃「それは当然よ」

八幡「さいですか」

雪乃「来たら来たらで、どこにもいないし。

   キッチンで倒れているなんて、思いもしなかったわ」

八幡「動く気力すら残ってなかったんだよ」



今思い返しても、とんでもなくはた迷惑で、

それでも、こんなにもためになった日はないかもしれない。



雪乃「それに、汗臭いわ」

八幡「しょうがねぇだろ。汗だくで帰ってきて、そのままなんだから」

雪乃「でも、あなたの顔を見て、ほっとしたわ」

八幡「俺も、雪乃の顔を見て安心した。・・・・なあ雪乃?」



俺はもう一度雪乃を呼び掛ける。

やっぱり会話でなんかで、意識を背けることなんてできやしなかった。



雪乃「なにかしら」

八幡「やっぱ、キスしていい?」



雪乃は、返事すらしてくれなかった。

いや、返事をする必要がないというべきなんだろう。

これで五感全てで雪乃を確認できたから。









137 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:54:51.92 ID:vwud7W/R0








キッチンの床の人から、バスルームの住人に格上げされた俺は、

汗を洗い流すべく体を洗っている。

疲労困憊で空腹状態といえども、薄汚れた俺には餌はなく、体を綺麗にすべく洗浄中だった。

雪乃はといえば、俺の汗で汚した床やソファーを掃除した後、

遅い夕食を作ってくれている。

時刻はなんと午後9時すぎ。大学の講義が終わったのが午後4時。

それから5時間以上も経っていたのだが、いまいち時間の感覚がずれたままだった。




バスルームを後にし、キッチンに向かうと揚げ物を揚げている匂いがしてくる。

揚げ物独特の食欲を掻き立てる香りが、俺の脚をせかしたててきた。

冷蔵庫には、それほど多くの食材が残ってはいなかったはず。

それなのに、俺の純粋な食欲を掻き立てるのは、雪乃の料理の腕もあるが

そこに雪乃がいるからなのだろう。



八幡「うまそうな匂いだな」

雪乃「私が留守にしてから、一回も買いものに行ってないみたいね。

   八幡が自分が食べたいものをスーパーで見て決めるからって言って

   私に買い置きさせなかったけれど、それは失敗だって今更ながら後悔してるわ。

   それにしても、食材が少なすぎて、苦労したわ」

八幡「スーパーで、その日食べたいものを考えるのも、料理を楽しむ基本だろ?

   それに、家にあるものから食べるのも、節約って奴だ。

   食材を無駄にしないっていうのが、もったいない精神の第一歩だしな」

雪乃「あなたがいうと、怠け者の精神に聞こえてしまうのは、人柄のせいかしら」



雪乃は、額をおさえ、首を振る。



八幡「それよりも、すっげー腹減ってるんだよ。

   早く食べようぜ」

138 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:55:18.52 ID:vwud7W/R0


馬鹿なことを言ったら、まじめな答えが返ってくる。

言葉をかけ合わなくてもできてしまう意思が通じ合う行動。

普段意識しないことこそ、一番大切なことだって気づかせてくれる。



さっそく自分の席に座ろうとしたのだが、

俺の席の隣に雪乃の食事も用意されている。

もともと4人掛けテーブルなのだから、雪乃が隣に座ること自体は問題ない。

おかしいところがあるとしたら、それは、普段雪乃が座っている席は

俺の正面であるっていうことだ。

だから、目の前ではなく、横に座るとなると変な感じになってしまう。

もちろん、由比ヶ浜と一緒の時なら、雪乃は俺の隣に座るが、

普段からの習慣が壊されてしまうと、変にそわそわしてしまう。



それでも俺は席に着き、さっそく食事をとることにした。

なによりも空腹の我慢が限界に来ている。

雪乃もご飯をよそった茶碗を2膳持ってきて、席に座る。



八幡「じゃあ、いただきます」

雪乃「いただきます」



手を合わせ、早速食べようとする。

が、箸がない。

隣の雪乃を見ると、雪乃の箸はあるみたいだった。

俺の分だけ何故?

って、思いもしたが、ここは深く考えもせず、箸を取りに行こうと腰を浮かす。



雪乃「八幡の箸なら、ここにあるわ」



振り向くと、雪乃が「雪乃の箸」を俺にかかげる。

雪乃じゃないが俺も首を傾げ、はてなマークいっぱいの目でその箸を見つめる。

といっても、箸を見たくらいで答えが導き出せるわけでなく、

答えを知っているはずの雪乃に解答を質問することにした。



八幡「それって、雪乃の箸だろ?」

139 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:55:56.74 ID:vwud7W/R0


俺の箸より一回り小さいえんじ色の夫婦箸。

小町が引っ越し祝い(同棲祝いともいう)にプレゼントしてくれた品物だ。

俺の箸は黒い箸だから、雪乃が間違える訳もない。

しかも、箸はそれ一膳しか見当たらない。



雪乃「ええ、そうよ。・・・・でも、今日は八幡の箸でもあるのよ」



にっこりとほほ笑み宣言する雪乃に対して、俺に拒否権などあるわけもなかった。

なんとなぁくだが、雪乃がしたいことが見えてくる。

わかっちゃいるけど、はじめから意識してやるとなるとこっぱずかしくなる。

でも、やらないわけにはいかないんだろうなぁ・・・・・。

俺が押し黙っていると、それは拒絶だと受け取った雪乃は、みるみるうちに

切なげな顔色に染まっていった。

しょんぼりと肩を落とす雪乃を見るのは忍びない。



八幡「そのアジフライから食べたいかな」



こっぱずかしさをゴミ箱に捨て、羞恥心のあまり上ずる声を無理やり抑え込む。

結局、恥ずかしさなんてなくなるわけもなく、顔が上気する。

俺がリクエストをすると、雪乃は、ぱっと笑顔に戻り、いそいそとアジフライを

小皿に運び、ソースをかける。



雪乃「ちょっと熱いかもしれないわね」



雪乃が「ふぅ〜、ふぅ〜」と息で冷まそうとする姿が、甲斐甲斐しすぎる。

由比ヶ浜への対抗心がないといったら嘘になると思うけど、

それでも、俺に対しての愛情に起因していることだけは誰にも否定させない。

今日の自分の行動を省みると、雪乃の愛情に胡坐をかくのは最低だと思うが、

今だけは素直に受け取っておこう。



雪乃が差し出すアジフライを一口噛むと、肉厚でふっくらしたアジの脂がしみだしてくる。

ちょっとだけまだ熱いが、我慢できないほどではなかった。

もう一口食べようとするが、目の前からアジフライは消えていた。

140 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:56:38.12 ID:vwud7W/R0


雪乃「新鮮で美味しそうなアジを買った時に、パン粉をつけて冷凍したものだけれど、

   なかなか美味しいわね」



横を見ると、俺が食べたアジフライをそのまま雪乃がほむほむと食している。

微笑ましい食事の光景だと思うけど、このペースで行くのか・・・・・?

これは長い夕食になるんだろうなと、覚悟を決めた。



さすがに雪乃に全て食べさせてもらう経験などあろうわけもなく、

最初はぎくしゃくしてしまい、食事のスピードはなかなか上がらなかった。

だからといってせかすこともなく、緩やかな時間を楽しんだ。



雪乃「ねえ、八幡」



和やかな食卓に、いつもよりやや低い声で呼ばれ、怪訝に思う。

雪乃は、食卓に上っていながら、

本日唯一一度も箸が運ばれていない卵焼きを見つめていた。

すっかり冷めてしまってはいるが、

それはそれでふっくらとした美味しそうな卵焼きであった。

小町からレクチャーを受け、みごと俺好みに調整された一品である。



八幡「ん? なんだ」



おそらく由比ヶ浜が俺に食べさせた最初のおかずだからなのだろう。

別に卵焼きだけを食べさせてもらったわけではないが、それでも、

きっかけになった品だけあって、雪乃にとっても特別になってしまう。

だから、俺も覚悟を決めた。



雪乃「卵焼きも食べるわよね?」

八幡「ああ、頼むよ」



雪乃は、迷いなく卵焼きを一つ箸で掴むと、雪乃自身の口に卵焼きを運ぶ。



八幡「へ?」

141 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:57:03.20 ID:vwud7W/R0


間抜けな声が部屋に響く。

きっと声だけでなく、俺の顔も間抜けな顔になっていると思う。

なにせ、雪乃の行動を見て、甘ったるい戦慄を覚えたのだから。



雪乃「んっ」



唇に挟んだ卵焼きを食べろと、顎を少し上げて突き出してくる。

雪乃の視線が俺を離さない。

これって、王様ゲームのノリじゃないの?って思えたが、

そもそも王様ゲーム自体をやったことがないことに気がつく。

一度くらい合コンに参加してみてぇなぁとどうしようもないことを考えてしまう。

行ってどうこうしたいとかあるわけじゃないけど、

どんなものかって体験ぐらいはしてみたいかも。

いやいや、つい先ほど雪乃が嫌がることをしないって、堅く誓ったのに・・・・・、

って、やべぇ・・・・。現実を認識するのに思考が追い付かず、

妄想に走ってしまった。



由比ヶ浜の時は、人がいない空き教室ということもあったが、人が来る可能性があった。

だから、なにかとセーブされているところもあった。

しかし、今は雪乃と二人だけの密室。

雪乃が欲望をおさえることなどするわけもなく・・・・・。

震える卵焼きを見つめ、俺は腹をくくって雪乃の唇を食べる・・・、

もとい、卵焼きを食べる決意をした。



雪乃「むぅ〜」



煮え切らない俺を見て、非難の声をあげてくるが、

俺は、その非難の声ごと口に含んだ。

俺好みの甘い卵焼きの風味が口の中に広がる。

俺にどこかの美食家のような表現ができればいいのだが、

さいわいそんな才能は持ち合わせてはいない。

だから、一言で表現するのならば、今までで一番甘い卵焼きだった。

142 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:57:32.13 ID:vwud7W/R0


雪乃がぼ〜っと俺を見つめているのを尻目に、卵焼きを飲み込む。

放心状態の雪乃をどうしようかと悩んだが、これ以上の食事は危険だと判断した。

気分を入れ替えるためにお茶でも入れようと席をたつ。

急須に茶葉をいれ、お湯を入れながら雪乃の様子を見たが、

未だ呆けた顔をしている。

うっすらと頬を桜色に上気して艶っぽい。

邪念を捨てようとするも、あふれ出たお湯が指にかかり強制的に邪念が消え去る。



お茶を二つ用意したが、雪乃は今も夢の中。

俺は、雪乃を眺めながら今日一日の反省をすることに決めた。

お茶をいくら飲んでも、甘い卵焼きの味は消えなかった。









朝の5時。

本来なら日が昇り、辺りが明るくなってきている時刻ではあるが、

雨が降っているために、まだ暗い。

雪乃は、朝になったら戻るとの約束で俺に会いに来てくれていた。

だから、こんなにも早い時間だというのに、出かける準備をしている。



八幡「ありがとな、雪乃」

雪乃「寝ててもよかったのに」

八幡「寝て起きた時に雪乃がいないっていう方が、

   今の俺には精神的にくるっていうかな・・・・」



朝っぱらから恥ずかしいセリフを吐き散らかしているって自覚してるけど、

今日くらいデレまくってやろう。



雪乃「そう素直になられるのも、なんとなく怖いわね」

八幡「年がら年中ってわけじゃないから、気にするな」

雪乃「そうね。そろそろ迎えが来ているから、行くわね」

八幡「ああ、気をつけてな」
143 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:58:03.34 ID:vwud7W/R0

雪乃「あなたこそ。今夜には千葉の実家に戻ってくる予定だから」

八幡「わかってるよ。だけど、昨日みたいなことにはならないと思うから安心しろ」

雪乃「そう願うわね。悪いのだけど、その傘取ってくれないかしら」



俺の後ろに立てかけてある傘を指差す。

2本あるうちの一本を掴みあげ、雪乃に差し出す。



八幡「ほれ」

雪乃「それではないわ」



雪乃が指差すのは、雪乃の薄水色の傘ではなく、隣にあった俺の平凡で黒い傘であった。



八幡「俺の傘?」

雪乃「ええ。私も今日くらいは素直に我儘になるわ」

八幡「それはかまわねぇけど」

雪乃「その代わり、八幡は私の傘をさして大学に行ってね」



今日は雨だなんて嘘だ。

ここに太陽が昇っている、なんて我ながらくさいセリフが脳裏に浮かんでしまった。









雨は夕方になるにつれ激しさを増していくらしい。

今はパラパラと申し訳程度に降っているくらいだったが、

八幡の元へ出かけるころに、ちょうど激しい雨に当たるかもしれない。

静けさが降り注ぐ中、広々としたリビングには雪乃と陽乃しかいなかった。

両親は、千葉に戻って来たばかりというのに

二人そろって地元取引先の挨拶に向かっていた。

おそらく帰宅するのも夜中になるのだろう。

だから、陽乃のサポートもあって、両親がいない間だけでも八幡の元へ行ける。

両親が嫌いというわけではなかったが、今は両親がいなくてほっとしている。

今はゆっくりと八幡のことだけを考えていたい。
144 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:58:41.13 ID:vwud7W/R0

だから、ピアノを弾いてさえいれば、姉が話しかけてこないと考えてみたが、

そんな甘い姉ではなかった。



陽乃「雪乃ちゃんがピアノ弾いてるのを見るの、久しぶりね」

雪乃「そう思うのならば、邪魔をしないでほしいのだけれど」



非難の視線と共に厭味を送ってみたが、陽乃は歯牙にも掛けずに話を続ける。



陽乃「昨日、比企谷君なんともなくてよかったわね」

雪乃「ええ、本当に、はた迷惑な男ね」

陽乃「その割には雪乃ちゃん、うれしそうね」



驚き、顔に手をあてて確かめてみるが、そんなことをしてもわかるわけもない。

陽乃を見ると、意地悪そうにニヤニヤしているだけだった。

なんともないという風を装ってピアノを再開したが、調子がくるってリズムにのれない。

陽乃が飽きるまでは無理なんだろうと、雪乃はため息を漏らす。



雪乃「借りはしっかり返すわ。今すぐっていうわけにはいかないけれど、そのうちに」

陽乃「別に私が好きでやったんだから、気にする必要なんてないのに」

雪乃「姉さんに借りを作っておくなんて、気持ちが悪いから、早く返したいの」

陽乃「だったら、返してくれないほうが、私にとっては好都合かも」



陽乃の口角が上がり悪役っぽい笑みを浮かべるが、それでも様になってるから嫌になる。

もう一度ため息をついたところで、ピアノのリズムが戻ってきた。

またしても陽乃の手のひらの上で転がされていたらしい。



陽乃「なんか雪乃ちゃんのピアノ、変わったわね」

雪乃「そうかしら? 最近弾いてなかったから、下手になったのかもしれないわね」

陽乃「そんなことはないと思うけど。テクニックがどうかっていうんじゃなくて

   演奏者自信の感性っていうのかな。

   わたしは、以前の雪乃ちゃんも好きだったけど、今の方がもっと好きよ」

雪乃「珍しく意見があったわね。私も、今の自分の方が好きよ」

145 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 17:59:07.36 ID:vwud7W/R0


初めて姉の年相応の笑顔を見たのかもしれない。

もしかしたら、姉へのコンプレックスから、偏った見方のせいで姉の笑顔を

見逃していただけかもしれないが、今はこうして姉の笑顔を素直に受け入れられる。



陽乃「ねえ、雪乃ちゃん」

雪乃「なにかしら?」



ピアノの音色が弾み出す。

八幡には悪いけど、もう少し陽乃と話してみたいと思えてくる。



陽乃「比企谷君を大事にしなさい。私も応援してるから」

雪乃「ありがとう、姉さん」

陽乃「私は、もう覚悟を決めちゃったから、雪乃ちゃんだけは幸せになってね」



さらりと言うセリフでもないだろうに、陽乃はためらいもなくつぶやく。

雪乃は、覚悟ではなく諦めではないかと思いもしただが、

陽乃が言うのならば覚悟なのだろうと、訂正はしなかった。

雪乃は、今度こそ生まれて初めての陽乃の表情を目撃する。

いつも自信たっぷりの姉が、心細くて今にも泣き出しそうな年下の女の子にみえた。

単調なピアノの音色が、寒々としたただ広いだけのリビングに鳴り響いていた。










第6章 終劇

第7章に続く






146 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/03(木) 18:00:16.14 ID:vwud7W/R0



第6章 あとがき





はるのん登場っす。

第4章と第5章は暗いっていいながらも、

第6章も最後の最後で影を落としてしまいました。

暗い話が得意ってわけでもないのですが、

そもそもニヤニヤいちゃいちゃする話を作るのは苦手です。

何を描けばいいかもわからないですし、どう描写すればいいのかさえわかりません。

狙って書こうとしても滑りまくりでしょうし、難しいところです。

別に、ニヤニヤする話が嫌いってわけではないので、あしからず。

むしろ好きな方だと思いますが、だからこそ、書くのが難しいわけで。



来週の木曜日。いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださるとうれしいです。





黒猫 with かずさ派




147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/03(木) 18:19:52.27 ID:y8XbMOrAO


自分より何より妹の、雪乃の幸せを願う、か……


……さっさと結婚して幸せな姿を見せてやる事が覚悟を決めた陽乃への最大の手向けであり感謝だな
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/04(金) 01:34:16.74 ID:mmuKfjSMo
乙です
149 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/04(金) 02:47:54.18 ID:srl3Bb9D0

今週も読んでくださり、ありがとうございます。

陽乃がようやく登場しましたが、時系列的に次の登場はしばらく後になってしまいます。

おそらく陽乃や小町は、書きやすいタイプのキャラなので

一度登場しだすと出番が増えてしまうキャラなのかなって気もします。


陽乃メインの話も考えてはいるのですが、

もう少し話を煮詰めないと面白くないかなって気がしてます。

150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/07/04(金) 04:36:03.16 ID:5PevRSepO
そうだね
151 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:47:46.20 ID:+2lIaEnX0




第7章






降ったりやんだり、豪雨になったりと忙しい雨雲は、今日も雨を降らせている。

湿った空気は気分を重くするが、今朝は違う。

雪乃と会えたからって現金すぎるだろと、自分でも思う。だけど、それでもかまわない。

雨が降ってることに感謝するなんて。

いまさらながら、雨の中を無邪気に走り抜けていった子供に共感できるとは

思いもしなかった。

マンションのエントランスの扉を開けると、

マンションの入り口を覆う木々の間から、雨粒が落ちてくる。

手にしていた薄水色の雪乃の傘を丁寧に広げる。

軽く傘を握り、歩き出すと、雨粒をはじく傘の音色が聞こえてくる。

雪乃も同じ音を聞いたのかなって、柄にもなく詩人気どりをしてしまい苦笑いをする。

でも、マンションの出口を向かって階段を下りるにつれ、

やっぱり雪乃に互いの傘を使った時の気持ちを共有してみたいって思ってしまった。







大学の教室に入ると、先に来ていた由比ヶ浜がいつもの席に座っている。

後ろの席に座っている友人たちと、たわいのない朝の会話でも栗火度気ているのだろう。

俺に気がついた友人の一人が俺の方に視線を送ると、由比ヶ浜は、

すぐさまその場の空気を察知して、振り向き、俺に手を振ってくる。

由比ヶ浜の顔が一瞬強張り、下を向いたときはドキッとしたが、

顔を上げた時の顔はいつもの由比ヶ浜だった。

俺は、挨拶代わりに軽く手を上げ、もう片方の手では、

雪乃の傘を握り直し、いつもの通り由比ヶ浜の隣の席に向かう。



八幡「よう。早いな」

結衣「おはよう、ヒッキー」


152 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:48:16.96 ID:+2lIaEnX0

お互い昨日のことを意識するなっていう方が無理があるが、

普段通りに挨拶してくれて安堵する。

それは由比ヶ浜も同じようで、教室に入ったときに俺が見た緊張した面持ちが

嘘のように消え去っている。今思うと、昨日雪乃が救ってくれなかったら、

どんなひどい惨状になっていたか知れたものではない。

俺が挙動不審な雰囲気を作り出して、その雰囲気にのまれる由比ヶ浜。

おそらく、この教室にいる奴ら全員が気がつくほどの気まずさに

教室が支配されていたんだと思う。



八幡「今日の小テストの勉強してきたか?」

結衣「え? 聞いてないけど」

八幡「ああ、嘘だからな」

結衣「はぁ?! ヒッキー朝からひどくない?」

八幡「普段から勉強していれば、驚くことなんかないんだよ。

   まあ、なんだ。ちょっとテンション上げようかなって思ってさ」

結衣「自分のテンション上げるために、人を驚かすなんて、

   ヒッキーひどすぎるし」



由比ヶ浜がプンスカ怒っているのを見て、安心した。

由比ヶ浜も本気で怒ってるわけでなく、笑いも混ざっているけど、

そんなことに安心したわけではない。

由比ヶ浜も女だ。俺が雪乃の傘を持ってきたのを目ざとく見つけ、

わずかながらの動揺を見せていた。

だからこそ俺は、由比ヶ浜を試す発言なんかしてしまう。

こんな悪知恵ばっかり働かしていることに、成長してねぇなって自嘲してしまった。



八幡「でも、来週は小テストあるから、その対策はやってるんだろ?」

結衣「え〜・・・・・・。」

八幡「目をそらすなよ」



こいつマジで勉強してねぇのかよ。

悪知恵もこんな形で役に立つとは、捨てたものじゃねぇなって、

自己フォローなんて決めてみたりするが、今までどおりの関係を続けられて心が弾んだ。

153 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:48:47.40 ID:+2lIaEnX0


結衣「でも、でもぉ・・・・、ヒッキーはなんだかんだ言っても助けてくれるよね?」



犬っころみたいな目で俺を見るな。

耳を伏せて、尻尾を緩やかにふっているのが見えちまう。

マジで犬属性ありそうだから、今度首輪買ってプレゼントしたら喜ぶかなって

幻想を重ねて見つめていると、現実の由比ヶ浜が両手で俺を揺さぶる。



結衣「ねえ、聞いてるぅ? ただで助けてくれなんて言わないからさ。

   ほら、今日もお弁当作ってきたんだよ」



鞄を広げ、俺に弁当を見せてくる。ちょうど2つ弁当が重ねられているところをみると、

下にある大きいほうが俺の方か。



八幡「大丈夫だって。たとえ弁当がなくたって、教えてやるから、

   そうくっつくな、暑苦しい」



邪険に払うのは俺の照れ隠し。由比ヶ浜が弁当を作ってきても気持ちがぶれない。

やはり雪乃の存在が俺の中でまた大きくなっているって自覚できた。








早朝からの講義を2コマこなし、ようやく昼食タイム。

雨が降っていることもあって、外に食べに行くやつらもいつもより少ない。

コンビニ弁当やら、家から持ってきた弁当を持ってくるもの、

大学で売られている弁当やらと、外に出て食べようなんて考える酔狂な者は

多くはなかった。

雨が降ると、学食に行くのさえ億劫になるのか?

たしかに、傘さして学食行くのも面倒っていったら面倒だけど、

梅雨のせいで皆怠惰になってないか・・・・・。

自分のことを棚に上げ、人間観察をしていると、横からお声がかかる。



結衣「さ、お弁当にしよっ」

八幡「今日もだなんて、わるいな」

結衣「そんなのぜんぜん。好きでやってることなんだし」

154 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:49:20.43 ID:+2lIaEnX0


由比ヶ浜は、胸の前でかわいく両手を振り否定する。

若干声が大きかったとことが気にはなったが、

雨が降っているせいか教室で食べる奴も多く、由比ヶ浜の声はかき消される。

俺達は、今日は昨日とは違い、次の授業の教室で食べようとしていた。

だから、俺達のことを知っている奴らばかりだし、俺と由比ヶ浜が一緒に食事を

していても、いつもの由比ヶ浜の世話の延長線上くらいにしか思わないだろう

・・・・と、思う。

こんなことだったら、昨日も同じようにすればよかったと自分の浅知恵を呪ったが、

起きてしまったことをどうこう文句を言っても仕方がない。

もし、出来事を改変できるのならば、世界は混沌に満ちちまうんだろうと思う。

皆が各々望んだ世界を作れちまうなんて、夢みたいな世界だと思えるけど、

そんなの夢以前にカオスすぎる。

誰の望みであっても独善的だし、それを世界に具現化しちまったら、

どうやって他人の理想とすり合わせるんだろうなって考えてしまう。

俺の独善と由比ヶ浜の希望を両立することなんて、

できやしないのが分かりやすい具体例だろう。



結衣「はい、お茶」

八幡「お、サンキュー。でも、こんな蒸し暑い日にホットだなんて、渋いな」



水筒からコップに入れたお茶は湯気がかすかに立ち昇り、熱そうだ。

実際、薄いプラスチックの容器から、熱が手に伝わり、

危うくコップを落としそうにもなった。



結衣「暑い日に熱い飲み物を飲むのがいいんだよ」

八幡「じゃあ、今度お礼として、真夏のくそ暑い日に、

   ホットのお汁粉プレゼントしてやるよ」

結衣「うん、ありがとう。絶対だよ」

八幡「へ?」



俺としては、「そんなのいらないしぃ」って切り返してくるのだとばかり思っていた。

だから、我ながらなかなかの傑作の間抜け面を披露してしまう。

155 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:50:04.00 ID:+2lIaEnX0


結衣「ヒッキー変な顔ぉ」

八幡「笑うなよ」



してやったりと、無邪気に笑う由比ヶ浜。俺も由比ヶ浜につられて笑ってしまう。

昨日のお弁当タイムも、背徳感があっても、それはそれで楽しい時間ではあった。

でも、俺はそんな計算して作られた時間よりも、

今みたいな何も考えてない時間の方が好きだ。

なによりほっとする。そして、由比ヶ浜には、無邪気に笑っている方が似合っていた。



結衣「じゃあさ、ちゃんと真夏のあっつい日に、ホットのお汁粉買ってね」

八幡「いいぞ。しっかり飲めよ」

結衣「一緒に買いに行って、私がしっかり飲み終わるまで見ていてくれる?」



首を傾げ、俺を試すように覗き込んでくる。湿気を含んだ髪が、いつも以上に揺れ動く。



八幡「見ていてやるって。冷めてから飲むなんてのはNGだからな」

結衣「ちゃんとホットで飲むし。・・・・・でも、真夏の炎天下の中、

   ホットのお汁粉探すのは大変そうだね。

   その時は、ホットのお茶じゃなくて、キンキンに冷えた麦茶用意してくるから」

八幡「は?」



ようやく自分の愚かさに気がつく。

誰が好き好んで真夏のくそ暑い日にホットのお汁粉なんか飲むんだよ。

飲料メーカーも馬鹿じゃない。

真夏にホットお汁粉なんて売るわけない。コンビニであってもないだろうな。

だったら、どこに買いに行けばいいっていうんだ。

つまりは、そういうことなんだろう。

ホットのお汁粉が見つかるまで、俺と由比ヶ浜は、永遠とお散歩デートを

するってことになるわけで・・・・・。



目の前には白い歯を見せ、してやったりの笑顔を見せる由比ヶ浜がいた。

どうにか額に手をやり冷静さを装おうとしてみるが、うまくいかない。

やっぱり、さっきの由比ヶ浜への賛辞は撤回。

なにが無邪気だよ。計算しまくってるじゃねぇか。

156 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:50:36.99 ID:+2lIaEnX0


結衣「ヒッキー大丈夫?」

八幡「なにが大丈夫だ! 俺をはめやがって」

結衣「なんのこと? ヒッキーがお汁粉奢ってくれるって自分で言い始めたんじゃない」

八幡「そうだけどよ・・・・」



もういいや。こいつらには、かわなねえよ。


由比ヶ浜が下を向いて、自虐的に笑っているんじゃないんならいいか。



結衣「約束だからね」

八幡「わ〜たよ」

結衣「んじゃ、お弁当食べよう」



いそいそと弁当を広げていくが、最初はデジャブではないかって疑ってしまった。

今日は昨日の続きで、今も昨日のままで。

って、なんだよこれ。



八幡「ガハマさん?」

結衣「なぁに?」

八幡「昨日と全く同じ弁当のように見えるんだけど」

結衣「仕方ないし。まだ料理は勉強中なの。だから、できるものも限られて・・・・」



せっかく作ってきてくれた由比ヶ浜を責めるなんて馬鹿げている。

よく見れば、昨日よりも不揃いさがない。同じものを作るしかないといっても、

手抜きなんかしていないんだろう。むしろ昨日以上に気合を入れているのが見てとれる。



結衣「ほら、それに今日はフリカケも用意してきたんだよ」



俺の目の前にフリカケを突き出す。わからないこともない。

由比ヶ浜なりに、味の違いを演出しようとしたんだろう。

由比ヶ浜の奮闘が目に浮かんできてしまい、笑いがこみあげてくる。

157 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:51:11.51 ID:+2lIaEnX0


結衣「なにか笑うようなことあったかなぁ」

八幡「なにもねぇよ。さあ、食おうぜ」

結衣「うん!」



とりあえず、卵焼きを最初に食べることにした。

もちろん自分で食べたことは伝えたおこう。

怖かったんじゃないってということは信じてほしい。




ブブブ  ブブブ  ブブブ ・・・・・・





携帯の振動で反射的にびくりと肩を震わせてしまう。

俺に電話してくる奴なんて、雪乃、小町、そして、目の前にいる由比ヶ浜くらいである。

平塚先生や材木座はたいていメールだし、そもそも小町や由比ヶ浜であっても、

メールの割合が高い。

となると、必然的に電話の主は絞られてしまうわけで・・・・・。

箸で掴んでいた卵焼きを弁当箱に戻し、恐る恐る携帯を確認する。

予想的中。

つっても、外れる可能性が極めて低い予想だけど。

別に悪いことをしていないのに、なぜか手が震えてしまう。

由比ヶ浜の視線をなるべく視界の外に追い出し、受話ボタンを押した。



八幡「おう、どうした?」

雪乃「ちょうど今は昼休みだと思って電話してみたの。

   それで、今日の夕方少し時間ができたの。

   だから、八幡が予定を埋める前に抑えておこうと思って」

八幡「別に俺のスケジュールは、年がら年中白紙だよ」



俺にスケジュール帳なんてものは、必要ない。

基本、いや、必然的に雪乃が管理していると断言してもいい。

だから、自信を持ってスケジュールは白紙だと言える。



雪乃「それはわかってるのだけれど」

八幡「だったら確認するなよ。俺のスケジュールなんて、雪乃中心なんだから」

158 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:52:09.60 ID:+2lIaEnX0


探り探り言葉を選んでいた雪乃の声が詰まる。

顔が見えないのは残念だけど、なんとなくだが雪乃の顔が目に浮かぶ。

それを分かっていながら言ってしまう自分が憎らしい。

ついニヤニヤしちまう。



雪乃「わ・・わかっていたけれど、一応確認しておこうと」

結衣「むぅ〜・・・・・」



つい雪乃と二人っきりで話しているって錯覚してしまう。

隣に由比ヶ浜がいるってことさえも忘れていた。

むくれる由比ヶ浜を再度視界の外に追いやり、意識を電話に戻す。



八幡「で、だ。そっちの用事は大丈夫なのか?

   昨日みたいに無理しないでくれよ」

雪乃「昨日のことも無理はしていないわ。私がしたいからしたことなのだから。

   それで、今日のことなのだけれど、6時前くらいには戻れると思うの。

   だから、八幡も6時前には家にいてほしいわ」

八幡「わぁたよ。そんな約束しなくても、ほぼ確実に家にいると思うけど

   約束通り家にいることにするよ」

雪乃「それもそうね」



確実に家にいると分かっていながらの確認って、なんかおかしくないか?



八幡「それで、明日も朝早くに出るのか?」

雪乃「ごめんさない。今日は夜には戻らないといけないの。

   別に朝戻ってもスケジュール的には問題ないと思うのだけれど、

   母がね・・・・・。両親が出かけていて、夜まで戻らないの。

   だから、姉さんに手伝ってもらって、少しの間だけね」

八幡「そっか」



女帝健在ってところか。

せっかく雪乃が実家に戻ったというのに、

俺のせいで雪乃がちょくちょく俺の元に戻るのは好ましく思わないのだろう。

これ以上心証を悪くするのも得策とは思えないし、素直に雪乃を帰すべきだな。

159 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:52:41.56 ID:+2lIaEnX0


八幡「気にするな。雪乃を帰ってきてくれるだけで、すっごく感謝してる。

   そうだな・・・、今回の事が済んだら一度雪乃の実家に挨拶に行くか。

   文句を言いながらも同棲を許してくれてるわけだし、

   最初だけ頭下げて、あとは知らんぷりはよくないだろうしさ」

雪乃「ほんとに?」



雪乃の声が弾む。声もいつもより一段高く上がってることからも

大変喜んでくれているとみえる。

雪乃の実家との関係をうまく構築していくのは地道な労力が必要だ。

だから、なにかしらの機会があるたびにポイントを稼がねば。



八幡「嘘言ってどうする。お前のかーちゃん、すげーこえぇし、

   角が生えてくるたびにへし折っておく必要があるんだよ。

   しかも、その角の除去作業も命がけだし、

   ましてや、ほっとくと手に負えなくなるからな」

雪乃「その言い方どうかと思うのだけれど、的確な言葉過ぎて反論できないわ」

八幡「陽乃さんもその血を強く継いでるよな。

   雪乃も・・・・」

雪乃「なにかしら?」

八幡「・・・・・・なんでもありません」



口は災いのもとだって、何度反省すればいいんだ。

冷やかな笑顔を浮かべる雪乃がリアルすぎるほど目に浮かぶ。



雪乃「それで、・・・・・その」

八幡「どうした?」

雪乃「そのね。八幡は昼食は、・・・・・もうとったの?」

八幡「今食べてるところだよ」

雪乃「邪魔してしまって、ごめんさない」

八幡「別にいいよ」



わかっていた。雪乃がこの時間にかけてきたことも、携帯に雪乃の表示がされた瞬間

理解できていたことだ。

160 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:53:15.84 ID:+2lIaEnX0

そもそも、俺の時間割を知っている雪乃ならば、授業の合間であっても電話できる。

仮に、休み時間が長い昼休みだからという理由であっても、それならば、

メールで済むはずだ。

と、結論出したいところだったが、肝心なところで論理破綻か。

雪乃はメールよりも電話での連絡をしたがる。

俺がメールで要件を伝えようとしても、なるべくならば電話のほうがいいらしい。

電話だと、雪乃が電話に出られるか気になってしまうが、

「電話に出られないなら電話に出ないから、そんなこと気にしなくていい」って

堅く宣言されてしまっている。

だから、電話をかける頻度が増してきているわけで。

まあ、なんだ。愛されちゃってるなぁってのろけてみたところ、

小町からは、うざいからもういらないって白目を向けられてしまった。



小町「雪乃お義姉さんって、見かけによらず束縛するよね。

   クールビューティーって、まさに雪乃お義姉さんって思ってたけど、

   人はみかけによらないものだね。

   ま、そこがお兄ちゃんには魅力なのかもしれないけど」



うんうんって、頷きながら恋愛評論家小町がコラムを発表してきた。

たしかに、当たっているところがないわけじゃないと思うけど、

小町がいうほど束縛があるとは思えない。



八幡「雪乃は雪乃だよ。

   見かけがどうあろうと、雪乃であることには違いはない。

   それと、お前の「お義姉さん」は、意味深すぎるからやめろ」

小町「はいはい、ごちそ〜さまです」



ってなわけで、俺は雪乃にかまってもらえている。

無関心ほどひどい仕打ちはないから、いいんだよ。



さて、話が脱線してしまったが、雪乃が昼食の時間を狙って電話してきたこと。

それはつまり、由比ヶ浜なのだろう。

ならば、自然に、そして、わざとらしく俺から話を切り出してあげるべきだ。

161 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:53:48.52 ID:+2lIaEnX0


八幡「今、由比ヶ浜が作ってくれた弁当食べてるところだよ。

   昨日よりもうまくできてて、びっくりだ」

雪乃「そう・・・・・」

八幡「雪乃が弁当作れないから、わざわざ由比ヶ浜が作るって手を上げたんだ。

   雪乃も由比ヶ浜に一言礼を言っておくか?」



我ながらわざとらしすぎると思ったけど、俺の能力じゃこれが限度ってものだ。

でも、雪乃が由比ヶ浜と話をする機会ができるのならば

俺のアシストなどグダグダでもかまわないはず。

ようは、雪乃がそれにのってくれるかどうかってことで。



雪乃「そうね。由比ヶ浜さんに代わってもえるかしら」

八幡「まってろ」



由比ヶ浜に携帯を差し出す。急に話がふられた由比ヶ浜は困惑気味だったが、

お前が聴き耳立ててたのは分かってるんだよ。



八幡「ほら、雪乃が代わってくれだってさ」

結衣「ゆきのんが? うん」



おどおどと携帯を受け取ったが、覚悟を決めたのか、空元気を超える元気な声で

電話に応じた。



結衣「ゆきのん、ヒッキーったらひどいんだよ。

   昨日と同じメニューだからって、文句を言うだよ」

雪乃「それって、昨日と全く同じメニューなのかしら」

結衣「そうだけど?」



由比ヶ浜があどけない声で返事をする。

雪乃の声は拾えないが、いつもの百合百合しい会話はできているみたいで

胸をなでおろす。俺の泥にまみれたアシストも役に立ったみたいだ。



雪乃「それは、さすがに八幡の気持ちもわかるわね」

結衣「えぇ〜。でもでも、今日はフリカケ付きだよ」

162 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:54:26.40 ID:+2lIaEnX0


そんなの違いのうちに入らねぇよと、心の中で突っ込みを入れてしまった。

会話の外の人間に突っ込みを入れさせるとは、さすがガハマさん。



雪乃「それは違いには入らないわ。卵焼き一つにしても、

   ノリを巻いたり、ホウレンソウやチーズをいれたりするだけで

   印象も大きく変わってくるのよ」

結衣「そんなこといったって、そんな高等技術まだ持ってないよ」

雪乃「頭痛がしてきたわね。由比ヶ浜さんのお母様の食事を頂いたことがあったけれど、

   とても上手だという印象だったわ」

結衣「ありがと。今度お母さんに言っておくね」

雪乃「ええ、ありがとう。そうではなくて、お母様の食事を毎日食べているのだから、

   必然的に由比ヶ浜さんもいろんな料理を見てきたはずよ。

   だから、今まで食べてきた料理を参考に作ってみることが可能だと

   思うのだけれど」

結衣「そっか。うん、そうだよね。明日のお弁当でチャレンジしてみるね」



明日のお弁当という言葉を聞き、俺の視線が鋭くなる。

由比ヶ浜には気がつかれていないはずだが、意識しないで済む言葉ではない。

雪乃がいない日数を考えれば、少なくともあと2回弁当があると推測できる。

それが悪いっていうわけじゃないけど、色々考えてしまうわけで。

あと雪乃、由比ヶ浜を煽るのはやめていただきたい。

実験弁当を食べるのは、雪乃ではなく俺だっていうことを忘れないでほしい。

基礎ができるからって、応用ができるとは限らない。

ましてや由比ヶ浜だ。危険すぎるだろ・・・・・。



雪乃「そうね、頑張ってね、由比ヶ浜さん」

結衣「うん、頑張る。それでね、ゆきのん」

雪乃「なにかしら?」



由比ヶ浜を俺を一目見ると、俺に背を向け体を丸めこむ。

そして、小さな声で何かつぶやいたようだった。

きっと俺には聞かれたくない内容なのだろう。
  

163 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:55:00.90 ID:+2lIaEnX0


結衣「ゆきのん、ありがとね」

雪乃「何のことかしら?」

結衣「ううん、いいの。言いたかっただけだから」

雪乃「そう?」

結衣「うん、そう」

雪乃「今度、3人でお弁当を持ちあって食べるのもいいわね」

結衣「うん! ゆきのんにも、私が作ったお弁当食べさせてあげるね」

雪乃「楽しみにしているわ」

結衣「そろそろヒッキーに代わるね。なんか、寂しそうにしてるし」



話が終わったらしく、俺に携帯を返してきた。

何を雪乃と話したかわからないけど、由比ヶ浜の晴々とした笑顔を見れば

うまくいったって確信できる。



八幡「もしもし?」

雪乃「由比ヶ浜さんのお弁当、しっかりと味わうのよ」

八幡「そうだな。楽しんで食べられそうだよ」

雪乃「それはよかったわね」



雪乃の明るい声を聞けたことで、確信から確定に格上げされた。

世間様の梅雨はまだあけないけど、俺達には夏がきたみたいだ。

眩しすぎる笑顔が二つ、俺に降り注いでいる。







第7章 終劇

第8章に続く










164 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/10(木) 17:55:29.47 ID:+2lIaEnX0


第7章 あとがき




実験的に書き始めた文章が、ここまで続くとは思いもしませんでした。

当初は、元ネタがなくなったら終わりなんだろうなと考えていたのですが、

最近では、元ネタ使おうとしても、

その展開にもっていくまでに時間がかかるほどですし。

(注意:元ネタ = 以前自分で考えたネタ)

これも、皆さまが読んでくださっていると思うと、書く元気が湧いてくるおかげです。




さて、第10章か第11章あたりから、今までとは違った書き方に挑戦してみよう

かと考えています。

そのエピソードが終わりましたら、元に戻す予定です。

まだ書き始めていないので、なんとも言えませんが、もし失敗したら

今まで通りの書き方で書いたのを、しらっとアップしてるはずです・・・・・。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、

また読んでくだされば、大変うれしいです。





黒猫 with かずさ派





165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/10(木) 17:58:16.51 ID:spgLIJoy0
おつー
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/10(木) 18:15:48.69 ID:Y1IJgXyZo

167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/10(木) 18:17:41.39 ID:DhA17F7AO
168 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/11(金) 02:43:53.82 ID:3Elbeyzr0

今週も読んでいただき、ありがとうございます。

リアルでは、台風きてるなぁとあわただしいですが、

そういえば作中の日時ってどうなってるんだろうと思い計算してみると

わりと面倒なことにw

梅雨とか書いちゃってるし、動かせない日時が発生すると大変っすorz

169 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/17(木) 17:41:44.39 ID:Nx2ItxRo0


第8章







東京ではヒョウが降ったらしいが、千葉では豪雨のみのようだ。

激しく降り注ぐ雨を仰ぎ、もう少し雨が弱くなるのを待とうか思い悩む。

近年多くなったゲリラ豪雨の一環なのだろうか。

俺のほかにも空を見上げ、教室に戻っていくものも少なくない。

中にはその場でスマホをいじくっている奴もいるが、

この雨の中を突っ切ようとする者は多くなかった。



結衣「ヒッキーどうする?」

八幡「どうするもなにも、こう雨が強いとな」



隣に立ち止まっている由比ヶ浜も、駅までの道のりをどうしようか検討している。

俺とは違い、空を見上げることはせず、

さっきから仕切りなしに携帯を操作していることからすると、

いつもつるんでいる連中と、これから遊びに行く予定でも立てているのだろうか。

遊びに行く予定よりも、来週の小テストの心配しろよといいたいところだが、

この後雪乃との約束があるから面倒事を作りたくもない。

だから、許せ由比ヶ浜。今回もいつもと同じように、試験直前にギリギリ8割くらいは

とれるようにしてやるから。

試験なんてものは、満点をとろうとするから余計なストレスをためちまう。

そもそも98点も100点満点も大した差はない。

さすがに2点差で合否を分けるのならば大問題だが、大学の試験ごときでは

そのような心配をする必要もない。

だから、最初から満点をとることを諦めて、9割くらいとれるように勉強すれば

覚える量も減って、ストレスも少なく95点くらいはとれるようになる。

ようは、採点する際必ず必要なキーワードを洩らさなければいいわけだから、

それを中心に覚えちまって、あとは何となく文章をでっち上げれば

それなりの解答ができあがるわけだ。

このことを雪乃に言ったら、頭を抱えていたのをよく覚えている。




雪乃「勉強をする方法理論は正しいのだけれど、その勉強をする姿勢とも

   いうのかしら。あなたを見ていると、楽をしたいと考えている落後者に

   見えてしまうのはなぜかしら」

八幡「楽をしたいというところは、間違っちゃいねぇよ。

   勉強をするにせよ、無駄を省いてエレガントにやるべきだ」

170 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/17(木) 17:42:38.94 ID:Nx2ItxRo0


雪乃「あなたがエレガントかの議論は置いておきましょう。

   無駄を省くという意見には賛成ね。

   由比ヶ浜さんの勉強を見ていて思うのだけれど、勉強をしていても

   勉強以外にも意識が向けれらてしまうのは、大きなロスね」

八幡「そういうなって。あれでも一生懸命頑張ってるんだからさ。

   それに、あいつが俺達と同じ大学に受かったことを考えれば、

   やればできる子なんだよ、きっと」



雪乃が微笑ましいため息をつく。

俺に対する雪乃のため息が、心底呆れてのため息だとすれば、

由比ヶ浜に対するため息は、慈愛に満ち溢れ、かわいいわが子を思うため息だった。

こんなにも差別をされてしまうと嫉妬してしまいそうだが、

いつも雪乃を独り占めしているんだ。

これくらいの差は、由比ヶ浜にくれてやろう。

と、小物すぎる勝者の余裕を見せたものだ。



雪乃「普段から大学受験の時の半分は勉強してくれないかしらね」

八幡「そんなの本人に言えよ」

雪乃「言ってるわよ」

八幡「そうか・・・・」



お受験ママ姿の雪乃が由比ヶ浜を叱ってる姿が目に浮かんでしまう。

雪乃のお受験ママ。はまりすぎてるだろ。

雪乃の子なら、自分で勉強して、手がかからないだろうけど。

だからこそ、今由比ヶ浜でお受験ママやってるのかなと、馬鹿な妄想をして

下衆な笑顔を浮かべてしまっていた。



雪乃「自分の彼氏に言うのはどうかと思うのだけれど、その笑い方やめた方がいいわよ」

八幡「お、おぅ」

俺にも、温かい思いやりがあるお受験ママモードで注意してほしいな・・・・。

雪乃「普段の授業は、しっかり聞いているのよね?」

八幡「聞いていると思うぞ。授業の後、毎回その日の重要事項をまとめさせてるし」

雪乃「意外と八幡も、しっかりと由比ヶ浜さんの面倒を見ているのね」

八幡「勉強なんて、普段からの積み重ねだし、授業中寝てるんなら、試験のためにも

   勉強したほうが得だろ?」

雪乃「損得で勉強するのかはともかく・・・・。さきほどから、あなたの勉強論を

   聞いていると、頭が痛くなるわ」


171 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/17(木) 17:43:24.42 ID:Nx2ItxRo0


眉間を親指と人差し指でつまみ、頭を振る。

しかも、長い長い呆れ果てたため息もセットで。



八幡「そんなこというけどな、これでも一年次末の学部順位では主席とったんだぞ」

雪乃「私も主席だったわ」

八幡「まあ、そうだけどよ」



お勉強デートってわけでもないが、毎日自宅で二人で勉強しているんだから、

成績もよくなるのは当然といえよう。

雪乃に関しては、それ以前の問題だろうけど、雪乃と肩を並べたとは言えないが

少しだけど自分を誇らしく思えていた。



さて、由比ヶ浜のお勉強問題は置いておいて、今は目の前の雨だ。



結衣「ごめんねヒッキー。みんな雨が弱くなるまで、空き教室で待つんだって。

   だから」

八幡「行って来いよ。どうせ最初から駅まで一緒に行くだけだったしな」

結衣「うん、じゃあ、また明日ね」

八幡「また明日」



由比ヶ浜は、携帯を握りしめ教室に戻ろうとする。

俺は、由比ヶ浜が抱えるいつもと違う一回り大きい鞄を見つめ、

もう一声、声をかける決心をした。



八幡「由比ヶ浜!」



俺の呼びとめる声に反応し、お団子頭を揺らしながら振り返る。

何故呼びとめられたかわからないという顔つきで、俺を見つめてくる。



八幡「あのさ」

結衣「なにかな?」

八幡「そのあれだ」

結衣「あれじゃわからないよ」



呼びとめたものの、俺がしどろもどろな様子の俺を見て、由比ヶ浜は笑みを浮かべる。

別に俺の態度がおかしくて笑っているのではないと思う。

172 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/17(木) 17:44:18.09 ID:Nx2ItxRo0


いうならば、女の勘ってやつで自然と笑みが浮かんでしまったんじゃないかと

心少ない俺の経験がそう判断を下す。



八幡「今日の弁当ありがとな。すっげぇ美味しかった。

   それだけだ」

結衣「うん、・・・・・そっか。美味しかったか。

   明日もヒッキーが満足するお弁当作ってくるから、楽しみにしててね」



俺の経験則も捨てたものじゃないかもしれない。

満面の笑みを浮かべる由比ヶ浜を見て、そう感じてしまった。

いや、俺じゃなくても気がつくほど、あからさまなのかもしれないけどさ。



八幡「おう」

結衣「じゃぁあ、今度こそまた明日」

八幡「また明日」



華麗にターンを決めた由比ヶ浜は、揺れるバッグを小脇に抱え、

軽快に人の波を擦りぬけていく。

由比ヶ浜は一度振り返り、大きく手を振ってきたので、俺は軽く手を振り返してやる。

由比ヶ浜の姿が完全に見えなくなったところで、俺は薄水色の傘をさし、

さっきより強くなった雨の中を歩き始めた。



あ、やっぱもう少し待ってからの方がよかったかも。

勢いで行くもんじゃないな。

あぁあ、靴下までびしょ濡れだな、これ。









海浜幕張駅に着くと、幾分雨は弱まってきていた。

やっぱり少し雨が弱まるのを待てばよかったって、軽い後悔をするが

大学で一人時間つぶすよりはましかって強引に納得しておく。

不快で重く湿った靴を嫌な音を立てながら家路につく。

マンションと駅の間にあるバカでかい公園を横目に、足を進める。

今度晴れた時に、雪乃を誘って公園を散策するものいいかなって頭によぎる。

でも、梅雨が明けたら、くそ暑いし、歩くだけでもかったるいかも。

それなら、マンションエントランス側の木々が茂って、

心地よい風を運んでくる日陰のベンチでのんびりするほうがいいか。


173 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/17(木) 17:44:59.70 ID:Nx2ItxRo0


と、すぐさま省エネ思考が発生するが、この前雪乃と公園を突っ切ったときの

ことを思いだし、自然と顔がにやける。



俺達が住んでいるマンションは、おしゃれなマンション街位置するともあって、

若い夫婦に人気がある。

メインストリートは、石畳をイメージしているようで、日本を感じさせない。

といっても、原則駐車違反がないエリアなので日本車が止まりまくっていて

景観がぶち壊しだ。

たまにくる駐車監視員が、交差点から5メートル以内だったかそのくらいの範囲で

駐車している車を取り締まってるのをみると、もっと他のとこを取り締まれよと

突っ込みをいれたくなる。

時たまいる交差点付近の車を取り締まっても、非効率すぎるだろうに。



とまあ、愚痴を述べたいんじゃなくて、若い夫婦が多いってことだった。

若い夫婦がいるってことは、小さい子供もいるってことで。

公園には子供連れの親子が遊んでいるのが見える。

雨が降っている今日は、閑散としている公園だが、晴れた休日となれば

子供の声があちらこちらから聞こえてくる。



八幡「すげーな。全速力でダイブしていったぞ。

   ありゃ泣くかな」



何が楽しいかわからない遊びをしている子供を眺めつつ、

俺と雪乃は公園の歩道を手をつなぎながらのんびりと歩み進める。

そこいらにいる若い夫婦からすれば、俺達二人も若い夫婦にカウントされるのかもしれない。

もしカウントされるんなら、光栄だけど、照れくさくもある。



雪乃「子供って、何を考えているかわからなくて苦手だったわ。

   休日、本を買いに出かけるたびにここを通ると、

   得体のしれない物体が走り回っていて不気味だったわ」

八幡「お前、それ声に出してことないよな?」



近くに人がいなくてよかった。もしいたら、厳しい視線を叩きつけられた挙句、

子供を抱えて逃げていってるだろう。



雪乃「私は、あなたと違って、エア友達なんかいないわ」

八幡「俺もエア友達なんかいねえよ」


174 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/17(木) 17:46:41.98 ID:Nx2ItxRo0


雪乃「いつも独りごとのようで、でも、誰かに話しかけてるみたいに話していたから、

   私には見えない存在がいるのかと疑っていたのよ。

   一応幽霊とか見えないものは信じないようにしているのだけれど、

   もし八幡には見えているのなら、考えを改めなければって真剣に悩んでいたわ」

八幡「なんだよそれ? たまに独りごと言う癖はあるかもしれないけど

   エア友達なんかいかいから。そんな友達がいる方がこえぇよ」

雪乃「そう?」



肩にかかっていた長くしなやかな髪を手で払い、冗談とも真剣ともとれる表情をみせる。



八幡「そうだよ。ったく」



俺をからかうのに満足した雪乃は、見てるこっちも笑みがこぼれ出る笑顔を向ける。

だから、俺は、常に雪乃に真剣に向き合う。

頑張る方向が間違ってるだろって、突っ込みを入れたい時もあるが、

純粋なまでにひたむきに俺を見つめる雪乃から、目が離せないでいた。



八幡「で、だ。さっき苦手だったって言ってたけど、「だった」ってことは、

   今は違うのか?」

雪乃「どうかしら?」



俺を試すような視線を向ける。

瞳の奥の覗き込む雪乃の目から逃れることができなかった。



雪乃「どうだと思う?」

八幡「人並みに、よくある答えで、自分の子供だったら可愛いってやつか?」

雪乃「たとえ自分の子供であっても、親の思い通りには育たないわ。

   そうでしょ?」



その通りだ。

俺は、好き勝手やってるのは、親がある程度の信頼と放任を決め込んでるだけであって、

雪乃の場合は違っていた。

俺とは真逆の拘束。

その拘束から逃れて現在に至るわけだが、親だろうが家族だろうが

自分でない時点で他人であることには変わりがない。



八幡「そうだな。親のエゴや期待ってもんがあるかもしれないからな」

雪乃「そんな親の傲慢に付き合わされる子供は、たまったものじゃないわ」


175 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/17(木) 17:47:53.36 ID:Nx2ItxRo0


八幡「雪乃は、両親が嫌いなのか?」

雪乃「嫌いというのとは違うわね。そうね・・・・、苦手というのかしら。

   距離感がうまく取れないのに、いきなり有無を言わさず急接近されて

   勝手に決められてしまったら、子供としては、たまったものではないわね」



たしかに、あの女帝ならそうだろう。

俺も得意なタイプではないし、できれば近づきたくない存在でもある。



八幡「親っていっても、色々いるからな。だけど、雪乃がああいう母親みたく

   なるってわけでもないだろ? それに、それだけ毛嫌いしてるんだ。

   ああいうタイプにはならないんじゃないか?」

雪乃「娘だからこそ心配しているのよ。人は、育った環境の影響を簡単には

   捨て去ることができないわ」



気がつけば、立ち止まっていた。

手をつなぎ、向かい合っているのだから、他人から見ればじゃれあってるように

見えるかもしれない。しかし、休日の公園で、しかも、

子供が無邪気に遊んでいる側で話すべき内容ではない。

幸いなことに、近くに人はいない。子供たちは、広場の中心で遊んでいるし、

親たちもベンチに座ったり、子供と遊んでいるので、

歩道にたたずむ俺達の会話を聞かれる心配はなさそうだ。

太陽を背に立つ雪乃が暗くみえるのは、逆光のせいだけとは思えなかった。



八幡「育った環境っていうんなら、高校も育った環境だろ。

   俺も雪乃の環境の一部だし、由比ヶ浜だってそうだろ?」

雪乃「そうね。でも、人間、簡単には変われないわ」



変わるとこができるなんて言っても、気休めになんかにもならないだろうし、

ましてや、俺が変えてやるなんて無責任なことも言えない。

俺に今できることといえば、俺を見つめる雪乃から目を離さないことだけだった。



広場から、ボールが転がってくる。近くのベンチにぶつかり、軽い音を響かせ止まる。

急に割り込んできた物音に反応し、ボールに目を向ける。

俺の視線につられ、雪乃もボールに意識が向かった。

雪乃の後ろ方から、子供がトコトコとボールを追って走ってきている。

ボールを拾ってあげようと動き出そうとしたが、雪乃の方が早かった。

雪乃は、ボールを拾い上げると、子供に歩み寄る。

子供の前まで行くと、子供の目線に腰をかがめて両手でボールを受け渡す。

176 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/17(木) 17:48:57.39 ID:Nx2ItxRo0



雪乃「はい、ボール」

子供「ありがと」



あどけない笑顔でお礼を言われた雪乃は、なんとも嬉しそうが笑顔を浮かべる。

由比ヶ浜に見せる温かく、ホッとするような柔らかい笑顔ではあったが、

それ以上に母性を感じさせる包み込まれるような優しさがそこにはあった。



八幡「なあ、雪乃」



まだ子供の後姿を追っている雪乃に俺は問いかける。



雪乃「なにかしら?」

八幡「子供なんて、欲しくなったときに考えればいいんじゃねぇか。

   それに、俺達まだ大学生だし、結婚だってまだしてないんだしさ。

   そのうち、子供関する考え方も変わってくるかもしれねぇだろ」



ついさっき、無責任なことは言わないって誓ったばかりだというのに、

その場のノリっていうのは恐ろしい。

だけど、なにもしないでいられる問題でもない。踏み込むなら今なのか・・・・・。



雪乃「あなたは、何を言ってるのかしら?

   いつ私が子供が欲しくないっていったの?」

八幡「は?」



立ち上がり、凛とした表情を浮かべる雪乃は、迷いなどなかった。

対照的に、俺は間抜けな顔をさらしているのだろう。



雪乃「私は、八幡との子供だったら欲しいって言ってるよ」



頬を赤く染め上げる雪乃は、顔を隠すように俺の腕に絡みつく。



雪乃「だから、八幡もさっき言ったじゃない。自分の子供だったらって。

   私と八幡の間の子供だったら、可愛いに決まってるじゃない」



毅然と断言する雪乃に反論などする隙もなく、

ただただ俺はついさっきまで自問自答し続けた労力を嘆くだけだった。


177 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/17(木) 17:49:59.83 ID:Nx2ItxRo0

雪乃「そうね、理想としては、大学卒業して、社会人になって、

   経験を積んでからがいいわね。仕事を覚えて、これから仕事を楽しめる時

   かもしれないのだけれど、年齢を考えれば早い方がいいわよね。

   二人は子供ほしいけど、子供と一緒に過ごす時間を確保する為には

   仕事の方もうまく回していかないといけないし」



結婚どころか、プロポーズもまだなんだけど、俺も雪乃の人生設計に組み込まれて

いることは嬉しく思える。

たしかに、これから先のことなんて真っ白だ。

頭ん中で描くような未来なんて、そうそう実現するものじゃない。

だけど、その時いつも俺の隣にいる人物くらいは実現させてみせよう。



雪乃「なにをニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」



俺の隣にいつも寄り添う彼女に、俺はこう言い返してやった。   



八幡「雪乃も、親馬鹿なんだな」



一瞬目を見開き、驚きをみせる雪乃だったが、すぐさま反撃ののろしをあげる。

俺を映し出す瞳が、なにを馬鹿なことを言ってるのって、訴えかける。



雪乃「知らなかった?」



知るわけなんてない。

雪乃の人生設計だって、子供に見せる温かい頬笑みだって知らなかったんだ。

ずっと雪乃の側にいるものだから、知らないことなんて少なくなってきてると思ってた。

それなのに、今日は俺の知らない雪乃ばかりだ。



俺を挑発する瞳に完敗を宣言する代わりに、俺は雪乃の肩を抱き寄せた。

海風が、潮の香りを運んでくる。

温かい日差しが俺達を照らすなか、数年後、3人で目の前の広場で遊んでるのかも

って夢想する。

緩やかな時の流れを甘受しつつも、雪乃の

「人は、育った環境の影響を簡単には捨て去ることができないわ」

という言葉が頭から離れなかった。





第8章 終劇

第9章に続く

178 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/17(木) 17:51:11.38 ID:Nx2ItxRo0



第8章 あとがき




第10章は、予定変更です。話の構成はできているので、

以前告知した第10章からのエピソードは延期となります。

申し訳ありません。



それで第10章からなにをやるかといいますと、、、、

長編ものの第10章からの話の構成ができたぁ・・・。

話の規模ばかりでかくなってしまい、恐ろしくもあります。

いくら話の構成ができたところで、実際文章が書けるかは別問題であり、

内容が薄っぺらかったら最悪ですorz

とにかく頑張ります!



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

来週も読んでくだされば、嬉しく思います。




黒猫 with かずさ派




179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/17(木) 18:16:17.57 ID:bUi6yxZb0
乙です
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/17(木) 18:29:40.86 ID:UKBpvZVAO
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/18(金) 00:07:40.82 ID:dvW09ps+O


182 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/18(金) 02:05:37.55 ID:1o8//y4s0

今週も読んでいただき、ありがとうございます。

今までちょっとした長編っぽいものはありましたが、ほぼ短編ものでした。

やはり短編ばかりですと飽きてしまいますし、

なによりも書く方としても、長編の方が書きやすいです。

その分、書くまでの準備が大変ですが・・・・・・。

長編終わっても、その次のネタもありますし、長く続けられるよう頑張ります。

183 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:23:50.99 ID:H6W0ekDQ0



第9章









玄関に着くと、今朝玄関に用意しておいたタオルで顔を拭く。

じめじめした湿気と、雨の中の強行軍で浮かび出た汗をぬぐいさることで、

やっと一息つくことができた。

あぁ、でも、雪乃が来るまで時間あるし、どうしよっかな。

といっても、あと1時間くらいか。

雪乃と会えると思うと、落ち着かない。

いつもみたいに勉強しても、集中力を欠きそうで無意味だ。

だったら、少し掃除でもしてから風呂でも入るか。

汗でびとびとだし、何かやってないと落ち着かないだろうから、ちょうどいい。



5時50分を過ぎたころ、インターホンのベルが鳴り響く。

応答すると雪乃がかえってきたようだ。

俺は、すぐさま雪乃を迎え入れた。



雪乃「何をやってるのかしら?」

八幡「何やってるように見える?」

雪乃「質問しているのは、私の方なのだけれども」



俺の姿を見れば、質問したくなる気持ちはわかる。

俺の姿というよりは、部屋というべきか・・・・・・。



八幡「部屋のお掃除?」

雪乃「6時には帰ってくるって言ったわよね。なのに、どうして大掃除してるのよ」



雪乃が呆れるのもよくわかる。約束をしているのに、大掃除だもんな。

でも、一度始めちゃうとやめられなくなってしまうときもあるわけで、

今日は掃除スイッチが入ってしまった。



八幡「すまん。なんか妙に汚れが気になってしまって」

雪乃「もういいわ。あとは私が片付けておくから、シャワーを浴びてきて。

   汗をかきっぱなしだと、風邪を引いてしまうわ」

八幡「悪いな。適当に片づけておくだけでいいからな。後の掃除は、

   また気が向いたときにするからさ」

184 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:24:32.20 ID:H6W0ekDQ0


雪乃「気が向いたらではなく、定期的にやってくれるとうれしいのだけれど」

八幡「・・・・・・・・・・はい」



俺はすごすごとバスルームに潜った。

超特急で汗を流し、先日出したばかりの扇風機とドライヤーで髪を乾かす。

リビングに戻ると、部屋は綺麗に片づけられている。

雪乃はというと、冷蔵庫を漁っていた。



八幡「片付けありがとうな」

雪乃「ねえ八幡・・・・・・・・・・」



部屋の温度が10度は下がって気がする。冷気が冷蔵庫から漏れているけど、

それだけじゃ10度は下がらない。

うちの冷蔵庫が特別性ってことなら納得できるけど、

せいぜい雪ノ下家御用達の高級冷蔵庫止まりのはず。



八幡「何でしょうか?」

雪乃「昨日も気になってたのだけれど、冷蔵庫の中身、まるっきり空よね。

   これで、どうやって食事をするのかしら」



冷蔵庫だけでなく、冷凍庫さえもほぼ空の状態。

昨夜雪乃が料理を作ってくれたこともあって、

残り少なかった食材もほど使い切ってしまっている。

だから、残っているものといえば、



八幡「ほら、その本わさび。戸塚からのお土産んなんだぜ。

   だから、それ使って何か食べようと思ってたんだよ。

   マグロとかタイとかさ」



ごめんなさい。さらに室温が20度下がった気がする。

冷蔵庫がなくても、夏場でも雪乃がいれば冷蔵庫いらない気もするするが、

そんなこと言ったら氷漬けにされちまう。

まじで、雪乃の視線が刺さって痛い。

まあ、俺もあんな言い訳されても信じやしないだろうけど、

もう少しいたわりっていうのも・・・・、だから、ごめんって。

なんで俺の思考を読めるんだよ。



雪乃「もういいの?」


185 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:25:19.25 ID:H6W0ekDQ0



なにが?って聞きたいところだけど、たぶん脳内屁理屈のことなんだろう。



八幡「ごめんなさい。本当は、下のスーパーで冷凍のピザと

   NYチーズケーキ買うつもりでした。

   一応ピザは冷凍でも3種類あるし、あと3日はいけるかなと」



俺の献立を聞いて、呆れる呆れる。引くくらい呆れてやがる。

冷凍ピザっていっても、侮るなかれ。美味しいし、なによりもお手軽だ。

それに、NYチーズケーキも値段の割に、濃厚で美味しいじゃねぇか。

雪乃も好きだったはずなのに。



雪乃「ねぇ、八幡」



雪乃が俺の腕に軽く触れただけなのに、

霜やけができたんじゃないかってくれい冷たくて熱い。

頬笑みながらも、じわじわ指に力を入れていくのは、やめていただけないでしょうか。

きっと腕には、真っ赤な雪乃の手形ができてるぞ、きっと。



八幡「はい、なんでしょうか?」

雪乃「私がそんなだらけきった食事、許すと思う?」

八幡「たまに食べる分にはいいんじゃねぇか?

   ジャンクフードも、たまに無性に食べたくなるときがあるだろ」

雪乃「そうね。私もそういうときってあるわ。

   でもね、八幡」



いつっ! さらにぎゅっと力を入れやがった。

これ以上雪乃の逆鱗に触れるのはやばい。

目が本気だ・・・・・・。



八幡「ごめんなさい。羽目を外しすぎました」

雪乃「そのようね。たまに食べる分にはいいわよね」

八幡「だろ?」



雪乃にほんのわずかでも同意してもらって、瞬間的に気がでかくなってしまう。

しかし、



雪乃「でも、あなたの場合、私がいない間ずっとが「たまに」になって

   しまう気がするわ」

186 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:26:04.29 ID:H6W0ekDQ0



と、カウンターを喰らい、崖下に突き落とされてしまう。

自業自得だけど、容赦ねぇよ。

でも、そんな俺の取り扱いに優れている雪乃は、

ため息とともに室温を常温に戻してくれた。

手も腕から離してくれるが、その握っていた跡として赤く染め上がりは・・・・していない。

その代わりとして、爪の跡と共に血がにじんでいる。



雪乃「さてと、行きましょうか」



雪乃は、エコバッグを二つ手にとると、玄関に向かおうとする。



八幡「どこ行くんだよ?」

雪乃「見てわからない?」

エコバッグとくれば、

八幡「下のスーパー?」

雪乃「そうよ。時間もあまりないし、早く行きましょう」

八幡「わかったよ。それはそうと、エコバッグ、2つも必要か?」



雪乃は首を軽く振り、馬鹿な子供を優しく諭すごとく説明してくる。



雪乃「八幡。あなたが買い物に行ってないから、冷蔵庫がほぼ空なのよ。

   私が今日みたいに帰ってこれればいいのだけでれど、おそらく無理でしょうね。

   だから、あと数日間、八幡が飢えず、しかも、栄養バランスが取れた楽しい

   食事が採れるようにと、今から買い物に行かなければならないの。

   おそらく、数日分の食料になるだろうから、エコバッグも2つ必要だと思うわ」



なんか由比ヶ浜じゃないけど、雪乃が由比ヶ浜の勉強をみるときの教育ママモードに

なってないか。今は勉強ではないけど、似た感じなんだろうな。

あぁ、そういえば、小町もなんかそんなこと言ってた気もするなあ。



小町「雪乃さんのお兄ちゃんを見る目が、だんだんとお母さんの目になって

   きてる気がするんだけど、なにか心当たりない?」

八幡「あるわけないだろ。俺も大学生になったわけだし、子供みたいに手はかからんよ。

   それに、俺は子供のころから手がかからない子供だっただろ?」

小町「それは・・・・・、えっと」



歯切れ悪く、そっぽを向く。わざとらしく頬をかくのもやめろ。



187 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:26:45.53 ID:H6W0ekDQ0



八幡「なんだよ」

小町「それはね、お兄ちゃん。お父さんの放任主義のせいのような気もするような

   しないような・・・・・」

八幡「それって、俺がなんでも自分でやってるから、親がそれほど面倒見る必要が

   なかったってことだろ」

小町「それはぁ、そうだね。お兄ちゃんがそういうんならそうなんだよ。

   お兄ちゃんがそう思ってるんなら、それでいいいよ」



なんか失礼なこと考えてるだろ。そもそもあの親は放任主義の名を借りての

小町一極集中に愛情注いでるのは、わかってるんだよ。

だけど、お兄ちゃんだし、小町かわいいから許してんの。



八幡「なんか含みがあるいいようだな」

小町「そう? ああ、お兄ちゃんのせいで、話がそれちゃったじゃない」



しれっとした顔で、話を打ち切りやがったな。



小町「それでね、お兄ちゃん。お兄ちゃんは親の愛情が、若干少なく育ったんだん

   だと思うんです。別にそれが悪いってことでも、

   うちの両親が悪いわけでもないです。

   ただ、お兄ちゃんが一人で育ってしまうものだから、親も手をかけなかった

   だけなんです。そのせいで、お兄ちゃんは、今になって親の愛情を求めるように

   なったんじゃないかって、小町は分析しました」



びしっと敬礼してるけど、これって学者っぽく決めるところだろ。

なんで軍隊なんだよって、突っ込み入れたほうがいいのかな・・・・・。

まあ、いっか。面倒だし。



八幡「別に親の愛情なんて、今さら求めてねえよ」

小町「そうかなぁ。お兄ちゃんも雪乃さんも、いろいろとギャップがありすぎて

   小町の観察眼がにぶっちゃったのかなぁ・・・・・」



とまあ、小町が変なことを言うから、変な意識しちまうじゃないか。

言われてみれば、少しあってるのか?

雪乃は、なんだかんだ文句を言っても、面倒見がいいところがあるし、

由比ヶ浜に対しても同じことが言える。

見た目はクールでも、もともと母性本能が強かったのか?


188 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:27:26.73 ID:H6W0ekDQ0


雪乃「なにをじろじろ見ているの? そんな舐めるように見られると恥ずかしいわ」

八幡「ちげぇよ。欲望丸出しで見つめてないから」

雪乃「そうかしら?」

八幡「そうなんだよ」

雪乃「では、何を考えてみていたのかしら?」

八幡「それはだな・・・・・」



正直に言えるかよ。雪乃に子供扱いされて喜んでるんじゃないかって言えるわけがない。

俺にママって言わせたいのか。・・・・・そういや、雪乃はどっちなんだろ。



八幡「雪乃って、どっちなのかなってさ。ほら、子供生まれたら、

   子供にお母さんって呼ばせたいのか、それともママなのかなってさ。

   ちょっと気になったんだよ」

雪乃「急に、・・・・・・急に何て事を言い出すのかしら。

   セクハラで訴えられてもおかしくないレベルよ」



雪乃は顔を隠すように後ろを向き、そそくさと出かける準備を加速させる。

そんなにおかしな質問だったか?



八幡「そこまで露骨に嫌がる質問でもなかっただろ。

   でも、雪乃が嫌がるんなら、聞いて悪かったな」



俺は、雪乃に遅れないようにと出かける準備を始める。

財布と携帯くらいしか必要なものはないから、すぐさま準備は終わるけど。

俺は、玄関に向かう雪乃の後ろについていくが、急に立ち止まる雪乃の背中に

危うくぶつかりそうになる。



八幡「おっと、急に止まるなよ」



振り向いた雪乃は、俺の顔を見て、



雪乃「私は、ママって呼んでもらいたいわね。

   でも、子供が大きくなったら自由に呼んでもらって構わないわ。

   ママでもお母さんでもどちらでもいいと思うの」



そう早口で言いたいことだけど伝えると、すぐさま玄関に向かって歩み出す。

なんだよ。雪乃なりに人生設計あるじゃないか。

雪乃ママか。似合ってるじゃねえの。そうなると俺はパパか?


189 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:28:01.59 ID:H6W0ekDQ0

雪乃の人生設計に自分を重ね合わせ、幸福のおすそ分けを貰っていると

雪乃は既に玄関で靴を履き終えていた。



雪乃「八幡。おいていくわよ。早くしなさい」

八幡「今行くよ」



あわてて未来への思考を停止させると、急ぎ玄関に向かう。

雪乃は、俺を軽く睨みつけるが、すぐさま俺の靴を用意し、

靴べらを渡してくれる。

俺は、照れくさそうに靴を強引に履くと、そのまま玄関のドアを開けて

外に出ていった。



そういえば、まだ雨降ってるのかな?

雨降ってるんなら、傘が必要か。



俺は傘を取りに戻ろうと振り返ると、俺を優しく微笑む雪乃がいた。

その手には、傘が2本握られている。

やはり小町の言う通り、俺の雪乃お母さんって感じの一面もあるかもなと

噴き出しそうな笑みを押し戻した。









ひとしきり激しく降った雨は弱まり、傘が雨粒を弾く音も聞こえなくなる。

雨はマンションのエントランスを囲う木々に遮られ、葉に溜まった雨粒が

時たま傘を弾くときの音の方が大きいくらいだ。

傘を閉じ、エントランスをくぐると、雨音は完全に遮断され、静けさが訪れる。

木の枝だけでなく、厚い雲のせいで太陽が沈んだかさえわからない。

エントランスホールに設置されている照明の光が、俺の影を作り出す。

湿気をふんだんに含んだ空気が俺の気持ちをより重くし、

額に浮かぶ汗が、これからの困難を暗示していた。

手に食い込んだエコバッグが、血のめぐりを阻害して、指先が青白く変色させる。

さらに、肩にかけた方のエコバッグなど、とうに肩の痛さなど吹き飛んで、

しびれと熱が充満してしまっていた。

たった200メートルしか距離がないのに、破壊力抜群の重量であった。

マンションのエントランスから緩やかな階段を下り、マンション街の入り口を出れば

すぐ目の前にある近所のスーパー。


某有名スーパーの高級店バージョンらしい店舗ということもあって、


190 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:28:40.13 ID:H6W0ekDQ0


品質はいいが値段がほんのわずかだけお高い。

貧乏症で、実際でもブルジョアではない俺は、少し歩くが幕張に本社がある流通最大手

のスーパーの方に行ってしまいそうだが、雪乃の影響でマンションに近接している

スーパーに通うようになっていた。

雪乃に言わせれば、ただでかいだけで普段買い物をする分には疲れるだけだそうだ。

たしかに品数も多く、商品を見るだけでも楽しめる。

しかし、体力が心もとない雪乃にとっては、不便でしかないのだろう。

ましてや、マンションの隣にもスーパーがあるわけなのだから、

好き好んで遠くまで行くとは思えなかった。

といっても、近々この近接するスーパーもその流通最大手連合と経営統合されるわけだから

勝ち組はどこまでいっても勝ち組なんだなと、儚い思いも抱いたりもする。

弱者は強者の庇護のもとにしか生きていけない、世知辛い世の中。

普段使っているスーパーまでも、強者に従うところをみると、

悪いわけではないけど、俺の人生も似たようなものなんだなと思うところもある。



なんて、雨粒見て詩人ぶってたり学者ぶってみたものの、

尋常じゃない買い物の量に俺の体は悲鳴をあげている。

雪乃はといえば、スーパーの出口で荷物を一つ持ってくれるのかなって

淡い期待を持ったが、手にとってくれたのは俺の黒い傘のみ。

雪乃は、黒い傘をひろげ、俺に入れとうながす。

だから、雪乃は傘をさしてくれたが、荷物は俺が最後まで全部持つことになったわけで。

まあ、雪乃が持つっていっても、持たせやしなかったけど、

せめて買う量を半分くらいにして欲しかった。

部屋に着いた時には、体力はほぼ尽きかけていた。

まじで、なにに使うんだよっていうレベルの食材の量。

空になりかけていた冷蔵庫が、一瞬にして溢れかえってしまういそうだった。

しかし、雪乃は食材を冷蔵庫に入れることもなく、

さっそく料理にとりかかろうとしている。



八幡「なあ、夕食作ってくれるにしても、量多すぎじゃねえの?」

雪乃「あなたが全部食べるとい言うのならば、食べても構わないのだけれど、

   そうなると、もう一度買い物に行かなければならなくなるわね」

八幡「はぁ」



どうも要領が得ない。たくさん作ったとしても、食べきれなければ捨てるだけなのに。


191 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:29:23.32 ID:H6W0ekDQ0


雪乃「私は3日後に帰ってくるのよ。だから、今から食べる分を加えて

   ・・・・・・昼食は由比ヶ浜さんが作ってくるでしょうから、

   少なくとも7食分は必要ってことになるわ。

   だから、今作っておいて、冷蔵なり冷凍して、食べるときにレンジで

   温めれば食べられるようにしておこうと思うの」

八幡「そこまでしてもらわなくても、自分で作れるから大丈夫・・・・・」



ではなかった。主に俺の命が。

鋭く光る雪乃の眼光が、生命の危険を感じさせる。

逆らえば殺されると、俺の第6感が激しく訴えかけてくる。



八幡「雪乃の料理じゃないと、食べたって気がしないんだよなぁ。

   食べ慣れた味じゃないと、不安っていうか、満足できなくてだな。

   だから、雪乃が作り置きしてくれるっていうんなら、大賛成だ」

雪乃「そう?」



細められた眼光から漏れる光が、まだ俺のことを疑っている。

注意深く俺の言動を観察し、わずかな嘘さえも見逃しまいとしていた。



八幡「て・・手伝うよ。雪乃一人でやるとしたら時間かかるだろ。

   それに、一緒にやったほうが早いし、それに、なによりも二人の方が楽しいしさ」



閉じられた目からは、雪乃の裁定は読みとれない。

ようやく血のめぐりがよくなってきた指先は、震えている。

雪乃が次に発する言葉に注目すべく、雪乃の口元に意識が向かう。

手の震えを抑えようと手を握りしめると、しっとりと汗がにじんでいた。



雪乃「まっ、いいとしましょうか。八幡は手を洗ってきてちょうだい」



開かれた瞳には、邪気は消え去り、優しさのみが残されていた。

ほっとした俺は、手洗いをして、雪乃のサポートに入ろうとする。

が、気持ちの緩みが落とし穴にいなざわれ・・・・・。



八幡「あぁ、食事は6食分でいいや、金曜日は

   平塚先生とラーメン食べに行く約束してるからさ」



俺が連絡事項を言い終えると、突然冷たい感触が俺の首に絡みつく。


首を動かすと、右手で包丁を持った雪乃の左手が俺の首を軽く触れていた。

192 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:30:01.19 ID:H6W0ekDQ0


けっして俺を刺そうと包丁を持っているわけではない・・・・はず。

ほら、まな板には、さっき買った魚のパックが置かれている。

だから、俺じゃなくて、魚をさばくために包丁をもってるんだよ。

ね?

だよね?

お願いします!



雪乃「いつそんな約束をしたのかしら?」



せっかく消え去った邪気が、瞳に戻ってきやがった。やばいだろ。

赤黒い血が包丁から滴り落ち、怪しく鈍い光がきらめかせる。

無機質であるはずの包丁が、脈を打ち、まるで血を求めるがごとく宙をさまよう。

このまま俺にさし向けられてしまえば、すっと俺の体内に沈み込み、

心赴くまま俺の血を貪り尽くすのだろう。

緊張が体を駆け巡り、体が硬直する。だけど、思考の停止は死を意味する。

動け、俺の脳。ありったけの残存エネルギーを脳に回し、かろうじて声を絞り出す。



八幡「とりあえず、包丁置かないか」



なんつー平凡な台詞・・・・。俺に残ってたエネルギーの陳腐なこと。

これほど自分に落胆したことはない。

もう目の前の死を受け入れるしかないのか・・・・・。



雪乃「なにをおびえているの。包丁であなたを刺すわけないでしょ?

   それとも、なにか後ろめたいことでもあるのかしら」



怪しく光る眼光に、俺は即座に反応しようした。

しかし、雪乃の乾いた笑顔が、俺の次の言葉を紡ぐのを躊躇させるが、立ち止まったら死ぬ。

滑りだした言葉を一気に吐き続ける。



八幡「めっそうもない。後ろ目いたいことなんか一つもないって。

   平塚先生とラーメン食べる約束したのだって、たまたまこの前の日曜日の夜、

   ラーメン食べに行ったら偶然出くわしただけだし。

   で、土曜まで雪乃がいないって言ったら、金曜日もラーメン食べに行こうって

   話になったんだよ。

   ほら、平塚先生にはお世話になってるし、平塚先生も未だに独りだし

   一緒に食べたって罰は当たらないだろ」


193 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:30:31.03 ID:H6W0ekDQ0


日曜日に平塚先生と出くわしたのは、本当に偶然だった。

しかし、平塚先生とラーメンに食べに行くことは、わりと多いといえる。

身近の大人で、しかも、自分の目線までおりてきてくれる大人なんて貴重だ。

すべてを包み隠さず話せるってわけでもないけど、

考えていることを言葉にできる相手がいるって言うことは心強かった。

別に雪乃に隠したいってわけでもないけど、なにか照れくさい。



雪乃「それはそうなのだけれど・・・・、平塚先生なら、ぎりぎりOKかしらね」

八幡「おまえなぁ、平塚先生は、いつも俺達の心配してるんだぞ。

   俺だけじゃなくて、雪乃ともたまには食事したいって言ってるほどだし」

雪乃「え?」

八幡「え?ってなぁ。どれだけ俺達が高校の時世話になったと思ってるんだよ。

   ふつうは卒業したら、恩返しすべきなのに、未だに心配されてんだぞ」

雪乃「そういう先生だったわね。ごめんなさい。変にやきもち焼いてしまって」



雪乃は、本気で反省してるのか、しゅんってしていて、一回り小さく見える。

俺は、そっと首を掴んでいた雪乃の左手を握り、右手の包丁もまな板の上に戻す。

そして、まな板を背にして、雪乃を抱きしめる。

けっして雪乃から包丁を遠ざけたわけではないので、あしからず。



八幡「俺は雪乃から愛されてるって感じられてうれしいけどさ。

   でもよ、包丁握ってるときだけは、勘弁してくれよ」

雪乃「別に八幡を刺したりなんか、しないわよ。

   もし刺すとしたら、相手の女の方だから、安心してね」



って、にっこりと笑いながら言い切りやがった!

俺の顔は、引きつってるはず。うまく顔の表情が作れず、言葉さえも出ない。



雪乃「ちょっと本気にしないでよ。冗談よ、冗談。

   ねえ八幡? 聞いてるの? 嘘よ、嘘」



俺の腕の中で雪乃が慌てふためき、うろたえている。

雪乃の取り乱しようからすると、まじで冗談だと判断できるが、

冗談に聞こえないところが怖い・・・・・。



八幡「そうだよな。冗談だよな。ふだん雪乃は冗談言わないから、
   一瞬信じちまった」


194 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:31:45.67 ID:H6W0ekDQ0


雪乃「いくらなんでもやっていいことと、いけないことの分別は付くわ。

   でも、八幡に捨てられても、相手の女性を恨んだり、

   八幡を呪ったりなんかしないから、安心してね」



雪乃は、悲しそうにつぶやく。俺の隣に雪乃以外の女がいるなんて想像なんか

できないが、俺としては、雪乃がそんな発言すること自体が辛かった。



雪乃「ちょっと、なんで八幡は泣いてるのよ」

八幡「え? 泣いてなんかいないと思うけど」



俺は右目を覆うように顔を触れる。手には、はっきりと涙の感触が伝わってきた。



雪乃「ごめんなさい。脅かしすぎたわね。包丁なんか使うなんて悪趣味だったわ」



申し訳なさそうに、こうべを垂れるが、そうじゃないんだ。

たしかに、包丁に関しては本気っぽい感じはしていたけど、冗談だって分かっていたさ。

俺の方も悪ノリして、雪乃に調子をあわせたりもした。

だけどさ、俺が雪乃を捨てるだって?

そんなこと、冗談だとしても、雪乃に言ってほしくはなかった。



八幡「なあ雪乃。俺には、雪乃しかいないんだよ。

   だから、もしもの話もありえないんだ。

   だからさ、そんなかなしい冗談言うなよ」



やばい、最近涙腺壊れてないか。涙があふれ出て、止まらねえ。

きょとんとして、俺を見つめていた雪乃は、なにがそんなに嬉しいのか

喜びいっぱいで俺の頭を撫でまくるしまつ。

そのまま俺の頭を雪乃の小さな胸で抱きしめ、幸せそうにいつまでも頭を撫でていた。










第9章 終劇

第10章に続く





195 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/24(木) 14:33:07.12 ID:H6W0ekDQ0


第9章 あとがき



申し訳ありません。本日夕方から用事がありまして、

いつもより早い時間でのアップとなります。



いちおう第9章で短編っぽいのりは、ひとまず終了です。

次週からは長編に入ってしまうので、話の雰囲気が変わるかもしれません。

といっても、今までの流れを踏襲しますので、違和感はないと思いますが。



さて、風邪ひいたー!

執筆スケジュール狂ってしまったけど、ストックあるから大丈夫なはず。

皆さんも冷房にあたりすぎて風邪を引かないように気をつけてください。



次週も、木曜日、同じ時間帯にアップできると思いますので

また読んでくだされば、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派




196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/24(木) 15:09:43.50 ID:oGj8jkwH0
毎週楽しみにしてます
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/24(木) 15:11:55.86 ID:PaSq2A0AO



そりゃあ、『俺の相手はお前以外いない』と涙ながらに言われたら喜ぶのも当然だよな
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/24(木) 17:48:04.31 ID:4JVyX4aNo
乙ッス
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/24(木) 19:54:58.05 ID:TGyeJuC/O

200 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/25(金) 02:44:08.30 ID:fazYHJtz0

今週も読んでくださり、ありがとうございます。

昨日は、急にアップ時間を変更し、申し訳ありませんでした。

一応風邪は、連休中ひいていましたが、現在は全快しています。


たしかに、八幡がストレートに感情表現したら、雪乃も喜ぶか。



来週も、頑張ります!

201 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:44:45.75 ID:Tp3RL0j30



第10章







6月14日 木曜日





無機質な携帯アラームを停止し、すぐさまサイドテーブルに携帯を戻す。

横に顔を向けると、いつもいるはずの雪乃はいない。

昨夜9時過ぎ、ギリギリまで粘りはしたが、

陽乃さんからの最終通告が雪乃を実家に連れ戻す。

これ以上雪乃を引きとめてしまえば、雪乃の両親が家に戻ってくる前に

雪乃が実家に戻すことが危うくなり、せっかくお膳立てしてくれた陽乃さんに

申し訳ない。後ろ髪を引かれる思いだが、仕方ない。

土曜には、雪乃は帰ってくるんだから、それまでの辛抱のはずなのに

ぽっかりと心に穴があいてしまう。小町からすれば、

雪乃に頼りすぎってことなんだろう。

だけど、そうじゃない。依存ではなく、俺の一部だって思えてしまう。

それこそ依存だっていわれそうだけど、この感覚、表現しがたい。

その人の為に自分を差し出したい、全てを捧げたいと言うのならば、

それは依存ではなく、人生のパートナーといえるんじゃないだろうか。



顔を洗い、寝ぼけた頭を叩き起こしたものの、キッチンから漂ってくるいつもの

コーヒーの香りがないことに、軽く落ち込む。

雪乃の面影を探るべく、冷蔵庫を覗くと、

昨夜大量に作り置きした料理が詰め込まれている。

今朝食べるようにと指示されていた皿と冷えた麦茶を取り出す。

ラップをはがすと、山葵と高菜の香りが漂ってくる。

さすがに昨夜おろした山葵とあって、おろしたての新鮮さは薄まってしまっているが

食欲を誘うには十分すぎる。

雪乃のことだ、山葵を使うって俺が主張したものだから、

わざわざ山葵を使うところが可愛く憎たらしい。

なんて、雪乃がおにぎりを握っている光景を思い浮かべながら一つ手にとり

口に運ぶ。

うん、美味い。さっぱりとした味わいに、山葵の辛みがうまく融合している。

朝食欲がなくても、これならばっちり食事をとることができるな。

たしか弁当で、いなりずしの中身がこれだった時があった気がする。


202 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:45:46.82 ID:Tp3RL0j30

いなりもいいけど、ノリを巻くだけでも十分すぎるほど美味しいレベルだ。

勢いよく一つ目を完食し、2個目へと手を伸ばす。

今度のはノリではなく、ゴマをまぶしているところが、心にくい。

味を変えて飽きさせない心配り、恐れ入ります。

と、大きく口に含むと・・・・、



八幡「ぐぁ・・・、ん・・・・・・・・。かれぇーーーーーーーーーー!!!!!」



すり下ろした山葵が増量しているだけなら、香りで多少は分かるかもしれない。

しかし、一晩おいたわけだから、香りはとんでしまって判断基準にならない。

くそっ、やられた。

よく見ると、ゴマがまぶされたおにぎりはこれ一つだけだ。

つまり、これ一つだけがジョーカーってことらしい。

なんなんだよ。

戸塚か? いや平塚先生に嫉妬してたのか?

いやいや、由比ヶ浜っていうせんもあるだろうし・・・・、

心当たりがありすぎてお手上げだ。

それにしても、戸塚だったとしたら、それはいきすぎだろうに。



子供の悪戯としては、可愛いレベルだけど、この悪だくみをせっせと準備を

している姿を思い浮かべてしまうと笑みがこぼれてしまう。

俺は、おにぎりを睨みつけると、手に残っているおにぎりを二口で飲み込む。



八幡「うっ・・・・。やばいかも」



手元にある麦茶だけでは用が足りず、

急ぎ水道の蛇口をひねりコップに水を入れる。

一息に飲み干したものの、鼻から抜ける辛さは衰えることはない。

食べられないことはないレベルの辛さだけど、さすが山葵。

食べ終わってからのダメージが絶大すぎるだろ。

ダメージが消え去り、さらなるお茶を全て飲み干したが、次の一個に手が伸びにくい。

あと2つ残ってはいるが、はたしてこれがジョーカーではないっていう保証は

あるのだろうか。

手からうっすら汗がにじみ出し、小刻みに震えが伝わる。

唾を飲み込むこと数回。すでに唾を飲み込む唾すら出にくくなってきている。

覚悟を決めた俺は、最後に空唾を飲み込み、すかさずおにぎりを喉に通す。

驚くことに、というか、常識的に残り二つのおにぎりは普通に美味しかった。

何を思って始めた心理戦かはわからないけど、朝から手に汗握る心理戦だけは

やめていただきたいと、切に願う一日の始まりだった。

203 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:46:31.21 ID:Tp3RL0j30










一日の始まり。朝、気持ちよく目覚めれれば、その日一日はうまくいく気がする。

朝の占いで、自分の星座が運勢最悪ならば、違うチャンネルに回し、

都合がいい占いを見繕う気持ちもわからなくもない。

たとえチャンネルを変えなくとも、占いなんて気持ちの持ちようだっていいはったり、

今が今日の最悪の時間帯で後は上り調子だと思い込んだりもしたりする。

つまりは、気の持ちようなのだが、朝の一手がその日一日引きずることはたしかである。

ましてや、昨日までの出来事の積み重ねがあるのならば、

人間、警戒しないほうがおかしいってものだ。

だから、俺が由比ヶ浜の笑顔を警戒しても、なにもおかしくない。



今日も昨日と同じように教室で由比ヶ浜お手製のお弁当を食べている。

ありがたいことに、雪乃のアドバイスを実行することなく、3日連続して

全く同じ弁当だった。

まじで、危険すぎるから雪乃のアドバイスを取り入れた応用編お弁当だけは

やめてほしい。命にかかわるだろ、まじで。

違う点があったとすれば、フリカケの代りに、小分けになったノリを

用意されていることと、緑茶ではなくほうじ茶であったことくらいだ。

本日も美味しく弁当を食べ終わったところまではよかった。

しかし、ここからが急転直下、地獄に突き落とされる。



結衣「ねえ、ヒッキー。頼みたいことがあるんだけど」

八幡「あぁ、言ってみ。聞くだけなら聞いてやる。でも、断るけどな」

結衣「はつ! そんなの意味ないし。ねえったらぁ」



俺の腕をとり、揺さぶる由比ヶ浜。傍目からすれば、微笑ましい光景なのだろう。

かわいい女の子が、男の子に可愛くねだってる姿にあこがれを持った時期もありました。

しかしだ。由比ヶ浜が持ち込むお願いごとの9割以上は、厄介事だ。

まず筆頭としてあげられるのは、俺と雪乃と同じ大学に行きたいと

高校3年の1学期も終わるころにお願いしてきたことだ。

せめて2年の冬休みなら、救いようもあるだろう。

得意科目と不得意科目を見極め、センター試験と本試験でうまく取りこぼしがないよう

に勉強を開始すればいい。

時間があるんなら、たとえ由比ヶ浜であっても、俺も雪乃も温かく迎え入れただろう。

しかしだ。なんで夏期講習の準備を考え始めようとする1学期終了直前なんだ。


204 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:47:19.28 ID:Tp3RL0j30


3年の夏季講習なんて、一通りの受験勉強を終えて、試験に向けて再確認する時期だろ。

なのに、なにを好き好んで受験勉強をスタートせねばならない。

俺が諦めモードで話しを聞いたのは当然として、

あの雪乃であっても顔が凍りついていた。

氷の女王といわれる雪乃を凍りつかせるなんて、すさまじすぎる由比ヶ浜パワー。

って、まあ、由比ヶ浜のお願いは、十分すぎるほど警戒すべき案件である。



とまあ、子供のごとくねだりまくる由比ヶ浜を放置することもできず、

結局話を聞く羽目になる。

教室で話題振ったのさえ、俺が断りにくくするためじゃないかって

疑いたくもなるが、なんだかんだいっても由比ヶ浜に甘いんだよなと

ため息をつく。



八幡「とりあえず腕を離せ」

結衣「話を聞いてくれるまで、は・な・さ・な・いぃ〜」

八幡「揺さぶられてたら話をきけないだろ」

結衣「あっ、そっか」



ぱっと腕を離し、納得するあたり、なんでうちの大学に現役で合格できたのか

不審に思えてしまう。

雪乃の親の力を使ったとしても、裏口入学なんて無理だろうし、

そもそも雪乃が賛成するわけもない。

だったとしたら、底抜けにあほ過ぎるところが、合格の決め手だったのだろうか。

俺や雪乃の言うことを、心から信じて、馬鹿まっすぐにやり遂げられる精神構造が

奇跡をよんだんじゃないかって、最近思ったりもする。



八幡「で、なんだ?」

結衣「あ、そうそう。それでね、英語のDクラスって知ってる?」

八幡「あれだろ? 大学に入学してすぐに受ける英語のクラス分け試験だよな」

結衣「うん、そう」



英語のクラス分けテスト。成績のいい順に振り分けられる英語の授業。

大学受験が終わったと気を抜いていると、突然突き付けられる英語の試験。

誰もがうれしいと思うことがない最初のイベントだ。

ちなみに、俺と雪乃は、順当にAクラス。由比ヶ浜もAクラスを獲得している。

それもそのはず。俺達は大学受験が終わっても、由比ヶ浜の勉強をやめていなかった。

そもそも現役合格なんて夢物語であったから、来年に向けての受験勉強でもある。

そして、大学に入ったとしても勉強についていけないのならば、中退するリスクが出る。


205 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:47:53.24 ID:Tp3RL0j30


俺と雪乃が無理をして合格させたのに、中退なんて由比ヶ浜の両親にも

申し訳ない。ならば、卒業までさせるのが人情ってものだ。

俺と由比ヶ浜は同じ学部だし、俺が由比ヶ浜の勉強をみるってことになったが、

クラスが違うとなるとフォローもしにくい。

よって、入学して最初のクラス分け試験も念頭に入れて、

由比ヶ浜に勉強を教え続けていたというのも当然の出来事であった。

まあ、とうの由比ヶ浜は、やっと受験勉強から解放されたと思ってたところで

英語漬けの毎日。俺や雪乃に対して、鬼・悪魔と連発していたけど

その気持ちはわからなくもない。

だけど、許せ。これも親心ってやつだ。

半分程度は、自分の受験勉強以上にストレスをため込み、体力を擦り減らして

しまったうっぷんを由比ヶ浜にぶつけてたけど、それも愛嬌っていうもんだ。



結衣「それでね、今年のDクラスの人たちに頼まれてさぁ・・・・・」



首をかしげて覗き込む姿は、女の子の姿としては可愛いのだろろ。

しかし、今の俺には、地獄からの招待状を届ける悪魔にしか見えない。



八幡「・・・・なんだよ」

結衣「ヒッキーにその人たちの勉強見てほしいの」



手を合わせ、頭を下げてくる。

顔を下に向けながらも、ちら、ちら、と俺の顔色を覗き込む姿、わかいいじゃないか。

でも、俺も対由比ヶ浜用に訓練された男。

この程度では、びくともせんぞ。



結衣「お願いします。ヒッキーしか、頼れる人がいないんです」



さらに深く頭を下げてくる。

外野からは、ひそひそ声のはずなのに、俺への突き刺さる非難の言葉。

お前らは外野で実害ないから、軽い気持ちで引き受けろって言えるんだ。

実害を受ける俺の方としたら、たまったものじゃない。



八幡「頭を上げろって・・・」



由比ヶ浜の肩に手をかけ、頭を引き上げる。

目にはうっすらと涙をため込んで、うるうるを見つめてくる。

くぅ〜んと寂しげな瞳をきらめかせるのは、やめなさい。

由比ヶ浜に同情する外野は、さらに俺への非難を強めてしまう。
206 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:48:45.80 ID:Tp3RL0j30

これだったら、下手に顔を上げさせるなんてしなければよかったと考えはしたが、

どちらにせよ俺は詰んでいたはずだ。



八幡「わかったよ」



俺は、視線を横にスライドさせ、なるべくぶっきらぼうに返事をした。



結衣「ありがとう、ヒッキー」



すると俺に抱きつき、ふくよかな双胸を押し当ててくる。

雪乃とは違った破壊力抜群の柔らかさに、血のめぐりが加速する。

小柄で丸みを帯びた肉体。だからといって、たるんでいるわけでもなく、

しなやかな柔らかさがじかに伝わってくる。



八幡「わかったら、とりあえず離れろって」

結衣「ごめん、ごめん。うれしくて、つい」



名残惜しそうに俺から離れる由比ヶ浜をみて、はやし立てる外野はこの際無視。



八幡「でも、俺のできる範囲だからな。もし、うまくいかなくても、文句言うなよ」

結衣「うん」



元気よく返事をする由比ヶ浜をみて、どこまで納得しているのか判断しかねる俺だった。

とりあえず、教室で俺達の寸劇をみている連中にどう言い訳しようか・・・・。

って、どんな言い訳しても無理でした。

現行犯だし・・・・・・・。










午後の講義の後、由比ヶ浜に連れられて行かれたのは、少人数用の小さな教室。

主に外国語の講座なんかで使われていた気がする。

部屋に入ると既に人は集まっていて、十数人の生徒が席についていた。

由比ヶ浜は、室内を見渡し、そのまま教壇の上に立つ。



由比ヶ浜が授業をする風景をふと考えてみたが、

あまりにも現実から離れ過ぎていて想像できん。

思わず笑いそうになってしまったが、皆俺達を注目していたので、

口元を抑えて無理やり隠す。
207 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:49:17.83 ID:Tp3RL0j30





結衣「皆そろってるみたいだね」

生徒A「はい。全員そろっています」



一番前に座ってるまじめそうな学生が全員を代表して応える。

ただ、まじめそうであって、勉強ができるではない。

そもそも勉強ができるんなら、英語でDクラスになんてなってはいない。

しかしだ・・・・・、元から勉強ができないわけではない、と考えている。

なにせ、由比ヶ浜みたいな特例はあっても、一応うちの大学の入試をパスしている。

最近は、AO入試とかあるし、なかにはとんでもない奴もいるらしいけど。



結衣「こちらは、ヒッキー・・・・、じゃなくて、比企谷八幡」



おい。ヒッキーはやめろ。うちの学部でも、ヒッキーって言う奴がたまにいて、うざい。

ほとんどが比企谷だけど、ノリでヒッキーって言う奴がいるけど、

諸悪の元凶は、お前なんだよ、由比ヶ浜。



八幡「ども」

生徒A「お噂は、かねがね聞いております。あの由比ヶ・・・・ではなくて、

    試験対策のプロだとか」



あぁ、やっぱり由比ヶ浜に勉強を教えている関連の噂は1年まで届いてるか。

まさしく調教だからな。

教授だって、こいつの成績と顔が重ならないらしいし、

いつぞやはカンニングまで疑われる始末。

そんときは、雪乃が怒って、大騒ぎになって、挙句の果てには陽乃さんまで

出てきたんだっけ。大怪獣パニックそのもので、見ている方は楽しかったけど

あの助教授かわいそうだったよなぁ・・・・・。



八幡「いいって。由比ヶ浜に勉強教えてることをきいたんだろ。

   こいつも自覚してるし、変に気を使わなくていい」

結衣「あぁ〜・・・・・。私には気を使ってほしいかも」



目をスライドして、ふてくされてる由比ヶ浜をちら見するが、すぐさま視線を前に戻す。



八幡「別に気を使わなくっていいってよ」

結衣「ちょっと、ヒッキー」



208 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:49:51.83 ID:Tp3RL0j30



きゃんきゃん騒ぐな、鬱陶しい。みんな知ってるんだから、オープンにした方が

話がしやすいだろ。

だから、由比ヶ浜は、無視っと。



八幡「それで、勉強を教えてほしんだって」

生徒ALL「お願いします」



今度は、代表Aだけでなく、全員が一斉に声を合わせて言うものだから

声が響いてちょっとだけどびびってしまう。

こっちは小心者なんだから、お願いするにしてもビビらせちゃだめだって。



八幡「うふぉん。えっと、それで・・・、英語ならいいけど、

   専門は無理だぞ。Dクラスって、全学部から集まってるし、

   専門までは面倒はみられない。それと、第2外国語もドイツ語ならOKだけど、

   これも英語とやり方だから、できれば自分たちで対処してほしい。

   それでも、専門もやり方くらいは教えられるかな・・・・・」



そもそも大学の勉強なんてなんてものは、高校とは違う。

人手をかければかけるほど、楽ができる。

なにせ、サークルで、試験対策サークルなんてものまで存在する。

もちろんサークル名がそのまま試験対策サークルではないけど、

実情は試験・レポート・ノート、そして、遊びだ。

なんだかんだいって、みんなで楽して勉強をやっちまって、あとは遊ぼうっていう

いかにも健全なサークルなわけだが、ノウハウを知っていれば、個人でもできる。

そこんところを教えて、実行してほしいんだけど、いきなりは無理だろうなぁ。



八幡「とりあえず、前回の小テストみせてくれ。実力がわからないと

   対策の立てようもない」



あらかじめ集められていた小テストの答案を、リーダーA(仮称)が持ってくる。

どれどれ・・・・・・。

ごめん。先に俺の心が折れちまった。

なにせ、大学受験を宣言した高3夏の由比ヶ浜が勢ぞろいだったのだから・・・。

どうすりゃいいって言うんだよ!









209 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:50:23.52 ID:Tp3RL0j30




とにかく、勉強会の準備も必要ってことで、勉強会は明日の朝7:30から

と告げて終了。一応次回の授業でやる範囲の全訳だけはしとくようにと指示。

はぁ・・・・・。先が思いやられる。由比ヶ浜一人でも大変なのに、

今度は十数人もいるなんて。

俺のことを心配して、由比ヶ浜が声をかけてくる。

いたわるくらいなら、最初から難題持ってくるなといいたいところだけど。



結衣「ヒッキーごめんね。なんか思ってたより大変そう」

八幡「そうだよ。あいつら全員お前レベルなんだ」

結衣「じゃあ、大丈夫だね」



さっきまで心配そうにみつめていやがったのに、もう能天気に笑っていやがる。

どういう頭の回路をしているか、一度調べたいものだ。



八幡「どこに、そんな楽観視できる要素がある?」

結衣「私レベルなら、きっとヒッキーがなんとかしてくれるでしょ」



自信満々に俺を覗き込む姿に、NOなんて言えやしない。

みえじゃないけど、信じてもらえるっていうのも悪くない。



八幡「はぁ・・・・」



わざとらしく大きなため息を見せる。

そして、大きなためをつくってから、ゆっくりと語りだす。



八幡「あんまり俺に頼りすぎるなよ。今回だけだ」



ぶっきらぼうに語り、目を横にそらしたはずなのに、すぐさま俺の目線に移動して

じっくりと瞳を覗き込んでくる。

そんなに見つめられると、ドキドキしてしまう。

もちろん2つの意味で。

1つ目は、異性としての由比ヶ浜。

そして、2つ目は、こんな光景を雪乃に見られたらと思うと、包丁沙汰騒ぎどころじゃない!



結衣「ひひひ・・・」



にっこり笑う由比ヶ浜の口から、白い歯がこぼれる。


210 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:50:57.71 ID:Tp3RL0j30


こいつ、最近わかっててやってる節があるから困ってしまう。

だから、俺は軽口をたたくしかない。

もちろん、由比ヶ浜に対して、重いペナルティーつきでだ。



八幡「ちょうどいい。お前も補習一緒に受けろよ。去年の復習だし楽なもんだろ。

   もちろん去年のノートをみるのはNGな」

結衣「な!」



白い歯をのぞかせていたと思ったら、今度は唖然として口をあほっぽく丸くしている。

天国から地獄とは、こういうことなんだなと、実験成功をふむふむと感心する。



結衣「あ、、、私は関係ないじゃん。もう単位とったし」

八幡「英語は、卒業しても必要だし、これからの授業でも英語の文献使うだろ。

   それに英語の資格とるかもしれないから、やっといて損はない」

結衣「えぇ〜」



不満たらたらの由比ヶ浜をみると、なんかすっとするが、ここはあえて

やる気が出るご褒美も与えておくか。



八幡「お前が予習して分からないところがあれば、あいつらも大抵わからない。

   俺を助けると思って、手伝ってくれるとうれしい」

結衣「そうなの?! じゃあ、やってあげる。

   しょうがないなぁ、ヒッキーに頼まれたんじゃ、やらないわけにはいかないし」



由比ヶ浜があほの子でよかった。こいつほど扱いやすい奴はいないんじゃないか。

尻尾をプルプル振り回しながら、ぶつぶつつぶやくのを横目に、

もう一度ため息をつく。

どんなに御託を並べても、人に勉強を教えるっていうのはストレスが溜まりそうだ。










第10章 終劇

第11章に続く






211 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/07/31(木) 17:52:08.66 ID:Tp3RL0j30



第10章 あとがき




今回の長編は、原作があります。

自分が書いたオリジナル小説が元になっております。

ネットにもアップしていませんし、リメイクして世に送り出そうかなと。

リメイクといっても、人間関係、登場人物、設定が違いますから、

大幅に書き直しています。

時間ができたら、原作の方も書き直してみようかなと考えてはいますが、

真夏が思考能力を低下させる・・・・・・・。





来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派





212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/31(木) 21:51:46.83 ID:T+eSmn6w0
乙です
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/31(木) 22:34:42.59 ID:WLA0W0YSo

このスレは今日が木曜日であることをいつも俺に思い出させてくれる
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/01(金) 00:06:25.21 ID:S+e+i+9ro
俺ガイルスレを探す時は「八」で検索してるからこのスレ見逃してたわ
215 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/01(金) 02:46:23.22 ID:PG91JWms0

今週も読んでいただき、ありがとうございます。

自分も、木曜日が来るとアップの日かと、曜日を意識します。

ワクワクもするのですが、どんな感想を持たれるかという不安も強いですかね。

特に今週から新しい長編に入るわけで。


検索ワードは、あまり意識していなかったです。

とりあえずタイトルの最後に『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』を

入れとこうかな程度しか。

安直すぎたかもorz

216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/01(金) 05:26:16.31 ID:XeNptjaAO
217 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:40:33.49 ID:kppkoMYH0



第11章







6月14日木曜日 夜







夕方、由比ヶ浜に連れられ、Dクラスの連中に紹介された夜。

俺は、平塚先生からの電話を受けていた。

八幡「まじで由比ヶ浜状態なんだから、しゃれにならないですよ」

静「それでも君は見捨てないのだろ?」

八幡「見捨てる、見捨てない以前に、見捨てることができない状態なのですが」

静「君らしいな。だけど、どんな状態であろうと、逃げようと思えば逃げられるはず。

  たとえどんな評価が下されようとも、逃げてしまうやつは逃げてしまうよ」


たしかに逃げようと思えば逃げられたかもしれない。平塚先生が言うような

最低なレッテルを貼られないまでも、うまく言いくるめて逃げることもできたはず。

だけど、俺はそれをしなかった。なぜか?

答えはいつくか浮かんだけど、答えを出したいとは思えなかった。


八幡「そうですかね。俺は、楽したいんですけどね。

   ただでさえ、自分の勉強の方で手一杯なのに、由比ヶ浜の世話もしてるんですよ」


だから、俺はお茶らけて語りだすしかない。自分の気持ちをうやむやにする為に。


静「ふふっ・・・、それが今君が出した答えならば、そうなんだろうな」


なにか含みがある笑い方をするので、裏を読もうとしてしまう。

裏を読もうとするたびに深みにはまってしまうので、無駄なことはしない。

だけど、俺が熟考する前に、平塚先生は今の話題を打ち切り、

本来の要件を打ち出してきた。


静「それはそうと、今日電話したのはだな、明日行くラーメン屋を変更してもらいたい」

八幡「それは、かまわないっすよ」

静「そうか。それは助かる」

八幡「それで、どこにするんですか?」

静「総武家にしようと思う」

八幡「いいですけど、最近よく行ってるから、別のところにするんじゃ

   なかったんですか?」

静「そうだったな。だけど、ちょっと確かめたいことがあってな」

218 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:41:04.65 ID:kppkoMYH0


八幡「そうですか。それで、何を確かめるんです?」

静「まだ噂の段階なので、総武家に行ってから話すよ」

八幡「はぁ・・・・・・」


どうも由比ヶ浜といい、平塚先生といい、俺にトラブルを運んでくるようにしか思えない。

そもそも朝の出だしが悪かったんじゃないかって、ほんのわずかだけど

雪乃を恨みたくもなる。

雪乃に悪気があったわけでもないし、いや、あったのか。

えっと、あの特性山葵入りおにぎりを食べてから、俺の運が下降気味な気もする。

別に俺と雪乃の間だけのことならば、微笑ましいエピソードで終わるけど

朝、由比ヶ浜につかまったことを考えると、おにぎりもマイナスエピソードに

思えてくるのは、人間の負の心理連鎖とも言えるのだろうか。

まあ、俺の気持ち次第で何事もプラスにもマイナスにも変化してしまうけど、

いくら雪乃がプラスの極致といえども、今日の由比ヶ浜と平塚先生のマイナス要素には

プラス要因が少なすぎるようだった。


静「なにか暗いな、君は」

八幡「あぁ、そうだ。平塚先生とラーメン屋行くことを雪乃に話したんですけど、

   大変でしたよ」


気持ちが暗くなっていくのを振り払うように、努めて明るく話題を切り出す。


静「別にラーメン屋行くくらいで、なにが大変なんだ?」


俺は、まだ、平塚先生の要件がマイナス要件だと決定したわけでもないが、

つい頼れる大人だということで、由比ヶ浜へのうっぷんを吐き出してしまう。

甘えだってわかってはいるけど、それをあえて受け止めてくれる平塚先生に

頼ってしまう。


八幡「雪乃に包丁で脅されました」

静「はっ?」


さすがの平塚先生でも言葉を失う。緊張感が、電話が押しからでも伝わってくる。

そう思うと、からかってみたいと思うのが人の心情というもので。


八幡「雪乃以外の女とデートするなんて許せないそうです」

静「デートではないだろ。教師と教え子だし、それは、卒業してもかわらない」

八幡「そうですよね。でも、平塚先生は、綺麗で、とても魅力的じゃないっすか。

   しかも、俺が平塚先生に色々と頼ってしまうところもあるし」

静「それでも・・・・」


だんだんと声が震えてきているのがわかると、こっちも調子にのってしまう。



219 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:41:37.63 ID:kppkoMYH0


八幡「雪乃からすれば、俺達の性格がうまく一致してるって思ってしまうのかも

   しれませんね」

静「たしかに君とはラーメンの趣味も合うし、話してしても楽しいとは思う。

  だけど・・・・」

八幡「安心してください。俺もそう思ってますから。だけど、これは平塚先生だから

   ってことで言ったわけではないのですが、もし俺が浮気なんかしたら・・・・・」

静「浮気なんかしたら、どうなのだね・・・・」


息をのむ音が聞こえてくる。それがかえって俺を慎重にさせ、なおかつ調子づかせる。


八幡「包丁で刺すそうですよ」


俺は、爽やかな声で言い放った。


静「ひっ!」


あまりにもの驚きように、やりすぎたのではないかと後悔の念が押し寄せる。

たしかに雪乃だったらって、平塚先生も思ってしまうかもしれないけど。


八幡「嘘です。冗談です」

静「本当かね?」


まじでビビって、涙声じゃないか。


八幡「本当ですよ。でも、言ったことは確かなんですけどね」

静「どっちなのかはっきりしたまえ。・・・・・・言ったってことは、言ったんだな。

  私を刺すのか? あぁ、結婚して、子供も産んでいないのに死ぬのか」

八幡「ちょっと、ちょっと平塚先生。冗談で言ったんですよ。

   俺を脅かす為に雪乃が言っただけですって」

静「君を脅かす為に雪ノ下が言ったっていうのか。

  ・・・・・そうか、そういうことか」


どうにか落ち着いてきたようだが、今のうちにあやまっておくか。

雪乃じゃないが、平塚先生も怒らせると怖いし。

親しき仲にも礼儀ありってことで。


八幡「脅してしまって、すみま・・・」

静「比企谷」


遅かった。謝るタイミングをミスったことに気がついたときには、時は遅く。

もはや、嵐が去るのを待つしかない。


八幡「はい」

静「明日、楽しみにしておくように。おそらく、君の力を借りることになると思う」


220 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:42:22.28 ID:kppkoMYH0


八幡「力を貸したいのは、やまやまなのですが、あいにく忙しいしので。

   ほら、由比ヶ浜の件もありますから、ちょっと・・・・」

静「ちょっと何かね?」

八幡「なんでもありません」

静「わかればよろしい。では、明日、総武家の前で」

八幡「はい」


電話が終了した後も、俺は、後悔の念しか残っていなかった。

もちろん自分のしでかした過ちについてだ。

これでトラブル二つ目確定じゃないか。

やはり朝の山葵が今日の運勢の最高点だったらしい。

最高点ってことは、後は下るしかないが、いつまで下るのかは俺も想像できなかった。













悪いタイミングは重なるわけで、俺が平塚先生との電話を後悔している暇もなく、

電話を切るとすぐさま次の電話がかかってくる。

携帯の表示を見ると、雪乃からであった。本来ならば嬉々して電話をとるが、

平塚先生をからかったネタが雪乃であったこともあり、気が重い。


八幡「もしもし」

雪乃「珍しく話し中だったものだから、かけ間違えたのかと思ってしまったわ」

八幡「俺だって、電話することくらいある」


たしかに珍しいけど、ないことはない。
 

雪乃「小町さんかしら?」


疑ってやがるな。

ここは今日のことを踏まえて、正直に、かつストレートに言ったほうが

被害が少ないはず。


八幡「ちげーよ。平塚先生だ。明日のラーメン屋、いくところを変更だってさ」

さも事務的な報告を強調すべく端的に言ったけど、かえってわざとらしすぎたか?


雪乃「そう。・・・・そうなの」


あまりにもしおらしい反応に対応困ってしまう。

こちらから話を振れば、墓穴を掘りそうだし、困ったものだ。


221 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:42:58.17 ID:kppkoMYH0



八幡「総武家に行くことにしただけだ」

雪乃「そっか・・・・そうね」

八幡「そうだ」


なにこの受け答え。先に手を出したほうが負けなの? 

心理戦だったら、雪乃有利に決まってるから、もう詰んだのかよ。


雪乃「ねえ、八幡」

八幡「はひっ?」


思わず声が裏返る。やましいことなんてないのに。絶対ないはずなのに。


雪乃「なんて声出してるの」

八幡「ちょっと考え事してて」

雪乃「私と話しているのに、他の事を考えてたっていうのかしら?」


やばい、墓穴を掘ってしまった。どうする、どうするよ、俺。


八幡「それは、ええっと。なんだ・・・・・」


何も思いうかばねぇ。


雪乃「まあいいわ。明日平塚先生と会うのだったら、明後日、うちに食事に

   来てくださらないか聞いてくれないかしら?」

八幡「どうして?」

雪乃「どうしてって、あなたが平塚先生にお世話になってるっていったんじゃない」

八幡「そうだっけ?」

雪乃「そうよ。いきなりすぎて平塚先生の予定が埋まっていなければいいのだけれど」

八幡「それは大丈夫だと思うぞ。なにせ、クリスマスだろうとスケジュールは 

   真っ白って豪快に笑って・・・・・、泣いてたからな」


きつい。自分で言っておきながら、悲しすぎるだろ、平塚先生。


雪乃「そうなの? それならば、聞いておいてね」

八幡「ああ、予定聞いたら、早めに雪乃にも伝えるよ」

雪乃「そうしてくれると助かるわ。それでね、八幡」

八幡「まだあるのか?」

雪乃「用ってことでは、ないのだけれど・・・・・」


平塚先生を食事に誘うことは、本題ではないのだろう。

それに、雪乃が言う通り、用もないと思う。つまり、用がないこと自体が用ってことで。

普段、なにも話すこともなく、黙々と二人で勉強している時間。


222 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:43:27.91 ID:kppkoMYH0


けっして二人で楽しく会話をしているわけでもないが、至福な時間だって

胸を張って言える。何をするかが問題ではない。誰と過ごすかが重要なのだ。

たとえ話す内容がないとしても、今日の食事の話だったり、大学の話だったり、

他人が聞けばつまらない話だろうが、俺達にとっては、楽しい会話が成立する。

だから俺達は、くだらない話をながながと話続けることができる。















気がつけば深夜。まだ風呂も入っていないことに気がつく。

とっととシャワーだけでも浴びて、寝ようかと動き出したところ、

またしても電話の着信音に呼びとめられる。

携帯の表示を見ると、雪ノ下陽乃。

見なかったことにしてシャワーを浴びたい気持ちが非常にでかかったけど、

電話に出ないと後が怖いので、渋々電話に出ることにする。


八幡「もしもし」

陽乃「もう寝てた?」


不機嫌な声がもろに出てしまってたか?

しかし、すでに睡眠中と誤解してくれたおかげで、難を防げたようだ。


八幡「そうっすね」

陽乃「そんなことないか。だって、雪乃ちゃんと今さっきまで電話してたよね」


知ってたんなら、かまかけるなって。

こっちが適当なこと言ってるのばれるだけじゃないか。

本当にこの人には敵わない。


八幡「わかってるなら、変な探り、入れないで下さいよ」

陽乃「だって、比企谷君に電話しようとしても、なかなか雪乃ちゃんが比企谷君の

   こと離してくれないんだもの。だから、少しくらい虐めてもいいよね?」

八幡「やめていただけると助かります。それに、用があるんだったら、

   直接雪乃に言っておけばいいじゃないですか」

陽乃「それは無理」

八幡「どうしてです?」


やはり今日の最後もトラブルか? 俺の声に警戒心が漂う。


223 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:44:07.69 ID:kppkoMYH0


陽乃「土曜日、静ちゃんと食事するんでしょ。

   だったら、私も用があるから一緒に食事したいなぁって」

八幡「それだったら、なおさら雪乃に言ってくださいよ」

陽乃「駄目よ」

八幡「駄目って・・・・」

陽乃「だって、雪乃ちゃんに言っても、断られるだけじゃない。

   比企谷君に言えば、断られないでしょ」

八幡「わかりましたよ。俺の方から言っておきます」

陽乃「ありがとう。じゃあ、土曜日にね」


あっという間にハリケーンは過ぎ去ったが、疲労感半端ねぇな。

もう、これ以上話を長引かせたくなくて、簡単に引き受けたけど、

そもそも雪乃だって、陽乃さんのこと嫌いじゃないのになぁ。

たしかに嫌がるそぶりは見せるけど、本音は嬉しいはず。

面倒な姉妹・・・・。

もう思考の限界か。

さっさとシャワーを浴びて、寝ることにしよう。

明日は、トラブルがありませんようにと、切に願って。















6月15日金曜日






そして、本日が第一回英語勉強会。やるき満々の由比ヶ浜は、一番前の席を

陣取ってるけど、ここはあえてスルー。お前がやる気を出しても

他の奴らの成績が上がらなきゃ意味がない。


八幡「提出してもらった全訳は、悪くはない。悪くはないけど、よくもない。

  よくない理由が分かる人?」

結衣「はいっ」


お前が手を上げても意味がないんだって。しかも、お前には今までみっちり

教えてるんだから、わからないほうが問題だ。

由比ヶ浜の勢いに委縮したのか、誰も手を上げようとはしない。


224 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:45:00.03 ID:kppkoMYH0


そもそもわかっているんなら、ここにはいないけど、積極性に欠けるのは

どこも同じか。


八幡「わからないところはそのままでいいって言ったけど、わからない理由まで

   書きこんでほしい。まあ、俺がわからない理由まで書くように指示してないから

   書かなかったって言えばそれまでだけどさ。

   あと、テキスト量が多いから、雑になってるっていうのも問題だ。

   こんなのまだまだ少ない方だし、専門課程入ったら英語の参考資料も

   使うだろうし、このままの速度だとちとやばい」


なんかお通夜モード・・・・・。わかっちゃいたけど、これをやる気にさせるのも

俺の仕事なのか? つーか、昨日のやる気はどこにいったんだ?


八幡「というわけで、強制的にやる気を出してもらいます」

結衣「えぇ〜」


由比ヶ浜よ、あからさまに嫌そうな顔をするなって。

お前ほど、落差が激しい奴はこの教室にはいない。

まあ、お前が一番つらい勉強を強いられてきたのは知ってるから、

その表情もわかるけど・・・・・、今はやめろ。経験者が語るって奴で、

教室にいるやつらがドン引きしているだろ。


八幡「由比ヶ浜」

結衣「なになに」


椅子の上で座ったままピョンピョン跳ねるあたり、単純すぎる。

俺に名前呼ばれただけなのに、現金なやつ。


八幡「お前は、経験者だし、普通はペアだけど、お前を抜いた人数が偶数だから

   お前は一人な」

結衣「えぇ〜・・・・え〜」


反抗的な視線を見せたって、お前が持ってきたトラブルだろ。

しかも、さっきの「えぇ〜」よりも、数段厭味込めただろ。


八幡「反抗的なやつは、厳しいペナルティーを課します。

   あと、ノルマをやってこなかったやつも同様だ。

   ちなみに、今回のペナルティーは・・・・、由比ヶ浜、

   今回皆で分担して全訳するところを、お前は一人でやってこい」

結衣「・・・・・・・・・・・・・・・」


あ、まじでショック受けてやがる。口をパクパクさせて、悲しそうな目で

俺を見つめてるなぁ。


225 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:46:32.52 ID:kppkoMYH0



やば、ちょっと薄っすらだけど、目に涙溜まってないか?

やりすぎたか?

ま、あとでフォローいれておくか。


八幡「それじゃあ、具体的な手順説明するな・・・・・・」


大まかに言うと以下の通り。

毎回ペアを組んで、分担された自分の範囲を全訳する。

ペアは、毎回違う人にする。

分からないところは、分からない理由を書く。単語の意味などは、分かる範囲で書く。

人に聞いてもいいけど、人に聞いた訳をそのまま写すのはNG。

ペアを組んだ人と、分からないところは教え合って、できる限り全訳を埋める。


ざっと言えば、こんな感じだけど、いくらテキスト量が多いといっても、

人海戦術を使えば短時間で終わる。しかも、ペアを組むことで責任感をアップ。

まさしく、隣の味方は監視役ってやつだ。

自分がやらなくても、誰かしらがやってくれるなんて甘い考えを捨てさせる作戦だけど、

うまくいくかはこいつら次第かな。

でも、こいつらも高校では学年トップ集団だったはずだし、そのときの意地は

残ってるはず。大学で、天井が見えない実力者たちを見て、落ちぶれはしたけど、

やればできるやつらだと信じたい。


八幡「それじゃあ、今日はここまで。次回は火曜日の朝な。では解散」


俺のおしまいの合図とともに、ぞろぞろと席を離れていく。

やはり初日から飛ばし過ぎたかもすぎない。

やるきはあったはずなのに、実際始めてみると勢いが続かないのは人のサガかね。

そのやる気を引き出すのが俺の仕事だけど、暗雲立ちこめて雷雨じゃねぇか。

やる気っていうのは信用できないもので、あったと思っても、すぐさま消えちまう。

たとえ10分前にあったとしても、ほんの些細な出来事で霧散する。

些細な出来事っていうのは、現実だけど、人間は現実を直視できるようには

出来上がってはいないらしい。だから、現実との折り合いをつけるべきだけど

それができない奴が多いわけで。

まあ、とにかく現実って奴は、面倒だ。

由比ヶ浜を基準に授業をやってみたけど、こうしてみると、由比ヶ浜の根性は

すさまじいって感じられる。

何を言われても、きっちりと勉強してたもんなぁ。

もちろん反抗的な目をギラギラ俺にぶつけてきたけど、それは仕方がない。

俺が居残って質問してきたのを解答し終わると、由比ヶ浜は、すすすっと俺に

近寄ってくる。


226 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:47:20.38 ID:kppkoMYH0



何も言ってはこないけど、しっかり先生やってるじゃんって

訴えてきてるのだけはしっかりと理解できた。

だけど、俺が課したペナルティーが重いのか、気持ちは重めだ。


八幡「由比ヶ浜」

結衣「なぁに・・・」


まじでまだいじけてやがる。落ち込ませたままだと、これからの調教、もとい、

お勉強のモチベーションも落ちるし、やっぱ餌もやらんとな。


八幡「お前の場合、分からないところは俺に直接聞けばいい。

   だけど、わからないからってすぐに聞くなよ。

   早く読む練習も必要なんだからな

   あと、午後時間あるし、一緒に勉強していくか」

結衣「うん」


やっぱり由比ヶ浜のコロコロ変わる表情を見るのは面白い。

いじけてたと思ったら、今度は尻尾をプルプル振りながらじゃれついてくる始末。

だけど、じゃれつくのはいいけど、腕に絡みつくのはやめなさい。

誰か見てるかもしれないでしょ。

といっても、俺達を知ってるやつらなら、いつものことかってことですまされるかな。

でも、お前の柔らかい感触はデンジャラスだから、やめてほしいです。

理性の崩壊が始まってしまうし、なによりも、雪乃がこわい・・・・・。













第11章 終劇

第12章につづく





227 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/07(木) 17:48:03.03 ID:kppkoMYH0



第11章 あとがき




長編になって変わったところといいますと、日付ですかね。

これは、スケジュール管理を簡単に把握できるようにとつけたもので

主に書き手の都合ですw

なにせ長編になるほど話が込み入ってきますし、

読み返すにも便利です。

あと、一番の変化は雪乃の登場が減ったことですか。

こればっかりは、ごめんなさい。

なるべく雪乃の登場が増えるように書き直していくつもりです。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派




228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/07(木) 17:49:39.65 ID:BJVMY9Yk0

来週も楽しみにしてる
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/07(木) 17:54:08.83 ID:105gHfG9O
縺翫▽
230 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/08(金) 02:51:10.77 ID:r5K51jS/0

今週も読んでくださって、ありがとうございます。

長編の連載アップって、話をぶつ切りにしてアップしないといけないので、むずかしいですね。

まあ、話そのものに魅力がないのでしたら、それまでですが・・・・・・。

さて、以前長編を一括アップした『心はいつもあなたのそばに』ってあるのですが、

これはライトノベル一冊分の容量でした。

これを一回で全て読んで下さった方もいましたが、読むの大変だったろうなと。

一括アップと分割アップ。色々と一長一短がありますね。

231 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/08(金) 06:02:57.40 ID:r5K51jS/0

【注意】

一括アップしたのは、このサイトではなく、別サイトでのことです。

232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/08(金) 07:10:13.25 ID:uz8uhtUpo
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/08(金) 09:12:20.93 ID:FgCsOPNso
乙です
234 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:39:33.88 ID:wbf2qZx90



第12章







6月15日金曜日 夜








夕方、由比ヶ浜との勉強会を済ませ、なおかつ、さらなる課題を付け加えてやると

俺は急ぎ総武家に向かう。

由比ヶ浜の質問が多いこともあって、約束の時刻はとうに過ぎていた。

早足だったのが、いつのまにか小走りになり、今や軽く走っている。

遅れる理由を平塚先生にメールしたけど、終わったらダッシュで来いって返信は横暴すぎる。

確かに今は日が暮れて、夕食時。約束の時刻は既に2時間は過ぎているけど、

・・・・・、はい、ごめんなさい。

今もあと5分で着くってメールしたけど、メールする暇があったら走れって・・・・。

近くまできたらメールしろって言ったのは平塚先生でしょ。

お腹すいてるのはわかるよ。わかるけど・・・、もう、ごめんなさい。

走ってますから。



額から汗の粒がはじけ出て、前髪がぺたっと額に張り付くころ、俺はようやく総武家に着く。

夕食時を少し過ぎたからといっても、まだまだラーメン屋は稼ぎ時だ。

美味そうなラーメンの香りが漂ってきて、すきっぱらにダイレクトに食欲をかきたたす。



静「遅い」



ラーメン屋の列の前に一人たたずむ黒い影。

いつものようにスーツを着こなし、存在感を撒き散らしながら俺を待つ。

けっして体のラインを強調するようにはできてはいないスーツであろうと

艶めかしい曲線美が完成している。

列に並び、とくにすることがない男連中の視線を集めるには十分すぎる魅力を

解き放っていた。



八幡「すんません。これでも、全力で走ってきたんですけどね」



俺は申し訳なさそうに謝罪をする。もちろん平塚先生にだけれど、

それだけではなく、俺にきつい視線を送ってくる男連中にもだ。


235 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:40:11.28 ID:wbf2qZx90



でも、俺は恋人じゃないんで、辛辣な視線はやめてください。



静「そうみたいだな」



男連中の視線など全く気にすることもなく、ハンドタオルを俺に差し出す。

俺は素直に受け取り、汗をぬぐう。



八幡「今度洗って返しますから」

静「うむ。では、並ぶぞ」



俺は、さっそうと列に加わる平塚先生の後を急ぎ付いていく。

列に並ぶと、既に食券を買ってあった平塚先生は、俺に食券を一枚手渡す。

総武家は、回転率アップのために店外に食券機があり、外で並んでるときに

注文を取りに来てしまう。

早く食べられることは嬉しいけど、初来店の人なんかは戸惑い気味だ。

慣れれば、うまいシステムだとは思うけど、繁盛店ならではだろう。



静「これでよかったよな」

八幡「うす」



たしかに、その日の気分で違うものをっていう気持ちもないわけでもないが、

それさえもお互い、ラーメンに関しては分かってしまう気がする。

そこまでわかってしまうほど一緒にラーメンを食べまくったっていうべきかもしれないけど

ラーメンに関して趣味が合うのは確かだ。

俺は、いそいそと食券代の小銭を手渡す。この一連の流れ。まさしく熟年の夫婦って

気もしないではないが、あえて考えないようにしている。

なんか考えだしてしまうと、いつの間にかに平塚先生と結婚してる気がしてしまう。

見た目は綺麗だが、性格も若干男っぽく、趣味も偏っている。

だからといって、居心地が悪いわけでもなく、むしろしっくりくる。

だけど、これを認めてしまうと、婚姻届を突き付ける姿が目に浮かんでしまう。

って、やばい思考を打ち消すべく、ラーメンの香りを肺に満たす。

平塚先生は、待たせたことを怒ってるわけではないみたいだが、

空腹が言葉を少なくさせる。

俺達は、ラーメンの香りを嗅がねばならないという拷問を乗り切り

ようやくラーメンを目の前にする。

空腹が最高のスパイスなどとよくいったものだが、ここのラーメンは空腹じゃなくても

十分すぎるほど美味しい。逆に、空腹すぎると味が分からなくなる気もする。


236 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:40:48.60 ID:wbf2qZx90



食欲のみで食事をしてしまうと、かえって味が分からなくなり、

せっかくのラーメンが台無しだ。

今回は、空腹ではあったが、なんとか美味しくラーメンを頂くことができ

ホクホク顔で残りのスープをすする。

すでに食べ終わった平塚先生は、ラーメン屋には似つかわない真剣な表情で

ドンブリを見つめていた。



八幡「どうしたんすか?」

俺の声も届かなく、しばらく沈黙のみが居残る。

静「ゆっくり食べたまえ。今は食べることを楽しむべきだ」

八幡「そっすか」



俺は、あえて追及することをやめ、残り少ないラーメンに意識を集中させた。

ほどなくして俺も完食し、コップの水を飲み干す。



八幡「ごっそさんでした」

大将「今日も見事な食べっぷりでしたね。また来てくださいよ」

八幡「あ、はい」

静「ごちそうさまでした。・・・・・それで大将」

大将「なんでしょう?」



いつも軽く挨拶したり、客が少なければ多少は会話をすることもある。

だけど、真剣な顔で話すことなんて、今まではない。

だから、平塚先生の真剣なまなざしをみれば、大将も警戒してしまう。

食券を渡し、食べ終わるまでの一連の流れが変われば、人は何かあるなって

身構えるものだ。



静「閉店するそうですね」



俺は、平塚先生の言葉に衝撃を受ける。千葉のラーメン激戦区。

たしかに、少しは超激戦区から外れた場所にあるといえども、大手チェーン店も

最近近所に開店し、経営は大変だと思う。しかし、だからといって、閉店するほど

客足が少なくなってるわけではない。むしろ、客は減りもせず、

多いままといってもいいほどだ。だからこそ、俺は閉店する理由が見当たらず

困惑してしまう。

俺は、答えを求めて大将に視線を向ける。すると、すでに平塚先生の質問が

分かっていたのか、穏やかな顔をしていた。



237 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:41:23.25 ID:wbf2qZx90



大将「もう知ってたんですね。はい、来月には閉店する予定です」

静「あの噂は本当だったんですね」

大将「えぇ」



寂しそうにつぶやく二人は、理由が分かっているのだろう。大将は当事者としても、

平塚先生も知ってたわけか。だから、俺を今日ここに連れてきたってことだな。

でも、俺にやってほしいことって何だろうか?

なぞは謎を呼び、困惑を深めるばかりであった。



八幡「なんで閉店するんですか?」

大将「もう噂が広がってるみたいだから言いますけど、道路拡張工事が始まって、

   ここのビルも取り壊しになるんですよ。

   でも、もうちょっとやれると思ってたんですけど、急に大家さんがね」

八幡「じゃあ、移転先も?」

大将「ええ、まだ何も。いい物件ないか探しているんですけど、

   もともと激戦区ですし、いい物件は既にね」

静「早く次の物件が見つかるといいですね。大将のラーメンが食べられなくなると

  寂しく思うお客も多いですから」

大将「そう言ってくださると、うれしいね」

静「ごちそうさまでした」

大将「またいらしてくださいね」



平塚先生の用事は終わったらしく、店外に出ていく。俺はもう一度「ごちそうさま」

と告げると、急ぎ後を追う。

店を出ると、平塚先生は煙草を吸おうとしていた。

いらだちぎみにたばこを取り出そうとしていたが、うまくタバコが出てこない。

煙草の箱を軽く握りしめると、そのまま鞄にしまいこみ、店の横に設置されている

自動販売機からコーヒーを2本購入する。

マッカンを俺に渡すと、自分のブラックコーヒーを一息に飲みきる。

タバコが吸えなかったいらだちをコーヒーに向けただけでなく

閉店の悲しみも含まれているのだろう。

俺はとりあえず自分のコーヒー代を支払おうと財布を取り出すが、

「奢りだ」とそっけなくつぶやくものだから、反論などできやしない。

自分の思い通りにできないことなんて、人生には山ほどある。

思い通りにできることより、できないことの方が多いほどだ。

だから、人間、忍耐強くならなきゃいけないけど、それでも、

いらだちは減るものじゃない。



238 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:41:52.52 ID:wbf2qZx90


ここで、俺さえも「奢り」を断ることで、平塚先生の思い通りを否定するなんて

野暮なことはするなんてできまい。

わかってますって、素直にコーヒーを受け取るのが、友情?、ラーメン仲間?、

まあ、二人の仲ってものだろう。



八幡「平塚先生の頼みって、総武家のことだったんですね?」

静「は? 頼みって?」



え? 電話でなにかやってもらうことがあるっていってましたよね?

もしかして、老化で記憶の方も劣化して・・・・・。



八幡「電話で言ってたじゃないですか?」

静「ああ、あれは冗談だ。ここが閉店するのを確かめたかっただけだよ。

  それともあれか、君に頼めば閉店を取りやめにできるとも」

八幡「それは、俺の力ではちょっと」

静「すまんな。こんなこと言うべきではないな。忘れてくれ」

八幡「いいんすよ。俺も閉店だなんて、ショックですから。

   でも、平塚先生と一緒でよかったですよ。一人だったら、ちょっと辛いかも。

   こういうとき、一緒にいて欲しい人が側にいてくれると助かります」



カランと缶が転がる音が響く。静かな夜の街に、イレギュラーな音が一つ混ざる。

俺は、すっと視線を向けると、その先には平塚先生がぼ〜っと俺を見つめる視線が

あるだけだった。

ラーメンを食べたばかりだとはいえ、アイスコーヒーを一気飲みしたばかりだから

体が熱くなるわけでもないのに、顔は熱いものを食べた直後のように赤く染まっている。

俺の視線に気がつくと、うろたえて視線を泳がす始末。



八幡「どうしたんすか」

静「なんでもない!」



俺のマッカンを強引に奪い取ると、またしても一気に飲み干す。

ぷはぁって男らしい飲みっぷりに感心していると、自分が落とした空き缶を拾い上げ

ゴミ箱に捨てる。そして、律儀にもう一本マッカンを買ってくれるので、

今度は財布を取り出すこともなく、奢りの礼を伝える。

どうやら今月は、トラブルっていうか、厄介事ばかりらしい。

厄介事も一気に飲み干し、胃で消化できないものかと儚い願いを思い浮かべつつ、

俺はプルタブをひと思いに開けた。




239 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:42:28.88 ID:wbf2qZx90










6月16日土曜日







太陽はすでに昇りつめ、ゆっくりと傾きかけたころ、

ようやく俺は遅すぎる朝食を口にする。

昨夜は、ラーメン屋に行った後、平塚先生と遅くまで話し込んでたし、

主に平塚先生がだが、その後は英語の勉強会の為の準備で寝た時間などとうに忘れた。

英語の準備なんて明日にしてしまえばいいって悪魔が何度も誘惑してきたが、

土曜は雪乃が帰って来る。

面倒事を持ち越して土曜を迎えるのなんて嫌だ。

面倒事なんて、仮に持ち越したとしても、精神衛生上よくないし、

持ち越している時間経過ごとに精神を蝕まれてしまう度合いが増大する。

締切間近まで引き延ばしたとしても、漁り、圧迫、ストレス、時間・・・・・、

どれ一つ見てもプラス材料なんてない。だったら、早めに終わらせて、

次の仕事に移ったほうが、よっぽど健康にいいし、仕上がりもいいはず。

つまりは、楽したいだけなんだが、久しぶりに雪乃に会えたのに、

雪乃にかまえないでいると、雪乃の機嫌が悪くなるのが、一番怖いともいえる。



さて、朝食もとい昼食をとるべく冷蔵庫を物色しているとインターホンが鳴り響く。

アマゾンや楽天で注文したものもないし、この部屋にやって来る者などほぼいない。

雪乃にしたって夕方に帰ってくる予定だ。

どうせ宗教かんかの勧誘だろうと思い無視しようと考えはしたが、

英語の準備が終わったことに心が寛大になっていた俺は重い脚を引きずって

インターホンに応答する。



八幡「どちら様?」

雪乃「どちら様? 比企谷の妻ですけど。その他人行儀な態度は、もしかして

   浮気でもしているのかしら?」



ろくにモニターを見ずに応答したのが悪かった。しかも、宗教だとたかを

くくって、ぶっきらぼうに言ったのも最悪だ。

モニターの中の雪乃は、画像が悪いくせに、不機嫌さだけは如実に映し出している。

そもそも夕方に帰ってくるんじゃなかったのか?


240 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:42:58.90 ID:wbf2qZx90


八幡「すまん、寝起きなんだよ。モニターも見ないで応対してさ。

   今すぐロック解除するな。ほら、雪乃の顔を見て、目が覚めた、覚めた」

雪乃「いいわ。上がっていけば、わかることだから」



雪乃は、そう短く答える。

あぁ、なんなんだよ、いったい。せっかく目覚めがいい朝?、昼だっていうのに。

それなのに、雪乃を怒らせてしまって、最悪じゃないか。

もうすぐ雪乃が上がってくるし、どうしたものか。

テーブルの上には、冷蔵庫から取り出した食事が少し。これだけでは足りないから

もう少し冷蔵庫から拝借せねばなるない。

って、食事の心配している暇なんてないだろ。

いやまて、雪乃は昼食とったのか? それに、雪乃が予定より早く帰ってきたんだ。

喜ばしいことじゃないか。もともと浮気なんかしているわけもないし、

後ろめたいことなんかも一つもない。

だったら、やることといえば・・・・・・・、



八幡「おかえり、雪乃」



玄関で雪乃を待って、家に迎え入れることだけだ。



雪乃「ただいま。・・・・・・ちょっと、にやにやしていると、

   本当に浮気しているんじゃないかって疑ってしまうわ」

八幡「にやにやじゃない。にこにこに訂正してくれれば、問題ない。

   ぶっきらぼうな応対は悪かったけど、本当に寝ぼけていたんだよ。

   これから遅い朝食をとるところだったんだし」

雪乃「朝食って、もう1時過ぎよ。すでに昼食と言うべきだと思うのだけれど」



俺は、雪乃の鞄やら手提げ袋を受け取り、部屋の中に運ぶ。

出かけるときにはなかった荷物も増えていることから、実家から何か貰って来たのかな

って能天気な事を考えをしていると、背中に心地よい重みが加わる。



雪乃「ただいま、八幡」



雪乃は、俺の脇の下から手を回し、胸のあたりで両手を結びつける。

両手に荷物持ってるし、どうしたものかなと悩んでいると、

雪乃は、そっと俺から離れてしまう。名残惜しい感触を手放してしまったことに

俺の優柔不断さを呪いそうになるが、これからゆくり距離を詰めていけばいいと

呪いの言葉を取り下げた。


241 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:43:33.43 ID:wbf2qZx90




八幡「夕方に帰ってくると思ってたのに、早かったんだな。

   言ってくれれば、よかったのに。そうしたら食事も」

雪乃「そうね。驚かそうなんて考えないで、早く連絡しておけばよかったわね。

   でも、私も昼食まだだし、ちょうどよかったわ」



やっぱ驚かそうって考えていたわけか。

たしかに驚きはしたけど、早く帰ってくるって言ってくれていれば、

それなりの準備もしていたわけだし、優劣つけがたいか。



八幡「ま、いいんじゃねえの。これから食事なんだし、

   堅苦しいこと考えるのはよしとこうぜ」

雪乃「それもそうね。それと、平塚先生は夕方いらっしゃるのよね」

八幡「その予定だけど。あと、陽乃さんも来るって言ってたな」

雪乃「姉さんが? なにも聞いていないのだけれど」



あの人、マジでなにも言ってないのかよ。たしかに俺に言っておいてくれって

言ってたけどさ、姉妹なんだし、さっきまで一緒にいたわけなんだから、

自分で言ってくれてもいいんじゃないか。

それを、面倒事のみ俺に押し付けて・・・・・。



八幡「昨日、雪乃からの電話の後、かかってきたんだよ。

   しかも、雪乃と俺が電話してるの知ってたみたいだし、

   もしかして、監視されてたの?」



冗談っぽく言ってみたものの、あの人ならやりかねないと思い、

じわじわと苦笑いが浮かびあがる。

それにつられて、雪乃も苦虫を噛み潰したような表情をする。



雪乃「姉さんについては、もうあきらめましょう。深く考えたほうが負けよ」

八幡「そうだな。考えても答え出ないし、疲れるだけだ」

雪乃「それで、姉さんは何か言ってたのかしら?」

八幡「なにか用があるとは言ってたけど、詳しいことは何も。

   どうせもうすぐ来るんだし、なにも考えず、直接聞いたほうが早いだろうな」

雪乃「そう・・・・・・・」



雪乃は、消え去りそうな小さな声で呟くと、珍しく俺から目をそらす。

雪乃には、なにか心当たりがあるのだろうか?


242 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:44:02.54 ID:wbf2qZx90


そもそも、今回実家に戻ったのも、実家の用事というのみで、

詳しい内容は聞かされていない。俺の方も、あれこれ詮索するのも悪いと思ったし、

俺に聞いてほしいのならば、雪乃の方から話すだろう。

だけど、雪乃の顔を見ていると、心配してしまうことはたしかであった。



八幡「お腹すいたな。雪乃も食べるんだろ? 何食べる?」



だから俺は、明るくふるまう。雪乃が話したくなるまで。



雪乃「そうね。冷蔵庫を確認してみなければ、わからないのだけれど、

   昼食は軽めに済ませて、あとで夕食の為にお買い物にいきましょう」

八幡「りょ〜かい」



雪乃は俺の意図を察知してか、俺の流れにのっかる。

だけど、これは面倒事を後回しにしてるだけだ。

いつか解決しなければならないし、解決できるとも限らない。

英語の準備のように、解決できる内容であることを祈ることしか今はできなかった。










日が暮れ始めるころ訪問者の訪れが鳴り響く。

買い物をしているとき、陽乃さんからメールが届き、平塚先生と待ち合わせてから

来るとのこと。もちろん俺の携帯にメールが来たことは言うまでもない。

しかも、平塚先生と一緒に来るとは、やはり抜け目がない。

どれだけ妹を警戒しているんだよって、突っ込みを入れてみたくもあったが、

その倍以上の答えたくもない質問をされそうなので自重する。



静「今日は、食事に招待してくれて、ありがとう。

  これは食事の時にでも飲もうと思ってな」



平塚先生が手土産としてワインを持参する。どっちかっていうと、日本酒の方が

似合いそうな気もするんだが、あえて突っ込むまい。

こちらも痛々しい自虐ネタを披露されても泣きたくなるだけだし。



雪乃「ありがとうございます。今日はラーメンではないので、

   ちょうどワインがあうと思います」



243 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:44:37.43 ID:wbf2qZx90



って、おい。いつまで平塚先生とラーメン食べに行ったの気にしてるんだよ。

いつもは平塚先生とラーメン食べに行っても、事前報告だしな。

やっぱ事後報告っていうのがいけなかったのか。



静「いやいや、ラーメンであってもワインに合うのもあるんだぞ。

  ラーメンといってもあなどるなかれ」



平塚先生は平塚先生で、雪乃の厭味なんか全く気が付いていないし。

それはそれでありがたいけど、しょっぱなから気疲れするとは、この先おもいやられる。



陽乃「雪乃ちゃん、比企谷くん、こんばんは〜。

   ご招待してくれて、ありがとねん」

雪乃「私は、招待した覚えはないのだけれど」

陽乃「あれ〜・・・・。てっきり招待してくれているって思っていたんだけど。

   そっかぁ、ごめんね、雪乃ちゃん。邪魔者は帰るね」



陽乃さんは、しょんぼりと肩を落として、帰るふりをする。

あくまで「ふり」だ。

見るからにして、落ち込んでいないし、引き止めるのを待っている。

だけど、雪乃は引き止めはしないだろうし、平塚先生は誰も聞いてはいないのに

いまだラーメン談義をしているし。

やっぱ俺が引き止めるのかよ・・・・・・・。



八幡「せっかく来ていただいたんだし、俺も陽乃さんと食事してみたいなぁって」



自分で言っておきながら、嘘くせぇ。大根役者以下のセリフ回し。

ま、いっか。どうせだれも俺のセリフなんてきいちゃいないだろうし。



陽乃「そう? だったら久しぶりに語っちゃう? 雪乃ちゃんの昔話もOKだよ」



あ、それ、おもいっきり聞きたいかも。お義姉さま、お聞かせてください。

なんだったら、今晩泊まっていってくださっても。



雪乃「姉さん・・・・・・・」



そんなに都合よくはいかないか。一気に部屋の空気が冷えきったし。

俺達3人の周りだけ一気に零度以下じゃね?



244 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:45:18.91 ID:wbf2qZx90



もちろん平塚先生は、我関せず・・・・・・ではなく、いまだラーメンだし。



陽乃「あちゃ〜・・・・・。昔話は、雪乃ちゃんがいないときにね。

   だ・か・ら、今度お義姉さんとふたりっきりで食事しようね」



近い、近い。って、もうくっついてますよ。

雪乃とは違う大きなお胸がむにゅって腕に。

このままだと、俺の体が雪乃にむにゅって潰されそうです。



雪乃「離れなさい」



俺か陽乃さんのどちらに言ったかわからないけど、ありがたいことに

陽乃さんのほうから離れてくれた。

ただ、ほっと一息つく間のなく、今度は雪乃が対抗して腕をからめてくる。

こればっかりは陽乃さんの圧勝なのだけれど、言えるわけもない。

まあ、大きさじゃないから安心してくれ。誰が隣かが一番大事なんだし。



陽乃「比企谷君、悪いけど、静ちゃんをちょっと現実に連れ戻してくれない?

   その間に、雪乃ちゃんと食事の準備しちゃうからさ」



陽乃さんは、雪乃の返事を聞く前に行動にうつす。

実家では料理どうなのかなって思い返してみたが、あいにくそんな場面には遭遇していない。

だったらここでは?と思い返すが、いまいち確証が出ない。

勝手に人ん所の台所使われるの嫌がる人いるけど、雪乃もその例に漏れない。

由比ヶ浜が来て、一緒に料理したりするけど、それは雪乃が一緒であるから

問題にならないだけ。目の届く範囲なら、いくら失敗しても由比ヶ浜なら許される。

だけど、陽乃さんはどうなんだ?



雪乃「姉さんは、スープの方を仕上げてくれないかしら」

陽乃「お、トマトと卵のスープかぁ。OK、OK。

   中華風? それともコンソメかな?」

雪乃「そうね。コンソメで仕上げようかと思っていたのだけれど」

陽乃「OK」



どうやら問題はなさそうだ。

この分だと、実家では、一緒に料理をしているのかもしれない。


245 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:45:57.30 ID:wbf2qZx90



素直に仲がいい姉妹っていうわけではないかもしれないけど、

俺が心配することなんてなさそうだ。

この分なら、料理の準備は、何事のなくすすみそうであった。

あのときまでは・・・・・・・。










第12章 終劇

第13章に続く





246 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/14(木) 11:47:02.44 ID:wbf2qZx90


第12章 あとがき



ごめんさない。

今日の午後、何時にアップできるかわからないので、

確実にアップできる午前にアップしておきます。

来週は、いつもの時間だと思います。




実は、長編始まったばかりだというのに大きく書き直すはめにorz

10章アップして、その週末あたりだった思います。

設定を一部変更したのですが、その影響で第16章の半分くらいまで書き終えていたのに、

第10章から読み直しながら書きなおすという地道な作業をやっていました。

幸い、大きな書き直しが必要だったのは第14章、第15章ぐらいでしたので

4時間くらいで終わりましたが・・・・・・。

アップする前に設定変更できたのが、一番の幸運ですかね。






来週は、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。






黒猫 with かずさ派





247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/14(木) 11:53:43.10 ID:bCpydK0d0
おつおつ
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/14(木) 12:47:32.92 ID:zANYa5smo
しずかわいい
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/14(木) 12:58:15.83 ID:oNNJR3hpO
縺翫▽
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/14(木) 13:33:45.68 ID:3mB7YYpAO


妻には突っ込みをいれないんだな、八幡……


もう籍を入れちまえよ
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/14(木) 15:15:25.42 ID:BtCz+vQNo
乙です
252 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/15(金) 03:05:14.98 ID:QUTlZdA00

昨日は、アップ時間が違くて、申し訳ありませんでした。

何度も足を運んでもらわなくてもよくするための定時でしたのに、ごめんなさい。

それでもたくさんの人が読んでくれて、大変うれしく思っております。


それにしても、平塚先生が結婚できない理由がわからないです。

ネタだとしても、かわいすぎでしょ、あの先生。


最後に、八幡が妻発言に突っ込みを入れなかったことについて一言。

雪乃「既成事実なだけよ」

253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/15(金) 22:10:19.89 ID:cO5dEzHIo
>>252
理想が高いんだよ
人格的な理想が

同年代の人格者はだいたい結婚してしまったんだろう

なんてことを考えてる
254 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:36:22.29 ID:05LOiv+y0




第13章








6月16日 土曜日 夜








陽乃「ねえ、雪乃ちゃん。あのこと、もう比企谷君に話した?」



雪乃の手が止まる。あのこと? やはり雪乃には、心当たりがあったのか。

陽乃さんの方は、あいかわらず手際よく料理を進めている。



陽乃「面倒だし、早めに言っちゃうね」

雪乃「姉さん!」



雪乃が声を荒げるなんて。冷静、沈着、氷の女王。その雪乃が震えている。

平塚先生も事の急変に驚き、ことの次第を見守っていた。



陽乃「私ね、結婚するの」



結婚? ということは、相手は誰なんだ?

それよりも、結婚って言葉に敏感なお年頃の女の子がいることをお忘れでは

ないでしょうか。

平塚先生の前ですべき話では・・・・・、というレベルではなかった。

あの平塚先生でさえ、まじめくさった顔つきで陽乃さんの言葉を吟味している。

平塚先生も陽乃さんとの付き合いもあるし、平塚先生の方が俺よりも

なにか知っているのかもしれない。



陽乃「驚いてくれたのは、比企谷君だけか。まっ、そうだろうねぇ。

   もともと政略結婚の話は、あったわけだし。

   それを私の方がのらりくらりと先延ばしにしていたわけだしさ」



あっけからんと話す内容じゃないだろ。政略結婚?

いつの時代の話だよ。ていうか、企業の経営者や、議員やってると

今でもある風習なのか?


255 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:37:35.52 ID:05LOiv+y0

陽乃「比企谷君には、初めて言うのかな。私ね、今度お見合いするの。

   お見合いといっても、断ることなんてできないけどね」

八幡「それってお見合いっていえるんですかね。お見合いだと、断ることが

   できるもんじゃないですか」

陽乃「そう? だったら、政略結婚するっていったほうがいい?」



なんで、そんなに無表情で言えるんだよ。もっと感情的に言ってくれよ。

いまだったら、子憎たらしいいつもの陽乃さんでいいからさ。

まったく掴むことなんてできない遥上を歩いている陽乃さんでいてくれよ。



陽乃「比企谷君は、優しいのね。私の為に悲しんでくれるんだね」

八幡「そりゃあ、身近にいる人が、望みもしない政略結婚なんて強行されたら

   悲しみもしますよ」

陽乃「そっかぁ。悲しんでくれるか。いい義弟をもてて、なによりだ」

雪乃「ちゃかさないで、姉さん」

陽乃「雪乃ちゃん?」



いつの間にかに復活した雪乃は、陽乃の前までやってきて、陽乃さんを睨みつける。

雪乃の強い意志が詰まった瞳に、あの陽乃さんが目をそらしてしまう。

今までの姉妹の関係からすると、ありえない。

あの陽乃さんが逃げるだなんて、誰が想像できる。



雪乃「政略結婚になってしまったのは、姉さんの責任でもあるのよ」

八幡「雪乃?」

雪乃「だって、姉さん、今まで誰とも付き合おうとしなかったじゃない。

   父だって、誰かいい人がいれば、考えてくれるっておっしゃってたじゃない。

   もちろん母は嫌な顔してたけど、それでも姉さんが選んだ人だったらって」

陽乃「それが難しかったんだけどね。だって、誰がいいかってわからないし」

雪乃「そんなの付き合ってみなければ、わからないじゃない」

陽乃「わかっちゃうのよ」

雪乃「わからないわよ」

静「雪ノ下」



今まで黙っていた平塚先生が、雪乃の肩に手をかけ、そっと雪乃を引き寄る。

雪乃も平塚先生に体を預け、身を任せていた。



陽乃「わかっちゃうのよ、これが。それとな〜く、将来のことを探りいれてみると

   これじゃダメだなって。絶対母のお眼鏡にかなうわけないし、

   父であっても無理ね。それよりも先に、私の方がその男に幻滅しちゃうかな」

256 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:38:35.67 ID:05LOiv+y0



まるで何度も経験してきたことのように語る。

苦々しくて、思い出したくもない過去。

きっと自分なりに改善すべきことは改善し、目をつぶるところは諦めてきたのだろう。

それでも手が届かない。やはり解決なんて難しい話だった。

雪乃は、今日陽乃さんが来るってことの意味がわかっていたんだ。



陽乃「だってねえ、私と付き合うってことは、将来が決まっちゃうのよ。

   しかも、あの母がもれなく付いてくるし」



それは、俺も嫌かもしれない。いや、できることなら逃げ出したい。

しかし、雪乃と一緒にいる為には、克服しなければなるまい。

たしかに、初めて会った時のインパクトは強烈だったし、お互いの印象も最悪だった。

それでも付き合っていかなければならないし、今では、まあ、味がある人だなと

なんとか、かろうじて、わずかに、若干・・・・・、どうにか思えるようになった。



陽乃「もし私が逆の立場で、男だったら、私と付き合うなんて願い下げよ。

   だって、めんどくさいもの」

雪乃「そんなの言い訳にしかならないわ」

陽乃「そうかもね。でもね、雪乃ちゃん。私も何人かいい人そうな人、見つけはしたのよ。

   でも、無理だった。だって、ちょっと将来を視野にいれた話をしてみると

   みんなドン引きしちゃうのよ。

   たしかに、いきなり企業経営とか議員活動なんて話されたら

   よっぽどの馬鹿か、私を踏み台にして成りあがろうって人しか

   話にのってこないわ」



雪乃は、もはやなにも言い返さない。もう何も言い返せなかった。



陽乃「だからね、私、雪乃ちゃんに嫉妬しちゃう。

   だって、比企谷君がいるんですもの。

   あの母に正面切って挑んじゃうなんて、正直正気を疑ったわ。

   だけど、比企谷君は、馬鹿でも踏み台希望でもなかった。

   純粋に雪乃ちゃんに惚れてただけ。それだけで、行動できちゃうだなんて

   妬けちゃうわ。でも、私には、そんな人、現れなかった。

   それが現実」



もし俺が雪乃の両親に交際宣言しなければ、同じことが雪乃にも起こっていたかもしれない。

そう考えると、ぞっとする。



257 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:39:06.04 ID:05LOiv+y0


あの時は、なりふり構わず行動したけど、あれも若さゆえの行動ともいえるし。



陽乃「でもね、どうにか大学院卒業しても、海外留学できそうなのよ」



そう明るい話題をふる陽乃さんには、話題とは裏腹に、明るい笑顔なんてなかった。



陽乃「もちろん婚約するのが前提だけどね」



あるのは、悲しいまでもの無表情のみ。

この日、俺が勝手に作り上げていた陽乃さん像が崩壊していく。

勝手に祭り上げて、勝手に壊して幻滅する。

陽乃さんだって、望んで今の自分を作り上げたわけではないだろう。

陽乃さんが置かれている環境が、強制的に陽乃さんを作り上げていく。

それが今、壊れかけていた。



雪乃「また姉さんは逃げ出すの? 最初は大学卒業するまでに相手を見つけられれば

   って話だったのに、姉さんは相手を見つけなかったのよ。

   そして、今すぐ結婚したくないからって、大学院に入ったんじゃない。

   それで今度は、婚約してもいいけど、結婚は留学が終わってから?

   笑えてしまうわ」



それは突然だった。予期せず出来事が起こってしまうと、人間何もできないものだ。

乾いた音が一つ鳴り響く。それは、雪乃が陽乃さんの頬を叩いた音。

雪乃が暴力で訴えたことなんて、今まで一度たりともない。

言葉で散々心をえぐりはするが、けっして暴力だけはしない。

それが今、やぶられた。

陽乃さんよりも、雪乃の方が、叩いたことによるショックを受けている。

むしろ、叩かれた陽乃さんは、薄寒い笑みさえ浮かべ、事の行方に身を任せていた。

自分からは動かない。人をコマのように扱ってきたあの陽乃さんが

自分の意思で自分を動かすことを放棄してしまっている。
  

 
静「陽乃も今日のところは、ここまでにしておけ。雪ノ下もだ。

  ・・・・・・・比企谷」



蚊帳の外に置かれたいたと思ったのに、突然自分の名前を呼ばれ、肩をぴくつかせる。



静「悪いが、食事の用意は比企谷がしてくれ。私ができればいいんだけど、

  あいにく料理はからっきしでな」


258 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:39:35.09 ID:05LOiv+y0


八幡「あ、料理くらい、俺がやりますから・・・・・・・」



いち早く平常心を取り戻せたのは、平塚先生だった。年の功ってやつかもしれないけど、

いくら平塚先生が事情を知っていたとしても、それは当事者としてではない。

冷たい言い方かもしれないけど、いくら平塚先生が事情を知って、相談にのったとしても

それはどこまでいっても第三者でしかない。

だから、ここにいる誰よりも冷静になれる。ここに平塚先生がいてくれて助かった。

いや、陽乃さんは、こうなるってわかっていたから、強引であっても

平塚先生がやってくる今日の食事に割り込んできたのではないだろうか?

それならば、雪乃が平塚先生を今日食事に招いたことだって、

さらには、雪乃が陽乃さんが来るって言った時の反応だって・・・・・・。

あらゆることに疑問を投げかけてしまう。悪い癖だ。

きっとどれかは真実であって、なにかは思いすごしであるのだろう。

しかし、いくら思いを巡らせようとも、

今目の前で起こっている現実には、役に立つとは思えなかった。



部屋を見渡すと、平塚先生は、雪乃を連れ、リビングのソファーに腰をかけていた。

陽乃さんといえば・・・・・、いまだ雪乃に叩かれた場所で立ち尽くしている。

ふいに陽乃さんが体を震わせる。すると、陽乃さんを見ていた俺と視線が交わる。



陽乃「・・・・・・・・」



唇が動いているが、声は聞きとれない。読唇術なんかができれば、読みとることが

できたかもしれないけど、あいにくそんな高等技術は持ち合わせていない。

むしろ、読みとれなくてよかったと思ってしまう自分が情けなかった。



陽乃「手伝うわ」

八幡「え?」

陽乃「だから、手伝ってあげるっていってるのよ」



表情は堅いが、いつもの陽乃さんに近い表情を浮かべている。

あくまで近いであって、そのものではないとこからしても、無理をしているのがわかる。

だって、最初の言葉が「手伝うわ」ではないことくらいは、読みとることができたから。












259 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:40:07.36 ID:05LOiv+y0





これほど重苦しい食事なんて、経験したことがない。

雪乃の両親と食事をしたときでさえ緊張はしたが、ここまでではなかった。

雪乃には悪いが、どちらかといえば、陽乃さんと二人で食事の準備をしていたときの

ほうが気が楽でさえあった。

感情が欠落した笑みをまとった陽乃さんではあったが、意思疎通は可能であったし、

なによりも料理をしていれば気がまぎれる。

しかし、ゆっくりと腰を据えて食事となれば、事態は変わる。

食事に集中すればいいと思い込んでみたが、味が知覚できない。

それは、平塚先生であっても同じようで、しかめつらで食事を進めていた。



陽乃「なになに? 私のせいでみんな暗いなぁ。だったら、なにか面白い話でも

   してあげようか? そうだなぁ、・・・・・・じゃあ、比企谷君、

   面白い話をどうぞ」



俺ですか? いきなり振られましても。それに、いつだって面白い話なんかあるわけもない。

俺は、助けを求めるべく、平塚先生に視線を向けるが、そっと視線を背ける。

あ、逃げやがったな。こういうときこそ年の功ってもんを発揮してくださいよ。

いつまでも若手だなんて、いってられ・・・・・、ごめんなさい。

俺がまごついていると、陽乃さんは、最初から俺に話を振るわけでもなかったのか、

自ら話を展開させる。



陽乃「それでは、とっておきの笑えないけど、笑える話を。

   実は私、ストーカー被害にあってま〜すっ」



作り笑顔いっぱいに、両手を上げて笑いを醸し出す。

ただ、内容が内容だけに、誰も笑うわけもなく、重い空気がさらに重くなる・・・・・。

って、最初から狙ってやってたんだろ。

これ以上重い空気にならないだろうって踏んで話したんだろうけど、

いかにも陽乃さんらしいといっても、少しは空気を読んでくださいよ。



雪乃「姉さん。それは、まったく笑えない話なのだけれど。

   むしろ、姉さんには危機感をもってほしいわ」

静「そうだぞ陽乃。自分だけでどうにかなる内容ではないだろ。

  警察に届けなければならないかもしれないし、

  君は、自分が女性だということも忘れがちなところがある」



二人とも、思い思いの感想を述べるが、基本、陽乃さんを心配してのことだ。

260 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:40:43.70 ID:05LOiv+y0


もちろん俺も心配しているのだが、以前、陽乃さんがストーカーを撃退したっていう

話をきいていることから、今回のことが異常なケースなのではと勘繰ってしまう。

いくら政略結婚という厄介事があったとしても、陽乃さんがストーカー被害を

黙って対処せずにいるとは思えなかった。



陽乃「おや。みんな心配してくれているのね。お姉ちゃん、もてもてだな」

雪乃「姉さん」

陽乃「お、雪乃ちゃん、こわい」

雪乃「ちゃかさないで」

陽乃「はい、はい。でも、そこの勘のいい比企谷君は気が付いているみたいだけど、

   どうも普通のストーカーでは、ないみたいなのよ」

雪乃「そもそもストーカーなんて、普通の人ではないと思うわ」

静「まあ、そうくくってしまえば、そうなんだろうが・・・・・」



苦笑いを浮かべる平塚先生をよそに、陽乃さんは話を続けた。



陽乃「友達に手伝ってもらってるんだけど、なかなかストーカーの尻尾がつかめないの。

   いつもは友達に頼んで、とっ捕まえてもらって、

   楽しい話し合いをするんだけどね」



楽しい話し合い。きっと楽しいのは、陽乃さんだけだろ。

俺なんかは小心者だし、ストーカーの方を心配してしまう。

自業自得ではあるけど、話し合いに「楽しい」なんてつけるあたり、怖すぎる。

さて、ここで気になった点といえば、三つある。

まず一つ目は、そもそもこのストーカー自体が陽乃さんの虚言ではないかということ。

重苦しい雰囲気を、方法には問題があるが、別の方向へ誘導するには効果がある。

現に、雪乃も平塚先生も、うまく話に乗せられている。

だけど、これはすぐに却下だ。

なにせメリットが小さすぎる。政略結婚という話をしていた時に、

それをわざわざさらなる問題でうやむやにしようだなんて、後のことを考えれば

デメリットの方がでかい。人に心配させながら、それを嘘で煙に巻いたなんて

あとでしれたら、今後の信頼関係が崩壊する。

雪乃と陽乃さんの姉妹関係なんて、見た目ほど悪くはない。

むしろ最近は良好だといえる。

それと、平塚先生との関係であっても、高校を卒業しても付き合いがあるなんて

レアケースだし、今それを壊す意図が思い浮かばない。

で、それで二つ目の疑問点だが、本当に陽乃さんより上手なのだろうかということだ。

ひいき目なしに考えたとしても、あの陽乃さんだ。俺が逆立ちしたとしても

手玉にとれるとは思えないし、雪乃であっても、難しいだろう。
261 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:41:25.03 ID:05LOiv+y0




さらに、陽乃さんの友達の協力を得ていることからしても、

もし本当にストーカーが存在すると仮定すると、陽乃さん以上の人物となる。

陽乃さんの存在を過信しすぎかもしれない。さっきも、政略結婚という話題で

見たこともない陽乃さんを発見したばかりでもある。

しかし、どうも陽乃さん以上に頭がきれるストーカーなんて・・・・・・・。

最後に三つ目だが、陽乃さんが、なぜ俺達にストーカーの話題をふったかだ。

俺達にストーカーを捕まえてほしいのか? それとも助言がほしいとか?



陽乃「比企谷君? ねえ、比企谷君ったら?」



思考の海に投げ出された俺は、名前を呼ばれたのに気がつかないでいた。



八幡「あ、はい?」

陽乃「ほんといい子ねぇ。しっかり考えてくれていたのね」



俺の頭を撫でるのは、よしてください。ほら、人を殺せる視線がちらっと・・・・・・。

陽乃さんは、雪乃を無視し、頭を撫でまくる。俺も、邪険に払っても

無理だと経験上わかっているので、飽きるまでやらせておくことにした。

あとで、雪乃が対抗心むき出しの行動があるだろうけど、

場を壊すよりは、あとで雪乃が納得するまで付き合う方が建設的だ。



陽乃「それで、どう思った?」

八幡「どうっていわれましても。情報が少なすぎますし、陽乃さんが無理なのに

   俺が対処できるとも思えませんよ」

雪乃「それもそうね。姉さんが対処できていないのに、私たちが何かできるとは

   思えないわ」

静「それなら、早めに警察に相談してみてはどうかね?」

陽乃「それも考えてはいるんだけど、時期的にちょっとね」

雪乃「はぁ・・・・・。娘の安全と社会的地位。どちらが大事なのかしらね」

陽乃「いいのよ。警察に相談したところで、なにかプラスに事が進むとは思えないし」



警察に相談したとことで、大きなトラブルが発生していなければ、

警察が実力行使をしてくれるとは思えない。

それに、24時間陽乃さんを警護してくれるわけでもあるまいし、金にものを

いわせるのならば、陽乃さん個人でボディーガードを雇ったほうが手っ取り早いし、

両親もそれならば許可するだろう。

しかし、それは根本的解決につながるわけではない。


262 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:42:07.02 ID:05LOiv+y0


いつまでも後手後手に回っていては、ますますストーカーの行動はエスカレート

してしまう。ならば、過剰反応を起こさせるように仕向けて、そこで捕まえるなんて

強引な作戦も思い浮かぶが、追い詰められたストーカーが何をやってくるか

わからない分、今はむやみに行動すべきではないだろう。



陽乃「そういうわけだから、比企谷君」

八幡「はい?」

陽乃「雪乃ちゃんのことよろしくね。読めない相手だけに、雪乃ちゃんの方も心配だし」

八幡「それはできる限りのことはしますよ」



なるほど。最初から雪乃の事を心配してのことだったのか。

シスコンであっても、ここまで変化球で愛するシスコンも珍しいんじゃないか?

きっと半分以上は、うざがられているはず。それさえも楽しんじゃってるのが

陽乃さんらしいけど、もう少しストレートにできないものですかね。



陽乃「そこは、命に代えてもって言ったほうが、かっこいいんじゃない?」

八幡「あいにく、できないことは約束しないたちでしてね」

陽乃「そういう捻くれたところ、直したほうが、雪乃ちゃん、喜びそうなのに」



うっせ。自分の方こそ、直した方がいいんじゃないですかね。

捻くれたシスコンなところとか。



雪乃「姉さん。人の事を心配するよりも、自分の方をした方がいいのでは?」

陽乃「雪乃ちゃんが、私の事心配してくれるのね。

   お姉ちゃん、うれしいなぁ・・・・・・・」

雪乃「はぁ・・・・・・・」



雪乃は、ため息をつく。伝染してしまったのか、俺や平塚先生まで、長いため息をつくが

あいかわらず陽乃さんは、面白そうに俺達を眺めていた。



八幡「ところで、明日はご両親は家にいますか?

   先日、雪乃が俺のせいで家に戻ってきたこともあるし、最近会ってもいないので、

   一度挨拶に伺いたいなって思っていたんですよ」



とりあえず俺は、俺の用事の方を済ませておくことにした。

なにせ、このまま陽乃さんのペースにさせておいたら、

いつ食事会が終わってもおかしくない。

だったら、面倒事は早めにすませておくに限る。


263 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:43:19.56 ID:05LOiv+y0



それに、いつ話ができない状態に逆戻りするかわからないし。



陽乃「いい心がけだねぇ。父は、今夜泊まりだけど、

   明日の午後には帰ってくると思うわよ。だから、夕方なら大丈夫だと思うけど、

   帰ったら母に聞いてみるね」

八幡「ありがとうございます」

雪乃「わざわざ出向かなくても。それに、何を言われるか・・・・・」

八幡「いいんだよ。けじめはしっかりしておかないとな。

   そしてなによりも、根回し、ゴマすり、強いものに巻かれろがモットーだからな」

静「あまり関心できない心がけだが、比企谷が行くって言ってるんだ。

  素直に連れていったらどうだ、雪ノ下?」

雪乃「・・・・はい」

陽乃「それなら、夕食も食べていってね。だって、いつも辛気臭い食卓なんだもの。

   せっかく二人がくるんだったら、食べていってほしいな」

八幡「お邪魔でないのでしたら」

陽乃「なら決まりね。父は喜ぶわ。母の方は相変わらずだろうけど」

雪乃「わかったわ。でも、その前に、由比ヶ浜さんの誕生日プレゼントを買わなければ

   いけないのだから、そのことも忘れないでちょうだいね」

八幡「わかってるよ」

陽乃「ほんと、雪乃ちゃんには敵わないなぁ。いい彼氏見つけられて、よかったね。

   うらやましいったら、ありゃしない・・・・・・・」



陽乃さんが、自虐的な笑みをふりまく。

幾分好転したかと思われた雰囲気も、

その雰囲気を作ろうと努力した陽乃さんであったが、

それも全て、陽乃さんの一言で崩れ落ちる。

悪い雰囲気は、いくら好材料があっても振り払えるものではない。

逆に、いい雰囲気など、悪材料一発で全てが吹き飛ぶ。

人間、楽天的には行動などできやしない。あのあほの子由比ヶ浜であっても、

空気を読み、世間と自分を擦り合わせて生き抜いている。

もし、自分は楽天家なのって言い張るやつがいるんなら、いってやりたい。

楽天家など存在しないと。そいつはただ、目の前の問題を後回しにし、

見ないふりをしているだけの落後者予備軍であると。

だから、人間、問題が山積みになって逃げられなくならないように

常に悪材料を注目する。そうしないと、身動きできなくなってしまうから。

つまり、人は、悪材料ほど敏感に反応してしまう。


264 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/21(木) 17:44:08.71 ID:05LOiv+y0


俺は、見渡すかぎりに埋め尽くされている難題に、そっとため息をついた。








第13章 終劇

第14章に続く









第13章 あとがき




このあとがきを書くころ、第18章を書き始めています。

今回の長編『はるのん狂奏曲編』(仮)は、どのくらい続くのでしょうかね。

原作だと、そこそこ分厚いライトノベルくらいの容量ですけど、

加筆修正しまくっていますし、先が読めません。

逆に削ったところもありますけど・・・・・・・。


平塚静をはじめ、雪ノ下陽乃、海老名姫菜、城廻めぐりの理想の男性像って
謎が深まるばかり・・・・・・。


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派




265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/21(木) 17:50:42.57 ID:8IXs6BD/0
陽乃さんのストーカーは今後の展開に大きく影響するのか気になる所
乙です
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/21(木) 18:16:00.56 ID:cEs58A5AO
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/21(木) 18:38:13.25 ID:HvN2rjJNO
乙です
268 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/22(金) 02:44:19.80 ID:mWORvhNx0

今週も読んでくださり、ありがとうございます。

ストーリーの事は、あまり話せないのですが、甘い話が少なくなってきている点が心配ですかね。

もともと甘い話ではないですけど、それでも今後の展開が気になってワクワクするような

文章が書けるように頑張ります。
269 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/28(木) 17:30:46.74 ID:+GjxmIR/0



第14章








6月17日 日曜日








由比ヶ浜への誕生日プレゼントは、昼食前には見つかり、

今は歩き疲れた脚を休めている。

人ごみに酔った俺達は、いささか酔いをさますには不十分なレストランに入る。

それも仕方がないか。今は休日の昼食時。

どのレストランに行っても人があふれているはず。

それでもタイミング良く待ち時間もわずかで席に座れたんだ。文句も言えないだろう。

店内は、家族連れや高校生・大学生のグループがあふれかえっている。

やはり大型ショッピングモールということもあって、店舗自体は小さいが、

さすが今時のイタリアンレストラン。客席からピザを焼く窯や

料理をしている姿が見渡せるいかにもおしゃれなレストランであった。



歩きつかれ、正直とりあえず食べられればいいかなっていう思いは強い。

もし雪乃と一緒でなく一人で来ていたら、牛丼でも腹にかっこんで

そのまますぐ帰途に就いていたはずだ。

いや、家に帰ってから雪乃の料理を食べるのに一票か・・・・・・・。

だけど、今は雪乃もいる。

かっこつける訳ではないけど、それなりのお食事を提供したい。

ま、半端な知識で見栄を張ってもぼろが出る。

ピザなんて、スーパーの冷凍ピザか宅配ピザが関の山。

外でピザやパスタなんて食べることなんて、雪乃と一緒の時しかあり得ない。

だから、俺はいつもの黄金パターンを披露する。

それは、とりあえずビールならぬ、とりあえずセットメニューで。

セットメニュー。すなわちお店のお勧め商品。

お勧めならば、その店の看板商品であるし、下手な商品は提供しないだろう。

もし、初めて行った店で、その店の看板商品が意に沿わない味ならば、

次は来なくなるだけだ。

ほら、お寿司屋さんに行った時も、お勧めの握りを聞くでしょ?

やっぱ旬のものを、その日仕入れた活きがいいものを、

店員から聞くのが間違いを回避する王道だと思える。

270 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/28(木) 17:31:27.18 ID:+GjxmIR/0


ここで見栄を張って、自己流で注文したって、店員は内心笑いはしないけど、

苦笑いくらいはしているかもしれない。被害妄想かもしれないが、

プロにみえなんて張る必要なんてない。

それに、お勧めのセットメニューなら、仮に苦手なものがあっても、

セットメニューを軸にして、自分たち好みのセットメニューを組み立てていけば

いいだけだし、ほんとよく考えられているシステムだこと。

というわけで、雪乃には見破られているけど、いつものセットメニューを提案した。



雪乃「そうね。セットもいいけれど、こちらの季節限定のはどうかしら?」

八幡「そうだな。それだったら、一つは季節限定セットにして、もうひとつは

   ピザとパスタと適当に頼めばいいんじゃないか?

   この前はたしかマルゲリータだったし、他のも食べてみたいかもな」



雪乃の俺のかじ取り絶妙するぎるな。うまく操縦されているともいうけど、

俺が受け入れて、納得してるんだから問題あるまい。

ざっとメニューに目を通した雪乃は、俺の案も考慮に入れて、最終案を提示する。

俺も特に対案を出す気もなく、店員を呼ぶブザーを押す。

注文を終え、ようやく一息つけたところで、今夜の心配事案を訪ねることにした。



八幡「なあ雪乃。実家に行くんだし、なにか手土産買っていったほうがいいか?」

雪乃「特にいらないと思うわ。行儀よくしていてくれるのが、なによりの手土産よ」



にっこり笑いながらも、余計なことしないでねって釘をさしているのね。

もちろん俺も、面倒事はごめんだ。お前のかーちゃん、こえーし。

睨まれただけでも寿命が縮んじまう。



八幡「そうはいってもなぁ・・・・・・・・。夕食ご馳走してくれるって言ってるし、

   それに、いきなり会いたいって言ったのに会ってくれるんだぞ。

   やっぱ、なにか持って行ったほうがいい気がしないか?」

雪乃「でも、なにを持っていっても母は喜ばないと思うわ」

八幡「それって、俺が持っていってもってことだよな?」

雪乃「ええ、・・・・・・まあ、そうなるわね」



あのかーちゃんが冷たい目をして、俺の手土産を受け取りはするが

即座に視界の外に外すべく、部屋の片隅に追いやられるのは目に見える。

だったら、嫌がらせでもして、受け取ることさえ嫌なものを送ってやろうか。

と、邪悪な笑みを浮かびそうになるが、ふと、逆の考えが浮かびあがる。

手元から離せないものを送ればいいってことか。


271 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/28(木) 17:32:16.49 ID:+GjxmIR/0


俺の手土産は嫌でも、邪険に扱えないもの。

それだったら、



八幡「決めた。紅茶にしよう」

雪乃「紅茶? 実家にも十分そろっているし、母が喜ぶとは思えないわ。

   たしかに、そのうち飲むことになるかもしれないけれど」



子供の浅知恵を丁寧に諭す雪乃。ま、雪乃がそう思ってしまうのも仕方ないだろ。

俺も、ただ渡しただけなら、すぐさま引き出しの奥にしまいこまれてしまうと思う。



八幡「そこは付加価値だ。店では買えないものを特典として提供すればいいんだよ」

雪乃「ちゃんと面白いのでしょうね?」



雪乃もわかっていらっしゃる。俺の悪だくみにのってくるとは、

だんだんと俺に染まってきちゃってる?



八幡「面白いっていうか、王道パターンだよ。だから、面白くはない。

   だけど、一泡吹かせる程度には、なるはず・・・・・かな?

   少なくとも、手元には置いておいてくれるはずだよ」

雪乃「そう? なら、聞かせてもらいましょうか」



さすがは共犯者。邪悪な笑みを浮かべていらっしゃる。

だれも俺達の悪だくみなんて聞く訳ないけど、そこは雰囲気だ。

俺達は顔を近づけて、こっそりと作戦を立て始めた。












夕方、日が沈みかけたころ、お迎えの車に乗り込み、雪乃の実家に向かう。

娘にぽんと高級マンションを与えるあたりですでにお嬢様だって理解しているはずだけど

運転手つきの車でお迎えがくると、あらためて社会的格差を実感してしまう。

雪乃と暮らしていると、育ちの良さを見る機会が多いけど、

近くにいすぎるせいで、それが雪乃の性格そのものだと感じてしまう。

その背後には、小さい時からの躾や親の影響があるはずなのに、

どうもそれを見落としてしまう。

だから、雪乃の実家に行くと、自分なんかが雪乃と付き合ってるのもそうだが、

将来結婚なんてできるか不安になってしまう。

272 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/28(木) 17:32:52.54 ID:+GjxmIR/0


いつまでも大学生カップルのままではいられない。

陽乃さんのお見合い話を聞いて、俺は現実に引き戻されてしまっていた。

雪乃との緩やかな時間。幸福に満たされた時間だけど、それも無限ではない。

いつか終わりを迎えて、次の段階へ行かなければならない。

追い出されていくのか、準備を整えて自分の意思でいくのか。

俺達は今、大学二年生。

次の段階への意識を持つには、俺と雪乃にとって、ちょうどいい機会だったのかもしれない。



家に着くと、玄関にはメイドさん・・・・・は、いなく、陽乃さんが出迎えてくれた。

メイドさんはいないけど、ハウスキーパーが週5回も来てるし、

やはり桁違いのお金持ちだ。

一度、週5回も来てくれるんなら、うちにも一回わけてほしいって雪乃に冗談まじりに

言ってみたが、まじめな顔をして言い返されてしまった。



雪乃「実家は広いし、毎日全てを掃除するわけではないのよ。

   掃除する場所のローテーションを決めて、

   週に二回はすべてを掃除できるようにされているの。

   それと、とくに汚れが付きやすいところは、毎回かしら。

   掃除だけでなく、洗濯や買い物、庭の手入れ・・・・・。

   やるべきことはたくさんあるわ。だから、もしうちのマンションにも

   来てもらうとなると、別のハウスキーパーを雇うことになるわね。

   ・・・・・・・あと、これは個人的な意見なのだけれど、

   八幡と私が暮らしている部屋に、信頼できる人といっても、

   他人を入れるのは、・・・・・・ちょっと、ね」



俺が一生懸命雪乃の長い説明を聞かねばと集中していたら、いつの間にかに

話のテンポは遅くなり、しまいには顔を赤らめてしまう。



八幡「そ・・・そうか」

雪乃「そうね。・・・・・それに、私も八幡も自分で家事をやってるし、

   問題ないと思うわ。私は、八幡の為に料理を作るのも好きだし、

   一緒に料理したり、掃除したりするのも、有意義な時間だと感じてるわ」

そっと俺の出方を見定めるべく、下から覗き込んでくる姿にたじろいてしまう。



八幡「それだと、ハウスキーパーなんて、必要ないな」

雪乃「ええ、そうよ」



そのあと二人して、中学生カップルかよっていうほど、うぶな会話をしたっけ。


273 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/28(木) 17:33:28.04 ID:+GjxmIR/0



あのときは若かった。今も若いし、今でもドキドキしちまうのは、しょうがない。

だって、雪乃が相手だし。

と、のろけたところで、陽乃さんが、悪魔・・・・・、いや女帝の元へと案内してくれた。

ほんと、陽乃さんが可愛く思えてしまうほど、雪乃の母親は恐ろしい。



雪乃「ただいま戻りました。急に来ることになってしまい、申し訳ありません」

八幡「今日は自分たちに会う時間を作っていただき、ありがとうございます」

雪父「私も比企谷君には、会いたいと思っていたから、かまわないよ。

   それに、君の元に雪乃が帰ってしまったから、当分はうちには寄りつかないと

   思っていたしね」



愛想笑いでもすればいいのか判断に困るところだ。未だに女帝はご機嫌斜めで

俺の方は一切みようとしていない。雪乃の方には、目を盗むように見つめている。

いっけんうまくいってないような母子関係。

雪乃や陽乃さんから聞いていた印象からは、面倒な関係だと思っていた。

もちろん雪乃も苦手意識は持っていたと思う。

だけど、実際会ってみて、それは間違いだと結論付ける。

だって、どう見たって、溺愛している。しかも、重度なツンデレ。

母子関係でツンデレって、雪ノ下家の女性って、皆ツンデレ遺伝子でも持ってるのかよ

って、叫びたい。

ある意味面倒な母子関係。こんな母親なら、雪乃じゃなくたって、苦手意識をもつはず。

しかも、女帝様は、雪乃が苦手意識を持ってるなんて、微塵にも感じていないし。

むしろ、好かれていると思ってさえいる。どんだけ自信家なんだよって、

これまた叫びたいところだったが、これも自重。

もちろん、雪乃だけでなく、陽乃さんも溺愛されている。

だから俺は、分が悪い賭けだとしても、今日ここまできたのだ。

きっとこの母子関係がなにか糸口になるはずだと信じて。



雪乃「ごめんなさい。お父さん。大学の方にも慣れてきたし、

   八幡も、時間が会えば、これからはもっとここにも来たいって言っていたのよ」

雪父「そうか。だったら、自分の家だと思って来るといい。

   私の方は、なかなか時間が取れなくて家を留守にしてしまうが、

   陽乃もいるし、来てくれると嬉しいよ」

八幡「はい。是非」



和やかな空気が作り出され始め、ほっとしたのもつかの間、この人には空気も逆らえない。


274 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/28(木) 17:34:03.46 ID:+GjxmIR/0


雪母「大学の方に慣れてきたからといって、気を抜くべきではないわ。

   慣れてきたときこそ今までの習慣を見直して、生活態度は改めるべきね。

   惰性で続けていることもあるでしょうし、他の学生に差をつけるには

   うってつけの時期だわ。

   まあ、大学で他の学生を気にしなければいけないレベルであるとすれば

   そのほうが問題だけれど」



一瞬で和やかな空気をぶち壊しやがって。でも、この人、本気で心配してるんだろうな。

言い方はきついけど、内容は的確だし。

だけど・・・・、雪乃にはその親心は届いてないんだろうなぁ・・・・・・。

ほら、敵対心むき出しの目で女帝を見つめちゃってるもん。

女帝も、雪乃が食いついてきて、嬉しそうに見つめ返してるんだから、

似たもの親子ともいえる気もする。

陽乃さんと親父さんは、その二人を面白そうに見つめてるんだから、

この二人もいい性格してるよな。きっと陽乃さんは、父親似な気もする。

最初は陽乃さんこそ母親似だと思ってたけど、それは自分を守るための

防衛反応に過ぎない気がする。小さいころから大人の社会に引っ張り出され、

訳もわからん議員やら企業やらの集まりにマスコットとして放り出されたんだ。

そりゃ、身近にいる母親の真似をして、身を守るってのも不思議ではない。

力強く社会を渡り歩く母。それは、心強い存在だけど、それと同時に、

恐怖の存在であったような気もする。ま、すべて俺の想像だけど。
   


雪乃「私も八幡も、1年の成績は主席だったわ。

   だからといって、気を抜いたりなどしていません。

   今も、毎日遅くまで勉強していますし、問題はないはずです」

雪母「そう? でも、大学生の本分は勉強だけれど、大学の時の人脈は大切よ。

   そちらのほうは大丈夫かしら?」



さすが痛いところをつく。俺も雪乃も講義が終われば、まっすぐ家に帰ってしまう。

由比ヶ浜の勉強を見ることはあっても、他の奴らとの人付き合いがあるわけではない。



雪乃「そのことについては、・・・・・検討中です」

雪母「検討しているだけで、もう一年経ってるわね。二年生になったのですし、

   どうするつもりかしら?」

雪乃「それは・・・・・」



検討中だなんて、ここにいる誰もが苦しい言い訳だってわかってる。

げんに、雪乃は悔しそうに唇を軽く噛みしめている。


275 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/28(木) 17:34:34.25 ID:+GjxmIR/0



ま、陽乃さんと親父さんは、今も面白そうに眺めてるだけだけど、

なにを考えているのやら。



八幡「それはですね、今、勉強会を立ち上げたんです」



俺の突然の割り込みに、嫌そうな顔を見せる女帝。

やっぱ大切な彼女がピンチなんだし、かっこよく彼氏が助けるべきでしょ。

その彼女といえば、なにをいってるのかしらって、いぶかしげに見つめてるし、

ちょっとは彼氏を信じなさい。



八幡「今は英語がメインなんですけど、ゆくゆくは他の教科もやっていくつもりです。

   それと、英語を出発点にしたのは、他学部の人も英語の講義はあるわけで、

   一緒に取り組むにはちょうどいい教科だと考えたんです。

   ここを足がかりにすれば、他学部との交流もできますし、

   勉強面でもプラスになります。

   ですから、勉強をおろそかにせず、人脈も築ける、一石二鳥のプランを

   現在実行中です」

雪母「そう。だったらいいわ」



つまらなそうに俺を見つめた女帝は、興味を失ったのか、紅茶のカップを優雅に

持ち上げ、ティーブレイクに入っていく。

どうにか最初の嵐は通り越せたか。

それにしても、ナイス由比ヶ浜!

ほんとうは勉強会じゃなくて、俺が勉強を教える会だけど、勉強会には違いない。

それに、Dクラスは全学部から集まってるし、他学部との交流も嘘をついているわけではない。

ここから人脈を作ったり、自分の勉強にプラスになるかと聞かれれば

嘘をつかなければならないかもしれないけど、今は聞かれてないし、セーフだよな。

冷や汗ものだけど、大丈夫なはず。

横を見ると、雪乃がまた変な理屈積み上げたわねって言ってるけど、お前の為なのに。

わかってもらえない男心は、つらいなぁ・・・・・・・・・。

それにしても、あの二人。

陽乃さんと親父さんだけど、結局最後まで面白そうに見つめるだけか。

陽乃さんに関しては、女帝がひいた後、

にたぁ〜って隠れて笑ってたけど、気がつかないふりをした。

なにせ、せっかく嵐が去ったのに、変な横槍いれられたら大変だし。



八幡「あ、そうだ。これお土産です」



276 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/28(木) 17:35:01.50 ID:+GjxmIR/0


俺は、手土産として買った品を差し出す。しかし、誰に渡すものか。

一応目の前にいる女帝に渡すのが自然だけど、受け取ってくれそうにない。

だって、こっちをまったく見てないもの。



雪父「わざわざすまないね」

八幡「いつもお世話になってますから、気持ち程度ですまないのですが」



さて、本当に困った。ここは親父さんに渡すべきか。



雪乃「珍しい紅茶を買ってきたのよ。前から気にはなっていたのだけれど、

   どうしても買うとなると、いつも同じものになってしまうのよね。

   だから、夕食の後、みんなで試飲してみようと思って」



雪乃は、俺から紙袋を受け取ると、そのまま女帝に受け渡す。

俺からの手土産はノーサンキューだけど、やはり雪乃からならば即受け取るよな。

これで、俺の手土産も引き出しの奥に放り込まれなくて済むはず。

ま、こんなところかな。

レストランで立てた計画なんて、だれでもやってるありふれた計画だ。

むしろ計画だなんていうほうが恥ずかしい。

贈り物を受け取らないのならば、受け取ってくれる人を介して渡せばいい。

ただそれだけの作戦。雪乃もこの計画を聞いたときは、あまりにも陳腐な作戦で

拍子抜けしてたけど、効果の高さを考えたら、深く納得してくれた

奇策なんてものは、本来使わない方がいい。

奇策は奇策でしかなく、今まで使われてきてない分、データがない。

だから不確実性が高まってしまう。つまらない王道だろうが、

データがそろったテンプレートな作戦の方がうまくいくに決まってる。



雪母「そう。だったら、夕食の後、飲みましょうね。

   私も新しい茶葉、探してみようと思ってたのよ」



嬉しそうに受け取る女帝に、雪乃もほっと胸をなでおろす。

こうしてみているだけなら仲がいい母子なんだけどな。

それから、外野のふたり。いつまでニタニタ見つめてるんです。

いい根性してるよ、まったく。










277 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/28(木) 17:35:59.09 ID:+GjxmIR/0

食事も終わり、雪乃がいれた紅茶を飲み、皆リラックスしている。

あの女帝さえも、雪乃が紅茶をいれる一つ一つの動きを、頬笑みをまじえて

見つめているほどであった。

とうの雪乃は、紅茶の用意に集中しまくって、視線なんか気がついてないのが

女帝の悲しいところだろう。

さて、こなすべきイベントは全て終わった。あとは、雑談でもして帰るのみ。

今なら気まづくなっても、冷却期間を取ることで、俺達の関係も改善できる。

そろそろ動きますか。



八幡「あの、少しいいでしょうか?」



カップをソーサーに戻し、姿勢を正す。視線はまっすぐと女帝に向け、

けっしてそらすなと暗示をかける。だって、こえーもん。

腹に力を入れ、若干椅子を浅目に座る。

手には汗がじっとりと湿り、背中からも汗がしみだしていた。

自分の姿勢は正しいかなって、チェックを始めてみると、

いつも雪乃に姿勢を正すようにって言われていたことを、

緊張度合急上昇中というのに思い出す。

ふふっ。なんだ、雪乃がいつも一緒じゃないか。

俺がいくら取り乱そうが、俺の横には雪乃がいる。

一瞬だけど雪乃を確認すると、やはり心配そうに俺を見つめている。

彼氏を信じろって。俺は、この為だけに、今日ここに来たんだからさ。



雪母「なにかしら?」



あっ。すっげー不機嫌そう。そりゃ、雪乃がいれてくれた紅茶を飲むのを邪魔されたしな。

でも、タイミングは今しかないんで、ごめんなさい。



八幡「陽乃さんの結婚についてです」

雪母「あなたが口をはさむことなんて、一つもないわ」

八幡「はい。ですから、取引をしにきました」

雪母「取引?」



いぶかしげに俺を見つめ、カップをおろす。

カチッとカップとソーサーが触れる音が静かな室内に染み渡る。






第14章 終劇

第15章に続く
278 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/28(木) 17:36:50.85 ID:+GjxmIR/0



第14章 あとがき





雪乃の両親の名前って、なんなんでしょうね?

名前もそうですが、人物像もぼやけすぎていて困ったものです。

それでもストーリー上、出演しなければならないので、申し訳ありませんが

勝手に人物設定してしまいました。

違和感を感じる方は、ほんとうに申し訳ありません。

それを言ってしまうと、他のキャラクター達も同様なので何も言えませんが。





来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派



279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/28(木) 17:55:47.82 ID:BJbMf8HJo
これは…素晴らしいです!!
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/28(木) 18:26:27.94 ID:OhZY76dS0
乙です
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/28(木) 18:46:45.71 ID:fpd3NefAO
乙です

雪ノ下母自体が原作ラスボス候補筆頭で詳細情報はおろか名前も姿も出て来ていないので仕方ないかと


断片的な情報からの推測だと娘すら駒扱いしている血も涙もない女で例えるなら不貞を働かない以外はルーザ・ルフト(聖戦士ダンバイン)やコドール・サコミズ(リーンの翼)の同類みたいな存在のようにも思えますが
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/28(木) 18:52:22.52 ID:g9aT2gKno
283 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/08/29(金) 02:53:32.35 ID:CtBH2sac0

毎週足を運んでいただき、ありがとうございます。

雪乃の両親ですが、やはり冷淡なイメージをもってしまいます。

しかし、ここでは愛嬌があるといいますか、冷たいながらも愛されるキャラクターでやっていきたいと考えています。
284 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:34:18.65 ID:PK753bSp0



第15章








6月17日 日曜日







八幡「はい、取引です。陽乃さんの結婚は、将来企業経営をまかせられる人材と

   人脈の為だそうですね。そして、陽乃さんは、父親の地盤を引き継いで

   議員活動。これであっていますか?」



女帝は、俺をじっと見つめるだけで、なにも返事をしてこない。

俺の真意を探るべく、なるべく俺に情報を与えないつもりか?



雪父「それであっているよ」



俺と女帝の小競り合いに今までずっと沈黙を続けていた親父さんが、

思わぬ助け船を出してくれる。今まで通り穏やかな表情ではあるが、目だけは真剣であった。

こちらの方も一筋縄では、いきませんよねぇ・・・・・・・、はぁ。

女帝は、親父さんに視線を送り、威嚇する。

けれど、親父さんがじっと見つめ返すと、頬を少し赤らめて視線を外す。

あれ? なんなのこれって? 

ただ、それも一瞬のこと。すぐさま俺に向かって、倍の威力で威嚇する。



八幡「自分が雪乃と結婚して、婿養子として経営見習いになってはいけませんか?

   もちろん俺一人の力では無理でしょうから、雪乃や陽乃さんの協力が必須ですが」



雪乃と将来の仕事については、何度も話し合ってきた。

俺には好きな仕事をして欲しいって言ってたけど、そもそも俺がしたい仕事なんて

ありゃしない。適当に仕事して、適当に給料くれて、適当に残業して、

そして、雪乃との時間がとれるなら、なんだってよかった。

雪乃が実家の企業に就職するっていったときは、

俺もそれを支えたいって真剣に伝えた。

だから、実家の企業で勤めるんなら、平社員だろうと、経営者をサポートする役だろうと

たいして変わり映えしない。どんな仕事につこうが、責任と大変さは

俺にとっては大した差はないんだから。やるか、やらないか、それだけだ。


285 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:34:50.64 ID:PK753bSp0



雪母「それだけかしら?」

八幡「はい」

雪母「それだけならば、取引とはいえないわね。だって、そちらの商品に魅力がないもの」



痛いところをついてくる。今の俺には、将来性でしか魅力がない。

その将来性さえも、不確定なもので、一学年の成績が主席なんてプラス要因にさえ

なるわけでもない。



八幡「必要ならば、大学院でも、留学でもなんだってします。

   今の自分には将来性しかないのはわかっていますが、それでも考えては

   いただけないでしょうか?」

雪母「そうねぇ・・・・・・」



俺を上から下までゆっくりと眺めると、侮蔑を含めた笑みを浮かべる。



雪母「人脈については、大学・留学で築きあげるとして、今は置いておきましょう。

   ただ、あなたがこれから築く人脈よりも、陽乃がお見合いをして手に入る既存の

   人脈の方が大きいのよ。

   仮にあなたが留学するとしても、世界ランク一ケタのMBAに入学して、

   なおかつ、一ケタの順位で卒業しなければ、価値がないわ」

八幡「それがお望みでしたら、やってのけるまでです」

雪母「そうね。でも、それも将来性でしかないわ。

   だって、今もお見合いの話は進んでいるのよ。

   今しているお見合いを止めるほどの将来性が、今のあなたにあるのかしら?」



これは反論できない。なにせ、俺には将来性しかないのに、

その将来性を納得させるだけの材料なんてありはしない。

ある高校生が東大に合格してみせるって言い張ったとしても、高校での定期試験や

模試で好成績を残していなければ、誰も信じやしないだろう。

今の俺には、定期試験の結果も模試の成績もない。

女帝を納得させるだけの結果がなにもない。



八幡「今はありません。ですから、時間をくだされば・・・・・・」

雪母「時間って、どのくらいかしら? 1年? 2年? それとも5年かしら?

   それだけ待つだけの価値があると思って?」



ずっと女帝を見つめていた目線がぶれようとする。ここで視線を外したら負けだ。

だけど、俺にはなにも反撃する武器がない。

286 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:35:23.15 ID:PK753bSp0


わかってたさ、こうなるって。何度も何度もシミュレーションして、

最後に行きつくのが今の状態だって。

くらいつくように視線を向ける。これしか武器がないけど・・・・・・・・。



陽乃「もういいわ。・・・・・・ありがとね、比企谷君」



いつ俺の隣に来たのだろうか。声がする方を見上げると、陽乃さんが隣まできていた。

俺の肩にふわりと手をのせて、悲しそうな笑顔を浮かべている。

そっと肩に触れているだけなのに、小刻みに揺れる振動が陽乃さんとのつながりを

強く印象付けていた。



八幡「陽乃さん・・・・・・・」



この人は、初めからわかっていたんだ。

俺が今日ここに来た理由も、そして、どんな結果になるかも。

もしかしたら、俺に電話した時から全てのイメージが出来上がってたいのかもしれない。

俺が惨敗するのが既定路線。陽乃さんも鬼ではない。

俺に惨敗させるためだけに、ここに呼んだわけではないだろう。

一番の目的は、・・・・・・・雪乃だろうな。

だって、重度のシスコンだし。

ここまで俺に見込みがないって分かれば、陽乃さんが結婚して、外から経営者を呼ぶしかない。

そうすれば、雪乃が実家に縛られることもなくなるだろう。

つまり、すべては雪乃の為。

その為に俺に面倒な役回りを押しつけやがって。

ま、俺も分かってて引き受けたんだけどさ。



宴が終わる。俺と陽乃さんで仕掛けた演劇も、沈黙と共に幕が下りる。

誰も喜ばない、誰も感動しない、儚い泥仕合。

俺が勝手に転んで、勝手に泥の中で這いつくばっただけ。

最後に美しいお姫様が手を差し伸べてくれたんだから、一応はハッピーエンド。

ただそれだけのお話だ。








陽乃「お母さんも、この話はここまででいいわよね?」

雪母「ええ、かまわないわ」



女帝は、再びカップを手にとり、既に冷めきった紅茶に口をつける。

287 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:35:51.86 ID:PK753bSp0


冷めてしまっても、いつもなら味と香りを楽しめそうだが、あいにく今の俺には無理そうだ。

でも、乾ききった喉を潤す為に俺も紅茶を飲もうと手を伸ばす。

しかし、話を切り出す時から緊張していたわけだ。

だから、その時から喉が渇いてたわけで、紅茶など残っているわけもない。



雪乃「お代わりをいれてくるわね」



俺達の寸劇をずっと横から眺めていた雪乃が、すっとカップを持ち去る。

雪乃は、どう思ったんだろうか? すでに陽乃さんの意図に気がついてるのだろうか?

きっと頭の回転が速い雪乃のことだ。途中から気が付いていたからこそ、

何も言わず寸劇を見ていたともとれる。

陽乃さんの、心がこもったプレゼントを受け取るために、

駆け寄りたい気持ちを押し殺して、黙って観客であり続けのかもしれない。



八幡「ありがとう」



これで俺の役目は終わりかな。そう思うと、どっと疲れがでてきたな。

食事も豪華だったけど、まったくといっていいほど味がわからんかった。

帰ったら何か雪乃に作ってもらおっかな・・・・・・・、

って、その前に説教されるか。

俺は何もできなかったんだし、説教することで気が晴れるんなら、

何時間だってされてやる。

雪乃が陽乃さんの行動を理解できても、納得なんてできやしないだろうけどさ。



陽乃「ところで、比企谷君」

八幡「はい?」



俺の役目って、もう終わったんじゃ?

戸惑いの目を陽乃さんに送る。



陽乃「もうすぐ暑くなるし、自転車通学は無理でしょ。去年も夏場は電車だったし」



たしかに、体力がない雪乃に夏場自転車通学なんてできやしない。

通学するだけで体力を使いきって、勉強どころではないだろう。



八幡「ええ、そうですね。そろそろ電車通学に切り替えようかと思っていたところです」

陽乃「それならさ、車で通学しちゃいなよ。ちょうど車もあるし、

   免許も持ってるんだしさ」


288 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:36:20.86 ID:PK753bSp0



免許は、大学合格発表後に教習所に通ってとってはいる。雪乃も一緒だったが、

由比ヶ浜には遠慮してもらった。もちろん英語の勉強のためだ。



八幡「でも、マンションには駐車場ありますけど、大学にはありませんよね」

陽乃「そこは大丈夫だから。すでに大学の側の駐車場を確保済みよ」

八幡「えっと。・・・・・・ほら、ガソリン代かかるし」

陽乃「ガソリン代くらい、雪乃ちゃんに渡したクレジットカードで払えばいいわよ。

   ね、お父さん」



話を振られた親父さんは、静かにうなずく。

ということは、車の件は、すでに話が通ってるってことか?



八幡「自分たちは、まだ学生ですし、電車で大丈夫ですよ」

陽乃「あれぇ、雪乃ちゃんが電車を待つ時、日差しにやられて、

   軽い熱中症になったことなかったかなぁ」



なぜそのことを知ってるんですか。そんなこといっちゃったら、

超ド級の親馬鹿のお母様がお怒りになるではないのでしょうか。

堅く固まった首をゴリゴリ動かし、正面から視線を向ける勇気はないので、

視線の端にかかるようにお母様に目を向ける。

あっ、般若・・・・・・・・・・。

重い首を元の位置に戻すと、陽乃さんを睨みつける。

なんてこと言っちゃってくれたんですか!

俺を生きて帰らせないつもりですか?



陽乃「車だったら、エアコンも効いてるし、夏場でも快適に移動できるでしょ?」

八幡「そうですね」



陽乃「じゃあ、車の用意はできてるから、今日もっていってね」



八幡「はい・・・・・」



俺達、戦友だったんですよね? 共に女帝に立ち向かって、負けはしたけど

堅い友情を結んだばかりじゃないですか。

それなのに背後から撃つだなんて。

やはり陽乃さんにはかなわない、というか、何を考えているかわからない。



俺が苦笑いをうがべていると、ふと、視線を感じる。

289 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:36:52.49 ID:PK753bSp0


だれだ?

女帝は紅茶にしか興味がなさそうだし、雪乃は紅茶の準備中。

陽乃さんと親父さんは、車の話をしているし。

この部屋には、もはや誰もいない。

ならば、陽乃さんが言っていたストーカーか?

俺は、暗くなった外に目を向ける。注意深く窓の外を眺めるが

庭の外灯の光は不審者を浮かび上がらせはしなかった。

遠くと見つめるとビルもあるが、さすがにそこからの視線を感じるとは思えないし、

気のせいだったのだろうか。

女帝との対決だけでなく、最後に陽乃さんからの一撃もあったし、

疲れのせいかもな。

疲れた脳は思考を減速させる。普段は気がつくはずなのに、

疲れをいいわけに、考えることを放棄してしまう。

重い腰を上げることもなく、雪乃が持ってきたお代わりの紅茶を

大事に味わってしまっていた。

カップから昇る芳醇な香りが俺を癒し始める。

導かれるように茶色い液体を口に含むと、紅茶の熱が今という時間を実感させる。

緩やかに進む時計の針は、明日も同じ時を刻むだろう。

それは、ほんとうに同じ時を刻むのだろうか?

もはや考える気力など残っていない俺は、雪乃を眺めることにした。













6月18日月曜日








大学の講義が終わり、俺達のマンションに集まった一同は、

由比ヶ浜の誕生日パーティーを楽しんだ。

この日ばかりは、大学受験勉強中の小町も大義名分を盾にパーティーに参戦したけど

そんな言い訳しなくても来てもらったのに。

ただ、小町を家に迎えに行った時、レクサスで行ったのは、マジ引いてた。

その点由比ヶ浜は順応性が高い。

あほの子といえども、そんなこともあるよねぇ的なノリで、びっくりしたのはほんの一瞬。

あとは、何事もないように雪乃共に後部座席に乗り込んだ。

290 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:37:27.59 ID:PK753bSp0


まあ、はた目から見ると、若い運転手って感じがしてしまったのは事実だが、

それに気がついて、つっこんでくるあたりが由比ヶ浜なんだけど。









楽しい誕生日会も終わりを迎える。楽しい時間を過ごした後こそ、静けさが重い。

ふだん俺達は、たくさん会話をするわけでもない。

だから、部屋が静かなのはいつもと同じ。

それでも、人の温もりが名残惜しいのは、由比ヶ浜や小町のおかげなんだろう。



雪乃「静かになったわね」



誰に言うともなく、つぶやく。おそらく自分自身に言い聞かせているのかもしれない。



八幡「そうだな。後片付けも手伝っていくって言ってたけど、

   あいつらと一緒にやる方が時間かかりそうだな」

雪乃「たしかにそうね。でも、人の善意は、受け取っておくべきよ」

八幡「まあな。でも、夜も遅い。あいつらを送っていけなかったのは、悪いことしたな」

雪乃「姉さんたら、なんの用かしら? 今日は由比ヶ浜さんの誕生日会だって

   しっていたはずなのに」



俺もその点が気がかりだった。パーティーの終わりごろを見計らっての電話。

それも雪乃ではなく、俺にだ。

本来、陽乃さんも誕生日会に来る予定だったのに、急用でキャンセル。

それが一転して、いきなりの電話であった。

陽乃さんは、人の迷惑を考えずにひっかきまわすことはあっても、

人が楽しいでいる時間をぶち壊しなどはしない。

今日、由比ヶ浜の誕生日会があると知っているのだから、途中参加して、

その後俺達と用とやらをすませば済んだはず。

それなのに、誕生日会の後で話があるなんて、警戒しないほうがおかしい。



八幡「そうだな・・・・・・・。なんだろうな」



重たい沈黙が支配する。

俺達は、これ以上詮索することもなく部屋の片づけを機械的に進める。

いい話だなんて、到底思えない。だから、悪い話をあれこれ想像だなんて

したくはないために、後片付けに集中した。


291 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:37:56.07 ID:PK753bSp0











陽乃「悪いわね。誕生日会だったのに」



部屋に上がった陽乃さんは、顔色が悪い。それが第一印象。

悪い予感が的中したって、俺も雪乃も感じ取ってしまうほどの焦燥感を漂わせていた。



雪乃「姉さん。体調が悪いのだったら、私たちが実家に行ったのに」

陽乃「いいの。私が巻き込んだわけだし、実家の方も慌ててて、

   ゆっくり話なんてできやしないだろうし」



実家も慌ててる? 両親もこのことにタッチしているわけか。

つまり、それだけの重要案件ってことかよ。



八幡「とりあえず、座ってください。なにか飲みますか?」

陽乃「水をもらえないかしら」



今にもふらつきそうな雰囲気なのに、いつものひょうひょうとした威厳を保ったまま

ソファに倒れるように座り込む。

俺が差し出した水を一口飲むと、あろうことか、あの陽乃さんが頭を下げて謝罪した。



陽乃「ごめんなさい。あなたたちを巻き込んでしまって」

八幡「お見合いの話でしたら、もう・・・・・・・・」



頭を下げたまま動かない陽乃さんを見て、雪乃がぼそりとつぶやいた。



雪乃「どうやら違うみたいね。だって、急に車を渡すんですもの。

   それも関係あるんじゃないかしら」



頭を上げた陽乃さんは、揺れ動く瞳を雪乃の瞳にぶつける。

覚悟をしてきたのだろう。だけど、覚悟してもしきれないほどの何かが

陽乃さんを追い詰めていた。



陽乃「ええ。ストーカーの話はしたわね」

雪乃「覚えているわ。ただ、実際どのような被害を受けているかは聞かされては

   いないけれど」

292 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:38:29.29 ID:PK753bSp0


陽乃「雪乃ちゃんは、気が付いていたかぁ」



自嘲気味に笑う陽乃さんは、ほんとうに痛々しかった。全てが後手に回っている。

陽乃さんが打ち出す手立てが全て、悪い方に悪い方へと進んでるとさえ思える。

俺は、雪乃が言うまでストーカー被害の内容まで気にはしていなかった。

ストーカー被害といえば、跡をつけ回したり、盗撮くらいだろうか。

漠然とあるストーカー被害を思い浮かべ、その程度だろうなと決めつけていた。



雪乃「今日は、話してくれるのでしょう」

陽乃「まいったな、雪乃ちゃんには」



陽乃さんは、斜めに傾けたコップの表面を見つめていた。

揺れ動く水面をゆっくりと落ち着かせ、話のタイミングを探っている。

何度もコップの角度を変えるところをみると、タイミングがとれないらしい。

揺れ動く陽乃さんの心は、落ち着くことなんてあるのだろうか。

カチッと、テーブルにコップを置く音が小さく響く。

陽乃さんは、テーブルを使って強制的に揺れ動く水面を落ち着かせる。

雪乃は、その一連の動作をせかすわけでもいらだつのでもなく、黙って待っていた。

その表情からは、なにを考えているのかわからなかったが。



陽乃「跡をつけ回したり、盗撮くらいは今までもあったんだけど、

   ネットに写真がアップされるようになったの。

   たぶん、どこかに本命サイトがあって、そこからの転載だろうけど、

   プロバイダーとかには連絡入れて、削除依頼はいれたわ。

   父も色々手をまわしてくれて入るけど、このくらいなら仕方ないかなって

   割り切ってはいたかな」



ネットに出回った写真が独り歩きをして、

どのような実害が起こるか想像できないわけでもないだろう。

芸能人でもない一般の女性の写真にどのくらいの価値があるかは俺にはわからない。

ひいき目なしで判断しても、陽乃さんはかなりの美人とはいえるだろうが、

でも、それだけだろう。もちろん裸の写真ともなれば別だろうけど、

そのような写真を撮られてしまっとは考えにくいし。



雪乃「どのような写真かしら」



うわっ。聞きにくい質問をストレートによく聞けるな。

雪乃らしいっていったら雪乃らしいけど。


293 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:39:05.18 ID:PK753bSp0



陽乃「そうね。街で遊んでいるときの写真が多いわね。

   大学のもあるけど、大学だとストーカー自身が特定されかねないから

   少ないわ」

雪乃「私に車で登下校するように仕向けたのは、ストーカーの対象が私も含まれるように

   なる可能性が出てきたからかしら」

陽乃「ええ・・・・・その通りよ」



苦々しそうに、俯き加減でつぶやく。陽乃さんにとっても、俺が想像していた中でも

最も最悪の部類に入ってしまう。最悪の展開を想像して対策しておけば、

どのような展開になっても対応できるって豪語していた奴もいたけど、

それは嘘だ。本当に最悪の展開に遭遇した時、いくら想像して対策を練っていたとしても

平常心でなんかではいられやしない。



雪乃「具体的には?」



毅然と背をまっすぐにのばした雪乃は、美しかった。まっすぐ前を見て、

なにがあろうが立ち向かっていく。

だけど、膝の上で堅く握りしめた手が震えている。

今すぐ雪乃の手を握って、俺がついているって根拠もない安心感を与えるべきなのだろうか。

いや、雪乃はそんなまやかしを求めてはいない。

今一番つらいのは陽乃さんだ。その陽乃さんの前で、りりしい姿を見せているのは

雪乃のせめてものなぐさめなのだろう。それを打ち壊すような俺の出しゃばりなんか

必要とはしていない。

俺は、黙って事の推移を見つめ、必要な時、必要な発言をすればいい。



陽乃「今は一枚だけ。それも、後ろの方に小さく写っているだけだけど、

   姉妹だってすぐにばれるでしょうね。大学もばれているわけだし、

   私たち姉妹が通っていることも有名でしょうし」



陽乃さんの美貌もさることながら、その立ち振る舞いも目立ちすぎる。

そして、去年雪乃が入学して、一時大騒ぎになったほどだ。

ただ、雪乃は表に出るのを嫌がっていたし、講義が終わってもすぐに帰宅していたことも

あって、騒ぎは徐々に終息していった。陰で陽乃さんの働きもあったのだろうけど。



雪乃「それがわかったのは、今日になってからということでいいのかしら?」

陽乃「そうよ」



なにをたしかめようとしてるんだ? 昨日と今日での違い? 車か!

294 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:39:38.36 ID:PK753bSp0



雪乃「八幡に実家に来るように仕向けたのも、ストーカー対策だったのね。

   わざわざお見合いの話を持ち出し、ごく自然に八幡のやる気を引き出して、

   実家におびき出したというわけね」

陽乃「ふぅっ・・・・・・・・・・」



長い吐息は正解を引き当てたのだろう。昨日散々緊張しまくって、挙句の果てには

醜い猿芝居までしたっていうのに、本丸は車を渡す為だけだったのか。

どこまでシスコンなんだよ。雪乃の為に自分を傷つけて、それさえも

当然のようにやってのけてしまう。



陽乃「比企谷君は、何も疑いもなく踊ってくれたんだけどねぇ。

   雪乃ちゃんは気が付いていたのかしら?」

雪乃「いいえ。なにかあるかもとは思ってはいたけれど、わかったのは

   ついさきほど姉さんの話を聞いてからよ」

陽乃「そっかぁ。だったら、一芝居した甲斐があったかもね。

   ぎりぎりまで伏せておきたかったらか、私の作戦もひとまず成功かな」

八幡「成功じゃないでしょ。失敗したから、ここにいるんじゃないですかね」

陽乃「さすがに痛いところをつくわ。嫌な子ね」

八幡「あいにくそういう性分なので」



無愛想に横槍を入れた俺に、頬笑みさえ浮かべている。

どこまで先を読んでいるか、わからなくなる。この頬笑みさえも計算なのだろうか。

けれど、雪乃を想う気持ちだけは、計算ではないはずだ。









第15章 終劇

第16章に続く





295 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/04(木) 17:40:05.16 ID:PK753bSp0


第15章 あとがき






はるのん狂想曲編は、第30章まではいきそうもありませんし、

第25章前後までかなと見積もっています。

さて、終わりも見えてきましたし、だいぶストックもたまってきたので、

そろそろ次の展開をどうしようかと考えだしているところです。

一応、由比ヶ浜の誕生日の分のスケジュールはあけてあるので

書けそうですけど、ネタが・・・・・・・。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。





黒猫 with かずさ派




296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/04(木) 17:48:26.32 ID:d2mNF2XIo
おつ乙
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/04(木) 17:51:58.99 ID:zIzmSOq90
乙です
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/04(木) 19:00:42.50 ID:g2WglX1AO
299 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/05(金) 02:39:26.25 ID:mJbqsxue0

今週も読んでくださり、ありがとうございます。

この話を書き始めた頃は、実際の季節に近かったですが、今や夏を通過し、

朝晩は涼しくもあるわけで。

時間が経つ早さに驚いてしまいます。
300 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:32:50.75 ID:WubvoXU40




第16章







6月18日 月曜日







雪乃「母は、今回の件、どういう方針なのかしら?」

陽乃「選挙のこともあるし、内密にという方針は変わらないわ」

雪乃「そう・・・・・・・」



選挙となると、党の方針や後援会など、俺の想像も及ばぬ複雑な関係があるのだろう。

ましてや母体となる企業もあるわけだ。

弱みを見せることはできないのだろう。

わかってはいる。しかも、超ド級の親馬鹿だということさえも、

両親に会って、痛い目にあって実感したほどに、雪乃や陽乃さんを愛しているのを

知っている。

だけど、親である前に経営者なのだ。一人の親として行動するよりも

経営者として、従業員の人生を守らねばならない。

よく、正義のヒーローもののアニメで、「一人の大切な人を守れないのに

世界を守ることなんかできない」って、恋人と世界を天秤にかけて、

恋人を選ぶ自称ヒーローがいるが、そういうシーンを見るたびに胸糞悪くなる。

お前何様だと言ってやりたい。世界が滅びたら、いくら恋人が助かっても

どこで暮らしていくんだ。そもそも世界と恋人を天秤にかける時点で

正義のヒーロー失格だろ。この主人公こそ世界を滅ぼす危険人物だ。

まあ、お約束の展開に冷静な突っ込みを入れる時点でどうかしているが、

親と経営者。親はやめることはできないが、経営者はやめることができる。

ならば、経営者で居続けるのならば、従業員を守る義務が発生する。

今回の件でいうならば、陽乃さんと企業を天秤にかけて、企業をとっただけ。

家族としては、心苦しいはず。もしかしたら、今までも何度もあったかもしれない。

でも、最近こういう場面に遭遇した俺にとっては、自称ヒーローと同じくらい

胸糞悪い決断だって判断してしまった。



八幡「それで、どうするんですか? いつまでも後手後手に回って、

   今度は雪乃がターゲットになるのを待つんですか」

陽乃「それは!」


301 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:33:48.17 ID:WubvoXU40



激情にまかせ立ち上がり、俺に食いかかる勢いで一歩踏み込む。

それさえも演技ではと疑ってしまう俺は、薄情だ。

蚊帳の外にいる俺は、いつまでも第三者だ。だからこそ冷静でいられる。

もし雪乃がターゲットになって、俺が当事者になったとき、

俺は陽乃さんを許せるのだろうか。いや、そんなこと、わかりきっている。



八幡「とりあえず、今わかってる情報全てください。

   画像は転載らしいですけど、本命サイトは会員制サイトかなにかですかね。

   ストーカーの仲間内だけのサイトですと、素人だと手が出ないか。

   でも、誰かしらが、そこから転載しているわけですし、一枚岩ってこともなく

   比較的緩い仲間関係っていうのが唯一の突破点でしょうけど」



雪乃もうなずいてることから同意見らしい。険しい表情ながらも目は死んではいない。

やはり雪乃も守りに入る気はないか。

だったら話は早い。ストーカーの弱みを突いて、ぼろを出させるまで。



雪乃「これからは、姉さんも一緒に行動してもらうわ。

   情報の共有もそうだけれど、もはや私のことを気にしている時期ではないでしょうし」

陽乃「雪乃ちゃん」

雪乃「送り迎えも、八幡がしてくれるでしょうし、こういう時くらいこきつかえばいいわ」

八幡「おいっ」



俺も送り迎えはするつもりだったけど、もう少し彼氏をいたわる発言を・・・・、

まあ無理か。雪乃も腹が煮えくりかえるほど怒り狂ってる。

陽乃さんでも両親へでもない。自分だけ隠しごとされていたことは

かなしいけれど、それは雪乃を守るため。

だから、おそらく怒りの対象は、自分自身だろうな。

雪乃も陽乃さんや両親が苦手って口では言ってるけど、大切に思ってるしさ。

ところで、ストーカーに対してはって聞きたいだろ?

もちろん、奴は死刑だから、雪乃が死人に感情など向けるはずもない。

















302 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:34:19.03 ID:WubvoXU40


6月19日火曜日









陽乃さんのストーカー問題があろうと大学はある。

陽乃さんも大学院にはいつも通りに通っていたわけだし、

並みの精神力ではないと感心してしまう。

今日からは陽乃さんを迎えに行かないといけないし、帰りも送っていかなければならない。

俺に出来ることなんか限られている。

こんなことでよかったら俺を使い倒してもかまわない。

ただ、俺としては、雪乃と陽乃さんを一緒に行動させるのはどうかと考えている。

だけど、陽乃さんと一緒の方がなにかと情報が入ってくるし、

なによりも雪乃の攻撃的な性格もある。

守っていないで、こっちから攻撃してせん滅するのが信条のお人だし。

多少は無理はしても、短期決戦にもちこめれれば。

しかし、雪乃や陽乃さんの心情を思うと、やりきれない思いでいっぱいだった。

だから、由比ヶ浜の底抜けに明るい笑顔を見ると、ホッとしてしまう。

こいつだけは、いつもの日常。ちょっとトラブルを運んできてしまうけど、

それさえも楽しい日常の一部だって思えてしまう。



結衣「ヒッキーおはよう。あれ? なんか今日暗くない?」

八幡「おはよう」



こいつ、いつもぬぼ〜ってしているくせに、人の表情読む能力だけは侮れない。

車の駐車場から大学まで道のり、ずっとストーカーがいないかって

気を張っていたせいで、自然と今も険しい表情をしていたのかもしれない。

さらに、昨夜も遅くまで陽乃さんから貰った情報を雪乃と共に分析していて、

さすがに眠い。



八幡「遅くまで、英語の補習講義の準備していたからな。

   そりゃあ、疲れもするさ」



本当は、金曜日のうちに終わってたけど、由比ヶ浜にいらぬ心配させるべきではない。

それに、由比ヶ浜は、パッと見あほの子だけど、男にもてる。

胸の大きさや人当たりの良さもプラス要素だけど、ルックスだっていいほうだ。

だから、もしこいつまでストーカー騒動に巻き込まれたらと思うと

ぞっとするほど恐ろしかった。


303 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:35:02.11 ID:WubvoXU40


結衣「ごめんね、自分の勉強だって大変なのに、手伝ってもらって。

   私の勉強も見てもらってるし、・・・・・ほんと、ごめん」



由比ヶ浜は、しゅんとしてしまい、自分の靴をじっと見つめる。

そこになにかあるわけでもないのに、答えを探し出そうとする。

そりゃあ、俺の顔をみて考え事をしろなんて言うわけでもないが。



八幡「気にするな。俺が好きでやってることだしな。

   今朝はちょっと疲れていただけで、愚痴っぽいこと言って、悪かったな」

結衣「ううん。私にできることがあったら、なんでも言ってね。

   ・・・・・・・・・なんかヒッキー、悩んでいそうだったし」



はじけるように顔を上げ、俺に宣言する由比ヶ浜ではあったが、

後半は自信なさげで、声も消え去りそうであった。

ほんと、由比ヶ浜は人をよく見てるな。俺の些細な違いを見分けるだなんて。

だからこそ、俺はこいつの前では明るい表情でいなければならない。

って、俺の明るい表情ってなんだ?

・・・・・・ああ、一つわかった。

明るい俺は気持ち悪い。

ま、ともかく、こいつの前では、暗い顔だけはできない。



八幡「なにかあれば相談させてもらうよ。でも、今はお前の英語の方が心配だけどな」

結衣「あぁ・・・・・」



何故目をそらす。お前去年やったテキストと全く同じなのにできなかったとか?

俺が疑いの目をむけると、じりっ、じりっっと後ずさる。・・・・・・まじかよ。



八幡「正直に言ってくれよ。どのくらいのできなんだ」

結衣「えぇっとね・・・・・・・・」

八幡「昨日、わからないところは俺に質問してただろ。それでも駄目だったのか?」

結衣「違うよ。違うって。全部訳すことはできたんだけど・・・・・・・」

八幡「だけど? 怒らないから言ってみ」

結衣「うん・・・・・・・」



怒らないからという言葉ほど信用できない言葉はない。

なにせ、たいていは正直に言ったところで怒られてしまう。

だったら何故こんな言葉が存在するのか考えてしまうが、要は、とっとと話せ。

これからもっと怒るんだから、無駄な努力はするな。


304 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:35:41.32 ID:WubvoXU40


言わないでいて俺を焦らすと、もっと酷いことになるぞという強迫なのだろう。

由比ヶ浜は、俺の顔色を伺いながらも、ぽつりぽつりと話しだす。



結衣「2か所だけ、どうしてもわからないところがあったの。一応ヒッキーにも

   質問したんだけど、家に帰ってみて自分の言葉で訳してみようとしたらできなくて。

   それで、去年のノート見ちゃいました。ごめんなさい!」



勢いよく全て打ち明けると、深々と頭を下げてる。お団子頭が揺れ動き、

あっ、つむじみえるなぁって、どうしようもない感想を思い浮かべる。

はっきり言って拍子抜け。もっとすごい面倒事かと思ってたさ。

たとえば、時間がなくて適当になってしまったとか、英語ばかりやって他の教科の

勉強できなかったとか。だけど、こいつは律儀にも、俺の言いつけを守って去年の

ノートを見ないという約束を守ろうとした。

たとえノートを見たとしても、俺に黙っていれば気がつかれないのにだ。

こういう馬鹿正直なところが、こいつの魅力なんだろうなと、つむじをまじまじと

見ながら思ってしまった。

と、まじめくさった感想を浮かべているのに、視線は首筋に這わせていく。

シャツの襟から見える白い肌に視線が吸いこまれそうになる。

もう少し角度を変えれば、奥の方までって・・・・・・・、

邪な目線を這わせていると、急に由比ヶ浜が頭を上げるものだから、うろたえてしまう。



結衣「約束やぶっちゃって、ごめんね」



純粋すぎる眼差しが俺を射抜く。やっぱ、俺も男だし。目の前に魅力的なご馳走あったら

自然と目を向けてしまう・・・・・・・・。由比ヶ浜、ごめんなさい。



八幡「いや、いいって。わからないままにしておくよりは、約束破ってでも

   しっかりと訳してきたほうが意味があるからな」

結衣「でも!」



いや、まあさ。下心があって、甘くなってるわけではない。ちゃんと意味がある。

そりゃあ、少しは下心をもってしまった反省の色も反映されてるけど。



八幡「去年のノート見るなって言ったのは、去年のノートを最初から見てしまうと

   勉強の意味が薄まるからだ。それを釘さす為に言っただけなんだよ。

   むしろ、どうしてもわからないところがあったんなら、そこで去年のノートを

   使ったことは誉めるべきところだ」

結衣「へ? そなの? だったら、最初から言ってよぉ」


305 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:36:26.04 ID:WubvoXU40



勉強で誉め慣れてないせいか、妙に腰をくねらせて照れてやがる。

やめろって。そんな腰を強調されては、いくら雪乃によって訓練されているからといっても

八幡アイがしっかりと目に焼き付けてしまう。



結衣「もう!」

八幡「うっ」



盛大な照れ隠しとして、おもいっきり背中を叩かれてしまったが、これはこれで

よしとしよう。痛みによって邪な心は消え去ったし、気合も入ったわけだし。

けっして雪乃への後ろめたさではないことは、強調しておく。



今日の勉強会もテンションが高かったのは由比ヶ浜一人だけ。

分担した分の和訳は、きちんとやってきてるところをみると、やる気はある。

だけど、一度潰されたプライドは簡単には取り戻せない。

大学でズタボロならば、これから社会に出て、さらには世界出るってことになったら

どうするつもりなんだ。

上には上がいるのは当たり前。

地方の高校で、やっかいな優越感なんか植え付けられてしまっていては、

これから成長していこうにも成長しきれやしないだろう。

ま、プライドなんかこだわらないで、利益を追求していけば、

おのずと自分の道が見えてくるんだろうけど。



八幡「さてと、ここいらでちょっとお得な情報を伝えていおく。

   これをどう使うかはお前たち次第だ」



俺のお得情報とやらで教室はざわつく。

ほんの数秒前までは静まり返っていたのに現金なものだ。

俺もお得な情報とやらがあるって言われたら、とりあえずは聞く。

そして、そのまま忘れ去ってしまうところが経験の差だな。

だって、世の中にはお得な情報とやらは存在しない。

TVのグルメ番組で、美味しくない料理が存在しないくらい存在しない。

たまには、美味しくないってコメントも出せよ。いくらスポンサーとか利権問題が

あったとしても、どれもかれも美味しいっておかしいだろ。

むしろ、まずいって意見をストレートにいう出演者がいるんなら、

これからずっと、その人のことを信じてしまうかもしれん。

ま、俺くらいになれば、その悪評までも裏を読んでしまうけどな。



八幡「このDクラスは、ある意味ついている。運がいいんだ」

306 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:37:09.70 ID:WubvoXU40



さすがにDクラスで運がいいは、拒絶反応でるよな。教室を見渡せば

反応は各々違ってはいるが、馬鹿にするなと訴えている。



八幡「まあ、最後まで聞いてくれ。英語の講義っていうのは、水曜日のDクラスから

   始まって、次にあるのはBクラスの金曜日の午後だ。

   そして、AクラスとCクラスにいたっては、火曜日のある。

   そこで注目なのは、金曜日のBクラス。こいつらは、Aクラスではないけど

   それなりに勉強ができるやつらが集まっているから、こいつらの授業ノートは

   出回りやすい。そりゃあ、勉強できるやつらのノートは信用できるし、

   だれだって欲しいよな。Dクラスのやつらは喉から手が出るくらいほしいし、

   Aクラスであろうと、予習が楽になるんなら欲しくなるのが人間ってものだ」



ここまでいっきに話し続けてみたが、俺が言おうとしていることに気がついてる奴は

ほとんどいないみたいだ。一応いままで実践してきた由比ヶ浜は、というと、

わけがわからないみたいで、ぽか〜んとしてやがる・・・・・・・・。

こいつ、なにも考えないで生きているのかよ。

散々こいつをこき使って・・・・・・・、いや、利用して?・・・・・・・、

ギブ&テイクでやってきたというのに、それさえも忘れているとは。



八幡「つまりはだな、お前たちのノートが最新の授業ノートになるんだよ。

   一番最初にできあがるから、一番需要がある。Bクラスのやつらだって、

   楽したいんだから、自分たちより前に講義をしているクラスがあるんなら

   そいつらからノートを借りたいんだよ。

   でも、今までは、お前たちがやる気がない態度で授業受けてたし、

   ノートの質も最悪だ。だから、Bクラスのやつらは、お前たちのノートに

   見向きもしなかった。しかしだ、これからは違う。

   みんなで分担して全訳しているし、勉強会でチェックもしている。

   だから、今お前らが手にしているノートは、買い手がいるってことだ」



ここまでいってやれば、ほとんどのやつらが理解できたみたいだ。

若干ぽかんとしている奴もいるけど、実際やっていくうちに理解するだろう。

さて、由比ヶ浜はというと、・・・・・・もういいや。諦めよう。


307 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:37:46.24 ID:WubvoXU40


八幡「情報は武器だ。最新の情報となれば、高値で売れる。

   それは、大学生の社会であっても通用する。だったら、お前たちが持ってる商品

   使って、自分が欲しい情報と交換してこい。

   そうすれば、あらたに手にした情報も商品となって、さらに情報が手に入る。

   お前ら、わかるよな。これは、他の教科の情報が手に入るだけじゃない。

   過去のレポートや過去の試験問題だけが目的ではない。

   このトレードを通じて、人脈が作れるっていうのが最終目的なんだよ。

   だいたいな、いったん情報の元締めになってしまえば、こいつに聞いてみれば

   もしかして、なにかしら情報もってるかもって人は思うんだよ。

   そうなれば、自然と情報が集まってくるし、たとえ何もわからなくても

   人脈使って情報を解読していけばいいんだ。

   まあ、俺は人づきあいが苦手だから、そういった人脈作ったりするのは

   そこにいる由比ヶ浜に頼んで、自分はというと情報となる商品ばかり作ってたけどな」



教室内の視線が由比ヶ浜に集まる。が、当の本人は、なぜ注目されているかは

わかってはいない。由比ヶ浜は俺の顔をみて、なにかを感じ取ったのか、

自分が誉められていると直感で感じ、えへんと胸を張る。

まあ、間違ってはないんだけど、たぶん、教室にいるやつらの評価は

お前が思ってるのとは違うと思うぞ。



八幡「お前らの中でも、サークルの先輩から、去年のノートや過去レポート

   もらってるのいると思うけど、それを大々的にやっていく感じだ。

   まずは、お前らが同じ講義受けているので集まって、英語みたいに勉強会

   作るところから始めるといいと思うぞ。

   あとは、せっかくDクラスで勉強会もしているんだし、ここでの繋がりも

   有効につかっていけよ。

   と、いうわけで、お得情報どうだった?」



俺は、あくどい笑みを浮かべる。にやっと、いやらしく、憎たらしく。

ここは、うわっと皆ひくところだと思ってたのだが、何をとち狂ったのか

由比ヶ浜以外の全員が、俺と同じく、あくどくにやって笑う。

もし、この教室を除いた奴らがいたとしたら、異様な光景に逃げ出しただろう。

昔、平塚先生が、俺には新興宗教の教祖の素質があるって冗談でいったけど、

この光景をみたら、もしかしてって思ってしまうかもしれない。

もちろん、笑い話で済ますけど。

というわけで、こいつらのやる気は、もう大丈夫だろう。

あとは、プライドなんか忘れて、自分ができることをやっていくのを気がつくだけだ。




308 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:38:51.16 ID:WubvoXU40






6月20日 水曜日






今日は、Dクラスの英語の授業がある。小テストの結果は、明日聞くことになるけど

いきなり大幅な点数アップは望めないだろう。いくらやる気と勉強方法が

わかったとしても、それがすぐさま点数に結び付くわけではない。

勉強っていうのは、面倒なもので、日々の積み重ねがものをいう。

さて、人さまの心配をする時間は俺にはあまりない。

今は、陽乃さんから預かったストーカー情報を分析しないといけないし。

陽乃さんと登下校するようになったが、これといって成果はない。

ネットへの書き込みは続けられているが、一般サイトへの転載はあまり多くはない。

せめて本命のサイトへアクセスできたのなら、多少は進展があるかもしれないが。



陽乃さんが言っていた雪乃が写っている写真っていうのは、6月16日のか。

実家から帰ってくる日の朝、コンビニ前の写真だけど、よくもまあ朝早くから

ストーカー行為なんてできるよなぁ。しかも、この日は深夜までやってるみたいだし、

ある意味ご苦労なことで・・・・・・・。





6月16日 土曜日 6:22

実家近くのコンビニにてお買い物。画像もアップ。

今日もお美しい!



6月16日 土曜日 22:28

人気ラーメン店・総武家で夜食。友人と店に入るのを発見!

土曜の夜だというのに女と一緒とはw



6月16日 土曜日 22:56

一緒にラーメン食べたいお。

さすがです。お友達も美人! 

でも、年がちょっとw

画像もアップ。



6月16日 土曜日 23:43

ラーメン屋から、そのまま帰宅。

操は守られた。

309 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:40:09.36 ID:WubvoXU40


朝のコンビニは、実家の近くだし、張り込みでもしてたのか?

よく行くコンビニくらいなら、すぐにでも割り出せるだろうし、

行動パターンさえつかめれば、時間帯も予測くらいできるかもな。

まあ、写真に雪乃も写って入るけど、これといってコメントも出ていない。

転載だから、本命サイトでは話題になってる可能性もあるが、

続報が出てこないうちは、なんとも言えないな。

それと、この日のは、時間がとんで深夜のだけか。

陽乃さんがうちに食事に来たけど、その時は車で送ってもらったみたいだし、

さすがに車を追ってでまで来ることはできないのか?

バイクとか用意しているかもしれないし、油断はできんな。

それにしても、家での食事の後にラーメン食べに行ってたのかよ。

きっと平塚先生の提案なんだろうけど・・・・・・・。

総武家は、大学に近いラーメン屋だし、行動パターンを読めなくても、

もしかしたら偶然見つけ出したのかもしれないか。

となると、ストーカーは、うちの大学生なのだろうか?

いや、決めつけるのはよくないな。

大学の近くに住んでいるとか、仕事・バイトをしている可能性もあるし。

ああっ! 可能性ばかりで、まったく手掛かりがつかめない。



俺は、深夜のラーメン屋の写真をクリックする。

映し出された画像は、照明がラーメン屋からの明りだけともあって、鮮明さに欠けている。

ちょうど平塚先生は、のれんに隠れて顔は写ってはいない。



平塚先生は、不幸中の幸いってやつか。

でも、「さすがです。お友達も美人! でも、年がちょっとw」なんて

書き込みされているって知ったら、怒り狂うだろうな。

たしかに、年齢がちょっとだし。

もし、この書き込み見せたら、身近で適当なストレス解消ツールとして、

俺への被害が予測される。

俺が殴られでもしたら、恨むからな、ストーカー君。

・・・・・・やはり情報が少なすぎる。いくらみても、解決の糸口は見つからない。

俺にできることなんて、たかがしれている。

あの陽乃さんでさえお手上げなのだし・・・・・・・。

正攻法でも奇策でもうまくいかないのだから、雪乃でも難しいか。

いやまて、・・・・・・アプローチそのものが間違っているとしたら?





第16章 終劇

第17章に続く
310 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/11(木) 17:41:11.25 ID:WubvoXU40


第16章 あとがき



ネットの個人情報流出も、ストーカーも、

情報ツールの変化と共に変わっていっていますね。

ちょっと昔の小説なんかを読むと、時代の移り変わりを実感できますし、

未来を描いた小説であっても、現在がその時代を追い越してることもあります。

今回の物語の時代背景も、数年後には古ぼけた時代背景になってしまうのでしょうか?




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。


黒猫 with かずさ派


311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/11(木) 17:49:18.24 ID:vUAC1uCAO



例えが悪すぎますが描写が時代に追いついてしまった例だと 無敵超人ザンボット3の人間爆弾なんかもそうですね


御大も最初は話を作り過ぎだと言われたそうですが、今となっては自爆テロなんて代物が現実の物になってしまっている訳ですし
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/11(木) 17:52:49.51 ID:gQg78AZUo
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/11(木) 17:54:13.45 ID:dn7jmBdh0
乙です
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/11(木) 18:54:50.86 ID:PuCcmKBpo
先生wwwwww
315 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/12(金) 02:49:21.16 ID:EeNLT0O10

今週も読みに来ていただき、ありがとうございます。


テロというと、ちょうど911ですが、戦争の概念も変わってきていますね。

人間の行動原理だけは変化しそうもありませんが・・・・・・。


平塚先生は、もっと評価されるべき(ドンっ)w
316 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:28:47.38 ID:zWMcdWn70


第17章







6月21日 木曜日





こりゃあ、やられた。俺の第一印象はこれだけだった。

俺の戸惑いをよそに、英語勉強会に集まっているDクラスの連中の

気持ちの高まりはすさまじい。

狭い教室から大音量の声が漏れ響き、不審に思った生徒がのぞきにまでくる。

やつらの気持ちもわからなくもない。

低空飛行していた小テストの成績が跳ね上がったのだから。

俺も多少は上がりはすると思ってはいたけど、この上昇率は異常だ。

軒並み8割以上はとっている。



結衣「ヒッキー、みんなすごいね。やればできるんだよ」



由比ヶ浜自身は試験は受けていないというのに、自分のことのように喜んでいる。

いつの間にかに仲好くなった女子生徒達と手を取り合い、飛び跳ねていた。

悪くはない。むしろ、いい傾向なんだけど、俺が教える必要なんてあったのって

疑問を感じてしまう。



結衣「ヒッキーも、一緒に喜びなよ。

   ヒッキーがみんなの気持ちに火をつけてくれたおかげだよ」

八幡「俺は、なにもやってねぇよ。勉強したのは、こいつらだし。

   勉強なんて、いくら教えても、結局は本人が勉強しないと覚えないからな」

結衣「むぅ〜」



喜びから一転、しかめっ面に。俺に詰め寄る由比ヶ浜に笑顔はない。



結衣「こういうときくらい、素直に喜ぼうよ。

   みんなヒッキーに感謝してるんだから」

八幡「だから、俺は大したことはしてないんだって。

   少しははっぱかけて、勉強するように仕向けはしたけどな。

   それに、今回点数よくても、それを持続させる方が難しいし」

結衣「もう、捻くれてるんだから。いい点数取ったときには素直に皆で喜んで

   次につなげるものなの」


317 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:29:33.22 ID:zWMcdWn70



由比ヶ浜は、くるりと俺に背を向けると、教室内に響きわたる声で問う。



結衣「ねえ、みんなぁ! ヒッキーは、みんなが勉強したから点数よくなったって

   いってるけど、でも、そう仕向けてくれたのはヒッキーのおかげだよね?」



沸き立っていた教室は、由比ヶ浜の突然の質問に静まり返り、

声の発生源たる由比ヶ浜に視線が集まる。

その由比ヶ浜は、そのまま視線を背負ったまま俺に振りかえり、

全ての視線を俺に向けさせた。

おい、由比ヶ浜。俺を注目させてどうする。

恩着せがましい発言なんて、やめてくれよ。

本当に、勉強頑張ったのは、本人のおかげ・・・・・・・、

と思っていると、再び歓声が沸き起こる。

ヒッキー最高! 最初は胡散臭かったけど、ついてってよかったぜ。

目は今も腐ってるけどな。由比ヶ浜さんがいなかったら、誰も付いていかなかっただろ。

それは、いえてるな。比企谷さんのおかげっていよりは、由比ヶ浜さんのおかげっしょ。

そう、それ。由比ヶ浜さん最高!

って、おい。俺への賛辞は、ほとんどないじゃないか。

それでもいいけど、ちょっとは誉めろよ・・・・・・・・。

まあ、なにはともあれ、こいつらがやる気になってくれて、よかったか。



結衣「ね? みんな感謝してるでしょ」

八幡「そうだな」



優しく微笑む由比ヶ浜に、俺は思わず顔をそらす。

素直に喜ぶことなんてできてたら、ぼっちなんてやってないっつーの。

・・・・・・・たまには、一緒に喜んでみてもいいかもしれないが。



結衣「それにしても、みんなすごい点数だよね」

八幡「それはそうだろ」

結衣「なんで?」



ちょっとは自分で考えろって。前にちょろっとだけど、話してもいるだろ。



八幡「こいつらは、大学では落ちこぼれてしまったけど、地元の高校じゃトップ集団

   だったんだよ。しかも、中学でも上位で、そのまま地元の上位高校に入学

   してるの。だけど、いくらエリート街道突っ走っていても、大学入って

   全国区になると 一気に順位は下がっちまう。上には上がいるからな」

318 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:30:29.07 ID:zWMcdWn70



ふぅんって、初めて聞いたって顔をして俺を見つめるなって。

まじでこいつ、忘れてるだろ。



八幡「でもな、もともとこいつらは勉強できる集団なんだよ。

   ちょっと前までは、プライドへし折られて、落ち込んで、勉強する気にも

   ならないでいたけどな」

結衣「そっか。だったら、ヒッキーがプライドを取り戻してくれたんだね?」

八幡「はぁ? んなことしてねぇよ。その逆だ。わずかに残ったプライドは、

   最後まで全部へし折ったんだよ」

結衣「はあ?」



わからないって顔してるな。こいつに関しては、勉強に関してのプライドなんて

持ち合わせてないから、しゃあないか。



八幡「プライドが少しでも残っていたから、それが邪魔して、勉強に集中できて

   なかったんだよ。いくら勉強してもトップにはなれない。

   なにせ、上にいる連中の実力は天井がないからな。

   それでも今まで地元ではトップにいたプライドがくすぶってしまう。

   上の奴らには、どうやっても勝てない。

   社会人になってもそれは同じだし、しかも理不尽な要求さえ求められてしまう。

   しかし、それでも知恵を絞って、うまく乗り越えていかなきゃならないだろ」

結衣「う〜ん、なんとかくだけど、わかったかな」



いや、わかってないはず。視線をわずかだけど、そらしたしな。

もういいや。こいつには、じっくりと時間をかけて教えていくしかない。



八幡「まあ、俺が今回したのは、役に立ちもしないプライドなんか捨てさせて、

   今いる環境で、今できる手段を使ってのし上がっていく方法を

   ちょろっと教えただけさ」

結衣「そなんだ」



ふぅ・・・、もういいよ、由比ヶ浜。わかってないの、わかったから。

それにしても、過去の価値基準っていうのは、やっかいだな。

高校の自分が絶対だって、大学生になっても思ってしまう。

価値なんて、場所や時間によって変化するものだし、絶対変わらない価値なんか

存在しやしない。しかも、同じ価値だとしても、見方によって評価は変わる。

価値なんて、人が勝手に作り上げたものだし、先入観にしかならない。

先入観? 価値基準? 自分が勝手に作り上げたもの・・・・・・・・。

319 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:31:03.93 ID:zWMcdWn70


そうか!

俺が勝手にストーカー像を作り上げていたんだ。

だから、今回のストーカーの犯人像が見えてこなかったんだ。

そうか。そうだったんだ。

となると、あのネットの転載、ちょっと変じゃないか。

俺は、今もなお沸き立つ室内をよそに、静かに思考を巡らせた。



時間は有限であり、取り戻すことはできない。

いくら慎重に行動して、有意義な時間を過ごしたとしても、それは過去の事。

未来は突然現在に現れ、人を混乱に陥らせる。

されど、人に与えられている時間は平等だ。

いくら有能なストーカーであろうとも、それは同じ。

陽乃さんもそうだが、ストーカーも自分の生活をしている。

人が自分に与えられた時間で行動できることなど、限られているのだ。














6月22日 金曜日







陽乃さんの講義終わるのを待って、俺達はマンションに向かっている。

今回ばかりは由比ヶ浜の力も借りなければならない。

車の後部座席に陽乃さんと由比ヶ浜をのせ、まっすぐマンションへと向かう。

助手席に座る雪乃は、訝しげに俺を見つめていた。

なにせ昨日の夜から何度詳細を説明してほしいと乞われても、

明日みんながいるときに話すと断ってきたからな。

だけど、由比ヶ浜が一緒じゃないと意味がない。

そうしないと、雪乃のことだから全部自分一人でやると言い張るだろうし。



八幡「なんだよ。なにか顔についてるか?」

雪乃「ついてるわ」



憮然と答える雪乃に、やれやれと首を振る。

真っ直ぐに俺を見つめる瞳に曇りはない。一緒に過ごした時間。

320 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:31:43.38 ID:zWMcdWn70


その積み重ねが雪乃にプライドを持たせる。俺の隣にいるのは自分だと。

それなのに、肝心なことを何も話さないでいられたら、傷つくのは当たり前か。

でもな、雪乃。お前と同じように、俺も雪乃と一緒にいたんだよ。

だから、お前がどういう行動をとりたいかだって、わかっちまうんだよ。

雪乃の潤んだ瞳を盗み見て、雪乃の手に自分のをそっと重ねる。



八幡「頼りにしてるよ」

雪乃「腐生菌が顔についてるわ」



そうつぶやくと、顔を背け、窓の外を眺めだす。照れ隠しだってわかってはいるけど、

俺はまだ死んでないから腐生菌は付いてないはず。

微生物だし、もしかしたら付着するかもしれないが、最近は専門用語増えてきてません? 

あまりにも専門的すぎると、俺も突っ込み入れられないよ?

俺は、一回ぎゅっと手に力を加えると、ハンドルに手を戻す。

さすがにずっと雪乃の手を握ったまま運転などできやしない。

もしできるのならば、映画のワンシーンみたいで様になってたかもしれないけど、

現実なんてこんなものだ。

現実は泥臭い。天才と謳われる頭がいい連中であっても、勉強しなければ

脳みそは真っ白なまま。勉強しないでテストで好成績なんてとれやしない。

小説で、高得点をとるシーンだけがクローズアップされるが、

その裏には、コツコツと勉強しているシーンが隠されている。

結果ばかりみてると、そいつがどうやって生きてきたなんか忘れてしまう。

存外天才も泥臭く生きてるものかなと、ふと雪乃をもう一度盗み見て、思ってしまった。










リビングのソファーに各々が座ると、程度の差はあれど早く話せと顔が訴えている。

まあ、待て。なんか、すさまじいプレッシャー感じるんだけど、

ここまで大げさな発表なんてないんだけどなぁ・・・・・・・・。

ちょっと気がかりなところがあるから、みんなで話し合おうと思ってまして。

あとは、雪乃が一人で背負いこまない為だが。



八幡「えっと、まあ、集まってくれてありがとうございます」

雪乃「そんな気持ちがこもっていない前置きはいいわ。

   早く本題に入ってくれないかしら」



不機嫌度マックスの雪乃をこれ以上おあずけなんてできやしないか。

321 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:32:18.33 ID:zWMcdWn70


雪乃は、長い黒髪を一房掴むと、指先にくるくる巻きつける。

そして、肩にかかった髪を全て払いのけると、ソファーから立ちあがり

空席だった俺の隣にすっと座り込んだ。



雪乃「これって、ネットにアップされた発言よね。

   画像と行動記録以外に、なにかわかったのかしら?」



俺の前にあるパソコン画面には、陽乃さんから渡されたストーカー情報の一つが

映し出されている。

雪乃の画像が映し出された日の陽乃さんの行動記録であり、

俺が違和感を感じた日の記録でもある。

陽乃さんも由比ヶ浜も近寄ってきて画面を覗き込む。

覗き込みはしたものの、目新しい情報は一切ない。

互いに何かわかったかと目で問うが、何もわからにと返すのみ。



結衣「なにか新しい情報でもあったの?

   だったら、そっちの方を見せて欲しいんだけど」

八幡「いんや。これであってる。見て欲しいのは、6月16日の記録だ」

陽乃「画像でも解析したの?」

八幡「いいえ。画像解析するスキルもないですし、それができる友人もいませんよ」

結衣「もったいぶらないで、早く話してよ」

八幡「まあ、待て。今話すから」



それにしても、皆さま。お顔が近いです。熱心に画面を見るのはわかりますけど、

このままだと、雪乃さまのお怒りが・・・・・・・・。

目を横に流すと、雪乃も画面に集中している。

ならば、素早く要件を伝えて、今の状況から解放されなければ、俺の命が危うい。



八幡「まず見て欲しいのは、22:28の発言。

   土曜の夜だというのに女と一緒とはって言ってるだろ。

   これと、他の3つの発言は、おそらく発言者が違う」

結衣「は? なんで、そんなのわかるの?」

陽乃「由比ヶ浜ちゃん。ちょっと黙ってて。比企谷君、続けて」



あっ、陽乃さん、マジモードっすね。由比ヶ浜はかわいそうに、委縮してるし。

俺も、いちいち由比ヶ浜の相手してる暇もないけど、あとでお前でも

わかるように説明してやるから、今は我慢してくれよ。


322 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:32:56.07 ID:zWMcdWn70



八幡「えっと・・・・・・、2つ目の発言では、女と一緒で、

   ちょっと馬鹿にしている感じがするんですよ。

   でも、4つ目だと、操は守られた、って男と一緒じゃないことに安堵している。

   つまり、仮に2つ目の発言者が4つ目の発言をするんなら、

   土曜日なのに、男っ気なしに、悲しく一人で帰宅って感じの内容になると

   思えたんだ。まあ、ネットだし、コロコロ発言が変わるかもしれないですけど、

   俺も強引すぎる説明だとは感じてはいますよ」

雪乃「そうね。2つ目と4つ目が確実に違う発言者という証明にはならないわね。

   でも、ストーカーが一人ではないっていう点に気がついてのは大きな成果ね」

八幡「そうなんだよ。俺達は、ストーカーが一人だと思い込んでいた。

   いくら陽乃さんの行動パターンを読んで先回りしたとしても、

   突発的な行動なんて先読みできない。だけど、それさえもネットにアップされてる。

   だから、俺は、陽乃さんに近い関係の人の中に、スケジュール情報を

   流しているやつがいるんじゃないかって考えてる。

   それにな、他の日のコメント日時見てくれよ。

   こんなにも頻繁に、しかも早朝から深夜まである。

   こいつにも自分の生活ってものもあるわけだし、

   協力者がいなければ実行不可能だろうよ」

結衣「それじゃあ、味方の中に敵がいるってこと?」

八幡「そうとは限らないけどな。本人が気がつかないうちに話してしまってるって

   こともあるしさ。あと、情報を流してしまってるやつが女だって可能性もある」

結衣「ストーカーなんだし、男なんじゃないの?」

八幡「今説明しただろ。うまく誘導されてスケジュールを他人に話すだけなんだから、

   それだったら男だろうと女だろうが関係ない」

結衣「そっか。その人は、ストーカーとは直接関係があるわけじゃないもんね」

陽乃「いいえ。この際、ストーカーへの先入観全て捨てましょう。

   ストーカーに女の協力者がいないだなんて、あり得ないことではないし」

八幡「・・・・・・そうですね」

結衣「でも、女性だったらストーカーの肩坊なんて担ごうなんて思わないんじゃないかな。

   だって、自分がされたら嫌じゃん」



たしかにな。由比ヶ浜の言うことは一理ある。

だけれど、それがそのまま他人に当てはまるとはいえない。


323 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:33:46.48 ID:zWMcdWn70


八幡「たしかに女性一般からすれば、ストーカーに協力なんかできないだろうよ。

   むしろ、毛嫌いして、即座に警察に通報すると思う。

   だけどだ。世の中には変わりものなんて山ほどいる。

   そもそも由比ヶ浜の理屈からすると、犯罪者が一人もいなくなるだろうよ。

   でも、実際には世の中には溢れるほど犯罪者がいる。

   捕まってない連中も数に入れたら、とんでもない数字になると思うぞ」

雪乃「そうね。現に姉さんが被害にあっているのだし、全ての可能性を排除しないで

   考えるべきなのかもしれないわ」



雪乃からは悲壮感が漂っていた。陽乃さんも同じく重く沈んでいる。

由比ヶ浜に関しては、重く受け取って入るが、二人ほどの深刻さはない。

二人は気が付いているのだろう。全ての可能性を排除しないという意味を。

それは、友人を疑うってことを意味する。

今まで隣にいた友人を疑いの目を持って接せねばならない。

ましてや、意図的ではないにせよ、今回はスケジュールを流してしまっている友人が

いるはずである。

その情報の供給源をストーカーから切り離さなければ、ずっと陽乃さんはつきまとわれる。



八幡「それにしても、平塚先生と総武家に行ったのって、偶然なんですよね?」

陽乃「あのときは、静ちゃんに誘われて、行ったんだけどね。

   私はあまり食べられないって言ったのに、食べ残したら自分が食べるって

   言い張って」



俺は、げんなりとその光景を思い浮かべる。

なにせ今まで何度も実際に見てきた光景。

ラーメン食べて、俺は飲まないけどビール飲むのに付き合わされ、

そして、しめにもう一度ラーメン屋。

あの男を虜にできるはずのメリハリがあるスタイル。

暴飲暴食をしていながらも、それを維持できるなんて誰も信じやしないと思う。

もし由比ヶ浜辺りが平塚先生の食生活を知ったら、マジでへこむレベルだろう。



八幡「つまり突発的な行動だったわけか。それなのにストーカーが見つけ出すなんて

   ある意味すさまじいな。何人くらいでやれば見つけ出せるんだ?

   逆に考えると、それだけの大人数でやってたとしたら、目立つはずだよな。

   まあ、そんな大人数が追っかけやってたと想像すると、なんか怖いけど」



俺の言いすぎではあるが、あり得なくもない想像に、各々苦笑いを洩らす。

陽乃さんは、アイドルじゃないんだぞ。アイドルなんかの追っかけなら


324 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:34:26.23 ID:zWMcdWn70


大挙して追いかけまわしているのが想像できるが、一般人相手にそれやるか?



雪乃「その日、平塚先生とは、どのような話をしたのかしら?」



たしかその日は、うちでストーカーの話も出ていたはず。

主な話は、陽乃さんのお見合いだったけど、平塚先生の意見でも聞きたいのか?



陽乃「えっとねえ・・・・・・、ラーメンの話ばかりだったと思うな。

   美味しいラーメン屋だといても、それだけでは商売がなりたたないとか、

   仕れコストや店舗の位置、人の流れ、リピーター、ネットでの情報とか、

   聞いているこっちの方が恥ずかしくなるくらい熱く語っちゃってね」



ああ、なんとなくわかる。総武家の立ち退きに関連しているんだろう。



雪乃「そう・・・・・・・」



聞いて納得したのか、雪乃の瞳からは興味が失う。

それを見た陽乃さんも、今までのことを再確認でもしているのか思考の没頭する。

由比ヶ浜だけは、ぼけぼけっと相変わらずだ。



結衣「ねえ、もし情報が漏れているんだとしたらさ、嘘の情報も混ぜたらどうかな?

   ほら、映画とかでよくあるでしょ。嘘の情報も混ぜて、その嘘の情報に

   ひっかかって、犯人がのこのこやってくるってやつ」



重苦しい空気に耐えかねて苦し紛れの意見を述べた由比ヶ浜ではあったが、

たまにはいいことを言う。10回言ったとしたら、1回くらいの確率の成功だけど、

今回は感謝しないとな。



雪乃「それはやってみる価値はありそうね」

陽乃「でも、だれが洩らしているか検討もつかないし、難しくないかな」



あくまで慎重な陽乃さんの気持ちもわかる。

なにせ、嘘情報をこれから友人に自分がばらまくのだから。

自由気ままで、まわりをひっかきまわす陽乃さんであっても、

友人を疑い、悪意の情報を流すとなれば後ろめたいはず。

苦痛に満ちた陽乃さんは、心配して見つめている雪乃と目が合うと、

儚い笑顔を浮かべ決意を固めた。

友人と妹。この二つを天秤にかけた場合、圧倒的に雪乃を大事にするだろう。


325 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:35:05.63 ID:zWMcdWn70


だからといって、友人が大切でないわけではない。

優先順位の差はあれば、どちらも陽乃さんのなかの日常の一部で切り離せやしない。



陽乃「私のスケジュールを知ってるのは、院で同じの4人かな。

   遊びに行ったりもするし、大学にいるときはたいてい一緒だしね」

雪乃「その中に男性は何人いるのかしら」

陽乃「3人」

八幡「その3人って、今までストーカー捕まえるの手伝ってもらってたのと

   同じメンツじゃないんですか?」

陽乃「よくわかったわね」



俺の指摘に陽乃さんは驚きを見せる。まあ、身近な人に手伝ってもらうのは鉄則だろうし、

大学の時の友人は、卒業して、今は社会人で忙しいしな。



結衣「だったら、なおさら犯人じゃないんじゃない?

   ストーカー捕まえるのを手伝ってもらってたのに、スケジュールを洩らすなんて

   しないと思うんだけど」

八幡「だから、さっきも言っただろ。うまく誘導されて、ぽろっと言ってしまうことも
   あるってさ」

結衣「そうかもしれないけど、今もストーカーに迷惑していて、そのストーカーも

   捕まっていないんだし、用心してるんじゃない?」

八幡「それは・・・・・・・」

雪乃「由比ヶ浜さんの意見にも一理あるわね」

結衣「でしょ、でしょ」



雪乃という大きな援軍に、喜びいっぱいの笑顔を振りまく由比ヶ浜。

由比ヶ浜に痛いところをつかれるとは、俺も落ちこぼれたものだ。



陽乃「由比ヶ浜ちゃんの意見ももっともだけど、ここは友人3人に絞ってやってみましょう。

   もしその3人が関係ないのなら、それはそれで信頼できる協力者が手に入るのだし」



それは陽乃さんの嘘いつわりのない本心であった。友人を疑いたくない。

もし疑うのだったら、一刻も早く無実を証明したい。



雪乃「では、残りの一人の女性はどうするのかしら?

   その人にも嘘情報を混ぜたほうがいいのかしらね?」


326 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:35:35.86 ID:zWMcdWn70


八幡「今回は、3人でいいんじゃないか? 4人にもなると、嘘情報をさばききれなくなる。

   こっちの弱点といえば、人が少ないことだからな。

   人が多ければ、大規模に嘘情報を流して、犯人かどうかを確認してけるけど、

   今はちまちま潰していくしかないだろうよ」

陽乃「じゃあ、それでいきましょう」

雪乃「そうなると、あらかじめスケジュールを調整して、嘘情報につられてくる

   犯人を確認しやすいようにしなくてはいけないわね」

八幡「その辺は、雪乃と陽乃さんの二人に任せる。そういう細かいことは、

   俺や由比ヶ浜には無理だからな」

雪乃「わかったわ」

結衣「でも、3人にそれぞれ嘘情報教えるんでしょ。その3人がスケジュールを

   お互い確認し合ったりしたら、やばくない?

   だって、みんな違うスケジュール教えられてるんだから、変に思わないかな?」

陽乃「その辺はうまくやるわ。ストーカーのことは知っているんだし、

   一応あなただけにはスケジュール教えておくから、いざっていうときには

   お願いねって感じで言っておけば、大丈夫でしょ」

結衣「そっか。それなら大丈夫だね」



って、それで納得するのかよ。まあ、陽乃さんみたいな美人の頼み事だったら

世の男性は、ころっと信じてお願いをきいちゃいそうだけどよ。



結衣「ねえ、ねえ、ヒッキー。私も何か手伝えることない?」



俺の袖口を軽く掴み、下から俺を見つめてくる。

足りないおつむを持ちながらも、こいつなりに心配している。



八幡「お前にも頼みたいことはある」

結衣「ほんとっ」



一段高い返事に、思わずのけぞる。それさえも面白そうに眺める由比ヶ浜は

嬉しそうに髪を揺らし、さらさらと髪を波打たせていた。



八幡「俺と陽乃さんが一緒にいるところを遠くから見て、

   不審人物を確認してほしい。それと、俺達の行動も記録しておくことか」

結衣「うん、わかった」

八幡「お前一人だと危険だから、監視するときは雪乃と常に一緒な。

   なにがあっても単独行動は禁止」

結衣「ヒッキーは、陽乃さんの護衛ってこと?」


327 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:36:30.47 ID:zWMcdWn70



八幡「そうだよ。ストーカーをおびき寄せるにせよ、陽乃さん一人でやらせるわけ

   にはいかないだろ」

結衣「それはそうかもしれないけど、彼氏?・・・・だと勘違いされないかな」

八幡「それは・・・・・・・」

陽乃「それは大丈夫よ。多少ストーカーに刺激を与えたほうが動きがわかりやすい

   でしょうしね。私一人の方が、かえって発見しにくいと思うわ」

八幡「まあ、それも一理あるな。でも、なにかあってもやばいから

   俺は陽乃さんの側にいるよ」

結衣「そだね。相手はどんな人かわからないし」

八幡「雪乃もわかったな」

雪乃「ええ、わかったわ」



雪乃は不満を押し殺して、短く返事をした。

やっぱりな。雪乃のことだから、一人で行動すると思ってた。

だからこそ、由比ヶ浜がいるときに全て話すことにしたんだから。

俺は、雪乃へのストッパーがうまく機能したことに、かすかに笑みを浮かべてしまう。

陽乃さんと目が合うと、陽乃さんも笑みを浮かべていた。

やはり陽乃さんも雪乃の行動を心配してたってわけか。

俺達の笑みは膨らみ、もはや声を殺すことなどできやしなかった。

一度決壊した笑みは爆発し、暗い室内に反響する。

訳がわからずぽかんと見ていた由比ヶ浜も、俺達につられて笑いだす。

さすがに雪乃は笑いにのってはきやしなかったが、

俺達の笑いが収まるまで優しく見守っていた。

いつ以来だろうか。こんなにも笑えたのは。

辛い時の笑顔は人に前向きにさせる。

自分が辛い時にへらへら笑っている奴がいたら、一発ぶん殴りたくなるけど、

みんなと笑いあう笑顔なら、それは別物だ。














第17章 終劇

第18章に続く






328 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/18(木) 17:37:52.66 ID:zWMcdWn70



第17章 あとがき





今週は、毎週火曜日にアップしている『心の永住者』の『cc編』が終わり、

来週から『〜coda編』が始まるのですが、

新しい展開になるときって緊張しますね。

はるのん狂想曲編も第27章で終わる予定で、次の展開を考えてはいますが

なかなか難しいわけで。

ある程度道筋が立つと、一気に突き進められるので、それまでの辛抱っす!



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派



329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/18(木) 17:51:53.28 ID:BvNMvATv0
乙です
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/18(木) 17:57:32.45 ID:7VSkxbixo
もう27章までのプロットができてるのか
マジぱねえっす
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/18(木) 18:06:00.74 ID:ezH+8x4AO
乙です
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/18(木) 18:06:03.21 ID:nhvv1Ge4o
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/18(木) 22:44:41.13 ID:JjI7KAW+0
おもしろいんだけどなかなか進まないなぁ
334 :黒猫</b> ◇7XSzFA40w.<b> [saga]:2014/09/19(金) 02:17:04.14 ID:FisDmsTN0

今週も読んでいただき、ありがとうございます。

今週はとくに説明回であったために話が全く進みませんでした。

英語Dクラスにストーカー。

二連続はきつかったかもしれませんが、話の性質上申し訳ありません。


『やはり雪ノ下雪乃〜』の方に時間をかけていた為に『心の永住者』の方のストックは

だいぶ減ってしまいましたけど、どうにか最後の第27章まで持っていくことができました。
335 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:31:44.65 ID:ATRo+xQg0



第18章






6月24日 日曜日








これからデートである。待ち合わせ場所での最初の笑顔ほど格別なものはない。

期待を胸にしまいこみ、身なりを確かめる。鏡に映る俺は、いたって平凡。

それなりのルックスはあるつもりだが、これからデートをする相手を思うと

なにぶんパワー不足を否めない。



雪乃「はいsuica。昨日チャージしておいたわ。

   どうせあなたのことだから、あまり入っていないのでしょ」

八幡「悪いな。帰ってきたら金払うよ」



財布に万札入ってるけど、帰って来たときにも無事か?

これからも使いそうだし、心もとないな。やっぱバイトすっかな。



雪乃「別にいいのよ。必要経費だと思って使ってちょうだい。

   姉さんのボディーガードをしにいくだけなのだから」



俺に詰め寄る雪乃の視線は冷たい。



八幡「ありがたく使わせてもらうよ。・・・・・・なあ?」

雪乃「何かしら」



俺の呼びかけに対し、棘がある返事が返ってくる。

しかも、顔つきもさらにきつい。

あの時は、雪乃も納得してなかったか?



八幡「あのな、昨日のデート・・・」

雪乃「ボディーガード!」



あくまでデートとは、言わせないのかよ。

俺は、心の中でこっそりとため息をつく。気苦労が絶えない。

陽乃さんのことがメインだけど、それが俺の生活すべてではない。

336 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:32:14.66 ID:ATRo+xQg0


俺の中心は雪乃であって、それでも、時と場合によっては、優先順位が入れ替わってしまう。

雪乃が絶対だっていう根底は揺るがないことは、雪乃も知っているはずなのに、

今回動いてるのも間接的には雪乃のためなのよ。

しかも、雪乃にまで被害が及びそうだというのに。



八幡「えっと、昨日のボディーガードって、雪乃と由比ヶ浜が作ったプランだろ?」

雪乃「そうね。主に由比ヶ浜さんの意見が中心ですけどね。

   私の意見は、参考意見くらいかしら」



本屋がデートプランに入っていたのは、確実に雪乃の意見だろうけどな。

由比ヶ浜が、わざわざ本屋をデートプランにいれるとは、考えられん。

それでも、漫画喫茶ならありえるか? 

ペアシートとかよさそうだよなぁ。今度雪乃と・・・・・・・・。



雪乃「何をニヤついているのかしら?

   そんなに姉さんとのデート・・・・いえ、ボディーガードが楽しみなのかしらね?」

八幡「違うって。本屋が入っていたのが、いかにも雪乃らしいなって。

   由比ヶ浜なら漫画喫茶だろうし、でも、雪乃と漫画喫茶でペアシートもいいかなって」



ああ、なに言っちゃってるの、俺?

ぺらぺらぺらぺらご丁寧に全部ゲロっちゃってるよ。



雪乃「私と? ペアシートとは、どういうものなのかしら?」



雪乃が知らないのも無理ないか。漫画喫茶なんて無縁だろう。



八幡「個室に二人掛けのソファーがあって、そこで二人で漫画読んだり、

   ネットしたりするんだよ。俺もペアシートなんて使ったことないから、

   ネットで見た情報くらいしか知らんけどな」

雪乃「それだったら、自宅でもできるじゃない?

   ほら、そこ座りなさい」



雪乃が指差す先には、二人掛けのソファー。

漫画喫茶のソファーとは、比べ物にならないほどの上等の品だ。

普段から、席を二つ占領して寝転がって本を読むのが日課になりつつある。

そして、途中から雪乃が割り込んできて、二人で読書タイム。

って、おい。俺達って、いつも漫画喫茶のペアシートを体験してるのか?

俺は雪乃に言われるがままソファーに座る。


337 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:33:32.00 ID:ATRo+xQg0



するとすぐさま雪乃が俺の左横に腕をからませ座ってきた。

雪乃の重みがソファーに加わり、俺の重心が雪乃側へと引っ張られる。

いつもと同じはずなのに、漫画喫茶というシチュエーションを意識してしまい、

なにか照れくさい。

俺を見つめる雪乃の頬も、やや赤いのも同じ理由だろうか。



雪乃「これでいいのかしら? これだったら、わざわざ漫画喫茶に行かなくても

   いいのではないかしら? それとも、漫画喫茶には特別な事でもあるのかしらね?」

八幡「とくにはないと思うぞ。せいぜい漫画がたくさんあるくらいか。

   あとは、ジュース飲み放題とか」

雪乃「それだったら、なおさら行く必要がないじゃない。

   それとも、私の紅茶よりも、漫画喫茶のジュース飲み放題の方が魅力的なの?」



すぅっと目を細める雪乃に、身を引いてしまう。しかし、ソファーという限られた空間。

俺が逃げても、その分俺の方にソファーが沈み込み、雪乃もそのまま俺についてきてしまう。



八幡「そんなことないって。雪乃の紅茶が一番だから。

   それに、漫画喫茶だと、衝立の向こうには人がいるから、落ち着かないかもな」

雪乃「それもそうね」



俺の方に沈みかけていたソファーを、雪乃の方に押し返す。

体が軽い雪乃は、あっという間に押し倒されて、ソファーに沈みこんでしまう。



雪乃「あっ・・・・・・・」



小さな吐息が俺の耳に届く。軽く身じろいで抵抗するそぶりはみせるが、

それは照れ隠しに過ぎないってわかっている。

だって、目だけはずっと俺を求め続けている。

だから、俺の体も雪乃に加わり、さらに雪乃は沈んでいく。



八幡「こんな色っぽい声は、隣の客には聴かせられないな」

雪乃「だったら、ふさいでしまえばいいじゃない」



あくまで主導権は渡しませんってか。挑発的な瞳が俺を誘惑する。



八幡「そうだな・・・・・・・。でも、俺達には漫画喫茶は似合わないかもな」

雪乃「それは、私も同じ意見だわ」



338 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:34:01.09 ID:ATRo+xQg0


俺は雪乃の唇を覆い尽くす。

しっかりとふさいだはずなのに、かよわい声が漏れ出す。

雪乃がときたま洩らす喉の音さえも、はっきり聞こえてしまいそうであった。

もうそろそろ出かけないと行けない時間か。

でも、もう少しだけ目の前にいる雪乃を最優先事項にしておいても

陽乃さんも文句はいうまい。

時計を横目に、あと3分を3回繰り返した・・・・・・。












千葉駅前。日曜ともあって、行き交う人も多い。

すでに雪乃は由比ヶ浜と合流して、俺達の事を遠くから監視しているはず。

でも、こんだけ人が多いと、ストーカーなんて見つかるか?

地道にやるしかないんだろうけど。

と、これからの長い道のりにすでに疲れそうになるが、人ごみの中からでも

目が吸いこまれてしまう陽乃さんを発見する。

まだ距離があるけど、人の目を引きつけるオーラ。

陽乃さんとすれ違う人がいれば、振りかえりまではしないまでも

目で陽乃さんを追ってしまう。

その陽乃さんも俺に気がついたらしく、俺に向かって大きく手を振ってくる。

やばくない? 目立つことが目的だが、それでもちょっと視線が痛い。

なにせ、陽乃さんが手を振ってくるから、俺も返事をせねばと思い、

小さく手を振ってしまえば、陽乃さんの相手が俺だと公言することになる。

すなわち、陽乃さんを目で追っていた男連中、女連中も結構いたが、そいつらの視線も

陽乃さんの視線の先にいる俺に集まってしまうわけで・・・・・・・。



陽乃「こっち、こっち。はちま〜ん」



歩みをとめた俺に、陽乃さんは、俺が陽乃さんを探してると思ったのだろうか。

大きな声で俺を呼ぶ。しかし、さっき手を振り返したでしょ。

しかも、陽乃さんもそれを確認していたし。

俺が立ち止まったのは、周囲からの視線が痛かったからで、陽乃さんを探してではない。

陽乃さんもそれくらいわかっているはずなのに、・・・・・あんた、わざとだろ!

これ以上の公開羞恥プレイはご勘弁を。

俺は足早に陽乃さんに近寄っていくと、有無を言わさずその手を取る。

そして、そのままその場を離れようとしたのだが、がくんと俺の腕が引っ張り返される。

339 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:34:31.20 ID:ATRo+xQg0


え? 振りかえった先には、にっこりとほほ笑みかける陽乃さんが一人。

不意をつかれた俺は、腕から力が抜け落ちる。

するとすぐさま陽乃さんに引っ張られ、公衆の面前だというのに、二人は抱き合う形に。



八幡「陽乃さん?」



俺は陽乃さんの耳元に問いかけると、陽乃さんも俺にだけ聞こえる大きさの声で

囁きかえしてきた。



陽乃「ストーカーに見せつけるのが目的なのに、いきなりここから去ろうだなんて

   なにを考えているのかしら」

八幡「そうかもしれませんけど、やり過ぎはよくないですよ」

陽乃「そうかしら? それでも、待ち合わせ場所でいきなり恋人の手をとって

   そのまま行こうとするよりは恋人らしくみえるんじゃないかなぁ?」

八幡「はぁ。そうですかね。わかりましたよ。わかりましたから、
   少し離れていただけませんか」


陽乃「照れちゃって、このこの」



陽乃さんは、俺を小突きながら離れていく。

すっといなくなった温もりに、いささか不謹慎な寂しさを感じてしまう。

雪乃とは違う女性の感触。それに体は正直に反応してしまう。

こんなことが今日一日繰り返されては体がもたないかもしれない。

ここはひとつ釘を打っておくかと、陽乃さんを見やると、あの陽乃さんが

いつもの風に装ってはいるが照れている。

視線をせわしなく動かし、偶然俺の視線と交わると、急いでそらしてしまう。

こうまでして陽乃さんがデレてしまうとは、ある意味貴重だけれども、

こわ〜い視線も投げかけられているわけで。

その視線の主は、きっと雪乃のはず・・・・・・。

はぁ・・・、この姉妹。存外似たもの姉妹なのかもしれないと、ふと思ってしまった。












陽乃さんが俺を引き連れていった場所は、予想に反して駅前のデパートであった。

予想に反してとはいったが、今日のデートプランは既に立案され、

雪乃たちも知っている。

まあ、言葉のあやってやつだが、予想に反しているのには違いない。

340 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:35:02.13 ID:ATRo+xQg0


ショッピングなら、駅ビルやパルコあたりかなとあたりをつけていた。

初めて出会った場所もららぽーとだし、デパートとは少し意外ではあった。



陽乃「そうかな? 

最近では、ユニクロも入っているし、安い価格帯のも多いんじゃないかな。

   それに、別館は若者がメインの構成だし、デパート イコール 値段が高い

   は、成立しないと思うな」

八幡「そうなんですか。俺はあまり利用しないんで、知らなかったです」

陽乃「ふぅ〜ん。雪乃ちゃんとは来たりしないの?」



どこか探りをいれるような雰囲気に、自然と身を堅くする。

しかも、俺の小さな変化さえも見逃すまいと覗き込んでくるので、

その表情におもわずどきりとしてしまう。



八幡「ここのデパートはきたことないですね。隣の方は何度かありますけど」

陽乃「やっぱり、そうか」



なにか一人納得した顔に、今度は俺の方が陽乃さんの顔を覗き込む。

雪乃の事ということもあるが、一人納得して完結されては気になってしまう。

そりゃあ、陽乃さんの思考なんてわかりもしないし、わかったとしても

さらなる深みにはまって、迷走してしまいそうだけど。



八幡「なにかあるんですか?」

陽乃「ん? ん〜・・・・・・・、これといった大きな出来事ではないけど、

   ここのデパートは母がよく利用するのよ。

   雪乃ちゃんが高校に入ってからは、あまりないけど、それまでは

   家族で来てていたものよ。といっても、母があれこれ指示をして

   買い物をしていくだけなんだけどね。

   私たち姉妹は、母のマネキンって感じかしら」



陽乃さんは笑って話してはいるが、雪乃にとっては笑い話ではないのだろうな。

あの女帝。愛情の注ぎ方がいささか特殊だから、愛情を注がれる方にとっては

苦痛なのかもしれない。



八幡「そうなんですか。それは、災難というか・・・・・はは」

陽乃「私は、それなりに楽しかったけど、雪乃ちゃんはね」



陽乃さんの苦虫をつぶすような表情に、俺の予想は正しいと審判が下る。


341 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:35:38.44 ID:ATRo+xQg0



そういや、比較的安い商品や若者向けの商品が別館にあるって言ってたな。

ここは本館だし、どこに行くんだ?

このまま昇っていくと、たしかロフトか。それなら、雑貨でも見るのかな?

と、ロフトの手前の階でエスカレーターを降りる。

ここ?

フロアを見渡すと、食器、キッチン道具、寝具など、俺には無縁の高級そうな

商品がひしめき合っている。とくに食器。見るからに高そう。

できることならば、近づきたくない。

だって、ちょっと触ってしまって落として割ったりしたら大変だ。

俺が買うようなコップと比べたら、少なくとも桁が2つは違うはず。

なかには桁3つというのもあるかもしれないしまさしく危険地帯。

入ったら危ない。

小さな子供なんて連れてきたら、親はひやひやものだろうな。

まあ、ここに子供を連れて買い物に来る親だったら

仮に弁償するにせよ大した金額とは思わないかもしれないけど・・・・・・・・。



陽乃「こっちよ」



俺の手を握り、引き連れていく先には、・・・・・・・・光り輝く包丁が。

ねえ、陽乃さん。雪乃から包丁エピソードをお聞きになられたのでしょうか?

もしそうだったら、悪い冗談ですよね。

なんか、いや〜な汗が背中を這いずりまわっていますよぉ。



陽乃「これこれ。このぺティーナイフ見たかったの。

   ツインセルマックスのMD67とM66。

   ネットで色々調べはしたんだけど、包丁だし、実際触ってみないと

   手になじむかわからないでしょ」



目をらんらんと輝かせ、包丁を見つめるその姿。まさに子供がおもちゃを見る姿そのもの。

ただ陽乃さんの目の前にあるのは包丁で、ちょっと特殊かもしれない。

仮に家庭的な女の子で、料理が好きだとしよう。包丁は使うし、使い慣れてもいる。

愛用の包丁もあることだろう。しかしだ。陽乃さんの目の輝かせ方は異常だ。

まさにコレクターと同類だった。



陽乃「あ、すみませ〜ん。これとこれ、触ってみてもいいですか」



俺のいくぶん失礼な感想をよそに、陽乃さんは自分の欲求をみたしていく。



342 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:36:30.55 ID:ATRo+xQg0



店員がショーケースの鍵を開け、包丁を2本取り出すと、じっと見つめてから

赤い柄の包丁を握りしめる。何度か握り方を変えてみてから、一つ頷き、

今度は黒い柄の包丁を同じように確かめる。

再び赤い方を握ると、今度はじっくりと握り具合を確かめているようだった。

陽乃さんが包丁を見ているとき、俺はというと、雪乃には悪いが、

真剣に包丁を確かめる陽乃さんを見惚れてしまっていた。

その真摯な姿勢が、いつもの陽乃さんからかけ離れていて、別人のように感じてしまう。

この包丁を初めて見た時も子供のような目をしていて、これも別人のように感じたが、

もしかしたら、これが本来の陽乃さんの姿なのかもしれない。

そう思うと、ますます陽乃さんを知りたいと思ってしまう。

今までの雲を掴むような曖昧な存在ではなく、今まさにそこに実在する陽乃さん。

理想的な女性を形作った存在よりも、今の陽乃さんの方が数段魅力的であった。



陽乃「ごめんねぇ。いきなり自分の買い物しちゃって」

八幡「別にいいですよ。欲しいものが手に入ってよかったですね。

   結局赤い方を選びましたけど、柄の色以外に何が違うんですか?

   値段を見ると、赤いほうが一万円も高いんですよね。

   なんか騙されてません?」

陽乃「比企谷君には、そう見えるか」

八幡「ええ、まあ」

陽乃「安心して。私もそうだから」

八幡「えっ? だったら、安い黒い方でいいじゃないですか?」



見た目は全く同じような包丁。包丁を握るところが赤いところと黒いところが

違うとしか判別できない。しかも、なんだこの値段設定。

安い黒い方であっても二万を超えている。高い方なんて三万超えだぞ。



陽乃「刃が違うみたいなのよ。素人の私が使っても違いなんてわからないでしょうね。

   値段が違うのは、その刃の構造のせいなのかしら。

   でも、どちらの刃も堅い分、包丁を研ぐのも大変みたいなのよ。

   頻繁に研ぐわけでもないし、ま、いっかなって感じね」

八幡「そんなに使いにくい包丁でしたら、もっと簡単に使える包丁にすれば

   いいんじゃないですか?」

陽乃「そうねぇ。家にあるのはミソノUX10でそろえられているんだけど、

   ミソノのは値段が手頃の割には品質はいいのよね。

   しかも研ぎやすいし、使い勝手を考えたらミソノを選ぶわね」

八幡「だったら、なんでそれ買ったんです?」



343 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:37:05.84 ID:ATRo+xQg0




だれもが抱く疑問だろう。使い勝手がいい包丁が自宅にあるのなら、

わざわざ値段が高い包丁を買う必要がない。



陽乃「だって、かっこいいでしょ、この包丁。

   まず、見た目にびびっときたのよ!」



自信満々に宣言する姿に、いささか肩をすかされる思いを感じた。

もっと理詰めな理由があると思いきや、見た目とは。



八幡「はぁ・・・・・・・」

陽乃「別にいいでしょ。料理が私の唯一の趣味なんだから、ちょっとくらいこだわっても」



意外な告白に、俺は面を喰らう。

告白した陽乃さんのほうも、ちょっと拗ねながらも、

なんか照れくさそうにもじもじしていた。



八幡「いや、悪くないですよ。料理が趣味だなんて、家庭的なんすね」

陽乃「ううん。全く家庭的ではないとおもうよ」

八幡「え? だって、料理好きなんですよね?」

陽乃「そうだけど?」

八幡「それならば、家庭的っていえるんじゃないですか?」

陽乃「ああ、なるほどね。そういう観点から見たら家庭的かもしれないけど、

   私の場合は、家庭的からは、程遠い存在だと思うよ。

   だって、誰かの為に作ったことなんてないんだもの」

八幡「はい?」

陽乃「言葉の意味そのものよ」

八幡「雪乃や両親の為に作ったことってないんですか?」

陽乃「作りはしてるけど、誰かの為にっていうのはないかなぁ、たぶん。

   それは作った料理を美味しいっていって食べてくれるのを

   見るとうれしいけど、そんなのは結果にすぎないかな。

   私は、料理を作る過程が好きであって、極論を言えば、食べてくれる相手なんて

   全く興味がない。これって、料理の精神論の基本みたいのが欠落している

   かんじだけど、仕方ないのよね。だって、興味ないんだし」



ある意味衝撃的な告白のはずであるのに、陽乃さんは全く悲壮じみていない。

逆に、自分の考えの何が悪いだって、悪態をつくほどでもある。



344 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:37:37.94 ID:ATRo+xQg0


陽乃「その点、雪乃ちゃんは料理が趣味ってわけでもないけど、比企谷君の為に

   料理作ってるわけだし、家庭的って言えるんじゃないかしら」

八幡「そうかもしれないですね。あの・・・・・・・」

陽乃「なにかな?」

八幡「彼氏に作ってあげたいとか、思ったこともないんですか?」

陽乃「ないわね。それに彼氏は今までいたことないから、彼氏候補ね。

   それと、皆が集まったときなんかに、手分けして料理したりしたことはあるかな。

   でも、それは役割分担だし、誰かの為に作るっていうのとは違うかな」



陽乃さんは、全く悲しむ姿を見せない。むしろ堂々と無表情に、かつ、たんたんと

事実を述べているだけ。悲壮感にくれているのはむしろ俺の方。悲しんでいるのも俺だ。

何がそうさせるって? そんなの簡単だ。目の前いる表情を失った少女を憐れんでいる。

憐れんでるというと、ちょっと語弊があるかもしれないのだけれども、

俺は、初めて陽乃さんを守ってあげたいと思ってしまった。

ストーカーの話を聞いた時も、どこか自分は他人様であった。

きっと最後には陽乃さんがなんとかしてくれる。

陽乃さんなら大丈夫だと、無責任なたかをくくっていたのである。

けれども、今存在しているむき出しの陽乃さんの無防備さ。

ちょっと風が吹けば吹き飛ばされそうであるのに、当の本人はそれに無自覚だ。

危うい。とてつもなくあやうい存在。

だれかが守らないといけない。しかし、だれも近寄らない。誰も肩を並べれられない。

かたくなにそれを拒んできた陽乃さんには、友達はたくさんいるかもしれないが、

一緒に肩を並べて歩んで行く存在が、著しく欠損していたのである。



陽乃「紅茶もね、今では雪乃ちゃんの足もとにも及ばないけど、

   昔は私が紅茶を淹れていたのよ」

八幡「え? まじっすか?」

陽乃「まじっすよ」



首を少し傾け、笑いを堪えながら挑発的に答える。

その様があまりにもおかしく、あまりにも無邪気でどぎまぎしてしまう。

どこか作りものの笑顔だったその顔が、いつの間にかに年相応の笑顔にすり変わる。

いや、雪乃よりも幼く感じてしまう。姉妹共に感情をうまく表現するのが

苦手だが、それでも雪乃は自分を作ったりはしない。

一方、陽乃さんは自分を演じなければならない境遇であったが、それに気がつく奴なんて

少なかっただろう。それは、もともとの基本スペックがずば抜けていたことも起因するが、

どこか現実離れしたひょうひょうとした性格を演じてしまったために、

だれもがあり得るかもしれないと思えてしまった。


345 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:38:31.19 ID:ATRo+xQg0


たとえば、高校の後輩だった一色いろは。彼女のように、相手によって態度を変えたり、

人受けがいい性格を演じていたのならば、誰かしら気が付いたかもしれない。

だが、雪ノ下陽乃はぶれない。彼女は常に自分が演じる雪ノ下陽乃であり続ける。

どこか胡散臭く、人によっては苦手意識を持ってしまう人物であろうが、

演じきってしまえば彼女は雪ノ下陽乃であり続けてしまうのだ。

しかし、その雪ノ下陽乃が今、崩れ去ろうとしていた。

それは一瞬の出来事かもしれないが、目の前にいる陽乃さんは、

今まで見たどの雪ノ下陽乃にも該当しなかった。



陽乃「あれ? どうしたの? きょとんとして」



がん見してしまった。

陽乃さんを、その笑顔を見逃すまいと、脳裏に焼きつけようとしてしまっていた。



八幡「いや、なんか、意外だったので」

陽乃「そう? だってそうじゃない? 私が料理が趣味だから、紅茶にだって

   色々挑戦することだってあるわけなじゃない。それで雪乃ちゃんが

   紅茶好きになって、自分で淹れるようになったとしても不思議ではないでしょ?」



陽乃さんは、俺の言葉の意味を取り違えていた。正直助かった。

俺の本心をこの人に知られたらと思うと、あとあと怖い目にあいそうだ。

だから、俺は、陽乃さんの間違いにのることにする。



八幡「そう言われれば、そうかもしれないですね」

陽乃「そうでしょ? でも私は、それほどは紅茶に興味持てなかったから

   すぐに雪乃ちゃんに抜かれちゃったな。それに、コーヒーも好きで

   どっちかというとコーヒーにはまってた期間の方が長いかもしれないわね」

八幡「それも意外ですね」

陽乃「別に飽きっぽいわけでもないのよ。それなりにできるようになると限界も

   わかってきちゃうのよね。諦めがよすぎるのともいうけど」



そう言いきると、表情を曇らせる。どこか困ったように笑顔を作り上げる。

ただそれもすぐに霧散して、再構築しなければならない。

どこか壊れたおもちゃのようにぎくしゃくした表情に悲しみを覚えてしまう。

この人は、何度諦めてきたのだろうか。この人は、何度自分を偽ってきたのだろうか。

そして、何度自分を嫌いになったのだろうか。

その答えは聞くことはできない。なにせ、俺にはその資格がない。

もし聞く資格があるとしたら、それこそ陽乃さんを全て受け入れた彼氏しかいないだろう。


346 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/25(木) 17:39:02.66 ID:ATRo+xQg0


そんな人物、このままだと現れやしないだろうけど、

陽乃さんの隣に現れることを願わずにはいられなかった。







第18章 終劇

第19章に続く












第18章あとがき



雪乃って、中学時代留学していたなぁ・・・とか、

陽乃の趣味って、たしか書いてあったよなぁ・・・とか、

読み返してみた段階で気が付いたのですが、

その辺は、生温かい目で見守ってくださると助かります。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派



347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/25(木) 17:57:32.89 ID:0Po4yrbAO
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/25(木) 18:17:00.30 ID:nymMYQJ50
乙です
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/25(木) 18:26:49.66 ID:gQaMzLLUo
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/09/25(木) 21:56:53.74 ID:JBdytTOP0
乙です!
351 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/09/26(金) 02:39:25.55 ID:UavvnJx80

今週も読んでくださり、ありがとうございます。

チェックを入れる為に読みかえすのですが、そのたびにたくさんの訂正を入れるほどです。

そんなつたない文章に毎週お付き合いしてくださり、大変嬉しく思っています。
352 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:32:08.22 ID:Y7t2XAgh0



第19章









6月24日 日曜日








陽乃さんが目当ての包丁を購入してからは、

俺達は隣の鍋コーナーやフライパンなどを見て回った。

俺にとっては、雪乃が使ってる道具を見つけるたびに、

めっちゃたけーじゃねえかって驚くくらいだった。

道具を大事に使っている雪乃がいるわけだから、俺も大事に使ってるけど、

それでもこんなに高いとは。これからは、もっと大事にしないとな。

手が震えないといいけど・・・・・・・・。



陽乃「このグラスなんて、夏にぴったしだと思わない?」



陽乃さんが指差す先の鮮やかな朱色と藍色のペアグラスを見入る。

細やかにカットされたそのグラスは、製作者の息吹をまとい、芸術作品にまで昇華していた。

吸いこまれるような光の芸術に、おもわず手で触れてしまいそうになるが、

グラスの前に鎮座している価格表をみて体が硬直する。

たっけーー! なにこれ? 実家で使ってた百均の俺のコップだと、何個買えるんだよ。

一生分のコップ買えちゃうだろ。

もし、手を止めることができずにグラスに触れてしまって、

もし、間違いを犯してグラスを割ってしまったらと思うと、

背中から嫌な汗を噴き出してしまった。



陽乃「どうしたの? 固まっちゃって。もしかして、値段見て、びびっちゃった?」

八幡「そりゃあ、びびりますよ。ここいらに展示している食器って、

   全部似たような値段ですよね? 地雷原じゃないですか。

   危なっかしくてゆっくり見てられないっすよ」

陽乃「そうかな? でも、綺麗なグラスを見ていると、ほっとしない?

   比企谷君も見いってたでしょ」



よく俺を観察していることで。


353 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:32:35.53 ID:Y7t2XAgh0



八幡「そうですけど、値段が値段なんで。それに、俺は一般家庭の人間なんですよ。

   こんな高い食器なんて無縁なんです」

陽乃「でも、雪乃ちゃんちにある食器も、似たようなものだと思うけど」

八幡「すみません。ちょっと向こうで休んでていいっすか。

   少し落ち着かないとやばいみたいで」



やっぱりうちの食器って高かったのか。

なにか実家の食器とは違う高貴さを感じるとは思っていたけど、

雪乃の趣味くらいとしか思わなかった。

そりゃ高いよな。いいものじゃないと、

シンプルでありながらもにじみ出る優雅さなんてもちえないだろう。

ほんと、今まで一枚も割っていなくてよかった。



陽乃「いいわよ。私はもうちょっと見てから行くから、

   エスカレーターの側のソファーにでも座っててよ」

八幡「ありがとうございます」



俺は、用心深く食器売り場から抜け出ると、言い忘れていたことを思いだし振りかえる。

八幡「なにかあったら声かけてくださいね。念のためにソファーには行かずに

   ここで待ってます。ここなら安全だろうし」



食器売り場から抜け出せば、怖いものはない。

一応デートではあるが、その前に俺はボディーガードでもあるわけなのだ。



陽乃「まじめねえ」

八幡「違いますよ。怖がりなだけです」

陽乃「そっか。案外私たちって似ているのかもね」



そう小さくつぶやくと、陽乃さんは食器に意識を移した。

似ているか・・・・・。

怖がりっつっても、俺と陽乃さんとでは決定的に違いがあるんじゃないか。

俺のは、失うのが怖いから、失わないように先回りして予防策を張り巡らす。

仮にもし失っても、そうなった場合を想定して、心の準備までしておく。

しかし、陽乃さんの場合は、スタートから違う。

陽乃さんは、失うのが怖いから、最初から手にしようとしない。

自分の手に入っていなければ、失うことも、失って悲しむこともありえない。

だから、同じ怖がりだとしても、スタート地点から決定的に異なってしまう。



354 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:33:09.93 ID:Y7t2XAgh0


八幡「すんません。ちょっとトイレ行ってきます。

   すぐ戻ってきますけど、いざってときは・・・・・・・」

陽乃「うん。大丈夫よ。人も多いし」

八幡「じゃあ、行ってきます」



少し気持ちを切り替えよう。二人の間合いをリセットすべく、一度この場を離れる。

今日俺は、陽乃さんに深入りしすぎたかもしれない。

あの仮面を脱ぎ去った無邪気の笑顔に魅了されてしまったのかもしれないと思えた。





トイレから戻ると、新たに紙袋が追加されていた。

となると、あの馬鹿高い食器のどれかしらを買ったという可能性が高いわけか。

包丁ならば壊れる心配は少ないだろうが、俺なんかが食器が入った紙袋を持って、

もし壊してしまったらと思うと、気軽に荷物を持ちますよと声をかけにくい。

さて、どうしたものか・・・・・・・。



陽乃「あら、軽い包丁はもってくれても、こっちの方はもってくれないのかしら?」



と、意地が悪い顔をニヤつかせる。どうせわかってるんだろ?

だったら、それにのるまでよ。もし壊れたとしたら、ひたすら謝るまで。



八幡「それも持ちますよ」



俺に荷物を預けると、陽乃さんは俺の腕をとり、他の売り場へと進んで行った。



昼食を取り終えると、階下のロフトに移り、またしても料理グッズを見て回った。

今度は、俺も楽しめる価格帯であったので、気兼ねなく手にとれる。

まあ、片手には高級食器が入ってるわけだから、ぶつけないようにしなければ

ならないのが難点だった。

さらに難点なことといえば、もう片方の腕に絡まる陽乃さんの手だろうか。

一度は荷物を持ってるから手を離したほうがいいのではと聞いてみたが、

デートをしてストーカーをおびき寄せるのには必要と反論される。

たしかにその通りなのだが、遠くの方から痛い視線が突き刺さってくるのが

大変気がかりであった。



陽乃「さてと、私ばかりが楽しんでもしょうがないから、

   今度は比企谷君が好きそうなものを見に行きましょうか」

八幡「別に面白かったっすよ」


355 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:33:48.79 ID:Y7t2XAgh0


陽乃「そうかな? 午前中に食器を見ていたときなんて、青ざめていたわよ」

八幡「それは、高級品には縁がなかったからですよ。

   ロフトなら身近なグッズばかりですし、掃除グッズなんて、割と楽しめましたよ」

陽乃「変わってるわね。掃除好きなの?」

八幡「掃除が好きってわけではないですけど、なんかすっごく綺麗になりそうで

   使ってみたくなりません? 

   あと、デザインがいい日用品なんて部屋に飾ってみたくなりますよ」

陽乃「あぁ、雪乃ちゃんに調教されちゃったんだ。

   しっかりと主夫しちゃってるのね」



陽乃さんは、面白くなさそうにつぶやく。

腕に絡まっている手に力が入り、陽乃さんの方に少し引き寄せられた。

そのちょっと拗ねた顔色が普段とは違う素の陽乃さんらしく思えてしまう。

やはり自分が好きな物を見て回ってる時くらいは、無防備になるのかな。



陽乃「どうしちゃったの、ぼぉっとして?」

八幡「いや、素の陽乃さんをはじめてみたなって思って」



急な質問に動揺して、馬鹿正直に答えてしまう。

こんなこと言ったら何を言われるかわかったものじゃない。

雪乃も絡めてしばらくおもちゃにされるかもしれないと、身構えてしまう。



陽乃「なぁにかっこいいこと言っちゃってるの。この・・・・このこの」



俺の腕に手をからめたまま、陽乃さんの腕をそのまま押し付けてくる。

ただ、その表情はいつもの陽乃スマイル。

完璧すぎるほどの笑顔に、俺は笑えない。

思い返してみれば、包丁、食器料理グッズなどを見ているときの陽乃さんの笑顔を

今まで見てきたどの陽乃さんとも該当しない。

今見せているような隙がない笑顔ではなく、人を温かくする笑顔。

この人をもっと知りたくなってしまう好奇心に満ちた子供っぽい笑顔。

だから、目の前にいる陽乃さんは、いつも俺の前にいる陽乃さんなのだけれど、

どこか胡散臭く、どこか絵にかいたような品のよさを作り上げられていて

薄気味悪かった。






陽乃「どうかしら? コーヒー飲みながら、本を選ぶのって」

八幡「いいですね。気になる本を椅子に座って選べるのがいいです」

356 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:34:25.73 ID:Y7t2XAgh0



コーヒーのスパイシーな香りが立ち込める中、

本屋に併設されているカフェで休憩をしている。

陽乃さんは1冊、俺は3冊ほど気になる本を持ち込み、本の中身を確かめていた。

最近多いよね、こういったカフェ併設の本屋。

でも、中には併設ではないけれど、フードコートが隣にあったり、

さらにはゲームセンターまで隣に作られちゃってる本屋もあるから

静かに本を選びたい俺にとっては、最低な本屋も存在する。

コーヒーの香りではなく、脂っぽいジャンクフードの臭いが充満し、

馬鹿高い音量のゲームのBGMが流れ着く。

本って、本来静かに読むものでしょって文句も言いたいところだが、

立地もよくてたまに使うことはあっても、目当ての本を買ったら、即座に退散していた。



八幡「でも、いいんですか?」

陽乃「なにが?」

八幡「人目がつく場所を恋人のふりして歩き回らなくて」

陽乃「ああ、それ。別に大丈夫じゃないかな。いくら歩き回っても、

   人が多すぎても見つけられないし、少なすぎても警戒されるだろうし。

   だったら、好きなところを行ったほうが有意義でしょ」

八幡「それはそうですけど」

陽乃「でもねえ、昨日のデートプランは傑作だよね」



笑いを隠そうともせず、豪快に笑う。コーヒーをいれる音と本のページをめくる音

くらいしか聞こえてこなかった店内に笑い声がこだまするのだから、

注目を集めてしまう。すぐさまひんしゅくをかってしまうのは当然である。

俺は何度も頭を軽く下げて謝罪をするが、当の本人の陽乃さんといえば

そんな非難も素知らぬ顔で、俺のことをみて楽しんでさえいた。



八幡「何が楽しいんです」

陽乃「うーん・・・・・・、色々かな」

八幡「色々ですか。それならしょうがないですかね」



もう、なにがって聞くのは諦めた。聞いたら負けだよ、きっと。



陽乃「映画見て、食事して、ショッピング。で、本屋でまったりして、

   最後に食事して、バイバイ。本屋は雪乃ちゃんの意見だろうけど、たぶん他は

   由比ヶ浜ちゃんのデートプランよね。まさしく絵にかいたようなデートプラン。

   かわいいわね、由比ヶ浜ちゃんって」



357 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:35:11.97 ID:Y7t2XAgh0



昨日、俺と陽乃さんがまわったデートコースか。

雪乃と由比ヶ浜がプランを立てるって、はりきっていたけど、

映画館でどうやってストーカーを見つけるんだ?

暗闇の中で人探しなんか難しいだろうし、映画館なんて意味ないだろ。

ま、由比ヶ浜のことだ。なにも考えてなくて、ただたんにデートっぽいから

プランにいれただけだろう。



八幡「いかにも由比ヶ浜らしいですね」

陽乃「そうね」

八幡「ちょっと聞きたかったんですけど、なんで俺が彼氏役なんですか?

ボディーガードはやるっていいましたけど、別に彼氏役じゃなくても

他の適当な役でよかったんじゃないですか。荷物持ちとか」



突然すぎる質問に陽乃さんは、目を丸くする。

驚いたのは一瞬で、今は目を細めて俺をじっくり観察してくる。



陽乃「そうかしら。ストーカーを揺さぶる為にも彼氏の方が都合がいいと思うわ」

八幡「俺が彼氏役だと不自然だと思いますよ。

   それでも俺に彼氏役をやらせる意味があるんですか?」

陽乃「なんでだと思う?」



質問に質問で返すのって、反則だよね。やられた方は、ちょっとむっとすんだよ。

わからないから聞いているんだからさ。

でも、俺は大学生になったし、大人になりつつあるわけだ。

ここはジェントルマンとして、大人の対応をみせるかな。



八幡「俺と雪乃が付き合ってるのは、大学では有名ですよね。

   だから、俺と陽乃さんがデートなんかしても、不審がられるだけではないでしょうか」

陽乃「そうかしら。そう考えているのなら、それは勘違いよ」

八幡「そうですかね」



さすがにこれには、ジェントルマンの俺でもむっとしてしまう。

俺と雪乃が恋人なのは周知の事実だし、それはいくら陽乃さんでも変えようがない。

だったら、なにが勘違いだというのだ。



陽乃「私は、今まで恋人を作ってこなかったのよ。

   一応これでもたくさんの求愛を受けてきたけど、全て断ってきたの」


八幡「ええ、知ってますよ」
358 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:35:47.70 ID:Y7t2XAgh0


陽乃「だから、その私が急に恋人なんか作ったりしたら不自然でしょ」

八幡「考えてみれば、そうかもしれないですね。かえって、ストーカー対策だって

   思われるかもしれませんね」

陽乃「でしょう。でもね、比企谷君。その雪ノ下陽乃でも、この人だったらあり得る

   っていう恋人が一人だけいるのよ」

八幡「そ・・・うですか」



嫌な予感しかしない。聞かない方がいいって、全身が拒絶反応を示しそうだ。



陽乃「そうなの。雪乃ちゃんの恋人だったら、私の恋人になりうるのよ。

   だって、あの雪ノ下陽乃なのよ。

   妹に恋人なんかできたら、ちょっかい出すに決まってるじゃない」

八幡「決まらないでください。自重してください」

陽乃「でも、ありうる選択肢ではあるでしょ」

八幡「認めたくはないですけど、あり得るから怖いですね」



マジで怖いって。もし雪乃が聞いてたらと思うと、背筋が凍る。

今は本屋周辺を見回ってるってメールが来ていたから大丈夫だとは思うが、

恐ろしいことをいう人だよ、まったく。



陽乃「ね。比企谷君が思うんなら、周りだって思ってくれるはずでしょ」

八幡「俺を基準にするのは賛成できかねますが、おそらく周りの人間も

   陽乃さんならあり得るなって思ってくれるはずですよ」

陽乃「でしょ、でしょ」



面白そうに言ってはいるけど、事の重大さをわかっているのか。

下手したら姉妹で大げんか物だぞ。しかも、核の撃ち合いレベルの・・・・・・。



八幡「でも、なるべく大学内で噂にならないようにしてくださいよ」

陽乃「そんなのわかってるから、大丈夫だって」

その大丈夫が一番信用ならないんですよ。

陽乃「そんなに眉間にしわを寄せないの」

八幡「誰のせいだと思ってるんですか」

陽乃「それは、あなた自身のせいでしょ。いくら私に原因があったとしても、

   それをどう受け止めるかは比企谷君次第なんだし」

八幡「そういわれると反論しかねますけど、論理のすりかえじゃないですか」

陽乃「やっぱりいつまでたっても捻くれてはいるのね」

八幡「ほっといて下さい」


359 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:36:22.52 ID:Y7t2XAgh0


陽乃「は〜い。・・・・さてと、そろそろ行きますか」

八幡「もう少し、ゆっくりしていくんじゃなかったんですか?」

陽乃「私が別に気にしないけど。比企谷君は気にするんじゃないかな?」



そういうと、陽乃さんはゆっくりと店内を見渡す。

そう、コーヒーを入れる音と本をめくる音しかしていなかった店内は

いつしか騒々しくなっていた。

いくら顔を寄せ合って、ひそひそ声で話していても、声は店内で振動し、

不快な音となって響き渡る。

今俺達の周りには、不機嫌そうに俺達を見つめる目が複数存在していた。



八幡「はぁ・・・・・・・。行きましょうか」

陽乃「行こっか」



俺は陽乃さんに腕を引っ張られながら、あとに続いた。

もうこの人。どこまで計算してやってるんだがわからないけど、

俺で遊ぶのは勘弁してください。











その後俺達は、地下でコーヒー豆とロールケーキを購入すると

雪ノ下邸に向かう為にタクシーに乗り込んだ。

本来の予定では、レストランに行くはずだったのだが、急遽陽乃さんの要望で変更となる。

一応実家に行くことは、大学院の3人の友人のうちで安達さんだけに教えておいた嘘情報

だったが、まあいっかという軽い気持ちで陽乃さんが提案してきた。

俺も特に問題ないと反論はしなかってけど、あとをついてくる雪乃たちにとっては

迷惑きわまりないだろうな。メールで予定変更のお知らせと謝罪を送ったが、

すぐさま盛大なお怒りメールがかえってくる。

家に帰ったらもう一度誤っておくことにして、今は目の前の陽乃さんに意識をむけた。

だって、目を離すとなにをしでかすかわかったものじゃないから、目をはなせやしない。

家に着くころには日は沈み、閑静な住宅街はさらに物静かな雰囲気を醸し出す。

街灯の光が道を照らし、家々から漏れ出る明りがほのかな光を提供する。

喧騒に満ち溢れた駅前から、緩やかな時間を提供する空間へと帰宅した。

タクシーから降りると、涼しげな風が頬を撫でる。

日が暮れたことで気温も下がってはいるが、

それ以上に街と人が生み出す熱がないことが一番の要因なのだろう。


360 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:36:50.04 ID:Y7t2XAgh0



陽乃「今日は、意外と楽しめちゃったわね」

八幡「それはよかったです」



嘘ではない。本音でそう思えた。政略結婚にストーカー。

やっかいな出来事が目の前にあり、陽乃さんのストレスも蓄積されているはずだった。

たとえストーカーをおびき寄せる為の疑似デートであっても、

陽乃さんが楽しめたのならば、良い副作用を得られてほんとうによかった。



八幡「来週も行くと思いますし、今度も陽乃さんが行きたいば・・・・・・・」



俺の前を歩いていたはずの陽乃さんが立ち止まり、俺の腕に手をからめ身を寄せてくる。

それは、昼間のデパートと同じ感触であるはずなのに、なにかが違う。

もっとこう。切羽詰まって、今にも取り乱してしまいそうな感じであった。



八幡「陽乃さん?」



不審に思い陽乃さんの顔を覗き込もうとするが、暗くてよく見えない。

ただ、かすかにふるえているような感じが見てとれた。

震えてる? なんでだ?

俺は、なにかあるのかと辺りを見渡そうとすると、突然強い力に身を押し出され

住宅の塀の隙間へと押し込まれる。

一瞬のことでなにがなんだかわからず、説明を求めようと陽乃さんを見ると、

真剣な声色で警告される。そっと、俺だけが聞こえる声で、かつ、

逃げだしたいのを抑え込もうとする声で。



陽乃「きょろきょろ見ないで。ストーカーが見てる。

   たぶん、ここなら抱き合ってるようにしか見えないわ」



低く抑えられた声が、事の重大さを助長する。

陽乃さん自身が、自分で自分を落ち着かせようと演じてはいるみたいだが、

うまく機能しているかは疑問だ。おそらく、うまくいってないとさえ思えてしまう。

それが、俺をかえって冷静にさせた。



八幡「このままだとやばいですね。雪乃達も、あとを追ってタクシーできますから。

   携帯で連絡できますか?」

陽乃「私は無理ね。鞄に入ってるから、この位置で鞄を漁ったら、

   不審に思われてしまうでしょうね」


361 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:37:26.71 ID:Y7t2XAgh0


八幡「俺の携帯は、背中のバッグに入ってますから、荷物も持ってるので

   難しいです。・・・・・陽乃さん、取ってもらえますか?」

陽乃「わかったわ。・・・・・・・・雪乃ちゃん、ごめんね」



なにがごめんなんだ? 疑問に思ったその答えはすぐに陽乃さんの行動で証明される。

陽乃さんの両腕が俺の背中にまわされ、周りから見れば

抱き合っているカップルにしか見えないだろう。

住宅街でなにをやってるんだかと思いもするが、

デートの終わりに抱擁を交わすカップルならば自然かもしれない。

だけど、不謹慎ながらも、雪乃とは違う甘い香りに魅了される。

どこか子供っぽさを感じるのが意外だけれど、今日一日の陽乃さんをみたきた俺には

納得できる感想でもあった。って、臭いフェチではないことははっきりさせたい。

そもそも女の香りなんて、嗅ぐ機会が限定されている。

雪乃しかいないわけだし、今陽乃さんが胸の中にいるのだってイレギュラーな

出来事であるわけで・・・・・・・。

そうこう不謹慎な考察を展開させていると、

陽乃さんは俺のバッグから携帯を取り出していた。

すると、携帯を俺の胸に押し当てて、陽乃さんの耳とで携帯を挟み込む。



陽乃「荷物を地面に下ろして、私がしゃべっているのを見えなくしてくれないかしら?

   もしかしたら、私が確認できていないところにもストーカーがいるかも

   しれないから」



俺は、返事の代りに荷物を地面に置き、ぎゅっと陽乃さんを抱き寄せる。

俺の方からは道がよく見えるから、ストーカーも見えるかなと思いもしたが

抱きしめ合うカップルの男の方が、彼女そっちのけできょろきょろしたら

不自然だと思い、ストーカー探索は思いとどめた。

陽乃さんは、俺が抱きしめるのを確認すると、素早く電話し、

雪乃達は間一髪で難を逃れた。

道の向こうから照らし出されるまばゆい光は、おそらくタクシーのライトだろう。

しばらくすると、目の前をタクシーが通過する。

一瞬だけど、由比ヶ浜が心配そうに窓にへばりついていたのが見えた。

まあ、これで雪乃と由比ヶ浜がストーカーと鉢合わせになることはないか。

だけど、俺達はどうすっかな・・・・・・・・。







第19章 終劇

第20章に続く
362 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/02(木) 17:38:17.93 ID:Y7t2XAgh0


第19章 あとがき




包丁とかその辺は自分の趣味なのですが、知識はそうとう浅いです。

ですから、つっこまないでいただけると大変助かります。



「はるの」って漢字変換できますか?

いっつも「ひの」って打って変換させているので、

最近では「陽乃」を見ると「ひの」って読んでしまいますw





来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派


363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/02(木) 17:41:38.21 ID:aHzyfAX1o

陽乃さんかわええな
話が大きく動きそうな来週楽しみ
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/02(木) 17:44:15.83 ID:XuFh1oIAO

VSストーカーなのか帰ってからの雪乃VS八幡及び陽乃なのか、それが問題だな
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/02(木) 17:53:18.45 ID:w/loJAIr0
366 :ルミルミ :2014/10/02(木) 18:06:36.06 ID:TD9ZvP/K0
全てはるのん♪の演技の可能性。
陽乃さんはヒッキーに惚れたんじゃないの。
この可能性高いと思います。
367 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/03(金) 02:34:02.66 ID:bg3FHGVH0

今週も読んでくださり、ありがとうございます。

皆さまが陽乃に大きく反応してくださり、大変嬉しく思っております。

他の作品でもそうなのですが、

主人公やメインヒロイン以上に活躍するキャラクターが出てきてしまうのですよね。

たまにヒロインが可愛そうになるほど影が薄くなる事も・・・・・・。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/09(木) 16:27:30.22 ID:6bUHEWzcO
今日は木曜日
369 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:30:34.64 ID:SpgFYW2z0



第20章






6月24日 日曜日









雪乃達の危機は去った。さて、俺達はどうしたものか。



陽乃「雪乃ちゃん達には、このまま馬場君と千田君に伝えてあったデート予定地に

   行ってもらったわ。たぶんストーカーはいないと思うけど、

   なにかあったら逃げるように忠告はしておいたわ。

   でも、あっちは人も多い場所だし、大丈夫だと思うけどね。

   うぅ〜ん、でも、実家の前にストーカーが張り込む可能性は高いから

   一概に安達君から情報が漏れているとは断定できないのが痛いわね。

   あぁっ、雪乃ちゃん達が馬場君と千田君のところを確認して、ストーカーがいなければ

   安達君の可能性が高まるか。そうなると、時間と人手を考えると、

   安達君を集中的にマークしたほうがよさそうね」



饒舌すぎる陽乃さんに、俺は心配を覚える。さすがにちょっと喋りすぎだ。

どうみても恐怖を紛らわせるために喋り続けているようにしか見えない。

げんに、耳から離した携帯を握る手は、携帯と共に俺の胸あたりの服ごと

堅く握りしめている。また、背中にまわされているもう一方の手も同じように

俺の服を強く掴みながら震えていた。

いくら背伸びをしてもかなわないと思っていた雪ノ下陽乃がか弱い少女になっていた。

どこにでもいる大学生で、夜道に浮かび上がる不審人物に恐怖し、

恐怖におののいていたのだ。

守りたい。守ってあげたい。人間として、男として、当たり前の感情かもしれないけど

そんな建前関係ない。俺が陽乃さんを守る。それだけだ。

今は俺しかいないっていうのもあるけれど、頼ってきてくれているなら、

こういうときくらいは根性見せねばならないでしょ。

俺は陽乃さんを抱く腕の力を強め、顔を陽乃さんの耳元までもっていき、

努めて冷静を装って告げる。



八幡「とりあえず、家の中に入りましょう。家の中までは追ってこないと思います。

   それに、ご両親もいますから、大丈夫ですよ」


370 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:31:10.25 ID:SpgFYW2z0


陽乃「ごめんなさい。安達君に伝えた通り、本当に両親いないの。

   帰っては来るけど、10時頃になってしまうと思うわ」



思わぬ誤算に計画が狂う。嘘って、なんなんだよ。

たしか両親いるって話だったじゃないか。それじゃあれか。

家に誰もいないのわかってて、俺を家に招いたってことか。

なにか意図が・・・・・、あるわけないか。

深く考えても、答えは出ないだろうな。だって、陽乃さんだし。

と、思わぬ誤算の副作用によって、俺の気持ちはわずかだが軽くなる。



八幡「それでも、家の方が安全ですよ。さ、行きましょう。

   このままひっついて行っても怪しくはないでしょうけど」

陽乃「きゃっ。・・・・・・うん、そうだね」



可愛い声で、愛らしい悲鳴をあげるものだから、おもわず俺も驚きの声を上げそうになる。

陽乃さんは、今さらになって俺と抱き合っていることを意識してしまったようだ。

悲鳴と共に俺から離れようとしたが、俺がきつく抱きしめている為に逃げられない。

俺も意識しないようにしてはいるが、陽乃さんが意識してしまうほどに

俺も意識してしまう。

きっと、陽乃さんを知っている誰であろうとも、俺以外は信じやしないだろうな。

だって、かわいすぎるだろ。

きゅんってなって、おもわず抱きしめる力を強くしてしまいそうであった。



陽乃「そうと決まれば、早く行きましょう」



俺は地面に置いている荷物を拾い上げると、もう片方の手でしっかりと

陽乃さんの手を握りしめ、陽乃さんを片手に家へと歩み出す。

頭上から降り注ぐ街灯の光がほのかに陽乃さんの顔を映し出したが、頬を赤く染め上げ、

ストーカーに見張られてる状況には不釣り合いなほどはにかんでいるのは、

幻想とは思えなかった。












家の中に入ると、安心してしまい、どっと力が抜け落ちる。

さすがに家の中までは、入ってくることはなかった。

荷物は床におろし、そのまま靴も脱がずに寝転がる。

371 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:31:40.03 ID:SpgFYW2z0


横を向くと陽乃さんの顔が目の前に迫っている。

陽乃さんも俺と同じように床に寝転がっていた。

こういう状況だと、見つめ合う二人が笑いだしたり、いい感じの雰囲気になって

キスなんかしたりするんだろうけど、そんな甘い状態にはならなかった。

ただ、陽乃さんは、俺を見つめたまま瞬きを数回して、じっと俺の顔を見つめていたが、

その表情からは何も読みとれない。

俺の方も、どう反応していいかわからず、ずっと陽乃さんを観察していた。

さて、どうしたものか。とりあえず状況確認だな。



八幡「外にいたストーカーに見覚えはありますか?」

陽乃「うぅ〜ん。こっちを見つめていたのはわかったんだけど、顔までは」

八幡「そうですか。では、ストーカーではない可能性はどうですか?

   ただ、人が来たから警戒したとか。ほら、住宅街って暗いですし

   足跡が聞こえてくるだけでも警戒するじゃないですか」

陽乃「それはないと思う。ずっと私たちを観察していたし、あんな人目が付きにくい場所で

   隠れるようにしていたから」

八幡「だとすれば、ストーカーの可能性が高いですね」

陽乃「そうね」

八幡「他にストーカーは、いましたか?」

陽乃「それは、わからなかったなぁ。視線に過敏になってたせいもあるけど、

   他にも視線を感じる程度しかなかったわ」

八幡「とりあえず、雪乃からの連絡を待ちましょうか。

   外にはストーカーが見張っているから、今日はもう外出はできませんよ」

陽乃「ええ、比企谷君もしばらくゆっくりしていってね。食事もまだでしょ」

八幡「言われてみれば、お腹すきましたね」

陽乃「今日は、比企谷君の為にお礼も兼ねて、精一杯作ってあげるから、

   楽しみにしていてね」

八幡「ありがとうございます」



陽乃さんは、俺の顔を見て満足気に頷くと、勢いよく立ちあがろうとするが、失敗する。

それもそのはず。俺と陽乃さんの手は、繋がれたままなのだから。

この手を離さなければ、一人で立ち上がることもできまい。



陽乃「きゃっ」



バランスを崩した陽乃さんは、俺の上に覆いかぶさるように落下する。

軽い衝撃が走るが、きゃしゃな陽乃さん一人くらいは問題なかった。

目の前には、先ほど以上に接近している陽乃さんの顔があった。


372 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:32:13.03 ID:SpgFYW2z0


その距離、数センチ。呼吸をする息遣いさえ聞こえてくるこの距離。

色々とまずい。

もう映画だったら、このままキスしちゃえよって感じだけど、現実はそうもいかない。

なにせ、後のことを考えると非常に怖い。



陽乃「ごめんなさい」

八幡「大丈夫ですよ。陽乃さんの方は、痛めたところとか、ありませんか」

陽乃「うん、大丈夫だと思う」

八幡「そうですか」

陽乃「うん、そう」

八幡「そっか」

陽乃「そうだよ」

八幡「・・・・・」

陽乃「ふふ・・・」



この状況。どう収拾付ければいいんだ。

陽乃さんの方も、こけたことがよっぽど恥ずかしかったのか、顔が真っ赤だ。

耳まで赤く染め上げた陽乃さんは、これはこれで貴重な一場面ではあるが、

悠長に楽しんでいるわけにもいかない。

とにかく、ここから脱出せねば。



八幡「とりあえず、俺の上からどいてくれると助かります」

陽乃「ごめんなさい」



そういうと、今度は手を離したのを確認してから、俺から離れていく。



陽乃「でも、比企谷君。女の子に重いなんて言っちゃ駄目だよ」

八幡「言ってないじゃないですか。どいてくださいとは言いましたけど」

陽乃「それは、間接的には重いって言ってるのと同義だから」

八幡「じゃあ、なんて言えばいいんですか?」



おそらく、俺の中の日本語では、そんな都合がいい言葉は存在しない。

たとえあったとしても、陽乃さんから却下宣言されてしまうだろう。



陽乃「そこは男の子なんだから、黙って女の子がどくのを待つか、

   そっと女の子を抱きかかえて立つくらいの事をしないとね」

八幡「それって、言う言葉がないのと同じじゃないですか」

陽乃「私は、言葉があるとは一言も言ってないけど?」


373 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:32:43.21 ID:SpgFYW2z0


八幡「それは、そうかもしれないですけど」

陽乃「ほら、男の子なんだから、細かいことは気にしない。

   それよりも、私が腕によりをかけて比企谷君の為だけに料理作ってあげるんだから

   楽しみにしていなさい」



そう高らかに宣言すると、家の奥へと進んでいってしまった。

俺も遅れまいと靴を脱ぐと、後に続く。

そういえば、陽乃さんって、誰かの為に料理したことないって言ってなかったか?

そうなると、陽乃さんの初めての相手が俺になるってことか。

俺は、陽乃さんの後姿を追いながら、

ふと、陽乃さんが言っていたことを思い出してしまった。








部屋に入った俺は、とくにやることもなく、陽乃さんが料理している姿を眺めていた。

料理が趣味というだけあって、その手際はいい。

この前一緒に料理したけど、その時よりもテキパキと動いている。

あの時は使い慣れた台所ではなかったし、

なによりも俺に合わせてくれていたのかもしれない。

そう考えると、俺の想像を遥か上をいく腕前なのかもしれなかった。



陽乃「そんなに熱心に見つめられちゃうと、照れちゃうんだけど」

俺は、自分の姿を指摘され、恥ずかしくなって急ぎ視線を外す。

八幡「すんません」

陽乃「別に見ていてもいいわよ」

八幡「そっすか」



視線を戻すと、陽乃さんは、すいすいと大根の皮をむいていた。



八幡「今日買ってきた包丁ではないんですね」



今使っている包丁は、ミソノの包丁だろうか?

実家の包丁はミソノだって言ってたよな。



陽乃「うん。使い慣れた包丁の方がいいかなって。

   だって、せっかく比企谷君の為に料理しているのに、初めて使う包丁使ったら

   うまくできないかもしれないでしょ」

八幡「そんなものですかね」

374 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:33:11.45 ID:SpgFYW2z0



陽乃「気分の問題かもね」



そう無邪気に笑いながら言うと、再び料理にへと没頭していった。

陽乃さんくらいの腕があれば、今日買ってきた包丁であっても満足する出来になるはずだ。

それでも使い慣れた包丁を使うあたりは、気分の問題かもしれないけれど、

真剣に料理に向き合う姿、尊敬に値した。

俺には、人に誇れるような趣味はない。

陽乃さんは、人に自分の料理を誉めてもらいたいわけでもないだろうが、

真摯にむきあえる趣味があることは羨ましくもある。

俺は本をたくさん読むが、雪乃ほどではない。

読書が趣味かと問われれば、それはどうかなと疑問に感じさえするだろう。

そう考えると、俺には趣味なんてあるのだろうか?

しかも、最近では、読書さえも大学の勉強に追われ、本を読む時間が減ってきている。

俺も趣味といえるものを作るべきかなと、陽乃さんをまじまじと見つめながら

物思いにふけっていると、携帯の電子音が俺を現実に引き戻した。



八幡「もしもし」

雪乃「そちらは大丈夫だったかしら?」



冷静を装った口調ではあるが、心配している様子がありありと伝わってくる。

きっと由比ヶ浜も気が気でなくて、雪乃の携帯に耳を傾けているに違いない。



八幡「こっちは、雪乃達のタクシーが行ったのを見届けた後、すぐに家に入ったよ。

   もしかしたら、今も外にいるかもしれないけど、確認はできていない。

   家の中からだと見えない位置にいるみたいだからさ」

雪乃「そう」



短く答える雪乃の返事であっても、緊張が解けていくのがよくわかる。

きっと雪乃達もここに残りたかったに違いないだろう。



八幡「そっちの方はどうだった? ストーカーは見つかったか?」

雪乃「馬場さんと千田さんに教えたレストランに行ってみたのだけれど、

   ストーカーらしき人物はいなかったわ。

   もちろん私たちにはわからなかった可能性は捨てきれないのだけれど、

   怪しい人物はいなかったと思うわ」

八幡「そっか。だとすれば、安達さんを中心に探っていく方向で再調整していったほうが

   いいかもな」


375 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:33:42.07 ID:SpgFYW2z0


雪乃「そうね。もともと判断材料が乏しいのだから、優先順位をはっきりさせて

   行動したほうが効率的でしょうね」

八幡「俺はもう少しここに残るから、由比ヶ浜の事頼むな。

   雪乃もタクシーで帰って、家に着いたら電話してくれると助かる」

雪乃「ええ。家に着いたら、ちゃんと電話して、八幡の心配を取り除いてあげるわね」

八幡「まあ、・・・・な。タクシーでマンションの前までいっても、

   エントランスまで多少は距離あるんだから、気をつけろよ」

雪乃「わかってるわ。本当に心配症ね」

八幡「彼氏だからな」

雪乃「あっ・・・、そうまじめに返されてしまうと、反応に困るのだけれど」

八幡「俺の方も、照れられると反応に困るっつ〜か・・・・・・・」

雪乃「あなたが言いだしたのだから、責任とりなさい」

八幡「責任つっても・・・・・・」

雪乃「まあいいわ。姉さんを頼むわね」

八幡「ああ」

雪乃「それじゃあ、家に着いたら電話するわ」



電話を終えると、陽乃さんがニヤニヤと俺を見つめていた。

これは関わってはいけない。なにか一言でもしゃべってしまっては、餌食にされてしまう。

俺は、ゆっくりと携帯に視線を戻し、特に用があるわけでもないのに携帯をいじりだす。

しばらく携帯をいじってから陽乃さんの様子を盗み見たが、すでに俺への関心は

薄れたらしく、料理にいそしんでいた。

だいぶ仕上がってきたみたいで、食欲を誘う香りが部屋を包み込んでいる。

携帯を意味もなくいじるのも飽きた俺は、再び陽乃さんの料理姿に夢中になっていた。

そんな俺の姿に気が付いた陽乃さんは、満足そうに一つ頷くと、

料理をまた一品仕上げたのであった。

そういえば、雪乃に家には両親がいないって言うの忘れたな。

まあ、いっか。雪乃が家に着いたら電話するって約束してあるから、その時に伝えれば。

俺はこのとき軽い気持ちで事を見ていたが、家に着いた雪乃に事情を説明したら

とんでもなく激怒したのは、また別のお話だ。

雪乃が今すぐ実家に来るというのをなだめるのに、30分で済んだことは奇跡とも言えた。



陽乃「さ、食べましょう」



テーブルに展開されている食事は純和食であった。

イタリアとかフランスあたりの料理名さえ口が回らないような皿が出されると

思っていた。しかし、目の前にあるのは、ぶりの照り焼き、ホウレンソウの和え物、

大根と鶏肉の煮物、ごま豆腐、豆腐の味噌汁、それと、煮豆や漬物などだ。


376 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:34:13.11 ID:SpgFYW2z0



派手な振る舞いの陽乃さんにしては、地味すぎるメニューともいえる。

俺の意外だという気持ちも露骨に表情に出ていたらしく、陽乃さんはそれを指摘してくる。



陽乃「ちょっと、美味しくなさそうかな」



若干不安そうな様子に、愛らしささえ感じてしまう。



八幡「そんなことありませんよ。洋食かなって思っていたのが和食だったので、

   驚いていただけです」

陽乃「え? 洋食がよかったの? だったら、最初に言ってくれればよかったのに」



と、心底残念そうに呟くものだから、俺もフォローに奔走してしまう。



八幡「いえいえ、違いますって。ただなんとなく、陽乃さんのイメージだと

   洋食の方が多いのかなって思っただけです」

陽乃「そう? 私は、洋食も和食も両方好きだけど、比企谷君は和食の方が好みかなって

   思ったんだ。だから、今日は和食作ったんだけど、洋食がよかったのなら、

   今度作ってあげるね」

八幡「あ、はい。ありがとうございます」



俺のフォローも少しは効果があり、陽乃さんもほっと胸を撫でおろす。

俺の方もほっと一息つけ、どうにか食事にたどりつけそうだ。



陽乃「うん。じゃあ、たべよっか」

八幡「はい。いただきます」

陽乃「はい、召し上がれ」



陽乃さんが、しげしげと見つめる中、俺は箸を伸ばす。

まずは、汁物からと。うん、美味い。

次は、ブリと。・・・・・これも美味い。

箸が止まらず、次々に箸を口に運ぶ。

俺は、料理研究家でもないし、ダシがどうのとかわからないけど、

とにかく美味しかった。目立った特徴があるわけでもないが、

基本がしっかりしていて、その基本の水準が高い分、すさまじく美味い。

美味い、美味いと同じ感想しか出てこない自分が嘆かわしく思えてくるが、

美味しいものを美味しいと言って何が悪い。

雪乃の料理の腕も相当なものであったが、それは素人が店をやれると思えるレベルだ。


377 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:34:52.04 ID:SpgFYW2z0


陽乃さんに関しては、プロの料理人としてやっても、

繁盛店を生み出せるんじゃないかと思えるレベルであった。

さすがは料理が趣味というだけの事はある。

料理に夢中になる中、視線を感じ、顔を上げると、心配そうに見つめる陽乃さんがいた。



陽乃「どう・・・・かな?」



まずい、忘れていた。せっかくもてなしてくれているのに、

なにも感想も言わないとは失礼すぎる。早くなにか気がきいた感想を言わないとな。



八幡「美味いです。すっごく美味くて、料理の感想言うの忘れていました。

   すみません、心配させてしまって」



ああ、なんたること。やはり語彙が貧弱な俺って、美味いしか言えなかったか。

それでも俺の気持ちは伝わったらしく、陽乃さんは、

ほんわかと柔らかい頬笑みを浮かべ、自分もようやく箸を取り、食事を始めた。









食事を終えた俺達は、二人で洗い物を済ませた。

料理中も使わなくなった鍋類を洗っていたので、あっという間に荒いものはなくなった。

そうなると、やることもなくなり、少し気まずい。

ときたま外の様子を疑うが、何も手掛かりが見つかるわけもなく、手持無沙汰に陥る。

今日はデートっつーことで、本も持ってきてないし、どうするかな。

一人本を読んで、陽乃さんをほったらかしというのも気まずいし、悩むところだ。



陽乃「ねえ、比企谷君」

八幡「はい、なんでしょう」



陽乃さんから何か話題を振ってくれるのは、ありがたい。

この波、のらせてもらいます。



陽乃「まだ両親が帰ってくるまで時間あるし、私汗かいちゃったから、

   お風呂入ってもいいかな」

八幡「ああ、いいっすよ。俺は、ここで外の様子を見張っていますから」

陽乃「それなんだけど、悪いけど、バスルームの側で待っててくれないかな?」

八幡「はい?」


378 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:35:26.31 ID:SpgFYW2z0



なにを言ってるか、八幡、わからないなぁ。あれ? 日本語が少し、変?



陽乃「ほら、外にはストーカーいるみたいだし、ちょっと怖いでしょ。

   だから、声が届く範囲にいてくれると、助かるかなぁって」

八幡「それくらいなら・・・・・・・・」



このビッグウェーブのれませんでした。のったと思ったら転倒して、溺れそうです。

やばいっしょ、この状況。

もし両親が早く帰ってでもしたら、言い訳できない気も。



陽乃「じゃあ、行きましょう」

八幡「はい」



俺は反論できるわけもなく、陽乃さんの後をついていくことしかできなかった。

まあ、結論を言うと、何もなかった。湯上りの陽乃さんが妙に艶っぽくて

心臓が跳ね上がったけど、それくらいは想定内。

なにもないことは当たり前だし、何かある方が異常だ。



陽乃「比企谷君もお風呂入っていく?」

八幡「いや、俺はいいっす。もうすぐご両親も帰ってくるはずですし」

陽乃「そう?」



そう短くつぶやくと、俺が座っているソファーに割り込んでくる。



陽乃「ねえ、雪乃ちゃんと二人でいるときって、なにしてるの?」



近いって。しかも、パジャマではないようだけど、薄着すぎる。

そりゃあ、お風呂入ったわけだから、こてこてに着込む必要もないけど、

俺がいることも少しは念頭にいれてくださいよ。



八幡「なにしてるかって聞かれましても、たいていは勉強していますよ」

陽乃「勉強以外では?」

八幡「本読んでます」

陽乃「他には?」

八幡「一緒に掃除したり、料理したりとかですかね」



思い返してみると、大したことやってないな。


379 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:36:04.91 ID:SpgFYW2z0



それで満足しちゃってる俺も俺だけど、今度雪乃にも聞いてみるかな。



陽乃「他は?」

八幡「それくらいですかね。あとは、食材買いに行ったり、本を見に行ったりかな」

陽乃「ふぅ〜ん」



既に関心は薄れたのか、今度は俺の腕にちょっかいをかけてきた。

薄い布地がほぼダイレクトに陽乃さんの感触を伝えてくる。

雪乃とは違う甘い感触に、酔い潰れそうになってしまう。

シャンプーが違うのかなと、どうしようないことを考えるが、

意識をそらすには効果が薄すぎた。

ここは強く出て追い払おうとも思いもしたが、バスルームの側に俺を置いておくことを

考慮すると、やはり陽乃さんであってもストーカーに恐怖心を抱いているのだろう。

それをむげに追い払っては、なんのためのボディーガードだ。

なるべく意識を外へ向けて、部屋を見回していると、時計の針が10時を指していた。



八幡「もうすぐ帰ってきますね。だったら、俺はそろそろ帰りますよ。

   お義父さんは問題ないと思いますけど、お義母さんは俺がいると嫌がりそうですから」



なるべくなら、俺も女帝にはお会いしたくない。

きっと汚物を見る目で見下してくるだろうし、風呂上がりの陽乃さんを見て

誤解されたくもなかった。

俺はソファから立ちあがろうとするが、ふいに背中を引っ張られ、

ソファーへと引き戻される。



八幡「陽乃さん?」



そこには、俺の服を掴む陽乃さんがいた。

目元には、うっすらと涙を浮かべ、心細そうに唇をかみしめている。



八幡「えっと、ご両親が帰ってくるまで、帰らない方がいいですかね?」



陽乃さんは、返事の代りに深く頷くと、そのまま頭を俺の胸に押し付けてくる。

ぐりぐりと何度も押し付けられはしたが、いやらしい気持ちは沸き上がらなかった。

頭を撫でてあげると、さらに強く頭を押し付けてくるものだから、

なんだか可愛らしく思えて、さらに強く撫でてしまう。

何度も繰り返されるいたちごっこにしびれを切らしたのは陽乃さんのほうで、


380 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/09(木) 17:36:46.14 ID:SpgFYW2z0


陽乃「もうっ! せっかくブローしたのに、髪ぐちゃぐちゃじゃない」



髪を手ぐしで整えながら不平の訴えてくるが、特段怒ってるわけでもないようだ。

むしろ甘えているといってもよかった。

あの雪ノ下陽乃に甘えられているという、意外すぎる衝撃もあったが、

俺の心を満たしていたのは、この人を守りたい。

その決意が大半を占めていた。








第20章 終劇

第21章に続く













第20章 あとがき





自分で書いておきながらなんですが、第18章〜第20章って好きなお話です。

それと同時に満足していないお話でもあります。

陽乃の内面を描いていく展開でしたが、もっとうまく書けるんじゃないか、

もっとうまく書くにはどうしたらいいのかって

読みかえすほど落ち込んでしまいます。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派



381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/09(木) 17:42:20.92 ID:O1awe3vJO

かわええ…けどまだ演技の可能性を捨てきれん
実際やられたらヤバイ破壊力だろうな
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/09(木) 18:05:09.07 ID:h6QjMzBAO



演技でないのだったら陽乃には悲惨な状況なのかもな


自分が甘える事が出来た相手がよりにもよって妹の彼氏(しかも妹と結婚秒読み)じゃ救いも何もあったものじゃない



八幡のシスコンが義姉予定の陽乃にまで発動しているような気がするのは気のせいだろうか……
383 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/10(金) 02:37:12.90 ID:y1oHokOV0

今週も読んでいただき、ありがとうございます

そういえば、陽乃の漢字変換ですが、「ひの」と打たなくても、

そもそも「陽乃(はるの)」と単語登録しておけばよかったんですよね。

基本的な機能を忘れていましたw
384 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/16(木) 17:30:59.79 ID:z2fRUz7G0



第21章








6月26日 火曜日







日曜日、陽乃さんの両親が帰ってきたのは11時近かった。

一応雪乃にも遅くなるむねを再度伝えたので問題はない。

むしろ深夜遅くまで俺がいることに女帝がどう反応するかの方を気に病んだが、

結果は俺の杞憂に終わった。

なにせ、厭味を言うどころか、むしろ感謝しまくりで、

今日は泊まっていけとまで言う始末。

そこは雪乃を一人にすることはできないと丁重にお断りしたが、

タクシー代は受け取ってほしいと言われ、これは断ることもできず、受け取ることにした。

親父さんにも、自分が自由に動けない身であることを謝罪され、

娘をよろしく頼むと頭を下げられてしまう。

頼まれるまでもなく守ってあげたいと思ってはいたが

素直に自分にできる限りの事はしますと伝えるだけですますことにした。

ストーカー騒動から一夜明けた月曜の朝。

陽乃さんを車で迎えに行ったが、俺も雪乃も、そして、陽乃さんも

平素を装いはしていても、表情は堅い。

それは、さらに一日たった火曜日であっても同じであった。

しかし、それでも日常は止まらない。

俺達の事情なんて関係なしに時間は進む。今日も朝から英語の勉強会があり、

俺を頼ってきてくれる奴らの為に精一杯の講義をしなければならなかった。



八幡「じゃあ、時間も来たことだし、今日はここまでな。

   明日の英語の授業もこの調子で頑張ってくれよ。では、解散」



勉強会の終わりを宣言すると、みんな思い思いに席から離れて行く。

一応個別質問の時間も考慮して終わらせているので、数人は今も教室に残っていた。

その生徒たちの相手が終わり、由比ヶ浜を探すと、女子生徒達との話に盛り上がっている。

そろそろ時間だし、話を終わらせて教室に向かおうと、由比ヶ浜に近づく。

すると、どういうわけか由比ヶ浜は眉間にしわを寄せて、話を聞いているのではないか。

もしや喧嘩? そう危惧すると、進む足も速くなる。


385 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/16(木) 17:31:36.41 ID:z2fRUz7G0

八幡「どうしたんだよ、おっかない顔をして」



俺の声に反応し、由比ヶ浜と女子生徒二人が振り返る。

由比ヶ浜は、やはり怒っているような感じであるが、他の二人の女子生徒は

困ったような顔を浮かべていた。



結衣「ヒッキー、やっぱり陽乃さんに付きまとってるストーカーの噂は、

   大学でも広がってるみたいだよ」

八幡「そうなのか?」



俺が女子生徒の方に確認を取ると、二人とも、うんうんと頷く。

なるほど。由比ヶ浜は、二人からストーカーの話を聞いて怒っていたわけか。

でも、お前は既に知ってるだろ。しかも、日曜日にニアミスしているわけだし。



楓「比企谷さんって、2年の雪ノ下雪乃さんの彼氏さんですよね?」

八幡「ああ、そうだよ」



俺達が付き合ってることは有名だし、隠すこともない。

隠したほうが不自然だしな。



葵「ね、楓ちゃん。言った通りでしょ」

楓「比企谷さんって、あの雪ノ下先輩とつきあってるだなんて、

  実はすごい人だったんですね」

八幡「俺がどうかは知らないけど、雪乃はある意味すごいかもな」



俺が雪乃と言ったせいで、それだけでも二人は何やら盛り上がっている。

まあ、俺がすごいんじゃなくて、雪乃がすごいから俺の方も有名になってしまったわけで

俺はいたって平凡なんだよ。

一通り盛り上がってクールダウンしたのか、二人は恐る恐る俺を観察しながら言葉を選ぶ。



楓「あの・・・・・・、今、雪ノ下先輩姉妹って、ストーカー被害に

  あってるんですよね」



由比ヶ浜が肯定しちゃってるし、ここは肯定するしかないか。

否定しても、あまりいい選択だとは思えないけど。



八幡「そうだよ。だから、二人が何か困ってる場面に遭遇したら、

   俺に連絡してくれると助かる。だけど、二人が首を突っ込むことはないからな。

   ストーカーに逆切れされたりなんかしたら、危ないしな」

386 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/16(木) 17:32:07.55 ID:z2fRUz7G0


楓「はい、何かありましたら、すぐに連絡します。

  それに、なにか困ったことがあったら、いつでも言ってください」

八幡「それはありがたい申し出だけど、女の子には危ないからさ」

葵「大丈夫です。一人で行動なんてしませんから」

楓「そうですよ。ストーカーなんて、女の敵です」



二人とも興奮気味に詰め寄ってくるものだから、俺の方がうろたえてしまう。

おい、黙って見てるんなら助けろよ。

俺の隣にぽかんと口を開けて突っ立てる由比ヶ浜は、

ぼけぼけっとしているだけで役に立たん。



八幡「そうはいってもな。ストーカーは、思ってる以上に危険だなんだよ」

楓「わかってます。私の友達にもストーカー被害にあってた子がいたんです。

  そのストーカーは、危ないストーカーになる前に話し合いで

  片付いてよかったんですけど、あんな奴ら、頭に乗せる前に

  やっつけておかないといけないんです」

葵「それに、私達だけじゃないですよ」

八幡「え?」

葵「Dクラス一同、全員比企谷さんの味方です。

  ストーカーの噂聞いて、なにかできないかなって皆で話し合っていたんですよ」

八幡「それはありがたいな」

葵「はい、ですから、なにかあったら何でも言ってください。

  大学内や大学の外でも、目を光らせるようにしておきますから」

八幡「本当にありがとう」



俺は深々と頭をさげる。こんなに嬉しいことなんてない。

たしかにこいつらが英語のテストの点が上がったときは嬉しかったけど、

それは俺の力ではない。もともとこいつらが持っていた実力が発揮できるように

ちょっと背中を押したに過ぎない。

でも、その背中を押した行為に対して、こんなにも親身になってお返しをしてくれるとは。



結衣「ありがとね。でも、本当に危ないから、気をつけてね」

葵「はい!」

楓「わかってます」



由比ヶ浜は既にDクラス全員とメアドの交換をしていたらしく、

俺に全員分のアドレスを伝えてくる。

どうやら既に全員から俺にアドレスを渡すことは了承されているみたいだ。


387 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/16(木) 17:32:43.22 ID:z2fRUz7G0



これでいつでも連絡できるわけだが、寂しかった俺のアドレス帳に

十数人分のデータが書き加えられるとは、なんか感慨深く感じてしまう。

ちょっと見慣れない量のアドレスの数に、小町なんかが見たら驚くだろうなとほくそ笑む。



八幡「そうだ。二人が聞いた噂って、どこから流れてきかわかるか?

   俺達のところにはまだ来てないからさ」

結衣「うん。私も初めて聞いたな。ヒッキー、私あとで友達に聞いてみるね」

八幡「ああ、頼むよ」

楓「私たちは経済学部なんですけど、経済学部の方には噂は流れてきては

  ないんですよ。私たちもこの勉強会で、初めて聞いたんです」

葵「うん、私も噂教えてもらって驚いちゃった」

八幡「じゃあ、Dクラスでは、誰が話の元なんだ?

葵「えっとぉ、工学部の湯川さんだったよね」

楓「うん、そうだったね。工学部では、結構有名らしいです」



となると、やはり陽乃さんも雪乃も工学部ってことだから、

噂が出てくるのも工学部であってるってことかな。



八幡「それって、大学院方から? それとも大学かな?」

楓「大学の2年生から流れ出た噂ですよ」



おい、雪乃。お前んとこから噂出てるんじゃないか。

いくら人づきあいが薄いといといっても、自分の噂くらい気にしておけ。

まあ、あいつは自分がどういわれているなんて気にしないだろうけどさ。



八幡「大学院のほうは、どう? 大学院のほうも騒いでるかな?」

楓「どうでしょうね? 私達、比企谷さんと同じ経済学部ですし、

  そもそも院の先輩たちとつながりありませんよ」

八幡「そっか。悪かったな」

楓「でも、湯川さんに今度聞いておきますね。

  そうだ。湯川さんのメアドも知ってるんですから、直接聞いてみてはどうですか?」



なんとも高いハードルを要求なさる。

勉強会で顔を合わせているけど、湯川なんて名前は初めて聞く。

たぶん顔を見ればわかるだろうけど、そんな相手に俺がメール?



結衣「うん、わかった。あとでメールしてみるね」



388 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/16(木) 17:33:31.93 ID:z2fRUz7G0



お、ナイス由比ヶ浜。さすが俺のぼっち度をわかってらっしゃる。

俺達は、そろそろ朝の講義が始まるので、手短に別れのあいさつをすると

各々の教室へと向かった。

昼食時、由比ヶ浜が湯川さんに連絡し、なおかつ陽乃さんにも確認したのだが、

大学院の方では、まったく噂にはなってはいなかった。

どういうことだ?

ストーカーを受けている陽乃さんがいる大学院で噂にもならず、

ストーカー被害を受けていない雪乃がいる工学部2年から噂が流れてくるなんて。

奇妙するぎる現象に、俺は首を捻ることしかできなかった。













6月28日 木曜日







いいこともあれば、あまり良くないこともあるのが日常である。

その二つの事象をうまくバランスを取って生活していかねばならないけど、

望む結果が得られないことはいらだちを募らせてしまう。



雪乃「英語の補習講義。みんなの成績が順調に上がっているみたいでよかったわね」

結衣「うん。テストを受けている本人達が一番驚いてるんだから、すごいよね」

八幡「あれは、元から学力があったんだよ。そのあたりが由比ヶ浜とは違うんだよ」

結衣「その言わよう、なんか釈然としないんだけど」

雪乃「八幡も、もう少しオブラードに包んだ言い方を学んだ方がいいわ。

   たとえ事実だとしても、言いようによっては印象が変わるのだから」

八幡「気をつけるよ」

結衣「なんか、ゆきのんの方もきつくない?」

雪乃「そうかしら? 私は事実を言ったまでよ」

八幡「お前も大概だな」

結衣「ま、いっか。でも、ヒッキーが教えた物々交換で、英語の全訳使ってトレードして

   他の授業のレポートとかも充実してきたって、みんな喜んでるよ。

   なんか勉強会始めた時とは違って、皆生き生きしてるね」

八幡「俺が教えなくても、サークルやってる連中からレポートなんかはまわってくるから、

   定期試験間際になったら嫌でも自分たちで集めるようになったと思うよ」

389 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/16(木) 17:34:04.94 ID:z2fRUz7G0


結衣「ヒッキー、謙遜しなくたっていいんだよ。もしかしたらヒッキーの言う通りかも

   しれないけど、でも、それは試験間際でしょ。

   それだと普段の授業では役に立たないし、試験間際だと忙しくて

   十分な試験対策もできないままだったかもしれないじゃん」

八幡「まあ、どうなってたかなんて、その時にならないとわからないけどな・・・・」

結衣「素直じゃないんだから」



英語勉強会の進捗状況を報告し合うのならば、それは微笑ましい場面だったであろう。

Dクラスの連中も、英語だけでなく、他の教科の方も本来の学力に見合う成果を

取り戻しつつある。繰り返すようだが、俺はちょっと奴らの背中を押しただけ。

しかし、世の中には思い通りに事が進まないことが山ほどある。

現に、うかない顔をしたまま俺達を見つめる陽乃さんがその筆頭であろう。



八幡「ところで陽乃さん。安達さんの方は、なにか動きありましたか?」

陽乃「ううん、なにも」

八幡「今週は、安達さんに絞って、放課後デートとかしてみましたけど、

   特段めぼしい動きは出てこないし、ネットも同様。

   まったくストーカーの足取り掴めないが痛いですよね」

陽乃「そうなのよねぇ・・・・・・・。だれか一人くらい見覚えがあるストーカー

   がいれば、そこから探りを入れられるんだけど」

雪乃「姉さんがストーカーだと思わないだけで、実はストーカーだったとい事は

   ないかしら」

陽乃「それもあるかもしれないけど、その線から調べるのは難しいわよね」



たしかに、意外な人物がストーカーでしたっていう事はあるかもしれない。

だけど、その可能性を潰すとなると、全ての人間が捜査対象になってしまって

収拾がつかないどころか、疑心暗鬼に陥って、日常生活さえもままならなくなるだろう。

要は、マンパワーが足りないのが根本たる敗因だ。

情報操作してストーカーを釣りだしたとしても、人が大勢いる街中から奴らを

探し出すだなんて、俺達4人でこなすには、明らかに人手不足であった。



八幡「やっぱ、人手が足りないよな」

雪乃「そうね。でも、今は信頼できる人手を確保する為に、姉さんの友達から潔白を

   証明しているんじゃない。だから、今の状況をのりきれば・・・・・」



雪乃の言い分は、正論だ。潔癖すぎるほどの正論。

だけど、ほんとうに彼らの潔白を証明できるのか?

今相手をしているストーカーは、手掛かりを得ることさえできない難敵なんだぞ。


390 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/16(木) 17:34:53.11 ID:z2fRUz7G0


陽乃さんでさえ手が出ないよな相手をしてるのに、俺らが勝手に潔白を証明しても

いいのだろうか。ただ、これを言いだしてしまうと、先ほどの疑心暗鬼ではないけど

先には進めなくなる。どこかしらで、妥協点を決めて、仲間を募るしかないか。



結衣「だったら、Dクラスのみんなに応援頼もうよ。

   だって、みんな手伝いたいって言ってくれてるんだよ」

雪乃「それはありがたいことだけれど・・・・・・」



そろそろ限界かもな。雪乃だって、人手が足りないのをわかっている。

由比ヶ浜の提案も、できることなら受け入れたいはずだ。

完璧な潔白じゃなくても、とりあえずの安心材料さえあれば。



八幡「あの、陽乃さん。今回のストーカー被害って、3月からでしたよね」

陽乃「そうねえ・・・・・・。たぶん3月上旬だったかしら。

   もうちょっと前から視線くらいは感じていたと思うけど。

   それと、友達に頼んでストーカーを探し出したのは3月下旬だったわ」

八幡「そうですか・・・・・・・」

雪乃「それを今再確認して、どうするつもりかしら」

八幡「妥協点の線引きだ」

結衣「妥協点?」



この言葉だけで理解できるやつなんて限られてるさ。

ただ、ここにはその特異人物が二人もそろっているから、

ここでは由比ヶ浜が例外人物に数えられちまうけど、仕方がないか。



陽乃「比企谷君は、Dクラスのみんなに手伝ってもらおうって言ってるのよ」

結衣「だったら、最初からそう言えばいいじゃん」

八幡「これから言うつもりだったんだよ。

   Dクラスの奴らが入学してくる前からのストーカーだから、

   一応Dクラスの中にストーカーがいる可能性は低いと考えたんだ」

雪乃「でも、危険が伴うことだから、安易に助けてもらうのもどうかとは思うわ」

八幡「絶対安全ってわけでもないから、その辺の判断は各自の判断に任せるしかないけど、

   俺達にできることは、行動指針作って、なるべく危険にさらされないように

   ブレーキかけるくらいだろうな」

結衣「ゆきのん、行動・・・指針?・・・・作ってくれるよね?」



由比ヶ浜は、目をうるうるさせながら、雪乃の両手を掴み迫り寄る。

これで勝負あっただな。雪乃は由比ヶ浜に弱いし、断れないだろう。


391 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/16(木) 17:35:34.41 ID:z2fRUz7G0


雪乃「作る必要はないわ」

結衣「ゆきのん?」



由比ヶ浜ほどではないが、雪乃の意外な解答に面食らう。

だって、由比ヶ浜の頼みだし、それに、そろそろ人的面での限界はわかってるはずだ。



陽乃「雪乃ちゃんって、比企谷君の影響受けまくってるわね」



声の主の真意を探るべく視線を向けると、陽乃さんは面白そうににやついていた。

それを雪乃は嫌そうな顔をして見返している。



雪乃「姉さんほど意地が悪いわけではないわ」

陽乃「そう?」



由比ヶ浜は、一人おいてけぼりを喰らい、二人の顔を何度も往復する。

陽乃さんの横やりで、なんとなぁくだけど状況を把握できるようになったが、

雪乃も意地が悪い。

俺の影響だって言うけれど、Dクラスの奴らじゃないけど、

これも元々雪乃が隠し持ってた性格の一つ・・・・・・だと思いますよぉ。



結衣「ねえ、ヒッキーどういうこと?」



俺のそでを引っ張り、由比ヶ浜は説明を求めてくる。

雪乃も陽乃さんも説明してくれないから、俺の方に来たか。



八幡「雪乃は、いずれはDクラスの奴らとかに頼むことになるだろうと思って、

   あらかじめ行動指針を作っていたんだよ。だから、作る必要がないって言ったんだ」

結衣「えぇ・・・・・。だったら、初めからそういえばいいじゃん。

   やっぱ、ゆきのん。ヒッキーと暮らすようになって、意地悪になったよ」

八幡「俺のせいじゃないって」

結衣「絶対、ヒッキーの影響だよ」

雪乃「由比ヶ浜さん。私は、意地悪になった覚えはないのだけれど。

   むしろ、由比ヶ浜さんが私の話を最後まできかなかったことが原因だと思うわ」

結衣「うん。やっぱヒッキー2号だ」

八幡「それは、やめろ」

雪乃「私も、怒ることがあるのよ」

結衣「えぇ〜。かっこよくない?」

雪乃「そのセンス、改めたほうがいいわよ」


392 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/16(木) 17:36:11.92 ID:z2fRUz7G0



陽乃「はい、は〜いっ。じゃあ、私が2号さんになるね」

雪乃「姉さん・・・・・・・・」



陽乃さんがいう2号さんは、意味深すぎて危ないだろ。

雪乃も陽乃さんの発言に反応して、睨みつけている。

その陽乃さんの方は、素知らぬ顔をして、由比ヶ浜の相手をしてるし。

俺は、危なすぎる姉妹対決を横目に、深いため息をつく。

でも、心地よいため息に、心が少しばかり軽くなる。

重たい空気だったはずなのに、いつの間にやら明るい兆しが覗き始めたのだから。













6月31日 日曜日







俺と陽乃さんは今、ストーカーのうちの一人の自宅前に来ていた。

事の次第を簡単に説明すると、Dクラスの奴らは、全員快く引き受けてくれた。

そのかいもあり、昨日俺と陽乃さんがデートをして、ストーカーを引きつけたのだが、

驚くことに3人もストーカーらしき人物を見つけ出し、顔写真まで隠し撮りしてくれた。

他にも数人怪しい人物がいたらしいが、こちらの方は写真は撮れてはいない。

もしかしたら、顔写真取れた奴らも怪しいだけで、ストーカーではないかもしれないが、

一人だけは、限りなく黒に近い人物が紛れ込んでいた。

そいつの名は、石川。以前陽乃さんにストーカー行為をしていた奴で、

陽乃さんとの楽しい話し合いによってストーキングをやめることになった。

陽乃さん曰く、小心者で、二度とストーカーなんかやらないはず、とのこと。

だから、石川が再びストーカーになったことに不審がっていた。

陽乃さんの迫力に、その場だけは反省した態度をした可能性もあるけど、

雪乃の心をえぐるような精神攻撃を受けてきた経験がある俺としては、

やはり陽乃さんの意見に賛成で、どうして石川が再びストーキングを再開したのか

謎に思えてしまう。

そういや、どうしてストーカー達は陽乃さんに接触してこないのかな?

ストーカーに詳しいわけではないが、見てるだけで満足なのか?

ネットに情報上げている時点で危ない連中だけど、例の噂の出所が大学の2年といい、

謎が多いよな。

393 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/16(木) 17:37:06.14 ID:z2fRUz7G0

陽乃さんは、以前話し合いをしたときに手に入れた石川の住所を確認し、

インターフォンを押す。

モダンなアパートの2階に一人で住んでいる大学生らしい。

俺達が通う大学の近くにある私立大に通っているので、もしかしたら、

偶然陽乃さんを見つけてストーカー心を再燃でもしたかもな。

それも、本人から事情を聞けば解決するか。

外から様子を伺ったが、石川は部屋にいるはずだ。

TVがついていたし、人がいる様子も伺える。

俺は、もしもの為の逃走経路や、隠れて様子を見守っている雪乃達を確認をしていると

部屋の扉が開き、TVの音が漏れ出てくる。
そして、不機嫌そうな顔の石川が顔を見せた。

しかし、俺の事も知っているみたいで、俺を見るや否や扉を勢いよく締めようとする。



陽乃「あら? わざわざ私が会いに来てあげたのに、残念なことするのね」



扉をがしっと止めた陽乃さんは、扉の陰から底意地が悪い死神のような顔を

石川に見せつける。

陽乃さん・・・・・・・。その登場の仕方って、悪役ですから。

しかも、その顔。悪魔そのものです。

俺は、このあと行われるはずの楽しい話し合いが早く終わることを祈った。

だって、俺に対してではないけど、すぐ横でずたぼろにされていくだろう石川を

見ているのだって、俺の精神を抉っていくだろ?




第21章 終劇

第22章に続く






第21章 あとがき



はるのん狂想曲編の次の展開を考えいますが、一応2候補あります。

このままの時系列を進めていくお話と高校生編の二つありますが、

一応前者を書きすすめてはいます。

高校生編を始めると、おそらく大学生編に戻ってくるまで相当時間がかかると思いますので。

それとも、ある程度の区切りをつけて、交互に書くか迷うところです。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/16(木) 18:02:26.31 ID:/cDQJqum0
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/16(木) 19:05:56.68 ID:inA45vicO
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/16(木) 19:06:48.27 ID:Xf+nJX1Yo
超乙
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/16(木) 20:05:01.64 ID:edwAtOj9o
乙です
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/16(木) 20:23:32.88 ID:RM3wKX+AO
乙です
399 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/17(金) 02:36:56.76 ID:0C6dNYKt0

今週も読みに来ていただき、ありがとうございました。

ようやくストーカー騒動の核心へと動き出していきます。

もはや八幡を押しのけて主人公の座を奪い取る勢いのはるのんですが

温かく見守ってくださると幸いです。
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/17(金) 18:59:24.42 ID:Mwpivdq3o
乙です!!

ところで、>>392 の【6月31日】ですが、6月は30日までです…
401 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/17(金) 19:22:48.19 ID:0C6dNYKt0

あっ! 本当だ・・・・・・。

話の構成一覧みたら、7/1日曜日になってるしorz

ご指摘ありがとうございます。
402 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:31:58.31 ID:z4qoVlxl0



第22章








7月1日 日曜日








目の前にいたはずの石川は、陽乃さんの顔を見るや忽然と消えうせる。

そして、どこに行ったかというと俺達の足元にいた。

地面に頭をこすりつけながら肩を震え上がらせている。

いや、まあ、陽乃さんは、どんだけトラウマ植え付けたんだよと、

少々かわいそうに思えてしまう。

なにせ陽乃さん見た瞬間に条件反射的に土下座だもんな。

ここまで怖がってるんなら、ストーカーなんかしなければいいのに。



陽乃「玄関先で話すようなことでもないし、中に入れてくれないかしら?」

石川「はっ、はいっ」



地面に向かって大きく返事をすると、腕の反動を使って立ち上がり、

玄関のドアを抑えて陽乃さんが中に入りやすいように誘導する。

陽乃さんは、誘導に従い部屋の中に勝手に入っていく。

俺もついていかないわけにはいかなく勝手に入らせてもらうが、

石川は特に気にしていないようだ。

靴を脱ぐとき、ちらりと石川を観察すると、俺より背は低く、いわゆる中肉中背って

感じで、これといった特徴もない男であった。

玄関周りも綺麗に片付いており、部屋の中の方も綺麗そうだ。

本人は今、脂汗をだらだら流しながら小刻みに震えているから

みすぼらしく見えてしまうが、身なりを正せば、そこそこまじめな大学生といえる。



陽乃「早く来なさい」



部屋の奥で勝手にソファーに腰をかけている陽乃さんは、時間が惜しいわけでもないのに

石川をせかしたてる。その石川も、陽乃さんの声に反応して駆け足で部屋の中に

戻ってくるんだから、どんな楽しい話し合いだったか想像がつかない。



石川「今すぐ行きます」

403 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:32:29.67 ID:z4qoVlxl0


陽乃「私が来た理由、わかるわよね」

石川「はいっ」



石川は、自分の部屋だというのに、部屋の隅で正座している。背筋を伸ばし、

顎を軽くひいて、まっすぐと陽乃さんを見つめる。

俺は、ふと、躾が厳しい昔の日本の風景を思い浮かべてしまう。

厳格な父が、小さい子供にものさしかなんかをもって、少しでも姿勢が崩れれば

びしっと叩くような、古き日本の家庭。

目の前にあるのは、厳格な父でも小さな子供でもない。

オブラードに包んだ言い方で、女王様と下僕がいいところ。

まあ、女王様に忠実なのはあってそうだから、ますますこいつがストーカーを

再開した理由がわからなくなった。



陽乃「じゃあ、全て話しなさい」

石川「はいっ」



そう威勢よく返事をすると、デスクトップパソコンのモニターに一通のメールを

表示させる。



陽乃「これは?」

石川「はいっ。これは僕宛てに送られてきた陽乃SFC入会案内です」

八幡「は?」



えぇ〜と、SFC? 慶應SFCじゃなくて、陽乃SFC?

おもわず間の抜けた言葉を発してしまう。

陽乃さんはちらっと俺の事を見たが、陽乃さんも俺と同じ感想らしい。



陽乃「SFCって?」

石川「はいっ。SFCとはS(そっと見つめる)、F(ファン)、C(クラブ)

   の略称です」

陽乃「そ、そう・・・・・・・」



陽乃さんでさえ、唖然としている。そっと見つめるってなんなんだよ。

そっと見つめているから、誰も陽乃さんに接触してこなかったってことか?

あと、Sは、「ストーカー」と「そっと見つめる」の頭文字をかけたダジャレかな

って思ってしまったことは、黙っておこう。

たぶん、冷たい目で叩き潰されるだけだな・・・・・・。

だとしても、誰だよ、この馬鹿げたファンクラブの会長さんは。


404 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:33:03.43 ID:z4qoVlxl0



石川「はいっ。でも、僕は、SFCのサイトを見ることはあっても、

   活動そのものはしていません」

陽乃「でも、昨日私の事つけ回していたでしょ?」

石川「違いますっ! 

   僕は、サイトの情報を使って、ストーカーの方を監視していたんです。

   僕は陽乃さんの教えに従って、自分にできることをするって決めたんです。

   だから、ストーカー行為なんかしてません」



石川は、身を乗り出し、汗を散らせながら懸命に訴えかけてくる。

その必死な形相からして真実なんだろうけど、いまやストーカーというよりは

下僕のような気もしなくはない。

いったいどんな楽しい話し合いしたんだよっ。

聞いてみたいような気もするけど、聞いたら後に戻れない気もするからやめておこう。



陽乃「私の家を張り込んだりはしていないのね?」



陽乃さんは、無表情に近い笑顔で石川を観察する。

明らかに作り笑いだってわかるくらい寒々しい笑顔。

俺は、怒ったり、ヒステリックになってもいいような場面でさえも笑顔を作り上げて

しまう陽乃さんに、おもわず手をさし伸べたくなってしまった。

だって、辛すぎるだろ。感情さえも抑え込んで自分を演じている。

小さい時からの習慣なんだろうけど、あまりにも過酷な幼少期に思えてしまう。

きっと本人は、自分を憐れんだりはしない。憐れむのは、他人の勝手。

でも、憐れみなど受け入れはしないし、憐れまれることも望まない。

陽乃さんが雪乃の昔話をしてくれるって言ってたが、

無性に陽乃さんの昔話を聞いてみたい自分がいた。



石川「はいっ。陽乃さんに誓って、そのようなことはいたしておりません」

陽乃「わかったわ。でも、今すぐ石川君を信じてあげられないのは、わかってるわよね」

石川「はいっ」

陽乃「よろしい。じゃあ、一応信じてあげるから、話を続けてちょうだい」

石川「はいっ。SFCのメンバーは、会長が集めてきた陽乃さん信仰者たちで構成

   されています。どこから集めてきたのかはわからなかったのですが、

   最近わかってきたのは、以前陽乃さんのストーカーをしていて、一度はやめた人が

   多いということです」

陽乃「それは、聞いてみたの?」


405 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:33:43.00 ID:z4qoVlxl0


石川「いいえ。横のつながりはほとんどありません。陽乃さんの情報をサイトにあげて

   共有したり、写真をアップするだけです。僕が以前ストーカーをしていた人物だと

   気が付いたのは、張り込みをしてわかったことです。

   僕がストーカーをしていたときにも、僕と同じようにストーカー行為をしていて

   気が付いていましたから。たぶん向こうも僕に気がついていたと思います」

陽乃「具体的には、何人?」

石川「そうですね。名前はわかりませんが3人です。あと4人ほどいますけど、

   こちらの方は始めてみる顔でした」



すげぇ。元ストーカーすごすぎる。もう探偵とかやっちゃったらいいんじゃないの?

それとも、この石川君って人がすごすぎるのか?



陽乃「そう・・・・・。会長って人は、どんな人?」

石川「おそらくSFCの入会メールを送ってきた人物だと思うのですが、

   顔を見たことはありません」

陽乃「そもそも会長は、どうやって石川君のメールアドレスを手に入れたのかしら?」

石川「さあ・・・。それはわからないです」

陽乃「そっかぁ。他には情報ある?」

石川「すみません。あとは実際にサイトを見ていただくことくらいしか・・・・・」

陽乃「ううん、ありがとう。じゃあ、見せてくれない?」

石川「はいっ」



石川君はPCを操作し、SFCのHPを表示させる。

俺も陽乃さんの後ろから顔を出し、覗き込んでみるが、

意外とシンプルなサイトであった。

トップページには、IDとパスワードのみが表示され、サイト名はない。

ログインすると、陽乃さんのスケジュールとそれに基づくストーカー記録。

あとは、陽乃さんの写真。

ストーカー達のコメントも陽乃さんの様子に対するものしかなく、

石川君が言っていたように横のつながりを匂わす発言はなかった。



八幡「石川君が知っているストーカーが3人いるらしいけど、それって、

   陽乃さんが直接見れば、名前とかわかるんじゃないんですか?」

陽乃「うぅ〜ん。それはちょっと難しいかな。会長って人が誰だかわからないし、

   私が石川君と一緒に行動したら怪しまれるでしょ。

   それに、石川君が遠くから見て、電話で教えてくれたとしても、

   私がストーカーを凝視だなんてしたら、向こうも気がついてしまうでしょうね。

   私が以前関わったストーカーの写真を持っていればよかったんけど」


406 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:34:52.37 ID:z4qoVlxl0


石川「僕の方こそ、望遠カメラを持っていれば」

八幡「いや、石川君も怪しい行動は控えられてよかったんじゃないかな。

   だって、向こうは何人いるかわからないし、もし捕まったりなんかしたら

   危ないからな」

陽乃「そうね。石川君も無茶な行動はしないでね」

石川「はいっ」



まじで石川君、感動しちゃってるなぁ。憧れの存在に心配してもらって嬉しそうだ。

でも、陽乃さんの裏の顔とまではいかないまでも、雪乃からしてみれば、

ちょっかいしてくる迷惑な姉にすぎないんだろうけど、

人の評価ってわからないものだな。



陽乃「SFCのサイトだけど、毎日データを転送してくれないかしら。

   私が直接ログインしたほうがいいんだけど、

   向こうに気がつかれる恐れがあるのよね。・・・・・・比企谷君」



そう言うと、陽乃さんは俺に視線を向け、石川君に視線を送る。

あぁ、俺のメアドを教えろってことね。

一応事前に捨てアドを用意してきたけど、本当に必要になるとはね。

もしかして、陽乃さんは石川君のことを信じていたのかな?

俺は石川君とメアドの交換をする。元ストーカーとメアド交換なんてシュールだよな。

しかも、元ストーカーの家で、他のストーカー対策してるんだし、

人生ってわからないものだなと、しみじみと感じてしまう。

変な繋がりを持ってしまったものだよ、まったくな。

・・・・・・繋がり?

そっと見守るから、横の繋がりは必要ない。

むしろ、誰かが捕まったりでもしても切り捨てることができて好都合。

でも、会長って、どこから元ストーカーとか、現役ストーカーを集めてくるんだ?

それこそ石川君じゃないけど、ストーカーしているのを観察でもしてたのか。

SFC入会を送ってくるってことは、メアドも知っていなければならない。

メアドの入手経路から探りを入れてみてもいいが、素人の俺になにができる。

初めから知っている人から聞くくらいしかできないぞ。

・・・・・・・初めから知っている?



八幡「あの、陽乃さん。石川君の住所とか知ってるのって、

   陽乃さん以外では誰がいるんですか?」

陽乃「え? 石川君を見つけ出すのに協力してもらった友達はみんな知ってるはずよ」

八幡「ということは、安達さんも知ってるってことですよね?」


407 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:35:47.16 ID:z4qoVlxl0


陽乃「あっ。・・・・・・・そういうことね」

八幡「おそらく」



陽乃さんも気が付いたようだ。

元ストーカー達の連絡先を知っていて、なおかつ陽乃さんのスケジュールを

知っている人物。

あまりにもお約束の展開で、あまりにもお粗末な犯人。

今回安達・馬場・千田の中で嘘情報でふるいをかけてしまっているから

安達がSFC会長にもっとも近い人物といえる。

こんな推理なんか穴だらけだって言われてしまうだろう。

世に出回っている探偵小説であるのならば、三流以下の評価が下されると思う。

でも、これはリアルであって、小説ではない。

可能性が高いものからふるいにかけ、そこから地道にハズレを潰していって、

当たりを見つけ出す。

けっしてスマートな方法ではないかもしれないけど、俺は小説の名探偵じゃない。

どこにでもいる大学生であって、手がかりから突然犯人がひらめくわけでもない。

だから、ぐだぐだに走り回って、穴だらけの迷推理を繰り返して、

そこからどうにか犯人にたどり着いたとしても、問題を解決できるのなら

その過程はなんだっていいと思っている。

ようは、陽乃さんや雪乃が笑顔になればいいわけだ。

石川君にも一通り俺の推理を披露すると、安達への憤りは激しかった。

自分がストーカーだったという負い目はあろうが、陽乃さんに協力していた安達が

今度はストーカーだなんて、許せはしないのだろう。



八幡「明日、放課後にでも問い詰めますか?」

陽乃「うぅ〜ん。ちょっと待ってね。考えをまとめるから」



腕を組み、渋い顔をして天井を見つめたり床を見たりする。

何を迷っているのだろうか? 

既に犯人は見つかったのだから、やるべきことは一つじゃないか。

俺の不満をよそに、陽乃さんはさらにしかめっ面になって、唸るばかり。

俺と石川君は、陽乃さんが納得する答えを探し出すまで、その様子を見守ることにした。



陽乃「うん、決めた」



十数分後、ようやく出た解答は、俺の予想を裏切るものであった。



陽乃「安達君には、まだ何も言わないわ」

八幡「どうしてです。犯人が分かったんですよ」
408 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:36:19.64 ID:z4qoVlxl0


俺は、納得ができない。こう言っちゃ悪いが、今や陽乃さんだけでなく、雪乃だって

危うい立場に陥りそうである。だから、早く解決できるのならば、解決すべきだ。



陽乃「まだ証拠がないでしょ」

石川「元ストーカーの僕の情報じゃ、信用ありませんよね」



石川君は、自嘲気味につぶやく。そりゃ、信じない奴もいるだろうけど、

証拠能力がないわけでもない。げんに、陽乃さんを助ける為に行動だってしてるんだ。

過去を悔い改め、再出発している人物をののしるやつがいるんなら、俺が・・・・・。



陽乃「そうじゃないのよ」



俺が石川君を励まそうと口を開く瞬間、陽乃さんの言葉が俺を思いとどめさせる。



陽乃「そうじゃないの。大学院って、大学と違って学生の数が極端に少ないの。

   ほとんどの人が顔見知りって感じね。だから、人間関係を壊すんなら

   誰も文句が言えない証拠が欲しいのよ。

   だって、私たちが手にしている証拠って全部、私達の推理も含まれているでしょ。

   それだと、決定打に欠けるわ」

八幡「そうかもしれないですけど・・・・・・・・」



陽乃さんならば、多少強引にでも事を進めると思っていた。

だけど、下した結論は捜査続行。安達を問い詰めることはしない。

由比ヶ浜じゃないけど、陽乃さんも人間関係のバランスを良く見ているとは驚きだ。

存外、人を良く観察しているからこそ、大胆な行動もできるのかもな。

そりゃ、まわりの反応も無視して独断行動ばかりしていたら、ただの痛い子だもんな。



陽乃「でも、黙ってる気はないわ。やるなら徹底的に叩き潰してやるんだから。

   私と、私の大切な人たちを傷つけようとした報いは受けてもらうわ」



そう冷淡につぶやくさまは、まさに悪役。

陽乃さんを女神のごとく崇拝していた石川君でさえ、表情を堅くし、

震えおののくありさま。

俺も背中に嫌な汗が流れ落ち、ぞっと身震いをする。

冷たい空気が雰囲気を重くし、俺達二人は、石のようにかたまって

嵐がやむのを待つしかなかったのであった。






409 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:36:50.15 ID:z4qoVlxl0






7月4日 水曜日






月曜、火曜と日曜日にあったことなどなかったように、大学生活は進む。

陽乃さんも、表面上は安達ともいつも通り接している。

さすが強化外骨格の持ち主。どんなことがあっても、その仮面は崩れさることはない。

年季が違うね。俺だったら、態度に出て、不審がられるだろう。

その安達は、今日も軽薄そうな感じで、他の友人たちとつるんでいる。

俺の勝手な判断だけど、お調子者で、責任感が欠けてるように見えてしまう。

実際は責任感があるかもしれないけど、見た目がマイナス材料になっている。

まあ、見た目を信じてはいけないと思うけど、雪乃曰く、見た目には

その人の人のなりと育ちを映し出してしまうから、判断材料の一つになってしまうとか。

たしかに、第一印象って大事だしな。いくら本当はいいやつでも

第一印象で失敗したら、それを挽回するのは大変だ。

むしろ、ずっと第一印象を引きずってしまうこともあるほどだ。

ま、陽乃さんも俺の安達の印象には賛成らしい。

仮に、私の重い結婚話なんか聞かせたら、すぐさま逃げ出しそうねと

笑いもしていたが、それがどうにも悲しそうに笑っているように見えてしまった。

この数日、陽乃さんの内面を覗き込む機会がある分、陽乃さんのことを考えてしまう。

きっと俺が見ている陽乃さんも、陽乃さんのほんの一部分なんだろうけど、

陽乃さんがひた隠しにしていた部分のように思えてしまう。

さて、ストーカー問題もあるが、俺には目の前の英語勉強会も待っている。

だけど、こっちの方はもう大丈夫そうだ。

なにせ、俺が講義をしなくても、各自が自分の担当箇所を説明していくれている。

俺の仕事といえば、なにかあれば軌道修正したり、スケジュールを立てるくらい。

そもそも元々勉強できるやつらであるわけで、自転車と同じく、

のれてしまえば、すいすいいってしまう。

そんな感じで、今日の英語の授業も、授業後の小テストさえも問題なかったはずだ。

きっと明日の勉強会では、ほくほく顔のあいつらを見ることになると思えた。



弥生「比企谷君ですよね?」



雪乃と陽乃さんの講義はあるが、俺は空き時間ともあって、適当に時間をつぶそうと

図書館に向かおうとすると、聞き覚えがない女性の声が俺を呼びとめる。

年の感じは、20代後半か、いやもう少し若いか。学生って感じでもないし・・・

と、やや警戒気味に振り返り観察する。

410 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:37:41.67 ID:z4qoVlxl0


そこにはスーツを着込んだ背が高くスレンダーな女性が立っていた。

背は170は超えており、几帳面そうに身なりを整えている。

しっかりと整えられた髪型とよれがないネクタイが、几帳面さをより印象付ける。

ただ、細いメタルフレームに納められた薄いレンズからのぞかせる目からは、

緊張している様子もうかがえた。



八幡「はい。そうですけど」



俺の警戒心も伝わったらしく、すぐさまその女性は簡潔に自己紹介をした。

けっしておどおどした感じはなく、はっきりした口調が、人前で話すことが

場馴れしていることを示していた。



弥生「私は、1年生のDクラスで英語を教えている弥生夕といいます。

   比企谷君の事は、Dクラスの生徒から聞きました」

八幡「そうですか」



もしかして、やばい? 余計な事をしてくれたなって、釘をさしにきちゃったのか?

悪いことをしたわけじゃないけど、先生としてのプライドもあるし、

ちょっとやばいかも・・・・・・。

俺は、一歩足を後ろに引きたい気持ちを押しとどめる。

それでも体は正直で、嫌な汗が噴き出てきた。



弥生「そんなに警戒しなくても。私は、お礼を言いに来たんですよ」



俺の警戒心を読みとって、先回りしてくる。

俺が警戒心丸出しだっただろうけど、人の機微には敏感なのかもしれない。

そうなると、Dクラスの連中の態度も丸わかりだったんだろうな。

裏では、冷血・サディスト・鬼畜・役立たずなんて陰口を言われていることも

知っていたはず。

Dクラスの連中も言ってたと思うけど、それについては俺はなにも言ってこなかった。

人の印象は、第一印象が勝負。俺があれこれいっても覆りはしない。

覆るとしたら、真相を知って、なおかつ、そいつらが相手に歩み寄ったときのみ。



八幡「お礼ですか? 俺はなにもやってませんよ。

   小テストの点が良くなったのも、あいつらが勉強をした結果です。

   俺がテストの点をとれるようにしたわけじゃないです」



弥生先生は、俺の発言を聞くと、目を丸くしてから、小さく笑いを洩らす。


411 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:38:25.21 ID:z4qoVlxl0



弥生「笑ってしまって、すみません。いや、ね。

   Dクラスの子たちが言う通りの人だなと思って」

八幡「どうせ、噂ですよ」

弥生「そうかな。結構的を射てる内容でしたよ」

八幡「そうですか」

弥生「今日は、もう帰りですか?」

八幡「いいえ。連れが今の時間の講義があるんで、それが終わるまで待ってから

   帰る予定です」



弥生先生は、年季が入ったシルバーの腕時計を確認すると、俺に提案してくる。



弥生「それだと、しばらく時間があるってことですよね。

   食事でもどうですか?」

八幡「構いませんけど」



ちょうど小腹がすいてきたことだ。夕食までには、またお腹もすいているだろうし。

それに、むげに断って、Dクラスの連中に悪い影響を与えるのもよくないだろう。

ただ、俺の弥生先生に対する第一印象からすると、その可能性は低いか。

ちょっと待て。俺の弥生先生に対する第一印象は既に訂正しないといけないか。

大学の英語講師をやってるっていう事は、既に大学院を出ているわけだし、

しかも、何年かは既に講師として活躍しているはずだから、

弥生先生の年齢って、もう30代なのか?

それにしても若く見えるものだな。

大学院生・・・・・・、大学4年生あたりでもいけるんじゃないか。



弥生「それでは、行きましょう。美味しいラーメン屋がこの近くにあるんですよ。

   もしかしたら比企谷君も知っているラーメン屋かもしれませんね」



俺は、弥生先生の横にならび、ついていく。

大学周辺にもラーメン屋はいくつかあるし、

俺が行ったことがあるラーメン屋である可能性は高い。

どれもそこそこ以上の味だったはずだし、どこへ行っても大丈夫だろう。

たしか行ってない店もあったよな。

行くとしても、できるなら行ってない店の方がいいか。

初めての店に一人でいくのもいいけれど、

誰か知っている人にお勧めを聞くのも悪くはない。


412 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/23(木) 17:39:12.78 ID:z4qoVlxl0


俺は一人、まだ見ぬラーメン店への幻想を抱き、心躍らせる。

でもなぁ、初めて会った人間に、しかも男子生徒相手にラーメン屋って

どこの平塚先生だよ・・・・・・。








第22章 終劇

第23章に続く


















第22章 あとがき





実はDクラスの英語講師。設定が何度も変わったキャラクターなのです。

性別も変わったし、性格やバックグランドも変わりましたし、

名前なんかは、数回変わっています。

最初は、単なる英語講師Dとか雑に扱ってたきたキャラクターなのに

もしかしたら一番出世したキャラクターかもしれませんw




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派


413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/23(木) 18:19:23.53 ID:EpL0stuAO
乙です
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/23(木) 18:57:06.82 ID:ApVJKDZTo
乙です
415 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/24(金) 02:30:18.78 ID:Mjkm7z/X0

今週も足を運んでくださり、ありがとうございます。

はるのん狂想曲編も終盤に入り、謎が解き明かされていっております。

みなさんの予想通りだったでしょうか?

仮に予想通りだとしても、楽しめてもらえたのならば幸いです。
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/25(土) 10:51:01.71 ID:Hti8W4uqo
うおお、昨日からずっと読んでるが面白いな!五月からって長編ですね
SSのタイトルに関してですが、○○(名前)「セリフ」ってタイトルが多いので、基本名前で検索します。タイトルではなく、ハルヒならハルヒ、キョンで検索。とあるシリーズなら一方通行、上条、御坂、美琴などで検索してます。
まあ、タイトルつける際の参考にしていただければ。ここも本当にたまたま見つけたので。

応援してます。陽乃さんとイチャイチャするSSもいつか書いてくれたらと思います。魅力的にかけていてみたいなと。あと雪乃とのイチャイチャも期待してます。
417 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/25(土) 16:29:49.69 ID:SbYuiWZn0

連載を始めて、もう五カ月になりますか。

よくもまあ週二作品の連載を続けてきたものです。

初めは文章を書く練習のつもりで始めたのに、

それがここまで続くとは想像もしていませんでした。

タイトルについては、次作品を始めるときには参考にさせていただきます。

本作品は、初めてネットにアップしたときのタイトルを

そのまま『第二部』にしただけですし。

今振り返りますと、『第一部』の方の迷走ぶりはすごいですね。

なにせネット対応の書き方さえ知りませんでしたからね。

もうすぐ連載開始から半年になりますが、ここまで続けられてきたのは

皆さまが読みに来てくださり、温かく見守ってくださっているからだと思います。

今後も頑張っていきますので、よろしくお願い致します。



一気読みとはすごいですね。

毎回7500字を目安にアップしていますので、

ここまで全部ですと、ライトノベル二冊分くらいですかね?

実際小説形式で書きなおすと、少し削られてしまいそうですが。



黒猫 with かずさ派
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/25(土) 16:58:25.19 ID:blEIk9vBo
乙ー
419 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:31:00.86 ID:oXMFQ7UX0



第23章









7月4日 水曜日









俺は、弥生先生に連れられ、正門を抜ける。

前の講義が終わってからしばらくたっていることもあり、学生の数は少ない。

別に大学教師と一緒のところを誰かに見られてもかまわないが、

陽乃さんのストーカー騒動もあって、人の目を気にしてしまう。



弥生「比企谷君。Dクラスの子たちを見て、どう思いましたか?」



突然の質問に身構えてしまう。

ラーメン脳を頭の隅に追いやり、目の前の問題に意識を向けた。

Dクラスの担当講師に会った時点で、聞かれる可能性が高い質問であると警戒はしていた。

そりゃあ、いきなり小テストの点数が上がったら、俺でも気になる。



八幡「そうですね・・・・・・・」



俺は一呼吸置き、弥生先生の様子を観察するが、俺を警戒するそぶりはない。

ここは、正直に答えておくべきか。



八幡「頭がいい奴らだとは思っていましたよ。今は点数が落ち込みはしていますけど

   この大学に入れた時点で優秀なのは証明されていますからね」

弥生「それは、自分も優秀だといいたいわけですか?」

八幡「いや、そういうわけでは」



俺もあいつらと同じ大学だし、俺の言い方だと、俺も優秀だって事になってしまう。

でも、そういう事を言いたいわけじゃないって、弥生先生もわかっているはずだから、

思いがけない返答に慌ててしまう。



弥生「すみません。意地悪な事を言ってしまって」

八幡「いや、大丈夫です」

420 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:31:32.88 ID:oXMFQ7UX0


弥生「私も、比企谷君の意見に賛成です。大学受験で燃え尽きてしまう生徒もいますが、

   Dクラスの子達は、少し事情が違いますね。中にはいるでしょうけど、

   それは少数派でしょうね」

八幡「はぁ・・・・・・・」



何を言いたいのか、注意深く探る。遠くを見つめ、まるで今までを振り返っている気がした。

今年のDクラスの生徒は十数人だけど、何年も続ければ数もそれだけ増えていく。

きっと、今までも毎年同じことが繰り返されてきたに違いなかった。



弥生「うちの大学は、全国クラスで見ても優秀な方だと思います。

   だから、全国から優秀な子たちが毎年入ってきます。

   きっとその子たちは、地元の高校では優秀な成績だったのでしょうね。

   クラスメイトからは羨ましがられたり、尊敬されたりしてたのでしょう。

   先生達からの信頼もあったはずです。

   でも、そういう子達が一か所に集められてしまったら、優秀な子達だけで

   順位が付けられてしまい、今までトップ集団であっても、

   いきなり下位グループに落とされてしまう子達が必ず出てしまうのですよね」

八幡「そうですね」



俺と同じことを考えていたことに、驚きを覚える。

いや、そうでもないか。当然のことだ。この人は、毎年見て、実感してきている。

俺よりも深く関わってしまっている。



弥生「今まで挫折を知らなかった子達は、打たれ弱い。

   一度沈み込んでしまったら、立ち上がるまで時間がかかってしまう。

   大学を卒業するまでかかってしまう子もいるし、卒業しても無理な子もいる。

   でも、どの子たちにも共通して言えることは、大学で勉強している間に

   立ち上がれる子は極めて少ないということです。

   立ち上がろうにも、化け物のような才能の持ち主が毎年入学してきますから

   その子たちには勝てないって、諦めてしまうのでしょうね。

   勉強は勝ち負けだけではないというのに」

八幡「理屈からすれば、そうなんでしょうね。でも、理屈ではわかっていても

   人間だれしも強くはありませんし、簡単には立ち上がれませんよ」

弥生「そうでしょうね。私も一人だったら立ち上がれなかったでしょう」



立ち上がれなかった? うちの大学で、英語講師にまでなったこの人が挫折してるのか?



弥生「そんなに驚いた顔しないでくださいよ。私も長く生きていますから、

   挫折くらい何度もしています」
421 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:32:00.55 ID:oXMFQ7UX0

八幡「すみません」

弥生「いいんですけどね。私もね、うちの大学のDクラス出身なんです」

八幡「はっ?」



俺は盛大に驚きの声をあげてしまった。

その声を聞いた弥生先生は、無邪気に俺の顔を見て笑っている。

俺の反応が予想通りだったのか、俺の顔が変だったのか、それとも他の要因かは

わからないけれど、弥生先生は満足している感じであった。



弥生「ふつうは、比企谷君のような反応しますよね。

   私だって、私が大学で英語講師になってるなんて夢にも思っていませんでした。

   でもね、私の場合は、挫折しても手を差し伸べてくれた友人がいたんです。

   彼女はAクラスで、どの教科であっても優秀でした。

   今は、就職して、出世街道まっしぐらって感じですかね。

   勉強だけではなく、人当たりもよかったですし、彼女ならどこであっても

   うまくやっていけると思いますよ」

八幡「そうでしょうね」



俺もそういう奴を知ってるが、そういう奴はどこであっても根をしっかり張り、

ぐいぐい成長していくはずだ。



弥生「だから私は、自分がDクラスのときそうだったように、今のDクラスの生徒たち

   にも、再び立ち上がって勉強を楽しんでもらいたいんです」



やはり人からの噂はあてにならない。だって、この人はDクラスの為を思って行動していた。

きっと、きつくあたっていたのは、彼らに頑張ってほしいから。

きつく当たるだけではなく、フレンドリーに接してみたり、

講義内容も初歩からやったりと、長年思考錯誤を繰り返してたのかもしれない。

だけど、弥生先生だけが頑張ったとしても、人は簡単には変われない。

本人が変わりたいって望み、行動しなければ変わることなんかできやしない。

きっと、このまま手を引っ張り続けていたならば、弥生先生は重みに耐えられなくなって

いつかは弥生先生まで引っ張りこまれて倒れてしまったことだろう。



弥生「だからね、本当の事をいうと、比企谷君がDクラスの子たちを立ち直らせて

   くれたのを見て、悔しくもあったんですよ。

   だって、私が何年かけてもできなかったことを数週間で解決してしまったのですから」

八幡「俺は、彼らに動いてもらっただけですよ。

   動かざるをえない状態に追いやっただけです。そして、動きだしてしまえば、

   あとは勝手に動いてくれているだけなんですよ」

422 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:32:29.59 ID:oXMFQ7UX0


弥生「それをやるのが難しいんですけどね」



弥生先生は、頭をかきつつ、あきれ顔をみせる。

だけど、そんなこと言われても、俺が成功したのも運があったからとしかいえない。

俺も勝算があってやったわけでもない。

俺が思い付いた方法が、たまたま当てはまっただけ。



八幡「運が良かったんですよ」

弥生「そうですか? それでも、君には人を引き付ける魅力があったことだけは
   たしかですよ」

八幡「そうだったら、いいんですけどね」

弥生「失敗続きの私が言っても、説得力に欠けますか」

八幡「そんなことは・・・・・・・」

弥生「いいですって。・・・・・・あっ、ここですよ。

   私の行きつけのラーメン屋は」



目の前には見覚えがある店舗がそびえている。それもそのはず。

俺も平塚先生もよくこの店に来ているのだから。

俺は、弥生先生との会話に集中しまくってて気がつかなかったけど、

歩き慣れた道ならば、違和感もなく歩けるわけだよな。

店ののれんには、総武家と書かれていた。



弥生「もしかして、比企谷君もここ知っていましたか?」

八幡「あぁ、はい。よく来ています」

弥生「そうですか。それはよかった。私もここの大ファンでしてね。

   でも、今度の道路拡張工事でこのビルも取り壊しになってしまい、

   店も閉店しなくてはならなくなり、とても残念ですね」

八幡「それを聞いたときは、急なことで驚きましたよ」



今でも覚えているあの感覚。自分は無力だって思い知らされる脱力感。

人生思い通りにならないことが多々あるけど、大切なものほど失った後にたくさん後悔する。

過去を振り返らないなんて無理だ。きっと何度も思い出してしまう。

時間がたつにつれて、記憶が薄れてはいくけれど、いつかまた何かのきっかけで

鮮明に思い出し、より深く傷つく。



弥生「それにしても、この辺の再開発は大規模ですね。

   ここの道路だけじゃなくて、隣の道路のほうも拡張工事らしいですから」

八幡「えっ? 向こうの道路の拡張工事するんですか」

弥生「ああ、これはまだ内密にしておいてほしいんだけど、いいかな」

423 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:33:05.09 ID:oXMFQ7UX0


八幡「あ、はい」

弥生「私の同級生に議員の秘書をやってる人がいましてね。

   この前食事をしたときに聞いたんですよ。

   彼女も議員の秘書をやってるのだから、秘密にしなければいけないことも

   あるのでしょうに。私みたいなしがない大学講師に話しても実害はありませんけどね」



弥生先生は、苦笑いを浮かべる。きっと酒が入ってしまうと、本当に言ってはいけない事

までも話してしまっているのかもしれない。

その辺は推測にすぎないけれど、もしかしたら、

それだけ弥生先生が信用できる人ってことなのかもな。



八幡「その辺は、弥生先生を信じてるんじゃないですか。

   でも、話す方もどうかと思いますけど」

弥生「そうですよね。今度きつく言っておきます」

八幡「あの・・・・・・」

弥生「なんでしょう?」

八幡「拡張工事って、最初から両方ともする予定だったんですか?」

弥生「違いますよ。正確に言いますと、ここの道路の拡張工事は既に公示されて

   いますので秘密でもなんでもないんですよ。

   ただ、向こう側の道路の方が現在交渉中といいますか、内密にことを

   進めているらしいです」

八幡「そうなんですか」

弥生「あっ、でも、比企谷君も秘密でお願いしますよ」

八幡「はい」



俺の返事を見届けると、食券を2枚購入して弥生先生はのれんをくぐって店内に入っていく。

俺は弥生先生の話を検証してみたい気持ちが強かったが、待たせるわけにもいかない。

はやる気持ちを抑え、俺は後に続く。

やはり裏で何か動いているのかもしれない。

公共工事ならば、雪乃の親父さんに聞けば何かわかるかもな。

でも、今は目の前のラーメンだな。

店内に充満するラーメンの臭いの誘惑には勝てる気がしなかった。














424 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:33:51.62 ID:oXMFQ7UX0



陽乃「へぇ・・・。そんなことがあったの。私は弥生先生の講義とったことなかったけど、

   結構よさそうな先生だったのね」



弥生先生とラーメンと食べた後、俺は急ぎ待ち合わせの場所に戻る。

時間はたっぷりあったはずなのに、時間を忘れ、話に夢中になっていた。

もちろん拡張工事の話をもっと聞きたかったが、これ以上の情報は期待できなかったと思う。

それよりも勉強論というか、大学の実情や問題点の話が興味深かった。

俺は将来先生になりたいわけでも大学に残りたいわけでもないが、

弥生先生の人柄に強く関心を持ってしまった。

人の縁って不思議だよな。

些細なきっかけで、縁がないと思っていた弥生先生と巡り合ったわけだ。

そう考えて過去にさかのぼると、雪乃に会わせてくれた平塚先生には一生頭が

上がらないかもな。



八幡「それで、拡張工事について、お義父さんに聞いてもらえませんか?」

陽乃「それは構わないけど、大したことは聞けないと思うわよ」

雪乃「姉さん、私からもお願いするわ」



雪乃は、紅茶をトレーに載せてソファーに戻ってくる。

リビングには、うっすらと紅茶のフルーティーな香りが囁きだす。

コーヒーのように強烈な香りってわけでもないけれど、優しい香りが心を緩める。

陽乃さんは、満足そうに紅茶を一口飲むと、いつもの頼れる姉の顔をみせる。

陽乃さんも一時はどうなるかと心配はしていたが、最近は明るさを取り戻しつつある。

やはり犯人の目星がついたことが大きいかもな。

それでも、決定打にかけるのがつらいところだけど、味方も増えた。

きっとうまくいくさ。



陽乃「善処するけど、あまり期待しないでよ。お父さんったら、

仕事の事はあまり話してくれないから」

八幡「そこをなんとか頑張ってください」

陽乃「わかったわ。比企谷君には迷惑かけてるからね」

八幡「迷惑なんかじゃないですよ。陽乃さんだから手を貸しているだけです」

陽乃「そう?」



陽乃さんには意外な答えだったらしく、わずかに驚く。

しかし、雪乃を見つめると、少し残念そうな笑顔を見せ、目を伏せる。

まあ、拡張工事の裏事情を調べたところで総武家が助かるとは思えない。

だけど、急な立ち退きだ。きっと何か裏で動いているはず。

425 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:34:34.02 ID:oXMFQ7UX0


わずかな望みかもしれないけど、これも弥生先生からの縁だ。

当たってみて、損はないだろう。










7月5日 木曜日






前日、弥生先生からテストの点数具合を聞いてはいたが、あまりにも好調すぎて

俺でも驚いてしまう。

弥生先生が暗躍している俺の事を気にする気持ちもわからなくもない。

短期間でここまで改善するとは誰も思っていなかったはずだ。

俺は朝からすこぶる機嫌がよかった。

こんなに晴れ晴れとした朝はひさしぶりだと思う。

英語の勉強会もそうだが、今朝陽乃さんを迎えに行くと、昨日の解答を聞くことができた。

それによると、総武家に面している道路を計画したのは

親父さんとは別グループのものらしい。

それに対抗して打ち出した計画が、

親父さんが所属するグループが推し進めている隣の道路の拡張工事だったようだ。

素人の俺としては、隣接する道路を二つも拡張しても税金の無駄遣いだって思えて

しまうが、実情としては総武家の方の道路は通学路、主に人の通りがメインの工事らしい。

そして、親父さんの方の道路は、

トラックや車などの交通渋滞を改善する為のものらしい。

どちらも必要な工事だとは思うけど、やはりそこには利権問題が絡まっていた。

その辺は推測が含んでしまうが、所属するグループの議員の利益になるように

動いていることはたしかである。

もちろん陽乃さんであっても親父さんからお金がらみの事は聞き出せはしなかったけど、

あの道路には雪ノ下の企業のビルもあるらしかった。

あとでこっそり雪乃が教えてくれたけど、きっと陽乃さんも知ってたはず。

身内のちょっと汚い裏事情。それは陽乃さんであっても隠したいはずだけど、

俺は親父さんが汚い大人だとは思ってはいない。

それは俺が一歩大人に近づいたことなのかもしれないけど、

企業の経営者としての判断としては間違いではないと思えてしまった。








426 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:35:18.76 ID:oXMFQ7UX0







7月7日 土曜日







7月7日、七夕。今日は天候にも恵まれ、各地でイベントが行われるのだろう。

街のあちらこちらには、七夕特有の飾りがにぎやかになびいている。

毎年新しいのを買ってるのならば、無駄な遣いじゃないかって捻くれてた意見を

もってしまう。また、去年のを使っているのなら、ほこりがかぶったものを

頭上につるすなよと、これまた皮肉を言ってしまう。

まあ、どっちにしろ邪魔なディスプレイだって思うんだけど、

七夕を感じるには見慣れ過ぎた光景が広がっていた。

駅前もひときわ盛大な七夕飾りと、笹が飾られ、否応にも今日が七夕だと実感する。

浴衣を着飾った女性たちも多くいて、駅の中へと消えていく。

街はいつもより活気づき、落ち着かない雰囲気を醸し出す。

しかし、俺達が発する落ち着かない雰囲気は意味が違う。皆堅い表情をしていた。



結衣「いよいよだね」



雰囲気に敏感な由比ヶ浜は、場を和ませようとあれこれ画策するが、全て霧散していた。

なにせ、今日の為に考えうる手は打ってきたし、協力も取り付けてきた。

陽乃さんや雪乃だけではなく、ここにはDクラスのメンツも勢ぞろいしている。

本当に他にやれることはなかったのか?

あとで後悔するのは自分なんだぞと、何度も自問してきたけれど、効果はない。

雪乃にしたって、陽乃さんであっても、万能ではない。

それは、この数日間で実感してきたことでもある。

人は失敗するからこそ、成長する。いや、ちがうか。

失敗して、そこから這い上がるからこそ成長する。

這いつくばったままの奴は、それまでだ。

だけど、一人でなんでもやろうだなんて、子供じみた考えはもはや俺にはない。

高校時代の俺が知ったら笑い転げるかもしれないけど、事実だからしょうがないじゃないか。

自分の限界を知っているはずの高校時代の俺であっても、

自分の限界を知った上で行動している高校時代の俺であったとしても、

みっともなく這いつくばりながらも懸命に立ち上がろうとしている奴の方が強いって

今の俺なら胸を張って言える。

だって、かっこいいだろ弥生先生やDクラスの連中。

一度は泥水にまみれながらも、今は懸命に前に突き進んでいる。

427 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:35:52.06 ID:oXMFQ7UX0


まあ、俺に手を貸してくれているっていう個人的な理由も加点事由かもしれないけど、

それは、まああれだ。人の印象だからしょうがない。

それに陽乃さん。なんでもできるスーパーウーマンって勝手に思ってたけど、

それも間違いであった。笑いながらトラブルをぶん投げてくる迷惑な人っていう

強烈な印象もこびり付いているけれど、それは陽乃さんの一つの側面でしかない。

この数日間で俺が勝手に抱いた印象もほんの少しの陽乃さんのでしかなく、

きっと俺が知らない一面がまだたくさんあるのだろう。

そして、陽乃さんもやっぱり女の子であった。

俺は、役に立ちもしない男かもしれい。それでも、守ってあげたいと思ってしまう。

そういう普通すぎる女の子でもあったんだって気がついてしまった。

その普通すぎる女の子の笑顔を取り戻せるかどうかがかかった七夕祭り。

準備は整っている。あとは臨機応変にやっていくしかない。



八幡「準備はいいか」

結衣「たぶん大丈夫」

八幡「たぶんかよ」

雪乃「由比ヶ浜さんのサポートは私がするのだから問題ないわ」

結衣「ゆきのん」



由比ヶ浜は、雪乃の腕をとりじゃれつくが、最近雪乃はそれを嫌そうにはしない。

慣れかもしれないけど、雪乃も丸くなったものだな。

作戦前の緊張を和ませるゆりゆりしい光景を堪能したところで、今日の主役が登場する。

ま、由比ヶ浜は雪乃と一緒に行動する予定だから問題ないか。

むしろ雪乃が無理をしないように由比ヶ浜が見張ってると言ってもいいほどだけどな。



陽乃「みんな、今日はほんとうにありがとう。

   感謝しきれないほどのことをこれからしてもらうけど、いつかきっと恩は返します」



俺、雪乃、由比ヶ浜。それに、Dクラスの連中。石川君は、俺達と一緒のところを

他のストーカー連中に見られるとやばいので別行動中だけど、みんな頼もしい連中だ。



八幡「そういうしんみりする言葉は、全てが終わってからにしてくださいよ」

雪乃「姉さんらしくないわ」

結衣「そうですよ。もっとこう、元気になるような檄を下さいよ」

陽乃「そう? だったら・・・・・・、私の雪乃ちゃんに害をなそうとする連中は

   一人残らず皆殺しよ!」



いや、まあ、雪乃も危ない立場かもしれないけど、ちょっと違わなくない?


428 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:36:35.69 ID:oXMFQ7UX0


陽乃さんの隠れシスコンが公になっただけで、みんなどんひきじゃねえか。

雪乃なんかは、他人のふりしてるぞ。

今さらだけどよ・・・・・・・。



八幡「なにかあったらすぐに連絡してくれ。危険だと思ったら逃げていい。

   みんなの安全が第一だけど、今日だけは、ちょっとだけ力を貸してくれると助かる。

   だから今日一日、俺達に力を貸してくれ」



あれ? 俺、けっこういいこと言ったよね?

でも、なにこの静けさ。

雪乃や陽乃さんに助けを求めて顔を見ると、なんだか意地悪そうな笑顔をしている。

由比ヶ浜は、失礼にも笑いをこらえようと悶えてさえもいる。

やはり慣れないことはすべきじゃねぇなあと、Dクラスの連中の顔を見回すと、

各々表情は違うけれど、どうにか俺の思いは届いてはいた。

腕を組んで場の雰囲気を満喫してい者、ニヤニヤ笑いながらも頼もしい目をしている者、

頷く者、手を取り合い緊張を共有している者。

人それぞれのリアクションが違うけれど、なんとも頼もしいことか。



陽乃「さ、みんな打ち合わせの配置に着く時間ね。

   ちょっと痛い事言う子もいたけれど、それは寛大な目で見てくれると助かるわ」



そう陽乃さんが身も蓋もないことをいうと、皆何故だか失笑を洩らす。

俺って、そんなに恥ずかしい事いったか?



陽乃「じゃあ、みんなよろしくね」



陽乃さんが作戦開始を宣言すると、皆それぞれの場所へと散っていく。

ただ、散っていく前に、俺の肩やら手を叩いていった。

それは、これから戦いにいく戦士の別れのようでもあり、なんとも頼もしく、

俺に勇気を奮い立たせる気もした・・・・・・なんて、どっかのワンフレーズを思い出す。

ちょっとはかっこつけた言葉を言ったかいもあったかなと

小説のワンシーンのような光景に思いがけず感動してしまった。









第23章 終劇

第24章に続く


429 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/30(木) 17:37:28.25 ID:oXMFQ7UX0


第23章 あとがき






ちょっと急展開かもしれませんが、最終局面へと入っていきます。

今思えば、もう少しつなぎの部分をしっかり書いておけばよかったなと

反省しているところです。

7/7の前日あたりに、八幡、雪乃、陽乃の決戦前の不安を打ち明ける会話とか

入れておけばよかったorz




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派


430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/30(木) 17:46:07.75 ID:3tlArQdAO


最終決戦は陽乃の誕生日という事ですね
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/30(木) 19:29:11.87 ID:cFmHynYso
乙です
432 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/10/31(金) 02:00:34.03 ID:QUV+ZtIt0

今週も読んでくださり、ありがとうございました。

はるのん狂想曲編も、振り返れば、あっという間でした。

現在、プロットだけは本4作品分出来上がっていますが、執筆の方が追い付かない状態ですorz

執筆の方もあっという間に出来上がらないでしょうかw
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/31(金) 20:28:28.29 ID:eKmtCb+M0
精神と時の部屋で執筆しよう
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/04(火) 10:33:49.01 ID:5xnEltflO
きたい
435 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/06(木) 17:31:07.50 ID:y5ROlF8O0


第24章







7月7日 土曜日








午後0時35分。約束の待ち合わせ時間まで、あと5分。

安達の性格からすると、待ち合わせ時間からわずかに遅れてくるらしい。

よくて時間ちょうどくらいで、遅れてきても悪びれもしない態度に

みんないつも内心イラっとくるとのこと。

それでも、陽乃さんのことだからにこやかに出迎えるんだろうな。

裏事情を知らないって、ほんとに幸せだよ。

でも、陽乃さんがストーカーの事で相談にのってもらっているお礼として

映画に誘いだしたのだから、いつもよりは若干早くは来るかもしれない。

誰もが振り向く美人に映画に誘ってもらったんだ。

うきうきしない男はいない。

前日の夜は早めに寝ようとするけど、なかなか寝付けることはできないだろう。

それでも、目覚ましより早く目が覚めてしまうあたりは、人間よくできているものだ。

約束の時間までは十分すぎる時間があっても、家にいてもそわそわしてしまって、

早めに家を出てしまうかもしれない。そうしても、早く待ち合わせ場所についてしまって、

今度は早すぎないか、とか考えだしてしまって、余計な悩み事さえ増えてしまう。

それが一般的なデート慣れしていない男かもしれないけど、俺は違う。

もし、初めて誘われたデートならば、相手が待ち合わせ場所に来ているかをまず確認する。

そして、周りにクラスメイトなどが潜伏していないかを用心深く観察するだろう。

なにせ、どっきりの可能性が高い。

だから、用心深く行動してもしきれないほど、用心したほうがいいに決まってるじゃないか。

一応どっきりである場合の返しの言葉もいくつか考えておき、

翌日学校であっても、俺は空気になって、静かに過ごすことになるだけだ。

被害は最小限に。

でも、せっかく女の子から誘われたんだから、罠であっても行きたいってものなんだよ。




さて、現場の陽乃さんはというと、手首を返し、腕時計で時間を確認していた。

俺もつられて時間を確認すると、0時41分。

秒針がもうする頂上に戻ってきそうだからほぼ42分か。

安達はデートだというのに、いつもと同じペースで、しかも遅刻して登場かよ。


436 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/06(木) 17:31:51.43 ID:y5ROlF8O0


それとも、俺と同じように警戒しているのか?

と、少し不安になってきたところで安達が登場。

不安にさせるなって。せっかくデートなんだから、早く来いよと悪態をついたのは

俺だけじゃないはずよ。

とくに、あとで女性陣からの意見を聞いてみたいかも。

そう考えると、女子会トークなんかで、自分のデートを採点なんかされた日には

当分寝込みそうだな・・・・・・。雪乃は、由比ヶ浜であっても話すとは思えないけど

ちょっと怖いかも。あっ・・・・・、今度雪乃にデートの不満点とか、

日常の不満点とか聞いておこうかな・・・・・・・・。



安達「お待たせぇ。今日は七夕だし、人が多くて、まいっちゃうよな」

陽乃「そうね。七夕祭りとかあるし、しょうがないんじゃないかな」

安達「浴衣女子がわんさかいちゃって、目がいっちゃってさ。

   俺もおっさんになってきちゃったかもって思うと切ないわ」

陽乃「そう・・・・・」



わぁ・・・・、めっちゃ陽乃さんひいてないか。

確かに七夕だし、浴衣来てる女性多いけど、これからデートの相手の事も考えろよ

って、男の俺でも思ってしまう。

たしかに映画だし、陽乃さんも浴衣は着てこないだろうけど、

他の女の事を誉めるのはやばいだろうに。

ただ、それさえも気にしないのが安達クオリティー。我が道を行くつわものだった。



陽乃「はい、映画のチケット。今日はお礼だし、私のおごりだから」

安達「あ、サンキュ〜」



安達はチケットを受け取ると、一人映画館の中に入っていく。

陽乃さんも、俺に目配せを送ると、その後を追いかけるように中に入っていった。

中では既にDクラスのうち4人が二手に分かれて待機中のはず。

後ろの両隅を抑えてると連絡があったから、これで監視は万全。

あとで遊撃部隊として、俺が中に入っていけばいい。

外のことは雪乃達に任せておけば十分。

ま、中の仕事なんて、とりあえず監視するだけだし、楽なもんだよな。

陽乃さんたちの少し後ろに座らないといけないんで

陽乃さんがチケットを買った後に自分のチケットを買ったが

リバイバル上映らしいんで、席もたいして埋まってはいない。

なんか南極基地に行かされた料理人がひたすら料理しまくる映画らしい。

そんなの見て面白いのか?


437 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/06(木) 17:32:27.78 ID:y5ROlF8O0


デートだし、もっとこう恋愛ものとか選ぶかと思ってたけど、

まじで陽乃さんの趣味で選んだのかもな。

なにせ料理が趣味だって言ってたし、あとで聞いてみっかな。

そうだな、陽乃さんらしいイメージの映画って何だ?

マフィアの抗争とか似合うか? それとも本格的な社会派映画?

うぅ〜ん、いまいち思い付かないものだな。

そう考えると、料理の映画って似合ってるのかもしれないか。

安達に顔を見られないように、いそいそと後ろの席に着くと、

安達は俺の事など気にする余裕などなかった。

陽乃さんばかり見ていた。



陽乃「映画館で携帯がならないようにするのがマナーだけど、マナーモードにするだけ

   というのもマナー違反だと思わない?」

安達「なんで?」

陽乃「だって、時間やメール確認したりすれば、必然的に画面が光るじゃない。

   ほんの小さな光であっても、暗い映画館の中で突然光を発するだなんて迷惑だわ」

安達「あぁ・・・・そうかもね。さっそく携帯の電源切っとこうかな」

陽乃「そうね」



陽乃さんはにっこり笑顔で頷いているけど、実は本心なんじゃないか。

しかし、きっと安達は上映中だろうと携帯いじるタイプだろうな。

携帯持ってると腕時計なくても時間わかるから、腕時計持つ人は少なくなってるらしい。

「高級腕時計」イコール「ステイタス」みたいなのは残っているけど、

一般人が使うような普通の腕時計の必要性は減少している。

それはそれで時代に即したスタイルだと思う。

だけど、そのおかげで、今まであり得なかったマナー違反も出来上がってしまったことも

事実であり、マナー意識の改善が追い付いていないよな。



陽乃「せっかくだから、今日は携帯なしで楽しもうっかな」

安達「え? それいいかもね。縛られない感じが、フリーダムで面白いかも」

陽乃「でしょう。携帯持ってると、便利だけど、縛られた感じがすることもあるから

   ちょっと面倒に感じてしまうことがあるわよね」

安達「いいね、いいね。じゃあ、今日は携帯フリーデイでいこう」

陽乃「そうね」



と、頬笑みながら返事をする。でも、俺は知っている。

顔が引きつっていると。あの不自然なまでも自然な笑みを作り出せる陽乃さんに

頬笑みを失敗させるって、ある意味安達ってすごいやつだよな。


438 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/06(木) 17:33:02.62 ID:y5ROlF8O0


俺が話相手しろって言われたら、5分も経たないうちに逃げ出す自信がある。

雪乃だったら、相手に話す暇を与える間もなく言葉で叩き潰すだろうな。

ま、安達タイプの相手をできるのは、陽乃さんか由比ヶ浜ぐらいか。

そうこう無駄話を聞き流しているうちに上映時間になる。

最後にもう一度メールを確認するが問題はないと思われる。

最後尾列のDクラスの仲間を確認すると、皆辺りを警戒しつつも、映画を楽しむようだ。

さてと・・・・2時間半。映画でも楽しみますか。










多少は防音処理がなされているといっても、隣の部屋からの歌声は漏れてくる。

陽気なメロディーに、ちょっと音程が不安定ながらも、曲のコミカルな陽気で

おしきって歌い続ける。それがちょっと調子っぱずれていても

曲のイメージは壊していない。

終盤にいくにつれ、マイクの主は勢いに任せて声を張り上げていく。

一緒に楽しいんでいる同室の連中ならば楽しいだろうけど、

隣の部屋の連中にとっては、はた迷惑極まりなかった。

それも本来ならば、自分たちも歌を歌いさえすれば、他の部屋からの歌声も気には

ならないだろう。

でも、ここに集まった3人は、誰一人してマイクを掴もうとはしない。

皆、PCモニターと時計の針に注目していた。

ここはカラオケボックスなのだから、歌うのが普通だが、雪乃・由比ヶ浜・石川の

3人は、作戦本部として利用していた。

映画館が見渡せる喫茶店のほうが都合がよさそうだが、石川と雪乃が一緒のところを

みられるのはまずい。SFC会員に陽乃のスケジュールがばれていないといっても

いつどこで遭遇するかわからない。

だから、人目を忍べる場所としてはカラオケボックスは最適であった。



結衣「そろそろ時間だね」

石川「はじめていいですか?」

雪乃「ええ、お願いするわ」



石川は、雪乃のゴーサインに頷くと、あらかじめ作っていた文章をSFCサイトに

アップする。いつもの日曜日なら賑わっているはずのSFCサイト。

でも、今日はぱったりと情報更新は止まっている。

それもそのはず。情報提供者である安達が、陽乃とのデートを邪魔されない為に

陽乃のスケジュールをアップしていないからである。

439 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/06(木) 17:33:50.89 ID:y5ROlF8O0


だから、ときおり街を巡回でもしているやつの「陽乃情報求む」「陽乃行方不明」

などの書き込みはあるが、陽乃さんの足取りはつかめてはいない。

すると、石川がコメントをアップしてから1分も経たないうちに返答がくる。

いつもと違う日曜日。情報に飢えているメンバーも多いはずだ。

計算通りなんだが、これほどまで注目されているSFCサイトだと思うと、
背筋が凍りもしたが・・・・・・。

石川があげた情報は、いたってシンプルだ。


「SFC会員の抜け駆け報告! メンバーの一人が陽乃さんと千葉駅の映画館に

 入っていくところを確認。至急制裁決議を問う」


ちょっと大げさかもしれないけれど、餌としての効果はあるはずだ。

現にさっそくおひとり様ご来店。

「本当なら死刑。今すぐ映画館に向かうべし」

さすが最初の来訪者。根っからのストーカーかもな。



結衣「なんか怖いね」

雪乃「大丈夫よ。私がついているし、八幡もいるわ」

結衣「うん」

石川「ごめんなさい」

結衣「あぁうん。いいよ、大丈夫。今は改心したって陽乃さんが言ってたから

   石川君の事は信じているよ」



石川君も元ストーカー。ストーキングしていた相手ではないにしろ、

生の女の子の感想は身にしみるだろう。

しかも、今回はストーカー壊滅作戦をしているから、なおさらストーカーへの

批判は根強い。Dクラスの女子生徒の友人にも被害者がいたわけで、

その話を横で聞いていた石川君の表情は青ざめていた。

俺や雪乃、由比ヶ浜、そして陽乃さんしか石川君が元ストーカーだとは知らされは

していなかったけれど、石川君は居づらそうであった。

こっそりと由比ヶ浜が声をかけてフォローしてはいたが、これも罰だとまっすぐと

受け止めていたとか。

停滞していたSFCサイトは、石川君の発言が波紋を広げ、盛り上がりをみせていく。

過激な発言も多いが、事が事だけに慎重論も根強い。

たしかに今まではSFCの理念の通りに「そっと見続けて」いたわけだ。

それを破棄して目の前に出るとなると躊躇してしまうだろう。

でも、過激に踊る発言は、普段は慎重な性格であってもつられて踊り始める。

一度感情が流されてしまえば、理性はけし飛び、過剰に反応せざるを得ない。

一人、また一人と過激派が生まれるたびに、加速的にSFCメンバーは過激派へと

変貌していった。

440 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/06(木) 17:34:20.32 ID:y5ROlF8O0


たった一つの波紋。激動を引き寄せるには十分すぎる一石であった。








スケジュールを隠しているだけあって、SFCメンバーは映画館の中にはいないようだ。

一応俺もDクラスの仲間も警戒はしているが、時間がたつにつれて映画に

夢中になっていた。

いやな、まじで面白い。最初は、南極で料理するだけで、あとは食事のシーンくらいしか

ないんだろうとたかをくくっていたが、今や俺達全員が画面に引き付けられている。

陽乃さんは見たことある映画だそうだが、それでも時折笑いをこぼしながらも

映画に集中していた。

ま、安達だけは、映画始まってしばらくは陽乃さんを横目で観察していたけど、

それも飽きたのか、30分も経たないうちに眠りこけていた。

そのほうが都合がいいから起こさないけどな。



映画も終盤に入り、残り30分ほどで終わるはずだ。

俺は、予定通り一度トイレに行くふりをして、外に出る。

率直な話、まじで映画見いっていた。本当は外に出たくなかったけど、これも仕事だ。

今度DVD借りようかな。最初の方は全然集中できていなかったし・・・・・・・。

今は、作戦に集中しないとな、と雑念を追いやり、携帯を取り出す。

辺りを見渡しで人がいないことを確認すると、雪乃に電話をかけた。



雪乃「そちらは異常ないかしら?」

八幡「あぁ、大丈夫だよ。安達は寝こけてるし、SFCメンバーもいないようだ。

   そっちの方はうまくいってるか?」

雪乃「うまくいってるわ。映画館になだれ込もうとするのを抑えるのが難しかったけれど、

   そこはどうにか予定の場所の方に誘導したわ」

八幡「よく誘導できたな」

雪乃「そうね。今思うと理屈じゃないってよくわかるわ。

   戦争のときなんてよく引き合いに出されるけれど、異常な興奮状態であると

   妄想が現実になってしまうみたいだわ。

   予定の場所で安達さんが告白なんてする確定要素などあるわけないのに、

   それでも興奮している集団には理屈など必要ないようね」

八幡「そうか、うまくいってくれてよかったよ」

雪乃「でも、ちょっと怖いわね。私も姉さんもうまくいくと思ってはいたのだけれど、

   こんなにも盲目的に人は行動できるだなんて、わかってはいても

   実際に体験すると怖いものね」

八幡「悪かったな。嫌な役押し付けてしまって」

441 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/06(木) 17:35:13.80 ID:y5ROlF8O0


雪乃「いいの。私は八幡の役に立てれば、それで」

八幡「それはありがたい発言だけど、でも、それって、

   雪乃がいう盲目的に信じるってやつじゃないか?」

雪乃「そうかもしれないわね。ふふ・・・・、可憐な美女を虜にできてうれしい?」



みんな緊張して作戦に励んでいるというのに、どこか場違いな明るい笑い声が

携帯のスピーカーから聞こえてくる。

からかい成分が混じっている分、受け入れられることができる内容だと思う。

ただ、ほんのわずかだけ本気の部分があるのは、雪乃の偽らざる本心だろう。

人を愛せば盲目的になってしまう部分もある。

はたから見れば、滑稽であると思う。俺も高校時代はそう思っていた。

結婚なんて打算だし、恋人も一時の気も迷い。

ふとしたきっかけで現実を直視し、破局に繋がる。

でも、実際破局しないのは、今ある生活を守る為の打算的な妥協。

そんな冷めきった目をしていたけど、今なら盲目的もいいじゃないかって感じている。

だって、永遠の愛なんてありえはしないだろうけど、

いつかは嫌いな部分もみつけて、毛嫌いするかもしれないけれど、

一生側にいたいっていう気持ちだけは本物だって信じたいじゃないか。



八幡「すっげえ、うれしいよ」



だから、俺は本心をマイクに向かってつぶやく。



雪乃「そう・・・?」



雪乃は、不意打ちを喰らい、ちょっとうわずった声を洩らす。

可愛らしい戸惑いに、俺の嗜虐心は満足を覚える。

虜にしたのはどっちだよと言ってやりたい。

俺を変えたのは雪乃であって、孤独な檻から引っ張り出してくれたのも雪乃なんだ。

だから、すでに俺は雪乃の虜なんだけどな。

言っても信じやしないから、これから少しずつ教えてあげればいと思うと

俺の嗜虐心は再び頬笑みだしていた。








トイレに行って用を足し、席に戻ると映画はラストシーンが終わるらしい。

もうちょっと早く戻ってきて、ラストシーンくらいは見たかったと本気で後悔しかける。

まじでDVDを借りようと心に誓うと、映画も終わり、席を立つ者も出始める。

442 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/06(木) 17:35:53.13 ID:y5ROlF8O0


陽乃さんは、エンディングが終わるまで座っていると言ってたから、

まだ動く必要はないはず。

トイレから戻ってくるときに、問題なしとサインは送っていたから大丈夫だとは思うが、

これからが本番なので自然と肩に力が入っていった。







陽乃さん達が席を立つと、俺も少し離れて後を追う。

Dクラスの仲間の一方は陽乃さん達より先に席を立って、出口を確認している。

俺は、なるべく安達からは死角になる位置を取り、二人を追った。

用心して、キャップと伊達メガネをして変装もどきもしてあるから大丈夫なはず。

それでも、安達が気がつくわけないと分かっていても緊張はしてしまう。

一応もう二人のDクラスの仲間は、最後まで映画館に残ってもらい、全員が退室した後に

出てもらう予定だ。

ここまで用心深くする必要があるのか疑問に思ったが、

陽乃さんと雪乃がいうのだから必要なのだろう。

真っ直ぐ出口に向かうもの、一度トイレに向かうものの、おおむね二つの流れが出来上がる。

パンフとかは開演前に買っているから少数派だろう。

もし安達がパンフやトイレに行くとなると、不自然にならないように映画館に残らなければ

ならなくなり面倒だ。

しかし、どうも出口に向かうようであった。

これで一安心と思いきや、出口を見やると、見覚えがあるお団子頭が・・・・・・・。

お前、たしかカラオケボックスに詰めていたはずだよな。

たしかにこれから予定の場所に集合だけどさ、安達も由比ヶ浜の事も知ってるだろうから、

危ないだろって・・・・・・、雪乃もるのかよ!

遅いかもしれないけど、メールを送るか。

着信のバイブで反応して気がついてくれるかもしれないし、と淡い期待を抱き携帯を

覗くと、湯川さんからメールが届く。たしか、映画館前で待機していたはず。



湯川(安達の弟が来ています。このまま安達と弟を会わせると危険ですから、

   雪乃さんと由比ヶ浜さんが注意をひきつけます)



まじかよ。安達弟がSFCメンバーかは不明だ。

でも、予定の場所に行かないとなると大問題になってしまう。

ここは雪乃達に任せるしかない。雪乃って人見知りだし、大丈夫なのか?

由比ヶ浜がいればフォローしてくれるか。

あれ? あいつら安達弟と面識あるのか?

面識ないとしたら、どうやって話しかけるんだよ。


443 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/06(木) 17:36:24.91 ID:y5ROlF8O0











映画がそろそろ終わるころ、緊急連絡が由比ヶ浜に届く。

電話の相手は、工学部の湯川さんであった。



湯川(緊急事態です。安達の弟が映画館の前に来ています。

   おそらく安達を待ってるんじゃないでしょうか?)

結衣(安達って、弟いたんだ。うぅ〜ん、でも、どうなんだろ。

   ふつうに映画館に来ているだけってこともないかな?)

湯川(それは、わかりません。でも、偶然にしては出来過ぎていると思いませんか)

結衣(そうかなぁ・・・・。ちょっと待ってね。ゆきのんに聞いてみるから)



雪乃は、由比ヶ浜が電話で話している内容からだいたいの事情は把握していた。

そして、由比ヶ浜から説明を受けると、断片的な把握は正しかったと結論づける。

すると、あらかじめ用意してた解決策を実行に移した。



雪乃「由比ヶ浜さん。緊急メールをお願い。

   安達弟と面識がある人がいるかどうか聞いてくれない」

結衣「うん、わかった」



由比ヶ浜は素早くメールを作成すると一斉送信する。

すると続々と返事がくる。八幡をはじめとする映画館組の返送はなかったが、

あいにく安達弟と面識がある人はいなかった。

サークルにでも所属していたら面識くらいあったかもしれないが、

大学1年生と2年生。面識があるほうが奇跡かもしれなかった。

雪乃は予想通りの返事を確認すると、次の行動に移る。



雪乃「今すぐ私たちが直接確認に行くわ。そうみんなに伝えてくれるかしら」

結衣「うん、わかった」



由比ヶ浜がみんなににメールを出すのを確認すると、

次は隣に待機いしていた石川にも指示を出す。



雪乃「私と由比ヶ浜さんは、このまま映画館に向かうわ。

   石川君は、時間になったら、公園の側で待機してください」

石川「わかりました」

444 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/06(木) 17:37:18.42 ID:y5ROlF8O0



雪乃の行動は早い。メール待ちをしている間に自分の荷物もまとめていた。

雪乃は、カラオケボックス代を全額テーブルの上に置くと、

由比ヶ浜を引き連れ、映画館に向かう。

足取りは速く、テンポがよい足音が鳴り響く。もうすぐ映画が終わってしまう。

その前に安達弟を捕獲しないといけない。

カツカツと響く足音は、いつしか力強く跳ねるような音へと変わっていった。











第24章 終劇

第25章に続く















第24章 あとがき




本編に出てくる映画は、『南極料理人』です。

堺雅人主演の映画で、好きな映画の一つでもあります。

とりあえず、陽乃との料理繋がりという事で。

とくに考えることもなく、

頭をからっぽにして、ぼぉっと観るにはちょうどいい映画です。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派



445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/06(木) 17:43:09.51 ID:IuIylUdGo

南極料理人面白いよね
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/06(木) 18:58:45.47 ID:KdYbXk3ao
乙です
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/06(木) 21:57:38.72 ID:uAyqLMXAO
448 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/07(金) 02:36:04.18 ID:i6sxmdfl0

今週も読みに来てくださり、大変ありがとうございます。

さて、今書いているものなのですが、一話分予定(一週間分・7500字前後)のプロットで

五話分の容量になりそうなのは秘密です。

現在書きあげた分で四話分を超えているので、このままだと五話分いくかもって感じです。

ええ、見積もりが甘かっただけなんですけど、予定が狂いまくって大変ですorz

まだまだ先のお話なんで、アップするとしたらもっとあとになる予定です。
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/07(金) 09:03:27.46 ID:TbVaDOdpO
楽しみだ
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/07(金) 09:57:03.08 ID:QWZZ1anjo
待ってる…
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/09(日) 01:50:12.07 ID:/RhdnbCV0
どこまで続くか楽しみだ
内容が良いだけに
452 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/13(木) 17:30:36.18 ID:II7GFxdy0


第25章






7月7日 土曜日







雪乃達が映画館に着くと、湯川さん達と合流して映画館の入り口を見張る。

映画館からわずかに離れた陰に身をひそめた。



湯川「あの派手なシャツを着ている人が安達弟です」

雪乃「あの蛍光色みたいな?」

湯川「はい、それです」

雪乃「人の趣味をどうこういうのはどうかと思うのだけれど、

   ああいった服を着て、恥ずかしくないのかしら?」

湯川「さあ・・・・・」



湯川は曖昧な返事を返すしかなかった。仮にも安達は2年生で先輩にあたる。

その辺の礼儀はいくら作戦対象であってもわきまえていた。



結衣「湯川さんの友達が安達弟と同じサークルなんだよね」

湯川「はい、そうです。何度か友達が話しているところを見たことがあるので

   たしかです」

結衣「そっかぁ・・・。その友達を今すぐ呼ぶことってできない?」

湯川「呼ぶことはできますけど、もう映画終わってしまいますよ」

結衣「そだね・・・・・・」



映画が終わる。安達弟が作戦の破滅を引き寄せる情報を安達に渡す可能性は未知数。

焦る気持ちが現場にたちこめる。

知り合いでもない相手に突然話しかけるのは危ない。

ここはいっそのこと、逆ナン?でもしてみようかと、小さな勇気を振り絞ろうとしたが、

そもそも経験がないので却下。

いや、雪乃の自尊心が許しはしなかった。

フェイクとはいえ、八幡以外の相手に好意を持つ「ふり」であっても耐えがたい。

そうこうあてもない打開策を模索していても、時間が過ぎていくだけであった。



結衣「ねえ、ゆきのん」

雪乃「なにかしら」

453 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/13(木) 17:31:07.13 ID:II7GFxdy0




とくに作戦が思い付くわけでもないのに、思考を中断されて棘がある返事をしてしまう。

それでも由比ヶ浜は気にする様子はない。

それよりも安達弟を凝視していた。



結衣「あの人ってさ、工学部の2年だよね」

雪乃「そうだったわよね、湯川さん」

湯川「はい、工学部の2年です。だから雪ノ下さんと同じ学部ですね」

結衣「そうだよ。前にゆきのんに話しかけてきたグループにいたじゃん」

雪乃「そうなの?」



見覚えがない。声をかけてくる男は学年、学部を問わずに現れる。

それをいちいち全部覚えているはずもなく。



結衣「そうだよ。何度か声をかけてきたグループだったから覚えていたんだ。

   だって、ゆきのん、すっごく迷惑そうだったから。

   あのさ、ゆきのん。・・・・・その時助けてあげなくてごめんね」



由比ヶ浜は申し訳なさそうにつぶやく。そして、雪乃の反応を探ろうと伏し目がち

ながら、しっかりと雪乃の出方を待った。



雪乃「由比ヶ浜さんにお礼を言うことがあっても、批難することはないわ。

   いつもの事だし、もし言うとしたら、自分で言うべきよ」



雪乃の柔らかい笑みをみて、由比ヶ浜の緊張もとけていく。



結衣「ううん、でもぉ・・・・・・」

雪乃「それで由比ヶ浜さんが嫌な目にあったり、批難を受けてしまう方が

   私にとっては悲しいわ。もし、今度同じようなことがあるのだったら

   由比ヶ浜さんに相談するわ」

結衣「うん、相談してくれたら、私頑張るね」



由比ヶ浜は、大きく頷くと、雪乃の腕に絡みつく。

これが平常時であったのならば、雪乃も由比ヶ浜が満足するまでじゃれつかせていただろう。

いかんせ今は時間がない。既に映画は終わり、観客が外に出始めていた。



雪乃「由比ヶ浜さん。悪いのだけれど、今は時間が惜しいわ。

   由比ヶ浜さんの記憶が正しいのならば、私と安達弟には面識があるということね」


454 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/13(木) 17:31:46.01 ID:II7GFxdy0


結衣「そうだよ」

雪乃「そう・・・・・」



雪乃は由比ヶ浜をやんわりと引き離すと、顎に手をあて思案する。

その間、数秒。即断した雪乃は、由比ヶ浜の手を引いて、歩きだしていた。



雪乃「湯川さん。ここはまかせるわ」

湯川「はい」

雪乃「由比ヶ浜さん。私は安達弟の事は覚えていないし、うまく話をする自信もないの」



由比ヶ浜は、手を引かれるまま、雪乃の言葉を待つ。



雪乃「私は、誰にであっても物怖じしないで話ができる由比ヶ浜さんを尊敬しているわ。

   だから、期待してもいいかしら。彼と面識がある私が話をするきかっけを作るわ。

   でも、その後の話は出来そうもないから、由比ヶ浜さんに任せても」

結衣「任せておいて」



由比ヶ浜は、歩く速度を上げ、雪乃の隣に並び立つ。

大学では、いつも雪乃に勉強の世話になってしまっている。

雪乃も自分の勉強に忙しいのに、嫌な顔を見せたことがない。

だから、雪乃が素直に頼ってくれることは、なによりも嬉しく思える。

由比ヶ浜は、雪乃が損得で由比ヶ浜の友達をしていないってわかっていても、

頼られたことが心地よく感じられた。

雪乃は安達弟の前に躍り出ると、由比ヶ浜と二人で映画館から出てくる客からは

安達弟が見えないポジションを選びとる。

安達弟の方が背が高く、安達兄に気がつかれてしまう恐れもあるが。

まずは安達弟の動きを抑えなければ作戦が崩れ去ってしまう。



雪乃「安達君・・・ですよね?」

安達弟「あっ、雪ノ下さん」

雪乃「安達君も映画ですか?」

安達「えっと・・・、そんなところかな」



安達は予期せぬ来訪者にうろたえていた。それも、普段声をかけても邪険に扱われていた

相手ともなると、緊張と警戒の色が混じり合っている。



雪乃「私は、友達と遊びに来ていて」

安達弟「へぇ・・・」


455 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/13(木) 17:32:19.04 ID:II7GFxdy0



安達弟は、由比ヶ浜の顔を確認すると、大きな胸へと視線を落とす。

そりゃあ、目がいくよな。大きいし、雪乃のとは違って、インパクトでかいしさ。

雪乃達が安達弟にくいついたのを確認した湯川さんは、

雪乃から指示されていた作戦を決行する。

これはタイミングが重要だ。なにせ、湯川さん達と映画館での見張り役が、

偶然映画館の出入り口で友人が出くわし、そして、邪魔にならないように雪乃達の

ほうへと移動するというタイミング命の壁作戦。

日曜で人も多いし、多少は位置がずれても修正できるが、大きく位置がずれると

不審に思われてしまう。



雪乃「それで・・・・・、普段私、大学では一人でいることが多いでしょ。

   それでも、私に声をかけてくれる人はいるのに、何を話せばいいのか

   わからなくて、冷たい態度を取ってしまうことが多いの」

安達弟「そうなんだ」

雪乃「だからその・・・・、友達に言われてしまったの。

   もう少し話をするのを頑張ってみたほうがいいって。

   それで、この前声をかけてくれた安達君がいたから、迷惑かもしれないのだけれど、

   声をかけてみたの」



雪乃は、言葉を選び、しどろもどろに声を絞り出す。

実際緊張しまくっているんだろう。全く知らない相手に好意的な雰囲気を出しながら

話をしなければならないんだから。

これが相手を非難して、叩きのめすのなら得意中の得意だろうけど・・・・・・。

雪乃は、ここまでのセリフは考えていたみたいだ。

しかし、これ以上は無理そうだ。雪乃は由比ヶ浜の顔を不安そうに何度も見て、

援護を待っている。

この不安そうな雪乃の顔さえも、効果的な演出になり、安達弟は不審がってはいなかった。

と、このタイミングでDクラスの連中がうまく合流する。

雪乃達の背後から湯川さん達の明るい声が聞こえてくる。

そして、湯川さん達が雪乃達の方へと位置をずらすと、由比ヶ浜はそのタイミングで

一歩安達弟の前に詰め寄った。



結衣「ごめんねぇ。私がゆきのんたきつけちゃったんだ。

   私達、高校では一緒の部活だったけど、大学では別々の学部でなかなか会えなくて。

   それで、ゆきのんに友達できたかなぁって心配してたら、やっぱ簡単にはね・・・」

安達弟「そうなんだ」


456 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/13(木) 17:32:53.28 ID:II7GFxdy0


結衣「うん、それでね。安達君を見かけて、安達達がゆきのんに話しかけたことがあるって 

   きいたんで、これだぁって思って、声かけちゃったんだ。

   ごめんね、びっくりしたよね」

安達弟「いや、大丈夫だよ。びっくりはしたけど、・・・・そっか。そうなんだ」



安達弟はうまく雪乃たちが食い止めたようだ。これなら大丈夫なはず。

そして、安達兄が出口をくぐる時がやってくる。

安達兄からは見えないとわかっていても緊張してしまう。

雪乃も、後ろに回した手でスカートの裾をいじり、落ち着かない様子であった。

ましてや、湯川さん達はみるからにして緊張している。

幸い、安達兄を目で追ったりはしてないので、問題はないはずだ。

安達兄と陽乃さんが出口を出たところで二人は立ち止まる。

左右どちらの道へ行こうか迷って止まったのだろうか。

雪乃達のほうを見られるとまずい。

公園とは逆方向であるのもあるが、安達弟に気がつく可能性もある。

この瞬間、息が詰まったのは俺だけではないはずだ。

もはや俺達に打つ手はない。あとは運しか・・・・・・。

そう願った瞬間、陽乃さんが安達兄の腕をひき、公園の方へと歩み出す。

陽乃さんは、メールを見ていないし、陽乃さんからだって安達弟を見ることはできないはず。

雪乃を見て反応したのだろうか? それとも、公園に行く予定であったわけだし、

その一環の行動だろうか?

陽乃さんに聞かなければ答えはでやしないが、とりあえず助かったことは確かだ。

これで目の前の問題は解決された。あとは雪乃を安達弟から撤退させないとな。

俺は携帯を手に取り、雪乃のアドレスを呼び出す。

いやまてよ。由比ヶ浜の方がこういう人間関係の時は機転がきくか。

俺は改めて由比ヶ浜のアドレスを呼び出しと、メールを作成し出した。

そして、送信ボタンを押すとき、少しばかり目線を上げると、由比ヶ浜はすでに

携帯を確認している。

あれ? 俺はまだ送信ボタン押してないぞ。

そして、俺が携帯と由比ヶ浜の二つを行ったり来たり見つめていると、

雪乃達は安達弟と別れ、公園へと向かっていく。

唖然とその光景を見ていると、安達弟が映画館の中をのぞきだす。

このまま居ても危ないし、早く公園に行かないとな。

俺は、俯き加減で素早く映画館を後にする。

しばらく歩いてから振り返ると、安達はまだ映画館の中をのぞいていた。

安達弟がSFCに関係しているかはわからない。

仮にSFCメンバーだとしたら、早く公園でSFCメンバー達と安達兄を会わせないと

時間が足りなくなる。


457 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/13(木) 17:33:50.83 ID:II7GFxdy0



もう少しなら時間を稼げるかなとふんだ俺は、早足で最終地点の公園へと急ぐ。

そういえば、雪乃の事だ。逃げ出す準備もしているよな。

なにも策もなしでつっこむわけないか。

となると、俺の心配なんて無駄だったわけで、俺が今さら到達した問題など

とうにわかりきってて対応策を考えているか。

やっぱり、陽乃さんにしろ、雪乃にしろ、かなわない。

ならば、俺が公園に着いたころにはクライマックスかな・・・・・・。

今度こそラストシーンを見逃すわけにはいかなかった。





俺が公園に着くと、すでににらみ合いが始まっている。

SFCメンバーの数は、なんと予想以上の人数がいて驚いた。

なにせ安達兄と石川を抜きにしても、14人。

芸能人の追っかけじゃないんだから、大すぎやしないか。

これもネットの力というか、安達がよくも集めたと誉めるべきかわからない。

それでも、今はその多すぎる数が作戦をうまく誘導していた。



SFC「会長! 抜け駆けは禁止のはずですよね。なんで、陽乃と一緒なんですか」

SFC「抜け駆けして陽乃さんとデートだなんて、ずるすぎます!」

SFC「よくも俺達を利用してくれたな」



とうとう、口々に安達兄を非難する。

安達兄は慌てふためき、明らかに動揺している。



安達兄「お前たちだって、面白がってやってたじゃないか。

    お互い利用し合ってたんだから、お互い様だ。

    俺がデートできたのも、俺の努力が実ったにすぎない」



売り言葉に買い言葉。SFCメンバーの安い挑発にのった安達兄は、自分の正当性を

陽乃さんがいるのに叫び、SFCメンバーを糾弾する。



SFC「なに言ってんだよ。お前の努力なんて大したことないだろ。

    いつも陽乃のスケジュールをリークするだけで、あとの面倒事は

    俺達に押しつけやがって」

安達兄「頭脳労働と肉体動労の間には、大きな壁があるんだよ。

    俺は頭脳派だから、肉体動労はお前達の仕事だ」



その後も、陽乃さんを忘れて怒号が飛び交う。

458 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/13(木) 17:34:19.84 ID:II7GFxdy0

大騒ぎではないが、道を行き交う人々は、関わらないようにと公園を側に来ると

足を速めている。俺も、無関係だったらそうしてたはず。

だって、面倒だし、逆恨みほど怖いものはない。



陽乃「そろそろいいかしら」



陽乃さんの凛とした声が怒号を収める。それはけっして大きな声ではなかった。

むしろ、怒号の前ではかき消されるほどの普通すぎる声量。

それなのに、誰しも注目してしまうのは、陽乃さんのカリスマ性なのだろうか。

みんな声の主のほうへと顔を向ける。

興奮していた安達兄さえも振り返り、陽乃さんを見つめている。

そこには無表情までの笑顔が待ちうけていた。

その笑顔はいつもの笑顔にすぎない。

けれど、いつもの笑顔ということは感情を押し殺した笑顔と同じだ。

けっして誰にも本心を見せない為の仮面。



陽乃「ねえ、安達君。なんで私をつけ回しているストーカーの顔を知ってるのかしら?」



顔は笑顔のはずなのに、声は凍えるほど冷たい。



安達兄「なんで知ってるかだって・・・・・」



安達兄は、SFCメンバーを見渡す。手を握っては閉じ、握っては閉じと落ち着かない。

非常に焦って出した言葉は、意外にも冷静であった。



安達兄「それは・・・、雪ノ下と一緒に解決したストーカーでしょ。

    だから、知ってるに決まってるだろ」

陽乃「そう・・・・・」



安達兄は、わずかに熱を帯びた陽乃さんの声に安堵する。

けれど、手の動きは激しさを増すばかりであった。



陽乃「でも、私が知らない顔もあるんだけど?」

安達兄「それは・・・・・・」

陽乃「それに、さっき自分で自分がSFCの会長だって言ってたじゃない」

安達兄「俺は会長だなんて言ってない。言ったのはあいつらだ」

陽乃「そう? でも、SFCって、メンバー同士、お互いの顔を知らないんでしょ。

   それでも、安達君は、彼らを見てすぐにSFCメンバーだって気が付いた。

   それは、あなたが会長で、彼らを集めたから知ってるんじゃなくて?」

459 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/13(木) 17:35:19.45 ID:II7GFxdy0



安達兄の手の動きが止まる。今や力強く手を握りしめていた。



陽乃「それにね、あなたがさっき散々自分がSFCで活動してた内容言ってたじゃない」

安達兄「あっ・・・・・・」



陽乃さんも人が悪すぎる。自分は全てわかっているのに、それなのに

相手を泳がして、その後にとどめをさすなんて容赦ないよな。

安達は、陽乃さんの言葉に体から力が抜け落ち、手のひらもだらんと垂れさがっていた。



安達兄「俺だって、告白して振られはしたけど、友達でもいいやって思ってたんだよ。

    でも、弟がSFCなんてものを作ったりするから、いけないとわかっていても

    淡い夢を見ちまったんだ」

陽乃「え?」



陽乃さんの笑顔から消え去り、驚きを見せる。

俺もそうだし、雪乃やDクラスの連中もそうだろう。

だって、SFC会長は安達兄だと思って行動していた。



陽乃「安達君が会長じゃないの?」

安達兄「だから、俺が会長だなんて言ってないだろ。

    言ってたのはあいつらであって、俺は否定したじゃん」

陽乃「そうかもしれないけど・・・どういうこと?」

安達兄「だからぁ、弟が雪ノ下の妹の方には恋人がいるけど、姉の方にはいないとわかると

   俺が同級生だからって、どういう人か教えてくれってしつこかったんだよ。

   それで、ストーカーを退治した話もして、その時の名簿もちらっと見せたのが

   いけなかったんだ。あいつったら、俺の目を盗んで勝手に名簿持ち出して、

   挙句の果てにはストーカーを集めてSFCなんてものを作っちまった」

陽乃「あなたの弟が私と雪乃ちゃんに好意を持ってたってこと?」

安達兄「どうだろうな。好意は持ってたと思うけど、

   なんか変なこだわりみたいのをもってたんじゃないか」

陽乃「そっか。あれ? 安達君って私に告白したって本当?」



安達は陽乃の言葉に完全に体から力が抜け、その場に座り込む。

こればっかりは陽乃さんを擁護できない。告白した事さえ忘れるのはひどすぎやしないか。

俺も若干じとめで陽乃さんを見つめてしまう。



安達兄「したよ。したけど結構前だから、忘れたちゃったのかもな。

    雪ノ下はもてるし」

460 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/13(木) 17:36:00.38 ID:II7GFxdy0


陽乃「ううん、完全に覚えてない」

安達兄「大学3年の夏、定期試験の打ち上げでカラオケ行っただろ。

   酒覚えたばっかで、飲めない酒飲みまくって、酔いつぶれが続出したやつ。

   それも覚えてない?」

陽乃「それなら覚えてるかな」

安達兄「みんな酔いつぶれて、俺と雪ノ下が会計に行ったよな」

陽乃「たしか、そうだったような」

安達兄「そのとき、告白したんだよ」

陽乃「うぅ〜ん・・・・・・」



陽乃さんは腕を組み考えだす。安達兄の顔をまじまじを凝視するもんだから、

安達兄も照れて顔をそらすしまつ。



陽乃「あっ、うん。あったね」

安達兄「だろ」

陽乃「でも、あれって冗談じゃなかったの?」

安達兄「そんなわけあるかよ」

陽乃「でもね、あまりにも軽い感じのノリの告白で真剣身がなかったじゃない。

   しかも、普段から軽いノリだし、友達としてなら楽しいけど、

   恋人はNGかな」



無念。思いもしないタイミングで2度振られるとは同情してしまう。

それも、日ごろの行いだよな。

うなだれる安達を横目に、陽乃さんはSFCメンバーを見つめる。

元々ネット弁慶の連中だけあって、対人スキルは低い。

目の前にいる陽乃さんに委縮して、動けないでいた。

しかし、・・・・・・。



安達弟「兄ちゃん、なんでまんまと罠にひっかかっちゃうんだよ。

    せっかく俺が作り上げたSFCがぱあじゃないか」



一足遅れてやってきた安達弟が、怒りを兄に向ける。

兄の方はもう観念したのか、表情がうつろだ。



安達兄「もういいだろ。終わりだよ」

安達弟「くそっ!」

陽乃「兄弟喧嘩はもういいかしら?」



怒りにまかせてやってきた弟は、状況を判断できてはいなかった。
461 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/13(木) 17:37:46.75 ID:II7GFxdy0

陽乃さんに、SFCメンバー。多勢が弟を囲んでいる。

それに気が付いた弟は、逃げ出そうとするが、SFCメンバーが壁になる。



陽乃「説明してもらえるかしら」

陽乃さんの迫力に弟の勢いは止まる。兄の元へと戻ると、俯き加減で話しだした。

安達弟「SFCを作った経緯は、兄ちゃんが話した通りだよ。

    妹の方に話しかけても邪険に扱われて、取り合ってさえもらえなかった。

    しかも恋人までいやがって。だから、姉がいるって知ったときは

    嬉しかったよ。顔は似てるし、いいかなって。

    でも、兄ちゃんに姉の方のこと聞いても彼女にするきっかけ思い付かないし、

    だったらなにか共通の話題とか見つければいいかと思って始めたのが

    SFCだったんだ」

陽乃「ちょっとそれって、飛躍しすぎてない?」

安達弟「そうか? 兄ちゃんにあんたのこと聞いても、なんかいまいちなんだよな。

    顔は好みだけど、上っ面だけみたいで、どこかふわふわして掴みどころがない。

    だから、兄ちゃんを介して話しかけても意味ないって思って、

    どうにかして裏の顔を覗いてやろうって思ったんだよ」

陽乃「そう・・・・・・」



意外や意外。安達弟は陽乃さんの本質を見抜いていた。

俺を同じように、斜めから世間を見ているから気が付いたようなものだ。

真っ直ぐ正面から世間を見ている一般人なら、陽乃さんの笑顔は

まさしく笑顔なんだろう。

   

第25章 終劇

第26章に続く




第25章 あとがき



もうちょっとで『はるのん狂想曲編』も終わり、次の展開に進みますねぇ。

というわけでではないのですが、

『やはり雪ノ下雪乃・・・』の第一部といいますか、高校生編の短編でもある初めてネットに

アップした小説を読みなおしました。

なんだか、つっぱしって書いているなぁって気がしました。

たぶん今書き直したら別物になるんだろうなって思いますw


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。


黒猫 with かずさ派
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/13(木) 17:57:54.17 ID:tsXA1oyoO
乙!
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/13(木) 18:06:40.32 ID:kj8XZJjAO


ストーカー二段構えだったのかよ……
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/13(木) 18:11:00.91 ID:QSMB3bblo
期待
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/13(木) 18:28:58.99 ID:FjLRJXFPO
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/13(木) 21:16:03.65 ID:BSEY5D2Xo
乙です
467 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/14(金) 02:16:48.95 ID:gxkvuABE0

今週もわざわざ足を運んでくださり、ありがとうございます。

寒くなってきましたね。今までは机のデスクトップPCで執筆していたのですが、

冬になったらどうしようか検討中です。

ノートPCって手もありますが、それよりもキーボードの音がカチカチうるさいので

静かなキーボードが欲しいっす。
468 :ルミルミ :2014/11/14(金) 04:11:18.69 ID:rEzAMlpO0
来週も期待してます。
あ、シャンパーニュ・ロゼ良かったです。お気に入り〜♪
469 :ルミルミ :2014/11/14(金) 04:14:12.52 ID:rEzAMlpO0
来週も期待してます。
あ、シャンパーニュ・ロゼ良かったです。お気に入り〜♪
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/15(土) 10:29:57.48 ID:ZQ6nXI8fo
面白いね。
昨夜から前作も含めてぶっ通しで読んでた。
これからも楽しみにしてます。
471 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:30:11.47 ID:F5/DL4iU0


第26章






7月7日 土曜日







陽乃「弟君の経緯はわかったわ。でも、なんで安達君まで参加してるの?」

安達兄「未練が復活したんだよ。弟の活動を知って、雪ノ下をもう一度

    知りたいって思ってしまったんだ。

    だから、スケジュールも提供した」

陽乃「なるほどね」

安達兄「俺達を警察に突き出すのか?」



安達兄の覚悟に、SFCメンバー達の顔が青くなる。

今は被害者面してるけど、彼らも立派な犯罪者に変わりない。



陽乃「ねえ、あなたたち」



陽乃さんの呼びかけにSFCメンバーは、さらに表情が曇る。

中には、逃げ出そうとしている者もいる。逃げてもすぐ住所わかるのに。



陽乃「この中に、私とストーカーやめるようにって楽しい話し合いした人いるよね?」



この言葉に反応した数人は、顔色を失い、震えだす。唇は震え、手はガタガタと

大きく震わせていた。



陽乃「その後、SFCに入るまでにストーカーしていた人いる?

   素直に答えてくれるとありがたいわ」



陽乃さんの問いに、楽しい話し合い経験者は、一斉に顔を横にふる。

奇妙な一体感に、不思議な感覚を覚えた。一体なにやったんだよ、陽乃さん・・・・・。



陽乃「そう? だったら、あなた達がどういう経験をしたか

   他の人たちにもお話してくれると助かるわ。

   でも、してくれないっていうんなら、もう一度、みんなでしようか?」



陽乃さんの抉るような問いかけと圧力を与える笑顔が彼らを追い詰める。

472 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:30:46.76 ID:F5/DL4iU0


答えなど聞かなくても俺でもわかる。

だって、俺も逃げ出したいし・・・・・・。



陽乃「助かるわ。じゃあ、もうSFCは解散して、ストーカーもしないわよね。

   あと写真とかも処分してね。もちろんネットに散らばった画像も

   できる限り死ぬ気で回収するのよ」



もう笑顔じゃないよ、あれは。プレッシャーしか感じやしない。

笑顔という名の凶器。

SFCメンバー達は、陽乃さんの要求を受け入れ、呆然とことが終わるのを待っていた。



陽乃「さて、安達君兄弟だけど、警察に突き出したりしないわ。

   だって、せっかく大学に入ったのに、今さら大学やめたりしたら

   親が悲しむでしょ。

   それにね、安達君はノリが軽くてどうしようもないところはあるけど

   研究に関しては尊敬してるとこともあるのよ。

   それなのに、大学やめちゃったら、もったいないわ」

安達兄「雪ノ下は、それでいいのか?」

陽乃「別にかまわないわ。でも、今まで通りにあなたと関われるかって聞かれると

   難しいわね。だから、みんなには、ちょっと喧嘩しちゃったって言っておくわ。

   でも、もうプライベートでは話すことはないでしょうけど、

   研究では、今まで通りにしてくれると私も助かるわ」

安達兄「俺の方こそ、すまなかった。怖い目にあってるの知っていながら、

    それを利用して」

陽乃「そのことに関しては許してないわ」

安達兄「そうだよな」



安達兄は、陽乃さんをゆっくりと見つめると、陽乃さんの鋭い視線にひるみ、

視線をそらす。もはやそこには笑顔など存在していない。

あるのは、むき出しの憎しみがあるだけであった。



陽乃「弟君のほうも、それでいいかな」

安達弟「わかったよ。ごめん」

陽乃「雪乃ちゃんにも、今後近づかないでね」

安達弟「あぁ? さっきよろしくって言われたんだけど」

陽乃「あれね。嘘に決まってるじゃない。あなたを引き止める為よ」



安達弟は、文句を言おうと顔を上げる。見つめる先には、兄が経験した以上の

憎しみがこもった陽乃さんの表情が待ちうけていた。
473 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:31:23.35 ID:F5/DL4iU0

俺も遠目で見ているけど、感情むき出しの陽乃さんの方がらしい気がして

好感が持ててしまう。いやでも、憎悪の視線は丁重に辞退すますよ。

それでも、感情的な陽乃さんは、人間っぽくて、デパートや自宅で見た陽乃さんが

幻じゃなかったんだって、俺に伝えてくれた。














7月8日 日曜日








安達弟も観念すると、あとはあっという間に事は終わった。

もとよりSFCメンバーは、その場から逃げ出したかったはず。

だから解散の合図とともにいなくなった。

あいつらも楽しい話し合いのことは知っていたのかもしれない。

知らなくても後で仲間から聞いて青ざめることだろう。

安達兄弟も、すごすごと去っていった。

兄の方は、ノリは軽いし、時間にルーズなところもあるが、

もうストーカー行為なんてしないだろう。

弟の方は反省しているか不安なところもある。そこは兄に任せるしかないか。

で、俺はというと、今、雪ノ下邸にて、

雪乃の両親と楽しい話し合いを繰り広げようとしていた。



八幡「総武家のテナント受け入れ、ありがとうございました」

雪父「かまわないよ。ちょうどテナント探していたし、

   総武家は私も通っていてね。だから、総武家さんがうちのビルに

   入ってくれるというなら、大歓迎だよ」

八幡「そうはいっても、急な話でしたので」

陽乃「大歓迎っていってるんだから、素直に受け取っておきなさい」

雪乃「そうよ。お父さんがビジネスに私情は挟まないのだから、

   利益が出ると踏んだんでしょうし」

雪父「雪乃は鋭いなぁ」



雪乃の母一人は、厳しい顔で俺達を見つめている。

女帝以外の俺達は和やかに話をしていると言ってもよかった。

474 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:32:04.85 ID:F5/DL4iU0


話を戻すと、総武家の移転先は現在工事予定の道路の向こう側の新たな道路拡張予定地に

面している雪ノ下の企業所有のビルに移転する予定だ。

現在の道路も人の通りがよい。しかし、移転地は車の通りも多いながら

道路拡張も行われることで人の通りも大幅に増加すると予想される。

こういってはなんだが、現在の場所に残るよりも、新店舗の方が利益がだせるはずだ。



雪乃「普段の行いのせいよ」

雪父「まいったなぁ・・・」



親父さんは、雪乃に鋭い突っ込みを入れられるも、頬笑みながら受け止めている。

雪乃もそんな父を軽く苦笑いを浮かべながらも、会話を楽しいんでいる模様だ。

ただ、いくら対立議員グループが計画していた道路拡張工事の横に

親父さんの議員グループが新たな道路拡張工事をするからといって、

こうも簡単に総武家を受け入れてくれるものだろうか?



陽乃「母さんも、いつまでもしかめっ面してないでよ。

   いつもお父さんの事目の敵にしている議員に、一泡喰らわせることができたって

   喜んでいたじゃない。

   あの議員ったら、自分のビルに人気チェーン店のラーメン屋を入れるらしいけど

   総武家が隣の道路に新店舗作るって知ったら、どう思うのかしらねって

   豪快に笑ってた気もするなぁ」

雪母「わ・・・私は、そんな下品な物言いはしていないわ。

   たしかに、いつも嫌がらせばかり受けていて、歯がゆい思いをしていたわ。

   ・・・・あなたも何か言ってください。いつも嫌がらせを受けても

   何食わぬ顔をしていたのは、あなたの方なのよ。

   私がどんな思いであなたを心配していたことか」



女帝は、頬を少し染め上げながら親父さんに詰め寄る。

女帝も照れたりするんだなと、意外すぎる一面を見て驚くが、

雪乃と陽乃さんは特に反応はない。

ということは、いつもの光景なのか?

え?

女帝って、親父さんだけには弱い・・・・でいいの?



雪父「いいんだよ。お前が心配してくれるだけで、私は十分助かってるんだから」



親父さんは、ゆっくりと女帝の手の甲に手を重ね合わせる。

ちょっと待て。なんだこのラブラブしすぎる甘ったるい空気。


475 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:32:39.20 ID:F5/DL4iU0


娘がいる前で、よくもまあ・・・・・・。

再び、雪乃と陽乃さんの様子を見るが、変わりはない。

やはり日常茶飯事だったのか!

もう、いいや。俺の負けです。

と、やけくそになりつつ、女帝が満足するまでの間、紅茶でも飲んで待とうとする。

しかし、以前にも感じた見られている感覚が俺を襲う。

顔を上げ、視線の元に顔を向ける。そこには奇妙な光景が待ちうけていた。

なにせ毎日鏡で見ている腐った目が俺の事を見ている。

一瞬鏡があったのかと疑いもしたが、目の持ち主は俺ではない。

そこにいたのは、雪乃の父親。つまり親父さんが俺を見ていた。

親父さんは、いつもは腐った目などしていない。

たまに仕事がかったるいとか、疲れているとか、面倒事は自分にばかりまわってくるとか、

休みがないのは社会が悪いとか・・・・・・・、あれ?

なんか聞きおぼえがあるようなセリフだよな。

思い返してみれば、穏やかな雰囲気はある。仕事もきっちりこなし、責任感も強い。

だけど、それは仕事をしているときの親父さんであって、プライベートの親父さんではない。

俺と会ってるときも、最初は雪乃の彼氏で、お客さんにすぎない。

だから、今目の前にいる親父さんこそがプライベートの本来の姿というわけか。

もう一度親父さんを見やると、腐って目をしている。

俺が凝視していると、親父さんの目は、穏やかな目に変わっていく。

やはり親父さんも自分をある程度作ってたのかよ。

さすがは陽乃さんに似ているだけはある。

・・・・・・・俺は、ここで重大な事実に直面する。しかも、二つもだ。

一つ目は、親父さんが腐った目をしていること。

そして、その腐った目の持ち主を心底愛している女帝がいるんだが、

もしかして、雪ノ下家の女性って男の趣味が悪いのか?

こういっちゃなんだが、俺はもてない。

それなのに雪乃が彼女なわけで、一生分とさらに来世での運も使いはたしているはず。

そんな俺と付き合ってくれている雪乃には悪いが、腐った目をした俺や親父さんに

惚れているなんて、ある意味男の趣味が悪いって断言できる。

さて、二つ目の重大事実だが、それは俺が親父さんに似ていることだ。

そのことはさらに親父さんが陽乃さんに似ていることに直結し、

陽乃さんは俺にも似ていることとなるわけで。

たしかに論理の飛躍はある。欠点だらけで、穴ぼこだらけの推理に違いない。

それでも、俺と陽乃さんが似ている一面を持ってるとかもしれない可能性があることは、

ちょっとなぁ・・・と、俺を複雑な気持ちへと引きずりこんでいった。



雪父「そうだ。陽乃に言うことがあったんだろ」


476 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:33:18.89 ID:F5/DL4iU0



親父さんは、女帝の背中を柔らかく押しだす。女帝は、親父さんに抗いながらも

陽乃さんの顔を見て一度逡巡するが、たどたどしく話し始めた。



雪母「陽乃」

陽乃「はい」

雪母「お見合いの件、なかったことにしてもいいわ」

陽乃「え?」



突然の宣告に俺も、陽乃さんも、雪乃だって、うれしい戸惑いをみせる。

どういう心境の変化が? また、面倒な条件をつけるのか?

俺は、すぐにでも聞きだしたく身を乗り出しそうになるが、雪乃がそっと俺の膝に

手を載せ、俺を押しとどめる。



陽乃「本当にいいの?」

雪母「ええ、後継者候補ができたから、

   もうよそから後継者を連れてくる必要がなくなったわ」



女帝は、俺を一瞥すると、軽く鼻を鳴らしてから陽乃さんと向きあう。



雪母「だから、自由に結婚してもいいし、いつまでも独身でもかまわないわ」

陽乃「えっと・・・・・、独身はちょっと」



陽さんは苦笑いを見せるが、それも一瞬。自由になった喜びが陽乃さんを襲いかかる。

そこにはもはや「笑顔」はない。陽乃さんによって作られた仮面の笑顔は

もはや存在していなかった。



陽乃「それに、いいなぁって思う人もできたんだ。だからね・・・・・」

陽乃さんは照れくさそうにそうつぶやくと、静かに温かい涙をこぼし始めた。

雪母「比企谷君」



女帝から呼ばれた俺は、身を堅くする。だって、俺に話すことってないだろ。

いったいなんでだ?



八幡「はい」



反射的に背筋を伸ばし、腹に力を込めて返事をしてしまった。

ほのぼの雰囲気でも、女帝オーラは健在かよ。



477 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:33:50.94 ID:F5/DL4iU0



雪母「あなたが後継者候補として、世界ランク一ケタのMBAに入って、

   一ケタの順位で卒業するという条件を覚えているかしら」

八幡「覚えています」

雪母「そう・・・・・・・。だったら、その条件をクリアしなさい」

八幡「え?・・・・・・はい、努力します」



あの陽乃さんを助ける為の条件って、本気だったのかよ。

ってことは、俺はこれから勉強漬けの毎日? 

由比ヶ浜の受験勉強じゃないけど、あれが英検3級の試験だって思えるくらい生易しい

レベルに思えてくる。



雪母「はぁ・・・・。そんな意気込みでやっていけるのかしら。

   でも、いいわ。もしできなかったら、雪乃と別れればいいだけですからね」

八幡「え?」

雪母「当然でしょ。約束を守れない男に用はないわ」

雪乃「ちょっと待ってお母さん。私も留学するわ。

   もし八幡が達成できないとしても、私が条件を満たしてみせるわ」

雪母「そう? だったら、それでもいいわ」



女帝は満足そうにうなずくと、俺への関心は途切れ、紅茶に興味を移していった。



雪父「悪いね。これでも大変感謝してるんだよ」

八幡「感謝されるようなことはなにも」

雪父「総武家の件も感謝しているし、ストーカーの件については

   感謝しきれないほどに感謝している」

八幡「総武家の事は、こっちがお願いしたことで、感謝されることはなにも」

雪父「そんなことはない。ライバル議員に一泡吹かせてくれたじゃないか」

八幡「それは偶然であって、結果論にすぎません」

雪父「そうかい? じゃあ、ストーカーの件は、陽乃の父親として感謝してるんだけどな」

八幡「それも、俺だけが頑張ったわけじゃないです。

   陽乃さんや雪乃、大学の友達も大勢協力してくれたからできたことです」

雪父「でも、それができたのも、君が大学で人脈を作ったから成し得たことじゃないかい」



たしかに、大学での人脈を作れって言われたけど、偶然にも作れている。

これがこの先どうなるかなんてわからない。

損得で付き合ってるわけでもない。

だけれど、これからも長い付き合いになっていくってことだけは、不思議と確信してしまう。


478 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:34:19.99 ID:F5/DL4iU0


雪父「君に人脈はあるかって、きつい問いかけもしたけど、これさえも成し遂げた。

   だからね・・・・、あれも君の事を認めているんだよ」



親父さんは、そっと女帝に視線を向ける。女帝も俺達の会話が聞こえているはずだけど、

ダンマリを決め込んだようで、一切反応をみせようとはしない。



雪父「今日はゆっくりしていきなさい。

   きっと陽乃が美味しい料理をつくってくれるはずだから」



穏やかな時間が紡ぎ出され、いつしか日が傾いてくる。

雪乃と陽乃さんは、夕食の準備をしにキッチンに向かい、ここにはいない。

陽乃さん曰く、ささっと簡単に作ってくるわ、とのこと。

前回ご馳走になったことを思い出すと、その簡単にのレベルが非常に高い。

きっと俺の予想以上のご馳走がくるはずだ。

だから、俺は目の前の光景を直視することも耐えられれるはず。

なにせ、実際にいちゃついてはいないけれど、雪乃の両親、目で語っちゃってるだろ。

しかもそうとうのろけている。

俺がこの場にいなければと思うと、気まずいくなってしまう。

俺は、目のやり場を適当に泳がせながら、この数日間を思い出す。

そういえば、平塚先生って、誰から総武家の立ち退き話を聞いたのだろうか?

誰かしらから聞かないと、平塚先生が知ることはない。では、誰からか。

そして、雪ノ下の企業所有のビルが、

「たまたま」1階のテナントを募集しているのは偶然なのか。

しかも、新しい道路計画に合わせて、客が入る見込みがある場所で。

仮に、平塚先生が雪ノ下の誰かから、話を聞いたとする。

そして、仮定だが、平塚先生が俺とよくラーメン屋に行っていたとすれば、

なおかつ、総武家の常連だと知っていたとすれば、総武家の事を聞いた直後に

平塚先生と俺は総武家に行く可能性が高い。

また、俺と平塚先生がラーメンを食べに行くって約束していたのさえ知っていたとしたら。

もはや仮定の連続であるが、最後の仮定として、陽乃さんが親父さん似であることは、

逆をいえば、親父さんも陽乃さん似であるわけで。そうなると、その陽乃さん似の

親父さんが陽乃さんのような策略を展開する可能性も高いわけで・・・・・・。

と、仮定に仮定を重ねまくる机上の空論が出来上がる。

もし、これが正しいとしたら。

もし、途中の仮定が若干違くとも結論までたどり着くことができるとしたらと

憶測を重ねずにはいられなかった。






479 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:35:10.00 ID:F5/DL4iU0






夕食も終わり、家に帰る時間となる。

雪乃は、女帝から家に持って行けと、あれこれ紙袋を渡されているようだ。

ほんと素直じゃないところも多いけど、どこにでもいる親子でもあるんだよなぁ。

親父さんも席をはずしていて、リビングには俺と陽乃さんの二人が残っていた。



八幡「なんか、うまくまとまってよかったですね」

陽乃「そうね。なんか、終わってみると拍子抜けかも」



陽乃さんは、両手を伸ばし、軽く体を伸ばす。

この数日、ストーカー問題が出てから、いや、生まれて物心がついた時から陽乃さんは

常に緊張を強いられていたのかもしれない。

その枷が外れた今、仮面をかぶっていない素顔の陽乃さんが屈託のない笑顔でくつろいでした。



陽乃「何か顔についてる?

そんなに真剣にじぃ〜っと見られたら、お姉ちゃん、ちょっと恥ずかしいかも」

八幡「いや、そんなことは。ちょっと気が抜けただけです」

陽乃「そうなの?」



陽乃さんは、俺が面白い事を言ったわけでもないのに柔和な笑顔をはじけ出す。



八幡「そうです」

陽乃「そっか」

八幡「あの、陽乃さん」

陽乃「なぁに」



俺は自分の鞄から、リボンでラッピングされたプレゼントを陽乃さんの前に差し出す。



陽乃「これは?」

八幡「昨日は忙しかったんで、あれでしたけど、一日遅れの誕生日プレゼントです」

陽乃「そっか。誕生日だったね」

八幡「そうですよ。雪乃も誕生日会やるつもりで、今度の休みでもやるみたいですよ」

陽乃「えぇ〜、雪乃ちゃんが? 意外。・・・・ねえ?」

八幡「はい?」

陽乃「それって、由比ヶ浜ちゃんが発案したんでしょ」

八幡「そうですかね? もしそうだとしても、計画したのは雪乃ですよ」

陽乃「そうなんだぁ・・・・・・・。あぁ、エプロン」


480 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:35:44.13 ID:F5/DL4iU0



陽乃さんは、丁寧にラッピングをはいでいくと、中から深い藍色のエプロンをとりだし、

頭上に掲げる。



八幡「料理が趣味って言ってたんで、エプロンなら気にいらなくても、

   適当に使いつぶせるかなって」

陽乃「そんなことないって。すっごく気にいってるよ。うれしすぎて抱きつきたいくらい」

陽乃さんは、真剣に笑みを俺に示すと、さっそくエプロンを試着する。

陽乃「どう? 似合ってる?」

八幡「似合ってますよ」

陽乃「そっか。似合ってるか。でも、比企谷君の私のイメージって、こんなのなんだ」

八幡「インスピレーションですよ。そのとき思った色がそれだっただけです」

陽乃「ふぅ〜ん・・・・・・」



陽乃さんは、俺の顔をしばらく観察すると、なにか納得して離れて行く。

そして、くるくる回りながらエプロンを確認していく。

普段の陽乃さんだけを知っていたら、きっと地味な色のエプロンなんだろう。

オレンジとかよく似合ってそうだと思う。

だけど、俺が見ている陽乃さんは、情が深くて、そしてなによりも、

人とために自分を犠牲にできる強い女性であった。



陽乃「ねえ、比企谷君」

八幡「はい? えっと、かわいいし、似合ってますよ」

陽乃「なにその適当な感想」

八幡「すみません」

陽乃「まっ、いっか。誕生日の七夕には間に合わなかったけど、

   しっかりと彦星様が来てくれたんだから。

   一日遅れっていうのが比企谷君らしくていいわね」

八幡「それだと陽乃さんが織姫様ですか?」

陽乃「私じゃ不満かしら?」



陽乃さんは、そう意地悪そうに呟くと、俺に詰め寄る。

このままだと、陽乃さんのおもちゃにされそうで、今すぐ逃げ出したい。

しかも、なんて答えればいいかなんてわかるはずもない。

でも、逃げようにも体が密着しすぎていて逃げられないし、

逃げれば逃げたで後が怖そうだ。だから俺は、観念するしかなかった。



八幡「不満なんてないですよ。むしろ光栄ですって」



481 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:36:15.27 ID:F5/DL4iU0


陽乃「そう? だったら、今度このエプロン着て、ご希望の裸エプロンで八幡の為に

   料理作ってあげちゃうね。

   でも、料理が出来上がる前に私を食べちゃってもいいわよ」



陽乃さんは、軽くウインクをして、冗談とも本気ともとれる申し入れを告げてくる。

またもやどうこたえればいいか途方に暮れたが、親父さんがやってきて

どうにか難を逃れることができたのであった。

俺から体を離して玄関向かう陽乃さんの後姿は、根拠はないが、どこか寂しさを

漂わせていた。だから俺は、声をかけてしまう。



八幡「陽乃さん?」

陽乃「ん?」



振りかえって見せた陽乃さんの笑顔は、もはやいつもの笑顔の仮面ではなかった。

どこか崩れ去りそうな、ぎこちないながらもどうにか作り上げた儚い笑顔。

ちょっと触れただけでも崩れ落ちそうな寂しさを漂わせていた。



八幡「陽乃さんの手料理、楽しみにしていますよ」

陽乃「うん。楽しみにしておいて」

八幡「二人前だろうが三人前だろうが全部食べますから、盛大に作っちゃってください」

陽乃「うん。期待してる」

八幡「あと、・・・・・・来年の七夕は遅刻しませんから、盛大にやりましょう」

陽乃「うぅ〜ん・・・。そっちのほうは・・・、期待しないでおこうかな」



陽乃さんは、少し困ったような笑顔を見せると、俺に背を向ける。



八幡「そうですか? じゃあ、俺が勝手に迎えに行きますから、

   そのときは、うまい飯でも用意してくれると助かります」



陽乃さんは、俺の声に何も反応を見せず、一歩また一歩と玄関に向け足を進める。

そして、4歩目の足を上げようとした時、その体は硬直する。

堅く握られていた両手のこぶしを広げると、ゆっくりと俺の方へと振り返る。



陽乃「やっぱり期待はしないでおくけど、食事の材料だけは用意しておくわね」



そう俺に宣言する顔には、もはや儚さは消え去っていた。

いつもの陽乃さんのように前をしっかり見つめ、

自分の意思で突き進む凛々しさがよみがえっていた。


482 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/20(木) 17:36:42.59 ID:F5/DL4iU0


しかし、もはやそこには作りものの笑顔はない。

優しい温もりを俺の心に満ち溢れさせていく、とても魅力的な笑顔がそこにはあった。

陽乃さんが残した甘い香りが俺の鼻をくすぐるのを、俺は気持ちよく受け入れていた。









第26章 終劇

第27章に続く











第26章 あとがき





次週で『はるのん狂想曲編』は終了します。

といっても、そのまま新章突入しますので、

もうしばらくお付き合いただけると嬉しく思います。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。


お詫び

今週より、深夜のコメントアップはしません。

あとがき、コメントのネタがつきました。ごめんなさい。

あとがきだけは、もう少し頑張ります。



黒猫 with かずさ派

483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/20(木) 18:06:17.23 ID:ljfosPUR0

484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/20(木) 18:06:43.39 ID:ljfosPUR0

485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/20(木) 18:14:32.10 ID:Kf43sb7AO
486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/20(木) 18:15:48.65 ID:bLOXeRGr0
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) :2014/11/20(木) 19:24:55.73 ID:EuVbYGpM0

正直、10巻読んだ後の後味の悪さとラストが嫌な感じがするので、こういうストーリが本編だったら…と思うくらい楽しみにしてます。
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/20(木) 21:50:46.63 ID:OpsIbN49o
乙です
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/21(金) 07:41:11.94 ID:iulaNMXNo
はるのん
ふらぐ
たっとる
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/23(日) 14:38:05.13 ID:h7VJ8Z3j0
ハーレムエンド(ただし雪乃と陽乃に限る)でもええんやでハァハァ
491 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/27(木) 17:29:23.79 ID:yqOLm6oL0


第27章










7月10日 火曜日









激動の週末を過ごし、疲れと興奮が収まらない中、月曜を迎える。

週の始まりといえば、かったるくて、その日から週末までを指折り数えだす日と

決まっていた。

一週間前の俺だったら同じようにカウントダウンを開始していただろう。

しかし、この週の月曜日だけは特別であった。

そわそわして落ち着かない。

目覚ましよりも早く起床すると、すでに雪乃は目を覚ましている。

なにをしているわけもなく、俺の頭をゆっくりと撫でて愛でているだけだが、

やっと平穏な日常を取り戻したことを実感させてくれた。

俺達は平穏な大学生活を取り戻し、いつものように大学に通う。

以前と同じ日常もあれば、変化した日常もある。

日常は、俺達が気がつかないうちに毎日緩やかに変化していく。

劇的に変化することなんて稀だ。

先の騒動で大きな変化をもたらすとは考えてはいない。

ストーカー騒動の前に戻っただけ。

仮に変化があったとしても、それは俺が気がつかないうちにゆっくりとゆっくりと

変化を繰り返して、やっと芽が出て、俺が気がつく状況まで変化したにすぎない。

ストーカー問題は解決されたから、もう陽乃さんを送り迎えをする必要はない。

これから新たなストーカーも現れる懸念も捨てきれないが、当分は大丈夫なはず。

ただ、危険は過ぎ去りはしたが、陽乃さんの送り迎えは続いている。

陽乃さんの強い要望によって。

雪ノ下家から車を預かっている身としては断れないし、

たいした遠回りでもないので、これからも続くと思われる。

雪乃は、話を聞いた直後はふくれっ面であった。抗議もしようとしたが、

いかんせ実家での事なので、強くもいえず、あっというまに決定事項となってしまった。

もちろんマンションにもどってから散々俺に対して文句を言っている。

それは彼氏としては受け止めたが、陽乃さんも姉妹の仲を深めたいんじゃないかって

思えてもいる。

492 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/27(木) 17:29:53.02 ID:yqOLm6oL0


だから、俺としては陽乃さんの提案は賛成であった事は、雪乃には内緒である。

そして、もうひとつ変化があったことといえば、雪乃と陽乃さんが

Dクラスの勉強会で先生役として参加するようになったことだ。

二人とも元々優秀であることから、みんな大歓迎で迎え入れた。

週末までの騒動も、仲を深めるきっかけになっていたはずだ。

今も二人に授業後の質問をする生徒で溢れている。



湯川「陽乃さん。今度大学院について質問してもいいですか。

   私、できれば大学院に行きたいって思ってて。

   今は曖昧で、ぼんやりとした目標しかないんですけど、もっと勉強したくて」

陽乃「いいよ、いいよ。いつでも大歓迎。湯川さんみたいな後輩ができるんなら

   お姉さん協力しちゃうよ。それに

   教授にも紹介してあげるから、いつでもおいでよ。

   工学部って男ばっかだし、みんな喜んでちやほやしてくれるはずよ」

湯川「ありがとうございます。ちやほやはいいですけど、実際研究室を目にした方が

   明確なビジョンができて、もっと頑張れる気がするんです。

   それに私、Dクラスに入ったとき、諦めていたんです。

   地元の高校ではずっと1位だったんですよ。先生も同級生もみんな私を

   ちやほやじゃないですけど、頼ってくれて。

   だけど、大学に入ったら、一番下のクラスじゃないですか。

   すっごく落ち込んだし、地元にも帰りたくなくなっちゃって、

   地元の友達からメール来ても、当たり障りのない内容ばっかで・・・・。

   でも、私にもチャンスがあるってわかって、もう一度頑張ろうって」

陽乃「そっか。でも、うちの大学院って倍率高いし、大変だよ。

   Aクラスだろうが、Dクラスだろうが、他の大学からも勉強したい、

   研究したいって望んで入ってきてるしね」

湯川「そう・・・ですよね」



湯川さんの跳ねるような勢いは、陽乃さんによって叩き落とされる。

陽乃さんが自ら通ってきた道である分説得力があった。



陽乃「でもね、今の気持ちを4年間忘れずに勉強を続けられたら、

   きっと道は開けてくるんじゃないかな。もちろん大学院だけがゴールじゃないし、

   色々勉強しているうちに、うちの大学院じゃなくて海外留学なんて

   考えちゃうかもしれないよ」

湯川「そんな。私が海外留学だなんて」

陽乃「その考えはいただけないなぁ。自分で限界を作っちゃってる」

湯川「あっ・・・」


493 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/27(木) 17:30:21.09 ID:yqOLm6oL0


陽乃「でしょ?」

湯川「はい、私、今の気持ちを大切に、頑張ってみます」

陽乃「うん、頑張ってね」



湯川さんは、陽乃さんからエールを貰うと、

足取り軽く廊下で待っている友達のもとへと小走りで戻っていく。

俺は、陽乃さんも後輩にいいこと言うなぁと感心して陽乃さんを見つめると、

ニヒルな笑顔を俺に返す。

これって絶対俺に対しても言ってるだろ。

俺が聞いてるとわかってて言ってるあたり、憎みきれない。

むしろありがたいんだけど、ありがたいお言葉言ったんだから誉めてよって

顔で訴えなければ、もっと最高なのに。

陽乃さんは、最後に満面な笑顔を見せると、自分も授業に行こうと荷物をまとめ出した。

もし劇的変化があったとしたら、それはきっと陽乃さんの素顔だろう。

今までは、なにかにつけて演じてきた部分が表層を覆い隠し、本心を見せてはこなかった。

それが今回の事件をきっかけに、いつもではないが、

ときおり本心を見せてくれるようになったのは大きな成果だと思える。

世間一般では、今までも十分すぎるほどに魅力的な女性であったし、

女性からも好かれもしていた。

これからは、ふとしたきっかけに見せるなにげない本音が出た表情に

魅了されてしまう信者も増えてくるのだろう。

個人的な見解としては、本音を見せた陽乃さんのほうが、カリスマ性を演じた仮面よりも

数段も魅力的だと思っている。



楓「それでですね、聞いてくださいよ」



雪乃の方の質問も終わり、今は雑談の花を咲かせていた。

英語の質問ではないので、ここぞとばかり前に出る由比ヶ浜が輝いて見えるのは

気のせいだろうか。

大丈夫。勉強だけがすべてじゃないぞ、由比ヶ浜。



結衣「それで、どうしたの?」

楓「はい、この前の安達弟なんですけど・・・」



安達の名前が出ると、その場にいた全ての生徒の顔がこわばる。

陽乃さんも、バッグにノートをしまう手を止めてしまい、楓の声に耳を傾けてしまう。

雪乃も顔から表情が抜け落ち、顔がこわばる。

楓と葵は、雪乃の変化を察知して、言葉を詰まらせてしまった。


494 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/27(木) 17:30:47.61 ID:yqOLm6oL0


雪乃は、やんわりと微妙な笑顔をむけて、話を促すが、二人は遠慮してしまう。

由比ヶ浜だけは、場を盛り上げようと楓達の話の相槌を打つ。



結衣「へえ、弟の方がどうしたの」

葵「弟のほうが雪乃さんを好きだったけど、比企谷さんが恋人だってわかり

  諦めたって言ってたじゃないですか」

結衣「うん、まあ、そうだったね」

楓「それだけでも軽い男だってわかって失格なんですけどね」

結衣「そだね」

葵「実は、ストーカーをするだけじゃなくて、デマまで流してたんです」

結衣「それは知らなかったなぁ」

葵「はい。男子生徒中心にまわっていたらしくて、

  女子生徒の方へは流れてこなかったから、今まで知らなかったんですけどね」



ということは、雪乃がいる工学部2年から広まった雪ノ下姉妹がストーカー被害に

あっているっていう噂も安達弟ルートから流れてきたものだろうか。

どんな理由で噂を流してのかはわからないが、

もはやそんな理由を聞きだしたいとは思えなかった。



結衣「で、どんな内容なの?」

葵「比企谷さんが、財産目当てで雪乃さんに近づいているって」

結衣「ゆきのんち、お金持ちだし、そう思ってしまう人もいるかもね」

楓「違うんですよ。それだけじゃないんです」

葵「比企谷さんは、雪乃さんだけじゃなく、保険として陽乃さんまで手をだして、

  ゆくゆくはお父様の会社までも手に入れようとしてるって」

結衣「そこまでは・・・・できないんじゃないかなぁ?」



由比ヶ浜は、明らかに不可能なデマを聞き、顔をひきつらせてしまう。

さすがに雪乃の両親を少しは知っている由比ヶ浜は、

会社乗っ取りなんてできないってわかっている。

もし会社を手に入れようとするんなら、雪乃や陽乃さんだけじゃ不可能すぎる。

いっそ、親父さんや女帝までも騙さないと、うまくいくとは思えなかった。

でも、俺なら絶対そんな面倒な事はしない。

自分で会社を立ち上げて雪ノ下の企業まで成長させる方が

よっぽど現実的だと教えてやりたいほどだ。



葵「それに、由比ヶ浜さんも被害者なんですよ」

結衣「私?」


495 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/27(木) 17:31:27.75 ID:yqOLm6oL0


ストーカー騒動。

今までずっと蚊帳の外にいた由比ヶ浜までもが被害者になっていたとは驚きだ。

由比ヶ浜の名が呼ばれた時、雪乃の肩がわずかに震えたのを俺は見逃さなかった。



葵「そうです。比企谷さんの愛人として、囲ってるって。

  いつも一緒にいるのは愛人契約してるからとか」

結衣「それ、ぜったい違うから。

   ヒッキーと一緒にいるのは勉強を教えてもらってるのもあるし、

   ・・・・・・友達・・・でもあるからさぁ」

由比ヶ浜は、胸のあたりでぶんぶんと両手をふって否定する。

楓「そうですよね。私も男子から話を聞いたとき、それは嘘だって言ったもん」

葵「でも、どの噂も嘘しかなくて、笑っちゃったよね。

  ・・・・・・あっ、ごめんなさい」

結衣「いいよ、いいよ。私もゆきのんも、その場にいたら一緒に笑ってたと思うし」

葵「それでも、ごめんなさい」



その後もあらぬ噂を延々とお披露目されていく。

よくもまあ、ここまでたくさんのデマを考えたって、そっちのほうを感心してしまう。

由比ヶ浜も表情をころころを切り替えながら相槌を打つもんだから、

楓も葵も話の勢いが止まらなくなって、延々と話が止まらなかった。

しばらく好きなように話をさせておくかと、ほっとくことにする。

本でも読んでるかと鞄を取ろうとしたとき、室内を見渡すと、

話をしている由比ヶ浜、葵、楓しか室内には残ってはいなかった。

雪乃と陽乃さんは、先に行ったのか?

ということは、そろそろ時間かなと時計をみると、朝の講義までは時間があった。

それでも、このまま話を続けられてもやばいし

そろそろ終わりにさせるかなと、椅子代わりにしていた机から腰を上げる。

俺たちも遅れないようにしようと、話に夢中の三人に声をかける決意をした。








昼休み。これも俺達の日常の変化の一つであるといえよう。

お弁当を食べようと空き教室に集まった四人は、持ち寄ったお弁当を囲んでいる。

昨日は、陽乃さんが4人分のお弁当を持ってきてくれたので豪勢であった。

ただ、雪乃は俺の分も入れて二人前。由比ヶ浜も最近お弁当を作るようになったので

自分の分を持ってきている。

そこに陽乃さんの四人分となると、合計7人前のお弁当が勢ぞろいとなる。

由比ヶ浜の弁当は、まさに女の子のお弁当って感じで量は少ない。

496 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/27(木) 17:31:56.24 ID:yqOLm6oL0


雪乃のは、俺の分は俺に合わせて作って、自分の分は少なめだ。

しかし、陽乃さんの豪勢すぎるお弁当は、まさに運動会のお弁当。

男性4人がめいっぱい食べられる量が詰まっていた。

7月に入り、気温も高くなってきているので、冷蔵機能もない昼の弁当を

夕食として食べるわけにもいかず、唯一の男の俺が頑張って食べたが、食べきることは

できなかった。

その後、俺の様子を見て判断してくれたのか、

翌日の今日からはお弁当当番らしきものが作られたらしい。

「らしい」というのは、俺の意見が全く聞き入れてもらえず、

勝手に取り決めを作られたからなのだが、俺自身もお弁当を作らないといけないのは

なんとかならないのだろうか?

家に帰ってから、雪乃に弁当作るの手伝ってほしいと懇願したが、

笑顔で断られた時は、ちょっと絶望してしまったのは内緒だ。

でも、そのあときっちりと



雪乃「だって、八幡が作ったお弁当、食べたいから」



って、恥じらいながら笑顔でアフターケアーもなさるんだから、雪乃にはかなわない。



結衣「ねえ、ゆきのん。朝はごめんね。話に夢中になって、ゆきのんが

   先に行っちゃったの気がつかなかったよ」

雪乃「いいのよ。私の方も急用ができたから」

結衣「そう? だったらいいけど」



由比ヶ浜は、雪乃の返事に満足してか、うまそうに弁当をパクつき始める。

それを見た雪乃も、優しく由比ヶ浜を頬笑みながら、自分も食事に入っていった。



八幡「陽乃さんも、朝の勉強会、ありがとうございました。

   勉強会の後にお礼を言おうと思ってたんですけど、いなかったんで

   いまさらですけど、ちゃんとお礼が言いたくて」

陽乃「いいのよ。私が好きで手伝ってるんだから。

   それに、私もちょっと急用ができちゃってね。

   だから、何も言わないで行っちゃってごめんね」

八幡「いや、いいですよ。あの後、時間ぎりぎりまで由比ヶ浜たちは

   喋りまくってたんですから」



楽しいお弁当タイムは続く。

雪乃と陽乃さんの朝の急用がなんだったかだの、なにも疑問を感じることもせず。


497 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/27(木) 17:32:28.88 ID:yqOLm6oL0


勉強会の後、工学部の教室で「楽しい話し合い」があったなんて、

気がつくことなどありはしなかった。











火曜日の朝。誰の元にも平等に訪れる月曜日の次の日。

一昨日までの休日の疲れも月曜日に別れを告げ、どうにか平日に慣れつつある。

慣れない者は、通勤通学ラッシュにもまれて、水曜日までには強制的に

平日を実感するようになるはずだ。

それは、工学部の教室であっても等しく訪れ、朝一番の授業を憂鬱と共に

過ごすことになるのだろう。

ここにいる二人を除いて。



雪乃「おはよう、安達君」

陽乃「元気そうでよかったわ」



雪乃達は、それぞれ若干ニュアンスは違うが、安達弟に朝の挨拶をする。

それを聞いた安達は怪訝そうな顔をするも、一応挨拶の返事をする。



安達弟「おはよう・・・ございます」



そりゃそうだ。もう関わりもないと思っていた相手からの朝一での訪問。

安達弟にしろ、雪乃達にしろ、金輪際関わりたいとは思っていないはず。

朝が苦手で、授業開始ギリギリに入ってくる連中なら、

いつもと同じ光景を見るだけですんだかもしれない。

しかし、今の時間帯に入ってくる生徒は、いつもと違う光景に目を疑った。

雪乃も、挨拶をされれば、丁寧に挨拶を返す。

それは、長年にわたって身につけてきた礼儀作法によるものだが、

雪乃が安達の元へ自分から赴いて挨拶することなんて、

今まであり得なかった光景であった。

しかも、姉の陽乃さんまでいるのだから、誰しも驚いただろう。

そして、ただならぬ雰囲気が雪ノ下姉妹を中心に教室中に侵食していき、

いつしか朝の憂鬱な雰囲気が一転する。

緊迫した雰囲気に捕まり、一人、また一人と雪乃たちを注目してしまう。

これから始まるであろうまだ見ぬ展開に恐怖心と好奇心を同居させ、

教室内にいた生徒は事の顛末を探ろうと声を押しとどめて、静かに三人に目を向けていた。


498 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/27(木) 17:33:25.74 ID:yqOLm6oL0

雪乃「2年の工学部から流れている噂、聞いたわ」



雪乃の目は安達弟を捉えて離さない。安達弟は昨日の事もあって、

落ち着かない様子である。

そっと雪乃から目をそらすが、それさえも雪乃にとっては興味の対象にはならなかった。



雪乃「私と・・・・、ここにいる姉さんのことは構わないわ。

   でもね、私の恋人と友達を傷つけるような真似を今後もするんなら、

   社会的に殺します」



背筋が凍りつくセリフをこともなさげに宣言する。

雪乃の顔からは表情が冷たく砕け散り、ただ事務的に決定事項を伝えているだけであった。

身を震わせる他の生徒たちは、声をわずかに洩らしはしたが、

場の雰囲気にのまれて沈黙を守る。

後から来た生徒は、ただならぬ雰囲気に、遅刻したわけでもないのに身をかがめて、

逃げるように席についていった。



陽乃「あなたがどんな社会的な影響力を持つ後ろ盾を持ってるかなんて知らないわ。

   でも、使いたいならご自由に。私は、大切な人を守る為に、

   その後ろ盾やそのシステムごと叩きの潰すだけだから、安心してね」



口調も笑顔も、以前の陽乃さんそのものであったが、それがかえって人の心を委縮させる。

震え上がる安達弟に、楓たちから聞いた噂のうっぷんを全て吐き出した雪乃達は、

ようやく晴れ晴れとした笑顔で、自分の場所へと戻っていく。

もはや安達弟のことなど、日常の記憶からは抹消されていることだろう。

残っている記憶といえば、攻撃対象リストの記載のみ。

朝から工学部二年の教室を震え上がらせた騒動は、翌日までには他学部まで広がっていく。

ただ、誰一人、雪ノ下姉妹を批判する者など現れはしなかった。

日ごろからの行いってものもあるが、正面切って雪ノ下姉妹にたてつく者などは、

よっぽどの変わりものかマゾしかいないだろう。









7月14日 土曜日




首元やら鼻やら目元など顔中がこそばゆい。

まだ起きる時間ではないはずなのに、どうやらちょっかいを受けているらしい。

まどろみの中、薄く眼を開けると、雪乃が長い漆黒の髪でくすぐってきていた。
499 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/27(木) 17:34:01.57 ID:yqOLm6oL0


綺麗な髪をそんなくだらないことで使うなって説教してやろうかと思いもしたが、

甘ったるい朝の空気が俺を駄目にする。



雪乃「おはよう」



俺の目覚めをいち早く察知した雪乃は、柔らかな笑みとともに朝の挨拶を告げる。

俺もしゃがれた声で、すかさず返事する。



八幡「おはよう。・・・・いま何時なんだ?」

雪乃「さあ?」

八幡「さあって・・・・。まだ5時過ぎじゃないか」



俺は目覚まし時計を確認すると、軽く非難の声をあげる。

さすがに早すぎる。少なくとも6時までは寝ていても大丈夫なはず。

・・・今日は土曜日か。だったら、もっとゆっくりしていても。



雪乃「そう?」

八幡「そうって・・・・・、くすぐったいって」



俺は、優しく黒髪を押し戻す。

おはようの挨拶をしているときだって、雪乃はずっと俺をくすぐり続けていた。

悪くはないんだけど、さすがにこそばゆい。



雪乃「もうっ」



雪乃は全然怒った風でもないのに、一応は怒ったつもりの非難を洩らす。

と思ったら、今度は俺の頭を雪乃の小さな胸で包み込み、優しく撫で始める。

たしかに、色々トラブルもあって忙しかったし、

今朝みたいに甘美な朝がここ数日続いてはいた。

それでも大学もあり、ゆっくりと朝を楽しむ時間は限られていた。

そう考えると、今日は貴重な朝だよな。

俺は、雪乃の背中に手を回し、小さく力を込めてると、

ゆっくりと雪乃の香りを肺に満たす。

雪乃は、胸元で動かれたのがくすぐったかったのか、小さくとろけるような吐息を洩らした。

色っぽく身悶える雪乃を下から覗き込むと、視線が交わる。



雪乃「もう・・・・・・」


500 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/11/27(木) 17:34:37.61 ID:yqOLm6oL0


はにかんだ笑顔が俺を幸せに導く。

今日は最高な一日になるはずだ。

だって、最高の朝の目覚めを得られたんだから、今日一日うまくいくに決まっている。

そして、きっと明日の朝も最高なはずだ。

なにせ、俺の隣には、いつも雪乃がいるから。







第27章 終劇

はるのん狂想曲編 終劇

第28章に続く

インターミッション・短編

『その瞳に映る景色〜雪乃の場合』に続く









第27章 あとがき




ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

第27章のラストの朝の目覚めが、

『狂想曲編』開始の第10章の初めとの対比となっております。

今振り返りますと、後半もうちょっと書いてもいいかなって気もします。

ただ、そうしますと容量が大幅に増えてしまい、

本一冊のものが、本二冊の前後篇ものへと

切り替わってしまう感じですかね。



次週は、息抜きというわけでもありませんが

インターミッション・短編『その瞳に映る景色〜雪乃の場合』

をお送りいたします。

アップするのは、このスレです。

一応、第28章という扱いになります。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派

501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/27(木) 18:10:21.37 ID:5HXrv9V9O
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/27(木) 18:24:13.07 ID:1sHF4GRS0
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/27(木) 19:14:01.29 ID:td3XJD5AO
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/27(木) 19:19:05.33 ID:zg7H3IEa0

何スレ続くか楽しみです
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/27(木) 19:28:26.90 ID:QLIdO2gPo
乙です
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/27(木) 23:42:52.88 ID:uGgpuYVXo
507 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:30:35.04 ID:XYU0qp7F0

第28章


インターミッション・短編



『その瞳に映る光景〜雪乃の場合』



著:黒猫



                                          
約束の時刻は、とうにすぎている。

11時にはデートに出かけられると言っていたのに、今はもう12時になろうとしていた。

いくら我慢強い私だって、今日だけはもう我慢できない。

いらだちを募らせて、おもわず爪を噛みそうになるのをぐっとこらえた。

今日という日を一週間も指折り数えて、八幡に甘えるのを待ち望んでいたのだから。

それは一週間前のこと。

これはけっして八幡が悪いわけでも、由比ヶ浜さんが悪いわけでもないわ。

私も八幡も、由比ヶ浜さんの勉強スケジュールを詰め過ぎていたからいけなかったのよ。

由比ヶ浜さんが風邪で倒れて、グループ研究での由比ヶ浜さん担当箇所に出てしまった。

結果としては、八幡が由比ヶ浜さんの分までレポートを

やることになっても、それは当然の流れよね。

八幡が由比ヶ浜さんを見捨てるわけないし、

私も八幡が由比ヶ浜さんを見捨てる事を許すわけがないもの。

それに、風邪で勉強が遅れてしまうのだから、由比ヶ浜さんの負担も減らさなければ、

今後の勉強予定にも負担がかかってしまう。

だから、私が八幡に甘えるのを我慢して、八幡がレポートに集中できるように

サポートするのが当然の流れだった。

でも、それも今日の午前で終わる。

朝食時に、遅くても11時には終わるから、そうしたらデートに出かけようって

約束してくれた時には、情けないけれど、泣きそうになってしまった。

この男を、こうまで好きになるだなんて、出会ったころには思いもしなかったわね。

ふふん・・・、でも、悪くはない、か。

むしろ、心地よい敗北感に満たされている。

さてと、約束の時間から1時間も過ぎたのだがら、デートの約束をしている彼女としては、

彼氏の様子をみるくらい問題なし、文句も言わせないわ。

私は、ひんやりとするドアノブをゆっくりと音をたてないように回す。

5センチほどドアを開けて、耳に意識を集中させると、

せわしなく鳴り響くパソコンのキータッチの音も、参考書を漁る音も聞こえてはこなかった。

けたましい音で溢れていた部屋も、レポートにいそしむ熱気も既に冷やされ、

部屋は緩やかな時間を取り戻しているようであった。ファーストステップでの成果は

芳しくなかった私はドアの隙間から覗き込むが、八幡の後ろ姿しか見えない。

508 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:31:05.74 ID:XYU0qp7F0

ここからでは、よく見えないわね。

動いている様子もないし、約束の時間も過ぎているのだから、部屋に入っても大丈夫よね?

私は、もう一度自分に言い訳をすると、意を決して部屋のドアを全て開けた。

けれど、八幡は振り返りはしなかった。

音をたてないようにあけたから、気がつかなかったのかしら?

何かおかしいと少しだけ不審に思ったのだけれど、

八幡に早く会いたいという誘惑には抵抗できなかった。



雪乃「八幡?」



私は、声を小さく震わせる。彼女だというのに、おどおどしすぎね。

でも、八幡が悪いのよ。大切な彼女を一週間もほうっておいたのだから。



雪乃「八幡?」



もう一度声をかけてみたのだけれど、八幡の声を聞くことができなかった。

どうしたのかしら?

私は、八幡が座るローテーブルの隣まで歩み寄る。

膝を折り、八幡の隣に座ってみたのだけれど、それでも反応がなかった。

それもそのはず。なにせ八幡はテーブルに顔を突っ伏して寝ているのだもの。

どおりで部屋が静かなわけね。時間が過ぎても出てこれないわけだわ。

私は、うきうき気分で部屋のドアの前で朝から待機していたというのに、

八幡はそんな彼女の気持ちも知らずに、よくもぐうすか寝られるわね。

最近私の存在を軽くみているのかしら?

それとも、今日のデートを楽しみにしていたのは、私だけだったのかしら?

不安を募らせながら八幡の寝顔を見つめていると、その不安はいつしか不満へと

変化していく。

どうして私ばかり我慢しなければいけないのかしら?

大学でだって、学部が違うから、ずっと一緒にいられるわけでもない。

その点、由比ヶ浜さんはいいわね。八幡の隣に常にいられて。



ガタっ。



突然発せられた物音に、私は身を固くする。

八幡を見つめながら、いつしか思考に没頭してしまったようだ。



八幡「う、うぅん・・・」



どうやら八幡が寝返りをうったらしい。

509 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:31:35.21 ID:XYU0qp7F0

今までは、八幡の後頭部しか見えてはいなかったのだけれど、

寝返りを打つことにより、八幡の寝顔を私の目の前に放り出される。

私は、思わず目を見開いて凝視してしまった。

八幡の寝顔なんて、毎日のように見ているはずなのに、

今朝だって、八幡への可愛い恨みを込めながら寝顔を堪能していたというのに、

急に無防備な姿をさらけ出されては、きゅんってしてしまう。

・・・・・・そうだわ。この寝顔をいつでも見られるように、写真を撮っておきましょう。

どうして今まで気がつかなかったのかしら?

もし毎日写真を撮っていたのならば、この一週間、

もう少し元気に過ごせていたかもしれないのに。けれど、無駄ね。

私がそんな写真だけで満足するわけがないもの。

写真を撮ることよりも、今目の前に八幡の寝顔を堪能し始めようとしたが、

うずうずしだしてしまう。このままでは、落ち着かない。

私は、声が出ないようにひっそりとため息をつくと、リビングに戻ることにした。




1分後。

私は、再び音も立てずに八幡の隣へと戻ってきてしまった。

いいえ。戻ってきてしまったのではなく、本当はリビングに携帯を取りに行っただけ。

だって、この寝顔。携帯に保存しておけば、いつでも見られるじゃない。

だから私は、携帯のカメラ機能を起動すると、ゆっくりとレンズを八幡に近付けていった。

ピントが合い、これでようやく八幡の寝顔を手に入れられる思いを胸に

シャッターボタンを押す指に力を加えようとしたが、すんでのところで指が止まる。

・・・・・・・このままでは駄目だわ。このままシャッターを押してしまったら、

シャッター音がしてしまうもの。

耳ものとシャッター音がしてしまったら、いくら気持ちよく寝ている八幡でも起きてしまう。

うかつだったわ。早く写真が欲しいからといって、

安易に携帯を選択したのが間違いだったようね。

これは、いつも冷静な私からすれば、あってはならないミス。

危うく最高の機会を見逃すところだったわ。

私は、再び小さくため息をつくと、再びリビングに戻ることにした。







40分後



雪乃「むふぅ〜・・・」



鼻息荒くミラーレス一眼カメラを手から離す頃には、幸せで満ち溢れていた。

もうお腹いっぱいだわ。さすが私。カメラの才能もあって、よかったわ。
510 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:32:02.68 ID:XYU0qp7F0


いいえ、才能なんて陳腐な言葉で片付けるなんて、私も撮影で疲れているのかしらね。

魂を込めて八幡をカメラのレンズに収めてきた結果がここにあるんだわ。

今までの撮影がなければ、きっと今日の収穫に満足できずに、絶望を味わっていたはず。

昔はカメラで撮られると魂がとられてしまうだなんて迷信があったけれど、

あれは嘘ね。被写体の魂ではなくて、撮影者の魂が削れられいるもの。

さてと・・・、そろそろ八幡を起こさないといけないわね。

私が壁時計を見ると、時計の針はもうすぐ1時を示そうとしていた。

私ったら、40分以上も撮影していたのね。

もともと体力に自信がないのだけれど、日ごろの鍛錬のおかげで、

多少は体力がついたのかしら。

それに、八幡と毎日大学まで自転車で通っているのも、いい結果をうんでくれたみたいね。

八幡を起こそうと肩に手を伸ばそうとしたが、私は途中で動きを止めた。

もう少しだけ見ていても、問題ないわよね?

あと10分くらい遅くなったとしても、たいして変わり映えしないもの。

それに、レンズ越しよりも、生身の八幡をもっと見ておきたいわ。

けれど、人の欲なんて際限ないのだから、ここは心を鬼にして起こすべきね。

私は、再び八幡を起こそうと、今度は耳元に顔を寄せていく。

肩を揺さぶって起こすよりも、私の声の方がいいわね。

私だったら、八幡の声で目覚めたいもの。

さらりと顔に垂れ下がってくる髪を耳の後ろへと撫で流して、顔を近づけていく。

ゆっくりと、ゆっくりと近づけていったが、八幡まであと5センチと迫っても、

その勢いを減速させる事はなかった。

私の唇が、八幡の頬によって軽く押し返される。

何度もキスを繰り返してきたというのに、味わったことがない高揚感が私を襲う。

可愛らしく頬へのキスだというのに、情熱的なキスと同じくらい私を熱くさせる。

体中に厚い衝動が駆け巡り、体がピクリと反応してしまう。

その衝撃が私の唇から八幡に伝わってしまうんじゃないかと思えて、

おもわず八幡の頬から唇を離してしまった。

キスを終えた私には、今までにない恍惚と背徳感が溢れていた。

今までだって、寝ているときにキスしたり、いたずらしたこともあるし、

写真だって撮ったこともある。

でも、今の気持ち・・・・、一週間も我慢していたせいかしら?

未知なる衝動に戸惑いを隠せない。

いくら考えたとしても、答えなんて出ないのかもしれないわね。

だったら、もう一度経験すれば、済む事だわ。

もう一度頬にキスしようと近づいていくと・・・・・。



八幡「ん、・・・うぅん・・・」


511 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:32:29.58 ID:XYU0qp7F0


八幡が寝返りをうつ。この時ばかりは、背徳感というよりも罪悪感が優先されていた。

猫のように物音を立てずに身を浮かせると、ふわりとその場を離れる。

二メートルくらい八幡から距離をとると、まさしく猫のごとく警戒した。

両手を前に伸ばして、しっかりと両手両足で床を掴む。

身を低くして様子を伺っていると、どうやら今回も寝返りだけですんだみたいだった。

警戒感が少しずつ解けていく私は、前方でしっかりと床を掴んでいる両手の方へと

体重を移していく。

そして、両手両足を器用に使ってペタペタと再び八幡の元へと戻っていった。

なんで私がこそこそとしないといけないのかしら?

でも、このスリル、悪くはないわね。

そう妖艶に頬笑みを浮かべると、もう一度キスをしようと顔を近づけようとする。

今度は口にしようかしら? 

もう、起こさないといけないのだし、キスで起こすのもいいわね。

しかし、すぐさまそれは断念しなければならなかった。。

この角度からではキスができない。

八幡が寝返りを打ったせいで、キスをすることができなかった。

どうしようかしら?

私は、ローテーブルに両腕をのせて顔をうずめると、じぃっと八幡を見つめながら

考えを巡らせていく。

ほんとう、気持ちよさそうに寝ているわね。

効率が悪くなるからって、徹夜はしないっていってたのに、

期日に間に合わせる為に、相当無理をしていたわね。

私は、無意識のうちに手を伸ばして、八幡の髪を撫でていた。

慣れ親しんだ柔らかい感触が手と溶け合ってゆく。

指先と絡み合う髪がすり抜けていくのを、何度も何度も堪能する。

私が隣にいるっていうのに、なんで寝ているのよ。

いつしか私の瞼も重くなってゆく。

きっと幸せそうに寝ている八幡を見ているせいね。

でも、このまま寝てしまうと、ちょっと寒いかもしれないわね。

私は、八幡の体に身を寄せて暖をとると、睡魔に身を任せることにした。








私が目を覚ますと、すっかりと日は暮れて、西日が差しこんできていた。

ぬくぬくと身をくるむ温かさが気持ちいい。

それもそのはず。八幡という暖房器具だけでなく、タオルケットまでかけられていた。

八幡の肩を借りたまま、寝てしまったのね。

でも、タオルケット?

512 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:32:57.12 ID:XYU0qp7F0

私は、タオルケットの真実を探ろうと、目をしっかりと開くと、

目の前には八幡の顔が迫って来ていた。

閉じかけていた八幡の目が、私の目とあい、大きく見開いていく。

けれど、八幡の反応はそれだけで、驚いたのは私だけであった。



八幡「おはよう」



八幡は、さも当然という顔をして、目覚めの挨拶をしてくる。

私に勝手にキスをしようとした事を悪びれる様子もなく、いつもの心を落ち着かす声。

私も勝手にキスをしたけれど、少しは慌ててくれてもいいじゃない。



雪乃「おはようのキスはしてくれないのかしら?」



八幡は、もうキスをしようとはしていなかった。

息遣いさえ聞こえる位置まで接近していた顔は、すでに十分距離をとっている。



八幡「あぁ、それな。タイミングっていうか、なんというか・・・・・・。

   一度タイミングを逃してしまうと、気まずいんだよ」

雪乃「そうかしら? 私がしてもいいって言っているのだから、

   気まずいはずなんてないわ」

八幡「どういう理論だよ。俺の気持ちの問題だぞ」



私が不満げな表情を浮かべても、八幡はキスをするつもりはないようだ。

もう少し女心というか、私の気持ちを理解してほしいわね。

この際女心はいいから、雪乃心だけはマスターさせるべきね。

そう小さく盛大な決心を秘めると、今回のキスはなくなく諦めることにした。



八幡「もう5時だな。どうする? 時間が時間だし、外に何か食べに行くか?

   昼も食べていないし、お腹すいてるんだよな」

雪乃「そうね。誰かさんが居眠りしているからいけないんだわ。

   レポートが大変だったのは、よく知っているから、約束の時間に遅れた事は

   いいとしましょう。でも、寝てしまうのはよろしくないわね」

八幡「雪乃も一緒に寝てたじゃないか?

   起こしてくれてもよかったんだぞ」

雪乃「だって、八幡が気持ちよさそうに寝ているからわるいのよ。

   だから、私も睡魔に襲われて・・・・・・。

   このタオルケットは八幡が?」

八幡「あぁ、手に届く範囲に置いてあったからな」

雪乃「そう・・・、ありがとう」

513 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:33:30.29 ID:XYU0qp7F0


私がにっこりとほほ笑みかけると、八幡は照れくさそうに少し顔を背けた。

相変わらず感謝の言葉に弱いのね。

感謝の言葉に慣れていないのも、八幡の魅力かしら。

なんでも当たり前の事にしないところが、いつも新鮮でいられる秘訣かもしれないわね。

でも、いまだになんでも自分一人で背負いこもうとするところだけはなおしてほしいわ。

私たちを守ろうとしているのはわかるのだけれど、

それで心配する私の身も考えて欲しいわね。

・・・・・・今では八幡も、私が心配している事をわかっている・・・か。

わかっていても一人でやる事を許してしまう私が悪いのかしら?

そうね。八幡は、ずっとそうやって生きてきたんだもの。

私の方から歩み寄って、抱きしめてあげないと駄目ね。



雪乃「ねえ、八幡」

八幡「な・・・んでそうか?」



やはり警戒してくるわね。

ほんと、私の言葉の意図するところを読みとる力は相変わらずすごいわね。

私が呼びかけた「八幡」という言葉一つだけで、私が何が言いたいかを

すばやく読みとってしまう。

ある意味、子供ね。子供が母親の顔色を伺うそれと同じ、か。



雪乃「私、怒っているのよ」

八幡「起こさなかった事か? 気持ちよさそうに眠っていたんで、つい見惚れてしまって」

雪乃「それは、仕方ないわね。見惚れていたのでは、致し方ないわね」

八幡「だろ?」

雪乃「たしかにそうだけれど、私が怒っているのは別の事よ」

八幡「約束の時間が過ぎているのに、俺が寝ていた事か?

   それは、悪かったよ。レポートが終わった〜ッと思ったら、つい気が緩んでな。

   10時には終わったんだけど、ほんの少しだけ仮眠をと思ったら、

   熟睡してしまった。ほんとっ、ごめん」

雪乃「私に一言声をかけてくれればよかったのに。

   そうすれば、座ったままではなくて、ベッドでゆっくりと寝て、

   時間がきたら私が起こしたわ。

   そうね、八幡も疲れているのだから、終わったのが10時だとしたら、

   3時頃まで寝ていればよかったのではないかしら?」

八幡「そうだな。徹夜続きで、だいぶ判断力が鈍ってたようだな。

   だとすると、レポートの方も不安だな。なんか適当な事を書いていそう」



八幡は、レポートの束を気にするそぶりを見せるけれど、本当は自信があるくせに。
514 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:34:03.11 ID:XYU0qp7F0


あなたは、いくら疲れていても、手を抜かない人よ。

それは、私が保証する。だって、ずっと見てきたのだもの。



雪乃「だったら、あとで私が目を通しておくわ。

   専門的な所はわからないけれど、レポートとしての体裁を見るくらいなら

   可能だと思うわ」

八幡「それは助かるよ。でも、採点は甘くしてくれよ。雪乃のチェックはいつも厳しいからな」

雪乃「それだとチェックの意味がないわ。やるからには本気よ」

八幡「・・・お手柔らかに、お願い・・・します、ね」



私は、自然と笑みが漏れる。八幡が私に脅えているところも可愛いと思うわ。

でも、違うの。だって、八幡が「今、私を」頼ってくれるのですもの。

本当は、レポートをやっているときに頼って欲しかった。

私も課題やテスト対策に追われていて、忙しかったけれど、八幡もそれは同じ。

だから、いくら私が忙しいといっても、私を頼ってほしかった。

いつか、きっと、八幡の隣に常にいられるようになっていたいから。



雪乃「それで、私が怒っている事は、わかったかしら?」

八幡「俺が寝ていた事じゃないのか?」

雪乃「違うわ」

八幡は、私の言葉を噛み締めると、一呼吸おいてから声を絞り出した。

八幡「じゃあ・・・、寝ているときに、キスしようとした事か?」



八幡が照れながら言うものだから、私もつられて照れてしまう。

私は、怒っているのだから、照れてはいけないわ。

あたしの顔が赤くなっているとしても、それは照れているからではなく、

怒っているからよ。



雪乃「そ・・・そ・そ、そそそ、・・・・はぁ、・・・それは、怒っていはいないわ。

   むしろキスで私を起こそうだなんて、八幡も存外ロマンチストね」

八幡「それは、まあ・・・、なんというか、な。

   それで、なんで怒ってるんだよ。もうお手上げ。

   わかりません。教えてください」



こんなこともわからないなんて。八幡も、雪乃心の勉強がまだまだ必要ね。



雪乃「キスよ」

八幡「キス? 俺がキスしようとした事は、怒ってないって言ったじゃないか」


515 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:34:30.21 ID:XYU0qp7F0

雪乃「逆よ」

八幡「は?」

雪乃「だから、キスしようとして、・・・・・・それを途中でやめたからよ」



八幡は、相変わらず理解できないとぼけぼけっとした情けない顔をしていたが、

ゆっくりとだが私の意図をかみ砕いていった。

そうよ。途中でやめるだなんて、意地悪すぎるわ。

私は、一週間も我慢していたのよ。

それを、目の前まで迫っていて、最高にドキドキしていてのに、それをお預けだなんて、

あまりにもむごい仕打ちよ。



八幡「それを理解しろっていうのは、あまりにも難しいだろ。

   こっちは、勝手にキスしようとして罪悪感があったんだぞ。

   それを逆に解釈しろだなんて、無理すぎる」

雪乃「そうかしら?」

八幡「そうだよ」

雪乃「だったら、今ならどうかしら? その時は無理でも、今なら可能でしょ」



今度は、私の言葉をすんなりと理解した八幡は、そっと私の肩を引き寄せる。

だから、私は目を閉じる。その瞬間を待ちうける為に。

けれど、期待していた感触は、頬に優しく触れただけであった。

これはこれで嬉しいのだけれど、これでは満足できないわ。

私は、すうっと目を開くと、はにかみそうな笑顔をうち消して八幡を睨みつける。

八幡もわかっているはずなの、どうして?

そう思うと、私は怒りよりも、悲しみが満ち溢れていってしまった。



八幡「ごめん。泣くとは思ってなかった」



え? 泣いているの、私。

涙の感触を確かめようと目元に手をもっていこうとしたが、涙の感触を確かめる事は

できなかった。なにせ、八幡が私の腕ごとぐずつく私を優しく包み込むんだもの。

さすがの私も、健気にデートは待っていられても、

目の前まで迫ったキスの「待て」だけは我慢できないみたいね。



八幡「ほら、さ。雪乃は、さっきフライングで、俺の頬にキスしただろ?

   だから、そのお返しっていうか、なんていうか。

   まあ・・・、本番のキスは、デートに行ってからのほうがいいかなってさ」



八幡の衝撃すぎる告白に、私の肩がピクリと震えた。

516 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:35:09.78 ID:XYU0qp7F0

だって、八幡は、12時に私がこの部屋に来た時、起きていたって事よね。

いつ起きたのかしら? そんなそぶりは見せなかったのに。

だったら・・・、私が、じぃっと八幡の寝顔を見ていた事も、

八幡の頬にキスした事も、

口にキスしようとして失敗した事も、

そして、長々とその寝顔を写真に収めていた事も。

もしかしたら、その全てがばれていたっていう事、かしら?

・・・恥ずかしすぎる。きっと、今日一番の顔の赤さを誇っているわね。

尋常じゃない熱をもった血液が私の中を駆け巡った。

これでは、八幡の胸にうずめている顔を上げることができないじゃない。

どうしてくれるのよ。

と、責任転換をしているときではないわね。



雪乃「ねえ、八幡」

八幡「ん?」

雪乃「目を閉じててくれないかしら」

八幡「ああ、閉じたぞ」

雪乃「ほんとうに閉じたかしら?」

八幡「信じろって」

雪乃「なら、いいわ。信じてあげる」



八幡の胸元に潜っていた顔を恐る恐るあげると、宣言通り、八幡は目を閉じていた。

・・・でも、さっきは寝ている振りをしていたのよね。

本当に、目を閉じているのかしら?

私は、息を止めると、ゆっくりと八幡の顔に近寄っていく。

八幡の呼吸を感じ、こそばゆいが、そこはぐっと我慢する。

どうやら、今回は本当に目を閉じているようね。

私が目の前まで迫っても、平然としているられるのだから、これで目を開けているのなら、

もはや判断する事はできないわね。



八幡「まだ目を閉じていないといけないのか?」

雪乃「もう少しよ」



私は、意を決すると、再び八幡の顔に唇を寄せていく。

今度は、八幡の言い訳も、反論も、戸惑いも、全て許さないわ。

だから、私は八幡の唇を私の唇で覆う。

これ以上の言葉を紡がせない為に。

・・・それに、キスをしているのならば、顔が赤くても、不思議ではないわ。

だから、私の顔が真っ赤であっても、それは当然なのよ、八幡。

517 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/04(木) 17:36:22.60 ID:XYU0qp7F0

第28章 インターミッション・短編『その瞳に映る光景〜雪乃の場合』 終劇

次週は、 第29章 クリスマス特別短編『パーティー×パーティー』

をこのスレにてアップ致します。






第28章 あとがき



ネタばれですが、

タイトルの『その瞳に映る光景』の『その瞳』の持ち主ですが、

それは八幡の事です。

つまりは、短編を読んでくださればわかると思いますが、これがラストに繋がるわけです。

さて、『その瞳に映る光景〜雪乃の場合』とあるように、『雪乃の場合』以外にも

あるのではないかと勘繰ってしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、

あるのはホワイトアルバム2の『かずさの場合』があります。

なにせ先にこのあとがきを書いているので、今の段階でアップしているかは不明ですが、

『かずさの場合』のプロットは完成しています。

今回の短編以外に、もう2本短編プロットを同時期に作っていますが、

長編のプロットとは別カウントです。

短編でしたら、プロットをぽろぽろと結構いきなり作ったりしていて、

そのまま放置というのもわりと存在していますし。

いつか書く詐欺の始まりだったら、嫌だな・・・。

今回は、ちょっと書いてみたいなという突発的な衝動で短編書いてしまいました。

クリスマスネタの短編プロットも作ってありますので、クリスマスの時期になったら

もしかしたらアップするかもしれません。

ええ・・・、これこそ「いつか書く詐欺」にならないように頑張ります。

次週より長編『愛の悲しみ編』突入です。

『はるのん狂想曲編』までの流れの続編です。

高校生編は、この長編・続編が終わったら、もしかしたら書くかもしれません。

次週も頑張りますので、宜しくお願いします。



という、あとがきをけっこう前に書いたのですが、日付をみたら12月。

このまま長編の新章に突入しても、すぐにクリスマス短編を挟んでしまいますので、

さきにクリスマス特別短編『パーティー×パーティー』をアップ致します。

このスレで第29章としてアップする予定です。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派
518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/12/04(木) 17:46:48.28 ID:itsvjQ/b0
乙 来週も楽しみにして待ってる
519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/04(木) 18:02:32.24 ID:lTeLSmvAO
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/04(木) 21:41:08.76 ID:DMb8qZDNo
乙です
521 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/11(木) 09:33:31.29 ID:6V9OUwvH0

第29章




クリスマス特別短編



『パーティー×パーティー(前編)』





著:黒猫






12月に入り、急に皆が忙しく動き出していく。

ニュースを見ていても、年が暮れ、新年を迎える準備におわれているとか、

受験勉強もラストスパートなど、

なんとなく俺までもが忙しくしていないと申し訳なくなってしまいそうになる。

誰が年末は忙しいって言ったんだよ。師走っていう言葉が悪いのか?

まず、「走」という漢字が入っている時点で、走り回っていろっていう強迫観念を

植え付けようとしていないか。

そもそも、本当に12月は忙しいのだろうか?

1月は、新年の始まりであり、あいさつ回りや仕事始めで忙しい。

しかも、正月休み中で滞っていた仕事や、年末に見ないふりをしていた仕事も

ダブルパンチでやってくる。

2月は、3月の年度末に向けての調整や、大学・高校受験生の入試も山ほどあって

忙しく見える。

3月は、まあ、年度末で忙しい。さらに、卒業って聞くと、引っ越しやら

新たな生活の準備もしなきゃいけないなぁって憂鬱になってしまう。

じゃあ、フレッシュな4月はどうか。やっぱり憂鬱だ。新入生なんて

新たな学校に行って、新しい環境になじまなくてはいけないから、まじで勘弁してほしい。

5月も、ようやくなじんできた新しい環境もひと段落できると思いきや、

ゴールデンウィークで、混雑しているのに遊びに行かなくてはいけないっていう

強迫観念が押し寄せる。社畜なんて、連休獲得のために前倒しで仕事したり、

後回しにした仕事が連休後に顔をみせて、ぞっとして卒倒しそうじゃないか。

俺だったら、そのまま気絶して、なんならもう一回連休ゲットしたいほどだ。

・・・・・・なんて、12月まで忙しい理由を考えてみたが

どれもかれも似たような理由で忙しい。

じゃあ、なんで12月だけが忙しいって言うんだよって、文句を言いたくもなる。

というわけで、世間の波にのまれない男比企谷八幡は、自分のペースを守ることを

堅く誓う。マイペース最高じゃないか。人に合わせて自分のペースを乱すなんて、

馬鹿がやる事だ。

522 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/11(木) 09:34:02.88 ID:6V9OUwvH0

そんなかんだで、有意義な休日を過ごすべく、広いダブルベッドを一人で占拠しながら

うつろな目つきで出窓を眺めていた。

窓の外には、寒々しさを五割増しするようなどんよりとした雲が広がっている。

ただでさえ寒いのに、見た目まで寒くするのはやめて欲しい。

ぬくぬくと心地よい羽根布団を身にまとっているのに、温かさが半減するだろ。

気分を変えるべく、冷え切った空から目線を下に移していくと、

雪乃が置いたサンタ人形が目に入ってくる。

これは、たぶん12月に入ったころにおかれたんだと思う。

シックな装いの寝室に仕上がったこの部屋には、ある意味不釣り合いの

クリスマスオブジェともいえよう。

部屋の中央に置かれたどっかの高級ホテルにあるんじゃないの?って

思ってしまうダブルベッド。

そのシーツは、淡いクリーム色に統一されていて、ほんのりとした温かさを感じさせる。

たしか、夏は薄いブルーだった気もするから、

雪乃が季節に合わせて色を変えているのかもしれない。

他には、ナイトテーブルに置かれている読みかけの本や淡い光を生み出すテーブルランプ

くらいしかない。

この寝室に、外での生活を一切寄せ付けたくない主の性格を

よく反映されていた。

だからといってなんなんだが、新たに加わった季節限定の人形といえども、

どうも異物に思えてしまった。

それに、初めてこのサンタ人形が置かれた日に、まじまじと確認したんだが、

どうもこのサンタ、おかしい。

赤いコートに、白い髭。いかにもサンタっていう恰好はしている。

しかし、どう見てもサンタ採用試験があったら、間違いなく不採用になるはずだ。

どうおかしいかというと、なんだが普段は社畜やってて、兼業でサンタやってますって

言われてもおかしくない疲れ切った目をしている。

いやいや、ストレートに言ってしまえば、目が腐っていた。

夢を配るサンタが疲れててどうするんだって言いたくもなるし、

全国の親御さんからのクレームもきてしまうほどの代物をよくも販売してるものだ。

きっと雪乃の事だから、売り残ってかわいそうなサンタオブジェを見かけて、

店員が試しに一個だけ入荷させた現品限りの埃をかぶった新品オブジェを

同情心から買ったのかもしれない。

ただなぁ、このサンタだけはないだろ・・・。

リビングには、人の背丈ほどあるツリーがいかにもクリスマスですって存在感を

アピールしているし、玄関にもクリスマスリースがかけられ、訪問者を歓迎する。

キッチンでされスノードームが置かれて、どの部屋であってもクリスマスを

感じられるように配置されていた。

おそらくだけれど、雪乃がどこでもクリスマスの温もりを手放したくない現れだって

思えてしまう。
523 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/11(木) 09:34:34.31 ID:6V9OUwvH0

だけど、ある意味統一されたクリスマスムードの中で、この部屋のオブジェだけは

選択ミスだと、この俺でさえ判断できる。

まあ、いいか。雪乃が好きで選んでるんだから、俺がけちをつけれべきでもないか。

さてと、とりあえず雪乃に頼まれていた買い物だけでも済ませておくかな。

朝から雪乃は由比ヶ浜と一緒にお菓子作りの練習だし、俺の出番はない。

むしろ毒味という死刑を回避すべく、早々に外に退避すべきだな。

そんなわけで、寒い寒いと思っていた北風が吹き狂う空の下へとやってきたわけだ。

ただし、ダークレッドのダウンジャケットに、墨のマフラーは標準装備。

これに、黒のニット帽をかぶってるんだから防寒は完璧。

あとは、登山用タイツも装着したのならば完全なる装備だけど、

今日は近場だし、いらないかな。

このままスーパーに行ってもいいのだが、せっかく外に出たんだしと、

クリスマス気分を味わうべく、クリスマスカラーに彩られたショップを眺めつつ

散歩をすることにした。

寒いというのに子供は元気なもので、親よ早く来いとせかしながら走っていく。

今日は休日ともあって、家族連れが多かった。

だから、むしろ俺みたいな一人身の方が返って目立ってしまう。

通い慣れた街中は、特にみたいものがあるわけもなく、

店の中を外から冷やかす事はあっても、中に入る事はまずない。

でも、せっかくだし一軒くらいは、・・・と、ようやく見つけた店は、

雪乃と何度も来た事がある雑貨屋であった。

店内に一歩入ると、効きすぎた暖房が暴力的に俺を歓迎してくる。

こんな歓迎お断りなんだけれど、無料で暖房を提供してくれるんだし文句は言えまい。

俺に出来る抗議運動といったら、マフラーをさりげなく外すくらいだろう。

首もとを緩めて店内を見渡すと、女友達同士の客がメインだが、親子連れも少しはいた。

たしかに、キッチングッズや女性用のちょっとした衣料品が置かれているんだから

男性客がいる方が目立ってしまう。

俺も何度か雪乃がこの店でエプロンなんかを買っていなければ、一人で入ろうとは

思いはしなかったはずだ。

まあ、用がなければ俺が立ち寄ることもないだろうけど、

今日は寝室で見た悲哀に満ちたサンタクロースを思い出してしまったので、

この店に入ったわけなのだが。

この店は、なぜかクリスマスが近づくと、クリスマスグッズが増えていく。

クリスマス直前となると、その華やかさに釣られて、新規のお客も来るそうだ。

おそらくなのだが、あのサンタオブジェ。この店で買った可能性が高い。

去年はなかったはずだし、最近買ったのならば、近所のこの店だと思われる。

俺は、ひときわ赤や緑に彩られているコーナーを見つけると、一直線に足をむける。

小さな店内。他のコーナーにあるとも思えないし、あるとしたらここだろう。

あんな残念なサンタが盛大に売り出されてはいないだろうなぁと

目を走らせていくと・・・・・・ありました。
524 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/11(木) 09:35:02.36 ID:6V9OUwvH0

なんで? これって、売れるの?

なんと、下の方の棚ではあったが、クリスマスオブジェの一角に堂々と存在感を

醸し出していた。雪乃が買ったのが最後一体ではないってことか。

とりあえず、その一体を手に取り裏返して見ると値段は980円。

まあ、妥当な値段なんだろう。

でも、980円出しても欲しいか、これ?

世の中のはやりや流行に疑問を持ってしまう。

俺の感覚が変なのかなって、ちょっと自信を失いかけたので、急ぎ手にしていた元凶を

元ある場所へと置きなおした。

もう一度、まじまじと見つめてはみるが、やばいだろ。

近くで親にじゃれついている子供が見たら、きっと泣きだすはず。

だって、隣にある普通すぎる陽気なサンタのほうが子供も喜びそうだし。

・・・・・・いっか、俺の店じゃないし。

売れ残って在庫処分に困るのは、ここのオーナーだしな。

残念なサンタの出所と値段を確認した俺には、もはや残念すぎるサンタへの興味は

失っていた。

むしろ一番上の棚に輝く元気があふれまくっているトナカイに興味が移っていた。

なにせこのトナカイ。他のトナカイよりも一回り体つきが小さいんだけど、

どうも元気が有り余っている感が漂っている。

しかも、なんだか小生意気そうな表情を浮かべているのも、なんだか愛らしい。

なんだ、この親近感。つき離したくなるほどイラッとくることもあるんだけど、

どうしても愛でてしまうその個性。

なんだか小町みたいな気もするな。

あの残念サンタには、小町みたいな愛らしくもあり、

ときには檄をとばしてくれるトナカイの方が必要かもな。

ただし、出だしは快調にソリを引っ張ってくれそうだけれど、

途中からソリにはトナカイがのって、ソリはサンタが引っ張ってそうだが、

俺が実際ソリを引くわけでもないから、かまわんか・・・・・・。

俺は、震えそうな手を必死に隠しながら、そのトナカイを手に取ると、

値段も見ずにレジへと向かっていった。








雪乃「遅かったわね」

八幡「ああ、ちょっと散歩がてら見て回ってたからな」



俺を出迎えてくれた雪乃は、朝着ていたセーターは脱いでいて、

セーターの下に着ていたシャツの上に赤と緑で彩られたクリスマスっぽいエプロンを

身につけていた。
525 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/11(木) 09:35:28.70 ID:6V9OUwvH0

重労働なお菓子作りの為に低く温度設定してあるエアコンではあるが、

雪乃をせわしなく動かしていたのは、お菓子作りの為だけではあるまい。



雪乃「そう、ならちょうどいいわ」



やっぱりそうなのね。玄関のドアを開けた時から気が付いていましたよ。

むあって漂ってくる甘い香り。

それにちょっとだけアクセントで漂う怪しげな焦げくさい臭い。

どうして雪乃がついているのに失敗してるんだ。

ねえ、妖怪がついているの? 今はやりの妖怪のせいって、疑いたくもなる。



結衣「ねえ、ねえ、ヒッキー。みてみて。美味しそうでしょ」



雪乃を通常以上に疲れさせた元凶由比ヶ浜結衣は、パタパタとスリッパを鳴らして

俺の元へと駆け寄ってくる。

フリルいっぱいの白いエプロンも、その可愛らしい新妻エプロンで隠された大きな胸も

俺の視界に収まってはいるが、興味の対象にはならなかった。

なにせ、本来ならばインパクト絶大なコンビネーションだろうと、

それよりも命の危険を感じ取ってしまう物体に目がいってしまう。

由比ヶ浜が手にするお皿には、出来たてのクッキーが盛られていた。

なかには少し焦げているのある。でも、食べられないレベルではないのか?

じゃあ、この焦げた臭いの原因は?

と、無造作に手にしたクッキーを一つ頬張りながら考えていると、

その答えはすぐに見つかった。

とりあえず、隣でクッキーの感想を求めている由比ヶ浜はあと回した。

こちらは生命の危機だからな。

雪乃が俺の目に触れさせないように隠すそのビニール袋には、真っ黒な消し炭をなった

おそらくクッキーになるはずだっただろう残骸が収められていた。

俺がかえってくる前に処分するのを忘れたのか、

それとも生存クッキーを救出するのに手間だったのか。

とりあえず、俺の生存が確認できたことがなによりだ。



結衣「ねえ・・・、どうかな?」

八幡「ん? 食えない事はない、かな?」

結衣「ええ〜。美味しいでしょ? 見た目もだいじょぶな感じだし、

   毒味、・・・味見してみても大丈夫だったよ」

八幡「いや、いや。味見って、食べられるかどうかじゃなくて、

   美味しいかどうかだから・・・」

結衣「これでも頑張ったんだけどなぁ」

526 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/11(木) 09:35:54.12 ID:6V9OUwvH0

八幡「でも、だいぶよくなってきているんだろ?

   もうちょいなんじゃね?」

結衣「うん、頑張る」



なんて、由比ヶ浜と出来が悪すぎる生徒ドラマをほのぼのと演じていたら、

雪乃の姿が消えていた。

けれど、雪乃の居場所は雪乃が倒れた音で示されていた。



八幡「雪乃? 大丈夫か? おい・・・」



ただ事ではないと感じ取った俺からは、由比ヶ浜をからかっていた時の余裕なんて

消え去っていた。スリッパをバタバタとかき鳴らしながら走り寄る。

腕の中の雪乃は、いつもより小さく見えてしまう。

白い白いと思っていたその顔も、いつもより青白く陰りを見せ、

力強い瞳には焦燥感を漂わせていた。

そして、形が整った艶やかな口元の横には、黒くくすんだ消し炭が・・・。

ん? 炭がなんで口元に付いているんだ?



八幡「雪乃、しっかりしろ。救急車よんだ方がいいか?」

雪乃「救急車はいらないわ」

八幡「なら、どうしたんだよ?」

雪乃「ちょっと失敗しちゃっただけよ。

   そうね、八幡にも毒味してほしいわ・・・」



そう弱々しく呟くと、雪乃は瞳を閉じた。

雪乃・・・、お前の死は無駄にはしない。

だから最初に言っただろ。

甘やかして育てちゃ駄目だって。

しっかりしつけないと、犬と飼い主が不幸になるだけだって。

これで雪乃も目が覚めるはず。尊い犠牲だったけれど、雪乃の死は無駄にしないよ。

・・・悪いけど、遺言の毒味役だけは、絶対に引き受けないけどさ。



雪緒「八幡・・・」



俺の腕の中で小刻みに震える雪乃が弱々しく最後の吐息を洩らす。

あんなに光輝いていた意思が強い瞳も陰りをみせ、俺の手を握ろうと宙をさまよわせている。



八幡「雪乃、大丈夫だ。俺はここにいる」

雪乃「八幡」

527 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/11(木) 09:36:34.37 ID:6V9OUwvH0

俺が雪乃の手を握りしめても、雪乃は俺の手を握り返してはこなかった。

もう時間がないのかもな。すでに雪乃の体力は限界か。



八幡「くそっ・・・。雪乃を一人にしないって約束したもんな」

雪乃「ええ、ずっと一緒よ」



俺は静かに頷くと、雪乃が床に落としたビニール袋を手に取った。

そして、中に入っている黒い炭化した物体を一つ手に握りしめると、

一口でそれを飲み込んだ。



八幡「これでいつまでも一緒だ」

雪乃「ありがとう」



口の中に残った粉っぽい感触も、喉をひりひりさせる刺激も、

胃の中で暴れまくっている胸糞悪い由比ヶ浜のクッキーも、

そんなものは全て忘れよう。

腕の中にいる雪乃だけが俺の全てなんだから。



八幡「あっ! 雪乃、先に行くな。俺が先にトイレに入る」

雪乃「駄目よ。私が食べたのは一つではないのよ」

八幡「ここは病弱な俺を優先すべきだ」

雪乃「悪いわね。トイレは早いもの勝ちなのよ」



やっぱり勢いで食うものじゃない。

どうして雪乃がついていながら毒物を作り出せるんだ。

しかも、初めて由比ヶ浜が奉仕部に依頼に来た時よりも料理の腕が悪化しているじゃないか。

とりあえず俺は、口の中の不快物だけは取り除く為に水をがぶ飲みすると、

最重要危険物が入ったビニール袋を燃えるごみの中に放り込んだ。











今日も今日とて年末に近づいてゆく。

先日購入したトナカイのオブジェは、今は寝室の出窓にて、

残念サンタの相棒をしていた。

ただ、どういうわけか、俺がこのトナカイを置いたら、

雪乃がもう一体トナカイを飾ることになった。

俺が置いたトナカイを撤去しないあたりからすると、展示を許可されたのだろう。

528 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/11(木) 09:37:07.86 ID:6V9OUwvH0


それに、トナカイ一匹だと寂しいし、ソリを引っ張るのも大変そうだ。

そこんとこを考えて雪乃が新たなトナカイを置いたのかもしれないが、

このトナカイも変わっている。

俺が選んだトナカイも普通ではないが、雪乃が選んだトナカイも普通ではない。

大きさは、サンタとのバランスを考えれば妥当な大きさだ。

元気もありそうだし、陽気な笑顔を皆を振りまいてくれてはいる。

でも、な〜んか人に合わせてしまうような気の弱い部分もありそうな瞳に

既視感を抱いてしまう。

ただ、な。なんでこうも色っぽいんだ?

いくら人形だからといって、デフォルメしすぎてないか。

なんとなぁく由比ヶ浜みたいな気もするのは、目の錯覚か?

雪乃が好きで選らんだんだからいいんだけどさ、

雪乃がどういう基準で選んでいるか聞きたいところだ。

・・・・・・いっか、なんだか賑やかそうだし、悪くはない。

クリスマスだし、深く考えることではないのだろう。

なんて考えながら、雪乃に任された寝室の大掃除を進めるていく。

年末は忙しいから、時間があるときに掃除をしておかなければならない。

それに、文句を言うのはいいけれど、文句を言われるのだけは勘弁だ。



雪乃「八幡・・・。こちらも休憩にするから、一緒に休憩にしましょう」

八幡「おう、わかった。すぐ行くよ」

雪乃「ええ。御苦労さま」



雪乃の言いつけ通り寝室の掃除を初めて2時間を過ぎようとしている。

雪乃も雪乃で、由比ヶ浜のお勉強を見てあげていた。

午前中は俺が面倒を見て、午後からは雪乃が英語の面倒を見ているはずだ。

年が明ければすぐさま期末試験だし、年末年始は遊んでいるはずだからとのことでの

勉強会、主に由比ヶ浜の、がここ数日開催されている。

リビングに行くと、芳しい紅茶の香りが疲れた体をいたわってくる。

そう、香りだけは俺をいたわってくれるし、蓄積した疲労も和らぎそうだった。

ただ、リビングで展開しているこの惨状。この光景からは、ゆっくりと休憩なんか

出来るとは思えない。むしろ、寝室よりもリビングの掃除を先にすべきださえ思えてしまう。

・・・なんだ、テーブルの上でうなだれているこのトド。

どうにかならないのか? ぐでんと力尽きている様子は、生存競争に敗れ去った感が

まじまじと漂ってくる。



八幡「由比ヶ浜、生きてるか? 死んでるんなら、明日、燃えるごみと一緒に出してやるぞ」

結衣「うぅ・・・」

529 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/11(木) 09:37:36.75 ID:6V9OUwvH0

雪乃「駄目よ、八幡。由比ヶ浜さんは、燃えるごみには出さないわ」

結衣「ゆきのん」



雪乃の援護に、由比ヶ浜は最後の力を振り絞ってひょこりと顔を上げる。



雪乃「だって、ゴミ袋に入らないじゃない。指定のごみ袋に入らないゴミは

   捨てられない決まりよ」

八幡「そうだったな。だったら、粗大ごみか?

   持ち込みしたら安くならねぇかな」

雪乃「リサイクルショップという手もあるわね」

八幡「だな。由比ヶ浜ごときにお金を出すなんてぜいたくすぎる」

結衣「ちょっと、ゆきのんまで酷いっ。

   あたしは粗大ゴミでも不用品でもないし」

八幡「死んでないんなら、とっとと起きろ。

   こちらもお前の為に勉強教えてて疲れてるんだよ。

   しかも、大掃除までやってるんだぞ」

結衣「それは・・・、友情協力ってやつ?」



なにそれ? 映画とかである友情出演の類似品かよ。

あれって、お金貰えてるのかな? 貰えてなくても、世間様にお金なしで

出演してあげてるんだぜ感アピール丸出しだし、宣伝効果もあるか。

やっぱ、どう転んでもリアルマネー絡んでるだろ。



八幡「その友情協力っていうのは、一方通行みたいだけどな」

結衣「そんなことないしっ」

雪乃「紅茶冷めてしまうわよ。由比ヶ浜さんが買ってきたお茶菓子もあるのだから、

   しっかりと休憩をして、勉強を再開させましょう」



なるほどね。だから雪乃が買わないようなお菓子があるわけか。

雪乃調停にのることにして、俺は休憩に入ろうとする。

由比ヶ浜はまだ何かいいたそうな目つきを俺に突きさすが、ここは無視するにかぎる。

無益な戦いはしないほうがいいし、なによりも、雪乃の紅茶を冷ましてしまうのは、

俺の損失になってしまうから。









第29章 クリスマス特別短編『パーティー×パーティー(前編)』終劇

第30章 クリスマス特別短編『パーティー×パーティー(後編)』に続く

530 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/11(木) 09:40:54.84 ID:6V9OUwvH0


第29章 あとがき



予定時間外でのアップ、申し訳ありませんでした。

風邪をひいてしまいまして、動けるうちにアップした次第です。




時期的には、はるのん狂想曲編のあとのクリスマスですね。

ほんとうは前後編に分ける予定ではなかったのですが、思いのほか伸びました。

今回の短編シリーズは、次週で終わる予定です。

その後は、新章長編へと続きます。



来週は、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派

531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/11(木) 09:58:34.64 ID:A+p7qb8Mo
乙です
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/11(木) 12:03:40.02 ID:motFmZHH0
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/11(木) 12:45:30.69 ID:fEsaaAQAO
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/12/11(木) 21:17:47.40 ID:KoVwQi3B0
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/12(金) 11:32:09.84 ID:zlYjOQuLO
536 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/18(木) 17:30:42.35 ID:HH2/WTQh0


第30章



クリスマス特別短編




『パーティー×パーティー(後編)』






彩り溢れるスナック菓子がコンビニ袋からこぼれ出ている。

脂ぎったその風体と、毒々しすぎるまで人工的に味付けした感のコラボを

無性に食べたくなる時がある。

ぜったい食べすぎたら体に悪いだろって子供でもわかりそうなのに、

いまだにコンビニの目立つ所に陳列されているところをみると、

俺と同じようなリピーター以上に、スナックジャンキーが多くいると思える。

ここにいる由比ヶ浜結衣も、きっとそのスナックジャンキーの一人なのだろう。



結衣「ねえねえ、これね、新商品なんだよ。

   焼きイモ味に、コーンポタージュ。

   あとこれは、ホワイトチョコレートのもあるんだよ」

八幡「毎年、企業も期間限定って書けばいいって思ってるのかね。

   どれも去年も似たような商品あっただろ」

結衣「違うよぉ。これは、濃厚さがアップされているし、

   こっちのホワイトチョコは、いつもは普通の茶色いチョコなんだから」

八幡「誰基準での濃厚さアップだよ。

   企業か? それとも開発部か?」

結衣「それは、えぇ〜っと・・・、開発スタッフ?」

八幡「それこそ個人の感想じゃねぇか」

結衣「違うからっ。去年より美味しくなってたもん」

八幡「ふぅ〜ん」

結衣「信じてないでしょ」

八幡「信じてるって」

結衣「信じてないって。ほら、その目。絶対信じてないもん」



俺の表情を細かくチェックするその能力。人をよく見ている由比ヶ浜はさすがっすね。

うん、信じてないし、これからも信じないと思うぞ。

だって、企業の買ってくださいアピール感しか伝わってこないからさ。

と、世間の世知辛い実情を噛み締めていると、俺の口元まで自称「濃厚さ130%up」の

コーンポタージュ味スナック菓子が迫っていた。


537 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/18(木) 17:31:12.49 ID:HH2/WTQh0


結衣「ほら、ヒッキーも食べてみてよ。文句を言うんなら、食べてからにして」

八幡「そのな・・・」



由比ヶ浜がスナック菓子を手に、俺の口へと放り込もうとする。

迷いがないその軌道は、黙っていればそのまま俺の口内へと運ばれてくるのだろう。

けれどな、由比ヶ浜。お前が俺の口にお菓子を放り込むのと同時に

俺は修羅場へと放り込まれないか?

だってさ、隣見てみろよ。深夜の外気よりも重い冷気を身にまとった雪乃が

ぷるぷると肩を震わせているぞ。

あれは、自分の冷気が寒いんじゃなくて、自分の体を拘束している振動。

今雪乃がおとなしくしているのも、お前だから強硬手段に出てないだけだ。



八幡「すまん。紅茶は、戻って来てからもう一度淹れてくれよ。

   由比ヶ浜の勉強を見る前に、ちょっと本屋にいっておきたかったからさ。

   夕方からは雨かもしれないって言ってたからな。

   じゃあ、なにか買うもなったら、あとでメールしてくれ」



俺は、一息で今出来上がった急用を告げると、

足をもつれさせながらリビングから逃げ出す。



結衣「ちょっと、ヒッキー」

雪乃「ええ、行ってらっしゃい。その腐りかけた脳が形を崩れなくなるくらいまで

   じっくりと凍らせてくればいいと思うわ」



玄関まで恨み言が追いかけてきたが、俺は玄関のドアを閉めることで、

どうにか振り切ることができた。








駅前まで行くと、クリスマスムードで盛り上がっている。

自宅マンションそばの商店街も、落ち着きがあるクリスマスムードで好きではある。

一方で、駅前のクリスマス。

クリスマスセールののぼりや年末セールのチラシ。

クリスマスケーキの予約の呼び込みなど、

いたって健全で商魂たくましい日本のクリスマスだ。

どこかロマンチックな飾り付けがある所に、ふらふらっと立ち寄ってみても

なんたらセールや威勢がいい呼び込みをする店員がいて、

どこまでがクリスマスの為で、どこからが商売のためなのか、わからなくなることはない。

538 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/18(木) 17:31:47.86 ID:HH2/WTQh0

絶対100%商売だなと、世知辛い世の中を見渡しながら本屋がある階へと登っていく。

本音を言うと、本屋に用事などなかった。

休暇中読もうと思っている本は、既に雪乃の本棚から借りているし、

ラノベなどの純粋なる娯楽は、先日雪乃と来た時にチェック済みでもある。

だから、一応本屋に一歩踏み入れて、ちょっと買い忘れがあるからというポーズを

作ってから、本屋から出ていく事にした。

そもそも外出したのだって、由比ヶ浜の鈍感力から逃げる為であるわけだしな。

というわけで、どことなく行くあてもなく、他のショップを見て回ることにした。

ここでも、テナントビルがあれば一件くらいある雑貨屋があり、

クリスマスを前面に押し出した品をアピールしまくっている。

ん? この店でも最近はやりのちょっと痛い子をイメージしたクリスマスオブジェが

あるのかよ。なんでもかんでも斜め上をいけばいいってものじゃぁあるまい。

でも、俺みたいな奴がいるから仕入れるわけで、俺は店員の期待を背負って

とりあえず人形をひっくり返して、その値札を見ることにした。

1200円。駅前だし、その分割高なのか?

サイズは、手のひらサイズで、寝室の出窓に置かれているのと同じくらい。

天使をイメージして造られたクリスマスオブジェであり、

一般的なイメージ通りにこやかに笑顔を振りまきまくってはいる。

だが、なんで口は笑っているのに、目だけは冷ややかなんだ。

その瞳に吸い込まれそうなって見つめていると、なんだが

うちにいる残念サンタのけつでも蹴飛ばして、気合を注入しそうな気がしてくる。

天使っつっても、神様の使者で、日々中間管理職としての悲哀を嘆いでいるのかなぁと

自分に重ねてしまう。

ただ、この冷たい瞳の天使は、きっと俺と同じにするなっていいたそうだった。

よし、決めた。そこまで俺を毛嫌いするんなら、俺んとこのぐぅたらサンタの

けつを蹴っ飛ばしてくれ。きっと最悪の中間管理職間違いなしだ。

と、俺は、人形相手に大人げない態度をとって、帰宅することにする。

ん〜ん・・・、もう一度まじまじと人形を凝視すると、

なんだか俺の事を見て、微笑んでいる気がした。

その頬笑みは、なんだか雪乃に似ている気もしたが、おそらく気のせいだという事にした。









八幡「なんだかんだいって、由比ヶ浜の奴、けっこうやばいんじゃないか?」

雪乃「どうかしらね。最近の頑張りをみていると、年末年始も頑張れば

   期末試験も大丈夫なような気もするのだけれど」

八幡「普段から勉強するように目を光らせてはいたんだけどな。

   ここまで覚えたものを忘れちまうとは、想定外だったな」

539 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/18(木) 17:32:22.53 ID:HH2/WTQh0

雪乃「それは仕方がない事よ。大学受験以上に覚える範囲が増えているんですもの。

   これ以上由比ヶ浜さんに勉強を押しつけても、潰れてしまうだけだわ」

八幡「だよなぁ・・・。新学期からは、普段の復習方法を変えてみるか」

雪乃「そうね。普段からの復習がうまくいけば、効率もあがるわね」



なんかなぁ・・・、俺達ってまだ子供いないはずなのに。

話している内容が、どこか出来が悪い子供をもった親じゃないか。

寝室のベッドに身を沈め、読んでもない小説を片手に近況報告をする。

本ばっかり読まないで、子供の事をしっかり考えてちょうだいって

聞こえてきそうなシチュエーション。

なぁんて考えてもしょうがない。

大学は義務教育ではないんだよ、由比ヶ浜君。

俺は、早々にホームドラマ(脚本:比企谷八幡)を打ち切ることにして、

新たにベッドに加わった重みを受け入れる準備に取り掛かった。

そんな目で見るなって。

俺を見つめてくるその視線。俺が今日買ってきた天使の人形なんだけど、

その天使の視線も気にはなるんだが、その隣にいる女神の方がより不気味な視線を

感じずにはいられなかった。

今朝はなかったし、由比ヶ浜が置いていったのだろうか?

なんで俺が人形買ってくると、すぐさま増えるんだよ。

しかも今度のは、女神つっても、どこか底意地が悪そうで、何を考えているか

わからない笑顔なんだよな。もちろん女神様なので、ニッコニコして、

頬笑みを垂れ流しまくってはいる。

この女神、絶対内心と外見とでは全く違う事考えているな。

どこの雪ノ下陽乃さんだよ。

だけどなぁ、こいつもどこかクリスマスオブジェとしては規格外。

なんで、この部屋には変わりものばかりが集まってくるんだよ。








朝早くから、俺が引っ越してきてからそのままにしていた荷物をひっくり返していた。

そもそも小町が俺の部屋にあったものを適当に突っ込んだものであるわけで、

引っ越しの際捨てるべき荷物の選別さえされていないでいた。

だったらこのマンションに引っ越してきた時に捨てればいいって思うかもしれないが、

突如実家を追い出され、あっという間に新たな生活の場に放り込まれてしまった俺の

気持ちも考えて欲しい。

新生活への適応。新生活への不安。新生活への葛藤。新生活への希望。

新生活というものは、新たな生活リズムを掴むまでが大変であって、

エネルギー消費も割高になってしまう。
540 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/18(木) 17:32:56.31 ID:HH2/WTQh0


だから、引っ越しの作業に不備があったとしても、俺は悪くない、はずだ。

ま、新しい生活といっても、俺の場合は、もともと雪乃とは半同棲状態だったわけで、

新生活への順応なんて必要なかったんだけどね。

ようは、俺がずぼらだったから、不用品が未だに残っていたわけだ。

しかし、今回ばかりは俺ナイスと誉めてやりたい。

俺は、目当ての品物を手にすると、ニヤリと赤ん坊が泣きだすような笑みを浮かべていた。



雪乃「朝から大掃除をしていたかと思えば、思い出の品を見つめて下衆な笑いを

   洩らすのはやめてくれないかしら」



俺の抗議の視線の先には、ティーカップを軽くつまんで優雅にティータイムを

楽しんでいる雪乃がいた。

腰まで伸びた黒髪は、雪乃にしては珍しく、ゆるふわルーズな三つ編みで一本に束ねている。

白いハイネックカシミアセーターは、ほっそりとした体の輪郭を形作り、

申し訳程度に膨らんだ胸も、妙に艶っぽさを増大させていた。

クリーム色やブラウン系で構成されたレースやニットを重ねて作られたロングスカートも、

どこか品の良さを漂わせ、まさしくお嬢様といったイメージを強調させる。

雪乃自身が本当にお嬢様なのだから、イメージ通りの服装ってわけだ。

一方、俺の服装といったら、ザ・ジャージ。

高校のジャージじゃないところが唯一の救いなのだろうか。

一応アディダスのジャージだし、安くはないのよ。



八幡「思い出の品ってわけじゃない。以前小町と人形作ったときに余った材料だよ。

   色々買ってみたんだけど、買っただけで未開封のまま、結構残ってたんだな」

雪乃「小町さんも大変ね。話をする相手がいないかわいそうな兄の為に、

   話相手代わりの人形まで作ってあげていたなんて」

八幡「そこも違うから」



見た目だけは、まさにお嬢様なのに、どうして毒舌ばかり乱れ撃ってくるんだ。

これさえなければ文句のつけようがないお嬢様なのに、ほんともったいなくない。



雪乃「そうなの?」

八幡「そうなんだよ。これはだな、・・・・・・たしかハロウィンかなにかで

   飾りつけで人形作ったんだったと思う。もしかしたら、他の行事かもしれないけど

   似たようなものだ」

雪乃「それでクリスマスの飾り付けでも作るのかしら?」

八幡「そうだよ。寝室の出窓に飾ってあるオブジェあるだろ?」

雪乃「ええ、あるわね」

541 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/18(木) 17:33:30.87 ID:HH2/WTQh0


八幡「なんで俺が新しいオブジェ買ってくると、すぐに対抗してもう一体買ってくるんだよ。

   ふつうは毎年一体ずつ買って増やしていくものじゃないのか?」

雪乃「別に毎年少しずつ増やしていってるわけではないのよ」

八幡「だったら、なんで俺が買ってくると、雪乃も買い増すんだよ?」

雪乃「それは・・・」



雪乃は、どこか宙に浮く何かを捕まえようと視線をさまよわしていたが、

俺の視線と衝突すると、観念したの、ぽつりぽつりと語りだした。



雪乃「最初追加した一体は、たまたまだったのだけれど、私がおいてもすぐに八幡が

   もう一体追加してきたじゃない。だから、このままにしておいたら

   負けたような気がしたのよ」



は? 何に勝ち負けがつくっていうんだ。

雪乃が根っからの負けず嫌いだっていうことは知っていたが、なぜ今回の事で

勝ち負けがつくんだよ。



八幡「だったら、俺の負けでいいよ。すでに俺の財布が負けている。

   これ以上の出費は、痛いからな」



なにせ一体1000円くらいするわけで、それを何体も買っていくのならば

数千円にも積み上がってしまう。

だから、今日俺が人形を自作するのだって、お金をかけないで済むようにするためで。



雪乃「それなら、無理して買わなければよかったじゃない」

八幡「なんとなく、気にいったのがあっただけだよ。

   それに、なんか人形が増えていくのも、見ていて面白かったしな。

   あっ、でも、まじで勝ち負けなんか気にしてないからな」

雪乃「わかってるわよ、もう。でも、今日はなにを作るのかしら?」

八幡「サンタ、トナカイ、天使、女神ってきたら、あとはキリストとかその辺だろうけど、

   俺は、プレゼントを貰う子供を作ろうかなって思っている」

雪乃「へぇ・・・、で、なんでキリスト作るのやめたのかしら?」

八幡「なんでキリスト作ろうと思って挫折したことが前提なんだよ」

雪乃「なんとなくよ」

八幡「まあ、間違っちゃいない、か。なんとなく、作るのが難しいと思ったんだよ。

   小さな子供だったら適当に作ればいいだけだろ」

雪乃「八幡らしい理由で安心したわ」

八幡「出来ないものを作ろうとしても、時間と材料の無駄だしな」


542 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/18(木) 17:34:03.83 ID:HH2/WTQh0


雪乃に見つめられながら、俺は制作活動に取り掛かる。

材料は、パン粘土と毛糸。これがあれば、なんとなく味がある人形が出来上がるのだが、

雪乃が自身の三杯目の紅茶と俺の紅茶を用意してくれているときに出来上がった人形は、

どうみたってクリスマスを待ち望む子供としては不釣り合いであった。



雪乃「それで完成なのかしら?」

八幡「一応な」



雪乃が顔を引きつらせながら聞いてくるのを、俺も顔をひきつらせて受け答える。

どうしてこうなったのだろうか。



雪乃「怨念がこもっていそうね」

八幡「そこまで年くってないだろ」

雪乃「なら、結婚できなそうね」

八幡「だろうな」



俺達が見つめる先にあるサンタを待ちわびる子供の人形。

期待を胸一杯にして、その時を待っているのがよくわかる。

よくわかるんだけど、・・・なんか待っているのはサンタじゃなくて旦那さんじゃないか?

正確に言うんなら、結婚相手の男性だな。

この人形、我ながらよくできていると思う。よくできているんだけど、どうみても、

平塚先生の幼少期、見た事はないけど、って感じがしてしまう。

俺だけじゃなくて、雪乃もそう感じているのだから、間違いない。



雪乃「一応聞いておくけど、わざと作ったのかしら?」

八幡「んなわけないだろ。まがまがしすぎる」

雪乃「そうよねぇ・・・」



紅茶を一口口に含み、この人形、どうしようかと考えをめぐらす。

めぐらす、めぐらす、めぐらす・・・・・・。

いくら考えたって、答えは一つしかないか。

ここで仲間外れにでもしたら、

本人さえも寂しい一人身でのクリスマスを迎えてしまいそうなのだから、かわいそすぎる。

だったら、快く寝室の出窓に迎え入れるべきだな。

テーブルの上に現れた珍獣を興味深く、いろんな角度から見ている雪乃に

聞いてみることにした。

ここで聞いておかないと、おそらく俺も疑問に思った事さえ忘れてしまうような

小さな事なんだけど、なんだか今聞いておいた方がいいような気がした。


543 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/18(木) 17:34:42.66 ID:HH2/WTQh0


八幡「人形買いそろえていくのを雪乃は勝ち負けだっていってた事だけどさ、

   俺はけっこう楽しかったぞ。

   なんかわくわくするってうか、クリスマス特有のドキドキ感も相乗効果で

   発揮されてたのかもな」

雪乃「そうね。私も楽しかったわ。最後は、八幡が財政難で自分で人形を

   作るとは思いもしなかったわね」

八幡「だな。俺も思いもしなかったよ。小町が荷に突っ込んでおいてくれたから

   作る気になっただけだがな。あぁ、そうだ。小町もクリスマスパーティー

   是非参加させて下さいってさ」

雪乃「わかったわ。小町さんが来てくれて、よかったわね。シスコンのお兄ちゃん」



どこか意地が悪そうな笑みを浮かべるのは、

小町でさえも焼きもちを焼いているのでしょうか?

ちょっと聞くのが怖いので、聞かないけどさ。



八幡「シスコンでけっこう。今年も小町に彼氏がいなかったとが証明されて、

   お兄ちゃんとしては、ホッとするところだ」

雪乃「でも、イブにデートしなかったからといって、彼氏がいないということには

   ならないのではないかしら?」

八幡「やめろ。考えたくもない」

雪乃「まあ、いいわ。これで由比ヶ浜さんも入れて四人ね」



やっぱ小町相手にやいてただろう?

俺に八つ当たりして、ちょっとすっきりした感がはっきりと出てるぞ。



八幡「それ、四人じゃなくて、六人しておいてくれ」

雪乃「それは構わないのだけれど、でも、どうしてそんなにも暗い表情なのかしら?」

八幡「暗い気持ちってわけじゃないんだ。ただ、面倒を起こしそうな人たちなんでな」

雪乃「それってまさか・・・」

八幡「ああ、陽乃さんと平塚先生が来る。

   なんか知らないけど、あの二人にばったり会ってしまってな。

   しかも、あの二人が一緒にいるのさえ不思議なのに、

   こっちがパーティーの話をしていないのに、向こうから切りだしてくるんだぞ。

   断ることなんでできやしない」



今でも夢に出てきそうな迫力だったよな。

あれはきっと、クリスマスへの怨念も加わっているはず。

成仏してくれよ、平塚先生。いや、まだ諦めるのには早いですって。


544 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/18(木) 17:35:15.54 ID:HH2/WTQh0


雪乃「そう、それは災難だったわね」

八幡「災難なんて生易しいものじゃあない。天災だな。疫病神だ。

   神様レベルの避けられない運命って感じだよ」

雪乃「でも、いいじゃない。賑やかなクリスマスになりそうよ」



そう雪乃は呟くと、温かさが宿った瞳で静ちゃん人形を眺めていた。

雪乃も最初から一人がいいってわけではなかったと思う。

小学校、中学校の事を考えれば、人を信じきれないことも理解はできる。

だからといって、人の温もりを求めていないだなんて思えはしなかった。

だってさ、どの部屋であっても飾られているクリスマスグッズ。

どこにいても優しい気持ちになれるクリスマスの雰囲気を味わいたいって事だろ。

寝室のオブジェだって、一人だけの残念サンタに仲間を与えてあげたいって

思っていたのかもしれない。

いくらサンタだからといっても、プレゼントをあげる相手がいなければ、

サンタクロースにはなれないし、トナカイがいなければ、プレゼントを配りにもいけない。

今までの一人でいた俺や雪乃を否定したいわけじゃあない。

一人もいい。所詮人間、一人でやらないといけない事がほとんどだ。

しかし、寒い冬の日、凍えるような夜、華やかな賑わいで満ちているクリスマスイブ。

そんな時くらい誰かと身を寄せ合って、温もりを共有したっていいじゃないか。



八幡「なぁ、雪乃」

雪乃「なにかしら?」

八幡「ほんとうに勝ち負けだけで人形を買っていたのか?」



雪乃は、静ちゃん人形をつついていた指を止めて、数秒間人形を凝視する。

そして、ふっと息を抜くと、俺の方に一度睨みつけてから

柔らかい口調で告白してきた。



雪乃「それは嘘ではないわ。でも、一番の理由でもないわね」

八幡「じゃあ、なんだったんだよ?」

雪乃「気がつかなかったの?」

八幡「なににだよ」

雪乃「はぁ・・・。あのサンタクロースって、誰かさんに似ていると思わない?」

八幡「残念サンタって、俺は呼んでたけどな」

雪乃「その認識で間違いないわ」

八幡「それが、なんなんだよ」

雪乃「だから・・・、あなたが最初に買ってきた人形は、トナカイだったじゃない。

   しかも、小町さんみたいな元気一杯なトナカイ」


545 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/18(木) 17:36:47.03 ID:HH2/WTQh0

・・・・・・あぁ、なるほど。

だから、シスコンのお兄ちゃんって事なのか。

これは、雪乃の焼きもち確定だな。

俺が二番目に買ってきた天使のオブジェ。

あれこそが雪乃のイメージだったのだから。

それを一番目に買ってこなかったのが、原因だったのね。

それと、寝室のイメージ。

雪乃が外での生活を一切寄せ付けたくないのが反映されているっていうイメージだが、

やはりその寝室のコンセプトは一貫しているのかもしれない。

あの残念サンタのイメージが、俺の想像通りの人物だとしたら、それは雪乃にとっては

内なる存在であるはずだから。

まあ、そう思ってしまう事自体うぬぼれているっていわれそうだが。

だから、あの寝室には異物など最初から存在していなかったというわけか。

暖房は十分効いているし、寒い夜でもない。クリスマスだって、まだ先だ。

だけど、俺を求めてくれる最愛の彼女がいる。

だったら、二人身を寄せ合って、これから来るクリスマスに向けて、

幸せを共有していったって、サンタも不満は言うまい。

だから俺は、そっと雪乃の肩を引き寄せた。



第30章 終劇 クリスマス特別短編『パーティー×パーティー(後編)』終劇

第31章に続く 新章『愛の悲しみ編』開幕





第30章 あとがき


タイトルですが、クリスマスパーティーのパーティーと

何か目的をもって集まった一団(仲間)のパーティーをかけています。

大した意味合いがないタイトルでごめんなさい。

人形と実際にパーティーに集まった友人達をかけあわせてみました。

本当は、戸塚、材木座、いろは等も加えようと思ったのですが、

文字数の問題で断念しました。

今回のお話は、クリスマスっぽいほのぼの雰囲気になればいいなと思って書きました。

クリスマス。

予定がある人も、予定がない人も、

ほんのわずかでもホンワカな気持ちをお届けできたのならば幸いです。


次週より、本編・新章『愛の悲しみ編』が始まります。


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。


黒猫 with かずさ派
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/18(木) 17:59:45.36 ID:07TdP5TO0
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/12/18(木) 18:35:25.52 ID:UcfFjyxO0
今週も乙
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/18(木) 19:00:11.94 ID:fMy27lMho
乙です
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/18(木) 21:30:49.03 ID:EssduDRAO
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/19(金) 11:20:44.93 ID:hGgFoVtGO
551 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:30:33.42 ID:raeklLg30

第31章



『愛の悲しみ編』




7月11日 水曜日





初夏を匂わす日差しも、心地よく吹き抜けて行く風も、

目の前で繰り広げられている惨劇を直視すれば、どうでもいいような気がしてしまう。

どうしてこうなってしまったのだろうか。

どうして止めることができなかったのだろうか。

どうしてもっと強く言うことができなかったのだろうか。

目の前の惨劇の全ての原因が自分にあるとは思わないが、

そうであってもあんまりではないか。

自分が何をしたっていうんだ。

俺はちょっと二人の仲が良くなればいいと思っただけなのに。

そう、数分前までは平和だったんだ。



陽乃「ねえ比企谷君。今夜もうちに食べにおいでよ」



車を大学近くの駐車場に止め、大学の正門へと足を進めている朝。

昨日に引き続き、今日も食事の招待を受けていた。

別にいやってわけでもない。

むしろ美味しい食事にありつけるわけなのだから、嬉しいともいえる。

もちろん雪乃の手料理は何物にも代えられないほどの大切な食事ではあるが、

先日のストーカー騒動を思い出すと、

どうしても陽乃さんを一人にしておくことができないでいた。

だから、もはやストーカーが待ち伏せしているわけでもないのに、

今朝も車で送り迎えをしているわけで。

そして、雪乃も姉の陽乃を心配して、むげに断ることができないでいた。

俺の数歩前を颯爽と歩く二人の姿は、もはや今の時間帯の名物となっている。

美人姉妹がそろって登校するのだから、目の保養になるのかもしれない。

ただ、二人が話している会話内容を知らないから無責任に眺めていられるんだ。

常に俺達の日常を面白おかしくかき乱す姉の雪ノ下陽乃。

今日は珍しく活発さを前面に押し出している服装をしていた。

肩をむき出しにした黒のタンクトップは、これでもかっていうほど肌の白さと

胸の大きさを強調させ、

洗いざらしのスキニーデニムは、腰から足首にかけての優雅な女性らしい曲線を

浮かび上がらせていた。
552 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:31:09.09 ID:raeklLg30


さらに膝からももにかけてクラッシュ加工されてできた隙間から覗く素肌には

それほど露出部分が多いわけでもないのにドギマギしてしまう。

そして、肩まで伸びている黒髪は、ポニーテールにして揺らし、

どこか人をからかっているような気さえしていた。



雪乃「昨日もそうなのだけれど、月曜も食事に招待されているだから

   今日もとなると三日連続になってしまうわ」

陽乃「どうせうちに私を送ってから帰るのだから、食事をしてから帰ってもいいじゃない。

   それにあなた達も料理をする手間が省けるのだから、

   勉強する時間も増えるんじゃないかな」



雪乃は、陽乃さんが勉強ネタを先回りしてふさいでしまった為に、きゅっと唇を噛んでいる。

姉に反論しても見事に潰された妹の雪ノ下雪乃は、

姉とは対称的な落ち着きみせる夏の高原がよく似合いそうな服装をしていた。

アイボリーホワイトのワンピースは、胸元のレースとスカート部分のこげ茶色のラインが

アクセントになっていた。

膝元まで伸びたスカートは、夏を強く意識させるミニスカートのような

華やかさはないが、その分、風が通り抜けているたびに揺れるスカートの裾が

なにか見てはいけないようなものに思えて、目をそらしてしまう。

ただ、背中の部分だけは、大胆に肌を見せていた。

腰まで届く光り輝く黒髪が、その白い素肌を守るようにガードを固めているのが、

彼氏としては心強く思えてしまう。

俺も雪乃も、雪乃の母との約束によって海外留学をしなくてはならなくなり

今まで以上に勉強しなくてはならなくなった。

とくに英語での講義を受けねばならなくなるわけで、

英語力向上はさしせまった最優先課題といえる。

ましてや、雪乃に関しては、三年次に経済学部に学部変更しなければならないので

そのための試験対策もせねばならなく、俺以上に大変そうであった。



雪乃「そうなのだけれど・・・・・・」

陽乃「それに今日も両親は帰ってくるのが遅いし、気兼ねなくゆっくりしていけるわよ」

雪乃「ええ・・・」



もう全てに関して先回りされているな。

勉強に、雪乃の母親。俺達が実家に近寄りにくくなる要因をすべて排除されていては

断ることなどできないだろう。



八幡「あのぅ」

553 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:31:43.83 ID:raeklLg30


陽乃「なにかな?」

八幡「今日もご両親いらっしゃらないんですか?」



陽乃さん相手では、雪乃だけでは分が悪い。

俺がいたとしてもたいした戦力にはならないけれど、いないよりはなしか。

二人に追いついて横に並んで歩くと、美人姉妹を眺めていた通行人が俺の事を見て

訝しげな表情を浮かべてしまう。

たしかに、この二人と見比べてしまえば、その落差に驚くかもしれない。

だからといって、俺もいたって夏という服装をして、おかしくはないはずなのに。

リブ織りの薄水色のTシャツに、七分丈のバギーデニム。それとスニーカー。

いたって平均レベルのファッションに、平均レベルを少し超えるルックス。

だから、俺の事を見て怪訝な顔をされるようなレベルではないはずなのだけれど、

やはり俺が一緒にいる二人のレベルが遥か上を突き抜けまくっているのが原因なのだろう。



陽乃「ああ、そうね。今日もっていうか、たいていいないわよ」

八幡「え?」

陽乃「雪乃ちゃんから聞いていないの?」

八幡「何をですか」

陽乃「うちは両親ともに仕事で忙しいから、自宅で食事をするのは珍しいのよ」

八幡「まあ、うちも共働きですから、同じような物ですよ」

陽乃「そう? でも、うちの場合は、極端に干渉してくるわりに、

   普段はほったらかしなのよね。どっちか一方に偏ってくれた方が

   子供としては対処しやすいんだけどな」

八幡「どこの家庭でも同じですよ。全てが満遍なく均一にだなんて不可能ですから」

陽乃「それもそうね。・・・・・・どうしたの雪乃ちゃん?」

雪乃「姉さん。ごめんなさい」

陽乃「どうしたの? 雪乃ちゃん。そんな神妙な顔をして」



振りかえると、俺と陽乃さんに置いて行かれた雪乃がポツリと立ち止まっていた。

やや俯き加減なのでよくは見えないが、表情を曇らせているようにも見える。

俺は訳がわからず、陽乃さんに助けを求めようと視線を動かすと、

陽乃さんは、元来た道を引き返し、雪乃の元へと歩み進めていた。



陽乃「雪乃ちゃんが気にすることなんて、何もないのよ。

   私が好きでやってるんだから、あなたは好きなように生きなさい」

雪乃「それはできないわ。私は、一度はあの家から逃げ出したけれど、

   それでも姉さんに全てを押しつけることなんてできない」


554 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:32:57.98 ID:raeklLg30

陽乃さんの政略結婚はなくなったが、それでも雪ノ下家をしょっていかなければ

ならないことには違いはない。

自由に結婚できるようになった分、陽乃さんの責任は増したともいえる。

勝手に結婚するのだから、政略結婚に劣らないくらいの成果をあげなくてはならないだろう。

つまり、言葉通りの自由なんて存在しない。

自由であるからこそ責任が生じ、責任を果たすからこそ自由を得られる。

一見矛盾しているように聞こえるが、そもそも自由なんてものは根源的には存在しないの

だからしょうがないと思える。

たとえば、空を自由に飛ぶ鳥であっても、自由に空を飛ぶ事は出来ない。

重力の影響は受けるし、体力がなくなれば羽ばたく事も出来ない。

しかも、空を飛んでいるときは外敵に身を晒すわけなのだから、危険も伴ってしまう。

だったら、自由とは何かという哲学的な思考に突入しそうだが、

そこまで俺は暇人でもないし、哲学が好きなわけでもない。

ただ、なんとなく「自由」という言葉は「権利」という言葉の方があっている気がするのは

俺が捻くれているからだろうか。



陽乃「私は、十分雪乃ちゃんに助けられているわ。だから、責任を感じる必要なんて

   なにもないのに。それに、これからは比企谷君も助けてくれるんでしょ?」

八幡「自分ができることならやりますよ」

陽乃「だそうよ。ね、だから、雪乃ちゃんは今まで通りでいいの」

雪乃「でも、あのただでかいだけの家で、一人でずっと食事をしてきたのでしょ。

   それに、姉さんが料理が好きなのも知っていたわ。

   でも、私はそれを知らないふりをしていた。食べてくれる相手もいないのに

   ずっと一人で作り続ける孤独を見ないふりをしていた」



そっか。

陽乃さんが誰かの為に食事を作った事がないって言っていた意味がこれで理解できた。

料理をするようになって、最初に食べてもらう相手といったら、

一緒に生活している親か兄弟が最初の相手になるだろう。

だけど、もともと家政婦が雪ノ下家にはいるわけだから、陽乃さんが料理をする必要はない。

それでも陽乃さんが料理をしたとしても、食べてくれる相手が仕事で家に帰ってこない

のならば、誰かの為に料理をすることなどないはずだ。

また、雪乃も実家を出てしまって、家にはいない。

ましてや、得られないのならば、

最初から手に入れる事を諦めてしまうことに慣れてしまった陽乃さんだ。

無駄な期待などしないで、最初から誰かの為に料理をすることを諦めていても

おかしくはないと思えた。

この位置からでは陽乃さんの後姿しか見えない。

苦笑いでもしているのだろうか。それとも、優しく微笑んでいるのかもしれない。

555 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:33:28.51 ID:raeklLg30

ただ、これだけは言える。

今まで作り上げてきた理想の雪ノ下陽乃を演じる為に被ってきた作り笑いだけは

していないはずだ。



陽乃「それはそれで仕方がないわ。そういう雪乃ちゃんの選択も私は受け入れていたんだし」

雪乃「でもっ!」

陽乃「はいはい、この話はここまでね。だって、今、私は幸せなのよ。

   だから、過去がどうであろうと、問題ないわ」



そう雪乃に告げると、陽乃さんは俺の方に振りかえる。

振りかえったその顔は、晴れ晴れとしているのだが、それも見間違えかと思うくらい

ほんのわずかな時間で、・・・・・・・今はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。



陽乃「ねぇ〜、比企谷くぅ〜ん」



甘い声色で俺を呼ぶと、つかつかと俺に近寄ってきて、そのまま俺の腕に体をからませ、

雪乃をおいて大学へと歩き出す。

甘い声色と同等以上の陽乃さんの甘い香りが俺を駄目にしそうにする。

俺は、てくてくと陽乃さんに引きつられるまま歩み出すが、

雪乃の声がどうにか意識を現実につなぎとめてくれていた。



雪乃「ちょっと姉さん。八幡から離れなさい」

陽乃「だって、そろそろ大学に向かわないと遅くなっちゃうでしょ?」

雪乃「それと八幡に抱きつくのとは関係ないわ」

陽乃「だってだって、比企谷君の腕の絡み心地っていうの?

   なんかだ落ち着くんですもの。さっきまでおも〜くて、くら〜いお話していて

   なんだかお姉ちゃん、精神的に疲れちゃった」

雪乃「だからといって、八幡に抱きついていい理由にはならないわ」

陽乃「えぇ〜・・・。

   これから大学行くんだし、ちょっとは回復しないとやってけないでしょ。

   だ・か・ら、栄養補給よ」



首をひねって後ろにいる雪乃を見ると、陽乃さんの言葉にあっけにとられ

口をぽかんとあけていた。

しかし、すぐさま唇を強く噛み締めると、つかつかと早足で俺達に追いつくてくる。

俺の隣まで来ると、空いているもう片方の腕に自分の腕を絡ませて

自分が本来いるべき場所を陽乃さんに見せつけようとする。

といっても、その雪乃の可愛らしい自己主張さえ、陽乃さんが雪乃をからかう為の

材料にしてしまいそうであったが。

556 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:34:11.71 ID:raeklLg30



雪乃「姉さんは、普段からエネルギー過剰なのだから、多少いつもより少ない方が

   バランスがとれて、周りに迷惑もかけなくなるからちょうどいいと思うわ」

陽乃「その理論だと、普段と違うバランスということで、いつも以上にピーキーに

   なって、周りに迷惑をかけてしまうリスクが考慮されていないんじゃない?」



雪乃も陽乃さんも、お互いに話がヒートアップしていっているはずなのに、

俺の腕に自分の臭いを染み込ませるべく腕と胸を擦りつけることを忘れてはいない。

頭と体に二つの脳があるかのように、理屈と本能を使い分けているところが姉妹共に

似ていると思うが、朝からこの二人に付き合う俺のエネルギー残量も考慮してほしい。

なにせ、この二人が表面上は争ってはいるけれど、

実は仲睦まじく、普通とは違う姉妹関係を築きあげている。

それは、俺としても嬉しい事だ。だが、二人のじゃれあいは、俺の精神もすりへらす事も

忘れないでくださると八幡も大変助かります。



雪乃「姉さんがもたらす周りへの被害は、常に極限値なのだから、これ以上の被害は

   考慮する必要はないわ。

   だから、リスクを考慮する必要性はないといえるのではなくて」

陽乃「えぇ・・・。雪乃ちゃん酷い。私の事を台風みたいな存在だと認識していたのね。

   それは多少は周りに迷惑はかけはしているけど、それでも学園生活を

   楽しむ潤滑油みたいなものじゃない。それなのに、これ以上のリスクを

   考える必要がないって断言するなんて、酷過ぎるわ」



と、悲しむふりをしながら、俺に体重を預けてくるのはやめてください。

ただでさえ夏の装いで薄着なのに、こうまで肌をこすりつけられては、

意識しないように意識しても意味をなしえません。

雪乃以上に女性らしさを強調する胸や体の柔らかさが俺に直撃して、防御不能です。

しかも、陽乃さんの様子を見て、

隣の国の雪乃さまは核ミサイルの発射装置に指をのせていますよ。



雪乃「姉さんは、周りに迷惑をかけているという自覚があるのならば、

   少しは自重すべきね」



そろそろ大学の近くまでやってきた事もあって、電車通学の連中の姿も見え始めている。

このままだと、ただでさえ大学で有名な雪乃下姉妹なのに、

それが一人の男を挟んで言いあいなんて、格好のゴシップネタにされてしまう。

学園生活に潤いをもたせる潤滑油として俺を犠牲にするのは、

俺にとってはた迷惑なことなので、できればやめていただきたい。

この辺で二人を言い争いを終わらせないとな。

557 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:34:49.35 ID:raeklLg30


八幡「この辺で終わりにしときましょう。

   そろそろ大学に着きますし、人も増えてきたので」

雪乃「そうね」



雪乃は俺に指摘にすぐさま反応して、耳を真っ赤に染め上げる。

しかし、もう一方の陽乃さんといえば、不敵な笑みをうかべ、

さらに攻撃的な瞳を輝かせてしまっていた。



陽乃「そうよねぇ。言葉なんて、いつでも嘘をつけるもの。

   その点、体は正直よね」



陽乃さんは、俺の腕に絡みつき、ぐいぐいと豊満な胸を押しつけてくるものだから、

気になってしょうがない。

視線を斜め下に向けてはいけないと堅い決意をしても、甘い誘惑がその決意を崩壊させる。

それでも幾度も決意を再構築させてはいるものの、視線がその胸に釘つけになるのも

時間の問題であった。



雪乃「なにを言いたいのかしら」



引きつった笑顔を見せる雪乃に、俺はもはや打てる手はないと降参する。

もはや核戦争に突入とは、思いもしなかった。

核なんて、抑止力程度のもので、実際に打ち合いなんかしないから効果があるのに

実際の撃ち合いになったら、どんな結果になるかわかったものじゃない。



陽乃「そうねえ・・・」



陽乃さんは、自分の胸に視線を向けてから、雪乃の胸に視線を持っていく。

俺もその視線につられてしまい、陽乃さんの視線が雪乃の胸から陽乃さんの胸に

戻っていくので、つい陽乃さんの胸を見てしまった。

でかい! そして、柔らかい。

柔らかいといっても、適度の弾力があり、張りも最高品質だった。

その魅惑の胸が、俺の腕によって形を変えているのだから、

俺の意識は目と腕に全てを持っていかれていた。

だから、雪乃の痛い視線に気がつくわけもなく・・・・・・。



陽乃「どちらの体に魅力を感じているかなんて、言葉にしなくてもいいってことよ」

雪乃「それは、私に魅力がないといいたいのかしら?」

陽乃「そんなこと言っていないわ」

558 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:35:19.02 ID:raeklLg30


雪乃「そうかしら?」

陽乃「そうよ。だって、女の私から見ても、雪乃ちゃんは綺麗よ。

   でも、私と比べると、どうなのかなって話なのよ」

雪乃「それは、私は姉さんより劣るといいたいのかしら?」

陽乃「だ・か・ら、そうじゃないのよ。

   比企谷君が、どちらが好みかっていうのが問題でしょ?」



そう陽乃さんは呟くと、下から俺の顔を覗き込む。

俺は、二人の言い争いを聞きながらも、陽乃さんの胸から視線をはぎ取ることができずに

鼻を伸ばしていたので、実に気まずかった。

しかも、陽乃さんの視線から逃れようと視線を横にそらすと、そこには雪乃が

じっと見つめているのだから、さらに気まずい。

俺にどうしろっていうんだ。

俺に非がないわけではないが、俺を挟んで核戦争を勃発させないでほしい。



雪乃「ねえ、八幡。私の方が魅力的よね?」

陽乃「そうかしら? 雪乃ちゃんの慎ましすぎるものよりも、

   自己主張をはっきりさせている私の方が好きよね?」

八幡「あの・・・、その」



俺はこの場からとりあえず離脱しようと思いをはせるが、いかんせ両腕をしっかりと

腕と胸とで挟み込まれているのだから、逃げる事はできない。

都合よく由比ヶ浜あたりが乱入してくれれば、逃げるチャンスができそうかもと

淡い期待を抱くが、人生甘くはなかった。

むしろ厳しい現実が、俺を路頭に迷わす。

腕からは、甘美な誘惑が俺を酔わせているのに、俺に向けられている視線は

俺の命を削るのだから、釣り合いが取れていないんじゃないかって、

俺の運命を呪いそうであった。



雪乃「八幡」



俺をきっと睨む雪乃にうろたえてしまう。

理性では、雪乃の言い分が正しいって理解はしている。

それでも、陽乃さんの攻撃はそれを上回っていた。

だが、陽乃さんは、挑発的な表情を一転させ、いつものひょうひょうとした顔にもどすと

とんでもない事実を俺に突き付けてくる。



陽乃「さてと、大学に着いたし、そろそろ終わりにしようか」


559 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:35:58.59 ID:raeklLg30

俺は、二人に連行されていた為に気がつかないでいたが、俺達は既に大学の敷地内に

入っていた。だから、周りを見渡すと、俺達に近づいてはこないが、

遠くから俺達の様子を伺う目が数多く存在していた。



雪乃「あっ」



雪乃は小さく吐息をもらすと、自分が置かれている現状を把握して

首を小さく縮こませる。

頬はすでに赤く染め上げてはいるが、俺の腕を放さないところをみると、

雪乃の負けず嫌いの性格がよく反映されていた。



陽乃「雪乃ちゃんは戦意喪失みたいだし、比企谷君もこれ以上の惨劇は困るでしょ?」

八幡「俺としては、こうなるのがわかっているのだから、初めから遠慮してくださると

   大変助かるんですけどね」

陽乃「それは無理よ。だって、これが姉妹のコミュニケーションだもの」



俺は、その異常な姉妹関係に深い深いため息をつくしかなかった。

その深すぎるため息さえも、陽乃さんを満足させる一動作にすぎないようだが。



陽乃「それはそうと、比企谷君は、午後からうちの父の所に行くんでしょ?」

八幡「あ、はい」



落差がある会話に俺は陽乃さんについていけなくなりそうになる。

今まで散々核戦争さながらの話をしていたのに、今度は真面目な話なのだから。

それでも、陽乃さんにとっては、どちらも同列の内容なのかもしれない。



陽乃「総武家の正式契約の話し合いに同席したいだなんて、変わってるわね」

八幡「俺が関わった話ですから、ちゃんと結末まで見ておきたいんだすよ」

陽乃「そうはいっても、すでに細かい所まで話は詰めてあるから、

   今日は最終確認みたいなものらしいわよ」

八幡「それは俺も伺ってますよ。でも、見ておきたいんです」

陽乃「そう? だったら、しっかり見ておきなさいね。

   父もあなたの事を期待しているみたいだし」

八幡「あまり期待されても困るんですけどね」

陽乃「期待されないよりはいいじゃない」

雪乃「そうよ。あなたは自分がしてきたことを誇りに思うべきよ」

八幡「そうは言ってもなぁ」



なにせ、今回の契約は俺が口を出したせいで動きだしたかのように見えても、

裏では、初めから雪乃の父が手を貸してくれているふしがあった。
560 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:36:42.80 ID:raeklLg30


俺は親父さんの筋書き通りに動いていた気がしてしょうがない。

だから、それを見極める為にも今日の会談に出席したかった。

もちろん、今日の会談で親父さんがぼろを出すとは到底思えないが。



陽乃「まっ、それが比企谷君らしいところなんだから、いいんじゃない?

   雪乃ちゃんは、しっかりと私が預かっておくから安心してね」

雪乃「預かるではなくて、送っていくの間違いではなくて?

   いえ、むしろ、車は私が運転するのだから、姉さんを預かるのは私の方だと思うわ」



たしかに陽乃さんの言いようは、間違っているはずだった。



陽乃「ううん。間違ってないわよ。だって、会談って夜までやるわけじゃないし

   今日の会談はすぐに終わるはずよ。

   だから、うちで食事していく時間もあるはずだから、雪乃ちゃんは

   うちで預かっておくねってことよ」



陽乃さんは、さも当然っていう顔をみせるので、

俺も雪乃も肩を落とすことしかできなかった。

俺達は、これ以上の言い争いは無駄だと実感していた。

初夏の陽気が俺達から体力を容赦なくじわじわと奪っていく。

これから日が高く昇り、昼前には焼けるような日差しが降り注いでくるはずだが、

俺達の隣にいる太陽は、朝から元気良すぎるようであった。







第31章 終劇

第32章に続く











561 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2014/12/25(木) 17:37:09.29 ID:raeklLg30

第31章 あとがき





『愛の悲しみ編』スタートです。

これと同時に次の長編たる高校生編のプロットを作っているところでもあります。

ネタは出来ているので、あとは時間経過の調整ですかね。

あまり先の事ばかり考えていると、足元をすくわれてしまうので目の前の原稿に

集中していきたいとも考えております。

一応長編を4本同時に書くのはきつくなってきましたので、3本に減らしました。

主に設定を覚えるのが大変なのと時間が足りないのが原因ですが。

ネットにアップしているのは2本(『やはり雪ノ下雪乃』『心の永住者』)ですが、

もう1本及び4本目の作品はネットにアップする予定はありません。

二次創作だけじゃなくてオリジナルも書くと、色々と勉強になりますね。




来週も、木曜日にアップすると思いますが、元日という事もあって、

いつもの時間帯にアップできるかは不透明です。

しかし、時間帯が変更されたとしても、いつもの時間帯より早めにアップ致します。

今年は連載を初めて色々不安もありましたが、皆さまの応援もあって頑張れてこれました。

来年はもっと文章に磨きをかけるべく勉強していく所存です。

来年も読みに来てくださると、大変嬉しく思います。




黒猫 with かずさ派



562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2014/12/25(木) 17:52:09.99 ID:aCdJbkOCo
563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2014/12/25(木) 18:05:57.20 ID:NW3YjPz/o
乙です
よいお年を
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2014/12/25(木) 18:38:34.45 ID:QET0vmoko
乙です
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2014/12/25(木) 21:25:55.58 ID:7jlvDR640

章最初の惨劇ってのは姉妹の会話だったのかまだ伏線なのか分からん
566 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2014/12/25(木) 22:03:53.14 ID:3CJ+R0FAO

567 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:20:00.38 ID:x/Aex12G0

第32章





7月11日 水曜日





朝の雪乃と陽乃さんとの一悶着はあったが、それ以外はいたって平穏な一日が過ぎてゆく。

俺の隣に座っている由比ヶ浜は、一日中ボケボケっとしており、

つい先ほど食後の眠気に敗北してお昼寝タイムに突入していた。

そう、俺の周りはちょっとしたいさかいがあっても、もっとも原因は陽乃さんで

攻撃対象は雪乃だが、とても緩やかな日常を取り戻しつつあった。

ただ、今日の午後に限っては、俺は頭を悩ましていた。

どう考えてもスケジュールがきつすぎる。

というか、時間が足りない。この後ある午後一の橘教授の講義を終えれば

今日の講義は全て終了する。

講義は終了するけれど、その後の予定がないわけではない。

とても重要な予定が組まれていた。

その予定とは、雪乃の親父さんに会いに行くのだが、

橘教授の講義を最後まで受講してしまうと、どうしても遅刻してしまう。

そもそも講義日程は毎回同じなのだから、親父さんに頼んで最初から約束の時間を

ずらしてもらうべきなのだが、今回の会談は俺が急遽同席させてもらえるように

頭を下げてお願いしたもので、俺の都合で会談時間を変更することはできない。

今回の会談は、ラーメン店総武家の移転問題で、俺がほんのわずかながらも

関わってしまったわけで、その行く末を見届けたく、

本日の契約締結に立ち会いたいと思ったわけだ。

細かい契約内容の話し合いは終わっているが、

契約が完了するまでは安心する事はできない。

まあ、相手が雪乃の親父さんなわけで、信用できないわけではないが、

それでも最後くらいは見ておきたかった。

というわけで、由比ヶ浜が隣で熟睡している中、どうやったら遅刻しないですむか、

俺と悪友の弥生昴は頭を悩ましていた。



八幡「ほら、学年次席。頭いいんだから、ちょっとはましなアイディアをだせ」

昴「だったら、学年主席のお前が知恵を絞れ。もうさ、諦めろよ。

  どう考えたって、電車の時間に間に合わない」



俺の理不尽な要請に、いたって冷静に反論してくる弥生昴。

背は俺よりも高く、180くらいはあり、少々やせ気味なのも、

クールなルックスのプラス要素にしかならない。

568 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:20:27.17 ID:x/Aex12G0


弥生本人が嫌がっているくせ毛も、耳を隠すくらいまで伸びた黒髪は、

緩やかなウェーブを作り出し、その独特な雰囲気にさらなる加点を与えてしまう。

カルバンクラインのカットソーも、ディーゼルのデニムも

自分おしゃれ頑張ってます感がまるっきりないのも好印象を与えている。

まあ、要するに、服装には肩に力が入っていないのにうまくまとめられていて、

こいつの話しやすい性格がなかったら、相手にしたくない奴筆頭だったはずだった。



八幡「せめて20分早く講義が終わってくれたらな」

昴「無理だって。それだったら、講義後の小テストを受けなければ20分稼げるぞ」

八幡「そんなことしたら、出席点もらえないだろ。お前馬鹿だろ」

昴「へいへい。主席様よりは馬鹿ですよぉだ」

八幡「お前、俺を馬鹿にしているだろ?」

昴「あっ、わかる? でも、正確に言うんなら、馬鹿にしているんじゃなくて、
  いつも馬鹿にしているんだけどな」

八幡「お前なぁ。真正の馬鹿だったら、俺の隣で寝てるから、そいつに言ってやれ。

   でも、何度馬鹿だって教えたとしても、すぐに忘れてしまうけどな」

昴「由比ヶ浜さんは、いいんだよ。馬鹿じゃない。むしろ天使」

八幡「はぁ・・・」

昴「女の子は、可愛ければ問題ない」

八幡「だったら、俺の代わりにこいつの勉強みてやれよ。

   可愛ければ問題ないんだろ?」

昴「俺は忙しいから無理だ。比企谷も知ってるだろ?」



こいつは俺と同じで、講義終わるとすぐに帰るんだよなぁ。

友達がいないってわけでもないし、けっこういろんな奴と話したりしてる。

そう、由比ヶ浜や雪乃レベルの有名人であり、2年の経済学部生で

弥生昴のことを知らない奴はほとんどいないんじゃないかってくらいの有名人だった。

いや、むしろ由比ヶ浜や雪乃の場合は、相手が一方的に知っているだけの場合がほとんだが、

弥生昴の場合は、わずかな会話であっても、会話をした事があるからこそ

相手が弥生昴のことを知っていると言ったほうがいい。

それでも、目立つ容姿もあって、会話をした事がなくとも、初めから弥生昴の事を

相手は知っていたのかもしれないが。

ただ、だからといって特別に親しい友達がいるってわけでもないから不思議だと思っていた。



八幡「俺だって、忙しいんだよ。じゃあ、あれか?
   もし、お前に時間の余裕があったら、由比ヶ浜の面倒みてやるのか?」



弥生の顔が微妙に引きつっている。

ポーカーフェイスを装うとしてはいるが、残念な事に成功してはいないみたいだ。

569 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:20:55.71 ID:x/Aex12G0

こいつは、むしろ感情のコントロールがうまい方だとみている。

その弥生が感情を制御できないとは、恐るべし由比ヶ浜結衣。



八幡「ごめん、弥生。泣くなよ」

昴「泣いてない! 俺は断じて泣いてないからな」

八幡「いいから、いいから。俺が悪かった。だから、すまん」

俺は、弥生の方に体の向きを変えると、軽く頭を下げて謝罪する。

昴「いいんだ。比企谷の日ごろの苦労を茶化すような発言をした俺の方も悪かったんだ。

  だから、俺の方こそ、すまん」



弥生は、俺の肩に手をかけ、全く涙を浮かべていない瞳を俺に向ける。

俺は、そんな馬鹿げた猿芝居をしている暇なんてないのに、

つい後ろの観客の為に演劇を上演してしまった。



結衣「もう、いいかな?」



振り向かなくてもわかる。にっこり笑いながら怒り狂ってる由比ヶ浜がいるって。

だって、俺の肩を掴む手が、肩に食い込んでいるもの。

ぎしぎしと指を骨に食い込ませながら、鎖骨をほじるのはやめてください!

非常に痛いですっ!

いや、まじでやめて。手がしびれてきてるよっ。

目の前の弥生の顔が青ざめていくのが、よりいっそう精神にダメージを与えてくる。



八幡「いつっ・・・。ギブギブ。まじで痛いからっ!」



首を後ろに回し、振りかえると、やはり般若のような笑顔の由比ヶ浜が出迎える。

弥生がいう天使こと由比ヶ浜結衣は、堕天していた。

すらりと伸びた健康的な腕に絡まる細いシルバーチェーンのブレスレットさえ、

なにか呪術が刻まれているんじゃないかって疑ってしまう。

まあ、いくら肩まで伸びた茶色い髪を揺らして怒ろうとも、

人を安心させる柔和な顔つきは、いくら怒っていても損なわれてはいない。

けれど、いまだ内に秘めた由比ヶ浜の怒りは収まらないようで、

俺の顔を見たことでさらに手の力を強めてしまった。



八幡「ごめん、由比ヶ浜。本当にシャレにならないほど痛いからっ」

結衣「ほんとうに反省してる?」



そう可愛らしく、俺の顔色を下から覗き込むように問いながらも、

全く肩に加える力は衰える事はない。

570 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:21:21.98 ID:x/Aex12G0

むしろ由比ヶ浜の口がひくついていることからしても、

少しも怒りは衰えていないようだった。



八幡「反省してるって。飼い犬は、最後まで面倒見ないといけないからな」

結衣「ペットじゃないし・・・・・・」



ちょっと落ち込んだ表情をして俯いて、可憐な少女を演出しても、

まったく手の力弱めていないのは、どうしてですか〜?

なにがまずかったんだ? 反省してるとか、謝罪の言葉じゃいけないのか?

俺は、どうすればいいか困り果て、わらにもすがる思いで弥生に助けを求める視線を送る。

すると、さすが弥生。伊達に学年次席をやってないすばらしさ。

俺のSOSを感じ取って、俺の耳元に助言を囁いてくれた。

いや・・・、たぶん、俺の涙目を見て、本気で心配してくれたんだろけど・・・・・・。



昴「なあ、比企谷。由比ヶ浜さんは、謝罪を求めているようじゃないぞ」



謝罪じゃないって、なんだよ? 反省しているかって、由比ヶ浜は聞いているんだぞ。

それなのに、・・・・・・俺からどんな言葉を引き出したいんだ?

・・・・・・・・・・・・・・ふぅ〜。やっぱあれかな?

俺が由比ヶ浜の事を投げ出そうとした事か?

俺が言った発言を思い返してみても、たいした数の発言をしたわけでもない。

だから、必然的に候補は絞られてしまう。

候補としては、二つしかない。

由比ヶ浜を馬鹿だと認定した事。

そして、もうひとつは弥生に由比ヶ浜に勉強教えるのを変わってほしいって言った事だ。

だとしたら、やはり後者の方で怒ってるとしか思えない。

怒っているというよりは、悲しんでいるのかもな。

だから、俺が謝罪しても許してくれないわけか。



八幡「俺は、お前の事を重荷にだなんて思ってない。

   むしろ、こんな俺に飽きずに付きまとってくれて感謝してるくらいだ。

   だから、これからも俺の馬鹿な行動に付き合ってほしい」



やばっ。恥ずかしすぎる発言を言い終わって、そこで正気に戻ってしまた。

なんだかだ、教室内が静かすぎるなぁって見渡すと、

みんな俺達を注目している。

しかも、目の前の由比ヶ浜ときたら、はにかんで、

顔がうっすらと赤く染まってるじゃないか。

これはあれか。青春の一ページという名の黒歴史確定か?

571 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:21:49.36 ID:x/Aex12G0

弥生なんか、うんうんと頷きながらも、俺から少し距離とってるやがる。



八幡「ごほん」



俺がわざとらしく咳払いをすると、俺達に集まっていた視線はどうにかばらける。

もちろん注目はされ続けてはいる。

それでも、直接見ようとしている奴はいなくなったからよしとするか。



結衣「まあ、いいかな。・・・・・うん」



そう由比ヶ浜は呟き、一人納得すると、俺の方に詰め寄ってきて、俺がさっきまで

弥生と格闘していたノートを覗きこんできた。



結衣「さっきから何をやってたの? ヒッキーこの後何かあるの?」



寝てたと思ったら、寝たふりして聞いていたのかよ。

それでも半分くらいは寝てたみたいだけど。



昴「ああ、これね。比企谷が授業の後に約束しているみたいなんだけど、

  どうしても間に合わないんだってさ。

  だから、どうやったら間に合うか考えてるんだよ」

結衣「へぇ〜」



由比ヶ浜は、さらにノートに書かれている電車の時刻表などを見ようと

俺にぴたっとくっついてくる。

俺の腕に柔らかいふくらみがぶつかって、その形をかえてくるものだから、気が気じゃない。

さらには、俺の腕に沿って由比ヶ浜の体の曲線が伝わってきて、

その女性らしい適度に引き締まったウエストラインとか、形のいい大きな胸だとか、

由比ヶ浜結衣を形作っている全ての女性らしさが俺の腕が記憶してしまう。

俺がその甘美の測定から逃れようと腕を動かそうと考えはしたが、

いかんせ由比ヶ浜は俺にくっついているわで、腕を動かせば一度は由比ヶ浜の方に

腕を動かして今以上に由比ヶ浜の体を感じ取らねばならない。

その時俺はそのまま腕を逃がすことができるだろうか。

今でさえギリギリなのに、これ以上由比ヶ浜を感じ取ってしまったら

甘い沼地に望んで沈んでいってしまいそうだった。



昴「だけどさ、そんな都合がいい方法なんてなくて困ってるんだよ」



フリーズしている俺越しで話を進める二人なのだが、

弥生は俺が困ってるのわかってるんだから助けろよ。
572 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:22:18.24 ID:x/Aex12G0


由比ヶ浜は、無意識なのか、馬鹿なのか、意識してるのかわからないが、

俺から離れてくれとは言いづらいし・・・。



結衣「だったら、授業休んじゃえばいいんじゃない?

   ヒッキー、この授業休んだことないし、期末試験もどうせいい点とるんでしょ?」

昴「そうなんだよ。俺もそう進言したんだけど、こいつが頑固でさ」

結衣「へえ・・・・」



由比ヶ浜は、俺が勉強熱心なのを感心したのか、俺の横顔を見つめてくる。

しかし、俺の顔をしばらくきょとんとみつめると、俺達のあまりにも近すぎる距離に

気が付いたのか、頬を染めて、気持ち程度だが距離をとる。

俺の顔が不自然なほど赤くなっていただろうから、

さすがの由比ヶ浜でも気が付いたんだろう。

これで少しは平常心を取り戻せたし、話に参加できるな。

あと、俺と由比ヶ浜がくっつきすぎていた事は、弥生もスルーしてくれたし、

あえて由比ヶ浜に指摘して、どつぼにはまるくらいなら、黙ってた方がいいな。



八幡「橘教授の授業は休みたくても休めないだろ。

   だから困ってるんだ」

結衣「へぇ・・・。そんなに橘先生の授業好きだったの?」

八幡「好きなわけあるか。むしろ必修科目じゃなかったら、とってない」

結衣「まあ、ね。あたしも必修じゃなかったらとってなかったかも」

八幡「だろ? 毎回授業の後に小テストやるなんて、この講義以外だと聞いたことないぞ」

結衣「Dクラスの英語もそうだよ」

八幡「あ、そっか。自分の講義じゃないから、ど忘れしてた」

結衣「でも、そうかもね。自分が受けてない講義だと、なんか実感わかないというか」

昴「比企谷が授業休むのに躊躇してるのって、小テストの授業点だろ?」

八幡「まあ、な」



雪乃の母に大学での成績だけでなく、大学院での留学も約束しちまった手前、

小さな失点だろうととりこぼしたくはない。

実際問題、今回休んだとしても、大したマイナス点にはならないだろう。

しかし、小さな失点を仕方ないで諦めるくせを付けたくはなかった。

一度だけの甘えが、次の甘えをよんでしまう気がしてならない。

小さな失点も、積み上がれば大きな失点になってしまい、

ここぞというときに取り返しのつかない失敗に繋がってしまう。

俺と雪乃の人生がかかっている大事な時期に、精神面での緩みは作りたくはなかった。


573 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:22:44.39 ID:x/Aex12G0


昴「橘教授も意地が悪いよな。小テストの答案が出席票の変わりで、

  しかも、授業の開始の時しか答案用紙を配らないからな」

結衣「あぁ、それ。女子の間でも評判悪いかも。

   遅刻したら、遅刻専用の答案用紙くれるし、あまりにも遅くきたら、

   答案用紙くれないもんね」

八幡「俺は、その辺については、合理的だなって思うぞ」

結衣「なんで?」



由比ヶ浜は、俺の事を理解者だと思っていたせいか、裏切られたと感じたらしい。

別に裏切っちゃいないが、よくできたシステムだとは思ってしまう。



八幡「10分遅刻したやつと、1時間遅刻したやつを同じ土俵に上げるんじゃ

   不公平だろ」

結衣「そうだけどさぁ・・・」



いまいち納得できていない由比ヶ浜は、まだ何か言いたげであった。

それでも、俺が話を進めるてしまうから、これ以上の不満は押しとどめたようだ。



昴「たしかに橘教授は合理的だよ」

結衣「そうなの?」

八幡「お前、最初の講義の時の単位評価の説明聞いてなかったのか?」

結衣「たぶん聞いてたと思うけど、ほとんど覚えてないかも」

八幡「はぁ・・・。お前なぁ、自分が受ける講義の評価方法くらい知っとけよ」

結衣「えぇ〜。だって、わからなくなったらヒッキーに聞けばいいじゃん」



どうなってるんだよ、こいつの思考構造。

大学入ってから、いや大学受験の時から面倒見過ぎたのが悪かったのか。

こいつに頼られるのは悪い気はしないが、だけど、それが当然になって

自分でできなくなってしまうのは悪影響すぎるぞ。



昴「大丈夫だって、比企谷。由比ヶ浜さんは、自分一人でもやっていけるって」

八幡「そうか?」

昴「比企谷が一番そばでみてるんだろ?」

八幡「まあ、そうかもな」



なんで弥生は、俺が考えていることがわかるんだよ。

もしかしたら、ほんのわずかだが顔に出たかもしれない。

それでも、些細な変化に気がつくなんて、普通できないって。


574 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:23:13.95 ID:x/Aex12G0

たしかに、こいつの人を見る目というか、雰囲気を感じ取る力は、

たぶん由比ヶ浜を上回ると思う。由比ヶ浜が直感とかのなんとなくの感覚だとしたら、

こいつのは理詰めの論理的思考だ。

ある意味陽乃さん以上に手ごわい相手なんだけど、

どうしていつも俺の側にいるのか疑問に思う事がある。

俺が知っている弥生昴は、俺と同じようにある意味一人でいることに慣れている。

でも、だからといって社交的でないわけではない。

むしろ、この学部のほとんどの生徒が弥生と一度くらいは話をしているはずだ。

うちの学部に何人いるかだなんて正確な人数は知らない。

それでも、少なくない人数がいるわけで、波長が合わない奴が必ずといっていいほど

出てくるのが当たり前だ。

人当たりがいい由比ヶ浜でさえ苦手としている人物がいるし、

本人は隠しているようだが、誰だって苦手なやつがいるのが当たり前だ。

それなのにこの弥生昴っていう男は、相手がどんなやつであっても

会話に潜り込んでいってしまう。

これは一つの才能だって誉めたたえるべきであろう。

しかしだ。そんな人間関係のスペシャリストのはずなのに、

こいつと親しくしている友人というものを見たことがない。

ある意味、誰とでも仲良く会話ができるが、それはうわべだけだから成立してしまう。

本音を言わず、相手の意見に逆らわずに、

どんな場面でも感情をコントトールしているのなら、

それは友人関係ではなく、単なる交渉相手としか見ていないともいえるかもしれない。

そんな男が、何故俺の側にいることが多いのだろうか。



昴「比企谷?」

やばい。普段疑問に思ってたけど、考えないようにしていた事を考えてしまった。

八幡「すまない。ちょっとぼ〜っとしてただけだ」

昴「そうか」



弥生は、とくに気にする事もなく、再び由比ヶ浜の相手へと戻っていく。

ただ、本当に「なにも気にする事もなかったか」疑わしいが。



結衣「で、ヒッキー。橘教授の評価方法ってなんなの?」

八幡「ああ、そうだったな。俺が詳しく教えてやるから、今度こそ覚えておけよ」

結衣「・・・・・善処します」

八幡「ふぅ・・・、まっいっか」



こいつに教えるのは、犬に芸を覚えさせるようにするより難しいって

理解しているだろ、俺。だから、我慢だ。頑張れ、俺。

575 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:24:12.78 ID:x/Aex12G0


八幡「小テストが出席の確認の代りだっていうのは、知ってるだろ?」

結衣「うん」

八幡「ふつうの授業の評価方法は、授業点の割合の大小があるにせよ、

   それほどウェートが大きいわけではない。

   レポートとかもあるけど、橘教授ほど明確に数値化されてないんだよ」

結衣「へぇ・・・、そなんだ」

八幡「そうなんだよ。数値化されているせいで、今の自分の評価が丸見えになるから

   嫌だっていう奴もいるはずだ」

結衣「へぇ・・・、自分で計算してる人もいるんだ」

八幡「もう、いい・・・」

結衣「えっ? ちゃんと話してよ。しっかりと聞いているでしょ」



こういう奴だったよ。何も考えない奴だって、わかってたさ。



八幡「いや、違う。一人事だから気にするな。ちょっと気になって事があって

   それを急に思いだして、おもいっきり沈んでただけだ」

結衣「ふぅ〜ん。あるよね、そういう事。あたしも急に昨日見たテレビの事を思い出して

   授業中に笑いだしそうになる事がしょっちゅうあるもん」

八幡「そ・・・そうか」



顔が引きつりそうになるのを、強制的に押しとどめて、話を元に戻すことにする。

お前の事で悩んでたんだよって、両手でこいつの頭を掴んで揺さぶりたい気持ち。

あと数ミリで溢れ出そうだけど、どうにか保ちそうだ。

だから、これ以上俺を刺激するなよ。



八幡「で、だ。他に評価の内訳として、期末試験が5割。そして、授業点が5割に

   なっている。もちろん授業点っていうのは、小テストの点数が直接反映される。

   だから、一回でも小テストを受けないと、それだけで総合評価が下がるんだよ」

結衣「へぇ・・・、面倒なんだね」

八幡「面倒か? これほどすっきりと明確な評価方法はないと思うぞ。

   レポートなんか、字が汚いだけで評価下がりそうな気もするしな」

結衣「まあ、今はパソコンで印刷したのが多いから、関係ないんじゃない?」

八幡「そうかもな。評価方法の話に戻るけど、遅刻したやつは、いくら小テスト受けても

   7割しか点数もらえないんだぞ。知ってたか?」

結衣「そなんだ。遅刻すると、答案用紙が違うから気にはなってたんだけど

   今その疑問が解決したよ」

八幡「お前、今頃知ってどうするんだよ。もう期末試験始まるんだぞ」

結衣「でも、あたし遅刻したことないし」


576 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:24:49.82 ID:x/Aex12G0



たしかに遅刻した事はないか。この授業の前に必修科目があるし、

通常ならば遅刻なんてする奴はいない。

それでも、遅刻する奴は出てくるから不思議だよな。



八幡「遅刻はしないけど、授業中寝てるだろ」

結衣「そう?」

八幡「そうだよ」



俺の追及から逃れようと由比ヶ浜は視線を横にそらそうとする。

しかし、俺は成長した。いや、成長せざるをえなかった。

なにせ、この野生の珍獣を大学に合格させるという至難の調教をしてきたのだ。

由比ヶ浜の扱いには慣れざるをえなかった。

俺はおもむろに由比ヶ浜に両手を伸ばすと、そのまま柔らかい頬を両手で思いっきり

つまみ取り、強引に前を向かせる。

不平を口にしてきているようだが、両頬をつままれている為に言葉にできないでいた。

だから、目でも不満を訴えてはきているが、そんなのは無視だ。



八幡「いっつも言ってるよな。授業はつまらない。とってもつまらなくて退屈だ。

   でも、あとで試験勉強に明け暮れるんなら、退屈な授業をしっかり聞いて、

   暇つぶしで授業をしっかり受けろって言ってるよな」

結衣「ふぁい」

八幡「どうせ勉強しなきゃいけないんだから、わざわざ授業に来てるんだから

   授業をしっかり聞けよ。後で自分で勉強するより、よっぽどわかりやすいだろ」

結衣「ふぁい」

八幡「わかったか」

結衣「ふぁい」



俺は、由比ヶ浜が頷くのを確認すると、頬から手を放す。

由比ヶ浜は、たいして痛くはないはずなのに、頬を手でさすりながら

反抗的な目を向けてくる。

もう一度手を両頬に伸ばすふりをすると、今度はようやくぎこちない笑顔で

頷いてくれた。



結衣「でもでもっ、あたしが隣で寝ていても、ヒッキー起こしてくれないじゃん。

   寝てるのが駄目だったら、起こしてくれないヒッキーにだって問題あるんじゃない?」



はぁ、まだ反抗するか。でも、俺にも言い分ってものがあるんだ。


577 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:25:19.09 ID:x/Aex12G0



八幡「橘教授の講義って、小テストが授業ラスト20分に毎回あるから

   その分早口だし、授業の進行ペースも速いんだよ。

   だから、授業中はお前のおもりはできないっつーの」

結衣「ああ、そんな感じするよね。なんか早すぎて、ついていけないっていうか」



それは、お前が授業内容を理解してないだけだろ。

今それを指摘すると長くなるから言わんけど。



結衣「あれ? でも、人気がない授業だけど、いっつも教室は満席だよね?

   なんで?」

八幡「お前、本当に大丈夫か?」

結衣「なにが?」



きょとんと首をかしげ、俺を見つめてくるその瞳には、嘘偽りはないようだ。

しかし、今はそれでは救われない。なにせ・・・・・・。



八幡「なにがって、この講義って、必修科目だぞ。

   必修科目は一つでも落としたら留年しちまうんだよ。

   だから、みんないやいやでも授業に真面目に出てるの」

結衣「そなんだ」



もういいや。ため息も出ない。

俺は、これ以上由比ヶ浜を見ていると、頭が痛くなりそうなので、視線を外す。

すると、俺を見つめているもう一人の視線の人物に気がつく。

正確に言うと、俺と由比ヶ浜を見つめる視線だったが。



昴「なに?」

八幡「なんだよ、さっきからニヤニヤしてみてやがって」

昴「いやね、仲がいいなって」

八幡「まあ、そうかもな。なんとなくだけど、憎めない奴だから、

   こうやって付き合いが長くなったのかもな」

結衣「ちょっと、ヒッキー。きもい。そんな恥ずかしいセリフ真顔で言わないでよ」

八幡「心外だな。きもいはないだろ」

結衣「きもいから、きもいの。い〜っだ」



なんだよ、こいつ。たしかに、昔の俺ならこんな恥ずかしいセリフは言わなかった。

最近、いや、雪乃と付き合うようになって、変わったのかもしれない。

言葉にしなければ、伝えられない事があるって知ったからな。

578 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/01(木) 03:25:50.25 ID:x/Aex12G0



昴「仲がいいね」

八幡「どうだか」

昴「でも、仲がいいところ悪いけど、このままだと会談に遅刻するよ」



そうだった。

どうやったら橘教授の授業を早く切り上げられるか弥生と相談していたのに、

いつの間にか由比ヶ浜の相手をしていた話がそれてしまった。

まったく、こいつは和むんだけど、時と場合を選んでくれよ。










第32章 終劇

第33章に続く











第32章 あとがき



明けましておめでとうございます。

今年も頑張って執筆いたしますので、宜しくお願い致します。

文章を書く上で改善すべき点は多々ありますが、いきなりうまくなるわけもなく、

日々の積み重ねだと痛切しております。

本年も、まずは毎週の連載を一つ一つ丁寧に作り上げていき、

その結果として、文章力が向上していればいいなと思っております。


本日は、アップ時間が乱れてしまい、申し訳ありませんでした。

来週からは、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派


579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/01(木) 09:58:46.16 ID:celaBC/8o
乙です あけましておめでとうございます
580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/03(土) 09:05:52.99 ID:2ZiB40KKo
おつ
581 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/06(火) 18:06:02.13 ID:IuMjGEgdo
期待
582 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/08(木) 17:30:13.94 ID:PACE+wQi0

第33章





7月11日 水曜日





さて、さてさてさてさて、どうしたものか?

いくら考えようとも、都合よく打開案なんて思い浮かびやしやしない。

いたずらに思考を繰り返しても、時間だけが過ぎ去ってゆくだけだ。

ここは、由比ヶ浜のいう通り、欠席するか。

ここで休んだとしても、だらだらと休み癖がつくとは思えないし、

雪乃の父親の仕事現場をみることで、よりいっそう気を引き締められるとも考えられる。

ならば、ここは潔く自主休講としてもいいかもしれない。

ただ、諦めが悪すぎる俺は、すぐさま代替案を模索してしまう。

出席がそのまま単位評価に結び付いてしまう為に、病欠などの場合は、

しかるべく証明書を提出して、なおかつレポートも提出すれば、

小テストの8割の点数を貰える事が出来る。

つまり、満点のレポートならば、欠席しても80点の評価が貰えるのだから、

俺も初めに欠席してレポートを提出するという選択肢を考えなかったわけではない。

ここで問題となるのは、仕事の契約締結の場に参加することが、

橘教授が認める欠席理由になるかである。

一応未来の仕事に関わっているわけで、またとない社会経験を得るという大義名分も

あることにはある。

でもなぁ、これが橘教授の講義を休むことと釣り合うかと問われると、微妙だ。

ならば、欠席証明書を提出しないで、小テストの五割の評価も貰う事もできるので、

これだったら問題は少ない。

そう、あくまで「問題が少ない」にすぎないのが、このレポートの落とし穴だった。

なにせ、授業は眠いし、実際由比ヶ浜はよく爆睡しているし、他にも多くの学生が

夢の中で受講しているといってもいい。

そんな夢の中の受講生は、講義ラストに待ち受けている小テストで痛い目にあうんだから

うまくできている講義システムだと、

授業を真面目に受けている俺からすると評価してしまう。

そう、俺が眠いの我慢して授業に参加しているのに、

由比ヶ浜とかなにを眠りこけてるんだよ。

そんな奴にかぎって、小テストの時答えを見せてくれとか、どの辺がヒントになるか

教えてくれとか言ってきやがる。

俺はそういう由比ヶ浜みたいなやつは、毎回無視してやっている。

隣で由比ヶ浜が小さな声で不平をぶちまけまくりまくって、

最後の方には俺の肩を揺さぶりまくるのが、いつものパターンだ。

583 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/08(木) 17:30:46.74 ID:PACE+wQi0

まあ、由比ヶ浜が実力行使に来る時間あたりには、俺も解答を埋め終わってるから、

由比ヶ浜に一瞬ちらっと解答用紙を見せるふりをして、ニヤッと優しい笑顔を見せてから

席を立つんだけどな。

毎回猿みたいに「ムキ〜」とかわめくけど、そろそろ猿でも自分でやるって事を

学習してるはずなのに、俺にまとわりついてくる牝猿もそろそろ学習しろよ・・・。

話は大きく脱線してしまったが、誰しもが受けたくない講義をレポートで出席の

代わりにできるというのに、誰もレポートを選択せず、

一応講義に出席して小テストを受けているかというと、それはすなわち、

レポートの量が半端なく多いからである。

他の講義もあるわけで、レポートだけに時間を割いていられるわけではない。

しかも講義は90分で終わるというのに、レポートはどう見積もっても

休日が丸一日つぶれること必至だ。

誰もが望む夢の日曜日に、誰が好き好んで陰気なレポートをやらねばならない。

どう考えても、講義に出たほうがいいに決まっている。

そんなわけで俺は、大切な大切な日曜日を献上して契約締結の場に出席しようと

苦渋の決断に迫られていた。

まあ、色々御託を並べたが、誰が橘教授の講義を必修科目にしようだなんて考えたんだよ。

きっと、決めた人間は悪魔に違いない。

それだけは、はっきりと確信できた。



結衣「ねえ、ヒッキー。もうそろそろ諦めたら?」

八幡「諦められるわけないだろ。講義休んだら、日曜が潰れるレポートがあるんだぞ」

結衣「じゃあ、いっそのこと、レポートもやらなきゃいいじゃん」

八幡「そんなことできるかよ。成績が落ちるだろ」

昴「一回くらい休んだところで、最終的な成績は変わらないと思うけど」

八幡「そういった油断が、成績をじわじわ下降させるんだ」

結衣「もう、意地っ張りなんだから。

   ん〜・・・。だったらさあ、問題の山はって、先生が黒板に問題書く前に

   解答用紙に答え書いちゃえばいいんじゃない?

   そうすれば、ちょうど20分短縮できて、電車に間に合うんじゃない?

   問題解く時間の20分をあらかじめ解答書いとけば、

   20分使わないで済むでしょ」

昴「ちょうどいいじゃないか。20分早ければ電車に間に合うんだし、

  いっそのこと山はって、外れたら諦めて遅刻して出席すればいいじゃないか。

  そもそも遅刻しても怒られはしないんだろ」

結衣「ちょっと、ヒッキー、黙らないでよ。

   そんなに怖い顔して黙っていると、怖いよ。

   ・・・・・・ねえ、ヒッキー?」

昴「おい、比企谷?」

584 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/08(木) 17:31:10.64 ID:PACE+wQi0

結衣「ごめんね。そんなに真剣に悩んでいたなんてわからなかったから、

   ちょっと調子に乗りすぎて、言いすぎたのかもしれない。

   ねえ、・・・ねえったら」



由比ヶ浜が俺の肩を揺さぶってくる。最初は遠慮がちに小さく揺さぶってきたが、

俺が何も反応を示さないでいると、意地になってか、激しく揺らしてきた。



八幡「ええい、うるさい。ちょっとは静かに出来ないのかよ」

結衣「だから、謝ってるんじゃない」

八幡「それが謝ってるやつの態度かよ」

結衣「いくら謝っても、そっちが無視していたんでしょ」

八幡「別に無視してないだろ。ちょっと考え事をしていたから、気がつかなかっただけだ」

結衣「え?」

八幡「え?って、なんだよ。お前が問題の山はって、解答あらかじめ書いとけって

   言ったんだろ」

結衣「え? えぇ〜?!」

八幡「なにをそんなに驚いてんだ。自分で言っておきながら、驚くなんて。

   ん? 自画自賛しているのか?

   たまに、ほんとうにごくまれに役に立つこと言ったんだから、

   そういうときくらい自己満足に浸りたいよな。

   気がつかなくて、ごめんな」

結衣「いや、いや、いや。なんかヒッキーがあたしの事で酷いこと言ってるみたいだけど

   この際今はどうでもいっか。

   なに、なに。ヒッキー、山はって書くの?」

昴「由比ヶ浜さんは、どうでも、いいんだ?」



弥生なら、そう思うよな。

でもな、由比ヶ浜の思考回路には、二つの事を同時処理なんてできやしないんだよ。

一つの事でさえも、途中でセーブもできない年代物なんだぞ。

きっとレトロマニアには、もろうけること間違いなしだけど、

最先端を突っ走ってるやつには、理解できない代物なんだよ。



八幡「ああ、山はって書いてみようと思う」

結衣「そっか。なにもやらないよりいいもんね。運がよかったら、間に合うかもしれないし

   やらないよりはやったほうがいいもんね」

八幡「それは違う。やるからには、確実に問題を当てる」

結衣「そんなのは無理だって。だって、問題は、黒板に書くまでわからないじゃん」

八幡「そんなことはない。なんとなくだけど、傾向くらいはあるもんさ」

昴「たしかに出題傾向はあるけど、論述問題なんだから、問題のキーワードを 

  全て当てないと、見当外れの解答になってしまうぞ」
585 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/08(木) 17:31:54.42 ID:PACE+wQi0

結衣「そうだよ。あたしも軽々しく山はりなよって言ったけど、

   やっぱ絶対無理だよ。当たりっこないって」

八幡「問題のキーワードを全て当てるんだろ?

   それなら問題ない。むしろキーワードほど当てやすい」

結衣「そんなことないって。一回の講義の内容も広いんだし、無理だよ」



たしかにな。無鉄砲に、なんとなく探すんなら、無理に決まっている。

だけど、解答に導くために、キーワードなんて、なにかしらの繋がりを持ってるんだよ。

一つの論述を完成させるわけなんだから、一つ一つのキーワードには、

他のキーワードとのつながりがあって、その繋がりがあるからこそ、

一つの論述が意味を持って完成する。

仮に、キーワード一つ一つに、全くの因果関係がないとしたら、

それは論述ではなくて、一問一答形式の、穴埋め問題に過ぎない。



八幡「論述問題に必要なキーワードなんて、だいたい決まってるんだよ。

   そもそもそのキーワードが一つでも欠けていたら、減点ものだ。

   だから、キーワードを全てそろえること自体はたいしたことではない」

昴「たしかにそうだな。でも、キーワードがわかったとしても、

  問題自体を当てるのは難しくないか?」

結衣「ちょっと、ちょっと待ってよ。今、ゆっくりとだけど、ヒッキーが言った事を

   理解するから」

八幡「悪い、由比ヶ浜。今お前の相手をしている時間も惜しい。

   だから、この説明は、また今度な」

結衣「あたしの事を馬鹿にし過ぎてない?」

八幡「だったら、もう理解できたのかよ?」

結衣「それは無理だけど」

八幡「だろ?」

昴「由比ヶ浜さんには、授業のあとで、俺が説明してあげるよ」

結衣「え? ほんとう?」



ぱっと笑顔を咲かせる由比ヶ浜を横目に、俺は弥生が渋い顔を見せたのを

見逃さなかった。

何度か俺の代りに弥生が由比ヶ浜に説明した事があった。

だがしかし、何度やっても由比ヶ浜は理解できなかった。

弥生昴の名誉のために言っておくが、けっして弥生の説明が下手なわけではない。

むしろ上手な方だと思う。俺以上に論理的で、道筋をはっきりと示す解説だとさえ思える。

だけど、相手があの由比ヶ浜結衣だ。

普通じゃない。俺も雪乃も、高校三年の夏、何度挫折を味わったことか。

まあ、一応、お情け程度のフォローになってしまうが、由比ヶ浜結衣も

けっして馬鹿ではないということは伝えておきたい。
586 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/08(木) 17:32:45.03 ID:PACE+wQi0

なにせ、俺と同じ大学の同じ学部に、一緒に現役合格できるくらいの学力はあるのだから。

しかし、こいつの思考回路はとびまくっているんだ。

俺も雪乃もこいつに勉強を教えるコツみたいなのを、

わずかだが習得できたから言えること何だが、

どうやら由比ヶ浜は感覚で理解しているらしい。

とくに数学なんかは、どういう感覚で理解しているのか、雪乃でさえ理解できなかった。

それでもどうにか教える事はできるようになったから、

こうして同じ大学に通えているんだが。

だから、弥生のように、理路整然としている理論派の極致の説明は、

由比ヶ浜にとっては天敵だと言えるのかもしれなかった。



八幡「まあ、お前ら。二人ともお手柔らかにやっておけよ」

昴「わかってるって。無理はしない」

結衣「ん?」



どうやら弥生だけは、俺の意図を理解したみたいだな。

だとすると、俺の感覚が由比ヶ浜に偏ってないってことか。

うし・・・、俺の感覚は由比ヶ浜化してないぞ。

な〜んか、由比ヶ浜とつるんでいると、おつむが由比ヶ浜化しそうで怖いんだよな。



八幡「なあ弥生。このノート見てくれよ」

昴「これって、橘教授の講義のか?」

八幡「そうだ」

昴「なんでノートの真ん中で折り目が付いているんだ?」

八幡「ああ、これな」



こら、由比ヶ浜。弥生とは反対側から俺のノートを覗き込んできたけど、

そのドヤ顔やめろ。さっきまでまったく話についてこれなかったからって、

ここぞとばかりに誉めて誉めてって尻尾を振るな。

このノートの折り目を、お前が知っているのは当然なんだよ。

何度も俺のノートのお世話になってるからな。

まあ・・・、普段の俺なら、ちょっとくらいかまってやってかもしれないけど・・・。



八幡「弥生は、この講義のノート見るの初めてだっけ?」

昴「どうだったかな? 他の科目のならあったと思うけど、

  あとで調べてみないとわからないな」

八幡「さすがのコピー王も、俺の対橘用のノートは初見か」

昴「この講義は、小テストが毎回ある分、みんな自分でノートとってるから需要がないしな。

  それと、そのコピー王っていうのは、やめろって。学部中に広がってしまったのは、

  比企谷のせいだろ」
587 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/08(木) 17:33:37.73 ID:PACE+wQi0

八幡「それは違う」

昴「どうしてだよ。お前が言いだしたんだろ」



コピー王。たしかに、俺が命名した弥生昴の二つ名だ。

といっても、中二病全開で命名したわけではない。

なんとなくこいつの行動を見ていたら、ふと口にしただけだ。

それに、何度もコピー王なんて言ったとも思えない。

たしかに、こいつはコピー王だとは思う。

なにせ、こいつはコンパクトスキャナーを随時携帯して、

レポート、ノート、過去門などなど、あらゆるデータをコピーしまくっている。

まず、突出すべきところは、その交渉術と行動力だろう。

図書館で、同じ学科の奴を見つけたら、友達でなくても、しかも、話した事がない相手でも、

顔を知っていれば突撃して、ノートの交換をしてくるのだ。

そして、その行動範囲は同学年にだけで終わらず、大学一年次の前期日程、正確にいえば、

五月の下旬には全学年で弥生昴の名と顔を知らない奴はいなくなってしまった。

一見弥生の行動は、無謀にも絶大なる行動力を有しているようにも見える。

しかし、本人曰く、一人のつてがいれば、その人を介して十人は声をかけられるとのこと。

俺からすれば、図書館で、いきなり顔しか知らない奴に声をかけているのを

目撃しているので、一人のつてもいなくても、もしかしたら全学年制覇はきっと

可能なんじゃないかって思えていた。

いやいや、俺が言ってる事は矛盾しているな。

俺みたいなぼっちは例外としても、一般的な大学生ならば、一人か二人くらいの連れはいる。

ならば、一人のつれがいれば、ドミノ式に全生徒に繋がっているとも言えなくはない。

たしかに、ぼっちは、誰ともつるんでいないので、どの組織にも接点がないともいえる。

それでも、大学生をやっていれば、グループ学習やら、ペアでの講義も必ずあるわけで

大学生活を誰とも接点を持たずに生活することは事実上不可能である。

ここで言いたいのは、事実上不可能であるということだ。

理論上は、なんかしらのつながりがあるかもしれない。

しかし、その繋がりは儚いくらいに細いもので、それが人と人との伝手であると

言ってもいいのか疑問に残る。

おそらくその伝手は、一般的に言ったら赤の他人というべきだ。

だが、弥生ならば、強引に、そのあるかどうかも疑わしい伝手を使って

交渉ができてしまうのだから、これはある種の尊敬すべき能力といえるだろう。

ここで話を戻すが、コピー王たる弥生昴のすごさはわかってもらえたと思うが、

そのデータ量のすごさは、既存の試験レポート対策委員会とかいうサークルを

上回ってるんじゃないかと思えるほどだった。



八幡「たしかに、俺が言いだしたのは認める」

昴「だろ? だったら、お前の責任じゃないか」

588 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/08(木) 17:34:24.01 ID:PACE+wQi0

八幡「いいや、違う」

昴「なんでだよ」

八幡「俺がお前にコピー王って連呼したとしても、誰がお前の事をコピー王って呼ぶだよ。

   俺は自慢じゃないが、友達はほとんどいないぞ。

   だから、お前の事をコピー王だなんて、伝える相手がそもそもいないんだよ」

昴「そうだな。この学部で、お前の話相手といったら、俺か由比ヶ浜さんくらいしか

  いないんだよな」

八幡「だろ?」

昴「比企谷の友達の少なさを忘れるところだったよ」

八幡「それさえも忘れてしまうほどの存在感のなさなんだよ。俺って奴は」

昴「そんなことないだろ。お前、この学部で、ダントツに目立っているぞ」

八幡「それはないだろ。お前も俺の友達の少なさを認めたじゃないか。

   友達もいないから、ひっそりと教室の片隅に座っていたら目立たないだろ」

昴「由比ヶ浜さんがいつも隣にいるだろ」

八幡「由比ヶ浜は友達多いし、そりゃあ、目立ちはするけど、だからといって

   俺が目立つわけじゃあない」

昴「いやいやいや、違うって。人気がある由比ヶ浜さんを比企谷がいつも独占しているから

  必然的に比企谷も目立ってるんだよ」

八幡「俺は由比ヶ浜を独占した覚えはないんだけどな」



ほら、俺の横の由比ヶ浜結衣とかいう人。

頬を両手で押さえて、ぽっと頬を染めて、デレない!

お前の責任問題を話し合ってるんだろ?

って、俺達って、なに話してたんだっけ? 時間ないとか言ってたような。



昴「工学部に綺麗な彼女がいるくせに、ここでも学部のヒロインを一人占めしているんだから

  恨みもかっているぞ」

八幡「雪乃は、あまりここの学部棟には来ないから、関係ないだろ」

昴「雪ノ下姉妹っていったら、うちの大学で知らない奴がいないほどの美人姉妹だぞ。

  その妹の彼氏といったら、注目されるに決まってるじゃないか」

八幡「雪乃が美人っていうのは認めるけど、だけどなぁ・・・」

結衣「ねえ、ヒッキー」

八幡「なんだよ」



せっかく危機的状況で、パニクっていたのを雪乃の事を思い出して和んでいたのに

なんで横槍を入れてくるんだよ。

俺に恨みでもあるのか?

だから、必然的に由比ヶ浜に向ける視線も、投げ返す返事も荒っぽくなってしまう。

由比ヶ浜は、むっとした表情で、やや批判を込めて訴えてきた。

589 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/08(木) 17:34:57.49 ID:PACE+wQi0


結衣「別にヒッキーがゆきのんのことで、でれでれしているのは、あたしは、

   かまわないんだけどさ」

八幡「なんだよ。時間がないんだから、とっとと言えよ」

ん? なんで時間がないんだっけ?

結衣「別にあたしはいいんだけど、早く小テストの山をはらないと

   授業始まっちゃうよ」



血の気を失うとはこの事だろう。

さあっと体温が低下するのと同時に、体中の汗腺から汗が噴き出してきて体が火照る。

やばい、やばい、やばい。

時間がないのに何を白熱してるんだよ。

コピー王って、学部中に広めたのは、俺じゃなくて由比ヶ浜だっていうことを伝える為に、

なんだってこんなに話に夢中になってるんだよ、俺。



八幡「ありがとよ、由比ヶ浜。助かった」

結衣「いいんだけどさ。・・・いつもお世話になってるし」



俺は、もじもじしながら口ごもる由比ヶ浜を横目に、

弥生に向けて応援要請を手短に伝えていく。

もうすぐ講義が始まって、橘教授がきてしまう。

その前に、一応保険として、弥生にも問題の山を一緒にはってもらわなくてはいけない。

なぁに、たぶん俺一人でも大丈夫だけど、念には念をいれないとな。

普段俺のレポートやらノートのコピーをしてるんだ。

このくらいの労働、対価としては安いだろう。



八幡「弥生、山はるの手伝ってほしい」

昴「それはかまわないけど、あと五分もないぞ」

八幡「それだけあれば十分だ。山をはるのは講義を聞きながらじゃないとできないからな」

俺は、にやりと不敵な笑みを浮かべるのだった。








第33章 終劇

第34章に続く





590 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/08(木) 17:35:34.29 ID:PACE+wQi0


第33章 あとがき




雪乃「さっそく著者があとがきから逃げたわね」

八幡「あとがきのネタがないんだとさ」

雪乃「そう。だったら、書かなければいいのに」

八幡「いや、それはまずいだろ。でも、なんか四コマ漫画風のあとがきを

   やるのもいいかなって、考えてるらしいぞ」

雪乃「自分が書けないからって、私達にしわ寄せが来るなんて、とんだ迷惑ね」

八幡「ただな・・・」

雪乃「なにかしら?」

八幡「四コマ漫画風にしても、そのネタ作らないかといけないから

   すでに挫折しているらしいぞ」

雪乃「馬鹿なのかしら?」

八幡「どうだろうな・・・。一応最後の決まり文句だけは言ってくれよ」

雪乃「はぁ・・・。

   来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

   また読んでくださると、大変嬉しいです」(にっこり)

八幡「(目が笑ってねえよ・・・・・・)」





黒猫 with かずさ派



591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/08(木) 17:39:16.01 ID:7sCmVWbEO
改行NG引っかかるレベルで改行ぶちこんでてわろた
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/08(木) 18:22:07.54 ID:cDvNaelAO

593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2015/01/08(木) 19:28:56.48 ID:pZfrv0460
594 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/08(木) 20:37:17.95 ID:OH8sBJSpo
乙です
595 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/15(木) 17:28:23.82 ID:2jPBwEpe0

第34章




7月11日 水曜日





俺が弥生に頼んだ事は、いたってシンプルなノートの使い方だった。

まず、ノートを半分に折り、左側を授業の内容を筆記する。

これは、一般的なノートを取り方と変わりがない。

黒板を板書して、必要ならば解説を自分で付け加える。

黒板には書かないで口頭のみの説明時に聞きそびれて、

書き損ねそうになる事もあるが、悪態を心でつきながら、教科書とノートを見比べて

聞きそびれた個所を自分の言葉で埋めていく。

左側は誰もが小学生の時からやっている事だから、特に説明はいらないだろう。

俺が弥生に指示したのは、ノート右側の書き方であり、

この講義特有の事情から生まれた手法だ。

小テストは、必ずと言っていいほど「説明せよ」という設問であった。

授業で習ったばかりの知識を思い出して、論述を書きあげていく。

だとすれば、授業を受けながら、小テスト用の論述を書いておけばいいんじゃないかと

思って始めたのが、右ページの使い方であった。

つまり、左側に書かれている授業で示された記号を、右側ページに論述形式で

書きなおしていくってことだ。

一見、人からみれば二度手間だろう。

なにせ、左側に書かれている内容を単に文章にしただけなのだから。

雪乃も最初は二度手間だからやらないといっていたが、

俺からの説明を聞いたら納得してくれた。でも、結局は、雪乃はやらないらしいが。

俺からノートをよく借りる由比ヶ浜は、まあ、理解しているのか、してないのか

怪しいところだから保留にしておこう。

この二度手間ともいえる右ページ。

なにがいいかっていうと、解答の文章量がはっきりとわかることだ。

左ページの記号のみでの説明だと、シンプルでわかりやすいのだが、

文章にしてみると文章量が予想以上に多い時があったりする。

それに気がつかずに実際解答用紙に書いてみたりすると、文字数オーバーに

なったりすることがざらである。

また、文字数がオーバーしてしまうから、他の本来必要なキーワードをいれないで

減点くらう事も多くなってしまう。

ほとんどのやつが指定の文字数を埋めることで満足して、キーワード不足を

気がつかないんだよな。

つまり、あらかじめ文章量がわかるから、キーワードも落とさないし、文章量からの優先度

も明らかにわかるわけで、省くべき説明も最初から書かないですむ。
596 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/15(木) 17:28:51.70 ID:2jPBwEpe0

なんて理屈を上げてみたが、本当の狙いは、文章を書く練習だったりする。

要点のみをわかりやすく説明するっていうのは、案外難しい。

キーワードがわかっていても、実際文章を書くとなると、文章の構成がちぐはぐだったり、

短くまとめるべきところをダラダラと書いてしまったりもする。

だったら日ごろから鍛錬すればいいじゃないかという事で始めたのが

このノートの使い方だった。

嬉しい副作用としては、授業の復習時間が短縮された事と、

自分の言葉で今受けたばかりの授業内容を書く作業によって印象を深める事だろう。

雪乃みたいな才能がない俺にとっては、嬉しすぎる副作用であった。

さて、これが表の右ページの効用なのだが、今回は、これを逆手にとって

隠された右ページの効用を試してみたいと思う。



昴「比企谷って、ほんとうにこういうせこい方法を思いつくのがうまいな」

八幡「せこいっていうな。要領がいいって言え」

昴「はい、はい。要領がいいですね」



絶対心がこもってないだろ。



結衣「あたし、説明聞いてたんだけど、それでもよくわからないんだけど」

八幡「だからな、俺が由比ヶ浜を起こさない理由にもなるんだけど、

   この授業は、そうとう忙しいってことなんだよ」

結衣「それはわかったんだけど・・・」

八幡「ノートの左側に黒板の板書を写して、

   右側には、小テストにそのまま使えるように書き直した文章を書いていく。

   ここまではいいな」

結衣「なんとなく・・・」



わかってないな。

うん、弥生も、由比ヶ浜はわかってないねって顔をしている。



八幡「で、だ。ここからなんだけど、一回の授業で習った範囲で、試験に出そうなのは

   多くて三つが限度だ。下手したら一つって事もある。

   これは、論述形式にするから、それなりの容量が必要って事もあるけど、

   一回の授業で何個も試験で出題するようなものが出てこないんだよ。

   たいていは、一つの主題を補足する為の説明がほとんだ」

結衣「はぁ・・・。ん、それで」



わかってないのに相槌うつなよ・・・・。

いっか。時間ないし。俺は、しかめっ面になりそうなのを無理やりうやむやにする。

597 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/15(木) 17:29:29.96 ID:2jPBwEpe0



八幡「だからな、小テストで書かす文章量と、これは出題傾向でもあるんだけど、

   橘教授はその日一番重要な個所を出題する傾向があるところから、

   この二つをあわせもつ個所を授業を聞きながら探せばいいんだよ。

   いくら重要でも、小テストにするには文章量が少なすぎたりするのはNG。

   また、次の週にまたがるのもNGだな」

結衣「ふぅ〜ん」



もう、適当に相槌うってるな。

それでも、この由比ヶ浜を相手しちゃうんだよな。

それは、俺がこいつに助けられているからかもな。



八幡「ま、あとは慣れだな。他の講義も聞いていると、なんとなく、この辺を試験に

   だしたいだろうなっていう所がわかるようになるから」

結衣「え? そうなの? だったら、もっと早く教えてよ。

   とくに期末試験なんて、それやってくれたら勉強する量が減って助かったのに」



自分にとって有用な情報だけは聞きながさないんだな。

食い付きが違いすぎるだろ。さっきまでの、はいはい、

付き合ってあげてますよオーラ全開の態度はどこにやったんだ。

いまや尻尾を振って、襲い掛かる勢いじゃねぇか。



八幡「う・る・さ・い。今は忙しいんだよ。

   それに、試験直前には、いつも試験の山みたいなのは教えてるだろ」

結衣「それは教えてくれているけど、それっていつも、最後の最後でぎりぎりにならないと

   教えてくれないじゃん」

八幡「当たり前だろ。試験に出そうな所だけを覚えたって、知識としては不完全で

   役にたたないだろ」

結衣「・・・そうかもしれないけどぉ」

昴「ほらほら、橘教授がきたよ」

八幡「弥生、悪いけど頼むわ。由比ヶ浜は、前を向けよ」

昴「貸しにしておくよ」

結衣「あたしだけ態度が違うのは気になるんだけど」



騒がしかった教室も、講義が始まれば静まり返る。

教室の前にある二つの扉も閉められ、外から聞こえてきていた喧騒もかき消される。

どこか几帳面そうな声色と、ペンがノートとこすれる音だけで構成される時間が始まった。

いたって普通。どこまでも先週受けた時と同じ時間が繰り返される。

598 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/15(木) 17:29:57.72 ID:2jPBwEpe0

始まって間もないのにどこか眠そうな生徒達の横顔も、

やる気だけは空回りしている由比ヶ浜も、

教室の前の方に陣取っている真面目そうな生徒達も、

先週見た風景と重なっていた。

ただ違う事があるとしたら、俺の期末試験と同じレベルの集中力と

隣で手伝ってくれている弥生の姿くらいだろう。

・・・・・・講義時間も残り少なくなり、あとは小テストを受けるのみとなった。

弥生と予想問題と解答を確認したら、ほぼ同じ内容なのは安心材料なのだが、

実際黒板に問題が書かれるまでは落ち着かなかった。

けれど、その緊張も今は新たな緊張へと変わっていっていた。



昴「おめでとう」

八幡「ああ、サンキューな。じゃあ、また明日」

昴「あせってこけるなよ」

結衣「ヒッキー、頑張ってね」



俺は二人に向かって頷くと、あらかじめ片付けておいた教科書を入れた鞄を手に

教室の前に向かって歩き出す。

試験問題は、ばっちし予想通りだった。

あとは、解答用紙を提出して、全速力で駅まで走るだけだ。

予想通りの設問に興奮状態で席を立ったまでは良かったのだが、

今俺が置かれている状態を予想するのを忘れていた。

いや、ちょっと考えれば誰もが気がつく事だし、気がつかない方がおかしいほどだ。

そう、小テスト開始直後に席を立つなんて、通常ではありえない。

どんなに急いで書いたとしても5分はかかる。

それも、解答があらかじめ分かっている事が前提でだ。

それなのに俺ときたら、誰しもがこいつなにやってるの?って気になってしまう状態を

作りだしてしまっていた。

最初は、俺達がひそひそ声で別れの挨拶をしているのに気が付いた比較的席が近くの

連中だけだったが、教室の通路を歩く俺の足音が響くたびに、俺を見つめる観衆の目が

増えていってしまう。

俺は、まとわりつく視線を強引に振り払い教卓の前へと向かっていく。

一段高い教卓を見上げると、訝しげに俺を見つめる橘教授がそこにはいた。

悪い事をしているわけでもないのに目をそらしてしまう。

ちょっとチートすぎる手を使ってはいるが、問題ない範囲だと思える。

弥生に応援を頼んだのだって、そもそもこの小テストはテキスト・ノートの持ち込み可

だけでなくて、周りの生徒との相談だって可能なのだ。

もちろん授業中であるからして大声を出すことはできないが、

ある程度の会話は認められていた。

599 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/15(木) 17:30:24.64 ID:2jPBwEpe0


由比ヶ浜なんかは、毎回俺に質問してくるんだから、ちょっとは自分一人でやれよと

言いたくなる事もあるが。

俺はするりと解答用紙を教卓の上に提出し、橘教授を見ないように出口の方へと向きを変えた。

提出完了。あとは早足でここを切りぬけて、室外に逃げるのみ。

テクテクと突き進み、あと少しで教室の出口というところで、聞きたくない音を

耳が拾ってしまった。

なんでこういう音だけは拾ってしまうんだよ。

たくさんある音の中で、しかも似たような音がいくつも重なっている場面で、

たった一つ、俺が一番聞きたくない音だけを耳が拾ってきてしまう。

全速力の早足が、徐々に勢いに陰りを見せ、通常歩行へと移行する。

それでも出口までの距離は短かったおかげでどうにかドアノブを掴むことができた。

けれど、怖いもの見たさっていうの?

見たくはないんだけど、知らないままでおくのも怖い。

だったら見ておいてから後悔するほうがましなのだろうか。

ここで結論が見えない迷宮に深入りする時間もないし、なによりも現在進行形で目立ち

まくっているわけで、俺が取るべき行動はこのドアノブをまわして、

出口から室外に出る事だ。

しかし、人の意思は弱いもので、ドアノブをまわしてドアを開け、

一歩外へと踏み出した瞬間に、見たくもなかった光景を見てしまう。

振り返らなければ、見ることもなかったのに。でも、見てしまった。

もちろん後悔しまくりだ。

俺の視線の先には、俺の解答用紙を凝視している橘教授がいた。

俺が見たその姿は、数秒だけれども、死ぬ前の走馬灯のごとき時間。

けっして死ぬわけではないのだけれど、閻魔さまは確かにそこにはいた。

ここから逃げ出して走ったのか、遅刻しない為に走ったのか。

もちろん後者のためなのだが、本能が前者を指し示す。

駅のホームに着いたところで時計を見ると、想定以上に早くつくことができていた。

電車がやってくるアナウンスもないし、慌てて階段を駆け上ってくる客も俺一人しかいない。

これは橘教授効果だなと、皮肉を思い浮かべることができるくらいまでは

精神は回復したいた。

電車に間に合った事で、自然と子供が見たら泣くかもしれない(雪乃談)笑顔を浮かべていると

マナーモードにしていた携帯が震え、俺も心臓を止めそうなくらい震えてしまう。

もう、やめてくれよな。びっくりさせるなよと、携帯の画面を確認すると、

弥生からの電話であった。

あいつも俺と同じように解答だけは出来上がっているんだから、

もう小テストは終わったのだろう。そうしないと、電話をする事は出来ないし。

・・・・・・でも、もし、いや、あり得ないとは思うけど、でも、ん、なくはないが、

橘教授が弥生の携帯を借りて俺に電話したとしたら?


600 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/15(木) 17:30:54.83 ID:2jPBwEpe0

橘教授も、生徒一人に時間をかける余裕なんてないんだしと、心に嘘をつきながら

通話開始ボタンを押した。



八幡「もしもし?」

昴「電車間に合ったか?」

八幡「なんだよ、弥生かよ」

昴「俺の携帯なんだから当然だろ。

  それに、心配してやってるのに、そのいいようはないと思うよ」



安堵のあまり人目を気にしないでその場に座り込んでしまった。

せめてもの抵抗として、片膝を立てて座っているのが救いだろうか。

・・・誰も気にしないだろうけど、男の意地ってうやつで。



八幡「全速力で走ってきたから疲れてるんだよ。

   今日は手伝ってくれて、ありがとな。だから、感謝してるって」

昴「そう? 感謝してるんなら、そのうち恩返しを期待してるからな」

八幡「俺に出来る事ならな。あと、時間に余裕があるとき限定で」

昴「それって、恩を返す気がないって事だろ」

八幡「返さないとは言っていないだろ。そろそろ電車も来るし、用件はそれだけか?」

昴「いや、伝言を頼まれて」

八幡「由比ヶ浜か? 無事に着いたって言っておいてくれよ」

昴「それは伝えておくけど、伝言を頼んだ人ではないよ。

  ちなみに由比ヶ浜さんは、今も教室でテストやってると思う」

八幡「じゃあ、誰だよ?」



嫌な汗が額から滑り落ちる。

これは走ったからでた汗だ。そう、走ったからね。

と、俺の考えたくもない人物を全力で拒否しているっていうのに弥生の奴は

無情にも判決を下してしまった。



昴「橘教授からなんだけど、聞く?」

八幡「聞かないわけにはいかないだろ。一応聞くけど、聞かないという選択肢は可能か?」

昴「それは無理」

八幡「とっとと言ってくれ」



ちょっとは期待させる言い回しをしろよと、批難も込めて伝言の再生を催促した。



昴「そんなにびくつくなって。橘教授は笑っていたぞ。

  あの橘教授が大爆笑していたんだから、研究室に一人で行っても殺されはしないって」

601 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/15(木) 17:31:27.68 ID:2jPBwEpe0

八幡「ちょっと待て。前半部分はいいんだけど、後半部分はサラっという内容じゃないだろ」

昴「とりあえず、伝言伝えるよ」



こいつマイペースすぎるだろ。だからこそ、俺と一緒にいられるんだろうけどさ。

でも、こいつったら友人関係は広いくせに、なんだって俺の側にいるんだろうか。



八幡「はいはい、どうぞご勝手に」

昴「比企谷みたいにまでとはいかないけど、毎年何人かは去年の問題使って

  解答をそのまま提出する人がいるんだってさ」

八幡「たしか試験対策委員会のやつが出回っているらしいな」

昴「らしいね。でも、教授も言ってたけど、去年の問題は使えないように

  若干設問を変えているんだってさ」

八幡「論述だし、設問変えたって、似たような解答になるんじゃないか?」

昴「その辺の違いは教授も説明してくれなかったけど、今回のは、

  授業中の例え話が違っていたらしいよ。

  今日授業でやった例を用いて説明せよってなってただろ?」

八幡「なるほどな」



たしかに、去年の問題を持っていたら、俺も過去問をそのまま使っていたかもしれない。

俺の場合は、過去問をくれる相手がいないんだけど・・・。

でも、弥生だったら持っていてもおかしくないか。



昴「だから、去年までのをそのまま使って解答書いた答案は、出来の良しあしにかかわらず

  3割までしか点数をくれないそうだよ」

八幡「設問の要求を満たしていない解答だし、当然だろうな」

昴「それで、今回の比企谷の方法なんだけどさ」

八幡「ああ」

昴「橘教授、大絶賛だったよ。面白いってさ。

  面白ければOKとか、あのしかめっ面でいったんだから、みんな唖然としてたよ。

  できれば写真に撮って、比企谷にも見せてやりたかったな」

八幡「いや、遠慮しとく。想像だけでも、ちょっときついものがある」

昴「ということで、橘教授の研究室に来てくれってさ」

八幡「だから、どうして俺が行かないといけないんだよ」

昴「気にいられたからじゃないのか?」

八幡「なんで気にいられるんだよ」

昴「比企谷が今回とった方法を、自分が橘教授に教えたからかな?」

八幡「なんで馬鹿正直に教えてるんだよ」

昴「そりゃあ、聞かれたからだよ」

八幡「だとしても・・・」

昴「電車来るんじゃない? アナウンスしてるんじゃないか」
602 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/15(木) 17:32:00.05 ID:2jPBwEpe0

八幡「ああ、もう電車がくるけど、・・・いつこいって?」

昴「いつでもいいって言ってたけど、来週も授業あるんだから、早めに行っておいた方が

  いいと思うよ」

八幡「わかったよ」



駅のホームに来るまでは絶好調だったのに。

どこかしらに落とし穴が待ち受けている。

注意深く突き進んできても、どこかでエラーが出てしまう。

あの時、教室を出る時、教授の顔を一瞬でも見たのが悪かったのか?

運命論なんて信じないし、俺のちょっとした行動が運命を、未来を変えてしまうとは

思えないが、それでも、あの時橘教授の顔を見なければよかったと、

電車を降りるまで何度も後悔を繰り返した。








無事遅刻する事もなく到着し、雪乃の親父さんと総武家の大将との話し合いも

和やかムードで終えることができた。

結論から言うと、俺が遅刻しようと、その場に全くいまいと、話し合いには

これっぽちも影響はない。

契約書の内容も、突っ込んだ内容になってしまうとあやふやだし、

これを自分一人で精査しろといわれたら無理だってこたえるしかない。

それは大将だって同じはずなのに、

そこは当事者としての意識の差がでてしまったかもしれない。

たしかに雪乃の親父さんがわかりやすいように説明していたけれど。

これは、陽乃さんから聞いた話だが、本来ならば親父さんが直接契約の場に

出てくる事などないそうだ。

もちろん大型案件ならば違うだろうが、企業所有のテナント一つの賃貸契約で

企業のトップが出てくるなど、あり得ない話であった。

となると、これは俺の勝手な想像になるのだけれど、この会談、もしかしたら

俺の為に設けられた部分もあるんじゃないかと思ってしまう。

ならば、俺が遅刻しないで到着した事も、意味があるのだといえるかもしれない。

さて、俺は親父さんにお礼を言ってから本社ビルをあとにする。

緊張しまくっていた体がほぐれ出し、肺に過剰に詰まっていた空気も、

どっと口から抜け出てくる。

振り返り、ビルを見上げると、さっきまであの上層階にいたことが幻のように思えてくる。

俺があの場にいられたのは、親父さんの計らいであって、俺の実力ではない。

いつか俺の実力で・・・・・・、いや、雪乃と二人の力で昇り詰めなければならない。

具体的な目標を目にできた事は、モチベーションの向上につながる。

けれど、今は鳴りやまない携帯メールの対応が優先だな。
603 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/15(木) 17:33:22.29 ID:2jPBwEpe0


マナーモードにしてあった携帯は、ビルから出る直前に解除したのだが、

ひきりなしに鳴り響くメール着信音に、再びマナーモードにしていた。

なにせ着信メール数が二桁を超えている。

現在進行形で増え続け、もうすぐ三桁になりそうであった。

チェーンメールではないよな?

アマゾンや楽天であっても、こんなにはメール来ないし、

アダルト関係は雪乃の目が光っているから完全に隔離状態だしなぁ。

となると、小町か戸塚か?

だったら、徹夜してでも全メールに返事を書くまでであるが、

どう考えたってあの二人だよな。

先ほどまでいた会談とは違う緊張感を身にまとい、とりあえずメールフォルダを

クリックした。








第34章 終劇

第35章に続く







604 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/15(木) 17:33:54.97 ID:2jPBwEpe0


第34章 あとがき







八幡「どうしたんだよ。さっきから落ち着きがないぞ」

雪乃「そのようなことはないと思うのだけれど」

八幡「どうみたって、うずうずしてるだろ。

   ・・・はぁ、その黒い猫は著者が自分の代わりに置いてった猫だぞ」

雪乃「そう? だから、なにかしら?」

八幡「・・・なんでもねえよ。ちょっと猫缶とってくるな。餌の時間らしい」

雪乃「早くしなさい。猫がお腹をすかせているわ。ほら、さっさと行きなさい」

八幡「わかったよ」

・・・・・・・・・・

雪乃「にゅあ〜・・・。にゃぁ〜」

八幡「(その猫じゃらし。どこに隠し持ってたんだよ?)」

雪乃「あら八幡。戻っていたの」

八幡「前から思ってたんだけど、猫と会話できるの?」

雪乃「なにを言ってるのかしら? 夢は寝ているときに見るものよ」

八幡「(これ以上追及するなって、無言のプレッシャーが・・・)

    ほら、猫缶」

雪乃「遅かったわね」

八幡「餌やる前に、締めのフレーズ言ってくれよ。・・・って、聞いてないし。

   今週は俺がやるか。

   来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

   また読んでくださると、大変うれしいです」

雪乃「にゃにゃ、にゃぁ〜」

八幡「(やっぱり、猫と会話してるにゃないか)」








黒猫 with かずさ派



605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/15(木) 19:50:47.32 ID:lGuNGu1Fo
今回も面白かった
606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/15(木) 20:27:35.42 ID:rvPD6r+Go
乙です
607 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/15(木) 22:09:50.95 ID:7bAua4wAO



……そりゃあ、教授の思考を読んだかのような高精度な予測をしてみせれば目を付けられてもおかしくないわな
608 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/15(木) 22:33:36.81 ID:nFqicxtYo
609 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/20(火) 22:11:21.41 ID:guHgUORko
8か月か
ここまで続きが気になるのも久しぶりだ
610 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/22(木) 17:28:50.26 ID:rAodTcpR0


第35章





7月11日 水曜日






俺が携帯画面を見るのを拒むように差し込む西日を避ける為、ビルの柱の陰に入り込む。

夏のむっとする空気が幾分か和らぎはしたものの、携帯に蓄積され続けているメールは

俺の汗腺を緩めてしまう。首も元にねっとりとまとわりつく汗を和らげるために、

ネクタイを緩めて、Yシャツの第二ボタンまで外す。

一応商談ともあるわけでスーツに着替えてはいた。

雪乃の親父さんからは、服装は普段着でいいとのお許しを得てはいたが、

総武家の大将が、ラーメンを作るときのユニホームからスーツへと着替えているのを

見た時は、親父さんのご厚意をやんわり返上していた事に、ほっと息をついてしまった。

やはりビジネスであるわけで、第三者である俺もマナーを守るべきである。

今はいいかもしれないが、雪ノ下の関係者という甘えがなあなあの関係からの甘えを生み、

いつ落とし穴に落ちてしまうかわかったものではない。

とりあえず商談も終わり、大学生に戻った俺は、スーツの上着を鞄と一緒に抱え込み

臨戦態勢で目の前まで迫った恐怖に立ち向かう事にした。

俺が商談中に舞い込んだ携帯データによると、

86通のメールと10件の留守番電話メッセージが届けられている。

雪乃と陽乃さんの二人によるもので、おおよそ半分ずつといった感じだろうか。

内容をまとめると、陽乃さんからは、雪乃を預かった。

返してほしかったら雪ノ下邸まで来い、といった感じだ。

一方、雪乃からは、陽乃さんの戯言に付き合っている時間はないから、

私を迎えにきたら、そのまま帰りましょうといったものだ。

この内容で、どうして86通ものメールを送る事になったのか、

今も送られてきているメールも含めると91通になるのだが、

このメール合戦にいたるまでの経緯など知りたいなど思えなかった。

どうせ陽乃さんが雪乃を挑発して、雪乃が負けじと応戦したのだろう。

とにかく夕方になっても気温は低下してくれないし、

暑苦しい事は極力さけるべきだ。

だから俺は、ビルの陰から西日が強く叩きつけられるアスファルトを早足で歩きだす。

一刻も早く次の日陰に逃げ込もうとテンポよく進む。

だが、一通だけ趣旨が違うメールが着ていた事を思い出し、早足だった足が止まってしまう。

脳にインプットされたメール情報が誤情報でないか確認する為に携帯で再度確認したが、

やはり誤情報ではなかった。

送信者は、雪ノ下陽乃。

611 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/22(木) 17:29:20.40 ID:rAodTcpR0


メールの内容は、ペリエ750mL瓶を五本買ってきて。

最後にハートマークやら、うざったい記号が羅列していた事は、この際デリート。

なんだって、このくそ暑い中、4キロほどの水を買って帰らないといけないんだよ。

そもそも俺は歩きなんだぞ。

俺の代りに陽乃さんが運転して帰っているんだから、

その時買えばいいじゃないか。なんだって車の陽乃さんじゃなくて、

徒歩の俺がくそ重い荷物を持って帰らにゃならん。

きっと、これは嫌がらせなんだろうけど、このとき雪乃が陽乃さんをやりこめていたんじゃ

ないかって思えてもきてしまう。

だって、これってただの姉妹喧嘩のたばっちりである事は確定しているのだから。











陽乃「御苦労さまぁ。2本は冷蔵庫に入れて冷やしておいてね。

   あとの3本は、あとで片付けるからその辺の置いておいていいわ」



手に食い込んだスーパーの袋を床に置くと、ようやく苦行から解放される。

若干手に食い込んだビニール袋によってしびれは残るが、快適な温度まで気温が下げられて

いるリビングは、俺の疲れを癒してくれていた。



雪乃「八幡は休んでいていいわ。冷蔵庫には私がいれるから」



と、雪乃は冷たく冷えたタオルを俺に渡し、重いビニール袋を運んでいく。

いつもならば俺が重いものを率先として運ぶのだが、ここは雪乃の好意を素直に

受け取っておこう。



八幡「買い物だったら、車で行けばよかったじゃないですか。

   しかも、重い瓶だったし。これって嫌がらせですよね?」

陽乃「嫌がらせではないわよ。だって、家に着いてからメールした内容だしね。

   もし家にいた時かどうかを疑うっていうのならば、雪乃ちゃんに家に着いた時刻を

   確かめてもらっても構わないわ」



毅然とした態度で俺に反論するのだから、本当の事なのだろう。

あまりにも俺の駄々っ子ぶりの嫌味に、ちょっと大人げなかった発言だと反省してしまう。

冷たいタオルが俺の体を癒していくにつれて、どうにか正常モードの思考を取り戻せ

つつあるようだった。


612 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/22(木) 17:29:50.69 ID:rAodTcpR0


八幡「いや、陽乃さんがそういうんなら、本当の事なんでしょう?

   だったら雪乃に聞くまでもないですよ」

陽乃「そう?」

八幡「でも、ペリエ5本はないでしょ。俺は歩きなんですよ。せめて車の時に

   言って下さいよ」

陽乃「うぅ〜ん・・・。それはちょっと悪いことしたなって、メール送った後に

   気がついたんだけど、でも比企谷君なら断ったりしないでしょ」

八幡「断りはしなかったと思いますけど、俺をいたわってくださると助かりますね」

陽乃「だったらちょうどいいわ」



ちょうどキッチンから戻ってきた雪乃は、陽乃さんの発言を聞きつけて、

綺麗な曲線を描いている眉毛をピクンと歪な曲線に変えてしまう。



雪乃「だったらちょうどいいわではないわ。

   最初から姉さんはそうしようと考えていたじゃない」

陽乃「そうだったかしら?」



陽乃さんは、まったく悪びれた顔もせずに、雪乃の追及をさらりとかわす。

だもんだから、雪乃の眉毛はさらに歪さを増してしまうわけで。



八幡「で、なんなんですか?」

陽乃「うん。今日も夕食準備したから、二人とも食べていってほしいなってね」



そう温かく微笑むものだから、俺はもとより、雪乃でさえ反論はできないでいた。

今の陽乃さんの笑顔の前では、雪乃も強くは出られない。

昨日、強引に帰宅しようとした雪乃を見て、陽乃さんが見せた寂しそうな姿を

雪乃も忘れることができないはずだ。

どこかおどおどしく、子供が親に許しを乞おうとする姿に重なってしまう陽乃さんを

見ては、強気でなんていけはしないのだから。



雪乃「わかったわ。食べていくわ」

陽乃「そう? 雪乃ちゃんがOKだしたからには、比企谷君も問題ないわよね?」

八幡「ええ、食べていきますよ。だけど、今度からは、重いものを頼む時は

   車の時にしてくださいよ」

陽乃「ええ、わかったわよ。でも、帰宅する前に買い物を頼むって、なんだか

   ホームドラマの一場面に出てきそうで、ほのぼのするでしょ?

   お帰りぃ。今日も暑かったね。はい、これ頼まれていたやつって感じでさ」

八幡「そんなこと考えてたんですか?」


613 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/22(木) 17:30:22.53 ID:rAodTcpR0


陽乃さんの求めるものがちょっと意外すぎて、批難っぽい声をあげてしまったものだから、

陽乃さんはすかさず俺に食いついてきてしまう。



陽乃「そんなことってなによ。

   私がいわるゆ家庭的な場面を求めるのが似合わないっていうの?」

八幡「馬鹿にしたわけじゃないですよ。それに、似合わないとも思ってませんって」

陽乃「本当かしら? なんだか比企谷君お得意の論理のすり替えをして、これからうやむやに

   しようとしているんじゃなないかしら?」

八幡「違いますって」



この人、どこまで俺の事好きなんだよ。

俺の行動パターン全てお見通しってわけか。

俺の事を時間かけて研究したって、何もメリットなんてないですよって言ってやりたい。

ただ、言ったところで面白いからやだって即時却下されるだけだろうな。

しかし、八幡マイスターたる陽乃さんであっても、今回の分析は間違いなんですよ。



八幡「俺が言いたかったのは、そんな意図的にホームドラマの一場面みたいな状況を

   作りださなくても、俺達ってもう家族みたいなものじゃないですか。

   だったら、人のまねなんてしないで、自分達らしいホームドラマをやっていけば

   いいだけだと思うんですよ。

   といっても、俺も雪乃も家庭的って何?って人間なんで、

   どうすればいいか、わからないんですけど」

陽乃「えっと、それって、私もその家族の一人に入ってるのかな?」

八幡「入っていますよ。そもそも陽乃さんは雪乃の姉じゃないですか。

   だったら、その時点で家族ですけど、・・・・まあ、今俺が言っているのは、

   それに陽乃さんが言ってるのも形式的な家族ごっこじゃなくて、

   精神的な繋がりをもった家族ドラマだと思うんですけど、

   そういう精神的繋がりを持った家族、俺達はやってると思うんですよね。

   俺の勝手な思い込みかもしれないですけど・・・」

陽乃「うれしぃ」

八幡「ん?」

陽乃さんの声が、陽乃さんに似合わず小さすぎたんで、戸惑い気味に聞き返してしまった。

陽乃「うれしいって言ってるのよ。たしかに、比企谷君も雪乃ちゃんも、

   もちろん私だって、ホームドラマみたいな家族なんて似合わないし、

   どうやればそうなるかもわからないけど、・・・もうなってたのか。

   そうか、これが家族なのか、な」

八幡「どうなんでしょうね?」

雪乃「あいかわらず適当な事を言う人ね。たまにはいい事を言うものだから

   感動しかけてのたのに、なんだか騙された気分ね」
614 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/22(木) 17:30:55.75 ID:rAodTcpR0

八幡「俺は適当なことなんて一言も言ってないぞ」

雪乃「たった今言ったばかりじゃない。どうなんでしょうね?って」

八幡「それは、俺達の関係だけが家族じゃないって言っただけさ」

雪乃「もう少しわかりやすく言ってくれないかしらね。

   コミュニケーションって知っているかしら?

   自分一人が理解しているだけではコミュニケーションは成立しないのよ」

八幡「はいはい、わかっていますよ。これから説明するって。

   だからさ、雪乃の親父さんも、そしてあの母ちゃんだって、俺から見たら

   家族やってるって思えるだけさ。そりゃあ、あの母ちゃんだし、きついし

   相手したくないし、逃げられるんなら即刻退却するけどさ、

   それでも、雪乃や陽乃さんのことを大切にしてるなって思えるんだよ」

雪乃「あの母が? 冗談でしょ。あの人は、自分の着せ替え人形が欲しいだけよ。

   自分の思い通りに動かない人形には、興味はないわ」

八幡「たしかに、そういう一面は否定できないし、俺もそうだと思う」

雪乃「だったら、あの母のどこに家族ドラマみたいな家庭があるのかしら?

   雪ノ下の為。企業だけの為に行動してきたのよ。

   現に姉さんのお見合いだって、進められてきたじゃない」

八幡「陽乃さんのお見合いは中止になっただろ」

雪乃「それは八幡のおかげでどうにか取りやめになっただけじゃない」

八幡「俺のおかげかは議論の余地が多大にあると思うけど、

   雪乃や陽乃さんを大切に思っていることは間違いないと思うぞ」

雪乃「自分の人形コレクションの一つとして大切にしているだけだわ」



平行線だな。いや、俺があの女帝をフォローするたびに距離が広がっている。

だったら地球を一周回ったら線が交わりそうな気もするが、

ねじれの位置ならば、永久に交わらないし、永遠に距離が広がっていってしまう。

いわゆる「どうあっても交わることのない存在」を表す比喩を思い浮かべるが、

それは直接交わらないだけだと俺は捻くれた横槍を入れたりしたもんだ。

直接交わらないのなら、間接的に交わればいい。

どうせ人間一人では生きられない、ぼっちという意味ではなく、人間社会という意味で、

ならば、誰かしらが緩衝材として働けばいいだけだ。

だったら俺は、雪乃の為ならば、少しくらいあの女帝に近づいてもいいって思えてしまう。

この行動さえも雪乃からすれば余計なお節介なのかもしれないが。



八幡「その辺の事は今回は横に置いといてもいいか?

   今回の話とは論旨がずれているからさ」

雪乃「いいわ。べつに、あの人の事を話したいわけでもないのだから」

八幡「助かるよ」

陽乃「それで、私と母達がどうして家族ドラマみたいな家族なのかしら?」

615 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/22(木) 17:31:33.62 ID:rAodTcpR0

八幡「どんな家族であっても、なんかしらの問題を抱えているからですよ。

   うちだって父親が小町ばかり溺愛して、息子の方にお金をかけてくれないとか、

   仕送りをもっとしてほしいって申請しても即時却下だとか、

   たまに家族で食事に行くとしても俺の意見は全く聞いてくれないとか、

   ・・・小町優先なのは俺もだからいいんだけど、

   親くらいは俺の事を気遣ってくれと言いたい」

雪乃「それは、八幡が愛されていないだけで、家族の問題にさえならないのではなくて?」

陽乃「そうね。問題意識を持たないのならば、問題にはならないわ」

八幡「そこの冷血姉妹。ちょっとは俺の事を大切にしてくれない?

   そもそも雪ノ下家の話をスムーズに進める為に比企谷家の例を出しただけなのに、

   どうして俺を揶揄することに全力をあげるんだよ」

雪乃「あら? 揶揄なんてしてないわ」

八幡「どこがだよ」

雪乃「私は、事実をそのまま言ったまでで、人を貶める発言など一切していないわ。

   そもそも私があげた事実を聞いて、それで自分が馬鹿にされたと思うのならば、

   その本人が自分の悪い点を自覚していると考えるべきだわ。

   そうね、補足するならば、見たくもない事実を目にしてしまったということかしら」



雪乃は首を傾げながら饒舌に語りだす

そして、顔にかかった長い髪を耳の後ろに流す為に胸の前で組んでいた腕を解く。



八幡「別に認めたくない事実でもないし、仮に事実だとしても、

   親が俺の事を放任してくれていて助かってるから問題にはならない」

雪乃「強がっている人間ほど、認めないものよ。

   早く楽になりなさい。人間、一度認めてしまえば、あとは落ちるだけよ。

   最低人間の極悪息子なのだから、仕送りをしてもらっている事実だけで

   ご両親に最大限の感謝をすべきだわ」

八幡「なあ、雪乃。お前って、俺の彼女だったよな?」



最近では、あまりく聞くことがなくなってきた雪乃の毒舌。

久しぶりすぎて耐性が落ちてきている気もする。

ある意味新鮮で、高校時代を思い出してしまい、感慨深かった。



雪乃「そうよ。あなたみたいな男の彼女をやっていけるのは、私しかいないわ。

   だから、・・・感謝するのと同時に、けっして手放さないことね」



訂正。高校時代とは違って、現在はデレが入っております。

頬を赤く染めて視線をそらす雪乃を見て、これが典型的なツンデレかと感動してしまった。

これがツンデレが。ツンデレだったのか。

616 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/22(木) 17:32:02.24 ID:rAodTcpR0

高校時代の雪乃の場合、ツンはツンだけど、そのツンの破壊力がでかすぎて、

殲滅兵器だったからなぁ。

たとえデレがあったとしても、ツンによって殲滅された後に雪乃しか立っていなければ

ツンデレは成立しない。



八幡「そうだな・・・そうすることにするよ」

雪乃「ええ、そうすることを強くお勧めするわ」

陽乃「あぁら、私は一言も比企谷君を傷つけたりしないわよ。

   どこかの言語破壊兵器娘とは違って、大切な人がいるのならば、

   自分自身が傷つけることはもちろん、他人にだって傷付けさせないわ」

八幡「いやいやいや・・・、さっき雪乃と一緒に言っていましたよね?」

陽乃「私が言ったのは、問題意識を持たないのならば、問題にはならないわって

   言っただけよ」

八幡「それが揶揄しているって言うんじゃないですか」

陽乃「違うわね」

八幡「陽乃さんの中だけでは、そうなのですか?

   でも、俺の中ではそれを揶揄しているっていうんですよ」

陽乃「私の中でも相手に向かって言ったのならば、揶揄しているというわ」

八幡「だったら、俺に対して揶揄したことになるじゃないですか」

陽乃「それは違うわね」



あくまで強気で、挑戦的な瞳をしている陽乃さんにくいついてしまう。

この人に立ち向かったって、痛い目をみるだけの時間の無駄だってわかっている。

だから、むしろ立てつかないで、うまく受け流すべきなのだろう。

だけど、この人を知っていくうちに、深く関わりたいと思ってしまう自分がいた。



八幡「どう違うんですかね?」

陽乃「それは、私が比企谷君に対して言った言葉ではないからよ」

八幡「はぁ?」



要領をえない。陽乃さんが何を言っているのか理解できず、

気が抜けた短い返事しかできないでいた。



陽乃「だから、私は比企谷君に向かって発言していないって言ってるのよ。

   私がした発言は、雪乃ちゃんが言った発言に対する同意意見であって、

   比企谷君をさして発言した内容ではないってことよ。

   つまり、一般論を言ったってことかしらね」

八幡「はぁ・・・」



陽乃さんが言っている意味はわかる。わかるんだけど、ずるくないか?
617 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/22(木) 17:32:33.07 ID:rAodTcpR0

いくつかの意味にとれる言葉を使って、責任をうまく回避していて、

なんだが政治家が使う口述技法と重なってしまう。



陽乃「ね? 比企谷君を傷つける言葉なんて、どこかの自称彼女とは違って

   一言も言っていないでしょ」

八幡「たしかにそうなんでしょうが・・・」



と、陽乃さんは、自分はいつだって味方だと言わんばかりに俺の腕に自分の腕を絡めてくる。

自分を大切にしてくれて、いつも味方でいてくれるというのならば、それは俺だって

嬉しく思える。

だけど、陽乃さんの行動が、さらなる危機を招くってわかっていてやっているのだから、

これは完全なる味方だって言えるのか?

げんに雪乃の殲滅兵器起動のセーフティーロックが外された音がはっきりと耳がとらえたし。

それは陽乃さんだって、知覚しているはずだ。



陽乃「ねぇ、酷いわよねぇ。暑い中帰って来たというのに、冷たい麦茶の一つも

   用意しないだなんて、そんな彼女はいないわよね。

   はい、八幡。これ飲んで」



陽乃さんは、いつの間に用意したのか、氷が適度に溶けだし、グラスがうっすらと

曇り始めた麦茶を俺に手渡す。



八幡「あ、ありがとう、ございます」

陽乃「もう、他人行儀なんだから。暑かったから喉が渇いたでしょ」

八幡「そうですね。夕方なのに蒸し暑いし、なれないスーツっていうのもきつかったですよ」

陽乃「そうでしょ、そうでしょ、ささ、ぐぐっと飲んで」

八幡「あ、はい」



きんとくる爽快感が喉を駆け巡る。熱くほてっていた体も、この麦茶を皮切りに

クールダウンに入ってくれそうだ。

雪乃の親父さんとの会談。その後の雪ノ下姉妹の対決。

おっと、大学での時間調節もあったか。・・・あれは、明日にでも橘教授の元に

行かなくてはならないから、問題ありだけど、今日はもういいか。

色々面倒事の目白押しだったけれど、今日はもういいよ。

喉の渇きが癒されたら、今度は胃袋が陳情してくる。

ただでさえ暑くて燃費が悪いのに、緊張の連続で激しくエネルギーを消費してしまった俺の

エネルギーは枯渇間近であった。



陽乃「ねえ、比企谷君。今日は、銀むつの煮付けを作ったのよ。

   食べたいって言ってたわよね」
618 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/22(木) 17:33:04.75 ID:rAodTcpR0


八幡「え? 本当に作ってくれたんですか?」

陽乃「もちろんよ。先日デートに行った時、デパ地下でお惣菜を見ていたときに

   食べたいって言ってたじゃない」



たしかにデートはデートだけど、ストーカーをいぶりだす為の偽デートじゃないですか。

でもここで訂正入れても面倒事を増やしそうだし、かといってこのまま受け入れたら

雪乃が黙ってない、か。

と、雪乃の出方を伺おうと視線だけ動かすと、雪乃は俺の視線を感じて

ゆっくりと瞬きを一つ送ってよこしてきた。

・・・・・・セーフってことかな?



八幡「たしかにいましたけど、覚えていたんですか?

   でも、あの時見たのは西京焼きでしたよね」

陽乃「そうよ。西京焼きも好きだけど、煮付けの方が好きだって言ってたから、

   作ってみたのよ。でも、味付けが比企谷君好みだといいんだけどね」

八幡「そんなの陽乃さんの作ってくれるものだったら、

   美味しいに決まってるじゃないですか」

陽乃「もうっ、嬉しいこと言ってくれるわね。でも、比企谷君好みの味付けも覚えたいから

   ちゃんと意見を言ってくれると助かるわ」

八幡「あ、是非」



と、空腹の俺に好物を目の前に放り込まれてしまっては、雪乃の痛い視線に気がつくのに

遅れてしまっても、しょうがないじゃないか。

だって、疲れているし、好物だし、嫌な事忘れて食事にしたいし・・・。

はい、ごめんなさい。

俺は、やんわりと陽乃さんが絡めて来ていた腕をほどくと、雪乃に謝るべく膝を床についた。









第35章 終劇

第36章に続く







619 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/22(木) 17:33:33.88 ID:rAodTcpR0


第35章 あとがき





八幡「もう一方の連載のあとがきには、サブヒロインの和泉千晶って人が

   出ているらしいな」

雪乃「そう・・・。だとしたら、こちらもサブヒロインの姉さんが出ればいいのに。

   私、ヒロインだし・・・、忙しいのよね」

八幡「それは著者に文句を言って欲しいけど、でもそうなるとなぁ・・・」

雪乃「姉さんだと何か不都合でもあるのかしら?

   ん? どこを見ているの、八幡? 

   ・・・・・・・さすがに外で胸をじっと見つめられるのは恥ずかしいわ」

八幡「いや、なあ・・・」

雪乃「後ろに隠したのを見せなさい」

八幡「はい」

雪乃「和泉千晶のプロフィールじゃない」

八幡「別に隠したわけじゃないって。ただ、なんとなく、他の女のプロフィールを

   俺が持っていたら、雪乃に悪いかなってさ」

雪乃「そう?(にっこり)

   だったら、いいわ。・・・・・・・・・・・あら?」

八幡「(ぎくっ)」

雪乃「ねえ、八幡」

八幡「なんでしょう」

雪乃「この和泉千晶って人は、胸が大きいのね。しかも、全登場人物中最大なのね。

   それで、もし、姉さんがこちらで登場でもしたら

   胸の大きさで登場人物を選んだって考えたのではないでしょうね?」

八幡「滅相もありません(冷や汗)」

雪乃「とりあえず、

   来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

   また読んでくださると、大変うれしいです。

   さあ、八幡。楽しい話し合いを始めましょうね」






黒猫 with かずさ派


620 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/22(木) 17:57:19.44 ID:+1gMhEG/o
乙です
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/22(木) 17:58:15.59 ID:uRWZcbFN0
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/22(木) 21:09:30.84 ID:UgwoDuZAO
623 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/29(木) 17:30:11.41 ID:ebUOfYOG0


第36章







7月11日 水曜日






陽乃さんの指示の元、俺と雪乃はその手足となって料理を運んでゆく。

三人が一斉にキッチンを動きまわったら身動きがとりにくくなって非効率かと思いきや

そこは雪ノ下邸。比企谷宅とは違って三人が一同に行動しても問題はなかった。

どことなく注意深くキッチンを観察すると、俺と雪乃が暮らすマンションのキッチンと

どことなく雰囲気が似ている気がする。

もちろん部屋の作りが違うし、規模だって違う。

だけど、なんとなくだけど使い慣れた感じがするっていうか、

違和感を感じないのは、

雪乃が実家キッチンの仕様をそのまま導入しているからだと思えた。

比企谷家の台所にだって比企谷家なりのルールがあって、主に台所の支配者たる小町が

作ったルールが絶対なのだが、その小町が作ったルールでさえ俺の母親が

台所を自分なりに使いやすいようにアレンジしたものが源流だ。

そう考えると、いくら実家を飛び出して高校から一人暮らしをしだした雪乃であっても

実家での生活の全てを実家に置いてくることなんてできなかったんだって

今さらながら思いいたってしまうわけで。

ま、だからなんだって話で、雪乃に話したら、自分が使いやすいようになっているだけよって

そっけなく突き放されそうだけどさ。



陽乃「あまり改善点らしい意見はなかったわね。

   本当にこのままでいいの?」



食事が進み、陽乃さんから依頼を受けていた銀むつの煮込みへの意見。

俺好みの味を知りたいって言われても、俺が今まで食べた中で最高に美味しかった。

なにせ俺が初めて食べたのは、親父が東京駅のデパ地下で買ってきたものであり、

そして、それを俺が大絶賛したものだから母親が自分なりに作るようになった。

そもそも親父だって、しょっちゅうそのデパ地下に行けないわけで、だからこそ

母親が作ってくれるようになり、そして平日夜の料理番を任されるようになった小町

が比企谷家標準の味付けとなった。

味付けに関しては、お店の物とは違うのだけれど、俺好みに改良されており、

なにより小町が作ってくれているんだから文句はない。

文句がないのは陽乃さんが作ってくれたものも同じだ。

624 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/29(木) 17:30:40.18 ID:ebUOfYOG0

でも、同じ文句がないでも、その方向性が違うのが大きな差なのだろう。



八幡「俺が今まで食べた銀むつの煮付けの中で、ダントツで美味しいですって。

   だから、これをどう改善すればいいかなんてわからないですよ。

   むしろなにか俺の意見を取りいれることで味のバランスが崩れかねませんか?」

陽乃「その辺の味のバランスは、私の方で調整するから、比企谷君がもっと甘い方が

   いいとか、しょっぱい方がいいとか言ってくれると助かるんだけどな」

八幡「味加減も抜群だと思いますよ」

陽乃「それじゃあ、面白みがないじゃない。

   私の味付けを比企谷君に押し付けているみたいで。

   私は、比企谷君の好みが知りたいのよ」

八幡「そう言われましても・・・」

雪乃「八幡に無理難題を押し付けても、八幡が困るだけよ。

   それに、私も姉さんの味付けはバランスがとれていると思うわ」

八幡「そうですって。俺の意見を聞くまでもないほど美味しいんですから」

陽乃「そ〜お? だったら雪乃ちゃんが作ってくれたのと比べたらどうかしら?

   作った人が違ったら、味付けが変わるでしょ」

八幡「いや・・・、その」

雪乃「ないわ」



陽乃さんが望むアットホームというべき温もりに満ちた食卓が、

雪乃を中心に遥か遠くの南極の風を吹き乱す。

室温は一気にマイナスを振り切り、絶対零度。

この極寒の世界で生きられるのは、

雪の女王たる雪乃とパーフェクトクィーンたる陽乃さんくらいだろう。

あとは雪乃と陽乃さんの母親を思い浮かべるが、

あれはあれで別次元の生き物って感じだし。

そんなわけで小市民たる俺は、吹雪が止むのを黙って見ているしかなかった。



陽乃「ないって?」

雪乃「銀むつの煮付けを作った事がないっていっているのよ」

陽乃「そうなの?」

雪乃「ええ、そうよ」

陽乃「一応言っておくけど、銀むつってメロのことよ」

雪乃「そのくらいは知っているわ」

陽乃「雪乃ちゃんって、銀むつ嫌いだったっけ?」

雪乃「嫌いではないわ。ただ・・・」

陽乃「ただ?」

雪乃「・・・・・・・知らなかったのよ」

625 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/29(木) 17:31:07.55 ID:ebUOfYOG0


雪乃の小さな呟きは、俺達の耳までは届かなかった。

けれど、雪乃の姿を見れば、陽乃さんはもちろん、俺だって見当はつく。

その言葉の裏に込められた意味までも、しっかりと。



雪乃「知らなかったのよ。だって八幡、言ってくれなかったじゃない」

八幡「言う機会がなかっただけだって。スーパーに行っても、銀むつって

   サンマやイワシみたいなメジャーな魚じゃないだろ。

   だから、陽乃さんが知っているのも、

   たまたまデパ地下の総菜コーナーで見かけたからにすぎない」

雪乃「そうかもしれないけれど、だからといって・・・」

陽乃「姉の私が知っていて、彼女たる雪乃ちゃんが知らないのは許せない?」



だから、やめて下さいって、煽るのは。

挑発的な顔をして雪乃を追い詰めるのは、ただただ姉妹喧嘩に発展するだけじゃないですか。

いまや絶対零度の吹雪を撒き散らしていた雪乃王国の氷塊は溶け始めていた。

なにせ熱砂の女王陽乃さんが雪乃国に熱波をたたきこんで

食卓を混乱に引きずり込もうといしているのだから。



雪乃「姉さん!」

陽乃「彼女だからって、全てにおいて他者よりも優れていたい?」

雪乃「そんなことは・・・」

陽乃「彼女だから、誰よりも比企谷君を理解している?」

雪乃「それは・・・」

陽乃「彼女だから、他の女を寄せ付けたくない?」

雪乃「だから、姉さん・・・」

陽乃「彼女だから、比企谷君の・・・」

八幡「陽乃さん、もうその辺にしときましょうよ」

陽乃「そう?」



雪乃は俯き、膝の上で握りしめているだろう拳をじっと見つめていた。

その表情は黒髪が覆い尽くしている為に確認できないが、

きっと打ちひしがれているのだろう。

・・・いや、負けず嫌いの雪乃のことだから、陽乃さんを睨みつけながら反旗の機会を

探っているか?

どちらにせよ、ここで止めないとせっかく改善した姉妹関係が壊れかねない。

それにしても今日の陽乃さんは、踏み込み過ぎていないか?

今までだって小競り合い程度のコミュニケーションは何度もあったけれど、

今日みたく雪乃を追い詰めようとしたことはない。

だから、不安になってしまう。
626 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/29(木) 17:31:39.78 ID:ebUOfYOG0

何を考えているかわからない陽乃さんに逆戻りしてしまうんじゃないかって、

陽乃さんから漏れ出ているかもしれない不気味な雰囲気を探してしまいそうになってしまう。



八幡「雪乃もいいな」

雪乃「私は・・・、構わないわ」

八幡「あとな、雪乃・・・」

雪乃「なにかしら?」



雪乃を顔をまっすぐ見つめて、言うべきか迷ってしまう。

俺がこれから言おうとしている事は間違いではない。

おそらく正しい。けれど、今の精神状態の雪乃が理解してくれるだろうか?

人は時として、事実を受け入れられなくなる。

正しいのだけれど、正しいと理解できなくなってしまう。

それでも今の雪乃には必要な言葉だと、信じたい。



八幡「雪乃が俺の事を理解するなんて、無理だと思う」



このたった一言で、雪乃の顔が凍りつく。

うつろな目で俺を見つめ返し、膝の上になったはずの手は、

だらりの椅子の下の方へと垂れ下がる。

裏切られたと思っているはずだ。

どんなときだって味方だと思っていた俺に見捨てられたと思っているはず。

なんだけど、こればっかりは言っておかないといけない、と思う。



八幡「長年一緒に育った小町だって、俺の事を全ては知らないし、

   俺だって小町の事を誰よりも理解しているって、うぬぼれてはいない。

   そもそもこんな一般論を言う事自体必要な事ではないと思うんだけどさ、

   なんだか今の雪乃には、こんな教科書に載っているような一般論が必要かなって」

陽乃「ある人物の全てを知る事はできない。

   知ることができるのは、ほんのわずかな一面のみ。

   親しい人ほど、その人物が持つ一面を数多く手にしてくけれど、

   それは多いだけであって、すべてではない。

   裏を返せば、親友が知らなくても、顔見知り程度の人が知っている事さえ

   あり得るってことかしらね」

八幡「まさしく教科書通りの解説ですね。まあ、そんなところですよ」

雪乃「いまさら小学校の教科書に出てくるような事例を八幡に上から目線で

   ご演説して頂けるとは思ってもいなかったわ」



雪乃の力が抜けきっていた肩がピクリと反応したかと見受けられると、

半分虚勢が入りつつも胸をしっかりと張る。
627 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/29(木) 17:32:14.42 ID:ebUOfYOG0

そんな雪乃を見ていると、

どこまでも負けず嫌いなんだよって誉め撫でまわしたい衝動に駆られてしまう。

なんて自制心を鍛えていると、俺の漏れ出たわずかの衝動を察知した雪乃の瞳が

笑いかけてきているのは思いすごしではないだろう。

なにせ陽乃さんがむすぅっと俺を雪乃を見比べているのだから、ほぼ確定事項といえた。



陽乃「そうね。雪乃ちゃんなんて、涙ながらも比企谷君の演説を聞いていたんだから、

   なかなかの演説だったといえるんじゃない?」

雪乃「姉さん・・・」



陽乃さんに険しい視線を向ける雪乃を見て、俺はため息しか出てこなかった。

陽乃さんも陽乃さんで、どうして雪乃に挑戦的なんだよ。

これが雪ノ下姉妹の正常な関係って言われてしまえば、そうなんだけど、

その姉妹の間に置かれている俺の事も考えてほしいものだ。



八幡「もう、いいでしょ。俺だって雪乃の事を全て知っているわけじゃないし、

   俺よりも陽乃さんの方が雪乃の事を知っている事は多いはずだ。

   その一方で、ここ数年の雪乃に関しては、

   誰よりも俺が知っていると自負しているけどな」

陽乃「はい、そこ。のろけない」

八幡「のろけていませんって。それに陽乃さんのことだって、ここ数日で大きく印象が

   変わってきているのも事実なんですよ。

   はっきりいって、今までの印象との落差がありすぎて、戸惑っているというか

   ・・・・いや、当然の結末だったというか、かな?」

陽乃「どうなんでしょうね? 比企谷君が今見ている私も、それ以前の私も、

   同じ雪ノ下陽乃だと思うよ。だって、私は私だもの」

八幡「それは事実ですけど、俺の頭の中でイメージされている雪ノ下陽乃は

   やはり変化していますよ」

陽乃「それは、比企谷君が私の事を知らないだけよ」

八幡「ですよねぇ・・・」

雪乃「落ち込むことなんてないわ。なにせ私なんて、生まれてきた時から姉さんの事を

   見てきたけれど、全く理解できないもの。

   ・・・・そうね、理解しないほうが幸せなのかもしれないわ」



そっと頬に手を当てて陽乃さんを流し見る雪乃の姿に艶っぽさを感じてしまったのは

ここでは内緒だが、陽乃さんを理解しようと踏み込むのは、雪乃が言うような不幸せには

ならないと思う。ただし、空回りしてしまうとは思ってしまうが。

なにせ、陽乃さんは自分を見せない人だ。だから、ひょんなことがきっかけで

突然垣間見せる陽乃さんの本心を見逃さないように注意深く見守るしかないのだろう。

628 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/29(木) 17:32:42.59 ID:ebUOfYOG0

陽乃「女はね、謎があったほうが魅力的なのよ。

   男は理解できないから理解したくなるってものじゃない」

雪乃「理解したいって思って下さる殿方がいらっしゃればいいわね、姉さん」



言葉づかいこそ丁寧だが、絶対雪乃の言葉の裏には悪意がこもっているだろ。

にっこりと細めた目の奥には、きっと陽乃さんへの反骨心がこもっているはずだ。



陽乃「そうねぇ・・・」



陽乃さんも陽乃さんで、妖艶な瞳を俺に送ってくるのはよしてください。



陽乃「まずは自分を理解してもらおうと思ったら、相手の事を理解しないと。

   だ・か・ら、今日は銀むつの煮付けを作ってみたけど、

   今度は、西京漬けの方を作ってみるわね」

八幡「宜しくお願いします」

陽乃「それと、煮付けの方も私の方で研究してみて、ちょっと味付け変えたのが出来たら

   また食べてくれると嬉しいな」

八幡「絶対食べますって。俺の方がお願いしたいほどですよ」



陽乃さんは、俺の返事に頬笑みで返事を返してきた。

もう終わりだよね? 大怪獣戦争は終わりだよね?

食事の話に戻ってきたし、核戦争は防がれたんですよね?

俺は、ある意味「楽しい話し合い」が終わりを迎えた事に胸を撫でおろす。

やや雪乃の方には不満がくすぶっているみたいだが、ここは我慢してくださると助かります。








波乱に満ちた食事も終わり、食後のコーヒータイムとしゃれこんでいた。

香り高いコーヒーの誘いが鼻腔をくすぐる。

これといってコーヒーにこだわりがあるわけではないし、

人に自慢するような知識もあるわけでもない。

だからといって、コーヒーの香りの魅力が落ちるわけはなく、

陽乃さんが淹れるコーヒーの香りに体は素直に反応する。

コーヒーの臭いを嗅ぐと、体がコーヒーを渇望してしまう。

まっ、MAXコーヒーはコーヒーのジャンルではあるが、それはそれ、あれはあれだ。

むしろマッカンは、MAXコーヒーというジャンルだと思える。

コーヒーに格別詳しいわけではない俺であっても、

毎日のように嗅いでいる特定のコーヒー豆ならば、

なんとなくだけど、いつものコーヒーだなって気がつくことができる。
629 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/29(木) 17:33:08.66 ID:ebUOfYOG0

雪乃の紅茶を淹れる動作もそうだが、陽乃さんのコーヒーを淹れる仕草は絵になっていた。

雪乃が柔らかい物腰だとしたら、陽乃さんはきりっとした優雅さを描いている。

いつもはコーヒーメーカーで淹れるらしいが、今日は特別にハンドドリップだそうだ。

本人いわく、コーヒーメーカーでやっても、自分でいれても大した差はないわ。

自分でやるのは面倒だし、時間と手間がかかるだけ。

だったら、機械に任せた方が効率的なのよ、とのことだったが、

俺からしたら、陽乃さんがコーヒーを淹れてくれている動きそのものがご馳走であり、

コーヒーの魅惑をより高めているとさえ思えてしまった。

先日も陽乃さんに手料理をご馳走になったが、

そのときも包丁の選択を気持ちの問題で選んだところがあった。

普段の陽乃さんの行いを見ていると、なにかしらの意味・効率があると思えていた。

人の気持ちを手玉にすることも多々あるが、面白半分で行動に起こす事はない。

むしろ明確な目的があって行動するわけで、気持ちの問題で選択などしないと思える。

人間なんて気持ちでモチベーションや成功率が大きく変化するのだから、

陽乃さんに限って気持ちの部分を切り離して語ろうだなんて論理的ではない。

ただ、自分の気持ちを切り離して、親の期待を優先して行動してきた陽乃さんだからこそ、

俺は陽乃さんの行動原理においては気持ちの部分を切り離して考えてしまう悪い癖が

ついてしまったのかもしれなかった。

だから、真心というか、陽乃さんがそういった気持ちの部分を大切にしてくれて

いる事自体が、無性に嬉しくも思えていた。



陽乃「鼻がひくひく動いて可愛いわね」



俺の鼻を見て、小さく笑顔を洩らす陽乃さんに、俺は顔が赤くなってしまう。

コーヒーに誘われて、体が反応してしまったのも恥ずかしかったが、

それよりも、陽乃さんのコーヒーを淹れる姿に魅入っていたことに

気がつかれてしまったことに恥じらいを覚えた。

その俺の恥じらいさえも陽乃さんにとっては、歓迎すべき振るまいなのだろうか。

機嫌が悪くなるどころか、鼻歌まで歌いそうな勢いで準備を進めていく。



八幡「なあ、雪乃。これって、いつも家で飲んでいるコーヒーじゃないか?」

陽乃「そうなの?」



俺と陽乃さんは、雪乃にコーヒー豆の答えを求める。

急に雪乃に話が振られたせいで、雪乃は一瞬キョトンとしたが、

すぐさまいつもの調子でたんたんと解説をしてくれた。

ただ、俺と目が合った時、ちょっと不機嫌そうになったのは気のせいだろうか?

なにか雪乃の機嫌を損ねることなんてしたかなぁ・・・・・・。



雪乃「ええ、うちのと同じコナコーヒーよ」
630 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/29(木) 17:33:44.25 ID:ebUOfYOG0

八幡「いつも飲んでるのって、コナコーヒーだったのか」

雪乃「自分が飲んでいるコーヒーくらい知っておきなさい」

陽乃「でも、雪乃ちゃんがコナコーヒーを選ぶなんて意外ね。

   いや、想像通りっていうのかな?」



陽乃さんは、ひとり何やら疑問に思ったり、納得したりとニヤついているので

この際ほっとこう。むやみに突っ込むと、被害を受けるのはこっちのほうだ。



八幡「てっきりスーパーで買ってきた何かのブレンドか何かかと思ってたんだよ。

   だってさ、雪乃ってコーヒーにはこだわりがなさそうだから」

陽乃「そう? 雪乃ちゃんもコーヒー飲まないわけじゃないわよ」

八幡「そうなんですか?」

陽乃「だって、雪乃ちゃんが実家にいた時、私がコーヒー淹れてあげてたんだから。

   今日淹れたコナコーヒーも、私が特に好きな銘柄で、

   雪乃ちゃんも好きだと思うわよ」

八幡「へぇ・・・」



意外だった。雪乃は、いつも紅茶ばかり飲んでいるから、コーヒーはそれほど好みが

あるとは思いもしなかった。

いや、紅茶が好きだからといって、コーヒーの好みがないって決めるけるのは早計か。



陽乃「雪乃ちゃんって、私の事がちょっと苦手なことろもあったから、

   比企谷君に私が好きなコーヒーを勧めるなんて意外だったわ」

雪乃「八幡がいつも甘いコーヒーばかり飲んでいるから、心配になったのよ。

   外ではいつも甘すぎるMAXコーヒーだし、家ではインスタントコーヒーに

   練乳をたっぷり入れて飲んでいるのよ。

   いつか糖尿になるんじゃないかって心配になるじゃない。

   ・・・・・・・だから、美味しいコーヒーを八幡に飲ませれば、

   少しは甘くないコーヒーも飲むかなって・・・。

   だからね・・・、コーヒーなら姉さんのチョイスを信じたほうがいいかと」

陽乃「うぅ〜んっ。雪乃ちゃんってば、健気で可愛いすぎるっ。

   思わず抱きしめたくなるわ」

雪乃「姉さん。抱きしめたくなるわではなくて、既に抱きついているのだけれど」



すでにコーヒーを淹れ終わったのか、コーヒーカップを3つのせたトレーとテーブルに

置くと、陽乃さんは雪乃の後ろから抱きついていた。

そのあまりにも素早すぎる動きに俺も雪乃も気がつかないでいた。

気がつかないというよりは、一連の動作があまりにも自然すぎて違和感がなかった。

だから、陽乃さんが雪乃の後ろに回り込んでいた事に気がつかなかったのかもしれない。

631 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/29(木) 17:34:12.25 ID:ebUOfYOG0


雪乃「ちょっと、・・・姉さん、苦しいわ」



陽乃さんの強烈な胸に頭を圧迫されている雪乃が、目で俺に助けを求めてくる。

どうしろっていうんだよ?

下手に手を出したら、二次被害に陥るぞ。

ましてや、どこにどう手を出せばいいんだ。

百合百合しい光景に目が奪われていたわけではない事は、主張しておこう。

だから俺は、トレーからカップを一つ手に取って、

そのまま口にカップをよせたとしても、なにを非難されよう。

うん、うまい。この前も陽乃さんのコーヒーを飲んだけど、さすがだ。

ま、俺に味の違いなんてわからなくて、気持ちの問題なんだけどさ。

俺が優雅にコーヒーを楽しんでいると、ちょっと忘れようとしていた問題が蒸し返される。

先ほどより強く鋭い雪乃の視線が俺に突き刺さっている。

おそらく、早く助けなさいって、雪乃が目で訴えているんだろう。

その必死な視線を貰い受けたのならば、彼氏としては助けるべきなのだろうな。

でも、相手はあの陽乃さんなんだよなぁ・・・。

へたに助けに入ると俺の方がさらなる被害をうけちゃうし。

だから、雪乃。ここは一つ自分で頑張ってくれ。

俺は、再び雪乃達の百合百合しい姿緒堪能・・・いや、静かに見守るとするよ。

きっと陽乃さんも飽きれば解放してくれるはずだしさ。

さて、俺は陽乃さんが淹れてくれたコーヒーを飲んで待ちますか。









第36章 終劇

第37章に続く






632 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/01/29(木) 17:34:41.78 ID:ebUOfYOG0


第36章 あとがき





八幡「今週は雪乃の代りに他の奴がきているらしいんだけど、まだ来てないじゃないか。

   俺一人にあとがきを任せるだなんて無謀すぎるだろ、著者のやつ」

千晶「どこを見ているのかしら?

   その腐った目は、ただの飾りなのかしら?」

八幡「遅刻しておいて、いきなり毒舌だなんて、どういう事だよ」

千晶「あら? やはり腐っている目の持ち主は、脳まで腐りかけているみたいなのね。

   あなたがここに来る三十分前には、既にここに来ていたわよ」

八幡「いや、それは、嘘だろ。って、お前誰だよ?」

千晶「和泉千晶だけど?」

八幡「ああ、あの(胸がでかい)

   ん?」

千晶「どこをみてるの? そんなに胸が見たいの? 警察をよんだ方がいいわね」

八幡「違うって。プロフィールの胸のサイズが違うなって思ってさ」

千晶「それは、サラシを巻いているからだよ。だって、

   雪ノ下雪乃って人は、胸が著しく小さくて、毒舌を吐くヒロインなんでしょ。

   だったら、雪ノ下雪乃を演技するんなら、

   私みたいに胸が大きすぎると、やっぱちがうじゃない」

八幡「そりゃあ、なあ」

千晶「でしょ。ま、遅刻してごめんね」

八幡「やっぱ、遅刻してるじゃないか」

千晶「来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

   また読んでくださると、大変うれしいです。

   来週もこっちで仕事しろってさ」

八幡「来週もかよ」





黒猫 with かずさ派




633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/29(木) 17:46:33.91 ID:XzgvCTiAO

634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/29(木) 17:47:23.02 ID:BUpnimne0
乙です
635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/29(木) 19:39:26.33 ID:lbWIN46No
乙です
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/30(金) 00:33:50.82 ID:zNRLpQXL0
乙です
637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/30(金) 08:40:53.30 ID:vXnR5B7ao
638 :祓魔猫 :2015/02/04(水) 00:31:16.33 ID:j7o0AjW50
一気に読みました面白いですこれからも頑張ってください
639 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:29:08.48 ID:ymAshzYk0

第37章






7月11日 水曜日






・・・・・どうやら俺が助けに入らないとわかり、諦めたのか、雪乃の反抗は弱まる。

一方、陽乃さんの方も横目で俺の動向を伺っていたので、

俺が手を出さない事を理解したのだろう。

ん? あれ? もう終わり?

俺が再びカップに口につけようとすると、目の前の惨劇はトーンダウンし、

二人とも静かに自分の席へと戻っていくではないか。

あら? なんだか二人ともコーヒー飲み始めちゃったぞ。

どうなってるんだ?



陽乃「ねえ、雪乃ちゃん」

雪乃「なにかしら、姉さん」

陽乃「もしもの話なんだけどさ、もしもよ、もしも」

雪乃「ええ」

陽乃「もし、目の前で彼女が、それも愛おしい彼女が困っていたら、

   彼氏だったら、たとえどんなに困難であっても彼女を助けるものよね?」

雪乃「姉さん。何を当たり前の事を言っているのかしら。

   仮に、仮にだけれど、私がお付き合いする彼氏だとしたら、

   たとえ自分の命を引き換えにしてでも、私を助けに来るに決まっているじゃない」

陽乃「そうよねぇ。彼氏なんだし。

   もし、もしもだけれど、彼女を見捨てることなんてあったら、彼氏失格よね」

雪乃「当たり前じゃない。これも仮定の話なのだけれど、彼女が困っているのを

   目にしながらも、それを平然と横目で見ながらコーヒーなんて飲んでいるとしたら

   死刑ものね」

陽乃「そうよねぇ・・・・・・。もしもだけど、雪乃ちゃんがそんな彼氏と付き合って

   いたとしたら、即刻別れるわよね?」

雪乃「そうね」



あれ? なんで、こうなった?

なんでこんなときだけ息ぴったりなんだよ!

そりゃあ、雪乃を見捨てて、陽乃さんから逃げ出したけど、それは、俺が加わると

二人して被害にあって、それも、その被害が倍どころじゃすまないって

雪乃も知ってるじゃないか。

640 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:29:36.99 ID:ymAshzYk0

だから、俺は黙って嵐が過ぎ去るのを待っていたのに。



陽乃「だってさ、比企谷君」

八幡「え?」



陽乃さんは、そう弾むような声で言うと、後ろから俺の首元に両腕を絡みつけてきた。

そして、今度は雪乃ではなく、俺の頭をその豊満な胸で抱きかかえてくる。

ほどよい弾力を持つそのクッションで俺の頭を包み込むと、

ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。



陽乃「比企谷君、雪乃ちゃんに振られちゃったねぇ」

八幡「え? あの・・・」

陽乃「だ・か・ら、私と付き合っても問題ないね。

   だって、比企谷君は、今フリーでしょ。彼女いないんだったら

   私と付き合っても問題ないし」

八幡「えっ、えっ? 陽乃さん?」

陽乃「もうっ。陽乃さんじゃなくて、陽乃でいいよ。

   あっ、私の比企谷君じゃなくて、八幡って言ったほうがいいかな?」

雪乃「姉さん」



怒涛のごとく進む展開についていけない。

いつしか陽乃・雪乃連合は決裂していた。

いや、最初からこうなる運命だったのか。陽乃さんだったら、ありえる。

雪乃も気がついたときには遅く、陽乃さんのペースについていけてはいないようだった。



八幡「陽乃さん? あの陽乃さん、ちょっと待って」

陽乃「もうっ。陽乃さんじゃなくて、陽乃でしょ。

   ほら、言ってみて」

八幡「え? はい。陽乃」

陽乃「はい、八幡。・・・・・・あぁ〜、いいわ。なんか彼氏彼女ってかんじがするぅ」



陽乃さんは、勝手に舞い上がって、勝手にはにかんで、勝手に身悶えていた。

ただ、問題があるとしたら、どの行為であっても陽乃さんの動きに連動して

胸が大きく揺れ動き、その結果、俺の頭もその胸の恩恵を受けるわけで・・・・・・。

うん、・・・・・柔らかくて、気持ちいいっす。

と、陽乃さんの精神攻撃を直撃されていると、遠方から致死性の精神攻撃が準備されていた。

もしトリガーが引かれでもしたら、俺の精神はすぐさま崩壊するだろう。

しかし、まだトリガーに指をかけた状態だというのに、雪乃から漏れ出る冷気だけで

俺を圧迫していた。陽乃さんは、雪乃の冷気を感じ取っているはずなのに、

まったく意に関せずで我が道を突き進んでいた。
641 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:30:08.36 ID:ymAshzYk0



雪乃「姉さん」



ほら、陽乃、雪乃が呼んでますよぉ。

・・・・・・・訂正。陽乃さん、雪乃が呼んでいます。



陽乃「もう、八幡ったら。もう一回陽乃って呼んで。・・・きゃっ」

雪乃「姉さん」

陽乃「ほらぁ、八幡も照れないで。陽乃って、言ってよぉ」

雪乃「姉さん」

陽乃「ほら、ほらぁ」

雪乃「姉さん」

八幡「陽乃、そろそろやめた方がい・・・・・ぐっ」



俺は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。

顔を雪乃の手で掴まれ、そのまま陽乃さんの胸へと押しやられる。

クッションが効いていて気持ちいいだけだが、

前からの迫りくる圧迫はその心地よさも全て帳消しにしてしまう。

いったい雪乃の細い指のどこに俺の顔をしっかりと掴む力がやどっているのか疑問に思う。

見た目通り線が細い雪乃の体に、俺を抑え込む力があっただなんて、

到底想像なんてできなかった。

俺の顔を掴み取り、じりじりと俺の皮膚に爪が食い込んでいく。

爪が食い込んで痛いのか、それとも、指による圧迫が痛いのかわからない。

おそらくその両方なんだろうけど、とにかく救いがあるとしたら、

雪乃の手によって目が半分以上おおわれて視界を奪われている為に、

雪乃の顔を直視しなくていい事だった。

それでも雪乃の手の隙間から覗き込む雪乃の顔を見ると、ほんのわずかでもその顔を

見た事を後悔してしまう。

だって、その表情だけでも致死性の精神攻撃が備わっているんだぜ。

もし、これを直視していたんなら、俺は石になっていた自信がある。

心を堅く閉ざして、必死に嵐が去るのを待つしかない。

陽乃さんくらいなら、笑いながらその嵐の中でサーフィンをやってのけてしまう馬鹿者

だろうけど、あいにく俺にはそんな度胸も卓越した能力も持ち合わせてはいなかった。



雪乃「ねえ、八幡。今、陽乃って言いませんでしたか?

   たぶん、私の聞き間違いだと思うのだけれど」



たしかに思わず「陽乃」って言ってしまった。でもさ、雪乃。

それは、陽乃のプレッシャーというか、いや、訂正します。

642 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:30:53.83 ID:ymAshzYk0

陽乃さんのプレッシャーからくるもので、心の底から呼び捨てにしたいって

思ったわけではないんだって。



八幡「あ、・・・ぐっ」



だから、言い訳になってしまうけれど、俺の本心を雪乃に伝えようとはした。

だが、雪乃によってアイアンクローを喰らっている俺には口を動かす余裕もなく、

ただただ嗚咽を漏らすことしかできなかった。



陽乃「ゆき・・・の、ちゃん?」



陽乃さんの声もくぐもっていく。

なにせ、雪乃の握力だけで俺を陽乃さんの胸から引き離してしまったのだから。

俺は雪乃に顔を引っ張られるまま、抵抗もせず、腰を椅子から浮かす。

そして、雪乃の誘いのまま雪乃の胸へと収められた。



雪乃「姉さん。おふざけにしても、限度があるのよ?

   私の八幡にちょっかい出さないでくれないかしら」

陽乃「あら? いつ雪乃ちゃんと比企谷君が結婚したのかしら。

   せめて婚約したのなら問題だけど、ただ付き合ってるってだけじゃねぇ。

   比企谷君の所有権を主張するんなら、それくらいの根拠を示してほしいわ」

雪乃「あら。姉さんにとっては、法的根拠など意味をなさないのではなくて?

   そんな曖昧で、紙切れ一枚の根拠など、寂しいだけだわ」

陽乃「あら。気が合うわね。私もそう思うわ。

   だ・か・ら、比企谷君が望む場所を選ぶべきよね?」

雪乃「それが姉さんの所だとでも言いたいのかしら?」

陽乃「べっつに〜・・・。でも、比企谷君は、私の胸の中で幸せそうにしていたわよ。

   今いるゴツゴツしているだけの場所よりは、気持ちよさそうだったわ」



おっしゃる通りで。だからといって、それを認めるわけにはいかない。

認めたら最期。今度は冷たい箱に俺が収められてしまう。



雪乃「そうかしら? 姉さんの場合は、無駄に八幡を圧迫しているだけだったようだけれど。

   それに、たとえ肉体的優位性があったとしても、それがなんだというのかしら?

   それこそ一時の快楽にしかならないわ。

   そのような浅いつながりで八幡を繋ぎ止めておけはしないわ」

陽乃「雪乃ちゃんも、言うわねぇ。そこまで比企谷君を信頼しているっていうことかしら。

   でもね、それだったら、肉体面だけでなく、精神面での優位性も確保すれば

   いいだけじゃない。すでに肉体面では雪乃ちゃんは白旗を上げたんだし、

   あとは精神面しか残っていないとも言えるわね」
643 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:31:22.24 ID:ymAshzYk0



雪乃は少し悔しそうに唇をかむ。

肉体面だけならば、一般的に見れば明らかに陽乃さんが有利だ。

出るところは出ているし、引っ込むべきところは引っ込んでいて、

優美な曲線が女性らしさを際立たせている。

それはある種の理想的な女性美なのだろう。

誰もがうらやむその肉体を独占できるのならば、男としては本望だ。

だけど、それは一般的な意見でしかない。その一般に俺が含むかは別問題だ。

たしかに俺も陽乃さんの女性らしい美しさは認めるし、見惚れてしまう。

こればっかりは雪乃には足りない。いくら新月のような儚い美しさと、

満月のような引き込まれる笑顔を持っていようとも、

圧倒的な太陽の前ではかすんでしまう。

でもな、雪乃。俺は一般的な意見には含まれない。

なにせ捻くれているからな。

若干線が弱いか細い肉体も、優美さが多少弱かろうと、それがなんだっていうのだ。

精神面の絶対性があるのなら、その肉体の持ち主のそのものを受け入れるのに。

まあ、その精神面での絶対的持ち主から、強烈なアイアンクローを現在進行形で

喰らっているのは、どうしてなんだろうなぁ・・・・・。

ちょっとだけ涙が出てきているのは、アイアンクローが痛いせいなんだよ、きっと。

けっして、ひょっとして愛すべき人を間違えちゃったって

疑問に思ったわけじゃないんだから、ね!



雪乃「そう、かもしれないけれど、だからといって、八幡を姉さんに渡すわけないじゃない」



雪乃はそう宣言して、きつい目つきで陽乃さんを威嚇すると、さらに手の力を強める。

きっと誰にも渡さないっていう意思表示なのだろう。

陽乃さんも、その強烈すぎる雪乃の主張を見て、不安を覚えてしまったらしい。

そして、雪乃は、陽乃さんの戦意喪失していっているのを見て、勝ち誇ってしまう。

だけどな雪乃・・・・・・。



陽乃「ねえ、雪乃ちゃん」

雪乃「なにかしら? もう何を言っても意味をなさないわ」

陽乃「そんなことじゃなくて」

雪乃「なんだっていうのかしら? もう姉さんの戯言には聞く耳をもたないわ」

陽乃「そうじゃなくって」

雪乃「勝ち目がないからって、見苦しいわよ」

陽乃「ねえ、そうじゃなくって。見苦しいわよは聞き捨てならないけど、

   そうじゃなくってね」

雪乃「もうっ、歯切れが悪くてイライラするわね。はっきり言ったらどうなのよ」

644 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:31:50.74 ID:ymAshzYk0



雪乃は、陽乃さんへのいらつきを、さらに手に力を加えることで発散する。

その雪乃の発散を見て、陽乃さんの顔はさらに不安げになっているようだった。



陽乃「はっきり言ってもいいのかしら?」

雪乃「ええ、どうぞ」

陽乃「たぶん、そのままだと、比企谷君に愛想を尽かされるわよ」

雪乃「なにを言っているのかしら?」



雪乃は勝ち誇った顔で陽乃さんを見つめ返しているらしい。

おそらくそうなんだろう。

実際目の前で見ているのだから、確定情報だろうって?

いや、違うね。重大な事を忘れられちゃこまる。

なぜなら、雪乃のアイアンクローによって、意識が朦朧としてきている俺に

とっては、今何が起きているかはわからなくなってきているのだから。

そう、陽乃さんが気にしていたのは、俺の意識。

消えゆく俺の命のともしびを心配していたのだ。

そりゃあ、顔をわしづかみにされているんだから、今も痛いさ。

でもな、ある水準以上の痛みを加えつけられていると、意識がとぶんだよ。

これが落ちるっていうやつなんだろう。

愛する人の腕の中で眠るのを夢見るやつは数知れず存在するだろう。

だけど、愛する人の手で顔を鷲掴みにされて落とされることを

想像したことがあるやつなんているのだろうか?

薄れゆく意識の中、初めて落とされて意識を失う前に思ったのは、

そんなくだらない現状確認であった・・・・・・。

遠くの方で雪乃の声が聞こえる。

もういいや。このまま眠らせてくれよ。

もう疲れたんだよ。精神を抉る会話戦はこりごりだ。

俺は、ふわりとした優しい温もりに包まれていくのを感じたのを最後に、意識を失った。









俺が意識を取り戻すと、心配そうに俺を見つめる雪乃と陽乃さんがそこにはいた。

どうやら五分ほど意識を失っていたらしい。

やはり俺の意識がとんだ事態までなってしまったことに、二人とも反省していた。

だから、雪乃が俺を膝枕していても、とくに言い争いにはなってはいない。

もしかしたら、俺が意識を失っている間にひと悶着あったのかもしれないが、

そこまで気にしていたら、この二人の間で生きてはいけないだろう。

645 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:32:18.96 ID:ymAshzYk0


八幡「いつっ」



さすがに雪乃によっての被害だとしても、膝枕をして、顔をタオルで冷やしてくれて

いたのだから、一言お礼を言わなければならない。

だけど、顔に多少の歪みがあるのか、うまく口がまわらず、痛みのみが俺に襲い掛かる。



雪乃「大丈夫? まだ顔が腫れているわ。無理に話さない方がいいと思うわ」

陽乃「ほら、じっとしてるのよ」



陽乃さんは、そう俺に優しく語りかけると、顔から滑り落ちた濡れタオルを

再び俺の顔に当て、冷やしてくれた。

最初は、雪乃が原因なのだから、陽乃さんは雪乃をからかうのではと身構えていた。

普段の陽乃さんならば、きっとしていたはずだ。

だけれど、俺のこの状況を見て、さすがに停戦協定を結んでくれたらしい。

まあ、いつ停戦破棄がなされてもおかしくないけど・・・・・・。



陽乃「それにしても、雪乃ちゃんったら、比企谷君に関してだと、

   リミッターが外れちゃうのね」

雪乃「もう・・・、それは姉さんが悪いのよ」

陽乃「ごめんなさい。さすがにやりすぎちゃったわね。

   でも、雪乃ちゃんも気をつけたほうがいいわよ。

   いい方向にリミッターが外れるのならばいいのだけど、

   悪い方向に外れたとしたら、今日のことが可愛い失敗だと

   思えてしまう事態になりかねないわ」



雪乃は、陽乃さんの指摘に息をのむ。

そして、唇を引き締めると、しおらしい小さな声で呟いた。



雪乃「そうね。気をつけるわ」



それっきり、俺にとっては多少気まずい時間が進んで行く。

雪乃と陽乃さんは、甲斐甲斐しく頬笑みを浮かべながら俺を介抱してくれているので

なんだかんだいっても充実していた。

そんな二人の姿を見ていれば、俺も微笑ましい気持ちになるかといえば、そうでもない。

陽乃さんは、なにをしたいのだろうか?

今までずっと、俺と雪乃の仲を取り持ってくれて、なにかと協力してくれていた。

多少行きすぎた場面や、冷やかしなどは受けていたが、それは許容範囲に収まる。

けれど、最近の陽乃さんは、

陽乃さん自身が自分の感情に振り回されているんじゃないかって疑問に思ってしまう。
646 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:32:48.15 ID:ymAshzYk0

本人もそれを自覚しているみたいであったが、だからといって、

俺が何かできるわけでもない。

陽乃さん本人でさえ制御できていないのに、俺が何かできるとは到底思えもしなかった。

だから、雪乃に対して言ったリミッター云々の話は、雪乃に対してではなく、

むしろ自分自身に言ったのではないかと思わずにはいられなかった。



陽乃「せっかくコーヒー淹れたのに、さめちゃったわね。

   もう一度淹れなおすわ」



陽乃さんは、床から立ち上がり、コーヒーを淹れなおしに行こうとする。



八幡「冷めてても大丈夫ですよ。それ飲みます」

陽乃「え? でも」

雪乃「姉さんのコーヒーは美味しいのだから、冷めていても美味しいわ。

   だから、私もそれで構わないわ」

陽乃「そう?」



陽乃さんは、持ちあげたトレーを再びテーブルに置くと、再び俺の横へと戻ってきた。

なにやら少し嬉しそうにしているのは、俺の気のせいではあるまい。

今まで料理を作ってあげる相手がいなかったのだから、

コーヒーだとしても、ハンドドリップで淹れた陽乃さん特性のコーヒーを

誉められて、陽乃さんが嬉しくないわけがなかった。



八幡「そうですよ。こんなに美味しいコーヒーは、飲んだ事はありませんよ」

陽乃「そっかぁ。だったら、また淹れてあげるね」



たしかにお世辞抜きに美味しすぎるコーヒーなのだから、本心からの発言ではあった。

これでも、ここまで陽乃さんが心を開いてくれてるとは思いもしなかった。

まるで童女のような、無垢な頬笑みに、俺は心を全て奪われてしまう。

その年初めて雪が降った翌朝。

足跡一つない雪原のような真っ白な心。

汚れがないっていうのは、こういうのだって初めて目の当たりにした。

もちろん陽乃さんは、人の汚い部分を俺以上に知っている。

小さい時から大人の世界に投げ込まれてきたのだから、その場数は相当なものだろう。

しかも、人の心を敏感に察知して先回りすることができる陽乃さんの事だ。

必要以上に、普通の子供なら体験できないような、仮に体験できたとしても

小さな体では受け止められないようなプレッシャーを抱え込んできたと思う。

だから、汚れなら、誰よりもその醜さも、いらだちも理解しているはずだ。

けれど、俺が言いたい事は、他人の汚れではない。

647 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:33:25.51 ID:ymAshzYk0


陽乃さんの汚れがない感情表現について語ってしまいたい。

こんな事を言ってしまうと、心変わりでもしたか、もしくは陽乃信仰者とも勘違いされて

しまいそうだが、陽乃さんに汚れがないわけでもない。

最近の情緒不安定な陽乃さんの行動からすれば、汚れがあるといえてしまう。

なんだかまとまりがない論文のようになってしまったが、俺が言いたいのは

陽乃さんが、今、初めて、自分の心が汚されてしまう事を考えもせずに

ありのままの心をさらけ出しているっていう事だ。

普通の人間ならば、自分の心を守ろうと自己防衛が働いて、

どんな言葉であろうと自分の心を守りながら発言する。

よくあるのが、一応頑張ったけど、難しい試験だし、次頑張ろうとか、

あらかじめ先回りして自分を慰めたりすることといったところだろうか。

これは発言ではないけれど、言葉自体に意味があるのだから、言葉を発した瞬間に

身を危険にさらしてしまう。

だから人は、自分が傷つかないように殻にこもった言葉を発する。

つまり、今の陽乃さんは無防備すぎる。

まあ、誰にでも心を開いているってわけではないので、今のところは大丈夫だとは思うが、

危うい状態であることにはかわりがない。

おそらく、特定の人間一人。多くても4人だと考えられる。

・・・一人と考えてしまうのは、恐れ多いか。

これでは雪乃には勝ち目がないとさえ思えてしまう。

直線的に、相手の心に飛び込んでくるその姿に、誰が抗う事が出来るっていうのだ。

しかも、汚れがない、無垢で、純粋すぎるその心をむき出しにしたまま。

こんな事を言ってしまうと、処女信仰者とも思われてしまいそうだが、けっして違うと

一応言っておこう。

されど、真っ白な心を目の前にして、その雪原への招待状をプレゼントされて

喜ばない男がどこにいるというのだろう。

なんて、回りくどい事をくどくどしく考えてしまったが、

もしかして陽乃さん、本当に自分の感情を制御できなくなってません?

感情を抑え、表面に出さない事は長年の生活で当たり前のようにできるようになっており、

偽りの感情表現は豊かだと思う。

一方で、その反作用で本心を素直に出すことができなくなり、

本心からでる感情表現が制御できなくなってしまったのではないだろうか。

だから、陽乃さんが感情を表に出す時は、常に全力で、

それが隠しもしない丸裸の本心になってしまう。

俺は、今目の前にいる陽乃さんに見惚れていた。

・・・・・・俺は、思わず身震いしてしまう。

いや、なに。陽乃さんに対してではない。

俺と一緒に陽乃さんを見ているであろう雪乃に対してだ。


648 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:33:59.57 ID:ymAshzYk0

俺が陽乃さんに見惚れているのだから、雪乃だって陽乃さんの溢れ出る魅力に

気が付いているはずだ。

つまり、魅力的な陽乃さんに俺が見惚れてしまうと勘づくはずだった。

俺は、そっと視線だけを雪乃に向けて、様子を伺う。

雪乃は俺の方を見てはいなかった。

念のためにもう一度しっかりと確かめたのだから見間違えてはいなかった。

雪乃は、固く唇を噛んで陽乃さんを見つめていた。

別に雪乃は恐れを感じていたわけでもないだろうが、きっと複雑な心境なのだろう。

なにせ陽乃さんが本心を見せたのだ。

もちろん今までも陽乃さんが作り上げた感情を、偽物の感情表現を見てきた。

けれど、雪ノ下陽乃という剥き出しの生身の感情を雪乃に見せた事はない。

それを初めて雪乃は見たのだから、言い表せない感情が雪乃の中で渦巻いているはずだ。



八幡「はい、是非お願いします」

陽乃「いつでも気軽に言ってね」

八幡「はい」

陽乃「雪乃ちゃん?」

雪乃「・・・・・・あ、はい。私も姉さんのコーヒー、また飲みたいわ」



雪乃は、陽乃さんの呼びかけに、どうにか笑顔を作り上げて返事をする。

意識の底辺から一瞬で表情を再構築するあたりは、さすが雪乃だ。

でも、作り上げた笑顔はあまりにも急ごしらえすぎたようで、

すぐさま崩れ落ちようとしていた。

雪乃の驚きようは、わからないまででもないにしろ、ここは俺が話をつないでおくかね。



八幡「そういえば、このコーヒーって、コナコーヒーなんですよね?」

陽乃「そうよ。私の一番のお気に入り。比企谷君も気にいってくれているみたいで

   すっごく嬉しいわ」

八幡「ずっと銘柄も気にしないで飲んできましたけど、名前を意識すると

   なんだか急に実感してくるというか、明確な存在感が出てきますね」

陽乃「たいていの物には名前があるんだし、名前によって比企谷君の記憶に

   明確なまでもコナコーヒーが刻まれたんじゃない?」

八幡「名前がある方が印象深いですからね」

陽乃「それに、コナコーヒーの注意書きには、私も含まれているしね。

   雪ノ下陽乃の一番のお気に入りコーヒーって」

八幡「まあ、そうかも・・・しれませんね」



ちょっと陽乃さんっ。その発言危険ですって。ついさっき同じような状況で

雪乃に締め落とされたばかりなんですよ。ちょっとは気をつけてください。

649 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/05(木) 17:34:33.21 ID:ymAshzYk0


・・・・・・・と、雪乃の方の様子を伺うと、まだ立ち直れてなかった。

どうにかセーフか。やばいですよ、陽乃さん。こんなラッキー、次はないですから。





第37章 終劇

第38章に続く















第37章 あとがき






八幡「今週もいるんだな」

千晶「仕事だからね」

八幡「まあ、いいけどさ」

千晶「今週も、ずぅっと胸ばっかり見ているんだね。見てないふりをしてるけどさ」

八幡「・・・・・・」

千晶「そんなにサラシが気になる?」

八幡「え? はい(そういう事にしておこう)」

千晶「じゃあ、とるね」

八幡「おぉっ! (でかい)」

千晶「やっぱきつきつに巻いていて苦しかったから、楽になったわ。

   ねえ、このサラシもう使わないけど、いる?」

八幡「え? (いいの? もらっちゃっても)」

雪乃「ええ、八幡を縛りあげるのにちょうどいい縄になりそうだから

   ありがたく使わせてもらうわ」

八幡「ゆ・・・雪乃!?」

雪乃「来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

   また読んでくださると、大変うれしいです。

   さあ、八幡。今週も、楽しい話し合いをしましょうね」





黒猫 with かずさ派



650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/05(木) 17:37:25.19 ID:H9Xa4HI8o
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/05(木) 17:50:51.59 ID:cqqVNGmMo
乙乙
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/05(木) 17:56:59.60 ID:7ZiuQRkAO
乙乙乙
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/05(木) 18:27:35.83 ID:L/3CB8aKo
乙乙
654 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/05(木) 18:37:01.35 ID:+7MP3MroO
655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/05(木) 18:57:05.10 ID:xAMVA10eo
乙です
656 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/05(木) 19:49:13.00 ID:MWM3ToIjO
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657 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/05(木) 19:49:44.96 ID:MWM3ToIjO
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659 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/05(木) 22:00:09.24 ID:7YpFf6Fh0

660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/02/05(木) 22:28:23.64 ID:bYXl8rvBO
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662 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:30:01.77 ID:0xDrLxJ20


第38章








7月11日 水曜日





八幡「そうだ。コナコーヒーって、どんなコーヒーなんですか?」

陽乃「どんなって?」

八幡「この際だから、もうちょっと詳しくなっておこうかなって思いまして、

   生産地とか特徴とか知ってみたなと」



本当は、このまま陽乃さんの話の流れに乗るのは危険だと思ったから

別の話題をふっただけなんですけどね。

コナコーヒーにまったく興味がなかったわけではないけど

話題を強引に変えたって、陽乃さんは気が付いているみたいだった。

それでも陽乃さんが俺の意図に乗ってくれたのだから、使わせてもらいますが。



陽乃「そうねぇ・・・・・・。生産地がハワイということは有名じゃないかしら?」

八幡「ええ。そのくらいなら知っていますよ」

陽乃「ブルーマウンテンまでとはいかないまでも、高価なコーヒーなのよね。

   たしかに味も香りも私好みだわ。でも、値段が高い理由は、人件費などの

   生産コストなのよね」

八幡「人件費って、特殊な作業員でも必要なんですか?」

陽乃「違うわよ。純粋に人件費が高いだけよ。ほら、ハワイってアメリカでしょ。

   だから、発展途上国で作るよりも人件費が割高なのよ。

   ただ、それだけよ。

   一応世界最大の先進国なわけでもあるのだから、人件費もお高いわよね。

   だから、どうせ作るのならば、人件費が安い発展途上国よね」

八幡「でしたら、ブルーマウンテンは値段が安くなるんじゃないですか?」

陽乃「ジャマイカの詳しい賃金は知らないけど、アメリカよりは安いはずよね。

   でも、生産量が少ないのよね。だからじゃないかしら?」

八幡「希少価値ってやつですね。

   でも、アメリカは農業国でもあるわけじゃないですか。

   小麦とかトウモロコシなどの大規模経営は有名ですよ」

陽乃「たしかにね。まあ、私も詳しく調べたわけでもないから、実情はわからないわ。

   まあ、ブランドの維持も関わってくるじゃないかしらね」

八幡「ブランドですか・・・・・・」

663 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:30:43.76 ID:0xDrLxJ20

陽乃「だって、日本人だってブランド物大好きでしょ?

   合成の革だったり、ビニールのような化学繊維で作られた鞄が何万も何十万もの

   値がつくのよ。同じコストで生産できるのなら、高いブランド力を維持して、

   値段を高いままにしておきたいのが、経営者というものじゃないかしら」

八幡「そこまで身も蓋もない事を言われてしまうとなんですがね。

   日本人って、行列ができていれば並んでしまうし、価値がないものを

   価値があるって思う心理もあるから、その辺をうまく売りにすれば、

   商売ぼろもうけですね」

陽乃「だよね。美味しいってわからないのにならんじゃって、何十分も並んで

   実際食べてみたら期待外れだっていう人も多いし」

八幡「美味しくないものを美味しいように見せるのは犯罪ですよ。

   だから、TVのグルメ番組は信じません」

陽乃「そう? あれはあれで無知な群衆に売れない商品を売り付けるいい商売方法だと

   思うんだけどなぁ」

八幡「陽乃さんは、食べてみたいと思った事はないんですか?」

陽乃「さすがにあるわよ。でも、どうしても食べていって思う事はないわね。

   友達が買ってきたのを貰ったりとかで、食べる程度よ」

八幡「それだと、陽乃さん自身は被害にあってないじゃないですか」

陽乃「まあ、ね。でも、私の場合は、たとえまずくても、料理をする上での

   サンプルになってしまうだけね」

八幡「だったら、まずい料理でもかまわないってことですか?」

陽乃「それは、美味しいものを食べたいわよ。

   私も好き好んでまずい料理は食べたくはないわ」

八幡「そうですよね」



ここで、陽乃さんはイエスといったら、どこまでストイックな料理人なんだよと

ちょっと意外すぎる評価をくだしそうではあった。



陽乃「あれ? なんでまずい料理の話になったんだっけ?」

八幡「ブランドものとか、TVの評判の話からですよ」

陽乃「そっか。コナコーヒーもある意味ブランドものだしね」

八幡「このコーヒーの美味しさには罪はないんでしょうけど・・・・・・」

陽乃「まあ、ね。私もこのコーヒー大好きよ」

雪乃「はぁ・・・・・・」

陽乃「どうしたの、雪乃ちゃん?」



陽乃さんにコナコーヒーの事を聞いていたら、

雪乃が突如としてため息を漏らすものだから、気になってしまう。

雪乃にかまってあげずに、陽乃さんと話していたから拗ねたのか?

664 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:31:16.52 ID:0xDrLxJ20

そう全く方向違いの勘違いをしていると、もう一度ため息をついてから雪乃は語りだした。



雪乃「どうしたもこうしたもないわ。どうして美味しいコーヒーを飲みながらも

   擦れた会話をしているのかしら?

   上品な会話をしてくださいとは言わないけれど、もう少し周りにいる人間が

   聞いていても楽しい会話をできないのかしらね?」

八幡「俺は、けっこう今している会話を楽しんでるけど?」

陽乃「私もよ」



俺も陽乃さんも、雪乃が言っている意味が訳がわからないといた顔を見せるものだから、

雪乃はさらにため息をついてしまった。



雪乃「もういいわ。楽しい会話を邪魔してしまって、ごめんなさいね。

   続けてくださってもけっこうよ」

陽乃「あぁ・・・、雪乃ちゃん」

雪乃「なにかしら、姉さん?」



陽乃さんは、口角を釣り上げて、意地が悪い笑みを浮かべるものだから、

雪乃は陽乃さんの挑発にのってしまう。

二人とも安い挑発だってわかっているはずだ。それでも出来レースのごとく挑発を

売り買いするんだから、けっこうこういう関係を気にいってるのかもしれなかった。



陽乃「もしかしてぇ、やいちゃってる?」

雪乃「はぁ?」

陽乃「私の比企谷君が、楽しく、弾んだ会話をしているものだから、

   雪乃ちゃんは、一人でコーヒーを飲んでいないといけなものね」

雪乃「私は、やいてなんていないわ」

陽乃「そうかしら?」



陽乃さんは、さらに口角をあげて、雪乃に迫りくる。

雪乃も雪乃で、引いたり、かわしたりすればいい所なのに、

自分から一歩前に出るんだもんなぁ。

二人して負けず嫌いだから、しゃーないか。



雪乃「そうよ。私はただ、二人が世の中に擦れ切った人間の会話をしていて、

   そっと一人でため息をついていただけよ」

陽乃「そうかしらね。まっ、いいわ。それで」

雪乃「なにかしら。なにか馬鹿にされているような気がするのだけれど」

陽乃「ええ。馬鹿にしているわ」

665 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:31:46.23 ID:0xDrLxJ20

雪乃「姉さんっ」

八幡「おいおい、雪乃。その辺にしておけって。それと、陽乃さんも」

陽乃「は〜い」

雪乃「八幡は、どちらの味方なのかしら?」

八幡「今は、どちらの味方でもないよ。コーヒー飲んで、会話しているだけだろ?」

陽乃「そうよねぇ。比企谷君の言う通りだわ。

   つっかかってきたのは、雪乃ちゃんじゃない?」

雪乃「あっ、そう・・・よね。ごめんなさい」



たしかに、つっかかった内容の発言を最初にしたのは雪乃だ。

でも、その原因を作ったのは陽乃さんでしょ。

だから、ここで雪乃のフォローもしておかないとな。



八幡「陽乃さんも、雪乃を挑発させるような発言は控えてくださいね」

陽乃「は〜い」



ちょっと面白くなさそうな顔を陽乃さんは見せるが、まったく反省してないんだろうなぁ。

明日になったら、いや、数分後には再び雪乃を挑発してそうだ。

それが二人の関係を維持するのに必要な儀式みたいなものでもあるから仕方ないといえた。



八幡「でも、雪乃。コーヒー豆の生産コストについて話していたんだし、

   擦れた内容ってわけではないんじゃないか?」



雪乃は目を丸くして俺を見つめる。

そして、再度ため息をつこうとしたが、無理やり大きく息を吸う事でため息を打ち消した。

そして、呆れ果てた顔つきで、言いかえしてきた。



雪乃「日本人のブランド好きとか行列好きの話をしていたじゃない。

   しかも、商品価値が低いとか、味がまずいのが前提で話していたわ」

八幡「そうか?」

雪乃「そうよ」

陽乃「そうかしら? 

   でも、実際問題、商品価値が実売価格よりも低くなるのは当然の事よ。

   そもそも原価よりも安い値段で販売なんてできないのだから。

   まあ、たしかに商品そのものの価値と販売価格が釣り合っていないのは

   詐欺だと思うわね」

雪乃「それが擦れているというのよ」

八幡「でも、事実だろ?」

陽乃「事実よね?」

666 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:32:13.87 ID:0xDrLxJ20

雪乃「はぁ・・・・・・」



今度こそ雪乃はため息を打ち消すことができなかった。

雪乃は、あきれ顔で俺達を見渡すと、そっと瞳を閉じる。

そして、数秒後にその瞼を開けた時には、陽乃さんにも劣らない意地が悪い瞳をしていた。



雪乃「私だけいいこぶってもしょうがないわね。

   今日は、二人の会話に乗ってあげるわ」

八幡「べつに、俺達は特殊な会話をしていたわけじゃないぞ」

雪乃「そう感じているのは、あなた方二人だけよ。一般人には、十分特殊で、

   十分すぎるほど異常だったわ」

八幡「だったら、一般人の感覚がおかしいんじゃないか?

   TVのグルメリポーターの言う事は信じるなって、小さい時に親から教わるだろ?」

雪乃「そのようなことは教わらないわ」

八幡「うそ?!」

雪乃「嘘じゃないわ」



あれぇ? 俺は、小さい時に親父から何度も言われてたんだけどなぁ。

グルメ番組見ていたら、必ずといっていいほど言ってたし。

どの辺が美味しくない根拠とか、夫婦そろって言い争ってたりしていたのが

小さい時からの家族の団らんだったんだけどな。

けっして美味しいとは思わないくせに、なんであの夫婦はよくグルメ番組なんて

みていたんだろう? ちょっと不思議だ。



八幡「知らない人から声をかけられたら逃げろとかは言われただろ?」

雪乃「ええ、言われたわ」

八幡「街で行列を見たら、笑いながら指をさしてスルーしろ。

   けっしてならんじゃいけないは?」

雪乃「言われた事はないわ」

八幡「グルメ番組に出てくるお店は、TV局にコネがある店しか出ないから、

   けっして美味しい店は出てこないは?」

雪乃「ないわ。・・・・・・でも、よく姉さんが言ってた気がするわね」

陽乃「ええ、言ってたと思うわ」

八幡「じゃあ、そうだなぁ・・・・・・」

雪乃「もういいわ。あなたの性格形成の一端がよくわかったから」

陽乃「面白いご両親だったのね」

八幡「そうかな? くそ親父だったと思うぞ」

陽乃「用心深くなったのは、両親のおかげよ。

   だから、偽物ではなく、本物を手に入れられたのではないかしら、ね、雪乃、ちゃん」

667 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:32:45.25 ID:0xDrLxJ20

雪乃「な・・・なにを言っているのかしら? もう・・・」



雪乃は頬を赤らめる。そんな雪乃を見て、陽乃さんは満足そうにしているけど、

さっきした反省はもう忘れたのですか。それでこそ陽乃さんだけれど、だけどなぁ・・・。



八幡「まあ、偽物も磨き続ければ、本物とは違う輝きを放つと思いますから

   一概に偽物が悪とは思っていませんよ」

陽乃「え? そうなの? だったら、雪乃ちゃんに、もう飽きてしまったとか?」



なんなんだよ、この人は。せっかく話題を変えようとしているのに、

まだ雪乃をターゲットにするのか? 

今は分が悪いと思ってか、雪乃は静かにしているけど、さっき散々面倒な事に

なってたじゃないですか。



八幡「一般論を言っただけですよ」

陽乃「もうっ・・・、ちょっとからかっただけじゃない」



陽乃さんは肩をすくめると、ちょっと残念そうに息をつく。

俺も、もろに嫌そうな表情が顔に出てただろうしな。

でもなぁ、このまま陽乃さんが拗ねてしまうのも、気が引けるし。



八幡「そういえば、コーヒーも偽物が多いそうですね」

陽乃「たしかに、偽物も多いわね。でも、一概に偽物とは言えないものもあるのよ」

雪乃「それは、先ほど八幡が言っていた偽物でも上質な物もあるということかしら」



俺がもう一度話題を振ると、雪乃も俺の意図を察してか、話に乗って来てくれる。

そうなると陽乃さんも俺達の意図を理解してくれてか、にこやかに語りだしてくれた。



陽乃「それともちょっと違うわね。だいたいはあってるんだけどね」

八幡「だいたいですか」

陽乃「そもそもブルーマウンテンもコナコーヒーも生産量が少ない希少な品なのよ。

   それなのに日本中にあふれているじゃない。

   希少な品なのに日本にあふれているって、異常だとは思わない?」

八幡「そう言われてみれば、異常ですね」

雪乃「だとすれば、名前だけの別ブランドなのかしら?」

陽乃「それともちょっと違うわね。

   まず、ブルーマウンテンだけど、ブルーマウンテンと名前をつけることができるのは

   ブルーマウンテン山脈の標高800〜1200メートルの特定の地域だけ

   らしいわ。だけど、日本に輸入されている豆の多くは、標高800メートル以下の

   本来ならばブルーマウンテンとは名乗れない豆なのよ」
668 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:33:52.07 ID:0xDrLxJ20


八幡「だとしたら、偽物ってことですか?」

陽乃「どうなのかしらね? それなりに美味しいわけだから、飲んだ人が知らなければ、

   幸せなんじゃないかしら?」

八幡「ま、ブルーマウンテンっていう名前だけでコーヒーを飲んでいる奴らばかりだし

   問題ないかもな」

陽乃「ええ、そうね」

雪乃「あなたたちって・・・・・・」

八幡「事実だろ?」

陽乃「事実よね?」



陽乃さんとは、どこか俺と近い感性がある気がする。

二人して顔を合わせると、思わず笑みが浮かんできてしまった。



雪乃「知らないからといって、許されるわけではないわ」

陽乃「知らないから、幸せって事もあるわよ」

雪乃「詭弁だわ」

陽乃「そうかしら? これはコナコーヒーのことになってしまうけど、

   ホワイトハウスの公式晩餐会では必ずコナコーヒーが出るそうよ」

八幡「アメリカを代表するコーヒーってことだからかな」

陽乃「どうでしょうね? 

美味しいからというのもあるだろうけど、見栄もあるのでしょうね。

   極論を言ってしまえば、コナコーヒーでなくても、そこそこのコーヒーでも

   それが慣習のコーヒーになってしまえば、銘柄なんて気にしないんじゃないかしら」

雪乃「それは、外交上の、アメリカから信頼の証として、コーヒーをふるまわれたと

   いう意味かしら」

陽乃「そうね。アメリカとしても、まずいコーヒーを出して信頼の証なんて

   プライドが許さないから、しないだろうけどね」

八幡「そこは、わざとまず〜いコーヒーを出して、アメリカの信頼を得たいのならば

   飲み干せって脅迫するのも手ですね」

雪乃「はぁ・・・。そんなこと考えているのは、あなたくらいよ」

八幡「そうか?」

雪乃「・・・あと一人いそうね。はぁ・・・・。八幡と姉さんくらいよ」

陽乃「よくわかっているじゃない。でも、わたしでも、まずいコーヒーなんて出さないわよ」



たしかに、陽乃さんなら、まずいコーヒーなど出さないと思えた。

料理が趣味で、コーヒーを愛している陽乃さんが、信頼を得る為にわざとまずいコーヒーを

出すなんて事はないはず。

むしろまずいコーヒーを出されたら、信頼されていないとみるべきかもしれない。


669 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:34:30.32 ID:0xDrLxJ20


雪乃「それを聞いて、ほっとしたわ」

八幡「全然ほっとしたようには見えないのは、俺の気のせいか?」

雪乃「気のせいよ」



あっ。これ以上つっこむなって、凍りつく笑顔で俺を見てる。

これは危険信号だ。これ以上の刺激は、極めてやばい。



八幡「・・・・・・そうだな。えっと、ブルーマウンテンでも偽物が多いって事は、

  コナコーヒーでも偽物多いんじゃないですか?」



俺は、身の危険を感じて、顔を引きつらせながら話題の軌道修正を図る。

頼む、陽乃さん。俺の命がかかってます。

俺は、命のバトンを陽乃さんに託すと、陽乃さんはじっと俺を見つめ返す。

そして・・・・・・。



陽乃「コナコーヒーは、もっと酷いわよ。コナコーヒーほど、偽物が多いといえるわ」



通った。やった。通じた。俺は、天に感謝をしつつ、陽乃さんの機嫌が変わらないように

相槌を的確にうっていった。



陽乃「コナコーヒーはね、日本で出回っているほとんどが、コナ・ブレンドと

   表記すべき混ざりものよ。だから、純粋なコナコーヒーは、価格が高いし、

   あまり出回っていないんじゃないかしら?」

八幡「だったら、これこそ知らない方が幸せって事ですかね」

陽乃「そう考えるのも幸せになる方法だとは思うわ」

八幡「じゃあ、今飲んでいるこのコーヒーは?」

陽乃「どう思う?」



陽乃さんが俺を試すような瞳を俺に向ける。

きっと陽乃さんが俺達にふるまってくれたのだから、本物だとは思う。

しかし、ホワイトハウスの話の時に話題に上った、わざと偽物をということもあるし、

本物だとは即座に決めることができない。

まだ、判断できない・・・。

判断を下せないまま、俺は陽乃さんの瞳を見つめ返す。

どちらとも目をそらさず、重い時間だけが過ぎていく。

どうやって判断しろっていうんだよ。

俺にはコーヒーの違いを区別できるほどの知識も舌もない。

わかる事があるとしたら、陽乃さんが喜んでコーヒーを淹れてくれた事だけだ。

だったら俺は、こう答えるしかないじゃないか。
670 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:35:06.50 ID:0xDrLxJ20


八幡「俺は、・・・俺は、陽乃さんが淹れてくれたコーヒーを飲んで、すっごく幸せですよ。

   だから、このコーヒーの銘柄がコナコーヒーでも劣悪なコナ・ブレンドでも

   どちらでもかまいせん」

陽乃「そう? でも、コナ・ブレンドといっても、全てが劣悪ってわけでもないのよ。

   偽物を売ってるのだから、お店の良心は疑ってしまうけれど、

   それなりには美味しいのよ」

雪乃「そうよ、八幡。もし劣悪なコナ・ブレンドが出回りすぎたら、

   それこそアメリカの威信が失墜して、コナコーヒーのブランド力が落ちてしまうから

   お店の方もその辺は考えてはいるはずよ」

八幡「たしかにそうだな。でも、俺が言いたいのは、そんなことじゃなくてだな・・・」

陽乃「わかってるわよ」

八幡「そうなの?」

雪乃「そうよ」



陽乃さんは、恥ずかしそうに俺から顔を背けてしまう。

さっきまでの俺を試そうと堂々としていた態度はどこにいったんだよ。



八幡「え? えぇ?」



雪乃は俺の耳元まで顔を寄せて、小さく呟いた。



雪乃「姉さんは、照れているのよ」



思わず陽乃さんの顔を見ると、俺の視線を感じて首をすくめると、

さらに顔を赤くして俯いてしまう。

そして、雪乃を見ると、なにやら満足そうに陽乃さんを見つめていた。

あっ、そうか。さっきまで雪乃は陽乃さんにやられっぱなしだったもんな。



陽乃「でもね、比企谷君。コナコーヒーみたいに、あなたが普段見ている私も、

   偽物かもしれないのよ?

   本物だと思っていたら、混ざりものが入った偽物かもしれない。

   出来はいいかもしれないけど、本物ではない」

八幡「えっとう・・・、どういう意味で?」

陽乃「この際だから認めてしまうのだけれど、私って自分を作っていたでしょ?

   母が求める私。父が求める私。姉としての私。そして、雪ノ下陽乃としての私」

八幡「ええ、まあ。そうですね」



ここにきて急に自分の立ち振る舞いを認めるだなんて、どうしたんだ?


671 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:35:59.68 ID:0xDrLxJ20

俺としたら、最近は素の陽乃さんを見る機会が出てきてもいるし、

そう考えると悪い傾向とは思えないけど、雪乃はどう思っているのだろうか?

俺は雪乃の方に視線をずらしてみたが、その表情からは心情は伺えない。

もう少し陽乃さんの出方を見るべきかな。



陽乃「だけど、最近、二人には素の私を見せてしまってるって

   あなた達は思ってるのではないかしら?」

雪乃「そうね。最近の姉さんは、どこか今までとは違うかもしれないわね。

   けれどね、姉さん」

陽乃「ん?」

雪乃「それが本当の姉さんの本性かは、見破れてはいないのだけれど、

   今の姉さんの行動は、特に私達二人に対しては遠慮がなさすぎよ」

陽乃「それはね。二人が私にとって特別だからよ。

   だからこそ、雪乃ちゃんが言う通り素の私を見せてるとは思うのよ」
  

 
これは驚きだ。素の陽乃さんを見せているって本人が認めるとは。



陽乃「でもね、自分を作らなくなっていいと思うと、

   どれが本来の自分かわからなくなるのよね。

   ほらっ、だって、いくら自分を作っていてとしても、どれも自分が望んで演じて

   いたわけでしょ。だから、一概に全てが偽物というわけでもないと思うのよ」

雪乃「たしかに、姉さんほどではないにしろ、

   どんな人であっても自分を作っている部分はあるわね」

陽乃「でしょう。

   だからね、二人の前だと、どうすればいいかわからなくなっちゃうのよねぇ」



陽乃さんは、なにやら複雑そうな苦笑いを浮かべる。

悲しいでも、自嘲でもない。

嬉しいのだろうけど、どう扱っていけば分からないからもどかしいといったところか?

たしかに、俺だって素の自分を、さあ見せろと言われても困ってしまうし、

たとえ雪乃の前だとしても本性だけで行動しているわけではない。

けれど、それでも雪乃の前だとリラックスできるし、心を許した行動もする。

つまり、陽乃さんは、俺達に心を許しているけど、どうすればいいかわからないってことか。

小さいころから雪乃のお姉さんをしていて、雪ノ下家の長女もして、

そして、あの母親が求める優秀な雪ノ下家の継承者を演じ続けていたんだしな。

人に甘えることなんて、できなかったのだろう。

だからこそ、甘え方なんてわかるわけないのか・・・・・・・。





672 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/12(木) 17:36:28.91 ID:0xDrLxJ20





第38章 終劇

第39章に続く













第38章 あとがき





八幡「(今週も違う相手かよ)」

かずさ「・・・・・・・・」

八幡「(しかも、ずっと睨んでるし。

   しかしなぁ、先週の和泉千晶にしろ、今週の冬馬かずさにしろ、

   胸でかすぎだろ。しかも、ルックスだけでも雪乃レベルなのに

   胸の大きさがエベレスト級って、化け物だよな)」

かずさ「・・・・・・」

八幡「(睨んでばかりで、何も言ってこないな。

   これだったら、先週までいた和泉千晶の方が、適当にしゃべってくれて

   よかったよな。厄介事をわざわざ仕掛けてくるのは勘弁だけど。

   やっぱ、胸、でかいよな。しかも綺麗だし)」

かずさ「・・・・・・・」

八幡「(視線が下に・・・。こればっかりは重力には逆らえない)」

かずさ「・・・時間か。

    来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

    また読んでくださると、大変うれしいです。

    ・・・・・・はい、これ」

八幡「ん? 首輪?」

かずさ「そこで飼い主様がくるまで、5〜6時間待ってろってさ。

    じゃあ、あたしは春希のところに帰るから」

八幡「ちょっと、え? 首輪が外れない。鎖に繋がれてて、帰れねぇじゃねえか」






黒猫 with かずさ派



673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/12(木) 18:04:18.73 ID:XIZ2wQRr0
たまに飲んでるライオンコーヒー(コナ)が本物なのか不安になるな
674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/12(木) 18:09:45.80 ID:TjBxDOjYo
乙です
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/12(木) 21:22:46.37 ID:c5oS64ZAO


コナはともかく、途上国原産の豆ならフェアトレード表記を利用するという手もあるかと

一応は公正な取引がなされた事が証明されてる筈の豆ですしね

個人的にはマンデリンが好きです
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/12(木) 21:39:14.71 ID:daqrq5Szo
この陽乃さんは可愛過ぎるだろ
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/14(土) 07:12:37.57 ID:FrfMu9mxo
678 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/19(木) 17:29:10.77 ID:4sp8M6Yt0

第39章





7月11日 水曜日





陽乃「作っていた自分も自分の一部で、・・・・・・あぁ、何を言いたいんだろ、私」



おおげさに両手で頭をかくと、そのままソファに身を沈め、

両手両足をソファーの外に大げさに投げ出す。

ある意味降参ってことかと見てとれる。照れ隠しともいえるが。

けれど、今回の陽乃さんが照れてしまった流れを作ってしまったのは俺なんだよな。

しかも、陽乃さんが誤魔化そうとしても失敗しちゃってるし。

これは、あとで倍返し以上の仕返しが来るんじゃないか?

いやいや、こんなにも照れまくっている陽乃さんなんて初めてなんだから、

倍じゃ済まないだろ・・・・・・。

やっぱ、ここはフォローしておいて、後々の禍根を断っておくか。

そうしておかないと、俺の精神がやばいっす。

と、後々のことを考えて効果があるとは思えない対策を練る。



八幡「陽乃さんは、陽乃さんですよ。今も昔も同じ陽乃さんです。

   包丁を見て、目を輝かせていた陽乃さんも、もうちょっとはまりすぎていたら

   怪しすぎる人だと思いましたが、一緒にいて微笑ましかったです。

   高級食器売り場に俺を連れていって、俺が売り場を恐る恐る見学して、

   あたふたしているのを意地が悪そうな目で見つめていたのだって、

   ・・・・・・少し手加減してくれると助かりますが、

   一緒に見ていて楽しかったですよ。

   そうですねぇ、あとは、初めて俺の為に手料理を作ってくれたときなんて、

   あまりにも料理が美味しすぎてびっくりしましたよ。

   料理をしている陽乃さんを飽きもせず眺めていたのを今でも覚えています。

   どれも初めて見る陽乃さんでしたが、今までの陽乃さんがいたからこその

   感動ですし、今も、今以前も、陽乃さんの事を嫌ったことなんてないです。

   むしろ、今では一緒にいてワクワクしますよ。

   ただ、まあ、もうちょっと手加減だけはして欲しいですけどね」



ちょっと臭すぎる演説を終えると、聴衆の反応をみるべく陽乃さんの様子を見る。

すると、いつの間にかにソファーの上で膝を抱えてこちらをじっと見つめていた。

ソファーの上で、トドみたいにぐてぇ〜って横たわっているよりは、回復してるようだった。

これならば、俺も雪乃もこの後に陽乃さんからの仕返しを受けずに済みそうだ。

679 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/19(木) 17:30:01.37 ID:4sp8M6Yt0

よかったな、雪乃。少しは俺に感謝しろよ、と、雪乃に視線を向けると、

あろうことか、身を凍らすような冷徹な瞳で俺を射殺そうとしていた。

えっとぉ、何故? 俺は、雪乃がこれから被るであろう被害を回避したんだけどなぁ。

それとも、何かまずいことでもいったか? でも、当たり障りのないことしか言ってないし。

訳がわからず陽乃さんの方に再び目を向けると、事態は急変していた。

陽乃さんは、目を丸くして俺を見つめ、そして、

鯉が餌を求めるがごとく口をパクパクさせている。

よく由比ヶ浜がパニクっているときに見る表情だけれど、あの陽乃さんがパニクってる?

これこそ俺が初めて見る陽乃さんであり、俺の中で想像できうる陽乃さんの中で

一番遠い場所に位置する陽乃さんでもある。

つまりは、パニクっている陽乃さんを見て、陽乃さん以上に俺はパニクってしまった。

なんなんだよ!

俺は助けを求めるようと雪乃を見るが、・・・・・・駄目だ。殺される。

あれは見ただけで人を殺せる瞳をしている。見ちゃだめだ。

俺は、凍える吹雪がこれ以上侵入しないように扉を閉め、

すぐさま陽乃さんの方へと視線を戻す。・・・・・・・・なんなんだよ。もう訳わからん。

顔や首元だけじゃなくて、その腕さえも真っ赤に染め上げている陽乃さんが

とろんと蕩けきった顔で俺を見つめていた。

そして、俺が陽乃さんを見ていると気がつくと、一瞬目をあわせはしたが、

猛烈な勢いで顔を膝で隠し、そのまま膝を抱えて小さく丸まってしまった。

・・・・・・これって、もしかして、何か俺がフラグ建てちゃった・・・のか?

そんなことはないよな? だって、なぁ。どうしよう。

これ以上何か俺が言っても火に油を注ぐだけだよな。

だったら、一回死ぬ覚悟で雪乃に助けを求めるしかない。

このまま何もしないと、確実に殺されるし。

せぇので雪乃の方に振り向くぞ。せぇのだ。せぇの。

勢いでやれば、半殺しくらいで済むかもしれないんだ。

だから、何も考えないで、・・・・・・・せぇのっ!



八幡「えっ?」



俺は、思わず声を洩らしてしまった。陽乃さんは陽乃さんで急展開すぎたが、

雪乃も雪乃で危なすぎるほどの急展開をみせていた。



雪乃「何を馬鹿な顔をしているのかしら? あら、もともとお馬鹿だったわね」

八幡「おい。馬鹿なのは認めてはいいが、どうなっているんだよ」

雪乃「どうなっているとは、どういう意味かしら? 何がどうなっているかを

   しっかりと示さなければ、お馬鹿の同類ではない私にはわからないわ」

八幡「いや、もういい。今の質問は忘れてくれ」

680 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/19(木) 17:30:43.56 ID:4sp8M6Yt0

雪乃「そう?」



雪乃は、もはや興味なさげに肩にかかった黒髪を優しく払うと、じぃっと俺を見つめてくる。

いったい「なんなんだよ」を何回繰り返せば済むんだよ。

急展開がフル回転で俺を揺さぶるから、ついていけないって。

ただ、致死性をもった雪乃の瞳が閉じられたのは幸いか。

しかし、今も何かしらの審判が継続されているんだろうなぁ。

一度殺意を持った雪乃が、簡単に俺を許してくれるとは思えない。

何について殺意を抱いているかを知らないままで死ぬのだけは勘弁だけれど。



八幡「俺がこれ以上陽乃さんに何か言っても、フォローにはならない気がする。

   だから、俺の代りに何かフォローしてくれないか?

   ほら、このままほっとくと、後が怖いだろ?」

雪乃「そうね? このままだと、後が怖いほど面倒になるわね」



雪乃は、そうわずかに致死毒が漏れ出した発言をこぼすと、席を立ち、

陽乃さんの元へと向かう。

またなにか俺が雪乃の癇に障る発言をしたか?

ちょっと雪乃の毒にあてられたみたいで、息苦しい。

それでも、雪乃は陽乃さんの前まで来ると

膝を折ってかがみ、陽乃さんの耳元で何やら呟いたようであった。

陽乃さんは、雪乃の声にピクリと肩を震わせて反応すると、顔を膝から上げ、

正面にいる俺と目が合ってしまう。

すると陽乃さんは逃げるように視線を俺から外すと、なにやら雪乃の耳元で囁いた。

その陽乃さんの発言の結果として、雪乃は首を横に振る。

それを見た陽乃さんも、その答えを予想していたのか驚きもしない。

そして、雪乃も陽乃さんも不敵な笑みを浮かべて、いつもの二人へと戻っていったのだが、

その陽乃さんが何か囁いた直後の二人の反応が、どうしても気になってしまった。

どうしてっていわれても、勘だとしか答えようがない。

まあ、勘といっても、生命の危機を感じるほどのインパクトがあったのだから、

おそらくは俺の勘は当たっているのだろう。

陽乃さんの発言を聞いた直後の、雪乃の痛みを抱えたまま永久に氷漬けにさせそうな笑顔。

一方、陽乃さんのその死を選びたくなるほどの氷の拷問を笑って払いのけてしまう挑発的な瞳。

二人の側には一般人たる俺もいることも気にかけて欲しいところだけれど、

これ以上近づくと、死ぬ事さえ許されなくなってしまいそうで怖い・・・です。

なにか話題を振って、現状を打開しないと、確実に死ぬ。

なんでもいい。セクハラ発言で二人からひんしゅくをかってもいい。

もうこの際なんだっていい。とにかく、生きたい。

このまま命を、精神を削られて、病んでいくのだけは、回避せねば。

681 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/19(木) 17:31:21.13 ID:4sp8M6Yt0

こうどんな話題でもいいという時こそ話題は見つからない。

普段だったら、どうしようもない事をぽろっと言って、雪乃のひんしゅくを買うほどなのに。

それさえも出てこねぇ・・・。

焦れば焦るほど、精神が擦り減って、じわじわと自分がつぶれていくのがわかった。



陽乃「私がコナコーヒー好きなのは知ってもらえたけど、

   雪乃ちゃんがどのダージリンが好きか知ってる?」



陽乃さんの突然すぎる発言に、驚きを感じ得ないが、喜びの方が上回る。

女神きたぁ〜。心の第一声は、この一言に尽きるだろう。

死神が女神の仮面かぶってるだけかもしれないけど、この際問題ない。

もう、死にそうだったんだよ。だったら、死神にさえすがるって。



八幡「ダージリンは、ダージリンじゃないんですか?

   なにか生産農園が違うとかですか?」

陽乃「農園の違いはあるかもしれないけど、もっと根本的な事よ」

八幡「だったら、コーヒーと同じように偽物が多いって事ですか?」

陽乃「それとも違うわね。もちろん日本に出回っているダージリンのほとんどが偽物だけどね。

   コナコーヒーよりも劣悪な混じりものが多いと思うわよ。

   コナコーヒーよりも紅茶のダージリンの方が日本では有名だしね」

八幡「やっぱり偽物ばっかりが流通してるんですね」

陽乃「当然でしょ」



当然すぎる事を聞くなというような目はしていない。

むしろ、俺が話にくいついたことを嬉しそうに感じていた。

だから、雪乃が訝しげに冷たい視線で見ていた事も、陽乃さんが何かを企んでいた事も

死神にすがってしまった俺には、気がつくことなんてできやしなかった。

だって、女神だよ。死神が女神の仮面をかぶっていたとしても、

その笑顔は最高だし、なによりもスタイルが素晴らしすぎるし。



陽乃「ダージリンはね、葉を摘む時期によって値段も味も香りも色も違うのよ」

八幡「そうなんですか。一年で何度も収穫できるんですね」

陽乃「そうね。でも、狙った季節で一番美味しいのが収穫できるようには

   調整しているのではないかしらね。

   それでは、雪乃ちゃんが好きな季節の葉はどの季節でしょ〜か。

   はい、比企谷君、どうぞ」

八幡「じゃあ、冬で」

雪乃「え?」

八幡「不正解か?」

682 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/19(木) 17:31:51.31 ID:4sp8M6Yt0

雪乃が思わず声を洩らすものだから、不安になってしまう。

雪乃「何故冬なのかしら?」

八幡「雪乃の誕生日が一月で冬だし、名前にも雪ってついているから、冬かなと」

陽乃「面白い解答よねぇ」



雪乃は、俺の説明を聞くと、手で頭をおさえる仕草をわざとらしくする。

あまりにも俺の解答理由がお粗末ってことを伝えようとしているみたいだけど、

雪乃から伝わってくる気配で、十分すぎるほど理解できるからなっ。



雪乃「ねえ、八幡」

八幡「なんだよ」

雪乃「冬にどうやったら収穫できるほどの葉が成長するのかしら?」

八幡「あっ」

雪乃「どうやら、根本的なことを忘れていたようね。いくらなんでも冬は難しいわ。

   秋摘みでさえ、なかなか成長してくれないのに」

陽乃「雪乃ちゃんにからませて冬を選んだあたりは悪くはないけど、

   さすがに冬はねえ」



雪乃も陽乃さんも、ちょっとお馬鹿すぎる解答を聞き、

俺を可愛そうな人認定してしまったらしい。

せめて苦笑いをして、聞くに堪えない罵倒を受けたほうがましだった。



陽乃「今度は、各季節の特徴も教えておくわね」

八幡「はぁ・・・」



特徴って言われてもね。

普段雪乃が紅茶を淹れてはくれているけど、いろんな種類のを淹れるんだよな。

どれも美味しいし、なんとなくの特徴くらいはわかる。

だけど、なんで今まで雪乃が一番好きな紅茶の銘柄を聞かなかったんだよ。

聞く機会ならいくらだってあったのに。

雪乃は紅茶が好きなんだし、大好きな銘柄の一つや二つくらいはあるはずだ。

それなのに、なぜ俺は聞かなかったのだろうか。

・・・・・・答えは簡単か。

俺は、紅茶を淹れる雪乃そのものが好きだったわけで、

どの紅茶を淹れるかは問題にはしてこなかった。

さっき陽乃さんが言っていた偽物のコーヒーではないけれど、

これもやはり、誰が紅茶を淹れたかが重要なのだろう。



陽乃「気のない返事ねぇ。まっ、いいわ。では、雪乃ちゃん、解説して」

683 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/19(木) 17:32:23.45 ID:4sp8M6Yt0

雪乃「姉さん。自分で言っておきながらも、重要な所を人に丸投げしないでくれないかしら。

   でも、まあいいわ」

陽乃「じゃあ、お願いね」

雪乃「まずは、三月から四月に収穫するファーストフラッシュ。

   爽やかな香りが特徴の一級品よ。カップに注いだ時の色が淡いオレンジ色で

   ストレートティーがよくあうわ。そうねぇ・・・。

   春の季節にふさわしい、さわやかな感じかしら」

八幡「それって、俺も飲んだことあるよな?」

雪乃「ええ、もちろん。八幡は、覚えてないかしら?」

八幡「すまん。毎回違った紅茶が出てきて、それ自体は新鮮で、毎回美味しい紅茶を

   淹れてもらってるのを感謝してるんだけど、どれがどれだかまでは、ちょっとな」

雪乃「そう」

八幡「ごめんな。せっかく雪乃が淹れてくれているのに。

   だから、これからはさ。紅茶を飲むときに葉の特徴とか話してくれると助かる。

   だって、雪乃が好きなものだし、知りたいんだよ。

   いつまでも雪乃が紅茶を準備している姿ばかり目で追って、見惚れているのも

   あれだしなって、今になって痛感した。

   やっぱ、どんなものが好きかとかも知っておきたいしさ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?

無・・・反応?

と、無反応と思っていたら、急激に雪乃の表情が変化していく。

急に立ち上がったかと思うと、ソファーの周りを歩き出す。

どこかに向かうわけでもなく、早足で歩きだしたかと思えば、

急に止まって顔を両手で覆って座り込んでしまう。

それもすぐに立ち上がったかと思えば、再び歩き出した。

今度はどうするのかなって様子を見ていると、顔を真っ赤にしたまま俺を見つめ、

目が合うと、ぷいっと目をそらして、両手で顔を仰いで冷やそうとする。

これはまた、なにか言っちゃったか?

陽乃さんに打開策を求めて視線を送ろうとすると、不機嫌そうに頬を膨らませている。

おいおい。今回に限っては、陽乃さんには何も言ってないだろ。

それなのに打開策をくれないだけでなく、睨みつけるって、どういうこと?

俺は困惑するしかなかった。



八幡「なあ、雪乃。落ち付けって」



俺が声をかけても逆効果で、雪乃の足を速めるくらいにしか効果がない。

俺が雪乃を捕まえて落ち着かせるか、それとも、落ち着くまでほっとくのがいいのか。

悩むところだけど、早く決断しないとやばそうだ。

684 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/19(木) 17:32:50.16 ID:4sp8M6Yt0

そうこうして、次の手を決めかなていると、陽乃さんが雪乃の元へと向かった。

ここは、陽乃さんの出方を見るのが得策かな。

火に油を注ぐ事態になるんなら、強引にでも介入しないといけないが・・・・・・・。

それだけは、ないですよね?

じわりと嫌な汗が額から顎へと滑り落ちた。



陽乃「・・・・・・・」



陽乃さんが、なにやら雪乃の耳元で何か囁くと、雪乃は、急に電池が切れたおもちゃのように

動きを止めて立ち尽くす。

そして、ゆっくりと陽乃さんの方へと首を動かす。

こちらからは雪乃の表情は見えない。

また、陽乃さんの表情を読み取っても、雪乃がどんな表情をしているかなんて

わかることなんてできやしなかった。

だから、俺は、いつもよりゆっくり進む時計の針を、心臓を抑えながら待つしかなかった。

どのくらいの時が経っただろうか。

陽乃さんはすでに自分の席へと戻ってきている。

コーヒーカップを優雅につまみ上げ、

残り少なくなった冷え切ったコーヒーを楽しんでさえいた。

やはり、待つしかないのか。

と、俺もコーヒーを飲んで落ち着こうとカップに手を伸ばす。

しかし、全て飲みきっていては、飲むことなどできなかった。

俺は苦いコーヒーを飲む代わりに、渋い顔でカップを眺める。

そんなことをしてもカップからコーヒーが沸きだすわけでもないのに、

やることがないと人間、なにかしら無意味な行動をしてしまうのかもしれなかった。

なんか陽乃さんなんて、俺の三文芝居を面白そうに見てるんだよなぁ・・・。

俺を見ていて、カップにコーヒーがないのをわかっているんなら、

お代わり淹れてくれないか?

自分勝手な催促だってわかっているけれど、陽乃さんが淹れてくれるコーヒーの前では、

自分で淹れたコーヒーなど飲みたくはない。

3段階評価が落ちるどころか、7段階位は美味しさの差が出てしまう気がする。

俺と陽乃さんが、無意味すぎる空中戦をやっていると、ついに待望の進展がみられた。



雪乃「では、春摘みの次は、五月から六月に摘む夏摘みね」



え、えぇ〜・・・・・・。

雪乃は、自分の席に戻ってくると、

空になっているコーヒーカップを勢いよくもう一度全て飲みきる。

カップの中身など気にもせず、ソーサーにカップを戻すと、雪乃は話を再開させてしまった。

685 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/19(木) 17:33:21.59 ID:4sp8M6Yt0


まあ、このまま再起動しないよりはましか。

ここで何か言って、再びフリーズされて、再起動不能になるよりは、

ここは雪乃にあわせるのが得策だと考えがいたった。



八幡「あぁ、そうだな」

陽乃「そうねん」



陽乃さんも俺に続いて陽気な声で相槌を打つ。

けれど、腹の底で何考えているか、わからないんだよな。

陽乃さんは陽乃さんで、面白そうに雪乃と、ついでに俺を眺めているだけだし、

・・・・・・これ以上ひっかきまわされるよりはいいか。



雪乃「夏摘みは、セカンドフラッシュともいわれ、ダージリンの中でも最高級品に

   分類されているわ。マスカットフレーバーと言われているセカンドフラッシュ特有の 

   香りが楽しむ事ができ、この香りを楽しむだけでも価値があると思うわね」

陽乃「これもストレートティーがいいわね」

雪乃「そうね。ミルクなどを加えるのならば、秋摘みのオータムナルをお勧めするわ。

   十月から十一月に収穫するとあって、なかなか葉が成長しないのが難点ね。

   でも、その分味は強めで、しっかりしているわ。

   甘みもあって、セカンドフラッシュやファーストフラッシュのような

   際立った特徴がないのが特徴かしらね。

   だから、紅茶らしい紅茶ともいうのかしら。

   一般的な紅茶の味というのならば、オータムナルが一番近いかもしれないわ。

   でも、ダージリンの中では値段が安いのだけれど、それでも

   ミルクティーにすれば、他の二つを圧倒する味なのよね。

   これも好みだから、私の意見が絶対とは言えないのだけれど」

八幡「いや、雪乃の意見は参考になるよ。もちろん人の好みってのもあるだろうけどさ」

陽乃「これで全て出そろったわね。

   モンスーンフラッシュっていうのもあるけど、これは味も香りも価格も落ちるから、

   今回は考えなくてもいいとしましょう。

   ではでは、比企谷君。もう一度解答をどうぞ」



もう一度俺に恥をかけってことですか?

なんか、さっきの可愛そうな人認定も俺の精神を深くえぐる為に、

二人してわざとやった気もするんですけど、どうなんでしょうか?

・・・・・・でも、本気で可愛そうな人認定されるよりも、わざとの方がいいか。

いや、まて。こんな風に俺が思い悩む事まで想定にいれて精神攻撃してるってこともないか。


686 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/19(木) 17:33:48.67 ID:4sp8M6Yt0


陽乃「ちょっと比企谷君。そんなに考え込まなくてもいいから。

   さっきみたいに、なんとなくの解答でいいわよ」



俺も、さくっと解答したかったんですけどねぇ。

なんだか深読みしなければいけない状況に追いやられてるんですよ。

ふだんがふだんだけに、それは大変なんですよ。

まあ、馬鹿にされたり、おもちゃにされるのはなれてるから、考え込んでエネルギーを

膨大に消費するよりは、流れに任せて痛めつけられた方が被害が少ないかもな。

だったら、さくっとお馬鹿な解答見せて差し上げます。

八幡「だったら、夏摘みで」

陽乃「ほう・・・、その理由は?」



陽乃さんは、面白い解答を聞けたと目を細めるが、解答が正解しているかは読みとれない。

雪乃にいたっては、無表情なまでの沈黙を保っているから、こちらも無理だ。



八幡「まず、消去法で秋摘みを消します。理由は、紅茶らしい紅茶だからかな」

陽乃「それは、雪乃ちゃんが捻くれてるっていいたいのかな?」

八幡「違いますよ。もちろん紅茶らしい紅茶も好きだとは思いますよ。

   だけど、なにか違う気がするんですよ」

陽乃「何が違うのよ?」

八幡「それを言葉にするのが難しいから困ってるんじゃないですか。

   まあなんですか。今まで雪乃と一緒に暮らしてきて得た勘みたいなものですよ」

陽乃「それは、値段が三つの中では一番安いから?」

八幡「それは絶対ないと思いますよ。雪乃は、値段よりも自分の舌と鼻を信じると

   思いますから」

陽乃「つまらないわね。雪乃ちゃんは、値段どころか、銘柄さえも知らないで

   選びとったわよ」

八幡「へぇ、そうなんですか」



俺は感嘆の声を洩らして雪乃の方を向くと、雪乃は首をすぼめてはにかむ。

なんだか雪乃の彼氏でいられる事を誇らしく思えてきてしまう。

値段も名前も判断材料にせず、自分の感性のみで選びとるか。

なんだか雪乃らしいな。

けっして人の意見や先人たちの知識を否定するわけではないだろうが、

むしろ知識は喜んで吸収しているけど、最終判断は自分ですべきだ。

どんなツールであっても、それが世界最高のツールであっても、

使う人間が使いこなせなければ世界最低のツールになり下がってしまう。

だから、どんな時も自分を持ち続ける雪乃を見て、誇らしくもあり、

羨ましくもあった。
687 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/19(木) 17:35:48.30 ID:4sp8M6Yt0

俺は、この先、雪乃と同等の強さを持つことができるだろうか?

不安を感じずにはいられなかった。


第39章 終劇

第40章に続く




第39章 あとがき


コナコーヒーとダージリンですが、個人的な趣味丸出しで申し訳ありません。

とはいうものの、人に自慢するような知識はなく、

自分が飲んで楽しむ程度の知識しかありませんが・・・。

専門店で買うのですが、自宅での保存よりはお店での保存の方がよいかなと思い、

買うときは、1〜2ヶ月で飲みきれる分量だけを買うようにしております。

コーヒーも紅茶も香りが大切ですから、なるべる自宅での長期保存は避けるようにしています。

なんて書いていますが、コンビニでペットボトルティーを買うときは、

極甘のフレーバーティーたる伊藤園 TEAS'TEA ベルガモット&オレンジティーを

選んでいるわけで、紅茶の香りで銘柄をあてるなんてできやしません。


【お知らせ】

知っている方もいると思いますが、

現在「ハーメルン」にて『やはり雪ノ下雪乃〜』を再掲載しております。

内容としては同じですが、小説風にレイアウトを変更し、

なおかつ加筆修正もわずかながらしております。

修正作業は、さらっと流せるところは早く進むのですが、

一度気になりだすと修正が止まらないですがorz

完全移籍を気にしている方もいらっしゃるかもしれませんが、

今のところは本サイトで話の区切りがつくまではしない予定です。

どのような決断をするかは未定ですが、本サイトを大切にしたい気持ちと、

今まで読みに来て下さった読者の皆様を大切にしたい気持ちは変わりませんし、

大切にしていきたいと思っております。

ここからはリアルすぎる計算ですが、おそらく今のペースで「ハーメルン」で再掲載をしていくと、

五か月くらいは本サイトに追いつかないと思います。

五か月も連載続けられるのかという疑問については、

『愛の悲しみ編』の次にあたる『彼氏彼女らの選択編(仮題)』のプロットがあるので

おそらく五か月は続くかなと・・・。

ちなみに内容は高校生編ですが、雰囲気としては『はるのん狂想曲編』に近いと思います。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。


黒猫 with かずさ派
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/19(木) 18:07:50.15 ID:kAmGrzOAO


無自覚って怖い……
689 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/19(木) 18:27:04.28 ID:hTaBbPlEo
乙、面白かった
690 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/19(木) 20:57:31.21 ID:3CfbsX39o
乙です
691 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/20(金) 18:09:22.04 ID:bwt5Zj7uO
おつ
692 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/26(木) 17:29:22.02 ID:XApkFNfO0

第40章




7月11日 水曜日




陽乃「はい、はい。そこ、いちゃつかない。さっ、比企谷君、解答の続き、続き」

八幡「あ、はい。次は、春摘みが違うかなって思います。

   これも勘なんですけど、爽やかな感じっていうのがちょっとちがうかな、と。

   もちろん春っていうと、さややかな感じがすっごくして

   雪乃のイメージにも合うとは思うんですけど、夏摘みと比べると劣るかなと」

陽乃「それはなぜかな?」

八幡「これは、俺の願望かもしれないんですけど、いいですか?」

陽乃「もちろん」

八幡「マスカットフレーバーでしたっけ?」

陽乃「ええ」

八幡「夏摘みだけ、なんか仲間外れみたいじゃないですか」

陽乃「え?」

八幡「だから、秋摘みは、紅茶らしい紅茶だから、一般的な紅茶ですよね」

陽乃「ええ、そうね」

八幡「それから、春摘みは、いくら爽やかな感じとはいっても、

   夏摘みよりは紅茶らしい紅茶なんじゃないかなって、思ってしまって」

陽乃「だから、夏摘みを?」

八幡「ええ、まあ、そうですね」

陽乃「あのね、比企谷君。いくら味や香りに特徴があるといっても

   フレーバーティーじゃないんだから、紅茶の専門家が聞いたら怒りそうだけど、

   紅茶は紅茶なのよ」

八幡「それはわかっていまうすよ。だから、なんとなく思った、勘みたいなものだって

   言ったじゃないですか」

陽乃「まあ、そうね」



陽乃さんが、つまらなそうに呟く。

もしかして、正解を引き当てたか?



陽乃「でも、それだけじゃ、セカンドフラッシュを選んだ理由にはならないんじゃない?」

八幡「そうですね。これだと一番紅茶らしい紅茶から遠いのを選んだだけですからね。

   そうですねぇ・・・・・・」



俺は、一度雪乃の顔を見やる。

急に雪乃の方を向いたものだから、雪乃は驚き目を丸くした。

693 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/26(木) 17:29:55.27 ID:XApkFNfO0

すると、すぐに反撃とばかりに、驚かすなと睨みつけてくれではないか。

こればっかりは俺のせいだし、ごめんと目で合図して、再び陽乃さんの方へと向き直った。



八幡「孤高・・・ですかね。孤高ともいえる独特の香り。

   ダージリンに限定されなければ、

   本当に何が好きかだなんてわかりそうもないですけど、

   雪乃なら、自分はこれが好きっていう香りをもってそうかなと。

   最高級品といっても、マスカットフレーバーが苦手な人も

   いるかもしれないですけどね。

   まあ、だから、右になおれじゃないですけど、

   誰もが飲み慣れた紅茶らしい紅茶よりは、独特な香りを有するセカンドフラッシュを

   選んだんですよ。そうですね。こう考えると、捻くれているっている意見も

   あながち間違いではないかもしれないですけど」



俺は、自分で建てた推理に、おもわず心地よい苦笑いをする。

陽乃さんから正解をまだ聞いたわけではないが、なんだか俺の心には満足感が

満たされていっているようだった。

捻くれている?

上等じゃないか。似た者同士が惹かれあって何が悪い。

普段は、俺も雪乃も、お互い似てなんかいないって言いはってはいるけれど、

やっぱり俺達って似た者同士なのかもしれない。

そう思うと、なんだか嬉しくなってしまった。



陽乃「ちょっと二人とも、二人してニヤニヤ笑っているなんて、気持ち悪いわよ。

   もういいわ。正解よ、正解」



俺と雪乃は顔を見合わせて、初めてお互いがニヤついている事に気がつく。

どうやら雪乃も俺と同じ意見らしい。

悪くはない。いや、むしろ嬉しくもあるのだけれど、

雪乃が捻くれてしまったのは俺のせいか。

でも、セカンドフラッシュが好きになったのは、おそらく俺と付き合う前からだろうし、

雪乃が仮に捻くれているとしても、それは元からというわけで。



雪乃「答えにたどり着く過程がめちゃくちゃなのだけれど、

   それでも正解にたどり着くなんて、ある意味才能ね」

八幡「そりゃどうも」

雪乃「いいえ。まったく誉めてはいないわ」



雪乃は、そっけなく言った割には、嬉しそうにほほ笑む。

694 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/26(木) 17:30:42.93 ID:XApkFNfO0
確かに誉められた解答過程ではないかもな。

捻くれている俺だからこそ辿った過程であり、捻くれているらしい雪乃だからこそ

俺がたどり着けたのだから、けっして世間から見れば好ましい関係ではないのかもしれない。

でもさ、一組くらい俺たちみたいな関係の彼氏彼女がいたとしてもべつにいいだろ?



八幡「悪かったな」

雪乃「でも、いいわ。それでこそ八幡なのだから」

八幡「それも誉めてないだろ?」

雪乃「わかったの?」

八幡「当然だろ」

陽乃「はい、はい。そこの二人。勝手にいちゃつかない。

   でも、やっぱり雪乃ちゃんは今も昔も最高の物を見つけ出すことができるのね。

   それに、比企谷君は本物を見つけ出すことができるみたいだし」

八幡「そうですか? でも、本物も素晴らしいとは思うけど、

   でもやっぱり、たとえ偽物であっても、俺にとってそれに価値があるのならば、

   世間では偽物だと評価されようと、本物以上の価値があると思いますよ」

陽乃「そうなの?」

八幡「だから、さっきから何度も言ってるじゃないですか。

   本物だけに価値があるなんて、それこそ偏見ですよ」

陽乃「・・・・・・そっか。コーヒーのお代わり淹れてくるわね」



陽乃さんは、そう小さく呟くと、パタパタと床を響かせながらリビングを後にする。

その後ろ姿がなんだか可愛らしく思えて、

その可愛らしさは本物ですよって、念を送ってしまった。



雪乃「鼻の下が伸びているわよ」



振り返ると、不機嫌そうに睨む雪乃が俺を出迎える。

なんだか二人して喜怒哀楽が激しすぎないか。

俺は小さくため息をつくが、この微笑ましい仮初めの幸せに身を任せずにはいられなかった。








なかなか俺達を離してくれない陽乃さんを、後ろ髪ひかれる思いのまま

マンションまで戻ってきたのは午後11時近くになっていた。

お風呂も雪ノ下邸で入ってきたので、あとは寝るだけなので問題はない。

勉強にしたって、雪ノ下邸でいつもと同じようにやり遂げてもいた。

雪乃に関しては、同じ学科の先輩たる陽乃さんもいるわけで、

雪乃は必要ないと言いながらも、陽乃さんがさりげなくサポートしていたので

自宅マンションで一人で勉強するよりもはかどっていた気もする。
695 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/26(木) 17:31:17.77 ID:XApkFNfO0


まあ、雪乃本人はけっして認めはしないだろうが。

それでも、陽乃さんも嬉しそうにかまっているので、どうにか姉妹間バランスは

うまい具合にバランスがとれているのだろう。

しかし、それも一定の距離感を保てる勉強に限るかもしれない。

お風呂に関しては、どうもうまくいかなかったらしい。

俺は、自宅マンション以上に広くて、どでかい檜の湯船を堪能できたことで

すこぶる満足できるバスタイムではあった。

純日本風の檜の香りに包まれる風呂。

俺も、噂レベルでは聞いた事はある。

高級旅館や、今はやりの各部屋に作られている室内備え付け温泉なんかでは、

もしかしたら、めぐりあうことができるかもしれないと思ってはいた。

けれど、個人宅で、しかも、ここまで豪華な檜の風呂に入れるとは、夢にも思わなかった。

豪華でありながらも、厭味を感じさせないわびさびを反映させた日本の風呂文化。

俺がどうこういうのもあれだし、風呂にわびさびなんか求めてなんか

いないのかもしれないけど。

ただ、俺がこうまではしゃいでしまうほどの風呂に入れたってことだけは確かだった。

そして、この雪ノ下邸の風呂場は、湯船だけでなく、洗い場もすこぶる広かった。

大人二人が一緒に入ったとしても、十分すぎるほどのスペースが確保されている。

だから、雪乃と陽乃さんが一緒に入ったとしても、風呂における人間の占有領域

からしてみれば、十分すぎるほどの空き領域を確保できていた。

そんな最高級のお風呂であっても、入浴直後の雪乃の感想を聞くと、

次に俺がこのお風呂に入れるのは、当分先かもしれないと思ってしまった。



雪乃「もう絶対に姉さんとはお風呂に入らないわ」

八幡「そういいながらも、けっこう長い時間入ってたじゃないか?」

雪乃「姉さんが離してくれなかったのよ。姉さんとお風呂に入るのなんて久しぶりだから

   油断していたわ。姉さんも年を積み重ねて大人になったのだから、少しは落ち着きを

   もった人間になったと考えたのが甘かったみたいね」

八幡「そうか? なんだか肌がつやつやしてて、満足そうにみえるんだけどな」

雪乃「それは・・・、それは、姉さんがあれもこれもと、マッサージやオイルなど

   色々としてきたせいよ」

八幡「だったらよかったじゃないか?」

雪乃「それが、肌や髪の潤いを与えるだけならば、私も考えなくはないわ。

   けれどね八幡」

八幡「なんだよ」



俺に問いただすように詰め寄る雪乃の顔には、

はっきりと修羅場を潜り抜けた人間にしか持ちえない決意が秘められていた。


696 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/26(木) 17:31:47.25 ID:XApkFNfO0


雪乃「お風呂は、一日の汚れを流し、リラックスする為の場だと考えているわ」

八幡「それは、俺も同意見だよ」

雪乃「そうね、一般的に言ってもほとんどが同意見でしょうね。

   けれど、姉さんはその一般的回答に含まれていないのよ」



ある程度は予想はしていたが、雪乃にこうまで堅い決意を抱かせるほどとは。

たしかに雪乃の肌のつやや、髪の艶は素晴らしいほどに整っている。

しかしだ、その肌と髪の持主たる雪乃は、明らかに疲れ果てていた。

雪乃が言う風呂でのリラックスは、どう見ても出来ていないといえる。



八幡「へ・・・えぇ」

雪乃「八幡は、姉さんの過剰すぎるもてなしを経験していないから

   そんなふうに他人事として言えるのよ」

八幡「いや、俺も、雪乃ご苦労さんって気持ちをもっているぞ」

雪乃「そうかしら? 八幡も一度経験してみればわかると思うわ」

八幡「それは、さすがに駄目だろ」

陽乃「あら? そうかしら。私はいつでもウェルカムなんだけどな。

   それに、雪乃ちゃんのお許しもでたわけなんだから、何も問題ないでしょ」



俺達が振り返ると、ちょうどキッチンからペリエの瓶を三本持ってきた陽乃さんが

そこにはいた。

そして、俺達に瓶を手渡すと、俺達の向かいのソファーへと身を沈めていく。

これは雪乃には言えないのだけれど、妖艶さに磨きをかけた大人に成長した陽乃さんの

湯上りの姿は、直視できないほど色っぽく、艶やかさを振りまいていた。

陽乃さんも久しぶりの雪乃とのバスタイムともあって、

大人の慎み深さは霧散してしまったのだろう。

俺も、雪乃の背中を両手で押して風呂場に消えていく陽乃さんを目撃していたので、

ある程度は陽乃さんのはしゃぎようは予見はしていた。

ただ、今目の前にいる頬が上気した湯上りの陽乃さんは、

想像以上の大人の色気を備え持っていた。



八幡「問題ありまくりですって」

雪乃「私は許可した覚えはないのだけれど」

陽乃「だって雪乃ちゃんが、八幡も一度経験してみればわかると思うわって言ったじゃない。

   だったら、比企谷君には、是非とも経験してみるべきよ。今後の為にも」

八幡「なんのためにですか。俺を捕まえてどうしようっていうんですか」

陽乃「そんなの決まっているじゃない。

   それとも、私の口から生々しい詳細を聞きたいのかしら?」


697 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/26(木) 17:32:19.22 ID:XApkFNfO0


陽乃さんの入浴後効果120%増しの色っぽさは、もはや回避不可能レベルに達していた。

一度捕まってしまえば、どこまで引きづり込まれるかわかったものじゃないっていうのに、

今日の陽乃さんはなんだかリミッターが外れた強さを持っていた。

常に常識外れの強引さはあるけど、いつもは今一歩踏み込んでこない弱さがある。

しかし、今日はその弱さがややかすんでいる。

今話題になっているお風呂の話だけではなく、俺は、今朝陽乃さんを迎えに行った時から

なにか違和感を感じていた。



雪乃「姉さん、そこまでにしておきなさい。

   これ以上の事となると、私も本気にならざるを得ないわ」

陽乃「あら、雪乃ちゃんはいつも本気じゃない?

   もしかして、いつも余裕があったのかしら?」



雪乃は、ほんのわずかの時間目を丸くしたが、それを打ち消すように毅然と姿勢を正す。

その行為が、その気持ちの切り替えが、雪乃の敗北を強く示していた。

いつだって雪乃は本気だ。どんな時であっても、試合開始直後だろうと雪乃は

実力を100%近く発揮している。

これはある意味気持ちの切り替えが早いから、わずかな時間でさえも集中して勉強できる点で

非常に優れているといえる。

俺なんかからすれば、勉強に集中する為には多少の時間がかかるわけで、

10分くらいの空き時間さえも全力で勉強できる雪乃をいつも羨ましくも思い、

コツを教えて欲しいといったものだ。

一応コツを聞き、かえってきた言葉は、特に意識してやってるわけではないとの事だが。

そう、だからこそ雪乃には、余裕がない。

常に全力だからこそ、実力の天井を晒してしまうし、力の余裕なんてあるわけがない。

これが格下相手ならば問題ないのだろう。

けれど、相手が陽乃さんであったり、雪乃の母親なんかの化け物級の相手となると

状況が一変してしまう。



陽乃「それとも、雪乃ちゃんは、自分が言った言葉に責任を持てないのかしらね」

雪乃「家族の会話で、冗談を言ってはいけないのかしら。

   たしかに私は八幡に一度経験してみればいいとは言ったわ。

   でもそれは、経験する事はないだろうけど、もし経験したら逃げ出したくなるような

   経験だっていう意味で言ったまでよ」



たしかに、常識的な話の流れからすれば雪乃の言い分が正解なのだろう。

・・・でも、相手は陽乃さんであった。



陽乃「そう?」
698 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/26(木) 17:32:54.48 ID:XApkFNfO0

雪乃「そうよ」



目を細めて雪乃を見つめる陽乃さんの眼光が、雪乃の体を縮みあがらせてしまう。

もはや勝負はついているのだろう。ついているんだろうけど、雪乃はきっと逃げないはずだ。



陽乃「だったら、同じ事を母にも言えるかしら?」

雪乃「それは・・・」

陽乃「もし、大学での成績が下がってしまって、比企谷君との交際を認めてもらえなく

   なった場合、その時、交際は男女間の意思のみで成立するから、母の指示には

   従わないって言えるかしら?」

雪乃「成績は今のレベルを維持するわ」

陽乃「それは覚悟であって、未来での確定事項ではないわ。

   でも言ったわよね? 二人が母に交際を認めさせる条件として。

   それさえも、家族間の冗談としてすますのかしら」



強引な論理の入れ替えだ。

あの時の俺達の宣誓と、さっき雪乃がいった言葉の背景には大きな隔たりがある。

強引すぎる。それは雪乃だってわかっている。

わかっているけど、それを指摘する気力が雪乃からは消えかかっていた。

まあ、あの女帝相手に冗談なんて言えやしない。

きっと言えるのは、親父さんくらいだろうな。

俺は、想像もできない女帝と親父さんのやり取りを無理やり想像して

苦笑いを浮かべてしまう。

雪乃も陽乃さんも一歩も引く事をせず、時間だけが過ぎ去っていく。

このあと女帝が帰ってくるまで冷戦状態が続いたのだが、

このとき初めて雪乃の母親に会えた事に喜びを感じてしまった。

あの俺の事を人として見ない蔑む目を見て、

ほっとしてしまう日が来るとは夢にも思わなかった。

それほどまで重苦しい雰囲気だったと言えるのだが、それはいつもの姉妹の会話と

言ってしまう事も出来た。

しかし、なにかが違う。ほんの少しだけれど、今日何度目かの違和感を覚えた。

とはいっても、女帝が帰ってくると、雪乃も陽乃さんもいつもの調子に

戻っていたので、俺の考え過ぎだったのかもしれないと、この時は思っていた。













699 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/26(木) 17:33:26.21 ID:XApkFNfO0


7月12日 木曜日






コーヒーの香りが俺の鼻をくすぐる。

雪乃のマンションで朝起きると、コーヒーの香りが俺を出迎えてくれるようになったのは、

いつからだっただろうか?

そもそも雪乃がコーヒーを豆から用意してくれるだなんて想像した事もなかった。

奉仕部では、いつも紅茶を淹れてくれていたので、どうしても雪乃というと

紅茶と結び付けてしまう。

それでも俺の為にコーヒーを準備してくれているのは、俺がマックスコーヒーを

好んで飲んでいるせいなのだろう。

だったら練乳も用意してくれればいいのに、ミルクだけって、

おそらくコーヒーに関しては、雪乃は陽乃さんの影響を受けているのだろうと結論付けた。



雪乃「どうしたの? 朝から渋い顔をして」

八幡「いや、なんでもない」

雪乃「なんでもないという顔ではないと思うのだけれど」



俺の適当すぎる返答に、雪乃は訝しげに首を傾げて、俺の顔を覗き込んでくる。

朝から人の心の奥底まで見通してしまうような目で見つめられると、

ちょっと腰を引いてしまいしそうになってしまう。

以前同じような状況で実際に腰を引いてしまったら、雪乃が悲しそうな顔をしたのを

脳裏によぎってしまった。

俺からすれば、適当に相槌を打ってしまった後ろめたさからくる逃げ腰だったのだが、

雪乃からすれば隠し事をされたと感じてしまったようだった。

今まで俺が一人で厄介事を抱え込んでしまう前科が山ほどあるわけで、

いくら恋人になり、同棲までしたとしても、

雪乃は、その前科を忘れることができないのだろう。

以上から、俺が今すべきことは、雪乃が納得すべき回答を胸を張って答える事だった。



八幡「いや、な。このコーヒーって、いつもと同じだよな?」

雪乃「ええ、そうよ。八幡が毎朝飲む為に買ってきた百グラム三百円のブレンドコーヒーよ。

   しかも、賞味期限一カ月前から3割引きになるお買い得品。

   普段から目が腐っているのだから、少しくらいエコに目覚めて、

   廃棄ロスを減らすべく、環境に優しい行いをと、選んでいるわ」

八幡「俺の目が腐っているのと、スーパーの廃棄ロスとの間には、

   少しも因果関係ないだろ」

雪乃「そうかしら? てっきり八幡は腐りかけのものが好きなのだと思っていたわ」

700 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/26(木) 17:33:53.60 ID:XApkFNfO0

八幡「そもそもスーパーのお買い得品は、腐ってないだろ。

   もし腐っていたら、それこそ大問題になってしまう」

雪乃「そうね。八幡の存在自体が大問題だったわね」

八幡「俺の存在自体を否定するなよ。俺の目がたとえ腐っていようと、

   俺自身が腐っているわけではない」

雪乃「訂正するわ」

八幡「ありがとよ」

雪乃「性格が腐っているから、その腐った心が外に漏れ出てしまったために、

   目が腐ってしまったのね。

   頑丈な体で産んでくださったお母様に申し訳ないわ」

八幡「俺の体は、腐敗を抑え込む為の器かよ」

雪乃「器としては不十分ね。げんに漏れ出ているじゃない」

八幡「俺の体が欠陥品だっていいたいのか。

   ・・・もういいよ」



早朝からのこのハイテンションはさすがにきつい。

俺は、降参の合図として両手をあげてから、コーヒーカップを手に取り、喉に流し込んだ。

それを見た雪乃は、満足そうにほほ笑むと、自分の為に用意したブラックコーヒーを

一口口に含んだ。



八幡「昨日は、コナコーヒーって言ってただろ?」



百グラム三百円が高いかどうかは判断しかねるが、インスタントコーヒーと比べるならば、

高いと言えるのだろうか。

いや、まてよ。この前、陽乃さんとコーヒー豆を買っていた時は、

百グラム1400円くらいだったはず。

一番高いのが1800円くらいで、コナコーヒーが2番目に高い豆だって印象が残っていた。

そうなると、300円は安いのか?

頭の中で試算しようとしたが、幾分コーヒーの知識が足りな過ぎる。

インスタントコーヒーやマックスコーヒーについてなら、わかるんだけどな。

なんて、頭の中で考え事をしてしまって、ちょっと難しい顔をしていると、

雪乃が心細そうな顔色をみせてくる。

だったら初めから毒舌吐くなよと言ってやりたいものだが、

これが俺たちなのだから、しょうがないか。








第40章 終劇

第41章に続く
701 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/02/26(木) 17:34:26.34 ID:XApkFNfO0

第40章 あとがき




雪乃が紅茶をいれるシーンはよく描写されていますが、

好みの銘柄とかあるのでしょうか?

今回ダージリンを登場させたのは、自分の中のイメージと自分の好みによるものです。

ダージリンですが、個人的にはセカンドフラッシュとオータムナルが好きです。

癖が少ないといいますか、ふつうに美味しいですw

好みですから、人によってふつうの基準は違いますが、

個人的には、味・香りにいやな独特さが際立っていないような気がします。

なんて書くと紅茶好きの人からつっこみを入れられてしまいそうですが、

あくまでも個人的な意見としてお聞きくださればなによりです。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派


702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/26(木) 18:14:09.88 ID:fOKcmsNAO
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/26(木) 18:28:10.60 ID:OYuO/CQ8o
乙です
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/26(木) 19:14:06.65 ID:3dcphVmxo
乙、今日も面白かった
705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/26(木) 23:21:32.31 ID:7WQH/zGqo
はるのんが不穏
706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/27(金) 18:16:40.33 ID:IAa4+usco
このはるのん欲しい
707 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/28(土) 01:19:20.70 ID:ykWuGJlao
アッサム買ったら、クセが強すぎてびびった。ミルクティーに合うっていうが、ミルクと砂糖入れないと飲めない。
ダージリンはちゃんとしたお店いかんと、その季節によって分かれてないのかな?今度買ってみるわ
708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/28(土) 01:44:21.29 ID:lw02o2s5o
アッサムはミルクでまろやかにしてうまくバランスが取れるんだからストレートだとちょっときつい感ある。アールグレイをホットで飲むのも同じくアタックきつい。ダージリン万能感ある。

でも完全にスレチ
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/01(日) 02:26:29.54 ID:vi4WMmIp0
しれっとあとがきに作者帰ってきてる
710 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:29:51.36 ID:MZPnThgr0

第41話





7月12日 木曜日





雪乃「そうだったかしら?」



雪乃は俺の顔色を伺いながら、精一杯の虚勢を張ってとぼける。

その、頑張っていますっていう顔つきが可愛らしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。

すると雪乃が俺の反応に気がついて、頬を膨らませるのだが、

雪乃が安心していくのを如実に感じ取ることができた。



八幡「とぼけるなよ。昨日、その口が言ってただろ」」

雪乃「その口と言われても、どの口かわからないわ」



すっかり調子を取り戻した雪乃は、俺をからかうような瞳を投げかけてくるものだから、

俺としては条件反射でしっかりと大事に受け取ってしまう。

もう一生消えない癖になってしまったな、・・・なんて教えてあげないけど。



八幡「あくまでとぼけるつもりなんだな。・・・わかったよ。

   だったら、雪乃が理解できるようにいってやる。

   雪乃の可愛い口が言ったんだ。

   いつもは罵詈雑言ばかり乱れ撃ちするその唇が、

   しっかりとはっきりと言葉を形作ったんだよ。

   陽乃さんとコーヒーの話を聞いたときは、拗ねちゃって口をとがらせていたくせに、

   家に帰って来てからは、俺の唇を求めてしおらしく泣いてたっけな。

   その俺が大好きな雪乃の口が、コナコーヒーって断言したんだ」

雪乃「・・・そうね」



雪乃はきょとんとした目で俺を見つめて小さく呟いた。

そして、俺の目とかち会うと、恥ずかしそうに頬を赤く染めながら視線を斜め下にそらす。

視線をそらした後も、挙動不審さ全開で、瞳を揺れ動かしながら俺の挙動を観察していた。

ある意味自爆覚悟の攻撃だったが、ここまで効力があるとは恐れ入る。

ナイス俺! 毎日負けてばかりではないのだよ。

連敗記録を更新するだけが取り柄じゃないところをたまには見せつけられたことに、

俺はちょっとばかし天狗になってしまう。



八幡「雪乃?」

711 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:30:53.64 ID:MZPnThgr0

俺の呼びかけに、雪乃は腰をよじって、緩く握った拳で口元を隠すことしかしない。

なんだか、俺の攻撃が威力がありすぎて、

・・・こう言っちゃなんだけど、雪乃、可愛すぎないか?

さっきまで勝ち誇っていた勢いはどこにやら、すでに敗戦ムード一色に塗り替わっていた。

もうさ、俺の負けでいいです。だから、これ以上の拷問はやめてください。



八幡「雪乃さん?」



俺の再度の呼びかけに、小さく肩を震わせると、雪乃は喉に詰まっていた言葉を

猛烈な勢いで吐き出してきた。



雪乃「そうだったわね。私がコナコーヒーだと言ったわ。

   私は紅茶なら詳しいのだけれど、コーヒーについては疎いのよね。

   確かに姉さんが好きなコーヒーの銘柄で、コーヒー好きの姉さん一押しの銘柄なら

   八幡も喜ぶと思って選んだのだったわ。

   でも、八幡も毎日飲んでいるのだから、自分が飲んでいるコーヒーの銘柄くらい

   覚えて欲しいわ。だって、私が淹れているコーヒーなのよ。

   だったら、私が教える前に自分から聞いてくるべきだったのよ。

   それと、たしかにコーヒーも悪くないわね。

   八幡に合わせて朝食のときに、私も飲むようになったのだけれど、

   目覚めの一杯としては効果がある飲み物である事は認めるわ。

   やはりカフェインの効果なのかしら? でも、紅茶の香りもいいけれど、

   コーヒーも最近いいかなって思うようになったのよ。

   ふふっ。一緒に暮らしていると、似てきてしまうのね。

   だけど、アフタヌーンティーともいうわけで、

   ゆっくりと落ち着きて会話をしながら飲むのならば、やはり紅茶をお勧めするわ。

   コーヒーは香りが強すぎて頭をすっきりさせるのには最適なのだけれど、

   リラックス効果は紅茶の方が上ね。

   これは私の偏った評価だけが示している効能ではないと思うわ。

   朝の目覚めのコーヒーというのように、同じような効果として、

   眠気覚ましのコーヒーというじゃない。

   つまり、眠気が飛ぶような強い効能があると言えると思うわ。

   だから、リラックスしたい場面で、そのようなインパクトがあるコーヒーは

   あわないと思うのよ。そうね、あわないというのは狭量すぎるわね。

   あわなくはないと思うのだけれど、私としては紅茶が好きだから、

   紅茶を飲みながら八幡と会話をしたいわ。

   あと、鳥と同等の脳みそしか有さない八幡に、

   こうまで強気に断言される日が来るなんて、今日は雪が降るわね。

   夏なのに雪だなんて、今日の異常気象は八幡のせいね。

   だから、八幡は、日本国民に対して謝罪する義務があると思うわ」
712 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:31:22.63 ID:MZPnThgr0


と、どこまで理解できたかわからないが、最後の方は肩で息をしながら雪乃はそう言った。



八幡「・・・えぇっと、雪乃は自分の彼氏の事を何だと思ってるんだよ?」

雪乃「ペットの鳥かしら?」

八幡「だったら、籠の中にでも入れておく気かよ」

雪乃「・・・・・・・それがもし可能ならば、実現させたいものね」



どうにも本気とも冗談ともとれる怖い発言を目を光らせて朝からのたまうものだから、

明らかに雪乃の様子がおかしいと、脳みそ鳥並みの俺であっても判断できた。

もちろん雪乃のいつ息継ぎしたか質問したくなるご演説もおかしいけれど、

これは雪乃なりの照れ隠しだ。だから、問題はない。

一方、雪乃が俺を鳥のように閉じ込めておきたいと言った時の表情は、

照れ隠しには当てはまらない。

むしろもっと内に秘めた葛藤なのだろうか。

彼氏彼女だからこそ言えない一言が含まれている気がした。

これでも雪乃の彼氏であり、今までも、そしてこれからもずっとやっていきたいと

思っているわけで、雪乃が抱えている悩みを一刻も早く解決したい。

悩みなんて人それぞれ抱えているものだし、ましてや自分の悩みでさえ簡単には

解決できるものではない。

ならば、自分の彼女だって、簡単に解決できるものではないのだろう。

そもそも偉そうに人の悩みを解決してやるだなんて言う方がおこがましい。

でも、今回の、俺の彼女たる雪ノ下雪乃の悩み限定ならば、完全に解決できるとまでは

言えないまでも、それなりに悩みを軽減させる自信が俺にはあった。

なにせ、その悩みの原因は、おそらく俺自身なのだから。



八幡「雪乃も喋りすぎて喉が渇いただろ。ちょっと喉を潤わせる為に休戦にしないか」

雪乃「そうね。私も喉が渇いてしまったわ」



そりゃそうだろ。あれだけ喋ったのだから。

雪乃は、俺の勧めに従って、コーヒーカップを取ろうする。



八幡「雪乃のお勧めでもあるし、紅茶を淹れてくれないか?

   雪乃とゆっくりとリラックスしながら朝食をとりたいんだ。

   そうだな、明日からはコーヒーじゃなくて、紅茶にしないか?」



雪乃は、俺の真意を探ろうと見つめ返してくる。

どこか訝しげで、触ってしまったら泣きだしてしまいそうな瞳に吸い寄せられてしまう。

だから、俺は雪乃からの視線に逃げることなく、視線を受け止める。

さすがに演技かかった発言だったと思う。
713 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:31:49.62 ID:MZPnThgr0


しかも三文芝居だったしな。けれど、俺の真意だけは雪乃に伝えたい。

伝えなければならない。

やはり陽乃さんが淹れてくれるコーヒーと比べてしまうと、

同じコナコーヒーの豆を使っていても、違いがわかってしまう。

俺の味覚がすごいわけではない。

そもそも陽乃さんはハンドドリップであり、雪乃はコーヒーメーカーを使っているのだから

味の違いが出て当然だ。

もちろん俺は缶コーヒーも飲むし、喫茶店のコーヒーや、チェーン店のコーヒーも飲むし、

最近はコンビニのコーヒーだって飲む。

さすがにインスタントコーヒーは、練乳たっぷりのマックスコーヒーもどきを愛飲しているが、

だからといって、陽乃さんが淹れてくれるコーヒーが絶対であり、

他のコーヒーを認めないと考えているわけではない。

ただ、朝の目覚めで飲むコーヒーとしては、一緒に暮らす雪乃に対して失礼だと

俺が思ってしまう。

彼氏であって、同棲している彼氏でもある恋人が、雪乃の実の姉であろうと

朝一番で違う女性の事を考えてしまうのは、けっしてよろしいとはいえない。

むしろ裏切り行為だとさえいえるだろう。

そもそも朝一番にコーヒーを飲む習慣を作ってしまったのも、

雪乃の勘違いから始まったものだ。

普段から俺がマックスコーヒーばかり飲んでいるわけで、

そのせいで俺がコーヒー好きだと雪乃が思ったらしい。

もちろん間違いではない。厳密にいえば、マックスコーヒー限定なのだが、

その辺の違いを熱く語ったとしても、俺が論破されてしまうだけだろう。

まあ、いってみれば、俺が好きなマックスコーヒー関連について雪乃に論破されるのが

嫌だったという、器が小さすぎる俺に今回の騒動の小さな原因があったのかもしれない。

若干こじつけ臭いが、嘘は言ってないとはずだ。

俺からしたら、コーヒーではなく、朝は、雪乃が淹れてくれた紅茶でよかった。

むしろ最初から雪乃の紅茶がいいと選択したほうがよかったとも今なら思えるが、

いろんなところでコーヒーを飲むと言っても、

そのほとんどがインスタントコーヒーか缶コーヒーくらいしか飲まない俺からすれば、

雪乃が用意してくれたコーヒーメーカーで淹れてくれたコナコーヒーならば、

目が覚めくらいうまいコーヒーであった。

だからこそ、俺は雪乃が用意してくれた最初の一杯のコーヒーを皮きりに、

その翌日も雪乃が用意してくれるコーヒーを飲む習慣を作ってしまった。

だけど、その習慣も今日で終わりだ。

やはり俺の偽らざる裸の真意を伝える為には、オブラードにくるまずに

ストレートに言おう。

きっと雪乃も、それを望んでいるはずだ。


714 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:32:20.58 ID:MZPnThgr0


八幡「どうしても陽乃さんのコーヒーと比べてしまうからな。

   でもさ、朝一番に感じたいのは雪乃だから。

   それが一杯のコーヒーであろうと、それは雪乃に対して不誠実だと思うんだよ。

   だから、これからは、雪乃が淹れてくれるダージリンのセカンドフラッシュを

   毎朝飲みたい、と思っている」

雪乃「ええ、わかったわ。・・・・・・ありがとう、八幡」



蕾がゆっくり開くように微笑みかける雪乃に、俺は見惚れてしまう。

儚く、美しい花びらが、一枚、また一枚と、しっかりと自己主張していく。

他人から見たら、温室育ちのか弱い花だっていうのかもしれない。

花は他人を寄せ付けず、花の管理者さえも厳重に他者を寄せ付けないように

薄いビニールハウスを張り巡らせている。

でも、俺はわかっている。

しっかりと根を張って、外に出ようとしているその花は、気高く、強いって。

けれど、今降り注ぐ夏の陽差しは強すぎる。

陽は、花にとってなくてはならない存在だ。

しかし、強すぎる陽差しは毒にこそあれ、しまいには花を枯らせてしまう。

ならば、管理者たる俺が、うまい具合に調整しなければならない。



雪乃「紅茶、淹れてくるわね」

八幡「頼むよ」



もう一度小さく微笑んだ雪乃は、くるりと華麗にターンを決めると、

キッチンへと一歩踏み出そうとした。



雪乃「・・・そうね」



雪乃は何か思い出したらしく、一つ確認するように呟くと

再びターンをきめると、俺の方へと歩み寄ってくる。

椅子に座る俺の目線に合わせるようにかがみこんでくると、

すっと俺の瞳の奥まで侵入してくる。

朝日を背にする雪乃の表情はよく読みとれなかった。

気がついたときには、雪乃はキッチンへと消えていた。

雪乃が残していった香りをかき集めて余韻に浸っていると、

いつもの朝がこれで終わった事を実感した。

これからは、今までとは違う朝を毎日過ごす事になるんだと思う。

テーブルの上には、飲みかけのコーヒーカップは存在していなかった。




715 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:32:50.48 ID:MZPnThgr0






今日も今日とて大学の講義はある。

今朝の出来事のおかげか、雪乃はすこぶる上機嫌で俺の隣を闊歩している

昨日の雪乃と陽乃さんの衝突を心配してはいたが、陽乃さんにいたっては、

昨日の事など微塵も感じさせない様子であり、俺の方がかえって戸惑ったほどだ。

一方雪乃はというと、陽乃さんを迎えにいって、陽乃さんが車に乗り込んだ直後までは

緊張してはいたみたいだが、陽乃さんがいつも通りの雰囲気である事を確認すると、

雪乃からはとくに昨日の事を蒸し返そうなどしなかった。

もちろん雪乃は、表面上はいたって普通であることを演じてはいたが、

俺や陽乃さんは雪乃のぎこちなさに気がついたし、

陽乃さんもそのことに触れようとはしなかった。

そして現在、俺を挟んで雪乃と陽乃さんは、いつもの激しい会話を繰り広げているが、

俺はそんな微笑ましくもあり、精神を削り取られる会話を楽しむ気にはなれないでいた。

なにせ今日はいつもの登校時間より30分も早くして、

橘教授に会いに行かねばならないのだから。

さすがにいつもの登校時間ではないともあって、雪ノ下姉妹の登校風景に見慣れていない

人たちがほとんどであり、振り返る奴があとを絶たない。

本来の俺ならば、興味半分にその数を数えたりしたりもするが、

今日はそんな気にさえなれなかった。

一応昨日の弥生の話からすれば、俺の解答が橘教授に悪印象を与えてはいないらしい。

悪印象は与えていなくても、好印象を与えているとは限らないところが面倒だ。

つまり、個人的には面白い好意かもしれないが、講義の小テストとしてはNGであり、

レポートの提出を義務付けるなんてこともありうるわけで。

そんなマイナスイメージばかりを昨日から幾度ともなく考えていれば憂鬱にもなってしまう。



陽乃「雪乃ちゃんも比企谷君も、今朝は心ここにあらずって感じで、つまんな〜い」



陽乃さんは、つまんな〜いと言いながら、腕をからませてくるのはやめてください。

いくら平凡な朝の光景だとしても、そこに核兵器を実装しては不毛の地になるだけですって。

現に隣の国の雪乃さんのレーダーは、緊急事態を察知して、俺に絡める腕の力を

限界まであげていますよ。

だから俺は、肩にかかった鞄をかけ直すふりをして、

さりげなく陽乃さんの誘惑を退けるしかなかった。



陽乃「ねえ雪乃ちゃん」

雪乃「なにかしら?」

水面下で高度すぎる外交取引があったというのに、二人の顔は崩れる事もなく会話を進める。

陽乃「今度私の誕生日会を開いてくれるらしいわね」
716 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:33:24.74 ID:MZPnThgr0


雪乃「ええ、由比ヶ浜さんが企画したのよ」

陽乃「それだったら、雪乃ちゃんが具体的な準備をまかせられたってところかしら?」

雪乃「その認識で間違っていないと思うわ」



異議あり。たしかに雪乃が具体案を作り上げるだろうが、

こまごまとした準備は俺の方に回ってこないか?

と、不満をぶちまけそうになるが、結局は、料理なんかの重労働は雪乃がやるわけで、

一番大変なのは雪乃なんだよな。

料理だけは由比ヶ浜に手伝ってもらうわけにはいかない。

むしろ由比ヶ浜を料理から遠ざけねばなるまい。

いくら最近少しは上達してきたといっても、まだまだ戦力には数えられないだろう。

となると、俺がヘルプに入るわけか。それはそれで楽しいからいいんだけどさ。



陽乃「だったら、リクエストしたいことがあるんだけど、いいかな?」

雪乃「もちろん構わないわ。姉さんが主役のパーティーなのだから、

   その主役の要望にはできるだけ応じるつもりよ」

陽乃「だった・・・」

雪乃「でも、出来る事と、出来ない事があるから、その辺の事は察してほしいわ」



さすが雪ノ下雪乃さんっす。

陽乃さんが無理難題を突き付ける前にシャットダウンするとは。

長年陽乃さんの妹をやっているわけではないっすね。

俺だったら、ずるずると陽乃さんの雰囲気にのまれて、

無理難題を意思不問で押しつけられていた所だ。

しかし、陽乃さんも雪乃が生まれた時から雪乃の姉をやっているわけで、

一呼吸つくと、再度の攻勢に取り掛かった。



陽乃「もちろん出来ない事ではないから安心してほしいわ。

   雪乃ちゃんに頼む事ではないしね。

   私がリクエストしたい事・・・・・・」

雪乃「却下よ」



雪乃の冷たく重い言葉が、陽乃さんの声を遮る。

雪乃が陽乃さんを見つめる瞳は黒く輝いていて、

何人たりとも国境からの侵入をゆるさない決意を漂わせていた。

一方陽乃さんも、一瞬のすきを伺うその集中力は、まさに狩人といったところだろう。

こえぇ〜。陽乃さんは、まだ何もリクエストしてないだろ。

それでも雪乃には、陽乃さんが何をリクエストしたいかわかっているのかよ。


717 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:33:52.80 ID:MZPnThgr0

陽乃「えっと、ねぇ・・・」

雪乃「却下」

陽乃「だか・・」

雪乃「不許可」

陽乃「そのね」

雪乃「不採用」

陽乃「ちょっと聞いてよ」

雪乃「不受理」

陽乃「むぅ〜」



雪乃は、あくまで陽乃さんに言わせない気かよ。

そこまでして聞き入れたくない内容なのだろうか。

だとすると、陽乃さんだってこのまま引き下がるわけがないと思うのだが・・・。

と、陽乃さんの出方を伺っていると、陽乃さんはさっそく俺の腕にしがみつき、

俺の耳に口をあて、俺だけに聞こえる声でリクエストを伝えてきた。

急すぎる不意打ちに、俺も雪乃も対応できないでいる。

今までは、雪乃に対してのアプローチだったので、俺に来るとは思いもしないでいた。

ただ、たしかに雪乃が聞き入れたくない要望だと納得せざるを得なかった。

なにせ・・・。



陽乃「一日、比企谷君をレンタルしたいな」



だったのだから。



雪乃「姉さん。いくら八幡に直接言ったとしても、私が許可しないわ」

陽乃「えぇ〜。これは比企谷君が決めることでしょ?」



雪乃には、陽乃さんの囁きは聞こえなかったはずなのに、

それでも許可申請をしないところをみると、

やはり雪乃には陽乃さんのリクエストが詳細にわかっていたってことか。

ただ、このまま陽乃さんが引き下がるとは思えないし、

ましてや雪乃は徹底抗戦しかしないはずだった。

だとすれば俺が調停役にならなければ、この騒動は終息しない。

はぁ・・・。なんで朝っぱらからため息ついてるんだろ。

おい、俺の事を見て羨ましがってるそこのやつ。

俺の苦労も知らないで、俺の事を睨むなよ。

と、通りすがりの美女二人を眺めている男に八つ当たりをしてしまう。

けっしてこの苦労を譲ろうとは思わないし、手放しはしないけれど、

一方的決めつけだけはやめてくれ。いや、お願いします。

718 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:34:18.30 ID:MZPnThgr0

じゃないと、心が折れそうです。

俺が周囲を観察中も、あいかわらず雪乃達の外交交渉は続いていた。

さてと、このままでは核戦争まっしぐらだし、俺が交渉の場につくとしますか。



八幡「いくら陽乃さんであっても、俺をレンタルする事は出来ませんよ」

陽乃「えぇ〜。いくら雪乃ちゃんに悪いといっても、一日くらいはいいじゃない」

八幡「それも違いますよ」



俺の発言に、陽乃さんに戸惑いが浮かべるが、

援護されていたと思って浮かれ気味だった雪乃の表情にまで戸惑いが広がる。



陽乃「どういうこと?」



陽乃さんは、意味がわからないと聞き返してくる。

雪乃も陽乃さんと同じ気持ちらしく、ちゃんと話してあげなければ、

今にも詰め寄りそうなので、雪乃に対して優しく目で制しておく。

一応その牽制で雪乃は落ち着きをみせてくれるが、

納得していないのは目を見れば明らかだった。



八幡「そもそも俺は雪乃の所有物ではないですよ。もちろん彼氏ではありますけど」

陽乃「ふぅ〜ん。逆のたとえとして、雪乃ちゃんが比企谷君の恋人であっても、

   その体は雪乃ちゃんの物であって、比企谷君が自由にできる事はないっていいたいわけ?

   案外比企谷君も常識すぎる事を言うものなのね」

八幡「そういう言い方をされると、俺が非常識人みたいじゃないですか」

雪乃「あら? 八幡が一般人と同じレベルだと思っていたのかしら?

   その認識こそ非常識よ」

八幡「おい、雪乃。雪乃は俺に援護してもらいたいのか、それとも殲滅したいのか、

   はっきりしろ」

雪乃「援護してもらいたいけれど、間違いは訂正したくなるのよね。

   潔癖症なのかしら?」

八幡「可愛らしく首を傾げても、今は無駄だぞ。なにせ魔王が目の前にいるんだからな」

陽乃「あら? 魔王って私の事かしら?」

八幡「そうですよ。自分では認識していなかったのですか?

   そう考えると、陽乃さんも非常識人ですね。

   あっ、魔女っていう認識でもいいかまわないですよ」

陽乃「へぇ・・・、比企谷君が私の事をそんなふうに思っていたなんて、予想通りよ」



だから、陽乃さんも可愛らしく首を傾げても、怖いだけですから。

もう、両方の腕に絡まる細い腕をふりほどいて逃げだしたい。

719 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:34:55.53 ID:MZPnThgr0

俺の状態は、いわば護送中の容疑者の気分よ。



八幡「そう認識していただいてもらえて助かります」

陽乃「どういたしまして。で、まだ一般常識をご高説していただけるのかしら?」

八幡「そんな上から目線のことなんて言いませんよ。

   ただ、俺をレンタルしたいなんて言わないでも、直接俺に付き合ってくれって

   言ってくれれば、遊びにも買い物にも、いくらでも付き合いますよ」

陽乃「え?」



おいおい・・・、あの陽乃さんの目が丸くなったぞ。

真夏だっていうのに、本当に雪が降るかもしれない。

俺は、あまりにも失礼な感想を思い浮かべているが、雪乃も同様みだいだった。

もしかしたら、別の意味も含まれているかもしれないが。



八幡「だから、貸し借りなんて考えないで、素直に誘ってくれればいいんですって。

   そうすれば、いくらでも付き合いますよ。

   あっ、でも、時間がない時は無理ですからね。

   陽乃さんもわかっていると思いますけど、ご両親との約束がありますから

   勉強に忙しいんですよ。ですから、その辺の事情も考えたうえで誘ってください。

   出来る限り時間を作りますから。

   そうじゃなかったら、今朝だって車で迎えに行きませんよ。

   つまり、陽乃さんと一緒にいるのもいいかなって思っているから、

   こうやって登校しているんです。

   あぁっ、・・・なんか恥ずかしすぎること言ってますけど、

   まあ、あとは察してください」



俺は、あまりにも恥ずかしすぎるご高説は演じてしまう。

もし両腕が自由だったら、すぐにでも顔を両手で覆っていたはずだ。

だが、無防備にも顔を晒している今のこの状況は、ある意味羞恥プレイすぎるだろ。

なんとか視線だけ動かし雪乃を見ると、一応ほっとした顔を見せていた。

雪乃だって、俺と同じ気持ちで陽乃さんといるんだし、納得はしてくれるとは思っていた。

けれど、全てが納得できるかと問われれば、

そうじゃないのが雪乃の立場たるゆえんなのだろう。

一方陽乃さんはというと、何を考えているかわかりません。

だって、普段からわからないんだから、突然今だけわかったほうがおかしいってものだ。

まあ、その顔色を見てみると、プラス方向に傾いているようなので、

このままその外交交渉の落とし所は見つかったって事でいいのか、な?



八幡「俺は、今日こっちだから」

720 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:35:23.18 ID:MZPnThgr0


俺は、終戦を確認すると、この後に待っている本来の目的を遂げようと行き先を告げる。

俺が急に歩くのを緩めたものだから、雪乃達に腕を引っ張られる形でその場に止まった。

本来ならば、もう少し先まで一緒に行くが、今日は橘教授に会いに行かねばならない。

だから、今日はここでお別れだ。

橘教授に呼ばれた事は、雪乃にも話してはいなかった。

呼ばれた事ばかり考えていたせいで、

雪乃に話す事をすっかり忘れていたのが原因なのだが、

そのせいで、雪乃は訝しげに俺を見つめてきた。



八幡「橘教授に会いに行かないといけないんだよ。昨日呼ばれていたな。

   今の時間だったらいるらしいから、面倒事は早めに済ませたいんだよ」

雪乃「聞いていないわよ」

八幡「ごめん、すっかり忘れていた。あまり行きたくない用事でもあったんでな」



俺は、ご機嫌斜めの雪乃に、誠意を持って素直に謝る。

その謝罪があまりにも自然すぎて、雪乃はこれ以上の追及はしてこなかった。



陽乃「で、なんで呼ばれたの?」

雪乃「そうね。理由くらいは教えて欲しいわ」



ですよねぇ・・・、陽乃さんに続いて、雪乃も理由開示を求めてくる。

陽乃さんは簡単には撒けませんよねぇ。

雪乃も、すっかり復活してるし。

わかってはいましたけど、理由を説明すると全部言わないといけなくなって、

きっと二人は笑うんだろうな。

ようやく訪れるはずだった静かな朝。

こうして再び乱世へと舞い戻っていく運命だったんだな。

さっきまで核戦争開戦間近だったのに、今は同盟ですか。

この二人のタッグを目の前にして、俺は開戦直後に白旗をあげるのだった。








第41章 終劇

第42章に続く









721 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/05(木) 17:36:17.09 ID:MZPnThgr0


第41章 あとがき



最近ハーメルンで『やはり雪ノ下雪乃』を再掲載する為に

SS形式から小説形式に書きなおす作業をしているのですが、

SS形式特有の癖というのがあるわけで、

直し作業は思っていた以上に勉強になっております。

八幡「セリフ」

雪乃「セリフ」

と、いうように、台詞の前に名前がある分無意識に状況描写が弱くなっているんですよね。

自分だけかもしれませんが、発言者が明示されているので、台詞をいうキャラクターの

状況描写をするまえに頭の中でイメージが出来上がってしまうというのでしょうか。

その為に、無意識のうちに状況描写をしなくてもいい気になっているような気がします。

皆さんからすれば、今さらかっていう内容かもしれませんが。

その分書きなおし作業では状況描写を増やす修正が増えており、そして、

そこからさらに心情描写も深く書き足すこともあるわけで、

今回の再掲載は、予想外に自分のスキルアップに役立っているようです。

とはいうものの、はるのん狂想曲編修正作業に突入したあたりから方向性が

見えてきたのでして、劇的変化なんてあるわけありませんし、

地道に頑張っていく所存です。

狂想曲編修正作業が終わる頃には一皮むけていればいいなと思っております。



スーパーなどだと、ダージリンも季節によって区別された商品は出ていないですね。

専門店だと季節ごとのが売っていますが、

販売最少量(100グラムとか)を買うのがいいかなって思っています。

好みでなかったら諦めも付きますし、好みのものでしたらまた買いに行く楽しみが出来るので。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派

722 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/05(木) 17:51:33.49 ID:d+d5b79B0
723 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/05(木) 18:50:05.28 ID:fms0hxFAO
724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/05(木) 18:52:43.55 ID:fcM4e0buo
乙です
725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/05(木) 19:21:03.74 ID:JgDsVEB6o
726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/05(木) 19:28:54.13 ID:6DKuh+xBo
乙、今日も面白かった
727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/05(木) 19:36:14.22 ID:WSHMAka7o
ドロドロな展開は俺得ですぜ
ふひひひひ
728 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:29:14.51 ID:GjFUVEDS0

第42章





いつもより少し遅い時間に到着した教室内は、あらかた席が埋まっている。

しかしもう7月ともあってこの講義も終盤であり、

毎回違う席を狙って座る変わり者以外はたいてい同じような場所に座るわけで、

俺がいつも座っている席も空席のままであった。

まあ、由比ヶ浜が先に来ていて、

俺の分の席も確保しているみたいだったせいもあるみたいだが。



八幡「よう」

結衣「あ、おはよう、ヒッキー」



ノートとにらめっこしていた由比ヶ浜は、俺が隣の席に着くまで気がつかないままであった。

よく見ると、弥生の鞄らしきものも置かれているので、弥生はすでに来ているみたいだ。

ここにはいないのは、きっと奴の事だから誰かと情報交換でもしに行っているのだろう。

あいつは頭がいいんだし、面倒な情報交換なんてしなくても

今の成績をキープできると思うんだけどな。

不安要素を潰したいっていう気持ちだったらわからなくもないが、

あいにくそういう理由で行っている行為とも思えない。

まっ、俺からその辺の詳しい事情を聞く事はないし。

それに弥生だって聞かれたくはないだろう。



八幡「朝から復習とはお前もしっかりしてきたな」

結衣「まあ、ね。そろそろ期末試験だしさ」

八幡「それはいい心がけだ。わからないところがあったら早めに聞いてこいよ」

結衣「うん、ありがと」



俺はひとつ頷くと、授業の準備に取り掛かる。

ノートにテキスト。それに筆箱っと。

由比ヶ浜との会話でわずかながらであっても気分転換できたはずなのに、

どうも朝の後遺症が俺の腕を重くする。

いや、朝の雪乃と陽乃さんの衝突も神経を削りとられたが、それはいつもの光景にすぎない。

このイベントを慣れてしまうのはどうかと思うが、

一種の姉妹のコミュニケーションとして受け入れはしている。

俺の手を鈍らせていたのは、橘教授に呼ばれた事に原因があった。

・・・もう忘れよう。終わった事だ。問題はなかったし、ただ疲れただけだ。



昴「おはよう、比企谷。橘教授はなんだって?」

729 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:30:00.75 ID:GjFUVEDS0

俺が忘れた事にしたばっかりなのに頭の上から声をかけてきたのは、

席を離れていた弥生だった。

こいつ、人が忘れようとした事を数秒も経たないうちに思い出させやがって、

と心の中で愚痴るが、こいつには全く悪気あったわけではないし、

むしろ本当に俺の事を心配しての事だとわかっている。

そんな弥生の性格をわかっていも俺の顔は引きつってしまい、

その顔を弥生が見たものだから、弥生は勘違いしてしまった。



昴「なにか問題でもあった? 昨日の感触ではけっこうよさげだったんだけどな」

八幡「教授はいたって友好的だったよ」



俺の返事に弥生は訝しげな瞳で見つめ返してくる。

そりゃあ懸念対象たる橘教授に問題がなければ、なにも問題を抱える事はないと思うし、

俺だってそうだ。



昴「だったらなんでそんなにも疲れた顔をしてるんだよ?」

八幡「雪乃と陽乃さんが一緒についてきたんだよ」



俺の簡潔すぎる説明に、弥生は全てを納得したといった顔を見せる。

それと、俺が雪乃達の名前を出したとたん周りの喧騒がボリュームアップした事は

この際無視しだ。

正確にいうならば、雪乃ではなく、陽乃さんに期待してのものだろうが、

実被害を受けないで外から眺めているだけの奴らは、きっと楽しいのだろう。



昴「なるほどね」

八幡「俺が呼ばれたはずなのに、ほとんど陽乃さんが話していたよ。

   それはそれで助かったんだが、ときおり爆弾発言投げつけてくるから

   ひやひやものさ」

昴「でも、問題はなかったんでしょ?」

八幡「ないけど、疲れたよ」

結衣「どんなこと話していたの?」

八幡「別に大した事はない世間話だったよ。

   さすがに解答時間ゼロ分で提出したやつは珍しくて、

   どんなやつか話したかったんだと。

   一応昨日の試験を採点したのを見せてもらったけど、満点だった」

昴「よかったね」

結衣「・・・ねえ、私のはどうだったかな?」



にこやかな表情の弥生とは対称的に由比ヶ浜の表情はどんよりと沈んでいて、

その声に覇気はない。
730 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:30:35.69 ID:GjFUVEDS0


八幡「いや、俺の解答しかみせてくれなかったな。

   そもそも他人の答案用紙は見せてくれないだろ」

結衣「だよね」

八幡「なあ由比ヶ浜」

結衣「ん?」

八幡「出来が悪かったのか?」



由比ヶ浜からの返答はなかった。つまりそういう事なのだろう。

隣の席で俺と弥生が真面目に授業に参加して、さらには

必死に山をはっていたっていうのに、

こいつは何をやっていたんだって呆れそうになってしまう。

その内心が露骨に態度に出てしまったのか、由比ヶ浜は慌てて自己弁護を開始しだした。



結衣「ヒッキーが想像しているほど悪くなかったって。

   ただちょっとだけ自信がなかったから、聞いただけだし」

八幡「へぇ・・・」



俺は条件反射的に訝しげにな声を返してしまい、由比ヶ浜はますます取り繕おうと

やっきになってしまう。



結衣「ほんとうだって。試験なんて自信がある方がおかしいんだって。

   ふつうは答案用紙が戻ってくるまでドキドキするものなのっ」

八幡「ふぅん」

結衣「だから、ほんとうに出来が悪かったわけじゃないんだって。

   ねえ、弥生君も見てたからしってるよね?」



俺が信じてないと思ってしまっている為に隣で見守っていた弥生にも援護を求めてきた。

俺だって一応由比ヶ浜の成績は把握しているわけで、

昨日の小テストの出来だってある程度の予想もできている。

おそらく由比ヶ浜が主張するように悪くはない出来なのだろう。

ただ、俺の返事に元気がないのは由比ヶ浜が懸念している原因とは違って、

まじで陽乃さん達の相手をしていて疲れ切っていたわけで・・・。

その辺も教室に来た時に話したのに、

由比ヶ浜はすっかりとそのことを忘れてしまっているらしい。



昴「僕も昨日のテストは早めに教室から出てしまったから

  由比ヶ浜さんの解答を全てチェックしたわけではないけど、

  それなりに書けていたと思うよ」

結衣「ほら、弥生君だって悪くなかったって言ってるじゃん」
731 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:31:01.70 ID:GjFUVEDS0

八幡「別に疑ってるなんて言ってないだろ。

   そもそもお前が聞いてきたんじゃないか」

結衣「そうだけど、ヒッキーのその目は私の事を信じてないって感じだし」

八幡「この目はいつもこんな感じなんだよ」

結衣「でも、でもぉ・・・」



俺が人を信じているっていう目があるんなら、どんな目なのか俺の方が聞きたい。

散々腐った目とか言ってたくせに、こういうときだけ疑うなんて都合がよすぎないか。



昴「比企谷は、陽乃さんの相手をして疲れてただけだよ。

  さっき言ってたじゃないか」

結衣「え? そうなの? だったら早くいってくれればよかったのに」
  
八幡「最初に言っただろ」

結衣「そうだっけ?」



俺と弥生は顔を見合わせて苦笑いを浮かべてしまう。

それでも由比ヶ浜なりに勉強していたんだし、俺達の会話を全て聞いていろって

暴言を吐くほど暇じゃあない。



八幡「そうだったんだよ」

結衣「そっか、ごめんね聞いてなかった」

八幡「別にいいよ。勉強してたんだろ?」

結衣「うん、期末試験もあるし頑張らないとね。

   それはそうとヒッキー・・・」



由比ヶ浜の声質ががらりと変わり、

どこか俺を探るような意識がにじみ出ているような気がしてしまう。

だもんだから、由比ヶ浜からのプレッシャーに押し負けて、

俺の方もほんのわずかだけ体を引いてしまった。



八幡「な、なんだよ」



ちょっとだけどもってしまったが、それを気にしているのは俺だけで、

由比ヶ浜はそんな俺を失態を気にもせず、俺へのプレッシャーを解こうとはしなかった。



結衣「うん・・・、ねえヒッキー」

八幡「ん? 言ってみ」

結衣「う、うん。だからね今日ヒッキーがお弁当当番でしょ。

   ちゃんとヒッキーが自分だけで作ってきたかなって」

732 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:32:09.46 ID:GjFUVEDS0
由比ヶ浜の視線を改めて辿っていくと、

俺が普段使っている通学用の鞄とは違うバッグに向けられていた。

そのバッグは、通学の為の用途とは違い、底の部分が広めに作られており、

弁当など底が広い物を入れる分にはちょうどいいバッグではあった。

ぶっちゃけ俺一人で作ったみんなの弁当が入っているわけだが、

おそらく由比ヶ浜が気にしているのは、雪乃が手伝ったかどうかなのだろう。



八幡「俺一人で作ったつ〜の。お前だけでなく、陽乃さんや雪乃まで俺一人で作るのを

   強要したからな。いくら雪乃に手伝ってくれって頼んだって、

   雪乃が俺一人に作る事を強要しているのに手伝ってくれるわけないだろ」

結衣「それもそうだよね。ゆきのんも楽しみにしているもんね」

八幡「なにが楽しみなのかわからないけどな。俺としては、雪乃か陽乃さんに

   作ってもらったほうが断然美味しいと思うんだけどな」


俺の不用意すぎる発言を聞いた由比ヶ浜は口をとがらせ、すかさず俺に非難を向けてくる。

いや、まじで怒っているのか、俺に詰め寄り、席が隣でただでさえ近い距離なのに、

顔の表情の細かいところまでわかるほど近寄ってくる。

いいにおいがしてくるのはなんでだろう?って、毎回思ってしまうのはこの際省略。

いやいや、まじで近いですって、ガハマさんっ!

二重のプレッシャーをかけてくる由比ヶ浜に対して、俺はひたすら動揺するしかなかった。


結衣「むぅ・・・。あたしが作ったのは美味しくないっていうのかな?

   そりゃあゆきのんや陽乃さんの料理と比べたら、まったく比べ物にならないくらいの

   差ができているのはあたしだって認めるけど、それでも前よりはうまくなったよ。

   プロ並みなんて当然無理だし、主婦レベルだってまだまだ遠い目標になっちゃうけど、

   それでも、それでも・・・」


一気に言いたい事を撒くしあげると、

最後の最後には唇を噛んで泣くのを我慢しているように感じられた。

別に由比ヶ浜の言っているような事を意図的に言ったわけではなかった。

雪乃と陽乃さんの料理の腕がとびぬけてうまいのは事実ではあるが、

由比ヶ浜の料理であっても、普通に食べられるレベルまでは上達してはいる。

だけど、今ここでそのことを指摘するのは場違いなような気もしてしまった。



八幡「悪かったよ。俺は由比ヶ浜の事をお前がいうような目では見ていない。

   雪乃は雪乃の料理だし、陽乃さんも陽乃さんの料理だ。

   だから、由比ヶ浜が作る料理だって、由比ヶ浜にしか作れないんだよ。

   いくら陽乃さんの腕がずば抜けていても、由比ヶ浜が心をこめて作った料理を

   再現することなんてどだい不可能なことなんだ。

   そして俺は由比ヶ浜が作ってきた弁当を楽しく食べていただろ。

   文句なんて言ってなかったろ?

   それに、俺はまずそうに食べていたように見えたか?」
733 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:32:48.94 ID:GjFUVEDS0

結衣「だけどぉ・・・」



なおもぐずつく由比ヶ浜に、さすがに俺もお手上げ状態になりつつあった。

ただ、今ここにいるのは幸い俺と由比ヶ浜の二人だけではない。

運がよすぎる事に、弥生が隣にいた。

つまりは、友人関係を円滑に丸めてくれる弥生に俺は由比ヶ浜の事を丸投げしようと

画策しただけなんだが・・・、まあ、弥生が自分から助け船を出してくれるようだし、

丸投げっていうわけではないかも、しれない、かな?



昴「比企谷も由比ヶ浜さんのお弁当を楽しみにしているだけよ。

  別に他の人のお弁当と比べる為に作っているわけじゃあないでしょ?

  食べてもらいたい人がいて、その人の為に作っているんだから、

  その食べてもらい人が満足していれば、

  由比ヶ浜さんは自信をもってもいいと思うよ」

結衣「ほんとうに美味しかった?」



弥生の言葉に平静さを取り戻しつつあった由比ヶ浜は、

俺の表情を探るように下から覗き込んでくる。

んだから、その女の子っぽい仕草、NGだからっ!

威力ありすぎ、効果てきめん、防御不可、回避不能、胸でかすぎ。

つまりは陥落寸前の比企谷八幡ってわけで、

俺はしどろもどろに返事を返すのがやっとであった。

やっぱ夏の薄着であの胸のでかさは、脳への刺激が強すぎだろ・・・。



八幡「美味かったよ。だいぶ上達してきたのがよくわかったし、これからも頑張っていけば、

   だいぶうまいレベルまでいくんじゃないか?」

結衣「うん、頑張ってみるね。それと弥生君もありがとうね」

昴「僕は別に・・・。それにしてもお弁当っていいね。僕は、お弁当は無理だからさ」

八幡「毎日は無理でも、たまにくらいなら弁当作ってきてもいいんじゃないか?」

昴「あいにく僕は料理ができなくて」

八幡「だったら家の人に作ってもらえばいいんじゃないか?

   まあ、弁当作ってもらうのに気が引けるんなら、

   夕食のおかずを多めに作ってもらっておいて、

   それを朝自分で詰めてくるのも手だと思うぞ」

昴「まぁ、それもいい考えかもしれないけど・・・」

八幡「ん? それも駄目か?」



どうも弥生の反応が鈍い。どうやら俺は地雷か何かを踏んでしまった気がする。

それもそのはず、弥生は苦笑いを浮かべて、丁寧に俺の案を退けてきた。

734 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:33:17.55 ID:GjFUVEDS0


昴「いや、比企谷のアイディアはいいと思うんだ。

  でも、うちの家族は僕と同じように料理が苦手で、

  だから、もし作ったとしてもそれをお弁当にして持ってくるのはちょっと・・・」

八幡「すまん、無神経な事言って」

昴「ううん、いいんだって」



ちょっとばかり俺達の間に気まずい雰囲気が漂ってしまう。

だが、空気を読むのに優れているのは弥生だけではなかった。

ここにはもう一人の元祖空気人間たる由比ヶ浜がいる。

空気人間っていってしまうと存在感がない人みたいに思われてしまうは、

まあ、空気を読んで、その場の空気を安定方向にもっていく属性を持っているって意味では

似たようなものかな? いや、全く違うか。

どちらにせよ、今回はそんな空気を読める由比ヶ浜に助けられてしまった。

もしかしたら、先ほど助け船を出した弥生への恩返しかもしれないが。



結衣「あっ、そだ、弥生君。テスト対策の方はどうだった?」

昴「あぁ、うん。なんだか歯切れが悪い対応ばかりで、なんだか調子悪いっていうかな」

結衣「そっかぁ・・・。でも、弥生君なら過去問とかなくても独学だけでも

   すっごい点、とっちゃうんじゃないの」

昴「しっかりと時間をかけて勉強すれば可能かもしれないけれどね」

結衣「ふぅん・・・。やっぱり弥生君でもてこずるんだ」

昴「そりゃあね」



由比ヶ浜ではないが、今度は俺の方が二人の会話を飲み込めないでいた。

わかっている事といえば、弥生がさっきまでいなかったのは、

期末試験の過去問コピーを手に入れる為の交渉をしに行っていたらしいことと、

そしてその交渉は失敗したらしいってことだ。

珍しい事もあるんだな。弥生との取引に応じないなんて

ちょっとどころじゃないほどに珍しい事件と言えるはずだ。



八幡「過去問って、今度の期末試験のか?」

昴「うん、そうだよ。既に持っているのもあるけど、いくつか抜けていてさ。

  それを手に入れたくてお願いしてみたんだけど、振られちゃったかな」

八幡「珍しい事もあるんだな。弥生の期末対策ノートが交換材料だろ?」

昴「うん、そうなんだけどね」

八幡「だったら、他の奴に頼んでみたらどうだ?」

昴「それがさ・・・」



弥生が醸し出す重い雰囲気に、思わず由比ヶ浜に事情を説明してほしいと目で求めてしまう。
735 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:33:46.14 ID:GjFUVEDS0

しかし、由比ヶ浜が説明する前に弥生自身が説明をしてくれた。



昴「なんか避けられているっぽいんだよね。

  8月の初めから期末試験が始まるからそろそろ本格的に過去問やノートのコピー、

  対策プリントなんかが出回るはずなのに、僕のところには表立っては回ってこないんだ」

八幡「表立ってはって?」

昴「うん。僕が作った対策プリントなんかは今回も好評で出回っているんだけど、

  そのおかげでか、プリントを渡した時には過去問を貰う事は出来ないけど

  後になってメールで送られてくる事があるんだよ。

  やっぱりサークルとかに所属していないから僕は先輩とのつながりが希薄で、

  過去門は手に入りにくいからね。

  その点サークルに所属している人たちは無条件で先輩から回ってくるから

  その辺の強みはでかいね」

結衣「サークルはサークルで人間関係っていうの? 上下関係も厳しいから

   大変みたいだよ。それでもサークルが楽しいから続いているみたいだけど」



由比ヶ浜のいい分もわかるが、だからといって、

試験の為だけにサークルに参加したくはない。

たしかに俺や弥生みたいな一匹オオカミは試験だけでなく講義を受けるだけでも

デメリットが生じてしまう。

教室の変更や急な提出物なんか講義にしっかり参加して、こまめに掲示板を

チェックしていれば問題はないが。

もちろん試験対策やレポートは、一応一人でもいい点が取れるようにはなっている。

そもそもテストは一人で受けるものだが。

しかし、一人でやってもいい点は取れるが、

一人でやると時間がかかってめんどいとも言える。

その点友達を総動員して取りかかれば楽ってもので、

もし俺なんかが参加したら、あり得ない事だが、比較的楽そうなところを見つけて、

やっかいごとは人に任せてしまう自信がある。



八幡「そんなにサークルって楽しいか?」

結衣「ヒッキーは所属していないからわからないだけだよ」

八幡「お前だって所属してないだろ」

結衣「まあ、そうなんだけど・・・」



といっても人気がある由比ヶ浜は、俺とは事情が違う。

サークルに所属はしてはいないが、飲み会やらバーベキューやら

海やら・・・、リア充死ねって感じのイベント事には随時招待されていた。

普段も時間があれば遊びに行っているみたいだし、

それなりにサークルの先輩との繋がりもあるみたいだ。
736 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:34:18.51 ID:GjFUVEDS0



八幡「サークルなんて面倒だから俺は絶対にやりたくない。

   そもそも向こうも俺を入れてくれないだろ」

結衣「それは・・・」



苦笑いしながら目をそらすなって。繊細な心の持ち主たる俺は、傷つきやすいんだからな。

もっと丁寧に扱ってほしいものだ。

特に、雪乃とか陽乃さん、おねがいしまっす。



結衣「でも高校の時、奉仕部は好きだったよね。

   こればっかりはヒッキーであっても否定させないんだから」

八幡「それは・・・、例外だよ。

   奉仕部は部活っていうよりも、よくわからない集まりだったからな。

   だから、あれだよあれ。

   うんっと・・・そうだな、例外事項だ、例外事項。

   一応部活動って定義であっても、奉仕部は例外にすぎない」

結衣「ふぅ〜ん」

八幡「何ニヤニヤしてるんだよ」



俺を見つめる由比ヶ浜の表情は喜び成分半分。

これからからかってやろう成分半分ってとろこだろう。

わかってる。わかってるって。俺にとって奉仕部は特別だった。

口が裂けても言えないけど、雪乃や由比ヶ浜。それに平塚先生がいたから

俺はぼやきながらも卒業式のその日まで奉仕部の部室に通っていたんだよ。

こいつ絶対わかっててニヤついてるだろ?

居心地が悪い俺は、話を元に戻そうと、弥生の話の続きを促す事にした。



八幡「んで、弥生。後からこっそり過去問メール送ってもらえてるんなら、

   問題ないんじゃないのか?」



だから由比ヶ浜。こっち見るなって。わかったから今はスルーということで。

そして、さすがは俺を気遣ってくれる弥生昴。

俺の情けない取り組みを感じ取ってくれたのか、弥生は俺の要求に素直に応じてくれた。



昴「今は問題ないかもしれないけど、きっと問題の先送りにしかならないと思うんだ」

八幡「レポートの方にも問題が出たとか?」

昴「いや。過去レポは、4月にはそろえていたから問題なかったけど、

  おそらく後期日程には反応が鈍くなると思うんだ」

結衣「どうして? 前期日程のが手に入ったんだから、後期日程のもあるんじゃないの?」

737 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:34:52.62 ID:GjFUVEDS0


昴「過去レポ自体はあると思うよ。あると思うけど、4月みたいに、同一レポートに対して

  複数の過去レポは手に入りにくくなるとおもうんだ」

結衣「へ? 過去レポなんて一つあれば十分じゃない?」

八幡「お前わかってないな」

結衣「何が?」

八幡「みんなが同じ過去レポを参考にしてレポート作成しちまったら、

   全部似たようなレポートが出来上がっちまうだろ。

   それでも参考程度ならいいんだけど、なかにはまる写しってやつが何人かいるから

   同じ過去レポを参考にしたやつらは、その不届き者の煽りをくらっちまうんだよ。

   レポートの再提出にはならないだろうけど、減点対象になりかねない。

   教授たちも馬鹿じゃないんだよ。伊達に長年教授職をやってはいない。

   過去レポの写しなんてすぐにばれるんだよ。対策だってしているはずだ。

   だから、過去レポ写したのがばれたら最後。

   即刻評価減点対象に認定される」

結衣「そっか」

八幡「だから複数の過去レポがあると便利なんだよ。

   キーワードだけを抜き取って、

   あとはなんとなく自分の言葉でレポートをまとめられるからな」

昴「それに複数の視点からのレポートを研究できるから、

  より深みのあるレポートを作成できるしね」

結衣「ふぅ〜ん・・・」



こいつにとっては、レポートが仕上がるか仕上がらないかが最重要課題だったか。

レポートの評価を気にしないのであれば、提出期限のみが問題であって、

そこそこまともなレポートができるのであれば、レポートの中身を気にする必要なんてない。

どうせレポートを提出する頃には、レポートに何を書いたかさえ忘れているはずだしな。

まあいい。話が脱線気味だし、元に戻すか。









第42章 終劇

第43章に続く










738 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/12(木) 17:35:18.58 ID:GjFUVEDS0


第42章 あとがき




振りかえると、この物語もけっこう続いているなぁと思えてきます。

地道に毎日書いている事が物語を長く続けられているコツなのでしょうか。

プロットを作ってから書き始めるというオーソドックスな書き方ではありますが、

プロット通りにいかないのが常でして、ただただ容量だけが増えていってしまいます。

まあ、プロットを最初に作ってあるからこそここまで続いたとも言えますが。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派

739 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/12(木) 17:42:19.06 ID:CwhprBZ80
教授との遣り取りを期待してたんだがダイジェストすら無かったか
740 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/12(木) 17:59:54.77 ID:Ar8SzR0ao
乙です
741 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/12(木) 20:37:13.88 ID:Gohy2xzAO

742 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/14(土) 11:07:58.24 ID:nDYMobMkO
おつ
743 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/15(日) 12:28:12.72 ID:Kb5SzhVHo
乙です
744 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:29:55.61 ID:Q9EWgt+u0

第43章




八幡「弥生の話を聞いていると、試験対策委員会が機能しなくなったんじゃないかって

   思うんだけど、あそこってサークル活動停止したのか?」

結衣「経済研? この前も食事会に誘われたから、活動していると思うよ。

   これから期末試験だし、決起集会みたいな感じだとかいってたかな?」

八幡「決起集会? 合コンの間違いじゃねぇの?」



俺は、由比ヶ浜の訂正に訝しげな視線を送ってしまう。

経済研って、試験対策やレポート対策の為に、大量の資料を毎年収集して、

部室に歴代の過去問、過去レポを保管してあるんだよな。

あれさえあれば俺の勉強も楽になるにはなるけど、その分厄介事も増えるから

経済研はやっぱ遠慮したいサークルに分類される。

いや、全サークルから遠慮されているのは、俺でした。



結衣「合コンは、いかないし」



俺の問いかけに、由比ヶ浜は全力で否定してくる。

あまりの勢いに、俺が悪い事を聞いちゃったんじゃないかって、

すぐさま謝ろうとしてしまうほどであった。



八幡「でも、この前行ったんだろ?」

結衣「あれは、知らなかったの・・・。

   ただ食事してカラオケ行くって話だったのに、行ってみたら合コンだったってだけで」

八幡「騙されたってことか」

結衣「その言い方面白くないぃ」

八幡「でも実際は合コンだたんだろ?」

結衣「そうだけど・・・」

八幡「だったら騙されただけじゃないか」

結衣「だから・・・」

八幡「違うのか?」

結衣「そうだけど・・・」

昴「そろそろ話しを戻してもいいかな?」



弥生は、このまま俺と由比ヶ浜の押し問答を続けさせるのはまずいと感じたのか、

会話の途切れを狙って、話の軌道修正に入った。



結衣「うん、ごめんね。変なふうに話がたびたび脱線して」

昴「いやいいよ。楽しいし」
745 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:30:23.77 ID:Q9EWgt+u0


楽しいのはお前だけだろうけど。でも、これ以上由比ヶ浜を虐めてもしゃーないか。

ここまでお人よしっていうのも美徳だけれど、もう少し友達は選んだほうがいいぞ。

合コンの餌の為にお前を巻き込んだっていう事は、だしに使われたってわけだ。

お前を連れてった自称友人は、合コン会場のトイレで、由比ヶ浜早く帰らねぇかなって

きっとぼやいているはずだしな。

雪乃じゃないが、施しは人の為にはならないってやつだ。



八幡「じゃあ、経済研は、活動してるってことか。

   だったら今の時期のあいつらは、はりきって活動してるんじゃね?」

昴「らしいね」

八幡「らしいねって、あいつらとも情報交換してなかったか?」

昴「してたんだけど、急にサークルに所属している者以外には、

  過去問を配布することはできないって言われたんだよ」

八幡「は? 今までなんか、こっちがお願いしなくても過去問ばらまいていた連中だっただろ」

昴「そうなんだけどね・・・」



どうも弥生の表情は芳しくない。

なにか裏事情を隠していますって顔をしてるから、聞いてくださいって言ってるようなものだ。

けれど、空気を読むのがうまい俺としては、

そっとしておくっていう選択肢をチョイスしておこうと判断した。

期末試験やらレポートやらでとにかく忙しいこの時期。

やっかいごとに巻き込まれるのだけは勘弁だ。



結衣「あれ? 私は経済研の子から過去問もらったよ」



おい、由比ヶ浜さん。空気が読める子じゃなかったんですか?

わかっていますよね? 時間がないんですよ。

英語のDクラスみたいなことだけは、やめていただきたいです。

・・・・・・お願いします。



八幡「由比ヶ浜は、あれじゃね? えっと、おこぼれをもらたってういか、

   経済研の合コンにも誘われているわけだし」

結衣「合コンは行ってないし」

八幡「わかったよ。合コンは行ってないでいいな」

結衣「うん」



由比ヶ浜は俺の回答に満足したのだろう。とびきりの笑顔で短く答えた。



結衣「じゃあ、ちょっと経済研の子の所にお願いしてくるね」
746 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:30:52.79 ID:Q9EWgt+u0


って、おい。



昴「ちょっと、ゆいが・・・」

八幡「やめとけ」



俺の低い声が弥生の声を上書きする。

それ以上に、俺が由比ヶ浜の腕を掴んだ手の方が威力があったのかもしれなかった。

戸惑い気味の由比ヶ浜は、とりあえず席に再び腰をおろして、俺の出方を伺った。



八幡「すまん。強く握りすぎちまったな」

結衣「ううん。別に痛くなかったから大丈夫」



俺は、わかってしまった。弥生昴が話したくない裏事情ってやつを。

伊達に人間観察が趣味っていうわけではなのだよ。

ようは、簡単に言ってしまえば縄張り争いって奴だ。

俺や弥生は、そんな面倒な縄張りなんて放棄してしまいたいが、

当の本人達はそうではないらしい。プライドっていうやつか。

そんなくだらないプライドなんて捨てちまえっていいたいものだが、

プライドなんて人それぞれだから、声高に馬鹿にする事はしないでおこう。

ま、面倒事に巻き込まれたくないだけなんだけど。

事の発端は、俺や弥生のノートやレポートだろうな。

過去問、過去レポ以上に価値があるものといえば、生レポートしかない。

今年の、しかもまだ提出していないレポートほど価値があるものはない。

さすがに完成したレポートをそのままコピーして学部内に出回らすことはしないが、

参考資料やキーワードなどを詳しく記載した設計図みたいなものは

誰だって欲しくなるものだ。

過去レポは、過去レポでしかなく、教授によっては、まったく違う課題を出題したり、

微妙に変化をつけてきたりする。

だから、誰だって今年の生レポートは欲しくなってしまう。

それが学年主席と次席の生レポートなら、なおさらだ。

しかも、俺は由比ヶ浜に勉強を教えている都合上、試験対策ノートや

普段の授業対策までもプリントを用意している。

気のいい由比ヶ浜は、その対策プリントを友達に見せたりするものだから

通称ガハマプリントは経済学部では知らないものはいないほどの地位を確立していた。

弥生も自分用に対策ノートを作っており、俺と情報交換するようになったのも

こうやって弥生と話をするようになったきっかけの一つといえるかもしれない。

まあ、こうやって俺と弥生が生レポートや対策プリントを

経済学部に出回らしているのを気にくわない奴らがいるっていうのが

今回弥生が過去問を手に入れにくくなっている理由なのだろう。
747 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:31:21.81 ID:Q9EWgt+u0

つまりは、経済研。試験対策委員会との縄張り争いに巻き込まれてしまったってことだ。

・・・・・・・残念なことに。



結衣「ヒッキー、その・・・」



由比ヶ浜の視線が下の方に俺を誘導する。

先ほどまで戸惑いを見せていた由比ヶ浜の顔色は、今や赤く染まりつつあった。

俺は、由比ヶ浜の視線の先を見つめて、ようやく現状を把握した。



八幡「すまんっ」



言葉とともに、勢いよく由比ヶ浜の腕を掴んでいた手を放す。

勢いをつけようと、急いで放そうと、いまさら現在俺が直面している状況を

改善してくれるわけでもないのに慌てて行動してしまう。

結果としては、俺の行動がさらなるさざ波を立てて由比ヶ浜の頬を赤く染め上げてしまった。



結衣「うん。・・・大丈夫だから」

八幡「あぁ、悪かったな」



どうしたものか。こういったアクシデントは、時たま起きてしまう。

今回のそれは、運よく弥生が危惧する由比ヶ浜と試験対策委員会の対立を回避してくれた。

ただ、それは偶然であり、今後起こらないとは限らない。

俺や弥生は、過去問や過去レポがなくとも評価そのものには影響ないはずだ。

俺は今年も主席を取らなければならないし、弥生も次席をきっちりキープすると思われる。

由比ヶ浜に関しても、俺や弥生がサポートすれば、全く問題はない。

そう、表面上は、まったく問題ないように見える。

だから、困ってしまう。

多くのクラスメイトに愛されている由比ヶ浜ならば、今後も試験対策委員会との関係は

何事も問題がなかったかのように続いていくだろう。

・・・合コンにもきっと、こりずに誘ってくるはずだろうし。

しかしだ。高校時代の文化祭や体育祭のような恨みをかう事態までとはいかないまでも、

いや、人のひがみなんて底がしれないから用心に越した事はないが、

ぎすぎすした人間関係のど真ん中に放り込まれてしまうのだけは勘弁してほしい。

ただでさえ雪乃の母君様から、卒業後も役立てられる人間関係を築いてこいと命令されて

いるのに、試験対策委員会のせいで、

今以上に人が寄りつかない状態を作ってもらいたくはない。

まあ、今も俺に寄ってくる人間なんて、由比ヶ浜と弥生くらいで

時々由比ヶ浜にノートを渡しておいてくれって、由比ヶ浜の友人に頼まれることくらいだ。

そのノートを渡してくれレベルの接点さえも稀だというのに、

どうやってこの学部で人間関係を作っていけばいいんだっていうんだ。
748 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:31:47.51 ID:Q9EWgt+u0

さて、現実逃避はさておき、由比ヶ浜の対処はどうしたものか。

由比ヶ浜をこのままほっておいたら、

いずれは俺達と試験対策委員会の関係に気がついてしまう。

弥生の意見はどうなのだろうかと、弥生に目を向けると、

俺の長々と費やしてしまった熟考を解決してしまった。



昴「実は僕は、試験対策委員会に嫌われてしまったようなんだよ。

  ちょっとしたすれ違いだと思うんだけど、今はそっとしておいてほしいんだ。

  ごめんね、由比ヶ浜さん。少しの間、迷惑かけることになると思う」



ストレートすぎないかい?

俺は、目を丸くして、弥生を見つめてしまう。

俺の視線に気がついた弥生が、悲しそうな笑顔を俺に向けると、

俺の体温が熱くなっていくのを実感した。

こいつが何をしたっていうんだ。

たしかにギブ&テイクの関係であるようには見えるが、実は弥生の方が損をしているとも

考える事も出来る。

ある程度のシステムが出来上がってしまった現在では、

弥生は中継地点としての機能ばかりが注目されてしまう。

でも、俺は知っている。

無数に集まってきてしまうデータを解析して、使えるデータと使えないデータを

ふるいにかけなくては、使えるデータ集は提供できない。

ただ集まってくるデータを、そのまま提供するのでは信用力が築かれないはずだ。

だから、今あるコピー王の地位も、中継地点としての機能も、

すべては弥生昴の能力によるものが強いと思っている。

まあ、そんあ中継地点なんかやらないで、自分の勉強のみに集中したほうが

よっぽどいい点が取れそうな気もするし、時間もかけないで済むとも考えられる。

ならば、何故、弥生はこうまでして中継地点をやり続けているのだろうか?

これこそが、女帝が言っていた人間関係の構築とでもいうのだろうか?

・・・わからない。

わからないけど、今の弥生と試験対策委員会の関係をこのままにしておくことはできないと

いうことだけは確信できた。










講義が終わり、ほどなく出口付近には帰ろうとする生徒がつまりだす。

まだ教壇の上にいる教授は、そんな混雑を避ける為か、

黒板に塗りたくったチョークをゆっくりと拭っていく。
749 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:32:16.03 ID:Q9EWgt+u0

チョークの粉っぽいほこりと、教室の出入り口から侵入してくる夏の熱気を

不快に感じながら、俺も教授にならってのんびりと今日習った部分を見直していた。



結衣「今日はごめんね」



由比ヶ浜は、ぽつりと謝罪の言葉を呟く。

自分の鞄を見つめる瞳には、後悔の念が漂っていた。

ここまでくれば、由比ヶ浜が何について謝罪しているかなんて問い返さなくたって

わかるものだ。

由比ヶ浜が気にしているのは、弥生と試験対策委員会の事だろう。

お前がいくら弥生の事を気にしても、俺達に出来ることなんて何もない。

むしろ俺達がしゃしゃり出ることで、話はさらに複雑化してしまうほどだろう。

なにもしないよりはしたほうがいいとか、やってみなければわからないなんて

少年漫画の王道を恥ずかしくもなく叫ぶ奴がいるが、

俺はそんなやつは何もわかっていないと反論する。

なにもしないのではない。今はなにもできないのである。

今無駄に動けば事態は悪化するだけだし、時間が経ってチャンスが来た時に

無駄に事態をひっかいたために動けなくなる事さえあるのだ。

様子を見て、特に何もしない行動を冷めた大人の判断だって子供は笑うが、

本当に解決を望むのならば、今は何もしないが正解の時がある。

まあ、由比ヶ浜が一時の自己満足だけで納得するのならば、俺も付き合わない事もないが。

だから俺は、あえて別の話題にすりかえる。

それに、今回はちょうどネタもあったしな。

授業前に、あろうことか俺との勉強会を断ってきたのだ。

それも、真面目に勉強するかわからない友達との勉強会に参加するという理由で。

心の広い俺は、今回の事は気にしないでおいてやるか。

だから俺は、これ以上の議論はさせない為に、これ以上の心労を由比ヶ浜に負わせない為に、

ぱたんとノートを閉じてから道化を演じることにした。



八幡「いいって。俺からすれば、きっちりと予定範囲の勉強をしてくるんなら

   どこで勉強していようと問題はない。

   むしろ俺の方こそ自由にできる時間ができて助かっている方だよ」



案の定、俺のわざとらしすぎる話題のすり替えに、由比ヶ浜は訝しげな視線を俺によこす。

しかし、ほんの数秒俺の事を睨むと、肩の力が抜けていくのがわかった。

そして、俺の意図はわかったが、納得はしていないという典型的な結論を

俺に瞳で訴えかけながら、言葉だけは俺のすり替えにのっかってくれた。



結衣「そういわれると、なんだか複雑なんだけど」

750 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:32:41.58 ID:Q9EWgt+u0


由比ヶ浜は、そうちょっとぶっきらぼうに言い張ると、

教科書などを鞄にしまう作業を再開させる。



八幡「複雑な事ないだろ。勉強なんて結局は自分がやらないといけない事だからな。

   ただ、ちょっと俺の方にも複雑な気持ちがあることにはあるけど」



俺は、ノートを鞄の中にしまおうとする手を止めると、由比ヶ浜を悲しそうな目で見つめる。

俺の言葉が途絶えた事に気がついた由比ヶ浜は、俺の方に視線をやり、

当然のごとく俺の視線にも気がつく。

目がかちあうとまではいかないが、視線が軽く絡まると、俺はそっと視線を外して

手元にある鞄を適当な目標物として見つめた。



結衣「え? ・・・やっぱりヒッキーも悲しいと思う事があるの?」



由比ヶ浜は、俺の瞳の色を見て呟く。

そして、照れた顔を隠そうとするふりをして、俺を覗き込んできた。

ここで強調して言っておきたい事は、あくまでふりであって、

由比ヶ浜はやや赤く染まった顔を本気で隠そうとはしていないってことだ。

こういう女の武器を露骨に使おうとする奴ではなかったが、そうであっても、

経験があろうとなかろうと、女の色香を自然と発揮してしまうところが

由比ヶ浜が大人になっていっているんだって実感してしまう。



八幡「そりゃあ、悲しいに決まってるだろ」



これは、俺の本心。嘘偽りもなく、心の底から思っている事だ。

雪乃にだって、正直に答えることができるって確信している。



結衣「ほんとにっ?!」



由比ヶ浜の声には、嬉しさが溢れ出ていた。

実際その表情を見れば、誰だってその心が表すものを理解するはずだ。

由比ヶ浜の声に反応して、その声も持ち主を見やった男子生徒は、ことごとく由比ヶ浜に

対してだらしない視線を送った後に、俺に敵意を向けてから通り過ぎていく。

女子生徒は、温かい目で由比ヶ浜を愛でた後に、これまた俺に厳しい視線を浴びせてから

通り過ぎて行った。

どちらにせよ、俺に対してはあまり宜しくない反応だが、これも毎回の事などに

とうに慣れきった予定調和といえよう。



八幡「当たり前だろ」
751 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:33:09.54 ID:Q9EWgt+u0

結衣「そっか・・・。寂しいって思ってくれているんだ。そっか、・・・へへ」



お団子頭をくしゅっと掴み、にへらっと笑う。

こうして見ていれば、十分魅力的だって俺でも評価してしまう。

雪乃を毎日のように見ていれば、採点基準が厳しくなってるんじゃないかって

言われた事もあるが、そんなことはない。

由比ヶ浜は、雪乃とは違った華やかさと柔らかさがあり、

大学内でどちらを実際恋人にしたいかというアンケートをとれば、

由比ヶ浜が勝つのではないかと思っていたりもする。

けれど、俺の眼の前で極上の笑みを浮かべている美女に言わなければならないことがある。

お前の笑顔は勘違いによるものだと、強く言わねばならない。



八幡「寂しいとは思わんけど」

結衣「は?」



極上の笑みが停止する。

未だ絵画のごとく笑みが描かれているところを見ると、機能が停止しただけかもしれない。



八幡「寂しいかぁ・・・。ある意味寂しいと思うかもしれないけど、

   どちらかというと悲しいの方があってる気がするかな」



由比ヶ浜の笑みが徐々に消え去っていってるのを横目に見ながら俺は言葉を紡ぎ続ける。

由比ヶ浜からの反応はないみたいだが、聞いてはいるらしい。



八幡「そりゃあ、勉強会行って、しっかり理解してきてくれたものだと思っていたのに、

   後になって全く理解していませんでしたってわかったら、

   悲しいに決まっているだろ。

   しかも、先に勉強する範囲を理解もしていないのに、その先の勉強を進めて

   いるんだ。当然前提となるものを理解もしていないで次の事を勉強しても

   ろくに理解できないに決まってるじゃないか。

   時間を無駄にしたとは言いたくないけど、

   遠回りしちまったなって思ってしまうだろうなぁ・・・」

結衣「悲しいって・・・、そういう意味のこと」

八幡「まあ、な。勉強見てるのに、理解が不十分だって後になってわかったら悲しいだろ?」

結衣「そうだねー。ヒッキーは、そう思うよねー」



なんか、いわゆる棒読みってやつじゃないか。

どこかそらそらしく、まったく感情がこもっていない。

俺を見つめる目に、魂がこもっていないことが、手に取るようにわかってしまった。

752 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:33:35.76 ID:Q9EWgt+u0


八幡「どう勘違いしたかは知らんけど、勝手に勘違いしたのはそっちのほうだろ」

まあ、俺は鈍感主人公ではないので、由比ヶ浜がどう勘違いしたか理解している・・・、

が、理解はしているけれど、あえてそれをわかっていると教えるほど、優しくはない。



結衣「なんか、最近のヒッキーって、意地悪になってない?

   陽乃さんと一緒にいるからうつっちゃったんじゃないの?

   ゆきのん、ヒッキーと陽乃さんが楽しそうに話しているのを見ている時、

   悲しそうにしてるもん。隠そうとしているみたいだけど・・・」



俺の表情が一瞬沈み込んで、立て直してことに由比ヶ浜は気がついてしまう。

大学に入って、ずっと一緒にいるから気がついたとも言えるし、

高校時代からの付き合いだからとも言える。

ましてや、人の機微に敏感な由比ヶ浜の事だから、当然の結果とも言えるのだが、

この際どうでもいい情報だ。

俺と由比ヶ浜の間に、気まずい雰囲気が横たわってしまったのだから。

しかし、俺も由比ヶ浜も、それなりに交友を深めているわけで、

リカバリーの方法を心得ていた。



八幡「すまんな、心配掛けさせて。それに、俺の方も配慮が足りなかった」

結衣「ううん、あたしの方もごめんね。ヒッキーなら気が付いていたもんね」

八幡「まあ、な。でも、雪乃も理解していることなんだし、

   俺も出来る限りのフォローもしているはずだったんだけど、

   由比ヶ浜が口に出してしまったのだから、配慮が足りなかったんだろうな」



自嘲気味に呟く様をみて、由比ヶ浜は慌てて俺に対してフォローをしだしてしまう。

俺なんかじゃなくて、その心配りは雪乃にやってほしいって心から願ってしまう。

別段邪魔というわけではなく、雪乃を癒してほしいという意味でだ。



結衣「ううん。あたしが出過ぎたまねしただけだから。

   ヒッキー頑張ってるもん。ゆきのんの為に勉強頑張ってるのだって

   ずっと隣で見てきたんだから、わかるもん」

八幡「そうだな」

結衣「でも、ね・・・」

八幡「ん?」

結衣「陽乃さんの気持ちも、わかっちゃうんだなぁ。

   一度は通った道というかな・・・・・・」



由比ヶ浜が言いたい事は、痛いほどに、俺の胸を締め付けるほどにわかってしまう。

俺の何倍も、何十倍も苦しんできた由比ヶ浜の前で、痛み自慢なんてしないけれど。
753 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:34:07.91 ID:Q9EWgt+u0


だから俺は、由比ヶ浜が次の言葉を発するのを黙って待つしかなかった。

俺には、由比ヶ浜にかける言葉を何一つもちあわせていない。

時が解決してくれるだなんて、甘い事は考えていないし、

人として成長していけば解決するだなんて、ご都合主義も持ち合わせていない。

だから俺は、黙って由比ヶ浜が突き付ける切れないナイフを身に沈めていく。

いくら突き出しても体を割くことができないナイフを永遠に受け止め続ける。

由比ヶ浜が顔をあげて、歩き始めるまでずっと。



結衣「そろそろあたしも行かなくちゃいけない時間かな」

八幡「頑張って勉強してこいよ」

結衣「うん! あとでヒッキーにお小言言われないように頑張ってくる」



由比ヶ浜にまだ固さが残っているが、あえてそれを指摘するような顔を見せる事もないだろう。

由比ヶ浜が頑張っているのに、俺の方が水を差すべきではない。



八幡「お小言なんか言わないから、わからないところがあったら、

   いや、怪しいと思ったところがあったら、すぐに言えよ。

   これもまた俺の復習になるんだから、問題ない。想定内の出来事すぎるんだから、

   お前はいらない心配などせずに、俺を使い倒せばいいんだよ」

結衣「うん、ありがとね」



今度の笑顔には固さはみられなかった。

俺が見分けられないほどの作り笑いではなかったらという条件付きだが。

人は痛みと共に成長していく。

それはまた、痛みを隠すのもうまくなるって事なのだろう。








第43章 終劇

第44章に続く






754 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/19(木) 17:34:52.77 ID:Q9EWgt+u0

第43章 あとがき




43章のテーマは、八幡独白の

時が解決してくれるだなんて、甘い事は考えていないし、

人として成長していけば解決するだなんて、ご都合主義も持ち合わせていない。

ですかね。

・・・嘘ですけど、ね。

なんて書くと、ホワイトアルバム2ファンで、なおかつ丸戸信者があばれそうですけど

特に狙って書いたわけではありません。

たまたまです、本当に。

書いた後に読みかえした段階で気がついたほどですから。



先週アップ後にコメントを下さり、すぐにでも返事を書きたかったのですが

結果としては一週間も沈黙を続けてしまい申し訳ありません。

教授ですが、今後の展開を楽しみにしていてくださいとしか申し上げることができません。

色々書きたい事はありますが、書いてしまうとネタばれにもつながるわけで、

コメントを無視しているわけではないことを申し訳ありませんがご了承ください。

コメントを見ると励みになりますし、また、

こういう展開をみてみたいんだなって事もわかり、大変ありがたく思っております。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派


755 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/19(木) 17:37:02.36 ID:WzDrKjq1o
毎週乙です
756 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/19(木) 17:48:54.28 ID:oaVHoPGoo
おつ
757 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/19(木) 18:25:37.47 ID:U8fOEP5AO


……結衣から見てもそうなのか……

はるのん……
758 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/19(木) 18:39:37.62 ID:5j5myaeIo
乙です
759 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/20(金) 13:01:46.29 ID:18X5oErf0

ゆきのんルートだから仕方ないけどぜひはるのん、がはまさんルートのSS(ショートじゃないけど)も書いてほしいものだ
760 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/26(木) 17:30:56.07 ID:Ux4V/0K+0


第44章






八幡「気にするな。で、いつものメンバーか?」

結衣「そだよ」



あいつらって、どいつも由比ヶ浜レベルなんだよな。

真面目に勉強をしようと取り組んでいる由比ヶ浜の方がややおりこうとさえ思えたりもする。

とはいっても、うちの学部では平均的な学力ではあるはずだ。

俺や雪乃とは違って交友関係が広くい由比ヶ浜結衣は、

いたって順調に我が経済学部においてもすくすくと友人関係を築いている。

高校時代の三浦や海老名さんのような気の知れた友人というか、一歩踏み込んだ友人関係

までとはいかないまでも、健全な友人関係を作り上げていた。

三浦や海老名さんとは今でもちょくちょく会っているらしいので、

高校卒業イコール友人関係まで卒業となっていないことからしても、

深い友情を高校時代に積み上げることができたレアなケースだと思う。

ましてや、高校時代とは違って規模も条件も大きく異なる大学生活。

大学時代の友人関係は、雪乃の母親に言われるまでもなく今までとは違うことくらい

俺でもわかっていた。

まず、規模については全国区ということがあげられる。

高校までだったら、それなりに中学までの友人関係が使える場合が多い。

高校からいきなり北海道から東京に引っ越してくる奴なんて少数派だ。

たいていの奴が地元の高校に進学して、

ちょっと離れた高校であっても1、2時間くらいで通える範囲の高校を選択しているはずだ。

しかし、大学ならば地方から東京に、ちょっと離れた県から有名私立大学に

なんてケースはざらである。

つまり、大学入学は今までの友人関係をリセットされる場合が多いといえよう。

ただ、高校は同じレベルの生徒が集められているわけで、同じレベルならば同じレベルの

大学に行くのも当然であり、俺や由比ヶ浜のように高校時代からの顔見知りも

継続して大学でもお世話になる事はある。

けれど、同じレベルの大学であっても、学部や学科が違うことは当然に発生する。


それは将来を見越しての選択なのだから、当然の結末といえよう。

そう、将来を見越しての選択は、自分の選択学部・学科だけではない。

友人関係も最後の選択だと俺は考えている。

一応社会人になっても、普通の人間ならば友人を作ることができる。

俺が普通の人間にカウントされていないことは、雪乃に言われるまでもなく認識しているが。

但し、社会人になってからの友人関係は、どうしても仕事を介しての交友と

考えてしまう嫌いがある。


761 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/26(木) 17:31:53.27 ID:Ux4V/0K+0

学生時代だって同じ学校という枠を介しての交友だと反論されてしまいそうだが、

そうであっても、金銭面の損得や職場の先輩後輩といった生活に必要な仕事に

直結した関係ではない。

一応これもフォローしないといけないが、中学・高校時代なんて、

学校が世界のすべてだと考えている奴らが大勢いることは、

友人がほぼゼロだった俺でも認識はしている。

なんていうか、実際社会人になってみないとわからない事だろうけど、

金銭面が全く絡んでいない友人関係は、大学で最後って気がしてしまうのも

俺の思いすごしではないと思われる。


なんて、そんな大事な大学生活において、大学に入学してからまともな友人を一人も

作っていない俺が大学生活の友人作りの大切さを力説しても、

ましてや社会人になってからの友人関係に危機感を抱いたとしても、

まったく意味のないことだって雪乃の痛い視線をぶつけられなくても理解はしていた。

つまり、先ほどまで俺の隣で講義を受けていた弥生昴は、

いつものように毎時間俺の隣で講義を聞いてはいるものの、

俺は弥生昴を友人ですと紹介できるレベルの関係までは発展していないと

自信を持って言えた。



八幡「そっか・・・。まっ、がんばれ」

結衣「うん」

八幡「そういや弥生って、交友関係広いくせに講義が終わるとすぐに帰るよな」

結衣「そだね。昼食の時も、うちの学部の人と食事をしているわけでもないみたいだし」

八幡「そうなのか?」



これは初耳だ。

弥生の事だから、特定の誰かと毎回食事をしてはいないとは思っていたが、

情報交換も兼ねて誰かしらと食事をしているとは思っていた。

たしかにレポートなどの課題は、常にどれかしらの講義からの提出を求められており、

手元に全く課題がないという状態はほぼない。

ほぼないと言えるが、だからと言って

毎日のように情報交換するほどでもないのも事実である。



八幡「あいつの事だからてっきり誰かと食事しているものと思っていたんだけどな。

   でも、他の学部の、高校の時の同級生と会っているってこともあるんじゃないか?」
   
結衣「どうだろ? 弥生君の高校の時の友達って聞いたことがないかも」

八幡「県外から来たんだっけ?」

結衣「うぅ〜ん・・・、どうなんだろ? 高校の時の話も聞いたこともないけど、

   今どこに住んでいるのも知らないんだね」

八幡「ま、そんなもんじゃねぇの? 俺も高校の時もそうだったし、

   大学に入ってからも、その初心は忘れずに実行しているぞ」

結衣「はは・・・」

762 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/26(木) 17:32:46.07 ID:Ux4V/0K+0


乾いた笑いをするんじゃねぇよ。繊細な心の持ち主の俺が傷ついちゃうだろ。

自虐的なギャグをうまくさばくのがお前の持ち味だろ、

と勝手に役割を決めつけちゃったりする。

・・・別にいいけどさ。



八幡「でも弥生は交友関係広いんだし、

   誰かしらあいつんちに行ったことがあるんじゃねえの?」

結衣「それはないと思うな。だって、弥生君ってもてるじゃん」

八幡「そうなのか?」



つい見栄?を張ってしまって、とぼけてしまった。

いや、俺だって弥生が女性うけするルックスと性格の持ち主だって理解している。

しかも背は高いし、物腰も柔らかい。

どこかの雑誌アンケートを元に作りだした理想の男っていっても過言ではないかもしれない

と、思っていたりもする。

まあ、実際の生活感がないというか、大学外での行動が全くわからないところが

アクセントとしてのちょっとした秘密を有している危ない男に該当しているかは疑問だが。



結衣「そうだよ。もてもてだよ。頭もいいし、勉強も優しく教えてくれるんだから

   もてないわけないじゃん。

   だから、狙っている子もけっこういるんだけど、

   実際家に上げてもらった子はいなかったし、

   デートまでこぎつけた子さえいなかったんだよ」

八幡「へぇ・・・」



由比ヶ浜の指摘は、俺の予想通りだった。

あいつがもてないわけがない。

本来なら、俺と仲良く並んでお勉強なんてする相手でもないってことも自覚している。

ん?・・・・・・いなかった?

いなかったってことは、今はいるってことか?

俺の顔の変化を察知したのか、由比ヶ浜は俺が問いかける前に俺が求める答えをくれた。



結衣「うん、でも、なんだか最近弥生君が彼女といるところを見た子がいるんだって」



由比ヶ浜の顔を見ると、いたって平然としている。

よくある噂話の延長なのだろうが、見たという奴がいるのならば事実なのかもしれない。

まあ、噂の伝聞なんて信用なんてできないし、

根も葉もない噂話など、今回の由比ヶ浜から聞いた話のように出来上がっていく

のかもしれないが、ここは素直に驚いておこう。

763 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/26(木) 17:34:07.02 ID:Ux4V/0K+0

八幡「あいつの彼女を見たって言っても、噂話じゃないのか?」

結衣「ううん。大学構内で一緒に歩いているのを見たって言ってたから本当みたいだよ」

八幡「まじかよ。でも、たまたま一緒に歩いていただけかもしれないだろ」

結衣「何度も見かけてるらしいから確かな情報だと思うよ。

それに、二人が仲良さそうに歩いていて、

   友達同士の距離感ではなかったみたいだよ」



こいつはまじで驚いてしまった。

大学構内って事ならば目撃者も多いだろうし、信憑性が高くなってしまう。

友人だと思っていたやつが、自分には教えてもらってないけど恋人がいましたっていうのは

こういう事をいうのか? こういう立場を言っているのか?

・・・落ちつけ。落ちつけ、俺。

ここはクールに、・・・クールにいくべきだ。



結衣「やっぱヒッキーも聞いてなかったんだ?」

八幡「やっぱってなんだよ」



頬と唇と手や足と・・・

体中がぴくついて、俺が挙動不審な動きをしてしまっているのはこの際無視だ。

頭だけはクールに冷静で沈着な頭脳を有していれば、クールな俺で立ち振る舞えるはず。



結衣「でも、あたしもちょっとショックだよね」

八幡「そうか?」

結衣「そうか?って、ヒッキーすっごくきもいよ」

八幡「はぁ? どうして俺がきもくなるんだよ?」

結衣「だって、いかにも変質者っぽく共同不審なんだもん。

   そりゃあ、ヒッキーの大学での唯一の友達って言ったら弥生君しかいないもんね。

   その弥生君に彼女がいたって教えてもらえなかったらショックだよね。

   うん、あたしだったらショックを受けるもん」

八幡「まあ、そうかもな」



俺の顔を見て呆れていたはずなのに、それが急に由比ヶ浜の顔からこぼれ落ちる。

俺と雪乃が由比ヶ浜に交際の報告をしたときの事を思い出してしまったのだろう。

悲しそうな顔をして、ここではない遠い過去の事を見ているような瞳をしていた。

しかし、それもすぐに切り替わり、今目の前にいる俺に同情がこもった目を向けてきやがった。



結衣「ヒッキーがいつも弥生君に冷たい態度取るから拗ねちゃったんじゃないの?

   この前の橘教授の講義を早く抜けられてのだって、まだお礼してないでしょ」

八幡「今朝会ったときにありがとくらいは言ったさ。

   それにあいつは見返りが欲しくてやってくれたわけじゃないと思うぞ。

   もちろん勉強に関しては色々と手伝ったり手伝わされたりしているけど、

   お互いに見返りがなければやらないってわけじゃあない」
764 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/26(木) 17:34:42.13 ID:Ux4V/0K+0

結衣「そなの?」

八幡「そんなの意外ですっていう顔するなよ。

   たしかにお互いの勉強効率が上がるっていうのは事実だ。

   でも、それが直接見返りを求めているかと聞かれると、違うって答えたい」

結衣「でもでも、ヒッキーが一方的に勉強を教えるってことだったら

   ヒッキーは協力関係を解消するでしょ?」

八幡「お前のその設定だと、そもそも一方的な施しにならないから協力関係とは言わない」

結衣「そっか」

八幡「でも、由比ヶ浜が言いたい事はなんとなくだけどわかるよ。

   弥生がたとえ学年次席じゃなくても俺はあいつのと関係を

   今と同じように続けていたと思うぞ。

   あいつはしっかり期日までにやってくるからな。しかも、気遣いがすごいっていうか、

   他人が嫌がる事は、一度わかれば二度とはしない」

結衣「ヒッキーがそこまで人を誉めるだなんて、珍しくない?」

八幡「そこまで俺の採点は厳しくねえよ」

結衣「そうかなぁ・・・」

八幡「まあいいさ。彼女がいたとしても驚く事じゃあない。

   俺が言うのもなんだけど、あいつはいいやつだからな。

   だから、彼女がいてもおかしくない」

結衣「そだね」

八幡「それに、もし彼女がいるんだったら、そのうち紹介してくれるかもしれないしな」

結衣「うん、あたしもそう思う」



由比ヶ浜は、笑顔でこの話題を締める。

ただ、俺からすると、弥生に彼女がいようがいまいがどちらでもよかった。

彼女がいたとしても、その彼女を紹介しなければいけないというルールはない。

むしろ会う機会がないのだったら紹介なんてしても意味がないとさえ思えている。

だから、どちらかというとこの話題。

弥生の彼女の事というよりも、俺と弥生の関係の方が気になるっていうか、

知り合い以上友人以下であるかもしれないことに軽いショックを受けていたりする。










由比ヶ浜とは友達と勉強会という名の免罪符を得たお喋り会に行くという事で

教室の前で別れた。

あいつの場合は気がしれた友達よりも、勉強をするように睨みつけてくれる監督が

必要だとは思うんだが、毎回俺が睨みつけるのは、さすがに俺の方が疲れてしまう。

ちょうどいい機会だ。俺の方も休暇が必要だし、とくに何も言うことはなかった。

由比ヶ浜が今日の俺たちとの勉強会を休む事情をかいつまんで説明している間、

雪乃は何も口を挟んでこなかった。

俺は袖を二度引っ張られるのに気が付いて、歩く速度を落とす。
765 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/26(木) 17:35:11.51 ID:Ux4V/0K+0
顔を後方に向けると、一歩遅れて雪乃が付いてきていた。

すぐさま雪乃の歩幅に合わせてその隣を歩く。

ときおり俺が考え事や話すのに夢中になって歩幅が大きくなってしまう事があって、

その時は雪乃が俺の袖を二度引っ張ることで知らせてくれる。

俺の方が雪乃のペースにあわせていても、

以前までは俺の歩幅が大きくなってしまうと、雪乃が俺の速度に合わせてくれていた。

だけど俺と雪乃の歩く速度は違うわけで、無理をしないで早く言ってくれと、

俺は雪乃に言ってしまう。

ただそうすると、ちょっとばかし気が強い雪乃と

どちらの歩く速度に合わせるかという微笑ましいひと悶着に繋がってしまう。

お互い相手を思いやっての行動なんだろうけど、それで喧嘩をしては意味がない。

その結果として、面倒な思いやりを回避するために決められたルールが、

雪乃が俺の袖を二度引っ張って知らせる事であった。



雪乃「そう・・・。今日は由比ヶ浜さんの勉強を見てあげる必要はないのね」

八幡「たまにはいいんじゃねぇの? あいつもいつまでも俺達に頼りっぱなしって

   いうわけにもいかないし、一人でも勉強できるようになってくれないと困るだろ」

雪乃「今日は勉強会ではなくて?」



雪乃は俺の言葉を聞き、訝しげな瞳を横から向けてくる。

二人して横に並んで歩いているので、やや下の方から覗きこむ形になっているが、

俺は素知らぬ顔をして前を向いたまま歩き続けた。

俺と雪乃はもう一コマある陽乃さんの講義が終わるまで時間をつぶす為に

喫茶店に向かっている。

本来ならば由比ヶ浜の勉強を見て時間を潰していたが、今回はそれができない。

だから学外の駐車場近くにある喫茶店に向かっていた。

大学にあるカフェでも学食でもよかったが、雪乃がいるとどうしても視線が集まってしまう。

その応急処置として選ばれたのが学外の喫茶店だった。



八幡「たしかに勉強会だとは言っていたな」

雪乃「だとすれば、一人で勉強するわけではないと思うのだけれど」

八幡「あいつが行く勉強会だからこそ、一人で勉強する為の強靭な精神力が必要なんだよ」



雪乃はあえて言葉を挟まず、俺に話を続けろと目で訴えてくる。

俺の方も前を向いたままだが、横目で雪乃の反応だけは確認していた。



八幡「別に勉強会が悪いっていうわけでもないんだが、あいつらが集まっても

   30分も経たないうちに休憩に突入して、お菓子食べながらのおしゃべりタイムが

   ずっと続く事になると思うぞ。

   さすがに試験直前ならば違うだろうけど、まだ試験直前というには早すぎるからな」

雪乃「まるで見てきたことがあるかのような発言をするのね。

   もしかして一度くらいはお呼ばれしたことがあるのかしら?

   でも今回呼ばれていないという事は、一緒にいることが不快だったようね」
766 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/26(木) 17:36:01.11 ID:Ux4V/0K+0


八幡「ちげぇよ。一度も呼ばれた事はないし、呼ばれたとしても行かねぇって」

雪乃「負け犬の言い訳ほど見苦しいものはないのよ」

八幡「だからそんなんじゃないって」

雪乃「だとしたら、どうして由比ヶ浜さんが参加する勉強会の様子がわかるのかしら?」

八幡「あいつらが教室でミニ勉強会っていうの?

   授業前にわからないところとかを教え合っている事があるんだが、

   いつも問題解決する前に別の話題、主に雑談に突入しているんだよ。

   だから、結局はわからないところはわからないままになっちまってる」

雪乃「そう・・・。八幡もその会話に参加したかったのね。かわいそうに。

   いくら由比ヶ浜さんの隣の席にいたとしても、会話には参加できないのね」

八幡「それも違うから。あいつらの声が大きいから聞こえてくるだけだ。

   まあ、本当にわからないと困るところは弥生に聞いたりしてるから問題ないけど」

雪乃「そういうことにしておきましょうか。・・・あら?」

八幡「そういうことにしておくんじゃなくて、そうなんだって。

   って、店の入り口で急に立ち止まるなよ」



喫茶店の扉を開け、先に店内に入った雪乃は、俺達よりも先に席に座っている客に

視線を向けていた。

俺は雪乃の視線を辿ってその席に着く二人の客に目を向ける。



雪乃「彼って、弥生君よね?」

八幡「弥生だな」

雪乃「一緒にいる女性は、彼女かしら?

   だとしたら、別の店にしたほうがいいのかしらね?」



雪乃は首を傾げ思案する。

一応雪乃にも由比ヶ浜から聞いた弥生に彼女がいるらしいという事を伝えていた。

だから雪乃は、まだ弥生から恋人を紹介もされていないことに配慮して

店を変えたほうがいいかと提案してきたのだろう。

たしかにあいつが恋人の存在を隠しているのならば、

ここは知らないふりをして立ちさるべきなのだろう。
しかし・・・。



八幡「あの人って、弥生准教授じゃねえの?」

雪乃「弥生准教授? でも、どう見ても私たちより年下ではないかしら?」



たしかに弥生准教授には似ているが、今いる女性は俺達よりも年下に見える。

だとしたら、弥生准教授の妹ってことになるのだろうか。

そういえば雪乃は、1年Dクラス担当の弥生夕准教授とは面識がなかったはずだ。

弥生って苗字は珍しいとは思っていたが、もしかして兄妹か親戚かなんかなのだろうか。

俺も弥生准教授と直接会話をしたのは一回きりだから、すっかり忘れていた。

767 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/26(木) 17:36:31.66 ID:Ux4V/0K+0

だとすれば、由比ヶ浜の友達が見たっていう弥生の彼女は、

弥生准教授の妹か弥生准教授本人ってことになるんじゃないだろうか。

でも、何度も大学で二人で歩いているところを見たという情報があることからすると、

妹というよりは弥生准教授の可能性の方が高いと思えた。

年は准教授ということから推測すると20代後半だと思えるが、

見た目以上に若く見え、なによりも美人だ。

弥生昴と同じ血筋かもしれないというのも頷ける容姿だった。

違いがあるとすれば、弥生昴の髪質がややくせ毛がある為に緩やかなウェーブを

作りだしていることだろう。

弥生准教授のほうは同じ黒髪でも、真っ直ぐ伸びた素直な髪質を有していた。

どんな姉弟であっても、よっぽど似ていないと姉と弟なんてわかるわけがない。

ましてや、髪質が全く違っていたらなおさらであり、由比ヶ浜の友人が

恋人同士であると勘違いしても、責める事なんて出来なやしない。

そして今、俺達の目の前にいる妹らしき人物は、

どういうわけか俺が准教授と会った時に准教授が着ていた服装に似ている。

濃紺のスーツのパンツルックできめていた。高校生にしてはやや大人めいた服装ではある。

それとも社会人なのだろうか。

座っているので身長の方はおおよその見当しかできないが、低くはないように見える。

准教授の身長もたしか170は超えていたので、身長が180近くもある弥生昴と並んで歩けば、

とても絵になったことだろう。

たしかに弥生と准教授、もしくは妹が並んで歩いていたら、注目されない方がおかしなほどだ。

まさに美男美女なんだし。

准教授の雰囲気は、雪乃が図書館司書になったらこんな感じかもしれないと思ってたりする。

綺麗にとかされたまっすぐな黒髪は、雪乃よりは短いが、

准教授の柔らかい面影にすこぶるはまっていた。

妹の方も似たような雰囲気を醸し出しており、姉との違いがあるとすれば、

細いメタルフレームのメガネをかけていないことくらいだろう。

なんて事を考えていたら、弥生が俺達の事に気がついて、声をかけてきた。



昴「比企谷じゃないか」



席から立ち上がる弥生は、一緒のテーブルでどうかと誘っているようだ。

同席の弥生准教授も俺の事を知っているせいか、同じ意見のようだった。

だから俺は軽く頷き返事を返すと、雪乃の意見を聞くべく視線を雪乃のほうにスライドさせる。

雪乃も軽く顎を引いたところからすると、雪乃も同席は問題ないらしい。



八幡「偶然だな」

昴「そうだね。僕たちはよくここに来ることがあるんだよ」

八幡「そうか。俺達はそばの駐車場を借りているんだが、

   ここの喫茶店はいつも素通りしているだけだったな」

768 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/03/26(木) 17:37:55.77 ID:Ux4V/0K+0
昴「そうなんだ。それはもったいない事をしたね。ここの紅茶は美味しいよ」

八幡「へぇ・・・」



俺は弥生の隣に席を移した彼女に視線を向けると、

そのことに察知した弥生がテンポよく彼女を紹介し始めた。



昴「比企谷は、姉さんには会ったことがあるよね?」

八幡「姉さん?」

昴「あれ? 姉さん。比企谷に僕たちの事言わなかったの?」



弥生は慌てて隣の席の彼女に確認を求めるが、

当の本人たる弥生准教授?はほんわかとした笑みを浮かべるだけだった。

あれ? なんだか雰囲気が違くないか? それに妹じゃなかったのかよ。

この前はもっと、神経質そうな雰囲気を匂わせていたけど、弟が一緒だと違うのか?

それともあの時は緊張してしただけともいえるし、それに今は

メガネをかけていないことで、それだけでも柔らかい印象を感じられた。

メガネをかけているときでも大学4年生くらいには見えていたが、

メガネをはずした今は、高校3年生でも十分通用しそうな気さえした。

だからこそ俺も雪乃も、年下だと思ったわけで。

ただ、若くは見えるが幼くは見えない。

ある意味ちょうどいい具合に成長が止まったとも考えることができるが、

人間がもっとも若々しい時期や美しい時期なんて個人の主観でしか成り立たないし、

なおかつそんな事を考える事自体が無意味だ。どんな人間であっても老いるのだから。

ただ、目の前にいるこの人においては、俺の主観によれば、ちょうど美しさのピークで

成長が止まっているように思えた。



第44章 終劇

第45章に続く




第44章 あとがき


実は『やはり雪ノ下雪乃』以外の物語も作ってあったりしています。(プロットのみ)

ここでは主に雪乃、陽乃、いろはが動き回っている予定です。

誰ルートになるかは読んでみてのお楽しみという事で、

そのうち時間ができたら書こうかなと思っております。

プロットがあっても書いてはいないといういつもの状態ではありますが、長編を予定しています。

文字数でいうと五十万字くらいはいくかなと。

もちろん『やはり雪ノ下雪乃』は高校生編へ突入していきますから、

当分終わる予定はありません。


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。


黒猫 with かずさ派
769 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/26(木) 18:04:35.88 ID:AfwS75+Ro
770 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/26(木) 19:06:34.85 ID:Cu4X519Do
乙です
771 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/26(木) 19:52:34.57 ID:S7IAfzfxo
今週も面白かった乙
772 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/03/29(日) 16:24:07.28 ID:n42/dJ4PO
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773 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:29:46.71 ID:RpzwNEHw0

第45章





夕「どうでしたっけ?」



そうにこやかに俺に問いかける姿に、俺も自然と頬の筋肉が緩んでいく。

以前会った時は話をするうちに打ち解けて硬さが抜けてはいったが、

ただ話していた内容が大学教育や勉強論が主な内容であった為に

准教授としての面だけが表に出ていた。

その時の印象は真面目で一生懸命。

熱血指導とはいかないまでも、教育にひたむきな姿勢が感じられて好印象であった。

しかし、今目の前にいる弥生准教授はほんわかとしており、

由比ヶ浜以上にフワフワしていて年下の女性としか見えない。



八幡「俺に聞かれても・・・。まあ、以前会った時にはDクラスの事が中心でしたよ。

   大学の教育についてとかも話しましたけど、

   あとはこの辺のラーメン屋についてくらいですかね」

夕「そうでしたか。それは失礼しました。

  あの時は、なかなか面白い意見を思っている方だという印象が残っております。

  とても楽しかった時間でしたよ」

八幡「それは、どもです」



にかっと軽く首を傾げる姿に、俺もにやっと硬くく首を傾げて返事をする。

・・・・・・いい人だ、絶対いい人に決まっている。

弥生の姉?だからというわけではないが、俺の不気味な笑みを見ても引いていない。

あろうことか、俺の笑みを見て、さらに笑みを返して下さったではないか。

これは、恋だな。きっと恋だ。俺は今自分が恋に落ちる瞬間を目撃してしまった。

・・・・・・あっ、雪乃の厳しい視線が恋を焼き払っていく。

恋は儚い。儚いからこそ恋。恋に焦がれ、恋は焼き払われていく。

短い恋だったが、後悔はしていない。

うん、恋っていいなぁ。



昴「じゃあ、僕が比企谷の予定を教えて事も言わなかったの?」



弥生は俺の短すぎる青春を気にもせずに姉と話を進めていく。

いいんだ、俺の事は一人のものさ。



夕「そうなるのかしらね」

昴「ごめん、比企谷。いきなり姉さんが話しかけたんで、びっくりしたんじゃない?」



今は妹じゃなくて姉だったという事にびっくりしているけどな。

まじで若く見え過ぎだろう。
774 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:30:25.73 ID:RpzwNEHw0

雪乃のかあちゃんも若く見えるけど、弥生の姉さんは女帝とは違う方向で若く見える。



八幡「ちょっとだけな」

昴「姉さんもいきなり面識がない人に声をかけられたら警戒するでしょ」

夕「ごめんなさい。でも、あの時は私も緊張していて、いっぱいいっぱいだったのよ」



弥生が姉をたしなめる姿は、どっちが年上なんだよとつっこみを入れたいくらい自然だった。

これがこの二人の通常の関係なのかもしれない。

だとすれば、やはり以前会った時の硬さは、本人が言うように

緊張から来るものだったのだろう。



昴「本当にごめん。姉さんも悪気あったわけじゃないみたいだし、許してほしいな」

八幡「気にしてないからいいって」

昴「そう?」

八幡「あんまり責めると、泣きそうだぞ」

昴「え?」



俺の指摘を聞き、弥生は慌てて隣の姉に顔を向ける。

実際泣いてはいないし、泣きそうでもない。

それでもしょげてしまって俯く姿は、どうしても年下の女の子に見えてしまう。



昴「姉さん、ごめんね。僕が強くいいすぎたよ」

夕「ううん、いいの」

八幡「ま、もういいんじゃないか。俺の隣にいる雪乃のことも、早く紹介してあげないと

   居心地悪いみたいだしさ。

   弥生は面識あるけど、弥生准教授は初めてでしたよね?」



ようやく出番とばかりに雪乃は綺麗にお辞儀をしてから自己紹介を始める。

背筋がまっすぐ伸ばされた背中がゆっくりと傾倒していく様はいつみても美しかった。

丁寧過ぎる挨拶のような気もするが、厭味ったらしさがまったく出ていないのは

雪乃の気品と育ちのおかげだろう。



雪乃「はじめまして、工学部2年の雪ノ下雪乃です」

夕「はじめまして雪ノ下さん。英文科で准教授をしている弥生夕です。

  比企谷君には英語の講義でお世話になっています」

雪乃「比企谷君がご迷惑をかけていなければいいのですが」

夕「いいえ、とても助かっていますよ。

  ・・・そうですね。弥生が二人いると不便ですので、私の事は夕でいいですよ。

  弟の事は昴でいいですから」



ぽんっと手を合わせて、名案が閃いたとばかりに訴えてくる。

たしかに弥生が二人もいたら面倒なことは面倒だ。
775 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:30:57.37 ID:RpzwNEHw0
だけど、いきなり名前で呼ぶ事は俺にとってはハードルがやや高い気もする。



夕「駄目ですか?」



俺が苦い顔をしたのを察知して不安に思ったのか、

瞳に薄い涙の膜を作って弱々しく尋ねてきた。

別に虐めているわけではないのに、

虐めてしまったと感じてしまうのはどうしてなのでしょうか?

雪乃も雪乃で、弥生さんをいじめるなと鋭い視線を送ってきているような気がしてしまう。



八幡「だめじゃないですよ。でも、俺が夕さんって言ってもいいんですか?」

夕「はいっ。問題なしです」



にっこりと元気よく返事をする夕さんに、昴は横でちょっと困った顔をする。

なんとなくだが、二人の位置関係がわかった気もした瞬間でもあった。



八幡「昴もそれでいいのか?」

昴「まあ、いいんじゃないかな。僕としては名前で呼ばれでもいいと思っているし」

雪乃「なら、私の事も雪乃とよんでください。

   おそらく私の姉の陽乃にもそのうちお会いする可能性が高いと思いますから」

夕「たしか陽乃さんは大学院に行っていらっしゃるのですよね。

  雪乃さんの事も陽乃さんの事も昴から聞いているんですよ。

  とても賢くて綺麗な方だと」

雪乃「いいえ、私などまだまだです。姉は大学院にいっていますから、

   姉ともども宜しくお願いします」

夕「いいえ、こちらこそ。雪乃さんと呼ばせてもらいますね」



なんだか夕さんを前にすると、これが当然という雰囲気になってしまう。

ふんわかとした雰囲気というか、穏やかな空間というか。

悪い気はしない。なにせ雪乃の事を知っていると言っていたが、

昴から聞いたとしか言わなかった。

これはある意味思い込みが激しいと言われるかもしれないが、

雪ノ下姉妹はうちの大学では有名すぎるほど有名な姉妹だ。

生徒の間だけでなく、

教授たちの間であっても知らない人はいないレベルにまで達していた。

教授レベルまで達してしまったのは、

陽乃さんの行動によるものなんだが今はまあいいだろう。

噂なんて、眉をひそめてしまう内容まで作りだしてしまうのが現実だ。

たしかに陽乃さんの行動は、噂以上にぶっとんでいるのもあるから

あながち嘘ではない気もするが、噂で知っていますと言われるよりは、

共通の知人、ここでは弥生昴から聞いていますと言われる方がよっぽど信頼できる。

これは勘ぐりすぎかもしれないが、こんな小さな気遣いができるのが弥生昴であり、

その姉の弥生夕も当然同じレベルの気遣いができる人間であるのだろう。
776 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:31:36.06 ID:RpzwNEHw0

一応自己紹介を終えた俺達は、俺と雪乃の分の紅茶とケーキを注文する。

・・・まあ、なに。俺の事は比企谷で定着していることは、まあ、いいさ。

いじけてなんかいないんだからねっ!

注文後、しばしの静けさの中少しばかりいじけてはいたが、

夕さんの視線に気が付くと、どういうわけか自分まで晴れ晴れとした気持ちになってしまう。

というわけではないが、このまま夕さんに見惚れてしまうのはやばいと本能が

察知した俺は、適当な話題を振ることにした。



八幡「そういえば、今日はメガネかけていないんですね?

   以前会った時はメガネかけていましたよね」

夕「ええ、普段はかけていないんですよ」

昴「僕はメガネをかけなくても問題ないって言ってるのに、

  わざわざ伊達メガネをかけているんだよ」

八幡「じゃあ、目が悪いっていう訳じゃあ・・・・・・」

昴「両方視力2.0だよ」

八幡「だったら、なんでかけてるんです?」

夕「それは・・・・・・」



俺の問いかけに、夕さんは頬を少し赤く褒めあげながら視線を斜め下にそらした。

そんないじらしい恥じらい姿に、雪乃が隣にいるっていうのに今度こそまじで見惚れてしまう。

おそらく意識してやっていないんだから、ある意味陽乃さん以上にたちが悪いというか

注意すべき存在だと認識してしまう。



昴「メガネをかけたってたいして変わり映えしないのに、顔が幼く見えるのが嫌だって

  メガネをかけて伊達威厳をかけているんだってさ」

八幡「はぁ・・・・・・」



たしかにメガネなしだと高校生でも通用しそうだが、これって平塚先生が聞いたら

泣いちゃうぞ、きっと・・・・・・。

人によっては想像もできない悩みがあるんだなって思い、

今度こそ雪乃の存在を忘れて夕さんの顔をまじまじと観察してしまった。

・・・・・・一応テーブルの下での血の制裁があったとこだけは示しておこう。




俺達が注文した紅茶とケーキが運ばれてくる。

身なりをしっかりと整えた渋い初老の男性店員がティーポットとカップを

必要最低限の騒音だけをたてて置いてゆく。

ふいにカップに手が伸びカップを手に取ると、カップから温かさが感じ取れた。

おそらく客に提供する前に暖めたのだろう。

小さな気配りが、昴がお勧めする店であることに納得してしまった。

雪乃もそれに気が付いているようで、口角を少しあげながら

嬉しそうに紅茶が注がれていくのを見守っていた。

777 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:32:10.32 ID:RpzwNEHw0


紅茶を飲み、ケーキが食べ終わるまで俺達の会話は弾んでいたと思う。

ケーキも想像通り美味しかったし、

なによりも雪乃が自分以上の腕前だと紅茶を誉めた事に俺は驚きを隠せないでいた。

これならばきっと陽乃さんも気にいるだろう。

そうなると、この喫茶店で待ち合わせという事も今後増えるのだろうかと

お財布事情を考えなければ素晴らしすぎる未来に思いをはせる。

雪乃や陽乃さんは、財布の中身なんか気にしないで好きな物を注文するんだろう。

俺はついこの間も馬鹿親父に申請した小遣いアップ申請を即時却下されたばかりなのに。

まあいいさ。雪乃も陽乃さんも、その辺の俺の懐具合はわかっているから、

無理に俺を誘ったりはするまい。

いや、俺だけ水で、二人だけ紅茶とケーキってことはあり得ないか?

よくて俺だけ紅茶だけとか。

まあ昴も未来の俺の同じように紅茶だけのようであった。

昴はこの中でただ一人ケーキを注文していないが、

紅茶だけで十分満足している様子である。

さすが普段から俺の相手ができる昴とその姉というべきか。

夕さんも話をする端々に相手を思いやる繊細な心づかいが伺えた。

雪乃もそれを察知してか、柔らかい頬笑みを浮かべながら今も夕さんと会話を楽しんでいる。

だが、雪乃がティーポットに残っていた紅茶をカップに注ぎ終わった時、

それは突然訪れた。

今までほんわかいっぱいの雰囲気を振りまいていた夕さんが、

俺に初めて声をかけてきたとき以上に緊張した面持ちで

俺と雪乃の前で姿勢を正して語り始めようとしていた。

俺と雪乃も、目の前から発する重たい空気を感じとる。

ただ事ではないプレっっシャーに、夕さんと同じように姿勢を正し、

これから語り始めるだろう夕さんの言葉を聞き洩らすまいと

身構えるように耳を傾ける。

そして昴は、これから何を語るのかに気がついたようで、

やや青ざめた顔で夕さんを見つめていた。



昴「姉さんっ」



重い沈黙をやぶったのは昴だった。

ここまで昴が取り乱しているところは見たことがなかった。

この事から、これから夕さんが話す話題の中心は

昴の事だって推測するのはたやすかった。

夕さんは手元にあったケーキ皿とティーカップを少し横に寄せてから、

再び俺達に視線を向ける。

俺達は、昴には申し訳ないが夕さんを止める事は出来ない。

それだけの意思がその瞳には込められていた。

昴も夕さんの意思が固いとわかっているのか、これ以上の抵抗はよしたようだった。

778 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:32:49.34 ID:RpzwNEHw0
夕「比企谷君たちには、いずれは話そうと考えていましたよね」

昴「そうだけど・・・・・・」

夕「それとも今日はやめておきます?」

昴「いや、任せるよ」



ここで話を切られても、重大な何かがありますって宣伝しているものだ。

仮に話を切ったとしても、俺は見ないふりをするだろうし、

雪乃も態度を変えることはないだろう。

でも、弥生の顔色を見ていると、どうも俺の懸念は考えてはいないように見えた。

ここまで話したから話の流れで話を進めるというよりは、

姉に背中を押されたから決心できなかったことにようやく決心できたという方が

正しい気がした。



夕「どこから話せばいいのか迷ってしまうのですが、手近なところからお話ししましょう」



そうゆっくりとだが、しっかりとした口調で語りだす。

俺達は軽く頷き、聞く意思を示した。



夕「ありがとうございます。

  ・・・・・・まず、昴がケーキを頼んでいないのに気がついたかしら?」

雪乃「ええ、気が付いていました」



俺も首を縦に振って肯定する。



雪乃「甘いものが苦手だったのかと」

八幡「いや、弥生は・・・、昴は甘いものが好物だって言ってたと思う。

   由比ヶ浜が美味しいケーキ屋について話していたときに昴もケーキが好きだって

   言ってたと思うし」

昴「よく覚えてるね」

八幡「たまたまだ。・・・たしか昴が紹介してくれた店に行ったはずだからな」

昴「どうだった?」



昴が間髪いれずに店の事を聞いてくる。

それを聞いて夕さんは話がそれていると瞳で注意を促す。

けれど昴は夕さんの意向を踏みつぶして話を続行するようである。

おそらく昴はいまだ決心ができていないのだろう。

ならば・・・・・・、俺は夕さんに向かって一つ頷いてから昴の話にのることにした。



八幡「ん? 美味しかったと思うぞ。雪乃も好きな味だって言ってたはずだし」

雪乃「ええ、たしか歯科大の近くのレストランだったわね」



雪乃も俺の意図に気が付き、話に合わせてくる。

もはや夕さんも納得したようで、もう何も語ってはこなかった。
779 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:33:23.88 ID:RpzwNEHw0
昴「道がわかりにくい場所で大変だったでしょ?」

八幡「大丈夫だったよ。あの時は昴が地図書いてくれたからな」

昴「地図がお役にたててよかったよ」

八幡「いやいや、こっちが書いてもらったのだから、

   お礼をしないといけないのはこっちだよ」

雪乃「ありがとう、昴君」

昴「あそこのパスタやピザも、なかなか美味しかったんじゃない?」



昴が紹介した店は、パスタとピザのレストランである。

本来ならばパスタやピザの方が有名なのだが、昴一押しはメインの品ではなく

デザートのケーキであった。

中でもチーズケーキを勧めされていて、レストランの中では色々なケーキをシェアして

食べたが、テイクアウトではチーズケーキのみを選択したほどであった。



八幡「ああ、あれから何度行ってるよ。

   車がないと不便な場所っていうのが難だけどな」

雪乃「今は車があるから気軽よね。またおねだりしようかしら」



と、夕さんが見守る中、俺達3人は意図して話を脱線させたままにする。

けれど、それであっても夕さんは話を無理やり勧めようとはしなかった。

じっくりと昴が決心するのを待ってくれていた。



昴「ごめんね姉さん。大事な話の途中で腰を折って」

夕「ううん。これも話したいことの一部でもあるから問題ないわ」



その返答に、俺と雪乃は訳がわからず顔を見合わせてしまう。

一方昴だけは理解していたみたいであったが。



夕「そのレストラン。相変わらず美味しいですか?」

八幡「はい、美味しいです」

雪乃「そうですね。リピーター客が多いみたいで、相変わらず繁盛しているみたいでした」

夕「昴はね、今はそのレストランでは、ケーキしか食べられないの」

八幡「え?」

夕「正確に言うのでしたら、テイクアウトのケーキしか食べられない、かしらね」



俺と雪乃は、自分達と夕さんのケーキ皿を見てから、

ティーカップしか置かれていない昴の手元を確認した。

たしかに、テイクアウトではないケーキはこのテーブルには用意されていない。

つまりは、テイクアウトではないから、今昴はケーキを食べていないって事になる。



八幡「それって、どういう意味ですか?」



俺は問わずにはいられなかった。聞かなくたっていくつか仮説は立てられる。
780 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:33:53.99 ID:RpzwNEHw0

つまり、外での食事ができないという事なのだろう。

どうやらドリンクは大丈夫みたいだが、どの程度の食事までが無理かはわからない。

由比ヶ浜が言っていた昴が昼食時には消えるというのも関係あるのだろう。

今手にしている情報からでも結果だけはわかる。

では、どうして食事ができないか。原因だけはわからない。

だから俺は、平凡すぎる問いしかできなかった。



夕「そうね・・・・・・。基本的には、外食は無理です。条件次第では改善している点も

  あるのだけど、それでも普通に外食をするのは無理かな」

雪乃「理由を聞いてもよろしいでしょうか?」



雪乃も問わずにはいられなかった。けれど、好奇心からではない事は

その意思が強い瞳から感じ取ることができた。

ようは雪乃も昴と正面から向き合うってことなのだろう。



夕「ええ。これから話しますけど、昴が高校3年生になる春休みの時まで遡ることになります。

  それでもいいかしら?」

雪乃「中途半端な情報よりは、しっかりと聞きてから・・・・・・、

   どうお力になれるか考えさせて下さい」

夕「それで構いませんよ」



夕さんは俺達の顔をもう一度確かめたから小さな笑顔で返事をした。

先ほどまでの柔らかい印象は損なわれてはいないが、強い決意が宿っており、

日だまりのような温もりが満ち溢れている。

しっかりと冷房が効いているはずなのに、窓から降り注ぐ真夏の陽光が

ちりっちりっと皮膚を焼き、ひんやりとした汗が背中を這う。

決意なんてものは聞いてみなければわからないって返すしかないのが実情だ。

しかし、親しい人間が痛みを隠して笑ったり、平気なふりをしているのを

見ないふりができるほど精神は腐ってはいないし、鈍感ではない。

俺は一度瞼を閉じて、すぐに瞼を開ける。別にこれで頭がリセット出来るわけではないが、

リセットしたと思う事くらいは効果はあるはずだ。

さて、雪乃も俺と同じように理由がわからないことに焦点を当てていたらしい。

ただ、その原因を聞いたとして、どう判断するか、どう接すればいいのか。

実際俺達にできることなんて限られている。

雪乃だって、力になれるのか考えさせてほしいと慎重な姿勢だ。

実際聞いてみなければわからない。

こういうシリアスなときほど言葉のニュアンスを選びとるのは大変だ。

期待だけさせておいて、話を聞いたら突き放すだなんて、雪乃にはできやしない。



夕「私たちの実家は東京なのですが、昴も高校を卒業するまでは実家で暮らしていました。

  私は既に実家を離れ、千葉で暮らしていたので当時の事は話を聞いただけなのですが、

  今思うと、あの時実家に戻っていればと後悔せずにはいられません」
781 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:34:22.64 ID:RpzwNEHw0
昴「姉さん・・・・・・」



弥生姉弟が軽く視線を交わらすが、俺達は話の腰をおらないように黙って続きを待った。



夕「東京だけではないですが、移動となれば電車ですよね。

  数分おきに来る電車に乗ったほうが車より早く着きますし、高校生となれば

  移動の手段の主役は電車となるのは当然でした。

  しかし昴は、高校3年生になる春休みを境に、電車に乗れなくなりました。

  一応薬を飲んで無理をすれば乗れない事はなかったようですが、

  高校3年の1年間は、今でも夢に見るほど苦痛だったようです。

  なにせ、高校に行くには電車に乗らなければ無理ですからね。

  便利なツールがある分、それが使えないのは苦痛でしかなく、

  しかも人には言えない理由となれば、高校生活も暗くなるのは当然だと思います」



ここまで一気に話きると、夕さんは昴の様子を伺う。

2年前の話であり、昇華できるいる問題とは思えない。

それでも昴の顔には苦痛は見えず、むしろ俺達を気遣っているとさえ思えた。



夕「電車に乗れなくなった原因はパニック障害です。

  昴の場合は電車限定ですが、薬を飲んで無理をすれば乗れる分

  他の人よりは軽かったと言えるかもしれませんが、だからと言って

  正常な生活を手放した事には変わりはないのです。

  きっかけは予備校に通う電車の中で気分が悪くなって倒れ、そして、

  救急車で搬送された事だと思います。

  ただ、なぜ倒れたかはいくら検査を受けてもわかりませんでした。

  昼食で食べたものが悪かったのか、それとも風邪気味だったのか。

  もしくは胃腸に問題があったのか、あとで胃カメラものみましたが、

  結局は根本的な原因はわかりませんでした。

  でも・・・・・・」



夕さんは一度話を中断させ、ティーカップを選ばずに水が入ったグラスを選択して、

冷たい水で喉を潤した。

やはり重い内容であった。聞いた事自体は後悔してはいない。

運悪く面倒な奴と喫茶店で出くわしたなんて思いもない。

ただ、ここまで辛い思いを昴が隠していたことにショックを覚えた。

まだ話の途中だが、昴はどう気持ちの整理をして俺と接していたのだろうか。

俺はなにか無意識のうちに昴を傷つける事をしていなかったかと不安になる。

無知は救われない。知らなかったからといって許される事はない。

むしろ、無知は罪だ。



夕「比企谷君。辛いですか? ここで引き返してもいいのですよ」



夕さんはあくまで低姿勢で、大事な弟よりも俺達他人を気遣っている。
782 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:35:14.10 ID:RpzwNEHw0

昴さえも同じ意識のようだ。

俺はそれがたまらなく辛かった。自分よりも他人を気遣うこの姉弟に、

俺はあなた達が気遣う必要がある人間ではないって教えてあげたかった。



八幡「違いますよ。・・・知らなかった事とはいえ、なにか昴を不快な目にさせなかったかなと

   思い返していただけです」

昴「大丈夫。慣れ・・・問題なかったから」



昴らしからぬミスに、俺の気持ちは沈んでゆく。

昴ならば、相手が気がつかないように言葉を選択するはずだ。

それなのに、今の昴は精神が追いこまれていて、それができない。

つまり俺は、昴に対して無神経な言葉を吐いたことだ。

さっき言葉を飲み込んだのは、慣れてしまった。

無神経な言葉に慣れてしまった、と言わないでおこうとしたのだろう。


八幡「そうか」



だから俺は短く言葉を返す。

言い訳は当然のこととして、意味がないフォローはそれこそ不快にしかならない。

これが最低限使える返事だと思う。

ベストでもベターでもない、どうにか役に立つかもしれないボーダーラインぎりぎりの言葉。



夕「では、話を進めても?」

八幡「お願いします」

夕「では・・・・・・。結局体の健康上の問題はすぐに回復しました。

  ただ、精神的な後遺症を残したのが大問題でした。

  つまり、電車で倒れたトラウマで電車に乗ると気持ち悪くなってしまうのです。

  しかも、電車に乗って吐いてしまうのを避けようとする為に、外での食事さえも

  避けるようになり、食べると吐きそうになってしまうのです。

  実際吐く事はほとんどありませんでしたが、動けなくなるという点では

  大きな問題を抱えてしまったわけです」

雪乃「無理をすれば電車に乗れるのですよね。

   では、どのくらいの無理を強いられるのでしょうか?」



雪乃の眼には憐みは含まれていない。凛とした背筋で問う姿が何とも心強かった。


783 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/02(木) 17:38:29.65 ID:RpzwNEHw0

夕「ええ。今では精神安定剤を飲まなくても、どうにか電車に乗れるようにはなりましたが

  当時は精神安定剤なしでの乗車は不可能でした。

  できれば座って乗車したいほどで、満員電車を避けるべく、

  部活に入っているわけでもないのに朝早く高校に登校していました。

  ただ、下校は家に帰れる、安心できる場所に逃げられるという意識のせいか、

  比較的楽に帰ってこられたそうです。

  でも、精神的余裕のなさから予備校には通えなくなりましたが」

八幡「それはきついですね。高3で、まさしく受験生なのに」



一般の受験生以上の負担を強いられるわけか。

由比ヶ浜の指導も大変だったが、

それとは違う角度での負担は漠然とした想像しかできなかった。



夕「その点は、弟自慢ではないですが、勉強面では不安はありませんでしたよ」

え? なにこの弾んだ恥じらいの声?

昴「もうっ、姉さんったら」

ええ? なにこのデレている弟?

夕「だって、昴だったら、どこの国立大学でもA判定だったじゃない」

昴「そうだけど、さ」

夕「予備校だって、友達といたいから通っていたって言ってたじゃない」

昴「予備校で知り合った友達は、高校の雰囲気とは違って新鮮っていうか」



あれ? シリアス展開だったんじゃないの?

俺からしたらシリアスよりも、目の前で展開中のブラコン・シスコンカップルの

萌えを見ている方が和むんだけど、見た目があまりにもお似合いのカップルすぎて

ちょっと引き気味になってしまう。

・・・・・・雪乃は苦笑いを噛み殺して話を続きを待っていたけどさ。

じゃあ俺は、生温かい視線でも送っておくよ。



第45章 終劇

第46章に続く






第45章 あとがき


『はるのん狂想曲編』で登場していた弥生夕准教授が再登場です。

見た目の印象が変化しているのは、プライベートだからですかね?

実際には、昴の『愛の悲しみ編』用に考えた後付け設定の影響なだけですが・・・。


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。


黒猫 with かずさ派
784 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/02(木) 17:47:04.49 ID:WDkJQH1mO
おつ
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/02(木) 17:57:09.85 ID:0tYt78vLo
乙です
786 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/02(木) 18:26:22.66 ID:hx1hjF+AO
787 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/02(木) 18:46:01.40 ID:LkUF1W92o
今日も面白かった、乙
788 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/09(木) 17:29:29.15 ID:efeD18EI0

第46章





夕「こほんっ・・・。話がそれましたね」



俺の腐った目が生温かい熱のせいで腐臭を増していくのに気がついたのか、

夕さんは上擦った咳をしながらも場を収めにかかる。



八幡「いえ、大丈夫ですよ」



俺の方もたぶんクールに言葉を返せたはずだが、若干声が上擦っていたかもしれない。

なにせ一瞬であろうが恋に落ちた相手が目の前でいちゃついてたんだもんな。

しかも姉弟でだし・・・・・・、リアルでこういうのってあるだな

と、変な所で感心しつつ興奮を隠せないでいた。



夕「それでですね・・・・・・」



つえぇなぁ・・・・・・。もう立ち直ってるというか、マイペースなのかもしれないけど、

健気に立ち上がろうとするその姿に俺は心を激しく揺さぶられてしまいますよ。

つまりは、やっぱまだ恋は続いているそうです。

一応俺は誰にも見せられない夕さんプロフィールをこっそり更新させておく。

むろん雪乃プロフィールは墓場まで誰にもみせないで持っていくつもりだ。

小町や戸塚のならば本人に延々と可愛さを訴えてもいいけど。



夕「本来ならば、昴は東京の実家に残って東京の国立大学に入る予定でした。

  その実力もありましたしね。でも、実際選択したのは千葉の国立大学です。

  そして私が所属している大学でもあります。

  理由はお察しの通り私がフォローする為です。

  住むところは電車に乗らなくていいように

  私も大学まで徒歩で来れるアパートに引っ越しましたし、

  昼食も食べないわけにはいかないので、私の研究室で一緒に食べられるように

  リハビリしてきました」

昴「大学1年の冬になりかけた頃に、やっとどうにか食べられるようになっただけだけどね。

  高校の時は全く食べられなかったから、それと比べれればずいぶん進歩したって

  姉さんは誉めてはくれているけどね。

  高校の時は学内では全く食べられなかったけど、受験生ということで昼食の時は

  図書館にこもっていても不審がられないのは運が良かったというのかな」

八幡「考えようだな」

昴「だね」

雪乃「では、昴君は夕さんと一緒に暮らしていらっしゃるということでいいのですね」

夕「ええ、そうです。その方が自宅でのサポートができますからね。

  それに、大学で体調を崩した時も家が近いと便利ですからね」
789 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/09(木) 17:29:54.45 ID:efeD18EI0



雪乃の質問に夕さんは誠実に答えていく。

まっすぐ雪乃を見つめ返すその瞳は、隠し事をしないと意思表示しているようであった。



昴「もう一生姉さんには恩返しができないほどの恩を貰ってしまったかな」

夕「いいのよ。私が好きでやっているだけですもの・・・・・・」



だから、そこっ! 見つめ合わないでっ。

シリアスな展開なら、最後までシリアスで通してくれよ。

どうして途中途中でブラコン・シスコンカップルを眺めなければならないの。

しかし、俺の視線に気がついたようで、夕さんはすぐさま話の軌道修正を図った。



夕「今は私と研究室で食事をすれば対処できていますが、いつまでもそれができるわけでは

  ないでしょう。それに、この問題を解決しなければ、昴の夢を諦めなければならなく

  なるので、それだけは絶対に避けたいんです」



力強い意思がこもった言葉に、俺は夕さんの想いの強さを感じ取る。

いい姉弟だと思えた。陽乃さんと雪乃もやたらととがっているところがあるが、

これもいい姉妹だと最近では思えるようになってきている。

そもそも誰であっても何かしらの問題を抱えている。

俺はもちろんだが、

あの陽乃さんだって大きすぎて一人では抱えられないほど巨大な問題を抱えていた。

普段の行動だけでは真意はわからないって陽乃さんのことで経験したはずなのに、

今回の昴の事でも気がつかないでいた事で自分の未熟さを痛烈に実感させられてしまった。



雪乃「東京の大学も夢の実現の一部だったのではないのでしょうか?」

昴「絶対行きたい大学だとは思っていなかったけど、夢を実現する為に通るべき道だとは

  思っていたかもしれないね。でも、千葉の大学に来て、比企谷や雪乃さんに

  出会えた事を考えると、こっちにきてよかったと、心から思えているよ」



柔らかい笑顔を見せるその姿に、戸塚以外ではあり得ないと思っていた男に惚れそうになる。

いや、まじでこれを見た女どもはほっとかないだろ。

皮肉でもなんでもないが、これは強烈だと思えてしまう。

浮かれている自分を不審がられていないかとちょっと、いや、

やたらと心配して雪乃を状態を盗み見る。

・・・セーフ、かな? どうやら雪乃も昴の発言を嬉しく思っているようだが、

感動止まりらしい。それに俺の事も不審には思ってはいないみたいだ。

これはこれで安心したのだが、もしかして俺って変なのか?と、

顔が青くなるくらい本気で自分の嗜好を疑いそうになってしまった。



昴「迷惑だったかな?」


790 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/09(木) 17:30:25.74 ID:efeD18EI0
俺の自分勝手な暴走に昴は勘違いして不安を覚え、声がか細くなってしまう。



八幡「いや、俺も昴に出会えてよかったよ。

   ・・・もし昴がいなかったら、由比ヶ浜以外に話す相手がいなかったなって

   思えてさ。男友達となるとゼロだったんだなって」

昴「そう? 比企谷ならきっと友達できたはずだよ。

  最初はぶっきらぼうな人だと思っていたけど、思いやりがある人だってわかったし、

  それに惹かれて近寄ってくる人がきっと現れたはずさ」

八幡「そうか?」



思わぬ誉め言葉に俺は頬を緩め顔を崩す。これは恋かもしれない。

なんて、もう言ったりはしないが、心地よい温もりを感じさせてくれる言葉に酔いしれる。

だからといって友達が欲しいわけではないのは今でも、これからでも変わらないだろう。

ただ、側にいて苦痛にならない人間ならばいても悪くないと、

・・・・・・居て欲しいとさえ思えるようになったのは、

人として成長しているかもしれないと柄にもなく思ってしまった。



昴「でも比企谷の事だから、自分からは友達作らないんだろうけどね」

八幡「おい・・・。誉めるのか貶めたいのかはっきりしろ。

   精神的に疲れるだろ」

昴「そうかな? なら、比企谷は友達ほしいって思ってる?」

八幡「どうかな・・・・・・」



これは率直な俺の意見であり、嘘も建前もない。

わからない。今はそう判断するのが正しいと思えた。

自分では判断できないのが、今俺が出せる結論であり、限界でもある。

いくら雪乃という彼女ができたからといっても俺が今まで築いてきた人生観が

変わるわけではない。

ぼっちをなめるなとか言うつもりもない。

好きでぼっちをやっていたわけであり、後ろめたい感情も持ち合わせてもいない。

だけど、雪乃が紅茶を愛していても、コーヒーが嫌いではなく、むしろ好きな飲み物で

あったように、俺もぼっちであった自分を誇りに思っているのと同時に、

誰か自分の側にいて欲しいと思ってしまったとしても、俺のアイデンティティーが

崩壊するわけではないと考えることができる。

それが一見すると矛盾しているように見えたとしても、人間の感情はロジカルでは

ないのだから・・・と、自己弁護したことも付け加えておこう。



昴「だろうね。比企谷ならそう言う思った」

八幡「まあな」

夕「昴は、比企谷君の友達ではないの?」



夕さんの素朴すぎる疑問に息を飲む。これが由比ヶ浜あたりの問いならば、

いくらでも適当すぎる回答ができたはずだ。
791 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/09(木) 17:30:57.16 ID:efeD18EI0
でも、今目の前に問うているのは昴の姉である夕さんだ。

ごまかしがきかない。

俺をまっすぐと見つめ、瞳の奥深くにあるかもしれない俺の心を射抜いてくる。



八幡「わかりません」



そう言うしかなかった。これも俺の本音だ。



八幡「今まで友達なんて欲しいとも思わなかったし、

   いたとしても人間関係が面倒だって思っていましたから。

   でも雪乃と出会って、自分勝手な偶像を押し付けるのは

   相手にとっても、自分にとっても、視野を狭めるしかないってわかりました」



雪乃を見ると、首を傾げて俺を見やり、「そうなの?」って訴えかけてくる。

これは雪乃にも話したことはない偏見。

勝手に雪乃を理想化して、勝手に裏切られたと思って、そして、

自分の馬鹿さ加減を直視した昔話だ。

雪乃だって嘘をつく。隠したいことだってある高校生であるはずなのに、

俺の理想で塗り固めてしまった。

俺が作り上げた雪ノ下雪乃を通して雪乃を見ていたって言えるだろう。

雪乃にとっては、はた迷惑極まりなかっただろうに。



八幡「雪乃の一面しか見ていないのに、勝手に知ったかぶってもたかが知れているんですよ。

   今でも知らない部分の方が断然多いでしょうし、それで構わないと思っています。

   えっと・・・つまり、何が言いたいかといいますと、

   今知っている面と、これから知る面。そして、一生かかっても知ることがない面の

   全てを兼ね合わせて雪乃が出来上がっているわけなんですが、

   たぶん新たな面を知って戸惑う事があるでしょうし、また、

   知っていたとしても苦手に感じてしまうところも正直あります。

   そんな面倒すぎる相手であっても、雪乃となら一生付き合っていきたいなって

   思ってしまったわけで・・・。すみません。

   今、自分で何を言っているかわからないっていうか、まとまってないところが

   多分にあって、それでも、雪乃とだったら、うまくやっていける・・・、

   そうじゃないな、側にいたいって思ったんです。

   あと、雪乃以外でも由比ヶ浜っていう面倒すぎる奴もいますが、

   こいつは色々と俺の平穏な日常をかき乱すんですけど、今ではかき乱されるのも

   いいかなって思ってしまっている自分がいまして。

   あとは、雪乃の姉の陽乃さんって人もいまして、この人は由比ヶ浜以上に台風みたいな

   人でして。でも、陽乃さんに対しても、ほんのわずかな側面しか

   見ていなかったんだなって、最近知ることができたんです。

   今では新たな一面を見せてくれるたびにハラハラして、新鮮な毎日を送っています。

   えっと、だからですね・・・。弥生に対しても・・・・、昴に対しても、

   そういうふうになっていくのかなって、なったらいいなと、思っています」
792 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/09(木) 17:31:25.06 ID:efeD18EI0

夕さんの問いかけに、うまく答えられただろうか。

言っている自分でさえ矛盾だらけの演説だって落胆してしまう。

今思うと、けっこう俺、恥ずかしいこと言ってなかったか。

今となっては雪乃の反応さえ見るのが怖い。

ましてや、俺の事を多くは知らない夕さんや昴に対してはなおさらだ。

喉がいがらっぽい。長く話しすぎたせいだけではないってわかっている。

でも、冷めきった紅茶を飲むことで喉を潤せられるならばと、カップをぞんざいな手つきで

掴み取ると、一気に喉に流し込む。

やはり紅茶だけでは喉は潤わない。だから、まったく手をつけていなかった水のグラスも

強引に掴むと、これもまた一気に喉に流し込む。

氷がほぼ溶けてしまった水はほどよく冷えていて、

喉に潤いと爽快感をもたらしてくれた。

血が頭に上っていた俺をクールダウンさせるには最適なドリンクではあった。

と同時に、張りつめていた緊張を自動的にほぐす効果もあったわけで・・・、

俺は何も心構えをしないまま顔をあげ、弥生姉弟と対面することになった。

俺は無防備なまま弥生姉弟を直視する。

普段の夕さんを見た事はないが、

教壇に立つときのように毅然とした態度で俺を観察しているように思えた。

一方昴は、相変わらずいつも俺に接しているときのように、柔らかい表情を浮かべていた。

ついでにというか、一番結果を知りたくない雪乃はというと、

顔がかっかかっかしていまだ確認できていない。

だけど、知らないままではいられない。俺に似合わない独白までしたんだ。

しっかりと見ておく必要があるようと強く感じられた。

首を回すとグギグギって擦れてしまうそうなのを強引に回して様子を伺う。

見た結果を述べると、よくわからないであっているだろう。

なにせ俯いていて、雪乃の後頭部しか見えなかったのだから。

でも、テーブルの下で俺の膝上まで伸ばされた指が、俺の手の甲をしっかりと

握りしめていることからすれば、けっして悪い印象ではなかったのではないかと思えた。



夕「それはもう友達ということでいいのではないかしら?

  普通そこまで考えてくれないと思うわ。  

そこまで考えてくれているってわかって、よかったといえるかしらね。

  ね、昴?」

昴「あ・・・、うん。やっぱり千葉に来てよかったよ」

八幡「そう、か・・・? 昴がそう思うんなら、よかったの、かな?」

昴「だね」



テーブルの下で握られていた手がよりいっそう強く握られる事で雪乃の存在を確認し、

そっと雪乃の方に瞳をスライドさせる。

まあ、いいか。なにかあるんなら、あとでゆっくり聞けばいいし。

聞くまでには心の準備もできているだろうしな。


793 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/09(木) 17:31:57.88 ID:efeD18EI0

雪乃「でも、昴君は何故八幡と友達になったのかしら?

   自分の彼氏を貶すわけではないのだけれど、八幡は元々積極的に友好的な

   関係を築く方では・・・、いえむしろ交友関係を断絶しているといっても

   いいほどだといえるわ。

   だから、そんな内向的な人間に、どうして昴君のような人間として出来ている人が

   接してみようと思ったのかしら?

   そもそも八幡に近づくメリットなど皆無だし、むしろデメリットの方が・・・」



俯きながらも透き通る声はくぐもる事を知らずに響き渡る。

雪乃は貶さないと初めに断っておきながら、

デメリットばかりあげていくのはどうしてだろうか。

ここで俺が口を挟んでも、雪乃の的確すぎる指摘は止まらないだろうし、

俺は精神を削り取られながら雪乃が飽きるのを待つしかない、か。

ただ、雪乃が誉めるほどの人格者の昴は、雪乃の暴走を止めるべく、

話の流れを引き戻してくれる。



昴「比企谷と初めて話した時、比企谷について何か意識したわけではなかったと思うよ。

  授業でグループでレポート出さないといけない課題があって、

  その時のグループの一員がたまたま比企谷のグループの人と友達だっただけで、

  その接点でたまたま比企谷が近くにいただけだったと思う。

  たしか一人で黙々とレポート取り組んでいたのは、今でも覚えているよ」

雪乃「はぁ・・・。やはりどこにいても八幡は八幡なのね」



ナイス、昴!と、心の中でガッツポーズをとるが、雪乃の間髪を入れずのご指摘に

俺は小さく拳をあげるのが精々だった。



八幡「グループ課題なんて、自分の分担はとっとと終わらせておくのがいいんだよ。

   遅れると文句出るだろ?」

昴「あの時も比企谷はそう言ってたよ」



昴は懐かしそうに語るが、俺は顔を引きつるしかなかった。

もちろん雪乃があきれ顔であった事はいうまでもない。



八幡「そんなこと言ったっけな。昔の事だから、忘れたな」

昴「まあ、あの時の比企谷は本当にレポートで忙しかったみたいだけどね。

  後で聞いたんだけど、比企谷が他の人の分のレポートまで押しつけられてたって」



あぁ、思いだした。早く自分の分担終わらせたせいで、

他の奴の分までやるはめになったんだっけな。

そのことだったら、今でも覚えている。

あのくそムカつく女。

あいつのせいで俺のレポート提出期限が守れなくなるところだったんだよな。
794 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/09(木) 17:32:39.49 ID:efeD18EI0
グループのうちで誰かしら一人が分担部分の仕上げ期限を守らないと、

自動的に俺までもがレポートの提出期限を守れなくなる。

これがグループ大きな弊害だ。

一番の弊害は、他人と一緒にレポートをやらなくてはならない事だが、

これと同じように足を引っ張られるのもたまったものじゃない。



八幡「いつも面倒事を押し付けられ慣れているから、いちいち全部は覚えてねえよ」



俺は嘘は言ってはいない。

いちいち「全部を」覚えていたら、ストレスが解消されなくなっちまう。

だから、面倒を持ちこんでくる「危険人物だけ」は覚えていて、

そいつらには近づかないようにしている。

まさしく日本人の典型パターンといえよう。サイレントクレーマーとは俺の事よ。

ただし、悪評を人に流す事がない分善良的かもしれないが。

ま、言う相手がいないだけなんだけど・・・・・・。



昴「比企谷ならそう言うと思ったよ。でも、自分の役割はしっかりとやるんだよね。

  たとえそれが理不尽な内容であったも」

八幡「買い被りすぎだ。それに世の中の8割は理不尽でできているから、

   あんなのありふれた日常だ」

昴「それでもだよ」

昴は困った風に笑って反論する。

昴「雪乃さんの問いかけの答えに戻るけど、その出来事で比企谷に興味を持ったんだけど、

  僕はがもともとレポートとかを収集して情報交換をしていた関係で、

  比企谷に話しかけることが増えていったんだ。

  比企谷は、レポートとかの課題は、提出期限よりも比較的前にやりおえていたしね」

八幡「そういやそうだったな。俺の方も昴から使いやすい参考文献とかの情報貰えるんで

   重宝していたけどな。まさしくギブ、アンド、テイク。悪くはない。

   最近の昴はコピー王とか言われるくらい有名になったしな」

昴「そのあだ名は恥ずかしいからやめてよ」

八幡「そう思うんなら由比ヶ浜に文句を言えよ」

昴「それはもう言ったとしても意味がないから諦めているよ」



一応弁解しておくと、今は由比ヶ浜はコピー王などとは言ってはいない。

由比ヶ浜がそのあだ名を使ったのは、おそらく一週間もないと思う。

しかし、名前って言うのは独り歩きするもので、

昴が流した情報と共にあだ名までもが広まってしまい、由比ヶ浜一人があだ名を

使わなくなったとしても、コピー王の名前は定着されてしまっていた。



八幡「あいつも悪気があってじゃないしな・・・・・・」

昴「それに、今は有名になりすぎた自分にも問題があるみたいだしね」


昴は独り言のように自戒する。
795 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/09(木) 17:33:53.06 ID:efeD18EI0
おそらく試験対策委員会のことだろう。

しかし、昴が今その話題を持ちあげてこないのならば、議題にすべきではない。

今はもっと切迫した問題が目の前にあるのだから。


夕「それで昴は、比企谷君と仲良くなっていったという事でいいのね?」


夕さんはおかしくなりかけた話の流れを修正する。

昴が夕さんに試験対策委員会との確執を話しているかはわからないが、

昴が何か抱えている事だけは気が付いているようではあった。


昴「どうかな? きっかけにはなったけど、決定的な要因ではないかな」

雪乃「と、いうと?」


雪乃も昴の異変に気がついてはいるみたいだが、昴の言う決定的な要因に

関心を示した様であった。


昴「比企谷は人の心に踏み込んでこないからね。

  ある程度の距離を保ってくれるというか、踏み込んできてほしくないところには

  けっして踏みこんでこない。
  そういうところが、問題を抱えている僕にとっては都合がよかったんだよ。

  それに人との関係もあるけど、勉強に関してもね」

八幡「当時は昴の事情なんて知らないだけだったけど、そもそも俺は人の内側に

   好き好んで踏みいれたりしないだけだよ。面倒だからな」

昴「それも、比企谷を見ていて気がついたよ。

  でも、最初は本当に都合がいいだけだったんだけど、いつの間にかに

  僕の方から比企谷の方に踏み込んで行きたいと思ってしまったけどね」

八幡「そ、そうか・・・」


どういえばいいんだよ。俺は好意を向けられるようなことなんてしてないと思うんだが。


夕「比企谷君の側にいる事によって昴も比企谷君の魅力に気がついていったって

  ことだと思うわ。表面上のうわべだけで判断したのではないと思うから、

  それだけ昴も比企谷君に惚れたってことではないかしらね」


と、夕さんがまとめてくるんだが、どうも男同士の友情っていうよりは、

男女間の恋愛話に聞こえてしまうのは気のせいだろうか。

まあ、深く考えたら負けだと思うので、俺にとって都合がいい部分だけ記憶して、

後の部分は聞かなかった事にしておく。


夕「昴と仲良くしてもらっている比企谷君には悪いとは思っているのですが、

  きっといいように利用しているって思われる事でしょうが、

  少し話を聞いてくれませんか?」


夕さんがうまく話をまとめてくれたと思っていたら、

夕さんの固く引き締まった声が俺に投げかけられてくる。

あの昴でさえ顔を引き締めていて、心細げに俺を見つめていた。


八幡「いいですよ。利用っていうなら、この前も昴に俺の身勝手なお願いを

   聞いてもらったばかりですし、お互い様ですよ」
796 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/09(木) 17:35:03.39 ID:efeD18EI0
この前雪乃の父親との会談に間に合うようにと昴には助けてもらったばかりだ。

あの時昴は、楽しげに恨み事を言いながらも手伝ってくれた。

ギブ、アンド、テイク、ではないが、人に頼られるっていうのも悪くないって

教えてくれたのは由比ヶ浜のおかげだろう。

たしかに、由比ヶ浜の性格がよくなければ、いい人すぎなければ、

由比ヶ浜の為に大学受験の家庭教師なんてするわけがなかったとは言い切れる。

それでも合格まで見届け、さらには今でも面倒見ているなんて、

俺が面倒と言いながらも楽しんでいなければ続きっこない出来事だ。

まあ、由比ヶ浜には絶対に楽しんでやっているなんて教えてやらんけどな。


第46章 終劇

第47章 2週間の休載

由比ヶ浜結衣誕生日 2週にわたって掲載予定




第46章 あとがき



雪乃が紅茶を愛していても、コーヒーが嫌いではなく、むしろ好きな飲み物で

あったように、俺もぼっちであった自分を誇りに思っているのと同時に、

誰か自分の側にいて欲しいと思ってしまったとしても、俺のアイデンティティーが

崩壊するわけではないと考えることができる。


この八幡の思いの為に長々とコーヒーと紅茶の話をしてきたわけですが、

この伏線?だけでしたらコーヒーの話だけでも良かった気もします。

・・・半分以上は趣味でかいたんですけどね。



以前にも話しましたが、ハーメルンで『はるのん狂想曲編』の加筆修正版を

アップしているのですが、原文八千字弱に対して加筆修正すると

たいていは二千字〜四千字増えます。

今回一話で一万六千字も増えたのがありまして、

こうなると追加エピソードになるのかなと。

というわけで、次回とその次のアップでは番外編として追加エピソードをアップする予定です。

ハーメルンでアップした事だけを紹介してもいい気もしましたが、

(ハーメルン、ファイル29・4/3更新分〜ファイル32・4/9更新分まで)

そうなると本サイトに毎週読みに来てくださっている皆様に不誠実かなと思い、

誠に勝手ながら二週にわたり追加エピソードをアップさせていただきます。

追加エピソードは、結衣の誕生日エピソードです。

余談ですが、ハーメルンのタグで

「定期更新」

を掲げているのは黒猫の作品のみですw(未確認)


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。


黒猫 with かずさ派
797 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/09(木) 18:23:03.30 ID:mZSaGDXPo
今回も面白かった
乙です
798 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/09(木) 18:34:06.32 ID:Gh6LYDZ6o
今日も面白かった、乙
799 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/09(木) 19:07:18.20 ID:3j6Oh3Tyo
乙です
800 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/16(木) 17:29:34.34 ID:sScYBCVF0
『はるのん狂想曲編』追加エピソード(第15章)


由比ヶ浜結衣誕生日(前編)



6月18日 月曜日



 大学の講義が終わり、

俺達のマンションに集まった一同は由比ヶ浜の誕生日パーティーを楽しんでいる。

ちなみに俺も楽しむ予定だったのだが、どうして食事の用意をしているのだろうか。

今も雪乃の指示に従って芳ばしい香りが鼻をくすぐる唐揚げが盛られた大皿を

運んでいる途中であった。

一方、俺の苦労も知らずに楽しんでいるメンバーといえば、由比ヶ浜、小町、

それに平塚先生があげられる。

この日の主役たる由比ヶ浜と役に立たない平塚先生は最初から除外されたとしても、

料理が得意な小町くらいはせっせと働くお兄ちゃんを手伝っても罰は当たらないよ?

でも、いいか。

小町も受験勉強でストレスがたまっているのだろうから、息抜きも必要だし。

この日ばかりは大学受験勉強中の小町も大義名分を盾にパーティーに参戦したけど、

そんな言い訳しなくても来てもらったのに。

ただ、小町を家に迎えにレグサスで行った時マジでひいてたけど、

それだけはマジでやめてくれ。


小町「本当にゴミいちゃん、雪乃さんのヒモになっちゃったんだね。

これもお兄ちゃんが選んだ人生だし、小町煩くは言わないよ。

お兄ちゃんがレグサス乗ってる事お父さんが悔しがるかもしれないけど、

小町だけはお兄ちゃんの味方だからさ」


 よよよっとわざとらしく崩れるのはいいとして、でも玄関先でやるのだけはよしてくれ。

これでも元主夫志望の身としては近所の目というのには気にしてるんだからよ。

たしかに俺もレグサスが家の前に横付けされていたら、親父が会社の金でも横領して、

ちょっとやばめの人が家ん中をひっかき回しにきたと思ってしまう。

そしたら貴重品だけ手にとって小町を連れて雪乃の所に批難だな。

おっとカマクラも釣れていていかないと小町と雪乃に怒られるな。

母親の方は弁護士頼んで離婚手続きで忙しいだろうし、俺が家族を守らないとな。

あまり頼りたくないけどこういうときは陽乃さんに相談するのが最善か。

勝手に親父をぐ〜てれの悪者に仕立て上げてシミュレーションしてみてはみたが、

案外小心者で堅実な親父だから可能性としては低い未来だろう。

 よし、俺の家族で犯罪者になりそうな奴はなし。

ただこう言う事を考えるあたりは兄妹なんだな。俺も小町の事を言える立場でもないか。

そう考えると俺と小町の反応は似てるっていったら似ているんだろう。

さすがは兄妹ってところか、と変な所で感動してしまう。

 一方その点由比ヶ浜の順応性は高い。あほの子といえどもびっくりしたのはほんの一瞬。

すぐさまおつむを再起動した由比ヶ浜は、そんなこともあるよねぇ的なノリで、

あとは何事もなかったように雪乃と共に後部座席に乗り込んだ。
801 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/16(木) 17:30:42.15 ID:sScYBCVF0

 はた目から見ると俺は若い運転手って感じがしてしまったのは事実だが、

それに気がついてわざわざつっこんでくるあたりが由比ヶ浜らしくもあった。
 

静「さあケーキも食べたし、この辺で本日のメインイベントに入ろうか。な、雪ノ下」


 誕生日恒例のケーキに立てたろうそくの灯を消して、

誕生日プレゼントを各々献上するという由緒正しき典型的な誕生日パーティーイベントを

消化してきた俺達は、平塚先生の声に耳をむける。しかし、由比ヶ浜と小町の視線は俺と

雪乃が用意している料理のほうへの意識が強く、

正直平塚先生が言っている事を理解しているかは怪しかった。


雪乃「平塚先生。メインイベントとはなんでしょうか? 

  このあとは食事にしようと思っていたのですが」


 食事の準備をしながらも、一応平塚先生の事を忘れてはいなかった雪乃は、

とりあえずほっとくと面倒だからというオーラを隠す事もなく身にまとい、

平塚先生の相手をかってでる。

 いや、一度は俺に相手をしてあげなさいよと雪乃は視線を送ってきてはいたが、

こっちは今小町の相手を忙しいと首を振って辞退していた。なにせ小町ったら唐揚げを

盗み食いするんですもの。兄としては、めっ、と睨みをきかせないとな。


小町「も〜らいっ・・・・・・・。ん、美味しいぃ。これ雪乃さんが作った唐揚げだよね。

  外はカリカリなのに固くなくてサックサク。
 
  しかも中はじゅわぁっとっと肉汁が溢れて来て、なんなのこれ。

お店でもこんなに美味しいの食べられないって。雪乃さんの料理の腕もさることながら、

誕生日ともあってやっぱ使っているお肉が違うのかな?」

八幡「ん? いつも買っている普通の鶏のもも肉だったと思うぞ」

小町「えぇ〜、じゃあ味付けとか揚げ方が違うのかな?」

八幡「どうだろうな。でも最近唐揚げにこっていたから、その影響かもしれないけど」

小町「ふぅ〜ん・・・・・・」


 おい、俺が役に立つ情報を提供出来なかったとしても、

もうちょっとは俺に敬意を払ってくれよ。

俺が勝手に小町の仕打ちにへこんでいると、由比ヶ浜が横からひょいと現れて、

唐揚げを一つつまんで口に放り込む。


結衣「そういえばゆきのん。津田沼の唐揚げ屋の味がどうとか言ってたよね」


 ちゃんと口の中のものを全部飲みこんでから話しなさい。

雪乃お母様が平塚先生の相手をしていなかったら口うるさく注意していたはずだぞ。

その口の中でもぐもぐしてはふはふしている姿が可愛いって言う奴がいうかもしれないが、

雪乃は甘くはないからな。

と、由比ヶ浜に注意してやろうと身構えていたら、

小町がもうひょいっともう一つ唐揚げをかすみ取ると、

由比ヶ浜のようにもぐもぐはふはふと食べながら話しだした。

なにこれ、可愛い。やっぱ可愛いは正義。つまり小町は正しい。
802 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/16(木) 17:31:48.86 ID:sScYBCVF0
小町「あぁゴミいちゃんが雪乃お義姉様の気持ちも考えないで暴言を吐いたやつですね」


 やだ、なにその冷たい目。雪乃直伝かよ。


結衣「なになに? ヒッキー、ゆきのんに何か言ったの?」


 俺に詰め寄る由比ヶ浜は、怒りと共にもう一つ唐揚げをとっていく。

非があるかもしれない俺としては強く出れないわけで、

由比ヶ浜のつまみ食いに注意さえ出来ずに皿が寂しくなっていくのを

眺めているしかなかった。


八幡「俺は別に何か言った覚えはないぞ。それに雪乃だっていつも通りだったし、

小町の勘違いって・・・・・・」

小町「ううん、それはゴミいちゃんが気が付いていないだけだって。
 

だって雪乃さん家に来て、比企谷家の唐揚げを食べさせてほしいって来たもん」


八幡「え? 初耳だけど」

結衣「やっぱヒッキー、ゆきのんにひどいこと言ってたんじゃない」

八幡「だから知らないって。で、小町どういうことなんだよ」


 俺の詰問に、今度は小町の方が「やばっ」と顔をしかめる。

どうせ雪乃に内緒にしておいてほしいとでも言われているんだろうけどな、

おそらく雪乃はいずればれるのを承知で一応口止めしているだけにすぎないと思うぞ。


小町「ん、まあどうせ雪乃さんもずっと内緒にするつもりではないと

   思うから言っても大丈夫かな」


 さすがは我が妹。自分の性格と雪乃の行動パターンを読んでいらっしゃる。

でも、自分のことをしっかりと分析できているんなら、もうちょっと頑張ってみようよ。

ほら、大学受験とか。

 俺の思いやりも知らないで小町はしれっと雪乃の方に目をやり、

特に確認を求める事もなく勝手に判断を下す。

俺としては小町も最初から雪乃の判断をわかっているあたりが問題だと思うんだが。

身内なら可愛い小町で済ませられるが、世間はけっこう秘密をばらした事が

ばれるのが早いし、恨みも買いやすいからお兄ちゃんとしてはその辺が心配だ。

ただ小町も、俺達相手だからセキュリティレベルを下げているんだろうから、

その辺は心が許されているって事で今日のところは納得しておくか。


小町「お兄ちゃん、津田沼の唐揚げ屋さんをべた誉めしたでしょ。

   しかも、前日の夕食で雪乃さんが唐揚げ作ったのにも関わらず」

結衣「それはひどいよヒッキー。夕食で食べたばかりなのに、

   次の日にまた唐揚げ食べるのもひどいのにさぁ」


 痛い。この四つの視線が痛いのはやっぱ俺のせいなのか。

これは二人のシンパシーによる共闘なのだろうけど、

俺としては別に酷い事をいったおぼえはないんだけどな。


八幡「いや、まて」
803 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/16(木) 17:32:40.38 ID:sScYBCVF0

小町「見苦しいよお兄ちゃん。ここは素直に謝るべきだと思うのです」

結衣「そうだよ。小さな不満が大きな決裂をうむんだよ」

八幡「だから、ほんとうにちょっとまってくれ」


 皿を両手に持った俺は、二人の気迫に押されて一歩後退する。

後退しても二人が一歩詰め寄ってくるので、俺達の距離は変わらない。

けれど、散々文句を言いながらも唐揚げを食べる手だけは止まる事もなく、

皿一杯に盛られていた唐揚げは半分ほどまで激減していた。


小町「ん、まあいいよ。じゃあ、見苦しい言い訳を言ってみて、お兄ちゃん」

八幡「ああ、まあそのな。だから唐揚げを買ったのは珍しい場所に

出店していたからなんだよ。普通人通りが多い所に出店するのがセオリーなのに、

大通りから一本中にはいった人通りがややすくない場所に出店していたんだよ。

しかも踏切前で車もとめにくい場所だったしな。だからどんなもんかなと

思って買ってみたんだけど、それが思いのほか美味かっただけだ」

小町「ふぅ〜ん、それで?」

八幡「まあ俺としてはラーメン食べに行く途中にある場所だし、

   俺としては悪い場所ではないんだが、出店場所の意外性と新しいお気に入りの店が

   見つかったことで、ちょっと大げさに美味しいっていっちゃったのかもしれない、

   気もしないこともないような、あるような・・・・・・」

小町「そのとき雪乃さんも一緒だったんでしょ」

八幡「そうだな」

小町「その時の雪乃さんの反応はどうだったの?」

八幡「普通だったと思うぞ。雪乃も美味しいって言ってたし」

結衣「そうなの? 今度あたしも連れて行ってよ」


 ようやく一人脱落か。これで痛い視線の攻撃力も1割ほど減ってはくれた。

自他共に認めるシスコン、いや小町命の俺からすれば、

由比ヶ浜が抜けた事での攻撃力低下は1割くらいしかないと断言できる。


八幡「ああいいぞ。小町もどうだ?」


 となると、一番のネックの小町を攻略すべきだよな。俺は知っている。

小町も唐揚げが大好きだって知っているんだぞ。

あの雪乃でさえ認める唐揚げを小町がスルーできるかな?

 俺は不敵な笑みを心のうちで浮かべるが、ここは兄妹。

長年の一緒に生活してきた事とあって、

小町は俺のいやらしい笑みを心の目で感じ取っていた。


小町「まあ、小町としても実況見分しなければいけないか。

   雪乃さんの為にも行ってみようかな」


 籠絡完了。唐揚げの前には小町であってもちょろいもんだ。

あとは敗戦処理をうまくして、

ほぼ空になりつつある唐揚げの皿について雪乃に怒られるだけだ。

804 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/16(木) 17:33:51.55 ID:sScYBCVF0
八幡「それで構わないぞ。だったらラーメン食べた帰りに買って帰るっていうのはどうだ。

   もちろん買ってすぐに食べると熱々でサクサクなうえにジュワジュワで最高だから、

   二、三個はデザート代りで食べられるぞ」

結衣「それは、ちょっと・・・・・・」

小町「さすがにお兄ちゃんの妹でもある小町でも、

   そのチョイスは女の子の事をわかってないと言わざるを得ないよ」


 俺の最高の提案に賛同するばかりかげんなりしている姿に、

俺は幾分ショックを隠せないでいた。

 ラーメンで油で、唐揚げでも油。どう考えたって最高の組みわせだろうに、

これにどこが問題があるっていうんだ。


結衣「あたしはちょっとカロリーが気になるっていうか、

   食べ過ぎはよくないって思うなぁ」

小町「そうだよお兄ちゃん。美味しいものを食べ過ぎていると太っちゃうよ。

   ただでさえ雪乃さんの料理は美味しいんだから、このままの食生活が続くと、

   きっと太るよ・・・・・・・、ん? でもなんだかお兄ちゃんの体、

   引き締まってきてないかなぁ・・・・・・・んん?」


 両手に皿を持っているせいで小町が俺の体をなめるように観察していく姿は

直接見えはしないが、それでも視線で体を舐めるように這わせられては、

こすばゆいったらありゃしない。しかも、ついには手で直接触ってくるなんて。

……お兄ちゃん、禁忌さえも乗り越えてしまいそうだ。


八幡「ちょっと小町やめろって。料理運んでいる途中なんだし、落としたら危ないだろ」

小町「ちょっと黙っててよ。結衣さん、この脚触ってみてください」

結衣「え? どうして?」

小町「いいから触ってみてくださいって」

結衣「うん、まあ、ごめんねヒッキー。失礼しま〜す」


 由比ヶ浜は小町に手をひかれて俺の太ももからふくらはぎまで触ってその感触を

確かめる。最初は恐る恐るって感じだったのに、数秒後には大胆に触りやがって。

こっちが動けないのをいい事におもちゃにしやがって。あぁ、俺の体が汚れちゃう……。


結衣「うそ、ヒッキーいつ筋トレしてるの?」

八幡「別にトレーニングなんてしてねえけど」

結衣「うそだぁ、だって脚の筋肉しっかりとついてるじゃん」

八幡「だから特別なにかトレーニングとかしてるわけじゃないって」


 疑惑の追及をやめない由比ヶ浜は引き下がろうとはしない。

それどころか疑惑がますます深まっていくようでもあった。


小町「たしかに高校の時から自転車通学してたけど、

ここまでの筋肉はついていなかったと思うんだよなぁ」


 なおも遠慮もなくぺしぺし脚を叩きながら呟く。

 最初に見せていた恥じらいはどこにいったのかなぁ……。
805 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/16(木) 17:34:51.41 ID:sScYBCVF0


小町「たしか大学入る前にロードレーサー買ったよね。もしかしてお兄ちゃん、その影響?」

八幡「どうだろうな? 雪乃も買ったんで一緒に走りに行ってるから、

   もしかしたらその影響下もな」

結衣「あっ、うん、そうだよ。ゆきのんの体も引き締まってきてたもん。

   今まではゆきのんだしそういうこともあるかな程度で気にしなかったけど、

   やっぱり裏があったんだね。でもゆきのんずるい。あたしがダイエット頑張ってるって

   知ってるし、相談もしてたのに、それなのに自分だけ自転車で痩せてたなんて」


 両肩を落とし、頭はうなだれ、しまいには絶望しきった声で悲壮にくれている奴が

目の前にいると、自分が悪いってわけでもないのに、どうしてもありもしない罪悪感を

感じてしまう。これが他人だったら見ぬ振りができるけど、

さすがに由比ヶ浜相手となるとそうもいかない。


八幡「雪乃も秘密にしていたわけではないと思うぞ。

   そもそも雪乃のロードレーサー買いに行ったときにはお前も一緒だっただろ。

   ロードレーサー見ててもすぐに興味を失って、ウエアばかり見てはしゃいでいただろ。

   覚えてないか?」


 ピタッとしたウエアを見て、エロすぎるぅとか言ってたんだよな。

由比ヶ浜が言うものだから、ほかの客がドキってしていたのを今でも覚えているぞ。

ほとんどの男連中が試着しろ〜って邪な念を送っていたが、

見るだけで試着はしなかったんだよな。


結衣「たしかに……。でも走りに行く時誘ってくれないじゃん」

八幡「いや、それも誘ったぞ。でも早すぎてついていけないからって

   初回でリタイヤして、次誘っても来なくなっただろ」

結衣「え? そだっけ?」


 絶対覚えているって顔してるぞ、こいつ。


八幡「そうなんだよ。それに痩せたいんなら食事制限とか、

   ほかにもいろいろ面倒な事はやらないで運動すれば痩せるんだよ。

   体を動かせばエネルギーを消費して痩せる。当然のことだろ」

小町「お兄ちゃんはわかってないなぁ」

八幡「なんでだよ?」

小町「みんなが定期的な運動をできればダイエット産業がここまで

   繁栄するわけないじゃん」


 なに馬鹿なこと言ってるのっていう目が、

ちょっとばかし癪に障って殴り手てぇと思ってしまったが、

小町を殴ることなんて論外なので事なきを得る。

たしかにダイエットしてますって言う奴に限ってダイエット本とか何冊も持っているよな。

ダイエット始める宣言しては失敗し、より簡単なダイエット方法見つけてきて

再チャレンジしては再びダイエットに失敗する。そして永遠にダイエット方法を

何度も変えては失敗を繰り返すと。
806 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/16(木) 17:35:36.34 ID:sScYBCVF0

そう考えると、ダイエット本って、本気でダイエットしたいやつは買ってはいけないもの

なんじゃないの? だけど、ダイエット失敗させる為に本を売っているとしたら、

最高の商売方法だよな。最初の一週間だけやる気にさせて、最後には失敗させる。

んでもって、数ヵ月後には新しいダイエット方法を開発しましたとか言っちゃって

新たなダイエット本を発売。

あらやだ。これやったら生涯生活安定じゃないの? 

新興宗教の教祖よりもこっちのほうがあってる気がするぞ。

 まあ、俺が本気でダイエット本書いたら「毎日汗だくになるまで走れ」の一行で

終わっちまうか。だれかゴーストライターが本一冊分くらいになるくらい肉付けして

くれねえかなって馬鹿な事を考えながら平塚先生の相手を任せていた雪乃を盗み見ると、

やはりというか今もなお押し問答と言うか平塚先生をなだめることに成功していなかった。



由比ヶ浜結衣誕生日(前編) 終劇

由比ヶ浜結衣誕生日(後編) に続く






由比ヶ浜結衣誕生日(前編) あとがき




そのうち書くと言っていた結衣の誕生日をどうにか書く事が出来ました。

ただ、誕生日そのものというよりは普通の食事って感じもしてしまうところは

ご容赦ください。

ハーメルンの移籍ですが、マルチ投稿が許されているらしいので、

このまま二つのHPで更新していこうかと思っております。

本サイトでも予約投稿があればいいなとは痛切に感じてはおりますがw

次週、由比ヶ浜結衣誕生日(後編)をお送りします。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派

807 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/16(木) 17:58:44.75 ID:uHhIjfn/O

更新分読んでて思ったがスクロールバーが全然動かなくてワロタ
808 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/16(木) 18:10:30.68 ID:TyT9PrhAO
809 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/16(木) 18:41:21.20 ID:YHKB6IjQO
ロードレーサーという文言で世代がバレるな
810 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/16(木) 18:58:49.96 ID:tk/rHDjqo
乙です
811 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:30:39.99 ID:6NGd0T+00


『はるのん狂想曲編』追加エピソード(第15章)


由比ヶ浜結衣誕生日(後編)


静「誕生日と言えば、食事の前に乾杯があるだろう。

 「私」と雪ノ下が用意したプレゼントを渡すべきだと思うのだが」

雪乃「そうですね。では、料理を全て運び終わってからにしましょう」

静「そうだな」


 すっごくうれしそうっすね、

平塚先生。視線が「雪乃」が用意しようとしたプレゼントに釘付けですよ。

だってねえ……。本来平塚先生は今日のパーティーを欠席する予定であった。

一応先に「若手」に割振られる他校の教員との懇談会の資料を準備する予定が

組まれていたので、俺と雪乃と共に買いだしだけ一緒にし、

パーティーに出られないお詫びとして支払いだけするつもりでいたらしい。

 俺達はマンションの下にあるいつものちょっとばかしお高いスーパーで

買いだしをしていた。店内に入ってすぐ目の前に広がる野菜売り場で、

その中でもひときわ目立つ変わったキノコまで取り揃えてあるコーナーで目を

輝かせるのはよしてくれませんか、平塚先生。

 俺はカートを押しながら雪乃の隣をついていき、

このままでは大量のキノコを持ってきそうな平塚先生を牽制することにした。


雪乃「変わったキノコがあって面白いのはわかりますけど、

   今日買うのは決まっていますから雪乃に任せた方がいいですよ」

静「え?」


 いや、わかりますよ。俺も初めてここに来た時、目にとまりましたから。

馬鹿でっかいキノコからテレビで紹介されても普通のスーパーでは

売っていないようなキノコまで、当然のように陳列されていたら興味を持つのは

当然だとは思いますよ。でも、生のキノコって変色しやすいのもあるし、

そんなにはたくさん買い置きしないんだってよ。

だから、平塚先生が既に手に持っているキノコを全部買うことなんてないですからね。

経験者が語るってやつなんだが、俺も若かったなとたそがれてしまいそうになる。


雪乃「今日使うのはマッシュルームだけですから、他のは元に戻しておいてください」

静「いや、これなんて焼いて食べるだけでも酒のつまみになりそうでいいんじゃないか?」

雪乃「たしかにお酒にあうかもしれませんが、

   今日この後平塚先生はお仕事にお戻りになるのですよね」

静「そうだけど、そうだけど……」


 ちょっと平塚先生。でっかいキノコを握りしめて涙ぐまないでくださいって。

これでも顔とスタイルだけは抜群なんですから、

そんなキノコを愛おしそうに見つめていたら、他の客の注目を集めちゃうじゃないですか。

ただでさえ雪乃と平塚先生が店内に入っただけで注目されてざわついているのに。

812 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:32:05.96 ID:6NGd0T+00

雪乃「はぁ……、わかりました。平塚先生が自宅用に買うという事でどうでしょうか。

   それならば食材を無駄にする事もないでしょうし」

静「ほんとうか? じゃあ、好きなの買ってもいいんだな」

雪乃「えぇどうぞ」


 どっちが年上かわからないな。

まるで小さい子供がお菓子を勝手に買い物かごに入れようとするようにキノコを

カートに詰め込んでいく姿、まさしくそれと重なっていますよ。

本来なら平塚先生がお母さん役をやるべきなのに……。
 
ぐすっ、平塚先生ぇ。俺が代りに泣いておきますからね。立場は逆でしょうけど、

自分では体験できない貴重なほのぼのとした親子の買い物のシーンを体験してください。


八幡「買うものって案外少ないんだな」


 俺は雪乃が手に持つ買い物リストに肩を寄せ覗きこむ。

すると雪乃はメモ書きを俺が見やすいように肩を傾けてくれた。

ただ、聞こえるはずなんてないのに、

かすかに揺れて擦れあう雪乃の黒髪の音を耳が拾ってきてしまう気がする。

もちろん幻聴だってわかっている。

だから俺はそのさらっさらでつやっつやのその黒髪をじかに触って確かめようと手を

伸ばした。肩が触れ合うほどに寄りそっているわけで、すぐにでも触れることができるが、

臆病な俺は一度雪乃の表情を確認しようと視線をずらす。

やはりというか俺の異変に敏感に察知してしまう雪乃は俺の手の行方を目で

追っており、俺はたまらず軌道修正してメモ書きをもつ雪乃の手に手をそわせた。

 なんというか、意気地なしとでもいうのだろうか。

それとも雪乃の手で我慢したともいうのか。

もう一度雪乃の表情をちらっとだけ確認した時、その口元がほころんでいたような気がした。

けれど、再々度雪乃の口元を確認する勇気だけはいまだに持ち合わせてはいないようであった。


雪乃「そうね。事前に準備していたのもあるから、

  今日は新鮮なお魚や野菜くらいかしらね。

  あとは由比ヶ浜さんへのプレゼントも買う予定ではあるのだけれど」


 数秒にも満たないやり取りがあったというのに雪乃にいたって平然とした声を発する。


八幡「やっぱあれにするのか?」


 俺の方はというと、当然ながらやや上擦った声を発生してしまうのは御愛嬌だ。


雪乃「ええ、一応二十歳になったお祝いでもあるのだから、

   記念もこめてあれにすることにしたわ」


 俺達は去年に続いて今年も大型ショッピングセンターに由比ヶ浜のプレゼントを

買いに出かけていた。しかも、長々と探索した結果はここでは買えないであり、

あろうことかマンションの下にあるスーパーで買う事になっていた。

だったらわざわざショッピングセンターまで行く必要がないといわれそうだが、

そこはまあ、デートだと思えば問題ない。
813 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:32:42.26 ID:6NGd0T+00

 彼女の買い物が長くて疲れると言っている諸君。対処方法をお教えしよう。

一番いい解決方法は一緒に楽しんでしまうだが、

それが無理なら彼女の表情の変化を観察する事をお勧めする。

けっこう今まで知らなかった表情とか知ることがあるし、

好みとかもリサーチできて有意義な時間がすごせるはずだ。

人間観察が趣味である俺って、いい事思い付くだろ?

 ……まあ、この事を小町に口を滑らせてしまったら、みごとに砂糖を吐きまくられたが。


静「あれとはなにかね? 

   誕生日プレゼントとして分厚いサーロインステーキでも買うのかね?」


 どこまで豪快な男性思考なんですかとつっこもうとしたが、

その前に雪乃が説明をはじめてしまっていた。


雪乃「今日はステーキは用意しませんよ」

静「では、なにをプレゼントする予定なのだね」


 平塚先生は勝手に物珍しそうに棚を見て回っていたのに、

俺達の会話の方が面白そうだと判断したのか寄ってくる。

だけど、どうして俺を間に挟んで会話しているんですか。

たしかに雪乃が棚側ですけど、ぴったりと俺に寄りそう必要はないですよね。

 ちょっとばかし自己主張がお強いお胸が俺の腕で形をかえてしまっているのを

どうにかしていただけませんか。

このままでは、俺の命の形も雪乃に変えられそうなんですよ。

そんな俺の不安なんてよそに、平塚先生はぐいぐいと詰め寄りながら話を進めようとする。


静「私はパーティーには出られないんだ。教えてくれてもいいじゃないかね」

雪乃「わかりました。お教えしますから、八幡と腕を組まないでください」


 その指摘を受けて俺達は顎を引いて下の様子を確認する。

あんまりにも柔らかい感触がすると思っていたら、

俺の腕を抱え込むように抱いているんじゃないですか。

やっぱり普通の状態ではないとは思っていましたけど、

怖くて確認できていませんでした。……いろんな意味で。

 俺達ははっと息を飲んで視線を水平に戻す。

そして平塚先生がぱっと腕を離し、半歩横にずれることで終焉を迎える。

その代わりというわけでもないが、

本来俺の隣に収まるべき雪乃が反対側の腕に吸い寄せられた。


静「す、すまない」

雪乃「大丈夫ですよ、平塚先生」

静「雪ノ下・・・・・・」


 大丈夫じゃないですって。その綺麗すぎる冷たい笑顔が不気味なんだって。

周りにいたはずの客たちも、俺達の不穏な気配を察知して散っていってるぞ。


814 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:33:39.95 ID:6NGd0T+00

雪乃「平塚先生は大丈夫ですよ。意思を固く貫けなかった八幡に問題があって、

   本来なら八幡がうまく声をかけるべきでしたから。

   だから、罰を受けるとしたら八幡だけです。ねっ、八幡」


 冷凍食品売り場にいるから寒いってわけではない。

ここのスーパーの冷凍庫は全て密閉型で、冷気は漏れない仕様だ。

だから、冷気を感じるとしたら冷凍庫以外からと言うわけで。

おそらくドライアイスよりも熱く冷えきった雪乃の腕が俺の腕を

凍傷に導かんと柔らかくその腕を抱いている。

けっして逃げる事が出来ない甘美にぬくもりに俺は溺れながら、

後ほど訪れるであろう罰を覚悟した。


静「そ、そうか」

雪乃「ええ・・・・・・。それで私が何をプレゼントするかですよね?」

静「あぁ、そうだったな」


 雪乃の見事なスマイルに、平塚先生は口を引きつりながらも笑顔を捻りだして返していた。


雪乃「ちょうど二十歳になってお酒も飲めるようになるので、

   その解禁記念も兼ねてシャンパンを送ろうと思っているんです」

静「それは洒落ていて由比ヶ浜も喜ぶんじゃないか」

雪乃「だといいのですが・・・・・・」


 一応プレゼントを決めたとはいえ、雪乃はまだ迷っているようだ。

散々他のも見て回ったけど、これといって二十歳を記念する品は見つかる事はなかった。

たしかに年に一回訪れる一つの記念日ではあるけど、真剣に雪乃が考えてくれたものなら、

あいつは何でも喜んでくれるんだろうに。


雪乃「でも、今日は平塚先生が一緒でよかったです。

   本当は姉さんも誕生日を祝いに来る予定だったのですが、急に予定が入ったらしくて」


大学の講義も途中で切り上げて、

陽乃さんは俺達にお詫びのメールだけを残して一人で帰ってしまった。

だから、どんな用件で欠席するかは知らない。教えてくれないのならば、

俺達には関係なのだろう。ただ、由比ヶ浜は陽乃さんが来ないことを寂しがってはいたが。


静「そうらしいな」

雪乃「それでシャンパンを買うにしても未成年でもある私と八幡では

   どうしようもなかったんです。だから平塚先生が一緒で助かりました」

静「それは役に立てて何よりだ。で、買う銘柄は決めてあるのかね?」

雪乃「はい、トン・ペリニヨンの199X年ものをプレゼントしようと思っています。

   ちょうど由比ヶ浜さんが生まれた年のシャンパンを八幡が売っているのを

   見つけていたんです。ほんと、お酒なんて飲めはしないのに、

   なにが面白くてお酒の棚を見ていたんでしょうね」


 面白いだろ。

815 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:34:35.71 ID:6NGd0T+00
普段名前は聞いても親父なんかじゃ買えもしない銘柄がしれっと並べられているんだぞ。

しかも、普通のスーパーどころか酒屋だってあまり売ってないんじゃないかって

いうやつだぞ。

それが普段から棚にそろえられているってのは普通ではない。

だから、それを見ていたとしても、一般人にとっては面白いんだよ。

 さすがはマルエヅの高級店バージョンだよな。

こことか東京の超高級マンションで有名な所とか限られた地域にしか出店してないけど、

案外中を覗けば普通なんだよな。

・・・・・・見た目だけは。でも、よく見ると普通のスーパーでは売っていない高級品を、

さも当然でしょってごとく売っているから、

俺も初めて来たときは今の平塚先生みたいにはしゃいだっけな。

 なんて昔の俺と目の前にいる平塚先生とを重ねていると、

はしゃいでいた顔がわくわくを通り越して驚愕へと変貌していた。


雪乃「どうしたのですか、平塚先生? なにか問題でもあるのでしょうか?」

静「あるに決まっているではないか。問題どころか大問題だ」

雪乃「先生、唾を飛ばさないでください。興奮するのは勝手ですが、

   周りへの迷惑も考慮してください」


 唾は駄目でも、両肩を掴まれて揺さぶられるのは問題ないんだな。

いまいち最近の雪乃の判断基準がわからなくなってきているんだが、

由比ヶ浜の絶え間ない努力が実ってきているんだろうか。

高校の時、既に由比ヶ浜がくっついても文句いわなかったしな。

 だけど、周りの客からは小姑が新妻にいちゃもんつけて

いびっているようにしか見えてませんよ。あら、恥ずかしい。

となると、俺が夫か。こりゃ照れるなぁ・・・じゃない! 

なんか俺の方まで小町に洗脳されていそうで怖くなってしまう。

・・・・・・悪くはないけど。


静「それはすまない。しかし、興奮するに決まっているではないか」

雪乃「だから、なにに問題があるのでしょうか?」


 雪乃は一歩も引かずに平塚先生をまっすぐ見つめて問いを繰り返す。

凛と背中を伸ばして立ち向かうその姿を見た若奥様たちが、

雪乃の事をこっそり応援している事は黙っておこう。

無言の声援の中に旦那さん頼りなさそうっていう冷たい視線は、

とりあえず今後の検討課題として家に持ち帰らせてもらいます。

 持ち帰るイコール対処しないだけど、

それでも期待を捨てないのはどうしてなんだろうか。絶対いい返事なんてこないのに。


静「トンペリだぞトンペリ。

  二十歳になったばかりの酒の味も全くわからない若造が飲む酒ではない」


 あぁ墓穴を掘っちゃったよ、この人。

自分で自分は若手ではないって思ってるんじゃないですか。

そりゃあ年が気になるお年頃だけど、こういう地が出やすい時こそ気をつけないと。
816 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:35:34.85 ID:6NGd0T+00
俺がやや明後日の方向の心配ごとをしていると、

いまや顔がくっつくほど迫りまくった平塚先生を雪乃が冷静にいなしていた。


雪乃「だからこそですよ。

   一番最初に良いものを飲んで覚えておくことが大切だとは思いませんか。

   たしかに由比ヶ浜さんもお酒の味はわからないでしょう。

   でも、今日という日の思い出としては最高の味を感じてくれると信じています。

   それに、お祝い事ですので、味よりも気持ちが大切だと思いますよ」


 毅然としながらも最後は柔和な笑顔でしめると、

周りの奥様方から小さな歓声が沸き上がる。強くて美しい。まさに若奥様の理想だな。


静「いや、そうかもしれないが・・・・・・」


 でも、まじで正論すぎるだろ。

普通感情的になっている相手に正論で迎撃しても感情で押し返されるのが関の山なのに、

雪乃の鉄の意思で真摯に訴えかける温もりで、

あの平塚先生の昇りきった熱を冷ましているじゃないか。


雪乃「でしたら問題ないですね」

静「そうだが・・・・・・、いやそれでも、なあ。

  やはり若いのにあのトンペリだぞ。私でさえ飲んだ事がないのに飲んじゃうのか」


 後半小声で愚痴っているようですけど、ちゃんと聞こえていますからね。

たぶん最後の愚痴が本音だろうけど、

ちなみに雪乃もしっかりと聞こえているみたいっすよ。


雪乃「はぁ・・・、ではトン・ペリニヨンだけは今日由比ヶ浜さんに

   プレゼントしますけれど、

   乾杯をするのは平塚先生がいらっしゃるときにします」

静「それでは由比ヶ浜に悪いだろう。今日から酒が飲めるというのに、

  私の都合で乾杯を遅らせるのはよくない」

雪乃「では、乾杯だけでも顔を見せていただける事は出来ないのですか?」

静「うぅ・・・・・・」


 何に葛藤してんだよ、この人は。仕事が終わってから来てもいいんだし、

そんなに悩む事か?


雪乃「あの、お仕事ですから無理にとは言いませんけれど」

静「いや、行く。誕生日会に出席させてもらおう」

雪乃「え? でもお仕事が」

静「大丈夫、大丈夫。本当は後輩がやる予定だった仕事だったのに、

  合コンだからって拝まれてな。

  しかも今度合コンするときは呼んでくれるなんて餌まで……、いやなんでもない。

  つまりは後輩の遊びの為に由比ヶ浜の誕生日会を駄目にするなんてできないな。
 
  ちょっと待っててくれ。今電話してくる。なぁに若手ごときにいいように使われんさ」


 平塚先生は俺達の返事も聞かずに店外に電話をしに小走りで出ていく。
817 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:36:28.52 ID:6NGd0T+00

そんな子供すぎる大人を見ている俺達ができる事といえば、

その後ろ姿を生温かい目で見送ることくらいしかなかった。

 でもさ、先生。ついに若手が現れてしまったんですね。

実際にはけっこう前からいただろうけど、もう自分は若手じゃないって事を受け入れて! 

もう見ていて辛いからっ。受け入れる事は辛いでしょうけど、一緒に泣いてあげますって。

今は一緒に飲む事は出来ないけど、

俺が二十歳の誕生日を迎えたら一緒に酒と涙を飲んであげますから、

そろそろ若手のラベルの返上を真剣に御検討お願いします。


小町「それでは皆さんグラスを持ちましたかぁ。まだの人をお急ぎを」


 小町がはきはきとした声が狭くはないリビングに響きわたる。

準備を促さなくても若干一人はフライングする勢いの気迫がみなぎっているが、

この際水を差すまい。


雪乃「ちょっと待って小町さん。由比ヶ浜さんと平塚先生はいいのだけれど、

   私はもちろん、八幡と小町さんもお酒は飲めないわよ」

八幡「いや、乾杯くらいいいだろ、お祝いの形だけなんだし問題ないと思うぞ」


 珍しく俺が場を収めようとするも、雪乃の毅然とした姿は崩れない。

意思が強いその眼光は、俺を捉えたまま離さないでいた。

 俺も絶対飲みたいってわけでもないんだけどさ、ほら。

平塚先生とかが早くしろって唸っているだろ?


雪乃「いいえ、こういうことはしっかりとしておくべきよ」

結衣「そっか、そうだよね。じゃあさ、ゆきのんの誕生日の時に乾杯しない? 

   ほら、その方がなんだかいい感じっぽいし」

小町「そうですね。小町はまだまだ先ですし、雪乃さんの誕生日が一番いい感じですね」


 やっぱ由比ヶ浜が空気読んじゃうだろ。

だから俺が自分の立ち位置を変えてまで場を収めに出たのに、

今日が由比ヶ浜の誕生日って事を忘れてたな。

ほら、お前が由比ヶ浜の言葉を聞いて申し訳なさそうにするのだってわかってたんだよ。


静「雪ノ下。一口口につける程度では誰も文句は言わんよ。

  それに車も乗らないのだろ? 

  だったらお祝いとしての形式的な乾杯くらいならいいのではないかな」


 おいおい・・・、まだあんたは諦めてなかったのかよ。

由比ヶ浜と小町がせっかくこの話題を終わらせようとしてるのに。

たしかに平塚先生がいうことが一般論としては正しい。

また、雪乃がいうことも法を厳守する上では正しい。

どちらも正しいのに結果だけ見れば大きく違うのは、ルールの使い方というか、

悪く言えばダブルスタンダードに陥ってしまうからだろう。

ようは適材適所で、その場にあったほうを選択すればいいんだろうけど。

 ただ、今回ばかりは癪だけど、平塚先生が正しい。お酌だけに。
818 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:37:31.01 ID:6NGd0T+00
……やべっ、平塚先生が酒を飲むのを付き合ってる影響で、つまらないすぎるダジャレが

うつっちゃったじゃねえか。こっちは酒が飲めないのに毎回付き合っているというのに、

あのねちっこいダジャレとか絡んでくるのとかどうにかなりませんかね。


八幡「そうだな。せっかく由比ヶ浜の誕生日プレゼントとしてシャンパン用意したんだし、

   形だけでもお祝いしといたほうがいいんじゃねえの。グラスに酒ついだとしても、

   乾杯した後に平塚先生が責任もって処分してくださるだろうし」


 ・・・って、平塚先生を援護したのに、なにぽけっと突っ立ってるんですか。

パスを送ったんだから、しっかりとゴール決めて下さいって。

俺の執拗な視線をようやく理解した平塚先生は、

とってつけたようにたどたどしくシュートをうちにいった。


静「そ、そうだぞ。乾杯だけでもやるべきだと思うぞ。

  それに今日の主役は由比ヶ浜だからな。

  二十歳になったお祝いとしてトンペリをわざわざ用意したんだろう? 

  だったら今日の記念として由比ヶ浜はお酒を飲むべきだ」


 どうにか空振りにはならなかったようだけど、雪乃に向かって一直線って、

キーパーの正面に蹴ってどうするんですか。

 雪乃は平塚先生の弁を飲み込み、しばし由比ヶ浜を見つめる。

そしてちらりと俺の事を睨みつけてから由比ヶ浜に申し訳なさそうな笑顔を見せた。


雪乃「ごめんなさいね、由比ヶ浜さん」

結衣「ううん、別にゆきのんが言ってる事正しいもん」

雪乃「それでもみんなが楽しいでいるのに、その空気を壊してしまったのは私のせいよ。

   だから謝らせてほしいわ。ごめんなさい由比ヶ浜さん。小町さんもごめんね」

結衣「だからいいって、ほんとゆきのんが言ってる事もわかるから」

雪乃「許してくれるのかしら?」


 小さい子供のように恐る恐る見つめる様は、

ほんと由比ヶ浜には弱いって事を印象付ける。そうでもないか。

弱いというよりは怖いのだろう。

ちょっとした事どころか大変な出来事だろうと由比ヶ浜は雪乃を受け入れるだろうに、

それをわかっていても雪乃は失うのを怖がっているとさえ思えてしまう。

 二人は固い友情を築き上げてきたと思う。

俺なんかには縁がない友情を雪乃は築き続けてきた。

だけど物は、硬く、強く、強固になっていくほど壊れるときはあっけなく砕け散る。

それは形がないものであっても同様だろう。

ちょっとしたひびが入り、そこから亀裂が走りだせば、

硬く固まってしまった分再結合なんてできやしないで一気に砕け散ってしまう。

おそらく友情も同じなのだろうと、俺はなんとなく雪乃の顔を見て思ってしまった。


結衣「許すも許さないも怒ってないから。

   ゆきのんはあたしたちのことを思って注意してくれただけでしょ。

   だったら怒ることなんて全くないよ」
819 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:38:26.38 ID:6NGd0T+00
雪乃「そうかもしれないけれど・・・・・・」

結衣「もういいじゃん。ほら乾杯しよっ。

   それともあたしの誕生日お祝いしたくない、かな?」


 小首を傾げると顔にかかる髪が揺れ、視線を邪魔する。

ただ、由比ヶ浜にはその髪の毛さえ視界には入っていないのだろう。


雪乃「いいえ、今日は由比ヶ浜さんの為に用意したのよ。

   お祝いしたいに決まってるじゃない」

結衣「じゃあ決まりだね。・・・ねえゆきのん。お願いがあるんだけど、いいかな?」

雪乃「ええいいわ。水を差してしまったお詫びにはならないかもしれないけれど、

   私に出来る事なら何でも言ってくれて構わないわ」

結衣「ううん、そんなに難しい事じゃないから大丈夫だって。

   んとね、乾杯の音頭をとってほしいんだ。

   せっかくゆきのんがプレゼントしてくれたんだから、

   やっぱりゆきのんが乾杯って最初に言ってほしいな。駄目かな?」

雪乃「いいえ、是非やらせていただくわ」

結衣「じゃあ決まりだね」


 そうと決まれば小町のやつ行動が早いな。

あいつもあいつなりにこの状況を見守っていたってことか。さすが俺の妹。


小町「さあさあみなさんシャンパン持ちましたね。

   さ、さ。雪乃さん。心に残る一言お願いしますね」

雪乃「心に響く言葉をおくれるかは自信がないのだけれど、そうね。

   由比ヶ浜さんの誕生日をお祝いしたい気持ちだけでも伝えたいわね。

   ・・・これで由比ヶ浜さんが一番早く二十歳を迎えたという事なのよね。

   やはり成人を迎えるとなると責任を持った行動が必要になるわ」


 雪乃らしくちょっとお堅い出だしだけど、

由比ヶ浜も喜んで聞いているみたいだし別にいいか。・・・ん? 携帯のバイブか? 

 俺は棚の上に置いてあった携帯が静かに震えているのを確認すると、

静かに移動して携帯を手に取る。

メールみたいだし、後で確認すればいいか。

俺に急ぎの用がある暇人なんていないだろうしな。


雪乃「ただ、当然の事なのだけれど、由比ヶ浜さんが一番の年上になるのよね」


 平塚先生は除くけどな、って心の中で突っ込みを入れたのは俺だけか。

って、平塚先生睨まないでくださいよ。

声に出していないのにどうして俺の周りの連中は俺の心の中がわかるんですか。


結衣「そだね。でも、あまりそういう実感わかないけどね」

雪乃「たしかに数カ月程度の差は気にならないわね」


 俺は雪乃が一番上のお姉さんで、由比ヶ浜が一番下の妹って気がいつもしていたけどな。

実際は雪乃が一番下で、俺が真ん中になって、そして由比ヶ浜が一番年上だもんな。
820 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:39:31.96 ID:6NGd0T+00

これも口に出していないのに、どうして全員俺の事を睨むんですか。

・・・・・・もう、心まで沈黙しておこうかな。


雪乃「今日二十歳を迎えたからといって、

   すぐには大人としての自覚を持つ事は出来ないでしょうけど、

   もしよかったら私と一緒にこれからも学んでいってほしいと思うわ。

   まだまだ未熟な私たちだけれど、

   こういうみんなが集まる機会をきっかけにお互いの存在をたしかめあっていきたいわ。

   そうやって年を重ねていけたら素敵ね・・・・・・来年も、その先もずっと。

   お誕生日おめでとう由比ヶ浜さん。乾杯」


 雪乃が由比ヶ浜に向けて小さくグラスを傾ける。

柔らかく微笑むその様は、先ほどまで見せていたおどおどした感じが抜けきっていた。

由比ヶ浜が見せる柔らかくも眩しいほどの笑顔につられたのだろう。

 きっと硬いだけの友情は弱い。

けれど、それを包み込む柔らかい緩衝材があれば問題ないって気がしてしまう。

その緩衝材が何かはわかれないけれど、今こうして由比ヶ浜をみていると、

こいつの底抜けに明るい笑顔に俺も雪乃も救われてきたんだよなって、

思わずにはいられなかった。

 俺が雪乃と正面から向かい合えたのも、俺達三人の関係が消滅していないのも、

全てはとはいわないけど、必要不可欠なファクターであることは俺でも理解できる。

・・・・・・まあ、なんだ。きっと今の俺がいるのは俺だけのおかげではない。

雪乃や由比ヶ浜、小町に平塚先生。

他にもちょっとばかし関わってくる奴らがいてこその俺なのだろう。

だから由比ヶ浜。こんな俺とつるんでくれてありがとよ。声に出しては言えないけど。

・・・でも、これだけは声に出して言っても恥ずかしくはないはずの言葉を

俺は由比ヶ浜に送る。


八幡「由比ヶ浜、誕生日おめでとう」


 俺は恥ずかしい気持ちを押し殺して由比ヶ浜にしっかりと届く声で伝えた。

 その時ちらりと四人の顔がほころんだのは気のせいだろうか? 

もしかしてこの心の声までも読まれてはいないよね?

 俺は火照る頬を隠すように俯き、わざとらしく携帯の画面を確認する。

一応さっきメールきてみたいだし、乾杯終わったからいいだろう。

 俺は画面をクリックしていき目的のメールを表示させる、

そこには陽乃さんから短くて簡潔なメッセージが記されていた。


陽乃「誕生日会の後に連絡します」


 あまりにも簡潔なメールがどこか温かい現実とはかけ離れていて、

俺は体温が下がっていくのを実感できた。



由比ヶ浜結衣誕生日(後編) 終劇

次回は第47章に戻ります
821 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:40:14.84 ID:6NGd0T+00


おまけ

なんといいますか、思い付きで・・・・・・。



折本「あれ? 比企谷?」

八幡「・・・・・・折本」

折本「え、比企谷って総武高なの?」

八幡「あ、ああ」

折本「へー。いっがーい。頭良かったんだー! 

   あ、でもそういえば比企谷のテストの点とか全然知らないや。

比企谷、全然人と話してなかったもんね。・・・・・・・彼女さん?」

八幡「いや、その・・・・・・」

折本「だよね〜! 絶対ないと思った!」

八幡「はははっ・・・・・・」

陽乃「もしかして、八幡のお友達?」

八幡「中学の同級生です」

折本「折本かおりです」

陽乃「ふーん。・・・・・・あ、わたしは雪ノ下陽乃ね。

八幡の・・・・・・八幡の・・・・・・、ねえ、私って八幡のなに?」

八幡「や、俺に聞かれても」

陽乃「わたしと恋人っていうのも変だよね。うーん、彼女のお姉さんとか? 

   いや、あるいはお義姉さん・・・・・・。あ、間をとって愛人っていうのはどう?」

八幡「ふつうに恋人でいいんじゃないですか」

陽乃「それじゃあ正妻の雪乃ちゃんに悪いじゃない」

折本「なんか姉妹っていいですよね〜」

陽乃「でしょー? まあ、八幡が姉妹ともども手篭めにかける猛獣なだけなんだけどねー」

折本「あぁ・・・・・・・」

陽乃「しかし、八幡と同じ中学かー。なんか面白いことなかったの? 

   ほらー、なんかあるでしょー? あ、コイバナ! お姉さん、

八幡のコイバナ聞きたいな」

八幡(誰も気が付いてない。陽乃さんの目が本気だって。

   獲物を狙うその冷酷までも冷たい視線に気が付いてない。

   実際見た目だけじゃ笑っているようにしか見えないから、初見じゃ無理か)

折本「あー、そういえば私、比企谷に告られたりしたんですよー」

仲町「うそー」

陽乃「それ気になるなー」

八幡(ぞくり・・・・・・。あ、今夜死んだかも)

折本「それまで全然話した事なかったから超びびってー」

陽乃「へえ、八幡が告白ねぇ〜ー」

八幡(確実に死んだな。せめて雪乃にだけは知られないようにしないと)

八幡「まあ、昔のことなんで・・・・・・」

折本「だよね!昔の事だし別にいいよねー」

822 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:41:02.40 ID:6NGd0T+00

折本「あ、そうだ比企谷」

八幡「ん?」

折本「ていうかさ、総武高なら葉山くんって知ってる?」

八幡「葉山・・・・・・」

陽乃「・・・・・・・ふーん、面白そう」

八幡「へ?」

陽乃「はーい、お姉さん紹介しちゃうぞー」

八幡「は?」

陽乃「ちょっと電話してくるから待っててね」

八幡「・・・・・・」


・・・陽乃離席・・・


陽乃「あ、隼人? 今すぐ来れる? ていうか、来て」

葉山「どうしたんですか急に・・・・・・またですか」

陽乃「うん、またお願いね」

葉山「まあ、いいですけど」

陽乃「じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃってね」

葉山「でも、面倒なのは勘弁して下さいよ。この前の相模なんてしつこくて、

   なかなか別れてくれないんですよ。

   こっちは比企谷に近づく女を遠ざける為だけに寝てるっていうのに。

   もう鬱陶しいから顔も見たくないっていってるのに、

   それさえもわかってくれない」

陽乃「ごめんねぇ、隼人。でも、そういうのも含めて楽しんでるんでしょ?」

隼人「そうですけどね。今度はどんなのが獲物なんですか?」

陽乃「ん? 八幡の中学の同級生だってさ。まあまあ可愛い方かな。

   でも、ちょっとお馬鹿そうなんだけど、ま、その方が後腐れなくていいんじゃない?」

隼人「そうかもしれませんね。お礼はいつものやつでお願いしますよ」

陽乃「わかってるって。じゃあ、八幡が待ってるから」

隼人「はいはい」



えっと・・・・・・、ごめんなさい。










由比ヶ浜結衣誕生日(後編) あとがき



今回で追加エピソードはひとまず終了です。

また大幅に加筆修正して1話分くらいの分量のがありましたら

再び掲載しようかなと考えております。

ただ、今のところ書くとしたら、七夕の前くらいかなと思ってはおりますが。

823 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/23(木) 17:41:57.08 ID:6NGd0T+00

スクロールバーもそうですが、話を全部表示させると一瞬パソコンが固まるんですよね。

本サイトは問題ないのですが、SSまとめ速報の方だと確実に一瞬固まります。

文章量が多くて、目的の話を探すのには不便ですよね。

最新話でさえ面倒だしw


ロードレーサーではなくてロードバイクが一般的なんですね。

自分もGIANTにのってはいますが、知識ほぼゼロです。

年寄り扱いされるんだったら弱虫ペダルを見ておくんだった・・・・・・。

たしか以前八幡がGIANTで、雪乃がBIANCHIって描写書いたような、書いてないような。

ちなみに八幡の方は自分がのっているやつで、雪乃の方は次欲しいやつですw



おまけは、なんといいますか、思い付いたので書いちゃいましたw

とくになんということもなく、なんとなくです。


次週からは『愛の悲しみ編』を再開する予定です。

来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしく思います。。


黒猫 with かずさ派

824 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/23(木) 17:46:15.83 ID:I3uA1vpoo
今日も面白かった、乙
そして、オマケ完結希望
825 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/23(木) 17:55:37.06 ID:Q5Juh3UAO
826 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/23(木) 18:02:20.98 ID:RLWFap7+o
乙です
827 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/24(金) 01:28:49.45 ID:vDYhc1k+0

おまけも続けろください
828 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/24(金) 13:25:52.50 ID:2wMk4pinO
乙です
ようやく追いついた…
829 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:29:18.12 ID:X2mOQ2ue0

第47章


夕「ありがとう」

昴「ありがとう、比企谷。でも、聞いた後でやっぱり引き返したいって思っても

  かまわないから。だから、変な責任感だけは持たないでほしい」


 夕さんに続いて昴までもが硬く引き締まっていた顔を緩めてほっと肩を下ろす。

俺の立場からすれば簡単な事なのに、きっと当事者となれば違ってくるのだろう。

しかも俺には昴達が考えているほどの価値なんてないという思いもあるが、

それもここで言うべき言葉ではないはずだ。


八幡「そこまで俺は責任感の固まりじゃない。

   逃げたくなったら自分の意思でとっとと逃げているさ」

雪乃「困ったことに逃げて欲しくても逃げないでいるのよね」


雪乃の声は小さく、隣にいる俺にさえ声はかすれて聞きづらいはずなのに、

どういうわけかはっきりと俺の耳まで届けられる。

しかも、なぜか弥生姉弟にまで届いてしまっているようで、柔らかい笑みが眩しかった。


夕「では、本題に入りますね。

  昼食会を開いているそうですが、それに私たちも参加させていただけませんか?」

八幡「俺は構わないけど、・・・問題ないと思うぞ。な、雪乃」


弥生姉弟を昼食会に参加させることに、俺個人としては問題ない。

だけど、俺一人の一存で決まれらる事ではないので、隣にいるもう一人の参加者の

意見を聞くべく問いかける。


雪乃「もちろん私も歓迎します。ただ、由比ヶ浜さんと姉さんの意見も聞かなくては

   いけませんので、今すぐ正式なお返事をする事は出来ません。

   ・・・でも、由比ヶ浜さんと昴君は友人同士ですし、夕さんも昴君の

   お姉さんなのですから、おそらく反対意見は出ないと思いますよ」

八幡「それに、昼食会なんてお上品な昼食の集まりではないですよ。

   ただたんにその日の弁当当番が弁当作って、みんなで食べているだけですから。

   だから都合が合えば一緒に食べればいいし、逆に用事があるんなら無理をして

   参加する必要もない。そんなありふれた食事ですよ」


雪乃はごくごく常識的な回答をしたが、雪乃自身受け入れないわけではないのだろう。

むしろ・・・考えたくはないのだが、俺の数少ない友人を確保すべく、

積極的に動いてさえいるようにも見えた。

・・・それほどに俺に友達なんて呼べる人間ができたことが奇跡だといえるのだが。


夕「ありがとうございます。

  ・・・でも、言いにくいのですが、二つだけ問題がありまして」


夕さんの恥じらう姿に見惚れてしまう。いや、大丈夫。もう恋なんてしないって誓ったから。

なんてドギマギしていたが、夕さんが述べた二つの問題のうち、二つ目の問題が気になった。

おそらく高い確率で一つ目の問題は、昴の食事についてだろう。
830 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:30:20.27 ID:X2mOQ2ue0

今は夕さんの研究室で食べる練習をしていると言っているが、

今回の昼食会はそのステップアップだと考えられた。


八幡「たぶん二つとも大丈夫だと思いますよ。・・・一つ昴の事ですよね?」


俺が夕さんが言い淀んでいる内容をズバズバ言ってしまうものだから、

雪乃は無言で非難の声をあげる。

細められた雪乃の目からは、見るからにして凍傷になりそうな視線が送り込まれてきていた。

背筋がぞくりと伸びきったが、俺はそれを我慢して前を見続けようと努力する。


八幡(だから、そんなに睨むなって。ほら、夕さんも言いにくそうだったし、

   どうせ言わなければならない事なら、俺の方から後押しすべきだろ?)


しかし、俺の健闘は空しく敗戦を喫し、俺はとぼとぼとアイコンタクトで

弁解の意を返したが、雪乃から返ってくるアイコンタクトは

さらに100度ほど下がった凍てつく視線のみであった。

俺があたふたと雪乃の対応に困っていると、昴から温かく見守っている視線も感じ取れる。

ただ、そんな外野の思いやりは今回ばかりは無視だ。

夕さんは少し困った風な表情を浮かべているだけであったが、

昴はニコニコと頬笑みまで浮かべていた。

お前の事で困っているだぞって突っ込みを入れたいほどだったが、やはりそれも却下。

そんなことをしたら雪乃からさらなる非難が降りてくることが必至である。

だが、俺の置かれている状況に察してくれたのか、夕さんは話を進めようとしてくれた。


夕「ええ、昴の事です。先ほどもお話ししましたが、現在昴は

  普通に外食することができません。

  私の研究室での食事はどうにかできるようになりましたが、それ以外は全く・・・」

雪乃「飲み物を飲む事は出来るのですよね?

   げんに今は飲んでいますし」


雪乃が昴の前に置かれたティーカップに視線を向けながら話すので、自然と残りの3人も

雪乃の視線を追いかけて、そのティーカップに意識を向けた。


夕「はい、飲み物は比較的問題はありません。

  ただ、大丈夫だと言っても、水やお茶くらいですね。

  コーヒーや炭酸飲料は飲めなくはないみたいですけど、控えているようで」

昴「そうだね。飲めなくはないのだけど、胃を痛めると思ってしまうものや

  刺激が強いものは無意識のうちに・・・、意識をしてともいうかな、

  やはり避けてしまう傾向があると思う。

  あとは甘いのもやはり避けてしまうかもね。

  胃に残るというか、甘ったるい感じが残るのが怖いというか」

雪乃「わかりました。ありがとうございます」

夕「いいえ。こういうことは初めに言っておいた方がいいですからね。

  もちろん聞いた後であっても、やはりお断りというのも問題ありません。

  私達家族の問題を無理やり押し付けようとしているのですから」

831 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:31:04.11 ID:X2mOQ2ue0


雪乃「無理やりだなんて、そんなことは思っていません。

   少なくとも私は迷惑だとは思っていませんし、ここにいる八幡も

   わりとお人よしで、自分が認めた人間はけっして見捨てる事はしない人間ですから」


雪乃はどこか誇らしげにない胸を張って目の前の姉弟に俺の事を自慢する。

その誇らしげな瞳が曇らないような人間になろうとは思うのだけど、

ちょっとばかし持ちあげすぎじゃね?、と照れが入ってしまう。


夕「そのようですね。昴もそういうことを言っていましたから」


俺を持ちあげないでくださいって。

期待にこたえたくなっちゃうでしょうが。

だから俺は照れくささを隠す為にぶっきらぼうに答えるしかなかった。


八幡「出来ることしかやれませんよ。過剰に期待されても困るだけですけど、

   まあ、出来る限りの事はやるつもりです」

昴「比企谷らしいね」

八幡「お前も俺を誉めるなって」

昴「誉めてないよ。事実を言っただけだよ」

八幡「それを誉め・・・、もういいよ」


俺は照れ隠しの限界を感じて雪乃とは逆の通路側に顔を向けて戦略的撤退を試みた。

ただ、人の良すぎる彼ら彼女らの事だから俺の顔色を見れば、

俺の現状を把握なさっているようですが。

まあ、いいさ。いじりたければいじってくれ。

俺は無抵抗で身を捧げますよっと。ちょっとばかし斜め下に捻くれた感情をむき出しにして

頭を冷ますべく店内を見渡す。

すると、当然ながら自分たち以外の客も紅茶を飲んでいるわけで。

そして、俺はその紅茶を美味しそうに飲んでいる知らない客の姿を見て、

過去の過ちに気がついてしまった。


八幡「昴。前にマッカンを布教しようと奢ったことあったよな。

   あれはやっぱり・・・迷惑だったんじゃないのか?

   知らなかった事とはいえ、本当にすまなかった」


俺は昴の方に視線を戻すと、すかさず過去の過ちを懺悔する。

昴は一瞬目を見張ったが、すぐにくすぐったそうに笑みを浮かべる。

つまりは俺が指摘した事実を覚えていたって事だった。

嫌がらせをした方が忘れて、された方がずっと覚えている。

俺のは意図的にしたわけではないからといって免責されるべき罪ではない。

固く握りしめる拳から不快な生温かい汗が手を濡らしていった。


夕「比企谷君。その缶コーヒーのことがあったことも、

  今回昼食会の参加をお願いしようと決心した原因の一つでもあるのですよ」

雪乃「どういうことでしょうか?」

832 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:32:09.77 ID:X2mOQ2ue0

いまいち夕さんの言葉を素直に飲み込めない。それは雪乃も同じ感想であり、

すかさず質問した事にも出ているのだろう。

だから、無言で夕さん達を見つめ返す俺を助けるべく、

雪乃が話の相槌を代りに問いかけてくれた。

昴達の話によれば、胸やけをしそうな甘すぎるマッカンは、

昴が避けるべきドリンクの一つと考えるべきだ。

ましてや気持ち悪い症状を避けるようにしている昴が、

積極的に飲むべきものとはどのように分析しても導くことができないでいた。


昴「僕は甘いものが苦手というわけではないから、マッカンが嫌いというわけで

  はないよ。むしろ自宅であったならば、好んで飲んでいるからね」

夕「そうですね。比企谷君に布教されてからは、昴は好んで飲んでいるほどですから。

  今ではいつも常備しているんですよ。よっぽど嬉しかったんでしょうね」

昴「姉さんったら・・・」


夕さんの暴露話に、照れ半分、拗ね半分で甘える昴。

どこのほのぼの姉弟だよって、今度こそつっこんでやりたかった。

・・・が、つっこんでやらん! 勝手にやってろ。こういうのは関わったら負けだ。

・・・・・でも、どういうことなのだろうか?

甘いのも駄目だと言っていたし、コーヒーも避けると言っていた。

なのに、どうしてマッカンだけは大丈夫だったのか、どうしても疑問に残った。


八幡「どうしてマッカンだけは大丈夫だったのでしょうか?」


聞かずにはいられなかった。俺の過去の過ちが昴を傷つけていたかもしれないのに、

どうして大丈夫だったのだろうか。

俺の姿が必至すぎたのか、夕さんは姿勢を正して、先ほどまでの姉弟のじゃれつきを

きっぱりとぬぐいさってから、頬笑みを交えて答えを開示してくれた。


夕「それは、比企谷君がくれたものだからですよ。

  もし比企谷君がくれたものが他の飲料水であったのならば、

  それがよっぽどのものでなければ、昴は嬉しく思っていたはずです」

昴「もともとマッカンは知っていたけど、

  それほど手に取ろうとする品ではなかったからね。

  それほど販売に力を入れている商品というわけでもないし、

  コーヒーは新商品がどんどん出てくるジャンルでもあるからさ。

  でも、比企谷に勧められて飲んでみたら、美味しかったと思ったのは嘘じゃないよ」

八幡「でも、体調の方はどうだったんだよ」


これが一番聞きたい事であった。味の方はマッカンだから心配はしていない。

むしろ味を否定する奴は味覚が狂っていると判断すべきだ。


昴「それも問題ないよ」

八幡「でも・・・」


俺はなおも信じられないと疑問を姉弟に投げかける。
833 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:33:15.23 ID:X2mOQ2ue0
いくら大丈夫だと言われても、自分の過ちは許されない気がした。


夕「本当に問題なかったんです。むしろ好調すぎて、私の方が疑ってしまったほどで」


夕さんが笑いながら驚き体験を思い出すものだから、

俺だけでなく雪乃までも次の言葉を紡げないでいた。


夕「そんな顔をしないでくださいよ。本当の事なのですから」

八幡「でも・・・」

雪乃「どうして大丈夫だったのでしょうか?」


なおも信じられないという顔で雪乃が問い直す。


夕「それは先ほども言いましたが、比企谷君がくれたものだからです。

  この説明だけでは不十分ですね」


俺達がまだ納得していないと判断したのか、夕さんはさらに話をすすめた。


夕「つまりですね、私の研究室では食べられるようになった理由はわかりますか?」


俺と雪乃はそろいもそろって首を横に振る。

考える事を放棄したわけではないが、答えが見えてこなかった。


夕「これは昴の感覚的な問題なのですが、私の研究室が疑似的な自宅の一部と

  認識しているみたいなのです。

  そもそも家でならば、安心できる。

  家でならば、いくら吐いたとしても問題を世間に隠したままにしておける。

  家でならば、家族が助けてくれる。

  そういった守られた空間があるからこそ昴は家でならば食事ができているのだと

  思います。

  そして私の研究室が家の延長線上と考えることができれば、

  そこでならば食事ができると考えましたし、実際徐々にではありましたが

  食事ができるようになってきました。

  そもそも外出先での食事だけが無理であって、自宅では問題なく食事が出来ている事に、

  研修室では食事ができるのは不思議に思わないでしたか?」

八幡「そう言われてみればそうですね」

昴「それでも病院に担ぎ込まれた直後は、家であっても外出直前の食事は気を使ったけどね。

  食べてしまったら、外出先で吐いてしまうかもっていう強迫観念があるから」

夕「たしかにそういう段階もありましたが、今では私の研究室でならば一人でも

  食べられるようにはなったんですよ。

  さすがに毎日必ず私が研究室にいることなんてできはしませんから」


今では困難を乗り越えた結果のみを俺達に伝えてくるが、

その過程をみてきたわけではないが、きっと挫折の繰り返しに違いない。

今だからこそ話せる事であって、

今だからこそ俺達に告白できるようにまで前進したと推測することができた。

だから、夕さんが俺達に打ち明けるときの緊張も、その突然の告白を聞いた時の昴の驚きも、

今となっては十分すぎるほど納得できるものであった。
834 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:33:53.27 ID:X2mOQ2ue0

八幡「それで今度は俺達と一緒の食事にステップアップということですか?」


たしかに合理的で、よく考えられたリハビリ計画ではある。

だけど、それがどうして俺が布教したマッカンに結び付くのだろうか?


昴「比企谷達には悪いとは思っているけど、今回ばかりは甘えさせてほしい」

八幡「いや、ぜんぜん迷惑だとは思ってないから、改めてかしこまられると

   そのせいでむずがゆくなっちまうよ。

   だから、俺達をばんばん使い倒してくれればいい。

   それに、俺達に出来ることなんてたかがしれている。

   昴の問題は、昴本人にしか解決できないからな」


酷い事を言っているようだが、事実だから仕方がない。

由比ヶ浜の勉強であったも同じことが言えるが、俺や雪乃がいくら一生懸命勉強を

教えたとしても、結局は由比ヶ浜が勉強しなければ学力は向上しない。

これと同じ事が昴にも当てはまってしまう。


昴「まあ、そうだね。それでも感謝しているって事だけは覚えておいてほしいんだ」

八幡「感謝されているんなら、遠慮なく貰っておくよ」


と、やはりぶっきらぼうにしか感謝の念は受け取れない。

こればっかりは慣れていないのだからしょうがない。


雪乃「それでは、先ほどの缶コーヒーがどうして関係あるのでしょうか」


雪乃は俺達のホモホモしい、いや断じて拒絶するし、雪乃がそう思うはずはないが、

状況に耐えかねて、話の続きを夕さんに促した。


夕「はい、そのことですが、本来ならば昴は甘すぎる缶コーヒーは飲めないはずでした。

  例えば、貰ったとしても、この後歯医者に行かなければいけないから飲んではいけない

  とか、病院の検査があるから無理だとか、あとは、

  このあと長時間電車に乗る予定があって、

  トイレが近くなるような飲み物は口にできないなど、

  適当な理由を述べて断っていたはずなんです」


おそらく今まで幾度となく繰り返してきた言い訳の一部なのだろう。

覚えてはいないが、もしかしたら俺もその言い訳をされた対象なのかもしれない。


夕「でも、比企谷君がくれた缶コーヒーはその場で飲んだそうです」

昴「比企谷からすれば、由比ヶ浜さんに勉強を教えている途中のいつもの

  休憩にすぎなかったようだけど、僕からすれば画期的な事件だったんだ」

八幡「すまん。なんとなくしか覚えていない」

昴「仕方がないよ。

  比企谷からすれば、普段勉強を教えている日常のうちの一つにすぎないんだから」

雪乃「それにしても八幡が缶コーヒーを奢ってあげる友達がいた事の方が驚きね」

八幡「俺の彼女なのに、どうしてそう自分の彼氏を悲しい目で見ているんだよ」

雪乃「あら? 事実を述べただけなのだけれど」
835 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:34:54.21 ID:X2mOQ2ue0
雪乃はとくに表情を変える事もなく、淡々と悲しすぎる事実を述べあげていく。

その淡々と口にするその瞳に、少しばかり嬉しそうな光が宿っていた事は、

俺や陽乃さんくらいしか気がつかない事だろう。


八幡「わぁったよ。もういいよ」

雪乃「ええ、理解してくれたのならば、もう何も言う必要はないわね」


雪乃は上品に笑顔を作りあげると、最後にもう一度くすりと笑ってこの話を締める。

だが、今回は俺達二人だけではないということを雪乃は失念していた。

目の前に二人も観客がいるのに、雪乃は雪乃らしくいつも通りに俺に甘えてしまった。

だから、目の前の観客の受け取り方は人それぞれではあるが、

雪乃が観客の視線に気がついてしまえば、

照れて体を委縮させてしまう効果は十分すぎるほど備えられていた。


夕「仲がよろしいのですね」

昴「そうだね。いつも一緒にいる由比ヶ浜さんでさえついていけない時があるみたいだよ」


由比ヶ浜についてはこの際どうでもいいことにしよう。

付き合い長いし、今さら意識して隠したって、既に知られてしまっていることだ。

だから、気にしたって意味がない。

しかし、夕さんに関しては別である。

いくら昴の姉であっても、会って話をしたのがこれで二回目であるし、

雪乃においては初対面でさえあった。

そんなほぼ初対面の相手に、こうまでも雪乃が警戒心を解いて素に近い言動を

晒してしまうだなんて、これはある意味異常事態だといえた。

これはおそらく弥生姉弟が持つ雰囲気が影響しているはずだ。

この姉弟はどことなく無意識のうちに話しやすい雰囲気を作り上げる傾向がある。

これが詐欺だったら問題ではあるが、俺に詐欺を働いても利益など得られはしないだろう。

まあ、雪乃相手であれば、雪ノ下の財産を狙うという自殺行為でもあるわけだが、

詐欺師相手に命の大切さを説くなど必要はない。

・・・陽乃さんに、その母親たる女帝。

親父さんもこの前の事で陽乃さんに近い存在であると、

性格そのものというよりは策略家という意味で、わかったわけで、

その怪物たちが住む雪ノ下に手出しをするなんて、

はっきりいって自殺行為としか思えなかった。

なんて、俺が頭を冷やすべく現実逃避をしていると、

雪乃が俺に助けを求める視線を送って来ていた。

しかし、その雪乃の視線さえも恋人たちのアイコンタクトには違いなく、

さらなる温かい視線を加算する行為にしかならないでいた。

そして雪乃は自分の自爆行為に気がつくと、

さらに顔を赤くして、俯くしか取れる手段は残されていない。

とりあえず落ち着きを取り戻そうとしている雪乃は、

氷が溶けきった水をゆっくりと何度も口元に運んで頭の再起動を始める。

目の前にいる弥生姉弟も俺達を冷やかす気などさらさらないようで、

雪乃と俺が話に復帰できるのを黙って待っているだけであった。
836 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:35:50.21 ID:X2mOQ2ue0

一応自爆行為をしたのは雪乃だけあり、軽傷?だった俺の方が雪乃より先に

立ち直れたのは当然だったのかもしれない。

このまま沈黙を続けるよりは、なにか会話をしていた方が雪乃も回復が早いと

ふんだ俺は、夕さんが言いかけたままでいた事を聞くことにした。


八幡「色々話を脱線させてしまってすみません。

   それで、先ほど言っていた昴に奢ったマッカンなんですが、

   どういう意味合いがあるんですか?」


俺の復帰に、夕さんは顔色を変えることなく応じてくれる。

先ほどの夫婦漫才さえも見なかった事にして話を再開してくれたのは、

雪乃よりダメージが少ないといっても、とてもありがたかった。


夕「それはですね、比企谷君が昴が安心して食事ができる空間を作り上げていたと

  考えることができることです。

  もちろん食事そのものはまだ未経験ですが、警戒していた甘いコーヒーを

  自分から飲んだことは、私からすれば驚くべき事態なのです。

  そうですね、ちょっとだけ妬けてしまいましたね」

八幡「・・・それは、友情っていう意味でよろしいのでしょうか?」

夕「ええ、そうですね」


夕さんはさも当然という顔で答えてくれた。

そこには他の意味合いなど含まれてはいないようであり、

俺は心の中でゆっくりと胸をなでおろした。

これは、一応確かめなければいけない事項である。

いや・・・、ないとは思うのだけれど、

海老名さんと同類の腐女子っていう可能性は捨てきれなかった。

そもそも腐女子の存在を考えてしまう事自体が

海老名さんの影響を受けている証拠だが、まあ一応用心ってことだ。

とはいっても、そんな用心をする事自体が悲しい事であり、

また、用心しなくてはいけない事自体が俺自身が正しい道を歩いているか不安に

させてしまうものであった。

まあ、俺がアブノーマルなわけがない。

そして、そんな嫌疑がかかったとしたら、雪乃が黙っちゃいないだろう。



第47章 終劇

第48章に続く




おまけという名の妄想



八幡「ずっと前から好きでした。俺と付き合って下さい」

海老名「ごめんなさい。今は誰とも付き合う気がないの。

   誰に告白されても絶対に付き合う気はないよ。話終わりなら私、もう行くね」

837 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:36:45.87 ID:X2mOQ2ue0





雪乃「・・・・・・あなたのやり方、嫌いだわ。うまく説明できなくて、

   もどかしいのだけれど・・・・・・。あなたのそのやり方、とても嫌い」

結衣「ゆきのん・・・・・・」

雪乃「・・・・・・先に戻るわ」

八幡「ちょっと待てよ」

雪乃「なにかしら? 今はもう話す事はないわ」

結衣「そ、そうだね。いったん頭を冷やすっていうか、あ、あたしたちも、戻ろっか」

八幡「・・・・・・そうだな」

結衣「いやー、あの作戦は駄目だったねー。確かに驚いたし、

   姫菜もタイミングのがしちゃってたけどさ」

八幡「そうか? あれを待っていたような気がしたけどな」

雪乃「え?」

結衣「けど、うん。結構びっくりだった。一瞬本気かと思っちゃったもん」

八幡「んなわけないだろ」

結衣「だよね。あはは・・・・・・、でも。・・・でもさ、

   ・・・・・・こういうの、もう、なしね」

八幡「あれが一番効率がよかった、それだけだろ」

雪乃「由比ヶ浜さんはそういうことを言っているのではないのよ」

八幡「わかったよ。でもな」

雪乃「なにかしら?」

八幡「言わせてもらえば、この中で一番葉山に近い由比ヶ浜が葉山の異変に気が付いて

   いなかったのって、なんなんだろうな? お前一応は友達なんだろ?」

結衣「ヒッキー?」

八幡「しかも、海老名さんとも友達なのに、ぜんっぜん気が付いてやってもいない。

   海老名さん、葉山に戸部のこと相談していたぞ。告白されたくない。

   今の関係を壊したくないってな。だから葉山が不自然な行動をしていた。

   だから俺達のサポートを邪魔するような事をしていた」

結衣「ほ、本当に?」

八幡「ま、三浦あたりはなんとなく気が付いていたみたいだけどな。気が付いていないのは

   由比ヶ浜、お前だけだったよ」

結衣「そんな・・・・・・」

雪乃「比企谷君、仮にその事が事実であったとしても由比ヶ浜さんに言いすぎよ。

   あなたは気がついていたかもしれないけれど、私たちに相談も報告もしなかったじゃない」

八幡「そうか? もし相談していたら、何か解決策を出してくれたか?」

雪乃「仮の話をしてもしょうがないじゃない」

八幡「そうだな。もう結果は出てしまってるしな」

結衣「ごめんね、ヒッキー。あたしのせいだ。あたしが気がついていたらヒッキーに辛い目に

   合わせることなんてなかったよね。ごめんね」

雪乃「由比ヶ浜さん。あなたが謝る事はないわ。もし落ち度があったとしたら、

   それは奉仕部全体の問題よ」
838 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:37:35.59 ID:X2mOQ2ue0

八幡「そうだな。でもな雪乃。おまえもおまえだよな。さっきの言葉訂正するよ。

   この中で葉山に一番近い人間は由比ヶ浜ではなく、雪乃。お前だったんだからな」

雪乃「八幡?」

八幡「いわゆる幼馴染らしいじゃないか。しかも家族ぐるみの。だったら葉山の事だって

   わかっていたんじゃないか。わかっていて黙っていたんじゃないか。いや、考えないように

   していたんじゃないか。もしかしたら、最後には俺が泥をかぶるって、な」

雪乃「あっ、・・・・・・・はぁ・・・、葉山君の事を黙っていた事については謝罪するわ。

   でも、私は気がつかなかった。それにあなたにそこまで言われるすじあいはないわ」

八幡「そうだな。俺は部外者だ。赤の他人だから気がつく事ができたのかもしれない。

   それは今までも、そしてこれからもかわらない」

結衣「ヒッキー、それは言いすぎだよ。ヒッキーは奉仕部の仲間で、それに、と、

   友達だとも思ってるし」

八幡「由比ヶ浜は優しいな。でも、そういうんでもないんだよ」

雪乃「ごめんなさい、八幡。葉山君の事を黙っていたのは、・・・その怖くて。

   あなたに嫌われるんじゃないかって」

結衣「ゆきのんも謝ってるじゃん。ねえ、ヒッキー」

八幡「そうだな。最初雪乃と葉山が幼馴染って聞いたときはかっとなってどうしたらいいか

   わからなかった」

結衣「・・・・・・あれ?」

八幡「だから海老名さんの事に気がついたときは喜んじまった。駄目だってわかっていたのに、

   喜んだ。これで雪乃に仕返しができる。焼きもちを焼かせる事が出来るって、な。

   そんなことないのに。そんなことしても雪乃が悲しむだけって、

   心の奥底では気が付いていたのに」

結衣「あのぉ・・・ヒッキー、どういうこと?」

八幡「いくら海老名さんへの告白が嘘でも、雪乃は焼きもちなんて焼かないで、

   ただ傷つくだけだってわかっていたのに。俺って最低だ」

結衣「あぁ・・・・・・」

雪乃「・・・ばか」

八幡「雪乃?」

雪乃「傷つきもしたけれど、でも嫉妬もしたわ。

   あなたが葉山君のことで嫉妬してくれたようにね」

八幡「雪乃、ごめんな」

雪乃「ううん。私の方こそごめんなさい。そろそろ行きましょうか。

   ここは八幡が嘘でも海老名さんに告白なんてしてしまったから落ち着かないわ」

八幡「そうだな。冷えてきたし戻るか」

雪乃「ええ」(にっこり)

八幡「お、おい。くっつきすぎだぞ」

雪乃「だって、冷えてきたのではないのかしら?」



結衣(ぽっつぅ〜〜〜ん・・・・・・)



えっと、ごめん。今回もごめん。
839 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/04/30(木) 17:38:30.31 ID:X2mOQ2ue0

第47章 あとがき



おまけですが、アニメを見ての突っ込み、かつ、妄想です。

とくにプロットを作っているわけでも、ストーリーを考えているわけでも、

ましてやおちなんて考えてもいません。

それでも思い付いたら書いていこうかと思っておりますが、

一番最初のおまけをベースに考えていこうかとは思っております。

まったく先は考えてはいませんが、『頑張れ葉山君(仮題)』とかで

コメディーっぽく書けたらいいなぁっと夢想していますw



ご新規の読者さん、おつかれさまです。

容量多くて読むの大変ですよね。ハーメルンの方の文字数カウンターでは、

『はるのん狂想曲編』中盤から終盤にかかるところまでで20万字くらいなんですよね。

となると、『愛の悲しみ編』最新話までですとどのくらいあるのでしょうか?

著者の身としては、みなさんに、ほんとうに読んでくださってありがとうと叫びたいです。


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派

840 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/30(木) 17:59:55.88 ID:xFzaDKkAO
841 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/30(木) 18:54:11.22 ID:H4lVukjco
ガハマさんェ…
842 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/30(木) 19:47:43.45 ID:TuCV3uLGO
乙です
843 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/30(木) 23:12:28.11 ID:mU7ZjPh0O
844 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/07(木) 17:29:36.23 ID:K1/j9s740

第48章 




八幡「ということは、マッカンが大丈夫だったのならば、弁当も大丈夫かも

   しれないと考えたわけですか。

   俺からすればかいかぶりすぎだって思えてしまう事態なんですけどね」


俺が確認を込めて夕さんに問いかけると、昴と夕さんはやや興奮気味に反論してくる。


昴「そんなことはないよ。あの時は無意識のうちに飲んでしまったんだから。

  飲んだ事に気がついたのは、家に帰って姉さんにコーヒーの事を話した時なんだ。

  その時までは自分がしでかしたことにさえ気がつかなかったんだから、

  そういう意味では僕はリラックスできていたって思えるんだ」

夕「本当ですよ。昴がそんな悲しい嘘をつくはずはないってわかっていましたけど、

  なかなか昴の言っている事が信じられなかったほどなんですよ」


 前のめり気味に話す二人を見ていると、その喜びは真実であり、

本当に長く険しい道のりだったのだろうと推測できる。

パニック障害なんてネットでならばよく見る言葉であり、

ありふれた症状にすぎないが、当事者を目の前にしてしまうと

自分の浅はかな認識が悲しくなってしまう。

日々のニュースの中で交通事故などもありふれた日常ではある。

また、台風などの天災も身近な存在ではあるが、どうしても活字になっていたり、

TV画面の向こう側の情報として知覚してしまうと、

自分とは関係ない世界の出来事にすり替わってしまう。

実際はいつ自分に降りかかってもおかしくない出来事であり、

極論を言ってしまえば、戦争であってもいつ自分が巻き込まれてしまっても

おかしくはない事態ではある。

それなのに俺はいつも隣にいる弥生昴の日常にさえ気がつかないでいた。

目の前まで、あと数センチまで迫ってきていた日常であるのに、

俺は一年以上も無関心に過ごしてしまい、そのことがどうしようもなく歯がゆく思えた。


八幡「どこまで効果があるかなんてわかりませんけど、

   俺に出来る事なら遠慮せずに言って下さい」

夕「ありがとうございます」

昴「すまない、比企谷」

八幡「気にする事はない。俺ができる事を出来る範囲でやるだけだからな。

   だから、そんなのは俺の日常生活の範囲内だし、

   その影響下に人が好き好んで身を置いたとして、

   そこで得られる利益があったとしても俺はとくに何もやっていないといえる。

   つまりは、その、俺がもし利益を生み出しているんなら、

   それを享受してくれるんなら俺も嬉しい、かもしれない。

   その代わり、俺は昴の事を気の毒だなんて思わないからな。

   腫れものに触るようなことなんてしないから、その辺だけは覚悟しておけよ」

845 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/07(木) 17:31:41.67 ID:K1/j9s740
昴「比企谷・・・」


これは俺自身への宣戦布告みたいなものだ。

どうしても弱っている人間に対しては、人は上から目線になってしまう。

使わなくてもいい気づかいをして、かえって相手を傷つけてしまう。

だから俺は今まで通り昴と接する事に決めた。

どこまでできるかなんてわからない。でも、実際言葉にして本人に伝えてしまうと、

なんだか本当にできてしまいそうな気がしたのは気のせいかもしれないが。


八幡「食事を一緒にするだけだ。あんま気追わないで、たとえ箸が進まなくても

   その場の雰囲気だけでも楽しんでればいいんじゃないか? 

   そうすれば夕さんの説明でもあったようにそこが昴の安心できる場所へと

   変化していくかもしれないだろ。もちろん保証なんてできないけどな。

   ・・・・・・まあ、昴の大変さなんて俺が経験してないからわかるわけないけど、

   それでもできることがあるんなら協力するし、

   それに、できることからしか始める事は出来ない」

昴「そうだね」


俺が言うのもなんだが、ここで話が終わっていれば感動のシーンだったのだろう。

友情ものの映画のオファーがきちゃいそうな雰囲気も作ってしまったし、

俺自身も少しはりきってしまった感もあった。

しかし、どうにか頭の再起動を完了できた雪乃の一言が、

俺を巻き込んで事態を一変させてしまった。


雪乃「八幡と食事をする効能についてはわかりました。

   お二人が気になさっている昴君の体調面も、由比ヶ浜さんもうちの姉も

   人に言いふらす事もないでしょうし、サポートも進んでしてくれるはずです。

   でも、さきほど仰っていた二つの問題のうちの二つ目の問題とは

   どのような問題なのでしょうか?」


雪乃の問いかけに夕さんは顔を青くして固まり、

昴はそんな姉を見て、なにか残念そうな視線を送っていた。


雪乃「いいにくいことでしたら、無理にいわなくてもかまいません。

   しかし、言なわないでいることで食事に支障をきたすのならば、

   ヒントくらいはいただけないと対処のしようがありませんが」


雪乃の気遣いを聞いても、やはり夕さんの瞳は揺らいだままであった。

もともと年より若く見えるのに、今はさらに若いというか幼くさえ感じられる。

そこまで動揺している姉を見ては当然のごとく昴はサポートする奴なのだが、

今回ばかりはなかなかフォローする間合いを取れないでいた。


八幡「いや・・・、俺達が覚えておく必要があるのは昴のことぐらいだろうし、

   後の事は多分問題ないと思いうぞ。一緒に食事をしてみないと気がつかない

   ような事はたくさんあるけど、今気にしていることだって、後になってみれば

   気にする必要がないことかもしれない。だから、もし実際食事をしても問題に

   なっていると感じたのでしたら、その時話せばいいんじゃないか」
846 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/07(木) 17:32:40.52 ID:K1/j9s740

昴「比企谷もああいってくれているし、それでいいんじゃないかな?」

夕「そうね・・・、ごめんなさい。今はその言葉に甘えさせてもらうわ」

八幡「はい、遠慮せずにそうしてください」


俺は夕さんの顔から堅さが抜けていくのを見て、ほっと一息つく。

それは自分から話をふった雪乃も同じようで、俺以上にほっとしているようであった。

しかし・・・雪乃の何気ない一言が核心に迫ってしまう。


雪乃「私の方こそすみませんでした。プレッシャーを与えるような発言をしてしまって」

夕「元々は私が問題は二つあるなんて言ったのですから、

  一つ目の問題しか説明しなければ、二つ目が気になるのは当然の事ですよ」


夕さんは照れながらも雪乃に謝罪の言葉を返す。

柔らかな笑みを纏ったその姿は、どうやら立ち直れたらしい、


雪乃「いえ、配慮が足りなかったのは私の方です。

   本来ならば歓迎の意もこめて明日のお弁当を私が作ることができれば

   よかったのですが、あいにく姉が当番なんですよ。

   でも、姉は私以上に料理が得意なので、きっと夕さん達も満足すると思います。

   そうね、夕さん達のお弁当当番どうしようかしら?

   姉さんが月曜日と金曜日を兼務していて一人だけ二日も当番なのだから、

   姉さんが当番の日を夕さんに担当してもらおうかしら?

   あっ、すみません。もしかしたら昴君からはお聞きになっていらっしゃるかも

   しれませんが、私たちはお弁当を作ってくる担当日を決めて

   お弁当を用意しているんです。

   もしよろしければ、夕さん達も参加してくれませんか?

   八幡も参加できているのですから、気楽に考えてくださってかまいません」


しかし、雪乃が俺達のお弁当当番について説明すると夕さんの顔からは安堵は流れ落ち、

無表情なまでも堅い表情を作り出してしまう。

雪乃も突然の夕さんの変化に対応できないでいた。

それはそうだ。雪乃はさっきの二つ目の問題のことも、今の発言だって

話の流れ上当然出てくる話題であり、話しておかなければならない内容である。

そのことを忘れずに発言しただけなのに相手がその発言を聞いて戸惑ってしまっては、

雪乃の方が困惑してしまうのは当然であった。

雪乃も夕さんも気まずそうに視線を彷徨わせ、

昴は夕さんを気遣いつつも何もできないまま心配そうに見つめている。

・・・そこで俺は気がついてしまった。そして、思いだしてしまった。

昴が何故夕さんを心配そうに見つめていて、夕さんがどんな問題を抱えているかを。

そもそも昴は人の繋がりを大切にし、相手を思いやるやつだ。

人と群れるのが苦手な俺ともうまく具合に距離をとってくれているのだから、

その技量は相当なものだと思われる。

それなのに、今昴が気遣っているのは雪乃ではなく夕さんであった。

むろん弟が姉を気遣うのは普通だし、違和感はない。

しかし、弥生昴ならば身内よりも先に友人を気遣うのが先のはずだ。
847 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/07(木) 17:33:17.12 ID:K1/j9s740

でも、実際には雪乃ではなく夕さんを心配そうに見つめているだけで、

雪乃の事は意識はしていても、フォローする余裕がないようであった。

もちろん俺がいるから雪乃のフォローは後回しでもいいという考えもできるが、

それでも一言ぐらいはフォローするのが弥生昴だろう。

だからこそ俺は違和感を感じてしまい、それがあったからこそ昴が何を心配していて、

夕さんが何を問題にしているかを思い出してしまった。

以前俺達が弁当である事を昴が羨ましいと言ったことがあった。

もしかしたらお世辞も混ざっていたかもしれないが、ごくありふれた日常の会話ではある。

ただその時昴は言ったのだ。俺の発言に対して苦笑いを浮かべていたはずだった。


八幡「だったら、家の人に作ってもらえばいいんじゃないか?

   まあ、弁当作ってもらうのに気が引けるんなら、

   夕食のおかずを多めに作ってもらっておいて、

   それを朝自分で詰めるのも手だと思うぞ」

昴「あぁ、それもいい考えかもしれないけど・・・。

  比企谷のアイディアはいいと思うんだ。

  でも、家の人も僕と同じように料理が苦手で、

  それをお弁当にして持ってくるのはちょっと・・・」


って、会話があったことを思い出してしまった。

その時は母親が料理が苦手だと勝手に思いこんでしまっていた。

しかし、昴が今一緒に住んでいるのは夕さん一人だけだ。

つまりは、母親が料理を作ってはいないってことになる。

なにせ一緒に住んでいないのだから当然無理だしな。

だから自動的に「僕と同じように料理が苦手」な人は、夕さんとなってしまう。

ここまでわかればあとは簡単な理屈だ。

夕さんが気にしていた二つ目の問題。

きっと夕さんは昴から聞いていたのだろう。

俺は昴には話してはいないが、由比ヶ浜が話していたのを俺は覚えていた。

弁当当番があり、由比ヶ浜も頑張っており、俺の料理も楽しみにしていると。

二つ目の問題。それは、夕さんは弁当当番を任されても料理が出来ないって事だろう。

そりゃあ夕さんも気まずいにちがいない。

自分の方から昼食会に参加させてほしいといっておきながら、

弁当当番は出来ないと言うのは勇気がいる告白である。

たとえ誰も無理やり弁当を作ってほしいと強制しないとわかっていても

気が引けてしまうはずだ。

俺としては、無理やり弁当当番の一員に任命されてしまった俺の事も

弁当当番を免除してほしいと訴えたいが、おそらく全員一致で却下されるだけだろうけど。

ただし、弥生姉妹は除く。


八幡「えっと、その・・・。夕さんたちは弁当を無理に作らなくてもいいですよ。

   弁当を食べる機会は週五回あり、陽乃さんはそのうち二回作りますけど、

   俺と雪乃と由比ヶ浜は一回ずつでして、もし作ってくれるのでしたら

   俺の登板と交換っていうのでもいいですけど」
848 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/07(木) 17:33:56.44 ID:K1/j9s740


俺は凍りついた雰囲気にさらなる災厄が降り注がないようにと、恐る恐る提案してみる。

すると、さすが昴といったところか。

俺の意図にいち早く気付き、この場を丸めようと参戦してくれた。


昴「僕はもともと料理が全くできないし、姉さんも大学の事だけでも大変なのに

  僕の事もあるわけだから、ここは甘えさせてもらってはどうかな?」

八幡「甘えるといっても、そんな大層な事はしてないですから」


雪乃はといえば、自分の発言が発端となった事もあり、

未だに困惑を身にまとったままでいるが、事の推移を見守ろうと沈黙を保ってくれていた。

ここで雪乃が今ある状況も理解しないままなにかしら発言でもしたら、

俺と昴の苦労は一瞬にして泡ときす。

しかし、交友関係を活発に広げようとはしない雪乃であっても、

自分がおかれている状態を読みとる能力が乏しいわけではなく、

不必要に人間関係に波風を起こさない術くらいは学んできているようであった。

まあ、学んではいるけど、気にくわない相手に対しては好戦的ではあるが。

それが雪乃らしいといえばらしすぎるわけで、その辺を無理に隠す必要もないとは思う。

とりあえず、この場は俺に任せるといった視線を雪乃から受け取った俺は、

目の前で未だぬ動けないでいる夕さんに意識を集中させた。


昴「姉さん?」


いくら昴のサポートがあっても、弁当に関しては夕さんの言葉がなければ話は進まない。

昴が夕さんの意識を揺り動かそうと声をかけると、聞き慣れた声に反応した夕さんは

唇と軽く噛むと、俺達向かっていきなり頭を下げてきた。


夕「ごめんなさい。私も料理が全くできません」


俺と昴はどうしようかと目を交わすも、夕さんを見守るしか手が残されてはいなかった。

一方雪乃はやっと今置かれている事態を全て理解したようだ。


夕「比企谷君はわかっていたみたいだけど、昴から聞いたのかな?」


顔をあげて俺を見つめる夕さんは、頬を上気させて潤んだ瞳で俺に問いかけてきた。

これはやばい。女の色気がぷんぷん撒き散らすタイプではないが、

自然と男を引き寄せる魅力が俺を惑わそうとする。

俺の中の夕さんのイメージは、英語の講義に一生懸命取り組んでいる真面目な講師で

ほぼ固まっていた分、このギャップはすさまじすぎる。

いくら雪乃が隣にいたとしても、魅力的な女性の魅力を否定する事は出来ない。

いや、どことなく雪乃と雰囲気が似ているせいもあるのだろうか。

年も違うし、性格は全く違う。見た目は若く見えるせいもあって年齢を感じさせないが、

俺が初めて弥生准教授と会った時に抱いた生真面目さと言うか清潔感?

几帳面さというか芯が通った力強い美しさが雪乃とダブらせる。

なんて夕さんに見惚れていると、隣の本物の雪乃が訝しげに俺の顔を覗き込んできて、

はっと息を飲んでしまった。

849 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/07(木) 17:34:43.92 ID:K1/j9s740

雪乃「八幡? 大丈夫?」

八幡「えっ、あぁ、うん。問題ない。えっと、ストレートに夕さんが料理ができないと

   聞いたわけではなくて、なんとなく料理がうまくないって話を聞いたことが

   あっただけですよ」

夕「そうなの?」


昴に首を傾げて聞く姿、本当に30歳くらいなのですか?

実際の年齢を聞いたわけではないけど、昴の年齢と

准教授っていうことを考えれば30前後ってきがするだけだが、

どう見ても雪乃よりも幼く見えてますって。しかも、かわいすぎるし。

本当に初めて夕さんを見たときに感じた几帳面そうな講師の印象を

どこに忘れてきたんですかって聞いてみたい。


昴「うん。ごめんね」

夕「ううん、いいのよ。私が料理ができないのは事実だから。

  本当は私が料理が出来るのならば、もっと昴の食事面でのサポートもできるし、

  もっと早く回復していたかもしれないのに、本当に駄目なお姉ちゃんでごめんね」


今度こそ本当に涙を瞳に貯め込んだ夕さんは、昴に向けて許しを乞う。


昴「そんなことないよ。夕姉はいつも僕の為にがんばってくれているよ。

  僕の方こそ迷惑ばかりかけていて、申し訳ないって思ってしまっているんだ。

  仕事だって大変だし、それなのに僕という負担までしょいこんでしまって、

  感謝は毎日しているけど、夕姉の事を駄目だなんて思ったことなんてないよ」

夕「昴・・・」


駄目だ・・・。二人だけの世界作っていやがる。

なんだか、見ているだけで胸やけがするっていうか、これが砂糖を吐くっていう場面なのか?

砂糖を吐くってラノベでしか体験できないことだったんじゃないのかよっ!

とりあえず、げんなりとした顔だけは見せないように俯いて顔を隠し、

俺は雪乃の様子を伺うべく目だけ隣にスライドさせた。

すると俺の視線に気がついた雪乃は、とくになにか訴えかけてくる事もなく、

視線は目の前で繰り広げられ続けている甘ったるい光景に向けられた。

まっ、しゃーないか。

冷めてしまってはいるが、砂糖がなくても甘くなりすぎた紅茶を飲みながら待つとしますよ。

こういう場面に介入してもろくな事はないからな。

と、諦めモードで視線だけは甘さを避けるべく店内を眺めることにした。

ただ、そんな甘ったるい時間はそう長くは続くわけはなかった。

一つ目の理由としては、喫茶店の中ということで公共の場であること。

二つ目としては、目の前に俺と雪乃がいることだが、おそらく3つ目の理由が本命だろう。

それは、弥生姉弟のその場の空気を読む能力が由比ヶ浜並みであるっていうことだ。

そりゃあ、いくら蕩けるような雰囲気を作っていようと、

目の前で気まずそうな雰囲気を隠そうとしているのが二人もいたら気がつくに決まっている。

いくら俺と雪乃が平静を装ったとしても、

平静さを強く装うほどに気がついてしまう二人なのだから。
850 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/07(木) 17:35:27.45 ID:K1/j9s740

昴「えっと、その・・・、待たせてしまったみたいでごめん」

八幡「いや、気にするな」

夕「比企谷君に雪乃さん。恥ずかしい姿を見せてしまってごめんなさいね」

雪乃「いいえ。私は気にしていませんから大丈夫です。

   むしろ八幡がいやらしい目で夕さんを見ていたみたいなので、その方が申し訳ないです。

   彼女として、彼氏の不始末をお詫びします」


と、雪乃は丁寧過ぎるほど丁寧に頭を下げて謝罪する。

絶対雪乃は俺が夕さんに見惚れてしまった事を怒ってるな。

って、いつ頃から気が付いてました?

でもそれは雪乃とダブらせてしまった部分が大きいわけで・・・、はい、ごめんなさい。

隣から発せられる局所的な冷気が俺だけを襲う。

きっと昴も夕さんも、雪乃の冷気に気が付く事は出来ても、

その身を凍らせる冷気を感じる事はできないのだろう。

それだけピンポイントに俺だけに嫉妬を向けられていた。


夕「いいえ、比企谷君はとくに・・・」

雪乃「それは夕さんが気が付いていないだけで、

   八幡が巧妙にいやらしい視線を隠していただけです」

夕「本当に大丈夫ですから」

雪乃「そうですか? 夕さんが大丈夫と仰ってくださるのでしたら」

昴「僕たちのせいで話を中断させてごめん。

  それで話を戻すと、僕と姉は料理ができないんだ。

  だから、僕たちは自分たちの分のお弁当だけは用意するよ。

  それでもいいかな?」


俺の窮地を察知した昴は、ちょっと強引だけど話を元に戻そうと努める。

俺だけじゃなくて夕さんも若干雪乃に引き気味だったのも、

強引に話を戻した原因かもしれない。

ただ、昴が強引な手を使った為に、さらに雪乃の機嫌を悪くしてしまうかという不安

だけは残っていた。

再び視線だけをぎこちなく雪乃に向けると、さっきまで申し訳なさそうな表情を

作っていたのに、今は少しだけ頬笑みを浮かべて昴の話に合わせてきた。


雪乃「お弁当を用意するといっても、

   それはコンビニかお弁当屋さんで買ってきたものですよね?」

昴「そうだね。その日の気分で店は変えてはいるけど」

雪乃「だったら、私たちが昴君たちの分もお弁当を用意しますよ」

昴「それは悪いよ」

夕「そうですよ。私たちはお店で買いますから、これ以上のご迷惑は」

雪乃「いいえ。これは昴君の為でもあるんですよ。

   お店のお弁当よりは手作りのお弁当の方が食べやすいと思います。

   もちろん健康面においても違いがあるでしょうし」


851 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/07(木) 17:36:35.11 ID:K1/j9s740

たしかに雪乃の言う通りだ。いくら店の弁当で野菜を多く取って健康面を考えようとしても、

家庭で作った健康を考えた手料理には敵わない。むしろ大きな差があるはずだ。

それに、外で食事ができない昴の症状を考えれば、少しでも刺激が少なく

胃の負担が小さい料理を選ぶべきでもある。



第48章 終劇

第49章に続く






おまけ『がんばれ葉山君』


アパレルショップ


折本「さっきの、友達?」

葉山「ああ、同じサッカー部のやつら」

折本「わかるっ! そんな感じする!」

折本「葉山くんもサッカーって感じ。昔からやってたの?」

葉山「ああ。でも、ちゃんとやったのは中学からだよ」

仲町「昔からスポーツが得意だったんだね。だからか・・・、

   胸板とか腕の筋肉もすっご〜いっ」

葉山「どうだろ?」

折本「ううん、細身だけどしっかりと筋肉ついているし、

   ただでさえかっこいいのにますます目が離せなくなっちゃうよ。・・・だからかな?」

葉山「なにかな?」

折本「うん、人の視線を普段から意識しないといけないから自然とだとは思うんだけど、

   葉山君が制服の下に着ているインナーのシャツもなんかおしゃれしてるなって。

   でもでも、おしゃれしているのを前面に押し出してるんじゃなくて、

   さりげなく着ているところがいいんだよね」

葉山「そうかな?」

仲町「そうだよ。うん、葉山君だからこそだよ」

折本「比企谷もそう思うよね?」

八幡「どうだろうな・・・」

折本「ほらぁ、もっとちゃんと見なさいよ」

八幡「わぁったよ。・・・ん? なあ葉山」

葉山「なんだい比企谷」

八幡「そのシャツってさ、どこで買ったやつ?」

葉山「どうして?」

八幡「いや、俺もそのシャツと似ているのを最近まで着ていたからさ」

葉山「そ、そうだったのか。偶然だな。比企谷と趣味が合うんだな」

折本「比企谷はともかく、葉山君のセンスはちょういいかんじでしょ」

葉山「だとすれば、同じ服を選んだ比企谷もセンスがいいってことかな」

仲町「どうだろうね?」

852 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/07(木) 17:37:18.33 ID:K1/j9s740

八幡「服のセンスがいいっていうのなら、雪乃を誉めてやってくれよ。

   以前まで着ていた服は全て雪乃に回収されて、

   今持ってるのは全部雪乃が用意してくれてるやつだからな」

折本「もうっ、比企谷が背伸びしないの。いくら比企谷がまったく同じのを着たとしても、

   葉山君みたいにはならないって」

八幡「・・・まっ、そのシャツ今はどこかいっちまったからどうでもいいけどよ」




カフェ


葉山「そういうの、あまり好きじゃないな・・・・・・」

仲町「あ、だよね!」

葉山「ああ、そうじゃないよ。俺が言っているのは君たちのことさ」

折本「え、えっと・・・・・・」

葉山「・・・・・・来たか」

八幡「お前ら・・・・・・」

結衣「ヒッキー・・・・・・」

八幡「なんでここに・・・・・・」

葉山「俺が呼んだんだ。・・・・・・比企谷は君たちが思っている程度の奴じゃない。

   君たちよりずっと素敵な子たちと親しくしている。表面だけ見て、

   勝手な事を言うのはやめてくれないか」

折本「ごめん、帰るね」

雪乃「選挙の打ち合わせ、と聞いていたけれど」

八幡「選挙って、生徒会のか?」

雪乃「・・・・・・。由比ヶ浜さん、やってくれないかしら?」

結衣「らじゃ〜・・・・・・。くんくん、くんくん」

葉山「ちょっと結衣。何を急に!」

八幡「おい由比ヶ浜。なんで葉山の服を嗅いでるんだよっ」

結衣「やっぱり隼人がワイシャツの下に着ているシャツってヒッキーの臭いがする」

葉山「・・・・・・」

結衣「でも、どうしてゆきのんと陽乃さんの臭いもしてくるんだろ?」

八幡「ちょっと待て! 俺は葉山と抱き合ったことなんてないからな。

   けっして海老名さんが喜ぶような展開なんてなかった。わかってくれ雪乃。

   俺がそんなことするわけないって、お前が一番わかってくれるよな」

雪乃「わかってるわ(にっこり)」

八幡「お・・・ありがと」

雪乃「でも、そんなに慌てて否定されると、ほんのわずかだけれど、疑いたくなってしまうわ」

八幡「ゆきのぉ・・・・」

雪乃「嘘よ(極上の笑み)」

八幡「勘弁してくれよぉ」

陽乃「ふーん、なるほどねぇ。雪乃ちゃんが妙にガハマちゃんのことを大切にしているのって、

   そういう理由もあったわけか」

雪乃「姉さん・・・・・・」
853 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/07(木) 17:39:15.36 ID:K1/j9s740
陽乃「ガハマちゃんの犬みたいな嗅覚を味方につけたってわけね」

雪乃「姉さん」

陽乃「なにかな?」

雪乃「愛人は愛人らしくしていられないのかしら?」

陽乃「あら? 愛人だからこその行動じゃない」

雪乃「はぁ、まあいいわ。・・・葉山くん」

葉山「・・・どうしたのかな?」

雪乃「生徒会の話なのだけれど」

葉山「あぁ、そうだったね」

雪乃「生徒会長については一色さんが「自主的に」立候補して生徒会長になることを

   泣き叫んで?、泣いて?、命乞いをして?、・・・了承してくれたわ」

葉山「そ、そうか」

雪乃「えぇ、葉山君が自分にできることならなんでもしてくれると

   言ってくれたのがきいたみたいね」

葉山「自分には大した事なんてできやしないよ」

折本「さすが葉山君」

雪乃「謙遜だわ。葉山君には生徒会副会長としての立候補届けを出しておいたわ。

   葉山君の推薦人は簡単に集まったから問題なかったのだけれど、書記をやりたいって

   言ってきた相模さんの推薦人がなかなか集まらなかったのが大変だったわ」

八幡「よく相模がやるなんていってきたな」

雪乃「どういう風の吹き回しかしらね? でも、これも奉仕部への依頼だから協力したまでよ。

   だから葉山君。一色さんと相模さんと生徒会がんばってね(にっこり)」

葉山「ははは・・・」

雪乃「それと、葉山君の体操服やサッカー部で使っているスパイクやユニフォーム。

   手違いでなくなってしまったから新しいのを用意しておいたわ。一応みんなに声を

   かけて探すの手伝ってもらったのだけれど、駄目だったわ。でも、さすが葉山君ね。

   葉山君の私物だとわかったら飛ぶように手が挙がったもの」


今回もごめんなさい。



第48章 あとがき


あまりオリジナルキャラクターを増やすのもどうかなぁとは思ってはいるのですが、

原作キャラクターがこのネタに対してどう行動するかではなくて、シナリオそのものを先に

考えてあとから役をわりふってしまうので、どうしても原作のキャラクターでは不都合が

生じてしまうんですよね・・・・・・。そもそも『はるのん狂想曲編』においても、

先にシナリオがあって、そこに俺ガイルのキャラを振り分けていったので、当然のように

キャラ崩壊が生じてしまいます。だったら最初からオリジナル書けばいいじゃんってことに

なりますが、原型となったオリジナル小説も存在してはいます。

一番最初に申しましたが、書く練習も兼ねている部分はお許しください。


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると、大変うれしいです。


黒猫 with かずさ派
854 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/07(木) 18:52:27.10 ID:gmMNs2Fro
乙です
855 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/07(木) 19:20:45.04 ID:SLUbl+EAO
856 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/07(木) 19:54:55.92 ID:mzAcyAvNo
857 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/07(木) 22:00:07.19 ID:1oNkDR9MO
虚言癖 国士舘 中退 ウンフェ 飲酒運転 うつ病 長谷川亮太 無能 イジメ なかよし学級 ストーカー 犯罪 万引 逮捕 韓国人 ラブライ豚
858 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/14(木) 17:30:32.54 ID:HykEPny/0

第49章



 昴も理屈の上では雪乃の言い分が正しいとわかっても、

だからといって簡単に雪乃の提案に甘えることなどできやしなかった。


昴「でも・・・」

雪乃「私たちが好きで作っているのだから、無用な遠慮をする必要はまったくないわ。

   それに作る量が二人分増えたとしても手間暇はそれほどかわらないと思うし」

夕「ですけど・・・」


 やはり昴も夕さんも簡単には首を縦にはふれやしない。もし俺が逆の立場なら、

同じ態度をとったはずだ。いや、まて。そもそも俺に弁当を作ってきてやるって

いう奇特なやつがいないから考えても時間の無駄、か。

そもそも昴がまともに食事ができないというハンデキャップが弥生姉弟の心を重くしてしまう。

それなのにお弁当まで甘えるというのは、

さすがによほどの鈍感な人間くらいしか簡単には甘えることなどできやしないだろう。

 しかし、弥生姉弟が甘えられないとしても、雪乃はそれをよしとはしない。

だったら、俺が妥協案を提示するしかない。

 雪乃の為、弥生姉弟の為、そして、何よりも俺の命を守る為に。このまま何も挽回しないまま

では、俺が雪乃に殺されてしまう。それだけはなんとか回避せねばなるまい。

 純粋なる好意の前に、俺はみにっくたらしい自己保身のための行動にでる決意をした。


八幡「それじゃあこういう案はどうだ?」

昴「何かいい抜け道でも見つけたの?」

八幡「抜け道とは心外だな。俺はいつもそこにある道からしら選択していない。

   もし昴が抜け道って言うのならば、それはお前がその道を見ていないだけにすぎない。

   そこにある道をどうして抜け道と言う。目の前には最初から道があるんだぞ」

昴「さすが主席様が言う事は違うね」

八幡「言ってろ」


 俺は昴の軽口にのせられて、どうにか雪乃によって作り出された極寒の地からは抜け出せた。

だから調子に乗った俺はそのままの勢いで、

それほど大したことではない案を提示することにした。


八幡「俺としては、俺の弁当当番をなくせるのが一番なんだが、それは無理みたいなので

   代案を提案する。代案て言っても、ただ材料費として一人一食400円を昴達から

   貰うだけなんですけどな。一応大学内で売っている弁当の値段と学食の値段、

   あとは俺達が作る労力を加味すると、400円くらいの価格が妥当かなと考えんだが、
   どうよ?」

夕「私たちはそれでも構いませんよ。むしろ400円では安すぎませんか?」

雪乃「いいえ。先ほども言いましたが、作る手間暇は変わりませんから、材料費さえ

   いただければ、それはお弁当の対価だけと考えていただいて構いません」

八幡「だな。その方がお互い貸し借りの意識がなくていいかもしれない」

昴「僕も雪乃さん達がそれでいいというのだったら、それでお願いしたいな。

  どうかな? 姉さん」
859 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/14(木) 17:32:17.58 ID:HykEPny/0

夕「私も比企谷君の案でお願いしたいかな」

八幡「だったらこれで決まりだな」

雪乃「姉さんはこのあと来るからいいとして、

   由比ヶ浜さんには連絡を入れておいた方がいいわね」

八幡「由比ヶ浜の方は任せる」


 これで昴の状態がよくなっていく一助になればいいと願わずにはいられない。

 つい最近大学に入学したばかりかと思っていたら、今はもう大学2年の夏季休暇が

目の前まで迫って来ている。そして昴と友達だか知り合いだかよくわからない連れになって

1年以上も経つというのに、俺はこの弥生昴の事をちっとも知らなかったという事実を

突き付けられてしまった。案外俺は他の同級生よりも昴の事を知っていると根拠もない自負

さえしていた気がしてしまう。ただいつも席を並べて講義を受けていただけなのに、

たまに試験対策やレポート対策の為の情報交換をしていただけなのに、たったそれだけで

弥生昴の事を知っていると思いこんでいた。

 俺も他の連中と同じように昴の外見と人当たりがいい性格のみしか知らなかったくせに、

いい気なものだ。もし俺が逆の立場だったならば、そんなうわべの情報だけで知ったかぶり

するなと鼻もちならない態度さえしてしまうのに。

 だけど、そんなちっぽけすぎる俺であっても、昴の病状を心配せずにはいられなかった。

俺が自虐的に使う心の傷なんて、お遊び程度のネタにすぎない。本物の心の傷とは、

昴のように日常に影響を及ぼしてしまう消せない傷だ。なんて、俺がなんちゃって自虐ネタで

黄昏いていると、弥生姉弟は楽しそうに雪乃と昼食についての段取りを進めていた。

 ただ、拗ねくれている俺は明日からの弁当の事より、さっきはさらっと説明しただけで

すませてしまった根本的原因であり、全く対応策について聞かされていない昴の悩みについて

気になってしょうがなかった。そもそも昴が外食できなくなったのは、電車での出来事が

あったからだ。夕さんの話によれば、薬を飲んで無理をすれば電車に乗れるとはいっていたが、

もし日常的に電車がのれるのならば、わざわざ千葉の大学なんて入らないでそのまま東京の

大学だって入れたはずなのだ。それなのに千葉に来たっていう事は、

夕さんの説明では不十分すぎると言わざるをえない。

つまりは、夕さんが昴の面倒を見るというよりは、出来る事なら昴は電車には乗りたくない。

もっとつっこんで言ってしまえば、電車に乗ることができないといえるのかもしれない。

 この間違ってほしい推測が正しいとすれば、事態はもっと深刻なのだろう。

 中学の時は、自転車に乗ればどこまでもいけるような気がした。高校になって電車通学の

奴らを見るようになってからは、電車というツールが台頭し、世界はもっと広くなった。

そして大学生になった今、全国から集まってきた生徒だけでなく海外からの留学生なんてのも

いるわけで、俺達の世界は本当の意味で広くなったんだと思う。

 ましてや社会人になったならば、いうまでもないだろう。そんな俺も大学院は海外に

いく予定なわけで、飛行機というツールも日常的になってしまうはずだ。

 それなのに昴は高校時代に獲得するはずであった電車という便利なツールを

使えなくなってしまった。これは誰が見ても大きな損失のはずだ。

もし、昴が広い世界を望むのならば、

もし、昴が俺とは違って狭い人間関係だけで満足できないとしたら、

もし、昴が千葉よりも遠くの世界にいく事を望んでいたのならば、

今のままではけっしてよくないとだけは、当事者でない俺でも理解できた。
860 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/14(木) 17:33:30.92 ID:HykEPny/0

こんな俺を友達だと言ってくれた昴に、なにかしてやりたいとがらでもない事を考えてしまった。

 友達なんていらないって、とがってみたりもした。友達ごっこならなおさらいらないし、

そういう青春ごっこをしているやつらを白けた目で見てもいた。

 でも、そういううわべだけの関係を演じるのではなく、人から認められるのならば、

他人からは友達ごっこだと罵られようと、俺は喜んで友達ごっこを演じてやる。


八幡「そういえば、夕さん」


 会話に割って入った俺の問いかけに笑顔で顔を向けてくれる夕さんって、本当に

いい人だよな。こういう姉だったらまじでほしいかもしれない。・・・駄目だな。

まじで惚れちまいそうだ。さすがにアウトローの俺であっても姉弟間の恋愛は遠慮したいが、

昴と夕さんとの組み合わせなら・・・。いかん。海老名さんの気持ちが少しわかった気が

してしまうのはどうしてだろう。


夕「どうなさいました?」


 心配そうに見つめるそのまなざしに、俺は吸い寄せられそうになる。そしてつい本当に

前のめりになりそうになった瞬間、テーブルの下にあった手をつねられる痛みで当然の

ごとくだらしない姿を見せる事を防ぐ事が出来た。

 だらしない姿というか、俺が夕さんに見惚れていたのが雪乃にばれただけなんだが、

とりあずこれで済んで良かったと冷や汗を流しつつ横目で雪乃を見ながら強引に納得した。


八幡「いや、その・・・夕さん。橘教授に俺の事を話しましたよね?」

夕「ええ、橘教授にはお世話になっていますから、いつも講義方針について相談に乗って

  もらっているんですよ。ですから、そのときに比企谷君の事も話した事があります。

   ・・・ごめんなさい。私が比企谷君の事を話してたせいで何か不都合がありましたか?」


 夕さんは眉尻を下げて申し訳なさそうに慌てふためく。全然夕さんは悪くはないのに困らせて

しまった事で俺の方も気まずくなり、慌てて話の続きをすることになる。


八幡「いや、不都合なんて全く。むしろ夕さんが教授に俺の事を話していてくれたおかげで

   今朝の面談もスムーズに終える事が出来たのですから、感謝しているほどですよ」

夕「ほんとうですか?」


 俯き加減だった顔をあげ、ぱっと絵になる笑顔を咲かす。


雪乃「ほんとうですよ。八幡は自分の方からは積極的に話さないものだから、

   夕さんからの事前情報がとても役に立ちました」


 雪乃が俺の言葉が真実であると補強するがごとく補足説明をする。

ただ、余計な事まで言いそうなのが怖いが。


雪乃「八幡は人に誉められる事に慣れていないせいか、

   結局は姉さんがほとんど話していたんですよ」

昴「え? そうなの? 今朝比企谷は陽乃さんがほとんど話していたとはいったけど、

  その内容は比企谷の事だったの?」


 雪乃の説明を聞き、昴は驚いた顔を俺に見せる。
861 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/14(木) 17:34:45.16 ID:HykEPny/0

たしかに今朝、かいつまみ過ぎた教授との面談内容を昴と由比ヶ浜には話したわけで、

雪乃の説明との乖離はちょっとばかしでかいとも言えた。


雪乃「もしかして八幡。自分の英雄談を話すのが嫌だったから姉さんのせいにしたのね」


 雪乃は呆れ果ては顔を見せ、これ見よがしに二人もギャラリーもいる前で盛大に

ため息をつく。そんなため息をつかれちゃったら、俺がしょっちゅう雪乃に気を

使わせているって思われちゃうだろ。たとえ事実だとしても、もうちょっと・・・、

はい、だから睨まないでください。反省しています。

・・・と、雪乃の激しい調教を兼ねた睨みに脅えつつ反省の顔を見せた。


八幡「まあな。・・・でもな。昴に詳しい事情を話さなかった理由があるんだよ」


 雪乃は言葉には出さないが、「そうかしら? ほんとうにまともな事情があるのなら

言ってみなさい」と、目力一杯に俺に語りかけてくる。


八幡「今朝は由比ヶ浜がいたからな。だから話せなかったんだ」

雪乃「そう・・・」


 雪乃の肩から力は抜け落ち、いまは優しい面持ちさえ浮かべていた。

俺も雪乃が今何を思っているかを想像出来る分、俺の方も強張った体の力が消えていった。


雪乃「そう、そうね。由比ヶ浜さんには話さないほうがいいわね」

八幡「だろ?」

雪乃「変に揶揄ってしまってごめんなさい」


 しおらしく謝る雪乃に俺はデレそうになり、

その感情を押しとどめながらテーブルの下にある雪乃の手をそっと握りしめた。


八幡「俺の普段の行いが悪いせいだから気にするな」


 雪乃が小さく笑みをこぼし、俺のそれにつられそうになる。しかし、この甘ったるい雰囲気は

そう長くは続かなかった。そりゃそうさ。なにせ一メートルも離れていない目の前に観客が

いれば、素人演者でもある俺達は照れずに演じることなんてできやしない。

それに、俺達には人に見せつける偏った嗜好なんてもってやいない。


昴「えっと・・・、話を戻してもいいかな?」


 昴が申し訳なさそうに声をかけてくる。その声を聞いた雪乃は肩を震わせ顔を真っ赤に

染め上げる。動揺しきったその顔に、昴も夕さんも優しい瞳を向ける。ただ、雪乃にとっては

逆効果っていうか、全く慰めにもならず、ただただ体を縮こませていた。唯一冷静だった部分が

あったとしたら、それはテーブルの下で俺と手と繋がれた手のみだろうか。


八幡「あぁ、すまんな。由比ヶ浜のことだったな」

昴「うん。どうして由比ヶ浜さんの前では話せなかったの? 

  この前の小テストも悪い点数にはならないと思っていたけど」

八幡「そうだろうな。由比ヶ浜の答案用紙を橘教授に見せてもらったけど、よくできていたよ。

   文章の構成がおかしい部分もあったけど、内容は悪くはない。評価はAマイナスだったしな」

862 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/14(木) 17:36:27.39 ID:HykEPny/0

 俺の説明に昴は眉をひそめる。その反応は当然か。なにせ今朝の話では、由比ヶ浜の答案は

見せてもらってないどころか話にさえ上がっていないと話したのだから。


昴「どういうこと?」

八幡「そうだな。昴には話しても大丈夫だし、話すとするか。でも、由比ヶ浜には話すなよ」

昴「それは構わないけど」

八幡「夕さんもお願いしますね」」

昴「ええ、大丈夫ですよ」


 俺は雪乃に一つ視線をおくると、今朝の出来事を語り始めた。






 静寂、この一言に尽きる廊下に足音が三つこだまする。朝日が射しこむ廊下は既に暑苦しく、

全開まで開けられた窓から時折入ってくる風が待ち遠しいほどで蒸し暑かった。先ほどまで

登校してくる学生たちのうるさいほどの話声が風にのって聞こえてくるのが、今では微笑ましき

光景とさえ思えてくるのは、俺達が今いる場所が教授たちが巣くうエリアだからだろう。

たった一階階層が違うだけなのに、どうしてここまで緊張してしまうんだろうか。

 別に初めて教授の研究室に行くっていうわけではない。橘教授の研究室には行った事は

ないが、ほかの教授に用があってこの階にも何度も脚を運んでいるし、その時は全くといって

緊張はしていない。むしろ用がある張本人たる由比ヶ浜の方が緊張していたほどだ。

 となると、今回用がある張本人たる存在が俺だからこそ背中から嫌な汗が流れ出て、

シャツが背中にへばりつくという嫌な経験をしているのだろう。

 由比ヶ浜。あんときは背中押して、とっとと部屋に入れってせっついて悪かった。

今なら俺はお前と同じ気持ちを共有できる自信がある。げんに教授の部屋の前に来ているのに

ドアにノックできないでいる。


雪乃「どうしたの八幡? 入らないのかしら? 橘教授の部屋はここであっているはずよ」


雪乃はドアに張り付けてあるネームプレートを再確認し、わざわざ俺に部屋に入るように促してくる。

 わかっている。雪乃は悪くはない。雪乃はあの時の俺と同じであって、俺が由比ヶ浜に

仕出かした無神経な行動を、翻訳すると余計なおせっかいをしてしまっているだけにすぎない。

いや、雪乃の事を悪く言うつもりもこれっぽちもないが・・・・・・。

 雪乃になんて言葉を返したものか思い悩みながら雪乃の不審がる瞳に四苦八苦していると、

俺の手はまだノックしていないはずなのに二度硬質のドアを叩く音が鳴る。俺と雪乃は自然と

音が発生したほうへ首を回す。すると、陽乃さんが部屋の中からの返事を聞く前にドアノブを

回して室内へ入ろうとしていた。


八幡「ちょっと待ってください陽乃さ・・・・・・」

陽乃「じん〜、いる? あ、鍵あいてるからいるよね?」


 友達の部屋に来たって感じで陽乃さんが部屋の中に向けて声をかける。俺の制止など気にも

せずに中へと足を進めていってしまう。雪乃は陽乃さんの行動を咎めはしなかった。

もしかしたらあの姉だから、というどうしよもない諦めを交えた結論で納得しているの

だろうか。となれば、俺だけ廊下で突っ立っているわけにもいかず、

重い足を引きずって俺も室内へ入っていった。
863 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/14(木) 17:37:19.80 ID:HykEPny/0

男「どうぞ〜」


 いまさらだが部屋の中にいた人物から間延びした入室の許可が聞こえてくる。

そして目の前には、あろうことか芸者がいた。

 いや、まじで。

 正確に言うのならば、Tシャツにプリントされた芸者だけど、

この部屋に似つかわしくないレベルでは同等だろう。

 人間理解の範ちゅうを超えてしまうと、どうしようもない事を考えて現実逃避をしてしまう。

俺がこの部屋に入って最初に考えて事は、この芸者Tシャツってどこで買ったんだろうかって

ことだ。浅草とか行けば海外からの観光客相手に売ってそうなきもしたが、いかんせまったく

興味がないシャツであるわけで、どこで売っているのか知っているわけもない。

そうなると興味はすぐに他にうつり、部屋の中そのものに意識を向けることとなる。

 部屋の作りはいたって平凡で、椅子の数より机の数が多いのは、いくつかの机を組み合わせて

利用しているようだ。ほかの研究室と同じように本棚には本やファイルがぎっしり並べられ、

机の上にも参考資料などが山となって積み上げられている。ただ、本棚もそうだが、

その山のようにある資料であっても、綺麗に並べそろえられているところから、

この部屋の主は几帳面なのだろうと推測出来る。

 たしかに普段の講義ときの服装もその片鱗が伺えた。夏であっても濃紺のスーツをびしっと

着こなし、髪型は七三で綺麗にとかし、しかも黒ぶち眼鏡さえもかけていた。よく海外の

日本人サラリーマンのイメージを思い浮かばせれば出てくるような典型的な日本人サラリーマン

姿に、最初の講義の時はめんどくさそうな教授だと警戒したものだ。実際授業ラストに

毎回小テストなんてぶちまける面倒な教授であったから、俺の目に狂いはなかったともいえる。

まあ、他の連中も似たような感想を持っていたはずだがら、

俺の目が特別だというわけではなかったようだ。

 さて、そんなくそまじめな教授が使っている部屋であるはずなのに、何故芸者のプリント

されたTシャツなんか着ているおっさんなんかがいるのだろうか? どうやら雪乃も同意見

らしく、俺の方に不安そうな視線を送ってきている。でも、俺も訳がわからないわけで、

首を振って返事をするしかなかった。

 とりあえず現状を確認しないと話はすすめられない。このおっさんが教授の秘書かなんか

かもしれないし、もしかしらた掃除のおっさんかもしれない。まあ、秘書は堅物そうに

みえる教授がこんなおっさんを雇うとは思えないので、

とりあえずその選択肢は消去してもよさそうだ。

 目の前にいるおっさんの特徴といえば、芸者Tシャツが際立って目立ってはいるが、

ほかに着ているものが独特なTシャツと混じり合ってアンバランスな真面目さを

にじませている。下から見ていくと黒の皮靴に濃紺のスラックス。Tシャツはおいておいて、

髪型はぼさぼさ。メガネはかけてはいないが軽薄そうな瞳が印象的で、売れない役者かなんかを

彷彿させた。背は185くらいはありそうで、その甘いルックスからして

意外ともてるんじゃないかって思えたりもした。

 ・・・・・・もてそうな気もしたが、なんだがヒモが似合いそうな気がしてしまう。

そう思うとヒモが天職って気がしてしまい自然と笑みがこぼれ出そうになる。俺もちょっと

前までは主夫志望だったわけで、ヒモではないが、当時の俺がこの人物を見たら通じつものを

感じ取っていたのかもしれない。そう、先輩って・・・。だから俺は引きつりそうな口を

隠そうと筋肉を強張らせる。すると俺は自分がいる場所を再認識してしまい、現実に引き戻された。
864 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/14(木) 17:38:01.44 ID:HykEPny/0

 陽乃さんは勝手に部屋に入って行ったというのに、俺がきょどっているのを見てニヤついて

いるだけで、先ほどの挨拶以降は沈黙を保っている。雪乃はというと、状況が判断できずに

様子見といったところだ。で、芸者のおっさんは俺をこのを見てはいるが、

俺の方が用件を言うのを待っている様子であった。

 だもんだから、事情が全く分からない俺が必然的に会話を主導しなければならなわけで、

ちぐはぐな言葉を紡ぐのがやっとであった。


八幡「あの・・・・・・、橘教授は不在でしょうか?」

男「ん?」


 おっさんは面白そうに終えを見ると口の口角を引きあげ返事をする。別に俺の質問が

おかしいってわけでもないだろう。橘教授が「不在ならば」適切な質問であるし、

教授の部屋にいる人物に教授の居所を聞くのが当然の流れである。

 訳がわからず陽乃さんを見ると、やはりニヤついたままで要領を得ない。ただ一方で、

おっさんの方も陽乃さんの方に謎の視線を送り、このおっさんの方には陽乃さんはけっして

関わりたくもないような意地が悪い笑みを送り返していた。


八幡「あの、橘教授はいつごろ戻るでしょうか?」

男「ああ、ごめん。その辺の椅子に適当に座って構わないよ」


 外見通りの陽気でちょっとだけ低い声が返ってきた。俺は座るべきか判断に迷ってしまう。

座ってろってことはすぐにでも教授は帰ってくるのだろう。だけど、どうもこのおっさんは

胡散臭い。見た目で判断するなとはよく言ったものだが、このおっさんに関しては見た目で

判断せざるを得ない。得体のしれない人を引き付ける存在感が俺を警戒させた。

 なんて俺がまたもや思案に暮れていると、陽乃さんは当然座ると思っていたが、

雪乃も椅子に座り、俺の為に雪乃の隣に一席用意してくれていた。


雪乃「どうしたの八幡? 座らないのかしら?」


雪乃は小首を傾げながら俺を見上げて聞いてきた。

もはや何も疑問がないといった表情が俺をさらに困惑させる。


八幡「いや、その・・・・・・」

雪乃「まだわかっていないのかしら? 姉さんに担がれたのよ」

八幡「は?」

雪乃「だから、あなたの目の前にいる人物こそが橘教授なのよ。ですよね? 橘仁教授」

八幡「えっ? この人が橘仁・・・教授?」


 俺は橘教授だと言われている人物を凝視してしまう。目は悪くはない方だと思うが、

何度見直しても俺が講義の時に見ているあの橘教授だとは思えない。橘教授といったら

濃紺スーツに黒ぶち眼鏡。それに七三にきっちりとわけられたいかにもっていう

日本人サラリーマンだぞ。それがこの軽薄そうな芸者のおっさん? はぁ?

 俺は急いで陽乃さんを見るが、先ほど以上にニヤついていて、もはや笑いが止まらないと

いった感じでさえある。これは触らないほうがいいと即断した俺は、当の本人たる橘教授に

視線を向かわせた。すると教授はすまなそうな顔をして頬を指でかいている。

ただそれでも笑い成分が四十パーセントくらいは含まれてはいたが。
865 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/14(木) 17:41:23.98 ID:HykEPny/0


橘「僕が橘仁教授であってるよ」

雪乃「初めまして雪ノ下雪乃です。姉とは面識があるようですね」

橘「まあね。初めまして雪乃君。悪いけど名前で呼ばせてもらうよ。

  雪ノ下が二人もいたらややこしいからね」

雪乃「はい、かまいません」

橘「うん、ありがと。陽乃君には色々とお世話になっているんだよ」

雪乃「そうですか。ご迷惑をかけていなければいいのですが。それで今日比企谷が来る事も
   知っていたのですか?」

橘「いや、弥生昴君に頼んではいたけど、こんなに早く来てくれるとは思ってはいなかったよ。

  ようこそ比企谷君。君と話がしてみたかったんだけど、驚かせてしまってすまないね」


 軽薄そうな外見に似つかわしくなく、本当にすまなそうにこうべを下げてくる。

俺の方もそれにつられて頭を下げてしまったのは、この人が悪い事をしたわけではないと

本能が判断したからだろう。だって、俺をひっかきまわそうとした人物なら、

さっきから俺たちの挨拶をよそに盛大に笑い転げていたのだから。





第49章 終劇

第50章に続く






第49章 あとがき



『はるのん狂想曲編』の追加エピソード、七夕前日7月6日金曜日ですが、

思っていた以上に書くことが少なかったです・・・・・・。すみません。

少なすぎてそのままここで掲載してもわかりにくいかなと思い、申し訳ありませんが

とりあえずハーメルンにおいて5月11日18時「ファイル48」で掲載しましたので

もしよろしければ覗きに来てください。

他にわりと手を加えたかなって思うシーンは、平塚先生とのラーメン後、

7/7映画館の中のシーンでしょうか? 気がつかないかもしれませんが……。


以前話題にしました俺ガイル用の新プロットですが、序盤を修正してさらなる遅れがorz

とりあえず一日を240時間にする技術が開発されるのを待つばかりです(真顔)。

おまけなくてごめんなさい。やはりおまけまで維持するのは難しいです。



訂正とお詫び 864の「おっさんは面白そうに終えを見ると」は

「終え」ではなく「俺」ですね。申し訳ないです。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います


黒猫 with かずさ派


866 :ジュウシマツ住職 :2015/05/14(木) 17:51:29.71 ID:9KdjrEcY0
色んなツッコミどころを凝縮してこの一言を搾り出そう

「なにこれ?」
867 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/14(木) 17:53:56.30 ID:DfofSBjao
868 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/14(木) 18:48:53.63 ID:G23uJudAO
869 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/14(木) 21:43:27.05 ID:l8Gf2PfvO
乙です
870 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/18(月) 15:08:59.31 ID:AR+LbBRrO
乙です!
871 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/21(木) 17:31:04.18 ID:bamkGDGV0

第50章



八幡「いえ、こちらこそ失礼な態度を取ってしまい済みませんでした」

橘「陽乃君の様子からして何かしら仕掛けてきた事はわかってはいたんだけど、

  僕が途中で横槍を入れると後で僕の方に甚大な被害がでてしまうんでね。

  すまないけどちょっとばかし静観させてもらったよ」

八幡「そんなことは・・・・・・」


 その理由を言われては、俺の方も自動的に納得せざるを得ない。いまだに笑いを

収めうようとはしない陽乃さんに睨まれる事だけはけっしてしたくはないものだ。


橘「でも、雪乃君はすぐに気がついたみたいだけどね」

雪乃「えぇ、姉がこの部屋に入るときに「じん」と言っていましたので」

橘「ああ、なるほどね」

雪乃「それにドアのプレートにも「橘仁」と記載されていましたから、それが決め手でした」

橘「さすが陽乃君の妹さんってところかな」


雪乃は姉と比べられてやや複雑そうに眉をひそめる。ただそれも一瞬の事で、すぐに朗らかな

笑みを向けているところからすると、以前ほどは陽乃さんを意識してはいないようではある。


橘「僕の方こそ講義の時と同じ格好をしていれば陽乃君の策略にはまらないで済んだと

  思うと、ほんと悪い事をしたね。せめてジャケットくらいは着ておくべきだったかな」


橘教授は後ろにかかっている濃紺のスーツの上着を、後ろを振り返らないで手のひらだけを

裏返してジャケットを指し示した。そこにはポールハンガーにかけられているジャケットと

真っ白なYシャツがつるされていた。しかし、仮にジャケットとYシャツを着ていたとしても

今と同じ状況になっていたのではないかと思ってしまう。黒ぶち眼鏡までかけたフル装備で

あっても疑わしいところだ。この軽薄そうな役者崩れのおっさんが、

どうしてあの橘教授と重なるっていうんだ。


八幡「ああ、なるほど」


 どこがなるほどか俺自身でもわからない。雪乃なんて俺同様に俺の返事を

まったく信頼していない目をしている。それでも俺の気持ちと同じらしく、

苦笑いを我慢している為に口元がゆがんでいた。


陽乃「そういう反応になるわよねぇ。だって仁の今の姿はアンバランスすぎるもの。

   スラックスにそのTシャツって、男子高校生かって思っちゃうわよね。まあ、

   Tシャツのセンスが破壊的な所と幾分顔が老け過ぎているのが難点って感じかな」


 ようやく笑いから解放された陽乃さんが笑いを引きずりながらも俺達の間に入る。

 教授の事を知ってるんだったら会う前に教えてくれればいいのに。こうなるのが

わかっているからこそ黙っていたんだろうけど、緊張して損したというよりは、

もっと緊張してもいいから騙すのだけはよしてくださいと土下座したいくらいだ。


橘「そうかな? 僕はそれほど違和感ないんだけど」

陽乃「それは着ている本人だからよ。見ている方からすれば違和感半端ないわ」
872 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/21(木) 17:33:06.57 ID:bamkGDGV0

仁「でも、この格好って陽乃君がコーディネートしてくれたものだよ」


 これは驚きだ。陽乃さんが芸者のTシャツを? 面白半分で俺に着させる事もありそうな

気がするのは考えない事にして、でも、案外橘教授なら似合ってるか? もしかしたら

違和感半端ない服装だけど、見慣れればOKか、な?

 俺と雪乃は頭を揺らしながら目線を幾度も変え橘教授をチェックする。

 でも、やっぱなしだよな。どう考えたって違和感しか残らない。


陽乃「ちがう、ちがう。私がコーディネートしたのは、スーツ、皮靴、メガネ、それに

   髪型だけよ。そのTシャツは初めから仁の趣味じゃない」


 さすがに我が姉の奇抜なファッションセンスに落胆していた雪乃は、陽乃さんの訂正に

ほっと胸をなでおろしていた。たしかに小町が芸者のTシャツを着て家ん中だけでなく街中を

歩きまわっていたら・・・・・・、まあ小町は何着てもかわいいから許す。

 さっそく身贔屓して自己完結した俺は、目の前にいる奇抜なファッションセンスの持ち主の

おっさんに意識を戻すことにした。


橘「たしかにそれは元々僕の趣味だね」

八幡「あの、ちょっといいですか?」

橘「なんでしょうか?」

八幡「普段講義の時着ている格好は、陽乃さんプロデュースなのですか?」

橘「ええ、そうですよ。おかしいですか?」

八幡「おかしくはないのですが、今と講義とではそのギャップが激しかったので」


 雪乃は講義を受けた事がないので、真面目サラリーマンスタイルの橘教授を想像できず、

きょとんとしている。たしかに今いる姿のインパクトがでかすぎるので、

講義の時の真逆の恰好は想像できまい。


橘「でしょうね。僕もそう思いますよ。でも講義ですからね。僕も割り切っているんですよ。

  普段からあんな肩がこるような服は着られませんよ。スタンフォードにいた頃は

  けっこう好きな服装でよかったのに、日本は厳しいね」


いや、日本だろうとスタンフォードだろうと芸者のTシャツを着て仕事なんて出来ないだろうに。

懐疑的な目が四つと、理解不明な笑みを浮かべている目の二つの計六つの目が橘教授に

向けられるが、当の本人はのほほんとその目の意味するとことを全く気にしないでいた。

たしかにそのくらいの精神力がなければ罰ゲームよりもひどい服装なんて出来やしないだろう。


雪乃「日本だけではなくスタンフォードでもその場にあった服装をする礼儀は同じだと思いますよ」


 珍しくないか? あの雪乃が年上でしかも面識が少ない相手に突っ込みを入れるなんて。

それだけ言うのが我慢できなかったという事か。俺も相手が教授じゃなくて陽乃さん

あたりだったらど突き倒すいきおいで突っ込みを入れまくってたと断言できるが。


橘「そうかもしれないね。でも、むこうでも注意はされていたんだけど、日本みたいには

  呼び出しまではなかったからなぁ・・・・・・」

陽乃「むこうでも散々お世話になった恩師に毎日のように服装について指摘されていたって

  言ってたじゃない」
873 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/21(木) 17:33:50.48 ID:bamkGDGV0

橘「それは僕の芸術的なTシャツに感銘を受けて感想を言っていただけだと思うよ」


 いや、それはどう考えても嫌味ですって。気が付いてないのはあなただけですよって

突っ込みたい。この気持ち、君に届け。


陽乃「でも春画がプリントされたのを着て行った時は、

   さすがに着替えさせられたっていっていたわよね」

橘「あれは僕もやりすぎたかなって思ってたんだよ。でもスティーブンがさ・・・・・・。

  あぁ、スティーブンというのは、僕のTシャツを作ってくれるスタンフォードからの

  友達でね。そいつが是非ともって言うんだよ。でもいくら芸術だといっても春画だし、

  さすがに公共の場で着るのはモラルに反するだろ? だから恩師のサーストン教授にだけ

  にこっそり見せたんだけど、その場で没収されてね。でも、今まで通り芸者のシャツ

  だけは着る事を許してはくれたけどね」

陽乃「それも条件付きで許してくれただけじゃない。しかも、私が聞いた印象では、

   泣く泣く許してくれたって言う感じだったわよ」

橘「そうかな? そこまできつい感じではなかったと思ったんだけどなぁ。でも、もう二度と

   裸の女性が印刷されたものは着てくるなって何度も何度も念押しされたな。

   さすがに裸は刺激が強すぎたんだね」


 この人天然なのかって疑いたくなるほどに疑惑がきつくなり、

自然と俺がこの目の前にいる理解不能な教授を見る目つきもきつくなるわけで。


橘「大丈夫だって。スティーブンもさすがにやりすぎたって教授に怒られてね。でも、今まで

  着ていた普通の芸者のTシャツは今まで通り着ていいって、ちゃんと許可してくれたんだ

  から。だからお礼に10枚ほど教授にもプレゼントしたんだけど、それ以降は教授も僕の

  服装の事を誉める事がなくなっちゃったんだよね。やっぱ教授も毎日のように僕のシャツ

  を誉めてくれていたから、このシャツが欲しかったんだろうな。そんなに欲しいんなら

  誉めるだけじゃなくて直接欲しいっていえばいいのに」


いやいやいやいや・・・・・・・・。それは絶対諦められただけですって。サーストン教授。

会った事はないけど、ご愁傷様です。こちらには雪ノ下陽乃という爆弾姉ちゃんがいますが、

そちらにも橘仁という問題児がいたんですね。その苦労わかります。

もし会う事がありましたら、その苦労を分かち合いましょう。

 ・・・・・・・ん? 今目の前にいるのって、その爆弾姉ちゃんと問題児じゃねえか。

やっぱ訂正。サーストン教授。俺の方が大変そうです。もし会う事がありましたら、

俺をねぎらって下さい。いや、今すぐ助けて下さい!


陽乃「そういうわけでサーストン教授も仁の服装を直すのを諦めちゃって、それ以降は

   モラルに反しなければ仁が何着ていこうが何も言われなくなったわけ。だもんだから、

   日本に戻って来てからが大変だったんだから」


 陽乃さんはさも見てきたかのように手振りを交えて解説を始めようとする。だったら、

帰国して千葉の大学で教授になったのは最近って事なのだろうか。でも、陽乃さんは工学部だし、

経済学部系の講義に出るとは思えない。と、俺が疑問に思っている事に雪乃もぶち当たったのか、

雪乃も陽乃さんにその疑問を目で投げかけていた。

874 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/21(木) 17:34:35.20 ID:bamkGDGV0
陽乃「ん? もちろん私は仁の講義はとってないわよ。陣の面白い噂を聞いて、

   もぐって講義に出ただけよ」


大学の講義でもぐるって、よっぽどのことがないとやらない行為じゃないか。たしかに目の前

にいるみたいな変なおっさんがいたら見てみたいけどさ。俺は自然とその講義の風景と目の前

の教授を見て二つを重ねようとしてしまう。すると俺の視線に気がついた橘教授がにやっと

俺に笑いかけてくるので、反射的に頭を下げていそいそと陽乃さんの方に視線を戻した。


陽乃「まあ、比企谷君みたいに冷やかしついでに窓から覗く程度の人がほとんどだったかな」


 ちょっと陽乃さん。どこまで俺の心の中を監視しているんですか。

もう気が抜けないじゃないですか。なにかしかけられるんじゃないかって。

 俺がびくついてるのを面白そうに陽乃さんは視線をスライドして確認するが、

今はこれといって指摘してはこない。どうやら今は話の方が優先らしい。


陽乃「でね、奇抜なファッションだけなら別に興味をもたななかったわよ」

八幡「たしかに陽乃さんだったら仮装して講義してるって聞いても興味を示さないでしょうね」

陽乃「だね。仮装が見たかったら比企谷君に着せちゃえばいいんだし」


 ウィンクして可愛くきめても着ませんからねっ!

俺は断固拒否を示すべく無言で睨みをきかせる。しかし、五秒も経たないうちに陽乃さんの

視線から逃げ出してしまったことは、まあ当然の結果なのだろう。


雪乃「では、姉さんは何に興味を持って橘教授の講義に出たのかしら?」

陽乃「経済学部にも友達がいてね。彼って東京の大学に行かないで千葉にきたくらいで、

   けっこう優秀な人だったのよ。今もアメリカの大学院行っているほどだし、

   かなり優秀だと思うわ」


 陽乃さんが誉めるって、よっぽど頭がきれる人物ってことか。


陽乃「で、その彼が最初の授業で聞いた経済に関する仁の独演をまったく理解できなかったのよ」

橘「一応最初の授業だし、これから勉強していく世界について話してみただけだよ。まあ僕が

   これから教える内容自体ではないからわからなくてもよかったんだけど、それでも僕が

   大学入学した当時の僕が理解できる程度にはくだいた内容から初めて、最後は僕が

   今研究しているところまでを駆け足で話したんだけど、かいつまんで話したのが

   悪かったのかな?」

陽乃「それは仁レベルが理解できるであって、一般の大学生が理解できるレベルじゃないわよ。

   彼もそこそこ優秀だったのに、その彼でさえ理解できないって、どんな事を話したの

   よっていうわけで、私は仁の講義に興味を持ったの」

八幡「でも、中には自慢話をしているだけで、内容がさっぱりの独演ってあるじゃないですか。

   しかも熱をあげていって、意味がない言葉を繰り返したり」

陽乃「その可能性も考えたんだけど、彼の話しによると、最初の方は仁が言っている通り

   かみ砕いた内容だったから理解できたんだって。しかも、そうとう面白い内容だった

   そうよ。でもね、仁ったら、彼もまた話をするのに熱をあげていってね、ただでさえ

   大学院レベルの内容なのに、それを早口の英語で話す、話す。限られた時間しかなくて、

   早口になるのはわかるけど、聞いているのは普通の大学生って事を理解してほしいわね。

   途中まではくらい付いて聞いていた生徒が、一人また一人で諦めていったそうよ」
875 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/21(木) 17:35:18.80 ID:bamkGDGV0
八幡「それで実際講義に出てみたらどうだったんです?」

陽乃「たぶん比企谷君が一番知ってるんじゃないかな」


 俺は、はてな?と首を傾げてしまう。そもそも今まで橘教授は、ガイダンスを含めて生徒が

理解できない内容を講義したことなどはない。これは橘教授に直接言うことなんてできない

事ではあるが、はっきりいって橘教授の講義はつまらないほど丁寧で理解しやすい。

この講義を聞いてわからないっていう奴がいたんなら、そもそもうちの大学レベルではないと

諦めて退学したほうがいいとさえ思うほどでもある。しかも、講義の最後に確認のための

小テストまでやる至れり尽くせりの懇切丁寧な講義だ。


陽乃「比企谷君が今想像しているのと同じ講義だったわ」


 だから俺の心を覗かないでくださいって。もう俺の事が好きすぎるでしょ。


陽乃「私が出た時も比企谷君が受けているつまらない講義と同じで、すっごくがっかりしたの

   を今でも鮮明に覚えているわ。ちなみに服装はあの芸者Tシャツだったけどね」

橘「あの後でしたね。陽乃君に服装指導を受けたのは」

陽乃「その前に学部長からの呼び出しだったじゃない」

橘「そうでしたね」


 なんだか年上相手にタメ口で話しているというのに、それがいかにも自然すぎて、

俺は橘教授に親近感を覚えるのと同時に、この部屋に入るまでの緊張を捨て去ることが

できていた。別に陽乃さんが意図してやっているはずもないと思えるが、一応心の中で感謝

だけはしておこう。・・・・・・・意図的だな、絶対。半分だけ感謝してますよ、陽乃さん。

でももう半分は、俺をからかう為だったでしょ。


雪乃「学部長に呼ばれたのは服装についてですよね?」


 雪乃の方は最初から緊張などしていなかったので、とくに変化もなく平然と質問を

しているが、それでも橘教授とも距離感は縮めているようではあった。


橘「そうだよ。スーツを着てこいとまでは言われなかったけど、教授として威厳がある服装を

   しろって1時間近くも叱られたのを今でも覚えているよ。たしか陽乃君が僕の

   研究室に来ているときだったよね?」

陽乃「ええ、そうよ。学部長ったら、話は少しで終わるから廊下で待っててくれって

   言ったくせに二時間もお説教してたのを覚えているわ」


 あれ? 1時間じゃないんですか? いくらなんでも一時間も違うっておかしいでしょ。

陽乃さんが意図的に間違えるのならばわかるけど、それはないだろうし。また、「俺が知って

いた」橘教授が時間を間違えるとも思えない。だったら、この認識の違いはどこからくるんだ?


橘「二時間だっけ? 僕はわりと早くすんだっていう印象が残っていたんだけど」

雪乃「そもそも一時間でも長いと思うのだけれど」


 雪乃は隣にいる俺にだけ聞こえる声でぽそっと呟く。

きっと目の前の二人に伝えても意味がないとわかっているのだろう。


陽乃「今は落ち着いているからいいけど、また面倒な事を起こしてスタンフォードに

   戻るなんてことにならないようにしてよね」
876 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/21(木) 17:35:57.25 ID:bamkGDGV0

橘「わかってるさ」

陽乃「どうかしらね? でも、ようやくこの大学に腰を据えたと思っていたら、

   夏季休暇はずっとスタンフォードに戻るらしいじゃない」

橘「戻るといっても他の所にも用事があって、全米を転々とする予定だけどね」

陽乃「もっと酷いじゃない」

橘「ここにくるまでにお世話になっていたところで情報交換というかね。情報だけは

   どこにいても手に入るけど、その場の空気だけは手に入れられないのが難点だね」

陽乃「ちょんと戻ってきなさいよ。あなたの講義を楽しみにしている生徒がここにも

   いることを忘れないで頂戴ね」

橘「わかってるさ。そのために千葉に戻ってきたのだから」


 戻ってきた? ということは、この大学の出身者なのだろうか? それならば俺も留学を

しなければならないし、意見を聞きたいところだな。


八幡「あの、ちょっといいですか?」

橘「あ、なんだい? 比企谷君」

八幡「あのですね、橘教授はこの大学の出身者なのでしょうか?」

橘「一応この大学出身者ってことになるのかな? どうかな?」

陽乃「出身じゃなくて在籍ってところね」

八幡「へ?」

陽乃「だから、仁ったら大学1年の夏休みに明けに大学やめちゃったのよ。

  だから在籍の方があってるでしょ」

八幡「たしかに・・・。でも、なぜやめたんですか?」

橘「父の交友関係のおかげで、スタンフォードにいるサーストン教授とは面識があってね。

  それで色々と大学に入る以前からやり取りをしていたんだ。それでこの大学の経済学部に

  入って初めての夏季長期休暇を利用して向こうに行ってみたんだよ」

八幡「それでそのまま向こうに?」

橘「そう簡単にはいかないよ。一端戻って来て大学受験のやり直しさ。留学なんて考えて

  なかったらすぐに留学できる準備なんてできていないしね。だけど、両親は賛成して

  くれたから、留学することが決まればそこからはあっという間だったかな」

八幡「それでそのままずっとスタンフォードで研究を?」

橘「いや。スタンフォードの大学はとっとと卒業して、大学院までいったけど、そのあと

  ハーバードにも行ったよ。でも結局はスタンフォードに戻って来て研究職についたけどね。

  まあ、研究ばかりじゃなくて実践の方にも興味があって、色々と出て回ってたけど」

八幡「なら、なんで千葉に戻ってきたんです? 経済を研究するならアメリカが本場だと

   思いますけど」

橘「そうだね。でも、研究するだけなら日本でもできるから、僕はもういいかなって思ったんだ」

陽乃「よく言うわよ。早く夏季休暇が来ないかなって、

   スタンフォードに行くの楽しみにしていたじゃない」

橘「こらっ。僕がせったくかっこつけていたのにさ」


 というわりには、まったく陽乃さんの横槍を気にしていないじゃないですか。それよか

陽乃さんのつっこみを楽しんでさえいませんか? まあ、そのくらいの広い心がないと

陽乃さんと仲良くなんてできないってことかもしれないけど。
877 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/21(木) 17:36:27.58 ID:bamkGDGV0

陽乃「ま、いいじゃない? 仁はそのままで十分よ」

橘「そうかい? 美人さんにそう言われるんならいいか。・・・えっと、スタンフォードに

  行くのは戻りたいからじゃないからね。やはり最新のものは向こうで仕入れてきたいからさ」

陽乃「はいはい」

橘「え〜っと、日本に戻ってきた理由だったよね」

八幡「はい」

橘「それはね、僕は運よく人との縁に恵まれていたんだなって強く思ったんだ。

  サーストン教授との縁がなければ、僕はきっとアメリカには行かなかった」

八幡「でも、いずれはアメリカに行っていた可能性はあったのではないですか?」

橘「可能性の話をしたら、僕の場合はそのまま千葉の大学を卒業してサラリーマンをやって

  いた自信があるよ。だって、ほかに特にやりたい事があったわけじゃないし、卒業したら

  仕事をしなきゃいけないわけだしね。だから、疑問を抱く事もなくサラリーマンに

  なってたはずさ」

八幡「そうですか・・・・・・」


 たしかに俺も雪乃と出会わなければ主夫は夢だとしても現実はサラリーマンになっていた

のだろう。それが今や海外お留学必至。しかも帰国後は雪乃の親父さんの下で働かないといけ

ないときたもんだ。橘教授の言葉ではないが、人との縁ってもんは数奇なもんだな。


橘「まっ、それも可能性にすぎないからね。僕はひとりで生きているわけじゃないくて、

  人とのつながりの中で生きているのだから、いつも何らかの影響を人から受けている。

  こうして今君たちと話しているのも、もしかしたら僕の今後の人生に重大な影響を与えて

  いるのかもしれない。これって面白い事だとは思うんだよね。・・・そ、そ。だから僕は

  千葉に戻ってきたんだ。僕が得ることができた縁をちょっとだけでもいいから日本に

  いる大学生にもおすそ分けしたいんだ」

八幡「おすそわけですか」

橘「そうだよ。僕はアメリカで好きな研究を目いっぱいしてこれた。学問の最前線で、経済の

  最前線で、そこでしか味わえない緊張感を感じ取ることができた。だからね、僕は

  そういう経験を日本の学生にも味わってもらいたいんだよ。ちょっとでもいいから新たな

  可能性を提示したい。僕なんかとの縁なんて大したものではないけど、それでも道端に

  転がっている石ころ程度にはなれるはずさ。まっすぐサラリーマンになる道もきっと

  間違ってはいない。でも、その道に転がっている石ころにつまずいて違う道に進むのも

  魅力的だとは思わないかい?」

八幡「人によりますけど魅力的だと思う人もきっといると思いますよ」


 そこにいる陽乃さんみたいな人とか。

 陽乃さんは自分の道を切り開いていった橘教授に憧れに近い感情を抱いたのかもしれない。

自分にはない開拓心を手に入れたいとさえ思ったのかもしれない。

 誰もが憧れる雪ノ下陽乃を捨てる事を望んでいたのかもしれない。

橘「だといいんだけどね」


陽乃「でも、極端すぎるわよね。経済に興味を持ってほしいなら、もっと生徒が面白いと

  思う講義をすればいいのに」

橘「面白い? 一応初めての講義の時したんだけど、誰も理解してくれなかったんだよね」
878 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/21(木) 17:37:02.62 ID:bamkGDGV0


陽乃「当然よ。大学生が大学院レベルの内容を簡単に理解できるっていうのよ。しかも途中

  から早口の英語になったらしいじゃない。せめて日本語だったらついてきてくれる人も

  いたかもしれないけど」

 それもどうかとは思いますよ、陽乃さん。せめて英語だったから、わからなかった理由が

できたとも考えてしまうのは俺だけでしょうかね。

橘「仕方ないじゃないですか。大学で学ぶ事は基礎であって、本当に面白いのはその先なのですから。

  それに英語だって帰国したてでね。話に熱が入ってしまうとつい英語が出てしまって」

陽乃「だとしても、その面白い学問を学ぶ前にあんなつまらない講義されちゃったら、

  みんな面白いと思う前にいなくなっちゃうわよ?」

橘「それは困りましたね」


 いや、ぜんっぜん困ったようには見えませんけど・・・・・・。


八幡「あの……、陽乃さんが講義に潜ったときは今と同じような講義だったんですよね?」

陽乃「ええ、そうよ。すっごく基本に忠実で、すっごくつまらない講義だったわ」

橘「それはひどい評価だな。でも、初めからそうするつもりだったんだけどね」

陽乃「私としては仁にはぶっとんだ講義をやっててほしかったんだけど」

橘「大学生相手にはしませんよ。あれはガイダンスだから羽目を外してしまったというので
  
  しょうかね。もしそういったものをお望みでしたら院に進学してくれればいいだけです。

  そうですね……。院に上がらなくても、こうして僕の所に来てくだされば、

  時間の限りお相手しますよ」

陽乃「たしかにそうね」

雪乃「姉がいつもお邪魔しているのでしょうか?」

橘「ええ、そうですね。わりと頻繁にきていますね。だから、陽乃君の担当教授からはいいよう

  には思われていないんですよね。面と向かっては言われないですけどね」

陽乃「いいのよ、あんなの」


 いや、まずいでしょ。しかも、あんなの扱いとは、陽乃さんの担当教授様を同情します。

きっと俺と同じように酷い目にあっているんでしょうね。……あっ、でも付きまとわれないよりは

ましじゃないかよ。俺なんかほっといて欲しいと思っているときでさえまとわりつかれるのに。

どうもサーストン教授といい、陽乃さんの担当教授といい、一度は共感をもっても、どうしても

すぐに破綻してしまう。どうしてだよ。同じような境遇なはずなのに不公平過ぎやしないか?


橘「たしかに陽乃君のいうように面白い講義はしたいですよ。でも面白いってなんでしょうね?」

八幡「その講義に興味をもつとか、雑談が面白いとか?」

橘「雑談でしたら友達とすればいいじゃないですか。講義とは関係ない僕の体験談を話しても

  時間の無駄ですし、仮に講義と関係がある体験談だとしても、

  それは聞いていても理解できないですよ。内容が専門的すぎて」

八幡「たしかに……」

橘「それに、僕と高度なディスカッションをしたいのでしたら、最低限の知識がなければ整理

  しませんよ。別に馬鹿にしているわけではないのですよ。ただ、基礎もできていないのに、

  なにを話すというのです?」

八幡「まあ、正論ですね」

879 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/21(木) 17:37:35.13 ID:bamkGDGV0
陽乃「比企谷君が言う通り、ほんと正論すぎるわ。正論しすぎるから生徒に人気がないわけ

  なのよね。ある意味仁の思惑とは真逆に進んじゃってて笑えないわよね」

 真逆? というと、人気が出ると思ってるのかよ。たしかに授業はわかりやすいし、

理解もしっかりできる。しかも毎回確認テストまでやってくれるお節介さ。講義の質からすれば

及第点だが、面白さからすれば誰が点数つけたって不合格だろ。


橘「手厳しいですね」

陽乃「当然じゃない。つまらないものはつまらないのよ」

雪乃「では、どうして姉さんは橘教授に興味を持ち続けたのかしら? 

  実際見に行って面白くはなかったと判断したのではないのかしら」

陽乃「面白くはなかったわよ。奇抜な服装も興味なかったしね。でも、真面目で馬鹿丁寧な講義

  だったのよ。この講義で理解できないなら、とっとと大学やめたらいいと思えるほどに

  ね。……うん、進級試験は仁の講義の試験結果で判断してもいいっていうくらいかしらね」


 ごめん、陽乃さん。それだと由比ヶ浜が……。いや、ね。大丈夫だとは思うのよ。

でも、万が一ってことがあると怖いじゃないですか。


陽乃「だからかな。あんな脳に知識が流れ込むような講義をする人がどんな人かって興味を

  持ったのよ。もちろんあのガイダンスを聞いてまったく理解できなかったというのも

  ひっかかっていたけどね」

橘「そのおかげとういうのかな。

  僕は日本にきてもこうして刺激的な毎日を送らざるをえなくなったわけさ」

陽乃「それは誉めて頂いているのかしら?」

橘「もちろん」

陽乃「そういうことにしておいてあげるわ」

橘「どういたしまして。さて比企谷君。これで僕と陽乃君との関係はわかったかな?」

八幡「ええ……、はい、だいたいは」

橘「それじゃあ今度は君の事を聞かせてくれないかな?」

八幡「俺ですか?」

橘「そう、君」


 橘教授は冷めてしまっているだろうコーヒーカップを取る為に少し前に出ただけなのに、

その存在感も大きさに俺は身を引いてしまう。

 プレッシャー? いや、どこか陽乃さんと通ずるところがあるんだろう。

だからこそあの陽乃さんと楽しい会話ができるんだろうよ。


八幡「俺の事を話せといわれましても、何を話せばいいのでしょうか?」

橘「そうだね。なにがいいかな?」


 橘教授は助けを求めるように陽乃さんに視線を向ける。当然ながら橘教授が俺に用があって

呼んだわけで、陽乃さんにわかるわけもなく、曖昧な笑顔を浮かべるにとどまっている。


橘「あっ、そうだ。弥生准教授と話した事があるそうだね」

八幡「ええ、一度だけですけど」

橘「僕も弥生君とはわりと仲良くしてもらってる方で。ほら、僕って人見知りで、

  なかなか友達できないんだよね。僕はフレンドリーに接しているつもりなのに」
880 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/21(木) 17:41:37.02 ID:bamkGDGV0


それ、きっと勘違いですからっ。フレンドリーすぎて相手が困ってるんですよ。しかも服装が

すごすぎて、相手の人も関わりたくないって思っているはずですし。こうしてじっくり話して

みると陽乃さんじゃないけど、この人に好感をもつのもよくわかるけどな。


陽乃「仁のフレンドリーさについては今度にしましょうか。比企谷君も困ってるしね」


 陽乃さんが助けてくれた。これは奇跡なの? 俺明日死ぬの? 

だったら俺はまだ死ねないから酷い事をしてもいいのよ?


陽乃「ほら、今は時間ないし、比企谷君をいじるんなら、

   もっと時間にゆとりがあるときじゃないと面白くないじゃない」


 やっぱ助けてくれたわけじゃないのね。八幡わかってたよ。だって陽乃さんだもの。


橘「じゃあ、それは今度にするかな」


 ちょっと、橘教授も納得しないでくださいって、やっぱ陽乃さんと同類じゃないですか。

 俺の顔が警戒感がにじみ出す。しかしそのスパイスさえも目の前の二人には旨味成分だったらしい。







第50章 終劇

第51章に続く






第50章 あとがき



前から思っていたのですが、物語のテンポの悪さがなかなか改善できないんですよね。

どうも物語のスピードが悪い……。

地の文をシンプルかつ印象的に魅せるのは、なかなか難しいものです。


来週からはオリジナルキャラクター比率減っていくので、今週までは我慢してください。

とりあえず今週のところは原作違いますけど口直しに別作品用意してありますので

よろしかったら読んでみてください。

私もほぼアニメしかしりませんけど、たぶんいきなり読んでみても大丈夫かと思います。


新作リンク〜冴えない彼女の育てかた


詩羽「詩羽無双?」倫也「詩羽先輩、勘弁してください」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432074031/

(詩羽。倫也)



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。


黒猫 with かずさ派
881 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/21(木) 17:51:44.82 ID:MZ8BNPX0O
乙です
882 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/21(木) 21:04:31.30 ID:oa9eqXhAO
883 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/28(木) 17:29:53.14 ID:3eiwQNEj0

第51章



雪乃「それで結局なぜ由比ヶ浜さんには話さなかったのかしら?」


 雪乃の問いももっともだ。昴も夕さんも同様の意見のようで俺の言葉を待っていた。

たしかに橘教授の印象の話題ばかりを話していて、まだ肝心な事は話してはいない。 


八幡「ああ、それな。別に話しても俺の方がうまく調教……、もとい家庭教師の方をしっかり

   やれば問題ないんだが、まあ端的にいえば気を緩めて欲しくなかったんだよ」

雪乃「というと?」

八幡「今回の小テストも由比ヶ浜の出来は悪くはなかった。それに他の教科も調子がいいしな」

雪乃「それはいいことじゃない? 

   でも、調子が良かったとしても由比ヶ浜さんがさぼりだすとは思えないのだけれど」

八幡「俺もそうは思うんだけどよ。なんだか橘教授に指摘された事がちょっとな……」

雪乃「というと?」

八幡「俺と昴の点数はどちらもほぼ満点だったが、論述の構成というか話の流れってものが違う。

   たしかに似たような答案にはなるが、いくら書く要点が同じでも論述であれば

   全く同じ答案が出来上がる事はない。」

雪乃「それはそうね。同じ人間が書いたとしても、全く同じ論述はできないもの」

八幡「それがだな、俺と由比ヶ浜の答案は似てたんだよ。雪乃は評価の方ばかり気に

  していたけど、俺はむしろ答案の中身の方が気になってた。まあ、由比ヶ浜の答案は

  あいつらしくいくつかポイントが抜け落ちていて減点をくらってはいたけどな。

  それでも雰囲気っていうか話のもっていきようが似てたんだよ。だから、その……なんて

  いうか雪乃の言葉を借りると、学力には違いがあっても同じ人間が書いたって感じかもな」

雪乃「まさか?」


 昴も夕さんもわけがわからないっていう顔をしている。それもそのはずだ。

俺の言葉なのに俺自身がその言葉に自信を持てないでいる。困り果てている俺に、

目の前の二人は辛抱強く俺の言葉を待っていた。


雪乃「そうね、八幡の言葉をそのまま捉えると……、つまりは単純な事じゃない」

八幡「雪乃?」

雪乃「だから答えは単純な解だってことよ」

八幡「どういうことだよ?」

雪乃「つまり、八幡は由比ヶ浜さんの成長を喜んではいるのだけれど、でも心のどこかで

  自分が抜かれる事はないってうぬぼれているのではないのかしら?」

八幡「そんなことは……」

雪乃「ないとは言い切れないのではないかしら? たしかに由比ヶ浜さんは覚えるのが

  苦手で、なかなか勉強の効率が上がらないわ。でもそれは八幡も似たような経験をして

  きたのではなくて? そして今由比ヶ浜さんは伸びている。以前の八幡のように、ね」

八幡「……どうだろうな。雪乃の言う通りかもしれないけど、俺は由比ヶ浜が俺の成績を

  超えても一カ月はへこむけど、俺の将来に影響はない。だから気にしないと思うぞ」

夕「気にはするのね」

昴「気にするんだ」
884 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/28(木) 17:30:41.35 ID:3eiwQNEj0

 目の前の二人、ユニゾンしないっ。そりゃあ俺だって由比ヶ浜に抜かれたらへこむに

きまってるだろ。でも、俺はいっつも化け物みたいな彼女らと付き合ってるんで、

そういうのには耐性ができてるんですよ。


雪乃「そう……。でも、今の八幡はたとえ由比ヶ浜さんが全力で追いかけてきても、

  それ以上の速さで突き進んでいくのでしょ?」


 どこか挑戦的な瞳に俺はたじろいでしまう。けれど、その瞳の奥には俺を信じている雪乃が

いつもいる。だから俺はその雪乃に対して深く頷いた。 






 今日は珍しく?陽乃さんの方が忙しくもあったようで、恒例となってしまった雪ノ下邸での

夕食も食事が終われば早々に自宅マンションへと引き上げていた。俺も忘れてしまう事が

あるのだが、陽乃さんはこれでも大学院生である。

 俺が高校生のときだって、本当に大学行ってるの?って疑問に思うくらいに俺達の前に

現れては面倒事を笑顔で放り込んできたわけで、ある時期などいつも正門で見張っているので

はないかと疑心暗鬼になったことさえあった。

 とりあえず今日は大学院の課題で忙しいと言われたので、ようやく陽乃さんも大学院生を

真面目にやっていると確認する事が出来たと、余計なお世話すぎる感想を俺は抱いていた。


雪乃「ねえ八幡。珍しいわね。自分からキッチンに立とうだなんて」


 ネコの足跡がトレードマークの白地のエプロンを身にまとい、一見するまでもなく

見目麗しい姿とは裏腹に、雪乃は笑顔で毒を振りまいてくる。しかも心外すぎるレッテルを

貼り付けてくるとは恐れ入る。ただ、雪乃がそういいたいのもわからなくもない。

今日の弁当だって、面倒だと不平を早朝からぶちまけながら弁当を作っていたわけで、

雪乃が訝しげな視線でキッチンに立つ俺を見つめていても不思議ではなかった。


八幡「そうか? けっこう雪乃のヘルプで台所に立っていたから、

   俺としてはそんな感覚はないんだけどな」

雪乃「たしかにそうかもしれないわね。でも、私がキッチンを占領してしまっているから

  八幡が自分から料理をしたいとは言えなくなってしまった可能性も否定できないのよね。

  そう考えると、いつも八幡に手伝ってもらうだけというのも考えものね」

 すかさずジャブを入れてくるあたりはさすがっす。

八幡「そういうなって。俺はヘルプだとしても雪乃と一緒に料理作るの楽しんでるぞ」


 雪乃が攻撃してくるのがわかっていた俺は、さらに言葉を返す。ただし、俺の言葉の矢は

途中で失速してしまう。なぜらな雪乃には俺が持ちえない極寒の瞳があるわけで、

俺のへなちょこじ編劇など一睨みで撃墜させてしまう。

 でぇも、ただでは負けない俺としては、雪乃でさえ持っていない武器があるわけで。


八幡「それに、俺が雪乃の手料理を食べたいんだから、ちょっとくらいの我儘は聞き入れて

  くれてもいいだろ? それとも俺に食べさせる手料理なんてないとか?」


 さっそうと撤退戦を開始させる。即座の撤退ばかりは常勝雪乃も持っていないカードだろう。

885 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/28(木) 17:31:44.81 ID:3eiwQNEj0

逆を言えば、常に俺に勝ち続けているとも言うが……。まあ、それ以上は聞かないで下さると

大変嬉しいです、はい。いつもの俺達の雰囲気になってきた感もあるわけだが、いつもの

ように雪乃が頬を染めてくれるのを確認でき、俺も気持ちが弾んでしまう。

ともかく雪乃も俺が浮かれているのを見て喜んでいるんだから、お互い様なんだろう。


雪乃「しょうがないわね。八幡が私の料理を食べたいのだったら、作らないわけにはいかないわ」

八幡「ああ、たのむよ」

雪乃「ええ……。でも、プリンだけは八幡に勝てないのよね」


 俺はまだ何をなにを今から作るかなんて教えてないのに、どうしてわかるんだよ。

といいつつも、テーブルの上にある材料が牛乳、タマゴ、砂糖、バニラエッセンスときて、

今までの俺のレシピからすれば、当然の推理か。当然雪乃の推理は正しいわけだが、

ここは意地悪して茶碗蒸しでも……、って、どうして俺のお馬鹿な反抗がわかってしまわれる

のですか? 雪乃の眼光が一瞬だけ暗くひかり、俺の邪な野望を打ち消すと、

いつもの温かい視線へと戻っていった。


八幡「小学生のころから作ってたからな。まず、年季が違うし、なによりも執念が違う」


 とりあえず俺は、雪乃の言葉に対して素直に返事をしたはずなのに、

どうして首を傾げて訝しげに見つめてくるんでしょうか?


雪乃「年季が違うのは認めるのだけれど、執念が違うとは意味がわからないわ」

八幡「雪乃はお嬢様だからな」

雪乃「その言いよう、鼻に付く言い方で好きではないわ」

八幡「厭味でいったんじゃない。事実を言っただけだ」

雪乃「よりいっそう不快感が増しただけなのだけれど、もしかしてわざとやっているのかしら?」


 素直になれっていつも小町に言われているのに、それを実行しただけなのにどうしてこうも

禍々しいオーラが噴き出てくるんだろうか? 小町の言う事が間違っているはずもなにのに、

八幡わけわからないんだけど……。俺がひるんだすきに雪乃は俺が逃げないように自分の腕を

俺の腕に絡めてくる。ふわりとくすぐる甘ったるい雪乃の香りと温もりを打ちすように下から

見上げてくる眼光は俺を極寒の地へと誘った。時として事実をありのままに言うのはよくない

とわかっているが、雪乃が求める答えを説明するには、その不快感を含まなければ事実を

伝えられない事もあるのも事実である。物事なんて小さな事実の積み重ねだ。その小さな事実

を一つ引っこ抜いてしまうと、言いたかった物事のニュアンスが違ってしまう。

 だから俺は悪くない……、と心の中だけで反論することにする。けっして雪乃が怖いわけ

ではない、はずです、たぶん。……ごめんなんさい、だからなんで雪乃は俺が考えていること

がわかるんだよ。俺の腕に爪跡がくっきり残るくらいつねりあげると、

雪乃は極上の笑みを浮かべてきた。


八幡「じゃあ、気にするな」


 けれど、顔から下の攻防などないかの如く俺達の会話は続く。これが熟年カップルの生態と

いうのならば、今のうちに俺達の方向性を修正すべきだと固く誓った。


雪乃「まあいいわ。それで、執念が違うとはどういう意味かしら?」

八幡「雪乃は学校から帰って来て、おやつが用意されていなくて困った事がないだろ?」
886 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/28(木) 17:32:17.97 ID:3eiwQNEj0

雪乃「たしかに困った事はないわね。でも、あまりお菓子は食べない方だったと思うわよ。

  紅茶は自分で淹れて飲んでいたけれど、

  おやつとして毎日のようにお菓子は食べていなかったはずだわ」

八幡「そうなのか?」

雪乃「ええ……」


 雪乃は俺の顔のさらに向こう側を見つめると、何か悟ったかのように優しく微笑む。

柔らかい笑みなのに、どうして憐みを感じてしまうのだろうか。

俺はかわいそうな子でもないし、いったいなんなんだよ?


八幡「なんか含みがある言い方だな」

雪乃「そうね。八幡が自分から言った事でもあるわけなのだから、

  私が遠慮することなんて初めからなかったわね」

八幡「すまん。なんか、そう改まって言われてしまうと、

  ちょっとどころじゃないくらい怖いんだけど?」

雪乃「そう? 事実をこれから言うだけよ」


 もしかして、さっきの仕返しか? 雪乃が根に持つタイプだとは知っていたが、

こうも早く仕掛けてくるとは、根に持つタイプだけでなく負けず嫌いってことも関係している

のだろう。ただ、なんでプリンを作ろうとしただけで、こんなに精神を削られたのかが

わからない。だから、すでに精神をすり減らしきった俺は思考を捨てる。

事実もそうだが、考えない方がいいことも世の中にはあるのだろう。


八幡「で、どんな事実なんだよ」

雪乃「これは八幡から聞いた話なのだけれど……」

八幡「もう前置きはいいから、先進めてくれていいから」

雪乃「わかったわ」

雪乃「中学までの八幡は、放課後に学校に残って部活に励む事はなかったし、友達と遊びに

  いく事もなかったじゃない。そうなると自宅に早く帰ってくるわけなのだから、帰宅後に

  使える時間は人よりもたくさんあったと言えるわ。だとすれば、時間をもてあましている

  八幡はすることがないからおやつを食べるという習慣を作ってしまったのもうなづけると

  おもったのよ」

八幡「さらっとひどいことを言っているようにみえるが、おおむね事実だから反論できんな。

  でも、別におやつを食べる習慣があったわけではないぞ」

雪乃「そうかしら?」

八幡「ちょっと小腹がすいたからお菓子を食べる習慣はあったけど、だからといっておやつを

  食べる習慣があったわけではない」


 雪乃は数回ゆっくりと瞬きをすると、さらにゆっくりと首を振る。その仕草を見ている俺と

しては、なんだかイラッと来るのは気のせいだろうか。

とりあえず一応俺の可愛い彼女の仕草なんだし、と自分の心を否定しておく。


雪乃「それをおやつを食べる習慣と言うのではないかしら? 

  なら、八幡にとっておやつとは、どういった定義なのかしらね」

八幡「一応雪乃の言い分もわかる」
887 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/28(木) 17:32:51.38 ID:3eiwQNEj0

雪乃「そう? ちゃんとわかってくれるのだったらうれしいわね」


 心が全くこもっていない笑顔を頂戴した俺は、極力落ちついた声を装って反論を始める。


八幡「雪乃が言いたいのは、おやつとは間食の事だって言いたいんだろ?」

雪乃「ええ、そうよ。朝昼晩の三食の食事以外は、基本的には間食と定義されているわね」

八幡「だな。俺もその見解にはおおむね同意見だよ」

雪乃「だとしたら、八幡が先ほど言っていた小腹がすいたらお菓子を食べる習慣は、

  おやつを食べる習慣と同義と言えないかしら」

八幡「まあ、な。雪乃のその見解も間違っているわけではない。でも、俺がさっきおやつの

  定義にをおおむね同意見だっていっただろ? 

  つまり、賛同できない部分が一部分だけあるってことだ」


 雪乃は俺の説明を聞くや否や、今度は演技でもなく無表情のまま数回瞬きをしながら俺を

見つめると、ゆっくりと首を振ってから大きく肩を落とし盛大なため息をついた。

 さっきのが演技なら、俺も笑って見ていられる。しかしこれが本心からやられると、

心の奥底まで杭で打ち抜かれた痛みが走る。普段から雪乃の精神攻撃を受けて耐性があるとは

思っていたが、こうもナチュラルにやられてしまうと、まじでへこんでしまった。


雪乃「とりあえず八幡の言い分も聞こうかしら」

八幡「お、おう。聞いてくれてうれしいよ」


 涙を拭いたふりをした俺は、雪乃の気が変わらないうちに説明を始める。

指先が湿っている感じがしたのは、気がつかなかった事にして。


八幡「えっとな、昔はどこかのカステラ屋のCMのせいでおやつは3時に食べるものとか、

  そういった時間的概念で否定しているわけではない」

雪乃「たしかにそういった考えも日本には根付いているそうね」

八幡「だろ? 今はCMがやっているか自体知らんけど、なんだかそういうイメージも

  あったりはする。だけど、そういうことで異議を述べているんじゃない」

雪乃「だったら、どういった観点から言っているのかしら」

八幡「それは俺の小学生のころからの日課から説明しなければいけない」

雪乃「友達が一人もいなくて、一人で遊んでいたという黒歴史ね」


 雪乃はさらりと親が聞いたら泣いちゃうかもしれない事実をつまらなそうにつぶやく。

いや、親父なんかは大爆笑しそうだが、このさいどうでもいい情報だ。


八幡「別に黒歴史だって思っていねぇよ。それだったら雪乃だって友達いなかったわけ

  だから黒歴史になっちまうだろ」

雪乃「……そ、そうね。友達がいないだけで黒歴史になるわけではないわね。

  好きで一人でいることを否定すべきではないわ」

八幡「だろ?」

雪乃「私の間違いは認めるわ」

八幡「あんがとよ。で、だな。放課後に小学校に残っていてもやる事はないし、

  俺はそのまま帰宅するんだけど、家に着いたらまずは宿題を済ませていたんだよ」

雪乃「宿題を?」
888 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/28(木) 17:33:37.16 ID:3eiwQNEj0

八幡「そうだよ」


 本気で意外な行動だって思っていやがるな。たしかに俺の行動を見ていれば、

成績が良くても、優等生だとは思わないだろう。


雪乃「ふぅん」

八幡「わかっていないな。ぼっちは宿題を忘れることが許されない。もし忘れる事なんか

  あったら、だれにも頼れないからな。しかも、その宿題が次の授業で使うとなれば最悪だ。

  誰も助けてはくれないし、最悪その授業はなにもわからず、

  ぽつんと一人取り残されることになる」

雪乃「たしかに誰も助けてくれなければ、そうなるわね。でも、先生は何か救済処置を

  してくれるのではないかしら?」

八幡「馬鹿だな。それこそ地獄なんだよ」

雪乃「どういう意味かしら? 私の事を馬鹿扱いするくらいの理由は、

  しっかりとあるのでしょうね?」


 雪乃よ……、言葉のあやだとか言い訳はしないけどさ、一つ一つの語句に突っ込みを

いれないで、話の流れぐらいだと思ってスルーしてくれないのか? なんて顔を青ざめていると、

雪乃はくすりと笑みをこぼす。そうやって俺をからかうようになったのは、

高校時代の毒舌と比べれば優しくなったと思いたい。


八幡「先生が俺の席の隣の女子に頼むだろ」

雪乃「ええ、そうなるわね」

八幡「そうすると、当然その女子は嫌な顔をする。しかも、そのあとの休み時間には、

  その女子はお友達に泣きついたりもする。そうすると、

  お優しいお友達は俺に詰め寄って来て、謝罪しろって言ってくるんだよ」

雪乃「それは大変ね」


 雪乃は当時の俺の姿を想像でもしたのか、なんともいえない微妙な顔を俺に向ける。


八幡「大変なんてものじゃねえんだよ。小学生低学年にとっても、けっこう痛いトラウマに

  なっちまう。だから、俺はその謝罪騒動以後絶対に宿題とか提出物など、学校に

  持ってくる物全てに関して、忘れ物をしないように心がけた。

  いや、忘れ物はしないって制約をたてた」

雪乃「いい心がけなのだけれど、原因が寂しいわね」

八幡「んなもんいくらでもあるから、いちいち寂しがってはいないけどな」


 たしかにいちいち傷ついていたら、ぼっちなんてできやしない。ぼっちは一人だから

傷つかないだろうと思われるかもしれないが、実はそうではない。人と接しなければ、

特定の人からは傷つけられたりはしないかもしれない。しかし、人間っていうものは

恐ろしいっていうか、小さい子供ほど罪悪感がないせいで、集団になってしまうと

その場の雰囲気で不特定多数としてぼっちを攻撃の対象にしたりしてしまう。ぼっちからすれば、

なにもやっていないのに理不尽な攻撃だとしかいえない。よく子供は純粋だとか馬鹿な

ロマンチストが言ったりもするが、それは経験が浅すぎる子供が罪悪感もなしに行動している

にすぎない。罪悪感もないから歯止めもきかないし、大人よりも残酷だと断言できる。

889 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/05/28(木) 17:34:14.09 ID:3eiwQNEj0


雪乃「そうかもしれないわね」

八幡「だから宿題は家に帰ったら最初にやるようにしてたんだよ」

雪乃「でも、悪くはない習慣になったからよかったじゃない」

八幡「まあ、悪い習慣ではなかったと思う。宿題なんてとっとと終わらせてアニメ見たかった

  からな。テレビを見て楽しんだ後に、どうして面倒な宿題なんてやらなきゃならん」

雪乃「それは宿題なのだからやるしかないのではないかしら」


 雪乃の弁と瞳がはさも当然のことだと訴えかけてくる。


八幡「たしかにやらないといけない。でも、せっかくテレビを見て楽しい気分になったのに、

  その満足感をぶち壊すべきではない」


 俺が拳に力を込めて胸のあたりまで突き上げると、雪乃は乾いたため息を漏らす。


八幡「いや、そんな残念な人間をみるような目で俺を見るなって」

雪乃「違うわよ。残念な人間をみるような目ではなくて、残念な人間を見ている目よ」

八幡「そ、そうか。親切な訂正あんがとう」


 どうしてかな。俺は罵倒されているはずなんだけど、どうして俺の方が謝らないといけない

気持ちになってしまうのだろうか。とりあえずこれ以上深入りするとより深い傷を負って

しまいそうなので話を進めることにした。






第51章 終劇

第52章に続く








第50章 あとがき




ネットだと字数制限がない為に、ネタがあれば話をぶち込んでしまう嫌いがあるんですよね。

これはむやみに字数を消費するだけで、主軸がぼやけてしまうだけなのに……。

『愛の悲しみ編』では急には大幅なプロット変更できませんが、

次の章に入りましたら、もっとスリムで主題を明確に書くよう心がける所存です。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。




黒猫 with かずさ派


890 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/28(木) 17:56:15.40 ID:kXMwY4Oko
おつです
891 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/28(木) 21:13:18.69 ID:vwIvtkxUO
乙です
892 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/28(木) 22:45:25.16 ID:q2Fv6ICAO
893 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/04(木) 17:27:19.46 ID:iz7F8BaJ0

第52章



八幡「それでだな。せっかく楽しい気持ちを喪失させない為に宿題などやるべき事をやってから

  アニメタイムにしていたんだが、そうなるとちょっとばかし小腹がすいてくるんだよ」

雪乃「たしかにそうね」


ようやく雪乃に同意を貰えた俺は、笑みを洩らさずにはいられない。だが、ここはぐっと我慢だ。

笑みを漏らして、気持ち悪い笑みだからやめてほしいだなんて水をさしてもらいたくはない。


八幡「で、ちょっと小腹がすくからお菓子を食べたくなるだろ?」

雪乃「ええ、そうね」

八幡「そうすると、夕食の前という事もあって、少し量をおさえてお菓子を食べることになるだろ?」

雪乃「ええ、まあそうね」


こうも雪乃が俺に同意をつづけてくれるとなると、俺の方も饒舌になってしまう。そうなると

俺の滑舌はよくなってブレーキが効かなくり、やはり当然とも言うべき結論に導かれてしまった。

最初らこのことを言うつもりであったのだから、最初からわかっていた結末ではあったが。


八幡「でも、お腹が減っているときに少しだけ食べたりすると、かえって食欲がわいてしまう」

雪乃「そうね。胃の活動が活発になって少量だけでは満足できなくなるかもしれないわね。

  ダイエットで三食食べ、けれど食べる量を減らすという方法があるらしいのだけれど、

  胃の活動の事を考慮すれば、食事の量を減らすのではなく、食事の回数を減らすべきなのか

  もしれないわね。ただ、食べる回数を減らす方法も、食べる量を減らす方法も、どちらの

  方法であってもダイエットの成功には繋がらないでしょうけど」

八幡「どうして失敗だって思うんだよ? ダイエットしたことあるのか?」

雪乃「あるわけないじゃない」


 と、どこを見ているのと言いたげな視線を俺に叩きつけ、しまいには両手を腰に当てて、

そのウエストの細さを主張してきた。たしかに雪乃の体の線は細いし、ダイエットの必要なんて

ないだろう。まあ一部自然とダイエットしてしまって貧弱な胸……いや、ごほん。

なんでもないです。最近では体力のなさを克服しようと、俺を巻き込んで海岸沿いでジョギング

したりしている。俺からするとあの海辺の道路ってジョギングする人が多くて、私頑張ってます

感が漂ってくるんだよなぁ……。それさえなければ最高の場所なのに、

とりあえず俺の考え過ぎと言う事にして保留扱いにしておくことにした。


八幡「雪乃はこれ以上痩せる必要ないし、定期的な運動も始めたから問題ないか」

雪乃「そうね。そもそもダイエットしたいのならば、運動すべきなのよ。楽をしたいからって

  食事制限だけに頼るなんて意味がないわ。いつか元の食事に戻ってしまうのだから、

  リバウンドが起こるのも当然よ」

八幡「詳しいな」


雪乃は俺の指摘に見事に動揺を見せる。俺はふと疑問に思ってしまった事を呟いたにすぎない。

当然すぎる疑問のはずだ。雪乃自身がダイエットとは無縁だと宣言しているのだ。ならば、

雪乃がダイエットに詳しいのは、おかしいとも言える。

ただ、知識として知っているとなればその限りではないが。

894 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/04(木) 17:28:18.99 ID:iz7F8BaJ0
雪乃「あ、あの、そうね。由比ヶ浜さんがそういったダイエット関連の本を読んでいたのよ。

  別に由比ヶ浜さんにダイエットが必要と言うわけではなくて、……予防策というか、

  今の体を維持する為に読んでいた、というのかしらね」


 どうも今作ったばかりの言い訳を言ってるようにしか聞こえないが、

俺はあえてつっこみをいれるなど愚策を選択しない。


八幡「いい心がけなんじゃないか」

雪乃「そうね。あのスタイルでダイエットだなんて、もったいないわ」


雪乃は顔を俯かせて体の一部を凝視し、体を小さく震わせてから顔をあげ、そして俺を睨みつけ

ながらそう呟いた。まあ、どこを見ていたなんて考えるまでもない。おそらく由比ヶ浜と比べて

痩せすぎているお胸なんだろうけど、これこそ突っ込みを入れたら間違いなく生命の危機だ。


八幡「由比ヶ浜はそういった女性誌で話題になりそうなのが好きそうだし、いいんじゃね? 

  きっと仲間内でも話題にもなってるんだろうよ」

雪乃「そうかもしれないわね。それで、さっきの間食をしてしまうと食欲がわいてしまうとは、

  どういうことになるのかしら?」


どうやらダイエットの話はこれで打ち切りか。おそらく由比ヶ浜のダイエットは秘密なんだろうな。

そういや誕生日の時にもそんなこと言ってたような言ってなかったような……。雪乃みたいな

例外はいるけど、基本女なんて一年中ダイエットしてるし、隠そうがそんなもんかなってしか

思わんけどな。ただ、由比ヶ浜の前ではダイエット関連の話はNGということは頭に

インプットしておこう。


八幡「それはだな、少量だけでもおやつを食べるだろ? そうすると食欲がわいてしまって、

  そのまま夕食になっちまうんだよ。時間もちょうど夕食の時間だしな」

雪乃「たしかに間食だけでは物足りず、そのまま夕食になってしまうかもしれないわね」

八幡「だろ? そうなると、少量のお菓子を食べた時点から夕食に含まれるんじゃないか?」

雪乃「はぁ?」

 雪乃は本当に意味がわからないという顔を見せる。こういう反応は俺も慣れたもので、

慣れてしまう事自体が問題かもしれんが、すぐさま補足説明に入った。


八幡「だからさ、少量のお菓子を食べてそのまま夕食になったとしたら、それは食事と食事の

  間にあたる間食にはならないで、つまりその間食はおやつにはならないんじゃないかってことだ」

雪乃「なるほど、八幡が言いたい事はわかったわ。お菓子を最初に食べたとしても、そのまま

  夕食に突入してしまえば、お菓子も夕食の一部に組み込まれると言いたいわけね」

八幡「そういうことだな」

雪乃「それはわかったのだけれど、八幡が言っていたプリンを作る執念とはどういった意味

  なのかしら? 私にはまったく想像もできないから、できることなら私が理解できるように

  説明してくださると助かるわ」


雪乃はわかったと頷いたわりには頭をかかえこんでしまう。どうせいつものへ理屈だと思って

いるのだろうさ。しかも雪乃は今の流れを断ち切るべく、話の流れを一番最初の話題へと

強制接続してきた。俺からすれば、最初に話していた内容さえ覚えてはいない。そんな内容

なのに話を元に戻そうとするとは、よっぽど今の話題が雪乃にとってストレスだったのだろう。

ただし、本当に機嫌が悪くなればストレートに文句を言ってくるので、今回はセーフなのだろうが。
895 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/04(木) 17:29:15.75 ID:iz7F8BaJ0
八幡「ああ、プリンへの執念か。おやつをたくさん食べたいっていう意味だな」

雪乃「それだけでは全く理解できないのだけれど。それに、おやつが用意できないほど比企谷家

  の経済状況は悪くはないはずよ」

八幡「たしかにおやつは毎日用意されていたさ。でも、たくさん食べたいって思うのが子供だろ?

  しかも親が用意しておくのは、お徳用の大きい袋入りのがスタンダードだ。あれって、

  一つ一つのお菓子のサイズが普通に売ってるやつよりも小さく作られている場合が

  あるんだよな。それを親が買ってきた時、子供ながら泣いたっけな」

雪乃「そんな子供は泣かしておけばいいのよ。子供の為におやつを用意してくれるだけで十分

  じゃない。それに、仮に一つ一つの作りが小さいとしても、小さいのならば二個食べれば

  いいと思うわ」


 さすがはお嬢様。こういうところで差をかんじてしまうとはわな。いまさら格差を嘆くなんて

ことはしないし、ひがむことなんてありはしないからいいけどよ。でも雪乃の主張って、

かの某おとぎの国のおフランスの悲劇の王妃を思いだすんだけど……大丈夫か?


八幡「親なんてお菓子の大きさを気にして用意なんてしてないんだよ。だから一個は一個だ」

雪乃「だったら我慢すればいいじゃない」

八幡「それこそ横暴だろ? 相手は子供だぞ?」

雪乃「それはそうね……」


雪乃は指先を見つめながら何か思案する。ただ、それも数秒で解け、新たな提案を示してきた。


雪乃「お小遣いがあるのではないかしら。普段は用意されたおやつで我慢することで忍耐力を

  つけるべきよ。でも、たまには自分へのご褒美として、お小遣いを使ってお菓子を買う

  のもいい社会勉強になるはずよ。それに、親御さんもそういうことに使う為にお小遣いを

  あげているのではないかしら」

 雪乃はさも自分の主張が正しいでしょ、と小さな胸を精一杯突き上げてくる。


八幡「子供の小遣いじゃ大したものは買えないだろうな。雪乃が言うように、たまに買う分なら

  可能かもしれないけど、そんな我慢なんてできやしない。一度買って美味しいものを食べて

  しまえば毎日買って食べたくなるのが子供っていう奴だ」

雪乃「それは八幡だけではないかしら? それこそ我慢して忍耐力をつけるべきよ。そうやって

  我慢する心を鍛えていくのが教育というものでしょ。でも、たしかに一般的な小学生の

  お小遣いでは物足りないのかもしれないわね。お菓子を一度か二度買ってしまえば、

  一カ月のお小遣いを使いきってしまうわね。それに、おやつを買うよりも本も買いたいだろうし」


雪乃はわずかに同情的な顔色を見せる。おそらくそれは本を買うことについてのみ共感した

のだろうけどよ。ただ、ここで雪乃に言っておきたい事がある。実際言う事はないけど……、

子供は本よりもゲームを選んでしまう。最近ではスマホでも遊べるが、

それでもやはりゲーム機もそれはそれで欲しいはずだ。


八幡「お小遣いで何を買うかはこの際置いておいて、子供のお小遣いなんて額が少ないから毎日

  は無理だろって言いたいんだよ」


 雪乃は本を買う事についてスルーされた事で眉をひそめるが、そこんところは雪乃の忍耐力で

我慢したようだ。さすが教育熱心なご両親だねとは言わないでおいた。

言ったらまじで殺されそうだから絶対に言えないとさえ言えないのが怖い。
896 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/04(木) 17:30:16.02 ID:iz7F8BaJ0

雪乃「たしかに小学生のお小遣いでは毎日は無理ね。でも、親が用意するおやつなのだから、

  子供が満足する量を用意しているのではないかしら」

八幡「雪乃が言うように、それなりの量は用意されたてたさ。……そうだけど、食べたいだろ、

  たくさん。子供だし。いつか腹いっぱい食べてみたいって、一度くらいは夢を見るだろ?」

雪乃「そう言われてしまえば身も蓋もないわね」

八幡「だろ? で、だ。俺は家にある材料でおやつを作ろうと考えたんだよ」

雪乃「はぁ……、そういう発想はあなたらしいわね」

八幡「牛乳、タマゴ、砂糖があれば基本プリンは作れる。バニラエッセンスもあれば欲しい

  ところだな。あとは生クリームとかあれば最高だけど、ないものは求めない。プリン1個

  作るのに、牛乳135cc、卵1個、砂糖おおさじ2、バニラエッセンス少々で作れる。これらを

  混ぜ合わせてマグカップに入れて蒸せばいいだけだから、小学生でも簡単に作れるレベルだ」


 雪乃は俺のレシピに頷きながら自分のレシピと照らし合わせているらしい。たしかに俺の

レシピはシンプルすぎるが、シンプルなほど失敗は少ないんだよ、

とちょっとばかし対抗意識燃やしてしまう。


雪乃「そういえば、八幡が作るプリンにはカラメルソースが入っていなかったわよね?」

八幡「嫌いだからな。だから入れない。自分で作るんだから嫌いな物は入れないに決まっているだろ?」

雪乃「でも、この前姉さんが持ってきたプリンは食べていたじゃない? 

  あれにはしっかりとカラメルソースがかかっていたわよ」

八幡「もったいないだろ? ある分は食べる。それでも上の方から食べていって、

  カラメルソースが溢れ出ないようして食べるけどな」


 雪乃も俺がプリンを食べるシーンを思い出し、納得したらしい。

上の方はカラメルソースが溢れてこないから楽しく食べられるんだけど、下の方に行くと

カラメルソースが漏れ出ないようにと、いわばジェンガみたいな精密作業の神経戦に

なっちまう。こっちは美味しく楽しくプリンを食べているだけなのに、だ。


雪乃「でも、カラメルソースも食べていたわよね?」

八幡「最後の最後でもったいないから食べるんだよ」

雪乃「カラメルソースが嫌いっていう変なこだわりがあるようだけれど、でも、あれば食べるのね」

八幡「だから、もったいないだろ。母ちゃんにもものを粗末にしてはいけませんって育てられた

  からな。だからあれば食べる。でも、カラメルソースが嫌いってわけでもない。

  プリンにはいらないって言ってるだけだ」

雪乃「そういえば、小町さんが食べていたプリンにはカラメルソースがはいっていたわよね?

  あれも八幡の手作りだったはずよね」


よく覚えているな。しかも、プリンの底にちょこっとだけ入っているカラメルソースの有無さえ

覚えているって、どこまで記憶力と観察力がすぐれてんだよ? この記憶力、まじでほしいっす。


八幡「あぁ、小町はカラメルソース好きだからな。自分用に入れないが小町用には入れているぞ」

雪乃「はぁ……」

八幡「なんだよ? ……当然だろ、小町が食べるんだから。

  お兄ちゃんとしては小町が食べたいものを作りたいんだよ」

雪乃「根っからのシスコンだったことを失念していたわ」
897 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/04(木) 17:31:07.06 ID:iz7F8BaJ0

八幡「料理ってものは食べてもらう人の好みに合わせて作るもんだろ? だから俺に食わせるん

  ならカラメルソースなしが基本だ。でも小町はカラメルソースが好きなんだから、それに

  合わせるのが料理をする上の心構えってもんじゃねえの? いくら料理の腕があっても、

  食べてもらう人がその料理が苦手だったら、いくら世界で活躍する有名シェフが作る料理で

  あっても美味しいとは思わんだろ?」


 俺の予期せむ真面目すぎる反論に、雪乃は目を白黒とさせてしまう。俺の方も自分がまとも

すぎる内容を偉そうにのたまってしまったことに若干恥ずかしさを覚えていた。


雪乃「ごめんなさい」


 雪乃は小さくそう呟く。小さな体より小さくしぼんで見えてしまう。しゅんっとしたその姿に

愛おしさを感じてしまうのは、俺に変な性癖があるわけではない、はずだよ?

 俺は手が汚れているので、肘をうまく使って雪乃を抱き寄せる。うまくは抱き寄せられは

しない。でも、出来ない部分は雪乃が自分から補ってくれた。


八幡「俺の方こそ偉そうなこと言ってごめん。雪乃が毎日作ってくれる料理も、

  俺の好みに合わせてくれてありがとな」

雪乃「いきなりね。でも、感謝されるのもいいものだわ。また小町さんにお料理を

  教わらないといけないわね」

八幡「小町も料理教えるの楽しみししているってよ。それに小町の方も、

  雪乃から教わるのも期待しているらしいぞ」

雪乃「そう? でも私の料理は本に書かれているレシピ通りにつくっているだけよ。

  それでもいいのかしら?」

八幡「いいんじゃねえの? 一緒に作る事自体を楽しいでいるみたいだしさ」

雪乃「それでいいのなら、私も楽しみだわ」


 俺からすれば事前予想の通り小町と雪乃はうまくいっている。雪乃の方は初めこそ身構えては

いたが、最近ではその堅さも抜けてしまっていて、本当の姉妹って感じさえ漂わせていた。

 ま、俺はそんな仲がよろしい姉妹のお料理を眺めてニヤニヤしているだけなんだけどな。

あまりニヤつきすぎていると、ヘルプ役として怒涛のごとくこき使われるんだが。

……いや、いいんだよ。俺も一緒に料理ができて、と公式見解を述べておこう。


八幡「そういや実家にはラ・グルーゼみたいなお高い鍋がなかったから土鍋を使って作っていた

  けど、ラ・グルーゼは保温性が高いからすごいな。最初は湯銭するにもどのくらい湯銭すれ

  ばいいか手探り状態だったからな。今ではようやく慣れてきたが、最初は今までのデータが

  使えなくて失敗しまくって、実家から土鍋かっぱらってこようかと思ったほどだ」

雪乃「あれで失敗なの? たしかに多少はすが入ってしまってはいたけれど、十分美味しかったわ」

八幡「すが入った時点で失敗だが、そうじゃないんだ。

  俺が求めるプリンの堅さじゃなければ失敗作なんだよ」

雪乃「意外とこだわりがあるのね」

八幡「そうでもないぞ。うまいものが食べたいだけだ」

 雪乃も料理への情熱があるものとばかり思ってお誉めのお言葉を述べた用であったが、

その情熱の方向性が食欲だとわかると、次に用意してあっただろうお誉めの言葉を廃棄処分し、

残念そうに俺を見つめるだけだった。
898 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/04(木) 17:32:31.94 ID:iz7F8BaJ0
雪乃「そう……。八幡らしいと言えば、そうなのかしらね。でも、美味しいものが食べたいから

  頑張って料理をするというのも、料理をする行動原理には叶ってはいるのかもしれないわね。

  私も美味しいものが作りたいわけだから、ある意味では八幡と同じ意見とも言えるわね。

  だけれど、何故かしら? 八幡の言葉を聞いていると、どうしても私の考えとはだいぶ

  乖離しているのよね。そう考えると不思議なものね。同じ言葉を述べていても、

  それを言う人間によっては言葉の意味合いが大きく変わってしまうのだから」


 あれ? お誉めの言葉が呆れに格下げされてない? しかも、俺が余計な言葉を喋るほどに

格下げされまくりそうなのは、俺の思いすごしだろうか。

だから俺は雪乃の瞳が解凍できなくなる前に話題を修正することにした。


八幡「でも、ラ・グルーゼは使い慣れれば土鍋以上に便利だよな。熱が入りやすいしよ」

雪乃「たしかにそれはあるわね」

八幡「しかもオレンジだぞ、オレンジ。土鍋とは色が違う。華やかさが全く違う」

雪乃「土鍋も鍋料理をするときには風情があるわけだから、色で区別する意味がわからないわ」

八幡「そうか? あのオレンジの鍋といったら、俺みたいな庶民からすれば憧れの鍋なんだよ。

  店に行って展示されているのを見る事はあっても買うことなんて絶対にない。そういう

  高嶺の鍋なんだよ。だから最初は試行錯誤して蒸す時間を調整しなければならなかったが、

  やっぱ目の前にあって使ってもいいとなれば使わないと損だからな」


あら? なんだか雪乃さんの体から冷気が発生しているような気がするのは気のせいでしょうか?

もしや、話題の修正に失敗したか? ただ、その冷気も長くは続かなかった。


雪乃「まあいいわ。私も使ってみたい料理器具がないわけではないのだから、一概に八幡の動機

  が悪いわけではないわね。……でも、どうして八幡が言うとマイナスの意味合いが

  クローズアップされてしまうのかしらね」


 と、意地が悪い笑みを俺に叩きつけてくる。そんなの既にわかっているはずなのに問いかけて

くる。どうせ俺の日頃の言動に原因があるんだから、はっきりといえばいいのに。

でも、言わないのは改善する必要がないという意味ともとれるわけで。


八幡「そんなの俺の言葉を聞いた方に悪意があるに決まっているだろ。

  言葉なんて受け取り手の意識次第だからな」

雪乃「それもそうね」

別に俺の方に雪乃に一矢報いたい思いがあったわけではないが、雪乃の方は何か思うところが

あったのだろう。小さく一つ頷くと、言葉を深く吟味しだす。

しかし、しばらくたってから雪乃から出た話題は、全く違うものであった。


第52章 終劇

第53章に続く


第52章 あとがき

BD特典に小説つくそうですが、一部の噂では別ルート(IF)とか言われていますのね?

原作者が書く二次小説?って見てみたいものです。

来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。

黒猫 with かずさ派
899 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/04(木) 19:53:58.37 ID:4s3uYwLAO
900 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/04(木) 21:47:15.04 ID:XkMkN3eqO
乙です
901 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/11(木) 17:30:43.91 ID:arGFvPfV0
第53章


雪乃「それにしても土鍋でプリントって、変な組み合わせね」

八幡「作れればいいんだよ。それに土鍋だって保温性が優れている」

 どうやら先ほどの話題はもう終わりらしい。終わりなら終わりでいいし、

そもそも雪乃から仕掛けてきた話題だ。俺の方で長々と延命させたいわけでもない。

 だけど、こうして毎日かわしている言葉でさえも、俺の意図とは違った意味で雪乃が

受け取っている場合も少なからずあるはずなわけで、これが自分の意思を隠すのが

上手な人間の言葉であれば、なおさら真意を読みとることが難しくなってしまう。

 ただ今はこんな小難しい事を考えるべきではない。難しい顔なんて雪乃に見せたら、

せっかく話題を変えようとしてきた雪乃に申し訳がたたないってものだ。きっと雪乃は、

俺がこの先にある答えにたどり着く事を避けようとしたのだから。

だったら俺は雪乃の口車に乗るしかなかった。
 

雪乃「たしかにそうね」

八幡「そもそも鍋が変わろうと作り方は同じだしな。鍋でお湯を沸騰させて、火を切る。

  そして、その中にプリンの材料を入れたマグカップをラップで封をしてから入れ、

  鍋の蓋をして待つだけなんだから、小学生でも作れる」

雪乃「その簡単なレシピのおかげで八幡少年がプリンを作るようになったのね」

八幡「まあな。とはいうものの、この方法は時間がかかるけどな。本当はお湯を沸騰

  させないように火をかけ続けたほうが短時間で仕上がるからいいんだけど、

  失敗しやすいんだよな。ちょっと目を離すとすぐすが入っちまう」

雪乃「その辺は経験よね」

八幡「たしかに俺もその辺は経験を積んで出来るようにはなったさ」

雪乃「でも、今は火をつけ続けない方法よね?」

八幡「ああ、その方法を採用している。そっちの方が成功率が格段にいいからな。

  俺は最初に鍋に入れてから10分保温させてから、再び加熱する方法を採用している」

雪乃「それは調べたり、教えてもらったのかしら?」

八幡「いんや、自己流だよ。どうしたら好みのプリンになるか考えてだな」

雪乃「プリンへの執念がすさまじいわね」


 俺が普段は見せないプリンへの執念を熱く語るほど、雪乃は引き気味な態度を取る

ようになる。けっして表情には出さないようにしているが、俺も雪乃とずっと一緒にいる

わけで、雪乃の小さな感情の変化を読み取ることができるようにはなってきていた。


雪乃「そうやって小学生のころから作っていたのだからうまくはなるのね」

八幡「そうだな。小町がとろとろのプリンが食べたいっていったら、その堅さになるよう

  に牛乳をちょっと増やしたり、蒸し時間を減らしたりして研究したもんだな」

雪乃「いいお兄さんをしていたのね」

八幡「でもな、ある日突然プリン禁止令が下ったんだよな」

雪乃「どうしてかしら?」

八幡「いくら家にある材料でも、週に何度も作っていたらすぐに材料がなくなるだろ。

  俺と小町は当然食べるとして、親も仕事で疲れて帰ってくると甘いものが欲しく

  なって自然と食べちまう。そこに子供が作ったプリンがあるんだから、食べたくなる

  のが親ってものだ。親父の場合は最初のころは小町が作ってた思ってたいそう喜んで
902 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/11(木) 17:31:48.63 ID:arGFvPfV0
  食ってたらしいけどな。

  あとで俺が作ったと知って落胆していたわりには食べる量は減らんかったがな」

雪乃「美味しかったのでしょうね」

八幡「どうだかな。小町が作っていないとわかったせいで大事に食べる必要が

  なくなったともいえるけどな」

雪乃「……そうかもしれないけれど、あまり考えない方が身のためね」


実際には考える必要もなく答えが出ているのはどうしてだろうな。かなしくなるから言わんが。


八幡「で、だ。家族四人がパクパク食ってたら、そりゃあすぐにプリンがなくなり、

  さらにプリンを作れば材料も底をつく」

雪乃「それでプリン禁止令?」

八幡「まあ、な。でも、小町が断固反対を貫いてな。親父が最初に折れて、母親も

  なくなく折れたって感じだ。かあちゃんも自分でもプリン食べてたから強くは

  言えなかったものあるとは思うけどな」

雪乃「小町さんに弱い家族なのね」

八幡「それは認める。でも、それが何が悪い」

雪乃「開き直られると言葉を失うわね。……そうね八幡。

  私が好きなプリンも作ってくれるかしら?」

八幡「あいよ」

雪乃「チョコレートのプリンが美味しかったわ。また食べたいわ」

八幡「ん……」

雪乃「私も八幡が作るチョコレートプリンが食べたくて、

  自分でも作ってみたのだけれど、なかなかうまくいかないものね」

八幡「あぁ、あれはココアの混ぜ方にコツがあんだよ。綺麗に混ぜすぎると失敗すんだよ」

雪乃「でも不思議ね。好きなことなら面倒な事さえも率先として行動するのね。

  普段の八幡からは想像できないわね」

八幡「好きなものだったら集中できるだろ。それがたまたまプリンだっただけだ」

雪乃「それをもっと外に向けるものだったら、もっと違う人生があったのだと思うと、

  少しせつないわね」

八幡「そうか? そんなことをしたら雪乃と付き合えなくなっちまうから必要ねえよ」


 はっと息を飲む音が聞こえる。今度ばかりは表情を隠す事も出来ずに顔を朱に染め上げ

た雪乃がそこにはいた。声にはならない文句を口で形作り、このままでは臨界点を

突破して俺まで羞恥に悶える結果になりそうだった。だから俺は雪乃限定の読唇術で

その意味を読みとり、素直に批判を受け入れることで雪乃の行き場のない発露を開放した。


八幡「まあ、俺は何をやったとしても俺だったと思うぞ。

  だから、雪乃と付き合わない選択肢はない」


まあ、待てって。さっきよりも赤みと熱を帯びたその頬に、俺は焦りを覚えながら言葉を続けた。

八幡「人生にもしもなんてないだろ? でもあったとしたらどうなるんだろうな?」

雪乃「そうね……。でも、今の自分に満足しているから考える必要はないわ」

八幡「そっか……、俺もそうだな。……ちょっと待てよ。いや、うん、そもそも過去での

  選択肢を変えるって事は、未来の事を知ってるっていう未来予知ができる事が前提
903 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/11(木) 17:32:43.38 ID:arGFvPfV0

  だよな。まあ、過去をやり直すと考えれば未来予知という言葉は不適切だけどよ。

  どちらにせよ選択肢を変更してなかった事にしてしまう未来を知っている事自体が

  おかしくないか? だって、その未来そのものを否定してなかったことにするんだぞ」

雪乃「相変わらず捻くれているわね。たしかに理論的に考えれば八幡の考えも否定でき

  ないわ。でも、そもそもそんなことを考える事自体がナンセンスよ。だって無意味

  な仮定な話なのよ。そこに現実的な思考をもってくること自体が馬鹿げているわ」

八幡「それもそうか。だったら、未来を知ることができないとすれば、結局はどの選択肢

  を選ぶ俺であっても俺なわけで、そうなると選ぶ選択肢は同じになるってことだな」

雪乃「単純な八幡なら、どの未来の八幡であっても選ぶ選択肢は同じね」

八幡「あまり誉められている気はしないけど、……どの未来でも雪乃とこうやって

  馬鹿な会話をしてるんだろうな」

雪乃「そ……、そ、そ、そそそそ…………こほんっ。その、そうね」


 あんさ……動揺してパニクっている雪乃もかわいいっていったら可愛いんだけどよ。

どうして冷静さを取り戻す為に俺の腕をつねりあげるんでしょうか? 

雪乃は俺が顔をしかめるのを確認すると、ひとつ笑顔を俺に向けてから会話に復帰した。


雪乃「たしかに同じ人間ならば選ぶ選択肢は一つに収束してしまうわね。でも今話して

  いる仮定の話は別の可能性の未来を考えているのだから、「たまたま」違う選択肢を

  選んだ場合の未来を考えてみるのも面白いのではないかしら?」

八幡「そうか? ……そうだな。「たまたま」違う選択肢を選んだとしたら、それは

  もう俺じゃない。違う比企谷八幡だ。だから俺が考えても意味がないだろ」

雪乃「え?」

八幡「だからさ、今の俺は今までの経験の積み重ねによって構成されているんだから、

  その前提が壊れたら俺ではなくなる。つまりは違う選択肢を選んだ時点で俺の自我は

  存在しなくなるんだよ」

雪乃「そうね……、たとえばテストでミスをしてしまって、

  それを直してみたいとは思わないのかしら?」

八幡「それは変えたいに決まってるだろ。今すぐにタイムリープして回答を書きなおすに

  決まってる」


 あれ? どうしてため息をついているのでしょうか?


雪乃「私がばかだったわ。少しでもあなたの事を見なおした私が愚かだったようね」

八幡「どういう意味だよ?」

雪乃「雑魚っぽくて素敵よ。ある意味小物を演じさせれば八幡以上の小物はいないわ」

八幡「誰だって小さなミスを挽回したくなるだろ?」

雪乃「その小さな間違えさえも経験であって、自分を構成する一部ではないのかしら?」

八幡「たしかにそうだけどよ。でもさ、人生の分岐点ってやつ? 

  あれなら絶対変更しない。変更なんてできやしないからな」

雪乃「ちょっと強引な論理ね。でも、好きよ。たとえもその他大勢の名前さえない

  登場人物である八幡であっても、そこから八幡を探し出してあげるわ」

八幡「ん、期待しとくわ」

雪乃「そこは自分が私を見つけ出すっていうところではないのかしら?」
904 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/11(木) 17:33:19.46 ID:arGFvPfV0

八幡「いいだろ別に。だって俺は小物だからな」

雪乃「仕方ないわね……」

重ねあわされた手の感触が、その温もりが俺の自我となって重なってゆく。

雪乃が言っていた小さな経験の積み重ねさえも今の自我を形成するっている考えは、

実は俺も賛成だったりする。なにせその小さなミスがなければ、

こうして雪乃と一緒にいれらなかったかもしれないと考えてしまう小心者でもあるからな。

まっ、雪乃はこのことさえ気が付いているようだけど。





7月13日 金曜日


昼食といえばとりあえず栄養補給ができればよく、人様にご迷惑をおかけしないでひっそり

とするのが習慣だったのに、この大所帯、なんなんだよ。といっても俺、雪乃、陽乃さん、

由比ヶ浜、そしてここに弥生姉弟が加わった6人だけなのだが、どうも周りの視線が気に

なってしまうんだよな。もともと雪乃と陽乃さんが一緒だと目立ちはしたが、先日の

ストーカー騒動の後始末が響いたのか、どうも以前よりも好奇の視線が増えたような気が

してしまう。まあいいか。どうせ俺のことなんて気にする変わりもんなんていないし、

精々他の連中の事を見てやってくれ。
 
と、俺が勝手に人身御供を献上しているあいだに食事の準備は整ったようだった。


結衣「すっご。やっぱ美味しいぃ。前のもすごかったけど、今回もすごすぎだよね」

陽乃「そう? ガハマちゃんに誉められるのも悪い気はしないけど、今日から新しい

  仲間も加わるわけだし、最初くらいは盛大にやっておこうかなってね」

夕「すみません。しかも私はお弁当も作れないありさまなのに」

陽乃「いいっていいって。私が好きで作ってるんだから」

夕「そうですか? ありがとうございます」

八幡「だとすれば、やっぱ俺もここは弁当当番は辞退して、

  作りたいっていう人に名誉ある弁当当番を献上したいなっ……」

陽乃「駄目に決まってるじゃない」

結衣「それは駄目に決まってるじゃん」

雪乃「却下よ」


なんでこういうときに限って息があうんだよ。雪乃と陽乃さんはなんだかんだいって

波長があいそうだけど、ここに由比ヶ浜まで加わるとなると、

裏でなんか嬉しくもない会合でもしているんじゃないかって疑っちゃうよ?


夕「でも、ほんとうにお上手ですね。私もせめて料理くらいはできるようにならないと

  結婚なんて出来そうもなくて、困っているんですよね。といいましても、お料理を

  披露する殿方がいない事自体が大問題なのですけどね。

  ……あら、こんなに美味しいお弁当食べたの初めてだわ」


夕さんはここにはいない某平塚先生と同じような嘆きを吐露しているわりには平然と箸を

すすめる。どちらも立候補したいって思う男連中がたくさんいそうなのに、どうして相手

が見つからないんだ? やっぱ性格か? 性格が問題なのか? 見た目だけなら全く問題

がなさそうなのに、それでも相手が寄ってこないって、よっぽどだよな。だとすれと、
905 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/11(木) 17:34:00.66 ID:arGFvPfV0
結婚相手に求める理想が間違っていて、分厚いフィルターを通してしか男を見てないから、

結果として最初から対象外として扱っているとかしてるんじゃないかとさえ思えてくるぞ。

そう考えると納得できるか? 理想が高すぎると婚期を逃すって言うしな。ん? 待てよ……。


雪乃「どうしたの八幡?」

八幡「結婚って聞くと平塚先生思い出していたんだけどさ」


 あら? 弥生姉弟は別として、他の奴らはどうしてそんなにも残念そうっていうか
かわいそうな平塚先生を見る目をしてるんだよっ。たしかに平塚先生は結婚できないけど、

結婚できないけど、それでも楽しくやってるじゃないか! 一人でだけど……。


雪乃「平塚先生がどうしたのかしら?」

八幡「いや、直接平塚先生の事ってわけじゃなくてだな。結婚で思いだしたんだが、

  高校時代俺が専業主夫になりたいって言ったらみんなして俺の進路を否定していたよな」

雪乃「当然じゃない」

八幡「まあ俺も今気がついたんだが、やはり当時の俺は考えが甘すぎたんだな」

雪乃「いまさら気がついたの?」


 平塚先生の時よりもかわいそう度がアップしていません?

 憐みに満ちた視線に心が折れそうになるが、そこはぐっとこらえて俺は話を続けた。


八幡「そうかもな」

雪乃「今さらだけれど、気がついてよかったわ」


 だから、かわいそうな子を見る目をするなって。


八幡「ああ、気がついてよかったよ。専業主夫になる方法が間違ってたんだな」

雪乃「え?」


 おいっ。今度はあまり事情を知らない弥生姉弟までひきまくってるんじゃないか? 

まあいいさ。俺の最高の方法を聞けば納得するだろうしな。


雪乃「一応聞いてあげるのだけれど、どういった方法を思い付いたのかしら?」

八幡「簡単な事だ。主夫になるには相手が必要だよな」

雪乃「ええそうね」

八幡「となると、パートナー探しは重要になる」

雪乃「たしかにそうね。でも結婚するのであれば、どのような結婚になろうとも

  パートナー探しは重要だとは思うわ」

八幡「まあな。でも、主夫になる為には、結婚相手の対象とすべき相手のタイプが

  間違っていたんだよ。今までは漠然とそこそこの大学行って、家事スキルを磨けば

  結婚できると思っていたんだが、これは甘すぎた」

雪乃「おそらく新しく思い付いた方法も甘すぎるとは思うのだけれど……。

  いえ、いいわ。一応最期まで聞いておきましょうか」


 なんか字が違くないですか? なんか「最後」が「最期」って意味合いに聞こえて、

死刑宣告に聞こえてくるのは気のせいでしょうか?


八幡「お、おう……。俺が間違った方向に進んでしまった大きな原因は、

  俺の周りに女性陣のせいだと思われる」
906 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/11(木) 17:34:38.71 ID:arGFvPfV0

結衣「えぇ〜、あたしがヒッキーになにか影響与えたってこと? 

  でも、そうおもってくれるんなら嬉しいかも」

八幡「安心しろ由比ヶ浜。お前は俺の結婚観になんら影響を与えていない。

  だから悪影響を与えたかもって悩む必要はないぞ」

結衣「それはそれでやな感じ」


 え? なんでふくれっつらなんだよ。

俺はさりげなぁく由比ヶ浜のフォローをしてあげたっていうのに。


雪乃「由比ヶ浜さん。一応最期まで八幡の言い分を聞いてみましょう。それから刑罰を

  ……、いえ考えを改めさせても遅くはないわ」

結衣「そうだね」


 って、おいっ。笑顔で同意してるんじゃないって。

しかも雪乃のやつ、なんかぶっそうな発言までしてるしよ。


八幡「え〜、そのだな、話続けた方がいいのか?」

雪乃「ええ、お願いするわ」

八幡「そうか。じゃあ進めるぞ。俺に間違った方向に影響を与えてしまった人物とは、それは

  やっぱ平塚先生だな。本来ならば主夫を目指すのなら年上の女性と結婚すべきなんだよ」

雪乃「それはどういうことかしら? 別に同い年でも、

  年下であっても主夫になることは理論上では可能なはずよ」

八幡「たしかに雪乃の言う通り理論上は可能だ。だがそれだと可能性が低くなってしまう」

雪乃「誰を選んだにせよ、可能性は低いままだとは思うのだけれど……」


聞こえてますよぉ、雪乃さん、ぼそっとぎりぎり聞こえる声で言っているみたいだけど、

はっきりと聞こえてますからねぇ。だが、雪乃によるストレステストを毎日受けている俺

からすれば、まだ問題ない。だから俺は聞こえないふりをして話を続けることにした。


八幡「考えてみてくれ。年上の女性なら俺よりも先に就職しているから収入も安定していて、

  生活の不安が小さい。だから、その安定した生活に俺が主夫として加わったとしても、

  俺が家庭から妻を支えれば、より安定した生活を送れるはずだ」

雪乃「色々と疑問に思う点が散見しているのだけれど、

  問いただしても無意味だろうから話を進めてもいいわ」

八幡「おうよ」


 でも、こめかみに手をあてて首を振るのは、ちょっとばかし心に突き刺さるのでやめて

いただけないでしょうかね。でもでも、八幡はめげないからねっ。


八幡「でもな、この最高の道筋も平塚先生のせいで考えないようにしてしまっていたんだよ。

  俺の周りにいる身近な年上女性っていったら平塚先生くらいだからな。今では俺が

  もっと早く生まれていれば惚れていたと思うけどな。でも最初の印象が悪すぎた。

  俺に警戒心を刷り込んでしまったんだよ」

雪乃「そ、それは認めざるをえないかもしれないわね。悔しいのだけれど。

  それはそうと、今は平塚先生に惚れてはいないのでしょうね?」


冷房の温度設定がマイナスに反転し、凍える冷気が俺に噴きつける。
907 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/11(木) 17:35:13.73 ID:arGFvPfV0
雪の女王ここに健在か。雪乃がいれば夏でも冷房要らずと喜べないのは、

命の危険があるからだろうな。エコには最高だろうけど、命には代えられないだろうし。


八幡「惚れてないから、まじで惚れてないからな」

雪乃「そう……」

陽乃「はいは〜い。私も年上だよ?」

八幡「いや、その……。陽乃さんは年上云々という以前に陽乃さんですから」

陽乃「あれ〜、そのいいようなんだと傷ついちゃうかもしれないわね。うん、傷つい

  ちゃったな。傷ついたのを今晩癒してくれないといけないから帰さないでいいよね」

雪乃「姉さん。ここで姉さんが介入すると、ただでさえ面倒な八幡のご演説がより複雑に

  なってしまうから、ここはご遠慮して頂けると助かるわ」

陽乃「ふぅ〜ん。まっいっか。じゃあ比企谷君。あとで楽しみにしているからね」

八幡「あぁ〜……はい。覚えていましたら」

陽乃「ん、覚えていてね」


 はい、今すぐデリート致します!


結衣「城廻先輩も年上だよね?」

八幡「まあな。でも城廻先輩は養ってもらうっていうよりは、守ってあげるって感じだから

  結婚相手としては違うな。同じような理由で下級生も対象外だ。先に俺の方が就職

  するわけで、下級生に養ってもらうなんてできないだろうからな。むしろ就職して

  いる俺の元に嫁入りして家庭に入ってしまいそうでもある。俺ならそうする。

  だから下級生は対象にすべきではない」

結衣「ふぅ〜ん。でも同級生だって同時期に就職するんだから養ってもらおうと

  思えば養ってもらえるんじゃないかな?」

八幡「それは無理だ」

雪乃「どうしてかしら?」

八幡「同級生はな、一緒の学年ともあって一緒に就職活動をしてしまいそうだ。殺伐と

  した就職活動中に、婚約者たる俺が主夫になるなんて言えるわけもない。だから、

  空気を読んで俺も就職してしまいそうだ。だから同級生は対象外になるんだよ」

結衣「まあそうかもね。あたしもみんなが就職活動しているの見ていたら、自分も頑張ろうと

  思うし。……でも、ヒッキーの場合は周りの事なんか気にしないで我が道を進みそう」

八幡「んなわけないだろ。気にしまくりだ。ここで婚約者を逃したら、大学卒業後に

  どうやって結婚相手を探すっていうんだよ。それこそ完全に就職しないと

  出会いがなくなっちまうだろ」

結衣「そう言われればそうかもしれないけど……」

雪乃「あら? そう考えてしまうのは間違っているわ。だって八幡は同級生である私と

  付き合う運命なのだから、他の同級生について考える必要なんてないのよ」


 あれ、口が開かない……。冷え切った冷気が俺を凍結し、凍りついた血液は鉄よりも

硬い管となって俺の身を拘束していった。


陽乃「だったら私と結婚する? 養ってあげるわよ。」

八幡「え? まじっすか?」


訂正。太陽の光はどうやら雪の冷気よりもお強いようで、俺の拘束を解除していくれた。
908 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/11(木) 17:35:52.52 ID:arGFvPfV0

陽乃「うん、まじまじ。しかも料理も作ってあげるからね。実家で親と同居でもいいんなら、

  掃除もハウスキーパーがやってくれるし、家事はしなくてもいいわよ。親だって

  ほとんど家にいないんだから、朝ちょこっと顔を見せればいいくらいだしさ」


 なにこの最上級物件。今すぐ役所いって婚姻届貰いにいっちゃう? 

地獄への片道切符のような気もするけど、この際考えないようにすべきだな。


雪乃「姉さんはなにをいっているのかしら? 就職しないために大学院に進学したり、

  海外留学までしようとしていたじゃない」

陽乃「愛する人ができたら、人は変わるものよ」

雪乃「あら? それならば姉さんはまったく変わっていないのだから、どうぞご勝手に

  海外に留学してください」


陽の嵐と雪の吹雪が荒れ狂う中、俺達はそっと一歩身を引く。周りを見渡すと、あんなに

たくさんいた野次馬根性丸出しのギャラリーが一人もいなくなっていた。つまりは

この広い教室には俺達6人しか残っていないわけで。とりあえずお弁当会初日から

とんでもない醜態をさらしてしまった俺としては、ちょっとばかし弥生姉弟に申し訳ない

気もわいてしまう。だから俺は視線を横にスライドして二人の様子を伺った。……なにあれ?

どうしてこんなにも凶暴な環境の中でふたりしてほのぼの空気満載で食事していられるんだよ。

あぁあれか? 昴は夕さんと二人っきりの空間ではないと食事ができないっていってた

けどよ、面倒だから俺達の事を頭から遮断したってわけか?まあ夕さんは、

あのほのぼのパワーで雪乃と陽乃さんの凶器を受け流しそうだけどさ。


結衣「どちらにしてもさ。ヒッキーに主夫は無理なんじゃない?」

八幡「どうしてだよ?」

結衣「なんとなくだけど、仮になれたとしても大変そうだなって。嫁姑関係ってわけでも

  ないけど、ゆきのんちの女性陣強すぎるなって」

八幡「奇遇だな。俺も主夫も大変なんだって今改めて実感していたところだよ」

結衣「ははは……」


 由比ヶ浜の乾いた笑いが嵐によってかき消される。俺は陽乃さんが用意したポットから

お茶を注ぐと、由比ヶ浜に手渡す。それを無言に受け取った由比ヶ浜は、なんともいえない

微妙な笑顔を俺に見せるので、俺もとりあえず笑顔らしい笑みを送り返しておく。


八幡「まっ、結婚生活なんて他人同士がするんだから慣れだな」

結衣「だね。でも、この姉妹喧嘩に慣れてしまうのもどうかと思うけどね」

八幡「あぁ、同感だ」


 二人のじゃれあい(核戦争)を見つめながら、

しみじみお茶を飲んでいる俺と由比ヶ浜だったとさ。




第53章 終劇

第54章に続く




909 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/11(木) 17:36:24.80 ID:arGFvPfV0


第53章 あとがき



このあたりからプロットの変更といいますかスリム化を致しました。

といいましても、大幅な変更はできないところは痛いですが、

メインの流れを大切に書いていこうと思っております。


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派



910 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/11(木) 17:36:39.03 ID:RIyyqcf3o
ここ見ると木曜かと気が付く
911 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/11(木) 18:04:36.57 ID:JjcflWnRo
乙です
912 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/11(木) 18:23:10.27 ID:96GnxFXAO


たしかに木曜日だと感じる……
913 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/18(木) 17:26:35.66 ID:vyxJT6kE0

第54章


 強い日差しから逃げるように木陰で文庫本を広げて待ち人を待つ。

ま、講義が終わったから雪乃と陽乃さんが来るのを待ってるだけなんだが。

 やはり俺の目の前を通り過ぎていく生徒たちの話題といえば、迫りつつある期末試験の話題

でにぎわっていた。俺も人事ではなく、今も小説なんか読まないでテキストを見なおしたほう

がいいのだろうけど、さすがに今日の講義が全て終わった直度に自分に鞭を打つなんて気合が

入った勉強などできやしない。

俺に出来ることといえば、英気を養うという現実逃避の小説世界への没頭くらいがせいぜいだ。

それに、これからやってくる二つの台風が容赦なく俺からエネルギーを削っていくのだから、

今くらいは自分を甘えかせても罰など当たらないはずだ。


陽乃「お待たせ」

八幡「あ、はい。じゃあ行きますか。それともどこ通って行くところでもありますか? 

  スーパーで食材買うのでしたら買ってから帰ったほうがいいですし」

陽乃「それもいいかもしれないわね」

八幡「雪乃は?」


 いつも通りの俺に陽乃さんが話しかけてくるものだから、当然のように雪乃も一緒にいる

のかと思いこんでいたが、その雪乃は陽乃さんの陰に隠れて身を潜めているわけではなかった。

陽乃さんと雪乃が一緒に来るのが習慣になったのは、主にストーカー騒動時に雪乃が陽乃さん

がいる校舎に近いからという理由である。その本来の目的がなくなった今は、別に雪乃と陽乃

さんが一緒に来なくてもおかしくはない。しかし、いまだに一緒に来るのは俺の期待通りに

姉妹間の仲が向上したわけでもなく、ただたんに雪乃が陽乃さんを見はっているという、

これ以上の理由を聞きたくもないという理由からであった。


陽乃「雪乃ちゃん? 雪乃ちゃんにしては珍しく携帯落としちゃったんだって」

八幡「じゃあ誰か拾っていないか、とりあえず鳴らしてみましょうか? 

  運よく拾ってくれている人がいたら出てくれるはずですし」

陽乃「ううん。落としたといってもなくしたんじゃなくて、地面に落としちゃったのよ。

  で、画面割っちゃったわけ。だから機種変更してから帰るから、先に帰っててだって」


 ん……っと。ごめん、信用できねぇって。

 外見上は嘘をついているようには思えないが、どうもうさんくさく思えてしまう。

こういう場合、雪乃だったら公衆電話か陽乃さんの携帯を使って俺に連絡するはずのなに、

それがないとなるとどうしても陽乃さんの言葉はそのまま飲み込めない。

 いや、ね。信じたいんだよ。信じたいんだけどさ……。


陽乃「あぁ〜、私の言ってる事を信じてないって顔してるぅ。やっぱ嘘ばっかり付いてきた私

  のことなんて信用してくれないんだ。そうなんだ。そうなんだよね。傷ついたなぁ。

  傷ついちゃったよ。だから、いやらしく介抱してね」


 最後の言葉の後にはハートマークが付きそうな笑顔だったが、今は最初の言葉以外は

聞かなかった事にしとこう。そう、言ってない。陽乃さんは俺を疑っただけ、だ。


八幡「信じていないわけではないですよ。ただ、雪乃らしくないかなって思ってただけで」
914 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/18(木) 17:27:22.34 ID:vyxJT6kE0
陽乃「それは間接的に私の事を疑ってるって事じゃない」

八幡「そうはいってないじゃないですか」

陽乃「だったら私を裸にひんむいて、どこにも嘘がないって調べればいいじゃない」

八幡「あの、どこに裸にする必然性があるのかが……、わからないのですが」

陽乃「あら? やっぱりスパイの拷問っていったらこうじゃない?」

八幡「知りませんからっ。どこの官能小説ですか」

陽乃「官能小説? 比企谷君ってそういうのを読んでいたのね」


 うっ。本当に読んでいないよ。読んでいないったら。風のうわさで聞いただけで、

そういうジャンルというかお決まりパターンがあるって聞いただけですって。


八幡「読んでません」

陽乃「でも、信じてくれるんなら裸になっても構わないわよ」

八幡「そんなことをしなくてもいいですから。いや、むしろしないでください。

  お願いします。土下座がお望みでしたらしますから、どうか勘弁してください」


 どうして俺が謝らんといけないのかわからなくなったが、本能が俺を突き動かしてしまう。

ほらやっぱ、危険が危ないしッ。


陽乃「でも、比企谷君は信じてくれていないみたいだよね? ……そだっ」

八幡「なんです?」


 陽乃さんのわざとらしい今思いついた風の切り出しに、全身の毛が総立ちになり、危険信号

が全身を駆け巡る。そもそもこの人が思い付きで切りだすとは思えない。予め思い付いていた

いくつものある選択肢の中から選ぶ事があっても、どんな想定外の事態がふりかかろうが

想定内で収めてしまうのが雪ノ下陽乃だ。


陽乃「比企谷君が私の事を信じられないというのなら、比企谷君が直接雪乃ちゃんに電話して

  みればいいじゃない。私が嘘をついているんなら、

  比企谷君の電話が雪乃ちゃんに繋がるはずでしょ?」

八幡「疑ってすんませんでした」


 俺は直立不動の体制から勢いよく頭を90度下げる。

 たしかに陽乃さんを疑ってしまった。でも、実際雪乃で電話すれば嘘かどうかなんてすぐに

ばれるわけで、そんなどうしようもない嘘を陽乃さんがつくわけなかったんだ。

 俺が実際電話して雪乃がでることになれば、それはそれで俺をおちょくっていたという

実被害が俺限定という極めて小規模の被害で済む。それならいつもの陽乃さんのちょっかいで

くくれるわけだし、そう思うと俺の緊張は一気に流れ落ちていった。


陽乃「いいのよいいのっ。普段の行いが悪いってわかっているから。

  でも、ちょっとだけ傷ついちゃったかな」

八幡「本当に申し訳ありませんでした」


いまだに頭をあげられない俺に、陽乃さんはそっと俺の頭に手をのせて柔らかく撫で始めた。


八幡「陽乃、さん?」

びっくりした俺は思わず頭をあげようとする。けれど、その勢いは陽乃さんの両手の力に

よって減速され、そのまま柔らかい感触に包まれていく。
915 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/18(木) 17:28:02.09 ID:vyxJT6kE0

つまりは、おそらく陽乃さんの胸に抱きしめられているわけで、少しばかり頭をあげたその

位置は、ちょうど陽乃さんの胸で抱きかかえるのには適度な高さまで上がっていた。


陽乃「そのままっ」

八幡「はっはいっ」

陽乃「よろしい。じゃあちょっとだけこのままでいさせてね」

八幡「いや、よろしくないでしょ? ここってけっこう人通り多いですよ」

陽乃「大丈夫だって。比企谷君の顔は見えないでしょ」

八幡「たしかにそうかもしれませんが、陽乃さんの顔はばっちり見えているじゃないですか」

陽乃「別に私はやましい事をしているわけではないし、見られても構わないわよ」

八幡「俺が構いますって」

陽乃「でも、比企谷君は見られてはいないじゃない?」

八幡「そういう問題ではなくてですね、陽乃さんがってところに問題があるんです」

陽乃「どうしてかしら?」

八幡「どうしてって? そりゃあ陽乃さんがちょっかいを出す相手が限定されているからですよ。

  今大学で陽乃さんが手を出す相手って、大学内では大変嬉しい事に一人しかいませんからね」

陽乃「あら? 嬉しいって思ってくれているの? 私は迷惑だとばかり思っていたのだけれど」

八幡「陽乃さん自身が迷惑だとわかっていらっしゃるのでしたら、

  最初から自重していただけれると嬉しいのですが」


 あぁ〜この体制、けっこう疲れるな。って、不平を陳情しても却下されるだろうし、

どうしたものか。頭の部分だけは天国なのに、下半身の、主に太ももへの負担半端ねえな。


陽乃「でも、ちょっかいかけている相手の比企谷八幡君が嫌がってはいても私を受け入れて

  くれるんですもの。ここはお姉ちゃんとしては全力でぶつからないわけにはいかないじゃない」

八幡「いやぁ……、少しは手加減して頂けると助かります。

  それに、今も俺の足腰も限界っていうか、けっこうきつい、です」

陽乃「あっ、やっぱ」

八幡「わかっているのでしたら離していただけると助かるのですが」

陽乃「でも、離したら逃げるでしょ?」

八幡「逃げませんからお願いですから離してください」


 あっやばっ。このままだとまじで陽乃さんにしがみつく感じで倒れるぞ。まさか陽乃さん。

それを目的で? と思っていたら、頭から極上のふくらみが離れていく。真夏のくそ暑い中に

くっつかれるだけでも不快だというのに、陽乃さんの胸のふくらみだけはどういうわけか俺に

不快さを全く与えずにいたせいで、自由になったというのに真夏の日差しのせいで

かえって俺の不快指数は上昇してしまう。


陽乃「じゃあ、さっき私を傷つけたお詫びをちゃんといてもらおうかしらね」

八幡「わかりましたよ。俺に出来る事でしたらなんでもやりますよ」

陽乃「そう?」

八幡「ええ、でも何でもといてっても無理なら拒否しますから」

陽乃「わかってるわよ。用心深いわね」

八幡「そんな性分ですのですみません」

916 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/18(木) 17:28:42.33 ID:vyxJT6kE0

陽乃「別にいいわ。でも、お詫びしてくれてるお礼としてまた抱きしめてあげるね」

八幡「えっ?」


陽乃さんはそう告げると俺を置いて校門の外へ向かって歩き出す。とりあえず公開羞恥プレイ

をされて注目されまくっているのはこの際無視だ。どうせいくら気にしたってどうにかなる

わけでもないのだし、気にするだけ無駄なエネルギーを消費するだけだ。それに、今さっき

大量のエネルギーを絞り取られたわけで、もはやエネルギーなど残っていないのが現状って

わけだ。だから俺は無言でそのカツカツとテンポよく歩いていくその後ろ姿を追う事にした。

 それに俺もこれ以上この場にはとどまりたくはないしな。なにせ陽乃さんは

気にしてはいないようだけど、やっぱり外野からの好奇の視線は痛かった。






陽乃「で、早速だけど、さっきのお詫びしてもらおうかしら」


 そう俺に陽乃さんが死刑宣告を告げたのは、真夏の炎天下の駐車場に止まっている車の

エアコンがまだ効きだす前の事であった。車内にはびこる熱と陽乃さんからのプレッシャー

によって俺のシャツは肌にへばりつき、不快さを増していく。ただ、狭い車内逃げる場所など

最初から用意されているわけもなく、普段は雪乃が座っている助手席に陣取っている陽乃さん

は、俺の手を掴んで物理的にも逃げられないようにさえしていた。


八幡「あの、陽乃さん?」

陽乃「ん、なにかな?」

八幡「どうして手を拘束されているんでしょうか?」

陽乃「拘束? 手を握っているだけじゃない」

八幡「だったらどうして振りほどけないほどに力強く握っているのでしょうか?」

陽乃「それは〜、比企谷君が逃げようとするから?」

八幡「ほら、拘束しているじゃないですかっ」


 俺の言葉を聞いて俺の手に食い込む指の力が増す。

逃げようとしてもいないのにどうして力を増すんですか? これって反抗した罰ってやつですか? 

 不気味なほどに上機嫌な笑顔になっていくその表情に俺は逃げられないとわかっていても

シートのその奥へと逃げようとしてしまう。

ま、皮張りのシートに簡単に跳ね返されて終わりなんだけどさ。


陽乃「そう思うんなら比企谷君に後ろめたい気持ちがあるからじゃないかな?」

八幡「そんなのありませんよ」

陽乃「そぉお? だったらそれでもいいけど、きっちりとさっきのお詫びをしてもらおうかな」

八幡「できる範囲内ですからね」

陽乃「大丈夫だって。この私の携帯で写真を撮るだけだから」

八幡「それなら問題……」


 本当に問題ないのか? 

写真っていってもどんな写真か決まっていないと、後々やばい事になるんじゃないのか?


八幡「えっと、どんな写真を撮るんですか? 撮る内容によっては拒否させていただきます」
917 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/18(木) 17:29:13.22 ID:vyxJT6kE0

陽乃「そんなに身構えなくてもいいのに。比企谷君と一緒に写っている2ショットの写真が

  欲しいだけなのに。それさえも警戒するなんて、お姉ちゃんすっごくショックかも」


 だからぁ、そこでわざとらしく、よ、よ、よって泣き崩れる真似をしないでくださいよ。

しかも演技だとわかっているのに、なにアカデミー賞級のその演技。

さすが生まれてから演技してきたキャリアは違うってことかよ。


八幡「すみませんでした。ごめんなさい。

  だから、これ以上俺にプレッシャーかけないでくださいよっ」

陽乃「別にそんなつもりじゃないんだけどなぁ……。

  でも、まっいっか。はい、写真撮るから肩を寄せて寄せて」

八幡「わかりましたから、そんなにせかさないでくださいって」

陽乃「うん、じゃあレンズの方をよく見ててね」

八幡「はい、わかりましたって」


 俺はシャッター音が鳴るのを今か今かと待ち続ける。そんなには待つ時間があるわけでも

ないのにシャッター音が鳴らない。そもそも陽乃さんの顔をが近すぎる。レンズから目を

離すなって言われているので視線を動かす事は出来ないが、ちょっと左にずらせば至近距離に

陽乃さんの顔があるはずだ。と、石像のごとく身を固くして待ち続けていると、

頬に小さな柔らかい感触が押し付けられる。

 これって、つまりあれだよな。陽乃さんが頬にキスしたってことだよな。

 俺はいまだに解けない命令を忠実に守ってしまい視線さえ動かせないでいた。

今すぐに陽乃さんのことを見て確かめたいのにそれができない。そこでせめてのも抵抗として

レンズの側にある車のバックミラーでいま起きっている状態を確かめようとする。

俺の目がバックミラーを捉えようとする瞬間、先ほどまで俺が待ち望んでいたシャッター音が

車内に鳴り響く。今になっては絶対に鳴ってほしくはないシャッター音が俺の鼓膜を突き破る。

ということは、このシャッター音は陽乃さんが俺の頬にキスした瞬間をとらえたというわけで。

……ごめん、これ以上考えるのをやめたくなってきた。


陽乃「さて、目当ての写真も撮れたわけだし、さっきの事は許してあげるね。あっ、大丈夫だよ。

  雪乃ちゃんに見せつけたりなんてしないし、誰にもみせる気はないから。

  ただ……思い出が欲しかっただけだから、犬にかまれたとでも思ってくれればいいから」

八幡「そんなふうに思えるわけ……」


 金縛りが解けた俺は陽乃さんの目を捉えて大声で文句を言ってやろうとした。けれど、

俺のその勇ましさは、その決意は、蛮勇行為を行ったはずの小さく震える少女によって

打ち砕かれる。それは、本当に思い出が欲しかったと思えてしまう。いくら俺であっても陽乃

さんの好意に気がつかないなんてありえはしない。だからこそ陽乃さんは俺との関係に区切り

をつけにきたとおもえてしまった。そうなると俺には、なにもできない。陽乃さんが

無防備すぎる状態になってしまったのは、俺が少なからず関わっているのだから。


八幡「今回だけですよ」

陽乃「うん、ありがと」


 その幼い笑顔を見てしまっては、全ての言葉が引き下がってしまう。もはや俺にはなにも

できない。なにもしない。
918 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/18(木) 17:30:12.85 ID:vyxJT6kE0

 ってことあるかいっ。もちろん演技でない部分もあるってわかっているが、それでも

この写真をこのままにしておくのはまずい。絶対まずいって本能が警鐘を鳴らしている。


八幡「あの、確認ってわけではないんですけど、見せてもらえませんか? ほら、俺って

  馬鹿っぽい顔をしていると思うんですけど、あまりにひどいとちょっとへこむっていうか」

陽乃「いやよ」

八幡「えっと、陽乃さん?」

陽乃「い〜やっ」

八幡「ちょっとだけですから」

陽乃「だって、絶対画像を消そうとするでしょ」

八幡「するわけないですって。さっき今回だけはいいって言ったじゃないですか」


 陽乃さんはさらに警戒を強め、携帯をその胸で抱きしめる。

 そんな甘い危険地帯に隠されたら手を出せないってわかっててやってますよね? 

今俺が手を出したら、写真騒動どころではない一大事が起きますよね?

たしかに画像を消去する為に携帯を借りたいだけなので、陽乃さんの警戒は正しいんですけどね。


陽乃「その顔は絶対消してやるって顔をしているじゃない。私がわからないとでも思ってるの? 

  それに今のあなたの顔を見れば誰だってそう思うわよ」

八幡「うっ」

陽乃「ほらみなさい。言いかえせないじゃない」

八幡「そりゃそうですよ。キスなんてしている写真撮られたら消そうとするにきまってるじゃ

  ないですか。そもそも撮る写真によっては拒否するって言いましたよね」

陽乃「別に私は拒否してもいいなんて一言も言ってないわよ。

  拒否しますと君が一方的に宣言しただけじゃない」

八幡「そ、そうかもしれないですけど、

  こちらとしては条件付きでの撮影を許可しただけじゃないですか」

陽乃「でも結局は、私が条件を飲むかどうかの確認をする前に比企谷君が撮影の許可をくれたじゃない」

八幡「……」

陽乃「でしょ?」


 くそっ。初めから勝負にならないってわかってたじゃないか。……もういいや。

どうせどのような行動を取ろうと結末は変わらなかった気もするし。だったら済んだ事を

気にするよりも、これからの事を考える方が省エネができるな。


八幡「わかりましたよ。でもその写真、雪乃に見せて下さいね」

陽乃「え?」

八幡「だから雪乃に見せるんですよ」

陽乃「本当にいいの?」

八幡「いいに決まってるじゃないですか。下手に隠して話がややこしくなる前に、

  きれいさっぱり事実を打ち明けたほうが身のためですよ。もちろん血の制裁を受けるで

  しょうけど、まあ許容範囲内ですよ。

  むしろ後で事実が発覚したほうが雪乃が悲しむじゃないですか」

陽乃「でも、そんなことしたら喧嘩にならない?」

919 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/18(木) 17:30:47.26 ID:vyxJT6kE0

八幡「そりゃあなりますよ。どうして罠だって気が付けなかったんだって鋭くえぐってくるで

  しょうね。でも、雪乃も俺も嘘をつく方がよっぽど辛い。だから正直に話すんです」


 おそらく俺の選択肢は陽乃さんの選択肢にはなかったのだろう。いや、ないことはないか。

あることはあっても可能性が低い選択肢だったのだろうな。

 だからこそあの陽乃さんが驚いているわけで。


陽乃「わかった。わかりました。私の負けです」

八幡「そうですか。わかってくれましたか」

陽乃「ええ、私の完敗よ。悔しい事にね」

八幡「じゃあその写真、消してくれますよね?」


 陽乃さんは俺の顔と胸元で抑えている携帯を見比べると、

にっこりと最上級の笑顔を浮かべ、はっきりとした口調で告げてきた。


陽乃「いやよ」


 はい? 

 この流れからすると、負けを認めた陽乃さんが快く写真を消すんじゃないんですか?


八幡「あの、もう一度聞いてもいいですか?」

陽乃「ええ、どうぞ」

八幡「その画像……」

陽乃「その画像って?」

八幡「だから、陽乃さんが俺にキスしてきた写真ですよ」

陽乃「ええ、わかってるわよ」

八幡「わかっているなら聞き返さないでくださいよ」

陽乃「ん? ごめんね。だって比企谷君があまりにも面白い顔をしているから」


 誰のせいです。誰のっ。


八幡「あいにくこの顔はデフォルトでこうなっているものですんで」

陽乃「そっか、そうだったわね。それでなにかな?」


 わかってるくせに聞き返してくるなよ。……はぁ、絶対この後の展開って、

俺が想像する通りになるんだろうなぁ……。もちろん考えたくもない事態という意味で。


八幡「さきほど不意打ちで撮ったキスしているところの写真を消してくださいと言ったんです」

陽乃「うん、わかってるよ」

八幡「だから、わかってるなら聞き返さないでくださいよ」


 あれ? なんかループしてね?


八幡「はぁ……、だからそのキスの写真消してくださいって」

陽乃「うん、だから、いやよ」

八幡「へ?」


 体力を削り取られすぎたのか? なんか陽乃さんが拒否したような気がしたんだが、

きっと聞き間違いだよな。
920 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/18(木) 17:31:35.63 ID:vyxJT6kE0

陽乃「だから、この写真。絶対に消さないって言ってるのよ」


 世の中って小説のように都合よく話が進まないんだな。わかってたよ。わかってたさ。

でもさ、ちょっとばかしくらい期待してもいいじゃないか。

 ほんのわずかに残ったエネルギーを使って考えた事は、

ほんとどうしようもなく能天気で世の中なめきっている考えであった。



第54章 終劇

第55章に続く





原作ラストシーン予想


 奉仕部を通して嫌の事も関わりたくもない面倒事も体験してきた。

 人は醜く、うちに心の闇を隠している。それでも人は群れを作り、協調して騙し合い、

そして自分と周りをごまかしながらうまくやってきている。世の中の多くの人間はそうしているが、

だからといって全員がそうする必要がないんじゃないかって、本気で思ってしまった。

 雪ノ下は人に媚びない。

 自分にだけは決して嘘をつかない。

 それを俺は、一年以上彼女をそばで見て評価したものだ。

 俺と彼女は似ていない。それでも一緒にいることで安らぎを感じてしまうのは、

どこか通ずるところがあるからだって、そう感じてしまう。

 彼女は今も、昨日と同じように窓辺の席に座り文庫本に目を落としていた。

 明日も同じ光景がみられる保証なんてない。人の心は、日常は常に変化しているのだから。

 だったら俺は。……今、目にしている光景を、この先も手にすべき為には。


「なぁ、雪ノ下」

「なにかしら?」


 風でなびいていた黒髪を手で押さえ、首を傾げて俺を覗き込むその姿に俺は息を飲む。

 きっと明日同じ光景を見られなくとも俺は今のこの瞬間を忘れない。

脳に深く刻み込まれたこの一瞬を、数年後もそのまま脳に刻み込まれているはずだ。

 でも俺は、……俺はそれだけでは満足なんてできやしない。


「なぁ、雪ノ下。俺と友」

「ごめんなさい。それは無理」

「えーまだ最後まで言ってないのにー」

「最後まで言う必要はないわ。だって私はあなたの事を既に友達だと認識しているのだから」


 三度目の正直。

それが今回あてはまるかは疑問が残る。なにせ一度たりとも最後まで言わせてもらえてないもんな。

 けれど人はこうも言う。

 二度ある事は三度ある。

 だったら三度目の正直ってなんなんだよって文句を言いたいところだが、今日はいいか。

 でも、こう言っておくか。
921 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/18(木) 17:32:08.06 ID:vyxJT6kE0


 二度ある事は三度ある。けれど、二度失敗したからってそこで三度目を諦めてしまっては

三度目での成功を一生目にする事は出来ない。

 普通一度駄目なら二度目にトライする根性がある奴なんて少ないだろう。

 でも、二度駄目だとしても三度目もトライできる根性があるのなら、そんなにも求める心が

ある奴なら、神様もご褒美をくれるかもしれないって考えたっていいとせえ思えてしまった。







第54章 あとがき



とくに本気で予想したわけでもないのですが、原作もそろそろ終わるそうですし

どうなるのなかと、ちょっと考えてしまいました。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派

922 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/18(木) 21:38:21.31 ID:Zm+cSFrLO
乙です
923 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/18(木) 23:45:54.04 ID:B8Df03dAO

924 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/24(水) 20:50:35.93 ID:VGwQ8lpyo
age
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          : ./   i./ ,,..、    ヽ
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        : /.._ /    ヽ \\.`゙~''''''"./
        .|-゙ノ/   : ゝ .、 ` .`''←┬゛
          l゙ /.r   ゛ .゙ヒ, .ヽ,   ゙̄|
       . | ./ l      ”'、 .゙ゝ........ん
       l  /     ヽ .`' `、、  .,i゛
       .l|  !    ''''v,    ゙''ー .l、
       |l゙ .il、  .l  .ヽ  .¬---イ
      .ll゙, ./    !            ,!
      .!!...!!   ,,゙''''ー       .|
      l.",!    .リ         |
      l":|    .〜'''      ,. │
      l; :!    .|'"    ...ノ,゙./ │
      l: l「    !    . ゙゙̄ /  !
      .| .|    !     ,i│  |
      :! .l.    }    ,i'./    |
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      :! |    ;!   "      .|
      :! !    │        │
      :!:|               ,! i ,!
      :! ,    .l,      / .l゙ !
925 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/25(木) 17:27:45.25 ID:xOf/fSbn0

第55章


八幡「じゃあどうしたらそのスキャンダル写真を消してくれるんですか? 

  俺をゆすろうとしてるんですか? 俺を揺すっても小銭しか出てきませんよ」

陽乃「いやだなぁ比企谷君は。私がゆすりなんて非効率な事、するわけないじゃない」


いやいやいやいやいやいや……。もし非効率じゃなかったらやってたってことですよね?

しかも、そのいいようだと効率的でもっとあくどい方法があるってニュアンスじゃないですか。

俺をどうするつもりなんですか? 社会的抹殺ですか? 

もうほぼゾンビ状態の腐った状態なのに、どうするおつもりなんですかっ。

八幡「取引をしましょう、取引を。陽乃さんが満足する条件を出してください。

  そうしたら、それが可能か検討しますから。むろん俺ができる最高のものを

  提供しますから、それで満足してください」

陽乃「それって、私的には最低ランクでも、比企谷君が最高だと思っているものなら

  取引成立って事になるじゃない? それはいただけないなぁ」

八幡「違いますって。俺は陽乃さんみたいにあくどくないです。……あっ」

陽乃「減点1」

八幡「すみません」

陽乃「減点分上乗せしておくわね」

八幡「どうぞ……」


 もう逃げ出したい。ぜったい会話が続く限り借金を重ねていくって確証が持てる。

しかもそれを陽乃さんが理解しているっていうのが難題だ。

 こうなると絶対陽乃さんは俺を離してくれないし……。


陽乃「どうしようかしら。そうねぇ……」


 左手を顎に充てわざとらしく考えるそぶりをしているってわかっているのに、

陽光のスポットライトを浴びる名女優の演技に目が引き寄せられる。

 ちなみに右手は相変わらず俺の手を握って離してくれてはいないが、

もはやキャパオーバーの俺は些細な出来事については思考を放棄した。


八幡「確認しておきますけど、できない事は出来ないって拒絶しますよ。だから、今、

  ここで、この拒否条項を飲んでくれるかの返事をしてくれないければ話を進めません」

陽乃「あら? 比企谷君って案外用心深いのねぇ。というか、執念深い?」

八幡「誰のせいです、誰のっ。俺もここまで用心深く話さないといけないって思うだけで

  口を開くのが辛くなっていますよ」

陽乃「でも、世の中契約社会なのだから、今のうちに契約条項に目を光らせる訓練を

  しておくのもいいと思うわよ」

八幡「まだ社会人にもなっていないのに世知辛い現実を経験したくないんですけど」

陽乃「あら? それとも詐欺まがいの契約書にサインしちゃって、

  雪乃ちゃんに苦労させてもいいんだ?」

八幡「それとこれとは別の話ですよ」

陽乃「そうかしら?」

八幡「ええ、そうなんですよ」
926 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/25(木) 17:28:47.58 ID:xOf/fSbn0

陽乃「ま、いっかな」

八幡「そうして頂けると助かります。でも、確かに陽乃さんが言う通り相手の言葉や

  書類に自分が警戒する以上に警戒する必要はあるとは思いますよ」

陽乃「で、しょう?」

八幡「でも、普段の何気ない会話にまで契約を結ぶ時の警戒心を引っ張り出したくは

  ないですよ。日常会話ですよ、日常会話。もっとフランクに、

  もっと心を許して楽しむものじゃないんですか」


 俺の自分らしくもない発言に陽乃さんの目が細まる。俺の値踏みするようなその瞳に、

俺の体は車のシートに沈んでいく。


八幡「なんですか?」

陽乃「んん? べ〜つにっ。……でも私と雪乃ちゃんが会話するときって、雪乃ちゃん。

  すっごく警戒して、試験の時でも発揮できないような集中力で私の言葉を一つも

  聞き逃さないようにしてるわよ」

八幡「だれのせいだと思ってるんですかっ。

  自分が雪乃にしてきた事を思い出してみてください」

陽乃「過剰にまでのシスコン行動?」

八幡「自分でもわかってるんなら少しは自重してください」

陽乃「だけどぉ雪乃ちゃんかわいいじゃない。シスコンの姉としては妹をかまって

  あげなくちゃって使命感がぐつぐつと沸騰してね」


 その表現からするとわざとやってるってわかっているのだけど、なんだかなぁ……。


八幡「もういいですよ。俺が言ったところでなおるわけではありませんし。じゃあ、

  どうしたらそのキス写真消してもらえるんですか?」

陽乃「ありゃ? まだ覚えてたの?」

八幡「当然です」

陽乃「じゃぁあねぇ……。こういう」

八幡「ちょっと待ってください」

陽乃「なにかな?」


 わざとらしく俺の顔を覗きこんでくるその視線に、俺がこの後言う言葉をわかっている

んならわざわざそんな演出しないでくださいって愚痴をこぼしたくなる。

 でも、こんなまわりくどいことをするのが雪ノ下陽乃であり、俺と雪乃が慕う姉なの

だから仕方がないかって、今では諦めて頬笑みさえも浮かんできそうではある。

かっこ、予定、と注意書きが必要だけれど。


八幡「拒否権についてですよ」

陽乃「あら? ちゃんと成長しているのね」

八幡「鍛えられていますから」

陽乃「うん、いいわよ。比企谷君が無理だと思ったら拒否してもいいわ」

八幡「ありがとうございます」

陽乃「じゃあさっそく条件をいうわね」


 と、そこで言葉を切り、再度俺の瞳を覗きこんでくる。
927 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/25(木) 17:29:25.47 ID:xOf/fSbn0
 その笑顔のプレッシャーに俺は存在しているかさえ疑わしい問題点を再検討せざるを

得なくなる。陽乃さんへの警戒は、警戒してもなおもたりない警戒心が必要だ。ルールの

穴を突いてくるのが陽乃さんであり、ルールにのっていないことなら堂々とやり遂げて

しまうのも陽乃さんだ。 だから、陽乃さんが考えるそぶりを続けるほどに、

なにか落とし穴があるんじゃないかって疑心暗鬼に陥ってしまう。

 まあ、相手が陽乃さんなわけで、俺がいくら警戒しても現状をひっくり返してしまう

パワフルな人だ。最上級の警戒態勢であっても意味などはないだろう。

 でも、思考を放棄することと、現状を把握する事は別であり……。


陽乃「比企谷君?」

八幡「はい?」


 俺のどのくらい考え込んでいたのだろうか?

陽乃さんは極上の笑みを浮かべ、なにやら満足したっていう顔をしていた。その笑みさえ

も疑惑の始まりではあるが、もう俺にはさらなるリソースを割り振る余裕などなく……。


陽乃「目の前に相手がいるんだから、よそ見をしちゃ駄目よ」

八幡「すみません」

陽乃「よろしい。素直に謝る事が出来るのはいいことよ。……で、さっきの要求だけど、

  私とデートしてくれたらいいわ」

八幡「俺と二人でデートですか?」

陽乃「ええ、そうよ」

八幡「……デートですか」

陽乃「だめ、かな? ほら、雪乃ちゃんは携帯ショップで時間かかるし、

  その間だけなら問題ないでしょ?」

八幡「別にデートくらいならいつでもいいですよ」

陽乃「ほんとに?」


 この幼い笑顔を見てしまっては、陽乃さんの演技がアカデミー級であろうと、

普通の人にとっては極上の笑みであっても、俺には作りものであるとわかってしまう。

 無防備に擦り寄ってくるはにかみに、俺は今度こそ手を伸ばそうとしてしまう。

だから俺は、意識を保つためにちょっとだけぶっきらぼうに言葉で濁すことしかできなかった。


八幡「前にもいいましたけど、こんな回りくどい事をしなくても、

  普通に言ってくれれば付き合いますよ」

陽乃「でもそれって雪乃ちゃんも一緒でしょう?」


だからやめてくださいよっ。反則ですって、そのちょっと拗ねたようで甘えてくる

表情はっ。 もうね、もともと女に耐性がないんだから、俺の苦労もわかってください。


八幡「いつも二人きりってわけにはいきませんけど、たまになら雪乃も許してくれるそうですよ」

陽乃「えっ、ほんとうに?」

八幡「雪乃も、陽乃さんならそういう要求をしてくるだろうって言ってましたしね。

  だから、想定内の要求なので何も問題はありません」


 俺の提示に陽乃さんの表情は一瞬沈む。しかし、俺の懸念も俺が気に病む間もなく

消え去り、新たに魅せる陽乃さんのその表情にたじろぐしかなかった。
928 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/25(木) 17:29:59.39 ID:xOf/fSbn0

八幡「まあ、あれですよ。しっかりと雪乃に報告すればいいそうです。もちろん事後報告

  は基本駄目だとは言っていましたけど、

  事後報告をしっかりするのであれば事後報告であってもギリギリセーフだそうです」

陽乃「事後報告も?」

八幡「ええ、まあ。陽乃さんですし、俺が押し切られてしまうだろうと……。俺の駄目っ

  ぷりを数時間正座で説教されておきましたから、事後報告だろうが問題ないですよ」


 事後報告後に、さらに数時間のお説教があるんだが……。


陽乃「そっか。そうなの。……うん、雪乃ちゃんらしいわね」

八幡「だから、今日のデートも最初から言ってくれればよかったんですよ」

陽乃「ごめんね比企谷君。私ったらまわりくどいことして比企谷君をふりまわしちゃって」

八幡「ほんとですよ。もうちょっと俺の事をいたわって、ねぎらいつくして下さい」

陽乃「うん、今度からそうするね」

八幡「あっ、はい。……お願いします。……じゃあ、今回まわりくどい事をして俺を

  振りまわしてきたペナルティーとかあってもいいですか?」


言った直後に後悔するんなら言うなよって自分を殴りたい。ちょっと陽乃さんがしおらしい

態度をとったからって調子にのっても、数秒後には崖から突き落とされるのをわかってる

のに。ほんと、なんでいっちゃうんだかなぁ……。


陽乃「ん? いいよべつに」

八幡「ほんとですか?」

陽乃「ほんとに本当よ」


 いや、助かった。まじで機嫌がよすぎるんじゃねえか。

 そうなると有頂天の俺は陽乃さんのペースに乗せられてしまうわけで。


八幡「そうですね。二人っきりでデートするわけですし、二人の立場の明確な一線を

  引く為に陽乃さんのことを「姉さん」とでも呼びましょうか。いや……」

陽乃「うん、いいよそれで」

八幡「……冗談で。…………えっ、まじですか?」

陽乃「うんいいよ。ねえちゃんでも、陽乃姉さんでも、お姉様でも構わないわ」

八幡「最後のはちょっとあれですから、陽乃姉さんでお願いします」

陽乃「うんっ」


 やばい。これがデレってやつですか。普段が普段だけにギャップが激しすぎないか? 

よくギャップ萌えとかいっちゃってるけど、

ここまで違うと別人格が乗り移ってるんじゃないかって疑ってしまうぞ。


八幡「はぁ……」

陽乃「ほんと、こんなことならあんなことしなければよかった」

八幡「えっ? なんです? すみません。ぼおっとしていて聞き取れませんでした」

陽乃「ううん。別になんでもないわ」

八幡「なんでもないって言われますと、ますます気になってしまうのですが」


 特に陽乃さんの場合は。
929 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/25(木) 17:30:32.46 ID:xOf/fSbn0

陽乃「もぉしょうがないなぁ。ただ、この後どこに行こうかって聞いただけよ」

八幡「陽乃さんは行きたいところないんですか? 俺は陽乃さんが行きたいところに

  お供しますよ。俺は特に行きたい場所も、気のきいたデートスポットもしりませんし」

陽乃「ん? んん〜」

八幡「な、なんですか? その含み笑い。俺なにかヤバイ発言しちゃいましたか? 

  一応補足説明しておきますけど、俺が行ける場所にも限度がありますからね。

  もちろん拒否権もあります」

陽乃「もぅ、そんなに身構えちゃったらせっかくのデートなのに雰囲気ぶち壊しじゃない」


 誰のせいですかっ、誰の。

言葉に出さなくても露骨に顔に出ているだろうから言わないですけどねっ。


陽乃「まあいいわ。別に比企谷君が身構えるような事ではないわ。ただね……」


 だから、そこで言葉と止めないでくださいって。

この数秒の間に冷や汗が流れまくるほどかんぐっちゃうじゃないですか。


陽乃「面白いわね、比企谷君って。見ていて飽きないわ」

八幡「俺はちっとも面白くないんですけど」

陽乃「あら? デートって、彼女を楽しませるものじゃないの? 

  その為に血反吐を吐いて彼女に尽くしているのだと思っていたわ」

八幡「あいにく男女平等がもっとうなので、彼女だけではなくて自分も楽しみたいんですよ。

  むしろ男女平等を訴えるんなら、女性だけの権利も放棄してほしいものです」

陽乃「そう? 私は男女平等なんて不可能だから気にしてないわよ。だって、差別って

  性別だけじゃないでしょ? それに、差別がない世界なんて不気味で不健全よ」

八幡「俺もそこまで求めてはいないですよ。ただ、自分の権利だけを棚に上げて、

  人の権利だけはぎ取っていこうとしている奴らが気にいらないだけです」

陽乃「なるほどねぇ……。権利なんて利権なんだし、よっぽどの変わり者じゃなければ

  自分の権利なんて手放さないわよ。まっ、いっか。こういう卑屈な会話を比企谷君と

  楽しむのも悪くはないんだけど、せっかくだからデートに行きましょうか」

八幡「そうですね。じゃあ陽乃さん。どこ行きます?」

陽乃「ダウト」

八幡「はい?」

陽乃「だから、その呼び方じゃダメでしょ」

八幡「え?」


 なんだっけ? 呼び方?


陽乃「陽乃さんじゃなくて、今日は「陽乃姉さん」なんでしょ?」

八幡「あっ……。それってまじで有効なんですか?」

陽乃「ええ、もちろん」


 悪魔の頬笑みだ。これが天使とか言う奴がいたら、ぶん殴って目を覚ましてやりたい。

いや、そいつを生贄にして逃げるべきか。そうだ。馬鹿な盲信者は生贄にすべきだな。

 もう、これが悪魔じゃなくてなんだっていうんだ。俺が言いだしたことだけれど、

それを逆手にとるなんて、なんてたちが悪いんだ。わかってはいた。
930 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/25(木) 17:31:31.09 ID:xOf/fSbn0

だけど、俺が羞恥に沈むのを見越してカウンターだなんて……。

 これから始まるデートという名の苦行が始まるっていうのに、

始まる前から暗雲が立ち込めまくりで、雷落ちまくってるだろ。


陽乃「ん? ちゃんといってほしぃなぁ」

八幡「ね、ぇさん」

陽乃「あれ? 何か言ったかな?」

八幡「……さんっ!」

陽乃「さん? 数字?」

八幡「陽乃、姉さん」

陽乃「なにかな弟君」

八幡「陽乃姉さん、この後どこに行くんでしょうか?」


 くそっ! 自分で仕掛けた罠なのに、なんで俺が罠にかかってるんだよ。

しかも、俺が仕掛けた罠の効果以上にダメージくらってるし。


陽乃「うん、そうねぇ。この前映画館で見た映画覚えている?」

八幡「ストーカー騒動のとき観た映画ですよね?」

陽乃「うん、それそれ。弟君は私の警護で全部は見られなかったのでしょ?」

八幡「ええ、はい」

陽乃「でも、面白かったからいつか見たいって言ってたわよね?」

八幡「そうですね。最初は適当に客席を見張りながら警護でもして時間を潰していようと

  思っていたんですけど、予想以上に映画にはまってしまいましたよ。Dクラスの連中

  も面白いって言ってましたし。なんかあいつら今度みんなで見に行く予定らしい

  ですよ。…………って、由比ヶ浜が言ってました」

陽乃「あら? 比企谷君は誘われなかったの?」

八幡「俺が行ってもあいつらが気を使うだけですよ。だったらあいつらだけで行くべきです」

陽乃「それもそうね。じゃあ、比企谷君は私と一緒に見ようか」

八幡「いいんですか? 陽乃さんは何度も見……」

陽乃「んっ、んん〜」


 くそっ。まだ覚えていやがるのか。この後悔しか残っていない条件って、

今日いっぱい有効で、とことん俺をいじり倒すんだろうな。


陽乃「はい、もう一度言いなおして」

八幡「陽乃姉さんは、何度も見てるんじゃないですか?」

陽乃「私は好きな映画だし、それに、弟君と一緒に……比企谷君? 弟? ん?」

八幡「どうしてんですか? べつに弟君でも比企谷でも陽乃さん、

  陽乃姉さんが呼びたいように呼んでください」

陽乃「いいの?」


 下から覗きこむその姿に、どっちが年下だよって身構える暇もなくたじろいでしまう。

これが演技なのか素なのかはわからないけど、

俺の鼓動を激しくするには絶妙な威力を秘めていた。


八幡「ええ、陽乃姉さんのお好きなようにどうぞ」
931 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/25(木) 17:32:05.07 ID:xOf/fSbn0
陽乃「じゃあ、ねえ……」

あっ、なにか企んでる。理由はわからないけど、絶対ここで止めないと後悔するはずだ。

 しかし、俺の願いは虚しく、一度自由にしてしまった野生の獣などは

拘束できるはずもなく、当然俺に襲い掛かってきた。


陽乃「八幡」

八幡「あっ」

陽乃「八幡」

八幡「…………」

陽乃「やっぱりお姉さんが弟を呼ぶときって、名前を呼び捨てよね。八幡も小町ちゃんを

  呼ぶときは呼び捨てでしょ?」

八幡「そうですね」

陽乃「ねっ」

八幡「ええ、まあ…………」


 イエスっていっていいのか? 言ったあと、どんな仕打ちがくるんだ? 

考えれば考えるほど深みにはまっていくぞ。


陽乃「八幡がいいなぁ。ねえ、八幡いいでしょ? 八幡、八幡」

 だから実力行使はよしてくださいって。今まで手を握っていた誘惑について

は対応できますよ。でも、そこからさらに、その手を、大きくて、柔らかくて、

味わった事もないような魅惑の楽園……、ごほん。えっと、俺を駄目にしてしまう

大きな胸で包み込もうとするのはよしてくださいっ。

 俺の108ある防御壁が一瞬で蒸発しちゃいますからっ。

むしろ喜んで防御壁を撤去しちゃいますまらね。


八幡「わかりました。わかりましたから、……手を離してください」

陽乃「わかったわ」

八幡「…………」

陽乃「…………」

八幡「あの……?」

陽乃「なにかしら?」

八幡「手を離してくれるんでしたよね?」

陽乃「あぁそうだったわね」

八幡「だったら手を離してください」

陽乃「ん〜っと、やっぱただじゃやだなぁ」

八幡「さっき解放してくれるって言ったじゃないですか」

陽乃「でもでもぉ、なんだか愛おしくなっちゃってね。無条件に手放すのはねぇ。

  ほら、権利って一度手にすると手放したくなくなるっていうじゃない?」


 くそっ。どこから陽乃さんの策略にはまったんだ? ……考えるだけ無駄か。

たとえ目の前にいなくても陽乃さんの手のひらの上った感じがしてしまうのは、

俺が怖がっているだけじゃないんだろうなぁ。


八幡「わかりました。それ相応の対価を支払いますから解放してください」

陽乃「うんっ、そうこないとね。じゃぁあ……」
932 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/06/25(木) 17:32:48.25 ID:xOf/fSbn0

八幡「もったいつけないでとっとと死刑宣告してください」

陽乃「死刑宣告だと思ってるんだぁ……。お姉ちゃんショックで死んじゃうかも。

  だから寂しくてこの手も離せなくなるようなぁ」

八幡「すみませんでしたぁっ。陽乃さんに……陽乃姉さんにショックを与えてしまった

  分も上乗せして請求していいですから、早く解放してくださると助かります」

陽乃「もうせっかちね」


 だれのせいですか! もう言葉にして言わないけど。言ったら絶対即後悔すること

間違いなしだ。……もしかしたら俺の憮然とした表情まで人質にされそうな気も

するけど、こればっかりは見逃してください。…………まじでお願いします。


陽乃「まっ、いいわ。対価は貸しにしておくわ。そのほうが八幡も嫌がるでしょ?」


 嫌がるってわかってるんならやめてくれませんかね? 

 きっと俺の顔は非常に嫌そうな顔をしてるのだろう。

 だって、陽乃さんの、陽乃姉さんの顔が生き生きしてるんだもんな。

もはやその笑顔を見たら、鏡を見なくても俺の表情を推測できてしまうのは嫌な経験だ。

 そして、そのあと20分ほど陽乃「姉さん」による過剰な姉弟のスキンシップを

うけたのち、ようやく俺は解放された。





第55章 終劇

第56章に続く









第55章 あとがき



段々と今書いている季節と同じ季節になってきましたね。

でも、この話のプロットを作った時期って冬だったような気も。

いや秋だったかな? 真夏のお話を作っておりますが、夏は暑いので苦手です。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派



933 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/25(木) 20:17:19.68 ID:0HI6VSXAO
934 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/25(木) 20:32:50.65 ID:hzAmlFUOO
乙です
935 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/25(木) 22:21:30.29 ID:+C2MZjtmo
ゆきのんに妹プレイを強制させられる未来が見えた
936 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/26(金) 10:17:28.46 ID:NOD9dFo5O
乙です!
937 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/02(木) 17:28:43.28 ID:vFj3VvPa0

第56章



 目の前の大きな画面には前回観た映画が映し出されている。

 そう、今はストーカーを警戒する必要も、ましてや作戦の失敗を恐れる必要さえない。

つまりはなんの心配ごともなく目の前の映画に集中できる条件は整っていた…………はずだった。

なのに、どうしてなのだろうか? どうして俺はこの映画をゆっくりと鑑賞できないのだろうか?

もしかしたら呪われているのかもしれないとさえ疑ってしまう。

 ま、呪われているのは映画じゃなくて俺自身ってところが認めたくない事実だが。


陽乃「どう? これだったら誰にも邪魔されずに「映画デート」を楽しめるでしょ?」

八幡「いや、ちっとも映画の内容が頭に入らないんですけど」

陽乃「だからぁ、映画のデートイベントとしては楽しめているでしょって意味よ」

八幡「楽しんでいるのは陽乃姉さんだけですよ」

陽乃「そうかしら? むしろ映画に集中できていない八幡は、

  しっかりと映画デートを楽しんでいる証拠じゃないかしら?」

 俺は陽乃さんの正確すぎる指摘に顔を赤くしながら苦い顔をうかべるしかなかった。

 その弱りきった俺の姿さえもかっこうの獲物となり、陽乃さんを喜ばせてしまうのだから、

俺は一時も気を休める事は出来ないでいる。

八幡「あの……」

陽乃「なにかな?」

八幡「近くないですかね?」

陽乃「近いって? もうちょっと後ろの方で見る方が八幡の好みだった?」


 …………絶対俺が言っている「近い」っていう意味わかってんだろっ! 

しかも、本気でわかりませんっていう幼い顔を演じきっているものだから、下手な事も言えないし。

 その、……これは雪乃にも言えない事なのだが、最近の陽乃さんの言動が演技ではないと

思えてしまう事がちらほらと見受けられる。しかも、うぬぼれ度合い80%くらいあるとは

思えるが、俺と二人っきりの時はとくにそう思えてしまう。

だから俺は陽乃さんに演技をするなとは注意できない。だからこそ俺は陽乃さんを拒絶できなくなる。

だって、今目の前にいる幼すぎるその好意に、俺は素直に受け入れたいって思えているのだから。
 
その一方で、今拒絶してしまったら二度とみることができないという恐怖も半分くらいはある。

 俺はこの誰にも言えない喜びをどうすべきか判断を決めかねていた。


八幡「雪ノ下家のリビングにあるテレビはでかすぎませんか。こんな家電量販店の展示用にしか

  ならないようなでかすぎるテレビを設置している家は初めて見ましたよ」

陽乃「あら? 八幡って友達の家でテレビを見られるくらい仲がいい人っていたっけ?」

八幡「すみません。想像でした」

陽乃「うん、でも量販店のでかすぎる大型テレビって一番売りたいサイズのテレビをでかく

  見せる為に展示しているって言われてもいるし、

  あながち八幡が言っている事も間違いではないでしょうね」

八幡「ネットとかでよく流れている噂ですね」

陽乃「ま、嘘も多いだろうけど、テレビの噂は本当なのでしょうね。

  で、やっぱりもうちょっと後ろの方で見る? ソファーを動かせばいいだけだし」

八幡「いや、このままでいいですよ。なんとなく画面が近いかなって思っただけですから」
938 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/02(木) 17:29:45.66 ID:vFj3VvPa0
陽乃「そう? だったら映画を楽しみましょう」

八幡「あ、はい……」

 俺の返事をにこやかに受け取ると、陽乃さんは再度俺の腕を引き寄せ、肩に頭をちょこんと

のせてくる。雪乃とは違う甘い香りのトリートメントの黒髪が頬をくすぐり俺を迷わす。

こそばゆくて、くすぐったくて、甘ったるい衝撃に、俺は無条件降伏をするしかなかった。

 ……というか、反撃らしい反撃を一切せずに受け入れていた。

黒革のソファーと来客が来る事を前提にして取りそろえられている威厳に満ちたすこぶる居心地

が悪いリビングは、俺達二人の周りのわずかな空間だけは来客を無視した空間へと書き変わる。

 背もたれが浅い座る事を重視したソファーさえも俺の腕を枕にする事で、陽乃さんにとっては

最高のソファーへと変貌する。俺の方も柔らかなぬくもりの肢体に身を寄せることで、

来客用ソファーの性能を格段にあげていた。


八幡「陽乃姉さん?」

陽乃「ん?」


 俺の呼びかけに形の良い顎をあげ、瞳を俺に向けてくる。

 俺はその瞳と薄い布地がこすれ合うくすぐったさを我慢して言葉を続けた。


八幡「あの……、俺の肩に乗っているのはなんでしょうか?」

陽乃「私の頭だけど?」

八幡「それはわかっていますけど」


 本能は降伏しても、ほんのわずかに残った理性は意味のない抵抗をしてしまう。

そして、その抵抗さえも陽乃さんの喜びに繋がっていると本能がわかっているものだから、

俺は言葉を引き止められないでいた。


陽乃「じゃあ、なにかな?」

八幡「…………いえ、なにも問題ないです」

陽乃「そう?」

八幡「はい」


と、再度俺の陥落を確認し喜んだ陽乃さんは、戦利品だと言わんばかりに俺の腕を抱きしめる力

を強めてくる。こんな予定調和を何度繰り返したのだろうか? ちっとも映画なんて観て

いなかったと断言できる。この調子だとまたこの映画を観る羽目になりそうだけれど。


八幡「陽乃姉さん」

陽乃「今度は何かな?」

八幡「この際適度なスキンシップは目をつむりましょう。だけどですね」

陽乃「なにも問題ないって言ったじゃない」

八幡「脚を絡ませてくるのだけは勘弁してください。ただでさえ映画の内容が頭に入ってきて

  いないのに、これはさすがに刺激が強すぎます」

陽乃「もう映画に集中できていないのだから、この際全て諦めちゃいなさいよ」

八幡「いや、映画はもう諦めましたけど、せめてもの抵抗といいますか、

  節度ある対応を求めているといいますか」

陽乃「わかったわよ。脚は勘弁してあげるわ」

八幡「ありがとうございます」
939 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/02(木) 17:30:41.03 ID:vFj3VvPa0

 って、おいっ。


陽乃「なにか不満でも?」

八幡「何もありません」


 俺は映画が終わるまで、膝の上に陽乃さんをのせたまま、嬉しい拷問を受け入れていた。

脚を絡めることのかわりが膝の上に座るですか。コメントは、なしということでお願いします……。



 映画の後は当然の流れとして陽乃さんによる食事がふるまわれる。

 キッチンに立つ陽乃さんの姿は、普段の雪ノ下陽乃の雰囲気はない。どこにでもいる女の子が

料理をし、鼻歌なんて歌っちゃったりしているのを目撃なんてしたときには、

これが素の陽乃さんなのではいかと思ってしまった。

 別に特別な事はしていない。いたって普通で、平凡そのものだ。その平均的すぎる姿は、

いつもの突き抜けた姿とは重ならなく、それがかえって陽乃さんである事を俺に印象付ける。


八幡「雪乃は携帯の交換終わったんでしょうかね? 平日でも夕方だといつも混んでいるし。

  でも、さすがに終わってるか? それとも修理することになるのか?」

陽乃「どうかしら? 気になるんだったらメールでもしたら? メールしておけば、機種交換

  終わり次第折り返しメールくれるでしょうし。ほんと雪乃ちゃんに過保護というか、心配症ね」

八幡「ほっといて下さい。過保護っていう意味でしたら陽乃さんのほうが

  過保護じゃないですか。むしろかまいすぎて弱体してしまっていますけどね」

陽乃「あら? 八幡も弱っているのかしら? だったら精力がつく料理をふんだんに用意しよう

  かしらね。いえ、この際夜眠れなくなるくらいの料理を作ってあげなくちゃいけないわ。

  これは料理人への挑戦ね。挑戦を受けたのならば受けなくてはならないのが雪ノ下陽乃だし」

八幡「すんません。この通り元気です。元気すぎますから普通のメニューにしてください」


 別にいいんだけど、いいんだけど。でも、雪乃があとで何を食べたか聞いたときに、

絶対陽乃さんと喧嘩になるだろ。さすがに実家まで乗りこむ事はしないだろうけど、

電話で……、いや、それよりも明日の朝がやばいか。

 朝から人が多い公道で俺を挟んでの目立ちすぎる姉妹喧嘩なんて御免こうむりたいものだ。


陽乃「まあ、もうほとんど作り終えてるから今さらメニュー変更なんてしたくないんだけどね」

八幡「あの?」

陽乃「なにかな?」

八幡「それって普通のメニューという意味でですよね。精力アップメニューではないですよね?」

陽乃「どうかしら? 実際目で確かめてみたらどう?」

八幡「……いや、すべてお任せします」

陽乃「そう? だったら私がテーブルに料理運び終える前に雪乃ちゃんにメールしちゃいなさい」

八幡「はい、そうさせていただきます」


 俺はソファーに座り直すと、陽乃さんに背を向けてメールを打ち始める。別に隠すような内容

でもないし、見られたって恥ずかしくもない事務的な内容である。

 ……まあ、以前俺が雪乃に送信した「あとで読み返したら即座に消去したくなるメール」を、

雪乃が俺に隠れて読みかえしているのを知った時の衝撃。

雪乃が読みかえす分には雪乃のデータだし、俺は土下座して消去してと頼む程度ですむ。
940 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/02(木) 17:31:14.51 ID:vFj3VvPa0

 しかし、その恥ずかしすぎる愛の囁きとまで言えてしまう文章を作ってしまった事実だけは

消去できない。その黒歴史ならぬ桃色歴史? 人はどうして成長しても消したくなる歴史を

刻むんでしまうのだろうか?


陽乃「八幡。そろそろ食べられるけど、メールの方はまだ時間かかる?」

八幡「もうメールは送信したので大丈夫ですよ。…………って、雪乃からもう返事来ましたよ。

  えっと……陽乃さ、陽乃姉さんと食事すませて下さいだそうです。

  雪乃はなんか由比ヶ浜と一緒に食事してから帰るとか。一緒に携帯ショップに

  付き合ってもらったお礼をするそうですよ」

陽乃「そう? 雪乃ちゃんもガハマちゃんと楽しんでいるわけだし、

  八幡は私とふたりっっきりで楽しみましょうよ」

八幡「ええ、二人で「食事を」楽しみましょうね。陽乃姉さんとの食事楽しみだなぁ」

陽乃「わざとらしい演技はさておき……、さっ、さ。八幡御待望の二人っきりの食事よ。

  しっかりと食事を楽しみましょうね。もちろんデザートも用意してあるわよ」

八幡「デザートも手造りだったりするんですか?」

陽乃「どうかしら? ある意味手造りだとは思うけど、だいたい素材のままだと思うわよ」

八幡「フルーツとかですか? もしくは素材を生かすとなるとタルトとか?」

陽乃「ううん、ぜんっぜんあっていないわよ」

八幡「すっごく嬉しそうに否定しないでくださいよ」

陽乃「だって、ねぇ……。せっかく用意したんだし、八幡は食べてくれるわよね?」

八幡「それは俺の方から食べさせて下さいってお願いするほうですよ」

陽乃「そう? だったらしっかり食べてね。私をっ」


 えっとぉ……。まず、語尾にハートマーク付いていますよね……。で、恥ずかしそうに

きゃぴって両手のこぶしを胸に当てているのは、絶対に演技ですよね……。

 あとは……、突っ込んでいいんですか? もちろん性的な意味ではない方で。

 あ……、足元見ると、可愛らしく片足上げてたんですね。気がつかないようなところまで

しっかりと演技するところは感心しますよ。ええ、そこだけは感心します。


陽乃「ねえ、八幡?」

八幡「なんでしょうか、陽乃お姉様?」

陽乃「そう冷静に対処されちゃうと、私、すっごく恥ずかしんだけど」

八幡「その割には平然そうにしていますよね。せめて顔を赤くするところまで演技してくださると、

  こっちも大根役者であっても一緒に演技しないといけないって使命感が沸きますけど」

陽乃「ん〜……、ほら私って顔が赤くならないたちだから。だから、ほら。

  内心では恥ずかしがっているのよ」

八幡「とってつけたような解説をされても」

陽乃「そう……」


 陽乃さんは俺の耳にぎりぎり届くような囁きを残すと、俺に背を向けて体育座りをする。

 小さな背中からは哀愁を漂わせ、俺の演技指導以上の技能を俺に見せつける。

きっとこれも演技なのだろう。空気を吸うように演技をしてきた陽乃さんだからこそできる演技

だった。まあ、演技だとわかっていても、うかつに手を出せないのが真にこわいところだが。


陽乃「…………」
941 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/02(木) 17:31:44.12 ID:vFj3VvPa0

八幡「え?」

陽乃「…………」

八幡「すみません。声がちいさくて、しかもくぐもって聞こえないです」


俺の再度の要求は満たされない。陽乃さんはこの結果をわかって台詞を言っているのだろうから、

ここは俺がかがみこんで耳を寄せろって事だろう。

 だから俺は、芝居の台本通りに陽乃さんの顔の近くに耳を寄せた。


八幡「お願いしますから、もう一度だけ言って下さい」

陽乃「傷ついた」

八幡「傷ついた?」

陽乃「そうよ。八幡にキズものにされてしまったの」

八幡「やめてください。人が聞いたら絶対に勘違いするような発言はよしてください」


 きっと俺がうろたえた姿を見たかったのだろう。

げんに俺が台本通りにうろたえている姿を見て、陽乃さんは破顔している。


陽乃「でもぉ、八幡って意地わるよね」

八幡「そんな事はないと思いますよ」


 むしろ俺の方が虐められているって。……言わないけど。


陽乃「だって、駐車場の車の中でも私の事をキズものにしたたわよね?」

八幡「それは……」

陽乃「あのときもいつか償いをするって約束してくれたのに、

  それさえも忘れて今も私をキズものにしたわ」

八幡「だから、きずものっていうワードを使うのだけはよしてくれませんか」

陽乃「間違った使い方ではないはずよ」

八幡「言葉の意味としては間違っていないかもしれないですけど、大多数の人間が最初に

  想像する意味は陽乃さんがつかっている用法とは違いますよね?」

陽乃「あら? それこそ八幡が気にする事ではないわ。だって八幡は他人の目を気にせずに、

  自分の道を歩いているって高校時代から言っていたじゃない」

八幡「それこそ勘違いしていますよ。俺だって人の目は気にしています」

陽乃「気にしていても割り切っていたじゃない」

八幡「だぁ……」


 絶対に勝てない。だったら挑まなければいいのに、どうして俺って挑んじゃうんだろ?

 ひらひらと舞って、俺をからかっては逃げていく。きっと一生手でつかむことなどできや

しないのだろう。一瞬だけ触れて、ほんの少しの間だけ気持ちがわかった気がして、

でも、きっと最後まで理解できない相手。

 だからといって陽乃さんは理解されない事を望んではいない。俺も望んでいない。

 だったら負け戦を続けるしかないだろ。……精神を削られまくるけど。


陽乃「もうギブアップ?」

八幡「いや、保留にしておいてください」

陽乃「いいわよ。で、話を続ける? なんの話をしてたんだっけ?」
942 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/02(木) 17:32:38.67 ID:vFj3VvPa0

八幡「料理が冷める前に食事にしようって話ですよ」

陽乃「そうね。せっかく作ったんだし、早く食べましょうか」

八幡「ですね」


 デザートの話なんかしてやるもんか。


陽乃「で、食後のデザートはどうする? お勧めは雪ノ下陽乃だけど」


 ですよねぇ……。都合よく忘れてくれるなんて思っていませんよ。

 食欲を掻き立てる食事の臭いが鼻をくすぐる。きっと数秒後には胃も騒ぎ出し、

みっともない音を鳴らしまくるはずだ。そのみっともなさまで要求され、

俺の心はいつも見透かされてしまう。

 いつだって数歩以上も先を優雅に歩き、俺はその後ろ姿に惚れてしまう。

 届かないからこそ美しい。後姿だからこそ身勝手な理想を押し付けられる。

 彼女に追いつき、その横顔を見た瞬間に、俺は現実を知るのだろう。

きっと現実を見ない方が幸せなはずだ。俺も、そして彼女さえも幸せなのかもしれない。

しかし俺は望む。彼女の隣に立つ事を望む。

そして願わくば、彼女の半歩前を行き、彼女の手を引きたいとさえ望んでしまう。

 きっと彼女も…………。


八幡「雪ノ下陽乃の手料理でしたら、いつだって、なんだって喜んで食べますよ」

陽乃「なんでも? ほんとうに無条件に食べるの?」

八幡「ええ、たとえデザートに雪ノ下陽乃自身が出てきたとしても、俺は喜んで食べますよ。

  むろん俺流の食べ方で、ですが」

陽乃「言ってくれるわね」

八幡「食事って、目で楽しむ部分もありますよね? だったら実際には手をつけずに、

  目だけで楽しむってことも許されるはずですよね? あとは臭いだけを楽しむとか?」


 俺のあくどい提案にまじ引きの陽乃さんは、相変わらずの笑顔で俺の提案を吟味する。


陽乃「もしかして八幡って、雪乃ちゃんにアブノーマルなことをさせてる? 

  臭いだけとか、見るだけとか……」

八幡「してませんからっ!」


 どんびきするとは予想外だった。陽乃さんに手を触れないで場を収める方法もあるって

主張するつもりが、斜め上方向にすっとんでないか? しかも俺に苦痛を共わせて。


陽乃「まあ私はこう見えても生娘なわけだし、そりゃあ経験豊富な八幡が普通だと思っている

  ようなことなんて判別できないわね。……あっ、このくらいならふつうのスキンシップだと

  言ってせまったりしないでしょうね? もちろんウェルカムだけど」

八幡「うれしそうに誘わないでくださいよ。……それと、

  もちろん経験がない人でも判別できるくらいノーマルな事しかしてませんから」

陽乃「あら? 純情で無知な気娘に、夜のお話なんて……」


 よよよって恥ずかしがらないでくださいよ。演技だとわかっていても気恥ずかしい。

 俺も何言っちゃってるのってわかっているから余計たちが悪い。

943 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/02(木) 17:33:18.45 ID:vFj3VvPa0

 ただ、俺をからかっているだけなんだろうけど、本当に生娘のように陽乃さんが

照れている部分も見受けられ、それがかえって俺の心をくすぐってきてしまう。


八幡「すんません。俺が全面的に悪かったことでいいですから、食事を食べさせて下さい。

  こんなにも美味しそうな香りと彩りを魅せる陽乃さんの手料理を

  いつまでもおあずけなんてきついです」

陽乃「うんっ、そうね。せっかく八幡の為だけに作ったのだし、

  一番美味しい状態で食べてもらいたいわ」

八幡「というわけで、いただきます」

陽乃「どうぞ召し上がれ」


 予想通り料理に関しては真面目に取り組む陽乃さんなわけで、

うまい具合に話を退ける事に成功する。

 まあ、退けるというか、食事の前の一種のコミュニケーションなのかもしれないが。

 食卓に並べられていた料理は時間と共に順調に減り続けていた。主に俺が食べていたわけで、

陽乃さんが俺に「あ〜ん」と食べさせようとたじろかすことが少々あったが、

それも予定調和として消化されていく。

 9割方の皿が空になる頃には陽乃さんは箸をおき、先日の(偽)デートのおりに購入した

干支切子のペアワイングラスでワインを楽しんでいた。

 陽乃さんの細い指で支えられている朱色のグラスは、きめ細かにカットされた溝に光が

紛れ込み、中のワインの彩りに深みを増していく。庶民代表の俺にそのグラス本来の価値など

評価は出来ない。しかし、芸術作品にまで上り詰めたグラスは、そのグラスの持ち主の容姿と

相まって、一つの絵へと昇華していた。

 一方、俺の方の藍色のグラスは当然だが炭酸水が満たされ、なんだか朱色のグラスに

ヤキモチなんて妬いているんじゃないかって、同じ干支切子としてのプライドを心配してしまう

のは考え過ぎだろうか。それに炭酸水なのは車あるし、

飲酒運転なんてして人生駄目にしたくはないから、その辺は勘弁してくれ干支切子くん。

 まあ、ワイン飲んでも泊まっていけばいいじゃない、という脅迫はやんわりと

お断りしましたよ。きっとワイン飲んでも雪乃が迎えに来るだろうけど。


陽乃「ねぇ八幡」

八幡「はい?」


 グラスを傾け俺に微笑むその艶やかな唇にどきりとして俺の声は裏返る。

色っぽく頬笑みかける妖艶な唇は、昼間のあどけなさなど微塵にも感じられない。これが一瞬でも

幼いと思えた人物と同一人物なのだろうか。女は化ける。それを教科書通り実践して見せている。

しかも、普段からアルコールの助けがなくとも色気を隠しきれないでいる。その陽乃さんが

リミッターをきったらどうなることやら。ほんのりと朱に染まる頬を見て、

自然と唾を飲み込んでしまった。
 

陽乃「おねがいがあるの。……ううん、切望かしら? ……辛いの」

八幡「…………」


 アルコールの混じった吐息に俺は返事を失う。それでも肺の空気を絞り出そうと試みようと

するが、俺の努力は陽乃さんの次の言葉によって霧散した。
944 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/02(木) 17:34:09.42 ID:vFj3VvPa0

陽乃「辛いの。比企谷君に陽乃姉さんって呼ばれるのは辛い、かな。いくら私が八幡って

  ささやいても、越えられない壁が目の前に築かれていって、陽乃姉さんと呼ばれるたびに

  八幡が遠くにいってしまうきがする。ううん、平行、かな。永遠に交る事がない距離を、

  私だけがあがこうとしている。それが、辛い。比企谷君に姉さんって呼ばれるたびに痛いの。

  これだったら陽乃さんのままでよかったかな……。ねえ、……あなたはどう思う?」


 人は先入観を抱かずにはいられない。この呼称ごっこも、いつもの陽乃さんのお遊びの一つ

だと、勝手に自己完結させていた。

 人の痛みには鈍感で、傷つけているとさえ気がつかないでいる。俺にとってはそれが当たり

前すぎて、陽乃さんがそれを黙って受け入れていてくれているから俺は気がつかないままで

いてしまう。それはどこにでもある日常で、誰にも経験したことがある苦い経験で。

 でも、間違えてはいけない場面では、たとえば今の場面では、

きっと鈍感であってはいけなかったのだろう。

 だから俺は…………。








第56章 終劇

第57章に続く








第56章 あとがき




干支切子もとい江戸切子。見ているだけでもいいものです。

お酒飲めないですが……。作中八幡と同じく炭酸水ですかね。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派


945 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/02(木) 18:01:39.94 ID:rA35hr/Vo
乙です
946 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/02(木) 18:10:26.07 ID:PYflAyX0o
乙です
今回もいいね
947 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/02(木) 19:28:51.09 ID:J+DkSv/AO
乙ー
948 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/09(木) 17:08:33.75 ID:1KlJA9nv0


今週(7/9)と来週(7/16)の『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』は休載いたします。

その代わりとして、雪ノ下陽乃誕生日記念『陽乃無双』を掲載します。

下記スレにて、2週にわたって掲載し、その後本編を再開します。

事前告知もなく当日発表で大変申し訳ありませんでした。




陽乃無双〜雪ノ下陽乃誕生日記念







更新予定



7月9日  陽乃無双〜雪ノ下陽乃誕生日記念 前編 (別スレ)


7月16日 陽乃無双〜雪ノ下陽乃誕生日記念 後編 (別スレ)


7月23日  やはり雪ノ下雪乃にはかなわない 再開 (本スレ)




949 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/09(木) 17:16:52.17 ID:1KlJA9nv0


八幡「陽乃無双?」陽乃「誕生日記念よ」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1436429565/


『陽乃無双〜雪ノ下陽乃誕生日記念』 



950 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/09(木) 17:26:50.46 ID:1kN8mAPeo
新スレ乙です
951 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/23(木) 05:18:38.05 ID:G6XbfMQl0

第57章



 だから俺は無防備な本心を彼女に差し出す。

謝罪とか誠意なんていう相手を思いでやってのことではない。ただ俺がそうしたいだけだ。

これこそ自己満足の欺瞞だと言われるかもしれないが、他の選択肢は選択肢としてさえ

あげなかった。きっと落ち着いて考えれば無難な方法だって見つかるはずだ。

そう、葉山隼人だったら陽乃さんを傷つけずに、そしてうまく場を収めてしまうだろう。

でも、俺はそれをよしとはしない。自分に嘘をつきたくないなんて無駄なかっこうをつけたい

わけでもない。ただたんに、陽乃さんに俺の気持ちを聞いてもらいたかった。それだけだった。

俺は陽乃さんの願いをかなえる事は出来ない。それを叶えてしまったら、雪乃を悲しませてしまう。

 それに陽乃さんも願いはするが、叶ってほしいとは思ってはいないはずだ。

だって、重度のシスコンの陽乃さんが雪乃を泣かすなんて事はしない。

 涙が必要なら、自分だけが流して終わりにしてしまうだろう。

 そんな思いやりがある人だから、そんな不器用な人だから、

俺は自分を作った言葉を見せたりはしたくはなかった。

八幡「だったらこう呼んでもいいですか?」

 俺の問いかけに、陽乃さんは手もとのグラスに固定させたままの視線を動かさない。

強張った体が縮こまり、小さく目てしまう体をさらに小さく見せてしまった。

 沈黙のみを伝えてくるその体に、俺は聞いているか不安になって顔を覗きこむ。

 すると、目元からこぼれ出た涙だけが陽乃さんの感情を吐露していた。

八幡「陽乃っ…………、」

 うわっ。かんじった。つーか、かんだっていうか、また「陽乃姉さん」っていいそうに

なっちまった。なんでシリアスモードで「陽乃さん」って声にだせないかな?

 これが俺の限界っていわれても納得はする。でも、今回だけは勘弁してくれよって叫びたい。

 つーか、この陽乃姉さん騒動も俺が言いだした事ではあるけど、

面白がってのってきたのは陽乃さんなんだよなぁ……。

とはいうものの、陽乃さん自身さえその名のうちにひそむ毒には気が付けなかったわけで。

 と、愚痴っててもしゃーないから、早いうちに言いなおしておくか。

八幡「すんません。ちょっとかんでしまって、リテイクでいい……、え?」

 うん。

 「え?」が正しい。これ以外の表現はないって断言できる。幾万の言葉を費やしても、

俺の心情は表せないと断言できる。

だって、俺の目の前には、ぽけ〜っと瞳をうるませて俺を見つめる陽乃さんがいるんですもの。

しかも、頬を朱に染め上げ、手にするワインの表面は小さく波打っちゃってるじゃないですか。

 こ・れ・み・た・こ・と・が・あ・る・よ。は・ち・ま・ん。

 雪乃が照れまくって、デレまくって、うっとりしているときの表情にそっくりだ。

さすが姉妹。知りたくもなかったけど、母君様が親父さんにデレるときも同じである。

誰も知りたくもない誰得?情報でした。うん、この情報知ったのが母君様に知れたら、

もれなく社会生活から抹殺されるっていう特典付きだよ、きっと。俺の命が助かっているのも、

身内になる可能性があるからだけであり、そうでなければきっと死んでいたと思うし。

もしくは自決していた。

 ほんと、知りたくはなかったけど。知った時の衝撃は、今でも厳重封印したままでである。
952 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/23(木) 05:19:36.89 ID:G6XbfMQl0
 つまりこれは、あれ、だよな? あれだ、あれ。鈍感主人公の必殺技の一つ。ナチュラルに

フラグをたててしまうという、電光石火の口説き文句(主人公にはその気はない)。

八幡「すいま……」

陽乃「それでいい。ううん、それじゃないと駄目。もう決定。いまさらすみませんっていったら

  泣く。リテイクなんてしたら泣き叫ぶ。もちろん適当にごまかそうなんてしだしたら、

  お母さんにいいつけるから。あることないこと、あることを誇大表現して、

  ないことをなかったことにして嘘をつくから」

 いや、いまはっきりと嘘って言いましたよね。嘘はいけないでしょ。

つーか、俺の方が泣いちゃうかもしれませんよ。

 手遅れだと断言できるけど、一応命をかけて間違いを訂正すべきだよな。死ぬけど……。

八幡「あの、ちょっと一部訂正すべき部分があ……」

陽乃「なにかしら?」

 俺の瞳には、これもまた見た事がある見たくはない表情が収まっていた。

 雪乃のパターンでいうならば、これ以上の譲歩は認めないという笑顔の拒否。

 雪乃は凍てつくプレッシャーで俺を動けなくしたが、陽乃さんのはちりちりと肌を焼く熱波が

俺をなぶり殺そうと残酷な準備を始めていた。

 どちらが楽かなんて考えたくはない。一瞬で死ぬか、じっくり死ぬかなんて考えたくもない。

 だから俺は、こういうしかないじゃないか。がちがちに本心を包み隠した言葉をさ。

八幡「訂正する部分があるわけ、ないじゃないですか〜。陽乃って呼んでいいですか? 

  雪乃も呼び捨てで呼んでいますし、陽乃さんも」

陽乃「ん?」

 ぴくりと跳ね上がる整った眉に、俺は即座に訂正をいれる。

八幡「雪乃も呼び捨てで呼んでますし、陽乃も同じ家族じゃないですか。

  だったら心の垣根を取り払って呼び捨ての方がいいかなぁって……、どうでしょうか?」

陽乃「うん、それがいい。うん、決定」

八幡「あ、でも、二人っきりの時限定でいいでしょうか?」

 だからぁ……、眉を吊り上げないでくださいって。すっごい美人さんが本気で怒ってると、

その迫力は眉以上に跳ね上がっちゃうんですよ。

陽乃「はぁ……、ま、いいでしょう。これ以上を望んでもえられはしないのだし。

  でも、二人っきりの時はお願いね」

八幡「善処いたします」

 嵐は陽乃さんを中心に吹き荒れ、俺を直撃して収束に至る。

 きっちりと俺の心をかき乱し、そして俺の目の前にはすっきりした陽が現れた。

当然の結末なのだろうけど、予報なんてできやしない。

 わかっていても予報以上のものを突き付けてくる彼女に、俺は靴を放り飛ばす程度の予報なら

当たりはしないだろうけどやってみてもいいかなと、ふと笑みをこぼした。





 食事も終わり、本日二度目の映画上映会に挑んでいた。

今回も精神のリソースの大部分は陽乃さんの攻撃を防ぐのに使われている。

 それでも俺達をつつむ世界は緩やかな時間を紡いでいく。エアコンの音は外界からの隔絶を

ほのめかし、庭から聞こえてくる虫の鳴き声が夏だという事を伝えてくる。テレビ画面の中は

極寒の南極なわけで、その温度差がなんともいえなく心地よい。
953 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/23(木) 05:20:16.40 ID:G6XbfMQl0

 ちょうど画面の中の登場人物が仲間のいたずらで裸同然の恰好のまま外に追い出されていた。

 映画の世界を現実と結び付けるのは興が冷めるが、どうしてもマイナスの世界で裸って、

死にはしないけど凍傷とかならないのかって気になってしまう。きっと雪乃なら、目の前の場面

に意識を向け、その物語自体を楽しみなさいって憐れむんだ目を向けるんだろうけど。

陽乃「ねえ八幡」

八幡「はい?」

陽乃「体が冷えてしまうわね」

八幡「どうなんでしょうね? 映画の中の事ですし、リアルであっても人間すぐには凍ったりは

  しないんじゃないですかね? よくわかりませんけど」

陽乃「ん? 映画?」

八幡「今の場面じゃなかったですか? もう少し前とか?」

陽乃「ううん。エアコンが効き過ぎかなって」

八幡「ああ、料理作っている時少し温度設定を下げていたんじゃなかったですか?」

陽乃「そうね。そのままだったわ」

八幡「俺温度設定戻してきますよ」

 俺は絡みつく腕をやんわりほどきながら席を立とうとした。

しかし俺を拘束するその腕は、ほどける事はなかった。

陽乃「ううん。このままでいい」

八幡「でも、寒いんですよね? ……上にかけるものとかとってきましょうか? 

  …………えっと、なんで睨みつけるんでしょうか?」

陽乃「わからない?」

 俺の腕をつつむ腕にきゅっと力が込められる。それと同時にふにゅっと形を変えていく胸に

沈んでいく俺の腕が、陽乃さんから受け渡される熱以上に体温が駆けあがっていく。

 でも、挑発的な言葉とは裏腹に、陽乃さんの瞳には自信なんて宿ってはいなく、

俺の次の行動を弱々しく待っていた。

八幡「えっと……、このままでもいいでしょうか?」

陽乃「ええ、しっかりと私を暖めてね」

八幡「善処いたします」

雪乃「なにが善処致しますかしら?」

 振り返らなくともわかっている。ソファーの後ろに誰かいるかなんて気がつかなかった。

 いや、もしかしたら陽乃さんは気が付いていたんじゃないかって邪推してしまう。

だって雪ノ下陽乃だし。その辺のふてぶてしさは健全だろうし。

でもなぁ……、振り返りたくないなぁ〜。

陽乃「あら雪乃ちゃんどうしたの?」

雪乃「姉さん、私の携帯盗んだでしょ?」

陽乃「あら心外ね」

雪乃「だったら私の携帯はどこにあるのかしら?」

 ん? 雪乃の携帯って壊れてんじゃ? で、今は由比ヶ浜と食事しているんじゃ?

 でも、盗んだって言ってるし、となると……、考えるのやめてもいいでしょうか?

陽乃「私の鞄の中に入っているわよ」

雪乃「それを盗んだと世の中では言うのよ」

陽乃「気が付いたら入っていただけだし、盗んではいないわ」
954 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/23(木) 05:21:21.33 ID:G6XbfMQl0

雪乃「でも……、携帯を探しても見つからなくて」

陽乃「だから私が先に八幡との待ち合わせ場所に行ったわけよね。

  もちろん雪乃ちゃんが私に先に行って欲しいとお願いしてきたわけだし」

雪乃「そうだけれど……、でも、携帯がなくて」

陽乃「そうね。私も私の鞄に雪乃ちゃんの携帯が入ってると思いだしたのは、家に帰って来てからよ」

雪乃「えっ? 本当かしら?」

 雪乃の訝しむ視線に陽乃さんは身をよじる事さえしない。お互い一切引く事をしない姿勢に、

真横で観戦している俺に、もろ余波をかぶせているけど。

陽乃「本当よ。思い出して御覧なさい。お昼携帯を使った後、雪乃ちゃん荷物が多いからって

  携帯を一時的に私に渡したでしょ? その時鞄に入れたのをそのままにしていたみたいなのよね」

雪乃「あっ」

陽乃「思いだしたようね」

 今回は陽乃さんの勝ちってことか? 雪乃も身に覚えがあるようだし、

最初からわざとやったわけでもないし、強くは言えないか。 …………ん?

八幡「陽乃、ちょっと待ってくださいよ」

陽乃「なにかしら八幡?」

八幡「大学の待ち合わせのところで、雪乃の携帯が壊れて機種交換してくるっていいましたよね?」

陽乃「ええ言ったわね」

八幡「でも実際は、雪乃は携帯を探していただけですよね?」

陽乃「まあ、そうね」

八幡「だったらなんで嘘をついたんです?」

陽乃「だって、…………だって」

八幡「あっ……」

 いまだに俺の腕を離さない陽乃さんの腕に本日最大級の力が込められる。

 この際雪乃の冷たい視線は後回しだ。

 なにせ俺の隣には震える視線で俺の判決を待っている陽乃さんがいたのだから。

 いつも自信たっぷりに引き締められていたその唇は、幾度となく言葉を紡ぐのに失敗し、

弱々しい吐息だけが漏れ出すことしかできないでいる。俺を掴む腕も、最初こそは力強く所有権

を見せていたが、今は俺に寄りかかるようにしがみついているだけであった。

八幡「大丈夫ですよ。俺は陽乃を嫌いなんてなりません。ちょっと悪ふざけが過ぎましたけど、

  きちんと雪乃に謝罪すれば、俺はあとは気にしません。むしろ俺は陽乃さんに振り回されは

  しましたけど楽しめましたし。だから、雪乃にだけ許しをもらって下さい」

陽乃「ごめんね雪乃ちゃん。少しの間だけでも八幡を独占したかったの。ごめんなさい」

雪乃「姉さん……。ええ、今回だけよ」

陽乃「ありがと、雪乃ちゃん」

 目を細め幼い笑顔を俺に見せる陽乃さんに、俺の手はその頭と頬を優しく撫でてしまう。

さらっさらの黒髪をすり抜け、みずみずしい頬に手が吸いつくと、陽乃さんはくすぐったそうに

頬と肩とで俺の手を挟みこむ。成熟した女性本来の美しさに、

あどけない笑顔がアンバランスに混ざり合い、俺の心は平静さを保てなくなりかけていた。

雪乃「……ねえ八幡?」

八幡「はい……」

 やっぱ雪乃さまは甘ったるい雰囲気をお許しにはなりませんよねぇ。
955 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/23(木) 05:21:57.46 ID:G6XbfMQl0
雪乃「聞き間違いだと思うのだけれど、八幡も姉さんも名前を呼び捨てで呼びあって

  いたわよね? もちろん幻聴だとは思うけれど」

八幡「あっ」

陽乃「雪乃ちゃん。聞き間違えではないわよ。私がお願いしたの」

雪乃「どういう事かしら?」

陽乃「私がね、デートしてってお願いしたら、八幡がお互いの立場を明確にしましょうってこと

  になって、私は八幡の事を弟として呼ぶことになったのよ。それで八幡は私の事を

  陽乃姉さんって呼ぶことにしたの。でも、だめね。最初のうちは八幡をからかってあげよう

  と思っていたんだけど、陽乃姉さんって呼ばれるたびにせつなくなっちゃってね。

  ……でさ、泣いちゃった」

雪乃「姉さん。わかったわ……、呼び捨てでもいいわ」

陽乃「ほんと? 八幡って呼んでもいいの?」

雪乃「ええ、八幡と呼んでもかまわない。それに、どちらにしても結婚したら同じ名字になるん

  ですもの。将来どちらの苗字を名のることになるかはお母さんの意向が挟む事になるで

  しょうけど、それでも私も八幡も同じ名字だし、姉さんも八幡の事を八幡って呼んでも

  問題ないはずよ」

 あれぇ……、そういう展開? てっきり普通に許したんだと思ったんだけど。

いや、これも雪乃なりの照れ隠しってとこか。

 よく見ると、雪乃の頬が薄っすらと赤く染まってるし。

陽乃「ありがと雪乃ちゃん」

雪乃「ええ、感謝しているのだったら抱きつかないで下さるかしら?」

陽乃「でもでもぉ、うれしくって」

雪乃「そうね。姉さんの気持ちもわかるわ」

陽乃「でしょう?」

雪乃「でも、私の彼氏に抱きつくのはよしてくれないかしら」

 ですよね。






雪ノ下邸からの帰宅中、車内でずっと陽乃さんとの間の出来事を全て聞きだされたっていうのに、

雪乃はそれでも満足できず、自宅マンションでもねちっこく取り調べを行っていた。

 まあ、俺は車を運転していたわけで、話に夢中になって事故ってしまったりしたら取り返しが

つかないわけで、その分手加減されていたともとれるが。

雪乃「ほんとうに隠し事はないのかしら?」

八幡「だから不意打ちで撮られた頬にキスされた写真まで見せただろ? 

  これ以上のスキャンダルはないんだから、だったらこれ以下の出来事を隠す意味がない」

雪乃「いいえ、それは間違っているわ」

八幡「どうして?」

雪乃「なぜなら、その写真以上のスキャンダルがあるかもしれないじゃない? もしそのような

  事態があったのならば、八幡の論法では写真以上のスキャンダルは話せないという結論になるわ」

八幡「たしかに……」

 雪乃の考え方は正しい。正しすぎる。でもさ、そんなスキャンダルないんだし、

ここはどうどうとしていればいいのか?  ………………え?
956 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/23(木) 05:22:42.80 ID:G6XbfMQl0

 それは当然だった。

雪乃の頬に一筋の透明な筋が描かれると、雪乃は俺との距離を一瞬でゼロにまで縮めてしまった。

 俺の両腕を抑え揺さぶる姿に、俺は他人事のように見ているしかなかった。

あっけにとられたというのならば、その通りなのだろう。

 なにせ、雪乃が取り乱している。

 なにせ、雪乃が剥き出しの感情を俺にぶつけてきている。

 なにせ、こんな雪乃を俺は見た事がない。

 人間予想以上の出来事を目の当たりにすると何もできないというが、その事態が今俺に降り

かかっているというのならば、きっとこれこそが俺の想定外の出来事だったのだろう。

 けれど、一気に噴出した雪乃の感情は、その役目を果たす前に霧散していく。

俺の腕を掴んでいた小さな手は、俺の腕をさするように下へと落ちていく。雪乃の体も、

体を支える力が抜け落ちて、俺の体がぽすんと軽すぎる雪乃を受け止めた。

八幡「……雪乃?」

雪乃「……の?」

八幡「ごめん。聞き取れなかったから、もう一回言ってくれると助かる」

 俺は小さな悲鳴さえも聞き逃すまいと、雪乃の口元に耳を近づかせようとした。しかし、

それは雪乃の体を一度引き離すことを意味し、雪乃は俺の行為を拒絶と受け取ってしまう。

雪乃「私、捨てられてしまうのね……」

八幡「雪乃?」

雪乃「私……、姉さんが選ばれたのよね? 私、私……、私」

八幡「雪乃」

 黒く大きな瞳からは涙が覆い尽くし、その雫が瞳を黒く輝かす。瞬きをするたびに大きな雫が

頬を撫で、とどまらぬ感情が俺に押し寄せてきた。

 場違いにも、美しいと思ってしまった。目の前で俺を求める雪乃を見て、残酷にも嬉しいと

いう感情さえも抱いてしまう。最低な男だ。むしろ人間失格とさえ罵られるほどだ。

 こんな歪な純愛は、俺と雪乃が望んでいるものではない。もちろん俺も雪乃も正しい愛状が

何かはわからない。それでも間違っている事さえわかっていれば、それを直す事は出来る。

そうすればいつかきっと俺たちなりの正解にたどり着くのだろうと、楽観的すぎる純愛を描いていた。

八幡「俺は雪乃しか選ばない。それに雪乃をもう選んじまったから、変更はきかないんだけど。

  まあ、雪乃がどうしても嫌だって言うんなら、俺は雪乃の事が一番大事だし、俺は雪乃の

  選択を受け入れる。でも、俺は、雪乃が俺を拒絶するまでは、雪乃だけみてるから……、

  って、ちょっとラブコメすぎて痛いな」

雪乃「……どうして最後に余計な一言を言ってしまうのかしら? それさえなければきまって

  いたのに。あぁ、冴えないわね。ほんと冴えない。どうしてこんな男を選んでしまったのかしら?」

 鼻を小さくすすり、涙を隠そうと強く目元をこすろうとするものだから、

俺は雪乃の手をやんわりとどけ、俺の指を使って涙をすくっていく。

八幡「かっこよく決まらないのは俺だからしょうがない。かっこよすぎる行為をしても、

  それをやってのけてしまうと、かえってきまらないだろ。むしろ笑いの神様が降臨しちまうよ」

雪乃「それはそうね」

八幡「わかってくれたか?」

雪乃「……わからないわ」

八幡「えっと、……どうしてでしょうか?」
957 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/23(木) 05:23:40.36 ID:G6XbfMQl0

 わかってくれたんですよね? そういう雰囲気でしたよね?

雪乃「だったらなんでわざとらしい雰囲気を出すのよ。あの写真でさえ感情を抑えるのがぎりぎり

  だったのに、それ以上の事があるのかもしれないって雰囲気を、なんで出すのよ! 

  なんでわざとらしく黙っていたのよ。あんな沈黙作りだされたら、不安になる

  じゃない。…………ないのよね? なにもないのよね? ないっていいなさいっ!」

 あぁ〜……。俺の思考回路が一時的に停止していた時の事か。

 由比ヶ浜の判決ではないけど、俺でも俺が悪いって判決文書いちゃうよな。

 うん、俺が悪い。俺が悪いから謝るべきだ。

 でも、謝りたいんだけど、こうも激しく肩を揺らされたら、

一言もしゃべれないんだけど……。どうしたらいいんでしょうか、裁判長?

 ただ、同じ間違いだけはすべきではない。沈黙は美徳という場面もあるが、今は違う。

相手の感情を遮ってでも俺の感情をぶつけるべきだ。

八幡「雪乃っ!」

 俺は雪乃の腕を強引に振りほどき、その華奢な肩を掴み拘束する。

はっと息を飲む喉の音を確認すると、俺はすかさず俺の声を優しく流し込んだ。

八幡「雪乃」

雪乃「……はい」

八幡「誤解するような事をしてごめん。陽乃さんとのことももっと注意すべきだった。でも、

  陽乃さんを一人にしたくないっていう気持ちは譲れない。

  これは雪乃もわかってくれているんだよな?」

雪乃「ええ、色々すれ違いもあったけれど、私も姉さんを一人にはできないわ」

八幡「陽乃さんの性格は俺レベルに捻くれているし、一筋縄ではいかない。でも、見捨てないんだろ?」

雪乃「見捨てられなくなったというのが正しい気もするのだけれど」

八幡「だな。……まあ、もうちょっと扱いがしやすいといいんだけどな」

雪乃「そうね」

 固く閉じられていた蕾がほころびて、笑顔を咲かしていく。

ひっそりと、白く気高いその花が、再びひらかれていく事に、俺は安堵を覚えていった。

八幡「今日はたくさん面倒をかけてすまなかったな。

  これからはもうちょっと要領よくやるつもりです」

雪乃「できるのかしら?」

八幡「どうだろうな?」

雪乃「八幡」

八幡「そう睨むなって」

雪乃「ちっとも反省していないように見えてしまうのよね? その腐った目が悪いのかしら?」

八幡「かもしれないけど、努力はする。一緒にやってくれるんだろ?」

雪乃「そうね。八幡一人だとあぶなかっしくて、見ていられないわ」

八幡「宜しくお願いします」

 一人でできないのなら、二人ですればいい。

 二人で無理なら三人で。きっと陽乃さんも手を貸してくれる。……ま、当事者だしな。

 ようは、俺だけで解決できる内容ではないってことを理解している事が一番大事なのだろう。

それさえ忘れなければ、俺が道を間違えても雪乃が手を引いてくれるはずだ。


958 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/23(木) 05:24:14.34 ID:G6XbfMQl0





第57章 終劇

第58章に続く








第57章 あとがき


大変申し訳ありませんが、今週は一身上の都合で早い時間での更新となります。


2週間もあくと、書いている本人でさえ内容を忘れてしまうわけで……。

毎回書き始める時はどこまで書いたかなんて忘れていますが。


来週は、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派

959 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/23(木) 05:33:22.86 ID:sV2ffSoXo
いつもながら思うんだけど、地の文で改行開けるの長ったらしいからやめてほしい
別に何か効果出てるかって言えばそういうわけでもないし

これのせいで話の大半を読み飛ばしてるわ
960 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/23(木) 05:36:08.71 ID:jlbK2VGpo
961 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/23(木) 05:40:06.43 ID:G6XbfMQl0
勉強不足で申し訳ないです。他のスレを参考にして改善いたします。
962 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/23(木) 12:40:30.96 ID:0cbkSfEso
乙です
963 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2015/07/27(月) 14:18:34.93 ID:6pW8xqM60
1様のこの作品はとても好きです。が、完結まで1年以上は厳しいです…ですが続きを楽しみにしています。
964 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/28(火) 13:20:23.90 ID:e/Cq8pEuO
乙です
次も楽しみに待ってます
965 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/30(木) 17:15:34.26 ID:QZCHccKj0

第58章



八幡「そういえば由比ヶ浜も陽乃さんの企てに巻き込まれて災難だったな。
   明日会ったらフォロー入れておかないとな」

雪乃「それは必要ないわ」

八幡「雪乃が既にフォロー済みなのか?
   それならわざわざ俺が話を蒸し返す必要もなくて助かるんだが」

 由比ヶ浜大好き雪乃さんであるわけだから、携帯を探すのを手伝ってもらって時点で
礼をしているか。時々雪乃の由比ヶ浜への厚遇に、俺が妬いているのは内緒だけど……、
絶対言わないがな。絶対にだ。

雪乃「いいえ、違うわ」

八幡「だったら俺がする必要があるんじゃないか? それとも雪乃が直接したいとか?」

雪乃「いいえ。そもそも由比ヶ浜さんは手伝っていないもの」

八幡「というと?」

雪乃「昨日の講義の後、由比ヶ浜さんと会っていないのよ。講義が終わって携帯がない
   のに気がついたのだけれど、そのとき姉さんがいたから先に八幡の元に行って
   もらったのよ。姉さんに携帯をなくした事を伝えてもらおうと思ったのに、
   まさか八幡を連れ去るとは思いもしなかったわ」

八幡「俺も連れ去られるとは思わなかったわ」
   俺って案外騙されやすいんでしょうかね?

 普通の一般人相手なら最初から警戒しまくりで対応するが、陽乃さん相手だとその警戒も
効果ないんだよな。うん、今回は相手が悪い。だから俺は悪くない。
俺が連れ去られた社会が悪いんだ。というわけで、俺の中では一件落着かな、
とどうでもいいことを考えていると、当の雪乃さんは思いのほか真剣であった。

雪乃「私も油断していたわ。まさか実家に連れ去るとは思いもしなかったわ。しかも手が
   かりさえないんだもの。私が探さなそうな場所を選んだというのならそれまでだけれど」

八幡「そうか? 俺は陽乃さんだから実家に連れていく可能性は高いと思っていたんだが」

雪乃「あなたは姉さんと一緒にいる時間が増えているでしょうから、その分八幡も姉さん
   の行動パターンがわかるようになってしまったようね。ええ、仲がよろしいことで……」

八幡「俺を追いこむなよ」

 まじでやめてください。俺を睨みつけて、委縮させて、脅迫したとしても、なにも出て
きませんよ? そもそも、俺はすでに比企谷家からは見捨てられていますって。
 親父なんて最初の一報で小町に害が及ばないようにと俺を切り捨てるはずだ。
 まあ、小町はいい。小町に危険にあわすわけにはいかないから、
小町は俺の気持ちをくんで、俺を見捨ててくれている「だけ」のはず……。
うん、そうに違いない。そうでなくてはならない。……ね、お願いしますよ、小町さん。

雪乃「まあいいわ。八幡に八つ当たりしても意味はないのだから。
   でも、その分傷ついた私を癒してくれるのでしょうね?」

八幡「それがご要望でしたら、この八幡全身全霊を持って努めさせていただきます」

雪乃「期待しているわ」
   雪乃はふっと肩の力を抜き、はにかんだ笑みを俺に見せる。

 こうして見ると、やはり陽乃さんと雪乃は姉妹なんだなと実感してしまう。
母上様も似ていらっしゃると思うが、俺には見せてくれないだろう。
 見る機会があったら、それはそれで一大事だが……。
 同時に俺も雪乃に気取らない笑顔を見せているのだろうか、と疑問に思う。俺が笑顔を
見せるなんて自分で考えてみると気持ち悪いだけだが、心を許した相手の笑顔は格別には
違いない。げんに捻くれ日本代表クラスの俺でさえ癒されてしまう。
 その笑顔を、心を許した証拠を、俺は雪乃に示せているのだろうか?

八幡「できることしかやれないけどな」

雪乃「それで十分よ。だったらさっそく食事を用意してくれないかしら?」

八幡「てっきり由比ヶ浜と食べてきたと思っていたから、
   帰りに何も買おうとは思わなかったんだよな。ただ、こんな時間だし、
   何か出来あいの物を買ってきた方がよかったな」

雪乃「八幡が気が付いていたとしても、何も買わなかったと思うわよ。
   自宅で作る分には食材のストックは間に合っているもの。
   それに、八幡に作ってもらう予定だったのだから、出来あいの物は買わないわ」

八幡「さようですか」
966 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/30(木) 17:16:07.23 ID:QZCHccKj0


 その言い方だと、俺に落ち度がなくても作らせる気だったのかよ。
 ……まあ作りたくないわけでもないから別にいいが。

雪乃「ええそうよ。でも、本当に実家とは盲点だったわ。私をまいたのだから、
   もっと見つからないような場所に行くと思ったのがっそもそもの間違いだったようね」

八幡「そうか? 陽乃さんらしい選択だと思ったぞ。俺の場合は騙されたのを知った後の
   推理だから、初めから答えを知っているっていうアドバンテージがあるからかもしれんが」

雪乃「どうして実家だと思ったのかしら?」

八幡「いやな、最後まで悪役になりきれないところが陽乃さんらしい選択だったなって
   思ったんだよ。実家なんて絶対いつかは見つかる場所だろ?」

雪乃「たしかに、そうとも言えるわね」

八幡「だろ? だから、陽乃さんは雪乃を裏切りたくはないと思っているんじゃないか
   って思えるんだよ。そもそも悪役になりきれているんなら、
   待ち合わせ場所で俺を騙す時点から完璧を実践しているはずさ」

雪乃「でも、姉さんのバッグに私の携帯が入っているのに気がついたのは
   実家に戻ってからだと言っていたわよ」

八幡「それでもだ。携帯の行方がわからないこととつじつまがあうように俺を連れ出して
   いただろうな。陽乃さんが本気だったら、雪乃が携帯ショップに行くだなんて
   嘘をつかないで連れ出していたはずだ。……違うか?」

雪乃「…………そうね。姉さんなら嘘だとわかっても、
   その嘘が事実と繋がるような嘘を使っているはずね」

八幡「だろ?」

雪乃「でもっ、私と八幡を騙した事には違いがないわ」

八幡「まあな」

 苦笑いを浮かべるしかない。そして雪乃もわかっているはずなのだ。しかし、雪乃自身が
興奮しているというか、陽乃さんらしくない行動に理解が追い付いていないのだろう。

八幡「でもな、実家を選ぶにしても、陽乃さんだったら雪乃が実家にこないように手を
   打っていたんじゃないか? それを今回はしていない。

  つまりは、雪乃に来てほしかったんじゃないかって思えてしまう」

雪乃「それは、……いえ、そうかもしれないわね」

 まあ、そういう事情もあるんだろうけど、俺と二人でゆっくりしたいっていうのが一番
の理由だと思える。手料理をふるまいたいというのもあるし、誰にも邪魔されずに
ゆっくりと映画鑑賞をしたいというのもある。
 陽乃さんは外交的な性格だと思われがちだが、家を大切にしたいという内向的な性格も
あるんじゃないかと最近思うようになってきている。
 別に内向的な性格を隠しているとかではなく、落ち着ける場所。
雪ノ下陽乃を演じなくてもいい場所を大切にしているとでもいうのだろうか。
 そう考えると、やはり陽乃さんのホームグランドは、実家のキッチンがそうであり、
一番大切にしている場所なんじゃないかって勝手に結論付けてしまう。

雪乃「さてと、食事の前に最後にとっておいた最重要案件に移りましょうか。おそらく
   この案件が一番時間がかかるでしょうから一番最後にとっておいたわ」

 なんか好きな食べ物は最後に取っておく的な言い方は好きではないなぁ、八幡としては。
 すっげぇ凄味がかかった笑顔を見ては逃げる事も出来ないし……。
 そして今回に限っては、好きな物は最初に食べる方がいいと提案したい。好きな物なら
いざ知らず、一番の面倒事が最後だなんて体力的にも精神的にもきつすぎる。
 ほら、ゆとり世代だし、面倒事は避けるべきだ(文部科学省推奨)。
 あっでも、最近は脱ゆとりとか言っているし、関係ないのか? なんだかんだいって、
勉強できる奴はほっといても勉強するから、ゆとりなんて勉強できない奴の成績が下がる
だけで、俺とは関係ないからどうでもいいけどな。
 ある意味ゆとり教育ってすごいともいえるか。文部科学省様は小さい時から自己責任の
意識を植え付ける為にゆとり教育なんていうスパルタ教育を施しているともいえるし。
 まあ、本人が自己責任を認識できる年齢になる頃には、
自分の学力のなさを後悔しても取り返しがつかないのが欠点だが。
 さて、そんな未来の子供たちの学力を杞憂している暇もなく、俺の目の前に
迫っている最重要案件(雪乃談)が俺を押しつぶそうとしていた。

雪乃「姉さんの事を呼び捨てで呼んでいたわよね? あれはどういう意味かしら?」

八幡「その件につきましては、すでにご報告済みかと思いますが……。
   あの、弁護士を呼んでもいいでしょうか」

雪乃「あら? 実家で聞いた内容のみで私が納得すると思っていたのかしら? 
   それに弁護士は私が勤めてあげるわ」

967 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/30(木) 17:16:34.16 ID:QZCHccKj0
 いいえ。まったく思っていませんでした。車の中でもぜんっぜん話題にも
しなかったから、話題にする事すら避けていると思っていたが、
自宅にてじっくり雪乃が納得するまで話すつもりでしたか……。
 ええ、予想通りです。……この予想だけははずれてほしかったけど。
 あと、刑事訴訟で検察官と弁護士を兼任するのは違法ではないのでしょうか? 
 あっ、裁判官も兼任しておりましたね。
 ……って、これってすでに詰んでね? どっかの独裁国家並みにさ。

八幡「まず、俺が陽乃さんを陽乃姉さんと呼んでいたのは知っているよな?」

雪乃「そのいきさつは聞いたわ。八幡にしてはいい心構えだとは思ったわ」

八幡「ありがたき幸せ」

 あれ? 恭しくかしこまったのに、どうして冷え切った視線を浴びせるのでしょうか?

雪乃「でも、詰めが甘いわよね。結局は呼び捨てで呼ぶことになっているじゃない」

八幡「それはその、言いなおそうとしたらかんじまって。ほんとうは陽乃さんって
   言おうとしたんだよ。でも、言いなおせる雰囲気じゃあなかったというか、
   できなかったというか」

雪乃「それもあるでしょうけど、……八幡が姉さんと距離をとったらどうなるかだなんて、
   やるまえからわかることじゃない。姉さんがどう思うかだなんて……」

八幡「どういう意味だよ?」

雪乃「はぁ……、八幡には永遠にわからないことよ」

八幡「本心では陽乃姉さんって呼ばれるのは嫌だったという事か?」

雪乃「それも違うわね。最初は面白がっていたのでしょう?」

八幡「まあ、そうだな。そうだった、と思う」

雪乃「おそらく姉さん自身も本当に面白がっていたはずよ。でも、姉さん自身も気がつかない
   落とし穴というか気がつかないようにしていた本心があったとでもいうのかしらね?」

八幡「陽乃が気がつかない事だったら、俺が気がつくことなんてないだろ」

雪乃「そうね。…………でも、すっかり姉さんの事を呼び捨てで呼ぶ事に慣れたようだけれど」

八幡「陽乃って言ってたか?」

雪乃「ええ、しっかりと」

八幡「意識していないというか、どうなんだろうな」

雪乃「はぁ……。陽乃と呼ぶときよりも陽乃さんという方が多いから、まだ大丈夫で
   しょうね。でも、姉さんはそれを許さないでしょうし……。はぁ……、困ったものね」

八幡「それは……すんません」

雪乃「まあいいわ。どうせ私と八幡が結婚したら比企谷君と呼ぶ事はできなくなるで
   しょうし、それと込みで考えれば、
   姉さんの事を呼び捨てで呼ぶのも大差ないわ。……気にはなるけれど」

 ですよねぇ……。ぽつりと最後にこぼした呟きが本音ですよね。
 とても小さく、とってつけたような台詞だけど、これが一番言いたい事で、
雪乃が一番叫びたい事なのだろう。
 でも、それを雪乃は許さない。プライドというよりは、雪乃は陽乃さんが好きだから。
好きな相手を傷つけたくはないからこそ雪乃は強くいられるとでもいえるのだろうか。

八幡「……えっと、あの……、あのさ」

雪乃「なにかしら?」

 会話の話題に困った時の自動会話生成機ってできないかな? 人工頭脳とかあるし、
いまや携帯と会話できるんだから、この機能できたら俺絶対機種変するぞ。

八幡「雪乃は、陽乃さんのことをどう見てるんだ? いや、さ。最近だろ? 
   こうやって陽乃さんとしょっちゅう話をするようになったのは。
   だから、陽乃さんの印象が変わっとか、昔の印象とは違うように見えるように
   なったとか、雪乃の感想を見いてみたいな、と思ってさ」

雪乃「どうかしらね? 私からすれば姉さんは姉さんなのだから、
   今も昔も変わらないわ。でも、話をしてみなければわからない事もあるでしょうし、
   今みたいに話をするようになってわかった事もたくさんあるわ。
   ただ、話している事が真実とは限らないけれど」

八幡「それは陽乃さんじゃなくても同じ事だろ? 人間本音だけで生きている
   わけじゃないし、いつだって建前で発言している事がほとんだろうよ」

雪乃「それもそうね。どこかの誰かさんみたいに大事な時には言い訳しないで、
   どうでもいい時ばかり言い訳ばかり言う人もいるらしいけれど」
968 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/30(木) 17:17:00.67 ID:QZCHccKj0
八幡「だれだろうな? でも、大事なところでは言い訳しないって男らしいんじゃないか?」

雪乃「どうかしらね? その馬鹿な男は、大事な事ほどまわりが勝手に判断するから、
   言い訳なんて意味がないと言っていたと思うわよ」

 よく覚えていらっしゃる事で。俺でさえ覚えていない事がほとんどなのに、
こいつったら俺の言葉を全部覚えているんじゃないかって疑っちゃうぞ。

雪乃「でも姉さんは、私が生まれる前から雪ノ下家の長女であり後継者であったのよ。
   だから、姉さんの心情にどう変化があろうと姉さんは姉さんなのよ。いつも何を
   考えているかわからない奔放な性格を演じていようと、お母さんが求める雪ノ下陽乃
   を演じていようと、根本的には姉さんそのものだと思うわ。それが演技であっても、
   姉さんが演じようとするのなら、それは姉さんそのものなのよ」

 雪乃のいい分もある意味正しい。人間だれしも理想の自分を演じようとする。
 もちろんたいていの人間は途中で挫折するし、理想の自分など演じきる事は出来ない。
 しかし、ありまる才能があり、小さい時から演技をする事を強要されてきた陽乃さん
ならば、可能だと思えてしまう。普通の人間なら挫折してしまう理想の自分を、
陽乃さんならば自分を押し殺して演じきってしまうだろう。
 そしていつしか自分がわからなくなり、演じている自分が素の自分となり、
素の自分が消え去ってしまった。
だから、俺をときおりどきりとさせる陽乃さんは、もしかしたら、陽乃さんが消し去って
しまった「本来のあるべき」素の陽乃さんの痕跡なのかもしれないと思えてしまう。

八幡「そう捉える事も正しいんだろうな。たしかに母親の理想に近い娘を演じてきたし、
   それを本人も納得っていうか、諦めていたとも言えるけど、なんつぅか……、
   自分の中の一部にしていたとは思う。でも、それが陽乃さんのすべてではないだろ。
   あんなはちゃめちゃな性格の陽乃さんを、あの母親の理想だとは思えない。
   どう考えたって母親の理想からは程遠い」

雪乃「妹の私が言うのもなんだけど、姉さんはしっかりと成績としての記録は残しては
   いるけれど、でも、実際の姉さんの言動はその成績をとった人間とは思えないくらい
   人格が破綻しているわね。点数だけなら優等生だから、姉さんを知らない人から
   すれば人格者なのかもしれないわ。ところが人格面、学生生活の面で言うならば
   問題児よね。問題にはならない範囲ではあるけれど。それでもカリスマ性とでも

  いうのかしら。同級生や後輩には好かれているから不思議よね」

八幡「その問題に上がらないところまでが陽乃さんのせめてもの抵抗だったのかもな。

  もし問題になってしまったら、あの母親に知られてしまうからな」

雪乃「お母さんは知っていたと思うわ」

八幡「はい?」

雪乃「お母さんが知らないわけないじゃない。教育関係者にも母とのパイプはあるのよ?
    しかも、あの目立つ姉さんの事だから、きっと母のところにも姉さんの
    学生生活の様子は伝わってきているはずよ」

八幡「いまさら驚く事はもうないとは思っていたが、スパイもそこらじゅうに
   いるんだな。俺達も見はられている、とか? なんちゃってなぁ……、ははは」

 乾いた笑いしか出てこねぇ。だって雪乃は神妙な顔をしているだけで、
俺の言葉を否定してこなのだから。
 つ〜ことは、スパイいるんですか? まじっすか? ほんとに?
こんなしがない大学生を調査したって、埃しか出てきませんよ。誇りは持っていないけど。
 長いものには自分から巻かれにいくが持論なんでね。

八幡「否定しないんだな」

雪乃「あの母の事だから、大学の成績もすべて筒抜けだと思うわよ。そうね、
   昨日姉さんに騙されて連れ回された事もしっているかもしれないわね」

八幡「それは冗談抜きで怖いから」

雪乃「冗談よ。さすがに自宅に監視カメラは設置していないわ」

八幡「その発想が出てくる事態怖すぎるだろ」

雪乃「そのうち慣れるわ」

八幡「……慣れたくねぇって」

雪乃「さて、冗談はおいておいて、姉さんは母が許容できる範囲内の雪ノ下家長女の
   雪ノ下陽乃といったところかしら。完ぺきではないけど理想からは外れてはいない。
   むしろ完璧を回避することで息抜きとして機能していたとも考えられるわね」

 本当に冗談ですよね? ね? ……あの女帝に慣れるってあり得ませんよ?

八幡「そんなろころかもしれないな。あの母親の理想を完璧に演じきれるとしたら、
   それこそ心を空っぽにしないとできやしねえよ」

雪乃「そうかもしれないわね」
969 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/07/30(木) 17:18:10.91 ID:QZCHccKj0

八幡「なあ、だったら雪ノ下家の陽乃ではなくて、ただの陽乃さんは見たことあるか?」

雪乃「ただの? 素の姉さんってことかしら?」

八幡「ああ、そんなところだと思う。母親に求められる雪ノ下陽乃でも、友人たちに
   求められる雪ノ下陽乃でもない。陽乃さんの心の奥底に隠しているであろう
   誰の理想でもない陽乃ってところだな」

雪乃「そう…………その定義であれば、見た事はないわ」

八幡「そうか。ならいい」

雪乃「八幡はなにか思うところがあったのかしら?」

八幡「べつにそういうわけではないんだけどよ。なんというか、素の陽乃さんだけでは
   なくて、素の比企谷八幡。素の雪ノ下雪乃ってなんなんだろうなって思ってさ」

雪乃「だったら、素の私ってどういう風なのかしら? 八幡から見た印象で構わないわ」

 期待に満ちた瞳が俺に向けられ、肩にかかった黒髪を払う姿さえもわざとらしい仕草に
思えてしまう。俺を挑発するようで実は緊張しているのが今となってはよくわかる。
 高校時代の俺ならば、馬鹿にしている態度として受け取っていたはずだ。
しかし、雪ノ下雪乃は強くはない。俺も、そして由比ヶ浜も雪乃は強いとずっと思っていた。
 いつだって前を見て、いつだって一人でやり遂げて、その為に必要な能力を有している
俺の憧れでもあった。けれどそれは俺の理想であり、いわば雪乃に俺の理想を
押し付けていたにすぎないと、ある時俺は気がついた。
 別に俺の印象の中の雪乃なのだから、どんな印象を持っても俺の自由だ。
 だけどそれは同時に、雪乃に俺の理想を押し付けてしまい、馬鹿な俺は雪乃に理想を
演じる事を求めてしまう。もちろん雪乃には関係ないところの出来事なのだから、
俺の理想通りには進まない。だから俺は理想からはずれた雪乃を見て勝手に幻滅する。
 つまりなんていうか、俺は陽乃さんが本当に理想の雪ノ下陽乃を演じられていたのかと
疑問に思えてしまっている。
 いつだって期待にこたえてきたとはいうが、本当に陽乃さんは自分が出した結果に満足
してきたのだろうか。一応周りの連中は陽乃さんが叩きだした結果に満足して誉めたたえて
きたようである。しかしそれがイコール陽乃さんの中の理想と一致するとは限らない。
となると、もし陽乃さんが理想の雪ノ下陽乃を演じられていないとしたら、もし自分に幻滅
してたとしたら、それは俺の陽乃さんへの認識が大きく間違っている事を意味してしまう。
 それも、考えたくもない結末も伴って。

八幡「あらためて問われるとわからないものだな。逆に雪乃自身ではどう捉えているんだよ?」

雪乃「自分で自分の素の姿なんてわかるわけないじゃない。八幡が見ている私が雪ノ下雪乃
   であり、それと同時に由比ヶ浜さんが見ている雪ノ下雪乃も雪ノ下雪乃であるのでは
   ないかしら。同じ人物であっても人によっては印象が違うでしょうから、
   素の自分なんて考えても答えは出てはこないわ」

八幡「なるほどな」

雪乃「……なら、比企谷八幡から見た雪ノ下陽乃はどうみえるのかしら?」

 勢いで問いかけてはみたが、答えを知りたくはないと拒絶する瞳に、
俺は心を読まれている気がした。
雪乃は本当に俺の瞳を通して陽乃さんを見たいのだろうか? 見てどうしたのだろうか?
 俺でも陽乃さんをどう見ているかなんてわからないというのに。
でも、俺でさえ曖昧で答えが見つからない答えを、
雪乃は探り当ててしまっているような気さえしてしまう。
そんな人外れた才能に、陽乃さんと雪乃は姉妹なんだと、今さらながら認識してしまう。

八幡「…………すまん、わからない」

 絞り出した声は、言葉になっているか怪しかった。



第58章 終劇
第59章に続く




第58章 あとがき

新スレを建てましたが、このスレも最後までしっかり使っていこうと思います。
新スレに入っても、よろしくお願い致します。
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので
また読んでくださると大変嬉しく思います。

次スレ
八幡「やはり雪ノ下雪乃にはかなわない」雪乃「第三部ね」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1438244005/

黒猫 with かずさ派

970 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/30(木) 17:26:01.18 ID:Qsjswl8bo
乙です
971 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/30(木) 18:10:46.08 ID:xxVzrn6co

しかし何か読みにくくなってると思ったら書き方変えたのか
972 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/06(木) 17:22:40.71 ID:53gqESo90


今週も予告なしで八幡誕生日記念短編を掲載してしまい申し訳ありません。
陽乃誕生日記念『陽乃無双』に続き2カ月連続で予告なしは、
大変申し訳なく思っております。
『やはり雪ノ下雪乃〜』はすみませんが、2週間休載となります。
現在、雪乃・陽乃をメインに軌道修正できているときであるのに
短編を挟んでしまう事は、物語の流れを切ってしまう事でもあり、
その点は気がかりではあります。
ただ、今後は雪乃と陽乃が暴れていくと思いますので、
2週間お待ちしてくださると助かります。
今回は短編を書きましたが、長編の方も順調に書き進めております。


黒猫 with かずさ派




『比企谷小町からの贈り物』 

比企谷小町。俺の妹なのだが、出来すぎた妹である。
ほんとに俺の妹かと疑う事さえあるほどだ。
偽妹かと疑い、まじで妹ではないという結論が出て、
それなら結婚できるなと思うあたりで馬鹿な夢想から覚めることが少々……。
そんな小町が俺に誕生日プレゼントをくれるらしい。
何をくれようと全力で喜ぶ予定なのだが、どうも小町の様子がおかしいのが気がかりだ。
比企谷八幡の誕生日当日。大学受験をひかえた夏休みだというのに、
俺は朝から惰眠に精を出していた。
誕生日に何をくれるかはわからないが、出来すぎた小町がくれるものなのだから、
きっと俺には必要なものなのだろう。


八幡「誕生日プレゼント?」小町「これが小町からの誕生日プレゼントだよ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1438849053/

973 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/07(金) 16:50:00.31 ID:kQsoqHuqo
短編乙でした
974 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/20(木) 06:12:57.42 ID:hzyaEAjx0

第59章



7月14日 陽乃



 車をマンション近くの駐車場に入れ、てててっと足取り軽く横断歩道を渡っていく。
 まだ朝早く車の数も少なく、また、元々ここの道路の交通量は極めて少ない為に
この駐車場利用者は横断歩道を使わず道路を横切るのは普通ではある。
 かくいうわたしも普段は横断歩道を使わないのに、
今朝は遠回りまでして律儀に横断歩道を使ってしまった。
 どうして横断歩道を渡ったのか。しかもウキウキ気分で。
 その理由は、なんてこともない。ただたんに浮かれていただけ。それだけなのよね。
タワーマンションを見上げると、朝日が無数のガラス窓をきらめかせている。目を細めて雪乃
ちゃんの部屋を探そうとしてはみるが、あいにく海側の部屋だからここからは見えるはずもない。
 またもやはやる気持ちが溢れ出ている事に気が付き、我ながら苦笑いが漏れてしまう。
 でも、悪くはないかな。むしろすがすがしいほどに心は晴れ晴れしてるし。
 きっと今日も暑くなってだるいだろうけど、夏の朝は嫌いではないのよね。
 手慣れた手順でマンションの中に入って行き、目的の階まで上がっていく。エレベーターで
すれ違った住民に対しては、頬笑みを交えて軽く会釈する事も忘れてはいない。
いくら浮かれていようが、体に染みついた社交性だけは条件反射的に行動に移してしまった。
 さて、一つ問題があるのよね。
 家の鍵はある。実家に保管してある鍵を持ちだしているから問題はない。
 まあ、最近では実家に保管していないで、わたしのバッグに常駐してはいるけれど。
 とりあえず玄関のドアを開けてみればわかるか。
ドアガードがしてあるといくら鍵を持っていても入れないのよね。
これがチェーンだったら自宅から工具持ってきたけど、さすがにドアガードを切る工具はないし。
 …………今度買おうかな? でも、壊すたびに修理費請求されるだろうから考えものね。
 なんて杞憂もあっさりと解決した。
 おそらく八幡が新聞を取りに行って戻ってきた際、鍵だけかけたようね。
これが雪乃ちゃんだったら、律儀にドアガードまでしっかりかけるはずだし。
 ドアが開いたってことは、中に入ってきなさいってことよね? 
だったら入らないと悪いか? うん、じゃあ入っちゃうね。
 と、勝手に自己完結したわたしは音をたてないように室内にリビングのドアを開けた。
 中を覗くとソファーには誰も座ってはいない。
ただ、パンと紅茶の香りが漂ってくるところからすると朝食の準備中なのだろう。
 わたしがさっそく物音を立てずにキッチンの方に進むと、八幡が料理をしていた。
 当然ながらこちらを向いていた八幡はわたしのことに気がつく。しかし、朝だからなのか
感情の起伏を見せない八幡は、事務的に事実確認をするようかのように問いかけてきた。

八幡「どうしてここにいるんですか? まだ朝ですよ」

陽乃「んん? それは目が覚めたからかな」

八幡「朝になれば目が覚めるものですって。
   俺としたら幸福な夢ならずっと起きずに見ていたいものですが」

陽乃「夢なんて中途半端じゃない。どうせなら自分がしたいように行動したいから、
   夢なんて見たくはないわね」

八幡「陽乃さんらしいですね」

雪乃「……姉さんっ。どういうことなのかしら?」

朝の軽いやり取りをしていると、当然ながら雪乃ちゃんがふくれっ面でわたしにつっかかって
くる。これも予定通りなんだけど、もう少し愛そうがいい顔をしたほうがいいと思うぞ。
……媚を売る雪乃ちゃんって、それはそれでとてつもなく恐ろしいから、前言撤回ってことで。

陽乃「どういうことといわれても。とりあえず、八幡が料理している姿に
   見惚れている我が妹を眺めているだけよ?」

媚びは売らないけど、惚気てはいるのよね……。ある意味お母さんそっくりで、遺伝ってある
のかもしれないって本気で悩みそうね。なにせ、わたしもその遺伝子があるかもしれなし。

雪乃「…………別に見惚れてなんていないわ。ただ……、そうね…………八幡がしっかりと
   朝食を作っているかを監視していただけなのよ。
   ええ、そういうことだから、姉さんの指摘は間違っているわ」

陽乃「なら八幡を監視していたら、その姿に見惚れてしまって、
   監視していた事さえ忘れてしまったといったところかしら?」

雪乃「なっ……。はぁ……もういいわ。朝から姉さんのテンションについていこうとすると、
   午前中で息切れしてしまうわ」

八幡「陽乃さん、朝食食べますか? 食べるんでしたら一緒にどうです?」

 あら? おやさしいこと。ほんと八幡って雪乃ちゃんを甘やかすのよね。
いっつも雪乃ちゃんが引き下がれなくなる前に介入してくるんだもの。
 こっちもあからさま過ぎてやる気がなくなっちゃうってば。
 でもねぇ……、ただじゃひかないんだな。

975 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/20(木) 06:13:44.56 ID:hzyaEAjx0

陽乃「食べよっかな。でもその前に八幡。忘れていないかなぁ〜。ん、ん?」

八幡「えっと……、なんのことでしょうか? なにか陽乃さんと約束でもしていましたっけ?」

 ほらぁ〜、目をそらさないでよ。いっつも嘘をつくときは目をそらすんだから。
 その子供っぽすぎる反応は、それはそれで母性をくすぐられちゃうときもあるけど、
今は追い詰めたくなっちゃうのよね。だって、それって雪乃ちゃんの為でしょ?

陽乃「むぅ〜。わたしの事を呼ぶときは陽乃さんではなくて陽乃でしょ? 忘れたふりしても無駄よ?」

八幡「忘れたふりはしてないですよ。昨夜も雪乃に指摘されたのですが、陽乃さんと言う時と
   陽乃って言うときがあるみたいなんですよ。だから意識してないので俺がわざと言って
   いるわけではないんです。つまり……えっとなんだ、もう少し自然に呼べるように
   なるまで待ってくださいって事ですよ。わざとらしく呼ぶよりは自然に呼べるように
   なったほうがいいですよね?」

陽乃「なんだか色々と理屈っぽく言い訳されている気もするけど、まっいいわ。
   どうせ強制していやいや呼んでもらうよりも自然に呼ばれる方が嬉しいもの」

雪乃「はぁ……、姉さんも八幡には甘いのね。こういう手法は八幡の常套手段なのに」

陽乃「あら? それを雪乃ちゃんが言っちゃうの?」

雪乃「どういう意味かしら?」

 雪乃ちゃんがわたしに気がつくまで浮かべていたデレっデレの表情はすでに消失し、
今はいつもの戦闘準備万全の顔へと変貌していた。
 この静かに燃える表情こそが雪乃ちゃんのいつもの姿であり、わたしも八幡も慣れ親しんで
きた姿なのだけれど、どうも最近の雪乃ちゃんを見ているとお母さんを見ているようで気が
引けてしまうところがある。
 これはいわば母への服従であり、逃げ出す事が出来ない習性なんだろうけど。

陽乃「特に今さら言うべき事でもないけど、ほら? 雪乃ちゃんこそわたしよりも八幡に
   従順じゃない。悪い意味でも、いい意味でもね」

 雪乃ちゃんの思い当たる節が多分にあるせいで言いかえしてはこれない。
 それもあるだろうが、八幡が料理している姿に惚気ながら見つめている姿をわたしに
見られているのを悔しがっているのかもしれないかな。
 
八幡「もう朝から戦争するのはやめてくださいって。
   陽乃さんも朝食を食べるんでしたら手伝って下さいよ」

雪乃「この人に食べさせる必要なんてないわ。そもそも実家で食べてから来るべきよ。常識として」

八幡「食べてこなかったんだからいいだろ? それに陽乃さんに、
   ……陽乃に常識を求める方が疲れるだけだ」

雪乃「それもそうね。だから姉さん。八幡の奴隷となって朝食の準備を手伝いって下さらない?」

陽乃「うん、それは構わないわよ。雪乃ちゃんのお許しが出たわけだから、
   これで障害もなく八幡の奴隷になれるわね」

雪乃「もういいわ。朝起きてすぐは脳は働かないものね。確実に姉さんに問題があるはずなのに。
   これ以上考える事を放棄したほうがいいって体が拒否反応してくるんですもの」

陽乃「じゃあ、ぱっぱと準備しちゃうから、雪乃ちゃんも着替えてきなさい」

雪乃「ええ、そうさせていただくわ」

 たしかに雪乃ちゃんのいい分もわからなくもない。
 でも、わたしが雪乃ちゃんに意地悪したくなる気持ちもわかってほしいものね。
 だって、朝早くから見たくもない光景を見てしまったのだから。
 見たら確実に嫉妬してしまうものを見せつけられてしまったから。
 そんな微笑ましすぎる朝の光景に遭遇したのはわたしのせいだって言いかえされそう
だけど、今日という日は私にとって特別だった。
 だから、いくらなんでも来るのが早すぎるほどの朝の時間だと文句を言われようと、
わたしは車を運転して雪乃ちゃんたちが住むマンションまでやってきたのだ。





 あれからゆっくりと朝食を取り、雪乃ちゃんが淹れてくれた紅茶でまったりとした時間を
共有した。わたしというイレギュラーがいようと、雪乃ちゃん達はいつもの朝を過ごしていた
んだと思う。わたしを仲間に入れてくれた事には感謝した。それと同時に疎外感も感じずには
いられなかった。
 これが比企谷君と雪乃ちゃんの朝の光景であり、イレギュラーが混在しようと当然のごとく
繰り返される。嫉妬という言葉でくくるのならば、間違った分類ではないと思う。
でも、なんというかちょっとだけ違うというか。
そもそもわたしは雪乃ちゃんと比企谷君の仲を裂きたいわけでも略奪したいわけでもないのだ。
ただ仲間に入れて欲しいだけ。できれば、ほんの少しでもいいから雪乃ちゃんに向けるような
眼差しをわたしにも向けて欲しいっていう下心もあるけど、それはまあ、いいよね、それぐらい。
 それに、今日はわたしの誕生日会だし……、今日くらい我儘になってもいいよね?
976 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/20(木) 06:14:21.27 ID:hzyaEAjx0

八幡「どこにいくんですか?」

陽乃「どこだろ?」

八幡「はぁ……、まあいいですけど」

 八幡の問いにわたしは答えを提示できない。
 わたしはあてもなく車を運転していた。海岸沿いに出て、船橋方面へと進んでいた。
 このまま進めば初めて八幡と雪乃ちゃんがデート?したショッピングモールへと行きつく
こともできる。また、もっと脚を伸ばせば雪乃ちゃんが大好きなディスティーランドへと
たどり着くだろう。
 ただ、どちらもわたしの目的地ではない。本当に目的地などなかったのだから。

陽乃「誕生日会かぁ……。こうやって八幡がわたしを監視という名目で隔離するのが
   定番になってきちゃったわね」

八幡「誰のせいですか、誰の。わざわざ準備しているのを邪魔しようとする方が
   悪いんじゃないですかね?」

陽乃「わたしはぁ〜、ほらっ、手伝ってあげようとしただけよ」

八幡「…………そうですかね」

 何を思い出してしまったのか、八幡は苦そうなものを口に含んだ顔をすると、
その顔を私に見せまいと顔を背け、面白くもない工場地帯を眺める。
ふふっ、なにを思い出しちゃったのかなぁ? そういう顔をすると、かえってちょっかい出し
たくなるのよね。だからこそわたしに顔を見せないようにしたんだろうけど、無駄な努力よね。
 おそらく八幡は既に諦めているんだろうけど。

陽乃「例えば?」

八幡「唐突になんですか?」

陽乃「例えば、…………わたしが手伝って問題になったような事って何かなって、ね」

八幡「…………はぁ。思い出したくもないですが、俺達が高3の時、
   雪乃がせっかく準備したクッキーを由比ヶ浜に焼かせましたよね?」

陽乃「……あぁ、あったね。そういうことが」

八幡「あったねじゃないですよ。雪乃は怒るし、由比ヶ浜は泣きながら雪乃に謝るしで、
   大変だったじゃないですか。その光景をみて反省してくださるのならまだいいんです
   けど、そこからさらに雪乃を挑発していたじゃないですか。……まわりまわって最後に
   は俺のところに面倒事が集約してくるんですからやめてくださいよ。
   繊細な精神の俺がびっくりするじゃないですか」

陽乃「最後に無駄なフォロー入れるのもやめた方がいいわよ。しかもフォローにさえなって
   いなんだから困ったものね。あなた一人が悪者になってもどうしようもないし、あなた
   の性格を知っている相手に使うと、かえってあなたのことを不憫に思うだけよ」

 ほんと、他人のことなんてどうでもいいって顔をする割には、最後は自分が泥をかぶろうと
するんだもの。
 これはガハマちゃんや雪乃ちゃんじゃないけど、目の前で見ていると辛くなるわね。
今は大した内容じゃないから皮肉で言いかえせるけど、これが八幡を深く傷つける問題になると、
見てらんないわ。本人は傷ついたりしないって虚勢を張っちゃうのもさらに問題なのよね。

八幡「……すみません。どうもぬけきれないんですよ」

陽乃「それと同じようにわたしも雪ノ下陽乃がぬけきらないのよ」

八幡「そうですね」

陽乃「でしょ? ………………でも、あの時のクッキー。どうして失敗したのかしら?」

八幡「陽乃がなんか時間設定をいじったんじゃないんですか?」

陽乃「しないわよそんなこと。だって雪乃ちゃんが準備してくれたものをわざわざ炭にするだ
   なんて、もったいないじゃない? わたしだって楽しみしていて、早く食べたいなって
   思ってガハマちゃんにお願いしただけなのに。でもあれよね。
   どうして雪乃ちゃんの指示通りの設定で黒焦げになったのかしら?」

 あれ? 難しい顔しちゃってどうしちゃったのかな?

陽乃「……比企谷君?」

八幡「…………言って下さいよ。言わないとわからないですよ」

陽乃「なにを?」

八幡「なにをじゃないですよっ」

陽乃「ごめんなさい」

977 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/20(木) 06:15:05.39 ID:hzyaEAjx0

 わたしは、八幡が何に対して怒っているかわからなかった。
横目で見る彼の顔はもはや窓の外など見てはおらず、わたしの横顔を泣きそうな瞳で睨んでいた。
 その物悲しそうな表情がわたしの口から謝罪の言葉が自然とこぼさせる。
 頭では理解が追い付いていってなかった。でも、心が八幡に許しを求めてしまったいた。

八幡「怒鳴ってすみません」

陽乃「いいのよ」

八幡「いえ、よくないです。だから謝罪させてください」

陽乃「……わかったわ」

八幡「ありがとうございます」

陽乃「それで、なにに怒っていたのかな?」

八幡「俺は陽乃さんがわざとクッキーを焦がしたんだと思っていました。でも陽乃さんは
   なにもしていないじゃないですか。それなのに弁解さえしないで」

陽乃「そのことね。なにもしていないは間違いよ」

八幡「え?」

陽乃「だって、わたしがガハマちゃんをけしかけてクッキーを焼かせなければ焦げなかったわ。
   雪乃ちゃんの準備を待ってからやっていれば、なにも問題は起こらなかったはずよ。
   だから、間接的にせよ、わたしがクッキーを台無しにしたことには違いないわ」

八幡「…………それで潔いとでも言ってもらえると思ってるんですか?」

陽乃「別にそう思ってほしいわけでもないわ。私の言動を見てどう解釈するかは
   人それぞれだし、わたしが強制するものでもないわ」

八幡「それでも事実を伝えるべきだったのではないですかね」

 なにを怒っているのかしら? …………しかも時折悲しそうな顔もみせるし。

陽乃「それこそ人が勝手に判断する事よ。真実だろうと事実だろうと実際にあったできごとで
   あろうとなんであっても、それは人が勝手に解釈して、勝手に善悪を判断する事よ。
   だってあなたもそう思っていたんじゃないのかな? よく出てくる例え話がある
   じゃない。人を殺せば人殺しだけど、戦争で人を殺せば英雄ってやつ? 同じ出来事
   なのに、ちょっと条件が違うだけで解釈が違ってくる。しかも、せっかく戦争で英雄に
   なっても、民衆の価値観が変われば犯罪者に様変わりよ。英雄も楽じゃないわね。
   せっかく精神をすり減らしながら人殺しをしてあげているのに、
   ちょっと世論が変われば犯罪者よ。やってられないわよね?」

八幡「それでも俺達が解釈する為の情報を提示してほしかったんですよ」

陽乃「あの状況下で雪乃ちゃんがわたしのいい分を受け入れてくれたかしら?」

八幡「…………それは」

 ほらぁ、目をそらさないの。あたなもわかっているんでしょ?
 それから八幡は何も言ってはこなかった。
 船橋をすぎ、このまま進めばディスティーランドまで行ってしまう。別に今の状態のままで
あろうと八幡と二人っきりで遊んでくるのも悪くはない。でも、夕方には雪乃ちゃんが準備
してくれているパーティーに戻らないといけないのよね。
 せっかく雪乃ちゃんたちが準備してくれているんだもの、
お姉ちゃんとしては時間厳守で行かないとね。

八幡「あの…………陽乃さん?」

 八幡がわたしに声をかけてきたのは、ディスティニーランドのそばまできてからであった。

陽乃「ん?」

八幡「雪乃がどう思おうが、言ってほしかったです」

陽乃「そう…………」

 わたしは息を洩らすように呟く。
 そして、おそらく次に出てくるだろう言葉に私の体は硬くなる。
手にはじっとりとした汗噴き出し、嫌な熱はわたしの体を冷たく冷やしていく。

八幡「俺は知りたかったです。俺がどう判断して、どう行動に出るかなんてわかりません。
   過去のことを今考えても結果はかわりませんから。……でも、それでも知りたかったです」

陽乃「なんでかな?」

八幡「そうですね。俺も雪乃や由比ヶ浜に陽乃さんと同じような事をしてきたからですかね。
   俺がしてきたきたことに対して言い訳したって意味がないと思っていましたから」

陽乃「言い訳したって意味はないわ。その通りじゃない」
978 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/20(木) 06:15:31.67 ID:hzyaEAjx0

八幡「今でもそう思っていますよ」

陽乃「なら言い訳なんて意味がないわ」

八幡「意味はありますよ」

陽乃「どういう風にかな?」

八幡「俺が知りたいからですよ」

陽乃「身勝手な人ね」

八幡「ええ、身勝手なんですよ」

 わたしは八幡の答えに笑みを浮かべると、車線変更をして行き先を変更していく。
 このまままっすぐ進めばディスティニーランドの駐車場に入っていってしまうが、
わたしはディスティニーランドの駐車場に入って手前で進路を変更し、
右手にディスティニーランドを見ながら千葉方面へと戻って行く。
 べつに最初から遊んでいこうだなんて思ってはいない。
 ただ、ここを近くから眺めるだけで雪乃ちゃんを思い出せるかなって考えていただけ。
 なんて、感傷的な気持ちでもないか。実際あと数時間で雪乃ちゃんに会うわけだし、
それに1時間ほど前までは一緒だったし。
 でも、どうしても雪乃ちゃんを身近に感じていたかった。なんでかな…………?

陽乃「誕生日会ね」

八幡「そうですね。なんか二人とも気合い入っていましたよ」

陽乃「八幡は気合い入ってないの?」

八幡「こうして陽乃を連れ出す大役を果たしているじゃないですか。
   これ以上俺を働かせるつもりなんですか? やめてくださいよ」

陽乃「それもそうね。大変名誉な役割を務めているんだし、これだけに集中すべきね」

八幡「そうですね」

陽乃「こうやって八幡がわたしが準備をするのを邪魔しないようにって遠ざける役目を
   やるのが定番になってきちゃったわね。いつからだっけ?」

八幡「高3の時からですよ。クッキー事件があったあと、雪乃が一人で準備するからって、
   ……あぁ、由比ヶ浜も一応サポート要員として残ってたな。それでこれ以上陽乃さんが
   動かないようにって俺が外に連れ出したのが最初ですよ。
   で、去年は最初っから連れ出す役目を勤め、そして今年に至る」

陽乃「そうだったわね。懐かしいわ。でも、毎年誕生日当日には祝えていないんだから、
   べつにパーティーなんて大学の試験が終わってからでもいいのに」

八幡「今年はごたごたがあってそうでしたけど……」

陽乃「……それもそうね。去年の誕生日、懐かしいわね」

八幡「そうですか? 俺はあっちこっち連れ回されていたって記憶ばかり浮かんできますよ」

陽乃「そう? だったら、……明日の朝まで連れ回してもいいかしら?」

八幡「…………パーティーは夕方からですよ。さすがに行かないとまずいです」

陽乃「それもそうね」

八幡「でも、いくらなんでも今朝は早すぎません? もうちょっとゆっくりとしてから、
   せめて昼食を食べて、おやつも食べて、
   夕方になってパーティーが始まってから来てくだされば俺も楽できたんですがね」

 ふふふ……、いつもの八幡らしくなってきたな。でも、ちょっと表情が硬いかな? 
 その気持ち、わからなくもないけど、物足りないな。

陽乃「それは無理」

八幡「ですよねぇ〜」

陽乃「だって今朝の朝食当番は八幡だって聞いてたんですもの。だったら食べなくちゃダメでしょ」

八幡「ダメでしょって言われても」

陽乃「だから……、きちゃった」

八幡「……まあ、いいですよ。でも今度からは事前に連絡くださいよ」

陽乃「うん」

 わざとらしく憮然とした表情を向ける八幡にとびきりの笑顔をお見舞いしてやるっ。
 そしたら予想通り八幡は苦笑いと共に不器用な笑顔を見せてくれた。
979 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/20(木) 06:16:11.53 ID:hzyaEAjx0


 この捻くれた笑顔に雪乃ちゃんはやられちゃったのかな? うん、わたしが虜になって
しまったんだから、似たような状態なんだろうけど、これは血筋かな? どうでもいいか。
 もしわたしが車を止めていれば見る事ができたかもしれなかった。
 バックミラーには、無邪気に笑う雪ノ下陽乃が存在していた。
 これが誰にもみせた事がない雪ノ下陽乃であり、自分を演技していない雪ノ下陽乃だと
したら、これが素の雪ノ下陽乃だったのかもしれなかった。
 とても無邪気で幼く、小学校に上がる前に放棄してしまった雪ノ下陽乃が、
今再び表舞台に出ようとしていた。それが正しいかなんてわからない。
 むしろ大人の世界に小さな子供を放り出そうだなんて凶器のさたともいえる。
 でも、この人にだけは私を知ってもらいたいと、心のどこかで切望していた。





第59章 終劇

第60章に続く




第59章 あとがき



今週も朝の更新となってしまい申し訳ありません。
今回は陽乃視点です。その意味はおいおいわかってくると思います。
1年以上の連載は長いですよね。
でも、他にも同時進行で書いてるのもあるわけで、定期更新で許して下さい。
来週も木曜日にアップできると思いますので
また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派


980 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/20(木) 11:43:15.93 ID:EZ5pgTWso
乙です
981 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/27(木) 06:12:38.33 ID:VmY0mOfo0

第60章


 今日も気温はこれからますます上がっていくというのに、
駅から出てくるディスティニーランドへいくお客さん達のテンションは下がる事はない。
 灼熱の太陽が頭上に昇っていようと、これからももっと気温が上がっていこうと、
一時間以上もアトラクションの列に並ばなくてはならなくとも、
彼ら彼女らにとっては些細な出来事の一つのようだ。
 むしろ駅から出てディスティニーランドが視認したことで、電車の中で抑えていた
テンションを解放し、マックスだったテンションの上限がさらに跳ね上がったんじゃ
ないかって思えてしまう。冷房がよく効いた車内で冷静に観察している私にも、
彼らからにじみ出る笑顔を理解することができた。
 一方で、わたしの隣にいる冷めすぎている男は、そんなはしゃぎまくっている
みんなを見て、真冬の視線を送ってはいたけど、それはそれで嫌いではないのよね。

八幡「暑いのに元気ですね。俺だったらこのまま車の中で本を読んでいますよ。
   電車できたとしたら、冷房が効いている電車から出た瞬間にもう一度電車に
   乗り直すって断言できますね」

陽乃「それだと家に帰れないんじゃないかな?」

八幡「ですね。だったら、帰りの電車に乗りますって事でお願いします」

陽乃「さすがの八幡も暑さにやられて、いつものきれがないわね」

八幡「暑さにやられてっていうのはあってはいますが、
   今は冷房がほどよく効いた車ですけどね」

陽乃「そうね。まあ、冷房が程良く効いた車で読書にふけるのもいいけど、
   さすがに車内だと窮屈じゃない?」

八幡「まじめに受け答えないでくださいよ。こっちが恥ずかしくなるじゃないですか?
   いや、わざとですよね?」

陽乃「うん、わざとに決まってるじゃない」

 これからディスティニーランドに行く人々の笑顔にも負けないほどの激しい笑みを
送ると、露骨に嫌そうな笑顔を返してくる。
 ある意味枯れてるって評価をしてもいいんだけど、わたしも付き合いで炎天下の中
遊びに行くのはご遠慮したいから、八幡の気持ちもわからなくはないのよね。
 自分で作ってしまった雪乃陽乃というイメージだけれど、他人の評価を気にしすぎる
のも面倒なのよね。いくら破天荒で予測がつかないっていわれようと、
人付き合いをないがしろにはできないのが難点ではある。
 これが八幡と遊びに行くのなら、今すぐにもUターンして真夏のディスティニーランド
だろうとおもいっきり楽しめる自信はあるけどね。

八幡「じゃあ、今度からはやめていただけると助かります」

陽乃「それじゃあつまらないじゃない。そ・れ・に、八幡も楽しんでるでしょ?」

八幡「陽乃さんだけですよ、楽しんでいるのは」

陽乃「ん、ん〜……。陽乃、さん?」

八幡「陽乃だけですよ。楽しんでいるのは」

陽乃「うん、よろしい」

 雪乃ちゃんの前では遠慮しちゃうけど、私の前だけだったら遠慮しないわよ。
 そもそもふたりっきりでいられる事自体が少ないんだもの。
 貴重な時間は有効活用していかないとね。

八幡「人って、外は暑いってわかっているのに、なんで頑張って遊びに行くんで
   しょうね、苦行が好きなんですか?」

陽乃「いくらなんでも、今からディスティーランドに行く人たちは苦行だとは思って
   いないと思うわよ。そうね、夏だからじゃないかしら?」

八幡「夏じゃなくても人は遊びに行ってるじゃないですか。むしろ秋なんて気候も
   落ち着いているから、外で活動するにはもってこいの季節じゃないですかね。
   だとすれば、夏よりは秋の方が遊びに行くには適していますよ」

陽乃「じゃあ、夏休みだから、かな?」

八幡「休みって、名がついているんですから、遊びに行って無駄な体力を
   消費するよりも、家で体力を回復させる為に休むべきです」

陽乃「べつにこのままわたしの家まで戻って、ゆっくりと休んでもいいわよ?」

八幡「ほんとですか?」

陽乃「ええ、今日は両親がお客さんを家に招いているから、わたしも家に戻ったら
   挨拶くらいしないといけないと思うけど、……挨拶さえしておけば、
   あとはゆっくりとわたしの部屋で休憩できるわよ?」
982 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/27(木) 06:13:39.95 ID:VmY0mOfo0

八幡「それってくつろげない気もするんですが」

陽乃「大丈夫よ。お父さんもお母さんも接客で忙しいから」

八幡「そういう意味ではないんですけどね」

 あら、わかった? わざとはぐらかしたのだけれど、やっぱり八幡には通じないのよね。
 だったら……。

陽乃「でも、八幡も家に来たのだから、八幡もお客さんに挨拶しないとね」

八幡「えっ? 俺がですか?」

陽乃「ええ、もちろん」

八幡「部外者の俺が出ていっても、ご迷惑なだけかと思うのですが」

陽乃「大丈夫よ。わたしのフィアンセって事にしておけば身内になるわ」

八幡「……えっと」

 あら? 固まっちゃったのね。それもそうか。……そうだよね。

八幡「やっぱり知らない相手に会うと疲れるので、
   ご実家に訪問するのはまたということでお願いします」

陽乃「まあいいわ」

八幡「ありがとうございます。……この季節ですから、
   花火大会とかの打ち合わせとかですかね?」

陽乃「どうかしら? とくに聞いてはいないけど、雪乃ちゃんが言ってたのかしら?」

八幡「いや、さっき花火大会のポスターがあったので、なんとなくです」

陽乃「そっか。雪乃ちゃんちのそばでやる花火大会ももうすぐだったわね」

八幡「そうですね」

陽乃「今年はどうするのかしら?」

八幡「雪乃は、由比ヶ浜と見に行くらしいですよ。もうチケットも買ったみたいですし、
   浴衣も今度見に行くとか言ってましたね」

陽乃「八幡は花火見に行かないの?」

八幡「俺は…………、俺は人混みが苦手なのと、暑いのが苦手なので、
   今年も遠慮させてもらおうかなと、思ってます」

陽乃「……そう。そっか。じゃあ、今年も静かに見る予定なんだ」

八幡「ええ、まあ、部屋から花火見えますからね。部屋から見えるのにわざわざ外に
   出て、しかもチケットを買って見に行きたいなんて思いませんよ」

陽乃「そうね。今年も静かに見られるといいわね」

八幡「…………そうですね」

 これ以上わたしたちの会話は続く事はなかった。
 もともと八幡から話しかけてくることなんてまれだし、
わたしも無駄に話を引き延ばしたいタイプでもない。
 ただ黙って二人でいるのも嫌いではないし、むしろその沈黙さえも微笑ましく思えてしまう。
 だけど、今わたしたちの間にある沈黙は、
これ以上の言葉を紡げないでいるだけだって、私も比企谷君も理解していた。








 ようやく監視という名の拷問から解放された俺は、
陽乃さんに腕をひかれるまま自宅マンションへと向かっていった。
 太陽はまだまだ輝き足りないとほざき、西日が容赦なく俺達を焦がそうとする。
もう十分すぎるほど頑張ったから、とっとと海に沈んで欲しいほどなのに、
俺の儚い願いは叶う事はないのだろう。
 もうね、サマータイムや朝型勤務が話題に上るようになってきたのだから、
太陽さんも働きすぎないで夕方になったら早く仕事を切り上げるべきだよな。むしろ推奨。
 日本人以上に仕事大好きな太陽さんって、俺には理解できんな。
 とまあ、どうしようもない事を考え現実逃避をしようと、暑っ苦しいのに陽乃さんの
胸に抱きかかえられた俺の腕は、文句を言わずになされるままその恩恵を受け取っていた。

983 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/27(木) 06:14:06.70 ID:VmY0mOfo0

陽乃「ただいま雪乃ちゃん」

雪乃「おかえりなさい。ちょうどいいタイミングで帰ってきたわね。八幡も御苦労さま」

八幡「お、おう……」

 俺の返事も、相変わらず俺にへばりついている陽乃さんを見ると、
雪乃は眉を吊り上げ、抗議の視線を俺に送ってくる。
 俺に抗議しても無駄なんだけどな。こういうのは俺の管轄じゃないそ。
そもそも決定権は俺にはないってわかっているだろうに。
俺は上の命令に従って動いているだけの下っぱなんだし。
 だから抗議は陽乃さんにしてくださると助かります。

雪乃「まあいいわ。姉さんに振り回されて疲れているでしょうし」

八幡「そう思っているんなら、もっといたわってほしいんですけどね」

 ご奉仕しろとか、疲れた体をほぐす為にマッサージしろとか言わんが、
せめてのそのきっつい視線だけはよしてください。
 …………ほんと、お願いしますよ。

陽乃「あら? 八幡も楽しんでいたじゃない」

雪乃「どういうことかしら?」

八幡「ちょっと待て。仮に楽しんだとして、なにが問題があるんだよ。俺は陽乃さんが
   楽しむことで雪乃達の準備を邪魔させない為に派遣されたんだろ? だったら、
   仮に俺が楽しんで、陽乃さんも楽しめたとしたらなにも問題はないはずだ」

雪乃「それもそうね」

 うしっ。チョロインにクラスチェンジしたんじゃないかってほど、
うまく話題をそらせることに成功したな。
 そういやチョロインってなんだ? 
こうやって話題をうまくそらす事が出来る相手の事だよな?
 となると、由比ヶ浜なんてチョロイン筆頭とか?

雪乃「…………それで姉さん。八幡はなにを楽しんだのかしら?」

 …………ですよねぇ。ぬか喜びでした。

陽乃「楽しんだっていうか、一緒に買い物に行っただけよ」

八幡「そうだぞ雪乃。船橋のショッピングモールで大人しく時間をつぶすべく、
   ぶらぶらと買い物をしていただけだ」

陽乃「そしてこの紙袋に入っているのが今日の戦利品よ。
   あとで雪乃ちゃんにも見せてあげるわね」

雪乃「お洋服でも買ったのかしら?」

陽乃「まあ、服といったら服よね。あと八幡のも私が選んであげたんだから、
   八幡のも見せてあげなさいよ」

八幡「いや、俺は、いいですよ。むしろ俺のなんか見せたら目が腐りますから」

雪乃「あら? 八幡ったら、いつになく自虐的なのね。そう言われてしまうと、
   かえってみたくなってしまうわ」

 どうしてこういうときばっかり俺の事を腐ってるとか、目が腐るとか、
腐臭がするとか毒舌を吐かないんだよ。
 あれか? 毒舌っていうよりは、俺が嫌がる事をしたいってやつか?
 それって好きな子をいじめたくなるやつだよな?
 …………となると、しょうがないか。
 雪乃は俺の事好きなはずだし。…………って、のろけてどうするよ!

陽乃「でも、雪乃ちゃんは見慣れているんじゃないかな?」

雪乃「一緒に暮らしているわけだし、八幡が好きな服装はたいてい見ているはずよね。
   となると、八幡が普段着ないようなジャンルの服装にでもしたのかしら?」

陽乃「そういうわけでもないわ。見慣れているっていうのは、……そうね、
   案外引き締まった体をしているっていう意味よ。たしかに室内にばかりいて、
   暇ができても読書ばかりで外出しないから肌が白いというのは貧弱そうに
   見えてしまうけれど」

雪乃「それって……」

陽乃「ええ、そうよ。水着を買ってきたの。だって、夏だもの」

雪乃「そうかもしれないけれど」

陽乃「それに、去年の水着は着られないのよ」
984 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/27(木) 06:14:33.01 ID:VmY0mOfo0


雪乃「別に姉さんが去年着た水着なんて覚えている人はいないわ。
   だから去年と同じ水着でもいいのではないかしら?」

 たしかに女って毎年水着買いたがるよな。
 雪乃は水着そのものっていうか、マンションの目の前にある海にさえ行こうとしないけど。

陽乃「わたしも去年の水着でもよかったのよ」

雪乃「だったらなおさらわざわざ買いに行かなくもよかったのではないかしら? 
   それとも衝動買いとでも言い訳をするのかしらね」

陽乃「ううん。もともと水着は買わなくてはいけなかったのよ」

雪乃「太ったのね?」

陽乃「ある意味太ったとも言えるかな?」

雪乃「姉さんもいつまでも若くはないのだから、定期的に運動をしないといけないわ。
   とくに年とともに胸の贅肉が垂れ下がってきて、
   見ている方としてはかわいそうに思う事があるわ」

 雪乃さん。それはない人が言う負け犬の遠吠え……っていう負けフラグなのではないでしょうか?
 しかも、垂れる心配がない胸を突き出しても虚しい……、睨まないでください。
ごめんなさい。もう言いませんから。

陽乃「そうねえ、今のところは垂れてきてはいないから問題はないわ。でもねぇ、
   また胸のサイズが大きくなったのよね。水着だけはなく、
   ブラも買い直さなくてはならないのは面倒ね。
   これはこれで新しいのを選ぶ喜びを得られると思えば問題ないかな」

 ピキッと空気が裂ける音がした。
 絶対に幻聴だってわかっているのに、その発信源たる雪乃を見ると、
幻聴ではないと錯覚してしまう。
 今の鬼のような形相を見れば、
いつも俺に向けてくる威嚇なんて可愛いものだと今なら判断できる。
 まあ、可愛いと言ってもライオンがじゃれついてきたら、誰だって怖がると思うが。

雪乃「そ……、そ、そ。……はぁ」

 深呼吸しないと立ち直れないレベルなのかよっ。
 見た目以上にショックを受けてやがるな。たしかにいまだに胸が成長していると
聞かされたら、とうの昔に胸の成長が止まってしまった、いや、成長したかさえ
疑わしい雪乃からすれば再起不能レベルの一撃だったのだろう。
 だとすれば、深呼吸程度で復活するとは、さすが雪ノ下家の血筋だなと尊敬してしまう。

雪乃「はぁ……。姉さん。それは太ったというべきではないかしら? 
   いくらなんでも姉さんの年齢で胸が成長するとは思えないわ」

陽乃「たしかに年齢的側面からすれば成長は止まったと考えるべきね」

雪乃「なら、太ったと判断すべきではないかしら。姉さん。太ったと認めるのは酷では
   あるけれど、人はいつまでも体型を維持できるものではないわ」

 おそらく雪乃もわかっていたのだろう。
 雪乃の声は震えていた。つまり、雪乃は虚勢を張っていたともいう。
 ここで俺が横から発言なんてしたら、セクハラやら胸大好き人間やらとののしられ
そうだから言わないが、胸の成長は年齢以外にも起因している。
 俺が勉強している隣で、俺のことなんていないかのごとく友人と話していた
由比ヶ浜情報だから、真実かどうかはわからんが。

陽乃「雪乃ちゃん」

雪乃「なにかしら?」

陽乃「胸はね、女性ホルモンの増加によっても大きくなる事があるのよ。げんに出産した
   女性の胸は赤ちゃんに母乳を飲ませる為に大きくなるじゃない。わたしは妊娠も
   出産もしたわけでもないから、そこまで顕著に大きくなってはいないけれど」

雪乃「……っく」

 あっ、やっぱり。雪乃も気が付いていたんだな。

陽乃「というわけで、新しいブラも必要だったから、それも買ってきたわ。雪乃ちゃん、見る?」

雪乃「結構よ。……あっ、もしかして」

陽乃「大丈夫よ。さすがに八幡に下着を試着したところは見てもらってもないわ」

雪乃「当然よ。場を考えなさい」

陽乃「でもね、どれにするかは選んでもらったのよね」

985 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/27(木) 06:15:06.93 ID:VmY0mOfo0

 あっ。……うっ。すんません。逆らえなかったいいいますか、なんといいますか。
 俺はこれで何度目になったかわからない土下座の為に膝を折ったのだった。
一応土下座して床にこすりつけている俺の頭を雪乃が脚で踏みつけた事だけは記載しておこう。

陽乃「でもねぇ、水着もブラも今日買おうとは思ってはいなかったのよ。たまたま
   行ったお店に気にいったのがあって、しかも雪乃ちゃんが戻って来てもいいって
   指定する時間はまださきだったし、最初は見るだけでもと思っていたのよ」

八幡「俺からすれば、男の俺を水着売り場なんていう男厳禁の場所に
   連れ込まないでほしかったですよ」

陽乃「あら? 彼氏連れで来ている子たちいたじゃない」

八幡「いたとしても少数派であり、どこであっても少数派の肩身は狭いんですよ。
   しかも下着売り場にはカップル連れなんていなかったですよね?」

陽乃「でも、八幡に試着室に入ってもらうのは諦めてあげたじゃない。それで八幡も
   納得してくれたはずだと思うんだけどなぁ。あっそれと、下着売り場であって
   もカップルで見に来ている人達いるわよ。だ・か・ら、また行こうね」

 うわぁ……。いきなり爆弾発言投下しないでくださいよ。
 っていうか、下着売り場に潜入した事をげろったのは俺か。ついっていうか、
陽乃さんの話術に流されちまったというか。つまり、やばい状態です。
 対抗心丸出しの妹君が睨みつけていらっしゃいますよ。これは、あれだ。
 たぶん雪乃の羞恥心が許可は出さないだろうけど、
水着だったら試着室まで入ってきなさいって一度は言いだしかねないぞ。
 下着は対抗心でさえ一緒に行くなんて言わないだろうが。

雪乃「姉さん…………」

 暗く、人を押しつぶす声が押し寄せ、俺達を威嚇する。
けれど、やはりそこは陽乃さんなわけで、雪乃の一撃を笑顔で握りつぶした。

陽乃「でもねえ、試着した水着はしっかりと八幡に見てもらったわよ。
   で、これが八幡が選んでくれた水着で〜す」

 効果音まで聞こえてきそうな勢いで雪乃に見せつける水着は、
俺が選んだわりには陽乃さんによく似合っているものだと我ながら感心してしまう。
 藍色と水色のグラデーションで染まっているそのビキニは、一目見てこの水着を
着た陽乃さんを見てみたいと思えたしまった。だから、これ以上の水着はないわけで、
他の水着も見て欲しいと言われても困ってしまった。
 ただ、いくら困っても、その水着が最高だと誉めたたえようと、陽乃さんによる
ファッションショーは時間短縮されることはなかったが。
 むしろしてもいないアンコールが繰り返されてしまったのはどうしてでしょうか。
 まあ、陽乃さんという素材がよすぎるって事もあり、どの水着を着ても似合ってしまう。
 それでも今回選んだ水着は、俺が最初にイメージした陽乃さんの水着姿そのものであった。

雪乃「はぁ……、水着は今度ゆっくりみさせてもらうわ。でも、そろそろ由比ヶ浜さんも
   スーパーから戻ってくる頃でしょうから、姉さんもみっともない真似は
   しないでくれないかしら」

陽乃「つれないなぁ雪乃ちゃんは」

雪乃「私は姉さんよりも常識的なだけだよ」

陽乃「わたしにだって常識くらいはあるわよ」

雪乃「だったら露出癖を疑われる言動は控えて欲しいものね。八幡もいつまでも
   土下座していないで、パーティーの準備を手伝いなさい。
   むしろ自分のやった過ちを償う為に働きなさい」

 でしたら、俺の後頭部におありになるおみ足をどかしてはもらえませんでしょうか?

陽乃「過ちって。それはひどいんじゃないかな?」

雪乃「そうかしら?」

陽乃「最近雪乃ちゃんも八幡の事を比企谷君ではなくて八幡って呼ぶようになって、
   雪乃ちゃんの言葉遣いも柔らかくなったかなぁって思ってはいたんだけれど、
   どうも名前で呼ぶようになっても、それは形だけのようね」

雪乃「どういう意味かしら?」

 俺を挟んで戦争を始めないで下さいませんか? せめて正座の解除を……。
 くそっ。さっきお許しが出た時に、とっとと立ちあがればよかったな。

陽乃「お母さんを見てみなさい」

雪乃「お母さんを?」

陽乃「お母さんはお父さんの事を呼ぶ時、仕事用、親しい人用、家用、
   そして、二人っきり用と、全て使い分けているわ」

 あの女帝なら完璧に使い分けていそうだけど、二人っきり用っていうのは聞きたくないかも。
986 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/08/27(木) 06:15:37.49 ID:VmY0mOfo0


雪乃「別に呼び方をその場その場で使い分けている人はお母さんに限らず
   たくさんいると思うわ」

陽乃「使い分けている人はたくさんいるでしょうけど、お母さんほどその落差ともいうの
   かしら? 呼び方によって感情の込め方が違う人はいないと思うわ」

 うわぁ……、これ以上は聞きたくねえな。だいたい予想はできるけど、
聞いてしまったら生きては帰れないっていうか。

陽乃「そうね。雪乃ちゃんは、お母さんがお父さんと二人っきりの時の呼び方って知ってる?」

雪乃「名前で呼び合っているのではないかしら? 私たちの前ではいつも名前だし」

陽乃「お父さんはお母さんの事を名前で呼んでいるみたいだけど、お母さんは違うわ」

 陽乃さんがわざとらしくそこで言葉を止めるものだから、
俺も雪乃も場の雰囲気にのまれて無意識に唾を飲む。
 それだけあの女帝がどう変化するかを知るのが怖かった。
 そして、もしあの女帝がデレるのであったら、
この人こそが地上最強のツンデレであると、俺は命をかける事が出来た。

陽乃「お母さんはね。お父さんの事をあだ名で呼ぶのよ」

雪乃「あだ名?」

陽乃「そうあだ名。お母さんは…………」

 この後の事は俺は覚えてはいない。
 由比ヶ浜がスーパーから戻って来たら、俺も雪乃も放心状態であったらしい。
 それでも雪乃は俺よりも早く立ち直り、精神を保つためにパーティーの準備を進めていたとか。
 一方俺はというと、パーティーが始まる直前に平塚先生が来るまで意識がとんでいたみたいだ。
 幸いなのかわからないが、女帝が親父さんをどう呼んでいるかっていう記憶は、
俺の中では封印され、思いだす事が出来なくなっていた。





第60章 終劇
第61章に続く








第60章 あとがき


すみません。もうしばらく更新時間が不安定になります。木曜更新は維持する予定です。
暑い……。冬はまだ来ないのでしょうか? 迷子センターにいますかね……。

来週も木曜日にアップできると思いますので
また読んでくださると大変嬉しく思います。


黒猫 with かずさ派


987 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/27(木) 08:41:55.26 ID:BOdAPfk3o
乙です
988 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/27(木) 11:03:25.87 ID:/qvx7W0Zo
乙です
989 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/09/03(木) 06:01:28.67 ID:DdbHCPdS0

第61章


7月17日 日曜日


 日曜日。誰の元にも平等に贈られるはずの休日の朝。
 寝苦しい夏であっても惰眠に精を出し、
朝はとことん寝倒すのが正しい休日の過ごし方だと信じている。
 目覚まし時計をセットなんてするやつは馬鹿だと言ってやりたい。
 目ざまし時計とは、いわば社畜養成ギブスである。小さな時からこつこつと
毎日時間に管理され、そしてみごと就職した時には会社に管理されるというわけだ。
 子供の時から気がつかないように管理されていたら大人になったら
なおさら管理されることへの苦痛など気がつかないだろう。
むしろ大人こそ管理される喜びを享受していると大声で叫びたいっ。
 そんな休日大好きSTOP目ざまし時計人間の俺が、
どうしてデパートの開店時間に合わせて千葉までやって来ているのだろうか?
 本来の俺ならば、休日の午前10時などまだまだ早朝だと判断すべき時間だ。
…………まあ、雪乃と同棲しだしてからは日曜だろうと平日と同じ時間に起こされるんだが、
今はそれも些細な事実だ。決して尻に敷かれているわけではない事だけは明記しておく。

八幡「俺ってなんで朝っぱらからこんなところにいるんだろうな」

 俺の愚痴を瞬時に察知した雪乃は、手に取っていた茶碗を棚に戻してから振り返る。

雪乃「なにを言っているのかしら?」

八幡「ん? 現状把握、だな? たぶんそんなところだと思うぞ」

雪乃「だとしたら、八幡の現状把握は根本から間違っているといえるわね。
   だから優しい私が訂正してあげるわ。今は午前10時30分になるところだから、
   すでに朝早くとはいえない時間帯よ」

 一応陽乃さんも機敏に察知して振り返ったが、雪乃とは違ってにやにやと
笑みを送ってくるだけだ。
 ……いや、ね。文句があるのでしたら雪乃みたいにストレートに言って下さいよ。
そうやって無言でプレッシャーを与えくるほうが、よっぽど精神にずどんときますから。
 俺は無意味だとわかっていても一つ咳払いをすると、陽乃さんのプレッシャーから目を
そらしながら、これもまた無駄な言い訳を最後の抵抗としてぶちまける。

八幡「だったらなんでデパートの、しかも食器売り場になんてやってきたんだよ。
   ……あれか? 陽乃さんから聞いたんだな?」

雪乃「なにをかしら? というよりも、なにか隠し事があることのほうが問題よね?」

 あれ? 墓穴掘ったの? いやまて。俺落ち着け。
大丈夫、大丈夫。何も悪いことなんてしてないよ、八幡。

八幡「隠し事ってなんのことだよ? 俺が言いたかった事は、こんなデパートの、
   しかも庶民が買うことなんてない高級食器売り場になんのようがあるんだよって
   ことだ。見ているだけでも間違ってぶつかって壊してしまうんじゃないかと
   びくびくして落ち着かないぞ」

 まあ、近くに店員がいるが、俺が庶民である事には違いがない。
むしろ庶民代表としていってやりたい。
 白米を食べる茶碗なんて100円ショップで買ったものでいいほどなのに、
どうして一万以上もする茶碗を買わないといけないのだ。
陽乃さんがさっき見ていた茶碗なんて、ペアで三万超えてるぞ。
ここは百歩譲って100円ショップの茶碗はなしとしよう。ただ、それでもその辺の店で
1000円とか2000円くらいの茶碗で十分すぎるだろうよ。
 なにが楽しくて食事の時間に精神的圧迫を受けねばならないのだ。
 一万円も超える茶碗を普段から使うなんて、どういう神経してるんだよ。

雪乃「あら? 案外小心者だったのね。
   いつもふてぶてしく生きているものだから、てっきり……」

 憐みとも嘲笑ともとれるその頬笑みに、俺はあやうく一歩身を引きそうになる。
 しかしここはデパートの高級食器売り場なわけで、俺の背中に鎮座するお高級食器さま
に私目の体が触れる事を恐れて身を硬直させるだけにとどめた。
 しかし、窮地に陥っている俺を放っておいてくれない陽乃さんは
追撃とばかりにとどめを刺しにきた。

陽乃「自分は庶民だといっている八幡には悪いのだけど、八幡が今使っている茶碗を
   はじめお箸や食器。それにキッチン道具にいたっても、それなりの値段が
   するものがそろえられているわよ?
   それに、このことは以前八幡とここに来た時にも教えたじゃない」

八幡「たしかそんなことも言っていたような気も……」

 うん、たしかに陽乃さんが言ってたな。でも、あまりにも衝撃発言過ぎて、
日常生活に支障をきたすと判断して記憶を封印したんだっけな。
 普段から弁償も出来そうにない食器に囲まれて生活なんて、
まともな精神構造じゃできやしないぞ。
990 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/09/03(木) 06:01:57.23 ID:DdbHCPdS0
陽乃「それに、雪乃ちゃんがもし八幡がそれらの食器を使う事で壊してしまうかもと
   心配するのであれば、最初から使わせていないはずよ」

雪乃「姉さんの言う通りよ。そもそも形あるものは壊れる運命だもの。それの値段が
   高くても、壊れるときは壊れてしまうわ。だから、値段の事なんて気にしないで、
   器の美しさとそれに盛られている料理に意識を向けて欲しいわ」

陽乃「それにね。せっかく八幡の為に料理を作ったというのに、愛情を込めた料理
   よりも、ただ値段が高いだけの器に興味を示すなんてひどいと思わないかな?」

八幡「たしかに二人の言う通りだ。俺が気にしすぎていたのかもしれない」

雪乃「ええ、そのようね。…………ほら八幡。このお茶碗なんてどうかしら?」

八幡「お、おう…………」

 口では気にしないと言ってはみたが、やはりお金を支払う前の商品ともなれば
緊張を捨て去ることなんてできやしないでいた。
 こんな事を言ってしまえば雪ノ下家に寄生するヒモだと罵られそうだが、
たとえ与えられたものであっても自分のものであれば諦めもつく。しかし。店で売られて
いる商品ともなれば当然の事だが自分のものではなく弁償せねばならない運命だ。
 つまり、他人のものは勝手には壊せないわけで……。まあ、自分の物であっても
壊したくはないが……、つ〜か、なんだか金額が飛びすぎて頭が回らん。
 やはり他人様には迷惑かけられんだろ。
 だから俺は雪乃の呼びかけに応じて、
おそるおそる手の震えをなかった事にしながら茶碗を受け取った。

雪乃「どうかしら?」

八幡「どう?と聞かれても……。まあ、絵柄はよくわからんがシンプルでいいんじゃ
   ないか? そうだな……、手になじむっていうか持ちやすいな、これ」

雪乃「そのようね。手になじむように作ってあるそうよ」

八幡「もしかして、この茶碗ってどっかの有名な焼き物だとか?
   俺そういうのはわからないから宝の持ち腐れだぞ?」

 おいおい、この茶碗。やっぱお高いだけあるんだな。

雪乃「どうかしら? ただ、そこのパネルに書かれている説明文を読んだだけなのだけれど」

 小首を傾げて俺を見つめるその姿に、思わず体のバランスを崩しそうになる。
 しかし、ここが高級食器売り場であることを瞬時に想いだした俺は、
すかさずバランスの回復に努めた。

八幡「あぁ〜……そう。まあ、そうだよな。うん、そんなところだろうと思っていたよ」

陽乃「どう八幡?」

 俺のボケなど気にもせず、陽乃さんはいたってマイペースで茶碗の感想を聞いてくる。
 やはり料理とくれば俺へのちょっかいも減ってしまうのだろう。
 だって料理は陽乃さんにとって神聖なものだし。

八幡「えっと、どれもこれも悪くはないといいますか、いいもの過ぎてどれでもいいと
   いうか。それに雪ノ下家で使う俺達専用の食器でしたら、今使っている来客用の
   食器でもいいですよ? ただ来客用の食器をいつまでも使うわけにもいかないか。
   だとしたら、それこそスーパーで売ってる食器で十分ですよ。俺のなんて」

陽乃「そうもいかないわ。お母さんがいるときにお母さんの機嫌を損ねるような食器を
   テーブルに置くことなんてできないわ。それこそ母への嫌がらせで
   したいというのならば止めないけど……」

八幡「そんな無謀な事できないってわかってて言ってますよね?」

陽乃「あら、そう?」

八幡「すっごく意地が悪そうでいて、なおかつ最高に機嫌な良さそうな笑顔を
   前にしてしまうと、どんな鈍感男でもわざとだと気がついてしまいますよ」

陽乃「そうかしら? でも、美人の笑顔を見られてうれしいくせに」

 だからぁ、ここは危険地帯なんですから、普段みたいに俺を腕でつついてこないで
くださいよ。あなたの魅力があふれまくっている体が俺に触れるたびに
過剰反応してしまうんですから。

八幡「そうですね。美人の笑顔はみたいですけど、
   俺の心が朗らかにしてくれる笑顔でしたら毎日でも見たかったですよ」

陽乃「…………そうね。ごめんね。お姉ちゃんちょっと舞い上がっちゃってて」

八幡「いやその、俺の方も言いすぎてすみませんでした」

 陽乃さんのしおらしい態度に俺の方が悪者になり下がってしまう。
 俺の予想ではもう少し陽乃さんがちょっかいかけてくると思っていたのに、
ましてや笑顔を曇らせるとは思いもしなかった。
991 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/09/03(木) 06:02:23.68 ID:DdbHCPdS0

 しゅんっと肩を落とす姿はまさしく親に叱られた子供のようだった。

八幡「とりあえず茶碗、みそ汁用の椀、それに箸ですかね。
   箸もいつまでも来客用のとか割り箸とか使ってられないでしょうし」

陽乃「そうね。あとは湯のみ茶碗が必要かしら? 紅茶やコーヒーのものは
   家にたくさんあるけれど、湯のみ茶碗くらいもそろえておきたいわね」

八幡「じゃあ、その辺を中心に見ておきますね」

 ここで今あげたものを全部買ったらいくらになるかなんてことは考えないでおこう。
 もうこの姿そのものが昔あこがれていた主夫の姿の一端かもしれないが、
自分で稼いだお金で買えない事に不安を覚えていた。
 雪乃も陽乃さんも正確に言えば雪ノ下家の金を使っているにすぎない。
おそらく親父さんから渡されているクレジットカードや現金を使うのだろうけど、
そこは家族だし、親父さんは親でもある。
 けれど俺は他人であり、いくら将来を考えた交際をしていようと、
あくまで他人にすぎないのだ。
 この状況からすると、寄生はいやだけど養われたいなんて無謀どころか
俺にはあっていないとさえ思えてしまう。
 ぼっちは自分の責任でやっていたとするのならば、やはり大人になって生活していく
としても自分の稼ぎでやり抜かなければと考えてしまう。
 高校生だった俺ならば、主夫も仕事の一つであり、社会的にも認められた職業だと
反論してくるだろう。だけど、主夫の一端を経験してしまった俺としては、
養われるという他人依存にどうしても心が落ち着かないでいた。

陽乃「どうかしら。心に残ったものくらいはでてきたかな?」

 俺が目の前の食器以外の事に思い悩んでいるのを真剣に茶碗を見ていると
錯覚してくれた陽乃さんは、進捗具合を聞いてきた。
まあ、陽乃さんのことだから、俺が他の事を考えていた事さえ気が付いていたかもしれない。
 そして、俺が深みにはまらないように……、いや、もう考えるのはよそう。
陽乃さんもさっきまでの陰りをぬぐい去ろうとしてくれているのだし。

八幡「そうですね。もう少し見比べてみます」

陽乃「わかったわ。雪乃ちゃんは?」

雪乃「私は……」

陽乃「別に夫婦茶碗にこだわらなくてもいいのに」

雪乃「こだわってなどいないわ」

 雪乃は静かな売り場には似合わない大声をあげてしまい、数少ない客も、
客の数と同じくらいの店員も一斉に俺達に注目してしまう。
 俺は気にはしないが、雪乃は自分の失態にみるみると顔を赤らめ首をすくめる。
 陽乃さんは雪乃の失態には気にもかけていない態度を取り、
いつも通りの妹大好きお姉ちゃん対応をしてくるのかなと思い見やると、
下唇を軽く噛み締めきつい目つきで雪乃を見つめる陽乃さんがそこにはいた。
 しかし、俺の視線に気がついたのか、陽乃さんは今さっきまでの
表情などなかったかのようにいつもの陽乃スマイルを作りだしていた。
 ぞっとするほど自然な笑みに俺は恐怖を覚える。
 こんな気持ちはいつ以来だろうか。
 背筋が凍るほどの違和感が俺に寄りかかり、
陽乃さんに距離を取られてしまったと気がついてしまう。
ただ、そんな違和感も、俺の警戒を機敏に察知した陽乃さんは、物悲しそうとも、笑顔を
作るのを失敗したともとれる微妙な頬笑みを俺に向けながら近寄ってこようとしてはくれた。

八幡「まっ、雪乃が夫婦茶碗を中心に選んでくれるんなら、それはそれでいいんじゃないか?」

雪乃「そうなの?」

八幡「まあなんだ、俺は茶碗の良しあしなんてわからないし、そもそも100円ショップ
   の茶碗を出されたって高級茶碗どころか普通のスーパーに売っている茶碗と
   さえ区別がつかないほどだ」

雪乃「そこは区別してほしいところであり、
   胸を張って言うべきところではない気もするのだけれど」

八幡「いちいち突っ込みを入れるなって」

雪乃「それでなにを言いたいのかしら?」

八幡「つまりだな。俺が選んでもメリットが何もないって事なんだよ。
   茶碗を選ぼうにも、値段くらいしか判断基準がない。
   そうなると安くて、……あとはそうだな丈夫そうなのを選ぶことになると思うぞ」

雪乃「残念にも、そうなってしまいそうね」

八幡「だったら、最初から雪乃が俺のも一緒に選んでくれた方がいいんじゃないかって
   事だ。あとついでにみそ汁用の茶わんと箸も一緒に選んでくれると助かる。
   ……あと湯のみも頼む」
992 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/09/03(木) 06:02:51.79 ID:DdbHCPdS0

雪乃「はぁ……。最初からそうなりそうな予感はしていたのよね。わかったわ。
   私が選ぶわ。でも、一応最後に八幡も確認してほしいわ」

八幡「そのくらいは任せてくれ」

雪乃「まったく、もぅ……」

 柔らかな頬笑みを交えたため息をつく雪乃を見て、俺の方もほっと胸を下ろす。
 俺が言ったことは嘘ではないが、別に茶碗を選べないわけでもない。
 だけど俺が選ぶよりは雪乃が選んだほうがいいって判断しただけだ。
 そこには陽乃さんが言ったように、雪乃が夫婦茶碗にこだわる意図も起因してはいる。
きっと俺との繋がりを求めているのだろう。それだけ最近の陽乃さんの行動は
突出していて、雪乃も安心できていない気もしてしまう。
 ならば俺が雪乃を安心させ、なおかつ陽乃さんへのフォローもしっかりすれば
いいだけなのだが、それも簡単にはいかない。
 俺も雪乃も陽乃さんが好きであり、大切な家族という認識だけは譲れなく、
一概に陽乃さんを拒絶すればいいだけではないからだ。
 だが俺は、今すぐには解決できない問題を棚上げにして、
今にも鼻歌まで歌い出しそうな雪乃が差し出す茶碗に、適当な感想を返していく。
どれも適当すぎて時々雪乃も顔をしかめはするが、その辺の俺事情は雪乃も想定済みだ。
 それでも俺も雪乃も笑みを浮かべながら選定作業を続けたのだから、
俺達二人にとっては、この買い物は成功だったのだろう。




雪乃「満足がいく品物があってよかったわ」

 ようやく目的の品を買った俺達は、階を移動して紅茶専門カフェで疲れを癒していた。
 ただ、疲れているのは俺一人で、体力がないはずの雪乃は
疲れなど見せずに優雅にティーカップを口に運べているのはどうしてだろうか。
 やっぱあれか? 楽しんでやる事の体力は別枠ってやつか? 

八幡「そりゃあ店に入ってから午前中全てをあそこですごしたんだから、選んで
   くれないと困る。さすがに疲れたっての。それに、あそこもそれなりの大きさの
   フロアだとは思うが、2時間も見続けるほどの商品はないと思うんだが」

雪乃「それは八幡がなにも考えないで見ているからよ。
   しっかりとした目的をもって見ていれば、2時間でもたりないほどよ」

八幡「すみません。2時間で終わらせてください。
   午後からもう一度ってやつだけは勘弁してください」

雪乃「もう全て買ったのだから買う必要などないわ。
   でも八幡がまだ見たいというのならば、付き合ってあげるわ」

八幡「いや、けっこうだ。もういい」

雪乃「そこまで拒絶しなくてもいいと思うのだけれど」

八幡「もう見なくても、なんとなくでいいんならどんなものがあったか言えるほどだぞ。
   だから、今さらもう一度行く必要なんてない」

雪乃「だったら、隣のデパートに行こうかしら?
   そこならば違う食器が売っていると思うわよ?」

八幡「せ、せめて食器以外でお願いします」

雪乃「もう……、だから必要な物は全て買ったと言っているのに、しょうがない人ね」

 しょうがないと申してはいますが、
わたくしめは最初からもう見たくないと言っただけではないですか。
 それなのにほじくり返すように俺の事をいびってきたのは雪乃であり、
雪乃のせいで俺が気が休まらないだけだぞ。
 でも、まあいいか。
 雪乃も待望の夫婦茶碗が買えたみたいだし、今もなんだかんだいって機嫌がいいしな。
ただ、気がかりがあるとすれば、思い過ごしであってほしいが、陽乃さんが雪乃の選定
作業に飽きて他の売り場に行くあたりから、陽乃さんに元気がないような気がすることだ。
たしかに俺も疲れてしまったし、陽乃さんも疲れて飽きてしまったとも考える事はできる。
 しかしなんていうか、陽乃さんが買ってきた爪切りが包丁メーカーの品物で、切れ味が
すごいとか楽しそうに俺に説明する姿が、以前ここに一緒に来て包丁を見た時の
陽乃さんとは異なっているように見えてしまった事だけは間違いではなかったはずだ。
 俺が陽乃さんの微妙な変化を気にしたのはこの時だけであり、
午後からの強行軍の中では俺はただただ圧倒的なパワーのうねりに身を任せていた。
 一応どうにか隣のデパートに行く事は免除された。
 そのかわりなのだろうか。それとも最初からの予定だったのだろうか。
おそらく後者だとは思うが、俺は雪乃と陽乃さんの秋服を見る為に夕方まで連れ回される事になる。
 いくら新作の秋服が出始めたばかりだからといって、どういう神経で秋服を見たいと
思うのか俺にはわからない。外は夏だし、8月になればさらに暑くなる事だろう。
それなのにどうして暑っ苦しい秋服を見たいと思うのだろうか。駐車場から店内に行くまでの
数分間でさえ夏の暑さにやられたというのに、俺からすれば冷房が効いた店内に入ろうと、
新作の秋服を見ようと、気持ちだけを秋にすることなんて不可能だ。
 それに、いくら新作だろうと、買ったところで今の時期着る事が出来ない服を買うなんて
理解できない。たしかに数ヵ月後には着るだろうが、その頃にはまた違う服が欲しくなるだろう。
993 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/09/03(木) 06:03:27.10 ID:DdbHCPdS0

ましてやその時今買った服が着たいと思う保証なんてないのだから。
 ……なんて心の中で愚痴ばっかり言っていたら、
どういうわけか女性水着売り場に連れてこられてしまった。
 この女の楽園での気まずさは最悪だった。それをわかっていて連れてこられたのだろうが、
いくら他にも彼氏連れのカップルがいようと、俺の心を軽くする効果は著しく弱い。
 しかも、どうしてこういうときばっかり姉妹の仲が良くなるんだよ、と叫びたい。
普段はチームワークなんて最悪なのに。
 ただ……それよりも、人の心を読むのはやめていただけませんか?
 俺が失礼な事を考えたことに対する嫌がらせだろうけど、もう少し穏便にお願いします。







第61章 終劇
第62章に続く






第61章 あとがき



来週もこのスレを使えたら使って、その後次スレへ移る予定です。
来週も木曜日にアップできると思いますので
また読んでくださると大変嬉しく思います。


次スレ建てていたのですが、落ちてしまったので建てなおしました。


やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第三部(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている )
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1441227484/



黒猫 with かずさ派


994 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/03(木) 11:58:42.47 ID:how9ltvyo
乙です
995 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/03(木) 21:42:45.25 ID:DijZQkltO
996 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/09/10(木) 02:20:12.41 ID:jH3eRuI/0

第62章


八幡「今日はさすがに疲れたな。なのになんで雪乃達は元気なんだよ」

雪乃「八幡はほとんど立っていただけじゃない」

八幡「動かないでいるのもエネルギーを消費するんだよ」

 陽乃さんが運転する車の助手席に雪乃が座り、後部座席には荷物番として俺が座る。
……まあ、朝も同じ座席ではあったが、トランクに荷物を突っ込んで壊れるよりはいいだろう。
 俺達は夕方までデパートに居座り、ショッピングとしては大変楽しめたとおもう。
主に女性陣が、だが。
 一応俺も店を見て回っている時の二人の姿を見て、普段見せないような表情が見られて
楽しめてはいる。高校時代の俺ならば気になっていた天敵たる店員も、ちょっかいばかり
掛けてくる陽乃さんや雪乃の助力もあって敵意を見せることなどまったくなかった。
 その分気苦労も増えてはいるが、不審人物認定されなくなったことはいいことだろう。
店側からしても、不審人物がいたら他の客が入りにくいしな。

雪乃「それもそうね。でも、ベンチで座っているときもあったのではないかしら? 
   店を移動しようと店舗を出たら、八幡がいないときがあったわよね。
   最初はいるくせに、途中から消えてしまうのよね」

八幡「今日は長期戦だったからな。だから省エネを心がけたまでだ。エコの精神は大事だぞ」

雪乃「どこがエコの精神かはわかないけれど、
   文句を言わずに付き合ってくれたことには感謝しているわ」

八幡「そうか? けっこう文句言っていたと思うがな」

雪乃「それは朝店に着いた直後でしょ? それくらいはいつものことよ。
   でも、私と姉さんが見始めてからは言っていないじゃない」

八幡「どうだったかな……」

雪乃「そうだったのよ」

陽乃「……そうね。比企谷君は案外人の心をしっかりと捉えているし、
   心遣いもしっかりしているわね」

八幡「陽乃さんまで持ちあげすぎですよ」

陽乃「そうかしら? だって比企谷君は私たちが楽しんでいるのに水をさすような行為は
   しなかったじゃない。本当にショッピングに来るのが嫌ならば、
   最初の目的のお茶碗を買った後あたりから家に帰りたいと訴えていたはずよ」

八幡「それは違いますよ。諦めて午後も付き合う事にしただけです」

陽乃「本当に?」

 バックミラーから覗かれる瞳が鈍く迫る。いつもの陽乃さんの追求であるはずなのに、
どうも棘が鋭い気がしてしまう。
 だからというわけでもないが、俺はしどろもどろに返事を返すのがやっとであった。

八幡「本当ですって」

陽乃「まあいいわ。でも、ご機嫌取りをしようとしているわけではないとは思うけど、
   相手の気持ちに対して臆病になりすぎるのはよくはないと思うわよ」

八幡「俺には由比ヶ浜みたいに場の空気を読む力なんてないですよ。文句を言わないで
   ついていったのは、俺が雪乃に飼いならされただけじゃないですかね」

陽乃「……そうかもしれないわね」

 「そうかもしれない。」
 本当にそう思ってくれているのだろうか。俺でさえ適当に答えたと思っているのに、
あの陽乃さんが納得しているとは思えなかった。
 でも、これ以上追及する気はないようだ。西日が当たる陽乃さんの表情は赤く染まり、
どんな表情をしているかはわからなかった。
それと同時に、表情が読みとれなくてほっとしている自分がいることに、
俺はショックを覚えていた。

雪乃「姉さん。道が間違っているのではないかしら?」

陽乃「あっているわよ。雪乃ちゃんって方向音痴なのよね。大学では完ぺきだとみんなに
   称賛されてはいるけど、案外致命的な弱点もあるのよね。
   そこが可愛いっていう人も若干一名知ってはいるけど」

雪乃「失礼ね」

陽乃「でも、方向音痴なのは事実よね」

雪乃「それは…………」
997 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/09/10(木) 02:20:38.56 ID:jH3eRuI/0

 俺が勝手に沈んでいると、
前の座席ではいつものように姉妹のコミュニケーションが通常運転で行われている。
 先ほどまで陽乃さんが見せていたとげとげしさは抜け落ちて、
丸みを帯びた表情で雪乃と会話を楽しんでいるようだ。
 ただ、毎度ながら、俺を巻きこむのはよしてくれませんかね。

陽乃「完璧すぎないで意外な弱点がある方が殿方には好評のようよ。ね、比企谷君」

八幡「俺に振らないでくださいって」

陽乃「ありゃりゃ……。でも、嫌いではないのでしょ? むしろ好きで、
   大好きって感じかしら? うん、愛してるって叫んでもいいよ。許可してあげます」

八幡「ノーコメントで。それと、そんな許可はいりません」

陽乃「雪乃ちゃん。比企谷君は愛してるって耳元で囁きたいって」

 ノーコメントだと言ったじゃないですかっ。

陽乃「ノーコメントってことは、言いにくいコメントだって白状しているだけじゃない。
   つまり今回のケースだと、雪乃、愛してる、でしょ?」

人の心を読まないでくださいよ。しかも、心の中の言葉とさえ会話するのはいかがなものかと。

八幡「ノーコメントで」

陽乃「やっぱり可愛いってさ」

雪乃「……もうっ」

陽乃「このこのっ。雪乃ちゃん、照れちゃって」

雪乃「姉さん。前を見て運転してくれないかしら。事故を起こしたら大変よ」

陽乃「はぁ〜い」

 陽乃さんが雪乃をいじっている間も車は問題なく進む。
しかし窓の外を見ると雪乃の指摘通り雪ノ下邸に行く方向とは明らかに違っていた。
 さすがに方向音痴の雪乃といえども間違えようもない…………と思う。たぶんだけど。

八幡「陽乃さん」

陽乃「なにかな?」

八幡「やっぱり方向違いません?」

陽乃「あってるわよ」

八幡「でも、実家とは逆方向ですよね?」

陽乃「ああ、そういうことか」

八幡「というと?」

陽乃「だから、雪乃ちゃんにも言った通り道は間違ってはいないわ。
   だって雪乃ちゃんのマンションに向かっているんだもの」

八幡「そうなんですか? てっきりこのあと実家で一緒に食事をするのだとばかり思っていました」

陽乃「それは悪い事をしたわね。でも今実家では仕事の関係者を呼んでいるのよ。
   だから悪いけど実家は使えないの」

八幡「じゃあ、うちで一緒に食事をしてから帰るんですよね? 遅くまででしたら
   お義母さんが色々言ってくるでしょうからあまり遅くまではいられないでしょうけど」

陽乃「それもごめんさない」

雪乃「姉さん?」

 雪乃がつい呼びかけてしまったのも理解できる。俺もなにか違和感を感じたのだから。

陽乃「ん? ごめん雪乃ちゃん。今日はお母さんに呼ばれているのよ。最近わたしも家の方の
   お仕事をおろそかにしていたものだから、出ないわけにはいかないのよ。
   ……ほら、ストーカー騒動もあってあまり外には出ないようにしていたから」

雪乃「それならば仕方がないわね。でも姉さん。私も今度からはなるべく出席するわ。
   姉さんの代りができるとは思ってはいないけれど、少しは姉さんの負担を減らしたいわ。
   だから、その事をお母さんにも言っておいて。
   ほんとうは私が直接出向いて言うべきなのだろうけれど」

陽乃「大丈夫よ。でも、ありがとうね」

雪乃「姉さんが言ってくれないのならば、あまり気乗りはしないけれど、私が直接言うわよ?」
998 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/09/10(木) 02:21:19.66 ID:jH3eRuI/0


陽乃「わかったわ。帰ったら言っておくわ。
   でも、最終的には雪乃ちゃんが直接言わないければいけないのよ?」

雪乃「わかってるわ」

陽乃さんの顔をいたって平常で、いつも俺達に見せる表情は崩れてはいない。これが演技だと
は疑いたくはないが、どうしても普通すぎて俺も雪乃もこれ以上の追及は出来ないでいた。
ただ、雪乃を雪ノ下家の仕事に今は関わらせたくないという姉の気遣いならばありえはする。
歯切れが悪いのも、今夜の実家での事を黙っていた事も、雪乃を遠ざけた事さえも、
正しすぎて受け入れざるを得なかった。






7月16日月曜日



 いつもの朝と同じように俺を挟んで雪乃と陽乃さんの核戦争は行われている。
せめて俺を間に挟まずに姉妹喧嘩とも言えてしまうだろう言い争いをやってほしいところだが、
これが朝の微笑ましい日課だと思えば悪くはない日課だと思えてしまっていた。
 雪乃も陽乃さんも本気で相手を叩きのめそうとしているわけでもないし、俺が口を挟むべき
でもない。ただ、何も知らない第三者が聞いたら鳥肌がたつ内容ではあるけれど……。

八幡「昨日の帰りは道が混んでいるようでしたけど、帰りが遅くなって何かいわれませんでしたか?」

陽乃「あら? 比企谷君は優しいのね。雪乃ちゃんとは大違い」

八幡「そうでもないですよ。昨日家に着いてから雪乃が心配していたんですよ」

雪乃「八幡っ」

 たしか内緒だったけな。……すまん。あとで1時間のお説教うけるから勘弁してくれ。
俺を一睨みした雪乃はこれ以上の被害を出さない為か、すぐさま白旗をあげ、素直に認めた。

雪乃「まあいいわ。私達を送ったせいで姉さんが遅れたのならば申し訳ないと思っただけよ。
   さすがの姉さんもお母さんの小言を聞きたくはないでしょうし」

陽乃「大丈夫よ。雪乃ちゃん達を送って行った時は帰りの道は混んでいるように見えたけど、
   ちょうどタイミングが良かったせいか、それほど渋滞には捕まらなかったわ。
   だからお母さんにも何も言われなかったわ」

雪乃「ならいいわ」

 朝から過激なコミュニケーションをとる奇妙な姉妹だとは俺でも思う。
けれど、その姉妹の絆は世間の兄弟姉妹以上に強固なのだろう。
 上辺だけの絆ならば必要以上に関わろうとはしない。学校であろうと、職場であろうと、
ましてやそれが家族であっても、必要な時だけ関わり合いを持って、
あとは無関心を貫くのが人間関係を円滑に送る処世術だ。
だから、雪乃と陽乃さんの関係は一見過激であろうと、仲がいい証拠なのだと俺は思っていた。



 昼休み。今日もいつものように弁当会が行われる。
ただ、いつもと違うところがあるとしたら、それは陽乃さんがいないことだろうか。
 陽乃さんは大学院生であるし、院の方を優先しないといけない事もある。
 雪乃によると、なにか教授に頼まれた事があり、これから忙しくなるそうだ。
 優秀な陽乃さんの事だ。教授にも頼りにされているのだろう。
俺は面倒事を押し付けられるのは嫌だが、教授の目にとまっておけばなにかしらの
コネができるかもしれないか、と思うくらいであった。
 そして放課後。陽乃さんの相当忙しいらしく、帰りはハイヤーで帰る事になった。







7月18日水曜日



月曜日の帰りは陽乃さんはハイヤーで帰ったが、翌朝はいつもの通りに俺達が迎えに行った。
まあ、英語のDクラスの補習は今でもやっているわけで、
その手伝いをしてくれる陽乃さんを迎えに行くのは当然とも言える。
 ただ、院のほうが忙しいのならば無理に手伝わなくてもいいと言った時、
なにか寂しそうな表情を見せたのは見間違いだったのだろうか。
 その表情も一瞬であり、すぐさま笑顔に塗り替えられていく陽乃さんの表情に、
その時の俺は全く心にとどめておく事すらできないでいた。
 しかし、今朝のメールを見れば、俺であっても気がついてしまう。
999 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/09/10(木) 02:22:10.45 ID:jH3eRuI/0

 陽乃さんに避けられていると。
いくら院の方の勉強や手伝いで忙しいといっても、俺達の送り迎えを遠慮する理由にはならない。
 俺と雪乃は別に時間に縛られてはいない。大学の講義には出なくてはいけないが、
それ以外は自由だ。大学で自習していようと、自宅で自習していようと、
勉強する場所さえ確保できればどこであってもできるのだ。
 だから、朝の出発時間が早くなろうと、帰りの時間が遅くなろうと、俺達は陽乃さんの予定
に全てあわせられてしまう。そういう事情があるから、本来陽乃さんは俺達に言うべき
言葉は、先に行っていいではなく、送迎の時間を変更してほしいであるべきだ。
 俺はいつ、選択を間違えてしまったのだろうか?
 どの時点から陽乃さんは俺から顔を背けてしまっていたのだろうか?
 俺はなにをやらかしてしまったのだろうか?
 わからない。俺も雪乃も特筆すべき行動なんてしてこなかったはずだ。
 いつものように陽乃さんと一緒にいて、いつものように陽乃さんにちゃかされて、
いつものように陽乃さんと笑って、いつものように食事をして。
 いつものように、いつものように…………三人一緒にいた。
 そう、なにも変わらない日常だと思っていた。
 だからこそ俺は気が付けない。
 だからこそ雪乃は安心できていた。
 だからこそ俺達は鈍感過ぎてしまった。
 俺と雪乃が笑いあい、じゃれ合っている姿を、誰よりもそばで見ていたのは
陽乃さんであり、誰よりも傷ついていたのは陽乃さんだったのだから。
 だから俺は、陽乃さんに無神経でいる事ができてしまった。

雪乃「今日も姉さんお昼こなかったわね」

八幡「院の方が忙しいんだろ?」

雪乃「今日も先に帰っていいそうよ。姉さんはハイヤーで帰るみたいね」

八幡「しょうがないんじゃないか?」

 放課後。三人ではなく二人で歩くキャンパスは、
どこか殺風景で、遠くの方から聞こえてくる笑い声が耳触りに感じてしまう。
 いつもなら俺達の方が雑音を撒き散らす方であるのに身勝手な感想ではあるのだが、
人とは身勝手すぎる生き物のようだ。

雪乃「本当にそう思っているのかしら?」

 俺の顔を下から覗きこむ瞳に、俺は脚を止めてしまう。雪乃もすぐさま脚を止め、
俺の方に振り替えると、さらに俺に詰めより俺を逃がさない。

八幡「わぁったよ。……思ってない。嘘だと思ってる。いや、嘘ではないか。たぶん何かしら
   用事を見つけてきてはいるんだろうよ。嘘をつくにしても、その嘘を本当にする人だからな」

雪乃「ええ、八幡の言う通りだったわ」

八幡「調べてきたのかよ?」

雪乃「人聞きが悪いわね。ちょっと見学に行っただけよ」

 陽乃さんのテリトリーに見学なんて行ったことなんてあったかよ……、とは言わない。
今は冗談や軽口さえ言えない状態であった。
それほど陽乃さんを追い詰めてしまった事に、俺達は気がつくのがおくれてしまっているから。

八幡「それでどうだったんだ?」

雪乃「一応橘教授の手伝いをしているそうよ」

八幡「担当教授ではないよな? そもそも学部が違うし」

雪乃「そうだけれど、姉さんの研究テーマと重なる所があるのよ。それに、姉さんは橘教授と
   仲がいいみたいだから色々と指導を受けてもいるみたいよ」

八幡「その辺の事情はよくわからないが、事実としてはそうなんだろうな」

雪乃「そうね……」

 俺の反応に雪乃は冷たい。俺も俺自身の反応に冷たさを感じているので、
雪乃が俺にきつく当たってくる理由がよくわかる。
 だけど俺は雪乃の彼氏であって陽乃さんの彼氏ではない。いくら雪乃の姉であっても、
無神経に踏み込んでいいのだろうか?
 …………いまさらか。いままでの陽乃さんとの関係が彼氏と彼女の姉の関係だけとは
到底思えない。陽乃さんの好意を突き離さないように延命処置をしてきたつけが
今になって訪れたとも言える。

八幡「……なんだよ?」

雪乃「なんでもないとはいわないわ」

八幡「だったらはっきり言ったらどうだ」

雪乃「私の口から言って欲しいのかしら?」

1000 :黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga]:2015/09/10(木) 02:23:48.99 ID:jH3eRuI/0

八幡「わかったよ。橘教授のところに行ってみるか」

雪乃「ええ、その方がいいようね」

八幡「だけど、一つだけ言っておきたい」

雪乃「…………ええ」

 俺を見つめる雪乃の瞳には、俺がこれから言う言葉が見えているのだろう。
ただ、いつだって俺の先を見つめるその瞳は、今日はちょっとだけ寂しげで心細げだ。
 だから、これから俺が言う言葉をわかってはいるけど、
どちらかというよりはその言葉を望んでいる。雪乃の瞳から俺はそう感じ取れてしまった。

八幡「俺は…………俺は雪乃の彼氏だからな。それだけだ」

雪乃「ええ、わかっているわ」

 雪乃はそこで言葉を切り、下唇を噛みながら一歩俺に詰め寄ると、
残りの言葉を全て吐き出した。

雪乃「でも、なぜ今さらそれを言ったのかしら?」

八幡「……そうだな。道に迷わない為だろうな」

雪乃「そう。……だったら、手をつないでおけば大丈夫よ」

八幡「そうかもしれない」

雪乃「ええ、そうよ」

八幡「でも、……雪乃は方向音痴だから、俺が道に迷ったら終わりじゃね?」

雪乃「そうね。でも、八幡とだったら迷ってみても面白いかもしれないわ」

八幡「かもしれないな」

 俺は雪乃の手を取ると、橘教授の研究室へと歩き出す。
今まで来た道を真っ直ぐ戻り、迷いなく歩み始めた。
 迷わない人間などいない。道を間違わない人間もいない。
道を間違えた事さえ気がつかない場合だって多々あるのだ。
 だったら俺が道を間違える事は当然の結果の一つとも言える。
 だけど俺には間違えを教えてくれる彼女がいる。今までも間違えまくったし、
小町だけでなく、雪乃や由比ヶ浜達を散々傷つけたりもした。
 だから俺は、間違えを正すことでもっと深く傷つく結果になろうと、
間違いを正さなければならなかった。それが俺のエゴだといしても。







7月19日木曜日



 今朝も陽乃さんはハイヤーで大学へと通学した。それについてはもはや何も言う事はない。
そして昼食もこれないことが既に雪乃にメールがきていた。
 陽乃さんが嘘を言っているわけではない事は、昨日橘教授から確認は取れている。
だけど、事実を言ってくれているわけでもないことは明らかである。だから俺はここに来た。
 以前ここに来た時は、雪乃と陽乃さんも一緒だった。
その時も今と同じように俺はドアをなかなかノックできずに立ちすくんでいた。
 でも、あの時は陽乃さんがこのドアを開けてくれた。
今は一人で来ているので、いつまでたっても陽乃さんが明けてくれるという奇跡は望めないだろう。
 昼食時間が終わって、中から出てくるとき以外は。

八幡「失礼します」

 大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐くと、俺は軽くドアにノックをし、
中からの返事も待たずにドアを開ける。元々この部屋の主の了解をとっているわけで、
ノックさえする必要はなかったが、癖というか身についた習慣は省けないようだ。







次スレ

やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第三部(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている )
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1441227484/

1001 :1001 :Over 1000 Thread
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【安価あり】ラブライブ!のキャラで銀魂 @ 2015/09/10(木) 01:48:08.09 ID:6q793UN6O
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シメジアンチスレ @ 2015/09/10(木) 01:11:40.09 ID:kGCrfm7Io
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提督「紅炉の上に早霜」 @ 2015/09/10(木) 00:50:06.89 ID:lyfB+YCa0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1441813806/

照「宮永ホーンが日に日に増えていく」 @ 2015/09/10(木) 00:43:35.88 ID:MoBLOuXY0
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【モバマス】周子「うつ伏せでしょー」奏「いいえ、仰向けよ」 @ 2015/09/10(木) 00:40:05.89 ID:b0XiD1XB0
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やよい「うっうー。安価でみなさんにニックネームをつけちゃいます」 @ 2015/09/10(木) 00:04:54.17 ID:2c+CFQuf0
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八幡「三浦と談笑」 @ 2015/09/09(水) 23:45:05.43 ID:Ss0qharP0
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ショボンな雑談スレ24 @ 2015/09/09(水) 23:22:42.37 ID:lTFPyJaDO
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