【対魔忍RPG】まりの大冒険 ふたたび

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2 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 16:53:39.71 ID:5z9OpdEU0
トリップ初めてだったけどちゃんと表示されて安心した
次スレから投下開始します

コモドドラゴンを放てっ
3 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 16:55:58.17 ID:5z9OpdEU0
首都圏有数の犯罪都市、センザキ――

かつて東京のベッドタウンとして栄えた頃の面影はもはや無く、数々の犯罪組織や魔界の住人たちがひしめき合う闇の繁華街――

そんな街の通りを、臆するそぶりもなく歩く一人の少女の姿があった。
4 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 16:57:15.70 ID:5z9OpdEU0
「久しぶりだなあ…もうあれから1年になるのかあ…」

対魔忍・篠原まり。

五車学園に通う学生対魔忍だ。

学生でありながら人並み外れた怪力と土遁の術を操り、クラス委員も務める真面目な少女。

もっとも、生来の天然・ドジっ娘な性質が災いして十分に力を発揮できないことも多いのだが――
5 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 16:58:29.86 ID:5z9OpdEU0
(いろいろあったなあ…魔人さんに出会って…紅さんに出会って…オークさん達にもお世話になって……ふふっ)

1年前、彼女は任務の帰りにある事件に巻き込まれ、偶然知り合った流浪の対魔忍『心願寺紅』と手を組みこれを解決した。

五車では“本の魔人事件”として記録されているこの騒動、表向きはまり一人の手柄とされているが、実際は紅の協力無くしては解決できなかった事件であった、。
6 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 16:59:28.74 ID:5z9OpdEU0
(プライベートでセンザキに来るのは初めてだけど…まずは、あのときの酒場に行ってみようかな…オークさん達にはちゃんとお礼できてなかったし…紅さんにも、会えるかもしれないし…)

1年前はおっかなびっくり歩いた道を、迷いなく進んでいくまり。

“本の魔人事件”、そしてこの1年で積んだ修練の数々が、確実に彼女を成長させていることが見て取れた。
7 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:00:13.09 ID:5z9OpdEU0
――

――――

――――――
8 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:01:14.33 ID:5z9OpdEU0
「あれ…?」

酒場への道を急ぐまりの目に、見慣れない光景が飛び込んできた。

荷台に屋根と調理場を設け、暖簾を下げた古風なリヤカー…。今や珍しい、移動式の屋台だ。

(へえ…センザキにあんなのがあるんだ……って、なにか言い争いしてるような…?)
9 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:02:00.20 ID:5z9OpdEU0
どうやら店主らしい男が何度も頭を下げ、客がそんなことにはおかまいなしで怒鳴りつけているらしい。

「だから酒を出せってんだろうが、えーーーつ!?」

「すみませんが、何度も申し上げました通り今日はもう店じまいでして…」

「九龍会の俺様に出す酒が無いってのか、あーーん?」

「いえ、ですからその…話を…」
10 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:02:35.37 ID:5z9OpdEU0
ああ…あのお客さん酔いすぎだよ…全然お店の人の話聞いてないし…)

(そういえば、去年魔人さんに出会った時もこんなシチュエーションだったなあ…)

少し懐かしい気持ちが沸くが、ともかく黙って見過ごすことはできない。
11 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:03:30.09 ID:5z9OpdEU0
「あのぅ…そのくらいにしませんか…?」

「おーん?なんだあテメェ…?」

「お店の人、今日はもう閉店だって言ってるじゃないですか…別にお客さんのことがどうとかじゃなくて…とりあえずまずは落ち着いて…」

「なめるなっメスブタァッ」

ドンッ。
12 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:04:29.00 ID:5z9OpdEU0
「はうっ」

酔っ払いがまりを突き飛ばす。

不意を突かれたまりが後ろ向きに倒れる。

ドサッ。
13 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:05:47.24 ID:5z9OpdEU0
――かに思われたが、何者かがその背中を受け止め、優しく声をかけた。

「まったく、相変わらず揉め事に首を突っ込むのが好きなようだな、君は」

それは、まりがよく知った声であった。
14 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:06:25.50 ID:5z9OpdEU0
「紅さん!」

「久しぶりだな、まり。春の任務以来か」

まりを支えた女性――心願寺紅がまりに微笑みかけた。
15 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:07:16.94 ID:5z9OpdEU0
「すまないが、店主はこの後私と約束があるんだ。今日は別の店に行ってくれないか」

「何度も言わせるなってんだろ!俺は九龍会だぞ!?俺が酒を出せって言ったら出すんだよえーっ!」

「九龍会?…ああ、お前あそこの構成員なのか。あのシフォンとかいう女のいる…」

「貴様―っ!美鳳(メイフォン)様を愚弄する気かあっ」

上司の名前を間違われて激昂した酔っ払いが懐から銃を取り出した。
16 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:07:48.59 ID:5z9OpdEU0
ビシッ。

「痛ぅっ!?」

――が、瞬く間に紅の鋭い手刀で弾き飛ばされてしまった。
17 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:08:50.47 ID:5z9OpdEU0
「本の魔人を取り逃がしてからは大人しくアミダハラに帰ったと思っていたが…またセンザキに出しゃばってきているのか。ご苦労なことだな」

「ほ、本の魔人だあ…?テメェなんでそんな古い話を知って…る…」

手刀を食らった痛みが酔いを中和したのか、焦点の定まらなかった男の目がようやく紅をはっきりと見据えた。

その顔がみるみる青ざめていく。
18 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:09:53.84 ID:5z9OpdEU0
「おまっ…対魔忍………あのときの…」

「なんだお前、あのとき私にのされた連中の一人か」

ずい、と紅が前に歩み出る。酔っ払いは素早く後ずさる。

「なんなら今から続きをしようか?せっかく再会できたんだ、今度は本気で相手になるぞ」

「あっ…あっ……」

もはや酔いは完全に冷めたらしい。男はへっぴり腰でガクガクと脚を震わせ、顔面蒼白となっている。
19 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:10:38.61 ID:5z9OpdEU0
「あのぅ…」

まりが男になにかを差し出した。

「?」

「これ、落としましたよ。危険なものなんですからちゃんと安全装置をかけてくださいね」

「!!!はひーーっ!」
20 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:11:25.39 ID:5z9OpdEU0
まりが差し出したのは先ほど男の手から弾かれた銃…だったはずなのだが、重心がぐにゃぐにゃに曲げられて“ひねり揚げ”のようになってしまっていた。

まりが素手でねじってしまったのだ。

「ひーーっ!!!!」

男は差し出された銃を払いのけ、一目散に逃げていった。
21 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:12:09.81 ID:5z9OpdEU0
「やるじゃないか。随分気の利いたあしらい方を覚えたな」

「い、いえ、そんな大したことじゃ…えへへ…」

まりが赤面する。“本の魔人事件”以来、紅はまりにとって最も尊敬する対魔忍の一人だ。
22 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:13:29.06 ID:5z9OpdEU0
「今日はまた任務の帰りか?」

「いえ、今日は完全にプライベートで…その…紅さんに会いに…」

「…そうか。思えば春の任務の時はゆっくり別れを言う暇も無かったからな…私も心残りだったんだ」

「そうですよ!せっかく紅さんと学校に通えると思ったのに、いつの間にかいなくなっちゃうんですから!私の友達にも紅さんを紹介したかったのに!」

「いや…あれはその…まあ…色々と事情があってな、はは…」

紅は気まずそうに視線を逸らした。
23 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:14:12.19 ID:5z9OpdEU0
――紅の生家、心願寺一党は、かつて五車に反旗を翻したふうま一族による反乱“弾正の乱”に加担したことで里を追われた一族である。

もっとも積極的に反乱に加わったわけではないため、五車の長『井河アサギ』は追放に反対であった。
24 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:14:48.00 ID:5z9OpdEU0
――が、紅の祖父『心願寺幻庵』は追放を受け入れた。

心願寺を追放せよとの動きにはふうまの力を削ぎたい政府による横槍があったとされ、逆らえば無用な血が流れると判断したのだ。

その後幻庵は隠居の身となり、紅も祖父の意思を継いで五車に所属しない流浪の対魔忍として生きてきた。
25 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:15:40.57 ID:5z9OpdEU0
――しかし今年の春、心願寺の忍が井河アサギを暗殺せんとする事件が起きた。

紅は井河アサギから特別の許しを得て五車に学生として潜入し、従者の『槇島あやめ』と共にこれを捕らえた。

26 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:16:15.42 ID:5z9OpdEU0
――「あなたが望むなら、このまま学園に残ってもいい」

アサギからの願ってもない申し出を、紅は固辞した。

(おじいさまが五車と心願寺のため、苦渋の思いで結んだ誓約を、今さら私が破るわけにはいかない…)
27 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:16:51.91 ID:5z9OpdEU0
かくして、紅は再び五車を去り、以前と同じく流浪の対魔忍として生きる道を選んだのだ。
28 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:17:59.01 ID:5z9OpdEU0
「お二人とも、有難うございました。紅さんと…」

「あ、私、篠原まりです」

「篠原さん。本当に有難うございました。助かりました。」

屋台の店主が何度も頭を下げる。

見るからに苦労を重ねてきた風貌で、真っ白な頭のところどころが丸く禿げあがっている。

後に、実はまだ30代なかばであったことを知らされたまりは驚愕することになる。
29 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:18:25.06 ID:5z9OpdEU0
「こちらは森浦さんだ。今日はこれから仕事の依頼を聞く予定だったんだが…場所を変えたほうがいいだろうな」

「では、私の家に…少し離れていますが…」

「あ、それなら私、屋台引きますよ!こういうの得意なので!」
30 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:19:01.89 ID:5z9OpdEU0
「いえそんな…助けていただいたうえにそんなことまで…」

「お言葉に甘えさせてもらいましょう、森浦さん。彼女はこう見えてかなりの力持ちなんですよ」

(えへへ…紅さんに褒められてる…)

顔をニヤけさせたまりが屋台を引いて歩きだす。
31 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:19:46.63 ID:5z9OpdEU0
「…まり、もし良ければなんだが…このまま私の仕事を手伝って貰えないか?」

「えっ」

「せっかくのオフに申し訳ないんだが、君の力があれば私も心強い。もちろん報酬も」

「やりますっ!私、頑張りますっっ!!」

(また紅さんと一緒に戦える!)

高翌揚感でハイになったまりが恐るべきスピードで屋台を引いていく。
32 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:23:23.52 ID:5z9OpdEU0
>>31
誤字ったのでもういちど

「…まり、もし良ければなんだが…このまま私の仕事を手伝って貰えないか?」

「えっ」

「せっかくのオフに申し訳ないんだが、君の力があれば私も心強い。もちろん報酬も」

「やりますっ!私、頑張りますっっ!!」

(また紅さんと一緒に戦える!)

高翌揚感でハイになったまりが恐るべきスピードで屋台を引いていく。
33 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:23:50.27 ID:5z9OpdEU0
――家と逆の方向に進んでいることを告げる森浦と紅の声で引き返したのは100メートルほど進んでからであった。
34 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:24:24.12 ID:5z9OpdEU0
――
――――
――――――
35 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:25:30.12 ID:5z9OpdEU0
――センザキの中心部は、戦争難民が大量に流入して築いたスラム街である。

この区域を中心に数々の犯罪組織が巣食い、“闇の繁華街”センザキを形成した。

森浦の住居はそんなスラム街の一角にある。
36 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:26:25.73 ID:5z9OpdEU0
「こんな場所で恐縮ですが…紅さんはイカがお好きと伺いましたので…」

森浦が台所から料理と酒を運んで来る。

皿には焼いたイカを緑のタレで和え、香草のようなものを散らしたものが盛られている。

「木の芽和えですか。良いですね」

「昔、店を構えていたころはこういうのも得意だったんですが…屋台になってからはどうも…はは…」
37 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:26:59.66 ID:5z9OpdEU0
ぺこぺこと頭を下げながら酒を勧めようとする森浦を紅が手で制する。

「すみませんが、仕事中は…」

「ああ済みません、いつもの癖で…」

「ふふふ」
38 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:27:49.21 ID:5z9OpdEU0
紅の隣に座ったまりがニヤニヤと笑みを浮かべながら紅を見つめている。

「…なにか変なことを思い出してるんじゃないだろうな」

「い〜えっ♪ぜんぜんそんなことありませんよっ♪」
39 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:28:21.84 ID:5z9OpdEU0
紅は酒に弱いわけではないが、飲みすぎると泣き上戸になる癖がある。

普段のクールさが嘘のようにめそめそと語りだし、誰彼構わず愚痴をこぼしまくる。

まりは1年前の事件でそれを目にしたことを思い出していたのだ。

(あの時の紅さん、可愛かったなあ…最後は私と間違えて電柱やゴミ箱に話しかけて…)
40 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:29:02.58 ID:5z9OpdEU0
「やっぱりなにか思い出してるだろう」

「そんなことないですよ〜♪」

まりは紅をはぐらかしながら皿の上のイカに箸を伸ばし、ぱくりと頬張った。

「美味しいっ!」

「ありがとうございます」

失礼、と断りながら自分のグラスに酒を注いだ森浦が顔をほころばせる。
41 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:29:39.25 ID:5z9OpdEU0
紅はまだ憮然とした様子でまりを睨んでいたが、やがて小さくため息をつき、森浦に向き直った。

「森浦さん、そろそろ…」

「……はい。依頼というのは他でもありません…。私の娘を探して頂きたいのです」

ぐい、とグラスをあおった森浦が語りだす――
42 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:30:10.34 ID:5z9OpdEU0
――森浦には『和香』という名の娘がいた。

母親は和香が小学校に上がる頃亡くなっているが、森浦は再婚せず男手ひとつで和香を育てた。

森浦の料理の腕はなかなか評判がよく、経営していた店も小さいながら父娘が食べていくには困らない程度には繁盛していたという。

43 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:30:41.64 ID:5z9OpdEU0
――しかし5年前、外出先から森浦が戻ると、店は荒らされ、金目のものは全て奪い去られていた。

それだけではない、留守番をしていたはずの和香と従業員の女性…こちらは『美春』といった…も行方不明になってしまったのだ。
44 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:31:13.23 ID:5z9OpdEU0
――店内は派手に荒らされてはいたが血痕などの痕跡はなく、二人は犯人に連れ去られたものと考えられた。

しかし警察の捜査は遅々として進まず、森浦は自ら人を雇って行方を捜し始めた。

探偵、興信所、時には怪しい稼業の人間まで…。しかし手がかりは掴めなかった。
45 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:31:53.74 ID:5z9OpdEU0
――やがて財産が底をついた森浦はこのスラム街に移り住み、不法投棄された資材でこしらえた屋台でなんとか日々生きていける程度の稼ぎを得て暮らしていたのだ。
46 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:32:40.76 ID:5z9OpdEU0
「正直、私も諦めていました…無我夢中で探しまわってもなにも見つからず……雇った人間も、正直、その……金をふんだくって行方をくらますようなのが何人も……さすがに、疲れはててしまいまして…」

「もう酒だけが生きがいのような毎日で…もっとも、自分で飲むぶんなんて大して買えないので…飲んだくれのくせにまあまあ健康という……ええ、今日は特別です、ははは…」
47 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:33:09.91 ID:5z9OpdEU0
――しかし、先日。森浦はセンザキの繁華街で男と連れ添って歩く美春らしき女性を見かけた。

「美春!」

森浦が名前を呼ぶと女は血相を変えて駆け出し、森浦もその後を追いかけようとした。
48 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:33:47.05 ID:5z9OpdEU0
――が、すぐに女と連れ添っていた男に襟首を掴まれてしまった。

「おいっ!なんだテメェは!」

「放してくれっ…あのっ…美春っ…」

「ドブネズミがっ!!」

ゴッ。
49 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:34:24.32 ID:5z9OpdEU0
――顔面を殴られて気絶した森浦が目を覚ました時には、男も美春らしき女も跡形もなく消えていたという。
50 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:36:30.05 ID:5z9OpdEU0
「私も気が動転して、はっきりと顔を見れたのか自信はないんですが…あれは美春でした。ええ。間違いありません」

ぐい、と酒を飲み干した森浦が続ける。

「だって、そうじゃなきゃおかしいじゃないですか…美春の名前を呼んだだけで慌てて逃げ出すなんて…」

幸せな生活が一瞬で崩れた、あまりにも悲惨な身の上話。
51 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:37:11.81 ID:5z9OpdEU0
しかし、それを語る森浦の様子にまりは違和感を覚えていた。

(なんだろう、この…引っかかるような感じ…?)
52 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:37:57.22 ID:5z9OpdEU0
ちら、とまりは隣の紅の顔を見やった。

「……」

紅もなにか腑に落ちない顔で腕を組んでいる。

どうやら彼女もまりと同じ“何か”を感じているらしい。

「森浦さん、もう少し詳しくお聞きしたいことがあります」

「はい…?」

「美春さんについてです」

「あ、美春の…。はい、なんでしょう…」

森浦はグラスに目を移し、また酒を注ぎはじめた。

53 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:38:48.94 ID:5z9OpdEU0
(そうだ、森浦さん…美春さんの名前を出すときだけ…なんというか…)

挙動がおかしい。

眼がきょろきょろと泳ぐ。

露骨に目の前の二人から視線を逸らす。

(まるで…)
54 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:39:15.95 ID:5z9OpdEU0
後 ろ め た い こ と が あ る よ う な ・・・
55 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:40:21.29 ID:5z9OpdEU0
「あなたと美春さんは、どのような関係だったんですか?」

「え…?」

酒を注いでいた森浦の手が、慌てて瓶をひっこめた。

グラスの酒はもう少しであふれそうなところまで注がれている。

「どのような、と言われましても…彼女はただの従業員で…」
56 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:41:18.80 ID:5z9OpdEU0
「あなたは、美春さんと『男と女の関係』だったのではありませんか?」

「!!!」

びくり、と森浦の体がこわばる。
57 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:41:46.70 ID:5z9OpdEU0
沈黙。
58 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:42:29.41 ID:5z9OpdEU0
「森浦さん」

紅が沈黙を破った。森浦は俯いている。

「私は、一度受けた仕事には全身全霊でかかります。あなたのために命を懸けます」
「………」

「どうか、全て打ち明けてください。それが手掛かりになるかもしれない」

「…………」
59 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:42:59.91 ID:5z9OpdEU0
やがて森浦は小さく頷き――静かに語り始めた。
60 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:43:52.30 ID:5z9OpdEU0
――森浦と美春は一緒に働くうちに惹かれ合い、関係を持った。

店が忙しくデートなどはあまりできなかったが、森浦がプロポーズを決心するまでにそう時間は必要としなかったという。

「和香と美春はとても仲が良かったんですよ…3人で上手く店を切り盛りして…これなら、本当の家族になれるかと…」

「ええ、美春は承諾してくれました。大層喜んでくれて…」
61 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:44:30.03 ID:5z9OpdEU0
――しかし、父から再婚話を打ち明けられた和香は、思いがけず猛反対した。

「そんなことをするなら私は出ていく。父親とも思わない」

「私は美春さんをお母さんなんて思えない」

「お父さんはお母さんを忘れてしまったのか」
62 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:44:57.52 ID:5z9OpdEU0
「娘があんなに怒るのを見たのは初めてでした…私も呆気にとられてしまって…」

「いえ、私が無神経だったんです…こどもにとって母親がどういうものなのか…娘が、小さい頃に亡くしてしまった母親をどう思っていたのか…考えもせずに…」

63 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:45:24.61 ID:5z9OpdEU0
――娘が反対している以上、再婚は諦めるしかない。

だが、かといって何事もなかったようにまた3人で暮らすこともできない。

再婚話の頓挫は3人の間に決定的な亀裂を生んでしまったのだ。
64 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:46:01.13 ID:5z9OpdEU0
「美春には、店を辞めてもらうように言いました…。友人のつてで、次の就職先を紹介して…」

「美春には反抗されました…わんわんと泣きじゃくって…」

「でももう私は耐えられなかったんです…それで…退職金を…いえ、手切れ金を渡したんです…もうこれで出て行ってくれと…」
65 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:47:00.90 ID:5z9OpdEU0
(それは…美春さんからすれば、プライドを傷つけられただけだっただろうな…)

紅はじっと、考えこんでいた。

仲が良かったはずの和香に裏切られた。

愛し合っていたはずの男に金で別れてくれと言われた。

美春はそう感じたのだろうか…。

66 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:47:52.65 ID:5z9OpdEU0
「事件が起きたのはその10日後でした…」

「私の無神経さで、あんなことになってしまって…娘とも、仲違いしたっきりで…」

「娘に会いたい。謝りたい。今の私にあるのはそれだけです。それだけを思って、この5年間、生きてきました…」
67 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:48:20.49 ID:5z9OpdEU0
最期の方は吐き出すように語り終えた森浦が、グラスの酒を一気にあおった。

半分以上が口に入らず、派手に床や服にこぼれた。

まりが拭くものを探しに席を立つのと、紅が次の質問を投げかけるのとが、ほぼ同時だった。
68 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:49:11.36 ID:5z9OpdEU0
「森浦さん、もうひとつだけ。美春さんらしき女性と連れ添っていた男…あなたを殴った男の特徴は覚えていますか?」

「坊主頭で…顔はよく見ていません。背はかなり高くて…」

(気が動転していたそうだし、顔を覚えていないのも無理はないか…)

「……そうだ…チャーム…」

「チャーム?」

「はい、星の形をしたチャームを腰に下げていました…大きいのと、小さいのと、何種類も…」
69 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:50:07.64 ID:5z9OpdEU0
まりが台所からタオルを持って戻ってきた。

「すみません、ちょっとお借りしました〜」

「いえ、大丈夫ですから…」

「ダメですよ、すぐに拭かないとシミになっちゃいますから。服もすぐに洗濯してくださいね!」

床と森浦の服を拭きながらまりが言う。
70 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:50:53.61 ID:5z9OpdEU0
「森浦さん…」

「はい?」

「その…和香さんのこと、絶対に見つけ出しますからね!美春さんも!きっと仲直りできますよ!」

「あ…」

「紅さんと私に任せてください!私はまだ学生ですけど…紅さんは、すっっっごい対魔忍なんですから!」
71 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:51:21.72 ID:5z9OpdEU0
(まったく…あんな話を聞かされたのに、よく明るく振舞えるな…)

(…いや、こういうところがまりの良いところだ)

ふっ、と紅の顔から笑みがこぼれる。
72 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:52:10.59 ID:5z9OpdEU0
「ごちそうさまでした、森浦さん。これから調査に向かいます」

紅が席を立ち、脇に置いてあった二本の刀――祖父から受け継いだ小太刀『白神』『紅魔』を腰に差した。

「ごちそうさまでした!すごく美味しかったです!」

タオルを畳んだまりがぺこりと頭を下げる。
73 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:52:37.12 ID:5z9OpdEU0
「よろしく…よろしく、お願いします」

まりの元気に癒されたのであろうか、森浦の顔にも、少し、笑顔が戻っていた。

74 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:53:31.24 ID:5z9OpdEU0
――
――――
――――――
75 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:54:05.86 ID:5z9OpdEU0
「ああ、そりゃオソメ・ブラザーズの兄貴のほうだろ…。星のチャームね、うん。アイツしかいねえわ…」

――センザキの一角にある安酒場。

そのカウンターに紅、まり、そして傭兵らしき姿のオークが腰かけていた。
76 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:55:17.58 ID:5z9OpdEU0
「オソメ・ブラザーズ?」

「港の倉庫街を根城にしてる半グレ兄弟だよ…ゲスな商売で稼いでるクソ野郎さ…本名は染谷って言うらしいがな…」

「お前にそこまで言われるということは、よほどの悪党らしいな」

「ガハハ!ひでーな紅よお、俺はお前に言われて以来、ちゃーんと週に1回風呂に入ってるんだぜ!」

「自慢するな。そもそも風呂は毎日入るものだ」

「ククク酷い言われようだな…まあ事実だからしょうがないけど」
77 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:56:07.09 ID:5z9OpdEU0
紅と軽口を叩きあうこのオークは、傭兵稼業のなかで紅と知り合い、たまに顔を合わせれば一緒に酒を飲む間柄になった。

紅が魔のモノの血を引いていること――長くなるためここでは詳しく触れないが――そのことあり、もともと紅は人外の存在に対しても偏見無く接する。

「なら生活習慣を改めろ。今だって匂うぞ。不潔な連中とばかり付き合ってるから気にならんのだろうがな」

――もっとも、少々言葉遣いは悪くなるが。
78 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:57:09.33 ID:5z9OpdEU0
「しかしまりちゃんも久しぶりだよなあ!連絡先も聞けないうちに帰っちまったから、俺あ寂しかったぜえ…?ガハハハ!」

「あうう、すみません…。ちゃんとお礼をしなきゃとは思ってたんですが…。なかなか時間がなくて…」

「ガハハハハ!謝ることじゃねえよ!今日またこうして会えたんだからな!」

“本の魔人事件”で紅とまりの窮地を救ってくれたこともあり、かつては異種族に対して恐怖心を抱いていたまりもこのオークにはすっかり心を許している。
79 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:58:12.10 ID:5z9OpdEU0
「話を戻すぞ。そのオソメ・ブラザーズとかいう連中についてもっと詳しく教えてくれ」

「…ん?ああ、別にいいけどよ…」

ふいに、オークはきょろきょろと店内を見まわした。

傭兵やならず者が集うこの酒場は、明るいうちからぞろぞろと客が押し寄せ、夜更けまで下卑た会話と笑い声でいっぱいになる。

しかし、今日は比較的人が少なく、店の入り口から一番離れた角の席が空いていた。
80 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:58:43.83 ID:5z9OpdEU0
「…奥、行かねえか?別に変なことはしねえからよ」

「万一そんなことをしたら酔い覚ましをプレゼントしてやろう。強烈なやつをな。もっとも二度と銃が握れなくなるかもしれんが」

「ガハハ!こわいねえ〜」
81 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 17:59:33.82 ID:5z9OpdEU0
3人はカウンターから奥の席に移動し、オークが新しい酒を注文した。

「悪いな。どうせみんな酔っぱらって俺たちの話なんか聞こえねえと思うが…それでも、な。楽しく酒飲んでるときに聞きたい話じゃねえんだわ…あの兄弟については…」

「さっき言っていた“ゲスな商売”というやつか」

「そう。あいつらはな…兄弟でスナッフ・ビデオを作って売りさばいてるんだよ」
82 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:00:20.54 ID:5z9OpdEU0
「すなっふ…?」

まりがきょとんとした顔で尋ねる。

「なんだ、対魔忍の学校じゃそんなことも教えてくれねえのか」

「そんなことを授業で教える学校があるわけないだろう」

「対魔忍なら知っといたほうがいいと思うがなあ…スナッフ・ビデオってのは、人を殺したり、バラしたりする様子を撮影したビデオだよ」

「ひっ…!」
83 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:01:04.12 ID:5z9OpdEU0
さあっ…とまりの顔が青ざめる。

「いるんだよ、そういうのを観て興奮したり、[田島「チ○コ破裂するっ!」]したりするヘンタイが…とくにこういうガラの悪い街ではな…」

ジョッキの酒をあおりながらオークが続ける。
84 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:02:33.47 ID:5z9OpdEU0
>>83
誤字ったのでもういちど

さあっ…とまりの顔が青ざめる

「いるんだよ、そういうのを観て興奮したり、オ○ニーしたりするヘンタイが…とくにこういうガラの悪い街ではな…」

ジョッキの酒をあおりながらオークが続ける。
85 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:04:43.93 ID:5z9OpdEU0
>>84
また誤字ったのでもういちど


さあっ…とまりの顔が青ざめる。

「いるんだよ、そういうのを観て興奮したり、オ○ニーしたりするヘンタイが…とくにこういうガラの悪い街ではな…」

ジョッキの酒をあおりながらオークが続ける。
86 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:05:27.65 ID:5z9OpdEU0
「まず、弟の『狂二』…ムカつくことに結構なイケメンなんだが…そいつが女をひっかけてくる。で、兄貴の『狂一』が…こいつは飲んだくれのクソ野郎でな…女をレイプするなりバラすなりして…その様子を映像に収めて、闇のルートで売りさばくんだよ」

「ひっかけてくる女は、奴隷娼婦だったり、戦争難民だったり、家出少女だったり…まあ、身寄りがなかったり、突然いなくなっても騒がれないようなのを選んでるらしいぜ。おまけに奴らのビデオはお偉いさん…政治家だとか、ヤクザの親分にもファンがいるらしくてな。多少のことはもみ消されちまうんだと」
87 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:06:10.65 ID:5z9OpdEU0
「その狂一とかいうのが、私たちが探している男だと?」

「ああ、星形のチャームをジャラジャラ着けてたんだろ?それは『星になった女の数』をアクセサリーにしてるんだよ。小さい星が1人、大きい星が10人。最近50人を超えたから、全部大きいチャームに変えるとなんとか…」

「ゲスが」

ギリ、と歯ぎしりをして紅は吐き捨てた。

「ああ、ゲス野郎だよ。すっかり酒がまずくなっちまった」

飲みかけたジョッキをテーブルに戻し、オークがため息をつく。
88 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:07:05.56 ID:5z9OpdEU0
紅がポケットから小さな包みを取り出し、オークの前に置いた。

「それで飲みなおしてくれ。あと、その兄弟が根城にしてる場所を教えてくれ」

「いいけどよ…やっぱ乗り込むのか?下手に関わらないほうがいいと思うがなあ」

「私が半グレ風情にどうこうされるとでも思うのか?」

「ま、確かにそうか…。だが気をつけろよ。弟はともかく兄貴の方はかなり腕っぷしが強いらしいからな」
89 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:07:51.26 ID:5z9OpdEU0
「行こう。急いだほうが良さそうだ」

「はい…」

不安げな表情のまりが紅に続いて店を出る。

(嫌な予感がする…。たぶん、紅さんも同じことを…)

しかし、前を歩く紅の足取りはぶれない。

(ううん、余計なことは考えないようにしなきゃ…紅さんの足手まといにならないように…)
90 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:08:18.42 ID:5z9OpdEU0
(どうか…どうか、間に合ってくださいっ!)

祈るような気持ちで、まりは紅の後を追いかけた。
91 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:09:39.42 ID:5z9OpdEU0
――
――――
――――――
92 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:10:52.27 ID:5z9OpdEU0
――センザキ港は、江戸時代の埋めたて工事によって築かれた歴史ある港である。

かつては大規模な石油コンビナートを中心に様々な企業が工場を構えて栄えたが、今やその面影はない。

放棄された工場や倉庫は犯罪組織の根城と化し、国籍不明の船が夜な夜な停泊する危険地帯と化している。
93 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:11:39.69 ID:5z9OpdEU0
まりと紅は、オークから聞き出した倉庫の前にたどり着いていた。

外から中の様子は見えないが、明らかに人の気配がする。

「準備はいいか?」

「…はいっ」

まりが力強く頷く。

(大丈夫…紅さんが一緒だから…それに、私だって…たくさん修行したんだから…)
94 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:12:23.87 ID:5z9OpdEU0
倉庫のカギは開いていた。

一歩足を踏み入れると、中はあらゆるものが散乱する“ゴミ屋敷”と言うべき空間であった。

衣類、雑誌、食べ物のパッケージ、ぼろぼろの家具、壊れた電化製品、よくわからないどろどろしたもの――おそらくもとは生ゴミだったのだろう――それぞれがごちゃごちゃに散らばり、あるものは異臭を放ってる。

対魔忍として数々の修羅場を潜り抜けてきた紅も、さすに鼻をしかめざるを得なかった。
95 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:13:10.00 ID:5z9OpdEU0
しかしよく見ると、倉庫の中心には比較的きれいなソファー、テレビ、テーブル、パソコンなどが集められたスペースがあり、ちょうどリビングのような空間になっていた。

そのソファーの上で、大柄な男が一人、寝そべって酒を飲んでいる。

「…あ?オンナ…?」

二人に気づいた男が振り向く。
96 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:13:54.99 ID:5z9OpdEU0
「狂二のやつ、もう次の女優を見つけて来たのかあ…?」

「ブヘヘ…ついこないだ撮影したばっかだってのに…おにいちゃん疲れちゃうよお…」

目の焦点が合っていない。よく見るとテーブルの上に注射器のようなものも見える。
97 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:14:26.85 ID:5z9OpdEU0
ぞくっ。

(ついこないだ…撮 影 し た…?)

まりの額から冷や汗がふき出す。
98 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:15:08.00 ID:5z9OpdEU0
「夜分にすまない。私たちは人探しをしているんだ。この女性を…」

紅はあくまで丁寧に、和香の写真を男に差し出した。

「さがすう…?」

男は右手に持っていた蒸留酒の瓶を左手に持ち替え、空いた手の親指でこめかみをぐりぐりと刺激しながら、写真に目の焦点を合わせようとしている。

不用意に持ち替えた酒瓶は傾き、こぼれた酒がソファーを濡らしているが、気にする様子はない。
99 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:15:53.16 ID:5z9OpdEU0
「……ああ、客か…ヒヒっ…可愛い顔して好き者かよ…まあ…見かけによらねえよな…こういうこたあ…」

男はよろよろと立ち上がり、テーブルの横に置かれたパソコンの前に腰を下ろす。

その腰には、10円玉ほどの大きさの、星形のチャームが5つ、ぶら下がっていた。
100 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:16:40.27 ID:5z9OpdEU0
「ネエちゃんたち初めてだよな……誰から聞いてきた…?…いや、いいや…大体想像つく…狭い業界だからな…ヒック…」

「初めてにしては…ヒック…目の付け所がいいや…ヒヒ…こいつは大ロングセラーだからな…」
101 : ◆H5MbwxPKRo [sage]:2020/05/16(土) 18:17:16.98 ID:5z9OpdEU0
心臓が早鐘を打つ。

呼吸が荒くなる。

まりは、無意識のうちに紅の体に身を寄せていた。

紅は微動だにしていない。
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