【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」2周目

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220 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:14:36.34 ID:hgLBEw7t0

 エックス・デイが来た。

 黙っていようが、泣き叫び喚こうが、時は誰にでも等しく流れる。その日は誰にでも等しく訪れる。

 ならば行動に意味はないのか。覚悟に意味はないのか。違う、そんなことはない。俺はそのことを本当に知っているつもりでこの島に来て、本当は知っていなかったのだと知って、本当のそれを知り、いま、この島を出ていく。
 トラックを。

 水平線の上に一隻のフェリーが見えた。あれに本土からの新しい将校が乗っているのだと、龍驤は伝えてくれた。
 そして俺が帰るためのフェリーでもある。

 到着まで、あと十分強、といったところか。

「ご主人様ァ……」

 漣が俺の手をぎゅっと掴んでいる。泣き腫らした目は兎よりも赤い。俺はせめてもの慰めとして、彼女の手を握り返してみるが、帰ってきた返事は洟をすする音だけだった。

221 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:15:06.28 ID:hgLBEw7t0

「早いね。本当に早いよ。あっという間だ」

 最上は漣の頭を撫でていた。最上の言うとおりに、体感は光速を超えていた。船に乗り、龍驤たちとの邂逅を果たした日からこれまで、いくつもいろんなことがあったが、全てが昨日のようにさえ感じられる。
 そしてその僅かな時間で、成すべきを成せたという実感もまた、内側に確かにあった。

「提督が来なければ、ボクはきっと浜辺で今も釣りをしていたと思う。そして、そうしている間に、全てが手遅れになっていたんじゃないかって……」

 買い被りすぎだった。俺はきっかけを与えただけだ。そのことに感謝されることはあっても、こいつらの頑張り全てが俺の勲章になるのは、間違っていると思った。

「これまでお疲れさん。本当に感謝しとる」

 龍驤が握手を求めてきた。片方は漣に塞がれているので、空いた右手でそれに応じる。
 腕の傷は経過良好。たまに寝返りうつときに痛むくらいで、日常生活には支障はない。後遺症の心配もないそうだ。

「人生辛いことばっかりやない。きっと、今後はいいこともあるやろ」

「……そうだといいな」

「そうに決まっとるわ、あほ」

 笑いながら言う龍驤だった。

222 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:16:50.62 ID:hgLBEw7t0

「あたしたちも尽力するからさ、絶対になんとかなるから」

「横暴は許せませんしね。上意下達は軍の常、とはいえ誤った上を正すのも下の責務だと思います」

 夕張と鳳翔さんの笑顔が眩しい。最初の邂逅を思えば、こんな顔を見せてくれることが、そもそもの奇跡。
 いや、胸を張ろう。この結果は俺たちのものだ。俺だけではなく、彼女たちだけでもなく、俺たちのもの。

「本当に考え直さないのですか?」

 神通が一歩前に出てくる。不躾ながら、と前置きして、

「相手の言いなりになる必要はありません。トラックの艦娘は、勿論私を含めて、あなたに与する所存です。少なくとも交渉の余地はあります」

 その話は何度も聞いた。神通だけではなく、龍驤にも、大井にも。漣なんかは泣いて泣いて大変だった。行かないでと、どうして行っちゃうんですかと。
 果ては漣のことが嫌いになったんですかだなんて言うものだから、俺はめっきり参ってしまった。

223 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:17:20.93 ID:hgLBEw7t0

 正直なところ、ここを離れることに未練がないわけでは、当然ない。この数か月の間の出来事は掻い摘んでも莫大だし、詳細に話そうとすればそれこそ一日では収まらないくらいだ。
 少なくとも、俺は俺なりに尽力してきた自負がある。勿論それは全てがトラックのため、トラックに住む艦娘のためというわけではなかった。ここにやってきた理由も含めて、俺は自分の人生を懸けられるなにかを探し求めていたから。

 それでも、俺は軍人の端くれだった。人としての矜持が欠片くらいは残っていた。
 比叡の姿を忘れることはできなかった。

 だから、で繋いでいいものか。

「俺の我儘でお前らを振り回すわけにもいかんしな」

「違います! 私の我儘です!」

「……ははっ」

 その言葉がどれほど嬉しいか、神通、お前はわからずに言ってくれているのだろうな。

 これからもトラックは幾たび襲撃に見舞われるだろう。その時に必要なのは、本土との太いパイプであり、団結した仲間。俺にはどちらも提供してやることができない。
 ここでまた一悶着を起こせば、立場の弱いトラックのことだ、どうなることか想像もつかん。わかってくれ。

 俺がそう言うと、神通は不承不承を顔に滲ませつつも、一歩退いた。

 ……悪いな。

224 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:17:52.34 ID:hgLBEw7t0

「司令!」

「……これ」

 雪風とヴェールヌイが握った手をそれぞれ差し出してくる。ゆっくり開かれたその中には、ざらざらした表面の、石にしてはカラフルな、それにしては石にしか見えない……なにかが握られていた。
 あげる、と雪風。ヴェールヌイも追随して、ん、と。

「あら、シーグラスですか。随分きれい、こんなものもあるんですね」

 覗きこんできたのは霧島だ。眼鏡越しの瞳は興味津々といった様子。
 シーグラス。聞き慣れない単語だった。

「浜辺に流れ着いたガラス片ですよ。研磨されてくうちに、こんなきれいになるんです」

「色々、お世話になりました。散々痛めつけたことは、ごめんなさいって思ってます。本当ですよ」

「これを見て、思い出してほしい。私たちのことを」

 胸の中が暖かさで満たされていくのを感じた。決して言葉にはできないであろう、俺にしかわからない、俺だけの、感情だった。
 ゆっくりと手を伸ばしてそれらを摘まむ。軽く、硬質で、太陽を反射し輝いている。まるで二人そのものだ。

225 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:18:45.90 ID:hgLBEw7t0

「右往左往ですね。行ったり来たり」

 ふ、と霧島は笑う。変に同情されるよりは笑い飛ばしてくれる方が、こっちとしても相手はしやすい。

「上に嫌われてるからな」

「元帥まで上り詰めればいいのでは?」

「無茶を言うんじゃねぇよ」

「無茶を通さずに無茶を通せますか。現状が不満なら、偉くなって変えてしまえばいいんですよ」

 まったく難しいことを容易く言ってくれる。トートロジーも、かなり厳しい。だが真実でもあった。ありとあらゆるものに抜け道が付随するわけではないのだから。
 確実に、着実に、一歩一歩を踏みしめる。誰にもできることではあるが、誰もがやり続けられるかと言えば……。

「ついにこの日が来てしまうなんて、不幸だわ」

「仕方がないことだ」

「えぇ、仕方がないことよ。でも、到底看過できることじゃない。結果だけを掠め取られるなんて、そんな不幸なことがあっていいと思う?」

226 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:19:13.83 ID:hgLBEw7t0

 扶桑の口調は依然として諦念の中に沈んでいるが、同時に怒気も孕んでいるように感じられた。怒りの対象は大本営でもあるのだろうが、それ以上に社会だとか運命だとか、そういった巨大なものに向いているようだった。
 霧島もそうだが、やはり年長者は、理不尽を前に思考停止をしない。理不尽から先、ならばどうして理に沿うか、それを考えるくせがあるようだ。

「偉くなれ、と?」

「さぁ? そこまでは言ってませんが」

 嘘つけ、目がそう言ってるぞ。

「実際どうするんですか。やはり、これからも軍に身を置くのですか」

 真っ直ぐ射抜くような目の赤城だった。一切のはぐらかしや誤魔化しを許さない、張り詰めた雰囲気を携えている。
 実際のところ、何も決まっていないのだ。当たり前だが辞令は下った。俺はトラック泊地の提督業を解かれ、防衛省の海防局、沿岸警備部へ配属されるのだという。そこで何をするかを、俺は知らない。

227 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:19:43.05 ID:hgLBEw7t0

 提督から平への降格。一般的には有り得ないし、恐らく今後二度とこんな人事は起こり得ないだろう。
 海軍を辞めることは難しくなかった。手当はたんまりつくはずだ。引き止められるわけもない。人権派の人間は、依然俺へのマークを緩めることはないだろうが、そんなものは海外へ飛んでしまえばどうにでもなる。

 最悪、漣を伴って隠遁してしまえばいい。

「どこかの泊地に潜り込めれば、願ったり叶ったりだけどな」

 とはいえ、雲隠れにはまだ早いような気がした。
 そんなのは敗北だ。俺はまだ、自らの負けを自らで選ぶほどには、打ちひしがれていないのだ。
 自分でも不思議なほどに。

 ……それはきっと、恐らく、こいつらがいたからなのだと思う。
 こいつらがいるからなのだと思う。

 トラック泊地の艦娘たちが。

「……そうですか。もし、戦力が足りなければ、御一考くださいね」

「っちゅーか、まじか?」

「ん?」

 なにがだ。

「あんた、まだ提督やる気、あったんか。うちはてっきりのんびり余生を過ごすもんだと思っとったで」

「……さぁ、どうかな。そればっかりはその時にならねぇとわからんさ」

「……ふぅん。そ。まぁ、ならいいけどね。うちも大助かりや」

 なんだ? 何を言ってるんだ、こいつ。

228 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:20:29.59 ID:hgLBEw7t0

 フェリーが汽笛を鳴らした。もう船は着岸している。小さい船の中に、二つ、人影が見える。一人が運転士なのだとして、がたいのいい方が新しい提督に違いなかった。
 ……そろそろ、タイムリミットか。

「……」

 沈黙を保つ大井が、しかし、船の中の俺の代わりよりも、よほど恐ろしかった。押し黙る大井、それは幽鬼じみている。
 怒ったときに激昂する人間と無言になる人間の二種類がいて、確実に大井は後者。俺には手がつけられない。

 何かを言うのか、それとも言わないのか――言ってくれないのか。そこまで考えて俺は大井との間の絆を自らが信じていることに気が付いた。
 きっと大井は何かを言おうとしている。

「……」

 脚を止めて、待った。

「……」

 沈黙。長いようで、短いような。

「あの、ね。耳を貸してもらえないかしら」

「? おう」

 言葉の意味は明確だったが、目的はあまりにも不明瞭。けれど難しいことではない。俺は軽く膝を曲げ、大井に耳を向ける。
229 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:21:12.38 ID:hgLBEw7t0

 ぐっと袖がつままれて、頬に手が添えられて、

 大井の顔が近づいて、

 唇に、

「あーっ!」

 漣の絶叫。

 周囲のざわめき、嬌声。あるいは、絶句。

「こらこら大井さん、それ、それはっ! もー!」

 漣が叫ぶが、大井は一顧だにせず、真っ赤にした顔を俯かせてむりやり俺から視線を切った。

「……忘れらんないようにしてやったわ。ざまぁみなさい」

「ご主人様! 漣にも!」

 なに言ってんだお前は。

 大井が龍驤や最上や夕張や、いろんなやつからやいのやいの言われている間に、俺は自分の顔の火照りを落ち着かせるという意味もあって、軽く辺りを見回した。
 やはり、58の姿はついぞ見当たらなかった。面倒くさがったか。その程度の信頼しか得られなかったか。

 残念だったり寂しく思わないと尋ねられれば嘘だ。だが、それを表に出すのも格好つかないような気がして、俺は毅然ぶってみる。今更センチメンタルな気分になっても、遅きに失した感もある。
 それとも、こういう時にこそ感傷に浸るべきなのだろうか?

230 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:22:31.95 ID:hgLBEw7t0

 桟橋から代わりの提督がやってきた。俺より少し上、三十の半ば。柔和な笑みを浮かべてはいるが、瞳の奥は笑っていない。階級章を見る限りは俺よりずっと上、将校クラス。きっと防衛大学を出たエリートなのだろう。

「これまでご苦労だった」

 嫌味なくらいに正しい姿勢で、その男は俺に握手を求めてくる。一瞬で俺の周囲から不穏な空気、有体に言ってしまえば暴力の気配を感じたので、それを鎮めるためにもすかさず握手に応じる。
 変に力を籠める子供じみた真似はしたくなかった。握手自体は一瞬で済み、そいつは唇の端を釣り上げて笑う。

「指揮権を渡してもらえるかな? 随分と、色々なことがあったようだが」

「そうですね」

 階級の差は大きい。遜ることはないが、どうしても強く出られない。俺のようなはみ出し者であったとしても。

「ウチやで」

「……ん? どういうことだ」

 手を挙げた龍驤の言葉をいまいち理解できていないようだった。それに関しては、そうだろうな、というのが率直な感想である。

231 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:23:09.73 ID:hgLBEw7t0

「ウチが前の提督……死んじまったやつな、あいつから引き継いで、それっきりや。だからそこのおっちゃんは指揮権をもっとらんよ。
 色々なことっちゅーのは、全部ウチらが勝手にやったんや。あんたも聞いとるんとちゃうの?」

――トラック泊地では、艦娘たちが、やりたい放題やっている。

 龍驤は自虐的な笑みを浮かべて宣言する。

 そいつの顔が嫌な形に歪んだのを、俺は見逃さない。予定がずれたときの面倒くささがにじみ出る。

「……なら、譲ってもらおうか」

「ええよ。ちょっと待っててな」

 将校と龍驤が五本の指をそれぞれぴたりと合わせる。認証、IDとパスの入力、そしてまた認証。何かをしているのは見て取れるが、具体的な操作はまるでわからない。
 時間にして一分ほどだろうか。全ての移行は完了したと見えて、将校は満足そうにこちらを振り向いた。

「あまり船を待たせておくのも悪いな。きみはもういきたまえ」

 フェリーを顎で示される。
 ぎゅっと、漣の手が俺の手を強く握った。

 赤城と神通の重心が爪先寄りになるのを俺は見逃さない。注視していたのはどうやら霧島と扶桑も同じだったようで、二人の手首を寸前で掴んで止めた。

「……なんでしょうか」

「なんですか?」

 殺意を迸らせながら二人。

「いや、そう訊かれても」

「困るわ……」

232 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:23:45.48 ID:hgLBEw7t0

 これ以上引き延ばしても余計な諍いを生むだけか。そう判断して、俺は無言のままフェリーへと向かおうとするが、

 ぐっ、と左手が動かない。

 桃色の少女。体を全力で突っ張って、まるで楔のように。

「漣、離してくれ」

「……やだ」

「あのな」

「やだ。やです。やだもん!」

「漣」

「だって、だって、ご主人様は漣のご主人様だから、折角特別になれたのに、漣が、わたし、わたしだって、わたしでよかったって思えるのは提督のおかげなのに、こんなのってないもんっ!」

 涙をぼろぼろとこぼして、ついに漣は俺に抱きつき、軍服にいくつもの染みを作り始めた。洟をかんでいる音さえする。おいおい、すげぇな。
 そんな漣の桃色の後頭部を撫でてやることくらいしか俺にはできない。

「……船員を待たせるのは失礼だと思うんだがねぇ」

「――っ!」

233 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:24:20.62 ID:hgLBEw7t0

「神通ッ! 赤城ッ!」

 手首の拘束なぞ構わず、将校の制空権を侵犯する神通と赤城。彼我の距離は数センチに縮まり、すんでのところで二人の動きを止めたのは、龍驤の一喝。
 そのまま龍驤は一歩、二歩と歩みを進め、ぽっくりを鳴らしながら三人目、制空権を侵犯する。

 将校はとっさのことで対応に戸惑っているようだった。精一杯の虚勢なのか、顔面に引き攣った笑みが張り付いている。

「別れを惜しむ時間くらい与えてやれや。それともなにか? 本土のお偉いさんは、それくらいの余裕もないってか?」

「……」

「提督」

 軍服越しのくぐもった声で、漣が言う。

「好きです」

「……」

 重大な言葉に対する返事を、俺はもっていなかった。こいつのことを特別視しているのは認めるとして、それが所謂恋愛感情だとは、申し訳ないが思えなかったのだ。だってこいつはまだ中学生で、俺よりも一回り離れている。
 ツインテールを撫でてやる。柔らかく、熱を持っていた。

 あぁ、ここで「俺もだ」「愛している」「一生そばにいて欲しい」などとのたまえることができたなら、いっそどんなに楽だろう。愛おしいと愛の違いが、俺にはどうにもあやふやだった。
 あやふやなものに身を委ねるのは、この場においては漣に失礼な気がした。

 俺はこいつに、確固たるなにかでもって返さなければならない。

 惜しむらくは、こいつに対する確固たるなにか、その名前を見つけるには時間が足りなかったことだ。

234 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:25:00.34 ID:hgLBEw7t0

「悪いな、龍驤」

「ええってことよ」

 満足そうに彼女は頷く。





「時間稼ぎも終わったしな」





 ……ん?
 いま、なんて――

 閃光。
 熱風。
 爆裂音。

 水柱が立って、飛沫が舞って。

 ……雷巡棲鬼との戦いのときに、嫌になるほど見た光景。

 俺たちの背後、桟橋に接舷していたフェリーが、巨大な爆炎に包まれて跡形もなく消し飛んだのであった。

 すぐ脇では腰を抜かしたフェリーの運転士が、聞き取れない現地語で何かを叫んでいる。

235 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:25:52.51 ID:hgLBEw7t0

「あ、は、な、はぁっ?」

 声なのか、音なのか、判別のつかない誰かの声。そしてそれは誰しもの声でもあった。その場にいた全員が、理解をできていなかっただろうから。

 爆炎に包まれたフェリーは、轟々と燃え盛りながら、船体中央から真っ二つに割れて海へと沈んでいく。

「いやぁ、まさかこんなことになるとは思わんかったでちねー」

 俺の、隣、には。
 いままでいなかったはずの、58が、潜水艦が、立っていて。
 ずぶ濡れで。満足そうな顔をして。

 棒読み口調でそんなことを言うものだから、俺は。

「はぁあああああああっ!? なにやってんだてめぇ!」

「なーんも! なーんもだよ! ゴーヤ、なーんも知らないでち!」

「んなわけねぇだろ! 誰の差し金だ、大井か! 大井か!?」

「大井じゃないでちよ! りゅうじょ――」

「お二人さん、ちょーっち、黙ろうか」
236 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:26:40.58 ID:hgLBEw7t0

――っ!

 肩に手が回されて、俺と58の動きが止まる。肉へ龍驤のか細い指が食い込む。力を籠めているのではなく、それさえも自制の結果なのだと、すぐにわかった。
 見れば龍驤が地獄のような笑みを浮かべていて、その視線の先には、青白い顔をした将校が。

「いやぁ大変やなぁこれは。単純な船の故障か、それとももしや、海軍将校を狙った計画的なテロ事件かもしれんなぁ。ほうや、張作霖みたいやんか」

 妙に芝居がかった仕草と言葉で、龍驤はその先を紡いでいく。

「もしテロやったら一大事やで。どこから、あんたがトラックに来ることが漏れたんやろなぁ。大本営か、それともまさか、うちらの中にスパイがおる、なんて考えたくもないなぁ。だぁれが責任取らされるんやろなぁ。どう思います? 『提督』」

 びくり、と将校の肩が震える。ようやく彼も、そして俺たちも、進行している事態を呑みこめてきたようだ。
 神通と赤城が悪い顔をしていた。

「そういえば神通。本日、新しい提督が着任する予定だったと思うのだけれど……まだ着いていないの?」

「赤城さん、それがどうやら船の故障で、今日中の到着が難しいとお聞きしましたよ……?」

237 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:27:07.60 ID:hgLBEw7t0

「お、お前ら! おれをどうするつもりだっ!」

「別にどうするつもりもないよ? 荒事は嫌いや、殺しなんてもってのほか。まぁ、少し早目のリタイアだと思って、余生をトラックでのんびりと過ごしてよ。
 ただ、ちょーっち、わかってなかったんやないの? って思うなぁ」

 くつくつ笑いを噛み殺し、龍驤は将校の胸をとんと押す。
 前後不覚になっていた彼は、それだけで脚を縺れさせ、港の地面に尻もちをついた。

「トラック泊地では、艦娘たちが、やりたい放題やっているんよ。そこの認識が甘かったね。
――なぁあああああぁ? 『張作霖』ンンンンンッ?」

 そのあまりにも酷薄な表情に、将校のみならず、俺の背筋までもうっすらと寒くなる。

238 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:27:41.06 ID:hgLBEw7t0

「おっさん」

「……なんだ」

「挨拶し」

「はぁ?」

「残念やったな。本土までの連絡と、渡航が復活するまでには、そりゃもう、えらい時間がかかるで」

「龍驤、お前」

 悪人だな?

「なーにを言っとるんや! こんな善良な、いち民間人をつかまえて!」

 いや、艦娘は軍人だから。民間人ではないから。

239 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:28:45.04 ID:hgLBEw7t0

「ご主人様!」

 漣が俺に抱きついてくる。少し痛くなるくらいに、強く、強く。
 それが、もう離すまいという意志の表れなのか、それとも自らの存在を主張するための行為なのかは、判断がつかない。そもそも俺にそんな余裕はない。目頭が熱くなって、こちらもただ力のままに、漣を抱きしめ返してやることだけが、今できることの全て。

 大井と目があう。

「あ」

「……」

 自らの行いを思い出したのか、大井は真っ赤な顔をさらに赤くした。自覚はあるのだろう、大きく深呼吸をして、表情はいつもの冷静なそれをつくる。
 今生の別れになると思っていたからこそ踏ん切りのつくこともある。龍驤はどうやら、本当に58との間でひそかに計画していたに違いない。敵を騙すにはまず味方から。そんなあたりだろう。

「帰るわ」

「はぁ?」

 龍驤が怪訝な顔をする。

「帰るから」

「ちょ、ちょっと待ちぃや大井! それはさすがに往生際が悪すぎるやろ!?」

「かえる! かーえーるのー! ほら、薬が、投薬の時間があるから!」

240 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:29:16.01 ID:hgLBEw7t0

 逃げ出そうとした大井をよってたかって艦娘たちが押し留める。腕を掴んで脚を掴んで、最終的には霧島が羽交い絞めにした。とても楽しそうな霧島の笑顔が眩しく、唇を噛んで泣きそうになっている大井の対比が面白い。
 ……とはいえ、あまり大井に不義理を働くのも、申し訳が立たない。いつか、なんらかの形で、話はしなければ。

 とはいえ、いまはまず、言わなければならないことがあった。
 龍驤にではなく、大井にではなく、漣にでもなく。

 全員に。

241 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:30:46.36 ID:hgLBEw7t0

 前を向いた。港があって、海が広がっている。抜けるように蒼い空。直視できない太陽の輝き。

 龍驤がいる。
 赤城がいる。
 神通がいる。

 最上がいる。
 夕張がいる。
 鳳翔さんがいる。

 58がいる。
 扶桑がいる。
 霧島がいる。

 響がいる。
 雪風がいる。

 大井がいる。

 俺の傍には漣がいる。

242 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:31:30.19 ID:hgLBEw7t0

「あー……」

 何を言うべきだろう。何を言えばいい?
 ありがとう。こんにちは。よろしく。開き直っていっそのこと、はじめましてからスタートしたっていいのでは。

 ええい、ままよと覚悟を決めた。自然と声が出るに任せる、それしかあるまい。

243 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:32:10.52 ID:hgLBEw7t0




 お前ら全員、幸せにしてやる。




244 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:32:50.68 ID:hgLBEw7t0




 比叡、見ているか。
 俺は生きているぞ。



245 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:33:23.71 ID:hgLBEw7t0




 提督が、トラック泊地に着任しました。
 これより艦隊の指揮に入ります。



246 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:42:59.16 ID:hgLBEw7t0
―――――――――――――――
ここまで。おしまい。

書きも書いたり30万字。大満足。
同語反復大好きなんで、くどさを抜けばもう少しスリムになったかなぁとも思いますが、まぁ野暮な話ですね。

思い入れの深い作品になりました。○○は俺の嫁、とは昔はよく聞きましたが、俺にとってはみんな娘のようなもの。
色々語りたいこともあるのですが、ここではきっと蛇足でしょう。後書きは別のところで。

次回作は未定。「潜水艦泊地」のほうが思わず好評をいただいたので、続けられたらいいなとは思います。
幼女戦記とガンスリンガーガールと孤独のグルメとトリコを足して割らないような話も書きたいけど、ここ向きではないかな。
まぁこの作品自体がここ向きかどうかは議論の余地がおおいにありそうですが……。

それではみなさま、長い長い物語を読んでくださって、ありがとうございました。
またの機会がありましたら、その際も一言「乙」を頂けると幸いです。

あー楽しかった!

待て、次作。
247 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2018/06/24(日) 06:45:50.26 ID:hgLBEw7t0
あと過去作の宣伝です。

【艦これ】「潜水艦泊地の一年戦争」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1525443266/
曙「百年早い」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1524740398/
【艦これ】大井「顔、赤いですよ。大丈夫ですか」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1524740398/
【艦これ】赤城「おいしいご飯を食べる方法」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1517407552/
【艦これ】加賀「幸福と空腹は似ている」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1518101886/
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 06:46:31.91 ID:hPRH5EaCo
よく書ききった!乙!
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 06:47:37.11 ID:tWRJMHnSO
潜水艦泊地の続きはよ
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 07:01:59.81 ID:1DO2f51Jo
乙、人生の楽しみだった
まだ3人くらいしかギャルゲー的展開に入ってないから残りもやろうぜ
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 07:35:57.94 ID:Zcp+SunZo
おもしろかった!

もっかい初めから読み通すわ
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 07:44:11.17 ID:X9hPIl890
乙でした!
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 07:49:10.98 ID:c/Ii5ZsF0
乙乙
終わる事に寂しさを感じるな
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 08:02:18.03 ID:kWuofy0y0
乙!
これから1人ずつルートを攻略するんですよね?ね?
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 08:16:27.37 ID:jBsk4gGO0
おつ素晴らしかった
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 08:27:23.96 ID:jBsk4gGO0
>>247
【艦これ】大井「顔、赤いですよ。大丈夫ですか」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1524740398/
これのリンク間違ってるよ
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 09:36:56.71 ID:umom0dq5O
控え目に言って最高だったぞ!
過去作を読みながら待ってるぞ!!
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 10:32:19.14 ID:qvR3vZl00

いいSSだった
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 11:37:51.54 ID:XGho/Wpj0
いやぁ面白かったわ……大作乙
260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 11:49:33.27 ID:GkPROdnZO
おつ
後日談書いてもいいんですぞ
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 13:34:52.83 ID:jUACTCMz0
おつおつ。楽しく読めたでち。
よい作品をありがとう
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 14:41:17.81 ID:pxRn9f5/O
おっつおっつ
楽しい作品をありがとう
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 15:34:24.13 ID:ZwP2B5VAo
これはおつ
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/24(日) 16:13:39.61 ID:tlE76my70

次回作も楽しみにしてる
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/25(月) 00:22:04.91 ID:9d2Dejrpo
おつおつ
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/25(月) 01:45:49.26 ID:Kt5Q1HIA0
本当にお疲れさまでした!
後任さんは可哀想だけど、このさきも本土とはチクチクやってくのかな?w
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/26(火) 00:20:22.97 ID:MOINOILU0
乙でした!
次回作も楽しみにしてます。
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/27(水) 00:39:11.36 ID:c6xt1Lpwo
乙でした!
一週目の

『だが、俺は知っている。知っているのだ。たとえどんな崇高な生き様だろうと、死した瞬間から風化していくことを。

 矜持や信念は剥奪され、十把一絡げにラべリングされ、加工を経て世間へと提供される。それは死者への冒涜だ。墓碑銘すらない無縁塚に、親しい人間を誰が入れたいものか。 』

このくだりがとても好きです
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/12(木) 00:22:19.96 ID:2mWFZ6Tr0
乙!

蛇足とは思いつつも提督と大井の後日談が読みたいな・・・
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