渋谷凛「最愛の人」

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43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:42:11.76 ID:ed87VM3p0

楓「でも、忘れないでくださいね。凛ちゃんだって、卯月ちゃんと同じだということを」

卯月「? いえ、凛ちゃんは私なんかより全然すごくて……」

ザパーン

少女「きゃっきゃ」

母親「こら。飛び込んじゃダメでしょ!」

楓「……私たちはそろそろ上がりますか」

卯月「はいっ」
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:43:11.26 ID:ed87VM3p0

──翌日──

卯月「楓さんっ。起きてくださいっ」

楓「むにゃむにゃ。まだ時間じゃないですよ〜。番組ディレクターさんも少し遅れてもいいって言ってましたし……」

卯月「遅れちゃダメなんです。明日は凛ちゃんのライブがあるんですから、スケジュール通りに撮影を終えないと!」

楓「そ、そんな〜。朝のまどろみの中でフカフカのお布団にくるまれながらゴロゴロするのが旅館の一番の醍醐味なのに〜」

卯月「昨日と言ってることが違うじゃないですかー!」

楓「むにゃむにゃ……」

卯月「楓さん、起きてください〜っ」
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:44:11.99 ID:ed87VM3p0

──会場──

凛「……」

スタッフ「渋谷さん。どうかしましたか?」

凛「いえ……友達がわがままな大人に手を焼かされているような予感がして」

スタッフ「へ?」

凛「なんでもないです。それで、明日はこの位置に立てばいいんですね?」

スタッフ「はい。渋谷さんは2番目の登場なので、1番目の方と交代という形になります。タイミングはこちらから指示するのでご安心を」

凛「お願いします」

スタッフ「次に歌う予定の曲についてですが……」
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:45:08.38 ID:ed87VM3p0

タダイマー

凛母「お疲れ様。どうだった?」

凛「順調だよ。みんなわかりやすく説明してくれたから、安心して歌を歌える」

凛母「そう。今日はご飯食べたらすぐ寝るんだよ」

凛「わかってる。ありがとね」

バタン

凛「……」スッ

凛(……毎日毎日スマホの画面を眺めるだけ。卯月に偉そうなこと言っておいて、私は……)
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:46:18.62 ID:ed87VM3p0

プルルルル

凛「! もしもし、プロデューサー?」ピッ

卯月「あ……う、卯月です」

凛「……ごめん。着信誰からか見ずに取ったから」

卯月「いえ……もしかして、プロデューサーさんに電話するところだったんですか?」

凛「え? あ、えっと……」

卯月「すみません気が利かなくて。私からは『明日見に行きます、頑張ってください』と一言だけ。それではっ」

凛「う、卯月」

ツー ツー…

凛「切れちゃった……」

凛「……」
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:47:05.35 ID:ed87VM3p0

ピッピッ…

凛「……」ドキドキ

プルルルル

プルルルル…

音声『現在通話中のため応答できません』

凛「……」

凛「……」

凛「……おやすみ。プロデューサー」
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:47:54.70 ID:ed87VM3p0

──翌日・会場──

奈緒「よっ、凛。気分はどうだー?」

加蓮「席にいても暇だから応援に来たよー」

凛「ふふ、わざわざありがとね。奈緒、加蓮」

奈緒「未央とか乃々とか、他のアイドルも見に来てるみたいだぜ。お前友達多いなぁ」

加蓮「2番目だっけ。後ろの方で見てるから。余裕があったら探してね」

凛「うん。ありがとう2人とも」

奈緒「じゃあまた後でなー」

テクテク
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:49:05.86 ID:ed87VM3p0

凛「……」

ピコン

凛「あれ、メール? 誰からだろう……」

凛「!!」

凛(会場から聴こえてくる歌や歓声が遠のいて聴こえた)

凛(メールはプロデューサーからのものだった)
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:50:09.33 ID:ed87VM3p0

ガチャ

卯月「はぁ、はぁ。凛ちゃん!」

凛「……」

卯月「ごめんなさい、なんとかギリギリについて。はぁ、はぁ……」

凛「……」

卯月「……凛ちゃん? どうかしましたか?」

凛「……ううん、ごめん。プロデューサーからのメールを見てたんだ」

卯月「あ、そうだったんですか。なんていうメールですか?」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:51:21.45 ID:ed87VM3p0

凛「一言だけ。き、昨日の電話なに?って」

卯月「あ、やっぱり電話したんですね。すみません、邪魔してしまって」

凛「ううん……」

卯月「やっぱりコミュニケーションって電話の方がいいんですかね。私もメールより、電話でお話しする方が好きなんですが」

卯月「昨日はどんなことを話されたんですか?」

凛「えっと……」

卯月「?」

凛「……ごめんね卯月。あんまり、よく覚えてなくて」

卯月「あ、いえ、こちらこそすみません。取り留めのない雑談も大事ですからねぇ」
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:52:21.07 ID:ed87VM3p0

卯月「私も最近よく雑談するようにしてるんです」

卯月「メールとかも、今まではお仕事の報告をする返信が多かったのですが、それだけじゃなくて」

卯月「今日あった面白い出来事とか、美味しかった食べ物とか、何気ないこともお話しするようにしたんです」

卯月「そうしたら、凛ちゃんの言う通りプロデューサーさんがどんな人かわかってきた気がします」

卯月「……私、プロデューサーさんのこと誤解していたのかもしれません」

卯月「信用されていないと感じていた毎日のメールも、本当は絶対に成功してほしいっていう思いやりだったのかも……」

卯月「考えてみればそうですよね。無視されるより全然ありがたいですから」

ワァァァ!

卯月「あ、歌が終わったみたいです。私、観客席に戻りますね」

卯月「がんばってください、凛ちゃん!」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:53:07.45 ID:ed87VM3p0

スタッフ「続いては、ガラス靴の歌姫、渋谷凛の登場だー!」

ワァァァ!

凛「……」

未央「待ってました〜!!」

卯月「凛ちゃーん!!」

凛「……強く、そう強く……」

凛「あの場所……走り……」

ラララー ラララー ラーララー♪
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:54:27.44 ID:ed87VM3p0

奈緒「……どうしたんだ凛のやつ。歌詞飛んだか?」

加蓮「いや、様子がおかしいよ。ずっと棒立ちだし」

凛「……ゆく、時間取り戻す……ように」

凛「駆けて…………」

凛(あれ。歌詞。なんだったっけ。思い出せない)

凛(なんだか舌がしびれて、息が……)

…ザワザワ

奈緒「おい、やばくないかあいつ」

加蓮「は、早く幕降ろしてよ! 私行ってくる!!」

卯月「凛ちゃん……?」
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:55:34.94 ID:ed87VM3p0

──控え室──

凛「ごめん、今は誰とも話したくないから──」

バタンッ!!

加蓮「凛……」

奈緒「すみません。きっと何か事情があるんです。凛に限ってあんなこと」

スタッフ「それはわかっています。3人目の方に急いで準備してもらいますので、あなたたちは渋谷さんを頼みます」

タタタッ

卯月(凛ちゃん、何があったの……)

奈緒「くそっ、こんな時にプロデューサーさんがいてくれれば」

加蓮「無茶だったんだよ、1人でライブなんて。気丈に見えて本当は心細かったんだ」

奈緒「……とにかく、一旦プロデューサーさんに報告しよう。あたしがメールしていいか?」

加蓮「うん、お願い。きっと驚くね。プロデューサーここ最近、凛と全く連絡とってなかったから」
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:56:42.30 ID:ed87VM3p0

卯月「──え?」

奈緒「次の人へのつなぎはスタッフさんに任せて、私たちはお客さんの方をなんとかしよう。未央や乃々たちにも手伝ってもらうんだ」

加蓮「わかった。観客席に戻って話してくる。奈緒と卯月はここにいて、凛のことを見ておいてほしいから」

卯月「ちょ、ちょっと待ってください。凛ちゃんとプロデューサーさんが、連絡をとっていなかった?」

奈緒「ああ、そうだよ……もちろん凛のことを頼りにしてのことだと思うけどな」

加蓮「反省しなきゃだよね、私たちも含めて。知らない間に凛に負担をかけていたんだから。……冗談でもあんなこと言うんじゃなかった」

卯月「……」

 卯月『無視されるより全然ありがたいですから』

卯月「あ……」サー
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:57:49.67 ID:ed87VM3p0

──握手会──

スタッフ「……本当に大丈夫なんですか」

凛「はい。握手会には出席します。いえ、させてください」

スタッフ「欠席しても構わないんですよ。……これはあなたのためだけに言っているわけじゃありません。この意味わかりますね」

凛「はい。もうあんな真似はしません」

スタッフ「……ファンの皆さんには、過労からのミスだと説明しておきます。くれぐれも無理はしないでください」

ザワザワ

ファン「凛ちゃん! 大丈夫ですか、体調がすぐれないって聞いたんですけど」

凛「大丈夫です。さっきは本当にすみません」ギュッ

ファン「い、いえ。次回を楽しみにしてますっ」
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 21:58:59.21 ID:ed87VM3p0

凛「……次の方、どうぞ」

卯月「……」

凛「あ、卯月……」

卯月「……」ガタガタガタ

凛「……卯月、そんな顔しないでよ。私より顔が真っ青じゃん」

卯月「り、凛ちゃんは信頼されてるから……私は、グズだから。だからに、決まってます……そうに決まってるじゃないですか……」

凛「……」

卯月「ごめんなさい、辛いのは自分1人だと思い込んで……私、私は……」ボロボロ

凛「……」

凛(どうして卯月が泣くの?)

凛(どうして卯月はいつも、私が泣きたい時に泣くの?)
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:00:10.89 ID:ed87VM3p0

──

凛『はぁ、はぁ……』

スッ

凛『あ、プロデューサー。タオルありがと』

凛「え? 今日のレッスンは妙に息が上がってなかったったかって?』

凛『……ふっ。やっぱりプロデューサーに隠し事はできないね』

凛『実は今日の授業、振替で体育になったんだ。それで結構疲れちゃってさ』

凛『……嘘をつくつもりはなかったんだ。ただ、学校を理由にレッスンを簡単にされたくなくて』
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:01:07.51 ID:ed87VM3p0

アハハ…

凛『ちょっと、笑わなくたっていいじゃん。真面目だなぁって……それ褒めてくれてる?』

凛『……私はまだアイドルになってから日が浅いし、芸能界がどういう場所なのかよく理解できているわけでもない』

凛『だけど、やるからには本気で挑戦していきたいって思ってるから』

凛『そのためには、プロデューサーのサポートが不可欠なわけで……』

凛『……もう。恥ずかしいこと言わせないでよっ』

凛『とにかく、私のことを1番近いところで見守っててね』

凛『約束だよ、プロデューサー』

──
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:02:24.49 ID:ed87VM3p0

──凛の部屋──

凛「……」パチ

凛「……どうして、あんな昔の夢を……」

ピンポーン

凛「?」

凛母「凛。卯月ちゃんがお見舞いに来てくれたよ」ガチャ

凛「卯月……」

凛母「? なにその顔」

凛「……ごめん。今は寝込んでるって言っておいて」

凛母「あんたらしくないこと言うのね。伝えたいことがあるなら直接言いなさい」
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:03:23.89 ID:ed87VM3p0

…ガチャ

卯月「失礼します……」

凛「うん……」

卯月「……」

凛「……」

卯月「……あの」

凛「ごめんね、卯月」

卯月「!!」
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:04:21.62 ID:ed87VM3p0

凛「こんなことで卯月に心配をかけちゃって、本当ごめん」

卯月「り、凛ちゃんが謝ることなんて何にもないです!」

凛「全部私のせいだ」

卯月「ち、違うよ……」

凛「いや、こうして卯月に出向いてもらってる時点で、これは私の責任だよ」

卯月「な、なんで、なんでそんなこと言うの……」ジワ

凛「……」

卯月「お願いだから、そんな悲しいこと言わないでください……」

卯月「うぅ、うっ……」ポロポロ
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:05:51.85 ID:ed87VM3p0

凛「…………まただよ」

卯月「……えっ?」

凛「まただよ……私が辛い時、必ず卯月が泣くんだ。どうして卯月が泣くの。卯月は、泣く必要ないよね?」

卯月「凛ちゃん……?」

凛「卯月はとても恵まれた人だよ。仕事も順調で、みんなから愛され、大事にされてる」

凛「それに比べて私は……」

凛「……もう2度とあのミニライブには呼ばれない。プロデューサーにもきっと失望された」

凛「泣きたいのは、私の方だよ……」

ポタ…

卯月「…………」

凛「……ごめんね。私最悪だ。よりによって卯月に当たるなんて……」
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:06:50.99 ID:ed87VM3p0

ギュッ

凛「……卯月?」

卯月「凛ちゃん。ごめんね、私が鈍感なばっかりに、凛ちゃんの気持ちに気づいてあげられなかった」

凛「ううん、卯月が謝る必要なんて──」

卯月「凛ちゃん。いいの、もういいんだよ。もう凛ちゃんに辛い思いなんて絶対にさせないからね」

凛「卯月……?」

凛(この時、卯月は何かを決心した顔をしていた)

凛(そしてその決心が、良い決心でないことも表情からわかった)

凛(わかっていながら止められなかったのは、それができないほど強く抱きしめられていたから)
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:07:59.46 ID:ed87VM3p0

──

奈緒「今日から凛が復帰する。分かってると思うけど、いつも通〜りな感じで話すぞ」

加蓮「いつも通〜りって?」

奈緒「こんな感じだ。おはよう!」ニカ

加蓮「胡散くさ……」

奈緒「ほっとけ!」
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:08:55.38 ID:ed87VM3p0

加蓮「……そう言えば、プロデューサーにはもうメールした?」

奈緒「あーうん。凛が体調不良とだけ取り急ぎ送っておいたよ」

加蓮「……『プロデューサーのせいで』が抜けてない?」

奈緒「ば、バカ。そんな言い方ってないだろ。原因もまだハッキリしてないし……本人は風邪だって言ってるんだぜ?」

加蓮「凛が風邪なんかで3日も休むわけないでしょ」

奈緒「……」

加蓮「……ごめん。私がイライラしたってしょうがないんだけどさ」
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:09:53.62 ID:ed87VM3p0

ガチャ

凛「おはよう」

加蓮「あ、凛。おはよう。待ってたよー!」

奈緒「もう風邪は平気なのか?」

凛「うん。2人には迷惑かけたね」

奈緒「気にすんなって! さあレッスン再開だ!」

凛「うん……ねぇ、卯月の姿を見なかった?」

加蓮「卯月? さあ、知らないけど」

凛「そう……」

奈緒「何か用事か? レッスンの時間ずらすこともできるけど……」

凛「ううん、そういうわけじゃないよ。レッスンを始めようか」
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:10:50.84 ID:ed87VM3p0

──テレビ局──

局員「うーん、島村さん。そんなこと言われてもねぇ」

卯月「そこをなんとか……」

楓「?」

局員「じゃあまあ、もし仮にそういうことになったら、島村さんの意見を伝えておくから」

卯月「ありがとうございます!」ペコ

スタスタ

卯月「……」

楓「卯月ちゃん? どうかしたんですか?」

卯月「あ、楓さん」
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:11:44.22 ID:ed87VM3p0

楓「何かお願い事をしてるように見えましたが」

卯月「ええ。少し相談というか、なんというか」

楓「……?」

卯月「……楓さんの言う通りだったんです。私、凛ちゃんのこと全然わかっていなくて」

卯月「しっかり者だって思い込んで、凛ちゃんに甘えてばかりだった」

卯月「次は私がしっかりする番なんです……」

楓「卯月ちゃん、何かあったの?」

卯月「いいえ。失礼します」

スタスタ
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:12:42.66 ID:ed87VM3p0

──

凛「卯月の様子がおかしい?」

文香「はい。昨日私のところに尋ねられてきたのですが……」

 卯月『本のこと、凛ちゃんに教えてもらえませんか?』
 
文香「という風におっしゃっていて」

凛「? どういうこと?」

文香「私も意味をはかりかねていて……顔色もすぐれないようでしたので、何かあったのかと」

凛「……話してくれてありがとう。私から直接卯月に聴いてみるよ」ダッ

文香「あ、凛さん……」

タタタ…

文香「……お気をつけて。何か、とても嫌な胸騒ぎがします」
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:13:42.67 ID:ed87VM3p0

──

ピンポーン

凛「卯月ー? いないの?」

…ガンッ

凛「?」

ガンッ ガンッ…

凛(なんだろうこの打撃音。部屋の方から聞こえるみたいだけど)

ガンッ ガンッ…

凛「……卯月ー! 明日は事務所に来る日だよねー!」

凛「私、事務所で待ってるからね! 絶対に来るんだよー!」
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:14:53.54 ID:ed87VM3p0

──事務所──

チクタク…

凛(卯月、遅いな……)

凛(今日は明日の収録に備えた最終ミーティングのはず。まさか来ないなんてこと……)

ガチャ

卯月「おはようございます」

凛「あ、良かった。うづ──」

凛(制服姿で現れた卯月は、左手に白い包帯を巻いていた)
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:16:03.77 ID:ed87VM3p0

凛「……卯月?」

卯月「……えへへ」

凛「ど、どうしたのその腕」

卯月「骨折しちゃって」

凛「は?」

卯月「転んで折っちゃったんです。えへへ」

凛(全身の血の気が引いていくのが分かった)
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:17:21.92 ID:ed87VM3p0

卯月「明日はもう新番組の収録だっていうのに、私ってば本当にダメだなぁ」

卯月「でも、こんなこともあろうと、局員の方には事前に話を通しておいたんです」

卯月「私が怪我や病気で出演できなくなったら、代わりに凛ちゃんを出してくださいって!」

凛「う、卯月……そんな、どうして……」

凛「自分で骨を折るなんて……」

卯月「ち、違いますよ。転んだだけです、わざとじゃないんです」オドオド

凛「卯月……」

卯月「本当です! なんで私が骨折したのかを説明すると……」

凛(その後、卯月が何かを言っているのを、呆然とした脳内の片隅に置いて、私はひどい後悔にかられていた)
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:18:26.08 ID:ed87VM3p0

凛(卯月に抱きしめられたとき、無理にでも振りほどいていれば)

凛(卯月から相談を持ちかけられたとき、強がらず自分の気持ちを打ち明けていれば)

凛(あるいはもっと前に、プロデューサーに何か一言でも伝えられていれば……)

凛(頭の中で巡らせた後悔は、全てがもう遅かった)

凛(卯月は正気を失ってしまっている)

──
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:19:47.56 ID:ed87VM3p0

卯月「っていう経緯があって、私は骨を折ってしまったのです」

凛「……卯月、病院に行こう」

卯月「え? だ、ダメです。私はこの怪我の説明のため、番組関係者ほうぼうの元へ行くてはいけませんから」

凛「今本当のことを言いたくないならそれでも構わない。とにかく病院に行って、お医者さんに診てもらおう……」

卯月「そ、そんなことよりも、凛ちゃんを代役に決定してもらうことの方が先です」

凛「卯月……もういいんだよ!」

卯月「良くありません!! 私は、私が絶対に……!」

ダッ

凛「卯月! どこに行くの!?」

タタタタ…
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:21:30.94 ID:ed87VM3p0

凛(1人きりになった静寂のなか、私は考える)

凛(卯月のこれからのことを)

凛「卯月は番組関係者に怪我のことを話しに行った。でも卯月の言い分なんてすぐに嘘だと見破られる……」

凛(卯月が私を推薦して、その直後に骨を折った。これが私に番組を譲るための卯月の自傷ということは、誰の目から見ても明白だ)

凛(辞退するために自分の骨を折ったなんてことがわかれば、卯月は今後アイドルとして活動することは難しいだろう)

凛「…………」

凛(骨折を偶然のものだと思わせる方法は無いか……卯月の行動に一貫性をなくせば、もしかすると卯月の言うことを信じてくれるかもしれない)

凛(卯月は私に番組を譲るために自傷した。その動機を誤魔化すためには……)

チク…タク…

凛「私が卯月よりひどい怪我をすればいい」
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:22:49.57 ID:ed87VM3p0

凛(そうすればミニライブでの失態と合わさって、仕事から逃げたのは私ということになる)

凛(卯月への疑いの目を私に移すことができる)

凛(私はアイドルとして終わるけど、それでも卯月を助けることができる)

凛「そうと決まれば家に帰って……いや遅すぎる。そうだ、この事務所にちょうど窓があった──」

ガラララララ

凛「……はぁ、はぁ」

凛(身を乗り出して下を見つめる。汗がゆっくりと時間をかけて落ちていった)
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:24:52.60 ID:ed87VM3p0

凛(どこで間違えてしまったのだろうか)

凛(今となっては、それはもうわからない。わかるのは、私は今大いなる選択に迫られているということだ)

凛「……」
 
 加蓮『凛。おはよう。待ってたよー!』

 奈緒『さあレッスン再開だ!』

凛(私の体は私だけの体じゃない。なんの関係もない人を大勢巻き込むことだってありえる)

凛(それに、プロデューサーはなんて言うかな)

凛(私が飛び降りたと知ったら、もう2度とあの日のように、私に笑いかけてくれる日は来ないだろう)

凛「それは、嫌だな……」

凛「……」
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:25:59.65 ID:ed87VM3p0

──

同級生『……凛ってさ』

凛『?』

同級生『結婚できなさそうだよね』

凛『はぁ?』

同級生『帰るんでしょ? バイバイ、また明日』

凛『あ、うん……』スッ

凛『……いや、ちょっと待って。具体的にどこらへんでそう思ったの?』クル

同級生『あはは、凛でも気にするんだ』

凛『そりゃするよ、そんな言い方されたら……』
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:27:19.26 ID:ed87VM3p0

同級生『別に悪口のつもりで言ったんじゃないよ。ただ……凛の考え方は、優し過ぎるから』

凛『優しい?』

同級生『ファンのことを考えると恋愛できない。それってつまり、自分の幸せのために他人の不幸を選べないってことでしょ』

凛『……』

同級生『とても優しい考え方だと思う……だけど凛。幸せになるためには、決断することも必要だよ』

同級生『いつか愛する人ができたとき、それ以外の人を切り捨てるという選択を必ずや迫られる』

同級生『取捨選択して、最後まで捨てられなかった人のことを指して』

同級生『人は「最愛の人」と呼ぶんだから』

──
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:28:23.67 ID:ed87VM3p0

凛「……」

凛「…………」
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:29:18.76 ID:ed87VM3p0

凛(そして、私は決断した)

凛(最愛の人の笑顔を守るため、どちらかを捨てる決断を)

凛(ピアスが外れて落ちていった)

凛(リンゴの花。たしか、花言葉は……)

────

──
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:31:10.70 ID:ed87VM3p0

──病院──

文香「『女か虎か』という物語はリドル・ストーリーと呼ばれ、結末が存在しません」

文香「より正確に言うと、結末の解釈を読者に委ねるのです」

文香「王女が指差した扉の先に、女がいたのか虎がいたのか」

文香「あなたはどちらだと思いますか?」

文香「凛さんは卯月さんのため、事務所から飛び降りたのでしょうか」

文香「それとも自分や仲間のため、思いとどまる決断を下したのでしょうか」
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:32:21.52 ID:ed87VM3p0

文香「どちらにせよ、この先の病室にいるのは1人きりなのです」

文香「プロデューサーさん、あなたはどなたのお見舞いに来たのですか?」



おわり
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:34:51.43 ID:ed87VM3p0

お疲れ様でした

見てくださった方、ありがとうございました
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/19(金) 22:35:38.83 ID:ed87VM3p0

よかったら過去作も見てください

https://twitter.com/D3fwYD4HVaHoHWf
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/20(土) 00:26:32.15 ID:apXVIaWPO
乙、重い想い
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/20(土) 11:44:12.24 ID:amKcukUXo
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/24(水) 12:47:39.24 ID:YyMH9X6qO
おつつ
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