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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に

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852 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/30(土) 07:10:07.92 ID:tX8XZ3mvo
乙です
853 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/02(月) 09:59:43.66 ID:VxB92anaO
乙乙
854 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/03(火) 07:24:38.37 ID:+0sj0SKhO
乙乙
855 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/19(木) 01:21:29.84 ID:hgnI04YGo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 摩耶は島風と一定の距離を保ちながらツ級に砲撃を加えていた。
 島風の背中には一基の連装砲がおぶさるようにくっついているが、残りの二基は水面上で自立機動を行いながら砲撃に加わっている。
 ツ級は砲撃を避けつつも先行した鳥海とネ級の後を追うような動きを見せていたが、いずれも摩耶の砲撃によって阻まれている。

「こいつを早いとこ片付けて、あたしたちも追うぞ」

「うん。鳥海さんを見届けるんだね?」

「ああ……ま、本当にやばくなったら助けるけどな」

「でも、それって……」

「あいつの本意ではないんだろうけどさ……鳥海を沈めさせる気はないよ。助けたことで一生恨まれたって構わない。水だろうが手だろうが、必要ならなんだって差してやるよ」

「摩耶は偉いね……私はたぶん鳥海さんの言う通りにしてると思う。それがつらいことになっても……」

 摩耶はツ級から視線をそらすわけにもいかず、島風の顔までは見ていない。しかし聞いた声音は深刻だった。
 考えた末の結論なのだろうし、逆に島風のほうが鳥海の意思を尊重しようとしているのだろう。
 どんな結果を迎えようと、鳥海の好きにさせると決めているんだから。

 あたしだって本当はそうさせてやりたいんだ。
 でも鳥海は今でもあいつを、提督を引きずってるんじゃないかって見えることがある。
 提督が絡むと、あいつは冷静さを忘れてしまう。目を離すわけにはいかない。

「……提督は死んじまった。でも鳥海は生きてる。どっちが大切かなんて考えるまでもないんだ、あたしには」

「それでも行かせてくれたんだね」

「妹のわがままだぞ。姉ならたまにはそのぐらい聞いてやらないとさ」

「お姉さんのことは分からないよ」

 島風が苦笑いのような響きを声に乗せているが、ツ級が砲声でそれも不確かになる。
 出足を封じられた形のツ級だったが、摩耶と島風を無視できないと見てか砲撃に移っていた。
 摩耶にしても、それは同じことだ。鳥海と合流するためにもツ級は邪魔だった。


856 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/19(木) 01:23:38.58 ID:hgnI04YGo


「さあて! 二対一でも、やらせてもらうぜ!」

 摩耶と島風は散開するように離れると、左右から挟み撃ちにするように近づこうとする。
 すぐにツ級の砲撃も二人を追うように分かれた。
 元が対空戦を重視しているからか、かなりの速射だった。次々と高速で撃ち出された砲弾が摩耶たちに迫ってくる。
 熾烈な砲撃を前に簡単には近づけず、距離を取らざるを得なかった。

「敵ガ……何人イヨウトモ!」

 聞こえてきたツ級の声からは、ただならない戦意が伝わってくる。
 あいつも同じように退けない理由がある、と摩耶は感じた。
 だからと言って手心を加えるつもりはなければ余地もない。

 連射速度や精度から、すぐに侮れない相手だと悟る。
 航空機相手に弾幕となる砲火力は、特別装甲が厚いわけでもない二人に対しても大きな脅威だった。
 それでも摩耶たちにとっても砲戦距離であるのには変わらない。

 摩耶の砲撃がツ級の面前に着弾し、弾幕に綻びが生じる。
 それを皮切りに島風の連装砲たちも連携して砲撃を集中し、ツ級の体をつぶてのように叩いていく。
 砲撃は脅威でも、ツ級はあくまで軽巡であって堅牢というわけじゃないらしい。
 ツ級から艤装の破片がいくつも飛び散っていく。

 そのツ級もただやられてるだけでなく、二人に命中弾を与え始めていた。
 摩耶には艤装の左右に一弾ずつ当たる。
 右側にある対空機銃群の一角を台座ごと削り取り、左への一発は装甲の薄い箇所に飛び込むと破孔を穿って黒煙を生じさせた。
 島風に向けて放たれた一発は海上にいた連装砲の一基に直撃し、砲撃ができない状況に追い込む。
 すぐに島風が中破以上の損傷を負った連装砲を拾い上げると、背中に乗せて保護する。

「さすがに無傷ってわけにはいかないが!」

 摩耶の声に応じるようにツ級に更なる砲撃が降り注いでいく。
 頭部を始め命中の閃光がいくつも生じる。
 軽巡に耐え切れる量の命中弾ではないはずだった。
 しかしツ級は体の各所から出血や兵装の損傷こそ隠せないが、なおも耐え凌いでいた。
 両腕を重たそうにだらりと下げたまま、素顔の分からない顔が摩耶のほうを向く。まるで凝視するように。


857 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/19(木) 01:24:33.15 ID:hgnI04YGo


「コノヨウナコトデ……倒レラレナイ……倒レタラ……遠クナル……!」

 ツ級の体から赤い光が漏れ始めると、力を失ったように垂れ下がっていた両腕が体を開くように振り上げられる。

「邪魔ヲシナイデ……私ハ……ネ級ヲ守ラナイト!」

「あいつ……ここに来て!」

 赤い光を発する深海棲艦は戦闘能力が上がっている。エリートなんて呼称される状態だ。
 元の状態を考えれば追い込んではいるのかもしれないが、それにしたって厄介なことになりやがった。
 撃たれると感じるよりも早く、身を翻してその場から離れる摩耶にツ級が砲撃を始める。
 左右交互に吐き出される砲弾が現在地と未来位置に、やはり交互に落ちていく。
 全てを避けることはできず、摩耶の艤装に次々と命中すると損傷が蓄積されていく。

「こいつ……!」

「それ以上はさせないよ!」

 横合いに回りこんでいた島風がツ級に砲撃を浴びせると、摩耶への砲撃も途絶える。
 ツ級は後退をかけながら目標を島風へと切り替える。
 被弾の影響でツ級は速度こそ遅くなっているが、砲撃力は未だに健在だった。
 島風は転舵を織り交ぜて器用に狙いを外していくが、それもいつまで続くかは分からない。

 今度はこっちが援護する番だ。そう思った摩耶は後方から砲声が轟くのを聞く。
 背筋を冷たいものが走り、その正体を確認するよりも前に体が自然と回避のために動きを取っている。
 ツ級に背を向けるのは危険と分かっていても、思い切って背を向ける形での取り舵を切る。
 高速で流れる視界の中に、二つの護衛要塞が並んでるのをはっきりと見た。
 それまで自分がいた場所を狙って砲弾が落ちる。弾が大きく散っているのを見ると、ツ級とは違って砲撃の精度はだいぶ甘く感じる。

「護衛要塞がニ……姉さんたちが取り逃がしたのか?」

 向こうは向こうで不利な戦力差での交戦なんだから、こういう漏れが出てきてしまうのは仕方ない。
 むしろ、そういった場合に対処できるように鳥海の護衛に就いていたんだから。


858 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/19(木) 01:26:30.04 ID:hgnI04YGo


「摩耶、要塞をお願い! こっちは私に任せて!」

 島風が通信を入れてくる。
 一人で今のツ級を?
 無茶だと声に出かかるが島風の判断も一理あると気づく。
 挟み撃ちを受けながらツ級を相手にするより、個別に対処したほうがやりやすい。
 そして火力の問題が立ち塞がる。島風の砲撃力だと護衛要塞の相手は骨だ。

「……分かった。すぐ戻るから無茶すんなよ!」

「そっちこそ!」

 鳥海の邪魔をさせないためにもツ級の相手を引き受けたのに、今やあたしと島風が無事でいるための戦いだ。
 砲撃を避けたまま護衛要塞らを正面に見据えた形の摩耶は前へと増速。彼我の距離を縮めつつ砲撃を行う。
 そこまで怖い相手ではないが一発ニ発を当てた程度では沈められないし、かといって時間をかけていられる余裕もない。

 こんな時、鳥海ならどう立ち回る?
 昔は張り合ったりもしたけど、やっぱりこういう際どい局面の判断とか行動力には一日の長ってやつがある。
 きっと、あいつなら敵の戦力に当たりをつけて、どう動くのが最適か考えるはず。最適って言うのは、今回みたいな時は効率になるのか。

「どうするって……鳥海なら攻めるだろ。真っ向から突撃するに決まってる」

 摩耶は自分に言い聞かせるように声に出す。
 うちの妹はよく言えば果敢で……悪く言うなら脳筋っぽいところがある。
 でも今なら分かる。そうしないといけないから、そうするんだ。
 護衛要塞の弱点がどこかは分からないけど、どんなやつでも確実に弱いのは背後だろう。
 とはいえ、いくらこっちより機動力が低い相手でも、二体同時に相手をしながら背後を取るってのは難しい。

「あとは口の中だ」

 あいつらの主砲は口内にある。上手く狙えれば一撃で誘爆させて沈めるのも不可能じゃないはず。
 問題は狙える範囲が狭くて、正面からの攻撃に限られてくること。
 そして砲撃が激しいのは正面。装甲が厚いのも正面。相手の得意な領域で撃ち合わなくちゃいけない。

「クソが……当たらなきゃいいんだろ、要はさ!」

 つまり砲撃をかいくぐって、要塞が攻撃する瞬間に口元を狙う。
 堅実とは真逆の考え方だ。博打であって、しかも自分の力量に自信がないとできない考えであり行動だ。
 それだからこそ摩耶は不敵に笑う。

 あたしの艤装だって鳥海と同じ高雄型改二の艤装なんだ。
 特長が違うにしてもベースが同じなら、やってやれないことはない。うちの妹なら間違いなくそうする。


859 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/19(木) 01:27:20.71 ID:hgnI04YGo


 摩耶は二体の護衛要塞に向かって疾駆する。
 護衛要塞は発砲後は砲煙が消えない内から口を閉ざしてしまう。口内を狙える機会というのは思いのほか短い。
 狙い澄ましたはずの砲撃も命中こそするが、目当ての場所には当たらなかった。

 あえて敵の正面に身を晒す摩耶は、まず右側の要塞に集中する。
 飛来する砲撃を左右に感じながらも、ぐんぐんと近づく。距離が近ければ、それだけ当てやすくもなる。

 護衛要塞は艦娘の優に倍はある巨体だが、海面からわずかに浮いたような状態だ。
 原理は分からないけど、あれのせいで雷撃の効果も期待できない。
 あれで護衛対象がいる場合は肩代わりするように当たるらしいが、今回はそれも望めなかった。

 護衛要塞が口を開くと見るや、摩耶はすかさず主砲を斉射している。
 入れ違うように要塞たちも砲撃した。三連装二基の主砲が二体で、十二発の主砲弾が迫ってくる。
 摩耶の放った斉射の内の数発が護衛要塞の口に飛び込むと、そのまま口腔を突き破るように内部にまで侵入し誘爆を引き起こした。
 護衛要塞が一瞬にして膨れ上がる火の玉に変貌し、その余波として衝撃波が周囲に広がる。
 片割れが衝撃に押し出されるのを見た摩耶にも遅れて爆圧が襲いかかる。

 思っていたよりも近づきすぎていたらしい。
 そう感じた摩耶は歯を食いしばりつつ、姿勢を崩さないようにしながらも煽る動きに逆らわなかった。
 視線はあくまで残る護衛要塞に向けられ追撃に備えている。

 摩耶からすれば危険な状態だったが、護衛要塞は攻撃してこなかった。
 より近くにいたために爆圧の影響を強く受けてそれどころではなかったのか、あるいは摩耶からの攻撃を警戒したのか。
 警戒、という判断が連中にあるのかは摩耶も分からない。ただ護衛要塞の行動は明らかに遅れた。
 摩耶は左舷側の三基の主砲を先制して護衛要塞の上顎に当たる箇所目がけて撃ち込む。
 撃たれてもなお護衛要塞は反撃に転じない。剥き出しの歯を閉ざして、攻撃に備えているようだった。
 あるいは僚艦の最期から不用意な攻撃に移れない、とでも考えているかのように。

 摩耶は構わずに今度は左の主砲と、交互に砲撃を浴びせていく。
 護衛要塞はここでようやく反撃に転じてきた。このままでは打ちのめされるだけだと気づいたかのように。
 もっとも、こうなると優勢に立った摩耶に敵うはずもない。残った護衛要塞は粘りながらも海底に没していく。
 一方の摩耶は被害らしい被害を受けなかったものの、苛立ちを露わにしていた。

「時間をかけすぎちまった……無視すりゃよかったのか?」

 それはそれでできない相談だった。放置していたら後ろから要塞たちに撃たれながらツ級とも戦わないといけなかったんだから。
 結果的に大して強い敵ではなかったが、そんな相手でも一方的に撃たれるとなると話は別だ。
 対処するしかなかったという判断はきっと間違いではない。ただ手順だとか中身のほうが問題であって――。

「ええい、考えるのは後だ! 今は島風を助ける!」

 摩耶は渇を入れるように自分の両頬を掌で叩く。
 きっと、あたしがこの場でやらないといけないのはそっちだ。
 鳥海のことも気がかりではあったが、それ以上に目の前のことからやっていかないと話にならない。
 摩耶は島風とツ級の姿を探す。もしかしたら二人の戦闘はすでに終ってしまったかもしれないと、そんな予感を抱きながらも。


860 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/19(木) 01:28:45.45 ID:hgnI04YGo
ここまで。明日も頑張る
空いてしまいましたが乙ありなのです

>>851
その曲は荒野を走るドムの列という印象が個人的に強かったり
861 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/19(木) 07:55:51.66 ID:5XmVkAXeo
乙です
862 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/19(木) 12:56:04.30 ID:hVJUXdg/O
乙乙
863 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/22(日) 08:57:39.42 ID:IB/QKIB4o
乙乙
864 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/28(土) 23:32:45.46 ID:ijQsPyizo


─────────

───────

─────


 ツ級の砲弾は海面に落ちる前に空中で炸裂すると、破片による弾幕を形成して島風を捉えようとしてくる。
 対空用の攻撃手段でも、装甲の薄い島風にとっては十分に脅威だった。
 それも全ての砲撃がそうなるのだから、幕というよりも壁のような圧力を感じる。
 そのため回避するにはより大きく距離を取ったり回り込む必要があり、島風はツ級の砲撃をかいくぐれずにいた。

 しかし島風もただ劣勢に陥ってるわけではない。
 ツ級がいるのは島風の射程内でもあり、回避の合間に放つ砲撃は着実に命中を重ねている。
 痛打とはいかなくともツ級はあくまで軽巡なので、島風の砲撃でも損傷は蓄積していく。

「鬱陶シイ……粘ラナイデ……シツコイ……」

「島風から逃げようだなんて!」

 このツ級が何を考えているのかは分からない。
 ただ、摩耶が離れた途端に海域からの離脱を図ろうともした。
 すぐに追いついて阻止したものの、先に行かせたら鳥海の邪魔をされるという確信が島風にはある。
 そんな真似をさせる気はさらさらなかった。

「絶対に行かせるもんか!」

 島風の砲撃を受けて、ツ級は怯みつつも態勢をすぐに立て直す。

「邪魔ヲ……シナイデ!」

 反撃の砲火が開かれる。
 散弾の雨が次々に飛来してきて、島風はその多くを避けていく。しかし全てではない。
 島風は背中に衝撃を感じ、背中にいる連装砲たちが悲鳴をあげたのを聞く。

「連装砲ちゃんたち、怪我は? えっ……雷管をやられたの?」

 島風が連装砲たちに話しかけると、連装砲たちもすぐに被害報告を知らせてきた。
 この間にも砲撃は続いている。
 このままでは危険と感じて島風は左に舵を切ると、外に向かって旋回するようにツ級から離れていく。
 すると島風を追うように主砲も追ってくる。
 円を描くような軌道を取ると、後逸するように散弾の塊が落ちていく。


865 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/28(土) 23:33:57.87 ID:ijQsPyizo


 島風は呼吸を整えながら再攻撃のタイミングを窺う。
 背中の五連装酸素魚雷は、すでに砲弾の破片を浴びたせいで使い物にならなくなっている。
 雷撃ができないとなると砲撃だけでけりをつけるしかなくて、肉薄して少しでも多くの砲撃を叩き込まないといけない。
 だけど簡単にはツ級も近づけさせてくれないし、至近距離まで無傷でたどり着けないのは直前の撃ち合いからも明らかだった。

「下ガリナサイ、駆逐艦……アナタニ興味ハナイ……今ナラ見逃シマス……」

「……ふざけないでよ。興味のあるなしで島風の生き死にを決めるつもりなの!」

 島風は言い返すが劣勢なのは内心で認めている。
 これで摩耶がいるならともかく、単独の戦いでは分が悪い。
 それでも後退はしても退避という選択は今の島風にはない。
 そんな気配を読み取ったのか、ツ級が島風を牽制するように声を投げかけてくる。

「艦娘……ナゼ……ソコマデスル……?」

「今になってそんなこと言われるなんて思わなかったよ!」

 島風の脳裏に戦闘とは別のことが過ぎり、知らず知らずの内に爪を立てるように両手を握りしめていた。
 頬をはたいた手。そして、はたかれた頬。
 私はいつだったか鳥海さんに頬をはたかれている。身勝手な私に怒ったからだった。
 そして、私も鳥海さんの頬をはたいている。提督をなくしたあとの、あの人の言葉が許せなくて……私を叱ってくれた人の言葉だと思えなくて。
 だけどね、あの時まで知らなかったんだよ。
 叩くほうだって本当は痛かったなんて……知らなかったんだよ。

「鳥海さんが言ってるんだ……提督かもしれないネ級と決着つけたいって……泣いてたあの鳥海さんが!」

 どんな想いで鳥海さんがネ級との戦いに臨んでるのか、私にも分かったなんて言えない。
 それでも提督のことで苦しんでいた鳥海さんを知っている。
 自分で決めたんだ。戦うって。それなら私にできるお手伝いなんて、これしかない。
 体の中に力がみなぎってくるのを島風は感じる。

「お前なんかが鳥海さんの! 私たちの邪魔をするなぁ!」

 吐き出した言葉にツ級がたじろいだように島風には見えた。
 言わないでもいいことなのに、ツ級にはなぜか言っていた。きっと私も自分の気持ちを何かにぶつけたかったんだ。
 でなければ、こんなことなんて言わない。ましてやツ級に。

「何ガアッタニセヨ……ソチラノ都合……私ニモ私ノ……」

「先には行かせない……余所見もさせてあげないんだから!」

 絶対に止めてやる。ここでツ級は食い止める……ううん、倒してみせる。
 強敵とか不利とか、そんなのは関係なかった。


866 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/28(土) 23:34:46.01 ID:ijQsPyizo


「行くよ、連装砲ちゃん! しっかり掴まっててね!」

 出力を推力へと変えるべく缶が最大稼働。艤装が唸りをあげ始める。
 背中に乗せた連装砲たちがしがみつくのを感じながら、島風の体が風を切って前進。ツ級もまた全砲門で迎え撃つ。
 散弾の雨が弾幕として張られる中を、島風は縦横に駆けるように避けていく。

 ツ級は後進しながら砲撃を続ける。攻撃が思うように当たらなくなっている。
 砲弾や破片がかすめこそすれど、島風の勢いは止まらない。
 砲撃と一緒にツ級は苛立ちを隠せていない声を発する。

「ドウシテ当タラナイ……タカダカ四十ノット……ソノ十倍ダロウト……追エルノニ!」

 艦娘と航空機じゃ狙い方は変わってくる。速度も機動性も単純に比較できるようなものじゃないし、私たちは撃ち合いながらの行動になってくる。
 その感覚のズレをツ級はまだ掴みきっていないのかもしれない。きっと経験というのが浅いから。
 だから破片には当たっても直撃はしない。しないと自身に言い聞かせながら、島風は肉薄しようと少しずつ距離を詰めていく。

 できる限り速度を殺さないように、かといって直進が続かないように島風は水を切るようにツ級へと迫る。
 決して島風も無傷ではいられない。セーラー服や艤装は元より、両腕や頬も破片に切られて次々と傷ついていく。
 それでも島風は至近距離まで近づいた。戦意も速力も衰えないまま。
 島風の放った一発がツ級の右腕を反らすように弾く。ツ級の砲撃に明らかな切れ目が生じる。
 その隙に素早く島風は距離を詰められるだけ詰めた。

 連装砲たちが身を乗り出すようにすると一斉砲撃を浴びせていく。
 砲撃が吸い込まれるように命中していくとツ級がたたらを踏んで後ずさる。
 硝煙によってツ級の姿が覆い隠されても、島風はありったけの砲撃を撃ち込んでいく。

「ココデ沈ムワケニハ……私ハ……!」

 ツ級の反撃が来ると島風は感じ、その前に勝負を決めようとする。
 しかし次の瞬間には視界が閃光で埋め尽くされ、驚きによる叫び声も轟音に呑み込まれていく。
 島風の体が勢いよく吹き飛ばされて海面に叩きつけられる。

 何が起きたのか、当の島風にも咄嗟には理解できなかった。
 どこか朦朧としながらも、仰向けになった体だと自然と空を見上げる。ほのかに灰がかったような雲が空を覆い尽くそうとしているのをぼんやりと見る。

「直撃された……?」

 そうに違いないと覚束ないながらも悟ったが、状況に考えが及ぶ前に強烈な吐き気に見舞われる。
 まだ痛いとは感じないけど、こうして倒れてるのならそういうことなんだと思う。
 痛みの代わりなのか、嘔吐感をこらえて体を起こそうとするが両腕に力が入らない。
 それでも島風は海面に手をついて立ち上がろうとする。
 体が水面に反発するように浮いたままなのは、艤装の機能がまだ生きている証拠だった。


867 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/28(土) 23:36:09.63 ID:ijQsPyizo


「確カニ……無視シテイイ相手デハナカッタ」

 島風が起き上がろうとしながら顔を上げると、ツ級が右腕に載せた主砲を向けていた。
 ツ級は満身創痍で体の所々から出血し、向けられた右腕からも黒い血が滴り落ちている。
 被り物のような仮面にもひびが入っていて、もう一押しすれば壊れてしまいそうな感じがした。

 しかし、この場で主導権を握っているのはツ級のほうだ。
 ツ級が砲撃したら助からない。自分を狙っている底なしの穴のような砲口を見つめてしまうと、そう実感するしかなかった。
 それでもまだ被弾のショックで感覚が戻っていないのか、不思議とツ級とこの状況を怖いと思えなかった。

 その時、島風の背中にいた三基の連装砲たちが、主砲を乱れ撃ちながら二人の間に割って飛び出す。
 短い両腕を広げ、すでに中破している一基も含めた三基は散開しつつも徒党を組むように立ち塞がる。
 ツ級は島風への狙いを解くと、砲撃を避けるために後退しつつ素早く首を左右に巡らす。連装砲たちとの位置関係を把握しようとしているようだった。

「連装砲ちゃんたち……やめて……みんなだけじゃ……」

「アナタタチモ……ソノ艦娘ヲ守リタイヨウダケド……」

 ツ級が両腕を広げると、両腕の両用砲がそれぞれに向けて仰角や向きを微調整する。
 連装砲たちも島風に追随できるように同程度の速度が出せるが、ツ級の相手をするには荷が重い。
 ツ級が反撃を始めると、たちまち三基の連装砲たちは弾幕に絡め取られて沈黙していく。
 だが双方にとっても予想外のことが起きた。

「お前の相手は一人じゃないんだよ!」

 割り込む声より速く、ツ級に別方向からの砲撃が見舞われる。
 20.3センチ砲による攻撃で、それは不意を突く形でツ級の左腕に命中した。
 その一撃でツ級の左腕の巨大な腕を模した艤装が割れるように壊れると、豪腕がもげるように落ちてツ級の白い左腕が露わになる。

「間に合ったみたいだな……ここからは摩耶様が相手するぜ!」

「邪魔ヲシテ……!」

 ツ級が残る右腕の主砲を増援に来た摩耶に向けて狙うが、またしても横から小口径の砲弾に撃たれて注意がそちらへと逸れる。
 島風の連装砲の内、始めに中破した一基が放ったものだった。
 この砲撃は当たるどころか大きく外れていたのだが、ツ級は摩耶から注意を一瞬とはいえ逸らすという隙を晒す。
 そのわずかな間に摩耶はツ級が予想していた位置よりも少しだけ離れ、砲撃までの猶予を与えていた。
 ツ級が照準を補正して撃った時には、摩耶もまた次の砲撃を終える。


868 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/28(土) 23:37:52.34 ID:ijQsPyizo


 ほぼ同時に放たれた砲撃が行き交うと、摩耶の周囲にはいくつかの水柱が生じて散弾が飛沫のように降り注ぐ。
 咄嗟に身を守ろうとした摩耶だが、やはり全てを避けることは敵わず体に擦過傷を負っていく。
 艤装にも砲弾の破片が立て続けに当たり耳障りな音を立てるが、重巡ともなると大きな被害とはならなかった。

 そしてツ級は摩耶とは比べ物にならないほどの甚大な被害を受けた。
 複数の命中弾を受けて、残っていた右の両用砲群は発射不能に陥いると、足元付近に命中した一発が艤装の機関部に悪影響をもたらした。
 急速に速力を落としていくと、海面を這うような速度しか出せなくなる。
 何よりも頭に当たった一撃がツ級の戦闘能力を完全に奪った。

 仮面のような外殻が衝撃こそ吸収したものの、それも決して十分とは言えない。
 ツ級はかろうじて倒れこそしなかったが、今にも膝を崩しそうなほどに弱っていた。
 さらに彼女の仮面は砕け、素顔が露わになっていた。

「お前……その顔は!?」

 摩耶が息を呑む。島風もまた言葉がなかった。
 ツ級の素顔は二人がよく知る顔――鳥海と瓜二つだった。
 肌が深海棲艦らしくより白くて髪の長さも肩口までと短ければ、眼鏡ももちろんかけてはいない。
 それでも違いはそれだけしかなかった。

「オ前タチヲ退ケテ……今度コソ……ネ級ト……」

 ツ級はうわごとのようにつぶやくが、すでに限界に達しているのは明らかだった。
 その場で力尽きたように、両膝を海面に突くと前のめりに倒れた。
 こうなるとツ級の体が海中に沈み始めるまでは早く、波に浚われるように沈んでいく。

 その時には、遅れてきた痛みをこらえながら島風も立ち上がっていた。
 ツ級の元に駆けつけようとするが、島風の艤装は満足に動ける状態ではない。

「摩耶……助けてあげて!」

 摩耶はツ級が沈んでいくのを愕然としてみていたが、島風の声で我に返る。

「助けろって……あれはツ級だぞ!」

「だけど……ここで見捨てたらきっと後悔するよ!」

 根拠があって言ったことではなく、ほとんど直感だった。
 どうしてツ級が鳥海と似てるかは島風にも分からない。偶然なのかもしれないし、そうだと思いたかった。
 ただ、このまま何もしないのは間違っていると思えてしまった。

「そんなこと……!」

 摩耶は反発するようなことを口にしているが、すでに沈みゆくツ級の側まで近づいていた。
 このままではいけないと思っているのは摩耶も同じらしい。
 ほとんど間を置かず、摩耶は海中へと両手を伸ばす。
 水を掻き分けるようにしながら、やがて両腕で何かを引っ張るようにするのを島風は見た。

「何やってんだ、あたしは……」

 摩耶の引きつった声が――きっと顔も引きつらせながら、沈みゆくツ級の手を取って海上へと引き上げていた。


869 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/10/28(土) 23:39:00.25 ID:ijQsPyizo
今夜はここまで、乙ありでした
ちょっと好みの分かれる展開かなぁ、などと思いつつ
870 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/29(日) 00:25:39.89 ID:9rmzDvULo
乙です
871 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/29(日) 19:56:14.40 ID:iH1p9k5l0
おつ
大体みんな中の人は予想通りだったと思うw
872 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/02(木) 08:01:17.59 ID:rVLU1fOzO

そんな気はしてた
873 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/11/09(木) 22:39:56.17 ID:4SW+hGJDo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 敵艦載機が撤収に移り空襲が止むとすぐに、武蔵は戦艦棲姫との砲戦を再開せざるをえなかった。
 武蔵は損傷を負った艤装を操りながら、姫に背後や側面に回り込まれないように動き始める。
 姫は空襲中は攻撃しないという口約束を違えていないが、それから待つ気はなかったらしい。
 複数の40cm砲が武蔵を駆り立てるように間近に着弾する。
 仕切り直しの初弾でも、さすがに狙いがいい。自分の背丈を優に越える三本の水柱に煽られつつ、内心で舌を巻く。

「無傷トハイカナカッタ……デモ……モウ待テナイ」

 姫の声が囁くように聞こえてくるが、距離はおそよ一キロほど離れていた。
 空襲の間に武蔵は二本の魚雷と五発以上の急降下爆撃を受けている。
 幸いにも爆撃は装甲の厚い箇所にばかり当たってほぼ無傷でやり過ごし、艤装には喫水下線の攻撃にも対策が施されているので雷撃を受けた割には被害は小さい。
 しかしながら機動性の低下は避けられず、先ほどから姫に付かず離れずの位置を――姫に取っては戦いやすいだろう位置を保たれている。

「味方の被害状況はどうなってる? ちっ、いつまでも敵に甘えてるわけにはいかないか……来い!」

 他の艦娘たちが砲撃戦を行っていたのもあって、艦載機に専念できた武蔵の対空砲火はよく目立っていた。
 こういう相手は徹底的に狙われるか、ひたすら無視されるかのどちらかになりやすい。武蔵の場合は前者になった。

 他の艦娘への航空攻撃を肩代わりできたのだから、武蔵としては願ったり叶ったりだった。
 とはいえ全てを引き受けられるはずもなく、味方にも被害が出ている。
 見聞きした限りでは致命傷を負った艦娘はいないはずだが、混戦である以上は詳しく分からない。
 何より戦艦棲姫を相手にする以上、こちらに集中しないと命取りになる。

 互いに距離を保ったまま主砲を撃ち合う。
 発射から目標到達までは一秒ほどだが、次弾装填までの時間は常と変わらない。
 撃ち返す形の武蔵の砲撃は姫の後方にまとまって着弾。遠すぎる。
 一度は砲戦を中断したため、どちらも命中弾を得るとこから始めなくてはならない。
 しかし姫のほうはすでにいい場所に狙いをつけているし、こちらは速力が落ちてるので敵弾を避けにくくなっている。

 やはりというべきか、最初に被弾したのはこちらだった。
 姫の三度目の砲撃が二番の主砲塔を叩く。当たったのは一発でも痛みを伴った激震が体中を貫いていった。
 巨大なハンマーで叩くというが、まさにそうされたような気分だ。
 この衝撃だけで体や艤装も壊れてしまいそうな気がするが、どちらも簡単に壊れやしない。

 武蔵は雑念を払うように深呼吸を一つ行う。
 この状況を踏まえて、まずは当てることだけに専念する。
 落ちたとはいえ元からそこまでの速度差はないのだし、これだけ距離があれば側面や後背を突かれる危険は少ない。
 それに互いに手負いではあっても一発ニ発では沈めない身であり、最終的には主砲による殴り合いになるのは変わらんのだ。
 ならば少しでも早く、その状況に持ち込めるようにするしかない。


874 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/11/09(木) 22:44:10.79 ID:4SW+hGJDo


 さらに数度の砲撃が交錯すると武蔵にも改めて命中弾が生じる。
 しかし、その頃には戦艦棲姫も斉射に切り替え、一回の砲撃ごとに着実に武蔵への命中弾を積み重ねていた。
 何度目かの直撃で武蔵の全身を揺さぶる衝撃が走り、熱と爆風を伴った目を焼く光が襲う。
 とっさに腕で顔を庇うが、殺しきれない閃光が激しく明滅する。
 戦艦棲姫の砲撃が艤装の一角に大穴を空けた際に生じた光で、破孔からは延焼を示す黒煙がたなびき始めていた。

 被害はそれだけに留まらず、バイタル・パートを徹甲弾が叩く。
 装甲に阻まれ貫通こそ防いだが、その衝撃は武蔵の体を苛むには十分だった。
 鼻の奥からこぼれてきた血を手の甲で拭って払う。

 それでもなお、武蔵が有する九門の主砲は周囲を圧する轟音と衝撃波を巻き起こしながら斉射を行う。
 未だに火力を維持できているのは幸運と呼ぶほかない。
 元より投げ出す気はないのだから、滅多打ちにされようが浮かんでいて撃ち返せるなら最期まで撃ち続けるまで。

 武蔵の放った砲撃も姫を食い破ろうと飛翔する。
 そのうちの一弾が姫本体に直撃する軌道を取っていたが、生体艤装が自らの左腕を盾代わりにして犠牲にする形で防ぐ。
 巨獣が苦悶の叫びをわめき立てる。
 46cm砲の直撃を受けた左腕はかろうじて原型を留めながらも、糸が切れたように垂れ下がっていた。

 これで姫を守る物はもうない。
 光明が見えたのも束の間、またしても激震が武蔵を襲う。
 二番砲塔に再び姫の主砲が命中していた。
 歯を食いしばって耐え凌ぎ、装填が終わるなり武蔵も反撃する。
 そこで武蔵は否応なしに今の被弾の影響の大きさを思い知らされた。

 二番砲塔から放たれた砲弾は、どれも姫からは明後日の方向に落ちていく。
 被弾の影響で何かしらの不具合を起こしているのは明らかだった。
 狙った位置に飛ばせないようでは主砲としては役に立たない。

「今のはまずいな……撃てるだけマシと見るべきか」

 劣勢。意気込みとは別にして戦況をそう認めざるを得なかった。
 これで火力は三分の二に減った……いや、まだ三分の二が残っていると考えるべきだろう。
 それに砲門数で言えば、これでも戦艦棲姫と変わらないんだ。

「劣勢もへったくれもないな……一門でも撃てれば挽回できる!」

「ソレデコソ……続ケマショウ! 血ヲ流シテ……生キテイル証ヲ刻ンデ……!」

 姫も興奮が入り混じった声を寄こしてくる。今にも笑い出しそうな響きが魔女の声に出ていた。
 やつはこの状況を楽しんでいる。それを非難する気なんてない。この武蔵にだって、その気持ちは多少なりとも共感できる。
 相応しい時に全力を尽くせるのは幸運だ。


875 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/11/09(木) 22:47:49.49 ID:4SW+hGJDo


 主砲の装填が済むまでの間、睨み合ったまま膠着する。
 その最中、武蔵は視界の端のほうで艦娘が姫の側面から回りこもうとしているのを捉える。
 横から高速で姫に近づいていくのは清霜だった。
 武蔵の見る限り損傷らしい損傷は見当たらず、姫への雷撃を狙っているようだった。
 戦艦棲姫もそれに気づいたのか、横目を向けるように視線を巡らす。

「駆逐艦……アナタハ相手ジャナイノ……ダケド言ッタハズ……武蔵ノ側ニイタラ沈メルト」

「できるものならどうぞ! 清霜にご自慢の主砲が当たるか試してみよう!」

 挑発するように言う清霜だったが、しかし姫は彼女を無視して武蔵に視線を戻す。
 あくまでも無視という対応に出た姫に対して、清霜は艦砲を撃ちかけるが姫の態度は変わらない。
 砲撃が当たろうが外れようが、涼しい顔をしてされるがままになっている。

「やつには近づくな、清霜!」

「武蔵さんがそう言っても、ここまで来ちゃったら雷撃の一つや二つはしないと!」

 反撃を受けないまま清霜は戦艦棲姫まで急速に接近する。
 抵抗がなければ、それだけ近づくのも速い。
 再装填はまだ終らない。武蔵はひどく嫌な予感がしていた。

「慕ワレテイルノネ……アナタハ期待ニ応エラレル……?」

 清霜はすぐに雷撃体勢に入るとセオリー通りに扇状に八本の魚雷を投射していく。
 雷跡が迫ってくるのを見てか、そこで戦艦棲姫が急に動き出した。
 ただし雷撃を避けるのではなく、投射された内の一本に向かって直進する。故意に当たりにいこうとしている動きだった。

「なんで自分から!?」

 唖然とする清霜に愉快そうに笑う姫の声が重なる。

「仕方ノナイ子……モウイイワ……撃チナサイ」

 姫が片手を振り上げると艤装が咆吼する。同時に獣の両肩に載った三連装主砲が火を噴く。
 清霜の体が林立する水柱に呑まれ、遅れて姫も触雷の水柱に弾かれるように押し出されていった。


876 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/11/09(木) 22:56:27.82 ID:4SW+hGJDo


「っぁ」

 清霜のか細い声が無線から漏れだし――それはすぐに絶叫に変わった。

「ああああ! ああああ!」

 水柱が落ち着つき始めてすぐに清霜の姿は確認できた。
 海面にうずくまっていたかと思うと、のたうつようにもがくのを武蔵は見た。
 清霜の左腕が、肘から先が吹き飛ばされている。

「ホラ……当タッタワ……アア、可哀想ニ……ナマジ避ケヨウナンテスルカラ……」

 雷撃を受けたはずの姫は何事もなかったかのように白々しく言う。
 うそぶくような言い方で、本当はこうなると分かっていたかのように感じてならなかった。
 武蔵のその感覚が正しいのを証明するように姫は続ける。

「コレモ前ニ言ッタハズ……武蔵ニハ誰モ守ラセナイト……」

 言いながら姫は武蔵を見ていない。とどめを刺そうと清霜を見続けている。

「マズハ……コノ子カラ水底ヘ帰ス……ソノ次ハ武蔵ノ番……」

「ふざけるな! 私と戦いたいなら、この武蔵だけを見ていればいい! 目を逸らすなどもっての外だ!」

 武蔵が吠える。怒りに満ちた指摘に戦艦棲姫がはっと視線を戻す。
 この武蔵との対決にこだわりながら、大事な時になぜ目を逸らしてしまう。
 驕りか侮りか、それとも迂闊なのか。

 武蔵は狙いを定めていた。怒りという激情を秘めたままでも頭の片隅は醒めている。
 頭の中で撃鉄を起こす。引き金を引く。ボタンを押す。そういったイメージを想起する。

 そろそろ主砲の装填が終わる。今は間を置いて交互に砲撃する状態になっている。
 つまり、次はこちらのターンというわけだ。
 もし、この砲撃で姫が健在のままなら、次の砲撃は武蔵と清霜のどちらを狙うつもりでいる?
 おそらく清霜が狙われる。そうなれば、もう動けない清霜は確実に沈められるだろう。
 だから、これを当てるしか――ただ当てるだけではなく仕留めなくてもならない。

 武蔵は息を吸うと体の内に溜めこむ。
 集中する、ということを意識せずに集中する。
 周囲から音が途絶え、目標である戦艦棲姫以外は目に入らない。清霜のことでさえ、その間だけは意識の外になる。

 砲撃一つでさえ多くに干渉される。
 大気圧に温度、湿度、重力、風向きに風速。潮の流れ。この武蔵の技量に調子、気分や心境。相手である姫のそれも同様に。
 大きい物から誤差とすら呼べないほど小さい事柄、考慮できることから考えても仕方のないこと、自分が知りえないことまで。

 それは我々も同じだ。
 一人のつもりであっても、実際は多くの者と関わって生きている。
 ……お前はどうなんだ、戦艦棲姫。生の実感がどうとか言っているが、本当にお前はそれを分かっているのか。
 きっと聞くまでもないことだろう。おそらく、それが武蔵と戦艦棲姫との違いだから。


877 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/11/09(木) 22:58:40.23 ID:4SW+hGJDo


 殺人的な衝撃波を巻き起こしながら六門の主砲が放たれた。
 武蔵の体感的には同時、実際には三連装砲の中央のみ左右の砲撃による干渉を避けるためにわずかに遅れている。
 大気を切り裂いた徹甲弾が戦艦棲姫を穿とうと落ちていく。
 二本の水柱に挟まれた姫は、それを知覚する前に激しい衝撃に襲われていた。

 姫の生体艤装にまず二発が命中する。一発は右肩の主砲塔に当たり、装甲を抉りはするが抜けきらずに弾き返される。
 もう一発が無貌の頭頂部に直撃し、半ばまで食い込む。
 これだけだったら重傷ではあっても致命傷にはならない。
 しかし三発目がすぐ近くに着弾すると話は変わる。
 すでに食い込んでいた砲弾を上から押し込む形になり、それが艤装を終わらせる決定打になった。
 内部に到達した艤装の中枢部を破壊し機能を喪失させる。
 そして最後の一発が姫と艤装の間に飛び込むと、両者を引き剥がすように弾き飛ばした。

 時間にすれば二秒に満たない間の出来事だった。
 その様子を見届けて武蔵は息を吐き出す。張り詰めていた気持ちは緩まず、浮かれる余裕もなかった。
 そもそも打ち勝ったという実感もなく、何よりも清霜のことが気がかりだった。

 武蔵は姫が確実に致命傷を受けていると確信して、すぐに清霜へと近づいていく。
 損傷が積み重なっている影響で普段以上に加速が利き出すまでが遅い。
 逸る気持ちとは裏腹に清霜の元に着くまで時間がかかってしまう。

 すぐに武蔵は屈むと清霜から全損している艤装を取り外し、さらしを千切って左腕の傷口を固く縛る。
 いくら艦娘と言えど、一刻も早くバケツを使う必要がある。
 傷は治るが、それまで清霜の体力が持つかは分からない。

「やられちゃいました……」

「すまない……あの一撃は清霜が代わりに引き受けてくれたようなものだ」

「私は清霜……いつか大戦艦になる女ですよ……あんなのぐらい……」

 血の気をなくした白い顔が言う。
 吹けば消えるようなささやきでも、ちゃんと耳に届いていた。
 強がりでも何でも言ってくれるのはありがたい。今はその言葉を信じて懸けるしかないんだ。
 武蔵は清霜を抱えて立ち上がり、すぐに気配に気づく。
 素早く後ろを振り返ると戦艦棲姫が立ち尽くしていた。

 武蔵は身構えようとするが、戦艦棲姫は艤装を失っていれば脇腹から大量の血を流している。
 何よりもその表情から戦う意思はないと察した。もう長くないのも。


878 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/11/09(木) 23:01:39.81 ID:4SW+hGJDo


「オ見事……ソウ言ワザルヲエナイワネ……」

 武蔵は無言で見つめ返す。
 姫は笑っている。愉悦とは違う、弱々しく儚げな顔で。
 それでもどこか満足げに見えてしまうのは……こちらがそう思いたいからではないはずだった。

「戦艦棲姫……わざと清霜の魚雷に当たったのか?」

「航空魚雷トハイエ……アナタハ二本……命中シテイタ……単純ニ比較デキナクテモ……コレデ帳尻ハ合ウモノ」

「あくまで公平に戦いたかったのか……」

「アナタナラ理解デキルハズ……背負ッタ期待ニ応エラレナイ無念ハ……戦ウベキ相手ト出会エナイ口惜シサハ……」

「……分かるさ。お前は厄介なやつだったが、こだわりたくなるのは同じだった」

「アナタハ……私ダケノ強敵ナノ……」

「……確かにお前との戦いは楽しかったよ。その楽しさもそう感じる私の本性も否定はできないさ。だが武蔵は……お前だけの強敵ではいられないんだ」

「残念……ソウ……残念。我々ニデキルノハ血ヲ流シテ……生キテイル証ヲ刻ムコトダケ……私モアナタモ同ジナノニ」

「そんなことをせずとも……生きていけるさ」

 そう思いたい。戦うだけしか能がないとしても……それで他の可能性を切り捨てたくはない。
 戦うのは手段であって目的ではない。艦娘だとしてもそう信じるのは構わないはずだ。
 結局、戦艦武蔵と戦艦棲姫は違うんだ。重なる部分はあるにしても、どうにもならない部分もある。
 だから対立するしかなかったのか……その答えは武蔵にも分からない。

「お別れだ、戦艦棲姫。彼の世で誇るといい。お前は私よりも強かった」

「ソンナトコロ……アルトイインダケド……」

 ほほ笑むような、すすり泣くような声音だと武蔵は思う。
 これが戦艦棲姫の最期だと理解していた。
 しかし武蔵はすぐに背を向ける。もう十分だった。


879 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/11/09(木) 23:06:44.69 ID:4SW+hGJDo
ここまで。あと二回ぐらいで六章は終われる予定。というわけで月内が目標
ツ級の正体は予想できてたようで安心しました。誰だよそれみたいなことになるのが、私の中では最悪に近いパターンかなって
今だから言えるのは、登場前は元のモチーフっぽいアトランタ級にするかで結構悩んでました
880 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/09(木) 23:15:31.97 ID:E4cXVxEE0

アトランタだとそれこそ誰それだからこれで良かったと思う
そして大戦艦抗争は清霜含めコテコテ王道展開で綺麗に着地
881 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/09(木) 23:30:59.61 ID:E11zZ8M2o
乙です
882 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:42:28.77 ID:n2AkfQKWo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 全部手遅れなのかもしれない。
 泊地の近海に戻ってきた白露が最初に思い浮かべた言葉はそれだった。
 彼女の目の前にある海原には、重油のような黒い液体や元の形を留めていない有機物や金属らしい残骸。
 周囲を海の濃さとは違う黒色に染めながら、それらは道筋のように転々と続いていた。
 潮風に混じって金鉄のようであったり、ゴムが焦げついたような独特の悪臭が漂ってくる。
 同じものを見ている春雨がつぶやく。その声はかすれるように震えている。

「これ……」

「……ここで戦ってたんだよ」

 白露は多くを言わない。そうしなくても春雨に通じるのは分かっていたから。
 泊地の防衛に回っていたコーワンの手勢と空母棲姫が率いる別働隊とが交戦したのは間違いない。
 そしてトラック泊地が艦砲射撃に晒されてるとの急報を知らせてきた以上、結果も明らかだった。

 空母棲姫が発見されてから、彼女たちはできる限りの速さで前線から取って返してきた。
 ここまで白露たち一団を輸送してきた輸送艦から降りて、自力で航行し始めてからおよそ十分。
 泊地が敵艦隊の編成などを知らせてきてからは、ほぼ三十分になろうとしている。

 敵艦隊の構成は空母棲姫とは別に十二体の護衛要塞とそれと同数の水雷戦隊で構成されているという。
 ここで起きた戦闘で消耗はしてるはずだけど、こっちより数で多いのは間違いない。

 白露は海上から視線を逸らすように空を見上げる。
 海は割りに穏やかだけど、雲行きはそんなによくない。
 午後には雨が降るという天気予報は的中しそうだった。
 航空機の行動が制限されるなら、そっちの戦力でも負けてるこっちには好都合なんだけど。

 この日、白露たちは第二次防衛圏で機動部隊として飛龍ら空母の護衛を務めていた。
 戦線が後退してきた時は遊撃隊としても動くつもりでいたが、空母棲姫が泊地近くまで侵入していたのが判明すると事情が変わってくる。
 泊地を防衛するために機動部隊から抽出されたのが、白露を始め時雨、春雨、海風、江風、涼風の六人の白露型に山城を含めた七人だった。
 戦力としては心許なくとも機動部隊の護衛も疎かにできず、そちらは他の夕雲型と大淀に託している。

 そんな白露たちの陣形は複縦陣ではあるが、上から見ると八の字になっている。
 互いに回避行動を取りやすい距離を保つためもあり、射線を僚艦によって遮られないようにするための並びでもあった。
 それぞれ白露と江風を先頭にして白露の後ろには春雨と時雨、江風には海風と涼風と続き、最後尾の中間点に山城が位置している。
 並びで言えば、ちょうど白露型と改白露型で左右に分かれていた。

「せめて重巡の方が一人でもいてくれたらよかったんですけど……」

「ないものねだりしても仕方ないよ、姉貴。江風たちがやれるだけやンなきゃ」

 海風と江風の話を聞きつつ、白露も口にこそ出さないがもう少し戦力がほしいと考える。
 泊地を守っていた深海棲艦と協調して空母棲姫と戦いたかったけど、それはもうできない。


883 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:44:27.48 ID:n2AkfQKWo


「姉様は無事かしら……今ほど足の遅さを恨めしく感じたことはないわ……」

 山城は暗い顔でありながら険しい目つきで泊地の方角を見続けている。
 今はその彼女に合わせて二十四ノットで泊地に向かっていた。
 白露たち駆逐艦だけならもっと速く移動もできるが、ただでさえ戦力で劣っている。山城抜きで空母棲姫と当たっても押し潰されてしまうのが目に見えている。

「姉様にもしものことがあったら……」

「大丈夫に決まってるさ。艦砲射撃は短時間だと、あまり効果はないから……きっと扶桑は無事だ」

 時雨は励ますような言い方だけど真顔になっていた。
 きっと自分にもそう言い聞かせようとしてる。
 動じてないような顔をしてるときの時雨は本当は不安になってることが多いみたい。
 そういう気持ちを隠そうとするから、かえってポーカーフェイスみたいになる。時雨本人も気づいてるようだけど、簡単に直せないような癖。

「そうね……でもやっぱり心配だわ。艤装もなしに直撃を受けたら、いくら姉様でも……」

 元々、心配性が強すぎる山城さんだけど、やっぱり不安は拭えないようだった。
 とはいっても時雨の言葉は気休めだろうけど、あながち嘘でもない。
 たとえば山城さんが十分間で撃てるのは最高でも十五回。
 そして艦砲射撃が始まってからは、まだ三十分も経っていない。
 空母棲姫と護衛要塞が艦砲射撃をするとしても、そういった攻撃を想定していた泊地への対地攻撃としてはまだまだ不十分なはず。あたしもそう思いたい。

「対空電探に感あり! ざっと四十機……敵さんが近い!」

 涼風が警告の声を発すると、こちらの電探でも少し遅れて直掩機の存在を感知した。
 さらに遅れて水上艦の反応も認められるようになる。どうやら敵艦隊は前後の二列に分かれているらしい。
 時雨が真っ先に敵の存在を認めた涼風に声を向ける。

「ということは向こうもボクらに気づくだろうね。敵艦載機はどう?」

「今んとこ直掩の他は出撃してきた様子はねえかな? あたいらにはもったいねえとか思ってるのか?」

「消耗していて温存したいのかも……なんにせよ瑞雲もこれで品切れだから好都合だわ。このまま突入しましょう」

 それまでの暗い様子から一転、山城が張りのある声で言う。
 誰にも異存はなかった。ここまできて手をこまねいてるなんて選択肢はない。
 山城が残りの爆装した瑞雲を発艦させていく傍らで、白露も声を張り上げる。

「あたしたちは露払いとして水雷戦隊を叩きのめすよ! 山城さんは敵中枢をお願いします」

「ええ、まずは護衛要塞を減らすのを優先するわ。姫も大事だけど泊地を守れなくては意味がないもの」

 空母棲姫を沈められれば決着もつくだろうけど、護衛要塞はその姫を守ろうとしてくるに違いなかった。
 それを別にしても対地攻撃の要になっている敵なら、早めに対処しないといけない。


884 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:46:17.87 ID:n2AkfQKWo


「無理はしすぎないでよ、山城。改二と言ったって君の防御力は相応なんだから」

「だったら相応じゃない部分を活用するまでよ」

 艦隊は初めから戦闘隊形を取っている。
 白露の手信号を合図に駆逐艦たちが加速しだすと、山城を引き離して前へ進んでいく。
 その上空を瑞雲たちが追い越していった。機数が機数だし敵の直掩のほうがずっと多い。成果は期待してなかった。

 近づくに連れて、電探の反応でしかなかった敵が黒い影という実像を得る。
 すぐにそれは艦種を確認できるようになる。敵のほうからも近づいてきていた。

 二隻のヘ級軽巡に八隻の改良型のイ級駆逐艦。合わせた数はこっちのほぼ倍。
 それぞれ軽巡を最後尾にしての二つの単縦陣というべきか、大きな複縦陣というべきかを組んでいる。
 その先には、あの空母棲姫がいる。周囲の護衛要塞はニ体。
 姫の一団の奥では、別の護衛要塞が対地攻撃のために横隊を組んでいる。その数は八と白露は判断すると一同に知らせていく。
 空母棲姫たちと水雷戦隊が迎撃をして、横隊の護衛要塞はあくまで艦砲射撃を継続するつもりらしい。

「始めるよ! 目標、敵先頭のイ級二人。各自に砲撃、始めー!」

 白露の言葉を号令として、すでに狙いを定めていた一同が砲撃を開始する。
 最初の砲撃はそれぞれの先頭に集中すると、早くも何発かが命中した。
 左右にいる先頭が撃たれている間に、後続の敵艦は砲火をまき散らしながら脇を抜けて突撃してくる。
 すぐに白露たちも散開するように回避せざるを得なくなり、その間に砲火を浴びてた元の先頭艦も後続として戦列に加わってくる。

 これはまずいやつだ。
 粒揃いの敵艦を揃えているみたいで、これは手強い相手たちだった。
 こういう区別があるのかは分からないけど、親衛隊という言葉を自然に連想する。

 白露たちは敵に包囲されるのを避けるように動きつつ、かといって山城に向かわないように砲撃も仕掛けていく。
 先制こそ取れても、すぐに砲戦は押され気味になっていく。
 数の不利よりも、敵も連携して相互に穴を埋めるような戦い方をしているのが理由だった。
 近づいてくるイ級に白露は砲撃を当てていくが、返礼とばかりに別のイ級たちから撃たれていき被弾する。

「あいたっ!」

「白露姉さん!?」

「くっそー! このぐらいでやられるもんかあ!」

 心配する春雨の声を背に、敵に向かって言い返す。
 実際に今のはそんなに痛くはなかった。
 それにここで弱気を見せたら、一気に押し込まれてしまいそうな気がする。そんな気持ちが自然と強がりになっていた。


885 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:48:21.76 ID:n2AkfQKWo


 白露たちの後方で砲声が轟いた。
 雷がいくつもまとめて落ちたような音は山城による一斉射だ。
 山城は主砲として40cm連装砲五基十門を飛行甲板に合わせつつも強引に載せている。
 白露や水雷戦隊の頭上を飛び越えていった十の砲弾は、泊地を攻撃し続けていた護衛要塞に暴力を振るった。

 狙った先は一体ではなく五体。それぞれの砲塔が別々の護衛要塞を目標としていた。
 護衛要塞たちにほぼ同時に命中の爆発が生じていく。
 その内の二体は圧し折られて打ち砕かれると、あっという間に波間に消えていく。轟沈だった。
 残った三体も中破以上の損傷を受けたのは明らかで、白露はその光景に思わず固唾を飲む。
 たった一度の砲撃で、横隊の護衛要塞の戦力が半減していた。

「沈んだのは二つだけ……不幸だわ……避ける気のない固定目標なら、もっと上手に当てないといけなかったのに」

 山城さんは自虐めいたことを言ってるけど、海上でこれだけ距離があるんだから当てるだけでも簡単じゃない。
 今の砲撃が空母棲姫の警戒心を刺激したのか、護衛要塞たちの動きが一斉に変わる。
 微速で動き出しながら回頭を始めると、姫の一団も山城さんへの集中砲撃を始めた。
 押し殺した悲鳴が無線を震わせる。

「同じやり方はもう通用しない……各砲塔、交互射撃用意! 優先目標は健在な護衛要塞! 白露型のみんなにはこのまま護衛を頼みます!」

 山城さんの邪魔をさせるわけにはいかない。
 そして水雷戦隊もあたしたちを突破しようと攻勢に転じてくる。
 最後尾にいた二人のへ級がイ級たちを押し退けるように突破を図ってきた。

「へ級たちに集中砲火!」

 白露が令を下すと、各々の白露型も近い側のへ級に砲撃を集めていく。
 集中砲火を浴びて体力を削られ足が遅くなってもへ級は止まらない。
 へ級は囮になって攻撃を引きつけようともしている、という意図を白露は感じた。
 その間に後続のイ級たちも散ると砲撃を浴びせてきた。
 特に先頭に立つ白露は江風と共に多くの砲撃に晒される。

「こんのぉ……二人は後ろに来るやつをお願い!」

 言うなり、白露は砲撃を突き抜けてへ級の後ろに回り込む。
 速度が落ちているのもあって、背中を取るのはそんなに難しくなかった。
 砲撃に移る前に横目に反対側の江風を見ると、敵の砲撃を受けて落伍していくのが見えた。
 それを海風と涼風が守るために前面に進み出ていく。そんな二人に攻撃を仕かけているのは三人のイ級。一人は撃破したらしい。

 そこまで見ると背中を見せるへ級に意識を戻し、さらに左手側にいるもう一人のへ級にも目をやる。
 どっちもここで沈めないと山城さんに雷撃をされてしまう。


886 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:49:16.36 ID:n2AkfQKWo


「……沈めるしかないんだよ、白露」

 ためらったり迷ったりしてるわけでないのに、そんな独り言が口から出てて驚いた。
 でも、その通り。山城さんを守るためにも、江風たちの援護に向かうためにも沈めなくちゃいけない。

 背中を取ったへ級に主砲を浴びせながら、四連装の魚雷発射管を開く。
 進行する相手に斜め後ろから追いかけるようなコース。
 向こうの速力が落ちてるのと雷速の速い酸素魚雷だから逃がさずに届く距離だった。

 だけど、頭の中で思い浮かべる軌道がどうしてか定まらない。
 こういう感覚がする時の雷撃は当たってくれた試しがない。
 大したことないと思ったけど、さっきの被弾の影響が艤装に出ているのかも。

 投射の誤差を減らすために、なるべく体の振動が少ない時間を作らないと。
 少しだけ速力を落としてへ級への砲撃も止める。
 狙いやすくなるから撃たれる危険もあるのは分かっていた。案の定、イ級が後ろから砲撃してきた。
 外れた砲撃が前方で弾けて水柱に変わるのを見る。
 投射が先か、当てられちゃうのが先か。

 それでも今度はいけるはず。思い描いた軌道で魚雷が進んでいくのが想像できる。
 魚雷を投射しようとして、爆風が背中のほうから吹き抜けていった。
 あたしが撃たれたわけじゃない。

「張り付こうとしてたのは、どうにかしました!」

 春雨の報告に感謝しつつも声に出さないで、今は雷撃に集中する。
 発射管から投射された魚雷が自走を始めるのを尻目に元の速度まで上げる。
 そのままへ級への砲撃を再開しようとすると、先んじて時雨と春雨の砲撃も行われる。
 いくら駆逐艦だからって、さすがに背後から三人分の砲撃をもろに浴びたら耐えられない。
 へ級が半ば沈み始めたところで、もう一人のへ級も水柱で姿が掻き消える。
 足元から伝わるお腹に響く震動は触雷の余波だった。

「よし、これで――」

 言いかけて、白露は砲撃に見舞われた。連続して弾ける至近弾に小柄な体が弄ばれる。

「残りのイ級か、ここはボクに任せて!」

 時雨が隊列から外れて反転すると、三人のイ級に砲撃を浴びせる。
 当たりはしなくても牽制になり、イ級たちが散る。
 白露と春雨もすぐに転回すると攻撃に加わろうとするが、そこに時雨の声が飛ぶ。


887 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:51:32.61 ID:n2AkfQKWo


「こっちはいい。それより嫌な役を二人に頼みたい。空母棲姫の注意を引いてほしいんだ」

 二人の返事を聞く前に時雨はイ級たちへと撃ち返している。

「そんな……姉さんを一人にしてなんて!」

「ダメだ、このまま行くと山城は確実に撃ち負ける」

 叫ぶような春雨に対して、時雨は落ち着いた声で答える。
 白露は山城のほうを見る。まだ直撃は受けてないものの、向けられている砲撃の数が多くて砲撃に晒されている時間が長い。
 あれでは至近弾だけでも消耗してしまう。

「……そうだね。山城さんがいないと姫には対抗できない」

「ああ、そして姉さんと春雨なら空母棲姫は絶対に反応する」

「囮ってほんとに嫌な役なんだけど……」

 白露は難色を示しながらも、時雨の言うことに従ったほうがいいと感じ始めている。
 その一方で春雨はまだ迷いを見せていた。

「一対三なんて、いくら時雨姉さんだって……」

「できるさ。やってみせるよ。こいつらを引きつけておけば山城も安全だし、姉さんたちが動く余裕ができる。一石二鳥じゃないか。何よりも……ボクだってそのぐらいしないと面目が立
たない!」

 これはもう何を言っても聞き入れない。
 自分でも散々わがままを通してきた白露だからこそ分かる。

「春雨はあたしについてきて。最大戦速で姫に近づいて航過中は海風たちに支援砲撃もする、いいね?」

「でも……!」

「時雨を信じてあげて」

「まあ、そういうことだよ……佐世保の時雨は伊達じゃない」

 時雨は形だけの笑みを浮かべつつ、視線はすでにイ級たちの動きを把握するために白露たちを見ていない。
 単身で自分たちを相手取ろうとしている時雨の意図に気づいて、イ級たちがうわ言のように声を発する。

「チチ……シリ……フトモモ……」

「オ前様ヲ……マルカジリ……」

「なんだい、ボクを食べようって言いたいのかな? 愉快そうなやつらだね」

 笑ってはいるが、目は一切笑っていない。そんな顔をしている時雨に後を任せて、白露と春雨はその場を後にする。
 姫の近くにいた護衛要塞はやや離れた位置に移り、山城へ攻撃していた。
 その山城は集中砲火を受けながらも、二十ノットを維持して空母棲姫へと向かいながら砲戦を続けている。


888 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:52:26.15 ID:n2AkfQKWo


「今なら空母棲姫の周囲も手薄になってる……このまま行くよ」

 白露と春雨も海風たちへの支援砲撃を済ませると空母棲姫へと猪突する。
 山城と交戦していた空母棲姫も接近してくる二人に気づき、前に立つ白露と視線が絡む。
 姫は遠目にも分かるような笑みを顔に張りつかせる。

「アノ時ノ小娘……ワザワザ来テクレテ……礼ヲシナクテハネ」

「覚えてたかぁ……忘れててほしかったんだけど」

 そうは言っても、あたしのほうだって忘れられない。
 宿敵なんてのは大それて言いすぎだけど、この姫とはワルサメを巡って因縁みたいなのがある。
 不意に空母棲姫の顔から笑みが消えた。
 その視線の先は言われずとも分かってる。春雨だ。

「ワルサメ? 沈ンダハズ……違ウ……艦娘カ?」

「私は春雨です……って言っても、あなたたちには分からないんですよね……」

「ソウ……化ケテ出タンダ……ソウヤッテ現レルナラ……今一度沈ンデイケ!」

 ワルサメを中心にした因縁は、今や春雨にだって飛び火している。
 ううん、飛び火というより最初っから中心なのかもしれない。
 そして姫の主砲はまだ山城さんを狙ったままで、口で何を言っていても後回しにされている。
 これじゃあ意味がない。ここまで来たからには注意を引かなくっちゃ。

 姫に狙いを定める。
 駆逐艦の主砲は豆鉄砲なんて言われるけど、飛行甲板に直撃させれば発着できなくするだけの被害は与えられる。
 注意を引いて狙いを変えさせるためにも、飛行甲板めがけて撃つ。
 その砲撃を甲冑を着込んだような姫の腕が叩き落とすと、細めた目があたしを見る。
 まずいやつかも、これ。

「本当ニ嫌ラシイ子……甲板ヲマッスグ狙ッテクルナンテ」

 それまで瑞雲の迎撃だけに留まっていた直掩機が飛来してくる。
 爆装してなくても装甲の薄い駆逐艦が相手なら機銃も有効な火器になる。
 二人はすぐに対空砲火を打ち上げ始めるが焼け石に水だった。
 乱舞する球状の艦載機が雲霞のように迫ると、白露と春雨を取り囲むように布陣する。


889 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:53:23.42 ID:n2AkfQKWo


 四方に目をやり回避機動を取りつつ盛んに迎撃する二人をあざ笑うように、艦載機たちは全周から次々に襲いかかってくる。
 接近してくる何機かが対空砲火に絡め取られて四散するが、大多数はそのまま銃撃を浴びせてきた。
 体や衣服、艤装を銃撃が何度もかすめては時に直撃していく。

 なぶられながらも白露は空母棲姫の主砲が自分を狙っているのを見る。あるいは春雨かもしれない。
 どちらを狙っているのかまでを見定めている余裕は白露になかった。
 白露が艦載機の襲撃を避けようとする春雨と空母棲姫との間にまで進み出る。

 身代わりになろうという気は白露になかった。
 ただ空母棲姫が春雨を狙っているのなら、自分を狙わせた上で避けようと考えていた。
 そんな白露にも艦載機たちはまとわり続ける。
 度重なる襲撃に艤装が悲鳴をあげ始めたところに、空母棲姫の主砲が瞬く。
 横殴りの衝撃が白露を襲う。直撃はしなかったものの、白露は大きく横に跳ね飛ばされた。
 体勢を整えようとする間に艦載機がまたまとわりついてくる。

「アラアラ……粘ルワネェ……デモ、モット近ヅイテコナ――」

 余裕をほのめかすような空母棲姫の声が爆発に呑まれた。
 巻き起こった爆風を腕で振り払うようにすると姫が肩を怒らせる。

「ナンダ!? アノ鈍足カ……ヨクモ甲板ヲ台無シニ!」

 明らかに怒った声で姫は山城を睨みつける。
 白露に気を取られている間に直撃をもらった形だが、飛行甲板を除けば姫もその艤装も損傷は軽い。
 一方で山城は損耗していたが、それでも姫に向かって一路進んできている。

「オ前タチ! アノ艦娘ヲ早ク沈メナサイ!」

 姫の号令の下、残存する三体の護衛要塞たちが山城に更なる砲撃を行う。
 空母棲姫も白露たちを完全に無視して、山城だけを狙い始める。
 たちまち山城は被弾していき、複数の命中弾と至近弾により損傷が積み重なっていく。
 艤装にはいくつもの破孔による浸水が始まり、飛行甲板はいくつもの穴が開いたり切り裂かれたりして使用不能。
 紅白の巫女服には赤黒く染まり始めている。

「鈍足メ……私ノ邪魔ヲスルカラダ!」


890 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:55:14.52 ID:n2AkfQKWo


 山城の主砲も次々と沈黙していく。
 それでも山城はひたすら前へと進み続ける。
 満身創痍ながら速力はあまり落ちていなかった。
 残り四門となった主砲が抵抗の砲撃をすると、再び空母棲姫に命中する。
 直撃を受けたにもかかわらず姫は健在で、逆に怒りに燃えた眼差しを向けていた。

「あなたたちは……下がり……態勢を立て直して……」

 白露は聞き耳を立てる。
 無線から聞こえる声は雑音混じりで音の高低も乱れていたが、聞き間違いようはなかった。

「山城さんはどうするの!?」

「空母棲姫は私がどうにかしておくから……」

「そんなの……!」

 言い返そうにも、白露も艦載機への対応に手を取られて動きようがない。春雨も手一杯になっている。
 山城さん一人で空母棲姫をどうにかできるとは思えなかった。
 後ろにいるはずの時雨や海風たちが加勢に来る様子もない。むしろ苦戦してるのが見えてしまう。

 姫と護衛要塞の砲撃が続き、山城を痛めつけていく。
 すでに傷ついていた山城が浮かんでいるのもやっとの状態になるまで時間はかからなかった。
 砲撃を受ける度に山城は倒れそうになるが、それでもなお前進を続ける。
 その様に空母棲姫も焦燥を隠せない。

「死ニ体デモ進ンデクル……早ク沈メテシマエ!」

 姫の号令に合わせて護衛要塞たちが大口を開く。覗く主砲が冷たい輝きを放っている。
 白露が空母棲姫へと主砲を向けるが、艦載機の銃撃によって逆に阻まれる。

「誰か! 誰でもいいよ! 山城さんを助けて!」

 為すすべもなく白露が叫んだ瞬間だった。
 突如飛来した砲撃が直撃し、護衛要塞が自らの火種により火の玉へと変じる。
 その事態に真っ先に反応したのが空母棲姫で、すぐに後ろへと向き直った。
 残り二体の護衛要塞も姫からの命令を受けたのか同じ方向へと転回する。

「姉様……?」

「違ッテ……スマナイ」

 消耗しきった声の山城に応じたのはコーワンの声だった。
 白露も姫たちの視線を追うと、海上に二人立っている。一人は夕張で、もう一人は確かにコーワンらしかった。
 はっきりしないのは艤装のせいだった。

「コーワン? でも、あれって扶桑さんの艤装……なの?」

 小山のような独特のシルエットは確かに扶桑型の艤装に見えてならなかった。
 それを証明するように瑞雲の編隊が、白露たちを襲っていた艦載機に向けて突撃してくる。
 機数でも性能でも劣っているとはいえ、こうなると直掩機も白露たちにかまけていられない。
 一斉に上空に飛び上がっていく敵を、瑞雲たちが頭を抑える形での空戦が始まった。

「……コレ以上……アナタノ好キニサセナイ」

「サッキカラズット……気配ヲ感ジテイタ! 邪魔シニキタワネ……≠тжa,,!」

「久シク思エル……ソノ名デ呼バレルノハ……今ハ誰モガ……コーワント呼ブ……ソレデイイト思ッテイル」

「人間ノ呼ビ方ガ? トコトン堕落シタヨウネ……!」

 厚い雲が垂れ込める灰色の空の下で、白と黒をした二人の姫が対峙する。
 彼女たちの衝突はいよいよ避けられなかった。


891 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:55:44.91 ID:n2AkfQKWo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 提督はトラック泊地を襲った惨状に息を呑んでいた。
 カメラに映る映像では、そこかしこから黒煙と白煙がたなびくのが見える。おそらく現場では焦げついた臭いが充満しているはずだ。
 宿舎は複数の直撃によりほぼ全損し、工廠や各資材庫にも被害が及んでいる。
 方々から被害状況が寄せられる一方で、提督は工廠などを優先的に消火や応急修理を始めさせていた。
 司令部施設への直接の被害は軽微だが、それでも通信網が断たれ基地施設としての機能は損なわれている。
 復旧を急がせている最中だが、もうしばらく時間を要するはずだった。

 驚愕を露わにしていた提督だが、すぐに硬い表情へと変わる。怒りをはらんだ険しい顔つきへと。
 泊地の主力かつ実働部隊が艦娘であり裏方として妖精たちがいる一方で、優に千を超える数の人間もまたトラック泊地に勤務している。
 何人が一連の砲撃で死んだのか。死傷者がゼロなどというのはありえない。
 被害の全貌を把握するには、あまりに時間と余力が足りなかった。

 自分を含めて、この泊地にいる人間は戦死の危険は承知の上で職務に就いている。
 だからといって、それを容認できるかはまったく別の問題だ。
 少なくとも自分の判断如何によっては、死なずに済んだ者もいたかもしれない。
 深海棲艦の別働隊を警戒し、もっと早い段階で発見できるよう動いていれば――。

「提督……怖イ顔シテル……」

 悔いを怒りに転化しようとしている提督に声がかかる。ホッポだった。
 一人だけの彼女は見上げていて、まっすぐで気遣わしげな視線に提督は気後れして視線を逸らしてしまう。
 居心地の悪さを隠そうとして出てきたのは分かりきった確認だった。

「……コーワンは行ったんだったな」

「ウン……夕張ト一緒ニ……」

 コーワンが出撃するという知らせは当人たちから知らされていた。
 扶桑とコーワンとの間に親和性があるのか、はたまた力業かは分からないがコーワンは扶桑の艤装を装備しているという。
 それで十全な力を発揮できる保証はないが、結局のところは戦力不足だ。
 泊地を守っていたコーワンの配下たちも潰走して機能しておらず、後衛から辛うじて抽出した艦娘も少ない。
 となれば問題が多少あったところで、投入できる戦力というなら今は当てにするしかなかった。

「提督……ホッポニ……ミンナト話ヲサセテ……」

 急にホッポがそう言い出すと、提督は怪訝な顔をする。

「話ス……違ウ……伝エタイノ……ホッポガ感ジルコトヲミンナニ……」

「何? みんなとは誰だ? 艦娘か、それとも深海棲艦のほうに……」

「両方……ミンナハミンナ……コーワンハ戦イニ行ッタ……ホッポモデキルコトヲシタイ……」

 つまり呼びかけたいと。
 伝えてどうする、とは提督も聞かない。
 それが意味のある行為なのか、何かを起こせるのかは提督にも分からない。
 ただ無条件の直感、いわゆる予感を信じるならホッポの好きにさせたほうがいいと思う。

「今は通信網を復旧させている最中だ。それが済んだら伝えさせよう」

 復旧には今しばらく時間がかかる。刻一刻と変わる戦況でこの口約束を守れる保証はない。
 それでも、このぐらいのことはしてやれる人間でいたいと、提督は胸中で思った。


892 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/12/13(水) 23:56:14.15 ID:n2AkfQKWo
ここまで。乙ありでした
遅れてる分はなんとかしたい
893 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 00:39:54.87 ID:vyNroQHoo
乙です
894 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 07:18:03.91 ID:YxxKu8oi0
乙です
895 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/15(金) 03:20:48.68 ID:Srui4dVBo
乙乙
896 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 01:44:46.07 ID:dDu+RPqyo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 交戦が始まってコーワンが最初に行ったのは、残り二体となった護衛要塞の排除だった。
 まずは敵の数を減らして山城への危険を減らしたかった。
 高速と高耐久を兼ね備えた空母棲姫よりも狙いやすかったという理由もある。
 空母棲姫の近くには白露と春雨もいるが、今のところ姫の注意からは逸れている。
 周辺では他にも交戦が続いているが、この場では二人の姫同士の砲撃戦に至っていた。

「イツカ……コウナルトハ思ッテイタ……私トアナタデハ感性ガ合ワナカッタモノネ?」

「我々ノ反リハ確カニ合ワナカッタ……」

 砲戦中でも空母棲姫が送ってくる声をコーワンは無視しない。
 コーワンの目は赤々と輝き、尋常ではない集中力を発揮していた。
 時間を引き延ばした感覚の中で、砲撃の軌道を的確に見極める。
 鈍重な扶桑の艤装であっても、薄皮を切らせるような被弾に留めていた。

「ソレデモ……私ハアナタトノ争イヲ望ンデハイナカッタ……ワルサメヲ沈メサセナケレバ」

「コウナッタノハ私ノセイ……トデモ言イタイノカシラ?」

「少ナクトモ……敵バカリ作ッテキテイル!」

「フーン……私ノ道ガ敵ダラケナラ……アナタハドウカシラ? 行ク先々デコトゴトク……死ヲ振リマイテイルノデハ?」

 内心で苦い思いを噛み締める。所詮は惑わせるためだけの言葉であっても。

「アナタニ従ッタ裏切リ者タチハ海ニ還ッタ…………艦娘モ残ラズ沈メテアゲル……」

「思ウヨウニサセナイ……!」

 互いの砲火が交錯し海面を弾けさせる。
 コーワンの集中力は攻撃にも影響し、早くも空母棲姫を直撃した。
 被弾に空母棲姫は顔を歪めるも、すぐに打ち消すと表情が嘲りの色を帯びる。

「艦娘ノ艤装ネ……ナンデソンナノヲ持チ出シタカ知ラナイケド……不慣レナ道具デ私ヲ仕留メヨウト?」

「……デキルトモ。コノ艤装ハ私一人デ動カシテイルワケデハナイ……」

「意味ガ分カラナイ!」

 扶桑の艤装はあくまで借り物でしかなく、本来の性能を発揮できているという感覚はない。
 動いてくれれば砲台代わりになれるという認識だったが、それ以上の動きもこなせている。
 こうなると元の所有者である扶桑が力添えをしてくれている、と感傷に近い思いも抱いてしまう。
 泊地を守ろうという扶桑の意志が艤装にも乗り移っているかのように。
 もちろん扶桑はまだ健在なのだが、こういう感じ方はやはり感傷と呼ぶ以外に思いつかない。


897 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 01:47:57.36 ID:dDu+RPqyo


「ソウイエバ……アノ島ニハアノ子……ホッポモイルノヨネ……」

 コーワンはそれまでと違って、その声は無視する。
 ここに至って違和感を感じたからだった。
 狙いを定めつつ、空母棲姫の様子を注視して気づく。

「モシ無事ナラ助ケテアゲル……安心シナサイ……再教育ガ必要デショウカラネ……」

「サッキカラ……ヨク話ス……私ガソンナニ怖イ……?」

「……私ガドウシテ……アナタヲ怖ガラナクテハナラナイノ?」

 動揺、そして怒り。変わる表情を見て、コーワンは自分の予測が当たっていると悟った。
 戦いに際して、空母棲姫はあまりに饒舌すぎる。それが違和感の答えだ。

「負ケルカモシレナイ……ソウ思ウカラ……自分ヲ大キク見セヨウトシテイル……」

「言ッテナサイ!」

 互いの主砲が爆風をまき散らす。
 空母棲姫の砲撃が扶桑の艤装を縁から削り取るようにかすめ、コーワンの砲撃は再び空母棲姫を捉える。

「私ノ行動ニハ誰カノ死ガ絡ム……ソノ通リ……ダカラココデ終ワラセル……アナタデ最後ニスル……」

 空母棲姫の砲撃はコーワンをあと一歩のところで捉えられないのに対し、空母棲姫には徐々に直撃が増えていく。
 空母という名を冠してこそいるが、空母棲姫は並みの戦艦級よりも遥かに打たれ強い。
 それでも度重なる直撃を受け続けていては無傷ではいられなくなる。

 自身の砲撃よりも痛烈な直撃を前にして、コーワン同様に空母棲姫の目も燃えるような赤い色を灯す。
 それまでが手を抜いていたわけではないが、空母棲姫の砲撃も精度を増す。
 コーワンはさらなる命中弾を出すが、空母棲姫もついに直撃弾を得る。
 それはただの一発で左舷に大穴を穿つ。

「ヤッパリ装甲ガ薄イ……デモ……火力自慢ナノデショウ!」

 不正振動を押さえつけるようにしながら、コーワンは砲戦を続行。
 最低でも三発の40センチ砲の直撃に、空母棲姫が突き飛ばされるように弾かれる。


898 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 01:50:54.69 ID:dDu+RPqyo


「チッ……護衛ハイツマデ雑魚ニ手間取ッテイル!」

 単独での交戦は不利と空母棲姫は見る。
 すでに護衛に戻るよう無線を飛ばしているが、先行して白露型と交戦していた水雷戦隊はそこから抜け出せなくなっていた。
 手負いになっていても海風以下の白露型は粘り強く戦い、加えて一度は打ち破られたコーワン手勢の残存艦も戦線に合流していた。
 さらに途上には救援に向かうため別れた夕張がいて、結果的に途上で立ち塞がる構図になっている。
 ここに至って戦況は艦娘たちに優勢へと変わり始めていた。

「潮時ヲ読ミ違エタヨウネ……空母棲姫」

「……ドウカシラ? ドノ道アナタサエ沈メレバ……残ルノハ消耗シタ有象無象ダケ……」

 その言葉をコーワンは事実と認めつつも、強がりでもあると判断する。
 今にも崩れそうな均衡の中、両者は近づきつつあった。
 空母棲姫も距離を取ろうとしないのは、おそらく短期決戦を求めているためだ。
 すでに対地攻撃に始まり山城との交戦を経て、弾薬をかなり消耗しているはずで艦載機も甲板を損傷しているので空に上がっている分だけで打ち止めとなる。

 もっともコーワンも決着を急ぎたいという気持ちは強い。
 味方の勢力圏深くに敵主力である空母棲姫がいるのは大きな障害になる。
 それに一撃を受けただけで大きな損傷を被るので、これ以上の被害を受ける前に終わらせてしまいたい。
 次の直撃を扶桑の艤装が耐えてくれる保証はどこにもないのだから。

 互いに必殺の念を込めたであろう砲撃を放つ。
 コーワンの砲撃はすでに使用不能になっていた飛行甲板に飛び込んで、基部から砕いてみせた。
 跳ね上げられた破片が空母棲姫の頬や左肩を切り裂き、黒い血を吹き出させる。
 別の主砲は足元ではじけ、姫の足を明らかに鈍らせた。

 一方でコーワンにも再び艤装の左側に徹甲弾が命中。
 装甲を貫通して内部も砕く一撃は激しい衝撃を起こし、コーワンの体を一回転させながら後方へ跳ね飛ばした。
 かろうじて踏みとどまったコーワンは艤装の左側が完全に機能停止したのを悟る。
 三連装一基、連装一基の計五門の主砲は微動だにせず、明後日の方向を向いて沈黙していた。
 内部で砲弾が誘爆しなかったのは不幸中の幸いなのかもしれない。

「フフ……脆イワネ……ソレダケ主砲ガアッテモ……ソンナ紙装甲デハ!」

「甘ク……見ルナ!」


899 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 01:55:41.34 ID:dDu+RPqyo


 互いに申し合わせたわけでもないのに、二人は出しうる速力で近づき始めた。
 コーワンが十五ノットほどに対し、空母棲姫も速力が衰えたとはいえなおも二十五ノットほどの速力を発揮する。
 主砲がすぐに使えずとも両腕は使える。密着しての格闘戦に入るつもりだった。
 どちらの姫もそのつもりだったが、コーワンはそれだけではなかった。
 近づきながら飛行甲板の端を右手で掴むと、そのまま全力で投げつけた。

「ナッ!?」

 目を見開く空母棲姫に飛行甲板が円盤のように迫る。
 砲撃よりは遅い。だが、それ故に大質量の鉄の塊が回転しながら向かってくるのが見えてしまう。
 そして見えてはいても、すでに回避できる状態ではなかった。
 空母棲姫は左腕を盾代わりにして甲板を弾こうとする。
 受け止めた甲冑部にみしりと衝撃が走るのが重い音で分かる。
 肉を切り骨も断つような飛行甲板を、空母棲姫は必死の形相で弾き落とす。

「バカナノ、アナタ!?」

 空母棲姫が叫んだ時には互いの距離が十分に近づいていた。
 どちらも打撃の体勢に入っている。
 艤装の速度に乗せて、引いた右腕を相手へと捻りこむように突き出す。
 二人の姫の動きが重なる。同時に繰り出した右腕が激突しあい二人を弾き返す。

「グウッ!」

 飛行甲板を投げつけて気勢を削いだにもかかわらず、深手を負ったのはコーワンのほうだった。五指を砕かれ裂傷による出血が迸る。
 空母棲姫も強烈な痛みを感じこそすれ、コーワンに比べれば傷は浅い。
 その差で空母棲姫が先に立て直し、コーワンへ主砲を向ける。逆にコーワンは主砲を構えさえできていない。
 コーワンが撃たれるのを覚悟した瞬間、空母棲姫は砲撃の体勢を解くと同時に急速転蛇を行う。

「雷撃ダト!」

 いつの間にか接近していた雷跡に勘づき、いち早く気づいて射線から逃れる。
 その背に小口径砲による砲撃が撃ち込まれていく。

「アノ小娘カ!」

 空母棲姫が真っ先に思い浮かべたのは白露だったが実際は違う。
 姫が振り返るよりも速く、その背に組みついたのは春雨だった。
 コーワンとの戦闘に気を取られすぎて春雨の接近に気づいていなかった。


900 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 01:59:36.10 ID:dDu+RPqyo


「油断しましたね!」

「ワルサメカ……離セッ!」

「あの雷撃を避けるなんて……でも、こうすれば身動きは!」

 春雨は空母棲姫を羽交い締めして抑えつけようとする。
 本来ならいかに不意を突いたところで姫の力には敵わないが、左腕を負傷した上に消耗しているとなれば話は別だった。

「コーワン! このまま撃ってください!」

 春雨が叫び、体勢を立て直したコーワンも残る主砲の照準を合わせる。
 しかし狙いを定めてすぐ、このままでは撃てないと思った。
 姫に密着している春雨まで巻き込んでしまう可能性が高いからだ。
 コーワンのそんな気持ちを察してか、春雨の声が飛ぶ。

「構わず撃って! 空母棲姫はここでなんとかしないと!」

「道連レニスルツモリカ……ワルサメ!」

「ワルサメワルサメってうるさいんです、あなたは! 私は春雨です! ワルサメの気持ちなんか分かりません!」

 一息に叫ぶ春雨を見て、コーワンも撃つしかないと覚悟を決める。
 少しでも春雨を巻き込みにくくしようと主砲の狙いをやや下に下げつつ、改めて照準を固定する。
 この艤装本来の持ち主である扶桑ならばどうするのか。コーワンの頭にふと過ぎる。
 答えは出なかった。仮にコーワンと違う選択をしたとしても、今のこの場にいるのはコーワンだった。

 発砲の前にコーワンは春雨と目を合わせる。
 せめて命中の直前に拘束を解いてでも、後ろに下がってほしい。そう願いながらコーワンは主砲を放った。
 右舷側の五門が火を噴くと、ほとんど時間差というのを感じさせずに着弾する。
 近距離で、しかも固定目標とほぼ変わらない相手であれば外すはずもなかった。

 二発が空母棲姫の艤装に直撃する。一発は装甲に阻まれ弾かれたが、もう一発は主砲の根本に直撃する。
 下からはね上げられたように主砲が浮き上がり、そして付け根から火炎を生じさせた。
 残る三発は空母棲姫の体を直撃し、特に腹部に続けて二発当たったのが大きい。
 一発だけなら耐えた可能性も高いが、姫の甲冑を砕いて深手を与えていた。
 春雨は最後まで空母棲姫の動きを押さえ込もうとしていたが、弾着の衝撃に後ろへ跳ね飛ばされていた。
 そして空母棲姫は膝から崩れるように海面へと倒れ込んだ。

 コーワンは溜め込んだ息を吐き出すと、空母棲姫を警戒しながらすぐに春雨の元へと向かう。
 さしもの空母棲姫と言えど、今のは致命傷になる。その確信こそあったものの、どうしても簡単に警戒は解けなかった。

「春雨……春雨……」

「つぅ……ちょっと痛いですけど大丈夫です……私のことより空母棲姫は……?」


901 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 02:01:12.61 ID:dDu+RPqyo


 春雨の安否を確認するまでの間、空母棲姫はほぼ動かなかった。
 コーワンは春雨を起き上がらせると、ほとんど動かない空母棲姫へと近づく。春雨もその後に続いた。
 空母棲姫は大穴が開いたような腹部に右手を当てながら頭上を見上げていた。
 二人が近づくのに気づくと、弱々しくも笑ってみせる。

「ヨクモ……ヤッテクレタワネ……忌々シイヤツラ……」

「空母棲姫……」

「見エルワ……炎ガ全テヲ焼キ尽クシテイクノガ……赤ク、熱イ炎ガ何モカモ……ナメテ呑ミ込ンデイク……」

 どこか熱に浮かされたような言葉は不穏な内容で、春雨は眉をひそめる。
 すると空母棲姫はおかしそうに囁くような声で笑い出す。

「後悔スレバイイ……コノ世界ニ……オ前タチノ居場所ナンカナイ……全テ壊シテ自分タチデ築キアゲナイ限リ……」

「私ハ……ソウハ思ワナイ……」

 やんわりとコーワンは否定する。春雨の視線を横に感じながらコーワンは続ける。

「私ニハ何モ見エナイヨ……何モカモ……全テハマッサラナママ……何モ壊スコトナンテ……ナイノヨ」

 空母棲姫は答えなかった。
 瞬きを忘れたまま彼女は灰色の空を見上げている。
 コーワンの言葉が聞こえていたかどうかも分からないまま、空母棲姫の体はゆっくりと沈んでいく。

「居場所ならちゃんとあります……そして私は春雨です。春雨として生きて、春雨として死んでいく……きっとそれでいいんです」

 空母棲姫に、というよりも自身に向けて言うように春雨はつぶやく。

「……さようなら、空母棲姫」

 春雨は自らのベレー帽を姫の沈んだ辺りに落とす。
 彼女なりの手向けなのだろう。漂うベレー帽はやがて波に呑まれて消えていった。


902 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 02:07:00.19 ID:dDu+RPqyo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海とネ級、近距離で撃ち合っていた二人は共に砲撃が命中して体を打ち震わせる。
 被弾からいち早く立ち直ったのはネ級だった。
 衝撃を振り切るように海面を蹴ると、一気に鳥海との距離を縮めてくる。
 弱ってきているはずなのに、速力は未だ衰えを見せていない。

 鳥海も体をよろめかせながらも右側の主砲を向け直す。
 被弾数は相手のほうが多いのに、艤装が受けている損傷はこちらがより目立っていた。
 稼動する二基の主砲塔がネ級を指向する。このままだと懐に入り込まれる。

「この……止まって!」

 焦りを乗せた発砲よりもわずかに早く、ネ級は鳥海から向かって右へとさらに鋭く動く。
 そのわずかの差で砲撃が外れ、ネ級が左腕をしならせるよう伸ばす。
 第一砲塔の主砲のうち一つを掴むと、それをへし曲げながら身を引き寄せてくる。

「コレデ……捕マエタ……!」

 ネ級の目と目が合う。戦意に満ちた金色の瞳と。
 懐に入られてしまう――その瞬間を狙って鳥海は探照灯を放っていた。
 曇天とはいえ日中。それでもなお強烈な閃光がネ級の左目に突き刺さると、左目を抑えながら半狂乱の叫びをあげる。
 鳥海はのたうつようなツ級を振り払うと後進をかける。

「レ級に効くなら、あなたにも効くでしょう!」

 嵐さんと萩風さんの二人から夜戦での話は聞いていたので、あらかじめ懐に入り込まれそうになったら使うつもりでいた。
 これが通じるのは、この一回だけ。そしてネ級の主砲たちに通じないのも予測済み。
 後進しながら鳥海は一斉砲撃の構えを取ると、ネ級の主砲たちが射線を塞ぐように前へ出てくる。それも予想していた。
 こうなった場合は初めから主砲を狙い撃つつもりだった。

 もがくネ級の足は止まらなくても、辺りが見えていないせいか動きそのものは遅い。
 残る七門の砲撃が次々と主砲たちを直撃する。
 しかし主砲たちもただ撃たれているだけじゃなく反撃してきてくる。
 頭の近くを掠めた一発が探照灯を損壊させ、痛いというよりも熱い感覚が側頭部でうずく。
 破片がこめかみを裂いたらしく、出血しているのを肌に感じる。ただ、それを気にかけてる場合じゃない。

 再装填を済ませて追撃を行うも、主砲たちはなおも盾のようにネ級を守っていた。
 二度も斉射をもろに受ければ無事では済まない。
 それでもネ級を守ろうと鎌首をもたげている。


903 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 02:08:59.87 ID:dDu+RPqyo



「もう抵抗しないで!」

 きっとそれはできない相談だ。分かっているのに、そんなことを言ってしまう。
 そこで気づく。主砲の陰になっていたネ級が右目にも手を当てている。右は甲殻に覆われて見えないはずなのに。
 何を、と思う間もなくネ級の右手が爪を立てて目を掻きむしりだす。
 違う、そうじゃなくて……張りついた甲殻を剥ぎ取っていた。

「アアァァアァ!」

 叫び。そして覗く。真紅の眼差しが白日の下に。
 久々に目の当たりにするだろう光に、ネ級の赤い瞳が四方へと忙しなく動く。

「見えてるの? それとも……」

 どの道、開けたばかりの目に光の刺激は強すぎるのかもしれない。
 変わらず鳥海は砲撃。そしてネ級の反応も直前までとは違う。
 主砲たちがを狙った砲撃に対し、ネ級は両腕を振り上げるように前へ突き出す。
 そうして両腕を駆使して砲撃をはたき落としていく。

「グゥ……コレ以上ハサセナイ……!」

 自身の手が傷つくのを厭わず、主砲を守るための動きだった。
 そのネ級は右目からにじんでくる黒い涙を拭うと、光を直視した左目も開く。
 金と赤、二つの目。その姿を目の当たりして、鳥海の体を悪寒が虫のように這い上がっていく。
 危険を感じた。手負いの相手が手強くなるのは、自分自身でよく分かっていたから。

 ネ級が横に動き出す、と同時に砲撃を放ってきた。
 すぐ後ろに一弾が落ちると足元が激しく揺れて、速度がいきなり落ちてしまう。
 スクリューを傷つけでもしたのか、不必要に水をかきながらも空回りしてるのが聞こえる。
 こちらの反撃もネ級に届かず、遅れて着弾していく。

「回頭が重い……もっと速く動いて……!」

 ネ級の速度が上がったわけじゃなくて、私がネ級についていけなくなってる。
 損傷を受けてない状態でも苦しかったのに、今は損傷による影響が如実に表われていた。
 多少は距離を取り直せたけど、これではすぐに近づかれてしまう。
 しかしネ級は少しずつしか近づいてこない。

 そうしないのは警戒しているから、だと思う。
 三式弾は弾切れ、探照灯ももう壊れて使えないけど、他にも何か隠していると考えてるのかも。
 だけど不意を突けるような装備はもう残ってない。
 あるのは純粋な実力。結局、最後はそこを競うしかない。


904 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 02:10:12.35 ID:dDu+RPqyo


「今度コソ……」

 ネ級が呟くのが見える。動きが遅れてる以上は些細な挙動も見逃すわけにはいかず、よく見ていたから。
 彼女の動きは円そのものだ。速度差が大きくなり、振り切れない鳥海は相対的に中心点になる。
 砲撃を避けて時に針路も切り返しながら、少しずつ円を狭めてきていた。

 ネ級とて余裕がないのは明らかだ。
 肩を上下させて呼吸し、その息も荒くなっていた。
 砲撃を防いだ腕からは体液が漏れ出すように流れ続けているし、主砲たちも損傷がひどくて、うな垂れていた。
 元から継戦能力が低い可能性は指摘されている――残弾も少ないのか、鳥海が手負いなのに追撃をかけてきていない。

 ネ級の機動に振り回されるようにしながらも、鳥海は主砲の照準を合わせようとし続ける。
 彼我のおおよその距離と速度差を考慮すると、こちらももう無駄弾は撃てない。
 次発装填が間に合うかどうかは怪しく、下手に砲撃すると無防備になってしまう。

「一体どちらが有利なんでしょうね……」

 聞こえて構わない、と思いながら独り言を口にする。
 使用できるのは左の連装ニ基と右の連装一基を合わせて六門……それと片側を潰されているけど右の一門一発もあるから七発撃てる。
 一発当てれば倒せる、と言えないのが辛いところだった。
 それでも当てれば状況が大きく変わるのも確か。大事な一発になる。

 互いに手を出せない睨み合いが続く内、ネ級の荒い呼吸がにわかに穏やかになり双眸も心なしか光る。
 仕掛けてくる、とそう思わせる息遣いだった。
 搦め手が残されてないと踏んだのか、ネ級が姿勢を低くして左手側へ加速する。
 鳥海がネ級を視界へ捉え直すと、それを見計らったようにネ級が海面を打ちつけ逆へと体を急転回させる。
 左から右。フェイントを交えた動きに、ネ級の姿が鳥海の視界からごく一瞬とはいえ消える。

 こうも機動力が落ちていてはネ級の動きについていけない。
 だけど火力の落ちている右舷側から仕掛けてくるのは読めていた。
 浅く息を呑みつつ鳥海は右側の三門を即時射撃。ネ級の正確な位置は確認できないままでも撃つ。
 鳥海の視界がネ級を再び見据えた時、ネ級の左腕が火花を散らしながら砲弾を防いでいた。

「弾いたというより……!」

 あれは防ぐために左腕に当てるしかなかった、という風に映る。
 直撃を防いだネ級だけど、加速の勢いを殺がれて右手が海面を掴もうとするように掻く。転ばないように足踏みをするような、そんな動き。
 間に合った。回頭が進みながら左舷側の二基を向ける。
 照準も合わせる……もう外しようのないほど近い距離だった。
 金と赤のオッドアイと目が合う。複雑な感情が浮かんでいる、様な気がした。一瞬では読み取れない深い色が。
 ネ級は海面を叩く。間に合わないと分かりつつも進むしかない、とでも言うように。


905 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 02:11:47.24 ID:dDu+RPqyo


「鳥海……!」

「あなたとの因縁も!」

 これまで……そのつもりだった。
 急に胸元が熱くなった。
 何が、という疑問を無視できずに主砲の発射が遅れてしまう。
 熱の正体はお守り代わりの司令官さんの指輪だった。そんなはずないのに、そうとしか思えなかった。
 自ら熱を発するような指輪は何かを訴えかけているようだった。
 どうしてこんな時に? 何かを言いたいんですか? 止まれと言うんですか?

 ……確かにそうしたほうがいいのかもしれない。
 刹那、そんなことを考える。
 それまでの執着も忘れて、ネ級と戦っているということさえ重大事でなくなってしまったように。

 そうして鳥海は機を逸した。渾身の力で飛びかってきたネ級に掴みかかられる。
 押し倒す、という言葉では生易しかった。
 ほとんど衝突と変わらない接触に、二人の体はもつれ合うように海面にぶつかり跳ねていく。
 波を砕きながら、下側になった鳥海の艤装も一緒に壊されていく。
 背中に刺さる痛みに耐えつつ舌を噛まないようにするのが、その間の鳥海にできる唯一のことだった。

 何度も海面に激突してから、ネ級が馬乗りになったまま二人の衝突も勢いを失い止まる。
 先に動いたのはネ級で、傷だらけの主砲たちが両顎を開いて伸びてきた。
 それまでの想いとは別に、もっと現実に差し迫った恐怖が押し寄せてくる。
 艤装ごと両腕に噛み付こうとするのを見て、鳥海は両腕を艤装から抜こうとして右だけが間に合う。
 右の艤装、そして左舷は腕ごと万力のような口が噛みつく。

 このままやられる。
 なのに、ネ級はすぐに動かなかった。ここまでしておきながら、私を見ながら何故か硬直している。
 理由は分からなくとも、抵抗するならもう今しかない。
 鳥海は首を狙って右腕を振り上げようとするが、我に返ったネ級がそれより速く動く。
 ネ級の左手が鳥海の右肩を押さえ込み、右手を軽く掲げた。
 しかし、ネ級は右腕をそのままに見下ろしてくる。

 ……私は最後の最後で負けたんだ。
 互いに息が上がり、言葉もないまま見つめ合う。傷だらけで黒く濡れたネ級の両手は温かい。
 考えてみれば、こうしてネ級の目を間近で見るのは初めてだった。そして、これが最後になる。
 沈黙という均衡を破ったのはネ級で、語気を荒げて聞いてくる。

「ドウシテダ! 撃テタノニ撃タナカッタ……オ前ノホウガ速カッタノニ……!」

「どうしてでしょうね……私にもよく分からないんですよ」

「分カラナイ?」

 鳥海の答えにネ級は驚いたように見つめ返す。
 あの時は撃ってはいけないと間違いなく思った。
 ただ、あの瞬間の確信めいた気持ちは説明できそうにない。私自身に答えようがないのだから。


906 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 02:13:38.49 ID:dDu+RPqyo


「ここまでのようね……あなたは本当に強かったわ」

 この敵は強い。だからよくやった、なんて慰めにもならないのは分かってる。
 それでも、こんな時に湧いてきたのはネ級相手なら仕方ないという思いだった。
 いつか投げやりになった時とは違う、純粋な賞賛……なんだと思える。

「何ヲ……言ッテイル?」

「私の番が来た……きっと、そういうことよ」

 ネ級は押し黙ってしまうと、目を丸くするようにこちらを直視している。
 かといって、こちらを抑える力は強い。

「……やりなさい。私だって、ずっと精一杯やってきたんだから」

 体の力を抜く。
 もし司令官さんが健在なら、こんな風には考えなかったのかもしれない。
 もっと生きて抗おうとしたかも。でも、いいですよね。
 だから。だから怒らないでくださいね。

「……あなたならいいよ、諦めがつくもの。仕方ないわ」

「ソウイウモノカ……」

「私はたくさん壊して、たくさん奪って、大切な人もなくして……これが最後の帳尻合わせよ」

 ネ級に向かってほほ笑んでいた。
 私同様に、彼女もまたこの戦いに死力を尽くしていたのは傷の具合を見れば分かる。
 そんな相手なら悔いは……ない。きっと。

「司令官さんを失くしたあとでも戦って、重巡棲姫の最期だって見届けたのよ? 十分よ……私は十分に武勲を果たしたもの」

「ダカラ……モウイイノカ……今日ハ……死ヌニハイイ日カ……?」

 問いかけの意味は分かるけど、その答えまでは私にだって分からない。
 そんな彼女に否定も肯定もしなかった。
 ネ級は油断なく私を抑えてはいるものの、表情はどこか穏やかに見えた。

「私をここで沈めるんですから……ネ級は私よりも長く生きてくださいね」

 ネ級が戸惑ったような顔をする。私自身も予想外の言葉だった。
 彼女個人に恨みを持ってないのは確かだから、それがこんな言葉を引き出させたのかもしれない。


907 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 02:16:02.60 ID:dDu+RPqyo


「ナラバ終ワリダ……鳥海……私ノ特別ナ……」

 沈黙をどう解釈したのか、ネ級が掲げたままの右手を握っては開く。
 首を絞められるのか胸を潰されるのか。
 少しだけ想像して、すぐに考えるのはやめた。

 代わりに浮かんだのは摩耶の顔で、高雄姉さんに愛宕姉さん、島風に木曾さんと顔が入れ替わっていく。
 摩耶と姉さんたちは悲しんでしまう。島風もきっと。木曾さんはたぶん怒る、そんな気がした。
 もう会えないんだ。それはとても……。

「やだ……やっぱりやだ……」

 覚悟は決まってたはずなのに。いつかこうなるって分かってたはずなのに。
 みんなの顔を思い出してしまう。
 白露さんやヲキュー、伊良湖ちゃんたちトラック泊地の仲間たち。
 さらに他の鎮守府に移っていった艦娘たちを思い出していく。
 頭を過ぎっていくこれが走馬灯なのかもしれない……そうして最後に司令官さんを思い出した。
 胸がずきりと痛む。何かがあふれそうな、切なくなるような痛み。

 最初に忘れてしまうのは声だという。次に顔。最後が思い出。
 まだ何も司令官さんを忘れてない。でも、いつかは忘れてしまうのかもしれない。
 ……もうそんな心配しなくていいのに。いつかは来ないのだから。

 そう、これで最期なんだ。
 司令官さんはどんな気持ちで最期を迎えたんだろう。
 それとも何かを考える余裕もなかったのかも。
 分からない。分からないけど私も司令官さんと同じように……消えてしまう。

「こんなところで……」

 どうしよう、死んでしまうのは怖くないはずなのに、すごく悲しかった。寂しかった。
 大切なものをなくして、それでも私はまだ生きていたい。
 沈んだら忘れてしまう。忘れられてしまう。もう誰にも会えなくなってしまう。

「私はまだ……! まだ!」

 ネ級を跳ね除けようと暴れる。
 力を込めるとネ級もそれ以上の力で押さえつけてきた。
 無言で歯を食いしばる顔が見える。
 力比べで敵わないのは分かっている。だから、ああして覚悟を決めてしまったのに。
 それでも生きてる内はもがく。そうでもしないとやり切れない。


908 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 02:17:03.69 ID:dDu+RPqyo


 突然、右腕が自由になる。押さえつけていた腕が力をなくして離れていた。
 ネ級を押し返そうとして気づく。ネ級は目を見開いて驚愕した顔で鳥海を見ていた。
 呆然とも言える顔に、鳥海の腕も思わず止まる。
 鳥海は自分を見るその視線を追う。胸元。銀の輪が傷んだ服の上に飛び出している。
 もがいた拍子に司令官さんの指輪が飛び出してきたらしい。

「ナンダ……ソレハ!」

 ネ級が苦悶の声を発する。両手で頭を抑えて、今だったら簡単に振り落とせそうだった。
 しかし普通ではない様子に、鳥海はあえて指輪を突きつけるように手に取る。

「これは司令官さんが遺してくれた指輪です! 私たちを確かに繋いでくれた!」

「指輪……ダト!? ソンナモノガドウシテ……!?」

 叫んだネ級はそのまま頭を激しく振る。
 何かを否定するように――あるいは追い出そうとしているように。

「私ハオ前ナンカ知ラナイ……知リタクナイ……!」

 ネ級が鳥海の体から飛び退くと、よろめくように後ずさっていく。
 鳥海も遅れてふらつきながら立ち上がろうとする。
 艤装はかろうじて機能し浮力や電力は生きているものの、損傷は甚大で戦闘行動に耐えられる有様ではない。

 ネ級は完全に無防備になっている。砲撃できるなら格好のチャンスだ。
 もっとも今の鳥海にネ級を撃つという気持ちは霧散していた。
 震えながらネ級は黒い血を流していた。血の涙を。

「チョウ、カイ」

 名前を声に出す。響きを、言い方を確認するようなたどたどしい言い方。
 そして鳥海は感じる。自分の鼓動が高鳴るのを。

「司令官さん……?」

 それまでネ級からは一度も感じたことのなかった面影。
 頭を抑える指の間から覗く金と赤の眼。
 それは間違いなくネ級の両目なのに、その奥から提督の気配を感じる。

「何ヲシタ……私ハネ級ダ……ソレ以上デモ以下デモナインダゾ……」

 絞り出される声は惑い、怯えたように弱々しい。
 立ち上がりかけた鳥海は息を呑む。どう声をかけていいのか迷った。
 ネ級がたじろぎ、目元に涙を溜めて沈痛な表情を浮かべたまま鳥海から背を向ける。

「モウ無理ダ……オ前トハモウ……!」

「待って! 行かないで!」

 手を伸ばしても届かない。鳥海は何も掴めなかった腕をそのままに海面に倒れて、波に翻弄される。
 艤装はとうに限界を迎えていた。
 ネ級は鳥海から離れていく。その背に向けて手を伸ばし続けるが、ネ級はもう振り返らない。

「待ってよ!」

 呼び止める声が波間に消えて、鳥海は悔いを抱く。
 あのネ級が提督ではなくとも手を掴まなくてはいけなかった。敵という関係は抜きにしても。
 だから提督の指輪が反応したに違いない。そう鳥海は強く思う。
 それだけに何か大切なものがまた滑り落ちていくのを感じた。


909 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 02:18:06.38 ID:dDu+RPqyo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 溢れる。何かが抑えきれなくなっている。
 あの指輪を見てからというもの、鳥海の赤い瞳が濡れているように見えてしまう。
 胸も痛い。撃たれるのとはぜんぜん違う種類の痛みだった。
 私は狂ってしまうのか。
 海上を逃げ惑うように走っているのだから、やはり狂ったのかもしれない。

 ツ級の言う通りだった。あの艦娘の相手は他の誰かに任せてしまえばよかったんだ。
 そうだ、ツ級。ツ級はどうなった?
 ツ級の安否は分からず、その事実を意識すると胸が内側からじくじくする。
 これは今の自分を苦しめる感情に近い。
 近いのだが何かは違う。その差異をネ級は言語化できない。

 発端は鳥海の胸にあった指輪だ。提督が持っていた物だ。
 あれを見てから、私の中で変化が生じてしまった。

 ネ級である私には提督という人間の記憶が残っている。
 しかし、今まではただ記録を見ていたに過ぎない。
 提督という視点での記録。艦娘がいて、それにまつわる出来事をただ見ているだけ。
 だが、今はもう違う。
 
 記録に色がついてしまった。景色とでも言えばいいのか。
 淡々と流れる映像に、提督としての感情が混じってくる。
 記憶の景色が膨大な波になって、頭の中を押し流そうとしていた。

「提督ダッテ本当ハ……死ニタクナカッタ……」

 未来があると、そう信じていたのだから。
 提督の記憶の中で最も大きいのが、あの鳥海にまつわることだ。
 故に分かってしまう。提督が抱いていた気持ちが。
 感じてしまう。優しくて激しくて胸を衝くような、正体不明を。
 その全てをネ級は処理できない。生まれて日の浅い彼女にとって、それはあまりに大きすぎる感情だったから。

 押さえ込んでいては神経が磨耗する。発散させなければネ級は耐えられない。
 彼女は天に向かって吠える。
 口を開けば叫びは形となった。どうにもならない衝動に身を任せる。

「チョウカイ、チョウカイ! チョウカイィィィ! アアアアアアア!!!!!!!」

 知らなければよかったのに。あるいは思い出さなければよかったのに。
 もはやネ級にその区別はつかない。
 そして理解する。ネ級はもう元には戻れない。それまでの自分ではいられなくなってしまったのだと。
 ただ衝動に促されるまま彼女は啼く。
 獣の慟哭だけが彼女を保つ唯一の方法だった。




 終章に続く。

910 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/01/30(火) 02:21:27.22 ID:dDu+RPqyo
ここまで。というわけで次の章でラストになります。短いけどエピローグも入れたいけど、なんとかなるかな?
ものすごく遠回りやら時間をかけてしまいましたが、ここまで来てしまったのでもう少々付き合ってもらえればと思う次第です
911 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/30(火) 07:56:15.07 ID:4nSuVrQzo
乙です
912 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/31(水) 21:57:40.66 ID:2P54VqG3O
乙乙、提督の自意識カモン
913 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/02(金) 19:29:32.14 ID:YCdl12P2O
乙乙
大団円で終わると良いなあ
914 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 05:37:21.81 ID:2DuREfzdo


 私たちの望みは変わらない。過去も今も、きっとこれからも。


終章 空と海の狭間に


 トラック近海では正午を迎える少し前から、大粒の雨が鈍色の空より降りだしている。
 天候の悪化は予報されていたものの、一度振り出してからは急速に悪天候へと崩れていった。
 雨脚は強くなる一方で、所によっては雷すら観測されている。

 ほとんど嵐と変わらない天候に紛れて、艦娘たちは前線から撤退していた。
 トラック泊地の戦力は壊滅というほどに落ち込み、これ以上の継戦は困難と判断された。
 私たち艦娘に未帰還者は一人もいない。
 しかしコーワンに付き従ってきた深海棲艦たちは、四分の三に当たる十六名が戻らなかった。

 また艦娘も人的損失を免れただけで、ほとんどが艤装に大きな損傷を受けている。
 この身の負傷なら高速修復材を用いれば癒せても、艤装となれば話は別だ。
 予備の部品を使って修理しようにも、時間も人手も部品も足りなかった。

 最後まで空襲を逃れていた機動部隊も直接の被害はないものの、艦載機の損耗が激しいために空母陣はただの箱と変わらないという有様だ。
 たとえ艦載機が健在だとしても、この悪天候下では艦載機を飛ばせない。
 今となっては私たちに前線を維持する力は――ひいては泊地を守り抜くだけの戦力は残っていなかった。

 その一方で、深海棲艦に与えた被害では決して負けていない。
 空母棲姫、戦艦棲姫と二人の姫級を初め、多数の深海棲艦や護衛要塞を撃沈している。
 総戦力では今なお深海棲艦のほうが多いとはいえ、撃破目標である三人の姫級から二人を沈めているのは大きい。

『ホッポハ分カラナイ……ドウシテ傷ツケ合ウノ……本当ニ必要ナコトナノ?』

 泊地の全館、そして深海棲艦にも発信されているのは、たどたどしいホッポの声。
 ホッポは停戦のための話し合いを求めている。
 誰に言われるでもなく自分で考えたと思える呼びかけは続く。

『深海棲艦ハ艦娘トモ……人間トモ仲良クナレル……ダカラ……チャント話ソウ……怖クテモ……変ワッテイカナイト……』

 深海棲艦たちが応じてくるかは未知数で……そして私たちはうまくいかないのを前提に行動している。
 今なお戦闘は終息していないし、泊地では再出撃のための準備が進められている。
 各艤装の被害状況や艦娘の練度を考慮して、出撃するのは鳥海や摩耶といった一握りの艦娘だけだった。
 選抜された艦娘は修理に立ち会う者もいれば、限られた時間を使って休んでもいる。

 その中にあって鳥海と摩耶の二人はツ級と会っていた。
 収容されたツ級は捕虜として扱われ、今は監視付きで空き部屋に入れられていた。
 ツ級はベッドの上で膝を抱え、硬く口を閉じて鳥海にだけ視線を向けていた。
 摩耶は鳥海とツ級の顔を交互に見比べる。


915 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 05:41:21.74 ID:2DuREfzdo


「やっぱ似てるな……」

「血色なら私のほうがいいわ」

 素顔が露わになったツ級は、髪の長さや肌の白さという点を除けば鳥海と瓜二つだった。
 似ているとは聞いていたけど、ここまでとは思っていなかった。
 彼女は拘束されていない。そのための手立てがないためだ。
 もっとも、今のところは抵抗の意思がないのか大人しくしている。
 やがてツ級は打ちひしがれたように顔を下げる。

「鳥海……アナタガココニイルノナラ……ネ級ハモウ……」

「……ネ級は生きています」

 予想した答えではなかったからか、ツ級は赤い瞳を揺らす。
 少しだけ生気を取り戻した顔が急くように声を投げかけてくる。

「何ガアッタ……イエ……何ガアッタニセヨ……ネ級ハ生キテル……」

 ツ級は組んだ膝に顔を押しつけたので表情は分からない。
 しかし声音は心の底から安堵しているように鳥海と摩耶には聞こえた。

「ネ級が大事なんですね……」

 返事はなくてもツ級の反応で一目瞭然だった。
 ツ級は浅く顔を上げると、上目遣いに鳥海を見る。
 戦場であった時は敵愾心を向けられていたけど、今はそう感じない。

「私ハ……似テイルノ?」

「だから鳥海を狙ってたんじゃないのか?」

 ツ級の疑問に摩耶が手鏡を突き出す。
 映り込んだ自分の顔を見てから、ツ級は顔を背けてしまう。

「ネ級ハ……鳥海ヲ相手ニスルト変ワッテシマウ……ソレガ嫌ダッタ……」

「じゃあ……つまり、あんたはネ級のために?」

 ツ級は答えない。答えなくても、さっきの態度を踏まえれば正解で間違いなさそうと思える。
 鳥海ばかりを見ていたツ級は、ここで始めて摩耶と視線を合わせる。


916 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 05:45:14.85 ID:2DuREfzdo


「ダカラ……? アナタヤ……ソコノ二人ガ気ニスルノハ?」

「二人?」

 言われてツ級の目線の先を追う形で後ろを振り返る。
 すると立哨していた綾波と敷波が壁に隠れながら覗き込んでいた。
 二人は発覚に気づくとさっと隠れてしまう。
 別に隠れないで堂々と見ればいいのに。

 マリアナ組の二人も例に漏れず大きな被害を受けていた。
 再出撃の人選から漏れた二人は、こうして裏方としての任務に従事している。

「彼女たちにも思うところがあるんですよ」

 以前マリアナが襲撃された際に、もう一人の私は味方を助けるために囮になった末に帰らなかった。
 その時に助けられた中に彼女たちもいた。そしてツ級は奇しくも鳥海という艦娘に酷似している。
 となれば、彼女たちでなくても二人目の鳥海を知っていれば連想してしまう。
 ……実際のところ、関連はありそうに思えるけれど。

「自分ノ顔ヲヨク知ラナイ……知リタクナカッタカラ……」

「なんでまた?」

「私ハ艦娘ダッタ……ソレハ生マレテスグ……分カッテシマッタ」

「そいつは意外だな……前の記憶があったりするのか?」

 摩耶に対してツ級は控えめな動きで首を横に振る。

「理由ハ分カラナイ……ソレデモ私ハ艦娘ダッタトスグ理解シタ……」

「なんていうか……因縁ってやつか」

 摩耶が思わず、といった様子で呟く。

「ドウイウ意味……?」

「お前には鳥海、ネ級には提督の要素があって、そんな二人が一緒に行動してりゃさ」

「……仮ニ私ガ鳥海ダッタトシテ……ソウシテ何カト重ネルノハ勝手……デモ」

 私たちを見ていくツ級の目は真剣だった。

「私ハ……深海棲艦……ツ級トイウ名デナクトモ……ソレダケハ変ワラナイ……ソレハネ級モ同ジ」

 ツ級は断言する。迷いのような感情の揺れ動きは見受けられない。
 いくら同じ顔をしていても、その通りなんだと思う。彼女の出自がどうであれ、ツ級には彼女としての個がある。
 偶然、というにはとても皮肉な偶然だと思う。


917 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 05:47:49.72 ID:2DuREfzdo


「コノ後……私ハドウナル……?」

「さあね……あたしらの一存で決めることじゃないし。でも今は邪魔だけはしないでくれ。ホッポもさっきから言ってんだろ?」

 摩耶は頭の上で指を回して見せる。
 館内放送で流れるホッポの声は変わらず停戦を訴えていた。

『戦ウシカナイナラ……ホッポニ教エテ……ドウシテ仲良クナレルノニ……戦ッテルノ?』

「仲良ク……争ワナイナンテ……本当ニデキルト?」

「できないと決め付けるには早いですから……」

 口を出した鳥海にツ級は答えない。ただ決まりが悪そうにうな垂れた。
 いずれは深海棲艦とも違う交わり方ができる。その可能性は絶対にある。
 だけど、今はまだ戦いを軸にしないと深海棲艦たちとは関われない。
 想いや願いとは裏腹に。それもまた現実だった。

「鳥海……一ツダケ教エテホシイ……」

「……なんなりと」

「アナタハ……ネ級ヲドウシタイノ?」

 摩耶も視線を向けてくるのを感じる。
 これはもうツ級一人の疑問ではないということ。
 私の考えは決まっている。

「もし機会があるのなら言葉を交わして……彼女が何を考えて何を感じているのか。もっと彼女を知りたいです」

「戦ウシカナイ時ハ……?」

「その時は……受けて立ちます。彼女が戦うのを選ぶなら、この期に及んでその選択を無碍にするつもりはありません」

 次に戦う時は、ネ級がそうするしかないと決めた時。
 ツ級が言うようにネ級はあくまでネ級という深海棲艦であって、いくら面影が残っていても司令官さんではない。
 つらくないと言ったら嘘にしかならなくても、ネ級だってきっと迷っている。

「……気持ちを押しつけるだけが関係ではないでしょう?」

 迷った先の決断なら応えるしかない。望まない結果に繋がるとしても。


918 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 05:55:54.90 ID:2DuREfzdo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 長い夢を見ていたようだとネ級は思う。
 ネ級は気づいたら戦場を離脱して飛行場姫の側まで後退していた。
 自力で航行していたのは確かだが、どこをどう移動したかはよく覚えていない。
 それだけ自分を襲った衝撃は大きかった。

 弾薬の補給を済ませ、飛行場姫に戦闘の報告をすると現状を教えてもらう。
 もしかしたらと思ったが、ツ級は戻ってこなかった。私のせいだ。

 付近一帯に大雨が降り始めたのを契機に、戦闘は一時的に収束していた。
 後退する艦娘たちへの追撃はできていない。
 私個人はそれどころではなかったのだが、深海棲艦全体としても大きな混乱に見舞われていたからだ。

 前線にいた二人の姫――空母棲姫と戦艦棲姫の撃破が確認され、後方にいたはずの装甲空母姫率いる機動部隊も艦娘たちによる奇襲を受けた。
 これらのせいで指揮系統が乱れに乱れた。
 飛行場姫と奇襲を逃れてきた装甲空母姫の艦隊は合流し、今は雨に紛れてトラック泊地へと舵を取っている。
 そうしているとトラック泊地からある音声が傍受されるようになった。

「ホッポノ声……」

 飛行場姫はそう言うが、面識のない私にはもちろん知る由もない。
 まだ幼く聞こえる声は戦闘を中断するよう訴えかけていた。
 懇々と説く声は真摯だった。戯れ言などと無視しようという気にはならない……そう感じるのは姫の声だからかもしれない。

「戦ワナイ……アノ子ハソウ決メタノネ……」

「アルイハ……コウシテ戦ッテイルノカモシレマセン」

 思わず声に出ていた。
 しかし決して的外れではないと思う。この状況で戦わないと意思を示すのは、ただ戦う以上に勇気がいるのかもしれない。

「ナラバ……オ前ナラドウスル?」

 飛行場姫に問われる。
 こんなことを私に聞いてしまうぐらいに迷っているようだった。
 他の姫ならいざ知らず、彼女は深海棲艦すら巻き込む艦娘との交戦そのものに疑問を抱いている。

「モウ終ワリニシマショウ。コレ以上ハ意味ガナイト……姫ナラ分カルハズデショウ」

 そもそも始めに停戦を持ち出したのは飛行場姫だ。
 状況が変わったにしても、その提案が今になって甦ったと考えればいい話でもある。


919 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 05:59:25.18 ID:2DuREfzdo


「……アナタハ純情ナンダ。守ル立場ヤ状況ガアル一方デ……ソレヲ脅カス側ニナッテシマッタコーワンタチモ気ニカケテイル」

 言葉が自然と滑り出していく。
 似つかわしくない、と頭の片隅で感じるが思考に歯止めが利かない。

「深海棲艦ヲ守ロウトイウ目的ガアッテ……ソレトハ別ニコーワンタチヲ助ケタイト思ッテイル。タダ……アナタトコーワンノ理想ハ異ナル……ダカラ行動モ噛ミ合ワナイ」

 飛行場姫は軽い驚きを表情に出していたが、すぐにそれを打ち消す。そのまま続けて、と姫は促す。
 熱に浮かされたように、考えが浮かぶなりネ級はまくし立てるように言う。

「アナタハ空母棲姫ヤ装甲空母姫ノヤリ方デハ……破滅スルト考エテイル」

 同胞や外部の存在を別のモノに変えながら、自分たちは変容するのを拒み続けている。そこに未来はないと。
 敵ばかり作って、逆に自分たちの首を絞めるような真似は承認できない。

 一方でコーワンたちにも同じような見方をしている。
 彼女たちは争いを避けるためでも人間を受け入れようとしている――見ようによっては人間になろうとしているのかもしれない。
 しかし、そんなことはできないとあなたは分かっている、私たちは深海棲艦だから。
 あるいは人間や艦娘により近づくことはできるかもしれない。
 ただ、その変化に疑問を抱いている。その変化は不自然かもしれない――そう考えて。

 だから、どちらにも否定的なんだ。極端に感じて、その方向性を危惧している。
 あなたは……風見鶏じゃない。あるべき形を見定めて、賢明に舵を取ろうとしているだけだ。
 変わること、変わらないこと。今と過去を見つめて、未来を模索する。簡単じゃない、苦しい道だ。

「――ダカラ私ハアナタヲ信ジル」

 そこまで吐き出すように言ってから、目が覚めたように頭の中が晴れる。
 話した内容は思い出せる。それが自分の口を通して出たのは間違いない。
 そして、あれは確かに私の……ネ級の考えだ。ここまで明文化できたのは初めてだっただけで。
 私の考えを提督の知識で言葉にした、とでも言えばいいのだろうか。

「饒舌ネ……今ノオ前ハ提督デモアルノ?」

 姫はほほ笑み、しかし目は笑っているとは言いがたい。
 私の奥底、真意を測ろうとしているようだった。

「……ソノ人間ノ記憶ナラ思イ出セマス。アナタヲ憎ンデイナイノモ」

 姫の頬が震える。殺した提督に対し、まだ思うところはあるらしい。
 元より隠し立てするような話ではない。

「アレガ私ノ考エナノカ……提督トシテノ考エナノカ……境界ハアヤフヤカモシレマセンガ……ソレデイイノダト思イマス……アヤフヤナ私ガ私自身ナノデショウ……」

 鳥海と接触したことで、私の内は何かが変わってしまった。
 その変化が私に艦娘との和解を促しているのか、今となっては艦娘とは戦うのは難しいかもしれない。
 鳥海に限ったことでなく、今まで交戦した艦娘の名前が分かる。
 提督が彼女たちと今までにどんなやり取りをして、どういう相手だと思っていたのかまで分かってしまう。
 すでに彼女たちは単なる敵ではなく――見ず知らずの相手とは呼べなくなっている。

「スデニ多クヲ失ッテイル……提案ヲ呑ムノモ悪イ話デハナイ……」

 飛行場姫は意を決したのか他の深海棲艦に向けて、停戦の話し合いに応じたいと通信を発する。
 聞き耳を立てると困惑のざわめきが広がるのを感じる。
 そうして来たのは装甲空母姫からの明確な反発だった。


920 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 06:01:14.51 ID:2DuREfzdo


『手ト手ヲ取リ合ッテイキマショウ? 面白クナイ冗談……』

 通信でも呆れてると分かる声が吐き捨てる。

『君ハ分カッテイナイ……我々ニハ敵ガ必要ナンダ。艦娘モソレハ同ジ……認メヨウガ認メナカロウガ』

「シカシ……コチラノ消耗モ想定以上……」

『敵ニモ余裕ハナイハズ……ミスミス勝チヲ捨テニ行クナド……トテモ受ケ入レラレナイ……」

「ソレハソウダガ……アノ島ニハホッポモイル……」

 そこで互いに沈黙する。相手の出方を窺うような間が続くが装甲空母姫が端緒を開く。

『コウシヨウ……継戦ヲ望ムナラ私ノ元ニ……停戦ヲ望ム者ハ君ノ元ニ……ソレゾレガ独自ニ動ケバイイ』

 装甲空母姫はこの局面でこちらが二つに割れるようなことを言い出すのか?
 早まってしまった? 姫を後押しすべきではなかったのか……それとも今起こらなくても、いずれはこうなったのかもしれないが。

「……分カッタ……ソレデイイ」

 飛行場姫が提案を受け入れると、二つの艦隊が入り混じるように大きく動く。
 装甲空母姫の側から移ってくる者もいれば、こちらの艦隊を後にしていく者もいる。
 それぞれの判断があるのは確かなのだろうが、やはりと言うべきなのか装甲空母姫側のほうが数は多い。

 姫の側で周囲を見ていると、ほとんどの護衛要塞が留まったままなのに気づいた。
 あれはどちら側だ。建造したのは装甲空母姫と言うが、それなら今も近くにいるのは不自然ではないか。
 轟いた砲声がその疑念が正しかったのを証明した。
 当たりこそしなかったが、飛行場姫が水柱に包まれる。
 誤射などではなく、おそらくは威嚇という意図を持っての砲撃。

「ドウイウツモリダ!」

「深海棲艦ト艦娘ハ言ワバ鏡……決シテ相容レナイ存在……ソレヲ容認シヨウトイウナラ……』

「認メラレナイカラ……撃ツノカ! コノママデハ衰退シテイクト……ソウ教エタノハアナタデショウ!」

『戦ウノガ全テ……コノ点デハ私モ沈ンデ逝ッタ彼女タチト……同意見ダヨ』

 なんだ、これは。ひどく嫌な予感がする。
 こんなことでは提案に応じるどころの話ではない。


921 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 06:03:20.57 ID:2DuREfzdo


『君コソ考エ直サナイカイ……停戦ナド……今ナラマダ気ノ迷イトシテ……』

「散々考エタ……二度トモダ……ソレヲ迷イナドト!」

 飛行場姫は一喝するように声を大にする。
 彼女は意志を曲げる気はない。それは確かだった。

『本気ナンダ……ソウナルト艦娘ダケデナク……君ニモ退場シテモラウコトニ……』

「フン……受ケテ立ツ……」

 最後通牒と言うべきやり取りだった。
 それまで名の通りに姫を守っていたはずの護衛要塞たちが砲撃をしかけてくる。
 命中精度はさほどだから被弾はしないが、装甲空母姫が本気なのは認めざるを得ない。

 応射を始めた飛行場姫が、要塞の一体を最初の砲撃だけで巨大な残骸へと変える。
 なまじ護衛など必要ないように思えてしまうが、ここで姫を消耗させるわけにはいかない。
 それに彼女一人を守っていればいい状況でもなかった。
 ネ級は飛行場姫に接触して、肩を抑えるようにして言う。

「姫ハスグニ下ガッテ……味方ヲ呼ビ寄セテ!」

「何ヲ……アノ程度ノ敵ナド……」

「アナタナラソウデショウ……シカシ姫ガココニイルト……他ノ者ガ敵味方ノ区別ガツカナイママ戦ウ羽目ニナル……」

 姫同士が戦い始めた以上、深海棲艦同士の衝突も他で起こり始めている。
 乱戦ともなれば同士討ちの恐れはあるが、今はそれよりも性質が悪かった。
 自分以外は全て敵と疑わしい状態で放置されている。

「姫ガ下ガレバ同調シタ味方モ……アナタヲ守ルタメニ後退スル……」

「……全滅ヲ防ゲト言イタイノカ?」

「姫ハ生キルベキダ……イエ、我々ノ多クガ生キルベキ……デショウ」

 決断は早いほうがいい。
 こうなった以上、飛行場姫に賛同する深海棲艦が彼女まで辿り着けるかは怪しい。
 それでも疑心暗鬼のまま、闇雲に戦うよりも生存率は高くなるはずだ。


922 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 06:05:45.97 ID:2DuREfzdo


 飛行場姫はこちらの意を汲んでくれたのか、反撃をしつつも後退を始める。
 同時に賛同する者たちにも姫を守るよう命令の通信を飛ばす。
 これでいい。ネ級も自身の判断で動くために飛行場姫から離れていく。

「待テ……オ前ハドウスルツモリダ……」

「……時間稼ギヲシマス。味方ノ後退モ支持シナイト……」

 敵となった深海棲艦の内訳は分からないが、おそらくはレ級たちも装甲空母姫側にいるはずだ。
 あれが牙を剥くとなると碌なことにはならない。
 こうなれば少しでも多くの味方を助けるために動く。
 私の記憶の中では、と前置きする。

「提督ガ……艦娘ニコウ言ッテイル。仲間ノタメニ命ヲ使エト……私モソレニハ同感デス」

 そして飛行場姫もまた言っている。

「迷ッタ時ハ……御身ヲ第一義トシテ考エヨト……ソノ通リデス……アナタヲ守ルノガ私ノ指標デス」

 守るというのは何もそばにいることだけではない。繋がる行動であるなら離れていても、なんら問題ない。
 私は提督と混ざった自分の意味や深海棲艦の存在理由を知らないままだ。
 だからこそ姫には示してほしい。コーワンとも空母棲姫とも違う道を……この先に何があるのかを。

「……行ケ。オ前ヲ縛ルモノハナイ」

 姫の言葉に背を向けたまま頷く。
 動き出した歯車は止まらない。あるいはそう……賽は投げられた……提督ならそう言うのだろう。
 ネ級は主砲たちに声をかける。

「イイナ……オ前タチ。護衛要塞トソレニ同調スルヤツガ最優先……次ニ逃ゲルノヲ狙ッテ追ッテクルヤツ……ソイツラガ今カラ私タチノ敵ダ」

 これなら同士討ちの危険はかなり減らせるはずだ。
 厄介なのは自分を狙ってくるのが、本当に敵とは限らないということ。
 そしてもう一つ……艦娘すらろくに沈められないのに、同じ深海棲艦相手に戦えるだろうか。
 過ぎった不安を払うように主砲たちが短い声で何かを鳴く。

「励マシテクレルノカ……? イイ子タチダ……」

 撫でるように触ってやると、応えるように声を返してきた。
 ツ級を喪ったが、まだ私には仲間が残っている。


923 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 06:06:35.03 ID:2DuREfzdo


「……アリガトウ」

 他にこの気持ちを表現する言葉は知らないが、それでいいのだろう。
 進んでいくと雨風が頬を打つ。黒々とした雲から雨粒が音を立てて落ちている。
 急に理由のない苦しさが胸に広がった。

 きっと私は今日沈む。魂が天に昇るのだとしたら、体は海へと還っていく。
 そして今の私はどちらでもない……空と海の狭間にいる。
 まだ生きているから。だが、それも時間の問題だ。

「……ククク……私ハ愚カダナ……」

 面白くもなんともないのに、そんな笑い声が自然と出てしまう。
 提督も決して短くない期間、こういった笑い方をしていた。
 自虐や戒めに近いようで、それ以上に何かを忘れたくがないための行為だったようだ。
 理由までは分からないし、どうしてやめる気になったのかは分からない。
 ただ、そうしたくなる気分というのは、今の私になら少しぐらいは理解できる。

 沈むかもしれない。そんなのは今に始まった話ではない。
 予感は予感でしかなく、気にするのは無駄だ。沈むとしても姫のために戦うのは魅力的でもある。
 ならば、やるまでだ。私はネ級だ。ネ級らしく戦ってみせる。

 ふと鳥海を思い出す。
 提督の記憶としてではなく、生死を賭けて鎬を削った鳥海を。
 私の特別な敵……今はどうだろう。特別ではあっても敵ではないのかもしれない。

「モウ一度グライ……アイツニ会ッテミテモイイナ」

 会ってどうするだとか、何をしたいだとかはない。
 ただ純粋に会ってみたかった。
 そして、これもきっと叶わないのだろうとネ級はどこかで思う。


924 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/02/28(水) 06:14:13.85 ID:2DuREfzdo
ここまで。今回も乙ありでした
区切りを考えると、エピローグ含めて残り二回か三回で完結まで持ってく予定です
自分の書いたり打ち込むのが想定以上なら二回で、おっそいなら三回とかそんな具合に
925 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:16:54.32 ID:tvxotTBKo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 篠突く雨を浴びながら木曾は天を仰ぐ。
 まだ雨が降り出す前、別働隊として動いていた彼女たちは敵機動部隊への奇襲を成功させている。
 ヌ級の半数以上とその護衛を海の藻屑へと変え、彼女たち自身は誰一人として沈まずに追撃を振り切っていた。

「恵みの雨ってやつかな。とりあえず、これで空襲の危険は減ったな」

「っていうか、単に捨て置かれてるだけな気がしない?」

 北上姉は雨に打たれながらも、何食わない顔で応える。
 ただし艤装の上部は根こそぎ消失し、衣服の所々に煤けた焦げ跡がついている。

「北上さんを軽んじるなんて生意気な敵ですね!」

「いやいや、こんなとこで空襲されたら一たまりもないだろ……」

 妙なところで怒る大井姉に、ため息を自然とついてしまう。
 とはいえ、こういう窮地でもマイペースなままの姉二人がいると悲観しすぎないで済む。

 追撃を凌いだとはいえ、彼女たちとて無傷ではない。
 木曾とヲキューの二人が軽傷で済んだだけで、他の四人は損傷が大きく護衛が不可欠な状態だった。
 現在は十五ノットで戦線を離脱するために南下している。

「んー、まあ冗談抜きで相手にされてないんだと思うよ。深海棲艦もそれどころじゃないだろうし。だよね、ヲキュー?」

「……ウン。空母棲姫ト戦艦棲姫ガ沈ンダミタイデ……ソコデホッポノ通信デ二ツニ割レタミタイ……」

 ホッポの通信は内容も含めてこっちでも把握している。
 揺さぶりになるとは思ったが、まさか分裂するとは予想してなかった。

「うぅ……装甲空母姫に手出しできてれば……」

 リベが悔しそうに口を尖らせると、すかさず大井姉が口を出す。

「たらればの話はやめておきましょう。少なくとも敵機動部隊に大きな痛手を与えた。そこは確かなんだから」

「最高ではないでしょうけど十分に責任は果たしてる……そういうことよね」

「そーいうこと」

 天津風も同意を示すと北上姉さんも相槌を打つ。
 確かにそうなんだろう。俺たちは奇襲して成功した。敵を沈めて俺たちは沈んでない、大成功だ。
 限られた戦力に投機的な作戦ながら大きな戦果を挙げている。

 それでもリベの言いたいことも分かる。
 もし装甲空母姫を仕留められていれば、この時点で交戦は終わっていた可能性もあるんだから。


926 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:18:44.24 ID:tvxotTBKo


「スマナイガ……私ハ指揮カラ外レサセテモラウ……」

 木曾が振り返った時には、ヲキューは減速して隊列から置いていかれていた。
 明らかな異常事態に問い詰める。

「どういうつもりだ」

「アノ方ノ……飛行場姫ノ危機ヲ見過ゴセナイ……」

「だからって勝手なことを!」

「分カッテイル……デモ彼女ナクシテ停戦ハ成立シナイ……」

 木曾は止めようにも止める手立てがないと察してしまう。
 この中でヲキューに追いつける足を持ってるのは自分だけ。
 ヲキューが本気で離脱するのを止めるには実力行使に出ないといけない。が、そんなのは本末転倒だ。
 それにヲキューの言い分も内心では肯定していた。

「ちょっと待ちなさい。あなた一人でどうにかできる話じゃないでしょう」

 大井の声も飛ぶ。教練でよく見せる叱りつけるような声。

「確カニ……シカシ泊地モ動クハズ……ダトスレバ付ケ入ル隙モ……」

「……別に一人だけでやることはないだろ」

 気づけば、そう言っていた。
 この発言に一同の耳目が集まるのを感じる。

「まだ戦いは終わっちゃいない。行くなら俺も……」

「木曾まで何言い出すの!」

「俺が姉さんらを守らなきゃいけないのは分かってる……」

「そこなんだけどさー。このまま襲われたら、たぶん守りきれないよね?」

 口を挟んできたのは北上姉だった。
 それはないと木曾には言い切れない。
 ごく少数の敵ならともかく、統制の取れた艦隊や航空隊に襲撃されたら自分の身を含めて全員を守り抜く自信はなかった。

「北上さん、何を……?」

「あたしはありだと思うよ。行っても行かなくても、どっちにしたってリスクはあるんだし」

 意外な助け舟に大井姉は口を開け閉めする。何か言い返したいのに言葉が決まらないと、そんな感じだった。
 すると北上姉はこっちを見てくる。

「行ったら行ったで木曾たちが身代わりになっちゃうかも」

「その逆もありえるだろ」

「まー、そういうことだね。共倒れも十分ありえるし。ヲキューは何言っても行っちゃうんでしょ?」

「ウン……」

 ヲキューは律儀というべきなのか、まだ近くで待っている。
 彼女なりの罪悪感があるのか、真意は分からない。

「こうなったらもうさ、二人ともやれるだけやってきなよ」

 北上姉はあっけからんと言う。
 本当にいいのか、とも思ったがヲキューについていくと言い出したのは俺だ。
 それに装甲空母姫の撃滅はやり残し、とも言える。


927 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:21:58.65 ID:tvxotTBKo


「正直、北上さんの言うことでも納得しきれないんだけど……」

 大井姉は頭痛でもあるかのように額を手で抑えている。
 実際こいつは頭の痛くなる話なんだろうが、それでも答えは決まっていた。
 嘆息混じりに大井姉は聞いてくる。

「本当にいいのね?」

「ああ。行く必要ありだ」

「だったら五体満足で戻ってきなさい。でないと球磨姉さんに殺されるわよ」

 戻らなかったら殺しようがないのに。と思ったけど、無事で済まないのはこの姉二人という意味かもしれなかった。

「……責任重大だ」

「そうと決まれば残しておいた魚雷、預けるわ。姫用に温存してたけど撃ちそびれてたのよ」

 大井姉がそう言うと天津風も手を挙げる。

「だったら連装砲君も連れて行って。少しでも助けは必要でしょ?」

「いいのか?」

「いいも悪いも。あたしたちは次の襲撃を受けた時点でアウトなんだから、動ける二人になんとかしてもらわないと」

「そっちを助けることにもなるか。了解だ、相棒を預からせてもらう」

「リベも何か……」

「気持ちだけで十分だよ。ありがとな」

「えっと……ボナフォルトゥーナ」

 健闘や幸運を祈るってところか。確認しなくても言いたいことは分かる。
 こうしてささやかな兵装の受け渡しをしている間もヲキューは佇んでいた。
 そんな彼女には北上姉が声をかける。

「あんたもちゃんと帰ってくるんだよ?」

「ン……」

 ヲキューは曖昧な声で、しっかりと首を縦に振る。

「よし、待たせたな」

「……気ニシテナイ。行コウ」

 木曾とヲキューは揃って転進した。二人とも護衛の時とは違い速度を上げる。
 たかが二人。されど二人。
 行く末はたぶん明るくはないが、しかし間違えてるとも思わない。

 この戦いは最初からずっと無茶ばかりだ。
 それをほんの少しの幸運と偶然とが味方をしてくれて、今の結果に至っている。
 だから、もう一回ぐらい巡り会わせを当てにしてもいいかもしれない。

 黒い雲から落ちてくる雨が顔や体を叩いていく。
 速度を上げてると感覚的にはぶつかっていくにも近い。
 涙雨、という言葉を思い浮かべる。
 泣けない者のために空が代わりに泣いてるのだとしたら、一体これは誰のための涙なんだろうか。
 そんな感傷を引きずりながら戦場に戻ろうとしていた。


928 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:26:21.16 ID:tvxotTBKo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海はトラック泊地から選抜された自身を含めた十名の艦娘と、支援要員として二人のイ級を伴い西進していた。
 彼女を旗艦とした選抜艦隊はトラック泊地に残された事実上の総力でもある。
 状況もそれまでから変転している。

 仲間割れを始めた深海棲艦たちは、交戦しながらトラック泊地へと近づきつつあった。
 元から無視できないにしても、脅威は確実に近づいてきている。

 その中で彼女たちに下された命令は、装甲空母姫とその一派の撃破。
 戦場で孤立している可能性が高い別働隊や、ひいては飛行場姫を救い出すことにも繋がる。
 飛行場姫は停戦に応じる意思を示していて、ここで沈めさせるわけにはいかなかった。
 一行は弱まってもなお体に張りつく雨の中を進んでいく。

「前の艤装なんて、また懐かしいもんを引っ張り出してきたなぁ」

 摩耶が感心したような声で鳥海の格好を見る。
 鳥海は改ニ以前の艤装を装備していた。
 両腕に連装二基の主砲を取り付けた姿は特徴的で、二人にも思い入れのある姿だった。
 もっとも服装は改ニ仕様の翠緑のセーラー服から戻していないので、見ようによっては違和感を覚えるかもしれない。

「本当にそうね。この艤装を使う機会が今になって来るなんて思いもしなかったわ」

 ネ級との交戦で改ニ艤装はほぼ全壊という有様だった。
 当然修理をしている余裕はまったくなく、そこで旧型艤装の再使用が提案された。

 改ニ艤装に切り替わってからは使用する機会もなくなっていたけど、そこはやはり正式な装備。
 定期的に整備されていたので、急遽引っ張り出されての使用にも不備は感じられない。
 もう少し時間があれば主砲だけでも改修した砲に換装できたけど、そこは高望みが過ぎる。

「使える物はちゃんと使わないと。元々、ボクらはこうしてやり繰りしてきたんだからね」
 人で、自身もまた同じように改ニ以前の艤装を装備している。
 そんな私たちに声をかけたのは時雨さんと同じ白露型の春雨さんだった。

「時雨姉さんも鳥海さんもあまり無理はしないでください。使い慣れててもぶっつけ本番なんですし性能だって改ニと比べたら……」

 春雨さんの指摘はもっともだった。
 いくら適した艤装でも、改ニ艤装と比すると性能面で見劣りしてしまうのは否定できない。
 それでも体に馴染む感覚は強く、不足があるなんて言う気はなかった。

「心配ありがとうございます。こうして赴く以上は力を尽くしますし、性能を言い訳にするつもりはありません」

「そういうことだよ。それと春雨こそ無茶はしないこと。この中じゃ一番経験が浅いんだ」

 時雨さんは春雨さんの実力を懸念しているのを隠さない。
 ただし、それは邪険にしているからではなく心配しているため。彼女の人となりを知っていれば自ずと分かる。
 春雨さんも私以上に分かってるのだろう、大きな動作で頷く。

「……それでも私は艦娘ですから戦い抜いてみせます。白露姉さんや海風たちの分も」

「そこだけ聞くと姉さんたちが無事じゃないみたいだ」


929 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:28:28.24 ID:tvxotTBKo


 時雨さんはおかしそうに、だけど控えめな鈴を転がすような声で笑う。
 白露さんたちは無事で、今回の出撃に当たって春雨さんに自らの艤装から使える部品を提供している。
 そういう意味で今なら春雨さんは白露型の集大成とも呼べるのかも。
 時雨さんは柔らかな顔つきのまま言う。

「戦い抜くより生き抜くって言ってほしいところだけど、今は及第点としておくよ」

「時雨が生き抜けって言うと説得力がありますよね!」

「君がそれを言うのかい、雪風」

 時雨さんの声がそれまでと左右反対へと移る。
 併走しているのは雪風さんで、所属は違うものの彼女の実力は折り紙つきだった。
 先の交戦で艤装を損傷させていたので、トラック泊地にいる三人の陽炎型から部品を交換しての出撃となる。

「不沈艦と謳われたお二人の力、頼りにしてますよ」

「雪風にお任せください! それに神通さんもいますし百人力ですよ!」

「ええ」

 雪風さんに話を振られた神通さんは、どこか気のない返事を寄こしてくる。
 どうにも、らしくないような。

「どうかされました?」

「深海棲艦の救援なんて……こんな指令を受けるとは思いませんでしたから」

 おそらくは正直な気持ちを神通さんは口にする。

「深海棲艦同士の潰し合いなら放置してしまえ、とも考えてしまいます」

「ううん、変な感じがしちゃうのは確かですよね」

 雪風さんも同じように同調すると、どこか苦笑するように神通さんは続ける。

「こう言ってはなんですが作戦や目的に不服はありません。ただ……いくら話に聞いていてもなかなか……」

「まあ、あたしらもワルサメから始まって色々あったから。いきなり信用なんてのは、さすがにできないって」

 摩耶が答え、私も内心で同意する。
 艦娘でくくっても、やっぱり認識の違いは生じてしまう。

「つまり話せば分かる、ということでしょうか? 私や雪風にはそう言った機会がありませんでしたが……」

「それなら今度ゆっくり話してみてください。彼女たちは……意外と普通です」

 摩耶に代わって言葉を引き継ぐ。
 深海棲艦と本当に和解する道を模索するなら、そして成ったあとでも維持しようとするなら、そういう接触はどんどん必要になっていくはずだった。
 神通さんもそれは分かっているみたいで、しっかりと頷く。

「では鬼に笑われないようにしないといけませんね。まずはこの決戦で道を切り拓かなくては」

「今後の話もほどほどにね。楽観視できる状況じゃないし」

 釘を刺す言葉はローマさんからで、張り詰めたような顔をしていた。
 彼女は艦隊でただ一人の戦艦で、誰よりも艤装に一目で分かる傷跡がいくつも残されている。
 左側の第四砲塔があるはずの箇所など、所々を無塗装の鋼板で塞いで継ぎ接ぎにしていた。

 戦艦は主力であるが故に敵からも狙われやすい。
 午前の交戦でも各戦艦たちはそれぞれ奮戦し、今や再出撃に耐えられるのはローマさんだけになっていた。
 その状況が彼女を気負わせているのかもしれず、そうなるとあまりよくない。
 鳥海は口を開こうとして、先に夕雲の声が流れる。


930 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:30:33.95 ID:tvxotTBKo


「確かに予断を許さない戦況ですがご安心を。ローマさんの守り、つまり主力の護衛は夕雲にお任せください」

「……別に私は自分の護衛を心配してるわけじゃないけど」

「あらあら、そうですか。ちなみに主力の護衛は夕雲型の最も得意とするところですから遠慮せず私に甘えてくださいね」

「甘えるってあなた……」

 ローマさんは何か言いたそうにしたものの、夕雲さんの笑顔に負けたようだった。

「分かった、分かったわよ。私には夕雲みたいな余裕が欠けてた」

 苦笑いするローマさんは肩の力を抜こうとしているようだった。
 艦隊には他に巻雲さんと風雲さんと三人の夕雲型がいる。
 午前の交戦では空母の護衛に回っていたので、彼女たちだけは消耗しないままの参戦だった。

 しばらく、といっても体感でそう感じただけで、実際には五分も経たない内に水平線上で白っぽい光が瞬くのが見えた。
 戦場はすぐそこ。
 鳥海は艦隊に帯同している二人のイ級に意識を向ける。
 彼女たちには悪いけど、まだ見た目での区別がつかない。それでも不思議と確信があった。

「あなたたちはヲキューと一緒にいたイ級たちですよね。言葉を覚えようとしていた」

「ソウソウ!」

 二人のイ級はそれぞれイルカのような高い声を出す。
 記憶違いでなければ、あの時のイ級は確かに三人いた。
 もう一人がここにいない理由は……今はあえて触れない。

「あなたたちはできるだけ戦闘に加わらずに、私たちのことを飛行場姫たちに伝えてください」

 イ級たちを連れているのは、どうしても深海棲艦との連絡役、もしくは調整役が必要だったから。
 今の時点で相互連携なんて不可能と考えたほうがいい。
 むしろ互いにそれと気づかず妨害し合うような展開になりかねなかった。
 それを防いで調整できるのは、やはり深海棲艦に他ならない。

「あなたたちにしかできないことなんです……お願いします」

 念押しみたいになるけど正真正銘の本音でもある。
 二人のイ級は応答のように一鳴きした。
 交戦海域にさらに近づくとイ級たちが声を挙げる。

「繋ガッタ! 繋ガッタ!」

『……救援ニ感謝スル』

 二人のイ級を介して艦隊の無線に入ってきたのは飛行場姫の声。
 こちらの目的を把握しているらしく、単刀直入な切り出しだった。


931 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:32:02.53 ID:tvxotTBKo


「挨拶は抜きにしましょう。あなたを救出するためにも装甲空母姫を討ち取ります」

『ナラバ我々モ反攻ニ出ル……』

「協力してくれるんですか?」

『我々ノ問題デモアル……』

 飛行場姫は多くを語ろうとはしない。
 ただ彼女を守る必要があるとはいえ、その提案に反対はなかった。
 こちらだけで装甲空母姫を相手にするのは、控えめに言っても苦しいと言わざるを得ない。

「一つ……教えてください。ネ級はそこにいますか?」

『……イナイ。ネ級ハ後退ヲ支エルタメ……殿ニイル』

「無茶をして……」

 古今東西、退却する部隊は後背から攻撃を受けてしまうために脆い。
 それだけに真っ先に追撃してくる敵と接触する殿は危険であり重要だった。
 とはいえ、そんな場所に身を投じているのは、どうしてかネ級らしく思えてしまう。
 それに少し安心した。少なくとも今はネ級と戦うのは考えなくていいんだから。

 次いで、飛行場姫はいくつかの数字を口にする。
 その意味が分からないでいると、姫は付け足すように言う。

『周波数……声ガ届クヨウナラ……ソレデ話セルハズ』

「どうして教えてくれるんですか?」

『オ前ダロウ? ネ級ガコダワッテイタ艦娘ハ……私カラハ以上ダ』

 半ば一方的に通信を切られる。
 声が届くなら……か。
 思うことは色々あるけど、今はまず頭を切り替えよう。
 こちらの加勢に乗じて飛行場姫たちが反撃に転じるなら。

「鳥海より各員に通達。これより飛行場姫と協同し戦線を押し上げます! 最優先で狙うのは敵中核の装甲空母姫、ならびにレ級集団!」

 その二つを倒せば全て終わるなんて思わないけど、これが今の状況をひっくり返せる最低条件であり絶対条件だった。
 まずは反航戦の形で遠距離から横槍を入れつつ敵陣深くを目指す。
 敵のほうが数は多いから、こちらを順次迎撃してくるとも予測される。
 それを迎え撃ちつつ敵主力を撃破しなくてはならない。


932 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:34:15.73 ID:tvxotTBKo


「苦しい戦いになりますが皆さん……どうか……」

 最後まで言い切らない内に言葉が詰まってしまう。
 言いたいことははっきりしている。楽観的で勝手な言い分とも感じた。
 だけど言う。

「どうか……生き抜いてください」

 もしネ級と戦わなければ逆のことを言ってたかもしれない。
 だけど私は生きていたいし、生きていてほしかった。
 そうして応えたのは夕雲さんだった。

「問題ありません。主力オブ主力の駆逐艦……夕雲型の実力を見せましょう! 巻雲さんと風雲さんもいいですね?」

「もちろんです。がんばりますよぉ!」

「私もこの戦いを終わらせる……飛龍さんの命に賭けても!」

 風雲さんの言葉に巻雲さんが疑問を口にする。

「そこは自分の命とかじゃないの?」

「自分の命を賭すのは当然じゃない。その上で他にも何か引き換えにするなら、という意味よ」

「ほえー」

「……なんて言っても沈んだら守れなくなっちゃうから帰らないと。そういうこと、かな?」

 自問するような響きの風雲さんにローマさんが声を被せる。

「お喋りはここまでにしなさい。私はだいぶ狙われるけど護衛を任せていいのよね?」

 もちろんです、と答えたのは夕雲さん。

「時雨さんたちもいますが、それはそれ。護衛から露払い、水雷戦まで夕雲たちに全てお任せください」

「そう言われるとボクら白露型としても遅れを取るわけにはいかないかな」

「頼もしいこった……あたしたちもやってやろうぜ、鳥海!」

 時雨さんと摩耶の言葉の声も受ける。
 これが最後の戦いになるかもしれない。だから努めて静かな声で戦闘用意を告げる。
 過度の恐れも緊張もない。

 空は暗雲、海も沸き立つように荒れている。
 幸先は悪そうだけど、それは相手にとっても同じで吉凶とは関係ないはず。
 少なくとも、この戦場においては艦娘も深海棲艦も条件は対等だった。

「今度こそ終わりにしましょう!」

 胸元にかけた司令官さんの指輪が服の内側で揺れるのを感じる。
 この先に待ち受けてる結果がどうであれ、後はもう戦うだけだった。


933 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:40:01.65 ID:tvxotTBKo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 雨とは別に砲弾が生み出した飛沫がネ級の体を打ち据える。
 もう一度や二度ではなく、今日だけで何度も何度も続いた出来事だった。
 時に飛沫だけでなく体を押し潰そうとする衝撃を受ける時もある。
 砲弾が直撃した時で、それも今日だけで何度も起きていた。

 ネ級は背後からリ級重巡の砲撃を浴びながら、護衛要塞へと突撃し彼我の距離を急速に縮めていた。
 前後からの砲撃に挟まれながら、同様に前後両方へ反撃もしている。
 主砲たちが後ろのリ級を狙い、護衛要塞には副砲で応射する。

 護衛要塞に次々と副砲が命中するが、目に見えるような被害は与えられない。
 全幅で言えば優にこちらの倍はある。
 耐久力も図体相応であれば、まともに撃ち合っていては砲弾を余分に消耗してしまう。
 まだ戦い続ける必要もある上に、敵だらけの海域でそれは望ましくない。
 魚雷もすでに使い切っているから温存は不可欠だった。

 副砲の撃ち方をやめ、両腕で頭を守りながら要塞の懐に飛び込んでいく。
 距離がある内に私を止められなかったのは失策だろう。
 こちらの接近に要塞も後進を始めようとするが、元々が巨体だからか動き出しが重い。

「モタツイテ……!」

 後ろに張り付いてるはずのリ級も含め、敵の反応や動きが鈍いと感じる。
 複雑な軌道を取っているわけでもないのに、こちらの接近を簡単に許している。
 狙いを定めて撃つのも回避に移るまでの動きも全てが遅い。

 あの鳥海ならこんなことはなかった。全力で食らいつかねば到底追えるような相手ではなかった。
 ……だから我々は勝てないのか? そんな疑問が一瞬とはいえ頭を過ぎる。
 一瞬の想念は背中から体の前面へと吹き抜けた爆風によって霧散する。

 被弾はしていない。
 振り返らずとも、背後から付け狙っていたリ級が逆に沈められたのが分かる。
 後ろの敵がいなくなってすぐに護衛要塞とも接触する。
 至近距離に迫られたことで、護衛要塞は主砲のある口を閉ざそうとするが、それより速く両腕を差し込む。

「オ――!」

 腕を噛み切られるという恐怖は欠片もなかった。
 護衛要塞の口を力任せに押さえつけ、開いたままの口内を狙って主砲たちが身をよじらせる。
 砲撃の直前に素早く腕を引いて離脱を図る。

 護衛要塞の内部に飛び込んだ砲弾が暴れ、内側から膨張するように爆発した。
 こちらを押し飛ばす衝撃に煽られつつ、姿勢を下げて体を安定させる。

 周囲から一時とはいえ敵影が消えて、体に溜め込んでいた息を吐き出す。
 手足の末端が痺れて体が重く感じるのは疲れのせいか。
 被弾はさして多くないが、どうにも神経が磨り減っている。


934 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:41:36.86 ID:tvxotTBKo


 それにしても皮肉だ。艦娘をろくに沈められないまま、同じ深海棲艦は沈めているのだから。
 交戦を始めてから片手では数えられない以上の数を屠っている。
 しかし口から出た言葉は逆だった。

「ヨクヤッタ……」

 状況が皮肉でも、これは正直な気持ちだった。
 主砲たちを労いつつ視線を周辺へと巡らす。
 雨に紛れるように空気の震える音が続いている。戦闘はまだ終わっていない。
 戦場を交錯する声に耳を傾け、殺気と呼ぶような気配に集中する。

「コレデ一角ハ崩シタ……次ハ……」

 狙うなら主力だ。後退するという考えはない。
 少し前に飛行場姫の号令の下、反攻に転じているのは分かった。しかも艦娘も介入してきているという。
 どちらにしても他の味方を後退させる余裕を作り出したかったのだから、やることは変わらない。

「敵ノ中核ハ……ドイツダ?」

 できることなら装甲空母姫、あるいは前線指揮官に当たる相手を狙いたい。
 しかし、あくまで希望であって相手を選んでいられる時ではなかった。
 ならば近くの敵から叩く。
 呼吸を整え、最も近いと思える交戦に介入すべく移動を始める。そうして気づいた。

「アイツカ……赤イレ級……」

 よりにもよってなのか、それとも望み通りなのか。
 姫を除けば、最も厄介なやつがいた。それも別のレ級まで一緒にいる。
 交戦中、というより一方的に追い詰められているのはタ級戦艦。
 すでに主砲は沈黙しつつあり、沈められるのは時間の問題に思えた。
 そしてレ級たちはこちらにまだ気づいていない。

 有効射程内ではあるが、このまま砲撃しなければ雨に紛れて接近できる。
 ことによっては肉薄できる距離での奇襲もできるかもしれない。
 だが、その場合はタ級は沈むと考えていいだろう。

 ネ級はすぐ判断を下す。
 通常のレ級のほうが近い。主砲による砲撃がレ級の背に命中していく。
 不意打ちにレ級たちが素早く向き直り、ネ級の存在を認知する。

「オ前カア……イツカハコウナル気ガシテタヨ!」

「私ハ……コウナルトハ思ッテナカッタゾ!」

 赤いレ級の叫びと共に砲撃が来る。
 こちらの背丈を越える巨大な水柱が前方や左方向にいくつも生じた。
 戦艦の肩書きを有するだけあって、レ級の砲はこちらの倍の大きさだ。
 そして実戦で戦艦クラスの砲で撃たれるのは初めてだった。

 当たったらただでは済まないが、これでいい。
 二人の狙いはタ級から、こちらに完全に移っている。
 レ級の妨害をしても、この混戦ではタ級が生き延びる可能性は……あまり高くないだろう。
 それでも仲間のために命を使うと言ったのは他ならないこの口で、それを違える気はなかった。


935 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:42:59.12 ID:tvxotTBKo


「砲撃ヲ惜シムナ……近ヅク!」

 今までは砲弾を温存したかったが、レ級たちが相手ではそうもいかない。
 というより、こいつらを相手に使わなければいつ使うのだと。
 機動力に主砲と副砲を合わせた手数がこちらの利点だ。

 赤いやつに比べれば普通のレ級はまだ相手にしやすい。
 次々と砲撃を送り込み、同時に射線を絞らせないようにレ級の横や後ろに回り込みながら近づく。

 今回も肉薄しなくてはならない。
 二対一では距離を取られたまま、一方的に撃たれ続けてしまう。
 だが接近さえしてしまえば、同士討ちを避けようと片方の砲撃は封じられる。

「艦娘トハ戦エナクテモ……アタシラトナラヤレルッテワケカイ!」

「ソウデハ……オ前コソ戦ウノヲヤメテシマエバ……」

「ハハッ! 戦イヲ取ッタラ何モ残ラナイダロ!」

 レ級たちの砲撃が至近弾となり、滝のような水流に衝撃波が体を苛んでいく。
 それを耐えて、至近弾で生じた水柱をかき割って全速前進。
 砲撃の合間に猛然と進む。
 対するレ級は後退するどころか前進してくる。

「向コウカラ来テクレル!」

 血気に逸っているのか、たかが重巡と侮ったのか。引き撃ちという考えはないらしい。好都合だ。
 両太腿にある副砲をレ級の頭を狙って撃ち込んでいく。
 頭を狙われては、さしものレ級も両腕で守りに回らざるをえない。
 一方で装填の終わらない主砲がじりじりとこちらを指向したままだった。

「撃タセルカ!」

 やはりこの機会を逃すわけにはいかない。
 姿勢を落として海面を両手で交互に叩く。掌の体液が海面と反発し、体を押し出していく。
 横からレ級に飛びかかり、引きずり倒したまま海上を疾駆する。
 右手で頭を鷲掴みにして、速度を落とさずに海面に何度も頭を打ちつける。
 そのまま主砲も撃ち込もうとするが、そこで横腹に激痛が走ると体を引き剥がされた。

「ナンダ!?」

 レ級の尾が腹を食い千切ろうと噛みついていた。
 牙がさらにめり込んだところでレ級に頬を殴られる。
 痛みをこらえ返礼とばかりに主砲と副砲を乱射した。
 至近距離で集束した火力にはさしものレ級も有効で、噛み付いていた尾が離れる。

 痛みの元が離れたところで息を整える。この期を逃すわけには。
 今一度飛びかかると、今度はレ級も同じように向かってきた。
 互いに正面から腕を組み合い押し合う。主砲同士たちも相手を抑えつけようと動く。
 そして、こうなれば私のほうが有利だ。


936 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:44:08.29 ID:tvxotTBKo


「今ナラ……私ノホウガ手数ハ多イ!」

 既視感を感じ、目覚めてすぐに赤いレ級に品定めされたのを思い出す。
 もっとも、こいつはあの時のレ級ではないが。
 主砲たちが連携しレ級の尾に噛みつき動きを完全に抑えると、右の主砲が尾から右腕へと噛みつき直し拘束する。

 これで右腕が自由になる。
 握り締めた拳を槌のようにレ級の胸へと振り下ろす。
 生身の肉を打ったとは思えない硬質な音が響く。ネ級の拳、レ級の唇からそれぞれ黒い飛沫が吹き出る。
 ネ級は腕が自傷するのも構わず、さらに二度三度と腕を振るう。杭を打ち込むような、拳そのものを埋め込もうとでもするような打撃。
 そこでレ級が耳をつんざく絶叫をあげる。

「ウテエエエェッ!」

 撃て、と言ってるのだと頭が遅れて認識する。
 失策に気づいた時には遅かった。
 赤いレ級が左に回り込んでいて、発砲炎が見えた。
 そこからの反応は咄嗟だった。
 拘束していたレ級を盾代わりにする。が、間に合うものではなかった。

 飛来した砲撃の大半はレ級の背に当たっていくが、一発はネ級の左脚に当たると体と副砲を壊しながら吹き飛ばした。
 海面を数度転がってからネ級はすぐに立ち上がる。
 艦砲が命中した直後は痛みを感じなかったが、すぐに体の左半分を焼かれる痛みに襲われ始めた。
 喉から出かかった悲鳴を噛み殺しながらも、その場から離れる。

「嫌ナ真似サセヤガッテ」

 聞こえてきた赤いレ級の声は静かで、それまでとは少し雰囲気が違う。
 怒りか悲しみか。楽しくなさそうなのは疑いようもない。

 通常のレ級は倒れ伏して動かなくなっていた。
 結果的にとどめを刺したのは私ではなかったらしい。
 赤いレ級は牙のような犬歯をむき出しにしていた。

「アンタモ送ッテヤル……アノ世ッテヤツニサア!」


937 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:45:27.88 ID:tvxotTBKo


 体から血液がこぼれ落ちていき、左足は深々と抉られてしまった。
 骨の内側から脈打つような痛みは、今や息苦しさも引き起こしている。
 自分の最期を想像したことはあるが、同じ深海棲艦と戦ってとは考えていなかった。

「ダトシテモ……体ノ動ク限リ!」

 最後の抵抗だろうとなんだろうと。
 それに取り巻きは沈めてやったんだから戦力は削いだ……後は誰かがなんとかしてくれる。

「誰カ……?」

 艦娘もすでにこの戦闘に加わっているというなら、その中の誰かが決着をつけてくれるはずだった。
 これが深海棲艦同士の戦いでも、最後に全てを終わらせるのは艦娘だという、ほぼ確信に近い予感がある。

 ……本当は誰か、なんて抽象的に考えてなかった。
 艦娘の中でも鳥海を真っ先に想起したからで、しかし彼女がこの海域にいるとは考えにくい。
 午前中に交戦した際に艤装を徹底的に破壊しているからだ。

 いずれにせよ私にやれるのは、ほんのわずかでも消耗させることだ。
 一発でも多く当て、一発でも多く砲弾を使わせる。
 そうすれば次にこのレ級と戦う誰かが楽になる。

 不自由になった体で、そこからさらに撃ち合う。
 体はともかく主砲は健在だった。
 続けて砲撃を命中させながらレ級へと向かい、そして反撃を受ける。

 身を守ろうと掲げようとした左腕が爆ぜた。
 爆風の衝撃で体が突き飛ばされて倒れる。右手と右足だけでどうにか立ち上がって、さらに接近を試みる。

 左腕が動かず痛みも感じなくなっていた。
 それなのに息はどんどん上がり、体の中にある核が狂ったように猛っている。
 やつに近づく。最早、近づく以外の考えは何もない。
 赤いレ級もまた急速に向かってきた。こちらの主砲を物ともせずやってくる。

『そこを離れてください、ネ級!』

 声が聞こえる。鳥海の声。呼びかけてくれている。
 幻聴だ。こんな時に声が聞こえるはずもない。
 それでも声は止まらない。


938 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:50:26.70 ID:tvxotTBKo


『もうあなたたちが見えてます! この先は私が戦いますから……』

 無視する。この期に及んで提督の記憶は私を惑わそうというのか。
 だがレ級に被弾の閃光と爆風が生じた。
 こちらの砲撃ではなく、レ級も注意が横へと逸れる。
 声が幻ではなく現実と証明するように。

『死に急がないでください!』

「……無理ダヨ」

 もう近くに来ているんだ。
 後事を託す――私の重荷を全部を投げてしまうには、これほど適任な相手はいない。
 別に仇を討ってほしいとかそんな話ではない。
 ただ、次に繋がる何かをしたかった。

 だから進む。今なら察してしまう。元から私の体は長くない。
 私には初めから未来なんてなかったんだ。

 レ級の間近に迫ると向こうもまた警戒をこちらに戻していた。
 体が重い。遅い。間に合わない。
 それでも右腕を伸ばす。突き出す。

「届……ケ……!」

 腕の一本や二本。いや、そこまで多くは望まない。
 指が触れる。
 コートのような装甲。その一部分だけでも持っていく。
 引き裂くように破り取る。

 そして――レ級の腕が胸に突き刺さっていた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海は見る。

 レ級がネ級を刺し貫いた腕を引き抜く。
 べったりと墨のように体液がまとわりついて、手には何かの臓器を握っている。
 歯車のようにも見えたそれを、レ級は握り潰した。
 風船が割れるように飛沫が飛び散り、ネ級が膝から折れる。糸を切られた操り人形のように、体中から力を失って。
 その一部始終を鳥海は見る。何もできないまま見るしかない。

 何もかも、全てが遅すぎた。


939 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/04/16(月) 23:54:06.04 ID:tvxotTBKo
ここまで。次でエピローグ含めてラストまで持ってきます
四月末日ないしは五月六日予定。間に合わなければ、以降の大安の日にでも
940 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 12:17:50.92 ID:w8jstg9UO
保守
941 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/22(金) 05:09:29.00 ID:G3bk11IcO
待ってるぜ
942 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/07/02(月) 23:32:33.65 ID:03itj8sTo
まずはご報告を。つい先程全部書き終わりました。
しかし添削といった見直しがまったくできてない状態なので、勝手ながら六日ほど猶予をください
なので日曜になる八日の21時以降から最後の投下を行います
ちなみにペース配分間違えて、現時点で三万文字弱、千六百行ほどとなってます……長くなってますが四十レス内には収めようと思ってます
以上、報告まで

>>940
保守ありがとうございます。完全にそういうのを失念してました……感謝の限りです

>>941
ありがとうございます。もう五日ほど顧みる時間をください
943 :長くなるのでそれなりに投下します ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/07/08(日) 05:36:58.94 ID:gqgURpN+o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 木曾の首筋にちりつくような感覚が走る。
 誰かに呼ばれたような気がして、後ろを振り返るが荒れた海原以外は何も見えない。

「なんだ、今の……?」

「木曾……?」

「悪い、なんでもない……どうも過敏になってるみたいだ」

 無表情な顔を寄こすヲキューに答える。
 奇妙な感覚は胸騒ぎを呼び覚ますが、正体については木曾自身も答えようがない。
 不審に思ってるかもしれないが、ヲキューはそれ以上の追求をしてこなかった。
 代わりに違うことを呟く。

「雨ガ強イ……」

「……だな。雨を吸ってマントが重くてな……この天気にはむしろ助けられてるって言っても」

「ソウナンダ……私ハ雨ガ好キ……濡レテルノガ好キトモ……」

「へえ……そういやヲキューのこと、あんまり詳しく知らないな」

「……ツマラナイ女ダヨ」

「そういう言い回しはどこで覚えてくるんだ」

 大方、飛龍か隼鷹辺りから覚えたんじゃないかって気はするが。

「……見ツカルダロウカ」

「装甲空母姫が?」

「無線ヲ傍受ハシテテモ……コウ錯綜シテルト正確ナ位置ハ分カラナイ」

 淡々とした語りだが、内心ではそれなりに焦りでもあるのだろうか。

「もし一人だけで探してたら、どうするつもりだったんだ?」

「……出タトコ勝負?」

「意外に無鉄砲なやつだな。俺が思うに思うに、姫は後方にいるんじゃないか」

「ソノ根拠ハ?」

「俺たちが仕掛けた時、さっさと逃げたからな。こっちはたった六人なのに護衛に任せっぱなしにして」

 襲撃直後は混乱してたからまだしも、すぐにこっちが六人だけの少数なのは分かったはずだ。
 にもかかわらず装甲空母姫は護衛や他のヌ級空母などを囮にするようにして逃走している。
 慎重といえば聞こえはいいかもしれないが、あまり適切な判断とは思えなかった。

「本当に安全を確保したいなら、多少の危険を冒してでも俺たちをあの場で沈めなきゃいけなかったんだよ」

 もっとも、そのお陰で俺たちは全滅しないで済んだとも言えるんだが。


944 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/07/08(日) 05:42:05.61 ID:gqgURpN+o


「ナルホド……逆ナノカ。コレカラ火中ノ栗ヲ拾イニ行ク我々トハ……」

「本当にどこで覚えてくるんだ? それと火中の栗はちょっと違って、虎穴にいらずんば虎児を得ずのが合ってるな」

「……人間ノ言葉ハ難シイ」

 ヲキューはやはり表情を変えずに、そんな風に言う。
 やれやれと思いながら海原を進んでいく。
 幸いにも余計な戦闘に巻き込まれないまま戦闘海域を進んでいく。

「見ツケタ……ハズ。外側ニ絞ッテ聞イテイタラ……」

「よし、先導してくれ。違ったらまた探せばいいんだ」

 ヲキューは頷くと針路を変え、木曾もそれに追従する。
 雨粒が海面で弾けて白い飛沫が弾けては飲み込まれていく。
 さっきの感覚はなんだったんだろう。
 胸騒ぎ。あるいは悪寒や怖気の類だったのかもしれない。
 何かが引っかかるが、のんびり考えている時でもなかった。

「イタ……間違イナイ……コンナ所デノコノコト……」

 ヲキューの言うように護衛らしい複数の、三体のイ級駆逐艦を従えている。
 まだこちらの接近には気づいてないらしい。
 前線からはやはり遠い。
 空母という単位として考えれば何もおかしくはないのだが、他の姫級同様に砲戦能力が低いとも思えない。
 雨の切れ目でも狙って艦載機の発艦も意図しているのだろうか。

「まだ撃つな。気づかれるまで、このまま後ろから近づく」

 俺たちの火力で姫級を沈めるなら、やはり雷撃を直撃させなくちゃいけない。
 次善の手段としてヲキューに仮付けした重巡砲を至近距離から撃つという手もある。
 どちらも近づけないと話にならない。

 だが、さほど近づけない内に護衛のイ級たちが回頭する。
 もちろん、こちらを向いていた。姫たちに接近を感知されたのは明らかだった。

「撃ツ……モウ逃ガサナイ……」

 ヲキューが発砲するのとほぼ同時に、木曾の艤装が蹴りだされるように揺れる。
 それまで待機していた天津風の連装砲が自立機動を始めていた。
 元から天津風と協同できるように設計されているため、二人よりも足が速い。

「護衛を引きつけてくれ! 粘って時間だけ稼いでくれればいい!」

 無茶な要求とは思うが、連装砲のサイズは艦娘よりもさらに小さい。
 相手を沈めるのではなく、生存を目的としての行動なら勝算はあるはずだった。


945 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/07/08(日) 05:45:52.17 ID:gqgURpN+o


 一方、装甲空母姫は後進しながら砲撃を始めた。
 さすがに今回ばかりはただ逃げるだけではいけないと判断したらしい。
 姫の砲撃で海が割れたように弾ける。
 命中こそしなかったが轟々と奔流が立ち上る。

「ちっ……言わんこっちゃない。こんだけ火力があるなら始めっから逃げなきゃよかったんだよ!」

 こちらを正面に見据えての後進で、姫の速力は十五ノット強といったところか。
 倍以上の速度を出せるから、そう遠くない内に追いつける。
 だが、それまでの間にあと何度砲撃に晒されればいい?
 重雷装艦はお世辞にも打たれ強くはない。
 たとえ直撃をもらわなくても、至近弾だけで何かしらの不具合を生じさせる可能性もある。
 その時、ヲキューが木曾の正面に移動してくる。

「後ロニ回ッテ……コレデモ硬サニハ自信ガアル……」

「盾になる気か! んなことは」

「艦載機ハ飛バセナイ……コレグライサセテ」

 立ちはだかるようなヲキューを無視しようにも、航速は彼女のほうがわずかだが速い。
 こちらの思惑とは逆に追い抜かせそうになかった。

 接近するまでただ撃たれっぱなしではいられない。
 ヲキューの頭上を飛び越えるように仰角をつけて砲撃開始。
 そんな微々たる抵抗をものともせず、ヲキューが姫からの砲撃に晒される。

 ヲキューの周りに弾着の水柱が炸裂し、後ろのこちらにまで飛散した海水と一緒くたになった衝撃波が襲ってくる。
 より砲撃の近くにいたヲキューだが速度を落とさなかった。
 背中からでは無傷かどうか分からない。

 ヲキューも反撃の砲火を放ち始めるが、やはり勝手が違うのか姫から遠い位置に外れていく。
 じりじりと姫には近づいているが、雷撃するにはまだ遠かった。
 それから数度の砲撃でも、正面のヲキューに砲弾が殺到し続ける。

 やがてヲキューの近くで海面が爆ぜた。
 直撃こそしなかったものの、巨大な奔流はそのままヲキューを押し潰そうとしているようだった。
 衝撃と水流に煽られて速度が落ちる。
 これ以上は危険だ。今度こそ追い抜こうとするとヲキューは再び速度を上げる。

「飛ビ出サナイデ!」

 一喝する声に気圧されて、飛び出すタイミングを逸した。
 針路を塞ぐように杖を横に伸ばしたヲキューは、こちらを振り返らずに前進を続ける。

「時間ガナイ……護衛ニ追イツカレル」

 言われて始めて気づいた。
 天津風の連装砲は一体のイ級と今も撃ち合っている。
 しかし他の二体は交戦から逃れて、こちらを追撃するよう接近してきていた。


946 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/07/08(日) 05:52:25.81 ID:gqgURpN+o


「……木曾ガイルナラ任セラレル……自分デ倒スノニナンテコダワッテナイ」

「どうしてそこまで……飛行場姫を守るにしたって」

「火力ノ問題……私ヨリアナタノホウガ頼リニナルカラ……」

「だからってこんな……命を消耗させるやり方なんざ!」

 合理的判断とでもヲキューは言いたげだが、真意は別にあるように感じた。
 だから木曾は声を大にしていた。

 ヲキューは答えない。木曾は歯噛みして後を追う。
 いっそヲキューの前方に砲撃して止まらせるか、という乱暴な考えも過ぎる。
 しかし、そうするまでもなく次の砲撃がヲキューを襲った。

 突風のような爆風に木曾は反射的に顔を手で隠す。
 その中でヲキューの苦悶の声が聞こえた、ような気がした。

「おい、無事か!」

 怒鳴り返すと、空白のような間を置いてからヲキューの声が聞こえてきた。

「後悔シテタ……」

 ヲキューは確かに被弾していたが、それでも前へと進み続けていた。
 速度もどうしてかほとんど落ちていない。無傷なわけないのに。

「アナタタチカラ……提督ヲ……大切ナモノヲ奪ッタ」

「だけど、それは……」

「鳥海ハ許シテクレタ……アナタタチモ認メテクレル……デモ……アナタタチトイテ分カッタ」

 ヲキューはそこで言葉を切る。
 その背中は揺るがないまま進み続ける。

「贖イガ……報イガ必要ナノ……私ノタメニ」

 振り向くことなく言う。
 自分を犠牲にするのがヲキューにとっての埋め合わせ。
 罪滅ぼしだとでも言うのか? 認めた過ちを清算するための?

「そうじゃないだろ……」

 ヲキューの気持ちが分かる。不信によって提督を傷つけた俺なら。
 そういう意味では俺だってそうは変わらないし、むしろ性質が悪い。

「俺は提督を傷つけて……この手で危うく殺しかけたんだ」

 暗黙の内に皆が触れない事実。『事故』として処理された事案。
 なかったことのように振舞っても、当事者の心からは永久にこびりついて消えない。それが後悔というやつだ。

「そんな俺にあいつはこう言った! それを罪だと思うなら、最後まで仲間のために戦って沈めって!」

「ナラ……コレハ正シイ……」

「そうじゃない!」

 裂帛の気合を込めて叫ぶ。

「今なら分かるんだ……それでも生きていていいって言いたかったんだ! 俺たちはみんな間違える! 誰だってだ!」

「ソウカ……」

「だからもういい! 後は俺に任せろ!」

「アト……一撃ダケ……!」

 ヲキューはあくまで引き下がらなかった。
 頑固な意思だが、これ以上はもう何も言えない。
 言いたいこと。いや、ヲキューに伝えなきゃならないことは言った。
 考え直してほしいんじゃなく、自分の身を粗末にしないでほしいだけで。


947 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/07/08(日) 05:59:44.85 ID:gqgURpN+o


 発砲炎がきらめいた。
 海面が奔騰し、鳴動する。そしてヲキューの杖が弾け飛ぶ。
 とっさに見えたのはそこまで。
 一瞬の内にヲキューの体は後方へと飛ばされてしまったから。

「どうしてこう……俺たちはさあ!」

 いつもこうだ。何かを手に入れては失って、失わないと何も手に入らなくなってて。
 もっと簡単でいいはずなのに。

 振り返らない。もう装甲空母姫は近い。
 作ってくれたチャンスを生かせなきゃ、それこそ顔向けできない。
 北上姉に託された魚雷は二十本。それを今は両舷の発射管に均等に積んでいる。
 姫級のしぶとさは話に聞いている。一本だって無駄にはできなかった。

 自然と息を詰めて、胸の内で滾る感情を押さえ込む。
 遠ざかろうとする姫を右手に見ながら回り込んでいく。
 回避行動も含めた相手の予想針路上に向けて、右舷の魚雷を順に投射していく。
 荒れる海に潜り込んだ十本の魚雷は航跡を見せずに海中を疾走する。

 発射を終えると、すぐに円を描くように方向転換。
 向きを変えた直後に姫の砲口が赤く瞬く。
 近くに砲撃が降り注ぎ、爆圧が体という体に襲いかかってくる。
 目には見えないそれを振り切って前に出ると、今度は姫を左に見る形で接近する。

 装甲空母姫も雷撃を避けようと回頭を始めているが、回頭そのものは遅い。
 直線を速く進むのと、軽快に針路を変えてみせる小回りは別物だ。
 一発でいいから当たれ。胸中で念じると、それに応えるように高々と水柱が吹き上がった。

「どうだ!」

 思わず叫んでいても、まだ足りないのは分かっている。
 当たったのは今の一発だけで後が続かなかった。
 今の被弾で姫の足は鈍っているから、もう逃がさない。

 ほんの少しの軌道修正をして残る魚雷を全て発射。風雨に波打つ海に漆黒の牙が飛び込んでいく。
 そのまま主砲による砲撃も続けながら、なおも接近する。

 姫の反撃も来る。
 巨大な圧力を伴った砲撃が間近で弾けていき、喉の奥から思わず悲鳴が飛び出しそうになるのを歯を食いしばってこらえる。
 振り切れないと悟ったのか、それまでよりも狙いの精度がよくなっている。
 水流に煽られて艤装が締め上げられたように傷ついていた。
 魚雷を撃ち切ったとはいえ被弾はできない。まともに当たったらただじゃ済まないのは分かっている。

「沈むためにここに来たんじゃない……そうだろ、ヲキュー!」

 いくら罪悪感を抱えてようとも生きてる間は投げ出せない。
 到達時間、と頭の中でも冷静な部分が囁く。
 二拍ほど置いて装甲空母姫の間近から轟音が生じた。
 大気と波を通じて、触雷による震えが体に伝わってくる。

 噴き上がった水柱は四つ。並みの相手なら魚雷を四発も受ければ、跡形もなく沈んでもおかしくない。
 しかし姫は並みの相手ではなかった。
 艤装の右側半分を消失させながら、なおも左側の三門の主砲が指向している。
 何より純粋な敵意の眼差しを向け続けていた。

「消エロ……消エテシマエ!」

 そういうわけにはいかない。
 サーベルの鞘を左手で押さえつける。やはりと言うべきか、白兵戦をしかけるしかない。
 元からこっちの足は止まっていないが、至近距離に入るまで一度は撃たれてしまう。


948 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/07/08(日) 06:04:36.53 ID:gqgURpN+o


 姫の主砲が生き物のように蠢きながら、こちらを狙い定めているのが見えた。
 このままでは直撃する。と直感してしまう。

 姫が発砲する寸前に主砲を撃ち放つ。
 ただし、姫ではなく目前の海面を狙って。
 砲撃で砕かれた波が舞い上がると付け焼刃の目隠しになり、同時に体の向きもわずかながら右にずらす。
 外れてくれるかどうかの賭けだった。

 姫の主砲が放たれ、覆いとなる水柱を吹き散らす。
 熱と質量の塊が音より速く木曾に襲いかかった。
 木曾のすぐ左を複数の砲撃が擦過し、衝撃波の余波だけで転倒しそうになる。
 しかし木曾の意思が移ったかのように艤装は力強く前進を続けた。

「抜けた!」

 彼我の距離が急速に詰まり、木曾は居合いの要領で斬りつけた。
 首筋を狙った斬撃を姫は身を翻して避ける。
 木曾はそのまま白刃を立て続けに振るい、姫もまた必死の形相ですんでのところで避けていく。

「艦娘ナドイルカラ……我々ハ犠牲ヲ払ウ……! 戦イ続ケナクテハナラナイ!」

「てめえの味方と戦ってまで続けるようなことかよ!」

 木曾は叫び、その間も姫に距離を取らせず追い立てていく。
 姫は木曾の斬撃を避けきれずに生傷を増やす。

「私ガ沈ンデハ……深海棲艦ノ行ク末ガ……!」

 木曾は反撃に転じようとする動きを察して、機制を制して姫の右手を素早く斬りつける。
 肉を割き、骨に刃先が触れたのが手応えで分かった。
 二の腕を切り裂かれた姫がうずくまるのを見て、好機到来と見なす。
 とどめの一撃を見舞おうとして、木曾は目を剥いた。

 姫の飛行甲板から球状の艦載機が弾丸のごとく飛び出してくる。
 完全に意表を突かれた。
 艦載機はそのまま木曾に激突すると、満載していた爆弾ごと吹き飛んだ。
 膨れ上がった火球が、血のような燃料も機体を構成している鋼材も飲み込む。
 姫はすぐに第ニ第三の艦載機を射出し体当たりさせると、炎が花のように咲いていく。

「ヤッタカ……コレデ!」

 装甲空母姫が快哉を叫ぼうとした瞬間、木曾を包んでいたはずの火球が左右に割れる。
 右手を払った木曾は炎をかき分けて進み、左手に持ち直したサーベルを姫の胸に突き立てる。
 セーラー服やマントが焼け焦げ、なおも体を焼く炎に巻かれながらの反撃だった。


949 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/07/08(日) 06:06:26.03 ID:gqgURpN+o


 装甲空母姫は胸を貫いた刃を驚いたように見つめる。
 木曾は姫が反応するより速く、刃を引き抜いて追い抜くように背中に回りこむ。
 そのまま背中を取った時には、サーベルを左手から右手へと持ち替え逆手に握っていた。

「うおおお!」

 白刃を後ろへと突き込むと、姫の背中から入った刃が胸元へと抜ける。
 傷口を押し広げるように手首を捻ると、刀身が体内に入ったまま半ばで折れた。
 黒々とした血を流す姫は喘ぐように口からも吐血する。
 深手を負った姫は憎悪も露わな尖らせた眼差しを木曾に注ぐ。

「終ワル……所詮ハ……コウナルノガ定メ……」

「あんたにはあんたの苦悩ってやつがあるんだろうけど!」

「艦娘……我々ハ戦ウシカ……ナイ……ドコマデ行コウト……」

 装甲空母姫はそこでついに崩れる。
 木曾はたじろぐように身を引き、力なく沈んでいく装甲空母姫を見ながら頭を振る。

「そう思いたくないんだよ……俺は……どんなに矛盾してたって……」

 装甲空母姫は戦いを望んでいたし、そのためなら味方の飛行場姫とも戦うようなやつだ。
 そんな相手だから野放しにはできなかった。
 分かってる。深海棲艦との和解を目指すなら障害でしかない。
 泊地を守るためにも倒すしかないやつ。

 まるで言い訳だ。そう気づいた瞬間、後ろから砲撃された。
 棒立ちだったから外れてくれたのは幸運としか言いようがなく、木曾は放心していた自分を内心で叱る。
 姫を沈めたところでまだ敵は残っている。

 二人のイ級が猛然と迫ってきているのが見え、次々に砲弾を撃ちかけてきた。
 反撃しようにも主砲は艦載機の特攻で潰されている。
 どうすると苦慮した矢先に、イ級たちを遮る声が響いた。

「モウ……ヤメナサイ……勝負ナラツイタ」

 ヲキューだった。傷だらけの彼女は杖を支えに海面に立っている。
 特に黒々とした血で汚れた左目はきつく閉じられていた。

「伝エテ……姫ハ敗レタ……モウ戦ウ必要ハナイ……ソレデモ本当ニ続ケタイナラ……アナタタチハ私ガ相手ニナル……」

 満身創痍のヲキューは杖を突きつけるように宣告する。
 イ級たちに従う理屈はないはずだが、ただならないヲキューの様子を察してか木曾への攻撃が止む。
 互いに顔を見合わせるような動きをすると距離を取り始める。
 天津風の連装砲と撃ち合っていたイ級も、砲撃を中断したのが分かった。


950 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/07/08(日) 06:08:08.24 ID:gqgURpN+o


「生きてたのか……」

「言ッタハズ……硬サニハ……自信ガアルッテ……」

 ヲキューのほうから直接声が届く距離まで近づいてくる。
 よくよく考えれば撃たれたあとをちゃんと見てたわけじゃない。
 ヲキューは疲れを吐き出すように深々と呼吸する。

「……沈ミ損ネタ……生キテイイッテ……コウイウコト?」

「どうかな……無事でよかったと思ってるのは本当だけどな」

 ヲキューは頭の帽子じみた生き物と一緒にうな垂れる。
 木曾もまた雨の止まない空を、黒と白と灰の空を見上げた。

 これで終わったのか?
 目標の撃破に成功して、継戦を望む連中は後ろ盾を失った。
 それが伝播するのも時間の問題なんだろう。
 つまり俺たちは勝った……勝ったはずだけど実感はなかった。

「もっと……分かりやすいもんだと思ってたんだけどな」

 清々しさも余韻も湧いてこない。
 ……それもそうか。
 今この瞬間を乗り越えただけで、この先に起こる全ての難題が片付いたわけじゃない。
 そう考えてしまうと、これは序の口。なんとか今を繋いだだけなのかも。

「疲レタ……肩ヲ借リタイ……」

 ヲキューが全然考えてもいなかったことを言ってくる。
 軽く驚きはしたけど断る気にならなかった。
 肩を貸してやると、案外とヲキューは小柄なんだと思えた。頭のクラゲもどきのせいで分かりづらいだけで。

「気ヲ抜キスギ……ダロウカ……」

「今ぐらい、いいんじゃないか?」

 これが始まりで、まだ前途多難だとすれば……立ち止まるにも早すぎる。
 それでも常に走り続けていられるほど、俺たちは強くない。
 今をこの先へと繋げられた。大事なのはきっとそこだ。

「俺たちはまだ生きてるんだからさ……」


951 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2018/07/08(日) 06:12:33.97 ID:gqgURpN+o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 見殺しにしてしまった。
 ネ級の命が奪われるのを止められずに見ているしかなかった。
 鳥海は知らず知らずの内に唇を噛み締めている。強く噛みすぎて血が流れ出したのにも気づかないまま。

 混沌とした戦場で、艦娘たちはそれぞれ混戦を余儀なくされていた。
 鳥海も例外ではない。立ち塞がる敵艦を倒しながら進みつつ、僚艦との合流よりもネ級との交信を試み続けていた。
 やがて声は届いた。だけど声が届いただけで、気持ちは通じていない。
 伝えたいことはたくさんあったはずなのに。

「ヨウ、マタ会ッタナ」

 含み笑い。
 無線から聞こえる赤いレ級の声は、旧知の相手に挨拶でも交わすような調子だった。

「夜戦デ出クワシタヤツダナ……ヨク覚エテルゾ」

「あなたは! ネ級はあなたと同じ深海棲艦でしょう!」

 激昂に猛る感情を抱いたまま、鳥海は戦う意思を改めて自覚する。
 どのみちレ級は倒さなくてはいけない。

 ある程度は近づきつつ砲撃を再開する。
 20cm砲でレ級の装甲を抜くには、どうしても近づく必要があった。
 といっても不用意に接近する気もさせる気もない。

 ここに来るまでの間に魚雷は使いきっていた。
 砲撃のみでレ級を相手にしなくてはいけない。ただ不幸中の幸いというべきか、レ級もいくらか消耗している。
 その点では対等、少なくともレ級が一方的に有利とはならない。

 レ級が一度の砲撃をする間に、こっちは少なく見積もっても三度の斉射ができる。
 そして狙うべき箇所もはっきりしていた。
 装填が済むなり両腕で把持した主砲を斉射していく。
 レ級に命中による閃光が続けて生じる。

「ヤッパリ当テテクル……チョット気ニ入ラナイナ」

 少し当てたぐらいでは怯んだ様子もない。
 視界の片隅に倒れて動かないネ級の姿が入る。
 いえ、つい見てしまったのが正しい。心が自然と騒いでしまう。

「どうしてネ級を……」

「ドウシテダロウナア……オ前タチガ戦ワナイ……ナンテ言イ出シタセイジャナイカ?」

 意外にも赤い目のレ級は真面目な顔をして答えてきた。

「アンタコソナンナンダヨ……艦娘ガ深海棲艦ノ心配カア?」

「いけませんか!」

「敵ノ心配ナンザ……艦娘様ハオ優シイコトデ!」

 皮肉混じりの笑い声に乗って砲撃が来る。
 今回は命中しなかったけど砲弾は包囲するように散っていた。
 あっちも狙いがいい。次は当てられるかも。


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