右京「鬼滅の刃?:

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83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:37:15.07 ID:N3vBqn5a0


 「どうやら本当にわからないようですね。
当時の兄上には縁壱さん以外にも身内がいた。継国家に残したご自身の家族ですよ。」


 家族と言われてそういえばそんなのがいたなぁと朧げながらもその存在を思い出した。
 しかし家族と言われても既に数百年も昔の話だ。
 既に顔すら覚えてなどいない者たちに過ぎなかった。


 「…継国の者たちがどうしたというのだ…」


 「わかりませんか?縁壱さんや兄上は戦国時代を生きた方々です。
当時の価値観ならば仇討が横行しておりそうなれば一族郎党皆殺しに遭うのも稀ではなかったはずです。
それなのに兄上の子孫にあたる時透くんがこの時代に生きている。
もしも仇討が行われていれば時透くんはこの世に存在しませんからねぇ。これは何故か?
それは許されたからです。
当時のお館さまはこう判断なされたのでしょう。
憎むべきはあくまで鬼であるべきだと。決して人を憎むな。そう怒れる隊士たちに忠言したのでしょう。」
 

 黒死牟にとって当時の産屋敷家など既に顔も覚えていない存在だ。
 だというのに家族に手を出さなかったからといってそれがどうしたというのか。
 そんなこと今の自分にはどうでもいいことだ。


 「…だからどうしたというのだ…そんなことなど…」


 「まだおわかりにならないのですか。
その判断を行ったのは父親を殺され幼くして跡を継いだ当時六歳の子供だったそうです。
年端もいかない幼い子供が父親の敵に対して配慮なされた。
それがどれほどつらくそして英断であったか由緒正しい侍である兄上なら御存知だと思いますがねぇ。」


「そして継国家ですがここからは僕の憶測です。
当時兄上には既に御子息がいらした。その子は一連の出来事を知りこう思ったのではないでしょうか。
父親が情けない真似をして申し訳ない。許してもらおうなんて思わない。人の命を贖えないのならせめて家を取り潰すと…そう言ったのかもしれません。
だから継国家は没落した。すべては父親の罪を贖うためだったと…」


「幼い子供たちは兄上が犯した罪をどうにか正そうとしたと何故考えられなかったのですか。」


沈黙、暫くこの場に静寂した空気が流れた。そしてこの瞬間、黒死牟の鼻から一滴の血がポタッと垂れた。
すぐにこのことに気づいた黒死牟はよもや攻撃でも受けたのかと思ったがそうではない。
右京から攻撃を受けたわけではない。だが現に血が滴り落ちている。
一体何故…と疑問に思いながらこぼれ落ちた鼻血を見て黒死牟はあることを思い出した。
この感覚には覚えがある。かつてまだ黒死牟が人間だった頃のことだ。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:37:50.70 ID:N3vBqn5a0
まだ幼かったあの日のことは今でも覚えている。あれは縁壱が家を出て行き母が死んで間もなくのことだ。
母は生前遺した日記には縁壱のことが綴られていた。
いつも母親の傍らで袖を握り締め左側にピッタリとしがみつく縁壱を可哀想な存在だと思えた。
 双子の片割れでありながら生まれた時から異様な痣のせいで父親に疎まれた哀れな弟。
 そう思い続けていた。だが真実は違った。縁壱は母親に甘えていたのではなかった。
 縁壱には天舞の才があった。
それに母は病を患い左半身が不自由だった。だから縁壱がしがみつき母親の支えとなっていた。
 そのことを黒死牟が気づいたのは母親の死後に日記を読んだ時だ。
 その時の黒死牟は嫉妬で全身が焼けつくような…憎悪しかなかった。
 これはあの時と同じ…いや…ちがう…同じかもしれないが異なるものがあった…
 行ったのは天才の縁壱でもない…年端もいかない子供たち…
 それも自分が顔すらも思い出せない忘れ去ったはずの存在…
 その子らが自分の過ちを償っていたことを永い時を経て今更気づいた己と…
その事実を見ず知らずの赤の他人である右京に指摘されたことに対する醜い妬ましさだ。


 「もうひとつ恩についても触れましょう。兄上は現在の産屋敷家からも多大な恩を受けています。
その恩を蔑ろにするなど侍としては恥ずべき行為ではありませんか。」


右京から更なる指摘を受けたが黒死牟は産屋敷から恩を受けた覚えなど一切ない。
 こればかりは本当のことだ。何度人間だった頃の記憶を辿っても本当に覚えがない。
 それなのに恩を受けたなどこれは最早言い掛かりではないかと決め付ける始末だ。

85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:39:19.08 ID:N3vBqn5a0


 「…私は…産屋敷から…恩など…受けてはいない…」

 
 「やはりそんな反応をしますか。
それでは教えましょう。まずこの話をするにはある少年の出自から語る必要があります。
そう、今や兄上の最後の血縁にあたる時透無一郎くんです。」


 「…霞柱…何故その者の話になるのだ…」


 「先ほど述べたように時透くんの家は継国の名を捨てました。その後は山に篭り木こりとして生計を立てていたそうです。」
 

 まさか武士の家柄が木こりに身を落とすなど子孫ながら情けないと思ったが口にするのをなんとか堪えた。
 どうせ言えば右京からそうなった原因は自分にあると指摘されるのはわかりきっているからだ。


 「時透くんは幼い頃にご両親を亡くしました。ですが一人ではなかった。
彼には双子の兄がいました。名を時透有一郎。時透くんにとっては唯一人の肉親でした。」


 「…でした?その言い方はまるで…」


 「そう、有一郎くんは既に死亡しています。
ある夜、兄弟の住む家に鬼が現れて有一郎くんは殺された。遺された無一郎くんは兄を失った怒りから力に目覚めて鬼を倒した。
それが事の顛末です。」


 「…話はわかった…だが…それと産屋敷に何の関係がある…」


 「その直後に産屋敷家が訪ねたそうです。
鬼によって瀕死だった無一郎くんを産屋敷家の人たちが介抱してくれた。
子孫の命を助けてもらえたのですよ。これこそまさに恩ではありませんか。」


 まさか子孫が産屋敷家の者に救われていたとは知らなかった。
 しかしそれが何故黒死牟にとって恩であるのかがわからない。
 恩を感じるべきは自分ではなく無一郎ではないのか。
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:43:08.63 ID:N3vBqn5a0


 「…何故私が産屋敷に恩を…これは子孫と産屋敷の問題ではないか…」


 「確かにそうかもしれません。しかし前述した通り兄上は過去に産屋敷家の方々を惨殺した。
つまり当時の禍根を考慮すれば産屋敷家が兄上の子孫に当たる時透くんを救おうとするのはまずありえない。
そんな禍根があったのに産屋敷家は時透くんを救ってみせた。
当事者の兄上はこのことについてどう思われますか。」


 「…いや…産屋敷は子孫の力を利用するために助けたのでは…」


 「再度申し上げますが時透くんは瀕死の重傷を負っていました。
もしも産屋敷家に悪意があったのならば時透くんを見捨てていたでしょう。
付け加えて言いますがその時の時透くんは傷に蛆が湧いていたそうです。
産屋敷家に時透くんの力を利用したいという下心のみで動いていたならきっと瀕死だった彼を見捨てていたはずです。
そんな不衛生な状態だった時透くんを産屋敷家は手厚く介抱してくれたのですよ。
本来ならば兄上はこれを恩と受け取って感謝すべきではありませんか。」


 右京が言いたいのは要するにこういうことだ。
 本来なら無一郎は助かるはずではなかった。
 黒死牟が過去に産屋敷家の者たちを惨殺した禍根を考えれば当然だ。
 それでも産屋敷家は無一郎を救った。このことで恩を感じるなら感謝くらいしてみせろと…

87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:43:50.28 ID:N3vBqn5a0


 「…巫山戯るな…」


 子孫と産屋敷家の経緯を知った黒死牟はさらに鼻から血が滴り落ちた。
 同時に愛刀の柄を力強く握り締め今にも斬りかかりそうな殺気を出した。
 今更そんな話をしてどうしろというのか。自分には関係ない。そう言いたかったが寸でのところでなんとか堪えてみせた。
 
 
 「…侍に必要なのは力だ。それ無くして侍ではない。」


 力こそがすべてだとそう言い切ってみせた。
 確かに黒死牟は十二鬼月でも上弦の壱という最強の地位にある存在。
 そんな黒死牟から出た言葉だからこそ他の鬼たちも納得した様子を見せてはいた。


 「なるほど、力ですか。しかしその力についてですが幾つか疑問に思うことがあります。」
 

 またもやこれだ。いい加減うんざりする。
 どんな犯罪者でも右京と対峙した者は誰であれ一度は思う心情。
 そんな黒死牟の思いなど知る由もなく右京は自らの疑問を上げていった。


88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:45:03.10 ID:N3vBqn5a0


 「鬼は人間より優れた力を持っている。それなのに何故鬼は鬼殺隊に勝てないのか皆さん疑問に思ったことはありませんか。」


 その疑問に五十体の鬼たちが皆反応した。確かにどの鬼も一度は疑問に思えた。
 だがそれは忌々しい呼吸術によるものだ。大した疑問ではないはず…


 「…呼吸術の恩恵だ。そうでなければ人が鬼に適うはずがない。」


 「確かに鬼殺隊には呼吸術がある。ですが対応する策はありますよ。
何故ならここには呼吸術の使い手がいるではありませんか。そう、兄上ですよ。
兄上が鬼に呼吸術を教えればいい。」


 この発言に村田がすぐさま止めに入った。一体何を言っているんだ。
 唯でさえ鬼殺隊は不利な戦いを強いられているというのにあろうことか敵が有利になる情報を提供するなど…  


「そうだ…その通りだ…黒死牟さまが呼吸術を使えるなら我らも…」 
 
 
 鬼たちもこれはいいことを聞いたと嬉々とした反応を見せた。
 あの忌々しい呼吸術を自分たちも扱えるようになれば当然こちらが有利になる。
 こうした鬼たちの反応を見て村田は逆に不安を覚えた。
 今でさえなんとか持ち堪えている状況なのに鬼たちが呼吸術を覚えればどうなるか。
 恐らく今以上の苦戦は避けられない。

89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:46:32.23 ID:N3vBqn5a0


 「…」


 だがどうしたことだろうか。鬼たちが喜々としてはしゃいでいる中で唯一人黒死牟だけが俯いたままでいた。
 まるでなにか悩んでいるような様子だが…


 「そうでしょうねぇ。兄上は教えたくないはずですから。」


 「…れ…」


 「鬼殺隊には継子という制度があります。これは柱が自らの後継者となるべき後輩を育成するものです。
しかしどういうわけか鬼にその制度はない。あるのは十二鬼月とかいう序列のみ。
キッチリとした上下関係はあれど上役の者が下の者を育てるといった制度は一切存在しない。
おかしいですねぇ。兄上は元鬼殺隊ならば継子といかなくても鬼たちを弟子にして呼吸術を教えて更なる強化を行えたはずです。」


 「…ま…れ…」


 「何故か?その理由は鬼が人よりも優れていることにあるからです。
そう、鬼は基本太陽の光を浴びなければ死なない。人であれば過酷な呼吸術の修行に難なく耐えられてしまう。
そしてどんな鬼でも習得出来てしまう。だから教えることが出来なかったのです。」


 「…黙れ…」


 「要するに鬼の皆さんが鬼殺隊に勝てない理由は兄上にあるのです。
皆さんが呼吸術を教えれば十二鬼月における兄上の上弦の壱の地位が脅かされる。
これが鬼が鬼殺隊をいつまでも倒すことの出来ない理由なんですよ。」


 「…黙れぇぇぇッ!!黙れと言っているだろうが!!」


 とうとう堪えきれなくなった黒死牟が激しい怒鳴り声を上げた。
 普段は冷静沈着な上弦の壱がここまで怒りを顕にした。
 このことは傍から見ていた鬼たちも思わず動揺してしまう。

90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:48:20.60 ID:N3vBqn5a0


 「黙れとは酷い言いようですね。
しかし兄上もおかしな方です。あなたが用いる呼吸術も元々は弟の縁壱さんから教えを受けたものではありませんか。
縁壱さんは誰であれ技を教えていた。」


 「…やめろ!縁壱の話は…」


 「そう、縁壱さんが始まりの呼吸の剣士と呼ばれる由縁は鬼殺隊の隊士たちに呼吸術を伝授したことにあります。
兄上もそのおこぼれに預かった身ではありませんか。
それなのに兄上は我が身可愛さの保身から下の者たちに呼吸術を伝授しなかった。」


 「…だからちがうと…」


 「そして縁壱さんが亡くなった後は念入りに日の呼吸を絶やした。
先ほど村田さんを侮蔑したところを見ると兄上は力のある者に興味津々な様子でした。
しかしこの反応はおかしい。力に興味があるならそれこそ日の呼吸を絶やすべきではなかった。
何故なら日の呼吸を絶やさなければ兄上は強者と出会える機会が多々あったはずです。
それこそあの縁壱さんと同等の力の持ち主と出会えたかもしれない可能性もありました。
その希望となる芽を兄上はこれまで自らの手で詰むんできた。」


 「…巫山戯るな…縁壱と同等の力など…」


 「それに先ほどの兄上が鬼たちに呼吸術を教えない理由。
この一見兄上の整合性のない行動はあることを意味しています。それは…
兄上は縁壱さんのような強者ともう一度戦いたいのではなくそこそこ強い剣士と戦い自らが勝つという充実感を満たしていた。
要するに侍ぶって戦っていたのは兄上の単なる自己満足にしか過ぎなかったわけですね。」


 自己満足とそこまで言われてしまった。最早右京には不快さしか感じられない。
 そもそもこの男は一体何なのだろうか。突然現れてまるで全てを知っているかのように物知り顔で自分のこれまでを否定してくる男だ。
 それでも辛うじて殺すのだけは堪えてみせた。


91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:49:14.41 ID:N3vBqn5a0


 「…だが侍には義がある…一度主君と決めた御方を裏切るなど…」


 そう、全ては義だ。一度主君と決めた鬼舞辻無惨を裏切るなどあってはならない。
 それこそが侍。そうあるべきだと語ろうとした時だ。


 「しつこい。」

 
 その一言で右京は黒死牟の発言を遮った。
 何だ…この男は…たった一言でこうも遮るとは何事だ。そもそも話を切り出したのはそっちからだろうと…


 「兄上は本当にしつこい。飽き飽きします。心底うんざりしました。」


 後の決戦時に無惨が吐く台詞をそのまま引用する右京。
 既に黒死牟から物凄い殺気が溢れている。そのせいで他の鬼たちも恐怖に怯えていた。
 このままだと自分たちまで酷い目に遭わされるのではないか不安になっているからだ。
 

92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:51:19.61 ID:N3vBqn5a0


 「兄上の行いに義などありません。何故なら最初の義を蔑ろにしていますからねぇ。」


 「おや?何を言っているのだとわからない顔をしていますねぇ。
なら教えますが兄上が鬼殺隊に入る切欠となった出来事は配下の者たちを殺された仇討をするためでした。
ですがその仇討は鬼舞辻無惨の部下と化した時点で不義とされた。当然でしょう。仇討ちを行うはずが手下に成り下がったのですから行えるはずがない。
つまり兄上が騙る侍の義など最初から存在しないんですよ。」


 かつて人間だった頃の鬼殺隊に入る動機すら出会ったばかりのこの男から否定された。
 だがそれだけではない。黒死牟がいまだ動揺する中で右京は更なる言及を続けた。


 「そう、最初から兄上が戦う理由など存在しなかったのです。
配下の方々の敵とされた鬼はとうの昔に縁壱さんが退治しているのですから…」


 「兄上がすべきことは既に顔も覚えていない家族を養うことでした。」


 「継国家の跡を継ぐべき長男として、一家の主として、夫として、父親として、
兄上は総ての責務を全うすべき立場にある人でした。それなのに兄上は責務から逃げた。」


 「それと兄上は先程から侍などと自称していますが要はこういうことです。」


 「僕はこことは異なる世界から訪れたのですが…」


 「世間では大人の責務を全う出来ない者をこう侮蔑するそうです。」


 「こどもおじさんと…」


 ―――こどもおじさん。
 現代で使われる精神的に大人になりきれない人間に使われる蔑称。
 本来の大人としての責務。家庭を持ち子供を育むことを放棄した黒死牟にその蔑称が当て嵌ると右京は結論づけた。
 同時に黒死牟はようやく決意を固めることが出来た。
 本来なら怒り狂って今にも暴れたいくらいだが不思議と冷静でいられた。
 頭の中が怒りを通り越して鮮明になれるほど落ち着きを取り戻した。
 それから静かにこう呟いた。

93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:52:04.17 ID:N3vBqn5a0


 「…杉下…右京とか言ったな…貴様は…許されぬ存在だ。」


 そう呟いた直後に愛刀を抜いた。
虚哭神去。黒死牟の血肉によって精製された無数の眼がある不気味な刀だ。
刀の眼が右京を射殺すかのように睨みつけてきた。
その凄まじい殺気に他の鬼たちも思わず震え上がった。
黒死牟は本気だ。主の無惨の命に逆らってまでこの男を殺す気だとそう確信した。


 「…月の呼吸…」

 
 そして呼吸術を発動させようとした瞬間だった。

94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/24(水) 01:52:46.51 ID:N3vBqn5a0
ここまで
続きはまた次回
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/11/24(水) 20:13:25.00 ID:dgPHLJq2o
おいたわしや兄上
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/30(火) 23:43:54.68 ID:Sfast3dD0


 「僕を殺してどうするというのですか。兄上が戦うべき相手は他にいるではありませんか。」


 他に戦うべき相手?そんなものいるわけがない。
 この数百年どれだけの強者を屠ったことか…
 右京の言動など所詮は助かりたいための戯言かと思った。
 だが右京は殺気顕にする黒死牟など無視するかのようにスタスタと歩き出した。
 まさかこのまま逃げる気かと思ったがちがった。このテントの出入り口に立ち止まるとこう告げた。


97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/30(火) 23:45:45.84 ID:Sfast3dD0


 「ご覧下さい。これこそ本来兄上が打ち勝たねばならない存在です。」


 右京がテントの出入り口を開けると鬼たちは悲鳴を上げて大慌てで逃げ出そうとした。
 何故なら右京が開けた先には鬼たちが最も恐れる存在があった。そう、太陽だ。
 

 「そうか…もう日の出の時刻なんだ…」


 村田はここまでの騒動で気づかずにいたが既に夜が明けつつあった。
 まだ辺りは薄暗いが空に上ろうとする真っ赤な朝日から一筋の光がテントに照らされた。
 この光に恐怖した鬼たちは当てられないようにある者はテントの隅っこに、またある者は天井に張り付いたりとにかく光に当たらないよう注意した。
 何故なら鬼たちにとって太陽の光に当てられたら最期、その身が消滅してしまうからだ。


 「…貴様…何の真似だ…」


 「先ほどから申し上げている通りです。兄上が真に対峙すべき相手を見出しただけですよ。」


 「…巫山戯るな…何故私が太陽に挑まねば…」


 「挑む理由は簡単です。全ての鬼たちは無惨さまから太陽を克服するようにと命じられた。
ならばまず克服すべきは鬼たちの中でも選りすぐりの十二鬼月、さらにその上位であられる上弦の壱でもある黒死牟こと兄上であるべきではありませんか。
つまりまず太陽を克服すべきは鬼の中でも最強を誇る兄上のはずですよ。」


 そう告げられると同時に鬼たちからも右京の意見に賛同する者が現れた。


98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/30(火) 23:48:11.71 ID:Sfast3dD0


 「そうだ…まずは上弦の壱が太陽を克服すべきだ…」


 「ああ、黒死牟さまなら太陽を克服なされるはずだ。」


 「上弦の壱なら…必ずや成し遂げられるはずだ。」


 鬼たちも黒死牟ならば太陽を克服すると期待した。
 だがそんな期待とは裏腹に黒死牟の心境は複雑だ。
 このテント内に差す一筋の光。浴びればどんな鬼であろうと瞬く間にその身が焼き焦がれる。勿論上弦の壱とて例外ではない。
 それにわかるのだ。身体が太陽の光を浴びることを拒んでいること。
 即ち太陽を克服することは…


 「まさか兄上はこの期に及んで臆しているのですか。」


 そんな思い悩む黒死牟に発破を掛けるような右京の発言。
 一体この男はどれだけ自分を不快に追い込めば気が済むのだろうか。


 「鬼になって数百年、大勢の人たちを犠牲にしてまで生き永らえてきた兄上の目的。
それは実弟である縁壱さんになりたいがため、ならば兄上は太陽に挑むべきです。
これまでの鍛錬は全てこの太陽を克服するためにあったのではありませんか。」


 右京から促されると黒死牟は再び太陽の光を目視した。
 見るだけで目が潰れそうな太陽の光。その中にある男の幻影を見た。
 そう、双子の片割れだった縁壱だ。


 「縁壱…やはりお前か…」


 太陽に縁壱の幻影を見た黒死牟は決意した。今こそ鍛錬の成果を見せる時だと…
 思えばこれまでの厳しい鍛錬は今日のためにあったのかもしれない。
 
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/30(火) 23:49:22.41 ID:Sfast3dD0


「…オォォォォッ…」


黒死牟が刀を握り締め息を大きく吐き呼吸術を発動させようとした。
テント内に凄まじい覇気が溢れ出し周りにいる鬼たちは遂に上弦の壱が太陽を克服する。最強の黒死牟ならばきっと太陽を制するだろう。そうした期待の眼差しで見つめていた。


「…いざっ…」


そして決意を固めた黒死牟は刀を握り締めると自らが編み出した月の呼吸を繰り出しながらテントの影を勢いよく抜け出た。
この数百年の永い時を掛けて鍛錬した技を余すことなく全力で放った。
太陽を…いや…弟を…縁壱を…今こそ超えるため…そして今こそ真の日の本一の侍になるため…


「…縁壱…私はお前に―――。」


100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/01(水) 00:01:46.33 ID:Yf++nP2n0
ここまで
次回は兄上がかっちょいい活躍をします。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/12/01(水) 18:32:03.37 ID:es7xuAtLo
無惨様が空気化しておられるww
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:00:00.15 ID:ei8RF3jO0


 だが…

 

ギャァァァァァァァァ!!????


黒死牟がこのテントを出て僅か数秒経った時だ。
これまで聞いたこともない断末魔の叫びがこのテント内に響き渡った。
まるでこの世で最も激しい苦痛を感じさせる酷い悲鳴だ。
その後にテントの入口から何か黒く焼き焦げた塊がボテッと落ちてきた。
それは酷く焼き焦げており消し炭かと思われたがよく見るとそれは…


「…あ…が…あ…ぁあぁ…」


そう、その焼き焦げた塊は先ほど勢いよくこのテントを出たはずの黒死牟だ。
本来なら太陽を克服してこの場に居る者たちの前で上弦の壱たる力を示すはず…だった。
それがどういうわけか黒焦げとなり地べたに這いつくばり惨めな姿を晒している。
一体何が起きたのか鬼たちにはわけがわからなかった。
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:02:03.05 ID:ei8RF3jO0


「黒死牟!どうした!何があった!?」


それに今まで右京から渡された漫画を読み耽っていた無惨もこの惨状にようやく気づいた。
すぐに駆け寄り何があったのか問い質すがまさか太陽に挑もうとしたとはなんと自殺行為かと嘆くほどだ。


「おのれ…よくも黒死牟を…」


事情を把握した無惨はけしかけた右京をまるで親の敵のように睨みつける。
だが右京にしてみれば筋違いな恨みだ。


「僕を恨むのは筋違いですよ。
そもそも僕は可能性を示唆しただけで太陽に挑んだのは兄上の意思によるものです。
ですがよかったじゃないですか。これでハッキリとわかったことがありますよ。
この数百年間に兄上が行った鍛錬とやらは全くの無駄でした。
今後はもっと有意義な行いをしていけばよいではありませんか。」


 そんな素っ気ない返答に無惨もそれに当人である黒死牟も呆然とするしかなかった。
 この数百年間に築き上げてきたものを全て否定された。
 それもたったいま会ったばかりのこの男に…一体何さまのつもりだと…
 

 「よくも上限の壱を…タダでは済まさんぞ…」


 五十の鬼たちは黒死牟を追い詰めた右京に対して敵意を向けた。
 この男は危険だ。すぐに殺さねばならない。
 それぞれが禍々しい牙をそして爪を尖らせ今にも襲いかかろうとした時だ。

104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:03:54.80 ID:ei8RF3jO0


「黒死牟!どうした!何があった!?」


それに今まで右京から渡された漫画を読み耽っていた無惨もこの惨状にようやく気づいた。
すぐに駆け寄り何があったのか問い質すがまさか太陽に挑もうとしたとはなんと自殺行為かと嘆くほどだ。


「おのれ…よくも黒死牟を…」


事情を把握した無惨はけしかけた右京をまるで親の敵のように睨みつける。
だが右京にしてみれば筋違いな恨みだ。


「僕を恨むのは筋違いですよ。
そもそも僕は可能性を示唆しただけで太陽に挑んだのは兄上の意思によるものです。
ですがよかったじゃないですか。これでハッキリとわかったことがありますよ。
この数百年間に兄上が行った鍛錬とやらは全くの無駄でした。
今後はもっと有意義な行いをしていけばよいではありませんか。」


 そんな素っ気ない返答に無惨もそれに当人である黒死牟も呆然とするしかなかった。
 この数百年間に築き上げてきたものを全て否定された。
 それもたったいま会ったばかりのこの男に…一体何さまのつもりだと…
 

 「よくも上限の壱を…タダでは済まさんぞ…」


 五十の鬼たちは黒死牟を追い詰めた右京に対して敵意を向けた。
 この男は危険だ。すぐに殺さねばならない。
 それぞれが禍々しい牙をそして爪を尖らせ今にも襲いかかろうとした時だ。

105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:05:16.88 ID:ei8RF3jO0


 「ですがこれでもうひとつハッキリしたことがあります。
鬼たちの中で最強である上弦の壱ですら太陽を克服することが不可能。
これはつまりそれ以下である他の鬼はどう足掻いても太陽を克服することなどできないということを意味するのではありませんか。」


 そう告げられると同時に鬼たちもこの発言に納得せざるを得なかった。
 事実その通りだ。最強の鬼である黒死牟ですら太陽を克服出来なかったことがこの事実を物語っているのだからどうしようもない。
 

「…」


そんな中で唯一人、この男だけは…鬼舞辻無惨だけがこの事実に不満を持っていた。
この千年間、無惨は大勢の人間を鬼にして太陽を克服できないかと試みた。
全ては自らが太陽を克服出来るために…しかしそれが無駄であるなど納得出来るわけがない。
すると無惨は先程から何やら怯える五十の鬼たちの前に歩みだした。
それから一匹の鬼の前で立ち止まった。この五十の鬼の中で一番の大柄な体躯をした巨漢な鬼だ。
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:09:34.81 ID:ei8RF3jO0


「貴様…太陽を克服できるか…?」


巨漢な鬼の前でそう問いかけた。その問いかけに対して鬼は入口から見える太陽を覗き込んだ。
駄目だ。視覚に光が入り込むだけでも気分が辛くなる。 理由は身体が太陽の光を拒んでいるからだ。
もしも外に出れば先程の黒死牟の二の舞になるのがオチになる。
いくら主の命令でもこればかりは聞き入れる事など出来ない。


「無理…出来ませぬ…」

正直にそう答えるしかなかった。いや、この巨漢な鬼だけではない。
この場に居る五十の鬼たちが同じ答えだ。
上弦の壱すら克服できなかった太陽の光。
それを十二鬼月ですらない一介の鬼如きが克服など出来るはずがない。


「そうか…ならば…」


その返答に無惨は納得した様子を見せたのか巨漢な鬼に背を向けた。
納得してくれてよかった。そう安堵したが…
次の瞬間、巨漢な鬼の身体が宙を舞った。
突然の出来事にこの場に居る鬼たちは誰もが驚きを隠せなかった。
そして巨漢な鬼はこのテントの入口まで吹っ飛ばされ…


「ギャァァァァァッ!?」


断末魔の叫びと共に身体が見るも無惨に焼け焦がれ瞬く間に消滅した。
一体何が起きたのかすぐには理解出来た。先程背を向けた無惨がこの巨漢な鬼を投げ飛ばしたからだ。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:10:42.45 ID:ei8RF3jO0


「駄目か。」


部下の鬼が死んだのにまるで他人事のようにそう呟く無惨に恐怖する残り四十九の鬼たち。
それにしてもあのか細い腕で自分よりも大柄な鬼をいとも容易くブン投げるとはやはりこの男は自分たち鬼の首魁だと改めて思い知らされた。
そんな無惨だが未だに納得していない様子なのか残り四十九の鬼たちに対してこう申し出た。


「誰でもいい。あの忌々しい太陽の光を克服する者はいないか。」


そう問われたが誰も返答すら出来ず俯いたままだ。
理由は簡単だ。太陽の光は上弦の壱ですら克服出来なかった。
それに先程目の当たりにしたがまだ完全な夜明け前だというのに太陽の光の前では下っ端の鬼でこのザマだ。
 更にこの巨漢な鬼より弱い残り四十九体の鬼たちでどうなるものでもない。
 そのせいで誰も返事出来ずにいた。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:11:23.85 ID:ei8RF3jO0
 それでも無惨は誰か声を上げないか伺ったがそれでも沈黙を貫く鬼たちに業を煮やしたのか背中から無数の触手を出した。


 「ひぃぃっ!一体何を!?」


 「お前たちの煮えきれない態度はもう我慢ならん。こうなれば無理矢理でも試すまでだ。」


 そう言うと無惨は四十九の鬼たちを次々とこのテントの外へと投げ飛ばした。
 ある者はおやめくださいと命乞いをして、またある者は嫌だ!死にたくない!と嘆き、
 さらにまたある者はこの地獄から脱出しようと必死にもがいた。
 だが誰一人として主である鬼舞辻無惨に抗うことも出来ず太陽の前に焼け死んだ。
 気づけばこの場には右京と村田、それに無惨と傷ついた黒死牟の四人しか残らなかった。
 

 「あ…あぁ…あんなにいた鬼たちが一瞬で…」


 当初はこの場に五十体の鬼が集っていた。その数に村田は恐怖すら感じた。
 だが今はどうだろうか。あれだけの鬼たちが太陽の光により一瞬で塵と化した。
 どれだけ強靭な強さを誇ろうと太陽の前では無力。
 そんな不憫な鬼たちを哀れと思うように至った。

109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:12:32.63 ID:ei8RF3jO0


 「鬼に太陽を克服することなど出来ない。いい加減この事実を認めるべきではありませんか。」


 疑問に思う無惨の前で右京は簡潔にその事実を述べた。
 傍らで見ていた村田はなんと命知らずなと思った。
 今しがた無惨は五十体の鬼を殺し尽くしたというのにそれが怖くないのか。


 「黙れ…私は間違ってなど…」


 「間違っていない?何を仰るのですか。今しがた無惨さま御自身で五十体の鬼を犠牲にして証明したではありませんか。
鬼は太陽を克服することが出来ないと…」


 その皮肉に無惨は不快な感じに陥った。
 先程まで言及されていた黒死牟があそこまで怒り狂う感覚がよくわかる。
 目の前にいるこの男は鬼殺隊の剣士と同じく自分を不快にさせる存在だと…


 「もうおやめになられては如何ですか。」


 「どういう意味だ…何を言っているのかわからんな…」


 「言葉通りの意味ですよ。鬼は太陽を克服することは出来ない。
ならば太陽を克服することなど諦めて別の道を歩んでみては如何でしょうか。
例えばこれまで犠牲にしてきた大勢の人々に報いるために償いをするというのが僕としてはお奨めしますがねぇ。」


 右京は無惨が鬼たちの首魁であることを知りながらまるで他人事のように呑気な発言をした。
 そんな右京に隣にいる村田は更に動揺して怯えており、また無惨自身もワナワナと身体を震わせていた。
 なんと巫山戯たことを抜かす男だろうか。
 自らの悲願である太陽の克服。それを諦めるというのは何を意味するのかわかっているのだろうか。

110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:35:20.93 ID:ei8RF3jO0


 「無惨さま、貴方が太陽の克服を諦めることが出来ない理由は自らの悲願を達成するために千年の時を費やしたからですね。
ここで諦めればこの千年間が全て無駄になると恐れている。そうですね。」


 「そうだ…千年だぞ…千年もの間…私は真の不老不死を追い求めてきた!それなのに貴様は…土足で我が悲願を踏みにじるというのか!?」


 「そう言われましても…この現実を直視してください。
五十体は勿論のこと、十二鬼月の最高位であられる上弦の壱の兄上ですら陽光には抗えなかったのです。
諦めきれない気持ちもわかりますがこの辺りで踏ん切りをつけておくべきですよ。」


 右京は無惨にこの現実を直視しろと忠告を促した。
 確かにこの千年間で無惨を含めて太陽を克服出来た鬼はいない。
 本来なら右京の言うように諦めるという選択肢もあったのかもしれない。
 だが無惨には太陽を克服した鬼を得る以外にもうひとつの方法があった。


 「こうなると無惨さまはもうひとつの選択肢を取る必要がある。そう、貴方が最初に鬼となった不老長寿の秘薬です。」


 このことに触れられると無惨はある出来事を思い出した。
 まだ無惨が人間だった頃の話だ。貴族の家柄に生まれた自分は赤子の時に死ぬはずだった。
 だが荼毘に付す寸前で息を吹き返した。まさに生まれながらにして休止に一生を得た身だ。
 その後も成人になるまで病弱な身体に悩まされ続けた。
常に死と隣り合わせの不安な日々の苦しさなど健康な身体を持つ者には理解しがたいことだ。
そんなある日、善良な医者が現れた。
その医者は治療のためにあるモノを使い無惨を強靭な鬼へと変化させた。それこそが…

111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:37:16.78 ID:ei8RF3jO0


「青い彼岸花…やはりあれしかないのか…」


無惨がその言葉を呟いたと同時にこれまでこのテント内に潜んでいた一羽の鴉が外へと飛び出た。
だが無惨はそんなことはどうでもいいかと思い無視して思考を辿らせていた。


 「なるほど、青い彼岸花ですか。しかしそれもこの千年間に見つけることは適わなかった。ひょっとしたらそんな花など存在しないのではないのですか。」


 「ちがう!その様なことはない!断じて…」

 
 「断じて?しかし青い彼岸花を千年間も探したのでしょう。
常人なら気の遠くなるような年月を費やしたというのにそれでもいまだに発見が敵わない。
ならば第三の選択を行うべきではありませんか。」


 第三の選択と言われたてもそれが何を指すのか無惨には意味がわからなかった。
 やはりわかっていないのだなと右京は半ば呆れながら無惨が疑問に思う中でその答えを伝えた。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:38:02.15 ID:ei8RF3jO0


 「彼岸花自体は存在しているのならば品種改良すればいいんですよ。」


 品種改良と言われても無惨はすぐに理解することが出来なかった。
 無惨が理解できない理由があるとすればそれは彼が人ではなく鬼という存在に成り果てたからだ。


 「例えばですが我々人間は穀物や野菜を口にします。
しかしそれらは元々野生のモノで人が食べられるような代物ではなかった。
そこで品種改良を行い人が食べられるようになりました。」


 「それが青い彼岸花とどう関係する…?」


 「同じことです。当時の無惨さまの担当医が所持していたとされる青い彼岸花に適した好条件な環境を整えて栽培すればいい。
そうすれば青い彼岸花を得ることが可能ではないのですか。」


 このことを聞かされ無惨はこの千年間の悩みが一瞬で解決されてしまったことに複雑な心境を抱いた。
 本来なら喜ぶべき場面なのかもしれない。だが…

113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:40:05.78 ID:ei8RF3jO0


 「それにしてもどうして無惨さまは青い彼岸花を育てるのではなく発見することにこだわったのでしょうか。
僕が無惨さまの立場であれば千年もの時があれば発見することよりもまず育てることから着手するのですがねぇ。」


 「何が…言いたい…」


 「それでは改めて言わせてもらいましょう。
この千年間で無惨さまが青い彼岸花を育てるという発想に至らなかった理由は唯一つ。
貴方が奪うことしか考えられなかったからです。」


 右京が何を言っているのか無惨には意味がわからなかった。
 奪って何が悪いというのか。全ては自分の思うがままだ。
 この世に生を受けてから千年間、鬼舞辻無惨はその様な傍若無人な振る舞いで生きてきた。
 だがそれこそが青い彼岸花を得られない大きな原因となっていた。


 「人の生き方と同じです。親が子を育てその子が成長して親となり子を育てる。
それが成長です。しかし鬼はそれが敵わない。不老不死によりひとつの考えにのみ囚われてしまう。
本来なら成長すべき思考が止まっているからです。
無惨さまは不死が恩恵だとお考えのようですが僕にはそうは思えません。
未来永劫ひとつの考えに囚われるなどこれでは恩恵ではなく呪いではありませんか。」


 呪い…不死が呪いだとそう告げられた。
 この不死が呪いであってたまるものか。むしろ呪いを受けているのはお前たち人間だ。
 死という呪縛に抗うことの出来ない無価値な存在にしかすぎないではないか。
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:42:19.74 ID:ei8RF3jO0
 死を超越した鬼こそ至高の存在だと理解出来ぬというのならば最早問答など無用。
 そう判断した無惨は手から鋭利な爪を尖らせた。
まるで刀のように鋭い切っ先が右京に向けられた。


「死ね。」


 唯一言それだけを告げると無惨はその爪を持って右京を切り裂こうとした。
 傍らにいた村田が急いで右京を庇おうとするが間に合わない。無惨が繰り出す攻撃に一般の隊士にはどうすることも出来なかった。
 だが村田にはわからなかった。何故ここまで生かしておいていきなり殺そうとするのか。
 その答えは余りにも単純、堪えきれなくなったからだ。
無惨は一応の興味があってここまで生かしたが不死が無意味だとほざく右京の妄言をこれ以上聞く気にはなれない。
 不老不死の秘薬について情報があるなど言っていたがそれだって法螺話だろうと決めつけたが…


 「ならばあちらをご覧下さい。」


 まさに無惨の爪が右京を切り裂こうとする寸前だった。
 右京は外を指した。このテントの出入り口、その外には夜明けの日差しに照らされながら一輪の花が咲いていた。
 その花はまるで透き通るような青い花びらが朝日に照らされながら幻想的に美しく咲き誇る一輪の花。


 「あ…まさか…そんな…こんなところにあったというのか…」


 攻撃をやめた無惨はまるでその花に吸い寄せられるかのようにフラフラと歩き出した。
 右京が無事で村田はホッとひと安心するがそれにしても無惨に何が起きたのか?
 そこで無惨が何処に向かって歩き出しているのかその先を見てみると外にある花が咲いていた。
 それはこの世のどの花よりも美しく咲き誇っていた。
 
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:43:01.93 ID:ei8RF3jO0


 「青い彼岸花…ようやく巡り会えた…」


 青い彼岸花。先程の話に出てきた過去に無惨を鬼と化す原因となった花。
 それがどうしてここにあるというのか。
 いや、そんなことはこの際どうだってよかった。それよりも問題は無惨だ。
 あの花を無惨が手にするということは完全な不老不死となることを意味していた。
 だが無惨はテントの出入り口まで着くとそこで歩みを止めた。


 「おのれ…目の前にあるといのに何故…」


 
 無惨は目的の青い彼岸花が目の前にあるというのに手に取ることが出来ずにいた。
 理由は簡単。無惨が太陽の光を浴びれば死ぬからだ。
 

 「黒死牟!青い彼岸花を取ってこい!」


 そう命じたが黒死牟は先程陽光に焼かれて片腕と両足が消失していた。
 残った上半身と右腕ではまともに動くことは出来ない。


 「他の鬼ども!誰でもいいから行け!」


 他に五十体の鬼たちに命じようとしたがすぐに気づいた。
 そういえば今しがた連中を始末してしまった。
 唯でさえ使えない下っ端だというのにこういう時くらい役に立てればいいものを…
 部下たちが使えないとなれば方法は唯一つしかなかった。


 「人間ども!行け!さっさと青い彼岸花を取ってこい!!」


 「嫌です。僕たちは無惨さまの命令を聞く筋合いはありません。」


 「戯言を抜かすな!殺されたいのか!」


 「そうしたければどうぞお好きになさってください。
ですが先程も忠告しましたが僕たちを殺そうとすれば青い彼岸花を失うことになります。
僕たちに傷でも負わせば仲間が青い彼岸花を処分する手筈になることをお忘れずに…」


 そういえばと無惨はこの話し合いが始まる際に右京から聞かされた注意を思い出した。
 なんと厄介なことだろうか。
 目の前に長年探し求めていた青い彼岸花があるというのにそれを忌々しい太陽の光が遮っているとは…
 夜まで待てば普通に手に取れるがそう簡単に行くはずがない。
 その間に右京たちがここから青い彼岸花を遠くに移すに決まっている。
 そうなれば二度と手に入れることが敵わなくなるかもしれない。
 それにこの千年間の苦労がようやく報われたのだ。
だからこそいまこの瞬間にこそ青い彼岸花を奪取する必要があった。

116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/02(日) 23:55:00.35 ID:ei8RF3jO0


「そんなに欲しければご自分で取りに行けばよいでしょう。」


「なん…だと…?」


「欲しいものが目の前にあるのならば御自身の手で取りに行けばいい。簡単なことですよ。」


自分で取りに行けなど冗談ではない。既に夜明けだ。
 鬼が自由に外を闊歩出来る時間は終わった。人間どもが外を往来する時間だ。
 全くもって忌々しい。鬼舞辻無惨の唯一の弱点が太陽の光。
 それを克服したいというのにその光の中に入らなければならないとは…
 このテントから青い彼岸花がある場所まで距離はおよそ50m程度。
 普通の人間ならどうということもないが太陽の光が弱点の鬼にしてみれば地獄でしかない。
だがこうなれば覚悟を決めるしかない。
   

 「オォォォォッ!」


 覚悟を決めた無惨はテントを抜け出た。
 すると陽の光に照らされて身体が炎に炙られるかのように燃え出した。
 痛い…苦しい…このままではもたない…
 情けないことに無惨はテントから出て距離10mのところで跪いてしまう。
 まだ青い彼岸花には手が届かない。だがこのままでは焼け死ぬだけだ。
 こうなればと無惨は最後の手段に出た。


 「グガァァァァァァッ!!」


 なんと無惨は弱体化するどころか最後の力を振り絞り己の肉体を巨大化させた。
 その姿は生まれたばかり赤ん坊を思わせるような不気味な姿。
 体積を増やしたことで本体である自分を肉の中に隠して太陽の光を遮ってみせた。
 だがそれでも時間はない。恐らくこれでも1分が限界だろう。
 急がなければと無惨は青い彼岸花に手を伸ばそうとした。

117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:01:18.78 ID:Hm3kO7HM0


 「待て!そうはさせるか!」


 そんな無惨の行く手を阻もうとする者がいた。
 それは炭治郎でもなければ鬼殺隊精鋭の八人の柱たちでもない。
 この場に居る唯一人の鬼殺隊の隊士である村田だ。
 そんな彼が一人で巨大化した無惨の前に立ちはだかった。


 「邪魔だ退け!」


 「駄目だ!退いてたまるか!」
 

 村田はその身を呈して無惨の行く手を阻んだ。
 この土壇場に来て村田の行動は無惨にとってかなり致命的だ。
こうして立ち止まっているだけでも刻一刻と肉体が消失していく。
普段ならこのようなヒラの隊士など一瞬で葬れた。
だが今は力を使って体力を消耗することは避けたい。
それだけこの太陽の光の下では無惨は無力に近い存在だった。


「何故だ…柱でもない隊士が…お前如きが何のために…私の行く手を阻むのだ…」


窮地の無惨は村田に対してそう告げた。
何故大した力もない隊士が命を懸けるような真似をするのか無惨には理解できなかった。


「俺だって…鬼殺隊の隊士だ…」


「そりゃ…炭治郎や…柱の人たちより力は劣っている…」


「けど…だからって…俺がここで引き下がっていい理由にはならない…」


「今この場には俺しかいない。だから…柱でなくても…」


「俺がここで立ち向かわなきゃいけないんだ!!」


 もうここが正念場だ。
 覚悟を決めた村田は特攻覚悟で無惨をこの場に押し止めようとした。
 だがそれは無惨も同じだ。長年探し求めた青い彼岸花を前にしてここで引き下がるわけにいかない。
 こうなればと肉体の負荷を覚悟でその巨椀で村田を押し潰そうとした。

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:02:06.05 ID:Hm3kO7HM0


 「危ないっ!」


 そんな村田を右京が間一髪で救ってみせた。
 だが同時に無惨は青い彼岸花を手にしてしまった。
 巨大化を解いて元の姿に戻ると太陽の光に照らされながらようやく手に掴んだ青い彼岸花をゴクンッと口に一呑みで吸収してみせた。


 「フハハハハハ!やったぞ!これで私は真の不死身と化したのだ!!」


 青い彼岸花を体内に取り入れ、千年間の宿願を果たした無惨はそう高らかに宣言した。
 千年間の苦労がようやく報われた。その歓喜からこれまで保っていた冷静さを取り繕うこともなくこの場にて上機嫌に高笑いする無惨。
 

 「おしまいだ…これでもう誰も…無惨を倒すことは出来ない…」


 対して村田はこの状況に絶望するしかなかった。
 これで鬼たちの首魁である無惨の唯一の弱点が克服されてしまった。
 恐怖と絶望で目の前が真っ暗になり最早俯くしかなかった。
 これから無惨がやることなど決まっている。まず手始めに自分たちを喰い殺すのだろう。
 その後は鬼殺隊の…産屋敷家を探し出し…柱どころか…お館さまを殺す…
 もう考えるだけでもおぞましい。
 無惨は罪悪感も無く昼も夜も関係なく人を殺し続ける。
 そんな大惨事などなんとしても止めてみせたい。だが無理だ。
 村田は今ほど自分の無力さを恨めしく思わずにはいられなかった。

119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:03:04.02 ID:Hm3kO7HM0


 「フフ…フ…う…ん…?」

 
 だがそんな時だった。青い彼岸花を吸収したというのにどういうことだろうか。
 太陽に焦がれた肉体の再生が行われていない。いや、ちがう。肉体の消失が進行している。
 どういうことだ。何かがおかしい。
 青い彼岸花を吸収したというのに何故このようなことに…?


 「どうやら上手く罠に引っ掛かってくれたようですね。」


 するとこれまで状況を黙って静観していた右京が無惨の下へと近づいてきた。
 

 「貴様っ!これはどういうことだ!」


 「まだわからないのですか。その青い彼岸花は偽物ですよ。」


 「偽物…だと…?」


 「そう、偽物です。無惨さま覚えていますか。
先程貴方が僕と口論していた最中に無惨さまは青い彼岸花について口にした時のことです。
その際に一羽の鴉がテントから出て行ったではありませんか。」


 そういえばと無惨も朧げに思い出した。
 確かに一羽の鴉がテントから飛び出したが無惨にはどうでもいいことだと思い気にもとめなかった。
 だがそれがどうしたというのか?

120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:04:08.19 ID:Hm3kO7HM0


 「あれは鬼殺隊の伝令を務める鎹鴉。
実は今回何故無惨さまを誘き出したのかですがそれは貴方が探しているモノを知るためでした。
そう、青い彼岸花ですよ。」


 まさか…無惨は鬼になってから久方振りに顔を青ざめた…
 この感覚には覚えがある。あの男…かつて自分を窮地に追い込んだ…忌々しい剣士と対峙した時と同じ感覚だ。


 「この罠を成立させるためにはどうしても無惨さまから不死の秘薬について口にしてもらう必要がありました。
だからこうして誘き出した。そして青い彼岸花と口にした後は鎹鴉が報せた後はこの周辺に待機している隠の方が青い彼岸花の偽物を用意する。
まあ短時間でなんとか準備を整えてくれた隠の方にこの場にて感謝申し上げます。」


 右京からここまでの種明かしをされても無惨は呆然とするしかなかった。
 つまりはこういうことだ。無惨はまんまと誘き出されたということだ。


 「俺…何も知らなかったんですけど…」


 「申し訳ありません。この罠を成立させるには味方に知らせるわけにはいきませんでした。
ですが村田さんの行動のおかげで無惨さまはまんまと騙さてくれました。」


 まさに敵を欺くには味方といったところだろうか。
 本来ならどうして本当の事を言ってくれないんだと咎めたいところだが無惨を窮地に追い詰めたのならそのようなことはどうだっていい。
 この千年間、人々を喰い殺してきた恐るべき鬼舞辻無惨。
 それをようやく弱体化させられたのだから大した成果だ。
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:06:09.19 ID:Hm3kO7HM0


 「この嘘吐きめ…よくも騙したな…」


 村田が嬉々とする中で無惨は憎たらしく恨み言を吐いた。
 確かに無惨にしてみれば騙し討ちになるのだろう。だが…

 
 「確かに無惨さまの仰る通りです。
ですが僕が青い彼岸花に関する情報を持っているのは本当ですよ。
この場には本物を用意することなど出来ませんが生えている場所を教えることは出来ます。」


 「ならば教えろ!何処だ!何処にあるというのだ!?」


 「それでは教えましょう。かつて縁壱さんがかつて奥方と過ごされた家にそれは咲いていました。」


 青い彼岸花の咲く場所を知って無惨は絶句した。
 何故ならこの千年間探し求めていたモノがよりにもよってかつて自分を傷つけた男の住居に咲いていたなどこんな話があっていいのだろうか。
 こんな話など嘘だと思いたい。だが…無惨は右京が嘘をついていないとわかっていた。
 先程は偽物とはいえ青い彼岸花が目の前にあったために冷静さを失っていたが今なら人間の虚偽の有無を判別することが出来る。
 右京の言っていることは紛れもなく事実だ。だからこそこの事実を忌々しく思えた。

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:06:56.01 ID:Hm3kO7HM0


 「………縁壱に妻がいたのか…?」


 そんな中、この話を知ってもう一人動揺を隠せない男がいた。黒死牟だ。
 陽光で負った酷い火傷の身体を周りにあったボロ布で身を覆いなんとかこちらへと近づいてきた。
 いくら布越しでも日中での行動は鬼にとって地獄でしかない。
 だが今の黒死牟にしてみればこの苦しみよりも縁壱に妻がいた事実が何よりも重要だった。


 「やはり気づかれてはいなかったのですね。」


 そんな黒死牟に右京は失意に似た感情でそのことを肯定した。
 それから右京は縁壱についてあることを語り出した。

 
 「かつて縁壱さんは双子の因習とそれに額の痣が原因で父君に疎まれてしまい寺へと送られました。
しかし縁壱さんは寺へは行かずそのまま行方知れずとなった。ここまでは兄上もご存知の経緯です。
その後、寺へ行かなかった縁壱さんはある少女と出会いました。うたという娘です。
天涯孤独でありながら明るい性格のうたさんに惹かれた縁壱さんはその後夫婦として生活を営むようになった。」


 縁壱とうたの夫婦生活を淡々と語る右京。
 幼い頃に出会った二人はそれから一緒に暮らすようになり十数年後には夫婦となった。
 やがてうたは縁壱の子を妊娠した。だが…


 「うたさんは殺されました。そこにいる無惨さまの手によって…」


 そう、出産のために縁壱が産婆を呼びに行こうとした時のことだ。
 縁壱の留守中にうたはお腹の子供諸共無惨の手によって惨殺された。
 その際に縁壱は亡き妻と子の亡骸を十日ほど抱えていたという。
 その後、無惨を追って訪ねてきた当時の煉獄家の者の紹介で縁壱は鬼狩りとなった。
 以上が縁壱の鬼殺隊に入隊した動機だった。


 「…縁壱に…妻…と…子が…それも殺されて…」


 縁壱が鬼殺隊に入る経緯を知った黒死牟の動揺は更に増した。
 知らなかった。まさか縁壱に嫁がいたなど予想すらしていなかった。
 かつて自分が知る縁壱は何を考えているのかわからない朴念仁のようだった。
 それが人並みな家庭を築こうとしていたこと、それを無惨によって打ち壊されたこと。
 まさかそれを縁壱の死後、数百年してからようやく知らされるなど思ってもみなかった。

123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:08:04.80 ID:Hm3kO7HM0


 「何で…驚いてんだよ…」


 そんな動揺する黒死牟に村田が思わずそんな言葉を掛けた。


 「俺たち鬼殺隊はみんなお前ら鬼に大事な人たちを奪われた。」


 「その人たちの無念を晴らすためにみんな戦っている。」


 「俺のように非力なヤツだって…なんとか役に立とうと鬼と必死に戦っている。」


 「なんだよ…アンタだって元は鬼殺隊だろ…それなのにどうして…今更気づくんだよ…」


 「アンタは一体何のために鬼殺隊に入ったんだよ!?」


 村田からそんなことを問われて黒死牟は思わず目を背けてしまう。
 情けない。こんな大したこともないヒラ隊士に何を怯えている?
 いや、別に怯えてなどいやしない。だが何か気まずいものを感じてしまう。
 それに何のために鬼殺隊に入っただと…?
 そんなのは決まっている。それは…

124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:17:00.97 ID:Hm3kO7HM0


 「兄上はチャンバラごっこがしたくて鬼殺隊に入ったんですよ。」


 そんな黒死牟に代わって右京がそう答えてみせた。
 待て、この男は何を言っている?チャンバラごっこだと?


 「チャンバラって…子供の遊びの…?」


 「ええ、そうですとも。
兄上は一応部下の敵討ちという建前で鬼殺隊に入隊しました。
しかしその実、やりたかったのは縁壱さんから剣技の教えを受けるためでした。
つまりこの時点で兄上には命を賭して人を守りたいという意思がなかったことになります。
やりたかったのは剣の腕前を高めて遥かな高みに登りたいという見当違いな動機でした。
要するにチャンバラごっこですね。」


 「そんな巫山戯た理由のせいでどれだけ大勢の人たちが犠牲になったと思っているんだ!?」

 
 右京と村田から責められる黒死牟。
 唯でさえ陽光による火傷で瀕死に陥っているというのに更なる責め苦を受けるとは…
 それにしても何がチャンバラごっこだ。確かに剣技を高めようとしたのは事実だ。
 だがここまで責められる道理はない。そう憤りを感じていた時だ。
 黒死牟の手元からあるモノが落ちた。それは先程無惨が読んでいた例の本だ。
 実は黒死牟だが右京と無惨が対峙している間に傷の痛みを紛らわそうとその本を読んでいた。
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:21:30.57 ID:Hm3kO7HM0


 「そういえばその男もそうでしたねぇ。」


 右京は落ちた本を眺めるなり浸るような目をしながらあることを語りだした。
 そう、これは本来なら今回の物語とは一切関係のない話だ。


 「僕はこの時代とは異なる未来の世界からの訪問者です。
僕の住む世界において皆さんは鬼滅の刃という物語に出てくる登場人物でした。
鬼に家族を惨殺された主人公の竈門炭治郎くんが唯一人生き残った妹を元の人間に戻すため、それに鬼によって苦しむ人たちを助けるための冒険譚でした。」


 心優しい少年、竈門炭治郎が主人公の鬼滅の刃。
 どんなに苦しくてもいつも笑顔を絶やさない明るく長男としての責任感のある炭治郎。
 それに仲間の善逸や伊之助たちと励まし支え合い鬼と戦う姿は多くの読者を勇気と感動を与えた。
 誰もが愛してやまない鬼滅の刃。
 そんな読者たちの期待に応えるかのように炭治郎たち鬼殺隊は多くの仲間を失いながらも見事に無惨を倒して物語は華々しい最終回を迎える…はずだった。


 「そう、鬼滅の刃の最終回が少年ジャンプに掲載された時のことでした。
ある新連載が掲載誌の表紙を飾りました。名は……この際どうでもいいでしょう。
その漫画は一言で表すなら不快でした。」


 その作品は鬼滅の刃の最終回という誰もが注目する中での最高のスタートを切った。
 だが結果は思わしくなかった。一話目から大勢の読者が不快感を顕にした。
 主人公の余りにも常識外れでずる賢い姿は鬼滅の刃に出てくるある登場人物を思わせるほどだった。
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:22:52.76 ID:Hm3kO7HM0


 「半天狗みたいな男だった。」


 無惨と黒死牟は主人公について揃って同じ感想を述べた。
 実際その通りだった。誰もがこの主人公を半天狗だと罵った。
 己の過ちを最後まで認めず責任から逃げ続けた主人公を誰も愛さなかった。
その結果、この漫画はたった三ヶ月の連載期間を持って終了となった。打ち切りだ。


「話が脱線してしまいましたが要はこういうことです。」


「鬼となった者は誰もがこの漫画に出てくる主人公と同じなんですよ。」


「自らの過ちを認めることが出来ず、醜態を晒し続ける。」


「つまり鬼とはこの男の…」


右京が何かを告げようとした直後だ。黒死牟は目の前が真っ暗になった。
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:29:50.29 ID:Hm3kO7HM0
先程まで居た場所とは全く異なる空間にいた。
そこは光など一切ない闇に包まれた虚無の世界。辺りを見回しても何もない。
一緒に居たはずの主の無惨も、それに右京と村田もいない。居るのは己のみ…
ひょっとしてここはあの世ではないのだろうか。
陽光に焦がれた肉体が限界を迎えて呆気なく死んだのか。
そう考えた黒死牟はもう一度辺りを見回したがやはり誰もいない。
もしもここがあの世ならば縁壱ともう一度…と淡い期待をしたがそう都合よくもいかないものだと落胆した時が。


『…』


男が居た。見たこともない男だ。誰だこの男は…と一瞬身構えた。
だが男に生気が感じられない。その証拠に眼がまるで抉り取られたかのような闇に包まれていた。
自分と同じく鬼かと思えたがそのような気配も感じられない。
もしこの場所があの世とこの世の狭間であれば…この男は行き場を失った哀れな亡者なのかもしれない。
そんな亡者の見てくれだが髪はボサボサで簡素な服装だが至るところに汚れが付着して身体も長いこと風呂に入っていないのか汚れも酷く不衛生極まりない。
 こんな見てくれだけでも不快な亡者だ。それに気になるのは亡者の挙動だ。
 亡者はこの虚無の場所で何故か置いてある机で何かを一心不乱に描いていた。
 そんな亡者の周りには大量の紙の束が置かれていた。
 気になった黒死牟がそれを手に取って見てみると…


 「…つまらん。」


 一言そんな感想だけを口にした。ちなみに亡者が描いていたのは漫画だった。
 荒唐無稽な内容で奇を狙いすぎて読者置いてけぼりの展開ばかりが目立つものばかり。
 要するに自己満足の域を出ていないということだ。
 すると亡者が反応した。亡者は黒死牟をジッと睨みつけた。

128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:30:28.02 ID:Hm3kO7HM0


 『あ゛』 『あ゛』 『あ゛』 『あ゛』 『あ゛』 『あ゛』


 まるでこの世のものとは思えない奇声を発した。
 気味の悪い奇声に思わず怯む黒死牟。
 その奇声にはまるでこの世の全てに対する恨みと憎しみといった負の感情が込められているのが感じられた。
 
 
『俺ノ漫画…面白イ…ソウナンダ…』


それから亡者は自分が描いた漫画が面白いのだと独り言を呟きだした。
いや、どう読んでも面白いとは思えない。
恐らくこの亡者は死後もこの暗闇の世界で延々と漫画を描き続けたのだろう。
だが自分以外に評価を下す人間がいないのでそれが客観的に見て面白いと判断が出来なくなっていた。
誰か一人でも注意する人間が居ればまだ読めた書物になれたはずだというのに…


『ソウダ…俺ハ…漫画家ダッタ…』


『俺ハ…漫画ノ主人公デ…ヒロインモ救ッテミセタ…』


『ナノニ…ミンナ…俺ヲ否定シテ…』


『本当ハ…俺コソガ…無限列車ダッタノニ…』


『発行部数ハ…二億部デ…歴代邦画一位デ…400億ダッタ…』


『俺ガ…俺コソガ…』


亡者の支離滅裂な発言は黒死牟には全く理解しがたい内容だった。
だがそれが何かに対する恨み言であることだけはわかった。
これだけのおぞましい執念だ。もしこの場に主の無惨がいれば亡者を鬼に誘っていたかもしれない。
そう思っていた時だ。亡者が黒死牟に一歩、また一歩と近づいてきた。
一体何をする気だと警戒するが亡者は黒死牟の耳元まで近づくとこう囁いてきた。


『見ツケタ…俺ノ…―――』


129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:30:56.23 ID:Hm3kO7HM0
そこで意識が途切れた。
目を覚ますとそこには右京たちがいた。どうやら一瞬だけ気を失っていたらしい。
身体中に感じられる痛みと苦しみにこれが現実だということを実感させられることに苛立つが…
そんな黒死牟のことなどお構いなしで右京は先程の続きを告げた。


「―――同類。兄上はその漫画に出てくる主人公の同類です。」


それが右京から告げられた言葉だった。
同類…そう聞かされた黒死牟は自分の手元から転げ落ちた漫画に目を向けた。
 先程あの暗闇の世界で遭遇した亡者は紛れもなくこの漫画の主人公だ。
 情けなくて身勝手で自分の過ちを認められず不快感しかない男が自分の同類…
 鬼と化して数百年、弟の縁壱のような侍を目指したはずが…まさか…
そのことを告げられた黒死牟は呆然とするしかなかった。

130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/01/03(月) 00:31:30.00 ID:Hm3kO7HM0
ここまで
そろそろこのssも終わらせたいと思います。
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/01/03(月) 12:31:28.21 ID:xpxF44Fio
乙乙
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/01/03(月) 17:00:17.92 ID:KZuLpX4S0
乙です。そろそろ終わりと言う事は右京さん元の世界に戻るのか
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