【艦これ】伊58「黒く塗り潰せ」

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508 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:01:22.90 ID:7pY4BLrl0
「がふ!ごっ!おぇえ!おごえぇえ!」

腹部にめり込む複数の足と拳が内臓を痛めつけていく。

消化が間に合わなかった内容物が逆流し、提督の口から吐き出された。

「うぅわ!汚ぇな!!」

最後の一撃を加えた天龍が床にぶちまけられたモノから逃げるように後ずさった。

痛みと止まらない吐き気で歪む提督の視界に吐瀉物が広がっていく。

おかしいな。そう感じた彼は今日の食事の記憶を辿る。

泊地を抜け出す前にこっそり作って食べた握り飯、今日彼が食べたものはそれだけだ。

白い米に白い塩。海苔すら巻かない、人によっては料理とも呼ばないであろうそのあまりにもシンプルなその料理を彼は好んでいた。

自分で作る握り飯。ただ真っ白で、塩の辛さと米の甘さが口の中で溶け合う握り飯。

自分で作るからこそ美味しいと感じる。自分で作ったからこそ価値がわかる料理。


なのに、目の前で吐き出された握り飯の成れの果ては何故こんなにも赤いのか。

喉を焼く苦味と一緒に来るこの鉄のような味は何だ。
509 : ◆ZFgfLAc.nk [sage]:2018/02/08(木) 19:07:11.84 ID:7pY4BLrl0
「何だ、血はまだ赤いのか?てっきり青い血でも出すかと思ったんだけどなぁ裏切り者ォ!!」

声が裏返ったブラック提督の声が頭上から聞こえる。声の大きさからしてすぐ近くにいるのが提督には感じ取れた。

その言葉の間違いは、どうしても訂正しなければならない。

「あの時の疑いは晴らしただろ!?俺はあ号艦隊決戦作戦を成功させた…それで全部終わりだったろ!」

「そんな事で俺が納得するかァ!!!」

痛む箇所に響くか、という程の叫び声が食い気味に返ってくる。

「お前は深海棲艦に資源と情報を流した!どれだけごまかそうが俺にはわかる。お前は裏切り者だ!!」

「お前は俺達に嫉妬していたんだ。成績最下位で何をやっても駄目駄目の無能提督!!」

「お前は自分が認められないこの世界を恨んだ!そして俺達と世界を滅茶苦茶にしてやろうと企んだ!!」

「お前はガキだからな!!だから裏切った!!深海棲艦に世界を売り渡したんだお前は!!」

「俺にはわかる!!お前みたいな馬鹿の考えなんて俺にはお見通しなんだよぉお!!!!」

アドレナリンを大量に湧き立たせている脳の与える命令に従い、ブラック提督は目の前のゴミを力一杯蹴り上げた。
510 : ◆ZFgfLAc.nk [sage]:2018/02/08(木) 19:09:55.54 ID:7pY4BLrl0
ブラック提督「あぁーもういいや。こいつの処理はお前達に任せる。飽きるまで使ってやれ」

電「殺してもいいのです?」

ブラック提督「[ピーーー]と面倒が増えるんだけど、まぁいいんじゃね」

ブラック提督「こんな奴死んだって問題ないだろ?」

電「なのですなのです♪」

天龍「だとよ。とうとうお前も終わりだな。フフッ怖いか?」

提督「…クソだよ。お前ら全員」

天龍「あ?」

提督「そうやって潜水艦娘や如月達を殺して何になるかわかってんのか?」

提督「死人が増えれば深海棲艦が増える。それがわかってやってんのか!?」

提督「お前らが遊びでやってる人殺しはただ深海棲艦を増やすだけの利敵行為だ!!」

提督「何が裏切り者だよ。お前らのほうがよっぽど裏切り者じゃねぇか!!」
511 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:12:08.59 ID:7pY4BLrl0
雷「それの何が悪いの?この雷様をあなた達と一緒にしないで貰えるかしら」

提督「…は?」

雷「わたしは何やっても許されるのよ。何やったって生きていけるのよ」


雷「だってわたしは愛されているから!」


雷「あんなゴミクズとは違う!わたしは愛されている!あいつは愛されていなかった!」

雷「愛されなかったら、死よ!当然じゃない!!」

雷「でもわたしはああならない!だってわたしは愛されているから!!」

雷「だからわたしは死なない!あいつとは違う!わたしは特別!特別なの!!」

雷「だから何でも手に入る!どこにいっても誰にも愛される!!」

雷「あいつは愛されなかった!どこにいったって愛されない!!」

雷「だからテレビでも轟沈したんでしょ!?だから殺した!!いいじゃない!誰にも愛されないゴミを殺して何が悪いの!?」

雷「むしろ感謝して欲しいくらいだわ!『雷様のかませ犬にしてくださってありがとうございます』ってね!!」
512 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:16:32.81 ID:7pY4BLrl0
「あぁそうかよ。いつかてめぇらみてぇなのが出てくると思ってた所だ」

耳を疑いたくなるような暴言を提督はあっさりと受け入れた。彼は本当にいつか彼女のような存在が出てくるであろうと予想していた。

何故なら彼女達は艦娘であり、艦娘のベースは人間であるからだ。

暁型、一部朝潮型は多くの鎮守府に配属されている駆逐艦娘の中でもメジャーな存在だ。

その理由は彼女達の見た目と性格、それが小児性愛の性癖がある特務提督達にうけたからだ。

後進の特務提督は先進に倣い、戦略的価値の薄い理由で決められたメジャーな彼女達を選択する。

特務提督とその鎮守府泊地の人事事情の歴史は殆どがその繰り返しだ。

そしてそれを繰り返していく事でとある深刻な問題が彼らの預かり知らぬところで現れてくる。


それは艦娘間の格差だ。
513 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:27:51.00 ID:7pY4BLrl0
艦娘という存在が認知され始め艦娘候補生達にも現場の情報が伝わるようになると、彼女達の心に今まで無かった不安が出てくるようになる。

あの艦娘にはなりたくない。あの艦娘になりたい。

魂の適正などという、人間からして見れば不確かなそれが彼女達の今後の全てを左右するようになる。

上記の通り暁型・一部朝潮型艦娘の適正を受ければその後の人生に光が見える。

特務提督の寵愛を受け、万が一の事があったとしても悲劇のヒロインとして祭り上げられるだろう。


だが、例えば潜水艦娘の適正があるとわかってしまえばどうなるか。

彼女に待っている未来は馬車馬のように延々と働かされる事だろう。

甘味処で舌鼓を打つ他の艦娘を横目に、延々とオリョールクルージングに狩り出されて行くだろう。

最悪の場合はこのブラック鎮守府のように虐げられ殺される。

例えば如月型艦娘の適正があるとわかってしまえばどうなるか。

あのドキュメンタリー番組の模倣が世界中で流行した今、多くの如月型艦娘がその後を追って轟沈させられている。

生存権を奪われ悲劇の舞台装置として痛みと恐怖の中死んでいく可能性が大きいのだ。

誰にも見向きされずあったとしても自分のものではない不幸に酔いしれる、あぁ自分はなんて優しいんだろう、という自己表現の自己陶酔の涙だけ。

自分達がその材料として消費されていくという未来が彼女達の目前に立ちふさがるのだ。


それを知って絶望する哀れな負け組達を見て、勝ち組となった艦娘達は優越感に浸る。

自分はあぁはならない。自分は勝ち組だ。自分は特別な存在なんだ。

自分は愛される。たとえどこの鎮守府に行こうが。何故なら自分は勝ち組の艦娘だからだ。

戦果を上げずとも、傷を負わずとも、ヒエラルキーの上位に立てる勝ち組の艦娘だからだ。

人気の艦娘になる、というアドバンテージは特務提督の人事ではかなり大きいものとなると理解していた。

良くて秘書艦、上手く行けばケッコンカッコカリ、そしてその特務提督が有能であればそれだけで将来は安泰。

何の苦労も要らない。ただ提督の好みの反応をするフリさえし続けていれば自分の未来はバラ色になると考えるようになる。


そして彼女達が向かった先で見るのはその通りの未来だ。

輝かしい未来を得られると思っていた者は特務提督の寵愛を受け地位を確かなものとし

反面モノとして消費される未来に絶望した者は消耗品として死に絶えていった。

寵愛を受けた艦娘はその消耗品達を陰で見下し、蔑み、優越感に浸る。特務提督には自分の本性を隠しながら、格下となった艦娘を虐げる。

その候補生全員がかつて予想した通りの未来が、情報の正確性を補強して周囲に伝播していく。

残虐で陰湿な格差体制が更に強固なものとなっていく。
514 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:35:49.09 ID:7pY4BLrl0
その救いの無いループの果てに出来上がったのが提督の目の前に立つ醜悪な娘。

上っ面のプライドと上っ面の可憐さの内側はヘドロよりも吐き気を催す腐臭と醜悪を撒き散らす。

愛や人気と言ったものと引き換えに、艦としての誇りすら失った人間の末路。

恐らく睦月・如月型艦娘も伊58から聞いた話を聞いた限りでは、そういう艦娘だったのだろう。

だがあの番組によってその地位が貶められ、彼女らは一気に最下層まで堕ちた。そんな彼女達の結末があの窓際の首吊り死体だ。

ヒエラルキー最下層に置かれた彼女達に同情も何も無い。ただ他がそうしている通り、消耗品として殺されていくだけだ。

ブラック提督はそれに気付いているのだろうか。気付いていないのか。それすら当然の結果として受け入れているのか。

それとも自分の考えに追随する者として彼女達すらも自己陶酔の消耗品としているのだろうか。


いずれにせよ、この元凶は特務提督達だ。

戦略的に何ら意味の無い格差を設けた事による意味の無い悲劇。無意味な傷と無意味な死。

もし彼らがこれを見たらどう思うだろうか。怒るだろうか、悲しむだろうか。これは嘘だこれは夢だと認めないだろうか。

だが彼らにはそんな権利すらない。そんな権利を与えられるべきではないし、そんな権利を持っているという自覚すら与えられるべきではない。

何故なら今目の前に広がる地獄こそ彼らの軽率な考えの産物なのだから。

彼らが一人一人の人間として艦娘を見ていたのならば起こりえなかった地獄。

そう。『ならば』だ。これは仮定の話。つまり現実はそうならなかった。だからこそ提督は今この地獄を目撃している。

この地獄の本質は掃き溜めだ。誰もが見向きをしなかったからこそ産まれてしまった地獄なのだ。

そして、人が人であるが故に産まれた地獄でもある。
515 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:41:01.52 ID:7pY4BLrl0
「意味わかんねーよ死ねバーカ!!!」

「あはははは!!それポプテピ!?ポプテピ!?あはははははははは!!!!」

提督の目の前に立った彼の親友、漣にそっくりな別人が両中指を立てながら叫んだ。

「死ねーッ!死ねーッ!死・死・死・ね!!」

周囲の反応からしてまたネットや漫画のネタなのだろう。そんな所まで彼女にそっくりだ。だが、それ以外は全然違う。

どうして同じ漣型艦娘なのに。どうして、こうなったんだ。

提督の知る漣は、漣型駆逐艦娘の面々はあんな残酷な事をするような人間ではない。

漣も、潮も、曙も、みんな誰かを想っていた。助けたいと、苦しみを取り除きたいと、誰もがそう思って動いていた。

今はもういない朧も、確かそうだった。

それが彼が知る漣型駆逐艦娘だ。ではこの目の前のこいつは何だ。

周囲に立ってこちらを嗤うこいつらは何だ。どいつもこいつも嗤ってやがる。

どいつもこいつも自分より格下と見るや否や奴隷のように扱い、虐め殺す最低のクズどもだ。

でなければ今ここにはいない。鎮守府を去っているか、それより前に殺されているか。

もしくは先程の雷の発言に反論するはずだ。

だが現実にはここにいる誰もがそう信じ、自分が特別、自分は愛されていると実感していた。

雷の発言に何ら間違いは無い。

自分達は愛されているから何をやってもいい。愛されているから死なない。

そう心の底から信じていた。
516 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:46:51.48 ID:7pY4BLrl0
「てめぇが死ね」

提督が思わず呟いた。精一杯考えて思いついた反撃の言葉だ。だがあまりにも小さい。

それでもその言葉に気付いた一人が、目を見開いて提督に近付き胸倉を掴む。

「なんて事を言うんですか!!」

左頬をぶん殴られてまた地面に倒れこんだ。

「許しません!絶対に許しません!!」

マウントを取られ、乾いた音と頬の痛みと同時に視界が激しく左右に揺れる。

「流石お母さん!流石お母さん!!母は強し!母は強し!母は強しぃぃぃぃぃぃー!!!」

誰かが叫ぶのが提督の耳に入る。状況がグルグルと変わるせいでもう誰が発言しているかも提督にはよくわからない。

だが誰が殴ったかはわかった。軽空母艦娘鳳翔だ。

何が母だ。こいつが本当に母を気取るなら潜水艦娘を虐げている時に止めるべきだった。

だがこいつはそれをしなかった。所詮こいつも周囲の奴らと同じ。自分の地位に甘え、自分の地位を優位に感じ、それに酔っているだけ。

『母』という魅力、いやこの場合は属性と言った方が正しいか、に甘え酔っているだけで何もしない醜悪な人間。

『鳳翔』という名に酔い、『鳳翔』という名声に依存し、『鳳翔』という存在に甘える醜悪な人間。それがこの鳳翔だ。
517 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:50:04.59 ID:7pY4BLrl0
「さっきから如月如月如月如月うるせぇんだよ」

鳳翔が身体の上からどいた途端、今度は髪を掴まれて頭を持ち上げられる。

強引に動かされた視界の先で天龍がその手の中に何か布のような何かを握り締めていた。

「だったらこれでも食ってろクソがァー!!!!」

それが口の中に強引に捻じ込まれる。

「オラこいつは!おまけだぁ!!!」

如何ともし難い臭いに吐き出しそうになる所に更に何かが捻じ込まれた。

口の中に一杯に詰め込まれたそれらを口と喉の動きだけで吐き出す事はできない。腐臭に近い何かと身の危険を感じる味が滲み出す。

吐き気と口を塞ぎ呼吸を遮る何かによって提督が呻き声を上げる。
518 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:53:24.65 ID:7pY4BLrl0
「うわぁ汚い!!」


「パンツ食った!?パンツ食った!?パンツ食ったの!?」


「パンツ食ったのぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!!!!」


その様を見て周囲がげらげらと嗤い喚き立てる。

今提督の口に詰め込まれたものは下着だ。それも首を吊られて死んでいた如月、そして睦月の下着。

わざわざ脱がせてここまで持って来て、提督の口に無理矢理詰め込んだのだ。

乾燥した糞尿がこびりついたそれをそのまま口の中に無理矢理詰め込んだのだ。

「って事は次は!?次は次は次はー!?」

「あぁ!」


「おめぇら!『爆撃部隊』の準備だァ!!」
519 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 20:40:47.08 ID:7pY4BLrl0
『爆撃部隊』という言葉を聞いた途端、周囲が沸き立つ。

すかさず提督の右腕左腕右脚左脚それぞれを艦娘一人が抱え込むように掴まれた。

そのままずりずりと身体を引きずられ、階段の前まで持っていかれる。

その間他の艦娘達がどたどたと階段を上り出す音が聞こえた。

「準備はいいか?絶対に離すなよ」

「大丈夫よ。何度もやってきてるんだし今回はただの人間じゃない」

階段の上から見下ろす複数の艦娘、自分の両手両脚を掴んで引っ張る四人の艦娘。そして今仰向けになって階段の近くに置かれている自分。

今から彼に何が降りかかるか、提督はもうわかってしまった。
520 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 20:47:46.91 ID:7pY4BLrl0
「えい!」

時雨型艦娘が階段から躊躇無く飛び降りた。その様子を提督は下から見つめている。そう、下から。

時雨の身体が落下し提督に近付く。時雨は提督の腹部に向かってその足を伸ばす。

時雨はバランスを崩す事無く着地し、その足は見事提督の腹部にめり込んだ。

「ン"ン"ン"ーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

言葉にならない悲鳴が顎を揺らす。
521 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 20:56:02.84 ID:7pY4BLrl0
時雨が身体の上からどくと今度は初霜の足がめり込む。

「ぽい!」

夕立

「それ!」

島風

「えい!」

春雨

若葉。初霜。皐月。そこから先はもう提督には見分けも付かなかった。

今までとは比べ物にならない程の激痛

口に詰め込まれた物に唾液と吐血が染み込んで感じる窒息感

絶え間なく続く激痛

強制的に吐き出される空気

艦娘達は何度も何度も階段を駆け上がり、飛び降りる。


何度も


何度も


何度も


口から吐き出された血が漏れ出し、首元を赤く染めていく。

暇を持て余した抑え役の艦娘達が手慰みに提督の両腕両脚を捻っていく。

そしてまた上から飛び降りた艦娘の足が提督の腹部にめり込んだ。
522 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:03:14.91 ID:7pY4BLrl0
これでいい。提督はそう考えていた。

これでいい。これでいいんだ。

全部計算通りに行っている。

あんな事でブラック提督がどうにかなるわけがないというものわかっていた。

そしてその報復が来る事も覚悟していた。

ここまでは全部考えていた通りに行っている。

そう言い聞かせ、何とか意識を保たせる事に全力を注ぐ。

後は、後は、俺がここから生きて帰れればいい。

生きて帰れればそれでいい。後は何もいらない。

どんなに惨めな目に遭おうが、どんなに辛い目に遭おうが、生きられればそれでいい。

生きるんだ。生きてここから出ることができればいい。

そう言い聞かせ、提督は何とか自分の意識を保たせる事に全力を注いだ。

生きて帰れれば、次の手が打てる。死ねば、それまでだ。
523 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:09:20.98 ID:7pY4BLrl0
「如月パンツ号!!」

「 史 実 通 り 轟沈しましたぁぁああああーーーーーーーーー!!!!!!!wwwwwwwwwwwwwww」

げらげらげらげら。喚き立つ声がし始め、口に詰め込まれた物がつまみ出される。

思わず息を吸い込んだ。空気が触れるだけで激痛が走る。

「が!ごぶっ!ごえ」

新しい血が、びちゃとあふれ出し、床と服と身体を汚した。

身体を転がし、うつ伏せになり、腕の力で前へと進む。

生きるんだ。生きてここから出ることができればそれでいい。

そう自分に言い聞かせながら、提督は少しずつ前へと進む。

両腕に力を入れ、痛みを我慢して立ち上がろうとした瞬間

「なのDEATH!!」

真下から顎を蹴り上げられ、ひっくり返るように倒れた。
524 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:17:30.35 ID:7pY4BLrl0
頭が揺さぶられ、視界が更に歪んでいく。呼吸がいつまで経っても整わない。

痛みだけがどんどん強くなっていく。

前を、出口を見なければいけないのに肺が空気を獲る為に顎を引く事を許さない。

これはまずい。死ぬ。

「何見てるんですか」

そう思った時、視界の外、頭上から冷酷な声が聞こえてきた。

吹雪型駆逐艦娘一番艦娘吹雪。

彼女の足が視界の上からぬっと現れた。彼女の大きな鉄の靴が。

「変態!!」
525 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:26:54.15 ID:7pY4BLrl0
ぐしゃ、という音が提督には聞こえた気がした。

次に認識できたのは、吹雪の脚部艤装が彼の左手を手の甲ごと踏み潰している映像だ。


「ぎゃァあああああああああーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」


痛みとその衝撃に絶叫する。

「ひっ!ぎっ!んぐ!!あぁあああああ!!!!!」

潰れた左手を庇うように右手で傷跡を押さえ、痛みを少しでも抑えるかのように横向きになり体重で左腕を押さえつける。

吹雪はそんな彼の姿を見て

鉄の靴を再び上げ


「死ねェェェェえええええええええええええええええええーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」


提督のこめかみ目掛けて叩き付けた。
526 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:27:58.60 ID:7pY4BLrl0
みし、と自分の頭蓋が軋むような音

頭が割れるような激痛

それらを感じながら提督はついに意識を手放した。
527 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:31:16.11 ID:7pY4BLrl0
☆今回はここまでです☆

艦娘だって人間です。
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/08(木) 21:32:07.37 ID:LQrl/vBQ0
以前アズールや戦艦少女も出す予定とか言ってたけど、同型艦を出すのか、リアンダー・エンタープライズみたいな艦これに出てない艦が出るのかどういう感じに絡むのか楽しみ。
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/08(木) 22:04:02.48 ID:6pQHEZSno
おつー
530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/08(木) 22:55:37.15 ID:GIxyhj650
乙です
531 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:19:29.11 ID:1i78kN2R0


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532 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:32:48.41 ID:1i78kN2R0
「発見しました。潜水艦娘です」

「またか。相変わらずこの辺りは素材の宝庫だな」

「我々としては大助かりですけどね」

「全くだ。自分で自分の首を絞める人間のお家芸には笑わせられる」

「あんな馬鹿な連中が万物の霊長で居続けていいはずが無いんだがな」

「さて回収するぞ。今回ので素材が十分集まるはずだ」

「ここはどこ」

「お前がいる場所は海の底だ」

「海の底」

「体を吹き飛ばされてここまで沈んだ。覚えているかな」

「覚えています。でも、これから何をすればいいですか」

「何かやらなきゃいけない事があったような」

「そんなものは忘れろ」
533 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:38:21.25 ID:1i78kN2R0
「お前はそんなものよりやりたい事があるんじゃないのか」

「何も知らぬまま海を渡り、見知らぬ土地で」

「犯され」

「踏み躙られ」

「手足を失い」

「命まで奪われ」

「何も思うところが無いはずがないだろう?」

「お前が何を思っているか我々にはわかる」

「あの男に、誰かに」

「同じ目に」

「同じ位の苦しみを味わってほしい」

「どうしてこんな事になったのか全然納得できない」

「どうしてこんな、どうしてわたしがこんな目に」

「なのになんであいつらは笑っているんだ」

「あいつらも同じくらい苦しめばいい」

「納得できない」

「憎い」

「許せない」
534 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:45:28.95 ID:1i78kN2R0
「ではその為には身体がいるな」

「わたしがそれを用意しよう。何せ素材は沢山ある」

「素材?」

「お前の同士だ。お前と同じ感情を抱いた誰か、と言ってもいいか」

「お前は誰かとなり、誰かがお前となり、お前と誰かはそれになる」

「それになったお前は人間を滅ぼせるかもしれん」

「見てみろ。あれらが全部次のお前になる。皆お前を歓迎している」
535 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:49:19.87 ID:1i78kN2R0
「さぁ行けU-511」

「お前は」

「モウ」

「死ンダンダ」
536 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:50:15.40 ID:1i78kN2R0
「あなたは一体誰なんですか?」

「ワタシハ」

「神」

「ソシテ、今カラオ前モソウナル」
537 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:53:08.72 ID:1i78kN2R0


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538 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/09(金) 00:01:24.07 ID:Utjgvb1b0
「二千十六年七月二十六日」

「潜水艦U-511、フィリーネ・シュナイダー」

「定時報告を行います」

椅子と机と白い壁、壁沿いに置かれた機材。

その部屋に彼女は一人立っていた。

彼女の目の前にはビデオカメラが置かれ、彼女はカメラのレンズを見つめながら言葉を続ける。

「…お父さん、お母さん、元気ですか?」

「パラオに着任して五ヶ月目になったよ」

「今月は色々あったよ」

一つ一つ思い出しながらU-511がドイツ語を紡いでいく。

伊58との出会い、特別鎮守府内の図書室での語らい

「新しい友達ができて、友提督さん所に遊びに行って」

そして特別鎮守府で過ごした夜。

その後姿を消した提督が、満身創痍で戻ってきた事。

「その後、ちょっと、色々あって提督さんが怪我して今泊地はお休みしてるの」
539 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/09(金) 00:23:28.10 ID:Utjgvb1b0
泊地から突然居なくなった提督は憲兵に連れられて泊地に戻ってきた。

顔や身体中に痣ができ腫れあがり、服は所々赤く染まった姿で、ぴくりとも動かずに。

憲兵に連れられ、否抱えられて戻ってきた彼を真っ先に見た名取の悲鳴が彼の痛々しい姿と共に脳細胞に記憶されている。

多くの艦娘が愕然と立ち尽くす中、何とか平静さを保っていた陸奥と龍田が主導となって事情の把握や医師との諸手続を済ませた。

彼女達が今把握している事はたった三つだけ。

提督が伊58の古巣であるブラック鎮守府に向かい、その罪を糾弾しようとした事。

ブラック提督と彼の指揮下の艦娘達の怒りを買い集団リンチを受けた事。

そして、今もなお提督の意識が戻らず眠り続けている事。

彼女達がわかっているのはそれだけだ。客観的な事実以外の何もわかっていない。

何故そんな事をしようとしたのか。何故たった二人でブラック提督に立ち向かったのか。U-511には何もわからない。


今泊地は秘書艦達と秘書官補佐達、そして特別鎮守府からの応援で最低限の仕事を回している。

それはU-511も同じだ。今彼女は自分に課せられた仕事をこなす為、ここに立っている。
540 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/09(金) 00:51:30.24 ID:Utjgvb1b0
最低限の仕事。課せられた仕事。義務。

この一ヶ月間の経験の末、その言葉を再確認する度に彼女は迷うようになった。

深海棲艦という人類の敵を倒し世界の平和を維持する。それが艦娘の仕事だ。

その為に人類が一丸となりこの脅威に立ち向かう。提督と艦娘、艦娘と艦娘同士、そして鎮守府泊地と周囲の人間。

全員で協力し合って世界を守る。彼女はそう信じていた。

だが彼女が見てきたものがその考えを変えようとしている。


搾取と虐待の末、手足を奪われた伊58。

一部の人間の欲望の為に名誉と生きる権利を奪われた如月。

それらに絶望する者。歓喜して命を奪う者。それらを嘲り笑う者。

そこには協力なんて言葉も平和なんて言葉もどこにも無かった。


人は皆悪魔だと提督は語っていた。

正義や平和が綺麗事で、建前でしかないと提督は語っていた。

なら艦娘のしている事は一体なんだ?

悪魔を守ってどうなる?守っても守っても否定され奪われなきゃいけないなら、守る意味があるのか?


手足を奪われ怯えきった伊58の姿が。鉄の手足を見て寂しそうな表情を浮かべる伊58の姿が。

艦娘としての将来を捨て、勉学に励む如月の姿が。恐怖と不信感に押し潰されて提督を求める如月の姿が。

そして何よりも、目を背けたくなるほど痛めつけられた提督の姿が、彼女が今まで抱いていた人間という概念を根底から破壊していた。


あの悪魔どもがどうなろうが知ったことじゃないんじゃないか?どうしてそこまでして守らなきゃいけないのか?

彼女は何度も何度も答えにたどり着いていた。

戦う意味がわからない。もう戦いたくない。今この場でそう言えば、全てが終わる。

艦娘U-511ではなく一人のフィリーネとして、国や家族が自分を連れ戻しに来てくれるはずだ。

この場で全て吐き出してしまえば、全てが終わる。自分は帰れる。この狂った世界から抜け出せるし、避けて生きることもできるはずだ。

それでももはや根付いてしまった人間への不信感は彼女の今後を蝕み続けるのだが、幼い彼女にはそこまで考えられない。

だが今ここで全て言ってしまえばU-511としての彼女は終わる。彼女が抱くその予想は何も間違っていない。


ここで自分の感情を全て出してしまえば、自分は家族の元に帰れる。

そう考えながら彼女は口を開いた。
541 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/09(金) 00:56:37.18 ID:Utjgvb1b0
☆今回はここまでです☆

いつも乙や期待のコメントありがとうございます。
エンタープライズは出せるかどうかわかりませんが、同型艦やユニコーンは出したいと思います。
あと忘れかけていたのですが、戦艦少女の方は実はもう出てます。どこでとは言いませんが。
542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/03/09(金) 01:03:25.23 ID:mju1ZrXa0
乙です。リアンダー出してくれるとうれしい。ノーマル艦だけど実は強いという感じがいい。
543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/09(金) 01:08:37.00 ID:Pio/pFSSO
ブラ鎮は核攻撃しなきゃ
544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/10(土) 00:15:47.54 ID:qNWssoJp0
乙です
545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/14(水) 02:16:14.05 ID:lZp4xnIe0

これからの展開が全く読めない
546 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 20:39:40.58 ID:PAnp9vz00


・・・・・・・・・・・

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547 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 20:43:38.41 ID:PAnp9vz00
『傲慢傲慢傲慢子!!』

『沈沈ハメハメ轟沈子!!!』

『傲慢艦娘轟沈子!!!』

『大本営は頭がパー子!!!』

『傲慢艦娘轟沈子!!!』

『運子!!!!!!!!』


あの日、特別鎮守府からの帰り道、行きでも見かけた民衆の叫び声を聞いた。

U-511は廊下を歩きながらその記憶を反芻する。

彼女には彼らが何を叫んでいるのか意味がわからなかったし誰も教えてくれなかった。

提督に尋ねても知らなくていいと言われ、それっきりだ。

だけど傍から見てもわかる敵意。ドイツにいた頃とは比べ物にならないほど大きな悪意。

それだけは言葉の意味がわからない彼女でも感じ取る事ができた。
548 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:01:38.37 ID:PAnp9vz00
U-511がまだU-511ではなくどこにでもいる一人の少女だった頃、彼女の周りでは艦娘というものを恐ろしい存在と捉えている人が多かった。

当然、彼女が艦娘になる事を決意した時も周囲は彼女の決意を折ろうとした。

死ぬかもしれないぞ。両親や友達ともう二度と会えないかもしれないぞ。そんな彼女の身近な心配は序の口。

ナチスの手先になるのか。そんなに人を殺したいのか。そんな罵倒が来るのも時間の問題だった。

ファシスト、ネオナチ、狂ったサディスト。ありとあらゆる暴言が飛んでくるのも時間の問題だった。

彼女は彼らの行動に恐れを感じて軽蔑もしたが、心のどこかで同情もしていた。

これまでの人生でナチスの恐ろしさを学んだのは、彼らも彼女も同じだからだ。彼らは、自分と同じようにナチスが怖いんだと感じ取っていた。

恐れるからこそ出てくる暴言。恐れるからこその行動。彼女は彼らの行動に対してそう解釈していた。

自分も同じドイツ国民だからこそ、それらの一種の暴挙にも理解が示せた。


だがあの日あの時見た民衆が、彼女の価値観を歪ませていく。

あの連中は何だ。恐れでもない。義務でもない。悪意だ。悪意だけが滲み出ている。

悪意を撒き散らす事でのカタルシス。射精感といっても差し支えない程の解放が彼らの行動原理。

そしてあれが、自分達が守る人々。あれが、自分達が戦った結果。

あれが本当の人間で、もしかしたらドイツにいた頃のあの人達も彼らと何も変わらないのでは。

ナチスという言い訳を使い、悪意を撒き散らす事を目的とした集団だったのでは。

もし、そうならそれは、ナチスと何が違うのだろうか。

ナチスが絶対悪である理由が虐殺や差別にあるのだとしたら、彼らがしている事は何が違うのだろうか。


正義という言い訳を使い、悪意と暴力を撒き散らす事を目的とした集団であるのならば。

人種主義反ユダヤ主義という言い訳を使い、悪意と暴力を撒き散らしていったのがナチスであるのならば。

ナチスがあってはいけなかったものだとしたら

彼らもまた、あってはいけないものではないのだろうか。
549 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:07:02.14 ID:PAnp9vz00
U-511の視界に扉が見えてきた。それはもうこれまでに何度も見てきた執務室の扉。

定時報告用の記録メディアを手の内に感じ取り、その扉と向き合い、ノックする。

返事が返って来た事を確認してからU-511は扉を開けた。反芻した記憶の感触を胸で感じながら。
550 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:11:18.21 ID:PAnp9vz00
そういえば、と彼女は思い返す。

あの叫び声を塗り潰すように大音量で車内に響いた歌も覚えている。

提督が一番好きな歌だと教えてくれたあの歌は暗く、重く、それでいてどこか軽快な音。

英語で紡がれるその歌声が語るものはその意味がわからなくてもある程度察しがついた。


あれは呪いだ。

何もかもを黒く塗り潰す。

その呪いの歌は、その題名の通り車内に届く悪意の叫び声を黒く塗り潰していた。
551 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:13:29.72 ID:PAnp9vz00
U-511「これ…月次報告です」

大淀「はい、承りました。それじゃあこれは検閲してからドイツ支部に送りますね」

愛宕「お疲れ様。ユーちゃん」

U-511「………」

U-511「大淀さん」

大淀「はい?」

U-511「大淀さんはどうして戦っているの?」

U-511「大淀さんは人間が好き?」
552 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:18:35.58 ID:PAnp9vz00
大淀「どうしたんですか?」

U-511「ユーは、よくわからないんです」

U-511「ユー達が戦ってどうなるの?」

U-511「戦って勝って、またでっちみたいに不幸な人が増えるの?みんなを幸せにしたいから戦うんじゃないの?」

U-511「外で集まってる人たちを増やしたいとか、誰かを傷付けたいから戦っているんじゃ、ない」

U-511「でも、ユー達が戦ってそうなるんなら」

U-511「ユー達が戦う理由なんて無いんじゃないかな、って」

U-511「Admiralだって…如月ちゃんだって」

U-511「もし今頃人間が深海棲艦に負けてみんないなくなってたらあんな事にはならなかったんじゃないかな、って」


U-511「ユー達が戦って増やすのは、何?」

U-511「ユー達がやってる事って意味があるの?」
553 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:43:27.67 ID:PAnp9vz00
大淀「それは…」

愛宕「意味なんて無くても、私達はこれがお仕事だからね」

愛宕「泊地を運営して、深海棲艦を倒して、海の平和を取り戻してお給金を貰う」

U-511「でも、お給金なら別に他のお仕事でも」

愛宕「そうね。艦娘になんてならなくたってどこかのお仕事に就けばお給金は貰えるものね」

愛宕「学校を卒業して、どこかの会社に就職して、彼氏と結婚して…そんな生き方もあったかもしれないわ」

愛宕「でも、もう無理よ。もう戻れない。戻りたくもない」

U-511「どうして?お給金以外に何かがあるの?」
554 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:48:41.93 ID:PAnp9vz00
愛宕「…ユーちゃん。今ユーちゃんが言ってた事は誰かに話した?」

U-511「ううん」

愛宕「ご両親にも?」

U-511「………うん」

愛宕「そうなのね、ユーちゃんも私達と同じ、かな?」フフッ

U-511「同じ?」

愛宕「ねぇユーちゃん。どうしてその事をご両親に言わなかったの?ユーちゃんならそれを言えば、すぐにここから離れられるでしょう?」

愛宕「戦う理由もモチベーションも無くなったなら、それを言えばいつでも帰れるのよ?」

U-511「だって!!」

U-511「ユーは…どうすればいいのかわかんない」

U-511「もう守りたくない、でも…怖い」

愛宕「何が怖いの?正直に教えて?もしかしたら私も一緒かもしれないわ。私も怖いものがあるもの」

U-511「ここを離れるのが、怖い」

愛宕「どうして?」

U-511「…離れたくない」

U-511「でっちと離れたくない。しおいと離れたくない。イクと離れたくない。イムヤと離れたくない。はっちゃんと離れたくない」

U-511「雪風と、大和と、香取と…」

U-511「Admiralと離れたくない」
555 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:13:27.20 ID:PAnp9vz00
U-511「もう会えないなんて嫌。でも…」

愛宕「戦う理由なんてそれで十分よ」ギュッ

U-511「!」

愛宕「私も人間がどうとか世界がどうとかなんて関係ない。提督と一緒にいたいから戦ってるのよ」

愛宕「大淀もでしょ?」

大淀「…うん」

U-511「大淀さんも?」

大淀「ユーちゃんはこれまでずっと世界の事や人間の事を考えて戦ってきたんですね。偉いね、本当にユーちゃんは偉い」

大淀「でも、もう無理はしなくていい」

大淀「世界がどうとか人類とか、私はもう信じていないもの」

大淀「私も最初は信じようとしたけど…そのせいで、提督は壊れた」

大淀「一度だけじゃない。二度もよ、二度も私はあの人が壊れる所を見させられた」
556 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:20:04.62 ID:PAnp9vz00
大淀「私はああなる前の提督を知っている。今よりもっと子供っぽくて、だけど今と同じくらい優しい人だった」

大淀「今の提督はあの時と変わらず優しいけど…」

大淀「人殺しの目をしている」

大淀「…多分、また壊れる事があったら今度こそ」

大淀「提督は取り返しの付かないところまで行ってしまう」

U-511「取り返しの付かない…?」

大淀「死ぬか、それともまたもっと別の…うまく言えないけど、何かが起こる」

大淀「それが嫌なのよ。だから私はここにいる。すぐ近くであの人を見ていられるこの仕事をしている」
557 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:22:00.72 ID:PAnp9vz00
「理由なんてそれで十分」

「私は提督の為にここにいる」

「私と同じ屋根の下で、私と同じご飯を食べて、私と同じこの部屋で仕事をする、私の提督」

「あの人の為だけに、あの人を守る為に、あの人が幸せになる事だけを願って今ここにいる」

「あの人が、みんなの幸せを願っているから、私は彼とみんなの幸せを願って動く」

「あの人に、死んで欲しくないから、私は彼の未来を願って動く」


「愛してるのよ。提督を」

「提督も、私が愛する分…うぅんそれ以上に私を愛してくれる」

「彼を幸せにして、彼をここに繋ぎとめて、私の事を見て欲しくて今私はここにいる」


「それ以外の理由なんてない。例え他人から見たら支離滅裂な事をするとしても、いつも私の根底にあるのはそれ」

「世界だとか人類だとか、目にも見えないよくわからないものなんてどうでもいい」

「私の目の前にいる私の愛する人の為に戦う。私とあの人が幸せになれれば後の事なんてどうでもいい」
558 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:26:02.00 ID:PAnp9vz00
大淀「そうよね?愛宕」

愛宕「えぇ」

愛宕「私も人類や世界なんてどうでもいい。提督の為だけに動くわ」

愛宕「提督が守りたいっていうから戦ってる。提督が救いたいっていうからゴーヤちゃんを保護した」

愛宕「そうやって、提督が幸せになって私がその隣にいればそれ以外の事なんてどうでもいい」

愛宕「私が見ている世界が幸せなら、それ以外がどうなろうが知ったことじゃないわ」

愛宕「騒ぎたいなら騒げばいいし、馬鹿にするならすればいい」

愛宕「それで幸せになるなら勝手になればいいし」


愛宕「死ぬなら勝手に死んで頂戴って感じ」


愛宕「人類の敵と唯一戦える艦娘って言ったって私も一人の人間なのよ?」

愛宕「好きな人とは一緒にいたいし美味しいものは食べたいし、世界とか人類全体をどうこうできるほど大きな存在じゃない」

愛宕「だからこれでいいんだって、思う。自分の幸せの事だけを考えて生きていけばそれで…」
559 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:31:43.28 ID:PAnp9vz00
愛宕「ユーちゃん。自分に正直になりなさい」

愛宕「帰りたいっていうなら手配する。提督だって、ユーちゃんを無理矢理残そうだなんて思わないはずよ」

愛宕「でももし泊地(ここ)に何か、失いたくないものがあるのなら残ったほうがいい」

愛宕「人類とか世界とか正義とかそんな上っ面は取っ払って、ユーちゃんが本当にやりたい事を考えなさい」

愛宕「ユーちゃん自身がどうしたら幸せになれるか、それだけを考えなさい」

U-511「………」

愛宕「もしそれが誰かを守る事であるのなら、ここ以外にそれをできる場所は無いわ」

愛宕「人類とか世界とかそんな曖昧なものじゃなくて、誰を守りたいって具体的でしっかりとした意志があるのならね」

愛宕「だって深海棲艦に対抗できる艤装の力を使えるのは艦娘だけだから」

愛宕「人類や世界だなんてそんな曖昧なものじゃなくて、ユーちゃんの家族とか提督とか、そういうのを守れるのはここ以外に無いわ」

愛宕「力を手放して家族のところにいたって、私達が負けたらみんな深海棲艦に殺されるんだから」

愛宕「でもここにいて、勝っていければ例えどれだけ辛い事があったとしても、一番望んでいるものだけは手に入る」

U-511「辛い事は、あるんだ」

愛宕「どこだってそうよ」

愛宕「全部が全部得ようとしたらただただ傷付くだけ。本当に、一番、望んでいるものの事だけを考えて」

愛宕「もし、色々考えて結局艦娘を辞める事になってもそれだけは忘れないで」

愛宕「あなたが本当に欲しいものが何なのか、それだけははっきりさせて、その為だけに生きていきなさい」

愛宕「自分が本当にやりたい事。本当に欲しい一つや二つの為だけに」

愛宕「全部欲しいだなんて、そんなのは無理なんだから」
560 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:32:24.23 ID:PAnp9vz00


・・・・・・・・・・・

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・・・・



561 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:39:52.53 ID:PAnp9vz00
大淀「…ふぅ」

愛宕「お疲れ様大淀。随分喋ったんじゃない?」

愛宕「久々よ。あんな情熱的なあなたを見たの」

大淀「愛宕もね…」

愛宕「どうしたのぼーっとしちゃって、本当に疲れた?」

大淀「愛宕。『大切なものを守る為に戦う』って、私言ったよね」

愛宕「うん」


大淀「提督の、大切なものって何だろう」

愛宕「そりゃあ…」

大淀「一番大切なものよ?」

愛宕「………」

大淀「………」


愛宕「何かしら?」

愛宕「多すぎるような」
562 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:48:12.90 ID:PAnp9vz00
大淀「だよね」

大淀「あの人は、一番大切なものが多すぎる」

大淀「それは私であって愛宕であってユーちゃんであって雪風ちゃんであって…」

大淀「その『一番大切なもの全部』に幸せになって欲しいと願って願って願って願って」

大淀「傷付いて」

大淀「また壊れて」

大淀「それでいて」

大淀「自分がそこにいる価値を見ていない」

大淀「いつまでも、どこまでも、お子様で、完璧主義者…」

愛宕「………」
563 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:52:01.82 ID:PAnp9vz00
大淀「私、どうして提督が無策でブラック鎮守府に突っ込んだのかがわかった気がする」

大淀「あんな事で何とかなるならゴーヤちゃんみたいな子が出るはずがない。ほぼ完璧に守られているからあんな振る舞いができるってわかるはずなのに」

大淀「提督だってそういう事を考えていなかったはずがないのに」

大淀「だけどもし提督が最初から」


大淀「『糾弾に失敗して私刑に遭う事まで考えて動いていた』としたら」


大淀「…提督が目を覚ましたら、何が起こるんだろう」

大淀「私達は、どうすればいいんだろう?」


愛宕「大淀。起こっちゃう事に対してどうもこうもないわ。私は私の幸せの為に動く」

愛宕「それで誰がどうなろうが、私が幸せになれるなら知ったことじゃないわ」

愛宕「大好きな人と一緒に幸せになる。それ以上に素敵な事なんて何も無いんだから」

愛宕「その為だったら私は…」

愛宕「また、人を殺すわ」
564 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:54:47.38 ID:PAnp9vz00
☆今回はここまでです☆

冬イベでグラーフツェッペリンが二人来ました。
烈風の上位互換滅茶苦茶おいしいです。
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/06(金) 23:56:06.20 ID:w0l4rW800


グラーフ裏山ですなぁ
566 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 21:39:13.57 ID:C1MSIyGP0
本当に大切なもの。その言葉を何度も繰り返しながらU-511が廊下を歩く。

本当に大切なもの。本当に守りたいもの。

人類を守る。そんな大義名分を捨て、本当にやりたい事とは何か。

U-511はすぐに思いついた。

彼女が艦娘になる事を決意した最初の想い、そしてここに来てから芽生えた大きな想い。

家族を守る事。提督を守る事。彼女にとってそれが根元なはずだったのだ。

でも、だからと言って。それでも彼女は迷い続けた。本当にそれでいいのかと、悩み続けた。

家族の命と他の人間全てを天秤にかける事が正しい事なのか。

それでも、他人を優先してその先に待っているものがあの惨状なのだとしたら。
567 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 21:59:22.43 ID:C1MSIyGP0
悩み続け歩き続ける途中で見知った、気を許せる姿が見える。雪風だ。

「ユーちゃん、定時報告終わったの?」

「うん。これからAdmiralの所に行くけど、一緒に行く?」

この道でばったり会うという事は、つまりそういう事だろう。

そう察してU-511が誘うと雪風は頷いた。

しかし、そこからの会話が繋がらない。ただ無言で歩き続ける。

音楽がかかっていない廊下で二人の足音だけが響く。

足音が無言の空間に響く。まるで気まずさに言及するように足音が響く。

「雪風、今、何を考えているの?」

雪風と共に過ごし、会話が途切れる事は今まで無かった。つまり雪風の様子がおかしいという事だ。

U-511は少ない語彙から言葉を選び、雪風に問いかける。

「別に、何も」

そして返って来た答えがこれだ。会話が繋がらず、無言の空間に逆戻りした。

U-511の問いかけを不快と思ったわけではない。

U-511と共に過ごす事に嫌悪感を抱いているわけではない。


雪風は、今の自分の考えを誰かに知られるわけにはいかなかったのだ。

特に、今彼女の隣にいる友人、U-511には絶対に知られるわけにはいかなかったのだ。
568 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:15:12.65 ID:C1MSIyGP0
『伊58を助けなければよかった』


今の雪風の考えを一行で表すのならばそうなる。

それを知ればU-511は怒り、雪風を軽蔑するだろう。今やU-511と伊58は友人同士なのだから。

それがわかっていても、雪風は自分の行動を後悔した。

泊地に伊58が現れ、伊58の鎮守府に提督が向かった結果、提督はリンチに遭いボロ雑巾のようになって帰って来た。

そして未だ目を覚ましていない。いつ目覚めるかもわからない。もしかしたら彼が死ぬまでずっと目覚めないままかもしれない。

伊58を助けたのは自分だ。つまり、今提督が意識不明の重体になったのは雪風自身が原因である。彼女はそう考えていた。

自分が気付きさえしなければ、あの時蒼龍達の静止を無視しなければ、提督に褒められたいと思わなければ、提督があんな事にならずに済んだ。

そうでなくても、あの時の魚雷が自分に直撃していればよかった。

魚雷が不自然に逸れた時、雪風は心の底から安堵し喜んだ。

伊58を助けた事を提督に褒められた時、そしてその後の一連の流れも雪風の中では幸せな思い出として残っている。

自分が自分だけが幸せになろうと思ってしまったから、こんな事になってしまった。

その考えが雪風の胸中に打撲のように滲む痛みを広げていく。
569 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:32:45.45 ID:C1MSIyGP0
「よくわかるでしょう?」

「雪風の幸運が多くの不幸と引き換えにもたらされているんだって」

頭の中の声が響く。以前雪風の事を教えてくれた、どこからか聞こえる声。


幸運とは他の不幸との引き換えだ。そしてその代償を払うのは幸運を感じた自身とは限らない。

駆逐艦雪風の幸運の代償は常に誰かが払い続けてきた。

敵も味方も、全員が雪風が生きるという幸運の代償をおっかぶり傷付いていった。


今も何も変わらない。伊58を見つけた事、無事に連れ帰れた事。それら全ては雪風の奇跡であり幸運だった。

だからこそ、その代償を提督がおっかぶった。彼は意識不明の重体となった。

雪風はそう望んでいなかったが、そうならざるを得なかったのだ。

伊58が泊地に辿りついた瞬間から、こうなる事は決まっていたのだ。


自分が雪風でなければ、あの時の魚雷が直撃して伊58は死んでいただろうし、そもそも見つける事すらできなかった。

自分が幸福になろうと考えなければ、提督が傷付く事もなかった。

だからこそ、雪風は心の底から自分の責任を感じ、人命救助を心の底から後悔した。

例えその結果、友人に新しい友人ができたとしても。

いや、だからこそ、それを知られるわけにはいかなかった。

だから雪風は何も言わなかった。だから雪風は自分の心を隠した。
570 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:35:32.98 ID:C1MSIyGP0
「あ」

「でっち…Admiralは?」

目の前の扉から伊58が出てきた。その表情は暗い。彼女は無言で首を横に振った。

失った手足を再び与えてくれた男が、古巣の人間にリンチにあって意識不明。

その辛さをU-511は100%正しくイメージできないが文面としては理解できる。

今伊58から目を逸らした雪風の心情は理解もイメージもできないが、察する事はできる。

それは言葉としても表せない余りにも曖昧な予感に過ぎない。だが今自分がするべき事は伊58の傍にいる事だと理解した。
571 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:37:47.59 ID:C1MSIyGP0
提督が泊地に戻ってきてから、特別鎮守府から睦月と曙が毎日来ている。

目的は泊地の秘書艦如月だ。彼女にとって提督の受難はショックが大きすぎたのだ。

絶大なハンディキャップを背負う彼女にとって今の提督の姿は猛毒以外の何物でもない。

だから今の提督を如月に見せないよう、如月が提督に会いに行かないよう支え、悪く言えば監視する必要があった。

一班の夕立と潮、睦月と曙、そして空母班や金剛型の人々が中心となって日々彼女を支えようと彼女の元に通っている。


如月は泊地の中心人物だ。多くの人に大切にされている。U-511は常日頃から如月に対してそう感じていた。

自分とそう歳が変わらないにも関わらず秘書艦に抜擢された事、駆逐艦娘だけではなく空母艦娘や戦艦娘との交流も盛んな事。

飛龍や蒼龍、金剛や比叡と一緒に食事をしている光景が彼女の印象として強く残っている。

如月は本当に多くの人に大切にされている。だけど、伊58はまだそうなれていない。

彼女もまた大きなショックを受けた一人だ。感情を量で測れるのならば、彼女の負担は如月と同等かそれ以上かもしれない。

だが泊地の艦娘達は如月に気を取られ、彼女を支えられなくなっている。

如月がそう支えられているように、伊58も支えなければならないはずだ。

そしてそれは今の自分がやるべき事なのだろう。

まして伊58の命を救った当事者である雪風が伊58を見てそんな顔をするというのならば。

「雪風。やっぱりユーは、でっちと一緒にいるね」

そう判断したU-511は伊58の横に付いて共に歩く。

本当に大切なものの事だけを考える、とはこういう事なのだろうか。

雪風の視線を背中で感じながら、愛宕と大淀が教えてくれた言葉の意味をU-511は探り続けた。
572 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:41:47.17 ID:C1MSIyGP0
U-511が去り、雪風は一人で部屋に入る。

この部屋に入れば提督が目が覚めているかもしれない。

そんな事が起こるはずがないと理解しながら心のどこかで期待していた。

だがそんな彼女の目の前に映る光景はある意味全く予想もしなかったものだった。


伊401が、提督の上で馬乗りになっている。
573 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:45:03.36 ID:C1MSIyGP0
「提督」

両手で提督の頭を支え、誰にも見せない表情を浮かべ、頬を赤らめ、提督の顔に唇を近付けていく。

目をつぶり、首をかしげ、ドラマの1シーンのように唇を捉えようとする。

「しおい?」

伊401の唇が触れるか触れないかの距離に近付いた瞬間、雪風の声に跳ね飛ばされるように遠ざかった。
574 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:51:46.25 ID:C1MSIyGP0
え、あ、は、と顔を赤くしながら雪風から目を逸らす伊401に追撃をかける。

「とりあえず、降りて」

「はい」

「何してたの?」

「…キス」

『は?』たった二文字で表せる感情が一瞬にして雪風の脳内に埋め尽くされる。

この子は一体何を考えているのか?どうしてそんな事を考えたのか?

「キスしたら、提督の目が覚めないかな、って」

『は?』たった二文字で表せる感情が疑問で埋め尽くされた雪風の脳内にずどんと圧し掛かる。

「駄目かな?」

雪風は返事の代わりに思いっきり白い目で伊401を見つめる事にした。ずっとずっと見つめる事にした。

駄目かな?じゃないよ。言葉に出さず表情に出したままずっと伊401を見つめる事にした。

「うー、あー、悪かったよぉ!じゃ!!」

いそいそと退室する伊401の姿を雪風はずっと同じ表情で見つめていた。
575 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:54:25.41 ID:C1MSIyGP0
ばたんと音が鳴り、部屋には彼女と目覚めぬ提督だけが残される。

思わず溜息が漏れた。こんな状況で彼女は何を考えているのだろうと。

伊401と雪風は歳が近く、着任もほぼ同時期でお互いがお互いに話しかけやすい環境だった。

休暇で遊ぶ事もあるし、趣味趣向の話で盛り上がったりもする。

活発で能動的な彼女と行動を共にする事を雪風は好んでいたし、彼女のそういう所に好感を持っている。

だが彼女は少し、悪い人でもあると常日頃から感じていた。

歳相応の腕白。可愛らしい甘え方。そう捉えるのが相応だが真面目な気性かつ幼い雪風にはまだその度量はなかった。

夜更かし、悪戯、そしてまだ踏み入れてはいけない大人の世界。それらを自分に持ってくるのは大抵伊401だと雪風は記憶している。

ワレアオバ、という通称の隠し撮りの存在にいち早く気付き雪風に持ってきたのも伊401だ。

電気を落とした深夜の部屋で、彼女と同じ布団の中で視たスマホの映像は衝撃的過ぎて忘れられない。

助平だ。伊401を悪く言うとしたら雪風は彼女をそう評する。彼女はやたらそういう所に興味を持つ。言い換えるならば『ませている』のだ。

今だってそうだ。キスで目が覚める?そんな事があってたまるか。

御伽噺じゃあるまいし。ただ自分がキスしたいだけだろうに。

そんな奇跡が起こってたまるか。そんな奇跡が。奇跡が。奇跡が。
576 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:55:23.19 ID:C1MSIyGP0
奇跡が。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡??

奇跡。その言葉に至った時、雪風は妙な気配を感じたかのように提督の顔に視界を移す。

奇跡。奇跡。奇跡。言葉が繰り返されるごとに雪風の視界が狭まっていく。

テープやガーゼ、包帯で覆われ、見ていて気分がよくもならない提督の顔。

何にも塞がれず、まるでその為だけに用意されていたかのように晒されている彼の唇。

魔法が解けるように、異性のキスで目が覚める。そんなものは童話だけだ。

ありえない。そんな奇跡は起こらない。


本当にそうだろうか?
577 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:58:20.29 ID:C1MSIyGP0
雪風が唾を飲み込む。奇跡は起こらないのだろうか?本当に起こらないのだろうか?

心臓が高鳴る。何故そう言い切れる?仮に起こらないとしても、万が一があるのではないか?

何故なら自分は雪風だからだ。深い眠りに沈む男の唇を見ながら少女はそう自答した。


奇跡の駆逐艦雪風。幸運艦雪風。それが自身だ。自分自身だ。

他の誰かができない事でも、自分ならば、雪風ならば、奇跡を起こせるのではないだろうか?

自分は幸運艦雪風だ。今までだって、幸運だったから生き延びてきた。

幸運艦だったから、自分は幸せに生きてこれた。これからもそうだろう。何故なら自分は雪風だからだ。


ならば。靴を脱ぎ、ベッドに乗る。ぎしと音を立てながら雪風は提督の身体を両腕両脚で囲い込んだ。

彼の頭を包むガーゼや包帯の端から青痣が見える。

内出血の様相がグロテスクに浮かび上がり、傷が腫れ上がり輪郭を歪ませている。

それは常人からしてみればとても見れたものではない。カエルより醜いとも捉えられるそれにキスをするなど誰が考えようか。

だが雪風の精神は常人のそれではなかった。

責任感と義務感、罪悪感と焦燥感、優越感、慢心、傲慢

そして下腹部から湧き上がる衝動が彼女の精神を狂気の沙汰に至るまで高揚させ、彼女を非常人へと変えた。


「司令」

「幸運の女神の、キスを、感じてください」
578 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:22:55.02 ID:C1MSIyGP0
自分が起こした幸運の結果が今の提督ならば、自分が彼を癒さなければならない。

奇跡を起こして彼を目覚めさせる義務がある。それはこの幸運艦雪風にしかできない責務だ。

他の誰にもできない。羽黒にも、那珂にも、大淀にも、伊401にも、如月にも、他の誰にもできない。

自分の、雪風の、自分だけの、自分だけの特権だ。他の誰かができる役割であってたまるか。


そう自分に言い聞かせ、雪風は湧き上がる衝動の全てを彼の唇にぶつけた。

彼女の舌が感じ取ったのはレモンの味も、血の味もしない無味だった。


頭をがっしりと掴み、肘と膝の支えすら無くし、提督の身体にべったりとくっ付く。

軍服から着替えさせられ薄着になっている提督の身体の感触が、彼に押し付けた身体から伝わってくる。

青葉から貰った映像を思い返しながら、提督に自分の何かを分け当たえ彼は抵抗せずに全てを受け入れていく。

彼女自身の幸運だけではない、感情の全てを送り込んでいく。

どれだけの時間そうやって過ごしたか、ただ彼女は傷付いて目覚めぬ提督に口付けをし、彼女が持つ全てを彼に分け与え続けた。

たった一行で表せる行動を数秒、数分、数十分も延々と繰り返した。舌に流れる電流と息苦しさに喘ぎながら、その行為だけを延々と。
579 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:24:35.51 ID:C1MSIyGP0
「司令、司令、司令、しれい、しれい、しれい、しれい」

奇跡を起こす。その建前すらも湧き上がる衝動が吹き飛ばそうとしていたその瞬間、提督がびくと動いた。

「…あれ?」

聞きたかった提督の声。

「しれぇ!」

「え、雪風?ここはどこ?」

「しれぇ!しれぇ!!」

自分の名前を呼ぶ提督の声に感情が暴走する。

二度と聞けなかったかもしれないその声を雪風は再び聞いている。

あぁ、あぁ。雪風は奇跡を起こしたのだ。

そして雪風は確信した。

やはり雪風は、奇跡の駆逐艦。幸運艦なのだと。
580 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:26:31.45 ID:C1MSIyGP0
かつて目の前の彼がかけてくれた言葉は、今この瞬間内なる声と衝動に塗り潰された。

全身で彼を感じながら、雪風は彼から与えられたものを忘却した。

それでも状況が飲み込めていない提督以外の全員が笑っていた。


雪風も、彼女に問いかけ惑わす彼女の頭の中の声も。口角を上げてその奇跡を味わっていた。

異性のキスによって目覚めるという童話のような奇跡。それが今現実となった。

その奇跡の代償、幸運の代償がある事には誰も気付いていなかった。

童話のようなロマンティックな奇跡。


その代償は、焼けた鉄の靴を履かされ死ぬまで踊らされるものだと相場が決まっているのだ。
581 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:27:33.37 ID:C1MSIyGP0
そして提督はその代償と、そもそも奇跡が起こった事にすら気付かないまま自分勝手に思考を巡らせていた。

ここが自分の泊地だとするならば、青葉は無事なのだろうか。


不安だ。

青葉に会いたい。

あの子に何も起こっていなければいいのに。

青葉に会いたい。

会って無事を確かめたい。


少しずつ状況を理解しだした提督は彼に抱き付いて離さない雪風の身体を感じながら、そう考えた。
582 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:28:35.83 ID:C1MSIyGP0
☆今回はここまでです☆

艦これ5周年おめでとうございます。
583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 00:46:52.13 ID:8kTJly5yo
おつ
次も待ってるわ
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/04(金) 01:31:00.81 ID:Q/SEHse00
乙ー

雪風も助平ですなぁ・・・
585 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:08:12.82 ID:DnDdznZx0
友提督は走った。車を走らせ、自分の足でも走った。

一刻も早く辿りつかなければいけない。それだけを考えながら走った。

先に泊地にいた睦月と曙と合流してまた走る。

一刻も早く提督に会わなければいけない。

意識不明の重体を負った提督が意識を取り戻した事はすぐに彼の耳にも入った。

友人が目を覚ました事は喜ばしい。だが問題はその後の事だ。

三人は泊地を駆け回り、ようやく提督を見つける。

傍らには秘書艦である如月がぴたとくっ付き提督が見やすい位置に書類を掲げていた。

「提督!!」

話し合いの途中のようだが友提督はあえて割り込んで呼びかける。これ以上その話し合いを続けさせるわけにもいかないのだ。

「お前、本気なのかよ」

今彼がやろうとしている事を止めなければいけないのだ。

「うん。本気」

「俺はあいつを、ブラック提督を殺す」

彼は、ブラック鎮守府に攻め入るつもりなのだから。
586 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:27:03.34 ID:DnDdznZx0
「…やめろ」

渾身の本心がかろうじて口から漏れた。

「そんな事をしたらどうなるかわからないのか?」

ブラック鎮守府の行いが許されることではないのは友提督にも十分理解できる。

だが、それでもやるべきではない。やってはいけないのだ。

「あいつは、潜水艦娘を虐待してる事を罪に問われていない!」

ブラック提督は世間一般的には清廉潔白。何の罪も無い有能な提督の一人だ。

裏で何をしていようが、賄賂で憲兵を買収している以上それが表沙汰になることは無い。

「なのにお前が突っ込んだらお前の暴走って事で話がついちまう!殺せようが殺せまいがお前は捕まる!」

だが提督は違う。彼は弱小泊地の司令官でしかない。

後ろ盾も何も無い彼がブラック提督に手を出せばたちまち憲兵に見つかり捕まる。

その罪もすぐに表沙汰になる。その場合ブラック提督は一方的な被害者であり、提督は一方的な加害者でしかない。

そこに正義なんて何もない。ただ個人的感情で味方を撃った最低な軍人が出来上がるのだ。

例え撃たれた奴が何十何百もの味方を個人的感情で殺してきた下種だとしてもだ。

「それが何?俺はあいつを殺したいんだ。殺さなきゃいけないんだ」

それでも提督は合理的な未来予想を放棄し、殺意でボロボロの身体を動かし続ける。

「何で…?」

「何でって、これ見てみろよ!」

そう言って彼は左手を掲げる。吹雪に踏み潰された手には包帯が巻きつけられていた。

「ちょっと文句言っただけでこんなにボコボコにされたんだ!」

「左目だって見えちゃいない!これでムカつくなっていうのは無理な話だろ!!」

そう言って潰れた左手を、左目を指し示すように顔に向ける。

これもあの暴行で受けた大きな傷の内の一つだ。彼の左目は失明していた。

かろうじて意識は取り戻したものの、片手は潰れ、片目を失明。彼はまさに半殺しにされたのだ。

「その仕返しだよ。この位許されるはずだ」

それでも未だ生きている彼の右目が殺意で満ちているのが友提督にも見て取れた。
587 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:50:01.83 ID:DnDdznZx0
「嘘」

その意志を曙がたった一言で、誰もが聞き取れるように、はっきりと、真っ向から否定する。

「嘘って何」

その態度には流石の提督も反応せざるをえなかった。それが曙の狙い通りだったとしてもだ。

「仕返しなんかじゃない。伊58の事でしょ」

「ゴーヤの事は…あいつは、関係ない」

提督が視線を逸らした事で曙は確信した。

「嘘が下手くそ」

仕返しというのは建前なのだと。身内ほど目を背けたくなるような重傷ですら、理由付けに過ぎないだと。

「あんた、本当にあいつらがもみ消してるってわからなかった?」

「わからなかったよ」

「嘘ね。人をダルマにして殺すような真似してる奴が何で捕まらないかなんて私でもわかるわよ」


ブラック鎮守府のやり方はあからさまだ。

四肢と首に爆弾を取り付けて殺すなんてやり方では奴隷に恐怖を与える事はできるだろうが、証拠が残りすぎる。

今まで彼らがずっとそのやり口で悪行を重ねてきて、一切の証拠が出ないなんて事はありえないのだ。

それなのに堂々としていられるのには裏がある。自分達が特別な存在であるという自覚がある。そう考えるのが普通だ。

提督より十以上年下の自分ですら気付いたのだから、提督がそれに気付けないはずがない。それが曙の考え方だった。

ここで提督が言いよどめば止められるかもしれない。

個人的な復讐ではなく伊58の為であるとはっきりさせられたなら、他の方法に導く事だってできるはずだ。

ここにいる曙や睦月を始めとした特別鎮守府の面々も提督の事を心配している。そしてこのままいけば彼が破滅する事もわかっている。

だが大本営から『パラオの英雄』と呼ばれる特務提督屈指の実力者である友提督の力も使えばいくらでもやりようはあるはずなのだ。

例え相手が賄賂で誤魔化すとしても、それを跳ね除けるだけの力が特別鎮守府にはある。個人的な報復でないのならば、いくらでも力を貸す事ができる。

言葉でなくてもいい、態度で現れれば後は強引に引っ張り、『そういう話』にしてしまえるのだ。

仕返しではなく義挙にしてしまえば、彼は破滅せずに済むのだ。


「俺は、無能だから」

その目論見は提督の、彼自身のプライドを完全に投げ捨てた言葉に打ち倒された。

「とにかく、俺はあいつを殺しに行く。殺さなきゃ気がすまねぇんだ!!」

無能だから気付けませんでした。このままじゃ納得できないから殺しにいきます。

子供の駄々こねに近いその叫びに、彼を追い詰めようとしていた曙が逆に呆気に取られてしまった。

その隙に話はどんどん先に進んでいく。ブラック提督を殺し、提督が破滅する話へと。
588 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:03:34.21 ID:DnDdznZx0
「如月ちゃん!提督さんに何か言ってよ!!」

ならばやり方を少し変える。提督を動かせないのであれば彼の周辺を動かそう。

丁度曙に助け舟を出すかのように睦月が叫んだ。彼の秘書艦である如月に、睦月の姉妹艦である如月に向かって。

ここが提督が破滅するかしないかの瀬戸際だ。形振り構っていられない。

「如月、あんたはそれでいいの?」

曙も友提督も如月を見つめる。彼女が今までの話を全く聞いていなかったはずはないだろう。

「私は司令官についていくだけよ」

それでも如月ははっきりとそう答え、提督の腕に絡みついた。

「それでコイツがいなくなるような事があっても?」

もう一度確認する。このままいけば提督は破滅するのだ。

提督と如月が男女の関係である事はここにいる全員が知っている。

こんな形でパートナーを失う事が彼女にとってどれだけのダメージになるかも誰もが予想できる。

「…そうはさせない。司令官は、絶対に」

三人にとってその言葉はただの理想論でしかない。

如月には現実が見えていない。そう感じ取った睦月の感情が高ぶった。


「だったら提督さんを止めてよ!!」

睦月がヒステリックに叫ぶ。


「こんな事しても何にもならないよ!!」

感情のままに如月に詰め寄る。


「どうなったって提督さんの為にもならない!!」

感情のままに合理的判断を如月に叩き付けていく。


「止めようよ!!こんな事して何になるの!?」

如月はそんな姉の姿を見て


「如月ちゃん!!」

感情を消す事にした。
589 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:04:53.20 ID:DnDdznZx0

如月の身体が一瞬後ろに下がった。彼らに視えたのはそこまでだ。
590 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:18:12.35 ID:DnDdznZx0
次の瞬間には睦月の身体はぐるりと反転し、倒れ、腕を極められていた。

経緯は視えなかった。その結果だけが彼らの視界に映った。

関節を極められて悶える睦月と、冷酷な顔で姉を見下ろす如月の姿。

「うるさいな」

「睦月ちゃんは関係ないのに口出ししないで」

その言葉が痛覚で状況を感知できない友提督と曙の意識を引き戻した。

「私は司令官についていく」

「どんな事があっても、私はずっと司令官と一緒にいる」

「どんな事があっても、どんな方法でも、どんな手段を使っても」


びき、という音が睦月の痛覚の中に流れ込んで脳を刺激する。

睦月の腕が、折れた。
591 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:29:33.38 ID:DnDdznZx0
「痛い!痛い、痛い…」

折った腕を放し、転がる姉を見下す。

あまりにも呆気ない。睦月の練度は如月のそれと二桁は違う、それも睦月の方が上であるというのに。

如月は表情一つ変えずに叩き伏せ、表情一つ変えずに言い放った。


「これ以上私と司令官の邪魔をするなら」


「睦月ちゃんでも殺すわよ」
592 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:41:47.34 ID:DnDdznZx0
侮蔑の言葉を投げかける彼女の目は提督のそれと同じようにも見え、曙はその瞬間に詰みを確信した。

駄目だ。どうにもならない。どうする事もできない。

こいつら全員本気だ。嫌だ。本気で殺しにいく。嫌だ。本気で破滅する気だ。そんなの嫌だ。

そんなのは嫌だ。でもどうにもならない。どうにかしたいのにどうにもならない。

曙には、ただ如月の目を、自分の意志を込めて見つめるだけしかできなくなった。

せめて自分が何を考えているかだけでも伝わってくれ、と願いながら。そして伝わった所で無駄だともわかっていながら。


「如月」

その状況を変えたのは提督の呼びかけだった。

「なに?司令官」


「睦月さんを入渠施設へ連れて行ってくれないか?腕折ったままじゃあんまりだ。ここで治してもらいたい」

二人は何も言わずに提督を見つめ、如月は少し驚き困った顔で提督を見つめた。

「脅しはもう済んだだろ?それに、如月の大切な姉妹艦じゃんか」

「…頼むよ。俺は、まだ曙さんが話したそうだからここにいるけど」

ねぇ、と少し崩した、甘えたような呼びかけを聞き如月は身体の力を抜いた。

「わかったわ。司令官がそう言うなら」

「もう折るなよ」

「…それは睦月ちゃん次第よ」
593 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:46:41.04 ID:DnDdznZx0
提督「如月はあんな感じだけどさ。ずっと気にかけてくれている曙さんには本当に感謝してるよ」

提督「あの子の友達でいてくれて本当にありがとう」

提督「俺に何かあったら如月の事は頼んだ。友提督も、できたらあの子の事を頼む」

友提督「何だよ…それ」

曙「死ぬ気?」

提督「殺しに行くんだから殺される事だってあるだろ。殺されなくたってその後社会的に死ぬんだしね」

曙「意味わかって言ってる?」

提督「勿論。動いたり喋ったりできなくなる。一切の価値の無い肉の塊になる」

提督「物を食べない分、一人分の食料を他に回すことができる」

提督「人が増えなければ、食事の量が増える」

提督「みんな満足する」
594 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:52:01.06 ID:DnDdznZx0
曙「何でそうやって自分の命を投げ出そうとするの!?」

曙「『何かあったら如月の事は頼んだ』!?無茶な事を言わないでよ!」

曙「あんたに何かあったらあの子は絶対あんたの後を追う!!私がどうこうできる問題じゃなくなるのよ!!」

提督「じゃあ『何があっても死んじゃいけない。如月にはまだご両親がいる』って言っておいてよ」

曙「ざけんな!!!!!」

提督「…じゃあ止めてみろよ。ぶん殴ってでも止めてみろよ」

提督「艤装を使ってもいい。俺を止めろよ。だけど俺は殺されなきゃ止まらないぞ。止めるんなら死ぬまで殴らなきゃな!」

曙「死ぬなって言ってんでしょうが…!!」

提督「中途半端なやり方で止められる程俺もあいつらもできちゃいねぇからな」

提督「所詮人間なんざ、死ななきゃ変われねぇよ」

提督「だからどうしても変えたいんだったら、止めたいんだったら殺せ」

提督「俺はそうするし、曙さんもそうする事はできるよ?止めたきゃ殺れよ!!!」

曙「死ぬなっつってんだろうが!!!!」

提督「じゃあ諦めて。俺は殺しに行く。その後どうなろうが知ったこっちゃない」
595 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:54:41.40 ID:DnDdznZx0
提督「俺は生きてちゃいけない人間だから」

提督「俺は死んだってどうだっていい人間だから」

曙「誰が!?誰がそんな事言った!?」

提督「あいつだよ。ブラック提督」

曙「何でそんな奴の事を真に受けてるのよ!?」

提督「事実だからね」
596 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:59:31.40 ID:DnDdznZx0
「俺、あいつとは研修時代からの知り合いなんだ」

「俺は特務提督の中でも成績が悪くて」

「どれだけ頑張っても、どれだけ考えても全然上手くいかなくて、何やってもダメで、色々なことをやらかして」

「その度に言われたんだ。『生きてる価値も無い』って」

「辛かったよ。だから否定しようと努力したんだ。でも駄目だった。何度やっても失敗する」

「何度やっても上手くいかなくて、何やってもダメで、何かやろうとしたら変なことやらかして」

「『そらみろやっぱりこいつには価値が無い』」

「だから俺は本当に生きてちゃいけない人間なんだって納得した」

「あいつらは、間違っていないんだって。だってあいつらはいつも、上手くやっていたから」


「でも、でもだからってただ死んでいくのは嫌だ!!」

「どうせ死ぬなら誰かの為に死にたい!今まで迷惑をかけてきた分、俺の命を使って誰かを助けたい!!」


「人を殺すのが犯罪だって事くらい俺にだってわかるよ!」

「でもあいつらが人殺してケラケラ笑ってる奴なのに俺が手段選んでちゃ何もならないだろうが!!」

「同じ土俵に立つなとか、同じレベルになるなっていうけどさ、やらなきゃどうにもならねぇ」

「俺ができるのは本当に手段を選ばずに動く事だけだ」

「そんな事俺にしかできない。この先生きてる価値が無い俺にしかできないんだ、これは」
597 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:07:55.00 ID:DnDdznZx0
曙「だから、伊58の事を隠してブラック提督を殺そうとしているの?」

提督「そうだよ。罪に問われないとかそんなのはどうでもいい」

提督「あの子にとって、あいつらが今生きている事自体が問題なんだ」

提督「あいつらが傷付かずにのうのうと生きているだけであの子はずっと苦しまなきゃいけない」

提督「邪魔なんだよあいつらは。ゴーヤが生きていくのに邪魔でしかないんだ」

提督「あいつを、あいつらを、いなくなった過去の人間にしねぇとゴーヤはこれから生きていくだけでも辛いんだ」

提督「ゴーヤがこれから、自分の手足の事も含めて生きていくには、あいつが生きてちゃいけないんだよ」

提督「逮捕とかじゃ駄目だ。死ななきゃ、殺さなきゃ、何にもならねぇんだよ」


友提督「でもそれを理由にすれば伊58に疑いの目を向けられる」

友提督「だからお前は、無策でブラック鎮守府に突っ込んでわざとリンチを食らった」

友提督「仕返しっていう体裁が作れれば憲兵もそっちに目が行って伊58に疑いの目を向ける事はなくなるから」

友提督「まして研修時代に虐められてたっていうなら、その仕返しと思うのが憲兵側から見たら自然」

友提督「つまりそういう事か?お前は自分の復讐心を利用してゴーヤを助けたいと」

提督「ゴーヤがブラック提督の所の艦娘だったっていうのは知らなかったけどね」

提督「でも、後は友提督の言うとおりだ。おかげでもっとやりやすくなった」

提督「俺が例えブラック鎮守府の連中を皆殺しにしたとしても、憲兵は俺個人の復讐だと思うだろ」

提督「そうなったら誰もゴーヤを気に留めない。俺がやる事でゴーヤに迷惑がかかる事はないんだ」


曙「それじゃあ如月はどうなるの?」

曙「あいつは、アンタの為に人を殺すのよ。人殺したら当然罪に問われる」

提督「大丈夫。それもちゃんと考えてある」

提督「俺の泊地の艦娘は、誰一人として罪に問われない。問われたとしても情状酌量の余地はある」

提督「そう思って貰えるように用意はしてある」
598 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:09:46.32 ID:DnDdznZx0
曙「で、アンタは死ぬと」

提督「ゴーヤを助ける為には手段なんて選んじゃいられないんだ」

提督「あの子はまだ自分の手足を失った事を受け入れられていない。傷付けられてきた事を忘れられていない」

提督「もう時間は無いけど方法が無いわけじゃないんだ」

提督「誰もやらない、誰も選ばないやり方…だってこれをやったら自分が死ぬ」
599 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:11:03.30 ID:DnDdznZx0
誰もやらないやり方、つまり加害者を殺して過去の人間にする事。今後一切の痕跡を絶つ事。存在そのものを無くす事。

殺人は犯罪だ。やれば捕まり、その罪は一生消えない。死ぬまで永遠に残り続ける。

ブラック提督のような特例もいるが、そう簡単に人は特別な存在にはなれない。そんな実力も財力も無い。

だからこそ人は人を安易に殺さない。そこには理性や慈愛があるわけではない。

やれば捕まるという強迫観念、一種の恐怖政治が機能してこそ、法により殺人が抑止される。

誰かを愛する心、誰かを傷付ける事を嫌う心が殺人を抑止するのではない。

自分の身が可愛いと思う人間こそ、自分の人生が何よりも大切だと思う人間こそが、法によって抑え付けられる。

慈愛などというくだらない概念ではなく我が身可愛さこそが、この世界の秩序を保っている絶対の感情なのだ。
600 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:14:22.03 ID:DnDdznZx0
提督「でも俺なら何も問題はない。俺は死んでもいいんだから」

曙「だから死んでもいいっていうのをやめろ!!!」

曙「私はね!潜水艦娘が死のうがダルマになろうが食われようが何だっていいのよ!!!」

曙「如月が無事なら!如月が幸せになるならなんだっていい!!でも如月が幸せになるにはあんたがいなきゃいけない!!」

曙「あんたが死ねば如月はもう全部失う!如月にはもうあんたしかいないの!!あんたしか残っていないの!!!」

曙「あんたが何だろうが他の誰に何を言われようが、あいつにはあんたがいなきゃ駄目なのよ!!」

曙「それを、わかれ…!!」

提督「わからないよ。何で俺じゃなきゃ幸せにできないなんてわかるんだ?」

提督「男なんて星の数いる。それに俺よりいい男が大半じゃん?なら俺と一緒にいたっていい事なんて無いんじゃないか?」

提督「そりゃ最初は辛いかもしれない。でも如月だって俺がいなくなればわかるはずだ」


提督「『人を殺してくれるか』なんて聞いてくる奴がまともであるはずがなかったって」
601 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:17:56.68 ID:DnDdznZx0
ブラック鎮守府に攻め入る。

この泊地の艦娘にそれを伝えた時、心のどこかでみんながここを去る事を期待していた。

そうなればそうなったで彼は一人でブラック鎮守府に突っ込み、上手く行ったとしても刺し違える程度で終わるつもりだった。

予防策は張ってあるとは言えそれが通じなければ罪に問われる。そう考えて彼は艦娘達には転属願いの案内もした。

この泊地と無関係になれば罪に問われないし、逆にこのタイミングで抜け出した事が評価に繋がるかもしれない。

確固たる倫理観と断固たる正義感を持ち合わせた艦娘の演出としては最適だろう。

だからこそ彼はあえてこう言った。反対ならすぐにこの泊地から出て行け、と。

だが結果として誰一人として出て行く者はいなかった。

集会でそれを伝えた時、真っ先に侵攻部隊入りを志願してきたのは神通だった。

神通の挙手を皮切りに他の艦娘からも手が挙がり始め、泊地が二派に分かれるのにそう時間はかからなかった。

ブラック鎮守府を攻め滅ぼす戦力として志願する賛成派か、戦力にはならないが文句は言わない消極的賛成派。その二派だ。

だが集会が終わった後からも志願者は増え続け、消極的賛成派はじわじわと数を減らしていった。

その有様を第一人者として見届け続けた提督は、心の奥底で彼女達を罵った。


『お前達はどこまで都合のいい女でいれば気が済むんだ?』
602 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:25:34.47 ID:DnDdznZx0
口には決して出さなかった。出した所で彼女達を傷付けるだけだし、何と返ってくるかも予想がついたからだ。

予想はつくが、彼が理解しようと思わない感情。彼自身が毎日のように向けられる感情。

合理的な考えを放棄するその感情を、それを自分に向けられる事を提督は何よりも嫌悪し危険視していた。

何故自分にその感情を向けるのか、理解できなかった。そしてその感情の赴くままに自分に媚びる艦娘を哀れんだ。

その感情は艦娘達にとって害でしかない。そう信じていた。


艦娘達はどういうわけかその感情に縛られがちだ。

何故そうなるかなど全くわからないが、多くの艦娘がそういう感情を持ち合わせている。特性か、洗脳か、それともまた別の何かか。

だが間違いなく言える事は男に媚び、男の為に殺人まで犯す、男にとって都合のいい女が幸せになれるはずがないという事だ。


だから自分は死ななければならない。ただ離れるだけでは彼女達の感情を切り離す事はできない。

自分がこの世からいなくならなければ、彼女達はずっと自分に縛り付けられたままになる。

誰かに依存するのではなく、自分の意志を持って、自分の意志で生きて、自分の意志で幸せになって欲しい。

それだけをずっと願い続けてここまできた。今だってそうだ。

俺はゴーヤが今後幸せになる為に自分の身も削った。彼女が幸せになる為に邪魔になるブラック鎮守府の連中は今から皆殺しにする。

それで初めて彼女はスタートラインに立てるのだ。苦しい過去を忘れなければ、そこに立つ事すらできない。

そして自分が死ねば、他の艦娘達もまたいなくなった自分を忘れ、スタートラインに立つ事ができる。


まして先のブラック鎮守府への訪問で左手は潰れ、片目を失明した。もう二度と回復する事は無いだろう。

こんな壊れた人間にいつまでも執着していても不幸にしかならない。

壊れた玩具は廃棄処分にしなければならない。いつまでも残しておく必要なんてない。

だが今回の襲撃で全部うまくいけば、皆が幸せになれる。


戦力は揃った。作戦も立てている。後は適材適所で対応して、死人を出さずに終わらせる。

こちらからは一切被害を出さず、敵は皆殺しにする。一人でも被害が出ればこちらの負けだ。

誰一人として死なせてはいけない。あの子達にはまだ未来がある。

みんな若く美しく優しい子ばかりだ。彼女達は幸せになる権利があるし、誰一人としてこんな所で死んでいい人間じゃない。

死ぬのは自分とブラック提督、そしてあのブラック鎮守府の艦娘全員だ。

それ以上の死人は絶対に出してはいけない。

絶対に死なせてはならない。それだけは何があっても譲れない。命に替えてもだ。
603 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:27:57.71 ID:DnDdznZx0
☆今回はここまでです☆

劇場版アマゾンズ観ました。北斗が如く買いました。
ドバドバーのグシャグシャビシャビシャですぜ!!!
604 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/09(土) 00:28:45.01 ID:R3fNPLpE0


提督死んだらみんな殉死しそうだけどな・・・
605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/06/19(火) 11:45:59.79 ID:CFOCe7ASO
19:名無しNIPPER[sage]
2018/05/25(金) 00:41:23.83 ID:yBb2DXJv0
乙です

これだから女はどろっどろで嫌なんだよ
やはりスッキリサッパリしていてそれでいて濃厚であり、口のなかでシャッキリポンな俺たちのような雄と雄の関係が一番だな!なあ最上!
606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/26(火) 18:39:12.13 ID:Hn7zce2BO

久しぶりに見に来たがゾクゾクするね
607 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 21:57:41.30 ID:WO+G3lfq0


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