静香「まさか、こんな日が来るだなんて」

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53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 19:47:14.53 ID:pYPvRrqT0
プロデューサーに弱気なところを見せたくないという意地からか、
喉元で詰まっていた言葉を静香は一気に吐き出すように言った。
しかし翼はそんな静香を尻目に、プロデューサーに向けて尋ねる。

翼「プロデューサーさん、もうメンバーの変更は無理なの? 私が出ちゃ、ダメ?」

聞いたところで答えは決まっている。
認められるわけがない。
静香は当然返ってくるべきプロデューサーの答えを待った。
しかし……プロデューサーの反応は静香の予想を外した。

P「……」

思案するように口元に手をやり、目を伏せて黙り込むプロデューサー。
その様子に、静香は声をかけようとする。
だがそれより先に、プロデューサーは目線を上げ、

P「翼。静香の代わりに歌うってことは、静香よりもいい歌を歌う自信があるってことだよな?」

翼「はい、ありますよ? いつもの静香ちゃんだったら大変かもだけど、
 さっきの動画見た感じだったら大丈夫だと思いまーす!」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 19:50:05.17 ID:pYPvRrqT0
P「そうか。だったら、今から静香と歌ってみてくれ。静香と千早が歌う、あの曲を」

静香「なっ……!?」

耳を疑った。
それはつまり、自分と翼の歌を聴き比べるということなのか。
静香は血相を変え、掴みかからんばかりの勢いでプロデューサーに詰め寄る。

静香「何を言ってるんですか、プロデューサー!? どういうことですか!?」

P「翼に静香の代わりが務まるかどうか、これで判断する。
 翼には千早のパートを歌ってもらうけど、それでいいか?」

静香「は、はぁ!? だから、何を言って……」

翼「えっと、歌詞見ながらでもいいですか? メロディは覚えてますけど、歌詞はちょっと微妙かもだし。
 あ、それからダンスも大体覚えてるけどまだ全部は無理かなー」

P「歌だけで構わないよ。歌詞も見ながらでいい。純粋に、歌だけを聴き比べようと思うから」

翼「良かったぁ。それなら大丈夫でーす! プロデューサーさん、ありがとうございまーす♪」
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 19:51:55.57 ID:pYPvRrqT0
静香「ちょ、ちょっと待って、翼! プロデューサーも、本気で言ってるんですか!?
  そんな、千早さんに相談もせずに……!」

P「千早にはあとで説明するよ。きちんと説明すれば納得してくれるさ。
 っていうか、ここで静香が自分の方がふさわしいって証明できれば問題ないはずだろ?」

静香「そ、それはそうですけど、そういう問題じゃ……!
  ちょ、ちょっと、未来! 未来も何か言って!」

未来「ええっ!? わ、私は、えっと、えっと……!
  し、静香ちゃんは千早さんのことが大好きだし、静香ちゃんに歌わせてあげた方がいいと思いますっ!」

翼「えー? だったら私だって千早さんのこと好きだよ?
  千早さんすっごく優しいし、歌も上手だし、綺麗だし!」

未来「そ、そっか、それじゃあ、えっと、えっと……。うぅ〜! 静香ちゃんごめ〜ん!」

静香「っ……も、もう! しっかりしてよ……!」

P「静香……。そんなに自信がないのか? 翼に勝てないって、そう思ってるのか?」
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 19:53:26.52 ID:pYPvRrqT0
静香「そ、そういうわけじゃ……」

翼「それじゃ決ーまり! 私も千早さんと歌いたいし……久しぶりに本気、出しちゃおっと♪」

静香「っ……」

わけがわからない、わけがわからない!
二人とも本当に、本気で言ってるの?
今から私と翼のどっちが千早さんにふさわしいか決める?
そんないきなり、心の準備もできてないのに……!

静香の混乱など知りもしないかのように、プロデューサー達は即座に準備を始めた。
その間も静香はただ流されるまま、ほとんど混乱した状態で、あっという間に歌う準備が完了してしまう。

P「それじゃ、曲を流すぞ。準備はいいか?」

翼「はーい!」

明るく返事をする翼に対し、静香は黙って目を伏せたまま。
だがそれに構わず、プロデューサーは音楽プレイヤーに手を伸ばした。
曲が流れ始め、そして――
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 19:58:56.76 ID:pYPvRrqT0
――かじかんだ唇 ほどいた歌声が――

未来「! 静香ちゃん……」

始まりの静香のパート。
だがその歌声には……なんの気迫も、気持ちもこもっていなかった。
自分のパートが来たから歌い始めたはいいものの、静香は未だに混乱したままだった。

どうしてこんなことになったんだろう。
どうして今、私はこの歌を歌っているんだろう。
この歌を賭けて、千早さんのパートナーの座を賭けて、翼と歌う?
意味がわからない。
どうしてそんなことになったの?
何かの冗談としか思えない。

今の自分の置かれた状況に、まったく現実感がない。
実感がない。
そんなおぼろげな感覚のまま歌い出した静香のパートが終わり、次いで翼のパートが始まる。

が、その瞬間。
静香の全身の皮膚が粟立った。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 19:59:59.22 ID:pYPvRrqT0
――今ならわかる ためらいかき消して――!

雷に打たれたような感覚。
静香は目を見開き、翼を見た。

その歌声、表情。
間違いない……。
翼は、『本気』だった。

こんな翼、見たことが無い。
今までだって翼が全力でパフォーマンスをしたことはあった。
けど、何かが違う。
これは、この歌声は……『私に勝つため』の歌だ。
私に勝って、そして、この歌を、私の立場を……私から奪うための……。

その時に静香の覚えた感情。
それは、恐怖だった。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:02:46.70 ID:pYPvRrqT0
負ける。
このままじゃ負ける。
絶対に負ける。

こんなの勝てるはずがない。
あの翼が、私よりもずっと才能のある翼が、私に勝とうとしてる。
私に勝つために本気を出してる。
それに比べて、私はどう歌えばいいかも分からないまま。
そんなの、勝てるわけがない……。

でも……もしかしたら、これでいいのかな。
だって私の歌じゃ、千早さんを満足させられない。
だって、理由がわからないんだもん。

千早さん、私はどうすれば良かったんですか?
どうすれば私は、あなたを満足させることができたんですか?
わかりません。
私には、わからないんです。

だから……いいですよね?
翼ならきっとあなたを満足させられる。
私なんかより、翼の方がずっと、ずっと……。




  『私は、いつかあなたとも歌ってみたいと思っていたから、とても楽しみに思っているのだけれど……』
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:04:19.59 ID:pYPvRrqT0
 「ッ……!!」

瞬間、全員が息を呑んだ。
プロデューサーも、未来も、歌っている翼ですら。
静香以外の全員の呼吸が、一瞬止まった。

『変わった』。
歌声がまるで質量を持ったかのように、その場の全員を体を揺らした。

しかし静香本人はそのことに全く気付いていない。
意に介していない。
彼女の頭にあるのは、ただ一つだけの感情のみ。


嫌だ。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!


P「……静香……っ!」


千早さんは喜んでくれてた。
私と歌うことを、楽しみにしてくれていた……!
それなのに……!
私はもう、もうこれ以上、あの人を悲しませたくない!!

だから……勝つんだ!!
絶対に!!
私が!! 私が絶対に勝つ!!
負けたくない! 負けたくない!! 絶対に負けたくないッ!!!
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:05:37.34 ID:pYPvRrqT0
――存在証明する “蒼”生きてゆくための証
響け この胸のファクター――!

それはその場の誰も聴いたことのない歌声だった。
誰も見たことのない最上静香がそこに居た。
気合、気迫などと言う言葉では到底表せない。
鬼気迫る静香の姿がそこにはあった。

自分の全てを。
それこそ命を懸けているとすら思えるほどの必死な姿。
アイドルとしては何かが違えばマイナスに作用しかねないその感情はしかし、
この時ばかりは聴く者、見る者全員の心を惹き付け、揺さぶった。
そしてその感情は――

翼「っ……あははっ!」

笑い声など聞こえるはずはない。
だが確かに翼は今、笑った。
そして、

――感情共鳴する “奏”強く解き放つ可能性-メロディ-
  今日だって 歌い続けてる――!
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:06:29.74 ID:pYPvRrqT0
翼の歌が一段階上がった。
いや、引き上げられた。
静香の歌に惹かれ、引かれ、さらに高みへと引き上げられた。

だが静香はそれにも気付かない。
自分が引き上げたのだとは微塵も思っていない。
静香はただただ勝つためだけに歌っていた。

まだだ。
まだ勝ってない。
翼はギアを一つ上げた。
きっともっと上がる。
なら私ももっと上げないと。
もっと、もっと、もっと!!
もっともっともっともっともっと!!!
勝つために!
私が勝つんだ!!
絶対に、絶対に絶対に勝つんだ――!!
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:07:31.07 ID:pYPvRrqT0
静香「――……ハアッ、ハアッ、ハアッ……!」

……たった一曲。
たった一曲歌っただけで、こんなにも息を乱した静香の姿が今まであっただろうか。
何百メートル、何千メートルと全力疾走したかのような疲弊した姿。
だがその眼光は一分も曇っていない。
曲が終わってなお、誰一人、一言も発することができなかった。

が、そんな中ふうと大きく息を吐いて、

翼「あーあ、ずるいなぁ静香ちゃん。いきなり本気出しちゃうんだもん」

額を汗に濡らし、翼が笑顔でそう言った。
それを合図にしたかのように、次いで拍手が鳴り響く。

未来「すっ……すごいすごいすごぉーーい!!
  静香ちゃん、す、すごかった! ほんとに、ほんとのほんとに、すっっっごく、すごかった!!」

P「……同感だよ。俺じゃなくたって、誰も文句なんて言わない……。
 この曲を千早と歌うのは……静香。お前しか居ない」
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:09:31.54 ID:pYPvRrqT0
P「翼も、それでいいな?」

翼「はーい、異論なしでーす。ちょっぴり悔しいけど……でも、しょうがないよね」

翼も間違いなく本気だった。
だからこそ、その表情からは確かに悔しさを感じ取れた。
しかしそれ以上に、静香への称賛が込められていた。

翼「だってさっきの静香ちゃん、本当にすごかったもん……。なんか、あの動画がウソみたい」

未来「うん! うん! 私は動画の静香ちゃんもカッコイイと思ったけど、でもでも、
  さっきの静香ちゃんの方が、ずーっと、ずーーーっとかっこよかった!!」

各々の表情と言葉で静香を称える二人。
静香はそんな二人を、まだ少し乱れた息を整えながら見つめ、それから、

静香「プロデューサー……。もし、もし今のが、『そう』なのだとしたら……。
  私……本当にバカでした。何も……なんにも、わかってなかった……」

P「……ああ。でも、今は違う。静香はやっと見つけられたんだ。
 二人で歌うこの歌の、答えを」

静香「っ……プロデューサー、千早さんは今どこに……!」

P「スケジュールを考えると、多分今は控室だ」

静香「わかりました、ありがとうございます! 私、行ってきます!」
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:11:02.29 ID:pYPvRrqT0
返事を待つことなく、静香はレッスンルームを飛び出した。
三人は暫時閉まった扉を見つめ、それからプロデューサーが翼に向いて言った。

P「……ごめんな、翼」

翼「? 何がですか?」

申し訳なさそうに眉根を寄せるプロデューサーを、翼はきょとんとした顔で見上げる。
そしてプロデューサーが何か言う前に、

翼「謝ってもらうことなんて何もないと思いますよ?
 私ちゃんと本気出したし、プロデューサーさんだって、
 もし私が静香ちゃんに勝ったら千早さんにお願いしてくれてたでしょ?」

P「それは、もちろんだ。でも……」

翼「あっ、そうだ! よく分からないですけど、謝ってくれるなら今度一緒にデートしましょうよ!
 大人っぽくてステキなお店、連れて行って欲しいなぁ〜」

未来「えーっ、なんでなんで? 翼ずるーい! 私も一緒に行きたい!」

翼「ダーメ! デートなんだから二人だけで行くの! ね、プロデューサーさん?」

P「……そうだな。ごめんな、未来。未来はまた今度な」

屈託のない笑みで未来とじゃれ合う翼。
その横顔を見ながらプロデューサーは、ありがとう、と心の中で呟いた。
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:13:22.56 ID:pYPvRrqT0



控室の前で立ち止まり、静香は呼吸を整える。
そうしてぐっと体に力を入れ、ドアノブを回した。

千早「! 静香……」

真っ先に目に入ったのは、椅子に座ってテーブルに目を落としていた千早の姿。
千早もこちらに気付いたのを見て、静香は部屋に入り、

静香「千早さんごめんなさい! 私、千早さんに、とても、とても失礼な態度を取っていました!」

千早「え……?」

勢いよく頭を下げた静香に、千早は目を丸くする。
そして千早が何か言うより先に、静香は頭を下げたまま絞り出すように続けた。

静香「千早さんは私に、本気でぶつかってくれてたのに、私、そんなことにも全然気付かないで……。
  勝手に、私は千早さんより下なんだからって……。
  足を引っ張らないように、って……そんなことしか考えてなくて……!
  千早さんの想いを、無視するようなことを……! 本当に、ごめんなさい!」
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:15:04.01 ID:pYPvRrqT0
千早「っ……! 静香、それじゃあ……」

そこでようやく、静香は頭を上げる。
そして半ば泣きそうな顔で、

静香「千早さんは、最初から私のことを……対等に見てくれてたのに……。
  それなのに、私……。でも、やっと気付きました……。
  千早さんの、言う通りでした……。
  あんなの、本当に0%です……。でも気付いたんです、私、気付きました、だから、その……。
  わ……私と、あの歌を……! お、お願いします! 歌ってください、千早さん!」

必死に言葉を紡ぐ静香の姿を、千早は目を見開いて暫時見つめた。
それから椅子を引いて立ち上がり、

千早「……ありがとう、静香。あなたが気付いてくれて、良かった……。本当に、ありがとう」

そう言って、深く頭を下げた。
その千早の行動に、静香はやはり驚いた。

千早「本当にあのやり方であってたのか……。私も、実は不安だった。
  あの歌に私の求めていることが絶対に正しいなんて言えるはずないのに、
  あんなやり方であなたを不安にさせてしまったこと……」
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:17:35.00 ID:pYPvRrqT0
千早「もしかしたら全部間違っていたかもしれない。
  私の気持ちを、あなたに直接伝えるという方法もあったかも知れない。
  けれどそうしてしまうと、私はまた、『上の立場』としてあなたに接してしまう。
  そんな気がして……。だからあんな方法しか取れなかったの」

辛そうに表情を歪めながら話す千早を、静香もまた、胸を締め付けられる思いの中見つめる。
しかし千早はふっと表情を緩め、

千早「けれど、あなたは気付いてくれた。
  私の気持ちに……私がこの歌に求めていたものに。私が、あなたに求めていたものに。
  私と同じ答えに、至ってくれた」

静香「千早さん……」

千早「だから、本当に感謝してる。もう一度言うわ。ありがとう、静香」

そう言い、千早は再び頭を下げる。
そんな千早の姿に、今度は静香は動揺することはなかった。
謝罪と、感謝。
それぞれの想いを込めて頭を下げ合うこともまた、対等の一つの在り方なのだと感じ、
千早と対等になれたことに喜びを感じ、笑みすら零れた。

しかし……数秒後。
顔を上げた千早がそこに浮かべていた表情が静香の笑みを消した。
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:18:34.88 ID:pYPvRrqT0
千早「嬉しいわ……これで、やっと……。あなたと、高め合うことができる」

静香「ッ……!」

畏怖――静香が抱いた感情はそれに近い。
口調こそ普段の千早と変わりないが、それは今まで見たことのない表情。
向けられたことのない感情。
『先輩と後輩』などという優しい関係ではない。
全身の産毛か逆立ち、内臓が裏返ったような感覚すら覚えた。

いや……でもきっとこれは、初めから向けられていたものだ。
ただ自分が気付いていなかっただけ。
つまり静香は今、初めて本当の意味で理解した。
如月千早に対等に見られるということがどういうことなのかを。

だからこそ、静香は笑った。
足元から上る悪寒を、全身に立つ鳥肌を、最大限の喜びだと感じ、笑顔で言い放った。

静香「はい。こちらこそ……本番を、楽しみにしています」
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:20:44.14 ID:pYPvRrqT0



ジュリア「――おいおい、そりゃマジか……」

静香「はい、マジです。プロデューサーにも話はしました」

あっさり答えた静香に、ジュリアは驚きつつも笑みを浮かべる。

ジュリア「ウチらの……D/Zealの時とは正反対……。『本番まで全く合わせない』なんてな。
    よくもまぁ、そんな大胆なやり方を許す気になったよ」

静香「そうかも知れません。確かにプロデューサーとしては、止めるべきなんでしょうね。
  でも、意外とあっさり……」

ジュリア「そうじゃない。あたしが驚いてんのは、シズ。あんたがそんな手に出たってことさ」

静香「えっ?」
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:21:40.75 ID:pYPvRrqT0
きょとんとした表情を浮かべる静香に笑みを向け、ジュリアは遠くを見やる。
そして思い起こすようにして続けた。

ジュリア「ま……確かにそういうスタンスで歌うなら、そのくらい徹底した方が面白いかもな。
    『練習試合』無し、本番一発の真剣勝負。それがやれるってんなら、その方がいい」

静香「ジュリアさん……。それじゃあやっぱり、ジュリアさんも気付いてたんですね。
  千早さんが何を求めてたのか……。『何もわからない』なんて言ってたくせに」

ジュリア「ん? あぁ……ははっ。バレちまったか」

静香「……もう、意地が悪いんだから」

ジュリア「けど、おかげでいい歌が歌えるようになっただろ?」

静香「それはまぁ……その通りですけど」

ジュリア「おい拗ねんなって、シズ。ほら、このお茶やるからさ」

静香「ジュリアさんの飲みかけじゃないですか。要りません」
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:23:37.16 ID:pYPvRrqT0
静香はぷいと顔を逸らし、その横顔にジュリアはいたずらっぽい笑顔を投げかける。
そのまましばらく肩を揺らして笑い続け、それからふっと、穏やかに言った。

ジュリア「それで? 調子はどうだい? チハには勝てそうか?」

静香「……わかりません。あれから、何度も千早さんのライブ映像を観ました。
  今まで以上に、何度も。けどそのどれもが、今までとは全く違うように見えて……。
  私はこの人とステージで本気でぶつかり合うんだ、って思ったら……。やっぱり少し、怖くなります」

ジュリア「でも、退くつもりはない。そうだよな?」

静香「はい。千早さんは今でも、私の目標で、憧れで、尊敬すべき先輩です。
  でも、だからこそ、私は……あの人に勝ちたい。
  勝って……ただあの人の後を追うだけじゃなくて、
  あの人のライバルとして、隣に並んで走り続けたい。そう思ってます」

いつからか、静香は逸らしていた顔を真っ直ぐにジュリアに向けていた。
そしてその瞳を正面から受け、ジュリアはほんの一瞬体が震えるのを感じた。
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:24:29.72 ID:pYPvRrqT0
ジュリア「ははっ……こりゃあ楽しみだ。
    シズとチハのぶつかり合い、あたしも見させてもらうよ」

静香「ありがとうございます」

ジュリア「っと、そろそろ行かないとな。そんじゃ、また明日な」

静香「はい。今日はありがとうございました」

ジュリア「ああ……そうだ。一つ気になったんだが……。
    本番まで一切合わせないってのはどっちの提案だ? シズ? それともチハ?」

静香「え? えっと……。言い出したのは千早さんです。けど、私も同じことを考えてました」

ジュリア「……なるほど。二人して、か。ますます楽しみになってきたよ。
    最高のパフォーマンス、期待してるぜ?」

静香「はい、もちろんです。頑張ります!」
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:25:41.08 ID:pYPvRrqT0



P「――二人とも、準備はいいか?」

静香「もちろんです」

千早「問題ありません」

瞳はプロデューサーを真っ直ぐに見据え、一切の揺らぎが無い。
千早はもちろん静香も、今から始まるステージへと臨む態勢は完全に整っている。
それを確認し、プロデューサーは軽く頷いた。

P「本当に今日この瞬間まで、二人で歌うことはなかったわけだけど……。
 だからこそ最高のステージになるって、俺も信じてるよ。お前たちと同じようにな」

その言葉に対し、千早と静香はただ黙って強く頷き返す。
プロデューサーはそんな二人に対し薄く笑い、

P「それじゃ、俺は最後の打ち合わせをしてくる。二人は出番までここで待機していてくれ」

そう言い残し、その場をあとにした。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:26:44.20 ID:pYPvRrqT0
そうして、千早と静香はそこに残される。
僅かな沈黙。
だがそれはすぐに、静香の穏やかな声で破られた。

静香「……いよいよ、ですね」

千早「ええ」

静香「今日まで、何度も観ました。千早さんのライブ映像を。
  あなたと本気でぶつかり合うイメージを持つために。それで私、改めて思ったんです」

ここで静香は、千早に向き直る。
そして真っ直ぐに千早の目を見据え、

静香「やっぱり、千早さんはすごいです。あなたは私よりもずっと高いところに居る。そう思いました」

自らを下に、相手を上に置く発言。
それは少なくとも今の千早が求めていないもの。
だが千早は表情を変えずに、続きを促すように静香を見つめ返した。
その想いに応えるように、静香もまた千早から視線を逸らさずに、一呼吸置いて言った。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:28:22.45 ID:pYPvRrqT0
静香「私は、千早さんへの憧れを捨てるつもりはありません。
  だって……あなたならきっとまた私を超えてくれるって、そう信じてますから」

千早は息を呑んだ。
静香が揺るぎなく言い放った言葉……『きっとまた私を超えてくれる』。
それはつまり、自分の勝利を前提とした発言。
これ以上ない宣戦布告。
自身を鼓舞するため、千早に意志を示すため。
そんな意味合いも幾分かはあっただろう。
だがそれは間違いなく、静香の本心であった。

勝利宣言と同等の言葉をあの静香が、あの千早に言い放った。
その事実に千早は身震いした。
笑みすら零れかけた。
だが、まだ早い。
ぐっとこらえ、千早は目線を逸らす。
そしてステージを見据え、

千早「なら、証明してみせて。言葉ではなく、ステージで。あなたの歌で」

静香「ええ……。もちろん、そのつもりです」
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:29:53.81 ID:pYPvRrqT0
――暗転。
拍手と歓声が徐々に収まり、わずかなざわめきと余韻を残す。
そして、ついにその時がやって来た。

照明が点くと同時にイントロが流れ始め、観客は再び沸き立つ。
次いでそこに立っている二人の姿を認める。
如月千早と、最上静香。
今日の目玉のステージである、765プロが誇る二人の歌姫によるデュエット。
必然、客席は最高潮の盛り上がりを見せる。

が、その時。
何割かの観客が気付いた。

何か違う。
ステージに立つ二人の醸し出す雰囲気は、いつものそれと何かが違う。
二人でデュエットをしようなどという雰囲気ではない。
例えるならそう、まるで、『闘争』に赴くような……。

その何割かが抱いた違和感は次の瞬間、会場全体に波及した。
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:31:13.68 ID:pYPvRrqT0
――かじかんだ唇――

ほんの1フレーズ。
否、直前にマイクが拾った微かな呼吸音。
それが届いた瞬間に空気が一変した。
最上静香の声に、聴いた者全員が一瞬にして惹きつけられた。

しかしこの時、真の意味で静香の『変化』に気付いたものが果たして何人居ただろう。
少なくとも二人……。
プロデューサーと千早は、この静香の歌を聴いた瞬間にかつてない衝撃を受けた。

それは、あの時。
静香が翼と歌った時、プロデューサーが薄々予感していたこと。
予感しつつも、信じがたかったこと。

765プロの……いや、全アイドルの中でもトップクラスの歌唱力を誇る歌姫、如月千早。
その千早の歌唱力を……。
間違いない。
今、この瞬間。

最上静香は、明らかに上回っていた。
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:32:54.26 ID:pYPvRrqT0
千早「……」

ああ――なんということだろう。
なんて素晴らしい。
なんて素敵なことだろう。
待ち望んでいた日が、こんなにも早く来るだなんて。

あなたはずっと私のあとを追っていた。
まだまだ未熟な私を慕い、敬い、憧れてくれていた。

付き合いの長い子たちの中には、私に本気でぶつかってくれる子も居た。
だってみんなは先輩でも後輩でも無いから。
だから当然、対等にぶつかってきてくれる。

けれど、あなたは違う。
あなたは後輩で、私は先輩。
それは紛れもない事実。
あなたが私に憧れてくれているということも、否定しようのない事実。
だから、もしかしたらあなたは私と対等になることはないんじゃないかって思ってた。
対等に見てくれないんじゃないかって、そう、思ってた。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:34:22.95 ID:pYPvRrqT0
でも違った。
あなたは私に憧れたまま、私と対等になろうとしている。
憧れを抱いたまま、私を超えようとしている。
本来なし得ないはずのことをなそうとしている。

だからこそ、だからこそこんなにも凄まじい……。
こんなにも素晴らしい……!
あなたの歌声は、私の想像を超えて高みへと昇ってくれた!
なんて素晴らしいことだろう!
なんて素敵なことだろう!
こんなにも身近に歌を高め合う相手が居たなんて!
ああ、嬉しい、嬉しい、嬉しい……!
あなたが居れば、私はもっと……もっと高みへと飛び立てる!

静香「っ……!!」

――それはほとんど無意識。
静香を見ていた多くの観客がその瞬間、逆側を向いた。
視線が、意識が、引き寄せられた。
そう……如月千早に。
その理由を真に理解している者はやはり少ない。

だがこれもやはり、静香は十全に理解した。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:35:20.31 ID:pYPvRrqT0
ああ――なんて凄い。
なんて凄い、なんて凄い……!
千早さん……あなたは本当に底が知れない!

私の意識の変化は、確実に私を成長させてくれた。
私自身そのことを強く強く感じた。
だから私は確信してた。
ただの意気込みとは違う、必ず今日あなたに勝つことができるのだと、そう確信していました。
あなたならまたすぐに私を追い越してくれるのだとも。

そして実際に、私はあなたを超えた。
慢心なんかじゃありません。
確かに今の私は、映像で見たあなたを超えていた。
自信を持ってそう言えます。

でも、でも……それはほんの一瞬だけ!
こんなにも早くだなんて!
ああ、あなたはやっぱり凄い……!
あなたはもうこの瞬間に、また私よりも高みへと昇ってしまった!
でも……そんなあなただからこそ、私は超えてみたい!
あなたに、勝ってみたい!!
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:36:05.70 ID:pYPvRrqT0
P「っ……静香、千早……!」

最早誰しもが心を奪われていた。
心だけではない。
全身が、五感の全てが、二人の歌に支配された。
一人として言葉を発することが出来ない。
だが興奮は最高潮に達していた。

これがデュエット?
とんでもない。
まるで格闘技……いいや、それすら生ぬるい。
抜き身の刀で切り結んでいるかのような、文字通りの『真剣勝負』。
鎬を削り、互いに一歩も退かず、どこまでも高め合う。

最上静香と如月千早。
二人のアイドルの『進化』の瞬間を今、目の当たりにしていた。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:38:50.92 ID:pYPvRrqT0
静香「……!」

凄い、凄い、凄い。
まだ高みに昇るんだ。
まだ羽ばたいていくんだ!
ほんの一瞬私が追い抜いても、すぐに抜き返してくる!
まるで果てが無い!
限界が見えない!
なんて凄い人なんだ……!
そう、そうだ……そんなあなただからこそ、私は――!

千早「っ……」

なんて凄まじい。
なんて素晴らしい。
なんて素敵な!
こんな時間を過ごせる日が来るだなんて!
アイドルになって良かった!
歌い続けていて良かった!
歌に出会えて良かった!
あなたに出会えて良かった!
そう、やっぱりそうだ……あなたのような人を、私は――!

――君に憧れ
――君を待ち焦がれ

さあ歓びの調べを……!
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:39:34.27 ID:pYPvRrqT0
……静寂――。
だが全員が理解している。
そうこれは、嵐の前の静けさ。
最後のぶつかり合いに向け力を溜め込んでいるかのような、そんな静けさ。

これで決まる。
ぶつかり合い、殴り合い、切り結んだ真剣勝負が。
より高みへ到達するのは果たしてどちらか。
最後の戦いが始まる。

息を呑み、固唾を呑み、全員が見守る。
勝負の行く末を。

溜めて、溜めて、溜めて……。
二人は、飛翔した――
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:40:12.68 ID:pYPvRrqT0



――ステージ裏。
最上静香、如月千早の両名はどちらからともなく歩みを止める。
向かい合い、そして、

千早「……ありがとう、静香」

静香「ありがとうございました、千早さん」

互いに穏やかに微笑んだ。
と、同時に横に顔を向ける。

P「二人とも、最高のステージだった。本当に……本当に、最高だったよ」

千早「プロデューサー……」

静香「……」
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:41:08.99 ID:pYPvRrqT0
称えるプロデューサーに、二人の向ける眼差しはまったく同じものだった。
プロデューサーはその眼差しを受けて、薄く笑って言った。

P「まず、言っておくけど……。
 プロデューサーとして、今日の二人のパフォーマンスに優劣は付けられない。
 それだけ二人のステージはすごかった。俺も感動したくらいにな」

ここで言葉を切り、改めて二人の目を見る。
そして一呼吸置き、

P「けど……。そんな言葉じゃ、二人は納得しないよな」

静香「はい。ぜひ、第三者から見た結果を……お願いします」

静香を見、千早を見て、プロデューサーは沈黙する。
だがそれも数秒。
決意するように目を閉じ……。
真っ直ぐに千早を見据えて言った。

P「今の勝負、勝ったのは千早だと思う。
 終盤は確実に、千早の方が静香を上回り続けていた」
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:42:06.78 ID:pYPvRrqT0
それを聞き、静香は目を伏せる。
そして一呼吸置き、口を開いた。

静香「……私も、そう思ってました。競り合っていたのは中盤まで。
  終盤は、私は一度も千早さんを超えることはできなかったんだって、わかってました……。
  でも、客観的な意見も貰えて……なんていうか、少しすっきりした気持ちです」

伏し目がちにそう言った静香の表情は、どこか晴れやかさを感じるものだった。
静香は顔を上げ、改めて千早を見据える。

静香「千早さん、改めて今日はありがとうございました。
  千早さんの本気を受け止めることができて、すごく、嬉しかったです」

千早「……ええ。またいつか、もう一度こんなふうに歌えるのを楽しみにしているわ」

短く言い交し、握手を交わし、二人は控室へと戻っていった。

控室に戻るまでも、戻ってからも、二人の間に会話はほとんどなかった。
気まずさとは少し違う。
ただ、多く言葉を交わそうとは二人とも思わなかった。

千早「――それじゃあ、私はもう行くわね。静香はまだここに居る?」

静香「はい。まだ、汗が引かなくて」

気恥ずかしそうに笑った静香に、千早は微笑みを返す。
そして、また明日ね、と一言言い残して扉を閉めた。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:42:55.18 ID:pYPvRrqT0



春香「お疲れ様、千早ちゃん」

千早「! 春香……」

廊下の壁に寄りかかっていた春香は、千早を見てにっこりと笑う。
後ろ手に手を組み、微笑んだまま千早に数歩寄った。

春香「静香ちゃん、どうだった? 打ち上げは? ……なんて、聞くまでもない感じかな」

千早「……ええ。とても、打ち上げに誘えるような雰囲気じゃなかった」

春香「そっか。すごかったもんねー、二人とも!
  なんていうか、バチバチバチーって火花が飛んでるみたいに見えちゃった!」

千早「そうね……。私も、静香も、本気だった。でも、だからこそ……」
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:43:52.61 ID:pYPvRrqT0
そこで千早は目を伏せる。
何か言い淀んだような、言葉を選んでいるような、そんなふうに見えた。
しかし春香はそんな千早に対して表情を変えずに、

春香「それじゃ、どうしよっか」

千早「えっ?」

春香「このあとのこと。
  静香ちゃんが誘えなかったら、二人だけでご飯食べに行こうって約束してたけど……。
  千早ちゃん、今は他にやりたいことがあるんじゃない?」

両手を後ろに回したまま、いたずらっぽく顔を覗き込むように言う春香。
そんな春香を千早は目を丸くして見つめたのち、観念したと言うようにふっと笑った。

千早「春香ったら、お見通しなのね」

春香「もちろん! 私と千早ちゃんの仲だもん。なーんて♪」
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:45:27.09 ID:pYPvRrqT0
冗談めかして言う春香に、千早は微笑みを返す。
それから、少し表情を改めて言った。

千早「ごめんなさい。約束を破ってしまうことになるけれど……。
  今は私、歌いたいの。さっきのステージの感覚がまだ残っているうちに……。
  あんな気持ちで歌ったのは久しぶりだから、
  この気持ちが少しでも強く残っているうちにもう何回か歌っておきたくて。それに……」

と、千早は目を伏せて一呼吸置く。
そして汗を握り込むように、胸元でぐっと拳を握り、

千早「今、立ち止まってしまえば……きっと次は負けるから」

不安、喜び、焦燥感、高揚感、様々な感情の入り混じったその表情は複雑なものであったが、
それでも春香には千早の気持ちが分かる気がした。
また同時に、はっきりと「負け」を口にした千早の姿に、態度には出さない程度に驚きを感じた。
だがきっと間近で静香を見ていた千早だからこそ、
それほどまでの切迫感を覚える何かを感じ取ったのだろう。
そして改めて、今日のステージが彼女たちにとって大きなきっかけとなったことを、春香は十全に理解した。
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:46:29.35 ID:pYPvRrqT0
千早「だから、その……。どのくらいまでかかるか分からないから、春香は先に帰ってて。
  二人でご飯を食べる約束は、またいつか必ず……」

一転、申し訳なさそうな表情を向ける千早。
そんな千早に、やはり春香は変わらない笑顔を向けたまま、

春香「ううん、別にいつかじゃなくていいよ。今日一緒に食べよう?」

え? と千早が疑問符を浮かべた直後、春香は後ろ手に回していた手を前に出す。
その手には、コンビニの袋が提げられていた。

春香「さっきのステージ見ててね、千早ちゃんならきっとそう言うだろうと思って急いで買ってきたんだ。
  私の分も買ってあるから、レッスン前に一緒に食べようよ」

千早「え、っと、それじゃあ、春香も……?」

春香「えへへへ……。できれば、レッスンのお手伝いさせてもらえたらなーって。
  もちろん、千早ちゃんの迷惑じゃなかったら、だけど」

千早「春香……」

迷惑か、迷惑じゃないか、なんて。
もちろん答えは決まってる。

千早「ええ……ありがとう。それじゃあ、付き合ってもらうわね」

微笑んで言った千早に春香も笑顔を返し、二人はレッスンルームへと向かって行った。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:49:31.09 ID:pYPvRrqT0



未来「――うわぁーーん! 静香ちゃん良かったよぉーーーー!
  すっごく、すっごくすっごくすっっっっごくかっこよかった!!」

控室に泣き声とも歓声ともつかない声が響く。
その横で、翼も感嘆したように言った。

翼「私もかっこよかったと思うなー。
 なんかすごすぎて、静香ちゃんがちょっと遠くに行っちゃったって感じ」

静香「遠くにって……別にどこにも行ってないわよ。でもありがとう、二人とも」

薄く笑い、静香は素直に二人の称賛を受け取った。
そんな静香に、未来は頬を紅潮させたままにっこりと笑い、翼も微笑みを向けた。

翼「静香ちゃん的にはどうだった? 千早さんとの勝負、楽しかった?」

その問いに、静香は振り返るように目を伏せる。
そして微笑んだまま、

静香「ええ。追いつけなかったのは残念だけど……でも、楽しかった。
  千早さんの全力を間近に感じられたのもすごく勉強になったし、それに……」
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:50:25.70 ID:pYPvRrqT0
翼「……静香ちゃん?」

不意に黙り込んでしまった静香の顔を、翼が覗き込む。
しかしすぐに静香は顔を上げ、少し申し訳なさそうに笑った。

静香「ごめんなさい……。なんだか、まだ少し頭がぼんやりしてて……。
  思ってた以上に疲れちゃったみたい。
  千早さんはあんなに余裕がありそうだったのに、やっぱり私、まだまだね」

未来「そっか……。本当に千早さんってすごいんだね!
  私はどっちもすごかったって思ったけど……」

静香「もう、未来ったら……。千早さんがすごいなんて、前から分かってたことでしょ?」

翼「それで静香ちゃん。今日の打ち上げどうする? 行けそう?」

その言葉に、静香は再び目を伏せる。
そして半ば呟くようにして言った。

静香「ん……そうね。今日はちょっと、やめとこうかな」
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:51:31.25 ID:pYPvRrqT0
翼「うん……わかった。それじゃ、また元気な時に三人で行こ!」

静香「ええ。それじゃ、私はもう少し休んでいくから二人は先に帰ってて」

翼「はーい。じゃ、また明日ね!」

未来「えーっ? 本当に帰っちゃうの? 私、もうちょっと静香ちゃんとお話したいのにー!
  ステージの感想とか、もっともーっと言いたいことあるんだよー!」

翼「しょうがないでしょ? それに未来だって、もうすぐ見たいテレビあるんじゃないの?」

未来「そうだけどー、うぅ〜……」

無邪気な様子で不満を口にする未来に、静香は思わず失笑する。
それから冗談めかして叱責した口調を作って言った。

静香「もう、未来? 言ったでしょ、私は疲れてるの。今日くらい休ませてよね。
  感想なら明日たっぷり聞かせてくれればいいから」
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:53:17.32 ID:pYPvRrqT0
未来「うぅ……はーい、ごめんなさい。
  それじゃ元気になったらいっぱい、いーっぱい、お話しようね!」

はいはい、と静香はため息交じりに笑って返す。
そんな静香に改めて別れの言葉を述べて、翼と未来はドアノブを回した。
そうして出て行こうとする二人に静香は手を振って見送る。
が、扉が閉まり姿が見えなくなる直前。

未来「あっ、待って待って! これだけ言いたかったの忘れてた!」

静香「? 未来?」

慌てた様子で上半身だけ隙間から覗かせる未来。
まだ帰らないのか、と静香は呆れたような笑顔を浮かべる。
そして未来はそんな静香に向けて明るい声で、

未来「静香ちゃん、次はきっと千早さんに勝ってね! 私、応援してるから!」

笑顔の中に、どこか悔しさを感じるような。
そんな表情と声を残して、扉を閉めた。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:54:14.45 ID:pYPvRrqT0
部屋に一人。
聞こえるのは自分の息遣いと、遠くで聞こえる何かの音だけ。
だが静香の目には、耳には、未来が最後に残した表情と言葉が残り続けていた。

静香「……次はきっと勝ってね、か……」

まったく、簡単に言ってくれるんだから。
でも……未来、悔しそうだったな。
それだけ私のこと、本気で応援してくれてたんだ。
きっと翼も。
私に勝って欲しいって本気で思ってくれてたんだ。

静香「……次はきっと勝つ……」

次は、きっと。

復唱する。
未来が言った言葉が、何度も頭の中で回る。

次は勝つ。
次は。
次は。

……。
私、負けたんだ。
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:56:11.52 ID:pYPvRrqT0
なんでかな。
ずっと分かってたことなのに、今になってやっと実感が湧いてきた。

みんな本気で応援してくれてたし、私も間違いなく本気だった。
今までに無いくらいの最高の歌が歌えたとも思う。
でも、それでも勝てなかった。

そんなの、当たり前でしょ。
だって相手は千早さんだもの。
私が本気を出したからって、簡単に勝てるような人じゃない。
そんなの当たり前。

静香「…………」

……ああ。
まさか、こんな日が来るだなんて。
全然思ってもみなかった。
想像もしてなかった。
千早さんと戦って、千早さんに負けて。
そして、そのことを……。
こんなにも悔しく思う日が来るだなんて。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/07(月) 20:58:45.37 ID:pYPvRrqT0
握った拳が震える。
肩が震える。
息が苦しい。
嗚咽が抑えられない。
涙が止まらない。

悔しい……。
悔しい、悔しい、悔しい……!

勝てなかった!
本気だったのに、全力だったのに、勝てなかった!
どれだけ追いすがっても、あの人は私を置き去りにして、
どんどん、どんどん高い所へ飛び去って行った……!

静香「……っ」

……負けない……!
次は勝つ……絶対に勝つ……!
あなたを超えてみせる……あなたより高みへ昇って見せる!!

部屋に一人。
聞こえるのはあの時の、自分の歌声と千早の歌声だけ。
静香は心の中で何度も繰り返した。
悔しさを、決意を、強さを、憧れを、決して忘れぬよう。
何度も、何度も。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/07(月) 21:00:12.69 ID:pYPvRrqT0
これで終わりです。
付き合ってくれた人ありがとう、お疲れ様でした。
100 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2019/10/07(月) 21:09:39.38 ID:r2NH+UYf0
3rdで歌ってる翼と静香の組み合わせもあって良かった
乙です

「アライブファクター」
http://www.youtube.com/watch?v=-v0xmhTutgI

>>1
最上静香(14) Vo/Fa
http://i.imgur.com/shRbIcW.jpg
http://i.imgur.com/Czn3H0B.jpg

如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/fRks4gt.png
http://i.imgur.com/cE68np1.jpg

>>9
伊吹翼(14) Vi/An
http://i.imgur.com/QWjS9EX.png
http://i.imgur.com/rijUYqs.jpg

春日未来(14) Vo/Pr
http://i.imgur.com/aQyOApp.jpg
http://i.imgur.com/RvIBg6R.jpg

>>26
我那覇響(16) Da/Pr
http://i.imgur.com/SLTNejc.png
http://i.imgur.com/URVLoLq.jpg

水瀬伊織(15) Vo/Fa
http://i.imgur.com/b0Ktfcy.png
http://i.imgur.com/IYFRkW1.jpg

>>34
ジュリア(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/hiMDmRw.png
http://i.imgur.com/iT7Xn9F.png

>>37
天海春香(17) Vo/Pr
http://i.imgur.com/2cfYBmz.jpg
http://i.imgur.com/MR6xiK1.jpg
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/09(水) 17:08:00.79 ID:embw1xBiO
憧れるからこそ挑めるようになるまで躊躇しちゃうのが静香らしい
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/10(木) 01:37:29.31 ID:ZwllLA6b0
おつ
すばらしかった
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