【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

208 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:16:34.75 ID:GHB5lTWGo
第19話〜それは、響き渡る『涙の声』〜

―1―

 7月9日、午前六時過ぎ。
 第七フロート第三層中央、旧山路技研、通称“城”。

 その最奥区画にあるユエの研究室――


 囚われの身となって十一時間が経過した頃、茜は目を覚ました。

茜(睡眠時間は四時間程度か……敵の膝元で眠れるとは思わなかったな)

 茜はそんな事を考えながら、自嘲の嘆息を漏らす。

 睡眠時間はやや短く、気怠さも感じるが、
 早起きが習慣ついているせいか、普段よりは遅かったもののすんなりと目が覚めた。

 ここはユエの研究室と扉一枚隔てた寝室だ。

 元々、研究者用の宿直室だった場所を改装しただけの簡素な作りだったが、
 物置代わりに使われている棚で仕切られているお陰でそれなりにプライベートな空間は確保されていた。

 如何せん狭いと言う難点はあったが、身の安全が保障されているだけマシである。

 そう、信じられない事に、茜は囚われの身でありがなら、身の安全が保障されているのだ。

茜(いくら何でも、おかしいだろう)

 茜は自身の手首を見遣ると、そこには昨夜と変わらず魔力抑制装置が取り付けられていた。

 だが、この研究室に入って以来、それ以外で何かをされたと言う事は無い。

 むしろ、この研究室の主……ユエ・ハクチャによって客人としての扱いを受けていたのだ。

 この研究室の外には出られない軟禁状態ではあったものの、洗脳や拷問を受ける事はなかった。

 むしろ、特定の端末以外に触れて情報収集する事すら許可されており、
 以前は知り得なかったテロリスト達の情報や、現状を把握する事も出来ていた。

 テロリスト達の構成員や、別のテログループとの横の繋がりを証明する情報、
 さらには政府側に入り込んでいる内通者の情報に至るまで、手に入れる事が出来た物はどれも重要な情報ばかりだ。

 400シリーズと呼ばれるテロリスト達のギガンティックも、名前やカタログスペックは入手できた。

 しかし、ユエにとってはその程度の情報は機密にも当たらないのだろう。

 逆に彼が隠したいのは、今も彼が開発中のギガンティックに関する情報のようで、
 そちらは専用の権限が無ければ閲覧できない端末に保存されていた。

茜(レミィ……フェイ……)

 様々な情報を入手できた茜だったが、端末を通して知り得た仲間達の現状に、
 むしろ彼女は心を痛める事となった。

 自分と一緒に連れて来られなかった時点である程度、予想はしていたが、
 空は辛うじて虜囚の身になる事は避けられたらしい。

 だが、レミィはオオカミ型ギガンティック……402・スコヴヌングとの戦闘でヴィクセンを大破させられ、
 フェイはダインスレフの攻撃によって機体ごと爆散してしまったと記録されていた。

 空やレオン達部下の事は細かく記録されていないが、残りは“逃げられた”との報告を受けているようだ。

 無事……とは限らないが生きているのは間違いない。

 レミィに関しても、確証は無いが生きている可能性はまだある。

 昨夜はその結論に至るまで寝付く事が出来ずにいた。

 だが、その結論に至ったお陰でするべき事は決まった。
209 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:17:10.89 ID:GHB5lTWGo
茜(先ずは――)

 茜が昨夜の内に決めた事を指折り数えようとした、その時だ。

??「食事、持って来ました」

 茜用のプライベートスペースの隅で抑揚の少ない幼い少女の声が聞こえた。

 茜がそちらに目を向けると、声そのままと言った風体の少女……ミッドナイト1がいた。

 ミッドナイト1は食事の盛り付けられた食器の載った大きなトレーを抱えており、
 身じろぎもせずに茜の返事を待っている。

茜「ああ、君か……そこに置いて……いや、一緒に食事を摂ろうか」

 茜はベッドの端を指差してから思い直したように頭を振ると、ミッドナイト1を手招きした。

 手招きされたミッドナイト1は、キョトンとした様子で立ち尽くしていたが、
 昨夜の内にユエから“幾つかの事柄を除いて、彼女の言う事を聞くように”と申しつけられていた事を思い出し、
 “失礼します”とだけ言って茜の横に腰を降ろす。

 説明するまでも無いが、ユエの言った“彼女”とは茜の事だ。

 ミッドナイト1は自分と茜の間にトレーを置くと、自分の分の食器を取り、
 チーズを囓ってはパンを、パンを頬張っては牛乳を、牛乳を飲んではチーズを、
 と三角食べの見本のような食事を始めた。

 しかし、コーンポタージュには手を出していない。

茜「残している物は、嫌いなのか?」

M1「……いいえ」

 怪訝そうに尋ねた茜に、ミッドナイト1は食事の手を止めて僅かな思案の後に返す。

茜「……なるほど、好物は楽しみに取っておく方か……」

 茜は微かに微笑ましそうな笑みを浮かべそう言うと、納得したように頷いた。

M1「………?」

 ミッドナイト1はワケも分からず首を傾げたものの、すぐに食事に戻る。

 ミッドナイト1のその様子と、自分の食事を交互に見遣りながら、茜も食事を始めた。

茜(ロールパン二つにチーズ二つ、コップ一杯の牛乳にスープ。
  全て合成食品だがプラントで賄える食事だな……。

  味に異常もない……つまり、毒は入れられていない、と言う事か)

 茜は全て一口よりも少ない量だけを味見しつつ、そんな事を考える。

 食事の量は申し分無いし、味も合成食品なりに悪い物ではないようだ。

 量と味はともかく、毒や自白剤の類が入れられている様子も無い。

茜(この子も扱いや立場は悪いが、恒常的に暴力を振るわれたり、
  常に不当な立場にいるワケではないのか……)

 茜は傍らのミッドナイト1をつま先から頭の天辺まで、じっくりと観察する。

 一晩明けて治療は終わったのか、治癒促進用のパッドも、傷痕も無い。

 ユエや研究者の対応を見る限り、暴力を振るうのはテロリストの中でも兵力として数えられる側の人間の仕業だろう。

 だが、彼女を丁重に扱うユエ達も、彼女をエールに同調するための生体部品としか見ていない。

 彼女自身は無自覚なようだが、彼女も被害者だ。
210 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:17:49.71 ID:GHB5lTWGo
 茜は食事を続けながら、先ほどやろうとしてた“やるべき事”を改めて考える。

茜(先ずは可能な限りの情報の入手……これは端末から収集できるだろう)

 少々……いや、甚だ疑問ではあるが、先に述べた通り情報収集の自由は確保されていた。

茜(二つ目は、コレの解除だな……)

 茜は視線だけを手首の魔力抑制装置に目を落とす。

 魔力錠であるため、外そうと思って魔力を流し込めば簡単に解除できる。

 だが、茜の魔力はこの抑制装置によって自然放出されてしまうため、解除する事が出来ない。

 コレはユエの研究室に他の研究者が入ってくれば、その人物を素手で制圧すれば解決できる可能性がある。

 或いは、別のもう二つの手段だ。

茜(……三つ目は脱走経路の確認と確保)

 正直、これが一番難しいだろう。

 端末で入手できた情報は、この技研が今のような構造に改造される以前の見取り図だ。

 以前はもう少し風通しの良い構造だったようだが、昨晩歩かされた通路とは明らかに構造が異なっている。

 おそらく、最奥にあるホンの居室やユエの研究室を守るため、
 通路だけでなく壁や階段を追加して迷路のように複雑化させたのだろう。

 昨日、覚えた一本道を使った場合、何処で警備兵や警備用ドローンに見付かるか分かった物では無い。

 抑制装置を外せても、十分に戦闘可能になるまで魔力を回復するには、相応の時間がかかる。

 出来るだけ短い移動で気取られずに抜けられる新たな脱出経路を見付けるべきだろう。

 しかも、これは時と場合によっては時間制限がある。

 ユエ以外の研究者がいつ現れるか分からないからだ。

 ずっと現れないかもしれないし、すぐにでも現れるかもしれない。

 加えて、この脱出経路の確保はクレーストとエールの奪還も含まれる。

 状況次第だが、クレーストでエールを抱えて脱出する事も念頭に置かなければならない。

 それが“一番難しい”理由である。

茜(そして、四つ目……)

 茜は物憂げな視線をミッドナイト1に向ける。

 先ほども考えた事だが、彼女はどちらかと言えば被害者の側だ。

 出来る事なら、こんな場所からは連れ出してやりたい。

 そして、それが叶うなら彼女に抑制装置を取り外して貰う事も出来るだろう。

 多少の打算は入るが、それでもミッドナイト1を助けたいと言う思いは本物だ。

 ともあれ、ミッドナイト1に外して貰う、と言うのが考えた非常手段の一つ。

 もう一つは、両手首の切断だ。

 予め止血準備を整えた後で手首を切断、装置を取り外し、回復した魔力でさらに止血する方法だが、
 これは本当の非常手段として最後の最後まで温存して使わずに終わりたい物である。

茜(いざとなれば、甘えた事は言っていられないだろうがな……)

 茜は心中で溜息を漏らすと、改めて食事に集中する事にした。
211 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:18:16.12 ID:GHB5lTWGo
 昨晩は食事もままならなかった事もあって、落ち着いて食べると空きっ腹に染み渡るようだ。

 空腹が満たされ、人心地ついた茜は両手を合わせる。

茜「ごちそうさま、ありがとう」

 茜は傍らで食器の片付けを始めたミッドナイト1に向け、穏やかな表情でお礼を言った。

M1「……マスターの言いつけに従っているだけです」

 対する、ミッドナイト1は努めて淡々と返すばかりだ。

 だが平静でいようとしている様子は、何となく察する事が出来た。

 おそらく誰かにお礼を言われた事など無く、始めての事に戸惑っているのだろう。

茜「それでも、この部屋から外に出られない私のために、この食事を持って来てくれたのは君だ。
  お礼を言わせてくれ」

 茜は穏やかな笑みを浮かべて言った。

 他の誰も、彼女を一人の人間として扱わないなら、自分だけでも彼女を人間的に扱うべき。

 茜はそんな使命感にも似た考えで彼女に相対していた。

 そこに彼女を絆そうとする打算的な物が欠片も無かった、とは言い切れない。

 だが、紛れもない本心である事は、自信を持って言い切れる。

 そんな彼女を見て、やはり結・フィッツジェラルド・譲羽と言う人物を知る者は口を揃えて言うだろう、
 “ああ、間違いなく、あの猪突猛進な正義感の塊の孫だ”と。

 そして、奏・ユーリエフを知る者はこうも言うかもしれない、
 “ああ、クレーストが彼女を選んだのは、血縁だけが理由ではない”と。

 ともあれ、真摯な態度の茜に、ミッドナイト1はさらに動揺を隠せないようで、
 いそいそと食器を片付けると無言でその場から立ち去った。

茜(……慣れていないだけ、なんだろうな)

 そんなミッドナイト1を見送った茜は、胸中で寂しそうな溜息を漏らした。

 一つの人格として見て貰えない。

 生まれた時からそのようにしか扱われていないとは言え、彼女とて人間だ。

 それがどれだけ幼い子供の心に傷を穿つかは、想像を絶するが、それだけに想像に難くない。

 彼女はそんな扱いをされる事を、どこかで諦めているのだろう。

 だからこそ、ユエからの扱いも受け入れられてしまう。

 だがあの反応を見る限り、本心では人間として扱われる事を望み、もがき苦しんでもいる。

茜(………あの子はテロリストの仲間だ。
  だけど、それ以上にテロリストの被害者だ)

 繰り言のような事実を、茜は改めて心の中で反芻した。

 自身の中にある決意を確認した茜は、早速、プライベートスペースに置かれた据え置き型の端末に向き直る。

 彼女……ミッドナイト1の事も重要だが、情報収集も重要だ。
212 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:19:03.67 ID:GHB5lTWGo
 茜は端末を起動すると、内部のネットワークにアクセスする。

 使うIDとパスワードはミッドナイト1用に発行されている、組織内の重要度で言えば中の上ほどの物らしい。

 前述の通り、重要データにはアクセス出来ないが、必要なデータの幾つかは簡単に入手できたので、これで十分と言える。

茜(ユエ・ハクチャ……か)

 今日、確認したいのはユエの事だ。

 組織の首魁であるホン・チョンスを裏から操る、おそらくはテロリストの本当の首魁。

 彼に関する情報を、せめてその手がかりとなる物だけでも探さなくてはいけない。

茜(漢字で書けば月・博士……偽名だろうな、さすがに)

 創作ならば学者肌の人間にそれらしい名前がついている事はあり得るが、現実でそんな名前を付ける事はごく稀だ。

 しかも、ストレートに“博士”と来たら、偽名を疑わないワケにもいかない。

 加えて、彼は“ここのセキュリティを作ったのも手を加えたのも自分”とまで言っていた。

 彼の正体に関しては、旧技研の研究者か関係者辺りを疑った方が良い。

茜(見た目の年齢は四十代半ばから五十歳前後……60年事件の頃は三十歳代と見ていいか)

 茜は先ず、技研の研究者名簿にアクセスする。

 この辺りのデータが削除されていないのは有用性があるからだろう。

 尤も、更新はされていないので十五年前時点のデータばかりだが……。

茜(セキュリティの製作までしていたとなると、プロジェクトの主任クラスが一番怪しいか……)

 茜は思案げな表情を浮かべ、データベースに幾つかの検索条件を入力した。

 合致した人間は五名。

 オリジナルギガンティックのドライバーを務めているせいか、見知った名前も三人いる。

 彼らは技研占拠の折、辛くも脱出に成功し、その後もメインフロートの新技研で働いている事は茜も知っていた。

 そして、残りの二人と言えば、ユエとは似ても似つかない顔だ。

 しかも、一方は黒人系でもう一方は女性だ。

茜(性転換もあり得るだろうが、さすがに発想が飛躍し過ぎだな。
  精々、整形が関の山か)

 茜は小さく溜息を漏らし、沈思黙考する。

 違法な整形手段を使えば、骨格をマギアリヒト製の人工骨格と入れ替える方法もある。

 が、これもさすがに無茶があるだろう。

 顔のパーツを全て整形したとしても、個性を削ぎ落とすようなカタログ整形をしない限り特徴的な部分は残る物だし、
 それはそれで人工物のような不自然さを醸し出す筈だ。

 昨夜もユエの顔を観察してみたが、仮に整形しているとしてもそこまで不自然になる整形をしているようには見えなかった。

茜(セキュリティを構築した人間にだけ絞って再検索だな。
  そこから少しずつ怪しい人物を絞り込んでみるか……)

 茜はそう考え、今度は単純な検索条件を入力し直す。

 そうして合致したのは二十三名。

 年齢別に並べ替え、先ほどの五名を除外すると、上から順に照合を始める。

 と、すぐに茜は驚きの表情を浮かべた。

茜「一人目が、コイツか……」

 思わず、苦虫を噛み潰したような表情を口元に浮かべて、そんな言葉を漏らしてしまう。

 月島勇悟。

 少々、予感めいた物を感じていたが、
 改めてその名前を目にすると、前述のような表情を浮かべるのも無理からぬ、と行った所だ。
213 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:19:35.13 ID:GHB5lTWGo
 年齢は六十五歳と表記されているが、古いデータベースが十五年も更新されないまま放置されている結果だろう。

 しかも、技研の副所長当時のデータのようで、旧魔法倫理研究院側のデータも併記されている。

 旧魔法倫理研究院の組織としての性格上の問題なのか、研究エージェントとして登録もされていた。

 不安定な戦後下で動き出したプロジェクトと言う事もあって、
 エージェントのランクが記載されているのは護身術代わりに魔導戦の指導でもしていたのだろう。

 母方の亡き祖父・アレクセイも、全盛期はAランク相当のエージェントだった事を、
 大叔母の藤枝明風から幾度となく聞かされていた。

茜「Bランクのエージェント、か……。
  そこそこの手練れだった、と言う事か」

 茜は何の気無しに目に入ったデータを、ぽつり、と呟くように読み上げた。

 要は手練れの警官や軍人程度の魔導戦が出来る腕前だったと言う事だ。

 と、不意に何かの引っかかりを感じる。

 Bランクのエージェント。

 その聞き慣れない筈の古い言葉に、茜は聞き覚えがある事を思い出した。


――研究者とは言え、これでも若い頃はBランクそこそこのエージェントとしてならしたものだからね――


 そう、確かにユエはそう言った筈だ。

 だからと言って、“ユエ・ハクチャ=月島勇悟”などと言う三文推理小説じみたこじつけは出来ない。

 六年前、月島勇悟は確かに自殺しているのだ。

 死体から検出されたマギアリヒト、DNA、歯の治療痕など、全ての情報が月島勇悟本人の死を立証している。

 百パーセント同じDNAから純粋培養した魔導クローンでも、魔力が一致する事は稀だ。

 現代魔導クローン技術の母とも言われる祈・ユーリエフですら、純粋培養したクローンである奏の魔力を、
 自身と完全同一波長にするには頭髪の色と瞳の色が変化するほどの調整を要した。

 統合労働力生産計画に携わり、魔導クローンに対する造詣を深めた月島勇悟が、
 天文学的確率で完全一致の純粋培養魔導クローンが完成させ、それを身代わりに自殺させる。

 なるほど、筋は通るかもしれないが、過程における仮説があまりにも雑過ぎる。

茜(そんな物は計画じゃない……ただのギャンブルもどきだ)

 茜は至極当然、その結論に達した。

 ギャンブルもどきと言い切ったのは、それがギャンブルと呼べるかすら怪しい行為だからだ。

 自分の命を掛け金に、“万が一捕まりそうになった時”に備え、
 “完全一致の純粋培養魔導クローンを作っておく”などと、誰が考えよう。

 そこに至るまでの失敗回数は?
 かかる費用と魔力、そして、時間は?

 60年事件よりも以前から準備を始めたとしても、結局、金と魔力が動く事には変わりない。

 大金と大魔力の動きは企みを進めるために必要だが、同時に企みを気取られ易くする最大の欠点だ。

 月島とテロの繋がりに関しての捜査は行われたが、そんな大金と魔力が極秘裏に動いていた記録は存在しない。

 “発見されていない”ではなく、“存在しない”なのは、既にありとあらゆる資金経路が真っ先に調べ尽くされた後だからだ。

 ドローン数体や小型パワーローダー程度の物を作る金と魔力なら誤魔化せるかもしれないが……。

 ともあれ、天文学的数値で低い成功率でしかない類の魔導クローンを、
 金と魔力の動きを気取られない範囲で完成させ、自分の身代わりにする。

 その掛け金は自分の命。

 自分が助かる可能性が僅かに増えて、気取られる可能性が多いに増える。

 リスクと出目の悪さが目に見えるほど大き過ぎて、賭けとしては不成立だ。

 ギャンブラー……いや、ギャンブル依存症なら賭けるかもしれないが、
 仮に月島の座右の銘が“失敗は成功の母”であっても、そんなあからさまに不利な賭けはしないだろう。
214 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:20:04.39 ID:GHB5lTWGo
茜(死んだのは月島勇悟本人だ……クローンであるワケがない)

 幾つかの確証に繋がる証拠を思い起こしながら、茜はその結論を反芻した。

 分かり易く“ユエ・ハクチャ=月島勇悟”ではあり得ない事を立証しろと言うなら、
 状況証拠ではあるが確実性が高い物がある。

 先ず、ユエは月島よりも若い。

 仮にユエが月島のクローンであるならそれで良いワケだが、
 そうなるとクローンが生き残って月島が自殺した事になる。

 これでは本末転倒……茜がユエと月島をイコールで結ばないのも納得だ。

茜(Bランクどうこうは単なるブラフと見た方がいいか……。
  となると、やはりこのリストの中から、だな)

 茜はリストから月島を除外すると、残る十七名のリストを確認する。

 年齢は現在三十代の末から七十代までマチマチだが、
 やはりすっぽりとユエの年齢に合致しそうな年齢が除外されてしまっている。

茜(まさか、奴が言った情報の全てブラフなのか?)

 茜は怪訝そうな表情を浮かべ、肩を竦めて溜息を漏らす。

 だとしたら、どこまでがブラフなのだろうか?

 疑いだしたらキリが無い話だが、こちらの思考を見透かしたような言動もブラフと考え出すと、
 もう何が本当で何が嘘かなのすら分からなくなってしまう。

 茜は思考を一旦区切るため、片手で頭を掻きむしる。

 元から信頼も信用できない相手だったのだ。

 しかし、何の気まぐれかは知らないが、こうして身の安全だけを保障してくれている。

 だが、それだけだ。

 身の安全を保障された事で、どこか気が緩んでいたのかもしれない。

 相手は父を始め、多くの人々を死に追い遣ったテロリストの黒幕……少なくともその一人なのだ。

茜(別の角度から探りを入れてみるか。
  例えば……格納庫にいた二人の研究者から……)

 茜はデータベースの画面を切り替え、研究者のリストの顔が映ったフォトデータだけを呼び出し、
 それを一つ一つチェックして行く。

 二人の顔は一瞬見ただけだが、状況が状況だけに印象も強く、顔はしっかりと覚えている。

 地道な作業だが、ユエの正体に至る手がかりはもう殆ど残されていない。

茜(これが、最後の手がかりにならなければいいが……)

 茜は微かな不安を抱きながらも、記憶と画像の照合を続けた。
215 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:20:38.96 ID:GHB5lTWGo
―2―

 同じ頃、第七フロート第三層外郭区画――

 瓦礫だらけの殺伐とした区画に、無数のリニアキャリアが鎮座していた。

 軍用、警察用に混ざって、ギガンティック機関のリニアキャリアも並ぶその光景は、
 正に人類の戦力を一つ所に集めた壮観さがあった。


 その一角、ギガンティック機関のリニアキャリアの停車している場所に据え付けられた仮設テントで、
 空は作戦概要の記されたデータに目を通している最中だった。

空「ふぅ……」

 いや、もう作戦概要を読み終えたのか端末から目を離し、顔を上げると、
 軍の工作部隊によって設置された無数の投光器が照らし出す瓦礫の光景に目を向ける。

 昨夜とは打って変わって明るい光は、逆にこの惨憺たる光景を否応なく浮き彫りにしていた。

 空は寂しさと哀しさ、そして、怒りの籠もった複雑な表情を浮かべ、肩を竦める。

 現在は軍の工作部隊によって一部の瓦礫が撤去、マギアリヒトへと再利用され、
 急造の砦……中継基地が築き上げられている最中だった。

 加えて、空自身は今回の作戦概要に関しては既に報されており、先ほどまでは内容を確認していただけに過ぎない。

空(一気に決着、って言うワケにも行かないもの……一戦一戦、確実に勝って行かないと)

 空は今朝方、こちらに来る前に行ったブリーフィングの内容を思い出しながら、心中で独りごちた。



 時は遡り、早朝。
 ギガンティック機関、ブリーフィングルーム――


 深夜に特訓の第三段階を終えた空は、四時間足らずの短い睡眠を終えてブリーフィングルームへと出頭していた。

 明日美とアーネストを始め、各部門のチーフオペレーターのみならずデイシフトの全員が顔を揃えており、
 ドライバーも空と瑠璃華に加え、第二十六小隊の面々が揃っている。

 ブリーフィングに出頭するべき面子の中でこの場にいないのは、
 昨夜、変色ブラッドに冒されたエンジンと再度同調し、今も大事を取って休養しているレミィだけだ。

明日美「全員、揃ったようね……。
    では、マクフィールドチーフ代理、説明を」

 明日美に促されて立ち上がったサクラは、
 目の下にハッキリと分かるクマを作りながらも気丈な様子で周囲を見渡す。

サクラ「先日の戦闘に於ける敵ギガンティック、通称・ダインスレフと
    オオカミ型ギガンティックの急速かつ流動的な展開力に関して、
    解析映像を行政庁や山路重工など関係各所に問い合わせた結果、
    ダインスレフやオオカミ型ギガンティックの出現した地点付近の地下に、
    旧技研から直通の構内リニアの駅、或いは車輌基地がある事が判明しました」

 サクラの説明に合わせ、ブリーフィングルーム奥にある大型ディスプレイに先日の戦闘状況と、
 旧いフロートの見取り図が現れる。

空「これ……もの凄い密度ですね」

 フロートの見取り図に描かれた構内リニアの路線図に、空は驚愕の溜息を漏らさずにはいられなかった。

 他と仕様の異なる第七フロート……特に山路重工のお膝元であった第三層だけあって、
 大型リニアキャリア用の路線が所狭しと敷き詰められていた。

 正に網の目、正にクモの巣と言う密集ぶりで、駅も各街区に三つ以上が確認できる。

 確かに、これならギガンティックの走行よりも素早く移動し、見計らったかのように戦力を展開可能だ。

 それでも、あれだけ素早く展開するには、それ相応の準備は必要になるだろうが……。

 ともあれ、このまま放置しておくのは厄介だ。

サクラ「既に第七フロート第三層と繋がる各路線は封鎖、及び、レールの撤去が行われています」

紗樹「……最低でもリニアによる侵攻だけは無くなったワケね」

 サクラの説明を聞いていた紗樹が、ぽつりと呟いた。
216 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:21:10.48 ID:GHB5lTWGo
 サクラの説明はさらに続く。

サクラ「また、メインフロートと第七フロートの連絡通路には四重のバリケードを
    メインフロート側と第七フロート側の両方に、今朝までに設置済みです。

    以上が昨夜の戦闘における戦況解析の結果と実行済みの対策となります」

 再び画面が切り替わり、メインフロート側の連絡通路の出入り口が映し出された。

 どうやら軍部の工作部隊が作業している記録映像らしく、
 分厚い壁のような両開きの扉が設置されている様子が映し出されていた。

 結界施術も同時に行われているらしく、結界装甲を使う敵に対する防壁として、
 短時間で準備できる物の中では最善の選択だろう。

ほのか「では、次いで作戦概要の説明に移ります」

 そう言って立ち上がったのはほのかだ。

 彼女もサクラ同様、目の下に大きなクマを作っている。

 どうやら戦術解析部は技術開発部と同様、総出で徹夜だったようだ。

ほのか「先ず作戦の第一段階として第七フロート側の連絡通路出入り口に兵站拠点となる前線基地を築き、
    そこから第二段階へ移行、第一街区……テロリスト達の本拠地になっている旧技研跡に向けて、
    新たな兵站拠点を築きつつ徐々に進軍します」

 ほのかが説明を始めると、ディスプレイに表示される図面が地図へと切り替わり、
 彼女の言葉通り、第一街区へと向けて前線基地を現す凸字のマークが移動して行く。

ほのか「この際、敵からの襲撃の危険性を減らすため、周辺地域の構内リニアの路線の封鎖、
    或いは破壊を行いつつ、こちらの活動領域を広げつつ、敵の活動領域を削って行く事になります」

 ほのかの説明に合わせて、路線図に×印が付いて行き、
 そこから繋がる路線が黒から赤に変わり、徐々に敵の活動範囲が削られて行く事が分かった。

 放射状に広がる構内リニアの路線は、フロート深部に進むにつれて一ヶ所の封鎖の影響が大きくなり、
 扇形の安全地帯が加速度的に増えて行く。

 敵も側面からの強襲を掛ける事は出来るかもしれないが、リニアキャリアによる戦力の高速展開が不可能となれば、
 必然的に遠距離からの移動が主立った侵攻手段となる。

 そうなれば対応策も増え、また自陣への進軍が続けば防備を固めなければならない以上、
 そう言った強襲の頻度や規模も減少せざるを得ない。

 要はテロリストの侵攻手段を削りながら敵本拠地へと肉迫可能な、一石二鳥の作戦と言うワケだ。

ほのか「そして、第二街区外縁まで到達した時点で第三段階へ移行、
    第二から第五街区の路線を閉鎖し、テロリストを旧技研に封じ込めます」

 ほのかがそこまで説明を終えると、空は不思議そうに首を傾げてしまう。

空「あの、本当にここまでトントン拍子に作戦が展開できる物なんでしょうか?」

 空は首を傾げたまま挙手すると、そんな疑問を口にした。

 尤もな疑問だ。

 だが、その回答はほのかではなく、空の隣に座っていたレオンからもたらされた。
217 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:21:38.08 ID:GHB5lTWGo
レオン「テロリストの一番の強みってのは寡兵敏速……
    少なくて機動力のある兵力と単純な指令系統を活かした電撃作戦って奴だ。

    それが一番効力を発揮したのは今朝まで。

    構内リニアって侵攻手段を封じられた今、連中は基本的に籠城して防戦一方になるしか無いのさ」

 レオンはそう言うと、右手の人差し指の先に左掌で壁を作るようなジェスチャーを見せる。

 おそらく、敵の侵攻手段を塞いだ事を表しているのだろう。

 確かに、レオンの言う通りだ。

 ギガンティック機関とロイヤルガードのエース部隊による混成チームを相手に、
 奇襲とは言えあれだけの戦果を上げた戦力を持っているのだ。

 その奇襲を最大限に活かせたのも、構内リニアの路線が十全に使えた今朝方までの事。

 結界を施術された防壁により、ダインスレフ最大の売りである結界装甲による攻撃を半無力化され、
 一夜の内にテロリスト達は戦力を第七フロート第三層内に封じ込められてしまったのだ。

 封じ込めた、と言うには些か広い範囲かもしれないが、それでも行動範囲の制限……その第一段階は完遂できたと言える。

レオン「で、連中が初手をしくじった時点で、あとはこっちが物量に言わせて作戦を強行して行く、って事だな」

 レオンは説明を終えると“分かるかい?”と付け加え、尋ねて来た。

 さすがはテロ対策のプロ、皇居護衛警察の一員と言った所だ。

 テロの戦術やその対処法は心得ているのだろう。

 だが、それでも数頼りの危険な作戦であるには変わりない。

空「でも……相手は結界装甲を使えるじゃないですか?」

 空は躊躇いがちに疑問を投げ掛ける。

 彼我の戦力数はともかく、戦力の質が圧倒的に異なるのだ。

 如何に練度の低いドライバーが操るギガンティックでも、結界装甲を持つダインスレフが相手である。

 一手の指し間違えで一気に戦線が瓦解しかねない。

 用兵に疎い空でもそれくらいは分かっていた。

 だからこその質問だったのだ。

レオン「まあ、そこを突かれると痛いわな……」

 レオンは苦笑いを浮かべて肩を竦める。

 事実、昨晩の戦闘では最新鋭のアメノハバキリ……それもエース用のカスタム機を駆りながら、
 動けなくなったエールを抱えて逃げ回る他無かったのだ。

ほのか「なので対策方法は一つ。
    戦闘に於いては軍と警察の混成ギガンティック部隊は防戦に徹しつつ、
    朝霧副隊長に各個撃破で迎撃して貰う形になります」

 ほのかの口から漏れた、これまた行き当たりばったりの極致とも言うべき対策に、
 空は呆れと驚きと戦慄の入り交じった、何とも微妙な表情を浮かべた。

 要は“味方は守りに徹するから、戦える人だけで何とかして敵の数を減らしてくれ”と言う事だ。

 クライノートは一対多に特化した防衛戦向きの機体だが、“無茶を簡単に言ってくれる”と愚痴を漏らしたい気分である。

 だが、現状、人類側――と言うには些か語弊があるが――に残された手はそれしかない。
218 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:22:11.64 ID:GHB5lTWGo
リズ「第三フロートでの卵嚢群の除去は、予定より少し遅れて明日正午に終わる、との試算が届いています」

瑠璃華「戻り次第、徹底的にオーバーホールしてから戦線に復帰させる事になるな。
    しばらくはイマジンの卵探索はお預けだぞ」

 リズの読み上げた報告に続き、瑠璃華が当面の予定を口にし、さらに続ける。

瑠璃華「山路に発注していたヴィクセンMk−Uのパーツが届き次第、5号エンジンに合わせて改装する必要もあるから、
    今すぐに、と言うワケにはいかないが、敵の結界装甲対策は幾つか案がある。

    レミィとヴィクセンを送り出し次第、チェーロのオーバーホールと併行して幾つか試してみる予定だ」

 瑠璃華は思案げにそう言った後、ニヤリと不敵さと自信を窺わせる笑みを見せた。

 どうやら観察可能な未登録のエンジンのお陰で、思った以上にハートビートエンジンの構造解析が進んだらしい。

遼「戦略的には単なるごり押しですが、そうなって来ると最大の問題は、
  ヴィクセンを大破にまで追い込んだオオカミ型ギガンティックと変色ブラッドの存在ですね……」

 遼が肩を竦めて呟く。

雪菜「そちらに関しては、流石に対策は難しいわね……。
   解析も十分に進んでいるとは言えないし……」

 雪菜も無念そうな声と共に、小さな溜息を漏らす。

 エーテルブラッドを侵食し、マギアリヒトの構造体を侵食する変色エーテルブラッドの存在は厄介だった。

 瑠璃華達の見立てでは“マギアリヒトの情報を書き換える液体状のウィルス”と言う所なのだが、
 正直な話、その全容はまだ解析できていない。

 ただ、結界装甲相手でも驚異的な速さで侵食するため、
 今の所、接触部位を切り離して炎熱変換した魔力で焼き払う以外、対処方法は無かった。

 そして、厄介なのはその機動力と突進力だ。

 虚を突けばヴィクセンですら回避不可能な速度で肉迫し、
 ヴィクセンを咥えたまま廃墟のビル群を薙ぎ払って突進するパワーは脅威である。

 遠距離戦で対応できれば問題無いのだが、四つ足型と言う事で体勢が低く、
 ヴィクセンと戦えるだけの俊敏さに加え、周囲は身を潜められる廃墟も多い。

 こちらの遠距離攻撃の命中精度は推して知るべし、だ。

サクラ「該当する機体のスペックが回復したヴィクセンから獲得できた情報通りの場合、
    力比べならクライノートに分がありますが、機動性となると不安が残りますね」

 サクラは手元の端末の資料を確認し、嘆息混じりに呟く。

 軍、警察、行政庁との折衝や戦闘データの確認など、諸々で徹夜した事と
 慣れないチーフ代行と言うポジションもあってか、彼女の疲労もピークのようだ。

 加えて、このテロ騒ぎである。

 疲れるのも当然だ。

 だが、サクラは気を取り直して続ける。

サクラ「また、これも未確認……いえ未確定情報なのですが、オオカミ型ギガンティックと接敵したヴォルピ隊員によると、
    死亡したとされている統合労働力生産計画甲壱号第三ロット後期型の弐拾参号が、
    同機体の魔力源として組み込まれている可能性が高いそうです」

 サクラの言葉に、その事を知らされていた空を除く全員がざわめく。

瑠璃華「第三ロット……となると、オオカミか……」

 動揺から立ち直った瑠璃華が呟く。

 統合労働力生産計画甲壱号はご存知の通り、レミィのような人間と他の動物の特性を合わせて作られた魔導クローンだ。

 一から三のロットを前期と後期に分けて、一年毎に六度に分けて生産された。

 第一ロットはイヌ、第二ロットはキツネ、第三ロットはオオカミ。

 因みに拾弐号であったレミィは第二ロット前期に含まれる。

 瑠璃華自身も統合労働力生産計画乙壱号計画で生まれたデザイナーズチャイルドであるため、
 茜も目を通した件の月島レポートや計画の骨子は自身でも調べて熟知していた。
219 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:22:53.25 ID:GHB5lTWGo
レオン「こりゃまぁ……ゲスいゲスいとは思っていたが、ゲスな手段を重ねて来るなぁ」

 レオンは呆れたように漏らしているが、その目には明らかな怒りの色が籠もっている。

 紗樹や遼も無言で憤りを募らせているようで、オペレーター達の中には露骨な嫌悪感を顔に浮かべている者もいた。

 それは明日美も同様で、眉間に皺を寄せ、どことなく険が浮かんでいる。

 傍らのアーネストは努めて無表情を保っているが、堅く瞑った目の奥にはやはり怒りの色が浮かんでいるのだろうか?

空「……司令」

 空は挙手し、明日美に促される前に椅子から立ち上がる。

明日美「朝霧副隊長、何か意見があるのかしら?」

空「はい……難しいかもしれませんが、
  オオカミ型ギガンティックの魔力源となっているかもしれない被害者を助けさせて下さい」

 明日美の問いかけに、空は一瞬戸惑いを見せたものの、すぐにその戸惑いを振り切り、ハッキリとそう言い切った。

 そして、空の言葉に、空以外の全員がやはり一様に驚きの表情を浮かべる。

 それもそうだろう。

 ただでさえ危機的状況で敢行される決死作戦だと言うのに、その矢面に立たせられる空が言うような台詞ではない。

 いや、空以外の者が言えば、それはそれで“一番前にいない者が勝手な事を言うな”と言う話になるが……。

 ともあれ、相手はオリジナルギガンティックと同等のスペックに加え、
 変色ブラッドと言う恐ろしい兵器を併せ持ったオオカミ型ギガンティックなのだ。

 ただでさえ前線でまともに戦える者が空しかいない状況で囚われの身の人間を救い出すなど、
 空にかかる負担を思えば許可できない。

 アーネストもそう考えたのか、困惑気味に口を開く。

アーネスト「朝霧副隊長、さすがにこの作戦中にそんな許可は……」

 だが――

明日美「朝霧副隊長」

 言いかけたアーネストの言葉は、凜とした明日美の声で遮られた。

 明日美はアーネストに視線で謝罪の意を示すと、改めて空に向き直る。

 空は姿勢を正し、明日美の視線を受け止めた。

明日美「……朝霧副隊長、救出を提案した理由を述べなさい」

 明日美は落ち着いた様子で空に問いかける。

 理由……と言うよりも、尤もらしい言い訳は幾つか考えていた。

空「敵のギガンティックを捕まえれば、天童主任のエンジンの構造解析や、
  ドライバーから敵の情報を聞き出す事が出来ると思ったからです」

 空はそんな言い訳の中から、理由として相応しい物を選んで答える。

 確かに、メリットは大きい。

 敵ギガンティックの結界装甲のカラクリや、敵の内情を知るのは重要な事だ。
220 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:23:24.75 ID:GHB5lTWGo
 だが、その答えを聞いた明日美は、僅かばかりの苦笑いを浮かべた。

明日美「……そう言った政府向けの耳障りの良い言い訳を考えるのは、私と副司令の仕事です。
    あなた自身が救出を考えた理由を言いなさい」

 明日美はすぐに気を取り直すと、努めて落ち着いた様子で空に語りかける。

空「私の、理由……ですか?」

 一方、空は面食らった様子で漏らす。

 流石に、それをこの場で口にするのは身勝手過ぎでは無かろうか?

 空が戸惑いながら視線を向けて来る仲間達を見渡し、再び明日美に向き直った時、ふと彼女の浮かべていた表情に気付く。

 明日美の目は、何かを待っているように見えた。

 そして、明日美はその“待っている”ものを受け止めようとする……言ってみれば寛大さにも似た雰囲気を漂わせている。

 何を待っているのか、などと問うまでも無い。

 自分が助けたいと願った理由……その答えだ。

 その事に気付いた空は、驚きで大きく目を見開いた後、何かを沈思するように目を瞑る。

 そして、目を開くのと同時に、意を決して口を開く。

空「正直、レミィちゃんの妹さんとは会った事が無いので、
  私自身がどうこう、って言うのは、正直、よく分かりません」

 空はどこか申し訳なさを漂わせながら漏らす。

 会った事も無い相手を助けたい。

 それは他人から見ればある種の偽善だろうし、それだけを聞けば“正義感に酔った勘違い”と称される事もあろう。

空「ただ、テロリストのやっている事は絶対に許せません!
  人間を魔力の電池みたいに使う事は間違っています……!」

 だが、空にはそこに駆り立てられるだけの怒りが……義憤があった。

空「レミィちゃんが助けたい、って言っていました……」

 そう、レミィは助けたいと言って泣いていた。

 空にとっては、それだけで十分だ。

 それが自分が斯くあるべきとした在り方なのだから。

空「だから私も、レミィちゃんの妹さんを助けたいです」

 義憤のため、仲間のため、斯くあるべきと決めた信念のため。

 色々と理由はあるが、空の言葉には強い決意が込められていた。

明日美「そう……」

 空から聞きたかった答えを聞き、明日美は満足げに頷く。

明日美「天童主任、確認したい事があるのだけど……。
    件の弐拾参号はオリジナルギガンティックと同調できると思う?」

瑠璃華「実際に波長を見てみないと何とも言えないが、
    少なくともあのギガンティックのブラッドラインはレミィと同じ若草色だったな。

    可能性は高いと思うぞ」

 自分に向き直った明日美からの質問に、瑠璃華は淡々と答える。

 どこか用意してあったように聞こえるその回答は、
 おそらくは空が救出作戦を言い出した頃から考えていてくれたのだろう。

 彼女も技術開発部主任として、司令や副司令の考えるべき言い訳の資料を準備していたのだ。

明日美「では、決まりね……」

 明日美はそう言って、アーネストに目配せする。
221 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:23:55.33 ID:GHB5lTWGo
 アーネストは一度だけ肩を竦めたものの、すぐに気を取り直して立ち上がった。

アーネスト「これよりギガンティック機関は軍、警察との合同で対テロリスト及び第七フロート第三層奪還任務に就く!

      なお、当機関はこれらの任務と併行し、敵ギガンティックに囚われていると思しき
      統合労働力生産計画甲壱号被験体弐拾参号の奪還を行う事とする!」

 そして、今後の行動についての概略を簡潔に説明する。

 弐拾参号救出作戦は、正式にギガンティック機関の作戦方針として認められたようだ。

 ただ、傍目には、空と明日美の我が儘をアーネストが不承不承に承認しているようにも見えるが……。

アーネスト「これより一時間後、本日〇八〇〇に作戦区域に向けて出立。

      メンバーは朝霧空、エミーリア・ランフランキ、セリーヌ・笹森、クララ・サイラス。
      加えてロイヤルガードよりレオン・アルベルト、東雲紗樹、徳倉遼、加賀彩花の八名とする。

      また現地到着後は司令部よりの指揮を行うが、状況によっては現場判断を優先する事。

      以上!」

 ともあれ、アーネストは最終連絡事項を口にすると、質問や異議が無いか部下達の顔を見渡す。

 空達は頷くなどの納得したような素振りを見せる者しかなく、どうやら質問や異論は無いようだ。

 それを確かめたアーネストに目配せされ、明日美が立ち上がった。

明日美「……我々は緒戦で手痛い……取り返しのつかない敗北を喫しました。
    結果、三人の仲間が囚われ、二人の仲間を喪いました……」

 明日美は神妙な様子で朗々と語る。

 彼女は敢えて、オリジナルギガンティック達の事も“一人、二人”と数えていた。

 茜と共に囚われたエールとクレースト、そして、フェイと共に散っていったアルバトロスも、
 自分達と何ら変わる事のない仲間である、として。

 明日美の語りはさらに続く。

明日美「喪った仲間は戻っては来ません……。
    ですが、囚われた仲間は救い出す事が出来ます」

 伏せるように薄く閉じていた目を見開き、明日美は力強く言い放つ。

 明日美の言葉はブリーフィングルームに強い波を起こすかのように響き、空も身を引き締めた。

明日美「もう敗北は許されません。
    ここからは一戦一戦、確実に勝利し、
    囚われた仲間を救出すると共に与えられた務めを果たしましょう」

 力強く言葉を締めた明日美に、空達は頷き、拳を握り締め、目を閉じて意識を集中し、
 各々が各々の方法で決意を固める。

アーネスト「では解散!」

 そして、アーネストの号令でブリーフィングは終わり、
 出向を命じられた空達は取り急ぎ、出発の準備を整えるため寮に向かった。
222 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:24:25.79 ID:GHB5lTWGo
 再び、現在――


 明日美に言われた通りだ。

 一戦一戦、確実に勝たなければならない。

 こちらに来る途中も考えた事だが、そうやって追い詰めて行けば敵もエールを使う機会が増える筈だ。

 エールを駆ったテロリスト……あの少女との会敵の機会が増えれば、
 それだけエールを助け出すチャンスも増えるだろう。

 そして、それは例のオオカミ型ギガンティックにも言える。

空(レミィちゃんの妹さんも、茜さんとクレーストも、そして、エールも……!
  みんな……みんな絶対に助け出して見せる……!)

 決意を新たに拳を握り締めた空は、端末をジャケットの内ポケットに仕舞い込むと、再び顔を上げた。

 すると、不意に視界の端に見知った顔がある事に気付いた。

空「あれ……?」

 空は思わず声を上げて立ち上がる。

 視線の先には四十路半ばくらいの中年男性がいた。

??「三番機、作業遅れているぞ! 瓦礫の撤去が終了した区画は作業をフェイズ2へ移行!
   駅から五十メートル離れた地下道に防壁の設置だ!」

 動きやすいアーミーグリーンの作業着にヘルメットと言う作業部隊らしい動きやすい格好をした男性は、
 周囲に檄を飛ばすように叫んでいる。

 どうやら軍の工兵部隊の現場指揮官のようだ。

 そして、その声で確信に変わる。

空「えっと確か一佐だったよね……? 瀧川一佐!」

 空はその人物の階級を名を思い出すと、仮設テントから出てその名を呼ぶ。

 瀧川一佐と呼ばれた男性は、振り返るなり驚いたような表情を浮かべた。

瀧川「ああ、君は……真実の友人の」

 そして、思い出すように言ってからさらに続ける。

瀧川「そうか、ギガンティック機関に友人がいると言っていたが、君の事だったのか……」

 瀧川氏はそう言うと、納得したように頷いた。

 もうお気付きだろう。

 瀧川一佐とは、空の親友である瀧川真実の父親である。

空「はい、その節はお世話になりました」

瀧川「ああ、いや……こちらこそ、真実だけでなく歩実とも親しくしてくれているようだし、
   去年の末には二人の命まで救ってくれたそうで……本当にありがとう」

 空が以前……訓練時代の里帰りの際、瀧川家に宿泊させてくれた事で改めて礼を言うと、
 瀧川も連続出現事件の最後、アミューズメントパークで観覧車に取り残された真実達を救ってくれた事で礼を言う。

空「いえ……あの時は、たまたま真実ちゃ……真実さんと歩実さん、それに友達が取り残されていただけで……。
  私は私の仕事をしただけですから」

 すると、空は慌てたように恐縮し、思わず半歩後ずさってしまう。

 友人達と会う度に感謝され、半月ほど前――空の体感ではそろそろ二ヶ月以上前になるが――にも、
 歩実から最大限の感謝をされたばかりだ。

 その上、親友姉妹の父親からも改まって礼を言われては、空としては恐縮しきりである。

 百歩譲って、これが意図して彼女達だけを助けたならお礼を言われるのも満更ではないが、本当に偶然なのだ。

 むしろ、退っ引きならない所まで追い詰められていたとは言え、アミューズメントパークで遊ぶ約束をすっぽかした分、
 空は自分には非があると考えていたため、何とも言えない居たたまれなさを感じてしまう。

 無論、感謝そのものは非常に有り難いのだが、
 有り難いと思う気持ちと空自身の性格と信条の問題で恐縮してしまうのは別の問題である。
223 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:24:52.97 ID:GHB5lTWGo
空「っと、こちらの指揮は瀧川一佐がなさっているんですね」

 空はやや強引に話題をすり替える。

クライノート<空、少々強引過ぎます>

 一時だけの仮の主とは言え、空の強引な話題転換には、
 無口なクライノートもさすがに言葉を挟まずにはいられなかったようだ。

 だが、思念通話に止めてくれた事もあって、瀧川の耳には届いていない。

瀧川「あ? ああ……。この部隊は私の預かっている部隊でね。
   本当は第三フロートで作業中の例の件で交代要員として赴く筈だったんだが、
   昨日のあの騒ぎでこちらに配備される事になったんだ」

 瀧川は一瞬だけ訝しがったようだが、すぐに気を取り直して事情を説明してくれた。

 軍務である以上、本来は部外秘なのだろうが、
 相手が娘の友人であり恩人でもあるオリジナルギガンティックのドライバーと言う事もあって、
 言い淀む様子も隠し事をしているような様子も無い。

 むしろ、娘と同い年の少女とは言え、相手が特一級、自分が正一級の立場上、
 返答を求められれば断れないのが宮仕えの実状だ。

 勿論、空は返答を求めたワケではないので、後から言い訳が利く事も見込んで親切心で話してくれたのだろう。

 そして、“昨日の騒ぎ”と言う自らの言葉に引っかかりを感じたのか、瀧川は申し訳無さそうな顔をする。

瀧川「……すまない、昨日は大変だったのに思い出させるような事を……」

空「あ、いえ……気にしないで下さい」

 申し訳なさそうに謝罪する瀧川に、空は寂しそうな笑みを浮かべて返す。

 おそらく、フェイの事だろう。

 状況が切迫しているためと、戦死したフェイが統合労働力生産計画で作られたヒューマノイドウィザードギアと言う事もあって、
 不安や混乱を助長しないため民間の報道では未だに伝えられていない事ではあったが、
 軍人と言う立場上、瀧川も空の仲間の死は聞かされていた。

 対して、空は時間の上ではまだ二十時間も経っていないが、体感では既に一ヶ月半以上が過ぎている。

 気持ちの整理は出来ているつもりだ。

空「フェイさんが……大切な仲間が命がけで守ってくれた命ですから、
  今度は私が皆さんを守るために全力で戦います!」

 空は拳を強く握り締め、力強く言った。

 それは嘘偽りの無い本心だ。

 守るために全力で戦う、と言った以上、進んで命を捨てようと言っているのではない。

 自分が死ねば悲しむ人がいるのは知っている。

 その人達に、自分がフェイや海晴を失った時のような哀しみを味あわせるワケにはいかない。

 仲間達を守り、自らも生き残る。

 これは空の決意表明のような物だ。

瀧川「……無理をしてはいけないよ」

 瀧川もそれを察してくれたのか、戸惑いながらもそう言った。

 繰り言だが、空は娘の友人であり、その娘と同い年で今日十五歳になったばかりの少女である。

 いくら敵の結界装甲に対する対処法が一つしか無いとは言え、大の大人……
 それも民間人を守るべき軍人が、そんな年端もいかぬ少女を矢面に立たせて戦わせなければならないのだ。

 心中察して余りあると言うものだろう。

瀧川「我々の装備では相手の気を散らす程度の援護射撃しか出来ないが、
   それでも可能な限りの援護を約束させてくれ」

空「はい、ありがとうございます!」

 半ば祈るような思いを込めて言った瀧川に、空は深々と頭を下げた。

 その後、二言三言と言葉を交わし、現場指揮の任務に戻って行った瀧川と別れ、空はテントへと戻る。
224 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:25:30.54 ID:GHB5lTWGo
 すると、テントに戻るなり驚いた様子の紗樹に声をかけられた。

紗樹「空ちゃん、軍の一佐と知り合いなんて凄いわね」

空「あ、いえ、学生時代からの友達のお父さんですよ」

 目を丸くして呟く紗樹に、空は苦笑いを浮かべ恐縮した様子で返す。

レオン「謙遜するなって。
    いくらダチの親父さんだからって、一佐が知り合いってのは十分なコネになるんだからよ」

 そんな空に、レオンが口の端に笑みを浮かべて言った。

 加えて“俺なんて巡査部長だから下から数えて三つ目だしな”と言って笑う。

 ロイヤルガード……皇居護衛警察は旧日本の皇宮警察の流れを組むため、
 階級的には上から七番目の皇宮巡査部長と言う事だろう。

紗樹「そんな事言ったら、私と徳倉君なんて名誉階級扱いの巡査長ですよ」

 紗樹は上司をジト目で見遣りながらボヤき、その傍らでは遼が無言で何度も頷いている。

 余談だが、皇宮警察の巡査長とは紗樹の言う通り、巡査長皇宮巡査と言う名の名誉階級だ。

 法的には職位として認められてはいるが、
 正式な階級では一番下の皇宮巡査と同じ扱いであり、それは皇居護衛警察となった今も変わらない

 無論、給料や手当に相応の色はつくが……。

 ともあれ、同じ正一級や準一級であっても、階級社会の関係上、
 レオン達に言わせてみれば一佐……大佐の瀧川は“お偉いさん”と言う事だ。

 皇居護衛のための特権は幾つも与えられているが、それはそれ、これはこれである。

 ちなみに、この場にいない茜は十七歳と言う若さだが第二十六小隊の隊長であり、
 オリジナルギガンティックのドライバーでもある関係で、
 兄の臣一郎と同じく上から三番目の皇宮警視正の階級を与えられていた。

 加えて、空達ギガンティック機関所属のドライバー達は、
 現場での軍や警察との指揮権上の面倒を回避するため“将補相当”と言う不思議な階級が与えられている。

 ちなみに将補とは、旧世界の日本以外の軍隊で言う所の准将に相当する階級だ。

 閑話休題。

紗樹「それはそうと、空ちゃんの口から“学生時代からの友達”なんて言葉が飛び出すと、
   思わずドキッとしちゃうわね」

 紗樹は苦笑いを浮かべて戯けたように漏らす。

遼「学校に通っていた頃の友人と言う事は、大概は小中一貫だから……幼馴染みか何かですか?」

 遼も気になった様子で、そんな質問を投げ掛けて来る。

 レオンは部下二人の様子を見遣って笑みを浮かべていた。

 やや緊張感に欠ける気もするが、彼らなりに気を紛らわせているのだろう。

 普段から飄々として巫山戯ている印象のあるレオンだが、
 任務の最中、真面目に締めなければならない所は締める責任感も持ち合わせている。

 そんな彼が二人を放置しているのだから、レオンなりに不安に思う所が多いのだ。

 空も三人の雰囲気に合わせているが、彼らの不安感も同時に感じ取っていた。

 そして、遂にその時が来る。

『VWooooooo――ッ!』

 警報のサイレンが辺りに響き渡った。

オペレーター『哨戒中のセンサードローンより移動中の敵機確認!
       十時方向、距離八〇〇〇、速度毎秒一〇〇! 数は十!』

 軍のオペレーターの放送が辺りに響き渡る。

 つまり、正面よりやや左方向、最終防衛ラインから八キロ離れた場所から
 毎秒百メートルの速度で十機のギガンティックが接近中との事らしい。

 最終防衛ライン到達まで残り八十秒足らずだ。
225 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:26:08.02 ID:GHB5lTWGo
空「皆さん、急いで機体に搭乗して下さい!」

 空はレオン達に指示を出すと、自らも新たな乗機へと向かって駆け出した。

 仮設テントのすぐ真横に横付けされているリニアキャリアに駆け上がり、
 ハンガーの通路を上ってクライノートのコントロールスフィアへと乗り込む。

空「クライノート、お願い!」

クライノート『了解です、空。一部起動シークエンスを省略し、緊急起動します』

 空の呼び掛けに応え、クライノートが自分自身を起動させた。

 それと同時にハンガーが起き上がって行く。

 立ち上がっている最中、すぐに視界が開け、軍の工作部隊の動きが目に入る。

 作業中のパワーローダー達は指揮車輌と共に後方にある連絡通路の防壁の奥へと入り、
 ギガンティック部隊が牽制の遠距離射撃を行いながら、
 構築中だった兵站拠点を守るように結界の施術された大型シールドを構えてぐるりと取り囲む。

彩花『朝霧副隊長、OSS203−ヴァッフェントレーガー、起動しました』

 クライノートが完全に立ち上がると同時に、
 ギガンティック機関の指揮車輌との通信回線が開き、彩花の報告が聞こえた。

空「了解! ギガンティック機関03、朝霧空です!
  GWF203X、及びOSS203、前衛に出ます!」

 空は手短に応えると外部スピーカーで軍のギガンティック部隊に呼び掛けつつ、
 乗機と共にそのOSSを伴って前衛へと躍り出る。

 全身を空色に輝かせる白亜にエメラルドグリーンが映える装甲を持ったオリジナルギガンティックと、
 リニアキャリアほどもある巨大トレーラーの進む様は壮観だった。

空「ヴァッフェントレーガー、コントロールリンケージ……」

 自動操縦で母機の一定範囲を追随するOSSの指揮権を、空は自身に移す。

 一瞬、突っ掛かりのような挙動の悪さを感じたが、自分とヴァッフェントレーガーが繋がった証拠だ。

クライノート『敵機、視界内に捉えました。
       敵主力401が六機、カスタム機と思しき随伴の366が四機です』

 クライノートが視覚センサーで捉えた敵機の情報を読み上げる。

空「六機、それに四機……ッ!?」

 空は驚いたような声と共に息を飲む。

 クライノートと共に臨む初の実戦。

 昨日とは違う混成部隊とは言え、数は多い方だ。

彩花『03は401撃破に集中して下さい!
   262、263、264は随伴機に攻撃を集中して下さい!』

空「了解しました!」

 彩花の指示に応え、空はさらに進み出る。
226 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:26:34.97 ID:GHB5lTWGo
空「コール、06、07! アクティベイト!」

 そして、ヴァッフェントレーガーに指示を出す。

 すると、巨大トレーラーの一部……橙色と紫色のラインの入ったパーツが分離する。

 空は分離したパーツを魔力で掴むと、その二つをクライノートの元に引き寄せた。

 それらは橙色のラインの入ったシールドと、紫色のラインの入った多連装砲だ。

 シールドを左手で保持し、多連装砲を肩に掛けるようにして右手で構える。

クライノート『06オレンジブリッツ、07ヴァイオレットネーベル、ブラッドライン接続確認』

空「06、07、イグニションッ!」

 それらの武装と完全に接続した事をクライノートが確認すると、空は武装を起動する。

 すると、武装のブラッドラインに空色の輝きが宿った。

 そう、これこそがヴァッフェントレーガーの真骨頂。

 七種の特化武装を運搬し、クライノートを支援するOSSの真の姿の一端だ。

 そして、七種の特化武装は、かつて二代目・閃虹と謳われたクリスティーナ・ユーリエフの二つ目の愛器、
 機人魔導兵シュネーが制御した七つの装備に由来する。

 彼の弟妹達の名を冠する、対テロ特務部隊の精鋭達と互角の勝負を繰り広げた武装だ。

 かつてはクライノートの本体を彼女自身が、ヴァッフェントレーガーをシュネーが制御する事で活躍したGWF203Xだったが、
 シュネーがクリスと共に宇宙に旅立って以来、ヴァッフェントレーガーを扱いながら戦闘できた者は皆無だった。

 戦闘しながらのOSSの制御に集中するには針の穴を通すような相応の技量を要求されるか、
 でなければ大魔力の力業でしか運用できない。

 空は特に後者の条件を満たす事で、クライノートを駆る資格を得たのだ。

空「拡散攻撃で敵隊列を崩します!」

 敵が有効射程範囲に入った事を確認すると、空はヴァイオレットネーベルから拡散魔導弾を放った。

 無数の魔力砲弾が敵の一団に殺到する。

 既に部隊の両翼に展開していた366改は弾道を回避したが、中央で固まっていた401は砲弾の雨に晒される。

 しかし、そこは敵も結界装甲に守られたギガンティックだ。

 有効射程範囲とは言え撹乱や牽制程度の拡散魔導弾では、シールドに遮られ、目立ったダメージは与えられない。

 だが、敵の足並みを崩し、隊列を崩壊させるにはそれで十分だった。

空「コール、04! アクティベイト!」

 敵の足並みが崩れた瞬間を見計らい、空はヴァイオレットネーベルを空中に浮かべて保持すると、
 今度は緑色のラインの走る巨大ブーメランを構えさせた。

クライノート『04グリューンゲヴィッター、ブラッドライン接続確認!』

空「イグニションッ!」

 空は巨大ブーメラン……グリューンゲヴィッターを起動するなり、大きく振りかぶって敵に向けて投げ放つ。

 すると、突如としてその姿が掻き消える。

テロリストA『な、何だ!?』

 真正面の401のパイロットは困惑したように叫び、その場で立ち止まってしまう。

空「行っ……けぇぇぇっ! グリューンゲヴィッターッ!!」

 空は裂帛の気合を込めて叫び、投擲した右手の人差し指と中指を突き出し虚空に線を描くように指先を走らせた。

 すると、金属同士が擦れ合うけたたましく耳障りな金切り音と共に、停止した401の手足と頭部を切り裂く。

 手足と頭部を失った401がその場に崩れ落ちると、
 ようやく姿を見せたグリューンゲヴィッターがヴァッフェントレーガーの元へと戻って行く。

 魔力による光学屈折迷彩を活かした見えない刃、それがグリューンゲヴィッターの正体だ。

 高速旋回し、ドライバーの意志で自在に動かす事の出来る見えない刃など、避けられる筈がない。
227 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:27:00.97 ID:GHB5lTWGo
テロリストB『な、何が起きてるんだ!?』

テロリストC『こんな攻撃、情報に無かったぞ!?』

 寮機の惨状にもう二機の401の動きが鈍る。

 そして、寮機に振り返りかけた背後で――

クライノート『02ロートシェーネス、ブラッドライン接続確認』

空『イグニションッ!!』

 ――執行を告げる声が響いた。

 慌てて向き直らせようとした機体の側面に、
 通常よりも二回りは大きい……それこそカーネル・デストラクター以上に巨大な拳が激突する。

 赤いラインに空色の輝きを纏った巨大な両腕……ロートシェーネスを接続したクライノートの突進だ。

空『エクスプロジオンッ!!』

 直後、拳から近距離魔力砲撃が放たれた。

 本来ならば炎熱変換を活かした爆発を放つ武装だが、空の魔力特性の関係上砲撃しか放つ事が出来ないのだ。

 だが、空の大魔力から放たれる砲撃は近接でこそ、その威力を遺憾なく発揮する。

 拳から放たれた空色の輝きに包まれ、二機の401は大きく吹き飛ばされて行く。

空「ごめんなさい……実戦で使うのは初めてで、加減なんて出来ないから!」

 空はそう警告のように叫ぶと同時にヴァッフェントレーガーの元に戻り、
 寮機が撃破される間に体勢を整え、咄嗟の判断で後方へと距離を取った三機の401へと向き直る。

空「コール、01、03、05、アクティベイト!」

 空は残る三つの武装を一斉に起動した。

 藍色のラインの走る二連装巨大魔導砲を背負い、青色のラインの走るスナイパーライフル型魔導砲を構える。

 そして、黄色いラインの走る六つの浮遊随伴機の内、四つにそれまで使った武装を装着させた。

クライノート『01ドゥンケルブラウナハト、03ブラウレーゲン、06ゲルプヴォルケ、ブラッドライン接続確認』

空「イグニションッ!
  06、ブラッドリチャージ、02、04、07!」

 遂に全ての武装のブラッドラインに空色の輝きが宿る。

 既に使った武装の消耗したブラッドの補充をゲルプヴォルケに任せ、
 空は背負った巨大魔導砲を腰の横に回すようにして展開させ、さらにスナイパーライフルを構えた。

空「ドゥンケルブラウナハト、ブラウレーゲン、ファイヤッ!」

 そして、その三門の魔導砲から一斉に魔力砲撃を放つ。

 しかし、さすがに距離があるせいか上手くは当たらない。

 だが、牽制が目的ならそれで十分だ。

 この連続砲撃が相手では、敵もおいそれとは近寄れないだろう。

 空は三つの標的に狙いを絞りながら牽制の砲撃を続ける。
228 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:27:41.80 ID:GHB5lTWGo
レオン『ヒュゥ……コイツはスゲェな』

 そして、その様を見ながらレオンは感嘆の声と共に舌を巻く。

遼『正に武蔵坊弁慶……』

 遼も思わずそんな呟きを漏らす。

紗樹『二人とも見とれてないで! また来るわよ!?』

 紗樹はミニガンのような形状の大型魔導機関砲を腰だめに構え、
 左手方向から近付いて来ようとする二機の366を弾幕で牽制する。

レオン『はいよはいよ! 遼、援護任せるぜ!』

遼『了解です、副隊長!』

 レオンは口ぶりでは不承不承と言った風だが気合十分の声で遼に指示を出し、遼も力強く応えた。

 遼の放った牽制の弾丸を避けた敵機を、レオンのスナイパーライフルが正確に撃ち抜いて行く。

 ともあれ、クライノートががっしりとした足腰で大地を掴み、
 七種の特化武装を切り替えながら戦う様は、確かに七つ道具を使いこなす武蔵坊弁慶を思わせた。

 だが、伝承によれば、武蔵坊弁慶は五条大橋で腕試しの刀狩りをしている中、
 後の源義経……牛若丸の軽快な戦術の前に敢えなく敗れ去ったと言う。

 言霊とは厄介な物で、一度口にしてしまえばそのように“引っ張られて”しまう物だ。

 空とクライノートが弁慶だと言うならば、天敵の牛若丸に相当する者も、また存在するのである。

彩花『十一時方向、距離四八〇〇! 急速接近して来る反応有り!?』

 通信機から彩花の悲鳴じみた声が響き、空は一瞬、眉根を震わせて身を硬くした。

空(来た!?)

 そして、視線だけを十一時方向……やや左に向ける。

 濛々と土煙を上げ、こちらに突進して来る“何か”が見えた。

空(地上走行……速度からしてオオカミ型!
  レミィちゃんはまだ間に合ってない……私一人でやるしかない!)

 空は意を決しドゥンケルブラウナハトでの砲撃を続けながらブラウレーゲンをゲルプヴォルケに預け、
 グリューンゲヴィッターとオレンジヴァンドを構え、接近戦の準備に入る。

クライノート『空、敵機のコックピットは胴体下部、腹部辺りに存在します。
       攻撃の際にはコックピットを避け、手足に集中して下さい。
       加えて、変色ブラッドの注入口は口部に存在するため、特に噛み付きに注意するように』

 身構えた空に、クライノートが一気にアドバイスを送った。

 彼女の淡々とした性格上、非効率な奪還作戦などは嫌うと思っていたが、そうではないようだ。

空「こう言う作戦でも理解があるんだね、クライノートって」

クライノート『これでも二代目・閃虹の愛器ですので』

 驚いたように漏らした空に、クライノートは淡々としながらも誇らしげに答えた。

 対して、空も“そっか……そうだね!”と納得したように頷いて笑みを見せる。

 彼女の主であるクリスティーナ・ユーリエフの二つ名……“閃虹”とはそもそも、そう言う人間が冠してきた物だ。

 異論は無い……いや、むしろ望むところと言う物だろう。
229 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:28:15.79 ID:GHB5lTWGo
空「……見えた!」

 そして、オオカミ型の機体を視認したと思った直後、一気に間合いを詰められた。

狼型G『Grrrrrrッ!!』

空「ッ!?」

 唸り声を上げて突進して来るオオカミ型に、空は息を飲みながらも咄嗟にオレンジヴァンドを突き出し、
 出力全開でその突進を押し留める。

 本来ならオオカミ型と接触していたであろうオレンジヴァンドの表面には結界装甲の分厚い膜が張り、
 オオカミ型はその牙で虚空を噛み砕かんとするような体勢で止まっていた。

狼型G『Grr……GAAAAAッ!!』

 オオカミ型は怒ったように唸ると、さらに躙り寄ろうと全身各部のブースターを噴かす。

空「ッ、うわあぁぁぁっ!」

 だが、空も砲声を上げてそれを押し返し、力比べが始まる。

 サクラの解析通り、力比べなら自分達に分があるようだが、いつまでもこんな状態は続けられない。

空(接近戦用にグリューンゲヴィッターは構えたけど、押し留めるのが精一杯だ……)

 空は内心で舌を巻く。

 目論見では、オオカミ型の攻撃を受け止め次第、頭か手足を切り飛ばして行動不能に追い遣るつもりだった。

 だが、今は防御に出力を持っていかれ過ぎて、グリューンゲヴィッターに十分な切れ味を持たせる事が出来ない。

 切れ味の悪い刃物は余計な痛みを伴う事になる。

空(オリジナルギガンティックと同じで痛覚を共有してるみたいだし、
  一気に行動不能に追い込めないなら使えない……!)

 空は焦ったように思考を続けながら、激突して来たオオカミ型ギガンティックを見遣る。

 黒い躯体に、仲間と同じ若草色の輝きの宿るブラッドライン。

 事情を知ってからその姿を改めて見ると、痛々しい物と怒りを感じざるを得ない。

 レミィの妹は誰かに利用されている。

空(絶対に助けなきゃ………!)

 空はその決意を反芻する。

 だが――

クライノート『空! 01の出力が落ちています!』

 直後のクライノートの悲鳴じみた声が、空の意識を引き戻す。

 そう、オレンジヴァンドに出力を集中していた事で、ドゥンケルブラウナハトの出力が落ちていた。

 牽制の砲撃は散発的になり、先ほどまで手を拱いていた筈の三機の401が一気に距離を詰めて来ているではないか。

空「しまった!?」

 空は愕然とする。

 思考がレミィの妹の事に向いた事で、武装の操作から意識が外れてしまっていたのだ。

 ヴァッフェントレーガーの扱いが難しいのは分かっていた筈だった。

 思考並列処理しなければならない以上、意識は常に幾つもの作業を同時に思考しなければならない。

 空はその大原則を怠ってしまったのだ。

 そのために三段階に及ぶ特訓も行って来たのに……。

 しかし、後悔しても遅い。

 三機の401はフォーメーションを組み、魔導ライフルを構えて自分達の有効射程内に入る瞬間を待っている。

 後部カメラでレオン達の状況を見るが、やはり四対三の防衛戦では分が悪いのか、こちらのフォローには入れそうにない。

 万事休す、だ。
230 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:28:44.06 ID:GHB5lTWGo
 だが――

???『空っ! ブーメランで雑魚を狙えっ!』

 背後から声が響いた。

 この戦場で、誰よりも信頼できる友の声。

空「了解っ!」

 空はその声に従い、オレンジヴァンドの出力を僅かに下げ、
 グリューンゲヴィッターに魔力を流し込むと、迫り来る401目掛けて投擲する。

 部隊を横薙ぎにするような軌道を描くグリューンゲヴィッターに、401達は隊列を崩され、
 再度の後退を余儀なくされた。

狼型G『Grrr……GAAAAAッ!!』

 一方、出力の落ちたオレンジヴァンドの結界装甲を食い破り、
 肉迫せんとするオオカミ型ギガンティックが吠える。

 だがしかし、その咆哮を掻き消すように、クライノートの傍らを一陣の疾風が駆け抜けた。

 駆け抜けた疾風は、濃紫色の変色ブラッドが滴る牙を突き立てんとするオオカミ型の横っ面に激突し、
 オオカミ型を大きく弾き飛ばした。

狼型G『Grrr…ッ!?』

 オオカミ型ギガンティックは体勢を崩しながらも何とか着地し、すぐに空達へと向き直る。

 それと同時に、クライノートの傍らを駆け抜け、
 オオカミ型を弾き飛ばした一陣の疾風がクライノートとオオカミ型の間に降り立つ。

 それは明るめのグリーンを基調とし、全身に白のアクセントが眩しい鋼の肉体を持った、
 巨大なキツネ型ギガンティックだった。

 明々と輝く若草色のブラッドラインは、それが仲間の……レミィの乗機である事を示していた。

 そう、これこそが新たなレミィの愛機、GWF211X改−ヴィクセンMk−U改め、
 GWF204X−ヴィクセンMk−Uである。

レミィ『待たせたな……空!』

 外部スピーカーを通したレミィの声は、どうやらジャミングを考慮しての物らしい。

 事実、クライノートの通信システムもジャミングによっていつの間にかダウンしており、
 後方との連絡が取れなくなっていた。

 どうやらオオカミ型ギガンティックそのものが、強力な通信妨害装置を兼ねているようだ。

 レミィはバイク状のシートの上に跨ったまま上体を起こし、
 眼前で唸り声を上げ続けるオオカミ型ギガンティックを睨め付ける。

 睨め付けた瞳に宿るのは、敵意と憐愍の色。

レミィ「空……私がコイツと戦っている間、雑魚の相手を頼む!」

空『レミィちゃん……了解、陽動は任せて!』

 静かな、だが力強い声で言ったレミィに、空は僅かな戸惑いの後、こちらも力強い声で応えた。

 空はクライノートにヴァイオレットネーベルを再装備させると、
 隊列を整えようとする敵機に向けて拡散魔導砲を放つ。

狼型G『Grrrッ!』

 野獣のように戦っているようにしか見えないオオカミ型も、寮機を援護しようと言う意志はあるのか、
 威嚇するような唸り声を上げた後、クライノートに向かって飛び掛かろうとする。
231 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:29:11.75 ID:GHB5lTWGo
 だが――

レミィ「お前の相手は私達だっ!」

 レミィは新たな愛機を走らせ、今まさに飛び掛からんとするオオカミ型の前に躍り出た。

 既に一度、弾き飛ばされた事でヴィクセンを警戒しているのか、
 オオカミ型は各部のブースターを点火してその場から跳び退く。

狼型G『Grrrr………』

 そして、距離を測りながらゆっくりと横に移動しつつも、視線だけはヴィクセンを睨め付ける。

 どうやら、目の前の新型が昨夜倒したばかりのキツネ型と同質の存在と言う事には気付いているようだ。

 それと同時に、自身が倒すべき敵としても認識したのか、空達にはもう視線すらも向けない。

 レミィにとって、それは好都合だった。

レミィ「空! 私はこのままコイツをこの場から引き離す!」

 レミィは外部スピーカー越しに叫ぶと、愛機を戦場から離すように走らせた。

 オオカミ型ギガンティックもその後を追って走り出す。

 すぐに外部スピーカーが通じる距離を過ぎ、仲間達からも十分な距離を取れた事を確認すると、
 レミィは愛機を反転させ、わざとオオカミ型に追い抜かせて戦場との間に割って入った。

 これでもう、オオカミ型は近場の仲間の元へと逃げる事は出来ない。

 だが、逆にレミィとヴィクセンも一対一の戦いを強いられる事になのだが……。

弐拾参号?<暗いのは嫌だよぉ……怖いよぉ……>

 しかし、そんな不利への焦燥は、愛する妹の啜り泣く声の前には意味の無い物だった。

 空には聞こえていなかった弐拾参号の思念通話。

 接近されただけで強力な通信妨害圏を展開するオオカミ型の、その思念通話が届く筈もない。

 恐らくは彼女と波長の合うレミィと、レミィの管理下にあるヴィクセンにしか聞こえない声なのだろう。

 幻聴ではなく、それだけ強い、助けを求める声だ。

レミィ「弐拾参号……今度こそ、お姉ちゃんがお前を助けるからな!」

 レミィは決意の表情で叫ぶと、愛機を跳躍させた。

レミィ「ヴィクセン! クアドラプルブースター、オンッ!」

ヴィクセン『了解ッ! 文字通り、飛ばすわよっ!』

 そして、愛機に指示を送ると、その背面から四本の柱状のブースターがせり上がり、
 ヴィクセンの言葉通り、巨大な躯体をさらに天高くまで飛び上がらせる。

狼型G『G……GAAAッ!?』

 獲物を追い掛けようとしたオオカミ型ギガンティックも、
 自らの推力を超える高さまで跳躍したヴィクセンを追い切れず、落下して行く。

 瑠璃華謹製の独立可動型四連ブースター……
 クアドラプルブースターは、それ単体の推力はフレキシブルブースターに劣る。

 だが、四つが揃った際の推力はフレキシブルブースターの倍以上に匹敵する大推力だ。

 以前よりも躯体が一回り大型化したとは言え、無理矢理に垂直上昇させるくらいの推力は十二分に確保出来た。
232 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:29:39.23 ID:GHB5lTWGo
レミィ「このままヴァーティカルモードにチェンジッ!」

ヴィクセン『了解! モードチェンジ開始!』

 天高く飛び上がったヴィクセンは、そのまま空中で変形を開始した。

 後ろ足を折り畳んだ後半身が引き延ばされて脚となり、前足は巨大な爪を備えた腕となり、
 キツネの頭が胸へと移動すると同時に頭部がせり上がる。

 胸にキツネの頭部と、背面に巨大なキツネの尾、
 そして、両肩に左右二対の大型ブースターを備えた人型ギガンティックだ。

 そう、これこそがヴィクセンMk−Uの近接戦形態。

 以前と同様の獣型の形態を高機動・高速移動用とした対極の形態である。

狼型G『Grrr………GAAAAッ!!』

 新たな姿を見せた獲物に、オオカミ型は威嚇の砲声を張り上げた。

 レミィはヴィクセンをオオカミ型から離れた廃墟の中に着地させる。

ヴィクセン『こっちの形態だと戦闘能力は上がるけど、機動力は落ちるわよ。……いいの?』

レミィ「ああ、組み合わなきゃコントロールスフィアをえぐり出すのは無理があるからな……」

 心配そうに尋ねるヴィクセンに、レミィはバイク状のシートから降りながら応えると、大きく息を吸い込んだ。

 そして、バイク状のシートがコントロールスフィアの床に格納されて行くと、
 オオカミ型ギガンティックを迎え撃つべく身構えた。

狼型G『GAAAAッ!!』

 それを開戦の合図として、オオカミ型ギガンティックは唸り声と共に一気呵成に飛び掛かる。

 後方のブースターから魔力を噴射しての、直進的な突進だ。

レミィ「デカくなって機動力は落ちていても、そんな大振りな攻撃ならっ!」

 レミィはサイドステップでその突撃を交わす。

 だが、しかし――

狼型G『Grrrrッ!』

 オオカミ型は即座にブースターの推進方向を切り替え、回避したヴィクセンの横っ腹に向けて体当たりを行う。

 昨晩と同じ戦法だ。

 だが、レミィも馬鹿正直に回避したワケではなかった。

レミィ「ヴィクセンッ!」

ヴィクセン『分かってるわよ!』

 ヴィクセンはレミィの呼び掛けに力強く応え、両肩のクアドラプルブースターを下方に向けて魔力を放出する。

 ヴィクセンは一気に上昇し、急加速したオオカミ型は突進を空振りし、
 不安定な体勢のまま地面や廃墟群に打ち付けられる結果となってしまった。

狼型G『GAAAAッ!?』

 オオカミ型は悲鳴じみた唸り声を上げ、幾度も地面に叩き付けられ、
 幾つもの廃墟を破壊しながらも何とか体勢を整え直し、上空へと逃げ延びたヴィクセンを睨め付ける。

 四つ足で跳ね回る時ほどの機動性は損なわれているかもしれないが、
 クアドラプルブースターによる爆発的な瞬発力は人型・獣型のどちらでも変わらない。

レミィ「何度も同じ攻撃が通用すると思うなよ………」

 しかし、昨晩の敗北を決定づけた時と同じ攻撃を回避しながらも、レミィの顔は晴れやかではなかった。

 それは重苦しい声音にも現れている。

 何故なら――

弐拾参号?<痛い……痛いよぉ……お姉ちゃん……痛いよぉ……>

 ――啜り泣く声は、恐怖よりも痛みを訴える物に変わったからだ。
233 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:30:06.67 ID:GHB5lTWGo
 繰り言になってしまうが、国際救難チャンネルすら含む全周波数が通信妨害されている現状、
 絶対に聞こえる筈のない思念通話。

 それを鑑みれば、この声がレミィの戦意を削ぐための奸計だと言い切る事は難しい。

 だが、この声は確実にレミィの気勢を削ぐ。

 攻撃を戸惑わせ、構えた拳を下げさせ、高揚した戦意をジワジワと削り落とす。

 黒幕とも言える敵に……そして、本当にあの敵機の中にレミィの妹がいたとして、
 どちらにもその意図が無いにせよ、だ。

レミィ(どうする……どうすればいい!?)

 痛みを与える隙もなく、腹にあると推測されるコントロールスフィアだけを綺麗に抉り出す。

 四足歩行動物型の視界に映らない腹にある物を抉り出すのは困難を窮める。

 最初から無茶は承知していたが、改めて対峙してみればそれが如何に困難かを思い知らされた。

 人型になった事で“抉り出す”と言う動作自体は困難ではなくなったが、
 “腹にある物”を抉り出す難易度は何ら変わっていない。

レミィ(敵の下に潜り込むか? 前のようにジャンプを誘った方が確実か?)

 レミィは焦るように黙考を続ける。

 その瞬間、レミィは思わず長いまばたきを……いや、目を瞑ってしまった。

 不可能とも思える目的への焦燥、嗚咽によりジワジワと削られる戦意、
 相棒を死の淵にまで追い込んだ敗北への自責、そして、囚われの妹の身を憂う気持ち。

 新型に乗り換えて尚も油断したと言えばそれまでの、
 だが、レミィの気持ちを慮れば止むに止まれぬ精神状態だろう。

 だが、僅かでも下がった構えと長時間の静止は、オオカミ型にしてみれば絶好の隙に他ならない。

ヴィクセン『レミィ! 構えて!』

 ヴィクセンがそう叫ぶまで、レミィは自身の油断に気付けなかった。

レミィ「ッ…!?」

狼型G『GRRRAAAAAッ!!』

 目を見開いて驚きに息を飲んだのと、オオカミ型が咆哮と共に突進して来たのは、ほぼ同時。

 レミィに出来たのは、突き出された両の前脚を掴む事だけだった。

レミィ「ッぐぅ!?」

 格闘能力が高くとも機動性重視のヴィクセンではオオカミ型の巨体を完全に押さえ込む事は出来ず、
 勢いのままに押し倒されてしまう。

 崩落しかけの背後のビルがクッション代わりとなってくれたお陰で、
 見た目ほどのダメージは負わなかったが、不利な体勢に追い込まれた事には変わらない。

狼型G『GAAAAッ!!』

 オオカミ型はさらなる追い討ちをかけるべく内側の牙を剥き出し、
 ヴィクセンののど元に向けて食らいついて来た。

レミィ「ッ、うぉぉっ!」

 レミィは咄嗟に瓦礫の塊をオオカミ型の口の中に突っ込む。

 巨大な瓦礫は変色ブラッドの侵食を受け、一瞬にして濃紫色に染まって砕け散ったが、
 レミィは間一髪で致命の一撃を回避する事に成功した。

 クアドラプルブースターを噴かし、オオカミ型を振り切るようにしてその場から抜け出す。
234 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:30:33.43 ID:GHB5lTWGo
レミィ「………すまん、ヴィクセン……」

 オオカミ型と十分な距離を取ってから愛機を着地させたレミィは、再び構えながら相棒に詫びを入れる。

 もう少しで、昨晩の二の舞になる所だった。

弐拾参号?<怖いよぉ……暗いよぉ……>

 後悔するレミィの脳裏に、絶えず響き続ける妹の啜り泣き。

ヴィクセン『レミィ……』

 主の思いと少女の啜り泣きが聞こえるからこそ、強く言い出す事の出来ないヴィクセン。

狼型G『Grrrrr……ッ!』

 そして、そんな二人……いや三人を嘲笑うかのように、挑発的な唸り声を上げるオオカミ型ギガンティック。

レミィ「ッ! ………すぅぅ…………」

 不意にレミィは目を大きく見開き、大きく息を吸う。

 そして――

レミィ「にじゅうさんごおおぉぉぉぉぉっ!!」

 喉が裂けるのではないかと思うほどの大音声を放つ。

 外部スピーカーと思念通話、その両方で叫ぶ。

 妹に声が聞こえているかは分からない。

レミィ「弐拾参号っ! 私だっ! 拾弐号だっ!」

弐拾参号?<暗いよ……怖いよ……痛いよ……助けて……お姉ちゃん……助けてぇ……>

 呼び掛ける声に応えるのは、やはり啜り泣きだけ。

 声が届いていないのは明白だ。

 だが、それでもレミィは続けた。

レミィ「………お姉ちゃんは……いつもお前や伍号お姉ちゃんに助けて貰ったな……。
    泣き虫だった私の横で、お前はいつも笑ってくれていた……」

 続く声は、決して大きな声ではない。

 だが、心の底から語りかける。

 構えも解かず、オオカミ型ギガンティックを全力で警戒、牽制する事も怠らない。

レミィ「お前は強い子だ……泣き虫で臆病な私なんかより、ずっと……ずっと強くて、優しい子だ……!」

ヴィクセン『レミィ……あなた、まさか!?』

 弐拾参号へ語りかけ続けるレミィの真意を察し、ヴィクセンは愕然と漏らす。

レミィ「少し……いや、凄く痛いかもしれない……いくらでもお姉ちゃんを恨んでくれていい……、
    だけど、絶対に助けるっ!」

 レミィはそう叫び、四肢を大きく広げて大の字を描く。

レミィ「ヴィクセン、スラッシュセイバー、マキシマイズッ!!」

ヴィクセン『………了解ッ!』

 僅かな躊躇いの後、ヴィクセンは主の声に応え、両手足の先端に魔力とブラッドを集中した。

 すると、爪から長大な魔力の刃が伸びる。

 これぞスラッシュクローに代わるヴィクセンMk−Uの主兵装、両手両足に装着されたスラッシュセイバーだ。
235 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:31:05.89 ID:GHB5lTWGo
狼型G『Grrrr……ッ!』

 しかし、対するオオカミ型ギガンティックは、
 獲物が見せた新たな武器に然したる脅威は抱いていないようだった。

 警戒した様子もなく、一歩一歩、獲物を値踏みするように歩み寄って来る。

 これまでの戦闘や先ほどまでの様子で、レミィから積極的に攻撃して来る事がないと確信しているのだろう。

 だが――

レミィ「うわああぁぁっ!」

 悲鳴にも似たレミィの裂帛の怒号と共に振り抜かれた右腕の一撃が、
 オオカミ型ギガンティックの左前脚を根本から斬り飛ばした。

狼型G『Ggaaaaッ!?』

 痛みを感じてでもいるのか、それとも驚いただけなのか、
 オオカミ型ギガンティックは悲鳴じみた唸り声と共に大きく後方へと飛んだ。

弐拾参号?<ぁぁぁあああぁぁぁっ!?>

 それと同時に、弐拾参号も絶叫する。

弐拾参号?<痛い……痛い! 痛いよぉぉ……!?>

 痛みでのたうち回る様が見えて来るほどの悲痛な声を上げ、弐拾参号は泣きじゃくった。

レミィ「ぅぅっ!」

 レミィは全身をワナワナと震わせ、押し寄せてくる後悔と怒りで顔をしかめる。

 耐えろ、とは言えない。

 妹を傷つけているのは自分だ。

 そんな無責任な事は言えよう筈がない。

 だが――

レミィ「絶対だ……絶対に助けるから!」

 レミィは訴えかけるように叫ぶ。

 彼女の決意を汲み、敢えて悪し様に言おう。

 レミィは諦めた。

 オオカミ型ギガンティックにダメージを与える事なく、コントロールスフィアだけを抉り出す事を、だ。

 その無茶を通せば、再び相棒を死の淵へと追い遣り、
 フェイの時のような取り返しの付かない悲劇が起こらないとも限らない。

 ならば、罪を背負う。

 仲間達を危険に晒さず、妹を助けるために。

 妹を傷つけてでも、絶対に妹を救い出す。

 それがオリジナルギガンティックのドライバーであり、弐拾参号の姉でもある自分の務めだ。

レミィ「お姉ちゃんを許してくれとは言わない……!
    もう、二度と私の隣で笑ってくれなくてもいい……!

    だけど、絶対……絶対に助けるから! 痛いのは……今だけだから……!」

 レミィは堪えきれないほどの涙を溢れさせながら、再び構える。
236 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:31:50.54 ID:GHB5lTWGo
狼型G『Grrr……GAAAAAAAAッ!!』

 オオカミ型ギガンティックは三本の足で器用に飛ぶと、
 大きく口を開けて必殺の毒の牙を剥き出しにして突っ込んで来る。

レミィ「うわああああっ!」

 レミィは泣き叫びながら、両腕のスラッシュセイバーをX字に薙ぐ。

 真っ向から飛び込んで来たオオカミ型ギガンティックは頭部を切り刻まれ、瓦礫の中に没した。

弐拾参号?<ッ………ァァァァァァァッ!?>

 弐拾参号の悲鳴は、最早、声になっていない。

レミィ「弐拾参号……弐拾参号……にじゅう、さんごぉ……っ!」

 レミィは後悔の涙を流しながら、譫言のように妹の名を呼び続ける。

狼型G『………』

 そして、オオカミ型ギガンティックは無言で立ち上がった。

 オオカミに似せて作られたとは言え、所詮は機械。

 唸り声を発するための装置が破損しては吠える事も出来ないのだろうが、
 それでも平然と立ち上がる様は単なる機械の怪物でしかない。

 その様が、余計にレミィの怒りに火を付ける。

弐拾参号?<………ぁぁ……ぁ……>

 妹は満足に悲鳴すら上げられないほど苦しんでいるのに、
 目の前の敵はその痛みを僅かにも背負おうとしていない。

 必殺の毒の牙すら失い、もう存分な機動力も発揮できない身でありながら、
 それすら判断が出来ずに立ち上がって来るのは、おそらく自動操縦なのだろう。

 そして、ダメージによってシステムの一部が異常を来し、最早、撤退すら判断できなくなっているのだ。

レミィ「そのバケモノからすぐに助け出す……だから、もう少しだけ待っていてくれ……!
    弐拾参号ぉっ!」

 レミィは涙を拭って叫び、オオカミ型ギガンティックに向かって跳んだ。

 空中で体勢を入れ替え、つま先から伸びたスラッシュセイバーを用い、
 クアドラプルブースターで加速してドロップキックのような跳び蹴りを放つ。

 そして、その一撃がぶつかる瞬間。

弐拾参号?<じゅ、う……に……ごう、おねえ……ちゃん>

レミィ「ッ!?」

 蹴りが命中する寸前の声に、レミィは息を飲む。

 直後、大音響と共にオオカミ型ギガンティックの左半身がひしゃげ、弾き飛ばされた機体が廃墟の中に転がる。

レミィ<弐拾参号!?>

 レミィは思念通話で妹の声に応えた。

弐拾参号<おねぇ……ちゃん……拾弐号……お姉ちゃん……>

 間違いなかった。

 先ほどまで漫然としか“お姉ちゃん”としか呼んでいなかった弐拾参号は、
 今は確実にレミィの事を最後に残された姉妹の一人……“拾弐号”として認識している。
237 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:32:33.57 ID:GHB5lTWGo
弐拾参号<痛いよ……お姉ちゃん……凄く……痛いよぉ……>

レミィ<ごめん……ごめんな、弐拾参号……こうするしか、もうお前を助けられないんだ……!>

 弱々しく泣く弐拾参号に、レミィは苦悶の声で返す。

 痛みを強いる事でしか、お前を助けられない。

 許される筈がない。

 それでも助けたい。

 こうでもしなけば、全部を救えないほど、自分は弱い。

 全部、全部……我が儘だ。

 そんな後悔だけが募る声。

 だが――

弐拾参号<泣かない……で、お姉ちゃん……>

 弐拾参号は痛みに声を震わせがら、そう呟く。

 ――その声に込められた心は、妹にも伝わっていた。

レミィ<……に、弐拾参号!?>

 レミィは愕然と叫ぶ。

弐拾参号<頑張る……から……お姉ちゃんが、助けてくれるから……わたし……がんばる、よ……>

 だが、弐拾参号は気丈にも声を絞り出し、そう続けた。

レミィ<………ッ! あと一回だ! あと一回で、絶対にお前を助け出す!>

 そして、レミィもそれに応える。

 涙に震えながらも、力強い声で。

 そう、あと一回だ。

 既に両の前脚は奪い、片方の後ろ脚も奪い、左側面のブースターも全て潰した。

 右脚と残る後方と右側面のブースターだけで身体を支えられる筈もない。

 あと一回……腹にあるコントロールスフィアを抉り出す痛みだけだ。

弐拾参号<拾弐号……お姉ちゃぁんっ!>

 弐拾参号はそれだけ叫ぶと、ぎゅっ、と身を強張らせたようだとレミィは感じた。

狼型G『………』

 対して、オオカミ型ギガンティックは何とかして体勢を立て直そうと、
 右後ろ足とブースターを調整しながら何とか浮かび上がろうとする。

 幸か不幸か、ある一瞬だけバランスの取れたオオカミ型ギガンティックの胴体は、
 大きく、天蓋へ向けて飛び上がった。

ヴィクセン『レミィ、今っ!』

レミィ「………おうっ!」

 ヴィクセンの呼び掛けと同時に、レミィはオオカミ型ギガンティックに向け、
 クアドラプルブースターを噴かせて愛機を跳躍させた。

 狙うは一点、オオカミ型ギガンティックの腹部周辺。
238 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:32:59.27 ID:GHB5lTWGo
レミィ(分かる……分かるぞ! 弐拾参号がいる場所が!)

 目に見える情報ではなく、魔力で感じる妹の居場所。

 今、四肢の三つと頭を失ったオオカミ型ギガンティックは、
 レミィ達に腹を向け、天蓋に向けて垂直上昇しているような状態である。

 ハッチが見えているのはその丁度ど真ん中。

 だが、妹の反応はそこから少し上……人間で言うなら胸と臍の中間辺りだった。

 もしも気付かずに抉り出そうとすれば、確実に切り刻んでいた位置。

 強力な通信障害の影響で正確なスキャンも出来ずにいた。

 レミィと弐拾参号が思念通話を行い、居所までも掴めた理由は、姉妹故に魔力の感応度が高かった故だろう。

 レミィが妹を思ってかけ続けた言葉が、弐拾参号が姉に助けを求め続けた言葉が、
 強い感応により結びついた結果だ。

 それは奇跡でも何でもなく、お互いを愛して求め合った姉妹がたぐり寄せた必然だった。

 そして、それを可能としたのは――

レミィ『スラッシュセイバー……マキシマイズッ!』

 ヴィクセンMk−Uの四肢で輝く魔力の刃が、彼女自身の声と共にさらに長大な刃と化す。

 ――主と主の妹を救いたいと願った、一器のギアが紡いだ一つの道程に他ならない。

レミィ「でやぁぁぁぁっ!」

 裂帛の気合を放ち、レミィは突き出したスラッシュセイバーでコントロールスフィア周辺を抉り斬り、
 そこからコントロールスフィアを抜き出した。

 成功だ。

 コントロールスフィア本体には、僅かな傷一つ無い。

 そして――

レミィ「これで、終わりだぁぁぁっ!」

 レミィは右手でしっかりとコントロールスフィアを抱え込むと、
 両足と空いている左腕のスラッシュセイバーで、オオカミ型ギガンティックを幾度となく切り刻む。

 コントロールスフィアを失って暴走を始めていたオオカミ型のエンジンは、
 スラッシュセイバーで切り刻まれると同時に、エーテルブラッドを燃料にして大爆発を起こした。

 その大爆発の爆炎を突っ切り、ヴィクセンMk−Uが大地へと降り立つ。

 ――勝利だ。
239 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:33:28.72 ID:GHB5lTWGo
エミリー『……ィ!? レミィ!? 聞こえてる!?』

 だが、その勝利の余韻に浸る間もなく、通信機から慌てたような声が響いて来る。

 連絡通路内の指揮車輌にいるエミリーの声だ。

 どうやら、オオカミ型がいなくなった事で通信障害が無くなったのだろう。

 多少のノイズはあるが、それでもクリアに聞こえる。

レミィ「……聞こえてるよ、エミリー」

エミリー『良かった! 繋がった!』

 安堵混じりに返すレミィに、エミリーが歓声を上げた。

 ふと、視線を連絡通路方面に向けると、あちらの戦闘も片付いたようで、静かになっていた。

 エミリーが慌てていたのは通信が繋がらない事に関してで、戦況が悪化したとか、そう言う事ではないようだ。

レミィ「戦闘は?」

彩花『敵機は全機撃墜、後続の反応はありません。戦闘状況終了です』

 レミィの質問に応えたのは彩花だ。

 どうやら、本当に戦闘が終わったらしい。

 一番厄介なオオカミ型が戦列に加わるまでは、物量差を物ともしない程に優勢だったのだ。

 当然と言えば当然だろう。

彩花『回収部隊が向かうまでその場で待機していて下さい』

レミィ「了解……」

 レミィは続く彩花の指示に応えると、回線が切断されたのを確認してから大きく溜息を漏らした。

ヴィクセン『お疲れ様、レミィ』

レミィ「ああ……お前もお疲れ、ヴィクセン……お前のお陰で妹を助けられたよ」

 声をかけてくれた相棒に、レミィは感慨深く返す。

ヴィクセン『お礼だったら瑠璃華達や空にしなさいよ。
      私の新しい身体を作ってくれたのは瑠璃華達だし、
      こうして一対一になるのを許してくれたのは空でしょ』

 ヴィクセンは照れ臭そうに返すと
 “ブリーフィングで助けよう、って言ってくれたのも空らしいじゃない”と付け加えた。

レミィ「……ああ、そうだな」

 珍しく照れた様子の相棒に、レミィは噴き出しそうになりながら応える。

 殆ど病み上がりのような状態での全力戦闘は疲労感が半端では無いが、まだ終わってはいない。
240 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:34:00.88 ID:GHB5lTWGo
レミィ「ヴィクセン、コントロールスフィアに変色ブラッドの反応は?」

ヴィクセン『……無いわね。
      内部の魔力も今は安定しているけど、切り離された時のショックが酷くて気絶しているみたい』

 レミィに尋ねられたヴィクセンは、ややあってからスキャン結果を伝える。

 先ほどの言葉通り内部にいる人間が気絶している事は分かるが、生体反応は問題ない。

 魔力もレミィのものとよく似ており、他の魔力が検知できない今、他人が乗っている可能性は無い。

 他にも爆発物のような反応も無かったが、敢えて報告するべき物でも無かったので、ヴィクセンはその事は告げなかった。

 さすがに主が妹との再会を果たす時に、余計な水入りがあってはならない。

 戦闘が終わったとは言え、ヴィクセンは主とその妹のために、未だ慎重に慎重を期した警戒を続けていた。

 結果、問題は無いと言う判断に至る。

 レミィがコックピットハッチ付近にオオカミ型から抉り取ったコントロールスフィアを移動させると、
 ヴィクセンは気を利かせてすぐにハッチを開けた。

 レミィは興奮を隠しきれない様子で一足飛びに外に飛び出すと、コントロールスフィアの外壁に取り付く。

 愛機が強化された事で変化した新たな魔導装甲を展開し、コントロールスフィアのハッチ部分らしき部位を探り当て、
 継ぎ目にかぎ爪の刃を浅く差し込んで切り裂いた。

 ハッチは簡単に切り離され、レミィはそれを愛機の足もとへとうち捨てる。

 そして、意を決して内部を覗き込む。

 するとそこにあったのは、透明な素材で出来た一つのカプセルだった。

 レミィは一瞬怪訝そうな表情を浮かべた後、目を見開く。

 おそらく何らかの生命維持のためと思われる液体の中に浮かぶ妹の、その凄惨な姿に……。

レミィ「に、弐拾……参号……!?」

 レミィは愕然と漏らしながら、カプセルに縋り付く。

 弐拾参号はかつての溌剌とした様など見る影もなく切り刻まれていた。

 手足は切断されてチューブでカプセルと……さらにそこから伸びたコントロールスフィア内の機械と繋がれ、
 口元には呼吸用のマスクが取り付けられ、片眼を覆うようなヘッドギアが接続されている。

 絶えず魔力を供給し、痛みの程度による判断で機体を保護するための、魔力電池を兼ねた危険判断装置。

 それが弐拾参号が辿った過酷な運命だった。

レミィ「っ、ぅぁ……ぁぁぁ……!」

 レミィはイヤイヤをするように頭を振り、いつの間にか止まっていた涙を再び滂沱の如く溢れさせ、
 妹の浮かんでいるカプセルに縋り付いた。

ヴィクセン『レミィ! 気をしっかり持って!』

 主の目を通して、助け出した少女の凄惨な姿を目の当たりにしたヴィクセンは、自らの動揺を押し殺して主に呼び掛ける。

 コントロールスフィアは殆どの機械が停止していたが、
 おそらくは彼女自身から取り出した魔力供給で生命維持が為されているのか、心臓は問題なく動いていた。

 長時間の戦闘で魔力切れが起きていたらと思うと、それだけで背筋が凍る。

 魔力切れによる機能停止ではなく、手足を切り落として戦闘続行不能に追い込んだレミィ判断は、
 決して間違ってはいなかったのだ。
241 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:34:40.99 ID:GHB5lTWGo
 だが、だからと言って平静でいられるような状態ではなかった。

 よく見れば、弐拾参号の成長はあの日、最後に会った時のまま止まっていた。

 おそらく、手足を切断され、今のような状態にされたのは、
 彼女と姉が死んだと伝えられた日から、そう経過していない頃だったのだろう。

レミィ「ごめん……ごめんな……こんなにされているの……知らなくて……!」

 レミィは泣きじゃくりながら懺悔の思いを吐露する。

 最後の姉妹を失ったと思って自分が生を諦めていた頃、
 最愛の妹は手足を奪われ、まるで実験標本のような扱いを受けていたのだ。

 自分は、何て愚かだったのだろう。

 自分達を実験台としてしか見ていなかった連中の言葉を……信じたくないと思っていた姉妹の死を信じ切っていた。

 妹がこんな残酷な目に合わされていたのに、自分だけが優しい仲間達に囲まれていた。

 そして、いつしか、姉妹の存在を胸の奥底に封じ込め、省みる機会すら次第に減らしていた。

 湧き上がるのは、そんな後悔のような懺悔の思いばかり……。

 だが――

????<お姉……ちゃん……>

レミィ「!?」

 ――不意に脳裏に響いた声に、レミィは息を飲んだ。

 それは、もう間違える事も疑い事も無い、弐拾参号からの思念通話だった。

 レミィが涙ながらに顔を上げると、いつの間に気がついたのか、妹と目が合う。

 一方を塞がれた片方だけの瞳で、泣きじゃくる自分を不思議そうに見つめて来る。

レミィ「あ……ああ……」

 レミィは何を言っていいかも分からず、茫然の形に口を開けたまま、ただ僅かに音だけを漏らす。

 しかし、その戸惑いもすぐに氷塊する。

弐拾参号<助けてくれてありがとう……お姉ちゃん>

 それは、とても純粋で、短い言葉だった。

 奪われた手足の哀しみを嘆くでなく、先ほどまでの痛みを嘆くでなく、
 ただただ、助けてくれた姉への感謝に再会の感動が重なった、心からの喜びの声。

 それを聞いた瞬間、レミィはまた涙を溢れさせた。

 嗚呼……救われた。

 この言葉だけで……妹の“ありがとう”の言葉だけで、自分は救われたのだ。

レミィ「待たせて…っく…ごめん……な……うぅっ……」

 レミィはしゃくり上げながら、何とか言葉を絞り出した。

 それで限界だった。

 声を上げて、レミィは泣いた。

 廃墟だらけの真っ暗な世界で、若草色の柔らかな光に照らし出される中、レミィの嗚咽は響き続ける。

 嗚咽は、迎えの回収部隊の到着に気付くまで続いた。

 それはさながら、緒戦の大敗を洗い流し、勝利を祝う恵みの甘雨のようであった。


第19話〜それは、響き渡る『涙の声』〜・了
1250.74 KB Speed:0.1   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)