【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」2周目

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120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/11(月) 09:04:19.13 ID:zkj8JBXr0
堕ちてしまうか、共産面に
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/11(月) 10:33:29.52 ID:T9cMncpNo
おつー
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/11(月) 10:59:40.78 ID:3lm0mR260
同志ちっこいのキター!
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/16(土) 07:27:00.56 ID:/dgUacyb0
続き期待
124 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:23:33.60 ID:vFdriOCE0

 間に合った、と俺は思った。

 間に合ったのだ。

 決して勝負ではなかったが、それでも俺は、手をぐっと握り締めて、小さくぽつりと「勝った」と零した。
 これは賭けだった。龍驤に言ったように。
 そして俺は勝利した。

 響を旗艦から外すわけにはいかなかった。旗艦が得られる経験値は随伴艦のそれに比べて高い。たとえ響が被弾し撤退する可能性を考慮にいれたとしても、この賭けに出る場合、響が旗艦以外という選択肢は存在しない。
 無論、そのぶんだけ途中撤退の危険性は増す。二度目はない。ならば安全策をとるべきだと言われたとしたら、俺は素直に引き下がっただろう。

 ……だが。
 意外なのか、はたまたそうではないのか。雪風を除く残りの面子は、誰一人として反対をしなかった。
 しないでいてくれた。

 その時に俺は気が付いたのだ。俺もまた、彼女たちが反対するなんて思っていなかったことに。

125 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:24:02.80 ID:vFdriOCE0

 そして新たなる問題が発生した。赤城が独断専行をきめて、独りで海へと出たことだ。
 それは限りなくまずいできごとだった。赤城の性格ならばあり得るとも思ったが、しかしいくらなんでも敵陣中央へ単独で攻撃をかけるのは、イカれているとしかいいようがない。事実半分くらいイカれてはいたようだった。

 赤城の身の危険がどうこうという問題は勿論あったが、輪をかけてまずいのは、赤城が雷巡棲鬼に辿り着くまでに途中の深海棲艦を軒並み、根こそぎ、沈めてくる可能性が非常に高いという点。
 響に旗艦を任せるのは、道中でいくらか深海棲艦と敵対するだろうとあてこんでのことだ。赤城が道中の敵を倒すのであれば、雷巡棲鬼と対峙した時に、響の練度が十分に満たない場合がある。

 それだけはなんとしてでも避けなければならなかった。

 響の練度が達しないままに、最深部へと赴かせることは、自殺行為に他ならない。その部分については俺と雪風は同じ意見を持っており、他の艦娘たちもまた同様。

 苦肉の策。響と漣を、別海域へ。

126 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:24:46.47 ID:vFdriOCE0

 赤城が一人で出立したことは、事態の博打要素をさらに大きく高めたと言える。作戦会議時に神通の案――敵艦隊の殲滅――が却下されたのは、主に燃料と弾薬が道中で枯渇する危険性が高かったことが大きい。しかし、既に赤城が露払いをしてくれるのであれば、想定よりもかなりの余裕を持って雷巡棲鬼と戦えることになる。
 が、だからこそ、「諦めきれない」というリスクを負う。万事において諦めが肝心であると知った口を利くつもりはなかったが、体を張った赤城の尽力によって得た好機を、ふいにするのは彼女たちには荷が勝ちすぎると思ったのだ。
 その懸念は今でも付きまとう。許容損害範囲を超えるような戦闘は許可しがたかった。

 ……あまり考えても意味のないことではあった。指揮を振るうのは龍驤だ。少なくとも、実際的な話は置いておくとして、権限は彼女に集中しているから。
 俺が指示を出せるのは漣だけ。

127 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:25:28.73 ID:vFdriOCE0

「でも」と最上が手を挙げた。「改二への改装ったって、海の上だよ? 大丈夫なの?」

 「ボクはまだ改だけどさ」。そう続ける最上の言葉に、他の艦娘たちも頷く。この中で改二は龍驤と神通だけだが、改二への改装――改造、あるいは換装の件については、周知のようだった。

 そう。そこがもう一つの賭けなのだ。
 間に合うか間に合わないかという軸とはまったく別に、そもそもそんなことが可能なのか、という根本的な問題が存在する。
 大丈夫だ、と自信を持って言うことはできない。安心しろとも言ってやれない。ただ、根拠のない確信めいたものはあった。いけるはずだった。

 なぜなら、艦娘は科学とオカルトの融合体だから。

 理屈が全てを支配する科学ではなく。
 説明できないものが全てを支配するオカルトでもなく。

 神様を――あぁ、ばかげている自覚はあった。普段は神の存在も、それどころか艦娘という存在自体を疑わしく思うことすらあるというのに、こんなときにだけ神様を信じているのだ。

128 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:26:05.83 ID:vFdriOCE0

「神様をごまかしちまえばいい」

「ごまかす?」

「龍驤から改二へ換装する際のしきたり、儀式は確認した。結局それは、新しく神様を降ろすってことだ。それまでの装備から新しい装備に換えて、神様に誤解させて、降りてきてもらう。祝詞を挙げたり、榊を祀ったりは、結局二の次なんだろう」

「予め、響が改二になる……なんだっけ? 賠償艦? の、えっと」

「ヴェールヌイ、よ。ソヴィエトに引き渡された」

 大井の説明。当然か。響と、そしてヴェールヌイに関する俺の知識は、全て大井の資料から得たものなのだから。

「そう、その装備にしてから海へと出すって?」

「違う」

「違う?」

 いや、当たらずとも遠からず、か?

「そもそも準備ができねぇんだ」

「……あぁ、そういう」

 合点がいったような大井の言葉。やはりか。真っ先に気付くとしたら、大井、お前以外にはいないだろう。
 それ以外のみんなは全員顔を見合わせている。全てを知っている龍驤は落ち着いた様子で周囲を一瞥し、その中で神通だけが、微動だにしない。

129 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:26:33.53 ID:vFdriOCE0

「響は……実際の艦艇である駆逐艦『響』は、ソヴィエトに引き渡された。艤装を降ろして」

「そうだ」

 力強く俺は肯定してやる。

「装備を全部降ろす」

 そうして、神様を騙す。
 なんて壮大に聞こえる言葉だろう。

「雪風は弱い奴が嫌いなんだ。響は強くなりたいんだ。利害は一致している。目的は噛みあってる。
 一肌脱いでやろうじゃねぇか」

130 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:27:15.49 ID:vFdriOCE0

* * *

 どくん。心臓が跳ねた。

 私が、「響」だったものが抜け落ちて、代わりとなる「なにか」が空から降ってくる。
 頭を心臓を貫いて、血液と神経に乗って、その「なにか」は私の体を駆け巡る。循環する。馴化する。

 白い息。突き刺す冷気。凍土。氷に包まれた港。
 それら全ては幻覚で、錯覚で、だけど質感をもった現実として私の目の前にあった。

 嘗て、数十年前、巨大な連邦のもとで、彼女はそれを目の当たりにしたのだ。

「……よろしく」

 ヴェールヌイ。

 瞬きをすれば、私は元通りにトラックの海。

「大丈夫? ひび……ヴェールヌイちゃん」

「うん。ありがとう、漣」

 漣から、一旦譲渡していた艤装を受け取って、装備する。四連装魚雷と小型の電探、そして砲。これまで馴染んでいたはずのそれらは、いま、少しちぐはぐな気もした。

 目的地に向かって全速力。全体通信では、みんなの戦っている音や、声が、絶え間なく響いている。戦況はおおよそイーブン。時折どちらかに振れることもあるが、すぐに均衡を保とうと戻る。
 人数差を考えればそれは恐るべきことだ。赤城が露払いを――本人はもちろんそんなつもりはないだろうけど――してくれなければ、燃料や弾丸の枯渇は免れなかったろう。

 早く向かわなければ。
 辿り着かなければ。

131 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:27:52.69 ID:vFdriOCE0

 別に功績が欲しいわけではない。戦果なんていらない。目に見える徽章や飾緒や、目に見えない二つ名や肩書や、そんなものはどうだってよかった。

 雪風。雪風!
 私と同じくらいの体躯に、私よりも大きな責任感を詰め込んで、そうさせてしまったのは間違いなく私。私が弱かったから、そのぶんだけ彼女は強くなくてはいけなかった。勿論雪風は優しいから、決して首を縦には振らないだろうけど。
 守られるだけの立場に甘んじるつもりはない。これまでも、これからもだ。

 もう、背中を見ているだけの私はやめにしたい。

「見えた! ご主人様、見えました!」

 漣が叫ぶ。ゴマ粒のようななにかが、海上にいくつも浮かんでいる。
 体の芯から震わせるような爆裂音もまた。

 戦いがそこにあった。決して神聖ではない場所。だけど誰もが、自らにとって神聖な何かを持ち寄る場所。それは一般的には志だったり信念だったり、あるいは過去だったりもする。
 私にとっては、それは決意だった。決意。拳を握りしめるという行為そのもの。

132 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:28:29.61 ID:vFdriOCE0

 水を蹴った。ぐんぐん、ぐんぐんと加速。扶桑と霧島の背中が近づいてくる。

 銀髪が風に靡く。私はさらに走った。

 魚雷を装填――射出。射線は四。白い波を立てながら、真っ直ぐに雷巡棲鬼へと向かう私の意志の現れ。

 鳳翔の放った爆撃機が旋回、雷巡棲鬼を攪乱しながら、力づくで隙を作りだそうとしている。最上と夕張、神通に雪風が代わる代わるの接敵、ヒットアンドアウェイで応対する。
 大口径砲を構えた扶桑と、銃座よろしく扶桑を支える霧島は、一撃必殺の時をいまかと待ちわびていた。雷巡棲鬼が意識を二人から切ったそのときに、致命的な一発を加えるつもりなのだ。

 魚雷が直撃。だけど雷巡棲鬼の体は僅かに傾ぐだけで、大した効果は見られない。硬い装甲。駆逐艦一人が闇雲に撃ったところでたかが知れている。

「神通、ごめん。遅くなった」

『……立派になりましたね』

 そうだろうか。そう評価してくれるのはありがたいけど、まだ早いような気もした。

133 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:29:05.50 ID:vFdriOCE0

「これから立派なところを見せてあげるよ。指示を」

『……いつもと同じ。連携し、敵を屠る。私たちにできるのは、それが全てでしょう』

「了解」

 神通の砲撃は左右に陣取る悪鬼に防がれた。悪鬼の不気味に滑る表皮の上で火花が散り、魚雷の応射がやってくる。どしゅどしゅどしゅん、口と歯がやたらに目立つ、化け物の顔をした魚雷だ。
 夕張がそれを撃ち落す。同時に最上と雪風が、それぞれ左右に別れて突撃。最上へと単装砲、雪風へと雷撃が迫るも、雷撃の方は防げないと判断したのか回避行動。
 砲火を抜けた最上。そのまま瑞雲を展開しながら砲撃を口の中へと叩き込んだ。やはりそこは表皮に比べると装甲が薄いらしく、聞くに堪えない奇声を発しながら、悪鬼は苦しそうにのた打ち回る。

 大きく膨れた。

『回避ッ!』

 神通の号令。転進。敵から目を離すことなく後ろ向きに走って、数十本もの魚雷の射線を、紙一重で回避していく。

 衝撃波が私の体を揺さぶった。大気が、海面が、びりびりと震える。扶桑の大口径砲だ。
 それは巨大な悪鬼の上半分を魚雷発射管ごとまとめて吹き飛ばしたが、しかし、ぐちりぐちり音を立て、泥のあぶくであるかのように、その身をゆっくり再生させている。

 艤装を構える。火砲。魚雷。全ては雷巡棲鬼に向けられていた。

134 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:29:57.76 ID:vFdriOCE0

「司令官、ありがとう」

『……礼を言われる筋合いはねぇよ』

「でも」

『俺は指示を出しただけだ。響、お前こそ誇れ。ちゃんと生まれ変われた自分を称賛してやれ。それだけのことをお前はしたんだ』

 司令官の言葉は安堵の色が滲んでいた。
 誇る。そうなんだろうか。本当に、そんな行いが、私に……。

 あぁ、でも、雪風のことを想うと、体に力が漲る。どんな困難でも乗り越えてやろうという不思議な力。油や弾は使えば減るけど、その力は決して減らない。心臓が脈打つ限りにおいて私の全身を駆け巡る。
 血液ではなかったが、酷似していた。血潮だ。魂の混じった紅い液体のことを、そう呼ぶのだと私の本能は知っている。

135 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:31:13.94 ID:vFdriOCE0

『神通』

 通信で、司令官が神通の名を呼んだ。

「……はい」

 応える神通の声は震えている。嗚咽を漏らすまいとして、ぐっと下唇を噛み締めている。

『お前の行いにはちゃんと意味があったぞ』

「……はい。はいっ」

 お前が響を鍛えてくれたから。司令官は言う。

 神通が私を鍛えてくれたから、私は間に合った。あの日々が辛くなかったと言えば嘘にはなるが、あの日々が今の私を、そしてこの充足感と幸福感の基礎であるのだとすれば、途端に全て輝かしい思い出と変わる。
 もし少しでも手を抜かれていたら、あるいは私が不十分な努力をしていれば、私はここに立つことはできなかった。

 私には資格があったのだ。
 それが全て自分の力によるものと思えるほど、私は傲慢じゃない。

136 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:32:16.53 ID:vFdriOCE0

「神通、ありがとう」

『響……私は、そんな、もっとああすればよかっただとか、募る後悔は沢山あって……』

 砲撃、爆撃の音に混じって、そんな惑いの声が聞こえてくる。だけど神通はすぐに「でも」とそんな惑いを断ち切った。

『あなたが今こうして、そこにいる。それだけで、なんて心の晴れることでしょう』

 そうだ。司令官はたったいま、私に対して自らを誇れと言ってくれたが、それだけではない。私だけではない。

「司令官、ありがとう」

 だからきっと、私がこう言うのは間違っていないはずだった。

『……礼は陸で死ぬほど聞いてやる。今は敵に集中しろ』

 それは生きて陸に戻ってこい、という意味を暗黙のうちに含んだ言葉。意図してないのかもしれないけど、私は大きく頷いた。
 誰が死ぬつもりで戦場に行くものか。私は雪風の手を取って、そして降り注ぐ太陽の下で、一緒にアイスを食べたいだけなのだ。

137 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:36:29.64 ID:vFdriOCE0

「雪風」

 私の視線の先には雪風がいた。頭の電探と伝声管は根元からひしゃげ、頬には火傷のため大きな水疱ができている。脚の艤装は片方がない。左手小指が第二関節からあらぬ方向へ曲がっていた。
 頭を切ったのだろう、べっとりと額から左目のあたりまでが赤い。

「……響」

 雪風は私たちの姿を確認し、あからさまに眉を顰めた。
 なんで来てしまったのだ。よわっちいあんたらが来て、一体何になるというのだ。表情はそう物語っていた。

「もう響じゃない。ヴェールヌイ。そう呼んで欲しい」

 いまだ実感はないとはいえ、しっかり名前で呼ばれないことで、神様が離れていく可能性は多いにあった。

「なんで来たの?」

「……私も、私だって、みんなを護りたいんだ」

「だめ。生きてよ。折角生きたんだから、生きる義務がある。あんたは死にもの狂いで生きなきゃだめなんだ! 戦って、傷ついて、沈む、そんな死に方はしなくたっていい!」

「うん、そうだね」

「だったら今すぐ陸へ戻ってよ!」

「戦って、傷ついて、沈んでほしくないんだ」

「……は。なにそれ。雪風のこと心配してるの? あんたが? よわっちいあんたが!?」

138 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:38:55.09 ID:vFdriOCE0

「私だって!」

 自分のものかと思うくらいに大きな声が出た。

「雪風と並んで立てる! それを証明してみせる!」

『二人とも、合わせてください』

 一拍先行したのは神通だった。ここから先は、最早言葉などいらない。言葉になどならない。一秒が一分以上の価値を持つ濃密な空間の中では、空気の振動が鼓膜に伝わるよりも、意志が心を打つ方が早い。
 合わせて私たちも走る。雪風は真っ直ぐに前を見据えている。意識的に、私を見ないようにしているのだ。

 悪鬼の一人が大口を開けた。ぽっかりとした暗黒の中心から、数十の魚雷発射管。
 させじと鳳翔の繰る艦攻が雷撃を放った。閃光が走り、悪鬼が大きく吹き飛ぶ。

「あんまりこっちも余裕ないからねっ!」

 夕張が駆け込んだ。砲撃を加えながら、最大限加速をつけたそのままで踏みきり、踵を悪鬼の眼窩へ叩きこむ。同時に魚雷を顕現、本来の大きさまで一気に巨大化させて、無防備な敵へとそのまま一気。
 千切れた肉片や歯、魚雷発射管が海へと溶けていく。しかしまたも再生。防ぐために夕張は攻撃の手を休めない。
 絶え間ない光が顔と灰色の髪の毛を下から照らす。

139 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:39:30.57 ID:vFdriOCE0

「こっちは抑えとくけど、ずっとってわけにゃいかないよっ!」

 悪鬼と格闘を続けながら叫んだ。

『私も、撃ててあと二発、ですね』

『扶桑さん、三発、お願いします』

 神通の言葉を受けて扶桑は困ったように笑った。うふふ。でも、同時に、楽しんでいるようにも聞こえた。

『無理難題は、意地で通すしか、ないかしら』

『戦艦の意地を見せてやりましょ。年下が真正面で体張ってるんだから』

 扶桑の声は断続的だ。呼吸が長く続かないのだ。
 霧島も苦痛に奥歯を噛み締めている。荒い呼吸がこちらまで聞こえてくるようだった。

 間隙を衝く数多の雷撃。戦艦の砲弾と帳消しにしあうような数、そして威力のそれらが、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。

「させるかっ!」

 魚雷を振りまいて最上がその身を盾にした。連鎖的に爆発が続く。最上は防御姿勢をとりながらも脱出を試みるが、立ち上る黒煙、閃光、水の大きな飛沫の連続に、華奢な体が翻る。
 思わず視線を意識がそちらへ向きそうになるのを堪え、前を見た。雷巡棲鬼を見た。

 神通が悪鬼のもう片方へと切迫する。砲弾を二回打ち込み、抵抗の弱まった隙に魚雷発射管を掴む。そのまま背負い投げの要領で海面へと叩きつけた。

140 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:40:21.02 ID:vFdriOCE0

「いくよぉっ!」

 最上の声。彼女は爆発と衝撃に煽られながらもしっかりと足で水面を踏みしめていた。腰を落とし、手を雷巡棲鬼へ向ける。
 背後に艦艇の亡霊が姿を顕す。巨大な砲塔の重厚な駆動音。

「させるもんかっ! ボクたちは戻るんだ、あの楽しかったころに、みんなで笑った毎日にっ!
 それを、邪魔すんなよぉおおおっ!」

 魂の叫びとともに、最上の撃った砲弾が雷巡棲鬼の脇腹を抉る。コールタールにも似た、一切太陽の光を反射しない、不可思議な液体。それが霧散して海へと溶ける。

『そのとおり』

 と扶桑が通信でぽつり。

『そろそろ幸せにさせなさいな』


 砲塔の向く先を理解したのだろう、雷巡棲鬼は魚雷をばら撒きながら転進を図るが、そんなことを私と雪風がさせるはずもない。漣も背後から向かっている。包囲に穴はない。
 雷巡棲鬼の魚雷が多数炸裂し、何度見たかわからない水柱と爆炎を生み出す。肌と一緒に血液さえも蒸発させそうな高熱、それは大気を巻き込んで熱風となり、容赦なく前進へと吹き付けてきた。
 口と鼻、眼の粘膜が一瞬で消える。涙が浮かぶ。それでも私は脚を止めない。雷巡棲鬼がそこにいる。

141 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:48:07.11 ID:vFdriOCE0

 単装砲が漣を襲った。漣は僅かに立ち止まり、空中を浮遊しながら狙いを定めてくる四つの単装砲を機銃で相手取る。

 雪風がついに雷巡棲鬼の首根っこを捉えた。そのまま砲塔を顕現、超々至近距離から顔面へと撃つ。
 コールタールがまたも飛び散った。しかし、やはり、依然として致命傷にはならない。

 と、その時音が聞こえた。ひゅるひゅると風切り音。普段とは比べ物にならない、ゆっくりとした軌道を描く砲弾。

「雪風!」

 私は雪風に手を伸ばした。

「曳火ッ、くる!」

「ちっ!」

 雪風もまた、私の手を握り返す。

 空中で砲弾が炸裂した。曳火破裂は目標である雷巡棲鬼のみならず、そばにいた私や雪風も強く焦がし、大きく吹き飛ばす。
 汗で手が滑る。一瞬離れかけるのを必死に力を籠め、私たちは海面へと膝と肘で受け身をとる。

142 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:49:12.61 ID:vFdriOCE0

『一、弾着、夾叉強。二、曳火破裂、距離は三十二。三、弾着いま、夾叉弱』

 霧島さんの声。
 ちきちきと測距儀の鳴動。

『扶桑』

『はい』

『弾着確認よし。第一射……』

 体勢を可能な限り低くとった。

『――てっ!』

 砲弾は音よりも早く、したがって、耳へと震動が伝わるのは全てが終わった後。
 霧島の弾着観測は他の追随を許さない。そして、それ以上に、深海棲艦の無事を許さない。

 ぐらりとバランスを崩す雷巡棲鬼。腰かけていた悪鬼は大破し、その右足、膝から下もまた根こそぎ奪われている。

 好機だった。

「――」

 雪風が私を見た。何も言っていない。言わない。言うつもりがない。だって彼女は私のことをよわっちいと思っていて、だから、そんな相手の手助けなど必要としていない。
 だけどいま、確かに彼女は私のことを見たのだ。その意味が解らないほど耄碌するには、まだまだ時間が余っている。私は中学にあがってすらいない。言外のメッセージを読み取れないような愚図ではない。

 頷いた。それだけで返事は十分だった。
 私から視線を切る雪風。発進のタイミングは全く同時――示し合せたみたいに。

143 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:49:42.43 ID:vFdriOCE0

 砲を撃った。防御される。硬い装甲の前では大した意味を持たない。だけど、それは予定調和。
 その隙に響が切迫している。一気に飛び上がり、腰かけている悪鬼へと魚雷を投擲、中空で連続的な爆発が起こる。
 背後から神通が迫っている。砲火。雷巡棲鬼の背中、腰にいくつもの弾痕が刻まれる。白い巨大なおさげが揺れて、苦しんでいるのがわかった。

 殴打を受けて神通は下がった。しかし休息の暇は与えない。雪風が魚雷を撃ち、タイミングをずらす形で私も吶喊。千切れた右足、そのために悪いバランス、その弱点を最大限に突く。

 雷巡棲鬼による魚雷の斉射。漣の援護。魚雷同士が水面下で衝突し、海が炎を生み出しながら爆ぜる。

 雪風はその水柱に乗った。
 右手を高く掲げ、そこに巨大な一本の魚雷を顕現させる。

 単装砲が狙う――鳳翔が戦闘機で撃ち落とす。

 顔面に向けて、雪風はそれを振り下ろした。

144 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:51:16.46 ID:vFdriOCE0

 花火というにはあまりにも不細工で、太陽というにはあまりにもか弱い、そんな輝き。
 限りなく無茶な攻撃だった。至近距離で魚雷を使った特攻なんて、自殺行為以外の何者でもない。
 だけど、そうしなければならない瞬間というものは確かにあって、その瞬間とは即ちこのとき。身の危険を顧みずに一歩踏み出すに値する場面。

 爆風に曝されて大きく煽られるその姿を見て、私は咄嗟に手を伸ばした。

「雪風ッ!」

 雪風の口の端が笑みに歪む。

 結果として、雪風は私の手をとることはなかった。
 反対に、彼女が私の手首を掴んで、そのまま一気にひきつけて――遠心力に任せて放り投げる。

 証明してみせてよ。口の動きは、そう言っている。

 投げ飛ばされた私の先には、いまだ爆炎に顔面を包まれ、額から顎の下まで、大きく二筋の亀裂が入った雷巡棲鬼の姿がある。
 駆逐艦程度の砲弾では、雷撃では、鬼の装甲には大した傷をつけることはできない。雪風が果敢に攻撃をしてもその程度。しかし、確かにダメージはある。蓄積している。瞬時に回復などしやしない。

 先ほどの攻撃が雪風にとって決死の瞬間であったとするのならば、いまが、いまこそが、私にとっての、

145 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:51:48.35 ID:vFdriOCE0

 魚雷を顕現。

 術式展開――巨大化させて、

「Ураааааааа!」

 その亀裂の入った顔面へと叩き込んだ。

 破壊が爪先から頭のてっぺんまで駆け上がってくる。引き裂かれるような激痛。突き刺されるような灼熱。まばゆい光が視界をいっぱいに覆って、けれど全てを上回るのは、確かな手ごたえ。
 やってやったのだという達成感と高揚感。

 息が詰まる。衝撃に体は統制を失い、どうしようもなく真っ逆さま、海へと落ちていく。

「手ッ!」

 雪風が、雪風の、あぁ、まさか、そんな。

 私は差し出されたその手を掴んで、ぐっと引き寄せるように――引き寄せられた。
 バランスを崩しながらもなんとか海へと片膝をついて、海水によって冷やされた大気が気管と肺へと侵入し、そのあまりの温度差に思わず咽る。

146 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:52:26.04 ID:vFdriOCE0

『凄い! 凄いよ二人とも!』

 通信越しに最上さんの拍手喝采。

『でも、なんか変』

 漣の言うとおりだった。顔面がぐずぐずになった雷巡棲鬼は、頭部と言わず胸部、そして防御に回した腕の先まで甚大な損傷を被っているが、他の深海棲艦に見られるような溶解の始まる気配は見られない。
 やったと喜びを感じたのは一瞬だけだった。すぐさまそれが霞のように晴れていく。

 べきりべきり、そのコントラストの激しい肌へと罅にも似た亀裂が走る。そこから覗くのは赤黒い肉。
 更なる魚雷発射管が、今度は雷巡棲鬼の全身から生えていた。肩、そして鳩尾のあたりから、一際太く、かつ悪鬼の雰囲気を残した巨大な口。背中からは細く細かく大量に生え、一見すれば翼のようにさえ見える。
 失われた手首の先からは、補うように単装砲。

147 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:54:07.77 ID:vFdriOCE0

 圧力が開放されるように、姿を第二形態へと変貌させた雷巡棲鬼は、細く悍ましい唸りを挙げた。殺意。全身に走る亀裂など知ったことかというふうに、逃走の気配を見せることさえない。
 先ほどとは打って変わった異形。壊れゆく姿の中で、なお闘志を滾らせるものは、なんなのだろう。

 重苦しい駆動音。全ての魚雷発射管が一斉にこちらを向く。

『二射用意! 早くっ!』

 天まで轟く砲火の音。雷巡棲鬼の放った魚雷は扶桑の大口径砲、その弾着射撃とさえ相打って、空中に火の玉を作り出した。
 熱風と衝撃波に息ができない。水面を強かに打ち据える衝撃波は、抵抗の余地なく私たちの脚さえも止める。踏ん張っていなければすぐさま倒れてしまいそうだ。

『三射!』

 二回目。両者がぶつかりあった地点を中心に、海の深度さえ変わりかける。

「ナメルナヨォオオオオオオッ!」

 鳩尾から突き出た口が、粘液とともに巨大な魚雷を吐き出す。狙いは扶桑。彼女が一番の高火力であることを、敵も悟ったようだった。

148 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:56:20.83 ID:vFdriOCE0

 鳳翔の艦載機が爆撃を試みるも、既に敵は射出の体勢に入っているのか、まるで微動だにしなかった。雪風に手をひかれ、私もそこでようやく忘我から立ち直って、前へ進むことにのみ意識を齎す。
 単装砲が行く手を阻む。そのうち一つを撃ち落とし、残り三つは私が対応、その隙に雪風は雷巡棲鬼へ。

 霧島が立ちはだかった。

 右手を伸ばし、人ひとりぶんほどもある魚雷を、炸薬を、一身で受け止める。
 炸裂と爆炎、閃光。轟音と熱風。おおよそ赤く、熱く、苛烈な概念の集合が、生き物となって霧島を呑みこんだ。
 受け止めた右腕は既に炭化しており、二の腕から肩にかけては大きく肉がこそぎ落とされている。体の全面はほぼ第二度から第三度の火傷、それどころか魚雷の鉄片が手足と言わず、胸、腹、首筋にまで突き刺さっている。

『大破! 霧島、大破だ! 救援を回せ!』

 司令官が叫ぶ。そんなことはわかっている!

149 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:58:11.31 ID:vFdriOCE0

 最上は砲を背後から雷巡棲鬼へ向けた。翼をいくらか砕き、逸れていく。それでも一心不乱に連射、連射、連射。
 背後でぼやけた艦艇の亡霊が唸る。うぉおおおおん、一際大きく猛って、巨大な砲塔が形作られる。
 撃った。雷巡棲鬼は殆ど自動で空中に魚雷を生成し、リアクティブアーマーの如く威力を殺す。しかし、至近距離、なにより最上の全力は、そう容易く防げるものじゃない。

 吹き飛ばされた雷巡棲鬼が周囲へと魚雷を展開、切迫していた神通と雪風を少しでも遠ざけようと、全方位へ向けての乱射。

 そのとき。

 霧島が動いた。
 獣のような息を吐いて、一歩、前へと進む。

 ありえなかった。一瞬の思考の空白。戦場に置いては本来許されないその間隙は、けれど私だけではなかったようで、雪風も、神通も――雷巡棲鬼さえも。

150 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 00:58:43.70 ID:vFdriOCE0

『四射』

 そして、同じ戦艦の扶桑だけが、霧島の意地を理解している。
 だから惑わない。躊躇わない。

 全てが止まった世界はいまだけ全て彼女のものだ。

 既に砲の準備は整っている。

『弾着観測射撃』

 意志の力の塊とでも呼称できる、不可視の砲弾。

「ダァカァラァ! ムダ、ナンダッテェエエエエエ!」

 巨大な悪鬼が水面下から隆起する。巨大な口と歯、その中から生える魚雷発射管を以て、扶桑の一撃に対する壁となった。
 火花。悪鬼は当然扶桑の一撃を受け止めきることは叶わず、だけど、威力の減衰には成功した。雷巡棲鬼は失われた膝から下、そして自らが座する悪鬼を再生させながら、また全方位へと魚雷を発射する。
 もう二度と近づくなと言わんばかりに。

『ごめん、なさい』

 扶桑からの通信が途絶。ステータスバーは中破止まり。恐らく疲労と、弾薬の枯渇。

151 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 01:00:18.31 ID:vFdriOCE0

「無駄なことなんてあるかいな」

 式神が空を覆った。
 大編隊からなる絨毯爆撃。個々の威力もさることながら、抵抗の気配さえ奪う圧倒的物量。管制能力に優れた龍驤だからこそ成し得る力技。
 有り余る熱量が雷巡棲鬼を押し潰す。

『龍驤さん、ヲ級は?』

「倒したよ。なんとかな。ただ、結構消耗したな。艦載機もなけなしや。
 おっさん、状況は」

『……霧島が大破。大井と58がともに中破。夕張、神通が小破。扶桑は燃料と弾薬が切れてる。ただ、他の奴らに余裕があるかと言われると、怪しいな』

「ほうか。ふぅ」

 龍驤は細く息を吐いた。

「……撤退するか」

「龍驤さん!?」

 雪風が驚愕に声を荒げる。

『思い切りますね。いえ、決定に異論があるわけではありませんが』

 鳳翔は反対に落ち着いていた。もしかすると彼女は、こうなる未来をある程度は予想ができていたのかもしれない。

152 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 01:01:51.78 ID:vFdriOCE0

 私? 私は……どうだろう。あと少し、本当にもう一押しで、雷巡棲鬼を倒せるところまで来たんじゃないかという実感はあった。ここで敵を倒さずしてどうするんだ、そんな気持ちがないとは言えない。
 だけど、敵の損壊状況は進んでいるとはいえ、あの堅牢な装甲はいまだ健在。その気になれば悪鬼だってまだ呼び寄せることはできるだろう。
 対するこちらは戦艦二隻を先頭不能状態にさせられて、大井と58、赤城も落伍している。彼我の戦力差は大きい。

『……いいのか?』

 慎重な姿勢を堅持して司令官が問う。いや、それは質問ではなく、確認だった。それでいいんだな、という。あくまで全ての判断を龍驤に委ねるという意志が透けて見える。

「このまま戦闘続行してもうまみは少ない。霧島を失うわけにはいかん。他のやつらも、一歩間違えれば何が起こるかわからん。ここで無理して仲間を失うくらいなら、ウチは帰るよ。帰れば、また来られる。
 レ級は倒した。ヲ級もやった。雷巡棲鬼の損壊も甚大。データも十分。これ以上何を望む?」

 目的を違えてはならない、と龍驤は言っているのだ。

 新型を倒すことは、畢竟、私たちになんら利益を齎さないから。

153 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 01:02:30.76 ID:vFdriOCE0

 近海の平和だとか、世界の安寧だとか、そんな大きな物事を考えていた私たちは死んだのだ。御国のために奉公し、挺身して前線で戦う、そんな艦娘はもうトラックには存在しない。

 自分の幸せと、みんなの幸せだけを願って生きている。

 私は雪風の手を握った。それは殆ど無意識な動きだったけど、雪風はいやなかおをせずに握り返してくれる。
 冷たい手だった。もともとのたちなのか、それとも海風で冷えたのか、判断がつかない。せめてと包み込むように握り直す。

 隣にいる雪風と、気づけば私はおなじくらいの背丈になっていた。

「……別に雪風はいいです」

 不承不承という感じはしない。雪風も、無目的な戦いを好んでやるタイプではないのだ。
 戦わなければ誰も危険に晒されず、したがって護る必要もない。

「龍驤、帰投しよう」

 私も意思を表明した。いま、雷巡棲鬼は龍驤の艦載機の爆減でなんとかおさえこめているが、それも時間の問題だろう。龍驤自身がなけなしだと言っていた。撤退するならば、その判断は早いほどいい。

「すまんな、おっさん」

『人死にがでねぇならそれが一番だろう』

「その通りやね。
 ――艦隊、帰投するよ」

154 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 01:03:22.68 ID:vFdriOCE0



『嫌です』



155 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 01:06:37.39 ID:vFdriOCE0

 全体通信。
 無所属、識別番号なし。

『……漣?』

 司令官の声がやけに上ずって聞こえた。

156 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/18(月) 01:07:49.38 ID:vFdriOCE0
――――――――――――――
ここまで

長くなった。二話ぶん以上

あと三回でおしまいです。

待て、次回。
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 01:22:42.99 ID:5HZclzTf0

ここにきて漣が怖いな
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 01:23:03.69 ID:eSXzAQyqo
待ってた、乙
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 04:37:02.53 ID:LjOfAVs60
待ってる
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 12:35:30.38 ID:+nQzkiCwO
おつ
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 12:39:54.76 ID:Tiaiy7i70
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 12:43:06.73 ID:ynPSsXf9O
すっかり最近の楽しみだ
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 12:47:21.23 ID:Fw4f/wgi0
おつ
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 17:08:09.44 ID:xHe5gAWEO
おっつおっつ
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 19:11:17.78 ID:Cm7Sqf+t0
今更新キャラはないだろうし漣…
登録解除とは
166 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:27:39.03 ID:iqh1xvMV0

『嫌です』

 と、漣は念を押すかのように、もう一度繰り返した。

 俺は動けない。全身が麻痺してしまっていて、指一本どころか、声を絞り出すことさえ困難だった。

『……お嬢ちゃん』

 どすの利いた声で龍驤が詰め寄る。いまは冗談を言っている場合じゃないぞ、と言外に威迫している。

『どういう意味や?』

 それはある意味で猶予でもあった。龍驤は、同時にこうも伝えているのだ。撤回するならいまのうちだ、と。一時の気の迷いで、あるいは戦闘の興奮が冷めやらず、血気に逸ったことを言ってしまったのならば、何も聞かなかったことにしようと。
 ぴりりとしたものが空気を伝播する。映像は龍驤の見ているものが、俺にも伝わってくる。漣も、それ以外の全員も、もしかすると戦闘以上に剣呑なのかもしれなかった。

167 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:28:37.25 ID:iqh1xvMV0

『こんな土壇場で帰投をするつもりは、漣にはないって言っているんです』

『龍驤ッ!』

『漣!』

 一歩踏み出した龍驤の肩を最上が掴み、その間にヴェールヌイが割って入る。

『いいか、お嬢ちゃん。あんたとごちゃごちゃやってる時間はない。あと少しでウチの艦載機は全機紙っぺらの式神に戻る。それでおしまいや。雷巡棲鬼を抑え込んどくことはできん。
 帰投や。これ以上、敵にかかずらわっとく理由がないからな』

『漣の指揮権はご主人様にあります』

『……なるほどな』

 無所属。識別番号なし。

 漣は俺の直属の部下で――漣だけが、俺の指揮下にある。逆説的には、それは漣は龍驤の指揮下にいないということで、帰投命令をシステム的にはいくらでも無視できる。

『おっさん、帰投命令をお嬢ちゃんに出しぃ。それで「しまい」や』

 あぁ、そうだ。確かにそうなのだろう。龍驤の言っていることになんら間違いはなく、判断だって正常で……。
 だからきっと、おかしいのは、狂っているのは、俺と漣のほうなのだ。

「……」

『……おっさん?』

 怪訝そうな龍驤の声。

168 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:29:02.76 ID:iqh1xvMV0

 瞳を通して、漣の映像が見える。

 口を真一文字に結んで、決死の覚悟というふうに、けれどどこか満足そうに、佇んでいる。
 俺はその姿を見たことがあった。それは自らの目的のためならば死んでもいいという者の立ち振る舞いに酷似していた。

 それは赤城であり。

 そして……比叡だった。

『ご主人様』

 呼びかけられても、声は出ない。喉が渇き、咽頭が引き攣っている。

『ご主人様は言ってくれましたね。普通だとか特別だとかに意味はないんだと。普通だからできないだとか、特別だからできるとかじゃなくて、結局、結果を振り返って「特別」っていう称号が与えられるだけなんだって。
 じゃあなんで? どうして? って漣は思うわけです。田舎の学校で一番をとっても、地元でただ一人艦娘になっても、漣は満たされませんでした。だってもっと上には上がいるわけじゃないですか。特別には程遠い。
 なんで、どうして、漣は特別になれないんですか。別にちやほやされたいわけじゃない。自分に自信を持って強く生きたいだけなんです』

169 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:29:30.54 ID:iqh1xvMV0

 最早俺にとっては漣の言動にさして意味はなかった。価値がないのではない。俺は、これから彼女が紡ぐであろう言葉、口にするであろう決意、為すであろう行動、全てに予想がついていた。
 だから、きっと、ここで彼女を諌めないのは、止めないのは、甚だしいほどの怠慢に違いない。

『特別なひとは、ただタイミングがよかっただけ。その場にいただけ。ご主人様は、あの言葉をどんなつもりで言いましたか? 本心からですか? それともごまかしの、取り繕いの言葉ですか?
 どっちだっていいです。漣は、結構あの言葉、好きなんです。心の中に落っこちたんですよ、すっぽりと』

 やはり、と思うほどには俺は自信過剰にはなれなかった。自意識過剰ではなかった。
 それでも、俺の言葉には力があって、漣の意識を少しでも変えてやれる程度には意味があって――それ自体は無論嬉しくもあるのだが、それがこの事態を引き起こす引き金になったことを考えれば、悔やみもする。

『ご主人様! 漣はいま! ここにいる!』

 強い敵がいて、あと一歩で倒せるという状況に直面している。

 だからやる。

170 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:30:47.13 ID:iqh1xvMV0

『結果が全てに先立つんなら! 漣がここにいるってことは! それは運命ってことじゃないんですか! 漣にもやっと、ようやく特別になれるチャンスが回ってきたってことじゃないんですか!
 ご主人様!』

 ねぇそうでしょ、と漣は叫ぶ。

 見ているこちらが悲しくなるほどに、幸せを希求するその姿は、痛々しい。同時に美しくもある。自分の中できちんと優先順位が決まっていて、なんのために生きているかをはっきりしている人間は、決してくじけないことを俺は知っている。
 欲望の炎がその身を焦がしても、燦然と輝く太陽に手を伸ばさずにはいられないのは、もしかしたらひとの業なのかもしれない。

 比叡もそうだった。

 だから、漣、こいつもそうだ。

「……」

 比叡のことを想う。
 狂おしいほどに胸が痛んだ。

 これは神の悪戯なのだろうか。それとも、慈悲なのか?
 あの局面。比叡と俺が指をあわせた瞬間。決断。後悔しなかったことがないとは決して言わない。しかし、そうすべきだったんじゃないかと思うときもまた多い。結局のところ結論はいまだに出ていない。
 いまは繰り返しだった。寒気がするほどに、状況は似ていた。

171 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:32:36.32 ID:iqh1xvMV0

 漣は勝ち目のない戦いに身を投じようとしている。死ぬことに恐れがないわけではないはずだ。ただ、死ぬよりも怖いことはいくつもあって、自分が自分であるための行動は止められないから。
 だから比叡はあのとき海に出た。家族のもとへと帰るために。

 そして漣も往こうとしている。自らの脚で歩くために。

 もし、過去に取り返しがつくのだとしたら、この瞬間だった。
 後悔も、肯定も、全てを上書きできる。塗り返せる。
 嘗ての失敗を教訓にして、今度こそ後悔しない、迷わない、正しい選択を択べ。もしこれが神によるものだとすれば、そう言っているのだ。

 言っていやがるのだ。
 言ってくださるのだ。

 どちらで表現すべきかは、今の俺には到底わかりようもなかった。

172 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:33:14.21 ID:iqh1xvMV0

『おっさん! あんた、何考えとるん!? なんか言いぃや!』

 龍驤の怒声。

『このお嬢ちゃんがあいつとサシでやりあったって、勝機は万に一つもない、それがわからんほど頭がパーになっとるわけやないやろ!? 意味もない戦いして、意味もなく沈んで、そんなのまったくウチは許容できんよ!』

『龍驤さん、あなたが漣にとって意味のあるなしを決めないでください』

『あほう! 命あっての物種や、生きてこそや! 違うか!』

「……龍驤」

 思わず吹き出してしまいそうになる。

「お前、最初に会ったときと、言ってることが真逆だぞ」

 満足に死ねるならそれでいい。本懐を成し遂げた上で沈むなら十全。お前らはそう言っていたじゃないか。

『……あんたこそ、変なこと考えとらんよね』

 反対に指摘されてしまった。

『生きることがなにより大事やと説法くれたんはあんたやで。それ忘れて、今更なにしに死ににいくつもりや』

173 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:33:58.78 ID:iqh1xvMV0

 それはまったくの事実だった。龍驤たちが過去の自らの言葉を翻したように、漣もまた、自らの言葉を翻している。
 そして俺は。

『ご主人様』

 漣が俺を――龍驤の瞳の向こうに俺がいることを理解して、言う。

『おっさん!』

 そうはさせじと龍驤。

「……」

 胃が、むかむかする。

 比叡のことを考えるのは辛いことだった。昔から。いまも、やはり、変わりはしない。
 後悔は先に立たない。先に立つのは常に結果だ。なにかがあってからでなければ――言ってしまえば、手遅れになってからでしか、俺たちは動けない。
 俺のこれまでの人生は全てが後手後手だった。そのたびに俺は、ああしておけばよかったんじゃないか、こうすべきだったんじゃないか、そんなことばかりを考えて、悩んで。

174 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:34:30.27 ID:iqh1xvMV0

『なにを黙っているのよ』

 通信――大井。

『ちゃっちゃと済ませましょう』

『大井ッ、あんたは黙っとれ!』

『生憎そういう性分じゃないのよね。いちいち一言多いたちだから』

 単装砲の握りを確かめて、大井は自嘲じみた笑みを浮かべる。

「そうですね」

 重い腰を上げながら、赤城。

「まぁ、矢の二、三本なら、どうにかなりますし」

「……気まぐれか?」

 赤城、どうしてお前が立つ。立てる。その怪我を押して、立つ理由がある?

「さぁ? 本土から来た人間に借りを作るのも気色が悪いですし。それに……」

 海の先を見た。

「子供を応援するのは大人の役目でしょう?」

175 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:34:59.63 ID:iqh1xvMV0

『司令官、私も行くよ。漣はずっと私に付き合ってくれた。いまここで出ないと、何のために強くなったかわからない』

『……変に突出されて沈まれるのは気分がよくないです。弱っちいやつのおもりは慣れてます、雪風も……手伝ってやりますよ』

 互いが隣にいることを確かめ合うかのように、二人は一歩前に出る。

『なぁんでどいつもこいつも、戦いたがるんでちかねぇ』

 58は口の中に溜まった血反吐を吐き捨てながら、へっ、と笑い飛ばす。

『戦いをなくすためには、戦いが必要ですから』

 神通も、ぽつりと零す。58は受けて「なーるほど」と呟いた。

『龍驤』

 鳳翔さんと夕張が、龍驤に寄り添った。龍驤は周囲を見回しながら、まったく面白くなさそうに顔を顰めていたが、観念したのか嘆息する。

『ぼろぼろが集まってどうするつもりや。ったく、愚かもんが雁首揃えて、滑稽やね』

176 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:35:30.45 ID:iqh1xvMV0

『ご主人様』

 漣がもう一度俺の名を呼ぶ。
 その大きな瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。

『指示を』

 大井は俺に救いをくれた。俺が自問自答し続けた事柄でも、あいつを助けることができたのならば、それは俺にさす一条の光に他ならなかった。それは意図せざる結果だった。
 意図せざる結果に価値がないと唾棄できるほど、俺は禁欲的ではない。だからこそ、大井の言葉は覿面に効いたのだ。どんな些細なことでも誰かを助けることができる。幸せにすることができる。

 ならば、俺は俺の思うとおりに行動すべきだ。そうだ。やっと確信が持てた。

 もとよりそれは望むところだった。到底困難な崖に臨むことこそが、俺のトラックへ来た理由そのものだから。

 トラックの艦娘たちを幸せにしてやると心に決めたのだ。

「……約束したもんな」

 弱者を見捨てないと。手を差し伸べると。
 助けることを諦めないと。

 水底から響くような唸り声。喊声。龍驤の艦載機が続々式神に戻り、雷巡棲鬼がその爆撃の圧から解放されつつあるのだ。
 どのみち最早撤退の余地はなかった。申し訳ない、と思う。それ以上に、これで後には引けなくなったとも。

177 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:36:00.08 ID:iqh1xvMV0

「漣」

『はい』

「頼む」

 それは奇しくも、あのとき比叡にかけた言葉と同じだった。

『はいっ!』

178 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:36:44.47 ID:iqh1xvMV0

 一際大きな水飛沫が舞った。

 爆撃の豪雨から解放された雷巡棲鬼の姿は、ところどころの艤装が捥げ、黒い体に赤い亀裂がいくつも入っている。魚雷発射管もかなりの数がひん曲がっていた。しかし、その瞳には爛々と輝く赤く黒い光が、天まで届けと言わんばかりに立ち上る。
 何事かを雷巡棲鬼が叫んだ。それは最早、単なる威嚇と鼓舞以上のなにものでもないように思われた。

 雷巡棲鬼が腕を振る――と同時に巨大な悪鬼が三体、海中から姿を顕す。無尽蔵に湧いてくるのか、そうでないのか。ただ、先ほどよりも目に見えて動作性が悪い。重力が邪魔だとばかりにのろのろと動いている。

 魚雷が放たれた。夥しい射線数。悍ましい殺意。

 最上と大井が魚雷を応射。いくつかの撃ち漏らしはあるものの、水柱と爆炎の中に、艦娘たちは飛び込んでいく。
 巨大な悪鬼が迎撃に向かう。夕張が連装砲を連射、口の中の魚雷発射管を叩き折りながら、砲火を一気に浴びせかける。
 悪鬼の横っ面を蹴り飛ばしたのは神通。そのまま顔面に跳び移り、眼窩へ、そして口内へと魚雷を投擲したのちに術式展開、魚雷を巨大化させて爆散させる。

179 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:37:52.71 ID:iqh1xvMV0

 漣は走っていた。悪鬼に砲で対抗し、魚雷をばら撒きながら突破を試みる。しかし直撃以外で沈むことを許すほど、その装甲は薄くはなかった。

『漣!』

 ヴェールヌイが叫んだ。特大の魚雷を三発顕現し、直接手で繰りながら、悪鬼へと叩きつける。
 装甲の真上で炸薬が爆ぜた。しかしそれは致命傷に僅か届かなかったようで、怒りに狂った悪鬼が大口を開け、ヴェールヌイを噛み砕こうとする。

『下品でち』

 水面下から58が現れた。口の中に即座に手を突っ込んで魚雷を召喚、それをつっかえ棒として、一気に海の下へと引きずり込んだ。
 空中に魔方陣。そこから魚雷の弾頭が、ゆっくり、ゆっくりと現れてくる。
 おおよそ三十。それら全てが悪鬼に向かって。

 爆裂。

 光と水と熱と風と、あらゆるものの中を漣は駆け抜けていく。またも悪鬼、三体目のそれに阻まれるも、艦載機の混成部隊が片っ端から爆弾を投下。着弾するたびに炎の花が咲く。
 苦し紛れの声を悪鬼が挙げた。漣は魚雷が魚雷を放つ――命中。悪鬼の頬から頭部にかけての半分ほどを大きく吹き飛ばし、悪鬼が泥濘にも似た何かになって溶けていく。

180 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:38:53.90 ID:iqh1xvMV0

『突破! 突破しました!』

 雪風が叫ぶ。だが、それで終わりなわけでは、ない。

 雷巡棲鬼が、そこにいる。

 眼を疑うほどの魚雷を展開しながら。

 海に走る白い軌跡は、波濤と見紛うほどに多く、あるいは波打ち際のそれと同じように、激しい勢いで漣へと向かっている。雷巡棲鬼の体から生えた魚雷発射管から、いまこの瞬間にも大量の魚雷が海へと生み落されているのだ。
 雪風が応射した。しかし、彼我の物量差は圧倒的だ。雪風が三発撃つ間に、雷巡棲鬼から放たれる魚雷は十を超えている。

 だが、敵とて完全ではない。こちらが疲弊しているように、あちらが負った被害も甚大。深刻な亀裂はいくつも赤い組織を見せ、魚雷を撃つたびに、黒いタールのような粘液が振りまかれているのが見えた。
 金属の破片が雪風の頬に刺さる。鎖骨に刺さる。肩に刺さる。しかし前髪を焦がし、粘膜を焼き、それでも雪風は、魚雷の撃ち合いを止めない。

 そうしなければ道が作れないと知っているから。

 海水が絶え間なく蒸発。水柱。爆炎。煙。水蒸気。波の音。爆裂音。

 それら全てを置き去りにして、漣は跳んだ。

 魚雷。魚雷。魚雷。

 力の限り、目一杯のそれを顕現して、漣は手を振りかざした。

『徹底的にっ!』

 振り下ろす。

『やっちまうのねっ!』

181 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:40:07.63 ID:iqh1xvMV0



 急角度からの魚雷が漣に直撃した。



182 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:41:19.47 ID:iqh1xvMV0

「漣ィイイイイッ!」

 脳内でアラートがうるさい、大破、大破だって、わかってるよくそ!
 爆炎が漣の全身を包み込み、右肘と右膝が逆の方向に曲がっているのが、煙に包まれた中でもわかった。
 距離的に最も近いのは雪風、しかし広範囲に放たれる魚雷の始末で手いっぱい。次いでヴェールヌイと58だが、それよりも先に雷巡棲鬼が漣へと向かって!

 空母たちの艦載機は数が足りない! 間に合わない!

 漣が着水――と同時に、雷巡棲鬼の!

 放った魚雷が!

 眼を瞑ることは簡単だった。しかし、先ほどと同じように、俺の体はすっかり麻痺してしまっていた。それとも、やはり神とやらが、この惨状を目に焼き付けておけと言っているのだろうか。
 爆風に煽られる漣の体。鳴り響くアラート。ステイタスウインドウは自動的に立ちあがり、漣の情報を大破から轟沈へと変化させる。

 海へと飛び込むには、致命的な距離があった。

183 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:41:46.94 ID:iqh1xvMV0

 ……あぁ。

 不思議なことに吐き気はなかった。涙も出てこなかった。

 あったのは、底なしの暗闇。どこまででも沈んでいける絶望。
 あぁ、やはり、俺は。
 間違えて、間違えて、間違えて、間違え続けて、間違えつくして、来てしまったのだ。

 比叡は俺の犠牲になったのだ。

 そして、漣もまた。

 あぁ。

「あぁあああああぁあっ!」

 俺なんて生きているべきではなかった。

184 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:42:14.89 ID:iqh1xvMV0






――緊急ダメコンが発動しました。





185 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:43:32.66 ID:iqh1xvMV0





 え?





186 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:44:09.57 ID:iqh1xvMV0

『うぉおおおりゃあああっ!』

 黒煙から飛び出した漣は、今度こそ、魚雷を、そのあらんかぎりの力を籠めて、雷巡棲鬼へと叩きつけた。

 轟音。超至近距離からの爆発は、当然漣も吹き飛ばすが、無論それ以上に雷巡棲鬼へ値致命的な効果を与えていた。
 右肩から左の脇腹、右の太もも部分までがごっそりと消失している。頭部は首と、左の鎖骨部分で何とかつながっているような状態だ。

 雷巡棲鬼はバランスを崩し、蹈鞴を踏んで堪えようとするも、ついに脚が根元から崩壊した。黒い粒子が断面から溶け出して、肉と血と、金属と油と、それらが交じり合った奇怪な混合体が、ぐずぐず海に混じり合っていく。

『アァ……』

 通信に介入。あるいは雑音が、空耳に聞こえるだけか。

『イヤダ……マタ、クライ、クライ……デモ……ライセハ……ウマレカワッタラ……きっと、あたしは……!』

 断絶。

187 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:45:21.61 ID:iqh1xvMV0

「……」

『……』

『……』

『……』

 脳の、処理が。
 追いつかない。

『……やったの?』

 誰かが、言った。

「……どういう、ことだ」

『……ご主人様』

 当事者の漣でさえも、茫然としている。自分の両腕と両足を触って、頬を触って、手を握って、開いて、生の感触を確かめている。

『あれ、なんや……?』

 龍驤が指さした先には、海上をふわふわと漂い、天に昇っていく四つの光があった。
 一際大きい光と、その周囲に三つの小さい光。よく見れば、単なる光の珠なのではなく、何か浮遊しているもの自体が光っているらしかった。

『……妖精さん』

 呟いたのは、夕張。

 その呼称が正しいのかは、俺にはわからなかった。二頭身の、子供? 人のかたちには見えるが、かといって一見して人間とは違う、形容できない存在。青い法被をきたやつと、付き従っている残りの三つ。

188 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:49:52.09 ID:iqh1xvMV0

『あ、あれ、もしかして』

「漣、心当たりがあるのか」

『だ、だって、ご主人様が言ったんじゃないですか!?』

 俺が?

『ドックの片づけをしてるとき! 中に入ってるものは、なんでも持って行っていいって!』

 確かに、それはまぁ、そうだが。
 状況の整理はいまだならない。

『……ご主人様』

「……なんだ」

 頭がくらくらする。

『漣、やりました。ご主人様の、おかげです』

 何を言ってるんだ。俺がしたことなんて、お前自身が決断して、行動に移したことに比べたら、本当に微々たるものだ。
 漣、まずはそんな自分を誇ってくれ。

189 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:50:50.75 ID:iqh1xvMV0

『ご苦労さん。結果オーライ、やったね。色々言って、悪かった』

「いや、きっと、俺はやっぱり、間違ってんだろうな。偶然が重ならなければ、漣は沈んでた。また。また、俺は、沈めるところだった」

『でも、沈まんかった。あのお嬢ちゃんの笑顔は、あんたのものや。勲章にしとき』

 ……そうなのだろうか。そんな自己肯定をするには、少し潜ってきた修羅場が足りないように思う。

「漣」

『はいっ!』

 だが、なるほど確かに。龍驤の言ったことは間違いではないのだろう。
 漣の爛漫とした、花の咲くような笑顔は、激痛や疲労を吹き飛ばして余りある価値があったから。

『おっさん』

「なんだ?」

『はぁ? 「なんだ」やないよ。作戦は完了や。っちゅーことは、言うべきことがある。やろ?』

「……いいのか?」

『ええよ。ほら、はよしぃや』

 どくん、どくん。心臓の音が、自分でわかる。潮騒に負けないほどに主張している。

「全体」

 間違っても噛まないように、上ずらないように、極力注意しながら通達する。

190 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:52:33.75 ID:iqh1xvMV0

「作戦完了。これより泊地に帰投せよ」

『了解!』

 十三人の声が重なって、俺の心にすとんと落ちた。

191 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/21(木) 13:58:13.43 ID:iqh1xvMV0
――――――――――――――――
ここまで

最終決戦おしまい。結局一ヶ月くらい戦わせっぱなしになってしまった。
あと2話です(多分)。最後までお付き合いください。

まて、次回。
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/21(木) 14:05:39.46 ID:m24jL/ERO
おっつおっつ
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/21(木) 14:43:49.23 ID:71fW47bZO
乙!待つぞ!!
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/21(木) 16:15:07.44 ID:3AmKqbRZ0
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/21(木) 17:14:04.37 ID:cuzIKgLZo

戦闘中にダメコン発動は強い
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/21(木) 18:14:53.93 ID:vB4n0EEPo
おつ
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/22(金) 01:15:40.02 ID:nxdwEyQA0
おつおつ
とてつもない引きだな漣w
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/22(金) 11:40:37.04 ID:A+zsEFDJ0
おつです
199 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:30:54.63 ID:HAhQglRp0

 眼を覚ませば白い天井が見えた。

 ……眼を覚ました?

 起き上がろうとして――起き上がる? どこから?
 なんだこれは。一体どういうことだ。どうなっている。

「ぐっ、う……!」

 腕に激痛が走った。見れば俺の腕は首からぶら下げた包帯でつられており、何重にもあてられたガーゼで二の腕が随分と丸くなっている。
 痛みは、けれど曖昧な俺の意識を賦活させるには十分だった。ずきずきと神経がこねくりまわされ、まぶたの裏で火花が散って、視界が晴れる。

 泊地の医務室だった。扶桑が寝ていたあの部屋に、今俺は横たえられているのだった。

「あ、やっと起きた」

 声の方を振り向けば、そこには林檎を齧りながらの漣がいた。丸まんまにかぶりついて、しゃくしゃくしゃりしゃり、音を立てている。口の周りをハンカチで拭いて、また食べる。

「メシウマ!」

200 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:31:36.29 ID:HAhQglRp0

「なにやってんだ?」

 思わず訊いてしまった。

「なにって、お見舞いですよ。いや、看病かな?」

 俺は包帯に巻かれた腕を見た。と、ようやく遅れて認識が追いついてくる。

「被弾箇所の止血が甘かったみたいですね。ご主人様、ボートで岸まで辿り着いたのはいいけど、すぐにぶっ倒れちゃって」

「……そうか」

 おぼろげながらも記憶はあった。よく陸まで戻ってこれたものだ、と思う。

「他の奴らは?」

 部屋にはベッドが一つきりで、それは俺が使っている。俺よりも酷い怪我を負ったやつは他にもいるはずだ。霧島などは見るに堪えない状態だった。
 経過した時間は身についていないが、まさか全員が完治するまでの長期間、俺が昏睡していたというわけもないだろう。

「あぁ、みなさんは艦娘ですから。高速修復剤のところでゆっくりしてます。湯治みたいなもんですね」

 その例えは果たして適切なのか?

201 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:32:13.69 ID:HAhQglRp0

「お前は、その……」

 大丈夫なのかと尋ねようとして、俺にそんな権利があるか迷いが生まれた。
 漣が自ら志願したこととはいえ、あのときこいつは確かに一度沈んだ。そして、どういうわけか、また戻ってきた。自力で。俺が助けたわけでなく、誰かが助けたわけでなく、加護としか思えないなにかによって。
 結局俺は艦娘を沈めることしか能のない男だったというわけだ。それはあまりにも認めたくない、けれど突きつけられた事実だった。

「ご主人様はすぐに怖い顔をしますねぇ」

「……」

 眉根を揉んだ。寄っていたか?

「漣は、とても満ち足りてますよ」

 芯だけになった林檎をゴミ箱へと放り投げて、漣は立ち上がった。
 甘酸っぱい芳香が鼻を衝く。

「こんな気持ちになれたのは初めてです。漣にも、こんな漣でも、あんなに強い敵を倒すことができました。勿論それは漣だけの力じゃなくて、みんなの助力があってこそ、なんですけど」

「……幸せか?」

「はい」

「……そうか」

 体の力が抜ける。

「なら、よかった」

202 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:33:11.63 ID:HAhQglRp0

「ご主人様のおかげです」

「俺は大したことをしちゃいない」

「そうですかね? 漣はそうは思いませんけど、まぁご主人様がそういうなら、そういうことにしておきます」

「生きていけそうか?」

「すっごく」

 それはあまりにもふわふわした回答だったが、逆にこの場にはそぐうような気がした。

「……なぁ、お前は本当に、生きてるのか」

「生きてますよ。脚もあります」

「……あのとき、なにがあった? 俺にはよくわからん」

「漣だってよくわかんないです。でも、あのとき、漣は神様を見たんだと思います」

「神様?」

「はい。漣たちに憑いてる船の神様の、大本っていうか、神様って概念っていうか。よくわかんないんですけど、見守られてる感じがして」

「ドックにいたのか?」

「……多分。見間違いかと思ってたんですけどね。箱を空けて、すぐに消えちゃったから。きっと、漣と一緒に、ずっとついてくれたんですかね」

 オカルト極まりない話だった。眉につける唾が足りなくなるくらいの。
 しかし、事実俺は見てしまったのだ。漣が轟沈から復活し、そして空へと登っていく、ひとのかたちをした超常の存在を。あの体験にノーを突きつけるということは、自分の感覚を否定することと同じだ。それはとても難しかった。

203 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:45:20.09 ID:HAhQglRp0

「……漣」

「なんです?」

「こっちに来い」

「え? え? なんですか」

「いいから」

 俺が手招きすると、漣は怪訝な顔をして俺のもとへと寄ってくる。

「ほれ」

 そうして胡坐をかいたそこを示してやった。
 俺の意図することがわかったらしく、漣は「えー?」と声をあげたが、表情を見るにどうやら嫌がっているようではなさそうだった。よかった。ここで全力で拒否でもされようものなら、俺は立ち直れないに違いない。

 漣は少し悩んで、誤魔化すように笑う。

「あの、じゃあ、失礼して」

 ちょこん。そんな擬音が似合うくらいにつつましく、漣は俺の脚の間に座した。
 いつぞやの外でのやりとりと同じ体勢である。

 小さな背中だった。海の上に立ち、戦いに赴く存在のそれではない。誰かを到底守れそうにないこの体で、深海棲艦と戦っている。
 俺は後ろからゆっくりと抱き締めてやった。

204 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:45:55.37 ID:HAhQglRp0

「あ、うぇっ? なな、なんですかっ」

「いや、本当に生きてるのかなと思って」

「いっ、生きてます! 死んでないです! 勝手に殺すなー!」

「生きててよかった」

「……うー」

「生きてくれてよかった」

「そういう言い方は、ずるいです」

 保身だと思われてもいい。戦いに臨ませておきながら、そんなことを言うのは八方美人過ぎるのもかもしれない。それでも、俺は心からのその言葉を、漣に向けて言わなければならなかった。
 言いたくてたまらなかった。

 漣が生きているからこそ、俺もいま、そしてこれから、人並みに生きていける。そんな実感があった。そしてそれは事実だった。確信があった。

 漣は、回された俺の指に自らの指を絡ませて、少しだけ力を込める。くすぐったくなるような、むず痒くなるような、弱弱しい、少女然とした力加減。
 暖かい掌と指先。猫のように、俺の手の甲へ、頬を擦り付けてくる。すげぇ気持ちいい。ビーズクッションもかくやといわんばかりの柔らかさ。

205 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:46:47.89 ID:HAhQglRp0

「ごしゅじんさま」

 溶けた声。

「ん?」

「す――」

「淫行?」

 扉のところに大井が立っていた。

「んなわけねぇだろうが」

 反射的に漣は手の甲から頬を外したが、体勢はいまだに俺が漣を後ろから抱き締めているかたちになっている。
 大井はそんな俺たちを、まるで夜叉のような瞳で矯めつ眇めつしていた。視線で人が殺せるならば、俺は間違いなく死んでいただろう。

「……いいなぁ」

 ぼそりと零れた呟きを、俺はなにも聞かなかったことにした。

 だいたい、お前、大井……あぁもう。
 初対面の時の舌鋒の鋭さはどこへいったよ。そんなキャラじゃねぇだろう――いや、俺が大井の、いったいなにをどれだけ知っているというのだ。くそ。急にそんなことを言われたって困るぞ。
 顔が火照る。心臓がうるせぇ。

 思わず視線を外してしまう。

206 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:50:52.68 ID:HAhQglRp0

「……生きてるか確かめてただけだよ」

「は? 馬鹿じゃないの?」

 どすの利いた声。馬鹿らしいことは否定できない。言い逃れにしたって苦し紛れだ。

「悪かったよ。用件はなんだ」

「龍驤からの伝言でね。『明日の夜にぱーっとやる』そうよ。体調を万全にしておいて」

「他の奴らは? もう治ったのか?」

「そんなわけないでしょう。でも、あなたの怪我よりはよほど治りが早いわ。一番ひどいのは霧島だけど、集中して治療すれば、自力で立てるくらいにはなるでしょうね」

 さすが、艦娘だな。

「飲み物や食べ物は各自で用意しておいて、だそう。それじゃあよろしくね」

「あ、おい」

 引き止める間もなく大井は部屋から去っていった。ようやく向けることのできた視線は、虚しく大井の背中に突き刺さるばかりで、相手はちらりともこちらを見ようとしない。
 廊下を曲がって、ついに見えなくなった。

「悪いことしちゃいましたかね」と漣。その「悪いこと」の解釈が難しくて、俺は言葉を返せなかった。下手をすれば、自惚れが過ぎる。かといって見てみぬふりをすればするほど、半ば自覚的に大井を傷つけることになるような気もして。
 かぶりをふった。答えを出すには、俺にはどうしようもなくありとあらゆるものが不足している。

207 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:53:10.20 ID:HAhQglRp0

 頬を抓ってみた。

 痛い。

 やはり、これはどうやら夢ではないようだった。

208 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:54:57.37 ID:HAhQglRp0

* * *

 次の日の夜まではあっという間だった。俺は泥のように眠り続けていたからだ。

 腕の痛みなどまるで意に介さず、肉体的にも精神的にも疲労困憊。漣の生を確認して、自らの生もまた確認して、トラックの艦娘たちの無事も知り……一気に腑抜けてしまったのだ。
 漣の差し出してくれた林檎も口にせず、俺は丸一日眠り続けた。

「提督? 提督?」

 俺を起こしたのは最上。声だけでは意識を取り戻す気になれず、布団をはぎ取られてようやく覚醒する。
 眠りすぎのためか頭が重たい。体も、重力に負けている。体調は万全には程遠かったが、体力は回復していた。ぼやけた意識や視界は時間経過でじきに戻るだろう。それを思えばかなりよくなったと思う。

「もうすぐパーティだよ。早く行かないと」

「パーティねぇ」

 横文字を使うほどの規模ではないだろうに。まぁ心持ちの問題か。
 最上に連れられて向かった一室には、既に艦娘たちが軒並み座っていた。地べたにビニールシートに座布団。そしてお菓子の袋と一升瓶と缶ビール。ペットボトルのお茶やジュースも申し訳程度に。

 漣が手招きして俺を呼ぶ。神通との間に座った。

209 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:55:33.78 ID:HAhQglRp0

 上座には龍驤がいて、鳳翔さんにお酌されている。58も一緒にワインの栓抜きにてこずっているようだった。
 夕張はどちらの塩とコンソメ、どちらのポテチを開封するか迷っており、雪風とヴェールヌイは和気藹々と談笑している。

 霧島はまだ万全の体調ではないようだったが、それでも包帯や湿布があてられているくらいで、俺のように腕を吊ったりなどはしていない。缶チューハイを持った扶桑と何やら神妙に話をしていた
 缶ビールを両手で握った大井は、俺をちらりと見るとすぐに視線をビールへ落とす。

 漣から缶ビールを手渡された。気づけば最上も、手に日本酒の入ったコップを持っている。
 既に酒は全員に行き渡っていて……

 ……赤城だけがいない。

 ぐるりと見回した後の俺の表情は、どんなものだっただろう。「勿論声はかけたんだけどね」と最上が言い訳を言う子供のように呟いた。
 龍驤と58が落ち着かなさそうにしているのはそのせいか。

210 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:56:00.58 ID:HAhQglRp0

「あー、とりあえず、大体は揃ったね」

 立ち上がって、龍驤が音頭をとる。

「みんな、ご苦労やった。怪我の治りきってないやつやら、疲れの抜けきってないやつやら、まぁ大なり小なりみんなそうやと思うけど、まずは喜びと達成感を分かち合いたいと思って、この場を開かせてもらった」

「いつものことでち」

「ははは、58、まぁそう言うなや。おっさんと嬢ちゃんは初めてやからな」

「作戦行動のあとは、いつも飲み会を?」

「まぁな。一応な。あいつンときから、ずっとや」

「なら、流儀に従わせてもらおう」

 郷に入っては郷に従え、というわけではないが。
 確かに節目節目の区切りをきちんとつけるのは大事なことのように思えた。お疲れ様。ありがとう。次もよろしく。常日頃顔を合わせる仲であれど、そういったやりとりは欠かせない。
 それになにより、あくまで有志の集いであるこの場に、俺と漣が呼ばれたことがとにかく嬉しかった。

211 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:56:36.95 ID:HAhQglRp0

「各自飲み物は持ったか?」

 はーい、と声が上がる。漣、雪風、ヴェールヌイ……まぁこの際気にはするまい。無礼講に水を差すのも気が退ける。俺だって「お酒は二十歳を過ぎてから」をくそまじめに守ったわけではないのだし。

 グラスを、缶を、それぞれ高く掲げて、

「私の席はありますか」

 がらがらがらりと引き戸を開けて、一升瓶を小脇に抱えたその人物は、

「すいません。一番いいやつをと思って、色々選んでいたら、遅くなってしまって」

 漣が俺の手をちょんちょんと触る。龍驤を指さして、口元を手で隠し、悪戯っぽく笑った。

「鬼の目にも涙」

「そうだな」

「席があるわけないやろうが! ウチの隣で地べたや! このあほ!」

「はい、はい、そうですね、そうでした……! いま、隣に」

 どっちが、だろうな。

 俺は闖入者の方を指さして、笑った。

212 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:57:29.86 ID:HAhQglRp0

「お前らさっさとするでち! こんなんじゃ酒がぬるまっちゃうよ! ほらほら、皆様、お手をはいしゃーく!」

「58さん、それはお開きでは?」

「いいから! グラスちゃんと持ったぁ!?」

「はーい!」

「じゃあ一番年長者の、扶桑さん、お願いします!」

「えぇ、私……?」

「はやくしましょーよー、ボクもうお腹ぺこぺこだよー」

「っていうか、年長者なら、ご主人様では?」

 鶴の一声に全員がこちらを――俺を見る。

「よっしゃ、新参者が挨拶するでー! ご清聴や、ご清聴!」

「まともに喋れるのかしら?」

「こら、大井ッ」

 俺はわざとらしく咳払いを一つして、

「積もる話はあるだろうが、まずは酒を呑んで口の滑りをよくしてからにしよう。
 せーのっ」

「かんぱーい!」

 ちりん、ちりんと軽やかに鳴るのは、浮き立つ俺たちの心そのもの。

213 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:58:13.65 ID:HAhQglRp0

 騒ぐ。はしゃぐ。酒を呑んで浮かれ、陽気に歌い、生を噛み締める。

 神通がしきりに俺へと感謝を述べるのを押し留め、なんでもします、お好きな時にお呼びくださいと頬を紅潮させながら叫んだところで、大井が肘で俺の脇腹を強く打つ。それを見て龍驤が笑う。漣が頬を膨らませる。

 ヴェールヌイは日本酒に舌鼓をうち、雪風が一口貰って顔を顰めた。巨峰の缶チューハイで口を洗い流す。小さな体ではアルコールの巡りは早いのか、眠そうに眼をとろんとさせて、相方へとうつらうつら何かを言っている。

 龍驤が注ぎ、赤城が呑む。赤城が注ぎ、龍驤が呑む。そこに58も混じって、ついにはわんわんと声をあげながら抱き締めあう。

 最上と扶桑は酔いつぶれてしまった夕張に毛布をかけていた。鳳翔さんが酔いに効く簡単なサラダを作って現れる。群がる駆逐艦。それを見て笑う龍驤と58。霧島は壁に背中を預けて、微笑ましそうにその光景を眺めている。

 全てが満ち足りていた。

 この世の幸せはここにあった。何一つ欠けることがなく。

 あぁ――俺は、一生このときが続けばいいと、こいつらの笑顔の奪われることがあってはならないと、まるで少年のような青臭いことを思った。そのためなら何でもする覚悟があった。全てを擲つ決意があった。

214 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 22:59:10.57 ID:HAhQglRp0





 俺の本土への転属が決まったのは、それから四日後のことだった。





215 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/23(土) 23:00:46.64 ID:HAhQglRp0
―――――――――――――
ここまで

ギャルゲー要素補充。
遅い……遅すぎない?

次回でラスト。投下分は既に完成してありますが、推敲と手直しのため、明日の朝になるかなー?

待て、次回。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/23(土) 23:05:09.14 ID:BNRBLDYc0
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/23(土) 23:21:08.81 ID:9aceSdR70
おつおつ
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 00:59:34.75 ID:iXZ849E8o
待つぞ

もう終わってしまうのか…
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 02:26:42.51 ID:AHgYONUEo
おっつおっつ
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