とある後日の幻想創話(イマジンストーリー)4

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567 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/11(月) 00:03:41.76 ID:BXfdLX/q0

インデックスの説得を、フランドールは頭を抱えて首を大きく振り、尚も否定する。
その姿を見て、インデックスの心の中に『心配』とは別の『疑念』の感情が芽生えた。
『フランドールは何かを恐れている。だが、恐れ方が何処かおかしい』と。


確かに彼女は自身が持っている能力を使って、土御門元春を傷つけた。
ありとあらゆる物を触れただけで破壊するという超能力『物質崩壊』。
当時の彼女の様子は何処か普通ではなく、その行為が果たして本人の確固たる意志によるものなのかは疑問だが、
例えそうだとしても彼女が能力を使って誰かを傷つけたことには変わりない。
危険な力を人に使って血の海に沈め、その返り血を浴びたのだから、
正気に戻った彼女がその光景を見て取り乱してしまうのは当然だ。
その力が自分にとっての大切な存在――――インデックスや上条当麻に向かうことを恐れることも。
フランドールが自分達を守るために自身を拒絶しようとしていることを、彼女は痛いほど理解していた。


ただ、一つだけ疑問がある。それは、フランドールが今しがた口走った言葉。
『わたしじゃないわたし』。まるで、自分が多重人格であるとでも言うかのような。
あの時、彼女の様子がおかしかったのはそれが原因なのか。それを知る術は持ち合わせていない。
ただ確実なことは、フランドールは『自身の存在すらも』心の底から恐れている。

568 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/11(月) 00:04:44.31 ID:BXfdLX/q0

フラン「……あの時と一緒なの」

禁書「あの時……?」



ぽつりと、少女は言葉を漏らす。
体の震えは消え、時折聞こえた啜り泣く声も無い。
しかしその代わりに、諦念と自嘲の思いが、僅かに覗ける顔から読めた。


少女は懐かしむかのように口を開く。



フラン「そう、今から7年前の話。 私がまだ普通に外に出られた頃のことよ」

フラン「私はその時受けた『身体検査』で、この超能力を手に入れた」

禁書「超能力……『物質崩壊』のこと?」

フラン「うん。 手に入れた時点での『強度』は既に『4』だった。 あなたは知らないと思うけど、これは異常なことなの」

フラン「大抵の人はレベル1とか2とかから始まって、少しずつ訓練してレベルを上げていく」

フラン「それはこの街に7人しかいないレベル5だって例外じゃない。 最初から強い人なんてほんの一握り」

フラン「だから、あの時は周りの反応はすごかったわ。 みんな私のことを褒めちぎるんだもの」

フラン「レベル4どころか3すらいない学校だったから、仕方のないことだったのかもしれないけどね」

569 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/11(月) 00:06:07.19 ID:BXfdLX/q0

微かに笑いながら――――いや、『嗤い』ながらフランドールは話し続ける。
その嘲りを多分に含んだ『嗤い』を向けているのは、他ならぬ自分自身。
過去を思い出す度、それを言葉にする度に、彼女の心はズタズタに引き裂かれていく。


とめなければならない。言葉を紡ぐのを止めさせなければならない。
そう思いつつも、インデックスは終ぞ体を動かすことができなかった。



フラン「最初は面倒なことになったと思ったわ。 何でって、先生達とかお姉さまはいらないお節介をかけてくるし、
友達は事ある毎にちやほやしてくるし……」

フラン「正直に言って、鬱陶しいことこの上なかったわ。 家出しちゃうくらいにはね」

フラン「だけどね、ある日気がついたの。 この力は、すごく素晴らしいものなんだって」

フラン「力があれば誰にも舐められない。 嫌な奴は、みんなぶっ飛ばしちゃえば良いんだって」

フラン「――――よく考えたら、その時点でああなるのは決まっていたのかもしれない」

570 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/11(月) 00:06:55.02 ID:BXfdLX/q0

スイッチを切るように、嗤いが途絶える。
そして既に書かれていた台詞を朗読するように、単調な声色で話し出す。
ぞわりと、空気が体を嘗め回すような異様な感覚に襲われた。



フラン「今でも思い出せる。 あの日、私は仲が悪かったクラスメイトと喧嘩した」

フラン「アイツのことは前から嫌いだった。 いつもちょっかいを出してきて、説教してくるんだもの」

フラン「あの顔を殴り飛ばせれば、どんなに良いか……そんなことを、何度思ったかわからない」

フラン「でも、思うだけで何もできなかった。 アイツは、私よりも先に力を手に入れてたから」

フラン「そのせいで、私はずっと我慢するしかなかった」



言葉の一つ一つに質量があるような。そしてそれらが、肩に次々とのし掛かってくるかのような。
自身の体が目に見えない圧に悲鳴を上げるのを感じながらも、インデックスは目の前の処女から視線を外さない。

571 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/11(月) 00:08:10.29 ID:BXfdLX/q0

いや、視線を『外さない』のではなく『外せない』。
まるで魅入られたかのように、彼女の眼球は釘付けになってしまっている。
例えるならば、打ち棄てられた子犬を不意に見つけてしまった時のように。
目の前の少女を見て沸き上がった感情が、彼女の心を支配している。



フラン「だけど、私は力を手に入れた。 だから、今までの鬱憤を晴らすためにアイツに喧嘩を売ったの」

フラン「その時のアイツの顔といったら。 ほんと、傑作だったわ」

フラン「アイツの力を、正面から潰してやったんだもの。 信じられないって顔してた」

フラン「それでね、呆けた顔になったアイツをね、力を使って――――コワしてやったの」



そう口にし、首を上げた彼女の顔には。
何の感情も込められていなかった。

572 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/11(月) 00:09:10.64 ID:BXfdLX/q0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/11(月) 00:30:07.44 ID:p1upoq8w0
乙!
まぁそのなんだ。ピンク髪委員長(だっけ?)さんもさ、腕無くなっただけならまだ良いだろ……フレ/ンダ さんよりかはな
574 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/11(月) 00:36:44.73 ID:quRSa9r7o
乙です
575 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 05:26:42.42 ID:TVog8MFV0
能力を使う時に腕が消し飛ぶ人も居るしな
576 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/24(日) 17:32:52.16 ID:yX4JpoRJ0
それにはお空も入るな。何だ?超能力者の間では隻腕がトレンドなのか?
577 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/04/25(月) 00:01:01.67 ID:iYeb0eqs0
>>575,576
だって、腕が変形するってかっこいいじゃん?(中二並感)


これから投下を開始します
578 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/04/25(月) 00:01:39.50 ID:iYeb0eqs0

禁書「――――」



インデックスは、ただただ絶句した。
彼女が知りうる少女からは、余りにもかけ離れたその表情に。


これが、『あの』フランドールだというのか。
能面に埋め込まれた二つの灼眼。僅かに見開かれた目から感じるものは『狂気』の二文字。
その色は『紅』にも拘わらず、底なしの『黒』を帯びているようでもあり。
先ほどの吸い込まれるような感じとはまた違う、それこそ魂を剥がされ、
引きずり込まれるかのような、禍々しい引力を携えていた。


しかし、その表情は直ぐに再び自嘲めいたものへと代わり、
けらけらと軽く乾いた嗤いと共に、再び口を開く。

579 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/04/25(月) 00:04:08.63 ID:iYeb0eqs0

フラン「ふふ、えぇ、本当にすごかったわ。 アイツの肩からスプレーみたいにぷしゅーって血が吹き出たの」

フラン「勿論、私はそれをまともに浴びて血だらけ。 丁度、今みたいにね」

フラン「もの凄く臭くて、頭がくらくらした。 どうにかなりそうだったわ」

フラン「いえ、その前から既にどうにかなっていたのかもしれないけど」



インデックスは、自分の体が震えているのを感じた。それは、寒さからではない。


それは人ならば誰もが持ちうる、当たり前の感情。しかし、今は決して抱いてはいけないもの。
救うべき相手を前にしてそのような感情を抱いてしまうなど、実に浅はかで愚かしい。
そんな感情が芽生える程度の覚悟なら、最初から助けなければいいことだ。

580 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/04/25(月) 00:05:07.37 ID:iYeb0eqs0

フラン「ねぇ、インデックス。 あなたは、自分の中にあるナニカに怯えたことってある?」

フラン「自分の中にある、認めたくないけど確かにある感情のこと」

フラン「潜在的な狂気、と言えばいいのかな? それのことよ」

フラン「例えば、人の血を見るのが堪らなく好きだったり、必死になって頑張っている人を、
自分の手で絶望の底にたたき落としたくなったり」

フラン「その逆で、絶対に許しちゃいけない悪い人を、何でかわからないけど擁護してみたくなったり」

フラン「そんな思いがね、悪いことだとわかっているのに、どうしても抑えきれなくなるの」

禁書「……」



自分の中に、認めたくない自分がいる。
それはおそらく、人が持ちうる『悪性の自我』のことだろう。

581 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:06:17.58 ID:iYeb0eqs0

人は必ずしも清廉潔白な存在ではない。
そうであるが故に『倫理』や『道徳』という物が存在し、それらを戒める鎖としている。
人が人であるが故に、自身の個を得てしまったが為に抱えている『大罪』。
その罪を犯さないために、人はあらゆる文言を並べ、自身を雁字搦めに縛っている。
だがそれでも、人の中に渦巻く我欲を、『悪欲』を御しきることは出来ない。
ふとしたことで、鎖が緩んだ一瞬の隙を突いてソレは心を食い破らんと暴れ回る。
そしてソレを抑えきれなくなった時。人は悪の道へと走ることになる。


しかしそれは、誰もが経験していることだ。
自分の感情が抑えられなくなることは、別段珍しいことではない。
相手の言動が気に入らなくて、ついつい口汚く罵倒してしまったり。
自身の境遇に不満を感じて、その鬱憤を周りに当たり散らしてしまったり。
精神が未熟な子供は当然として、大の大人であっても己の悪欲に身を委ねてしまうものだ。


だから、それらを行ってしまったことを恥じる必要はない。
悪行に走ったことがない人間がいたとするならば、その者は『聖人』か『狂人』のどちらかだろう。
もしも恥じるとするならば、それを顧みずに同じ過ち繰り返す愚かさに対してするべきである。


だからフランドールは、そこまで思い詰める必要はない。
彼女はまだ若い。道を踏み外すこともあるだろう。
まだ引き返せる。己の過ちを認め、それを正すことができる。
それなのに……

582 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:07:22.56 ID:iYeb0eqs0

フラン「……あの時も、さっきもそう。 自分でもわからない内に、いつの間にか狂ってる」

フラン「目の前にあるモノを、コワしたくてコワしたくて仕方なくなるの」

フラン「それに、さっきので確信したよ。 私の狂い方、前と比べて明らかに酷くなってる」

フラン「あの時はまだ自分が何をしているのかわかったのに、今はもうわからない」

フラン「私がワタシに食べられていくの。 少しずつ少しずつ、飲み込まれていくの……」



フランドールは諦めてしまっていた。
蝕まれていく自我を前に、彼女は抗う様子を見せない。
虚ろな声で、淡々と言葉を口にしていく。


数えれば、たった二度の過ち。
しかし、その過ちは彼女の心を『くの字』に折り曲げるには十分すぎるもの。
人を傷つけるならまだしも、その行為を嬉々として行った。しかも、自覚があるから尚悪い。


もしも最初から多重人格だったのであれば、その人格に罪を押しつけることも出来ただろう。
責任転嫁に過ぎず、何の解決にもなりはしないが、それでも本人の心の平穏は辛うじて保たれる。

583 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:08:21.57 ID:iYeb0eqs0

だが、フランドールの場合はそうではない。
何時からおかしくなったのかはわからない。如何にして狂ったのかもわからない。
彼女の中に全くの別の、凶悪で残忍な人格が生まれていたとして、
果たしてそれが彼女の人格と何時入れ替わったのかがわからない。
もとより、本当に『入れ替わった』のか。もしかしたら、『浸食された』のかもしれない。
じわじわと気づかない内に新たな人格に影響され、結果として凶行に走った可能性も捨てきれないのだ。


『本来の人格』と『新たな人格』。
その二つに境界を敷けない以上、フランドールは己の成した罪から逃げられない。
故に彼女は今、拭い去れない罪に押し潰されようとし、そして己が『ナニカ』に蝕まれていくことに恐怖している。



フラン「だから、私のことは放っておいて……このままだと、あなたに何をするのかわからないんだもの」

フラン「もしかしたら今にも、気が狂ってあなたを襲うかもしれない」

フラン「この力で、あなたをぐちゃぐちゃにしちゃうかもしれない」

フラン「そんなこと、耐えられない。 それくらいだったら、ずっと一人の方がいいよ……」

禁書「そんな……」

フラン「心配しなくても大丈夫だよ、インデックス。 一人でいることには慣れてるから」

フラン「7年間ずっと、この家に閉じこもってきたんだもの。 いつもの生活に戻るだけだよ」

フラン「そう、いつもの、つまらない毎日に戻るだけ……」

584 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:10:49.45 ID:iYeb0eqs0

フランドールは、乾いた笑いを浮かべながら語り続ける。
その瞳には光が無く、焦点も合っていないように見える。


自分が今何を言っているのかさえ、わかっていないのではないか。
目の前のインデックスをも忘却し、譫言のようにぶつぶつと呟き続けている。
再生機能が壊れた、古いテープレコーダーのように、己の心の内を吐露し続けている。



禁書「――――」



インデックスはその光景を前に、何も出来なかった。


彼女はイギリス清教の『禁書目録』。
その立ち位置は組織の中では殊更肝要であり、他の者とは一線を画す。
組織での役割故に権力を得るは許されないが、身分としてみれば十二分に破格の扱いだ。
本来ならば、数百の修道女の上に位置しているはずの者。それが『禁書目録』という存在。
だが、そんな大層な身分であるはずの彼女は今、何も出来ずにその場に立ち尽くしている。

585 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:11:51.04 ID:iYeb0eqs0

結局の所、その身分は他人から与えられたものでしかなかったということだ。
清教を守護する最固の城壁。それ故に、彼女は籠の中の小鳥として飼われていた。
いや、ただ飼われるだけならばどんなに良かったか。
『人間』として扱われているだけ、まだマシというものだろう。


悪いことに、彼女は組織の中に於いては『人間』ではなく『道具』だった。
そして組織は、自我を持つ道具である彼女を律するため、彼女の体に細工を施した。
一年毎に訪れる脳の記憶限界。それに伴い必要となる記憶の消去。
周期的に記憶を消すことで彼女の意識を一新し、自身の在り方に疑問を持たせないようにする。
その呪いは一年前の七月二十八日、上条当麻の右手で破壊されるまで続いた。


――――人の心を動かすためには、『重みのある言葉』が必要だ。
そしてその言葉は豊富な経験、確固たる意志の中から生まれ出でる。
心に響く名言を残す者は、往々にして波瀾万丈の人生を送っている。
平凡に生きている軟弱者の言葉などに、誰が耳を貸すというのか。


インデックスは今から2年ほど前までの記憶しか持っていない。
それ以前の記憶は消されてしまい、最早取り戻すことは叶わない。
かつての自分がどんな思いを持って、どんな風に歩いて生きていたのかわからない。
自分の傍にいて励ましてくれた人も、そして掛け替えのない大切だった人ですらも思い出せない。
言わば彼女は、知識だけを与えられた赤子のようなものだ。

586 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:12:45.99 ID:iYeb0eqs0

つまり、何が言いたいのかと言えば。
過去を失ってしまった彼女には、人を説得させられるだけの確かな言葉を生み出せないということ。
どんなに着飾った言葉を並べ立てても、理屈立てた言葉を発しても、彼女の言葉は何処までも空虚だ。
外側だけで中身が無い。聞こえは良くても現実味が無い。
聞いたのが大人ならば、子供戯れ言として鼻で嗤われるだけ。
歳が近い者であっても、『お前に私の何がわかる!』と言われて突っぱねられてしまうだろう。


インデックスには、理屈をこねくり回して誰かを説得することは出来ない。
だから、今彼女に出来ることは――――

587 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:13:32.62 ID:iYeb0eqs0

禁書「……」カツンッ



足を一歩、前へと踏み出す。
しっかりと大地を踏みしめるように。目の前の少女へと歩み寄る。


膝を持ち上げ、少しばかり前に下ろす。
ただそれだけの動作だというのに、生気を根こそぎ奪われたかのように感じる。
体は鎖を巻き付けられたかのように重い。それどころか、後ろに引っ張られているような錯覚すら受ける。
一度気を抜いたら最後、そのまま引きずられて二度と彼女の下には辿り着けない。そんな気がする。


だから、そうならないように。大切なものを失わないように。
しっかり前を見て。体を奮い立たせて歩き出す。

588 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:14:09.61 ID:iYeb0eqs0

フラン「……どうして、どうしてなの? どうして近づいてくるのよッ!?」



少女は白い修道女の行為を見て、目を見開いて絶叫する。
その叫びは既に悲鳴のようであり、彼女の心を剥き出しにしたかのよう。
過呼吸を起こしたかのように息を大きく乱し、体を縮ませているその様は、
何処をどう見ても年相応の子供でしかない。


――――あぁ、なんて馬鹿馬鹿しい。
こんな子を、誰かのために自分を犠牲にするような優しい子を怪物扱いしていたなんて。
そこらの人間よりも優しい心を持つ彼女が、どうして卑下されなければならないのか。


わかっている。忘れてなんかいない。
この子はスカーレット一族。イギリス清教に牙を剥いた異端者の一人。
そして彼女の中には、何かおぞましいものが居ることも。
十字教の一員として、イギリス清教の『禁書目録』として。
反逆者を、神に仇為す吸血鬼を断罪しなければならない事は。


だが、それがどうしたというのか。
今のフランドールは狂気に犯されていない。彼女はこんなにも純粋で温かな少女だ。
彼女を見捨ててしまったら、今度こそ本当に身も心も化け物に墜ちてしまうだろう。
そんなことはさせてはならない。自身の目の前で誰かが闇に墜ちるなんて、許せるものか。

589 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:15:02.71 ID:iYeb0eqs0

フラン「私はバケモノなのよ!? どんなものも触っただけで壊しちゃう怪物なの!」

フラン「それに、私は、壊すことを心の何処かで楽しんでる……私は狂ってるのよ!」



フランドールが拒絶する。だが、足は止まらない。
互いの距離は、初めのころの半分を既に切っていた。


――――フランは救われることを望んでいない。諦めてしまっている。
自身に巣くう狂気を受け入れて、そのまま自壊しようとしている。
それが彼女の願望であり、自身の行為はそれを叩き潰すものだ。


だからこの行動は。この思いは。
自分の欲望からこぼれ落ちた身勝手なものだ。
相手の都合を考えず、己の行動理念のみで救うなど、偽善の最たるものだろう。


だけど、例えそうだとしても。私は彼女を助けたい。
その場では恨まれることになっても、いつか一緒に笑い会える時がまた来ることを願って。

590 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:15:58.76 ID:iYeb0eqs0

フラン「嫌、おねがい……」



あの子との距離はもう僅か。2、3歩足を踏み出せば辿り着く。
ただその数歩の間に、どうしようもなく深い溝があるようにも思えた。
望みが真逆なのだから、それは当然のことなのかもしれない。
最後の『拒絶(まよい)』が、私の目の前に立ちはだかる。


それを前にして私は。戸惑うことなく前へと踏み込んだ。



フラン「おねがい、だから……来ないでよぅ……!」

591 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:16:28.54 ID:iYeb0eqs0

――――フランは泣いていた。
ぽろぽろと瞳から泪を流し、啜り泣いていた。
彼女にはもう、私を突き放す気持ちも、覚悟も無い。
ただ、目の前にいる誰かを怖がっている少女がいるだけ。


そんな彼女を、私は正面から抱きしめる。
しっかりと両手で背中を抱え、自身の胸へと引き寄せた。


フランの体は、思ったよりも華奢だった。
私の両腕を回してもまだ余るくらい、彼女の体は小さく、そして柔らかい。
当麻の体に抱きついたことは何度もあるけれど、フランのような小さな女の子にしたことはあまりない。
『女の子の体ってこんなに柔らかいんだなぁ』と、心の何処かで思いつつ、ぎゅっとフランにしがみついた。

592 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:17:25.48 ID:iYeb0eqs0

フラン「あ……」



フランは、呆けたような声を上げる。
今彼女がどんな表情をしているのかはわからないけれど、
もし見ることが出来たのなら、さぞや気の抜けた顔をしているのかもしれない。
彼女にしてみれば、いきなり抱きしめられるなんて想像もしていなかったことだろうから。


彼女の体の震えが、私の体に伝わってくる。
それだけじゃなく、不規則な呼吸の音も、早鐘を鳴らしている心臓の鼓動も一緒に。



禁書「大丈夫だよ、ふらん。 怖がらなくてもいいんだよ」



そんな彼女に、私はそう言葉を口にした。
びくりと彼女の体が一際大きく跳ねて、一気に息づかいが荒くなった。
そして、戸惑いを隠せない声で私に答える。

593 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:18:49.84 ID:iYeb0eqs0

フラン「でも、私は――――」



彼女は繰り返そうとする。自己の否定と、私を拒絶する言葉を。
それを私は遮って、別の言葉を彼女に覆い被せた。


禁書「そんなの、気にしなくていい。 ふらんはふらんだよ」

禁書「元気いっぱいで、太陽みたいに明るい私の大切な友達。 友達を助けるのは、当たり前のことなんだよ」

禁書「だから、怖がらないで。 自分を追い詰めないで」

禁書「たとえ何があっても、あなたが誰であっても、私はあなたの傍にいるから。 だから――――」










「あなたはもう、一人ぼっちじゃない」
594 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:19:35.65 ID:iYeb0eqs0

フラン「――――」



その瞬間、時が止まる。


刹那でありながら、永劫とも思える空白。
その中で、フランドールは泣きじゃくることも忘れて呆然とした。


修道女の、インデックスの言葉が、すとんと綺麗に彼女の中に落ちる。
言葉から滲み出るインデックスの思いが、彼女の心を覆っていた暗霧を吹き払い、
そして乾いた大地に滴った水滴のように染み込んでいく。


言葉の通り、心が洗われるようだった。
自分の中に巣くっていたドス黒いナニカが、綺麗さっぱりと霧散していた。
代わりに残ったのは、『あたたかいもの』と『小さな棘があるもの』。
その二つが、心の中を節操なく転がり回っていた。

595 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:20:36.07 ID:iYeb0eqs0

フラン「……いいの?」

禁書「うん?」

フラン「本当に、私は、あなたと一緒にいてもいいの?」


フランドールは途切れ途切れに問い返す。『私には、あなたの傍にいる資格はあるのか』と。
インデックスの言葉は素直に嬉しい。だけど、心がまだ納得していないと。
人生の半分もの間、彼女を悩ませてきた罪の意識。それを振り払うのは容易ではない。


だが、不可能ではない。現に、フランドールはインデックスに許しを求めている。
それは彼女が自分自身を許そうとしている証拠。その切欠が欲しいだけ。
心の底から自分は許されないと思っているのなら、問い返すなんてことはしないだろうから。



禁書「いいよ。 私はあなたの友達なんだから。 遠慮なんかしなくていいんだから」

禁書「だからもう一度、あなたの笑顔を見せてほしいな」

フラン「……………………ふっ、ぐすっ、うぇぇっ……!」



再び嗚咽を漏らし、泣き出すフランドール。
しかしそれは、嘆き、悲しみから流されたものではなく。


二人はそのまま、寄り添うようにして互いに抱きしめあっていた。

596 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/04/25(月) 00:21:08.74 ID:iYeb0eqs0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
597 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/25(月) 00:32:09.37 ID:L6OM2Utyo
乙です
598 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/25(月) 03:43:02.78 ID:7zU4GD7c0
温情がある
599 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/27(水) 19:48:54.85 ID:8kD7oEqi0
よし!そっからフランブリーカーだ!
600 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/28(木) 15:02:33.74 ID:bVGy5Zlo0
で、あの上条ダッシュパンチに至るまでどれくらいの時間がかかったんだろうなぁ
601 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/29(金) 19:42:00.25 ID:5YLCg2c00
んじゃつっちーは?まさかくたばった?
602 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/05/09(月) 00:09:44.51 ID:zb1y6MLC0
GWだったのに全く筆が進まんかった……書き溜めがががg


これから投下を開始します
603 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:10:29.69 ID:zb1y6MLC0





     *     *     *





604 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:11:21.55 ID:zb1y6MLC0

土御門「……ッ! げほっ、がはっ!!!」

上条「! 大丈夫か!?」



土御門がフランドールの凶手に倒れ、当麻がそれの応急処置に取りかかってから数分。
当麻の献身的な介護の甲斐があったのか、彼は予想よりも早く息を吹き返した。


気管に詰まった血塊を口から吐き出し、土御門は大きく咳き込む。



土御門「げぇほっ! ごほっ! ……カミやん、か?」

上条「喋るな! 血は止まったけど、まだ動けるほどじゃない」

上条「皮膚は治ったけど、中の方はまだみたいなんだ。 所々鬱血してる」

上条「無理に動いたら、また血が噴き出しちまう。 内臓にもダメージがあるだろうし、安静にしといた方がいい」

土御門「そう、か……」

605 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:12:07.42 ID:zb1y6MLC0

当麻の言葉を聞き、土御門は苦しそうに首肯した。


彼の体の至る所に走っていたはずの裂傷は既に消え、失われる血液は無い。
しかし裂傷があったはずの場所には生々しい紫の斑点が残り、まるで打撲のような様相を呈している。
皮膚の部分の傷は『肉体再生』縫合されたものの、内部の血管は未だに破れているためだ。
滲み出た血液が皮膚の下に溜まり、痣のようになっていた。


更にはまだ痛みが残っているのか、もぞもぞと体を捩らせている。
まともに動けるようになるまでには、もうしばらく時間がかかるだろう。
無論それは『体を動かしても大丈夫』という程度のことであり、戦線復帰の観点から考えると絶望的だ。
本来であれば、今すぐにでも病院に連れて行かなければならないのだから。



土御門「助けられちまったな……ほんと、情けないにゃー……」

上条「そんなこと言うなよ。 お前こそ、俺を助けようとしてくれたんだろ? 情けないなんてことはねぇよ」

上条「いくら『肉体再生』があるからって、無茶しすぎだとは思うけどな」

土御門「無茶ばっかりしてる、カミやんには言われたくないぜい……」

上条「ほっとけ」

606 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:12:49.72 ID:zb1y6MLC0

土御門「……………………んー」

上条「どうした?」

土御門「いや、ほんとは女の子に介護してもらいたかったんだけどにゃー」

土御門「野郎、しかもカミやんに看病されちまうなんてにゃー……こんな機会があるなんて、夢にも思わなかったぜい」

上条「土御門さん? 流石の上条さんでも怒りますですことよ?」

土御門「自覚があるなら、さっさと行きすぎた自己犠牲を矯正することをお勧めするぜい? ま、無理だろうけどな」

上条「ぐぬぬ……」



軽口を叩き合う二人。先ほどまで殴り合っていたのが嘘のようだ。
そもそも嵐が過ぎ去ってしまえば、普段の間柄などこんなものなのだろう。


殴り合いの最中に横槍が入ったものの、結果としては土御門が地に倒れ、対して当麻は五体満足。
決着は既についた。過ぎ去ったことを何時までも引きずるようなことは、この二人の間に関してはないと言うことだ。

607 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:13:33.25 ID:zb1y6MLC0

土御門「さて、どうしたもんかな……こんな体じゃあ、フランドールを捕まえることは出来そうにない」

上条「おい、まだそんなこと言ってるのか?」

土御門「当然だ。 オレの任務はまだ終わっちゃいないんだからな」

土御門「動けるんだったら体を引きずってでも奴を追いかけている所だ」

土御門「……いや、まて。 フランドールは何処に行った? 辺りにはいないみたいだが……」

上条「フランは屋敷に逃げていったよ。 インデックスが今追いかけている」

土御門「上条当麻、お前――――」

上条「『自分が何をしたのかわかっているのか』、か?」

土御門「……そうだ、奴はイギリス清教とっては大罪人だ。 しかも清教の手を逃れて、
あまつさえ学園都市に潜伏し続けていた魔術師」

土御門「そんな奴の所に『禁書目録』を一人で行かせるとは……!」

608 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:14:29.62 ID:zb1y6MLC0

土御門の語調が強まる。
その瞳に宿るのは憤怒。しかし彼が怒るのは当然のことだ。
『禁書目録』はイギリス清教とって、替えの利かない最重要人物。
彼女を失うことは、イギリス清教を守る城壁を失うことに等しい。
それを敵側の魔術師に送り込むなど、これほど愚かしい行為は存在しないだろう。


しかしそれ以上に、土御門としてはあれほどインデックスを気遣っていた当麻が、
いとも簡単に彼女を死地へと送ってしまったことが信じられないのだろう。
発狂したフランドールの恐ろしさを身近で感じていたのだから尚更である。


しかしそれを前にして、当麻は臆するでもなく、少しばかり沈黙した後に口を開いた。



上条「たぶん、お前が考えてるような心配は無いと思うぞ」

土御門「……は?」



その言葉に、土御門は訳がわからないとでも言うかのような顔をする。
『心配』とはおそらく、自身が想像している通りのことだと思うが、
その必要がないと言い切る理由がわからない。

609 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:15:32.85 ID:zb1y6MLC0

上条「フランの奴、泣いてたんだ」

土御門「何?」

上条「あの後血だらけになった自分を見て、泣いてたんだ」

上条「それと、悪い所を見られた子供みたいな顔もしてたっけな……」

上条「その後、悲鳴を上げて屋敷の中に逃げていったよ」

土御門「……」

上条「なぁ土御門、本当にお前が考えているような奴なら、そんなことすると思うか?」

上条「もし本当に危険な奴だったんなら、あんな風に泣くなんてこと、しないと俺は思う」



もしも、フランドールが人を傷付けることを何とも思わない人間だったとしたら。
あのように血だらけの手を見て驚愕し、罪を糾弾された罪人のような、後悔が極まった表情をするはずがない。
あんな顔の少女を見て、それに追い打ちをかけるようなことを当麻が出来るはずもなく。
それ故に彼は、土御門からフランドールを擁護する立場に立った。


端から見れば、彼を愚かな人間だと思うだろう。そしてそれは、実際にそうである。
常識的に考えれば、友人を血だるまにした人間に対して抱く感情など、良いものであるはずがない。
侮蔑に視線を送り、口汚く罵り、手を振り上げてもおかしくはないのだから。

610 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:16:43.04 ID:zb1y6MLC0

土御門「……はぁ、しょうがないにゃー」



土御門は当麻の言葉を聞き、やれやれといった顔で軽く溜息をついた。
その溜息には呆れに加えて諦めの色が乗っている。


上条当麻が理屈を度外視した行動をとるのは、今に始まったことではない。
『英雄』などと揶揄されてはいるが、彼は『善悪』に基づいて動くわけではない。
彼の体を動かす要因は、彼自身の心から湧き出るもの。
『善』だから助けるのではなく。『悪』だから倒すのではなく。
簡単に、端的に、身も蓋のない言葉で言い表すとしたら。
『自分がそうしたいから、そうした』ということだ。


解ってはいたことだが、何度実感しても慣れないものだ、と土御門は思う。
土御門は『スパイ』という身分である以上、その思考は合理的だ。
余程のことがない限り、感情を優先して動くことはない。
だからこそ、上条当麻の言い分は『理解』できるものの、『納得』までは中々出来ないのである。


ただそのことを何時までも突っついても、今更どうにもならないことはわかりきったことなので、
その感情はさっさと水に流してしまうことに決めたのだった。

611 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:19:13.49 ID:zb1y6MLC0

土御門「あい、わかった。 カミやんの行動については今更だし、これ以上はとやかく言わないぜい」

上条「あぁ……すまねぇな、土御門」

土御門「謝るくらいならこんなことはしないで欲しいんだけどにゃー……まぁ、そのことは置いといて、だ」

土御門「カミやんの言い分だと、フランドールはそこまで危険な奴じゃない」

土御門「仮にそうだとして、あの状態……暴走とでも言えばいいのかわからんが、おそらく吸血鬼化による影響だろう」

上条「そうなのか?」

土御門「ただの推測だがな。 奴等の親父……先代のスカーレット当主は、
自身を吸血鬼化した後に発狂したという記録が残っている」

土御門「線があるとしたらそれだろうぜい」

上条「……フランは完全に吸血鬼になっちまったのか?」

612 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:20:07.31 ID:zb1y6MLC0

当麻は土御門の言葉を聞き、ぎくりとして恐る恐る問い質す。
彼の考えでは、フランドール達をイギリス清教の標的から外すには、吸血鬼化をどうにかしなくてはならない。
しかし完全に吸血鬼化してしまっているとしたら、おそらくはもう手の施しようがないだろう。


だが幸運なことに、土御門は当麻の言葉を否定した。



土御門「いや、それはないだろう。 もしそうなら、この程度で済んじゃいない」

土御門「吸血鬼の戦闘能力なんざ噂でしか知らないが、それを鑑みてもこの状況は温すぎると思うぜい」

上条「そうなのか……いや、よかった。 まだ手遅れじゃなくて」

土御門「手遅れかどうか判断するには、まだ早いとおもうがにゃー……で、どうするんだ?」

上条「どうするって……」

土御門「とぼけるのは感心しないな。 ……何か策はあるのか?」

上条「それは……」

613 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:20:50.10 ID:zb1y6MLC0

当麻は土御門の言葉に返答を窮する。
その言葉は正しく、今の彼にとっての急所であるが故に。


土御門が怪我によって行動できなくなったことで、フランドールが捕縛されるという事態は防がれた。
怪我した本人には申し訳ないが、一先ず目的が達成されたことは喜ばしいことと言える。
だが、結局の所そこ止まり。問題は何も解決していない。
自分たちが、本当に向き合わなければならないこと。それは――――



土御門「カミやんはフランドールに危険はないといったが、イギリス清教の問題とはまた別だ」

土御門「奴が危険であろうと無かろうと、吸血鬼化の魔術の持ち主であることは間違いない」

土御門「イギリス清教が求めているものが、あくまでもその魔術の抹消である以上、奴は永遠にお尋ね者扱いってことだ」

土御門「裏を返せば、それさえ達成できるのであれば、スカーレットの奴等がどうなろうと知ったことじゃないってことだけどな」

上条「知ったことじゃない?」

614 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:21:25.67 ID:zb1y6MLC0

土御門「あぁ、スカーレット家の処断は10年前に既に完了している。 それを今更取り消すということはない」

土御門「いや、『出来ない』といった方が正しいか。 処断の完了を取り消すということは、
    『神の意志を執行せずに今まで見過ごしていました』と宣言するようなもんだからな」

土御門「ローマ正教やロシア成教に対する体裁がある以上、自身の弱味を晒すようなことはしないはずだぜい」

上条「ってことは、その魔術さえどうにかなればフラン達は助かるのか?」

土御門「理屈上はそうなるにゃー」



イギリス清教としては、スカーレット家がどうこうよりも、吸血鬼化の魔術さえどうにかなればいいらしい。
魔術をどうにかする具体的な方法は一先ず置いておいて、イギリス清教が求めているものがはっきりとしたことは収穫だ。
相手が望むことがわからないと、自分が為すべきことも曖昧になってしまう。
これで具体的な方策を改めて練ることが出来るだろう。

615 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:22:00.77 ID:zb1y6MLC0

上条「イギリス清教を諦めさせるためには、吸血鬼化の魔術に関するものを全部取っ払わなくちゃならない」

土御門「その通り。 で、その排除するべきものは大きく分けて三つある」

土御門「一つ目が吸血鬼化の刻印。 刻印はスカーレット一族の証のようなもので、代々受け継がれていくものだと聞いている」

土御門「レミリア、おそらくフランドールにもだろうが、体の何処かに刻まれているはずだ」

上条「それは俺の『幻想殺し』でどうにかなると思う。 魔方陣みたいなものだろうし、それを見つけて触ればいいはずだ」

土御門「実際何処にあるかはわからないけどにゃー。 ……そして二つ目が刻印の構築方法、それにまつわる情報だ」

土御門「レミリア達の刻印を破壊した所で、その構築方法が残っていたら意味がない」

土御門「刻印の拡散を防ぐためにも、それに関わる情報は徹底的に抹消する必要がある」

上条「『ヴォルデンベルクの手記』はイギリス清教に保管されているんだよな? ってことは、あとするべきなのは……」

土御門「レミリア達本人が、構築方法を知っているのかどうか。 ま、これに関しては奴等の頭の中を覗いてみるしかないにゃー」

616 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:22:42.19 ID:zb1y6MLC0

上条「頭の中を覗くって……あまりいい予感がしないんですけど」

土御門「確かに、他人の記憶を弄くるなんて趣味が悪すぎる。 『心理掌握』の例もあるからな」

土御門「一歩間違えれば廃人コースまっしぐらだ。 普通なら、そんな七面倒くさいことはしない」

土御門「『疑わしきは罰せよ』精神で、あっという間に幽閉だろう……普通なら、な」

土御門「カミやんが拝んで拝んで拝み倒せば、もしかしたら『最大主教』も心変わりしてくれるかもしれん」

上条「それはどうなんだ? いくら俺でも、そこまで融通を利かせてくれるとは思えないんだけど」

土御門「いや、カミやんはねーちんを初めとした聖人が数人に、レヴィニア=バードウェイといった魔術組織のトップ、
    挙げ句の果てには元魔神までいろんな奴と繋がりを持ってるからな」

土御門「流石の『最大主教』も、カミやんを易々と敵に回すようなことはしないはずだぜい」

上条「そんなものなのか?」

土御門(……知らぬは本人ばかりってか。 実際の所、既に籠絡されちまってるんだけどにゃー)

617 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:23:27.76 ID:zb1y6MLC0

驚く事なかれ、『必要悪の教会』の首魁、『最大主教』ことローラ・スチュアートは、
既に上条当麻によって手籠めにされているのだ。


ちなみに組織の中でそのこと気づいているのは土御門だけである。
他の面々であるステイルや神裂はローラの行動に異常を感じつつも、
腹黒なことで定評のある『最大主教』が恋に目覚めたなどと露ほどにも思っておらず、
ついにはローラ本人でさえも自身の感情の揺れを十分に理解していない。
生まれてこの方、まともに恋愛などしてこなかったことによる弊害であろう。


土御門としてはローラに教えても良かったのだが、放置すればもっと面白いことになると予感し、
本人が自分のよくわからない感情に狼狽するのを、ニヤニヤしながら見ることにしていた。


閑話休題。

618 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:24:06.24 ID:zb1y6MLC0

上条「ってことは、やっぱり一番問題なのは……」

土御門「どうやら、流石のカミやんも気づいているみたいだな。 いや、そうじゃないと困る」

土御門「問題は刻印によって生じる肉体の分解と再構築……言ってしまえば吸血鬼化だ」

土御門「どのくらい刻印が浸食しているのかはわからないが、姉妹共に確実に影響を受けているとオレは睨んでいる」

土御門「さて、どうする? 半端とはいえ、彼女達は吸血鬼だ。 真人間に戻すには、
    吸血鬼化した肉体とそうでない肉体を選り分け、吸血鬼化した部分を排除しなくちゃならない」

土御門「右腕だけ、肝臓だけみたいに区画毎にきっちり分かれて浸食しているならそれも出来るだろうが、
    そんな都合のいい展開を期待するのはナンセンスだ」

土御門「細胞レベルで混ざっているとなれば、カミやんの行きつけの医者でも不可能だと思うぜい」

619 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:24:35.87 ID:zb1y6MLC0

土御門の言うとおり、彼女達を元に戻すためには吸血鬼化した肉体を取り除かなければならない。
だが、それを行うためには吸血鬼化した部分を見分ける方法と、更にそれを選択して取り除く方法が必要不可欠。
そんなことが出来る人間など、果たしてこの学園都市に、いや、魔術側にもいるかどうか。


かの『冥土帰し』でさえも匙を投げてしまうのではないか。
そんなことはあり得ないと思いたいが、それでも不安は拭えない。
そもそも彼を、魔術側には関わらせたくないという思いもある。


せめて、吸血鬼化している部分を選択的に排除できるような方法があればいいのだが、
そんなご都合主義に極まる夢のような方法などあるはずが――――










上条(――――――――――――――――待て)

620 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:25:08.80 ID:zb1y6MLC0

ふと、彼の脳裏を何かが掠める。
それは僅かな違和感だったが、現状ではそれにすらも縋りたい。
当麻はその違和感をシャベルにして、自身の記憶の山を掘り起こす。



上条「吸血鬼……破壊する……いや、でも……」

土御門「……」



急に黙りこくった当麻を見て、土御門はその様子を見守る。
おそらく彼は何かに気がついたのだろうが、あえて話しかけることはしない。


スカーレット姉妹を救うのは、あくまでも上条当麻である。
間違ってでも土御門ではないし、故に彼が手助けすることはない。
最後に彼女等の手を取るのは、当麻自身でなければならないのだ。
土御門は『必要悪の教会』の一員であり、課せられた任務がある。
その任務を無碍にする行動をとるわけにはいかない。


数分ほどの逡巡の後、当麻は大きな諦観と少しばかりの覚悟を決めた顔となる。
策こそは見つかったものの、出来ればそれは使いたくないといった様子だ。
どんな答えを見つけたのか気になる土御門は、茶化すようにして当麻に催促した。



土御門「考えは纏まったかにゃー? さぁ、この土御門先生がカミやんが考えた案を評価してやるぜい?」

621 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/09(月) 00:25:49.72 ID:zb1y6MLC0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 01:01:32.88 ID:Xr3fStSGo
乙です
623 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 07:54:04.34 ID:nXBj00gj0
乙!
さて、予想は出来るけどどうかなー?
624 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 22:18:49.24 ID:AvpEwSzA0
脳みそが混ざってる場合は……しげちー的な事に?
625 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/05/23(月) 01:10:37.30 ID:+1M4Crvn0
これから投下を開始します
626 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/05/23(月) 01:11:38.78 ID:+1M4Crvn0





――――7月28日 PM10:10





627 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/05/23(月) 01:12:11.44 ID:+1M4Crvn0

学園都市に存在する、数多ある建物の中の一つ。
とある高校が所有する女子学生寮の一室。
その中で一人の少女が何をすることもなく、呆然とベランダから外を眺めていた。


屋内に灯りは点いておらず、電気機器のランプだけが蛍のように光っている。
故に部屋の光源は、専ら窓から差し込む月明かりのみ。
空から降り注ぐ明かりが部屋を淡く照らし、少女の影法師を細長く作っていた。


少女は空を見上げる。視線の先に浮かぶのは、億にも届く年月の間大地を見下ろし続けてきた満月。
それは普段見せている純白の姿から、ルビーにも似た紅い色へと様変わりしている。
まるで、自身の血潮を振りまいているようにも見えた。


その姿を見て、少女は『あの時も。こんな色だった。』と、心の中で漏らした。
彼女の心の中に去来するのは嘗ての記憶。忘れようにも忘れられない、惨劇の記憶。

628 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/05/23(月) 01:12:58.89 ID:+1M4Crvn0

――――少女は元々、この国の山奥にある小さな村に住む娘だった。


世界を巻き込んだ未曾有の大戦。それに敗北した日の本の国。
瓦礫となった土地を立て直し、欧米に追い縋るようにして復興と近代化を推し進めていく国に反して、
少女が住む村は大戦前後も変わることなく、その国の原風景を残し続けた。


別に、何か意図があってそれ残したわけではない。ただ取り残されただけに過ぎない。
交通の便も悪く、開発して何か利するということもない土地。
そこにあるというだけで他に意味のない場所であるが故に、その村は国から、世間から忘れ去られた。


だが、それがかえって良かったのかもしれない。
世界から切り離されたその村は、世俗から一切無縁の場所となった。
外では資本主義という概念の中で、何かに追われるようにして人々が行き交っていたのに対し、
村の人々は昔からの生活を享受し、そのことに感謝して変わらぬ毎日を過ごし続けた。

629 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/05/23(月) 01:14:16.42 ID:+1M4Crvn0

日の出と共に、布団から起き上がり。


河のせせらぎを傍らに田畑を耕し。


虫の囀りを背に負って家路に就き。


月に見下ろされる中で静かに眠る。


幾度となく、何十、何百、何千と繰り返される日常。
そこには変化など生じるはずも無く、ただ単調な毎日が巡り続ける。
しかしながら、そこには確かに『幸福』と呼ばれ得るものがあった。
外の人々が忘れて久しい、大切なものが。


少女はその村の中で、片手で数える程しかいない村の童子として大切に育てられた。
祖父母や両親。周りに住む、最早家族同然とも言える隣人。そして幼なじみの子供達。
彼等は皆が皆、彼女にとって大切な宝物。少女は温かな人々に囲まれながら日々を過ごしていた。


――――そう、『過ごしていた』のだ。

630 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/05/23(月) 01:14:50.29 ID:+1M4Crvn0

予兆はなかった。もしあったというのなら、誰かしらが気づいていたはずだ。
単調な流れの中にいる者にとって、『変化』はどうしようもない『違和感』として感じてしまうもの。
故に『それ』は前触れ無く突然に降りかかり、当たり前であるはずの日常を霞のように吹き散らした。


始まりは、実に些細なものだった。
村人の一人が、山菜を採りに山に登ったまま、夕方になっても降りてこない。
心配した身内の人々は彼を捜しに山に入り、他の村人も無事を願って待ち続けた。


結果として、空が紅く染まり始めた頃に彼は漸く見つかった。
山の中腹辺り、そこに生えていた杉の木の下にもたれ掛かっていたのだ。
歩き回って疲れたのか、口も利けないほど弱っているようだったので、
身内の一人が彼を担いで、やっとのこと何とか下山することができたそうだ。


人々は彼の無事を心から喜んだ。
例え身内ではなかったとしても、この小さな集落に於いては掛け替えのない家族だったから。
――――その喜びが、直ぐに絶望に歪むとも知らずに。

631 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:15:25.28 ID:+1M4Crvn0

助け出された男は、ふらつくように立ち上がると、直ぐ傍にいた彼を支えていた家族――――
その者は彼の兄だった――――に近づき、思いっきり前から抱きついた。
助かったことに喜びを感じたのだろうと、一瞬和やかが雰囲気が周囲に漂ったと思った瞬間、










「ぎ、あああぁぁあぁあぁあああぁあっっっ!?!?!?」










突然耳を劈くような絶叫が周囲に響いた。

632 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:17:09.25 ID:+1M4Crvn0

その声は、正しく断末魔に等しいもの。
一同の背筋に、氷柱を脊椎に押し込まれたかのような震えが走る。
声の方を見やると、相も変わらず兄を抱きしめている男の姿。
相も変わらず、兄弟愛をかんじる光景である。


――――兄の顔が、恐怖に歪んでさえいなければの話だが。



「――――!?」



それを見て、人々はその場に石のように硬直した。


彼等の心に沸き上がったのは、『驚愕』。
人が人の首筋に食らいつく。その非現実さに、『恐怖』よりも真っ先にその感情が舞い降りた。
一体何が起こったのか。どうして男は、自分の兄に噛みついているのか。
疑問が疑問を呼び、人々の間に混乱が次々と伝播していく。
自身の目に映る理解しがたいものを、必死になって解そうとするがために、
今自分が如何なる状況に立たされているのかに気がつけない。


この場に於いての最善な行動は、何振り構わず逃げ出すことだったというのに。










――――そしてその村は、地獄そのものとなった。

633 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:18:25.02 ID:+1M4Crvn0

眼球を真紅に輝かせ、異常にまで伸びた犬歯を剥き出しにした『人だったモノ』が周囲の人間に次々と食らいつく。
そして食らいつかれた者もまた、餓鬼のような呻き声を上げ、他の人間に襲いかかる。
狂気が狂気を産み、正気は狂気に飲まれていく。それはあたかも、細菌が増殖していくように。


その光景は、パニック映画のありふれた一場面のようであり。
故にそこには、『希望』などという都合の良いものなど存在しなかった。
たった一人を除き、村民のその全てが人を襲う怪物へと変貌したのである。


彼等は知る由もなかった。
その惨劇が魔術の世界で最も恐れられる生物の一つ、『吸血鬼』と呼ばれる存在の手よって引き起こされたのだということに。
自分達は吸血鬼の手によって、彼等と同じ存在にされてしまったのだということに。

634 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:19:14.47 ID:+1M4Crvn0

結局の所村民達は、真実を知ることもなくその日の内に死んだ。
日の光を浴びて消滅したのではない。殺されたのである。


村人の悉くが吸血鬼となった中で、唯一生き残った少女。
彼女の手によって――――正確には彼女が持つ異能の力によって、
元凶の吸血鬼諸共、灰燼となって崩れ去ったのだ。


後には、灰吹雪に包まれた無人の村が残った。
吸血鬼を誘い、その血を吸った吸血鬼を滅する異能。
後に『吸血殺し』と呼ばれる力を持った黒髪の少女を一人残して。

635 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:19:57.31 ID:+1M4Crvn0

その時の光景を、少女は今でも覚えている。


自分の見知った人々が。
共に笑いあっていた友人達が。
一緒に布団に入って眠った両親が。


まるで腹を空かせた獣のように、自分に向かって躙り寄ってくる。
地平線に沈み往く太陽。天からこちらを見下ろしている満月。そして夕日に染まった村々。
世界が血の池地獄に沈んだかのように。そこには『紅』しか存在しなかった。


あの時自分がどんな感情を抱いていたのか、今ではもう思い出すことは出来ない。
驚愕。困惑。恐怖。絶望。その何れかもしれないし、全部かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ただ『そういうことがあった』という事実のみが、心に焼きついている。

636 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:20:51.72 ID:+1M4Crvn0

その地獄を経験しながら、彼女がこれまで正気を保っていられたのは。
村の皆が最後まで少女の身を案じていてくれていたと言うことだろう。
己の内から沸き上がる吸血衝動。『吸血殺し』によって制御不能となっていたはずのそれを、
彼等は最後の最後まで理性によって押さえつけようとしていた。少女を傷付けまいとしていた。
結局我慢できずに、少女の血を吸って皆が皆灰になってしまったけれど、
そのことだけが彼女にとって唯一の救いであり――――同時に、心を抉る楔にもなっていた。


本当は自分達を助けて欲しかったはずなのに、少女の身を心配していた村人達。
彼女の肢体に食らいつく末期、何度も何度も謝罪を口にしていた人達。
そんな心優しい彼等を、彼女は自らの手で殺してしまった。


『吸血殺し』は自身の意志で調節することが出来ない超能力だ。
それは誘蛾灯のように吸血鬼を際限なく誘き寄せ、そして血を吸った吸血鬼を例外なく滅ぼしてしまう。
当時は能力の自覚すらなかった彼女。そんな彼女を責めることなど、一体誰が出来ようか。


しかし、例え自身に責任が無いのだとしても。
彼女はその罪から逃れることは出来ない。いや、そもそも逃げようなどとは思わない。
どのような理由であれ、彼等の命を摘み取ったのは紛れもなく己自身。
そればかりは否定しようのない事実なのだから。


だから彼女は、赦されることを望まない。

637 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:21:59.89 ID:+1M4Crvn0

(だけど。 ただ一つだけ。 願いがあるとしたら。)



生まれ持ったこの力。一方的な殺戮しか引き起こさない力。
呪いとも思えるその力を、誰かのために役立てることが出来たのなら、
どれはどんなに素晴らしいことだろうかと思う。


『吸血殺し』はイギリス清教からもらったアクセサリ、『ケルト十字架』の力で封印されている。
その十字架を首に下げている限りは、過去に彼女が住んでいた村で起きたような惨劇は二度と起こらないだろう。
それは嘗て彼女が何よりも望んだことであり、彼女が学園都市に来た理由でもあった。
紆余曲折はあったものの、彼女の望みは既に叶えられている。これ以上何かを望むのは、ただの欲張りだ。


ただそれでも、時折夢見るのだ。
この力を誇り、誰かのために役立てている自分の姿を夢想する時が。
あり得ないとわかっていても、いや、わかっているからこそ願ってしまう。

638 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:22:35.87 ID:+1M4Crvn0

(……っ。 ちょっと。 風に当たりすぎたみたい。)



不意に体を走った震えに、少女はぽつりと言葉を漏らす。
学園都市は外の都市部とは違って、コンクリートの建造物だらけにも拘わらず夏場に熱帯夜になることがない。
どんな技術を使っているのかはさておき、夜間の熱中症にならないのは非常に喜ばしいことだ。
しかし、マンション等の高所では時折肌寒い風が吹くことがある。
あまり長く当たっていると、体が冷えて風邪を引いてしまうかもしれない。



(……もう寝よう。)



高校生が就寝するには些か時間が早すぎる気もするが、このまま月を眺めていてもどうしようもないのも事実。
見たいテレビ番組も特にないため、早々に床について英気を養うことにする。
早寝早起きは健康の秘訣。村に住んでいた頃からの習慣でもあるため、抵抗はない。


少女はベランダから屋内に入り、窓を閉めようとして――――










「――――――――――――――――!?」



その時、少女の鼻腔を如何ともし難い不快臭が掠めた。

639 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:23:18.86 ID:+1M4Crvn0

腐りかけた肉を顔に押しつけられたかのような、独特の臭い。
一度嗅いだら最後、彼女の鼻を、気管支を通り過ぎて肺までをも浸食していく。


「……っ!」


紅の夕日とくすんだ灰色。
フラッシュバックする嘗ての記憶。
それを振り払いながらも、少女は再びベランダへ向かう。


このような出来事は、今回が初めてというわけではない。
ここ最近――――正確には1ヶ月ほど前から――――夜中に濃密な血の匂いが流れてくることがあった。
あれは吸血鬼の臭い。忘れようにも忘れられない、彼女にとってのトラウマだ。



「北……少し東寄りから……?」



ベランダから身を乗り出し、風向きを確認する。


風は北北東の方角から流れてきている。
確か、あの方角は第一、第四、第五、第十四学区があったはず。
それにしても、あそこまで濃い臭いが流れてきたのは初めてだ。
今までは臭いは感じ取れても、どこから来ているのかまではわからなかったのに。

640 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:24:29.45 ID:+1M4Crvn0

(何か。 良くないことが起こってる。)



自身の知らないところで大変なことが起こっている。
しかもそれは、本当だったら自分が当事者でなければならないもの。
『吸血殺し』がある以上、それは避けられないことであるはずなのに。


それなのに、自分は蚊帳の外となっている。
とすると、自分の代わりに巻き込まれているのは、まさか――――



プルルルッ プルルルッ プルルルッ



突然、屋内から電子音が鳴り響く。
それにぎょっと身を竦ませ、恐る恐るそちらを見やると、
机の上に置かれた携帯電話が所持者である少女を呼んでいた。


この状況で着信した携帯電話。
心の中のざわつきを無理矢理抑えつつ、災厄のコールを響かせるそれを手に取った。


着信画面に表記されていたのは――――

641 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/05/23(月) 01:24:59.40 ID:+1M4Crvn0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/23(月) 01:51:08.37 ID:2PBF6uV2o
乙です
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/23(月) 06:32:39.24 ID:WrCdXlDo0
着信アリ。
644 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/23(月) 22:13:43.31 ID:AikhJaRR0
・・・・風が、・・・・くる!・・・・
645 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/26(木) 16:20:19.94 ID:rh69sNHZ0
>腐りかけた肉を顔に押しつけられたかのような
嫌すぎww
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/31(火) 01:47:36.12 ID:DR71R5XY0
>>645
???「なーんーだーとー きーさーまー!」
647 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/06/13(月) 01:18:15.66 ID:yRnDkTL00
>>644,>>645
芳香ちゃんは娘々がいつもケアしてるから大丈夫……のはず


これから投下を開始します
648 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:19:45.99 ID:yRnDkTL00





――――7月28日 PM10:32





649 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:20:51.34 ID:yRnDkTL00

レミリア「上条当麻……」



レミリアは目の前の青年が名乗った名を、噛みしめるようにして呟いた。


自分と友人だった女しかいない……いや、いるはずのない公園。
紛争地もかくやといわんばかりに破壊され、荒廃したこの場に現れた異分子。
自身が持つ能力『運命観察』にも囚われなかった男。



レミリア(コイツは、一体……)



自分が見た運命とは外れた未来が訪れる。
これまで自身の超能力が見せた運命は、それこそ両手では数え切れないほどあったが、
このようなことは、『ただ一度を除いて』起こったことはなかった。

650 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:22:14.78 ID:yRnDkTL00





     *     *     *





651 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:22:51.15 ID:yRnDkTL00

――――その『一度』が起きたのは、今から一年前。
舞台は学園都市のみならず、世界でも有数のお嬢様学校である常盤台中学。
関係者以外は、例え王族であっても入ることは出来ない聖域に於いて、
年に一度だけ、限られた区画のみが一般に公開される時期がある。


『常盤台中学女子寮盛夏祭』。その祭りに雑誌の編集者として訪れた時のことだ。


学生寮の住人と、彼等に招待された学生達がごった返す中で、レミリアが目的としていたのは、
催しの中で最も注目を集めていた項目である『学園都市第三位によるヴァイオリン演奏』だった。
学園都市の広告塔でありながらも、『常盤台中学』に属するが故に外部への露出が少ない少女『超電磁砲』。
その彼女に接触し、インタビューをして記事を仕立てれば、他雑誌よりも優位に立てると目論んでのことである。
情報の価値を決めるのは『新規性』と『希少性』、そして『需要の有無』。
『超電磁砲』の生の声ともなれば、それらの要素を全て満たしていると言えるだろう。


勿論、時の人である彼女に易々と近づける等という甘い考えは持ち合わせていない。
レミリアと同じく『超電磁砲』との接触を狙っている対抗馬は山ほどいるが、
間違いなくその全てが、接触どころか近づくことすら許されず警備員に追い出されることになるだろう。
雑誌記者は、有り体に言えばハイエナのようなものだ。『餌(ネタ)』になると判断した存在に対する執念は凄まじい。
そんな存在であるが故に、学園側は害獣の排除に手を緩めることはありえない。


だが、それだからこそ取材する価値があるというもの。
ここで追い払われて諦めるならば、最初からこの場には立っていないのだから。

652 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:23:56.08 ID:yRnDkTL00

目的の会場についた時、その場所は演奏会を目的とした生徒と報道関係者である大人でごった返していた。
生徒は憧れのレベル5である『超電磁砲』を一目でも見るために。
大人はレミリアと同じく、『超電磁砲』に接触して情報を得るために。
それぞれの思惑を胸に秘めた者達によって、会場はまさに混沌と化していた。
その混雑具合に少しばかり遅れたかと思いもしたが、何とか空席を見つけたレミリアは、
30分後の演奏開始時間までの間、喧噪と圧迫感の中で辛抱強く待ち続けることになった。


やがて演奏時間となり、壇上へと姿を現した『超電磁砲』。
恭しくお辞儀をした少女に、会場が矢庭に静まりかえった。
レミリアは少女の姿を捕らえ、少しばかり眼を細める。


レミリアが『超電磁砲』を直に見たのは、その時が初めてだった。
他の者の例に漏れず、彼女の中にある『超電磁砲』の人物像は与えられた情報の中での物でしかない。
そして一目見た時の第一の感想と言えば、『猫かぶりした少女』というもの。
それはただの直感でしかなかったが、『超電磁砲』は『お嬢様』と呼ぶには少しばかり御転婆な雰囲気が感じられたからである。
その予想は一年後、物の見事に的中することになったわけだが。

653 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:24:37.11 ID:yRnDkTL00

『超電磁砲』による、中学生としては十二分とも言える腕によるヴァイオリン演奏は、
特段変わったようなこともなく、順調に進行していった。
演奏時間が10分弱のものを3曲。学園祭の催しとしては丁度良いくらいだろう。


そして全ての演奏が終わり、喝采の中で『超電磁砲』は退場していく。
レミリアも『超電磁砲』に対し、パラパラとそれなりの拍手を送った。
ここに来た目的は演奏会ではなく、あまり無関係なことに気をとられてはいけないのだが、
祭りを楽しまないのも些か無粋であるとの考えから中途半端な拍手となった。


しかし祭りを楽しむのはここまで。これからは雑誌記者としての仕事が始まる。
演奏会を聞き終え、会場から人々が次々と流れ出ていく中で、
楽屋の裏に消える彼女を追おうと席から立ち上がろうとした――――その時にそれは起こった。

654 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:25:51.68 ID:yRnDkTL00






唐突に起きた立ちくらみ。


目の前に映る、この場のものではない光景。


多くのコンテナが積み上げられた敷地。


地面に網の目のようにして張り巡らされたレール。


血まみれになって倒れ伏している、虚ろな目をした少女。


月に照らされながら狂笑を上げている白髪の男。


その惨状を見て激高するもう一人の少女。


二人の人間が激突する。


飛び交う瓦礫。迸る雷光。吹き上がる突風。爆発。


そして――――まき散らされる少女の■■。





655 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:26:41.96 ID:yRnDkTL00

数秒にも満たない間に起こった出来事を前にして、レミリアは為す術無くその場に崩れ落ちた。
辛うじて椅子にもたれ掛かったが、猛烈な吐き気と共に冷や汗が吹き出し、身動きを取ることすらままならない。
異常に気づいた係員の手を借りて何とか事なきを得ることは出来たものの、『超電磁砲』に会うことは終ぞできなかった。


自身の視界に映し出された、ここではない、何時のものともしれない情景。
あの現象は紛れもなく自身の能力によるものだと、レミリアは落ち着いた後に考えた。


『運命観察』は自身の意志で制御できるものではなく、何時それが発動するのかはわからない。
今回のように日常生活の中で突然発動することもあれば、夜の睡眠中に発動することもある。
能力を得た当初は何時発動するかわからない能力に、少々憔悴していた時期もあったが、
慣れた今となっては驚きこそはあるものの、それが何時までも尾を引くようなことはなく、
冷静に超能力が見せた情報を吟味できるようになっていた。


にしても、あそこまで生々しく鮮明な運命を見たのは何時以来のことだろうか。
もしかしたら、初めて運命を見た時に匹敵するかもしれない。
今でも夢に見ることがある。妹が、フランドールが血まみれになったあの光景に。


――――そのようなことはさほど重要ではない。問題なのは、今回見た運命の内容だ。

656 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:28:50.23 ID:yRnDkTL00

運命の中に出てきた者達。出てきた人物は計3人。
一人は白髪の男。この男については、何者なのかは見当もつかない。
あのような狂った笑いをする知り合いなど、自身の記憶の中には存在しない。
むしろ、いて堪るものか。狂人とお近づきになるのはこちらから願い下げである。


二人目の少女は……こちらは先ず置いておこう。
この少女のことを考えるのは後回しにした方がいい。


問題は三人目の少女。
あの少女には心当たりがある。ありすぎると言ってもいい。
何故ならば、その少女の姿を直に見たばかりだったのだから。
茶色がかったショートヘアー。常盤台中学の学生服。あの姿は『超電磁砲』に間違いない。

657 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:29:21.97 ID:yRnDkTL00

その『超電磁砲』が、どのような理由であの場所に立つことになったのか。
あの白髪の男との関係は。何故その男と戦うようなことになったのか。
そして地に伏していた少女――――彼女が何故、『超電磁砲と瓜二つ』だったのか。


どんなに頭を捻っても、納得のいく答えを出すどころか、その切欠さえ掴むことができない。
『運命観察』が見せるのは『結果』だ。それに至るまでの『過程』は想像するしかない。
しかし想像するにしても、あの運命はあまりにも不可解であり、過程を知るには自身の想像力では限界だった。
白髪の男はまだしも、問題は『超電磁砲』と瓜二つの少女。あの少女は、一体如何なる存在なのか。


ただ似ているだけの他人? 
それにしては似通いすぎている。双子なのではないかと思えるほどに。


ならば『超電磁砲』の双子? 
そんな話は聞いたこともない。それが本当なら、噂の1つでも立ちそうなものだ。


だとすると、考えられるのは――――

658 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:29:54.25 ID:yRnDkTL00

そこまで考えたところで、レミリアはそれ以上の思考を放棄した。
頭の中に湧き出そうになった1つの回答。それを知覚してしまうのを拒否したのである。
深入りしすぎると碌な事にならないような気がする――――
それは雑誌記者として働く中で身につけた、一種の感のようなものだった。


ただ、1つだけ理解してしまったことがある。
理解するも何も、あの映像が全てを物語っているのだが。
それは、運命の結末。『超電磁砲』の最期。
白髪の男により少女の命が散らされるという、残酷な未来。
レミリアがそれを見たことで、『超電磁砲』の破滅は確定してしまった。


しかしその事実に、当人の内心は驚くほどに穏やかであった。
人一人が死ぬというのに、それに対する感慨は微塵も起こらないのである。
これも偏に、運命を見ることに慣れてしまったからだろう。
自身が見た運命は変えられない。それは今までの経験の中で裏付けされた確固たる事実。
それを覆すなど不可能。しようとするだけ、労力の無駄というものだ。

659 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:30:43.52 ID:yRnDkTL00

それはある種の諦観とも言えるかもしれない。
過去に於いては、認めたくない運命に対して何度も反逆したものだが、今となってはその気概など無くなってしまった。
超能力の発動によって一方的に突きつけられる運命を、ただそのまま受け入れる。
そんな風になってしまってから、一体どれだけの時間が経ったのか。
今となっては知ることはできないし、知ったとしても詮のないことだった。


だからレミリアは、『超電磁砲』が死んでしまう運命を見たとしても特に何かをしようとは思わない。
一人の少女の行く末を、ただ憐憫の情を抱きながら傍観する。ただそれだけだ。
1つだけ心残りがあるとするならば、『超電磁砲』に対して最期のインタビューができなかったことだが、
それも仕方のないことだと諦め、彼女は目的を果たさぬまま帰途に着いた。





しかし彼女の中の常識は、数ヶ月後あっけなく覆されることになる。
『超電磁砲の生存』という形で。

660 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:32:13.06 ID:yRnDkTL00





     *     *     *





661 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:33:07.75 ID:yRnDkTL00

レミリア(――――まさか、いや、そんな……!?)



ほんの一瞬にも満たない回顧。
嘗て起きた、自身の常識を粉々に打ち砕き、そして一筋の光明を見せた出来事。
その回想の中で、レミリアは1つの可能性に辿り着いた。


――――もしや、この男がそうだというのか。


この男が、死に往く結末にあった少女の運命を――――己の力を打ち崩したというのか。


思い返せば、予兆らしきものはあった。それも数日前のことだったはずだ。
イギリス清教のシスター、インデックスが自身の住み家に訪れるという運命。
自分はそれを見た時、彼女を立ち入らせないために一計を立てた。


そして、その計略は成功した。
シスターは従者に言いくるめられ、館に立ち入ることなく帰途に着いた。


しかし、それで終わりだっただろうか?
何の憂いもなく、その出来事は結末を迎えたか?


――――否。その夜、己の従者が口にしていたはずだ。

662 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:35:23.49 ID:yRnDkTL00

シスターの付き添いで来た男。


そうだ。見た運命の中にそんな男の姿は影も形もなかった。だから男はその場に存在しないはずなのだ。
しかし、自分はその男のことを『能力の範囲外に位置する存在』として放置した。してしまった。


何故そんなことをしてしまったのか?
それは、自分自身の力に疑問を抱いていたからだ。信じきることができなかったからだ。


起きるはずのない『運命の回避』。
一年前のあの時から、自分は能力が見せる運命に対し懐疑的になっていた。
意識していたわけではないが、知らず知らずのうちに『運命』を一歩退いた視点から見るようになっていた。
それまで『運命とは絶対不可避なものである』と頑なに信じていたことの反動だろう。
一度自分を裏切ったものに、再び全幅の信頼を寄せるなどできるはずもない。
だから自分はその異常を、最も注目しなければならない情報を『ただの誤差』として認識してしまった。

663 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:36:28.21 ID:yRnDkTL00

――――根本からして、自分は間違えていたのだ。
『運命』は常にこの世の行く末を示し、そしてそれは必ず起こる。
『運命』が見せる未来が、訪れないことはあり得ない。


だがもし、万が一『運命』が外れることがあったとしたら。
それは自身の能力に因る『ただの誤差』等では決してない。
『運命』を無理矢理ねじ曲げるような存在が現れたということなのだ。
絶対的なモノに抗う英雄のような、そんな規格外の存在が。


そして今目の前に、それを可能とする男が居る。

664 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:37:48.95 ID:yRnDkTL00

レミリア「何故っ、今になって――――」



レミリアがその事実を認識した時、先ず心の内に沸き上がったのは泥濘に囚われたかのようなやるせなさ。
次いで沸き上がったのは、心の臓に絡みつき、嘗め回すかのような怒りの炎。


何故7年前に、自分の前に現れてくれなかったのか。
もしそうであったなら、フランドールが人を傷付けることも無かったはずなのに。
自身に宿った力を恐れ、自身の内に篭もることもなかったはずなのに。


予兆を感じていながらも、それに気づいた時には既に手遅れだった。
事の顛末を知ったのは、妹が運び込まれた病院で『警備員』から説明を受けた時。
『予兆』と『現実』が一つの線で繋がった時、レミリアはその場で崩れ落ちそうになり。
しかし、自身がもつスカーレット家としての矜持故にそれはできなかった。

665 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:38:36.01 ID:yRnDkTL00

あの時ほど、己の愚行を後悔したことはない。
あの時ほど、己の無力を呪ったことはない。
心に傷を負い、部屋に閉じこもった妹に対し何もできなかった。
身内の一人、唯一の肉親すら守れないなど、一家の当主として唾棄すべき事。
だからこそ、レミリアは壊れかけた妹を守るために『ありとあらゆる手を尽くした』のだ。


だがこの男の存在を知った今となっては、そんな不幸も陳腐なものに思えてしまう。
お前の不幸など、取るに足らないモノだと。
その不幸を打開しようとした労力の悉くが無意味であると。
目の前に突きつけられているように感じてしまう。
突然降って湧いた理不尽に、レミリアは怒りを抑えることができなかった。


しかし、それ以上に許せないのは。
『自分達の不幸を打破するであっただろう存在が、自分達を絶望の底に叩き落とそうとしていること』だろう。
自分達を救えたはずの存在が、自分達の敵として立ちふさがっている。
その事実を前に、彼女の理性は瞬く間に焼き切れた。

666 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/06/13(月) 01:39:32.42 ID:yRnDkTL00

レミリア「お前がっ、お前がぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」



レミリアは激昂する。
最早彼女に心の内には、目の前の男を欠片も残さず排除することしかなくなっていた。


本当ならば、自分達を弄ぶ『神』と呼ばれる存在に対してこの憎悪をぶつけたい。
だがそんなことができない以上、抑制できない彼女の怒りは何処かに矛先を変えるしかない。
ならば、その向く先が『彼女にとっての理不尽そのもの』である目の前の男――――
上条当麻になるのは当然の帰結である。

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