【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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242 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2014/12/31(水) 22:36:00.56 ID:GHB5lTWGo
今回はここまでとなります。
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/03(土) 23:12:51.36 ID:v6clZYyk0
新年、明けまして乙ですた!
実家から帰ってすぐ読み始め、一気に読み終えました。
いやもぉ、クライノート大活躍、ヴァッフェントレーガーかっこエエ、そしてレミイ本懐成る!!と、畳み掛ける展開に圧倒された次第です。
そして茜の状況…ばら撒かれた情報は未だバラバラで、何処に真実が隠されているかは不明ですが、それでもM1という拠り所を見出せたのは一歩前進ですね。
ここからは正に”負けられない戦い”の連続になりますが、空達も、茜も、意志を曲げることなく突き進んで欲しいものです。
今年も彼女たちに、円環の女神と愛の悪魔、白い魔王と金色の雷神と夜天の主のご加護のあらん事を!
244 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/04(日) 16:27:28.17 ID:5+8MWQ1ho
あけましておめでとうございます。
お読み下さり、ありがとうございます。

>クライノート大活躍、ヴァッフェントレーガーかっこエエ
主役が駆る2号ロボの初登場と言う事もあり、雑魚相手ではありましたが無双させてみました。
ヴァッフェントレーガーはまんま「武器トレーラー」の独語で、クリスの使っていた頃のシュネー君部分に相当します。
今回は足を止めての防衛戦でしたので地上に降りて戦っていましたが、
高速移動時にはクライノートを上に載せて走る事も可能となっております。

>レミィ本懐成る!!
キツい展開が続いたので、さすがにここで“脳だけでしたー”とかはアウトかなぁと思いまして。
……いえ、最初は二人の姉妹の脳で右脳と左脳、助けた途端に過負荷で脳が崩れ、と考えていたのですが、
フェイが退場してキツいこの状況で、さすがにR○TYPEはやったらアカン、と今回のような運びに……。

>何処に真実が隠されているかは不明
推理物、と言うワケではないので今回までで出したヒントでお気付き頂けるかもしれません。
………本当に推理物だった場合、種明かしの直後、画面の向こうから石を投げつけられる可能性がある類のトリックですw
さらなるヒントを出すとなると“結果ではなく前提が間違っている”と言う感じですね。

>M1と言う拠り所
あの子がいないと基本的に狭い部屋に一人きりの軟禁状態ですからね。
喋る相手がいる、と言うのは大きな要素だと思います。

>“負けられない戦い”の連続
今後に控えた大きな節目としてはエール救出、茜&クレースト救出、さらにテロ撃滅ですからね。
加えて伍号やもう一つのハートビートエンジン、ユエの正体、月島の思惑などもありますので、
次回からもてんこ盛り気味に行きたいと思います。
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/24(土) 20:23:51.58 ID:gFA5K0BX0
HOーSYU
246 :BGMは途中からBeliever& ◆N9PMw4jTrbzo [saga]:2015/01/31(土) 21:41:03.18 ID:qaiAYrzso
保守ありがとうございます。
最新話を投下します。
247 :BGMは途中からBeliever& ◆N9PMw4jTrbzo [saga sage]:2015/01/31(土) 21:42:48.88 ID:qaiAYrzso
第20話〜それは、天舞い上がる『二人の翼』〜

―1―

 7月13日、金曜日、正午頃。
 第七フロート第三層、第十九街区跡地――


 今日も空達を含む政府側戦力とテロリスト達との激戦が繰り広げられていた。

 だが、その戦闘の様相はテロリストと開戦した五日前とも、
 作戦の始まった四日前ともかなり違っているようだ。

 兵站拠点を築くため、軍の工作部隊のギガンティックが結界魔法を施術された
 分厚い装甲板で防衛しているのは同じだが、決して防戦一方では無くなっていた。

レオン『紗樹! 右から二機来てるぞ!』

紗樹『了解です!』

 結界魔法の施術された遮蔽物の陰から大型のスナイパーライフルを覗かせたレオンの言葉に、
 大型シールドとミニガン型魔導機関砲を構えた紗樹の機体がそちらに向き直ると、一斉に魔力弾を放つ。

 ミニガン型魔導機関砲から放たれた無数の魔力弾が、
 レオン達の右方向から近寄って来るギガンティックに向けて殺到する。

 相手は401・ダインスレフ。

 最新鋭の高性能機とは言え、通常のギガンティックに過ぎないアメノハバキリでは相手にならない。

 避ける隙間も無いほどに放たれた魔力弾は、401の結界装甲に阻まれて霧散する……筈であった。

 本来なら避ける必要も無かった筈の魔力弾は401の結界装甲を徐々に侵食し、
 遂には401の全身に無数の穴を穿つ。

 全身を蜂の巣にされた二機の401は失速し、瓦礫の中に倒れ込んで爆散した。

紗樹『二丁上がりっ!』

 敵機の撃墜を確認した紗樹は得意げに言うと、次なる敵に備えて正面へと向き直る。

レオン『大分使い慣れて来たんじゃないか?』

 レオンも感心したように言いながら、遠距離からの攻撃を仕掛けようとする401の頭部と両腕を、
 長大なスナイパーライフルで撃ち抜いた。

 結界装甲を貫いた銃の威力もさることながら、
 遠距離の標的に対して正確に三点を射抜いたレオンの狙撃技術も大した物である。

 ともあれ、大した改修をされたようにも見えないアメノハバキリが、
 何故、こうも容易く結界装甲を貫く事が出来るのか?

 それはつい先日、合流した風華と共に届けられた、瑠璃華の新開発装備による物だった。

 特殊なコネクタを用いて各種武装とオリジナルギガンティックの装備を接続し、
 結界装甲を武装に延伸させる装備、その名もズバリ、フィールドエクステンダーである。

 このフィールドエクステンダーを搭載した装備を、
 レオンと紗樹はクライノートのゲルプヴォルケと接続していた。

 威力はオリジナルギガンティックの六割減と些か心許ない物だったが、
 それでも低出力の結界装甲しか持たないダインスレフを撃墜するにはそれで十分。

 特にブラッドラインの露出していない――結界装甲の薄い――部位を狙えば、
 結界装甲の貫通確率はほぼ十割……先日までとは比較にならないほどの戦力アップだ。

 数で言えば彼我の戦力差はまだ大きくテロリスト側に傾いてはいたが、
 敵が総力戦でも仕掛けて来ない限り、一気にコチラ側の体勢を崩されるような心配も無い。

 それによって、テロリスト達の本拠である旧山路技研への侵攻作戦も三面作戦へと転換していた。

 ギガンティック機関とロイヤルガードの連合直衛部隊を三班に分け、
 主力部隊に先行して左右から敵を迎撃しつつ、簡易拠点を築いて行く作戦だ。

 主力部隊防衛には高い機動性と新型故の性能の高さを活かしてレミィとヴィクセンが残り、
 風華を中心として瑠璃華と遼の攻撃一班、そして、空とレオンと紗樹の三人による攻撃二班と言う構成である。
248 :酉まで化けるorz  ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:44:06.40 ID:qaiAYrzso
 そして、この攻撃二班の主戦力であり小隊長でもある空はと言えば、
 レオンと紗樹が形成した防衛戦からかなり突出した位置で戦闘していた。

 ゲルプヴォルケを接続し、左右に分割したオレンジヴァンドを両肩に、
 ブラウレーゲンとヴァイオレットネーベルを両手に装備し、上空の敵機に対して対空戦を繰り広げている。

 敵は白亜の躯体に薄桃色の輝きを宿したオリジナルギガンティック……そう、エールだ。

 上空のエールが、周囲に浮遊しているプティエトワールとグランリュヌから連続砲撃を放つと、
 空は両肩のオレンジヴァンドから魔力障壁を発生させてこれを防ぐ。

 高火力のフル装備エールを相手に、頭上を取られると言う不利な戦況だったが、
 空は魔力障壁で何とかこれを凌ぎきっていた。

クライノート『空、今です!』

空「了解っ!」

 そして、攻撃のタイミングを見定めていたクライノートの合図で、
 空は既に起動済みのヴァイオレットネーベルから牽制の拡散魔導弾を発射する。

 対するエール……ドライバーのミッドナイト1も、
 プティエトワールの何機かを正面に集めて簡易魔力障壁を展開した。

 拡散魔導弾程度の威力の低い攻撃ならば、刹那に展開できる簡易な魔力障壁でも十分だ。

 しかし、いくら拡散攻撃と簡易障壁とは言え、ギガンティック級の出力である。

 両者が接触した瞬間に凄まじい干渉波が発生し、エールの簡易障壁を消し去った。

空「ここっ!」

 その直後、空はフルチャージのブラウレーゲンから魔力砲を放つ。

 だが、直撃弾ではなく、敢えてエールの機体周辺を掠める至近弾だ。

 結界装甲の影響を受けたクライノートの大威力砲撃と、
 エールの機体周囲の結界装甲本体が干渉し合って、エール側の結界装甲に一気に負荷がかかる。

M1「………ッ!?」

 それまでは無言のまま淡々と戦闘を続けていたミッドナイト1も、
 表示されたエーテルブラッドのコンディションに思わず目を見開く。

 だが、それでもミッドナイト1は冷静だった。

M1(一撃掠めただけでブラッドが二割以上削られた……。
   残り三割……あと一撃受けたら危ない……)

 そして、レーダーを一瞬だけ確認し、寮機の生存状況を確認する。

 401が四機、365が七機、自分を加えて十二機が出撃したが、
 401は全機撃墜、365も半数以上の五機が撃墜、或いは戦闘不能に陥っているようだった。

 残る二機の365も腕や頭部を失っており、撃破されるのも時間の問題だ。

 そして、戦況を確認してからの判断は早かった。

M1(寮機は残り二機……401は全て撃墜されている。長居は無用……)

 ミッドナイト1はそう結論を出すと、機体を反転させ、その場を脱した。

空「あっ!? ま、待って!?」

 対して、空は思わず構えを解き、外部スピーカーまで使って呼び止めてしまう。

 が、その要求は当然のように呑まれる事などなく、
 エールは背面に結集させたプティエトワールとグランリュヌで加速し、第一街区方面へと飛び去って行った。

 そして、部隊の最大戦力を失ったためか、残った365は早々に武装解除を始めた。

 最早、ここ数日はお決まりとなった光景である。
249 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:45:45.63 ID:qaiAYrzso
空「…………」

 だが、空はそんな光景には目もくれず、
 エールの飛び去って行った方角に、いつまでも哀しげな視線を向け続けていた。

クライノート『空、戦闘状況終了です。後退して下さい』

 そんな主を、クライノートが淡々と促す。

 今も愛機を奪われたままの空の気持ちも分からないでもないが、ここはまだ敵の勢力圏だ。

 次なる敵襲に備えて補給や整備もしなければならない。

空「……うん、分かったよ……」

 空もその事は十分に承知しているため、
 後ろ髪を引かれる思いで兵站拠点予定地の奥に停車しているハンガーへと向かった。


 軍の工作部隊所属のギガンティックが武装解除した365や、401の残骸などの回収を始めた頃、
 ハンガーにクライノートの固定を終えた空はハンガー脇の仮設テントへと入って行く。

レオン「よう、お疲れ」

空「レオンさん、お疲れ様です」

 後から追い付いて来たレオンに声をかけられ、空は笑みを浮かべて応える。

 だが、幾つもの心配事を抱えたままの、張り付いたような弱々しい笑みは、
 逆にレオンを心配させてしまったようだ。

レオン「まあ……、色々と心配な事もあらぁな」

 レオンは軽く肩を竦めて短い溜息を吐いた後、どこか笑い飛ばすようにそう言うと
 “溜め込み過ぎんなよ”と付け加え、テントの奥へと入って行った。

 退っ引きならない所まで追い詰められている、と言うワケでもない空は、
 それがレオンなりの不器用な気遣いだとすぐ気付く。

 レオンも幼い頃から付き合いのある茜が囚われの身なのだ。

 事、茜の身を憂う気持ちの比重で言えば、自分とレオンのそれとでは比べようも無いだろう。

空(仮にも小隊長を任せられているんだから、もっとしっかりしないと……)

 空はそう思い直すと、両の頬を軽く叩いて気を引き締める。

 そして、テント内に設けられたパーテーションで区切られた二畳ほどの個人スペースへと入って行く。

 以前は無かった物だが、任務が長期になった事と、ともすれば指揮車輌にある私室まで戻っている余裕も無かろうと、
 真実の父であり、軍の現場責任者である瀧川が気を回して準備してくれた物だった。

 パーテーションは薄かったが、しっかりと防音処理と強度強化の結界が施術されている事もあって、
 隣の部屋の気配は感じられないので、身体を休めるだけならば十分な設備だ。

 空は室内に準備してあったジャケットを羽織ると、座面と背もたれにクッションの付いた椅子に座り込む。

空<……今回は良い線行っていたと思ったけど……クライノートはどう思う?>

 前述の通り防音処理の施されているパーテーションだが、
 万が一の事を考え、空は思念通話でクライノートに問いかけた。

クライノート<………結界装甲に過負荷をかけてブラッドの摩耗と魔力切れを狙うと言う作戦は、
       可能な限り無傷でエールを奪還するのには妙案と言えましたが、
       ああも撤退判断が早いとなると最善策とは言えないかもしれません>

 ややあってから答えたクライノートは、さらに続ける。

クライノート<接近戦でエールを確保し、機動力を奪ってから魔力切れで行動不能に追い込む事が、
       最も成功確率の高い方法であると提案します>

空<接近戦、か……>

 クライノートからの提案に、空は困惑の入り交じった声音で返した。
250 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:46:44.48 ID:qaiAYrzso
クライノート<しかし、そのためには地上に引きずり下ろす必要があります。

       空中での機動性はエールが全面的に上である以上、
       先ずはエールの空中での機動力を奪うのが先決でしょう>

 クライノートはさらにそう言うと、空の視界に一つの図面を提示する。

 それはフル装備となったエールを、ワイヤーフレームで描いた精巧な三次元モデルだ。

クライノート<現状、エールの飛行はプティエトワールとグランリュヌで行われています。
       これは背面部のウイング状スラスターが展開していない事からも明白です>

 クライノートが説明を始めると、該当する部位が見易い位置取りに変更される。

空(これ……翼だったんだ……)

 クライノートの説明を聞きながら、空は初めて聞かされた情報に僅かに戸惑う。

 エールの肩には、付け根から斜め下方に向けて突き出たパーツが存在する。

 オプションブースターやフレキシブルブースターとは干渉しない構造で、
 非常時に慣性姿勢制御を行うためのスタビライザーだと聞かされていた。

 そのスタビライザーにしても、必要な場面ではより信頼性の高いフレキシブルブースターや
 シールドスタビライザーに頼っていたので、使う機会には遭遇していない。

 まさか、それが翼……彼の名を顕す物だとは思いも寄らなかった。

 と言うよりも、そもそも翼は外付けのオプションの類で、
 エール自身のトラウマを起因として接続不可能になっていた物だと思い込んでいた節すらある。

 エールはオリジナルドライバーである結の死により声と飛ぶ力を失い、
 新たな主を設けずに長い年月を過ごす内にテロ騒動で武器を失い、
 元からあった多数のオプション装備を取っ替え引っ替えで騙し騙し動かし、
 ヴィクセンやアルバトロス完成後は合体状態で特化運用していたのが、つい数日前までの実状だった。

 だが、エールは本来、オプション無しでも空戦と砲戦を両立可能な“完成された”機体だったのだ。

 であるなら、空戦の象徴……翼は、外付けのオプションなどではなく、
 機体そのものに備わっていると考えた方が自然だろう。

 ともあれ、クライノートの説明は続く。

クライノート<ですので、プティエトワールとグランリュヌを魔力切れによる停止に追い込み、
       陸戦を余儀なくする方法が、接近戦に持ち込む最適解と思われます>

 どこか自信ありげに言い切ったクライノートに、空も納得したように頷いた。

 彼女が最適解と言った事に空が異論を出さないのは、エールの空戦能力を奪うだけでなく、
 あくまで魔力切れによる装備の機能停止が前提だったからだ。

空<けれど、魔力切れ狙いなら今回もやったよね? 今回の方法とは違うの?>

 しかし、それでも疑問に思う所はあるのか、空は怪訝そうに尋ねた。

クライノート<無論です。今回はあくまで結界装甲を削り、エーテルブラッドを損耗させる事を主眼としましたが、
       次に狙うのは、二つの装備の魔力切れです>

 クライノートが淡々と答えると、それに合わせて図面に描かれた全てのフローティング装備にバツ印が重なる。

 エーテルブラッドの損耗と装備の魔力切れは、似ているようで異なる物。

 と言うのも、基本的に“装備の魔力切れ”と言うのは、
 プティエトワールやグランリュヌのようなフローティング装備に限られるからだ。

 クライノートの場合はゲルプヴォルケや投擲後のグリューンゲヴィッターにも言える事だが、
 母機から切り離された装備は本体の魔力コンデンサ――要はバッテリーだ――内に溜め込まれた魔力で稼働している。

 如何に内部をエーテルブラッドが循環していても、魔力が無ければ操作は不可能になってしまう。

 ちなみに、バッテリーの魔力は母機との接続で回復する事も可能だ。

 だが、それだけに――

空<でも、十六個もあるのに、そんなに都合良く魔力切れに追い込めるのかな?>

 ――空の疑問も納得だった。
251 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:47:14.69 ID:qaiAYrzso
クライノート<あなたならば可能です>

 だが、即答したクライノートの言葉は淡々としながらも、その声は強い自身と信頼に満ちていた。

 そうまで信用してくれるのは有り難くも照れ臭くもあり、
 空は思わず照れたような苦笑いを浮かべて“あ、ありがとう”と躊躇いがちに呟いたが、すぐに頭を振って気を取り直す。

空<確かに、私の魔力は無制限だけど、対人戦ならともかく、
  魔力の増幅や出力に限界のあるギガンティック同士じゃあまり意味が無いよ……>

 気を取り直した空は恐縮半分、残念半分と行った風に返した。

 まさかハッチを開けて直接射撃するワケにもいくまいし、
 ギガンティック同士の戦闘で十万そこそこの魔力砲撃は目立って強力な物ではない。

 それでも、量産型ギガンティック相手に足止めくらいは出来るかもしれないが……。

クライノート<確かに、あなたの魔力量は驚嘆に値しますが、
       私が言っているのは魔力の量ではなく、質の話です>

空「……質?」

 クライノートの言葉に、空は思わずその疑問を口にしていた。

クライノート<今のあなたは魔力覚醒により閃光変換以外の属性変換が不可能となっているのは分かっていますね?>

空<う、うん……>

 クライノートの問いかけられて、空は困惑しながらも頷く。

クライノート<マギアリヒトを媒介に回復できる魔力と、閃光変換のみの属性変換……
       あなたは既に、アルク・アン・シエルを使える条件を満たしています>

空<アルク・アン……シエル!?>

 そして、彼女から告げられた言葉を、空は驚愕の思いを込めて反芻した。

 アルク・アン・シエル。

 歴史上でただ一人、結・フィッツジェラルド・譲羽だけが用いた伝説の極大砲撃魔法。

 無限の魔力を用いた魔導師ならば、他にグンナー・フォーゲルクロウもいた。

 だが、彼は晩年に手に入れたその強大な魔力を、純粋に攻撃力や推進力としてだけ用いたため、
 結のような魔力特性を十全に活かした魔法は編み出さなかったのだ。

 そして、このアルク・アン・シエルの最大の特徴は“防御不可”である点に尽きる。

 乱反射による威力の減退、屈折による射軸の偏向、高機動による回避と行った次善の策は存在するが、
 五秒間の砲撃直後に僅かな硬直が生じる弱点がある物の、ほぼ無制限に乱射可能な閃光魔力砲撃は、
 その波長を絶えず変える事で閃光変換された魔力の最大の天敵である反射障壁や反射結界を、
 反射された魔力と後発の魔力の干渉波によって削り崩す、言葉通りの“防御不可魔法”なのだ。

 アルフの元で戦闘訓練を受けていた際、
 座学で“撃たれたらどう対処すべきか”と言うテーマの論文を書かされた事もある。

 それに、最近読むようになった高等魔法戦訓練の手引き書でも、
 代表的な対処の難しい魔法として取り上げられていた。

 要は“教科書に載る魔法”と言う事だが、それを使える条件を自分が満たしているとなると、
 その他の感想よりも驚きが大きく勝る。

クライノート<おそらく、明日美の考えていた訓練の第四段階もアルク・アン・シエルに関する事でしょう>

 クライノートは淡々と言ってから“あなたに期待している、あの子らしい考えです”と付け加えた。
252 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:47:55.79 ID:qaiAYrzso
空「………」

 対して空は、“期待している”と言う言葉を聞かされて思わず押し黙ってしまう。

 明日美の自分に対する気遣いと言うか、強い期待感には気付いていた。

 だが、まさか亡き母親だけが使えた大魔法まで、自分に授けようとしていたとは思わなかった。

 生ける伝説であり、いつも自分の事を気に掛けてくれている明日美に期待されるのは嬉しい、
 それに加えて、畏れ多いと言うか、恐縮する気持ちもある。

 だが、ここまで大きな期待を掛けられているとなると、
 嬉しいとか、恐縮とか、そう言う域を通り越してただただ困惑するばかりだ。

空(私……結局、どこの誰だかも分からないのに……)

 空は押し黙ったまま、不意にそんな事を思う。

 自分は朝霧空で、自分の姉は朝霧海晴で、自分と姉は本当の姉妹だと胸を張って言える。

 だが、それと自分の出自が不明なのは別の問題だ。

 空自身、高名な人間や家柄に対して、庶民感覚で言える程度にはミーハーである事は自覚している。

 それだけに、自身の不明な出自がある種のコンプレックスとなっていた。

 繰り言のようだが、自分を拾って育ててくれた姉への恩義や親愛と自分の出自に対する悩みとは別の問題だ。

 しかし、空の沈黙から彼女の想いを察したのか、クライノートが口を開く。

クライノート<何にせよ、それだけ明日美はあなたを買っていると言う事です>

空<………うん…>

 空はクライノートの言葉に、どこかまだ釈然としない様子で頷いた。

 クライノートにもそれは分かったようで、彼女は押し黙ったように暫く考え込むと、ややあってから再び口を開く。

クライノート<では、もっと短期的に考えてみるのはどうでしょう?>

空<短期的、に?>

 自分の提案に空が困惑気味に返すと、クライノートはさらに続ける。

クライノート<明日美は、貴女ならエールを必ず取り戻せる。そう信じてくれている、と>

空<私なら……エールを?>

 空は困惑とも驚きとも取れる声音でその言葉を反芻した。

クライノート<はい……。
       私のような扱いづらいギガンティックがこのように言うのも憚られますが、
       貴女は結を失ったエールが、新たな主として相応しいと選んだ最初の方です>

空「エールが……私を選んだ」

 クライノートの言葉を聞きながら、その事実を口にすると、不意に一年三ヶ月前の記憶が甦る。

 イマジンに姉を殺され、激昂し、力を求めた時、エールは応えてくれた。

 それが“主として相応しいと選んだ”と言う事なのだろうか?

 いや、それ以前に“主として相応しいと選んだ”からこそ、力を求めた時に応えてくれたのだろうか?

 当人の居ない場では、その問答に応えてくれる者はいない。

 だが、どちらにせよ選んでくれた事には変わりない。
253 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:48:28.58 ID:qaiAYrzso
クライノート<今はただ、結と同じ魔力を扱う者が現れ、迷っているだけでしょう>

 淡々と語るクライノートだが、微かに熱を帯びたような声音には、エールに対する言外の信頼が感じられた。

 そして、さらに続ける。

クライノート<あなたと結の魔力は極めて近い波長を持っていますが、厳密に言えば似て非なる物です。

       それでもエールがあなたを主に選んだのは、魔力を通してあなたに感じ入る物……
       共感する物があったからでしょう>

空<共感する物?>

 空が怪訝そうに聞き返すと、クライノートは頷くように“はい”と言って、さらに付け加えた。

クライノート<私は……そこまで拘る性分では無いと自認しているのですが、
       それでも言われるほど“誰でもいい”と感じているワケではありません。

       イマジンや今回のテロリストのように、人に害なす存在と戦う意志があり、
       戦うに足るだけの大きな魔力の持ち主ならば主として認めます。

       ですが、逆を言えばその二つの条件が揃わない人物には力を貸す事は出来ません。
       加えて……いえ、あまり自分の事ばかり語るのもいけませんね……>

 朗々と説明を続けていたクライノートは、そう言って咳払いをする。

 口ぶりや抑えられた抑揚から、空は彼女を淡泊な性格だと思っていたが、意外にそうでない部分もあるようだ。

 そして、クライノートは“ともあれ”と気を取り直して続ける。

クライノート<エールとは長く言葉を交わしていませんし、彼が主に望むものが何であるかも分かりません。
       ですが、あなたはエールが望むものを持っているのではないでしょうか?>

空<エールが望むもの……>

 クライノートから聞かされた言葉を繰り返し、空は記憶を手繰った。

 思い当たるような節と言えば……。

空「……あ」

 ごく最近……と言うには少し古いかもしれないが、半年前の事を思い出して、空は思わず声を漏らした。

 イマジンの連続出現事件の最終決戦から五日後、部隊に復帰した時の事だ。

 それまで一度たりとも動かなかったエール型ドローンが……
 ギア本体を介してギガンティック達のAIが動かす事の出来る瑠璃華謹製のドローンが、
 初めて動き、自分の傍らに座ってくれた。

 あの頃の自分と、それよりも以前の自分とで変わった事と言えば……。

空(……誰かの力になりたい)

 確信を込めて、心の中でそれを反芻する。

 何度でも繰り返す、自分の信念。

空<愛する人を守ろうとする、誰かの思いを守る盾……。
  愛する人のために戦おうとする、思う誰かの思いを貫く矛……。
  愛する人を守りたい、誰かの願いを叶えるギガンティックのドライバー……>

 改めて、決意表明でもするように、その言葉を思念通話で口にする。

 それは亡き姉が注いでくれた愛を返して行く方法の一つだったが、今では空の胸に根付いた戦う決意の一つだ。

 でなければ、フェイを殺したテロの行いに対して憎悪以外の感情……義憤など湧きようがない。

クライノート<……仮の主、と言う贔屓目を除いても、高潔で良い信条だと感じます>

 クライノートは満足げに返す。

 空は彼女の声音から、満足そうに幾度となく頷いている様子を思い浮かべる。

クライノート<エールが主に望む物も、恐らくソレでしょうね……>

 そして、クライノートがそう付け加えると、空は再びあの日の事を思い返す。
254 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:49:07.20 ID:qaiAYrzso
 気がつけば、いつの間にか傍にいたエール。

 それからと言うもの、彼は気がつけば傍にいてくれた。

 真実達と会う約束をしていた事を告げると、寂しそうな――少なくとも空自身はそう感じた――雰囲気を漂わせ、
 夜には帰って来ると言い聞かせて額を触れ合わせると、恥ずかしそうに走り出しもした。

 エールにドライバーとして選ばれ……その事実を知ってから一年と三ヶ月。

 エールが動くようになり触れ合えた時間はその内の七ヶ月間ほどだったが、
 彼にも心があるのだと感じられるには十分な時間だったと思う。

 だからこそ、彼があの少女に連れ去られた事……自分とのリンクが途切れた事がショックだったのだ。

クライノート<……何にせよ、エールとの魔力リンクを取り戻す事が出来れば、
       戦闘する事なく彼を救う事は出来るかもしれません>

空<エールとの、魔力リンクを?>

 思案げに呟いたクライノートの言葉を、空は困惑気味に反芻した。

クライノート<魔力リンクを失えばオリジナルギガンティックは動作不能になる……。
       相手がこちらにして来た事と同じです>

 クライノートはそう答えると、さらに続ける。

クライノート<適格者以外ではコントロールスフィアに搭乗しても動かす事は不可能です。

       現状、私も空の魔力とリンクしていますので、
       空以外のドライバーが搭乗しても動かす事は不可能となっています>

 クライノートの解説に、空は五日前の戦いを思い出して成る程と頷いた。

クライノート<しかし、成功すれば殆ど無傷でエールを救い出す事が出来る手段ではありますが、
       空からエールのリンクを奪った相手が搭乗している以上、確実に成功すると言うワケでもありません。

       現状、先ほど提案させていただいた戦法を突き詰めるのが最良かと思います>

空<……そうだね>

 クライノートからの提案に、空は僅かな間を置いてから頷いて応える。

 相手のドライバーが結の魔力と一致するあの少女である以上、
 エールとの魔力リンクを取り戻す事は殆ど不可能と言っていい。

 エールの本来のドライバーとして悔しい限りだが、クライノートの言う通り、
 エール本体を取り戻す事を目的に動いた方がいいだろう。

 だが、それはエールを……仲間を物扱いしている事にならないだろうか?

 そんな疑問と共に、ある思いが胸を過ぎる。

空(でも、それって本当にエールを助けた事に……ううん、エールが“戻って来てくれた”事になるのかな……?)

 エールの意志を無視して奪い返すような手段だが、これしか確実な方法が無いのも事実だ。

 空は頭を振ってその疑問を胸の奥に押し込めると、今はただ、
 エールを取り戻すための作戦を詰めるべく、クライノートとの作戦会議に集中する事にした。
255 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:49:39.97 ID:qaiAYrzso
―2―

 戦闘終了から一時間後。
 旧山路技研、ユエの研究室――


ユエ「ふむ……」

 椅子の上で足を組んだユエは、ミッドナイト1が持ち帰ったデータを確認しながら、
 あまり感情の篭もらない表情で小さく頷いた。

ユエ「思ったほどいいデータは取れていないな……」

M1「申し訳ありません、マスター」

 口ぶりだけ残念そうに呟いたユエに、ミッドナイト1は淡々としながらも気落ちした様子で返す。

 ユエの言葉を自身の不甲斐なさと取ったのだろう。

 だが、ユエは別段、ミッドナイト1を責めるつもりはなかった。

 しかし、それと同時に彼女をフォローするつもりも無いので、敢えてその言葉を訂正する事もない。

M1「…………」

 ミッドナイト1は目を伏せ、哀しそうな表情を浮かべる。

 自身の存在価値を道具として見出している少女にとって、ユエの無言は叱責に等しい物だった。

 だが、決して不平不満の表情は浮かべず、嘆きの吐息すら漏らす事なく、微動だにしない。

 やっと巡って来た“生きる意味”なのだ。

 物心つくずっと以前から、エールとリンクするためだけに育てられて来た。

 時が来ればエールのドライバーから魔力リンクを奪い、エールをその手中にする事。

 そして、手に入れたエールで主の望むままのデータを手に入れる事。

 主の目的のためだけに動く道具。

 それがミッドナイト1の存在理由であり、彼女に許された生存理由だった。

 しかし、それが十全に果たされていないのは、ユエの言葉や態度からも明らかだ。

 一方、自身の被造物が抱えた不安など気にした様子もなく、ユエはデータの確認を続ける。

ユエ(各部駆動系は以前に比べれば良い数字を出しているが、
   カタログスペック……いや改修前の001よりも低いまま、か……)

 ユエは列挙されたデータを一つ一つ確認しながら、僅かな呆れの入り交じった表情を浮かべた。

 ミッドナイト1自身の魔力は、オリジナルドライバーである結・フィッツジェラルド・譲羽とは差違がある。

 あくまで、旧技研で所有していたコンデンサ内にサンプルとして残されていた多量の魔力を、
 ミッドナイト1に同調させて使わせているに過ぎない。

 ギガンティック機関側で喩えるなら、マリアとクァンの関係に近かった。

 カーネルとプレリーに選ばれたマリアだが、その魔力量は低く、エンジンの起動魔力係数には及ばない。

 そこで、大容量の魔力を持つクァンがマリアと完全同調する事でその問題を解決しているのだ。

 要はミッドナイト1の場合は結の魔力に同調する事で、
 結自身が魔力を振るっているようにエールに誤認させているのである。

 その誤認と言うのが起動の鍵であると同時に厄介なようで、
 誤認している事に気付いた直後からエールの駆動効率は目に見えて落ち込んでいた。
256 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:50:15.40 ID:qaiAYrzso
ユエ(さすがに朝霧空の使っていた頃に比べれば上だが、徐々にその数値に近付きつつあるな……)

 エールの駆動系の重さは、エールが沈黙している事が最大の原因だ。

 ドライバーとギガンティックで相互コミュニケーションが取れないため、
 間に別のギアを噛ませて通訳のような役割を持たせる必要がある。

 その通訳に生じるタイムラグが、そのまま駆動の重さとなってしまうのだ。

 誤認させた事でそのタイムラグは大幅に縮まっていた筈なのだが、
 戦闘を重ねるにつれて再び元の数値に向けてタイムラグが広がり始めていた。

ユエ(やはり、結・フィッツジェラルド・譲羽以外の人間にはフルスペックでの稼働は不可能、と言う事か……。
   まあ、それでも七割程度の性能のデータは取れたから良しとすべきか……)

 ユエは不承不承と言いたそうな気怠げな雰囲気で溜息を洩らす。

 すると、傍らでミッドナイト1がビクリ、と身体を竦ませた。

ユエ「まだそこにいたのか?」

M1「……はい」

 ユエが棒立ちのまま居竦むミッドナイト1を横目で一瞥し、微かな呆れを含ませた口調で呟くと、
 ミッドナイト1も僅かな間を置いて応える。

 その“間”は、彼女なりに恐怖や不安を振り払うための時間であった。

 造物主からの呆れの言葉は、それだけ彼女に大きな負担を強いる物だったのだ。

 にも関わらず、ユエは再び彼女を横目で一瞥すると、簡潔に“下がれ”とだけ言い捨てる。

 ミッドナイト1は今度こそ目に見えて分かるほど大きく身体を震わせると、無言のまま一礼し、その場を辞した。

 ユエはミッドナイト1が奥の部屋へと立ち去って行く姿を横目で見届けると、再びデータに集中する。

ユエ(GXI−002と003の操作が出来るように調整したとは言え、
   オリジナルと魔力同調できるだけのミッドナイト1では性能を引き出す事は出来ないか……)

 表示されていたデータの各数値を確認し終えたユエは、そんな事を考えながら深いため息を漏らす。

 落ち始めた稼働効率。

 発揮されない本来の性能。

 観測を続けるだけ無駄と判断するにも、そろそろ早計とも言い難い。

ユエ(可能なら203の稼働データも手に入れたかったが、
   三十九号が結界装甲の対策を立てた以上、この低い稼働効率のままでは奪取は難しいな。

   ……201と202の稼働データ、それに203の観測データが手に入っただけでも良しとしよう……)

 ユエはモニターから視線を外すと、離れた場所にあるモニターに目を遣る。

 それはホンの私室にある監視映像に映される、ギアで作り出した欺瞞映像だ。

 この研究室の片隅に置かれた調整カプセルの中に茜が押し込められ、
 精神操作を受けて苦悶の表情を浮かべ続けている、と言った内容である。

 だが、実際には茜は隣室の一角で今も軟禁状態だ。

 無論、調整カプセルの中にも人などいない。

 ユエの研究室に出入り出来るのはユエ本人以外では、
 ミッドナイト1と事情を深く知っている数人の研究者、それにホンだけだ。

 この中で唯一事情を知らないホンは、生来の臆病さでシェルターから出て来ず、この部屋の実状を知る事はない。

 と、不意に小さな電子音と共に、音声のみの通信端末が開かれる。

女性『博士、陛下がお呼びです、至急、謁見の間までお越し下さい』

 女性の声が通信端末から響き、早口で用件だけを伝えるなり、一方的に回線が切られた。

 通信ログを確認すると、件のシェルターからの通信だったようだ。

 女性もホンの世話役の一人だろう。

 妙に慌てた様子だったので、おそらくはホンから急かされているに違いない。
257 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:50:50.17 ID:qaiAYrzso
ユエ「……やれやれ、また催促か……」

 この五日間……いや、三日間で三度目となる呼び出しに、ユエは嘆息混じりに呟いて立ち上がる。

 そして、端末をロックすると、やれやれと言いたげに肩を竦めながら研究室の外に出た。

ユエ(時間稼ぎもそろそろ潮時だな……。
   政府側の勢力がここに押し寄せるまで長く見積もってあと四日……。

   残る401はあと四十足らず。
   ここの防衛に最低でも二十は割くとしたら、出撃できる回数はあと三度と言った所か)

 ユエは謁見の間に向けて歩きながら、現状と今後の予測を絡めて思案する。

 最新鋭の量産型すら圧倒する結界装甲を備えたダインスレフだが、
 要の結界装甲と言うハンデを失えばそこそこ高性能の急造量産機でしかない。

 それでも370シリーズを上回る性能を持っていると自負できるが、
 如何せん、整備は機械任せの部分が多く、整備士は一部を除いて寄せ集めだ。

 十五年と言う蓄積はあれど、それでも整備のイロハを一から学び、
 現場で鍛え上げた政府側に比べれば水準は著しく下がる感は否めない。

 ドライバーも同様だ。

 正規の訓練を受けたドライバーと民兵では大きな差が出る。

 所詮、“ホンの不興を買えば殺される”と言う恐怖で縛り付けられた烏合の衆だ。

 現体制の革命を目指しながらも、自分達の体制を革命する気概の無い者達の集まりに、
 その恐怖支配から脱する手立ては無い。

 元より、この組織は人材も物資も追い詰められ過ぎて、内乱ともなれば自然消滅を免れないので、
 革命を起こさない分は知恵があるとも言えるが……。

ユエ(まあ、革命そのものに興味の無い人間が批評するのは烏滸がましいがな……)

 そこまで考えた所で、ユエは内心で自嘲気味に独りごちた。

 そして、さらに思案を続ける。

 話を戻すが、如何に高性能の機体でも、扱う者達が二流以下ではその総合的な戦力はお察し、と言う所だ。

 緒戦こそは未知の性能を活かして敵を圧倒できたかもしれないが、
 敵に対策を取られてしまえば一挙に戦線が瓦解するのも予想できていた。

 強いて予測不可能だった物と言えば、瑠璃華の立てた対策がダインスレフにとって覿面だった事だろうか?

 正直、結界装甲を延伸させる発想はユエには無かった。

 逆に嬉しい誤算は、可能ならばと予定していたエールかクレーストの鹵獲がどちらとも成功し、
 加えてヴィクセンとアルバトロスを大破、或いは撃破に追い遣った事だ。

 ただ、そのお陰でクライノートと言う隠し球を引っ張り出される結果となったが、
 データだけを欲しているユエに取って見ればこれも嬉しい誤算だったが、前線の兵士にとってはそうではない。

 想定もしていなかった――誰もヴァッフェントレーガーを短期間で使いこなせるようになるとは思っていなかった――
 クライノートとの戦闘を強いられるのだから、たまったものではないだろう。

 加えてオリジナルハートビートエンジンを搭載した新型ヴィクセンの投入だ。

 嬉しい誤算も多かったが、マイナス要素の大きな誤算も多い。

ユエ(まあ、それでも最長の予想で十日……保った方だと考えるべきか。

   だが401のデータは十分に取れた、402も最後まで十分な働きをした。
   あとは403と404のデータを取れさえすれば十分だ)

 取り敢えずの結論を出したユエは、口元に不敵な笑みを浮かべる。

 彼にとって重要なのはそれだけだ。

ユエ(………とりあえず、今はアレを納得させる口上でも考えておくか)

 そして、謁見の間まで続く僅かな道のりの暇つぶしをしながら、ユエはゆっくりと歩を進め続けた。
258 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:51:30.39 ID:qaiAYrzso
 一方、研究室奥の部屋では――


 ユエに冷たくあしらわれたミッドナイト1は、気落ちした様子で佇んでいた。

 主人から“下がれ”と言われたから下がったが、
 だからと言って何かするべき事は無いし、したいと思う事も無い。

 ただただ、時間が過ぎるのに任せて立ち尽くすだけだ。

 だが――

?「落ち込んでいるようだが、大丈夫か?」

 不意に声をかけられ、ミッドナイト1はそちらに振り向く。

 茜だ。

 どうやら軽い鍛錬をしていたようで、肌にうっすらと浮かんだ汗を支給されたタオルで拭っている。

 茜は二日前の時点で、使用許可の出ていた端末で調べられる情報は全て調べ終えてしまったのだ。

 そのため、今はいつまで続くか分からない軟禁生活で身体が鈍らないように、
 狭い室内でも出来るストレッチや筋力トレーニングなどを中心に鍛錬を始めていた。

M1「………」

 そして、茜に声をかけられたミッドナイト1は、どう応えて良いか分からず黙り込んでしまう。

 茜も件の端末で出撃があったのは知っていたし、
 ミッドナイト1の様子からすれば良い戦果を上げられなかったのは明白だ。

M1「………落ち込んでいません。
   ……メンタルの低下は戦闘時のコンディションに大きく影響しますから」

 だが、ミッドナイト1はすぐにいつも通りの無表情で、淡々と機械的に語った。

茜「むぅ……」

 どこか強情な様子のミッドナイト1に、茜は小さく唸る。

 茜は、ミッドナイト1が道具扱いされている事を不憫に思っていたが、
 彼女にしてみれば道具としての矜持があるようだ。

 下手な慰めは逆効果になる。

 かと言って“頑張れ”とは言い難い。

 彼女が戦っているのは自分の仲間達なのだ。

 幸いにも、緒戦以降は目立った被害は無いようだが、ここで彼女に奮起されても困ってしまう。

 だが、フォローはしたい。

 茜がこうも彼女に入れ込むのは、彼女の境遇を思ってもあったが、既に情が移ってしまっているからだろう。

茜(あまり褒められた状態ではないな……)

 茜は内心で苦笑いを浮かべながらも、軽く息を吐いて気持ちを整えると、意を決して口を開いた。

茜「昼食がまだなら、一緒に食べるか?」

M1「…………ご要望でしたら」

 茜の昼食の誘いに、ミッドナイト1は僅かに逡巡してから応える。

 茜もそれに“ああ、一緒に食べたいんだ”と笑顔で返す。

 すると、ミッドナイト1は会釈程度に一礼してその場を辞すと、
 ややあってから二人分の昼食を載せたトレーを持って来た。

 そして、二人は普段からそうしているように、ベッドに並んで腰を降ろし少し遅めの昼食を摂る事となった。

 どうやら今日の昼食はロールパンが二つとドライカレー、それに牛乳の取り合わせのようだ。

茜(やはりプラントで賄える範囲の食事だな)
259 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:52:27.58 ID:qaiAYrzso
 茜はロールパンを食べやすいサイズに千切ると、ドライカレーを付けて食べる。

 隣ではミッドナイト1も同様にしてロールパンとドライカレーを食べており、
 一口食べるごとに牛乳を一口と言う、やはりほぼいつも通りの食べ方をしていた。

 だが、パンに付けるカレーの量が少ないように感じる。

茜(カレーは嫌いなのか?)

 茜がそんな疑問を浮かべていると、
 パンを食べ終えたミッドナイト1は最後に残ったカレーだけを食べ始めた。

 スプーンを口元に運ぶ様には一切の淀みはなく、決して嫌いな食べ物と言うワケでもないようだ。

茜(……逆だったか)

 普段通りに“バランス良く食べながらも好物は最後に残す”ミッドナイト1の、
 おそらくは無意識の癖を見ながら思わず微笑ましそうに笑みを浮かべた。

M1「………何か御用ですか?」

 と、不意に茜の視線に気付いたミッドナイト1は、食べる手を止めて茜に向き直る。

茜「あ、いや、すまない。
  今日はいつになく美味しそうに食べていたからな」

M1「美味しそう……ですか?」

 茜が笑み混じりに返すと、ミッドナイト1はあまり表情を崩さぬまま怪訝そうに首を傾げた。

 そして、視線をドライカレーに移す。

M1「………この食べ物の味は……好ましいです」

茜「そうか、ドライカレー……いや、カレーが好きなのか?」

 抑揚は少ないがどこか感慨深く呟いたミッドナイト1に、茜は不意に尋ね返す。

 食事中の会話としては何気ない質問の一つ。

 だが、ミッドナイト1から返って来た言葉は驚くべき物だった。

M1「カレー……と言うのですか? この食べ物は」
260 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:52:56.39 ID:qaiAYrzso
茜「ッ!?」

 ミッドナイト1から発せられた信じられない言葉に、
 茜は思わず息を飲んだものの、だがすぐに納得する。

 そう、この幼い少女はギガンティックのドライバーとしてだけ育てられた。

 今の自分のような食事中に会話をする相手もいなければ、
 戦闘や最低限の生活方法以外の事を教えてくれる人間もいなかったのだ。

 このような暖かい食事を与えられているだけでも奇跡だったのかもしれない。

 そして、彼女を助けたいと思いながらも、
 その事実に行き当たる今の今まで気付いていなかった自分を、茜は恥じた。

茜「………ああ、そうだ、これはカレーと言ってな、
  その中でもドライカレーと言う種類の食べ物……料理なんだ」

 茜は僅かに押し黙ると、すぐに気を取り直し笑顔で応える。

M1「これは……ドライカレー」

茜「他にも何か名前の気になる料理は無いのか?」

 ドライカレーの器をまじまじと見ながら呟くミッドナイト1に、茜は質問を促す。

M1「……四日前の朝に食べた、液体状の黄色い食べ物は何ですか?」

茜「四日前……?
  ああ、あれはコーンスープだな」

 やや戸惑ったもののそれでも気になったのか、尋ねて来たミッドナイト1に茜は思い出すようにして答えた。

 今まで知らなかった物を教えてやると、少女はやはり抑揚は少なかったものの、
 だがそれでも感慨深くそれらの名前を反芻する。

 その様子を見ながら、茜は思う。

茜(……そうだ、この子は道具なんかじゃない……。
  疑問だって持てば、限られた生活の中で好む物だって生まれる普通の子供だ。

  いつまでこうしていられるか分からないが、
  少しでもこの子が人間らしくあれるようにしなければ……)

 茜は以前にも思った決意を、さらに新たに、そして強くしていた。

 そこにはもう、彼女を抱き込もうなどと言う打算は微塵にもなく、
 ただただ、彼女を普通の人間として扱いたいと願う、慈しみと義憤だけがあった。


 その日の午後、茜はミッドナイト1の質問や疑問に答える事に時間を費やしたのだった。
261 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:53:25.84 ID:qaiAYrzso
―3―

 翌日、早朝。
 第七フロート第三層、十九街区――


 簡易兵站拠点の設営と周辺の構内リニアの遮断を終えた空達は、
 昨夜の内に次なる目的地である第十三街区に向けて出発する準備を整え、今は出発の時を待つ身だ。

 設営の終わった兵站拠点と、次の予定地までの道のりの間、
 空を含めた全てのギガンティックのドライバーはコックピットで待機するのが常となっており、
 空もまたクライノートのコントロールスフィア内で待機しつつ、何処かと通信を行っていた。

 空は早朝のブリーフィングが終わるなり、ギガンティック機関本部の明日美とコンタクトを取っていたのだ。

空「………と、言う事なんですが。試してみてもいいでしょうか?」

明日美『ふむ……』

 昨夜までに考えたエール救出プランの一通りを伝えた空がその内容の是非に関して問うと、
 明日美は考え込むように唸る。

明日美『……いいでしょう』

 そして、数秒だけ考えた明日美は、異論無しと言いたげな声で許可を出した。

 あまりにアッサリと許可が出た事に、空は逆に驚いた様な表情を浮かべる。

空「あの……本当にいいんでしょうか? リスクもかなり高くなりますし」

明日美『そのリスクを承知の上で……いえ、リスクを冒してでも実行すべき価値を見出した上の案でしょう。
    ドライバーとギガンティックの関係に関しては、私や上層部の判断よりもあなた達の直感を信じます』

 戸惑い気味に尋ねた空に、明日美は動じた様子もなく返した。

 自分達――おそらくはレミィや風華達も含むのだろう――の直感を信じるだけでなく、
 明日美自身の判断としても実行すべし、と言う事なのだろう。

空(ほ、本当にいいのかな?)

 自分の考えたプランに不備が無いか不安でもあった空は、思わず黙り込んでしまった。

 だが――

明日美『自分の直感を……あなたがエールのためにと思った、その思いを信じなさい』

 直後の明日美の言葉が、空の不安を僅かに拭う。

 不安を拭った最たる物は、小さな疑問だった。

空「エールのために……」

 疑問となった、その言葉を反芻する。

 エールのためにと思った、その思い。

 その思いの源泉……感情は何なのだろうか?

 ただエールを物のように取り戻すだけでいけない、そう思ったのは確かだ。

 だが、だからと言って、その思いに名前を付けられるほど、空にも自覚がある思いではなかった。

明日美『……そろそろこちらもブリーフィングの時間なので切ります』

空「あっ、はい! 朝早くからすいませんでした!」

 明日美の声ではたと我に返った空は、慌てた様子で返し、頭を下げる。

 まあ、音声のみの回線なので相手の表情や仕草など分からないのだが……。

 空は頭を下げてからその事実に気付き、顔を真っ赤にしてしまう。

明日美『あなたの思いがあの子に届く事を願っているわ……』

 だが、回線の切り際に明日美が投げ掛けた言葉に、空は思わず顔を上げた。
262 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:53:54.23 ID:qaiAYrzso
クライノート『回線、切れました』

 茫然としている空に、クライノートがそう告げ、さらに続ける。

クライノート『特別に、格別に……と言うワケでも無いようですが、
       やはり空は明日美から期待されているようですね』

空「……そう、みたいだね」

 クライノートから投げ掛けられた言葉に、空は茫然としたまま頷く。

クライノート『もっと気を強く持って下さい』

 しかし、その様子に思う所があるのか、クライノートはどこか叱るような声音で口を開いた。

空「く、クライノート?」

 思わず驚きの声を上げる空。

 だが、クライノートはさらに続ける。

クライノート『期待されていると言う事は、貴女にはそれだけの能力があると言う事です。
       貴女の乗機となってまだ日は浅いですが、確かに貴女には高い能力があります。
       それに昨日伺ったような素晴らしい志もある。

       ですが、貴女には決定的に強い自信が欠けています』

空「自信が欠けている……?」

 褒めているのか叱っているのか分からない言葉に唖然とする空に、クライノートは立て続けに口を開く。

クライノート『謙虚である事は欠くべからざる徳かもしれません。

       ですが、貴女のそれは謙虚を通り越して自分自身への不信とさえ取れる事もあります。
       それは貴女を信じ、期待している人々にしてみれば、その厚意に対する……裏切りでもあるのですよ』

空「ッ!?」

 僅かに躊躇いはあったものの、ハッキリと言い切ったクライノートの言葉に、
 空は思わず目を見開き、息を飲み、肩を震わせた。

クライノート『……多少、言葉は過ぎましたが、傍目にはそう捉える事も出来ると言う事です』

 クライノートは少しだけ申し訳なさそうに言って、一旦、言葉を切ってからさらに続ける。

クライノート『もし、貴女が自分を信じ、期待してくれている人々を裏切りたくないと思うなら、
       その人達のためにも先ずは自分自身を信じて下さい』

空「私を信じてくれるみんなのために、私自身を信じる……」

クライノート『失礼ですが、貴女にはその方が腑に落ちると思いました』

 空がその言葉を反芻すると、クライノートはそう言って口を噤んだ。

 言い得て妙。

 空はそう思った。

 確かに、誰かのために力になる、そんな自分の信条・信念とも合致する言葉だ。

 自分を信じてくれた人のために、その人達の信頼を裏切らないために、自分を信じる。

 言葉にしてしまうと、どこか受動的にも感じる言葉にも聞こえるが、
 空にとっては“仲間のため”と言う明確な理由があった方が気合――意気込みと言い換えても良い――が違う。

 そして、クライノートは“先ずは”とも付け加えていた。

 これを自分を信じる最初の一歩にしろ、と言う事なのだろう。
263 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:54:26.51 ID:qaiAYrzso
空「……ありがとう、クライノート。
  少しだけ、気持ちが楽に……ううん、なんだかいつも以上にやる気が湧いて来たよ」

クライノート『……』

 安堵にも似た微笑みを浮かべた空の言葉に、クライノートは無言で返す。

 だが、何となくだか、照れ臭そうな思いが伝わって来た。

 ギアでもこうして照れ臭くなったりする。

 仲間達とその愛器のやり取りや、エールの素振りを見て分かっていたつもりだったが、
 自分自身がギアを通じてこうして“感じる”のとではやはり違うものだ。

 空は噴き出しそうな笑みを浮かべ、コントロールスフィアの内壁に背を預ける。

 これからエール救出に向けた最大の作戦を展開しようと言うのに、今は気負いよりも安堵と闘志の方が大きい。

 これが自分を信じる……自信と言う物なのだろうか?

 何となくだが、半年前にエール型イマジンと戦った直前の事を思い出す。

 迷いも恐れも振り払って戦場へと向かった。

 あの時とは状況も意気込みも違うが、あの時の気の持ちようと似た物を感じる。

空(……エール……今度こそ、あなたを……あなたの全てを助けてみせる……)

 空がそんな思いを胸に、瞑想するように目を瞑ろうとしたその瞬間だった。

 甲高いブレーキ音が響き、空は微かな振動を感じる。

 さすが人間を乗せたまま超音速で駆動するリニアキャリアだけあって、
 急制動をかけても微かにしか衝撃を感じない。

空「状況を教えて下さい!」

 空は跳ね起きるようにして背を預けていた内壁から離れると、
 クライノートの起動準備に入りながら、指揮車輌に通信を送った。

彩花『敵ギガンティック部隊接近中、距離は三〇〇〇、速度は毎秒一〇〇。
   既にかなり接近されています!』

 応えたのは彩花だ。

 つまり、あと三十秒足らずの距離にまで敵が接近しているらしい。

空(今まではこっちが兵站拠点予定地に到着してからの襲撃だったけど、移動中だなんて……!)

 空は驚愕しながらも、幾つかの手順を省いてクライノートを緊急起動する。

 ハンガーが立ち上がるのを待たずに自らクライノートを立ち上がらせ、
 03ハンガー車輌から切り離されたヴァッフェントレーガーの甲板に跳び乗った。

 それに続いて、後部車輌でレオンと紗樹のアメノハバキリが立ち上がる。

彩花『各リニアキャリアは後方へ移動させます。
   朝霧副隊長以下は敵機の迎撃を!』

空「了解! ヴァッフェントレーガー、行って!」

 彩花からの指示を受け、空はヴァッフェントレーガーを走らせた。

 そして、即座にゲルプヴォルケを四機分離させ、
 レオンと紗樹の機体が携行している武装……そのフィールドエクステンダーのコネクタに接続させる。

空「レオンさんと紗樹さんはリニアキャリアが戦闘区域外に出るまで護衛しつつ、
  撃ち漏らしと両翼に抜けようとする敵機の迎撃をお願いします! 前衛には私が出ます!」

レオン『おうよっ!』

紗樹『了解よ!』
264 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:54:56.36 ID:qaiAYrzso
 空は二人に指示を出すとヴァッフェントレーガーをさらに前進させ、
 グリューンゲヴィッターとヴァイオレットネーベルを構え、両肩にオレンジヴァンドを装着すると甲板から跳んだ。

 シミュレーターによる長時間に及ぶ訓練の成果もあるが、
 ここ数日の連戦でヴァッフェントレーガーの扱いにもかなり慣れていた。

 五日前にも同時一斉起動は見せたが、今ではそれを指示を出す片手間に出来る程だ。

 後方モニターの映像でリニアキャリアと共に二人のアメノハバキリが下がって行くのを確認した空は、
 即座に前方に意識を集中する。

 既に肉眼で捉えられる距離に八機編隊の敵ギガンティックが見えた。

クライノート『機体照合……401四機、372三機の混成部隊の後方に201……エールを確認しました』

 本部からのクラッキングで既に何割か取り戻した第三層内の監視カメラ映像と、
 自身の観測データを照合したクライノートが淡々と、だが僅かな興奮を込めて報告する。

空(来た!)

 空は一瞬だけ身を震わせながらも、すぐに緊張を解きほぐす。

 いつも通りだ。

 敵に何かの狙いがあるのか、エールは必ずと言って良いほどコチラにぶつけて来いた。

 エールがコチラ側に現れなかったのは部隊を分けた直後の戦闘だけで、
 後は狙いすましたかのようにコチラ……自分にぶつけて来ている。

 敵にどんな思惑があるのかは分からないが、空にとっては好都合だ。

 エールと接触する機会が多ければ、それだけ救い出す機会も増えるのだから。

 おそらく、いつも通り、コチラが拡散魔導弾を撃てばそれによって敵は散会、
 エールと接触するまでに可能な限りの敵を墜として戦力を削ぎ、残敵をレオンと紗樹に任せて自分はエールに集中する。

 そう、いつも通りだ。

 だが――

クライノート『エールに高密度魔力反応! 遠距離砲撃、来ます!』

 クライノートが警告の叫びを上げるのとほぼ同時に、後方に控えていたエールが突出し、
 分離した浮遊砲台と合わせて十一発の砲撃が放たれた。

空「広域砲撃!?」

 空は愕然と叫ぶ。

 いつも通りではない。

 だが、空は慌てながらも、ほぼ無意識に最善の一手を打っていた。

 ヴァイオレットネーベルを最大拡散・最大出力で放ち、エールから放たれた魔力砲撃を僅かに無力化させる。

 空とエールのドライバー――ミッドナイト1の魔力量ではおそらく空の圧勝だが、
 クライノートとエールの広範囲砲撃の密度と威力ではエールに軍配が上がる。

 相殺しきれなかった砲撃が、さらに後方へと向かう。

 空もそれは想定済みで、ヴァイオレットネーベルを後方に放ってゲルプヴォルケに預け、
 砲撃の射線上へと躍り出るように跳び上がっていた。

空「クライノートッ! どれを防げばいい!?」

クライノート『直撃コースとその直近三本の合計四本! 範囲限定で広域防御します!』

 クライノートが空の問い掛けに簡潔に応えると、オレンジヴァンドから高密度の魔力障壁が展開し、
 彼女の指定した四つの砲撃を防ぐ。

空「っぐ…ッ!?」

 ある程度は相殺できていたとは言え、やはり砲撃力に勝るエールの一撃は重い。

 それを広域防御で四発ともなれば、空に掛かる負担は決して軽い物では無かった。
265 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:55:36.01 ID:qaiAYrzso
 そして、空中で砲撃を受け止めたクライノートの脇を、五機のギガンティックがすり抜けて行く。

 どうやら相殺のために放った超広域砲撃の巻き添えで372を二機墜とせたようだが、
 肝心の401は四機とも無傷のようだ。

空「すいません! 五機、撃ち漏らしました!」

レオン『こっちは俺と紗樹がいれば大丈夫だ! 気にすんな!』

紗樹『空ちゃんはいつも通り、エールを取り返す事に集中して!』

 空が半ば悲鳴じみた声でレオンと紗樹に謝罪の言葉を放つと、通信機越しに二人の檄が飛ぶ。

 撤退を支援しながら五機の敵を相手取るのは至難の業だ。

 にも関わらず、二人は快く空に自分の役目に集中しろと言ってくれた。

空「ッ……はいっ!」

 空はそんな二人の心意気に胸を打たれながらも、ようやく砲撃のショックから立ち直り、前を見据える。

 先んじて寮機を先行させたエールが、真っ直ぐにこちらに飛んで来た。

空(接近戦!? いきなり!?)

 これも普段の定石とは違う行動に、流石に空も戸惑いを隠せない。

 ゲルプヴォルケに預けたヴァイオレットネーベルのブラッドリチャージは完了しているが、
 さすがに回収している余裕は無かった。

 空は真っ向から突っ込んで来るエールが振り下ろすブライトソレイユと、
 既に構えていたグリューンゲヴィッターで切り結ぶ。

 互いの武器に纏わせた魔力同士が干渉し合い、甲高い衝撃音を幾度もかき鳴らす。

空「ぅぅっ!?」

 空中戦は得意ではないクライノートでは、さすがに近接空戦を続けるのは難しく、
 空は苦悶の声を上げながらも切り結んだ衝撃を利用して地上に降りた。

 だが、エールはさらにそこを追撃して来る。

 プティエトワールを総動員しての上空からの十三門一斉砲撃だ。

空「早い!?」

 間髪を入れぬ攻撃に、空は驚愕の叫びを上げながらも、
 両肩のオレンジヴァンドを最大出力で魔力障壁を張り巡らせ、何とかその一撃を凌ぐ。

 戦い方が今までとは違う。

 比較的安全なロングレンジでの消極的な砲撃戦だけではなく、
 近接戦を織り交ぜた積極的な戦術は、先日までとは明らかに別物だった。

 だが、ドライバーは昨日までと同じ、例のあの少女の筈だ。

 そうでなくてはエールを動かす事は出来ない。

 だとすれば、あの少女が戦い方を変えて来た事になる。

空(今までと違う……何か、昨日までとは違う、熱みたいな物を感じる……!)

 互いの魔力を接触させた空は、直感的にそう悟っていた。
266 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:56:14.97 ID:qaiAYrzso
 そして、空の直感は決して間違ってはいなかった。

M1「防がれた……次……!」

 エールのコントロールスフィア内では、ミッドナイト1が淡々としながらもどこか熱の籠もった声を漏らす。

 その瞳にも、それまでの彼女にはない強い意志が込められていた。

 さながら人形が意志を持ったばかりのような、そんな無表情だが決して無表情ではない独特の表情を見せている。

 それが、彼女の戦い方が変わった理由だ。

 ならば原因はと言えば、些細だが、茜の善意が引き起こした物だった。

 ミッドナイト1を一人の人間として扱おうとした茜の努力が、遂に小さな一つの実を結んだ。

 それまで希薄な自我しかなく、物の好き嫌いの自覚すら判然としていなかった少女に、
 自我の自覚に通じる一筋の道を茜は示してしまったのである。

 だが、決して茜だけの責任ではない。

 ユエ達からの道具同然の酷い扱い、
 そして、道具としての矜持の片隅にあったであろう人間として生きたいと言う衝動。

 それらによって鬱積として閉ざされていたミッドナイト1の心に、茜はようやく微かな穴を穿つ事が出来たのだ。

 そして、ミッドナイト1に一つの、ささやかな望みが生まれた。

M1(また帰ろう……本條茜の元に……。今度は、勝って帰ろう)

 道具としての矜持、人間として生きたいと言う欲求。

 そして、茜との対話によって知る、未知の……知る必要も無いと切り捨てられていた数々の事。

 それをもっと知りたい。

 様々な思いが、人形然とした十年を生きて来た少女に、まだ無自覚な自我を目覚めさせたのだ。

 空にとっては不幸にも、ミッドナイト1のその無自覚な自我はエールと彼女のリンクを僅かに強めていた。

クライノート『緩やかに落ち始めていたエールのポテンシャルが、最初に戦った時と同レベルにまで回復しつつあるようです』

 そして、その事実に気付き始めていたクライノートが漏らす。

空「何となく分かっていたけど、やっぱり強い……!」

 空もクライノートの言葉で自身の感覚に間違いは無かったと確信し、悔しさと苦しさの入り交じった表情で呟く。

 現状、野戦整備しか行えないクライノートの性能は僅かずつではあったが落ち始めていた。

 エールも万全の整備体制では無かった事もあって、平時と比べた機体コンディションはほぼ互角。

 それでも、エールのポテンシャルが徐々に落ち始めていた事が、今までは少なくとも空とクライノートに分があった。

 だが、ミッドナイト1とエールの魔力リンクが強くなった事で、それも互角の所までひっくり返されてしまったのだ。

 隙を突いての急接近からの連続斬撃、仕切り直して距離を取ろうとすれば砲撃と、
 ミッドナイト1の単純だがゴリ押しの戦術は、困惑する空を相手に綺麗に嵌っていた。

空(とてもじゃないけど、足を止めて大威力砲撃なんて撃っていられない!?)

 幾度も接近戦と砲撃戦を切り替えて肉迫して来るエールに、空は胸中で愕然と独りごちる。

 エールを地上に引きずり下ろし、地上で組み合うためにアルク・アン・シエルを撃つ作戦だったが、
 こうも激しくレンジを切り替えられては、如何に多様な武装を持つクライノートとは言え対処できない。

クライノート『空……どうやら、貴女の選択は間違ってはいなかったようです』

 苦戦しながらも何とか攻撃を凌ぎきっていた空の耳に、どこか悔しそうにも聞こえるクライノートの声が響く。

空「く、クライノート……ッ?」

 連続砲撃をオレンジヴァンドで防御しながら、空は驚いたように返す。
267 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:56:44.73 ID:qaiAYrzso
クライノート『この場はアルク・アン・シエルを撃つタイミングを見定めるよりも、
       先ほど、貴女が明日美に伝えた提案を優先すべきと判断します』

 クライノートはいつになく抑揚なく、淡々と呟いた。

空「も、もしかして怒ってる……って言うか、悔しがってる?」

クライノート『………』

 当惑する空の問い掛けに、クライノートは無言で応える。

 どうやら肯定のようだ。

 それもそうだろう。

 自ら立てた作戦は実行不能、他種の武装と言う強みを活かせずに防戦一方。

 決してクライノートだけの問題ではなかったが、それらを彼女は自らの至らなさと捉えているようだ。

 そして、それはクライノートと言うギガンティックウィザードの、ソフトとハード両面での敗北を意味していた。

 悔しくなかろう筈が無い。

空「クライノート……」

 しかし、そんな彼女の心情を思うと、空も申し訳ない思いがこみ上げた。

 だが、すぐに頭を振って気を取り直す。

空「絶対、すぐに名誉挽回のチャンスがあるから! 私が作って見せるから!」

クライノート『空……ありがとうございます。

       ……それでは、機動制御はこちらで行います。
       貴女は自身のするべき事に集中して下さい』

 励ますような空の言葉に、クライノートは思わず感極まったような声を上げたが、
 すぐに普段通りの淡々とした口調に戻って言った。

 そして――

クライノート『御武運……いえ、幸運を』

 そう付け加えた。

 空は無言で頷くと、二枚のオレンジヴァンドを連結し、手持ち型のシールドに変形させると左手で構え、
 タイミング良く突撃して来たエールの斬撃をシールドで受け止める。

 もう砲撃の機会は狙って距離を取れるようにはせず、腰を落として重心を低く保って受け止めると、
 僅かに足が廃墟の瓦礫の中にめり込んだものの、完璧に受けきる事が出来た。

エール『………』

空「ッ!」

 エールは無言のまま再度、長杖を振り下ろし、
 空も交差させたグリューンゲヴィッターとオレンジヴァンドでそれを受け止める。

 クライノートとエールは真っ向からそれぞれの武器で切り結び、鍔迫り合いのような体勢で向かい合う。

 業を煮やし、砲撃距離まで下がろうとするエールに、空はクライノートを追い縋らせ、再び鍔迫り合いに持ち込む。

空(大丈夫……足回りが遅いのはクライノートもエールも一緒。
  浮遊魔法で動ける分、長距離の移動はエールの方が早いけど、出足で遅れなければ十分追い付ける!)

 幾度かの鍔迫り合いを続けた空は、その事に確信を得た。

 確かに移動能力では今のエールが勝っているが、瞬発力勝負で負けなければ離される心配も無い。

 加えて、相手が積極的な近接戦も行うようになってくれたのは嬉しい誤算だ。
268 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:57:13.20 ID:qaiAYrzso
 これならば、自分の考えを実行に移す事が出来る。

 空はそう意を決すると、短く息を吐いてから口を開いた。

空「……エール、お願い、聞いて!」

 外部スピーカーを通し、空は静かに……だが力強い声でエールに語りかける。

エール『……』

 対して、エールは無言のまま。

M1「……?」

 そして、エールの中で佇むミッドナイト1は、何事かと怪訝そうな表情を浮かべていた。

 クライノートが調整してくれたスラスターに任せ、
 距離を取ろうとするエールに追い縋りながら、空はさらに続ける。

空「返事は……出来ないならしなくてもいいの!
  ただ、聞いてくれるだけで……私の声を聞いてくれるなら、それだけでいいから!」

 空は訴えかけるように言いながらも、鍔迫り合いを続けた。

空「私も大切な人を……お姉ちゃんをイマジンに殺されて、この間はフェイさんも……。
  だからエールの気持ちは少しぐらいは分かるつもりだよ……!」

 バックステップで距離を取られそうになると、言葉を紡ぎながらもそれを追随する。

 しかし、決して自分からは攻撃を打ち込まない。

 エールが振り下ろす一撃を、前進防御で受け止める。

 数日前から既に幾度も矛を交えながら、何を今更、と思われるかもしれない。

 だが、空は言葉を尽くす事を決めた。

 エールが自らの思いで離れる事を選んだのなら、その思いをコチラに引き戻す。

 そのためには誠意を以て、真摯に、本音の言葉だけで彼に訴える。

空「お姉ちゃんが死んだ時は、イマジンが怖くて、憎くて、頭の中が真っ白になって、
  イマジンを殺したくて殺したくて、ずっとその気持ちが消えなくて……。

  お姉ちゃんがいなくなって空っぽになっちゃった部分を全部、それだけが埋めちゃって……」

 空は目の端に溢れそうなほどの涙を溜めながら、あの日の事を思い出して吐き出すように呟く。

 あの日の事を思い出すと、今でも気が狂いそうな程の憎しみや怒り、恐れが噴き出す。
269 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:57:42.50 ID:qaiAYrzso
空「でも…っ!」

 だが、空は負の感情を気合でねじ伏せ、次の言葉を紡ぐ。

空「……でもね、エールが私に力をくれた……私を選んでくれていた。
  私を守ろうとしてくれていたお姉ちゃんにも、力を貸してくれていた……」

 そう、エールは姉と共に戦っていた時期があった。

 それも空自身よりもずっと長い期間を、だ。

空「私が怖くなって逃げ出した後……それでもエールは力を貸してくれた。
  誰かのために戦いたいって私の思いに応えてくれた……!

  嬉しかったの!
  エールが……それまで応えてくれなかったエールが応えてくれた事が、すごく……すごく!」

 振り下ろされた長杖をシールドで受け止めながら、空はついに堪えきれずに涙を溢れさせた。

 正直な気持ちだった。

 物言わぬエールのドローンが、いつの間にか傍らにいた時の嬉しさ。

 あの時は、本当に飛び跳ねたいほどに嬉しかったのだ。

空「だから……お願い……! もう一度……また応えて!

  大切な誰かを守りたいと思う人達の盾になろう?
  大切な誰かのために戦いたいと思う人達の矛になろう?
  ドライバーとギガンティックで……私とあなたで、力のない誰かのために戦おう?

  ……エール! お願い! 私の思いに応えてえぇっ!!」

 空は思いの迸るままに魔力を高め、盾ごとエールを押しやってしまう。

空「え、エール!?」

 思わず入ってしまった力に、空は狼狽する。

 エールは僅かによろけ、そして、動きを止めた。

 よろけた状態で右脚を後ろに出して踏ん張った体勢のまま、微動だにしない。

 今日の今までの戦闘の傾向からして、ミッドナイト1ならばこれ幸いと距離を取り、
 砲撃から再度の接近戦へと雪崩れ込んでいただろう。

空「……!?」

クライノート『動きが……止まった?』

 突然の異常事態に空は言葉を失い、クライノートも愕然と漏らす。
270 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:58:09.95 ID:qaiAYrzso
 そして、それはミッドナイト1も同様だった。

M1「機体異常……!? 魔力リンクが切断されて行く……!?」

 ミッドナイト1は慌てた様子でコントロールスフィア内を見渡し、自身の体を動かすが、
 それに追随する筈のエールは一寸たりとも動かない。

 それどころか全身の魔力リンクが次々に切断され、
 機体の感覚にリンクしている筈の身体の感覚が次第に自らの物に戻されて行く。

 薄桃色に輝いていたブラッドラインも次第にその輝きを失い、足首や手首辺りは既に鈍色に戻りつつある。

M1「バッテリー内の魔力残量はまだ五割以上……。
   まだ稼働限界時間じゃない……どうして……?」

 ミッドナイト1はエールとは別のギアを起動し、状況を確認するが、理解不能の事態である事に変わりない。

 そして――

???『ゆ……い………』

 右手の指先……そこに付けられていたギアから、掠れた声が響く。

 エールの声だ。

 六日前に奪った際に、微かにだけ喋ったエールが、再びその口を開いた。

 一語一語を苦しそうに絞り出すような声。

 停止したギガンティックの躯体、起動したエールのAI、切断された魔力リンク。

 それらの事から、六日前に自分が作り出した状況に酷似している事にミッドナイト1が気付くまでに、
 そう時間はかからなかった。

 恐らく、エールの側から魔力リンクが切断されたのだ。

 こうなってはエール本体を動かす事はミッドナイト1には出来ない。

M1(201と401……優先すべきは……!)

 その事実に思い至ったミッドナイト1の判断は速かった。

 たった一機しかないオリジナルギガンティックと、数は少なくなったとは言え量産型のギガンティック。

 優先すべきがどちらかなど火を見るより明らかだ。

M1「GXI−002、003、独立起動。
   機体を懸架し、支援砲撃を行いつつ後退開始……!」

 ミッドナイト1はギアを介し、背面のプティエトワールとグランリュヌに指示を飛ばす。

 本来はエールが起動制御を行う筈の二器の補助魔導ギアを巨大化させた浮遊砲台だが、
 ミッドナイト1はそれらをエール本体とは別に自身の力で操作していた。

 加えて先日、空達を急襲した際も378改のシステムではなく、自身の力で操作していたのだ。

 今も十二器のプティエトワールで援護砲撃を放ちながら、
 四器のグランリュヌで微動だにしない機体を浮かび上がらせ、拠点である旧技研へと向けて移動を開始する。
271 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:58:39.05 ID:qaiAYrzso
クライノート『空、今がアルク・アン・シエルを放つ最大のチャンスです!』

 クライノートもその事に気付いたのか、思い至ったように叫び、さらに続けた。

クライノート『今ならば、プティエトワールとグランリュヌを停止させる事でエールの機動力を奪えます』

空「そうか! ありがとう、クライノート!」

 クライノートの言葉でその事実に気付かされた空は、後方に控えさせていた
 ヴァッフェントレーガーからブラウレーゲンを起動させ、クライノートの指定した砲撃地点へと急ぐ。

 先ほどの状態で砲撃すれば、万が一回避された場合にはテロリスト達の拠点に大打撃を与える事が出来るが、
 囚われの身の茜とクレーストが技研の何処にいるか分からない以上、それは得策ではない。

 砲撃地点を調整し、技研と周辺への被害を避け、フロート内壁にも被害を与えぬように十分な砲撃可能範囲を作るのである。

 そして、空はプティエトワールからの援護砲撃をくぐり抜け、その地点へと辿り着くと、ブラウレーゲンを構えた。

空(撃ち方は教えて貰った……。炎熱変換と流水変換を交互に、高速で繰り返す!)

 空はブラウレーゲンの銃口に魔力を集中する。

 すると、空色の魔力が銃口に集約し、赤と青の輝きを繰り返す。

 これが無限の魔力の弊害である、閃光変換への固定化だ。

 どうやっても閃光以外性質へと魔力を変換する事が出来なくなる。

 だが、そのデメリットと引き換えに、閃光変換の波長を大きく変質させる事が可能となる僅かなメリットが存在した。

 高速で炎熱と流水の波長へと変換を繰り返す魔力は、本来、閃光変換の天敵である反射結界や反射障壁の目前で、
 反射された魔力とぶつかり合いながらそれらを消し去る絶大な破壊力を生み出す。

 齢九つを迎えたばかりの幼い少女と、起動から十日足らずのギアが生み出した伝説級の砲撃魔法。

 それが――

空「アルクッ! アンッ! シエェルッ!!」

 ――虹の名を持つ、七色の輝きを放つ極大砲撃魔法である。

 空の一声と同時に極大の輝きが放たれ、エールへと殺到した。

M1「しゅ、集中防御を!?」

 ミッドナイト1は愕然と叫ぶようにプティエトワールとグランリュヌへと指示を出す。

 エールを移動させていたグランリュヌも切り離し、眼前に反射障壁を幾重にも張り巡らせた。

 だが、それらの反射結界は一瞬にして次々と破壊され、
 蓄積された魔力を失ったプティエトワールとグランリュヌが次第に瓦礫の中へと落下して行く。

M1(防げない!? ただの閃光変換魔力砲が!?)

 ミッドナイト1は自らの知る常識が覆って行く様に愕然とした。

 そして、遂に最後の反射障壁が砕かれる。

空「お願い……応えて……エェェルゥッ!!」

 その瞬間、空は限界まで手を伸ばし、思いを込めて叫んだ。

 また共に戦いたい。
 もう一度、応えて欲しい。

 そんな、思いの全てをかけて。

 だが、エールに砲撃が触れようとした瞬間、照射限界の五秒が経過した。

 コンマ一秒にも満たない時間だけ、アルク・アン・シエルの輝きがエールに触れたものの、
 僅かばかりの魔力がその正面装甲を微かに焦がしただけに留まる。

 だが、その直後。

 既に全身の輝きが鈍色へと戻ろうとしていたエールのブラッドラインに、うっすらと空色の輝きが灯る。

空「ッ!?」

 その様を確認した瞬間、空は意識が強く引っ張られるような感覚に襲われると同時に、
 真っ暗な暗闇の中へと落ちて行った。
272 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:59:29.58 ID:qaiAYrzso
―4―

 気がつくと、空は暗闇の中を漂っていた。

 立つ事の出来る足場はなく、落ちて行く感覚すらないソレは、正に漂っていると形容する以外無い。

 だが、ただ漂っているワケではなかった。

空(凄い……風と雨……!?)

 視界ゼロの真っ暗闇の中、
 四方八方から滝のようなスコールと身を引きちぎられそうな突風が空に吹き付けていたのだ。

 この雨に打たれていると言い知れない不安感や空虚感に苛まれ、
 身を引きちぎるような突風は、身体よりもむしろ心を引き裂くような痛みを伴った。

 不可解な雨と風の現象だが、これらが引き起こす感覚に空は覚えがある。

 それは、つい数分前にも思い返した、大切な人達との別離の感覚だ。

 心に穴を穿たれるような痛みと虚しさ。

 そして、その穿たれた穴を埋め尽くす、深い哀しみ。

 一人きりでは耐えられない、そんな苦しみに満ちた空間が、今、空がいる場所の本質だった。

???<……ぅ……っ>

 目も口も開く事もままならず、雨と風の音で耳を塞がれ、五感の殆どを奪われた中、
 だが、空の脳裏に不意に呻き声のような声が響く。

 それが思念通話のような、魔力を介した声だと気付くのにそれほど時間はかからなかった。

空<……誰?>

 口を開く事もままならないまま、空は思念通話でその呻き声の主に問い掛ける。

???<ぅ……ひっく……ぅぅ……>

 対して、呻き声の主は応えず、だが、空が呻き声だと思っていたのは呻き声ではなく、
 啜り泣く声だと言う事が分かっただけだった。

 おそらくは幼い少年と思しき啜り泣き。

 その啜り泣きを聞いていると、雨と風が引き起こす別離の感覚がより強くなったように感じる。

空<誰? 何処にいるの?>

 空は雨と風に心身を煽られながらも漂い続け、次第に啜り泣く声が大きくなって行くのを感じた。

 そこで気付く。

 自分は暗闇の中を漂っているのではなく、激しい雨風の吹き荒ぶ暗闇の中を、真っ直ぐ下へと潜っていたのだ。

 そして、自分は雨風に激しく煽られているのではなく、ただ晒されているだけで、
 潜って行く方角には何ら影響を与えていない。

 その事に気付いた瞬間、空の潜行速度は加速度的に増して行った。

 そして、その先、微かに開けられるようになった目で、小さな点らしき物を見付ける。

 下へ下へと潜るにつれて、その点が徐々に輪郭を持って行き、最後には蹲る人影だと分かった。

 加速度的に増していた潜行速度は次第に収まり、ゆっくりと停止する頃には、空はその人影の傍らに立っていた。

 足場があるワケではないが、確かに空はその場で静止していたのだ。

 止まる事が出来たとは言え、まだ目を開き続ける事も難しい雨風は吹き荒び続けている。

 だが、空は必死に目を開き、人影を見据えた。

 それは、翼のような腕を持った、幼い一人の少年だった。
273 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 21:59:56.19 ID:qaiAYrzso
???<う、ぅぅ……ひっく……ぅぇ……>

 少年は蹲ったまま啜り泣き続けている。

 激しいスコールでずぶ濡れになり、突風で翼を激しく煽られながらも、だ。

空<ねぇ……どうしたの? 何で、泣いているの……?>

 空は少年の前に跪き、少しでも少年の不安を取り除こうと、思念通話で優しく語りかける。

???<……いない、んだ……ヒッ…ク………何処にも……
    もう、何処にも結が、ぅぅ、……いないんだ……>

 少年は時折しゃくり上げながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。

空<!? ……あなた、エール……なの?>

 少年の言葉に、空は驚きながらも直感する。

 そう、目の前にいる翼の少年は、エールだ。

 そう感じた瞬間、空はその直感が間違いないとも感じた。

 あの重厚な甲冑のような装甲を身に纏ったエールとは似ても似つかない、目の前で啜り泣くか弱い姿の少年。

 それがエールの本質だったのだ。

エール<僕が……僕があの時……守れなかったから……結が……いなくなって……>

 顔を上げた少年……エールは、目から大粒の涙を溢れさせ、途切れ途切れに呟く。

空<………>

 その痛々しい自責の言葉に空は押し黙り、そして、思う。

 きっと、エールも自分と同じようなやり場のない怒りや哀しみ、無力感に苛まれていたのだろう。

 無敵を誇ったギガンティックウィザード。

 主を守る巨大な肉体を得て、より強さを増した筈のギア達。

 それは誇りだっただろう。

 だが、その誇りはイマジンの出現によって地に堕ちた。

 仲間すら守れずに大敗の謗りを逃れられぬ屈辱に塗れ、その後も負け戦同然の戦いを強いられ続けたのだ。

 そして、ようやく巡って来た反攻の機会。

 ハートビートエンジンとエーテルブラッドを得て、第二世代ギガンティックへの改修を受ける。

 だが、その最中にエールは、最愛の主を……結を喪った。

 その無力感たるや、その虚無感たるや、想像するに難くなく、共感するにも筆舌に尽くしがたい物だっただろう。

 この雨と風は、彼自身の無力への自責と、主を失った心の痛み……エールの心象そのものだったのだ。

エール<苦しい……哀しい……悔しい……寂しい……>

 エールは啜り泣きながら、自らの心情を吐露し続ける。

 胸を締め付ける苦しさ。

 主を喪ってしまった哀しさ。

 主を守れなかった悔しさ。

 そして、独りぼっちの寂しさ。

 それらがごちゃ混ぜになった辛さ。

 その辛さを、空も少しは理解できるつもりだ。

 目の前で姉とフェイ、大切な人を二人も喪ったのだから。

 こうして、彼が取り返しのつかない哀しみにくれるのも分かる。
274 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:00:25.87 ID:qaiAYrzso
空<……そう、だよね……大切な人を喪うのは……守れないのは、辛いよね……?>

 空も涙が滲むような声音で応え、エールに手を伸ばす。

 そして、その頭を優しく撫でる。

エール<……ぅっく……?>

 エールは啜り泣きながら、怪訝そうに顔を上げた。

 微かに、雨と風の勢いが緩み、お互いの顔が確認できるようになる。

 そして、空はエールの目をしっかりと見つめながら続けた。

空<大切な人を喪うとね……胸にぽっかりと穴が空くの……。
  大切な人ほど……大きくて、深くて……どうしても埋められないような、大きな穴が……>

 空は語りかけながら、幾度も幾度も、雨や風で乱れたエールの髪と翼を撫でつけて整える。

空<その穴の中に、苦しい気持ちや哀しい気持ちがどんどん溜まっていって……、
  それでもっと苦しくて、哀しい気持ちになっちゃうんだ……>

 転がり落ちて行くような哀しみや苦しさ。

 それを埋めるための気持ちに、空は一度、憎悪と怨嗟を選んでしまった。

 その結果、恐怖がそれらを上回った瞬間、空の心は音を立てて折れたのだ。

 だが、完璧には折れていなかった。

 姉から注がれた愛を思い出し、空は再び立ち上がる事が出来たのだから。

空<だからね……その穴は、もっと強くて、優しい物で埋めなきゃいけないんだ……>

 心を砕く冷たい哀しみでも、心を蝕む灼けるような憎しみでもない。

 心を暖かく包み込んでくれるような、強くて優しい思いで埋める事。

 それは空が、姉を喪い、恐怖に挫け、立ち上がって信念を得て、茜と言葉や気持ちをぶつけ合った、
 この一年以上の経験を経て辿り着いた、一つの真理だった。

空<私じゃ……結さんの代わりにはなれない……大切な人の代わりなんて、誰もいない……>

エール<ぅぁ………>

 そして、レミィが教えてくれた事を告げると、エールはいつの間にか止まり掛けた涙を、再び溢れさせる。

 だが――

空<だけど……結さんがいなくなって空いた穴を、少しでも埋める事は出来るよ……>

 空は優しい声音で言って、エールを抱き寄せた。

 少しでも暖かな温もりを与えられるように、しっかりと、その腕の中で抱き締める。

空<私が……エールがまた翼を広げられるような……空になってあげる……>

エール<そ……ら……?>

 空の言葉に、エールは一語一語、確認するかのように呟いた。

空<そうだよ……空だよ……>

エール<そら……空……>

 エールを抱き締めたまま空が頷くと、エールはその名を繰り返す。

 すると、一陣の風が二人を薙いだ。

空「ッ!?」

 空は思わず息を飲み、エールを強く抱き締めてその風に耐える。
275 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:00:54.49 ID:qaiAYrzso
 風は一瞬で止み、そして、滝のような雨と斬り付けるような冷たい突風と、
 そして空間を埋め尽くすようだった暗闇すらも、その一瞬で薙ぎ払っていった。

 代わって二人の回りに広がったのは、まだ僅かに雲を残しながらも、青く澄んだ空の色だった。

空「わぁ………」

 突如として広がった青空に、空は感嘆の声を漏らす。

 あの一瞬の風のお陰か、びしょ濡れだった筈の服も髪もすっかりと乾いてしまっていた。

 心象世界だからこその不可思議な現象だったが、空は自然と“そう言うものだ”と、それを受け入れる。

 そして、腕の中で安らぐエールに再び視線を落とす。

空「……すぐには無理かもしれないけれど……
  結さんの事を思い出して哀しくて辛くなるだけじゃなくなる日が、きっと来るよ……」

 空は自分自身に言い聞かせるように呟く。

 亡くなったばかりのフェイの事、そして、もう一年以上も前に亡くなった姉の事ですら、
 思い出すだけで、今も胸が痛む。

 だが、決してそれだけではない。

 哀しく、寂しい気持ちも強いが、優しい二人との忘れ難い記憶に思いを馳せれば、
 懐かしい思いと共に、心が温まる事もある。

 決して胸が痛むばかりではないのだ。

 その思いは、こうして肌を合わせているエールには伝わっているのだろうか?

 エールは身を捩るようにして空から離れると、翼で涙を拭う。

 そして――

エール「………うん」

 少し寂しげな笑みを浮かべて、抑揚に頷く。

 空も頷いて返し、そっと手を差し出した。

空「改めて自己紹介しないとね………。

  朝霧空だよ。これからもよろしくね、エール」

エール「……空……僕の飛ぶ……空」

 微笑みを浮かべた空に、エールも翼を差し出す。

 そして、二人が触れ合った瞬間、空は急速に意識を引き上げられる感覚に襲われた。
276 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:01:22.39 ID:qaiAYrzso
 次の瞬間――

クライノート『空! ……空! 意識をしっかりと持って下さい!』

空「ッ!?」

 クライノートの叫び声で、空の意識は現実へと引き戻される。

 途端に感じる、急激な浮遊感。

 それは、自分が落下している事を否応なく意識させた。

 先ほど、心象空間で味わった感覚とは別種の感覚だ。

 上を見上げれば大きく穴を穿たれたフロートの天蓋が見え、下には見渡す限りの工業地帯や広い幹線道路が広がっていた。

空(まさか、床が抜けた!?)

 空がその事に気付くのは早かった。

 そう、ただでさえメンテ不良で痛んだ廃墟だらけの第三層の床は、
 アルク・アン・シエルの大威力の影響に耐えられず、マギアリヒトの結合崩壊を起こしたのだ。

 天蓋に穿たれた穴の形は丁度、アルク・アン・シエルの砲撃が及んだ範囲とその周辺に限定されている。

 今、空達は第七フロート第四層にある工業地帯へと、瓦礫もろとも落下している最中だった。

 空が気を失っていた――エールと共に心象空間にいた――のは、現実にすればほんの数秒程度の事だったのだ。

クライノート『逆噴射で軟着陸します! 最大まで魔力を込めて下さい!』

 クライノートは珍しく慌てた様子で叫ぶ。

 クライノートは基本的に陸戦用のギガンティックであり、高い飛行能力は持たない。

 高所からの落下となれば逆噴射でその勢いを相殺するしかないのだ。

 だが、空の耳にクライノートの声が届くよりも早く、彼女の視界にその光景が飛び込んで来た。

空「え、エール!?」

 そう、クライノートが落下したのと同様に、エールもまた落下していたのだ。

 既にブラッドラインから薄桃色の輝きは消え去り、結界装甲はその機能を停止していた。

 このまま落下すればその衝撃で地上の施設は崩壊し、結界装甲で守られていないエールもただでは済まないだろう。

空「エール……エェェルゥッ!?」

 空は手を伸ばしながら、悲鳴じみた声を上げた。

クライノート『空! 今は一刻も早く逆噴射を!』

 クライノートは怒鳴っているようにも聞こえる声音で空に檄を入れる。

 エールが引き起こす被害も凄まじいだろうが、結界装甲を纏ったままの自分が落下すれば、
 地上施設に与える被害は甚大となり、さらに第四層の床を貫き第五層まで壊滅的な被害を与えかねないのだ。

 そして、既に被害を最小限に抑えられる逆噴射限界点は過ぎていた。

 もう、手遅れだ。

 だが――
277 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:01:51.28 ID:qaiAYrzso
空「飛んでぇっ、エェェルゥゥッ!!」

 空は喉が裂けんばかりの声で、その言葉を……奇しくも、
 結・フィッツジェラルド・譲羽が愛器を起動する瞬間に選んだ言葉を叫んでいた。

 その瞬間、鈍色だった筈のエールのブラッドラインに、蒼く澄み渡る空色の輝きが宿った。

 信じられない光景に、空は息を飲む。

 だが、変化はそれだけに留まらない。

 エールの背面に折り畳まれていたスタビライザーが展開し、そこから空色の魔力が溢れ出す。

 それは空色の翼となって、大きく翻り、今まで微動だにしなかったエールが軽やかに天を舞った。

 空色の翼が巻き起こす魔力の奔流は、同時に落下していたプティエトワールやグランリュヌにも影響を及ぼし、
 本体からの魔力供給を受けたソレらは彼の周辺を旋回し、その背面に集結して光背を象る。

空「エェェルゥッ!!」

エール『……そら……空ぁぁっ!!』

 伸ばされた空の……クライノートの腕を、エールが掴む。

 さらに、エールは光背状になった十六門の砲門からの砲撃で落下を続ける瓦礫を消し去り、
 クライノートと共に工業地帯にある広大な駐車場へと悠然と降り立つ。

 まだ早朝と言う事もあって車も少なく、二機のギガンティックが降り立つには十二分な余裕があった。

クライノート『被害状況確認……腕を掴まれた時の衝撃で、やや肩関節にダメージがありますが、
       それ以外は落下による損傷はありません』

 軟着陸を果たすなり、クライノートは淡々と被害状況を伝えて来る。

 肩関節へのダメージは、直前までの戦闘で幾度もエールの攻撃を受け続けていた事も原因だろう。

 だが、両肩の付け根に違和感のような痛みを感じる他は、これと言ったダメージは空も感じない。

空「……ごめん、クライノート……。無視するみたいな形になって……」

クライノート『いえ、結果だけならば、これが最良の選択でした』

 申し訳なさそうに呟いた空に、クライノートは淡々と返す。

 しかし、その声音は、“どこか釈然としない”とでも言いたげな雰囲気である。

 だが、彼女はすぐに気を取り直し、口を開く。

クライノート『……ともあれ、今はエールの主導権を取り返すのが先決です。
       早くエールのコントロールスフィアに移って下さい』

空「え? ……クライノートは、どうするの?」

 クライノートの言葉に空は戸惑う。

クライノート『私なら大丈夫です。
       可能な限りの魔力を残していただければ、そのまま自律起動を続けられますので、
       アルベルト機と東雲機で使っているフィールドエクステンダーも維持可能です』

 クライノートはそう言うと“起動状態ならば奪われる心配もありません”と付け加えた。

 心配せずに早く行け、と言う事だろう。

空「クライノート………うん、ありがとう。クライノートのお陰でエールを助け出せた」

クライノート『……それは違います。
       こうしてエールにあの色の輝きが戻ったのは、
       あなたの成果である事は疑いようもありません。

       もっと胸を張って下さい』

 感謝の言葉を述べる空に、クライノートは穏やかな声で返す。

 そうは言いながらも、やはり感謝されて悪い気分ではないのだろう。

空「じゃあ行って来るね!」

 空は出来るうる限りの魔力をクライノートに預け、ハッチを開くと、
 差し出された腕を伝ってエールのコントロールスフィアへと向かった。
278 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:02:18.38 ID:qaiAYrzso
 ハッチが開かれ、空がそこに足を踏み入れると、そこにはへたり込んだ一人の少女がいた。

 見間違う筈もない。

 六日前にエールを連れ去った少女……ミッドナイト1だ。

M1「マスター……私は……私はどうすれば……!?」

 少女は震える声で、手首に嵌められた自らのギアに語りかけている。

 どうやら本拠地にいるユエと通信を取り合い、状況を説明した後のようだ。

 彼女も空に気付き、へたり込んだまま後ずさる。

 二人は視線を絡め合い、睨み合う。

 だが――

ユエ『少々名残惜しいが、201の戦闘データは十分に取れた。
   機体は放棄する。

   ミッドナイト1……お前も用済みだ』

 直後、ギアから鳴り響いた声にミッドナイト1は目を見開き、ワナワナと震える。

ユエ『投降するも自害するも良し、戻って来る必要はない』

M1「ま、マスター……!? ……そんな………マスター!? 待って下さい!?」

 酷薄な物言いに、ミッドナイト1は激しく狼狽し、震える声で縋り付くように叫ぶ。

 道具として育てられ、道具としての矜持だけを支えにしていた少女にとって、それは死刑宣告のような物だった。

 詳しい事情は分からずとも、少女が捨て駒のように扱われた事だけは理解し、空も顔を顰めた。

 そして、僅かな間と共に、紫電のような魔力を撒き散らして、ミッドナイト1のギアが崩壊する。

 どうやら、通信先からの操作で自壊させられたようだ。

M1「ッ……………あ、あぁぁ………っ」

 自我を得たばかりの少女は、その光景に、自分が不要と……その存在意義の全てを否定された事を悟り、
 押し殺した悲鳴のような声と共にその場に崩れ落ちた。

 慈悲どろこか、人間らしいやり取りすら感じられない、痛ましい光景だった。

空「………ごめんね、エールのギアを返して貰うね……」

 だが、空は戸惑う余裕など無いと分かり切っていた事もあり、
 ゆっくりと少女の傍らに膝を下ろし、その右手に嵌められたエールのギア本体に触れる。

 すると、ミッドナイト1の指に嵌められていたエールのギア本体が空色の輝きと共に分解され、空の指へと収まった。

エール『空……』

 手放しで喜べない状況を悟り、エールも押し殺したような声で新たな主の名を呟く。

空「エール……行こう、みんなが待ってる!」

エール『……了解、空!』

 迷いを振り切るような空の声に応え、エールは再び空色の翼を広げた。

 空は愛機と共に舞い上がり、天蓋に空いた大穴を抜けて再び第三層へと舞い戻る。

 そして、リニアキャリアと共に後退中のレオン達を助けるべく飛翔した。

 リニアキャリアはすぐに視認距離に入ったが、目の当たりにした戦況は決して優勢ではない。

 結界を施術できていないリニアキャリアの防備は完全に結界装甲を扱えるアメノハバキリ任せとなっており、
 敵もソレを見越してヒットアンドアウェイの波状攻撃で玩んでいた。

 戦闘開始から早くも十五分。

 目立った被害が見受けられないのは奇跡と言うべきだろう。
279 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:02:47.95 ID:qaiAYrzso
エール『空、ブラッド損耗率は約八割!
    全開戦闘の場合、限界稼働時間は十分足らずだ!』

空「それだけあれば十分だよ! 私と……エールなら!」

 機体状況を告げるエールに、空は力強く応えた。

 身体が軽い。

 モードSやモードD、モードHとも違う、自分自身の身体が軽くなったような感覚。

 動きは寸分無く機体に伝わり、機体の感覚も自らに返って来る。

 理想的な魔力リンクが、空とエールの間には形成されていた。

 先ほどまでの戦闘や完璧とは言えないメンテナンスのせいで万全のコンディションとは言えなかったが、
 それでも、五機の量産型ギガンティックを相手取るには十二分だ。

空「プティエトワール、グランリュヌ……テイクオフッ!」

 空の声に応え、光背状だった十六基の浮遊砲台が分離し、敵と味方の間に躍り出た。

 十分な魔力を分け与えられた浮遊砲台達はリニアキャリアと寮機を囲み、そこに巨大な結界装甲の障壁を作り出す。

空「ブライトソレイユ、エッジモード! マキシマイズッ!」

エール『了解! ブラッド及び魔力流入量調整……
    ブライトソレイユ、エッジモード、マキシマイズ!』

 空の指示でエールが長杖にブラッドと魔力を集中すると、そのエッジから長く鋭い魔力の刃が伸びた。

テロリストA『な、何で201がコチラの邪魔を!?』

 突然の新手の……それもつい先ほどまで味方だった機体の乱入に、テロリスト達は狼狽の声を上げている。

 そんなテロリスト達の駆る401の二機を、空はすれ違い様に切り裂いた。

 手足を切り裂かれた機体がその場に崩れ落ちる。

空「ブライトソレイユ、カノンモード! ハーフマキシマイズッ!」

エール『了解! カノンモード変形開始と同時に魔力チャージ!
    ………いいよ、空! 撃って!』

 空は振り向き様に砲撃形態へと変形した長杖を構え、即座に発射した。

テロリストB『そ、そん……!?』

 砲撃は愕然とするテロリストの悲鳴を掻き消し、
 大魔力で機体を黒こげにされた401が、また一機、膝から崩れ落ちる。

 僅か二十秒足らずで、空は敵機の半数以上を行動不能に追い遣っていた。

レオン『す、すげぇ……』

紗樹『これ……前より何倍も強くなってない!?』

 レオンと紗樹が、その光景に驚嘆と驚愕の声を上げる。

 今までは空が自身の判断と手動操作で変形させていたブライトソレイユを、
 回復したエールが主の指示で高速自動変形を行う。

 ただそれだけで戦闘の手間はグッとスムーズになっていた。

 しかし、AIの覚醒したエールの性能向上はそれだけに収まらない。

 さらに甦った翼で自由に飛び回り、攻防一体の武装を取り戻したエールの戦闘能力は、
 奪われる以前に比べて飛躍的に跳ね上がっているのだ。
280 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/01/31(土) 22:03:23.05 ID:qaiAYrzso
空「エール! 大技行くよ!」

エール『了解……空!』

 空の声と共にエールは大きく翼を広げ、全身に虹色の輝きを纏って飛翔する。

 エール・ハイペリオンでその形だけを再現した、閃光の譲羽が得意とした超高速の突撃――

空「リュミエール………リコルヌシャルジュゥッ!!」

 ――“輝く一角獣の突撃”の名を持つ、無敵の近接砲撃魔法!

 虹の輝きを纏って飛翔するエールが、残る最後の401と372の間を駆け抜けると、
 その余波が二機の半身を砕き、片側の手足を失った二機はその場でバランスを失って倒れた。

 消えゆく虹の輝きの中から飛び出したエールは、廃墟に長い溝を穿ちながら

 直撃でも掠めてもいない一撃が及ぼす影響だけでもこの破壊力だ。

 鎧袖一触……とは正にこの事だろう。

 そして、これでテロリスト達は知る事になる。

 自分達が奪った事がキッカケで、GWF201X−エールは朝霧空と言う新たな主を改めて得て、
 四十年以上の沈黙を破り、今ここに完全復活したと言う事を。

 それはつまり、踏んでならぬ虎の尾の一本を自ら踏み付けた、と言う事だ。

 空はまだ僅かに長杖の切っ先に残る虹色の輝きを振り払い、油断無くそれを構え直した。

エール『周囲センサー有効範囲内に敵影無し。 
    戦闘状況終了だよ、空』

空「うん……」

 淡々とした声音で告げたエールに、空は複雑な表情で頷く。

 そして、安堵の溜息と共に構えを解いた。

 あの取り返しのつかない大きな敗北を経て、また一つ、自分達は大きな勝利を刻んだ。

空(あとは茜さんとクレーストを助け出せば……)

 残すは決戦だけ。

 それでテロリスト達との戦いは終わる。

 そう言い聞かせるように胸中で独りごち、一度だけ技研のある方角を睨め付けた空は、
 振り返るようにして傍らに視線を落とす。

M1「…………」

 そこには、放心して項垂れるミッドナイト1。

 敗北し、存在意義を否定され、空っぽになった少女。

 エールと心を通わせ、彼を救い出した空だが、
 彼女の憔悴した姿を見ると、決して晴れやかな気分だけではいられなかった。


第20話〜それは、天舞い上がる『二人の翼』〜・了
281 : ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2015/01/31(土) 22:07:09.88 ID:qaiAYrzso
今回はここまでとなります。
やっとエールが普通に喋りましたw

あと、久しぶりに安価置いて行きます。

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Sage]:2015/02/01(日) 00:30:04.22 ID:pTthX2170
お疲れ様ですー!更新待ってました!
283 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2015/02/01(日) 06:45:44.98 ID:qZBmNsdno
お読み下さり、ありがとうございます。
最短月一と言う亀更新ですが、今後ともよろしくお願いします。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/02(月) 23:02:13.26 ID:jxRgoSZv0
乙でしたー!お帰り、エールゥゥゥウウウ!!
待ちに待ったこの瞬間。
そこへ到るまでの積み重ね、空とM1の違いと、底から生まれる力以外での差……堪能させて頂きました。
結を失った事にうずくまるエールもそうですが、今回心底思ったのは、クライノート、エエ子や……。
そして傷心のM1.
今は自分を支えてきたものを失っても、茜との間に生まれたものは、きっと彼女を立ち直らせてくれるでしょう。
その茜の救出を心待ちにしつつ、次回も楽しみにさせ地タダ着ます!
285 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2015/02/03(火) 06:30:40.88 ID:u/DmsTRLo
お読み下さり、ありがとうございます。

>待ちに待ったこの瞬間
このためだけに2話から少しずつ積み上げて来ましたからねぇ……
書いてる側としてもやっと構想開始段階から想定していた話が書けました。
ただ、まさか折り返し予定地点を過ぎた20話までかかるとは思っても見ませんでしたがww

>力以外での差
火力、飛行能力と以前の状態よりも強化されている部分も多いのですが、一番はやはりタイムラグ0秒ですね。
相互コミュニケーションが取れ、それによって機体側でも柔軟な判断が可能な事が
オリジナルギガンティック最大の利点ですから。
ともあれ、来たるべき最終決戦に向けて、空とエールはさらに強くなって行きますのでご期待下さい。

>クライノート
結編の頃も、主に恋人同然な相棒(シュネー君)が来ても愚痴だけで済ませましたからね。
癖の強い連中の多いギアの中でも、案外、一番の苦労性、かつ

>傷心のM1
彼女の話はテロ事件が粗方片付いてからなので、もう少し後になりそうですね。
と言うワケで、次回から対テロ決戦編となります。

>茜の救出
伏線は既に張ってあります。
ええ、ありますとも…………納得できるかどうかは別として(目逸らし
286 :>>285抜けがあるので訂正orz  ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/03(火) 20:40:06.31 ID:u/DmsTRLo
>クライノート
結編の頃も、主に恋人同然な相棒(シュネー君)が来ても愚痴だけで済ませましたからね。
癖の強い連中の多いギアの中でも、案外、一番の苦労性、かつ冷静な部類で、
その上、初起動時期のクリスの精神状態もあってやや自罰的な傾向もありまして、
自分にとって最良でなくても、主にとって最良であるなら受け入れる性分でもあります。
…………案外、一番カウンセリングが必要なギガンティックかもしれません。
287 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:38:28.32 ID:PD5MJK4no
最新話を投下させていただきます。
288 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:39:08.88 ID:PD5MJK4no
第21話〜それは、燃えたぎる『憎しみの炎にも似て』〜

―1―

 7月17日、正午。
 第七フロート第三層、第十街区外縁――


 テロリスト達の本拠である第一街区、旧山路技研と隣接した市街区を臨む廃墟群の中に、
 大規模な兵站拠点が築かれようとしている。

 兵站拠点、と言うよりも、ざっくりと“砦”と言い換えた方がイメージも伝わりやすいだろう。

 高く堅牢な三重の城壁に取り囲まれた、ギガンティックの一大整備拠点だ。

 整備用の簡易ハンガーが何十も建ち並び、ドライバーや整備員の詰め所が建てられ、
 それらを守るように砲戦・防衛戦仕様の大型パワーローダー達が遠方に目を光らせていた。

 今も後方から大量の物資が運び入れられ、その規模や防備を大きく、万全の物としつつ、
 決戦の時を今か今かと待ちわびている状態だ。

 そんな兵站拠点の外部で、パワーローダー部隊と同様、外に目を光らせている一団がいた。

 空達、ギガンティック機関とロイヤルガードの混成部隊だ。

 拠点正面を空とエール、レミィとヴィクセンが固め、
 右翼と左翼にはそれぞれレオン、紗樹と遼の三人が展開していた。

 四日前にエールを奪還して後方へと移送し、昨日、再整備とオーバーホールを終えた
 エール、カーネル、プレリーと共にクァンとマリアが合流した事で、風華の発案によって部隊を再分割したのだ。

 内訳は風華率いるA班には瑠璃華、クァン、マリアとそれぞれの愛機が、そして、空が率いるB班は先述の布陣である。

 そして、レミィと共に山門の仁王像よろしく、兵站拠点の正面左右を固めていた空は、
 コントロールスフィアのハッチを開き、その縁に腰掛け、双眼鏡で旧技研を睨んでいた。

 睨んでいた、と言っても険しい表情で睨め付けていたワケではなく、あくまで“見張り”の慣用句だ。

 距離は十数キロ離れているものの、未だ中心区画の照明システムは取り戻せていないため、
 投光器の光が届かない中心部は暗く、そして、暗く沈んだ廃墟然とした周囲のビル群とは対照的に、
 小高い丘の上に建てられた旧技研建屋は煌々と眩いばかりの灯りが点っていた。

 強いて言うなら、地上の星か太陽か……。

 まあ、どちらもテロリストの本拠地には相応しくない呼び名なので、そのものズバリの不夜城が正しかろう。

空「目立った動きはないね……」

エール『第一街区外縁にギガンティックの反応が集まっているけど、それ以外はコレと言って動く様子は無いね……。
    投降者や避難民の数も少しは落ち着いてきたみたいだし』

 何の気無しにポツリと呟いた空に、エールが周囲の状況を確認しながら応える。

 エールの言葉通り、テロリスト達は第一街区外縁部に戦力を結集し、防備を固めていた。

 内訳は401が十八機、それ以外の370系や380系を主力とした量産型ギガンティックが六十三機。

 合計九十一機のギガンティックは中々の戦力だろう。

 対する政府側連合軍は、オリジナルギガンティック六機、
 ロイヤルガードはレオン達のアメノハバキリ三機を筆頭に計二十機、
 軍側もアメノハバキリ四機を筆頭に計五十機、総計七十六機が集結する予定だ。

 彼我の戦力差は十五とかなりの数だが、主力を務める六機のオリジナルギガンティックと、
 フィールドエクステンダーで武装を大幅強化された七機のアメノハバキリがその戦力差を大きく跳ね返す。

 さらに政府側のドライバー達は皆、正規の訓練を受けた職業ドライバーばかり。

 如何に年季があろうとも、所詮は民兵に過ぎないテロリストとの練度の差は明らかだ。

 後は如何にして敵戦力を撃滅し敵拠点を制圧するか、が政府側の課題である。
289 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:39:44.72 ID:PD5MJK4no
 そんな状況を察してか、早々に政府側に投降する者も少なくはなく、
 加えて大勢の生き残りの市民達も続々と政府側に保護を求めて、この兵站拠点までやって来ているのだ。

 中には投降者や避難民に紛れて自爆覚悟の特攻を試みる者もいたが、
 ロイヤルガードや軍の腕利き達が彼らを取り押さえ、今の所は目立った被害も出ていない。

 精々が突き飛ばされた者が数名いたり、酷い場合も将棋倒しで軽傷者が四名ほど出た程度だ。

 元より避難して来る市民の中には栄養失調などの病人も多く、
 物資搬入の第三陣以降からは給糧部隊による炊き出しや医療部隊による診察なども行われており、
 投降して来るテロリスト達とは分けて後方への移送も始まっている。

 多くの市民を守るために防衛力を割かなければならない状況ではあるが、
 それでも敵が攻め込んで来る様子はなかった。

 仮に打って出たとしても、彼我の戦力差を思えば、序盤で優勢に戦況を推移させる事が出来ても、
 結局は盛り返されてしまうのがオチだ。

 ならば、と、少しでも勝率の高い籠城戦に賭けるのは無理からぬ事だろう。

 全体的な流れは政府側に来たまま、それが揺るぐ事はない。

 それだけに、空の不安はその後の戦況よりも現状に対する不安の方が大きかった。

空(突入した諜報部隊の人達……大丈夫かな?)

 空は不安げに心中で独りごちる。

 未だ囚われの身の茜の救出と、内情を偵察するために
 ギガンティック機関の諜報部隊が突入したと言う報せは空の耳にも届けられていた。

 と言うより、現場指揮官クラスの人間にのみ開示された情報ではあるが……。

 ともあれ、少数精鋭の突入部隊は、今もチラホラとやって来る投降者や避難民を目眩ましに、
 廃墟然とした町並みをすり抜け、既に旧技研内部に突入している頃合いだろう。

エール<諜報部の実行部隊には李家の門弟が多いからね、安心していいと思うよ……>

 空の不安を慮ってか、エールが思念通話で語りかけて来る。

空<風華さんのお祖母さんの実家、かぁ……確かに凄そう……>

 空は配属されたばかりの頃、風華が見せた変わり身の術を思い出し、感嘆混じりに返す。

 普段から諜報などとは関わり合いの無さそうな風華ですら、あの域の技を使いこなすのだ。

 そこは風華自身の才能や親からの遺伝、本人の努力などもあろうが、
 その門弟として研鑽した諜報部の人間がどれだけの達人かは、推して知るべし、と言う事だろう。

 実際にその力量を見た事はないが、少しは安心できる材料もあると言う事だ。

 空は僅かに安堵した表情を浮かべ、感慨深く頷く。
290 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:40:18.52 ID:PD5MJK4no
 と、その時だ。

整備員『副隊長ちゃーん、お昼御飯、持って来たよ〜!』

 エールの足もとから、スピーカー越しの声が響く。

 そこには整備用の中型パワーローダーに乗った整備員がいた。

 時刻を確認すると十二時過ぎ。

 言葉通り、昼食の配達のようだ。

空「待って下さい、今、手を下ろします」

 空は外部スピーカーを起動してそう言うと、コントロールスフィアの奥に入り、機体を動かす。

 膝を折って姿勢を低くし、中型――と言っても十メートル以上はある――
 パワーローダーの高さにまで、エールの手を下ろした。

 すると、整備員はパワーローダーの精密マニピュレーターでエールの掌に一辺十五センチ程度の箱を置く。

整備員『まあ、御飯って言っても軽食だけどね。ボックスはあとで回収に来るよ』

 仕事を終えた整備員は、そう言い残すと次はレミィとヴィクセンの元へと向かった。

 どうやら、このまま人数分の食事を届けるようだ。

 空はその後ろ姿に“お疲れ様です”と礼を言いつつ、自律稼動でゆっくりとエールに手を上げさせる。

 オーバーホールが終わっている事と、エール自身のAIが復活している事もあって、
 エールの手は実に滑らかな挙動で、掌に載せられた箱を微動だにさせる事なくハッチ目前まで移動させた。

 空はエールの掌に降りると、その広い掌に載せられた箱を手に取り、コントロールスフィア内に戻る。

 ここならば対物操作魔法により、基本的に重力は一定方向に働くため、機体を動かしても中身が溢れることは無い。

 箱の中には熱々のベーコンとチーズのホットサンドと蓋付きタンブラーに注がれたミルクティーが入っていた。

空(よく考えたら、スフィアの中でしっかりとした御飯食べるのって初めてかも?)

 空は配属されてからの十ヶ月足らずの出来事を思い出しながら、ふと、そんな事を思う。

 確かに、スフィアの中での食事と言う経験はあったが、移動中や待機中に携帯食のビスケットバーを囓った程度で、
 今回のようにしっかりとした食事を摂る事は初めてだ。

 籠城を決め込んだ敵も動けないが、人質を取られた味方も動けない。

 つまり長丁場は決定事項なので、食事をするにしても精が付くような食事をしろ、と言う事なのだろう。

 お陰で温かい食事が食べられるのは有り難いが、その人質が仲間……茜である以上、空の心境も複雑だ。

空(けど……突入部隊の人達が茜さんを助け出したら、すぐに戦闘が始まるかもしれない……。
  今はしっかりと食べて、戦いに備えないと)

 空は小さく頭を振って気を取り直すと、ハッチの向こうに見える技研を睨みつつ、食事を摂る事にした。
291 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:40:51.27 ID:PD5MJK4no
 同じ頃、旧技研内部――


 地下の小型ドローン用整備溝への搬入口付近に俯せで潜む、
 黒ずくめのボディスーツを着た一人の少女……いや小柄な女性がいた。

 女性は半固形のゼリー状の食事を口に含み、僅かな水分でそれを喉の奥まで流し込む。

 胃が落ち着いた事を自覚すると、すぐに手元の時計型端末で予定の時刻が迫っている事を確認し、
 特秘回線で思念通話を行う。

女性1<八……七……>

男性1<六……五……>

 女性がカウントダウンを開始すると、同じリズムで別人の思念通話がカウントダウンを引き継ぐ。

男性2<四……三……>

女性2<二……一……>

 他にも二人、同じリズムのカウントダウンを引き継ぎ、そして――

男性3<時計合わせ>

 また別の男性の声を合図として、女性は手元の時計型端末のボタンを押す。

 すると、現在時刻とは別の時刻表示が表れる。

男性3(ヘッジホッグR)<ヘッジホッグリーダーより各員へ通達。以後の作戦内容を再度確認する>

 そして、時計合わせの合図を出した男性――ヘッジホッグリーダー――が、口を開き、さらに続けた。

ヘッジホッグR<作戦時間で〇一三〇まで内部マッピング、及び情報収集に専念。

        〇一四五でブリーフィング開始。
        その後、俺とヘッジホッグ2は目標Aの保護、
        ヘッジホッグ3から5はヘッジホッグ3の指示で陽動準備しつつ目標Bの所在を確認、
        目標Aの保護と目標Bの確保が完了次第、陽動しつつ撤退する。

        ……質問は?>

 作戦説明を終えたヘッジホッグリーダーが部下達に促すが、返って来たのは無言だけだ。

 質問無し、と言う事だろう。

ヘッジホッグR<……各員、健闘を祈る。以後、無用の通信は厳禁とする。
        ……では、作戦開始>

 そして、ヘッジホッグリーダーの淡々とした声を合図に、女性も動き始めた。

 彼女の担当は、少女然とした小柄な体格を活かした狭所――例えば排気ダクトなどへの侵入だ。

 他のメンバーにも暗所への潜入を主目的とした者もいるが、殆どは変装を行っての潜入捜査が主体となる。

 既に投降していたテロリスト達からの情報通りの着衣を準備し、整備員や戦闘員に紛れて情報収集を行っているだろう。

女性1(さて、と……じゃあアカネニコフでも探しに行こうかしら)

 女性はボディースーツの中から親指の爪先程度の大きさの球体を取り出し、搬入口の外に静かに転がした。

 装備しているギアと連動し、視界に球体周辺の映像を映し出すスパイカメラの一種だ。

 幸い、周囲十メートルには人影も、魔力の反応も無い。

 監視カメラが見張っているが定点観測型ではなく、一定間隔で角度を変えるタイプのようだ。

女性1(さすがにここから人間が入って来るとか考えてないワケね………。
    監視の穴もすり抜ける小さなボディ……って、ちっちゃくて悪かったな!)

 女性は胸中で独り言の文句を垂れると、監視カメラのタイミングを計って搬入口から飛び出し、
 カメラの死角に入り込み、そこから再びタイミングを合わせて手近な排気ダクトに入り込む。

 鮮やかな手並みである。

 そして、この小柄で、他人を独特なニックネームで呼ぶ女性……そう、市条美波だ。
292 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:41:32.45 ID:PD5MJK4no
 生活課広報二係所属の受付職員とは世を忍ぶ仮の姿。

 ギガンティック機関司令部直属諜報部職員が本来の仕事であるのは、先日、彼女自身が茜に説明した通りである。

 そして、彼女は“基本的に他の職員の監査と事務処理”とは言っていたが、
 何故、そんあ彼女が前線に出張って来ているのかと言うと……。

美波(うん、案外、鈍ってないじゃない。まだ前線でもイケル、イケル〜)

 それは、彼女が結婚、出産を経て前線任務を退いたからに他ならない。

 エールも口にしていた、李家門弟の諜報部職員。

 その一人が彼女なのだ。

 二児の母となり前線を退いて幾年。

 テロリスト達との情報戦や、日の目を見ない裏仕事で多忙を極める諜報部は、
 今回の突入作戦に当たって後方要員の彼女にも白羽の矢を立てたのである。

 小柄な身体を活かし、小型ドローンしか通れないような狭い地下道を伝って旧技研内部へと侵入した、
 彼女の主立った役目は技研内部の構造調査と、目標AやBと呼称される茜とハートビートエンジン6号の所在確認だ。

 人伝でないと入手し難い情報や、堂々と入って行く他ない区域の情報収集は他のメンバーにお任せである。

 ともあれ、美波は狭いダクト内を匍匐前進の要領で進む。

 器用に身体をくねらせて直角に丁字路を曲がり、先ずは中枢方面……研究室などのある区画を目指す。

 風の流れを作る換気扇のある経路を極力避け、換気口から部屋や通路の状況を探る。

美波(思ったほど慌てた様子は無いわね……平常運転のやや緊急度高し、って所かしら?)

 美波は外の様子を観察しながら、そんな感想を抱く。

 慌ただしく駆け回っている人間が多くいるようだが、それでも落ち着いて行動している者もいる。

 それが危機感の無さから来る物なのか、諦めから来る物なのか、
 はたまた自分達の知らぬ奥手を隠し持っている余裕から来る物なのかは分からない。

美波(ま、人間観察よりもアカネーノ探しが先決か……)

 本人が聞いたらクレーム間違いなしのニックネームを交えて胸中で独りごちつつ、美波はさらに先へと進む。

 だが、いよいよ目当ての区画に入ろうとした瞬間、美波は驚きで目を見開いた。

 幾つかの排気ダクトが合流する……いわゆるハブ区画なのか、やや幅の広い場所に出た美波は、
 三つ並んだ換気扇の中央の一つが壊れているのを見付けた。

美波(壊れている……って言うより、壊された感じね……それも、壊されてから半日も経ってない感じ)

 五枚あった羽の一枚をへし折られ、モーターの基部からもぎ取るようにして破壊されたのか、
 配線ケーブルも引きちぎられている様を見れば、単なる経年劣化による破損ではなく、
 何者かの手によって力任せに破壊されたのは一目瞭然だ。

 小型ドローンが通ったような形跡は無く、恐らくは人間かそれに準ずる形の……
 ヒューマノイドウィザードギアが破壊したかのどちらかだろう。

 先に続く通路は狭く入り組んでおり、体格的には自分と同じくらいの者でなければ通れない。

 おそらく、一回りでも大きくなれば通過不可能だろう。

美波(こりゃ緊急事態、かな……)

 美波は冷や汗を浮かべつつ、秘匿回線で思念通話を行う。

美波<ヘッジホッグ2よりヘッジホッグリーダー、三○二発生>

 美波は上司に“自分達以外の侵入者有り”を示す隠語を送った。

ヘッジホッグR<三○二、了解>

美波<三○二は未確認、また三○二の目的は不明。現在地を転送します。
   探索を続行しますが、至急、応援を送られたし。以上>

 返事をくれた上司に用件を伝え、支援を要請すると、美波は回線を切って溜息を漏らす。

美波(お願いだから、鬼も蛇も出てくれないでよね……)

 美波は祈るように目を伏せた後、意を決して先へと進んだ。
293 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:42:10.78 ID:PD5MJK4no
―2―

 ギガンティック機関諜報部が動き始めたのと前後して、ユエは謁見の間へと訪れていた。

 面倒な手順を踏んで承認を得て、最上七段目にあるコンテナの中へと入って行く。

 コンテナ内の階段を下り、煌びやかで荘厳な装飾の施されたホンの居室へと立ち入ると――

女性「キャアッ!?」

 ――途端、甲高い女性の悲鳴が響いた。

ホン「ええぇい! まだか!? ユエはまだ来ないのか!?」

 普段通りの扇情的な格好をした数多の女性達に囲まれたホンは、いきり立って地団駄を踏んでいる。

 その足もとには倒れて啜り泣く女性が三名ほど。

 恐らくはホンの苛立ちのはけ口として暴力を振るわれたのだろう。

 彼女達の魔力は外科手術で埋め込まれたギアによって、
 特定行動以外ではほぼ無いと言っていいほどまで抑制されている。

 男の力で暴力を振るわれたら、太刀打する事は難しい。

 また、ホンに逆らえばギア自体から強い電流――
 と言っても生命に関わらない程度に微弱な物だ――によって痛みが走る仕組みだ。

 二十人以上の女性を侍らせながら、ホンが彼女達に寝首を掻かれない、最大の理由である。

ユエ(どこまでの気の小さな男だ……)

 その光景を眺めながら、ユエは表情も崩さずに内心で呆れ果てた溜息を洩らした。

 だが、呆れている場合ではない。

ユエ(さっさと雑用をこなして仕事に戻らないとな……。さすがに残された時間も少ない)

 ユエは気を取り直すと、女性達の輪を割ってホンへと歩み寄る。

ユエ「陛下、お気をお鎮め下さい」

ホン「ユエ! どうなっている!?
   偽王共の軍勢がすぐ近くまで迫っているぞ!?」

 落ち着いた様子で宥めるユエに、ホンはひっくり返りそうなほど上擦った声で詰め寄る。

ホン「貴様の作ったダインスレフは無敵ではなかったのか!?」

ユエ(結界装甲を貼り付けただけの簡易量産機に何を求めていたのか……)

 詰め寄るホンに、ユエは蔑むような視線を一瞬だけ浮かべたが、すぐに自信に満ちた笑みを浮かべた。

ユエ「アレらはあくまでより完璧なギガンティックを作るための道具……
   データを集めるに足りるだけの数を揃えたに過ぎません」

ホン「な……!?」

 自信ありげなユエの言葉に、ホンは思わず驚きの声を上げる。

 事実、それは嘘ではない。

 ユエは目の前の愚かな男を納得させるために、事実だけを伝える手段を選んだ。

ユエ「確かに、ダインスレフは現状、量産型ギガンティックの中では最強と言えるでしょう。
   ……それはこの身、この命をかけて保障致します」

 そう、確かに401・ダインスレフは最強の量産型ギガンティックだ。
294 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:42:41.83 ID:PD5MJK4no
 極限まで軽量化した装甲により、機動性や運動性は傑作機であるエクスカリバーシリーズを上回り、
 それらを上回る最新鋭機であるアメノハバキリに匹敵する。

 結果的に脆弱化した装甲を補い、さらにその破壊力を最大限に高めるのは、
 イマジンにすら抗う事が可能な結界装甲。

 高い機動性に無敵の盾と矛を装備した、理想の量産機だ。

 事実としてダインスレフは緒戦では華々しい戦果を上げていた。

 機体は量産機でも最高性能だったのだから当たり前だ。

 だが、ドライバーは実戦経験の低い寄せ集めの民兵に過ぎない。

 長らく戦争状態ではあったが、寡兵で一方的に攻め入っては殲滅されるだけの戦いで、
 ドライバーのノウハウなど蓄積しようがない。

 加えて、最大の利点であった結界装甲の対策をされてしまえば、
 ただただ足が速い程度の貧弱な装甲のギガンティックが残るだけだ。

 その事実の目眩ましとして、あの重装甲で高機動のオオカミ型ギガンティック――
 402・スコヴヌングを緒戦から投入していたが、それもあっさりと敗退した。

 あとはジリジリと追い詰められて行くだけだった筈の負け戦が、トントン拍子の負け戦に変わっただけ。

 要は、開戦の時点から負け戦は始まっていたのだ。

 だが、しかし――

ユエ「兵士達が陛下のために身命を賭して収集したデータによって、今や完成目前となった403、
   そして、404こそは最強のギガンティックの名を冠するに相応しい出来映えとなりましょう」

 その都合の悪い事実を悟られぬよう、ユエは力強い声音で言い切り、さらに続ける。

ユエ「404は陛下の乗機……いえ、陛下の新たな玉座です」

ホン「俺の……我の玉座か……!」

 いやに熱の込められたユエの言葉を聞き、ホンはその熱に浮かされたように呟いた。

 その目は、これからの圧倒的な戦いへの期待と、自らの玉座ともなる新たな乗機の完成を想像して、
 ぎらついた輝きを取り戻している。

ユエ「陛下のご要望の通り、史上最大級のギガンティックを用意しております。
   最終調整が終わればすぐにでも動かせましょう」

ホン「史上最大級、か……そうだ。それでこそ王が駆るに相応しい!」

 ユエが恭しく頭を垂れて言うと、ホンは興奮した様子で言った。

 先ほどとは違った意味で上擦った声を上げるホンに、ユエは内心で“単純な男だ”と率直な感想を抱く。

 だが、この男が単純で御しやすければこそ、今までこうして来られたのだと思うと、どこか感慨深くも思う。

ユエ「では陛下、あと二時間ほどお待ちいただければ、
   最高の状態に仕上げた404……いえ、ティルフィングを献上いたします」

 一度は顔を上げたユエだったが、すぐにまた恭しく一礼しながらそう言って、その場を辞す。

ホン「ああ、愉しみにしているぞ、ユエ!
   ティルフィングか……ティルフィングが完成した暁には、偽王の軍勢など一息に蹴散らしてくれるわ!」

 背後からは楽観的なホンの声に続き、馬鹿馬鹿しいほど高らかな笑い声もする。

ユエ(無知とは幸福だな……まあ、北欧神話など興味が無ければそう調べる物でも無いがな……)

 ユエは小さな嘆息を漏らしつつ、謁見の間を後にした。
295 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:43:20.10 ID:PD5MJK4no
 研究室へと戻る道すがら、ユエは駆け寄って来た一人の男性研究者に話しかけられる。

研究者「主任、403の最終調整、完了しました」

ユエ「ご苦労。……404の調整は?」

研究者「機体とトリプルエンジンのマッチングも問題ありません。
    エナジーブラッドの出力は想定値の一一〇パーセント、プラスマイナス〇.五パーセントほどで推移しています。

    エンジンと機体の慣らしが終わればそのまま最終起動テストに入ります。
    十四時前には全行程を完了できるかと」

 ユエが報告して来た研究者に問い返すと、彼はどこか興奮しながら、だが努めて冷静に報告を続けた。

 ユエも、彼の報告内容に“ほぅ”と小さな感嘆の声を漏らす。

ホン「ブラッドの出力が十パーセント前後も上昇した原因は?」

研究者「調査中です。ですが、機体剛性に問題はありません。
    むしろ、出力が上昇した事で結界装甲が強化され、機体剛性も想定値以上に上昇しているようです」

 続く研究者の報告に、ユエも興奮の色を隠せないようだ。

ユエ「劣化コピーのエナジーブラッドエンジンでも、それだけの効果が得られるのか……。
   さすが、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の発明と言う事か」

 感嘆混じりのユエの言葉に、研究者は“ご謙遜を”と言って、さらに続ける。

研究者「エナジーブラッドエンジンは傑作だと思います。
    ハートビートエンジンをあれだけ低コスト化できたのですから」

ユエ「トタン紛い装甲の急造機体とは言え、本体の二倍も資材が必要になるエンジンなど、
   量産機エンジンとしてはまだ下の下だよ。

   そう言う意味では、参拾九号の考えたマスタースレイブ方式のアレの方がまだ量産運用に向くだろう」

 褒めちぎる研究者に、ユエは自嘲気味に返す。

 実際、ダインスレフの生産コストの約六割から七割は、
 結界装甲を生み出す動力機関……エナジーブラッドエンジンと、その付随品であるブラッドラインが占めていた。

 機体内部に高密度のエナジーブラッドを循環させるため、
 高出力の循環システムを内包するエナジーブラッドエンジンは機体外装と同程度からそれ以上の硬度を誇る。

 同様に、高密度のエナジーブラッドを循環させるブラッドラインにも相応の強度が求められ、
 透明な構造ながらにマギアリヒトの密度は本体の装甲と大差ない。

 ハートビートエンジンは確かに当時の開発コストで言ってもエナジーブラッドエンジンよりも遥かに高価だ。

 だが、強度はエナジーブラッドエンジンの七割ほどでも、
 弾き出す出力は同サイズのエナジーブラッドエンジンの二倍強。

 結界装甲も三倍以上の出力を叩き出している。

 参拾九号……瑠璃華の考え出したフィールドエクステンダーは、
 結界装甲の出力を六割ほど減じてしまう欠点もあったが、
 それだけの出力が残されているなら十分な戦果を発揮できて当然だ。

ユエ「アレがオリジナルエンジンそのものを参考に作れば、エンジンの量産化も夢ではなかったのかとは思うよ」

研究者「所詮は失敗作……とは行きませんでしたね」

 肩を竦めたユエの言葉に、研究者は残念そうに呟く。

ユエ「まあ、アレの失敗があったお陰でミッドナイト1は完成したが、な……」

研究者「兎角、ままならないものです」

 ユエと研究者はそう言うと、互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
296 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:44:00.80 ID:PD5MJK4no
 二人は溜息を吐いて一頻り落ち着かせると、先んじてユエが口を開く。

ユエ「ティルフィングの最終調整が完了次第、この区画の警備ドローンを停止させ、君も脱出したまえ」

研究者「主任はやはり、403で出られるので?」

 ユエの指示に応える代わり、研究者は質問で返す。

ユエ「ああ……脳波コントロールの戦闘時の波形データを収集しておきたい。
   そうだな……可能ならば201と戦ってみたい物だ」

 ユエは頷くと、遠くを見るような目で感慨深げに呟く。

研究者「データはリアルタイムで収集可能ですが、
    出来れば無事に帰って来ていただいた方が、我々としても有り難いのですが」

ユエ「負けると思うかね?」

 言い辛そうに漏らした研究者の言葉に、ユエはどこか戯けた調子で問い返す。

研究者「さすがに答えかねます」

 苦笑いを浮かべた研究者の言外の返答に、ユエは笑い、さらに続ける。

ユエ「ハハハッ……まあ勝率は五割強……五分五分よりやや優勢と言いたいがね。
   一対一の戦闘で戦況を覆せる物でもあるまい」

 ユエは思案げに呟く。

 ユエが駆ると言う400シリーズのギガンティック、403。

 フルスペックの能力を取り戻した空とエールに対し、互角以上だと言う性能が虚言の類ではないのは、
 口調はともかく、いつになく真に迫ったユエの表情と声音から明らかだった。

研究者「戦況そのものはアレが404を扱いきれるか、と言う事ですか?」

ユエ「一応は決戦兵器だからね。データ収集用のプローブは?」

 ユエが研究者の問い掛けに答え、改めて問い返すと、彼は頷きながら“滞りなく配置済みです”と応える。

 ユエは満足そうに頷くと“では、後は任せた”と付け加え、先ほどよりも僅かに早い歩調でその場を辞した。

ユエ(これで最終段階に向けた準備もようやく整う……。
   後は今回でどれだけのデータを収集できるか、だな)

 ユエは歩きながら思案する。

 60年事件から十五年と八日。

 長い年月を費やした目的が叶う瞬間が、もう目前まで迫っているのだ。

 平静さを保とうにも、どうにも気分が高揚するのを抑えきれない。

ユエ(学生時代……いや戦後の頃を思い出すな……この抑えられない高揚感は)

 ユエはこれまでの十五年と、そして、それ以前の自らの辿って来た道を思い返し、
 どうした訳か感想とは真逆な冷めた自嘲気味な笑みを浮かべた。

ユエ(学生時代に戦後、か……ああ、私は正常に働いているようだ。滞りなく、問題なく……)

 ユエはふと片手を上げ、その掌をジッと見つめる。

 見つめながら、握り、開き、握り、開きと、その動作を繰り返すと、
 不意にこの身で抱いた事のない感触を思い出す。

 だが、小さく頭を振って、その感触を今は追い出す。

ユエ(感傷的になるにはまだまだ早い……。全ては最後の仕上げが終わった、その時だ)

 ユエは気を取り直し、また少しだけ歩調を早めた。

 今は研究室に戻るよりも、現場で403や404の調整を指揮した方がいい頃合いだろう。

 ユエは研究室に戻ろうとしていた足を格納庫へと向けた。

 そして――

ユエ「コンペディション……第二幕の、始まりだ……」

 いつかのように、自分の足音で掻き消されるような、微かな呟きを漏らしたのだった。
297 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:44:37.40 ID:PD5MJK4no
 同じ頃、ユエの研究室奥――


茜「………ハァァ」

 未だに軟禁状態のままの茜は深い溜息を洩らしていた。

 時刻は十二時半。

 ドローンの運んで来た食事は既に食べ終え、そろそろ日課の鍛錬を始めようかと言う頃合いだ。

 だが、張り合いが無い。

茜「……それだけ、あの子の存在が大きかった、と言う事か」

 茜は溜息がちに呟く。

 ついでに、ここ数日で独り言が増えた。

 あの子、とはミッドナイト1の事だ。

 無口な性分の子供だったが、軟禁状態でストレスを溜め続ける茜にとっては、
 ストレス解消に適した良い話し相手だった。

 彼女の身に何が起こったのか、その子細までは知らずとも大まかな事は分かっている。

 空の手によってエールが奪還され、その後の消息は不明。

 恐らくは政府の手で保護されたか、テロリストの一人として警察組織が拘束したかのどちらかだろう。

 ロイヤルガードも皇居護衛警察と言う事で、曲がりなりにも警察組織の一員である茜だが、
 出来れば政府側……さらに可能ならばギガンティック機関の手で手厚く保護されている事を願っていた。

 ミッドナイト1を救おうと思う一方で、どうやら、自分にとっての彼女は、
 この短いとは言い切れない軟禁生活の支えになっていたようだ。

茜「ハァァ……まったく……」

 自分の軟弱さを思い知らされたようで、茜は深い自嘲の溜息を洩らしながら呟いた。

 しかし、複雑な思いだ。

 エールがギガンティック機関の……空の手に戻った事は喜ばしい事の筈なのだが、
 それでミッドナイト1がこの旧技研から居なくなる事を、当然の事と分かっていながら受け入れ切れない。

 有り体に言えば、理解できても納得できない、と言う我が儘のような物だ。

 精神的なダメージも大きいが、実は実利の面でもダメージは大きい。

 もしも彼女を説得が出来たなら、今も両手に取り付けられた魔力抑制装置を取り外す事も出来たかもしれない。

 そして、“もしも”や“かもしれない”ではなく、あれからあと三日ほどの時があれば、
 茜は十分にミッドナイト1を説得する事が出来た。

 事実、三日前の時点で既に、自我を得たミッドナイト1の価値観は徐々に揺らぎを見せ、
 道具としての矜持と茜への依存が共存するような状態にまで来ていたのだ。

 その状態が長く続けば、茜に絆され、二人で共に脱走する道もあったかもしれない。

 だが、さすがにもう過ぎた話だろう。

 問題は、どうやってこの場を脱出するか、だ。

 繰り言だが魔力抑制装置を取り外す方法も無く、今や決戦間近。

 このままでは脱出するどころか、早々に人質として扱われ、仲間達に迷惑をかける事になるだろう。

 それだけは絶対に避けなくてはならない。
298 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:45:12.00 ID:PD5MJK4no
茜「……これの出番か」

 茜はそう呟き、枕の下から一本の折り畳みナイフを取り出した。

 先日、堆く詰まれたダンボールの底から見付けた物だ。

 他を探してもこう言った物は無かったので、おそらく、ユエも把握していない内に紛れ込んだ物に違いない。

 これで手首を切断する。

 いくら身体を鍛えている茜でも、魔力無しの状態で魔力を扱える人間に勝てると思うほど甘くはない。

 僅かでも魔力が使えなければすぐに魔力ノックダウンされてしまう。

 そして、この五日間ほど具に観察して気付いた事だが、
 この研究室に出入り可能な人間は、ユエ以外にはミッドナイト1だけだった。

 研究室外部の人間とのやり取りは全て旧技研内部のローカルネットワークを用い、
 食事の運搬もミッドナイト1がいなくなってからは全自動のドローンが行っている始末。

 こんな状態ではユエ以外の人間を狙って抑制装置を解除する事は不可能に近い。

 そして、これは茜の直感だが、万全でない自分ではユエを出し抜く事は到底できないと考えていた。

 となれば、残された方法は手首を切断して、この抑制装置を取り外すより他に無いのだ。

茜(先ずはシーツを裂いて……)

 茜はベッドからシーツを剥ぎ取ると、それを長く切り裂く。

 両手首の抑制装置のやや上の位置に痛いほどきつく巻き付け、
 さらに両腕の上腕にも同様に巻き付け、血流を少しでも阻害する。

 抑制装置は意外にもピッタリと固定されているので、
 親指の関節を外したり切断したたりした程度では取り外せない。

 小指も切断すれば取り外せる可能性は高いが、冷静に四本の指を切断していられる自信は無かった。

茜(少し品は無いが……)

 茜はベッドの上で胡座をかくようにして、ナイフの柄を踵で挟んでしっかりと固定した。

茜(後はここに手首を叩き付けて、一気にねじ切る……)

 何度か頭でシミュレーションして来た手順を思い返す。

 要はナイフに手首を貫通させ、そのまま捻って手首をねじ切るのだ。

 骨を切断するのは難しいから、上手く関節部分に突き刺さなければならない。

茜「大丈夫だ……今の技術なら手だけの義手くらいは四日もあれば準備できる……」

 茜は自分に言い聞かせるように呟く。

 祖母・結もそうだったが、彼女の右腕は義手。

 だが、見せられた写真では本物の腕と見紛うほどの精巧な造りだった。

 四十年以上も前からそれだけの技術があったのだから、今の義手はさらに精巧な造りだ。

 だが、さすがに親から授かった身体に……自らの身体に傷を付けるのに抵抗が無い筈が無い。

茜「ッ、ハァ……ハァ……」

 茜は次第に荒くなって行く呼吸を意識しながら、必死に自らを落ち着かせる。

 血流を制限しているせいか、両腕に鈍い痺れが始まっていた。

 早くしなければ、今度は切断するだけの力が保てなくなる。

茜「……ままよっ!」

 意を決した茜は、先ず、右腕を大きく振り上げた。
299 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:45:48.27 ID:PD5MJK4no
―3―

 それから僅かに時は過ぎ、十四時を回った頃。
 第十街区、外縁――


 空は変わらず、開かれたハッチの縁に腰掛け、遠くに見える旧技研を見張っていた。

 技研には未だに煌々と灯りが点っている。

空(まだ動きはない、かな……?)

 空は不意に視線を外し、コントロールスフィア内壁に映し出された後方の映像に目を向けた。

 保護を訴える避難民や投降するテロリスト達の流れはもう三十分ほど前の時点で途切れており、
 つい数分前に彼らを乗せたリニアキャリアの最終便がメインフロートへと向かったばかりだ。

 残りの治療や炊き出しは、後方にある途中の兵站拠点かメインフロートで行うのだろうが、
 前線に立つ空達にはそこまで詳しい事は知らされていない。

 あくまで、後顧の憂いが一つ減ったと言う程度だ。

 最大の憂いである茜達の状況は、空達には伝わっていない。

 その存在をテロリストに気取られぬよう、突入した諜報部隊からの通信は勿論、こちらからの通信も厳禁だ。

 状況が判明するのは恐らく、彼らが茜を連れて脱出した直後だろう。

 それまでは茜の安否すら分からないのだから、もどかしいばかりだ。

 時間が経てば経つほど、不安と焦燥ばかりが募る。

エール『空、心拍数がかなり上昇しているけど、大丈夫かい?』

空「アハハ……うん、何とか」

 心配そうに尋ねるエールに、空は苦笑いを浮かべて返した。

 空がその指にエールのギア本体を装着している関係で、エールは空の体調を把握している。

 不安による心拍数の上昇に気付いたのだ。

空「大丈夫……戦闘になったらエールも、レミィちゃんとヴィクセンもいるもの。
  いざとなったらモードHSも使えるしね」

 空は苦笑いを微笑みに変えて、自信ありげに言い切る。

 そう、戦闘に関しては問題ない。

 フルスペックに戻ったエールに加えて、強化されたヴィクセンの二機の揃い踏みだ。

 フィールドエクステンダーを装備したアメノハバキリを駆るレオン達の援護もあるのだから、隙は無い。

 そこは不安を抱きようもないが……。

エール『大丈夫だよ空。
    先に突入した仲間を信じて、僕達は僕達のするべき事に全力を尽くそう』

空「うん……そうだね」

 エールの言葉に頷いた空は、決意を込めた視線を再び正面の旧技研へと向けた。
300 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:46:16.44 ID:PD5MJK4no
 そう、今は為すべき事に集中しよう。

 茜の事に気を取られ戦闘でミスを犯していては、茜が無事に戻って来た時に顔向け出来ない。

 茜と、そしてクレーストが帰って来た時に、少しでも胸を張っていられるようにしなければ。

空(もう……お姉ちゃんやフェイさんの時のような事に、なってたまるもんか……!
  私が……私とエールがみんなを守ってみせる!)

 空がそんな決意の炎を胸に灯した瞬間だった。

 つい先ほどまで、煌々と輝いていた筈の旧技研の灯りが、不意にフッと消え去ったのだ。

空「ッ!? 来た!」

 一瞬だけ息を飲んだ空は、すぐさま気を取り直して立ち上がると、
 コントロールスフィアの奥へと転がり込み、エールを完全に起動する。

空「皆さん! 今すぐ機体を起動して下さい! 作戦行動に移ります!」

 空は通信機に向かって、自分の指揮下にあるレミィ達四人に指示を飛ばす。

 そして、指示を飛ばしながらもスフィア内壁に映る旧技研の一角を拡大する。

 ハッキリと形が把握できるほど拡大された画像では、
 灯りの消えた旧技研の彼方此方で小規模な爆発が幾つか巻き起こり、煙が舞い上がっていた。

 突入部隊の脱出準備が終わり、陽動の破壊工作が始まったのだ。

 それが空達指揮官クラスに伝えられていた戦闘開始の合図だった。

指揮官『各員戦闘開始! なお、戦闘時は味方の動きに留意し、
    別命あるまで攻撃対象は敵ギガンティックに限定する物とする!』

 拠点各地のスピーカーから軍部の指揮官らしき男性の声が響く。

レオン『なるほど、な……。そう言う事か!』

 その命令の内容で全てを察したのか、レオンが納得したと言いたげな声音で言った。

 レオン同様、察しの良い者達は気付いているのだろう。

 指揮官の言った“味方の動きに留意し”と言うのは、破壊工作を終えて撤退する諜報部の突入部隊を誤射せぬように、
 “別命あるまで〜〜”とは突入部隊の撤退が確認されるまで敵機にのみ集中しろ、との事なのだろう。

空「はい、そう言う事です!」

 空がレオンの言葉を肯定した事で、レミィ達も作戦と指示の意図を感じ取ったらしい。

レミィ『知っていたなら教えてくれてもいいだろ!』

ヴィクセン『しょうがないでしょ、作戦よ、作戦』

 怒ったように漏らすレミィを、ヴィクセンが宥める。

空「ごめんね、レミィちゃん。埋め合わせは後でするから」

 空は言いながら、六基のプティエトワールを分離させ、レオン達の機体のフィールドエクステンダーに接続させた。

 そして、自らはエールに翼を広げさせ、高く舞い上がる。
301 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:46:43.87 ID:PD5MJK4no
空「エール、少しでも目立って攻撃を引きつけるよ! 特に401の攻撃は可能な限り全部!」

エール『了解! プティエトワールとグランリュヌの操作は僕がするから、空は白兵戦に集中して!』

空「うん、ありがとう!」

 空はブライトソレイユをエッジモードで構え、拠点の爆破炎上で困惑する敵陣へと切り込んで行く。

 その後を、キツネ型に変形したヴィクセンMk−Uが、クアドラプルブースターを噴かして地上から追う。

 敵の反撃はすぐにあった。

 混乱して指揮系統がメチャクチャになったせいなのか、
 それとも、指揮系統など最初から有って無いような物だったからなのか、
 敵ギガンティックは散発的にだが突出して来たエールに向かって砲撃を浴びせて来た。

 だが――

エール『させるものかっ!』

 その全てを、エールがプティエトワールとグランリュヌを用い、ピンポイントの障壁で防ぐ。

 後方への被害は皆無だ。

空「ここっ!」

 空は真っ正面にいた401に狙いを定め、その眼前で急制動を掛け、頭部と両腕だけを鮮やかに切り裂く。

 以前のフルスペックでないエールでは出来なかった芸当だが、
 数々の戦いを経て成長した空と全開のエールならば造作もない。

 空は頭と両腕を失った機体の胴体を蹴り飛ばすようにしてその場に崩れ落ちさせると、
 さらにその反動で上空へと舞い上がる。

テロ指揮官『う、撃て撃てぇ! 白いギガンティックを逃すなぁっ!』

 そこでようやく気を取り直したらしいテロリストの指揮官機と思しき401が、
 上空に舞い上がったエールに向けてライフルを連射した。

 部下達もそれに続き、火線をエールへと集中する。

 だが、四基のグランリュヌが生み出す障壁が、その銃弾を完全に防ぐ。

 下にいる401は残り十機。

 それだけの数が火力を集中しても、今のエールには一発たりとも届かない。

 さらに――

レミィ『足もとがお留守なんだよっ!』

 丁度接近していた二機の401の間を、人型に変形したヴィクセンMk−Uがレミィの声と共に通り過ぎる。

 すれ違い様に展開された両腕のスラッシュセイバーが、二機の401の胴体を真っ二つに切り裂き、
 上半身と下半身を泣き別れにされた機体がその場でマシンガンやライフルを乱射しながら崩れ落ちて行く。

テロ指揮官『げ、迎撃だ!? 下も迎撃しろ! 早くしろぉっ!』

 指揮官は狼狽しながらも指示を出すが、その射撃は完全に混乱して狙いなど定まっていない。

 レミィは鮮やかに機体を操り、その狼狽え玉を華麗に避けながら次々に401を撃破して行く。

 さらに、下で撹乱するレミィとヴィクセンに気を取られている間に、
 今度は上空の空とエールが急降下攻撃で401を破壊する。

 最初から混乱していた事も大きかったが、上空と地上の両面撹乱戦法でテロリスト達の主戦力である
 401・ダインスレフは、一機、また一機と確実に数を減らされて行く。
302 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:47:10.08 ID:PD5MJK4no
レオン『すげぇすげぇ、流石だなぁ』

紗樹『これ、私達の援護の意味とかあるんですかね……?』

遼『………』

 一方、目の前で繰り広げられる圧倒的な戦闘に、
 レオン達は感嘆、呆然、唖然とそれぞれに反応していた。

 方や全てを取り戻したエース機、方や最新鋭のオリジナルギガンティック。

 加えて息の合ったコンビネーションは、流石の一言では言い表せない。

 無論、空達がこれだけの戦果を発揮できたのは機体性能だけでなく、
 レオン達の援護射撃あったればこそだ。

 敵の遠距離攻撃の雨霰の中、これだけ懐で暴れ回られるのだから、
 テロリストもたまった物ではないだろう。

レオン『お嬢が帰って来た時にドヤされないよう、真面目に仕事しろ、お前ら!』

 レオンは唖然呆然の部下達を叱咤し、
 離れた位置からヴィクセンを狙おうとしていた401のバズーカを撃ち抜く。

 バズーカを撃ち抜かれ、爆発に巻き込まれて誘爆した401は、黒こげになってその場に倒れた。

紗樹『……了解です!』

遼『……了解!』

 レオンの妙技に二人は気を取り直し、
 ミニガン型魔導機関砲で周囲の370系や380系のギガンティックを薙ぎ払う。

 さらに他の軍や警察の連合部隊のギガンティックの攻撃で、
 次々にテロリストのギガンティックは撃破されて行く。

 数は敵が圧倒している。

 空達の側にはオリジナルギガンティック二機、アメノハバキリ三機。

 最大級と言える戦力を少なく配置した事で、逆にこちら側に戦力を集中したのだろう。

 残された虎の子の十九機の401の内、半数以上の十一機がこちらに配備されていたのが良い証拠だ。

 五機だけの主戦力を一気に押し潰して、
 そのまま反対側に残存戦力を結集すれば勝てるつもりだったのだろうが、そうはいかない。

 元々、籠城戦と言う地の利と数の差を覆すための戦略として、
 茜とクレーストの救出に加えて拠点破壊の陽動を行っていたのだ。

 篭もるべき拠点を失い、混乱した敵の掃討ならば数の差などどうと言う事はない。

空(このまま有利に進めば、私達が風華さん達の援護に……うん、行ける!)

 空は冷静に戦況を確認しつつ、確信する。

 陽動と援護のお陰で敵は殆ど潰走状態。

 こちらの優勢は覆りそうにもない。

 このままレオンに指揮を任せて、自分は風華達の援護に回ろう。

 そう思った矢先の出来事だった。

アリス『各員へ通達します!
    敵拠点にて突入部隊が小破状態の401を一機奪取しました!
    該当機をD01と呼称、ロイヤルガード261と共に脱出、整備と補給のため、一時後方へ撤退します!
    D01への攻撃は厳禁とします!』

 通信機から後方の指揮車輌にいるアリスからの指示が飛ぶ。

 どうやら諜報部の面々も無事脱出できたようだ。

 しかも、喜ぶべき事に茜も一緒らしい。
303 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:47:40.27 ID:PD5MJK4no
空「良かった……! 茜さん、無事なんだ!」

 通信機越しに仲間達……特にロイヤルガードの面々の歓声が響く中、空も安堵の声を上げる。

 反射的に旧技研に視線を向けると、丁度、茜色の輝きを宿したクレーストと共に、
 片腕を失った401が立ちこめる煙を吹き飛ばして飛び出して来るのが見えた。

 遠目のため、よく確認できないが、401のブラッドラインは黄色系統の色で輝いているようだ。

 茜達に通信が繋がらない所を見ると、どうやら敵に通信機能を封鎖されているらしい。

 後方の指揮車輌が突入部隊と連絡を取り合えたのは、恐らく秘匿回線による物だろう。

 クレーストと401は十メートル四方の巨大なコンテナを牽引していた。

 どうやら、アレが敵の元にあった残された最後の一つのハートビートエンジン、6号のようだ。

 仲間達の援護射撃に助けられながら、二機のギガンティックは戦場を迂回し、
 空達の後方にある整備拠点へ向けて後退して行く。

 そうこうしている間に、敵の401は全滅したようだ。

 後は残ったレプリギガンティックの掃討だけである。

空「レミィちゃん、このまま反対側に行くけど大丈夫!?」

レミィ『ああ、多少、弾が掠めたが、機体を換装するようなダメージは受けていない。
    行けるぞ!』

 空の問い掛けに、レミィは力強く応える。

 機体を換装とは、そのものズバリ、機体そのものをそっくりそのまま換装する事だ。

 実は後方の整備拠点には、先日完成したばかりのアルバトロスMk−Uの躯体が用意されていた。

 元々、同型の試作型エンジンを搭載していたヴィクセンとアルバトロスであったため、
 オリジナルエンジン用に改修されたアルバトロスMk−Uの躯体には、
 そのままヴィクセンの5号エンジンを乗せ換える事が可能だ。

 いや、むしろ、ドライバー不在で浮いてしまった機体の有効利用にと、
 瑠璃華は換装前提の改装を施していたのだった。

 速力と格闘戦能力が必要とされる作戦ならばヴィクセンMk−Uに、
 防御力と火力が重要視される作戦ではアルバトロスMk−Uに短時間で換装可能な、
 ヴァリアブルコンパーチブルギガンティックとしてヴィクセンは生まれ変わっていたのである。

空「なら、このまま行こう! 風華さんと連携を取るならモードHSの方が戦い易いよ!」

レミィ『了解だ!』

 レミィの返事を聞いた空は、立て続けに通信機越しにレオン達へ指示を出す。

空「レオンさん! このまま現場指揮をお願いします!
  私とレミィちゃんは裏手に――」

 ――回ります!

 そう、空が言おうとした瞬間だった。
304 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:48:17.77 ID:PD5MJK4no
風華『こちら206! 応援よ……キャアァァァッ!?』

 せっぱ詰まった様子の風華の声が聞こえ、直後、彼女の悲鳴が響いた。

空「風華さん!?」

レミィ『隊長!?』

 あちらで前線指揮を執っていた筈の風華の悲鳴に、空とレミィは愕然とした声を上げる。

 どうやら、旧技研を挟んだ反対側の戦場――第二街区方面――で何かよからぬ事が起きたようだ。

タチアナ『朝霧副隊長、聞こえましたか!?』

空「はい!」

 後方の指揮車輌で指揮を執っていたタチアナの問い掛けに空は応える。

空「モードHSに合体次第、彼方の援護に向かいます!」

タチアナ『お願いします!』

 空はタチアナの声を受け、地上スレスレを飛ぶ。

 既に壊滅状態の敵の攻撃は散発的で、十分に戦場で合体可能な余裕がある。

空「レミィちゃん! 合体するよ!」

レミィ『分かった!』

 空の呼び掛けにレミィが応えるが早いか、ヴィクセンMk−Uは人型に変形してその後方へと追い付く。

空「モードHS、セットアップ!」

エール『了解、モードチェンジ承認!』

 空の声にエールが応えると、プティエトワールとグランリュヌが分離し、
 背中と両腕のジョイントカバーが外れ、エールが合体形態へと移行した。

 そして、ヴィクセンは両腕と両足を分離させ、五つのパーツへと分解され、
 それぞれのパーツからエールの各部ジョイントに向けて光が放たれる。

ヴィクセン『ガイドビーコン確認、仮想レール展開、ドッキング開始!』

 分離したヴィクセンの各パーツがエールの各部へと合体して行く。

 クアドラプルブースターをX字状に展開した胴体は背面へ、
 腕と足は左右同士で並列にドッキングしてエールの両腕へと合体する。

エール『ツインスラッシュセイバー、クアドラプルブースター、リンケージ!』

ヴィクセン『全ユニット、接続確認!』

レミィ「モードHS……ハイパーソニック、セットアップ!」

 各部パーツの連結を確認したエールとヴィクセンの声に続き、レミィのクリアな声が響き渡る。

 広げられたエールの翼の上下で独立稼働可能なクアドラプルブースターと、
 より破壊力と切れ味を増したツインスラッシュセイバー。

 エールの回復が見込める段階になった事で、翼の稼働を阻害する事なく再設計された
 新たなるエール・ソニック、その名もエール・ハイパーソニックである。

 本来は高速陸戦を主眼とした形態だったが、エールが完全復活した事で、
 想定以上の空戦能力と火力を得て完成を迎えたのだ。

空「レミィちゃん、一気に駆け抜けるよっ!」

レミィ「ああ、任せろ!」

 四基のブースターを噴かして加速するエールHSの後を、
 ドッキングしたプティエトワールとグランリュヌが追跡する。

 慌てふためく敵残存部隊の頭上を音速で駆け抜け、濛々と立ちこめる煙を切り裂いて、エールHSは飛翔した。
305 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:48:47.84 ID:PD5MJK4no
空「………」

 煙を切り裂いた瞬間、空は不意に先ほどの光景を……
 クレーストと共に煙を吹き飛ばして現れたD01と呼称された401を思い出す。

 あの黄色系統のブラッドラインの色。

 あの色に、どこか見覚えがあるような……そう、既視感を感じていた事に思い至った。

 だが、すぐに頭を振る。

レミィ「どうした、空?」

空「ううん、何でもない……とにかく、今は急ごう!」

 自分の突然の行動を心配したレミィに応えて、空は気を取り直して仲間達の元へと急ぐ。

 第二街区方面の戦闘は、空達のいた戦場から予測できる通り、少数による防衛戦線だった。

 こちらはまだ比較的、優秀な司令官がいたのか、あちらほど戦線は瓦解していない。

空「少しでも数を減らさないと!」

 空は上空からプティエトワールとグランリュヌによる斉射で、
 敵のギガンティックを無力化しつつ最前線へと向かう。

 そこではあちら側とは打って変わった、熾烈な戦闘が繰り広げられていた。

 風華の突風・竜巻と、クァンとマリアのカーネル・デストラクターが
 二機がかりで苦戦を強いられているではないか。

 それも、たった一機のギガンティックに、だ。

空「な、何、あれ!?」

 空はその光景に息を飲む。

 巨大なシールドのような武装を両腕に施された見たことも無い大型ギガンティックが、
 突風・竜巻の攻撃を弾き返し、カーネル・デストラクターを翻弄している。

 突風の攻撃を弾き返す防御力は、重量級の大型ギガンティックのそれだが、
 カーネルを翻弄するスピードは突風ほどで無いにせよ、大型機のそれを軽く凌駕していた。

 それどころか、二人の連携に対して的確に対応して見せる反応速度も、とても壊滅寸前のテロリストの物では無い。

 ここまで温存されていたのがおかしいと思えるほどの、正にエースの動きと、その乗機に相応しい機体だ。

 機体の全身各部には暗い赤色の輝きが見え、それが400シリーズの一機だと言う事は、何とか空にも判断できた。

 戦況を見渡すと、後方では軍のアメノハバキリとケーブルで連結された瑠璃華のチェーロ・アルコバレーノもいたが、
 思ったよりも俊敏な動きで接近戦を繰り広げる敵を相手に、有効な支援砲撃が出来ずにいる。

空「お待たせしまたっ!」

 空は苦戦する仲間を激励する思いで高らかに叫ぶ。

風華『空ちゃん!? ……気を付けて、このギガンティック、強敵よ!』

 一瞬、驚きの声を上げた風華だが、すぐに冷静さを取り戻して言った。

 空は突風、カーネルと三点で敵ギガンティックを囲む位置取りでエールを着陸させ、
 ブライトソレイユを構えながらツインスラッシュセイバーを展開する。

 敵の戦い方を見る限り、格闘戦が得意なようだ。

 相手の土俵で戦うのも馬鹿げているかもしれないが、
 あの俊敏な動きに対抗するにはこちらも高速陸戦を前提にした方が戦いやすいだろう。

 万が一のため、仲間達と自分の元に、
 付かず離れず程度の位置でプティエトワールとグランリュヌを待機させておく。

クァン『よくも今まで好き勝手やってくれたな!』

マリア『空とレミィまで来たら、こっちのモンだっての!』

 クァンとマリアも口々に叫ぶ。

 だがしかし、三方から取り囲まれた現状でも、中心に立つ敵ギガンティックは狼狽えた様子は無い。

 むしろ、ゆっくりとエールへと向き直る、不敵なまでの余裕を見せつけて来る。
306 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:49:18.27 ID:PD5MJK4no
??『フフフ……情報が錯綜していたせいでハズレを引いたと思ったが、やって来てくれたか』

 外部スピーカーを通して、どこか興奮したような熱を伴った声が響く。

瑠璃華『ハズレだと!?
    何を以てハズレと言ったかは知らんが、訂正してもらうぞっ!』

 瑠璃華はコチラの音声を拾っているのか、通信機を介して寮機の外部スピーカーから憤ったように叫ぶ。

 だが――

??『既に稼働データを十二分に収集している特化機体など、最初から用は無いのだよ』

 敵ギガンティックのドライバーが嘲るように言うと、機体各部のハッチが開き、
 そこから無数のレンズのような物が飛び出す。

空(全方位攻撃!?)

 空は瞬間的にそう結論し、防御態勢を取りながら敵の次の一手を見据える。

 最悪、即座に退避できるようにクアドラプルブースターを噴かす。

 恐らくは低威力の拡散魔導砲の類だ。

 仲間達も同じような判断らしく、風華は突風・竜巻をバックステップで十分な回避距離を取り、
 クァンもカーネル・デストラクターに分厚い結界を展開させて防御の態勢を取っていた。

 しかし――

??『補助兵装と言う判断が一切無いのは、
   突進して来るだけしか能の無いバケモノを相手にするプロ集団らしいな』

 敵ドライバーの嘲笑うかのような声と共に、レンズが激しく発光した。

空「目眩まし!?」

 目を覆いたくなる程の眩い光量に、空は思わず悲鳴じみた声を上げる。

 防御も距離も関係無い攻撃に、
 さしものギガンティック機関のドライバー達も一瞬、その動きを止めてしまう。

 空達だけでなく、ギガンティック達にも目眩ましは有効なようで、
 カメラが一瞬で焼き付き、コントロールスフィア内壁の正面画像が真っ黒に染まる。

エール『動体センサーに切り替えるよ!』

 エールは素早く有視界センサーの情報を、
 物体や空気の振動を感知して像を作り出す動体センサー画像に切り替えようとする。

??『テスト用の特別仕様だ、この手の攻撃にはさすがに対応できまい!』

 だが、切り替わりよりも一瞬早く、敵ドライバーの声が響いた直後、空は両腕を掴まれる感触を覚えた。

レミィ「ッ!? 間に合わない!?」

 おそらく、ブースターを点火して逃れようとしていたのだろう。

 レミィは愕然と漏らすが、敵に抱きすくめられ、身動きが取れなくなっていた。

??『さぁ、邪魔の入らない場所でゆっくりと君らのデータを収集させて貰おうじゃないか!』

 敵ドライバーはそう言うと背面のスラスターを噴かし、エールをその場から連れ去る。

空「最初から狙いは私達!?」

 空はすぐにその結論に思い至るが、これは逆にチャンスだ。

風華『空ちゃん! すぐに助け……』

空「大丈夫です! この機体は私達で引きつけます!」

 言いかけて飛びだそうとした風華を、空は言葉で制した。

 仲間達を圧倒したギガンティックを、取り敢えずは自分達に釘付けに出来る。

 そうして自分達が時間を稼いでいる間に、仲間達にテロリスト達の本隊を壊滅させて貰えば良い。

風華『………分かったわ! 後で必ず助けに行くから!』

 風華もその結論に至り、空の判断を尊重したのか、だがどこか悔しさを漂わせて言った。
307 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:49:47.02 ID:PD5MJK4no
??『なら、不要な横槍が入らぬ場所まで来て貰うおうか』

 敵のギガンティックはエールHSを捕まえたまま、さらに遠くへと退いて行く。

 その先は何も無い、廃墟の街だ。

 僅か数十秒でかなりの距離を移動したようで、戦闘区域からはかなり引き離されていた。

 確かに、彼の言う不要な横槍――仲間達の援護――はすぐには望めない。

 敵ギガンティックはエールHSを解放すると、戻る道を塞ぐようにエールと戦場との間に降り立つ。

 一方、解放された空もエールを無事に着地させ、改めて構え直す。

 既にカメラの焼き付きは回復しており、鮮明な映像が映されている。

??『さて……では実働テスト最終段階と、その新型のデータ収集を前に自己紹介と行こう。
   私は現在、ユエ・ハクチャを名乗らせて貰っている、しがない研究者だ』

空「ユエ……ハクチャ」

 不躾に名乗った男の名前を反芻しながら、空は不意にその声に聞き覚えがある事を思い出す。

 エールを奪った少女……ミッドナイト1を見捨てた、彼女にマスターと呼ばれていた男の声にそっくりなのだ。

空「あなたが……あなたがあの子をけしかけたんですか!?」

 空も構えを崩さず、次第に憤りを込めながら問い掛けた。

ユエ『けしかけた、とは心外な物言いだな。作った道具を有効利用しただけだ』

空「ッ!」

 何の気なしのユエの言葉に、空は怒りが湧き上がるのを感じたが、すぐにその怒りを押さえつける。

 相手に会話をする余地があるなら、情報を聞き出す必要もあるからだ。

空「あなたはテストやデータ収集と言いましたね?
  だとすると、あなたがテロリストのギガンティックを……」

ユエ『ご明察だ』

 質問を言い切らない内に、ユエは感嘆混じりに口を開き、さらに続ける。

ユエ『401・ダインスレフ、先日、君らの撃破した獣型の402・スコヴヌング。
   そして、この403・スクレップも私の作品だ』

エール『最後のスクレップ以外は、あまり趣味の良いネーミングじゃないね……』

 どこか嬉しそうに語るユエに、エールは辟易した声音で呟く。

 狂気の魔剣ダーインスレイブ、不治の傷を残す名剣スコヴヌング、
 錆びついた外見ながらも鋭い切れ味を誇った名剣スクレップ。

 どれも欧州の神話や伝承に登場する伝説の剣だ。

 量産型ギガンティックの名称はどれも剣に由来した物なので決して珍しくはない。

レミィ「お前の作品……だと! なら、妹をあんな目に合わせたのも、お前って事か……!」

 だが、そんなネーミングよりも怒りの琴線に触れる事実に、
 黙って空のサポートに回り続けようとしていたレミィが不意に声を荒げた。

 当然だ。

 妹の手足を切断し、ギガンティックに埋め込んだ張本人が目の前にいると分かってしまったのだから。

ユエ『? おお、そうか、その強化パーツは拾弐号が制御しているのだったな。
   失敗作の事はどうも忘れがちになる……。

   ああ……そう言えば、402に使った検体も弐拾参号だったか』

 これはしたり、と言いたげな、だがむしろ自らの失念を恥じるだけのような声音に、今度は空の怒りが爆発する。

空「あなたって人はっ!!」

 仲間や仲間の大切な人を貶され、しかも非道な行いをした人間を相手に、冷静でなどいられない。

 空は怒りの声を上げ、ブライトソレイユを振りかぶって突進する。
308 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:50:16.22 ID:PD5MJK4no
 翼を広げ、クアドラプルブースターを噴かし、
 超低空を飛翔して猛然と敵ギガンティック……403・スクレップに迫った。

 だが――

ユエ『素晴らしい加速度だ!』

 感嘆の声を上げながらも、ユエは平然とその直線的な攻撃を避けた。

 だが、そこで止まる空ではない。

空「レミィちゃんっ!」

レミィ「ああ! ぶち当てろ、空ぁっ!」

 レミィはバイク状のシートのハンドルを大きく切り、
 クアドラプルブースターを左右で前後互い違いに向けて機体を高速旋回させる。

 四基独立可動の柱状ブースターはこのようにそれぞれの向きを調整する事で、
 瞬間的な高速旋回も可能としているのだ。

ユエ『ほぅ……旋回性能も高い!』

 目の前で一瞬にして体勢を整えたエールHSの姿に、ユエは感嘆混じりの歓声を上げる。

 純粋に技術者としてエールHSの性能を講評しているつもりなのだろう。

ユエ『だが、その程度はこのスクレップにも可能だ!』

 ユエがそう言った瞬間、スクレップは両腕の巨大なシールドを構えた。

 するとシールド側面下部から巨大なスラスターが展開し、上空へと飛び上がって距離を取る。

 だが、それだけでは終わらない。

 ほぼ天蓋近くまで飛んだスクレップは、シールドを突き出すように構え直すと、
 今度は側面先端から大口径の魔導砲が除く。

空「なっ!?」

エール『障壁を!』

 愕然とする空よりも先に、エールは待機させていた
 プティエトワールとグランリュヌで分厚い魔力障壁を展開する。

 直後、スクレップのシールドから極大の魔力砲撃が放たれた。

空「っぐぅぅっ!?」

レミィ「うわぁっ!?」

 障壁を展開してもなお凄まじい魔力の奔流が生み出す衝撃に、空とレミィは呻き、悲鳴を上げる。

 数秒で魔力の奔流は止み、プティエトワールとグランリュヌの障壁で何とか砲撃を凌いだエールHSの中で、
 空とレミィは深く長い息を吐いた。

ヴィクセン『無傷で済んだけど、結構、ブラッド持っていかれたわね……。
      あれ一発で残り五割強ってかなりの威力よ』

 機体コンディションをチェックしていたヴィクセンが警戒気味に呟く。

 直前までの戦闘でそれなりにブラッドを損耗していたが、さすがに一撃で三割以上を削られるとは思っていなかった。
309 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:50:52.07 ID:PD5MJK4no
ユエ『ハハハッ、素晴らしい威力だろう?
   これがスクレップが誇る格闘、砲撃、防御、機動の四役をこなす複合兵装、その名もハルベルトシルトだ』

 上空に留まったままのスクレップの内部から、ユエの興奮した声が響く。

 突く、斬る、薙ぐなどの複合ポールウェポン、ハルバートに因んだ名を付けられた盾、と言う事だろう。

 成る程、巨体に見合わぬ敏捷性の正体は、あのシールドに装備されたスラスターのお陰らしい。

 スクレップが肘を立てるような動作をすると、
 左右のハルベルトシルトからそれぞれ五つのドラム缶のような物が排出される。

 使い捨て式の魔力コンデンサのようだった。

ユエ『やや燃費に難がある装備だが、結界装甲による総合強化で、
   現存するギガンティック用兵装の中でもトップクラスの性能だと自負しているよ』

 自信ありげなユエの言葉が単なる強がりの類でないのは、空達も肌身で感じていた。

 二対一の接近戦を難なくこなす機動性に防御力、そして、一気に三割ものブラッドを劣化させる砲撃力。

 加えてあの重量級のボディと頑強なシールドの生み出す打撃力も侮れないだろう。

 言わば、ユエ・ハクチャ版エール・ハイペリオンと言った所だ。

 躯体の大型化は打撃力と出力を考慮しての物だろうが、大型化した装備を両腕に集約する事で取り回しを向上させ、
 装備その物の剛性をシールド化する事で高めている点は、ハイペリオンを上回っていると言えなくもない。

 だが、ハイペリオンに近い特性の機体ならば、その攻略法は空も承知している。

空「レミィちゃん! 中距離の円軌道を保ってヒットアンドアウェイで行くよ!」

レミィ「分かった! 今度こそっ!」

 空はレミィに指示を飛ばすと、天蓋付近で留まるスクレップに向けて翼を広げ、
 クアドラプルブースターを噴かして舞い上がった。

 ハイペリオンやそれに準ずる機体の弱点は少ない。

 近遠距離に対応した装備に加え、高い瞬発力と機動性、そして、頑強な防御力。

 一見して完璧に見える機体だが、実は最大の穴が射程範囲にある。

 相手が中距離にいる場合、距離を取っての遠距離戦か接近しての格闘戦かを強いられる点だ。

 一瞬の、だが冷静な判断を迫られる距離が、この中距離なのである。

 その一定の間隔を保っての円軌道で敵の周囲を旋回するのは、敵からしてみればかなりのプレッシャーだろう。

ユエ『ほう……成る程』

 事実、ユエは感嘆を漏らしながらも警戒したように定点旋回を続けている。

 空達のとった戦術は、同系統の全領域攻撃型機同士でしか起こりえない、
 先出し有利の二択ジャンケンのような物だ。

 この状況を回避するために動いたとしても、それに合わせて追随すれば状況をひっくり返す事は不可能。

 周辺を高速旋回する事でコチラは敵の動きをじっくりと観察できるため、
 敵が遠距離・近距離のどちらを選んでも即座に対応可能。

 逆に敵は高速旋回するコチラの動きをじっくりと観察するのは難しい。

 あくまで“こうされたら対応が難しい”と言う空自身の感想から生まれた戦術であり、
 むしろこれは空達も解決しなければいけない問題の一つなのだが、この時ばかりは空達の有利に切り替わる。

ユエ『これは良い改良点を教えて貰った』

 空達の思惑に気付いているのか、だが、ユエは未だに余裕綽々と言った風に呟く。

 まるで抑揚に頷いている様が見えて来るかのようだ。
310 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:51:24.35 ID:PD5MJK4no
空「余裕でいられるのも、今の内だけです!」

 空は僅かな怒りを込めて叫ぶと、エールがスクレップの背後を取る一瞬を狙い、
 ツインスラッシュセイバーで切り込む。

 この速度のまま背後からの攻撃は、後方カメラやセンサーが感知していようが、
 常人には決して反応が不可能な間合いだ。

 空はそう確信する。

 だが、次の瞬間、空の目は驚愕で見開かれた。

 スクレップは右腕だけがまるで別の機体のように動き、
 ハルベルトシルトが纏った結界装甲の障壁で空達の一撃を難なく受け止めたのだ。

空「なっ!?」

ユエ『この機体のAIは、我が身に迫る危険には実に敏感でね。
   ドライバーの機体制御が間に合わない攻撃に対しては、
   機体のリミッターを外し、自動で防御する機能が備わっている』

 愕然と叫ぶ空に、ユエはまるで壇上で生徒に講釈する教師のような声音で説明する。

 そして、それこそが単機で風華達を相手に圧倒していた第二の、そして本命のカラクリだった。

 ユエの余裕の根源も、実を言えばそのシステムに起因していた。

 高い防御性能と攻撃性能を併せ持ち、加えて人間では反応不可能な速度に対応する防御システム。

ユエ『このシステムは402に搭載していた物の完成版でね……。
   恐怖の感情を排し、危機に対してのみ純然たる防御反応を示す合理的なシステムだよ』

 ユエはスクレップにエールを弾かせながら高らかに宣言する。

空「それなら全方位攻撃でっ! エール、お願い!」

エール『分かったよ、空!』

 空の合図でエールはプティエトワールとグランリュヌに包囲陣形を取らせ、
 あらゆる角度からの十字砲火を浴びせた。

 だが、スクレップは軽やかにその砲撃を回避し、回避不可能な物だけを適宜防御し、
 最後のだめ押しの一斉射撃も全周囲にピンポイントの結界を展開して凌ぎきってしまう。

ヴィクセン『そんな……嘘でしょ!?』

 エールの代わりに機体制御に専念していたヴィクセンが驚きの声を上げる。

エール『魔力コンデンサが危険領域だ………一旦、本体にドッキングして魔力をリチャージしないと』

 エールも悔しそうに漏らし、プティエトワールとグランリュヌを背面に連ねるようにしてドッキングさせた。

ユエ『アルク・アン・シエルくらいしかこの防御を突破する方法は無いが、
   さすがにそれでは十分なデータが取れないのでね、その隙は与えないよ』

 その光景を見遣り、ユエは不敵な声音で呟く。

 確かに、あの機体を相手に砲撃前後の硬直時間の長いアルク・アン・シエルは使えない。

空「何か別の攻略方法を考えないと……!」

 空は人を嘲り、挑発めいた物言いを繰り返すユエに対する怒りを押さえつけながら、次なる手を思案する。

 その時――
311 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:51:56.46 ID:PD5MJK4no
レミィ「……そこに……いるんだな……!」

 不意に背後から響いた声に、空はレミィに振り返った。

 振り返って見たレミィの顔には、哀しみとも喜びとも取れない決意の表情が浮かんでいる。

ユエ『ああ、そうか……システムの構築に使ったのは、全て甲壱号計画の生き残り達だったか』

レミィ「伍号姉さんを、返して貰うぞっ!」

 常に心に留め置くまでもない、まるで些末な事と思い出したように語るユエに、
 レミィは怒りを込めて叫ぶ。

 だが――

ユエ『返すも何も……返す物など残っていないよ?

   402と弐拾参号で得たデータを元に改良したのが、この403に搭載したシステムだ。
   痛みを感じる要素は不要なのでね、脳全体と神経組織を全摘出した後、
   一部の神経組織と脳組織以外は排除してある。

   そうだね、強いて言えばこのスクレップそのものが伍号の肉体だ』

 ユエは何ら悪びれた風も無く、さも当然と言いたげに言い切った。

レミィ「…………………………………え……?」

 その言葉にレミィは茫然と聞き返す。

 空も目を見開き、スクレップに向き直る。

ユエ『自我を残しておくには何かと面倒なシステムでね。
   自我を残しておいた402の時ように獣型のような汎用性の低い形状にしか作れないのでは意味が無い。
   よって不要な自我を無視できるように、脳と神経の一部だけを利用させて貰う事にしたワケだ』

 雑誌取材に応える技術者の苦労話のように、ユエは感慨深げに語った。

 レミィは愕然とする。

 死んでいた。
 殺されていた。

 弐拾参号を助けた時、一縷の望みを抱いた。

 妹を助けられたのだ。

 姉も……伍号も生きて、助けを待っている筈だ。

 そんな夢を、見ていた。

 だが、現実は、ユエの言葉はレミィの夢を嘲笑う。

レミィ「お前……お前は……ッ!」

 レミィが憤怒の雄叫びを上げようとした、瞬間――
312 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:52:25.30 ID:PD5MJK4no
?「…………オマエエエェェェェェッ!!」

 ――その正面から、怨嗟の雄叫びが上がった。

 空だ。

 一年と三ヶ月前、かつて上げた雄叫びと同じ、怨嗟と憤怒の雄叫びを、
 喉が裂けるのではないかと思う程の大音声で張り上げる。

 もう、限界だった。

 人を人とも思わず、道具のように使い捨てる所行。

 多くの人々を虐殺したテロリストに与する技術者。

 他人全てを見下し、嘲るような口調。

 まるで自分が神だとでも言いたげな、言外の言動の全て。

 義憤を募らせる空の心のたがを、
 最後の一押しが……大切な仲間の姉を切り刻んで殺したと言う事実が、吹き飛ばした。

空「みんなのために……お前みたいな奴は……イキテチャイケナインダアァァァッ!!」

 空は鬼すら怯ませるかのような形相でスクレップを……ユエを睨め付け、叫ぶ。

 数日前、茜を止めたハズだった。

 怒りや憎しみに身を任せてはいけない。

 それは苦しい事だ、いけない事だと。

 だからこそ、空は憎悪に、憤怒に、自らの信ずべき義憤を乗せる。

 目の前の悪魔を生かしておいてはいけない。

 この悪魔は、きっと繰り返し続ける。

 腕をねじ切り、足を吹き飛ばし、厳重な檻に捕らえようとも、
 利用できる全てを利用し、悪魔の所行を何度でも、当然のように繰り返す。

 それは、空の抱いた直感だった。

 目の前にいる悪魔は、自分が信じた物の対極にいる、と。

 大切な誰かを守りたいと思う人々の盾――その思いを叩き割る鎚。

 大切な誰かのために戦いたいと思う人々の矛――その思いを手折る楔。

 力なき人々のための力――思いのままに力を行使する、傲慢さそのもの。

 善悪の判断を超えた傲慢さを、空は感じ取ったのだ。

ユエ『……まるでケダモノの雄叫びだな、聞くに堪えない』

 空の雄叫びに、ユエは嘆息混じりに返す。

 それを合図に、空は飛ぶ。
313 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:53:03.14 ID:PD5MJK4no
レミィ「そ、空!?」

 突然の空の突進に、レミィはブースターの点火が間に合わずに愕然とした声を上げる。

 確かに、空は怒りと憎しみにだけ囚われていた訳ではない。

 だが、欠くべきでない冷静さを、確実に欠いていた。

ユエ『システムに頼るまでもないな』

空「ッ!?」

 そして、冷静さを欠いた空の頭に冷や水をかけたのは、冷めきったようなユエの冷静な呟きだった。

 クアドラプルブースターを用いた超高速・超高機動とは比べるまでもない遅さ――
 それでも量産型など足下にも及ばない――では、スクレップを捉える事など出来ず、
 逆に一瞬で回り込まれて背後を取られてしまう。

 姉の死、仲間の絶叫、突然の危機と畳み掛けるような状況に、レミィの対応もままならず、
 その激しい動揺はエールやヴィクセンにも伝播していた。

ユエ『改良すべき点や実戦データで良い物が取れた………。感謝するよ』

 ユエの穏やかな、だが酷薄な声音を伴い、背面で魔力が集束する甲高い音が響き渡る。

 例の極大魔力砲だ。

 回避も、防御も間に合わない。

 空は大慌てで振り返り、最低限の防御姿勢を取ろうとする。

 回避不能の死を目前に、嫌にゆっくりと時間が進む。

 それに伴って、身体が加速して行く意識について行かずに、酷く重く感じた。

空(どうしよう!?)

 臨死の瞬間、空は激しく自問し、そして、自責する。

 どうすれば助かる?

 何で、こんな状況に自らを……仲間達を追い込んだ?

 姉とフェイが繋いでくれた命を、どうして無駄にした?

 どうすれば、仲間達を助けられる?

 どうすれば、あの血の色のような魔力から、仲間を救える?

 意識だけが加速した目まぐるしい思考の中、空は最悪の事態を回避する方法だけに専念する。

 だが、答は見えない。

 そして、集束された魔力が一気に解放された瞬間、全員の息を飲む音が重なった。

 凄まじい魔力の衝撃波がエールHSとスクレップの間で巻き起こり、衝撃の余波が空達を襲う。

 そう、余波だ。

 衝撃波そのものは、エールHSに掠りもしない。

 そして、僅か数秒の衝撃が止むと、エールHSの眼前には、巨大な紡錘形の結界が浮かんでいた。

 この紡錘形の結界がスクレップの極大魔導砲を拡散させ、エールHSを守ったのだ。

 紡錘形の結界を形成していたのは、
 それぞれの頂点を形成する数メートルほどの大きさの細長い飛行物体だった。

ユエ『美しい結界だ……確実に魔力のベクトルを拡散させる鋭角な紡錘形を保ちながら、
   後方のギガンティックに一切の被害を出していないとは』

 必殺の一撃を完全に無効化されたにも関わらず、
 それを為した紡錘形の結界を眺めながら、ユエは感嘆の声を漏らす。

 結界を形成していた飛行物体は、その陣形を崩すとエールHSの頭上に向けて飛んだ。

 空達全員の視線が、その行く末を見つめると、
 そこには全身に輝きを纏った白い躯体の鋼の鳥人――ギガンティックがいた。

 飛行物体はその鳥人型ギガンティックの背面の翼へと連結される。
314 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:54:10.45 ID:PD5MJK4no
 空達を間一髪で守った結界を作り出したのは、このギガンティックだったようだ。

???『遅れて申し訳ありません、朝霧副隊長、ヴォルピ隊員』

 鳥人型ギガンティックから聞こえた声に、空は驚いて目を見開く。

 だが、間違いない。

 この淡々と落ち着いた、だが、確かな暖かみを感じる声。

 そして、鳥人型ギガンティックが纏った山吹色の輝きは、
 先ほど、クレーストと共に脱出したダインスレフが纏っていた輝きと相違ない。

空「フェイ、さん……? フェイさん!?」

 驚きと喜びと、激しい困惑の入り交じった声で、空が彼女の名前を叫ぶ。

フェイ『はい、張・飛麗、GWF205X−アルバトロスMk−U……
    現時点を以て戦列に復帰いたします』

 間違いなかった。

 物言いも、声も、ブラッドラインが放つ山吹色の輝きも。

 そして、彼女が乗るギガンティック……アルバトロスMk−Uもまた、
 瑠璃華が作り上げ、オリジナルエンジン用に調整の施された機体だ。

ユエ『ほう、212の後継機にこちらから奪った6号エンジンを搭載したのか。

   ……私が分解もせずに丁寧に解析を続けた物をアッサリと機体に組み込み、
   ドライバーまで宛がうとは……なかかな剛胆な決断だな』

 ユエは感心したように漏らし、新たに現れたアルバトロスMk−Uを見遣る。

 変形機構らしき部位が各部に散見される機体は、204……
 ヴィクセンMk−Uと同様に鳥型と人型のヴァーティカルモードへの変形機構を搭載していると一目で推測できた。

 人型でも飛行可能なこの機体は、おそらくは中遠距離火砲支援に特化した特性だろう。

 だが、ユエにはそれ以上に気になっている点があった。

ユエ『211の後継機が201とOSS接続可能と言う事は、
   212の後継機であるその機体も201とOSS接続可能と言う事だろう……さあ、どうしてくれる!?

   201とその205の組み合わせか!?
   それとも、201と204、205の三機を接続した形態を見せてくれるのか!?』

 ユエは興奮を隠しきれず、次第に昂ぶって行く声で問いを放つ。

 天童瑠璃華と言う天才が辿り着いたであろう、一つの到達点。

 自らを凡庸とすら評した男は、それを知りたいと言う欲求に抗えなかった。

 だが、逆に空達にとっては好都合だ。

 いくら新型機でフェイが参戦してくれたとは言え、スクレップを相手に勝てるかと言えば難しい。

 ならば出せる最強の手札を……エール・ハイペリオンを超える、新たな力に賭ける他無かった。

 しかし、敵が悠長に合体を待ってくれる保障など無いので、ユエの要求は空達の好機でもあったのだ。
315 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:54:57.06 ID:PD5MJK4no
空「フェイさん、合体します!」

フェイ『了解しました、モードH−Exへの移行準備に入ります』

 空の呼び掛けに応じ、フェイは愛機を変形させた。

 両腕と両足を折り畳み、人型形態では半分ほどのサイズまで折り畳まれていた翼を最大まで展開し、
 頭部を変形させて巨大な鳥型ギガンティックへと変形し、エールHSの背後へと突進する。

空「モードH−Ex、セットアップッ!」

エール『了解、モードチェンジ、承認!』

 空の音声入力にエールが答えた瞬間、エールの肩、腰側面、脚部側面ジョイントカバーが分離し、
 さらに背面に連結されていたプティエトワールとグランリュヌも再チャージを終えて飛び立ち、
 背後から迫るアルバトロスMk−Uも七つのパーツに分離する。

 巨大な両翼は肩に、展開した胴体は腰部で接続され、エールの胴体部を覆い、
 足が変形した多連装魔導ランチャーが足に、腕の変形した大口径魔導砲が腰へと接続された。

エール『エリアルディフェンダー、
    アクティブディフェンスアーマー、リンケージ!』

ヴィクセン『脚部マルチランチャー、腰部魔導カノン、
      前面部魔導ガトリングガン……接続完了!』

アルバトロス『エリアルディフェンダー、クアドラプルブースター、
       ウイングスタビライザー、完全同期確認しました』

フェイ「トリプルハートビートエンジン……コンディショングリーン」

レミィ「ブラッドライン接続完了、全装備オンライン……異常無し!」

 エール、ヴィクセン、アルバトロスに続き、
 エールのコントロールスフィア内に現れたフェイのクリアな声とレミィの声が続く。

 全ての接続が完了した機体の全身が、眩い空色の輝き出す。

 四基の大推力ブースターと巨大な安定翼、さらに両手に鋭い刃と腰と足に大威力火砲を装備した新たなモードH――

空「エール・ハイペリオンイクス! 合体完了!」

 ――ハイペリオンイクスの完成を、空が高らかに宣言した。

 フェイとアルバトロスを失い、もう二度と日の目を見ないと思われていた、
 空達の新たな力が、今、空達の元へと還った瞬間だった。

 空は左後ろを振り返る。

 そこには、シートに座ったフェイの姿が……九日前と変わらない姿があった。

空「フェイさん……フェイさん……フェイさぁぁん……っ!」

 その姿に、空は目から涙を溢れさせ、感極まった声を上げる。

 偽物ではない。

 今、スフィア内にいるのはアルバトロス内を映した立体映像のような物だが、間違いなく、フェイはそこにいた。

 自分を庇い、愛機と共に爆発の閃光と共に消えた筈のフェイが、そして、彼女の愛機であるアルバトロスが戻って来たのだ。

 思わず飛びつきそうになった空は、そうしようとした寸前、フェイに手で制された。

フェイ「詳しい説明は後ほど……今は敵ギガンティック殲滅が最優先と判断します」

 淡々としながらも力強い声に、空は思わず動きを止める。

 だが、すぐに気を取り直す。

 そうだ。

 感動の再会に浸ってばかりいられる状況ではなかった。

 空は眼前の敵――スクレップへと向き直る。

 今、為すべきは、あの悪意の塊が駆るギガンティックを倒す事だ。

 空は意を決し、ブライトソレイユを構えた。
316 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:55:24.62 ID:PD5MJK4no
 その背中に、背後から声が響く。

フェイ「……またあなたのお役に立てる機会を得られて、私は幸福です……。
    朝霧副隊長」

空「……はい!」

 背中を押してくれるようなフェイの暖かで力強い声に、空は振り返らずに応えた。

 赦された思いだった。

 あの時、竦んで動けず、フェイに庇われるばかりだった自分。

 その自分と、また共に戦える事を喜んでくれたフェイ。

 胸に暖かな物が広がり、昂ぶり押さえつけ難かったユエへの怒りと憎しみに、
 しっかりとした手綱がかけられた。

 怒りも憎しみも、消えはしない。

 だが、その怒りと憎しみにさらなる火をくべるだけだった義憤が、怒りと憎しみの手綱を握り締める。

 怒りも憎しみも、消え去りはしない。

 だからこそ、義憤の糧とする。

 目の前にいるのは、人を人とも思わぬ傲慢な悪意そのもの。

 フェイの姉妹達の命と身体を玩んだ、憎き仇敵。

 ここで確実に倒さなければ、これからも多くの人々が犠牲となるだろう。

空「レミィちゃん、ヴィクセン、エール……さっきはごめんなさい。
  ワケが分からなくなるくらい怒って、みんなまで危ない目に合わせちゃった……」

 空は悔しさと哀しさの滲む声で漏らす。

 こうして生きていられるのは、フェイが駆け付け、守ってくれた結果論に過ぎない。

空「でも、もう間違わない……だからみんなの力をもう一度貸して!」

 空は力強く言い切る。

 もう憎しみにも怒りにも囚われない。

 それらを、あの悪意を討つ力に変えて、正しく振るって見せる。

 そんな決意を込めて……。

レミィ「バカ……謝るのは私の方だ……。
    もし、空が飛び出さなければ、飛び出していたのは私だ」

ヴィクセン『そうよ……恥ずかしい話、私だってAIなのに冷静さを忘れてたもの』

 そんな空の背に、レミィとヴィクセンが声をかける。

エール<空……僕は、君の翼だ。
    君が望む道を、君が正しいと思う選択を、間違いのない道を進めるように……全力で君を支えるよ>

 そして、エールの声が脳裏に……心に響く。

 空は一度、目を瞑り、溢れた涙を拭うと、万感の想いと共に目を見開く。

空「……行こう! みんな!」

レミィ「了解だ、空!」

フェイ「お任せ下さい、朝霧副隊長」

ヴィクセン『いつも通り、ブースターと機動調整は任せて!』

アルバトロス『火器全般、防御はお任せ下さい!』

エール『空……君は、君の思う通りに!』

 空の声に、仲間達が口々に応える。
317 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:55:51.41 ID:PD5MJK4no
 一方、ユエはハイペリオンイクスの姿に魅入っていた。

ユエ『以前のモードHとは違い、トップヘビー構造を幾分か解消した構成だな。

   防御時には使えない主翼下部のガトリングの配置を変えた上、
   火器を追加して火力も向上している。

   さらに翼を閉じても機動性を損なわない独立可動式のマルチブースター……良い機体だ。

   だが、自分達で見せた中距離戦を苦手とする点はどう解消しているかな?』

 ユエは朗々と呟きながらも興奮した様子で言うと、ハルベルトシルトのスラスターを噴かして突撃する。

 そして、先ほど空達がやって見せたように、エール・ハイペリオンイクスの周囲を高速で旋回し始めた。

 本来なら防御のために両肩の主翼を閉じる筈だが、エール・ハイペリオンイクスは翼を閉じる素振りを見せない。

空「フェイさん、シールドをお願いします!」

フェイ「了解しました。……フローティングフェザー、テイクオフ!」

 空の指示で、フェイは主翼の裏側に設置された小型モジュールを分離させた。

 数十を超えるモジュールは、先ほど、紡錘形の結界を作り出した飛行物体だ。

 それらがエールの周辺を取り囲み、強力な魔力防壁を作り出す。

 これこそがフィールドエクステンダーの原型となった、エーテルブラッド蓄積型フローティングシールド。

 エリアルディフェンダーとフローティングフェザーだ。

 母機との魔力リンクにより結界装甲を延伸する。

 出力はオリジナルエンジンとの直接リンクにより、設計当初よりも八割以上、性能が向上している。

 ウイングスタビライザーのように開閉式でなくなったため、空戦の安定力が増し、
 さらには障壁を全周囲に張り巡らせる事が可能になったため隙も少ない。

 無論、向上した出力により兼ねてからの懸念であり、
 クアドラプルブースターの機動性向上に任せて解消する筈だった障壁出力の低下も問題無い。

ユエ『ほうっ!?』

 ユエは驚嘆しつつもハルベルトシルトから出力を抑えた魔力砲を放つ。

 だが、それらは全て掻き消されてしまう。

ユエ『小型の随伴兵器でありながらこれほどの高出力、さらに展開の変移性とは!』

 ユエは驚きの声と共に距離を取る。

 出力をセーブしたと言っても、大出力砲の五割ほどだ。

 それ程の威力で連射を可能としたユエも流石だったが、
 それに対応し切った瑠璃華の開発したフローティングフェザーこそ流石と言うべきだった。

 フローティングフェザーは砲撃が直撃する寸前に展開形態を変移させ、
 砲撃の直撃点だけを紡錘形にして拡散させる事で障壁全体にかかる負荷を減らしていたのだ。

空「マルチランチャー、魔導カノン、ファイヤッ!!」

 そして、驚きと共に動きを僅かに止めたスクレップに向けて、空は腰と脚の魔力砲を一斉射する。

 ユエはそれを障壁で防ぐと、距離を取って再度、極大砲撃を放つ。

フェイ「集束します!」

 フェイは一瞬で障壁の展開密度を変更し、先ほどのような高密度の紡錘形障壁で砲撃を拡散させた。

 しかし、防がれるのも承知の上だったのか、障壁を再展開させるよりも先に体勢を整えたスクレップは、
 スラスターを噴かしてエールの懐目掛けて飛び込んで来る。

空「させないっ!」

 空は腹部と胸部に積載された四門の小型魔導ガトリング砲で牽制しつつ、
 クアドラプルブースターを噴かしてスクレップの真上に回り込む。
318 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:56:19.31 ID:PD5MJK4no
ユエ『ガトリングは威力を下げ牽制兵器として割り切ったか!?
   これが中距離対策と言う事か……!』

 ガトリングによる目眩ましで一瞬、エールを見失ったユエだったが、
 防衛システムが反応してすぐに向き直る。

 振り下ろされたブライトソレイユのエッジと左腕のツインスラッシュセイバーを両腕で受け止め、
 真っ向から組み合う。

ユエ『しかし……こう接近していては強力な火器は使えまい!
   出力、質量共にまだこちらが上……近接戦ではこちらが上手……さあ、どう対処してくれる!?』

 ユエは期待と自信と興奮の入り交じった声で叫ぶ。

 だが――

空「私達の武器は……力は、これだけじゃない!」

 空の声と共にエールの周囲だけに障壁が展開し、
 さらに二機の周囲を、合体直前に分離していたプティエトワールとグランリュヌが取り囲んだ。

ユエ『なんと!?』

 ユエの感心混じりの驚愕の声と同時に、浮遊砲台から魔力砲が放たれる。

 その瞬間、スクレップは全身がビクリと震えるような動きを見せ、直後に動きを止めた。

ユエ『そうか!? こんな欠点があったか!』

 ユエは愕然と漏らしながらも、どこか他人事のような物言いだ。

 そう、ユエの作った防衛システムは、一見して隙は無いように見えた。

 だが、あらゆる攻撃に反応して防御する反面、攻撃中で両腕を使用している場合、
 加えて組み合っている状況では手を離すワケにはいかない。

 その状況での全周囲からの砲撃。

 エール・ハイペリオンイクスは全周囲障壁でそれを防御可能だが、
 自身すら攻撃対象に加えかねない非合理な攻撃に、スクレップの防衛システムは思考の齟齬に陥ったのだ。

 真っ向からの戦闘中、防御しなければいけない攻撃、非合理な攻撃。

 402・スコヴヌングのように恐怖に反応する単純で、ある程度の本能的な対処が可能なファジーなシステムと違い、
 スクレップのシステムは融通が利かなかったのである。

 それが、ユエの気付いた自機の最大の欠点だった。

 そして、全方位からの砲撃を防御できず、特に背面に受けた一撃でスクレップは大きくバランスを崩す。

空「今っ!」

ヴィクセン『ツインスラッシュセイバー、マキシマイズッ!』

 空はブライトソレイユをグランリュヌに向けて放ると、絶妙なタイミングでヴィクセンが最大出力にした
 ツインスラッシュセイバーで、スクレップの両腕を肩の付け根から斬り飛ばした。

 斬り飛ばされた肩の付け根から、鮮血のようにエーテルブラッドが噴き出す。

ユエ『ぅ、おおぉっ!?』

 驚き、興奮、悲鳴、それらの入り交じった複雑な声を上げるユエ。

 攻守一体、さらに高機動のカラクリでもあった最大の武装、
 ハルベルトシルトを腕ごと失ったスクレップは、最早無力な案山子に等しい。

ユエ『素晴らしい! 戦術判断もさる事ながら、素晴らしい機体だ! 最後に良いデータが取れた!』

 だが、その無力な案山子の中で、ユエは満ち足りたような歓声を上げている。

 人を物のように扱う男は、自身の窮地ですら他人事のように叫んでいた。
319 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:57:06.20 ID:PD5MJK4no
アルバトロス『フェイ、解析結果が出ましたよ』

フェイ「機体内部の魔力反応スキャン……99.78パーセントで
    ブラッドラインと同波長の魔力であると、ほぼ断定可能です。

    また……甲壱号計画で登録された魔力に該当する波長はありません」

 戦闘中に解析を行っていたアルバトロスから渡されたデータを確認しつつ、
 フェイは淡々としながらもどこか哀しげな口調で呟く。

 フェイも、自分が駆け付ける直前までの戦闘中の音声ログは確認していた。

 レミィの姉は、あの中にいない。

レミィ「……そう、か……」

 レミィは悔しそうに呟く。

 ユエの言葉を嘘と思いたかった。

 そう言い聞かせようとしていた。

 戦闘中も、必死に姉の……伍号の魔力を探ったが、その魔力を妹の時のように感じ取る事は遂に無かった。

 もう、全身を切り刻まれ、脳や神経すらも部品として使われた姉は、この世にいないのだ。

 その事を突き付けられ、レミィは唇を噛み締め、必死に涙を堪える。

 だが、抑えきれぬ涙が溢れる。

 ユエはスクレップが伍号そのものだとも言った。

 だが、先ほどシステムエラーを起こしたスクレップが見せた動きは、ルーチンエラーを起こしたAIそのもの。

 そこに人の情や魂など存在しない。

レミィ「……空、頼む……!」

 レミィは絞り出すように、空に語りかけ、さらに続けた。

レミィ「姉さんの……仇……討って……くれぇ……!」

空「……レミィ、ちゃん!」

 悲痛な仲間の声に、空も声を震わせる。

 空はグランリュヌに預けていたブライトソレイユを両腕で再び構え直す。

 そして、バランスを失い、落下を始めたスクレップに狙いを定めた。

 空が魔力を込めると、ブライトソレイユのエッジに七色の輝きが宿り、それはエールを覆う障壁にも伝播して行く。

ユエ『おお……それは……!』

 落下しながらも、ユエはその七色の輝きに恍惚の声を上げた。

ユエ『今一度、その輝きを目に焼き付ける事が出来るのか……!』

 七色の輝きに照らされながら、ユエは熱の篭もった声を漏らす。

 その声は既に自身を他人事のように言う感覚はなく、
 ただただその七色の輝きが自らの身を貫く瞬間を待つ、ある種の殉教者の祈りのようにすら聞こえた。

 空も一瞬、その祈るような声に戸惑いを見せる。

 だが――
320 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:57:36.89 ID:PD5MJK4no
空「……ッ!? リュミエールリコルヌ……シャルジュウゥッ!!」

 その戸惑いを振り払い、七色に輝く巨大砲弾と化したエール・ハイペリオンイクスと共に、
 空は闇夜を切り裂く流星のように、天を駆けた。

ユエ『ああ……あああああぁぁぁ――』

 歓喜と恍惚の絶叫を上げるユエの声を振り切り、エール・ハイペリオンイクスはスクレップを貫く。

 防御不可能の大威力砲撃砲弾に接触した部位は砕け、
 機体を構成していたマギアリヒトは散り散りになって消え去り、残された部位も爆散して消える。

 コックピット周辺は塵となって消えた。

 ユエも魔力の過剰供給により破裂し、跡形もないほどに消え去っただろう。

 七色の輝きを振り払い、エール・ハイペリオンイクスは廃墟の街へと降り立つ。

 空達の完全勝利だ。

 しかし――

レミィ「………ぅぅ……」

 押し殺したレミィの啜り泣きに、勝ち鬨の声を上げる事は無かった。

 そして、フェイとの再会を改めて喜んでいられる余裕も……。

フェイ「………まだ作戦は終わっていません」

 フェイは僅かに戸惑った後、冷静にそう呟く。

 空は無言で頷く。

 そうだ。

 まだ敵の本拠を落とし切り、掃討が終わるまで、この作戦は終わらない。

レミィ「………っ……ああ……」

 レミィも啜り泣く声を何とか抑え、消え入りそうな声で返す。

エール『機体各部、チェック完了。
    本体ダメージはそう大きくないよ。
    問題なく、戦闘続行可能だ』

アルバトロス『フローティングフェザーのブラッド損耗が激しいので、
       性能は約四割から五割ほどダウンします』

ヴィクセン『ブースターも酷使し過ぎたわね……出力三割カットだけど、なんとか行けるわ』

 自分達のコンディションを確認していたギガンティック達の報告を受け、空は頷く。

 スクレップとの戦闘で無傷ではいれれなかったが、それでも勝利を収める事は出来た。

 後はこの決戦の“詰め”。

 敵拠点と化した旧山路技研を制圧し、大将であるホン・チョンスを確保する事だ。

空「……行こう、みんな!」

 空はそう言うと、旧技研へと振り返る。

 その瞬間、轟音と共に茜色の落雷が見えた。

第21話〜それは、燃えたぎる『憎しみの炎にも似て』〜・了
321 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/02/28(土) 19:59:19.25 ID:PD5MJK4no
今回はここまでとなります。
フェイ生存の理由(手段)に関する説明は、もしかすると次々回にもつれ込むかもしれませんorz
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/01(日) 22:17:32.18 ID:ROMmAMlH0
乙ですた!
おお…フェイさん、生きてたー!良かったー!!
そして、アッカネーン救出♪ 
いよいよの決戦ですが、ユエ謹製の404が如何なる性能を持つのか…今回の403・スクレップの高性能振りと、その外道な構造を思えばさらに色々ありそうな…?
ユエ本人も、出撃前のセリフからすると、まだ色々ありそうな雰囲気ですね。
ともかくこれで、全力&万全の闘いが可能になった空たち、次回も楽しみにさせて頂きます!
323 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/02(月) 20:18:03.16 ID:AKkAE1Pzo
お読み下さり、ありがとうございます。

>フェイさん、生きてたー!
あれだけ空の心情を書き込み、お姉ちゃんと同格扱いまでしたのにどっこい生きていた、と。
正直、あの辺りを書きながら「生きてるんだけど、どうしよ……」と困惑していたのは内緒です。
フェイが生き残れた理由に関しては次回以降に語れる筈です。
さすがにコレは劇中で解説せねばならん事ですので……。

>アッカネーン救出♪
救出(腕を切断していないとは言っていない)。

>404
ティルフィングは可能な限り正攻法のハイパワータイプの大型ギガンティックを予定しています。
現状、未登場の400がダインスレフのプロトタイプ兼エンジン試験機、401・ダインスレフが正式量産試作機、
402・スコヴヌングが脳波コントロール試験機、403・スクレップが兵装兼ダブルエンジン試験機となっています。
そして、404は既に劇中でも言及されているようにトリプルエンジンを搭載した機体となっております。

>ユエ本人@色々ありそう
ユエ本人はリコルヌシャルジュの直撃で破裂してしまいましたが、彼の計画は今も継続中です。
その計画を引き継ぐのが誰なのかは、また彼の計画が次の段階を迎える時までお待ち下さい。

>全力&万全の闘いが可能になった
仲間達も全員復帰し、今回で全機がオリジナルエンジン搭載機になり、全機稼働状態になりましたからね。
ただ“飛べる、合体できる、相性最高”のエールがいる現状、
予備機同然のクライノートにお呼びがかかるのか、って状態ですがw

>次回
さーて、次回の魔導機人戦姫は

茜、気絶する(予定)
ホン、漏らす(予定)
空、台詞無し(予定)

の三本です。
324 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:15:52.89 ID:nXiWmAUYo
最新話の投下を始めます
325 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:16:43.25 ID:nXiWmAUYo
第22話〜それは、振り切られた『忌まわしき十五年』〜

―1―

 7月17日、午後一時前。
 旧技研中枢、ユエの研究室奥――


 ベッドの上で胡座をかき、踵の間で挟んだ鋭利なナイフを見下ろす茜。

茜「ッ……ハァ……ハァ……」

 その息は荒く、額には冷や汗が浮かんでいる。

 茜は今から、このナイフの切っ先に自らの手首を叩き付けようとしていた。

 理由は、両手に嵌められた魔力抑制装置を取り外すため。

 手首にほぼ密着する構造のリングを外すため、茜は両手首の切断と言う最終手段に出ようとしていた。

 出血を最低限に抑えるため、左右共に各二箇所で痛いほどきつく結んだシーツのお陰で、
 そろそろ腕の感覚が麻痺して来ている。

 もう、迷っていられる余裕は無かった。

茜「……ままよっ!」

 茜は意を決し、振り上げた右腕を勢いよく振り下ろした。

 だが――

???「お待ち下さい!」

茜「ッ!?」

 その行為を咎める鋭い声に、茜は全身をビクリと跳ねるように震わせる。

 身体を震わせたせいか、ナイフの切っ先に向けて振り下ろす筈だった右腕は踵の真下、
 股ぐらの辺りに落ちていた。

 踵同士がずれたせいでナイフもつま先側に倒れており、茜の身体には一切の傷が無い。

 と、不意に茜の傍らに軽金属製の鉄格子が落ちて来た。

茜「な……っ!?」

 突然の展開に驚きの声を上げかけた茜だが、何とか“これ”を耐えきる。

 だが、次の“それ”は耐える事が出来なかった。

 ばたり、と鈍く大きな音を立てて、鉄格子の上に何かが落ちて来たのだ。

茜「ッ!?」

 息を飲み、突然の事態に茜はベッドから飛び上がり、ナイフを構えて臨戦態勢を取る。

 そして、落ちて来た物体が何か、詳しく確認しようとした。

 だが、それがいけなかった。
326 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:17:17.55 ID:nXiWmAUYo
 落ちて来たのは、人間の上半身だ。

 そう、上半身。
 下半身は無い。

 長い髪の……恐らくは女性と思われる人間の、上半身。

茜(まさか……死体!?)

 恐怖よりも、敵地に於いて死体に遭遇すると言う異常事態に、何事かと警戒の色を強める茜。

 だが、真に……さらに驚くべき事は、その直後に起きた。

???「ぅ………」

 死体と思っていた上半身から小さな呻き声が上がり、動かぬとばかり思っていた腕が茜に向かって伸ばされる。

 死体は顔を上げ、乱れた髪がかかった顔の、その髪の隙間から爛々と輝く目が覗く。

茜「………………は…………?」

 茜は思わず、キョトン、とした声を上げた。

 ここで思い出して欲しい。

 遡る事、約三週間前となる先月24日。

 ロイヤルガードから出向して来た職員達を歓迎しようとした歓迎会の会場に入った茜は、
 空達三人の正面左右からの唐突なクラッカーに驚いて可愛らしい悲鳴を上げた。

 さらに同日同時刻、不在の瑠璃華からのプレゼントとして送られた箱から飛び出した、
 クレーストのドローンに驚いて、やはり可愛らしい悲鳴を上げた。

 お気付きかもしれないが、本條茜と言う少女は、決して臆病でない……
 とは言い切れない、むしろ恐がりな性分の少女だ。

 幼い頃に父を亡くし、愛する夫を失って傷付いた多忙な母に、
 十分に甘える事が出来なかった寂しい幼少期の反動もあろう。

 唐突に鉄格子――おそらく、天井付近の換気口の物だろう――が外れ、
 上から上半身だけの死体が落ちて来た時に悲鳴を抑えられただけでも、
 彼女としては及第点……いや、むしろ評価・優を戴いても良い程だったのだ。

 その上半身だけの死体が呻き、手を伸ばし、乱れた髪の隙間から爛々と輝く目が覗くなど、
 妖怪変化の類が目の前に現れたら――

茜「……………………………ひゅぅ……」

 ――おかしな声と共に白目を剥いて倒れると言う、
 彼女の名誉を著しく損なう事態になったとしても、どうか、こう言って欲しい。

 “悲鳴を上げないだけ、頑張った”と。

茜(て、テケテケ……)

 茜は幼少のみぎりにイタズラ好きの兄貴分に見せられ、
 水分たっぷりの世界地図を描く羽目になった都市伝説書籍の内容を思い出しながら、気を失った。

茜「ポマードポマードポマードポマードポマー……」

 間違った対処法を譫言のように呟きながら……。
327 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:17:53.69 ID:nXiWmAUYo
 それから僅かに時間は経過して……。

???「……い長。……う隊長。……本條小隊長」

茜「ん……ぅ、ぅん……?」

 頬を軽く叩かれながら名前を呼ばれ、茜は身じろぐ。

 そして、即座に意識は覚醒し、直前の状況を思い出して飛び起きる。

茜「て、テケテケは!?」

 慌てて辺りを見渡すが、上半身だけの女性らしき物体はいない。

 代わりに、いつの間にかベッドに寝かされていたらしい自分の傍らには、よく見知った顔があった。

???「テケテケ……旧日本に都市伝説的に伝わる妖怪ですね。
    そう言った存在は確認されていません」

 フェイだ。

茜「……何だ、そうか……すまないな。
  どうやら追い詰められて居もしない幻覚を見ていたようだ」

 フェイの言に、茜は安堵の溜息を洩らすと、苦笑いを浮かべて返す。

 が、不意の違和感に気付き、一瞬、視線を外してからもう一度、傍らの女性を見遣った。

 間違いない、フェイである。

 しかも、ドライバー用のインナースーツまで着ているではないか。

茜「ふぇ、フェイ!? 何でこんな所に……それに生きていたのか!?」

 茜は素っ頓狂な声を上げて、フェイの肩を掴む。

フェイ「躯体の消滅を人間の死に当て嵌めるべきならば、一度、死んだと言うべきでしょうか?」

アルバトロス『フェイ、それでは伝わりませんよ?』

 淡々としながら思案げに呟いたフェイに、アルバトロスが窘めるように言った。

 だが、フェイの手首にはアルバトロスのギア本体は無く、彼女の声もフェイの内側から響いたように聞こえる。

茜「アルバトロスも一緒か!? そうか……理由はどうあれ生きていたんだな……」

 しかし、茜は驚きが勝っていたのか、その事に気付いた様子はなく、ただただ安堵の溜息混じりに呟くばかりだ。

 気を取り直し、茜は据え置き型端末に表示された時刻を確認する。

 時刻は既に十三時半。

 あれから一時間以上、気絶していたようだ。

フェイ「魔力抑制装置を取り付けられていたようなので、
    差し出がましいようですが、私の判断で外させていただきました」

茜「そうか、どうりで……お陰で随分と身体が軽く感じる。ありがとう、フェイ」

 茜はベッドから立ち上がると、改めて状況を確認する。

 フェイが両腕の魔力抑制装置を解除してくれたお陰と、一時間以上気絶していた事で随分と魔力が回復していた。

 やはり、魔力回復には睡眠が一番と言う事だろう。

茜(魔力は……おそらく半分強、三万そこそこまで回復したと思っていいな)

 武器もギアも無いが、これでも本條本家の人間だ。

 剣術だけでなく、体術や槍術にも通じている。

 兄・臣一郎ほどではないが、魔力さえ使えれば徒手空拳でもテロリスト如きに遅れを取る事はない。

茜「ついでだ……念のために武器も調達しておくか」

 茜は部屋の片隅にあったハンガーレールを取り外し、炎熱変換した魔力を込めた手刀で適度な長さに切り裂く。

 竹竿槍ならぬ鉄竿槍だ。

 これでクレーストの元に辿り着くまでの武装は確保できた。
328 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:18:33.97 ID:nXiWmAUYo
 そして、外――研究室――の様子を窺おうと、ドアノブに手を掛ける。

 だが、動かない。

茜「ん? ……鍵がかかったままだと?」

 茜は怪訝そうに幾度もドアノブを捻るが、完璧にロックされているのか微動だにしない。

 この鍵は研究室側からかけられており、また、鍵そのものも研究室側にしかないので、
 こちら側からでは施錠も解錠も不可能となっている。

 仮にフェイが研究室側から入って来たとしても、この扉を施錠する事は出来ない筈なのだ。

茜「フェイ? お前はどこから入って来たんだ?」

 茜はフェイに向き直り、怪訝そうに首を傾げた。

 フェイの身長は自分よりもやや大きい。

 茜自身、何度も試した事だが、自分の体格では換気口を通って排気ダクトに入る事は出来ないので、
 フェイもここからの出入りは不可能となる。

 だが、フェイは換気口を指差し“あちらから侵入させていただきました”と丁寧に説明した。

茜「へ?」

 茜は理解できず、首を傾げるが、フェイの説明はさらに続く。

フェイ「私では少々、排気ダクトを通るのに無理がありましたので、
    腹部から下を切り離し、ダクト内を横這いになるようにして移動を……」

 フェイがそこまで説明した時、茜は思わず、彼女の肩を再び掴んでいた。

茜「さっきのテケテケはお前かぁぁっ!?」

 そして、ガクガクとフェイの身体を前後に揺らす。

フェイ「本條、小隊長、この、行動の、意味の、説明を、要求、します」

 激しく前後に揺すられながらも、フェイは淡々と、途切れ途切れに尋ねた。

茜「はぁ……はぁ……」

 気絶からの寝起きで、事態が急展開を迎える中、何とか混乱から立ち直った茜は肩で息をする。

茜「まったく……よくあの状態から回復できたな……」

 茜は気絶する直前に見たテケテケ……もとい、フェイの姿を思い出しながら、疲れ切ったように漏らした。

フェイ「回復のためにそちらのロッカーと、ロッカーの中身を構成していたマギアリヒトを緊急で収集しました」

 フェイはそう言って視線で茜を促す。

 確かに、気絶直前まであった無数のロッカーが、よく見れば半数にまで減っている。

 これはロッカーとその中身を構成していた際のマギアリヒトの密度が、
 フェイを構成していた密度よりも大幅に小さかったためだ。

 マギアリヒトはさまざまな構造体に変化し、その重量も変化する。

 正味百キロ相当のロッカーと内容物を使っているからと言って、フェイが下半身だけで百キロもあるワケではない。

 閑話休題。
329 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:19:01.12 ID:nXiWmAUYo
 ともあれ、茜は気を取り直す。

茜「フェイ……取り敢えず、脱出前にそこにある端末から、私が作成したファイルを抽出しておいてくれ。
  色々と必要な情報が詰まっている」

フェイ「了解しました」

 気を取り直した茜の指示に頷いて、フェイは端末からファイルの抽出を始めた。

 テキスト量は多いが、ファイル自体はそう大きな物ではない。

 セキュリティ優先度が高い、テロとの横の繋がりを示すデータを関連付けたデータベースと、
 茜自身の報告書の複合ファイルだ。

フェイ「内部メモリへの保存完了しました」

茜「早いな……よし、もう長居は無用だな。
  この扉を破って脱出しようか」

 フェイが向き直ると、茜は抑揚に頷いてそう言うと、扉の向こうの魔力を探る。

 十秒ほど様子を見るが、自分たち以外の魔力は感じられない。

茜「……よし!」

 茜は意を決し、身体強化で筋力を高め、ドアノブごと物理錠をねじ切る。

 ガチンッ、と言う鈍い音と共にドアノブは破壊され、
 軽く指先で押しやるだけで扉その物は音もなく開かれた。

 魔力を探った時に感じた通り、研究室内にユエの姿は無い。

 だが、ギアによる欺瞞映像は生きているらしく、
 この部屋の監視カメラの映像には、今も精神操作を受け続ける茜の姿が映し出されている。

フェイ「これが件の偽の監視映像ですね」

 内容を確認しながらファイルを抽出していたフェイは、
 その映像が意味する事を悟って確認するかのように呟いた。

茜「あまりいい気分はしないがな……。
  ………外も静かだな? どうなっているんだ?」

 肩を竦めて溜息混じりに漏らした茜は、
 外の通路を映した監視カメラに何も映っていない事に気付き、怪訝そうな表情を浮かべる。

 ホンの居る謁見の間まで連行される際に確認した際、
 この周辺区画に監視の人間がいないのは知っていたが、今は監視用のドローンすらいない。
330 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:19:39.93 ID:nXiWmAUYo
フェイ「私がこの部屋に来たのと前後して、何らかの変化があったようですね」

 フェイはそう言うと、
 “換気口からは一定の位置で監視待機する数体のドローンが見えたのですが”と付け加えた。

茜「何らかの変化、か……」

 その言葉を反芻した瞬間、不意に茜の脳裏をユエの顔が過ぎった。

 確かに、彼ならば突拍子も無い事をやりかねない可能性はあるが、今回の行動が彼に何か利するとは考えにくい。

茜(奴が何かを仕掛けたのか……? いや……考えすぎか?)

 茜は眉間に皺を寄せ、奇妙な不快感を覚えながら考えを巡らせる。

 ミッドナイト1の事やホン達を裏で操っている事を思えば、
 人を人とも思わない節があるのは十分に理解できた。

 だが、その一方で自分を――軟禁はしたが――客として丁重に扱うような一面も見せたのだ。

茜(結局、奴と言う人間は最後まで理解も出来なかったし、正体も掴めなかった……。
  だが、ホン達の背後関係は丸裸に出来るだけの情報は手に入った……。

  十二分とは言えないかもしれないが、この事件は十分に解決できる……そうだ)

 茜は心中で独りごちながら、自らにそう言い聞かせる。

 60年事件を始め、多くのテロ事件を主導、煽動して来た黒幕としての報いは彼自身が必ず受けるべきだ。

 その方法が、法の裁きを受けて罪を償う方法でも、誰かの手によって裁かれて命を終えるのでも構わない。

 しかし、茜はそう考えながらも釈然としない思いを抱えていた。

 軟禁状態とは言え、彼の手で庇われていた事実。

 ホン親子を煽動し、60年事件を引き起こした真相。

 返しきれない大きな恩もあれば晴らしても晴らし切れぬ恨みもある。

 恩を仇で返すかと言えば口を噤まざるを得ないし、
 罪人に情けをかけるのかと言われればそうでないと本心から言い切るのも難しい。

 多感な十代の少女には、まだ、その全てを割り切る事は難しかった。

茜「とにかく、先ずはクレーストと――」

 ――合流しよう。

 茜は迷いを振り切るようにそう言いながら、次のドアを破ろうとしたその瞬間。

 とすっ、と小さな物が落ちた時のような軽い音が、先ほど後にしたばかりの部屋から聞こえた。
331 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:20:18.20 ID:nXiWmAUYo
茜「ッ!?」

 茜は息を飲み、フェイと視線を交わして頷き合うと即座に奥の部屋へと舞い戻る。

 すると、先ほどまで気絶した茜が横たわっていたベッドの上に、小柄な女性がいた。

茜「い、市条さん!?」

美波「おぅっ!? アカネニアンったら既に脱出準備済み!?」

 驚きの声を上げた茜に、小柄な女性……市条美波も驚きの声を上げる。

 どうやら、あの軽い音は美波が静かに着地した際の音だったらしい。

 魔力である程度の体重を軽減してゆっくりと降りたのだろう。

 いくら小柄な美波とは言え、あそこまで軽い音では済まない。

 ともあれ、美波の本来の所属が諜報部である事を知っていた茜の驚きも、そこまで大きくはない。

茜「再会早々ですが、アカネニアンも止めて下さい……」

 見知った人物との、比較的、普通の再会に茜は安堵混じりに漏らす。

 元ネタは三銃士のダルタニアンあたりだろうか?

美波「むぅ……お姉さんもそろそろネタ切れなんだけどなぁ?
   もう空っちみたく、茜っち辺りで妥協するしかないかぁ」

 美波も美波で、茜の様子から彼女が無事であると確信できたらしく、
 僅かばかりの安堵混じりの溜息を洩らしながら呟いた。

 茜の隣で身構えていたフェイも、構えを解いて美波の元に歩み寄る。

フェイ「お久しぶりです、市条隊員」

美波「あ、久しぶりフェイフェイ………………フェイフェイ!?」

 再会の言葉を呟いたフェイに、いつもの調子で返そうとした美波は、
 ベッドから降りようと逸らしかけた視線を、驚愕の声と共にフェイに向き直った。

美波「ウソ!? マジで!? 幽霊とかじゃないのよね!? え? 足本物!?」

 美波はベッドから慌てて飛び降りると、フェイの足もとにしゃがみ込み、
 彼女の足をまさぐり、その感触を確かめ始めた。

美波「足……ある?」

フェイ「先ほどまでありませんでしたが、再構築しました」

 何処か納得しきれない様子の美波に、フェイは淡々と解説する。

 しかし、美波は“先ほどまでありませんでした”と聞き、何を誤解したのか慌てて飛び退く。

 諜報部だけあって、見事な跳躍だ。
332 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:20:50.71 ID:nXiWmAUYo
茜「わざわざ誤解を招くような言い回しをするんじゃない……まったく」

 その様子に茜は呆れたように溜息を吐く。
 フェイが助かった経緯については詳しく聞いていないが、感じる魔力と独特の無感情を装っている様、
 そして何よりアルバトロスと共にいる所から、彼女がフェイ本人なのは疑いようがない。

茜(敵地で緊張感の無い……)

 自分はフェイを妖怪の類と勘違いして気絶した事を棚に上げ、茜は心中で呆れ果てたように独りごちる。

 だが、お陰でユエに対する迷いも棚上げする事が出来た。

茜「とにかく、今はクレーストとの合流と脱出が優先。
  ……それでいいですね、市条さん?」

美波「あ、うん……そうだね」

 茜の質問で、何とか気を取り直した美波は、僅かな思案と共にギアに視線を向ける。

 この三人の中で、装備が一番整っているのは突入部隊の人員である美波だ。

 状況如何では愛器の魔導装甲も展開できる。

美波「フェイフェイの装備は?」

フェイ「現状、アルバトロスとコアを共有している状態のため、
    通常戦闘は可能ですが、魔導装甲は展開できません」

 美波の質問に、フェイは淡々としながらも申し訳なさそうに言って、僅かに目を伏せた。

茜「私も戦闘は出来ますけど、武器はコレだけですね」

 茜もそう言って、鉄竿槍を軽く振って見せる。

美波「ん〜……三人がかりなら強行突破も十分っちゃ十分だけど……」

 美波は思案気味に呟き、時刻を確認する。

 作戦開始からそろそろ二時間。

 もうじき、各所に仕掛けられた爆薬による陽動が始まる頃合いだ。

 既に思念通話で、茜の保護……合流と、三〇二を確認し、それがフェイだと言う事は伝えた。

 茜よりも先にハートビートエンジン6号の所在も確認され、
 陽動の爆弾が起爆する直前までに格納庫へ運ばれる手筈となっている。

美波(タイミングを揃えて移動した方がいいわね。
   三人も固まって動いていたら見過ごしては貰えないだろうし)

 情報を整理しながらその結論に達した美波は、自ら納得したように小さく頷く。

美波「うん、もうちょっとしたら陽動が始まるから、それに合わせて動きましょ」

茜「分かりました。そう言う判断は専門家にお任せします」

 頷いて自信ありげに言った美波に、茜も笑みを浮かべて応え、フェイも無言で頷いた。

 茜の言葉通り、敵地からの脱出と言う状況の専門家は、諜報部の美波だ。

 確実に脱出するためにも美波の判断に従うべきだろう。

美波「じゃああと五分したら出ましょ。

   最短ルートはマッピング済みだから私が前衛で先導、
   フェイフェイと茜っちは後衛で、茜っちには背後も気にして欲しいんだ」

 説明を始めた美波に、茜は“殿ですね”と自らに課せられた役目を確認する。

 美波は首肯すると、ギアを起動し空間上に立体映像のディスプレイを出現させた。

 カウントダウン方式で残り十分足らずの時間が表示されている。

美波「この時計が残り五分になったら退避開始。一気に格納庫を目指すわよ」

 美波がそう言うと、三人は頷き合う。

 僅かばかりの緊張が漂う時間は、実際の時間以上に長く、だがあっと言う間に過ぎ去る。
333 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:21:31.49 ID:nXiWmAUYo
美波「……よしっ、行っくわよ〜!」

 美波は力強く声を弾ませると、外に魔力が感じられない事を確認し、
 ユエの研究室から飛び出した。

 だが――

美波「……あ゛っ!?」

 部屋から飛び出した直後、僅か数メートル離れた位置に立つ、
 四体のドローンに護衛された男の姿に、美波は素っ頓狂な声を上げる。

??「何だ貴様は? ユエの助手か?
   それとも、貴様がユエの言うミッドナイト1とか言う人造人間か?」

 ドローンに護衛された男の尊大な口調に、美波は思わず唖然としかけたものの、すぐに気を取り直す。

 魔力は、かなり注意深く探れば僅かばかり……本当に僅かな量を感じなくも無いが、
 扉越しでは気付きようが無いレベルだ。

 ドローンもバッテリー式だが、魔力バッテリーは使われておらず、
 電気式の旧式を外見だけ新型にした物で、やはりこちらも魔力を感じない。

茜「ほ、ホン・チョンス!?」

 一向に出入り口から動こうとしない美波を訝しく思い、状況を確認しようと顔を出した茜は、
 その男の顔を見るなり驚きの声を上げた。

 謁見の間などと名付けられた趣味の悪いシェルターに引きこもっていた男が、
 ドローンを護衛につけているとは言え外に出ている事実に加え、
 脱出のタイミングに鉢合わせると言う偶然による二重の驚きだ。

 しかし、驚いたのはホンも同じだった。

ホン「貴様!? ……そうか、ユエの洗脳が終わったのか。
   それでその人形と一緒に出て来たのだな。

   ふむ……俺の前に跪く事を許し――」

 ――許してやろう。

 と、でも言うつもりだったのだろう。

 だが、気を取り直したホンがその言葉を言い切る前に、茜は動いていた。

 魔力で硬化させた鉄竿槍を二突きし、一度に二体ずつのドローンを破壊する。

 ホンには一切の脅威も戦闘力も無く、先んじて護衛を破壊した方が効率的だからだ。

 尊大で下卑た笑みを浮かべていたホンは、風が通り抜けたようにしか感じなかっただろう。

美波「うわ〜お、はっや〜い」

 神業的な茜の動きを、美波は茶化すような歓声を上げた。

 どうやら美波も飄々とした冷静さを取り戻したようだ。

 だが――

ホン「……ひぃやああぁぁぁぁっ!?」

 ホンは一拍以上の間を置いて、恐怖で顔を引き攣らせ、意味不明な悲鳴を上げていた。

 どうやら茜が敵のままである事に気付いたらしい。

 彼の醜態を弁護するなら、自らの忠臣であり全幅の信頼の置ける男と思っていたユエが
 自分を謀っているなど露とも知らず、茜が洗脳されていないとは思いも寄らなかったのだ。

 事実、彼は今もユエが“洗脳をしていない”のではなく“洗脳に失敗した”のだと思っていた。
334 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:22:11.69 ID:nXiWmAUYo
茜「フッ!」

 茜は破壊したドローンから鉄竿槍を抜くと、ホンの頭部に向けて其れを薙ぐ。

 脅威は無いが昏倒させておくべきだろう。

 人質程度の役には立つかもしれない。

 しかし、茜の鉄竿槍がホンの頭部を叩こうとした瞬間、ホンの頭はそこにはなかった。

 頭が消えたのではない。

ホン「あ、ひゃぁはぅ……」

 茜が槍を薙ぎ払う前に腰を抜かし、その場に尻餅をついたせいだ。

 達人的な速度で放たれた茜の攻撃を、ホンは運だけで紙一重の回避をして見せたのである。

茜「ッ!?」

 思わぬ偶然に茜も息を飲む。

 だが、直後の彼の醜態に、茜は眉を顰める。

ホン「ひぎ、ぁ……」

 恐怖で顔を歪め、涙を溢れさせたホンは、恐怖の余りに失禁していた。

 命を狙われる。

 その危険性を感じてはいても、本当に命を狙われる事など今までに無かったのだろう。

 無論、茜はホンを気絶させようとは思っていたが、殺すつもりなど毛頭なかった。

 だが、温室で温々と育った虚像の皇帝には、それだけで十分な脅威だったのだ。

 敵意を向けられた事もあるし、反撃された事もある。

 だが、それは須く嫉妬や、か弱い側女達による無力な物ばかり。

 力ある者から攻撃されたのは、本当に初めての経験だった。

茜「………死にたくなければ、あの箱の中に閉じこもって逮捕される瞬間を待つんだな」

 不倶戴天の仇敵の、あまりにも情けない有様に、茜は嘆息混じりで呆れたように言い放つ。

 不格好な鉄竿槍を腰に据え直し、一切の構えを解いて踵を返す。

 こんな無力な男でも、一応はこのテロリストの首魁だ。

 相応しい裁きの場がある。

 下手に動かれて死なれては困るのだから、あの防備の整ったシェルターの中にいて貰った方が都合が良い。
335 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:22:44.59 ID:nXiWmAUYo
美波「いいの? 茜っち、あの人、そのままにしておいて」

 美波は、茜とホンを交互に見遣りながら怪訝そうに尋ねる。

茜「ええ……放っておいてもどうせ何も出来ません。

  脱出時の人質にしようと思いましたが……。
  あの男のやり方は回りの恨みを買ってばかりでしょうし、
  これ幸いと的にされても困りますから」

 茜は肩を竦めて呟く。

 彼我の距離は五メートル足らず。

 戦闘なら中近距離や急接近の攻撃を警戒して気の抜けない距離だが、
 腰を抜かして泣きじゃくり、失禁している男に戦闘力などあろう筈も無い。

 仮に、おおよそ戦闘に向かないヒラヒラとした服のどこかに、
 骨董品のような火薬式拳銃が隠されていたとしても、
 ホンがそれを撃てるとは、茜には到底思えなかった。

茜「連れて行かずにシェルターに入って貰っていた方が、後々で面倒が無くて良いです」

 茜はそう言い切ると、美波とフェイを促し、その場を立ち去った。

 余計なタイムロスのお陰で一分ほど無駄にしてしまった。

 陽動の爆発に巻き込まれる前に、格納庫へ向かった方が良い。

 そうして茜達が立ち去ると、ホンはようやく命が助かった事を悟り、泣きながら安堵の表情を浮かべる。

 だが、すぐに怒りが湧き上がる。

ホン「放って……おいても……何も……出来ない……だとぉ!
   ……面倒が……無くて……良い……だとぉ……!?」

 ホンは俯き、怒りの形相で声を震わせた。

 まだ恐怖が抜けきらないのと、抑えきれない怒りで、声の震えはどこかたどたどしさを感じさせる。

 茜の言葉は、決して他意あっての物では無かった。

 テロリストの首魁に逮捕前に死なれて困るのは警察組織に携わる者としての本音だ。

 事実、ホンをこのまま人質として連れて行けば、足手まといにしかならない上に的にされてしまう。

 だが、皇帝と言う虚像にしがみつくだけの虚栄心の塊だったホンの、
 ちっぽけなプライドを粉々にするには十分だった。

ホン「殺す……殺してやるぞぉぉ……あの女ぁぁぁっ!」

 ホンは震えながら、悔しさと憎しみを込めた怨嗟の声を吐き出す。

 その涙で濡れた目には、明らかな殺意と復讐の色が宿っていた。
336 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:23:31.75 ID:nXiWmAUYo
―2―

 ホンを置き去りにした茜達は、警備らしき兵士とドローンを討ち破り、格納庫へと飛び込んだ。

 ほぼ全ての機体が出撃した後で、今、この場に残っている機体は損壊の激しい機体や、
 決戦に向けて修理を急いでいる物ばかりである。

 数は十機も無い。

 その中の一機に、茜の愛機――クレーストもあった。

 囚われた時と同様、格納庫の壁際の目立つ位置に鎮座している。

 整備は行われていたのか、遠目にも新品同然と分かる程だ。

茜(古い設備とは言え、流石は旧山路技研か……。
  時間さえかければオリジナルギガンティックの整備くらいは出来るワケだな)

 茜はその様子に独りごちる。

 問題は損耗してしまったブラッドだが、そちらは大丈夫だろうか?

美波「茜っち! クレーストまで走って!
   フェイフェイは私と一緒にこっちだよ!」

フェイ「了解です、市条隊員」

 二人に指示を出した美波は、フェイと共に整備中のダインスレフに向けて駆け出す。

 片腕が無いようだが、脱出するだけならアレで十分だ。

茜「二人も気を付けて!」

 茜はフェイと美波の背中にそう声をかけると、鉄竿槍を構え直し、愛機に向かって駆け出す。

 格納庫内で控えていた警備兵が気付いたのか、自動小銃型ギアを構え、無数の魔力弾をばらまいて来る。

茜「その程度!」

 茜は片腕に魔力を集中し、やや雑だが分厚い魔力障壁を作り出してそれらを弾き返す。

 進路上の敵を槍で薙ぎ払い、一直線にクレーストを目指した。

 正に弾丸……いや砲弾の如き凄まじさだ。

 ハンガー脇まで辿り着いた茜は、即座に周囲を確認する。

 このままエレベーターを使えばハッチまで一直線だが、その間はずっと銃撃に晒される事になってしまう。

 茜はエレベーターから唯一、死角になっていない場所に立つ兵士を見つけ出すと、
 そこに向かって鉄竿槍を放り投げる。

 旋回する鉄竿槍は兵士に直撃した。

 直前にガードしたようだが、魔力を込めて投げられた鉄竿を防ぎ切る事が出来ず、
 兵士はその場に昏倒する。

 一人を倒した所で銃撃は続いているようだが、場所を変えて撃つと言う発想は無いようだ。

茜「訓練はされているが、状況に対応し切れていないようだな……」

 茜はエレベーターのパネルを操作しながら、安堵と呆れ交じりに呟く。

 対処訓練は幾分かしているようだが、状況が限定されていたり、
 練度を高める意味が無い訓練ばかりなのだろう。

 二十一世紀初頭には、出資者となる国の特殊部隊が兵士達に訓練を施すなどして
 テロリスト達との利害関係を築き、間接的に敵対国への当て馬にしていたとも言うが、
 ここの連中には出資者はともかく、訓練を施してくれる特殊部隊などいない。

茜(この程度の連中を野放しにしていたなんてな……)

 茜は悔しいやら情けないやら、複雑な思いで短い溜息を洩らした。

 だが、ここの戦闘が片付けば、野放しにするために裏工作を行っていた出資者を一網打尽に出来る。

 事件解決まで後一歩なのだ。
337 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:24:10.00 ID:nXiWmAUYo
茜(ここまで来たら、もう迷っている暇も無いな)

 茜は一瞬だけ脳裏を掠めたユエの事を、思考の奥へと追い遣り、
 ようやく上がりきったエレベーターからクレーストのハッチへと向かった。

 即座にハッチを開き、コントロールスフィア内に駆け込むと、
 まとめた髪の中から物理錠を取り出し、隠し収納の中からクレーストのギア本体を回収する。

クレースト『茜様、ご無事ですか?』

茜「ああ……暫く湯浴みが出来ていない事を除けば、それなりにベストコンディションだ」

 ギアに魔力が通うなりどこか慌てた様子で声を掛けて来たクレーストに、茜は敢えて冗談交じりに返した。

 クレーストも、主の言葉を信用していないワケではないが、茜のフィジカルコンディションを確認し始める。

 確かにコンディション上は問題無いようだ。

茜「すぐにこの場を脱出するが、行けるか?」

クレースト『……はい、どうやらブラッドも交換されているようです。
      今すぐにでも動けます』

 茜の問い掛けにややあってから応えたクレーストは、そう言うと自身の身体――ギガンティック本体――を起動した。

 各部のブラッドラインに茜色の輝きが灯る。

 武装は先日、ミッドナイト1の駆るエールとの戦闘で戦場に落としたままだ。

 だが、丸腰でも十分に戦う術はあった。

茜「クレースト、魔力を腕部側面に集束! 手刀で戦うぞ!」

クレースト『畏まりました、茜様』

 茜の指示にクレーストが応えると、その両腕に集束魔力刃が発生する。

フェイ『本條小隊長。こちらも機体の奪取に成功しました』

 直後、フェイから通信が入り、一機のダインスレフに山吹色の輝きが宿った。

 予定通り、隻腕のダインスレフを奪取し、フェイが操縦を受け持つらしい。

 シート式の操縦席ならフェイにも一日の長がある。

茜「フェイ! 私が援護する! エンジンの入ったコンテナを確保してくれ!」

フェイ『了解しました』

 フェイの淡々とした返事を聞きながら、
 茜は緊急起動した近場の敵ギガンティック達の手足を切り落として無力化して行く。

 それと同時に、各所で爆発が起き始めた。

 どうやら陽動の爆発が始まったようだ。

 兵士達の銃撃も途切れ、格納庫各所でタイミングを見計らっていた諜報部突入部隊の面々が一斉に駆け出し、
 件のハートビートエンジン6号の積載されていると思しきコンテナへと走って行く。

美波『茜っち、全員確認したよ! そろそろ撤収!』

茜「了解!」

 茜は美波の言葉を聞きながら、残る最後のギガンティックを無力化する。

 今、この場で動けるのはクレーストと、フェイの駆る隻腕のダインスレフだけだ。

 茜は状況を確認すると、フェイ達の待つコンテナへと移動を開始した。

 その時だった。
338 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:24:52.89 ID:nXiWmAUYo
 不意に通路となっている床の一部が展開し、下から巨大なハンガーがリフトアップを始める。

 黒い躯体の大型のギガンティックだ。

 全身のエーテルブラッドには赤黒い輝きが宿っており、それが起動状態にある事はすぐに分かった。

茜「新型のギガンティックか!?」

 見た事もない大型ギガンティックの登場に、茜は驚きの声を上げる。

 そう、茜の目の前にいる新型のギガンティックは、GWF−403・スクレップ……ユエの乗機だった。

茜「流石に放置は出来ないか!」

 茜は手刀を構え直し、集束魔力刃を生み出す。

 そして、まだハンガーから動こうとしないスクレップに向けて斬り掛かった。

 だが、スクレップは一瞬にしてその腕を動かし、
 両腕の巨大なシールドでクレーストの集束魔力刃を受けきってしまう。

茜「な!? は、早い……!?」

 殆ど唐突と言って良いほどの挙動の防御に、茜は驚きと共に舌を巻く。

 茜は知る由も無いが、ユエがレミィの姉……伍号を解剖して作り出した防御システムによる物だった。

 直線的な攻撃ならば、完全自動で防御してしまえるシステムの挙動が、茜の感じた唐突さの正体だ。

??『ふむ、システムは十全に働いているようだな』

 接触回線なのか、ドライバーと思しき人物の声が聞こえる。

茜「この声……ユエ……ユエ・ハクチャか!?」

 茜は愕然と叫ぶ。

 あの飄々とし、自身が黒幕である事に酔っているような男が、何故、直接ギガンティックに乗っているのだろうか?

ユエ『ほう、予想よりも早いな、もう202を取り戻したのか?
   ………とりあえず、おめでとうと言っておこうか』

 ユエは接触回線のまま、どこか芝居が掛かった様子で言う。

 茜の脱走も計算の内なら、茜をクレーストを取り返すのも計算の内と言う事らしい。

 つまり、今、クレーストがこうして動けるのも、このユエと言う男の計算の内と思うと、
 鳥肌を催すような不気味さが際だつ。

茜「ぅ……っ!? 貴様と言う男は、どこまでも人を小馬鹿にして……!」

 茜はその不気味さをねじ伏せると、怒りを込めて叫ぶ。

フェイ『本條小隊長! お早く!』

 そんな茜に、通信機越しのフェイの声が響く。

 いつになく感情の篭もった声に聞こえるが、それは気のせいではない。

 今も旧技研各所で小規模な爆発は続いており、このままでは爆発に巻き込まれかねない。

 爆発程度はクレーストとダインスレフは耐えられるが、コンテナ内の諜報部の面々はそうもいかない。

クレースト『茜様、ここは一刻も早く退避を』

茜「………分かった」

 クレーストにも促され、茜はどこか悔しそうに頷く。

 茜は警戒しながらその場から飛び退き、コンテナの片側を保持する。

ユエ『そうだ……今は逃げたまえ。私は私で重要な用事もあるのでね』

 ユエは飛び退いた茜に向けてそう言うと、自らは背を向け、
 爆発で崩れて大きく開かれた格納庫の天蓋から飛び去って行く。

茜「奴は……一体何を考えているんだ……?」

 茜は、やはり抑えきれない不気味さに声を上擦らせたが、今はその事に拘っている場合ではないと自らに言い聞かせ、
 フェイの駆るダインスレフと共にその場を後にした。
339 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:25:33.39 ID:nXiWmAUYo
―3―

 茜達の脱出から十分後。
 第十街区、政府連合軍の整備拠点――


整備員『オーライ、オラーイ!』

 地上で誘導灯を振る整備用パワーローダーの指示に従い、
 茜はゆっくりと整備拠点に据え付けられた02ハンガーへと向かう。

春樹『無事ですか、本條小隊長?』

「ええ、クレーストの機体共々、無事です」

 ハンガーに機体を固定するなり、ギガンティック機関とロイヤルガードの
 機体整備の陣頭指揮を執っていた春樹の質問に、茜は手短に応えた。

春樹『……確かに、異常やトロイウィルスのような物はありませんね』

 春樹は機体コンディションを確認しつつ、やや半信半疑気味に呟く。

 敵の手に落ちていた機体が、こうも問題無い状態で返って来るとは思いも寄らないのだろう。

 その態度や驚きも当然の事だ。

春樹『ともあれ、武装は回収した装備を整備済みですので、そちらを使って下さい』

茜「ありがとうございます、さすがに徒手空拳のままでは心許なかったので」

 春樹の言葉に茜が礼を返している間に、
 整備用パワーローダーが取り出した二刀の太刀が、クレーストの腰に装備された。

 間違いなく、愛機で扱っている愛用の大小二刀拵えの太刀だ。

 ふと傍らに目を向けると、コンテナから取り出されたばかりのハートビートエンジン6号が、
 同型の5号エンジンを搭載可能な機体――アルバトロスMk−U――への搭載準備に入っていた。

茜「6号エンジン、もう使うつもりなのか?」

 茜は驚いたように漏らす。

 整備拠点に戻った際、茜達はギガンティック機関本部にいる明日美達に、
 敵の隠し球――さらなる新型ギガンティック……スクレップ――がある事を伝えている。

 それに対抗するための措置として、急遽の判断でアルバトロスMk−Uへの6号エンジンの搭載が決定したのだ。

 元々、二種類の機体を一つのエンジンで使い回せるように調整されていたアルバトロスMk−Uは、
 エンジンの点検さえ完了すればいつでも積載可能である。

 とは言え、未登録のエンジンを研究用ではなく戦闘用に持ち出す判断と言うのは些か早計過ぎるような気もしていた。

 だが、そうしなければこれから数分後、エール・HSがスクレップによって撃墜されていた事を思えば、
 決して間違った判断ではなかっただろう。

 しかし、それも先の話だ。

春樹『……機体コンディション、オールグリーン』

彩花『261、本條小隊長、発進して下さい』

 春樹の言葉に続き、彩花が発進を促す。

 それと同時に、機体を固定していたアームが解除される。

茜「……了解。ロイヤルガード261、本條茜、出るぞ!」

 茜は機体がフリーになった事を確認すると、ハンガーから機体を移動させ、その場でゆっくりと飛び上がる。
340 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:26:07.24 ID:nXiWmAUYo
 戦場をズームアップすると、戦闘は既に佳境に移り、
 早くも一部の味方ギガンティックが旧技研の外殻である丘の麓に取り付こうと言う段階だった。

 ここでクレーストとアルバトロスMk−Uを投入するのは、ある意味、だめ押しの一手のような物だ。

 だが、敵の隠し球を知った茜には、この優勢のままの戦場が何処か不気味な物に思えて仕方が無かった。

タチアナ『敵の新型と戦闘中の藤枝隊長達の元には、既に朝霧副隊長が向かっています。
     本條小隊長はそのまま戦線に加わり、技研への到達と制圧を目標として下さい』

茜「……了解しました、パブロヴァ・チーフ」

 タチアナからの指示を受け、茜はまとわりつくような不気味さを振り払い、
 太刀を構えて戦場へと向かう。

 既に敵の戦線は壊滅・潰走状態となっており、高度を下げずとも安全に戦場まで向かう事が出来た。

レオン『お嬢! 無事だったのかよ!』

 茜とクレーストが戦場に着くなり、驚いたような声を上げたのはレオンだった。

 咎めるような言葉だが、その声は驚きと、それ以上の歓喜で弾んでいる。

紗樹『隊長! 本当に大丈夫なんですか!?』

遼『隊長……!』

 紗樹と遼も、やはり驚きと喜びの入り交じった声を上げる。

茜「心配をかけたな……だがこの通りだ!」

 茜はそう言うと、まだ健在な敵ギガンティックに向かって攻撃を仕掛け、
 腰の部分で真っ二つに切り裂いて見せた。

 見事な手並みだ。

 九日間と言う、決して短いとは言い切れない軟禁生活だったが、腕は鈍っていない。

 むしろ十分に休んだ事もあって、体力が有り余っているぐらいだ。

紗樹『さすが……!』

遼『むぅ……!』

 紗樹と遼は、その衰えを感じさせない見事な腕前に唸る。

 しかし、レオンの反応は違った。

レオン『まぁ、何つぅの? 成長してんじゃん、お嬢……』

 音声のみの通信機越しでも分かるほど、レオンは穏やかな様子で呟く。

 手の掛かる妹が、しばらく合わない内に驚くような成長を見せてくれた。

 その事を嬉しく思うような、手を離れて寂しいような。

 そんな複雑な思いを感じさせる声だった。

茜「老けたような声を出すな……それと、作戦行動中にお嬢は止めろ」

 茜はレオンの声音から何かを感じ取ったのか、何処か照れ隠しのようにそう返す。
341 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:26:41.89 ID:nXiWmAUYo
 レオンは自分の変化に気付いたのだろう。

 確かに、茜は躊躇う事なく敵のギガンティックを一刀両断した。

 だが、決してコックピットは狙わず、追撃も仕掛けない。

 何より、既に無力化されている敵ギガンティックに対しては見向きもしない。

 無論、脅威に対する警戒は怠っていないが、積極的に攻撃を仕掛けようとはしていなかった。

 九日前には考えられなかった変化だ。

 空との口論、ミッドナイト1とのふれ合い、そして、このテロリスト達の黒幕であるユエの存在を知り、
 そんな様々な経験を経て、茜自身には大きな変化があった。

 それは彼女自身もうっすらと自覚していた。

 戦う理由は人の数だけある。

 その全てが、戦場では肯定される。

 だが、正しき事のために戦うと決めたなら、憎しみは心の内に収めなければならない。

 戦う事は暴力だ。

 それは避けられない事実だが、誰かの心身を踏み付けにするような物は暴力ではなく、
 もっと恐ろしく、醜悪で陰惨な暴虐だ。

 手を血で染める事もあるだろう。

 だが、その血に対して無関心ではいけないのだ。

 そのために憎しみを心の内……奥底に収め、それでいて力を振るう事に臆病にならない。

 それが茜の得た、テロリスト達との戦いに対する新たな答だった。

レオン『あいよ……まあ吹っ切れたみたいで何より、ってな』

茜「ああ……少し、肩が軽くなった気がする……ほんの少しだけな」

 プライベート回線に切り替えて来たレオンの言葉に、茜は微かな笑みを浮かべて呟く。

 言葉通り、心持ち、肩の重荷が軽くなったような気がする。

 だが、茜は穏やかな笑みのまま小さく深呼吸すると、すぐに気を取り直す。

茜「……総員、油断するな! 確実に敵を撃破、無力化しながら旧技研を制圧するぞ!」

レオン『了解!』

 茜の指示にレオン達が応え、茜もまた前進を再開した。

 残る敵ギガンティックの全てを無力化した茜達は、そのまま部隊を進め、
 風華達の部隊と挟み撃ちを行うような陣形で旧技研のある小高い丘を取り囲む。
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