とある後日の幻想創話(イマジンストーリー)4

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467 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 00:55:25.00 ID:tdp3J+XE0
>>461
アニメでも黒子助けるためにやってたからへーきへーき(白目)

>>463
不可抗力だから……(震え声)

>>464
本気出せば学園都市を楽々壊滅できそうなの結構いるから、多少はね?(レベル5話)

>>465
防腐剤はNG

>>466
紅魔邸(の庭)は犠牲になったのだ……
468 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 00:56:25.02 ID:tdp3J+XE0
これから投下を開始します
469 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 00:57:13.38 ID:tdp3J+XE0

禁書「っ、とうま!?」



インデックスは自身を助けてくれた少年の安否を知ろうと、痛む体を無視して起き上がる・
軟らかい土の上に落ちたため、幸い大きな怪我をすることはなかったものの、
その衝撃は彼女の体に少なからずの痛みを与えていた。


起き上がった彼女の目の前に現れたのは、直径5メートルは在ろうかという大穴。
穴は地中深くまで開けられ、その底を計り知ることはできない。
まるで、その地面だけが巨大な型抜きでくりぬかれたかのように、穴は綺麗な円の形をしていた。


一度その穴に飲まれてしまえば、おそらく二度と這い上がって来られまい。
まさか落ちてしまったのか――――そんな最悪の結末がインデックスの脳裏を過ぎった時。



「っぶねぇ……」

禁書「!」



どこからとも無く聞こえてきた声。
その方向を見やると、少年――――上条当麻が穴の縁から這い上がってくる所だった。

470 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 00:59:04.31 ID:tdp3J+XE0

彼はあり得たかもしれない『転落死』という結末に冷や汗をかきながら、歯を食いしばって崖をよじ登る。
辛うじて引っかかっている片足に神経を集中しつつ、もう片足を器用に動かしながら足場となる場所を模索する。
そうして十数秒程かけて脆くなった断壁から足場となる箇所を見つけると、その足場を思いっきり蹴り上げ、
当麻はやっとの事で崖上へと帰還することができた。


荒い息を整えつつ、彼は眼前の奈落を眺める。
後一歩遅ければ、崖淵に捕まることができずに闇の底へと真っ逆さまだっただろう。



禁書「とうまっ!」

上条「え? あぁ、インデックスか……怪我はないか?」

禁書「私は大丈夫。 とうまこそ……」

上条「へへ、そんな顔するなって……上条さんは、こんな事ではへこたれませんことよ?」

禁書「もうっ!」

上条「っと、それよりも土御門は……!」



己の身を心配するインデックスを余所に、当麻は穴の向こう側へと視線を移す。


足場が崩れ落ちる直前、土御門は当麻と逆の方向に身を投げ出していた。
つまり、彼は崖の向こう岸にいるということ。穴に落ちたのでなければ、姿が見えるはずである。
そして同じように穴の向こうには、この大穴を造った本人であるフランドールがいる。


もしあの2人が同じ場所に立っているのであれば。状況は非常に拙いと言わざるを得ない。

471 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 01:00:59.58 ID:tdp3J+XE0

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」



一帯に狂笑が響く。


当麻が見やるとそこには、争っている二人の姿があった。
フランドールは顔を破顔させ、笑い声を上げながら。
土御門は顔に苦悶の表情を浮かべながら。


いや、よくよく見るとただ争っているわけではないようだ。
土御門が圧倒していると思いきや、予想に反してフランドールが責め立て、土御門は逃げの一手に出ている。
素人丸出しの大振りな拳を前に、土御門はただ避けることしかしていない。
彼が持つ技術ならば、簡単に相手の動きを封じることができるにも拘わらず。



土御門(拙いな……体術は素人のそれだが、予想以上に拳速が速い。 何より所持している能力が危険すぎる)

土御門(少しでも掠っただけで死に至る魔手か。 一方通行でもあるまいに……!)



土御門はフランドールから無造作に突き出される腕を、細心の注意を払いながら躱していく。
少女の拳撃は、愚直ではあるがそれを補って有り余る程の速さを持っている。
が、武術家である彼としては見切り易く、それ自体は脅威に値するものではない。
問題はその拳に付与されている異能――――超能力に問題があった。

472 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 01:01:36.91 ID:tdp3J+XE0

フランドールの超能力は『触れた物質を分解する』というもの。
つまり、指先一つでも体の何処かに触れられてしまった時点で、自身の体はバラバラになってしまうのだ。
彼が持つ知識の中で例えるならば、『海原光貴(エツァリ)』が行使する魔術の一つである、
『トラウィスカルパンテクウトリの槍』の効果を全身に纏っているということ。
その魔術の威力を十二分に理解している土御門にとっては、体の傍を腕が通過しただけで冷や汗ものだ。


加えて、こちらの攻撃はその全てが能力に阻まれて相手に届くことはない。
肉弾戦など以ての外。不用意に手を伸ばそうものなら、その端から腕が分解されてしまうだろう。



土御門(俺に残された攻撃手段は、銃に込められた麻酔弾5発と緊急時のための実弾カートリッジが3本……)

土御門(どれもこれも、コイツを止めるには無力な代物だ。 こんな事になるんだったら、
多少の手間をかけてでも他の手段を揃えるべきだったか)

土御門(……それにしてもこの変貌、何が起こっている?)

土御門(情報では、こんな戦闘狂じみた人間じゃなかった筈だが……)



土御門は攻撃を捌きながら、肉薄してくるフランドールを見る。
彼女は口角が裂けそうな程の笑みを浮かべつつ、『紅い瞳』でこちらを見ていた。

473 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 01:02:10.63 ID:tdp3J+XE0

事前の調査において彼は、『フランドールは引っ込み思案で大人しい性格である』と結論づけていた。
彼女はかつて、阻止相応の活発な少女であったが、7年前に起こした事件により引きこもりがちになったと聞く。
おそらく、自身の能力が怖くなったのだろう。自身の力が他人を傷つけたという事実は、少女の心に深い傷を負わせたはずだ。


彼の同僚にも似たような境遇の人間がいたから、そのことは簡単に想像がついたし、
その感情は容易に克服できないということも理解していた。
だからこそ彼は、重装備をせず身軽な体で捕獲作戦に望んだのだ。
それはフランドールが攻撃的な性格ではなく、それ故に御しやすいと想定したためであり、
予定では存在していたはずの十六夜咲夜を無力化するには、武力よりも奸計が効果的だと判断したためもであり、
そして何より『余程追い詰められなければ、フランドールが能力を行使することはないだろう』と確信したからである。


だがここに来て、土御門の予想は大きく裏切られた。
引っ込み思案である筈の少女は、狂気を帯びた瞳を携えながら嬉々として拳を振るってきている。
体の動きは土御門が評したように、素人に域を出ないものであるが、勢いだけは眼を見張るものがある。
つまり、攻撃の仕方にまるで躊躇がないのだ。彼女は明らかに、『相手を傷つけるため』だけに行動していた。


自身よりも大柄な男に、怯むことなく攻め入る少女。
その姿を見て、彼女を『大人しい性格である』と判断する人間はどれだけいるというのか。
もしいたとしたら、その者の眼は節穴と言いきっても良いだろう。

474 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/02/08(月) 01:02:57.23 ID:tdp3J+XE0

土御門(いや、それを言い出したら、コイツの本性の見抜けなかった俺自身の眼が節穴って事になるか――――!?)



ビュオッ! バチンッ!



土御門の思考の僅かな隙を突いて、フランドールの腕が彼の頭部の脇を通過する。
その際に掠った彼のサングラス。それが掠った部分から朽ちるようにして崩れていく。



土御門「ぐっ……!」



粉砕されたサングラスの破片が、土御門の視界を覆い尽した。
彼は眼を守るべく、反射的に瞼を閉める。


それはこの場に於いて、明らかに致命的な隙。即、死に繋がる危険な行為だ。
どんなに戦い慣れた者でも、視界を奪われた状況では判断が遅れてしまう。
例え一瞬だったとしても、その僅かな空白は生死を左右するには十分すぎる。

475 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 01:03:34.40 ID:tdp3J+XE0

フラン「くすくす……」



そしてその隙を、目の前の少女が見逃すはずもない。
フランドールは土御門が眼を瞑ったと見るや否や、好機とばかりに構成を更に苛烈にする。
ただでさえ防戦だった戦況が、更に劣勢に立たされる。
今まで危なげなく躱せていたものが、体を擦る一歩手前になるまでになった。



土御門「クソッ!」



自身が立たされた状況に悪態をつくが、時は既に遅く。
問題を解決するための手段も時間も、最早彼には残されていないのだ。
何れ訪れる破滅を如何に引き延ばすか。彼にできることと言えば、ただそれだけ。

476 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 01:04:53.81 ID:tdp3J+XE0

フラン「っ、あ゛ぁ!!!」



ズガンッ!!!



未だにしぶとく粘る土御門に、良い加減嫌気が差したのか。
フランドールは足を大きく振りかぶり、渾身の力で地を踏みしめる。
次いで、強烈な地鳴りと共に大地がめくれ上がった。



土御門「ぐおっ!?」



土御門はめくれ上がった地面と共に、空へと高く打ち上げられた。
辛うじて保たれていた均衡。それすらも容易く打ち崩される。


状況は最悪を極まった。空中では自由に身動きすることができない。
眼下には、こちらを見上げているフランドールの姿。
いつの間にか血のように紅く染まった眼が、土御門の体を射貫く。
彼女の顔は、獲物を仕留めることができる事実に歓喜していた。

477 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 01:05:39.71 ID:tdp3J+XE0

「う、おおぉぉおぉぉぉおぉぉぉおおおおっっっ!!!」



その状況を吹き飛ばすかのような大声が轟く。


その声が誰のものなのか。それは考えるまでもない、上条当麻のものだ。
危機に陥っている土御門を救うため、全速力でもってこちらに走り込んできていた。
『いつものカミやんだにゃー』――――彼の必死な形相を見てそんなことを思うのもつかの間、
当麻は捲れ上がった地面の一つを踏み台にし、土御門目掛けて飛び上がった。



ズダンッ!



上条「土御門――――!」

土御門「カミや――――」



当麻は落下をする土御門を受け止めようと、その両腕を伸ばす。
助走は十分。加えて彼の脚力を持ってすれば、土御門の所にも容易に届くだろう。


『まさか男に抱えられることになるとは』などと場違いな事を思いつつ、何気なしに空を見上げて――――

478 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 01:06:46.05 ID:tdp3J+XE0








フラン「――――」



自分よりも遥かに高所からこちらを見下ろし、落下してくるフランドールの姿があった。










479 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 01:09:25.82 ID:tdp3J+XE0

土御門「――――来るなッ!!!」




















ブシャッ

480 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/08(月) 01:10:29.69 ID:tdp3J+XE0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/08(月) 12:23:09.79 ID:I8WPsC8/0

さて、中々に生々しい音がしたけども
482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/08(月) 15:07:31.91 ID:HMeuZRBto
乙です
483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/09(火) 04:05:21.59 ID:2lhDLfq20
やっぱり狂気が発現したか。だがいまいち理由が分からんな
484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/14(日) 21:04:53.94 ID:MMaFGljj0
完結したら読もうと思ってもうすぐ4年
485 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/02/22(月) 00:06:20.19 ID:ioodkC9U0
これから投下を開始します
486 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/02/22(月) 00:07:51.08 ID:ioodkC9U0





     *     *     *





487 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/02/22(月) 00:08:43.93 ID:ioodkC9U0

――――目覚めは最悪だった。



途切れていた意識が僅かに覚醒した時、私が真っ先に感じたのは体の前面に触れている石のように固い物体。
少しばかりひんやりとしたそれは、頬の骨やら膝の骨やらを強く刺激して私に鈍い痛みを与えていた。
次いで気づいたのは、口の中に広がる埃っぽい味と鼻を突く青臭い匂い。
金属のような独特の苦みと、青葉をすりつぶした時特有の臭気だった。


やがて思考にかかった霧が少し晴れて、段々と体の感覚が戻ってきた時、
私はそれらの刺激の原因が『自分が俯せで地面に倒れているからだ』と気づいた。


何故、倒れているのか。私の身に何が起きたのか。
そんな疑問が浮かんだが、それは瞬く間に濃い霧の中へと紛れてしまった。
思い出そうにも意識が合間合間に途切れ、果てには『思い出そう』という気持ちすらおぼつかない。
口と鼻に感じる不快だけははっきりと感じながら、思考の堂々巡りを繰り返す。


両手で十分に数えられるくらいの思考のループを繰り返しつつ、
やがて顔面から感じる不快に我慢できなくなった私は、それから逃げるために起き上がろうとした。

488 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/02/22(月) 00:09:23.16 ID:ioodkC9U0

だけど、動かそうとした体は動かなかった。全身に力が入らなかった。
例えるなら、春先のふかふかのベッドで気持ちよく寝ていた所に、
無理矢理叩き起こされて起き上がらなければならなくなった時に似ている。


体中から感じ取れる筋肉の弛緩。そして、言葉で表すことが難しい不思議な心地よさ。
頭の中がぼうっとしていたこともあって、まるで夢の中にいる気分だった。
とは言っても、口に感じている苦みと鼻に感じている臭いは相変わらずだったから、
お世辞にも『良い夢』と言えるような代物じゃなかったけど。


動かそうと思っても動かない体と、嫌な味と匂いにイライラしていると、
今度は聞き慣れない音が耳に飛び込んできた。

489 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/02/22(月) 00:10:29.61 ID:ioodkC9U0

「そ で    、どうし       に居る     ?」



耳の穴に水が入った時のような。音がこもっていて、良く聞き取れない。
辛うじて判ったことと言えば、その音は『人の声である』ことと、『自分が知らない人の声である』こと。


何者かもわからない人間が、私の傍にいる。
その事実にちょっと不安になったけど、体が動かないんじゃどうしようもない。
私は起き上がることを一旦諦めて、聞こえてくる声に集中することにした。



「例    平 に  と     ても、   不 になる   視     でき  !」



すると今度は、さっきの人間とはまた別の声が聞こえてきた。
固い決意を感じさせる、金剛石のように美しい声色。
何処かで聞いたことがある声だった。


ただ、その声は誰のものだったか。
記憶を掘り返そうにも、やはり頭がぼやけて上手くいかない。
まるで笊を使って水を掬い上げるかのように、思考がぼろぼろとこぼれ落ちていく。

490 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/02/22(月) 00:11:19.58 ID:ioodkC9U0

「お願  よ、  みかど。    を連 て    で欲 い   」



また別の人の声が聞こえてくる。
今度の声は明るく、硝子のように透き通っていて――――それでいて何処かに優しさを感じるもの。


そこで漸く気づいた。
私はこの声の持ち主を知っている。彼等は、私にとって大切な人達。
不相応な力を得て調子に乗って、その結果大切なものを壊して。力に怯えて閉じこもった最低な私。
そんな私と一緒にいてくれた人達。


最初はそんな気持ちはなかった。
変な男達に絡まれていた私を助けようと、初対面なのに友達のように振る舞った人。
無視することもできたはずなのに、あの人はわざわざ厄介事に飛び込んできた。

491 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/02/22(月) 00:14:24.93 ID:ioodkC9U0

最初は、変な人だなと思った。でも話をしてみると、少しだけ面白い人だと思えた。
おねえさまから逃げてきた私は何もすることがなかったから、その人に付いていくことにした。


そして、あの子に会った。
純白の修道女を着た、『シスター』という言葉をそのまま形にしたかのような人。
だけど、実際は見た目通りに腕白で、食べることが大好きな人。


私はやっぱり、変な子だと思った。
シスターと言えば神職なのだから、とても慎ましい人だと想像していたのに。
だけど、そんなあの子を微笑ましく思う自分がいて、同時に羨ましくも思った。
だってあの子は、薄汚れた私と違って何処までも真っ白だったから。


そして私は、あの子とまた遊ぶ約束をした。私の家の場所を教えて、いつでも会えるようにした。
他の人と遊ぶ約束をするなんて、いつ以来のことだったっけ。
あの時からできるだけ他の人と関わらないように生きてきた私にとって、
その繋がりは嬉しくもあり、恐ろしくもあった。

492 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:16:18.72 ID:ioodkC9U0

私がかつてどれだけ酷いことをしたのか、彼等には教えてない。
この体がとっくの昔に血で濡れている事を、彼等には伝えていない。
もしも本当ことを知られてしまったら。
私はその可能性を心の何処かで恐れていた。


だからそれは、とても精巧にできた氷細工のようなもの。
僅かに触れただけでも砕けて、放っておけば融けて消えてしまう儚いもの。
だけど、いつかは消えて無くなってしまうものだとしても、私にはそれを手放すことが出来ない。


もう得ることはできないと思っていた宝物。
そんな大切なものを、簡単に捨てるなんて、できるわけないじゃない。

493 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:17:45.73 ID:ioodkC9U0

「俺は絶対に――――諦めたりなんかしねぇぞッ! 土御門ッ!」



あの人が大声で吠える。今度こそ、その言葉をはっきりと聞き届ける。


何故あの人は、そんなにも必死になっているのだろう?
そもそも、どうしてこんな所にいるのだろう?


わからない。
わからないけど、たぶん誰かを助けようとしているんだろう。
私の時と同じように。

494 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:20:47.50 ID:ioodkC9U0

「うぉらァッ!!!」

「ふっ!」

「うっ!? ……とっと! 危な――――!?」



あの人と誰か。二人が争う音が聞こえる。
拳を振るう風切りの音。それを避ける布刷りの音。
未だに動けない私にはその光景を見ることはできないけど、耳に届く音だけでそれを思い描く。

495 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:22:06.82 ID:ioodkC9U0

「う、おおおぉぉぉぉおぉぉおお!!!」

「甘いッ!」

「うっ!? がっ――――!?」



重い音と一緒に、苦悶の声が聞こえた。


――――あの人が苦戦している。
あの人は果敢に攻めてるみたいだけど、相手はそれより上手。簡単にいなされて反撃されたみたい。
気迫はあの人の方がある。だけど、それだけじゃどうにもならないほどの歴然とした差が相手との間にあるのかもしれない。

496 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:24:30.16 ID:ioodkC9U0

「カミやん、諦めろ。 今ので判っただろう? お前の攻撃は単調で隙がありすぎる」

「まだだ……これ位のことで、諦めて、たまるかよっ!」

「いい加減にしろ。 本当なら、最初の段階で投げ飛ばしたりせずに腕をへし折っても良かったんだぞ?」

「第一に、だ。 そんなフラフラの状態で、まともに俺と戦うことができるのか?」

「ぐっ……」



苦しい声を上げながらも立ち向かおうとするあの人。
それに対して、相手がその力の差を言葉で突きつけた。


その言葉を前に、あの人は反論することができない。おそらく、自分でもわかっていたのだろう。
自分の実力では、相手に届かないということに。万に一つも、勝利する可能性が無いことに。


――――なんて、馬鹿な人。勝てもしないのに戦いを挑むなんて。
無茶。無謀。骨折り損の草臥れ儲け。そんな言葉がぴったりの、実に愚かな行為。

497 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:25:45.39 ID:ioodkC9U0

『気合いで劣勢を覆す』なんて、フィクションの中では良くある話だけど、そんなものは所詮絵空事だ。
実際の世の中なんて、何でもかんでも気合い一つでどうにかなるようなものじゃない。
むしろ、気合いで解決できることなんて高が知れている。
そんなことは誰だって、頭が良ければ子供ですら知っていること。


だから、あの人は本当に、本当に馬鹿な人なのだ。
あの人を見た者は皆が皆、口を揃えて同じ事を思うはず。
不可能だと判りきっていることに、どうしてそこまで執着するのかって。


だけど――――そんなあの人のことを、馬鹿だとは思うけど嗤うことができない。
どうして?そんなこと判りきっている。心の内に渦巻く感情。それを私は理解していた。


私は、あの人のことが羨ましいんだ。
傷つきながらも困難に立ち向かう、その姿が。
挫けそうになっても諦めない、その心が。


あらゆる事から逃げて拒絶してきた私には、それらがすごく尊いものに思えて。
同時に直視できないほど輝かしく、眩しかった。

498 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:26:32.16 ID:ioodkC9U0










――――助けなきゃ。


あの人が酷い目にあっている。もう一人の誰かに傷つけられている。
あの人は無能力者だ。私と違って、何の力も持たない一般人。
喧嘩は強そうだけど、結局はそれだけの話。超能力者が相手ではあまりにも無力だ。


加えてあの人が戦っている相手は、素手でもあの人より強いらしい。
二人の会話を聞けば、相手が手加減していることなんて簡単にわかる。
そんな相手が超能力まで使い始めたら、その先に待つのは――――

499 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:28:44.49 ID:ioodkC9U0

だから、私が助けなきゃ。守らなきゃ。
守らなきゃいけないのに、私の体は動いてくれない。力が入らない。
私の体はその役目を忘れてしまったかのようにピクリともしない。


なんでこんな時に限って。大事な決断した時はいつもそう。
その決断を踏みにじるかのように、いつも邪魔が入るのだ。
私が外に出ようとした時、おねえさまがそれを拒んだように。


まさか、これがおねえさまが言った私の『運命』なの?
私は自分の力では絶対に何かを成し遂げることはできない。
人形師に操られるマリオネットのように、自分の意志では何もできない。それが私の『運命』だというの?

500 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:29:30.69 ID:ioodkC9U0

そんなのは嫌だ。
誰かに縛られたまま、ただ言われるがままにされる人生なんて嫌だ。
なのに、こんなにも私は必死になっているのに、この体は私の命令を拒絶する。
その事実が、私の心を焦燥に苛ませてくる。


何でもいい。満足に動かせる体が欲しい。
早くしないと、あの人がもっと傷ついてしまう。
私にしかできないのに。私が不甲斐ないから、あの人が辛い思いをする。
そんなのはもう嫌だ。私の所為で誰かが傷つくなんてもう沢山だ。


だからはやく、はやく、はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく――――――――――――――――










――――――――――――――――アイツヲコワサナイト。

501 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:30:09.10 ID:ioodkC9U0










ドクンッ!










502 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:31:18.26 ID:ioodkC9U0

体に熱がこもるのを感じる。グツグツと、血液が沸騰を始める。





                                         熱サノアマリ、喉ガドンドン渇イテイク。





体を流れるのは強烈な電撃。脳からの信号が全身の神経をこじ開け、ビリビリと駆け巡る。





                 強烈スギル電気信号ガ神経ヲササクレ立タセ、針デ滅多刺シニ刺サレタカノヨウナ激痛ガ走ル。





筋肉がそれに呼応し、錆び付いた歯車のような音を響かせながら駆動する。





                                余リ余ッタえねるぎーヲ発散シヨウト、体ガ勝手ニ動キ出ス。





――――――――――――――――目の前が、真っ赤に染まった。





503 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/02/22(月) 00:32:10.00 ID:ioodkC9U0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/22(月) 01:02:26.67 ID:v8v4sintO
乙です
505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/22(月) 07:36:41.58 ID:KiXFVxDt0
乙!
助けようと思って動いた結果がこれかー……
506 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/03/07(月) 00:02:06.60 ID:jCr4dQiA0
これからと投下を開始します
507 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:02:49.30 ID:jCr4dQiA0

立ち上がったワタシの、血の色に染まった視界に移るのは三人のニンゲン。
一人目はカミジョウトウマ。今ワタシが守るべきモノ。
二人目はインデックス。ワタシの大切なトモダチ。


そして、最後のヒトリ。金髪でサングラスをかけた男。


コイツだ。コイツがあの人をイジメてるんだ。
ワタシの大切なモノを奪おうとする悪い人。許してはならない大罪人。
コイツを倒せば大丈夫。あの人を助けることができる。





――――コイツヲコワシテシマエバ、ミンナガシアワセニナレル。





508 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:03:21.33 ID:jCr4dQiA0

「おい、ま――――」





どこからか響いてくる声に意識を戻すと、男が手に持つ何かをこっちに向けていた。
手に握られているのは、黒光りする鉄の塊。どうやら拳銃のようだ。しかも本物。
その男は驚きと敵意を滲ませた顔で、ワタシに銃口の照準を合わせている。



その奥には、男の行動を止めようと手を伸ばしているあの人の姿が。
あの人がそんな行動を起こすのは当然。何せ、ワタシが拳銃を向けられているんだから。
だけど、間に合わない。男とあの人の距離は5メートル以上も離れている。
引き金に手をかけ、今にも撃鉄を下ろそうとしている男の行動を止めるには、それこそ瞬間移動でもしないと無理。

509 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:04:14.25 ID:jCr4dQiA0

パシュンッ! パシュンッ! パシュンッ!



男が引き金を引く。
撃鉄が落ち、薬莢を打ち鳴らし、火薬が爆発し、推進力を得た弾丸が銃口から飛び出す。
その一連の流れが、まるでスローモーションのように感じられる。
いや、それは錯覚じゃない。実際ワタシには、その動きが手に取るようにわかった。


銃口から飛び出した弾丸の数は3発。
弾丸の形はよく見る楕円形のものじゃなくて針状。たぶん、麻酔銃みたいなものなのかもしれない。
そうか。ワタシがいつの間にか眠っていたのも、コイツが原因か。
コイツをコワス理由がまた増えた。もう、容赦なんてしない。
ワタシの力で、跡形もないくらいグチャグチャにしてやる。


麻酔弾がワタシの元へと飛んでくる。眉間に1発。首筋に2発。
避けることはできない。銃弾の軌道を見ることはできても、体がそれに追いつかない。


――――でも、問題無い。ワタシのチカラがあれば大丈夫。
拳銃なんてオモチャ、怖がることなんてないんだから。

510 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:05:02.61 ID:jCr4dQiA0

極限まで引き延ばされた時間の中で精神を研ぎ澄ませる。
自分の中にあるチカラを操る姿を思い描き、コンマ一秒後の光景をイメージする。
麻酔針がワタシに触れた瞬間、それを片っ端からぶっこわす。



「チッ、遅かったか!? こいつ能力を……!」



男が焦ったように口を開く。
それは当たり前。ワタシのことを仕留められると思ったのに、平然としているんだから。
ワタシは麻酔針が当たる部分を超能力で覆った。触れたものを、みんなバラバラにしちゃう『膜』。
超能力の膜に当たった麻酔針は、触れた傍から粉砂糖みたいに崩れていった。


なんて、無力。無力すぎて、変な笑いが出てしまいそう。
拳銃なんて、ワタシの能力の前では存在すら無いに等しい。
そして、それを向ける金髪の男なんて、これっぽっちも怖くない。

511 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:05:34.75 ID:jCr4dQiA0

さて、どうしようか。
男は動揺しているみたいで、まだこっちを睨みつけている。
このまま『壊し(コロシ)』に行ってもいいんだけど、それだとなんか物足りないし。
折角だから、どーんとすごいことをしてみたい気もする。


――――そうだ、『あれ』をやってみよう。もしかしたら、すごいことが起こりそうだ。
理由なんて無い。ただの思いつきなんだから。


精神を集中する。ワタシの能力の全てを、足の裏にかき集める。
じんわりと、ナニカが足下を覆っていくのを感じる。暖かいような、むず痒いような、そんな感覚。
能力を一箇所に集めるなんてことはやったことがなかったから、少し違和感を覚える。
だけど、それ以上に心を満たすのが高揚感。全力でチカラを使うなんて今まで無かったから、こんな感情は初めて。


そろそろ、足がしびれてきた。もういいかもしれない。
ワタシは足に集まったチカラを、地面に向けて解き放った。

512 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:06:20.33 ID:jCr4dQiA0

ビシィッ!



下から大きな音が聞こえる。ワタシのチカラで地面が砕ける音だ。
だけど、それだけじゃ終わらない。ワタシのチカラはこんなものじゃない。
ソレは地中奥深くまで食い込み、そこにある全てを蹂躙する。



ドッガァッッッ!!!



轟音が響く。大きく地面が揺れたけど、ワタシの体がぶれることはない。
まるで地面に突き立つかのように、ワタシはしっかりと二本足で立つ。
その一方で、金髪の男は震動で体がよろついていた。



「!? ちぃッ!」



このチャンスを見逃すわけがない。
ワタシは金髪の男目掛けて走り出し、チカラを纏った右腕を振り下ろした。

513 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:06:53.30 ID:jCr4dQiA0

だけど、当たらない。
すんでの所で気づいたのか、男は体を無理矢理捻ってワタシの拳を躱し、そのまま逃げ出そうとする。
その姿は狼から逃げようとする小兎のよう。見ていると、わるい感情がむくむくと心の中に擡げてくる。
当然、ソレを黙って見ているワタシじゃない。あの人を傷つけた奴を、生かして帰したりはしない。


ワタシは男を追いかける。
体が軽い。まるで全身が羽毛になったかのよう。
崩れ落ちる大地を、ボールのように跳ね回る。
そして何度かソレを繰り返すと、あっという間にあの男に追いついた。


ふわりと軽やかに男の後に降り立って、間髪入れず腕を上げて、男に目掛けて振り下ろす。
だけど、やっぱり当たらない。男は向こうを見ていたはずなのに、後ろに目が付いているみたいに避けた。
飛び出すようにして避けたから、地べたを転がって無様だけど。
面倒くさい奴。さっさと死んじゃえばいいのに。


男は急いで起き上がると、私の方に向き直って睨みつけてきた。
サングラスのせいでどんな目をしているのか見えないけど、たぶんもの凄いことになっているんだろう。
それこそ、普段のワタシなら泣いて逃げ出しちゃうくらいに。今は怖いどころか滑稽に見えるけど。
今まで逃げてたくせに、虚勢を張っているのが丸わかり。大方、最後の抵抗という奴なのかもしれない。
まぁ、向こうから逃げなくなっただけ良しとする。

514 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:07:19.59 ID:jCr4dQiA0

良い加減に飽きたワタシは、心の倦怠に従ってさっさと終わらせることにした。
適当に腕を振りかぶり、男の顔面目掛けて突き出す。もちろん、能力付き。
皮に掠っただけでも頭が粉々になるだろう。


――――当たらなかった。ちょっと首を捻られただけで、余裕を持って躱されてしまった。
私の心の中に苛立ちが生まれる。少し乱暴気味に、今度は思いっきり蹴りを繰り出した。
もろに当たればお腹に綺麗な風穴が空くだろう。


――――またしても躱された。男はワタシの足の長さを見切ったようで、少し後ろに後退した。
そのせいで、ワタシの足はギリギリ届かなかった。まるで目の前でお預けを食らったようで、すごくむかつく。


業を煮やしたワタシは、怒りのままに男へと殴りかかる。
三撃目。四撃目。五撃目――――――――――――――――二十四撃目。
当たらない。何度やっても避けられる。余裕綽々で、ということはなくなったけど、それでも紙一重で躱されてしまう。
こう何度も躱されると、意地でも当てたくなる。当てた時は、もの凄く爽快そうだ。


バラバラに千切れ飛ぶ体。一面に降り注ぐ血の雨。
――――アア、タノシミデシカタガナイ。

515 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:07:54.04 ID:jCr4dQiA0

「――――ハ」



ワタシの口から勝手に笑いがこぼれ落ちる。
想像した世界が余りにも『凄惨(ウツクシ)』すぎて、それだけで頭がどうかなってしまいそう。
ばくばくばくばく。心臓が早鐘を打ち鳴らし、マグマのように熱いナニカが全身を駆け巡る。



「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」



気づくとワタシは大声で笑っていた。自然と、自分でもわからないうちに。
肺が。喉が。じくじくの痛むくらい大きな声で、ワタシはいつまでも嗤い続ける。
やがて、ワタシの中にナニカがぬるりと入り込んできた。

516 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:08:37.25 ID:jCr4dQiA0





――――タノシイの?



                                               ――――うん。 楽しいよ。



――――何がタノシイのかな?



                                              ――――あれ? 何でだっけ?


――――わかんないの?



                                     ――――わかんないけど、楽しいものは楽しいよ。



――――じゃあもっと教えてアゲル。



                                                      ――――え?





517 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:09:11.32 ID:jCr4dQiA0


















ブシャッ










518 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:09:45.14 ID:jCr4dQiA0

「――――あれ?」



ふと、私は我に返った。


視界に入るのは、見るも無惨な姿となった家の庭。
綺麗に整備されていたはずの花壇はめちゃくちゃに踏み荒らされ、そこに咲いていた花は花弁を散らしている。
家と門を繋ぐ石畳には大きな亀裂が入り、場所によっては大きく捲れ上がっていた。
そして何より眼に付くのは、底が見えないくらい深い大きな穴。
覗き込んだらそのまま吸い込まれてしまいそうな、そんな恐ろしさを感じるものだった。


一対何が起きたの?私は今まで何をしていたんだろう?
そんな疑問が思考を支配するが、それが長く続くことはなかった。

519 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:10:26.63 ID:jCr4dQiA0

「――――っ!?」ズキン!



突然、私を襲う頭痛。そして脳裏に蘇る光景。


乾いた銃声。
足元から伝わる衝撃。
大地が軋む音
舞い上がる土埃。
そして、狂気に彩られた笑い声。


それを幻視したのは刹那。だけど鮮烈でとても生々しく。
私の精神を、一瞬にしてごっそりと削り取っていった。



(っ、なんだか、臭い……?)



締め付けるような頭痛に悩まされながら、つんと鼻を突く匂いに私は顔をしかめる。
生肉を鼻に押しつけられたかのような、湿っていて生ぐさい匂い。
夏の暑さも相まって、呼吸する度に噎せ返りそうだ。
私は思わず、自分の鼻をつまもうとして――――










「――――――――――――――――え?」



自分の手が、真っ赤になっていることに気がついた。

520 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:11:46.80 ID:jCr4dQiA0

赤よりも赤い『紅』。
手に纏わりついたソレは空に浮かぶ月の光に照らされ、艶やかな光を放っていた。
少しばかり粘りを帯びた液体が、手のひらから線を描きながら腕を伝い、肘から地へ滴り落ちる。
ぽたり。ぽたり。規則正しいリズムで紅い液体は地に堕ち、その音を奏でていた。


どうして■に濡れているんだろう?
どこも怪我をしていないのに。痛いところなんて、どこにもないはずなのに。


どうして。どうして私の手は、体は――――チニヌレテイルンダロウ?



「あ、ぅ……」



茫然としたまま意味もなく視線を下ろすと、私の体が血に染まっていることがわかった。
ペンキを頭から被ったかのように。自慢の服は余すところなく、紅一色になっている。
既に乾き始めて赤黒くなっている場所も、そこかしこにある。


頭に手を伸ばして触ってみると、ぐしゃりと自分の髪の毛が湿っているのがわかった。
絞り出された液体が顔を流れ、左目の眼球に入り込む。
軽い痛みと共に、私の視界の半分が赤のフィルターを通したかのようになる。


そして、そのフィルターを通した先には。
血の海に沈むあの男と、それに縋っているあの人の姿が――――

521 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/07(月) 00:12:31.45 ID:jCr4dQiA0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/07(月) 00:36:02.99 ID:zY9fnbzco
乙です
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/07(月) 01:35:19.31 ID:1OO1fjZn0
カエル医者「今すぐ連れて来い!間に合わなくなっても知らんぞー!」
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/07(月) 14:26:53.54 ID:5yI6eLpZ0
土御門をやっただけで鳴りを潜めた?フランの狂気は……いや、吸血鬼化前ならそんなもんか?
それともアカインドでもしてやがるのか……
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/08(火) 02:01:49.28 ID:5mxw6cl00
華仙?以来の能力暴走→気絶な流れか?
526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/09(水) 19:39:50.37 ID:RxJWPspB0
吸血鬼!悪魔!フランドール!
527 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/21(月) 23:49:26.15 ID:5mMXkw8t0
>>523
貴方の出番は終盤までないです(無慈悲)

>>524
フランにとって過去の出来事はかなりのトラウマものなので、そのショックで一気に正気に戻ったんです
暴走時の記憶は殆ど残ってないので、改めて惨状に直面することとなったわけですが

>>526
死体蹴りはやめて差し上げろ(切実)
528 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/03/21(月) 23:50:41.69 ID:5mMXkw8t0
これから投下を開始します
529 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/21(月) 23:51:45.21 ID:5mMXkw8t0





     *     *     *





530 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/21(月) 23:52:55.08 ID:5mMXkw8t0

上条「おいっ土御門! しっかりしろっ! おいっ!?」



上条当麻は足下に転がる親友に対して必死に声をかける。
しかし親友は彼の声に反応することはなく、だらりとその四肢を投げ出していた。


土御門元春は今、自身から吹き出した血の海の中に沈んでいる。
彼の肉体は至る所が裂け、剥き出しになった肉から鮮血を垂れ流し続けている。
トレードマークであるはずのアロハシャツは余すことなく真紅に染まり、最早元の色などわからない。
その姿は、誰がどう見ても死体としか見ることができないほどであった。


――――彼はフランドールの魔手をその身に受けた。上条当麻を危機から遠ざけた代償として。

531 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/21(月) 23:53:55.11 ID:5mMXkw8t0

あの時、当麻が土御門を助けようと飛び上がった刹那。土御門は当麻を静止させようと警告を発した。
何故ならば、上条当麻の『幻想殺し』はフランドール・スカーレットの『物質崩壊』に対して相性が悪いからだ。
『幻想殺し』は『右手首より上』という、限定的な部分にしか効果がない。それ以外の部分は一般人と同じ。
故に超能力や魔術を打ち消すには、『右手を対象に当てる』という操作が絶対に必要となる。


この動作こそが、『幻想殺し』が持つ弱点の一つ。
『幻想殺し』を打ち消すモノに当てることができるかどうか。


例えば広範囲に効果を及ぼすようなものであれば、どこでもいいから一部分に触れさえすればいい。
『範囲が広い』ということは『的が大きい』ということ。範囲が広ければ広いほど、『幻想殺し(みぎて)』を当てることは容易になる。
場合によっては右手を前に突き出しているだけで、向こうから異能がぶつかってきて消滅するだろう。


その一方で、効果の範囲が狭いものほど右手を当てることは難しい。動きが早ければ尚のこと。
空飛ぶ羽虫を素手で捕まえることが困難であるのと同じように、『幻想殺し』は小さく素早い異能には不得手だ。
当麻自身の危険察知能力のおかげで、その弱点はある程度カバーできているが、何事にも限度がある。
銃弾の如き速さで雨あられと異能を降り注がれてしまっては、『幻想殺し』も対処しきれないのだ。


効果範囲の違いによって生じる相性。フランドールの超能力はそう言った意味で相性が悪い。
彼女の能力の効果範囲は彼女自身の肉体。彼女の超能力を止めるためには、『幻想殺し』で直接体に触れる必要がある。
こちらから動かなければならないため、その分余計な手間がかかるのだ。

532 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/21(月) 23:55:03.94 ID:5mMXkw8t0

しかし、それだけならば問題ない。直接触れなければ効果を発揮しないのは『物質崩壊』も同じこと。
『幻想殺し』も『物質崩壊』も、その効果範囲は自身の体から逸脱しない。故に、両者の戦いは必然的に肉弾戦となる。
そして、肉弾戦は上条当麻の得意分野だ。体格差も考えれば、彼がフランドールに後れを取るなどあり得るはずもない。



――――そう、普段の彼女であったのなら。



フランドールは今、大凡一般の少女から逸脱した身体能力を持っている。
それは、体術は素人のそれでありながら、土御門に対し『撤退できない立ち回りをさせる』程のものだ。
そんな彼女が繰り出す素早い連撃を右手一本で捌ききるなど、
いくら当麻が肉弾戦を得意とするとはいえ、それは余りにも危険すぎる。
故に土御門は当麻を遠ざけようとしたのだ。最悪の事態を回避するために。


しかしその行動は、自身を危険に晒す結果となってしまった。
親友の無謀な行動を止めよう動いた彼は、その代償としてフランドールの腕を避ける時間を失ってしまった。
その僅かな時間さえあれば、足止めの手段を一つでも取れたかもしれないのだが、その時には既に遅く。
フランドールの渾身の右腕を無防備な腹部に受け、彼女の能力を一身に受けた結果。
彼は全身から鮮血を吹き出し、その体を自らの血で染めた。

533 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/21(月) 23:56:30.44 ID:5mMXkw8t0

上条(くそっ、俺なんかのために……ふざけやがって!)



当麻は心の中で悪態をつく。土御門に身を庇わせてしまった己自身に。
その不甲斐なさに、自己嫌悪に陥りかける。


ただ、一つだけ幸運なことがあった。
本来であれば土御門の体は破壊され、四肢は飛散していた。
いや、血煙となって跡形もなく霧散していたかもしれない。
にもかかわらず彼が原形を保ち、尚かつ五体満足でいられるのは、当麻が彼の体を触っていたからだろう。
『幻想殺し』のおかげでフランド−ルの能力が中途半端に解除され、結果として全身に裂傷が走るだけに留まった。



上条(血が止まらねぇ……いくら『肉体再生』持ちだからって、これじゃ……!)ビリッ!


だがそうだとしても、土御門の命が危険に晒されていることには変わらない。
未だ血を垂れ流し続ける土御門を何とか助けようと、当麻は着ている服を千切って応急処置を行う。
しかし彼の努力を嘲笑うかのように、土御門の血液は段々と体から失われていく。
傷の範囲が大きすぎるのだ。布きれ一枚二枚で覆いきれるようなものではない。
当麻の行動は正しく、『焼け石に水』と言えるものである。


だがそれでも、何もしないよりはマシだ。
ただの人ならば生存は絶望的であろうが、土御門はレベル0ながら『肉体再生』の超能力を持っている。
『破れた血管を徐々につなぎ合わせる』というそれだけの能力であるが、有るのと無いのとでは雲泥の差だ。
今は危篤状態ではあるが、峠さえ越えれば能力で徐々に回復していくだろう。
無論それは、峠を越えるまで保てばの話ではあるが。

534 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/21(月) 23:57:20.87 ID:5mMXkw8t0

禁書「とうまっ……!? もとはる!?」



当麻の元に駆け寄ってきたインデックスは、目の前の惨状を見て硬直した。


土御門は己から流れ出た血の海に身を投げ出し、当麻は両手を血に濡らしながら土御門の治療をしている。
べっとりとへばり付いた鮮血によって彼等の衣服に描かれたコントラストは、見ているだけで吐き気を催しそうだ。
漂ってくる血生臭い匂いがインデックスの鼻腔に油のようにまとわりついた。


その壮絶な状況に一瞬思考が真っ白になるが、当麻に声をかけられたことで直ぐに現実へと引き戻される。



上条「インデックス! 手を貸してくれ!」

禁書「う、うん! でも、どうしたら……」

上条「布が足りない。 お前の修道服を代わりに使いたいんだが、いいか?」

禁書「それは大丈夫なんだよ!」

上条「すまん、後で返す」

535 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/21(月) 23:58:39.33 ID:5mMXkw8t0

インデックスは修道服をつなぎ止めている安全ピンを外し、袖の部分を当麻に渡す。
嘗ては『歩く教会』という名を持つ数少ない至高の魔術礼装であり、
今では『幻想殺し』で破壊されたために、ただの破れた衣服になっている修道服。
しかしながら、自身にとって最も思い入れのある服であるそれを、彼女は躊躇いもなく手放した。


当麻はインデックスから渡された修道服を使い、最も出血が多い部分に宛がって止血を施す。
傷口が小さい部分については、既に能力による修復が始まっていたため、大きな傷口さえ何とかすれば大丈夫の筈だ。



土御門「う……ぐ……」



傷口に触られた痛みか、土御門が小さく呻き声を上げる。
意識はまだ戻らないが、呻き声を上げることができた分、快方には向かっているはず。
後はこのまま状態を維持して、『肉体再生』に任せても大丈夫になるまで持ちこたえれば――――

536 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/22(火) 00:00:22.15 ID:2hXVXZ3L0

「あ、ぅ……」

上条「――――」



当麻の耳に声が届く。それは、怯えを帯びた少女の声。


体が凍り付く。氷水を頭からぶっかけられたかのように、全身の筋肉が強ばる。
呼吸が止まる。空気が水になったかのように、息をしようとしても酸素が肺に入ってこない。
全身が鉛のように重くなり、上手く体が動かなくなった。
しかしそれらを無理矢理振り払い、当麻はぎこちない動きで声がした方向を向く。


そこには、土御門を血濡れにした原因である少女が。
彼女の体は土御門の血液に塗れ、紅白が特徴的であった衣服は紅一色に染まりかけている。
右腕は血飛沫を近くで被ったためか、未だ血液が地に落ちていた。


全身に血を浴び、滴らせ、呆然としたままの少女。
その光景はまるで、良くできたホラー映画の一コマのようだった。

537 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/22(火) 00:01:04.00 ID:2hXVXZ3L0

フラン「いっ、ぁ……」



当麻に目を向けられた少女の様子が、茫然自失から瞬く間に恐怖を帯びたものに変わる。
その姿は、怖いものを目の前にして怯える子供のそれと違いはない。
先ほどまでの狂気が嘘のよう。まるで憑き物が落ちたかのように、
少女は、フランドールは今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ている。



上条「フラ――――」

フラン「い、やぁああぁぁぁあぁぁあぁあああ!!!」



当麻が声をかけようとした所で、フランドールは堰を切ったように絶叫する。
小さな手の平で顔を覆い隠し、そのまま逃げるようにして館の中へと走り去っていった。



禁書「ふらん!?」

上条「インデックス! フランを追うんだ!」

禁書「で、でも……」

上条「大丈夫だ! 土御門のことは俺に任せろ! だから早く!」

538 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/22(火) 00:02:48.48 ID:2hXVXZ3L0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 01:50:52.61 ID:tGVA0IRRo
乙です
540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 07:39:21.73 ID:XMMXrW/i0
あれは……出来るシスター、インデックス!?
541 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 10:27:40.69 ID:eCE32zY50
フランの心の声?の件はどうなるのやら
542 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/03/27(日) 23:47:54.50 ID:Ruy/61mI0
インさんはヒロインなんだからもっと出張っても良いと思うの


これから投下を開始します
543 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:48:55.37 ID:Ruy/61mI0






     *     *     *






544 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:50:08.42 ID:Ruy/61mI0

フラン「はぁッ、はぁッ、づっ、あぁっ……!」



柔らかな明かりに照らされたほの暗い廊下の中を、フランドールは疾走する。
名伏しがたき恐怖から逃げるように。服が乱れるのを気にもせず。脇目もふらず。
肺が悲鳴を上げようとも、体の筋肉が激痛を訴えようとも、彼女の足が止まることはない。


心の中に渦巻くドロドロとしたナニカ。そしてその心を縛り上げる、茨の如き鎖。
ギリギリと、じくじくと。外側から、内側から心が蝕まれていくのを感じる。
今の彼女には、自分が壊れないように耐えるのが精一杯。
その他のことに気を向ける余裕など、ましてや自身の体を労る気持ちなど、微塵もあるはずもなかった。

545 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:51:52.55 ID:Ruy/61mI0

フラン「あ、ハァ、っ……!」



館の中を走り続けたフランドールは、やがて力が尽き果てその場にへたり込む。
もう、体が動かない。壁を支えにして立とうとするが、足で体を支えることすらできなかった。
しかしそれでも、少しでも目に見えぬ恐れから逃れようとして、彼女は腕の力のみで地を進み続ける。


その姿の、何と無様なことか。
ずりずりとのたくるその様は、地面を這い回る芋虫と相違ない。
全てから逃げ出した惨めな私には似合ってるか――――などと、彼女は心の片隅で想う。


やがて腕の力も尽き、身動き一つすら取れなくなった頃。
フランドールは息も絶え絶えに仰向けになって天井を見上げた。


ここは何処だろう?
無駄に広い館だ。闇雲に走ったために、自分がどこにいるのかもわからない。
玄関から近いのか、離れているのか。一階にいるのか、二階にいるのか。
全くわからない――――しかし、そんなことはどうでも良かった。

546 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:53:04.12 ID:Ruy/61mI0

フラン「どう、して……ひ、ぃ……ぐっ、どうしてぇっ……!」



フランドールは止めどなくあふれ出る涙を、顔が血で濡れることも構わずに腕で拭い、
体を震わせながら、嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる。
親に叱られ、自室でぐずつく幼子のように。


こうならないように今まで気をつけてきたのに。
あんなことになるのは。あんな思いをするのはもう嫌だったから。
自分が持ってしまった危険な力に近づけさせないために、
差し伸べられようとした救いの手すら、振り払ったはずなのに。


現実は、いとも簡単に彼女の願いを粉々に打ち砕いた。
いや、『現実』のせいではない。そんなもの、責任転嫁も甚だしい。
彼女は彼等の大切なものを。他ならぬ自分自身の手で壊してしまったのだ。
自分が最も恐れた結末を、自分が引き金となって引き起こす。
あまりにも滑稽。こんなできの悪い悲劇など、そう簡単にはお目にかかれない。

547 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:54:31.23 ID:Ruy/61mI0

フラン「うっ、ふ、う゛ぅ……!」



これから私は、どうすればいいんだろう?
フランドールは、ただそれだけのことを考える。


――――今更おめおめと、二人の前に戻ることなどできはしない。
あんなことをしてしまったのだ。彼等は私のことを心底憎んでいるだろう。
いや、もしかしたら恐怖しているかもしれない。
7年前のあの日。今と同じように全身血まみれになった私。
その私を、バケモノを見るような目で見ていた『友達だった』人達。
もしもあの二人が、彼等と同じような目で私のことを見たとしたら。



フラン(――――やっぱり、私は。 外に出ちゃいけなかった)



変われると思っていた。歩き出せると思っていた。
かつての幸せで平穏な日々を、もう一度過ごせると。
追い出されてしまった人々の温もりの輪に、再び入ることができると。
根拠もない、あり得もしない幻想に縋ろうとしていた。

548 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:55:35.53 ID:Ruy/61mI0

自分の力が怖くて。それ以上に、周りの人達のことが怖くて。
お姉さまのことすら拒絶して、家に閉じこもった私。
呆然として過ごす毎日。何の価値も生み出さない自堕落な生活。
みんなに嫌われないのなら、あの視線を向けられないのならそのままでも良いと思った。
だけど、そんな惨めで情けない自分が大嫌いな私も心の何処かにいて。
『臆病な私』と『不遜な私』。二人の私がずっと、心の中で言い争っていた。


事件から3年経った頃。少しだけ、ほんの少しだけ『変わらなければならない』と心の中で思い始めた。
心の中の『不遜な私』が、『臆病な私』を押し返し始めた。
だけど、どうすれば変われるのかわからなくて。なにより、本当に変われるのか不安で。
結局私は悶々とした思いのまま、何もできずに無意味な時間を過ごした。


そして2年経って。私はいても立ってもいられなくなって。
自分がやらなければならないことをあれこれと、頭の中で何回も反芻し始めた。
だけどやっぱり、外に出る勇気はなかったから、結局は閉じこもったままだったけど。


そこから更に2年の月日が経ち。やっとの事で私は覚悟を決めることができた。
悲鳴を上げる『臆病な私』を無理矢理押さえつけ。震える手を何とか鎮め、ドアのノブを回して外に出た。
トイレの時と、時たま入るお風呂の時くらいにしか通らない廊下を、びくつきながら歩き。
鋼鉄のような重々しい威圧感を放っていると錯覚しかけた、姉の自室の扉を開いて。
あれ以来碌に会話をしていなかったお姉さまに、私は血を吐き出しそうな気持ちでその思いを伝えた。

549 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:56:39.82 ID:Ruy/61mI0

だけど、お姉さまはそれを許さなかった。
当然私は反抗した。私の決意を、泥靴で踏みにじられたかのように思えたから。
もう一度羽ばたこうとした翼を、思いっきり折られたかのように思えたから。
お姉さまに対してありったけの罵詈雑言を浴びせて、これでもかと言うほど喚いて。
ごねにごねて、結局お姉さまが折れて何とか外に出ることができた。


どうして、お姉さまは私を外に出そうとしなかったのか。
あの時はわからなかったけど、今なら理解できる。
むしろ、どうして今までわからなかったんだろう。
もっとよく考えていれば、こんなことにはならなかったのに。


――――お姉さまはみんなを私から守るために、私を閉じ込めようとしていた。
私は触っただけで何でも壊しちゃうバケモノ。そのバケモノから、みんなを守ろうとするのは当然のこと。
お姉さまは当たり前のことを、当たり前のようにしようとしていただけなのに。
それなのにバケモノの私は、人と一緒にいられると思い上がって檻の外に出ようとした。

550 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:57:11.09 ID:Ruy/61mI0

その結果がこの様。わかりきった結末。
また壊して、傷つけて、不幸をまき散らしてしまった。
ばかばかしすぎて、もう後悔の感情すら起きない。
私の中には、もう何も無い。ぽっかりと穴が空いているだけだ。


もう、どうでもいい。
もう一度掴むことができたはずの希望も。
それを自ら潰してしまった絶望も。
皆と一緒に笑顔でいたいという夢も。
未だに独りで孤独に涙を流している現実も。


何もかもが、どうでもいい。
そんなものに振り回されるのは、疲れた。


いっそのこと、このまま跡形もなく消えてしまえたら――――

551 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:58:03.88 ID:Ruy/61mI0










「ふらん……?」










552 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:58:34.31 ID:Ruy/61mI0

フラン「っ……!?」



耳に中に滑り込んでくる澄んだ声。
その声にタールのような泥沼から意識を引き上げられると同時に、私の体はびくりと大きく痙攣する。
まるで金縛りにあったかのように、体中の筋肉の隅々が石のように動かなくなった。


心臓の動悸が止まらない。荒い呼吸が静まらない。
酷い風邪を引いた時のように、嫌な寒気と噴き出た汗が体にまとわりつく。
口の中が酸っぱくなり、危うく吐きそうになる所を何とか押しとどめた。


誰が私を呼んだのか。誰が私の後にいるのか。それは振り向かなくてもわかっている。
彼女は私にとって、とても大切な人。待ち焦がれていた人。
だけど、今は絶対に顔を合わせたくない人でもある。
会いたいけど、会いたくない。二つの全く違う感情が、『私』を真っ二つに引き裂こうとする。

553 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/27(日) 23:59:45.52 ID:Ruy/61mI0

振り向いて、あの子に縋り付きたい。己の罪を、全て吐き出してしまいたい。
そうしたら、どれほど楽になれるだろうか。この重荷を下ろせることができるだろうか。
この心の痛みを拭い去れるなら、とても魅惑的な行動にも思える。
だけど、それはできない。できるはずがない。
臆病者の私には、自分の体を処刑台に差し出すような勇気など無い。
もしもそれで、あの子が私のことを嫌ってしまったら。
私の心は、グチャグチャに、跡形もなく潰れてしまう。


そんなことになるくらいだったら、このまま逃げてしまった方が良い。
怖いものから逃げるのは、何もおかしいことじゃない。
生き物なら、同然の行動。責められるべきことは何も無い。
――――それだというのに、私の体は、勝手に、背後を見ようと動いていた。


やっぱり私は、一人でいることには耐えられないみたい。
どんなに強情を張っても、本心だけは偽れなかった。
だいたいそうでなければ、私は外に出ようとは思わなかったはずだから。


ぎちぎちと、ゼンマイを回すかのようにゆっくりと首が動く。
紅く濁った私の双眼が、あの子の姿を捕らえた。










誰も羨むような、蒼銀の豊かな髪をしたシスター。
インデックスがそこにいた。

554 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/03/28(月) 00:00:40.19 ID:KGla6Plh0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/28(月) 00:08:02.30 ID:c8on/IPno
乙です乙です
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/28(月) 20:38:21.72 ID:SYFoL4qc0


村人A「死者が出るのなら出番かしら」
青い女「死体なら作り直してあげるわ」
557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2016/04/01(金) 02:27:58.53 ID:jtCXghRL0
今のフランちゃんが壊す、殺す事に何の躊躇もしない連中の行動を見たら何を思うんだろう
558 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/04/10(日) 23:50:15.09 ID:Md0M/DQT0
これから投下を開始します
559 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/10(日) 23:50:42.22 ID:Md0M/DQT0





     *     *     *





560 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/10(日) 23:52:06.81 ID:Md0M/DQT0

インデックスは傷ついた土御門を介抱する当麻にその場を預け、
フランドールを追って館――――スカーレット邸へと向かった。
友達が住んでいる大きな館。一度だけ外観を見たその建物に足を踏み入れた時。
彼女の視界に広がったのは、『アカ』のみであった。


紅。赤。朱。
大凡、それら以外の言葉では言い表せない。
床に敷かれたカーペットならいざ知らず、天井、壁紙、窓枠に至るまで、全てがその色に統一された光景は、
紅茶色の外観から想像していたものを、遥かに超えるものであった。


血塗られた城。
人の生き血を啜る怪物が住む人外魔境の地。
一歩踏み入れたら最後、自身もその真紅の壁に取り込まれ、そのまま一部となってしまうかのような。
そんなあり得もしない未来を幻視し、不意に寒風に吹かれたかのような震えが走る。

561 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/10(日) 23:53:53.47 ID:Md0M/DQT0

禁書「……っ!」



眼球に突き刺さる生々しい色調に、一瞬だけ思考を奪われてよろめく。
彼女は完全記憶能力の保持者だ。一度見たものは、外部から手を加えられない限り忘れることはない。
今この場で見たものも決して忘却することなく、永遠に脳髄へと刻まれるのだろう。
その時に感じた、心の底が冷え付くような感覚と一緒に。


だが、どれがどうした。
インデックスは絡みつく恐れを振り払うように、頭を大きく振りかぶる。
そして意を決したようにして、自ら血の沼へとその歩み足を進めた。
自分の友達が、フランドールが救いを求めているのに、そんなことで怯えていてどうする。
自身はイギリス清教の修道女。神の教えを伝え、迷える子羊を導く者。
そんな私が、未だ涙を流している『子羊(フランドール)』を救わずに逃げるなどあってはならない。

562 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/10(日) 23:54:36.20 ID:Md0M/DQT0

禁書「ふらん、どこ……?」



インデックスは赤黒い廊下をただひたすら駆ける。
引き裂かれるような叫びと共に逃げ出した、大切な友達を見つけるために。


しかし、それを成すことは容易ではない。言わずもがな、スカーレット邸は広大である。
学園都市に来て以来、これだけの広さを持つ邸宅にはお目にかかったことがない。
いくら彼女が完全記憶能力を持っていたとしても、未知の建物の内部構造を予め把握することなどできるはずもなく。
故に彼女は、ただひたすら友達の背中のみを求めて当てもなく走り回るしかない。


アカの風景が次から次へと過ぎ去っていく。
まるで、巨大な怪物の腸の中を潜り込んでいくような感覚。
この廊下が怪物の腸なら、自身はさしずめ咀嚼物の言った所か。
歩みを止めてしまうと、心も体もドロドロに溶かされてしまうのではないか――――
そんな思考を振り払うように、彼女は足を動かし続けた。

563 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/10(日) 23:55:51.78 ID:Md0M/DQT0

幾つかの廊下、曲がり角を通り、道すがらの扉を開けて部屋の中を確認する。
無意味に過ぎていく時間。徐々に体に溜まっていく疲労。抗いがたき焦燥が彼女に襲い来る。
どれだけの時が経ったのか。時計を持っていないので、それを確認する術は彼女にはない。


まさか、もうこの場所にはいないのでは――――
その考えに至ろうとした時、インデックスの耳が自身の足音以外の音を捕らえた。



「ひっぐ、ぐす……」



押し殺すような。いや、押し殺しきれずに啜り泣く声。
微かではあるが、インデックスにとっては聞き覚えのある声。
それを聞いた彼女は、弾けるように音が聞こえた方へと走り出した。


それは例えるなら、磁石に引き寄せられる金属ように。
もしくは、花の芳香に誘われる蝶のように。
脇目もふらず、それだけを求めて近づいていく。

564 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/10(日) 23:58:51.20 ID:Md0M/DQT0

禁書「――――」



真っ赤なカーペットが敷かれている路の上。シャンデリアの淡い光に照らされる中。
一人の少女が、フランドール・スカーレットが地に伏せていた。


ぐすぐすと鼻を啜り、カタカタと背中を小さく震わせ、嗚咽を漏らしている。
はじめて会ったとき時の快活なイメージとは反対の、怯える小兎のようにも思えるその姿は、
インデックスに少なからずの衝撃を与え、思考を吹き飛ばすには十分であった。



禁書「ふらん……?」



一瞬の空白の後。ふと思い出したかのように、ただ呆然と声をかける。
思考を停止したその言葉には、喜怒哀楽のどの感情も乗ることはない。
自分の口から出たはずなのに、誰かに喋らされているような。
まるで他人事のように感じながら、言葉を発していた。

565 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/11(月) 00:00:26.61 ID:BXfdLX/q0

フラン「っ……!?」



びくりと、フランドールの体が大きく跳ねる。
インデックスのことに気づいたのか、啜り泣くことはなくなった。
しかし震えは止まらないまま、彼女は少しばかり体を起こし、
ゆっくりとインデックスの方へと向き直った。


その時、インデックスは見た。フランドールの『紅く染まった瞳』を。


ルビーのように鮮やかな紅色をした『ソレ』。
『ソレ』が湛えている光は余りにも妖しすぎて、一目で人が持ちうるものではないと理解できるほど。
見ているとそのまま吸い込まれそうな。そんな錯覚を覚える。


もしかしたら、彼女は吸血鬼になっているかもしれない。
瞳が紅いのは、吸血鬼だからなのかもしれない。


この場は曲がり形にも戦場であり、目の前の相手が怪物の可能性がある。
本来であれば真っ先に自身の身を案じ、警戒しなければならないはずなのに。
それなのにインデックスは、フランドールの瞳を見て『綺麗だ』などと思ってしまった。

566 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/11(月) 00:02:42.29 ID:BXfdLX/q0

禁書「ふら――――」

フラン「っ、来ないでぇっ……!」



近づこうとするインデックスを、フランドールは絞り出すような声で拒絶する。


恐怖と後悔、そして深い悲哀。
それらの感情がフランドールの面貌、フランドールの声色となって、
インデックスの視覚と聴覚に深々と突き刺さり、心の奥底まで侵入する。
じくじくとほじくり返されるような痛みを前に、彼女は思わず足を止めた。



フラン「やめて、こないで……じゃないと、あなたを壊しちゃ……!」

禁書「ふらん、落ち着いて! 大丈夫だから!」

フラン「だめなの、『私じゃないワタシ』が……!」

禁書「……!」

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