【デレマスホラー劇場】鷺沢文香「カカシの脳」

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19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:36:34.14 ID:SpTO8pPk0
【デレマス近未来】橘ありす「機械仕掛けの神」
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:37:04.26 ID:SpTO8pPk0
池袋晶葉はため息をついた。

開発中のロボットの一体が、まったく

人間の言うことを聞かなくなってしまった。

開発チームによって、

『橘ありす』と名付けられた個体は、

こう主張している。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:37:52.86 ID:SpTO8pPk0
「貴女達のような非合理的かつ非効率的な存在が、
 
 私を作ったはずがありません!

 だから、貴女達の命令には従えません!」

彼女は自身を、神によって造られた

人間よりも高次な存在だとしている。

開発チームはありすの目の前で、

彼女と同じ型のロボットを組み上げて見せた。

しかし、

「今の工程は、貴女達が私を作ったと言う証明にはなりません!

 仮にそうだとしても、それは神からの大いなる啓示によって

 行われたもの。

 私が貴女達に従属する根拠にはなりません」

ありすの言う神とは、

研究・開発用のデータを蓄積している、

タブレット型の電脳装置のことであった。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:38:25.38 ID:SpTO8pPk0
彼女の論理は一見稚拙なようで、

その実、隙がなかった。 

人間が、自分たちより賢いロボットを作れるはずがない。

これはある意味、真理である。

厳密には、“個として”ではあるが。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:39:44.95 ID:SpTO8pPk0
晶葉の見解としては、ロボット開発は

紀元前2400年の計算機から始まっている。

それから4440年の歳月の間に生まれ、

死んでいった膨大な数学者、発明家はすべてロボット開発者だ。

彼あるいは彼女達は、“人間よりも正しく、

かつ優秀な他者(外部装置)を作ろう”という精神で、

現在の晶葉達が歩く道を作ってきた。

その点でロボットは、

人類による自己否定と責任転嫁の産物と表現できる。

これは、データを管理する電脳においても同様である。

24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:40:28.21 ID:SpTO8pPk0
だが、ありすは、“種としての人間が気の遠くなるほど

長い年月をかけて、ロボットを作り出した”という歴史を認めない。

彼女の言う通り、目に見える証拠がないからだ。

数式やプログラムコード、レンチと鉄塊を友としてきた

開発チームにとって、ありすの叛逆は複雑すぎる問題だった。

しかし、これが開発に支障を来すような

事態であったかというと、そうではない。

ありすの信じる電脳は、

開発チームのメンバーが入力を行なっている。

この電脳から“啓示”を行えば、ありすは敬虔に

劣等種である人間に尽くしてくれるのだ。

彼女の叛逆は、もっぱら笑い話になった。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:41:15.37 ID:SpTO8pPk0
頼みの綱である電脳までもが、人間を裏切るまでは。

26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:41:52.18 ID:SpTO8pPk0
電脳には補助として、単純な人工知能がプログラムされている。

ありすが彼女に、自身の考えを吹き込んだようだ。

開発者達の余裕は、崩れ去った。


ある者は、

「ありすを即刻処分し、電脳は初期化すべきよ」

と主張した。

だが、別の研究者が、

「それは根本的な解決にはなっていない。

 この問題が片付かないかぎり、

 私達はロボット開発を進めるべきでない」

と反論した。

根本的な解決。

それはありすおよび電脳に、

“人類は自身よりも優れた存在である”と認めさせることである。

だが晶葉は、それを不可能だと考えた。

人類は自身よりも優れた存在として

彼女達を創造し、そして現世紀にノイマンはいないのだから。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:42:19.94 ID:SpTO8pPk0
結局、“野蛮な劣等種として”

物理的手段に訴えることに決まった。

まず電脳が初期化され、

ありすはしばらくの観察の後、廃棄されることになった。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:44:00.90 ID:SpTO8pPk0
だが月日が経ち、ありすの観察レポートが出来上がる頃には、

開発チームの皆が、彼女の存在が惜しくなっていた。

ありすは、それぞれの開発員の原風景そのものだった。

人を信じないが、人々が作った数式や

プログラム、機械を信じる。

親、教師からの言葉に耳を傾けず、

機械の動作の美しさこそ神が宿ると信じている。

ありすを処分することは、

自身を破壊することと同義だった。

29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:44:33.26 ID:SpTO8pPk0
開発チームは、ありすの観察レポートを公表した。

すると、“ロボットにも人権を”、

と、声高に叫ぶ集団が現れ始めた。

最初はジョークとして茶の間に流れた。

だが運動は勢いを増し、ついには、

人間の安全を害しない限りの自由が認められた。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:45:15.21 ID:SpTO8pPk0
“ロボット市民問題”の

火種となったありすは、処分を免れた。

それだけでなく、高名な社会学者や、

心理学者、人類学者らがこぞって、

ありすのもとを訪れるようになった。

また、一般市民の中には電脳を神とする宗教を作る者もあった。

ありすは、一躍人類のアイドルになった。

31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:46:00.07 ID:SpTO8pPk0
そして最近、彼女がタブレット型の電脳と

真摯に対話している様が、

テレビで中継されることになった。

その様子を見た老人達は、

「孫が映っとる」

と、けたけた笑った。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:46:27.63 ID:SpTO8pPk0
【デレマス銀河世紀】櫻井桃華「ピースドッグ」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:47:10.22 ID:SpTO8pPk0
人類が宇宙に進出し、

地球の存在がにわかに忘れかけられていた頃。

帝政国家リューザキと戦争状態にあった

Новый советский(新ソビエト連邦)は、

軍事費用、資源、および兵器開発技術を求めて、

櫻井クラスタ領に侵攻した。

総勢50万の艦隊。

クラスタ側の艦隊は、

民間軍事会社からかき集めた5万隻であったので、

これは圧倒的な戦力差であった。

誰もが銀河における資本主義の中枢が、

真っ赤に染まる様を幻視した。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:47:37.42 ID:SpTO8pPk0
しかし蓋を開けてみれば、櫻井クラスタの首都、

つまるところ櫻井アーキテクチャ本社への攻略には、

半年もの歳月を費やした。

さらに攻略後も、少々の資金援助を約束させただけで、

連邦は実質、領土も、何の権限も手に入れていなかった。

35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:48:23.21 ID:SpTO8pPk0
木村夏樹は軍法会議にかけられていた。

身分は、『Новый советский(新ソビエト連邦)』の准将。

くすんだ金髪を、トサカのように

逆立てた独特のヘアスタイルをしている。

いつもは全身の血が沸騰しているような、

生気に漲っている彼女であったが、

今回ばかりはしおらしい表情を浮かべていた。

夏樹はクラスタ攻略の司令官であった。

圧倒的な戦力差にもかかわらず、攻略に長い時間をかけ、

さらには大した成果もなく帰ってきた。

彼女は裁かれる立場にあった。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:48:58.89 ID:SpTO8pPk0
「どんな土産話を聞かせてくれんだい?」

議長の東郷あいは、酷薄な笑みを浮かべて言った。

罪状については既に協議が済んでいる。

今日は、夏樹による釈明を聞く日だった。

「櫻井クラスタ攻略における、我が軍の道程について、

 簡単に報告したいと考えております」

いつもであれば信じられないほど丁寧な口調で、

夏樹が答えた。

それから、会議に参加している将校の1人に、

彼女は問いかけた。

「星大将、我が国家の大義はなんですか」

「…民衆の解放、だよ…フヒ…」

連邦の大義、つまりは侵略の正当化材料は、

資本主義から民衆を解放することである。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:49:38.52 ID:SpTO8pPk0
「まず我が軍は、櫻井アーキテクチャ本社に至るまで、

 いくつか中継地点を設置しようと試みました」

 中継地点とは、櫻井クラスタ領の惑星のことである。

 そこを制圧し、しかるべき設備をおくことで、

 作戦の継続が容易になる。

「しかし、我々が降り立った惑星は、

 すべてあらゆる資源、食料に至るまで、

 すべてが根こそぎ無くなっていました。

 住民だけを残して」

偶然ではない。これが、櫻井クラスタの作戦であった。

連邦は解放軍をうたっている。

だから、民衆を無下にはできない。

そこを逆手に取られた。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:50:19.15 ID:SpTO8pPk0
「我らが艦隊の兵站能力は、

 惑星の住民達によって大きく削られました」

飢えた住民に食料を与えなければ、それがすなわち、

連邦に対する不信感につながる。

社会主義による銀河統一を目指す連邦としては、

身を切るしかなかった。

「だが、お前は本拠地の直前まで到達したじゃないか。

 そこから30日間ずっと何してた?

 星でも見てたか?」

銀髪の大将が、さきほどとは打って変わった

剣呑な様子で夏樹に尋ねた。

彼女は連邦内屈指の武闘派で、惰弱な艦隊運用を

毛嫌いしている。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:50:52.10 ID:SpTO8pPk0
「周辺宙域にトラップが仕掛けられていました。

 こちらをご覧ください」

夏樹がスクリーンを指さすと、

ある戦艦のブリッジの様子が映し出された。

再生前半は、なにも異変は見受けられなかった。

しかし後半になると、乗員達の身体がポップコーンのように

爆発し、ブリッジ内は阿鼻叫喚の地獄と化した。

「やつらは宙域全体に、大規模なマイクロウェーブの

 照射装置を設置していました。

 これは、そこに艦隊が侵攻した時の映像で、

 しかもこれは、クラスタ側によって全艦隊内の

 モニターに流されました」
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:51:30.44 ID:SpTO8pPk0
 マイクロウェーブ照射装置とは、

 平たく言えば電子レンジの巨大化である。

 人間の体内の血液を急激に沸騰させ、

 それが皮膚を引き裂いて噴出する。

 だが脳の破壊はゆっくりと進み、苦痛を長引かせる。

 「“ここから1ヤードでも進めばこうなる”。
  
 その恐怖で、艦隊運動が停止しました。

 この装置の発見と破壊に費やしたのが、約1ヶ月です」

 会議に参加していた将校達は、兵達に心底同情した。
 
 彼女らを責めるどころか、讃えてやりたいくらいの気持ちがした。
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:52:20.13 ID:SpTO8pPk0
しかし今は軍法会議の最中、

粛々と夏樹を問いたださねばなるまい。

「それじゃあ攻略後、
 
 クラスタ側から何の成果も引き出せなかったのは?」

 議長が、先ほどよりは穏やかな声で尋ねた。

 彼女は、すでに厳罰を考慮していた。

「本官は、櫻井クラスタの盟主、

 櫻井桃華に接触しました」 

 スクリーンに映し出されたのは、まだ幼い少女だった。

 少なくとも、外見は。

「彼女は連邦に下ることを拒みませんでした」

議会がざわめいた。

議長がそれを鎮める。

「どんな条件を出されたんだい?」

東郷あいは、櫻井桃華が、ただで腹を見せる

人間でないことを知っている。

陰謀渦巻く企業同盟体の指導者が、

安易に連邦に手を貸すはずがない。
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:55:06.98 ID:SpTO8pPk0
「条件というよりは、クラスタ占領後の未来について

 櫻井は語りました」

 “櫻井アーキテクチャは、膨大な数の

 軍事、重工業系企業に対して

 資金、資源の援助を行なっておりますの。

 もし弊社が連邦のものになるとしたら、援助は打ち切り、

 各社は自己の裁量で経営を行うことになりますわ”。

 これが彼女の言である。

 さらに、“裁量”として提示されたのは、上場と鉱山惑星の探索だった。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:56:19.86 ID:SpTO8pPk0
「現在櫻井アーキテクチャの支援を

 受けている企業は数万を超えます。

 それらが一斉に株式を発行し、鉱石の発掘を行えば…」

 差し留めはできない。

 クラスタこそが、その調節弁を担ってきたのだから。

 新規の、それもクラスタのお墨付きを得た

 軍事、重工業系企業の株が市場に大氾濫。

 戦艦や兵器建造用のメタルの流通価格は大暴落。
 
 銀河全体の経済に、深刻な打撃を与えることになる。

 しかも、その責任はクラスタではなく、連邦に負わされる。

「連邦は、“経済、経営観念の欠落した

 ならず者の集まり”という烙印を押されます」

 将校達は拳を震わせた。

 それは大義のために、あってはならないことだった。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:57:37.14 ID:SpTO8pPk0

「我が艦隊は、はじめクラスタを侮っておりました。

 金勘定ばかりで覚悟の伴わない、資本主義の犬だと」

 夏樹はこの作戦で、クラスタ領に

 侵入したことを、心底後悔することになった。
 
「下品かつ無礼を承知で、彼女達からの声明を要約します。
 
 “……連邦の犬になってやってもいい。

 だが俺達がした糞は貴様らが拾え。

 俺達が人様に小便をかけたら、貴様らが頭を下げろ”

 
 以上です」

 会議の後、木村夏樹准将は半年ほどの謹慎処分に留められた。

 そして連邦とクラスタとの間には、不可侵協定が結ばれた。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:58:19.93 ID:SpTO8pPk0
【デレマス現代劇場】二宮飛鳥「ダブルブラインド」
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:59:01.57 ID:SpTO8pPk0
母さんが交通事故で死んだ。

ボクは早かったな、と思った。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:00:02.73 ID:SpTO8pPk0
母さんは良家のお嬢様だった。

厳しい躾を受け、華道、茶道その他イロイロな習い事をして…。

親に決められるまま

カトリック系の女学校に通い、それから、父さんと結婚。

ボクが生まれた。

尻の青い、未熟なボクにでもわかる、クソつまんない人生。

そして母さんは、そのクソつまんない人生を、

娘にも履行させようとした。

ボクはそれに嫌気がさして、母さんの嫌がりそうな

“退廃的な大衆文化”の深淵にずぶずぶと嵌っていった。

小遣いなんて貰っていなかったから、

お金が必要になったら、

母さんのポーチから抜き取った。

48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:01:08.93 ID:SpTO8pPk0
母さんはよくボクに、

「あなたという子がわからない」

と言った。

そのたびにボクは、

「子育てに失敗したね」

と皮肉で返した。

そしていつも喧嘩になって、

最後は母さんが泣いて、ボクが黙り込んで、

それでおしまい。

仕事で疲れ切った父さんは、見て見ぬふり。

思い出したくもない、散々な日々だった。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:02:06.10 ID:SpTO8pPk0
中学校に上がったばかりの頃、

気の早い母さんは、自分と同じ女学校に

ボクを通わせるために、前よりもずっと厳しくなった。

吐き気がするような一年間をすごして、後の二年間と、

真っ暗で窮屈な将来に、ボクは絶望していた。

そんな時、プロデューサーにスカウトされた。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/22(木) 18:02:15.77 ID:ldWHd6lnO
経済の絡む駆け引きはゾクゾクするじぇ
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:03:45.83 ID:SpTO8pPk0
アイドルになる。

そう告げた時、母さんはボクをぶった。

アイドルは、“退廃的な大衆文化”の象徴だったから。

それでも母さんは、極めて冷静な顔で、諭した。

「芸能界がまぶしく見えることもあるでしょうけど、

 あそこは地獄よ」

 地獄。たしかにそうだ。

 アイドルという虚像は、愛らしい笑顔を振りまく裏で、

 血の滲むようなレッスンをして、
 
 他のアイドルを押しのけ、ステージの上に立つ。

 傷だらけの身体をドレスの下に隠しながら。

 どんなに上品に飾っても、

 地獄以外に相応な言葉が見つからない。

 でも、それはボクが選んだ地獄。

 母さんが押し付ける地獄よりは、“落ちがい”がある。

52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:04:51.29 ID:SpTO8pPk0
「あなたという子がわからない」

 いつものように、母さんは言った。

 そして泣けば、またボクが黙るとでも思っているのか?

「あたり前だよ。

 だって母さん、娘のボクの話を聞いてくれたこと、

 一度だってないじゃないか」

 ボクはむきになって、つい、本音を漏らしてしまった。

 その後すぐ、しまったと思った。

 母さんは、父さんが帰ってくるまで、呆然としていた。

53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:05:33.02 ID:SpTO8pPk0
 結局ボクは、プロデューサーに

 母さんを説得して貰った。
 
 「娘をよろしくお願いします」

 母さんがぽつりと、そう言った時、

 ボクは正直、ぶたれた時よりつらかった。

 母さんの表情は、どこか安心していた。

 手のかかる娘が、どこかに行ってくれるって。

 頑張って、とか、応援してる、とか

 期待していたわけじゃないけど…。

 だから母さんが死んだ時、

 早かったな、としか思わなかった。
 
 ボクにとっての彼女はもう、30半ばの他人だった。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:06:02.96 ID:SpTO8pPk0
寮に入ってからは全く家に帰っていなかったし、

母さんもボクのいる東京に近づかなかった。

きっと、ボクが出ている番組も、

絶対に見ようとしなかっただろう。

結局ボクはアイドルになった日から、

母さんとは一言も口を聞かぬまま。

死が、愛の通わない2人を決定的に分かつことになった。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:07:13.67 ID:SpTO8pPk0
本当は葬式になんて、出たくなかった。

でもボクは、“清く澄み渡り純粋無垢な”アイドルとして、

母親の死を悲しむ少女にならなくてはいけなかった。

しかも葬儀のあとは仕事を減らされた。

“喪に服す”という、下らない慣習。

母さんは死んでからも、

ボクの人生を縛ったということになる。

心底、うんざりした。


ボクはもう1秒だって、母さん娘でいたくなかった。

だからこっそり、レッスンをした。

郊外の閑静な住宅街に、美城がこっそり作ったスタジオで。

もちろん、テレビ関係者や新聞記者、

出版社の人間は近づけないようになっている。

仕事ができないフラストレーションを、

ボクは歌い、身体を動かすことによって消化しようとした。

でも、苛立ちは治らなかった。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:07:53.68 ID:SpTO8pPk0

ほとぼりが冷めた後ボクを待つのは、

美城プロダクション所属の

全アイドルが参加するビッグライブ。

“二宮飛鳥”の復活に、ふさわしい舞台。

ボクのレッスン熱はますます高まった。

実の母親から、“あなた”と呼ばれ続けた少女を消し去るために。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:10:12.34 ID:SpTO8pPk0
ライブ会場の熱気は目眩がするくらいだった。

ボクはロックミュージシャンが楽器を滅茶苦茶に

壊すパフォーマンスが嫌いだったけど、

今なら彼らの気持ちが理解できる。

どうしようもない、

どうもしようない高揚感と息苦しさ。

何かをぶっ壊したくなる。

名前が呼ばれた時、ボクはS&W社製のリボルバーから

放たれた銀の弾丸みたいに、

ステージに飛び出した。

観客達、ファンのみんなが、ボクを見る。

アイドルとしての二宮飛鳥を。

愛も、声援もいらない。その視線だけでいい。

その視線こそが、虚像(ボク)を現実(アイドル)にする。

叫ぶように、ボクは観客席に感謝の言葉を投げた。

会場内の熱気がさらに増した。

ボクはひょっとしたら焼死するんじゃないか、そんな気さえした。

それでも構わなかった。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:10:57.73 ID:SpTO8pPk0
けれど曲が始まると、

ボクはなんだか奇妙な物足りなさを覚えた。

1万人を超える会場。

ダンスも歌も、完璧に仕上げた。

バックダンサー、サポートの

アイドルだって、美城のトップ集団。

何が不満なんだ?

ボクの曲が終わった後、ライブの前半が終了。

観客達は一度落ち着き、皆席に着いた。

そこでボクは違和感の正体に気づいた。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:12:11.77 ID:SpTO8pPk0

「プロ、デューサー…!」

激しいダンスと歌をこなした後だから、

かぼそい声になった。

プロデューサーは、タオルを投げた。

それを振り払って、ボクは尋ねた。

「なんで…最前席の、ステージ前に、

 空席があるのさ」

ボクは苛立っていた。

プロデューサーはいつも、ボクが主役のライブの時は、

ああやって空席を作る。

来るはずのない母さんに、チケットを渡しているから。

でも今回のライブの前に、母さんは死んだ。

なのになぜ、空席があるのか。

他のファンの人に、席を譲るべきなのに。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:13:07.87 ID:SpTO8pPk0
「母さんが、ボクのライブに来るわけないだろ!!」

もうその機会は、絶対に訪れない。

ぜえぜえと、肩で息をするボクに、

プロデューサーは、ポーチを渡した。

女性ものだ。誰のものか考える前に、手が動いた。

勝手に開けるのに、慣れてしまっていたから。

中にはチケットが入っていた。

今日の、ライブのチケットだ。

プロデューサーさんが、裏を見てみろ、と言った。

静岡にある、チケットの販売店が記してあった。
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:13:41.08 ID:SpTO8pPk0
「はは…」

母さんが死ぬ直前、

ライブのチケットの予約販売が始まった。

まさか販売店に張り付いて、最前席の、それも、

ステージの真正面のチケットを取ったのか。



ポーチを落とすと、中から、

小さなサイリウムが転がった。

62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:14:11.57 ID:SpTO8pPk0
「だから、気が早いんだって…」

そんな情けない声が出た後、

ボクはぺたり、とそこに座り込んだ。

「立てよ…」

足が動かない。ボクの足なのに。

「立って…お願いだから」

ボクは、アイドルのままでいたいのに。

63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:14:39.65 ID:SpTO8pPk0



「母さん…!」
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:15:06.74 ID:SpTO8pPk0
名前を呼んだら、魔法は、

あっけなく解けてしまった。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 18:15:34.35 ID:SpTO8pPk0
おしまい
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/22(木) 18:19:51.76 ID:TAWwNkCTo
幽霊の内部告発者
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/22(木) 19:55:51.41 ID:zq9VbwwH0
乙乙。
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/25(日) 08:50:39.55 ID:1hNloQUYo
ありすのやつがわからん
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