青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」

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308 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 05:05:22.61 ID:cuHvI+uf0
今回はここまで。
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/06(土) 01:23:21.44 ID:53s6iQwzo
いつも読んでます
310 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:00:05.74 ID:55A9FZXzO


数年前、ある新聞記事より抜粋。


『連続殺人犯卍男、遂に逮捕

3月より発生していた連続殺人事件・通称卍男事件の容疑者として、8日午前、都内に住む____容疑者(31)を逮捕したと警視庁から発表があった。

他誌の担当記者・A氏の取材過程に於いて容疑者が浮上。
しかしA氏の動向に気付いた同容疑者は、捜査協力の為警視庁に向かっていたA氏を襲撃。
居合わせた通行人の悲鳴により容疑者は逃走、その後の捜査により台東区内にて逮捕された。

A氏は腕を切られ、全治1ヶ月の重症。命に別状は無いとの事。

容疑者は3月より5名を相次いで殺害。
被害者には全て卍状の傷が付けられており、卍男連続殺人事件と題され捜査が続けられていた。
今後事件の全容の解明を急ぐと共に、動機について容疑者を厳しく追及して行くと警視庁は明かした。』



311 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:02:01.18 ID:55A9FZXzO



“………綺麗な夕日ね。”

“ああ、ここの夕日はいつ来ても心が洗われる。”

“ふふ、子供の頃から見てるけど、いくつになってもここが一番よ。”

“全くだ、正直地元より綺麗だと思うよ。
こうして君と出会えたし、ここに着任出来たのは幸せだ。”

“そうね…うん!私、あなたに出会えて本当に幸せ。”

“照れるなあ。また来ような…


____サクラ。”



312 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:03:46.55 ID:55A9FZXzO


「……………。」


また、なのね…。

今でも時々、あの頃の事を夢に見る。
あの日から少しでも進めた気がしたけれど、眠ると本音が出るものなのかしら?
『あの子』の連絡先は、敢えて聞かなかったもの。今頃どうしているのか、知る由も無い。

きっと、『あの子』と幸せにやっているのでしょうね。
妹からは、幾分顔色は良くなっていたって聞いたわ。

妹は彼を恨む事はやめてくれたけど、何かを吹っ切ったようにも見えて。
少しだけ、それを羨ましく思った。

軋む体を起こして、でも何となく、何もする気になれなくて。
窓の外は雨。せっかくの休日も、今日はぼんやりと過ごしてしまいそう。

イヤフォンを付けたらまたベッドに体を横たえて、私は再生ボタンを押す。
彼は…ジュンは様々な音楽を教えてくれた。
その影響かしら、自分でも色々なものを聴くようになって。


『楽しかったあの日は…背中のシュレッダーに…』


今の私は、彼の一番好きなバンドのボーカルさんが、解散後にソロになってからの作品を好んで聴くようになっていた。


313 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:05:54.71 ID:55A9FZXzO
その人は解散後は精神的に危うい時期もあったらしくて、バンドの時に比べると暗い曲が多いの。
でも、その暗さが今の私には心地よかったから。

……あのままだったら、どうなっていたのかしら?
きっと私は彼を殺して、今頃刑務所にでもいるのでしょうね。
ジュンが飲まれてしまった闇は、それだけ深い物だった。

それでも『あの子』は、明るく笑って。彼の為に笑って。
かわいい『あの子』は、その暗闇を照らしてあげたのでしょう。

だから彼は、あんなにも取り戻す事が出来た。
私の事など、少しも引きずらないぐらいに。


かなうなら、あのこみたいになりたかった。
でもわたしは、あのこにはなれなかった。


私は過去への復讐として、『艦娘の扶桑』になった。
だけどその根にあるのは…『女であるサクラ』としての復讐心。

どうあっても、私は私のまま。
扶桑にもなりきれない、サクラのままよ。
どれだけ終わりを見ても、受け入れきれない私のまま。


幸せな記憶をシュレッダーにかけたって、きっと繋ぎ合わせてしまうような。


ねえ、ジュン。もし私が……


314 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:10:16.93 ID:55A9FZXzO
あの日以来、ガサは今まで以上によく笑うようになりました。
10年苦しみ抜いた事から、ようやく放たれたのかもしれませんね。

映画好きなのは変わりませんけど、青葉の部屋に持ってくるものはコメディやストーリー物に変わって。
ゴア描写だらけのホラーばかり観ていた時は、何処かでそこに過去を重ねていたのでしょう。

あの事は、私達だけの秘密です。
ジュンには悪いけれど、墓場まで持って行くって決めましたから。

「青葉、次の作戦について話がある。」

「あ、はい。どうしましたか?」

「今度うちでこのマップの所を叩く事になったんだけど、偵察隊の情報によると、ここは戦艦棲姫が出るらしい。
よって編成は高レベル組で揃える。青葉もそこに参加して欲しいんだ。」

「勿論です!青葉にお任せですよ!」

確かに危険な相手ですが、姫級とあれば出ない理由はありません。
倒せば倒しただけ、終戦が近付きますからね!

315 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:12:07.26 ID:55A9FZXzO
目の前のジュンの事、自分や仲間の事。
そこに、ガサの事も加わりました。

ガサの因縁には一応のケリがついたのかもしれません。
でも本当にあの子が自分の人生を歩む為には、やっぱりこの戦争そのものを終わらせる事が不可欠で。

ガサの今の本名である『マユ』は、事件の後に自分で付けた名前だそうです。
「いつか繭から孵って羽ばたけますようにと言う願いを込めた」って、そう言ってました。

だったら尚の事、私も頑張らないと。
そこはもう、無二の親友ですからね!

「ふむ、しかし気になるな…。」

「どうしたんですか?」

「戦艦棲姫は青葉も何度か戦った事があるだろう?艤装に覚えはないか?」

「ありますねぇ…自律型で気持ち悪いんですよねぇ。」

「そうなんだよ、あの艤装は曲者だ。
しかし今度狙う戦艦棲姫の艤装は、他と少し違うらしい。」

「違いですか?」

「通常は両腕が生身だが…偵察の結果、艤装の右腕も機械化されているようだ。
そこに何か兵器が仕込まれている可能性もある、出来るだけ早くそこを潰して欲しい。」

「機械化済みですか…また厄介そうですねぇ。」

次の作戦は、何やら特殊な敵がいるようです。
一体その腕に何があるのか、この時心してかからねばと思ったものでした。

その腕の秘密は、実際の戦闘で明らかになりました。
いえ…正確には機械でない腕にこそ、秘密があったのです。

316 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:12:37.69 ID:55A9FZXzO
今回はここまで。
317 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:05:43.58 ID:CAYfeAj6O

「………随分、オ気ニ入リノヨウデスネ。」

「エエ、トテモイイワ。コノ子ガ一番ヨ。」

とある海域にて、戦艦棲姫はそう自慢気に艤装に視線を送った。
それは彼女の首から繋がるチューブによって制御されているが、尚も艤装は息を荒げ、涎を垂らしている。


「ぐる…ギッ……ギがあアアアアアっッ!!!」

「………!!」


咆哮を上げ、艤装は戦艦棲姫へと襲い掛かる。
だが、彼女が手を翳し何かを放つと共に、堰を切ったように艤装はその首を垂れた。

しかし尚も、艤装は荒い呼吸を吐き続けている。

「……ヤハリ、危険デハナイノデスカ?ソレダケ“残ッテシマッテイル”モノナド…。」

「フフ……ヨク言ウデショウ?“手ノ掛カル子ホド可愛イ”ッテ…コノ子ハソノ分、トッテモ強イノヨ。」

そう頭部に体を寄せ、彼女は愛おし気にその頬を舐めた。
荒い呼吸を続ける艤装は、指一つさえ動かさず。

しかし、か細くとある声を漏らしていた。




「………ハな、セ……離、せ……。」






318 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:09:03.23 ID:CAYfeAj6O
ある日の事です。

次の作戦でのシミュレーションもあり、少し久しぶりに出向く方での演習がありました。
それで相手は…スケジュールが空いていたのは、扶桑さん達のいるあの鎮守府でした。

久しぶりに二人と会うけど…特に山城さんとは、やっぱり気まずいかな。
でも、『あの人』に報告しなきゃいけない事もあるしね。

……ジュン、今は『あの人』の事をどう思ってるんだろ。
ううん、だめだめ!今はそんな事気にしちゃ。

そんな事を考えつつ集会所で待機していると、赤いスカートが目に入りました。

「久しぶりね、青葉ちゃん。今日はよろしく。」

「山城さん…。」

久々に見た彼女は、何だかすっきりした顔をしていて。
それが逆に、青葉の胸にズキリとしたものを与えたのでした。

「……その、あの時はすみませんでした。あんな事言って…。」

「ふふ、あの時も言ったでしょ?ありがとうって。アレで大分吹っ切れたわ。
…まあ、ちょーっとキツかったけどね。」

「うう…。」

「なんてね。じゃあ後でジュースおごってよ。それでチャラ。
それからはもうあんたも気にしない事。」

「はい…ありがとうございます。」

「そこはありがとうでしょ?同い年じゃない。あ!連絡先教えてよ!」

「…うん!ありがとう山城ちゃん!」

それからしばらくは、山城ちゃんと色々な話をしていたものです。
前みたいなギスギスした空気も無く、タメ口をきき合って。
この時ようやく、私達は友達になれた気がしました。

319 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:09:55.62 ID:CAYfeAj6O
「……で、ジュンさんとはどうなのかしら?」

「仲良くやれてるよ!一時期は本当危なっかしかったけどねぇ。」

「ふふ、それはあんたが頑張ったからよ。
さっき廊下で挨拶したけど、雰囲気前より戻ってたしね。」

「………うん。」

それを聞いて、素直に嬉しいなって思いました。
山城ちゃんが彼を殴らなかった事も、当時を知る彼女から見ても良い状態に見えるようになった事も。

…少しずつでも、前に進めてるんだ。


「ふふ…随分仲良くなっちゃって。嬉しいわ。」


その時、その声と共に覚えのある匂いを嗅ぎました。
それは今回一番会いたくて…ある意味、一番会いたくなかった人。


「……お久しぶりです。」

「ええ、久しぶりね。青葉ちゃん。」


そこにいたのは、扶桑さんでした。


320 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:11:12.30 ID:CAYfeAj6O
演習後は宿の門限さえ守れば、ある程度自由行動が出来ます。
交流を深める意味でも、他鎮守府の艦娘同士で食事に行く事は、珍しい事でも無くて。
そして青葉は今、この街の個室居酒屋に来ていました。

それは、扶桑さんに誘われる形で。

「「乾杯。」」

ふぅ、演習明けの一杯は沁みますねぇ…。
でもまさか、この人とこうしてお酒を飲むとは思いませんでしたよ。

「その後はどうかしら?言わずもがなだと思うけど。」

「…ええ、お陰様で。彼とは…ジュンとは良いお付き合いをさせて頂いています。
その節は本当にありがとうございました。」

「そう…ふふ、本当に良かったわ。
昼に実際に顔を見たけど、良い顔になってたもの。」

「はい、約束でしたからね。」

あの日扶桑さんに宣言したし、実際ジュンは大分立ち直ってくれましたけど。
それでもこの人にその後を伝えるのは、傷付けてしまわないかって怖かった部分もあったんです。

それだけこの人は、ジュンの事を想っていた。
自分が同じ立場なら何を感じるだろう?って、ふとよぎる時はやっぱりありましたからね。

…前より強くこんな考えを抱くようになったのは、山城ちゃんの件がきっかけでしたけど。

321 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:12:42.55 ID:CAYfeAj6O
「……私の事、気にしてるのかしら?」

「……!!はい、そうじゃないと言えば嘘になりますかね…。」

「あなたの気にする事じゃないわ。私は昔の女だもの。
私はね、彼の幸せをあなたに託したの。だから上手く行ってる事が一番嬉しいのよ。
…これからも、ジュンの事をよろしくね。」

「……はい!」

そう微笑んでくれた時は、心底良かったと思いましたよ。
ずっと心に引っかかっていた事が溶けたみたいで。

それからは寮に戻るまで、扶桑さんと今までしなかったような話をしていました。
個人個人のお酒の趣味から始まって、好きなファッションや音楽に、ジュンの面白いエピソードまで。

へー、なるほど、そう言うのに弱いかぁ…今度ケンカしたら使ってやろ!
そんなしょうもない事を考えてみたりして、さっきまでのシリアスな空気は頭の隅へ追いやられていたのです。

それはいつもの仲間達とは趣の違う、楽しいお酒でした。
歳の離れた先輩とサシで飲むなんて、まだ飲めるようになったばかりの青葉には無かった事でしたから。

でも本当、身も心も美人だなぁ…何年かしたら、この人みたいになりたいね。
そんな気持ちを抱いて、その日はお開きになりました。

「じゃあまたね。おやすみなさい。」

「ええ、おやすみなさい。」

宿までの慣れない帰り道で、酔った頭でこれからの事を考えてみました。
私もまだ若いしなぁ…そもそもこんなの考えるの、気が早いかなぁ…。

……うん!でもやっぱり私は、ジュンの苗字になりたいな。

そう願い事を抱きつつ、てくてくと歩いていたのでした。



322 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:15:14.57 ID:CAYfeAj6O
青葉と別れた後。
扶桑は寮ではなく、とある場所へと向かっていた。

そこは同じ街にある、彼女と山城の実家だ。
親族は海外におり、管理の関係上週に一、二度はどちらかがここへ泊まりに来ていた。

この日青葉と出掛ける前、彼女はいつものように外泊許可を申請していた。
だがそれは、ただ実家に訪れる為だけではなく。

妹に今夜の自分を、見せたくないが故の事。

この家には、彼との思い出も多くある。
今自室で彼女が横たわるベッドも、また同じだ。

任務続きで疲れていた彼を気遣い、共に昼寝をした事もあれば。
いつか妹が修学旅行に行っていた間、ここで体を重ねた日もあった。

過ぎた幸福が、慣れたマットレスに横たわると津波のように押し寄せてくる。
それを嫌い、彼女は普段ここに泊まる時、和室に布団を出して眠っていた。


“青葉ちゃん、前より可愛くなってたわね…。”


脳裏をよぎるのは、先程まで一緒にいた、彼の現在の恋人。
きっと彼の為に頑張っているのだと、その姿を見た時扶桑は感じていた。

少し古いマットレスは、当時より彼女の体に合わせ深く沈む。
それはまるで、別の物に沈むような感覚を彼女に与え。



「………腐った気持ちに沈むのなんて、私だけで充分なのよ。」



そう呟いた後。

彼女は独り、泣いた。



323 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:16:13.19 ID:CAYfeAj6O
今回はここまで。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/18(木) 00:29:59.20 ID:tZKRAy+VO
おつ
325 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:19:49.93 ID:zzMbTBd6O

ある冬の日。
男は陽も上り切らぬ内に車を走らせ、とある街へと向かっていた。

神奈川県に入り、横浜方面へとハンドルを切る。
道中で横須賀と書かれた看板が目に入った時、その懐かしい名前に彼は一抹の切なさを感じていた。

しかし今日は、そこに目的は無い。

横浜を抜け、高速から降りた先は藤沢市。
そして鎌倉へ入ると、車はとある駐車場へと停まる。
助手席に置かれた花束と線香、そして途中で買った缶コーヒーを手に、彼は車を降りた。

そこは地元の小さな寺。
彼の学生時代の友人が、現在眠る場所だ。


「久しぶりだな。
…って言っても、聞こえちゃいねえか。」


4年前のあの日以来、彼は初めてここに訪れていた。
そして今日が、初めて変わり果てた友人を目にする瞬間でもある。


326 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:21:57.05 ID:zzMbTBd6O
彼は青葉によって感情を取り戻して以来、暇を見つけては亡き友人達の墓参りをしていた。
今日が二人目の墓参りになる。

花と線香を手向け、手を合わせる。
続けて缶コーヒーと火の付いたタバコを供えると、彼もまた、自分のタバコに火を点した。

二つの紫煙が立ち上るが、吐き捨てられた煙は一つのみ。
生きる者の溜息と、吸われる事のない煙と。
その差が空へと舞い上がっては、風にまかれて消えて行く。

「……あの後色々あってな、サクラとは別れたよ。

昔は研修先の少佐にムカついて、いつかぶっ殺す!なんて俺らも息巻いてたんだけどなぁ…気付いたら俺も少佐だ。
二階級特進したお前らよりも、上になっちまった。

あのバケモノも、随分倒したよ…ケリが着くのは時間の問題さ。
今は新しい彼女も出来たし、こっちは何とか上手くやってるよ。
その子のおかげで、やっとこうしてお前の所に来れるようになった。

なぁ……そっちは、最近どうだ?」

どれだけ近況を伝え、訊ねてみた所で返事はない。
ただ風の音と、物言わぬ墓石がそこにあるだけだった。

やがて全てを伝え終えると、男は墓石に敬礼をし、その場を去って行く。

墓の床石には、少しだけ濡れた後が残っていた。
しかしその日は、どこまでも澄んだ快晴の空。


雨が降っていたのは、誰かの瞼と胸の奥だけの事だった。

327 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:23:17.44 ID:zzMbTBd6O

遂に作戦決行の日が来ました。

いざ出撃すると、敵は相応の強さで。
しかしこちらも高レベル隊、そう簡単にはやられません。
雑魚を倒しながら、やがて青葉達は目的の部隊へと接敵して行きました。

その部隊には偵察通り、戦艦棲姫の姿が。
やはり艤装の右手は、機械化されていました。しかし取り立てて特殊な様子は無い。

相手の旗艦は、どうやらあいつのようです。
あいつを叩き潰しさえすれば、今回の敵は壊滅する。

そう決め込み、私達は戦闘を開始したのです。

「……やった!?」

やがてこちらの返り血の量も増えた頃、私の砲撃が戦艦棲姫の腹を貫きました。

急所を抉り取り、間違いなく致命傷。
その瞬間、その場の全員が勝利を確信したのでした。


「………フフ…アナタ、“コノ子”ト匂イガ似テルワネ……。」


戦艦棲姫が、この一言を放つまでは。

328 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:24:55.96 ID:zzMbTBd6O

「……青葉!気を抜くな!!そいつは暴走するぞ!!」

「……っ!?はい!!」


気を抜きかけた時、先輩の一声で我に返りました。
そうだ、戦艦棲姫の艤装は自律型…宿主が死んだ時、無差別に暴走するケースもある。

戦艦棲姫が死んで倒れた瞬間、一度解けた緊張が一気に戻って来ました。
沈黙か、暴走か……どっち!?


「ギ……ギガアアアアアアアアアアアア!!!!!」


暴走!全弾発射!?それとも肉弾!?
まずい!発射だ!!


「総員防御姿勢だ!!障壁全開!!来るぞ!!」


四方八方に弾が乱射され、断末魔が響き渡りました。
味方は無事…でも弱っていた敵の一部は、爆風でバラバラに吹き飛んで行くのが見えて…すぐに煙が視界を覆いました。

見えない…どうなった!?

329 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:25:43.30 ID:zzMbTBd6O







「………マ………リ……。」







330 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:26:14.22 ID:zzMbTBd6O







え?







331 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:27:38.68 ID:zzMbTBd6O
その時聞こえて来たのは。
艤装のくぐもった声で囁かれた、私の本名。

やがて煙が晴れて、目の前には巨大な艤装の姿。
生身の方の腕は、私へと伸びていて…その時初めて、二の腕の内側が見えました。


そこには、卍状の傷が一つ。


“卍男、遂に逮捕。当誌記者の取材過程にて犯人判明。”

“ご遺体の右手にSDカードが。”

“私は気付いてる。人型の奴らは海に沈んだ死体を基にしてるんだって。 ”

いたいはあたまからみぎうでにかけてしかみつかっていない。

このぎそうのなまみはひだりうで。

あのひとのひだりうでにはまんじじょうのきずが。

その時、私の中で次々と記憶が蘇り。
情報が、そして激情が駆け抜けて行きました。

この不自然に屈強な腕は、無理矢理肥大化させられたものでは?
そうだ…深海棲艦が雌型だけだなんて、私はいつどこで、誰に習った?
日頃の座学でも、研修でも習った事は無い。

日々戦う内に、勝手に私の中で生まれた常識だ。

一体何コンマ、何秒の間のことなのか。もう分かりませんでした。
ただ、この直後。そんな永遠の一瞬も、破壊されてしまうのです。




「マ……リ………コロシ、テ、クレ……。」




この言葉が、私に全ての確信を与えた事によって。


うそ、だよね……どうして、ここにいるの……?



332 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:28:19.70 ID:zzMbTBd6O













叔父さん。














333 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:28:45.70 ID:zzMbTBd6O
今回はここまで。
334 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:34:55.11 ID:BIem1TAHO

「………ほんとに…叔父さんなの?」


目の前の現実は、拒絶反応を起こす心すら容赦無くこじ開けて来ました。

折しも、ガサの母親の件からそう経っていない時期。
故に私の中で、その事実は確固たるものとして突き刺さったのです。

照準を合わせていた手が、ガタガタと震えているのが解りました。
仲間はまだ爆煙に巻かれていたり、他の敵に集中している状態。
艤装は…いや、叔父さんはその爆煙の中で、私に近付いてきていた。

「殺してくれ」と、私に助けを求めるように。


「……!?マ、り……にゲ、ろ……。

……ギガああ!?アアっ!?が!」

「叔父さん!?」

直後、頭を抱えて彼は苦しみ出しました。
それは何かを押さえ付けようとするかのような悶絶で…。


その時。




『ごっ……!!』




私の視界は拳で覆われ。
殴り飛ばされた衝撃と共に、意識が暗転したのでした。


335 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:37:02.29 ID:BIem1TAHO

…………風の音。ここは…海?

体が無い…意識だけだ。
でも、目が見えてる…私、死んじゃったのかな。


“19290925”

“泣きたくなるほど…ノスタルジックに……”


……今のは?

その日付が脳裏を過ぎった時、同時にあるメロディが頭を駆け抜けて行きました。

それは、天国旅行のあのメロディで。


“19421011”


その数字が瞬いた時、無いはずの頭に激痛が走って。
私のいる場所は、ストロボと連写を繰り返すかのように場面が入れ替わりました。

“サボ島沖海戦”
“ワレアオバ”
“古鷹、吹雪、叢雲轟沈”
“19430303”
“36名死亡”
“相次ぐ修理”
“ソロモンの狼”
“我曳航能力ナシ”
“熊野沈没”

場面が何度も入れ替わる。
実際に見たものじゃないのに、どれが何の事なのか、手に取るように分かる。

その明滅に晒される中、次第にある声が津波の様に押し寄せて聴こえて。

336 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:37:58.28 ID:BIem1TAHO





“ごめんなさい”




337 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:38:33.46 ID:BIem1TAHO






ごめんなさい。








338 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:39:14.66 ID:BIem1TAHO
ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”




ごめんなさい。



339 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:40:33.20 ID:BIem1TAHO
流れ込んでくるこえが、かん情が、次だいに私のものに変わって。
わたしはだれなのか、わからなくなって。
ただいたくてかなしくてかなしくてかなしくてかなしくてかなしくてかなしくて。


あやまりたくて。


“19450319”


その時。急に青空が見えました。


星?昼間なのに、流れ星がたくさん…


“潮は満ちてく 膝から肩へ”


それが『わたし』の身体を貫いて。
痛いのに、暖かい布団にいるような気持ちで。


“苦しさを超え 喜びになる”


「アア、ヤット…眠レル……。」


歌が聴こえる。あの歌が鳴り止まない。
その中で聴こえて来た声は、『わたし』と同じような、違うような。
ただ一つ分かったのは、あの子は疲れ果てていた。

全てに、疲れ果てていた。

340 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:41:21.29 ID:BIem1TAHO





ぶちん。




341 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:42:59.04 ID:BIem1TAHO
まっくら。


まっくら。


まっくら。


きっとわたしはほんとうにしんだ。


あれ?


あおぞら?


れっしゃのまど?


あれ?おりてる?


ここはどこ?


からだがある。


あかいはな。


かぜのおと。


とりのこえ。


うみだ。


なにもない。


なにもかんじない。


もういたくない。


わたしはいない。


からだがあるのにない。


ばらばら。


とけた。


だらだら。


しあわせ。


しあわせ。


しあわせ。



“お前は、ここに来ちゃダメだ。”



ジュン?


待ってよ、置いてかないでよ!ねぇ…ねえってば!
ずっと一緒だよ!
342 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:44:05.39 ID:BIem1TAHO


『どんっ…』


ジュンに突き飛ばされて。
今度は、深い穴に落ちて行くように、何かに引き寄せられて。

落ちて行く中で見えていたのは、何も無い青空。

あの場所で私が私でいたのは私だけ。
感じたのは、孤独。


その時また、あの歌が聴こえました。

343 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:45:00.78 ID:BIem1TAHO




けしの花びら、さえずるひばり。

僕は孤独なつくしんぼう。






344 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:46:03.08 ID:BIem1TAHO

「…………。」


体、痛いなぁ…。

ああ、今のはほんとに一瞬の事だったんだ……皆、さっきと戦況変わってないや。


「フシュー…フシュー……。」


目の前の叔父さんは、頭を押さえて、涎を垂らしていて。
それはもう、彼が怪物にされてしまった末の姿なのだと。

ただの現実として、理解出来てしまって。

345 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:48:43.21 ID:BIem1TAHO
「フギ…ギッ……ギアあアああああアアあっっ!!!」

その時叔父さんが、機械の右腕を自分で引きちぎりました。
ちぎられた場所は肉まで達していて……そこから流れていたのは、真っ赤な血。

「ア……ウ……チクしョウ…イテぇナァ……。」

「…叔父さん!!」

「へへ……頭、ネえカらよ…俺は魂ダけシカ…モウ、残っテネエンだろ…。
今ナラ痛みで…ナントカ、頭の方、ヲ、押さエラレ、る……。

マリ……ヤルなら、今シカネエ、ぞ…。」

「叔父さん…一緒に帰ろ?何とか元に戻る方法探して…。」

「バカ言ってンジャねえ…!俺はモう死んだ身だ。
全部、覚えテンだ…俺が殺しタ、罪もネエ人達の事も、全部…。

ジャーナリストが、バケモンにナって…悪党トシて取材サレるなんざ…お笑いモん、だ…。

マリ…嫁は元気か?」

「……うん!おばさん、笑ってくれるようになったよ!」

「ナラ、良かッたヨ…アのカメラ、今はオ前の所か?」

「うん…今はね、私が使わせてもらってるよ。大事な写真、いっぱい撮れたんだ!」

「ヘヘ…人の笑顔、大事にしろよ。
平和な日々ガ…何よリの、すくープだ…ギッ!?
ハヤクしろ!!時間ガねえゾ!!」

「…………!!

…わかったよ。」


照準を合わせる手が、ガタガタと震えます。

走馬灯って、自分が死ぬ時じゃなくても見えるんですね。
この時私の脳裏で、叔父さんとの思い出が何度も巡っていました。

小さい頃遊んでもらった事や、初めて書いた新聞もどきを褒めてくれた事。
教えてもらったジャーナリストの基本、技術。

そして何より、心意気。

その全部を噛み締めた時、ふ、と震えが消えました。


346 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:49:37.08 ID:BIem1TAHO
「………叔父さん。教えてもらった事、今でも私の中で生きてるよ。
これからも、ずっとずっと私の中で生きてるから!!」

「………へへ。そりゃ嬉しいね。記者冥利に尽きるってもんだ!
お前のジャーナリズム、あの世で見守ってるぜ!」

その時。
艤装ではなく、ちゃんと何度も聞いた叔父さんの声が聞こえたんです。
頭はああなっちゃってたけど、きっと笑ってくれていた。

だから、最後に伝えようと決めたのは。

347 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:50:29.40 ID:BIem1TAHO




「……叔父さん、大好きだったよ。


さよなら!!」


「………ありがとよ。」




348 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:51:23.89 ID:BIem1TAHO

こうしてその砲撃と共に、艤装は沈黙したのです。

海面に浮かぶ血は真っ赤で。
それは怪物にされても尚、最期まで人であろうとした、彼の魂の色でした。

349 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:52:55.63 ID:BIem1TAHO


「叔父さん……。」


おかしいですねぇ…悲しくて、涙が止まらないのに。
何でか今、頭と胸が妙にすっとしてるんですよ。

ああ…少しだけど、敵の増援が来てるなぁ…。
皆が戦ってる敵は、どいつもこいつも、ニヤニヤヘラヘラと笑ってる。

さっき『あの世界』が見えた時、いくつかわかった事があるんですよ…。

艤装を付けてる時、ふとあの歌が流れるのは。
艤装越しに私に残った『重巡・青葉』の記憶が、私の記憶のあの歌に、何かを思い出したからで。

それと、もう一つ。

あの場所はやっぱり、天国じゃなくて…


地獄なんだ。


死んでしまった仲間も、そしてジュンも。
あの場所を、知ってしまったんだ。

目の前では戦闘が続いています。
ケタケタと汚い笑い声を上げて、奴らが味方と戦っている。

叔父さんが死んだのは、誰のせい?
あの子が死んだのは、誰のせい?
この戦争は、誰のせい?
お前達が好きに使ってるその体は、本当は誰のもの?


ジュンを……私の愛する人を地獄に突き落としたのは、誰?


350 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:54:18.47 ID:BIem1TAHO

あはは、そっかぁ。
答えなんて、最初から分かりきってるじゃん…誰でも分かる、普通の事だよ。
だから『私』は、ここにいるんだ。

そう、簡単な事…。


オ マ エ タ チ サ エ イ ナ ケ レ バ 。


『びいいいいいいぃん……』


ああ、背中のタービンが、唸ってる…。
『青葉』……分かってくれるんだね……。


わたしのこのいかりを。


「ふふ……あはっ…あはは……。」


ちからがみなぎる。
もう、ほかのことはかんがえられない。



みんなみんなころしてやる。



351 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:55:24.55 ID:BIem1TAHO



「……………うああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」






私がこの戦闘で意識を保っていたのは、その時までの事でした。
自分の叫び声を聞いた、その瞬間まで。


後の事は、何も覚えていませんでした。



352 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:56:17.30 ID:BIem1TAHO
今回はここまで。
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/27(土) 10:33:41.20 ID:T3Vj94k5O
おつおつ

ここでタイトル回収か
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/29(月) 15:13:06.05 ID:ZrVuWb0l0
喋れない奴は深海棲艦だ!!
喋れる奴はよく訓練された深海棲艦だ!!
ホント戦場は地獄だぜ!
355 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:35:25.51 ID:rBI88CKnO

「ごめん…別れよう。これ以上は一緒にいられない。」

大好きな人だった。
だから隠し事は、したくなかった。

「私は人殺しなんだ」って。

彼の様子がおかしくなったのは、それからだった。
私のふとした仕草にぎょっとするようになって、その度ごめんって辛そうに言うの。
まだ片手で数える程度だったセックスどころか、キスですら段々なくなって…最後の1週間は、触ってもくれなくなった。

うん…何の事件かだけは、伝えたもんね。
私が具体的に何やったかなんて、ちょっとネット調べれば出てくるよ。
………怖くなるのは、おかしくなんてない。

その時はただ受け入れて、別れただけ。
でもね…後からじわじわと効いて来るんだ。

言わなきゃよかったとか、どうして受け入れてくれなかったの?とかさ。毎晩毎晩考えて、その度泣いて。
でもいつも、最後にはこう思うんだ。

「当たり前だよ、だって私は人殺しだから。」って。

もう一人殺しちゃったから、私は一生人殺しなんだ…。

356 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:38:01.91 ID:rBI88CKnO

気付いたら秋も終わって、冬になってた。

出所してから暮らし始めたのは、パパの地元の雪国でさ。
横須賀生まれで、その後も県内や京都にいた私にとっては別世界だった。
地元の人は気にしないような、色々な事が目に付くぐらいね。

例えば…吹雪の日は、音も声もあんまり通らないとか。
ほんとに静かなんだ、まるで『あの日』みたいに。

彼は丘の方にある住宅地に住んでた。
そこはね、元は小さい山を開発した場所で…途中の坂のゾーンには、家が無かったの。

坂は大分曲がりくねってて、その分距離があって。
人が住んでる内に、だんだん山を突っ切る感じで裏道が出来ててね。
高校生ぐらいの時ってさ、結構雪とか気にしないじゃない?だから雪の日は地元の人も通らない裏道も、彼はいつも通りに通ってた。

毎週水曜日は、彼の部活は長いの。
雪国だから、特にそれも変わる事は無くてね。

そんな水曜日。
私は吹雪の中、じっと彼が来るのを待っていた。

ちなみにそこ…麓の方は畑しか無いんだよね。

357 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:38:43.66 ID:rBI88CKnO

「……!!…マユ……。」

「………。」

「風邪引くぞ。早く帰れよ……。





…………え?」




358 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:40:10.97 ID:rBI88CKnO

叫び声、あんまり聞こえなかったなぁ。
でも最後に名前を呼んでもらえたの、嬉しかった。

だって…私が彼の最初で最後の女で、最後に名前呼んだのも私で。
それってもう、永遠って奴でしょ?

それで彼の命も、私のものになったんだから。

そう…私は一生人殺しだもん。
一人殺したら、その後100人殺そうが人殺しなのは変わんない。

ひとごろしのそばにはだれもいてくれないなら、ひとごろしはひとりぼっちなら。

そばにおいちゃえばいいんだ。ころしてでも。


「………っ!!…はぁっ、はぁっ…。」


その時ね、私…何もしてないのに……ふふ。
まるで初めて彼とした時みたいに、好きな人とひとつになったみたいで。

359 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:41:27.79 ID:rBI88CKnO

その1年ぐらい後かな。
違う人を好きになっちゃったのは。

その人は教育実習生で…近くのアパートに住んでるのをたまたま見かけたの。
その人ね、運動部の練習にも参加してたんだ。

それで休みの日、忘れ物したからって嘘ついて学校行って…こっそり鍵を盗んで。
また別の忘れ物した!!って、学校に戻ったの。
寒い日だったなぁ、『手袋外せなかった』よ。

その日の晩、アパートに消防車がいっぱい来てた。
近所に避難指示も出てたかな?

そのアパートのお風呂場、内開きでね。
良い角度のとこに、『蓋開けた洗剤を2種類置いた』んだよね。


結局自殺って事になったよ。




360 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:42:35.39 ID:rBI88CKnO

でもね、提督はちょっと違うんだ。
恋愛感情って言うよりさ…仲間が欲しいなって。

わたしのきもちをわかってくれる、ひとごろしのなかまが。

あの人は私とタイプ違うけど、きっと分かり合えるんじゃないかな。ずっとずっと仲間でいてほしいんだ。
まぁ……別の興味もあるしね。

青葉だけだよ…殺さなくてもずっと一緒にいてくれるって思えたのは。

私、あの子にもそう思って欲しいの。
ガサなしじゃ生きてけないってぐらい、そう思って欲しい。

あの子は元カレや叔父さんの事で、裏切られたり大切な人がいなくなったりするのに、トラウマがある。
それでちょっと…人に依存したいしされたいって願望があるな、って思ったんだ。

だから考えたの……ふふ。あの子が一生私から離れられなくなる方法を。


それはね……ほんと、提督様様だよ。


361 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:43:37.24 ID:rBI88CKnO

「…………。」


目を覚ますと、ベッドの中にいました。
手があったかいなぁ……ぼやけた頭でそのぬくもりの方に視線を動かすと…。

「………ジュン。」

そこには、私の愛する人がいました。

彼は何も言わず、ただ微笑んでいて。
私は少し軋む体を起こして、彼に手を伸ばして。

でもそれより先に、彼の方から私を抱きしめてくれたんです。

「…………良かった。本当に、良かった……!」

耳元で聞こえる声は、少し震えていて。
体中に伝わるぬくもりに、私も思わず涙が出て。
この瞬間の私達には、きっとそれ以上の言葉はいらなかった。

ただただ、私達はそうして生還の喜びを噛み締めていたのでした。

362 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:44:34.24 ID:rBI88CKnO

「…………あれからどれぐらい経ったの?」

「2日だ。その間ずっと、お前は眠ったままだったよ。」

私、そんなに…。

ぼーっとしていた目も覚めて来た頃、ようやく部屋の様子が理解出来ました。
ここは医務室で…それと、ジュンの目元に深い隈がある事に。

「ちゃんと寝てる?」

「ん?ああ、あの後少し忙しかったからな…大丈夫、毎日家に帰ってるよ。」

「……ほんとに?」

「はは…い、いや、仕事の後はずっとここに……。」

「ばか!ジュンまで倒れちゃったらダメじゃんかぁ…。
……でも、ありがとう。」

「ふふ、どういたしまして。」

「うん…!」

またぎゅっと抱き付いて、おかげで彼の服は涙でびちょびちょでしょう。
でも無理した罰だもん。もう汚れるまで抱き付いてやるんだから!

そんな私を、彼はそのままにして。
落ち着くまで、ずっと髪を撫でてくれていたのでした。


363 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:45:51.29 ID:rBI88CKnO

「………あの後、私結局どうやって帰って来たの?」

「…覚えてないのか?」

「うん……ある時から、記憶無いんだ。」

「………途中敵の増援はありつつ、重巡・青葉の活躍もあり敵は殲滅。
破竹の勢いで敵へと突入し、猛攻の末次々敵艦を沈めて行った…と言った所かな。」

「………本当は?」

「他の子達に担がれて戻って来た時は、血塗れだったよ。
ただ怪我自体は深くなくて、殆どが返り血だ。

………それと、戦艦棲姫の艤装の左腕を回収した。」

「………っ!!」

「検査の結果、上腕部に卍状の傷あり……いつか言っていた、君の叔父さんの特徴と合致する。
……お前が記憶を飛ばす程激昂した原因は、それだろう?」

「…………ジュン。」

私が口を開こうとした時、ジュンはおもむろに上着と軍帽を脱ぎました。
今の彼は、スラックスとインナーのTシャツだけ。


「………今からする話は、どこぞの軍人がプライベートでした噂話だ。」


その時私は、彼の意図を察したのでした。

364 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:47:14.82 ID:rBI88CKnO

「海軍にはこんな噂がある。

『沈んだ艦娘は深海棲艦になる。』…或いは、『沈んだ死体が深海棲艦になる。』ってな。

相手はヒトではなく、未知の怪物だ。
故に人類は生物学的観点からも、敵を学ぶ必要があった。

そこである軍と科学班が、鹵獲した敵を生体解剖した。
あらかじめ艤装を無効化し、それでも警備に数人の艦娘を配置した、大掛かりなプロジェクトだ。

ところがだ。
通常兵器が効かないとされる敵に、すんなりとメスが通った。

敵に通常兵器が効かない理由は、防御障壁を張れる事にある。

しかしその個体は、鹵獲過程で散々艦娘の攻撃を受け、艤装も無効化されていた。
障壁を張るのが不可能な程弱体化させてしまえば、ただの人並の怪物でしかないと、まずはそこで分かった。
…そこまで弱らせる事が出来るのは、結局艦娘だけだがな。

艦娘にしろ深海棲艦にしろ、科学とオカルトの複合物と呼んで差し支えない。
そこで軍では、オカルトの面でも分析すべく、高名な霊能力者も呼んでいた。

その人の能力は、写真に霊体を収める事。
本格的な解剖に移る際、被験体を注射で殺す必要がある。
その魂が離れる瞬間を収めてもらう為だ。

結果として死ぬ瞬間を収めた写真には、二つの物が写った。

一つは深海棲艦の元であろう、真っ黒に吹き出す怨念と思わしきもの。
もう一つは……ほぼ消えかけていたが、『ごく普通の霊体』だったそうだ。
365 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:48:33.20 ID:rBI88CKnO
研究チームに一気に緊張が走った。

次に科学班が本格的な解剖に入る。
骨格、内臓共に、表向きの構造はほぼヒトと合致した。

違いは二つ。
頭蓋骨が薄い膜状骨との二重になっていて、それが各種別で角や同じ顔を有している理由。
後は、生殖機能が飾りだって事ぐらいだ。

次に…本格的なDNA鑑定に入った。
結果は多様な海洋生物と……それとヒトのものも含まれていた。
『特に骨格からは多く』ヒトのものが出たらしい。
それを行方不明者リストに照合すると、何人か合致したって噂になっているよ。

……PT子鬼と俺達が呼んでる個体を、知っているだろう?」

「う、うん……。」

「ある国の軍が、倒した子鬼を何体か回収し、解剖とDNA鑑定をした。

丁度開戦から2年経った時期か……その国でも初襲撃の時、民間船が何隻か犠牲になっていた。
その中には遠足に出ていた小学生達が乗る船もあったらしい。

発見出来なかった遺体には、特に子供達のものが多くてね。
DNA鑑定の結果は………言わずもがなって噂だよ。」

「…………っ!?」

「……まぁ、あくまで噂話だ。だが仮にそれが真実だとするなら、こうも言える……。
殺す事が、肉体の本来の持ち主を開放する事でもあると。」

そう言うと、彼は私の手を掴んで。
暖めるように、優しく包んでくれたのでした。

それはせめてもの気遣いだったのでしょう。
……ジュンはきっと、私が何を思っているのか分かってくれるでしょうから。
366 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:50:10.07 ID:rBI88CKnO

「たまたまそうだっただけかもしれないけど…あの艤装は間違いなく叔父さんだったよ。
私達にしか分からない事話して、最期ね…ちゃんと叔父さんの声で話してくれたんだ。

とどめを刺した時、返り血があったかくて…こうして起きた今も、ありありと思い出せるの。
“殺してくれ”って…叔父さん、自分の腕ちぎってまで自我を保とうとして……。

ジュン…これで良かったのかな…?」

「……お前は求められた助けに、応えただけだ。
今は泣けよ。でも悔やむな。悔やめば本当に叔父さんが浮かばれない。」

「うん……う……ひっ……。」

「……大丈夫だ、俺しか聞いてない。胸ならいくらでも貸してやるよ。
泣けるなら、まだ大丈夫だから。」

「うん……ありがとう……。」

その夜、私は彼の胸で子供のように泣きました。
明け方私が泣き止んで眠るまで、彼はずっとそばにいてくれたんです。

固く固く、手を繋いだままで。

367 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:51:16.55 ID:rBI88CKnO
今回はここまで。
368 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:01:56.97 ID:kxRu56uZO
普通の生活に戻る許可が出たのは、翌日でした。
でも旗艦への命令違反と言う形で、ジュンから3日間の出撃停止を言い渡されたのです。

私を休ませる為の、便宜上の処分みたいですけどね。
一緒に出撃した仲間たちからも、「休ませてあげた方がいい」と打診があったとの事でした。

そんなに心配されるって…私、あの時一体……。
そうやって思い出そうとすると、こめかみに痛みが走りました。

……?
この匂いって…。

ふと感じたある匂いも、どうやら気のせいのようで。
自室のベッドに横になってみると、気疲れなのかどんどん眠気が押し寄せて来ました。

眠いなぁ……


……………。


369 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:02:41.50 ID:kxRu56uZO


“戦艦棲姫だ!”

“青葉!今だ撃て!”


せんかんせいきをころした。

ぎそうがぼうそうした。

それもころした。

からだにおおきなあながあいた。


かえりちが、あったかい。てつのにおい。


“青葉!よくやった!”


血まみれのそれを見る。


“マ……リ………。”


そこにはぐずぐずにくずれたおじさんがいた。

370 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:03:36.70 ID:kxRu56uZO

「…………!!」


悪い夢を見たけど、叫び声すら上げられませんでした。
心臓が痛いぐらいばくばくしていて、冬なのに汗まみれで。
頭から水を掛けるような静寂で、ようやくそこが自室だと理解出来たのでした。

目覚めてしまえば、そこはひとりぼっちの部屋。
ゆうべはジュンがいてくれたけど、一人になった今、ようやく込み上げて来るものを生々しく感じていたのです。

ふと鼻の奥に、血の匂いを感じました。
じっとりとした寝汗はまだ暖かくて、それはまるで……そう思った瞬間、心臓に鉄を針を刺されたような嫌な感覚が走って。
ガタガタと震える手で、私は必死に目からこぼれて来るものを押さえていました。

そうだよ…私は……この手で叔父さんを……。
血が…たくさん……。

その時また、こめかみに痛みが。
それに思わず目をしかめると…ある光景が広がって。

ミンチになるまで主砲を撃って。
片手で首を引きちぎって。
命乞いをする敵に魚雷を放って。

返り血と血煙の光景。思い出す頬の感触は……。


あのときわたしは、わらっていた。


気付いたら私は、ジュンの家の前に立っていました。
今は雨降り。寮を出た記憶もおぼろげで、足元は裸足のまま。

「…明日は俺も休みだ。しばらくここにいるといい。」

そんなひどい姿の私を見ても、彼はそう微笑んで家へと招いてくれました。

371 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:05:02.63 ID:kxRu56uZO

冷えた体を暖めるよう、お風呂を勧められました。
私はそう言われて、一緒に入ってと懇願したのです。
……今は血のぬくもりを思い出しそうで、とても怖かったから。

初めはシャワーの感覚にゾッとしそうになったけど、髪を洗ってくれる手が、それを溶かしていく。
その後二人で湯船に浸かりながら、私はずっと彼の胸にもたれていました。

人肌は血に近い温度でも、あの冷たい感じは全くなくて。
そのぬくもりに溺れている時、ようやく怖さを忘れる事が出来ました。

同じベッドに入ると、私は彼に近付いて…手首の傷が残る左手を掴んで。
くちびると舌を傷に這わせれば、脈拍の振動が伝わって。
ただ彼の命が今もある事。それが嬉しくて。


「ジュン……おねがい、して?」


縋り付くように腕を絡めて、私はそう囁いたのでした。

372 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:06:28.26 ID:kxRu56uZO
行為の最中に歯や爪を立てるのは、私なりの独占欲の表れでした。
でも、私が与えた痛みや傷が彼の感情を呼び戻したのは…今はもう、ふたりの中では確かな事でしたから。

噛み付いた血の味だけは、あんな事が起きた今でも怖くない。
爪の間に食い込む肌も、ぬるりとした血の感触も、何もかも愛おしくて。
命を確かめ合うような、そんな瞬間でした。

それはかけがえの無いもの。
わたしだけのもの。

でも……わたしだってほしい。

その時私の中に瞬いた欲望は、とある恐怖の裏返しだったのかもしれません。


「ジュン……背中、引っ掻いて…血が出たっていいよ。

私をジュンだけのものにして…。」


肌に走る痛みさえ、とても甘いものに思えました。

背中を滴るのは、私の命。
指先や舌に残るのは、彼の命の感触。

血と血が混じり合うような痛みは、ここにふたりが生きている事を教えてくれる。

もう一生、私からこの人の跡は消えない。

それは今夜芽生えた『あるお願い』を、彼に伝える為の傷。


「…ふふ。傷、残っちゃったね。」

「…大丈夫か?」

「うん!これでずーっと、ジュンと一緒だもん!
………ねえ、お願いがあるの。」

「………何だ?」

「もしね、私が沈んで深海棲艦になっちゃったら…鹵獲して欲しいの。
それで弱らせるだけ弱らせて…もう何も出来なくして……。」


くらいくらいよくぼうに、どこまでもおちていく。
きっとかなしくさせてしまう。

それでもいわずにはいられない。

373 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:07:06.45 ID:kxRu56uZO



「………その時はジュンの手で、私を殺して。

ずっとずっと、私の事を覚えてて。」



374 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:07:47.04 ID:kxRu56uZO
不安や恐怖に駆られた人間は、自分の事しか考えられないのかもしれません。
もしくは……私がクズなだけなのでしょう。

この時私は精一杯の笑顔で、痛々しいお願いを囁いたのでした。


「……ばーか。そんな日が来てたまるかよ、俺が絶対沈ませねえからな。
そうだな…もしそんな事があったら……。」


子供みたいにはにかんで、私を小突いてみたりして。
そんな優しい笑みで彼は…



「その時は、俺も死ぬ。」



一縷の迷いもなく、そう言い切ったのです。


375 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:08:33.35 ID:kxRu56uZO

「…………ばか。」

「至って真面目だよ。」

「うん……ごめんね、変な事言って。」

ぎゅっと抱き付けば、胸の奥は暖かくて。
もう誰にも渡したくないぐらい、それは大切なもので。
そんな未来が来ないよう、生きようと私は決めたのでした。

血の匂いも返り血のぬくもりも、忘れる事は出来ないけれど。
人の笑顔が何よりのスクープだと遺してくれた叔父さんの為にも、私も笑って生きて、そばにいるジュンを笑わせて行きたいって。そう思えたんです。


「ジュン……生きよ。」

「……当たり前だ。」


それ以上の言葉は、この夜には要りませんでした。
ただ抱き合って、心臓の音を感じて。

この時私は悪夢どころか夢も見ないような深い眠りに、ようやく辿り着けたのでした。

376 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:09:18.97 ID:kxRu56uZO
ふと目を覚ますと、彼はテーブルに置いたタバコと錠菓へと手を伸ばした。

きついミントの錠菓を噛み砕き、メンソールの煙を深く吸い込む。
その時少し上下していた彼の肩は、崩れるように落ち着きを取り戻していた。

ベッドへと戻り彼女の髪を優しく撫ぜ、彼はその体を抱き締めた。
髪の香りに混ざる彼女の匂いとぬくもりに、彼はようやく安堵を感じている。


“人殺し………か。分かってんだよ、そんな事は。”


先程見た悪夢の中で、彼へと吐き捨てられた言葉が何度となく蘇る。
彼女の髪を撫ぜ、彼は誰に聞かせるでもなく、ぽつりとある言葉をこぼした。


「…それでもお前だけは、絶対に守るからな。」


この翌年、人類は勝利を迎える事となる。

だが、青葉にとって。
それ以上に彼にとって忘れる事の出来ない戦いは、その前にこそ訪れる事を。


この時のふたりは、まだ知らずにいるのであった。


377 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:10:05.99 ID:kxRu56uZO
今回はここまで。
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/10(土) 13:10:33.77 ID:WTCCq5nbO
偶然開いたらリアルタイム更新だったわ

おっつおっつ
379 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:29:13.47 ID:UQb2c9ARO
いつかのとある春の日。
小川沿いに続く桜並木を、一人の女が歩いていた。

ひらひらと舞う花びらは、彼女の黒髪をより色濃く映えさせる。
しかし春風の音は、イヤホンに阻まれ彼女の耳には届かない。

だが、桜吹雪の中、彼女の中には違う風音は響いていた。
いつかこの小道を歩いていた頃の風が。


“……あの時は確か、もう葉桜だったわね。”


甦るのは、まだ彼と付き合い始める前の、デートとも言い難いような散歩の記憶。
葉桜ではあれど、その頃も今日のように花びらは舞っていた。

違うのは、その頃はふたりでいたと言う事。

380 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:30:18.87 ID:UQb2c9ARO

『話したい事…山のようにあったけど……もうどうでもいい…今は君に…』


イヤホンから流れる歌声に合わせ、ぽつぽつと唇が揺れる。
この道のあと3つ角を曲がれば、今は毎週通うだけの実家へと辿り着く。

ああ、別れたあの日もこの道を通っていた。
それをふと思い出し、歌をなぞるだけだった唇が、不意に小さな声を発した。


「花吹雪…風の中…君と別れた道……」


気付いた頃にはもう、彼女は玄関の前に立っていた。

今日は妹は出撃でおらず、ここにやってきたのは彼女のみ。
それでも毎週通う慣れ親しんだ我が家ではあるが、一人の時にこそ甦るものがあった。

自室の引き出しを開けると、そこには大量の血の付いたハンカチが一枚。
あの公園での件で、当時手当てをしようと使ったもの。

彼の命が、おびただしく染み付いたもの。


「ジュン……。」


何故今もそのハンカチを持っているのかは、彼女にしか分からない。

ただ一つ確かなのは。
それだけが彼女にとっては、明確な彼の跡という事だけだった。

381 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:31:38.42 ID:UQb2c9ARO
あの件から一月以上経ちました。

年も明けましたし、もうお正月ムードもとっくに過去のもの。
その間も色々ありましたねぇ…まずは事情があって、みんなより少し遅くお正月休みをもらっていました。
警察の事情聴取に行く為、正月明けにこそ地元にいる必要があったからです。

当時の事や人となりについて根掘り葉掘り訊かれましたけど、あの時みたいに体調を崩す事は無くて。
事件そのものについては色々と思う所はありましたが、それ以上の事は感じませんでした。
やっと過去に出来たんだなとも思いましたね。

あと…改めて叔父さんのお墓参りに行きました。

緘口令との交換条件ですが、青葉のDNAを提供して…鑑定の結果は、やっぱり叔父さんのもので間違いなかったそうです。
あの腕は研究所に送られちゃいましたけど、あの人はやっと本当の意味で眠れましたから。
今度こそ安らかにいられますようにって、そう思いながら手を合わせたものでした。

382 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:33:01.20 ID:UQb2c9ARO
一見いつもの日常に戻ったようですが、ちょっとした変化もありました。
和解した頃から山城ちゃんとはよく連絡を取っていて、気付けば演習でどちらかが出向くとご飯を食べに行く仲に。

そこまで他所の鎮守府の子と仲良くなれたのは初めてでしたし、他所の面白い話を聞けるのはこう…記者魂がふつふつとしたり。
そっちは私が担当してる季刊誌には、書けない事ばっかりですけどね。

それで明日はお休みな訳なんですが…なんと、山城ちゃんがプライベートで遊びに来ます!

こっちにあるアウトレットモールに来てみたいとの事で、青葉は道案内です。
なので今日は早めに寝る準備をして、いざ布団に潜ろうとした時の事でした。

「青葉ー…って、あれ?もう寝るの?」

「んー、山城ちゃん知ってる?明日あの子と遊び行くからさ。」

「あー、あの鎮守府の?ドラマ録っといたけど、また今度でいい?」

「そだねぇ、次の夜戦前にでも…ごめんね。」

「了解!じゃあおやすみー。」

ガサの誘いを断って、私はそのまま寝に入るとしました。
あそこのワッフル気になるんだよねぇ…チョコソース掛かってて………むにゃ……すう…

383 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:34:26.10 ID:UQb2c9ARO









“あのメンヘラそうな奴かぁ………邪魔しやがって…痛っ!?

いっけな…また爪噛んじゃった。”









384 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:36:02.69 ID:UQb2c9ARO

「おはよー!」

「ええ、おはよう…。」

朝、駅に向かってみると、何やら青い顔をした山城ちゃんが。どうしたんだろ?

「大丈夫?」

「さっき線路に財布落としちゃって……ふ、不幸だわ…。」

「中身は無事だったの?」

「そこは幸いね…。」

「まぁまぁ、じゃ、気を取り直して行こっか!」

あはは…や、山城ちゃんらしいなぁ…。
私鉄に乗り換えてモールに向かう途中、私達はとりとめもない話をしていました。

そんな中で、私はぽつりとある事を訊いてみたのです。

「そう言えばさ、今日どうしてこっちまで来たの?」

「え?う、うーん、買い物と……その、それと青葉ちゃんに相談したい事が…。」

……ははーん。これはこれは、面白そうな匂いがしますねぇ。
ちょっとばかり頬を赤らめる様は、間違いなくそうでしょう。

「ふふ……好きな人、できた?」

「……!!……うん、まあそんな所ね…。」

そう突っ込んだら、あの子は幸せそうに微笑みました。
ふふ…良い顔するようになったなぁ。

385 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:37:50.83 ID:UQb2c9ARO

「なるほどねぇ、資材課さんかぁ…。」

「そうなのよ…休みの日にたまたま街で会って、そこから段々話すようになったんだけど…。」

「ふむふむ、進展出来るほどは、なかなかがっつり話せてない…と。」

モールでお茶をしつつ出て来たのは、そんな話でした。
艦娘と資材課さん達じゃ、確かに偶然を装って会うのも限界があるかも。普段いる場所が、全然違いますからねぇ。

唯一しっかり被るのは朝夕の食事時のようですが、資材課の人達で固まって食事をしてる事が多くて、なかなか話しかけにくいんだとか。

「いつも短い世間話しか出来ないのよ…連絡先聞くまでに至れなくてね。」

「あんまりお仕事の邪魔も出来ないもんねぇ……アピールする時間がなかなか取れないと。」

「そう。こっちの提督は察してくれてて、資材課に渡す書類だけはいつも預けてくれるんだけど…それでも手短にしないとで。」

「うーん…あ!じゃあこうしよっか!」

「何?」

「発想を逆転させよ。短時間で詰めるなら、効率重視だよ!
差し入れにメッセージとラインのID添えて、モロにアプローチ!こうなれば短期決戦だって!」

「……な、なるほど…確かに今の状況だと、じっくりとは行けないものね。」

「ここで差し入れってのがキモだよ!手作り弁当とかまで行くと重いからだめ。
あくまで売店のお菓子とかにして、それとなーくビニールにメモ入れてさ。」

「うん…確かにそうね……わかった、やってみるわ。」

「その意気その意気!」

良かったなぁ…今日ここに来た目的も、きっとその人に見せる服を買う為なのでしょう。
恋する女の子はかわいいですねえ。写真撮っちゃいたいぐらい眼福ですよ。


386 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:38:42.11 ID:UQb2c9ARO

知り合った頃はギスギスした関係でしたし、私も本当にひどい事をしましたけど。
今こうして仲良くなれたのは、やっぱり嬉しいものです。

この子にとっては、やっとジュンの事は過去になったのでしょうけど…大好きなお姉さんの恋人に横恋慕をした事は、きっとこの子自身にとっても、自責の念に駆られる過去だったのでしょう。
彼や戦争を憎まないと持たないぐらい、すり減ってしまっていたのだと思います。

だからなおさら今側にいる私が、彼を幸せにしないといけないって。改めて思いましたね。
新しい友達が、ちゃんと新しい幸せを掴めるように手伝いもして。
それがこの子への、せめてもの償いかなって。

……扶桑さんにも、何かいい事があるといいな。

「あ。青葉ちゃん、せっかくだから写真撮りましょ。
“お姉ちゃん”が元気にしてるか気にしてたわよ?」

「あ…うん!じゃあ撮ろっか!」

自然に出て来たお姉ちゃんと言う言葉は、それだけこの時素を出してくれたって思えて。
そのおかげか私達は、随分と楽しそうにカメラに映っていました。

本名も教えてもらったけど…今は艦娘同士なせいか、やっぱり自然と艦名で呼び合っちゃって。
ジュンとの事だけじゃなく、いつか今の仲間達と自然と本名を呼んで遊べるような。
そんな日々が訪れるよう頑張ろうって、この時また決めました。

387 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:44:30.43 ID:UQb2c9ARO

「今日はありがとう。青葉ちゃん、またね!」

「うん!気をつけてねー。」


山城ちゃんを見送って駅を出ると、ちょうど見慣れた車が駅前に停まっていました。
迎えに行くって言ってくれてたもんね…ん?あれ、珍しい組み合わせだ。

「ガサじゃん、どうしたの?」

「ふふー、提督が出るとこに鉢合わせたんだ!じゃあ一緒に行きますってね!」

「そう言う事さ。さて、寒いし帰るか。」

「迎えありがとね、ジュン……じゃなかった司令官!!コンビニ寄ってもらってもいいですか!?」

「ふふふ…上官をうっかり呼び捨てする関係……衣笠、見ちゃいました!」

「もう!怒るよー?」

「あはは。まぁまぁ、衣笠の前ぐらいならいいだろ。」

後部座席から私をからかって、ガサは楽しそうに笑っていました。
彼もまた、それを見て微笑んでいて。

二人とも辛すぎる過去を背負ってるけど、今はこうして笑えてる。

まだ戦いに生きる私達だけど、一たび陸に戻ればこんな風に笑い合える恋人がいて、仲間がいて。
これが当たり前になるように生きなきゃ。どこにでもあるこんな日々を、守って行かなきゃね。

そんな事を思った、冬の日の夕暮れの事でした。


388 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:45:41.96 ID:UQb2c9ARO

それから更に、2週間が過ぎた日の夜。
眠ろうとした時、山城ちゃんから通知が来ていました。

進展してるって聞いてたけど……電話?どうしたんだろ?
え!まさか振られたとかじゃ!?

「もしもし?」

『…………青葉ちゃん…。』

元気が無い。まさかあんなに上手くいってそうだったのに……。
でもそれは、見当違いだったと直後に分かったのです。








『姉様が………お姉ちゃんが、行方不明になったの………。』








予想だにしない、最悪の事態を以って。





389 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/20(火) 06:46:32.76 ID:UQb2c9ARO
今回はここまで。
390 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:42:54.45 ID:ZbGgHjaLO
電話で山城ちゃんを落ち着かせた後、私はすぐに制服に着替えました。

向かうのは、執務室。
きっと今この状況なら、ジュンの所にも…!

「司令官!」

この呼び名を彼に使うのは、艦娘・青葉として行動する時です。
終業時刻は過ぎていますが、彼も制服を着てそこに座っていました。

「……聞いたか?」

「ええ、山城ちゃんから。状況は?」

「こちらにもさっき応援要請があった。戦艦・扶桑は本日1740、帰投中艦隊よりはぐれ消息不明。
当鎮守府、××基地、__鎮守府合同にてこれより捜索作戦を発令する。青葉、招集を掛けてくれ。」

「はい!」

すぐさま動ける人が集められ、捜索へと出向いて行きました。

艦娘の戦死時、遺体の回収は厳命されています。
昔は遺族への配慮と思っていましたが…今なら、その理由も分かる。
一瞬過った想像に首を振って、私はそれを?き消ししていました。

潜水艦の子達を主とした捜索隊は、夜の海を探していました。
最後に反応が途切れたのはその辺り…ですが夜の海は暗く、照明を装備した艦娘達が次々増援に向かっていて。

司令官と青葉は、モニター越しにその様子を見守っていました。


391 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:44:44.95 ID:ZbGgHjaLO

『ゴーヤ、そっちはどうだ?』

「生体反応ナシ。この近辺で撃沈されたなら、敵の魚雷片があるはずでち。今の所は…」

『イムヤ、そっちは?』

「何も無いね……待って!衣笠さん、照明上げて!上の方に何か浮いてる……よし!掴んだ!」

イムヤちゃんが補助艦に引き上げたのは、何かの布のようでした。
それは白いもので…カメラによく映るよう近付けられた時、私達はその正体に気付きました。


「嫌……そんな……。」


それは…少し焦げた、桜の染め模様で。


「………__中佐、直前の戦闘の首尾はどうでしたか?」

『戦闘そのものには勝利。扶桑についても被弾なしとの報告を受けている。
……だからそれは…消息を断つ際、何者かに攻撃を受け破れたものと見て間違いないだろう。』

『お姉、ちゃん……。』

『山城!?すまない、急病人が出た。少し通信を切る。』

通信越しに聞こえたのは、かすかに囁いた声と、人が倒れる音。
山城ちゃん……!!

「司令官!青葉も行きます!」

「わかった。艤装の手配は整備に伝える、みんなを頼んだぞ。」

「はい!!」

そう執務室を飛び出して、すぐの事でした。


「………クソッタレがぁ!!」


初めて聞いたジュンの怒鳴り声と、机を殴る音。
それがより、この事態の深刻さを感じさせたのです。

……何も思わないわけ、ないよね。絶対に見付けてやるんだ!


ですが……その日の捜索では、結局それ以上のものを見つける事は出来ませんでした。

392 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:47:18.89 ID:ZbGgHjaLO

1週間が過ぎました。

今も捜索が続いていますが、一向に扶桑さんは見つからないまま。
最初の2〜3日は時折山城ちゃんに電話を掛けて、慰めていました。ですがそれも、今は出来なくなって。

徹夜の捜索に参加し続けた末、山城ちゃんは入院してしまったのです。
鎮守府に戻っても、情報面で捜索の手伝いをずっとしてたみたいで…艤装を外している時の疲労は、入渠じゃ回復できません。
過労とストレスにより、遂に倒れてしまったそうです。


ジュンもまた、心なしか疲れが見えていました。
いつも通り振舞ってるけど、私はあの時の物音も聞いてましたから。

捜索隊が集めた情報を見る肩は、どこか沈んでいるかのようで。
……青葉、じっとしてられないな。

「……少し、休んだらどうですか?最近あんまり寝てませんよね?」

「そうだな…少し疲れたかもしれない。」

彼を後ろ抱きしてみると、胸にかかる重さはいつもより深くて。
もう夜かぁ…気付けば捜索も任務も終わって、終業時刻となっていました。

「……時間だよ。少し横になろ?」

口調をプライベートに戻して、私は執務室に鍵を掛けました。

ここでこうしてジュンを膝に寝かせたのは、確か付き合い始める前でしたね。
髪を撫でてあげると、ふう、とより深い溜息が聞こえてきました。


393 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:48:20.94 ID:ZbGgHjaLO

「………久々だな、この感じ。」

「そうだね…。」

あの歌がここに流れなくなったのは、いつからだったろう?
実は私もあの場所を見てしまった事は、今でも話せないままでした。
……今話せば、きっとこの人は余計落ち込んじゃう。

あの日私が帰投した時の事は、ガサが教えてくれました。

誰よりも先に母港に駆け付けて、私をドッグに運んでくれた事。
医務室に入った後も、暇を見ては着替えや下の世話まで見てくれていた事。

それでも顔色一つ変えず、皆の前ではいつも通り振舞っていた事。

皆に余計な心配を掛けたくなかったんじゃないかって、ガサは言ってましたね。
それだけ本来は、優しい人ですから。

だからこそ……彼が扶桑さんに感じるものは、私以上に重いはずで。

394 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:50:00.62 ID:ZbGgHjaLO

「………扶桑さん、どこにいるんだろ。」

「どこかにいるさ、きっと生きてる。」

「そうだよね…私も約束したもん。
そう言えばさ、新人の時に扶桑さんにこうしてもらってたって言ってたよね?」

「そうだったな……あの時は立てないぐらい潰されてな。
起きたらあいつの膝の上で、おしぼり顔に当ててくれてた。
“あら?起きましたか?”って微笑んだ時の顔は、よく覚えてる。

その後すぐお礼言いに行ったんだけど…今思えばその頃には、もう惚れてたのかもな。そこで連絡先聞いたよ。
まさか付き合えるとは思ってなかったけど。

同期で知ってる奴はいなくて、おまけに知らない街だ。
最初は正直不安だったけど…あいつがそばにいてくれたお陰で、あそこでも上手くやっていけたんだと思う。

キツい訓練の後も、ヘマして上官に絞られた時も、あいつと会えば全部ふっ飛んでたよ。」

「そっか……ほんとに扶桑さんのお陰だったんだね。
ふふー、でもその頃は手が早かったんだねぇ。私の時、散々ぐいぐい行ってやっとだったのに。」

「…あー…確かに今まではお前以外、皆俺から口説いてたな。」

「へー…初耳だねぇ。何人?」

「待て、目ぇ怖いって。」

「ふふ、冗談だよーだ。

……扶桑さんとは、ほんとに仲よかったんだねぇ。」

395 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:52:37.02 ID:ZbGgHjaLO
「……今だからこそ言えるが、結婚を意識する時もあった。

でもあの件があって、俺もああなっちまってな。
あの時俺はブッ壊れちまってたけど、振られた時は妙に納得が行ったんだ。

感情が戻って思い返した時、こう思った。
俺はあれだけそばにいてくれて、親身になってくれた相手を追い詰めた、死にたがりの馬鹿だったってな。
同時に…それでもそばにいて欲しかったとも、あの時感じてたんだって。

だが全ては、もう過ぎ去った事だ。
俺が俺を取り戻した時も、恋愛感情は消えたままだったよ。

4年前のあの日に、全部受け入れちまったんだと思う。
あの頃の俺では、当然の結末だったって。
あいつの幸せを思うなら振り切れって、死んだ心でも思ったのかもな。

講習に行った時な…復縁を迫られた。
びっくりしたもんさ、まだ俺を引きずってたのかって。

だが『今の俺』は、お前を選んだ。
だからはっきりと、戻れないって伝えたんだよ。

身勝手な話だけどよ…それでもあいつには、幸せになって欲しい。
俺がお前と出会えたように、あいつも時計の針を進めて欲しいって。そう思うんだ。

…死んじまったら、元も子もねえじゃねえか。
生きててもらわねえと、未来もクソもねえよ。」

「………うん。」

撫でていた頭を抱え込んで、私はそっとジュンの目を塞ぎました。
潤んだ目を見るのは、少しつらいものがありましたから。

扶桑さん……今だけは、この人の視線は譲ります。
あなたの為にも、山城ちゃんや皆の為にも…こんな事で死んじゃダメですよ。

やがてジュンの寝息が聞こえて、少しは休めるかな?って安心して……




『ビーー!!ビーー!!』



それを裂くように、彼の携帯から警報が鳴りました。


396 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:53:47.85 ID:ZbGgHjaLO

「何!?」

「……緊急確認メールだな。」

「え、あれって……。」

緊急確認メールとは、早急に確認が必要な資料が添付されているメールです。
緊急出撃警報とは違い、あくまでこれから警戒すべき内容が記されているもの。
それは例えば…新種の深海棲艦の資料など。

そこまでメールの種類を思い出した時、何故か血の気が引いていくのを感じました。

メールを開くと映像が添付されていて、ある海が映っていました。
そこにいたのは、見た事の無い深海棲艦。

白い服に、黒い髪…艤装を取り巻く青い光は、彼岸花が生えているようで…。

カメラの映像がズームに変わって、顔へと近づいて……

397 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:54:30.84 ID:ZbGgHjaLO









「_____サクラ。」









398 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:55:12.45 ID:ZbGgHjaLO





彼が初めて、私の前であの人の本名を呼んだのは。
その時の事でした。

そこにいたのは他でもない、扶桑さんそのものだったのです。





399 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:56:25.78 ID:ZbGgHjaLO

きっと、カメラに気付いたのでしょう。
あの人は真っ白になってしまった瞳をレンズに向けて、見た事のない妖艶な笑みをして。


“ジュン、迎えに行くわ。”


そう唇が動いたのが、私には理解出来ました。




「……畜生がああああああああっ!!!!!」



その瞬間のジュンの悲痛な叫び声を、一生忘れる事は出来ないでしょう。
鼓膜をつんざく声は、私にこれが現実である事を、容赦無く突き付けていたのでした。


400 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/23(金) 03:57:11.26 ID:ZbGgHjaLO
今回はここまで。
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/26(月) 08:30:56.89 ID:cC/82QC80
海峡夜棲姫とは違う感じかな?
乙です。
402 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/03(土) 00:46:21.20 ID:OAldzK6hO

この鎮守府に異動してすぐの頃は、あんまり馴染めなかった。

噂って奴は、尾ひれを付けて飛んで回るもん。
どうせどっかで聞き付けられて、また避けられるんだろうって思うと、なかなかその気になれなくてね。

そこからあんまり経たない内かな、あの子がここに来たのは。


「恐縮です!初めまして衣笠先輩!重巡・青葉と申します!」


一応姉妹艦としては姉だけど、あの子も最初は先輩呼びだったっけ。
最初は事務的に対応してたけど、なかなかしつこかったのをよく覚えてる。

それでちょっとうざいなって思って、ある時言ってやったんだ。
「研修あそこだったよね?死体蹴りのマユって聞いた事ない?」って。

あの子は丁度前いたとこが研修先だったから、色々聞いてるってカマかけたの。
そしたらあの子は……。


「ああ、あなたが…そのお話は先輩から教わりました。

でも私には、そこまで怖い人とは思えません。
緊急事態だったんですよね?そんな時に加減が出来る人って、実際どれぐらいいるんでしょうか。

せっかくの姉妹艦じゃないですか、仲良くしてくださいよぉ〜。」


今思えば、あの子も着任したてで不安だったんだと思う。
でも私にとっては……。


「そう?じゃあ私の事はガサでいいよ。
そうだね、一応あんたが姉だから…これから敬語は無しで!」

「……うん!よろしくね、ガサ!」




あの子を天使に思えるぐらい、あの時見せてくれた笑顔は眩しかった。




403 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/03(土) 00:47:49.61 ID:OAldzK6hO

メールが届いた直後、すぐにあの鎮守府から連絡が来ました。
最終的に複数の鎮守府で夜通しそれについてのネット会議が行われ、結論が出たのは明け方になってから。

内容は、討伐に向けた合同作戦について。
交戦した部隊はまだいませんが…『彼女』はかなりの戦闘力を持つと判断され、合同で排除に当たると言う方針となりました。

上層部としては接触が無い以上、あの個体が元は扶桑さんであるとはまだ断定出来ないとの事です。
でも私には、彼女が口走った言葉が理解出来た。

怨念が、海中の亡骸を媒体として実体を成す…それが敵の正体であるならば、一つの可能性がある事に私は気付いていました。
叔父さんのように、元の魂が強く残っているケース。
或いは、怨念が逆に…。

その仮説を頭で組み立てていた時、救難信号が執務室に響きました。
ナンバーを解析すると、それは普通の漁船からで……え?届く鎮守府全部に!?


『海軍の皆様、聞こえるでしょうか?

____私は、かつて××鎮守府にて、戦艦扶桑と呼ばれていた者です。』


その声がスピーカーから響いた時。
ジュンは今まで見た事の無い、喜怒哀楽の全てを通り越した絶望の顔を見せて。

はっきりと名乗る声は、私の仮説を証明してしまいました。
取り憑いたはずの怨念が、逆に元の魂に潰される事もあるんじゃないかって。
深海棲艦の力さえ、宿主が乗っ取る形で。

それが艦娘としてのスキルを持つあの人なら、その脅威は…!

404 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/03(土) 00:49:07.48 ID:OAldzK6hO

『今は乗員の皆様に“ご協力”いただいて、こうしてお話させていただいております。
ふふ、今の私はさしずめ、そちらで言う名も無き深海棲艦と言った所でしょうか。尤も…こちらには味方もいませんけれど。

早速で恐縮ですが…2日後、そちらへ攻撃をさせていただきます。
標的は__鎮守府。私の目的については、その際明らかになると思います。

今から30分後、船員の皆様には救命ボートで脱出していただきますが……その際、面白いものが見られると思います。
私からのせめてものご挨拶として受け取っていただければ幸いです。

では、当日はよろしくお願い致します。』


通信が一方的に切られ、今度はけたたましく電話が鳴り響きました。
通話を受けながら、ジュンはパソコンを立ち上げて…映し出されたのは、襲撃されたであろう漁船。

きっちり30分後、乗員さん達が救命ボートで船を去って行きました。
続いて甲板に現れたのは、あの人で…鉤爪のようになった手は、あの人が変わり果ててしまった事をより強調していて。
その手を海面に振ると、あるものが姿を現します。

それは昨日の映像で見た、ぽつぽつと青い彼岸花の生えた艤装。
そこに飛び乗って、船から少し離れて…漁船を遥かに越す高さの火柱が上がったのは、間も無くの事でした。

煙が晴れた時、漁船は跡形も無く吹き飛んでいて。
そこでカメラの映像は途絶えました。

405 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/03(土) 00:50:16.01 ID:OAldzK6hO

「……ええ、こちらでも確認致しました。
元帥…彼女はここを狙うと明言しましたよね。


__そうであるならば、我々は戦うのみです。


はい…かしこまりました。目標をその個体名とし、各艦娘に伝えます。
では、他鎮守府との会議もありますので。失礼致します。

……元帥からもお墨付きが出た。
その特徴から、海軍は暫定的にあの個体を『海峡夜棲姫・壊二』と名付け、迎撃態勢に入る。」

「…はい。」

「青葉、会議の内容がまとまり次第召集を掛ける。
恐らく合同作戦となる、しばらく自室にて待機していてくれ。

___この作戦は、必ず達成する。以上だ。」

「……はい!!」


その時のジュンの目を、忘れる事は無いでしょう。

全てを振り切り、覚悟を決めた軍人の目。
例えそれがかつて愛した人であろうと、殺す事を厭わない。
私は精一杯の声で、その指示に答えました。


406 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/03(土) 00:52:07.74 ID:OAldzK6hO

翌日、作戦の案がまとまりました。

扶桑さんのいた鎮守府との合同作戦となり、5段階の関門を構え迎撃する。
どこか一箇所でも足止め出来れば、そこに他戦力も集中し一網打尽を狙います。

殺意を持って攻撃してくる事は無いであろうと言うのが、ジュンとそこの司令官との共通意見でした。
多勢に無勢。個の戦力として強力ではあっても、こちらをしらみつぶしに撃沈するのは現実的では無い。
恐らくは、突破と到達を優先した攻撃をしてくるであろうと。

ジュンと扶桑さんの過去、向こうの司令官が見てきたその後の彼女。
あの時通信で届いた、扶桑さん自身の言動。

それらを照らし合わせて出た結論は…彼女の目的は国家や海軍への攻撃ではなく、ジュンの身柄そのものだと結論が出たのです。

あの鎮守府からの参加組は、その日の内にこちらへやって来ました。
その中には…退院したばかりの山城ちゃんの姿も。

でもあの子の顔は、予想とは違ったものでした。



407 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/03(土) 00:53:03.65 ID:OAldzK6hO

「……山城ちゃん。」

「青葉ちゃん……私もあの映像を見たわ。
ふう…不幸ね……こうなるなんて、本当に不幸だわ。」


きつく締められた鉢巻と、綺麗に洗われた制服。
何よりこちらに向き直った時見えた顔に…。




「姉様は……お姉ちゃんは……。


____私が殺す。」





赤い瞳には、悲壮な色。
昨日のジュンと同じ目をして、あの子はそう言い放ちました。


明日私達は、あの人を殺す。
その現実は、刻一刻と迫って来ていたのです。



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