【わたモテ】むしゃぶりつくうちもこ

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61 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/12(金) 17:35:33.48 ID:3VKlP06qo

「はい。アーン」

 過去を回想し、うわの空になりかけていた笑美莉を、智子が現実に引き戻す。

 智子が持つスプーンの上に卵雑炊があった。

 スプーンは、笑美莉の口元を向いていた。

 笑美莉に食べさせてあげようとしている。

 智子の意図は明白だった。

「や、自分で食べれるから」

 利き手をぶんぶん横に振って遠慮しようとする笑美莉に、

「看病。看病だから」

 ニヤニヤと、智子がスプーンを押し付けてくる。

 笑美莉の顔は真っ赤だった。

 食べさせてもらう。

 すごく恥ずかしかった。

 なんだか赤ん坊扱いされているみたいで。
62 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/12(金) 17:36:48.40 ID:3VKlP06qo

 だけれども、わざわざ看病をしに来てくれたのに、恥ずかしいから、自分で食べられるから、とせっかくの好意を邪険にするのはどうなのか。

 そんな風に思って、葛藤して、結局笑美莉は受け入れた。

 恥ずかしいという感情の大きさからすれば、だいぶ心の中で無理をして。

 恥ずかしさを押し殺した。

 唾液で飲み下した。

 自分の顔の火照りの激しさに、看病のせいで熱が上がって、かえって身体に悪いんじゃないか、とかなんとか考えながら、黙々と食べる。

 味もほとんどわからないくらい勢いよく噛んだ。
63 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/12(金) 17:40:31.62 ID:3VKlP06qo

 最初は余裕を見せていた智子も、笑美莉の予想以上の狼狽《ろうばい》ぶりに思うところがあって、恥ずかしさを滲《にじ》ませてゆく。

 羞恥《しゅうち》は伝染する。

 笑美莉の昼食は順調だった。

 ひとりで食べるよりはゆっくりにならざるをえないにしても。

 そして、智子も笑美莉も、二人とも、お互いに負けじと恥ずかしがりながらではあったが。

 笑美莉の食事の終わりが見えてきたころだった。

 それまで笑美莉に食べさせることに集中して無言だった智子が、

「風邪ひいたとき、弟にもこんなことしてあげたことないな」

 とぽつりと呟《つぶや》いた。
64 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/12(金) 17:41:51.89 ID:3VKlP06qo

 笑美莉は、

「じゃあ私以外なら、誰にこういうことしてあげるの?」

 と間髪入れずに尋ねた。

 咀嚼《そしゃく》と、スプーンが口の中に挿《さ》しこまれる合間、ちょうどよいタイミングで。

 智子は苦笑した。

 その笑顔が、笑美莉はすごく好きだった。

 優しくされるのも、好き。

 好きだけど、優しくされると苦しくなる。

 笑美莉は恐れている。

 自分の意思ではコントロールできない苦しみを。
65 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/12(金) 17:44:34.36 ID:3VKlP06qo

 苦しみは、自分の思い通りにはならない。

 苦しみは、どこにでも転がっている。

 智子の視線が、ふたり一緒にいるのに、ふとした瞬間《しゅんかん》、笑美莉を向いていなかったとき。

 智子の両手の爪が長かったとき。

 智子が、お洒落《しゃれ》をしていたとき。

 智子が優しくしてくれたとき。

 そんなとき、智子への感情で心がささくれ立って、苦しくなってしまう。

 笑美莉の意思にかかわりなく。衝動的に。
66 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/12(金) 17:45:12.32 ID:3VKlP06qo

 だから、笑美莉は思っている。

 恋は、病に似ている、と。
67 : ◆2DegdJBwqI [saga sage]:2019/04/12(金) 17:48:20.86 ID:3VKlP06qo
今日はここまで
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/13(土) 12:49:55.16 ID:C/LN6Ga0o
おつー
69 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/13(土) 19:13:33.57 ID:LI/wxBOao

「次は何をしたらいい?」

 と智子は尋ねた。

 空になった土鍋が載ったお盆を、智子がキッチンまで持っていって片付けて、一段落《いちだんらく》ついたあとだった。

 食べ始めるまで笑美莉は食欲がないつもりだったが、ゆっくり食べたことで、意外とたくさん食べられた。

 ゆっくり食べることができたのは、食べさせてあげるというまどろっこしい手順を智子が食事に持ち込んでくれたおかげかもしれない。

 ただ、だからといって、智子にしてもらいたいことが新しく笑美莉に思いつくわけでもなかった。
70 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/13(土) 19:14:17.72 ID:LI/wxBOao

「うーん」

 と笑美莉はうなる。

「何か困ってることとかさ」
「……トイレ行くのがしんどいのはあるかなぁ」
「じゃあ今――」
「今、行きたいわけじゃないよ」

 一蹴《いっしゅう》した。

 トイレに今行きたいわけではないのは紛れもなく事実だったし、笑美莉は思い浮かべている。

 トイレに連れていってもらって、扉の外で、用を足しているときの音を聞かれたら恥ずかしい。
71 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/13(土) 19:15:28.17 ID:LI/wxBOao

 笑美莉は、

「昨日帰ってから熱がぐんと上がったから、様子見で、お風呂入らなくて、身体洗えてないのは気になってる」

 と言った。

 いくら智子でも、お風呂に入れてあげる、とは流石に言い出さないだろう。

 そういう計算があった。

 それに、薬で症状がだいぶ楽になっているとはいえ、お風呂にはまだ入るつもりがなかった。

 お風呂に入ろう、と言われても断るための理由がちゃんとあった。

72 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/13(土) 19:16:35.04 ID:LI/wxBOao

 けれど、智子は、

「じゃあ、タオルで身体ふいてあげるよ。
熱出して布団の中でじっと寝てると、汗、服の中でベタついて嫌でしょ。嫌じゃない?」

 という提案をしてきた。

 嫌じゃない、と笑美莉は言えなかった。

 それは、智子に嘘をつくということだから。

 汗が、服に染みて、体にまとわりついてくるように思えて、ずっと嫌だった。

 だから、身体を拭いてもらえるのは嬉しい。

 一方で、智子に汗に濡れた身体を見られるのも嫌だった。

 触られるのも嫌だった。

 だってなんだか恥ずかしいから。

 今日まで何度も何度もお互いの裸を見せ合って、それ以上のことだってしてきた仲だというのに。

 恋人同士ではないけれども。

 今更の羞恥。
73 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/13(土) 19:17:59.06 ID:LI/wxBOao

 お湯で温めて絞ったタオルと、乾いたタオル、身体を覆っておくためのバスタオル、着替え、と意外に本格的な用意が智子によってなされて、清拭《せいしき》が始まる。

 まずは髪の毛から。

 笑美莉は服を着たまま、ベッドから上半身だけを起こして、下半身は掛布団に包まれているL字の姿勢で、されるがままに受け入れる。

 智子の指が、ぬくいタオル越しに笑美莉の頭に触れる。

 智子の指先が、わしわしと、笑美莉の頭の上で撫でさする動きをする。

 すると、笑美莉の中で予期せぬ変化が起こった。
74 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/13(土) 19:18:49.60 ID:LI/wxBOao

 それまで大人しくなっていた悪寒の震えが、唐突にぶり返してくる。

 同時に智子への好きの気持ちも溢れてくる。

 二つは、笑美莉の意思にかかわりなく。

 衝動的に。

 鬼気迫ったまなざし。

 ゆらめく想い。

 言葉が、笑美莉の喉《のど》の奥からせり上がる。

 二つの想い。

 重さと、軽さ。

 好きと、悪寒。

 ゆらぐ意思。
75 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/13(土) 19:19:21.40 ID:LI/wxBOao

「付き合って」

 と、

「もう全てを終わりにしよう」

 
76 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/13(土) 19:19:48.46 ID:LI/wxBOao
 笑美莉は、

「私たち、そろそろ卒業だね」

 と言った。
77 : ◆2DegdJBwqI [saga sage]:2019/04/13(土) 19:25:48.02 ID:LI/wxBOao
今日はここまで
作中で「直接的な肉体関係」の行為描写をやるつもりはないんですが
「直接的な肉体関係」が既に二人のあいだにあることをどれくらい作中でやっていいのかわかんないですよね
板に来たの久しぶり過ぎて
私が熱心に利用してた頃はRなんてなかった(はず)

セ―ファーセッ●スとかそういう言葉、作中で使っていいのか?
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/13(土) 19:51:55.29 ID:C/LN6Ga0o
いいでしょ
おつおつ
79 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 03:48:17.24 ID:9oCgBQ/Po

 卒業だね、と言われて、智子は何も答えなかった。

 沈黙を守っていた。

 髪を拭くのが一通り終わって、顔を拭いてもらって、指、手、腕、と続き、身体の番《ばん》がくる。

 笑美莉は智子に服を脱がせてもらう。

「脱がすから、腕上げて」

 智子からの言葉は、ただ、それだけ。

 平然とした声音《こわね》。
80 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 03:49:09.87 ID:9oCgBQ/Po

 笑美莉にはわかる。

 智子は欲情している。

 顔を見ればわかる。

 だからといって、服を脱がされながら笑美莉が感じている強烈な羞恥を智子も感じていることにはならない。

 汗にまみれた身体を智子に見られるのがすごく恥ずかしい。

 汚れた身体に、智子に触れてもらうのが、嬉しくて、とても苦しい。

 笑美莉から見れば、智子は平然としている。

 いつもと何も変わらない。

 それは誤差の範囲だった。

 だとしても、全てを変えてしまう方法ならある。

 一言で。
81 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 03:49:55.82 ID:9oCgBQ/Po

「付き合って」

 笑美莉がそう言えばいいのだ。

 笑美莉にはわかっていた。

 でも、全てが変わってしまったら?

 始まってしまったら、きっといつかはおしまいになる。

 恋は盲目。

 遠くを見通すことを拒んでいた甘い霧も、笑美莉の目前から、晴れ晴れときえさってしまう。

 そんな日が、いつかは訪れるに違いない。

 だって熱は冷めるものだから。
82 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 03:51:14.93 ID:9oCgBQ/Po

 恋は、病に似ている。

 おそらくそれは、人生というひとりの人間にとって一番大きなものさしで測ってしまえば、他愛もない風邪を患《わずら》うようなもの。

 いっときの気の迷い。

 恋煩い。

 全てがおしまいになって、十年、二十年、あるいは三十年が経過して、あれは仕方がない結末だった、いい思い出だ、そうやって冷静に振り返るようになる。

 ――その可能性は、許せない裏切りだった。

 未来ではなく、今という時間を生きている笑美莉にとっては。
83 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 03:52:56.02 ID:9oCgBQ/Po

 智子を好きという気持ち。

 自分がかけがえがないと感じたものに対しての裏切り。

 智子に対しての裏切りというよりは、自分自身に対する裏切り。

 特別な好きの重さを捨てて、軽くなる。

 楽になる。

 そうではなくて、もっと傷つくべきなのだ。

 恋の重力によって。

 この世界の他のどんなものでも、笑美莉をそれ以上深くは傷つけられない徹底ぶりで。

 学校の屋上から身を投げて、頭から落ちて、地面にぶつかって、心が詰まっていた容器がぐしゃぐしゃに砕けてしまうように。

 恋が、笑美莉にとって、本当に大事なものであるならば。

 しかし、苦しみは笑美莉の意思ではコントロールできない。

 良くも悪くも。
84 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 03:55:09.26 ID:9oCgBQ/Po

 笑美莉は恐れている。

 自分の意思ではコントロールできない苦しみを。

 笑美莉は恐れている。

 自分が、大切な苦しみを忘れてしまうことを。

 時間の経過によって。

 時間は、風邪薬が風邪の症状を和らげるように苦しみを弱めてしまう。

 人生の一部分をなす特定の過去、つまりは大切な記憶、感情、笑美莉が感じたあらゆるものの重さを軽くしてしまう。

 だから恐ろしい。

 だから、
85 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 03:57:31.57 ID:9oCgBQ/Po

「もう全てを終わりにしよう」

 笑美莉と智子にとって、まだ始まる前の全てのことを。

「付き合って」

 その気持ちを言葉にして始めなければ、手を伸ばすための先がきっとそこには残されていると信じていられる。

 始めてしまえば、長い長い人生のなかで、次はどこを目指せばいいのだろう。

 結婚?

 生涯の伴侶?

 今はまだ、全ては甘い霧の中。

 笑美莉が抱える不安と、自嘲。

 心のどこかで、無意識で、笑美莉は自分の不安をさげすんでいる。

 こんなものは、理由をつけて、やるべきことをだらしなく先延ばしにしているだけだ、と。
86 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 03:59:04.99 ID:9oCgBQ/Po

 もしもこの不安を智子に言葉にして伝えたら。

 前向きに、励ましてくれるかもしれない。

 悪い未来ばかりじゃない、とか。

 二人なら大丈夫、とか。

 今を楽しめばいい、とか。

 まるでなんでもないことみたいに軽々と。

 ――だとしたら、それは絶対に許すことができない。

 心のどこかで、笑美莉は思っている。

 いっそ壊れてしまえばいい。

 世界で一番ロマンチックなキスを交わして、ドキドキで、二人の心臓が破れてしまえばいい。

 もっと苦しめばいいのに。
87 : ◆2DegdJBwqI [saga sage]:2019/04/15(月) 04:00:14.81 ID:9oCgBQ/Po
今日はここまで
プロット上だと存在したセーファーセッ●スへの言及、実際書くと消滅したので勝手に健全になった
まあそういうこともある
88 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:25:25.17 ID:9oCgBQ/Po

「ごめんね」

 と智子が謝った。

 バスタオルを笑美莉の上半身にかけていたとはいえ、風邪を治すため安静にしている必要がある笑美莉の服を脱がせて、身体を拭き終わるまでかなり長い時間をかけてしまったことについての謝罪だった。

 服を着直させてもらって、笑美莉は、

「横になりなよ」

 と智子に言われた通り、素直にベッドで横になる。

 かけ布団をかぶる。

 部屋は静かだった。
89 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:26:10.45 ID:9oCgBQ/Po

「次は何をしたらいい?」

 と智子はもう言わなかった。

 笑美莉もこれ以上智子にして欲しい何かを思いつかなかった。

 智子が、

「寝た方がいいよね。帰るよ」

 と言った。
90 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:26:45.83 ID:9oCgBQ/Po

「待って」

 小さな声だった。

 マスクで声がくぐもって、余計聞き取り辛かった。

 智子が帰るまで、笑美莉はマスクをずっとつけているつもりでいた。

 風邪をうつしたくないから。

 笑美莉は布団の中で自分の身体をかき抱いた。
91 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:27:32.29 ID:9oCgBQ/Po

「まだ帰らないで」

 自分の冷たさに、凍えてしまいそうだった。

「もう少し、そばにいて」

 そして、私を抱きしめて、温めて。

 笑美莉は智子に風邪をうつしたくない。

 だから、抱きしめてもらう代わりに、

「手を握っていて」

 そうお願いした。

 まだ、智子にそばにいてもらうために。

 そばにいて欲しい。

 そばにいてくれて嬉しい。

 それだけで、笑美莉は幸福だった。
92 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:28:12.11 ID:9oCgBQ/Po

 智子の両手が、布団からはみ出した笑美莉の片手を捕まえた。

 優しく手のひらを包み込んだ。

 笑美莉の手は、汗ばんでいた。

 智子はそばにいてくれる。

 笑美莉にはわかっている。

 智子は、笑美莉が好き。

 笑美莉も、智子が好き。

 だから笑美莉は何よりも恐れている。
93 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:28:51.90 ID:9oCgBQ/Po

 愛が、自分の中の悪い気持ちを抑えてはくれないことを。

 自分の意思ではコントロールできない苦しみよりも、自分が、大切な苦しみを忘れてしまうよりも、その恐れは大きかった。

 もっと苦しめばいいのに。

 智子にそんな感情を抱いてしまう自分のことがたまらなく嫌だ。

 愛ゆえに、邪《よこしま》な気持ちが生まれるならば、歯止めはどうやったらかけられるだろう。

 智子を傷つけてしまわないための歯止めを。

 笑美莉は、智子を苦しめたくなかった。

 もっと苦しめばいいのに。

 そう思ってしまうのも、笑美莉の心のまた一部分なのだとしても。

 二つは両立し、ゆらいでいた。
94 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:29:39.53 ID:9oCgBQ/Po

「眠りなよ」

 と智子が言う。

 笑美莉は目を瞑《つむ》った。

 部屋は静かだった。

 やがて笑美莉の手のひらを包んでいた智子の両手、その片方が笑美莉の頭に伸びる。

 智子が笑美莉の頭をよしよしと撫で始める。

 笑美莉を甘やかす。

 頼まれた通り、手は握ったままで。


95 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:30:22.11 ID:9oCgBQ/Po

 笑美莉は嬉しくて、苦しくなる。

 智子に優しくされると、笑美莉は苦しくなる。

 自分が智子にはふさわしくないと感じてしまう。

 もっと苦しめばいい。

 こんなことを思ってしまう気持ち悪い私。

 私こそ、もっと苦しめばいい。苦しむのがふさわしい。もっともっと苦しめばいい。
96 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:31:00.56 ID:9oCgBQ/Po

 いったいいつからだろう。

 あんなに気持ち悪くて不快だったのに、不快ではなくなって、気がかりで、今度は私の方がどんどん気持ち悪く、不快になっていった。

 笑美莉の中で後悔があるわけではなかった。

 ただ、ここで終わらせれば、全ては丸く収まるかもしれない、とは思っている。

 智子が、笑美莉と同じくらい好きの気持ちに絡めとられてしまう前に。

 取り返しがつくうちに。

 悪い魔女は、お姫様を開放しなければならない。

 外の世界に。

 自らの決断によって。

 傷つけて、壊してしまう前に。

 その柔らかい心を。痩せて骨ばった身体を。

 まだ、間に合うかもしれない。

 智子の好きが、大きくなりすぎる前に。
97 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:32:03.19 ID:9oCgBQ/Po

 ゆっくりと、笑美莉は両目を開く。

 そして、

「私のどこが好き?」

 と智子に尋ねた。

 智子は少し考えて、笑美莉の頭を撫でていた手と、笑美莉の手のひらを握っていた手、両方を離して、マスクの上からいきなり笑美莉の唇へ口づけをした。

 マスクを隔てた感触は曖昧で、そのキスを、唇よりもむしろ視覚的な情報で笑美莉は感じ取った。

 突然のキスに困惑し、顔を真っ赤にして恥じらう笑美莉に、

「そういう顔が好き」

 と智子はほほ笑んだ。

 平然と。
98 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:33:04.40 ID:9oCgBQ/Po

 嬉しくて、苦しくなる。

 笑美莉にとって、その平静さは、好きがまだ大きくなりすぎていないことの証明だった。

 安堵した。

 許せなかった。

 だから、

「私たち、そろそろ卒業だね」

 とこれまで何度も口にしてきた言葉から始めて、一息ついて、努めて普段通りの声音を取り繕《つくろ》って、
99 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:34:16.62 ID:9oCgBQ/Po

「もう全てを終わりにしよう」

 と笑美莉は言った。

100 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:34:53.45 ID:9oCgBQ/Po

 結局覚悟なんか決まりきらないまま。

 智子は何も言わなかった。

 それでも、表情を見ていれば、変化はわかる。

 湖面で波紋が大きくなるようにどんどん智子の眉間の皺が深くなってゆく。

 笑美莉の言葉の含意が、智子にも浸透する。

 何を終わらせるのか?

 それは、始まる前の全てのことを。

 智子は傷ついていた。

 智子の表情が笑美莉に問いかけていた。

 どうして、そんなことを言うの?
101 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:35:35.47 ID:9oCgBQ/Po

 笑美莉は、胸が張り裂けるような苦しみを感じた。

 全部、嘘だと言いたかった。

 つまらない嘘、と。

 付き合って。本当はそう言いたい。

 心からそう思ってる。

 言えなかった。

 心のどこかに、智子の苦しみを喜んでいる笑美莉がいる。

 どんなに苦しみが大きくても、喜んでいる自分がいる限り、吐き出した言葉を取り消すわけにはいかない。

 智子に嘘はつけない。
102 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:36:16.43 ID:9oCgBQ/Po

 不意に笑美莉は、尖塔の天辺から飛び降りたような非現実的な浮遊感に襲《おそ》われた。

 このまま死んでしまうかもしれない。

 心が、壊れてしまうかもしれない。

 あまりにも苦しくて。

 苦しいのは嫌だった。

 もっと、苦しめばいい、と笑美莉は思った。

 粉々になるくらい。

 もう二度と治らないくらい。

 全てが、終わってしまう。

 終わってしまえばいい。

 部屋は静かだった。
103 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:37:12.45 ID:9oCgBQ/Po

 やがて智子が、眉間の皺が跡形もなく消え去った普段通りの顔で、

「バカなこと言ってないで、早く風邪を治しなよ。
 体調悪いから、変なこと言っちゃうのはしょうがないけどさ」

 と言った。

 それは、穏やかな拒絶だった。

 まだ始まる前の全てを終わらせることの。

 それは、許容でもあった。

 笑美莉が、智子が笑美莉を好きだとわかっていて、言葉の力で、唐突に智子を傷つけようとしたことの。
104 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:37:47.13 ID:9oCgBQ/Po

「だからそんな顔しないで」

 智子はそう続ける。

 表情とは裏腹に、さきほどから、智子の声は震えていた。

 智子は、

「もっと、簡素《シンプル》な顔の方が似合うよ」

 と締めくくった。不器用にほほ笑んだ。

 優しさが、嬉しくて、苦しくなる。

 好きの気持ちが、胸の奥から溢れる。

 笑美莉の意思にかかわりなく。衝動的に
105 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:38:48.34 ID:9oCgBQ/Po

「ごめんね」

 そう言って、笑美莉は智子にむしゃぶりついた。

 ベッドからほとんど飛び降りるような勢いで。

 智子の身体に全身を押し付けた。

 痛いくらい強く、強く。

 溢れる涙は、智子の服の上でとけていった。

 智子の背中を交差した腕で締め付けた。

 嗚咽《おえつ》した。

 嬉しくて、苦しくて、悲しかった。

 終わらなかったことに安堵した。

 笑美莉にはわかっていた。

 このままだと、私の風邪をうつしてしまうかもしれない。

 わかっていても、むしゃぶりつくのをやめられなかった。
106 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:39:38.04 ID:9oCgBQ/Po

「いいよ」

 優しい声で、智子が囁《ささや》く。

 笑美莉の耳のそばで。

「知ってるよ。意外と、我儘《わがまま》なお姫様気質だもんな」

 まるで笑美莉の全てを見透かしたような口ぶりだった。

 いつもならムッとするような言葉だったが、嬉しい、と笑美莉は思った。

 苦しくもあった。

107 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:40:07.58 ID:9oCgBQ/Po

 それから笑美莉が落ち着くのを待って、智子は改めて笑美莉を寝かしつけた。

 ベッドの上で横たわり、目を瞑《つむ》った笑美莉。

 すーすーと寝息を立てていた。

 部屋は静かだった。

 部屋の薄闇に隠れて、ひとり智子はほほ笑んだ。
108 : ◆2DegdJBwqI [saga]:2019/04/15(月) 13:43:02.56 ID:9oCgBQ/Po

 智子は、

「もう全てを終わりにしよう」

 と笑美莉に言われてから、力強く握りしめていた拳《こぶし》をようやくほどくことができた。

 布団からはみ出した笑美莉の片手に向かってその手を伸ばした。

 ひとつまたひとつと指を絡めて、おずおずと捕まえる。

 温かな手のひらと、指先で。

 その手はじっとりと汗ばんでいた。



 終わり
109 : ◆2DegdJBwqI [saga sage]:2019/04/15(月) 13:50:44.87 ID:9oCgBQ/Po
今日はここまで、と言ったが最後まで書けたので投稿してしまった
スレの日付見ると一か月以上ダラダラ書いてましたね


内容面では、部分部分書き終わったらポンポン放出してたので、細かい描写で色々やらかしていて、
もこっちがお見舞いに来て、うっちーがマスクをつけて、ご飯食べさせてもらう間にマスクとった描写がない
とかうーんな感じの瑕疵は散見してるんですが、全体としては、大まかなやりたかった筋をどうにか無事に辿れました

HTML化依頼だしてきます
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/15(月) 18:46:45.90 ID:lwo6Lxwuo

良かったよ
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