静香「まさか、こんな日が来るだなんて」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:11:00.23 ID:T5VGsdE90
静香「は……? え、ちょ、ちょっと待ってください」

あまりに想定外、また唐突なプロデューサーの言葉に、静香は思わず制止の声をかける。
そして動揺を抑えられぬままに聞き返した。

静香「き、聞き間違いじゃないですよね?
  今、千早さんと私のデュオ、って聞こえたんですけど」

P「ああ、聞き間違いじゃないよ。
 次の公演では、千早と静香に二人で新曲を歌ってもらおうと思ってるんだ。
 もちろん、二人の了承を得られればだけど」

静香の様子とは正反対、プロデューサーは一度目と同じようにさらりと繰り返した。
また千早も落ち着いた様子で、穏やかに微笑んだ。

千早「私と静香のデュオ……ふふっ。
  ありがとうございます、プロデューサー。ぜひ、やらせていただければと」

P「良かった、千早ならそう言ってくれると思ったよ」

即答で了承した千早の微笑みはどこか高揚しているようにも見える。
それを見てプロデューサーは満足げに頷いたのち、
その横で放心したように口を半開きにしている静香に目線をずらした。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1570360259
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:15:15.83 ID:T5VGsdE90
P「それで、静香はどうだ? 受けてくれるか?」

静香「…………」

P「? 静香?」

まるで聞こえなかったかのように未だ黙ったままの静香。
その横顔を見つめるうち、千早の笑顔には不安げな影が差す。

千早「……もしかして、あまり気が進まないかしら。
  私はいつかあなたと歌ってみたいと思っていたから、とても楽しみに思っているのだけれど……」

と千早が言い終わるか終わらないか、
その瞬間に静香はびくりと肩を跳ねさせて勢いよく千早に向き直り、

静香「はっ……ひゃいっ! よ、よろしくお願いします! 千早さん!!」

裏返った声で半ば叫ぶようにそう言って頭を下げた。
その勢いに、千早は思わず目を丸くし、プロデューサーは安心したように失笑した。

P「あはは、気合は十分だな。良かったよ。
 それなら早速、曲を渡そうと思うんだけど大丈夫か?」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:16:09.60 ID:T5VGsdE90
千早「はい、問題ありません。静香、よろしくね。お互いに頑張りましょう」

静香「は、はいっ! よろしくお願いします!!」

P「よし、じゃあこれがその曲だ。
 二人ならそれを見ればどんな曲かすぐ分かると思うけど、一応流してもみるから聴いてみてくれ」

そうしてプロデューサーは二人に楽譜を渡し、音楽プレイヤーを再生する。
だが、今の静香には紙に書かれた文字も流れる音楽も、上滑りしていくようだった。
自分が、憧れの先輩と二人で、デュエットする。
ただその事実だけがぐるぐると頭の中を巡っている。

あの千早さんと。
ずっと憧れた、今も憧れてる、尊敬する先輩と、二人で歌う。
いつかはそんな日が来たらいいな、なんて、夢に思ったことが無いわけじゃない。
けど、まさかこんなに早くその日が来るだなんて……!
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:17:33.80 ID:T5VGsdE90
P「……と、こんな感じの曲だ。どうだ静香、何か感想はあるか?」

自分の名前を呼ばれ、ようやく静香はハッと目が覚めたように手元から目を上げる。
曲はもう止まっていた。

静香「は、はい! 頑張ります!」

P「そ、そうか。意気込みはやっぱり十分みたいだな」

プロデューサーの苦笑いを見て遅れて気付いた。
しまった。
プロデューサーは曲の感想を聞いたんじゃないか。
なのに頑張ります、だなんて素っ頓狂な回答を……。

よりによって憧れの先輩の前でこんな失敗を犯すなんて。
そんなふうに赤面する静香の想いを知ってか知らずか、
プロデューサーはそれ以上質問を重ねることなく、今度は千早に向き直った。

P「千早はどうだ? この曲について、何か感じたことはあるか?」
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:18:25.10 ID:T5VGsdE90
そうだ、千早さんなら。
千早さんの意見なら絶対に参考になる。
さっきうわの空だった分、しっかり聞かないと。
きっと素晴らしい解釈を色々な言葉で聞かせてくれるはずだ。

そう確信し、静香も千早に顔を向けた。
しかし……

千早「……」

期待と尊敬のまなざしを向けた先にあったのは、
手元の紙に目線を落としたまま沈黙する千早の姿。
じっと黙って俯くその横顔は、少なくとも静香は見たことのないものだった。
何か悩んでいるような、迷っているような、そんなふうに見えた。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:19:18.17 ID:T5VGsdE90
静香「……千早さん?」

沈黙に耐え兼ね、静香は口を開く。
それを合図にしたかのように、ここで初めて千早が顔を上げた。

千早「プロデューサー。今日、レッスンルームはもう取っていますか?」

P「うん? ああ、一応二人で使えるように予約してあるけど……」

千早「そうですか。なら……静香、今日はあなたが使って。私は別の場所で練習するから」

静香「え……? ど、どうしてですか? 二人で一緒に練習は……?」

当然抱くべき疑問を静香はそのまま口にした。
だが千早の方も当然そう聞かれることが分かっていたように、まっすぐに静香を見て答える。

千早「まずは個別にこの歌について考えて、練習して……。
  それから、二人で歌う。私はそうするべきだと思ったの」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:20:47.63 ID:T5VGsdE90
静香「そ……そう、なんですか?」

千早「もしあなたに何か意見があるなら聞かせてちょうだい。
  初めから二人で練習した方がいいと思ったのなら、話し合って決めましょう」

静香「え……? い、いえ、私は……。
  千早さんがそうした方がいいって言うなら、そうします。
  わかりました、それじゃあ、まずは個別に練習しますね」

千早「……ええ。しっかり、練習しましょう。お互いに」

そう言い残して、千早は控室をあとにした。
困惑した表情で扉が閉まるのを眺めていた静香は、その表情をそのままプロデューサーに向ける。

静香「ぷ、プロデューサー。千早さん、どうしたんでしょう……?
  なんだか、いつもと様子が……」

P「……そうだな。でも、これが千早が曲について考えた結果、ってことなんだろう」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:22:07.26 ID:T5VGsdE90
P「ただ、千早はいつ二人で歌うかまでは決めてなかったよな。
 あまり長く時間を取り過ぎるのも良くないだろうから……一週間が目安かな。
 あとで千早にもそう言っておくよ」

静香「一週間……。その間に、私は自分のパートを完璧にしないといけない、とことですね」

P「公演まで日にちはあるから、必ずしも一週間で完璧にする必要はないと思うけど……」

静香「いいえ、絶対完璧にします!
  千早さんがわざわざ個別の練習期間を作ってくれたのに、期待を裏切りたくありません!
  絶対に……絶対に足を引っ張らないようにしなくちゃ……!」

P「……」

静香「? なんですか、プロデューサー。何か言いたいことがあるんですか?」

P「ん……いや、なんでもない。まずは静香の思うように、この曲を練習してみてくれ」

静香「言われなくてもそのつもりです。それじゃあ私、早速レッスンに行ってきますね!」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:23:41.50 ID:T5VGsdE90



数日後

翼「――しーずーかちゃんっ♪ レッスンお疲れさま!」

静香「! 翼、未来! いつの間に来てたの?」

未来「あー、やっぱり気付いてなかったんだ! 結構前から居たよ?
  さっき歌ってる時の、一番の途中くらいから!」

静香「ほ、本当? ごめんなさい、気付かなくって……」

翼「それ、今度千早さんと歌うって言ってた曲だよね? なんかカッコイイ感じ!」

未来「うんうん! カッコイイ!
  それに私、なんだか静香ちゃんと千早さんっぽいなーって思っちゃった!」

静香「えっ? 私と、千早さんっぽいって……?」
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:25:29.39 ID:T5VGsdE90
未来「えーっと、最後の方にあった、『君に憧れ〜君を待ってて〜』ってとこ!
  あそことか、静香ちゃんと千早さんっぽいなって!」

翼「そんな歌詞だっけ? なんか違わない?」

静香「『君に憧れ 君を待ち焦がれ』、ね。
  でも、私はともかく千早さんは別に、私を待ち焦がれてなんかないと思うけど」

未来「そうなの? でも静香ちゃん、前言ってなかった?
  『千早さんも、私と歌うのを楽しみって言ってくれた』って」

静香「もう、そんなの社交辞令に決まってるじゃない。
  千早さんは優しいからそうやって言ってくれたの。私だって別に真に受けてなんかないわよ」

翼「えー? その話したとき、すっごく嬉しそうだったのに?」

静香「あ、あのときは私も浮ついてたの! 今は違うから!」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:26:33.15 ID:T5VGsdE90
静香「それより、二人とも何しに来たのよ? 何か用事があったんじゃないの?」

翼「んー、用事って言うか、ちょっと静香ちゃんのレッスン見学しようかなーって」

未来「翼が暇そうだったから私が誘ったんだー♪」

翼「あ、でもあんまり長くは居られないよ? 今日見たいテレビあるし」

静香「そ、そう。まぁそういうことなら別にいいけど……。
  だったらせっかくだし、何かおかしなところとかがあったら教えてくれる?」

未来「えっ、私たちが? でも静香ちゃんの歌におかしなとこなんて見つけられるかなぁ?」

静香「無ければ感想でもいいから。私はあと数日でこの歌を完璧に仕上げなくちゃいけないの。
  どんなことでも、少しでも意見が欲しいのよ」

翼「静香ちゃん、すっごいやる気〜。いいよ、そういうことなら、しっかり見ててあげる♪」

静香「ありがとう。それじゃ……」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:27:39.42 ID:T5VGsdE90



静香「――ふぅ……。今のはどうだった? Bメロの入りを少しだけ変えてみたんだけど」

未来「うん! すっごくかっこよかった!」

静香「……そ、そう。やっぱり未来の感想はそれなのね……。
  翼はどう? さっきと比べて、どうだったかしら」

翼「んー……。あんまり細かいとこはよく分かんないけど、
  静香ちゃん、ちょっと休憩した方がいいんじゃない? なんかダンス遅れてるとこあったし」

静香「うっ……。い、今は歌の感想を聞いてるの!」

翼「えー? だってよく分かんないんだもん。私はどっちもかっこよかったって思うなー」

静香「そう、なの? 翼がそういうのなら、今のところはそこまで強く意識することはないのかしら……」

未来「あーっ、静香ちゃんってば、翼の感想だけ参考にしてるっぽい!
  私だってかっこよかったって言ったのにー!」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:28:46.23 ID:T5VGsdE90
静香「そ、そんなことないわよ! 未来の意見もちゃんと参考にしてる!」

未来「うそだー! 私の時と反応が全然違うもん!」

静香「う……し、しょうがないでしょ! だって未来ったら、『かっこいい』しか言わないんだから!」

未来「だって本当にかっこいいんだもん! 静香ちゃんがかっこいいのが悪いんだよー!」

静香「どういうことよ!?」

翼「あれ、もうこんな時間? それじゃ私もう帰るね。二人とも、また明日ー♪」

未来「あ、うん! じゃあね翼、バイバーイ!」

静香「……も、もう今日は終わりにしようかしら。なんだかいつもよりずっと疲れたわ……」
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:29:47.70 ID:T5VGsdE90



――曲をもらってからの数日間。
静香は毎日、一生懸命に練習した。
時にはプロデューサーに見てもらいながら、時には未来や翼に感想をもらいながら。
千早のパートナーとして、絶対に足を引っ張ることないよう、懸命に考え、懸命に努力を重ねた。
そして……。

P「さて、と。いよいよ明日、千早と歌うわけだけど……仕上がりは十分みたいだな」

未来「静香ちゃんすごーい! かっこよかった!」

翼「これなら本当に『カンペキ』って感じじゃない?」

静香「ほ、本当? 良かった……」

未来「きっと千早さんも褒めてくれるよ! だってすっごくかっこいいもん!」

静香「だから未来はそればっかり……ううん。ありがとう、未来。
  それに翼と……ついでに、プロデューサーも、ありがとうございます」

翼「えへへっ、どういたしまして!」

P「俺はついでなのか……。まぁ確かに、大したアドバイスはしなかったけど」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:31:44.45 ID:T5VGsdE90
P「でも静香、お礼を言うのはまだ早いぞ。
 千早とはまだ一度も合わせてないわけだし、それに本番だってまだまだ先なんだからな」

静香「わ、わかってますよ! けど、大丈夫です。
  明日もきっと……いいえ、絶対に完璧に歌ってみせます。
  それで明日からは、千早さんと二人で更に完成度を上げていきますから!」

P「ああ、その意気だ。と、気合も入れたところで、今日はそろそろ切り上げて帰ろう。
 明日ベストな状態で歌えるように、喉と体を休めておかないとな」

翼「わっ、ほんとだ! いつの間にかこんなに時間経ってたんだ!」

未来「私たち明日はお仕事だから見学はできないけど、でも応援してるね!
  静香ちゃん、明日がんばってね!」

静香「ええ……ありがとう、頑張るわ。二人がこんなにレッスンに付き合ってくれたんだから……。
  情けない格好は見せられないもの!」
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:34:18.94 ID:T5VGsdE90
そうして、いよいよ当日。
一週間、千早の提案の通りに二人はそれぞれ個別で練習を重ねた。
その成果を出すのが今日この日。
千早と初めて二人で歌う日……静香にとっての、もう一つの『本番』の日。

千早「おはようございます」

静香「お、おはようございます!」

レッスンルームの扉を開けた千早に、先に来て待っていた静香は緊張気味に挨拶を返す。
そんな静香に、千早は穏やかに微笑んだ。

千早「今日はよろしくね。静香」

静香「はっ……はい! よろしくお願いします!」

P「よし。それじゃあ早速、歌ってみるか?
 静香は早くから来て発声も済ませてるし、千早の方も、もう準備はできてるんだろ?」

千早「はい、問題ありません。すぐにでもいけます」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:35:43.70 ID:T5VGsdE90
P「静香の方も大丈夫か? 緊張してないか?」

静香「は……はい、大丈夫です!」

P「……よし。それじゃあ二人とも立ち位置に付いてくれ。曲を流すぞ」

静香は駆け足に、千早は緩やかに、始めの位置につく。
そして……曲が流れ始めた。

イントロ、そしてまずは静香のパート。
歌い出し――緊張していた静香ではあったが、発声に無理はなく、音程は僅かほどもずれていない。
まさに、『完璧』だった。

よし、ちゃんと歌えてる!

安堵しつつ、だが緊張感は維持したまま全力で歌い続けた。
が……この時、プロデューサーだけが気付いた。
静香が歌い出したその瞬間、千早の表情が歪んだことに。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:38:39.10 ID:T5VGsdE90



――曲が終わった。
一週間の練習の成果をすべて曲にぶつけた静香の顔に浮かんでいたもの……。
それは、笑顔だった。

静香「ち……千早さん、どうでしたか!
あの、私は、えっと……き、綺麗に合ったと思うんですけど……!」

始まるまでの緊張が嘘のように、期待を顕わにして千早の評価を求める静香。
それだけでも、静香にとって今の歌唱がどれほどの手ごたえを感じるものであったかが分かる。
しかしそれも当然、確かに静香は完璧に千早の相手を務めた。
一寸の狂いなく、完璧に千早に合わせていた。
それはまさしくこの一週間の努力の成果が100%出た結果であった。
だが……

千早「……静香、もう一度お願いできるかしら」

静香「え?」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:39:52.17 ID:T5VGsdE90
千早「プロデューサー。今度は撮影をお願いします。携帯電話で構いません。
  私たちの歌っている光景を、撮影していただければと」

P「……ああ、わかった」

発言の意図を問うこともなく、プロデューサーはポケットからスマートフォンを取り出す。
その様子を困惑の色を浮かべて見ていた静香に、千早は向き直る。

千早「次は、もっといいものを歌えるように……頑張りましょう」

静香「あ……は、はい! お願いします!」

何か納得のいかない部分があったのかも知れない。
だとすればきっと自分のせいだ。
次はもっと、もっと完璧に合わせないと……!

笑顔から一転、静香が先ほどよりも更に強い緊張感を抱く中、曲が再び流れ始めた。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:41:25.66 ID:T5VGsdE90
――二度目の挑戦。
今度も……やはり、完璧だった。
「変わらず」完璧に静香は歌い上げた。
そして先ほどよりも集中力を上げ、より正確に自己評価した結果……
静香の自己評価は変わらなかった。

しかし今度は恐る恐る目を向けた千早の横顔は、やはり一度目のときと同じだった。
明らかに千早は納得していない。
そのことは静香にもはっきりとわかった。

でもどうして?
わからない。
千早さんはもちろん、私だって、何一つミスはおかしていないはず。
私たちの歌声は、完璧に合っていた。
それなのにどうして……?
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:42:15.29 ID:T5VGsdE90
……きっと、自分の技量では分からないほどの細かなミスがあったに違いない。
静香の思考がそこに至ったのは当然のこと。
だから静香は、千早に聞こうとした。
しかし口を開く直前、千早が早口気味に言った。

千早「動画はあとで送ってください。私と静香の両方に」

プロデューサーにそう言い残し、千早は踵を返す。
そして部屋の隅に置いた荷物を持ち、出口へ向かって歩いて行った。

静香「ち……千早さん……?」

P「……今日はもういいのか?」

千早「はい。今日はもう……これ以上やっても、無意味ですから」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:43:45.42 ID:T5VGsdE90
静香「ッ……!」

半ば呟くように言って、千早はレッスンルームを出た。
しかしその言葉は静香をその場に留めておくことはなかった。

静香「ま……待ってください! 千早さん!!」

静香は叫び、千早のあとを追って駆け出す。
弾くように扉を開き、廊下に出たすぐそこに千早の後姿が見えた。

静香「あ、あの……! ごめんなさい! 私のせいですよね……!?
  私が実力不足だから、その……!」

千早のすぐ後ろについて、静香は懸命に自身の実力不足を詫びる。
すると千早はようやく足を止め、前を向いたまま言った。

千早「……いいえ。あなたの実力は、何も問題ないわ。とても上手に歌えていたと思う」
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:44:46.50 ID:T5VGsdE90
静香「え……? で、でも、それじゃあどうして……?
  千早さんだって、あ、当たり前ですけど、私よりもずっと上手で、なのに……」

自分に問題ないのなら、自分より上の千早にだって何も問題はないはず。
なのにどうしてあんなに納得いかない様子を見せていたのか。
抱いた疑問を率直に発した静香だが、それを聞いた千早は下げた両腕の先で拳をぐっと握った。
そして振り返り、静香を真っ直ぐに見つめた。

千早「さっきの歌……。あなたは、完成度は何%だと思う?」

静香「え? えっ、と……」

想定の外からの質問に、静香は答えに詰まる。
でも、答えないと。
目を伏せ、逡巡し、そして恐る恐る口を開いた。

静香「……60、いえ……ご、50%くらい、でしょうか……」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:45:48.40 ID:T5VGsdE90
『80%』。
本心では、静香はそう答えたかった。
自分としてはそれだけの手ごたえはあった。
だが千早の様子を見て素直にそんなことを答えられるはずもない。
だから本来の自己評価よりもずっと、ずっと低い数値を答えた。
しかし……

千早「0%。私はそう思ってる」

静香「なっ……!?」

思わず息を呑んだ。
そんな馬鹿な。
あれが、0%……!?
だって、あんなに綺麗に、完璧に合っていたのに……!
それが、ゼロだなんて、どうして……!?
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/06(日) 20:48:22.33 ID:T5VGsdE90
困惑と混乱を浮かべ、ただただ茫然とする静香。
そんな静香を尻目に、千早は再び背を向ける。

千早「……また、一週間後に歌いましょう。
  あまり期間をあけることはできないから、これが限度……」

静香「あ、あの……」

千早「今の私たちでは、あの歌を歌うことはできない。
  もし一週間で何も変わっていなければ……今回の出演は、辞退しましょう」

静香「っ!? そんな……! ど、どうすれば……どうすればいいんですか!?
  私、わからないんです! どうすればいいのか、私……!
  お、教えてください、千早さん! アドバイスを……! お、お願いします!!」

ほとんど泣きそうになりながら、縋り付くように叫ぶ静香。
しかし次の瞬間、ほんの一瞬振り向いた千早の顔に浮かんでいた表情が、静香の呼吸を止めた。
深い……深い、悲しみの色。
そのまま何も言わずに立ち去る千早を、静香は呆然と立ったまま見送ることしかできなかった。
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