魔王「死ぬまで、お前を離さない」 天使「やめ、て」

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179 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/14(月) 10:28:37.85 ID:0t/Lxfak0

『自分は、天使殿を愛し――』


遮ってやった、自分の忠臣の言葉。
あの言葉を遮らないままで居たならば、この天使はなんと返事をしたのだろう。
天使を見ながらそんなことを考えていた。

部屋にあるのは静寂のみ。
声を殺して泣く天使の涙でさえ、結界に吸収されて音もなく床に落ちる。


魔王「……」


揺ら揺らとゆれる蜀台の炎

いつかの夜を思い出した。
近衛と天使の二つの影は、いまでも脳裏に焼きついている。


魔王(抱き合う、影――)


天使の背後には、あの時よりも黒々とはっきりした影が壁に映し出されている。

180 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/14(月) 10:29:10.69 ID:0t/Lxfak0

魔王と、天使の影。
だが、その2つの影は遠い。

魔王が手を斜め横に伸ばすと、その影も伸びる。
自分の影で、天使の影に触れるようにしてみる。

影絵として映し出されたそれは、ほんの少しの手の伸ばす方向によって遠近が狂う。
大きな腕の影は、天使の影を握りつぶしてしまった。

拳から、生えた腕。握りつぶされてしまう小さな天使。


魔王「……」

天使「……?」


腕を引き戻して手を開いてみる。勿論、そこには何も無い。
握りつぶした天使の影を、自分の影は手に入れたのだろうか。

181 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/14(月) 10:29:37.86 ID:0t/Lxfak0

魔王「……くく」

天使「魔王……?」


近衛への天使の返答など、気にしても仕方がない。

自分では、影ですらも手には入らないのだ。
当たり前だ。当たり前の事が、こんなにも――…



こんなにも、苦しい。

だから

だから



魔王「さあ、行こう。天を滅ぼしに」



お前の帰る場所から。ひとつひとつ、手に入れていこう。


出来る事はそれしかないだろう?


182 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2015/12/14(月) 10:32:01.93 ID:0t/Lxfak0
今日はここまでにします。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/14(月) 17:48:48.13 ID:bP0W+jCwO
普通の人間だったらこうならないのに力持った奴らが三角関係作ると天界の魔界の戦争になるのか…
184 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:25:25.39 ID:KsRRdV6N0

――――――――――――――――――――――


集まった部下で庭は埋め尽くされている
その中心に立っているのは、魔王。


魔王「―――――」


一見すると、深呼吸をしているようだった。
だがすぐに違和感に気付く。穏やかに流れていた風が僅かづつ勢いを増して、魔王の元へ集まっていくのだ。

魔王の力は、“魔素を自在に操る力”と“魔力”の2つに分ける事が出来る。

大気の中に多量に混在する魔素を操る事は、事実上“大気を操る”ことに等しい。
結界はその応用で、大気中の魔素を固定化させることによって、その内外の物質の流入を阻止するものだ。

そして魔力は、物理的な影響力を持つ“力”そのものである。


その2種類の力をもって、魔王は天への道を無理矢理に作り出す。
故意に竜巻を起こし、それを魔力によって細長く圧縮し、天へと突き上げるのだ。

みなはその瞬間を、固唾を呑んで見守っている。

185 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:26:35.83 ID:KsRRdV6N0

魔王「渦巻くぞ。離れていろ」


次の瞬間、まさに堰を切られたかのような勢いで大気が魔王の眼前へと流れこんだ。
猛然と天へ突き上げる、紅い魔力に覆われた柱が現れる。


近衛「これに…入るのですか」


その立ち上る魔力に巻き込まれて昇るしか、天へと行く道はない。
弱き者、恐れをなした者の殆どは、渦に入る直前で、高圧の魔力に飲みつぶされてしまうだろう。


魔王「無理だと思うのなら、来なくていい。帰りに庭中に死体が散乱していては、憂鬱だからな」クク


そういって魔王が一歩を踏み出そうとすると、横についていた亀姫がそっと進み出た。


亀姫「ここらでは聞き慣れない習慣ではありますけれど、陛下はレディファーストという言葉をお知りあそばして?」

186 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:27:34.33 ID:KsRRdV6N0

魔王「……知っていたところで、そんなもの気遣ってやるつもりはないが」

亀姫「気遣い? いいえ。あれは本来、女の勤めでございますのよ」

魔王「勤めだと?」


亀姫「前を行くのも、先に座るのも、飲食をするのも…すべては愛しき主人の盾として、女が先に出るというものですわ」

魔王「供の女を盾に、か。よほどの臆病者か、よほどの傲慢か」

亀姫「うふふ…。良いではありませんか。『どれほど愛しているか確かめてやろう』と言われているようで、扇情的ですわ」

魔王「“おねだり”ならば、素直にそうするべきだと思うがな」


クスリと笑って、魔王は亀姫に扇を向けた。
パチンと閉じ鳴らすその音で、亀姫は嬉しそうに前に進み、先陣を切る。


亀姫「光栄ですわ」


亀姫は片手で打ち掛けの裾を引き、腰元で留めると
そのまま紅い柱に飲み込まれて上空へと消えていった。


魔王「鉄壁を誇りとする盾を前に行かせても、安全かどうかの保証にはならぬな」クク


呟くと、次いで魔王も渦に入り、立ち昇る。近衛もすぐにそれに倣う。
そして獣王が続き、次々と魔物が飲み込まれていった。

187 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:28:25.59 ID:KsRRdV6N0

――――――――――――――――――――――

・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・

紅い魔力の柱は、100kmに及ぶか及ばないかの長さがある。
その途中で消失したものの数など、誰も数えやしない。

たどり着いた其処には、雲とは違う異質の大地があった。
氷と水蒸気、それから植物の根を這わせて成型したような土地――神界だ。


亀姫「浄気が、これほどに満ちているとは。魔物達は動けないのではありませぬか?」

魔王「お前の護法術でどうにかできるか」

亀姫「御意に。……陛下にもお掛けいたします?」

魔王「俺に? 今日はきっと、相当暴れる事になるが?」クク

亀姫「うふふ。きっとすぐに破れてしまいますわね。ではせめて――」


跪き、魔王に掌を差し出す。
魔王はそこに、自分の掌を乗せた。


亀姫「我が主に、守護を」


指先を食むような、口付け。
触れた場所がぼんやりと薄紫に光って、ゆっくりと消えた。

188 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:29:09.74 ID:KsRRdV6N0

近衛「陛下、魔物達も次々に到着しています」

魔王「ああ。では亀姫、頼むぞ」

亀姫「畏まりお承りいたします…」


打ち上げられた噴水のように、雲上に無数の魔物達が打ち付けられては広がり散っている。
獣王がそれらに指揮を執りまとめていき、亀姫が護法を授けて浄気から守っていく。


近衛「……静かですね」


神界ではとっくに異常に気づいているだろうに、天の者達はその姿を見せてはいない。
それには魔物達も違和感を感じていたらしく、どこからか“怖けたか…?”などの声が聞こえてくる。


魔王「俺たちが来ただけで、天の者が怖気づくわけもあるまいに」

近衛「……そうですね。現れただけで怖けてくれたならば、相当に楽な戦いでしょう」

魔王「くくく……ああ、そうだな。相当に楽な戦だった」

近衛「…………」

魔王「どうせそのうちに掛かってくる。現れたなら、その都度 落とせ」

189 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:31:17.60 ID:KsRRdV6N0

少しの後、魔王は数歩奥へと進んだ場所に立って、振り返る。
波のような魔物の群れを前に、錫杖を高く掲げてリンとならした。

それだけ。
それだけで、魔物達の視線は集まり、緊張感が高まるのが分かる。
雲の上に打ち上げられ崩れた姿勢のままの者も、全てはそのままに。

一瞬で、空気が変わった。


近衛(……始まる)


錫杖。魔王が掲げるのは、僧侶の持つそれである。
元々は近衞の居た異国を統治していた宗教家の持ち物で、統治の象徴でもあった。

それを取り上げ、気に入ったからと残しておいたもの。今は魔王の手中にある“象徴”。
その金環の響きは、強奪されてなお美しく鳴り響く。


魔王「行くぞ」


なんの抑揚もなく、告げられた。
鼓舞のひとつもないその声に魔物達は一様に応を唱え、魔物の咆哮が天を震わせた。

190 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:32:18.37 ID:KsRRdV6N0

―――――――――――――――――――――――――――――

神界・低層――


近衛「やはり、あれですか」

魔王「さて。おそらくは、と」


それぞれに駆けて行くその向こう
雲のような丘の上に、宮殿がそびえたっているのが見える。
そこからスロープのような物が伸びているようだが、霧がかっており、トンネル状なのか階段になっているのかはわからない。

そのスロープの一番下を目指して駆けたところ、
そこに荘厳な門が立ちふさがっていた。


近衛「………」


スッと近衛が門に近づく。
様子を伺い、触れてみる。特に不審な様子は見られない

191 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:33:03.14 ID:KsRRdV6N0

近衛「正門、と言ったところでしょう。何者かの気配はないように思われますが…」

魔王「気配がないと判断したならば、開けるが良い。罠だと思うのならばそれなりに備えろ。指示がなくては動けぬなら、このまま置いていく」


近衛は少し悩み、続けざまにこういった。


近衛「正門であったとして、突然の襲来に大層な罠を仕掛ける暇はなかったはず」

魔王「ほう」

近衛「お下がりください、自分が開けます」


門は、魔王の社殿のものと同じような観音開き。大きさも重さも、ほぼ同等。
近衛はその中心に立って、両の腕で押し開けていく。やはり、反応はない。


魔王「……気をぬくな」


神界の門を腕の広さ分もあけた時だろうか、不意に声を掛けられる。


近衛「・・・っ!」ゾク

192 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:34:09.38 ID:KsRRdV6N0

『――気をぬくな』


言葉を聞くと同時、近衛は反射的に後方へと飛び下がっていた。
フラッシュバックのように突然に迫り来た刀の影を避けたのだ。
近衛の脳裏には、魔王の社殿を開けた瞬間に斬りつけてきたあの刀が見えていた。


――ッ!? ぅぁ…
ギィィグシャァァァァァァン!!!


手を離された門は、奇妙な音と共に勢いよく閉ざされた。
そして――


近衛「……これは」


一本のスピアが、カランコと音を立てて地に落ちた。
目の前の大きすぎる観音開きの戸の間から、奇妙な植物の枝が生えている。
筋を浮かせて歪に曲がった枝先は、強張ったまま僅かに痙攣し、しばらくの後に動きを止めた。


193 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:35:15.14 ID:KsRRdV6N0

獣王「術法だろうカ。矢の速度デ、遠距離から突っ込んできたようニ見えタ」

亀姫「私には、誰かいるようにも、誰か来たようにも見えませんでしたわ」

近衛「自分も、完全に無人と感じておりました…」


魔王「門を開けきったその瞬間の隙を狙ったか。門を開かせ、先陣をその場で討つ。その勢いで流れ込む強襲のつもりだったのやもしれんな」

亀姫「こちらの方も、まさか寸前で閉じられてしまうとは思わなかったのでしょう…届きもせず挟まれて。ふふ、おいたわしい事」

近衛「危うくまんまと討たれるところでした。お声がけ、ありがとうございます。魔王陛下


魔王「クク。逃げ足と反射神経だけではなく…勘と、物覚えも良いようだ。その賜物とでも思っておけ」

近衛「…いいえ、自分はただ臆病者なだけでございます。陛下の一撃の恐怖が忘れられなかったに過ぎません。ありがとうございます」

194 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:38:48.71 ID:KsRRdV6N0

魔王は少しのため息をつき、生真面目な忠臣を諭す。


魔王「俺とて気配に気付いていたわけではない。だが、何も無いにしろここは既に戦地。当たり前の警戒を怠るなといったまでだ」

近衛「今度こそ、よくよく肝に命じておきます」

魔王「そうだな…… では」


魔王「気をつけろ」

近衛「!」


シュタッ!!
シーン…………


近衛「…………え?」

魔王「く、くくくく」

亀姫「まあ、魔王陛下……ふふ、こんな皆の前でからかっては、流石に坊やがお可哀想」クスクス

近衛「……生真面目なのでございます、あまりからかわないで頂きたい」ハァ

魔王「なんといったか。餌の前に鈴を鳴らすと条件反射で動いてしまう…ああ、思い出せぬな。帰ったら調べるとしよう」クックック

近衛「おやめください、自分は犬ではありません……」

獣王「犬とて近衛ほどにマヌケではなイ。魔王サマモ、戦地と言って警戒を促しておきながラ、悪ふざけヲ…」ハァ

195 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/19(土) 17:40:04.88 ID:KsRRdV6N0

やりとりに笑いながら、魔王が刀で“門から生えた太枝”を斬り落とす。
一瞬だけ勢いよく噴き出した赤が、鮮やかに門を彩った。それ以外の反応は無い。


魔王「ふむ。既に向こう側は斬り落とされていると見える」

近衛「では、改めて開けなおさせていただきます。皆様、よろしいでしょうか」


「ああ、まて」と、魔王は“太枝”とスピアを蹴りどかした。
それがまるで本当に剪定された木屑のように見えて、近衛はそう見えてしまった自分に少しの嫌悪を感じた。


近衛(死体になってしまえば… 屑や瓦礫と、かわりない。敵も、味方も――自分も)


転がった“木屑”を見て、戦争の感覚を取り戻したのだと実感した。


近衛「………参ります!」ザッ…


ダンッ――


身を低く、肩を使って勢いよく扉を押し開く。
その瞬間に、数十の精鋭らしき天の者によって 魔王達は“歓迎”された。


196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/28(月) 21:40:43.25 ID:O1DqIBLD0
wwkwwk
197 :@tric_hunter [saga]:2015/12/31(木) 21:54:05.49 ID:tVoFf72m0

―――――――――――――――――――――――――――

神界・正門奥 “空中庭園”


天の使いA「一斉掃射! 穢れを払え!!」

魔王「号令を出すその間が、命取りだ」


キュッ… ダムッ!!! ダムッ、ダムッ!!!

隊列を組んだ天の使い達に向けて、掌から魔力弾を放つ魔王。
爆炎が上がると同時、空中に羽や弓が舞い上がるのが見えた。


獣王「ガウルァァァ!!!」


獣王は大きく唸ると、粉塵と煙に向かって駆けだす。
煙の晴れる間もなく飛び出してきた残敵の喉笛に、次々と食らいついていく。


亀姫「獣王は、相変わらず乱暴ですこと」
198 : ◆fV/qBrFMHInw [saga]:2015/12/31(木) 21:58:11.18 ID:tVoFf72m0

そう呟いた亀姫を一隊の隙と判断したのか、数名の天の者が脇から飛び掛ってきた。


天の使いH「覚悟!!」

亀姫「あら……大勢で横入りなんて。いけない子ね」


亀姫は横から襲い掛かってくる数名に
懐から取り出した小石のようなものを、一握り投げつける。


天の使いJ「目潰しのつもりなら、せめてきちんと顔に向け――ガッ!?」ビシッ、ガッ

亀姫「目潰し? いいえ、その石自体が小さな固形結界ですわ…そんなに勢いよくぶつかって行っては、痛いでしょうに」クス

天の使いG「こんな小細工ごとき……!」


近衛「その小細工で足を緩めたのはどこのどなたか」

天の使いG「っ!! しまっ……!」


小石程度の障害物に足並みを乱した愚か者を、近衛が一閃で斬りおとす。
足を止めるのはほんの数秒。流れ込む勢いを殺さぬように、駆けたままで乱雑に交わされる殺戮行為。


魔王「奥へ」


199 :酉間違いすぎでしょ  ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:00:23.83 ID:tVoFf72m0

先陣を切った四人は、こうして天の者の陣形を崩して乱し、数を削ぐ。

第二陣に続いている獣族達は、その鼻と足を活かして 隠れ潜む敵を炙り出しては自らの陣へと追い込む。
さらに続く第三陣が、取り損ねた単体を一騎づつ潰していく。

最後尾をゆたりと進む亀姫の従属の娘たちは、怪我をした仲間達を見つけては治癒しながら、「死に損ない」の後処理をしている。


天の使いL「ふっ、お前は大名行列でも気取っているつもりか…!? それとも百鬼夜行か!」

魔王「ほう、変わった例えだな。お前の目にはそう見えるのか」

天の使いL「ここは神界!! お前のような穢れが踏み荒らしていい地ではない!!」

魔王「ならば許可を貰いに行こう。お前、俺を神の元へ案内するか?」クク

天の使いL「貴様……!」

獣王「ガウルルルル!!!!」ダシッ!

天の使いL「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!!!」ブシュッ!


獣王「……魔王サマに向かっテ、無礼な奴ダ」

魔王「くく。ご苦労だな、獣王」


獣王が咥えた首をブンと振り回すのが見えたが、気にも留めずに通り抜け
前方に見えた敵の影にひときわ大きな魔力弾を打ち込む。

いくらか口を交わした仲とて、わざわざ死を見届けてやる義理も無い。

200 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:00:53.73 ID:tVoFf72m0

亀姫「魔王陛下」

魔王「む」


亀姫に呼ばれ、魔王は錫杖で手招きのような仕草をした。
ふわりと亀姫の身体が引寄せられ、魔王の隣まで“飛んでくる”。


魔王「どうした。ついてこれぬのならば、後衛へ下がっていろ」

亀姫「うふふ。障害物レースに参加なさっている陛下についていく事くらいは出来ますわ。ですが、こうして寄せていただきました事に感謝申し上げます」

魔王「何用だ」

亀姫「僅かでも、陛下のご負担を減らすお手伝いをさせて頂きたく存じまする」


言うと、魔王の横に立った亀姫は後ろを振り向き、後ろ斜め上方に術を放った。
攻撃でも結界でもなく、単純な魔素の照射にすぎない。
そのところどころで、チリリと火を起こすものが見受けられた。


魔王「……なんのつもりだ?」

亀姫「ふふ」


201 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:01:27.51 ID:tVoFf72m0

亀姫(陛下は本当にとてもお優しい方。先頭で魔王陛下が御身の魔素を周囲に撒いてくださるおかげで、後を追うものはどれほど楽に進めている事でしょう)

亀姫(わざわざ魔力弾など打ち込み浪費せずとも、その刀があれば楽に斬り進む事も出来ますでしょうに……)


この一群の中、その心遣いに気付いているものがどれだけいるのか。
魔王はひたすら傲慢で無遠慮に打ち放しているだけに見える。
おそらく近衛や獣王ですら、そんな配慮には気付いていないだろう。


亀姫(ですけれど、そのお心を代弁して語るなど過ぎた事。私に出来るのは、ただ黙って慮っていただくばかり…)


しかし、「多少賢いふり」をしてみてもいいかもしれない。


亀姫「神族の浄気の札。時折、宙で消失しておりますわ。陛下はアレを消すために、わざわざ魔力攻撃をなさっていらっしゃるのでしょう?」

魔王「浄気の札? そんなものもあったのか……」

亀姫「うふふ。真実はともあれ、後方の陣に流れれば痛手となるのは必須でございます。魔素を周囲に振りまいて消してしまうのは賢案かと。よろしければ、是非私にお任せくださいませ」

魔王「……好きにしろ」


亀姫(これで、陛下は後陣を気にせずに戦えるはず。余分な力をお使いになることもなくなるでしょう)

亀姫(ああ、陛下。私は、私らしく… 陛下の全てを、お守りいたします・・・!!)


亀姫がもう一度、空に向けて術を放つ。
“浄気の札を払う為”の魔素は、祝福として後陣に降り注いだ。

202 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:02:51.00 ID:tVoFf72m0

・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・


駆けながらも、定期的に亀姫は魔素を放ち続けた。
後続もずいぶんと楽になっている事だろう。


魔王「……神界にあって、それだけの魔素を放てるとは。四神・玄武の血は伊達ではないな」

亀姫「お褒めに預かり光栄にございますわ」

近衛「!! 四神…!? 亀姫様は、神族の血をひいておられるのか」

亀姫「四神だなんて一族の名に残っているだけの古いお話ですけれど。だけれどその四神を討ったのも、かつての魔王陛下ではありませぬか」

近衛「なっ… 神と魔の戦は、過去にもあったのでございますか!?」

亀姫「精霊王の話を聞いていなかったの、坊や。今のこの世界の在り方は、その戦禍によって作りだされたものですわ」

魔王「神と魔が争うのだ。世界のひとつやふたつ、姿かたちを変えるのは仕方あるまい?」クク


203 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:03:19.76 ID:tVoFf72m0

皆、それぞれに神族を斬る手は緩めない。
だけれど、近衛は自分のしている事に畏れを抱かないわけではない。

目の前で、天の使い達が死んでいく。神と魔の戦争が進んでいく。
そうして、このまま進み続ければ、いずれは――


近衛(また、世界が変わる?)


亀姫「それにしても、神界の兵も結構な数がいらっしゃいますこと」

獣王「だがあまりに弱イ。兵ではなイのかもナ」

魔王「神界の連中は、元々が戦になど向いていない。文化風習として有り得ぬのだろう」

亀姫「あら、じゃあ彼らは一体? まさか寄せ集めたのかしら?」

魔王「くく、流石にそんなことはなかろう。“戦の為の兵”ではなく、“神の為の兵”といった所ではないかと」

獣王「……なるほド。大名行列を気取っていたのは神の方だったカ」

亀姫「大名行列とは、なんのお話ですの?」

魔王「俺達が現在戦っている、敵の名だ。やる気も失せるな」ククク

204 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:03:52.82 ID:tVoFf72m0

布陣は崩さぬまま“雑談交じりに”神の者を討っていく。
近衛はその中で、否が応にも実感していた。
世界を変えてしまう戦いを、すごろく遊びのように進めてしまえるのだ。


魔王にとって…いや、魔族にとって
あるいは神にとってもかもしれないが


『世界とは、その程度のものだった』。

それがなによりも、近衛はおそろしかった。


獣王「どうしタ、近衛。苦々しイ顔をしているゾ」

近衛「………いえ。なんでもございません」

205 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:04:26.26 ID:tVoFf72m0

亀姫「ねえ、坊や。先ほどの話ですけれど、獣王も四神を祖に持つ一族ですのよ」

近衛「獣王様も…?」

亀姫「竜王の大婆様も、そうですわ。ねえ、坊やは私達をどう思われますこと?」

近衛「……そうですね…。かつては神族だったといわれると、驚きを隠すことは難しいです」

獣王「勘違いするナ。当時に神と呼ばれたモノであっただけデ、今の神とは違う種ダ」

近衛「それでも、かつての神の末裔がこうして陛下の元にいらっしゃるとは……なかなかに信じがたいお話ではあります」

亀姫「うふふ、そうねぇ。私の一族ではありませんが、実際に過去には戦敵として陛下に歯向かった者もあったそうですわ」

近衛「そう、ですよね……。それなのにこうして配下に下り、忠臣となるまでには、一体何があったのでしょうね…」

亀姫「……さて。私の存じ上げるところではありませんわ」

獣王「ふン……」


獣王(自らガ、魔王に滅ぼされた一族そのもノのくせニ。時を経テ味方になるのが信じがたいなどト、ぼろを出したも当然ダ)


206 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:05:04.50 ID:tVoFf72m0

口数の減った3人に、魔王がつまらなさげに声をかける。


魔王「お前たち。過去を騙るのは構わぬが、そう乱してやるな。近衛に足を引っ張られては面倒だ」

近衛「騙る…?」

魔王「祖は四神を討ってなどいない。第一、子孫を残しておきながら“神を討った”とは言えぬだろう。子孫が次代の神を継承すればいい話」

近衛「あ」

魔王「実際は、暴食の祖が四神の一柱“朱雀”を喰らったがゆえに、世界は“崩れた”のだと聞いている。戦禍の正体はそんな程度のものさ」

近衛「喰ら…っ!?」

亀姫「うふふ。実質、四神もその在り方を崩されたのですから、討ったといっても過言ではありませんわ」

獣王「その通リ。騙ったつもりはなイ」

近衛「では…当時の魔王陛下は本当に神を食べたのですか」

魔王「さて、な。俺の預かり知る所ではない。真実をしりたければ精霊王にでも訊ねるが良い」クク

亀姫「あの精霊王が答えてくださるとは思えませんけれど」ウフフ


近衛(……神を喰らい、世界が変わった……“その程度”の戦争、か)

207 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:05:35.84 ID:tVoFf72m0

そんなことで、世界はなくなる。
その戦争に巻き込まれたものたちは、命を落とした者たちは
一体、何を思ったことだろうか。


獣王「っ……焼き鳥の話ヲ、している場合ではないゾ!」

一同「!」


それぞれに思考が逸れかけてしまっていたその瞬間、
前方からこれまでよりも一際大きな神族が飛び出してきた。

誰よりも早く気付いた獣王が、その巨体に喰らいかかった。
だが、ドカリと大きな鉈でその腹を打たれ、獣王の巨体は無情に跳ね返される。


亀姫「獣王!」


即時に亀姫が治癒の術法をかける。
魔王は数発の魔力弾でその鉈を無力化させ、その間を近衛が縫って分け入り…“小さなナイフ”の斬撃で、袈裟切りにした。

208 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:06:12.63 ID:tVoFf72m0

近衛「援護をありがとうございました、陛下、獣王様。…ご無事でいらっしゃいますか」

獣王「ガウル…当たり前ダ」

亀姫「治癒の途中ですわ。ただでさえ毛むくじゃらでやりにくいのですから、あまり動かないでくださいまし」

獣王「グルル……」


魔王「……ふむ。やけに大きいのが出たと思ったが、どうやらこいつで終わりだったようだな」



後方からはまだ戦らしい咆哮なども聞こえてくるが、前からの攻撃は止まった。
前方にあるのは、静寂と大宮殿のみだ。


近衛「ここが…」

魔王「ああ」


魔王「神の、巣だ」


209 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:06:48.99 ID:tVoFf72m0

―――――――――――――――――――――

神界・宮殿前


近衛「……あまりにも、簡単すぎる気がいたしますね」

魔王「ふむ?」

近衛「……魔王陛下。申し訳ございませんが、お傍を離れるご許可をいただきたく」

魔王「好きにしろ」

亀姫「お待ちくださいな、陛下。近衛、お前は何処へ?」

近衛「陛下とは逆周りに、この宮殿内を探索いたします。自己判断にはなりますが、適宜必要と思われる情報を集めたり討伐を進めたく思います」

獣王「……正門でいきなり見誤ったお前の自己判断を信じろと?」

近衛「それは…」

亀姫「獣王、およしなさって」

獣王「フン。ならば俺がついていこう」

亀姫「いいえ、近衛様には私がついて参りますわ」

近衛「……亀姫様が…?」

210 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:07:14.96 ID:tVoFf72m0

亀姫「獣王は、先ほど腹を打たれています。治癒したとはいえ、軽度のダメージではないはずでしてよ」

獣王「……チッ」

亀姫「近衛。供がつくことに、何か不都合がございまして?」

近衛「いえ。ですが…自分の荒いこの剣で、万が一にも女性を巻きこむわけにはならないと思うと、少しばかり重責ですね」

獣王「そう言っテ、誤まって切り殺してしまっタという布石にするつもりカ」

近衛「! いえ、決してそのような!」

獣王「フン」

亀姫「安心なさって。私は亀姫。この守護術、そう易々とは斬られませんわ」

獣王「…では、魔王陛下は自分が守ろう」

亀姫「ええ。どうか宜しくお願い申し上げますわ、獣王。いざとなれば…」

獣王「この身を盾ニ、いや 一族を盾にしてでもお守りしよウ。例え傷負いの身であれド、その時はお前のその鉄壁に遅れは取らぬつもりダ」

亀姫「ふふふ、頼もしいですわ」


近衛「では、魔王陛下。どうか自分と亀姫様に、探索許可を」

魔王「好きにしろ、と言っている。例え逃げ出そうと構わぬと」

近衛「では、それを許可に変えさせていただきます。ですが決して逃げは致しませぬ」

211 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:09:41.61 ID:tVoFf72m0

敵地の眼前で、膝をつく近衛。
隙だらけのその行動は、確かに紛れもなく忠誠のみを誓う姿にも見えたが、獣王にとってはそれはわざとらしくも見えて気に障る。

だが、魔王にとってはそうでもなかったのだろうか。
小さく笑った魔王は、臥した近衛に錫杖を突きつけた。


魔王「……相変わらずの、律義者だな。だがそれは魔王の近衛として、相応しくない」

近衛「ただの性分でございます。ですが、相応しくあるよう精進いたします」


魔王「では…」


魔王「悪を悪と思わず、善を善と思わず」

近衛「…?」

魔王「魔王の心得だ」

近衛「魔王、の…?」

212 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:10:47.55 ID:tVoFf72m0

魔王「…くく。わからぬようでは、お前にはやはり無理なのではないか? ……魔王に相応しくある、だなどとは」

近衛「か、かならずや理解して見せます」

魔王「ほう? ははははは! おもしろい」

近衛「魔王様…?」


魔王「近衛… いや―――  “元・勇者”」

近衛「っ」


魔王の発した言葉に、亀姫も獣王も目を見合わせた。
勇者―― それは確かに、先の戦の“目標”だった人物の名なのだから。


魔王「愉快だよ。そして、残念だ」

近衛「残念…で、ございますか?」

魔王「ああ。もしもお前がそれを理解する事があれば、俺はお前を次期魔王としたくなるだろうからな」

近衛「次期、魔王…?」


213 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:11:14.47 ID:tVoFf72m0

魔王「だが、魔王は基本的に次代継承。お前にゆずってやれないのは残念だ。く、くっくっく」

近衛「そんな……滅相もございません! 畏れ多いことでございます!」

魔王「勇者が魔王の心得を理解する…ねぇ。くく、まったくもって愉快だよ 近衛」

近衛「………自分は…、自分は既に、勇者などではございません…」

魔王「……ふふ。その返答こそが、その証。その性格こそも、“勇者”とされる所以なのだろうな」

近衛「………」

魔王「行け」


近衛「……皆々様に、御武運のありますことを」

亀姫「陛下。行ってまいります」


走り去る二人を見て、魔王が嗤う。


魔王「…くくく。神を倒しに行くその前で、誰に運を祈ったというのか。冗談のつもりならば、なかなか面白いのだが」

獣王「グルル…」

魔王「獣王。敵の目を全てこちらに向けさせるぞ……一網打尽にしてやろうではないか」

獣王「魔王サマの、仰せのままニ」

214 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:11:49.97 ID:tVoFf72m0

―――――――――――――――――――――――――――

神殿
近衛・亀姫組――


ヒュッ…
足音も立てぬままに駆け、花台らしき石柱の影に潜り込む。


近衛「亀姫様、大丈夫ですか?」

亀姫「何がですの?」


自分のすぐ後ろに回り、低い位置に身を潜ませている亀姫
華奢そうに見える彼女だが、息の上がっている様子は見受けられない。


近衛「自分は脚には自信があったのですが…亀姫様も、相当に脚がお早いのですね」

亀姫「ああ、それでしたら…」


215 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:12:17.50 ID:tVoFf72m0

亀姫はおもむろに着物の袂に手をかけ、チラりとめくって見せるような仕草をした。
しなだれるように見上げてくる亀姫の瞳を見て、近衛は不意に気付く。


近衛(……上半身が…傾いている? 2足歩行の動物としては、ありえない体勢だ)

亀姫「……うふ。ナカをご覧になりたい?」

近衛「以前は、確かに二本の足があったように思いますが。ですが少なくとも、亀の脚……では、なさそうですね」

亀姫「確かめてみたくなれば、脱がしてくださいまし。中身に気付いてなお、そんな気になればですけれど」クス


ころころと笑顔を向ける亀姫に、近衛は苦笑する
後方へ広がった、裾を引きずるような衣装と、その“不自然な膨らみ”。


近衛(あの膨らみ、通常の足ではない。だがまさか人魚、ということもないだろう。おそらく――蛇)


下半身が蛇。
それは恐ろしいのか、あるいは気色悪いのか。そう思って想像してみる。

美しい白い肌を持つ亀姫が、蛇の尾を持つのなら
やはり、艶かしい白蛇のように美しいのかもしれない。

それとも、妖しげな色香の雰囲気そのままに
マムシや毒蛇の迫力を持つのだろうか。


216 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:12:46.55 ID:tVoFf72m0

亀姫「坊や?」 

亀姫「っ、すみません。陛下に“気を抜くな”と忠言をもらったばかりなのに…つい考え込んでしまったようです」

亀姫「あら、うふふ。仕方のない坊や。安心なさって、陛下には黙っていてさしあげますわ。まさか正体を無くした女に気を取られるなんて、笑い者もいいところですものね」クスクス

近衛「そうですね…。ましてや、その正体が白蛇か毒蛇だったならばどれほど魅力的だろうと考えていたなんて…しばらく話の種にされてしまいそうですから」

亀姫「 」

近衛「? どうなさいました、亀姫様」

亀姫「私のほうが恥ずかしくて、とても陛下にお話なんて出来なくなりましたわ…」ハァ

近衛「……?」

亀姫「気になさらなくて結構ですわ。ともかく行きましょう。もっと奥に行けば、何か―― あら?」


話を逸らそうと、焦れて尾を左右に振った亀姫は違和感に気付いた
一瞬、床のどこかで微かに引っ掛かる箇所があったのだ

217 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:13:20.09 ID:tVoFf72m0

亀姫「坊や…床を調べてくださいませんこと。罠かもわかりませんわ。慎重に」

近衛「!! はい!」


近衛は動かずにその場に伏せた。指先を床に這わせ、よくよく目を凝らしながら見ると、床に四角く線が入っていると気付く。自分たちはちょうど、その枠の中にいるようだ。


近衛「……確かに不自然ですね。術法の気配はないので、落とし穴か、あるいは檻のような物理的な罠。その仕掛けの境界線かと」

亀姫「あら。どうりでわかりやすいところに、ちょうどいい物影があると思いましたわ。……でも嵌る様子がありませんわね、重量不足かしら」

近衛「それもありえますが……亀姫殿は、地雷の例をご存知ですか?」

亀姫「ジライ? なんですの、それは」

近衛「設置型の罠のようなものでして。それは踏んだときには反応せず、離れたときに爆発する仕掛けなのです」

亀姫「ならば、これもそうだと?」

近衛「可能性はございます」

亀姫「……ではこうしましょう。この花台をずらして、私たちの身代わりに重しになってもらいますわ」

近衛「かしこまりました」
218 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/31(木) 22:13:52.66 ID:tVoFf72m0


近衛とて亀姫とて、2重に罠が設置されている可能性を考えない訳ではなかった。
重量不足が故の不発なら、これで余計に起動するかもしれない。
だが、懸念に懸念を重ねても仕方が無い。

近衛は花台に手を掛け、手前に引寄せていく。


ズ、ズズズ・・・


亀姫「……あら」

近衛「これは――…」


花台の下にあったのは、小さな床下への扉だった。


219 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/01(金) 21:43:00.17 ID:m8VBk9Ii0
何故に敵意の天使が出てこないの?
220 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/01/20(水) 05:22:43.31 ID:/1IMYSK40

―――――――――――――――――――――――――――

天空宮殿、謎の地下室


コツ……

短めの階段は、あっという間に終わった。
階段というよりも、丈夫にしつらえられた梯子と呼んだほうが適切かもしれない。
入ってきた場所から明かりが漏れ入り、この地下の空洞を照らしている。


亀姫「……罠、というわけではなさそうですわね。隠し部屋にしては浅すぎますわ」

近衛「もしかしたら、地下収納として作られた場所なのかもしれませんね。使用用途を変えたために、入り口だけをふさいだ可能性があります」

亀姫「地下収納……物置だと?」

近衛「ええ」

亀姫「はぁ…緊迫感の薄れますこと。私本当は、下に竹槍でも仕込まれているのかと思いましたわ」

近衛「それはそれで古典的で緊迫感は薄いですが…罠でなかったのは幸いです。少し調べて、ここから出ましょう」

亀姫「調べる、といってもねぇ…」

221 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/01/20(水) 05:24:05.34 ID:/1IMYSK40

亀姫は壁に手を触れながら、しゅるると這うように部屋を舐め歩く。
部屋の中央には四角いテーブル。椅子はなく、作業台のようにも見える。

近衛「本と筆、か。書斎のような場所なのでしょうか…」

亀姫「坊や。これを」


亀姫に呼ばれて振り向いた先に、鎖のついた砲丸のようなものが見えた。
その近くには沢山の本の山が詰まれてたが、亀姫がこちらに開いて見せているものは“白紙”の本だった。


近衛「……つまり、拘束して誰かに本を書かせていた…? ここは監禁場所、ですか」

亀姫「あの花台は、扉を隠していたのではなく、出入り口をふさぐためのものだったのでしょう」

近衛「……雑ですね、何もかも」

亀姫「急ごしらえしてでも必要だったのかもしれませんわね。本来、神族は争いとは無縁なはず…誰に何をかかせていたのかしら」


視線に催促され、近衛は小さく頷いてから机の上の本を開く。


222 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/01/20(水) 05:25:16.68 ID:/1IMYSK40

近衛「……これは…」

亀姫「何が書かれておりますの」


口元に手を当てたまま、近衛は数ページをめくり読みしはじめる。
そんな近衛に痺れを切らして、亀姫は横に回りこんで置かれていたもう一冊を手に取る。だが中表紙に書かれている文字は特殊で、亀姫には読めなかった。


亀姫「……見慣れない言葉ですわ。坊やはこれが読めていらっしゃるの?」

近衛「はい、これはニンゲンの言葉です。それも、自分のいた国の言葉でかかれていますね…」

亀姫「内容は?」

近衛「少なくとも題は、『悪魔の襲来と人間世界の終末について』とかかれています」

亀姫「……ニンゲン滅亡の記録、といったところかしら」


近衛「……“大僧正が悪魔に連れ去られた時、私は仏に祈ることしかできなかった。如来様の後ろに隠れ、目の前の悪夢を見ないように目を瞑り、念仏を唱え続けた”」

近衛「“悪魔はしばらくして、唐突に立ち去った。私は仏への祈りが通じたことに安堵した。だがそれもつかの間、今度は寺が燃え始めた”」


223 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/01/20(水) 05:27:17.55 ID:/1IMYSK40

亀姫「ここにいたのは宗教家ですのね。読まなくても結構ですわ、要約なさって」

近衛「そうですね。……“仏への信心の厚い小坊主が窮地に立たされて、神様仏様と願ったら、神様に助けられて神界にきたので、神様大好きになりましたありがとう”、といったところでしょうか」

亀姫「まあ、大層な信心ですこと」


亀姫「……でもよかったですわね。近衛の他にも生きている人間がいたとわかったじゃありませんこと?」

近衛「ニンゲンは生きていますよ。……この彼は、殺されたかもしれませんけれど」

亀姫「え?」

近衛「この本の終わりの方…神への感謝を綴りながらも、だいぶ筆が乱れています。そして、このような終わり方を」

亀姫「……ページが、破り捨てられていますわね」

近衛「ええ。そしてそれ以降は書かれていない。ここに監禁した誰かにとって、不都合な事でも書いたのかもしれませんね」

亀姫「……用が済んだ後、そして役に立たなくなった後、彼はどうなったのかしらね」


224 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/01/20(水) 05:27:54.16 ID:/1IMYSK40

亀姫はスと手のひらを合わせて、黙祷をささげた。暗い結末を感じたのだろう。

平然と神殺しを行う一面を持ちながら、見も知らぬ誰かの不幸な死を自然と悼む亀姫に、近衛は苦笑する。

それからもう一度本に目を落として、呟いた。


近衛「……神が、あの場にいたのですね」

亀姫「近衛?」

近衛「……ヒトを助けるわけでもなく、自分たちの正当性を立証するためだけに……。神はあの場に降りていたのですね」

亀姫「………神族は、ニンゲンを守りませんでしたの…?」

近衛「守る?」

亀姫「神族は、今は無き地表を見守り、育んでいたはずですわ。魔の者との対立こそありましたけれど、ニンゲンとは交友関係にあったと思っておりましたけれど」

近衛「……ご冗談を」

亀姫「冗談ではありませんわ。古来よりそうしてきたはずですもの」

近衛「ありえませんよ。だって自分たちニンゲンは、神に……」



近衛「神を守る武器となることを、強要されたんですから」



225 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/01/20(水) 05:30:12.45 ID:/1IMYSK40

――――――――――――――――――――――

院--先代魔王は、在位中に 地表の国を侵略した。
その国は占術により、勇者の生まれ郷になるといわれた国だった。

占いは占い。
それ以上の根拠があるわけではなかった。

だが当時の院はそういったものに何よりも重きを置いており、長いこと国を見張っていた。そしてついに、勇者らしき者が現れたのである。

占いで告げられた”勇者による、魔族の廃頽”を防ぐため、
侵略戦争が決断された瞬間であった。


226 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/01/20(水) 05:30:39.47 ID:/1IMYSK40

――あの日、自分の街に大挙して乗り込んできた魔物達。
当時の近衛には、魔物達が現れた理由が分かっていた。


天啓だ、啓示だと 皆が騒いだそのほとぼりもまだ冷めていなかったから。


あれは自警用のナイフを片手に護衛術を訓練中の事。
突然に天から虹が差し込むように降りかかり、近衛の身体を包んだ。

その場にいた皆が、不可思議な声を聞いた。
「勇者」とだけ呟かれた、姿のない者の言葉。

そして虹が消えると同時、近衛が握っていたナイフは「大剣」に姿を変えていたのだ。


それ以上のことはない。ただそれだけ。
ただ、その事件は国中に知れ渡るほどには騒がれた。
近衛自身も訳がわからぬまま、「勇者」として数日間をもてはやされていたのだ。


そして、突然の魔物の襲来の日。

魔物など知らなかった。
それが魔物であるのか怪物であるのか、悪魔なのか妖怪なのかも知る事のないまま…
近衛の暮らしていた国は、地表の世界は、みるみる炎に包まれた。

227 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/01/20(水) 05:33:51.79 ID:/1IMYSK40

悪夢のような惨状の中を、助けを求めて、妹の手をひいて走った。
街の中を走れば、誰もが自分の顔を知っていた。
そうして誰しもが呪いの言葉を投げてきた。


「おまえのせいだ」

「おまえが原因なのだろう」

「おまえさえいなければ」


焼け焦げた赤子を抱いた女が、狂った目つきで「おまえさえ死ねば…」と包丁を刺してきた。
それを見ていた誰かも、「そうだ。おまえが死ねば終わるんじゃないか?」と、砕けたレンガで殴りつけてきた。


近衛は何も知らなかった。ほんの数日間、勇者としてもてはやされただけ。
たったそれだけのことの代償に、全世界から理不尽に恨まれた。


手をひいていた妹は、恐怖に満ちた瞳で自分を見て足を止めた。
命を狙われている自分の巻き添えにさせてはいけないと、唇を噛んで、妹の手を離して駆け出した。

その直後に、妹が狂気に満ちた誰かに殴り倒されるのを見た。
世界のすべてが敵になって、近衛に襲い掛かってきた。

228 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/01/20(水) 05:35:00.78 ID:/1IMYSK40

滅ぼされそうな世界
追い詰められた自分

刺された腹から滲む血
行く手に現れた、数匹のおかしなイキモノ


誰かから与えられた大きな剣はあったが、そんなものがあったって目の前の化け物は倒せない。
自分の習っていた“対人用の護衛術”が何の役に立つというのか。

振るえない。
握り締めたナイフの感触はそのままだけれど、その刃は何十倍もの大きさになっている。こんなものを扱ったことは無い。


この剣を授けたのが神ならば、神なんて信じない。
神になど祈れない。
だけど、求めたい。助けを−−


もっと、確実な。この世界と自分たちを救ってくれる、強い力を。


街の炎も、流れて衣服に染み込んだ血も、赤黒かった。
黒くて黒くて、目の前も真っ暗になっていくような気がしていた。
そんな時に、それよりも黒い影が現れて、こう言った。


「……探したぞ。世界一の、不幸者」


望んでいた大きな力と救いは、魔王によってもたらされた。


229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/22(金) 21:04:35.47 ID:AMOwP5Ngo
何度も読んでしまった
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/20(土) 17:58:34.27 ID:jPi62GgKo
まだか
231 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:27:09.21 ID:zUoOI/kM0

―――――――――――


亀姫「……え! 近衛!」

近衛「っ!」

亀姫「近衛、聞いていますの?!」

近衛「これは…申し訳ありません。衣装のせいでしょうか、どうも古い記憶ばかりに囚われてしまって……」


やや青白い顔をしたまま俯いた近衛に、亀姫は呆れたように声を掛ける。
だがその口調は責めるものではなく、僅かに気遣いを含んでいるようだった。


亀姫「貴方はそんなこと言ってばかりね…。まさか浄気に当てられたわけではないでしょう?」

近衛「ええ、大丈夫です。亀姫さまの守護術が浄気を弾いてくれていますし、この石もきちんと機能しているようです」

亀姫「なら、しゃんとあそばせ。いいこと? もう一度しか言わないから、今度こそよくお聞きなさい」

近衛「はい…。もう、大丈夫です」


232 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:27:40.91 ID:zUoOI/kM0

まっすぐに目を見つめてくる近衛を確認して、
亀姫もまたしっかりと瞳を見つめて問いかける。


亀姫「先ほど、近衛の言っていた件。神族が人間の味方をせず、むしろ武器として利用しようとしたという話……確かでいらっしゃいますの?」

近衛「少なくとも自分に武器を与え、自分を勇者と称したのは事実です」

近衛「さらにここにあった本の内容が事実なら…人間の危機を知り、その場にいながらも、手を出してこなかったことも事実となるでしょう」

亀姫「……武器を与えてきのだから、武器として…武器の使い手として利用しようとした、と思ったのね」

近衛「そう…ですね。確かにそこは推測の域を出ません」


亀姫「もうひとつ確認させてもらいますわ。……勇者というのは…神よりその称号と武器を与えられて成るものなの?」

近衛「……わかりません。自分以外の例を知らないので、おそらく、としか」

亀姫「近衛の場合は、神からそれらを与えられたのは確かなのね?」

近衛「……間違いのないよう正確に答えるのなら、“魔王陛下がそう仰った”となりますね」

亀姫「陛下が仰ったことなの?」


近衛はコクリと頷いてから、腰に下げたナイフに手を掛ける。
丁寧に引き抜いたそれを、掌に載せて亀姫に見せた。

233 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:28:16.30 ID:zUoOI/kM0

近衛「自分の持っているこのナイフ…ご存知の通り、衝撃の段階で大剣へと姿を変えるものです。これが大剣の状態になる時、浄気が動くそうなのです」

亀姫「……浄気を用いて作用するのなら、それは神界からもたらされたものに違いないと判断なされたのね」

近衛「はい。与えられた時の状況に強い光があった事なども含め、陛下はそう確信されていました」

亀姫「わかりましたわ。陛下が確信なさったのなら、それは間違いのない事でしょう」


溜飲を下げたような亀姫の口ぶりに、近衛も一息をついた。
誤解が生まれないように正確に質問に答えるのは、なかなかに緊張を伴う。

確認作業を終えた亀姫が続けて何かを考えこんだので、近衛は黙ったまま本を手にとり、パラリパラリとページをめくりながら待った。


亀姫「……私達はひとつ見誤っていた可能性がありますわ」

近衛「見誤った? 何をですか」


亀姫「……貴方はいろいろとおかしいと思いませんでしたの?」

近衛「すみません。お話の意図が…」

234 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:29:04.06 ID:zUoOI/kM0

亀姫「今回の神界戦争…陛下は思いつきだなんて仰っていられましたけど、陛下の中では以前よりお覚悟なさっていた事案なのでは、と」

近衛「! どういう事です」

亀姫「この戦争…仕掛けたのは陛下ではなく、神の方だったという考え方ですわ」

近衛「亀姫殿。どうぞ詳しくお考えをお聞かせください」


亀姫は扇を広げて口元へ運ぶ。
どこから話したものか、と 思考を巻き戻しているようだった。


亀姫「……この戦争を陛下が口になさった時、私自身も驚いて陛下をご無体で不用意だと責めてしまいましたけれど…… 陛下は本来、そのような方ではありませんわ」

近衛「戦争を決意したきっかけ…ですか。確かに軽率にも感じますが、それは天使を強くお望みになられた衝動ゆえなのでは?」

亀姫「天使が手元に居るにも関わらず、泣き暮らしているのに辟易したから天を滅ぼし帰る場所を無くすだなんて……いくらなんでも浅慮すぎるかと」

近衛「…確かに、普通に考えれば余計に泣き濡れて心を閉ざすのは目に見えていますね…」

亀姫「あの方は思慮深く察しが深い方ですわ。天を滅ぼし、天使の帰る場所を無くすことで“現状を変える別の何か”が得られると考えるべきでしょう」

近衛「……別の何か…」

亀姫「私にも具体的にはわかりませんわ。ですがおそらくソチラが本当に戦争を決意したきっかけかと」

近衛「決意したきっかけ…。では、戦争自体はいつごろに仕掛けられていたと?」

亀姫「そうね……。近衛が、勇者として神に選ばれた時…じゃないかしら」

近衛「!」

235 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:29:41.48 ID:zUoOI/kM0

亀姫「単純明快よね。神が“勇者”を作る理由は、どう考えても世を正すためですもの」

近衛「そう…そう、ですね。至極当然です。神は、自分に魔王陛下を討たせるつもりだったに違いありません」

亀姫「あら。そんなに簡単に納得してしまうの?」

近衛「納得などできませんが、それが一番しっくりくるでしょう…ッ」

亀姫「……」

近衛「自分は魔など教えて貰わなかった。魔を滅ぼせ、という指示もなかった。魔に立ち向かう方法も知らず、危うくただニンゲンとして滅亡するだけでした…!」

近衛「神のやり方は、あまりに雑すぎる!! 魔のことを侮りすぎていて…あまりにニンゲンに任せすぎていて…そんな投げやりなやりかた、とても納得などできません!!」

亀姫「いいえ。神からすると“それでよかった”のよ」

近衛「!!?」



亀姫「……神は地表を守るものだと言われているわ。だから地表を魔が討てば……魔を全力で攻撃するだけの大義名分が神は得られる」

近衛「な……では、地表を攻撃させるために、自分は勇者の啓示を授かったのですか!?」


亀姫「……それじゃ矛盾が生まれるわ。守る役割なのに、“攻撃させる”なんてお粗末があってはならないはず」

236 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:30:07.37 ID:zUoOI/kM0

亀姫「“勇者を作ったのは、地表の安寧の象徴にするため。決して魔をどうこうしようとした訳ではない”……ってとこかしらね」

近衛「……? 自分は、魔王陛下を討つためではなく… ニンゲン世界の平和の為に勇者になった、と?」

亀姫「ええ。だって貴方、先ほど自分で言ったじゃない。滅ぼせとも言われてないし、戦い方も知らなかった、と」

近衛「……? それは、そうですが」

亀姫「そもそも魔王と地表で戦争させて討とうというなら、近衛などを選ばないんじゃないかしら。ましてや魔の存在すら教えないなんて…私からするとありえないですわ」

近衛「…………それは…そう、言われてしまうと。確かに何故自分が選ばれたのかはわかっていませんが…」

亀姫「貴方は…武器にされたのではなく、贄にされたんじゃないかしら」

近衛「ッ! どういう意味ですか!?」


亀姫「大人しく従順。正義感が強く、だけど強すぎる武力は持たない。あくまで“地表の世直しの為に選ばれた者”としてソレらしい要素を持っていた近衛を、“勇者”に仕立てる…」

亀姫「魔国は古い迷信などを信じ、“世直しの為に選ばれただけの善たる若者”を、“魔を滅ぼしに来る勇者”と思い込んで一方的に討ち、ニンゲンを滅ぼす……」

近衛「……あ。え…? 自分は…魔王陛下に救われたからこそ神を恨んだが… そもそもは、どちらが悪いのだ…?」


237 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:30:53.27 ID:zUoOI/kM0

亀姫「……もし、ニンゲンが本当に魔に滅ぼされて…。その後で神が、“平和な世を目指す第一歩だった。独善的で横暴な魔は許せない”と魔に制裁を与え、ニンゲンの死を悼んだなら……近衛はどう思ったかしら?」

近衛「……ひどく…魔を、恨んでいた…? 憎んでいたかもしれない…」

亀姫「そう。それが“神の望んだシナリオ”よ」

近衛「!」


亀姫「いつか魔を滅ぼす時の為に用意された、神が絶対正義である為の免罪符。貴方はそのひとつだった。雑どころか、綿密に練られていたと考えるべきよ」

近衛「そんな“言い訳”をする為に、ニンゲンは滅ぼされるハズだった……?」

亀姫「天と魔の接触は、悲惨な戦禍を招く愚かしい禁忌ですわ。神から直接手を出せば、それは後世に汚点として残ってしまう」

亀姫「天が絶対の美点である為にも、誰しもが納得して賛同するだけの魔を討つ理由が必要でしたのよ」

238 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:31:39.05 ID:zUoOI/kM0

近衛「……っ そうか、この場で本を書いていた彼もまた、その駒の一人ということか。神に窮地を助けられた、信仰心の厚い小僧……」

亀姫「ええ、そうでしょうね。“神はニンゲンを救おうと努力していた”と語る、生き証人。都合良く後世に残る“神の偉業を讃える伝記”の作成者の役割を与えられたのですわ」

近衛「………そんな。そんな者の為に、彼はどれほどの恐怖を味わわされたというのか…」

亀姫「いいえ、間違ってはいけないわ。現段階では、あくまで“彼に恐怖を与えたのは魔で、彼に救いを与えたのが天”なのよ」

近衛「〜〜〜〜ッ」


亀姫「……先代陛下…今の院は賢王と名高い方でしたけど、伝承などを受けて勇者討伐を決めたのは、“恐れを持たず、躊躇いなく危険を排除する”という愚行でしたわね…」

近衛「……ッ いいえ! いいえ、院はそのような愚行を犯してはおりません!」

亀姫「え?」


近衛「ニンゲンは生きています! 現魔王陛下によって、魔からも天からも干渉を受けない場所に独立して、今も生き続けているのです!」


亀姫「そう…でしたの? あ、そういえば確かに以前、言っていましたわね…。私はてっきり、近衛のように数人を連れ帰ったという程度なのかと思っていましたわ」

239 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:32:27.56 ID:zUoOI/kM0

近衛「天と地に挟まれた地表を離れ、自立させてくださったのが魔王陛下です! だからこそ自分は魔王陛下に従っている…!」

近衛「院も陛下も悪行など働いていない! 踏みとどまり、逆に永遠に守ってくださっているのです!」

亀姫「………そう…。そうでしたの。これでようやく繋がりましたわ」

近衛「だから、現段階では神の方が誤解されるような悪行を働いただけで――」


亀姫「ええ。だから、天使が送り込まれたのよ」

近衛「な……?!」


亀姫「……嵌めようとしたら、魔が善行を行ってしまった。悪事に制裁を与えるのなら、善行には褒賞を与えねばならないのよ。神が体裁を守るためにね」

近衛「……天使殿が、褒賞…?」

亀姫「無力で儚いだけの幼い天使。恐らく役割は“ただひたすらに和平だけを望む者”といった所ね」

近衛「和平…。善行をした魔の手を、神が取ろうとした…ということですか?」

亀姫「ええ。ですけれど、これももちろん、そういうシナリオを新たに用意した、という意味よ」


亀姫「いきなり干渉する事は出来ない。けれど、善き行いをするのであれば、魔と友好的に繋がり、平和を築けるのではないか」

亀姫「そんな第一歩が踏み出せるのかどうか下見をしようと、無害な者に魔を見せて反応を確かめようと思った矢先に――」

近衛「“事故で、天使が魔に落ちてしまった”……?」


亀姫「ふふ。近衛もわかってきましたわね。もちろん事故は故意に誘発されたものでしょうけれど」

240 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:32:58.97 ID:zUoOI/kM0

近衛「……天使殿は、自分が落ちてしまったが故にこの戦争が起きたのだと強くご自身を責めていらしたというのに……」

亀姫「ええ。そんな人物だからこそ“役割”に選ばれたのですわ」

近衛「………ッ!」

亀姫「そして……神は、天使が魔に殺されてしまうことを期待していたはずですわ」

近衛「そんな!!」


亀姫「無力で平和的な事故の被害者を、天の者であるという理由ひとつで 魔の者が嬲り、犯し、傷めつける……」

亀姫「そんな“悲惨な事態”が起こる事を期待していたのですわ。厳しい制裁を与えるに相応しい、大義名分のために」

近衛「ーーっ! 〜〜〜〜ッ……。っぐ……」


亀姫「だけれど、陛下はそれをなさらなかったし許さなかった。近衛にしたのと同じように、天使を守り、寵愛なさった。天使を天に戻すという“神との接触”もせず、ただ手元で守るだけ……」

241 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:33:29.40 ID:zUoOI/kM0

亀姫は寂しそうに呟いた。
魔王が天使に寄せていた思いは、神との衝突という危険回避のためだけではないのは明白だ。

こうなっては愛しい思い人が天使を愛するという行為を、愚行と責めることもできない。
天使に向けられた魔王の思いは…めぐりめぐって、薄汚い策略から魔国の民を守っているのだから。

亀姫がそんなやり場の無い憂鬱に胸を痛めた時、近衛が横で唐突に笑い出した。
穏やかな近衛らしからぬ表情で、皮肉そうに口元をゆがめて神をあざ笑っている。


近衛「ふっ。はは、はははは! さぞや神は悔しい思いをしたでしょうね!」

亀姫「……どうかしらね。それはわからないわ」

近衛「そんな思いのひとつくらいしてもらわなければ、自分も天使も、この小坊主も、惨めすぎるじゃないですか!!!」


当り散らすような強い語調。
近衛の目は冷静さを失い、強い怒りが浮かんでいた。

242 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:34:09.24 ID:zUoOI/kM0

亀姫「落ち着きなさい。…私にだって気持ちは理解できるわ。とても許されるものではないもの……」


亀姫はそんな近衛の手を取り、怪我をしているわけでもない近衛に治癒呪文を与えた。
暖かな魔力が流れ込む様子そのものに、近衛は僅かに冷静さを取り戻す。

そうして、気づいた。
亀姫の手が、か細く震えていることに。指先が血の気を失い、冷え切っていることに。


近衛「…! 亀姫様………」

亀姫「ふふ。おぞましい。考えが及ばないほどに、根深いおぞましさですの…。ですが私は亀姫。どれほどおぞましいものを見せ付けられようと、血の道で倒れるような弱さは決して見せませんわ」

近衛「……………」


血の道で倒れる…つまり、貧血を起こして失神しそうなのをこらえているということだ。
それだけの恐怖の中で、冷静に頭をめぐらせて考えていた亀姫。

近衛はみっともなく感情に流されて激昂してしまった自分を諌め
亀姫の手を握り返すようにして覆った。


亀姫「……陛下がこの戦争を始めたのは“次の手として差し出される、まだ見ぬ憐れなもの”のため…というのも、あるかもしれませんわね」


243 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:35:33.08 ID:zUoOI/kM0

亀姫は愛し子の優しさを褒めるように微笑んで、静かに会話を続けた。

その微笑が、近衛に向けられているのか魔王に向けられているのかわからない。
だけれど近衛は黙ってそれを見つめ、亀姫の手を温めながら耳を傾ける。


亀姫「いくらこちらが守り続けても、憐れな弾は撃たれ続けるのに変わらない…」


亀姫「憐れな近衛は、陛下に救われて忠実な家臣になった。――本当ならば自由に生きていたのに」

亀姫「憐れな天使は、陛下に救われながらも永遠に怯え暮らす羽目になった。――そんな必要はどこにもなかったのに」


近衛「あ………まさか、陛下は……」

亀姫「神がそんな状況を作る元々の理由は……魔王陛下に起因しますわ。陛下が魔王であるというそれだけで、全ての惨事は生み出されますのよ」

近衛「!!! ………陛下がご自身の責を感じる必要などありませぬ…ッ!」


思わずまた昂ぶってしまいそうな感情をどうにか押さえ込みながら、
近衛は苦々しく魔王を擁護した。


亀姫「『悪を悪と思わず、善を善と思わず』。この魔王の心得……貴方もお聞きになったでしょう?」

近衛「…ええ…。 ですが今、それが何か…?」


亀姫「あの状況で、そんな事を口にされたのですもの。陛下ご自身がその心得を誰よりも意識していたのは明白ですわね」

244 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:36:10.96 ID:zUoOI/kM0

近衛「あれは…… どういう意味なのでしょうね…」

亀姫「ふふ。そのままの意味ですわ。『悪い者や悪い行い』が“悪”だと思ってはいけない。逆もまた然り。……それだけの言葉」

近衛「……?」

亀姫「鈍い子ねぇ。『何をしようと魔王が悪で、神が善になるのだと思っておけ』って話ですわ」

近衛「なっ」

亀姫「それを心得ておかないと、魔王なんてやっていけない。だからこその魔王の心得」

亀姫「陛下が魔王である以上、陛下ご自身がいかような存在であっても『他者から悪と思われる』覚悟をしていなくてはいけない…」

亀姫「今回のように策略に落とされても、いちいち弁明など出来ると思ってたらやっていけない。出来ると思うな、っていう心得ですわ」

近衛「そんな……そんな不健康な物の考え方をしていては、まともに生きてなどいけません」

亀姫「だけれど事実なのよ。だからこそあらかじめ心得ておくことがとても重要なの…。今回も、きっと陛下はそれを何度もご自身に言い聞かせていたんだわ」

近衛「くっ…」

245 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:36:36.77 ID:zUoOI/kM0

亀姫「陛下は…とてもお優しくて思慮深い方よ。だからこそそれを表には出さない」

亀姫「誰かにとって、優しくされていた相手が悪なのだと思い知らされたら……負う傷の深さが増すだけですものね」


近衛「最初から乱暴で傲慢な相手なら… 乱暴で傲慢な扱いをされたと感じた時でも、それ以上に傷つかなくて済む、と…?」

亀姫「……信頼や忠誠をした相手に裏切られたら…悲しみという傷が増えるでしょう?」

近衛「………だからこそ…陛下はこの戦争の前に、忠誠を棄てろだなんて仰っていたのか…?」

亀姫「この戦争、予め神が望んで陛下に仕掛けさせたものだったとしたら……神は陛下を全力で悪に仕立て上げるでしょうからね」

近衛「………陛下……」


全ては推測に過ぎない。
だけれど、二人はそれぞれ確かに強い思いをもって魔王を慕っている。

推測に過ぎなかったとしても、その可能性があるというだけで充分なのだ。
充分すぎるほどに胸は苦しく、苦々しい思いを噛み締めてしまう。

発するべき言葉もみつからないまま、二人は黙り込んでしまった。
それから少しの間をおいて… 亀姫がスっと姿勢をただし、顔を上げた。

246 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:37:39.17 ID:zUoOI/kM0

亀姫「……神は弱いわ。必ずや弱さを補うための姑息な手段を用意しているはずよ」

近衛「!」

亀姫「行きましょう、近衛。私達は臣下として……陛下を穢そうとする策謀から、陛下をお守りしなくてはならないはずよ」


近衛も姿勢を正し、深く頷いた。
その時に、近衛の目がテーブルの上におかれた本を捕らえた。


近衛「……王に、穢れあるべからず。陛下の心が穢れないからといって……穢そうとしていい道理などはない!!!」


バシュ……ッ!
本は一閃の元に切り破かれ、紙吹雪となって舞い上がる。



皮肉なほどに美しいそれは
既に見る者も駆け去り居なくなった部屋で 静かに散り落ちていった。

247 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:38:14.93 ID:zUoOI/kM0

―――――――――――――――――――――――

一方、天空宮殿1階
魔王・獣王率いる組――


広々としたエントランスを抜けると、片側にたくさんの扉のついた廊下があった。
おそらく扉の中で待ち構えている兵もいるだろう。

魔王と獣王はその廊下の突き当りまでの距離や扉の数を、視線だけで測る。


魔王「獣王。なるべく派手に行け」

獣王「グルル……。了承しタ」

魔王「くく……始めよう」


魔王が手を前に突き出したのを合図に、獣王が飛び出す。
後方で威嚇していた他の獣族も、流れんばかりの勢いで駆け出した。

獣たちはそれぞれに大声で吠え、壁を蹴破り、ドアをたたきつけ…
様々なものを派手に散らしながら、兵の喉笛に喰らい付いていく。

獣王はその中心でわざとらしく敵に時間を与えて見せつけ、逃げ出すのを許している。
……そうしてそいつが改めて他の兵を引き連れて戻ってくるのを出迎えた。

248 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:38:44.47 ID:zUoOI/kM0

獣王「……キリがなイ。手応えもなイ。面白みもなイ」


あらかた片付き、逃げ出した兵が戻ってくるのを待つだけの状態になると、獣王は魔王の側に戻ってきた。
口内に残った肉片を吐き出しながら獣王は不満を口にする。

魔王はそれを満足そうに笑って聞き入れながら、獣族の内の一匹の毛並みなどを撫でている。

魔王「これを面白いと思えたなら、獣王は魔王にでも破壊神にでもなれるだろうな」


そんな2,3のやりとりを楽しむ間に、追加の兵が走りよってくる足音を聞きつけた。
獣王がグルルと喉を鳴らして警戒したが、魔王はそれを手で制す。


魔王「休憩して良い。一度代わろう」


魔王はジッと廊下の様子を見守っていた。
曲がり角から出てくると思っていたら、その手前にある扉が大きく開け放たれる。

扉そのものを盾に、矢による遠距離攻撃を仕掛けるつもりらしい。


獣王「ちっ。距離を取るとは…獣との戦いに怖じけたか」

魔王「交代しておいたのは正解だったな」クク

249 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:39:22.22 ID:zUoOI/kM0

魔王は扉に隠れる一団の足元に魔力弾を打ち込み、続けざまに斬撃を放った。
宮殿の頑丈そうな床は崩れ落ち、一団の重みを受けて連鎖的に広範囲がガラガラと崩れいく。
扉ですらも、壁ごと崩れては盾の役目など果たしようがない。


轟音に悲鳴、混乱。鼓膜を破りそうなほどの大音量が、床に瓦礫ごと呑み込まれて消えていった。


獣王「……魔王様の攻撃ハ、派手すぎル。我々ニ派手にやれと言われてモ、そんな真似ハ出来なイ」

魔王「方法はやりやすいもので構わない。一網打尽にするとは言っておいただろう?」

獣王「ふム。……だガ天の者を個々に撃つよリ、床を破る方が面白いかモ知れなイ」

魔王「くく…。ああ、面白いぞ」

獣王「しかしやはリ、俺には出来なさそうダ。残念ダが、流石ハ魔王様ダ」


心底残念そうな獣王のつぶやきを聞いて、魔王も心底楽しそうに笑った
笑われて不満げな顔をした獣に、俺は魔王だからな、と声をかける。

獣王は自分の落胆の言葉が、自嘲じみた魔王のセリフへの皮肉になってしまっていた事に気付き、非礼を詫びるべく顔をあげた。

その時に 目の前をひときわ大きな魔力弾が疾っていった。
大穴の向こうの曲がり角にぶち当たった魔力弾は壁を砕いて着弾し…… その奥にいたらしい一団が悲鳴をあげる。


獣王「まダ隠れていたのカ」

250 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/02/23(火) 05:41:00.32 ID:zUoOI/kM0

魔王「先ほどの弓隊との攻防にまぎれて接近したのだろう。顔も見ず撃った件は、許してもらうとしよう」クク

獣王「許して貰う必要ナドないのでハ?」

魔王「いや。あのまま走って来られて、そこの穴に落ちる間抜けを見たりしては、本当に笑い転げてしまいかねないと思ってな。攻撃を急いだ」

獣王「……大恥の中デ死ぬよりはそいつもマシだろウ…。許すどころカ感謝するべきダ」

魔王「恥をかくところだった事も知らずに死んだのだぞ。どちらが良かったかなど比べることは出来ないではないか」

獣王「むむ。それもそうカ。なら……せいぜい自分の死に方を悔やんでくれるナよ。魔王様が回避してくださっタ笑い者の死ヲ、無駄にするナ……と」


獣王が、おそらく死体の転がっているだろう曲がり角の向こうに声を掛ける。
魔王は楽しそうに笑い、それからふとまじめな顔をして、こう言った。


魔王「………あちら側に進むのはやめておこう。引き返して別ルートを行く」

獣王「何故ダ?」

魔王「これで床に血文字で無念などと書かれていたら、お前が本当に笑いそうだからだよ」

獣王「……了承しタ」


二人が軽快に走り去った方向からは、また爆音が響く。
魔王と獣達はそうして宮殿内を次々に駆け巡っていった。



――天空宮殿一階、制圧完了。

251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/23(火) 08:30:37.99 ID:hRKrUwULo
乙かな
252 : ◆OkIOr5cb.o [saga sage]:2016/02/25(木) 08:52:34.93 ID:lCQpYJWX0
【私信】
すみません、どうにも手が動かず、投下がずいぶんと長引いていています。
ストーリーとしては現在、これで既に半分は超えた、といったところです。

必ず完結までは書き続けますが、時間のお約束が出来ません。
完結したらすぐにhtml依頼をかけますので、お読み頂けるのでしたらそちらをお待ちください。

また「息抜きや気分転換に」と他の方の助言を受け、以下のような短めの話を書いたりもしていました。

僕「彼女が┌(┌^o^)┐←コレになって這い寄ってくる」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1450251016/

魔王「最善の選択肢と、悪魔の望む回答」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1456125267/

下段の魔王の方は現在連日投下中で、次の土曜に投下完結を予定しております。
そんな状況ですが、本作についてはゆっくりと書き進めさせていただきたく思っている旨、ご承知置きください。

投下中の私信、失礼しました。
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/02/25(木) 09:44:08.22 ID:mmTz8qBjO
お、ホモォの人やったんか
気長に待つで
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 17:37:49.25 ID:bLF8nBKpo
下のは読んでる
待ってるで
255 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 06:52:54.94 ID:YJiH1jFt0

――――――――――――――――――――――――

空中宮殿・2階


ドゴオオオン………

先ほどから度々に、大きな破壊音が響き渡っている。
音が聞こえる度、近衛と亀姫は目を合わせて宮殿内の調査を急いていったが、あまりの頻回さに近衛はついに苦笑を漏らした。


近衛「陛下は、大分派手にやっているようですね」

亀姫「……そうですわね。陛下はやはり魔力攻撃が中心のご様子。ここに居ても陛下の魔素を感じますわ」

近衛「獣王様もついていますし、神族も弱いものばかりだからそう心配もなさそうとはいえ…神との戦いを前に疲弊なさらないといいのですが」

亀姫「第一に、神族が弱いだなんて本当に信じていいのかしら…?」

近衛「え? ですが魔王陛下も、“神族は戦には向いていない、文化風習として有り得ぬ”と仰っていましたが…」

亀姫「陛下の言葉を疑うわけではありませんのよ。ですが先ほどの話を思い出してくださいまし」

近衛「?」

亀姫「神族が陛下をこの戦争に誘い込んだ側なのだとしたら、必ず勝機を用意しているはずでしょう?」

256 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 06:54:37.09 ID:YJiH1jFt0

近衛「それは、そうですね。…ではやはり何か隠していて、こちらを油断させるつもりでしょうか」

亀姫「あるいは、“無力に甚振られる哀れな状況”を作っているか、ですわね」

近衛「……神の描くシナリオ、ですか」

亀姫「魔王に攻められ、無力にいたぶられ、追い詰められた神……何をやっても許されそうじゃありませんこと?」

近衛「何をやっても……?」


何を想像したわけでもないのに、近衛の背中がゾクリと粟立った。

所詮、神にとってこの世界は簡単に姿を変えさせられるもの。
……神は、自分が思うよりも“大きな事”をするかもしれない。


半歩ほど遅れてついてくる亀姫を視線だけで確認する
彼女になら……具体的に想像もつくのだろうか。聞いてみたい気もするのに、聞けない。

聞けないが、それも当たり前だ。
たかが人間である自分が、神の思考を探るなんて。畏れを抱かぬ方がおかしいのだろう。
ここまできても、やはり自分はただの人間なのだ。


亀姫「ふふ。近衛。ほら、あちらを…」

近衛「?」


257 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 06:57:54.20 ID:YJiH1jFt0

左右に別れた道を、これまで通り左回りに折れた所だった。
亀姫に促され、踵を捻り急停止する
後方の通路の逆端に、積み重なった神族の骸があるのが小さく見えた。


亀姫「あれはおそらく、陛下の交戦の跡ですわ」

近衛「ああ。いつの間にか同じ道に出てしまいましたか…。引き返しますか?」

亀姫「いいえ。陛下はこちらまではいらっしゃらなかったようですから、このまま参りましょう」

近衛「ですが、繋がった道ですから通っていてもおかしくないかと。……何故、そう思われるのです?」

亀姫「簡単ですわ。こちらの道が、綺麗なままだからです」

近衛「あ」

亀姫「あの音もそうですわ。別手に別れた私たちが窮地に陥れば、すぐに陛下の元に逃げていけるように…」

近衛「どこを通って進み、今どこにいるのか…わかるように……?」


ドゴオオオン…


今は、上階から破壊音が響いている。
魔王はそこにいて、待つこともせずに突き進んでいるのだと、否応なしに報せてくれる。


亀姫「大丈夫ですわ、近衛。魔王様が先陣をきっていらっしゃるのですもの…心配無用ですわ」

近衛「はは…顔にでていましたか」

258 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 06:59:49.18 ID:YJiH1jFt0

亀姫「ふふ。それにしても、驚くほどの快進撃ですのね」

近衛「この戦、簡単すぎて怪しい気はするものの、まだろくな調査も出来ていないのに…速すぎて困りますね」

亀姫「陛下は本当に、そんな調査を必要としていらっしゃらないのですわ」

近衛「大掛かりな罠のひとつも疑わないなんて、そんなこと」


亀姫「合ったとしても、どうにかするつもりなのでしょう。陛下は私達に何かを期待などせず…ただ、好きにさせてくださっているだけ」

近衛「見放されているような、守られているような…なんだか複雑ですね」

亀姫「ふふ。守りは私の専売特許ですのよ。あまり守られてばかりなのは悔しいですわ」



近衛「……亀姫様の語る陛下のお姿は、自分の見えていた陛下の姿と違いすぎて…少し、戸惑います」

亀姫「私は生まれたときから、陛下のことを見ていますの。年月で言えば竜王様にはかないませんけれど、」クス

近衛「そうでしたか。あの……不躾なことを伺いますが…亀姫様は、もしや陛下のことを…?」

亀姫「……ふふ。神の一族の名を持つ私に望める願いではありませんのよ。口に出すのもおこがましいですわ」

近衛「今は同じ魔族なのでしょう? 陛下はそんな一族の出自の差など…!」

亀姫「それでも、穢すべからず…ですわ。それに私、決して我が一族の名を恥じてはいませんのよ」


亀姫「私は、私の名に代えて。あの方を守ってみせるのですわ」

近衛「……」


駆ける速度を速めた亀姫の背を、近衛は思わず見つめてしまう。
種族の差。想いの強さ。苦しい道を歩む強さ…華奢な身体に込められた想いはどれだけのものなのか。


亀姫の想い。自分の想い。天使の想い。魔王の想い。
この戦にはどれだけの想いが掛かっているのだろうか。

神の想いはわからない。
だけど、もしもそれを弄ぶつもりなら許せない。


近衛(もう。これ以上、駒にされるのはゴメンだ)


近衛の脚にもまた、力が入る。


259 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 07:00:21.41 ID:YJiH1jFt0

――――――――――――――――――――――――――

天空宮殿、某所……



?「ようやく来たか…。ああ、あの偉そうな猫をいよいよ追い詰めてやろう」

?「まったく宮殿中を引っ掻き傷だらけにして…。ああ、なんと傲慢な生き物だろう」


?「聞こえているんだろう?」

?「この神の国中に広がる、愛しき隣人への鎮魂歌が」

?「…わかっててやっているのか。なんと悼ましい」

?「…なんと愚かしいのだ…。だからこそ…私が…。ふ、ふふふ…」


?「この大惨禍……誰の所業だと思っているのやら。おまえはきちりと『事実』を記録してくれよ…? 私が必ずや歴史に残る大偉業へと代えて見せるのだから…」


精霊族「……我が一族の、誇りにかけて。全ての史実は、正しく記録に残しましょう」


?「ふふふ……ふふふふふ……っ 」


260 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 07:01:54.35 ID:YJiH1jFt0

――――――――――――――――――――――

天空宮殿3階――大廊下


通路の真中、外壁につけられた不審な大扉。

左右にあった飾り窓から、反対の位置に立つ塔が見えている。
それからその塔には、こちらと同じ装飾の大扉がついているのも見えた。

亀姫と顔を見合わせ、コクリと頷いた。


――ザァッ!!!


近衛が扉を開けると、強すぎる勢いで外気が流れ込み 亀姫は顔を顰める。


亀姫「あちらの塔への渡り通路だろうとは思いましたが… まさか、完全に落ちているとはね」

近衛「陛下の攻撃で、崩れたのでしょうか」

亀姫「いえ、違うと思いますわ」


亀姫がかがみこみ、扉の奥へ身を乗り出す
崩された渡り廊下に触れると、断面は砂のようにボロボロと崩れていった。


近衛「崩れたのか崩されたのか…ともかく、だいぶ以前からこの状態のようですね」

亀姫「向こうの塔は、ここと同じ高さに扉があって、塔の土台はただの石積み……つまりこの消えた渡り廊下だけが、入り口」

近衛「大昔から使われていない塔とその入り口ってことですか…。そんなものに惑わされて踏み込まなくてよかった」

亀姫「開けたと同時に踏み出していたら、落ちて真っ逆さまでしたわね。押し扉ですのに、よく踏み込まなかったこと」

近衛「大扉を開ける度に死にそうになってますからね、もういい加減に学習しましたよ」

261 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 07:03:20.76 ID:YJiH1jFt0

行きましょう、と近衛が半歩下がると
亀姫は不思議そうに首をかしげた。


近衛「もしあの塔に武器でも隠してあるのならば、多少なりとも利便を図り別の出入り口が用意されているはず。一度降りて、塔へ調べに行かなくては」

亀姫「あら、時間の無駄ではなくて?」

近衛「…まあ確かに、崩れた通路でさえ放置されているのですから、あまり重要なものがあるとは期待できないでしょうが…」

亀姫「バカねぇ。下に出入り口なんて造られるわけがありませんわ」

近衛「え?」


亀姫「神族は、飛べるのですから。もしあの塔に何かあるなら、この通路は故意に落とされたに決まっていますわ」

近衛「っ!!! そうか、神族以外を立ち入らせない為には道を落としてしまうだけでいい…!」

亀姫「少なくとも飛べない者…それこそニンゲンや魔族の大多数は入りにくくなりますわね」

近衛「……通路がない時点で、怪しさも充分ってわけですか」


262 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 07:04:13.60 ID:YJiH1jFt0

亀姫「さて…翼のない私達は、一体どうやって空を飛びましょうか?」

近衛「ふむ…そうですね。ナイフに紐をつけて投げて渡し紐にするとか?」

亀姫「この距離にこれだけ風の強さ。減速して落下…届いたとしても石造りの塔に確実に刺さるとは思えないですわね」


近衛「亀姫様の結界術を足場に転用するというのは可能でしょうか」

亀姫「魔素の結界ですから、浄気を持つものならともかく 私達の身体を弾いて支えるだけの足場にはなりませんわ」


近衛「…ではやはり、いっそ塔の足元から登りますか」

亀姫「近衛、あなた真面目に考えていらっしゃって? 下を覗いたでしょう。塔の足元は大きな堀になってますのよ」

近衛「亀姫様は、泳げないのですか?」

亀姫「あの怪しすぎる堀に飛び込んで泳ぎ渡り、塔へしがみつくの? 私、泳ぎは得意ですけれど嫌な予感しかしませんわ」

近衛「予感……ですか」


亀姫「確かめたかったら堀に入って確認してくださいませ。あれが聖水の堀だったとしても、ニンゲンのあなたなら生き残れるかもしれませんわ」

近衛「聖水…。あの、この石が聖水に浸けて壊れた時点で自分は死ぬんですが…。それならばまだ、結界をお持ちの亀姫様の方がまだ生き残れるかと」

亀姫「聖水の中で保つだけの濃い結界を貼り続けながら、泳いでいって壁を登れとか。案外と鬼畜ですのね、近衛。そんなに私の必死の喘ぎ声が聞きたいのかしら」

近衛「い、いえ。よく知らないものですから…軽率でした、お許しください」

亀姫「案を出せばいいってものではないのよ。真面目に、考えて頂戴」

263 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 07:04:56.69 ID:YJiH1jFt0

近衛「……では。空を飛べる魔族はいませんか」

亀姫「確実な方法ね。飛べる魔族自体はたくさん居ますわ。だけどその多くはハーピーや淫魔などの非戦闘の種族ですの。誰か来ていたかしら……?」

近衛「戦闘向きの、空を飛ぶ一族に心当たりは?」


亀姫「………攻撃力を誇り、空を舞い、戦闘となれば他の追随をゆるさない一族がいらっしゃいますけどね」

近衛「ならば、もちろんその方たちは来ているのでは」

亀姫「いいえ。誰一人として参加されていないはずです。……竜王様の一族ですから」

近衛「………そうですか」

亀姫「せめて朱雀の末裔でもいたら良かったのですけれどねえ…。私達を運べるほどの者は、来ていないのでは」


近衛「……真面目に考えてもいい案になりませんでした。申し訳ありません」

亀姫「うふふ。渡れないし飛べないのであれば………」


亀姫「あとはもう……運を天に任せて、落ちるしかないのでは?」

近衛「………はい?」


悪戯すぎる微笑みが、亀姫の本気を語っていた。


264 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 07:06:13.39 ID:YJiH1jFt0

――――――――――――――――――

天空宮殿7階 


ガシャーーン……!!


他のものより大きな翼をもつ神族だったが
魔王が数発の魔力弾を打ち込み、獣王と群れが飛び掛るとあっという間に臥せてしまった。
獣達は群がり、それを踏みつけ噛みちぎり、死を確定させていく。

神族が動かなくなったのを確認してから、魔王は手にしていた刀を鞘に収めた。
結局、あまり刀は使わないままここまできた。そのおかげでかなりの魔素を撒きすぎたらしい。

消耗と疲労を感じた魔王は足を止め、窓を見る。


魔王「 随分と高いな。どれだけ登ったか」

獣王「6つの階ヲ登った所ダ」

魔王「ほう、そんなものを数えていたか」


獣王「外にも居たようなオオきい神族が、各階に一匹ずツ。覚えやすイ」

魔王「 ………それは気づかなかったな」

獣王「少し大きくて印象に残る程度デ、言うほどには強くなかったからナ」


魔王(やはり、何かハメられているな…これだけの場所まで踏み込んでも、手を変えてこないとは…)


獣王「魔王サマ?」

魔王「まあ、いい。まだもうしばらく上かもしれぬが、特に濃い浄気を感じる」

獣王「テッペンに…神が、いル?」


魔王「ああ。……そこを目指して、討つのみだ」


265 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 07:07:20.67 ID:YJiH1jFt0

すみません、スレ保守程度にこれだけです。あまりの停滞なのでsageで。
現在、完結まで一気に書き溜めています。
いつかはともかく、次回で全部投げられるようにがんばりたいです。
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/21(月) 09:21:07.81 ID:iIQtmHYho
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/21(月) 13:07:40.53 ID:JGG4Icls0
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 23:19:47.72 ID:/3/xKQSQo
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/29(火) 21:56:47.48 ID:uBmckm/Zo
乙乙
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/21(木) 19:53:51.15 ID:c3gIQf6jo
保守
271 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/04/22(金) 00:03:48.82 ID:XCb4AxA00
今日の日付で保守が…。嬉しい、ありがとう
いっぺんは無理だけど、もう1ヶ月とか投下間隔開けないでイけます。ありがとう
272 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:05:04.64 ID:XCb4AxA00

―――――――――――――――――――
天空宮殿 6階


近衛「落ちるって…こういう事ですか」


近衛と亀姫がいるのは、6階の大廊下
――先ほどまでいた場所とよく似た廊下だ。


亀姫「魔王様が神族を倒しておいてくださったおかげで、あっさりと上階にあがれましたわね」


ここでは魔王による戦闘があったのだろう。

崩れた壁や割れた窓ガラスを脚で蹴りどかし、外を覗き込む。
眼下には、先ほどの塔の屋根が見えた。


273 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:05:36.38 ID:XCb4AxA00

近衛「下に屋根が見えるとはいえ、飛び降りて落下中に飛距離を稼ぐに充分な高度とは思いませんよ…。ただ真下に落ちてしまうのでは?」

亀姫「そうですわね。そして、ここからただ落ちたら、むしろ強く堀にたたきこまれるでしょう。……雲の下まで突き抜けてしまいそう」

近衛「雲の下まで…。せいぜい数十メートルのつもりが実は何百キロの高さだなんて。笑えません。……本当にここから落ちるおつもりですか?」

亀姫「あら、もちろんそのまま落ちたりしませんわ。……翼を持ち、滑空するのです」

近衛「翼…?」

亀姫「ええ。たくさんありますでしょう?」


亀姫が指差した先の通路には、魔王達の倒した神族の骸が点々と転がっていた。


近衛「………まさか…」

亀姫「察してくださって助かりますわ。さ、取っておいでなさい。ああ…首と腕と、胸下は要りませんわ。邪魔ですもの」


あっさりと言ってのけた死体損壊令に、近衛は躊躇する。
……神殺しだけでも罪深く感じたのに、まさかその遺骸を弄ぶ事になるとは。


亀姫「私の分と坊やの分で2体ね。あまり硬直していない、翼の綺麗に残った骸を選んで頂戴。……これなんてどうかしら?」


亀姫が扇で指し示した遺骸は、身体の中央が瓦礫の破片に穿たれている。
壁に打ち付けられて死したのだろう。崩れた身体は壁を背に座り込んでいるように見えた。
大きく広げられたままの翼が、最期の瞬間の衝撃を語っている。

274 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:06:27.66 ID:XCb4AxA00

近衛「―――…」

亀姫「近衛?」


躊躇している場合ではない。
ここは戦場で、自分は魔王の近衛。討った敵の首を刎ねることなど初めてではない。

――拷問にかけ生きたまま耳を刎ねるよりは、余程楽なものだ。
そう自分に言い聞かせて、目を閉じて深呼吸をした。

目を開き、件の死骸に近寄る。

警戒しながら翼に触れてみたが、その身体は既に浄気を失っており、神族というよりは…ただの、鳥の死骸に見えた。


近衛(……鳥…か)


魔王が最初に斬り落とした腕を思い出す。
あの時は、ただの木の枝のように見えた。……ソレに比べれば、これが元生物に見えるだけ正気を保っているのだろう。


ゴジュ…ジュブ…。
ガツッ……グッ、バキャッ、ダンッ。


ナイフは胴体に差し込まれると、一瞬のうちに大剣化して深くまで裂き入った。
その感触を確かめてから、”ゆっくりと” 力を込めて引き下ろし…二分した。

大きな種の入った果実を、割るのによく似ている。
もちろんこれは種ではなく、骨なのだろうが。

275 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:06:54.36 ID:XCb4AxA00

亀姫「……一息に斬り捨てればよいものを。まさか肉斬りの趣味がおありなの?」


多少の嫌悪感を浮かべた様子で、亀姫は問いかけてくる。
誤解をされてはたまらないが、そう見えても仕方ないだろう。近衛は苦笑し、弁解する。


近衛「いえ。こうすれば、“怖ろしく生々しい作業だ”と、吐き気のひとつも催すかと思ったんですよ」

亀姫「おかしなことを。近衛、あなた吐きたかったんですの?」

近衛「…それこそが、この神族への供養になるかと。生死の尊厳を確かめ、彼の死を悼ましく感じるかと。…ですがなんだかんだ言って、容易く斬れてしまいましたね」

亀姫「……はぁ。つまらぬことを仰いますのね。元より私たちが見つけた時点で、これはただの死骸ですわ」

近衛「そうだとしても、彼を斬ることは残酷で冒涜的な行為だと思ったんですが。…ただの、偽善だったようです」

亀姫「悼むべきは死ではなく、生の在り方と失われ方ですわ。戦場で失われた生を悼むなど、却って欺瞞。誇りを穢す行為と知りなさい」

近衛「自分はもともと、戦場の心得など知らぬ弱い人間でしたから。奪われた生を見て悼むのが、人間らしさと思っていましたよ」

亀姫「…そうでしたの。でも今は戦場に生きる魔王の配下でしょう?」

近衛「……ええ、そうでしたね」

276 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:07:34.72 ID:XCb4AxA00

亀姫は近衛の側に近寄り、そっと頬に触れた。
近衛は泣いてはいなかったが、亀姫はそれを拭うような仕草でもって近衛を慰めた。


亀姫「…酷い顔をしていますわ。何を悔やんでいらっしゃるの? 何に戸惑う必要があると?」

近衛「はは……。そんなに、ひどい顔をしていますか?」

亀姫「ええ…」

近衛「…なんでしょうね。神や陛下たちとの力量差を感じるうちに、自分が人間なのだと実感しました…。だからこそ、自分は人間らしくありたかったのかもしれません」

亀姫「お馬鹿な子…。そう心苦しくなるのでしたら、今更ニンゲンらしくあろうとするのはやめてしまえばよいのに…」

近衛「魔族もどきの人間。人間らしさを捨てたところで魔族になれるわけでもなく…。人間らしさを失った自分は、一体何になるのでしょう…?」

亀姫「それは……」

277 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:09:32.37 ID:XCb4AxA00

ザッ――


亀姫の回答を待たず、無表情のままで目の前の骸の首を刎ねた。
形だけの哀悼も、自分を試す為の残虐な行為も、無意味だと実感した。

切り取った翼についた小さな胴体を拾い上げ、検分し、余分を削る。
これくらいなら抱えて滑空するには都合がいい。きっとあの屋根まで届くだろう。
周りを見渡してちょうどよい翼を見つけ、亀姫の分も用意した。


近衛「さあ、行きましょうか」


振り向いた近衛の手に乗せられた、血の滴る肉塊から生えた翼。
それをにこやかに差し出す近衛の姿は、先ほどまで思い悩んでいた者とは思えない。


亀姫「……え、ええ」


近衛が作り笑いの不自然さでも見せていれば――
あるいは僅かにでも恍惚の表情を浮かべていれば、まだ理解もできただろう。

だが、近衛はただ瞬時のうちに様変わりをしたように見える。
どんな残虐な行為よりも、その切り替わりが得体の知れぬ怖ろしさを感じさせた。


先ほどの近衛の疑問には、答えられそうにない。
『ただの半端者になるのですわ』……そう答えれば、近衛は安心したのだろうか。


亀姫(…駄目ですわね。そんなこと、今は白々しくならないように言える気はしませんもの−−)


278 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:10:11.18 ID:XCb4AxA00
――――――――――――――――――

――謎の塔、屋根の上…

……………
………


ビュゥゥ…ザッ!


亀姫「っ、きゃっ!!」

近衛「亀姫様!」


先に屋根の上に降りていた近衛が、滑り落ちてきた亀姫の抱える翼を掴む。
すぐさま反対の手で亀姫の腕を掴み、引き上げた。


亀姫「…っはぁ。助かりましたわ」

近衛「最後の着地で滑るとは……自分も一瞬、気を抜きかけた所でした。無事でよかった」

亀姫「ごめんなさいませ…あまり足元の安定は得意ではありませんの。屋根の上まで届いたなら、転げ倒れて着地するつもりだったのが仇になりましたのよ」


本当は着地の際、近衛に対して僅かに感じてしまった恐怖心を思い出し、動揺して足を滑らせた。
だが、受け止めてくれた近衛は普段どおりの近衛だ。
律儀な仕草で亀姫を屋根の上に座らせ、自らはその足下、滑り止めとなる位置に回ってくれる。

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