【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/23(土) 18:46:10.61 ID:7/dPSH1D0
遅くなりましたが乙っしたー!
やっぱりこのお話の世界にも、オタとマニアは息づいているんですねぇww
でも大丈夫!箸ニーだったら、まだ後戻りは出来る!!
世の中にはブラギガスという伝説があるのですから……

ところで、英雄戦虹さまの可動フィギアorドールは勿論発売されてるんですよね!ね!!
377 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/23(土) 20:37:29.77 ID:HvzB6dLqo
お読み下さり、ありがとうございます。

>オタとマニアは息づいている
仮に百年前、千年前に2ちゃんがあったらきっと同じ事をやっていると思う、が持論ですので
きっと百年後も千年後もこう言うアングラ入門で匿名な掲示板は賑わうかとw

>ブラギガスという伝説
……………………………放送期間中は常に当該おもちゃ板に張り付いているのに聞いた事がないっ!?Σ(゚Д゚
何処にブレイブインした挙げ句如何にしてギガガブリンチョして貰うんでしょうか?(ぉぃ

>勿論発売されてる
この世界観だと現実で数十年前にアイドルの着せ替え人形が販売されていましたが、アレと同じ感覚ですかね?
或いは某最終回のスーパーフミナ的なアレとか……

ともあれ、ガチで存在した場合、
ふくしれーときょーかんは初代閃虹の“長女”の方のドールを所持している可能性が微粒子レベルで存在していますw
378 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:26:35.76 ID:fbiOu5Nro
月末に来ると言っていたな………あれは…………嘘になってしまい大変申し訳ございませんでしたぁぁっ!orz

長らくお待たせしました、最新話を投下します。
379 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:27:29.26 ID:fbiOu5Nro
第23話〜それは、人形のような『傷だらけの少女』〜

―1―

 第七フロート第三層でのテロリストとの決戦から三日後、7月20日土曜日の正午前。
 メインフロート第一層、ギガンティック機関本部――


 門扉に横付けされたパトカーの後部ドアから、ロイヤルガードの制服に身を包んだ茜が現れる。

 茜は背筋を伸ばして軽く伸びをしてから前に進み出ると、その後に続いて背の高い男性が姿を現した。

 臣一郎だ。

臣一郎「ご苦労、このまま本庁まで戻ってくれ。迎えが必要な時には呼ぼう」

運転手「了解しました」

 臣一郎が運転手に指示を出すと、パトカーは兄妹に見送られて走り去って行く。

 茜はパトカーが見えなくなると、肩を竦めて兄に振り返った。

茜「兄さん……わざわざ付いて来なくてもいいじゃない」

臣一郎「ハハハ、そう言ってくれるなよ。
    伯母上宛に叔父上や母上からの言づてもあるんだ」

 どこか不満そうに唇を尖らせた茜の言に、臣一郎は笑い飛ばすように言うと、さらに続ける。

臣一郎「それに妹を心配するのは兄貴の特権だ。
    ……お前が大人になるまでは、たまには兄貴らしい事をさせてくれよ」

 臣一郎はそう言って茜の頭をぽんぽん、と軽く叩くと機関の本部庁舎に向けて歩き出した。

茜「あ、ちょっと、置いてかないでよ!」

 茜は恥ずかしさ七割と言った風で顔を真っ赤にすると、小走りで兄の後を追う。

 普段ならばギガンティック部隊では上司と部下と言う堅苦しい関係であり、
 オリジナルギガンティックのドライバーと言う多忙さから自宅でも顔を合わせる事も少なく、
 公官庁の外で様々なしがらみから解放された二人は、実に兄妹らしく――
 どこか幼さを感じさせる――振る舞いながら、エントランスへと向かった。

 受付へと向かうと、そこには先日、テロリストの拠点からの脱出を支援してくれた美波と、
 彼女の後輩である木場順子が並んでいる。

 美波は茜に目配せし口元に人差し指を当てて“内緒”と言いたげなジェスチャーを見せた。

 さすがに一般職員の順子の前で、諜報部職員としての美波に礼をするワケにもいかないのだろう。

茜(礼の一つも言いたかったんだが……)

 茜は胸中で溜息を吐くと、普段通りの所作に出来る限りの感謝の意を籠めて会釈した。

順子「えっと、司令との面談ですね。話は通っています」

 思い出すように予定を確認した順子は、そう言ってインカムを取り出し、
 執務室にいる明日美に連絡を入れる。

 二人は案内されるまま受付から右にある司令執務室へと向かった。
380 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:28:11.31 ID:fbiOu5Nro
 ノックして入室すると、すぐに明日美が口を開く。

明日美「検査と査問が終わったようで何よりだわ、茜」

 茜に視線を向け、安堵混じりに呟いた明日美は目を細めて笑みを浮かべる。

茜「半分自宅謹慎のような物でしたが」

 茜は、この三日間の事を思い返して苦笑いを浮かべた。

 三日前の決戦直後、茜は即座に後方へと送られて一泊の検査入院と、
 そこから政府監査部の査問を受ける事となった。

 クレーストの整備状態も去ることながらが、
 本人の健康状態に何ら問題が無かった点が特に取り沙汰されたのだ。

 無論、フェイに預けた報告書も監査の対象となった。

 敵の……それも首魁を裏で操っていた黒幕であるユエに庇われていた、と言う事で監査は長引く物と思われたが、
 空がユエを討ち果たし、茜自身がホンの逮捕に最も貢献したと言う事もあり、
 監査部の態度も柔らかい物で、自宅での取り調べが主な物となったのである。

 加えて、茜が手に入れた資料も捜査資料として高い価値と影響力を持ち、
 今は連日のように政財界での捕り物が相次いでいるのが現状だ。

臣一郎「こちらが要求のあった逮捕者のリストと、容疑の固まっている支援企業の一覧です」

 臣一郎はそう言いながら進み出ると、明日美に端末を手渡す。

 明日美は“ありがとう”と言って端末を受け取ると、
 執務机の据え置き端末とリンクさせてリストを呼び出す。

明日美「見事に御三家や山路、それにウチの反対派閥ばかりね……」

アーネスト「与党議員にまで逮捕者がいるのは、さすがに予想外と言いたいですが……いやはや」

 明日美が確認したリストを、アーネストも情報共有で確認し、二人は嘆息混じりに呟いた。

 連ねられた名前には二人も覚えがある名前が大半だ。

 特に、予算委員会などでギガンティック機関やロイヤルガードの予算に対して、
 異議ばかりを申し立てていた議員などはすぐに顔と名前が一致した。

 お里が知れる、と言う言い方はかなりの語弊があるが、何を思って異議を申し立てていたのか一目瞭然である。

臣一郎「彼らの言い分も、一部は分からなくもないのですが……」

 臣一郎は僅かに躊躇いがちに漏らす。

 テロリストに出資して多くの人々を死に至らしめ、市民を恐怖のどん底に突き落としておきながら、
 その意見に正当性などあった物ではない。

 だが、彼らの中にはギガンティック機関とロイヤルガードにしか対イマジンの手段が無い事……、
 もっと言えばオリジナルギガンティックしか対抗手段が無い事を酷く憂慮しており、
 新たな対抗手段の模索としてユエ・ハクチャに出資していたのだと言う。

 事実、ハートビートエンジンほどでは無いにせよ、彼はエナジーブラッドエンジンと言う新たな可能性を見出したのだから、
 その選択肢を一概に間違いとして切り捨てるのも早計かもしれない。

明日美「ユエ・ハクチャ………日本語に直訳すれば月博士、ね」

アーネスト「未だに、彼の素性は分かっていないのかい?」

 思案げに漏らした明日美に続き、アーネストが臣一郎に尋ねた。

臣一郎「逮捕したホン・チョンスの証言によると、ユエ・ハクチャは月島勇悟の助手、だそうです。
    十五年前の60年事件の決行前日には、ホン・チャンスと会談する月島勇悟と共に目撃したとの証言もありました」

 臣一郎はそう言うと“ただ、酷く混乱している様子で、信憑性は定かではありませんが”と付け加える。

 茜も兄の口から語られる事件の真相の一部を、どこか険しい表情で聞き入っていた。

茜(月島とユエは別人……そうだな、それ以外はあり得ない)

 その一点に納得したように茜は頷く。

 だが、月島勇悟の助手であるユエ・ハクチャと言う人物はやはり存在せず、
 茜の証言を元に作られたモンタージュと符合する人物は、山路重工のリストにも存在していなかった。
381 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:28:57.77 ID:fbiOu5Nro
臣一郎「ここからはあくまで推測ですが、
    月島の死後にユエ・ハクチャが研究の全てを引き継いだ、と考えるのが一番妥当だと思います」

明日美「……ええ、そうね」

 臣一郎の言葉に、明日美は複雑そうな表情で頷く。

 故人同士を繋ぐ線は幾つも予想する事が出来るが、それがユエ・ハクチャと言う人間の素性に繋がる物ではない。

 それは臣一郎にも分かっていた。

アーネスト「茜君、実際にユエと言う人間と相対していた君は、どう思う?」

 アーネストの質問に、茜は僅かに思案した後、口を開く。

茜「……掴み所の無い人物でした。

  芝居がかって飄々として、人間を駒か道具である事が当然のように振る舞っていて……、
  そこは典型的な人格破綻者、と言うような印象を受けましたが……」

 茜は思い出すと不気味さが背筋を駆け上がるような感覚を覚え、肩を震わせる。

 言葉を濁した茜に、明日美は眉間に皺を寄せて何事かを思案する。

明日美「仮に……逮捕できていたとしたら、捜査に関して進展があったと思う?」

茜「………身内の恥を晒すような言い方ですが、到底そうは思えません」

 明日美の質問に、茜はそう言って肩を竦めた。

 むしろ、逮捕した所ですぐに逃げ出されてしまう。

 或いは、取り調べの前に、あっさりと自ら命を絶ったかもしれない。

 そんな感想しか思い浮かばず、仮にそうなっていれば事件はさらに錯綜した物となっていただろう。

茜「朝霧副隊長が彼を討った判断は……概ね、正しい事だったと思います」

 頷きながらそう言った茜は、口ぶり以上に結果に納得しているようだった。

 関係者からユエに関する情報を洗いざらい調べ上げ、彼の素性と言う輪郭を作り上げる他無い。

 それが、最良の方法なのだろう。

 ユエが死んだと聞かされた茜は、三日の時を経てそう納得できるまでになっていた。

明日美「そう……」

 政府側で殆ど唯一と言える、ユエと直接話した事のある茜の言に、
 明日美もどこか納得したように頷き、目を伏せる。

 暫しの沈黙の後、明日美は茜に視線を向けた。

 茜は直れの姿勢に正し、言葉を待つ。

明日美「前置きが長くなったわね……。
    本條茜、原隊復帰を認めます」

茜「はい、本條茜、只今を持って任務に復帰します」

 明日美の言葉を受け、茜は敬礼する。

 その様子に明日美は嬉しそうに目を細め、口を開いた。

明日美「風華達も待っているわ。早く行ってあげなさい」

茜「はい。
  ……ではお兄様、先に失礼します」

 茜も笑顔で頷くと、一旦、兄に向き直ってからそう言って、執務室を後にする。
382 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:29:44.70 ID:fbiOu5Nro
 茜が行って暫くすると、明日美は目を細めたまま、安堵混じりの溜息を洩らした。

明日美「……憑き物が落ちたような顔をするようになったわね」

臣一郎「ええ……」

 明日美の言に臣一郎は感慨深く頷く。

 恨み辛みの全てが晴れたワケではないだろうが、あの決戦で茜にも得る物があったのだろう。

 査問の立ち会いもあってここ数日の茜を具に見ていた臣一郎は、
 その得る物が妹に良き変化をもたらした事を心から歓迎していた。

アーネスト「朝霧君との口論が原因なのか、それとも、彼方にいる頃に何らかの心境の変化があったのか……」

明日美「……両方、でしょうね」

 思案げに呟くアーネストに、明日美は何処か納得したように言って頷く。

 空との口論で狭まっていた価値観を広げ、テロの拠点で虜囚の身となっている間に何らかの変化があった。

 前者はともかく、後者は本人にしか分からない事だ。

 無論、査問ではその点も詳しく掘り下げて聴取されたし、前述の通り臣一郎も査問の場には立ち会っている。

 だが、彼女の身に何が起きたのかと、彼女の心境にどんな変化があったのかは、切り離せない事象ではあるが別問題だ。

 それでも、茜の気持ちが良い方向に向いているのも、また事実なのだ。

 明日美達は身内の少女がより良き方向に歩み出した嬉しさで表情を緩める。

 が、不意に臣一郎が表情を引き締めた事で、明日美とアーネストも気を取り直した。

臣一郎「……それで、おそらく妹に一番の影響を及ぼしたであろう件について、叔父上から幾つか言伝が……」

 二人の様子を見てから口を開いた臣一郎は、そう言って切り出す。

アーネスト「乙弐号計画四拾号……ミッドナイト1と呼ばれていた少女の事だね」

 アーネストが重苦しく口を開くと、臣一郎は無言で頷いた。

 乙弐号計画。

 悪名高い統合特殊労働力生産計画の中で、人工天才児育成計画と位置づけられたプロジェクトだ。

 瑠璃華を生み出した計画であり、瑠璃華自身が最終ナンバーである参拾九号の数字を与えられていた。

 人道に反した非道な計画は政府でも上層部や計画に深く携わった者達だけで秘匿され、秘密裏に進められていた。

 しかし、魔力観測によってレミィがハートビートエンジンに選ばれた事で七年前に計画が発覚し、
 瑠璃華もチェーロに選ばれるまでは政府研究機関に預けられていた、と言うのは以前までに語った事だ。

 だが、計画は水面下……それもテロリストの根拠地で続けられていた。

 その証拠が四拾号の数字を与えられたミッドナイト1である。

臣一郎「ミッドナイト1の基礎を作り上げたのは計画責任者の月島で、
    その後を引き継いだのがユエではないのか、と、我々は睨んでいます」

アーネスト「つまり、ユエ・ハクチャは月島勇悟の……言葉通りの後継者だった、と言う事かい?」

 ロイヤルガード上層部の出した推測を語る臣一郎は、アーネストの問いに“おそらく”と応え、さらに続けた。

臣一郎「ユエ・ハクチャは存在しない人間でした……、あり得なくない話だと思います」

明日美「存在しない人間が存在する、ね」

 臣一郎の話を聞きながら、明日美は不意に空の事を思い出していた。

 空も60年事件のゴタゴタで九年前までは“存在しない人間”だったのだ。
383 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:30:24.01 ID:fbiOu5Nro
臣一郎「ユエ・ハクチャは推定で四十代から五十代。
    肉体強化による細胞活性で老化が停滞していた時期が長いなら、五十代後半と言う事は十分に考えられます」

 臣一郎が何故、そんな事を言い出したのかと言えば、茜の証言に依る物だろう。

 茜はユエが“エージェントだった”と言ったと証言した。

 虚言か、妄言か、しかし、それが真実であった場合、ユエの年齢に齟齬が出る。

 エージェントだったと言う事は、魔法倫理研究院が解体、
 再編成される以前から魔導師であったと言う事になるからだ。

 研究院が解体されたのはメガフロートでの籠城が始まった翌年……四十三年前の2032年の夏。

 その時点で最低でも十四歳でなければエージェントを名乗る事は出来ない。

 つまり、単純計算でもユエは五十七歳以上。

 仮に五十七歳であった場合、旧Aカテゴリクラスのような上位訓練校出身者でなければならない。

 明日美もアーネストも上位訓練校出身者であり、
 七年間の在学期間を考えればどちらとも面識がある可能性がある年齢だ。

 だが、二人にユエの正体と思える相手との面識は無い。

 二人の在学期間を合わせても同窓生は三十名余り。

 その内、アメリカ・ヨーロッパ連合の地球外脱出計画で別れたり、
 長く続いた第三次世界大戦やイマジン事変、病気や寿命などで死別した人数を除けば十数名。

 その全員の所在は分かっているのだから、間違いようが無い。

明日美「少なくとも、知り合いの中には該当する人間はいないわね……」

 明日美がそう言うと、臣一郎は僅かに肩を竦めて見せた。

 予感はあったのだろう。

臣一郎「大叔母のように極端に成長が遅かった例もあるとは言え、
    さすがに六十代半ば以上と言うのは考えにくいと思います」

アーネスト「そこまでの肉体強化の使い手が身分を隠し、存在せずにいられる、
      と言うのは、かなり無理があるだろうね」

 臣一郎の言葉を受けて、アーネストは“存在せずにいられる”の部分を強調して言った。

 強力な肉体強化は細胞の成長を抑制する事もあれば、逆に成長を活性化させる事もある。

 臣一郎の大叔父と大叔母である藤枝一真と明風は、二十代頃まではそれぞれに後者と前者の特性が顕著だった。

 そんな二人は一角以上の格闘戦技の使い手としても名を馳せている。

 話がやや横にズレたが、成長に多大な影響を及ぼすほどの使い手ならば、それだけ身を隠すのは難しい。

 魔力を検知し、魔力の納税にも深く関わっている端末が無ければ生きていけない世界なのだから、
 それだけの使い手を四十年以上も隠し通すのがどれだけ難しいのかは、推して知るべし、だろう。

 だが、そうなってしまうと……。

明日美「存在しない人間が存在できない、わね……」

 明日美はその結論に辿り着き、はたと気付いたように漏らした。

 臣一郎も“やはり、そうなりますよね”と呟いて肩を竦める。
384 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:31:17.82 ID:fbiOu5Nro
アーネスト「存在しない人間として隠し通す事は不可能ではない………。
      がしかし、十五年以上前からユエ・ハクチャが月島勇悟と行動していた所を見たと言う証言は多い……」

明日美「考えれば考えるほど矛盾が多くなって来るわね……」

 思案を続けるアーネストの言葉を聞きながら、明日美は眉間を手で押さえながら溜息がちに呟いた。

 幾つも確実性の高い推測が出来るだけの条件があるが、それらを統合しようと思うと必ず矛盾が生じるのだ。

 まるで、予めそうなるように仕向けられていたかのような感覚さえ覚える。

 死して尚、人を嘲笑うような行為は、呆れを通り越して不気味さを感じずにはいられない。

臣一郎「数々の証言や証拠を吟味した結果、ロイヤルガードの捜査部として出せる推論は、
    “ユエ・ハクチャの年齢は五十前後から五十代後半”、
    “月島勇悟かホン・チャンス、或いはその両名によってその存在を隠匿されていた”、
    “Bランクエージェント相当の魔導師、或いはBランクエージェント”、
    “ユエ・ハクチャは月島勇悟の後継者である可能性が高い”と言う事くらいです」

 幾つかの推論を列挙する臣一郎は、どこか歯痒そうだ。

 傍目にはホンの逮捕や第七フロート第三層の解放、人質にされていた市民の解放、
 テロリスト達の逮捕で事件そのものは解決したように見えるが、その真相は闇の中……いや黄泉の彼方である。

明日美「気持ちは分からないでもないわ……」

 臣一郎の悔しさを慮ってか、明日美は僅かに項垂れて呟いた。

 自分とは男女の付き合いであった月島勇悟。

 彼の意志を引き継いだ人間が彼からどんな思惑を受け継ぎ、何を思ってテロへの協力を続けていたのか。

 個人的な感傷ではあったが、それを知る術はもう残されていない。

 だが、テロ事件としてはコレで解決だ。

臣一郎「致し方ない、と思うしかありません」

 臣一郎は肩を竦めながらそう言った後、気を取り直して笑顔を見せた。

 明日美も“そうね……”と言って自嘲気味に笑うと、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 黒幕は死に、その背後関係も明らかになり、事件は終わったのだ。

 真相を知りたかった者達からすれば“終わってしまった”とも言い換えられるが、
 少しでも平和を取り戻せたのだから、差し引きで有り余る物を得たと思わねば罰が当たる。

 アーネストも二人の様子に、もの悲しいとも戸惑いとも取れる複雑な表情を浮かべた。

 だが、臣一郎はすぐに気を取り直す。

臣一郎「あと、こちらは母上からですが……
    “大きな仕事が片付いたのなら、暇を見て来て欲しい”との事です」

明日美「そう……ええ、近い内に休暇を取ろうと思っているから、
    その時にアリスと一緒にお邪魔しようかしら」

 臣一郎から伝えられた妹・明日華の言葉に、明日美は思案げに言ってから微笑んだ。

 アリスとはマリアの母だが、明日美にとっては母が命がけで救ったもう一人の妹、
 明日華にとっては姉に代わって面倒を見てくれたもう一人の姉とも言える人物。

 フィッツジェラルド・譲羽姉妹にとっては掛け替えのないもう一人の姉妹なのである。

臣一郎「それは……母も喜びます」

 臣一郎も微かな驚きに大きな喜びを以て応えた。

 明日美、明日華、アリスの三人が揃う事は少ない。

 三人ともそれぞれに――特に明日美は、だが――多忙で、揃って顔を合わせる機会は年々減っていた。

 母が二人のどちらかと顔を合わせる場に居合わす度に“三人揃ったら”と言う言葉を聞かされていたせいか、
 三人が揃うのは臣一郎としても喜ばしいのだろう。
385 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:31:59.19 ID:fbiOu5Nro
臣一郎「……あ、それはそうと、風華とカズを伝って耳に入ったのですが、
    伯母上は朝霧副隊長と手合わせされた、とか?」

 が、不意にその事を思い出したように尋ねた瞬間、臣一郎の表情が微かに強張った。

 その言葉に、アーネストはジロリと咎めるような視線を明日美に向けた。

明日美「……手合わせ、と言うワケではないわ。
    クライノートに手を貸して貰う前に軽く手ほどきした程度よ」

 明日美はそう言うと、申し訳なさそうに宥めるような視線をアーネストに向ける。

 実際はシミュレーターの制限を解除し、自らも血反吐を吐く程に苛烈な短期訓練を空に施したが、
 その辺りの事を知っているのは彼女の主治医であり、医療部主任の笹森雄嗣だけだ。

 ともあれ、臣一郎は伯母の返答を受けてさらに続ける。

臣一郎「朝霧副隊長の腕前……茜からも聞かされましたが、
    訓練期間を含めてもドライバー歴がたったの一年三ヶ月とは言い切れない物だと」

 臣一郎は微かに興奮した様子で言った。

 アルフに師事し、半年でドライバーとして一線級の力を身に付け、
 さらに入隊から二ヶ月と言う短い期間で副隊長として推薦され、明日美から直々の指導を受ける。

 列挙すれば朝霧空と言う少女がどれだけの有望株か一目瞭然だ。

 しかも、アルフに師事する以前はまるっきりの一般人だったのだから……。

明日美「朝霧副隊長と手合わせ、してみたいの?」

 何処か期待に胸を膨らませている様子の臣一郎に、明日美は思案げに問い返した。

臣一郎「可能なら、是非」

 自分の声が思わず弾んでいた事に気付き、臣一郎ははたと気付いてバツの悪そうな表情を浮かべる。

 こう言う、やや間の抜けた部分は、やはり妹と同様に祖母譲りなのだろう。

明日美「ふふふ……そうね良い機会だから近い内に合同訓練でも予定してみようかしら」

 甥っ子の様子に微笑ましそうな表情を浮かべた明日美は、そう思案げに呟いた。

 そうと決まれば、先方との折衝や各ドライバーや人員のスケジュール調整など、やる事は山積みだ。

 アーネストは僅かに肩を竦めて溜息を洩らしたが、
 笑みを浮かべる明日美と期待している様子の臣一郎を交互に見遣ると、新たに増えた仕事に取りかかり始めた。
386 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:32:47.55 ID:fbiOu5Nro
―2―

 臣一郎が明日美達と捜査状況を話し合っている頃、茜は待機室へと顔を出していた。

風華「茜ちゃん!」

レオン「お嬢!」

 茜が入室するなり、風華とレオンが喜びと驚きに満ちた声を上げる。

 今日で復帰するのは知っていたが、やはり実際に相対すると喜びが違う物だ。

マリア「やほー、元気そうで安心したよ」

クァン「お疲れ様、茜君」

 書架の前で本を選んでいたらしいマリアとクァンも、振り返って声をかけて来る。

茜「ああ、みんなには心配をかけたな……。で、そこの塊はなんだ?」

 茜は仲間達に向けてにこやかに応えた後、
 コの字型ソファーの中央で一塊になった三人に視線を向けて呆れたように呟いた。

フェイ「本條小隊長、救助を要請します」

 塊の中央……空と瑠璃華に両側から抱きすくめられたフェイが、
 淡々としながらも困った様子で、茜に向けて手を差し出す。

空「ん〜……」

 が、不機嫌そうに呻いた空によって、その手はすぐに絡め取られてしまう。

レミィ「向こうから帰って来るなりこんな状態でな……。
    まあ、さすがに今日は度が過ぎているとは思うが」

 レオンと遼を挟み、紗樹から距離を取った位置でコーヒーを飲んでいたレミィが、
 呆れたように肩を竦めて言った。

 茜は“お前も警戒し過ぎだろう”と言う言葉を飲み込んで、心当たりを思い出して成る程と頷く。

茜「自業自得だな……暫く抱きつかれていろ」

 茜は嘆息を漏らすと、三人の傍らに腰を下ろした。

 茜が自業自得と言ったのは、テロと本格的に戦争が再開したあの日、
 フェイがアルバトロス諸共に撃墜された際の事だ。

フェイ「ですが、私は確かに“この身体で最後までお役に立てて”と断りを入れた筈ですが」

 フェイは無表情で身を捩りながら抗弁する。

 だが――

空「普通、あんなタイミングでそんな事言われても分かりません!」

 空はフェイを抱きすくめたまま、微かに涙声になりつつも声を荒げた。

瑠璃華「生きていたなら、ちゃんと連絡するのが筋だぞ!」

 瑠璃華も怒ったように言うが、やはりコチラも涙で声が微かに震えている。

 そう、フェイはあの大爆発の中、偶然で助かったワケではなかったのだ。

風華「う〜ん………ギア同士でコアを共有させて生き残る、なんて思いつかないものねぇ」

 何とかして仲裁しようと考え込んだ風華だが、暫く考え込んだ上で苦笑い混じりに言った。

 フェイが助かった手法と言うのは、風華の言葉通りである。

 フェイは咄嗟に機体を犠牲にしてでも空を守るため、
 自身のコアに試作型ハートビートエンジンのコアからアルバトロスを引き上げ、
 二つのAIでコアを共有する事で処理能力を向上させ、自らの躯体を構成する
 膨大な量のマギアリヒトで瞬間的にコアを守る高密度外殻を形成、爆発の衝撃から身を守ったのだ。

 言って見れば対魔力物理障壁だ。

 ただ爆発の威力は凄まじく、形成した高密度外殻は消失し、
 フェイのコアは戦闘区域から大きく外れた場所へと投げ出されてしまったのである。

 その後、フェイとアルバトロスは魔力の回復と躯体の再構成をしつつ、
 自らの死を知った彼女達は、茜の救出とエールとクレーストの奪還に向けて独自に動き続けていた。

 そして、決戦当日、騒ぎに乗じて旧技研内に潜入したフェイは、
 遅れて突入していた諜報部よりも先に茜の所在を掴み、後はご存知通り、と言うワケだ。
387 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:33:30.49 ID:fbiOu5Nro
レミィ「そろそろ許して……と言うか、放してやったらどうだ?」

空「ん〜……」

瑠璃華「むぅぅ……」

 呆れたように漏らすレミィに、空と瑠璃華は不満そうである。

 そして、瑠璃華が口を開く。

瑠璃華「確かに! 確かに、計算上は上手く行く方法だし、最善策だったかもしれないぞ!
    だけど、それと心配かけたのは別だからな!」

空「そうですよ、フェイさん!

  助けてくれた事には凄く……どうやって恩返ししたらいいか分からないくらい感謝してますけど!
  でも、だからってあんな危険な真似………もう二度としないで下さい!」

 空も瑠璃華に続いてまくし立てた。

 思わず何度か言い淀んだのは、責める気持ちよりも感謝の念が勝っていたためだろう。

茜「難儀だな……」

 茜もその事を察してか苦笑い半分の表情で呟いた。

 ともあれ、二人はさらに続ける。

瑠璃華「空の言う通りだぞ!
    今後は報告、連絡、相談……ホウレンソウはしっかりだからな!」

空「生きてて良かったけど……生きててくれて嬉しいけど……!
  私、怒ってるんですからね!」

 どちらも、抱きつきながら言っていては説得力にかけるお叱りの言葉だ。

 だが、二人の思いはフェイに届いたようである。

フェイ「……朝霧副隊長、天童隊員……」

 流石のフェイも無表情を保てないのか、どこか神妙な色を顔に滲ませて二人の名を呟く。

 空と瑠璃華が顔を上げると、フェイは二人の顔を交互に見遣り、そして、改めて仲間達を見渡す。

フェイ「……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 そして、申し訳なさそうに頭を垂れた。

 茜達は顔を見合わせ合ったが、すぐにフェイに向き直って笑みを浮かべる。

マリア「ま、生きて返って来てくれたんだから、いいんじゃない?」

 マリアはそうあっけらかんと言って、
 フェイにしがみついていた瑠璃華を抱き上げるようにして引き離すと、自分の傍らに座らせた。

茜「そうだな……お陰で私も助けられた口だ。
  泣くほど怒りたい気持ちは分からないでもないが、そろそろ許してやってもいいんじゃないか?」

 茜もそう言って、空の肩に手をかけて離れるように促す。

 空は促されるままフェイから離れると、
 何とも言い難い申し訳なさと哀しさとごく僅かな怒りの入り交じった複雑な視線を向ける。

 フェイも、空の瞳を見つめ返す。

空「もう……二度とあんな真似しないって、約束してくれます?」

フェイ「……勿論です」

 どこか拗ねた様子で尋ねる空に、フェイは頷いて応えた。

 僅かな沈黙。

 だが、それはすぐに破られた。

空「……絶対に、約束ですからね!」

 小指を突き出した、空の声と共に。

フェイ「はい、約束です」

 フェイも頷きながら小指を差し出し、絡め合う。

 指切りげんまんだ。
388 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:34:42.92 ID:fbiOu5Nro
クァン「空君に一万発殴られたら針千本飲まされるよりもキツいだろうな」

マリア「何言っちゃってんの、アンタ?」

 その光景を見ながらぽつりと呟いたクァンに、マリアは思わずツッコミを入れた。

 “指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ます”とは言うが、本当にやったらただ事ではない拷問だ。

 確かに、魔力量十万超かつ無限回復する空が一万発も“全力”で拳骨など放った日には、
 大概の建造物が粉々になってしまう。

 ギガンティックは無理かもしれないが、
 パワーローダーくらいはスクラップに出来る可能性は十分にある。

 ちなみに、空の先代ドライバーである結はアルク・アン・シエルで
 “殴る”事――リュミエール・コルノ――が出来た。

 正直、アルク・アン・シエルで一万発殴られたら、
 マギアリヒト全盛の今のご時世、大概の物が消え去ってしまうだろう。

レミィ「しかし、本当に一万発殴られたら、いくらフェイでも耐えられないんじゃないか?」

風華「ど、どうなのかしら〜?」

 思わず神妙な表情を浮かべたレミィに、風華は困ったように首を傾げて返す。

瑠璃華「同じ所ばかり狙われなければ、多分……形くらいは残ると思いたいが……」

フェイ「………朝霧副隊長、申し訳ありませんが、罰則の軽減を進言させていただいても宜しいでしょうか?」

空「指切りは物の喩えですよ!?」

 思案げな瑠璃華、淡々としながらも内心は戦々恐々とした様子のフェイに、
 最初は苦笑いを浮かべているだけだった空も、思わず声を荒げた。

 重くなった場の空気を和ませるための冗談だったのだろうが、さすがに調子に乗りすぎである。

茜「ッ、アハハハッ!」

 その様子に、ついに耐えきれなくなったのか、噴き出して大笑いを始める茜。

 少しでも口元を隠そうとしている所に育ちの良さは感じるが、笑い声は少々、はしたない。

空「茜さんまで……もう、酷いですよっ!」

茜「すまない……はぁ……けれど久しぶりに腹の底から笑えたよ」

 恥ずかしそうに抗議の声を上げた空に、茜は笑いすぎて目元に滲んだ涙を指先で拭う。

 ホンの逮捕劇を通じてしっかりと前を見据えていられるようにもなったが、
 だからと言って心底から心晴れやかとは行かなかった。

 だが、腹の底から笑えた事で気が晴れた部分も多い。

茜「お陰で幾らか気分が楽になった」

 茜がそう言って微笑むと、空は最初こそやや納得できなそうな表情を浮かべていたが、
 だが次第に笑顔を浮かべて納得したようだった。

 からかわれはしたが、茜の気が晴れたならそれはそれで良い。

 それに三日もフェイに粘着していたのは大人げなかったし、気まずかった。

 雰囲気を切り替えるいい機会だったと割り切ろう。
389 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:35:48.55 ID:fbiOu5Nro
 空がそう自らに言い聞かせている、その時だ。

レミィ「ん……すまん、そろそろウェンディの所に顔を出して来る」

 端末で時刻を確認したレミィがそう言って立ち上がった。

茜「ウェンディ?」

 茜は聞き慣れない名前に小首を傾げる。

レミィ「ああ、そうか茜は知らなかったか……私の妹の事だよ」

 レミィは思い出したように言って、そう告げた。

 ウェンディ・ヴォルピ。

 それが助ける事が出来たレミィの妹……弐拾参号に与えられた名前だった。

 狼の遺伝子と特性を持つ彼女に、伊語でキツネを意味するヴォルピはどうかとも思われたが、
 そこは姉妹としての戸籍登録の理由もあっての事だ。

 ちなみに、ウェンディと言う名前は、姉がアルファベットで十二番目のLを頭文字としていたので、
 妹もそれに因んで二十三番目のWを当てたのである。

空「じゃあ私も一緒に……あの子の所に行って来ないと」

 レミィに続いて空も立ち上がると、再び茜が怪訝そうな表情を浮かべた。

 どうやらこの二週間にも満たない日々の間に、色々な事が起きているようだ。

 茜自身は半自宅謹慎の査問で外部との接触を極力禁じられていた事もあり、
 軟禁状態だった九日間も合わせて、ここ数日の変化に疎い。

 無論、ニュースなどは確認していたが、身の回りの変化となると情報が足りないのである。

 だが、直感と言うべきか、茜は空の言う“あの子”に僅かながら心当たりがあった。

茜「空、あの子、と言うのは……もしかしてエールに乗っていた十歳くらいの子供の事か?」

空「え? はい、そうですけど」

 神妙な表情で尋ねる茜に、空は驚いたように答える。

 よくよく考えれば、クレーストと共に囚われた茜は、
 機体越しとは言え少女……ミッドナイト1と接触しているのだ。

 その事に思い至り、空も冷静になる。

 だが、実際は機体越しの接触どころか、
 茜にとってみればミッドナイト1は軟禁生活の間の唯一の話し相手だった。

 しかし、まだ捜査情報が公開されていない部分も多く、
 空達が特一級と言えどもその事実は知らされていない。

茜「そうか……こちらで保護されていたんだな」

 茜は安堵の声と共に胸を撫で下ろす。

 空と……仲間と争い続ける彼女の無事を祈り、願った。

 どうやら、その願いは最も良いカタチで聞き届けられたようだ。

茜「すまないが、私もついて行っていいだろうか?」

空「? ……えっと、多分、大丈夫だと思います」

 茜の申し出に思わず首を傾げた空だったが、戸惑い気味に頷く。

 空の様子に怪訝そうな物を感じたものの、
 茜は“ありがとう”と言って立ち上がり、空達と共に医療部局へと向かった。
390 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:36:40.01 ID:fbiOu5Nro
 三人が医療部局の特別病室区画に足を踏み入れるとすぐに、
 たどたどしい足取りで走って来る幼い少女の姿が見えた。

?????「お姉ちゃんっ!」

レミィ「っと!?」

 満面の笑みを浮かべて胸に飛び込んで来た幼い少女を、レミィが驚いたように受け止める。

 弐拾参号……ウェンディだ。

レミィ「病院で走っちゃ駄目じゃないか、ウェンディ」

 抱きついた妹を引き離して立たせると、レミィは膝を折ってその場に屈むと、彼女を窘めた。

 だが、嬉しさ九割と言った様子の表情では、叱っているのか喜んでいるのか分からない。

ウェンディ「でも、せんせーはお部屋の外に出てもいいって言ったよ?」

レミィ「部屋の外に出てもいいけど、走って誰かとぶつかったら危ないだろう?
    それでぶつかった相手が怪我をしたら、お前まで嫌な気持ちになっちゃうだろう?」

 不満そうなウェンディに、レミィはどこか哀しそうな顔をして窘める。

 テンプレートな“人に迷惑をかけてはいけません”と言った叱り文句だ。

ウェンディ「……うん」

 だが、その思いはしっかりと妹に届いたようで、ウェンディは姉同様に哀しそうな顔で頷いた。

 おそらく、誰かを怪我させてしまった所を思い浮かべてしまったのだろう。

 哀しそう、と言うよりも僅かな罪悪感が見える。

レミィ「分かってくれたか……。偉いぞ、ウェンディ」

 素直な妹をレミィは優しく抱き締め、ワシャワシャと頭を撫でた。

 すると哀しそうな顔をしていたウェンディも、
 途端に嬉しそうな満面の笑みを浮かべて“エヘヘ……”と照れたような声を漏らす。

茜「しっかりと“お姉さん”が出来てるじゃないか」

レミィ「当然だ。
    ……これでも、この子の最後のお姉ちゃんだからな……」

 戯けた様子で言った茜に、レミィは誇らしさ半分哀しさ半分と行った風な笑顔で返した。

 姉……伍号の死を知ってまだ丸三日も経っていない。

 だが、哀しくても、弐拾参号のために自分は前を向かなければいけない。

 そんな強く、悲壮な覚悟がレミィの笑みの中に見て取れて、茜は胸を打たれ、言葉を失う。
391 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:37:10.63 ID:fbiOu5Nro
レミィ「じゃあ、私はウェンディの義肢の調子を笹森主任に診てもらって来るから、一旦、ここでな」

 レミィはそう言うと妹の手を取り、一歩ずつゆっくりと診察室へと向かった。

 義肢……そう、両腕と両足の全てを切除され、402・スコヴヌングの中枢に埋め込まれていたウェンディは、
 救出されるなりすぐにギガンティック機関医療部局へと搬送され、一定の回復を待ってから、
 医療部主任であり医療義肢関連技術の第一人者でもある笹森の手で手術を受けたのだ。

 主任の笹森雄嗣は、閃光の譲羽の右腕の義手を作り上げ、
 彼女の希望通りにロケットパンチまで仕込んだ笹森貴祢の孫だ。

 手足全てを義肢にするサイバネティクス手術など朝飯前である。

 ただ、それとウェンディ自身が四本の義肢に慣れるかどうかは別問題だ。

 施術から日の浅いウェンディは、魔力で自在に操作可能とは言え、義肢の扱いにはまだ慣れていない。

 レミィの元に駆け込んで来た時の、あのたどたどしい足取りがその証拠だ。

 今も時折、足を引き摺るようにして歩いており、何とかこちらに振り返って、不器用に手を振っている。

 空と茜は、思わずどんな表情をすれば良いか分からずに張り付いたような笑顔を浮かべてしまいながらも、
 小さく手を振って応えた。

茜「……自己紹介を、忘れてしまったな」

空「まだ何度だって機会がありますよ」

 二人が特別病室区画から出て行った後、思い出したように言って肩を竦めた茜に、
 空は笑みを浮かべてフォローする。

 ウェンディの足は日に日に快方へ向かっていた。

 いつか、自分の足で姉の元に来る事もあるだろう。

 自己紹介はその時でも遅くはない。

 それに、今はミッドナイト1との面会もある。

茜「……そうだな」

 茜は改めて気を取り直すと、空に案内されて特別病室区画のさらに奥へと歩を進めた。

 そして、区画の最奥……厳重なロックがされた隔離区画へと足を踏み入れる。
392 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:38:00.61 ID:fbiOu5Nro
 端末で個人を認証し、スライド式の分厚い強化ガラスの扉を抜けると、
 そこにはやはり強化ガラス張りにされた隔離病室があった。

 しかし、隔離病室と呼ぶには、些か赴きが違う。

 クリーム色のクッション性の高い素材の床と、
 薄桃色のやはりこれもクッション性の高い素材で作られた壁と言う内装。

 ガラスも内側は防護用のエアクッションのカバーがかけられ、
 身体を叩き付けて自傷する事が出来ないようにされている。

 絵本やぬいぐるみが整然と置かれた棚も、やはり怪我をしないようにカバーがかけられていた。

 娯楽は他にも大小のボールやモニターが置かれているが、
 それらが動かされた様子はなく、モニターにも何かが映された様子は無い。

 そして、その部屋の中央、やや低めのベッドの上に人形のように佇んでいたのは、一人の少女……ミッドナイト1であった。

 微動だにせず、目には光すら宿らぬとさえ思えるほど焦点を失い、何処でもない虚空を見ている様は、
 彼女が人間である事を知らなければ、本当に精巧に作られた人形か何かにしか見えなかっただろう。

茜「……これは……」

 茜は驚いたように漏らす。

 保護されていると知った時は安堵したが、どうやら想像していた以上に厚遇されているようだ。

空「あの子……エールと魔力リンクが出来た、って事で、
  司令が無理を言ってこっちに引っ張ってくれたんです。

  それで、軍と警察、それに政府の立ち会いの検査の結果、色んな薬を使われたり、
  傷を治した痕が幾つも見付かって、すぐにこう言う形になったそうなんです」

 空はそう言って、哀しそうな視線をミッドナイト1に向けた。

 空はあの決戦から戻って三日、毎日のようにこうして彼女の元に足を運んでいた。

 それは、彼女に対する僅かな罪悪感があったからかもしれない。

 自分が彼女に勝ち、エールを救い出した事で、彼女を利用していたユエにとって彼女の利用価値を失わせたからだ。

 無論、エールを救い出せた事は喜ぶべき事だが、それと彼女に対する罪悪感は別であった。

 投薬や傷害の痕跡が見付かった事でこうして隔離病棟とは言え保護されてはいるが、
 ユエに捨てられた事でへし折られ、壊れた彼女の心は、未だに癒える兆候を見せない。

空「ねぇ、また来たよ」

 空は内部のスピーカーのスイッチを入れ、ミッドナイト1に優しく語りかける。

 しかし、ミッドナイト1は一瞬だけ、ピクリと微かに身体を震わせただけだ。

 外界からの刺激に対して何らかの反射は出来るようだが、反応は出来ない。

 先日、医療部局のスタッフに聞いた話だが、睡眠を取る際にはしっかりと身体を横たえ、
 起きるといつの間にか身体を起こしていると言う状態だと言う。

 笹森の話では“自発的に僅かでも動けるだけ、
 まだカウンセリングの余地はある”らしいが、保護されてそろそろ六日。

 まだ一言も言葉らしい言葉を発しない所か、日に二度の点滴以外の栄養を摂取していない。

 このままでは心身が衰弱する一方だ。

空「今日はね……フェイさんとようやく仲直りできたんだ」

 空は泣きそうな顔をしながら、必死にミッドナイト1に語りかける。

 しかし、答えを強要はしない。

 あくまで語りかけるだけだ。
393 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:38:48.97 ID:fbiOu5Nro
茜「それとね、今日は一緒に来てくれた人もいるだ。
  本條茜さんって言って、私達の大切な仲間の一人だよ」

 空はそう言って茜に視線を向けた。

 その時だ。

 今までにないほど大きく、ミッドナイト1はビクリと肩を震わせた。

茜「ッ、私だ! 本條茜だ! 聞こえているか!?」

 その瞬間、茜は堪えきれずに大きな声を上げてしまう。

 また、ミッドナイト1の肩が大きく震える。

空「あ、茜さん!?」

 突然の茜の行動に空は驚きの声を上げ、彼女とミッドナイト1とを交互に見遣った。

 すると、微かに俯くような姿勢のままだったミッドナイト1が、微かにその顎を上げているではないか?

 まだ焦点こそ合っていないものの、視線をこちらに向けているようにも見える。

 茜は少しでも彼女との距離を縮めようと、ガラス張りの隔壁に身体を押しつけるように張り付く。

 そこで、ようやく冷静さを取り戻した空も気付いた。

 ミッドナイト1は、茜の名前と声に反応しているのだ。

 そして――

M1『あ……あ……ぁ……あぁ……』

 この六日間、一言も言葉を発していなかった少女が、絞り出すような声を漏らした。

空「!? さ、笹森主任を呼んで来ます!」

 空はこの場で自分と茜、どちらが彼女にとって重要かをいち早く判断すると、来た道を慌てて引き返す。

 茜は空の背中に向かって“頼む!”とだけ言うと、またミッドナイト1に向き直った。

茜「ここだ! 私は、ここにいるぞ!」

M1『ぅ、ぁ……ぁぁあ……』

 茜が幾度も呼び掛けると、ミッドナイト1は声を絞り出しながらようやく焦点を合わせ始める。

 ぼんやりとした視界が次第に像を結び始め、懐かしい姿を捉えた。

 だが、すぐにその視界が歪み、霞んで行く。

M1『……ほ、ん、じ、よ、う、あ、か、ね……?』

 一言一言、絞り出すように呟いた少女は、自分が大粒の涙を零している事に気付いてはいない。

 ただ、道具としての自分以外で、もう一つの拠り所となってくれた少女との再会に、
 ワケも分からずにその反応を示していたのだ。

茜「ああ、そうだ……そうだよ……」

 茜も目を潤ませ、声を震わせて、少女との本当の再開を喜ぶのだった。
394 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:39:27.43 ID:fbiOu5Nro
―3―

 茜とミッドナイト1が六日ぶりの再開を果たした、その日の夜。
 医療部局内、医療部オフィス――


 最低限の人払いを済ませた室内には、主任である雄嗣の他、
 メディカルオペレーター・チーフであるメリッサと、明日美とアーネスト、それに風華と空の六人がいた。

明日美「茜がテロリストに軟禁されていた際の世話役が、あの子……」

 明日美は監視モニターに映る隔離病室の様子を見ながら、どこか唖然とした様子で呟く。

 十歳ほどと思しき少女に実戦部隊の主力だけでなく、拉致したドライバーの世話役までさせるとは、
 随分と人材に恵まれていないテロ集団もいたものだ。

 が、そこはユエの都合と思惑が幾分も入り込んでいたと推測できる。

雄嗣「しかし、医療部としては助かりました……。
   心のケアと言う物はいつの時代でも難しい物ですから」

 雄嗣は安堵の溜息混じりに言うと、茜と会話しながら食事をしている少女を見て、
 嬉しさと優しさの入り交じった笑みを浮かべた。

 マギアリヒトによる発展は医療分野においても目覚ましい物だったが、
 それはあくまで内科・外科的な物であって遺伝分野を除いた心療内科にまでは及んでいない。

 雄嗣の言葉通り、傷付いた心のケアはいつの時代も難しく、時間が必要とされている。

 心を開くキッカケ……その第一段階を茜がやってくれたのは、医療部としてみれば大助かりだろう。

メリッサ「食事もスープのような流動食なら胃が受け付けてくれるようですしね……。
     本條から“コーンポタージュ大至急”の要請が来た時は噴き出しかけましたが」

 メリッサもそう言ってその時の様子を思い出し、噴き出しそうになる。

 この場の面々も微笑ましそうな表情を浮かべているが、ただ一人、空だけはどこか浮かない様子だ。

空「それで……あの子はどうなるんですか?」

 空はこの場に集まった本題を切り出す。

 明日美とアーネストは上層部として、雄嗣とメリッサは医療部の人間として、
 風華と空は前線部隊隊長格として、ミッドナイト1の処遇を決めるために集められたのである。

アーネスト「会話が出来る状態まで回復したのだから、最低限の事情聴取と言う事になるな」

 アーネストが思案気味に言った。

 彼が“最低限”と言ったのは“ミッドナイト1は被害者的側面が大きい”と言うのが、
 政府、軍、警察、ギガンティック機関の統一見解だからだ。

 エールを操るために結・フィッツジェラルド・譲羽の魔力と同調可能と言う、
 あまりに優れた点を持ちながら、捨て駒としてアッサリ切り捨てられた点からもそれは言えた。

 前述の通り、頻繁な投薬をされた形跡や急速治癒促進が幾度も行われた痕跡に加え、
 捕縛したテロリストや月島とユエに出資していた者達からの証言も有り、彼女が実験動物扱いをされていたのは間違いなく、
 “側面が大きい”などと言う曖昧な言い回しを撤回して“被害者”と言い切ってしまっても問題ない程である。

 ともあれ、事実確認程度の聴取は行われるが、後は基本的に戦災孤児のような扱いになるか、
 統合労働力生産計画の被害者として政府から手厚く保護されるかの二択、と言う形だ。

風華「瑠璃華ちゃんやレミィちゃんの時のようにウチで面倒を見る、
   って事にはならないんでしょうか?」

 風華が挙手と共に発言する。

明日美「現時点では難しいわね……。
    ドライバーも枠は全て埋まっている状態ですし」

 だが、すぐに明日美が溜息がちに答えた。
395 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:40:22.50 ID:fbiOu5Nro
 クライノートを除いた条件の限られるギガンティックのドライバーは全て埋まっており、
 残るクライノートもエールが整備中の場合に空が使う代替機と言う現状、
 レミィ、フェイ、瑠璃華の時のような方法は不可能だ。

 ウェンディに関してはレミィの本籍が明日美が経営する孤児院にあるため、
 義肢の最終調整が終わればそちらに引き取られる予定となっている。

 だが、さすがにミッドナイト1の場合は対イマジン特例法を適用するのは難しい。

 空の魔力を大量に接収したり、レミィ達を機関で保護したりと、
 色々な無茶を合法として通す事の出来る特例法だが、
 それもあくまでオリジナルギガンティック運用に必要な範囲まで。

 乗れるオリジナルギガンティックが無いのだから、ミッドナイト1には特例法を適用できないのだ。

 明日美の言葉で誰もがその点に思い至り、難しそうな表情を浮かべる。

アーネスト「実際問題として、最終的には公営・私営を問わず、
      孤児院で引き取る可能性が高いだろうね……現状では」

空「可能性が高い、って言う事はそれ以外の選択肢もあるって事でしょうか?」

 アーネストの言に、空が怪訝そうに尋ねた。

雄嗣「検査の結果、彼女の魔力は五万六千超。
   重要人物保護プログラムを適用した上で正一級として独立して暮らす方法もある。

   勿論、未成年である以上は後見人を立てる、と言う大前提はあるがね」

明日美「………」

 溜息がちにアーネストへの質問を代理で答えた雄嗣の言葉に、
 明日美はどこか哀しみと苛立ちの入り交じった色を目に浮かべる。

 旧魔法倫理研究院時代、母・結と共に保護エージェントとして尽力した彼女だ。

 孤児の扱いに思う所があるのだろう。

空「あの、以前見た特一級の権限の中に、
  特一級だったら未成年でも十五歳以上から後見人になれるって書いてあったんですけど……」

 躊躇いがちに空が挙手と共に発言すると、
 メリッサが“よくそんな細かい所を覚えているな”と感心半分呆れ半分と言った様子で呟く。

 記憶力の良さ……と言うよりは思い出す能力の高さの賜である。

風華「空ちゃん、確かに後見人にはなれるけど早まっちゃ駄目よ」

明日美「そうね……“なれる”と“出来る”は違うわ」

 オロオロと空を窘める風華に続いて、明日美も神妙な様子で呟く。

 空自身はまだ“後見人になる”とは言っていないが、話題に出している時点で言っているも同然だ。

雄嗣「後見人は被後見人の成人まで様々な責任を背負う事になるからね……。
   君の思いがどうあれ、生半可な重責ではないよ」

 雄嗣もそう言って、逸りがちな空を窘めた。

 浅はかな考えを見透かされているようで、空は気落ち気味に“はい……”とだけ言って頷く。

雄嗣「それに、まだ後見人制度に頼ると決まったワケでもないからね」

 そんな空の様子に苦笑いを浮かべた雄嗣は、そう言って手元の端末を操作すると、
 モニターに何かのグラフを表示した。
396 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:41:00.05 ID:fbiOu5Nro
明日美「これが検査結果?」

雄嗣「ええ……DNAには確かに結・フィッツジェラルド・譲羽、奏・ユーリエフ、
   クリスティーナ・ユーリエフに近似する物が見受けられましたが、
   魔力波長は03に最も近い数値が出ていますね。

   朝霧副隊長の物とも比較しましたが、同波長との近似で言えば彼女の方が圧倒的に近いですね」

 明日美の質問に、雄嗣はそう言って指でモニターを指し示す。

 どうやらミッドナイト1の検査結果らしい。

明日美「朝霧副隊長、それにエール。
    彼女は確かにギアの補助無しにプティエトワールとグランリュヌを使っていたのね?」

空「え? あ、はい」

 唐突な明日美からの質問に、空は怪訝そうに答え、さらにエールが続ける。

エール『僕が補助を始めたのは空と再リンクしてからだよ。
    ログを取って貰えば分かるけど、彼女が保護される直前まで着けていたギアも動作補助は行っていないよ』

 共有回線を通したエールの返答に、明日美はアーネストや雄嗣と顔を見合わせ、頷き会う。

 だが、アーネストはやや不承不承と言った風だ。

アーネスト「でっち上げ、と言う事にはなりませんか?」

明日美「でも、朝霧副隊長よりもクライノートの適性が高いのは事実でしょう」

 困ったように漏らしたアーネストに、明日美はどこか割り切ったような様子で返す。

風華「えっと……それってつまり、あの子をオリジナルギガンティックの……
   クライノートのドライバーとして迎え入れる、って事ですか!?」

 風華は何故、前線部隊責任者とは言え、自分と空がこの場に呼ばれていたのかを察し、
 合点が行ったのが二割、驚き八割と言った狼狽の声を上げた。

 空は副隊長としてだけではなく事実確認のために呼ばれたようだが、
 風華は前線部隊の隊長として意見を求められていたのだ。

 確かに、モニターに映し出された数値を見れば、高い同調率を誇っているようである。

 加えて、クライノートは本体よりも付随するヴァッフェントレーガーの操作が枷となる機体だが、
 ギアの補助無しに十六基もの浮遊砲台を自在に使いこなしたとなれば、その点でも申し分ない。

 エールの完全復活、二基のハートビートエンジンの起動、
 ヴィクセンとアルバトロスの強化とギガンティック機関も力を付けている。

 オリジナルギガンティックのドライバーを増やす事が急務と言うほど切迫はしていなが、
 それでも、イマジンからこの世界を守るために、力を扱える者は多いに越したことは無い。
397 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:41:55.66 ID:fbiOu5Nro
明日美「あまり堅苦しい事は言わないわ。
    感じた通りに言って頂戴」

 激しく狼狽していた風華だが、明日美に促されて何とかして落ち着きを取り戻すと、
 視線を監視モニター越しにミッドナイト1へと向け、思案する。

 その表情には次第に哀しげな色が浮かんで行く。

風華「……正直、ドライバーとして迎え入れる事が正解になるかは、私には分かりません」

 風華は、ミッドナイト1が正気を取り戻し、茜と再度面会できるようになるまで、
 空と茜の二人から聞かされた話を思い返しながら答え、さらに続ける。

風華「あの子が60年事件や統合労働力生産計画に端を発する、一連の事件の被害者なら、
   瑠璃華ちゃん達の時のように彼女の意志を確認して、それを尊重すべきだと思います」

 風華は隊長らしい毅然とした態度で言い切った。

 瑠璃華達……瑠璃華、レミィの二人は、自らの境遇や望みよってドライバーとなる事を選んだ。

 フェイも最初こそ戸惑いもあったが、今は望んでドライバーとして機関に籍を置いている。

 だが、ミッドナイト1は戦ってデータを得るための道具として作り、育てられた。

 ドライバーとしての道を彼女に提示するのは、未だ早計なように風華には感じられたのだ。

 故に“事件の被害者”と言う言葉を使ったのである。

空「私も風華さんと……藤枝隊長と同じ意見です」

 そして、それは空も同じだった。

 オリジナルギガンティックに乗れるからと言って乗せるのでは、彼女を道具のように扱っている気がしてならない。

 無論、自分たちにそのつもりがなくても、だ。

 幾つかの道を彼女に示して、彼女が望む道を彼女自身に選んで貰う。

 それこそが彼女の心のリハビリ、その第一歩になる。

 二人のその思いは他の四人にも伝わったのだろう。

 メリッサは納得したように深く頷き、明日美達三人も顔を見合わせた。

明日美「……ならば、この件は一旦保留として、
    彼女はドライバー適格者の保護の名目でギガンティック機関預かりとします」

 明日美はそう言って、アーネストの無言の首肯で確認を取ると、さらに続ける。

明日美「今回上がった案に関しては、彼女の肉体的、精神的な回復を待ってから順次、
    全て伝えて行こうと思っています」

雄嗣「ええ、それが最善手でしょう」

 明日美の言葉を聞き、雄嗣は深々と頷いて答えると、監視モニターに目を向けた。

 空達もそれに倣って監視モニターを見遣る。

 茜とミッドナイト1は先ほどから変わらずベッドの上に並んで座り、
 談笑――と言っても本当に笑っているワケではないが――しているようだ。

雄嗣「その間の彼女の世話役として本條小隊長をお借りしたいですが……よろしいでしょうか?」

 雄嗣はその様子に申し分無いと確信した様子で、明日美に問い掛ける。

アーネスト「天童主任の申し出で各ギガンティックはオーバーホール中です。
      遠征任務が再開されるのは再来週からになりますし、暫くは待機任務の名目上このままで良いかと」

明日美「そうね……現状、彼女が一番心を開いているのは茜のようだし、そうしましょう。

    それと自傷行為に類する挙動が見られないようなら、
    早い内に隔離区画から出す方向で検討して行きましょう」

 アーネストからの提案もあって承認した明日美は、そう言って場を締めくくった。
398 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:42:51.98 ID:fbiOu5Nro
 一方、監視モニターの向こう……ミッドナイト1の隔離病室では、
 茜が食事を終えたミッドナイト1と、自分たちの身にあれから何があったのかを話し合っていた。

 空との闘いに敗れユエに用済みとして捨てられ、ギガンティック機関の手で保護された事。

 仲間に助けられ、復讐を乗り越えて事件を解決した事。

 そして、自分たちの共通項とも言える、ユエの死。

M1「……そう、ですか……」

 創造主の死の事実を聞かされたミッドナイト1は、
 一瞬、戸惑ったような哀しげな表情を見せた後、無表情で頷いた。

 自分を縛る者が亡くなった事……自分を道具として定義する存在が居なくなった事は、
 少なからずミッドナイト1の胸の内に波紋を投げ掛けたようだ。

 だが――

M1「よく……分かりません……」

 ミッドナイト1は俯いたまま、怪訝そうな雰囲気を漂わせた声音で漏らした。

 彼女には自分の胸の内に生まれた波紋が何であるか定義できないのだ。

 解放の悦びか、喪失の哀しみか、それとも全く別の何かなのか。

 自我と言える物を自覚できるようになって、まだ一週間足らず。

 自分の胸の内にある物……心が何であるかを言葉に出来るだけの経験が、彼女には欠けていたのだ。

茜「そうか……」

 茜もそれを察してか、少し寂しそうな表情を浮かべて頷く。

茜「少しずつでいい……気持ちをゆっくりと整理していこう?」

 茜は昔、声を失った頃に医者に言われた言葉を思い出し、ミッドナイト1に語りかけた。

 そして、その肩に手を添えようとして、僅かな躊躇いの後、添えようとしていた手を引く。

 彼女も連中に利用されていた被害者。

 そうは言っても、あの旧技研は彼女の帰る場所だったのだ。

 それを壊した自分が、彼女を慰めるのはどこか筋違いのように思えた。

 そして、自分は一時とは言え、彼女を脱出の手段として利用しようとしていた。

 彼女が心を開いてくれている相手が自分だけ、と言うのはこの上なく嬉しい。

 だが、それ以上の罪悪感が、茜の心に細く、長い針を打ち込む。

茜(私は……悪い人間だな……)

 慰めてあげたいのに、それを拒まざるを得ない罪悪感を感じながら、茜は心中で自嘲した。

茜「……もう夜も遅い。また明日も顔を出そう」

M1「はい……ありがとうございます」

 言いながら立ち上がった茜に、ミッドナイト1はようやく顔を上げて浅く頷いた。

 感謝された、と言う事は、やはり自分が来る事を彼女も望んでくれているようだ。

茜(私は……本当にそんな資格があるのか……?)

 ミッドナイト1の目を覗き込みながら、茜は自問し、“じゃあ、また明日”とだけ言って病室を後にした。

 この時に覚えた罪悪感と戸惑いが、後に大きな騒ぎの引き金となる事を、未だ知らずに……。


 そして、それから瞬く間に四日が過ぎた――
399 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:43:31.76 ID:fbiOu5Nro
―4―

 7月24日、午前九時。
 医療部局病棟、ミッドナイト1の個室――


 ミッドナイト1は病室内の書架に置かれた紙製の絵本や図鑑を引っ張り出し、眺めていた。

 紙製と言ってもマギアリヒトの合成紙で製本された、安価な物だ。

 本物の紙製の本など高級品すぎて早々に手が出る物ではないが、
 こう言った合成紙の本も電子書籍全盛の世の中であっても、
 絵本や図鑑のような子供向けの書籍には好まれていた。

 親子が並んで読める、と言った風情や情操教育目的もあるが、
 子供が何を読んでいるか分かり易いと言う利便性もあっての事である。

 ミッドナイト1は旧世界……メガフロートの外の世界が描かれた図鑑を好んで読んでいた。

 世の常識であっても知る必要の無い事として、様々な知識をそぎ落とされて育った彼女には、
 常識の全てが驚きと戸惑いに満ちた物ばかり。

 世界に触れる事さえ初めてだらけで戸惑う彼女にとって、
 一番の驚きはこの天蓋の向こうにもっと広い世界がある事だったのだ。

 自らに与えられたコードネーム・ミッドナイト……深夜にも関わりが深い、
 夜空に浮かぶ月、満点の星空の写真が載ったページを見渡しながら、
 彼女は感慨深げな表情を浮かべていた。

 そう、彼女はようやく表情らしい表情を浮かべられるようになった。

 他の人間を見て学び、吸収する。

 彼女個人の人格や存在を否定しているようで語弊のある言い方かもしれないが、
 やはりそこは結の遺伝子がそうさせるのだろう。

 要は飲み込みや覚えが早いのだ。

 ともあれ、ミッドナイト1は図鑑の月や星を眺めながら、食後の一人きりの時を過ごしていた。

 すると、不意にコンコンとドアをノックする音が響き、
 ミッドナイト1は僅かに喜色の入り交じった顔を上げる。

 すぐに“どうぞ”と言って促すとドアが開かれ、茜とその後ろから空が顔を出す。
400 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:44:10.70 ID:fbiOu5Nro
M1「アカネ、ソラ……おはようございます」

 二人の姿を見るなり、ミッドナイト1はどことなく嬉しそうな表情を浮かべた。

 アカネ、ソラ……ミッドナイト1は二人の事を名前で呼ぶようになっていた。

 二人……特に懐いている茜に倣っての事だったが、
 一々フルネームで呼んで来る彼女をそれとなく促しての事だ。

空「今日も図鑑を見ていたんだ?」

M1「はい」

 ベッドの傍らに歩み寄って来た空の問い掛けに、ミッドナイト1は頷いて答える。

 空もベッドの縁に腰掛け、図鑑を覗き込む。

空「まん丸の満月と綺麗な星空だね」

M1「はい、満月と星空です。……綺麗です」

 空の言葉に同意して、ミッドナイト1はどことなく声を弾ませる。

茜「夜空が好きなんだな……」

 茜は優しそうな笑みを浮かべてそう言うと、
 ミッドナイト1を挟んで空とは反対側のベッドの縁に腰掛け、三人で並ぶ。

M1「夜空……夜の空……はい、夜空は落ち着きます」

 ミッドナイト1は言葉を反芻し、ややあってから答えた。

 ここ数日で見上げた夜空を思い出し、その光景に思いを馳せながら答えたのだ。

 遠くに見える街や家々の灯りと、天蓋に整然と並んだ小さな照明が作り出す偽物の星。

 第七フロート第三層では決して見る事の出来なかった光景。

 決して暗闇だけでない夜の世界は、見ていると穏やかな気分になる。

茜「生前のお祖母様や大叔母様に聞いた星空は、本当に綺麗だったと聞いた事があるな……。
  映像技術も昔よりも進歩したと言うが、生で見るのとは違うのだろう」

 茜はふと思い出したように呟く。

M1「これは本当にあった世界なんですね……」

 茜の言葉に、ミッドナイト1は失われた旧世界の夜空に思いを馳せる。

空「……いつか見てみたいよね、本当の空……」

 思いを同じくするミッドナイト1に、空も感慨深く呟く。

 ミッドナイト1も“はい”とだけ答えて深く頷いた。
401 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:44:53.43 ID:fbiOu5Nro
 そして、ようやく気が済んだのか、
 ミッドナイト1は図鑑を閉じると、二人をゆっくりと交互に見遣る。

空「今日は何か知りたい事はある?」

M1「……昨日聞いた、空達が通っていた学校の事について教えて下さい」

 空が促すと、ミッドナイト1は僅かに考え込んだ後、即座に答えた。

空「学校……学校かぁ……」

 空は何事か思案すると、ベッドの縁から立ち上がると、反対側に回り込んで窓際へと歩いて行く。

 そして、少しだけ目を凝らすと官庁舎の向こうに目当ての建物が見えた。

空「ほら、こっちに来て」

 空はミッドナイト1を手招きすると、目当ての建物を指差す。

M1「……あの建物、学校だったんですね」

空「うん、京都第二小中学校、一級市民向けの小中学校だね」

 感慨深げに漏らすミッドナイト1に、空は説明を続ける。

 そんな二人の様子を、茜はベッドの縁に腰掛けたまま肩越しに見ていた。

茜(あの子も、随分と空に慣れて来たな……)

 茜はここ数日のやり取りを思い返し、胸中で独りごちる。

 あの子。

 自分達の事を名前で呼んでくれるようになったミッドナイト1に比べて、
 空も茜も彼女の事を名前では呼べなかった。

 ミッドナイト1と言う名前に、彼女なりの矜持があるかどうかも分からないが、
 記号と数字の組み合わせのような名前で呼ぶのに抵抗があったからだ。

 ともあれ、最初は自分以外の人間に距離を置いていたミッドナイト1だったが、
 空が自分に危害を加えるような人間でないと分かると、すぐに心を開いた。

 それは、この医療部局にいるスタッフ達に対しても言えた事で、
 昨日、問診に来た雄嗣の回診に居合わせた時にも、問題無く受け答え出来ていたと思う。

茜(私だけに拘らなくてもやっていけそうだな……)

 その結論に達した時、茜はズキリ、と胸が痛むのを感じた。

 ああ、敢えて思い返すまでもなく、これは罪悪感の表れだ。

 一時でも、利己的な目的のために彼女を利用しようとした。

 道具として育てられた人間に対して、最もやってはいけない事。

 茜は今にも泣き出しそうな哀しげな表情を浮かべ、
 笑顔で説明を続ける空と彼女の話を熱心に聞き続けるミッドナイト1を見つめた。

 そして、胸に突き刺さる罪悪感の痛みに、顔をしかめる。

 再会の晩に感じた微かな痛みは、もう無視できない激痛へと発展していた。

茜(このままではいけないな……私だけじゃなく、彼女のためにも)

 茜は胸に手を当て、改めてその決意を確認する。
402 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:45:40.89 ID:fbiOu5Nro
 暫くそうしていると、ようやく学校の説明が終わったらしい。

M1「同じ年頃の子供が集まって勉強する場所……」

 ミッドナイト1はその言葉を反芻しながら、感心したように何度も頷く。

M1「……合理的で、便利な場所です」

空「うん、それに友達も出来ると、学校に行くのも楽しくなるからね」

 子供らしくない感想を述べるミッドナイト1に、空は困ったような笑みを浮かべた後、そう言った。

 だが、今度はその“友達”と言う言葉にミッドナイト1が反応する。

M1「ソラ、ともだち、とは何ですか?」

空「え? えっと……」

 ミッドナイト1の質問に、空は思わずたじろいでしまう。

 感覚として理解している事柄や言葉ほど、口で説明するのは難しい物だ。

空「えっと……私達、みたいな関係の事かな?」

 空は困った末に、苦し紛れにそんな曖昧な答を返した。

 無論、この場で言う私達とは、茜を含めたこの三人の関係の事だ。

 確かに、友達、友人と言うのに憚られる関係で無い事は客観的にも明らかだろう。

 だが――

M1「その説明では曖昧に感じます」

 ミッドナイト1にはやはり苦し紛れの言葉に聞こえたのか、少し不満そうに呟いた。

空「あ、茜さ〜ん!」

 空は思わず茜に助けを求める。

茜「……まったく、普段の君は妙な所で締まらないな」

 一方、助けを求められた茜は肩を竦めて返した。

 友人の定義。

 個々人によって線引きも程度も違うであろうソレを説明するのは難しい。

茜(けれど、いい機会かもしれないな……)

 しかし、茜はそう思い直すと、意を決してミッドナイト1を手招きする。

茜「空、君は何か飲み物を買って来てくれないか?」

空「はい、そうします……」

 予期せぬ失態を演じてしまった空は、項垂れた様子で茜の提案を受け入れた。

 インターバルを入れて気持ちを整えて来いと言う、茜の思いやりだ。

 だが、茜自身にはそれ以外の思惑もあったが……。

茜「私は烏龍茶を頼む、メーカーはどこでもいい」

M1「オレンジジュースをお願いします」

空「は〜い……」

 空は二人の要望を聞くと、そそくさとその場を後にした。

 空の背を見送った茜は、一度、天井を振り仰ぐ。
403 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:46:22.53 ID:fbiOu5Nro
茜(友達か……そうだな、これは……私と彼女が、本当の友人になるための第一歩だ……)

 そして、その思いと共に視線をミッドナイト1へと向けた。

 一見して無表情のように見える少女だが、
 その視線には期待の眼差しと言って差し支えない好奇心のような物が見える。

茜「友達と言うのは、空も言ったように私達の関係を一言で言い表す言葉だな……。

  時には嘘をついたり、喧嘩をしたりもするが、
  一緒に遊んだり、勉強や運動を競ったり、
  そうやってお互いを高め合えるような関係が理想だ」

M1「嘘や喧嘩は、いけない事ではないでしょうか?」

 茜の説明に、ミッドナイト1はそれまでに教えられて来た言葉を思い返し、怪訝そうに首を傾げた。

茜「確かに、嘘や喧嘩はいけない事だな……。

  でも、友達を守るために必要になる嘘も中にはあるし、
  いくら友達でも譲れない一線を守るためには時には喧嘩する事もある。

  だけど、そうやって色々な物を乗り越えていけないようでは、本当の友達にはなれないんだ」

 茜は二週間以上前の事を思い返して、不意に遠くを見るような目をする。

 あの日、自分と空は言葉をぶつけ合った。

 復讐にかられる事は間違っていると、自らの経験を持って自分を諭してくれた、年下の少女。

 大人達が気遣って踏み込まない一線を踏み越え、心の声をぶつけて自分の凶行を止めてくれた空を、
 茜は掛け替えのない友人として認識していた。

茜「軽口を叩き合ったり、巫山戯合ったり、笑い合ったり……
  そうやって楽しく過ごせる相手が友達だ」

M1「楽しく過ごせる……私は、ソラやアカネと一緒だと、楽しいです……。
   これは、二人が私の友達だと言う事なのでしょうか?」

 茜の説明を聞きながら、ミッドナイト1は胸に手を当てて自らを思い返す。

 楽しい。

 喜怒哀楽だけで人の感情は計れないし分類もし切れないが、
 それだけはミッドナイト1にも分かるようになって来たらしい。

茜「………」

 しかし、茜は問い掛けるようなミッドナイト1の言葉に、すぐに頷く事が出来なかった。

 そして、小さく深呼吸し、改めて口を開く。

茜「……友達との間で、絶対にやってはいけない事が幾つかある……。
  それは、友達を傷つけ、裏切る事と、友達を利用する事だ。

  ……それは、友達を友達とも思わない、とても……とても酷い事だ……」

 茜は苦しそうな表情で、絞り出すように呟いた。

M1「裏切り……利用……」

 ミッドナイト1は、その言葉を反芻しながら哀しげな色を目に浮かべる。

 それはかつての自分が身を置いていた世界で身近な物。

 指導者の不興を買いたくなくてお互いの足を引っ張り合って裏切り、自らもユエに利用され続けて来た。

 友達と言う言葉が、かつての自分の境遇とは真逆にある物だと感じて、ミッドナイト1は哀しそうに目を伏せる。

 そこで、限界だった。

茜「私は! ……私は、お前に謝らなければいけないな……」

 思わず大きな声を上げそうになった茜は、悔しそうに言葉を吐き出す。

M1「アカネ……?」

 茜の言葉に、ミッドナイト1はキョトンとした様子で首を傾げた。
404 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:47:10.80 ID:fbiOu5Nro
 茜が自分に謝る事など一つもない。

 むしろ、自分は幾つも茜にお礼を言わなければならない立場だ。

 色々な事を教えてくれて、ありがとう。
 いつも会いに来てくれて、ありがとう。
 世界の事を教えてくれて、ありがとう。

 ミッドナイト1の胸の内は、茜と、そして、空への感謝で溢れそうな程だった。

 そして、茜への感謝は、あのユエの研究室にいた頃からひっくるめて続いている。

 だが――

茜「……私は……ユエに軟禁されていた時、脱出のために、君を利用しようと、した……」

 ――苦しそうに茜が紡いだ言葉が、ミッドナイト1の思考を、一瞬、吹き飛ばした。

M1「……?」

 一瞬、理解できずに首を傾げたミッドナイト1は、だが、次第に小刻みに震える。

 友達だと思っていた。


――友達を利用する事だ……――


 感謝を捧げる、優しい人だと思っていた。


――友達を友達とも思わない、とても……とても酷い事だ……――


M1「うそです……友達は嘘もつきます……」

 茜の言葉を思い返して、ミッドナイト1は茫然としながら呟く。


――友達を守るために必要な嘘も中にはあるし――


 守るための嘘ではない。

 むしろ……――


――友達を傷つけ、裏切る事と――


 ――絶対にやってはいけない、もう一つの事。

M1「嘘……です!」

 ミッドナイト1はワナワナと震えながら、叫ぶ。

茜「嘘じゃない……私は……君に魔力抑制装置を外して貰おうと、
  君を懐柔しようと……利用しようとしたんだ!」

 だが、茜は意固地になって、自らの罪を告白する。

 そうしなければならない。

 そうでなければ、いけない。

 赦されなければ、彼女の友人だと、胸を張れない。

 茜は耐えきれずに項垂れ、目を伏せた。
405 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:47:57.43 ID:fbiOu5Nro
M1「私は……私はアカネを友達だと思っていました……。
   それも私が一人で思い込んでいただけなんですか……?」

 そんな茜に、ミッドナイト1は抑揚のない声で問い掛ける。

茜「ッ!?」

 茜は肩を震わせ、それを否定しようと顔を上げた。

 だが、否定の言葉を発するよりも先に、茜は息を飲んでしまう。

 ミッドナイト1は涙を流しながらも、
 まるで凍り付いたような無表情の仮面を、その顔に貼り付けていた。

 表情以上に感情を表していた目にも、何の感情の色も宿っていない。

茜(嗚呼……)

 茜は悟った。

 罪に耐えかねた自分の告白が、彼女の心を、また壊したのだ、と。

 感謝で溢れそうだったミッドナイト1の心を、
 黙し、嘘を突き通してでも守るべきだった彼女の心を、砕いたのだ。

M1「ッ!」

 ミッドナイト1は踵を返し、走り出してしまう。

 無表情の仮面の縁から、溢れた涙が散る。

茜「ミッ……!?」

 その名を叫び、呼び止めようとした茜は、思わず躊躇い、口を噤んでしまう。

 止めなければいけなかった。

 だが、記号のような名を叫ぶ事が躊躇われ、茜は呼び止める事が出来なかった。

空「あ、茜さん!? あの子、走って行っちゃいましたよ!?」

 入れ替わりで、空が病室に駆け込んで来る。

 その手には三本のボトル飲料。

 それを買いに行ったものの五分足らずの出来事だった。

茜「…………私は……私は、何をやっているんだっ!」

 茜は自らの不甲斐なさと残酷な行いに、握り締めた拳で自らの膝を叩いた。
406 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:48:43.26 ID:fbiOu5Nro
 一方、病室を飛び出したミッドナイト1は深く俯き、
 無表情のまま滂沱の涙を溢れさせ、行く当てもなくフラフラと走り惑っていた。

 既に病室外への外出が許可されていた彼女は、
 自分よりも背の高い大人ばかりの医療部局で表情を悟られる事なく、人波を縫って走る。

M1(友達……じゃ、なかった……友達だと……思っていた……)

 その思考だけを、頭の中で反芻するミッドナイト1。

 友達だと思い込んでいたのは自分だけで、茜はそうではなかった。

 混乱したミッドナイト1は、茜と行き違ったまま最悪の結論に達してしまったのだ。

 無論、茜はそうではなかった。

 改めて友人として付き合って行くため、罪を告白したに過ぎない。

 だが、言うべき瞬間に、言葉を発せなかった。

 たった一つ、時間にして二秒程度の時間で、完膚無きまでに行き違ってしまったのである。

 俯いて走り続けていたミッドナイト1は、足をもつれさせて転ぶ。

M1「あ……っ!?」

 痛みの悲鳴を堪え、倒れる。

 何とか、受け身は取れた。

 だが――

M1(痛い……)

 激しい痛みに、ミッドナイト1は倒れたまま立ち上がれずにいた。

 身体の痛みではなかった。

 胸の奥から湧き上がる、痛み。

M1(マスターに捨てられた時は……真っ暗になっただけだった……)

 ユエに切り捨てられ、自分の存在意義を見失った時は、何も感じなかった、何も感じられなくなった。

 だが、今は……茜に突き付けられた言葉は、真実は、痛かった。

M1「痛い……痛い……」

 ミッドナイト1は倒れ伏しながら、譫言のように呟く。

 肉体的な痛みは、治癒促進や身体強化でいくらでも我慢する事が出来た。

 だが、この痛みは、到底、我慢できる類の物ではなかった。

 存在意義を失って空っぽになるよりも、友達を失った痛みの方が、ミッドナイト1には耐えられなかったのだ。

M1「いたい……いたい、よぉ……」

 生まれて初めて、誰かに痛みを訴えかけるように弱音を吐いた。
407 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:49:18.58 ID:fbiOu5Nro
 胸が痛い。

 張り裂けるように、痛い。

 こんなに痛いのなら――

M1(友達なんて……)

 こんなに苦しいのなら――

M1(欲しく……なかった……)

 失うと言う事が、こんなにも胸を穿つなら――

M1(最初から……)

 ――生の実感など……命など、欲しくなかった。

M1「………ぅ、ぅっぁぁぁぁ……っ」

 俯せのまま、張り裂けるように軋む胸を掻きむしりながら、ミッドナイト1は長い嗚咽を漏らす。

 生きている事が楽しいと、空と茜に会うのが楽しいと、ようやく思えて来たのだ。

 友達と言う言葉の意味を知り、二人が友達だと、心から思えたのだ。

 だが、その全てが、茜自身によって否定された。

 存在意義ではなく、存在理由を失ったように、ミッドナイト1は感じていた。

 生きて良いのではなく、生きていたい。

 そんな存在理由すら失ってしまった。

 まだ幼い身体に比べてすら未熟な心は、そんな悲鳴を上げ続ける。

 死にたい。

 そんな短絡的な思考が脳裏を過ぎった時、ミッドナイト1はふらふらと立ち上がる。

 行き止まりだと思っていた場所は、何かの隔壁のようだった。

 決して厳重でないその隔壁は、医療部局と格納庫を結ぶ負傷者搬送用直通エレベーターの扉。

 ミッドナイト1が歩み寄ると、自然とその扉は開かれた。

 彼女の魔力は登録コード03……クリスティーナ・ユーリエフに近い波長を持っていたため、
 その魔力を感知して開いてしまったのだろう。

 だが、そんな理屈とは関係なく、ミッドナイト1にはそれが大きく口を開けた黄泉の門に見えていた。

 エレベーターに足を踏み入れると、直通エレベーターは自動で降下を始める。

 高速エレベーターだが加速によるGは感じない。

 二分と経たずに最下層……格納庫に辿り着いたエレベーターは、音もなく開かれた。

 整備班の喧騒と機械の作動音が身体に降り掛かり、俯いていたミッドナイト1は一瞬だけ身体を震わせる。

 だが、すぐにフラフラと歩き出し、僅かに首を動かして後は視線だけで辺りを見渡した。
408 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:50:06.87 ID:fbiOu5Nro
 オーバーホール中のオリジナルギガンティック達が並ぶ中、
 修繕とテスト起動を終えたばかりのアメノハバキリがハンガーに戻されていた。

紗樹「エンジンはこのまま暫く運転続けた方がいいんでしたよね?」

班長「ああ! お前さんの機体はエンジンを新品に乗せ換えたから、しばらく機関部の慣らし運転だ!
   慣らしと最終チェックを終えたら、こっちで止めておく!」

 コックピットハッチから顔を覗かせ、足もとの整備班長と大声で話し合っていたのは紗樹だが、
 ミッドナイト1は誰が誰かなど知らないし、知ろうとも思わない。

 紗樹は整備班長と二、三、言葉を交わすと待機室へと戻って行く。

 整備班長もハンガー脇のモニターを覗き込んでいる整備員に指示を出すと、自身は他の機体の整備へと向かう。

 ミッドナイト1は火の落とされていない、起動状態のままのアメノハバキリを見上げる。

 混迷を続ける彼女の思考は、そこで確実に死ねる方法を思いつく。

 ギガンティックで自身を握り潰す、と言う方法を、だ。

 下手にビルの屋上から飛び降りたり、刃物で急所を斬り付けるよりも確実な方法だろう。

 万が一、死の寸前に反射的に身体強化を行っても、ギガンティックの攻撃を防御できる筈が無い。

 自身の操縦するギガンティックの腕で、コックピットを貫けば、エンジンの爆発もあってより確実に死ねる。

 生身の人間では絶対に助からない方法だ。

M1(そうだ……そうしよう……)

 ミッドナイト1はフラフラと歩き出す。

 普段よりも沢山の人間で溢れかえっていた格納庫だが、先日からのオーバーホール作業に忙殺され、
 病衣を纏った小柄な少女の存在には誰も気付いていない。

 ミッドナイト1はリフトなどは使わず、身体強化した足でふわりと跳び上がり、
 開かれたままのハッチからコックピットに潜り込む。

 少々、シートは大きいが、問題なく扱えるようだ。

M1(……あの人、誰だったんだろうな……?)

 直前までこのシートに座っていたドライバーに、ミッドナイト1は少しだけ思いを馳せた。

 だが、すぐにその思いも消え去る。

 これから死ぬ自分には、もう何の関係も無い事だ。

 少女は何の感情も宿らない瞳で、統一規格の機械を動かして行く。

 以前に使っていたエクスカリバーよりもずっと扱いやすい構造だ。

 コックピットハッチは敢えて閉じない。

 その方が、死ねる確率も高くなる。

 ミッドナイト1は少しだけ、穏やかな表情を浮かべると、アメノハバキリの右腕を掲げさせた。

整備員A「お、おい! 263号機が動いてるぞ!?」

整備員B「何だ!? 動作異常……コックピットに生体反応……?
     ど、ドライバーが乗ってる!?」

 足もとの整備員達もようやく気付いたのか、慌てた声が聞こえて来るが、もう遅い。

 外部から緊急停止されるよりも先に、ミッドナイト1は外部との接続を遮断する。

 そして、掲げさせた右手を手刀の形にして、コックピットに向けて突き込む。

 目前まで迫る手刀に、死の恐怖は感じない。

 ただ、この胸の痛みから逃れられると思うと、僅かに安らいだ、だが哀しそうな表情を浮かべた。

 まだ知り合ってから半月ほどしか経っていない人達の顔が、次々と脳裏を過ぎる。

 空と茜の笑顔が脳裏を過ぎり、反射的に目を瞑った瞼の裏に鮮やかに浮かぶ。

 痛い。
 苦しい。

 そんな思いと共に。

 だが――
409 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:50:45.94 ID:fbiOu5Nro
?「エエェェェルゥゥッ!!」

 絶叫にも似た砲声が轟き、身体が、機体が激しく揺れた。

M1「ッ……!?」

 一瞬、手刀が自分を貫いた衝撃と勘違いしたミッドナイト1だったが、
 まだ自らの感覚がハッキリとしている事に気付き、彼女は慌てて目を開く。

 すると、開かれたままのハッチから見えたのは、
 他のギガンティックに腕を掴まれたアメノハバキリの手刀だった。

 エールだ。

 ブラッドラインが鈍色のままの緊急起動状態だったが、
 それでも体格と出力ではアメノハバキリよりも勝っており、
 手刀が触れる直前の、本当にギリギリの所でアメノハバキリを静止できたのである。

 視線を走らせると、空がハッチを開いてコントロールスフィアに転がり込もうとしている所だった。

 空は病室に戻った直後、茜から事情を聞き、茜と共にミッドナイト1を探していた。

 ミッドナイト1の魔力を探り、大回りで彼女よりも数分遅れて格納庫へとたどり着いた空は、
 そこでアメノハバキリに乗り込むミッドナイト1を見付け、
 嫌な予感に突き動かされるように愛機を緊急遠隔起動させ、
 エールの自律制御に任せて兎に角、アメノハバキリの静止を優先したのだ。

 結果はギリギリ、あとコンマ1秒でも遅れていれば間に合わなかっただろう。

 しかし、間に合った。

 そして、ドライバーが搭乗した事で、ようやく全身に空色の輝きが灯る。

空「こんな事……しちゃ駄目だよ!」

 空はハッチを開いたまま、ミッドナイト1に向かって叫ぶ。

 咎めるような口調だが、哀しそうな声は心底から自分を心配してくれる声だと、
 ミッドナイト1は感じた。

 だが、それだけに胸が、また張り裂けそうに痛む。

M1「だって……だって……いたい……いたいです……!
   こんなに痛いなら! 生きてなんていたくない! 死んでしまいたい!」

空「ッ!? 死にたいなんて、言わないでっ!!」

 空は、泣き叫ぶミッドナイト1の言葉に息を飲むと、怒声を張り上げた。

 自らの死を望む言葉は、痛く、苦しく、
 そして、姉の死を、フェイを喪いかけた一瞬を思い起こさせ、胸を締め付ける。

 知り合ってからまだ日も浅い、一度はエールを奪われ、矛すら交えた少女。

 だが、彼女の辛く哀しい身の上を知り、茜と共に親身に彼女と関わる内に、
 空にも同情だけではない親愛の情が芽生えていた。

 彼女の様々な質問に答え、話しをするのが楽しかった。

 そんな友人とも呼べる少女が自ら死のうなど、見過ごせる筈が無い。

空「あなたが死んだら哀しいよっ!
  あなたが死んだら……そんな事、考えるだけで苦しいよ……!」

 空は泣きそうな顔で懇願するように叫ぶ。

 その声に宿る感情に、ミッドナイト1は少しだけ胸の痛みが治まるのを感じる。

 だが、茜に拒まれたと勘違いしたままの心は、再び痛み、疼き始めた。

M1「でも……でも、もう嫌ぁ……っ!」

 愛されて、拒まれて、愛されて……。

 そんな繰り返しで錯乱した少女は、乗機の左手を掲げ、今度こそ自らの命を絶とうとする。

 しかし、その左手も、エールのもう一方の腕で押さえつけられてしまう。

M1「放して……放して下さい!」

 ミッドナイト1はエールの腕を振り払おうとするが、出力の差で振り払う事が出来ない。

空「茜さんっ! 今です!」

 空は振り回されないように踏ん張りながら、足もとに向かって叫んだ。
410 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:51:24.29 ID:fbiOu5Nro
 するとその直後、エールとアメノハバキリの間……
 二機のハッチの中間点に魔導装甲を纏った茜が姿を現した。

M1「あ、アカネ……!?」

 ミッドナイト1は愕然と叫び、身を震わせる。

 茜もまた、空と共にこの場に来ていたのだ。

 そして、跳び上がった茜はアメノハバキリのコックピットハッチに取り付く。

 ミッドナイト1は慌ててハッチを閉じようとするが、ハッチが閉じられるよりも先に、
 茜がコックピット内に転がり込む。

茜「やっと……追い付けた……!」

 茜は息を切らして声を吐き出す。

 息を切らせるほど走ったワケではないが、
 さすがに組み合った二機のギガンティックの間を跳び上がるのは肝を冷やした。

M1「来ない……で、下さい……」

 ミッドナイト1はワナワナと震えながら声を絞り出し、
 自らの肩を掻き抱くようにしてシートに身体を押し付け、少しでも茜から離れようとする。

 そのミッドナイト1の態度に、茜は哀しそうな顔を浮かべた。

茜「……空君に怒られたよ。
  ちゃんと説明しないから誤解される、って………。

  当然だな……感情任せに一方的に言えば、誤解させるに決まってる……」

 茜は泣きそうな顔で自嘲気味に言うと、
 コントロールパネルを乗り越え、ミッドナイト1に身体を密着させた。

 そして、震えるミッドナイト1を優しく抱き締める。

 また、痛みが増し、だが、それと同時に痛みが和らごうとする。

M1「……あ、アカネ……?」

 不思議な感覚に、ミッドナイト1は茫然自失気味に茜の名を呼んだ。

茜「私は……お前に、ずっと謝りたかったんだ……」

 そして、その呼び掛けに応えるように、茜はミッドナイト1の耳元で呟く。

 涙ぐんで震える声には、優しさと、慈しみと、そして、後悔の響きがあった。

茜「お前を利用しようとして……すまなかった……。

  でも、信じてくれ……私は、お前を助けたかった……!
  あんな……あんな酷い場所からお前を助けたかった……!

  でも、私はお前を助けられなかった……!」

 強く、強く抱き締めながら、茜は悔恨の声を漏らす。

 助けたいと願い、決意しながらも、それを行動に移す事が出来なかった。

 ユエの呪縛からミッドナイト1を解き放ったのは、彼女を倒し、ユエすらも討ち果たした空だ。

 だが、ミッドナイト1にとっては、
 存在意義を失って空っぽになった自分を救ってくれたのは、茜であった。

 そして、また、空っぽになりかけた心に、注がれる――

茜「わたしは……私は、お前と本当の友達に……なりたかった……!」

M1「ッ!?」

 ミッドナイト1は目を見開き、身体を震わせる。

 ――その、暖かな言葉が。
411 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:51:58.25 ID:fbiOu5Nro
 抱き締めてくる茜の腕の力が増し、痛いほどだ。

 だが、不思議と胸の痛みが和らいで行く。

 そして、悟る。

 罪を告白した茜の苦しそうな表情の意味を……。

 茜も、痛かったのだ。

 ずっと、ずっと痛くて、苦しかった。

M1「う……ぅぅ……っ」

 茜に抱き締められながら、ミッドナイト1はさらなる涙を溢れさせる。

茜「死にたいなんて、言わないでくれ………!
  お前が死んだら……私は……私はぁ……!」

 それ以上は言葉にならず、茜の口からも押し殺した嗚咽が漏れた。

 抱き締める力の強さは……茜の心の痛みの顕れ。

 そして、その強さはミッドナイト1の砕けた心を……友人との行き違いでひび割れた心に、
 暖かい物を注ぎ、満たして行く。

M1「アカネ……アカネ……あかねぇ……うぅぅ、ぁぁぁぁぁ……っ!」

 ミッドナイト1は茜の肩に自分の頭を預け、泣きじゃくった。

 ひび割れた心に染み渡る暖かさが嬉しくて、茜が自分の思った通りの人だった事が嬉しくて、
 そんな茜を疑ってしまった自分が申し訳なくて……。

 ミッドナイト1も、震える手で茜を抱き締める。

 謝罪と、赦しと、感謝と、そんな全てが混じり合った思いで……。

 すると、不意に閉じられていたハッチが外部から開かれ、機体の手を通じて空が顔を覗かせる。

空「……良かった、二人とも……」

 空は泣きじゃくりながら抱き締め合う二人の様子から全てを察すると、
 胸を撫で下ろし、安堵と嬉しさで涙を滲ませた。

M1「ソラぁ………そらぁぁ……」

空「うん……ここにいるよ……」

 ミッドナイト1が泣きじゃくりながら空の名前を呼ぶと、空は涙で濡れた目で優しく微笑んだ。

 友達がいた。

 自分の事を本気で心配して、こうしてぶつかり合ってくれる友達が。

 本当の友達になるために、自らの罪に押し潰される苦しみと立ち向かってくれた友達が。

 自分が一人じゃない、そう思えた時、ミッドナイト1の胸の痛みは消えていた。

M1「ぁぁああぁぁぁぁ、うぅぁぁぁ……っ!」

 空に見守られ、茜に抱き締められながら、ミッドナイト1はいつまでも泣きじゃくり続けた。


 茜の罪悪感と、二人の行き違いから始まった大事件は、そうして終わりを告げた。

 迷惑をかけた医療部や整備班、機体を勝手に使って傷つけた紗樹への謝罪などの一幕もあったが、
 空や茜も当事者として謝罪に同行した事は、逆に三人の繋がりを強めたと言えるだろう。


 そうして、また、三日の日々が過ぎた――
412 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:52:38.97 ID:fbiOu5Nro
―5―

 7月27日土曜、早朝。
 ギガンティック機関、ブリーフィングルーム――


 小さなテーブル付きの椅子に座る空達ギガンティック機関所属ドライバー七人に、
 ロイヤルガードから出向している茜達四人、そして、オペレーターチーフ達五人が左右に並び、
 中央に明日美とアーネストが並ぶ場に、一人の少女が緊張した足取りで入って来る。

 不安と期待と、大きな喜びの入り交じった微かな笑みを浮かべ、空達の前に立つ。

 そう、その少女とはミッドナイト1だ。

 ギガンティック機関ドライバーに支給される白い制服を身に纏い、
 小さな身体でしっかりと立ち、仲間達に一礼する。

明日美「自己紹介……は、全員済んでいるわね」

 明日美は視線で部下達を見渡すと、ここ数日の事を思い返して微笑ましそうな表情を浮かべた。

 ミッドナイト1がギガンティック機関への入隊を自ら申し出たのは、二日前の夜。

 彼女から今後の身の振り方について相談を受けた空と茜が、
 隠しきれずに話してしまった直後の事である。

 ミッドナイト1は二人の側にいられる事、
 そして、自らの力を活かせる仕事と言う事で、ドライバーの道を強く望んだ。

 無論、空と茜も危険な仕事である事、強い意志がなければ続けていけない仕事だと説得もした。

 だが、彼女は頑として譲らず、友達を……空と茜を支えるために戦う事を望んだのである。

 それ以来、すぐに会いに行けると言う理由で、
 ひっきりなしのお見舞いにかこつけた自己紹介が行われたのだ。

 そして、彼女の右手首には、空から譲り受けたクライノートのギア本体。

 クライノートもまた、仮の主ではなく、
 大切な仲間のために戦う意志を示した少女を、新たな主として認めたのだ。

クライノート<さあ、挨拶を……マスター>

M1<分かりました……クライノート>

 クライノートに思念通話で促され、ミッドナイト1は姿勢を正した。

M1「203ドライバー、美月・フィッツジェラルド・譲羽です」

 そして、深々と頭を垂れる。

 美月・フィッツジェラルド・譲羽――美月【みつき】。

 それが、彼女の新たな名前。

 記号と数字の組み合わせのような名前ではなく、大好きな夜空に浮かぶ“月”の一字を持った名前。

 そして、後見人である明日美から貰った、フィッツジェラルド・譲羽の名。

美月「どうぞ、よろしくお願いします」

 顔を上げたミッドナイト1……いや、美月は、やっと表せるようになった微笑みを浮かべて言った。

 かつて、ミッドナイト1と呼ばれた少女は、
 新たな愛機と名を授かり、大切な友達のために今、新たな道を歩み始めたのであった……。
413 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:53:48.70 ID:fbiOu5Nro
 同じ頃。
 第四フロート外殻部、旧第四フロート第三空港施設――


 使う者もいない外界との緩衝地帯にしか過ぎない空港に、幾人もの人の声と作業音が響き続ける。

 かつては航空機の並べられていた格納庫に並ぶのは複数体の大型と、それらを上回る超弩級ギガンティック。

 そして、それらのギガンティックが並べられた最奥……研究者達が集う区画に、そのカプセルはあった。

 人間一人が余裕で入れるほど大きなカプセルの回りに並び、カプセルの様子を見守る研究者達。

男「八……七……六……五……四……三……二……一……ゼロ!」

 その中にいた一人の男がカウントダウンを終えると同時に、カプセルは空気を吐き出すような音と共に開かれた。

 カプセルの中から現れたのは、黒いボディスーツに身を包んだ、三十代半ばほどの男。

男「覚醒まで百三十五時間……予定通りです。主任」

 その男の元に、カウントダウンをしていたのとは別の研究者が歩み寄り、彼に白衣を手渡す。

 その研究者は、かつて、テロリスト達の拠点となっていた旧技研で、
 ユエに403と404の最終調整の進捗報告を行った男だった。

 そして、彼が主任と呼んだカプセルの中から現れた男は、どこか死んだ筈のユエ・ハクチャに似ている。

 ユエににた謎の男は白衣を羽織り、研究者達を見渡す。

??「出迎えご苦労、諸君……。さあ、各自、作業に戻りたまえ」

 謎の男がそう言って労い、促すと、研究者達はそれぞれの作業へと戻って行く。

 研究者達は口々にお互いを鼓舞し合い、その士気は非常に高いようだ。

 それもこれも、彼がカプセルから姿を現した事が関係しているようだった。

男「早速ですが、進捗状況を報告させていただきます。
  量産型は現状、二機が完成。405も各駆動部の最終点検に入っています」

??「ふむ……ここまでは予定通りか」

 進捗報告を聞きながら、謎の男は満足そうに何度も頷く。

男「403、404の戦闘データも解析は九割完了。
  現在は全体の八割の人員を投入し、主任から……いえ、AIユエ・ハクチャからの最終指示通り、
  大型トリプルエンジンをトリプル・バイ・トリプルエンジンに改造、換装する作業を続けています」

??「実用化は間に合いそうかね?」

男「現在は難航しています。そちらの進捗は予定の三割も進行していません」

 進捗報告を続けていた科学者は、謎の男の質問に申し訳なさそうに答えた。

??「では、そちらは私が受け持とう……」

 謎の男はそう言って“言い出したのは私だからな”と付け加えた。

 まるで、自分がユエであるかのような物言い。

 だが、ユエは空達との闘いで木っ端微塵に破裂し、スクレップと共に消えた筈だ。

 それは間違いない。

 では、ここにいる男は一体、何者なのか?

 そして、研究者が口にしたAIユエ・ハクチャとは?

??「……さあ、始めよう。
   コンペディション……その最終段階に向けた準備をね」

男「はい、月島主任!」

 大仰に言い放った男を、研究者は確かにそう呼んだ。

 月島、と。


第23話〜それは、人形のような『傷だらけの少女』〜・了
414 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:57:59.01 ID:fbiOu5Nro
今回はここまでとなります。

ついでに安価を置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280
第21話 >>288-320
第22話 >>325-359
第23話 >>379-413

特別編 >>366-374
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/17(水) 22:27:47.59 ID:uvfV4JGs0
乙ですたー!
いや、ミッドナイト1改め美月タソ、自分の居場所も、支えてくれる人も、支えたい人も得られて何よりです。
クライノートも新たなマスターゲット出来ましたしね。
友達の定義の所は、色々と考えさせられました。年を経て大人になってしまうと「友達は利用してはいけない」と言う事の大切さも忘れがちになるものです。
リアルで友達には助けられてばかり身としては、果たして自分は”利用”はしていないか?助けてもらった分を返せているのか?と思わされました。
それでも、奪われて壊されるばかりだった過去の関係より、今はずっと互いに互いの力になれる関係を築けているとは思いたいものです・・・薄い本作ったりとかww アイデア出し合ったりとかww
そしてユエぇぇえええ!?
こ、これはもしや、テ○ホークスのナインスタイン司令?いや、キャプテンスカーレットか、はたまた某長寿ヒーロー漫画の真のツンデレヒロインア○トムさんか!?
次回も楽しみにさせて頂きます。

追伸:ブラギガスはググっても幸せになれるとは限りませんよ!限りませんからね!!
416 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/18(木) 04:49:50.93 ID:AmMHGqCzo
お読み下さり、ありがとうございます。

>美月@支えてくれる人も、支えたい人も
茜や空との関係ありきでここまで積み上げてきましたからねぇ。
出来るだけ自然に着地できたと思いたい物ですがw

>クライノートも新たなマスターゲット
ずっと空の代車と言うワケにもいきませんしねw
実際、空の能力的にはエールの方が性能面で合致するので、本当にメンテ中の代車にしかなりませんので。

>友達の定義
正直な話、コレの考え過ぎと畑仕事が重なって丸二週間ほど筆が止まっておりました。
特に美月は精神面ではほぼゼロ歳相当の純真な子ですし、あまりドロドロしたのもアウトだろうし、
かと言って踏み込まないとあの騒ぎまでは持っていけないだろうし、と。
結果的に「やったらアウト」「やられたらアウト」のシンプルな所に収めたつもりです。

>友人関係
創作活動で協力しあえる友人ってのは得難い物ですよね。
趣味が同じか嗜好が同じか性癖が同じかの三択に集束する内容を話し合いますし。
浅く見えて存外、深い部分の話だと思います。

>ユエ
推理物では無いので結編を読み返すと回答が出ております。
あと……ツンデレに関しては謎の完全一致ですw

>次回
12話以上に長くなりそうなので多分、投下を二回に分けますorz
そうしないと三ヶ月とか空いてしまう可能性も………。
第二部、こんなにやり残した事が多かったのかとやり残しを箇条書きにして戦慄しております。
次回までにはちょいちょい名前だけが出ていたギガンティックの登場になるかと……。

>ブラギガス@ググるなよ!絶対ググるなよ!
よーし! ……………………わたしは なにも みなかった なにも ナニモミテナイワ
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/19(金) 21:00:45.62 ID:r2mVyDOqO
このスレに注目
P『アイドルと入れ替わる人生』part11【安価】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1434553574/
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/16(木) 00:23:05.71 ID:P6UtN6b30
捕手
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/19(日) 20:25:24.24 ID:td6LGtrLo
保守ありがとうございます。
24話の前半部分を投下します。
420 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:26:03.34 ID:td6LGtrLo
第24話〜それは、受け継がれる『虹の意志』〜

―1―

 2048年1月9日。
 メインフロート第一層、第一街区――

 廃墟然としたビル街に、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号が谺する。

 そんな中、一際大きな悲鳴が上がった。

???『っ……ぅぁぁぁぁぁぁっ!?』

 余りの激痛に、押し殺そうにも押し殺せない悲鳴を上げているのは208ドライバー、
 アルフレッド・サンダース。

 寮機を庇い、愛機であるカーネルの右腕と右脚を失った。

 それだけならば良かったが、右の腕と脚を失った愛機はダメージによるシステムダウンを起こし、
 外部操作による魔力リンク切断が不可能となってしまう。

 自らの意志でも、外部からの操作も受け付けないまま魔力リンクは続く。

 気絶する事が出来たら即座に魔力リンクは自動切断されていただろうが、
 余りにも酷い激痛が彼の意識が途切れる事を阻んでいたのだ。

明日華『アルフさん!? アルフさん……しっかりしてぇっ!?』

 仲間の身を呈した犠牲で、何とか巨鳥型イマジンを討ち破った202ドライバー、
 明日華・フィッツジェラルド・譲羽が悲鳴じみた声で呼び掛ける。

 だが、アルフも彼女の声に応える余裕などなく、呻き声と悲鳴を交互に上げ続けるだけだった。

 殆どパニックに陥った明日華は誰かに助けを求めようと辺りを見渡したが、状況はそれを許さない。

アーネスト『明日華君! 君はそのまま明日美さんの援護に向かうんだ!』

明日華『あ、アーネストさん……でも、でもぉ……!』

 オペレーターチーフのアーネスト・ベンパーに、半ば怒鳴るように促されるが、
 こんな状態のアルフを放り出すワケにもいかず、明日華は困惑の声を上げる。

 ドーム内への三体ものイマジンの同時侵入を許してしまった戦況は最悪と言っていい。
421 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:26:41.31 ID:td6LGtrLo
 僅かに離れた場所……皇居前の広場では、本條勇一郎の駆る210・クルセイダーと
 藤枝尋也の駆る206・突風が巨大なカメ型イマジンとの激戦を未だに続けていた。

 見かけ通りに足が遅く、防御力も高いカメ型イマジンを、
 何とかクルセイダーの有効射程距離にまで導こうと必死なのだが、
 軽量級の突風・竜巻の攻撃ではその作戦も上手くいかない。

 そして、皇居上空では、姉・明日美が今もたった一人で巨大な人型ギガンティックとの戦闘を続けている。

 この危機的状況で困惑などしていられる余裕など無いのだ。

 だが――

明日美『明日華! 勇一郎君と尋也君の援護に向かいなさい!』

 通信機越しに響く姉……明日美の声に、明日華はビクリと肩を震わせた。

明日華『で、でも……明日美お姉ちゃん……』

明日美『あのイマジンがあのまま真っ直ぐ行ったら何があるか、考えなさい!』

 困惑気味に反論しようとした妹を、明日美は鋭い声で叱りつける。

 カメ型イマジンは皇居正門前で構えなければならないクルセイダーと、
 誘導しようとする突風・竜巻を無視し、街を蹂躙しながら好き勝手な方角に歩みを進めていた。

 そして、今目指す先にあるのは住宅街と、小高い丘に建てられた……姉と自分の自宅に併設された孤児院だ。

明日華『……アリス……お姉ちゃん!?』

 明日華は愕然と漏らす。

 そうだ。
 あの場にはもう一人の姉とも言うべきアリスがいる。

 重量級のカメ型イマジンは、避難シェルターごと建造物を蹂躙していた。

 孤児院の地下にはこの周辺のシェルターよりも一際頑丈なシェルターが存在している。

 だがいくら一般用よりも頑丈なシェルターでも、
 このままカメ型イマジンの侵攻を許せば、被害は甚大な物となるだろう。

 そして、その被害の中には自分の大切な人々も含まれるのだ。

 その事に気付かされ、最悪の想像に明日華は思わず身を竦める。

明日美『動きなさいっ! 明日華っ!』

明日華『は……はいっ!』

 そして、姉に促され、明日華は何とか気を取り直して応えると、尋也と共にカメ型イマジンの誘導へと移った。
422 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:27:39.64 ID:td6LGtrLo
 一方、皇居上空での戦闘を続けていた明日美と彼女の駆る200・ヴェステージは、
 劣勢を強いられていた。

 両親の……母譲りの飛行魔法の才と父譲りの空間認識能力の高さを活かし、
 決して飛行を得意としないヴェステージであっても十全な空戦ポテンシャルを誇った明日美だが、
 敵の戦闘能力は彼女達のさらに上を行っていた。

 本来ならば白と紫の美しいコントラストが映える躯体に、藤色の輝きが宿る美しい機体のヴェステージだったが、
 今は全身に深浅を問わぬ細い傷が走っている。

 深い物はブラッドラインの表層を切り裂き、
 藤色のエーテルブラッドが血のように滲み、溢れ出している箇所もあった。

 対峙するのは人型をしたイマジン。

 長身痩躯の全身にのっぺりとしたボディスーツを思わせる赤黒い装甲を貼り付けた、
 どこか甲虫を思わせる特徴を併せ持ったイマジンだ。

 その腕は肘から先が鋭利なナイフのようになっており、
 空中を自在に飛翔してのすれ違い様の斬撃は恐ろしい切れ味を誇る。

 現に結界装甲すら突破するその攻撃は、既にヴェステージの戦力を半分以上もそぎ落としていた。

明日美「ヴェステージ……稼働状況は?」

ヴェステージ『腕部四一パーセント、脚部一八パーセント、左足に至っては滑落寸前なのである』

 息を上げながらも何とか問い掛けた明日美に、ヴェステージは尊大な口調ながらもどこか悔しげに返す。

 メガフロートでの籠城戦が始まってから十七年。

 百以上に及ぶ戦いで勝利を収め続けて来た無敗のオリジナルギガンティック、
 その中でも最優とされる明日美とヴェステージがここまで追い込まれたのは初めての事だ。

ユニコルノ『明日美、地上に降下して四対二の共同戦線を展開すべきです』

 明日美本来の愛器であるユニコルノも、主と相棒の身を案じてそんな提案をいつになく強い口調で言う。

 機動性はこちらを大きく上回り、腕の刃の切れ味は結界装甲すら切り裂く。

 普段通り、多対一の状況に持ち込めれば多少の苦戦で済んだろうが、
 三体のイマジンが同時にメガフロート内に侵入する異例の事態に加え、第一街区の被害も看過できないレベルだ。

明日美「このままコイツを下に下ろすワケにはいかないわ……」

 明日美は横目で眼下の状況を見遣ってそう言うと、歯を食いしばり、腕を動かす。

 全身を切り裂かれながらも最低限の魔力リンクを残しているため、思い通りに動きはするが、
 身体を動かすだけで激しい痛みが全身を駆け抜ける。

明日美「それに、下手に動いて皇居にでも降りられて被害が出たら、
    結界を失って人類はメガフロートにすらいられなくなるわよ……」

 明日美は痛みを堪えて、何とか言葉を吐き出す。

 メガフロートを守る最重要結界の施術と維持は、高い魔力と魔導資質を誇る皇族・王族に拠る物だ。

 無論、メガフロートの外殻を構成する超高密度のマギアリヒト装甲もイマジンを押し留めるのに一役買っているが、
 それらの同化・吸収を押さえ込んでいるのは外殻に施術された結界である。

 その結界を失えば、このNASEANメガフロートはイマジンによってあっという間に食い破られてしまう。

 仮に、上手く地上まで誘導できたとしても、地上はカメ型イマジンによる蹂躙の被害も止まず、
 甚大なダメージを負ったアルフとカーネルは今も動く事がままならない。

 そんな状況でこんな難物を下に連れて行けば被害は拡大する一方だ。

 今は敵を牽制して上空に引きつけ続けなければならない。
423 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:28:24.43 ID:td6LGtrLo
明日美「ッぅ、さあ……そろそろインターバルを切り上げて、また始めましょうか」

 明日美は気迫で痛みをねじ伏せると、そう言って苦悶混じりの不敵な笑みを浮かべた。

イマジン『Rrr?』

 外部スピーカーを通した声は人型イマジンにも通じたのか、珍妙な鳴き声と共に首を傾げて来る。

 こちらがイマジンの攻撃を待っていたのではない、あちらが明日美が動くのを待っていたのだ。

 目の前の紫色は自分が遊ぶに足る“オモチャ”か、それとも取るに足らない“ガラクタ”か……。

 明日美が激痛を堪えて動きを止めた時間を、単なる品定めの時間に費やしていたのである。

 そう、余裕綽々で。

 どうやらイマジンはコチラを“オモチャ”として認識してくれたらしく、楽しそうに腕をぶらぶらと振り始めた。

明日美「随分とナメてくれるわね……」

 格が違うとでも言いたげなイマジンの挑発を受けながらも、明日美は視線をイマジンの全身に走らせる。

 安い挑発に刺激されるようなちんけなプライドは、後悔を糧に二十二を手前にして全て捨てて来た。

 むしろ“そうやってナメてくれればコチラに勝機が巡って来る”と、冷静に相手を見られるまでになっていた。

 何処に活路があるか、何が活路となるか、それをしっかりと見極めなければならない。

 明日美はいつ相手の攻撃が来ても対処できるようにと身構えながら、活路を見出すその一瞬を待つ。

 そして、人型イマジンが踊るように両腕を振り始めてからきっかり十秒後、イマジンは動いた。

『Rrr……Rrrrrrッ!』

 前傾姿勢を取ったと思った瞬間、イマジンはヴェステージに向けて猛然と飛翔する。

 しかし、明日美は動じない。

明日美(モーションはやはり全て同じ……前傾姿勢から背面で魔力を爆発させるような高速移動!)

 明日美はそれまでに見て来たイマジンの動作を思い浮かべつつ、敵の動きを観察していた。

 攻撃は恐ろしく早いが動きは単調だ。

 それは既に見切っている。

 だからこそ、次は斬撃が命中する瞬間を見極めなければならない。

 明日美は最初の一撃で最も深く傷つけられ、滑落寸前となった左足を振り上げ、そこに攻撃を誘導した。

明日美「左足の全魔力リンクカット、急いで!」

 明日美は通信機に向け、オペレーターへの指示を叫んだ。

 直後、斬撃と左足が接触する瞬間、僅かに走った激痛と同時に魔力リンクが解除され、
 左足だけ痛みが消え去る。

明日美「ッ!?」

 一瞬の激痛に顔をしかめつつ、明日美は切り裂かれて行く左足に目を凝らした。

 こちらもある程度、推測の出来ていた事だが、間違いない。

明日美(刃は見かけだけで高密度集束された刃が纏っている……。
    斬撃系魔法に特化した魔導師のような戦術、と言うワケね)

 殆ど動かなくなっていた左足を犠牲に、今までの推測に確信を得た明日美は、
 左足の接続部をパージさせて大きく距離を取り直した。

 覚悟を決めて目を凝らせば、今まで見えなかった物が見えて来る物だ。
424 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:29:06.65 ID:td6LGtrLo
明日美「ヴェステージ、ユニコルノ! 解析は大丈夫!?」

ヴェステージ『うむ、しかと見届けたのである!』

ユニコルノ『こちらも解析完了です』

 問い掛けに応えた二人の声と共に、明日美の思考に解析結果が流れ込む。

 激痛で魔力が鈍るような事が無かったため、解析された情報は今までよりもずっと鮮明だ。

 そして、やはりと言うべきか、解析の結果も高密度集束された魔力の刃と言う回答を出していた。

オペレーター『解析結果、出ました!
       敵の武器は魔力を纏った鋭利な刃ではなく、
       刃周辺に発生している単分子並の薄さまで極限に集束された魔力刃です!』

 通信機を介して、戦術オペレーターからの詳しい解析結果も伝えられる。

明日美「極限まで集束された魔力刃……」

 その言葉を反芻しながら、明日美は思考を巡らせた。

 ナノ単位の微小機械であるマギアリヒトでも、さすがにそのサイズは単分子以下ではない。

 単分子並の薄さと言う事は、
 あの鋭い刃を構成しているマギアリヒトからさらに薄い刃が発生していると思っていいだろう。

 マギアリヒトそのものが刃を展開し、こちらのマギアリヒトや魔力の結合を断っている、と言った所だ。

 となると、スピード云々を抜きにしても防御は難しい。

 相手は魔力やマギアリヒトの構造体を切断する事に特化した、
 一種の呪具を両手に携えているような物なのだから……。

 だが――

明日美「どんな特殊な魔法も中身を知れば、いくらでも対処方法はあるわね……」

 明日美はその逆境の中にあって、不敵な笑みを浮かべた。

 そんな明日美から漂う雰囲気を感じてか、人型イマジンは右腕の刃を振り上げ、猛然と襲い掛かってくる。

 しかし、今度も明日美は動かない。

明日美「来たっ!」

 ただ、待っていましたとばかりに声を上げ、イマジンの振り下ろして来る右腕に注視した。

 大上段から脳天を叩き割る必殺の一撃だ。

 受け止める事も、防ぐ事も叶わないと分かったその一撃。

 頭部に受ければ先ず間違いなく一撃で終わってしまう。

 しかし、明日美は動じる事なくその一撃を見極め、両掌に魔力を集束して掲げた。

 そして、掲げた両掌の間をイマジンの刃が通り過ぎようとしたその瞬間、掌の間で魔力の爆発が巻き起こる。

 そう、明日美の魔力特性、特質型熱系変換特化の特性と魔力探知を活かした設置型の魔力爆弾だ。

 異質な魔力を検出した瞬間に両掌の間にある魔力が爆発するだけの単純な仕掛け。

明日美「今っ!」

 明日美はそう叫ぶと、爆煙の中でも魔力探知で捉え続けているイマジンの刃を両手で押し潰すようにして押さえ込んだ。

 もうお分かりだろう。

 真剣白刃取りである。

 受ける事も防ぐ事も出来ない筈の刃が、明日美の……ヴェステージの掌の間で完全にその動きを止めていた。

イマジン『RRッ!?』

 信じ難い光景にイマジンも驚愕の声を上げている。
425 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:29:53.29 ID:td6LGtrLo
 だが、それだけで明日美の反撃は終わらない。

明日美「爆ぜなさいっ!」

 明日美はさらに両手に魔力を集束し、集束魔力爆発の力を加えてイマジンの刃を叩き折った。

イマジン『RRRRRRrrrrrッ!?』

 刃にまで痛覚でも通っていたのか、イマジンは悲鳴を上げながら全身を振り乱し、
 折れた右腕を庇うようにヴェステージから大きく距離を取る。

 ありとあらゆる魔力とマギアリヒトの構造体を切り裂き、防御不可能と思われた刃。

 それがどうしてこうも単純に叩き折る事が出来たのか、その答えはイマジンの刃自身にあった。

 今までも明日美は防御のために結界や爆発を駆使してみたものの、それらは全て失敗に終わっていた。

 それはイマジンの刃に対して真っ向から挑んだためである。

 そこで解析結果を得た明日美は、確信を持って、刃に対して側面からの魔力を加えたのだ。

 要は“切り裂く”事だけに特化した単一作用の呪具だったため、
 正面からの攻撃や防御に対して無類の強さを発揮する反面、
 単一のマギアリヒトを縦に連ねただけの集束魔力刃は、側面から攻撃に対して非常に脆かったのである。

 だが、側面と言っても斜めからの攻撃はいなされてしまう可能性が高く、それほど効果的ではない。

 そこで明日美が考えたのが先ほどの設置型魔力爆弾だ。

 これならば正確に、かつある程度まで広範囲に側面からの攻撃が加える事が出来る。

 そうして集束魔力刃を相殺、無効化した後に真剣白刃取りで刃を受け止め、
 集束魔力刃が再生する前に叩き折ったのだ。

イマジン『Rrrr………rrrrrRRRRRッ!!』

 だが、人型イマジンが痛みを振り払うように嘶くと、瞬時に刃は再生してしまう。

明日美「さすがに……単純に起死回生の一手、とは行かないわね」

 その光景に目を見開きながら、明日美は悔しそうに漏らす。

 再生は一瞬、それも任意のタイミングで可能と見て間違いない。

 再生にどれだけの魔力を消費するか分からないが、自在に再生されるとなると恐ろしい物がある。

ヴェステージ『再度、後退しての合流と体勢の立て直しを進言するのである……』

ユニコルノ『明日美、さすがにこれは我々だけでは手に余ります』

 ヴェステージとユニコルノも、あまりの状況の悪さに再度の撤退を促す。

 だが、明日美は譲らない。

明日美「下の状況はまだ芳しくない……こんな状態でコレをあの子達の所に連れては行けないわ」

 明日美は下の戦況を見ながら呟く。

 戦線に明日華が加わった事で僅かずつだがカメ型の誘導が出来ているようだが、
 それでも未だに思うとおりに誘導できているワケではなかった。

 そんな状態で敵を増やせば、また元の木阿弥だ。

明日美「……相手のやり口が分かった以上、これからは時間稼ぎに専念よ」

 そう落ち着いた口調で言った明日美だが、
 その声音には時間稼ぎでは終わらせないと言う“熱”のような物が感じられた。

 可能ならば積極的に殲滅する。

 そう言った戦う意志のような“熱”だ。

 左足を失い、全身に浅くはない傷を負い、追い詰められ、激痛に苛まれながらも、
 明日美の戦う意志は挫けていない。
426 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:30:53.80 ID:td6LGtrLo
 そして、そこからは正に激闘であった。

 片手ではまた折られると悟った人型イマジンは両手での乱雑な攻撃に戦術を切り替え、
 明日美達に襲い掛かって来た。

 明日美はその攻撃に対して、ピンポイントでの魔力爆発によって集束魔力刃を無効化し、
 魔力刃を失ったイマジンの刃を魔力障壁で受け流し、隙あらば叩き折る。

 絶対不利の詰め将棋か針穴の糸通しをミス無く延々と続けているような感覚。

 与えられるインターバルは、敵の刃を叩き折った直後、
 イマジンが痛みを堪えてその刃を再生させるまでの僅かな時間。

 神経をすり減らし続ける戦局に於いて、それは十分な休息とは到底言えなかった。

 だが、明日美は耐え、千日手のような戦いを続ける。

 明日美も全ての攻撃を完全に無効化できているワケではない。

 極限まで集束された魔力刃を微かにでも無効化し損ねれば、
 想像以上の切れ味で防御した箇所を障壁ごと切り刻まれる。

 以前より深くはないが、それでも鋭く、激しい痛みを伴う。

 だが、明日美はその痛みを気力でねじ伏せ、戦いを続けた。

 そして、ついにその時が訪れる。

イマジン『RRRRRR――――ッ!?』

 もう何度目か、それとも十何度目かも分からないほどイマジンの刃を叩き折った時、
 いつものように痛みに悶えながら距離を取ったイマジンは、だがいつものように腕を即座に再生する事は無かった。

 痛みに悶えながらも叩き折られた腕を庇い、警戒するようにこちらを睨め付けて来るだけ……。

ヴェステージ『これは……遂に再生も弾切れであるか!?』

 長く続いた激戦に差した僅かな光明に、ヴェステージが歓喜の声を上る。

ユニコルノ『明日美、今です!』

 ユニコルノも冷静さをかなぐり捨てて叫ぶが、それよりも早く、明日美も動いていた。

 突き出した両手の間に無数の術式を展開する。

 拡散・集束・増殖の術式を編み込んだ多重術式の魔力弾を、動きを止めたイマジンに向けて放つ。

 亡き母の使う最強儀式魔法と、亡き父の魔力の特性を併せ持ち、亡き師によって高められた才能と、
 去って行った師の元で極限まで磨き上げた、明日美・フィッツジェラルド・譲羽最強の儀式魔法。

明日美「その片腕だけの刃で防ぎ切れるものなら防いでみなさいっ!」

 イマジンの激突した多重術式の魔力弾は、明日美の声と共に散らばり、
 術式の作り出した結界がイマジンの全身を覆い尽くす。

明日美「爆ぜなさいっ!」

 そこに起爆のための魔力爆発を叩き込むと、一斉に術式が反応を始めた。

明日美「インフィニート・エスプロジオーネッ!!」

 伊語で“無限大の爆発”を示すその名の通り、
 イマジンの全身を覆い尽くした術式から無数の指向性魔力爆発が、内部のイマジン目掛けて襲う。

 指向性爆発も一撃では終わらない、全ての術式が何十、何百と爆発を繰り返す。

 結のユニヴェール・リュミエールが魔力による魔力的対象完全相殺を目的とした魔法ならば、
 明日美のインフィニート・エスプロジオーネは魔力と爆発による魔力・物理を問わぬ対象完全消滅を目的とした破壊魔法だ。

明日美「ッ……ぐぅ……ぁ」

 無数の爆発に包まれ、術式結界の中で跳ね続けるイマジンの姿を見ながら、明日美は痛みの吐息を漏らす。

 内部の対象物が完全消滅を迎えるか、注ぎ込んだ魔力が切れるまで爆発は終わらない。

 如何に魔力を切り裂く事に特化したイマジンであっても、
 全周囲の至る方向から襲い掛かる指向性爆発を片腕だけで切り裂き続ける事は出来ない筈だ。

 もう、既に勝ちは揺るがない。
427 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:31:40.76 ID:td6LGtrLo
オペレーターB『ブラッド損耗率98.4パーセント、残魔力量1.3パーセント……
        セーフティ発動限界ギリギリです』

オペレーターC『安全地帯に降下次第、魔力リンクを切断します。
        譲羽隊長、そのまま回収可能地点まで降下して下さい』

 オペレーター達も微かな安堵混じりの声音で明日美に指示を出す。

明日美「……了解、このまま戦闘区域外に降下します」

 痛みを堪えながら答えた明日美は、再び地上に視線を向けた。

 どうやら地上でも決着は着いたようで、
 あの巨大なカメ型イマジンが崩れ去ってゆく光景が見える。

 まだ爆発を続ける最大の儀式魔法を警戒しつつも勝利を確信し、
 痛みの中で安堵の溜息を洩らそうとした明日美は、
 だがすぐに全身が総毛立つような殺意を感じて、身構えた。

 油断していたワケではない、慢心していたワケでもない。

 ただ――

イマジン『RRRRRRRRRrrrrrrrrrrrッ!!!』

 無数の指向性爆発を全方向から浴びせかけられながら、
 降下を始めたヴェステージに向けて、人型イマジンが襲い掛かって来た。

 ――イマジンの生命力が、それら全てを上回ったのだ。

 無数の爆発に包まれ、原型も留めぬほどボロボロになりながらも、
 その痛みを与えて来た明日美に……ヴェステージに復讐すべく、残った片腕を伸ばす。

明日美「ッ!?」

 愕然としながらも、明日美は防御の態勢を取った。

 先ほどまでと同じように設置型の魔力爆弾でイマジンの刃を覆う集束魔力刃を消し飛ばし、
 イマジンの刃を叩き折る。

明日美(よしっ!)

 敵の最後の攻撃を防いだ明日美は、会心の笑みを浮かべて心中で独りごちた。

 だが、それこそが真の油断と慢心であった。

 いや、それを果たして油断や慢心などと呼んで良かったのか、今となっても分からない。

 それでも、明日美がイマジンの最後の一撃を見誤ったのは確かだった。

 ザクリ、などと言う音などもなく、
 刃はヴェステージの胸と腹の間……コントロールスフィアがある位置を貫いていた。

明日美「ッ………………ゥァァァァァァァァッ!?」

 明日美が声ならぬ悲鳴を上げたのは、自らの腰を半分ほど切断している刃の存在に気付いた直後、
 切り裂かれてからたっぷりと二秒以上の時が過ぎてからの事だった。

 そう、切れ味抜群のイマジンの刃が……集束魔力刃を伴った刃がヴェステージと明日美の身体を貫いたのだ。

 だが、残る一本の刃は先ほど、明日美自身の手によって叩き折られた筈である。

 では、この身体を切り裂き、愛機を貫いている刃の正体は?

 それは、必殺の一撃の直前に叩き折った筈の刃だった。

 イマジンはあの連続魔力爆発の中、叩き折っていた筈のもう一方の刃を再生させていたのだ。

 錯乱の末の行動か、明日美達への復讐に専心した執念故の行動かは分からない。

 だが、既に存在していなかった筈の刃にヴェステージは貫かれ、明日美の身体が切り裂かれたのは事実である。

 その刃もすぐに霧のようなマギアリヒトの粒子に変わって消え去ってしまう。

 ヴェステージのエーテルブラッドも損耗限界を超え、機体内に残る全ての魔力を使い果たし、
 自身も魔力ノックダウン状態に陥った明日美は愛機諸共に、瓦礫だらけの街へと墜ちて行く。

イマジン『……R……R、rr……』

 その様を見届けながら、イマジンは最後の爆発と共に霧散して行った。

 直後、大音響と共に瓦礫の中に落ちた明日美は、遠のいて行く意識の中で自分の名を叫び続ける愛器と、
 必死に呼び掛けて来る妹の声を聞きながら、気を失った。

 そして――
428 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:32:20.34 ID:td6LGtrLo
 ――現在、明日美は見開くように目を覚ます。

明日美「ぅ、ぅ……」

 低い呻き声を漏らし、横たえていた身体を起こした明日美は、辺りを見渡す。

 ここは自宅……自身の経営するひだまりの家に併設されたログハウスにある寝室だ。

 どうやら、昔の夢を見ていたらしい。

 今は2075年の八月。

 実に二十七年以上も昔、実際に体験した出来事だ。

明日美「………久しぶりに、嫌な夢を見たわね……」

 明日美は自嘲気味に独りごちて、深いため息を漏らした。

 時刻は夜中の三時。

 出勤まではまだ三時間以上もある。

 比較的大きな仕事を片付け、執務に余裕が出た事で久しぶりに帰って
 自宅のベッドで眠れると思った矢先にコレでは堪った物ではない。

 よく見れば全身汗まみれだ。

明日美「本当に……嫌な夢……」

 明日美は先ほどまで見ていた夢を……その時の体験を思い出して、吐き捨てるように呟いた。

 アルフが右腕と右脚の自由を失ったあの日の激戦で、自分も愛機と子宮を失った。

 苦し紛れ――かどうかは分からないが、明日美はそう思っている
 ――にイマジンが再生させた刃は、コントロールスフィアを貫いて
 ヴェステージのハートビートエンジンを破壊し、明日美は片側の卵巣と子宮を大きく損傷した。

 アルフが元の身体を残してサイバネティクス手術を受けたように、
 自分にも人工子宮と置き換える手術を薦められたが辞退し、逆に残るもう一方の卵巣の摘出手術を受けた。

 少々、短絡的に思えたかもしれない判断だったが、三十を過ぎ、
 かつての月島勇悟以外で愛おしいと思える男性と出逢える事が無く、
 その機会ももう無いだろうと判断しての事である。

 その判断は結果として当たってしまい、結局、伴侶と呼べるような人間と出逢う事もなく今に至っていた。
429 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:33:05.29 ID:td6LGtrLo
 ともあれ、あの後、愛機を失った明日美は、戦線に復帰できるまで回復した後、
 当時の司令の要望と自らの意志もあって前線部隊の教官職に就く事となった。

 まだ若い妹や仲間達が、自分とアルフを失って三人だけになってしまった事への不安や、
 新たに配属される可能性もあったドライバー達に自分と同じ過ちを繰り返させたくない、そんな思いもあってだ。

 そして、その司令が数年して定年を迎えた後、優秀だが繰り上がりで副司令となるには
 まだ若いと判断されたアーネストに代わって副司令となり、十七年前に司令となって今に至る。

明日美「……色々と、あったわね……」

 明日美はかつてを思い返し、溜息がちに感慨深く呟く。

 最初の教え子であり、
 二代目のチェーロのドライバーであったアルバート・コネリーを失った十三年前の戦い。

 先代のエールのドライバーであり、
 アルフの元を卒業した後も自分の元で鍛え続けた朝霧海晴を失った一年前の戦い。

 妹や妹の幼馴染み達の訓練の相手もしてきたが、本当に教え子と言える者は三人だけ、
 その内で今も息災なのはマリアの先代であるプレリーのドライバーで、
 このひだまりの家から巣立って行ったリーザ・サンドマン……
 現タクティカルオペレーターの一人、アリシア・サンドマンの母だけだ。

 恩師、母、父、愛した男、可愛い教え子達。

 大切な人を喪ってばかりの苦しい人生だった。

 だが――

明日美「………」

 明日美はふと、ベッドサイドに置かれた大きな写真立てに目を向ける。

 古い写真は全てフォトデータに直し、妹の明日華に譲った明日美だったが、
 そこにはたった二枚だけ、古めかしくやや色褪せた写真があった。

 幼い自分とまだ若い両親の写った家族写真、生まれたばかりの妹を加えた家族写真の二枚。

 ――それでも、揺るがぬ決意を支えてくれる大切な思い出は胸の内にある。

 写真を眺めながら、不意に笑みを浮かべた明日美はベッドから起き上がる。

明日美(少し早いけれど……もう眠れそうにないわね……)

 汗まみれの身体と濡れたシーツではあと数時間を眠るのは難しい。

 シャワーで汗を流し、パジャマとシーツも洗濯しよう。

 明日美はそう決めると、少し早い出勤に向けて準備を始めた。
430 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:33:57.57 ID:td6LGtrLo
―2―

 ミッドナイト1が美月・F・譲羽に名を改めてから僅かに時は過ぎ、8月5日、月曜日。
 皇居正門前――


 二十七年も前に人類の命運をかけた大激戦の地となったその場所に今、
 巨大な正門を背に仁王立ちするクルセイダーと、その左右に並ぶ突風・竜巻、
 チェーロ・アルコバレーノ、そして、カーネル・デストラクター。

 そこから五キロほど離れた位置、広い交差点に立ち並ぶのは
 エール、クレースト、クライノート、ヴィクセン、アルバトロスの五機。

 全十機のオリジナルギガンティックが、その戦力を半々に分けて相まみえる光景は圧巻の一言だ。

 お互いの間に走る緊張感が伝わり、肌が引き攣るように感じる。

 それは、ギガンティックを駆るドライバー達も同じで、ある者は微かな不安を目に宿し、
 ある者は冷静に視線を走らせ、ある者はいつの間にか額に浮かんでいた汗を手の甲で手早く拭う。

 触れれば切れそうな緊張感が最高潮に達しようとした瞬間、エール……空が動く。

空「各機散会! 茜さんは左翼から風華さん、フェイさんは上空から瑠璃華ちゃん、
  美月ちゃん右翼からクァンさんとマリアさんにそれぞれマッチアップ!
  レミィちゃんは私と一緒に臣一郎さんを正面突破で!」

 空は仲間達に指示を飛ばすと、その場で即座にプティエトワールとグランリュヌを切り離し、
 レミィのアルバトロスMk−Uと愛機を合体させた。

レミィ「空、最初から全速力で行くぞ!」

空「お願いっ!」

 レミィの声に応え、空はクアドラプルブースターを噴かし、クルセイダーに向けて一気に肉迫する。

風華『させないわよ、空ちゃん、レミィちゃん!』

 だが、そこに風華と突風・竜巻が割り込む。

空(風華さん……やっぱりこっちの突進にタイミングを合わせて来た!?)

 お互いに加速力に優れる機体とは言え、後出しでタイミングを合わせられる所は、流石の一言に尽きる。

 だが――

茜『それはこっちの台詞だ!』

 二機の隙間を縫うように、茜とクレーストが飛び込んで来た。

 衝突を考慮してギガンティック一機分の隙間は確かにあったが、
 そこに迷うことなく飛び込んだ茜の胆力も流石と言えよう。

 クレーストの振りかざした槍の切っ先と、突風・竜巻の蹴り上げたブレードエッジがぶつかり合い、
 耳障りな金属音がけたたましく鳴り響く。

 そこで二機の動きは止まり、空達はその傍らを駆け抜ける。

瑠璃華『馬鹿正直な正面突破を許すワケないぞ!』

 しかし、いつの間にか左手側に展開していたチェーロ・アルコバレーノが、
 瑠璃華の声と共に拡散魔力弾を放ってきた。

 拡散範囲こそ狭いが、完全にエールの進行方向に的を絞った攻撃は、動きを止めなければ回避不可能だ。

 だが、空は構わず魔力弾のまっただ中に向けて突っ込む。

 半数以上が直撃する。

 そう思われた瞬間、エールの周囲を山吹色の輝きが覆った。

瑠璃華『フローティングフェザー!? フェイか!?』

フェイ『申し訳ありません、天童隊員。
    支援砲撃は全て封じさせていただきます』

 愕然として上空を見上げた瑠璃華の視界に、悠然と滞空するアルバトロスMk−Uの姿。

 そう、フェイが上空から支援してくれる事を見越して、空は敢えてスピードを緩めなかったのだ。

 さらに、フェイは愛機の腕を魔導カノンへと変形させ、
 地上のチェーロ・アルコバレーノに向けて無数の砲弾を放つ。

 瑠璃華も対空戦を始めざるを得ず、支援砲撃を任せられていたらしい瑠璃華と
 チェーロ・アルコバレーノはそこに釘付けにされてしまう。
431 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:34:39.90 ID:td6LGtrLo
 風華、瑠璃華の立て続けの邀撃を仲間の援護で退けた空達は、臣一郎に続く最後の関門、
 正門前広場の入口に立つカーネル・デストラクター……クァンとマリアの二人と対峙する。

クァン『スピードならそっちに分があるだろうが……!』

マリア『真っ向勝負の力比べなら、アタシらの方が上だよ!』

 待ちかまえるカーネル・デストラクターから、クァンとマリアの声が響く。

 マリアの言う通り、同じダブルエンジンの出力を速力と武装に回したハイパーソニックでは、
 その殆どを関節部の出力向上に割いたカーネル・デストラクターが相手となれば、力比べでは分が悪い。

 だが、それは空も想定済みだ。

空「美月ちゃん、お願いっ!」

 空は僅かにクアドラプルブースターの出力を下げて貰い、一瞬だけ減速する。

 すると、その頭上を跳び越え、背後からフル装備のクライノートが姿を現した。

 最大戦速のヴァッフェントレーガーに運ばれつつ、エールHSの背後に付いていたのだ。

美月『02、イグニション……!』

 美月はエールの頭上を跳び越えるなり、両腕に装着したロートシェーネスを起動し、
 巨腕後部のスラスターを噴かしてカーネル・デストラクターに飛び掛かる。

 巨大な拳同士がぶつかり合い、魔力の衝撃波が広場の立木を大きく震わせた。

 数々の武装のお陰でオールラウンダーに見えるクライノートだが、
 本体はそれらの武装に振り回されぬよう、高い安定性と強度を誇る。

 カーネル・デストラクターのマッチアップの相手として、これ以上の適役はいないだろう。

美月『ソラ、レミィ……行って下さい』

 美月は静かに言い放つと、腰部のドゥンケルブラウナハトから魔力砲弾を放つ。

 しかし、そこはオリジナルギガンティックでも最高硬度を誇るカーネル・デストラクターだ。

 ゼロ距離射撃とは言え、たじろがせるので精一杯だった。

 だが、それで十分である。

空「ありがとう、美月ちゃん!」

 空は美月に礼を言いながら、組み合う二機の傍らをすり抜け、
 遂に本丸とも言えるクルセイダーの正面に躍り出た。

 一方、クルセイダーは既に迎撃準備を整えており、
 青藍のエーテルブラッドがその手足を覆い、眩い輝きを放っている。

 いつでもエクステンド・ブラッド・グラップル・システム――
 E.B.G.S――を発動させる事が出来るだろう。

 ブラッドを機体外に放出、硬化、属性変換する事で生み出される、
 結界装甲そのものとも言える伸長する手足。

 クルセイダーは格闘戦専用で俊敏とは言い切れない大型機だが、
 その一点でただの格闘戦用ギガンティックと言い切れない性能を発揮する。

レミィ「ッ、時間をかけ過ぎたか!?」

 レミィもソレを警戒し、クアドラプルブースターを旋回させて強制減速させ、
 再度、距離を取ろうとした。

 だが――

空「レミィちゃん! このまま全速力! 皇居正門を落とせば私達の勝ちだよ!」

レミィ「そう言う戦略的な物言いは目をキラキラ輝かせて言う物じゃないだろっ!?」

 空の言葉で急制動を踏み留まったレミィだが、それを言った空の顔を覗き込んで思わず声を荒げる。

 空は臣一郎との真っ向勝負を楽しんでいるようだ。

レミィ「どうなっても知らないからな!」

 レミィは自棄気味に叫ぶと、落ちかけていたブースターの出力を最大にまで引き上げた。
432 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:35:31.45 ID:td6LGtrLo
臣一郎『勝負だ……朝霧君!』

空「はいっ! 本條隊長!」

 低い声で言い放つ臣一郎に応え、空は姿勢を低くして走り出す。

 対して、臣一郎……クルセイダーも腰を落として重心を低くし、両腕を大きく腰だめに引き絞る。

臣一郎『本條流格闘術奥義……! 轟ノ型参・改! 流水……!』

 込められて行く魔力に呼応して、腕を覆うエーテルブラッドの装甲が水へと変化し、激しく波立つ。

臣一郎『轟砕双打掌ッ!!』

 そして、突き出された一対の掌底打ちから激流が放たれ、真っ向から迫るエール・HSに襲い掛かった。

 掌底・掌打・手刀による目標の粉砕を目的とした轟ノ型。

 その奥義が第三、轟砕双打掌【ごうさいそうだしょう】。

 引き絞った腕から放たれる掌底打ちと言うシンプルだが、
 破壊力抜群の一撃に加えて、流水変換による激流の如き破壊力。

 生身のソレですら身の丈を上回る巨岩すら粉砕する一撃だ。

 イマジンやギガンティックは勿論、直撃すればオリジナルギガンティックですらひとたまりもない。

 だが、当たれば必殺のその一撃を、空は身体を大きく左側に傾けて避けた。

 突出した肩の装甲とアスファルトが接触し、火花と共にアスファルトが砕け散る。

 クアドラプルブースターの推進力と加速性能に任せた強引な回避だ。

 エール・HSの斜め上を、目標を見失った二筋の激流が駆け抜けて行く。

臣一郎『その程度で!』

 しかし、臣一郎もただでは引き下がらず、
 激流を放ちながら右腕は横薙ぎに、左腕は下に振り下ろして空達の逃げ道を制限する。

 空達から見れば足もとを左腕から放たれた激流が塞ぎ、右腕が頭上を塞いだため、逃げ道は一つ、
 このままさらに左側に跳ぶしかない。

 だが、いくら皇居前の広場に出たとは言え、左に大きく跳べば高層ビルの建ち並ぶ官庁街に飛び込んでしまう。

 頭から突っ込めば突進の勢いを殺されるどころか、さらに逃げ道を塞がれる事になるのだ。

空「……レミィちゃん! このままっ!」

レミィ「言うと思ったよ!」

 空は瞬時に判断し、抗議めいた声を上げるレミィの声と共に真っ直ぐに突っ込む。

臣一郎『ふんっ!』

 直後、臣一郎は一旦軽く振り上げた右腕を斜め下に向けて振り下ろし、
 殆ど倒れる寸前の体勢で駆けるエール・HSの脳天に向けて激流を叩き込まんとする。

空「ここ……だぁっ!」

 だが、空はクルセイダーの右腕が振り下ろされ始めた瞬間、最も速度の低い一瞬を見極め、
 左腕の裏拳でアスファルトを叩いて上体を無理矢理起こすと、クアドラプルブースターを噴かしてさらに肉迫する。

 しかし、その無理矢理な回避運動では臣一郎の追撃を回避するのは難しく、
 四基あるブースターの内、右上の一基が激流の直撃を受けて砕けた。

空「ッ!? れ、レミィちゃん!」

 魔力でリンクしている右肩胛骨に走った激痛を気合で押さえ込み、空はレミィの名を叫ぶ。

レミィ「レフト1、パージッ! ヴィクセンッ!」

ヴィクセン『オートバランス補正開始! まだ行けるわ!』

 レミィは即座に左上側のブースターを切り離し、ヴィクセンに姿勢制御を預けた。

 ヴィクセンは残った下側二基のブースターを最大まで広げてバランスを立て直させる。

 一瞬、大きく姿勢を崩された空とエール・HSだが、判断と立て直しが早かった事で大きな時間的ロスは無かった。

 ブースター破壊から体勢を立て直し切るまで四秒足らず。

 だが、その四秒足らずで臣一郎とクルセイダーもまた、完全に体勢を立て直し切っていた。
433 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:36:27.35 ID:td6LGtrLo
臣一郎『本條流格闘術、奥義! 轟ノ型壱・改! 炎熱……轟烈掌ッ!!』

 さらに、袈裟懸けに薙ぐような炎の手刀が振り下ろされる。

 だが、空は怯まずに突進を続けた。

空「うわあぁぁぁっ!」

 裂帛の気合を一声、クルセイダーの腰に向けて体当たりを見舞う。

臣一郎『ぬぅぁっ!?』

 推力が半分になったと言っても、それでも重量級のエールの体当たりに、
 さしものクルセイダーも僅かにぐらつく。

 だが、臣一郎も振り下ろす手刀の勢いを緩めてはいなかった。

 超高温の炎の剣と化した手刀が、エール・HSの背面を捉えんとした、その瞬間――

レミィ「空、後は任せた!」

 レミィはそう叫ぶと、自身の愛機とエールのOSS接続を解除する。

空「れ、レミィちゃん!?」

 振り返って目を見開き、愕然と叫ぶ空の目の前でレミィの姿がスフィア内から消え、
 突如として背面に巨大な物体――ヴィクセンMk−U本体――が出現した。

 接続が解除された事で異物として認識されたためだ。

 直後、ヴィクセンMk−Uは真っ二つに切り裂かれ、エールの背後で大爆発が起きる。

エール『204ロスト! 背面部ダメージ軽微……空!』

空「ッ……うぅぅあぁぁぁぁぁっ!!」

 エールの報告を聞きながら、背中を焼かれる痛みを気合でねじ伏せた空は、
 まだ腕に残る……レミィの遺してくれたツインスラッシュセイバーに魔力を集中した。

 鋭い魔力の刃が伸び、体当たりの体勢から掴んだままのクルセイダーの腰に刃を突き立てる。

臣一郎『ッぐぅぅぁ……!?』

 深々と腰に突き立てられた刃の感触と激痛に、臣一郎も苦しそうに呻く。

 だが、まだ終わってはいない。

空「エール、結界装甲出力最大!
  プティエトワール、グランリュヌ、フォーメーション・デュオ! モデル・クロワッ!」

 空は残る全魔力と出力を結界装甲に集中し、
 合体直後から切り離したままのプティエトワールとグランリュヌに指示を出す。

 すると、二機の上空に全十六基の浮遊砲台が十字を描くようにして陣形を組み、
 その全ての砲門を直下のギガンティック達に向けた。

臣一郎『お、おぉっ!?』

 上空を見上げながら、臣一郎は驚愕と感嘆の入り交じった声を上げる。

 エールのツインスラッシュセイバーは、腰を切断するほど深くは突き刺さってはいないが、
 すぐに振り払えるほど生易しくはない。

 さらに、エールの身体は一回り大きいクルセイダーの下に回っている。

 加えて最大まで出力を高めた結界装甲。

 十六基の浮遊砲台からの一斉射の大ダメージも、ほぼ七割から八割をクルセイダーが受ける事になり、
 ダメージも最小限に抑えられる。

 射角を調整する余裕があれば、エールが受けるダメージは、ひょっとすれば一割を切るかもしれない。

 これは回避不可能な上、防御にも最大級の出力を割かなければならないだろう。

 その上――

空「アルク・アン・シエル……フル・ファイアッ!!」

 ――通常防御を無効化する虹の輝き!
434 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:37:21.47 ID:td6LGtrLo
臣一郎『ッ! デザイアッ! ブラッド・プリズンだ、急げっ!』

デザイア『イエス、ボスッ!』

 慌てて叫ぶ臣一郎に、クルセイダー……デザイアもどこか焦ったように応えた。

 直後、二機のオリジナルギガンティックを虹の輝きが包んだ。

空「ッ!? ………あ、あれ?」

 直後に来るであろう衝撃を想定し、身構えたいた空だったが、
 拍子抜けする程に少ない衝撃に思わず素っ頓狂な声を上げる。

 そう、自らにも僅かとは言え降り注ぐ筈だった虹の輝きは、空とエールにまで届いてはいなかった。

 いや、エールだけではない。

 クルセイダーにすら、虹の輝きは届いていなかった。

 虹の輝きを阻んでいたのは、青藍に輝く分厚い結晶の檻。

 機体外に排出されたエーテルブラッドで作り上げた、巨大な防壁である。

 虹の輝きはその分厚い結晶の中を屈折、乱反射して足もとにまで逃がされていたのだ。

空「そ、そんな……!?」

臣一郎『君のように撃てはしないが祖母の使っていた魔法だ……対策くらいは幾つか考えていたよ!』

 愕然とする空に、臣一郎は力強く言い切った。

 数秒後、虹の輝きがその勢いを失うと、役目を終えた結晶の檻――ブラッド・プリズン――は砕け散り、
 相手の腰を掴んだまま茫然と立ち尽くすエールと悠然と立つクルセイダーが残る。

空(ま、魔力の回復が遅い……!?)

 直後、空は急激な脱力感に襲われた。

 無限の魔力を持つ空は、一度の魔法や防御に全魔力を注ぎ込んでも、
 僅かな時間があれば最大まで回復してしまえる。

 だが、他者の魔力の影響下にいる場合はその回復も遅れてしまう。

 ブラッド・プリズン本体は砕けたとは言え、臣一郎の魔力の余波はまだ周囲に残っている。

 自身のエーテルブラッドの劣化こそ最小限に抑える事が出来たが、
 肝心の魔力がなければ結界装甲はその強度を著しく減じてしまう。

臣一郎『今度こそ終わりだ、朝霧君!』

 そして、臣一郎はその言葉と共に、燃える刃と化した手刀をエールの背面へと突き立てる。

 空は息を飲む間もなく手刀によって胴体を貫かれ、深々と突き立てられた手刀は、遂にエールの胸まで貫いた。

 背面からエンジンと、そして、コントロールスフィアを貫通する一撃だ。

 主と動力を失ったギガンティックは、その腕から伸びた魔力の刃も消え去り、膝から崩れ落ちた。

 そして――
435 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:37:59.23 ID:td6LGtrLo
 ――朝霧空は目を覚ます。

空「ッ!? ハァハァ……!?」

 飛び跳ねるようにして起き上がった空は、肩で息をする。

 呼吸は乱れ、バケツで水を被ったかのように全身が汗でびっしょりだ。

レミィ「お疲れ……空」

 そして、その傍らには、先ほど乗機諸共に爆発四散した筈のレミィ。

 肩を竦めたレミィは悔しさの滲む苦笑いを浮かべ、慰めるように空の肩を叩いた。

 そこでようやく正気に返った空は、深呼吸を繰り返して呼吸を徐々に整えてゆく。

空「……ごめんなさい、レミィちゃん……また負けちゃった」

 ようやく呼吸が整ってきた空は、悔しさ半分申し訳なさ半分と言った風に気落ち気味に呟いた。

 そして、ベッドからゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。

 仲間達もベッドから起き上がり、身体を解す者もいれば、先ほどの戦闘を振り返って反省している者もいる。

 そう、ここはシミュレータールーム。

 もうお気付きだろう。

 先ほどの戦闘はシミュレーターを利用した模擬戦である。

 そうでなければオリジナルギガンティック同士……仲間同士での全力での戦闘、
 ましてや皇居護衛が本分であり、その仕事を誇りに思っている茜が皇居を防衛している側に攻撃を仕掛ける筈がない。

 とは言え――

茜「模擬戦でも皇居に向かって攻撃を仕掛けるのは、あまり精神衛生上良くないな」

 ――気持ちはやはり複雑なようで、茜はどこか納得がいかないと言った様子で肩を竦めて嘆息を漏らしている。

???「はーい、みんなー、ちゅーもーくっ!」

 空達がそんな話をしていると、不意に離れた位置から声が上がった。

 全員がそちら……コントロールパネル側に視線を向けると、そこにはほのかとサクラ、クララの三人に加え、明日美が座っている。

 声を上げたのはほのかのようで、彼女は掲げた手を軽く振って注目するように促していた。

ほのか「じゃあ、先ずはさっきの防衛戦を想定した紅白戦の戦闘結果の報告からね。

    攻撃側の白組、隊長機、および随伴一機が撃墜。二機小破、一機無傷。
    防衛側の紅組、隊長機、随伴二機が中破、二機小破。
    防衛拠点の皇居正門は無傷、よって紅組の勝利」

 ほのかが模擬戦の結果を告げると、彼女達の背後の大型モニターにその戦績が映し出されてゆく。

空「あ、アハハハ……」

 紅白戦で白組の隊長を務めていた空は、殆ど惨敗を言って良いほどの評価に乾いた笑いを漏らす。

レミィ「やっぱり撃墜は私達だけか……ハァ」

 レミィも情けないやら悔しいやらと言った風に肩を竦め、盛大な溜息を交えて呟く。

 201と204の横についた“LOST”の文字の点滅が目に痛い。
436 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:38:40.70 ID:td6LGtrLo
サクラ「それでも、白組は唯一無傷で役目を果たし続けたフェイとアルバトロスは凄いですね」

クララ「うん、あと美月ちゃんとクライノートもね。
    クァン君達とカーネルを短時間で中破まで追い込んでるもの」

 サクラとクララは映像で戦況を再確認しながら、そう言って顔を見合わせた。

 フェイとアルバトロスは終始優勢で瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノを足止めし続け、
 美月とクライノートもクァンとマリア、それにカーネル・デストラクターを休むことのない連続攻撃で押し留めたのだ。

フェイ「私の場合、機体特性もありましたが、
    マッチアップしていた天童隊員の頭上と言う有利な位置を取れた事が大きな要因でした」

瑠璃華「正直、一対一での対空戦は私とチェーロ・アルコバレーノの課題だな……。
    改良案もさっさと考えないと」

 淡々と呟くフェイに、瑠璃華も思案気味に呟く。

クァン「まさか、片腕を持っていかれると思わなかったよ」

マリア「この模擬戦でどんどん腕あげてるじゃん、美月」

美月「………恐縮です」

 クァンとマリアからの賞賛に、美月は褒められ慣れていない事もあって顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く。

明日美「最終的な勝利は紅組だったけれど、全体的な戦況では白組有利だった、と言えない事も無いわね」

 明日美はそんな様子を見渡しながら、どこか感慨深げに呟いた。

ほのか「確かに……エールとヴィクセンが撃墜された事で最終的な被害は白組が上回ってますけど、
    隊長機を除いた各メンバーの被害量の比較だと紅組の方が被害は上と言う事になりますね」

サクラ「戦況が五分で推移していたのは本條小隊長と藤枝隊長の戦闘くらいで、
    他は基本的に紅組側が優勢でしたからね」

 ほのかがそう思案げに漏らすと、サクラがその後を引き継いで言った。

 小破、中破、大破、撃墜の順に一から四の段階で数字を当て嵌めれば、
 白組は撃墜二と小破二で十、紅組は中破三と小破二で八となって被害は少なく見える。

 だが、隊長機同士の戦闘結果を除外した場合は白組は二、紅組は六と、実に三倍もの差となるのだ。

 ヴィクセンの撃墜の被害……被害度四を追加しても六対六と互角である。

クララ「けど、それって本條隊長とクルセイダーが圧倒的って事になるんじゃないかな?」

 しかし、サクラの隣で考え込んでいたクララがあっけらかんと言い放ち、空とレミィはがっくりと肩を竦めた。

 そう、三倍もの被害を一機でひっくり返したのは、他ならぬ臣一郎とクルセイダーだ。

 仲間達の十全な援護を最後まで活かし切れなかった事、
 しかも殆ど捨て身の戦法まで使ったと言うのに攻め切れなかった事は大きい。

 ちなみに、作戦が成功していれば発射直前にヴィクセンを切り離し、
 レミィ達には射撃有効範囲から離れてもらうつもりでいた。

 だが、予想以上に動く臣一郎とクルセイダーに翻弄されて、
 最後の切り離し前にヴィクセンが撃墜されてしまったのである。

臣一郎「だけど、本当にギリギリまで追い込まれたのは今回が初めてだ。
    朝霧副隊長もヴォルピ君もそんなに気を落とさないでくれ」

 気落ちした様子の空とレミィに、臣一郎は宥めるように言った。

 臣一郎の言葉は本心だ。

 クルセイダー……デザイアがアレックスの晩年に第二世代オリジナルギガンティックとして完成してから大凡四十年。

 いかなるイマジンもギガンティックも、起動中のクルセイダーに中破以上の手傷を負わせた事は無い。

 それは先々代の一征、先代の勇一郎から一貫してだ。

 クルセイダーが大きな損傷を負ったのは、
 60年事件のパレード中、起動前に集中攻撃と絨毯爆撃を受けたただ一回だけである。

 正に“無敵の衛士”だ。

 そのクルセイダーを相手にほぼ一対一で肉迫し、中破まで追い込んだ上、
 奥の手のブラッド・プリズンまで発動させたとなれば大金星と言って差し支えない。
437 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:39:23.85 ID:td6LGtrLo
美月「ソラ、レミィ、どんまい、です」

 美月も落ち込む二人を励まそうと両手に握り拳を作って、大人しい彼女なりに精一杯力強く言った。

 こちらは特に根拠無く、単に励ましたいだけだろう。

明日美「二人の言う通り、そこまで落ち込む事もないわ」

 明日美は不意に立ち上がってそう言うと、さらに続ける。

明日美「今回の合同訓練に於いて、あなた自身の総合戦績は決して恥じるようなモノではないわ」

クララ「実際、三日間の行程で空ちゃんの戦績は茜ちゃんと並んで個人三位だしねぇ」

 落ち着いた様子で言った明日美の言葉を補足するように、クララがあっけらかんと言った。

 一対一の個人戦リーグに於いて、上位は臣一郎、風華、そして空と茜の四人だ。

 そこから下にクァン、レミィ、美月、フェイ、瑠璃華、マリアと続く。

 他のメンバーの中では、個人成績で振るわなかったとしても紅白戦では大きく貢献している者もいる。

 空は基本的に臣一郎とは違うチームなるよう、明日美が意図的に振り分けていたため、
 団体戦での戦績が振るわなかった事もあって、そこが気になっているのだろう。

 個人・団体の総合で言えば、空の順位は九位と言った所だが、
 これも基本的に臣一郎が意図してマッチアップしていたためだ。

 団体戦の度に撃墜、或いは大破していれば総合成績が振るわないのも無理は無い。

 だが、副隊長……指揮官としての責任感がその低い成績に納得できないのは、また別の話である。

 先ほどの紅白戦も、レミィ自身が庇ってくれた事とは言え、
 結果的に彼女を犠牲にしてしまったのも悔やまれる一因だ。

臣一郎「副隊長としての責任感があるのは良い事だ。
    けれどそれだけに囚われるのも良くない事だよ」

 空のその辺りの気持ちを察してか、臣一郎は窘めるように言った。

 実際、自分が空の立場ならば落ち込まずにいるのも難しい。

空「本條隊長……」

臣一郎「僕も今の役職について数年だが、それでも色々と見えて来た事もある」

 怪訝そうな空に、臣一郎は言い聞かせるように語りかけ、さらに続ける。

臣一郎「隊長と言うのは大きく分けて二つのタイプに分類される。
    一方は君のお姉さんのように仲間達を引っ張って行くタイプ、
    もう一方は仲間にもり立ててもらうタイプだ」

空「引っ張って行くタイプと、もり立ててもらうタイプ……」

 臣一郎の言葉を反芻しながら、空は考え込む。

 確かに、仲間達の様子や生前の姉の様子を見聞きする限り、亡き姉は仲間達を引っ張って行くタイプだったに違いない。

 自分も、確かな実力と統率力に裏打ちされるかのような、そのタイプに憧れがある。

 臣一郎も恐らくはそのタイプであろう。

 だが――

臣一郎「僕は典型的な後者のタイプでね……」

空「えっ!?」

 ――臣一郎からの思わぬ一言に、空は素っ頓狂な声を上げてしまった。
438 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:40:06.31 ID:td6LGtrLo
 空の反応が予想通りだったのか、臣一郎は苦笑いを浮かべてさらに続ける。

臣一郎「考えてもみてくれ。
    機体は確かに強いが、その性能を十分に発揮するためには、
    ブラッド貯蔵施設を埋設している皇居正門から離れられないんだ」

 臣一郎はそう言って肩を竦めた。

 無敵に見えるE.B.G.Sも、絶えずブラッドを供給できなければ機体が動作不能に陥ってしまう。

 その上、貯蔵施設は規模が大きければ維持費も膨大で、幾つも増設するワケにはいかない。

 結果的にクルセイダーは正門前から動けないギガンティックとなってしまっているのだ。

臣一郎「まあ、普段から置物同然だからね……。
    だからこそ部下達や妹達に頑張って貰っているワケで、
    回りにもり立てて貰わないと僕は隊長としてはやっていけないんだよ」

風華「私も、みんなにもり立てて貰わないと駄目な方かなぁ」

 苦笑いを浮かべた臣一郎に続いて、風華が肩を竦めて呟く。

 確かに、ギガンティック機関の前線部隊は風華と空を中心に纏まっているが、
 どちらかと言うと仲間達が風華と空を隊長・副隊長としてもり立ててくれている部分が大きい。

臣一郎「僕も仲間を引っ張るタイプの隊長には憧れるが、
    そうやって自分に合わない事を目指すのは努力とは違うんだ」

空「努力とは違う……?」

 窘めるような臣一郎に、空は訝しげに訪ねる。

臣一郎「なりたい物を目指すのは努力ではあるんだ。
    だけど……自分に出来ない、自分だけでは出来ない事に自分の力だけで立ち向かうのは違うんだよ」

茜(耳が痛いな……)

 兄の言葉を聞き、一人で抱え込んで憎しみに囚われていたかつての自分を思い出し、
 茜は肩を竦めた。

 そして、それは空も同じだ。

空「自分だけでは出来ない事……」

 空はその言葉を反芻しながら、確かに、と納得する。

 一人で抱え込んでは耐えきれなくなり、親友達や仲間達に幾度も迷惑をかけた。

 だが、今は少しづつでも成長しているつもりだ。

 それでもまだ、他人から見れば自分は背負い込み過ぎなのだろう。

 となれば、これは自分の性分だ。

 三つ子の魂百迄と言うが、持って生まれた、物心つくまでに培った性分と言う物は早々治るものでもない。

 難しい物だ、と空が唸っていると臣一郎が苦笑いを浮かべた。

臣一郎「あまり難しく考え込む事でもないよ……。
    答はいつだって見えていないだけで、案外、既に自分の中にあるものだ」

空「見えていないだけで、自分の中に……」

 空は三度、臣一郎の言葉を反芻すると、自らの胸に手を当てる。

 答は自分の中にある、と言う感覚は分からないでもない。

 事実、昨年末に荒れていた時も、自分の中にある答を見出せたからこそ、今もこうしてここにいられるのだ。

 今回も、そうやって自分の中にある物で見出して行くべき、と言う事だろうか?

臣一郎「自分自身や仲間達と向き合って行く内に、自然と分かる物さ」

 まだ悩んでいる様子の空に、臣一郎はそう言って爽やかな笑みを浮かべた。

 風華も穏やかに微笑んでいる所を見ると、どうやら彼女は自分自身の答えは既に見付かっているようだ。
439 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:40:53.24 ID:td6LGtrLo
風華「明後日からしばらくは派遣任務もあるし……改めて自分自身と向き合うチャンスなんじゃないかしら?」

 風華は柔らかな笑顔のまま、そんな提案を持ち掛けた。

 派遣任務……件の軟体生物型イマジンがメガフロート各地に産み落として行った卵の探索と処分の事だ。

 もう一ヶ月も前になる卵嚢群発見など記憶に新しい所だろう。

 美月が加わった事で班編制も改められ、本来ならばクァンとマリアが二回連続で遠征に行く予定だったが、
 今回は空と美月の班とレミィとフェイの班が遠征に行く事になっていた。

 本部に五人のドライバーが残る事で即応力も以前とは段違いだし、
 何より、ヴィクセンとアルバトロスの性能が向上した事によって前述のような新編成も可能だ。

美月「ソラと一緒に頑張ります」

 美月は、派遣任務とは言え初めての出撃と言う事もあり、どこか熱の篭もった様子で言う。

 ふんす、と言う鼻息まで聞こえて来そうな気合の入れ様だ。

茜「そうか……しばらくは離れ離れになるんだな」

 だが、そんな気合十分と言った美月とは逆に、茜は少し寂しげな表情を浮かべた。

美月「あ……」

 美月もその事に気付くと、空と茜を交互に見遣る。

 その動きは次第に早くなり、表情もみるみる内に曇って行く。

 道具としての扱いばかりを受けて来た生活から、改めて人間らしい扱いをされる生活と環境の中で、
 急速にあるべき表情と感情を取り戻しつつある美月は、それまでの反動もあってか、
 とても繊細で寂しがりの甘えたがりな本性が表れつつあった。

 泣き出しそうな表情で空と茜を交互に見遣っているのは、どちらか一方と離される寂しさもあるが、
 だからと言ってどちらか一方を選ぶ事も出来ないジレンマに苛まれているのだ。

 難儀な物である。

瑠璃華「美月、美月〜」

 そんな美月の様子を見かねてか、瑠璃華が手招きで彼女を呼ぶ。

美月「?」

 困った表情のまま首を傾げた美月は、トボトボと瑠璃華の元に歩み寄る。

 だが、瑠璃華は少し悪戯っ子のような表情を浮かべると、そんな美月の耳元で何事かを囁く。

瑠璃華「………? 成分? 補給? それは何ですか、ルリカお姉さん?」

 瑠璃華の言葉に美月は、キョトンとした様子で首を傾げた。

 ルリカお姉さん……美月は同計画で生まれた直接の姉である瑠璃華をそう呼んでいた。

 と言うより、瑠璃華が胸を張って姉として名乗り出たため、そう呼ばされていたとも言うが……。

 まあ、同じ人物同士から提供された卵子と精子をベースに使っているのだから、
 美月にだけ著しい遺伝子調整が為されていても、二人は間違いなく姉妹である。

 閑話休題。

瑠璃華「細かい事は気にしなくていいから、言われた通りにやってみるといいぞ」

 キョトンとした様子の妹に、瑠璃華は悪戯っ子の笑みを浮かべたまま、美月を茜の方に向けて歩かせた。

マリア「………ああ、そう言う事」

 途中、瑠璃華の企みに気付いたらしいマリアが、一瞬噴き出しそうな表情を浮かべた後、
 瑠璃華と同じくニンマリとした笑みを浮かべる。

 そして――
440 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:41:39.12 ID:td6LGtrLo
美月「アカネ……」

茜「ん? ど、どうした?」

 改まった様子の美月に、茜はどこか緊張した様子で返す。

 すると、不意に美月は茜の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。

茜「み、み、美月!?」

 突然の美月からの抱擁に、茜は驚きの声を上げる。

 だが、美月は構わず、頬ずりを始めた。

茜「ふおぉぁぁぁぁ………!?」

 友人の突如の大胆な行動に、その原因が瑠璃華にある事も忘れて茜は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ドライバーの正式な装備とは言え、身体のラインがはっきりと出るインナースーツを着た
 少女と幼い少女が密着している様と言うのは、なかなかどうして目のやり場に困る物だ。

 臣一郎は妹とその友人の様を微笑ましそうに見ているが、クァンなどは慌てて目を逸らしている。

美月「えっと……一ヶ月分のアカネ成分を補給しますから、
   アカネも一ヶ月分の私成分を補給してください?」

 美月は思い出すようにそう言って、どこか恥ずかしそうな上目遣いで言った。

レミィ「純粋な子供に何を吹き込んでいるんだ、お前は?」

 レミィは心底呆れた様子で言って、ジト目で瑠璃華を見遣る。

 当の瑠璃華はどこか自慢げな様子で胸を張っており、レミィの呆れの視線など何処吹く風と言った様子だ。

茜「る、瑠璃華ぁっ! 美月に妙な事を教えると怒るからなぁっ!」

フェイ「本條小隊長、譲羽隊員を抱き締めながら仰っても説得力がありません」

 怒声を張り上げた茜だが、フェイの言葉通り、
 頬ずりを続ける美月を抱き締めながらでは説得力など皆無である。

臣一郎「いや……本当に妹が明るくなってくれて僕も嬉しいよ」

空「あ、あの、本條隊長? 茜さん、あっちですよ?」

 凍り付いたように微動だにしない笑顔を向けてしみじみと語る臣一郎に、
 空はたじろぐように返す他なかった。

 その臣一郎の傍らでは、どうしたらいいものかと風華が慌てふためいている。

 最早、どんちゃん騒ぎの様相を呈して来た。

クララ「途中まではいい話っぽい感じだったんだけどなぁ……」

サクラ「何だか、もう収集がつかない雰囲気ですね」

 空達の様子を傍目に見ていたクララとサクラは、顔を見合わせて肩を竦める。
441 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:42:17.83 ID:td6LGtrLo
 一方、明日美はと言えば、この収集のつきそうにないどんちゃん騒ぎを、
 どこか目を細めるようにして眺めていた。

ほのか「司令、注意しなくても宜しいんですか?」

明日美「一通りの演習が終わったのだから……今は殆どオフのような物よ。
    羽目を外しすぎないならメリハリも必要でしょう」

 ほのかが怪訝そうに尋ねると、明日美は穏やかな様子でそう答えた。

 そして、さらに続ける。

明日美「……それにしても十人も揃うと賑やかね」

クララ「それは……まあ若い子が多いですからねぇ」

 感慨深く呟く明日美に、クララは空達を見渡しながら返した。

 クララも今年でまだ二十四と若いが、年上なのは今年で二十五の臣一郎だけで、
 他はみな年下ばかり……大半は十代だ。

 自分よりも長く機関に所属しているドライバーもいるので忘れがちだが、
 十代半ばの少年少女が命がけで戦っていると思えば、こうしてオンオフの切り替えるのも重要なのだろう。

 だが、明日美の言葉の真意は別にあった。

 彼女が現役のドライバーだった頃は、自分を含めてたったの五人しかドライバーがいなかったのだ。

 それも、常にロイヤルガードの責務として皇居正門にいなければならない勇一郎を除けば四人だけ。

 たった四人で残った人類を守らなければならなかった緊張の度合いを思い返せば、
 多くの仲間達と支え合い、笑顔まで見せてくれる今の若い世代が、羨ましくも眩しく写るのである。

 そして、それは幼き頃に憧れた亡き母達……旧対テロ特務部隊への憧憬に似た感覚でもあっただろう。

ほのか「さて、と……じゃあ私達はみんなが骨休めをしている間に、気合を入れて今回の模擬戦データを纏めましょう。
    クララも今回分のフィードバックお願いね」

サクラ「はい、主任」

クララ「は〜い、チャチャッと終わらせちゃいましょ」

 ほのかの提案にサクラとクララは笑みを交えて頷き、三人は今回の模擬戦で得られたデータの分析を始めた。

明日美(そろそろ、次のチーフ候補の選定かしら、ね……)

 明日美は横目で三人の様子を頼もしげに見遣ると、そう胸中で独りごちる。

 そして、再び空達に視線を向けると、ようやく落ち着きを取り戻して来たのか、
 談笑混じりの模擬戦の講評に戻りつつあった。


 このロイヤルガードとの合同演習が終わった二日後、空達はそれぞれの派遣先へと出発して行った。
442 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:43:03.40 ID:td6LGtrLo
―3―

 合同演習から十日後、8月17日、土曜日。
 第四フロート第二層第五街区、中東・中央アジア文化保全エリア――


 中東や中央アジア各国の文化遺産、遺跡などを移築、
 模造した数々の建造物が建ち並ぶ観光地に空と美月は訪れていた。

 派遣任務の日程のおよそ三分の一が終わり、既に都合三度ほど卵嚢や卵の処理を終えた空達は、
 エール達の長期整備に入る二日間を利用した短い休暇を与えられたのだ。

 無論、単なる観光目的だけではなく、人と会う約束をしての事だった。

美月「………」

空「もうちょっとで待ち合わせの場所だから」

 多くの観光客で溢れかえる街中で手を繋ぎ、
 無言ながらもワクワクした様子で着いて来る美月に、空はそう言って笑顔を向ける。

 美月は嬉しそうに“はい”と頷く。

 空が待ち合わせをしている相手とは、真実達三人だ。

 真実達は夏期集中講習を終え、
 受験への追い込み前の気晴らしと卒業前の思い出作り第一弾として観光に来ているのである。

 美月も、ギガンティック機関入隊前からの空の友人達と会えるのが楽しみなのだろう。

クライノート『美月、はしゃぐ気持ちも分かりますが、足もともしっかりと見ないと転びますよ?』

美月「分かりました、クライノート」

 諫めるクライノートの言葉に応える声も、口調こそいつも通りに丁寧で落ち着いているが、
 その声音はどことなく弾んでいように聞こえる。

 空は傍らの美月を微笑ましそうに見遣った後、軽く辺りを見渡した。

空(えっとE2−005の14−01−06ってこの辺りだよね……カフェは……?)

 空は事前に待ち合わせ場所に指定されていた住所を思い出しつつ、
 携帯端末で地図情報と位置情報を確認しながら目当てのカフェを探す。

 歩きながらカフェを探していると、すぐにそれらしき建物が見えて来た。

 寺院に面した目抜き通りの目立つ位置にある、洒落た雰囲気のオープンカフェだ。

 しかし、聞かされていた特徴よりも空がそこを待ち合わせの場所だと一目で理解できたのは、
 店にほど近い席に座る親友達の姿を見付けたからだった。

 どうやら真実達もこちらに気付いたらしく、佳乃などは大きく両手で手を振っている。

空「うん、美月ちゃん、ここだよ」

美月「は、はい」

 空は佳乃に軽く手を振り返しながら美月に語りかけるが、
 対する美月はいざ目の前にした途端、緊張した様子で声を上擦らせた。

 空の友人に会える事には期待していたが、いざ初対面の人間と会うとなると緊張してしまうのだろう。

 空や茜とは物怖じなど感じられない頃から何度も会っていた事があったのと、
 他のドライバーやオペレーター達はひっきりなしの自己紹介で驚く間も無かったので上手くいったが、
 今回のように自らの足で会いに行くのは美月にとっても初めての経験で、いざとなって緊張が勝ってしまったのだ。

エール『大丈夫……みんな優しい子だよ』

 言葉を失っていたとは言え、幾度も空と真実達のいる場に付き添っていたエールは、
 美月を安心させようとしてそう言った。

美月「……はい、が、頑張ります」

空「うん、頑張ろうね」

 エールの言葉を受けて気を取り直した美月に、空も優しく微笑む。

 どこをどう頑張るかはともかく、
 最近ではお決まりになって来た美月の“頑張ります”の――
 要はいつもの調子に戻ったのだ――一言に、空も安堵する。
443 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:43:43.74 ID:td6LGtrLo
 二人がテーブル近くまで行くと、いの一番に飛び出して来たのは佳乃だ。

佳乃「おっす、空!」

空「佳乃ちゃん、久しぶり! 雅美ちゃんも真実ちゃんも」

 声を弾ませる佳乃に空も嬉しそうに応え、雅美と真実にも視線を向ける。

雅美「お久しぶりです、空さん」

真実「お久しぶり……と言っても、前に会ってから二ヶ月も過ぎていないのだけれどね」

 にこやかに返す雅美と、どこか皮肉っぽく返す真実。

 確かに、以前に直接会ったのは先々月の下旬……風華達が派遣任務に出発し、
 茜達が出向して来る前日の事だ。

 だが、短い期間にあまりにも多くの事が起こり過ぎたので、
 もう一年以上前のような気がしないでもない。

佳乃「まあ、細かい事はいいじゃん。
   ……んで、その子が連れて来るって言ってた子か?」

 佳乃はあっけらかんと言い切ると、空から半歩下がった位置にいる美月を、
 空の肩越しに覗き込むように見て尋ねた。

空「うん。……ほら、美月ちゃん、ご挨拶」

美月「は、はい……。

   み、美月・フィッツジェラルド・譲羽……です。
   よろしくお願いします」

 空に促され、美月は照れたような戸惑いと緊張の入り交じった様子で自己紹介をすると、
 深々とお辞儀する。

佳乃「ふぃ、フィッツジェラルド・譲羽!?」

 対して、佳乃は驚愕の声と共に仰け反った。

 雅美も真実も驚いたように目を丸くしている。

美月「? ???」

空「ああ、やっぱりそうなるよね」

 三人の反応に同じように目を丸くする美月と、親友達を交互に見遣りながら、空は苦笑いを浮かべた。

 現代社会に於いてフィッツジェラルド・譲羽のネームバリューは絶大である。

 かく言う空も、姉の死から間もない時に訪れた明日美に仰天した程だ。

 空は美月の出自の詳細は伏せながらも、司令である明日美が後見人として預かっている少女だと説明する。

 すると、三人もようやく落ち着きを取り戻した。

佳乃「しっかし驚いたなぁ……。
   小さい子が来るとは聞いていたけど、まさかこんな小さな子供だったなんてな」

 佳乃は美月の姿に感慨深げに呟きながら、飲み頃の温度になったチャイを一口飲み干す。

雅美「ただ……見た目より幼く感じますね」

真実「ええ、何となくですけど、歩実と同じくらいに感じられますわ」

 雅美に同意するように真実も頷く。

空「うん……まあ、色々あったから」

 空は傍らに座る美月に横目で視線を向けながら、どことなく言葉を濁し気味に呟いた。

 流石に、元々はテロリストの尖兵として使い潰される所まで働かされていた、
 などと街中でストレートに語るワケにもいくまい。
444 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:44:27.47 ID:td6LGtrLo
 ともあれ、当の美月は、チャムチャムと呼ばれるインドのお菓子を頬張りながら、
 心の底から幸せそうな笑みを浮かべている。

 チャムチャムとは煮詰めた牛乳をシロップで漬け込んだ生菓子の“ラスグーラ”を、
 牛乳と砂糖をベースにカルダモンとピスタチオで風味と食感を整えた“バルフィ”の生地で包んだ甘いお菓子だ。

 これに限らず、インドのお菓子は甘味の強い物が多いのだが、菓子類とは無縁な時期が長かった美月には、
 ともすれば辟易しかねない強い甘味も、幸せの味に感じられるのだろう。

美月「ソラ。これはソラも作れますか?」

空「う〜ん……クッキーならともかく、こう言うお菓子はちょっと難しいかな?」

 期待の眼差しを向けて来る美月に、空は申し訳なさそうに言って“ごめんね”と付け加えた。

 料理が得意と言っても、空の場合はあくまで自炊の範囲だ。

 今日、初めて見たお菓子を作るのは難しい。

佳乃「ん? チャムチャムなら作れるぞ?」

美月「本当ですかヨシノ!?」

 やや首を傾げ気味に言った佳乃に、美月は驚きの声を上げる。

佳乃「ん、さすがにこの店と同じ味、ってワケにはいかないが、
   ちょいと甘さ控え目にしてラッシーにも合う感じで作れるぞ」

 佳乃は自信ありげに言って、空も飲んでいるヨーグルトドリンクに視線を向けた。

 さらに“お望みなら甘さマシマシ、ってのも行けるぞ”と付け加える。

美月「マシマシマシでお願いします」

 佳乃の言葉を聞きながら目を輝かせた美月は、そう言って僅かに身を乗り出した。

 関係無いかもしれないが、マシが一つ多いのは興奮の余りなのか何なのか……。

真実「何だか、もっと小さな頃の歩実を見ているみたい……」

 子供然とした純粋な振る舞いをする美月に、
 真実はふと、家で留守番しているであろう妹の事を思い出して目を細めた。

 その視線にはどこか妹にも向ける慈しみのような物が見て取れて、空は不意に違和感にも似た物を覚える。

空「真実ちゃん、何かあった?」

 空は思わず、その疑問を口にしていた。

雅美「そう言えば、ここ数日、どことなく憑き物が落ちたような雰囲気でしたね……」

 雅美も気になっていたのか、怪訝そうな表情を浮かべる。

 佳乃も美月とお菓子の話題で盛り上がりながらも、意識はこちらの話題にも向けているようだ。

 そして、普段なら“何もありませんわ”とだけ言ってそっぽを向いてしまう真実も、
 今日はいつもとは違う様子で、どこか神妙な……だが優しそうな面持ちで笑みまで浮かべている。

真実「先月からずっと仕事で家を空けていた父が、十日前に久しぶりに帰って来まして……。
   それで……色々とあった、と言う事ですわ」

 真実はどこか遠くを見るような眼差しで、思い出すように語り出した。
445 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:45:13.64 ID:td6LGtrLo
 十日前の夜。
 メインフロート第七層第一街区、瀧川家――


 長く対テロリスト戦における工作部隊責任者の任を勤め上げた真実の父は、
 事後処理を後続の部隊に引き継ぎ、殆ど一ヶ月ぶりに自宅へと戻っていた。

母「ごめんなさいね、真実。受験勉強で忙しいでしょうに……」

真実「構いませんわ。
   久しぶりに父様が帰ってきたんですもの、たまには家の事も手伝わないと」

 最初は母を手伝い、にこやかに夕飯の準備をしていた真実だったが、
 夕飯の時間が間近に迫った所で現れた祖父の姿に、僅かに身を強張らせる。

 真実の家……瀧川家は古くから続く軍人の家系であり、二次大戦後も一族から多くの自衛官を輩出し、
 三次大戦の終戦前後も再編されたNASEANの軍人としてイマジン事変の対処にも当たっていた。

 前当主である真実の祖父は正一級市民で魔力も高く、
 イマジン事変の際してはパワーローダーやギガンティックを駆って前線で戦い続けた猛者である。

 退役したとは言え、激動の時代を全力で生き抜いた彼は軍人としてのプライドが高く、
 準二級市民……実質三級市民から妻を迎えた息子――真実の父――や、
 そのその妻である真実の母とは折り合いが悪い。

 また、真実にとっては魔力覚醒を迎える四歳の頃までは好々爺然とした祖父であったが、
 魔力覚醒後はあまりに低い魔力に見切りを付けたかのように冷たくあしらわれるようになっていた。

 そんな祖父に対して、早くに祖母を亡くし、祖父に男で一つで育てられた父だったが、
 祖父の薦めるお見合いを蹴ってまで母と添い遂げた事もあって強く言い返せず、
 瀧川家は祖父を中心とした悪循環に陥っていた。

母「………真実、歩実とお父様を呼んで来てくれるかしら?」

 祖父に対して複雑な思いのある娘を慮ってか、
 母は真実に笑顔でそう言ってこの場を一時的にでも離れるように促す。

真実「……はい」

 真実も母の気遣いは嬉しかったが、仲の悪い……と言うよりも、
 一方的に祖父から嫌われている母をその場に残すのが心苦しく感じながら、
 どこか申し訳なさそうに頷いて父と妹を呼びに出た。

 そして、それから半刻もしない内に夕飯となった。

 瀧川家の夕食は静かだ。

 少し大きめの円卓に、時計回りに祖父、父、母、真実、歩実の順で座る。

 不機嫌そうな表情を浮かべた祖父に畏怖するような食事風景。

 真実も十年近く続いた光景に慣れた、と言うより、最早、麻痺していたと言ってもいい。

 それでも、歩実が物心ついてから数年の間は、僅かにその雰囲気も和らいでいた。

 だが、それもやはり、歩実が魔力覚醒を迎え、彼女の資質が二級市民程度であると分かった時点で、
 やはりそれ以前の……今も続くこの重苦しい雰囲気へと戻ってしまったのである。

歩実「あ、あの、お祖父様……」

 不機嫌そうな祖父の気持ちを和らげようと声をかけた歩実だったが、
 無視を決め込む祖父にすぐに顔を俯けてしまう。

真実「歩実、お祖父様は静かにお食事をしたいの……邪魔をしてはいけませんわ」

 真実は気落ちする妹に目配せしながら、そう注意した。

 歩実も真実の言いたい事は分かっているのだろう。

 気落ちした様子ながらも“はい”とだけ応えて、食事を続けた。

 久しぶりに父のいる食卓だと言うのに、雰囲気は暗い。
446 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:45:58.58 ID:td6LGtrLo
 だが――

父「そう言えば……仕事先で、真実、お前のお友達の朝霧さんに会ったよ」

真実「空……朝霧さんに?」

 少しでも雰囲気を明るくしようと不意に口を開いた父の言葉に、
 真実は驚いたように返した。

 呼び捨てにしようとして苗字にさん付けで言い直したのは、
 祖父に妙な揚げ足を取られないようにするためだ。

父「たまに泊まりに来ていたのは知っていたが、
  ああやって面と向かって話したのは初めてだったな。
  礼儀正しい……いや、違うな……うん、気持ちの強い、良い子だね」

 父は以前、空と会って話し込んだ時の事を思い出しながら、どこか感慨深げに言った。

真実「はい……」

 真実も父に友人が褒められて満更でも無いのか、どこか嬉しそうに頷く。

 だが、その後がいけなかった。

歩実「空お姉ちゃん、ギガンティック機関のドライバーさんで、すごく強いんだよ」

 何度も良くして貰い、八ヶ月ほど前には命も救ってくれた空の事を、
 歩実はこの年頃の子供らしい自慢げな口調で讃える。

 その瞬間、無言で食事を続けていた祖父が、ピクリと眉根を震わせた。

祖父「ふん……機関のドライバーなんぞに媚を売りおって」

 そして、忌々しげに声を吐き出す。

真実「ッ!?」

 小声で呟いた祖父の言葉だったが、静かな食卓では十分に聞き取れる大きさで、
 真実はその言葉に息を飲んだ。

 祖父に軍人として譲れない誇りがあり、ただ選ばれたと言うだけで最前線に立つ事が出来る――
 “最前線に立たなければいけない”と言う義務は除いた上で、だ――彼女達は、
 祖父にとってはちやほやされているアイドル程度の認識なのだろうし、
 同じような見方をする人間も少なくはない。

 真実自身、確かに空とはかつて、険悪な時期があった。

 それも、こちらが一方的な嫌悪感で彼女に突っ掛かって行っていたのだ。

 だが、去年の四月、空が海晴を失う事となったあの日、
 紆余曲折あってお互いの胸の内を打ち明け合って、自分と空は友人になれた。

 互いに友人として認め合い、今では親友であると胸を張って言える、
 自分と歩実の命の恩人でもある少女。

 そんな彼女との関係を穢されたような気がして、真実は思わず立ち上がっていた。

 だが、すぐに気を鎮めて椅子に座り直す。

 抗議すれば、折角、一ヶ月ぶりに帰って来た父のいる食事が、
 自分と祖父との口論でメチャクチャになってしまう。

 そうしないためには、祖父が間違っていようと自分が折れる他ない。

 それが十年以上の経験で真実が学んだ、我が家での処世術だった。

 だが、その日の祖父は虫の居所が悪かったのだろう。

 真実が折れたにも拘わらず、さらなる暴言を吐き出した。

祖父「出来損ないしか産まない女に似て、自分より能力の高い者に媚を売るのは上手いようだな……」

 聞こえるような声で呟いた祖父の声は、和気藹々とはしていなかったが、
 それでも久しぶりの一家揃っての食卓を凍り付かせるには十二分だった。

 母は泣き出しそうな顔を手で覆い、母を侮辱され、
 命の恩人まで悪く言われた歩実も今にも泣き出しそうだ。

 こう言う事が、稀によくあるのだ。

 虫の居所が悪いと、最悪の言葉を口にして場をメチャクチャにして、
 祖父はそのまま中座し、真実はむせび泣く母を慰め、泣き出した妹を宥め、
 父は無力感に苛まれるように項垂れ続ける。
447 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:47:06.57 ID:td6LGtrLo
 それでも、今日の祖父の暴言はいつになく酷いものだった。

父「……いい加減にしてくれないか、親父っ!」

 普段ならば項垂れていた筈の父が、仕事から帰ったばかりの疲労を押し、
 立ち上がって声を荒げるのも無理も無いほどに……。

 温厚で、家では声を荒げた事すらない父が上げた怒鳴り声に、真実は思わず驚いて目を見開く。

 泣き出しそうだった歩実も、茫然と父を見つめている。

母「や、やめて下さい、あなた」

父「止めないでくれ……。もう、もうたくさんだっ!」

 必死に宥めようとする母の静止を努めて優しく振り切り、父は祖父に向き直った。

父「親父の薦める見合いを蹴って彼女と籍を入れたのは俺が悪かった……。
  だけど、親父の言い方は酷い……いや、酷いなんてものじゃない!

  真実と歩実は……親父の孫だろう!?
  何でそうやって選んだように酷い言葉ばかり言えるんだ!?」

真実「お父様……」

 まくし立てるように祖父に詰め寄る父の姿に、真実も吃驚して呆けたような表情を浮かべてしまう。

祖父「む、ぅ……」

 対する祖父は多少でも悪気はあるのか、押し黙り、小さく唸っている。

父「見合いの件だってそうだ!
  親父が相手の都合も無視して手前勝手に話を進めて、最初から破談同然だったじゃないか!?
  それでも、本当に破談にしたのは俺達だ……だから俺達の事は我慢する事にした!
  真実や歩実にも申し訳ないが……親父の態度がいつか和らぐかもしれないと信じていた」

 父は自分と歩実に申し訳なさそうな視線を向けると、再び祖父に向き直って続けた。

父「小学校に上がってからは一度も友達を連れて来なかった真実が、
  ようやく家に招待するようになった友達に、媚びているだって!?

  魔力と市民階級でしか孫の……人間の価値を計れなくなって、
  真実と歩実自身を見ていないんじゃないのか!?」

祖父「………」

 罵声ではなく正論を浴びせ続ける父に、祖父はもう唸る事すらしない。

父「親父は真実がどれだけ努力しているかも知らないだろう!?

  今、真実は二級以上の子しか通えない小中学校に通っているんだぞ!?
  三級から頑張って準二級になって、二年になる頃には常に上位、今じゃ学年トップだ!

  魔導実技で十分な成績を残せない真実が、
  どれだけ努力すれば学年トップをキープ出来るか分かってるのか!?」

 祖父は本当に知らなかったのだろう、驚いたように真実を見遣る。

 真実も思わず、祖父と目が合う。

 祖父と目が合ったのなど、もう十年ぶりだろうか?

 久しぶりに見た祖父の目は、驚きと戸惑いの色だけが浮かんでいた。
448 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:47:44.53 ID:td6LGtrLo
祖父「……本当なのか、真実?」

真実「………はい、既に友人達共々、第一女子への学力特待推薦も戴いていますが、
   正々堂々、編入試験を受けようと思っています」

 困惑気味に尋ねた祖父に、真実は視線を外すつもりで目を伏せ淡々と返す。

 学習塾にも行かせてはもらえなかったし、家庭教師を付けてももらえなかった。

 学校側が主催してくれた集中講習などは受けたが、それでも、真実が独力でここまで来たのは事実だ。

 少しでも魔力が上がるように、少しでも魔力の扱いが上手くなるように、
 その努力は学力を上げる以上に辛く、文字通りに血を吐くような努力を要したのだから、
 最後までこの意地と努力を突き通したい。

 既に真実には、編入試験を余裕でパスできるだけの実力がある。

 雅美と試験で競い合う約束もしたが、それ以上に、編入試験に拘るのは真実の意志だった。

祖父「お……ぉ……お……」

 祖父はどう反応して良いか分からず、奇妙な声を途切れ途切れに吐き出すだけだ。

 十年以上、まともに話した事どころか冷たくあしらい続けた孫に、どう接して良いのか分からないのだろう。

 だが、それは逆に“真実が準一級確実”だから関係を修復しようとしているようにしか見えない。

 事実、祖父自身も真実を階級で評価しているに過ぎなかった。

 それを自分で認識しているからこそ、祖父は言葉を発する事が出来なかったのだ。

父「俺も親父に男手一つで育てて貰ったんだ……出て行ってくれとは言わない。
  だけど……もう少し、家族との向き合い方は考えてみてくれ……」

 父はようやく落ち着きを取り戻したのか、そう言うとゆっくりと椅子に腰掛け直した。

 僅かな沈黙の後、祖父は無言で席を断つと部屋へと戻って行った。

 その背中には、普段は隠そうともしない苛立ちは感じられず、どこか居たたまれない様子が見て取れる。

歩実「……お祖父様!」

真実「歩実……待ちなさい」

 追い掛けようと席を立ちかけた歩実を、真実は手を引いて止めた。

真実「……少しだけ、お祖父様を一人にして差し上げましょう」

 真実はそう言って妹を座らせると、“一人きりでないと出来ない考え事もあるから”と付け加える。

 そうして、落ち着きを取り戻して行き、食事は再開された。

 再開した食事は決して楽しい雰囲気ではなかったが、落ち着いた、穏やかな物だった。
449 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:48:31.17 ID:td6LGtrLo
 再び、現在――


真実「……と言う事ですわ」

 思い出すように十日前の夕食の出来事を語り終えた真実は、一息付けるようにマサラチャイを一口啜った。

空「……それで、どうなったの?」

 固唾を飲んで聞き入っていた空は、躊躇いがちに、だが促すように尋ねる。

真実「……三日三晩、部屋に引きこもっていたお祖父様でしたが、
   父の長期休暇が終わる四日目の昼に顔を出して、それまでの事を謝って下さいました」

 真実は肩を竦めて言ったが、口ぶりや仕草とは裏腹に、その表情は穏やかだ。

真実「緊急家族会議まで開いて、あとは、まあ……
   これからは仲良くやっていこう、とお約束の流れですわね」

 続けて言った事の顛末も、やはり口ぶりとは真逆の穏やかな笑みから、彼女の真意が窺える。

 空は真実の様子と、そして何とか収まったらしい瀧川家の騒動の顛末に胸を撫で下ろした。

雅美「何にせよ、無事に……と言うか収まるべき所に収まったんですね」

 雅美も安堵の溜息と共に、安心したような笑みを浮かべる。

佳乃「うん……まあ、良かったんじゃねぇの?」

 佳乃も美月との会話を中断してそうぶっきらぼうに言うが、その声音は僅かに湿っているように感じた。

空「お祖父さんとはその後、どうしたの?」

真実「……まだあまり話はしていませんが、一昨日の朝、お祖父様にもこの旅行に行く事を告げたら、
   “これからも頑張る分、しっかり息抜きして来るように”と仰っていましたわ」

 空の質問に、真実はどこか感慨深げに答える。

 言葉だけを聞けば堅苦しい、義務感めいた物を感じる口ぶりだが、
 十年以上も辛く当たられていた祖父からの言葉としてはそれなりに良い部類なのだろう。

 まだ始まったばかりなのかもしれないが、瀧川家に長年横たわり続けた氷は溶け出しているようだ。

真実「……何と言うか……いいものですのね、誰かから認められると言うのは」

 真実は嬉しそうに目を細め、満ち足りた溜息を洩らす。

 二年生になってからは気の置けない友人達に恵まれ、妹や両親との関係も概ね良好で成績も優秀。

 恵まれた環境に見えて、いや、だからこそ、幼い頃は優しかった祖父の変貌は辛かったのだろう。

 その祖父の態度の軟化が、真実にとってどれだけ大きな比重を占めるのかは想像に容易い。
450 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:49:12.58 ID:td6LGtrLo
美月「誰かから認められる……」

 いつの間にかコチラの話に聞き入っていた美月も、真実の言葉を感慨深く反芻している。

雅美「美月さんには、まだ少し難しい話かもしれませんね」

 雅美はそう言って微笑んだが、美月はふるふると小さく頭を振って否定すると口を開く。

美月「私にも何となく分かります……。
   誰かから認められると……誰かから愛して貰うと、胸が温かくなって凄く幸せです」

 裏切り、利用、暴力、そんなものばかりが蔓延る場所にしか自分の存在意義を見出せず、
 道具として以外の存在意義を許されず、それすらも砕かれた。

 そんな自分の心を救い出して、道具に過ぎないミッドナイト1ではなく、
 一人の人間……美月・フィッツジェラルド・譲羽としての人生をくれたのは、
 空や茜、そしてギガンティック機関の人々だ。

 その事が心から有り難いと思うと同時に、胸の奥から温かな物が溢れそうになる。

 きっと、真実も祖父と仲直りできた時は同じ……胸の奥から温かくなったのだろう。

佳乃「意外と大人っぽいって言うか……しっかりしてんだな、美月」

雅美「そうですね……先ほどの失礼な発言、訂正させていただきます、美月さん」

 驚いたような佳乃の言に続いて、雅美はそう言って頭を下げた。

美月「ありがとうございます、ヨシノ。
   それに、ミヤビも謝らないで下さい」

 褒められている事が分かってか、美月は少し照れた様子で佳乃に感謝し、
 頭を下げた雅美にも恐縮気味に返す。

 そんな友人達の様子を見渡しながら、空は目を細める。

真実「どうしましたの、空?」

空「うん……美月ちゃんを連れてみんなに会いに来て、良かったな、って」

 怪訝そうに尋ねる真実に、空は嬉しそうに目を細めたまま答えた。

 美月を連れて来た事は……真実達に会わせたのは、間違いではなかったようだ。

 美月自身、ギガンティック機関内の限られた人間関係だけでなく、
 もっと広い視点や交友関係を持ってくれるかもしれない。

真実「……機会があれば歩実と会わせてみるのも面白いかもいしれませんわね」

空「うん、その時はよろしくね、真実ちゃん」

 思案げに漏らした真実に、空は満面の笑みで頷いた。


 その日、空と美月は夕刻ギリギリまで真実達と観光して回り、夕食を共に済ませてから部隊へと戻って行った。
451 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:50:12.34 ID:td6LGtrLo
―4―

 空と美月が真実達と会ってから四日後、8月21日水曜日の夜。
 第四フロート外殻部、旧第四フロート第三空港施設――


 三週間以上前よりも乱雑さを増したその場所で、
 唯一整然とした一角に黒と灰色を基調とした色で塗られた八輌編成のリニアキャリアが鎮座していた。

 八輌の内、後方の二輌は大型ギガンティック輸送用のキャリアなのか、
 拡張ユニットである展開式の大型コンテナが積載されている。

 あとの六輌はやや変わったフォルムを持っているが通常のリニアキャリアのようだ。

 規格的にもそれぞれ全長六〇メートル、全幅一五メートル、全高一〇メートルの大型貨物キャリアの規格だ。

 貨客用規格の構内リニアでないため街中を走る際には制限があるが、地下や外殻の貨物路線なら、
 ギガンティック機関で使われているリニアキャリア同様、問題なく運行する事が出来る。

 そして、そんなリニアキャリアの前に集まる人だかり。

 その中心にいるのは、研究者の一人に“月島”と呼ばれた、あの人物だ。

 月島は前から三輌目にあるリニアキャリアの操縦席と思しき場所への入口へと登ると、
 眼下の研究者や作業員達に振り返る。

月島「諸君……計画発動から二十余年。これまでよく尽くしてくれた」

 月島は感慨深く呟きながら、一人一人の顔を見渡す。

 若い者……二十代、三十代の者など一人もいない。

 どんなに年若くとも四十代、中には老齢とも言うべき者もいる。

 そんな彼ら、彼女らに向ける言葉は衷心からの労いの言葉だ。

月島「諸君らの尽力によって、遂に405……カレドブルッフは完成した。
   しかし、決して私の知識と力だけでは完成しなかっただろう。

   だからこそ敢えてこう言おう、このカレドブルッフは諸君らの尽力によって完成した!」

 月島が高らかに言い放つと、そこかしこから歓声と感嘆の声が上がる。

 カレドブルッフ。

 ウェールズ地方の物語である“キルッフとオルフェン”に登場するアルスル王の剣の名で、
 勇者が持てば一軍すら屠るとされる伝説の剣だ。

 アルスル王はアーサー王物語の原典の一つで、
 その愛剣であるカレドブルッフも聖剣エクスカリバーの原典の一つである。

 月島の演説はさらに続く。

月島「イマジンを討ち破る事が出来たのはアレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の生み出した
   ハートビートエンジンを搭載したオリジナルギガンティックのみだった。

   だが、我々は一人の男が作り上げたその常識に……いや、伝説に、遂に風穴を開けた!」

 歓声が高まる中、月島はさらに続ける。

月島「我々が開けた風穴はまだまだ小さな物だ!
   だが、遂に我々は希代の天才の領域にまで手をかけた!

   そして、諸君らの力でこじ開けた風穴は、いつか淀んだ伝説を吹き飛ばす新風を呼ぶだろう!」

 月島が力強く拳を掲げ、高らかに宣言すると、歓声は最高潮に達した。

 止まぬ歓声の中、月島は掲げた拳をゆっくりと下げる。

 それがまるで指揮棒であったかのように、歓声も次第に収まって行く。

 その中で、月島は再び口を開いた。

月島「これはコンペディション……我々が伝説に風穴を開けた事を世界に示す、偉大なる祭典だ!」

 コンペティションとレンディション、競技と演出を合わせた造語がコンペディションである。

 要は第三者に見せる事を前提とした品評会のような物だ。
452 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:50:49.24 ID:td6LGtrLo
 ユエも多様していたその単語を言い放つ月島は、さらに続ける。

月島「私は405で出発する。
   それを確認したら諸君らは即時に政府に投降したまえ。

   諸君らにはそれぞれ、諸君らの魔力波長によってのみ解除可能なコードを仕込んだ研究資料を予め配布してある。
   それを使って政府と司法取引を行うも良し、企業に売り込むも良し、新たに地下組織を結成するも良し……。
   もし犯して来た罪の重さに耐えきれないならば処分して自害するのも……これからは諸君らの自由だ……!」

 僅かに言い淀みながらも、そう言い切った。

 ある者は戸惑い、ある者は感涙し、ある者は達成感を顔に浮かべ、一人、また一人とその場から去って行く。

研究者「この事を先んじて通報する人間がいませんかね……」

 ただ一人、去るのではなく敢えて月島の元に歩み寄って、小声でそんな事を呟いたのは、
 彼を月島と呼んだ例の中年の研究者だ。

月島「仮に通報した所で、今からでは対処も間に合わんよ……そう言う計画なのだから」

 月島も去って行く研究者や作業員の姿から視線を外す事なく、小声で返す。

月島「君はどうするね?」

研究者「古巣の山路に戻るのも良いかもしれませんが……。
    まあ、この情報を政府に売って、名前と顔を変えて生きて行く事にします。
    どうせ、私は十五年前の時点で死んだ事になっていますし」

 月島の問い掛けに、中年の男はそう言うと苦笑いを浮かべた。

 古巣の山路、そして、十五年前の時点で死んだ事になっている。

 そう、彼は十五年前に起きた60年事件で占拠された旧技研に取り残され、
 テロリストの手で殺害された事になっていた。

 表向きは、だが。

 茜が閲覧していた古いデータベース上からも抹消され、
 茜の前にも姿を現していないため、今も歴とした“死んだ人間”なのだ。

 美月……ミッドナイト1とは多少の面識があるので、彼女の証言に有用性が認められた場合はその限りではないが、
 それでも今、この世界に彼の居場所は存在しない。

研究者「新人の頃から目をかけていただいた事、
    どれだけ感謝しても足りないほど感謝しています」

月島「君のような才能の持ち主が埋もれてしまう事が、不合理だと感じただけに過ぎないよ、私は」

 感慨深く目を細めた男に、月島はそう淡々と言って肩を竦めた。

月島「大勢の手前、ああは言ったが、この計画がここまで来れた一番の要因は君のお陰だよ。

   君の協力がなければ、“月島勇悟”は七年前の時点で終わっていたんだ。
   “ユエ・ハクチャ”も三十五日前に終わっていた。

   そうなれば私も存在していない……。最大の功労者は間違いなく君だ」

 月島は研究者達から視線を外すと、足もとでリニアキャリアに背を預けた研究者に視線を向ける。

研究者「そんな大層な物ではありませんよ。
    ヒューマノイドウィザードギア……機人魔導兵への意識転写なんて物は、
    グンナー・フォーゲルクロウの時代からあった物です。

    私がやったのは転送されて来る意識がメモリに転写される際、
    誤差が出ないように微調整しただけに過ぎません」

 彼は月島の視線に自らの視線を重ねてそう言うと、どこか照れ臭そうに笑った。

 だが月島は頭を振って、彼の謙遜を否定する。

 ヒューマノイドウィザードギアへの意識転写。

 それこそが月島の……いや、月島勇悟とユエ・ハクチャ、そして、今、この場にいる“月島”の秘密であった。
453 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:51:36.30 ID:td6LGtrLo
 かつて、もう百年以上前にグンナー・フォーゲルクロウは、世界初の機人魔導兵に自身の意識を転写を行い、
 さらに防腐処理を施した自らの皮膚を着せ、機人魔導兵を自分の影武者として魔導研究機関の表舞台に立たせた。

 八十年前の魔導巨神事件の折、影武者のグンナーが死亡した事で、
 七十年前のグンナーショックが起きる時まで本人は地下に潜み続ける事が可能になったのだ。

 月島が行ったのはグンナーの逆。

 本物の月島勇悟が死ぬ事で、
 意識転写を行ったヒューマノイドウィザードギアのユエ・ハクチャを後継としたのだ。

 そして、三十五日前、旧技研での決戦でユエが死亡……いや、消滅する直前に意識を彼の元へと転送し、
 新たなヒューマノイドウィザードギアを肉体として再び月島として甦ったのである。

 自らの肉体、魂すら犠牲にして意識だけで生き延びて来た、おぞましい精神の怪物と言えよう。

月島「長い時間をこのためだけに専心しなければ、
   エナジーブラッドエンジンもカレドブルッフも完成しなかった。

   そう出来たのは君のお陰だと言っているんだ……素直に賞賛を受けてくれ」

研究者「……そうだとしても、あなたの一助手に過ぎませんよ……。
    あなたの偉業に携われた、その事実を賞賛の代わりにしても十分なお釣りが来ますよ」

 言い聞かせるような月島の言に、男は感慨深く返した。

 僅かな沈黙の帳が、二人の間に落ちる。

月島「……そうか」

 だが、その沈黙は自嘲気味な月島の言葉によって破られた。

 そして、月島はさらに続ける。

月島「君にはこの事件の真相、その全て情報を託してある。
   それだけは必ず、然るべき人物に届けてくれたまえ」

研究者「承りました。……では、御武運を」

 男がそう言ってその場を離れると、月島は無言で頷いてリニアキャリアのハッチを閉じた。

 半球状になったコックピットはコントロールスフィアであり、
 その中央には操縦席とコントロールパネルが据え付けられている。

 ギガンティックが積載されているのは後方の二車輌のみ、
 コントロールスフィアが三輌目に存在すると言う事は、
 おそらくは遠隔操縦をするための座席なのだろう。

 しかし、二機の大型ギガンティックが存在すると言う事は、
 405・カレドブルッフとは量産を前提にしたギガンティックか、
 或いは分離状態の二機を合体して運用可能な可変合体型ギガンティックと言う事だろうか?

月島「トリプル・バイ・トリプルエンジン、出力安定域……
   各種関節問題無し……ブラッド損耗率は0.01%未満……最終確認終了」

 月島は外部モニターを通して、周囲に人影が無い事を確認する。

 最後まで言葉を交わしていた助手も安全域まで対比しており、問題ない。

月島「微速前進開始……」

 月島がそう指示を出すと、その音声入力に従って八輌編成のリニアキャリアがゆっくりと、
 その巨体を滑らせるように動き出した。

 照明の無くなった暗い貨物路線の暗闇に、黒いリニアキャリアが溶け込んで行く様は、
 不吉な物を暗示しているかのように見える。

月島「………さて、お誂え向きに近くに201と203が来ているワケか……。
   時間稼ぎと挨拶代わりに立ち寄って行くとするか」

 月島は思案げに呟くとコントロールパネルを操作し、
 路線の分岐を操作しながら目当ての方角へと進路を変えて行く。

月島「さて、長らく世話になっていたステルス機能も解除と行くか……」

 月島はどこか嬉しそうに呟くと、リニアキャリアの速度を上げた。
454 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:52:39.74 ID:td6LGtrLo
 同じ頃。
 第四フロート第五層、ギガンティック機関リニアキャリア――


 その日の探索と明日の準備を終えて食事を摂ろうとしていた空と美月は、
 けたたましく鳴り響く警報と共に、自らの愛機に向かって走っていた。

 制服を脱ぎ去ってインナースーツ姿になると、愛機のハッチを開いてコントロールスフィアに飛び込む。

 食堂から飛び出す寸前に持たされた栄養ゼリーを飲み込みながら、
 エールの起動準備を整えた空は、指揮車輌と回線が繋がるのを待つ。

アリス『空ちゃん、美月ちゃん、お待たせしました』

 しばらくすると、通信機越しにアリスの声が聞こえた。

空「アリスさん、状況はどうなってるんですか?」

ルーシー『今、こっちまで情報が上がって来た所!』

 空の質問に応えたのはコンタクトオペレーターのルーシーだ。

ルーシー『先月、壊滅したテロ集団と同じ識別信号を発してるリニアキャリアが、
     この駐屯地点と思われる場所に向けて毎時二百キロで接近中!
     随伴に一機の大型ギガンティックを確認、機種は403・スクレップと断定。

     ……だそうです、新堂主任』

 ルーシーは空達への説明と合わせて、現場責任者であるほのかに向けて情報を読み上げる。

空「スクレップ……」

 空はつい一ヶ月ほど前に戦った強敵の名に、思わず身を強張らせた。

 あんな物がもう一機も存在していたとは、驚きと同時に恐怖を禁じ得ない。

ほのか『403、か……』

ルーシー『既に第五フロートで巡回中の二班が司令の指示でこちらとの合流に向けて移動開始していますが、
     合流まで最速で四十分かかるそうです』

 思案気味に声を絞り出したほのかに、ルーシーがさらに続けた。

 その後も通信機越しに指揮車輌でのオペレーター達の会話が聞こえて来る。

アリス『敵性リニアキャリアの現在地、判明しました。
    正面モニターと各ギガンティックに転送します』

 アリスの報告と同時に小さなディスプレイが浮かび上がり、
 現在、空達のいる第四フロート第五層の簡易マップが展開された。

 自分達がいる場所――外殻自然エリア――は把握している。

 工業区を高速で移動している反応が、件の敵性リニアキャリアのようだ。

アリス『現在、第四フロート方面軍のギガンティック部隊が交戦中ですが、
    護衛の403が防衛に徹しているようで、有効的な打撃を与えられないようです』

ほのか『……敵がこちらと接触するまでの予想時間は?』

アリス『二千百秒、プラスマイナス七十秒です』

ほのか『最短三十四分足らず……ね』

 ほのかはアリスの報告を聞きながら目まぐるしく思考を巡らせていた。

 テロリストは防衛に徹しつつ真っ直ぐコチラに向かって来ている。

 恐らく、ここにギガンティック機関のギガンティックがいる事を承知で向かって来ているのだろう。

 それは二人の会話を聞き、状況を見ている空にも予想できた。

 敵の目的がコチラで軍のギガンティック部隊に対して防戦状態を保ったまま移動中、と言う事は、
 リニアキャリアに重要な物が積まれているか、軍、或いは警察組織に用が無いかのどちらかである。

 そして、後者である場合は“いつでも反撃に転じる事が出来る”と言う事になり、
 ギガンティック機関ですら苦戦したスクレップが相手では量産型のレプリギガンティックなどひとたまりもない。

 要は軍のギガンティック部隊も第五層の工業区も人質と言うワケだ。

 毎時二百キロと言うリニアキャリアにしては鈍足の移動も、それをアピールするためのパフォーマンスだろう。
455 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:53:21.82 ID:td6LGtrLo
ほのか『……201、203は二十五分後に起動、この地点で敵を迎え撃ちます。
    起動後、リニアキャリアは安全圏まで後退しバックアップ体制に入ります』

 思案を終えたほのかは、各員に指示を飛ばす。

 起動時間は敵の到着のおよそ十分前。

 リニアキャリアを後方に下げるまでの時間を勘定に入れた場合、ギリギリのラインだろう。

 戦闘開始からレミィ達との合流まで五分前後。

 最悪、外殻に近い事を利用し、
 隔壁を開いてフロートのドーム外に誘き出せばさらに時間を稼ぐ事も可能になる筈だ。

ほのか『空ちゃん、美月ちゃん、ちょっとキツいかもしれないけど、
    五分だけ二人で敵の相手をお願いする事になるわ』

 ほのかはどこか申し訳なさそうな声音で二人に指示を出す。

 五分。

 決して長い時間ではないが、相手が403・スクレップである事を思えば絶望的な時間にも思えて来る。

 だが――

美月『ソラとエール、それにクライノートがいるから大丈夫、です』

 通信機から聞こえて来る美月の力強い“ふんす”と言う息遣いまで聞こえて来そうな声に、
 空も肩の力を抜いて小さく息を吐き出す。

空「今回も前回と一緒で、最初は四対一ですから……五分ぐらいなら、
  美月ちゃんとクライノート、それにエールとで何とでもやって見せます」

 空は努めて明るい声でそう言い切った。

 後輩で妹分のような美月が大丈夫と言ってのけたのだ。

 曲がりなりにも副隊長を任せられている自分が弱音を吐くワケにはいかない。

ほのか『………ありがとう、空ちゃん、美月ちゃん。
    ……ハンガー直立、およびヴァッフェントレーガー連結解除開始!』

 ほのかは言外の空の決意を感じ取ったのか、ややあってから指示を出した。

 すると、スフィア内壁に映し出された外の光景が徐々に傾きを正して行く。

 寝かされていた機体がハンガーの直立に合わせて起き上がっている証拠だ。

エール『……空、あまり強がらなくてもいいんだよ?』

 起動準備の最終段階に入った空に、エールが心配そうに声を掛けて来る。

 エールと空は魔力的にリンクする事で強く結びついているため、エールには空の心情は理解できていた。

 強がらなくてもいい、と言うよりは、怖いなら怖くてもいいと、彼女の重責を受け止めるつもりの言葉だ。

空「エール……うん、半分……四割くらいは強がりだけど、残りはそうでもないよ」

 だが、対する空はどこか落ち着き払った様子で応え、さらに続ける。

空「さっきもほのかさんに言ったけど、美月ちゃんとクライノート、それにエールがいるもの……。
  403とは一度戦ってるし、多分、考えているほど怖くはないと思う」

 空はそう言うと笑顔を浮かべた。

 実際、403と戦った時のデータでシミュレーションも行ったが、
 それよりも強敵と思える相手と先日の合同演習で幾度も矛を交えた経験がある。

 正直、臣一郎の駆るクルセイダーとスクレップを比べた場合、クルセイダーにしか軍配は上がらない。

 臣一郎とクルセイダーに勝てた事こそ一度も無いが、
 それでもスクレップを相手に“五分以上、損害を抑えて立ち回れ”と言う条件ならばやりようはある。

 その五分間を仲間やかつて力を貸してくれた乗機、それに掛け替えのない愛機が支えてくれるのだ。

 その事を踏まえた上で、“考えているほど怖くはない”とは空の正直な感想だった。

 それだけに、“四割は強がり”と言うのもまた嘘ではない。

 前回とは違って合体も無しと言う状況だ。
456 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:54:07.20 ID:td6LGtrLo
 念のためと言う事だろうが、整備用パワーローダー達の手で
 肩部ジョイントにシールドスタビライザーと背面にエーテルブラッドの増槽が接続されて行く。

空「アルバトロス以外のシールドスタビライザーを使ってる時って、
  あんまりいい事があった記憶がないんだよね……」

 空は少し戯けた調子で苦笑いを浮かべる。

 今までに二度しか使った事が無いが、一度目の時はサイ型イマジンにハッチを抉られ、
 二度目の時はつい先月、テロリストに大敗を喫したばかりだ。

 装備としては動きやすく、防御能力も著しく向上するので非常に有り難い物なのだが、
 験を担ぐにはどことなく心許ないのが正直な所である。

エール『……大丈夫だよ、空。
    このシールドもプティエトワールとグランリュヌも、僕が最大限まで動かしてみせるから』

 苦笑いを浮かべた主に、エールは穏やかな声音で、だが力強く言い切った。

空「エール……うん、お願いね!」

 空は一瞬、キョトンとしかけたが、エールの言外の思いを感じて笑顔で返した。

 と、不意に通信回線が開かれる。

美月『ソラ、作戦はどうしますか?』

 美月だ。

 考えてみれば、美月もシミュレーションや卵嚢の処理などは行って来たが、
 本格的な実戦に参加するのはコレが初めてだ。

 それも、相手はイマジンではなく古巣のテロ集団。

 複雑な思いもあるかもしれない。

 だが、美月の声からはそんな気負いは感じられない。

 心底から“空達が側にいるから大丈夫”と、そう思ってくれているのだろう。

空「うん……美月ちゃんはヴァッフェントレーガーで敵の側面に回り込んで遠距離から援護射撃をお願い。
  私は上から中距離を保って攻撃するから、立体的な十字砲火を仕掛けよう。

  それと街中ではヴァイオレットネーベルの使用は注意してね」

美月『分かりました、ソラ』

 空が思案気味に指示と注意事項を述べると、美月は頷くような声音で応えた。

 そして、そうこうしている間に時間が来る。

 まだ姿こそ見えていないが、遠くで強い魔力の反応を感じ始めたのと同時に砲撃音が聞こえた。

 どうやら一定間隔毎に軍か警察のギガンティックが陣取り、左右から交互に砲撃を仕掛けているらしい。

 だが、爆発音も煙も見えない所を見ると、スクレップによって完全に防がれてしまっているようだ。

ほのか『201、203、起動!』

空「了解です!」

美月『クライノート、起動します』

 ほのかの指示で、空と美月は各々の愛機を起動し、ハンガーから舗装された道路に降り立つ。

 すると、即座にハンガーは水平に倒され、リニアキャリアは後方へと下がって行く。

ほのか『………よし、たった今、隔壁制御の許可が下りたわ。

    空ちゃん、美月ちゃん、万が一の場合はそこから東に二キロ離れた場所にある隔壁を開くから、
    そこからドーム外に脱出して』

アリス『周辺住民や工員の避難も完了しています。
    ……被害を最小限に留める事は必要だけど、難しいと思ったら戦闘に専念してね』

 ほのかの指示に続いて、どこか心配した様子でアリスも周辺状況を伝えて来る。

 空自身、美月にはあのような指示は出したものの、
 スクレップを相手にどこまで周辺被害を気にしながら戦えるかは分からない。

空「……ギリギリまで踏ん張ってみせます」

 故に、そう答える他無かった。
457 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:54:50.85 ID:td6LGtrLo
 空と美月はそれぞれの愛機を外殻自然エリアのなだらかな丘の麓……
 構内リニアのレール付近に移動させ、会敵のタイミングを待つ。

 そして、時間にして四分後――起動から六分後――と、予想よりも一分遅く会敵する事となった。

空(……間違いない、403……スクレップだ……!)

 こちらに猛然と迫るリニアキャリアの上空を護衛するように飛ぶギガンティックは、
 黒を基調としたカラーリングと両腕に装備された巨大な盾が特徴的な、
 見紛う筈も無い、一ヶ月前の最終決戦で戦った403・スクレップに相違なかった。

美月『ソラ、来ます!』

空「ギリギリまで引きつけて撃つよ、美月ちゃん!」

 美月の呼び掛けに応えると、空は愛機の翼を広げ、シールドスタビライザーを閉じ、
 さらにプティエトワールとグランリュヌを展開して迎撃の最終準備を整えた。

 傍らではクライノートがブラウレーゲンとドゥンケルブラウナハトを構え、
 さらにオレンジヴァンドを装着し、美月も迎撃の態勢を整え終えたようだ。

 そして、リニアキャリアを目と鼻の先に捉えた瞬間――

空「……今だよっ!」

 空は声を上げると同時に上空へと舞い上がり、
 美月もクライノートと共にヴァッフェントレーガーで十分な距離まで一気に離れる。

 そして、敵性リニアキャリアが二人の元いた場所を通過しようした瞬間、
 大小十六基の浮遊砲台からの一斉射と、スナイパーライフルと大口径砲の連続攻撃がリニアキャリアを襲った。

美月『やりました……!』

空「まだだよ、美月ちゃん! 連射限界まで撃ち続けて!」

 歓喜の声を上げようとする美月を諫め、空は自らも連射を続けつつ指示を飛ばす。

 さらにカノンモードに変形させたブライトソレイユを構え、だめ押しの一撃を放つ。

 美月も空の指示通りにライフルと砲の交互連射を続け、最後には最大出力の一斉射を放った。

 二人の十字砲撃の交点では濛々と煙のようなマギアリヒトが立ちこめ、直撃地点周辺の被害の大きさを物語る。

 さしものスクレップも、リニアキャリアを守りながら大出力砲撃の十字砲撃を長時間受けきる事は出来ない筈だ。

 だが――

空「……ッ!?」

 ――感じる。

 凄まじい魔力を愛機のセンサーが感じ取り、その感覚に空は全身が泡立つのを感じた。

空「美月ちゃん、防御に専念して! エール、多重障壁をお願い!」

 空は仲間と愛機に指示を飛ばすと、直後に訪れるかもしれない衝撃に身構える。

 攻撃が来る確信は無い。

 だが、403の恐ろしさは身を以て理解していた。

 アレを相手に持久戦に持ち込むなら、少し臆病なくらいで良い。

 空は警戒しつつ、姿の見えなくなった敵の反撃に備える。

 魔力反応から見てもスクレップとリニアキャリアは健在と見て良いだろう。

 土煙のようにマギアリヒトが立ちこめていると言う事は、敵の防御によって魔力弾や魔力砲が相殺されず、
 拡散反射か屈折されて周囲の構造物だけを破壊した可能性が高い。

 そして、空と美月が警戒を強めながら次の一手に備えていると、
 不意に敵性リニアキャリアの周囲に満ちていたマギアリヒトの土煙が風に吹かれたかのように散って行く。

 マギアリヒトの土煙が止むと、その奥から現れたのは、やはり予想通りに無傷のスクレップとリニアキャリアだった。
458 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:55:40.49 ID:td6LGtrLo
空「まさか、リニアキャリアまで無傷だなんて……」

 愕然と漏らす空の目の前で、リニアキャリアの甲板上に載っていたスクレップが悠然と地上に降り立つ。

エール『空……多分、アレは403による防御だけじゃない』

 同時に、状況を確認していたエールが重苦しそうに口を開いた。

クライノート『コチラでも解析しました。
       魔力弾の拡散範囲に比べてリニアキャリアへの被害が確認できません。
       おそらく障壁は403だけではなくリニアキャリアそのものからも発生していると思われます』

 クライノートもエールに同意して淡々と解析結果を告げる。

空「そんな!? ただのリニアキャリアが結界装甲の効果を無効化するなんて……」

 空は驚愕の声を漏らしつつ、リニアキャリアを見遣った。

 よく見れば、リニアキャリアには随所に赤黒い光の線のような物が走っている。

 ブラッドラインのように見えない事もない……いや、おそらくブラッドラインなのだろう。

 先ほどまでスクレップがリニアキャリアの甲板上にいたのは、
 リニアキャリアに循環しているエーテルブラッドを利用して結界装甲を延伸していた、と考えれば、
 リニアキャリアから障壁が発生しているのもそこまで無理のある理論でも無かった。

 だが、エールとクライノートの一斉射を無傷で耐えきるには相当の出力がなければならない。

 スクレップの結界装甲を延伸していた、
 と言うだけでは説明できない“何か”が、あのリニアキャリアにはあるようだ。

 空がそんな思案を巡らせている時だった。

??『……ふむ、テストもまだだったが、仕上がりは上々なようだ』

 不意に聞き覚えのある声が辺りに響き渡る。

空「この……声……ゆ、ユエ・ハクチャ!?」

 空は記憶の中にこびり付いた、あの他人を嘲るような人物を思い出して愕然とした。

 生きていた?
 あれだけ大出力の魔力の直撃を受けて?

 一ヶ月前の決戦で矛を交えたスクレップはリュミエール・リコルヌシャルジュの直撃を受け、
 その胴体ブロックの殆どが欠片も残さず消滅したのだ。

 人間が……いや、人間でなくても耐えきれる筈が無い。

 未だに月島とユエの秘密を知らない空は、ただただ困惑するばかりである。

??『ふむ、この魔力波長……203のドライバーはミッドナイト1か。
   ……また、随分と思い切った人選をしたものだ』

 ユエ……いや、月島は状況確認を終えたのか、感心半分呆れ半分と言った風に呟いた。

美月『……ッ』

 月島の声に……そのかつての名を呼ぶ声に、美月は全身を強張らせる。

空「っ、美月ちゃん!」

 空は通信機越しに感じた美月の息遣いに正気に立ち返ると、
 彼女とクライノートを守るようにスクレップとの間に躍り出た。

 美月はほんの一ヶ月ほど前まで、ミッドナイト1としてユエに道具のように扱われていた。

 自分や茜、そして仲間達との交流を経て、ようやく年頃の少女らしい人間らしさを取り戻して来たのだ。

 ユエ――月島――に、彼女を……彼女の心を傷つけさせるワケにはいかない。
459 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:56:20.16 ID:td6LGtrLo
月島『ふむ……ここで足止め用に一機を使うつもりでいたが、お前がいるなら丁度良い……』

 月島はどこか頷くような満足げな声音で漏らすと、さらに続ける。

月島『ミッドナイト1、最後の命令だ……201と交戦しろ。
   データは十分揃っているのでもう破壊しても構わないし、
   最悪、一定時間交戦さえすれば敗北しても構わない』

 月島の酷薄な言葉に、空と美月は驚愕で肩を震わせた。

 そして、空は怒りで歯を食いしばり、激昂した視線をスクレップに向ける。

空「あなたって人は……そうやって……またっ!」

 空は脳が沸騰しそうな程の怒りを、必死に宥め、手綱を引き絞った。

 ここであの時のように暴走するワケにはいかない。

 怒りは胸に留め、自らの意志で力に変えてぶつけるのだ。

 だが、許し難い怒りが空の全身を駈け巡る。

 また、この男は人を……美月を道具のように使い捨てようとしていた。

 仲間を……友人をそうのように扱われる哀しみが、空の怒りを倍増させる。

美月『ま……マスター……』

 美月は震える声で漏らす。

空「美月ちゃん、こんな人の言うことなんて聞いちゃ駄目!」

 空も必死で美月を宥める。

 人間らしさを取り戻して来たとは言え、彼女は十年もあんな人間の下で道具扱いをされて来たのだ。

 その習慣……いや、心と体に刻み込まれた条件反射は、美月を苦しめていた。

月島『その隙だらけの背中を狙え、ミッドナイト1』

空「私達の仲間を……友達を苦しめる人は許さない……!」

 空は防ぎきれない言葉からも美月を守ろうと、エールと共に両腕を大の字に広げる。

 直後――

美月『マスター……』

 開かれた美月の口から響いた声は、先ほどのように震えてはいなかった。

 そして、美月はさらに続ける。

美月『その命令には………いえ、あなたの命令には、もう従いません』

 美月は小さく頭を振って、月島の命令をはね除けた。

月島『ほぅ……だとすれば、どうだと言うのだ……ミッドナイト1?』

 月島は感心と驚きの入り交じった感嘆を漏らすと、美月の返答を促す。

 美月はコントロールスフィアの中で俯き、その胸に手を当てる。
460 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:57:26.08 ID:td6LGtrLo
美月「……私は……あの場所が……マスターの研究室が
   暗くて、冷たい場所だと言う事を知りませんでした……。

   仲間の筈の人達に殴られる事も当たり前だと思っていました……」

 思い出すだけも苦しい、旧技研での日々。

 腹を満たし、動くエネルギーだけを摂取するだけの食事。

 共に出撃して助ければ、手柄を横取りしたと一方的に殴り掛かって来る仲間。

 道具として扱われ、それこそが自分に与えられた存在意義だと教え込まれた日々。

 そこには“自分自身”と言う物は存在しなかった。

 その事を思い出すと、胸に当てた手が震える。

美月「だけど……アカネと出会いました、ソラとも出会いました……。
   二人と友達になって、ルリカお姉さん、アスミ……色んな人と出会いました」

 だが、美月は数々の出会いを思い出し、彼女達の顔を思い浮かべた。

 すると、手の震えが止まる。

美月「胸の奥が……温かくなりました……。
   喧嘩をすると寂しくて、苦しくなりました……。
   でも、仲直りをしたら、前よりもずっと胸の奥が……心が、温かくなりました」

 一ヶ月前の日々を思い出し、美月は涙で声を震わせた。

 それは痛みではなく、苦しみでもなく、ただただ温かい気持ちが溢れさせる涙そのもの……。

美月「ソラもアカネも、私に居場所をくれました……。
   私が……道具でなくなって、何者でもなくなった私が居ても良い理由を教えてくれました……」

 美月は涙を拭い、目を見開いて、前を見据える。

 エールの背の向こうに、守ってくれる人の空の背中が見えた気がした。

美月「みんなが……私を私にしてくれました……マスターがくれなかった全てを、私にくれました……」

 美月は朗々と呟きながら、その背を追い越し、傍らに立つ。

美月「……命をくれた事……この世界に生み出してくれた事は、感謝しています。だけど……」

 そして、ヴァッフェントレーガーから分離させた全ての武装を一斉に構えた。

美月「私の大切な人を傷つけるなら……私の大切な人達が守ろうとしている物を壊すなら……
   誰が相手でも、何が相手でも戦います……! それがたとえ……マスターでも!」

空『美月ちゃん……!』

 高らかに、とまでは行かないが、それでも力強く宣言した美月の言葉に、空も感極まった声を漏らす。

月島『ふむ……そうか』

 対して、月島は感情を読み取るにはやや抑揚の無い声音で短く呟く。

 興味が無い、と言うよりは“それならそれで致し方ない”と言った雰囲気だ。
461 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:58:21.82 ID:td6LGtrLo
月島『コチラに接近して来る反応を計算するに、あと三分ほどで新手が来るか……。

   情報通りならば204と205……あのハイペリオンイクスと203の足止めに
   403が一機では少々心許ないか……致し方有るまい』

 月島はそう言うと、後部に編成されているコンテナキャリアを展開する。

 既に一つは開かれており、その中にあったのが現在も空達と対峙しているスクレップである事は予想できた。

 となれば、こちらのコンテナから現れるのが件の新型ギガンティック……405・カレドブルッフだろうか?

月島『二機しか用意できなかった足止め用の機体を、こんな所で二機とも使う事になろうとは……』

 月島が嘆息混じりに呟くと、コンテナから姿を現したのは――

空「そ、そんな……二機目の、スクレップ!?」

 ――愕然と叫ぶ空の言葉通り、403・スクレップであった。

 起動したスクレップのブラッドラインには赤黒い輝きが灯り、
 既に起動していたもう一機のスクレップの傍らに並び立つ。

美月『………』

 美月も、幾度かシミュレーターで矛を交えた403に、緊張の色を濃くする。

 仲間と連携する事で何とか撃破して見せた事もあったが、さすがに多対多、
 しかも敵のどちらもがスクレップなどと言うシミュレーションはした事が無い。

 そして、それは空も同じだ。

 多少の会話があった事で、レミィ達との合流までの時間も稼ぐ事は出来たが、
 それすらも無に成るほどの絶望感が、空達を襲う。

月島『では、私はこのまま皇居に向かわせて貰う。
   せいぜい、私が私の目的を終えるまで、そこの人形達と楽しんでくれていたまえ』

 月島はそう言うと、後部に接続された二輌のコンテナ車輌を切り離し、
 残る六輌編成のリニアキャリアを走らせる。

 虎の子とも言える403を二機も置き去りにしてまで向かう理由。

 しかも、その場所はユエ――月島――も身を寄せていたテロリスト達が標的にしていた皇族・王族の住まう皇居。

 本物の虎の子は彼方の六輌編成のリニアキャリア。

 それも一機だけでもオリジナルギガンティック三機を相手に圧倒し、
 トリプルエンジンと互角の403を二機も差し出して、まだお釣りが来る程の決戦兵器の可能性がある。

空(早く追い掛けなくちゃ……!)

 空は即座にその思考へと帰結した。

 レミィ達と合流できるまで、あと三分足らず。

 絶望的な一八〇秒だが、いくら絶望的な状況だからと言って、”嗚呼、そうか”と諦めるワケにはいかない。

空「……美月ちゃん、長距離で私の援護と自分の防御に徹して。
  あと可能な限り、エールとクライノートの間でのデータリンクは密にお願い」

 空は顔面蒼白と言っても良いほど青ざめた表情で、努めて淡々と美月に指示を出す。

美月『わ、分かりました……』

 美月もシミュレーターとは違う実戦での苦境に、声を上擦らせながらも何とか答えた。

 そんな美月の様子に、空は小さく深呼吸してから口を開く。

空「……美月ちゃん、大丈夫だよ。
  さっき美月ちゃんが言ってくれた通り、私もエールも、クライノートもいるよ……。

  だから、レミィちゃん達が来るまで頑張ろう!」

美月『ソラ………はい、頑張ります』

 空が自身の不安や絶望を押し殺して元気づけてくれようとしているのが分かったのか、
 美月も深い深呼吸の後で力強く返した。

 状況は幾分も変わっていないが、それでも自分も美月も心持ちは多少、
 戦闘開始前に近い状態まで持ち直したと思える。
462 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:59:14.34 ID:td6LGtrLo
空(相手が一機でも二機でも、やる事は変わらない………。
  とにかく、レミィちゃんとフェイさんが来るまで全力で持ち堪えて、
  ハイペリオンイクスに合体して一気に決める!)

 空は心中で改めて、その事を確認すると敵機の頭上を目掛けて飛び上がった。

空「エール! 砲撃はブライトソレイユに限定するから、
  プティエトワールとグランリュヌは防御に集中させて!」

エール『了解、空!』

 空の指示でエールはプティエトワールとグランリュヌを自身の周辺に待機・浮遊させ、
 付かず離れずの位置をキープさせる。

 クライノートとのデータリンクも密に行っているようで、
 二点で観測された自身と敵機との位置関係に合わせて移動させていた。

 空は地上でコチラの出方を窺っているスクレップに向けて砲撃を放つ。

 しかし、そこは使い捨て扱いされているとは言え、あの403・スクレップだ。

 巨大シールド型の攻守機動複合装備、
 ハルベルトシルトの展開した障壁で空の砲撃を完璧に防いでしまう。

 さらに、もう一機のスクレップがハルベルトシルトの砲口を掲げ、
 上空のエールに向けて魔力砲を放とうする。

 だが――

美月『させません……!』

 空の指示通り、十分な距離にまで離れていたクライノートから、
 美月の声と共に砲撃が放たれ、その砲撃を牽制した。

 堅牢な装甲を誇るスクレップも、無防備な横合いからの攻撃には流石に体制を崩す。

空「そこっ!」

 空はその間隙を狙い、ブライトソレイユを構えているのとは逆の腕から数発の魔力弾を放った。

 魔力弾は大きく弧を描き、体制を崩したスクレップの足もとに向けて殺到する。

 僅かに体制を崩していたスクレップは、足もとへの攻撃に対処し切れず、その場に膝を突く。

空(人間が乗っていない……? AI制御?)

 スクレップの動きに不自然な物を感じた空は、不意にそんな疑問を思い浮かべた。

 一ヶ月以上前の決戦の際は、ユエの操縦で実に滑らかに動いていた403・スクレップだったが、
 今のスクレップの動きはどこか精彩さを欠いているように思える。

 あの決戦の際、ユエは機体の防衛に人脳や神経を素材としたAIを利用していると言っていた。

 実際、ユエの駆っていたスクレップの動きは凄まじく、風華達四人を相手を圧倒する程の戦力を見せた。

 だが、このスクレップの動きはあの時に比べてやや鈍い。

エール『多分、防衛だけに集中するべき簡易AIで機体の全てを制御させているから動きが鈍いんじゃないかな?』

クライノート『……ですが、AIが学習すれば徐々に動きも良くなって行く可能性もあります』

 思案気味に漏らしたエールに、クライノートがそんな推測を呟いた。
463 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 21:00:09.75 ID:td6LGtrLo
 事実、空と美月が連携で膝を突かせたのは、後発で起動したスクレップだ。

 こちらに到達するよりも以前から起動していたスクレップは、空の砲撃に素早く反応して見せたのだから、
 AIの出来に差があるのでなければ、真っ新な状態から学習している最中なのだろう。

空「美月ちゃん、時間をかけ過ぎるとどんどん不利になるかもしれない!
  先に起動していたスクレップを集中的に狙おう!」

美月『分かりました』

 美月が自分の指示に応えた直後、空は後発の仲間――二号機――を
 庇うような体制で防御を続ける先発のスクレップ――一号機――に砲撃を放つ。

 クライノートからもスナイパーライフルによる精密射撃が迫るが、
 スクレップ一号機は防御範囲を拡大する事でコレを凌ぐ。

 一号機はこの場に来るまで、
 リニアキャリアに迫る軍や警察のギガンティック部隊の攻撃を全て防御して来た。

 加えて、先ほどの立体十字砲火の一斉射だ。

 防御・防衛に関する経験値はかなり蓄積されてしまっているのだろう。

 まだ蓄積の甘い二号機を無視して、これ以上の時間を掛けずに速攻で一号機から潰したかったのだが、
 やはりそうは簡単にはいかないようだ。

アリス『04、05、現着まであと一二〇秒!』

 アリスからの通信でレミィ達の到着まで残り二分を切った事が分かったが、
 それで劣勢が覆ると言うワケでもない。

空「美月ちゃん! 私が一機目を引きつけるから、その間に二機目を狙撃して!」

美月『分かりました、ソラ』

 空は美月に指示を飛ばすと、自らはエールに任せていたプティエトワールの中から三機を借り受け、
 カノンモードのブライトソレイユと合わせ、一号機に対して四方向からの砲撃を試みる。

 だが、一号機は即座に二号機をも覆う広範囲障壁を展開し、
 時間差で放たれた美月からの狙撃すら防ぎきった。

空(戦術選択と対応が早い!? それに学習速度も……!)

 空は心中で驚愕しつつも、砲撃パターンを変えながら幾度も一斉攻撃を仕掛けるが、
 やはりその全てを読まれ、防がれてしまう。
464 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 21:01:03.48 ID:td6LGtrLo
 空の思った通り、一号機の学習速度は想像した以上に早かった。

 先ほど、一度だけ一号機の隙を突いて二号機を狙った事を学習し、
 二号機への被害軽減すら念頭に置いた防御方法を選択し、空達の攻撃に対応している。

 一号機の学習・成長速度でさえ恐ろしいと言うのに、
 加えて二号機の学習も次なる段階に入ったようだ。

 先ほどは一号機の障壁から飛び出して攻撃を仕掛けようとして来たが、
 今度は障壁の内側からの射撃に切り替えて来た。

 威力は絞られているが、それでもハルベルトシルトの遠距離兵器だ。

 並の魔力砲以上の火力がある。

空「エール、障壁展開っ!」

美月『クライノート、05、イグニション……!』

 空も美月も、それぞれの愛機の障壁やシールドで防ぐが、それで手一杯になってしまう。

 一方で二号機は、それが最適解だと分かると執拗に砲撃を続けて来る。

 この単調さと躊躇いの無さが、自動学習する単純型AIの恐ろしさだ。

 人間ならば経験の長さに関わらず、失敗すれば多少の戸惑いが生まれるが、
 単純な思考のAIは別の解を探す事に専念する。

 そして見つけ出した正解を繰り返しながら学習する。

 人間でも反復は行うが、AIの正確さは人間の非では無い。

 空と美月は少しでも位置取りを変える事で、一号機の障壁内から二号機を誘い出そうとするが、
 既にその失敗を学んでいる二号機は最適な射線を探すだけで、障壁内から動こうとはしないのだ。

 攻守のバランスを偏らせるのは戦術的に有りだが、完全に役割を分担するのは悪手である。

 だが、スクレップほどに攻守が高次元で纏められた高性能機がそれを行うと、
 恐ろしいまでの嵌り具合を見せた。

 むしろ、スクレップ最大の問題点である、“攻守を切り替える”隙が突けないのだ。

 中距離の装備に欠ける問題点も克服していないようだが、
 こうして絶えず攻撃を続けてられていると近寄る事も出来ない。

空(駄目だ……ハイペリオンイクスじゃないと、決定打が無い……!)

 改めて、その事実を完膚無きまでに突き付けられ、空は悔しそうに歯噛みした。
465 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 21:05:31.99 ID:td6LGtrLo
今回はここまでとなります。

大体予定の4割程度くらい消化しました。
これでも投下量はいつもより1〜2割増しなのですが、いやはや……orz
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/23(木) 22:28:30.62 ID:33oA7UHw0
乙っしたー!
美月タンの初めてのお出か・・・・・・もといお仕事、堪能させて頂きました。
甘いもの好きと言う事は、かつて皇室御用達だったと言う、二次大戦中輸送船の船底に長期間積まれて南方へ差し入れに送られても腐らなかったと言う伝説の最中を食べたら、どんな表情を見せてくれるやらとニヨニヨしてしまいましたよww
真実の家庭事情……こうした問題はどこにでもあるものですが、それだけに解決が難しいんですよね。実家の親族間の問題もそうでした。
詳しくは避けますが、忌み事無く解決できたのはよい事です。よきかな!
そしてユエ………なるほど、グンナーの逆パターンでしたか!
しかしコレ、転写すればするほど、所謂人間性が欠落していきそうで怖い方法ですね。もちろんそうした欠落を含むエラーやバグを除く意味でも”研究者”氏が手腕を発揮していたのでしょうが。
しかしこの世界、「はい閣下、光栄であります」程度の精巧なオートマータくらいなら簡単に出来てしまうのは、こうした事例があると良し悪しですね。やはりいつの時代、どこの世界も”良いも悪いもリモコン次第”は変わりないのだな、と。
さて、苦戦の中で空と美月タソの運命や如何に!?
次回も楽しみにさせて頂きます。
467 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/24(金) 19:19:47.65 ID:Xlnn43/vo
お読み下さり、ありがとうございます。

>美月@初めてのお出かけ
真実達の出番が少なかった事にかこつけ、あと日常成分が不足し過ぎなので急遽ぶっ込みました。

>伝説の最中
1.一口、口に含んだ瞬間驚く
2.一〜二拍遅れて笑顔になる
3.この喜びを誰に伝えて良いか分からずオロオロしだす
4.とりあえず二口目
 以下、繰り返し
こんな感じかとw

>瀧川家の事情
今後も登場して貰う予定でしたので後で出す予定の話でしたが今回に繰り上げて解決しました。
しかし、まあ……親族間・家族間の諍いと言う物は始まるとそれまでに蓄積がある分、際限が無いと言うか……。
最悪、縁切り以外に解決策が無いのが頭の痛い所です。

>ユエ@グンナーの逆パターン
自分の生皮剥いで生命維持装置に入ったグンナーが相当アレだったので
さらに上に行くサイコぶりにしてみました。

>人間性の欠落
自分としては逆に意志と目的だけが先鋭化されて欲求と言う意味では人間性も純粋になって行くのでは、と考えております。
“オリジナル→ユエ”は転写先のユエの稼働期間が長いのでユエ本人からやや月島寄り程度でしたが、
“ユエ→月島”は稼働経験の無い躯体への転写なのでかなり月島に近い物として扱っています。

>オートマータ@こうした事例があると良し悪し
なので統合労働力生産計画に組み込まれ、政府の管理下に置かなければならないくらい倫理的にヤバい代物だったりします。
ヒューマノイドウィザードギアそのものは技術力誇示のために一部企業が少数のみ製造が許可されていますが、
無制限に作れるようになるとそれこそテロに荷担する企業が大量生産で売りつける事態になりかねませんし。

>空と美月の運命や如何に
早ければ来月、遅くとも七週間以内には何とか……


次回はようやく405とちょいちょい名前を出していたアレの出番が遂に……BGMに格好いい曲はお勧めしません。
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/20(木) 23:23:17.02 ID:CS4TnMfj0
砲手
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/21(金) 19:47:57.81 ID:xblpTLOBO
470 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2015/09/05(土) 09:33:01.35 ID:zvYY4/XSo
保守ありがとうございます。
熱中症と言う名の生死の境から回復してシャバに戻って参りました………………もう少々お待ち下さいorz
471 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2015/10/04(日) 15:57:47.27 ID:I43HtkW2o
度々お待たせして申し訳ありません
あと少々お待ち下さいorz
472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/28(水) 22:47:38.41 ID:s+FOhzDX0
よし、保守ろう!
473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/16(月) 00:16:57.55 ID:6p0sdn5AO
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 18:32:11.90 ID:OrbthVgf0
ho-syu
475 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:54:29.61 ID:V0zga9kFo
保守ありがとうございます。

大変長らくお待たせしました。
24話後半を投下させていただきます。

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