小日向美穂「グッバイ、ネヴァーランド」

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94 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:37:10.43 ID:nY0iWbpOO
「ん? 卯月からメール?」

 12月16日になってすぐ、卯月から画像付きのメールが届く。ピンクチェックスクールの3人が写っていて、真ん中に座る美穂は「本日の主役」と書かれたタスキをつけている。

「仲良いなぁ」

 微笑ましい光景にさっきまでの悩みも忘れてふふっと笑う。俺も美穂におめでとうと送ろうとするが、今あちこちから来ててパンクするかもと思うと手が止まる。

「気晴らしにテレビでも見るか」

 なんとなくテレビをつけるとちょうどのタイミングで映画が始まる。筋肉モリモリマッチョマンの変態がテレビの中を画面狭しと大暴れするあの映画だ。伏線なんて難しいものはなくひたすらアクションと爆破に振り切ったエンターテインメントだけど、俺はこういう映画が好きだった。結局最後まで見てしまい、美穂にメールを送ろうとしてももう寝ているかもしれない。どちらにせよ明日直接言ってあげた方が喜ぶかな。それに、プレゼントも渡さなくちゃいけないしな。
95 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:38:37.43 ID:nY0iWbpOO
「おはようございますっ!」

「おはよう美穂」

「ふふっ、良い天気ですね!」

 誕生日を迎えたからか卯月と響子と楽しい時間を過ごしたからか朝から美穂はテンションが高い。

「本当は昨日すぐに言いたかったけど……美穂、誕生日おめでとう」

「えへへ、ありがとうございますっ。私も18歳になりました」

 昨日は18歳になることに不安を抱いているようだったけど、いざ迎えてみると不安よりも嬉しさや未来への期待が勝っているみたいだ。

「昨日からみんなからおめでとうって言われて、今日だけは私が主役でも良いですよね?」

「ああ、思う存分主役になっておいで」

「はいっ!」

 この調子だと今日のライブも良いテンションで乗り切れそうだな。

「ああ、そうだ。美穂、俺か」

「プロデューサーさーん! ちょっと良いですかっ?」

 プレゼントを渡そうとするとちひろさんに呼び止められる。
「呼ばれてますよ?」

「っと、行かなきゃ。悪い美穂、また後で」

 美穂も他のアイドルに呼ばれて誕生日を祝ってもらっているようだ。既に両手に持ち切れないほどのプレゼントをもらってあわあわとしている。かわいいな。
96 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:42:07.18 ID:nY0iWbpOO
「すみませんね、美穂ちゃんと仲良くしてたところ邪魔しちゃって。今度の新年ライブの資料を確認しておいて欲しくて」

 ライブの当日だというのに先のライブの資料にも目を通さなくちゃいけないとはな。

「あの、それと……風の噂で聞いたんですけど」

「……ハリウッドのことですか?」

 ちひろさんはあははと笑って肯定する。俺は話した覚えないのだけど情報が早いな。

「アイドルのみんなは」

「美穂ちゃんたちは何も知らないと思います」

 多分ですけど、と付け加える。まぁあの子の場合知ってしまえば顔に出ちゃうもんな。

「プロデューサーさんは受けるおつもりなんですか?」

「まだ答えは出せそうにないですよ」

 なんせ急な話だ。部長もそこまで急いでいるようには見えなかったが早く答えを出さなくてはいけない。それはつまり、美穂にも早く話す必要があることを意味していた。

「ハリウッド研修、他のプロデューサーさんも行きたがってますからね。プロデューサーさんが断れば他の人に話が行くだけですけど」

「こんな機会、滅多にありませんからね」

 アメリカで一年過ごす。どれだけお金がかかるかは分からないが東京で生活するのとは訳が違う。負担となる諸々の費用は事務所が出してくれる、というのも魅力的だった。誰だって他人のお金で食べるご飯が美味しい。衣はともかくとして住に関わるお金も殆ど払ってくれるのなら、断る理由なんてどこにあろうか。

「プロデューサーさんは正しい選択をしてくれると信じていますよ」

「それは……ハードル上がりますね」

 ちひろさんの言葉は言外に間違えるな、と言っているようにも聞こえた。
97 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:43:23.93 ID:nY0iWbpOO
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98 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:43:59.16 ID:nY0iWbpOO
「ハッピーバースデー! 美穂ちゃん!」

「わわっ! ケーキ!?」

 本番のステージは冬の寒さに負けないくらいの熱気に包まれていた。アイドル、ファン、スタッフ。ここにいる誰もが美穂の誕生日を心から祝ってくれていた。美穂もそれを感じてくれていたはずだ。そんな中でステージの上にやってきたクマの顔を象ったケーキには驚きも一塩だろう。こっそり用意してくれた3人も満足げだ。

「みなさんにいつもプレゼントもらってばっかりで……まだ、私からプレゼントできてませんけど……絶対にお返ししますから! 待っていてくださいね!」

 大丈夫だよ美穂。俺たちもみんな、君からたくさんの物をもらっている。
99 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:48:06.83 ID:nY0iWbpOO
「今日のライブすごく楽しかったです……! みんなにお祝いしてもらって……幸せです!」

 ライブが終わり宴もたけなわ。気を遣ってくれた藍子達はタクシーで帰宅し、車の中には俺と美穂だけ。何の気なしにつけたカーラジオからはしっとりとしたクラシック音楽が流れている。

「あの、プロデューサーさん」

「もし良ければ、もう少し私のわがまま聞いてくれませんか?」

「あんまり遅くならなければね」

 良い子はもう寝る時間だ。だけど今日くらいは少しらい夜更かししたって怒られないだろう。
100 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:50:13.38 ID:nY0iWbpOO
「美嘉ちゃんが読んでた本に載ってたんです。冬の夜景が綺麗な場所だ、って」

 それはいわゆるデートスポットの一つだ。カリスマギャルが買うような雑誌に載ってしまった時点で穴場という言葉は消えてしまう。俺たちの他にも何組かカップルがいたけどみんな星空と隣の恋人に夢中なようでこちらに一切の興味を向けやしない。アイドルの小日向美穂がいるぞ! と叫んでも然程気にはならないだろう。

「えっとあの星がベテルギウスだから……プロデューサーさん、冬の大三角形ですっ!」

「へぇ……」

 夏や冬の大三角形は小学校で学んだ記憶があるけどはっきりと見たのはこれが初めてかもしれない。あまり理科の授業が得意じゃなかったのもあるけど、星にそこまでのロマンを感じなかったのもある。一方隣に座る美穂は意外にも星と星が紡ぐ物語に興味があるようで、あれはこの星、それはあの星と饒舌だ。

「美穂は星が好きなんだ」

「意外ってよく言われるんですけどね。私、お日様だけじゃなくて星空も好きなんですよ? 地元のですけど、プラネタリウムのスタンプカードももってたり。えへへ」

 正直この夜になるまで俺も知らなかった新事実だ。名前の通りの日向ものだと思っていたけど夜空に憂いの表情を見せる一面もあるなんて。
101 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:54:22.72 ID:nY0iWbpOO
「東京でもこんなに綺麗に星が見えるんですね。熊本の星空が恋しくなっちゃうな」

「仕事がひと段落したら、一度地元に戻ろうか。親御さん達も美穂の話聞きたいだろうし」

 年末年始は仕事が詰まって忙しいけど、それが終われば少しは時間が出来るはずだ。僅かな間でも地元の友達やご家族と過ごす時間を作ってあげないと。

「その時は」

「ん?」

「プロデューサーさんも一緒にいてくれると、嬉しいです。私が育った街とか、綺麗な星空とか。もっともっと、私のこと知って欲しいんです」

 周りの恋人達の真似をするように美穂は俺の身体に肩を寄せる。

「暖かい……。こうやっていたら、私たちも見えるんでしょうか? その、こ、恋人なんかに」

「見えるかも、ね」

「うぅ……恥ずかしいです……」

「ははは……」

 最初にしてきたのそっちやーん、と心の中でツッコミを入れてやる。

「じゃあ俺から、恥ずかしがり屋の恋人にプレゼントを……開けてご覧」

「は、はいっ」

 リボンをほどき箱を開けると中から2匹のクマさんが現れた。

「わぁ……! これ、かわいいです」

「加蓮にも手伝ってもらって選んだんだ。俺にしてはいいチョイスかなーって思うけど」

「最後にこんな素敵なプレゼントがもらえるなんて……今日は最高の日です!」

 そんなに喜んでもらえるなんて。くすぐったいけど嬉しいな。

「この子たちって恋人同士、なんでしょうか?」

「そうかもね」

 親子かもしれないし兄妹かもしれないしその逆かもしれない。だけど美穂はこの2匹の関係性にロマンティックを求めていた。それはきっと、この満天の星空がくれたムードのおかげなんだろうな。

「わっ」

「えへへ、恥ずかしいけど……ずっとこうしていたかったの」

「美穂……」

 俺の体に抱きつき甘える美穂を振り解くことが出来なかった。かわいくてずっと一緒にいた女の子に好意を抱かれているという事実は頭がクラクラするほど甘美で、同時に俺はこの子から離れられないと感じてしまった。
102 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:56:41.62 ID:nY0iWbpOO
「そっか、お前アメリカに行くの断ったんだな」

 数日後、俺は部長にアメリカ研修の件を丁重に断った。部長はそうか、と一言残してそのあとすぐインフルエンザから復帰したばかりの先輩に話を持ちかけたそうだ。

「俺もアメリカには行きたかったからな」

「加蓮も本場のポテト食べてみたいって言うかもですよ」

「ははは、違いない……なあ」

「はい?」

「これか?」

「ぶっ!!」

 先輩は小指を立てる。そしてそこから伸びる赤い線は俺の心臓に使っていた。

「分かりやすいな、お前」

「いきなりそんなこと言うからですよ」

「まぁ、おたくらでちゃんと向き合って決めたことならなんも言わないけどよ……あんまり酔いすぎるなよ」

「……肝に銘じておきます」

 この時、俺は先輩の話をきちん受け止めておくべきだったんだ。
103 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:57:53.39 ID:nY0iWbpOO
「プロデューサーさん、お疲れ様です」

「お疲れ美穂。良い演技だったよ、監督も褒めていた」

「えへへ、練習した甲斐がありましたね」

 ふにゃりとはにかむと美穂は少し背伸びをしてアピールをする。褒めて欲しい時の合図だ。俺は彼女の今に手をやり子供を褒めるみたいに撫でてやる。アイドルとプロデューサーの関係に一つ新たな関係が追加されてから美穂は俺に甘えることが増えた。身体をひっつけたり、ご飯を食べている時は餌を待つ雛鳥みたいになってみたり……彼女なりに世間一般を理解しようとした結果なのだろうけど、なんだか子どもっぽくて不思議とほっとしていた。

 何より俺に褒められたいという欲求がモチベーションになってか、18歳になってからの美穂は目覚ましい。オーディションに出れば役を勝ち取りステージの上では緊張していたあの頃の姿はどこへやら、ハキハキとしたMCをやりとげる。まあ、人間だから失敗することもあるけどそれすらもアドリブに組み込んであっという間に立ち直す。今まで眠っていたポテンシャルが途端に解放されて押しも押されもせぬトップアイドルへの道のりを歩んでいた。シンデレラの靴を履く日も近い、そう思っていたのにーー。
104 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 19:58:28.36 ID:nY0iWbpOO
「……さて、申し開きは?」

「週刊誌の記事の、通りです」

 明確なようで曖昧な関係に甘え続けた俺たちを待っていたのは一寸先の闇だった。大きなライブが終わったあと、俺の部屋に行きたいと言った彼女を招き入れる瞬間をパパラッチれていたんだ。うんたら砲だなんて頭の悪い言葉は面白おかしく拡散されて、願わない形で美穂はトレンドになってしまった。
「やってくれたね」

「申し訳ありません」

 頭を下げる俺を部長は忌々しげに見ている。いつかの日、謝らなくていいのに謝った俺を彼は呆れながら笑っていたけど、俺の謝罪なんか一文の価値もないと言いたげに冷たい瞳だ。

「君が彼女を大切にしていたことは知っているし、君も彼女は理想的なアイドルとプロデューサーだった。だからこそ残念だ、アイドル小日向美穂の価値を、君が地に落としたのだよ」

 それからのことはあっという間だった。プロデューサーとしての大罪を犯した俺は左遷を命じられ、アイドルとしての信頼を裏切った美穂は女優としての道を歩むことになった。美穂にとって演じる仕事は一つの夢であった。だけどアイドルとして中途半端に終わってしまった彼女は、女優としてなかなか芽が出なかった。結局は心地良い関係に甘えた結果、俺たちは失敗してしまったのだ。テレビで見る助演女優の表情は憂いを帯びている。消せもしない後悔を抱いた、女の顔だった――。
105 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:00:19.24 ID:nY0iWbpOO
未央「みほちーとプロデューサー、2人の甘い恋が生んでしまった悲劇……っ! それが現実だったの」

愛梨「18歳になった美穂ちゃんは大人になれたと思ったんです。そしてそれを、大人であるプロデューサーさんは否定せず曖昧なままにしちゃいました」

蘭子「ゆえにこの永遠の楽園(ネヴァーランド)が生まれたのだっ!」

楓「こんな運命が来るくらいなら、子供のままでいた方がよかった」

凛「美穂がそう望んだから、永遠に18歳にならない世界が作られたんだ」

周子「ま、アタシがこの子を選んだのには別の理由があったんだけど……強い後悔は興味深い世界を生んでくれると思ったんだよね」

 周子の姿をした夢邪鬼は昔を懐かしむように遠くを見る。満月に照らされ一番星をつかむように手を伸ばすその姿は、偽りなく塩見周子そのものだった。

菜々「おかげで私も永遠の17歳のままですけどね! キャハ!」

「私……とんでもないこと……」
106 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:04:05.73 ID:nY0iWbpOO
 真相を明かされて俺たちは言葉を紡げなかった。一番ショックなのは美穂だろう。自分の、いや自分たちの甘さが悪い未来を生んでしまい……目をそらして幸せなまま過ごすことを選び、彼女にとって大人への一歩への象徴であった18歳になることを切り捨てた。きっと未来の彼女だってそんなつもりはなかっただろう。ありえもしないifを少しだけ、望んでしまっただけ。そしてそれを夢邪鬼によって歪んだ形で再現されてしまった。ネヴァーランドだなんて聞こえはいいけど、ここは後悔に囚われた美穂を閉じ込めた牢獄だった。

「少し待つであります」

「亜季?」

 エアガンを装備した亜季が徐に前に出る。銃口は菜々さんの姿をした夢邪鬼の額に向けられていて、いつでも発砲できる状態だった。

「ここにいるアイドルは……入所時期もバラバラであります。悠貴殿や芳乃殿は比較的新しく入った子でありますし、私も入所したのは二人より少し前です」

 夢邪鬼が化けた千夜とあきらも、今年になって入ったばかりの子だ。……今年になって?

「にもかかわらず……さっきの映像では美穂殿と悠貴殿が最初から一緒に活動していたではありませんか」

「あっ! 本当ですっ! 私と芳乃さんが入所したのって……あれ?」

 そうだ。悠貴と芳乃が入所したのは……。

「5年前だ……」

 だとすればおかしい! 17歳の美穂と共演しているなんて! なんで、今まで気付かなかった? まさか、そんな。

「はい。そして私がアイドルになったのは、その1年前であります。だけど不思議なことに、今の今……美穂殿が作った世界の真実が明かされるまで疑問に思っていませんでした。誕生日を迎えても歳をとっていないのは……私たち全員であります!」
107 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:05:32.08 ID:nY0iWbpOO
 亜季の推理に全員がハッとする。そうだ、おかしいんだ。初期から事務所にいた美穂、卯月、藍子、加蓮。その半年後くらいに入ってきた肇。それから亜季、悠貴と芳乃。時系列でまとめるならば……第一回総選挙に参加していた5人と、それ以降に入った3人。総選挙は今年で8回やっている。にも関わらず……俺たちは歳をとっていない。みんな、プロフィールに書かれた年齢のままなんだ。

「えっと? こんがらってきました」

「ものすごくざっくりと言うと! 俺たちは何年経っても歳をとっていない! そのくせ総選挙やアニバーサリーライブの数字は増えていっている! 要は……サ◯エさん時空だ!」

「サ、サザ◯さん!?」

 卯月は情報量の多さに混乱しているようだ。無理もない、だってこれまで当たり前のように思っていたことがおかしいと認識した時、自分がいた世界が揺るいでしまうのだから。

「これも説明してもらうでありますよ! 夢邪鬼!」

りあむ「分かったから分かったから! その銃口おろしてくれよぉ……」

夏樹「さっきは自分たちの選択に後悔した美穂が作り上げた夢の世界って言ったけど、あれには合間があるんだ」

「つまり現実とこの世界の間に、何かがあると言いたいんだな」

茜「正解です!!! 美穂さんの願いを聞き入れた私は事務所の人間全員を夢の世界に取り込んだんですよ!!」

「……は?」

 事務所の人間、全員を……? コイツは何を言って。

志希「アイドル、事務員、プロデューサー達。全員夢の世界に案内して箱庭を作り上げたってわけなのだー」

ありす「美穂さんは18歳になって大人になることを後悔していました。だから誰ひとり歳を取らないことに違和感を持たない、永遠のアイドルの世界をプロデュースしたんです……そうですね。名前をつけるとしたらこうでしょうか?」

 アイドルマスター、シンデレラガールズ――。
108 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:07:08.71 ID:nY0iWbpOO
「なんだよ、それ」

 夢邪鬼はまるで俺たちを登場人物にしたゲームを作り上げたかのように話す。

莉嘉「美穂ちゃんが望んだ世界は美穂ちゃんだけ引き入れても仕方なかったんだ☆だってアイドルってみんながいてこそでしょ?」

みりあ「事務所ごと夢の世界に送ってそこで新しいアイドルとしての一歩を踏み出してもらったんだよ!」

千枝「でも一気にみんな連れて行くと怪しまれると思ったから……何回かに分けてアイドルを登場させたんです」

桃華「あるアイドルはクリスマスに」

瞳子「あるアイドルはお正月に」

ちとせ「あるアイドルは大々的に宣伝されて☆」

みちる「フゴフゴフゴ! んがぐぐっ! けほっ! 世界がループしていることに気付かせないようにしたんです!」

雫「でも総選挙とアニバーサリーライブまでは誤魔化せないので、世界をループさせながらも数をこなしていったんですよー」

紗枝「全ては、美穂はんを夢から醒めなさせないため、どすえ」

 荒唐無稽だが信じるほかなかった。俺たちは総選挙もライブも全ては応援してくれているファンのみんなのためにやっていると思っていた。だけど真実は違った。ただ1人、美穂を夢の世界に繋ぎ止めるためだけに全てが動いていたのだ。

「じゃあ何故その世界を破壊して私たちだけを送り込んだのでありますか!?」

P「はぁ、これはアイドルの姿になっていうわけにはいかないよな」

 ため息をついて夢邪鬼は俺の姿に化ける。
109 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:08:37.54 ID:nY0iWbpOO
P「8年分さ、世界をループしてきたわけだけど……正直俺の方が限界きたんだよね」

「限界だと?」

P「飽きちゃったってこと。ロイヤルランブルみたいに小出しにアイドル出したり、色々世界に介入して来たけど……やっぱり何にも事件が起きないと退屈しちゃうわけよ」

「なんだよ……それ……」

 美穂を誑かしておいて、なんで言い草をするんだこいつは。同じ顔で言われるだけに余計怒りが湧く。

P「色々考えたんだよ? 例えばコラボって名目で他の夢から人連れてきたり」

仮面の男「例えば私や」

熱血教師「例えば俺!」

音痴なアイドル「例えば俺とか」

 次から次へと見覚えのない人物に化ける。

P「でもまぁ、結局のところマンネリを脱却するには足りなくてね。そこでテコ入れを考えたのさ。それがサバイバル編。彼女とその周りの人間を集めて衣食住が揃ったゆるーいサバイバルをしてもらおうと思ったの。そうすれば彼女の本当の……っと、今は関係ないか」

P「そして彼女と特に親しいアイドルを選んで新しい夢の中に引き入れたってわけ。だからみんなは夢の中でさらに夢を見ているってこと、ややこしいか?」

「明晰夢、ってやつでありますな」

P「まあ、そんなところだな。ちなみに秋が来ないのは今度は飽きないようにって意味を込めたダブルミーニングだったけど気付いてた?」

 つまらない冗談に笑う余裕すら俺たちにはなかった。
110 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:12:14.01 ID:nY0iWbpOO
P「ただ俺も誤算があった。遠方ロケに行っていた美嘉と李衣菜を引き入れようとした時、依田の孫娘の強襲を食らってしまった。驚いたことにあの娘はループする世界の中、違和感に気付いて力を貯めていたそうだ。俺も痛手を負って、やっとのことで石像にしてやったけどこれ以上引き入れるのはキツいと判断したのさ」

 夢邪鬼は法螺貝をクルクル回しながら話す。俺たちが何にも気付かず夢の世界でループしている中でも、芳乃はただ一人反撃の時が来るのを待っていた。誰にも話せず、孤独な戦いだったのだろう。そんな中、肇と悠貴と交流を深めた。同じユニット、同期として慕ってくれる2人の存在は大きかったはずだ。そして同時に、この繰り返す世界を元に戻すための理由となっていたはずなのに。

肇「8年間。何にも触れずこの瞬間を待てば良かったのに」
悠貴「情が生まれちゃったんですねっ。だから」

芳乃「封印されたのでしてー」

「もう十分であります! これ以上わけのわからない夢惑いごと聞かされたら混乱するだけ! よく聞くであります! 夢はいつか醒めるからこそ尊いもの! それがわからないウジ虫はここで」

 パンッ! とエアガンの発砲音が響く。それと同時に、亜季の身体が光に包まれて消えてゆく。

「あ、あれ? 私、消えちゃうでありますか?」

「亜季さん!」

P「エアガンなんかで倒されるほど弱くはないんだけどさ、俺に反抗したペナルティだ。夢の世界から消えてもらうよ。ま、ネヴァーランドに大人は不要だしね」

 自分と同じ声をしているとは思えないほど冷酷で狂気のこもった声。身体が薄くなる亜季を捕まえようとするも擦り抜けてしまう。
111 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:16:00.90 ID:nY0iWbpOO
「亜季っ!」

「いやー、すみません皆さん。功を焦ってしまいましたな。どうやら私はここまでのようであります……! ですがみなさんならきっと……悪い夢から醒めることが出来るはず……! 美穂殿! 一足先に現実に帰ります! だからその時は……」

 一緒に誕生日を祝いましょう――。彼女は最後にそう残して消えていった。エアガンだけを残して。

「てめぇ!!」

P「おっと!」

「きゃあ!」

 我慢の限界だった。自分が消えてしまうこともお構いなしに俺は忌々しく笑うもう一人の俺に殴りかかる。だけどそれもかわされて、俺と立ち位置が変わり美穂を捕まえる。

「美穂ちゃん!」

「ダメです卯月ちゃん!」

 夢邪鬼に飛びかかろうとした卯月を藍子が静止する。

「離してください!」

P「大人にならないネヴァーランドを望んだのは君だ。俺は君の本心に従ったまでなんだけどなぁ……まぁいいや。もうこうなったら新しい夢を作るしかないな……というわけで、せっかく生き残ったみんなは引き続き新しい夢に招待するから大人しく待ってる事だよ」

「美穂ぉー!!」

 美穂を抱えた夢邪鬼は当たり前のように空を駆け上り見えなくなってしまう。取り残された俺たち5人はただただ目の前で繰り広げられたタチの悪いイリュージョンに呆然とするしかなかった
112 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:17:15.02 ID:nY0iWbpOO
「……えぐっ、美穂ちゃん」

「卯月……」

 当たり前だと思っていた日常すら夢だと明かされたことよりも、目の前で美穂がさらわれたことの方がショックだったようだ。卯月の顔からは笑顔が失われ、親友の名前を呼ぶことしかできなかった。

「こんな時、響子ちゃんがいてくれたら……2人で悲しみを分け合えたんでしょうか」

 ずっと一緒にいると信じていたピンクチェックスクール。そりゃあいつかの未来それぞれの道を歩む日が来たかもしれないけど……歪んだ夢の案内人によって2人がいなくなってしまった今、卯月を励ます言葉は思い浮かばなかった。

「みんなも、辛いよな」

 残された他のみんなも同じだろう。気のおけない正反対の友達であった加蓮が偽物だった藍子、自分たちの存在が芳乃の動きを止めてしまい取り返しのつかないことになってしまった肇、悠貴。そして俺も、目の前で亜季が消されてしまったことにやり場のない怒りを感じていた。

『みなさんならきっと……悪い夢から醒めることが出来るはず……!』

 亜季が最期に残した言葉が重くのしかかる。俺たちに本当にできるのだろうか。相手は夢の世界を自在に操れるプロデューサーときた。対して俺たちはアイドルとプロデューサーという肩書が役に立たない一般人ときた。このまま夢邪鬼が作る曲解された幸せな夢に溺れるしか選択肢はないのか……?
113 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:18:46.38 ID:nY0iWbpOO
「……いや、そんなこと認めない」

 何後ろ向きになっているんだ、俺。約束したじゃないか。最後まで美穂をプロデュースするって。大きく息を吐いて覚悟を決めた俺はスーツを整えてからて立ち上がる。

「プロデューサーさん……どこに行くんですか……?」

「美穂を助けに行く」

「無茶ですよ! そんなことをしたらプロデューサーさんだって……私たちの前からいなくなってしまいます」

 卯月の声は必死だった。もう誰もいなくなって欲しくない、と言外に言っているようで。それは俺も同じなんだろう。

「美穂との約束なんだ。あんなやつに美穂の夢はプロデュースさせてやらない。なに、大丈夫だよ。俺は死なないさ」

「どうしてそう言えるんですか?」

「……多分、美穂がそう望んでくれるから、かな?」

 夢邪鬼によってプロデュースされた夢と言っても、本来の持ち主は他ならぬ美穂だ。だから美穂が心からこの世界を否定するのなら……全てが終わるはずだ。

「なに、もしダメでも……君たちだけでも返すようにするよ。土下座だってなんだってしてやる」

 4人の静止する声を聞かず、俺は車を走らせた。満月の夜、おそらくもう日付は変わっているだろう。だけど俺は眠くなんかない。夢邪鬼からすれば最後の夜を楽しめって言いたいのだろうか。

「ハッピーバースデー」

 ここにいない2人の主役にメッセージを送り夢邪鬼のもとに向かう。今までなかった遠くに見える城ーー。そこに2人がいる、そんな気がしていた。
114 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:21:16.37 ID:nY0iWbpOO
「夢邪鬼! 美穂を返してもらいに来たぞ!」

 誰もいない夜の城はファンタジーさも薄れて却って不気味だ。こつ、こつと俺の足音が響く中、突然周りのライトが点灯した。

「ホントしつこいね、あんた」

「ははっ。自分でも分かってるだろ? 俺に化けているんだから」

「ははっ、違いない」

 プロデュースの心得その1。心からシンデレラにしたいと思える女の子が現れたら何度でも何度でもアタックすること。しつこい? 通報された? それがあって初めて一人前だ!

「美穂は無事なんだろうな」

 俺の質問に夢邪鬼はやれやれとわざとらしくため息をつく。

「あのね、俺が彼女を傷付けるような真似をするとお思い? 丁重に取り扱って今は眠ってもらってるよ」

 夢邪鬼の視線の先は城の頂上だ。その中で大きなベッドの中で眠る美穂を見つけた。

「朝起きれば、世界は変わっている。それまでの辛抱さ。そうさね……次のプロデュースは学園ものでもする? ラブコメもいいし、バトルロワイヤルも悪くない。いや、実はアイドルが化け狸や化け狐でしたってのも面白いな。いっそのこと、最初からアイドルをやり直して人生を描く? それとも、スーパーロボットに乗る? RPGの世界に行く? お空に飛ばす? プロデューサーさんはなにがお好み?」

「お前をぶっ飛ばす!」

「うおっと! 手が早いなあ……学習しようぜ」

 勢いよく飛びかかるが馬跳びの要領でかわされてすっ転んでしまう。
115 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:22:17.21 ID:nY0iWbpOO
「だーかーら、一般男性如きに俺は止められないっての。自分の立場わかるよう努力しようよ……ねぇ!」

「ぐっ!」

 倒れ込んだ俺の顔を足で踏みつける。虫を踏み潰したかのように興味なさげに俺を見下すその表情は他人をどこまでも見下した顔だった。

「勝算もないのにカチコミに来て。良い年してるんだから勇敢と無謀の違いくらい理解しようよ。じゃあなプロデューサーさん、そこで世界が変わるの見てろよ。ちゃんとした人間として出してあげるつもりだったけど、夏に沸く蚊としての役割を……」

「まだ俺は諦めてないぞ……」

「……チッ。邪魔なんだよ!!」

「あごっ!」

 足を両手で掴み引っ張ろうとする。忌々しげに俺を一瞥した夢邪鬼は何度も何度ももう片方の足で俺のお腹を蹴る。

「しつこい! んだっての! モテないぞそんなんじゃ!」

 どれだけ蹴られようとも、どれだけなじられようとも構わない。こいつの足止めができるなら何でも良かった。

「ああ、もう! 鬱陶しいことこの上ないなぁ!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 一瞬夢邪鬼の指が光ったかと思うと足を掴む手に強烈な熱が刺さる。あまりの熱さに俺は手を離してしまった。
116 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:23:45.22 ID:nY0iWbpOO
「幸せな夢を見せてやるってんだから争うなよ! 何でそんなに現実を求めるんだよ!」

「お前には分からないだろうさ……!」

 傷つくことのない幸せな世界。確かにそんなものが選べるのなら、厳しく間違いだらけの世界なんて選ぶ理由がない。だけど違ったんだ。あの時俺は、美穂を信じるべきだった。互いの夢に向かって走り出すべきだったんだ。アイドルを言い訳に使い甘えてしまった。その結果、夢は呪いとなりねじ曲がって世界が狂ってしまった。

「俺たちは前に進まなきゃいけないんだ……夢ばかり見てきたお前なんかには、分からないか。一度アイドルをプロデュースしてみろ! このすっとこどっこい!」

「うるさいうるさいうるさい! もうあんたは不必要だ! この世界に置き去りにしてやる! 永遠に悪夢を彷徨え!」

 あちこちでポンッと爆発が起きたと思えば禍々しい顔つきをした大量のぴにゃこら太が現れた。その手にはチェンソーやら日本刀やら物騒な獲物が持たれている。とても良い子には見せられない、エゲツない光景だ。

「ぴにゃあ……ぴにゃあ……」

 心なしか声もドスが効いてる。やばい、完全に仕留める気だ。

「い、いやこれはちょっと……手心をですね」

「問答無用! やっちまいなー!」

 大量のぴにゃこら太が走って追いかけてくる。美穂、俺もうダメかも……。
117 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:24:52.59 ID:nY0iWbpOO
「プロデューサーさーんっ!!」

「へっ?」

「ぴにゃあああああ!?」

 死を覚悟したその時だった。けたたましいエンジンの駆動音が近づいてきたかと思えば、明らかに法定速度を無視したミニバンがぴにゃこら太の群れを轢き飛ばした。その姿はミサイルのようで、運転席から興奮した様子の悠貴が顔を見せた。

「ゆ、悠貴!? なにしてんの!?」

「決まってますっ! 私たちも美穂さんを助けにきたんですっ!」

 ドアがリズミカルに開いたと思うと電動ガンを装備した卯月、肇、藍子が飛び降りて一斉に撃ち始めた。

「どういう光景……?」

 戦争を知らないはずの子供たちが銃を片手に持ちぴにゃこら太を相手に大立ち回りを演じている。文字に書き起こしてみたら余計意味がわからない。

「というか悠貴が運転したのかこれ!?」

 そういやゲーセンで運転のやり方は知ってるって言ってたけども!

「ハワイで教えてもらいましたっ!」

 わぁ眩しいくらいのドヤ顔だ。

「いや! ハワイでも13歳は運転できないから!」

「緊急事態でしたからっ! 法定速度? 破っちゃいましたけど……サラダの野菜食べますからっ!」

 いや、野菜のないサラダってサラダと言えるのか? というツッコミは一旦置いておいて。これはあれだ、緊急避難というやつだ。つまり悠貴はお咎めなし! 今回に限り!
118 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:26:11.73 ID:nY0iWbpOO
「危ない、プロデューサーさんっ!」

「ぴにゃあ!?」

「……えぇ」

 上から飛びかかってきたぴにゃこら太を悠貴は見事撃ち抜く。

「……どこで学んだのそれ」

「ハワイで学びましたっ!」

「便利だねハワイ!」

 ハワイで学んだ(らしい)悠貴はともかくとして、銃がこれ以上なく似合わなくて却って絵になってる3人が当たり前のようにぶっ放してるのはどういう。

「亜季さんの置き土産です」

「亜季の……? ああ!」

 そういえば亜季の指導でみんなサバゲー演習やってたな……まさかここで役に立つとは! 大和少尉に敬礼!

「勝手に殉職させないであげてください!」

「わるい、ついノリで」

 藍子は怒りながらノールックでぴにゃこら太たちを撃ち落としている。やってることがプロの仕事そのものだ。意外な子が意外な特技を持っていたとはな。

「亜季さんの弔い合戦です……!」

 いや、藍子も殉職させてるやないかーい
119 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:27:01.23 ID:nY0iWbpOO
「きゃああ!」

「! 卯月!」

「わわっ! こないでくださーい!」

 ふと振り返ると卯月のもとに何十匹のぴにゃこら太が迫りかかろうとしていた。一体一体撃ち倒すものの多勢に無勢、4トンハンマーやら丸太やらを装備したぴにゃこら太に襲われ……!

「ぴ、ぴにゃああああああ!!」

 窮鼠猫を噛むとはいうけども、窮地に陥った卯月が選んだのはぴにゃこら太の泣き声を全力で真似をするという明後日の方向に振り切ったものだった。だけど、奇跡は起きるものだ。

「ぴ、ぴにゃあ?」

「ぴーにゃー」

「ぴにゃ! ぴにゃあ!」

「……藍子、あれなんて言ってるかわかる?」

「……さぁ?」

 やぶれかぶれで真似をしたはずだったが、奇妙なことに効果はあったらしくあれだけ殺気立っていたぴにゃこら太たちが手を取り合い踊り出す。中心にポツンと座り込んでいる卯月も信じられないって顔をしている。

「芸は身を助けるってやつ、か?」

 例えば大泥棒の孫なんかは元の役者さんが亡くなった際、後任に物真似芸人が選ばれたなんてエピソードもある。卯月のやけに上手なぴにゃこら太の物真似が奇跡を、いや必然の結果を呼び寄せたのだ。
120 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:29:11.38 ID:nY0iWbpOO
「邪魔しやがって! まとめて蹴散らしてやる!」

『ぴぃぃぃぃにゃああああああ!!!」

 夢邪鬼にとってもアイドルたちの介入は予想外だったらしい。大きな稲光が光ったかと思うと、何十倍もの大きさがあろう大きなぴにゃこら太が上から降ってきた。まるで怪獣映画のそれのようで、ご丁寧にも声にエコーまでついている。

「な、なんじゃありゃあ!」

「特大のぴにゃです!」

「見たまんまだね!!」

 銃を撃ち込むもビッグサイズぴにゃこら太には効果がなくモフモフとした身体が全て飲み込んでいってしまう。

「ぴぃぃぃぃにゃああああああ!!」

「はっはっはっはー! いいぞー! 踏み潰せー!」

「わぁ!!」

 特大ぴにゃこら太が一歩歩くだけでズドンと大きな音と共に地響きがする。こんなんじゃ立っているのも精一杯だ!

「どうすりゃいいんだあいつ!? って肇! 何してるんだ!?」

 ズドンと揺れる車の上に立ち、肇は空を仰ぐ。白い法螺貝を手に持って。
121 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:30:02.32 ID:nY0iWbpOO
「その法螺貝っ!」

「亜季さんに素潜りでとってきてもらった、とっておきの法螺貝です! この時のために、用意していたんです。一発逆転の切り札を!」

「!? お、お前えええええ! 何をしている! やめろおおお! その娘をつぶせええええ!!」

 法螺貝を見た途端夢邪鬼は途端に焦りだし特大ぴにゃこら太に命令して肇を潰そうとする。しかし肇は焦ることなく大きく息を吸い込み法螺貝を吹いた。

「おはようの時間です、芳乃さん!」

『ぶおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 古来より、法螺貝は大きな力の象徴であった。特にインドの叙事詩においては名だたる英雄たちの傍らには常に白い法螺貝があり、彼らが法螺貝を鳴らす時、戦いの始まりを告げ的は恐怖に慄いたという。

「――てー……」

「お、おおっ!」

「でしてーーーーーー!!!!!」

 そして狂乱の夢の中、肇が鳴らした法螺貝は大いなる力を呼び起こした!!
122 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:33:44.90 ID:nY0iWbpOO
「芳乃さんっ! ってあれ?」

 悠貴は唖然とした顔で見上げている。石像になっていた芳乃が車の中で光ったと思えば次の瞬間、どんどんと大きくなっていき天にも届きそうなほど巨大な姿を見せたのだ。

「そなたー、久しぶりでしてー」

「お、おう、久しぶり……随分と大きくなったね」

 親が知っている依田芳乃は151cmと小柄だったが……法螺貝の音で復活した芳乃はその何倍ものビッグサイズだ。例えるならば、だいだらぼっちの類だろうか。肩に乗っている肇の姿はさながらロボットアニメのパイロットのようにも見えた。

「育ち盛りでしてー」

「ソ-ダネ」

 育ち盛りの六文字で片付けちゃいけないレベルだ。いくら真面目にやってとしてもここまで大きくはなるまい。ただ、特大ぴにゃをも見下ろすキョダイマックス芳乃の存在感は圧倒的だ。先ほどまで猛威を奮っていた特大ぴにゃも相手が悪いと判断したのか逃げ出した。あっ、海に沈んでいったぞ。わざわざ親指立てて。

「ででんでんででんー」

 身体は大きなっても中身は同じなようだ。ちょっとほっとした。

「芳乃の石化を解く方法が法螺貝なのはまあ分からなくはないけども……あっ」

 どうやってと聞こうとしてパズルのピースが揃う。さっき肇は亜季が取ってきたとっておきの法螺貝と言っていた。そして一つ、心当たりがあった。肇とショッピングモールに行った時、彼女は画材店の袋を持っていた。前に聞いたことがあるが……楽器としての法螺貝はそのものと石膏があれば作ることができるらしい。肇はあの時、芳乃を復活させるため法螺貝を一から作ろうとしたのだろう。

「私が未熟なばかりにー、夢邪鬼に好き勝手させてしまいましたがー、もうお痛は許しませぬー。必ずおぬしを止めー、この悪夢を終わらせましょうー」

 ばばさまのー、名にかけてー。と決め台詞? を言い放った。

「あっ、私も芳乃さんと一緒です。おじいちゃんの、名にかけて! んん?」

 決め台詞は疑問符をつけながらいうもんじゃないぞ。
123 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:35:33.52 ID:nY0iWbpOO
「あ、あのっ、芳乃さん! その、私も肩に乗せてください!」

 小さなぴにゃ達は卯月の鳴き真似で盆踊りを踊り、襲いかかるぴにゃも藍子にスナイプされている。多少余裕が出来てきたからか分からないが悠貴は能天気にもそんなことを言い出した。

「たかいたかーい」

「きゃー!」

 満月に届きそうなほど大きな少女の肩の上で2人の少女が座っている。アニメのエンディングっぽいな、うん。さっき迄の緊張感が台無しだ。

「ぐぐぐぐ……! 依田の孫娘めどこまで俺の邪魔する気だ! こうなったら……!」

 追い詰められた夢邪鬼は何やら呪文のようなものを唱えている。

「juvdashavnothinpeelleskafbadudachechigaw astauxtekalonshamilupvevuvenivanovafle……」

 言葉の意味はわからない。だけどその先にあるのが良からぬことだというのは険しい表情の芳乃を見て理解できた。

「! ここからは危険でしてー。2人とも、危ないので下におりましょー」

 何かを察した芳乃は肩に乗っていた2人を安全なところに下ろす。

「な、なんだぁ!?」

「まとめて捻り潰したるばい!!」

 夢邪鬼の体から強大なオーラが溢れ出して、鮮烈な光を放ち巨大なその姿を現す。

「って鈴帆ぉ!?」

 巨大化した芳乃よりも大きく禍々しい気を放つ夢邪鬼の姿は上田鈴帆のものだった。超弩級サイズのケーキの着ぐるみを身に纏い、芳乃につかみかかる。

「もういっぺん封印しちゃる!!」

「むー、負けないのでしてー」

 互いに取っ組み合う姿は大怪獣バトルと形容するほかなかった。絵的にはかなりゆるいがケーキの蝋燭の火は周りのぴにゃを焼き尽くし、溢れ出るオーラは周りの砂埃を巻き上げ大きな砂嵐が発生した。
124 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:37:59.13 ID:nY0iWbpOO
「悠貴! みんなを連れて避難するんだ!」

 このままだとみんなが巻き込まれてしまう。俺以外で車を動かせられるのは悠貴だけ。もう法律がどうとか言ってる場合じゃない。彼女にみんなを託すことに決めた。

「ええ!? でもプロデューサーさんと芳乃さんがっ!」

「俺と芳乃なら大丈夫だ! 頼んだよ!」

「わかりましたっ! みなさん、車に乗ってください!」

「その前にプロデューサーさん、これを!」

「えっ?」

 新しく生まれた凶悪顔のぴにゃこら太達を狙撃しながら藍子は何かを投げてきた。

「! これって」

「さっきの映像を見て思ったんです! 今が12月16日なら……これが鍵になるはず!」

「ありがとう、藍子!」

「しゃしぇんよ! 行くばい!」

 落としてしまわないように強く持つ。その光景を横目で見た夢邪鬼はさらに大量のぴにゃこら太を召喚し、俺を仕留めようと命令をする。

「ぴにゃああああ!!」

「卯月!」

 今この世界で一番大きな音を出そうってくらいの気合のこもったぴにゃ鳴き真似。車の窓から高らかに叫ばれた鳴き声にぴにゃ達は足を止める。

「今のうちに! プロデューサーさん、美穂ちゃんを絶対に! 取り返してくださいね! ぴにゃあ! ぴにゃあああ!!」

「みんな……! ありがとう!」

「そなたー、わたくしのことは気にせずー、なすべきことをー」

「美穂さんを、よろしくお願いします! 帰ったらケーキを皆で食べましょうね! ぶおおおおおお!!」

「肇さんの法螺貝の音でー、力が漲るのでしてーーー」

 酸欠になることもお構いなしに肇は法螺貝を吹き続け、芳乃はさらに強大なオーラを見に纏う。

「! ああ、分かった! 必ず美穂を連れて帰る!」

 俺が今なすべきことは一つだ。美穂が眠る城まで全速力で駆け抜けた。
125 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:39:46.83 ID:nY0iWbpOO
「美穂! ……えっ?」

 ぜぇはぁ息が切れながらもなんとか城の頂上まで辿り着いた俺を待っていたのは、眠り続ける美穂達だった。

「美穂が……たくさん?」

「簡単に返すわけがなかやろ!」

「! 夢邪鬼! 芳乃と戦っているんじゃ」

 城の外では変わらず芳乃と鈴帆による怪獣大戦争が行われている。じゃああれはダミー!?

「全く依田の孫娘め……忌々しいことこの上ない……」

 俺と同じ姿に変わった夢邪鬼は強い怒りを俺に向けている。

「見ての通り、ここには今沢山の小日向美穂がいる。さぁプロデューサー、君に本物の小日向美穂がわかるかな?」

 いくつもの衣装を身に纏った美穂がショウウィンドウのマネキンのように並んでいる。それら夢邪鬼の作った繰り返される世界の中で着たものだ。可愛らしいピンクの衣装、妖しさすら覚える深紅の衣装、クールに決まった黒い衣装。それらに近づくたびに、美穂との思い出が博物館の映像展示品のように再生された。失敗も成功も全部、全部。

「制限時間は特にないけど……それまで依田の孫娘が持つかな?」

「芳乃!?」

 城の外ではボロボロになりながらも鈴帆の猛攻を受け続ける芳乃の姿があった。炎で焼かれクリームに体を取られて倒される。何度も法螺貝を吹いて芳乃を応援していた肇も限界が来たのかグッタリとしている。
126 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:47:59.33 ID:nY0iWbpOO
「くそっ……!」

「ほう。なるほどあの娘……ふふふ、はははは!これも何かの縁なんだろうな。まさか60年前の雪辱を今晴らせようとは!」

 夢邪鬼は何かを言っているが俺の耳には入ってこない。

「さあ早く選べプロデューサー! お前の小日向美穂の未来を! そして俺に見せろ! 悪夢に陥る絶望した顔」

「分かったよ」

「……何?」

「分かったって言ったんだ」

 そう、これは難しい話なんかじゃない。例え夢の中で作られた、いつか消えてまう思い出だったとても……俺たちが歩いてきた道のりは嘘で塗り替えることはできない。

「この美穂も! その美穂も! あの美穂も! 全部全部! 本物の小日向美穂だ!」

「なぁ!?」

 その瞬間、すべての美穂が一つの光に集まっていき、寝ぼけ眼の少女がそこに現れた。

「あれ……? プロデューサー、さん?」

「おはよう、美穂。って言ってる場合じゃなかったな」

 まったく、呑気な眠り姫だこと。
127 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:49:57.07 ID:nY0iWbpOO
「どうしてだって顔してるな、夢邪鬼。さっきも言っただろ、一度キチンと人をプロデュースしてみろって。人間ってのは表に見える一面だけじゃないんだ。弱かったり強かったり、正しかったり間違ったり……昨日見た姿と今日見た姿、明日見る姿が違っても……全部その人を作り出す要素なんだ! 間違いなんてない、丸ごと本当なんだ!」

 美穂は強い。そして弱い。それは両立し得ないように見えて、表裏一体だ。

「俺たちは間違えてしまった。だけど、夢の世界に甘えるほど……弱くはないんだよ」

「ぐっ……! 何故永遠を否定するんだ……! 全てが叶う夢の世界から出ようとするんだ!? くだらない喧騒の中に、帰りたがる!」

「あの……私からも、良いですか?」

 一つ欠伸をして眠気を何処かに追いやった美穂は夢邪鬼を優しい瞳で見つめる。

「私が甘えてしまったから、夢邪鬼さんにも辛い思いをさせてしまったんですよね。ごめんなさい」

「美穂……」

 責めることをせず深々と頭を下げた美穂に夢邪鬼も困惑の顔色を隠せずにいる。

「プロデューサーさん。本当はあの時、知っていたんです。アメリカに行く話があったこと」

「えっ?」

「私も知るつもりはなかったんですけど、たまたま事務所の人が話してるの聞いちゃって。だから私のそばにいるって星空の下で誓ってくれた時、すごく嬉しかったんです。だけどそれって、プロデューサーさんの本当の夢を手放すことだって気付いていたのに……私は甘えちゃいました」

 そしてその結果、俺も美穂も望む未来を掴むことができなかった。
128 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:51:31.19 ID:nY0iWbpOO
「でも何回も繰り返される日々を過ごして、やっと分かりました。私たちはどんなに苦しく大変な明日が待っていたとしても、甘えちゃダメなんです。力強く進まなくちゃいけないんです。昨日よりも今日、今日よりも明日。もっともっと素敵な日にしたい。だからもう、ネヴァーランドは必要ありません。夢邪鬼さん……今まで、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました」
 もう一度、夢邪鬼に頭を下げる。歪んでしまった夢すらも慈しむように、感謝するように。本当に、この子は強いんだ。
「ああ、畜生。どうして君は……彼女と同じ顔で同じことを言うんだ……」
「えっ?」
 夢邪鬼の顔から憎悪が消える。泣きそうで、笑いそうな顔は例えるならば、自分を振った相手を応援するように見えた。そうか、あいつも……俺と同じだったんだな。初めて同じ顔のあいつの事が理解できた気がした。
「美穂を幸せにしたかったのは……嘘じゃないんだな」
「……夢ってのはさ、楽しいものなんだよ。辛い現世を忘れさせてくれる、刹那の幻想。俺は生まれた時から夢の世界の住人で……何人もの人に夢を見せてきた。……みんな歪んでおかしくなっちまったけどな」
 きっとあいつもそのつもりはなかったんだ。『夢』と『邪気』。どうあがいてもその2つは切り離すことができず、あいつは暴走してしまった。恐らく、俺たちには想像もつかないくらい長い時間――自分の存在意義に苦しんでいたんだ。そんな夢邪鬼にとって美穂は……最後の希望だったのだろうか。
「ったく、何わかった顔しているんだ。腹立つ」
「同じ顔だろ」
「違いない。なあ、プロデューサー。もう分かってるんだろ、この世界の終わらせ方」
「ああ。なんせ今日は、美穂の誕生日だからな。わざわざケーキまで用意しておいてさ」
「ふっ、どうだか。良いのか? 夢から醒めた先、人類が滅亡していたら? あんたらはアダムとイブだ。それなら楽しくみんなのいる夢を見続けた方がマシだ、違うかい?」
129 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 20:58:03.80 ID:nY0iWbpOO
 俺たちの目の前に美味しそうなケーキが現れる。きっと世界中の美味しいを詰め込んだ素敵な味がするのだろう。だけど、俺たちには過ぎたものだ。

「そん時はそん時、考えるよ」

 そうかい、と一言残して夢邪鬼は消えた。同時に城の外で戦っていた巨大芳乃VS巨大鈴帆も決着がついたらしい。巨大鈴帆は天使の着ぐるみで天に召されていく。

「どうやら、わたくしどもの役目は終えたようでしてー。一足先にー、現世でお待ちしておりますー」

 大きなままの芳乃の手に乗った藍子、肇、悠貴はこちらに手を振りながら光に包まれていく。そして崩れゆくネヴァーランドには、俺と美穂だけが残された。

「一度あげたプレゼントをもう一度あげるのって何だか気恥ずかしいけど……受け取って下さい。美穂、ハッピーバースデー」

「……はいっ!」

 番いのクマは俺と美穂の手に分かれる。自然と手を繋いだ俺たちは優しい光に包まれて、18本の蝋燭はは消えた。
130 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 21:09:04.62 ID:nY0iWbpOO
続きは23時ごろから、もうすぐ終わります
131 :>>129蝋燭はは→蝋燭はですね ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:11:57.72 ID:nY0iWbpOO
再開します
132 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:14:08.22 ID:nY0iWbpOO
「……ーさん、プロデューサーさんっ!」

「はっ!」

「星空の下で寝たら風邪ひいちゃいますよ」

 目を開くと心配そうに見ている美穂と満点の星空が瞳に映る。どうやら少し眠っていたらしい。ここのところあんま寝られてなかったしな……。

「ごめん美穂、寝ちゃってたみたいだ」

「星のこと知りたいって言うから折角教えてあげたのに……でも、普段見られないプロデューサーさんの寝顔を見られたんで良しとします」

「しないでくれ!」

「ふふっ」

 悪戯っぽく笑う美穂を見ると毒気が抜かれる。

「寝坊助なプロデューサーさんはどんな夢を見たんですか?」

「夢? うーん、なんだろ、妙に頭ん中ぼやけてると言うか。でも……楽しい夢だった気がするよ」

「私と同じ、ですね、」

「同じ?」

「あっ、いや! えっと、それは」

 なんだ、美穂も寝てたんじゃないか。時計を見ると12月16日がもう少しで終わりそうになっている。今から寮に送ると怒られそうだけど、変なところに泊まるよりかはマシだ。っと、その前に……。

「ああ、美穂。誕生日プレゼントがあるんだ。開けてご覧」

「わぁ……かわいいですっ! ありがとうございます! クマさんが2匹……えへへ」

 心からの笑顔を浮かべる美穂を見て心が痛くなる。言わなきゃいけない、分かっている。例えそれが彼女の誕生日に水をさす真似だとしても。
133 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:15:26.83 ID:nY0iWbpOO
「プロデューサーさん?」

「このクマは2匹で1セットだったんだ。だから……そのっ」

 アメリカに行って夢を叶えようと思う。そう言うだけなのに、次の言葉が紡げない。言ってしまえば全てが終わってしまう、そんな気すらしていた。結局、美穂が心配なんじゃない。俺が美穂から離れられないーー。

「プロデューサーさん。私は熊本の女です、だから強いんです。そして……私が好きな人も、強いんです」

「美穂……君は」

 美穂は女の子のクマを俺に渡す。

「だから言わせてください。思いっきり夢を、叶えてきてくださいっ。あれ、どうしてかな? こんなこと、本当は言いたくないのに……ずっとプロデューサーさんがそばにいるって思っていたのに……」

 優しい笑顔に星のような涙が浮かぶ。

「本当に君は、強くて俺の自慢のアイドルだよ」

 指輪を交換するように、俺は男の子のクマを美穂に渡した。

「寂しくなんか、ないんですからねっ……!」

 泣き虫な2人を冬の大三角形が見下ろしていた。
134 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:16:45.73 ID:nY0iWbpOO
「そっか、アメリカ行っちゃうんだ。プロデューサーさんが嫉妬しそう。あの人もアメリカに行きたいって言ってたし」

「インフルエンザで休んでなければ、先輩に話が行ってたかもね」

「気にすることないよ。あの人なら事務所に頼らなくても自力でアメリカくらい行っちゃうからさ」

「それもそっか」

 翌日、スタジオまで加蓮を送る最中昨日の顛末を話した。揶揄われるのが分かってはいたけど、色々と世話をかけたし話しておくのが筋だと思ったんだ。

「先輩にはまだ話してないけど、俺がアメリカに行っている間美穂のプロデュースを頼もうと思うんだ」

「良いんじゃない? 私も美穂ともっと仲良くなりたいと思ってたし。でもアメリカから帰ってきた頃には、私プロデュースでもっと可愛い女の子になってるかも?」

「ははは、そりゃ楽しみだ。そん時はたくさんポテト奢ってやるかな」

「あー……それなんだけど当分ポテトは食べたくも見たくないかも……」

「……はい?」

 今この子、なんと言った?

「昨日見た夢がひたすらポテト食べ続ける夢で、最初のうちは良かったんだけど途中から胸焼けしてきて……最終的にはポテトの海に溺れたところで目が覚めたんだ」

 それはなんと言うか……御愁傷様?
135 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:17:47.44 ID:nY0iWbpOO
「やっ」

「これはこれは! 美穂殿のプロデューサー殿! 本日もトレーニング日和でありますね!」

 加蓮を送った後、モールによってちょっとした買い物をしてきた俺はレッスンルームで筋トレをしていた亜季を捕まえる。

「珍しいでありますね、部署も違うと言うのに私に何用でしょうか?」

「用ってほどではないんだけどね。昨日、誕生日だったでしょ? 本当は昨日祝うべきだったけど美穂のバースデーライブやらで忙しかったから……1日遅れだけど、おめでとう亜季」

「なんと! 私の誕生日も覚えてくれたのでありますか!」

「そりゃ担当と同じ日だからね」

 大切な子と同じ誕生日だから多分忘れようがないだろうな。

「ほー! これはアメリカ陸軍少尉の階級バッジではありませんか! いやはや、不肖大和亜季、軍曹と呼ばれることはあれども少尉と呼ばれたのは初めてでありますな! ……あの、ひょっとしてプロデューサー殿の中で私が殉職したとかない、ですよね?」

「いや、そんなつもりはないよ!?」

「アッハッハ! 冗談であります!」

 なんでかは分からないけど並んでいるバッジの中から自然とこれを選んでしまっていた。まぁ、あれだな。殉職するように見えないし、二階級特進レベルの武勲を立てたってことで!
136 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:18:55.11 ID:nY0iWbpOO
「のわっ!」

「わっ! すみません資料を見たまま歩いてて」

「いや、俺も考え事してたからあいこだ……おや、見ない顔だなぁ」

 ぶつかって地面に落ちた資料を必死でかき集める姿は昔の俺のようだ。

「はい。新しく入社したプロデューサーでして。モットーは無邪気に夢を見ようってことでして」

「無邪気に、ねえ。ん……この子」

「はい、赴任してすぐにアイドルをスカウトして来いって言われたんですが、以前オーディションで不合格だったこの子が少し気になりまして」

 名前は羽田リサ、か。何とは言わないけど年齢の割に大きなものをお持ちだ。

「アリなんじゃないか? 良いかい、新人くん。もし断られても、本当にその子をシンデレラにしたいと思ったら通報されること覚悟でアタックだよ」

「はい! 勉強させてもらいます! ……ったく、いきなり先輩ずらしてるよ」

「うん? なんか言った?」

「い、いえー! では俺はこれで失礼します! はっはっはー!」

 新人プロデューサーは慌てて廊下を駆け抜けていった。しかしなんだろうか。初めて会ったはずなのに初めてな気がしないぞ。気のせいか。
137 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:19:40.95 ID:nY0iWbpOO
「お疲れ様、って何見てるんだ?」

 事務所のリフレッシュルームに入ると藍子のカメラを悠貴と肇の3人で見ているようだった。

「あっ、プロデューサーさんっ! 良いところに」

「どうかしたの?」

「藍子さんのカメラ、おかしくなっちゃったんです」

「はい。いつのまにか撮った記憶のない写真がたくさん入っていて……それも、夏の海とか冬景色とか桜とかバラバラなんです」

 藍子が見せてくれた写真にはこの3人の他にもピンクチェックスクールや加蓮と亜季、そして俺が写っていた。勿論俺にも写真を撮られた記憶がない。それはみんなも同じらしい。

「謎だな」

「はい、謎なんです。でも、不思議と……嫌な気持ちではないんです。知らない写真なのに、私なんだか身に覚えがある気がして」

「私も藍子さんと同じです。悠貴さんは?」

「私もですっ!」

 俺もだ。この中に写っている俺たちは嘘偽りなく楽しそうな笑顔をしている。

「もしかしたら、未来の話だったりして」

 そんな楽しい未来なら大歓迎だ。
138 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:21:51.93 ID:nY0iWbpOO
「そなたー、そなたー」

 撫で撫で、撫で撫で。

「どうしてわたくしの頭を撫でてるのでしてー?」

 撫で撫で、撫で撫で。

「なんでって……なんでだろ?」

 撫で撫で、撫で撫で。

「こうすればもっと芳乃が大きくなる、とか?」

 撫で撫で、撫で撫で。

「むー、今のわたくしの姿はそれはそれで需要がありましてー。代々依田の血は背が低くー、くすぐったいー」

 撫で撫で、撫で撫で。

「しかしー、パッと消えましたー。邪な気がー」

 撫で撫で、撫で撫で。

「わたくしは記憶が存じませんがー、もしかしたらー……、いえ。わたくしの目で見たものが真実でしてー」

 撫で撫で、撫で撫で。

「……しゅおおお」

 あっ、撫ですぎたからかふにゃふにゃしてる。心なしか法螺貝の音もなんだか頼りない。

「そなたはいじわるでしてー」

 そう言わないでくださいな。今度なんか奢るからさ。
139 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:22:29.93 ID:nY0iWbpOO
「プロデューサーさん、アメリカ行っちゃうんですね」

「1年だけの予定だけどね。でも、向こうでの活動が認められたら……もっと長くなるかもしれない」

 お昼ご飯を食べようとするとちょうど食堂に向かうピンクチェックスクールの3人と鉢合わせる。昨日の今日ってこととあって、美穂はやや俺の顔を見るのが恥ずかしそうだ。

「それじゃあ寂しくなりますね。プロデューサーさん、頑張り屋さんですから」

「ははは。そうだなぁ……でも、海を跨いでもみんなと作って来た思い出は消えないと思ってる。みんなが日本で頑張ってるから、俺も向こうで頑張れる気がするんだ」

 夢を叶えるには大切なものをなくさなければいけない時もある。それを恐れては前に進めないのも事実だろう。だけど俺はわがままな人間だ。

「あの! 私、英語も演技も歌もいっぱいいっぱい勉強しますから……! その時はまた、私をプロデュースしてください!」

 そしてその性格は、俺の自慢の担当アイドルにも伝染してしまったらしい。

「じゃあ美穂ちゃん、家事も勉強しなきゃですね! 良いお嫁さんになるにはまず家事からです!」

「ええ!? 響子ちゃーん! そこまではまだダメ、じゃなくて言ってないよー!」

「ふふっ。プロデューサーさんがアメリカに行って寂しくなりますけど、私たちは大丈夫ですっ!」

「そうだな……」

 いつの日は美穂の夢と俺の夢が交わる時が来るのだろうか。その時は……2人で未来を作っていかなくちゃ、だな。
140 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:24:13.54 ID:nY0iWbpOO
『おばあちゃんへ、お変わりなくお元気に過ごしていますか? この前は野菜を送ってくれてありがとう。新鮮な野菜のおかげで、この冬は風邪をひかないで過ごせそうです。本当にありがとう。最近はアイドル活動の合間合間に英語と家事も勉強するようになりました。いつかの未来、大切な人のそばにいるために、私は頑張っています。近々その人と一緒に実家に一度帰ろうと思います。もちろん、この手紙のことは内緒でね。これからもっと寒気なってくるけど、身体に気を付けてね。美穂より』
141 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:25:38.04 ID:nY0iWbpOO
「おや……」

 封筒の中に一枚の写真が同封されていることに気付いた。大きなケーキと一緒に笑顔で写っている。孫娘のアイドル仲間と隣にいる男性はプロデューサーだったか。なるほど、いい顔つきをしているじゃないか。美穂が想いを寄せるのもよくわかる。

 ただ私の気を引いたのは彼ではなく一緒に写っている2人の女の子だ。法螺貝を持った和装の女の子と小豆色の作務衣の少女――。2人を見た時、いつか見た夢の世界の大冒険を思い出した。だって2人とも、おばあさんとおじいさんに顔つきがよく似ているから。

「これも縁、なんだろうね……」

 懐かしくなって自然と笑みが浮かべる。美穂が帰ってきた時、また話してあげよう。夢邪鬼と夢の世界に囚われた私達の冒険のお話を。
142 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:26:53.90 ID:nY0iWbpOO
以上になります。久しぶりに速報で投下したのでトリップ忘れて新しく作りました。
美穂ちゃんの誕生日を自分なりに祝うことができました、お付き合い下さった方ありがとうございました。
143 : ◆d26MZoI9xM :2019/12/16(月) 23:27:56.29 ID:nY0iWbpOO
以上になります。久しぶりに速報で投下したのでトリップ忘れて新しく作りました。
美穂ちゃんの誕生日を自分なりに祝うことができました、お付き合い下さった方ありがとうございました。
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