僧侶「勇者様は勇者様です」

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65 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 18:27:29.06 ID:iKG8yrVl0





勇者「…………」

勇者(またこの夢か……)

勇者(ここは……狭いけど寝室かな……)

勇者「あっ……! 僧侶は……!?」

勇者(僧侶はこの部屋には居ない……)

勇者(手には枷がされている……扉には外から鍵がかかっているな……)

勇者(独房と言うには随分綺麗だけど、似たようなものか)

勇者(この感じは一応配慮したって事なのかな。命は取らないっていうのも案外本当かもしれない)

勇者(剣は流石に取り上げられているよね……こうなったら僕はもうお手上げだ)
66 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 18:36:05.31 ID:iKG8yrVl0
勇者(剣術は勿論修めているけれど、基本的には非力だからなあ)

覆面の男「……起きたか」


ドアに取り付けられた鉄格子の窓から、勇者たちを襲撃した覆面の男が顔を覗かせた。


勇者「僧侶は……一緒に居た女の子はどうした」

覆面の男「心配せずとも無事だ。貴様より早く目覚めている」

勇者「僕達を攫って何が目的なんだ」

覆面の男「……果たして惚けているのか、どうか……」

勇者「…………」

覆面の男「まあ良い。今から貴様らは査問会で取り調べを受けてもらう」

覆面の男「嘘は付かず、正直に全てを話す事だな」
67 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 18:42:38.39 ID:iKG8yrVl0
覆面の男「出ろ」

勇者「…………」

勇者(査問会……僕達に何らかの疑いがかけられているという事か……)

勇者(一体何が……)

勇者(もしくは僕達を陥れるための言い掛かりという可能性もあるけれども)

勇者(そんな事をすれば王国との戦争は免れなれない)

勇者(侵略をせず、させず……護りに徹してきたこの国に限ってそんな挑発的な事をするだろうか……)

覆面の男「ここだ」

覆面の男「もう一度忠告するが、変な気は起こさず正直に聞かれたことに答えろ」
68 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 18:46:56.58 ID:iKG8yrVl0


覆面の男が扉を開けるとそこは大きな円形のホールになっており、周りには国の重鎮と思われる人達が座っている。

その中央には同じように手枷をはめられた僧侶が立っていた。


勇者「僧侶……!」

僧侶「勇者様、ご無事でしたか……」

勇者「うん。怪我も大した事は無いよ」

大柄な熊髭の老人「私語は慎み給え」

大柄な熊髭の老人「君達二人には北方連邦国領内で人外を扇動し、政界の重鎮を暗殺させた首謀者の嫌疑がかけられている」

勇者「あ、暗殺……!?」

大柄な熊髭の老人「実行犯は既に捕らえられり、その口から王国軍の名前が出ているのだ」

大柄な熊髭の老人「その事件が起きる二日前から国境付近に滞在する、勇者を名乗る王国軍人がいる……」
69 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 18:48:56.10 ID:iKG8yrVl0
大柄な熊髭の老人「それを疑わずに誰を疑うというのか」

僧侶「勇者を名乗るって……この人は本物の勇者の末裔です……!」

大柄な熊髭の老人「君達が本物かどうかはここでは重要ではない」

大柄な熊髭の老人「君達がこのタイミングで王国軍の差し金でここへやって来たという事実が問題なのだ」

大柄な熊髭の老人「君達はどのような命令を受けてここに来たのだね?」

勇者「……命令ではありません」

勇者「命令ではなく自分たちの意志でこの場所を選んでやって来ました」

大柄な熊髭の老人「何が目的で?」

僧侶「仲間を探すためです」

大柄な熊髭の老人「仲間とは?」
70 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 18:49:58.81 ID:iKG8yrVl0
僧侶「近年行動が活発になってきた魔王軍の残党を打ち倒すための仲間です」

覆面の男「…………」

大柄な熊髭の老人「……魔王軍、か」

大柄な熊髭の老人「それは真面目に言っているのかね? 我が国の重鎮を暗殺したのもその魔王軍の残党とやらだとでも言うのかね?」

僧侶「それは私達には分かりませんが、その可能性もあるとは思います」

大柄な熊髭の老人「……話にならないな」

大柄な熊髭の老人「今回の件、知っている情報を洗いざらい吐けばお前達だけは不問にしてやっても良い」

大柄な熊髭の老人「勿論、事が全て片付くまではこちらで拘束させてもらうが……」

大柄な熊髭の老人「どうかね? 何か話す気になったかね?」

勇者「…………」
71 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 18:52:19.97 ID:iKG8yrVl0
勇者「話すも何も、今僧侶が言った事が事実です」

大柄な熊髭の老人「……そうか」

大柄な熊髭の老人「ここで話さないというのであれば、別室で少々手荒な方法で聞くという事も考えているが……」

僧侶「……!」

勇者「待ってください」

勇者「我々の言うことが信用出来ないというのであれば仕方がありません。しかし手荒な手段に出るというのであれば……」

勇者「僧侶には手を出さないで下さい。僕が一人で引き受けます」

僧侶「ゆ、勇者様……!?」

大柄な熊髭の老人「…………」

勇者「僧侶の強みは強力な回復の術が扱える事だけど、当然向こうはこっちに術を使わせない対策を取っているはず」
72 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 18:57:17.62 ID:iKG8yrVl0
勇者「体力は僕の方があるから……耐え忍んだりするのは得意な方だし」

僧侶「しかし……!」

大柄な熊髭の老人「私語はやめよ!」

大柄な熊髭の老人「……どうしても話さないというのか」

勇者「これ以上お話しする事が無いだけです」

大柄な熊髭の老人「…………」

大柄な熊髭の老人「お前はどう思う?」


会を取り仕切っていた老人が後ろに控えていた男に声をかけた。

その男は連邦国人らしく屈強な体つきをしており、その右目には大きな傷跡が刻まれている。


隻眼の斧使い「……この者らの言っている事に嘘は無いだろう」
73 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 19:00:30.35 ID:iKG8yrVl0


隻眼の斧使い「あの男の息子だ。信用できる」

勇者「ち、父をご存知なのですか……!?」

隻眼の斧使い「ああ」

隻眼の斧使い「このまま話すのもなんだ、手枷を外してやってくれないか」


大男がそう言うと勇者達の手枷が外された。


隻眼の斧使い「では改めて挨拶しよう」

隻眼の斧使い「俺は隻眼の斧使いと言う。お前の父とは仲間だった」

勇者「仲間……つまり……」

隻眼の斧使い「ああ。俺はお前の父のパーティーメンバーとして選ばれた戦士の紋章持ちだ」

隻眼の斧使い「いや、正確には“だった”か……」
74 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 19:03:11.96 ID:iKG8yrVl0
隻眼の斧使い「報せは聞いている。残念だ」

勇者「…………」

僧侶「…………」

隻眼の斧使い「二人の父は強く、優しい男だった」

隻眼の斧使い「あの二人がやられたとなると、魔王軍の残党の件も信憑性が増す」

大柄な熊髭の老人「ふむ……」

勇者「あの……」

隻眼の斧使い「何だ」

勇者「訃報も聞いており、状況の予想も立っている中でこのような手段に出た理由は何なのでしょうか」

隻眼の斧使い「手荒な真似をしたことは詫びよう。望むのであればこの後具体的な何かで償わせてもらう」
75 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 19:05:48.88 ID:iKG8yrVl0
隻眼の斧使い「望むなら命で……」

勇者「い、いや、そこまでは……」

隻眼の斧使い「本当に済まなかった」

隻眼の斧使い「しかし、そうせざるを得なかった状況であったのだ」

僧侶「一体何が……」

隻眼の斧使い「一連の事は貴族院の厳重な命令に従ったものだったのだ」

勇者「貴族院……」

隻眼の斧使い「ここも議会だが、軍事や外交についての発言権は低い」

隻眼の斧使い「この国は外観は共和制を取っているように見えるが、実際には貴族階級だった連中が未だに中枢に居座っている」

隻眼の斧使い「封建制度が時代遅れとは言うまい。昔から変わらず上手く機能している王国や帝国はそれでいいだろう……」
76 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 19:10:23.78 ID:iKG8yrVl0
隻眼の斧使い「だが我々は捨てたはずだ。捨てたはずの体制が私利私欲のために居座り蝕んでいるのだ」

勇者「そんな事情が……」

勇者「しかし貴族院は一体何故今回の様な事を……」

隻眼の斧使い「……今の貴族院は何者かの傀儡となっている」

隻眼の斧使い「先日仲間が暗殺されたのも貴族院の手引だと考えられる。奴らは君達に罪をなすりつけるつもりで我々に命を下したようだが」

隻眼の斧使い「目的は恐らく、北方連邦国と王国との対立を煽るためだろう」

僧侶「連邦国と王国を戦わせて一体何を……」

僧侶「……まさか……」

隻眼の斧使い「ああ。我々が潰し合って疲弊することで得をする者が今の話の中に登場している」

隻眼の斧使い「新生魔王軍とやらは、小さな小競り合いをするつもりなんかじゃない」
77 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 19:15:23.33 ID:iKG8yrVl0
隻眼の斧使い「国家単位で潰していく準備をしているんだろう」

隻眼の斧使い「貴族院を操っている誰かとはまさに……」


その時ホールに爆発音が響いた。


大柄な熊髭の老人「な、何だ……!?」

隻眼の斧使い「思い通りに事が運びそうに無いから、ここに居る奴をまとめて処分するつもりか……!」

隻眼の斧使い「気をつけろ! 崩れてくるぞ!」

僧侶「きゃっ……!」

勇者「僧侶! こっちだ!」

勇者(外に逃げた所で敵が待ち構えている可能性もある)

勇者(まずは勇者の剣を取り戻さないと……!)
78 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 19:18:22.90 ID:iKG8yrVl0
覆面の男「探しものはこれか?」


覆面の男は鞘に収まった剣を勇者に手渡した。


勇者「あ、ありがとう……!」

覆面の男「別に礼を言われる立場ではない」

覆面の男「それよりもここの爺さん達を避難させるのを手伝ってくれ」

勇者「うん、わかった」

勇者「僧侶は先にここを出て、怪我人の手当にをしてくれるかな」

僧侶「わかりました」

覆面の男→暗器使い「俺は暗器使いだ。あの時は殴って悪かったな」

勇者「よろしく暗器使い。お互い仕事だし気にしなくていいよ。死んだわけじゃないしね」
79 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 19:19:24.48 ID:iKG8yrVl0
暗器使い「死んだわけじゃないし……って、変わっているなお前」

勇者「よく言われる。さてと、避難の手助けに行かなくちゃ」


勇者と暗器使いは隻眼の斧使いと協力してホールの中の人達を安全な場所へ避難させた。

勇者達が建物の外を確認すると、蝙蝠のような羽が生えた小さな悪魔が大量に飛んで周りを囲んでいた。


隻眼の斧使い「インプか……一体一体は雑魚だがこれだけ数がいると厄介だ」

隻眼の斧使い「こっちには非戦闘員も多い。今建物から出るのは得策ではないな」

暗器使い「如何致しましょうか」

隻眼の斧使い「そうだな……」

隻眼の斧使い「ここの護りは俺や他の奴らに任せろ」

隻眼の斧使い「お前は貴族院に忍び込め。あそこに黒幕が居るかもしれない」
80 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 19:21:45.94 ID:iKG8yrVl0
暗器使い「分かりました」

勇者「あの……」

隻眼の斧使い「どうかしたのか?」

勇者「僕達も付いて行って良いでしょうか」

隻眼の斧使い「ふむ……」

隻眼の斧使い「そうだな。付いて行ってやってくれ」

暗器使い「しかし……」

勇者「向こうには強力な力の持ち主が居るかもしれない」

勇者「もしもの時の保険程度に考えてもらって構わないですよ」

勇者「死なない限り僧侶が治してくれるし」
81 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 19:24:14.94 ID:iKG8yrVl0
僧侶「そこまで過信されても困ります」

暗器使い「……分かった」

暗器使い「だが目的地までは敵の目を忍んで行動するから、進行ルートはかなり厳しいぞ」

暗器使い「勇者はともかく僧侶は大丈夫なのか?」

勇者「厳しそうな所は僕が背負って行くよ」

僧侶「申し訳ないです……」

勇者「謝らなくていいよ。僧侶は仲間なんだから、お互いに助け合うのが当然でしょ」

僧侶「は、はい……!」

暗器使い「よし、それじゃあ行くぞ」

勇者「うん……!」
82 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/04/25(水) 19:25:51.37 ID:iKG8yrVl0


勇者達は抜け道から建物を脱出して貴族院を目指した。


隻眼の斧使い「さて……」

隻眼の斧使い「インプのような雑魚を相手に出来る者はそっちを頼む」

隻眼の斧使い「何体か紛れ込んでいる面倒そうな奴らは俺が相手する」

隻眼の斧使い(当然向こうにもかなりの敵が居るはずだ)

隻眼の斧使い(若者三人……油断をすれば死ぬぞ)

隻眼の斧使い(果たしてどうなるかな)
83 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2018/04/25(水) 19:27:16.47 ID:iKG8yrVl0
また来週。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/04/25(水) 19:34:54.42 ID:T7uNJjUoO
乙ー
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/26(木) 01:50:15.09 ID:MfM047NDO
来てたー!乙乙乙!
86 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2018/04/26(木) 13:56:12.23 ID:/rQlKhMB0
>>39 >>64 >>84-85
ありがとうございます。相変わらずの遅筆ですがお付き合いください。
87 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:02:15.77 ID:D/o6DO5r0





暗器使い「次は向こうだ。この水路を飛び越えるぞ」

勇者「分かった。僧侶はしっかり捕まって」

僧侶「はい……!」


勇者は僧侶を抱えたまま三メートル程幅がある水路を飛び越えた。


勇者「よくこんな複雑な道を覚えているね」

暗器使い「覚えないとやっていけない仕事に就いているからな」

暗器使い「さて、貴族院はすぐそこだが……」

暗器使い「地下から侵入するという方法もあるが、ちょうど日が落ちてきたから外壁を登って行くほうが良さそうだ」

勇者「よし。僧侶は僕が背負って行くね」
88 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:03:02.39 ID:D/o6DO5r0
僧侶「今日はまさにおんぶ抱っこで何も役立てていないです……」

勇者「まあ僧侶に関しては“役に立たない方が良い”んだけどね」

僧侶「まあ、そうですけれども……」

暗器使い「よし、ここを登るぞ」

勇者「うわあ、高いなあ」

勇者「よし、行くよ僧侶」

僧侶「た、高い所は苦手ですので慎重にお願いします……」

勇者「大丈夫。落ちても僧侶に治してもらえば良いから」

僧侶「私が落ちたら元も子もないでしょう……!」


勇者達は外壁を登り、建物上部のテラスに辿り着いた。
89 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:03:54.18 ID:D/o6DO5r0

暗器使いが周囲の安全を確かめ、いよいよ貴族院の建物内部へ侵入した。


暗器使い「(侵入には成功したが、敵の親玉が何処に居るのか……)」

暗器使い「(貴族院のメンバーが居る最深部の会議室ならば向こうだが)」

僧侶「(随分と薄暗いですね……)」

勇者「(おそらくあっちで合っていると思うよ)」

勇者「(何となく分かるんだ)」

暗器使い「(勇者の末裔が言うならば信憑性は高いな。会議室へ行くとしよう)」


三人は物陰に隠れながら廊下を進んで行く。


暗器使い「(……! 隠れろ……!)」

勇者「(どうしたの?)」
90 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:05:00.85 ID:D/o6DO5r0
暗器使い「(見張りがいる)」

僧侶「(あれはコボルトですね……やはり新生魔王軍の手のものでしょうか)」

勇者「(連邦国では公職についている人外も多いって聞くけど)」

暗器使い「(それはそうだが、奴らは初めて見る……)」

暗器使い「(貴族院が新生魔王軍の影響下にあるというのは真実のようだな)」

僧侶「(どうします?)」

暗器使い「(二人はここで待っていろ)」


暗器使いはそう言うとコボルトの死角から近づいていき、ナイフで二体の見張りを仕留めた。


勇者「(流石、鮮やかなお手並みだね)」

勇者「(剣を振り回すことしか出来ない僕とは違うや)」
91 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:05:35.90 ID:D/o6DO5r0
暗器使い「(適材適所と言う奴だ。得意とする事でお互いに補い合えば良い)」

勇者「(それもそうだね)」


勇者と暗器使いの二人でコボルトの死体を物陰に隠した。


勇者「(この扉の向こうに貴族院の長達が居るんだね)」

暗器使い「(なるべく生かして捕らえろと命令されている)」

暗器使い「(一応はそのつもりでいろ)」

勇者「(うん、分かっているよ)」

暗器使い「(……よし……)」


暗器使いが扉を開けて会議室へ飛び込んだ。


暗器使い「全員動くな!」
92 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:06:28.06 ID:D/o6DO5r0
連邦国の貴族院議員A「な、何だ……!?」

連邦国の貴族院議員B「貴様は民選議会お抱えの暗器使い……! 何のつもりだ……!」

暗器使い「あんたらには新生魔王軍と結託して国家転覆を目論んだ疑いが掛けられている」

暗器使い「ここから先は大人しく俺の言うことに従った方が怪我をせずに済むぞ」

連邦国の貴族院議員B「フン……貧民街出自の卑しい身でよくもそんな偉そうな口がきけるな小僧……」

連邦国の貴族院議員B「国家転覆を目論んで居るのは貴様らの方だろう……!」

暗器使い「……あんたらに主導権が無いっていうのが分からないのか?」

連邦国の貴族院議員A「くっ……!」

暗器使い「抵抗する素振りを見せてみろ、首を飛ばすぞ」

連邦国の貴族院議員A「ひぃっ……!」
93 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:07:46.30 ID:D/o6DO5r0
勇者「……何だか僕達はいらなかったみたいだね」

僧侶「油断してはいけませんよ勇者様。あまりにも簡単に事が運びすぎている気がします」

勇者「うーん、確かに僕もそう思うけど……さ……」


そう言いかけた勇者の胸を黒い刃物のようなものが貫いていた。

その黒い刃物は勇者の影から一直線に伸びていた。


勇者「うっ……ぷ……確かに……」

僧侶「ゆ、勇者様!?」

暗器使い「何だ……!?」

連邦国の貴族院議員B「く、くくく……! まだ我々は手詰まりではない……!」

連邦国の貴族院議員B「貴様ら邪魔な連中を葬り、共和制など捨てて、再び貴族が堂々と表舞台で活躍する時代を取り戻すのだ……!」
94 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:08:44.95 ID:D/o6DO5r0
暗器使い「新生魔王軍の奴らにはそんな言葉でそそのかされたのか……!」


暗器使いが議員体に詰め寄ろうとするが、影の中から勇者を貫いたものと同じ刃物が飛び出して来たために阻害さてしまった。


暗器使い「影の中から攻撃してくる敵だと……!? 厄介な……!」


暗器使いは自分の影が見やすい位置に移動し、影の中からの攻撃に対処した。


暗器使い(影があるところならどこからでも攻撃できるのか? 影に攻撃すれば本体にダメージが行くのか?)

暗器使い(本体は何処なのか? 影が本体ではないのか?)

暗器使い(クソッ……! 何もわからない……!)

暗器使い(僧侶はどうなった……? おそらくあの子は攻撃手段はほとんど持っていないと思われるが……)


勇者「僧侶! 閃光だ!」

勇者「閃光の術を暗器使いの周りの至る所で発動させるんだ!」
95 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:10:15.63 ID:D/o6DO5r0

僧侶「は、はい……!」

暗器使い「ゆ、勇者……!?」

暗器使い(馬鹿な……! 確かにさっき心臓を貫かれて……!)

勇者「今だ暗器使い! 目を閉じて!」

暗器使い「くっ……!」


次の瞬間、暗器使いの周りをまばゆい光が包み込んだ。


勇者「……よし、成功だね」

暗器使い「勇者……これは一体……」


暗器使いが目を開けると、閃光を直視してしまったためのたうち回っている議員達と、胸の傷がすっかり塞がった勇者と僧侶がそこにいた。


勇者「影の中に居た敵は、影のある所なら何処からでも攻撃出来るわけでは無いみたいなんだ」
96 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:11:00.92 ID:D/o6DO5r0
勇者「あの敵はおそらく影の中を移動していた……いや、影の中でしか移動ができないんだ」

勇者「つまり違う影に移るには影同士が接していないといけないんだ」

勇者「僕の影に移ってきたのは、この建物に入った時のいずれかのタイミングだと思うんだけど……」

勇者「君の影に移ったのは僕を刺した後に、僕と君の影が交わった時だと思うんだ」

勇者「何処の影からでも攻撃ができるなら無防備な僧侶を狙うタイミングはいつでもあったはず」

勇者「そうしなかったのは議員を捕縛しようとしていた君を優先的に倒すために、僕の次に君の影に乗り移っていたからだと思うんだ」

勇者「影の中にしか居られないなら、その影を一時的にでも無くしてしまえば敵も消滅するんじゃないかと思ったけど、どうやら成功したみたいだね」

勇者「厳密には完全に影を無くせるわけではないんだけど、一定以上濃い影にしかいられないみたいだね」

暗器使い「なるほど……」

暗器使い「……じゃない! 一体どうなっている!」
97 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:12:21.63 ID:D/o6DO5r0
勇者「ど、どうなっているって?」

暗器使い「胸の怪我の事だ! すぐに立ち上がれるようなものでは無かったし、なんなら既に死んでいるはずだ……!」

勇者「ああ、さっきの怪我の事」

勇者「あれは僧侶にすぐに治してもらったよ」

暗器使い「あれ程の怪我を一瞬で……!?」

勇者「ね、言ったでしょ。死なない限り治してくれるって」

僧侶「驚きすぎて私の心臓が止まるかと思いましたけど……」

僧侶「以前はここまでの治癒力はありませんでした。おそらく僧侶の紋章持ちになった影響だと思います」

勇者「そういえば紋章によって力が強化されるんだっけ」

僧侶「そのようですね、完治出来て良かったです」
98 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:13:42.58 ID:D/o6DO5r0
勇者「ほんとに助かったよ」

勇者「……そうして僧侶が治してくれたのに僕には攻撃が来なかったから、敵が影の中を移動している事ついて確信したんだ」

暗器使い「なるほど……」

暗器使い(それにしても凄まじ良い治癒力だ……流石は勇者の仲間か……)

僧侶「ど、どうかいたしましたか……?」

暗器使い「……いや、何でもない」

暗器使い「それよりも早く影使いもどうにかしないといけないな」

僧侶「ですが、何処の影に敵が潜んでいるのか分からない中を進むのは危険すぎます」

勇者「ああ、その事なら大丈夫」

僧侶「大丈夫とは……何故ですか?」
99 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:16:23.01 ID:D/o6DO5r0
勇者「ええっとね、さっきの考察の続きなんだけど」

勇者「敵が影へ移動できるとして、何で僕達がこの部屋にたどり着くまで攻撃して来なかったか疑問に思わない?」

僧侶「確かに外は夜で真っ暗だし、廊下もあんなに薄暗かったのだから全員を仕留めるタイミングは幾らでもあったはず……」

暗器使い「……まさか、人の影か……!」

勇者「うん、僕もそう思う」

勇者「影から影に移れるとは言ったけど、更に正確に言うなら人の影から人の影へっていう制約付きなんだと思うんだ」

勇者「人の影をそれと認識できない暗闇では効果がないってことだね」

暗器使い「だがそうだとすると……」

勇者「うん、分かってる」


そう言って勇者は扉の方に駆け出し、鞘から抜いた勇者の剣で扉を貫いた。
100 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:17:25.80 ID:D/o6DO5r0
すると扉の向こうから男のうめき声と、何かが床に倒れる音が聞こえた。


勇者「僕に影の術を移した術者本人も近くにいるはず、って事だよね」

勇者「術を移したタイミングはおそらく、僕達がこの部屋に入った後に後ろからこっそりとって感じだろうね」

暗器使い「あ、ああ……」

暗器使い(一々腰が低くて弱々しい奴だと思っていたが、躊躇なく殺しに行ったな……)

僧侶「…………」

勇者「これで当初の目的は果たせそうだけど……どうしようかな」

勇者「この建物には他にも敵が残っていそう」

暗器使い「議員達を抱えてもう一度あの外壁を降りるのは……無理か」

勇者「ちょっと厳しいかな……腕がもう一本あれば出来そうだけど」
101 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/03(木) 02:18:20.54 ID:D/o6DO5r0
暗器使い「そうなると階段で下まで降りるしか無いな」

勇者「僕がこの人達を運ぶから暗器使いには敵の対処をお願いしても良いかな」

暗器使い「ああ、任せろ」
102 : ◆8F4j1XSZNk [sage]:2018/05/03(木) 02:19:20.44 ID:D/o6DO5r0
板の表示が変なのですが何か不具合でしょうか。
GW中にもうひと更新したいです。
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/05/03(木) 10:32:24.64 ID:xtmJJD7Ro
乙ー
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/03(木) 22:44:03.39 ID:M/ElR0fDO

直ってる?
105 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 19:57:34.90 ID:sohr5uHB0
>>103-104
ありがとうございます。表示が変なのはChromeを使用しているからのようです。
再開します。
106 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 19:59:54.98 ID:sohr5uHB0


暗器使いが先導し、勇者が議員らを抱え、僧侶が後方警戒をしながら建物を進んで行った。

階段を下り、一階の大ホールに辿り着いた時、待ち構えていた数十の敵達に囲まれた。


コボルトの兵A「そいつらを連れて行かれちゃ困るんでな。置いて行ってもらおうか」

暗器使い「それは無理だ」

コボルトの兵B「状況分かってんのか? 影使いを殺ったみたいだが、お互いに奇襲無しのこの状況で人数差をひっくり返せるとでも?」

暗器使い「……勇者、やれるか?」

勇者「うん。僧侶はこの人達が余計なことをしないように見張っていてね」

僧侶「分かりました」

コボルトの兵A「コソコソと話してんじゃねえ!」

勇者「……!」
107 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:02:04.85 ID:sohr5uHB0


飛び掛かってきたコボルトに勇者は剣を突き立てた。


コボルトの兵A「ごばっ……!」

コボルトの兵B「やりやがったな……!」

コボルトの兵B「まずは丸腰のお前を片付ける!」


次に前に飛び出したコボルトも、いつの間にか暗器使いが握っていたナイフによって喉を切り裂かれてしまった。


コボルトの兵B「がふっ……」

コボルトの兵C「こ、こいつら……」

コボルトの兵D「油断してんじゃねえよ……! 人数差を活かせ馬鹿が……!」


一斉に飛び掛かってきたコボルト達を、勇者は剣で薙ぎ払って倒した。

そして暗器使いは、これもまたいつの間にか取り出した擲弾を投げつけて目の前を一掃した。
108 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:02:45.30 ID:sohr5uHB0
勇者は縦に横に敵を両断していき、暗器使いは様々な武器で敵を翻弄していった。

僧侶は無理な体勢で敵に突っ込んでいく勇者を後方からフォローした。。


コボルトの兵E「つ、強い……」

コボルトの兵F「このままじゃ全員やられるぞ……」

勇者「これだけ騒いでも人間の衛兵が一人も出てこない」

僧侶「完全に新生魔王軍の手中だったということですね」

暗器使い「……奥からまだ来るぞ……!」

オーガA「何苦戦してんだお前ら」

オーガB「たかが人間三人だろう」

コボルトの兵E「オ、オーガの兄貴達……」
109 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:06:15.13 ID:sohr5uHB0
コボルトの兵F「気を付けてください! こいつら無茶苦茶だ……!」

オーガA「こいつらが……?」


身の丈が三メートル程のオーガが一体ずつ、勇者と暗器使いの前に立ちはだかった。


オーガB「こんなチビに一方的にやられて恥ずかしくないのかよ」

勇者「チ、チビ……? 確かに君達オーガに比べたら小さいかもしれないけど人間としては普通だからね……!」

僧侶(私と大して身長変わらないんですよね、勇者様……)

勇者「別に僕はチビではないけど……ちょっと気に障ったから倒す……!」

暗器使い(滅茶苦茶気にしているな……)

僧侶「って、勇者様! そんな闇雲に突っ込んでは……!」

オーガB「ははっ! 隙だらけだぞチビ!」
110 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:07:43.06 ID:sohr5uHB0
勇者「あっ……!」


オーガの強靭な拳が勇者に襲いかかる。

ギリギリの所で勇者は避けようとするが、右肩とオーガの拳が接触した。

勇者の剣の加護を受けているが、肉体が無敵という訳ではない。

骨が折れ、肉が裂ける嫌な音がホールに響いた。

勇者の右肩から先は滅茶苦茶になっており、皮一枚でかろうじて繋がっているようにも見える。



勇者「ぐっ……うううううっ!」


勇者は大きく後ろに跳んで距離をとった。


オーガB「その腕では剣は握れまい。女共々死ね……!」


オーガはもう一度その拳を振りかざして勇者にと止めを刺そうと踏み込んだ。
111 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:11:34.41 ID:sohr5uHB0
拳の先にいる勇者は次は全身をミンチにされ、ひしゃげた肉塊が出来上がるはずだ。


オーガB「……な、何だ……?」


しかしその拳には剣が突き立てられていた。

“しっかりと両腕で握られた”勇者の剣が、オーガの拳から腕にかけて突き刺さっている。


オーガB「な、何故だあああああああああああっ!」


勇者は絶叫するオーガから剣を引き抜き、腰の位置にしっかりと構えた。


暗器使い(死なない限り……か……)

暗器使い(僧侶の回復の術の威力もそうだが、あの勇者の精神も大分イカレているな……)

暗器使い(汚い仕事ばかりしてきた自分が言える台詞でもないが……)


勇者が振り切った剣は、オーガの体すらも容易く両断した。
112 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:12:50.27 ID:sohr5uHB0
それを見たもう一体のオーガは瞬時に「ヤバイ」と判断し、腰の二メートルはある大剣に手をかけた。

しかしその時には既に喉に槍が突き立てられていた。

槍を握っているのは暗器使いだ。


オーガA「ごぽ………や、槍など一体どこに……………」

暗器使い「……それが武器であるならばどんな武器でも隠し、持ち運ぶことが出来る」

暗器使い「それが俺の力だ」

オーガA「馬鹿……な……」

コボルトの兵E「オーガの兄貴達が……」

コボルトの兵F「やられちまった……!」

勇者「さて、そろそろ投降してください」
113 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:13:32.40 ID:sohr5uHB0
勇者「これ以上は無駄な血が流れますよ」

コボルトの兵E「ぐ……」

コボルトの兵F「わ、分かった……だから殺さないでくれ……」


残ったコボルト達は次々に獲物を捨てて投降の姿勢を取った。


勇者「こっちはこれで終わりかな。あとは民選議会の方がどうなっているかだけど……」

僧侶「……まだです……」

僧侶「まだ終わっていません……」

勇者「ど、どうしたの僧侶?」

僧侶「まだ何も終わっていませんよ勇者様!」

僧侶「この人外達を全て殺さないと終わりません!」
114 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:16:33.47 ID:sohr5uHB0
勇者「でももうみんな降参しているよ。無抵抗の敵は殺しちゃ駄目だと思う」

勇者「それは虐殺って呼ばれるものだ」

僧侶「意味のある殺しというのを考えた事は無いのですか?」

僧侶「家畜を殺すのは衣食のため、戦争で敵を殺すのは自国のため……」

僧侶「人外を殺すのは世界の平和のためです」

勇者「僧侶……」

暗器使い「…………」

僧侶「お父さん達が死んだのは人外がいたからです。千年前の厄災の時点で全ての人外を根絶させれば、きっとお父さんもお母さんも死ななかった」

僧侶「悪いのは人外なんです」

僧侶「ましてや、お父さん達を殺した奴らと同じ新生魔王軍の人外など絶対に生かしておけません……!」
115 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:19:19.44 ID:sohr5uHB0
僧侶「殺しましょう……! 勇者様、こいつらを殺しましょう!」

コボルトの兵E「ヒイイッ……!」

勇者「…………」

勇者「駄目だよ僧侶」

勇者「敵の捕虜は重要な情報源とかになったりもするんだから、ちゃんと連れて帰らないと」

僧侶「…………」

僧侶「ああ、そういう事でしたら従います」

僧侶「人外撲滅の礎になるって事ですよね……!」

勇者「……うん、そうかもしれないね」

勇者「それよりもちょっと確認しておきたい事があるんだけど」
116 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:20:08.48 ID:sohr5uHB0
暗器使い「民選議会に戻ってからでは駄目か? 大丈夫だとは思うがまだ向こうの安否は不明だ」

勇者「こっちで話しておきたい事なんだ」

暗器使い「……何だ」


勇者「今回の件って恐らく、僕達は上手く利用されたって事で良いんだよね」


暗器使い「…………」

僧侶「ゆ、勇者様……?」

勇者「あの大斧を持ったおじさん……僕のお父さんのパーティーの戦士職だったって言っていたけれど」

勇者「そんな人が政治機関にいるのに、国の中枢に新生魔王軍の工作員が入り込んでくるなんてそんなに簡単に出来る事なのかな」

勇者「勿論、その工作員が相当のやり手だって可能性もあるけど、今のところそんな気配はないし」

勇者「何より、仮に議会が乗っ取られたとしても気が付くのは時間の問題でしょ。ずっと前から民選議会でもこの事は認知されていたはずなんだ」
117 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:22:43.34 ID:sohr5uHB0
勇者「それなのに今まで放置されてきた……これはちょっと変だよね」

僧侶「それは……」

暗器使い「…………」

勇者「おそらく民選議会は新生魔王軍の工作員を上手く誘導し、見逃して貴族院に送り込んだ張本人」

勇者「そしていずれ訪れるであろう僕達にクーデターの代行をさせたんだ」

勇者「民選議会が貴族院を崩壊させるのと、勇者一行が新生魔王軍の工作員を倒すのとでは意味合いが異なってくる」

勇者「民選議会は一切社会的に汚れずにクーデターを完了させたって事なんじゃないかな」

勇者「貴族院の言いなりになった振りをして僕達を強引な手段で連れてきたのは、貴族院がまともな状況ではないという印象を植え付けるため……」

勇者「これが僕の予想なんだけどどうかな」

暗器使い「…………」
118 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:26:32.30 ID:sohr5uHB0
僧侶「勇者様、何も今ここで言う事では……」

僧侶(民選議会お抱えの暗器使いだってさっき貴族院の人達が言っていたじゃないですか……)

僧侶(雇い主を悪者に仕立て上げられたら怒っちゃうとか思わないんですか……!)

暗器使い「そうだとしたどうする……」

勇者「…………」

勇者「……別に、どうもしないよ」

暗器使い「何……?」

勇者「僕も薄々気が付きながら利用されていたからね」

勇者「今回は双方に利があるから特に言う事はないかな」

勇者「そっちはクーデターが成功したし、僕達は旅の目的に即した行動が取れた」
119 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:27:22.70 ID:sohr5uHB0
勇者「僕達の旅の具体的な目標はパーティーメンバーを探し出す事だけど……」

勇者「その目的は最近不穏な空気が漂う王国……広く言うなら大陸全体を安心させる事なんだ」

勇者「“国の中枢で悪事を働いていた新生魔王軍の工作員を勇者一行が捕縛”なんて見出しは、その目的を果たすための良い材料になる」

勇者「……かなあ、なんて」

暗器使い「…………」

暗器使い「……ふん、顔の割には中々鋭いな」

勇者「顔の割にはって失礼じゃない……!?」

僧侶(あれ……? 怒ってない……?)

暗器使い「俺はそういう事は詳しく聞かされないが、おそらくお前の想像通りなんだろう」

暗器使い「しかし予想外の反応だったな。ここでもう一戦あるかと思ったんだがな」
120 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:28:55.33 ID:sohr5uHB0
僧侶「勇者様は少し変わり者ですので……」

勇者「何でもかんでも事を大きくしていたら身がもたないよ」

勇者「さて、話も済んだし戻らないとね」

暗器使い「ああ、そうしよう」


勇者達は議員らを抱え直すと民選議会へ向けて戻って行った。


勇者「暗器使いは何で今の仕事をやっているの?」

僧侶「貴族院での会話からすると貧民街にいらっしゃったそうですが……」

暗器使い「……どこの国もそうだとは思うが、貧民街なんていうのは子供だけで暮らすには厳しすぎる場所だ」

暗器使い「連邦国は他の国に比べて一段と冷えるらしいが……冬の寒さにやられて大人だって次々と命を落としていくような場所だ」

暗器使い「そんな場所だから生き残るために手段を選ばない奴も多い」
121 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:30:22.82 ID:sohr5uHB0
暗器使い「ガキだった俺は腕力では大人には敵わないから、仕込んだ武器を使って相手の不意を突くようなことをよくしていた」

暗器使い「今のこの力は生まれ持ったものなのか、それともスラムの生活の中で手に入れたものなのかは分からない……」

暗器使い「そんなある日、スラムの問題を解決しようって計画の視察に来ていた熊髭の議員と出会った」

暗器使い「俺の能力を見て雇おうって話になったらしい」

勇者「なるほど……」

暗器使い「ちゃんとした職とは言い難いかもしれないが、俺に自分の衣食住を確保できる手段をくれた人達だ……」

暗器使い「少なくとも俺にとっては恩人だ」

勇者「……そっか。何か悪い言い方しちゃってごめんね」

暗器使い「いや、民選議会が勇者達を利用したのは事実だ」

暗器使い「ただしこれだけは知っておいて欲しい」
122 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:31:03.93 ID:sohr5uHB0
暗器使い「近年の貴族院は汚職が絶えなかった。国内での貧富の差が広がってしまったのも奴らのせいだ」

暗器使い「民選議会は様々な政策を打ち出して事態の解決を図ったが、失業者は増え続けるばかりだった」

暗器使い「もう国として限界だった。根本の仕組みから作り直すしか俺達に残された道は無かったんだ」

僧侶「……先程勇者様が仰った通り、今回の件は私達にとっても得るものが有りました」

僧侶「この後議会に戻ったらお互いの落とし所を話し合って、それ以上は不問とするのが良いでしょうね」

勇者「えっ、何か要求するつもりなの!?」

僧侶「当然です。私は薬を盛られて、勇者様は殴られているんですよ」

僧侶「これを不問にして良いものではありません」

暗器使い「その件は本当に済まなかった……」

僧侶「怒っているという訳では無いのですが、落とし前というものはやはり必要です」
123 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:31:41.96 ID:sohr5uHB0
勇者「僧侶っていうより裏路地の怖いおじさんみたいだね……」

僧侶「なっ……!」

勇者「まあでも、僧侶の言う事も一理あるかな……」

勇者「……そういえば、さっきの話の感じだとさ……」

暗器使い「ん、なんだ?」
124 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:33:16.00 ID:sohr5uHB0





大柄な熊髭の老人「おお、三人とも無事であったか」

勇者「はい。議員達も拘束してきました」

大柄な熊髭の老人「ご苦労であった。おい、議員達を連れて行け」


熊髭の議員が指示を出すと、部下と思われる数人の男たちが貴族院の議員達を何処かへと連れて行った。

この後彼らがどうなるのかは勇者達には分からない。


隻眼の斧使い「無事に達成するとは、流石は現役の勇者だ」

勇者「いえいえ。斧使いさんもあの数を相手にして皆さんを守りきるなんて流石ですね」

隻眼の斧使い「こっちには戦える奴が他にも沢山いたのでな」

隻眼の斧使い「多少面倒な相手もいたが……」
125 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:33:51.86 ID:sohr5uHB0
勇者「それでもほとんど怪我をしていないなんて……」

勇者「僕なんて心臓に穴を開けられましたから……」

隻眼の斧使い「し、心臓に……?」

僧侶(あれは怪我とは言いませんよ……)

暗器使い(あれは怪我とは言わないな……)

勇者「僧侶がいなかったら今頃何回死んでいることか……」

隻眼の斧使い「た、頼れる仲間が居るようで何よりだ」

勇者「僕も本当にそう思います」

勇者「……ところで、少し話があるのですが良いでしょうか?」

隻眼の斧使い「聞こう」
126 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:35:15.94 ID:sohr5uHB0
勇者「僕達は“そちらの思惑通りにきちんと働きました”。ですので先程仰っていた通り、僕達のお願いを一つ聞いてもらってもいいですか?」

隻眼の斧使い「……ふ、良いだろう。言ってみろ」

勇者「暗器使いを僕の旅の仲間に加えたいのですが、許可をもらえますか?」

暗器使い「な……!?」

隻眼の斧使い「ほう……?」

僧侶「ゆ、勇者様……!? 一体何を……!?」

勇者「いやあ、さっきの戦いを通じて思ったんだけど……今の僕達には冷静に状況を見極められるような仲間が必要だと思うんだ」

僧侶「しかし暗器使いさんには紋章は出ていません。紋章持ちではない人があまり沢山仲間に加わるのは良くない、というお話をお忘れですか?」

勇者「あまり沢山が駄目って事は、多少なら良いってことだよね」

僧侶「そ、それは……」
127 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:36:52.19 ID:sohr5uHB0
暗器使い「……一つ良いか?」

暗器使い「何故俺なんだ? 頼れる大人なら他にも沢山いるだろう」

勇者「その事については、ちょっと余計なお世話かもしれないんだけど……」

勇者「さっき暗器使いは、この国から出たことが無いって言っていたよね」

勇者「仕事柄、仕方が無いんだろうけど……」

勇者「勿体無いって思っちゃったんだ。こんなに凄い人が一つの国に篭りっきりなんて」

暗器使い「凄い……? 俺がか……?」

勇者「そうだよ、暗器使いは凄いよ! あんな力今まで見たことも聞いたことも無い!」

僧侶「たしかに私も初めて耳にする力でした。どんな武器でも隠し持てる……とはどこまで可能なのかも気になりますね」

勇者「それは僕も気になるな……! 大きな斧とかも隠し持ってるの?」
128 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:39:44.09 ID:sohr5uHB0
暗器使い「仮にも暗器使いが手の内を全て明かす訳がないだろう……!」

勇者「ええ、ケチだなあ……」

勇者「でもその口ぶり、鉄砲ぐらいは持っていそうだね」

暗器使い「どうだろうな」

勇者「うーん、教えて欲しいなあ」

暗器使い「俺に本気で襲い掛かってくれば、もしかしたら使うかもしれんな」

勇者「それは僕が殺されるやつ」

暗器使い「せめて相打ちする自信はないのか……」

大柄な熊髭の老人「……ふ……」

暗器使い「……! 失礼しました、騒ぎ過ぎました……」
129 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:40:24.06 ID:sohr5uHB0
大柄な熊髭の老人「いや、構わない」

大柄な熊髭の老人「お前が友人……と言うには少し歳が離れているが、そのように人と楽しそうに話しているのは初めて見る」

暗器使い「……そうでしょうか」

大柄な熊髭の老人「お前は良くも悪くも真面目な男に育った。ここら辺で外の世界を見に行くのも悪くないだろう」

大柄な熊髭の老人「こういう話はもっと早いほうが良かったかもしれないが……」

大柄な熊髭の老人「少々お前の事をここに縛り付けすぎたかもしれん」

暗器使い「いえ、そんな事は……」

隻眼の斧使い「折角の機会だ、この子らと一緒に旅に出てみたらどうだ?」

暗器使い「し、しかし……」

勇者「無理にとは言わないけど、僕としては一緒に旅に行けると嬉しいかな」
130 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:40:59.55 ID:sohr5uHB0
勇者「さっきの戦いでの相性は悪くなかったし……」

勇者「それに二人より三人のほうがきっと楽しいだろうしね」

僧侶「何度も言いますがこの旅は娯楽では無いということはお忘れなく……」

僧侶「ですが、私も暗器使いさんのような方が一緒だと心強いです」

暗器使い「…………」

暗器使い(出会ったばかりの俺の事をこんなに必要としてくれる……)

暗器使い(こんなにありがたい事があるだろうか)

暗器使い(それに、外の世界か……)

暗器使い「……悪くない話かもしれない」

勇者「だよね!? 一緒に行こうよ!」
131 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:41:35.36 ID:sohr5uHB0
暗器使い「ああ、許可がもらえるならば是非一緒に行きたい」

勇者「やった!」

勇者「良い……ですよね?」

大柄な熊髭の老人「もう大人に管理される歳でもあるまい」

大柄な熊髭の老人「今までの仕事のことなどについて少し手続きを踏まないといけないが、一週間以内には出立の許可を出そう」

暗器使い「……ありがとうございます」


暗器使いが深くお辞儀をしてから顔を上げた時、その肩が突然熱くなり始めた。


暗器使い「肩が……何だ……?」

勇者「これは……」

隻眼の斧使い「アサシンの紋章……」
132 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:42:57.45 ID:sohr5uHB0
隻眼の斧使い「そうか、お前が選ばれたか……」

勇者「初代の格闘家が北方連邦国の出身だから、格闘家の紋章持ちと出会うかと思っていたんだけど……」

僧侶「目の前の先代様が戦士の紋章持ちですし、血統や土地柄に縛られないケースも多いようですね」

僧侶「しかしこのタイミングで紋章が出るとは……」

僧侶「勇者様が仲間と認めることで現れるのでしょうか?」

勇者「うーん、過去には出会う前から既に紋章が出ている人もいるみたいだから一概には言えないんじゃないかな」

勇者「何にしても、暗器使いは僕達の仲間って事だね。これからよろしくね」

僧侶「そうですね。よろしくお願い致します」


勇者が差し出したてを暗器使いは握り返した。


暗器使い「……ああ、よろしく頼む」
133 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:43:28.30 ID:sohr5uHB0

こうして勇者は新たに暗器使いを仲間として迎え入れ、三人での旅をスタートした。

次に目指す場所は自治区としている。

自治区は森の民エルフが治める土地なのだが……。

134 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/06(日) 20:43:54.41 ID:sohr5uHB0
《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ 
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者
B3 フードの侍 小柄な祓師

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ
C2 トロール
C3 河童 商人風の盗賊 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
135 : ◆8F4j1XSZNk [saga sage]:2018/05/06(日) 20:45:32.21 ID:sohr5uHB0
みるみる内にストックが尽きていきます。
それでは。
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/05/06(日) 20:46:07.25 ID:j98RPoIYO
乙ー
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/07(月) 02:22:29.07 ID:KuBgH6/DO
138 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:09:51.58 ID:Eq8P5eTQ0
《森の民》


──北方連邦国領内から自治区方面行きの蒸気機関車


勇者「想像以上に時間がかかっているね」


勇者は硬いライ麦パンを一口かじって、窓の外の代わり映えしない景色を見た。

勇者達の乗車した機関車は、途中での荷物車の切り離しや連結が多く、何度も途中の駅で長い時間足止めをくらっていた。

王国との国境付近から“いつの間にか”連邦国首都まで移動していた勇者達は、首都発の機関車にかれこれ二日間は乗車している。

これまた“何故か”連邦国議会からの計らいがあり、一等寝台車両を充てがわれているため特に不便などは無いのだが。


暗器使い「丁度、帝国方面への大掛かりな出荷と被ってしまったようだ」

暗器使い「下調べが足りなくて済まないな」

勇者「まあ、たまにはゆっくりなのも良いんじゃない」
139 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:10:37.92 ID:Eq8P5eTQ0
勇者「帝国への荷は石炭とかかな? 北方連邦国は鉱山が有名だから」

暗器使い「おそらくそうだろう。この国は土地が痩せていて農業には向かない」

暗器使い「漁業はそれなりに盛んだが、地下資源に恵まれていなければこの時代ではやっていけなかっただろう」

暗器使い「今は工業がこの国を支えている」

僧侶「石炭と言えば、最近皇国でも大きな炭鉱が見つかったらしいですよ」

僧侶「そのせいか、近隣国との情勢が不安定になっているらしいです」

勇者「共和国なんかは地下資源は輸入に頼り切りって話だからね」

僧侶「人間同士で争っている場合ではないというのに……」

勇者「国同士の衝突が始まってしまったら、僕達の旅も難航するだろうね」

暗器使い「現在進行系の衝突という訳ではないが、次に向かう自治区も中々入国しづらいのではないか?」
140 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:11:31.26 ID:Eq8P5eTQ0
暗器使い「勇者達の入国を足止めした我々が言うのも何だが」

僧侶「そうですね。よりにもよって入国しにくい二国を最初に巡るとは」

僧侶「私も納得しての出発ではありましたが……」

勇者「あはは……自治区の方も入国が難しそうだったら後回しにするよ」

勇者「また拉致されたら困るしね」

暗器使い「ふっ……タダで首都まで運んでもらえるかもしれんぞ」

勇者「あはは! それも良さそう!」

僧侶「当事者同士でよく笑えますね……」

勇者「過ぎ去った事は大抵笑い話にできるよ」

僧侶「……でも、笑えない事もあります」
141 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:12:04.51 ID:Eq8P5eTQ0
僧侶「自治区、ですか。亜人……いえ、人外が治める土地……」

僧侶「人外が……」

僧侶「…………」

勇者「僧侶……」

僧侶「大丈夫です、ただ……」

僧侶「……すいません、少しだけ風にあたって来ます」

勇者「うん。目的地はまだまだだしゆっくりして来なよ」

僧侶「はい……」


僧侶は寝台車両を出て食堂車の方へと移って行った。


暗器使い「僧侶は人外に対してかなりの憎しみを抱いているようだが、一体何があったんだ?」
142 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:13:12.34 ID:Eq8P5eTQ0
勇者「うーん……」

勇者「絶対神の啓蒙な信者だから……というのは建前のようなものだろうね」

勇者「勿論理由の一つではあるんだろうけど、それ以上に人外を憎むようになったきっかけがあるんだ」

勇者「一つは昔……四年前だったかな」

勇者「僧侶が人外の集団に乱暴されちゃった事があってね」

暗器使い「乱暴、か……」

勇者「うん。大きな怪我とかは無かったけど、精神的には深い傷を負ってしまったみたいなんだ」

勇者「他に仕事があったとは言え、僧侶から目を離してしまった僕や父さんにも問題があった」

勇者「それからしばらく塞ぎ込んでしまった時期があってね」

勇者「ようやく体調も良くなってきて、僧侶としての仕事に復帰し始めた矢先にこの間の事件……」
143 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:14:24.89 ID:Eq8P5eTQ0
暗器使い「新生魔王軍による先代勇者と先代僧侶の襲撃事件か」

勇者「うん……」

勇者「特に母親の遺体の状態は酷かったみたいで、四年前のトラウマが掘り返されたのかもしれない」

勇者「あの日の僧侶の目には怒りと同じぐらい恐怖が見えた」

暗器使い「そうか……」

暗器使い「しかしお前は僧侶と似たような境遇に居るはずなのに、あの子とは何か違うな」

暗器使い「憎くないのか?」

勇者「勿論、僕や僧侶の両親を殺めた奴は許さない。憎んでいるよ」

勇者「でもそれは人外全体を憎む理由にはならないと思うんだ」

勇者「少しずつでいいから僧侶にも理解してもらいたいと思っている」
144 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:15:10.72 ID:Eq8P5eTQ0
勇者「考え方を押し付けるつもりはないけど……憎むだけなんて悲しい事だと思うんだ」

暗器使い「……そうだな」

暗器使い「俺も人外全てが悪いとは思わん」

勇者「北方連邦国では人外とはどういう向き合い方をしているの?」

暗器使い「北方連邦国は元々小国同士がぶつかり、侵略や和解を繰り返して出来た国だ」

暗器使い「その小さな国の中には人外の部族が治める国もあった」

暗器使い「国の一員になった者達もいれば、どこかへ亡命していった者達もいる」

暗器使い「後者の多くは千年前の魔王軍に合流していったと言われているが」

暗器使い「そういう成り立ちの国だから、人外であっても国の一員であれば区別はしない」

暗器使い「ただし、エルフ程ではないが外の者を嫌う国柄なのでな。外から受け入れるような事はあまり無いだろう」
145 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:15:58.67 ID:Eq8P5eTQ0
暗器使い「人外だと元からいた者とそれ以外の者の区別がつきやすいから、彼らは尚更この国には入りにくいな」

暗器使い「何もかも構わず受け入れるという皇国とうちの国とはまた別だ」

勇者「元からいた部族の人外であれば、公職に就くこともあるって事?」

暗器使い「そうだな。議会にも人外の議員はいる」

勇者「あのコボルト達が正規の職員だった可能性は……」

暗器使い「職員の顔ぐらい全て覚えているからそれは無いだろう」

暗器使い「仮にうちの国民だとしても、あの時は関係なかっただろうがな」

勇者「うーん、そうかもね」


それからしばらくして、僧侶が客室の扉を開けて戻ってきた。


勇者「おかえり僧侶。その手に持っている紙袋は?」
146 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:16:43.81 ID:Eq8P5eTQ0
僧侶「向こうの車両で知り合った老夫婦に頂いたんです。見てください、真っ赤な林檎ですよ」

勇者「この時期には珍しいね」

僧侶「この辺りでは丁度この時期が旬らしいですよ」

僧侶「折角なので頂きましょう。私は一個は食べ切れないと思うのですが……」

勇者「僕は一個貰うよ」

暗器使い「じゃあ僧侶は俺と分けるか。切るから貸してくれ」


暗器使いは僧侶から林檎を一つ受け取ると、ナイフを取り出して半分に切り分けた。


勇者「蜜がたっぷりで美味しいね」

暗器使い「連邦国首都ぐらい北に行くと新鮮な果物は高級品でな。久々に食べたが良いものだな」

僧侶「後でもう一度あの老夫婦にお礼をして来ないと駄目ですね」
147 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:17:22.04 ID:Eq8P5eTQ0
勇者「そうだね。僕達も直接お礼を言いたいな」

暗器使い「ああ、そうだな」





──翌日、終着駅


勇者「さて、ここから先は馬に乗り換えないとね」

暗器使い「馬の手配のために紹介状を書いてもらってきている」

勇者「それは助かるね。馬車の有無と頭数はどうしようかな」

暗器使い「馬車は使わないほうが良いだろう」

暗器使い「荷のない馬車はエルフ狩りと疑われてもおかしくない」

暗器使い「馬車を使えばチェックが厳しくなり、関所を越えるのに時間が掛かる可能性がある」
148 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:17:59.43 ID:Eq8P5eTQ0
勇者「荷があったらあったで密輸とかを警戒されちゃうしね」

暗器使い「ああ、あそこは閉鎖的な土地だから尚更な」

暗器使い「正規の商人も契約した一部の者しか行き来が許されていないらしい」

僧侶「何度も思うのですが、関所を通れるのか不安が募るばかりですね……」

勇者「うーん、自信なくなってきたかも」

暗器使い「初代のパーティーメンバーにはエルフの弓使いがいたんだろう? 今回も仲間を探しに来たって言えば何とか……」

暗器使い「ならないか……」

勇者「当時は人間とエルフとの仲がここまで険悪では無かったって聞くからね」

暗器使い「しかし不思議だな。教会によれば、勇者一行は絶対神に選ばれて加護を受けた者達らしいが」

暗器使い「初代のパーティーメンバーにはエルフやドワーフがいる。教会の人外嫌いと矛盾しているようだが……?」
149 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:18:29.01 ID:Eq8P5eTQ0

暗器使いが僧侶の方を見ると、彼女は気まずそうに目をそらした。


僧侶「さ……最近は教会もその点について見直しています……」

暗器使い「つまり、僧侶の人外嫌いは教義に則ったものではなく、個人的な感情に寄るものだという訳だな」

僧侶「そ、それは……」

暗器使い「……色々とあったようだが、そのままという訳にもいかないだろう。これから増える仲間に人外がいないとは限らない」

僧侶「それは、わかっているんです……」

僧侶(でも……)

勇者「ま、まあまあ。その時はその時で……」

勇者「あ、ここで馬を借りるんじゃないのかな。声をかけてみるね」

勇者「あのー、すいません」
150 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:19:13.82 ID:Eq8P5eTQ0
ドワーフの馬貸し「おう、お客さんかい」

僧侶「ひっ……!?」


店内から出てきたドワーフを見て僧侶はとっさに暗器使いの後ろに隠れてしまった。


僧侶(無理なんです……どうしても心の底から……)

暗器使い「…………」

暗器使い(思ったより重症か……。しかしこんな調子で自治区に行けるのか……?)

暗器使い(あそこにはほとんどエルフしかいないのだが……)

勇者「ねえ暗器使い、さっきのお願いしていい?」

暗器使い「ん? ああ……」

暗器使い「自分達はこういう紹介で来たのだが」
151 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:19:48.60 ID:Eq8P5eTQ0
ドワーフの馬貸し「……おお、これはこれは首都からわざわざご苦労様です」

ドワーフの馬貸し「我々が保有する中でも上等な馬をお貸し致しましょう」

ドワーフの馬貸し「頭数の方はどうなさいますか?」

勇者「えっと、ここから自治区の関所まではどれ位かかりますか?」

ドワーフの馬貸し「東の関所ですか……。そうですね、馬を歩かせて五日程でしょうか」

勇者(四日か……。僧侶は一応馬には乗れるみたいだけど、長時間は不安かも……)

勇者「二頭借りて、一頭に僕と僧侶で乗ろうかな」

勇者「一部の荷物を暗器使いの方の馬に持ってもらう様にしよう」

暗器使い「それが良さそうだな」

暗器使い「そういう訳で二頭で頼む」
152 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:20:46.68 ID:Eq8P5eTQ0
ドワーフの馬貸し「かしこまりました。折り返しのために一人同行させますのでそちらにも荷物を分けると良いでしょう」

ドワーフの馬貸し「今ご用意いたしますので裏の馬屋の方へどうぞ」


馬貸しに連れられて馬屋へ行くと凛々しい馬たちが干し草を食んでいた。


勇者「これは……大事に育てられているんですね」

ドワーフの馬貸し「ええ。もちろん商売ですから」

ドワーフの馬貸し「しかしそれ以上に、馬は我々亜人種や人間と切っても切り離せないパートナー……いわば家族と同然の存在です」

ドワーフの馬貸し「工業化が進んだ近年でもまだまだ活躍の場はありますから、これからもこの子達と共に歩んで行くつもりですよ」

暗器使い「なるほど……我々も道中では大事に乗らせて頂きます」

ドワーフの馬貸し「そうして頂けると」

勇者「よし、それじゃあ僕はこの馬にするかな」
153 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:21:29.48 ID:Eq8P5eTQ0
暗器使い「それでは自分はこちらで」

ドワーフの馬貸し「さすが、お二人ともお目が高い。馬具一式を持って参りますので少々お待ちを」


その後馬貸しが持ってきた馬具を馬に着せ、暗器使いの乗る馬に荷物などを乗せると、早速三人は関所を目指し始めた。

そして途中の集落で宿を借りたり野営をしたりと六日程道を進んでいると、遠方に鬱蒼と茂る木々たちが見えてきた。





僧侶「あれが……」

ドワーフの従者「ええ。あれが自治区……森の民エルフ達が暮らす場所です」

勇者「連邦国と隣接しているのに急に自然が豊かになるんだね」

暗器使い「彼らは自然との調和を大事にする種族だと聞いている。その方面の術に強い者も多いらしいから、その辺りが関係しているんだろう」

勇者「はるか昔は大陸中にエルフの森があったみたいだけれども、今はあそこ以外はほとんど残っていないんだよね」
154 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/05/22(火) 19:22:13.15 ID:Eq8P5eTQ0
僧侶「千年前の大戦後、中立の立場であったにも関わらず各国で迫害を受けたエルフが集結し王国の辺境地を占拠したのが七百年ほど前だとか」

僧侶「実際には王国が率先してエルフの逃亡先として土地を提供したとも聞きますがね」

勇者「僧侶がそんな俗説についても調べているなんて意外だな」

僧侶「べ、別に知識は得られるだけ得たほうが良いと言うだけです」

僧侶「それから事の真偽を自分で判断すれば良いのです」

勇者「確かに、その通りかもね」

ドワーフの従者「そろそろ関所が目の前ですよ。準備をなさった方が良いかと」

勇者「そうだね。無事通れると良いんだけど……」
155 : ◆8F4j1XSZNk [saga sage]:2018/05/22(火) 19:24:24.55 ID:Eq8P5eTQ0
というわけで自治区が舞台の《森の民》編です。
よろしくお願いします。
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/22(火) 23:02:20.48 ID:It+LU5kDO

荷物車→貨物車
啓蒙な→敬虔な
かな?
157 : ◆8F4j1XSZNk [sage]:2018/05/23(水) 01:14:58.79 ID:MCuefMc80
>>156
おっしゃる通りです
敬虔に関しては全くの勘違いでした
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/05/23(水) 09:32:45.13 ID:Bz/aOxOeO
乙ー
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/24(木) 07:40:45.74 ID:gtvQB4YmO
関所までドワーフ5日→勇者4日→結果6日
勇者の予想ガバカバやんけ
160 : ◆8F4j1XSZNk [sage]:2018/05/24(木) 21:51:51.79 ID:GB+S/sPL0
>>156 >>158 ありがとうございます。
>>159 勇者の台詞が5日の間違いです。すいません……。
161 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:46:50.90 ID:TiIWmUpJ0





エルフの衛兵A「……よし、通っていいぞ」

勇者「えっ」

エルフの衛兵A「何を驚いている」

勇者「いや、こんな簡単に通れるとは思っていなかったので」

暗器使い「門前払い覚悟で来ていたのですがね」

エルフの衛兵A「さる方から連絡が来ていてな。勇者とその一行が来た場合通すにように言われている」

エルフの衛兵A「さっき術師に貴様らの紋章が本物かどうかも確かめさせたから問題はないだろう」

勇者「連邦国の時とは対応がえらく違うね」

暗器使い「……あの時数日時間がかかったのは貴族院の方でも対応に関して協議がなされていたためだろう」
162 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:48:40.40 ID:TiIWmUpJ0
暗器使い「その結果があれとは浅はかな連中だとは今更ながら思うがな」

エルフの衛兵A「関所を通ることは許可するが行動範囲は制限させてもらう」

エルフの衛兵A「第一に謁見してもらわねばならない方がいる。そこまでは他の衛兵を案内に付けるから従ってもらう」

勇者「わかりました。ありがとうございます」

エルフの衛兵A「……くれぐれも問題は起こしてくれるなよ。分かっていると思うが我々と貴様ら人間の関係は良好なものではない」

エルフの衛兵A「如何に勇者の末裔とて、事の次第によっては許されない場合もあるということを肝に銘じておけ」

勇者「ご忠告ありがとうございます」

エルフの衛兵A「フン……それではこの先は任せるぞ」

エルフの衛兵B「は、はい……! 了解いたしました!」


いかにも新人らしい青年のエルフがその先を案内することになった。
163 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:49:22.89 ID:TiIWmUpJ0
この見た目でも勇者達よりも遥かに歳上である可能性もあるのだが、どうしてもそのようには見えない。


エルフの衛兵B「み、皆さんこちらです。着いて来てください……!」





関所を越えた先では再び馬での移動となり、珍しい光景に目を奪われては衛兵に物を尋ねるなどしながら目的地を目指した。

そうして慣れない複雑な地形を数日進み続け、少し体に疲れが見え始めた頃。


エルフの衛兵B「皆さんは自治区は初めてですか?」

勇者「商人や一部の特殊な人達以外は殆どの人が来たことがないんじゃ無いかな」

エルフの衛兵B「そ、それもそうですね」

勇者「それにしても意外だったのが……」

勇者「思った程エルフの皆からの視線が悪いものでは無いんだね」
164 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2018/06/02(土) 14:51:20.85 ID:TiIWmUpJ0
エルフの衛兵B「……勇者様達ならご存知だとは思いますが、今のこの土地を僕達エルフに与えて下さったのは隣の大国です」

エルフの衛兵B「エルフを辺境に追いやったのは人間ですが、また助けてくれたのも人間なんです」

エルフの衛兵B「恨みや傷は消えませんが、また誇りにかけて恩を忘れる事もありません」

僧侶「…………」

勇者「隣の大国……当時の国王様はどういう思いで行動に移ったんだろうね」

エルフの衛兵B「あまり大きな声では言えない事ですが、千年経った今も友好にしていただいていると聞いています」

エルフの衛兵B「で、出過ぎた言い方にはなりますが何らかの意思は感じます……」

エルフの衛兵B「しかしやはり僕達が救われている事には変わりありません」

エルフの衛兵B「恨みに関してももう千年も前……祖父母よりも上の代の話ですから、僕らが感情的になるのは難しいです」

暗器使い「そうか、亜人の寿命は数百年程度……我々人間よりは遥かに長いとは言え、当事者が生き残っているような事は無いのか」
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