【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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476 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:55:05.62 ID:V0zga9kFo
―5―

 それから僅かに時は過ぎ、第四フロートでの戦闘開始から十五分後。
 メインフロート第一層外殻自然エリア――


 正面にリニアキャリア用路線に通じる内部隔壁が見える主幹道路の左右には
 高く育った針葉樹がずらり立ち並ぶ、いわゆる並木道の体を為していた。

 その並木道の出入り口に、四機のオリジナルギガンティックと、三機のギガンティックが立ち並んでいる。

 茜とクレースト、風華と突風・竜巻、瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノ、
 クァンとマリアとプレリー・パラディ、そして、レオン達第二十六小隊の面々のアメノハバキリだ。

 空達遠征班からの連絡を受けたギガンティック機関他、政府側組織は即座に対策を開始。

 既にメインフロート内に入り込んでいた敵性リニアキャリアに奪われた路線操作システムを奪い返し、
 最速で最大戦力を第一層の外殻区画へと集結させ、こちらに誘導している最中だ。

茜「……ふぅ」

 茜はコントロールスフィアの内壁に背を預けて、小さな溜息を吐く。

 ホン一味との決戦以来の久々の実戦だが、問題はそこではない。

茜(生きていた……? 奴が?)

 茜はここに来るまでの戦況報告で聞かされたユエの名を思い出し、
 困惑したような視線を外に向けた。

 無論、まだ茜達の誰も……既に相対した空達でさえ知らぬ事だが、
 今からやって来るのはあのユエ・ハクチャではなく、新たな身体に意識をコピーした月島である。

 意識的には同一人物ではあるが、生命としては同一人物ではない。

 ややこしい話だが、ユエは生きていたワケではないが、やって来るのは当の本人でもある。

 だが、そんな事実を未だ知らぬ茜が困惑するのも、また無理の無い話だった。

クレースト『茜様……御気分が優れないようですが?』

茜「ああ……流石にな」

 心配そうに問い掛けるクレーストに、茜は苦笑いを浮かべて弱音を漏らす。

 だが、事ここに及んで悩んでいてもしょうがない。

茜「……現れた悪霊は叩き斬るしかない。そうだろ、クレースト?」

クレースト『……些か乱暴ですが、概ねその通りかと』

 吹っ切れたように言った茜に、クレーストは僅かな思案の後にそう返した。

 以前のクレーストならば単に“はい”か“その通りです”としか返さなかっただろう。

 空との口論や美月との出会いから変わった自分と同じように、彼女もまた変化が訪れたのだ。

 それが彼女と魔力的にリンクしている自分自身からの影響による物なのか、
 茜には良く分かっていなかったが、比較的好意的に茜も愛機の変化を受け入れていた。

 だが、気持ちを切り替えたとは言え、そう和やかに相棒の変化の余韻を楽しんでいる場合では無かった。

サクラ『敵性リニアキャリア、第一層外壁内路線に到達! 会敵予測時間まで残り二〇〇秒!』

 通信機から司令室にいるサクラの声が響く。

 外壁内部にあるリニアキャリア用線路を伝い、敵が最下層から登って来たらしい。

 残り二〇〇秒……三分強で遭遇と言う事だ。
477 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:56:00.46 ID:V0zga9kFo
風華『じゃあみんな、事前にブリーフィングで通達した通りよ。所定の配置について。
   マリアちゃんは植物操作魔法で拘束準備を』

マリア『了解、隊長! じゃあ、久々にデカいの行くよっ!』

 風華の指示と同時に仲間達が動き出し、マリアの駆るプレリー・パラディは並木道の入口正面に立つ。

 そして、左右の手首の付け根から無数のワイヤーを放ち、並木の根本へと突き刺した。

マリア『ジャルダン・デュ・パラディッ!!』

 火色に輝く機体から、同じく火色の魔力が流れ込み、並木道に立ち並ぶ針葉樹を活性化させて行く。

 一瞬、ざわつくように震えた針葉樹は、本来なら真っ直ぐに伸びる筈の幹を主幹道路に向かって伸ばし、
 網状の捕縛帯を作り上げた。

 植物を急活性化させるジャルダン・デュ・パラディは、
 プレリーの初代ドライバーであるロロット・ファルギエールが考案した植物操作魔法の奥義だ。

 本来は大規模な激甚災害に対応するための魔法だったが、植物そのものを魔力的に強化するため、
 結界装甲の延伸によりイマジンに対しても有効であり、それは同時に結界装甲に対しても有効となる。

 ユエ……月島の駆る敵性リニアキャリアに結界装甲が見られた以上、
 拘束にもこうして相応の準備が必要なのだ。

 そして、同じような針葉樹の捕縛帯が十重二十重と、内部隔壁まで続いて行く。

 これならば、最高速度のリニアキャリアが突っ込んで来ても止められるだろう。

茜「こちら261、配置に着いた」

 その様子を横目に見ていた茜が風華に向けてそう通信を送ると、仲間達も口々に配置完了を告げる。

 そして、ついにその時が来た。

『Pipiiiiii――――ッ!!』

 リニアキャリア接近を告げる警笛が鳴り響く。

 警報などではなく、あと十数秒でリニアキャリアが侵入して来ると言う合図だ。

茜(来るッ!)

 茜は咄嗟に身構え、その瞬間を待ち受ける。

 果たして、敵性リニアキャリアは予想よりも五秒早く、内部隔壁を抜けた。

 マリアが作り上げた針葉樹の捕縛帯を一つ、また一つと突き破り、木片を弾き飛ばしながら猛然と進む。

マリア『狙い通り!』

 負け惜しみなどではなく、マリアはそう歓喜の声を上げた。

 最初から、隔壁近くの数枚は敢えて脆く作ってあった。

 衝突の衝撃でリニアキャリアを減速させ、より手前に作り上げた頑強な捕縛帯で確実に足止めするためだ。

 敵が驚いて減速すればさらに狙い通りだったのだが、流石にそこまで上手くは行かなかったようで、
 真っ黒な車体のリニアキャリアは猛然と捕縛帯を押し退けて突き進む。

マリア『させるか、ってのっ!』

 マリアは再び魔力を針葉樹に注ぎ込み、突き破られた捕縛帯を再操作し、今度は後部車輌を絡め取る。

 急拵えの拘束は簡単に振り解かれてしまうが、それでもリニアキャリアをさらに減速させるにはそれで十分だった。

 最後の拘束帯を突き破られる寸前、遂にリニアキャリアはその動きを止めた。
478 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:56:29.99 ID:V0zga9kFo
レオン『撃ち方始めぇっ!』

 プレリーの左右後方に位置していた瑠璃華のチェーロ・アルコバレーノとレオン達のアメノハバキリが、
 レオンの号令と共に一斉に魔力砲と魔力弾を放つ。

 狙うは一点、リニアキャリアの先頭車両だ。

 魔力弾と魔力砲が雨霰と降り注ぎ、辺りにマギアリヒトを撒き散らして行く。

瑠璃華『一点集中なら防御もそこまで効力を発揮しないだろう!』

 瑠璃華が自信ありげに叫ぶ。

 確かに、空と美月の行った十字砲火はスクレップと車輌全体を狙った攻撃だった。

 だが、今回は車輌の一点を狙っての集中砲火だ。

 どんな防御機構を搭載しているかは知らないが、結界装甲同士の真っ向勝負ならば多少の効果は望める筈である。

風華『近接攻撃部隊、準備して!』

 風華の指示と共に、茜は愛機と共にリニアキャリアの右側面……針葉樹林の中に飛び込んだ。

 同時に、プレリー・パラディからカーネル・デストラクターへの分離、再合体を行ったクァンも、左側面へと飛び込む。

 さらに、風華と突風・竜巻がリニアキャリアの頭上へと跳び上がった。

 狙うは上面と側面からのキャリア連結部への攻撃だ。

サクラ『拘束部の魔力相殺まで残り五秒!』

 司令室からサクラの声が響く。

 言ってみれば、今回の作戦は三段構えだ。

 マリアとプレリー・パラディによる拘束が第一段階。

 拘束完了までに圧壊させる事が出来なければ、瑠璃華達の一斉射撃による第二段階。

 これで破壊できない場合は、連結部を狙った同時攻撃による第三段階。

 第一段階の針葉樹による拘束にはマリアの魔力が流し込まれる事で結界装甲が延伸しており、
 相殺には数十秒近い時間が必要となる。

 この時点で既に敵の結界装甲に対して多少なりの負荷が掛けられ、
 先頭車両の一点を狙った一斉射撃の後押しにもなっているのだ。

 だが、これでも破壊できないのならば車輌を分断して各個撃破に持ち込む。

 その場合も、車輌全体への拘束と先頭車両への集中攻撃が結界装甲、
 或いは防衛機能に大きな負荷を掛け、連結部の破壊を有利にする事となる。

茜「本條流魔導剣術奥義! 天ノ型が参改! 破天・雷刃ッ!!」

風華『豪炎ッ! 飛翔ッ! 烈ッ風ッ脚ッ!!』

クァン『ギガントプレス……ッインッパクトッ!!』

 そして、残された僅かな間隙を突いて、茜達の一斉攻撃がリニアキャリアへと殺到した。

 渾身の一太刀で突き破り、重力すら利用して蹴り砕き、巨大な魔力の腕で叩き潰す。

 加えて――

瑠璃華『ジガンテスリンガーッ!!』

 チェーロ・アルコバレーノからも極大の魔力砲弾が放たれる。

 四点への必殺の一撃。

 エールとクライノートの一斉砲撃に耐えたリニアキャリアも、さすがにこの苛烈な攻撃にはひとたまりもあるまい。

 誰もがそう思った、その時――

『ふむ……』

 ――何かを値踏みするような、そんな吐息混じりの月島の声が聞こえるのと、
 赤黒い魔力がリニアキャリアの全周囲に満ちるのは同時だった。

 一瞬にしてリニアキャリアを拘束していた植物の魔力は掻き消され、
 雷撃を纏った突きも、豪火を纏った蹴りも、巨大な拳も、極大の砲弾も、
 その全てが赤黒い魔力の表面で押し留められてしまう。
479 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:57:02.77 ID:V0zga9kFo
風華『そ、そんな……っ!?』

 風華が驚愕の声を上げる。

 必殺の一撃を防がれる、弾かれる、避けられると言った防御のされようはあったが、
 魔力で空中に押し留められるなどと言う経験は生涯で二度目の経験だ。

 その一度目とは、先月の決戦……ティルフィングの結界装甲に阻まれた時の事である。

 しかも、今回の力はティルフィングの時の比では無い。

 あの時は瞬間的に押し留められただけだが、今回は完全に上空に押し留められてしまっている。

 いや上空に押し留められていると言うよりは、
 魔力の作り出す力場の上に降り立ったかのような、そんな感触だ。

 それは茜やクァンも同様だった。

 突き立てた槍は深々と魔力の壁にめり込み、
 押し潰さんと振り下ろした拳は硬い台を叩いたかのような感触しか伝えて来ない。

 瑠璃華の放った砲弾など、既に完全に相殺されて消え去ってしまってる。

月島『やはりこの形態では防御に全出力を傾けられるようにしておいて正解だったな。
   移動形態の防御も疎かにできないものだ』

 茜達が驚愕する中、ただ一人、納得するように呟いたのは月島だ。

 また一つ、機能の試験運用が終わったと言いたげな、余裕綽々と言った風な口調。

 そして、月島はさらに続ける。

月島『このまま突っ切っても良いのだが、足止め用の403も使い果たした……。
   後から妨害されるのも煩わしいので、ここで“四機”全て始末するとしよう』

 月島の言葉と共に、拘束を振り払ったリニアキャリアがゆっくりと走り出した。

 その衝撃で弾かれた茜達は各々が短い悲鳴を上げながら市街地や針葉樹林に落下する。

瑠璃華『ッ!? 後退だ、みんな、私の後ろに下がれ!』

 瑠璃華もレオン達と共に、主幹道路を市街地へと向けて大きく後退する。

 結界装甲の出力が違い過ぎ、いくらフィールドエクステンダーを使っていても、
 量産型のレプリギガンティックでは耐えきれないだろう。

 レオン達の乗機を自機の後方に庇いながら、
 瑠璃華は無数の砲弾をリニアキャリアに浴びせるが効果は無い。

茜「なんて魔力量だ……!?」

 体制を立て直した茜達も魔力弾などの遠距離攻撃を仕掛けるが、焼け石に水だ。

 無数の魔力弾や砲弾の雨霰の中、リニアキャリアにさらなる変化が訪れる。

 六輌編成の車輌は全ての連結を解除し、
 先頭の一号車と最後尾の六号車を先頭に再配置し四号車がその後に続き、
 最後尾を二号車、三号車、五号車が併走する二・一・三の変則走行を始めた。

 四号車がその車体を展開してY字状に変形すると、一号車と六号車にそれぞれの先端を連結する。

 さらに、三号車を中央に配置した二号車と五号車がそれぞれ内側面から迫り出した連結器で、
 三号車の両側面から迫り出した連結器と連結した。

 それぞれ三輌ずつ変形、合体した二編成のリニアキャリアはさらに三号車と四号車で連結し、
 急制動によって勢いよく立ち上がる。

 そう、立ち上がったのだ。

 直列に連結していた形態から複雑な配置で再編成されたその姿は、どこか人型を思わせる。

 急制動による火花を足もとで撒き散らしながら、細部を変形させて行く。

 巨大な肩が左右に展開し、拳を突き出し、頭部が迫り出す。

 六本の柱が組み合わさったようだった異形は、僅か数秒で無骨で、
 頑強なフォルムの黒い大巨人と化した。

 赤黒い輝きを全身に這わせた姿は、まるで全身に返り血を滴らせた鉄の巨人。

月島『ヴァーティカルモード起動、各部関節異常なし。
   エナジーブラッドエンジン、トリプル・バイ・トリプルエンジン正常。
   ブラッド損耗率8.27パーセント……正常許容値』

 その鉄の大巨人の中央に座した月島の声が、淡々と、朗々と辺りに響き渡る。
480 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:57:39.26 ID:V0zga9kFo
月島『驚いたかね、諸君?

   これが既存の全てを過去の物とする最強のギガンティックウィザード。
   GWF405……カレドブルッフだ!』

 月島は高らかに、自らの乗機の名を宣言した。

 エナジーブラッドエンジンのテスト。

 量産化によるコストパフォーマンス軽減テスト。

 脳波コントロールによるマンマシーンインターフェースの最適化。

 複合エンジンと武装のテスト。

 半身型大型機による駆動の最終チェック。

 400から404までの五段階の試作とテストを経て完成した、
 月島の、ユエ・ハクチャの、オリジナル月島勇悟の目指した最強のギガンティックウィザード。

 リニアキャリアと言うメガフロート内で最速での現場急行と走行しつつの変形合体を両立し、
 戦力の自力高速展開を可能とした機体。

 それこそがGWF−405・カレドブルッフであった。

茜「お、大きい……」

 その巨躯を見上げて、茜は茫然と漏らす。

 一両四〇メートルを超えるリニアキャリアが合体したその体躯は、実に九〇メートル。

 巨大な正面隔壁の天辺に迫るほどの超弩級の体躯だ。

 下半身まで完成したティルフィング、と言えば想像がつくだろう。

 味方の中でも大型の部類であるカーネル・デストラクターやチェーロ・アルコバレーノの、
 実に二倍以上の巨躯を誇る。

 その二機ですら大人と子供ほどの体格差だと言うのに、細身のクレーストや突風・竜巻では、
 ヘビー級のプロ格闘技選手と幼稚園児ほどの体格差だ。

月島『さて……では動きの鈍い連中から潰させてもらうとしよう』

 月島はそう言うと、眼前……いや眼下のチェーロ・アルコバレーノに手を伸ばす。

瑠璃華『ッ、このっ!』

 あまりの巨体に茫然とし、砲撃を途絶えさせていた瑠璃華は不意に正気を取り戻し、
 ジガンテジャベロットから魔力砲を乱射する。

 だが、魔力砲弾はカレドブルッフの体表で霧か何かのように消え去ってしまう。

チェーロ『マスター、後退を!』

瑠璃華『くそぉっ! レオン、お前達は避難しろ!』

 チェーロの声に悔しそうに叫んだ瑠璃華は、レオン達に退避を促すと、
 彼らが飛び退いたのを確認すると同時に脚部のキャタピラを展開し、
 後方へ高速移動しながら、牽制にすらなっていない砲撃を続ける。

茜「る、瑠璃華っ!」

風華『瑠璃華ちゃん!』

 ようやく体制を立て直した茜と風華が、瑠璃華の援護のために飛び出した。

 カレドブルッフは見た目の通り鈍重な動きで、高速移動形態とは言え
 オリジナルギガンティックの中でも鈍足に類するチェーロ・アルコバレーノに追い付けていない。

 機動性と速度に特化した二機ならば確実に追い付ける計算だ。

 だが――
481 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:58:12.21 ID:V0zga9kFo
月島『ふむ、ではグライドムーバーの実戦テストと行こう!』

 渡りに船とでも言いたげな月島の叫びと共に、脚部からリニアキャリアの車輪が迫り出すと、
 カレドブルッフはその巨体に似合わぬ速度で滑走を始めた。

茜「なっ!?」

 茜は愕然と声を上げる。

 速度だけを見れば、高機動の機体に慣れた茜の、そして風華の目にも、
 決して目を見張るほどの物ではなかった。

 だが、九〇メートルを超える巨体がチェーロ・アルコバレーノの倍以上の速度で走り出せば、
 それは驚愕の光景ともなろう。

瑠璃華『そ、そんな……っ!?』

 瑠璃華が驚愕の声を上げた瞬間には、
 チェーロ・アルコバレーノはカレドブルッフの巨大な腕で頭ごと動体を鷲掴みにされていた。

 さらにカレドブルッフはその場で百八十度転進し、来た道を戻って来る。

風華『瑠璃華ちゃ……きゃあっ!?』

 既にカレドブルッフの背後にまで迫っていた風華と突風・竜巻は、
 急速反転して戻って来るカレドブルッフの体当たりを正面から受けて弾かれてしまう。

茜「ふーちゃんっ!?」

 茜は何とか回避するのが精一杯で、風華も瑠璃華も助ける事が出来ない。

 人の形をした……いや、ギガンティックの体を為した重戦車の如き蹂躙ぶりだ。

 ティルフィングの時と同様、体格と出力が違い過ぎて、まるで話にならない。

 そして、思い知る。

 一ヶ月前の戦闘で絶望感すら覚えたティルフィング戦。

 アレはまだ序の口に過ぎなかった事を。

 上半身を地面から生やした案山子のティルフィングと、
 地面を高速で滑走し自由自在に動けるカレドブルッフでは脅威の度合いが段違いだ。

 転進し、針葉樹林帯へと飛び込んだカレドブルッフは、
 待ちかまえていたカーネル・デストラクターをも片腕で吊り上げてようやく止まる。

 クァンも決して無抵抗で捕まったワケではない。

 掴まれる直前に放ったカウンターブロウは何も無かったかのように相殺され、
 さらに自身を掴み上げた腕を遮二無二殴り続けているが、一切、効果が無いのだ。

クァン『ぐぅ……は、離せえっ!』

瑠璃華『このぉ……ッ!』

 苦悶の声を上げながらも抵抗するクァン同様、瑠璃華も必死の抵抗と砲弾を放ち続けるが、
 二機がかりでようやく動きを鈍らせる程度でしかない。

月島『さて次の作業に移らなければならないのでな、早々に片付けるとしよう』

 月島はどこか呆れた様子で漏らすと、掴み上げた二機の大型ギガンティックを、
 まるでドラムスティック同士を打ち鳴らすかのように叩き付けた。

クァン『ガハッ!?』

瑠璃華『ぎゃうっ!?』

マリア『うわっ!?』

 一度目の衝撃に、クァンと瑠璃華は濁ったような声音の悲鳴を上げ、
 マリアも相殺しきれない衝撃に微かな悲鳴を上げる。

 まるで遊び飽きたオモチャ同士を乱暴にぶつけ合う癇癪を起こした子供のような攻撃は、
 一度では終わらない。

 二度目、三度目とぶつけ合うと、遂に腕が一本、弾け飛んだ。

瑠璃華『ッ……ァァァァッ!?』

 先に声ならぬ悲鳴を上げたのは瑠璃華だった。

 しかし、カレドブルッフの……月島の攻撃はそれでも終わらず、
 また腕が一本、今度は脚が一本と弾け飛び、その度にクァンと瑠璃華の悲鳴が上がる。
482 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:58:45.09 ID:V0zga9kFo
明日美『魔力リンク切断、急ぎなさいっ!』

セリーヌ『は、はい!』

ジャン『全リンク、強制切断します!』

 通信機からは焦ったような明日美の声と、それに答えるセリーヌとジャンの声が響く。

 二機の魔力リンクが切断される頃には、二機のギガンティックは全ての手足を失い、
 残る胴体もズタボロになっていた。

 その間、決して茜やレオン達も茫然自失で見守っていたワケではない。

 茜は幾度となく雷撃や氷塊を纏った刃でカレドブルッフに斬撃を仕掛けていたし、
 紗樹は風華の救助に向かい、レオンと遼はカレドブルッフの足もとや関節を狙って攻撃を仕掛けていた。

 だが、その殆どが語るまでもなく徒労に終わったのだ。

 第二十六小隊の面々の攻撃を意に介した様子も無く、
 カレドブルッフは残骸となった二機をその場に放り捨てた。

マリア『く、クァン……瑠璃華……』

 辛うじて魔力リンクの影響を受けずに済んでいたマリアが絶え絶えの声で二人を呼ぶが、
 二人とも気絶してしまっているのか返事は無い。

月島『さて……次はどちらを潰すか』

 思案げな月島の声が、カレドブルッフから響く。

 そこでレオン達は初めて気付かされた。

レオン『俺らは最初から頭数にも入ってないって事かよ……!』

 レオンはその事実に歯噛みする。

 確かに、月島は“四機”と言った。

 合体した状態のカーネルとプレリーを一機として計上した場合、
 確かにオリジナルギガンティックは四機だ。

 三機のアメノハバキリは数に入っていない。

 だが、レオンが悔しいのは路傍の石程度にしか思われていない事ではなく、
 月島の認識が事実である事だった。

 オリジナルギガンティックの中でもパワーと火力に偏重した二機ですら、
 僅かにカレドブルッフをたじろがせるので精一杯でしかない。

 量産型に過ぎない……結界装甲を持たないレプリギガンティックでは、
 足止め役にすらならないだろう。

 そして、それは軽量級とは言えアメノハバキリ以上の体躯を誇る
 突風・竜巻が弾き飛ばされた瞬間から分かっていた。

 加えて、レプリギガンティックにとって対イマジン・結界装甲の頼みの綱――
 フィールドエクステンダー――も、母機であるチェーロ・アルコバレーノが機能停止した事でその効力を失っている。

茜「くぅ……ッ」

 茜も彼我の戦力差に戦慄しながらも、冷静に状況を見渡す。

 風華はようやく立ち直ったようで、構え直している。

 その姿を見る限り、機体の異常は許容範囲内のようだ。

 レオンが感じている無力感も、茜には分かっていた。

 敵は相手がオリジナルだろうがレプリだろうが、意に介さず蹂躙するだけの力がある。
483 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:59:32.86 ID:V0zga9kFo
茜「アルベルト! 東雲と徳倉を連れて後方へ下がれ!
  軍や他の隊と連携して防衛戦を形成しろ!」

 茜はクレーストに腰のホルスターに収めていたスニェークを構えさせると、
 レオンに指示を飛ばす。

 この場は逃げろ、と言っているようにも聞こえるが、茜の言葉は本心からの物だった。

 どのみち、自分と風華だけでも、そこにレオン達が加わっていようとも、
 明らかに数分後にはここを突破されている。

 ならば、少しでも後方の備えを万全にするため、自分達だけで少しでも長く時間を稼ぐ他ない。

レオン『………………了解だ。
    死ぬんじゃねぇぞ、お嬢、風華!

    紗樹、遼! 牽制射撃をしながら後退するぞ!』

 僅かな間を置いて悔しそうに応えたレオンは、
 部下達と共にライフルを乱射しつつその場から退いて行く。

 着弾の瞬間、カレドブルッフの周囲に赤黒い波紋のような物が浮かんでは消えて行くのは、
 おそらく、高密度結界装甲に魔力弾が消し去られているためだろう。

茜「……すまない、ふーちゃん……勝手に決めてしまって」

風華『大丈夫よ、茜ちゃん……。
   みんなにあんな事されて、逃げるなんて出来るワケないもの』

 プライベート回線で申し訳なさそうに言った茜に、風華は努めて落ち着き払った様子で返した。

 どうやら、風華の中では強大な敵に対する恐怖よりも、
 仲間達を傷つけられた怒りの方が勝っているらしい。

茜「……ふーちゃんは、強いな……」

 茜は恐怖に打ち負かされていた自分に気付かされ、どこか自嘲気味に呟くと、
 軽く頬を張って気を引き締め直す。

 戦いに於いて、怒りを忘れてはいけない。

 内に秘める怒りでも、燃え上がるような怒りでも、ふつふつと煮えたぎる怒りでも良い。

 怒りを蔑視し、拒絶する者もいるだろう。

 だが、恐れに打ち勝つのは、怒りだ。

 多くの人々が往々にして正しいと思える怒りを、人々は義憤と呼ぶ。

 仲間を傷つけ、平和を乱す者に対する義憤で、恐怖をねじ伏せる。
484 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:00:32.74 ID:V0zga9kFo
茜「ユエ・ハクチャ!
  貴様はホンを利用していると言っていたが、やはり最終的な目的は皇居か……!」

 茜は構え直しながらユエ――月島――に怒りの声を上げた。

 最早、何が嘘で何が真実か分からない男だ。

 茜は彼の意志を考えるよりも、その行動を糾弾する。

月島『ん? ……ああ、そうか……目的地は告げたが、名乗ってはいなかったのだったな』

 茜の言葉に一瞬、怪訝そうな声を漏らした月島は、すぐに合点が言ったかのように言うと、さらに続けた。

月島『ユエ・ハクチャは確かに死んだよ……朝霧空に殺されて、な。

   私は、かつてグンナー・フォーゲルクロウが行った
   ヒューマノイドウィザードギアへの意識と記憶の転写によって三度目の生を繋いだ一人の探求者だ』

 月島は両手を広げ、隙だらけの体勢で語り出す。

 無論、隙だらけでもカレドブルッフの防御が万全なのは分かり切っている。

 下手なタイミングで攻撃を仕掛ければ、逆に潰されてしまうのは明白だ。

 ならば、この演説もどきを静かに聴き終えて、少しでも後方の準備が整う時間を稼ぐしかない。

 茜達は月島の言葉に驚愕しながらも、その判断を優先する事にした。

クレースト『記憶と意識の転写……グンナーが行った、機人魔導兵による影武者ですね』

 クレーストが思い出すように呟く。

 かつての主を騙し通し、魔導巨神事件の主犯となったのは、
 グンナー本人ではなくグンナーの記憶をコピーされた第一世代機人魔導兵であった。

 本物のグンナーはアイスランドの地下に隠れ住み、
 グンナーショックと呼ばれた一大テロ事件の準備を虎視眈々と進めていたのだ。

月島『私の名前は月島……。

   オリジナルの月島勇悟、第二の月島たるユエ・ハクチャ、
   その全ての研究成果を持って生まれ出でた、三人目の月島勇悟だ』

茜「月島……勇悟……三人目、だと……!?」

 ただ、“月島”とだけ名乗る男の言葉に、茜は愕然とする。

 無理も無い。

 確かに死んだと殆ど断定していた月島勇悟が、コピーとは言え生き存えており、
 さらにユエを経て、今、目の前にいるのだから。
485 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:01:02.50 ID:V0zga9kFo
 無論、その驚きは司令室にいる面々にも波及していた。

明日美「月島……勇悟!?」

 明日美はシートから立ち上がり、目を見開いて驚愕の声を上げた。

アーネスト「単なるコピーを保険に、本当に自殺していたと言うのか……!?」

 自らも調査書類を確認し、遺体の確認にまで立ち会った男の、
 予想外の延命方法にアーネストも愕然とする。

 確かにヒューマノイドウィザードギアへの記憶と意識のコピーは、
 “本人の遺体”と“自身の生存”を両立可能な唯一の手段だ。

 生前……それも十五年以上前から動いていたヒューマノイドウィザードギアならば、
 その場に存在するが、未登録のまま稼働させても問題なく“存在しない人間”も用意できる。

 考えてみれば単純な事だ。

 未登録のヒューマノイドウィザードギア、ユエ・ハクチャを自身の助手として帯同させ、
 仲間となるテロリスト達にすら事実を誤認させつつ、表社会から隔離・潜伏させ、
 状況が不利になると自ら命を絶ってユエへと引き継ぐ。

 そして、テロリスト内部で未使用のエンジンを使って研究や試験運転を続けつつ、
 最悪の事態が訪れた場合は戦死しつつも次なる三人目へと引き継ぐ。

 縺れて断たれていた糸が全て、一本の線に整えられて行く。

 だが、途中の過程が余りにも狂っている。

 二度もの死を経なければ、三人目には辿り着かない。

 しかも、一度目は自殺だ。

 どこまで狂えば“コピーがいるから自殺する”などと言う狂った行動を実行できるのか。

 チェーロ・アルコバレーノとカーネル・デストラクターが撃破されたショックで浮き足立っていたオペレーター達も、
 そのおぞましい事実に気付いて静まりかえってしまっている。

 特にサクラなどは口元を押さえて嫌悪感を顕わにする程だ。

月島『そして、私の目的は皇居ではなく、
   その手前にいる君の兄……本條臣一郎の駆るGWF210X−クルセイダーだ。

   このカレドブルッフがアレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の作り出した
   最強の第二世代ギガンティックと、どの程度の性能差があるかを実証したいだけだ』

 茜に向けて言い放つ月島は、どこか声を弾ませて言い切った。

 “大願、ここに成就を迎えん”とでも言いたげだ。

 皇居前のクルセイダーへの挑戦。

 それは事実上、“世界最強のギガンティック”の称号への挑戦だ。

 合同演習で幾度となく挑戦した空でさえ、捨て身で中破に追い込むのが精一杯だった臣一郎とクルセイダー。

 それに挑むと言う事は、置き換えれば研究者として
 アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽への挑戦にも置き換える事が出来る。

 アーサー王叙事詩と言う物語を愛したアレックスへの挑戦として、
 アーサー王の聖剣エクスカリバーの原典とも言えるカレドブルッフの名を冠したのも、
 ある種の決意と自信、或いは敬意にも似た敵意の現れだっただろう。

月島『さあ、では後顧の憂いを断つために……そろそろ相手をして貰おう』

 その言葉とも共に、月島は……カレドブルッフは再び動き出した。
486 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:01:47.10 ID:V0zga9kFo
 戦場の茜と風華は、それぞれの愛機を走らせる。

 グライドムーバーと呼ばれた高機動機能は厄介だが、
 それでもクレーストや突風・竜巻ほどの速度が出せるワケではない。

 茜と風華は、それぞれがカレドブルッフを挟んで対照のポジションを取れるように注意しつつ、
 撹乱戦法に出ていた。

月島『ほう……流石にこの巨体ではそこまでの機動は出来ないと踏んだか……実にその通りだ』

 月島の感心したようなわざとらしい口ぶりが神経に障るが、茜と風華は構わずに動き続ける。

 グライドムーバーで素早く反転しながら迫るものの、
 フル装備のクレーストと突風・竜巻の機動性はカレドブルッフのソレを大きく上回っていた。

 本来はこのような状態を避けるため、随伴機として機動性の高いスクレップを用意していたのだが、
 空達の足止めに二機とも置いて来ている。

茜(直線機動も旋回性能も標準的な大型ギガンティックを上回っているが、
  あくまで巨体にしては動ける程度だ。

  上手く立ち回れば勝機が見えて来るかもしれない!)

 茜はすんでの所まで迫るカレドブルッフの拳を避けながら、不意にそんな事を思う。

 この愛機の胴体ほどもある恐ろしく巨大な拳を一撃でも受ければ、
 全身をバラバラにされてしまうのでは無いかと言う恐怖があったが、
 その確信めいた勝算への思いが僅かに上回った。

 回避の瞬間、突風・竜巻のアイセンサーと……その奥にある風華の目と、視線が絡み合う。

 風華もどうやら同じ事を考えているらしい。

 回避しながらの誘導で、何とか瑠璃華達のいる場所からは引き離した。

 如何に研究者として優れており、素人でもギガンティックをプロ並に動かせるインターフェースを開発し、
 戦略家としての視点を持っていても、月島自身は戦術家として素人だ。

月島『ふむ……意識はしていても徐々に引き離されるか、流石だな』

 それは月島自身も気付いているらしく、感嘆めいた言葉を漏らしている。

 視線と挙動を誘導し、一定方向への偏りを作り、徐々に徐々にその偏りを大きくして行く。

 すると、次第に対象は一定方向へと誘導されて行く事になる。

 それが今の結果だ。

 茜は対テロ戦で市街地への被害を避けるため、
 風華は瑠璃華のパートナーとして彼女の砲撃が効果的に使えるようにと、
 敵の誘導に関してはドライバーの中でも高いスキルを持っていた。

 幼い頃からの修練や最近でも合同演習のお陰でお互いの得意とする戦い方は熟知していた事もあり、
 二人がかりでの誘導は実にスムーズだった。

 月島の他人事のような口ぶりは気に障るが、こちらの術中通りなのは事実だ。

茜(奴の結界装甲は厚い……密度も強度もホンのティルフィングと同等クラス……なら!)

 茜は意を決し、十字槍と短剣にそれぞれ雷電変換した魔力の刃と氷結変換した魔力の刃を生み出す。

茜「ふーちゃん! トドメは任せた!」

 茜はそれだけ言うと、一気に攻勢へ転じた。
487 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:02:15.43 ID:V0zga9kFo
茜「クレースト! モールニヤ、全速全開!」

クレースト『畏まりました、茜様!』

 それまで僅かにセーブしていた速力も、クレーストへの指示で解放する。

 翼状のマントから溢れる茜色の光跡を残しながら、クレーストはカレドブルッフの周囲を舞った。

茜「本條流魔導剣術、奥義!
  壱之型が改! 天舞・崩昇ッ! 雷刃氷牙の型ッ!!」

 すれ違い様、二刀による上下二方向からの連撃が氷柱と雷撃となってカレドブルッフを襲う。

茜「続けてッ!
  弐之型が改! 天舞・轟旋ッ! 雷刃氷牙の型ッ!!」

 再びのすれ違い様、逆手に構えた二刀の袈裟斬りが電撃と氷塊を撒き散らす。

茜「再び続けてッ!
  参之型が改! 天舞・破陣ッ! 雷刃氷牙の型ッ!!」

 三度のすれ違い様、雷撃の突きと氷撃の突きが一点に向けて突き立てられた。

クレースト『茜様! 魔力残量、ブラッド共に十分、まだ行けます!』

 正中線を上下から切り裂く斬撃、左右からの袈裟懸け斬り、一点突破の二連突き、
 三種の奥義を放った茜にクレーストが叫ぶ。

 敵も健在だが、こちらの魔力も十分な余力がある。

茜(少しでも敵の結界装甲を反応させ、急所の結界装甲を手薄にする!)

 茜の作戦は、一ヶ月前の決戦の焼き直しだ。

 あの時は仲間達がしてくれた援護を、今度は茜自身が、目にも止まらぬ早さでもって一人で実行する。

 奥義連発の猛攻を物ともせずに手を伸ばすカレドブルッフの攻撃を避けながらでは、
 最大威力の終之型・龍凰天舞は隙が大きく、不向きだ。

 だからこそ、茜は囮に徹する事にした。

 幾つもの落雷と氷柱、雷撃と氷塊がカレドブルッフに襲い掛かる。

 最初こそ物ともせずに動いていたカレドブルッフだったが、
 徐々にその動きは緩慢さを増し、一撃にたじろぐ場面も少なくなくなってきた。

 遂に、一矢報いる時が来たようだ。

茜(ティルフィングへの攻撃の中、一番効果があったのは頭部だ……)

 茜は一ヶ月前の戦闘を思い出しつつ、心中で独りごちる。

 止めの一撃を見舞わんとした時、仲間達の援護で最大の効果を発揮した一撃は、
 マリアとクァンの頭部への丸太落としだった。

 ギガンティックにとって頭部は一部のセンサーやメインカメラが集合している部位である。

 積極的に守る必要はあるが、実の所、無ければ無いで胴体部のサブカメラや他センサーで併用可能な、
 レプリギガンティックにはある種のデッドウェイトでもあった。

 それでも頑なに頭部が存在するのは、魔力リンクをする場合に都合が良いのと、
 メインカメラの仰角調整が容易な点に他ならない。

 魔力リンクの接続度合いが高いオリジナルギガンティックの場合、頭部の重要性が段違いになる。

 カレドブルッフの場合、何処までの重要性を持つかは分からない。

 仮にレプリギガンティック程度の重要度しか持たないならば、
 メインカメラの破壊程度の被害にしかならないが、
 オリジナルギガンティック並に高い重要度を誇るなら大ダメージを与えられる可能性がある。

 引いては、この後に戦う事になるであろうギガンティック部隊や、
 最後の砦とも言える兄への最大の援護となるだろう。

 実際、茜は頭部への攻撃は極力避け、手足を中心に攻撃を続けていた。

 少しでも頭部の結界装甲を手薄にする作戦だ。

 そして――
488 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:02:51.23 ID:V0zga9kFo
風華『豪炎ッ! 飛翔ッ!』

 茜の連撃を合図に、いつの間にか攻撃から外れていた風華の声が、
 カレドブルッフの直上から響く。

 そう、風華と突風・竜巻は上空へと跳び、この瞬間を……一矢報いる瞬間を待っていた。

 どちらかが囮になった際に、もう一人が決め手となる一撃を放つかを、
 二人はアイコンタクトで決めていたのだ。

風華『烈ッ風ッ脚ッ!!』

 ――茜の凄まじい連撃で防御が疎かになった頭部に向けて、
 自然落下の勢いすら利用した、蒼い炎を纏った烈風脚が襲い掛かる。

 正に脳天、頭部のど真ん中を狙ったドンピシャリの一撃だ。

 茜もタイミングを合わせ、四巡目の天舞・破陣を放ってカレドブルッフを足止めし、
 万が一の回避を防ぐ。

 回避不能となった一撃は果たして――

風華『そ、そんなっ!?』

 愕然とする風華の声が、戦場に虚しく響き渡る。

 ――後数十センチでつま先が触れる所で、赤黒い輝きに足を絡め取られ、完璧に静止してしまっていた。

月島『ふむ、やはり頭部狙いか……狙いは悪くない』

 月島は感心したような口ぶりとは逆に、どこか冷めたような口調で漏らすと、さらに続ける。

月島『背部のメインブラッドタンクやエンジン、コックピット……頭部以外にも守るべき重要箇所は多い。

   だが、私も前線から引いて長らく経ち、先日が久方の実戦だったが、
   Bランクだった手前、そこまで素人ではないつもりだ。

   見るからに囮役の202が意図的に頭部への攻撃を避けていれば、
   何があるのでは、と勘繰るくらいの事はする』

 月島がそう言い終えると、不意にカレドブルッフの全身を覆う結界装甲が変移して行く。

 手に集まれば手の周囲が赤黒く輝き、胸に集めれば胸の周囲が赤黒く輝いた。

月島『このようにして、頭上に高密度の結界装甲を展開しておけば、不意の一撃など気にするまでもない』

 さも当然と言わんばかりに言い切った月島は、
 結界装甲に足を絡め取られて身動きの取れない突風・竜巻に向けて手を伸ばす。

風華『ッ!? ぬ、抜けない!?』

 風華も慌ててその場を脱しようとするが、足が強烈な魔力の力場に食い込んでしまい、引き抜く事が出来ない。

 伸ばされたカレドブルッフの手は容易く突風・竜巻を掴む。
489 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:03:19.53 ID:V0zga9kFo
茜「ふーちゃんっ!?」

 茜も風華を助け出すため、関節部を狙って斬撃を繰り出すが、結界装甲に阻まれて切っ先すら届かない。

 そして、思い知る。

 カレドブルッフがたじろいだのは、月島が危険を察知して結界装甲をの密度を変移させたためだ、と。

月島『さて、と……』

 まるで出掛ける直前に荷物を持ち上げるような気軽さで、
 月島は乗機の両手で突風・竜巻掴むと、ジワジワと圧力を加え始めた。

風華『ッぁぁぁあああああっ!?』

 巨大な万力で腕ごと胴体を締め上げられるような激痛に、風華は絶叫する。

月島『ふむ……脆い突風本体を守るアウターフレームだけあって頑丈なのは知っていたが、
   実際に手で強度を試すと言うのは新たな発見がある物だ……意外と硬いのだな』

茜「き、貴様っ! ふーちゃんを離せぇぇぇっ!!」

 感嘆気味に突風・竜巻を握り潰し続ける月島に、茜は激昂して斬り掛かる。

月島『そろそろ離すつもりだ、安心したま、えっ!』

 月島はそう言うと、真っ向から斬り掛かって来る茜のクレーストに向けて、
 突風・竜巻を投げつけた。

茜「なっ!? しま……っ!?」

 茜はその瞬間、自身の行動の間違いに気付いたが、時既に遅し。

 回避不可能なコースで投げつけられた突風・竜巻がクレーストに叩き付けられる。

 だが、それだけでは終わらない。

 カレドブルッフの巨腕で投げられた突風・竜巻の勢いは凄まじく、
 突進して来たクレーストごとドームの内壁に叩き付けられ、機体は粉々に砕け散る。

 外部スピーカーも破壊されたため、二人の悲鳴は聞こえない。

月島『多少やり過ぎたかもしれんが……まあ良い』

 バラバラになって崩れ落ちて行く二機を見遣りながら、
 月島はそれ以上気にした素振りも見せず、踵を返す。

月島『XXXにもなれない202など、用は無いのだからな……』

 そして、どこか虚しそうに言い残すと、グライドムーバーで機体を走らせた。

 崩れ去ったギガンティックの残骸の下で蠢く存在にも気付かずに……。
490 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:03:50.60 ID:V0zga9kFo
―6―

 茜達がカレドブルッフとの戦闘を開始した頃。
 第四フロート第五層、外郭自然エリア――


 数多の樹木が薙ぎ倒され、土が剥ぎ飛ばされ、下の構造が露わになった荒れ地に、
 ガックリと膝をついているのはエール・ハイペリオンイクスだった。

 全身の装甲に夥しいほどの亀裂が走り、
 各部からエーテルブラッドを溢れさせた満身創痍の機体は、今にも倒れてしまいそうだ。

空「な、何とか……二機、倒せた……ね」

 空は全身に走る痛みを堪えながら、絶え絶えに漏らす。

 空の言葉通り、胴体を失った二機分のスクレップの手足が、辺りに転がっていた。

 リュミエール・リコルヌシャルジュで、二機同時に胴体を貫き、消し去ったのだ。

 転がっている手足は、何とか消滅を免れた残骸である。

レミィ「ああ……けれど、これ以上の戦闘は難しいな」

 レミィは機体のコンディションをチェックしながら呟く。

ヴィクセン『クアドラプルブースター、一号、二号、四号機滑落、
      三号機も破損して動かないわ。
      ツインスラッシュセイバーもレフトは大破、ライトも出力異常で正常稼働は無理ね……』

アルバトロス『アクティブディフェンスアーマー、応答無し。
       エリアルディフェンダーも五割の装甲が破損しています。
       フローティングフェザー、残機十八パーセント。
       マルチランチャーも砲身が焼け付いて正常稼働不可能です』

エール『各部関節に高負荷がかかっている……機体外部のダメージよりも内部の方が深刻だよ』

 ヴィクセン、アルバトロス、エールは口々に機体の惨状を報告する。

フェイ「エール本体のダメージは二割程度ですが、
    ヴィクセンMk−UとアルバトロスMk−Uは大破同然です」

 フェイは淡々としつつも、どこか悔しげな表情を浮かべて呟く。

美月『ソラ、レミット、フェイルー、すいません……。
   私がもっと、上手に援護できれば……』

 通信機からは申し訳なさそうな美月の声が響き、それと共にヴァッフェントレーガーに乗ったクライノートが姿を現す。

 クライノートとヴァッフェントレーガーの周囲にはプティエトワールとグランリュヌが浮かんでおり、
 どちらも目立った損傷は見受けられない。

 レミィ達と合流してハイペリオンイクスへの合体に成功した後、高速で戦闘データを学習して行くスクレップの猛攻に、
 機動性を欠くクライノートでは耐えきれないと踏んだ空は、十六基の浮遊砲台の全てを彼女の直掩に着けたのだ。

 その頃には二機のスクレップの戦闘データは殆ど完成しており、
 空はエール・ハイペリオンイクスと共に捨て身同然の接近戦を敢行せざるを得なかった。

 空達が“そうせざるを得なかった”事を、美月は自身の力不足と捉えているようだ。

 だが――

空「そんな事ないよ、美月ちゃん……。
  美月ちゃんの援護が無かったら、今頃、墜とされていたのは私達だよ」

 空は痛みを堪えて笑顔を浮かべると、努めて明るい声で返す。

レミィ「まだ慣れない機体であんなバケモノ相手だ……気にするな」

フェイ「援護に感謝します、譲羽隊員」

 レミィは諭すように、フェイも落ち着いた様子で落ち込み気味の美月をフォローする。

美月『……ごめんなさい……ありがとうございます……三人とも……』

 美月は三人に対する申し訳なさと、三人の配慮に対する感謝で、声を震わせて返した。

 美月とクライノートの援護で生き残れたのは事実だし、
 仮にポジションを逆にしていた場合はどちらも撃破されていた可能性が高い。

 最大戦力のハイペリオンイクスがこの状態では絶望的かもしれないが、ベターな選択だった事は間違いない。
491 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:04:43.83 ID:V0zga9kFo
ほのか『みんな、反省会は後で!』

 そんな空達の元にほのかの声が響き、彼女はさらに続ける。

ほのか『メインフロートは苦戦中よ……チェーロとカーネル、それにプレリーが大破。
    幸い瑠璃華ちゃん達は無事らしいけど、戦闘はまだ継続中よ』

雪菜『機体の応急修理をしながらメインフロートに戻るから、急いでキャリアまで戻って!
   朝霧副隊長達は一班の二号キャリアへ、美月さんは二班の三号キャリアへ』

 ほのかに続き、雪菜が指示を出す。

 修理箇所の少ないクライノートは即座に三号キャリアで発進し、
 修理しなければならない箇所の多いハイペリオンイクスは二号キャリアで後から、と言う手順だろう。

 だが――

レミィ「柊オペレーター、それじゃあ間に合いません!」

 レミィが思わず声を上げる。

 間に合わない、とは、メインフロートに一刻も早く向かわなければならないと言う意味だ。

 美月だけを先に行かせるのが心配、と言うワケではない。

 急行可能な戦力は一機でも多く向かわせなければならないのだ。

フェイ「ヴィクセンMk−U、アルバトロスMk−U共に損傷度大……。
    戦線復帰できる状態まで応急修理するには時間が足りません」

 フェイもレミィの意図を察してか、彼女に続く。

ヴィクセン『幸い、エールのダメージが酷い部分は剥き出しだった足だけね……。
      この場で除装してキャリアで換装すれば済むわ』

アルバトロス『加えて、私達のパーツもこの場で排除していだだければ、
       キャリアに戻ってから切り離す手間も省けます』

 ヴィクセンとアルバトロスも主達に続いた。

 要は、この場に置き去りにしろ、と言いたいのだろう。

ほのか『それは……』

 通信機からほのかの躊躇うような声が聞こえた。

 戸惑う、のではなく、躊躇う。

 選択肢の一つとしてはあり得たのだろう。

 如何にして素早く向かうか、と言うベストの選択肢だ。

 それに、この状態で向かっても、クアドラプルブースターの修理が終わらなければ、
 ヴィクセンMk−Uのメインブロックは完全なデッドウェイトになってしまう。

 システム異常の復帰や諸々の作業をエールの補修と並行して行うのは些か手間が掛かりすぎる。

 だが、この不安ばかりが募る戦況で、仲間を置き去りにすると言う選択肢は選び難かったのだ。
492 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:05:15.81 ID:V0zga9kFo
空「レミィちゃん、フェイさん……」

 二人の決意に、空は哀しさと悔しさの入り交じった表情を浮かべる。

レミィ「行け、空。……その代わり、負けるな!」

 レミィはそう言うと、立体映像の手を伸ばし、空の背を叩くように振った。

 が、その手は空振りして空の身体を突き抜けてしまう。

 シミュレーター機能を応用した立体映像のリアルさとクリアな声に忘れがちだが、
 レミィはエールの背にあるヴィクセンMk−Uのコントロールスフィア内にいるのだ。

フェイ「譲羽隊員も、朝霧副隊長の補佐をお願いします」

 フェイは美月に向け、淡々としながらも穏やかさを感じる声音で語りかける。

美月『レミット……フェイルー……っ、はい!』

 まだ仲間になってから日も浅く、暫く離れ離れに過ごしたが、
 それでも自分に期待してくれている二人の思いを感じて、美月は涙を拭うような音の後に応えた。

空「……分かったよ、レミィちゃん、フェイさん……。

  ほのかさん、作戦変更をお願いします」

 空も溢れかけた涙を拭うと、決意の表情でほのかに進言する。

 ほのかは暫く考え込んだようだが、二秒ほどしてすぐに口を開いた。

ほのか『01は04、05と不要な装甲をパージ後、03と共に二号キャリアへ。
    整備班は移動しつつ応急修理を開始。

    二号キャリアはギガンティック積載中に三号キャリアと連結、
    応急修理が完了次第、動力車二輌編成の最高速で現場に向かうわ。

    04、05ハンガーとパワーローダーを二機をこの場に残して機体の回収作業に当たらせて』

 ほのかはそう指示を出すと、“みんな、急いで”と僅かに上擦った声で呟く。

 欠くべからざる冷静な判断力を、ここで発揮せずに何が現場責任者だろう。

 そんな意地のような物が、彼女の声音からは感じられた。

空「了解しました」

 空がいの一番に応えると、レミィ達やオペレーター達も口々に返す。

空「……それじゃあ、レミィちゃん、フェイさん……行って来ます!」

 空は一瞬躊躇った後、疑似ウィンドウに操作パネルを展開し、緊急用の強制除装スイッチを押した。

レミィ「おぅ、負けるな! 空、美月!」

フェイ「お二人の御武運をお祈りします……!」

 二人の立体映像はそう言い残しながら消え去り、
 機体の外では脚部の装甲と共に残骸じみたヴィクセンとアルバトロスのパーツが剥がれ落ちて行く。

 空は二機の残骸を押し退けないに注意深く飛び上がり、
 離れた位置で待機するヴァッフェントレーガー上、クライノートの後ろへと降り立つ。

美月『ソラ、振り落とされないように注意して下さい』

空「うん、お願い、美月ちゃん」

 空が美月の声に応えると同時に、ヴァッフェントレーガーはリニアキャリアの待つ隔壁付近に向けて走り出した。
493 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:05:46.69 ID:V0zga9kFo
―7―

 空達が第四フロート第五層から離れ、メインフロート第一層外郭自然エリアで茜達が敗北してから、三十分後。
 メインフロート第一層、第五街区――


 本来ならば既に照明の落とされている時間帯だが、緊急時と言う事もあって街は明るい。

 第一街区京都の目と鼻の先まで迫ったカレドブルッフは、悠然とメインストリートを闊歩していた。

 十五年前の2060年7月9日、
 60年事件でテロリストにハッキングされたギガンティックが、パレードの隊列を銃撃した広大な目抜き通りを、
 そのハッキングを行った本人の駆る超々弩級ギガンティックが緩歩の歩みで往く。

 十字路に差し掛かる度、軍や警察の混成ギガンティック部隊による一斉射撃が行われるが、
 カレドブルッフはそれらの銃撃を祝砲とばかりに大仰に両手を広げて受けた。

 全ての魔力砲や魔力で物理加速された銃弾が、カレドブルッフの機体に触れる寸前、
 赤黒い波紋の中に溶けるようにして消え去ってしまう。

 孤独な凱旋にも似た大巨人の歩みは止まらない。

遼『バケモノ……!』

紗樹『副長、このままだと突破されてしまいます!?』

レオン「畜生……!」

 遼と紗樹の声を聞きながら、レオンは悔しそうに吐き捨てる。

 ロイヤルガードの別部隊と合流したレオン達も、
 最終防衛戦となる正門前広場の両翼で一斉射を行っていたが、やはり効果は無い。

月島『いい加減に退きたまえ。これよりここは戦場となるからな』

 月島はオリジナルギガンティックを除いたロイヤルガード全七十五機の一斉射を物ともせず、
 ただ“相手にもならない小物は邪魔だから退け”と言い放つ。

 オリジナルギガンティック四機をものの数分で撃破する超々弩級ギガンティックを相手に、
 真正面からの迎撃では止められない……無駄死にを出すだけと分かり切っての両翼展開だ。

 最外周の第一〇六街区から、この第一街区の中ほどまでの大凡五百キロ。

 その全てを無駄と分かっていながらも迎撃を続けたのは、
 一重にギガンティックのドライバー達、そして、軍や警察の意地だった。

 だが、その意地を張れるのもここまででしかない。

一尋『皇居護衛警察各員に通達……現場を放棄する!』

 第一中隊を預かるギガンティック部隊の副隊長にして、風華の兄でもある藤枝一尋が悔しそうに漏らした。

レオン「おい、カズ!? お前……風華だってアイツにやられてるんだぞっ!?」

 レオンは上司と部下と言う関係を忘れ、思わず“幼馴染み”に対して声を荒げる。

 レオンにも一尋の気持ちは分からないでも無かった。

 自分も目付役として兄妹のように育った茜を見捨てて後方に下がざるを得なかったのだ。

 だが、ここでまた退けば、全てが無駄になってしまう。

一尋『アルベルト! 命令だ……! 本條隊長の邪魔になる前に退避しろ!』

 普段の飄々とした態度を隠した一尋は、
 重苦しそうな怒気を孕んだ声で、“上司”として“部下”に言い放つ。

 たった一人の妹を傷つけた敵に一矢報いる事すら出来ないのだ。
 悔しくない筈が無い。

 実の妹と妹分と言う違いはあれど、同じ気持ちである事を悟り、レオンは歯噛みする。

レオン「ッ……分かったよ、了解だ、了解ッ!」

 レオンは悔しさと情けなさで、苛立ちを隠せずに応えた。

 レオンや一尋以外にも戸惑いや悔しさを隠しきれない隊員達もいたのか、
 ギガンティック部隊は足並みを揃えられないまま、隊列を乱し、三々五々と言った風に退避して行く。

 月島はその様を確認すると、さらにゆっくりと歩を進める。
494 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:06:13.25 ID:V0zga9kFo
 すると、不意に前方でドームの天蓋まで届くほどの藍色の光の柱が立ち上った。

月島『おお……』

 その藍色の輝きに、月島は感嘆の溜息を洩らす。

 藍色……青藍に輝く柱の正体は、月島が目的とする物から立ち上った物だ。

 それまで悠然と歩を進めさせていた月島は、グライドムーバーを展開させ、カレドブルッフを急がせる。

 すると、見えて来たのは正門前に仁王立ちとなったGWF210X−クルセイダー……本條臣一郎の愛機であった。

 カレドブルッフは正門前広場の半ばほどで立ち止まる。

 彼我の距離は五百メートル未満……カレドブルッフを基準に人間換算すれば十メートルほどの距離。

 既にクルセイダーの間合いだ。

 そして、目を伏せていた臣一郎は、クルセイダーのコントロールスフィア内で目を開く。

臣一郎「さすがに、大きいか……」

 報告には聞いていたが、実際に目の当たりにするとその巨大さに臣一郎は息を飲む。

 自身の愛機も、オリジナルギガンティックの中でも一際巨大な四十メートルを超える大型だが、
 目の前の大巨人はその倍以上の巨躯を誇っていた。

 正に大人と子供の体格差だ。

デザイア『ボス……』

臣一郎「ああ心配するなデザイア……驚きはしたが、恐れてはいない」

 戸惑い気味に問い掛けた愛機に、臣一郎は落ち着いた様子で応える。

 イマジン以外では味わう事のない体格差に驚きはしたが、臣一郎は決して恐れてはいなかった。

 戦いに対する恐れが皆無とは言わないが、それでも妹や恋人、仲間達を傷つけられた怒りの方が、むしろ大きい。

 正門両脇に巨大なタワー型専用エーテルブラッドタンクが出現し、クルセイダーの背面から伸びたケーブルで接続される。

デザイア『タンク接続確認、エクステンド・ブラッド・グラップル・システム起動準備完了』

臣一郎「よし……!」

 デザイアが戦闘準備が完了した事を告げると、臣一郎は一歩進み出て、口を開く。

臣一郎「月島を名乗るテロリストに告げる!

    こちらは皇居護衛警察、ロイヤルガード所属第一小隊隊長、
    及びギガンティック部隊総隊長、本條臣一郎である!

    君は軍、警察、ギガンティック機関、
    その他あらゆる組織に属さないギガンティックウィザードを使用している。
    即刻、そのギガンティックウィザードの武装を解除し、投降せよ!」

 臣一郎はお決まりの投降文句を投げ掛けるが、元より聞き入れられるとは思っていなかった。

月島『言葉程度で敵が止まると思っているのかね、君は?』

臣一郎「………」

 そして、分かっているからこそ、嘲るような月島の問い掛けに無言で応える。

 臣一郎は別に抗戦主義者ではないし、かと言って降伏主義者でもない。

 そして、降伏に応じるような者がわざわざ皇居正門前までギガンティックで侵攻して来るワケがない。

 職務だからこそ、戦う前の口上として述べているに過ぎないのである。

月島『怒っていると無口になるのは祖父譲りか父親譲りか……まあ、いい。
   私も君と会話を楽しみたくて来たワケではないからね』

 月島も臣一郎の考えを知ってか知らずか、自ら会話を打ち切り、機体を走らせ出した。

 広場に植樹された木々を薙ぎ倒しながら蛇行するように迫る。
495 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:06:46.73 ID:V0zga9kFo
臣一郎「デザイア、ケーブルの最大長は?」

デザイア『タワー側からの最大延長で七百メートル』

 臣一郎もデザイアが答えるのと同時に走り出した。

 正門間近ではどれだけの影響が出るか分からない。

 二倍の体格差はあるが、接近戦を仕掛けるしかないだろう。

月島『ほう!? 真っ向から来るか!』

 一瞬だけ驚いたような声を上げた月島だが、すぐに喜色に満ちた声で叫ぶと、
 自らも真正面からクルセイダーに立ち向かう。

臣一郎「腕部ブラッド噴射! パターン、ガントレット!」

デザイア『イエス、ボス!』

 臣一郎が指示を出すと、腕部のハッチからエーテルブラッドが溢れ出し、
 クルセイダーの腕よりも二回りほど巨大な腕が完成する。

臣一郎「脚部ブラッド噴射! パターン、パイルバンカー!」

デザイア『イエス!』

 さらに脚部側面から噴き出したエーテルブラッドが巨大な杭打ち機のような形を作り、
 アスファルトの地面に杭を打ち付けてクルセイダーの巨体を固定した。

 迎撃準備を終えたクルセイダーと、真っ向からぶつかって来るカレドブルッフの巨体がぶつかり合う。

月島『先ずは純粋な力比べと行こう!』

 月島の言葉通り、カレドブルッフは腕を振り上げたクルセイダーと手四つの体勢で組み合った。

 大型化したエーテルブラッドの腕はカレドブルッフの巨腕と遜色ない大きさで、二機ががっしりと組み合う。

月島『ほう……さすがは関節強度を無視可能な構造体を作り出す機能だ。
   唯一の一体型セミトリプルハートビートエンジンとは言え、
   トリプル・バイ・トリプルエンジンのカレドブルッフと真っ向から組み合えるとは!』

臣一郎「ッ、ぐぅ……っ!」

 余裕綽々で感嘆を漏らす月島とは対照的に、臣一郎は苦しそうに唸る。

 当たり前だ。

 出力はほぼ互角か、ややカレドブルッフが上回る程度だったが、
 体格差と質量差で完全に押さえ込まれてしまっている。

 組み合える、と言うより、実際は組み合うだけで精一杯だ。

デザイア『腰部、背部、肩部、全て負荷五〇パーセント超過』

臣一郎「残る全部位からブラッド、噴射……っ!
    パターン、アウターアーマー……ッ!」

 機体の過負荷を告げるデザイアに、臣一郎は指示を出す。

 すると、クルセイダーの各部から大量のブラッドが噴出し、
 クルセイダーを覆い尽くす無関節の外骨格を形作った。

 固形化したエーテルブラッドで関節負荷を和らげる算段だ。

 実際に効果は覿面で、臣一郎は一気に身体にかかる負担が和らぐのを感じた。
496 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:07:25.87 ID:V0zga9kFo
月島『苦し紛れだな』

 月島は一時凌ぎにしか見えない臣一郎の選択に、落胆混じりに呟く。

臣一郎「……違うな!」

 だが、臣一郎は僅かに頬を吊り上げて笑みを見せると、
 クルセイダーの全身を覆ったエーテルブラッド外骨格の背面から飛び出した。

 E.B.G.Sは臣一郎の指示と操作で自由自在に形を変える、不定形のOSSだ。

 今回のように手四つで組み合った状態で外骨格を作り出し、
 地面に固定して本体だけが離れれば、瞬間的に敵をその場に足止めする事も出来る。

月島『こんな使い方もあったか!?』

 流石の月島も、予想外の応用方法に驚きの声を上げた。

 驚く月島に、臣一郎は追撃の一手を放つ。

臣一郎「本條流格闘術奥義! 轟ノ型弐・改! 炎熱……轟斬掌ッ!」

 いつぞ、五体のギガンティックをまとめて切り裂いた巨大な手刀……轟烈掌。

 あちらは横薙ぎだが、こちらは真っ向から相手の脳天を叩き割る手刀による斬撃を放つ第二の型だ。

 しかも、あの時よりも手刀が纏う、炎と化したエーテルブラッドの塊も巨大な物となっている。

月島『ぬぅっ!?』

 咄嗟の事に防御の間に合わなかった月島は、カレドブルッフにスウェーバックさせて回避を試みた。

 だが、避けきれず、ガリガリと硬質の物体同士が削れ合う耳障りな音と共に、
 クルセイダーの炎を手刀が分厚い胸部の装甲を切り裂く。

 カレドブルッフは装甲を切り裂かれた衝撃でよろけそうになるが、自動制御で体勢を整えようと踏ん張る。

臣一郎「続けてッ!」

 まだ体勢を整え切れていないカレドブルッフを後目に、
 臣一郎は両腕を腰溜めに引き絞り、左足で大きく一歩を踏み出す。

 瞬間、カレドブルッフを足止めしていたエーテルブラッド塊が砕け散り、液状になって霧散する。

臣一郎「轟ノ型参! 轟砕双打掌ッ!!」

 そして、下からかち上げるようにして、体勢を整え始めたカレドブルッフの両腕に両の掌打を叩き込む。

 まだバランスすら整え切れていないカレドブルッフは、再び大きく体勢を崩した。

臣一郎「さらに続けてッ!」

 今度こそ仰向けに倒れようとするカレドブルッフに向かい、
 臣一郎はさらに一歩、深く踏み込んで懐へと入り込んだ。

 両の掌を重ね、双打掌のように大きく引き絞る。

臣一郎「本條流魔導格闘術奥義、轟ノ型終・改……!」

 そう、これこそが打撃破壊系格闘技である轟ノ型の最終奥義の構えだ。

臣一郎「流水……ッ!」

 エーテルブラッドが青藍に輝く水へと転じ、両手を覆う。

臣一郎「轟連……重撃掌ぉッ!!」

 ごく僅かにタイミングをずらした掌打の連撃が、切り裂かれた装甲へと叩き付けられる。

 左の掌打を後追いする右の掌打が押し込まれ、傷を押し広げ、
 内部に大量の流水変換された高水圧エーテルブラッドを流し込む。

 さしものカレドブルッフも内側に叩き付けられた高水圧は防ぎようも無いのか、
 上半身各部の装甲の隙間から青藍に輝く水を噴出しつつ、大きく後方へと弾き飛ばされた。
497 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:07:53.55 ID:V0zga9kFo
臣一郎「ふぅ………」

 大音響と共に正門前広場に倒れたカレドブルッフを見下ろしながら、臣一郎は大きく息を吐く。

 轟ノ型を弐、参、終と流れるような三段攻撃である。

 質量差を鑑みて、臣一郎は一気呵成に勝負を決める事にしたのだが、その目論見は成功したようだ。

 あそこまで大量の流水魔力を装甲の切れ目から流し込まれてしまえば、
 内部の回路がズタズタに引き裂かれて無事では済まないだろう。

 力比べでは敗北だったかもしれないが、駆け引きの胆力と技で勝った臣一郎の勝利であった。

 だが――

デザイア『ボス、魔力反応、低下確認できず!』

 デザイアがどこか慌てたように叫ぶ。

 臣一郎も即座にカレドブルッフを見下ろす。

 カレドブルッフの全身のブラッドラインは赤黒い輝きを放っていた。

 単にドライバーが降りただけならば暫くはエーテルブラッドもドライバーの魔力波長と同じ輝きを放つが、
 内部構造が破壊されてしまえばこうはならない。

 仮に残留魔力で輝いているのだとしても、それならば徐々に輝きは薄れて行く筈だ。

 輝きは薄れるどころか、むしろ僅かに増しているようにすら感じられる。

月島『やれやれ……』

臣一郎「ッ!?」

 カレドブルッフから月島の声が響いた瞬間、臣一郎は息を飲んで大きく後方へ跳んだ。

 ゆっくりとカレドブルッフが上体を持ち上げると、切り裂かれた胸部の装甲がガラガラと音を立てて崩れる。

 崩れた黒い装甲の中から現れたのは、真新しい白磁のように傷一つない純白の内装……いや、装甲だった。

月島『胸部だけとは言え、こんなにも早くスペースドアーマーを破壊されるとは思わなかったよ』

 月島がそう言い終える頃には胸部――と言うよりは胴体上部――の黒い装甲は全て剥がれ落ち、
 内部からは白い装甲に覆われた躯体が姿を現していた。

 スペースドアーマー……つまり中空装甲。

 機体外部に内部に空間が存在する外部装甲を貼り付け、
 破損する事で外部から加えられた衝撃を緩和するための装備である。

 機体重量の増加やワンオフ機への採用は生産性と取り回しの悪さから敬遠されがちな装備だ。

 つまり、臣一郎が送り込んだ高水圧エーテルブラッドは、
 スペースドアーマーの内部に浸透しただけに過ぎなかったのである。

月島『本体のお披露目は、君を撃破してから行いたかったが……致し方あるまい』

 月島がそう言うと、カレドブルッフを覆う黒い装甲が、頭部に至るまで剥がれ落ちて行く。

 無骨な黒い殻の中から現れたのは、やはり胸部と同じく白磁のような純白の装甲。

 中空装甲のブラッドラインと本体側が循環していたのか、中空装甲の接続部からは、
 本体とのリンクを失って鈍色に変わり始めたエーテルブラッドが僅かに流れ出している。

 そして、全容を現したカレドブルッフは、やはり九〇メートル級の体躯と、それに似合わぬやや細身で純白の装甲と、
 輝く幅広のブラッドラインを全身に走らせたどことなくヒロイックな外観をしていた。

 オリジナルギガンティック同様にヒロイックな外見を持ちながら、
 禍々さを感じさせる不釣り合いな赤黒い輝く躯体は、奇妙な不気味さを醸し出している。

月島『さあ、本邦初公開……これがGWF405−カレドブルッフの真の姿だ』

 尊大に両腕を広げながら高らかに宣言する月島は、だがすぐに構え直す。

月島『ふむ、やはり僅かでも可動部の妨げになる物が無いと動きもスムーズだ』

 確かに、何の淀みもなく滑らかに構える体運びは、黒い装甲に身を包んでいた頃とは違う。

臣一郎「……これは、骨が折れそうだな」

デザイア『………』

 冷や汗を垂らしながら呟く臣一郎に、デザイアも無言で返す。
498 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:08:42.56 ID:V0zga9kFo
月島『さて……前々から言いたかったのだが、
   ギガンティックウィザードはその名の通り巨大な魔術師……つまり魔導師の身体を拡張した物だ。

   それを量産機ならばまだしも、個々人の専用に作られた物をやれ武装の性能だ、やれ機体の機能だ、
   と余計な物ばかりに頼るのはいかがな物かと常々考えていたのだよ』

 月島は辟易したように呟きながら“まあ、それが個人専用ワンオフ機の特徴でもあるがね”と自嘲気味に呟いた。

 そして、気を取り直してさらに続ける。

月島『仮にも魔導師ならば、君の妹のように、
   ギア代わりの装備一つと魔導師本来の技で戦うべきだと思うのだよ……私は』

 月島の言葉と共に、カレドブルッフは背中から一対のショートロッドを取り出し、構え直す。

臣一郎「その構え……!?」

 カレドブルッフの構えに、臣一郎は愕然と漏らした。

 ショートロッドを二刀流のように構える姿には、臣一郎にも見覚えがある。

 無論、その構えをする人物自身を見た事はない。

 だが、教導映像で幾度も見た事があるその構えは、
 おそらく、十人に八人は“世界最強”と推すだろう人物の構えだった。

月島『カレドブルッフには君ら世代のデータに加え、
   父母、祖父母らの世代のデータも入力されている。

   中でも私は彼女の戦い方が最も“魔導師として美しい”と考えている……そう、フィリーネ・ウェルナーの戦い方がね』

 月島が恍惚とした声音で呟くと、瞬時にその周囲に無数の多重術式が展開される。

月島『さあ避けてみたまえ! 三世代前の最強を討ち破り、
   英雄すらも超えた最強の魔導師が最も得意とした儀式魔法、リヒトファルケンをっ!』

 カレドブルッフが多重術式の一つをショートロッドで叩くと、術式の表面から無数の光のハヤブサが舞った。

 カレドブルッフ……月島の指し示す通りに舞う光のハヤブサは、上空からクルセイダーに襲い掛かる。

臣一郎「デザイア! E.B.G.S、出力全開だっ!」

デザイア『イエス、ボスッ!』

 叫ぶような臣一郎の指示に応え、デザイアはブラッドの圧力を上昇させた。

臣一郎『本條流魔導格闘術奥義! 円ノ型壱・改! 流水・円舞掌ッ!』

 そして、臣一郎は本條流魔導格闘術奥義の中でも守りに優れる円ノ型の一つ、
 円舞掌【えんぶしょう】に水を纏い、振り払うような動作で閃光変換された魔力のハヤブサを防ぐ。

 閃光変換は通常の純粋魔力よりも威力が高い分、遮蔽物や水のように乱反射、屈折させる物に弱い。

 臣一郎の選択肢は的確と言えただろう。

 だが、リヒトファルケンを前にして、ベストな選択肢はベター以下に成り下がる。

臣一郎「ッ、ぐっ!?」

 防ぎきれぬほどに大量の光のハヤブサは、防御の隙を縫って確実にクルセイダーの全身に降り注ぐ。

 次々と襲い来るハヤブサの連撃に、臣一郎は苦悶の声を上げた。

月島『さあ、次はこのリヒトビルガーをどう防ぐ!』

 月島が次に三つの多重術式を連続で叩くと、その術式から一羽ずつ、光のモズが一直線に飛翔し、
 避ける間も無くクルセイダーの腹、胸、腿へと直撃する。

臣一郎「ぐぁ……ッ!?」

 臣一郎はたじろぎながらもすぐに体勢を立て直した。

 クルセイダーは大型だが、格闘戦を想定しているため、決して鈍重な機体ではない。

 リヒトビルガーは威力を引き換えに速度を高めた、回避の難しい超高速の鳥型魔力弾だ。

 同じく回避の難しい絨毯爆撃のような鳥型魔力弾のリヒトファルケンと組み合わせれば、
 タイミング次第では回避困難の魔法は回避不可能の魔法へと姿を変える。
499 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:09:10.57 ID:V0zga9kFo
月島『ギガンティックウィザードは素晴らしい……。

   私のような魔導戦の凡夫でさえ、本来ならば多量の魔力を要する
   多重術式の複数展開・待機すら意図も簡単にやってのけさせ、
   数々の魔法すらこうして思った通りに発動可能となる』

 月島は感慨深く呟きながら、次々と術式を起動させて行く。

 光のハヤブサが、光のモズが、次々とクルセイダーに襲い掛かる。

 上空から、正面から、右から、左から、時には回り込んで背後から……
 文字通り縦横無尽に蹂躙されてしまう。

 E.B.G.Sで防御――ブラッド・プリズンを展開しようにも、
 噴出させた瞬間にブラッドを相殺されてしまっては元も子もない。

 臣一郎も必死に円ノ型の防御を続けるが、次第に受ける攻撃の数が増えて行く。

 そして、実戦では負け無しを誇った210Xが、遂に膝を突く瞬間が訪れた。

 左膝への側面と背後からの同時攻撃に、左膝の関節が悲鳴を上げる。

臣一郎「ぬぅ、ぐぅぁ……!?」

 気合だけで痛みを堪える余裕もない波状攻撃に、臣一郎は食いしばった口元から苦悶の呻き声を漏らす。

 自重を支える事の出来なくなった左膝が下がり始めると、一気に防御に隙が生まれる。

 そこを逃さず、上空から一斉に飛来したリヒトファルケンと、正面から五連発のリヒトビルガーが襲い掛かった。

 片脚だけでは十分な踏み込みも移動も出来ず、その殆どがクルセイダーに直撃する。

 装甲やブラッドラインはひび割れ、全身から流血のように青藍に輝くエーテルブラッドが溢れ出し、
 クルセイダーはその場に膝を突いた。

臣一郎「デザイア、ブラッドの入れ替えを、急いで……くれ」

デザイア『ブラッド損耗率九〇パーセントオーバー、ブラッドを排出しつつ新規ブラッド注入開始』

 絶え絶えの声で指示を受けたデザイアは即座にブラッドを入れ替えようとする。

 機体がボロボロでも結界装甲の出力を定常値まで復帰させ、
 ブラッド・プリズンを展開できればまだまだ耐える事は出来る筈だ。

 しかし、そんな臣一郎とデザイアを嘲笑うかのように、無傷のカレドブルッフが彼らの前に仁王立ちになる。

月島『その機体がそこまでボロボロになるのは、無人状態の所を攻撃されて以来か……。

   だが、第二世代型に改修後、起動状態でここまで傷だらけになったのは初めてではないか?
   ……正に、歴史的瞬間だな』

 月島は殊更に感慨深く言いながら、ショートロッドの先端に作り出した集束魔力刃で、
 クルセイダーの背から伸びる二本のケーブルを……タワー型タンクからブラッドを供給しているソレを切り裂いた。

 高圧でブラッドを送り込んでいたケーブルは、まるで大蛇がのたくるように暴れ回り、
 辺りに鈍色のブラッドを撒き散らし、二機の頭上から雨のように降り注ぐ。

 正門前で戦うクルセイダー最大のアドバンテージは、ほぼ無限に供給されるブラッドにある。

 それを失い、僅かな純度のブラッドしか持たないクルセイダーに勝ち目は無い。

 だが――

臣一郎「悪いが……シミュレーター訓練を勘定に入れるなら、
    この間、僕らを中破まで追い込んだ子がいたよ……」

 臣一郎は苦しそうに漏らし、全身を痛みで震わせながらも立ち上がろうとする。

月島『ほぅ……? 油断でもしていたかね? それか、相手はあのハイペリオンイクスか?』

 微かに驚いたような溜息を洩らすと、月島は怪訝そうに尋ねた。

臣一郎「性能でしか考えられないのか……。
    センチメンタルな持論を言う割に、意外とロジカルなんだな……あなたは」

 臣一郎はそう答えて、“ふっ”と鼻で笑う。

 それが、今できる精一杯の抵抗だった。

 戦いには負けたが、心は折れていない。

 拳を握る力は無くとも、抗う意志は砕けていない。
500 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:09:47.69 ID:V0zga9kFo
月島『何か、おかしいのかね?』

臣一郎「ああ……性能だけで考えている割に、半分は当たりだ……。
    僕らを追い込んだのは朝霧空君“たち”だ……」

 微かに不機嫌さを漂わせた月島の問いに、臣一郎は意味ありげに応える。

 “たち”と強調された言葉に、怪訝そうに短く唸り、月島は溜息混じりに口を開く。

月島『……何を言い出すかと思えば。

   ハイペリオンイクスは確かに高性能だが、スペックではその210と大差は無い。

   あちらの戦場はリアルタイムで観察していたが、
   204と205は大破同然、201も無視できないダメージがある。
   203は無事なようだが、たった二機のギガンティックで何が出来る?』

 月島は言葉通り、もう一つの戦場であった第四フロートでの戦闘を観察していた。

 生憎、スクレップは二機とも破壊されてしまったが、
 ハイペリオンイクスをギリギリまで追い込んでいたのは確かだ。

 事実、空達はレミィ達を置いて、こちらに向かっている。

 クルセイダーを討ち破り、ハイペリオンイクスが使用不可能になった今、
 五体満足で動けるギガンティックの中に、カレドブルッフと互角以上に戦える機体など存在しない。

月島『私はもう……目的のほぼ全てを果たしたよ。

   あとは君と210を生け贄にして、この世界に新たな守護者の誕生を高らかに宣言するだけだ。
   ……カビの生えた古い守護者は必要ない、とね』

 月島は感慨深く呟く。

 月島の目的は既に彼自身の口からも語られた通りだ。

 アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽と言う一人の科学者が作り上げた伝説に、巨大な風穴を開ける。

 開けた風穴から吹き込む新風で、伝説を薙ぎ倒す。

 もう、その目的は最後の一手を残す所まで来た。

 月島はコントロールスフィア内に据え付けられたシートに座り、
 数多のコントロールパネルに囲まれながら、自嘲とも感嘆とも取れる複雑な溜息を洩らす。

月島「私はね……君らの祖父であるアレクセイ氏に敬意を払っているよ……。
   生涯でただ一人、本気で愛した女性の父親だ……。
   無論、研究者や技術者としても尊敬している……」

 朗々と呟く月島は、どこか遠くを見るように自らの手を見遣った。

月島「だがね……彼の作り出した物だけでは、
   世界は……………全て守りきる事は出来ない。

   必要なのは誰でも扱える汎用性と、今以上の性能だ」

 そして、手を握り締める。

月島「それを誇示するために……君にだけは、その機体と共に死んで貰おう」

 月島の声に応えるかのように、スクレップは膝を突いたままのクルセイダーを右手で吊り上げた。
501 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:10:13.89 ID:V0zga9kFo
 全身から溢れる青藍のブラッドがしたたり落ち、次第に鈍色に変わる水たまりを広げて行く。

 既に幾らかの魔力リンクが切断されており、臣一郎とデザイアに抵抗する術は無かった。

 ただ、心だけは負けない。

 無駄な、だが、決して無意味ではない抵抗を続けるだけ。

 微かに動く身体を捩り、まだ辛うじて動く左腕で拘束を解除しようと試みる。

 しかし、その間にも刻一刻と死は迫っていた。

 カレドブルッフは左手で手刀の形を作ると、
 それをクルセイダーの胸……コントロールスフィアとハートビートエンジンのある位置に向ける。

 手首から先を覆う魔力刃は、停止寸前のクルセイダーを意図も貫くだろう。

 予行演習とばかりに、抵抗を続ける左腕を貫手で切り落とす。

臣一郎『っぐぁぁ………ッ!?』

 必死に堪えても堪え切れない苦悶が、臣一郎の口から零れる。

月島「ここまで来たのだ……一層、残酷に……行こう」

 月島は目を細め、感情を押し殺すようにしてそう酷薄に呟くと、両脚を切り落とした。

 その度に、臣一郎の口から短い苦悶が上がる。

 既に抵抗など出来ずにだらりと下がった右腕には目もくれない。

 切断された四肢の付け根から、大量のブラッドが溢れ、ブラッドの水たまりをさらに広げて行く。

 支え持っている頭部は潰さない。

 頭を潰すのは最後……ドライバーとエンジンを貫いてからだ。

月島「長かった……長い、四十年だった」

 最後の瞬間が近付き、月島は感涙寸前と言った表情で呟く。

 もう誰も、自分を赦す者はいないだろう。

 だが、それでいい。

 自分が生み出した結果にだけでも、価値を見出してくれる人間がいれば、それだけでいいのだ。

 純粋に研究者であり、技術者であり続けた男の、切なる願い。

 月島は左腕のリンクを接続すると、自らの手を引き絞った。

 最後の一撃だけは、自らの手で行いたい。

 それが贖罪なのか、感傷なのかは月島本人にも分からない。

月島「伝説よ……終われ」

 だが、突き出した手と共に不意に口をついた言葉で、それが感傷だったと理解した。

 突き出された貫手が、クルセイダーの胸を貫かんとする。
502 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:10:44.68 ID:V0zga9kFo
 その瞬間――

?『させないっ!!』

 鋭い叫びと共に、虹色の輝きがスクレップの貫手と激突した。

 エールだ。

 クルセイダーに貫手が接触する寸前、
 リコルヌシャルジュで突っ込んで来たエールが、カレドブルッフの貫手を受け止めたのである。

月島「むっ!?」

 突然の出来事に、さしもの月島も息を飲む。

 だが、それだけでは終わらない。

??『02、イグニションッ!』

 エールとは逆方向から走り込んで来たクライノートが、
 加速された二つ拳でカレドブルッフの手首を激しく強打した。

 当たり所が悪かったのか、それとも一方の腕だけリンクを接続していためか、
 衝撃で手首の関節がエラーを起こし、クルセイダーを放り出してしまう。

 片腕と両脚を失ったクルセイダーはそのまま叩き付けられるかと思われたが、
 飛び込んで来た一機のギガンティックがソレを受け止める。

 クレーストだ。

 突風・竜巻と共に粉々にされたと思われていたクレーストが、
 ボロボロになったクルセイダーを受け止めていた。

茜『兄さん、無事!?』

臣一郎『あ、茜……か……お前こそ、無事だったのか……?』

 慌てて問い掛ける茜に、臣一郎は絶え絶えの声で問い返す。

クレースト『激突の衝撃で短時間の機能停止はしましたが機体への影響は軽微です』

 それに答えたのはクレーストだ。

月島「なんとも……撃破を確認しなかったのは誤りだったか」

 周囲の状況を見遣りながら、月島は溜息がちに呟く。

 あの時、全身ヒビだらけの突風・竜巻をクレーストに投げつけたが、
 どうやらあの時に粉々になったのは突風・竜巻だけだったらしい。

 考えてみれば当然だ。

 ヒビだらけのガラスを同じ強度を持った無傷ガラスに叩き付けても、
 粉々になるのはヒビだらけの方で、もう一方には大きな被害は出ない。

 機体同士の激突と壁面に叩き付けられた衝撃で一時的に機能停止には陥ったが、
 月島は確認する事なくすぐに立ち去ってしまったため、追い討ちされる事は無かった。

 完全に無傷と言うワケではないが、それでも戦闘可能には違いない。

月島「……ええいっ!」

 自らの犯した凡ミスに苛立ち、月島はエールとクライノートを力任せに振り払う。

 二機は何とか空中で衝撃を受け流すと、クレーストとクルセイダーを守るように地上に降り立った。

 クレーストも離れた位置にクルセイダーを下ろすと、クライノートとは逆の位置でエールの隣に並び立つ。
503 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:11:24.35 ID:V0zga9kFo
 仲間達と並び立った空は、コントロールスフィアの中で冷や汗を拭っていた。

空(話には聞いていたけど、凄い……。
  リコルヌシャルジュを受け止めた上に、簡単に振り払われるなんて……)

 肌で感じ取った敵の強さに、空は心中で舌を巻く。

 あと一瞬でも遅ければ臣一郎を助ける事も出来なかったが、それだけに敵の恐ろしさが際だつ。

 防御不可能のアルク・アン・シエルの派生魔法が受け止められ、振り払われたと言う事は、
 魔力の上で敵がこちらを完璧に圧倒していると言う事だ。

 その上、ここに来るまでに茜から聞かされた話では、
 敵は風華達をオモチャを玩ぶかのように圧倒して見せたのだと言う。

 来る途中、残骸となってしまった仲間達の愛機は見て来た。

 性能的にはエール達も仲間達の機体と大差は無い。

 愛機が破壊されるのは目に見えている。

 だが――

空「……ごめんね、エール……ここは、引けないから」

エール『分かっているよ……空』

 決意を込めて呟く空に、エールは鷹揚に頷くように答えた。

 エールの返事を受けて、空は小さく頷いてから一歩踏み出す。

 ブライトソレイユを払うように構え直し、そびえ立つカレドブルッフを見上げる。

 白地に赤黒い輝きを纏う機体は、恐ろしい力を聞かされたせいか、見た目以上の恐ろしさを感じさせた。

 合同演習の際、幾度戦っても倒す事の出来なかったクルセイダーを、たった一機で呆気なく倒してしまった機体。

 それだけで彼我の戦力差が理解できると言う物だ。

 だが、それでも退くワケにはいかない。

 レミィとフェイが、自分達を信じて送り出してくれた。

 二人の信頼がこの背を押してくれている。

 だから退けない……いや、退かずにいられる。

 どんなに恐ろしい敵が相手でも、前に進む事が出来るのだ。

空「ユエ・ハクチャ……いえ、月島勇悟っ!」

 空は気合を入れ直すように月島の名を叫ぶと、さらに続けた。

空「あなたはこれまでに多くの人を傷つけ、今回もまた、私達の仲間を傷つけました。
  ……どんな理由があっても、それを赦す事は出来ません!」

 自らの目的のために多くの人間を貶め、傷つけて来た月島。

 人の思いを、命を玩び、踏みにじる彼は、やはり空が自分で斯くあるべきと願う信念の対極の存在だ。

月島『赦しなど最初から望んでいないよ……。

   私は私の目的のために為すべき事を為した、そのために必要な物は全て利用して来た。
   そうでなければ辿り着けない高みだからね』

 月島は空の断罪の言葉に淡々と返す。

 微かな後悔にも聞こえる言葉は、だが、決して赦しは望んでいなかった。

 そして、さらに続ける。

月島『……本当に赦しを乞わなければならないのは、
   たった一人の研究者の作り出した物に頼らなければならない、この世界そのものだ。

   この世界は歪んでいる……たった十人に頼らなければ生き延びる事が出来ない、
   たった十人にしか乗れないギガンティックなど、おぞましい歪みだ!』
504 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:11:52.66 ID:V0zga9kFo
空「ッ……」

 月島の言葉に、空は小さく息を飲む。

 その通りだ。

 そんな思いが空にも微かに存在していた。

 法をねじ曲げ、幼子すら戦場に駆り出す世界の構造。

 それは確かに歪んでおり、空にもその点は反論できない。

空「……だからと言って、あなたのやった事は正当化されません!
  そう思うなら、やるべき事が違ったでしょうっ!」

 空は怒りを吐き出す。

 世界が歪んでいるなら人の命を玩んでも良いワケがない。

 世界の歪みを正すためなら人の思いを踏みにじっても良いワケがない。

 自分が気に入らない歪みのために、多くの人を歪めて良いワケがない。

空「世界が歪んでいても、世界の歪みの中にいても……それでも必死に生きている人がいる!
  自分達で歪みを正しながら進もうとしている人達がいる……!」

 空は先日の真実の口から聞かされた、彼女の家族の事を思い出す。

 市民階級と言う制度で歪んでしまった真実の家族は、その歪みを正して家族の絆を取り戻した。

 世界全体の歪みに比べれば、小さな歪みだったかもしれない。

 だが、歪みを正して、親友の家族は共に歩み出したのだ。

 それは可能性であり、希望だ。

空「世界が歪んでいるなら、私は誰かと力を合わせてその歪みを正して行きます……!」

月島『大きな口を叩くのは構わないが、勝つ気でいるのか?』

 空が力強く言い切ると、月島は驚き半分呆れ半分と言った風に問い返した。

 繰り言だが、彼我の戦力差は圧倒的だ。

 そして、やはり繰り言だが退くワケにはいかない。

月島『私の目的は210とそのドライバーを殺す事……それ以外に用は無い。
   さあ、退いてくれないかね?』

 結果は決まったのだから面倒事はもう十分だと言いたげに、
 月島はカレドブルッフに手で人払いをするような仕草をさせた。

空「私達は、負けてなんかいないっ!」

 空は一喝する。

月島『ここに来て負け惜しみか……』

空「負け惜しみなんかじゃない! あなたは臣一郎さんとクルセイダーを殺せなかった!
  私達はみんなの力で間に合ったんだっ!」

 言いかけた月島の言葉を遮って叫ぶ。

月島『………何を言うと思えば、考えた方が飛躍し過ぎているな。

   カレドブルッフの足止めすら出来なかった者達の力で間に合った、とはね……。
   片腹痛いと言うんだ、そう言う屁理屈は』

空「レミィちゃんとフェイさんが送り出してくれた……!
  風華さん達はあなたを止めるために戦った………!
  誰が欠けても、私達は間に合わなかった!
  みんなが……みんなと一緒に繋いで来たんだ!」

 苦笑うかのような月島の言葉に、空は反論する。
505 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:13:13.15 ID:V0zga9kFo
 あの瞬間、あと一瞬でも遅れたら臣一郎は助けられなかった。

 あと一瞬、風華達が足止め出来ずにいたら?

 振り解かれたマリアの拘束は、だが確かにカレドブルッフの侵攻を押し留めた。

 苦し紛れの瑠璃華とクァンの攻撃は、それでもカレドブルッフを僅かに押し留めた。

 風華と茜は確実にカレドブルッフを遠ざけた。

 レミィとフェイが間に合い、美月の援護がなければ二機のスクレップは倒せなかった。

 二人が自分達を置いて行けと言ってくれなければ、
 クレーストの再起動をしようとする茜と合流し、この場に間に合う事は出来なかった。

 臣一郎が全力で抗わなければ、“あと一瞬”を後悔の言葉にしていただろう。

 自分達だけではない。

 軍や警察の多くのギガンティックドライバー達が、
 その“あと一瞬”を作るために全力を尽くしてくれた。

 戦場で戦った者達だけでなく、前線のドライバーを支援したオペレーターや、
 早急な戦力展開のために素早く避難した市民。

 おそらく、その誰か一人が欠けても間に合わなかった。

 最後の一撃を空が押し留める瞬間に間に合ったのは、
 多くの人々の意地や誇り、協力があったればこそだ。

 誰の行動も、誰かが通そうとした意地も、決して無駄などではなかった。

茜『……そうだな……全部が繋がっているんだ……』

 先ほどから押し黙っていた茜が、不意に口を開く。

茜『無駄な事なんて何も無かった……!
  どれ一つ欠けても、私達はここに揃ってはいない!』

 茜はそう言い切ると槍と短刀を構え直す。

美月『みんなが信じて戦ってくれた……。
   だから私もみんなの信頼に応えるため、全力を尽くします』

 美月も進み出て、全ての武装を起動する。

 無駄な抵抗かもしれない。

 だが、無意味ではないのだ。

 二人の言葉に後押しされて、空はまた一歩、進み出る。

空「あなたはオリジナルギガンティックを……エール達が歪んでいるとも言いましたね?」

月島『ああ、言った……言ったとも。
   自らが認める者しか乗せようとしない機体など……君はおぞましいとは思わんかね?』

 空の問いに、月島は頷くように答え、疑問を呈するかのように問い返した。

 空は、確かに世界の歪みには納得したし、同意もする。

 だが、コレだけは譲れない。
506 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:13:41.13 ID:V0zga9kFo
空「エール達は私達を選んでくれた……」

 空は朗々と言葉を紡ぎ始める。

 血の繋がり、意志の同調、魔力の同調。

 様々な理由で、彼らはドライバーを選んだ。

空「私達の思いを知って、一緒に戦ってくれている……!」

 居場所を守るため、大切な人のため、誇りのため……。

 彼らはその思いに応えてくれた。

空「エール達は……私達の大切な仲間だ!
  エール達は歪んでなんかいない!
  エール達と私達も繋がっている……!

  エール達を乗り継いで来た人達の思いと私達の思いも、エール達で……繋がっているんだ!」

 空は力強く、その思いの丈を叫ぶ。

 結・フィッツジェラルド・譲羽。

 姉である朝霧海晴。

 その二人が守ろうとした物を……大切な人達がいる世界を守りたいと願った思いは、空にも繋がっている。

 それは茜と美月も同じだ。

 初代ドライバーである奏・ユーリエフ、母である本條明日華。

 愛する人のために剣を取った二人の思いは、憎しみを振り切った茜の中にも確かに息づいている。

 クリスティーナ・ユーリエフの大切な人のためになら戦えると言う勇気は、
 仲間のために戦おうとする美月の思いにも通じる。

 みんなが、そうなのだ。

 風華と突風、瑠璃華とチェーロ、クァンとカーネル、マリアとプレリー、臣一郎とデザイア。

 彼らの思いは、何処かで歴代のドライバー達と繋がっている。

 レミィとヴィクセン、フェイとアルバトロスの思いも、
 きっと未来へと……新たなドライバー達へと繋がって行く。

 空達とエール達にとって、それは決して歪みなどではない。
507 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:14:09.57 ID:V0zga9kFo
空「あなたが歪んでいると言うなら、あなたにとっては歪んでいるのかもしれない……。
  それでも、私達にとってそれは繋がりで、エール達との大切な絆なんだ!」

 選んだのでも、選ばれたのでもない。

 繋がるべくして、お互いの意志が繋がったのを、結果的に選び、選ばれたと言っているに過ぎない。

 そして、繋がって来た意志は、きっと未来へと繋がるのだ。

 この場でこの身が砕かれようとも、多くの人々との繋がりで紡いだ一瞬は無意味ではない。

 この繋がりは、いつかきっと意味のある物に変わる。

 その確信が、空にはあった。

エール『空……』

 その確信は、魔力と言う繋がりを通じてエールにも伝わる。

 エールに……いやエール達にあったのは喜びだった。

 特定の誰かしか選ぶ事の出来ない自分達。

 それを繋がりと……絆だと、言ってくれた。

エール『僕も……空に、空達に応えたい』

 真っ暗な闇の中から救い上げてくれた、再び温かい気持ちを与えてくれた新たな相棒に、応えたい。

クレースト『茜様の思いに、もう一度……』

 大切な人を思って涙し、諦めながらも絶望せずに手を伸ばし続けた思いに、応えたい。

クライノート『美月、私もあなたの力に……』

 苦しみすら乗り越えて、大切な人のために戦うと誓った誇りに、応えたい。

 特攻などさせない。

 彼女達の意志を、彼女達自身に、もっと先まで繋げさせたい。

 その思いがエール達の中で渦巻く。

 もっと彼女達のために……今の、主達のために。

 たった、それだけで良かった。

『Mode Release』

 その思いに応えるように、無機質な音声と共に三条の光の柱が立ち上った。
508 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:14:51.94 ID:V0zga9kFo
―8―

 ギガンティック機関、司令室――


アーネスト「状況は!? どうなっているんだ!?」

 突如の事態にアーネストは驚きの声を上げた。

春樹「わ、分かりません!?
   01、02、03、各機の機体コンディションがモニター不可能になっています!?」

 春樹は混乱しつつ応えながら、クララと共に異常の原因を探ろうとチェックを続けている。

メリッサ「各ドライバーのバイタルはモニター可能です!
     心拍数の上昇は確認できますが許容範囲内!」

 春樹の告げた異常に自らの担当区分にも異常が無いか確認していたメリッサは、
 先ほどまでと変わらないモニターを確認して報告した。

タチアナ「外部カメラで機体の異常は確認できる!?」

エミリー「外観の変化は確認できません!」

 タチアナの問い掛けに、正門前広場の各種監視モニターを確認していたエミリーが応える。

明日美「…………」

 クルセイダーすら討ち破る巨大ギガンティック、月島の出現、そして、エール達に訪れた変化と、
 立て続けの異常事態にざわめく司令室を視線だけで見渡しながら、明日美は沈思していた。

 一体、今度は何が起きたのか?

 考えていても埒の無い事だが、考えなければならない。

明日美(考えられる可能性は……一つだけ……)

 明日美はその考えに思いを巡らせる。

 だが、その考えが浮かんだ瞬間、微かに頭を振った。

 そんな事はない。

明日美(そうよ……あの機能は完全に失われていた。
    第二世代に改修された際に、構造として失われた筈……)

 明日美は自らの出した考えを、自ら否定した。

 月島勇悟も居合わせた、多くの技術者立ち会いの下で確認している。

明日美(XXXは……もう存在しない……)

 明日美はそう言い聞かせるように、自らを納得させた。

春樹「モニター異常回復! 各機コンディション確認可能です!」

 春樹はそう告げると同時に、各機のコンディションを再確認する。

クララ「嘘……何これ……!?」

 同時に確認作業を始めていたクララが、愕然と漏らす。

アーネスト「報告は明確に!」

クララ「!? は、はい! それが……三機の内部構造が大きく変化しています!
    主要部はそのままですが可動部の増加と一部構造の不明な強化が確認できます!」

 アーネストの言葉に気を取り直したクララだったが、
 自分で自分の言葉が信じられないと言いたげに報告した。

 機体の内部構造の変化。

 芋虫が蛹を経て蝶になるように、内部の構造が全く別の物に置き換わっているのだ。
509 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:15:55.65 ID:V0zga9kFo
リズ「何これ……01……いえ、エールから緊急回線での通信が入っています!」

 一瞬驚いた様子のリズだったが、すぐに落ち着きを取り戻してそんな報告を上げた。

アーネスト「エールから? エールからの直接通信と言う意味か?」

リズ「いえ……これはデータの送信?
   大容量のデータが司令室のメインフレームに転送されています!」

 状況確認を続けていたリズは、アーネストの問いに驚き混じりに応える。

 司令室のメインフレームとは、以前に茜が美波と共に入った、
 司令室の真下の部屋でアクセス可能なアレだ。

アーネスト「司令……」

明日美「……え、ええ」

 アーネストに促された明日美は、僅かに声を上擦らせて返す。

 諜報部員や各部門主任にはメインフレームに専用端末を介して間接アクセスが許可されているが、
 司令室からの直接アクセスが許されているのは司令である明日美だけだ。

 だが、明日美が声を上擦らせたのはそんな事に対する緊張などではなく、別の理由から来る緊張だった。

 エール……つまり、エールのAI本体から転送されたデータの正体に、明日美は気付いている。

 確実に“コレだ”と言えるワケではないが、それでも九分九厘は当たっているだろう。

 明日美は震える手で手元のパネルでメインフレームにアクセスすると、転送されて来たデータを展開した。

 展開されたデータは、即座に司令室正面のメインモニターに開かれたウインドウに表示される。

 真っ暗な画面にただ一文“虹の意志を継ぐ者達へ”とだけ、英文で書かれた簡素な画面。

 それが僅か数秒表示された直後、再び別な英文が浮かび上がった。

明日美「我が生涯の全てを、亡き最愛の妻の愛機の心を開き、彼らと心を通わせた者達に託す……。
    願わくば、悪魔の兵器を超越した彼らを託すに足る者が再びこの地に現れん事を……」

 明日美は朗々と、半ば茫然としつつ読み上げる。

 それは父、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の直筆と思われる文字をスキャンした文章だった。

 明日美がその文章を読み終えると、即座に無数のウインドウが同時に展開する。

 全て図面や論文の類だ。

春樹「コレは……改装時のオリジナルギガンティックの図面……それも完全版!?」

クララ「この図面……形は……は、ハートビートエンジンの詳細図面と開発データです!?
    オリジナル十一基、全て揃ってます!」

 それらを確認していた春樹とクララが驚愕の声を上げる。

 無理もない。

 解析不可能、分解不許可、ジャンク品同然になりながら整備を続ける他なかったオリジナルギガンティック、
 その全てのブラックボックスが一斉に開かれたのだ。

 情報はそれだけではなない。

 オリジナルギガンティックの改装図面、全OSSの設計図、それらに加えて不明な機体の設計図も存在している。

 ギガンティック機関にとっては宝の山だ。

アーネスト「司令……これは」

明日美「父の……四十年越しの置き土産、かしら……」

 愕然とするアーネストの問い掛けに、明日美は震える声で呟いた。
510 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:16:27.27 ID:V0zga9kFo
アーネスト「明日美さん……?」

明日美「え? ……ああ」

 戸惑うような声でアーネストに名前を呼ばれ、そこで明日美は初めて、自分が涙している事に気付く。

 思わず頬に手を当て、慌てて涙を拭った。

明日美(ああ……そうか……私は嬉しかったのか……)

 困惑の中、微かに胸の奥で息づく喜びに気付き、明日美は感慨深く溜息を洩らす。

 母の死で狂い、人類の生命線たるギガンティックを誰にも扱えぬ物に仕立て上げたと思っていた父。

 しかし、違った。

 そうではなかった。

 父は、本当に人類の生命線を……
 イマジンすら凌駕する兵器を預けるに足りる人物の再来を望み、未来に託したのだ。

 それはそれで身勝手だったかもしれない。

 だが、それでも復讐に取り付かれた若き日の自分と違い、
 父は人類の守護者に相応しい人物の再来を信じ、そのために最期まで尽くしたのだ。

 その事が、誇らしくもあり、嬉しくもあり、自分がその事に今の今まで気付けなかった事と、
 その対象となるに至れなかった心苦しさと悔しさもあった。

明日美(勇悟……あなただけでなく、私もまた、間違っていたようだわ……)

 涙を拭った明日美は、気を引き締め直し左側にいる春樹達メカニックオペレーターに向き直る。

明日美「現在の01達の状態と改修直後の01達の設計図に符合する点はありますか?」

春樹「現在確認中…………01、02確認!
   構造は第二世代改修直後の他、改修前の設計にも合致する点が存在します」

クララ「03も確認できました、誤差有りません!」

 春樹とクララの返答に、明日美は驚きの表情を浮かべながらも深く頷いた。

アーネスト「司令……では?」

明日美「ええ……朝霧副隊長、及び他二名に伝達! XXXへの合体を許可します!」

 明日美は促すようなアーネストの問い掛けに頷いて答えると、立ち上がって指示を飛ばす。

 すると、その指示の内容、特に“XXX”と言う単語に主任級のオペレーター達がざわつく。
511 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:16:55.90 ID:V0zga9kFo
 そのざわめきは、空達にも伝播していた。

空「とりぷる、えっくす……?」

 聞き慣れない単語に、空は怪訝そうに首を傾げる。

春樹『正式名称GWF001……いや、GWF201XXX−エール・ソヴァール。
   機能そのものが第二世代改修時に失われたと思われていた、エール本来の合体形態だ』

 空の疑問に答えたのは春樹だ。

 エール達に異変があった事で月島も警戒しているのか、睨み合いのような状態は今も続いている。

クララ『機体状態は問題無し、むしろ内部構造の変化で内装ダメージも回復しているから、
    今がチャンスだよ』

茜『確かに先ほどよりも動き易くはなってはいるが……』

 後押しするクララの言葉に茜は戸惑い気味に漏らす。

 内部構造の変化など、どんな技術を使えば良いのか分からない。

 おそらく、瑠璃華ならばマギアリヒトによる内部構造体の変化を分かり易く説明してくれただろうが、
 今はそれどころではない事態だ。

春樹『ただ、合体には最低でも二秒間、無防備になる時間が存在するみたいだ。
   その時間を上手く稼がないと……』

 春樹が申し訳なさそうに漏らす。

美月『二秒も無防備に……』

 美月は不安げにその言葉を反芻する。

 二秒あればカレドブルッフの手で完全にスクラップにされてしまう。

 だが、それ以外に反撃に転じる方法が無い。

 これでは状況は好転したとは言えなかった。

???『二秒で……いいん、だな?』

 しかし、不意に絶え絶えの声が空達の元に届いた。

 臣一郎だ。

 臣一郎は魔力リンクを幾分か遮断された事で、まだ意識を保っていたらしい。

臣一郎『僕とデザイアで時間を稼ぐ……その隙に合体するんだ!』

 臣一郎の声と同時に、足もとに撒き散らされた夥しい量の鈍色のエーテルブラッドが、
 一気に青藍の輝きに包まれた。

 臣一郎の魔力波長の輝き……
 そう、撒き散らされたエーテルブラッドがクルセイダーの制御下に置かれた証拠だ。

茜『に、兄さん!? そんなボロボロの機体で無理をすれば……』

 茜は愕然と叫び、臣一郎を止めようとする。

 だが――

臣一郎『……見せてやるんだ……アイツに……!
    多くの人の命を奪い、もっと多くの人を騙してまで作り上げた物よりも、
    アレックス御祖父様が僕らを信じて託してくれた物が……エールと君達の方が上だと……!』

 臣一郎は気合で痛みをねじ伏せ、叫んだ。

 その言葉に、茜は息を飲む。

 そう、証明しなければならない。

 月島に、世界に……エール達は歪んでなどいない、
 人との繋がりの果てに生まれる物こそが、人類を守る守護者だと。

臣一郎『朝霧君! 茜! 美月君! 頼むっ!』

 臣一郎が叫ぶと、青藍に輝いていた大量のエーテルブラッドが舞い上がり、
 空達と月島の間に、高く、分厚いエーテルブラッド結晶の壁が生まれた。

月島『ほう………まだこんな事をする余力があったか』

 驚き、感心するように漏らす月島だが、その声音は言葉よりも驚いてはいない。

 その証拠に、早くも壁を破壊しようと、何発もの殴打を繰り返す。
512 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:17:48.79 ID:V0zga9kFo
臣一郎『い、急いでくれ!』

 自らの作り出した障壁から伝わる重い一撃に、臣一郎は苦しげに叫んだ。

茜『……迷っている暇は無いな、急ごう!』

美月『はい……!』

 兄の悲鳴じみた声に不安を隠せない茜の言に、美月も頷いて応える。

 押し黙っていた空も大きく頷き、目を見開く。

空「エール……臣一郎さんが作ってくれたチャンス、無駄に出来ないよ!」

エール『……了解、空! 君が指示を……モードXXXの起動を!』

空「うん!」

 空はエールに促され、軽く深呼吸をすると前を見据える。

空「モードXXX、セットアップ!」

エール『了解、モードチェンジ、承認!』

 空の声にエールが応え、三機が変形を開始する。

 三機は高く跳び、エールは下半身を腰部の付け根から下部を九十度後方に折り曲げ、
 腕部は折り畳まれた肩部装甲によって覆われた。

 クレーストは頭部を含む胸部が分離し、残る全身が左右に分割され、
 腕部は肩部装甲内へと折り畳まれながら下方へとスライドし、足底部から拳が突きだす。

 クライノートは下半身が左右に展開し、膝を折り畳むようにしつつ、
 こちらも折り畳まれた腕部と接続され、上下を逆にした凹字型へと変形する。

 エールの背面にクレーストの胸部が接続され、折り畳まれたエールの足でカバーされ、
 クライノートはエールの腰部へと連結された。

 側面を向いたエールの左右肩部ジョイントに変形したクライノートの身体が接続され、
 クライノートの下部に前後で折り畳まれたヴァッフェントレーガーが接続される。

 三機と一機のOSSが集合し、五〇メートル近くなった巨体の各部に、
 クライノートの武装が装着されて行く。

 左右に分割されたドゥンケルブラウナハトは足となって脚部となったヴァッフェントレーガーの下部に、
 ロートシェーネスは上腕となったクレーストの脚部の先に前腕として、
 ブラウレーゲンとヴァイオレットネーベルは肩部に連装砲として、
 左右が連結されたオレンジブリッツは胸部装甲となり、
 逆に左右に分割されたグリューンゲヴィッターは左右の腰側面に装着された。

 スニェークとゲルプヴォルケを連結器として繋がり、長大なツインランスとなった
 ブライトソレイユとドラコーンクルィークを握り締めると同時に、
 背面に光背状となったプティエトワールとグランリュヌが再接続され、
 エールの翼とモールニヤが大きく展開し、空色の魔力が翼のようになって噴き出す。

クレースト『各部、各システム接続確認、ブラッドライン正常』

クライノート『全兵装オンライン確認、トリプルハートビートエンジン接続確認』

エール『トリプルハートビートエンジン、起動!』

 クレースト、クライノート、そして、エールの言葉が響くと、
 エールの一角獣のような頭部ブレードアンテナがV字に展開し、全身のブラッドラインが空色に輝いた。

空「トリプルエックス……エール・ソヴァール、合体完了っ!」

 空の宣言と共に合体を終えた三機……いや、エール・ソヴァールが再び正門前広場に降り立つのと、
 カレドブルッフによって障壁が砕かれるのは同時だった。
513 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:18:18.85 ID:V0zga9kFo
月島『お、お……おおおぉぉ……!?』

 障壁の向こうから現れた姿に、月島は驚愕と感嘆の入り交じった声を上げる。

月島『XXX! ……そうか、先ほどの変化はコレだったのか!

   マギアリヒト構造体の変容性を活用し、構造そのものを機体内部に秘匿、
   特定条件によって本来の構造に戻る機能か……!

   素晴らしい!

   あなたは一体、どこまで人知を超えた物を遺したのだ!
   アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽ぁぁッ!』

 そして、歓喜と驚愕、羨望、憤怒、それら全てを含む複雑な感情を声に乗せ、
 躁状態になったかのように叫ぶ。

 今までと明らかに違う月島の変貌ぶりに、空達も微かにたじろぐ。

月島『………気が変わった。XXXがいるならば、ソレと戦わせて貰おう!
   いや、それを超えてこそ、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の伝説を打ち破れると言う物だ!』

 微かに冷静さを取り戻しても、それでも興奮冷めやらぬ様子の月島は、
 トリプル・バイ・トリプルエンジンの出力を上げる。

 すると、周囲に赤黒い魔力が噴き出し、まだ足もとに残っていた微かなエーテルブラッドを消し飛ばす。

 おそらく、エンジンの安全制限を解除したのだろうが、凄まじい出力だ。

空「一気に押しやるよ、美月ちゃん!」

美月「分かりました、ソラ。各部スラスター最大出力です……!」

 しかし、空は怯える事もなく冷静に美月に指示を飛ばすと、
 夥しい量の魔力を噴き出すカレドブルッフに向けて、合体した愛機と共に跳ぶ。

 エール・ソヴァールの全高は五十二メートル。

 クルセイダー以上の巨体となっても、未だカレドブルッフの九〇メートルには届かない。

 圧倒的な体格差の二機がぶつかり合う。

 その瞬間、予想外の事態が起きる。

月島『なっ!?』

 月島の驚きの声と共に、カレドブルッフが一気に押しやられて行く。

 カレドブルッフの両肩に腕を突っぱるようにして、
 倍近い体格を誇る巨体をエール・ソヴァールは易々を押しやってしまっているのだ。

月島『と、トリプルハートビートエンジンだと!?
   これがあのハイペリオンイクスと同出力だと!?

   まるで別物……異次元の出力差じゃあないか!?』

 恍惚とも驚愕とも取れる月島の叫び声を残しながら、
 エール・ソヴァールはついにカレドブルッフの巨体を浮かび上がらせた。

空「上部隔壁を開けて下さい! 早く!」

 空は通信機に向け、司令室に指示を出す。

 決して、自らと愛機の生み出した現場に驚いてはいない。

 全てのブラックボックスが解放されたエールと繋がった事で、空は理解していた。

 エーテルブラッドは魔力となって自分の身体の中をも循環し、愛機の体内を巡っている。

 そして、自身と愛機の間を巡るブラッドが伝えてくれた。

 真の姿を取り戻したエール・ソヴァール【翼の救世主】は、この程度の事を造作もなくやってのける、と。

明日美『ギガンティック機関司令権限でメインフロート第一隔壁展開!』

リズ『は、はい! 隔壁展開を要請します!』

 明日美の声に続き、困惑気味のリズの声が聞こえる。
514 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:18:51.90 ID:V0zga9kFo
 しばらくすると、上昇しながらカレドブルッフを押し続ける空達の正面で、
 天蓋の一部が開き始めた。

 かつては第一層内部の空港に入る航空機の出入り口であった、
 四十四年前に閉じられた三百メートル四方の隔壁の一つだ。

 エール・ソヴァールはカレドブルッフを押しやりながらその隔壁から外部へと飛び出し、
 そのまま第一フロートを飛び越えてインド洋の凍り付いた大氷原の上空まで突き抜けた。

 グリニッジ標準時のドーム内ではまだ夕刻だが、インド洋上は既に真夜中だ。

 幸い吹雪は小康状態で、二機はそのまま真夜中の氷原へと着陸する。

月島『なんと……最早……これが結界装甲とハートビートエンジンを得たXXX……。
   旧世界で唯一、イマジンを撃破したギガンティックの第二世代改修型か……』

 体勢を崩しながらも着陸に成功したカレドブルッフから、畏怖するかのような月島の声が聞こえる。

 かつてイマジン事変に際して、世界に初めて現れたイマジンを撃破した唯一のギガンティック。

 圧倒的な魔力を誇るイマジンを、それを上回る魔力係数と出力で
 辛うじて撃退したギガンティック、その第二世代改修機。

 それこそが、このGWF201XXX−エール・ソヴァールであった。

 僅か十数分でメガフロート外へと飛び出し、大氷原にまで到達する。

 それも自らよりも巨大なギガンティックを押し出しながらだ。

 畏怖せざるを得ない性能差だった。

空「もう力の差は分かった筈です………降参して投降して下さい、月島勇悟」

 空は武器を構え、威嚇しながらも降参を促す。

 ここまで性能差が圧倒的なのだ。

 彼の挑戦はここで終わりだ。

 だが、月島も引き下がらない。

月島『なんの宗旨替えだね?
   私は生きていてはいけないとまで、傲慢に言い放った君が!』

 カレドブルッフは両腕に魔力刃を展開し、ショートロッドを構えながら無数の術式を展開した。

 月島の言葉はただの理由付けの一つと挑発に過ぎない。

 彼の真意は別にある。

 そう、これは挑戦なのだ。

 王者が強ければ挑戦を諦めるなど、最初からそんな殊勝な心構えならば、
 自らの計略で戦争状態を作り出し、それを利用してまでカレドブルッフを開発などしていない。

 クルセイダーと言う挑戦相手が、本来挑戦すべきだったエール・ソヴァールに戻ったに過ぎないのだ。

 まだ、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽と言う伝説に風穴を開ける月島の挑戦は、終わっていなかった。

空「………茜さん、氷結変換でお願いします」

茜「分かった……。魔力変換、セット!」

 諦めたように呟いた空に茜が答えると、
 空色に輝いていたエール・ソヴァールのブラッドラインが、一瞬だけ茜色に輝く。

月島『さあ、最期まで付き合ってくれ!
   君らの仲間が私を足止めしたように、私の無謀な挑戦にっ!』

 月島は自虐のような覚悟の声を放ち、それと同時に術式を叩いた。

 五条の光のモズがエール・ソヴァールに襲い掛かる。

空「セット・フリーズッ!
  フリージングスナイパー、ファイヤッ!!」

 空が右手の人差し指と中指を揃えて突き出して叫ぶと、
 右肩の付け根に装着されていたブラウレーゲンから氷結変換された魔力砲弾が放たれた。

 魔力砲弾は五発放たれ、その全てがカレドブルッフの放ったリヒトビルガーを凍てつかせて弾ける。
515 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:19:41.81 ID:V0zga9kFo
月島『属性変換機能か!? その機体で唯一にして最大の忌々しい機能だ!』

 月島は吐き捨てるように叫ぶ。

 エール・ソヴァールは三機のハートビートエンジンが完全同調接続されている。

 それがハイペリオンイクスすら凌ぐ出力を引き出しているのが、恩恵はそれだけではない。

 本来、エールを十全に使いこなす無限の魔力の持ち主は、閃光以外の属性変換が不可能となる。

 だが、クレーストとクライノートのドライバーに他の属性変換が可能なドライバーが登場していれば、
 装着された武装を媒介とする事に限定して、変換された魔力を射出可能となっているのだ。

 魔導師本来の能力を拡張したギガンティックウィザード、と言う思想の月島にとってみれば、
 彼の理想とするギガンティックの対極に位置する機能だろう。

 月島は怒りに任せ、一気に三発のリヒトファルケンを解き放った。

 クルセイダーに襲い掛かった倍以上の数の光のハヤブサが、エール・ソヴァールに襲い掛かる。

 しかし、空は慌てず、左手の人差し指と中指を揃えて突き出す。

空「セット・フラッシュッ!
  アルク・アン・シエル……イノンブラーブルッ!!」

 今度は左肩のヴァイオレットネーベルから、自らの魔力特性を活かした魔法を放つ。

 無数に拡散するアルク・アン・シエルが、同様の拡散弾であるリヒトファルケンを消し去り、
 さらにはカレドブルッフの周囲に浮かぶ術式すら消し去った。

月島『ッ………性能差がここまでとは……』

 月島は舌打ちと共に悔しそうに呟く。

空「まだ……降参してくれませんか?」

 空も苦しそうに呟く。

 圧倒的過ぎる力を持って、空は初めて気付いた。

 エール・ソヴァールが開発者であるアレックスによって封印されて来た理由だ。

 この機体は世界を滅ぼした魔導弾やイマジンを軽く凌駕する破壊力を持っている。

 人類を守るだけならば、十分とは言えないまでも、
 それまでのオリジナルギガンティックだけで何とか守れたのだ。

 だが、エール・ソヴァールの力は守るだけでは収まりきらない、相手を滅ぼす事すら出来る絶対の力だった。

 抑止力と言えば聞こえは良いが、大量破壊兵器に分類される、究極の魔導兵器なのである。

 それでも、その封印を解き、未来を願って託された人間として、
 この力を正しく使わねばならないと言う使命感が、月島への降参を促すのだ。

月島『君も言っただろう!? 私は生きていてはいけない人間だと!
   ああ、実にその通りだ!

   私は何十年、何百年かけてでも、何千人、何万人を犠牲にしたとしても、
   必ず、その機体を上回る機体を作り出す!

   最悪の事態に備えた保険もある!』

 しかし、月島は興奮した様子で叫び散らし、さらに続ける。

月島『フロート内に連れ帰られた瞬間、私は自爆して次の私に機会を託す!

   今、この場だ!
   この魔力の吹雪によって通信を阻害された外の世界でだけ、私は完全な死を迎える!

   こんなチャンスが二度もあると思うな!』

 月島はそう言い切ると、ショートロッドと拳の魔力刃を同調させ、
 長大な剣と化した魔力の刃で斬り掛かって来た。
516 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:20:10.00 ID:V0zga9kFo
空「この……分からず屋っ!
  美月ちゃん、腕部セーフティ解除! 茜さん、炎熱変換を!」

美月「はい、ソラ……腕部セーフティ解除します」

茜「……魔力変換セット」

 涙を滲ませる空の言葉に、美月と茜も静かに答えた。

 両前腕が空色の炎に包まれる。

空「セット・ファイヤッ!
  ファイヤーロケッター、ダブルッ!!」

 空はその炎に包まれた腕を、突き出すようにして放った。

 前腕となっていたロートシェーネスは切り離され、
 炎を纏った噴射拳となって魔力刃を掲げたカレドブルッフの腕を貫いた。

 空色に燃えさかる拳はカレドブルッフの腕を吹き飛ばし、
 バランスを失ったカレドブルッフは盛大に氷原へと突っ込み、深い溝のような大穴を穿つ。

空「……もういいでしょう! これで終わりです!」

 空は最早、泣いていた。

 涙は堪えていたが、今にも溢れ出しそうなほどだ。

 託された力……思いを、こんな暴力のように使わなければならない事実が、胸を締め付ける。

 繋がって来た思いは、人間同士で争うための力ではない。

 イマジンから人々を守り、未来を切り開く力なのだ。

月島『この力が……この力が最初から使えれば……!
   誰もが扱える万能の力であったならば!』

 月島は悔しそうに叫ぶ。

 だが、月島の願いような叫びが実現した世界は恐ろしい世界に他ならない。

 科学者としての月島の矜持は分からないでもない。

 誰もイマジンに怯えない世界、誰もがイマジンに抗える世界。

 そうであったならば世界は滅ばなかった。

 空も、姉との出会いがあったどうかを別にしても、姉を喪う事は無かっただろう。
517 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:20:44.21 ID:V0zga9kFo
 しかし、この過ぎたる力は人間には重すぎる。

 この力を扱う者、その全てが善人でも賢者でも無いのだ。

 争いは避けられない事も多く、怒りや憎しみを収めて生きる事は難しい。

 そんな世界に誰にでも扱える平等な滅びの力が与えられた日には、世界は最短で滅ぶ。

 しかし、それを望む声がある。

 世界を滅ぼしはしない。

 だから与えてくれ、と。

 誰もが怯えぬ世界のために……。

 両腕を失ったカレドブルッフは、赤黒いブラッドを撒き散らしながら立ち上がり、
 尚もエール・ソヴァールに迫る。

 たった一人の男の挑戦と言う名の祈り。

 この祈りは……この祈りで手に入れた力は、いつか世界を壊す。

 多くの人々の命を奪い、人生と心を歪めたように……。

 この祈りと、男の命と共に摘み取らねばならないのだ。

 この力は、誰かの祈りを未来に繋げる力だと言うのに……。

空「エール………ごめんね……こんな使い方は……もう、二度と、しないからっ!」

 空はついに涙を溢れさせ、愛機に……そして愛機にこの力を託した者に謝罪する。

 果たして、エールは優しい声で答えた。

エール『空……僕は君の翼だ……。
    君が望むなら、君が選ぶなら……僕はどこまでも君と飛ぶよ。
    君が迷わないよう、君がいつまでも飛べるように』

空「エールぅ……ッ!」

 穏やかに語りかけるエールに、空は涙も拭わずに返した。

 そして、刃を構える。

 長大なツインランスを切り離し、両手で前に突き出す。

 翼から空色の魔力が溢れ出し、
 光背からも多量の魔力がエンジンから放たれる炎のように伸び、暗い雪原を空の色で満たす。

 絶対の死を目前にしながら、両腕を失ったカレドブルッフは幽鬼のような歩みを止めない。

 そして――

空「リュミエール……リコルヌシャルジュ……ッ!!」

 虹の輝きを纏ったエール・ソヴァールが、幽鬼のように迫り来るカレドブルッフを、貫いた。
518 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:21:22.04 ID:V0zga9kFo
―9―

MC『それでは、月島と言う人物はギガンティック機関技術開発主任、
   山路重工の技術研究開発室の主任を歴任し、政府主導の特殊労働力生産計画に携わり、
   しかも60年事件の黒幕だった、と』

女性コメンテーター『頭の良い人の考える事はよく分かりませんねぇ……』

男性コメンテーター『僕はね、彼は政府転覆でも狙っていたんじゃないかと思いますよ』

MC『それは、どう言ったご意見で?』

男性コメンテーター『インテリの考えそうな事ですよ。
          ちょっと頭がいいから極端から極端にしか行かない。
          色々と後ろ暗い物でも見て来たんでしょう?

          特にこの間から騒がれている特殊労働力生産計画なんてその最たる物じゃないですか』

MC『つまり、60年事件の動機はそこにある、と?』

男性コメンテーター『断定はできませんがね、政府と皇族王族の関係は今や持ちつ持たれつだ。
          政府の顔に泥を塗るには丁度いいターゲットだったんじゃないですかね?』


MC『テロリスト側から亡命した一人の研究者が持っていた資料の中には、
   ホン・チャンスの手記があったそうですね?』

専門家A『今時珍しい手書きの手記だったそうです。
     ネットワーク上で誰かに読まれるのを危ぶんでの事でしょうか?』

専門家B『ただ、この手記によると息子……
     ホン・チョンス死刑囚の魔力の低さを常日頃から嘆いていたようですね』

MC『それが月島勇悟の誘いに乗った……政府転覆と支配権を欲した動機だったと?』

専門家A『子供の事を思う気持ちは分からないでもないですが、あまりにも極端過ぎますね……。
     連続強姦や殺人の罪がそれで軽くなるワケではありませんし』

専門家B『まあ、既に病死していた以上、改めて罪に問う事も難しいワケですが……』


アナウンサー『……をもちまして、明日美・フィッツジェラルド・譲羽氏がギガンティック機関総司令を辞任を発表、
       後任人事には現副司令のアーネスト・ベンパー氏の就任が最有力とされています』

アナウンサー『これと合わせまして本日、ギガンティック機関は201のドライバーを正式に公表。
       現在の201のドライバーは朝霧空さん、十五歳。

       昨年四月に亡くなられた朝霧海晴さんの血縁者と言う事で、専門家の間でも話題となっています』


MC『ギガンティック機関は発見された資料を山路重工他、
   関連企業への開示を決めたようですが、皆さんはどう思われますか?』

専門家C『今まで機関への負担は大きかったですし、
     去年末のイマジン大量出現は凄まじい有様だったじゃないですか?

     あれを考えれば資料公開は妥当だと思いますよ』

専門家D『ただ、ギガンティック機関は徐々に用済み、って形になるんじゃないですかね?
     ハートビートエンジンが軍や民間にまで行き渡る形になるでしょうし』

MC『そうなると政府がどこまで管理できるか、
   と言う責任問題にもシフトして行く形になるでしょうか?』

専門家D『将来的にはそうでしょうね』


 憶測、推測、邪推、事実……月島による皇居正門襲撃事件から一週間、
 メディアを通して様々な意見や言葉が飛び交った。

 的を射た言葉もあれば、下世話な自称専門家による誘導など、様々な言葉は多くの波紋を生み、
 世界は争い事の終わった平穏さに比して騒がしさを増していた。
519 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:22:24.02 ID:V0zga9kFo
 8月28日、水曜日の早朝。
 ギガンティック機関、司令執務室――


アーネスト「本当に、お辞めになるので?」

明日美「ええ……そろそろ引き継ぎも始めないとね」

 納得できないと言いたげに、自身の端末に届いた辞令と明日美を
 交互に見遣りながらアーネストが尋ねると、明日美は小さく肩を竦めながら呟いた。

 アーネストの元に届いた辞令と言うのは他でもない、
 ギガンティック機関司令への昇進を報せる辞令だ。

 日付はおよそ三ヶ月後の12月1日。

 それまでに明日美は全ての引き継ぎを終え、退職する予定となっている。

 アーネストが何処か納得いかない様子なのは、司令官と言う要職に対する重圧よりも、
 明日美が辞職すると言う件に関してだった。

アーネスト「考え直された方がよろしいのでは?」

明日美「……朝霧副隊長と月島の会話ログは、貴方も聞いたでしょう?」

 もう何度目になるか分からないアーネストの問いに、明日美は溜息勝ちに答え、さらに続ける。

明日美「月島……勇悟は、誰にでも扱えるギガンティックを求めていたわ……」

アーネスト「ですが、だからと言って貴女が責任を感じる問題ではないでしょう」

 どこか後悔を滲ませた様子の明日美をアーネストは宥めた。

 だが、明日美は聞き入れない。

明日美「私はね……自分の復讐に目が眩んで……彼の側を離れたの……。
    彼があそこまで追い詰められる前に、彼を止められる場所にいたにも拘わらず……」

 月島は確かに“誰にでも扱える万能の力ならば”と言った。

 “ならば”……そう、つまり、それを願う理由が……願いを抱く前の段階が確かにあったのだ。

 名誉欲か、研究者としての純粋な探求心か、それとももっと別の理由があったのか……。

 それは、もう本人以外には及び知らぬ事だ。

明日美「だから……一人で静かに考えてみたいの……。
    勇悟が力を求めた理由を……彼のためにも、ね」

 それが、明日美の思いつく、歪んで行く勇悟から離れた……
 彼を見捨てた自分に出来る、最大限の償いだった。

 無論、彼がその事を受け入れてくれるか、望んでくれているかは分からない。

 贖罪など言うのも自分勝手な物で、要は明日美は自身が納得できるだけの理由が欲しいのだ。

アーネスト「貴女はまだ……――」

 ――月島勇悟を、愛しているんですか?

 その言葉を、アーネストは飲み込んだ。

 その事を尋ねる女々しさと、その答えを聞く勇気を、アーネストは持ち合わせていない。

明日美「…………少し司令室の様子を見て来るわ」

 明日美にもアーネストが尋ねんとしている事は分かっていたが、
 彼女はそれに答える事なくその場から逃げるように去った。
520 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:22:50.34 ID:V0zga9kFo
 明日美が執務室から出ると、待機室方面から出て来たばかりの空と鉢合わせとなる。

空「司令……!」

 肩にドローンのエールを乗せた空は、慌てた様子で明日美に駆け寄った。

空「あの、司令……お辞めになるって、本当なんですか?」

 戸惑い気味に問い掛ける空に、明日美は“またか”と苦笑いを浮かべて肩を竦めてから口を開く。

明日美「情報が早いわね。誰から聞いたのかしら?」

空「その……瑠璃華ちゃんから」

 問い返した明日美の言葉を肯定と取ったのか、空は戸惑い気味に返した。

 既に各部署の主任には伝達済みだ。

 風華か瑠璃華、どちらかからドライバー達に情報が漏れるのは時間の問題だっただろう。

明日美「昼に全員に内部メールで伝達する予定でいたのだけれど……」

 明日美はそう言って僅かに考え込んだ後で“そうよ”と改めて肯定した。

 全オリジナルギガンティックの内半数以上の七機が大破同然と言う状況で、
 恒例の早朝ブリーフィングも開けない有様だ。

 多忙な時に人を集めて宣言するよりは、僅かでも混乱が少ないと考えての処置だった。

明日美「そんな事よりも……本当に良かったの?
    秘匿義務は無いとは言え、名前を公表して……」

空「……はい」

 明日美に問われ、空は僅かな間を置いて応えた。

 僅かな間は、戸惑いと言うよりは決意に近かったように明日美は感じていた。

空「託された物を、しっかりと背負うって決めましたから」

 そして明日美の感じた通り、空は真っ直ぐとこちらを向いてそう言い切った。

明日美「……そう」

 空の頼もしげな様子に、明日美は目を細めて満足そうに頷く。

 たった一人の家族であった姉を殺された復讐のために戦う事を選び、
 姉がくれた愛を知って人を守る事を誓い、先日は大きすぎる力を背負う事になった。

 まだ十五歳のあどけなさの残る少女とは思えない、壮絶な人生。

 まるで、そうなるために生まれて来たような人生を歩む少女に、
 明日美は何も応えてやれていない事に気付く。
521 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:23:22.18 ID:V0zga9kFo
明日美「……十一月末まではここに残っているわ。
    ……それに、辞めた後も、ひだまりの家まで来てくれれば、
    いつでも稽古をつけてあげましょう」

空「ほ、本当ですか!?」

 ささやかな応援の代わりだったが、
 想像以上に嬉しそうに驚いた空の様子に、明日美は微かに面食らう。

明日美「え、ええ……あなたが望むなら、ですけど」

空「是非、お願いします!」

 明日美が気を取り直してそう付け加えると、空は嬉しそうに頭を下げた。

 空は……確かに心は強くなったかもしれない。

 エール・ソヴァールと言う新たな、大きすぎる力も得た。

 だが、それに比して本人の力量は、
 臣一郎や茜、風華やクァンと言った達人達に比べればまだまだ凡庸の域だ。

 自身の非力さ故に、背負った物をそれ以上に重く考える事もあるのだろう。

 機関から離れ行く老骨の自分が、少しでもその重圧を和らげる事が出来るならおやすい御用である。

明日美「じゃあこの話は一旦ここまでにして……あなたも用があって出て来たのでしょう?」

空「あ、はい」

 明日美の言葉に、明日美も用があって出て来た事に気付いたのか、
 空は少し慌てた様子で応えると“失礼します”とだけ言って、その場を辞した。

 受付横の階段を下り、格納庫方面に向かう空を見送りながら、
 明日美は微笑ましそうな表情を浮かべる。

ユニコルノ<……心持ち、表情が穏やかになりましたね、明日美>

明日美<……そう? ………そうなのかも、しれないわね>

 思念通話とは言え、珍しく口を開いた愛器に、明日美はどことなく自嘲気味に返した。

 機関から離れる事に、まだ微かに不安はある。

 だが、若い世代は確実に育ち、その微かな不安よりも大きな期待を感じされてくれる程になっていた。

 その事が、何よりも彼女を安堵させたのだ。
522 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:23:52.60 ID:V0zga9kFo
 一方、明日美と別れた空は、そのまま格納庫を訪れていた。

 整備班の邪魔にならぬよう、内壁上部に据え付けられた広い通路の壁に寄りかかり、
 合体状態の愛機が整備されている様子を見遣る。

 天井ギリギリの位置まで届きそうな機体には、
 左右からクレーンで吊り上げるようにして固定されていた。

空「………」

 空はエールのドローンを胸の位置で抱き上げ、無言で愛機を見上げる。

エール<空……後悔、しているのかい……?>

空<ううん、そんな事ないよ……>

 思念通話で不安げに尋ねる愛器に、空は穏やかな調子で返す。

 二人の間で言い交わせた後悔とは、
 今、目の前にある力……エール・ソヴァールを引き継いだ事だ。

 人間には過ぎた力と言わざるを得ない。

 だからと言って放棄する事も出来ない。

 後悔していないと言えば嘘になるかもいしれないが、
 空はそれ以上の可能性をXXXに感じていた。

 おそらく、今までに戦った事のあるどのイマジンだろうと、
 一瞬で捻り潰せるだけの力がこのXXXにはある。

 それは、多くの人々を守る事に繋がる筈だ。

 そして、それは空の信念にも合致する。

 この力があれば、前以上に多くの人々を守れるだろう。

 きっと、世界を救える力。

 ソヴァール……仏語で救世主と名付けられたこの機体には、その願いと祈りが込められている。

 そして、その願いと祈りは、きっとずっと大昔から紡がれて来た普遍の思いだ。

 空が感慨深く愛機を眺めていると、不意に近付いて来る人影に気付いた。

 茜と美月だ。

 彼女らも肩に愛機のドローンを乗せたり、胸の位置で抱き締めている。

茜「やっぱりここにいたか……」

美月「中々戻って来ないから心配で来てしまいました」

空「茜さん、美月ちゃん……ごめんなさい」

 方や呆れたように、方や心配そうな二人に、空は振り返って苦笑いを浮かべた。

 二人は空の元まで歩み寄ると、空と同じようにエール・ソヴァールを見上げる。

 空も視線をエール・ソヴァールに戻す。

茜「まあ、無理も無いな……私も、色々と思う所はある」

 茜は溜息がちに呟き、肩に乗せたクレーストを見遣った。

美月「……私は、よく分からないです……」

 美月は腕の中のクライノートを見下ろし、彼女を抱く腕に少し力を込めた。

 何もエール・ソヴァールを託されたのは空だけではない。

 空、茜、美月。

 三人で引き継いだ力なのだ。

 祖父から託された力、まだ右も左も分からない内に託された力。

 それぞれに思う事は様々だが、少なからず重圧を感じているのは確かだ。

茜「……テロやら今回の事やら、色々と躓いて進まない今回の出向だが……
  終わったら、正式にこちらへの異動を申請しようと思っている」

 茜はエール・ソヴァールを見遣りながら、不意にそんな事を呟いた。
523 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:24:34.89 ID:V0zga9kFo
空「茜さん……ロイヤルガードを辞めるんですか?」

茜「……ああ」

 驚いたように問う空に、茜は感慨深く頷いて答え、さらに続ける。

茜「私達三人は、出来るだけ近くにいた方がいい……。

  それに、ギガンティック機関は権限の強い独立性の高い組織だからな、
  妙な思惑の連中絡みで政治利用される事も避けられる」

 茜が懸念しているのは、ロイヤルガードに戻った自分が
 エール・ソヴァールの力を持つ三人の内の一人として、政治利用される事だった。

 今でこそ人類存続のために協調し、国家の枠組みも殆ど失われて久しいが、
 古い議員の中には我が国こそはと言う意識を持つ者も少なくはない。

 ロイヤルガードのシンパの議員連にもそう言った者は存在している。

 彼らに利用される可能性を少しでも避けるため、ギガンティック機関に纏まっていた方が良いだろう。

 それに、エール・ソヴァールがあれば実力行使などと言う愚行を犯す者もいなくなる筈だ。

 それはそのままテロリストへの抑止力にも繋がる。

 だが、そんな茜の思惑とは無関係に喜んでいたのは美月だ。

美月「では……これからもずっと、アカネとソラと、一緒にいられるんですか?」

 美月は驚きながらも次第に目を輝かせ、興奮した様子で尋ねる。

 意外と落ち着いて見えるが、彼女なりに大興奮しているのは間違いない。

茜「ああ……一緒だ」

 珍しく興奮した様子の美月に、茜は微笑ましそうな笑みを浮かべて答える。

クライノート『良かったですね、美月』

 クライノートにも彼女の喜びようが伝わっているのか、
 顔を上げて主を見上げ、どことなく声を弾ませて言った。

クレースト『茜様の決断に、私も従います』

 クレーストは茜の肩の上で落ち着き払った様子で言っているが、
 言葉通りに彼女の選択を全面的に支持しているようだ。

空<……ねぇ、エール>

 仲間達の様子を見遣りながら、空はエールに語りかけた。

エール<何だい、空?>

空<……茜さんがいる、美月ちゃんがいる、クレーストがいる、クライノートがいる……
  それに、エールがいてくれる。だから、きっと大丈夫……>

 空はそう言うと、エールと共に愛機を見上げた。

 この場にいる者達だけではない。

 レミィとヴィクセン、フェイとアルバトロス、風華と突風、瑠璃華とチェーロ、
 クァンとカーネル、マリアとプレリー、臣一郎とデザイア、それに自分たちを支えてくれる多くの仲間達。

 故郷にいる真実、佳乃、雅美……親友達。

 多くの仲間達がいてくれる。

 迷わずに進んでいける……そんな自信が湧いて来る気がした。

 それだけで、肩に……心にかかった重みが、少しだけ軽くなった気さえする。

空<これからも一緒に飛ぼう……>

エール<うん……空。
    ……僕は君の翼だ……>

空<私は……あなたの羽ばたく空だよ……>

 二人はそう言葉を交わし合い、空はエールを抱く腕に少しだけ力を込め、
 エールも空の腕を抱き返した。
524 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:25:06.70 ID:V0zga9kFo
―10―

 同じ頃。
 旧オーストラリア大陸東岸、旧シドニー跡地――


 首都キャンベラを凌ぐ知名度で知られた大都市にかつての人類の栄華は欠片も無く、
 かつては国際スポーツの祭典すら開かれた大都市の姿は見る影も、いや、都市の残骸すら失われていた。

 変わって一面を覆い尽くすのは、凸凹の穴だらけになった黒く硬質な物体。

 おそらくはマギアリヒトが作り出した何らかの――恐らくはイマジンに関連した――構造体だろう。

 その構造体は一面、それこそ地平線の果てまで広がり、オーストラリア東岸を覆い尽くし、その範囲は海にまで及ぶ。

 構造体の発する微かな熱は積もる雪を徐々に溶かし、吹雪の中でさえその黒い異様を晒していた。

 黒い荒野……でなければ地獄のようにも思える殺風景な黒い大地の一角に、
 数十メートルは有りそうな巨大な物体がそびえ立っている。

 その物体は黒い大地の延長と思われる雰囲気を持ちながら、
 微かに薄く柔らかな構造をしており、内部を見る事が出来た。

 不意に、その物体が薄気味悪く蠢く。

 びくん、びくん、と繰り返す。

 まるで心臓の鼓動に同調するかのように、蠢く。

 と、そこに一羽の鳥……いや、鳥型の超大型イマジンが飛来する。

 狙いは、今も蠢くこの物体のようだった。

 イマジンは外界では基本的に弱肉強食。

 強いイマジンが弱いイマジンを食らい、その力を増す。

鳥型イマジン『GIIIIIIIiiiiiッ!!』

 身動きできないソレを弱者と見たのだろう、鳥型イマジンは嘶きながらソレに襲い掛かった。

 そう、つまりはこの物体もイマジンで間違いない。

 身動きの取れないソレは最早、鳥型に捕食されるだけの運命……かに思えた。

鳥型イマジン『ッ、GI,GIGIIIiiiッ!?』

 果たして鳥型イマジンがその物体に触れようとした瞬間、彼は何事かに怯え、その動きを止める。

鳥型イマジン『………Giiii……』

 しばらく滞空していた鳥型イマジンは、怯えきった様子でその場で旋回すると、東の空へと向かって逃げ出す。

 その様子を、黒い物体……いや、その中にいるイマジンはずっと“見て”いた。

 爛々と輝く鬼灯のような真紅の目と、額に生えた一本の角……外殻を覆う黒と同じく漆黒の鎧のような肌を持つイマジン。

 それはまさに、神話の中から現れたような鬼を思わせた。

 仮に名付けるなら黒鬼型とでも言うべきイマジンだ。

黒鬼型イマジン『……………』

 黒鬼型イマジンは無言のまま、逃げ去る弱者を見遣っていた。

 すると不意に、鳥型イマジンの下方から、黒い霧のような物が立ち上り、鳥型イマジンを覆い尽くした。

鳥型イマジン『GIGI!? GIGIGIIIIIiiiiッッ!?』

 何故だ!? 見逃したじゃないか!?

 そう言いたげに暴れ狂う鳥型イマジン。

 黒い霧の正体は、おそらくは黒鬼型に属する何かだ。

 翼長で百メートルはゆうにあった鳥型は一瞬にして黒い霧に飲み込まれ、霧散して行く。

 そして、霧は鳥型であったマギアリヒトを欠片も残らずに飲み込んで、また下へと消えて行った。

 直後、黒鬼型を包んだ物体が、再び、びくん、と蠢いたのだった……。


第24話〜それは、受け継がれる『虹の意志』〜・了

第二部 戦姫激闘編・了
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