僧侶「勇者様は勇者様です」

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140 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:11:31.26 ID:Eq8P5eTQ0
暗器使い「勇者達の入国を足止めした我々が言うのも何だが」

僧侶「そうですね。よりにもよって入国しにくい二国を最初に巡るとは」

僧侶「私も納得しての出発ではありましたが……」

勇者「あはは……自治区の方も入国が難しそうだったら後回しにするよ」

勇者「また拉致されたら困るしね」

暗器使い「ふっ……タダで首都まで運んでもらえるかもしれんぞ」

勇者「あはは! それも良さそう!」

僧侶「当事者同士でよく笑えますね……」

勇者「過ぎ去った事は大抵笑い話にできるよ」

僧侶「……でも、笑えない事もあります」
141 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:12:04.51 ID:Eq8P5eTQ0
僧侶「自治区、ですか。亜人……いえ、人外が治める土地……」

僧侶「人外が……」

僧侶「…………」

勇者「僧侶……」

僧侶「大丈夫です、ただ……」

僧侶「……すいません、少しだけ風にあたって来ます」

勇者「うん。目的地はまだまだだしゆっくりして来なよ」

僧侶「はい……」


僧侶は寝台車両を出て食堂車の方へと移って行った。


暗器使い「僧侶は人外に対してかなりの憎しみを抱いているようだが、一体何があったんだ?」
142 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:13:12.34 ID:Eq8P5eTQ0
勇者「うーん……」

勇者「絶対神の啓蒙な信者だから……というのは建前のようなものだろうね」

勇者「勿論理由の一つではあるんだろうけど、それ以上に人外を憎むようになったきっかけがあるんだ」

勇者「一つは昔……四年前だったかな」

勇者「僧侶が人外の集団に乱暴されちゃった事があってね」

暗器使い「乱暴、か……」

勇者「うん。大きな怪我とかは無かったけど、精神的には深い傷を負ってしまったみたいなんだ」

勇者「他に仕事があったとは言え、僧侶から目を離してしまった僕や父さんにも問題があった」

勇者「それからしばらく塞ぎ込んでしまった時期があってね」

勇者「ようやく体調も良くなってきて、僧侶としての仕事に復帰し始めた矢先にこの間の事件……」
143 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:14:24.89 ID:Eq8P5eTQ0
暗器使い「新生魔王軍による先代勇者と先代僧侶の襲撃事件か」

勇者「うん……」

勇者「特に母親の遺体の状態は酷かったみたいで、四年前のトラウマが掘り返されたのかもしれない」

勇者「あの日の僧侶の目には怒りと同じぐらい恐怖が見えた」

暗器使い「そうか……」

暗器使い「しかしお前は僧侶と似たような境遇に居るはずなのに、あの子とは何か違うな」

暗器使い「憎くないのか?」

勇者「勿論、僕や僧侶の両親を殺めた奴は許さない。憎んでいるよ」

勇者「でもそれは人外全体を憎む理由にはならないと思うんだ」

勇者「少しずつでいいから僧侶にも理解してもらいたいと思っている」
144 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:15:10.72 ID:Eq8P5eTQ0
勇者「考え方を押し付けるつもりはないけど……憎むだけなんて悲しい事だと思うんだ」

暗器使い「……そうだな」

暗器使い「俺も人外全てが悪いとは思わん」

勇者「北方連邦国では人外とはどういう向き合い方をしているの?」

暗器使い「北方連邦国は元々小国同士がぶつかり、侵略や和解を繰り返して出来た国だ」

暗器使い「その小さな国の中には人外の部族が治める国もあった」

暗器使い「国の一員になった者達もいれば、どこかへ亡命していった者達もいる」

暗器使い「後者の多くは千年前の魔王軍に合流していったと言われているが」

暗器使い「そういう成り立ちの国だから、人外であっても国の一員であれば区別はしない」

暗器使い「ただし、エルフ程ではないが外の者を嫌う国柄なのでな。外から受け入れるような事はあまり無いだろう」
145 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:15:58.67 ID:Eq8P5eTQ0
暗器使い「人外だと元からいた者とそれ以外の者の区別がつきやすいから、彼らは尚更この国には入りにくいな」

暗器使い「何もかも構わず受け入れるという皇国とうちの国とはまた別だ」

勇者「元からいた部族の人外であれば、公職に就くこともあるって事?」

暗器使い「そうだな。議会にも人外の議員はいる」

勇者「あのコボルト達が正規の職員だった可能性は……」

暗器使い「職員の顔ぐらい全て覚えているからそれは無いだろう」

暗器使い「仮にうちの国民だとしても、あの時は関係なかっただろうがな」

勇者「うーん、そうかもね」


それからしばらくして、僧侶が客室の扉を開けて戻ってきた。


勇者「おかえり僧侶。その手に持っている紙袋は?」
146 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:16:43.81 ID:Eq8P5eTQ0
僧侶「向こうの車両で知り合った老夫婦に頂いたんです。見てください、真っ赤な林檎ですよ」

勇者「この時期には珍しいね」

僧侶「この辺りでは丁度この時期が旬らしいですよ」

僧侶「折角なので頂きましょう。私は一個は食べ切れないと思うのですが……」

勇者「僕は一個貰うよ」

暗器使い「じゃあ僧侶は俺と分けるか。切るから貸してくれ」


暗器使いは僧侶から林檎を一つ受け取ると、ナイフを取り出して半分に切り分けた。


勇者「蜜がたっぷりで美味しいね」

暗器使い「連邦国首都ぐらい北に行くと新鮮な果物は高級品でな。久々に食べたが良いものだな」

僧侶「後でもう一度あの老夫婦にお礼をして来ないと駄目ですね」
147 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:17:22.04 ID:Eq8P5eTQ0
勇者「そうだね。僕達も直接お礼を言いたいな」

暗器使い「ああ、そうだな」





──翌日、終着駅


勇者「さて、ここから先は馬に乗り換えないとね」

暗器使い「馬の手配のために紹介状を書いてもらってきている」

勇者「それは助かるね。馬車の有無と頭数はどうしようかな」

暗器使い「馬車は使わないほうが良いだろう」

暗器使い「荷のない馬車はエルフ狩りと疑われてもおかしくない」

暗器使い「馬車を使えばチェックが厳しくなり、関所を越えるのに時間が掛かる可能性がある」
148 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:17:59.43 ID:Eq8P5eTQ0
勇者「荷があったらあったで密輸とかを警戒されちゃうしね」

暗器使い「ああ、あそこは閉鎖的な土地だから尚更な」

暗器使い「正規の商人も契約した一部の者しか行き来が許されていないらしい」

僧侶「何度も思うのですが、関所を通れるのか不安が募るばかりですね……」

勇者「うーん、自信なくなってきたかも」

暗器使い「初代のパーティーメンバーにはエルフの弓使いがいたんだろう? 今回も仲間を探しに来たって言えば何とか……」

暗器使い「ならないか……」

勇者「当時は人間とエルフとの仲がここまで険悪では無かったって聞くからね」

暗器使い「しかし不思議だな。教会によれば、勇者一行は絶対神に選ばれて加護を受けた者達らしいが」

暗器使い「初代のパーティーメンバーにはエルフやドワーフがいる。教会の人外嫌いと矛盾しているようだが……?」
149 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:18:29.01 ID:Eq8P5eTQ0

暗器使いが僧侶の方を見ると、彼女は気まずそうに目をそらした。


僧侶「さ……最近は教会もその点について見直しています……」

暗器使い「つまり、僧侶の人外嫌いは教義に則ったものではなく、個人的な感情に寄るものだという訳だな」

僧侶「そ、それは……」

暗器使い「……色々とあったようだが、そのままという訳にもいかないだろう。これから増える仲間に人外がいないとは限らない」

僧侶「それは、わかっているんです……」

僧侶(でも……)

勇者「ま、まあまあ。その時はその時で……」

勇者「あ、ここで馬を借りるんじゃないのかな。声をかけてみるね」

勇者「あのー、すいません」
150 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:19:13.82 ID:Eq8P5eTQ0
ドワーフの馬貸し「おう、お客さんかい」

僧侶「ひっ……!?」


店内から出てきたドワーフを見て僧侶はとっさに暗器使いの後ろに隠れてしまった。


僧侶(無理なんです……どうしても心の底から……)

暗器使い「…………」

暗器使い(思ったより重症か……。しかしこんな調子で自治区に行けるのか……?)

暗器使い(あそこにはほとんどエルフしかいないのだが……)

勇者「ねえ暗器使い、さっきのお願いしていい?」

暗器使い「ん? ああ……」

暗器使い「自分達はこういう紹介で来たのだが」
151 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:19:48.60 ID:Eq8P5eTQ0
ドワーフの馬貸し「……おお、これはこれは首都からわざわざご苦労様です」

ドワーフの馬貸し「我々が保有する中でも上等な馬をお貸し致しましょう」

ドワーフの馬貸し「頭数の方はどうなさいますか?」

勇者「えっと、ここから自治区の関所まではどれ位かかりますか?」

ドワーフの馬貸し「東の関所ですか……。そうですね、馬を歩かせて五日程でしょうか」

勇者(四日か……。僧侶は一応馬には乗れるみたいだけど、長時間は不安かも……)

勇者「二頭借りて、一頭に僕と僧侶で乗ろうかな」

勇者「一部の荷物を暗器使いの方の馬に持ってもらう様にしよう」

暗器使い「それが良さそうだな」

暗器使い「そういう訳で二頭で頼む」
152 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:20:46.68 ID:Eq8P5eTQ0
ドワーフの馬貸し「かしこまりました。折り返しのために一人同行させますのでそちらにも荷物を分けると良いでしょう」

ドワーフの馬貸し「今ご用意いたしますので裏の馬屋の方へどうぞ」


馬貸しに連れられて馬屋へ行くと凛々しい馬たちが干し草を食んでいた。


勇者「これは……大事に育てられているんですね」

ドワーフの馬貸し「ええ。もちろん商売ですから」

ドワーフの馬貸し「しかしそれ以上に、馬は我々亜人種や人間と切っても切り離せないパートナー……いわば家族と同然の存在です」

ドワーフの馬貸し「工業化が進んだ近年でもまだまだ活躍の場はありますから、これからもこの子達と共に歩んで行くつもりですよ」

暗器使い「なるほど……我々も道中では大事に乗らせて頂きます」

ドワーフの馬貸し「そうして頂けると」

勇者「よし、それじゃあ僕はこの馬にするかな」
153 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:21:29.48 ID:Eq8P5eTQ0
暗器使い「それでは自分はこちらで」

ドワーフの馬貸し「さすが、お二人ともお目が高い。馬具一式を持って参りますので少々お待ちを」


その後馬貸しが持ってきた馬具を馬に着せ、暗器使いの乗る馬に荷物などを乗せると、早速三人は関所を目指し始めた。

そして途中の集落で宿を借りたり野営をしたりと六日程道を進んでいると、遠方に鬱蒼と茂る木々たちが見えてきた。





僧侶「あれが……」

ドワーフの従者「ええ。あれが自治区……森の民エルフ達が暮らす場所です」

勇者「連邦国と隣接しているのに急に自然が豊かになるんだね」

暗器使い「彼らは自然との調和を大事にする種族だと聞いている。その方面の術に強い者も多いらしいから、その辺りが関係しているんだろう」

勇者「はるか昔は大陸中にエルフの森があったみたいだけれども、今はあそこ以外はほとんど残っていないんだよね」
154 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:22:13.15 ID:Eq8P5eTQ0
僧侶「千年前の大戦後、中立の立場であったにも関わらず各国で迫害を受けたエルフが集結し王国の辺境地を占拠したのが七百年ほど前だとか」

僧侶「実際には王国が率先してエルフの逃亡先として土地を提供したとも聞きますがね」

勇者「僧侶がそんな俗説についても調べているなんて意外だな」

僧侶「べ、別に知識は得られるだけ得たほうが良いと言うだけです」

僧侶「それから事の真偽を自分で判断すれば良いのです」

勇者「確かに、その通りかもね」

ドワーフの従者「そろそろ関所が目の前ですよ。準備をなさった方が良いかと」

勇者「そうだね。無事通れると良いんだけど……」
155 : ◆8F4j1XSZNk [saga sage]:2018/05/22(火) 19:24:24.55 ID:Eq8P5eTQ0
というわけで自治区が舞台の《森の民》編です。
よろしくお願いします。
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/22(火) 23:02:20.48 ID:It+LU5kDO

荷物車→貨物車
啓蒙な→敬虔な
かな?
157 : ◆8F4j1XSZNk [sage]:2018/05/23(水) 01:14:58.79 ID:MCuefMc80
>>156
おっしゃる通りです
敬虔に関しては全くの勘違いでした
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/05/23(水) 09:32:45.13 ID:Bz/aOxOeO
乙ー
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/24(木) 07:40:45.74 ID:gtvQB4YmO
関所までドワーフ5日→勇者4日→結果6日
勇者の予想ガバカバやんけ
160 : ◆8F4j1XSZNk [sage]:2018/05/24(木) 21:51:51.79 ID:GB+S/sPL0
>>156 >>158 ありがとうございます。
>>159 勇者の台詞が5日の間違いです。すいません……。
161 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:46:50.90 ID:TiIWmUpJ0





エルフの衛兵A「……よし、通っていいぞ」

勇者「えっ」

エルフの衛兵A「何を驚いている」

勇者「いや、こんな簡単に通れるとは思っていなかったので」

暗器使い「門前払い覚悟で来ていたのですがね」

エルフの衛兵A「さる方から連絡が来ていてな。勇者とその一行が来た場合通すにように言われている」

エルフの衛兵A「さっき術師に貴様らの紋章が本物かどうかも確かめさせたから問題はないだろう」

勇者「連邦国の時とは対応がえらく違うね」

暗器使い「……あの時数日時間がかかったのは貴族院の方でも対応に関して協議がなされていたためだろう」
162 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:48:40.40 ID:TiIWmUpJ0
暗器使い「その結果があれとは浅はかな連中だとは今更ながら思うがな」

エルフの衛兵A「関所を通ることは許可するが行動範囲は制限させてもらう」

エルフの衛兵A「第一に謁見してもらわねばならない方がいる。そこまでは他の衛兵を案内に付けるから従ってもらう」

勇者「わかりました。ありがとうございます」

エルフの衛兵A「……くれぐれも問題は起こしてくれるなよ。分かっていると思うが我々と貴様ら人間の関係は良好なものではない」

エルフの衛兵A「如何に勇者の末裔とて、事の次第によっては許されない場合もあるということを肝に銘じておけ」

勇者「ご忠告ありがとうございます」

エルフの衛兵A「フン……それではこの先は任せるぞ」

エルフの衛兵B「は、はい……! 了解いたしました!」


いかにも新人らしい青年のエルフがその先を案内することになった。
163 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:49:22.89 ID:TiIWmUpJ0
この見た目でも勇者達よりも遥かに歳上である可能性もあるのだが、どうしてもそのようには見えない。


エルフの衛兵B「み、皆さんこちらです。着いて来てください……!」





関所を越えた先では再び馬での移動となり、珍しい光景に目を奪われては衛兵に物を尋ねるなどしながら目的地を目指した。

そうして慣れない複雑な地形を数日進み続け、少し体に疲れが見え始めた頃。


エルフの衛兵B「皆さんは自治区は初めてですか?」

勇者「商人や一部の特殊な人達以外は殆どの人が来たことがないんじゃ無いかな」

エルフの衛兵B「そ、それもそうですね」

勇者「それにしても意外だったのが……」

勇者「思った程エルフの皆からの視線が悪いものでは無いんだね」
164 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:51:20.85 ID:TiIWmUpJ0
エルフの衛兵B「……勇者様達ならご存知だとは思いますが、今のこの土地を僕達エルフに与えて下さったのは隣の大国です」

エルフの衛兵B「エルフを辺境に追いやったのは人間ですが、また助けてくれたのも人間なんです」

エルフの衛兵B「恨みや傷は消えませんが、また誇りにかけて恩を忘れる事もありません」

僧侶「…………」

勇者「隣の大国……当時の国王様はどういう思いで行動に移ったんだろうね」

エルフの衛兵B「あまり大きな声では言えない事ですが、千年経った今も友好にしていただいていると聞いています」

エルフの衛兵B「で、出過ぎた言い方にはなりますが何らかの意思は感じます……」

エルフの衛兵B「しかしやはり僕達が救われている事には変わりありません」

エルフの衛兵B「恨みに関してももう千年も前……祖父母よりも上の代の話ですから、僕らが感情的になるのは難しいです」

暗器使い「そうか、亜人の寿命は数百年程度……我々人間よりは遥かに長いとは言え、当事者が生き残っているような事は無いのか」
165 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:52:09.45 ID:TiIWmUpJ0
エルフの衛兵B「そうですね」

エルフの衛兵B「信仰の長く続いた土着神の類や、より概念に近づいた存在……強力な力の持ち主なら千年単位でも生きるらしいですけれども」

勇者「それこそ当時の魔王軍幹部が生き残っていたとしたら、今でも存命している可能性は十分あるって事だよね」

エルフの衛兵B「ええっ……!? い、一応記録では魔王軍幹部は魔王自身を含めた全員が初代勇者一行に滅ぼされたと有りましたけれども……」

勇者「流石に僕もありえないと思うけどね。もしもの話ってだけ」

エルフの衛兵B「で、ですよね……」

勇者(しかし国王様は“魔王軍の残党”という言い方をされていた……)

勇者(その可能性も捨てきれないってことかな……)


勇者が考え事を始めてすぐ、前方から子供達が飛び出してきた。


エルフの子供A「あっ、お兄ちゃんだ!」
166 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:52:51.24 ID:TiIWmUpJ0
エルフの子供B「お仕事なの?」

エルフの子供C「後ろの人達ってもしかして人間!?」


衛兵と顔見知りらしい子供達は四人を取り囲んでワイワイと騒ぎ始めた。

特に子供達は人間を見る機会があまり無いのか、勇者達三人を物珍しそうな目で見ている。


エルフの衛兵B「こらこら! この方々は大切なお客様なんだから粗相のないように!」

エルフの衛兵B「仕事が終わったら遊んであげるから少し待っていて」

エルフの子供A「えーでも僕達も人間のお兄ちゃんたちとも遊びたいよ」

エルフの子供B「そうだよずるいよ!」

エルフの子供C「ずるいぞ!」

エルフの衛兵B「あのねえ、僕は遊びに行くわけじゃないの! あんまり聞き分けがないとおばさま達に言いつけるよ」
167 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:54:02.66 ID:TiIWmUpJ0
エルフの子供A「それは駄目!」

エルフの子供B「ひきょう者!」

エルフの子供C「あはは! 逃げるぞー!」


子供達が走り去っていくのを確認すると、衛兵はどっと疲れたようにため息をついた。


エルフの衛兵B「……お恥ずかしいところをお見せしていしまいました」

勇者「仲が良いんですね」

エルフの衛兵B「両親の知り合いの子供なんです。この仕事に就く前はよく面倒を見ていましたから」

暗器使い「ここはもう中心部……首都に近いようだが、随分と子供の姿を見るようになったのはその為か?」

エルフの衛兵B「ええ。僕達亜人種は人間に比べて寿命が長い代わりに子を成しにくいみたいで、小さな子供がいる事自体が珍しいんです」

エルフの衛兵B「彼らの成長への影響も考えて、子供が生まれるとこうして首都へ引っ越して子供達同士で触れ合う機会を設けられるようにしているんですよ」
168 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:55:25.35 ID:TiIWmUpJ0
エルフの衛兵B「大きな教育機関もこの辺りに集中していますし」

勇者「なるほど……」

勇者「子供達の相手なら僧侶も得意だよね」

僧侶「……えっ、私ですか!?」

勇者「僧侶は教会の孤児院で子供達に人気なんだ」

エルフの衛兵B「ああ教会の……」

エルフの衛兵B「確かに子供達には人気がありそうですね」

僧侶「べっ……別に私は……」

暗器使い「……やれやれ、恐らくはそろそろ高貴な方との謁見になるんだから気を落ち着かせておけ」

僧侶「わ、分かっています……!」
169 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:56:17.84 ID:TiIWmUpJ0
勇者「それで、これから自分達が謁見する相手というのは?」

エルフの衛兵B「えっと、この先の館にいらっしゃるのですが」

エルフの衛兵B「初代勇者の仲間のお一人の、初代弓使い様の直系の子孫に当たる方です」





勇者達が案内された館の応接間には小柄なエルフの老婆が待っていた。


自治区五代目区長「お待ちしておりました現勇者様とそのお仲間のお二方……」

自治区五代目区長「私はこの自治区の区長を五代目に務めさせていただいているものです」

自治区五代目区長「もう説明は受けているかもしれませんが、初代弓使い様の直系家系の生まれです。どうぞおかけになってください」

勇者「失礼します」

勇者「……お初お目にかかります。先月から正式に勇者を襲名させて頂いた者です」
170 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:57:42.90 ID:TiIWmUpJ0
僧侶「お、同じく現僧侶の紋章持ちで初代僧侶様の直系家系の者です」

暗器使い「北方連邦国出身の暗器使いです。先日暗殺者の紋章が現れたばかりです」

自治区五代目区長「なるほど今回の暗殺者の紋章持ちは北方連邦国からですか……」

自治区五代目区長「北方連邦国には先代の戦士の紋章持ちがいたはずですが彼は健在でしょうか?」

暗器使い「ええ、こちらへ伺う前までお世話になっていました。あの方とお知り合いで?」

自治区五代目区長「いえ、直接お会いしたことは有りませんが人づてで話は聞いていました」

自治区五代目区長「それから貴方がたのお父上……先代勇者様と僧侶様の事は残念です」

自治区五代目区長「彼らはこの自治区を訪れた事が有りましてね」

勇者「そうでしたか……それは自分達と同じ目的でなのでしょうか」

自治区五代目区長「ええ、しかし先代は自治区から紋章持ちは現れ無かったのですけれどもね」
171 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:59:19.03 ID:TiIWmUpJ0
自治区五代目区長「弓使いの紋章は帝国の方に現れたと聞いています」

勇者「しかし今回は関所から今に至るまで我々が来ることを分かっていらっしゃったような対応でした」

勇者「やはり紋章持ちが自治区から出たのでしょうか?」

自治区五代目区長「良い推測です。ええ、その通りです」

自治区五代目区長「私の家系の者では有りませんが、選ばれて納得の実力を持った子です」

自治区五代目区長「ほら、入ってきなさい」


区長に促されて応接間に入って来たのは、長い小麦色の髪と紅色の瞳が美しいエルフの女性だった。


紅眼のエルフ「初めましてになるわね、勇者。今回の弓使いの紋章持ちとして選ばれた者よ」

勇者「よろしく。エルフで紅い瞳なのは珍しいね」

紅眼のエルフ「遠い先祖でダークエルフの血が混じっているらしく、その名残りみたいで」
172 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:00:03.06 ID:TiIWmUpJ0
紅眼のエルフ「私の一家はほとんどが紅い瞳を持っているわ」

僧侶「ダークエルフ……砂漠の民ですか」

僧侶「森の民とはあまり交流がなかったと聞いていますが貴女のような存在は珍しいのでは」

紅眼のエルフ「その通りであまり一般的なケースでは無いとは思うわ」

紅眼のエルフ「ダークエルフのほとんどは魔王軍の軍門に下ったという話だから、貴女がそういう顔をしたくなるもの分かるわ」

僧侶「……!」

紅眼のエルフ「でも随分と遠い先祖の話だもの。詳しくは知らないし私には関係がない話だから」

勇者「僧侶、これから一緒に旅に出る仲間なんだから仲良くしてね」

僧侶「別に私は……」

紅眼のエルフ「あら、私は仲間になるとは一言とも言っていないけれども」
173 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:00:42.44 ID:TiIWmUpJ0
勇者「えっ」

僧侶「なっ」

暗器使い「…………」

自治区五代目区長「こら、あまり困らせるような言い方をするんじゃありません」

紅眼のエルフ「……はあい婆様」

自治区五代目区長「この子が誤解させるようような事を言ってしまってごめんなさいね」

自治区五代目区長「勇者の仲間として旅に出ることに関してはこの子自身も既に了承しています」

自治区五代目区長「しかしその前に片付けて置かなければならない問題があるのです」

自治区五代目区長「解決前に彼女程の使い手にここを発たれてしまうのは困りますので……」

紅眼のエルフ「事が片付くまで待ってもらいたい。もしくは……」
174 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:02:50.09 ID:TiIWmUpJ0
勇者「僕達がその問題解決のための手助けをすれば良いって事だね」

紅眼のエルフ「ええ、話が早くて助かるわ」

暗器使い「その問題というのは……」

紅眼のエルフ「婆様……」

自治区五代目区長「ええ、話して差し上げなさい」

紅眼のエルフ「分かりました」

紅眼のエルフ「……最近多発しているのよ。人攫いが」

勇者「な……!」

僧侶「それは……」

暗器使い「エルフは人間から見ても見目麗しい者が多い。裏の市場では違法で人身売買がなされていると聞くが……」
175 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:06:27.86 ID:TiIWmUpJ0
紅眼のエルフ「昔からエルフはそういった連中の標的にされやすかったわ」

紅眼のエルフ「でもここ一年間は比較にならないほど多発しているの」

紅眼のエルフ「かなりの手練が集中的に自治区で活動していると見て間違いないわ」

勇者「その人攫い達を捕まえて、攫われてしまった子達の保護をこれからやる必要があるって事だね」

紅眼のエルフ「外国まで売り飛ばされてしまった者の奪還はそう簡単なことではないでしょうね」

紅眼のエルフ「でも犯人達を捕まえて売買ルートを聞き出せれば、いずれ買い戻しをする事も出来るかもしれないわ」

紅眼のエルフ「私がいま率先してやるべきなのは実行犯の確保。その後の事は他の人に任せるつもりよ」

紅眼のエルフ「実行犯さえ確保できれば直ぐに貴方達の旅に同行するから安心してちょうだい」

暗器使い「そういう事ならば……いやそうで無くとも早く解決するに越したことは無い。詳しく話を聞かせてもらおうか」


その後、区長と紅眼のエルフから現場の状況や実行犯の目撃情報などについて詳しい話を聞く事になった。
176 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:15:24.05 ID:TiIWmUpJ0
現場は東側の国境付近であるため明日また改めて出発する事となった。

今晩は区長の館の部屋を使わせてもらう事になったが、まだ寝るには早い時間であるため勇者と僧侶は館の外へ散歩に出かけることにした。


僧侶「ふう……」

勇者「東の国境までは二日は掛からないみたいだね」

僧侶「ええ、ですが国境とは言ってもその範囲は広いです」

僧侶「この森を知り尽くしているであろうエルフを相手にしながら一年間も行動するような手練が相手ですから、そう簡単にはいきそうにありませんね」

勇者「そうだね。こっちも頭を使う必要がありそうだ」

僧侶「…………」

勇者「僧侶?」

僧侶「……いえ、なんでもありません」
177 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:16:19.26 ID:TiIWmUpJ0
エルフの子供A「あー! 昼間の人間のお兄ちゃんとお姉ちゃんだ!」

エルフの子供B「本当だ!」

エルフの子供A「ねーねー! これから遊ぶ約束をしていたえーへーのお兄ちゃんが仕事でいそがしいって言うから、代わりに僕達と遊んでよ!」

僧侶「えっ……!? いや私は……」

勇者「いいじゃん遊んであげなよ」

僧侶「勇者様……しかし……」

勇者「えー、子供の相手も出来ないの?」

僧侶「そういう事ではなく……!」

エルフの子供A「それじゃあかくれんぼね! お姉ちゃんが鬼で!」

エルフの子供B「きゃはは! 隠れぞるぞー!」
178 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:16:48.00 ID:TiIWmUpJ0
エルフの子供C「ちゃんと三十数えてよな!」

僧侶「えっ、いや待ってくださ……」

勇者「これはやるしか無いんじゃない?」

僧侶「……そうみたいですね……」





僧侶「……はい捕まえました!」

エルフの子供A「うわー、お姉ちゃん足速いよー」

エルフの子供B「かくれんぼも鬼ごっこもお姉ちゃん勝ちだね!」

僧侶「毎日のように孤児院の子達の相手をしていましたからね。この程度では負けませんよ」

エルフの子供C「こういうのは大人げないっていうんだぞ」
179 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:22:46.20 ID:TiIWmUpJ0
僧侶「男の子なのに女の人に負けて言い訳なんてかっこ悪いですよ」

エルフの子供C「ぐっ……!」

エルフの子供C「つ、次は負けないんだからな!」

僧侶「ふふ、その意気でかかってきなさい」

僧侶「……って、もうだいぶ暗いですね」

僧侶「そろそろお家に帰る時間ですよね」

エルフの子供A「あっ、もうこんな時間」

エルフの子供B「うふふ、勝負はおあずけだね」

エルフの子供C「くっそー!」

エルフの子供A「またお姉ちゃんと遊べる?」
180 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:24:50.80 ID:TiIWmUpJ0
僧侶「そうですねえ……明日からしばらくはお仕事でいないのですけれども、それが終わってこちらに帰ってきた時にまた遊べるかもしれません」

エルフの子供B「本当!? まってるね!」

僧侶「まだ確定ではないのであまり期待はしないでくださいね」

エルフの子供A「待ってるからぜったい来てね!」

僧侶「そうですね、なるべくここに戻ってくるように頑張りますね」

エルフの子供A「やったあ!」

エルフの子供C「またな人間の姉ちゃん!」

僧侶「はーい、気を付けてくださいね」

エルフの子供B「ばいばーい!」


エルフの子供達は大きく手を振って各々の家へと帰っていった。
181 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:25:27.16 ID:TiIWmUpJ0
残された僧侶は子供達の相手のためか少し疲れた顔をしていた。


勇者「お疲れ様」

僧侶「……勇者様、途中からサボっていましたよね?」

勇者「どうやら僕よりも僧侶の方が人気があるみたいだからね」

勇者「それで、どうだった?」

僧侶「どうだったって……」

僧侶「……子供は無垢です。人間も動物も、人外だって変わらないとは思います」

勇者「そうだね」

勇者「でも子供だけじゃなくて大人だって同じだと思うよ」

勇者「あの子たちを育てているのは、他でもないエルフの大人たちなんだから」
182 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 15:26:11.71 ID:TiIWmUpJ0
僧侶「それは……」

僧侶「……勇者様のおっしゃる通りかもしれません」

僧侶「今日は少々疲れました。早めに寝るとしましょう」

勇者「そうだね。その前に歓迎の席を用意してくれているって話だったから行かなくちゃ」

僧侶「そういえばそうでしたね。そろそろ時間ですし行くとしましょう」
183 : ◆8F4j1XSZNk [saga sage]:2018/06/02(土) 15:27:11.18 ID:TiIWmUpJ0
最近暑いですね。
また来週か再来週。
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/06/02(土) 15:44:29.57 ID:Cng+K+BZO
乙ー
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/03(日) 01:07:26.40 ID:XLe2ICBDO

186 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:04:04.21 ID:/yQ1aH3t0





勇者一行を歓迎する宴が終わった後、勇者達は各々に与えられた客室へと戻って就寝した。

しかし……。


僧侶「…………」

僧侶(眠れない……)

僧侶(……何だか頭も痛いしちょっと風に当たってきましょう)

僧侶「…………」

僧侶(綺麗な町並み……)

僧侶(これがエルフの人達の文化……)

僧侶(自然と調和していて、優しくてあたたかい……)
187 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:06:40.53 ID:/yQ1aH3t0
僧侶(人外だからって差別的に嫌ってきた私は一体……)

僧侶(そもそも何で私はこれ程に人外を……?)

僧侶(もちろん許せない出来事は何度もあったけれど)

僧侶(何かおかしいような……)


???「────憎め……」


僧侶「なっ……!?」

僧侶「だ、誰……!?」

???「──憎め……」

???「──もっと憎め……!」

僧侶「何者ですか……! 出てきなさい……!」
188 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:07:40.03 ID:/yQ1aH3t0
僧侶(……っ! 頭が……痛い……!)

???「──貴様の純血を奪った人外を……」

???「──両親の敵である人外を憎め……」

僧侶「ぐ……頭が……」

???「──奴らの芽を……」

僧侶「ぐう……芽を……!」

???「──そうだ……」

僧侶「芽を……摘まないと……!」
189 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:09:17.16 ID:/yQ1aH3t0





エルフの子供C「へへっ、かーさんにばれずに脱出成功……!」

エルフの子供C「今日こそ伝説の光る獣をこの目で見てやるんだ……!」

エルフの子供C「あしたあいつらに自慢してやるぞ」

僧侶「あら……?」

エルフの子供C「ギクッ……!」

僧侶「こんな時間に何をしているんですか?」

エルフの子供C「こ、これはその……」

エルフの子供C「実は……」
190 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:09:55.80 ID:/yQ1aH3t0

…………

僧侶「なるほど、夜にしか現れないというその伝説の獣を見つけて皆に自慢したかったと……」

エルフの子供C「お願い、母さんには言わないで……!」

僧侶「……こんな時間に子供一人で出歩いたら危険だって事は分かりますよね?」

エルフの子供C「……うん……」

僧侶「その獣が凶暴だったらどうするつもりなんですか」

僧侶「何よりも最近は人攫いが出ていると聞いています」

僧侶「残念ですが君一人を森に行かせるわけにいきません」

エルフの子供C「そ、そんなあ……」

僧侶「当然の事です」
191 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:10:55.55 ID:/yQ1aH3t0
エルフの子供C「けちー」

僧侶「ケチじゃありません」

僧侶「……その代わり、特別に私がついて行ってあげます」

エルフの子供C「えっ、本当!?」

僧侶「ええ。ですから今後は一人で無茶なことはしないように」

エルフの子供C「うんわかった! 早速行こう!」

僧侶「ほらほら走らないの」

エルフの子供C「へへっ、こっちの方だよ」

僧侶「はーい、今行きますよ」

僧侶「…………」
192 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:11:43.01 ID:/yQ1aH3t0





僧侶「随分と森の深い所まで来てしまいましたね」

エルフの子供C「そりゃあ伝説の獣なんだから、街の近くにいるわけないじゃん」

僧侶「それもそうですね」

エルフの子供C「この辺は大人が狩りをする時でも中々来ない場所なんだ」

エルフの子供C「きっとこの辺なら出ると思うんだよなー」

僧侶「大人でも中々来ない、ですか……」

僧侶「……それは助かりますね」

エルフの子供C「人間の姉ちゃん……どうかしたのか? 何だか目が……」

僧侶「大丈夫です……怖がらないで……」
193 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:13:50.00 ID:/yQ1aH3t0
エルフの子供C「え…………」


僧侶の手がエルフの子供の額に触れようとしたその時だった。


勇者「──僧侶、そこまでだよ」

僧侶「なっ……!? 勇者様!?」

僧侶「何でこんな所に……!?」

勇者「僧侶が部屋を出て行く気配がしたからね。後をつけさせてもらったよ」

勇者「同じ質問を返すけど僧侶は何でこんな所に? しかもエルフの子供まで連れて」

僧侶「そ、それは……」

僧侶「そういえば何で私はこんな事を……? 一体……」

勇者「僧侶……?」
194 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:14:33.83 ID:/yQ1aH3t0
僧侶「…………っ! 私はっ……“今何をしようとしていた”……!?」

僧侶「何をっ……!」

僧侶「うっあああああああああっ!!」

勇者「僧侶!?」

勇者(明らかに僧侶の様子がおかしい……! これは一体……!?)

暗器使い「……あれは何らかの術的攻撃を受けている可能性もあるな」

勇者「あ、暗器使いも来ていたのんだ……! とにかく僧侶を……!」

暗器使い「ああ、区長の所に連れて行くぞ。子供の方は俺に任せろ」

勇者「了解……!」

暗器使い「よし、お前も行くぞ」
195 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:15:01.60 ID:/yQ1aH3t0
エルフの子供C「う、うん……」

エルフの子供C「姉ちゃん、大丈夫なのか……?」

暗器使い「……ああ、今から区長様に診てもらうからな」

エルフの子供C「そ、それなら……区長さまならきっと……」

暗器使い「…………」

暗器使い(過去のことがあるとはいえ少し過敏すぎると思っていたが、やはりあれは……)
196 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:18:15.92 ID:/yQ1aH3t0





僧侶「すう……すう……」

自治区五代目区長「……取り敢えず今は睡眠の香で眠っているだけです」

自治区五代目区長「それで僧侶様が突然信じられない行動に出た原因ですが」

自治区五代目区長「これは呪術によるものです。しかも極めて高度な……」

勇者「呪術、ですか……」

暗器使い「やはりか……」

自治区五代目区長「非常に高度であるが故、その効果を正しく解析することは叶いませんでした」

自治区五代目区長「聞くところによると僧侶様は時折人外に対して並々ならぬ憎悪や嫌悪を示すようですね」

勇者「ええ、その通りです」
197 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:19:01.24 ID:/yQ1aH3t0
勇者「しかしこの街の子供達と触れ合っている時はそのような事はなかったのですが……」

自治区五代目区長「これは解析結果と私の想像を合わせての事ですので参考にとどめて頂きたいのですが」

自治区五代目区長「僧侶様に掛けられた呪いは“人外を激しく憎むように働きかけるもの”ではないでしょうか」

自治区五代目区長「最終的には先程のように本人の意志を越えた行動に出てしまうような、そんな類のものだと私は思うのです」

暗器使い「なるほど……」

自治区五代目区長「……呪術の影響下とはいえ、僧侶様は我が区の子供を傷つけようとしました」

自治区五代目区長「この事は事実ですね」

勇者「そ、それは……」

勇者(その通りだ……呪術のせいだとしても一歩間違えれば子供が犠牲になっていたんだ……)

勇者(それをお咎め無しで済ますなんてことは……)
198 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:20:16.83 ID:/yQ1aH3t0
自治区五代目区長「……よく聞いてください、勇者様」

勇者「はい……」


区長は眠っている僧侶の頭を軽く撫で、それから勇者達の目を見てこう告げた。


自治区五代目区長「お二人はこの後、きちんと僧侶様を労るのですよ」

勇者「え……」

自治区五代目区長「僧侶様の心は大変優しく慈愛に満ちています」

自治区五代目区長「そんな彼女が目を覚まして、自分がなそうとしてしまったことを思い出したらどれ程傷つくか」

勇者「…………」

暗器使い「区長様は僧侶をお咎めにならないと仰るのですか?」

自治区五代目区長「もし事が起こっていたのであれば、私も区の長として心を鬼にしたでしょう」
199 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:24:37.24 ID:/yQ1aH3t0
自治区五代目区長「しかしそれはお二人によって防がれました」

自治区五代目区長「先程も言ったように僧侶様に掛けられている呪いは非常に高度なものです」

自治区五代目区長「殆どの人間はそれに抗うことは出来ないでしょう。そんな彼女をどうして責めましょうか」

勇者「区長様……」

自治区五代目区長「……私の力では呪術そのものを解除することは出来ません」

自治区五代目区長「しかしこのような事が再び起こらないように多少の対策はさせていただきました」

勇者「対策、ですか?」

自治区五代目区長「呪術の発動を抑えるペンダントを僧侶様に着けておきました」

自治区五代目区長「これで並のことでは僧侶様が人外に対して殺意などを爆発させることは無いでしょう」

暗器使い「そんなわざわざ……本当に感謝いたします」
200 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:25:30.68 ID:/yQ1aH3t0
自治区五代目区長「いえ、私にできることをしたまでです」

自治区五代目区長「しかしこのペンダントも完璧なものではありません。くれぐれも気を付けてくださいね」

勇者「ええ、本当にありがとうございました」

自治区五代目区長「いえいえ。僧侶様の体調次第だとは思いますが、明日には出発をするはずですので早めにお休みになってくださいね」
201 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:27:06.26 ID:/yQ1aH3t0





奴隷商A「ここ数ヶ月商品の入りが悪いせいで少し厳しい状況になって来たぞ」

奴隷商B「耳長どももかなり警戒を強めているみたいだからな……」

奴隷商B「だが焦りは禁物だ。ルートがバレたら俺達はお終いだ」

奴隷商A「それはそうだけどよ……」

奴隷商B「大丈夫だ。耳長に手を出す命知らずなんてもう最近ではあまりいない」

奴隷商B「供給が減っていけばゆるりと値段も上がっていくはずだ」

奴隷商A「そういうもんかね」

奴隷商B「そういうもんだっての」

奴隷商A「よくわかんねえけど、お前が大丈夫だっていうなら大丈夫か」
202 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:28:04.32 ID:/yQ1aH3t0
奴隷商A「まあ俺達には絶対失敗なんて無いからな」

奴隷商B「ああ、このローブ……人や動物から気配を隠してくれるだけではなく、森の精霊とやらの探知も掻い潜れるとはな」

奴隷商B「耳長お得意の森との対話ってやつも恐れることはねえ」

奴隷商A「……! おい二時の方向を見ろ……!」

奴隷商B「ほう……」

奴隷商B「周囲を警戒しろ」

奴隷商A「大丈夫だ……探知針の反応はないぜ」

奴隷商B「よし、行くぞ……」

奴隷商A「くくっ、任せろ」

奴隷商A「やあお嬢さん、こんな所を一人で出歩いたら危ないぞ」
203 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:30:48.69 ID:/yQ1aH3t0
エルフの女性「…………!」

奴隷商B「馬鹿、早く捕まえろ!」

奴隷商A「ちょっと遊んだって平気だっての。こいつビビって声も出ていな……」


奴隷商Aがへらへらと笑っている隙にエルフの女性は森の深い方へと駆け出した。


奴隷商A「って、速っ!?」

奴隷商B「当たり前だ馬鹿! 耳長どもの森の中での身体能力をなめるな!」

奴隷商B「いい加減学習しろ!」

奴隷商A「わ、悪い……」

奴隷商B「いいから追うぞ!」

奴隷商A「おう……!」
204 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:31:51.70 ID:/yQ1aH3t0
奴隷商B「まあ所詮女だ。追いつけないことはない」

奴隷商A「足撃って止めちまってもいいかな……」

奴隷商B「商品価値が下がる。却下だ」

奴隷商A「ちぇっ」

奴隷商B「まあそんな事をしなくても、ほらよ」

奴隷商A「女の走る速度が落ちてきたな。このまま追い詰めるか」

奴隷商B「ああ、それに……」

エルフの女性「…………!」

奴隷商B「どうやら行き止まりのようだな。観念しな」

奴隷商B「俺が手に持っているもの、見えるか? これは最近出始めた小型の銃なんだ」
205 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/16(土) 17:33:41.64 ID:/yQ1aH3t0
奴隷商B「お前が大人しくしてくれればこれは撃たない。言いたいことは分かるな?」

奴隷商A「へへっ……中々の上玉じゃねえか。これは高く売れるぜ」

奴隷商A「何なら少々味見でも……って……」

奴隷商B「……どうした?」

奴隷商A「いや……こいつの瞳の色が珍しいなって……」

奴隷商A「紅い…………ごぱっ……!?」


突然地面から生え出た太いツタが奴隷商Aの腹を貫いた。


奴隷商B「て、てめえ……何者だ……!」

エルフの女性「…………」
206 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2018/06/16(土) 17:34:55.05 ID:/yQ1aH3t0
次回で《森の民》編は終わりです。
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/06/16(土) 21:57:27.26 ID:/il0WylxO
乙ー
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/16(土) 23:22:23.38 ID:Uv0HqQ7DO
乙乙
209 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:49:33.92 ID:lLuWKSr20





──二日前

──自治区と王国の東の国境付近


紅眼のエルフ「この間は随分と大変だったようね」

僧侶「……申し訳ございません……私の精神が弱いばかりにあのような……」

勇者「エルフさん……」

紅眼のエルフ「分かっているわ、責めているわけじゃないの。事情は婆様から聞いている」

紅眼のエルフ「婆様が術を施してくれたならそれほど心配をする必要もないでしょう」

紅眼のエルフ「当事者としてはまあ不安は残っているでしょうけれども、今はやるべきことに集中しましょう」

僧侶「はい……」
210 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:50:17.40 ID:lLuWKSr20
暗器使い「それでは本題に移るとするか」

暗器使い「聞く話によると人攫いの一団は随分と手練のようだな。奴らを補足する手立てはあるのか?」

勇者「エルフの一族は森の動植物と会話を出来ると聞いているけれど、その力を使って探し出すことは出来ないの?」

紅眼のエルフ「当然それは何度も試しているけれども、向こうはそれに対して何らかの対策をしているらしいわ」

紅眼のエルフ「おおよその場所なら分かるのだけれども、詳しく捉えるのは難しいのが現状ね」

僧侶「そのおおよその場所というのがこの付近というわけなんですね」

紅眼のエルフ「そうね。奴らは東の国境を越えたり北東の海岸からの出入りをしたりしているみたいね」

紅眼のエルフ「敵は狡猾で用心深いわ」

紅眼のエルフ「行動に出る時は絶対に攫う対象が一人の時だけ。それがどんなにか弱い子供であってもね」

紅眼のエルフ「だから最近は特に女子供は一人では出歩かないようにしてはいるいるのだけれど……」
211 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:50:56.01 ID:lLuWKSr20
紅眼のエルフ「どうしても一人になってしまう瞬間というのはあるわ」

紅眼のエルフ「その瞬間を奴らは決して見逃さない。気がついた時には攫われてしまっているらしいわ」

勇者「聞いてはいたけれど本当にやり手みたいだね」

僧侶「そんな相手をどうやって……」

紅眼のエルフ「策はあるのだけどリスクが高いから里の皆にはやらせたくなかったの」

暗器使い「そこに都合よく外国から人間がやって来たと」

紅眼のエルフ「勿論貴方たちの実力を買ってのことよ」

紅眼のエルフ「それに直接危険な目にあうのは私だけだから安心して」

暗器使い「それはどういう……」

紅眼のエルフ「簡単なことよ。私が囮になるわ」
212 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:51:33.00 ID:lLuWKSr20
紅眼のエルフ「囮を使う場合は囮自身は勿論、周りの人間の能力が重要になるわ」

紅眼のエルフ「だからこそ貴方たちなの」

勇者「なるほど……」

紅眼のエルフ「以前別の子が敵を追い詰めたのにも関わらず上手く逃げられてしまったことがあったらしくね」

紅眼のエルフ「今回は確実に逃げられないようにしたいわ」

紅眼のエルフ「そこで鍵になるのが……貴女よ」

勇者「え……」

暗器使い「ふむ……」

僧侶「わ……私ですか……?」
213 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:52:24.88 ID:lLuWKSr20





エルフの女性→紅眼のエルフ「ようやく会えたわねクズども……」

奴隷商B「その瞳知ってるぜ……当代の守護憲兵で一番の実力の持ち主だ……」

紅眼のエルフ「私を知っているなら話は早いわ。大人しく投降してくれないかしら」

紅眼のエルフ「さもなくば、この人間のようになるわよ」

奴隷商A「ご……ごぼぼ……たす……けて……」

奴隷商B「そんな奴はいくらでも替えが効く」

奴隷商B「それよりも俺をすぐに殺せない理由はこうだろう……? 俺たちの売買ルートを聞き出せなくなるから、な?」

奴隷商B「長い時間かけてようやく捕らえられたんだ。そう簡単に殺せるはずが無いよなあ……」

紅眼のエルフ「…………」
214 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:53:13.21 ID:lLuWKSr20
奴隷商B「まあでもその心配はいらないぜ」

紅眼のエルフ「……どういうことかしら?」

奴隷商B「──俺たちが二人組だなんていつ言った?」

紅眼のエルフ「…………!」

奴隷商B「野郎ども出てきな!」

紅眼のエルフ「…………」

奴隷商B「…………あ?」

紅眼のエルフ「出てこないわね」

奴隷商B「なっ……どうなってやがる……!?」

勇者「ふう……」
215 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:53:53.97 ID:lLuWKSr20
暗器使い「周りの連中は全て片付けたぞ」

紅眼のエルフ「はーい、ご苦労様」

奴隷商B「まさかお前は逃げていたんじゃなくて俺たちを誘い込んでいた……!?」

紅眼のエルフ「そういうことよ。ご愁傷様」

奴隷商B「クソッ……!」

奴隷商B「……ま、まあいい……」

奴隷商B「さっき言った通りお前達は俺を殺せはしない……正真正銘最後の一人だからな」

奴隷商B「さあどこへでも連れていくが良いさ。ああ待遇は良くしてくれよ。話す気が失せちまうかもしれないからな……ガフッ……!?」

奴隷商B「な……何をしている……!?」

暗器使い「見てわからんのか。首筋を斬った」
216 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:54:58.18 ID:lLuWKSr20
奴隷商B「こ……こんな事をしたら……俺が死んだら売買ルートは永遠にわからなくなるぞ……!」

紅眼のエルフ「貴方が売買ルートの事を話してくれればその傷を治してあげるわ」

奴隷商B「へっ……治す気もないくせによくもそんなことを言えるな……」

奴隷商B「だいたいこの傷を治せそうな奴なんて……」

勇者「僧侶、治してあげて」

僧侶「は、はい……!」


僧侶は奴隷商Aに回復の術を使った。


奴隷商A「えっ、俺は……?」

奴隷商B「なっ……馬鹿な……!」

紅眼のエルフ「この子は強力な回復呪文の使い手みたいだから、その程度の傷ならすぐに治してくれるわよ」
217 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:55:45.26 ID:lLuWKSr20
紅眼のエルフ「早く全てを私たちに話すことね」

紅眼のエルフ「私には嘘偽りは通じないわ……一言でも虚偽があれば貴方の傷は塞がらないと思いなさい」

紅眼のエルフ「さあこのままだと血を流しすぎて貴方は死ぬわよ……」

奴隷商B「ぐっ…………!」

奴隷商B 「なっ……」

紅目のエルフ「ん……?」

奴隷商B「なめんじゃねえぞ耳長のメス風情が!!」


奴隷商Bが隠し持っていた短刀が紅目のエルフの頬をかすめた。


紅目のエルフ「悪あがきを…………って!? 」

紅目のエルフ(足が動かない…………!?)
218 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:58:00.91 ID:lLuWKSr20
紅目のエルフ(刃に毒でも仕込んであったのかしら………!? いや、この感じは術仕込みの短刀…………!)

奴隷商B「ひひっ…………お前は道連れだ…………!」


奴隷商Bが紅目のエルフにナイフを突き立てようとした。

しかしそれは間に割って入った勇者に阻まれた!


奴隷商B「なっ…………!」

勇者「大丈夫!?」

紅目のエルフ「えっ……? え、ええ……大したことは……」

暗記使い「大人しくしろ」

奴隷商B「ぐえっ……!」

暗記使い「僧侶、彼女の傷を治しておいてやれ」
219 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 21:58:49.51 ID:lLuWKSr20
僧侶「はい、動かないでくださいね」


僧侶は紅目のエルフの頬の傷を癒やした。


紅目のエルフ「えっ、いや、別に大した傷じゃないわ……」

僧侶「駄目ですよ。綺麗なお顔なんですから」

紅目のエルフ「いや、でも…………」

僧侶「どうかしたのですか……?」

紅目のエルフ「いや……人間に庇われたり、癒やしてもらうなんて初めての経験で……」

勇者「人間もエルフも関係ないよ。僕たちは仲間なんだから」

紅目のエルフ「へ…………」

紅目のエルフ「私が、仲間……ね……」
220 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 22:09:42.38 ID:lLuWKSr20
暗記使い「…………」

暗記使い「──さて、」

暗記使い「僧侶はここから先こっちを見ず、耳も塞いでいろ」

暗記使い「指示した時に治癒の力を使ってくれれば良い」

僧侶「えっ……は、はい……」

勇者「はい目隠し用の布」

僧侶「あ、ありがとうございます」

暗記使い「……よし、よく聞けよ?」

奴隷商B「ひいっ……!」

暗記使い「十秒黙るごとに指一本だ」
221 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 22:10:28.92 ID:lLuWKSr20
暗記使い「喋れば傷は塞いでやるし、その後も命の保証はしてやろう」

暗記使い「黙っていても傷は塞いでやるが…………全てを話さない限り何度もやり直しだ。意味は分かるな?」

奴隷商B「や……やめ……!」

暗記使い「さあ開始だ」
222 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 22:11:46.66 ID:lLuWKSr20





奴隷商が吐いた情報によってここ数年で攫われたエルフの民が多く自治区へと戻ってくることが出来た。

しかし一部の奴隷市場などは既に何者によって襲撃されており、エルフの奴隷の姿はそこには無かった。


勇者「うーん、何かスッキリしないね」

暗器使い「何者が奴隷市場を襲撃したのか。消えた奴隷はどこへ行ったのか……不明瞭なことが多いな」

僧侶「もうその辺りはエルフの皆さんに任せるしかありませんが……」

勇者「まあスッキリはしないけど、得るものは多かったね」

勇者「僧侶に掛けられた呪いを抑制するペンダントもそうだし……」

紅眼のエルフ「よし、もうすぐ王国領ね」

勇者「新しい仲間も加わったしね」
223 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 22:18:35.33 ID:lLuWKSr20
紅眼のエルフ「まあそれは約束だったもの」

紅眼のエルフ「王国領に入ったらすぐ北の港町に行ってそこから法国に向かうってことで良いのかしら」

勇者「そうだね。自治区からは直接船で行けないのからねえ」

暗器使い「それは仕方が無いだろう。うちの国からも法国には決められた商船以外行けない事になっている」

紅眼のエルフ「王国の領土が北の海岸に不自然に伸びているのは、その昔法国への玄関口欲しさに自治区から奪った土地のお陰であると聞いているわね」

勇者「あはは……らしいね……」

僧侶「信仰のためとはいえ間違った歴史であるとは私も思います……」

紅眼のエルフ「ま、私が生まれるよりもずっと前の話だし、実際にどういう事情があったかなんて分からないものだけれど」

紅目のエルフ「そもそも元を辿れば自治区は王国領だったわけだしね」

勇者「そういえばエルフさんって歳はいくつ……」
224 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 22:19:03.74 ID:lLuWKSr20
僧侶「ゆ、う、しゃ、さ、ま?」

暗器使い「女性に歳を聞くとはこれは如何に」

勇者「あっ、いや、そういうつもりでは……あはは……」

紅眼のエルフ「ふふっ……まあ一応答えてあげるわ」

紅眼のエルフ「そうねえ……貴方の十倍近くは生きているんじゃないかしらね」

勇者「じゅっ……十倍……!?」

紅眼のエルフ「あら、そんなに驚かれるなんて傷つくわね」

僧侶「もう勇者様!」

勇者「あっ、だからそういうつもりでは……!」

暗器使い「天然失礼とは……一番最悪なのでは?」
225 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 22:21:19.05 ID:lLuWKSr20
紅眼のエルフ「くくっ……あははっ……! 気にしなくていいわよ本当に……笑わせてもらったから……ふふっ」

紅目のエルフ「最初は人間と行動を共にするなんてどうかと思っていたけれど」

紅眼のエルフ「ふふっ……これは退屈し無さそうね」


四人目の仲間、弓使いの紋章持ちの紅眼のエルフを仲間に加えた勇者一行。

次に目指すのは勇者の直感によって、教会総本山のある法国となったのだが……。
226 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/27(水) 22:21:47.07 ID:lLuWKSr20


《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長  
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者
B3 フードの侍 小柄な祓師 紅眼のエルフ

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ
C2 トロール 
C3 河童 商人風の盗賊 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
227 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2018/06/27(水) 22:24:43.87 ID:lLuWKSr20
次回は法国が舞台の《始動》編です。
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/27(水) 23:43:23.02 ID:1pUINLgDO

229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/06/28(木) 01:41:34.23 ID:KWCdJhBBo
乙ー
230 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/07/13(金) 21:23:12.34 ID:w4UcQvKc0


《始動》


──王国の領北端の港町から洋上へ遥かに進んだ地点


勇者「うっぷ……」

僧侶「勇者様大丈夫ですか?」

紅眼のエルフ「まさか勇者が船酔いに弱いとはね」

暗器使い「何度も言っているが具合が悪いからと下を見ては更に悪化するだけだぞ。デッキに出てなるべく外を見ろ」

勇者「りょ、了解……うっぷ……」

僧侶「ゆ、勇者様……」

僧侶「私は勇者様をデッキに連れていきますね」

紅眼のエルフ「お任せするわね」
231 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/07/13(金) 21:23:58.26 ID:w4UcQvKc0
紅眼のエルフ「当代の勇者様とはどんな屈強な男かと思っていたのだけれど……想像とは大分違っていたわね」

暗器使い「あんなのでも戦闘の時は凄いんだがな」

暗器使い「それよりも本当に良かったのか? 故郷の方は今が一番忙しくなっているんだろう?」

紅眼のエルフ「約束は約束だしね」

紅眼のエルフ「それに私の故郷の皆は私一人が居なくなっただけで駄目になるようなヤワな連中じゃないわ」

紅目のエルフ「次期区長……婆様の娘さんもいるしね」

暗器使い「そうか、要らないことを聞いたな」

紅眼のエルフ「いいのよ」

紅眼のエルフ「しかし法国……教会の総本山ね……」

紅眼のエルフ「貴方はともかく私なんかは門前払いを受けないかしら」
232 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/07/13(金) 21:25:34.89 ID:w4UcQvKc0
暗器使い「最近は教会でも色々動きがあるらしい。その点は心配はいらないだろう」

暗器使い「魔王軍の者でもなければ立ち入れないという事は無さそうだ。もちろん関所での検査は厳しいものだと思うが」

紅眼のエルフ「武器とか取り上げられちゃうのかしら」

暗器使い「それはあり得るな」

紅眼のエルフ「まあ私は植物が育つ環境であればいくらでも供給できるんだけどね」

暗器使い「俺もまあ……武器は持っていて、それでいて持っていないようなものだからな……」

紅眼のエルフ「ふうん、どういう事なのかしら」

暗器使い「……まあ、今度見せる機会があったら説明する」

紅眼のエルフ「楽しみにしておくわね」

紅眼のエルフ「あら……あれは……」

暗器使い「……どうやら今日か明日中には到着しそうだな」
233 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/07/13(金) 21:28:01.70 ID:w4UcQvKc0





勇者「や、やっと着いた……」

紅眼のエルフ「へえ、綺麗なところじゃない」

暗器使い「俺も初めて訪れるが……なるほど……」


勇者達が船を降りた先に待っていたのは白を基調とした建物が多く立ち並ぶ港湾都市だった。


僧侶「玄関口でもこの美しさですからね。法都に着いたらもっと驚くと思いますよ」

勇者「そっか、僧侶は法国に来たことがあるんだったね」

僧侶「ええ。聖職者として訪れないわけにはいかないと思いまして」

僧侶「あの時は恐れ多くも法王猊下と謁見する機会も設けていただいて……」

勇者「へえ、法王様と……」
234 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/07/13(金) 21:28:52.08 ID:w4UcQvKc0


船から荷を下ろし終わった勇者達の前に一人の青年が現れた。


本教会の案内人「勇者様とそのお仲間の皆さんですね」

本教会の案内人「わたくしは法都の本教会から案内役として遣わされた者です」

紅眼のエルフ「あら、随分と用意が良いのね。私達の時みたいに国の中で何らかの兆候があったのかしら」

本教会の案内人「わたくしは末端の人間ですから知る限りですが、貴方がたのような“選ばれし者”が法国に現れたという話は聞いておりません」

本教会の案内人「歓迎の準備は勇者様から書簡が到着してから始めさせて頂きました」

暗器使い「手紙? いつの間に出していたんだ?」

勇者「いやあ、自治区での一件が済んだ後すぐにね……僧侶に言われて」

僧侶「今まで行き当たりばったり事前連絡無しに他国に向かっていたのがおかしいのです」

僧侶「ただの旅人とは訳が違うんですからね」
235 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/07/13(金) 21:29:23.12 ID:w4UcQvKc0
暗器使い「そりゃそうだ」

勇者「あはは……申し訳ない」

本教会の案内人「さて、本来なら法都へ向けて早速出発としたいところですが」

本教会の案内人「皆さん長い船旅でお疲れのはずです。今日はこちらで用意いたしました宿場でゆっくりと身を休めてください」

勇者「た、助かった……」

紅眼のエルフ「ふう、本当に我らが勇者様は……」

暗器使い「まあ言ってやるな」

僧侶「今回ばかりはフォローできませんね……」

勇者「みんな酷いなあ」

本教会の案内人「ふふっ、それでこちらです」
236 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/07/13(金) 21:31:12.54 ID:w4UcQvKc0





勇者「あー美味しかった!」

僧侶「もう大分体調は良いみたいですね」

勇者「そうだね。地面って素晴らしい……!」

暗器使い「まあ帰りはもう一度船に乗ることになるんだがなな」

勇者「…………転移魔法陣とか使わせてもらえないかな…………」

僧侶「いくら勇者様でも無理です」

紅眼のエルフ「次は酔い止めの薬草をあらかじめ渡しておくわね」

紅眼のエルフ「ああいうのは酔ってから使っても効果は薄いから」

勇者「お願いします……」
237 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/07/13(金) 21:31:54.39 ID:w4UcQvKc0
紅眼のエルフ「さてそろそろ夜も更けてきたしこれを頂こうかしらね。さっき露天で買ってきたのよ」

暗器使い「おお、上等な葡萄酒のようだな」

勇者「あ、僕も欲しい」

僧侶「勇者様は駄目ですよ」

勇者「何で!? 先月でもう二十歳だよ!? とうの昔に飲んでいい年齢を超えているんだけど!」

勇者「僧侶がたまに僕に隠れて飲んでいるのは知っているよ!」

僧侶「そ、それは人付き合い上仕方がなく……」

紅眼のエルフ「まあ良いじゃないの。勇者もこれからその人付き合いってものが増えてくるんでしょうから」

僧侶「ぐ……それは、そうですが……」

暗器使い「流石に酒場で持ち込みの酒は開けにくい。部屋に戻って二次会といこうか」
238 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/07/13(金) 21:38:44.37 ID:w4UcQvKc0
紅眼のエルフ「男性陣の部屋でいいかしら」

勇者「どうぞどうぞ」

暗器使い「つまみに干し肉と豆でも買ってくる」

紅眼のエルフ「良いわね、お願いするわ」

僧侶「あーもう! 明日から法都へ向かうんですよ!」

紅眼のエルフ「だからこそじゃない」

紅眼のエルフ「貴女もさっき酒瓶を見た時に喉を鳴らしていたじゃない」

僧侶「えっ、見られて……!?」

紅眼のエルフ「あら、嘘だったのだけれど……」

僧侶「なっ……!」

勇者「僧侶、諦めよう」

僧侶「うるさいです!」
239 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/07/13(金) 21:39:19.27 ID:w4UcQvKc0





僧侶「ふう〜……美味しい〜……」

僧侶「おかわり〜」

勇者「そろそろ止めにしたら?」

僧侶「えーまだ飲みますう」

勇者「はいはいまずは水飲んで」

僧侶「えー」

暗器使い「真っ先に駄目になったな」

紅眼のエルフ「可愛らしくていいじゃない」

勇者「ほら風邪ひくからこれ羽織って」
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