青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」

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408 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/03(土) 00:53:38.80 ID:OAldzK6hO
今回はここまで。
409 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/10(土) 03:11:45.02 ID:DLyoF5OIO
23時。
私達は仮眠から目覚めると、一斉に艤装を付けて持ち場につきました。

彼女が予告していたのは、明日という日付のみ。時刻については予告がありません。
そして0時きっかり、24時間体制の任務が始まったのです。

そこから数時間後、日が昇る頃。
未だに動きはありません。

偵察機、レーダー共に稼働させていますが…彼女は艦娘。恐らくは想定の範囲内でしょう。
ですから、戦いの幕開けは……!



『こちらチームA!偵察機の連携が切れました!敵襲の模様です!』

「来たか……まずはチームA、迎撃体制だ!出来るだけ足止めに集中してくれ!
チームB、Cは移動態勢を取りつつポイントにて待機!チームAより合図あり次第行動開始!」

『了解!』




410 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/10(土) 03:13:28.91 ID:DLyoF5OIO

遂に来た…!

偵察機経由でこちらに飛んでいた映像は、最後にあの人を映していました。
偵察機は再度撃墜される可能性がある以上、今頼りになるのは望遠カメラの映像だけ。

遠くの方で、火花が見えます。
発煙弾…!あの色は…。

「……赤の煙は突破だ。
チームA!そちらは無事か!?チームB、迎撃体制に入れ!」

『こちらチームA!ダメです!突破されました!
敵の艤装は分裂可能!総員分裂体に一時的に拘束され、目標の逃亡のち艤装も追従!!
負傷者無し!直ちにチームBの増援に向かいます!』

「分裂だと!?チームB!艤装に気を付けろ!
敵は複数いると思え!」

『了解!複縦陣に切り替えのち迎撃します!』

『分裂体3隻撃沈!ですが突破されました!』

『こちらチームC!2隻撃沈!本体は逃亡!』

次々と入るのは、分裂した艤装の撃沈と、本体突破の報告。
望遠カメラに映る映像は、次第にその人影を濃くしていました。

411 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/10(土) 03:14:47.15 ID:DLyoF5OIO
他に報告の中で増えた情報は、扶桑さん本体の速力は凄まじいものである事。
深海棲艦としての力でしょう、それは彼女本来の艦種ではあり得ない力。

まずい…でも、艤装の方は着々と倒されてる。
それは自らの武器を捨てるような戦法です、だとすればやはり目的は…。


『こちらチームE!応戦します!』


チームEは、肉眼で確認出来るような配置。
これを突破されたらもう…。


『……邪魔よ。』


その時、彼女の背から小さな艤装が顔を覗かせました。
最後の一匹が放った砲撃は、見た目に反して最も激しく、ちょうど艦娘同士の間を抜けて。

その軌道は、こっちに…!


412 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/10(土) 03:15:25.35 ID:DLyoF5OIO






『どごぉ!!』





413 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/10(土) 03:16:14.72 ID:DLyoF5OIO
爆発音と、建物を激しく揺さぶる振動。
それらが私達を襲う中、最後の通信が聞こえました。


『提督!目標がそちらに!逃げて!』


やはり、狙いはそうでしたか……。
未だ残る崩落音に混じり、かつかつと下駄の音が聞こえます。

あの速力なら、2階に開けた大穴にジャンプするなんて余裕でしょう。
後はここにいるであろう標的を拐えば、彼女の目的は達成。私達の完敗です。




本当に、その通りならば。




414 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/10(土) 03:17:18.38 ID:DLyoF5OIO




「山城ちゃん!」

「ええ、行くわよ!」



415 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/10(土) 03:19:17.28 ID:DLyoF5OIO

続いて響くのは、同じく砲撃の轟音。
ですがそれはですねぇ……私達の砲撃ですよ!


「…………っ!?」


あちゃー、壁吹っ飛ばしすぎちゃったかな?
でも少しはダメージ通ったみたい。少し口から血が垂れてますねぇ…。

最終関門は別だなんて、誰も言ってませんよね?

全ての可能性を起こるものとすれば、対策は仕込める。
例えばそう…突破を前提とし、司令官と護衛を別室に待機させたり……なんてね。

艦娘の艤装は実艦と違い、陸戦にも応用可能!こっちはハナからその気なんですよ!


「索敵も砲撃も雷撃も!それと司令官の護衛も!青葉にお任せですよ!

扶桑さん…あなたの思い通りにはさせません!」


このぼろぼろになった執務室こそが、最後の関門。
決戦の火蓋は、意外にも海ですらないここで切って落とされたのでした。


416 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/10(土) 03:19:56.23 ID:DLyoF5OIO
今回はここまで。
417 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/20(火) 00:07:31.18 ID:EjyKetk5O

「………。」


彼女が黙ってこちらを睨み付ける中、ここに響くのは砲撃の残響だけ。
膠着した空気の中、照準だけがガタガタと震えていました。

この目で確かめるまでは、どこかで信じたくないと思っていた。
それはきっと、山城ちゃんも同じで。

でも目の前にいるのは…他でもないあの人。

「……分かるわ。ジュン、そこにいるのでしょう?」

「ここには私達だけです。扶桑さん…大人しく投降してください!」

「……ふぅん、じゃああなた達はどこで指示を仰いでいたのかしら?
そうね、映像はタブレットで受信、指示は無線で……それをWi-Fi経由で地下から…なんて事も出来るわね。

でも…匂うのよ。



そ こ か ら 。」




418 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/20(火) 00:09:14.10 ID:EjyKetk5O

え…速…!?

状況を理解するより先に、壁に磔になっていました。
扶桑さんの鋭い手によって、押さえ付けられる形で。

「海上だけが速いなんて思わない事ね…今の私は、生身もあなた達の知るそれでは無い…。

間近で見ると本当に可愛いわね…“赤ベースのメイク”なんてどうかしら?
ラインもシャドウもあるわ…あなたの肌を裂けば幾らでも。」

「ふふ…私を殺せば、彼の居場所は分からなくなりますよ?」

「一つ勘違いをしているようね…うふふ、ジュン以外にも私の目的はあるの。


青葉ちゃん、あなたの命よ。」


ぞくりとしたものが私を射抜いたのは、白い瞳と目が合った瞬間の事。

この人は、私を殺すつもりだ…!

爪が私の喉に近付いて、うっすらとした痛みが肌を這って。
でもあの瞳を前に、動く事もままならなくなった時。




『どごぉ!!』




「その子を離しなさい!」

「………“アヤメ”。」


彼女があの子の本当の名を呼んだのは。
あの子が彼女へ砲を撃ち、殺意を向けた時が最初でした。


419 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/20(火) 00:11:17.40 ID:EjyKetk5O

「…数日振りの再会なのに、随分な事をするのね。
ふふ…どうして“お姉ちゃん”を撃つのかしら?」

「いいから離しなさい。今度は威嚇じゃ済ませないわよ!」

「そう。姉妹喧嘩は子供の頃っきりね…。
……いいわ!久々に泣かせてあげる!」

「ぐっ!?」

「山城ちゃん!!」

一瞬で山城ちゃんの方へ向かい、今度は山城ちゃんの首を締め始めて…!

いけない!あの人は本気だ!
落ちた主砲を拾って、あの人の背に照準を向けたら…。


『ひゅばっ!』


「キキキ…」

な…こいつは!!

腕にしがみついてきたのは、あの分裂体。
この小ささで何て力なの!?撃てない…このままじゃ山城ちゃんが……!



『ぱぁん!!』



その瞬間が水を打ったように静まり返ったのは、銃声の後。
音の方を見ると、そこにはゆらりと白い影が立っていました。

420 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/20(火) 00:13:46.65 ID:EjyKetk5O

「その子たちを離せ。でなければ殺す。」

「…ジュン!!逃げてって言ったでしょ!?」

「生憎だが、俺は提督だ。運命を共にする義務があるんでな。」


だめだよ…そんな拳銃じゃ…。

その時また、あのスローモーションが。

全てがゆっくりと動いて、私だけが速く動く事も出来なくて。

あの人が山城ちゃんから離れて、まっすぐに、ただまっすぐに私の大切な人に向かって。
鋭い爪が、何の迷いもなく命を奪おうとしてる。

でも、声が出ない。届いてしまう。

最後に辿り着いた場面、世界のスピードが戻った時。

私の目に映ったものは。



「……………!!」



彼の唇を奪う、あの人の姿。


421 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/20(火) 00:15:50.01 ID:EjyKetk5O

時が止まったような、現実味の無い瞬間でした。

全てがはりぼての、どうしようもないぐらい生々しくない世界。
でもそう見えていたのは、きっと私の脳が拒絶したから。


「……痛っ!?」

「へぇ…深海棲艦でも、噛まれたら痛いんだな。」


そのはりぼてを壊したのは、他でも無いジュンでした。
唇を噛み、無理矢理彼女を引き離す事で。

見た事の無い冷たい目を、まっすぐにあの人へと向けて。

「……ふふ、ずっとこうしたかったの…。
何年も…何年も何年も何年も!!ずっとずっと待ち望んでいたわ!!」

「……こんな事の為に、人までやめちまったのか。」

「ジュン……私と一緒に、海の底へ沈みましょう?」

「聞く耳持たずね…俺の命と引き換えに二人を助けてくれるんなら、考えてやる。」


その言葉が聞こえた時。
ダメだなんて思う前に、手が動いていました。

どう分裂体を振り払ったのかも、引き金の感触や砲撃の反動さえも無い。
ただ事実としてあったのは、私の弾が彼女の肉を抉った音。

ジュンを掴む片腕を、ちぎり飛ばす形で。

422 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/20(火) 00:17:50.50 ID:EjyKetk5O

「…青葉ちゃん、どこまでも邪魔をするのね。」

「やらせませんよ……その人は、私の大切な人ですから。」


戦場で何度も嗅いだ、血肉の焦げる匂い。
それは叔父さんの時にも感じた、その実誰を撃っても変わらない匂い。

この手が命を奪う時、必ず立ち込めるもの。
いつしか重く記憶の嗅覚に染み付いた、残忍な私の証明。
それが今、あの人からも放たれている。

だけど…もうこの手が震える事は無い。


「扶桑さん、一つ取材をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「くす……何かしら?」

「そうですねぇ……どうしてあなたがそうなって、何故こんな事をしでかしたのかと。
あなたの最期のインタビューとして、お尋ねしたいと思いまして。」

「ふふ……いいわ。もっとも、それがあなたの最期の記事になるけれど。
ひどい事をするのね、この子をあんな風に壁に叩き付けて…。おいで、痛かったわね。」

「キキ!」

分裂体は無邪気な様子で、扶桑さんの胸へと飛び込んでいました。
彼女も赤子程度の大きさのそれを、まるで本当の子供のように慈しんで…。

「そうね…人工授精ってあるじゃない。行為が無くとも生まれる子供…。
あれは卵子と精子だけれど…血と血が混じって生まれたものなら、それはもう二人の命の結晶なのよ。


ジュン……この子はあなたと私の子よ。」


その時見えた扶桑さんの目には…きっともう、何も映ってはいなかったのでしょう。
白い瞳そのままの、白濁した妄執だけを映して。

彼女はただ、幸せそうに告げたのでした。


423 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/03/20(火) 00:18:51.77 ID:EjyKetk5O
今回はここまで。
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/23(金) 19:00:23.00 ID:mUZ2tQxgO
おつ
425 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/03(火) 06:08:56.40 ID:Swmr/6SvO

「…それはあなたの艤装じゃないですか。」

「いいえ、この子は立派な命よ…きっと大きくなれば、人の形を成すわ…。」

扶桑さんは分裂体をあやしながら、裂けんばかりの笑みをこちらに向けていました。

あれは自律型だ…子供の遺体を艤装に変えて、実の子だと思い込んでる?
だってジュンと接触する事なんて、あの時以来無かったはず。

「まさか…どこかの子供を殺して…!」

「そんなわけないでしょう?私は誰も殺してはいない…。

いいわ、教えてあげる…。」

426 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/03(火) 06:10:33.87 ID:Swmr/6SvO

あの日戦闘明けのどさくさで、艦隊からはぐれてしまったの。
そこまではたまにあるトラブル……撃たれるなんて、思いもしなかったけれど。

潜水艦の魚雷を受けて、私は気を失ってしまった。
そうね…目を覚ました時、一つ気付いた事があるの。

ああ、きっと私は死んだんだって。
海の中で、しかも心臓が動いてる感覚が無かったもの。

怪我の血が水中に流れて、私の周りは真っ赤だった。
そんな時、頭の中で声がしたわ。


“アナタニ、イノチヲアゲマショウ…ミレンモ、ハラシテアゲマショウ……。

ソノミヲカシテクレルノナラバ…。”


それが『何なのか』は、本能的に理解出来たわ。
すぐにぞわぞわとした感覚が、頭の中を支配してきた…。
恨み、未練、憎しみ、悲嘆…あらゆるものが、私の体を奪おうとしてきた。

視界はもう、海の中ですらなかった。
真っ暗闇で、怨念の波に飲まれてしまいそうで…でもね、大したものではなかったわ。

私の『それ』に、比べれば。

427 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/03(火) 06:11:48.07 ID:Swmr/6SvO


“…その程度なのかしら?”

“ナッ!?”

“弱いわね…そんな程度で晴らしてくれるなんて、随分大きく出たものだわ…。”

“ノ、ノマ、レ、ル…!”

“ふふ…この体はあげないわ……。



___あなたが、私に寄越すのよ。”

“ア……アアアアアアアアッ!!??”



目を覚ますと、あとは元通り海の中…怪我の血がまだ周りに浮いてて、それ程経ってなかったみたい。

私はね…あなたとジュンの事を知った日から、いつもあるものを肌身離さず持ち歩いていたの。
4年前にジュンの手当てをした時の、血染めのハンカチ…日常生活の中でも、それこそ戦闘の時でさえ持っていた。
ふと上を見ればそのハンカチが浮いていて…海の中に、その血もにじんで…私の血と混ざり合って…。


やがてその血が、この子の形を持った。


だからこの子は…私達の子。
『あなた』じゃなく、『私とジュン』の子なのよ…。



428 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/03(火) 06:13:12.11 ID:Swmr/6SvO


「……分かったでしょう?そして父親は必要。
これからは親子三人で仲良く暮らすの…海の底でね。」

「扶桑さん………あなたは、狂ってる!」

「なんとでも言いなさいな…私は自分に正直になれただけ…。
ジュンを振った理由だって、本当は違う。

殺してあげる事が、ジュンの為になるって思って…本当にやってしまう前に振ったって言ったわよね?
あの時確かに、私自身そうだと思い込んでいたわ。
でもね…人をやめて気付いたけれど、実際は少し違ったの。

殺せば永遠にこの人は私のものになる。
美しい思い出も、最期の顔も全部私のものになるって……あの頃、本心はそう思っていた。

4年前の私には、まだそれを止める良心があったみたいね。
……もうそんなものは、人と一緒に捨ててしまったけれど。

ふふ….今はとても晴れやかな気分よ。
あとはジュンを同じにしちゃえば、目的は果たされる。

……そうね、でもその前にやる事があるわ。
ずっとずっと邪魔だと思ってたの…マスコミ気取りの小娘がしゃしゃり出て、随分奥まで踏み込んでくれたわね。
あまつさえ、その人をモノにまでして…。

ねぇ、青葉ちゃん……。




死 ん で ?」






429 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/03(火) 06:14:31.73 ID:Swmr/6SvO

分裂体の口から、銃口が。

リロードの動き、発射用意。
それらは一体何コンマだったのでしょう。

死ぬ…。
そんな事がよぎって尚、体の動きが間に合わなくて。


「………させねえよ。」


目を瞑り掛けた瞬間、目の前にはジュンの姿が。
両手を広げて、これから来るものを受け止めるかのように。


『……どっ…!』


深い赤。けしの花びらと同じ色。

私の視界がその色で染まったのは、砲撃音の後でした。


430 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/03(火) 06:17:13.53 ID:Swmr/6SvO
今回はここまで。
結末は考えてあるので、地道に完結まで持っていきます。
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/03(火) 07:17:16.56 ID:0JfwpTlP0
期待
432 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:38:30.00 ID:Lc80g2O1O

ぼたぼたと、床に血がこぼれて行く。
それは私のものでも、ジュンのものでも無く…

「が…はっ!?」

「“お姉ちゃん”…私を忘れてもらっては困るわ…。」

そう睨みつける赤い瞳には、明確な殺意が浮かんでいて。そこに迷いは無かった。
扶桑さんの脇腹を抉り取っていたのは、山城ちゃんの砲撃だったのです。

「アヤ、メ……。」

「姉妹だもの…どちらかが道を踏み外したなら、それは止めなくちゃ…。
青葉ちゃん、私もうちの提督から聞いたわ。深海棲艦の正体も…例え鹵獲しても、元に戻す事は出来ない事もね。」

「………!?ジュン…。」

「……ああ、本当さ。
何度か人間の比率が高い個体を生体実験に掛けたが…人に戻す事は、出来なかったそうだ。」

「ふふふ…不幸だわ。とことんツキには見放されてるみたいね。
もう戻れないなら…袂を別つしかないなら……私が殺す!」

「………そんなに、簡単には…やられないわ…!!」

「山城ちゃん!!」

分裂体が、山城ちゃんへと向かって行く。
ですがそれは、本当に一瞬のことでした。


『ぐちゅ……。』


頭から踏み潰された分裂体は、その肉を床に広げていました。
ビクビクと暴れていた小さな体も、やがて動かなくなって。

「…あ………嫌ああああああああああああああああっっっ!!!!!」

扶桑さんの悲鳴が、この部屋を覆い尽くしたのです。


433 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:40:02.11 ID:Lc80g2O1O

「…研究で、艤装は何タイプかに分けられたそうね。
本体制御による純粋な自律型、武器型……それと、本体をエネルギー源とする半自律型…。

お姉ちゃん…弱ったあなたに合わせて、こいつもこんな簡単に踏み潰された。
だから、ジュンさんとお姉ちゃんの子なんかじゃないわ……ただの艤装よ。」

「違うわ……その子は私の子よ!!アヤメ…よくも……よくもその子を!!!」

「……お姉ちゃん。」

扶桑さんは立ち上がり、山城ちゃんへ爪を向けました。
その様を見て、あの子は悲しそうに微笑んで。

扶桑さんの片脚は、宙へと舞ったのでした。

434 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:41:09.25 ID:Lc80g2O1O

「ふぅ…ふう…。」

扶桑さんはもう、反撃する力も無いのでしょう。
息を荒げながら、尚も殺意のこもった目を山城ちゃんへと向けていて。

「………また、外しちゃったわね。」

その様を見下ろして、山城ちゃんは微笑んでいました。
でも、その微笑みは…。

「あんたなんか、お姉ちゃんじゃない……お姉ちゃんの無念に取り憑いて、お姉ちゃんを操るただのバケモノよ!!
そう思わないと……耐えられないじゃない……!返してよ!私のお姉ちゃんを返して!!」

「…………!!」

微笑んだままの彼女の頬を、涙が伝っていく。

誰よりも彼女を殺したくないのは、山城ちゃんのはずで。
殺意で自分を塗り潰しても堪え切れない悲しみが、床にシミを作っていました。


435 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:42:28.48 ID:Lc80g2O1O

「ふふ……そう、ね……アヤメ…あなたの言う通りだわ…。」

「お姉、ちゃん…。」

「見て…この醜い姿……こんな目で…これだけ撃たれても、まだ…生きてる…。
そう、もうバケモノなのよ……本当は全部、分かってた……私の妄執に、過ぎない、って……。」

「扶桑さん…喋っちゃだめ!それ以上動いたら…!」

「青葉ちゃん……ごめんなさいね。さっきの話は…全部じゃ、無いの…。
確かに、あなたの事を憎らしく思った日もあった…嫉妬を押し殺して眠る日だって…あったわ…。
そんなのでも…本当は、祝福したかった……いつか、私は私の幸せをって…そう思っていた…。

でもこんな体になって…そこで糸が…切れてしまったの…。
私が弱かっただけ…ジュンを殺してしまいそうだったあの頃から…何も…変われていなかった…。

そのまま…死ぬ事だって、きっと出来た…。
でも私は……敵として死ぬなら、最期にもう一度だけ、ジュンに…会いたいって…。

……ごめんなさい…みんな…。

そうね…叶うなら…私は……ごふっ!?」

「扶桑さん!」


吐き出された赤黒い血が、白い胸元を染めて行く。
それは私達に、彼女の命が終わる事を教えていました。

でも、彼女は…。

436 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:43:57.50 ID:Lc80g2O1O

「お姉ちゃん…動いちゃダメよ!!」

「お願い…どいて……一人で、立てるわ…。」

血の跡を引きずりながら、壁の方へ這いずって。
無理矢理立ち上がった彼女は、ジュンの方へその視線を向けました。


「はぁ…はぁ……これで、狙えるわね…。

____ジュン、私を殺して。」

「……………。」


ジュンは何も言わず、拳銃を扶桑さんへ向けました。
変わらない冷徹な目……でもその銃口は、震えていて。

「……ままならないもんだな、人生って奴は。
まさか君を、こうして殺す事になるなんて。」

「ふふ…本当ね。最近ね、ちょっした夢があったの。」

「……教えてくれよ。」

「いつかあなたと青葉ちゃんが結婚したら…結婚式に行って。投げたブーケを、私が受け取るの。
それで私も、自分の時計を進めるんだって…そんな事を考えていたわ。」

「………罪な奴だな、これから君を殺すのに。」

「ふふ…そうね。もう一つ、イタズラしてもいいかしら?
最期はこんな結末だったけれど…


___私、あなたに出会えて本当に幸せだったわ。


青葉ちゃん、この人をよろしくね。」

「…………はい!!」

「アヤメ…これからは私がいなくても大丈夫?」

「大丈夫じゃないわよ…でも……大丈夫よ!
お姉ちゃん……大好きよ!ずっとずっと、私のお姉ちゃんだから!
どんなになっても、私はお姉ちゃんの妹!それは絶対変わらないから!!」

「……ありがとう。

ごふっ!?……時間が、無いわね…。ジュン…お願い…。」

「ジュン……。」

「ふー……。」

深く息を吐いて、銃口がぴたりと止まって。
その瞬間、彼の迷いが吹っ切れた事が見て取れたのでした。

……叔父さんの時の私も、そうでしたから。


437 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:49:45.84 ID:Lc80g2O1O

「……ままならないもんだな。理想的な日々って奴は、どこまでも逃げて行く。」

「ふふ…『バラ色の日々』かしら?追いかけても追いかけても、どこまでも逃げて行く…。

それでもあなたは、追いかけるの。青葉ちゃんと一緒にね。」

「ああ、その通りだな……。

…愛していたよ、サクラ。」

「ふふ……ありがとう。」

「……さよなら。」


438 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:50:42.25 ID:Lc80g2O1O

銃声が響いた後には、ただ静寂が訪れて。
壁の穴から入る潮騒だけが、私達に時を教えている。

心臓を貫いた弾は、扶桑さんの意識を奪っていました。
ジュンに抱き抱えられた彼女の目は、きっともう見えていないでしょう。

それでも彼女は……私達に、優しく微笑んでくれました。
ジュンの胸の中で、最期に力なくその手を落として。

私と山城ちゃんの啜り泣く声の中で、ジュンは扶桑さんの目を閉じて。
その時帽子で隠れた目元から、ひと筋伝うもの。
それだけでも、彼の悲しみが如何に深いのかは表れていました。


「…現時刻を持ち、今作戦を終了とする。
殉職した戦艦扶桑に、一同敬礼!!」


扶桑さんの遺体に、最後に敬礼をしました。
その時やっと、全てが終わった事を実感して。

嗚咽も出ない涙が3つ、ただ床を濡らしていました。

439 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:52:15.23 ID:Lc80g2O1O

こうして終戦までの間で、最も忘れ難い戦いは終わりました。

後はもう、消化試合のようなものでした。
私達は今まで以上に死力を尽くして…ただ殺して、殺して…全ての怒りをぶつけるかのように、死体の山を築き上げて。

世界的な終戦宣言が出たのは、それから数ヶ月後。
その時私達も最終作戦に加わっていて…でも作戦が終わった実感が湧いたのは、帰国してしばらく休暇をもらってからでした。

終戦とはいえ、やる事は沢山あります。
事後処理、復興支援、残党狩り…戦後もなかなか忙しい日々で、あんまり終わったって感慨にも耽られないまま。

それでも休暇の度に、お墓参りに行っていました。
私は叔父さんに終戦の報告をして、ジュンもお友達のお墓を巡って。
それと……ジュンとふたりで、扶桑さんのお墓にも。
少しずつではありますが、お墓参りの中で徐々に終戦の実感を得た感じですね。

そんな日々の中で、平和の実感も見え始めて来ました。
ずっとふたりでいられるような、そんな日々を夢見て。



……そうですねえ、夢見てました。




440 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:53:24.53 ID:Lc80g2O1O

さーて、買い物買い物っと。

最寄りのコンビニまでは、原付飛ばせばすぐ。
買い物もだけど…ちょっと今日は、やる事あるんだよね。

ほーら、あった…携帯使っちゃうと面倒だもん。
こういう片田舎だったら、結構コンビニとかに置いてあるもんだよ。

戦争も終わって、つまんなくなっちゃったなぁ。殺しが出来なくなるって分かってたけどさ。
でも、もう大人になるって決めたんだ。これからは手より頭を使わないと…ふふ。

青葉と提督……最近本当幸せそう。
色んなことがあったもんね、それを乗り越えたふたりの絆はそりゃ深いでしょ。

それこそ依存って言えちゃうぐらい、お互いが体の一部みたいな繋がりの深さ。
羨ましいなぁ…青葉の奴もそれぐらい衣笠さんに向けてくれたらなぁ……あーあ、本当提督の奴…。

……いや、でも提督には感謝しなきゃね。
そこまで青葉をべったりにしてくれた事に。

ふたりの絆は本当に深いよ…あれは結婚まで行くでしょ。
それこそ死が二人を分かつまで〜なんて具合に、そう簡単には離れられない。

まさに幸せの絶頂……そんな今だからこそ……

441 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:54:04.16 ID:Lc80g2O1O














アノコカラスベテヲウバウ。












442 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:55:49.35 ID:Lc80g2O1O

ふふ、提督がいなくなったら、どうなっちゃうかな?きっと壊れちゃうかな?

でもそんな時こそ…この頼れる親友の衣笠さんの登場ってわけ。
もう一生私から離れられなくなるぐらい、ずっとずっと側で支えてあげなくちゃ…。

そう、果物は美味しく育ててから摘むんだよ。
長い事待った甲斐があったなぁ…やっと食べごろ。

言葉通り邪魔な奴を消そうと思ったら、普通は殺すしかないよね?
そう、相手が『普通の奴』だったら。
でもね……『法を犯した奴』に限っては、わざわざ手を汚す必要なんて無い。

私も大人だもん、知恵を使わなきゃ。
あそこにぶち込まれたのは、今となっては役に立ってる。

私と同じ『踏み越えた人』に、何人か会ったからね。
越えてる人の雰囲気ぐらいは何となく、分かるようになったんだ。


くす……提督、人なんて簡単に消せるんですよ。
例えばあなたみたいな踏み越えた人だったら、ちょっとコンビニか街角に行って…


この100円玉で、あなたの幸せ全部を終わらせる事が出来る。


443 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:56:41.35 ID:Lc80g2O1O

えーと、使い方は確か…100円入れて……ダイヤルを押して……あっ、掛かった。


「もしもし………。」


『艦娘の証言』は貴重…戦後処理は早くて半年……それだけあれば…。


ふふ…。


ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……。


青葉……待っててね。


444 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/10(火) 22:57:25.74 ID:Lc80g2O1O
今回はここまで。
445 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/24(火) 23:12:52.69 ID:N/tx/y3kO

“どうしてお前だけ…!”

“痛い…帰りたい…。”

“お前もこっちに来い!”


赤黒い空と、血の溶けたようなワインレッドの海。
そこに浮かぶ崩壊した船の中から、崩れた骸達が次々と這い出してくる。


“提督……私、もっと生きたかった…。”


背後に視線を向けても、海面から浮かび上がる少女の骸。
悲しげに彼を見つめる少女の脇腹は、柘榴の様にちぎれ落ちている。


“ははははは!!お前も所詮俺と同じなんだよ!!人殺しめがぁ!!”


また別の場所から、今度は血塗れの白い軍服の男。
その血痕の元は、額に空いた穴から流れ出たものだ。

446 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/24(火) 23:13:44.10 ID:N/tx/y3kO


“ジュン……愛しているわ………。”


不意に、彼の肩にしなだれかかる腕。
病的なまでに白い肌が絡み付き、首筋の吐息が掛かる。

それに振り向けば、真っ白な瞳が彼を射抜いていた。
彼自身の手でとどめを刺した、かつての恋人だったもの。

共に戦った者、看取った者。そして彼の手で殺した者。
一つ彼の前を死が通り抜けるたび、また一つ、その世界に彼を襲う骸は増えて行く。


“ジュン……。”


そこに、一際哀しげな声が響く。
彼女は唯一現実世界の生者であり、彼にとっての唯一の希望でもあった。

だがその世界の彼女は、涙をこぼしながら、こう呟く。




“うそつき。”





447 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/24(火) 23:14:42.53 ID:N/tx/y3kO



「…………はっ……はっ……!」


肺が上手く機能せず、その息苦しさでようやく彼は目を覚ました。

窓から差し込む光は、爽やかな朝を告げている。
カーテンを開ければ、見慣れた植え込みの緑と庭。
何の変哲も無い平和な光景が、彼にはひどく他人行儀な物に見えていた。

その心は未だ、先程いた赤い海の残滓を引きずっているが故に。


戦争が終わり、今はその後の処理に追われる生活だ。
恋人との仲もより深まり、未来への希望も見え始めた。

彼は多くの悲しみと喪失の中で、必死に戦い抜いた者。
荒波を越え勝ち取った日常、本来であればそれを享受するべき立場にある。

しかし彼は今も尚、心の何処かに影を抱えていた。

448 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/24(火) 23:15:27.65 ID:N/tx/y3kO

感情の喪失に冒されていた時期、その実彼は、無意識下では希死念慮に囚われていた。

天国と呼んでいた、臨死の世界に行く為に見出した条件。
全力で戦う末、殺される事。
それは生き残ってしまった故の、自死では拭いきれぬ罪悪感の表れだったのかもしれない。

その一方で、著しい良心の欠落にも彼は呑み込まれていた。

殺しても良い人間として悪人を選び、元帥を言葉でねじ伏せてでもその機会を得た。
男と、かつての恋人を撃ち殺した時の感覚の差。
彼の手には、その時の引き金の感触の違いが強く残っていた。

男の時は、躊躇いなど何一つ無かった。どこかで楽しんですらいた。
虫を殺す様な呆気の無さに、失望さえ覚えていた。

感情を取り戻し、失っていた間の記憶の水面下にあった様々なものは。
まるで遅効性の毒のように、平和を得た今も彼の側から離れずにいる。

それは、一抹の不安と共に。

449 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/24(火) 23:17:19.05 ID:N/tx/y3kO


“………バレたら、どうなるだろうな。”


例え相手が悪人であったとしても、罪は罪。
直接手を掛けた以上、法の裁きは誰よりも重い。

海軍はあの戦争の専門。今回に関しては英雄だ。
もしこれが明るみになれば、その分殺した男の罪も含め、究極の不祥事となるであろう。
そして戦争を終えた今、自分達の利用価値は消滅したとも捉える事が出来る。

何かあったら、自分と元帥は国家に消されるのだろうか?果たして自分たちだけで済むのか?

そうなった時、巻き添えを食うのは?

そこまで考えるたび、彼の脳裏にはある笑顔が浮かんでいた。


夢の内容のように、見捨てられる恐怖も確かにある。
それ以上に、彼には真実を話せない理由があった。


“……もしもの時、あいつを守る為には…。”


彼女と通じ合う中で心を取り戻し、幸せも手に入れた。
だがそこへの罪悪感もまた、彼の中には深く存在するのだ。

差し伸べられた手を掴む資格など、本当は自分には無かった。
それでも掴んでしまった事は、自身の弱さの証明だ。

その葛藤と幸福の中で、彼の中に宿る、とある誓い。

部屋の片隅にある、指紋認証式の小さな金庫。
それを開けると、中には愛用の拳銃一式があった。
彼はいつものようにそれを取り出し。


マガジンに、弾丸をフル装填した。


450 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/24(火) 23:18:01.57 ID:N/tx/y3kO

「青葉は軍に残るの?」


ある休日。
ガサと街でお茶をしていると、こんな質問が飛んできました。

戦争が終わった今、艦娘達は皆悩む話です。
事後処理が終われば、皆それぞれの道に進まなくてはなりませんから。

軍の別部署に行く人、或いは軍と所縁のある企業に就職する人もいますし、全く別の分野へ進む人もいます。
駆逐艦などの若い子達には、事情があったり施設出身の子も多くて。支援の為の法整備も進んでいました。

私はと言うと、実は決めてあります。
…とは言っても、ずっと前から決めていた事ではありますけど。

451 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/24(火) 23:19:30.88 ID:N/tx/y3kO

「中途で出版社に採用決まったよ。
ダメ元だったけど、書いたサンプルと艦娘としての経歴を買ってくれたとこがあったんだ。」

「じゃあ引っ越すんだ?」

「うん。ジュンも終わったら神奈川に転属になるみたいだし、一緒に住もうってね。」

最初はタブロイド誌からの修行ですけどね。
何とかやりたい事へのきっかけは掴めたかなって、少し安堵したものでした。

あの戦争を通して感じてきた事を、本として世に残す。
それが今の、物書きとしての私の夢でしたから。

「ガサは?」

「私も神奈川かな。軍の出入り業者の求人あって、場所がそっちみたいだから。」

「お、じゃあ終わっても一緒じゃん。」

「そうそう、衣笠さんも一緒だよ〜。」

「さすがー。」

「ふふふ。」

452 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/24(火) 23:20:11.79 ID:N/tx/y3kO

後の気掛かりは、山城ちゃんかな。

その後も定期的に連絡したり会ったりはしていましたが、まだまだ笑顔に無理があるなって言うのが正直な所でした。
あれだけの事があれば、当たり前ではあるけれど。

実家がある関係上、あの街で就職するようです。
でも家族はまだ日本に帰ってこられないみたいで、当分は実家で一人暮らしになるって。

……扶桑さんの思い出もある家に、一人で暮らす。あの子の気持ちを思うと、少し心配になります。
落ち着いたら、遊びに行かなくちゃ。

テラスからの見慣れた街は、とても平和で。
失ったものも沢山あったけど、今は前以上に愛おしく思えます。

あの日々の中にいる間も、確かに休日にここにいるのも日常でした。
でも何処か、映画の中にいるような感覚もありましたから。

これからはきっと、前より現実としてこの中を生きて行ける。
そんな事を思いつつ、ドーナツをかじっていたものでした。

453 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/04/24(火) 23:20:43.92 ID:N/tx/y3kO
今回はここまで。
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/25(水) 00:10:47.18 ID:6wKR2Wkio
455 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/09(水) 09:25:44.52 ID:jUsAX/Du0

その日の夕方、何となくジュンの家に寄りました。

お仕事は終わってる時間ですけど、インターフォンを押しても返事は無し。
違う所にいるのかな?と電話してみようとした時、微かに音が聴こえるのに気付いて。

これ、ギターの音?

彼の寝室は、サッシのある所。
裏庭から回り込んで、ちょっと覗いてみました。

あ、やっぱりそうだ。覗いている私と目が合うと、彼はとても恥ずかしそうな顔でギターを置いて。
可愛いなあなんて思って、こっちも思わずにししとした笑みになったものでした。

「あー、見たのか。ヘッドフォンしてたから気付かなかったよ…。」

「ふふ、良いじゃん別に。ギター持ってたんだね。」

「学生の時、軽音部だったんだよ。卒業してからも開戦までは弾いててさ。
今ならまた、弾いても楽しめるかなって。」

「このギター何だっけ?有名だよね?」

「レスポール。有名なギブソンじゃなくて、コピーモデルだけどな。
でも俺にとっては、大切な一本さ。」

「……そっか。」


456 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/09(水) 09:28:54.15 ID:jUsAX/Du0
深くは訊きませんでしたが…彼の学生時代の仲間は、きっとその軽音の人達だったのでしょう。
夕陽に照らされたギターには、薄っすらと擦り傷が浮かんで。
その一つ一つが、彼の思い出の跡。

感情を失ってしまった時期に、私物をかなり処分してしまったそうです。
それでも手放ず、大切に保管されていた。

ギターに向けた、思い出をなぞるような眼差しに、何だか胸がギュッとなりました。

「…さすがに当時ほどは無理だけど、意外と覚えてるもんだ。
弦替えて弾いてたら、すっかり夢中になってたよ。」

「何か弾いてよ。」

「いいけど下手だぞ?」

「いいの。」

ぽろぽろと部屋に響くのは、優しくて、少し切ないギターの音。
その間は長く思えたけど…それは退屈じゃなくて、穏やかな時間に思えたからでした。

「……すごいじゃん。」

「ふふ、ありがとう。」

照れ臭そうな笑顔は、ちょっと誇らしげでもあつて。
そんな感情豊かな瞳に、また愛おしさを覚えたものです。

「いい夕暮れだな。」

「……うん。」

「…お前とこんな何でもない時間を過ごせるのが、本当に嬉しい。
それがずっと続くのが、今の俺の夢かな。」

「ふふ、ずっと続くよ。離してあげないから!」


ずっと続いて行く、穏やかな日常。
この時私は、心の底からそれを信じていたものでした。


ずっとずっと、続くんだって。

457 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/09(水) 09:31:20.71 ID:jUsAX/Du0
それから何日かして、遂に私の艤装も解体になりました。

仕事は辞める日まであるけど、艦娘としての私は実質この日で終わり。
整備さんに頼んで、少しだけ席を外してもらいました。

最後に一度、この子と二人で過ごしたかったから。


「……『青葉』、今までありがとう。」


バラバラにされたパーツ達は、何か言ってきたりはしない。
だけど私には、分かるんですよ…初めてこの子を付けたその日から、いつでも心は繋がっていたって。
この子は、もう一人の私ですから。

叔父さんを殺したあの日、この子の辛い記憶を見ました。
今思うと…逆にあの時感じた絶望も、この子に伝わっていたのでしょう。
本来以上の力を貸してくれたのは、きっと私の怒りに、この子も自分の無念を重ねたから。

平和になったとは言え、私が代わりに果たせたのかは分かりません。
確かめる術は無いけど…外された艤装の核を手に取って、ギュッと抱きしめました。
今度こそ、この子もゆっくりと眠れるように。


「…さよなら。」


工廠の出口で、振り返ってそう囁いた時。一瞬幻が見えました。
私によく似た女の子が、満面の笑みで手を振る幻。

……あの子みたいに、笑って生きなくちゃね。

458 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/09(水) 09:32:51.86 ID:jUsAX/Du0

その日の昼、解体の報告をする為に、執務室へ行きました。

さっきの事を話して、彼はそれを優しい笑みで聞いてくれていて。
もうすぐここでの日々も終わるけど、こんな時間だけはきっと続いて行く。


その時でした。


「……メールか?

………………。」

「どうしたの?」

「……くく……あははははははははははははははっ!!!!!」


彼が豹変したのは、携帯に目を通した直後。
それは……『あの頃』と同じ、ゾッとするような目で。


「なぁ、青葉………いや、“マリ”………。」


彼が勤務中に私を本名で呼んだのなんて、数える程しかありません。

こちらに突き付けられた携帯には、「すまない にげてくれ」とだけ書かれたメール。
差出人は、元帥からのもの。

それを見て、血液が鉄に変わったような感覚が走って。


そのまま、彼が続けた言葉は。

459 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/09(水) 09:33:51.13 ID:jUsAX/Du0








「_____俺は、人を殺した。」







460 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/09(水) 09:35:08.43 ID:jUsAX/Du0

直後、執務室の扉が乱暴に開きました。

なだれ込んできたのは、スーツを着た男達。
彼らが机の前に並ぶと…真ん中に立つ人が口を開いて。


「憲兵隊特捜部の者だ。
海軍少佐・後藤ジュンイチロウ、海軍大佐・____殺害の容疑で貴官を逮捕する。」


特捜部。

憲兵隊とは名ばかりの、軍内での重大犯罪を専門に扱う組織。
その権限は、容疑者をその場で……


その情報が頭を駆け抜けた時。


461 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/09(水) 09:38:53.82 ID:jUsAX/Du0



「………動かないでください。でなければ、この子を撃ちます。」




ジュンに後ろから抱きしめられ、私のこめかみに触れたのは。

何よりも冷たい、銃口でした。


462 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/09(水) 09:39:22.39 ID:jUsAX/Du0
今回はここまで。
463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/09(水) 23:56:32.59 ID:R+3ICRpFo
464 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/23(水) 01:57:12.74 ID:bGZheWimO

「……抵抗する気か…!」

「すみませんが、簡単に捕まる訳には行かないんでね。
こちらがあなた方の実態を何も知らないとでも?元帥は今どうされていますか?」

「…知らんな。そちらは別働隊に任せてある。
もっとも、今頃天国行きの列車だろうがな。
元帥の威光も戦中までだったな、戦後の今、軍の幹部はあっさり吐いてくれたぞ。“少々骨が折れた”がな。」

「…クソ共が…!」


4発発砲し、ジュンは私の手を引いて執務室を飛び出して行きました。

後を追う特捜部の手にも、やはり拳銃が。
通りすがりの子達の悲鳴や驚愕の声も、早鐘をつく心臓も、確かに実体のはずなのに。
まるで、何処か映画のワンシーンのように思えて。

あれだけ戦場にいたはずなのに、この瞬間の景色に死の匂いを感じられない。
そんな私を置いてけぼりにするように、また銃声。
今度は、特捜部がこちらを狙ったもので。


「乗れ!」


助手席に詰め込まれ、車は急加速で走り始めます。
その激しい揺れの中で、私の頭は何処かスローなものになっていました。

後ろからは黒い車が3台程。度々路面を掠める銃声さえ、現実味の無いものに感じる。
そんな中で、私はポツリと口を開きました。

465 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/23(水) 01:58:33.85 ID:bGZheWimO

「………あの件は、本当にジュンなの?」

「ああ、俺さ…本当は元帥自ら手を下す所を、横取りしてな。
さっき言ったろ?俺は人を殺したって。」

「……殺した司令官は、何をしたの?」

「…憲兵隊や関連企業との癒着、兵器の横流し、無茶な戦略……ダメ押しに、駆逐の子をレイプした挙句殺害。死体を燃やして隠蔽してた。
轟沈扱いで申告された死者も、本当に戦地で死んだか怪しい者が何人もいる。

……だけどな、俺も同じ穴の狢さ。
あの件は俺がイカれてた頃の話、だから期待してたんだ。こいつならあの場所を見せてくれるんじゃないかってな。
結果は虫を殺すようなもんだった。随分あっけなく死んでくれたよ。

今となって思うのは…仲間の仇でもあったと言う事かな。
死んだ仲間の一人は、アレの部下だったからな。」

「……私に話してたら、犯人隠避に問われるね。私、絶対黙っちゃうもん。
ただでさえ容疑者の恋人にして艦娘、何も知らなかったとしても、厳しい尋問は避けられない…。
なら私をただの人質で被害者にすれば、少なくとも私への嫌疑は薄くなる……最後は自分だけあっさり捕まってね。ジュンの考えそうな事だよ。」

「…どうだかな。少なくとも今お前は人質で、恋人に裏切られてる事実は変わらないんだが?
舌噛むぞ、人質らしく黙ってろよ。」


…………。

…へー、この期に及んでまだ悪ぶる?


466 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/23(水) 02:00:10.68 ID:bGZheWimO

「ばーーか!!!!!」

「うおっ!?」

「えへへ、ちょっとあなたに深入りしすぎちゃったね。
だからお見通しだよ!それでも守ろうとしてくれてるなんてのは!
こうなりゃとことん一連托生!今更離れたりなんてしないから!」

「お前なぁ…分かってんのか!?あいつらは俺を殺しに来てんだぞ!?
実際の奴らの親方は政治家だ!俺らを消したら事を明るみに出して、戦後の今こそ軍の威光を潰したいんだよ!下手すりゃお前も死ぬぞ!?」

「……逃げればいいじゃん。」

「…へ?」

「外国だって何処だって高飛びするの!!何ならネット使ってこの件全世界に流してやる!
もうあったまきた!燃やすだけ燃やしてやるんだから!ジャーナリストナメんなって見せてやる!!」

「……はぁ〜…いつから俺らはハリウッド在住になったんだよ…。」

「違う!ここはたった今からニューヨーク!マクレーンばりの悪運で生き残るの!」

「最も不運な男ってか?このシチュエーションは置いといても、俺とそいつは違うな。」

「どこが?」

「お前がいる時点でラッキーだ。それにハゲてない。」

「ひゅー、100点満点!」

「飛ばすぜ!しっかり掴まってろ!!」

けたたましいカーチェイスの音も、時折飛び交う銃声も。
全てを振り切った私達には、楽しげなBGMのようでした。

偶然だったのでしょうけど…車が逃げ出した先は、あの大岩のある方。
私達にとって、始まりの場所とも言える方角でした。

あの先に行けば、港がある。

467 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/23(水) 02:01:34.03 ID:bGZheWimO
「ジュン、英語は行けるよね?」

「海軍司令官たるもの必須科目だ。」

「残弾は?」

「まだある。」

「よーし!目指すは港!作戦目標は無血のシージャックと亡命!!抜錨だよ!!」

「たった今から海賊にジョブチェンジってか?
……うおっ!?」

パン!と言う音と共に、車は激しく揺れて。
どうやら後ろからの弾が、後輪を撃ち抜いたもののようです。

でもジュンは…その時、にかっと笑ったのでした。

「……俺の敬愛するロックスターが言ってたんだ!“花柄の気分なんて一日でたった6秒”ってな!!
でもなあ…少なくともお前に会えてからは、ずっと花柄だぜ!!」

弧を描くように車のテールをぶつけて、それは追手の3台全てに当たりました。
かろうじて這い出て来た一人がこちらに発砲すると、ジュンもまた、何発か発砲して。
衝突が相当に効いたのでしょう、その銃撃戦の間に追手も気を失ってしまいました。

飛び出した私達の前には、あの砂浜。
痛む身体を引きずりながら、息を切らしてそこを駆け出しました。

固く固く、手をつなぎ合って。

468 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/23(水) 02:02:20.73 ID:bGZheWimO


「ここ!あの岩の近くだね!」

「ああ!よりにもよってこことはなぁ!皮肉なもんだ!」

「…まだ終わりじゃないよ!ここを越えたら始まるの!
こうなったらボニーとクライド!どこまでだって逃げるよ!」

「……ふふ、ボニーとクライドかぁ…確かにそうだな。

……でもな。」

469 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/23(水) 02:03:46.74 ID:bGZheWimO













「___蜂の巣になるのは、俺だけで充分だ。」















470 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/23(水) 02:04:59.64 ID:bGZheWimO


「………え?」



突き飛ばされたと気づいた時には、もう砂の上でした。

その時、全てがスロウになって。

浜から見える海岸線に、キラリと光るもの。
その光には、見覚えがある。

あれは…スコープ…?

伸ばそうとする手の動きさえ、スロウになっていて。
必死に手を伸ばそうとしても、視界は速まってはくれない。

そんな中、ジュンは。

わたしをまもるように、りょううでをひろげて。

471 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/23(水) 02:06:13.34 ID:bGZheWimO



『だんっ…!だんっ…だんっ……!』





かれのむねをうちぬいたのは、さんぱつのたま。

そこでやっと、ときがそく度を取り戻して。


472 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/23(水) 02:07:17.94 ID:bGZheWimO




「……嫌ああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」






取り戻した時間の流れの中で、最初に聴いたものは。

聞いたことも無い、自分の叫び声でした。



473 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/05/23(水) 02:07:49.45 ID:bGZheWimO
今回はここまで。
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/23(水) 09:46:03.49 ID:DlY+gEt8O
おつ
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/05/26(土) 22:55:47.58 ID:slhGLmoU0
追いついた。
期待支援
476 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:36:47.60 ID:n943p0E7O

“ジュン、本当音楽好きなんだね。”

“そうだな…どんな時でも、音楽だけは手放せなかった。
おかしくなってた時期に、私物は殆ど処分したって言ったろ?それでもCDは捨てなかったからな。
ダウンロードで買った物も入れたら、外付けの中もパンパンだよ。”

“……あの時期でも、やっぱり色々聴いてたの?”

“執務室で色々流してたろ?むしろあの時期こそ、一際音楽を聴いたかな。
それこそ家に帰ってもそうだった。

元々新旧問わず色んな音楽を聴いてたけど、その中でも何故か、より一層あのバンドを好きになってた。
特にあの曲は、心を病んでた時期の気持ちにシンクロしたんだと思う。

今思えば…音楽を聴いてる間は、失くした感情を思い出せる気がしてたのかもな。
悲しいも嬉しいも、音が鳴ってる瞬間だけは思い出せる気がして。”

“………そっか。でも最近、あの曲は聴いてないね。”

“違う曲はよく聴くようになったけどな。一人の時とか。”

“何て曲?”

“お前の借りたアルバムにも入ってるよ。
あー…何か、言うの恥ずかしいな…。”

“えー、教えてよー。”

“JAM。
今はあんな感じかな。いち司令官としても、一人の男としてもな。”

“………ばーか。”

“はは…だから言わせんなって言ったんだよ。”

477 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:37:38.28 ID:n943p0E7O




みんなむかしは、こどもだった。
わたしもかれも。それに、あのこも。

でもいまも、きっとこどもだ。
さびしいさびしいと、なきじゃくるこどもなんだ。

みんな、みんな。



478 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:38:45.20 ID:n943p0E7O

「ジュン!!!」

駆け寄った先には、血の海に倒れ伏す彼がいました。
戦闘以外じゃ見た事のない、おびただしい量の血…触れただけで、私の手や服は真っ赤に染まって。

「マ…リ……。」

「ジュン!喋っちゃだめ!」

胸元には、血や制服越しでも分かる銃槍が3つ。
そのどれもが、正確に狙われたものでした。


「………その男を、渡してもらおうか…。」


そこにいたのは、特捜部のリーダーと思しきあの男。
頭から血を流していましたが…その後ろには、狙撃班が2人ついています。

こいつらが……。


「………嫌だと言ったら?」

「君を拘束してでも連れて行く。それが我々の任務だからな。」

…………。

……ジュン、少し借りるね。

479 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:40:56.48 ID:n943p0E7O

「……来ないでください。でなければあなた達を殺します。」

「……っ!?君を人質に取った男を、庇うと言うのか?」

「………私達は、愛し合っていました。だからこの人は渡せない。

執務室にあなた達が来た時、スマホの録音をオンにしていました。
先程、あなたは元帥を殺した事を暗示しましたね?その会話も録音済みです。
もし私達を取り押さえるならば、あなた達を殺すか……もしくは今この瞬間、あの発言をネットに流します。

……あなた達もプロなら分かるでしょう!?この人が助からない事ぐらい!!
最期ぐらい……好きに死なせてあげてよ!!」

「…………今から30分後、被疑者の死亡により任務は達成される。」

「隊長!?」

「奴はどの道助からん。ならば30分誤魔化す程度、誤差の範囲だ。
近隣の道路は封鎖している、目撃者もいない。

いいか?任務の達成は30分後だ。その間容疑者は逃亡を続けていた。分かったな?
一度お前達の車に向かう、先に行け。」

「……は、はい!」

狙撃班が先に去り、男が背を向けた時。
私は、その背中を睨み付けていました。

男がふと言葉を漏らしたのは、その時の事。

「………彼らは任務を全うしたまでだ。恨むなら私を恨め。」

「……任務であれば殺す…私達も同じでした。

でも…あなた達だけは許せない!!
私はジャーナリストです。必ずジャーナリストとして、あなた達に復讐します。」

「……せいぜい首を洗っておこう。」

480 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:42:02.85 ID:n943p0E7O

ジュンの肩を担いで、私は浜を歩き出しました。

担いだ方の肩に血が沁みて、それが次第に冷たくなって行く。
重いなぁ……上手く歩けないよ。
人の命って、こんなに重かったんだ……。

「バカ…だなぁ…せっかく命がけの…一芝居打ったのによ……。」

「…バカはジュンだよ。カッコつけちゃってさ。死んじゃったら意味ないじゃん。」

「男の子ってのは…カッコ付けたい生き物…なんだよ……。
例え死のうが…何だろうが……惚れた女ぐらいは…守りたい…生き物だっての…。」

「……ぐす……死んで泣かせたら、守ったなんて言わないよ!」

「はは……そう…だな……。」

理不尽な死。
戦場にいた間、何度も私を通り抜けて来たもの。

だから必死に冷静なフリをして、いつものように振舞っていました。
本当は縋り付いて、泣き叫んでしまいたい。
でも終わりを間近にした今、私は最期までこの人の恋人でありたいと思ったのです。

あの大岩だ…早く連れて行かなくちゃ。

481 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:43:10.35 ID:n943p0E7O

「ここは…あの岩か?」

「……うん。そうだよ。」

「登らなくて良い…無理、するな…。
少し……膝、貸してくれ…。」

膝に乗る頭は、力無さ故に重くて。
浅く動く胸は、この人の死が近付いている事を教えていました。
私は出来るだけ優しく、血まみれの手で頬を撫でて。

「良い空と…風だ……。」

「そうだね…ここの風は、本当に気持ちいいよ。」

「俺達…の…始まりの場所…だったよな……。」

「うん…ここからだった。」

笑わなくちゃ。
最期まで、笑わなくちゃ。

でも何ででしょう、そう必死にいつものように笑おうとしても…この人の頬に、ポタポタとこぼれる水滴だけが増えて行く。

最期なのに。
最期だから、上手く話せない。上手く笑えない。

そんな私の目元に優しく触れたのは…同じく血まみれになった、彼の指でした。

482 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:44:54.56 ID:n943p0E7O

「……あったかいなぁ…。」

「…………ごめん。笑えないよ…。」

「謝るのは…俺の方さ……ずっと隠してて…ごめんな…。

本当は…伸ばしてくれた手を掴む…資格なんて…無かったんだ…。
それでも縋っちまった……結局…このザマさ…。

最後の最後…で…泣かせちまったな…。」

「……ううん!それでも私は幸せだったよ!ジュンに会えて良かった!!
……ジュン…愛してるよ!!」

「……ありがとう…。

なあ、もう少し…顔、見せてくれ……。」

やっとの思いで作れた笑顔は、きっと不細工なものだったでしょう。
ジュンはそんな私にでも優しく微笑んでくれて、言われるままに顔を近付けると…。

「………!?

……もう。」

「……へへ…最期ぐらい……良い思いしたって良いだろ…?
愛してるよ…言わせんなよ恥ずかしい…。」

そうニヤリと笑う顔は、子供みたいで。
鉄の味のキスだけど、それはとっても暖かくて。

「……地獄、だったな…。
あの日からずっと…この世は地獄だった……。

天国なんて…言い張ってたけど……本当はそれ以上の地獄に…俺は行きたがってたのかもな…。

そんな中だったけどよ…一個分かった事が…あるんだ…。
こんな……地獄みたいな…世界でも……」

予感がする。
きっと、本当に時が来てしまう。

その先は言わないで。
でも、彼はまた笑って。

483 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:45:44.26 ID:n943p0E7O













「____天使ぐらいは、いたんだなぁ…。」











484 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:46:39.86 ID:n943p0E7O


「………ジュン。」

名前を呼んで、唇を重ねて。
体の冷たさが、一際濃いものになった時。


「“マリ”……ありがとう…。」


その言葉と共に、彼の手は頬を離れました。
最期に私の本当の名前を呼んで…それが彼の、最期の言葉。

その顔は、優しく微笑んだままでした。


485 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:47:39.25 ID:n943p0E7O


「…………ジュン。」


……潮風が、気持ちいいなぁ。
ずっとこんな風に、二人でいられたらって思ってる。
ずっとずっと、こんな時間は続いてくんだ。



___そう。まだ終わりじゃない。



ずっと一緒だよ。
どんなになったって、ひとりぼっちになんかさせない。

良いものがあるの。
あなたが私を守る為に使っていたもの。

それはね…あなたの拳銃。

待っててね……私もすぐ行くから。
簡単だよ……こめかみに当てて、引き金引いちゃえば………!!

486 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:48:15.79 ID:n943p0E7O










『かちっ』










487 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:49:02.78 ID:n943p0E7O











『かちっ』

『かちっ』

『かちっ』











488 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:50:41.55 ID:n943p0E7O

………………弾切れ。


…………そっか。逃げる時、乱射してたのは…。



彼の意図を理解した時、眠る顔が目に映りました。
それを見た時……私はとうとう、涙が止まらなくなったんです。

眠る彼は…息を引き取った時以上に、満面の笑みを浮かべていて。
それは私が大好きだった笑顔と、変わらないもので。

その時ようやく、私は彼の死を現実として理解出来たのでした。

……ずるいよ。最後にこんなイタズラしてくなんて…。
ねぇ…起きてよ……これじゃどっちもひとりぼっちじゃん。


ジュン……ねえ、ジュンってば…!


489 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:51:31.81 ID:n943p0E7O

何度揺すっても、目を覚ます事は無くて。
それでもずっと、笑顔は崩れないままで。
遺体に縋り付いて、私は嗚咽を漏らすばかりでした。

次第に冷たくなる体温が、夢の終わりを告げて。
やがて意識も、いつの間にか混濁してしまっていて。

特捜部が私達を確保した時。
私は意識も無く遺体に縋り付いていたと後で知りました。

こうして私達の幸せは、終戦と共に呆気なく終わりを告げました。
未来も希望も、何もかも唐突に奪われて。

この日彼は死に。
その後、ある真実に辿り着くのでした。


私はどうしようもなく、残酷であると言う真実へと。


490 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/02(土) 06:52:30.14 ID:n943p0E7O
今回はここまで。
もう少しだけ、続きます。
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/02(土) 09:11:50.45 ID:DJ7zjYtHO
おつ
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/04(月) 07:52:25.50 ID:HugYIWBeO
おつおつ
いよいよクライマックスかな
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/04(月) 09:14:58.33 ID:+8XgaC7GO
バッドエンドなのかねえ……。前作はちゃんとハッピーエンドになったから、今回も何やかんやで締めて欲しいけど。
494 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:27:55.84 ID:SfivEjrbO

ジュンの遺体は解剖に回された後、彼の故郷へと送られました。
親族のみの密葬でしたが、葬儀に呼んでもらえて…まずご両親に会った際、私は頭を下げました。
挨拶ではなく、謝罪として。

ご両親は、捜査上での事の経緯を知らされていました。
それと…私が知る真実と、彼がどう生き、どう死んでいったのかも話して…ご両親はただ、「ありがとう」と私を抱きしめてくれたのです。
一番側にいたはずなのに、助ける事が出来なかった私を。

彼が荼毘に付されたのは、翌日の事。
火葬場に行って、棺の窓を開けて…その顔はやっぱり、あの日のまま。
最後に小窓に口付けて、無機質な鉄の扉が閉まると、炎が揺れる音が響きました。

その日は偶然、火葬場の予約はジュンだけしか無くて。
焼かれている間、私はずっと、駐車場から煙突の煙を眺めていました。

遠く遠く、どこまでも昇っていく。
煙は上に行く事はしても、こちらに吹き降りて来たりはしない。
私の頬を、一陣の風が撫ぜる事さえも。

495 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:29:24.86 ID:SfivEjrbO

そして火葬が終わり、骨上げの時が来ました。

用意されていた骨壺は2つ。
大きな方はご家族の為に。もう一つの小さな方は…手元供養にと、ご両親が用意してくれたものでした。

焼かれてしまった彼の骨は、人の形を残しつつも、バラ撒かれたようになってしまって。
でも私には、どこがどの場所か理解出来て。

ここはいつも撫でてくれた指…ここはいつも見てた目…ここは…。

小さな骨を選んでは、それを器に入れて。
骨で熱を持った器は、桐の箱に入れても熱を持っていて…私の掌の中で、まだ生きているかのようでした。

だからでしょうか、まるで現実ではないみたいで。
寝て起きたら、いつもみたいにおはようって声を掛けてくれる気さえしてくる。
夢だと思ってるから、今泣けないのかな。

彼の実家へと戻る車の中、私はいつか膝枕をしてあげた日のように、小さくなってしまったジュンを撫でていました。
窓の外は、雲一つない青空。
「いつか故郷の景色を見せたい」なんて言ってた事を思い出して、私はずっとその空を眺めていたのです。
彼のお母さんはそんな私を見て、ただ優しく肩を撫でてくれました。

……上手く泣く事さえも出来ない、こんな冷たい私の肩を。

別れ際、お父さんは彼の遺品として、ある物をくれました。
それは最期に被っていた軍帽と…いつか私があげた、葉をモチーフにしたペンダント。
押収されたとばかり思ってたけど、ちゃんと渡ってたんだ…。

最期まで付けてくれていた、血まみれになったペンダント。
リズムが絶えるその瞬間まで、彼の鼓動のそばにあったもの。
赤い所に触れると、今でも鼓動が聴こえるようで…その幻を、一つ一つ噛み締めていました。

496 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:30:47.44 ID:SfivEjrbO

帰りの飛行機の中。
膝の上にジュンを乗せて、ずっと窓からの景色を見ていました。

いつかふたりで南の島に行こうなんて、無邪気に話してたね。
並んで飛行機に乗る日を想像してたけど…今私の隣には、誰も座ってない。

ねぇ、ジュン。もう雲の上だよ。
人って凄いよね、ここまで空を飛べるんだ。
雲の上…天国だよね。



なのに、どうしてあなたはいないの?



イヤフォンから流れてくるのは、彼が好きだったあのバンド。
そのアルバムのタイトルは…ジャガーハードペイン。

“戦地で死んだ青年・ジャガーの魂が現代へとタイムスリップし、故郷に残して来た恋人マリーを探すストーリー”
そう銘打たれたコンセプトアルバム。

……私の“ジャガー”は、二度と蘇ったりはしないけど。


一人辿り着いた空港からは、夕暮れの海が見えました。

終戦から数ヶ月が経って、きっと平和な海を取り戻したはずで。
なのに…戦いの中にいたあの頃よりも、寂しいものに見える。

帰り道、柵に片腕を掛けて、私はずっとそれを眺めていました。
空いた手にジュンを抱えて、ずっとずっと、海を眺めて。

だから…足元にポタポタとこぼれて行くものがあったのは、私と彼しか知らない事でした。
497 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:32:17.12 ID:SfivEjrbO

鎮守府に戻ると、皆はいつものように迎え入れてくれました。

少尉さん以外には、『重大犯罪により射殺された』と言う事以外、まだ秘密にされています。
笑い掛けてはくれるけど、皆の瞼は腫れていて……それがとても、申し訳なく思えました。


「青葉。」

「……少尉さん。」

「……渡したいものがあるんだ。」


私が葬儀でいない数日の間に、ジュンの家と執務室へ家宅捜索が行われていたようでした。
捜索の結果、押収されたのはパソコンと、凶器となった拳銃のサイレンサーのみ。
それ以外は怪しいものは無かったようですが…皆でその後片付けをした際、ある物を見つけたそうです。

それは、4通の遺書。

幸い捜索班に見付からずに済んだそれは、一つ一つ、宛先が分けられていたそうです。

1つは皆へ。
1つはご家族へ。
1つは少尉さんに。

そして最後の1通は…私へと宛てたもので。

498 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:34:11.08 ID:SfivEjrbO

その日の夜、集会所に皆が集められました。

司令官代理として、大本営から少尉さんが抜擢された事。
全身全霊をかけて、これから退役していく皆をサポートして行く事。
それがジュンから、遺書を通じて彼へと託された願いであると言う事。

俺が必ず皆を守り通すと、彼は涙ながらに叫んで…集会所には、すすり泣く声が一つ、また一つと増えていました。
優しい態度は元と変わりませんでしたけど、ある時期を境に、本当の意味で皆と打ち解けられていたのは、私も感じてましたから。

「青葉さん…提督を助けてくれてありがとう…。」

ある駆逐の子が、涙ながらにそう言ってくれて。
私はただ、その子を抱きしめる事しか出来ませんでした。

ごめんね……助ける事なんて、出来なかったよ。

499 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:35:18.06 ID:SfivEjrbO


「青葉…。」

「ガサ…。」

その後部屋に帰る途中、ガサと鉢合わせました。
いつものように部屋まで付いてくると、椅子に座る私を、何も言わずに見守っていてくれて。

でも今は…そんな気遣いですら痛くて。

「ごめんね……今は一人にしてもらってもいい?」

「うん…わかったよ。でもね…。」

その時ぎゅっと抱き締めてくれたのは、ガサの暖かい腕でした。

「今は受け止めきれないだろうけど…整理がついたら、きっと泣けるようになる。
もし誰かに頼りたくなったら、いつでもおいで?
“衣笠さんは、ずーっと青葉の味方”だよ。ね?」

「ガサ……ありがとう…。」


ガサも帰って、ようやく独りになれました。

机にジュンのお骨を置いて、私はそれをまた何度も撫でて。
やがて撫でる手も止めて、恐る恐る開いたのは…私宛ての遺書。

そこには、こう記されていました。

500 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:36:37.97 ID:SfivEjrbO
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501 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:38:23.00 ID:SfivEjrbO


「………ジュン…。」


最後、彼の名を記した所には…涙の跡がありました。
それを塗り潰すように、手紙に次々と新しい水滴が落ちて行く。

ジュン……私、そんなにいい子じゃないよ。
今だって…前なんて向けない…。

あの日、艤装の解体が一日遅れていたなら。

あの時、私が代わりに撃たれていたなら。


“青葉聞いた?3日ぐらい前から、○○鎮守府の提督が行方不明だって。”


……もっと早く、私が自分の気持ちに気付けていたら。
こんな事には、ならなかったのかな。

かなしくて、さびしくて、いたくて。
あなたをころしたすべてさえ、こんなにもにくいまま。

いまどこにいるの?
さむいところ?
ひとりは、さびしいよね…あっためてあげたいし、あっためてほしい。

骨壷を開けて、そこにはジュンがいて。

私はバラバラになったジュンを手に取って、彼を飲み込んで。

飲み込んだ彼が食道を切って、咳をしたら血を吐いた。

それでも飲み干す。

私の中で生きて。身体の中は暖かいよ。

血になって肉になって、ずっとそばにいて。

わたしのなかで、いきつづけて。


気付けば、小さな骨壷の中身は半分程になっていました。
掌と鏡に映る唇には、真っ赤な血がこびり付いていて。
この瞬間、彼が死んだあの日以来、初めて笑えたのです。


彼が愛してくれた笑顔とは、程遠いそれを浮かべて。


502 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:40:53.28 ID:SfivEjrbO
エラーが発生したようです。一部から再投稿します。
503 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:42:19.30 ID:SfivEjrbO
『マリへ。

この手紙が読まれている時は、多分俺が殺された後だろう。
まずは謝らせて欲しい。ずっと隠しててごめんな。

お前が着任した頃は、まさか1年半したらあんな関係になるなんて思わなかったな。
あの時は俺もイカれてた時期だし、お前もまだ未成年のド新人。
最初は変わった子が来たなんて思ったけど、その後しばらくはそれっきりだったっけ。

今思えば、何となく気にはなっていたんだと思う。
そんな事を自覚する力は、あの頃の俺には無かったけど。

記者志望だからか、ぐいぐい来る子だなーって思ってた。
でもそんな所に救われたし、人に戻してもらえたと思ってる。
真っ暗な所にいた俺を、無理矢理にでも引っ張り上げてくれた。本当に感謝してるよ。

504 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:43:19.50 ID:SfivEjrbO
能力上限解放用リング。通称ケッコンカッコカリ。
俺は艤装パーツに埋め込ませて皆に使わせてたけど、今となってはお前の時は、ちゃんと右手用の指輪として渡したかったな。
それでも左手の本物は、最後まで取っておく予定だったけど。

この手紙が読まれないままだったら、間違いなくお前と結婚してた。それが出来たらこの手紙は、こっそり燃やそうと思ってたんだ。
読まれている今、それは叶わなかったんだろうがな。

沢山バカなことをして、沢山笑い合って、沢山ケンカもした。
死んだあの子の事、お前の叔父さんの事、サクラの事。
お互いこの戦争で辛い事も悲しい事も、数えきれない程あった。
そこを超えて行けたのは、お前が側にいてくれたからだ。
俺は支えになってやれたのか、それが気がかりになるぐらいにだ。

自責の念に囚われる時も、心配かけちまう時もあって。
それでもお前に出会えて、俺は本当に幸せだった。心の底から笑えるようになれた。
どんな死に様だったのか、これを書いてる俺には知りようも無いけど。最期までそう思って死ぬんだと思う。

根の優しいお前の事だろう、苦しませてしまうかもしれない。泣かせてしまうかもしれない。

だからこそ、俺の事は忘れるんだ。
人殺しだって事を隠して、差し伸べられた手を掴んじまった弱虫の事は、さっさと忘れちまえばいい。

いつか、本当にお前を支えられる人が現れる。お前ならきっと、陽の光の下を歩いて行ける。
やっと掴んだ真の意味での平和だ、その先をずっと歩いて行くんだ。

いつかお前の書いた本が、あの戦争の犠牲者の魂と願いを後世に繋いでくれるはずだ。
俺はその夢とお前の未来を、ずっと見守ってるから。どうか未来を生きてくれ。
それが自業自得で死んだ、情けない男からのせめてもの願いだ。

追伸

青葉であり、マリであるあなたへ。
誰よりも愛してる。出会ってくれてありがとう。

後藤ジュンイチロウより。』

505 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:44:25.28 ID:SfivEjrbO
「………ジュン…。」


最後、彼の名を記した所には…涙の跡がありました。
それを塗り潰すように、手紙に次々と新しい水滴が落ちて行く。

ジュン……私、そんなにいい子じゃないよ。
今だって…前なんて向けない…。

あの日、艤装の解体が一日遅れていたなら。

あの時、私が代わりに撃たれていたなら。


“青葉聞いた?3日ぐらい前から、○○鎮守府の提督が行方不明だって。”


……もっと早く、私が自分の気持ちに気付けていたら。
こんな事には、ならなかったのかな。

かなしくて、さびしくて、いたくて。
あなたをころしたすべてさえ、こんなにもにくいまま。

いまどこにいるの?
さむいところ?
ひとりは、さびしいよね…あっためてあげたいし、あっためてほしい。

骨壷を開けて、そこにはジュンがいて。

私はバラバラになったジュンを手に取って、彼を飲み込んで。

飲み込んだ彼が食道を切って、咳をしたら血を吐いた。

それでも飲み干す。

私の中で生きて。身体の中は暖かいよ。

血になって肉になって、ずっとそばにいて。

わたしのなかで、いきつづけて。


気付けば、小さな骨壷の中身は半分程になっていました。
掌と鏡に映る唇には、真っ赤な血がこびり付いていて。
この瞬間、彼が死んだあの日以来、初めて笑えたのです。


彼が愛してくれた笑顔とは、程遠いそれを浮かべて。


506 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:46:35.87 ID:SfivEjrbO

その数日後、今度は特捜部の本部へと呼ばれました。

表向きは、人質への事情聴取と言う体での事。
実際の所は…あの件で隊長を務めていた男との、マンツーマンの取り調べではありましたけど。

「…………そうか。それが君の知る全てという事だな?」

「……はい。私の知っている事は、これが全てです。」

「本当に、事件そのものには関わりが無いようだな。
恋人だけは守り通すと言う、後藤の意地か…恐れ入ったよ。君を裁ける要素は、こちらでは見付けられない。」

「でっち上げでも何でも、あなた達の権限なら可能だと思いますが?」

「……出来んものは出来ん。それだけだ。」

「随分すんなり引き下がるんですね。
先程取り調べの為にと、捜査過程を聞きましたが…本来なら、それを黙って無理矢理容疑を掛けられる立場でしょう?
私に捜査過程を教えると言う事は、復讐のソースを与える事と同義だと思いますけど。

あなた達を許す事は出来ません……でもあなたもまた、自分達の存在に疑問を抱いている。違いますか?」

「………さあな。これで君への調査は終わりだ、早く帰ってくれ。」

507 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/08(金) 05:48:32.48 ID:SfivEjrbO

本部を後にすると、私はすぐ近くのカフェに寄りました。

メモ帳を出して、一心不乱にペンを走らせる。
そこに書き出したのは、取り調べの中で出てきた捜査経過の事。

死体は元帥の息の掛かった者達の手により、粉砕機で隠滅されていた。

その中の一人を尋問し、死体をミンチにした現場周辺から骨片を押収、DNA鑑定の結果被害者と判明。

戦後、元帥の圧力が弱まったのを機に捜査は飛躍的に進展した。

海軍幹部の一人を尋問し、元帥とジュンのやりとりが発覚した。

………そしてこれは、私にとっては信じ難いもの。

匿名の情報提供を参考に、徹底的に発生日周辺のジュンと被害者の足取りを洗った結果、糸口を掴んだ。
捜査の劇的な進展は、そこから始まった。

あの件は軍内での事件として、軍以外では告知もされていなかった…。
情報提供のポスターだって、各鎮守府の掲示板にのみ。外の交番や警察に貼り出されていた訳じゃない。

そんな限られた中で、情報提供する存在……少尉さんや裏方さん達を除けば…他は…。


………他は。


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