白菊ほたる『災いの子』

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123 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 18:46:35.75 ID:AfpWDvGb0
   *

「想定が甘かったな、こういうこともあるのか」

 プロデューサーさんがつぶやく。

「私も……こんなことは初めてで……」

 どうやらふたりは、それぞれのプロデューサーさんが運転する車で会場に向かっていたところを、渋滞に巻き込まれて立ち往生してしまったらしい。渋滞の原因はわかっていない。動き出しさえすれば30分ほどで着くような位置だけど、原因が不明だからいつ動き出すのかがわからない。

 すでに開場は始まって、開演時間は刻一刻と迫っている。

「少し前にふたりは車を降りて、別の方法でこっちに向かったそうだ」

「今はどのあたりに?」

「それが、連絡が付かない。車に残ったプロデューサーどもには繋がるんだけどな」

「その場所から電車ですと、どのくらいかかるんですか?」

「……調べてみたら、電車も止まっているらしい」

「それじゃあ……」

「渋滞も電車の運行停止も極一部でしか起きていないようで、今のところライブのお客さんが足止めをくらっているという情報はない。どうも相葉さんと一ノ瀬さんを狙ったように、ピンポイントで起きているみたいだな」

 それは、私が日頃遭っているアクシデントの特徴とぴったり一致していた。
 渋滞してるエリアを抜けて、タクシーでも捕まえればいいように思えるけど、私の経験では、そういったときに流しのタクシーを捕まえられることはまずない。電話で呼ぼうにも、こちらからの連絡が繋がらないということは、おそらくふたりの携帯電話は機能していない。故障か、謎の圏外にでもなっているんだろう。

「どうするんですか?」

「白菊はトップバッターだから、気にせず予定通りにやればいい」

「そのあとは……?」

「白菊の出番のあいだに、到着することを祈ろうか」

 祈る――私の祈りなんて、天に届くだろうか。

「他人の心配するより先に、自分の仕事をしろ」

「……はい」

 もし間に合わなかったら? と喉まで出かけた言葉を飲み込む。口に出してしまったら、本当になってしまいそうだと思ったからだ。

 開演時間になっても、ふたりは到着しなかった。相変わらず連絡もつかず、今どこでどうしているのかもわからない。

 私はひとり、ステージに向かった。
124 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 18:47:53.97 ID:AfpWDvGb0
 つい昨日リハーサルで立っていたはずなのに、そこはまるで別の世界のようだった。

 中央に立った私をスポットライトが照らし出し、大きな歓声があがる。
 私にではなく、桜舞姫に、本来であれば周子さんに向けた歓声だということはわかっている。それでも、脚がすくんでしまいそうになった。
 首筋にライトの熱さを感じる。ステージがまぶしすぎて目がくらみ、客席はあまりよく見えない。だけどホールを埋め尽くす生命の気配とでもいうのか、大勢のお客さんが詰めかけていることはわかった。

「み、みなさんこんにちは。白菊ほたるです」

 マイクに向かって言った。私の声がスピーカーから流れる。

「えっと……今日は周子さんの代わりで歌わせていただくことになりました。よろしくお願いします」

 客席に向けて深くお辞儀をする。ぱちぱちと拍手の音が返ってきた。

 袂から扇子を取り出し、ぱしんと開く。
 百折不撓。何度失敗しても、志を曲げないこと。

 今は、自分のステージに集中しなきゃ。こんなに大勢のお客さんが私を見てくれている。このどこかには周子さんもいる。恥ずかしい姿は見せられない。

 大きく、ゆっくりと息を吸い、吐く。いつからか、緊張したときに儀式のようにおこなっている深呼吸。動悸が静まり、肩が軽くなる。緊張も不安も、鬱屈も憂悶も、吐き出した息とともに消えてゆく。

 扇子で顔を隠すようにしてしばし待つ。

 音楽が流れ、体がパブロフの犬みたいに反射的に舞い始める。
 激しい動きは要らない。まとった衣装も体の一部のように、はためく袖も振り付けの一部となるように、ゆうゆうと、だけど遅れることのないように動く。

 息を吸い込み、マイクに向けて、声を響かせる。
 客席で、無数の青い光が揺れ動いていた。
125 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 18:49:44.91 ID:AfpWDvGb0
 最初の曲が終わり、拍手と歓声が湧き上がる。
 これを私が起こしているのだという、えもしれぬ感動がこみ上げた。

 ステージは、怖いくらいに順調に進んだ。足をすべらせることもなく、床が抜けることもなく、上空からなにかが落下してくることもない。

 3曲を終えたところでMCに入る。内容は歌った曲の簡単な解説と、事務所での周子さんのちょっとしたエピソードなんかだ。もちろんアドリブでできるなんて思っていないので、前もって書き出して、プロデューサーさんにチェックしてもらったものを丸暗記してある。ところどころつっかえながらも、ちゃんと予定通りに喋ることができた。
 反応も悪くなく、客席からは笑い声が上がった。周子さん本人はどんな気分で聞いてるんだろう、と思うと、ちょっと悪いことをしたような気もするけど。

 MCのあとは、再び音楽に身を委ねる。
 もう、頭で考えることはやめていた。これまでに何百回と繰り返して、すっかり体に染みついたリズムに身を任せ、声を響かせた。

 あるときから、意識が体から離れて、自分を少し後ろから眺めているような錯覚を覚えた。集中できている証拠、いい傾向だ。
 ミスもなにもない、歌声も身のこなしも機械のように正確で、パフォーマンスは完璧といっていい。

 だけど、



 私は今、どんな顔をしているんだろう?
126 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 18:51:08.31 ID:AfpWDvGb0
   *

「ありがとうございました」と言って客席に手を振り、ステージをあとにする。

 舞台袖にいたプロデューサーさんに駆け寄り、「夕美さんたちは?」と訊ねる。
 プロデューサーさんが首を横に振った。

「まだ到着していない。どこにいるのかもわからない」

 それから10分が経過した。もともと演者の入れ替わりの際には5分から10分程度の休憩時間を予定していた。だけどこれ以上経つとお客さんも騒ぎ始めるだろう。

 私とプロデューサーさんはいても立ってもいられず、スタッフ用の出入口の前で待っていた。

「……喋りでつなぐって、無理か?」

 プロデューサーさんが言った。いつもは冷静に落ち着いている印象の彼にも、さすがに焦りの色が見える。
 正直言って自信はない。私自身は知名度がほとんどなく、お客さんは今日初めて見たという人がほとんどだろう。なにを話せばいいのかもわからない。
 それでも、この状況でできないとは言えない。

 ――と、そのとき、

 バァンとドアが開け放たれ、夕美さんが息を切らせて駆け込んできた。

「あっ、ほたるちゃんおまたせっ! 遅れちゃってごめんね、今どうなってる?」

「夕美ちゃん待ってー」と、志希さんも後に続いてきた。

 私はほっと胸をなでおろした。

「えっと……私の出番が終わって、休憩時間を少しオーバーしてるぐらいです。あの、どうやって来たんですか?」

「自転車を買って、走ってきたよ」

 思いもよらない、力ずくな答えが返ってきた。

「じ、自転車ですか。すぐに出れるんですか? 疲れてるんじゃ……?」

「あー……買ったのは1台だよ。本当はいけないんだけどね、志希ちゃんを後ろに乗せて、私がこいできたの。私は志希ちゃんのステージのあいだ休めるから」

 言われてみれば、夕美さんは汗をかいて息を切らせているけど、志希さんは平然としている。
127 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 18:52:34.71 ID:AfpWDvGb0
「一ノ瀬さん、こちらへ」

 プロデューサーさんが志希さんを控室に誘導する。

 私は、すっかり安心しきって、油断していた。

 意識が引き延ばされ、スローモーションの映像を見ているように感じた。
 通路の端に積み上げられた機材が崩れ、志希さんに向かって倒れ込む。
 誰かが発した警告の声に、志希さんが振り返る。
 目前に迫っている危機に気付き、身を硬直させる。
 一瞬で駆け寄った夕美さんが、志希さんを突き飛ばす。

 轟音と悲鳴が上がる。
 埃が舞い上がる。
 ふたりの人影が倒れている。

 通路の奥のほうの人影、志希さんがよろよろと起き上がる。
 倒れたときに打ったのだろう、肘をさすっているけど、見てわかるようなケガはないようだった。

 もうひとつの人影、夕美さんが身じろぎして、うめき声を上げた。

「動かないで!」

 志希さんが叱責するように言った。

「医療スタッフ呼んで。夕美ちゃん痛む? どこ?」

「……左の、足首かな?」

「ちょっとごめんね」

 志希さんが慎重な手つきで夕美さんの左足の靴を脱がす。夕美さんがわずかに顔をしかめた。

「……かなり腫れてるね」志希さんが苦々しくつぶやく。

「他に痛む個所は?」とプロデューサーさんが訊ねる。

 夕美さんが首を横に振った。

 医療スタッフが到着し、夕美さんを両側から支えて移動していった。

 私は、一部始終を馬鹿みたいに呆けて眺めていた。
 今更遅れて、震えが体を駆け上ってきた。

「ご、ごめんなさい……私のせいです……」

 か細い声を絞り出す。志希さんがにらみつけるような視線を向けてきた。

「一ノ瀬さん、相葉さんのことはスタッフにまかせて、今はステージの準備をお願いできますか?」プロデューサーさんが言った。

「わかってるよ」

 志希さんは今までに聞いたこともない刺々しい声で答え、控室に向かった。

 私は動くこともできずに、その場に立ち尽くしていた。
128 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 18:54:36.86 ID:AfpWDvGb0
 志希さんの準備は手早く、着付けもメイクも5分ほどで終えてきた。
 私の出番が終わってからはおよそ20分ほど経っていて、客席はざわつき始めている。

 控室を出てステージに向かう志希さんを、遠目から盗み見る。あんなことがあった直後に舞台に上がれるものだろうかと、不安に思った。

 志希さんは舞台袖でいちど足を止め、瞑想するように固く目をつぶった。
 数秒後、目を開いたときには、表情の険しさはあとかたもなく消えて、誰もが知っている『一ノ瀬志希』になっていた。

 スポットライトに照らし出された志希さんを、大歓声が出迎える。
「お待たせしちゃってごめんねー」と志希さんが手を振る。声の調子も、すっかり普段の通りだった。

 私は無人の控室に入った。夕美さんのケガが気になったけど、私が様子を見に行って、これ以上更に悪いことが起きるのが怖かった。
 しばらくして、プロデューサーさんがやってきた。

「夕美さんは?」

「おそらく捻挫だろうって。骨に異常があるかどうかは、病院に行ってみないとわからない」

「……ステージは」

「無理だな」

 噛み締めた奥歯が軋みをあげた。
 また、私のせいで……

「ライブは、どうするんですか?」

「プロデューサーたちが渋滞を抜けてもうすぐ着くらしいから、話し合って決めることになるけど、おそらく休憩を長めにとって一ノ瀬さんに続投してもらうことになるかな」

 志希さん……志希さんならうまくやってくれるだろう。
 夕美さんのファンの人たちは残念に思うかもしれないけど、志希さんだったら、それでもみんなを満足させるだけのパフォーマンスを見せてくれるに違いない。

 ――けど、

「……私が出ます」

 そんな言葉が、私の口をついて出た。 

「夕美さんの代わりに……私の、せいだから……」

 プロデューサーさんが、一瞬だけちらりと私を見た。だけどなにも言うことはなく、椅子に腰を下ろして、なにか考え込むように腕を組んでいた。

 ややあって、部屋の外から騒ぐような声が届く。夕美さんと志希さんのプロデューサーが到着したのかもしれない。
 彫像のようにじっとしていたプロデューサーさんが席を立つ。
「あのっ」と声を上げる私の肩に、ぽんと手が置かれる。

「交渉してくる」

 そう言い残して、プロデューサーさんは部屋を出て行った。
129 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 18:56:12.22 ID:AfpWDvGb0
 再びひとりきりになった控室で、私はふらふらと鏡の前に立った。
 辛気くさいと、暗いと言われ続けてきた真っ白い顔が、私を見返していた。
 なるほど、これは辛気くさいと言われても仕方ない。まるで死人のような顔色だった。

 鏡の中の自分が、これは全てお前のせいだと言っているように思えた。

 夕美さんがケガをしたのも、
 ふたりの到着が遅れたのも、
 ……周子さんが倒れたのも、

 私が社内オーディションで選ばれなければ、
 私が346プロダクションに入らなければ、
 私がアイドルになろうなんて思わなければ、



 ちがう、と心の中でつぶやく。



 鏡の中の私が、あざ笑うような表情を浮かべた。

 だってあなた言ったじゃない。
 私は人を不幸にするって。
 呪われてるって。
 アイドルになんて、なっちゃいけないって。

 プロデューサーさんにスカウトされて嬉しかった?
 大手のプロダクションなら平気だって思った?
 人を幸せにしたいなんて言いながら、どれだけの人を不幸にした?

 鏡に映った唇が、ゆっくりと動いて、言葉の形を作る。



『あなたさえいなければ』



 ――うるさい黙れ。



 ぴしっと乾いた音がして、鏡に大きな亀裂が走る。
 映った私の顔を斜めに切り裂いたヒビは、またたく間に蜘蛛の巣状に広がっていき、鏡は無数の破片となってバラバラと床に落ちた。
 次いで、部屋中の蛍光灯が爆発するように砕け散った。

 暗闇に包まれた部屋に、自分の荒い呼吸音だけが響いていた。
130 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 18:57:27.06 ID:AfpWDvGb0
 それからどのくらい時間が経ったろう。ドアが開かれ、通路の光が薄く差し込んだ。

「あらら大惨事。ほたるちゃん無事?」

 志希さんの声だった。ステージが終わったんだろう。

「……足元、気を付けてください。ガラスの破片が」

「うん、ありがと」

 志希さんは意に介した様子もなく、ブーツの底でジャリジャリとガラスを踏んで、まっすぐ私の前にきた。

「ねえ、今そこでプロデューサーたちが話してるの聞いたんだけど、ほたるちゃんが夕美ちゃんの代わりにステージに出るって言ってるって、ホント?」

「……本当です」

「なんで?」

「私の……せいですから」

 志希さんが私の胸倉をつかんで引き寄せた。暗がりに浮かぶ大きな目に、はっきりと怒りの感情が宿って見えた。

「夕美ちゃんは“あたし”をかばって、“あたし”の代わりにケガをしたんだよ。これが、ほたるちゃんのせいだっていうの? ほたるちゃんにはそれがわかるの?」

「ごめんなさい」

「謝ってないで、答えてよ」

「……ごめんなさい」

「だから――」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 小さく舌打ちの音がして、私をつかむ手に力がこもる。
 叩かれるんだろう、と思った。そのとき、

「一ノ瀬さん」

 部屋の入り口から声が届く。プロデューサーさんの声だった。

「白菊は、起きたことが自分の体質によるものか、そうでないか、区別はつかない」

「……ずいぶんはっきり断言するんだね。どうしてキミに、そんなことが言い切れる?」

「前に所属してた事務所に、白菊をクビにさせるよう仕向けたのは俺だ。だけど白菊はそれに気付かずに、自分の不幸のせいだと思っているから」

 世界がひっくり返ったような混乱に陥る。

 この人は今、なんて言った?
131 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 18:59:27.81 ID:AfpWDvGb0
「……プロデューサーさん?」

 私の声は弱々しく、かすれていた。

「本当だよ」

 とプロデューサーさんが言う。表情は見えなかった。

「346のプロデューサーという立場を利用して、持ちうる限りのコネを使って圧力をかけた。あの事務所に仕事を回さないように。すでに決まっている仕事がご破算になるように。あの事務所が存続できなくなるまで」

「どうして……?」

「白菊を手放させるためだ。向こうからすると、なにがなんだかわからないけど突然仕事がぜんぜん取れなくなったって状況だ。それだけで白菊のせいだと思ってくれる。本当は違うのに。あの日、白菊の同僚アイドルがキャンセルしたことも、俺がそうなるように仕組んだ。スカウトした日、俺があの場にいたのも偶然じゃない。あの頃の白菊の仕事現場にはぜんぶ行っていた。解雇されたばかりの白菊を、その場ですぐにスカウトするために」

 頭が混乱して、まるで働いていなかった。
 この突然の告白を、どう受け止めていいのかわからない。

「ひどいやつだと思う?」

 プロデューサーさんが自嘲するように笑う。

「俺もそう思う。俺の悪意で起こしたことを、わざと白菊のせいだと勘違いさせてたんだから。結局のところ、会社ひとつを潰したわけだ」

「……なんで、そんなことまでして、私を」

「その答えは、前に言った」

 わからない。前に? 前って、いつ?

 志希さんはいつの間にか私から手を離し、黙ってプロデューサーさんのほうを見つめていた。

「お前は不幸じゃない」

 プロデューサーさんがゆっくりと言った。

「事務所が潰れたのも、そこの社員たちが路頭に迷ったのも、相葉さんのケガも、お前のせいじゃない。なんの責任も、罪滅ぼしの必要もない」

 それから少しの間を置いて、プロデューサーさんが私に問いかけた。

「……だったら、白菊はどうしたい?」
132 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 19:01:06.81 ID:AfpWDvGb0
 私はどうしたい?

 私が不幸じゃなかったら、私のせいじゃなかったら?

 うまく考えることができなかった。
 だって、私はいつだって不幸だった。いつも周りの人に迷惑をかけていた。
 私に選べることなんて、なにもなかった。
 何度も頭を下げて、ごめんなさいと繰り返すことしかできなかった。
 だから、少しでも償おうと、罪滅ぼしをしたいと、そう願わなきゃいけなかった。

『ほたるちゃんはいつも自分のことは後回しだね』

 いつか言われた言葉が脳裏に浮かぶ。たしか夕美さんだ。
 夕美さんは少し困ったように、悲しそうにほほ笑んでいた。

『今は不幸とかどうでもええねん! あたしはほたるちゃんの気持ちを訊いてんの!』

 これは周子さんの言葉だ。
 周子さんはいらだって、怒っているようだった。

 私の気持ち。

 小学6年生のときの運動会。
 みんなが喜んでいた。みんな笑っていた。私は、笑えなかった。
 家に帰って、枕に顔を突っ伏して、声を噛み殺して泣いた。
 クラスが優勝した喜びよりも、いちばんになれなかった悔しさで。

 私は、夕美さんの代わりにステージに立つと言った。
 私のせいだから。
 私さえいなければ、こんなことにはならなかったから。

 じゃあ、私のせいじゃなかったら?

 どうやら、志希さんは夕美さんの代わりに出るつもりでいる。
 志希さんが出てくれるなら、全ては解決する。
 お客さんはきっと喜んでくれる。
 みんなが笑ってくれる。

 だけど、私は――



「……それでも私は、歌いたい」
133 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/10(日) 19:02:50.70 ID:AfpWDvGb0
 意思じゃなく、心がそう言った。
 自分でも気付いていない心だった。
 不幸のせいじゃなく、贖罪のためじゃなく、ただ私自身が、こんなにもステージに立ちたいと思っていたなんて。

 プロデューサーさんが大きくうなずく。

「だけど残念ながら、話し合いの結果では、この後は一ノ瀬さんに出てもらうことになった。白菊を推薦してみたけど、俺の一存だけじゃどうにもならなくてね」

 ……それは、そうだろう。どう考えても私よりは志希さんのほうが信用がある。
 夕美さんのプロデューサーさんや志希さんのプロデューサーさんなら、志希さんを選ぶのが当然だ。それが正しい。

「いや、キミ……さんざん人を惑わすようなこと言っといて、それはどうなの?」

 志希さんがあきれたようにつぶやく。

「そう、思いますよね?」

 プロデューサーさんが志希さんに向けて言う。
 短い沈黙が流れた。

「……キミはひょっとして、あたしを説得してるのかにゃ?」

「察しのいいことで、助かります」

「キミは、346プロのプロデューサーだよね。その立場でありながら、今この状況において、あたしよりほたるちゃんがステージに上がったほうがいいと思うわけ?」

「はい」

 志希さんとプロデューサーさんが無言で見つめ合う。空気が張り詰めて、銃でも突きつけあっているみたいだった。

 志希さんがすっと目をそらし、ガリガリと血が出そうな勢いで頭を掻きむしった。

「…………わかったよ」

 ガラス片を踏みにじって出口へと向かい、プロデューサーさんの横をすり抜ける。そして、いちど私のほうに振り返って、小さく笑った。

「志希ちゃん、失踪しまーす」
134 : ◆ikbHUwR.fw [sage]:2018/06/10(日) 19:03:40.04 ID:AfpWDvGb0
(本日はここまでです)
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/10(日) 19:13:36.76 ID:WI4a1TbZo

プロデューサーの言ってることは本当なんだろうか
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/10(日) 21:45:03.84 ID:vuO0fTZj0
乙です
お話がグッと展開していく瞬間たまらない
137 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:33:24.18 ID:sg2qAd8w0
   10.

 シンデレラとは成り上がりの物語だ。灰被りからお姫様に。地の底から天国の頂上に。

 シャルルペロー、もしくはグリム兄弟のものが有名だが、類似の物語は更に古代、紀元前から存在するともいわれている。
 つまり、ある程度『定型』となっているストーリーを、数多の文学者が自己流にアレンジするという文化があった。その中で、たまたま広く世に受け入れられ、語り継がれたものが、今の誰もが知っているシンデレラになったということだ。
 だからシンデレラの物語には、古今東西、星の数ほどのバージョン違いがある。現代でも日を追うごとに増えていっているのかもしれない。

 幼き頃の俺が偶然目にしたものも、そのひとつだ。その物語では、『シンデレラは長い時間をかけ、綿密に練り上げた計画をもって王妃の座を射止めた』という内容になっていた。
 カボチャの馬車も魔法のドレスも登場しない。この話に『魔法』はなく、それに当たるものは、シンデレラの境遇に同情した使用人であり、シンデレラが姉や母からうまいことくすねた装飾品であり、内に秘めた、野心と知恵だった。
 この話が好きだった。魔法などという子供だましのうさんくさいものではなく、確かな人間の力を持って成り上がるというところが、当時の俺の琴線に触れた。

 いつ、どこでそれを読んだのかは覚えていない。探してみようにも手掛かりのひとつもなく、年月を重ねるにつれて徐々に記憶は薄れていった。
 それでも、アイドルのプロデューサーという職を志した理由に、幼心に深く刻みつけられた、この物語があったのは間違いない。
138 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:35:23.21 ID:sg2qAd8w0
   *

 ある日、その筋では有名なゴシップ雑誌の記者が面会を申し込んできた。
 薄汚れたトレンチコートにハンチング帽といういでたちの男を来客用の部屋に招き入れ、向かい合って席に着く。
 形式的な名刺交換を済ませたあと、男が「お忙しい中、ありがとうございます」と言って、へつらうような笑みを浮かべた。

「いやあ、それにしても噂には聞いてましたが、立派な事務所ですねえ」

 男が部屋の中を見回して言った。

「今にも殺人事件が起こりそうですよね」と答えた。

 自分がこの346プロダクションのプロデューサーというものになって、初めて事務所に足を踏み入れたときに抱いた感想がそれだった。

「それで、どういったご用件でしょうか?」

 男はカバンから写真を1枚取り出し、テーブルの上に置いた。
 写っているのはカクテルバーのボックス席のようで、ひと組の男女が酒を酌み交わしていた。男のほうは、テレビに映らない日はないような人気の若手俳優で、女は、自分の担当アイドルだった。

「よく撮れてますね」

「でしょう? まるでドラマのワンシーンのようだ」

 たしかにそう見えた。なにしろ写っているのは、つい最近まで放映されていた連続ドラマで共演していたふたりだ。ただし、そのドラマにこのような場面はなかったが。

「これを記事に?」

「まだ誰にも見せていませんから、あっしひとりが忘れれば、この写真はなかったことになります」

 記事にしたところで自身に還元される金額はたかが知れている。それよりは、346プロに買い取ってもらったほうが実入りがいいと判断したということだろう。
 写真から目を外し、男の顔を見る。男がわずかに身を固くした。こちらが激昂して殴りかかってきたらどうしようかとでも思っているようだった。

「おいくらですか?」と言った。

 男が提示した金額は、たしかに安いものではなかったが、彼女が今後稼ぎ出すであろう額から考えれば微々たるものだ。
 実際にカネを出すのは会社だし、監督不行き届きとして多少のお叱りは受けるだろうが、自分の懐が痛むわけでもない。

「また、いいのが撮れたら、持ってきてください」

 軽い足取りで退出する男を見送る。それから、担当アイドルに電話をかけ、応接室にくるようにと言った。

 やってきた彼女がテーブルの上の写真を見て一瞬顔をしかめる。しかし反省している様子はなく、ふてくされたように黙りこくっていた。

「逢引きならもう少し気をつけろ。なんだったら手伝うから」と言った。

 説教をするつもりなんてなかった。色恋沙汰なんて、やめろと言われてやめられるものでもあるまい。それならば、いっそバレないように協力してやったほうがいいと考えたのだ。
 だが、どうやらこの発言は失敗だったらしい。

 彼女は燃えるような目でこちらを睨みつけ、写真をぐしゃりと握りつぶした。
 
「あなたは、さぞかしほっとしたでしょうね」

 大股で部屋を出て行く彼女を、呼び止めることもできなかった。彼女の言い捨てていった言葉が、この上なく図星だったからだ。
139 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:36:50.09 ID:sg2qAd8w0
 彼女がアイドルになったのは3年前だ。
 346プロが定期的に開催している所属オーディションを受けに来た。当時すでに19歳で、そのオーディションの参加者の中では最年長だった。他の審査員は年齢を理由に見送ろうとしていたから、彼女が合格したのは、ほとんど俺の独断といっていい。
 彼女は俺の担当アイドルになった。
 ある時期までは、上手くやれていたと思う。彼女は順調に人気アイドルの階段を上っていった。
 仕事がうまくいけば喜び合い、祝い事のときはプレゼントを贈り合ったりもした。あくまで、仕事上のパートナーとして。しかし、いつからか彼女にとってはそうではなくなったらしい。
 珍しいことではない。アイドルにとって担当プロデューサーとは最も身近な異性ということになる。似たような話はいくつも聞いたし、いい結果になったという話はひとつも聞かなかった。
 この時点で上司に掛け合って、担当の交代でも提案するべきだったのかもしれない。しかし俺はそうしなかった。彼女には才能があった。努力家でもあった。ちっぽけな功名心が、彼女を手放してしまうことを惜しいと思っていた。
 やがて好意を隠そうともしない振る舞いが多くなっていっても、徹底して無視した。
 彼女は苛立ちを募らせ、生活が乱れていった。飲めない酒におぼれるようになり、最近は仕事にまで影響を及ぼすようになっていた。
 だから、記者の持ってきた写真を見て、最初に抱いた感情は安心だった。彼女の気持ちが自分以外に向いた、これはいい傾向に違いないと思った。

 数日後、彼女は生放送のテレビ番組で突然引退を表明した。担当プロデューサーであるはずの自分は、なにも聞かされていなかった。
 トップクラスとまでは行かないにしても、人気アイドルと呼んで差し支えない地位にあった。まだまだこれから、いくらでも活躍の場を広げることができた。
 なぜ? と周囲のものは不思議に思ったが、彼女は一切の説明を拒否し、口をつぐんだまま346プロを、芸能界を去った。

 ある意味では自由の身になったともいえるが、それから、くだんの俳優の近くに彼女の姿を見ることはなかった。
 一夜限りのお遊びだったのかもしれないし、スキャンダルを嫌った相手が離れていったのかもしれない。あるいは、本当にただいっしょに酒を飲んだだけだったのかもしれない。



 しばらく経って、一般人の男性と結婚したらしいという話を人づてに聞いた。
 自分には、ハガキの1枚も来なかった。
140 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:38:29.66 ID:sg2qAd8w0
   *

 346プロダクションでは、複数のアイドルを担当し、多忙で死にそうになっているプロデューサーが常にいる。また、アイドルとプロデューサーで折り合いがつかず、担当替えを希望しているところもある。
 担当が引退したばかりで手が空いていた俺に、新しくアイドルを受け持ってみないかという提案はいくつもあった。
 全て丁重に断り、代わりに他のプロデューサーたちの事務仕事を預かるようになった。
 朝から晩まで、量だけは人並み以上にこなした。いっそこのまま異動させてもらおうかとも考えた。

「休暇をとってはどうか」

「気分転換にスカウトでもしてみるといい」

 周りがそんなことを言うようになる。このままでは倒れるんじゃないかとでも思ったのかもしれない。
 担当を持っているあいだは長期休暇なんて取ることはできない。毎年、そのほとんどが虚空に消えている有給休暇を、使うなら機会は今しかないだろう。
 しかし、長年仕事漬けの生活を送りすぎて、休みというものをどう扱っていいのかわからなくなっていた。機械的な事務仕事に追われているほうが、なにも考えずにいられて楽だとすら思えた。

 一方で、スカウトというものには、わずかながら心引かれるところがあった。街角に立ち、素人の女性に声をかけて、アイドルにならないからと勧誘する。
 思えば、本当に駆け出しの、新人プロデューサーのころにやったきりだった。初心に帰るには、それも悪くないかもしれない。
141 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:39:52.75 ID:sg2qAd8w0
 空いた時間を使って街に出て、道行く女性を値踏みする。何日かそうしてみたが、スカウトしようと思える女性はいなかった。1週間経っても、2週間経っても成果はなかった。
 やはり逸材はそうそう転がってはいない。いたとすれば、とっくに誰かに拾われているのだろう。

 ふと、以前同僚のプロデューサーが立ち上げたシンデレラ・プロジェクトなる企画を思い出した。
 それは個性的なアイドルの発掘・育成を目標とした企画で、プロジェクトに含まれるアイドルは総勢14名にのぼった。いささか多すぎないだろうか、などと思いながらメンバーのリストを見せてもらい、思わず感嘆の息をついたことを覚えている。14人が14人とも、金の卵と呼んでいい逸材に見えた。
 そして、内部ではさまざまな紆余曲折があったようだが、プロジェクトは予定された期間を満了し、今やその全員が346プロの中でも上位の人気を誇るアイドルとして活動している。
 アイドルをシンデレラになぞらえるなら、このプロデューサーはまさしく魔法使いだろう。しかしなんとなく、イメージには合わないと思った。彼が、無口で不器用で、実直を絵に描いたような人間だったからかもしれない。たいていの物語において、魔法使いとは本来、邪悪なものだろう。

 彼のもとを訪ね、人材を見つけ出すコツを聞いてみる。しかし、返答はいまひとつ要領を得なかった。
 更に詳しく聞いてみると、それは彼の用いている評価の方法であるとわかった。『笑顔が素敵であること』、なるほど、それはそうだろう。もしくは、彼が『きっと笑顔が素敵だろうと思うこと』、こちらはやや難解だったが、言わんとすることはなんとなく理解できた。
 だが、俺が知りたがっているのは判定の方法ではない。どこをどう探せばそのような人物を見つけ出せるのかということだ。
 そう訊ねると、彼は困ったように首の後ろに手を添えた。わからない、ということらしい。むこうからオーディションを受けに来た子もいれば、たまたま見かけた花屋の娘であったりもする。つまり出会い自体は偶然の産物、幸運であったという。

 幸運、こればかりは自力ではどうしようもない。神社で賽銭でも投げてみようかなどと考えた。
 無論、ただの気まぐれにすぎない。元々験担ぎをするような性質ではなく、正月の初詣にもろくに行かない不信心者だ。神や仏とは、身内の葬式ぐらいでしか縁がない。

 しかし、願いはほどなくして現実となった。
 幸運は、不運な少女の姿をとっていて、この世の誰よりも、灰にまみれていた。
142 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:41:20.55 ID:sg2qAd8w0
   *

 携帯の地図アプリを頼りに、最寄りの神社にたどりつく。「神と煙は高いところが好き」との格言通り、石造りの長い階段の上にそれはあった。
 これを上るのか、とため息をついたところに、ひとりの少女が鳥居をくぐって飛び出してくる姿が目に映った。少女は急いでいるらしく、階段を2段飛ばしで駆け下りていた。
 危なっかしいなと思い、眺めているそばから、少女が足を踏み外して前のめりに落下した。
 思わず声を上げそうになったが、少女は猫のように空中で体をひねり、すとんとやわらかく着地した。そして、まるで自分が足を踏み外すことをあらかじめわかっていたかのように平然と、そのまま駆け出していった。

 ぽかんと口を開けてそれを見送り、気付く。女性と見れば、それが一般人であっても、「もしアイドルになったらどうなるか」と考えることが癖となっていた。品定めのつもりもなく、ただ『見る』という行為が、自分にとっては点数をつけることと同義だった。
 先ほどの少女も、当然しっかりと見ていた。顔立ちはなかなか整っていたと思う。年齢は、中学2年か3年くらいだろうか。

 もしも、あの少女がアイドルになったとしたらどうか?

 わからない。判断が付かない。なぜわからないかもわからない。
 奇妙な感覚だった。いつもなら、それが正しいかは別としても、駄目なら駄目と直感的にわかるのだ。
 大いに興味をそそられた。だが少女はとっくに視界の外である。名刺を渡すどころか、声をかける隙もなかった。

 この神社にはよく来るのだろうか? しばらく通い詰めてみようか?
 そんなことを考えながら、ひとまず当初の目的だったお参りをしようと石段に足をかける。どうせなら少女との再会を願掛けしてもいいかもしれない。
 日頃の運動不足を実感しながら階段を上り切り、本殿の前まで足を進める。賽銭箱の前に財布が落ちていた。周囲に人影はない。
 拾ったそれを開くと、少しばかりの現金と、保険証のカードが入っていた。カードの氏名の欄には、『白菊ほたる』と記されていた。
143 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:42:54.16 ID:sg2qAd8w0
 財布を交番に届け、城のように巨大な事務所に戻る。
 本名でSNSでもやっていないかと思い、インターネットの検索ワードに名前を打ち込んでみると、情報は思いのほかあっさりと出てきた。
 検索結果の一番上に出てきたのは、芸能事務所の公式サイトだ。白菊ほたるは、他事務所のアイドルだった。

 先を越されたと苦々しく思う気持ちはある。しかし、これはむしろ都合がいいかもしれないと思い直した。
 スカウトの難しさは、なんといっても芸能界というものの『うさんくささ』によるものが大きい。どれだけの好条件を提示したところで、なんとなく信用ならないという理由だけでも忌避されるには十分だ。だが、他事務所に所属しているということは、本人はアイドルになる意思を持ち合わせているということだ。

 まずは所属事務所の情報を集めた。社員、所属アイドル、主な仕事先、財務状況。そしてその過程で、意図せずして白菊ほたるについての情報も入ってきた。『疫病神』の噂だ。
 白菊ほたるの世間一般における知名度はゼロに等しい。
 ただし、業界の一部においては、彼女はある意味で有名人だったらしい。

『彼女の仕事現場ではアクシデントが起きる』

『彼女が所属した事務所は潰れる』

『不幸をもたらす』

 事務所が倒産しているというのは事実だった。ざっと調べた限りでふたつ、現在所属しているところを含め、少なくとも3つ以上の事務所を渡り歩いていることになる。
 
 強く興味を引かれる。
 
 例のシンデレラ・プロジェクトの影響もあって、芸能関係の事務所はどこも新人の発掘に力を入れている。毎日毎日、スカウトマンたちが目を血走らせて街を駆け回っている。
 少しでもこの世界に興味を持つようなら言葉巧みに引き込まれ、ふるいにかけられる。ほとんどは挫折し、消えていく。一握りの才能がある者は世に出て活躍する。だから今の世では、ダイヤの原石が埋もれたままでいるということはない。
 その現代に、はたして灰被りは存在するのか、いるとすればどのような場合か。ここしばらく毎夜のように想像し、考え続け、ついに出すことのできなかった解答を得た。なるほど『不幸』か。
144 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:45:13.72 ID:sg2qAd8w0
 代わりにいくつかの疑問が浮かぶ。

 この少女の不幸とは本物だろうか。偶然、あるいは無関係な出来事の責任を押し付けられているだけではないか。

 また、例の噂は簡単に調べるだけで出てくる程度には広まっている。小さな事務所でも、経験者として雇用するのであれば過去の経歴ぐらいは調査するだろう。それにもかかわらず、今彼女が所属している事務所は、なぜ疫病神を採用したのか。

 考えられる可能性はいくつかある。採用を決めた者が、オカルトなどくだらないと気にしなかったか。噂を差し引いても余るほどの光るものを感じたか。あるいは、その『不幸』を話題性として活用しようとしたか。

「あら」と声がして目を向けると、事務員の千川ちひろさんがいた。
 346プロの名物事務員ともいえる存在で、最近は業務内容が近くなったため、関わる機会も多い。

「こんな時間まで、まだお仕事ですか?」

 と千川さんが言う。時計を見ると、時刻はいつの間にか20時にさしかかっていた。

「そちらこそ」

「私はもう帰ろうとしていたところですよ。よろしければ、なにか飲みますか?」

「ではスタドリを」

 千川さんは事務所がまとめて購入している栄養ドリンクの管理もおこなっている。社員は彼女に申請し、もらったドリンクの代金は給料から直接差し引かれる。そういった点でも、この事務所のプロデューサーは皆、日頃から彼女には世話になっている。

「……お茶かコーヒーでも淹れましょうか、って話だったんですけどね。まあいいです、どうぞ」

 千川さんがバッグから星のマークのついたビンを取り出す。

「ありがとうございます」

「ええと……今週それでもう13本目ですね。あまり飲み過ぎると体に毒ですよ」

「気を付けます」と答えて、もらったドリンクを一気に飲みほした。

 千川さんが軽蔑するような視線をよこし、それからパソコンのモニターに目を移した。

「……かわいい子ですね」

「ですよね」

「他社の子ですか。引き抜きを?」

「ええ、考えてます」

「しかし、なんというか……宣材写真らしからぬ宣材写真ですね」
145 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:46:17.66 ID:sg2qAd8w0
 たしかに、と思った。この事務所の所属アイドル一覧の中で、ただひとり、白菊ほたるだけが笑っていない。
 あえてそうするということはある。クールなイメージで売り出すため、表情を抑えめにというように。しかし、白菊ほたるのこれは、無表情というわけでもなく、言うならば『困り顔』のように見えた。わざとにしては、狙いがよくわからない。

「みんながみんな、笑ってなきゃいけないってものでもないでしょう」

「そうかもしれませんが、私はやっぱりもったいないって思っちゃいますね。きっと、笑ったらもっとかわいいのに」

『笑顔が素敵だろうと思うこと』、なるほど。
 そういえば、千川さんはシンデレラ・プロジェクトのアシスタントを務めていた時期もある。その彼女のお墨付きというのは、なかなか縁起がいいかもしれない。

「では、お先に失礼します」

 会釈して去っていく千川さんを見送り、再度モニターに映った写真に目を向ける。

 疑問はもうひとつある。この少女は、なぜアイドルを続けている?
 憧れを持つのは珍しいことではないだろう、そうでなければこの業界が成り立たない。しかし、度重なる事務所の倒産という目に遭って、なおもそれを目指し続けられる人間が、いったいどれほどいるだろうか。
『百折不撓』という言葉が頭に浮かぶ。
 白菊ほたるはなぜ折れない? なぜあきらめようとしない?
 疫病神と呼ばれるそれが、本当に固有の体質だというのなら、彼女は生まれてからずっとそれを背負って生きてきたということになる。

 13歳。
 中学1年生。

 13年間、絶え間なく続く不幸とは、いったいどのようなものだろう。
146 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:48:40.17 ID:sg2qAd8w0
   *

 翌日、白菊ほたるの所属事務所に電話をかけた。
 自動応答のような女性の声が応じ、こちらが346プロのプロデューサーと名乗ると、《少々お待ちください》と言って、保留音が流れ始めた。
 少し待って、横柄そうな野太い男の声に代わった。男は、この事務所の社長だと名乗った。

《それで、ご用件は?》と男が言った。

「御社のアイドルをひとり、うちの事務所に移籍させる気はないかと」

《――ああ》

 男はぺらぺらと所属アイドルの輝かしい経歴を語り始めた。しかし、話しているのは白菊ほたるのことではない、別のアイドルの話のようだった。

「おそらく、別の方のお話をしていると思います。こちらが言っているのは、白菊ほたるさんです」

《白菊?》

 少しのあいだ、カチカチとボールペンをノックするような音だけが繰り返し届く。

《白菊を、346プロが?》

「はい。互いの条件が合えばですが」

《そうですね……白菊を移籍させるとしたら、2千万円はいただかないと》

 耳を疑った。

「冗談でしょう?」

《いやいや、あいつはウチでも大いに期待を寄せている有望株ですから》

 まだろくに仕事をしたこともないアイドルの移籍金に、2千万?
 とても本気で言っているとは思えない。初めに吹っかけておいて、少しでも高く売ろうという魂胆だろうか。

「電話ではなんですし、詳しいことは直接会ってお話しましょうか。どこか都合のいい日は……」

《いえ、値下げ交渉は受け付けませんよ。ウチの条件は、先ほど言った通りです》

 舌打ちしそうになるのをなんとかこらえる。
 移籍を成立させるには上役の了承がいる。ある程度までは割高になったとしても説得するつもりでいたが、なんの実績もないアイドルの引き抜きにこの額を認めさせるのは、どう考えても不可能だった。

「……こちらとしては、承諾できかねます」

《では、ご縁がなかったということで》

 いささかの躊躇もなく電話を切ろうとする相手を呼び止め、「もし気が変わったら」と言って、自分の業務用携帯電話の番号を伝える。
 相手はメモを取っているかも怪しいおざなりな態度で相槌を打ち、電話を切った。
147 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:50:06.30 ID:sg2qAd8w0
 346が大手だから足元を見ている、という感じではなかった。
 そもそも全く移籍させる気がない。あるいは、万が一その条件で受けてくれれば儲けものといったところだろう。しかし、現状の白菊ほたるは事務所の金食い虫でしかないはずだ。なぜ、そこまで強気になれる?
 あきらめるべきだろうか。あの少女は偶然見かけただけに過ぎず、どうしても引き抜かなければならないという理由はない。それこそ、縁がなかったとでも思えばいいだけの話だ。

 休憩ラウンジにコーヒーを買いに行く。ちょうど顔見知りのプロデューサーがいたので、声をかけてみた。

「とある零細事務所に、13歳の売れないアイドルがいるとする」

「急になんの話です?」

「そこに、大手の事務所から『彼女をうちの事務所に移籍させないか』というオファーがくる」

「はあ……」

「零細事務所は、成立させる気がないとしか思えない金額を吹っ掛けた。オファーしてきた大手は当然、それでは無理だと言って話が終わる」

「ふむふむ」

「なぜ、こんなことをすると思う?」

「まともな額で成立させるより、手元に置いといた方がカネになると判断したからでしょう」

「どうやってカネにする?」

「キッズポルノ。見た目がよければですが」

「なるほど」

 あり得る話だ。ポルノとは言わないまでも、ポルノ一歩手前のような仕事は世にいくらでもある。一歩手前だから、違法ではないようなものが。ゆくゆくはその方面で売るために採用したという可能性は大いにある。
 少なくとも容姿は整っている。それに、薄幸そうな女というのは独特の色気があるものだ。弱冠13歳にして、すでに幸の薄さ日本代表のような風格を身にまとっている白菊ほたるは、その方面で人気が出てしまうかもしれない。

「ありがとう、参考になった」

「どういたしまして」

 自販機の横の長椅子に腰を下ろし、コーヒーをすすりながら思案する。

 なにが幸せかなんてわからない。
 あるいはそれもひとつの成功の形で、本人は満足するのかもしれない。
 そもそもこれは憶測にすぎない。向こうの事務所には、なにか別の思惑があるのかもしれない。

 それでも、邪魔をすると決めた。
148 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:51:36.94 ID:sg2qAd8w0
 穏便に済ませるならば、自ら事務所を辞めてもらうというのが理想的ではある。違約金が発生するだろうが、移籍金代わりに346プロでそれを持てばいい。おそらく、そこまで大した金額にはならない。
 しかし、彼女は事務所の寮(実際はボロアパートを事務所名義で借り上げているだけだ)に住んでおり、最低保障のわずかな賃金で日々の暮らしをやりくりしている。
 今の事務所を辞めるというのは、生活の基盤を失うと同義だ。あまり積極的に大きな変化は望まないだろう。話がこじれて、こちらの事務所に悪印象を持たれても困る。

 まず、いつかの雑誌記者に電話をかけた。

「どうも、以前はお世話になりました」

 わざとらしいほどに友好的な声を作って話しかける。
 電話の向こうから、怯んだような気配が伝わってきた。

《……あっしも、あんたには悪いことしたとは思ってるんですよ》

 例の写真の件を言っているらしい。
 あれを買い取らせた、ほんの数日後に被写体のアイドルが引退を表明した。この男の中でどのようなストーリーが出来上がっているのかは知らないが、うしろめたさを感じてくれているのなら好都合だ。

「その件は水に流して、ひとつ頼みたいことがあるんですよ」

《頼み? なんです?》

「ある事務所の、悪評を流すってできますかね?」

 短い沈黙が流れる。それから、ふうっと息をつく音が聞こえた。

《あんたは、天国には行けませんね》と記者は言った。

 ありがたい話だ。長い階段を上らずに済む。
149 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:53:16.09 ID:sg2qAd8w0
 さすがに会社のカネを使うわけにもいかず、記者への報酬は自分のポケットマネーから出した。

 それから、向こうの事務所の主要な仕事先に出向いた。同じ業界内のことだし、たいていのところは346とも付き合いがある。特に顔見知りがいないところでも、名刺を1枚渡せばどこも喜んで歓待をしてくれた。

 適当な雑談を交わし、機を見て「ところで」と切り出す。
 白菊ほたるの所属事務所の名前を出し、あの事務所にはよく仕事を依頼するんですか? なぜでしょうか? と訊ねる。
 なぜかと言われても、仕事だから以外に答えはないだろう。相手はこちらの意図が読めず、困惑を見せる。

「あの事務所、近頃悪い評判を聞きますので。346としては、あまり関わりを持ちたくはないものでして」

 だいたいこのあたりで、相手の顔から笑みが消える。聞きようによっては「あの事務所と付き合いを続けるのなら、今後346のアイドルは使わせない」とも解釈できる。
 もちろん口先だけだ。俺にそんな権限はないし、こういった形で346の名を濫用するのは規定で禁じられている。

 これを、片っ端から繰り返して回った。『悪い評判』は、そのうち流れてくるだろう。
150 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:54:42.34 ID:sg2qAd8w0
 1週間ほど経って、例の事務所から電話がかかってきた。どうやら番号は一応控えていたらしい。

《以前おっしゃっていた、白菊の移籍の件ですが》

 前のときより、いくらか疲れているような社長の声が届く。不思議なことに、消沈していてもまだ横柄そうに聞こえた。

「ああ、あの件でしたら、もうけっこうです」

《いえ、なんと言いますか……こちらもさすがに欲張りすぎたと反省しておりまして……1千万ではいかがでしょう?》

「ですから、その件はもうけっこうです」

《……500万では?》

 必死さを取り繕う余裕もなくなっているようだった。
 少し間を置き、わざと相手に伝わるようにため息をつく。

「白菊ほたるさんでしたか? あの後に知ったのですが、彼女ちょっとした有名人らしいですね。なんでも、『不幸をもたらす』とか」

《根も葉もない噂ですよ! バカバカしい!》

「しかし、現にそちらの事務所は、状況が逼迫しているのでは?」

 返事はない。どう返していいか考えているようだった。

「失礼します」と言って電話を切った。
151 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 00:59:33.52 ID:sg2qAd8w0
 あの事務所にはひとりだけ、それなりの人気を博しているアイドルがいる。

 彼女の予定を調べ、仕事が終わってひとりで歩いているところに声をかけて名刺を渡した。
 君の活躍は知っている、しかしあの程度の事務所にいては先が見えている、君は本当はもっと大きな舞台に立てるはずだ、と適当に思いついた言葉を並べ立て、近くの喫茶店に誘う。
 彼女は黙秘権を行使するように口をつぐみつつも、後についてきた。

「引き抜き、ということですか?」

 飲み物を注文し、店員が離れていくのを見計らって、彼女が警戒心のこもった声で言った。

「そうなるかな。もちろん今の事務所に愛着があるのなら、無理にとは言わないけど」

「移籍したら、今より人気が出ると?」

「保証はできない」と言った。「君の努力次第だ」

 彼女は迷っているようだった。
 現状のままでも、稼ぎは十分にある。この誘いに乗ったら、今の誰もがちやほやしてくれる場所を捨てることになる。346なんて大手に行ったら自分なんてその他大勢のひとりではないか、居心地のいい事務所を捨ててまで応じる価値はあるのか、という葛藤が見て取れた。
 だが、アイドルなんて目指すような人間は虚栄心や自己顕示欲が強いものだ。彼女は逡巡のすえ、首を縦に振った。

「じゃあ、明後日の15時にもういちどここに来てほしい」

「明後日? いえ、その時間は仕事が入ってるんです。テレビの」

「すっぽかせばいい」

「怒られますよ。いくらなんでも」

「どうせ辞める事務所から怒られたって、どうってことないだろ」

 彼女は眉を寄せて考え込んだ。本当に事務所を移る意思があるかどうか、試されているとでも思っているのかもしれない。

「でも、なんて言えば……」

「君の事務所に、白菊ほたるって子いるよな」

「はい……明後日の、共演者です」

「その白菊さんには、ちょっとよくない噂がある。知ってるかな?」

 同じ事務所にいるのだから、当然不幸のことは知っているだろう。
 彼女がこくりとうなずく。

「だから、その子とはいっしょに出たくないとでも言えばいい」
152 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 01:00:27.08 ID:sg2qAd8w0
 2日後の15時ちょうど、同じ喫茶店を訪れた。
 彼女は先に店に入っていて、チーズケーキをつつきながら紅茶をすすっていた。俺は席にはつかず、彼女の前に立って、テーブルの上に一通の封筒を置いた。

「これは?」と怪訝そうに問う彼女に、「紹介状」と答える。

「紹介?」

「先方も喜んでるよ」

 彼女が封筒を開き、睨みつけるように書面に目を通す。

「……騙したんですか?」

「嘘はついていない」

 中身は本物の紹介状だし、相手にも話は通してある。紹介先が346プロではないというだけだ。大きいところではないが、少なくとも現在所属しているところよりはよほどまともであることは間違いない。

 伝票を取り、背中に罵声を浴びながらレジに向かう。
 店を出た頃には彼女の顔も、名前も忘れていた。
153 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 01:02:43.29 ID:sg2qAd8w0
 テレビ局に入ると、ちょうどスタジオから白菊ほたるが出てきたところだった。撮影は中止になったらしい。
 少し離れて後を追う。建物の外に出て少し歩いたところで、白菊ほたるが思い出したように携帯電話を取り出し、どこかにかけ始めた。
 話しながら、今にも卒倒してしまいそうに顔色を失う。やりとりを聞かなくても、良い内容ではないというのは十分にわかった。

 通話を終えた白菊ほたるが夢遊病者のような足取りで公園に入る。公園には彼女の他には誰もいなかった。
 声をかけるなら今か、とその後を追う。一歩近づくにつれて空が暗くなり、空気が冷たさを増していくように感じた。風がその少女を中心に渦を巻いているようだった。

「どうしたの?」

 と、自販機に頭突きをくれている彼女に声をかける。

 やはり先ほどの電話で解雇を通告されたらしい。それは予定通りだったが、スカウトはうまくはいかなかった。
 白菊ほたるが拒絶の言葉を残し、公園を出て行く。そのあとを追いかけ、行く手を塞ぐように立ちはだかる。
 そこに、けたたましいクラクションとブレーキの音が耳に届いた。
154 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 01:03:51.94 ID:sg2qAd8w0
 太腿のあたりに激しい衝撃が走り、体が宙に浮く。
 視界が揺れる。体がアスファルトの上をすべり、皮膚が裂ける。
 地面に倒れ伏して数秒経ってから、やっと車とぶつかったのだと気付いた。
 体が思うように動かなかった。痛みはない。代わりに、傷口らしきあちこちに痺れのようなものを感じた。
 意識ははっきりしている。少し離れたところで、車が路肩に停車し、運転席から男が飛び出してくるのが見えた。

 ゆっくりと手足を順番に動かし、状態を確認する。擦り傷が多数あるが、どうやら骨折はしていないし、頭も打っていない。死ぬような怪我じゃない。
 車の運転手より先に、青ざめた白菊ほたるが駆け寄ってきて、言った。

「だいじょうぶですか!? ごめんなさい、私のせいです!!」

『ついている』と思った。
 彼女がバッグを探り、携帯電話を取り出す。電話ごと、その手をつかんだ。

「頼む、アイドルになってくれ」

 負傷のせいか、やたら切実な声が出た。
 白菊ほたるが目を丸くする。

「きゅ、救急車を呼ぶので、放してください!」

「スカウトを受けてくれるなら離す」

「アイドルでもなんでもなりますから! 離してください!!」
155 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 01:05:16.63 ID:sg2qAd8w0
 運転手の男の手を借りて、道の端のほうに避難する。しばらくして救急車とパトカーがやってきた。

 運転手の男が警官と話をしている。
 救急隊員が白菊ほたるを見て、「ご家族ですか?」と言った。

「いや、うちのアイドルです」と答えた。

「アイドル?」

「芸能事務所の、プロデューサーをやってまして」

 救急隊員は「はあ」と言って、困ったような顔をした。知りたいのは関係ではなく、救急車に同乗するのかどうなのか、ということなのだろう。

「名刺、捨ててないか?」

 白菊ほたるがうなずく。

「じゃあ明日、その住所に来て」

 呆然とする彼女を残して、救急車が発進する。
 ショックで麻痺していた感覚が戻ってきたのか、今頃になって全身が痛み始めた。



 明日、もしも事務所に来てくれなかったら、という不安はない。
 白菊ほたるは、この事故を自分のせいだと思っている。実際にこれが『不幸』によるものかなんてのは、俺にとってはどうでもいい。重要なのは、彼女がそう思っているということだ。
 その負い目があるから、無視は出来ない。必ずやってくる。
156 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 01:06:46.40 ID:sg2qAd8w0
   *

 書類手続きを終えた次の日、トレーナーの青木聖さんに白菊のレッスンを依頼をした。
 レッスンを担当するトレーナーは、そのアイドルの技量に応じて変わる。聖さんは通常、新人を受け持つことはなかったが、このときは無理に頼み込んだ。白菊の実力はいかほどのものか、どうせなら厳しいトレーナーを当てて試してみたかったからだ。

 結果は、正直なところ期待外れだった。
 神社の階段から落ちたときの身のこなしから、常人離れした運動神経を持っているのではないかと思ったが、どうもそんなことはないようだ。専門家ではない自分でもわかる。これはズブの素人と変わりないレベルだ。

 レッスン終了後、聖さんと話してみたが、こちらの感想も変わらないようだった。完全な初心者で、特別筋がいいというわけでもない。
 ただ、評価とは別に、聖さんは白菊を気に入ったようだった。下手なりにでも、なんとか食らい付いて行こうとする姿勢に好感をもったそうだ。

 他に変わったところといえば、聖さんが終了を告げているにもかかわらず、本人がレッスンの続行を求めたぐらいか。へとへとに疲れているだろうに、やる気だけはあるらしい。
 少しだけ不安がよぎる。根性があるのは悪いこととは思わない。ないよりはあったほうがいいだろう。しかし、あまり精神論を盲信されても、かえって正しい成果を得られなくなることが多い。
 とはいえ、まだ仕事が決まっているわけでもない。せっかく本人がやる気を出しているのに、水を差すのも無粋というものだろう。今日のところは部屋だけ貸して、好きなようにやらせることにした。

 部屋を出る前に、「気になったところはないか」と問われた。
 技量としては気になるところだらけだが、具体的なものはすでに聖さんが指摘している。
 少し考えてシンデレラ・プロジェクトのプロデューサーのことを思い出し、「笑ってみて」と言ってみた。

 こちらが笑ってしまいそうになるような、固く、ぎこちない笑顔が返ってきた。
157 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/06/28(木) 01:07:36.00 ID:sg2qAd8w0
 書類仕事に追われて時間を忘れ、気が付けばすっかり日が暮れていた。
 そろそろ帰るかと腰を上げ、ふと思い出す。帰る前にひと声かけるようにと言っておいた、白菊が顔を見せていない。

 忘れてそのまま帰ってしまった?
 それならそれで構わない。しかしあの子は不幸体質なのだ、なにか突発的な事故があったのかもしれない。それとも、無理をしすぎて倒れてしまったのか。

 彼女がそこにいないことを願いながら早足で通路を進み、第3レッスン室に向かう。部屋には、まだ明かりが灯っていた。
 薄く開いたドアから中を覗き込み、背中にぞくりと冷たいものが走る。獣じみた荒い息をつきながら、白菊が踊っていた。
 初心者用の、決して難しくはないダンスだ。しかしそれは、昼間見たものとは比べ物にならないほどの、美しく、洗練された動きだった。
 手を抜いていたのか、と一瞬思い、そうではないと気付く。あれは練習の成果なのだと。

 もう、いったい何時間そうしていたというのだろう。彼女のレッスン着は濃く変色し、全身からぽたぽたと雫を滴らせている。
 足元には、流れ落ちた汗で大きな水たまりができていた。



 昼間に抱いた感想は、てんで見当外れなものだったらしい。
 やる気や根性があるなどという話ではない。この娘は、異常だ。
158 : ◆ikbHUwR.fw [sage]:2018/06/28(木) 01:08:32.76 ID:sg2qAd8w0
(本日はここまでです)
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/28(木) 21:37:50.19 ID:FkK+31YX0
乙です
いいね、プロデューサーもやはり曲者だったか
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/03(火) 12:46:41.72 ID:EGErunWGO
面白いねこれ
続きに期待
161 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:32:01.43 ID:1DFdeF0E0
   11.

『さて、みんなには残念なお知らせになっちゃうんだけど、実は夕美ちゃんがケガしちゃってさ』

『あー、そんな深刻なものじゃないから、心配はしないでいいよ。ただ、このあと予定されてたステージには、ちょっと出れそうにないかな』

『でも、この後もライブは続行するから、しばらく待っててね〜』

 ばちりと派手なウインクを残し、志希ちゃんがステージを後にする。
 ステージの明かりが絞られ、代わりに客電が灯る。お客さんがざわざわと騒ぎ始めた。

 深刻なケガじゃないというのは本当だろう。もしも夕美ちゃんが重症を負っているなら、たぶん志希ちゃんは自分の出番なんてほっぽらかす。今日のステージだけは無理ってぐらいかな?
 様子を見に行きたいけど、ライブ中はちょっと無理だろう。終わってから顔を出してみようか。

 それから15分ほど経過する。再開する気配はない。
 20分が経過する。長い休憩だ。
 出番が連続してしまう志希ちゃんを休ませるためだろうか、と思ったところで客席の照明が落ち、少し間をおいてスポットライトがひとりの少女を照らし出した。
 上がりかけた歓声が静まり、再び困惑のざわめきへと変わる。

 ……ほたるちゃん、か。

 さて、だいじょうぶかいな?
 あたしはひょっとしたらこの可能性もあるかなーと予想していたけど、今日ここに詰めかけているお客さんは桜舞姫を見に来ている。ほたるちゃんは前座としか見られていなかったはずだ。夕美ちゃんの代わりを立てるとしたら、それは志希ちゃんだと疑わなかっただろう。
162 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:33:13.09 ID:1DFdeF0E0
 出てきたはいいけど、なかなか始まらない。ほたるちゃんはマイクスタンドの前で石像のように突っ立ったままだ。
 客席が静かになるのを待っているんだとすれば、それは無理ってもんだ。これは放っておいて静まることはない。むしろお客さんたちは困惑を深めて、ざわめきは一層大きくなっている。

 そのとき、ふいにほたるちゃんが、にこりとほほ笑み、あたしはぽかんとしてしまった。
 意表を突かれたのはあたしだけじゃないらしく、喧噪がすっと吸い込まれるように静まる。その一瞬の隙を突くように、ほたるちゃんがアカペラで歌い出した。

 細い、透き通るような声がホールにこだまする。
 この場にいる人たちなら誰でも知っている、夕美ちゃんの代表曲だ。

 ワンフレーズ後から音楽が流れ出し、同時にほたるちゃんがステップを踏み始める。
 羽織の菊の模様が、ライトを反射して色とりどりに輝く。
 客席でぽつぽつと黄色い光が灯り、リズムに合わせて揺れ始める。せっかくだし、あたしも振っとこう。 

 曲が終わり、静寂がおとずれる。
 ステージのほたるちゃんが不安そうにたたずんでいる。
 少し遅れて、喝采と拍手がホールを満たした。
 ほたるちゃんがほっと胸をなでおろし、大きく手を振って、笑った。
163 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:34:17.08 ID:1DFdeF0E0
 初めてその少女と出会ったとき、あたしは「おとなしそうな子だな」と思った。
 伏し目がちで口数が少なく、いつもなにかに怯えるみたいにおどおどとしていた。

 13歳、あたしから見ると5つ下、ここはひとつお姉さんがリードしてやらねばなるまい、とガラにもなく張り切って、あれこれと喋りかけたりしたもんだ。

 なかなかの強敵ではあったけど、それなりに仲良くなれたと思う。その日のうちに泣き顔もまで見た(あたしが泣かしたんだけど)。
 他の寮住まいのアイドル達と引き合わせて、紹介したりもした。
 礼儀正しくはあるけど、やっぱりフレンドリーとは言い難く、そのひかえめすぎる態度に、ちょっとだけイライラしたりもした。

 手を差し伸べても取ろうとはしない。呼びかけても、隣に並んで歩こうとはしない。だけど、少し離れたところから、こっちの服の裾をちょこんとつまんでついてくるような、そんな子だった。

 お人形さんみたいだな、とよく思った。
 美白にはちょっと自信のあるあたしにも負けないくらい色白で、触れたら壊れてしまいそうに儚げで、だけど、暗い光を宿したその目はいつも、前だけを見ていた。
164 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:35:22.00 ID:1DFdeF0E0
 2曲目、3曲目、4曲目と、硬派なロックバンドみたいに一切MCを挟まずに歌が続いていく。
 アイドルのライブらしくはない、だけどそれが通用するだけの力がほたるちゃんの歌声にはあった。
 アクシデントに遭うことが多く、オーディション会場にたどり着けないことも珍しくないほたるちゃんは、その実力に対して不当に評価が低い。
 単純な技量で比べるなら、本当は事務所のトップクラスにだってひけをとらない。今まではそれを発揮する機会に恵まれなかっただけだ。

 さっきまでざわざわしていたお客さんはコロッと態度を変えて、曲と曲の間には盛大な歓声と拍手が湧き起こっていた。
 いくら夕美ちゃんのファンであっても、夕美ちゃんの曲だというそれだけで大喜びはしない。むしろ出来がよろしくなかったら憤慨していたところだろう。
 この喝采は、ほたるちゃんのパフォーマンスが認められた証拠だ。

 このライブは複数のビデオカメラで撮影をおこなっていて、後日桜舞姫のライブビデオとして売り出すはずだった。だけど実際には、販売されることはないだろう。
 結局のところ、ステージに上がったのはほたるちゃんと志希ちゃんだけ、もはや桜舞姫のライブというには無理がある。
 もしもあの姿がたくさんの人の目に触れたら、ほたるちゃんの評価は一変するだろうに、もったいない。
 そういった意味では、今日ここにいる5000人のお客さんは、最高にツイてるね。

 曲の合間にあたしも立ち上がって、目いっぱいの歓声を送った。ヅラを脱ぎ捨ててしまいたくなったけど、そこはなんとか我慢した。

 上手いだけじゃない。いい顔をするようになった。
 さっきの、志希ちゃんの前に出てきたときよりも、ずっといい。

 ステージの上のほたるちゃんは、とても楽しそうだ。
 歌うことが大好きで、踊ることが大好きで、声や動きのひとつひとつから喜びが伝わってきて、なんだか、見ているこっちまで幸せな気分になってくる。



 まるで、夕美ちゃんみたいだな。
165 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:37:09.55 ID:1DFdeF0E0
   *

 隠れていた倉庫から顔を出し、周囲を確認する。
 スタッフの姿、足音、減少。遠くからかすかに音楽と歌声。ライブが再開したらしい。

 通路を歩き、スタッフに姿を見せる。困惑の視線、対応に迷っている。堂々と、なに食わぬ顔をして通り過ぎる。呼び止められることはなかった。

 プロデューサーたちの話し合いの結果、夕美ちゃんの代わりに出ることになったあたしが行方をくらました。スタッフに捜索するよう指示があった。しかし見つからず、唯一残されたほたるちゃんがステージに上がることになった。捜索は打ち切り、ライブ再開――が今の状況だろう。
 外に出てしまおうかとも思ったけど、あたしはステージ衣装のままだ。あまりに目立ちすぎるし、お財布もスマホも持っていない。却下。

 舞台袖に移動、プロデューサーが3人、横並びでステージに目を向けている。
 左端、自分の担当プロデューサー。さんざんあたしを探し回ったのだろう、疲弊の色が濃い。
 中央、ほたるちゃんの担当プロデューサー。あたしの失踪に関わっているとはおくびにも出さない。
 右端、夕美ちゃんのプロデューサー。元ヘヴィスモーカー、担当アイドルに言われた「煙草臭い」のひとことで禁煙に成功した男。夕美ちゃんを病院に搬送するなら、間違いなくこの人が付きそう。ここにいるということは病院は後回し。緊急性はないと判断、あるいは夕美ちゃん自身の希望?

 しばしプロデューサーたちに並んでステージを眺める。3人はステージに没頭していて、あたしに気付きもしない。目の前を横切っても気付かないかもしれない。

 ステージ中央、ほたるちゃんが本能を叫んでいる。
 その姿に目を奪われる。立ち尽くす。鼓動が高鳴る。
 予定にはなかった夕美ちゃんの楽曲だけど、驚くほどクオリティは高い。お客さんの反応も上々。
166 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:38:26.55 ID:1DFdeF0E0
 その場を離れ、通路に出る。
 目を閉じ、鼻から大きく息を吸い込む。
 埃の匂い、金属の匂い、コンクリートの匂い、油の匂い、人間の匂い。



 ――いい匂いがする。



 頭に会場の見取り図を思い浮かべる。
 芳香を頼りに移動。ひとけのない区画、医務室、ドアを開ける。
 
「あっ、志希ちゃん」

 夕美ちゃん。簡易ベッドに腰かけ、テーピングのほどこされた片足を浮かせている。

「こんなところにきて平気なの? プロデューサーさんたちに見つかったらまずいんじゃない?」

 事情はおよそ伝わっているらしい。あたしを探すプロデューサーかスタッフがこの部屋に来たのかもしれない。

「もう始まってるから、見つかっちゃってもいいよー。それに彼らはほたるちゃんのステージに釘づけで、たぶん終わるまではこない」

 ドアは開けたまま部屋に入る。
 ここは通常、医療スタッフが待機している部屋のはず、しかし姿はない。

「夕美ちゃんひとり? お医者さんとか看護師さんは?」

「隣の部屋にいるよ。なんかここを臨時の控室にするんだって」

 控室の惨状を思い出す。砕けた照明、散らばった鏡の破片。でも、それだけなら他の部屋でもいい。処置が済んでいるとはいえ、夕美ちゃんをひとりにする理由にはならない。
167 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:39:36.58 ID:1DFdeF0E0
「それを決めたのは、あたしのプロデューサーかにゃ?」

「うん」

 捜索は打ち切るにしても、そのまま行方不明になられると困る。それよりは、ここで夕美ちゃんと合流してくれたほうが後が楽、ということだろう。
 あたしとしては、これ以上逃げ続ける理由はない。

「あたしに伝言とかあった?」

「アンコール分は休憩なしで続けてやるから、乱入するようなら好きなタイミングで、だって」

「ふーん……」

『乱入』、なんとなくあたし好みっぽい言葉。誘っているのだろう、けど――

「どうするの?」

「やめとく。今日のステージはもう、ほたるちゃんのものだよ」

「そう」

 ぷらぷらと揺れる脚に目を向ける。

「足首は、どんな感じ?」

「んー、やっぱり動かすと痛いね」

「ちょっと触るね」

「うん」

 ベッドの前にしゃがみ込む。
 大きく腫れた足。反応をうかがいながら、骨折が起こりやすいとされている部分を数ヶ所、順番に押していく。強い痛みを感じている様子はない。
 テーピングは、ガチガチに固めているように見えて、ほんの少しだけ可動域を残している。応急処置としては完全固定がセオリーのはず、治療に当たった人が重度ではないと判断したのか。

「問題なさそうだね」
168 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:41:17.03 ID:1DFdeF0E0
 夕美ちゃんの横に腰かける。
 開いたドアから、かすかに音が届く。夕美ちゃんの曲、ほたるちゃんの歌声。

「聞こえる?」と問いかける。

「うん、いい声出てるね」

「あれは、夕美ちゃんがほたるちゃんに教えたの?」

「少しはね。でも本当に少しだけ、ほとんどはひとりで練習してたみたいだよ」

 さすがにこの事態を予期していたはずはない。ライブとは無関係、レッスンのためのレッスン。

「ほたるちゃんって」ふいに夕美ちゃんがつぶやく。「負けず嫌いだよね、すごく」

 その横顔に目を向ける。なにか思い返しているような微笑。

「なんでも器用にできるタイプじゃないってのは、すぐにわかったよ。だけど、できるようになるまでずっと繰り返すんだ、何度でも」

 うなずきを返す。言っちゃ悪いけど、あたしの見た限りでは、ほたるちゃんは特別優れた才能があるようには思えない。それにもかかわらず、技量は相当に高い。
 取り憑かれたような反復練習、それだけで身に着けた技術。

「あれは、ちょっと異常だね」と言った。

「異常?」

 夕美ちゃんが不思議そうに繰り返す。

「明らかなオーバーワークだよ。フツーならとっくにどこか故障してるはず。練習量も異常だし、それで壊れないのはもっと異常」

「体が丈夫ってことなのかな?」

「かもしれないし……」

 仮説、それが後天的にもたらされたものだとしたら。

 苦痛とは機能だ。生物は痛みを味わい、覚え、それを避けるよう行動する。
 降りかかる災厄をずっとその身に受け続け、無意識に、自動的に深刻なダメージを回避している結果が、あの壊れない体だとしたら。

 ほたるちゃんには、レッスンを苦しいとかつらいとか思う感覚がない。自分の力ではどうしようもないことが多すぎたから、たかが努力でなんとかなることなんて、楽で楽で仕方がないんだろう。

 心も体も過度の負荷を苦にしない。冗談ではなく無限に練習できてしまう。
 それは、本人が不幸と呼ぶ、その体質によってもたらされたものだ。
169 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:43:02.72 ID:1DFdeF0E0
「志希ちゃん、懺悔しまーす」

「ざんげ? はい、どうぞ」

「さっきほたるちゃんに、けっこーキツいことを言ってしまいました」

「あらあら」

「あやうく引っ叩いちゃうところでした」

「そっかあ」

「……怒らないの?」

「志希ちゃんは、それが必要だと思ってやったんだよね。だったら、怒らないよ」

「違うよ」

「違うの?」

「夕美ちゃんはあたしをかばったんだから、あたしがするはずのケガだったんだから、それはあたしのせいなんだよ。だから、自分のせいだって言い張るほたるちゃんを見て、腹が立った。許せないって思った」
170 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:43:50.01 ID:1DFdeF0E0
 夕美ちゃんが苦笑する。

「私には、よくわからないなぁ」

 それはそうだろう。あたし自身にも、なにを言ってるんだかよくわからない。

「でも、それならどうして、ほたるちゃんに出番をゆずったの? 本当なら志希ちゃんが出ることになってたんだよね」

「頼まれたから」

「誰に?」

「周子ちゃん」

「なんて?」

「助けてあげてよ、って」

「そっか」

 夕美ちゃんがぽんぽんと自分の太ももを叩く。少し迷ったけど、あたしは体を横に倒し、振動を伝えないよう慎重に、そこに頭を乗せた。
 夕美ちゃんの手が、ゆっくりとあたしの頭をなでる。

「志希ちゃんは、いい子だね」

 思わず、くすりと笑みがこぼれた。
 やれやれまったく、この天才志希ちゃんを、ただの女の子扱いしてくれちゃって。

 夕美ちゃんの膝の上でころんと転がり、真上を向く。微笑をたたえた夕美ちゃんが、あたしを見下ろしている。

「ほたるちゃんね、歌いたいって言ってたよ」

 あたしは言った。

「うん」

「いい匂いがしたよ」

「うん」
171 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:44:58.11 ID:1DFdeF0E0
   12.

 夕美さんの予定してた曲を終え、3人で歌うはずだったアンコールパートに入っても、志希さんは姿をあらわさなかった。残りのステージは全て、私に任せてくれたということなんだろう。
 不思議と疲労は感じなかった。むしろ歌うほどに体が軽くなっていくようだった。

 客席を眺める。
 この人たちも不幸だ。周子さんを、夕美さんを、志希さんを見るためにここまでやってきたはずなのに、こうしてステージに立っているのは桜舞姫ではない、誰も目当てにはしていなかったはずの、この私なのだから。
 なのに、お客さんたちはみんな、私が歌うたびに大きな拍手と歓声をくれた。それが、嬉しかった。

《次が、最後の曲です》

 マイクに向けてささやく。
 最後の曲のタイトルは『つぼみ』、これは元々が5人で歌う楽曲であり、桜舞姫の3人に、高垣楓さんと前川みくさんが加わったものがオリジナルメンバーだった。346プロの代表としてフェスで披露したこともあるという、夕美さんの好きな歌だ。
 
 天井のライトが絞られ、代わりにステージ上の、足元を照らすライトが灯る。
 前奏の、ピアノの音が流れ始める。
 私はゆっくり、一歩、二歩と踏み出し、両足をそろえる。


 息を吸い込み、声を響かせる。
 体を舞わせる。
 再び天井のライトが灯る。
172 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:47:22.28 ID:1DFdeF0E0
 お前は不幸じゃない、とプロデューサーさんは言った。
 その言葉には、嘘がある。

 プロデューサーさんが、以前私が所属していた事務所に妨害行為をおこなったというのは本当なんだろう。それならたしかに、私がクビになったことと、あの事務所が潰れたことは、私の招いた不幸じゃなかったのかもしれない。

 だけど、それだけだ。プロデューサーさんが関与していたのはその部分だけで、私が不幸であることは変わりない。交通機関のトラブルや夕美さんのケガは、やっぱり私が起こしたのだろう。

 プロデューサーさんはどうして、そうまでして私を?

 その答えは前に言った、とプロデューサーさんは言った。
 これまでにあの人と交わしてきた会話を思い返して、思い当たるのはひとつしかなかった。

『俺も、トップアイドルのプロデューサーってものになってみたいから』



 あれは、本当に?

 そんなに私のこと、期待してくれた?
173 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:48:26.35 ID:1DFdeF0E0
 なんの前触れもなく、ふいに全てのライトが消えた。
 予定の演出じゃない、なんらかの事故があったんだろう。
 客席のほうで、ざわっと狼狽の声が上がりかける。

 ――『なにかあっても止められない限りは続けろ』

 取り乱さない。何事も起きていないように歌い続ける。ざわめきはすぐに静まった。
 照明のなくなったホールに、客席のサイリウムだけが蛍の光のようにぼうっと浮かび上がっている。
 もはや客席から私の姿は見えていないだろう。振り付けを止めて、歌に専念することにした。

 客席の明かりが少しずつ消えていく。
 歌いながら、落ち着いてそれを眺める。
 破裂じゃない。故障か電池切れ、ケガ人が出ることはない。
 やがて、全ての光源が失われた。完全な暗闇の中で歌い続ける。

 足元からみしりと嫌な感触が伝わって、バランスを崩して転倒した。
 片方のブーツのかかとが折れたらしい。
 どうせ見えてないんだから、だいじょうぶ。尻もちをついたまま歌い続ける。

 ジジッと、かすかなノイズを残して、音楽が途切れた。
 構わない、よくあること。アカペラで歌うなんて、もう慣れたものだ。
 頭の中で音楽を鳴らし、歌い続ける。



 スピーカーが沈黙する。マイクが壊れた。



 ――でも、負けない。



 左手に握っていたマイクを手放す。
 暗闇を吸い込み、声に変える。大きな声に。体中から、振り絞るように。
 お尻の両側、やや後ろのほうの床に手をつき、首を反らして、空に吠えるように歌う。

 客席は物音ひとつなく、みんな呼吸を止めているように静まり返っている。宇宙に放り出されてしまったような暗闇の中に、私の歌声だけが響き続けた。
174 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:49:25.21 ID:1DFdeF0E0
 喉が発した最後の一音が宙に吸い込まれ、静寂に包まれた。
 それから、どこからともなくぱちぱちと拍手の音が鳴り始め、伝播していくようにホールを満たした。

 立ち上がり、「ありがとうございました」と叫ぶ。声は拍手に飲まれて、自分の耳にすら届かなかった。

 お礼の言葉を何度も繰り返しながら、方向だけ見当をつけておそるおそる舞台袖に向かう。順応し始めた目に人影が映る。プロデューサーさんだとすぐに気付き、差し伸べられた手を取った。
 拍手はいつまでも鳴りやまない。私は最後に振り返って、客席に向かってもういちどお礼を叫び、深々と頭を下げた。
175 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:50:04.79 ID:1DFdeF0E0
   *

 プロデューサーさんから医務室に向かうように指示を受ける。荷物や着替えは、その部屋に運び込まれているそうだ。
 本来の控室は立ち入り禁止になっているらしい。私が壊した、鏡や照明の破片が落ちているからだろう。

 教えてもらった道順をたどり、医務室の前に到着する。ドアは開いていた。
 膝が震える。この部屋には、治療を受けた夕美さんがいる。

 レッスンの成果を発揮する、その場所さえ与えられないことの悲しさは、私は誰よりもよく知っている。
 悲しくて、悔しいはずだ。あんなにレッスンしていたのに。夕美さんは、本当は私なんかよりずっと上手なのに。

 私さえいなければ、こんなことにはならなかったのに。

 なのに――

「ほたるちゃん、お疲れさまっ」

 この人はどうして、こんなふうに笑えるんだろう。
176 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:53:35.16 ID:1DFdeF0E0
 夕美さんと志希さんが、並んでベッドに腰かけていた。
 私は立ち尽くして、大人に叱られるのを待つ子供みたいにうつむいた。夕美さんの顔を、まともに見ることができなかった。

「ごめんなさい」と言った。

「どうして、謝るの?」

 夕美さんが首をかしげる。

「私のせいですから。……夕美さんのケガは、証明なんてできないけど、きっと私の不幸のせいです」

「うーん……志希ちゃんはどう思う?」

 夕美さんが隣に座る志希さんに目を向ける。

「ふむん」と志希さんが声を出す。「あたしはほたるちゃんが不幸だとも、周りの人を不幸にしているとも思わないかにゃ」

「え?」

「あ、ほたるちゃん、さっきはごめんね〜」

「い、いえ。それより……」
177 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:54:10.10 ID:1DFdeF0E0
「うん、まず幸せってなんだろうね? 美人の奥さんとかわいい子供がいて、お仕事でもそれなりの地位についててお金に困ることなんてない。そんな一見して恵まれている人でも心の内はストレスの塊で、毎日『死にたい』って思いながら生きているなんてこともある。一方で、家族とはすっかり疎遠になって、恋人もいなくて、自由に使えるお金もほとんどない。それでも人生が楽しくて仕方がないなんて人も珍しくない。幸不幸なんて主観だよ、はたから見てわかるもんじゃない。ほたるちゃんがウチに来る前、所属してた事務所がいくつか潰れたんだってね。たくさんの人が職を失ったね。借金を抱えた人もいるだろうね。でもそれは本当に悪いこと? 転職した人はそのあとどうなるかな? それをきっかけに実家の家業を継ぐなんて人もいるかもしれないね。もしも潰れなかった事務所で勤め続けた場合と、どっちが幸せなのかな? 答えは『わからない』だよ。たくさんの人が関わってるんだから、結果なんてひとそれぞれ。もちろん不幸になる人はいるかもしれないけど、それで幸せになる人もいる。だから会社の倒産なんてのはただの出来事で、ひとまとめにいいとか悪いとか決めつけていいことじゃない」

 話しながら、志希さんはじっと観察するように私を見ていた。私は戸惑ってしまい、どうしたらいいのかわからなかった。

「それからもうひとつ、単純な不幸だとは思えないところがある。人間はたやすく死ぬ。毎日どこかで、不慮の事故で亡くなってる人がいる。特別運の悪い体質なんて持ってない、ごく普通の人がだよ。もしも無差別に悪いことを引き寄せてるんなら、ほたるちゃんは今、生きているわけがない。ねえ、ほたるちゃんて、身近な人がバタバタ亡くなったりするの?」

「えっと……いえ、命にかかわるようなことは……」

 志希さんがうなずく。

「うん、やっぱりね。それはなにかの方向性があるんだよ。それがどんなものかはわからないけどね。たとえばこれはひとつの可能性なんだけどさ、ほたるちゃんが不幸だと思ってるその体質は、本当は、人を助けてるのかもしれないよ」
178 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:55:26.37 ID:1DFdeF0E0
 私が、人を助けてる?

「そんなわけ……」

「ほたるちゃんのプロデューサーが言ってたじゃない、ほたるちゃんには出来事が自分の影響かそうでないか区別がつかないってさ。スタッフに聞いたんだけど、さっきのステージ、大変だったみたいだね。その起きたトラブルが、ほたるちゃんはまったく関係がないとしたら? 明かりがぜんぶ落ちた真っ暗闇で、音楽が止まって、マイクも壊れて、その中で最後まで歌い続けるなんて、あたしにも、夕美ちゃんにだってできやしない。ほたるちゃんじゃなきゃダメだったんだ。じゃあ、そのときステージに立っていたのがほたるちゃんなのは、ラッキーだったとも言えるよね。もちろん本当のところは、どこまで行っても『わからない』だよ。時間をさかのぼって、もういちどやりなおしてみない限りはね。でもそれはつまり、ほたるちゃんが不幸な出来事だと思ってることでも、ほたるちゃんがいなかったらもっと悪い結果になってたって可能性は常にあるってこと。それだけ覚えておいてほしいかにゃ」

「えっと……その……」

 言葉が見つからない。
 志希さんの声には、感情がこもっていなかった。夜の次は朝が来るみたいに、淡々と当たり前の事実を述べているようだった。

 ズキンと頭が痛む。
 悪夢がフラッシュバックする。
 みんなが私を指差して、「おまえのせいだ」と責めたてる。私が不幸にした人たちが。
 そんな都合のいい答えに飛びつくなんて許さないと言っているようだった。

 だって、たくさん迷惑をかけた。嫌な思いをさせた。夕美さんにだって。
179 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:56:35.32 ID:1DFdeF0E0
「あたしからはこんなところ。まあ、すぐに納得はできないよねー」

 志希さんが隣の夕美さんに笑いかける。

「うん、ありがとね」

 夕美さんがにこやかなほほ笑みを返して、ベッドから立ち上がった。

「夕美ちゃん、足」

 志希さんが眉をひそめ、いさめるように言う。
 夕美さんは意に介さずに、厳重にテープで巻かれた足を踏み出す。

「……夕美ちゃんのばか」

 志希さんがすねたような声を出す。

 私は呆然と立ちつくしたまま、制止することも忘れて、夕美さんが一歩一歩、ゆっくりと近づいてくるのを眺めていた。
 夕美さんの足は、テーピングの上からでもわかるくらい、大きく腫れあがっている。
 だけどその顔は、いつもと変わらない、穏やかな笑みを浮かべていた。
 痛いはずなのに。

「私には、志希ちゃんみたいに難しいことはわからないんだけどね」

 夕美さんが私の目の前で立ち止まり、ぱっと花が咲くように笑う。

「私、ほたるちゃんのこと好きだよ」

 動揺した。いきなり、なにを言ってるんだろうと思った。

「きれいで、優しい歌声が好き。いつも礼儀正しくて、慎み深いところが好き。おいしいものを食べたときにちょっとだけ見せる、嬉しそうな顔が好き」

 歌うように、軽やかに言葉を紡ぐ。

「一生懸命がんばる姿が好き」

 夕美さんが私の背中に腕を回し、抱きしめる。
 密着した体から、あたたかい体温が伝わって、ぽわんといい香りが鼻腔をくすぐった。
「だからね」と、耳元でささやく声がする。

「いてくれてよかったよ」
180 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:57:23.30 ID:1DFdeF0E0
 気付けば、私の手はしがみつくように夕美さんのお洋服をつかんでいた。
 とめどなく涙があふれた。
 喉からは言葉にならない、動物の唸り声みたいな音がもれていた。
 なにも考えることができず、こらえることもできなかった。
 恥ずかしいという思いも、夕美さんのケガを心配することも忘れて、ひからびて死んでしまうんじゃないかというぐらい泣き続けた。

 夕美さんはなにも言わずに、ずっと私の背中をなでてくれていた。



 コンコンとノックの音、それからドアが開かれる音がした。

「ここかな? お疲れさーん……って、なんだこの状況」

 周子さんの声だった。

「お、周子ちゃん。ちょっと見ないあいだに髪伸びたね」と志希さん。

「そんなわけあるかーい! で、これなに? あたしお邪魔だったかな?」

「いやー、あたしもいいにゃーって思いながら見てたとこだったから。ちょうどよかった、周子ちゃん相手してよ」

「余計にわけわからん状況になるよ。夕美ちゃんに代わってもらったら?」

「んー、どっちかというと、ほたるちゃんのほうがうらやましいかにゃ」

「夕美ちゃんに抱きつきたいの? いつもやっとるやん」

「まあそうなんだけどねー」

 にゃっはっはと、志希さんの笑う声がする。

「なんだか今のほたるちゃん、すごく幸せそうだから」
181 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/15(日) 23:59:17.67 ID:1DFdeF0E0
   13.

 桜舞姫のライブから、1週間が経過した。

「白菊」

 事務所にやってきた私に向けて、プロデューサーさんが手招きをする。

「お前にいくつか仕事の依頼が来ていて――」

「やります」

「だから、内容を聞こうな」

「あ、はい。えっと……どんなのですか?」

「色々来てるな。ファッションショー、演劇、アイドルの運動会、気が早いことに来年の新春ライブなんてのもある」

「新春……お正月?」

「そう。桜舞姫のライブで和風のイメージがついたのかな」

「いいんでしょうか? そんな、おめでたいイベントに、私が……」

「いいんだろ、よそから来た依頼なんだから。こっちは頼まれてる側だ」

 プロデューサーさんが机の上に企画書を並べる。

「どれを受けたい?」

「えっと……じゃあ、ぜんぶで」

「言うと思ったよ」

 プロデューサーさんが苦笑しながら、企画書をまとめてカバンにしまった。

「あとそれから」

「はい」

「担当プロデューサーを変えてほしいなら、可能だよ」
182 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:00:27.75 ID:we/MuDDP0
 プロデューサーさんが私をじっと見つめる。

「恨まれても文句は言えない。俺に言いづらいようなら、他のプロデューサーか千川さんにでも言ってくれればいいから」

 私が前にいた事務所に、私を解雇させるように仕向けたことを言っているようだ。

 知らされたときは、たしかにショックを受けた。
 クビを言い渡されたときは悲しかったし、初めてアイドルをあきらめようとも思った。
 だけど、それを知った今も私は、プロデューサーさんに対して恨みや怒りの感情はない。たぶんあの事務所にいたとしても、私がまともにアイドルの仕事をできることはなかっただろうから。

「プロデューサーさんは、変えてほしいですか?」

「まさか」

 私はプロデューサーさんの右手を取った。
 あの日、スカウトされたときに差し伸べられた手。車にはねられて、救急車を呼ぼうとする私をつかんだ、血まみれの手。

「私のせいで」

 ぼそりとつぶやく。

「いつも、ケガしてますね」

 そのときの傷はもうない。
 代わりに手の甲に新しく、斜めにかさぶたが走っていた。先日私が壊した、ライブ会場の控室を片付けているときに切ってしまったらしい。

「ありがとうございます」
183 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:01:09.20 ID:we/MuDDP0
 プロデューサーさんはきょとんとした顔で、ぱちぱちとまばたきをした。

「……妙な気分」

「や、やっぱり変ですよね……すみません」

「ああ、でも俺、白菊と行動して痛い目見るの、そんなに悪くないって思ってるな」

「え?」

「いや別にケガをしたいとか、痛いのが好きとか、そういうんじゃないんだけど」

「わかってますよ、それは」

「白菊の体質、そういうものがあるって知ってはいても、想像するのが難しいんだよな。実際に体験しないとわからない」

「そんなの、わからないほうがいいですよ」

「そんなことはない」

「……どうしてです?」

「がんばれって言えるから。俺も痛い目見てるんだから、お前ももっとがんばれって」

 思わず笑ってしまった。おかしな理屈、すごい自分勝手。

「プロデューサーさんは、変な人ですね」

「そうかなあ?」

「そうですよ」

「そうかもなあ……」

「そうですよ」
184 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:02:38.30 ID:we/MuDDP0
 ――と、そのとき。

「お届け物でーす」

 ガチャリとドアが開き。私はあわててプロデューサーさんの手を離して飛びのいた。

 入ってきたのは、事務員の千川ちひろさんだった。

「千川さん、お疲れさまです」とプロデューサーさんが言う。

「お、お疲れさまです」私も続けて言った。

「……手と手を取り合って、なにしてたんですか?」

 ちひろさんが不審そうに訊ねる。

「傷を見てもらってたんですよ、これ」

 プロデューサーさんが手の甲をちひろさんに向ける。

「あら、きれいにすっぱりいってますね。これならむしろ前より丈夫になるってもんです。よかったですね」

「それ、ふつう骨折とかで言いません?」

「なんだって同じですよ」

「そうですかね? ところで、届け物というのは?」

「あ、そうでした。ほたるちゃん、これ」

 ちひろさんが私のほうに向き直り、輪ゴムで束ねた封筒を差し出してくる。

「ファンレターですよ、ほたるちゃん宛ての」

「ファ……ファンレター!? 不幸の手紙ではなくて!?」

「ほたるちゃんは、なにを言ってるんですか?」

「そういうやつなので」とプロデューサーさんが言った。
185 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:03:48.16 ID:we/MuDDP0
 ちひろさんから封筒の束を受け取る。手が震えていた。私は今日、死ぬんじゃないかと思った。

「検閲は私のほうで済ませておきました」ちひろさんが言う。

「ありがとうございます」とプロデューサーさん。

「けんえつ?」

 私は首をかしげた。

「ああ……こういうお手紙とかは、ときどき心無いものや脅迫状みたいなものもあったりするので、本人に渡す前に事務かプロデューサーさんのほうで目を通すんです。そういう規則になっているので、ごめんなさいね」

「……そういうのも、来てたんですか?」

 ちひろさんが困ったように頬を掻く。

「架空請求がいくつか混ざってましたね」

 プロデューサーさんが笑った。

「珍しいですね、なかなか」

「あと、そちらにもひとつ来てましたよ、はい」

 ちひろさんが封筒を差し出し、プロデューサーさんが怪訝そうな顔で受け取る。

「架空請求が?」

「さあ? アイドル宛てじゃないので、中身は確認してません」

「……ありがとうございました」
186 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:04:38.77 ID:we/MuDDP0
 ちひろさんが部屋を出て行った。

 プロデューサーさんは受け取ったお手紙を読んでいる。
 ちらりと封筒を盗み見ると、差出人のところに女の人の名前が書いてあった。

「プロデューサーさんにも、ファンレターが来るんですか?」

「まさか」プロデューサーさんが首を横に振る。「前に担当してたアイドルだよ。もう引退した」

 前に担当。私が所属したとき、プロデューサーさんは担当を持っていなかったから、それより前ということになる。

「……どんな人だったんですか?」

「ちょっと待って」

 プロデューサーさんが机の引き出しから写真を1枚取り出す。
 受け取ったそれを見て、私は驚き目を見開いた。

「どうした?」とプロデューサーさんが問いかける。

「私、この人……知ってます」

「ああ、現役のころはテレビもよく出てたし、見たことあってもおかしくない」

 プロデューサーさんが、なんでもないことのように言う。
 でも、私にとっては、そうじゃない。

「なに笑ってるんだ?」

「いえ……」
187 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:05:50.25 ID:we/MuDDP0
 ある日、『アイドル』というものを見た。
 それはテレビの音楽番組で、若い女の人がフリルいっぱいのひらひらしたドレスに身を包んでいた。

 彼女は希望の歌を歌っていた。
 信じればいつか夢は叶うというような、陳腐でありふれた歌詞。だけどそれは、これまでに聴いたどんな歌よりも私の心に響き、深く深く刻みつけられた。

 後から思い返してみれば、歌もダンスも技術的には立派なものではなかったと思う。
 だけど、そのときの私の目は、すっかりテレビの中の彼女の姿に釘付けになっていた。

 彼女は楽しそうだった。
 とてもとても楽しそうに見えた。
 色とりどりのライトが照らすステージで、力いっぱいに歌って、踊って、笑っていて、なんだか見ている私まで幸せな気分になったことを覚えている。

 その笑顔が、私にもうひとつの呪いをかけた。
 私もアイドルになりたいと、そう願ってしまったことだ。
188 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:06:34.92 ID:we/MuDDP0
 運命、なんて言ったらロマンチックに過ぎるだろうか。
 私がアイドルを目指すきっかけとなったアイドル。その人を担当していたプロデューサーが、今私の目の前にいるなんて。

「この人とは、仲よかったんですか?」

「いや、最後のほうはかなり険悪だったよ。それで引退したようなもんだし」

「……そうなんですか?」

「今でも少し、後悔してるかな。あのときに担当替えでもして俺と離れていたら、まだアイドルを続けていたんじゃないか、今頃はトップアイドルにでもなれてたんじゃないかって」

 プロデューサーさんが少し寂しそうな顔をする。

「だけど、元気でやってるみたいだから、少し安心した」

 プロデューサーさんが手紙をたたんで封筒に戻し、机の引き出しにしまう。大切なものを扱うように、優しい手つきで。

「トップアイドルには、私がなってあげますよ」

 私は言った。
 ちょっと顔が熱くなる。また大きいことを言ってしまっている。

「えっと……だから、私は担当の変更なんて望みません。私を見つけてくれたのは、プロデューサーさんなんですから」

 少し間を取って、プロデューサーさんを見つめる。

「責任、取ってくださいね」

「白菊、それは男が女から言われたくないセリフ上位に入るから、覚えとくといい」

 なんですか、それ。
189 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:07:30.36 ID:we/MuDDP0
   *

『突然のお手紙、失礼いたします。
 ふだんは手書きの手紙なんて書くことはないので、形式とか作法とかは全然わからないけど、そこはあなたと私の仲ということで許してください。なんて、なれなれしすぎるでしょうか?

 この前、テレビのニュース番組で桜舞姫のライブが取り上げられているのを見ました。
 夕美ちゃん、志希ちゃん、周子ちゃん。私はあまり彼女たちと関わることはありませんでしたが、かつての同僚というものはやはり気になるものです。
 ニュースになるくらい活躍してるんだ、みんな元気にしてるかな、なんて思いながらそれを見ていたら、白菊ほたるという、私の知らない子が出ていました。
 メンバーが増えたのかな、と気になって調べてみて、ライブのスタッフの中にあなたの名前を見つけました。
 ということは、あなたがこのほたるちゃんの担当プロデューサーをやっているということでしょうか?(違っていたらごめんなさい)
 そのようなわけで、あなたのことを思い出し、こうして筆をとった次第です。

 ところで、
 もしかしたら、あなたは私が引退したことを自分のせいだと思っているのではないでしょうか。
 だとしたら、それは間違いです。誰のせいでもありません。私が弱かったから、ただそれだけのことです。
 思えば私は、自分がアイドルになれるなんて思っていませんでした。年齢的にもデビューするには遅すぎたし、歌やダンスも、あまり得意ではありませんでしたから。
 だから346プロに採用されて、人気も出るようになって、まるでキツネかタヌキにでも化かされたような気分でした。346プロ的に言うなら、「魔法をかけられた」ですかね。
 そのせいでしょうか、私はアイドルになれて、そこそこの成功をして、そこで満足してしまったのです。

 私は、人間の強さとは、夢を見る力だと思います。
 私にはきっと、それが足りなかったのです。
190 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:08:15.08 ID:we/MuDDP0
 ほとんど勢いまかせのような引退でしたが、今はこれでよかったと思っています。
 知っているかもしれませんが、昨年結婚しました。
 そういえば、ちゃんと言ったことはないと思うので、ついでに言っておきます。ずっと好きでした。でも今は、今のダンナのほうが好きなので、安心してください。
 それと、今は妊娠しています。どうやら女の子のようです。
 もし大きくなって、「アイドルになりたい」とか言い出したらどうしよう、なんて今から悩んでたりもしています。気が早すぎますよね。
 でも、実際そうなったらどうしましょう。止めるべきでしょうか、それとも応援してあげるべきでしょうか。応援してあげたい気持ちは山々ですが、芸能界は悪い大人がたくさんいるので、やはり心配です。

 ほたるちゃんは、かわいらしくて、歌もダンスも上手で、とても強い子ですね。
 まだあまり世間に知られてはいないようですが、あの子ならいつか、あなたが望むところまで駆け上ってくれるんじゃないかと思います。

 手紙を書くというのは意外と大変ですね、少し疲れました。このあたりで筆を置こうと思います。少し余計なことまで書いてしまったかもしれませんが、気にしないでください。



 それでは、くれぐれもお体に気を付けて、特にスタドリの飲み過ぎには注意してください。いい加減死にますよ。



 P.S.

 ほたるちゃんのことはこれからも影ながら応援していくつもりです。悪い魔法使いにたぶらかされた者同士ということで。

 アイドルとして活躍できた日々の思い出は、私の一生の宝物です。私を見つけてくれて、ありがとうございました。



 ばいばい』
191 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:09:42.41 ID:we/MuDDP0
   *

 今日、私が事務所にやってきたそもそもの用件は、自主レッスンのためだった。だけど、この日はあいにくと、空いているレッスン室がなかった。
 少し考えて、私はレッスンはあきらめ、久しぶりに神社にお参りに行くことにした。事務所からそう遠くないところにあるそこは、プロデューサーさんが初めて私を見た場所でもあるらしい。

 事務所の出口に向かっている途中で声をかけられる。
 振り返ると蘭子さんが、その隣には飛鳥さんもいた。

「先頃の至高なる桜の狂宴、血が滾る想いであった。幾度ものカタストロフの中、災いの子が紡ぎし深淵の絶唱は、ゲヘナの火の如き灼熱を持って今も我が魂を焦がしているわ!」

 すらすらと、振り付けのような身振りをまじえて蘭子さんが言う。
 私は、返す言葉に詰まった。

「翻訳が必要かな?」と飛鳥さんが言う。

「あ、いえ……なんとなくわかりましたから、だいじょうぶです。……おふたりとも、ライブ見に来てくれてたんですね。ありがとうございます……」

「フム? 伝わったにしては、なにやら浮かない顔だね。今のは蘭子にとって、最上級の賛辞だったと思うのだけど」

「えっと……本当に嬉しいんですけど、ちょっと……『災い』というのが……」
192 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:10:40.90 ID:we/MuDDP0
「ああ――」飛鳥さんが軽く握った手を顎に添える。「なんというかな……蘭子や、ボクのような人種にとっては、一般的なイメージではよくないとされている言葉に惹かれるものがあったりするのさ。その、闇系統というか、わかるかな?」

「……すみません、私にはちょっと」

 飛鳥さんが腕を組んで「ううん」と唸る。
 蘭子さんはぷうっと頬を膨らませている。
 私は、どうしたら……

「つまり」飛鳥さんがピンと指を1本立てる。「なんとなく、響きが格好いい」

「か、格好いい……ですか?」

「ああ、格好いいじゃないか、災いの子」

 格好いい……あまり言われ慣れていない、というより、初めて言われた。
 私自身じゃなくて、蘭子さんの言った言葉に対してなんだけど、なんだろう、なんか照れくさい。……ちょっとだけ嬉しい、かもしれない。

「波動が伝わったようね」蘭子さんが満足げにうなずく。

 波動って、なんだろう。
193 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:11:42.87 ID:we/MuDDP0
   *

 蘭子さんと飛鳥さんと別れ、事務所を出る。外は、暖かな日差しが降り注いでいた。
 地面にところどころシミがあり、植え込みの葉っぱに水滴がついている。少し前まで雨が降っていたらしい。
 珍しい、と思った。
 それまで晴れていたのに自分が外に出たとたんに突発的な豪雨に襲われる、なんてことは珍しくもなんともない。もはや運が悪いとも思わない、当たり前の日常の光景だ。
 だけどその逆は、少し前まで雨が降っていたのに自分が外に出たタイミングで晴れているなんてことは、ちょっと身に覚えがない。

 気温はほどよく、暑くも寒くもなかった。
 ぽかぽかした陽光は暖かく、吹き抜ける風は涼しいと感じた。息を吸い込むと、どこからか漂ってきたお花の香りが鼻腔をくすぐった。
 夕美さんは、雨も好きだと言っていた。
 だけど私はやっぱり、晴れた日のほうが好きだ。お日様の下は気持ちがいい。ただ歩いているそれだけで、なんだか楽しい気分になってくる。

 神社への道のりを歩きながら、ライブのことを思い出す。
 途中でマイクが壊れて、私はマイクなしで歌った。広い会場だったけど、私の声は客席の、いちばん後ろのほうの席まで届いていたらしい。
 よくレッスンで声が小さいと叱られていた私に、そんな声量があっただろうか?
 無我夢中だったから、よく覚えていないけど、あのときは、なにか不思議な力が私を助けてくれたような感じがした。
194 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:12:34.92 ID:we/MuDDP0
 桜舞姫は、日を改めてもういちどライブを行う。
 まだ日付は未定だけど、振替公演のような形で、この前のライブに来ていたお客さんはみんな招待扱いになる。それに公式発表していた周子さんをメインとするイベントもまとめ、更に追加でチケット販売もする。会場はこの前よりも、もっとずっと大きいところになるらしい。
 夕美さんのケガが治って、周子さんも加わって、今度こそ本来のメンバーの桜舞姫のライブになる。ファンのみんなも喜ぶだろう。きっと、すごいライブになると思う。その日は、私も客席から観させてもらうつもりだ。今から楽しみで仕方がない。

 実は、私に特別ゲストとして出てみないかという話があった。この前のライブのおかげで、桜舞姫のファンの間では私は少しだけ名前が売れている。1曲だけでも参加してみればきっと盛り上がるだろう、と。
 私はそれを断った。この前のは、あくまで代役を務めたにすぎない。本当は、私にはまだまだあのステージに立つ資格はないと思ったからだ。

 でも、私もいつかは――



 ふいに上空から甲高い絶叫が響く。
 驚いて顔を上げると、落下してきたなにかが、私の目の前に迫っていた。
195 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:13:24.14 ID:we/MuDDP0
 ぱっと一歩後ろに下がり、それを両手で挟み込みながら深く体を沈める。地面にぶつかる、ほんの少し前で止まった。
 ふうっと息をつく。心臓がどきどきしていた。
 落ちてきたのは、お花の鉢植えだった。
 白い、小さい鐘みたいなお花が、茎からたくさんぶら下がっている。すうっと、さわやかで、ほのかに甘い香りがする。スズランのお花だ。
 びっくりしたけど、うまく衝撃を逃がすことができたらしく、鉢にはヒビひとつ入っていない。受け止めた手にも、かすり傷もなかった。
 すぐ目の前にマンションが建っている。たぶんベランダから落ちてきたものだろう。
 どのあたりかな、と鉢を抱えたままもういちど顔を上げる。人の姿は見当たらなかった。

 じゃあ、あの声は?

 と考えていると、マンションの入り口から、中年の女性が転がるように飛び出してきた。
 さっきの悲鳴の主だろう。彼女はさっと辺りを見回したあと、凄まじい形相でこちらに駆け寄ってきて、なにかまくしたてた。ひどくあわてて、息も切らせていて、ほとんど言葉になっていなかった。たぶん、「だいじょうぶ!?」とか「ケガは!?」とか言ってるんだと思う。

「だいじょうぶです。ほら、お花も無事ですよ」

 私は鉢植えを軽く持ち上げて、彼女にほほ笑みかけた。

 ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返しながら、彼女の表情が険しいものから、だんだんとほころび、穏やかなものに変わっていく。



 きっと、まだまだあの人たちにはかなわない。

 だけどこのときの私は、今まで生きてきた中でいちばん上手に、笑えている気がした。



   〜Fin〜
196 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2018/07/16(月) 00:19:55.41 ID:we/MuDDP0
過去作品です。



美城専務「君に仕事を頼みたい」きらり「にょわ?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1490034903/

杏「杏は天才だぜい」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1499136917/

夕美「うおおおおお!!!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1492222941/

北条加蓮「アタシ努力とか根性とかそーゆーキャラじゃないんだよね」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1514723350/

など。
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/16(月) 00:39:27.22 ID:ruMc3pPDO

いいSS読んで過去作公開されて、昔読んだ面白かったSSの作者だって気づいた時の感覚好き
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/16(月) 01:16:44.76 ID:TKe+lgyDO
おつ!
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/17(火) 22:48:26.27 ID:/5vUnYJao
乙です
素敵な作品がエタらず完結して嬉しくもあり
次の更新はまだかまだかと楽しみにする日々が終わって残念でもあり
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/18(水) 12:51:48.32 ID:HoUhGbelO
面白かったよ
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/18(水) 15:11:40.56 ID:8ceb1ImlO
杏は天才だぜい読んだときと全く同種のワクワク感があった
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/22(日) 00:42:56.73 ID:H25adFDE0
よくやったスタースクリ−ム
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