ギャルゲーMasque:Rade まゆ√

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

98 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/20(火) 23:40:26.47 ID:YXamFqBr0


美穂「ねぇ、Pくん」

P「……なんだ?」

美穂「……これから……Pくんが、まゆちゃんと付き合い始めても……これからもずっと、変わらないままでいてくれますか?」

P「……あぁ、もちろんだ。俺はこれからも……美穂と、友達でいたい」

美穂「……そっか。なら、良かったです」

P「……ありがとう」

美穂「……手を繋ぐだけじゃ、寒いですね……わたし、もう一回お風呂に浸かって来ます……」

そう言って、美穂が隣の部屋へと戻って行った。

P「……あぁ」

……ちくしょう、ダメだ。

苦しいものは苦しいし、辛いものは辛い。

良かった、目の前に露天風呂があって。

例え今俺の顔が濡れていたとしても、全部それのせいに出来る。

P「……ふー……」

ぱぱっと浴衣を脱ぎ、露天風呂に浸かる。

大きく吐いた溜息は、夜の空へと吸い込まれて行った。

……でも、もう。

こんな思いをするのだって、これで最後だ。

明日からは、頭を空っぽにしてまゆと付き合える。

これからも、一緒に過ごす事が出来る。

最初のデートは何処へ行こうか。

李衣菜に、恋人が出来たって自慢もしたいな。

あぁ、楽しい事だらけじゃないか。

だから、今だけは。

もう少し、風呂のせいにさせて貰おう。
99 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/20(火) 23:41:02.56 ID:YXamFqBr0


文香「……P君。起きて下さい」

P「……後十五分と消費税分……」

文香「朝ご飯の時間です」

文香姉さんの言葉が冷淡過ぎて怖くて起きた。

うん、昨日も夕飯の時かなり待たせちゃったし。

起きました、はい、起きてます。

文香「……ふふ」

P「……あれ?」

スマホを見れば、まだ七時前だった。

旅行の朝ご飯にしては、まだ早い時間な気がする。

P「折角なんだし、もう少し寝てれば良かったのに」

文香「折角ですから、早起きして散策でもしようかと……」

文香姉さんは、窓際のソファで読書していた。

窓から差し込む朝陽に照らされ、いつもより顔が明るく見える。

……なんて言うか、映えるな。

年中暑そうな服着てる文香姉さんの浴衣姿なんて、初めて見たかもしれない。

文香「昨晩は、美穂さんと佐久間さんと散策していたんですよね……?でしたら、私にも付き合って下さい」

P「あいよ、ちょっと顔洗ってくる」

顔を洗って歯を磨く。

よし、目も腫れてない。

まゆも美穂も、まだ寝ているだろう。

特に美穂は朝弱いし。
100 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/20(火) 23:41:28.62 ID:YXamFqBr0


朝露に濡れた草を踏みながら、文香姉さんと並んで歩く。

そう言えば、それすらも久し振りな気がする。

文香「……起こしてしまって、すみませんでした……」

P「いや、別に良いよ。早起きは消費税の特だからな」

文香「ふふ……最近は、佐久間さんがP君を起こしていましたから……偶には、姉らしい事をしてみようと思ったんです」

P「……あ、そうだ姉さん」

文香「佐久間さんと付き合い始めた、ですよね……?」

P「ん、あぁ」

文香「……美穂さんは……」

P「……断ったよ」

文香「……そうですか……辛かったですか……?」

P「まあ、うん。でもその分……いや、それ以上に。これからが楽しみかな」

文香「……P君らしいですね」

P「にしても珍しいな。姉さんが姉らしく振舞ってるの」

文香「……気の迷いかもしれません」

P「……なんだそりゃ」

文香「……それと、正確には従姉妹ですから」

P「分かってるって」

文香「……ふぅ……そろそろ、お腹が空いてきました」

P「朝歩くと朝ご飯が美味しいよな。バイキング形式だし、沢山食べないと」

文香「そうですね……ふふ。とても、楽しみです」

101 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/20(火) 23:41:56.98 ID:YXamFqBr0


まゆ「……おはようございます」

P「おう。おはよう、まゆ」

文香「あら……美穂さんは、まだ眠っているんでしょうか……?」

まゆ「はい。起こそうとしたら、アルマジロになっちゃって……」

春の朝って凄く眠いもんな。

特に美穂は朝弱いし。

まゆ「それで……あの、Pさん……」

P「ん?なんだ?」

まゆ「……昨日の事ですけど……本当に、良いんですよね?」

P「良いって、何がだ?」

まゆ「その……まゆとPさんが、お付き合いを……」

P「あぁ、もちろんだ。と言うか俺から告白した気がするけど」

まゆ「良いんですよね?」

……何がだろう。

まゆ「でしたら…………ふぅ」

まゆが、大きく息を吸い込んで。

息を吐いた。

また吸った。

また吐いた。

また吸って……
102 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/20(火) 23:42:23.14 ID:YXamFqBr0


まゆ「Pさぁん!!」

P「うぉっ!」

抱き着かれた。

まゆ「二人きりのイチャイチャタイムの始まりですよぉ!!」

ギュゥゥッ!っと、強い力で抱き締められる。

胸にグリグリと擦り付けてくるまゆの頭から、ふんわりと良い香りがした。

嬉しいけど、幸せだけど……うん、恥ずかしい。人目あるから。

文香「あの……」

まゆ「イメージして下さい、ここはまゆとPさん二人きりの世界です」

P「周りに他の客とか従業員居るけどな」

文香「私も居るのですが……」

まゆ「さぁPさん!まゆを強く抱き締めて下さい!」

P「お、おう……」

なんて言うか……テンションが一気に跳ね上がったな。

取り敢えず、言われるがままに片腕でまゆを抱き締めてみる。

まゆ「…………」

P「……まゆ?」

まゆ「……はっ!すみません。まゆ、Pさんに抱き締めて貰う夢を見ていました」

P「現在進行形で抱き締めてるけどな」

まゆ「つまり現在進行形で夢という事ですねぇ」

P「夢じゃないぞ」

まゆ「夢でしたから」

P「でも現実だぞ」

まゆ「…………」

P「……まゆ?」

まゆ「……はっ!すみません。まゆ、Pさんに抱き締めて貰う夢を見ていました」

会話が終わりそうに無い。

まぁ良いか、幸せだし。

幸せのメビウスの輪から抜け出せそうにない。
103 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/20(火) 23:42:53.58 ID:YXamFqBr0


文香「……このお箸、お砂糖の味が強いですね……」

P「……まゆ、そろそろ朝ご飯食べないか?」

まゆ「少々お待ち下さい。まゆがPさんの為に、お料理を取ってきますから」

そう言って、戦場に向かう様に拳を握り締めて料理を取りに行ってくれた。

……あ、浴衣の裾踏んでコケた。

まゆ「うぅ……Pさぁん、痛いです……」

P「おーよしよし。あ、良くないのか。よくないよくない」

まゆ「……ナデナデと、痛いの痛いの飛んでけーのオプションもお願いしますよぉ」

P「お、おう」

まゆ「それと、まゆへの愛を囁きかけるのも忘れずにお願いします」

P「……お、おう」

……まぁ、いいか。可愛いし。

見た事ないレベルで表情が蕩けきってるし。

まゆ「……ふぅ、リベンジして来ますよぉ!」

P「そうか、気を付けろよ」

まゆ「まゆの勇姿、見守っていて下さいねぇ!」

再びまゆは、並べられた料理へと向かって行った。
104 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/20(火) 23:43:42.38 ID:YXamFqBr0


美穂「おはようございます…………なんですか?あれ」

P「あの可愛い生き物?あれ佐久間まゆっていう女の子で、俺の恋人なんだよ」

まゆ「恋人……っ!」

この距離で聞こえてるのか。

美穂「……幸せそうですね」

P「だな」

美穂「……幸せって、人をバカにするんですね」

P「辛辣だな……」

今のまゆを見てると否定はしてあげられそうに無いけど。

文香「……反動、でしょうね」

P「かもしれないな」

でも、以前のずっと笑顔なだけのまゆよりも。

今みたいにコロコロと表情が変わるのを見ている方が、なんだか楽しいし。

そんな、少し抜けたところのあるまゆを見せてくれているのが、嬉しくて。

P「……可愛いなぁ」

まゆ「……可愛い……うふふ……うふふふふ……」

だからなんで聞こえているんだろう。

美穂「……あ、まゆちゃんお水こぼしてる」

まゆ「あぁぁっ……Pさぁぁん!!」

俺が落ち着いて食事にありつけるのは、まだまだ先になりそうだ。

105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/21(水) 00:40:10.09 ID:GUb1ZupTo
ここにきてポンコツゥー!
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/21(水) 04:01:13.21 ID:1SjjCCIn0
さらっとふみふみルートの伏線入れてきたよ!
これ通常ルートだとまゆルートでしか判明しないっていうお決まりのやつだね
107 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:36:28.07 ID:5EiqoQlRO


ピピピピッ、ピピピピッ

P「……うーん……」

ゴールデンウィーク明けの朝。

ここ数日休みが多かったから、学校の為に起きるのが心からしんどい。

ゴールデンウィーク明け休みとかそういうのが適用されたりしないだろうか。

ゴールデンウィークで疲れた人の為に休みを用意するのは、国として正しい選択だと思うが。

P「……ん?」

まぁアホな事考えてないで取り敢えず布団から出ようと思ったところで。

なんか、隣に生き物の気配がした。よくよく見れば、布団が盛り上がっている。

……俺、犬とか飼ってたっけ?

俺が動いていないのに、布団がもぞもぞと動き……

ドンッ!

P「あ、落ちた」

まゆ「うぅぅっ……Pさぁぁん……」

まゆが、ベッドから落ちた。

……なんで?

まゆ「痛いです……まゆ、何も悪い事してないのに……」

P「まゆは悪くないよ。悪いのは幅1メートルにも満たないベッドを買った俺だ」

なんで俺は謝っているんだろう。

……いや、そうじゃない。

なんでまゆが俺のベッドで寝てたんだ?
108 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:37:05.49 ID:5EiqoQlRO



まゆ「はっ?!……おはようございます、Pさん。朝ご飯の準備が終わってますから、早く着替えて降りて来て下さいね」

P「何もなかったかのように部屋から出て行こうとするんじゃない」

まゆ「……うふふ?」

P「可愛く微笑んでもダメだ。状況の説明を求めるぞ」

まゆ「ま、まゆは……Pさんに求められたのであれば、いつでも……」

P「まじで?!」

まゆ「まじですよぉ」

違うそうじゃない。

まゆが恋人だって事も、美少女だって事も分かっているが。

朝起きたら同じ布団で寝てるとか、その、普通にビビる。

まゆ「それはですねぇ……話すととても長くなってしまいますが……」

P「どんくらい?」

まゆ「美城校長のポエムくらいですねぇ」

P「日によってまちまちだな」

まゆ「絶好調な時の美城校長でお願いします」

P「一日が終わるな」

まゆ「そんなに長く話していては遅刻しちゃいますからねぇ」

P「まゆ」

まゆ「はい……ごほんっ!今朝まゆは、早起きをしてPさんの家に朝ご飯を作りに来ました」

P「ありがとう、まゆ」

まゆ「お代は身体で払って貰いますよぉ」

P「……身体で……」

心がトキメキ過ぎて朱鷺になる。

羽ばたいて空を舞いそうだ。

まゆ「……撫でて、くれますか?」

P「っおう!任せろ!!」

まゆを撫でた。

ついでに汚い想像をしてしまった自分の心を殴りつけた。
109 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:37:58.67 ID:5EiqoQlRO



まゆ「うふふぅ……ふふふふふ……ふぅ……」

P「……で?作りに来てくれて?」

まゆ「作り終えたものがこちらになります」

P「三分クッキングかな?」

まゆ「そして、まゆがPさんを起こそうと部屋に入って……その時、事件は起きました」

神妙な面持ちで、此方を見つめるまゆ。

一体、俺の部屋に何が……

まゆ「……Pさんが、寝ていたんです」

P「……マジか……」

当たり前過ぎて逆に怖い。なんて事だ、俺が寝ていたなんて。

まゆ「これは事件です。えぇ、大事件ですねぇ」

P「だとしたら俺の部屋は毎朝大事件常習犯だな」

まゆ「Pさんが寝ている。それが何を意味するか……分かりますか?」

P「……分からない。正直全くついていけてない」

まゆ「Pさんが……寝ているんです」

P「……そうか……」

まゆ「扉を開けた先には……Pさんの寝顔、暖かそうな布団、幸せに満ち溢れた空間……これは……マズいですよねぇ」

P「……そうなのか」

まゆ「まゆはその状況からPさんを助けるべく、『起きて下さい』と囁いたんです」

P「へー」
110 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:38:39.35 ID:5EiqoQlRO


まゆ「しかし……Pさんの寝ている布団に潜り込んで、抱き付いて、耳元で囁いたのにも関わらず……Pさんは、目を覚まさなかったんです」

P「待って色々跳んだ。え、必要だった?その動作必要だったか?」

まゆ「そして気付けば……まゆすらも、その幸せな空間に飲み込まれてしまったんです……」

P「脅威のスルー力」

まゆ「このベッドが……っ!このベッドさえ無ければ……っ!!」

まゆが窓を開けて、俺の布団に殴り掛かる。

あーなるほど、埃叩いてくれてるのかな。

まゆ「……はぁ、はぁ……Pさん!まゆの勝利ですよぉ!!」

P「そっかー、良かったな!」

もう何もかもが分からない。

分かるのはまゆが可愛いという事だけだ。

取り敢えず抱き締めておこう。

まゆ「……はっ?!」

P「どうした?」

まゆ「布団を叩いてしまっては……布団にエンチャントされていたPさん成分が薄れて……うぅ、まゆはなんて事を……」

P「……なるほど、なるほど」

分かったぞ、まゆこいつアホだな?

まゆ「ぅぁぁぁっっっ!まゆ、なんて事を……っ!」

P「おーよしよし。これから一緒にエンチャント魔法を身に付けていこうな」

まゆ「はぁい……」

ガチャ

文香「あの、朝ご飯が………………何してるんですか?」

P「……おはよう姉さん」

文香「すみません、部屋を間違えました」

P「あってるから!おはよう!姉さんおはよう!ごめん!おはよう!!」

111 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:39:22.52 ID:5EiqoQlRO


P「行ってきまーす」

文香「……煩悩を排除したら、帰って来て下さい」

まゆ「うぅ……朝からお見苦しい姿を……」

五月の朝は、日陰さえ避ければそこそこ暖かい。

吹く風の冷たさも薄く、素晴らしい通学日和だった。

まゆ「ところでPさん。一つ、お願いがあるんです」

P「ん?なんだ?」

まゆ「……まゆとPさんは、こ、こここっ!こっ!」

……鶏か?

まゆ「こいっ!ここっ!こいっ!っ!」

……鯉か。

まゆ「びっ!びびっ!びっ!っ!」

壊れたロボットみたいだな。

まゆ「と!言えました、Pさん!言えましたよぉ!!」

P「……おう!おめでとう!やったな!凄いじゃないか!!」

一体何を言えたのかさっぱり分からないが、喜んでいるんだから褒めておこう。

P「で、お願いってなんだ?」

まゆ「それはですねぇ……こいっ、こっ、びっ!びびっ!」

またバグった。

P「……あ、恋人?」

まゆ「っ!まゆが言おうとしていた事を分かってくれるなんて……心が通じ合っている証拠ですねぇ……!」

P「で、この証拠で誰を逮捕するんだ?」

まゆ「あなたの心です」

P「盗むやつじゃなかったっけ、それ」

まゆ「Pさんの心を、まゆが終身刑にしますよぉ」

P「執行猶予とかそういったものは……」

まゆ「欲しければ……そうですねぇ、まゆの願いを叶えて下さい」

そう言えば、最初はそんな会話をしていた気がする。
112 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:40:13.57 ID:5EiqoQlRO



P「で、何をすればいいんだ?」

まゆ「……ごほんっ、Pさんに問題です」

P「なんか唐突にクイズ番組が始まった」

まゆ「大ヒントです。いってらっしゃいといってきますのキスをして下さい」

P「問題は?問題はどこ?」

まゆ「さぁ!はやく!はりーあっぷ!制限時間が迫ってますよぉ!」

P「まじか!急がなきゃ!」

まゆを抱き締めて。

ちゅ、っと。

軽く、唇を重ねる。

まゆ「…………」

P「…………正解だよな?」

これで求めてる回答と違うとか言われたら恥ずかし過ぎる。

まゆ「……五月八日月曜日、七時五十五分」

P「え、俺マジで逮捕されるの?!」

まゆ「恋人になってからの初めてのキスですからねぇ。しっかりと記録に残して、後世まで語り継いでゆきますよぉ」

P「待てまゆ、それをツイッター上に呟こうとするんじゃない」

まゆ「大丈夫ですよぉ、こっちはプライベート用の鍵アカウントですから」

P「フォロワー数は?」

まゆ「0ですよぉ!」

P「寂しいなぁ!!」

まゆ「誰もフォローしてくれないんです……」

P「鍵掛けてて誰か分からないからじゃないかな……アカウント名は?」

まゆ「PさんLove」

P「誰もフォローしようとは思わないんじゃないかな……」

まゆ「……さて、問題に正解したPさんには素敵なプレゼントを進呈しますよぉ」

P「お、なんだ?」

まゆ「まゆからの……き、きききっ!きっ!きーっ!」

P「……鷹か?」

まゆ「キスですよぉ!」

P「やったぁ!」

ガチャ!

文香「……すみません、はやく退いて頂けませんか?私が家から出辛いのですが……」

P「いやほんとゴメンなさい」


113 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:40:42.10 ID:5EiqoQlRO



李衣菜「おはよーP。温泉旅行どうだった?」

加蓮「やっほー鷺沢……それ何?横に憑くタイプの背後霊?」

P「おはよう、二人とも。お土産あるぞー」

左腕にへばりついているまゆを引き剥がし、カバンから温泉饅頭を取り出す。

それを二人に渡したと同時に、また俺の左腕の重量が増した。

智絵里「えっと……おはようございます、Pくん」

P「よ、智絵里」

智絵里「……凄い、ですね……」

P「何が……言わなくていいや。分かるから」

美穂「おはようござい……うわぁ……」

うわぁ、って……

いやまぁ、言いたい事は分かるけどさ。

李衣菜「……な、仲良しだね!」

加蓮「まゆってあんなアホっぽい顔してたっけ。してたね、うん」

智絵里「……ほ、ほんとにまゆちゃんなんですよね……?」

まゆ「わたしまゆ、今Pさんの隣に居るんです」

李衣菜「見れば分かるけど」

まゆ「二度と離れませんよぉ」

P「あ、俺一時間目教室移動あるじゃん」

まゆ「…………」

そんな死にそうな目で俺を見るな。

流石にこれは仕方ないだろう。

加蓮「良い表情だね。写真撮っていい?」

李衣菜「そろそろ先生来るからスマホしまっといた方がいいかもよ」

ガラガラ

ちひろ「おはようございま…………鷺沢君、左腕に装備したそれを解除してから教室に入って下さい」

P「自分の意思では外せないんですよ、この装備」


114 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:41:16.21 ID:5EiqoQlRO



加蓮「で?まゆと鷺沢は付き合ってんの?」

まゆ「どうだと思いますか?」

加蓮「アホだと思うけど」

李衣菜「そういう意味じゃ無いんじゃないかな……」

まゆ「Pさんに迷惑を掛けない範囲で、まゆも恋人ライフを満喫するって決めたんですよぉ」

智絵里「……Pくん、ちゃんと告白出来たんですね」

美穂「ね、そうみたいです」

李衣菜「……で、まゆちゃんはさっきから何してるの?」

まゆ「パスワードの解析中ですよぉ」

美穂「何のパスワードですか?」

まゆ「スマホのパスワードです」

李衣菜「忘れちゃった感じ?指紋認証とか設定してなかったの?」

まゆ「まだ設定していませんねぇ」

美穂「ところでまゆちゃん」

まゆ「なんですかぁ?」

美穂「……それ、Pくんのスマホですよね?」

まゆ「そうですよぉ」

加蓮「…………うわぁ」

李衣菜「……えぇ」

美穂「…………」

智絵里「…………?」
115 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:41:58.83 ID:5EiqoQlRO



まゆ「……?それがどうかしたんですかぁ?」

李衣菜「あ、まゆちゃんにとっては当たり前の事をしてる感じ?」

智絵里「……え?普通ですよね?」

加蓮「いやナシでしょ、普通に考えてヤバイ人じゃん」

美穂「Pくんの誕生日じゃ開かなかったんですか?」

まゆ「ダメでしたねぇ。期待を込めて0907も試しましたけど……」

李衣菜「まぁPってそういうところ適当だからね。多分特に意味の無い数字とか使ってるんじゃない?」

美穂「……誰も止めようとはしないんですね」

まゆ「なので、昨日からずっと000000から試しているんです」

美穂「あ、六桁なんだ」

加蓮「0905とかは?」

まゆ「加蓮ちゃんの誕生日ですよね?試してすらいません」

李衣菜「まず六桁って言ってるしね」

加蓮「じゃあなんで自分の誕生日は試したの?」

まゆ「そうだったら嬉しいからですよぉ!今、999900まで辿り着きました」

智絵里「……あ、999999で開きましたよ?」

李衣菜「逆から試してれば一瞬だったね」

まゆ「……困難を乗り越えた先に、希望はあるものですよぉ」

加蓮「男子のスマホを覗いて希望がある訳ないじゃん」

美穂「あ、でもまゆちゃん、とっても良い笑顔ですねっ!」

まゆ「ふふ……Pさんと、ようやく心が通じ合いましたよぉ!」

李衣菜「で、何するの?」

まゆ「壁紙をまゆとPさんのツーショットにします」

美穂「いつ撮ったんですか?」

まゆ「今朝、Pさんが寝ているうちにこっそり撮りました」

智絵里「……他には、何かするんですか?」

まゆ「え?しませんよ?」

智絵里「……え?それだけ……?」

加蓮「乙女か!!」
116 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:42:28.32 ID:5EiqoQlRO



ピロンッ

まゆ「きゃっ?!」

李衣菜「ん、誰かからライン来たじゃん」

加蓮「お、修羅場?他の女とか?!」

智絵里「……早く確かめませんか?」

美穂「なんでみんな、そんなに興味津々なんですか?」

まゆ「……開きますよぉ」

加蓮「……誰?誰?!誰だった?!」

李衣菜「付き合って即修羅場とか面白過ぎるでしょ」

美穂「あ、文香さんですね」

『佐久間さん。勝手に人のスマホを弄るのは良くありませんよ』

まゆ「…………」

加蓮「…………」

美穂「…………」

智絵里「…………」

李衣菜「…………」

まゆ「……帰ったら土下座して謝ります」

李衣菜「うん、止めなかった私達の分も謝っといて」

智絵里「……ひぅっ……」

加蓮「今度、菓子折り持って謝りに行くから」

美穂「わ、わたしは止めたもん!」


117 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:43:13.07 ID:5EiqoQlRO


P「おーいまゆー」

まゆ「はぁい、あなたのまゆですよぉ」

P「俺さ、今朝スマホ家に置いてきちゃってたっけ?」

ポケットに入れといたつもりだったけど、どこにも見当たらないんだよな。

まゆ「それでしたら、確か鞄の外ポケットに入れてる所を見かけましたよぉ」

P「ん、ほんとだあったあった。ありがとな、まゆ」

多分誰からも連絡は来てないだろうけど、一応確認してみる。

……ん、文香姉さんからメッセージが来てたっぽいな。

消されてるって事は、向こうが送る相手間違えたのか。

まゆ「さて、お菓子を買って帰りますよぉ」

P「ん?お菓子ならまだ家に結構あったろ?」

まゆ「きちんとした謝罪用のお菓子が必要なので……」

P「なんだか分からないけど、まぁ付き合うよ」

帰りのHRを終え、商店街でケーキを買って帰路に着く。

それにしても加蓮に智絵里に美穂に、あまつさえ李衣菜すらどこかよそよそしかったけど何かあったんだろうか。
118 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:43:41.16 ID:5EiqoQlRO



P「ただいまー姉さん」

文香「……お帰りなさい、P君。佐久間さん」

まゆ「っ!此方、お詫びの品になります……何卒内密に……」

文香「これは……何の事かは分かりませんが、このケーキは有難く頂いておきます」

まゆ「有難き幸せですよぉ」

……何があったんだ?

文香「……殊勝な心掛けの佐久間さんに、一つ素敵な情報を差し上げましょう」

まゆ「素敵な情報ですか?」

文香「……引き出し一番下段、二重底下の箱」

P「よしまゆ!早く俺の部屋に行くぞ!」

ケーキで買収されるな文香姉さん。

それは俺のコレクションの隠し場所じゃないか。

というか、なんで把握されてるんだ。

まゆの手を引いて、リビングから脱出した。

バタンッ

まゆ「……Pさん」

P「ん?なんだー?」

軽く返してみたけど、まゆの顔を見るのが怖い。

まゆ「……本、ですよね?」

P「な、なんの事でしょうか」

まゆ「引き出し一番下段の二重底下の箱に、何が入っているんですか?」

P「……夢が詰まってます」

まゆ「Pさんの夢、まゆにも見せて貰って良いですか?」

P「えっと……断れたりしますか?」

まゆ「……Pさんは……まゆに、隠し事をするんですね……」

……そんな捨てられた子犬の様な目で俺を見るな。
119 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:44:10.99 ID:5EiqoQlRO



まゆ「……まゆ、寂しいです……」

P「……すまん。それでも……見せる訳には、いかないんだ」

まゆ「……そうですか……」

P「すまん……」

まゆ「ところで、この地図帳なんですが」

P「おおっとぉ?!」

いつの間に取り出された?!

その地図帳はマズイ、その表紙はカモフラだから。

中身は……あまり人にはお見せしたくない本が入っている。

まゆ「今度デートに行く場所、一緒にこの地図帳で決めませんか?」

P「それ世界地図だからさ、もう少し地域の限定された地図で決めないか?」

まゆ「……おや?この地図帳、なんだか頭が表紙と本誌で合ってませんねぇ」

P「なんでだろうな?!不思議だな!もっとちゃんとした地図でデートプランを立てようぜ!」

まゆ「Pさん」

P「はい」

まゆ「……開かせて貰いますよぉ」

P「オススメはしないけど……まぁ、その……ごめんなさいって先に謝っておきます」

恋人に目の前で自分のエロ本見られるとかどんな拷問だよ。

申し訳なさもあるけどそれ以上に恥ずかし過ぎてやばい。
120 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:44:57.58 ID:5EiqoQlRO



まゆ「……っ?……?!!?!……〜〜っ!……っっ!!?!」

目の前で、まゆが目を白黒させている。

その顔は夕陽なんて目じゃないくらい真っ赤で。

まゆ「っ?!えっ?ええっ?!……あ、あぅ……」

ぱたん、と。

まゆが本を閉じた。

まゆ「……Pさん」

P「ごめんなさい」

まゆ「捨てましょう」

P「……はい」

あぁ、さらば俺のコレクション。

まゆ「こんなエッチな……!あぅ……い、いけません!!」

……なんだかいじめてみたくなってくるな。

P「なぁまゆ、どんなところがエッチだった?」

まゆ「まず表紙の時点でエッチ過ぎますよぉ!この煽り文にこのイラスト!完全にまゆじゃないですかぁ!」

P「俺なりのまゆへの好意の表れって事で……」

まゆ「歪み過ぎですよぉ!まゆはこんなはしたないポーズなんてしません!!」

P「ちょっと分かりづらいな。煽り文、読んでもらえるか?」

まゆ「口にするものじゃりませんよぉ!!何が荒ビッキビキソーセージですかぁ!!」

P「口にするって……まゆ、エッチだな」

まゆ「〜〜っ!!」
121 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:45:50.85 ID:5EiqoQlRO



そんな顔を真っ赤にして頬を膨らませるまゆを、優しくベッドに押し倒した。

まゆ「えっ?えっ?!あっ、あの……!Pさん……?」

P「なぁまゆ……煽り文、読んでくれないか?」

まゆ「ひゃ、ひゃいっ!……こ、恋するあの子は肉食系ヤンデレ。恋人同士の抱、恋、挿!『アナタの荒ビッキビキソーセージ、独り占めしちゃいまぁす♡』……って、何を言わせるんですかぁ!!」

P「……」

ノリいいな。

まゆ「もうヤケですよぉ!Pさんのコレクション全てを暴き切ってやりますよぉ!!」

まずい、一冊目はまゆにそっくりな女の子が表紙の本だったから良かったが。

まゆ「……Pさん」

P「……はい」

まゆ「……この表紙のイラスト、美穂ちゃんにソックリですねぇ」

P「……た、たまたま似てるだけです」

まゆ「『は〜い、君の下半身が静かになるまでに三分もかかりませんでした♡』真面目で正統派キュートな彼女にセメられる!起立が止まらない学園性活!!……美穂ちゃんですよねぇ?」

P「……た、たまたまです」

まゆ「……」

ビリビリビリビリッ!

P「あぁっ!俺の本が!」

まゆ「どの道捨てるんですから、問題ありませんよね?」

P「……はい」

まゆ「何が起立が止まらないですか……そんなPさんは、ずっと廊下に立ってて下さい」

P「いや、起立ってそういう意味じゃ……」

まゆ「分かってますよぉ!」

P「分かってるのか?」

まゆ「っ?!わ、分かりませんよぉ!起立って何の事ですかねぇ?」
122 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:46:23.98 ID:5EiqoQlRO


P「……まゆって割と」

まゆ「次、このどう見ても智絵里ちゃんとしか思えないくらいソックリな表紙の本です。これはPさんが読み上げて下さい」

P「……ビクつく小動物系女子をビクンビクンに!発情ウサギを初上映!!『トロトロチェリーなセッ◯スイーツ、召し上がれ♡』」

まゆ「……智絵里ちゃんですよねぇ?」

P「……たまたま似てるだけです」

まゆ「……」

ビリビリビリビリッ!

まゆ「破棄して下さい」

P「……はい。ん?ところで、さっきのまゆに似てるやつは破らなくていいのか?」

まゆ「いえ、これはまゆが没収します」

P「読むのか?」

まゆ「いえ、参考資料として押収するだけです」

P「参考資料?」

まゆ「いえ、口が滑っただけです」

P「口が滑った?」

まゆ「さて、Pさん」

露骨過ぎる話題転換。

まゆ「このDVDは何ですかぁ?」

P「……大人向けなDVDです」

まゆ「『挑戦!二十四時間スッポコ新妻ダンシング肉じゃがプロレス』…………は?」
123 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:46:52.13 ID:5EiqoQlRO


今日一の見下し顔だった。

P「……あの」

まゆ「喋らないで下さい」

P「……」

まゆ「意味が分かりません」

P「俺も分かりません」

なんかタイトルが面白かったから買ってみただけだし。

まゆ「喋らないで下さい」

P「……」

まゆ「言い訳があれば聞きます」

P「あの」

まゆ「喋らないで下さい」

P「……」

まゆ「まゆはですね……Pさんと、たくさんお喋りしたいんです。それはまゆにとって、とても幸せな時間ですから」

P「……すま」

まゆ「喋らないで下さい」

P「……」

まゆ「なのに、こんな吐瀉物みたいなタイトルのDVDのせいで、二人きりでお喋り出来る時間が奪われてしまったんです」

……それはまゆが喋るなって言うから……

いや、今そんな事言ったら火に重油だ。

P「本当にごめ」

まゆ「喋らないで下さい」

P「……」

ピロンッ

誰かからラインが来た。

画面が光って……ん?
124 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/21(水) 20:47:32.22 ID:5EiqoQlRO


P「なぁまゆ」

まゆ「喋らないで下さい」

P「……俺のスマホの壁紙、なんかまゆと俺のツーショットになってるんだけど」

まゆ「……しゃ、喋らないで下さい」

さっきは気付かなかったけど、なんでだ?

途端に声が震えだすまゆ。

P「まゆ」

まゆ「あぅ……その……喋らないで下さい……」

P「……パスワード、よく解除出来たな」

まゆ「うふふ、頑張りましたよぉ……あ」

P「おい」

まゆ「な、何の事ですかねぇ?」

P「……オーケー分かった、俺のコレクションは全て捨てるよ。煩悩を消し去るって約束するさ」

まゆ「うふふ、なら許してあげますよぉ」

P「キスもしないから」

まゆ「……うふふ?う?うぇ?」

P「まゆはそういうエッチとかスキンシップみたいな事苦手みたいだしなー」

まゆ「あ、あの……キスは別に……」

P「ん?まゆは嫌だろ?そういう事するの」

まゆ「キスはエッチじゃありませんよぉ……」

P「こういう線引きはきちっとしておかないとな。スキンシップは暫くの間控えるか」

まゆ「……ぅぅ……うっ……ぐすっ……」

P「スマホの壁紙も初期設定のやつに戻しておかないとなー」

まゆ「ううぅぅぅっ!ううぁぁぁぁぁっ!!」

P「すまんすまんすまん!調子乗りすぎた!」

まゆ「うぅ……許しませんっ!Pさんの変態!意地悪!新妻マニア!」

P「いや別に新妻マニアじゃないから!!」

ガチャ

文香「五月蝿いです」

まゆ・P「ごめんなさい」

125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/22(木) 21:12:09.05 ID:EtMQgVLKO
まさかふみふみ√が存在する?
実は李衣菜が攻略不能枠か?
126 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/22(木) 23:14:36.14 ID:nsPQ3zOO0


ピピピピッ、ピピピピッ

P「…………」

朝だ。

ここのところ数日続けて朝が来ている気がする。

働き者の朝に免じて偶には休みをあげてやってはどうだろうか。

まゆ「鷺沢さん、朝ですよ」

P「はーい……」

んなアホな事を数日続けて考えてないで、さっさと起きないと……

…………

P「…………ん?」

まゆ「どうしたんですか、鷺沢さん」

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「佐久間です。朝ご飯の準備が出来てますから、さっさと降りて来て下さい」

バタンッ、とドアが閉じた。

そんな事はどうでもいい。

まゆはいま、なんて言った?

P「…………」

ピッ、ピッ、ピッ

プルルルル、プルルルル

李衣菜『はい、多田ですけどー……って、Pじゃん。どうしたの?』

P「……おはようございます、鷺沢です」

李衣菜『……何?イタズラ電話?』

P「……李衣菜。俺、もうダメかもしれない」

李衣菜『…………は?』

P「あのな?まゆがな……?佐久間になったんだよ……」

李衣菜『…………』

ピッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ

通話を切られた。

学校に着いたら泣き付いてやる。

取り敢えず着替えて、顔を洗ってリビングへ向かう。
127 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/22(木) 23:15:01.96 ID:nsPQ3zOO0


まゆ「鷺沢さん」

文香「なんでしょうか……?」

まゆ「あ、いえ、文香さんではなくPさ……鷺沢さんの方です」

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「なんですか?鷺沢さん」

文香「なんでしょうか……?」

まゆ「あの、Pさ……鷺沢さんの方です」

P「……頂きます」

まゆ「手伝ってあげるので、さっさと食べて下さい……」

P「……美味い」

まゆ「うふふ、それは良かったで……さっさと食べ終えて下さい」

まゆが、豹変してしまった。

急に当たりが冷たくなった気がする。

言われるがままに美味しい朝ご飯を食べ終え、家を出た。

P「……手、繋ぐか?」

まゆ「……うっ、結構です……」

P「……そっか……」

俺が、何か嫌われる様な事をしてしまったんだろうか……

P「……最近、少しずつ暖かくなってきたな」

まゆ「……」

P「もうすぐさ、ギプスも外せるんだよ」

まゆ「……」

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「佐久間です」

P「……なぁ、佐久間さん」

まゆ「まゆって呼んで下さいよぉ……」

P「まゆ」

まゆ「うふふ……佐久間ですよぉ」

……俺は、どうすればいいんだ。

結局その後は、大した会話もなく学校に着いた。
128 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/22(木) 23:15:28.14 ID:nsPQ3zOO0



李衣菜「ねぇP、今朝の電話なんだったの?」

P「なんかまゆがさ、冷たいんだよ」

加蓮「血が通ってないんじゃない?」

P「そんな病的な理由じゃなくてさ……」

取り敢えず、今朝どんな会話をしたかを伝えてみた。

P「……俺、嫌われたのかな……」

李衣菜「嫌いな男子の家に、朝ご飯作りに行かないでしょ」

P「それも、俺の怪我が完治するまでだったり……」

加蓮「追加でもう一本逝っとく?」

P「毎月骨折してればずっと一緒に居られるのか……?」

李衣菜「はいはい、そんなバイオレンスな付き合い方してたら身体が保たないでしょ」

ガラガラ

美穂「Pくん、まゆちゃんが冷たい理由を突き止めましたっ!」

李衣菜「どんな理由だったの?」

美穂「今、智絵里ちゃんと聞いてきたんですけど……」

ポワンポワンポワン〜
129 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/22(木) 23:16:23.90 ID:nsPQ3zOO0

まゆ「……ねえ……美穂ちゃん、智絵里ちゃん」

美穂「どうしたんですか?」

まゆ「……まゆ、これからは……冷たく生きていこうと思います」

智絵里「……シベリアに行くんですか?」

まゆ「このままPさんと幸せな毎日を送っていると……」

美穂「智絵里ちゃん、教室戻ろ?」

まゆ「待って下さいよぉ!せめてお話だけでも!!」

智絵里「……送っていると、どうなるんですか?」

まゆ「別れちゃうんです!」

美穂「よし、戻ろっか」

智絵里「賛成です」

まゆ「うわぁぁぁぁぁんっ!びぇぇぇぇっ!」

智絵里「……うわぁ」

美穂「えぇ……」

まゆ「うふふ。まゆの嘘泣き、上手でしたかぁ?」

智絵里「……グーとパー……どっちが良いかな……」

美穂「一回も二回も同じだし、良いよね?」

まゆ「振り上げた拳を下ろしてくれると嬉しいですねぇ……」

美穂「で、何かあったの?」

まゆ「見て下さいよぉ!この雑誌のこのページを!!」

『付き合って直ぐにイチャイチャするカップルが一ヶ月以内に別れる率、およそ300%!』

美穂「眠い」

智絵里「クローバー」

まゆ「このままだとサドンデスもびっくりの倍率でまゆ達は破局を迎えるんですよぉ!!」

智絵里「……大変ですね」

美穂「困りましたね」

まゆ「ニコニコしながらだと心配されてる気がしませんねぇ……」

智絵里「……別れるんですか?」

まゆ「別れたくないです!なので!まゆは!禁イチャイチャ令を施行します!!」
130 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/22(木) 23:16:53.88 ID:nsPQ3zOO0



美穂「へー」

まゆ「今日からまずは三日間、Pさんにはただのクラスメイトとして振舞います」

美穂「……今から一時間かな」

智絵里「三十分だと思います」

美穂「負けた方がアイスね?」

智絵里「……乗りました」

まゆ「そしてそこから一週間、少しずつ距離を詰めて……」

智絵里「……あ、折角だから……放課後、一緒に駅の方に行きませんか?」

美穂「良いよ、李衣菜ちゃん達も誘う?」

まゆ「そしてそこからは……うふふ、言えませんねぇ……」

智絵里「……言わなくていいですから」

まゆ「気になりますかぁ?気になりますよねぇ?うふふ、智絵里ちゃんには特別に教えてあげますよぉ!」

美穂「智絵里ちゃん……ごめんっ!」

智絵里「み、美穂ちゃんっ!わたしを見捨てないで……!!」

まゆ「まずはまゆのパーフェクト人生プランからご紹介致しますよぉ!」

智絵里「美穂ちゃん……っ、美穂ちゃん……!!」

美穂「ごめんね……智絵里ちゃん……っ!!」

バタンッ

ポワンポワンポワン〜
131 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/22(木) 23:17:20.02 ID:nsPQ3zOO0


美穂「ーーと、いう訳です」

加蓮「ふーん」

李衣菜「一時間目現国じゃん、だるっ」

P「……ふぅ、良かった……嫌われてた訳じゃないのか」

加蓮「放課後、私も一緒に行っていい?」

李衣菜「私も着いてこっかなー」

P「ん、なら俺も」

加蓮「だめ」

李衣菜「やだ」

美穂「遠慮して下さい」

P「え、なんで?!」

加蓮「だってつまりまゆも憑いてくるって事でしょ?」

李衣菜「多分放課後にはいつものイチャイチャモードに……うん、いつも以上のベタベタモードになってるだろうし」

加蓮「一緒に行動したくない」

ガラガラ

まゆ「……」

P「おう、お帰りまゆ」

まゆ「佐久間です」

P「佐久間さん」

まゆ「……まゆですよぉ」

P「佐久間さん」

まゆ「……うっ……うぅぅぅ……」

P「……まゆ」

まゆ「うふふ、佐久間ですよぉ」

加蓮「は?」

智絵里「……三分でしたね」

李衣菜「帰っていい?」

美穂「まだ一時間目すら始まってませんよ?」

132 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/22(木) 23:17:47.74 ID:nsPQ3zOO0



P「さて、お昼食べるか」

四時間目が終わって、お昼休みを迎えた。

……けどまぁ、さっきの話を聞く限りまゆがお弁当を作ってくれたとは思えないし。

一応、聞いてみようか。

P「なぁ佐久間さん」

まゆ「…………」

P「……まゆー」

まゆ「うふふ、佐久間ですよぉ」

李衣菜「あのやりとり何回目だっけ?」

美穂「見ている限りで十五回目です」

李衣菜「よく飽きないね」

P「あのさ……俺のお弁当、作ってきてくれたり……」

まゆ「する訳無いじゃないですか」

P「そっか……購買でパンでも買ってくるかな」

即答されると、普通に悲しいな。

まゆ「あら、間違えてお弁当を二つ作ってきちゃいました」

加蓮「何をどう間違えたらそうなるの?」

智絵里「……間違いだらけだと思います……」

まゆ「このまま持って帰っても良いですけど……あら、鷺沢さんはお弁当を忘れちゃったんですか?」

P「え、あぁうん。だから購買で」

まゆ「もしも鷺沢さんがどうしてもと言うのであれば、お一つ譲ってあげても良いんですよ?」

P「いやいいよ、佐久間さんが二つ食べたら?」

まゆ「うぅ……ううぅぅぅぅっ……」

P「…………」

まゆ「うぅぅぅぅぁっ……ぐすっ……うぅぅぅぅぅーー!!」

李衣菜「あの呻き声は?」

美穂「三十回目くらいだと思います」

加蓮「……鷺沢ってさ」

美穂「凄いのと付き合ってますね……」
133 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/22(木) 23:18:24.70 ID:nsPQ3zOO0



P「……どうしても佐久間さんの作ったお弁当が食べたいなぁ!」

まゆ「……うっ……ううっ……まゆですよぉ……」

P「…………まゆの作ったお弁当が食べたいな!!」

まゆ「……どうしてもと言うのであれば……」

P「どうしても!まゆの作ったお弁当が食べたい!!」

まゆ「……うふふ、佐久間ですよぉ」

李衣菜「バッティングセンターとか行きたくない?」

美穂「此処でやりませんか?」

加蓮「いいね、思いっきり武器振り回したい気分」

智絵里「えっと……バットは武器じゃないですよ……?」

まゆ「鷺沢君がそこまで言うのであれば、仕方がないのでまゆがあーんしてあげますよぉ?」

P「いや、そこまでは言ってないけど……」

まゆ「……あら、まゆとした事がお箸を一膳しか持ってきてませんでしたぁ」

P「なら大丈夫だ、俺カバンに割り箸携帯してるから」

まゆ「…………」

ボキッ!

P「俺の割り箸が!!」

折られた。

目にも留まらぬ速さで横に真っ二つにされた。

まゆ「割り箸が……なんですか?」

P「折られ……折れちゃったからさ、まゆが食べさせてくれると嬉しいな」

まゆ「うふふ……そこまで言うのであれば、仕方ありませんねぇ」

加蓮「誰かあの二人を引き裂いてきてよ」

智絵里「横にですか?」

美穂「縦にだよね?!」

134 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/22(木) 23:18:50.52 ID:nsPQ3zOO0


まゆ「一膳しか無いんですから、仕方ないですよねぇ。これは決して、イチャイチャしているわけでは……あ」

カラーン

まゆが、箸を落とした。

確か一膳しか無いって言ってた箸を落とした。

まゆ「……うぅ……うっ、ぐすっ……うぅぅっ……」

P「あーよしよし、めんどくさいなぁ」

加蓮「ぽろっと本音漏れたね」

李衣菜「十分耐えた方でしょ」

まゆ「ごめんなさい……まゆ、Pさんに迷惑掛けてばっかりで……」

P「大丈夫だよ、めんどくさいとは思うけど気にはしないから」

美穂「フォロー出来てます?あれ」

智絵里「Pくんは、良くも悪くも素直ですから」

P「ただ、なんだろうな……俺としては、もっと自然なまゆとイチャイチャしたいな」

加蓮「オーガニック栽培ってやつ?」

智絵里「まゆちゃん、野菜だったんですね……」

まゆ「……ありがとうございます。やっぱりまゆも、いつも通りにPさんと過ごしたいです」

P「おう、そうしてくれると嬉しいな」

まゆ「まゆ、オーガニック野菜を目指します!まぶたの裏まで貴方茸ですよぉ!」

P「茸は野菜じゃないぞ」

まゆ「うぅぅぅぅぅぅぅっ!!!びぇぇぇぇっ!!!」

135 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/22(木) 23:19:21.88 ID:nsPQ3zOO0




翌日。

まゆ「……お、起きて下さいっ!」

P「……おはよう、まゆ」

まゆ「大好きなPさんの為に、わざわざまゆが朝ご飯を作りに来てあげたんですよぉ!」

P「……ん?」

まゆ「もう、まゆがわざわざきてあげているんですから……早く着替えて降りてきて下さいよぉ!」

バタンッ!

P「……」

……なんだったんだ。

そう思いながら布団から抜けると、俺の机の上に雑誌が置いてあった。

その真ん中らへんのページが、たまたま開かれていて……

『男の人はツンデレが好み!関係を長く続けたければコレ!ツンデレ指南100項目!!』

P「……まぁ、可愛いからいいか」

136 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:53:33.16 ID:IOVfr+lx0


P「それじゃ行ってきます、姉さん」

まゆ「夕方には戻って来ますから」

文香「はい……いってらっしゃい」

バタンッ

家の扉を閉めた。

P「…………よし」

まゆ「…………はい」

P「デートだぞ!!」

まゆ「はい!忘れられない一日にしますよぉ!」

今日は、デートの日だった。

それもなんと、初デートだ。

今日この日をどれだけ待ちに待った事か。何と言っても初デートなのだから。

腕ももう殆ど治っているし、来週から中間テスト期間だが、だからこそ今日は目一杯楽しまないと。

ピンク色のワンピースに身を包んだまゆは、一段と可愛く可愛い。

P「ところでまゆ」

まゆ「はぁい、なんでしょうか?」

P「その手に持ってる手帳はなんだ?」

まゆ「スケジュール帳ですよぉ?」

P「いや、それは分かってるけど」

まゆ「今日一日でしたい事をリストアップしてきたんです」

P「成る程な。なら、今できそうな事はあるか?」

まゆ「キスですかねぇ」

P「よし、キスするか」

まゆ「待って下さい、迂闊な真似は出来ません」

P「と言うと……?」

まゆ「まゆとPさんは今、家から出たばかりです」

P「……つまり、行ってきますな状態になるな」

まゆ「はい……ですから、今からするキスは行ってきますのキスです」

P「そうなるな」

まゆ「ですから……その、どんなキスを行ってきますのキスにするか決めなくてはいけないんです」

成る程、それは確かにそうだ。

キスにも色々な種類がある。

栄えある初デートの行ってきますのキスをどれにするか、か。

確かに重要な問題と言えるだろう。
137 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:54:04.55 ID:IOVfr+lx0


まゆ「どの道いずれ全種類コンプリートするとは言え……困りましたねぇ」

P「困ったなぁ……」

俺がここのところ教科書以上に捲りに捲ったデート指南書にも、初デートの行ってきますのキスに推奨されるキスなんて載っていなかった。

だとすれば、それは自分達で決めるしかない。

P「まゆは、どんなキスがしたい?」

まゆ「ええと……その……まゆ達は、まだ高校生ですよね?」

P「だな、高校二年生だ」

まゆ「つまり、子供です。どうあっても大人にはまだ成れません」

P「老化の薬とかに頼るしかないな」

まゆ「ですが、キスだけなら……大人になれると思いませんか?」

P「……それは……つまり……」

まゆ「……はい。大人なキスです」

P「大人な、キス……」

ごくりと生唾を飲み込んだ。

大人なキスって、それってつまりディープキスって事だろ?

今まで唇を軽く重ねるだけだったのに……

まゆ「……まゆから行きますよぉ」

P「お、おう!」

まゆの背中に腕を回して、軽く抱き寄せる。

すると当然、目の前にはまゆの顔が近付いてきて。

まゆ「……改まってしようとすると、緊張しちゃいますね……」

真っ赤に、恥ずかしそうに目を逸らすまゆ。

俺もまたつられて恥ずかしくなった。

まゆ「……ふぅ……い、いいですか?」

P「あぁ、いつでも」

まゆもまた、両手を俺の背に回してきた。

そのまま、まゆの唇がゆっくりと近付いてきて……

138 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:54:45.06 ID:IOVfr+lx0


ちゅ、っと。

軽く唇が重なった。

それから少しずつ、お互いの口が開き……

まゆ「んっ……んちゅ……ちゅう、んぅっ……ちゅ……」

ぎこちないながらも舌を絡め合って。

案外呼吸も出来るもので、そのまま大人なキスを堪能する。

まゆ「っちゅ……んぅ……ちゅぅ……ちゅっ……」

P「……ぷぁ……ふぅ……」

まゆ「……しちゃいましたね、大人なキス」

P「あぁ、しちゃったな」

まゆの顔は真っ赤だが、凄く幸せそうな笑顔だった。

もちろん、俺だって幸せだ。

こんなにも可愛くて素敵な女の子と、こんな風にキスが出来るなんて。

まゆ「……ねぇ、Pさん」

P「ん?なんだ?」

まゆ「今のは、まゆの行ってきますの分です」

P「まゆからしたからな」

まゆ「まだPさんは、行ってきますをしていませんよね?」

P「……それは、えっと……」

まゆ「……もう一回、してくれませんか?」

P「……おう、もちろんだ」

それからしばらくの間行ってきますのキスを数日分堪能して。

結局、家から離れたのは行ってきますから十五分くらい後だった。
139 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:55:12.48 ID:IOVfr+lx0



P「さて、何処か行きたい場所とかあるか?」

まゆ「Pさんが行きたい場所であれば、何処でも」

P「ならそうだな……」

初デートにオススメの場所は調べまくったけど。

折角、まゆと一緒な訳だし……

P「よし、遊園地行くか!」

四月に行った時は、まゆは仕事で来れなかったからな。

まゆ「うふふ、良いですねぇ」

P「んじゃ駅向かうか」

まゆ「あ、Pさん。腕を組んでくれませんか?」

P「おう」

両腕で腕組みをする。

まゆ「いえ、そうではなくて……まゆと腕を組んでくれませんか……?」

……めちゃくちゃ恥ずかしい。

よくよく考えなくてもそういう意味だろ。

まゆ「……あら、あらら……?」

P「ん……」

腕を組んで初めて気付いた。

身長差も相間って、思った以上に歩き辛い。

まゆ「ドラマや映画の様にはいきませんねぇ」

P「だな。ま、これから慣れてけばいいさ」

まゆ「……うふふ、そうですねぇ」

不器用に腕を組んだまま、駅へと歩き出す。

ふざけて誤魔化してはいるが、どうだろう。

心臓バックバクに緊張してるの、伝わってないといいな。

140 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:55:37.22 ID:IOVfr+lx0


P「さてまゆ、乗りたいジェットコースターはあるか?」

まゆ「実質一択ですよねぇ……?」

辿り着いた遊園地は、もちろん四月に来たあの遊園地で。

過去のジェットコースターが如何にエグいかは当然身を以て理解しているが。

ちょっとまゆの反応が見てみたくなったので、少し勇気を出す事にした。

まゆ「……何か企んでませんか?」

P「いや別に?まったく?これっぽっちも?」

まゆ「嘘がヘタですねぇ……」

P「さて、そろそろ列が短くなって来たけど……なぁまゆ、言い遺す事はあるか?」

まゆ「なんでそんなアトラクションに乗せようとしてるんですか?」

P「まゆの可愛い反応が見たいから」

まゆ「むぐぐ……ご期待に応えられる様、頑張りますよぉ……」

久しぶり、サイクロンツイスタータイフーンハリケーン。

頑張れまゆ。

俺は人目を気にせず悲鳴上げるから。

141 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:56:13.95 ID:IOVfr+lx0



P「ふぅ……はぁ……」

まゆ「……うふふ……うふふふふ……うっ……ふぅ……」

二人並んで、ベンチに沈み込む。

やっぱりあのコースターは人類には早過ぎるって。

まゆの悲鳴はザ・女子といった感じでとても可愛かった。

堪能する余裕は無かったけど。

P「ギネスだもんな……速さも高さも……」

まゆ「世界って、広いんですねぇ……」

P「次……何乗る……?」

まゆ「少し待って下さい……まゆの遺言が『世界って、広いんですねぇ……』になっちゃいそうなので……」

P「世界に挑んだ女って感じがするな」

まゆ「正直、今冗談を返す余裕も無いです……」

P「ま、少ししたら次のアトラクション行くか」

またまゆの可愛い悲鳴を聞きたいし、次はお化け屋敷でも行くか。

俺は二度目だし、多分余裕だろ。

そんな事を考えながらお化け屋敷の方を見ると、女子高生二人組が涙ぐみながら悲鳴を上げて飛び出して来た。

……やっぱり、やめておこうかな。

まゆ「……Pさん、今他の女の子を見てませんでしたか?」

P「何を言ってるんだまゆ、俺がまゆ以外の女子を視界に収める訳無いだろ」

まゆ「バレバレな嘘を吐かないで下さい。ダメですよぉPさん、まゆ以外の女の子の事を考えるなんて」

P「美穂は?」

まゆ「まゆともお友達なのでセーフです」

P「李衣菜は?」

まゆ「李衣菜ちゃんもまゆとお友達なのでセーフです」

P「智絵里は?」

まゆ「もちろんセーフです」

P「文香姉さんは?」

まゆ「Pさんの家族なので……ギリギリセーフです」

割と判定が緩かった。

P「加蓮は?」

まゆ「嫌です」

ダメとかアウトですらないのか。
142 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:56:49.40 ID:IOVfr+lx0


まゆ「ふぅ……Pさん、立ち上がれ無いので手を握ってくれませんかぁ?」

P「おう、もちろんだ」

まゆの手を引いて、ベンチから起こす。

……ん。

P「そう言えば、まゆっていつでも手首にリボン着けてるよな」

まゆの左手首には、いつも赤いリボンが巻かれている。

一応校則違反だった気はするけど、まゆの事だから上手く言い訳したんだろう。

あと手首、汗で蒸れないのかな。

まゆ「……気になりますか?」

P「まぁうん。いつも着けてるなーって」

まゆ「……言えません。これは、我が佐久間家に代々伝わる禁忌の掟」

P「まさか、封印された闇の力が……っ!」

まゆ「これをPさんに話してしまえば……きっと、ただでは済まされません」

いつも思うけど、まゆ凄くノリ良いな。

友達沢山いそうだし、明るいのはこういう性格が所以しているのか。

まゆ「ごほん。ふふっ、本当の理由は……まだ内緒です。聞きたければ、Pさんも佐久間家の一員になって貰わないと」

P「まゆが鷺沢家の一員になるんじゃダメなのか?」

まゆ「……えっ?あ、あぅ……うぁ……」

ん、なんか俺今とんでもない事言った気がする。

まゆ「……内緒ですよぉ」

P「ダメかー」

まゆ「……気にならないんですかぁ?」

P「気になるけどさ」

まゆ「ふふ、赤いリボンは私の愛の証……リボンは永遠の絆、赤は情熱の色です」

P「へー」

まゆ「もっと興味を持って問い詰めようとして下さいよぉ……」

P「今はまだ内緒なんだろ?」

まゆ「そうですけどねぇ。お仕事の時も、絶対外さないんです」

そう言えば昔。

俺も誰かに、リボンを巻いてあげた事があった気がする。

誰だっけ……文香姉さんだったかな。

まゆ「さて、次はどのアトラクションに乗るんですかぁ?」

P「お化け屋敷」

まゆ「却下ですよぉ」

P「なんで?」

まゆ「怖いからです」

P「合法的にお互い抱き付けるぞ」

まゆ「何をしてるんですかぁPさん!はりーあっぷ!早く行きますよぉ!」

143 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:57:36.64 ID:IOVfr+lx0



P「ふぅ……はぁ……」

本日三十分ぶり二度目、俺達はベンチに沈み込んだ。

戦慄ラビリンスは当然ながら途中退出した。

まゆが入場して即俺にしがみついて、身動きが全然取れなくなったからだ。

涙目でしがみついてくるまゆが可愛かったから俺としては満足だけど……

まゆ「うぅ……Pさぁぁぁん……」

未だに抱き付いてポコポコと殴ってくるまゆがもう可愛すぎて堪らない。

P「ごめんって、まゆがそこまでホラー苦手だと思わなくってさ」

まゆ「許しませんよぉ……許して欲しければ……」

P「欲しければ……?」

まゆ「……何も考えてませんでした……」

なんだこの可愛さのジェットコースターは。

火力がギネス十冊分をゆうに超えている。

まゆ「ではPさん、まゆが今して欲しい事を当てて下さい!」

P「俺にして欲しい事を当てて欲しい!」

まゆ「合ってますけど……そういう問題では無くてですねぇ……」

P「……キス?」

まゆ「素敵な提案ですねぇ……でも、ここは人が見てますから」

P「うーん……なんだろ?甘い物が食べたいとか?」

まゆ「惜しいですねぇ、テストだったら三角が貰えますよぉ」

P「……!分かったぞ!」

まゆ「そうです!それですよぉ!!」

P「三角関係だ!」

まゆ「は?」

P「ごめんなさい」

まゆ「……聞かなかった事にしてあげましょう」

P「……クレープ食べる?」

まゆ「当然、食べさせてくれるんですよね?」

P「……あ、成る程な。もちろんだ」

まゆはザ・恋人みたいな事に憧れている節もあるし。

多分あーんをして欲しいのだろう。

屋台でクレープを二つ買って、ベンチに戻る。

144 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:58:13.48 ID:IOVfr+lx0



P「はい、まゆの分」

まゆ「……あーんして欲しいのに……」

P「言葉が足りなかったな。まゆが俺に食べさせる分だ」

まゆ「……!突然理解が深まりだしましたねぇ」

P「いやだって、今朝見たまゆの手帳に書いてあったし」

まゆ「……何処まで見ちゃいました?」

P「言ってきます編からデート編までだ」

まゆ「……ふぅ、セーフですよぉ」

P「ちなみにその次のページにはどんな事が」

まゆ「ダメです」

P「はい」

まゆ「まだ日が昇っているうちにする様な事じゃありませんから」

P「……え?」

まゆ「……さてPさん!あーんをしますよぉ!」

P「お、おう!」

聞かないでおこう。

多分俺が我慢出来なくなっちゃいそうだし。

まゆ「はい、Pさぁん。あーん」

まゆがクレープを此方に向けてきた。

P「あーん……ん、美味しい」

まゆ「さて、次はPさんのターンですよぉ」

P「よし、まゆ。あーん」

俺の差し出したクレープを、まゆが一口齧る。

まゆ「……うふふ……とっても美味しいです」

P「……そうか」

まゆ「あら?あらあらあらあら?照れてるんですかぁ?」

何故だか勝ち誇った様な顔をするまゆ。

P「……まぁ、恥ずかしくないって言えば嘘になるな」

まゆ「嘘を吐かないのは素敵だと思いますよぉ」

P「まゆは恥ずかしくないのか?」

まゆ「恥ずかしさを感じる余裕も無いほど、幸せでいっぱいですから」

P「……待ってタンマ、多分俺今めっちゃ顔が情熱色してると思う」
145 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:58:40.52 ID:IOVfr+lx0


まゆ「うふふ……さあPさん。あーん」

P「あ、あーん」

こうなればもうヤケだ。

まゆから差し出されたクレープに勢い良く齧り付く。

すっ。

P「んむっ」

口を付けた瞬間、クレープが横にズラされた。

まゆ「あらあらPさん、ほっぺにクリームが付いちゃってますよぉ」

P「付けられたんだけど」

まゆ「付いちゃってますよぉ」

P「まじか、気付かなかった」

まゆ「仕方ありませんねぇ……ふふ、まゆが取ってあげます」

まゆが指で、俺の頬に付いたクリームを拭き取って。

そのままペロンと、指に付いたクリームを舐めた。

まゆ「うふふ、ご馳走様です」

P「……さて、次は何に乗る?」

まゆ「照れ隠しも下手ですねぇ」

P「果たしてまゆが赤だと認識している色は、他の人にとっても赤なのか」

まゆ「誤魔化すのも下手ですねぇ」

P「イジメは良くないぞ、まゆ」

まゆ「苦手だと言っているのにお化け屋敷に誘ったのは何処の誰方でしたか?」

P「大変申し訳ありませんでした」

まゆ「Pさんの照れ顔に免じて、許してあげます」

P「よし、んじゃ次のアトラクション行くか」

146 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:59:16.51 ID:IOVfr+lx0


メリーゴーランド、コーヒーカーップ、フリーフォール、迷路と大体のアトラクションを巡って。

気が付けば、陽は既に傾き始めていた。

楽しい時間はあっという間だ。

次にのるアトラクションで最後にしておかないと、寮の門限が過ぎてしまう。

P「次でラストにしとくか」

まゆ「でしたら……まゆ、あれに乗りたいです」

まゆが指差す先には、観覧車があった。

まゆ「ところで……その、あの観覧車はどんな仕掛けがあるんですか?」

P「あれはこの遊園地にしては珍しく普通の観覧車だよ」

まゆ「……ゴンドラが縦に回転したり」

P「そんなギミックは無いから。前乗ったから知ってるって」

まゆ「……誰と?」

P「……だ、誰だっけなー?文香姉さんとだったかな?」

まゆ「誰と乗ったんですか?」

P「……美穂とです」

まゆ「キスは?キスはしたんですか?」

P「……その……うっ、頭が……」

まゆ「……はぁ。結構です、気を遣って貰わなくて」

P「えっと……すまん」

まゆ「まだその時は、付き合っていませんでしたし……美穂ちゃんの方から、ですよね?」

P「……まぁそうだけど……」

まゆ「……ふぅ、今の会話は無かった事にしましょうか。さて……ラストアトラクションですよぉ!」

テンションの切り替えが凄いなぁ。

147 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:01:13.79 ID:QN6hVDdR0


二人並んで、観覧車に乗り込む。

少しずつ登るゴンドラと反対に、太陽は少しずつ沈み始めていた。

P「確か一周三十分弱だったっけな」

まゆ「短いですねぇ」

P「観覧車ってそんなもんじゃない?」

まゆ「Pさんと二人だけの空間……このまま永遠に、続けばいいのに……」

ガコンッ

風が吹いて、ゴンドラが揺れた。

まゆ「……うぅ、Pさぁん……地上はまだですかぁ……?」

目にも留まらぬスピードで、まゆが俺に抱き付いて来た。

P「……永遠に、なんだっけ?」

さっきの仕返しをしながらも、まゆを優しく抱き締める。

ここなら誰も見ていないし、何をしたって大丈夫だろう。

まゆ「……ふぅ、取り乱しました」

P「最近のまゆ、表情がコロコロ変わるな」

まゆ「そんなまゆは嫌ですか?」

P「すっごく嬉しいよ、いろんなまゆを知れて」

まゆ「……Pさんと付き合ってから、初めて知ったんです。まゆは、自分で思っていた程強く無いって」

P「そうなのか?」

まゆ「小さな事で嫉妬したり、小さな事で喜んだり。前までだったら、笑顔を崩す事なく流せていた筈なんですけどねぇ」

P「……それは、悪かった」

俺が、ずっと笑顔でいて欲しいなんて。

そんな酷い事を言ってしまったから……
148 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:02:54.27 ID:QN6hVDdR0


まゆ「いえ、Pさんを責めている訳ではありません。単に、前までのまゆは……どこか、他人事だと思っていたんです」

P「他人事、ね……」

まゆ「知識だけはありましたから。Pさんがどんな人か、まゆがどんな事をすれば喜んで貰えるか。でも……」

ふふ、と。

微笑んで、優しく唇を重ねてくるまゆ。

まゆ「当事者になって……まゆがPさんと恋人になって、改めて知りました。悲しい気持ちになる事も……こんなに、嬉しい気持ちになる事も」

P「やってみなくちゃ分からないよな、そういうのって」

まゆ「キスだって、抱き締め合うのだって、夢の中なら何度も何度もしてきました……でも、実際に現実でするのは……全然違って、心に余裕なんてありませんでした」

P「今は、どうだ?」

まゆ「Pさんには、どう見えますか?」

P「……すっごく、嬉しそうだ」

まゆ「正解です。でも、今のまゆの嬉しさも……夢でシミュレーションしたものとは全然違いました」

P「どう違った?」

まゆ「すっごく、幸せです。夢の何倍も、何十倍も、きっと言葉じゃ言い表せないくらい……まゆは、とっても幸せなんです」

P「そっか。なら、良かった」

まゆ「……Pさんの事を知るのが、まゆの幸せでした。どんな事でも知りたくて、どんな事でも知っていたくて。でも……恋愛においては、そうじゃありませんでした」

P「知りたく無い事があったって事か?俺のその……本みたいに」

まゆ「いえ。Pさんがどれだけ苦しい思いをしているか、どれだけ辛い思いをしたか……それを知ってしまうのは、辛い事でした」

P「……そっか」

まゆ「知ってしまって、悲しくなる事もある……それもまた、恋をして知った事です」

まゆ「でも……それを受け入れて、抱き締めて、乗り越えて……きっとその先には、もっと大きな幸せがあるって事も、まゆは知ったんです」

まゆ「これからももっと、まゆはPさんの事を知りたい……Pさんに、まゆの事を知って欲しいです」

それは、きっと。

まゆはまだ、俺に知られたくない事があるという事で。

それをいつか知った時に、それでも俺に受け入れて欲しいという事で。

P「……あぁ、俺もだ。これからももっと、まゆの色んな事を知りたいな」

まゆ「うふふ、まゆもです」
149 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:03:31.59 ID:QN6hVDdR0


P「ところでまゆ、いつまで抱き付いてるんだ?」

まゆ「Pさんが離すまで、です」

P「寮の門限に間に合わなくなるぞ?」

まゆ「……ふふ、今日はお仕事で帰れないって、きちんと申請してありますから」

心臓がバクンと跳ねた。

P「……え?それは……えっとー……」

まゆ「……もう一度、Pさんに尋ねます。Pさんはまゆに……いつまで、抱き付いていて欲しいですか?」

顔を真っ赤に染めて、それでも真っ直ぐ俺の目を見つめるまゆ。

日が沈みきった今、その頬の色を夕陽のせいには出来なくて。

P「……ずっと、かな」

まゆ「うふふ、望むところです」

150 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:05:32.79 ID:QN6hVDdR0


P「ただいまー……あれ、姉さん?」

まゆ「た、ただいま戻りました……誰も居ないみたいですねぇ」

心臓をバクバクさせながら家に帰ると、店のシャッターは閉じられていた。

電気も消えていて、家に人の気配は無い。

電気をつけると、リビングのテーブルには書き置きが残されていた。

『今日は友人の家でレポート作成をするので、明日の夕方まで帰れません。文香』

……もしかして、気を使ってくれたのだろうか。

文香姉さんには、今日はまゆとデートだって伝えてあるし。

P「えっと……じゃあ、先にシャワー浴びちゃってきてくれ」

まゆ「ひゃ、ひゃいっ!」

お互いに緊張しまくっている。

帰りの電車も、殆ど会話無かったからなぁ。

まゆが抱き付いてて密着してたせいで、お互いの鼓動が煩かった。

P「あ、着替え無いよな?」

まゆ「ええと……鞄に、一応……」

P「……えっ?」

まゆ「あ、ありません!Pさん、シャツを貸して下さい!!」

P「お、おうっ!」

何も聞かなかった事にして、まゆを風呂場に向かわせた後着替えを取りに部屋へ戻った。

緊張し過ぎて手と足が震える。

取り敢えず部屋を軽く片して、引き出しからワイシャツを取り出した。

後は……どうしよう。ワイシャツだけでいいか。

P「着替えここに置いとくぞー」

まゆの脱いだ服を見たい気持ちを全力で押し殺し、部屋に戻る。

……ふー……落ち着け、何の為に本を読んできたと思ってるんだ。

いや、初めてに備えて読んでたつもりは無かったけど。
151 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:06:09.89 ID:QN6hVDdR0


コンコン

P「は、はぁい!」

声が裏返った。

ガチャ

部屋の扉が開いて、ワイシャツ姿のまゆが恐る恐るといったように入ってきた。

まゆ「あの……ワイシャツしか置いて無かったんですけど……」

P「……まじで?気付かなかった!」

まゆ「……うぅ……恥ずかし過ぎますよぉ……」

それでもさっきまで着ていた服を着るという選択肢を選ばなかったまゆに、一段と興奮した。

シャツの裾から伸びる太ももに視線が行きそうになるが、変態と思われたくないので胸元に目を向けた。

まゆ「……どこ、見てるんですか?」

悪戯っ子の様な笑顔で、俺の耳を抓ってくる。

P「えっと……華やかな未来だったりとかそんなん」

まゆ「正直に言ってくれたら……そうですねぇ。イイコト、してあげますよ?」

P「胸です」

まゆ「ヘンタイさんですねぇ。まったく……そんなヘンタイさんにはなんにもしてあげません」

P「しょうがないだろ、そんな薄着一枚の湯上り姿とか見るなって言う方が無理だ」

まゆ「何処の誰が、ワイシャツ一枚しか用意してくれなかったんでしょうねぇ?」

P「その……すみません」

まゆ「もう……早くシャワー浴びて来て下さい」

P「あいよ、適当に寛いでてくれ」

着替えを持って、部屋から出る。

「……ふうぅぅぅっ!緊張しましたよぉぉぉぉぉっ!!」

それと同時に、まゆの声が聞こえてきた。

あぁもう、可愛いなぁ。
152 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:06:44.21 ID:QN6hVDdR0


シャワーの温度を熱めにして、頭から浴びる。

……ふぅ、よし。

出来る限り冷静を装って部屋に戻ろう。

シャツとハーフパンツを着て部屋に戻ると、まゆが手帳を開いていた。

P「……まゆー?」

まゆ「……えっ?あ、は、はいっ!」

P「何見てたんだ?」

まゆ「す、スケジュール帳ですよぉ……?」

慌てて手帳を鞄にしまおうとして、まゆがそれを落とした。

パサッと広がった手帳のそのページには、まゆのしたい事一覧が書かれていて……

P「……あの……まゆ?」

まゆ「うぅ……見ないで下さい……」

以前まゆが俺から没収した『本』の様な事が、沢山書かれていた。

言われたい台詞とか言いたい台詞とか、もろそのままで。

まゆ「……あの、Pさん……」

冷静でいるとか無理だった。

ベッドに腰掛けていたまゆを、そのまま押し倒す。

まゆ「あぁ……あの、まゆ……初めてなので……」

優しくして下さいね?

その言葉と同時に。

俺の理性は崩壊した。

153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/25(日) 02:09:05.70 ID:1F8n9U3Jo
https://i.imgur.com/1V1ZFET.jpg
154 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:01:34.60 ID:WmpCJ7uqO


P「……飛行機って、なんで飛ぶんですかね」

ちひろ「飛行機だからだと思いますけど……航空力学的なお話をご所望ですか?」

P「……陸地や海を走る飛行機があっても良いと思うんです」

ちひろ「それほんとに飛行機ですか?」

修学旅行一日目。

当然ながら一番最初のアトラクションは飛行機による空中ツアーで。

この飛行機のチケットが天国への片道切符にならないことを祈りつつ、俺は気圧差の耳キーンに耐えていた。

ちひろ「飛行機での事故発生率は車より圧倒的に低いから大丈夫ですよ、鷺沢君」

隣の席は千川先生だった。

男女別々に出席番号順だった為、俺が一番先頭だったからだ。

おかげで隠し持って来たスマホで音楽を聴くことも叶わない。

数少ない友達が近くにいないからトランプも出来ない。

ちひろ「修学旅行までに骨折が治って良かったですね」

P「ギブス着けてた方が事故の時の生存率が上がったりとかしませんかね」

ちひろ「誤差だと思いますけど……そもそも、沖縄まで二時間程しかかかりませんから」

P「事故が起きるのに二時間も必要ありません。一瞬ですよ一瞬」

ちひろ「鷺沢君は自分の不安を煽りたいんですか?」

とはいえ、着いてからの事が楽しみ過ぎて仕方ないのも本音だ。

沖縄なんて行ったことがない。

本当にシーサーやシークァーサーが沢山居るのだろうか。

カヌーも漕いだ事ないし、サメも実物を見た事ないし。

P「……そう言えば、沖縄そばとソーキそばって何が違うんですか?」

ちひろ「乗ってるお肉の違いだった気がします」

P「へー」

ちひろ「あの、尋ねたならもう少し興味持ちませんか?」

P「にしても部屋俺一人とか寂し過ぎませんかね。朝には冷たくなってるかもしれませんよ」

ちひろ「うさぎですか鷺沢君は……」

千川先生との会話もなかなか面白い。

あっという間に、飛行機は着陸に向かい始めていた。

P「……俺、無事着陸出来たら沖縄そばとソーキそばの違いについて解き明かしたいです」

ちひろ「さっき教えたのできちんと着陸して下さい」

155 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:02:11.72 ID:WmpCJ7uqO


特に事故が起きる事なく、飛行機は那覇空港に着いた。

飛行機を降りたクラスメイト達は半分くらいが疲れ切っている。

加蓮「……うぇぇ……二度と乗んない……」

P「俺も乗りたくない……でも乗らないと帰れないらしいぞ……」

李衣菜「沖縄ってなんか良いよね!なんだろ、こう……ロックな空気がする」

美穂「李衣菜ちゃんは元気だね……わたし、もう……」

加蓮「李衣菜から元気を引いたら何が残るの?」

李衣菜「何も残らないって言いたいの?」

美穂「あ、ありますよ?えっと……ええーっと……あ、裕福な家庭!」

P「アホな事言ってないでバス乗ろうぜ。暑過ぎてしんどいわ」

沖縄の六月はとんでもなく暑かった。

八月になったら、一体どんな煉獄になってしまうんだろう。

P「そういえばまゆと智絵里は?」

李衣菜「智絵里ちゃんが荷物探すのに手間取ってて、それにまゆちゃんが付き合ってるのなら見たよ」

ちひろ「はーい、早くバスに乗り込んで下さい。席は自由で良いので奥から詰めていって下さいね」

加蓮「何モタモタしてんの行くよ鷺沢!」

美穂「一番後ろの五人がけの席を確保しましょう!」

李衣菜「一番は私が頂くよ!」

……元気だ事。

さっきまでの疲れなんてもう忘れてるんだろうな。

まゆ「お待たせしましたぁ」

智絵里「すみません……時間かかっちゃって……」

智絵里ちゃんとまゆも、少し遅れて追いついて来た。

まぁ休む暇なくすぐにバスまで移動だけど。

P「三人は先に乗って一番後ろの五人がけ確保してるっぽいぞ」

まゆ「つまり、前の方に座れば邪魔は入らないって事ですよね?そういう提案ですよね?ね?」

智絵里「まゆちゃん、早く乗って下さい」

一番後ろから一つ手前の席には、既に他の女子が座っていた。

P「って言うか五人がけじゃ一人座れないじゃん。俺は適当な場所に座るよ」

まゆ「お隣、お供させて頂きますよぉ」

智絵里「まゆちゃん、早く奥に進んで下さい」

まゆ「あっあっあっPさぁん!ついてきて下さぁい!!」

智絵里「……早く進んで?」

まゆ「はぁい……」

みんなと離れ離れになった。

俺は空いている適当な席に腰掛ける。

ちひろ「あ、鷺沢君。お隣良いですか?」

……また音楽聴けないじゃないか。

まゆ「千川先生、席交換しませんかぁ?!」

ちひろ「佐久間さん、そろそろ出発なので座っていて下さい」

まゆ「……黄緑!蛍光色!目に眩しい!!」

ちひろ「それ罵倒のつもりで言ってるんですか?」
156 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:02:53.17 ID:WmpCJ7uqO



加蓮「鷺沢早く撮って!ここすっごく眩しいから!!」

美穂「この場所で撮ろうって言ったの加蓮ちゃんだよね?」

P「撮るぞー。はい、ポーズ」

パシャり。

カメラのシャッター音が響く、夏の首里城前にて。

クソ暑い中直射日光をダイレクトに受けながら、加蓮と美穂のツーショットを撮る。

加蓮「どう?上手く撮れた?」

P「あ、加蓮目瞑ってるわ」

加蓮「もっかいもっかい!もう一回撮ろ?!」

美穂「せめて場所変えませんか……?」

建物内の見学は直ぐに終わってしまい、撮影活動に精を出していた。

出来ればコンビニとか涼しい場所で休んでいたかったんだけどな……

加蓮「にしても……あっつくない?」

美穂「ですね……沖縄って、こんなに地球温暖化が進んでたんですね」

加蓮「暑過ぎて汗凄いんだけど。サウナより健康になれそう」

美穂「お昼にあれだけポテト食べてた人が健康なんてワード使っても説得力無いよ?」

加蓮「美穂割と私に対して当たり強くない?」

美穂「ねぇPくん。Pくんの写真も撮ってあげますよ?」

P「俺は別に良いかな。自分の写真なんて見返す機会も無いし」

加蓮「なら美穂とのツーショットにすれば?」

美穂「良いですね!良いですよね?良いよね?!」

P「お、おう……」

勢いに負けて、美穂とツーショットを撮る事になった。

カメラマンは加蓮だ、心配しかない。
157 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:03:27.30 ID:WmpCJ7uqO



加蓮「眩しっ!二人とも反対側に立ってくれない?」

P「それだと俺たちが眩しくなるだろ」

加蓮「もういいや、私が我慢してあげる」

デジカメを構えて、タイミングを伺う加蓮。

加蓮「はい二人とももうちょっと寄ってー」

美穂「はーい」

P「どうだー?」

指示通りに身体を寄せ合う。

……汗の匂い、大丈夫だろうか。

少し不安になって、シャツの袖を鼻に当ててチェックする。

美穂「大丈夫かな……」

見れば、美穂も全く同じ事をしていた。

なんだかおかしくて笑ってしまう。

美穂「ど、どうかしましたか?」

P「いや、同じ事気にしてるなーって」

美穂「……大丈夫ですか?暑くてすっごく汗かいちゃってるから……」

P「大丈夫だよ、いつもの美穂の香りが……」

……セクハラでは?

途中で気付き言い止まった。

美穂「……うぅ……」

顔を真っ赤にして、俯いてしまう美穂。

P「……すまん」

美穂「い、いえ……その、恥ずかしくて……」

加蓮「……撮るのやめていい?」

美穂「あっ、ご、ごめんなさい!」

P「よーし加蓮!撮ってくれー!」

加蓮「ぱしゃ、撮ったよ」

P「撮ってないだろ」

加蓮「はい、ポーズ!」

パシャッ

シャッター音が響く。

158 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:04:06.92 ID:WmpCJ7uqO


加蓮「……美穂、顔真っ赤だね」

美穂「お、沖縄のせいです!」

P「暑さのせいじゃないのか」

加蓮「それじゃ、後でスマホに移してラインで送っとくから」

美穂「あ、せっかくですから加蓮ちゃんとPくんも一緒に撮ったらどうですか?」

加蓮「私?私はいいや、別に」

美穂「記念に、どう?」

加蓮「何の記念なの?」

美穂「えっと……六月?」

加蓮「もうちょっと考えてから喋ろ?」

美穂「加蓮ちゃんは、撮りたくないんですか……?」

加蓮「……はいはい、そこまで言うなら撮られてあげる」

P「めっちゃ嫌がられると普通に辛いな」

加蓮「はい鷺沢、もうちょっと近付いて」

P「おっ、おう」

肩をくっつけて、首里城をバックに並ぶ。

加蓮「……汗、匂わない?」

P「さっきの俺たちと同じ事考えてるな」

加蓮「想像以上に暑かったからね。シャツ透けてないといいんだけど」

P「大丈夫っぽいぞ?」

加蓮「っ!いちいちチェックしなくていいから!!」

美穂「……あの、やっぱり撮らなくていい?」

加蓮「さっきの私の気分、分かってくれた?」

美穂「……ごめんなさい……」

加蓮「分かれば良し。さ、早く撮って?」
159 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:04:39.32 ID:WmpCJ7uqO


美穂「はい!撮りますっ!位置についてー!」

P「走るの?」

加蓮「ポーズどうする?」

P「クラウチングスタートで良いんじゃないか?」

加蓮「二人三脚のスタートダッシュには向かないんじゃない?」

P「そもそも走ったら写真撮れないな」

加蓮「そこは美穂の腕に期待しよ?」

美穂「……よーーーーーい」

まぁ、ピースでいいか。

心底呆れた様な表情で此方に向けられたカメラのレンズに視線を合わせる。

美穂「どんっ!」

まゆ「ばぁ!」

加蓮「きゃっ?!」

P「うぉっ?!」

パシャッ

シャッター音とほぼ同時に、まゆの手が俺と加蓮の肩に乗せられた。

驚いてすげー間抜けな声と表情してたと思う。

加蓮「ちょっとまゆ!今写真撮ってたんだけど!!」

まゆ「写真を撮るのに、良い雰囲気を作る必要はありませんよねぇ?ねぇ、Pさん?」

加蓮「別に、ただ喋ってただけじゃん」

まゆ「この近さで、ですかぁ?」

P「良い雰囲気だったか?」

まゆ「真後ろに居たまゆ的にはアウトですねぇ、余裕で浮気です」

P「大変申し訳ございません」

加蓮「鷺沢はもうちょっと堂々としてなよ。こんなんでアウトなら女子と会話出来ないよ?」

まゆ「加蓮ちゃん以外ならセーフです」

加蓮「は?」

まゆ「なんですか?」

P「はいはい。んでまゆ、李衣菜と智絵里はどうしたんだ?」

まゆ「智絵里ちゃんが千川先生にスマホ見つかっちゃって、二人でなんとか返して貰おうと頑張ってましたよぉ」

味方してあげろよ。

……いや、多分何したところで修学旅行終わりまで返ってこないだろうけど。
160 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:05:06.00 ID:WmpCJ7uqO


まゆ「さて、Pさん。まゆともツーショットを撮りますよぉ!」

加蓮「私は撮ってあげないよ?」

美穂「あっ、ごめんなさい。わたし、家の決まりでまゆちゃんと誰かのツーショットを撮っちゃいけないんです……」

まゆ「大変申し訳ごめんなさい……撮って下さい……」

加蓮「……しょうがないね。まゆと其処の壁とのツーショットなら撮ってあげるけど?」

まゆ「金輪際加蓮ちゃんにはお願いしません」

加蓮「へーそんな事言っていいんだ?折角撮ってあげようと思ってたのになー」

美穂「早く涼しい所に行きたいので、わたしが撮ってあげます」

まゆ「ご協力痛み入りますよぉ」

まゆが腕に抱き付いて来た。

……暑い。

まゆ「さぁPさん!其方からもまゆに抱き付いて下さい!さぁ!」

美穂「やっぱりやめていいですか?」

加蓮「鷺沢ー早く涼しいところ行こ?」

P「すまん十秒だけ付き合ってくれ!!」

161 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:05:40.41 ID:WmpCJ7uqO



P「……疲れた……」

修学旅行一日目が終わり、俺はホテルのベッドに倒れ込んだ。

食後の満腹感も相まってとんでもなく眠い。

明日も暑いだろうし、カヌーは凄く体力消耗しそうだなぁ。

そしてやっぱり、一人部屋は普通に寂しい。

ピロンッ

P「ん……?」

ラインが来た。

相手は……まゆか。

『こんばんは』

『こんばんは。どうした?』

『まゆですよぉ』

『ご存知ですけど』

『私も一緒の班だよ!』

『誰だお前』

『多田だけど?!』

『自分のスマホ使えよ』

『わたしは緒方です……!』

『こんばんは、智絵里』

『ねぇP、私の時と対応違い過ぎない?』

『で、何の用だったんだ?』

『今、通話掛けても大丈夫ですかぁ?』

『おっけ』
162 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:06:22.14 ID:WmpCJ7uqO


テテテテテテテテテテテテンッ

ピッ

P「もしもしー?どうした?」

まゆ『こんばんは、Pさん。まゆの声を聞けて嬉しいですか?』

P「あぁ、凄く嬉しい」

李衣菜『あ、まゆちゃんが倒れた』

智絵里『そのままにしておきませんか……?』

P「……で、何の用だったんだ?」

まゆ『Pさんの声を聞きたかったんですよぉ』

P「奇遇だな、俺もまゆの声が聞きたかった」

李衣菜『……またまゆちゃんが倒れた』

智絵里『……あの、Pくん』

P「ん?なんだ?」

まゆ『Pさん、今からそちらの部屋にお邪魔していいですかぁ?』

P「ダメだろ、先生に見つかったら正座じゃ済まされないぞ」

李衣菜『ならPがこっち来たら?』

P「なぁ李衣菜、今の俺の言葉聞いてた?」

まゆ『Pさぁん!明日のカヌーのペア、加蓮ちゃんとまゆを交換しませんかぁ?!』

P「俺に言われてもな……」

李衣菜『っていうかそれ私の前で言う?』

智絵里『李衣菜ちゃん……えっと、冷蔵庫の角は本当に危ないですよ?』

まゆ『助けて下さいPさぁん!』

李衣菜『私そんな事してないよ?!』
163 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:06:50.03 ID:WmpCJ7uqO


『コンコン、声が外まで響いてますよー』

李衣菜『やばっ』

まゆ『お休みなさい、Pさん!』

智絵里『あ……お休みなさい、Pくん』

ピッ

……嵐のような通話だった。

折角沖縄なんだしスコールって表現しとこう。

まぁ、三人が楽しそうだしいいか。

P「……はぁ」

そんなこんなで、修学旅行一日目は終わった。

修学旅行なのに一人で寝るのは、思ったより寂しかった。

辛い。

164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/27(火) 00:55:11.54 ID:vHOe3eNKo
旅行で一人ぼっちは辛いけど男の先生と相部屋とかもっとキツいし…
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/27(火) 08:50:44.39 ID:k0+JuQWqO
高校の時校則とか無かったからスマホ禁止とか違和感しかないけどそれが普通なのか?
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/27(火) 12:53:48.71 ID:5aREiumz0
携帯禁止は結構あるんじゃない
ウチの高校校則緩かったけど携帯はNGだったし
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/27(火) 13:10:35.13 ID:jNqR+hqg0
今はそうでもないだろうけどちょっと前なら携帯禁止は普通だったよ
もちろん地域差はあるだろうけど
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/01(木) 19:54:25.06 ID:bQ+BIrFT0
自分の高校も禁止だったな、10年近く前だけど
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/02(金) 03:43:10.88 ID:Id3RTwzU0
3日も空くと餓死しちゃうから1頼む〜
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/02(金) 03:57:30.60 ID:wl7hGsxgO
pixivもみなさーい
171 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:53:57.70 ID:WPYKiLQCO


李衣菜「さぁまゆちゃん!トップを狙うよ!!」

まゆ「待って下さい李衣菜ちゃん!まゆは、まゆはPさんの側に!」

李衣菜「まゆちゃんが言ったんでしょ?一位を狙うって!」

まゆ「……女に二言はありません!やるからには圧倒的勝利を収めますよぉ!」

李衣菜「うっひょぉおぉぉぉぉっ!」

まゆ・李衣菜ペアが面白いくらいの速度で視界から消えて行った。

あいつら遊覧の意味分かってるのか?

智絵里「ふぅ……えへへ……」

美穂「わぁ……楽しいね、智絵里ちゃん!」

智絵里「すっごく、落ち着きますね……」

あぁ、あのペアを見てると癒されるな。

どちらもオールを漕ぐ力が全然ないからか、進行はかなりゆっくりだけど。

そして……

加蓮「あー……あっつい。あつくない?鷺沢」

P「陽が出てないだけマシとは言え……暑いな」

俺たちは、そこそこのスピードでマングローブのトンネルを進んでいた。
172 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:54:23.09 ID:WPYKiLQCO


加蓮「なんとかしてよ」

P「なんとか出来る様な奴に、そんな風に頼むな」

加蓮「……でも、まぁ悪くないね。この揺れてる感じも、景色も」

P「癒されるよな。これで暑くなかったら完璧だった」

加蓮「クーラーの温度下げて」

P「困った事にクーラーが無いんだよ」

加蓮「じゃあ南極目指そ?」

P「悪い、俺今日パスポート持って来てないんだ」

ゆっくり、ゆっくりと景色が流れていく。

加蓮と下らない会話をしながら。

そんな時間も、悪くない。

加蓮「のどかだね」

P「なー、心が穏やかになるわ」

加蓮「あー……この時間がずっと続けば良かったのに」

P「分かる」

加蓮「ほんとに分かってる?」

P「ごめん、分かってないかも」

加蓮「なにそれ、鷺沢みたい」

P「いや、俺鷺沢だけど……」

ケラケラと笑いながら、オールを漕ぐ加蓮。

なんだか、楽しそうだ。
173 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:55:05.24 ID:WPYKiLQCO


P「……ん?」

少し先の方が、やけに白くなっている。

ズァァァァァッと何かが水面に叩き付けられている音が聞こえてきた。

まるでそこから先は雨が降っているかの様に……

P「ってうわ!スコールじゃん!」

ほんの数メートル進んだだけで、一気に豪雨が降ってきた。

こう言う時はどうすればいいんだろう。

P「取り敢えず陸地に上がるか!」

加蓮「鷺沢っ!」

P「なんだっ?!」

加蓮「スコールって強風って意味だから、大雨の意味は無いらしいよ!!」

P「絶対今必要な知識じゃない!!」

急いでカヌーを傍に寄せて陸地に上がる。

面白いくらいの速度でカヌーの底に水が溜まって行く。

まぁ多分十五分もすればやむだろう。

その間は木の陰で雨宿りをすればいい。

……マングローブじゃ大して雨は凌げなかった。

174 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:55:31.95 ID:WPYKiLQCO



P「あー……体育着に着替えさせられたのってこれが理由でもあるのかもな」

加蓮「うわ、びちょびちょ……最っ悪」

P「凄い雨だな……」

お互い、雨に打たれて服も髪もびっちょびちょになっていた。

……うちの体育着、白いから割と透けるんだな。

加蓮「なにジロジロ見て……きゃっ、変態っ!」

P「見てないから大丈夫!しばらくの間目を瞑ってるから!」

……デカいな。はい、何でもありません。

兎も角、急いで目を瞑る。

加蓮「……本当に見てない?」

P「見てない、神に誓って」

加蓮「薄紫色に透けてたでしょ?」

P「いや、青だったけど」

加蓮「やっぱり見てたんじゃん!」

P「すまん、俺別に神様信じて無いんだ」

脇腹に軽い突きを連続で受ける。

目を瞑ってるから、割と普通に何処から攻撃が来るか分からなくて怖い。
175 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:56:08.92 ID:WPYKiLQCO



加蓮「はぁ……もう」

P「ため息を吐くと一回につき東京ドーム一個ぶんの幸せが逃げてくぞ」

加蓮「あるよね、そのドーム何個分みたいな分かり辛い例え」

P「実際見た事無いから実感湧かないよな」

加蓮「ポテトLサイズ何個分とかの方が分かりやすくない?」

P「体積が?」

加蓮「カロリーとか塩分とか」

P「あんまり知りたくないなぁ」

加蓮「……はぁ」

P「東京ドーム二個分になったな」

加蓮「私がなんでため息吐いてるか分かる?」

P「そういう気分なんだろ?雨ってほら、憂鬱になりやすいとか言うし」

加蓮「へー、そうなんだ」

P「どうなんだろうな?」

加蓮「でも確かに、ずっと雨降ってると風景見えなくて嫌気さすよね」

P「今回は特に、折角の修学旅行中だからなぁ」

加蓮「雨自体は嫌いじゃないけどね」

P「そうなのか?」

加蓮「前は、雨に打たれる事ってあんまり無かったから」

P「テンション上がるよな。その後風邪引くけど」

加蓮「え?鷺沢って風邪引くの?」

P「驚いただろ。俺は風邪引くタイプの馬鹿なんだよ」

加蓮「良いとこ無しじゃん」

P「ひっでぇ、なんか良いとこ探してくれよ」

加蓮「無い」

P「もう少し長考してくれても良いんだぞ?」

加蓮「長考しなきゃいけない時点でもうあれじゃない?」

P「確かにそうだな……」

176 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:56:48.45 ID:WPYKiLQCO


加蓮「……ほんっと、鷺沢は良いとこ無いよ。まゆと付き合ってるし」

P「……なぁ、加蓮」

加蓮の声が、どこか寂しそうに聞こえた。

目を閉じてるから表情は分からないが。

加蓮は今、どんな気持ちで……

加蓮「あーんな可愛い女の子から好意を向けられてたのにさ」

P「……美穂か?」

加蓮「うん。なのにまゆと付き合うなんて」

P「おいおい、まゆだって可愛いし良い子だぞ?」

加蓮「あの盗み聞き女が?って、それは私が言えた事じゃないね」

盗み聞き……?何の事だ?

加蓮「四月のさ、屋上であんたが智絵里の告白の練習に付き合った時も、その後私が智絵里のラブレター読んだ時も……キスした時も。まゆ、ずっと見てたんだよ?」

P「……そうだったのか」

加蓮「その後、私の跡つけてくるし……夜窓開けたら、家の前の電信柱に隠れてこっち見てるの見つけた時は普通に怖かったし」

P「まゆが……?」

加蓮「こういう機会じゃないと、二人っきりでは話せないからね。普段だとまゆが何処で聞いてるか分かったもんじゃないし」

確かにそういえば、まゆは屋上で俺と加蓮がキスした事も把握していたし。

加蓮が風邪を引いたという事も知っていたが……

177 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:57:15.50 ID:WPYKiLQCO


加蓮「まゆのせいで、折角美穂に作ったチャンスも台無しになっちゃうし」

P「それは……加蓮が俺の代わりに、屋上に行った日か?」

加蓮「うん。私はさ、あんな良く分かんない子よりも素直で真っ直ぐな子を応援したかったし……だから、諦めたのに」

諦めた。

その言葉を聞いて、俺の心臓はバクンと跳ね上がった。

加蓮「美穂と初めて会った時さ。私みたいな捻くれた女よりも、この子の方が鷺沢とお似合いかなって思ったし、応援してあげたくなっちゃったんだよね」

P「……なぁ、加蓮」

加蓮「でも……ねぇ鷺沢、あんたは美穂をちゃんと振ったの?」

あまり思い出したい事では無いが。

俺は、温泉旅館で。

あの日、確かに……

P「……あぁ、これからも友達でいて欲しいって言って……」

加蓮「……聞き直すけどさ。美穂に『好きです、付き合って下さい』って真正面から言われた?それをちゃんと断ったの?」

……あれ?

そういえば、言われていない気がする。
178 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:57:54.46 ID:WPYKiLQCO


加蓮「……まだ、諦めてないんじゃないかな。諦めてないって言うか、諦め切れないって言うか……どうなんだろ?」

P「……まぁ、美穂には申し訳ないけどさ。俺はなんて言われても、まゆを裏切るつもりは……」

加蓮の仮定が正しいかどうかはさておき。

どの道、俺の返事なんて決まっている。

加蓮「無いの?ほんとに?まゆの事を全面的に信頼して、二度も美穂を振るって断言出来るの?」

P「あぁ」

辛い思いをするのは百も承知だ。

それに、まゆの知らない部分があったんだとして。

これから知って、更に好きになれるなんてお得じゃないか。

加蓮「流石鷺沢、良いとこ無いね」

え、この流れで?

加蓮「だって、私みたいな重ーい女の子を……ねぇ鷺沢。目、開けていいよ」

……本当にいいのか?

開けた瞬間『変態っ!』って言って叩かれたりしないよな?

加蓮「……うん。やっぱり私は、鷺沢を諦めない」

P「……え?」

いつの間にか、加蓮は俺の目の前にいて。
179 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:58:32.14 ID:WPYKiLQCO


加蓮「……ふふ、隙だらけ。えいっ!」

ピトッ、と。

加蓮の人差し指が、俺の唇に触れた。

加蓮「なんてね。キスされると思った?」

P「……正直な。うん、めっちゃびっくりしたわ」

加蓮「恋人がいるんだからさ、もう少し警戒したら?私がその気なら、簡単に唇奪えちゃったんだよ?」

P「……肝に命じておくよ」

加蓮「あ、空晴れてきたよ」

加蓮が上を見上げる。

分厚い雲が覆っていた空は、今は少しずつ青の面積を広げていて。

P「スコールってほんとに凄い局所的なんだな」

加蓮「やっぱり良いとこ無いじゃん。物覚え悪くない?スコールじゃ無いって」

P「そうだったな、局所的大雨とか集中豪雨か」

加蓮「それと、言ったばっかじゃん」

視線を空から加蓮へと下ろすと。

ちゅっ、と。

唇に、加蓮の唇が触れた。

加蓮「隙だらけだって…………鷺沢がそんなんだから……私は、諦め切れないんだよ?」

目に涙をためて、微笑む加蓮。

それは晴れた今、雨のせいには出来なくて……

加蓮「……早く、気付いてあげて?じゃないと……私も、苦しいからさ」


180 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:22:57.17 ID:YiJviGoJ0


美穂「……あれ?前の方、真っ白になってる」

智絵里「ほんとだ……」

美穂「スコールかな?」

智絵里「局所的大雨、又は集中豪雨ですね……」

前の方の人達、大丈夫かな?

Pくん達、濡れてないといいけど……

智絵里「この辺で、止むまで少し待ったほうが良いかもです……」

美穂「だね、少し休憩しよっか」

漕ぐのを止めて、ユラユラ揺られるだけになって。

智絵里ちゃんと二人で、のんびりお喋り。

美穂「そっちの班はどう?」

智絵里「……とっても、楽しいです。李衣菜ちゃんは優しくて、まゆちゃんは……面白い人だから……」

美穂「お、面白い人って……」

智絵里「み、美穂ちゃんはどう?そっちは楽しいですか……?」

美穂「もちろんっ!Pくんと加蓮ちゃんだもん!」

本当に?

自分へ、そう問いかけました。

わたしは本当に、心の底から。この修学旅行を楽しめてる?

加蓮ちゃんの行動に、不安になったりしてない?

智絵里「……いいな……Pくんと同じ班で。わたしも、Pくんと同じ班が良かったです」

美穂「えへへ、良いでしょ?」

智絵里「はい……とっても。カヌーのペアだけでも、一緒だったら良かったのに……」

美穂「……そうだね」

それは、とてもそう思います。

だって、わたしがPくんと同じカヌーのペアだったら……

智絵里「……加蓮ちゃんとPくんが、二人きりになる事は無かったのに……ですよね?」

美穂「…………えっ?」

一瞬、智絵里ちゃんが何を言っているのか分かりませんでした。
181 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:23:25.28 ID:YiJviGoJ0


美穂「……待って、智絵里ちゃん。今のってどういう意味?」

智絵里「……あ、あれ……?違いましたか……?だから、行動班に加蓮ちゃんを誘ったと思ってたのに……」

美穂「ねぇ智絵里ちゃん、さっきから何を言ってるのか……」

智絵里「加蓮ちゃんは、美穂ちゃんを応援してますから……美穂ちゃんが諦めない限り、加蓮ちゃんは告白しない……違いましたか?」

バクンと跳ね上がった心臓が、なかなか元に戻ってくれません。

智絵里ちゃんが言ってる事があまりにもその通り過ぎて、わたしは口を開けませんでした。

加蓮ちゃんが、わたしの事を応援してくれているのは分かってました。

それは、逆に言えば。

わたしがPくんにきちんと告白するまで、加蓮ちゃんは告白しないでいてくれるって事で。

酷い事をしているのは分かってるけど。

智絵里「……Pくんに、辛い思いをさせたくないんですよね……?また、誰かに告白されちゃえば……」

まゆちゃんが言っていた事が、わたしにはよく理解出来ました。

あんな風に、まゆちゃんに向き合ってなんて言っておきながらも。

わたしはPくんに、もう辛い思いをして欲しくないし。

これからも、加蓮ちゃんとPくんが友達でいて欲しいから。

出来れば、ずっとこのままで……

智絵里「……不安なんですよね……?二人きりだと、もしかしたら……そう、考えちゃって」

美穂「……智絵里ちゃん」

それに、わたしは……

智絵里「でも、大丈夫だと思います……もうPくんの気持ちも、まゆちゃんの思いも。変わる事は」

美穂「智絵里ちゃん!!」

つい、大きな声が出ちゃいました。

分かってます。分かっているんです。

それでも、わたしは……

智絵里「……ごめんなさい、美穂ちゃん……わたしなんかが口出ししちゃって……」

美穂「……あ……ごめんね、智絵里ちゃん……」

……何やってるんだろ、わたし。

こんな事で怒ったって、こんな事をしたって。

誰も幸せになれない事くらい、分かってるのに……

智絵里「……雨、止んだみたいです……」

美穂「……まだ降ってるかもしれないから……ゆっくり進も?」

182 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:23:59.59 ID:YiJviGoJ0



李衣菜「うわぁ、後ろすっごい雨だね」

まゆ「早目に先に進んでて正解でしたねぇ」

李衣菜「美穂ちゃん達、濡れてないといいけど」

まゆ「ですねぇ」

ぶっちぎりでトップを進んでていたまゆ達は、集中豪雨の被害を受けずにマングローブのトンネルを遊覧していました。

スタートした時の様子だと、Pさんと加蓮ちゃんは直撃してそうですねぇ。

……変なアクシデントが起きてないといいんですけど。

まゆ「ふぅ。それで、李衣菜ちゃん」

李衣菜「ん?どうかしたの?」

まゆ「……何か、お話があったんじゃないんですか?」

李衣菜「……さぁ?どうだろうね」

常識人枠の李衣菜ちゃんが、最初に遊覧を投げ出した時点で。

まゆと二人きりで、何かお話をしたいのだと思ってたんですが。

……心当たりが無い訳でもありませんからね。

李衣菜「って言うかさ、心当たりがあるって顔してる時点で私が言うべき事はそんなに無いんだよね」

まゆ「……美穂ちゃんの事、ですよね?」

李衣菜「うん、後まぁ加蓮ちゃんも」

まゆ「加蓮ちゃんはついで扱いですか?酷いですねぇ」

李衣菜「美穂ちゃんの方が済めば、加蓮ちゃんの方も解決するだろうからね」

まゆ「……その通りですねぇ」

そして、その通りになってしまうのは。

まゆとしては、都合の良くない事でした。

だって……

李衣菜「……美穂ちゃんも、そこまでする必要も無いのにね」

まゆ「李衣菜ちゃんは、どうなって欲しいですか?」

李衣菜「私はほら、元々は美穂ちゃんを応援してたからさ」

まゆ「まゆ相手にそんな事を言うなんて、酷いですねぇ」

李衣菜「そんな状況を維持しようとしてるまゆちゃんが言う?」

まゆ「ふふ、それもそうでした」

加蓮ちゃんが美穂ちゃんの事を応援している事は知っています。

当然、美穂ちゃんも知っている事です。

それは、つまり。

美穂ちゃんがPさんを諦めようとしない限り、加蓮ちゃんはPさんに告白出来ないという事です。

まゆ「……Pさんに、また辛い思いをさせない為に……ふふ。今思い返せば、馬鹿馬鹿しい事ですねぇ」

李衣菜「まゆちゃんはどうなの?」

まゆ「勿論それを曲げる事はありませんよぉ。ですが、それはまゆの考えですから。美穂ちゃんまでそんな事をする必要はありません」

李衣菜「その通りなんだけどね。でもま、まゆちゃんとPをまた苦しめる様な出来事は避けたいって気持ちは分かってあげよ?」

まゆ「それは分かっていますよぉ。有難い事です」
183 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:24:36.88 ID:YiJviGoJ0


ですから、まゆとしては。

このまま美穂ちゃんが諦めてない様な素振りを続けて。

加蓮ちゃんを牽制し続けてくれるのが一番なんです。

……なんて、Pさんの事『だけ』を一番に考えていたのであれば、そうだったでしょうね。

李衣菜「……ま、それだけじゃ無いのも分かってるでしょ?」

まゆ「ですねぇ……色々と言いたい事はありますが……」

李衣菜「……美穂ちゃんに、そんな事はさせたくないし」

まゆ「言い訳としては、これ以上無い程のものですから」

李衣菜「加蓮ちゃんだって、このままじゃかわいそうだからね」

まゆ「まあ、加蓮ちゃんの事は心からどうでもいいんですけどねぇ」

李衣菜「まゆちゃんらしいね」

まゆ「加蓮ちゃんさえいなければ、きっと難なくまゆはPさんと結ばれていましたから……」

それも、付き合う前のまゆはそう考えていた、というだけですけど。

実際にアプローチをかけ始めて、それから知った事は沢山あります。

想定していた以上に、恋は難しいものでした。

李衣菜「そうなの?」

まゆ「春休みの時点で、Pさんに想いを向けてそうな子のリサーチは全員分終わっていましたから。加蓮ちゃんだけは、本当に想定外でした」

二年生になって、突然学校に来る様になって。

それだけならまだしも、始業式の日からPさんは学校案内を任されて。

本当はあの日から数日中に心を掴みたかったのに。

それよりも先に、ほんの数日のうちに、加蓮ちゃんは恋に落ちて。

挙句の果てに、まゆより先に唇を奪うなんて。

李衣菜「じゃあ、さ」

まゆ「どうかしましたか?」

にこりと笑う李衣菜ちゃん。

あまり、良い予感はしません。

184 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:25:12.69 ID:YiJviGoJ0



李衣菜「当然、私の事も調べてあるんでしょ?」

ここへきて、まゆは焦りを感じました。

……最悪の事態ですねぇ。

それこそ、一番避けたかった事態かもしれません。

まゆ「…………それはもう、しっかりと」

Pさんと李衣菜ちゃんは、小学三年生の時からの付き合いで。

Pさんにとって、とても大切な友人で。

高校一年生になるまで、Pさんには友達と呼べる友達が李衣菜ちゃんしかいない。

言って仕舞えば、Pさんの一番の理解者でしょう。

裕福な家庭で、礼儀正しく育てられ。

料理は得意だけれど、朝に弱くあまり朝食は食べず。

美穂ちゃんの恋愛を応援していた。

そんな事はどうでもいいんです。

今、この状況で。

李衣菜ちゃんが、それを口にしたと言う事は……

李衣菜「……ねぇまゆちゃん。もし美穂ちゃんと加蓮ちゃんが、Pに告白したとしたらどうなると思う?」

まゆ「……振られるでしょう」

李衣菜「即答だね」

まゆ「まゆは、信じていますから。そして……Pさんが、またとっても辛い思いをする事も」

李衣菜「だよね、きっと。でもまあ、まゆちゃんとPの二人でなら乗り越えられるんじゃない?」

まゆ「まゆとしては、そうでありたいですねぇ」

李衣菜「うん、じゃあさ。もし……」

私が、Pに告白したら?

そう口にする李衣菜ちゃん。

……本当に、それだけは避けたいんですけど。

李衣菜ちゃんが、何を考えてそんな事を言っているのかは分かっています。

どんな気持ちで、自分の気持ちを利用しているのかも分かっています。
185 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:25:42.16 ID:YiJviGoJ0


まゆ「……出来るんですか?李衣菜ちゃんに」

李衣菜「出来ないと思うよ」

まゆ「……出来もしないのに、そんな事を」

李衣菜「でも、する」

まゆ「……ズルイですねぇ」

美穂ちゃんが振られる、と。そう即答したのは不味かったですね。

それでは、李衣菜ちゃんが思い留まる理由が失くなってしまうんですから。

きっと李衣菜ちゃんは、Pさんに告白なんてしないと思います。

けれど、きっとではダメなんです。

ほんの少しでも、Pさんに告白してしまう可能性があれば。

それでもし、本当にされてしまったら。

結果に関わらず、Pさんがとても苦しむ事になるのは、分かりきっていますから。

早く美穂ちゃんの事をなんとかしてあげて。

じゃないと、私が告白しちゃうよ?

李衣菜ちゃんが言っているのは、大体こういった意味でしょう。

現状維持に努めたくて、けれど大切なお友達である美穂ちゃんをこのままにするのも心苦しくて。

そんなまゆの背中を、無理矢理押してくれている感じですねぇ。

まゆ「……李衣菜ちゃんが」

李衣菜「私が言うとさ、美穂ちゃん余計に悩んじゃうんじゃないかなって」

まゆ「……ほんと、ズルイですねぇ」

李衣菜「その代わり、約束するよ。美穂ちゃんがPにきちんと告白したら、私は絶対に何もしないって」

まゆ「美しくもない自己犠牲精神ですねぇ。まゆを巻き込まないで下さい」

李衣菜「美穂ちゃんから私に代わるだけだよ。まゆちゃんは、まぁ、ごめんね?」

まゆ「まゆとしては、Pさんを苦しめたくないんですけどねぇ」

李衣菜「こんな事言ってる時点で、私がどれだけPの事なんて考えて無いかも分かるでしょ?」

苦笑する李衣菜ちゃん。

……本当に、もう。

その笑顔の裏に、どれだけの想いを隠しているんでしょう。

以前のまゆは、こんな風に見えていたんでしょうか。

まゆ「……はぁ、仕方ありませんねぇ」

李衣菜「ほらまゆちゃん、笑顔笑顔」

まゆ「皮肉ですか?」

李衣菜「後ろからP達来てるよ」

まゆ「Pさぁん!!」

李衣菜「嘘だけど」

まゆ「じーざす、李衣菜ちゃんにはいずれギャフンと言わせてみせますよぉ!!」

186 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:26:16.19 ID:YiJviGoJ0


P「ゔぁー……」

めちゃくちゃ疲れた。

ホテルに戻って、シャワーを浴びた後夕食に向かう。

またもやバイキングだった。

沖縄らしいものを食べられるのは最終日の自由時間のみになりそうだ。

美穂は、来ていなかった。

P「加蓮、何か聞いてるか?」

加蓮「カヌーで疲れて食欲湧いてないってさ。後で何か持ってってあげよ」

李衣菜「……あー……」

まゆ「……智絵里ちゃん?」

智絵里「……どうかしましたか?」

加蓮「……李衣菜ぁ……智絵里ぃ……」

李衣菜「か、加蓮ちゃん……?なんでそんなにしょげてるの?」

加蓮「ポテトタワーが建築法違反だったぁ……」

智絵里「先生に、食べ物で遊ぶなって怒られたみたいです……」

加蓮「良いじゃん!ちゃんと全部食べるんだし!!」

智絵里「加蓮ちゃん、食べ物で遊ばないで下さい。乾燥パセリにしちゃいますよ……?」

加蓮「……はい、ごめんなさい」

まゆ「ふふっ、無様ですねぇ」

加蓮「は?」

智絵里「二人とも……お食事中ですから……」

まゆ「……失礼しました」

加蓮「うわーん李衣菜ぁ!智絵里が強い……!」

李衣菜「間違った事言ってないからじゃないかな」

P「楽しそうだなぁ」

わいわいやいのやいの、騒がしくも楽しい食卓だ。

加蓮「もういいや、李衣菜で遊ぶ」

まゆ「ならまゆは加蓮ちゃんで遊びますよぉ」

李衣菜「なら、私がまゆで遊べばジャンケンだね」

加蓮「酷い李衣菜!私とは遊びだったんだ?!」

まゆ「騒がしいですねぇ負けヒロインさん」

加蓮「は?メインヒロインだし」

まゆ「らしくないですよぉ」

李衣菜「智絵里ちゃん、そっちのナイフ取ってもらえる?」

智絵里「えっと……何十本使いますか?」

李衣菜「武器にする訳じゃ無いよ?!」

まゆ「Pさぁん、加蓮ちゃんが酷いです!この後Pさんのお部屋で慰めて下さぁい!!」

P「いやダメだって、昨日も言ったけど先生に怒られるぞ」

まゆ「うぅぅぅぅっっ!ぅっうううぅっっ!!」

加蓮「あ、なんかこの見苦しいまゆ久しぶりに見た気がする」

智絵里「……美味しくお食事したいので、静かにして下さい」

まゆ「はい」
187 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:26:44.32 ID:YiJviGoJ0



部屋に戻って、またシャワーを浴びて一息吐く。

汗を流してサッパリした筈なのに、心は全く晴れそうに無い。

P「はぁ……」

ため息が一人部屋にこだまして消えてゆく。

寂しいな、一人部屋。

今日、加蓮が言っていた言葉を思い返してため息を増やす。

コンコンッ

「見回りです」

P「はーい」

ドアを開ける。

まゆ「はぁい。こんばんは、Pさん」

まゆが立っていた。

P「こんばんは、まゆ」

ドアを閉めようとする。

しかし閉め切る寸前に、まゆのスリッパがドアの隙間に挟み込まれた。

まゆ「な、ん、で!閉めようとするんですかねぇ?恋人の夜這いですよぉ?!」

P「だからだろ!不味いからだろ!!」

まゆ「いいんですか、Pさん。『Pさんに呼び出されて来たんです』って先生に言っちゃいますよぉ?」

それは非常に不味い。

観念してドアを開いた。

まゆ「うふふ。素直に『実は来てくれるって期待してた』って言っても良いんですよ?」

P「正直来るだろうなぁとは思ってたよ」

まゆ「酷い言い方ですねぇ」

ナチュラルにベッドにうつ伏せに寝転がるまゆ。

……パジャマ姿のまゆも、うん、良いな。

188 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:27:19.84 ID:YiJviGoJ0


まゆ「すーー……ふーー……」

P「何してるんだ?」

まゆ「栄養補給です」

P「なにで?」

まゆ「Pさんの匂いです」

P「……恥ずかしいんだけど」

まゆ「さて、Pさん」

P「ん?なんだ?」

まゆ「まゆを抱き締めて下さい」

P「……あいよ」

まゆを仰向けにして、優しく抱き締める。

小さな身体だけれど、温もりは確かに伝わってきた。

まゆ「……まゆ、Pさんに謝らないといけないんです」

P「……すまん、心当たりが多過ぎる」

まゆ「うぐぅっ……うぅぅっ……うぅぅぅっ!!」

P「すまんすまん!嘘だって!」

まゆ「……キスしてくれたら、許してあげます」

P「……しなかったら?」

まゆ「まゆからします」

P「幸せかよ」

まゆ「さぁ、Pさん。お好きなところにキスをして下さい!」

P「……まゆの全部が好きだから、選べないな」

まゆ「…………ぁぅ、あ……ありがとうございます」

顔が真っ赤になるまゆ。

当然言ったこっちも恥ずかしいけど、まゆのそんな表情が見れたから良しとしよう。

可愛さに耐えられず、俺は唇を重ねた。

まゆ「んっ、ちゅ……んむっ、ちゅぅ……んぅ……ちゅっ……」

P「……ふぅ、満足か?」

まゆ「Pさんは満足なんですか?」

……その誘い方はズルいんじゃないだろうか。

P「いや、全く」

まゆ「……うふふ、期待しちゃいますねぇ」

P「……で、謝るとかなんとか言ってなかったっけ?」

まゆ「……忘れかけてましたねぇ」

P「おい」
189 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:28:25.25 ID:YiJviGoJ0

まゆ「冗談ですよぉ。覚えてますか、Pさん。辛そうな顔をさせるのは、今で最後ですから、って言葉を」

P「……あぁ、覚えてるぞ。俺が一回振られた時だな」

まゆ「……まゆを虐めて楽しいですか?」

P「うん、すっごく楽しい」

まゆ「なら、そんな意地悪さんには……また、辛い思いをして貰います」

P「……え、別れ話?」

うっそだろ。明日の自由行動がお通夜になるぞ。

まゆ「……そんな訳無いじゃないですかぁ……」

P「どういう訳だったんだ?」

まゆ「……あと何回か、Pさんは……また、苦しい思いをするかもしれないんです」

P「……美穂の事か?」

まゆ「加蓮ちゃんもですねぇ」

P「……なんであれ、俺の気持ちは変わらないよ」

まゆ「……信じて、良いんですよね?」

P「勿論」

まゆ「……なら、まゆは安心です」

P「むしろ信じてくれて無かったのか?そっちの方がショックなんだけど」

まゆ「いえ、信じてますよぉ。Pさんなら、美穂ちゃんでも加蓮ちゃんでも無く……まゆを選んでくれるって」

P「……あぁ、ありがとう」

まゆ「…………さて、Pさん……その……」

急に、まゆがしおらしくなった。

P「……あー……えーっと……」

まぁ、お互い求めている事は分かる。とはいえ、それに慣れている訳でも無く。

こう、緊張とかその辺の感情で言葉が続かなくなった。

まゆ「……Pさん」

P「……まゆ」

ピロンッ

まゆ「…………」

P「…………」

まゆ「……邪魔が入りましたねぇ」

P「すまん、通知切っとけば良かった」

一応スマホを確認する。

……李衣菜か、なんでこんなタイミングで……

『まゆちゃんそっちに居るでしょ?!見回りの先生来たから早く帰して!フロア共有のお手洗いに行ってるって事にしとくから!!』

P「……だ、そうだぞまゆ」

まゆ「……お手洗いに数時間掛かったって事になりませんかねぇ……」

P「ならないだろうな……」

まゆ「……お邪魔しました、Pさぁん……」

P「おう、おやすみまゆ」

トボトボと歩いて、まゆが部屋から出て行った。

このテンションを、俺は一体どうすればいいんだろう。

…………寝るか。
190 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:30:01.07 ID:YiJviGoJ0


P「……あっつい……」

加蓮「もうマジむり、溶ける」

美穂「うぅ……蒸し焼きになっちゃう……」

修学旅行三日目は、物凄く暑かった。

汗だっくだくになりながら太陽を睨み付け、眩し過ぎて目が眩むまでがワンセット。

色々巡る予定だったが、もうさっさと適当な店に入って涼みたかった。

加蓮「どうする?正直早く涼しい場所に入りたいんだけど」

P「早めのお昼ご飯にしちゃうか」

加蓮「だね。汗かくとシャツ透けちゃって、誰かさんに見られちゃうし」

からかう様な視線を此方へ送る加蓮。

いや、昨日のは不可抗力ってやつじゃん。

それにずっと。

目瞑ってたし。

美穂「……え、Pくんと加蓮ちゃんって……」

加蓮「あ、バレた?実は私達」

P「二ヶ月前から友達なんだよ」

加蓮「乗ってよ!そこは愛人とかそういうのでしょ?!」

P「まゆに聞かれたら後々大変だろ!!」

何処で聞いてるか分かったもんじゃないって昨日言ってただろ。

分かってやってるんだとしたらなかなかエグい。

加蓮「やーいビビりー」

美穂「煽りが小学生レベルだね……」

P「まぁいいや、取り敢えず適当な店探そうぜ」

歩いて五分もしないうちに、沖縄料理店が姿を現した。

ドアをくぐると冷房が効いた冷たい空気が流れてくる。

ニライカナイは此処にあった。

191 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:30:29.59 ID:YiJviGoJ0


P「涼しい……冷房って凄い」

加蓮「そろそろ屋外にも冷房設置して欲しいよね」

美穂「電気代凄そうですね……」

P「何食べる?」

加蓮「お昼ご飯」

P「お前昼に朝ご飯食えると思ってるのか?」

美穂「わたしはソーキそばにしますっ!」

加蓮「同じく!」

P「俺は沖縄そばで」

加蓮「二対一で私達の勝ちだから、支払いは鷺沢がよろしくね」

P「じゃあ俺もソーキそばにするわ」

美穂「お料理、写真撮って今SNSにアップしたら先生に怒られちゃうかな……」

加蓮「気を付けるに越した事はないんじゃない?智絵里は没収されたんでしょ?」

P「最近の若者はスマホに依存し過ぎだよ。偶には子供の心を取り戻して糸電話とか交換日記とかすべきだって」

美穂「Pくんは、そういう事する友達は……あっ、ごめんなさい……」

……いなかったけどさ。

そういう事出来る友達がいたら良かったなっていうイメージだよ。

謝られると余計に辛いんだけど。

加蓮「なら、私と交換日記やる?」

P「二回と保たずに飽きるビジョンが見えるな」

加蓮「ほら私も交換日記するような友達いなかったからさ」

美穂「ねえ、明るく重い話するのやめよ?」

「お待たせしましたー」

ソーキそばが三つ届いた。

おお、美味そう。

美穂・加蓮・P「「「いただきます」」」

食べる。美味い。とても美味しい。

何と言っても、店内が涼しいのがとても美味しい。

ソーキそばを啜りながら、昨日の事を思い返していた。

加蓮と話した事、まゆと話した事。

今幸せそうにソーキそばを食べている美穂は。

一体、どんな事を考えているんだろう。

美穂「……言えば胡椒貰えるかな」

胡椒が欲しいそうだ。

192 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:31:24.84 ID:YiJviGoJ0

P「……帰って来てしまった……」

つい数十分前までさっさと着陸しろと祈りまくっていたのに、今ではもう着いちゃったのかと掌を半回転。

目の前の光景にシーサーもシークァーサーもなく、ただ見慣れた街だけが広がっていた。

帰るまでが遠足ですとは言うが、なら帰宅の直前までは遠足先の光景が広がっているべきだと思う。

美穂「……帰って来ちゃいましたね」

まゆ「ですねぇ……いつもの街並みです」

P「……終わっちゃったんだな……」

遠くに出掛けて帰って来た時の帰って来ちゃったんだな感は異常。

なんだか、物凄い虚無に包まれた気分だ。

美穂「……また、旅行に行きたいですね」

P「夏休み入ったらまたみんなで行くか」

まゆ「それでは、まゆと美穂ちゃんは寮の方ですから」

P「あぁ。また明後日、学校で」

美穂「じゃあね、Pくん」

まゆ「また来週ですね、Pさん」

それぞれ帰路に着く。

あー……だっる……

智絵里「……あ、Pくん」

P「ん、智絵里。どうしたんだ?」

横断歩道で信号待ちをしていると、偶然隣で智絵里も信号待ちをしていた。

智絵里「お疲れ様でした。とっても、楽しかったですね」

P「……良かったな、うん。俺もすげー楽しんだわ」

信号が青に変わった。智絵里と並んで、横断歩道を渡る。

智絵里「……ねえ、Pくん」

P「ん?なんだ?」

智絵里「……また、みんなで旅行に行きたいです」

P「だなー」

智絵里「……えへへ」

P「ん?どうしたんだ?」

智絵里「……いえ、なんでもありませんっ!」

なんだか上機嫌だな。

P「それじゃ、俺こっちの道だから」

智絵里「はい……またね、Pくん」

P「あぁ。また明後日、学校で」

智絵里と別れて、道を歩く。

……あれ?智絵里の家ってそっちの方面だったっけ?

何処かに寄って帰るのだろうか。

そして、ついに姿を現した自宅は、本当に帰って来ちゃったんだな感を増させてくれる。

P「ただいまー姉さん」

文香「あ……おかえりなさい、P君」

文香姉さんにお土産を渡して、シャワーを浴びてベッドに寝っ転がる。

明日は日曜日だし、一日中寝て疲れを取ろう。
193 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:31:58.69 ID:YiJviGoJ0


まゆ「……ふぅ、疲れましたねぇ……」

美穂「明日は一日中、ベッドから離れられないかも……」

重い荷物を引き摺って、まゆ達はようやく寮まで辿り着きました。

六月の夕方は、沖縄程では無いにしても暖かくなってきて。

あと二週間もすれば、今度は暑い暑いって言ってそうですね。

まゆ「明日が日曜日で良かったですねぇ」

美穂「毎日が日曜日だったら良いのに」

まゆ「学校が無くなっちゃいますよ?」

美穂「……二日に一回にしておこっか」

……さて、どう話を切り出すべきでしょうか。

どの道ど直球に聞かなければいけないとはいえ、そこに至るまでに美穂ちゃんの気持ちも知っておきたいですから。

まゆ「……そちらの班は、楽しかったですか?」

美穂「うん、もちろんっ!Pくんと加蓮ちゃんと一緒だったもん!」

まゆ「あの頭ハッピーセットみたいな女の子と一緒で、ですか?」

美穂「た、確かに加蓮ちゃんは脳がマックシェイクされてる時もあるけど……で、でも!とっても楽しいお友達ですから!」

何か別の意味を含んでいたとしても、楽しかったというのは嘘では無いみたいですねぇ。

という事は、美穂ちゃんが加蓮ちゃんと仲良くしたいと思う気持ちは本物で。

だからこそ、ですかね。

まゆ「本当は、まゆもPさんと一緒の班が良かったんですけどねぇ」

美穂「それはごめんね?ほら、班決めの時はまだまゆちゃんとPくん付き合って無かったよね?」

まゆ「そうでしたねぇ、ええ。それでもまゆを誘ってくれても良かったのに……よよよ……」

美穂「まゆちゃんとは温泉旅館行くから、修学旅行は加蓮ちゃんと一緒に行動しよっかなって思ってたの」

まゆ「そうですか、二股ですか。まゆとは遊びだったんですね……」

美穂「二股だなんて……そしたら、まゆちゃんはわたしと智絵里ちゃんと李衣菜ちゃんとで三股じゃない?」

まゆ「交差点みたいですねぇ。スクランブルガール……悪くない響きです」

……はぁ、まったく。

まゆ相手には、あんなにハッキリと言えていたのに。

やっぱり、でした。

どうやら美穂ちゃんは。

温泉旅館に行く前から、鷺沢古書店でアルバイトをしていた時点で。

もう、決めていたんですね。

194 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:32:35.54 ID:YiJviGoJ0


まゆ「……ただのライバルだったら、どれだけ楽だったでしょうね」

それがまゆにとって、ただのライバルだったのなら。

本当に、ずっとそのままにしておきたかったんですが。

美穂「え?急にどうしたの?」

まゆ「……ねえ、美穂ちゃん」

美穂「なんですか?」

まゆ「美穂ちゃんがあの日、まゆに言ってくれた言葉を……まゆを前に押してくれた言葉を。まゆは、全部覚えています」

美穂「それって……」

まゆ「温泉旅行の夜の事です。美穂ちゃんのおかげでまゆは、Pさんと、美穂ちゃんと……自分と、向き合えました」

向き合って欲しい。

友達でいて欲しい。

素直になって欲しい。

そんな美穂ちゃんの言葉があったからこそ。

Pさんは、まゆの笑顔以外も受け入れてくれる様になって。

まゆは、Pさんに受け入れて貰えて。

美穂「……そんな、わたしのおかげだなんて……」

まゆ「ええ、はい。ですから……」

本当に、ごめんなさい。

そう、まゆは謝りました。

美穂「……え?」

まゆ「……美穂ちゃんが、どれだけ悔しかったか……まゆは、分かっていませんでした」

美穂「悔しい?わたしはそんな事ないよ?」

まゆ「……美穂ちゃんは、もう。Pさんの気持ちを理解し切っていて……既に諦めていたんですよね?」

美穂「……まゆちゃん」

きっと、まゆと同じ様に。

そう決断するまでに、ずっと悩んだと思います。

辛かったと思います、苦しかったと思います。

まゆ「それなのに、まゆがあんな風に……自分の我儘と馬鹿らしい考えで……Pさんの気持ちをふいにしようとして。とっても、悔しかったと思います」

諦めたのに、ようやく諦める決心が出来たのに。

……いえ、諦めるしか選択肢が無いんだと理解したのに。

目の前で、その気持ちが踏み躙られ掛けたんですから。

195 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:33:20.47 ID:YiJviGoJ0


美穂「……それ以上はやめよ?もう、済んだ話だから」

まゆ「済んだ話……本当にそうですか?」

美穂「……踏み込むね、まゆちゃん。別に、わたしの事はどうだっていいでしょ?」

まゆ「…………美穂ちゃん」

美穂「っ!なに?まゆちゃん」

まゆ「……それを本気で言っているんだとしたら、今度はまゆが美穂ちゃんを引っ叩きますよ?」

どうでもいい訳、無いじゃないですか。

そんな事があっても、まゆと仲良くしてくれて。

まゆとPさんの為に、思いを隠して偽ってくれて。

そんな、優しくて……弱くて、強い美穂ちゃんの事が。

まゆ「……どうでもいい訳が無いじゃないですか……っ!そんな悲しい事、言わないで下さい……!」

美穂「……ごめんね、まゆちゃん」

まゆ「……っ!」

美穂「でもほら、ね?今更わたしが好きって伝えたところで、Pくんの迷惑にしかならないよね?」

まゆ「やっぱり、好きなんじゃないですか……だったら……」

美穂「だったら……だったら、なんなの?じゃあ、別にPくんの事は好きじゃないって言えばいいの?」

まゆ「……そうじゃないですよ……そうじゃないでしょ?!美穂ちゃん!!」

……おかしいですね。

まゆが次に泣くとしたら、Pさんに何かあった時か、何かして貰った時になると思っていたんですが。

案外まゆは、涙脆かったみたいです。

それとも、それ程までに美穂ちゃんが大切な友達だという事でしょうか。

だとしたら、それもそれで嬉しいですね。

まゆ「……美穂ちゃんが、どれだけ友達を大切にしているかは分かっていますっ!Pさんの事も、まゆの事も、加蓮ちゃんの事も……!」

まゆ「でも……もう、良いじゃないですか!大丈夫です、みんな……きっと何があっても。友達でいられるって……そう、信じて」

まゆ「辛い思いをしたとしても。それでも乗り越えて……もっと楽しい日々が送れる筈ですから!」

まゆ「……自分の気持ちに……正直になってくれませんか……?」

196 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:34:04.68 ID:YiJviGoJ0


まゆとした事が、はしたないですね。

こんなに大きな声を出してしまうなんて。

それに、美穂ちゃんが正直になってしまったら。

美穂ちゃんも加蓮ちゃんも、Pさんに告白してしまうのに。

本当に、まゆらしくも無いですね。

美穂「……やめてよ」

まゆ「やめません……何度だって言います……!」

美穂「……やめてよっ!」

まゆ「美穂ちゃんが言ってくれたんですよ?!まゆを助けてくれた美穂ちゃんの言葉を……嘘にしないで下さい!」

美穂「やめてって言ってるでしょ!!」

やめる訳にはいきません。

言葉を止める訳にはいきません。

美穂ちゃんの為にも、まゆの為にも。

美穂ちゃんの言葉を、想いを。

嘘にしたくないから、して欲しくないから。

まゆ「美穂ちゃん、言い訳はもうありません。加蓮ちゃんはきっと大丈夫です。まゆとPさんも、何があっても変わらないと約束しましょう」

美穂「……言い訳って、何?」

まゆ「美穂ちゃんが、Pさんに告白しない言い訳です」

美穂「……何を言ってるの?」

まゆ「美穂ちゃんは結局のところ、振られるのが怖いんですよね?Pさんの思いがまゆに向いているのに告白したところで、振られるって分かってるんですよね?」

美穂「っ!もう黙ってよ!!」

まゆ「黙りません。素直な気持ちを断られるのが怖いんですよね?だから友達の為って言い訳で固めて、告白しなくていい理由を作ってたんじゃないんですか?!」

美穂「……まゆちゃんなんかにそんな事言われたく無いよ!悔しかったもん!辛かったもん!誰にも言えなかったんだもんっ!わたしだって……っ!わたしだってね?!好きだったの!!」

美穂ちゃんに、酷い言葉を言わせちゃいました。

正直まゆも泣きそうです。泣いてますが。

……分かってます。

美穂ちゃんが、そんな打算的な人じゃ無いという事くらい。

断られるのが怖いだなんて、そんなの当たり前です。

素直な想いを伝えて、それでも振られるのが嫌だなんて、そんなの当然の事です。

けれど、そんな言い訳に友達を使うなんて事は絶対にしない筈で。

美穂ちゃんにとって、告白を断られるのは辛い事だとして。

それと加蓮ちゃんに関しては、きっと別問題です。

それくらい、分かっているのに……
197 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:34:37.87 ID:YiJviGoJ0


まゆ「なら、もう告白出来る筈ですよね?まだ他に言い訳はありましたか?ありませんよね?無い事くらい分かってますから」

美穂「まゆちゃんに何が分かるの?!わたしが……わたしは!みんなで……っ!仲良くしたかっただけなのに……っ」

目に涙を浮かべて、美穂ちゃんは声を震わせました。

こんなにも悩みに悩んでくれていたのに、あの時のまゆは……

本当に、美穂ちゃんには謝罪と感謝の言葉が止まりません。

……でも。

まゆ「……ごめんなさい、美穂ちゃん。それでもやっぱり、美穂ちゃんには……ちゃんと、告白して欲しいです」

美穂「……振られた事が無いから、そんな事言えるんだよ……」

まゆ「……向き合って欲しい、って。まゆは、美穂ちゃんに背中を押されましたから」

美穂「……付き合えるって分かってたから、まゆちゃんはそんな事言えるんだよ……!でも、もうわたしは……断られるって分かってるんだよ……?」

まゆ「……そうですね……」

美穂「まゆちゃんだって分かってるじゃん!なのに……なんで?どうしてそんな事が言えるの?!わたしを傷付けたいの?!」

まゆ「違います……!まゆは、美穂ちゃんに……」

美穂「わたしだって!あの時っ、ほんとは告白したかったのに……っ!なんで?どうして?!なんでわたしじゃ無かったの?!ずっと大好きだったのに!!」

まゆ「……ごめんなさい……」

美穂「っ!謝らないで!わたしは……!」

声を荒げる美穂ちゃんに。

きっと、もう。

まゆの言葉は、刃物にしかならなくて……

智絵里「なら、美穂ちゃん。わたしと……二人で、お話しませんか?」

美穂「えっ……?」

まゆ「智絵里ちゃん……?」

いつの間にか、智絵里ちゃんが来ていました。

盗み聞きされていた様です。

……素敵な趣味をお持ちですね。

智絵里「いいよね……?まゆちゃん、美穂ちゃん」

まゆ「……ええ」

美穂「……わたしは、もう話す事なんてないもん……」

智絵里「はい。でも、わたしにはあるんです」

美穂「……」

智絵里「……まゆちゃん。少し、外して貰えますか?」

……珍しく、有無を言わせぬ程押しが強いですね。

なら、任せても良いかもしれません。

どの道、まゆの言葉なんてもう……

まゆ「……はい」

398.33 KB Speed:0.1   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)