一ノ瀬志希「今、まゆちゃんにキスしたら」

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1 : ◆FreegeF7ndth [saga]:2018/07/07(土) 09:41:05.11 ID:YKwXScl5o

志希×まゆ キスまで


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2 : ◆FreegeF7ndth [saga]:2018/07/07(土) 09:42:07.54 ID:YKwXScl5o



――飛んで行っちゃいたいの 君のところに
――波打ち際 飛び跳ねながら

まゆちゃんの声は、守ってあげたくなるぐらいか細いウィスパー。
それに、あたしの一癖二癖ありそうなと評されるイタズラげなパートが重なる。

――夢の先まで あっためちゃえ HotなSummer Days

あたしたちのデビュー曲のサビが、トラブルで照明の落ちた番組スタジオに、アカペラで響く。

歌いながら、背中合わせのまゆちゃんに赤いサイリュームを渡した。
まゆちゃんがそれを握ったのが、指先で分かる。

あたしたちは真っ暗な中、閃光で文字列を描いた。

“Going My Way”

それはあたしたちのプロデューサーが、あたしとまゆちゃんに呆れ半分本気半分で与えたユニット名だった。



一生懸命活動している人は、微妙なホルモンバランスのせいか、独特なイイ匂いがするんだ。
……なんて言ったら、あたしは詐欺師かと思われるかもしれないね。

でもしょうがない。実際そうなんだから。精密なガスクロさえ気軽に使えればな〜。
少なくともあたしの鼻はそれを感じ取れるんだよ。

そういう意味で、プロデューサーとまゆちゃんは、あたしの興味を強烈にそそった。
二人ともナニかに取り憑かれた匂いをビンビンさせてて、
そんなに熱中できるものならあたしも――って思って、街中で収録しているのに割り込んで二人に声をかけた。



そしたらまゆちゃんはアイドルで、いつの間にかあたしもアイドルになって、
まゆちゃんとデュオユニットを組むことになった。

聞けばまゆちゃんも読者モデルだったのを辞めて、
プロデューサーの元に強引に駆け込んでアイドル候補生になったらしい。
強引なあたしたちだから、“Going My Way”ってユニット名になっちゃった。ダジャレか。



あたしたちの人間関係は、あまり良好とは言えなかった。
あたしは気が向いたときしかレッスンできない。
これでプロデューサーをたくさんヤキモキさせ、まゆちゃんはそれにヤキモチを焼いた。

プロデューサーといえば、まゆちゃんに向かって、
『俺ばっかり見てないでファンや、志希や、トレーナーさんのほうを見ろ』とどつく。
まゆちゃんは露骨に不満そうな顔をする。

「プロデューサーとアイドルって恋愛しちゃいけないの?」ってあたしが聞くと、
プロデューサーは「アイドルは恋愛禁止だぞ」と当たり前のようにいう。
あたしはフムフムとうなり、まゆちゃんはプクーっと膨れる――あ、可愛い。
3 : ◆FreegeF7ndth [saga]:2018/07/07(土) 09:42:47.45 ID:YKwXScl5o




――kiss me chu chu chu chu tulip♥
――kiss me chu chu chu chu tulip♥

――このあとはもっと……

「好き、好き、好き――」
「違うよまゆちゃん。歌詞は“skip skip skip”だって」

プロデューサーは仕事熱心な匂いをビンビンあたしが感じただけあって辣腕らしい。
“Going My Way”のデビュー熱冷めやらぬうちにもう2曲目を手配してきた。

タイトルは“tulip”――意中のオトコノコを誘惑しつつ、
相手から踏み出してもらわないといけないオンナノコの歌。

「好き、好き、好き――」
「skip skip skip――まゆちゃん、わざとやってるでしょ」
「……えっ、いや、あの……」

まゆちゃんは相変わらずプロデューサーに好き好きオーラを飛ばしている。
プロデューサーはそれをにべもなく跳ね返す。アイドル活動優先なのだと。

「まゆ……プロデューサーさんに“好き”って言いたすぎて、つい……」

あたしもプロデューサーのことは好きだ。
匂いをかぐと安心するぐらいには。
まゆちゃんよりあたしのほうを見て欲しいって思うぐらいには。

ナニかに全身全霊で打ち込むヒトは、あたしのキモチを高ぶらせてならない。
ここまでくれば、恋と言えるかもしれない。

でも、

「プロデューサーって、ぜったいあたしたちのコトわかってるよね。
 だからこんな曲を持ってきて……それでこんな扱い受けても好きなの?」
「……安心したら良いのか、憤慨したら良いのかわかりません。でも、好きです。あなただって分かるでしょう」

あたしたちからどう思われてるか自覚した上で――スキって言いたいのに、言えない――
プロデューサーはそれを利用してアイドル活動をさせてるフシがある。
良いように使われてる気がする。そこが気に食わない。

「言っちゃいなよ、もう。言って、一思いに玉砕しといで」
「……志希さんは、それでいいんですか?」

だからあたしはまゆちゃんを煽ってみる。
応えられない好意をぶつけさせてプロデューサーを困らせちゃえ。

「プロデューサーのコトは、スキだけど、キライ」

プロデューサーが魅力的な匂いと手腕の持ち主であることは認める。
でも、まゆちゃんの純粋な好意を利用することは認められない。

「まゆは……志希さんのアイドル活動に、ご迷惑をかけるかもしれません」
「あぁ、それは困るねー」

一方、万が一プロデューサーがまゆちゃんのキモチを受け止めちゃったら、
二人ともあたしが足を止めてしまうほどの強い思いの匂いは出せなくなるだろう。
不純物が混じっちゃうから。

「そうなったら、あたしの居場所もなくなっちゃうねー。身の振り方、考えといたほうが良い?」

あたしのクチから“身の振り方を考える”なんてらしくないセリフが出てしまう。
出たとこ勝負、成り行き任せでいつもやってきたのがあたしなのに。

「……ごめんなさい」

まゆちゃんは背を小さくして謝ってきた。

4 : ◆FreegeF7ndth [saga]:2018/07/07(土) 09:44:04.27 ID:YKwXScl5o




――午前0時まだ踊ってたい 鳴り止まないMusic on the Stage
――可愛い人形演じてたって そっちもイマイチのりきれないでしょ
――罪深い偽物なら キミからもいっそNOと言ってよ

まゆちゃんは失踪した。プロデューサーに告白して玉砕したんだろう。
プロデューサーはまゆちゃんをうろうろ探し回っていた。
あたしも探すように頼まれたけど、今まゆちゃんは顔を合わせたくないだろうなぁと思ったので手伝わなかった。

どうせ仕事もレッスンもまゆちゃんなしでは片手落ちなので、あたしも失踪した。
そのまま、まゆちゃんの匂いをたどったら、けっこう遠いところに隠れていた。

「……あなたは、志希さんは、ずるい」
「どうして?」

あたしを見上げてくるまゆちゃんの目は吸い込まれそうなほど透き通ったままで、
まゆちゃんのカラダが無事なのと同じくらいあたしは安心した。



「まゆが、志希さんと同じぐらいうまくアイドルができていれば……」
「そうなったら、今のまゆちゃんの一途さは手放す羽目になるよ」

あたしは気が向いたときのレッスンだけでも、
いつも熱心なまゆちゃんに付いてけるだけのパフォーマンスが出せた。

「ごめんね。プロデューサーがまゆちゃんをソデにしてくれたと知って、ホッとしちゃった。
 あたしのスキな二人は守られた、と思ったから」
「きっとダメだろう、って思ってたくせに」
「いや、ヒトのココロはわからないからね。もしかしたら……は、あったよ」

あたしだって、まゆちゃんやプロデューサーの姿に、
出会った当初では想像もできないほど惹かれていたし。



まゆちゃんはあたしの肩に頭を乗せてきた。

「まゆを見つけた責任です……慰めてください」
「あたしが?」
「まゆがプロデューサーさんを好きだって気持ち、面と向かって言ってきたのは、志希さんだけですから」

まゆちゃんがプロデューサーを見つめるときの目は、吸い込まれそうなほど透き通っている。
それを向けられると、他の人は気圧されて何も言えなくなるらしい。ファンでさえも。

あたしは、あの時が止まったようにゾクゾクする感じ、けっこうスキなんだけど。



そうだ。今はこの透明な視線を浴びているの、あたしだけ。

――透明の糸なんて わかりやすいトラップよ
――世界中わたし達の 思い通りね
――Marionettes never sleep

「……志希さん?」

――さっきまでの価値観 全部変えちゃうくらい
――夢中になれることあるって 信じてみない?

今、まゆちゃんにキスしたら、その視線は曇ってしまうだろうか。

「いいよ。あたしの胸なら、貸すよ」

あたしはそう言うのが精一杯だった。



5 : ◆FreegeF7ndth [saga]:2018/07/07(土) 09:45:13.81 ID:YKwXScl5o


――あとどれくらい進めばいいの?
――>もう 壊れそう

――この道を選んでひたすら突っ走ったよ
――>でも 苦しいの

プロデューサーのコトはスキ――熱く眩しいステージに導いてくれるから。
プロデューサーのコトはキライ――まゆちゃんを泣かせたから。

あたしたちの葛藤を餌に、“Going My Way”はどんどん大きくなっていく。
シングルは売れる。ライブも盛況。番組にも引っ張りだこ。プロデューサーは鼻高々だ。



――Tenderness 差しのべて
――温もりに触れたい

――ヘンだね この気持ち
――何か変わってる

なんか、腹が立ってきたよ。

そりゃあたしも、まゆちゃんも、プロデューサーのおかげでアイドルになれたし、
プロデューサーがいなかったらデビューができたか怪しいものだ。ソレは認める。

でも、アイドルはあたしたちの内心まで切り売りしなきゃならないのか。



まぁ、きっとそうなんだろう。
アイドルが恋愛禁止ってのはその現れだ。
ファン以外の誰かをスキでいちゃいけないんだ。



……
…………
………………ホントに?

ナニナニじゃなきゃいけないから、仕方なく……ってのが“あたしたちの道”なの?
科学者をほっぽりだしたり、読モをかなぐり捨てて自分の気持ち一つでアイドル界に流れてきたってのに。

ホントにプロデューサーはクズだ。
アイドルのステージというキラめきを餌に、うら若き乙女のココロを弄んで。
仕事やレッスンさぼって迷惑をかけてるあたしはまだしも、まゆちゃんはいつもキチンとしてたのに。

このままプロデューサーの思うママにアイドルやってたら、ホントのMarionetteだ。
アイドルプロデュース以外クズなあのヒトに一杯食わせてやりたい。

いやむしろ一杯食わせてあげよう。
それがあたしたちにアイドルを教えてくれたコトへの恩返しだ。
“他人を出世の道具扱いにするのも大概にしないと怪我するよ”って教えてあげよう。
ナニか。ナニかないかな……。



まゆちゃんはプロデューサーにもったいないぐらいイイ子だ。

まゆちゃんは。まゆちゃんは――そうだ。



「ねぇ、まゆちゃん。今、キスしてもいい?」



次の週刊誌に、あたしたちのディープな路チュー写真がうっかりバッチリすっぱ抜かれ、
事務所は大騒ぎになったらしい。『新鋭アイドルデュオ、禁断の愛か!?』なんて。

らしい、というのは、その頃あたしはまゆちゃんの実家に潜り込んで、
世間の雑音をシャットアウトしてたから、正確なところは知らないんだ。

「娘さんにはお世話になっております」

佐久間家の食卓にご相伴させてもらった。パパは苦笑いし、ママはニッコリ笑ってた。
まゆちゃんは母親似なんだと、あたしは初めて知った。

(おしまい)
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