私「妖精を粉砕して失われたもの」

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59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:10:53.41 ID:O8t46fem0

──翌日・公園──

先生「悪いね。急に呼び出してしまって」

私「いえ、それは別にいいんですが……何の用でしょうか?」

私(先生はいつもよりもせわしなく、落ち着かない様子に見えた)

先生「実はこの間……シャーベット屋さんで君の姿を見たんだよ」

私「……あっ」ドキ

 ──チュッ

 美少女『シャーベットの”お代”です。これで受け取ってくれますね?』

先生「店員さん……あの美少女ちゃんと、随分近い距離で話していたようだね」

私「あっ、いやっ。あれは、そういうのじゃないっていうか。あっちが勝手にしてきただけで!」アセアセ
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:11:32.83 ID:O8t46fem0

先生「──彼女に、僕を紹介してくれないかな?」

シーン

私(聞き間違いかと思った)

私(違う。そう思いたかったのだ)

私「……は?」

先生「どういう理由かは知らないけど、友達になったんだろう? だからさ、頼めるかなって」

私「そうじゃなくて……なんで紹介して欲しいんですか?」

先生「……。確かこのベンチだったよね。浮浪者と話してるところを、僕が勘違いして止めに入っちゃったのって」
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:12:25.79 ID:O8t46fem0

先生「そのお詫びっていうかさ。直接会って話をしたくて。そうしないと教職として筋が通らないだろう?」ハハ…

私「筋を通すべき相手は浮浪者に対してなのでは?」

先生「あー……そうだね。そっちにも今度謝りに行くよ。だから、さ?」

私「……」

私(先生は落ち着かない様子で貧乏ゆすりを続ける)

 浮浪者『人の見た目で善悪を判断する差別主義者だ』

 博士『10以上も離れた未成年の女子を食事に誘うような人間が恩師か』

ユサユサユサユサユサ

私「……。…………」

私(自分の中で何かが崩れる音がした)
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:13:51.49 ID:O8t46fem0

私「私、帰ります」スッ

先生「え?」

私「今後はもう、私のこと誘わないでください」

先生「ま、待ってくれ。その顔、何か勘違いしてるようだね。僕は下心なく──」

ミーンミンミン

私「このベンチに座っていた、もう一人の少女について覚えていますか?」

先生「え……?」

私「彼女は太っていて……失礼ですけど、美人とは言い難い容姿をしていました」

私「だから見捨てたんですよね。素通りして、見なかったことにして」

私「”リターン”がないから」

先生「!!」
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:14:37.68 ID:O8t46fem0

私「薄々察していたのかもしれません。先生がそういう人だって」

私「自分の勘違いだって信じたかった。だけど……つまり先生はそういう人だったんですね」

先生「ち、違う。浮浪者が怪しい人物じゃないとわかっていたから、あの時は行動しなかっただけだ!」

ギュッ

私「腕を離してください」

先生「僕の話を聞いてくれ」

私「……。私をイジメっ子から匿ってくれたのも、私が可愛いからですか?」ボソ

先生「っ!!」

私「先生とはもう2度と会いません。安心してください。先生を恨んだりしませんから」

私「”美しいものに惹かれるという本能には誰も抗えない”」

私「……先生が言った言葉です。さようなら」
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:15:32.17 ID:O8t46fem0

──

私「……」シュン

美少女「強いですねお姉さん。1粒の涙も流さないなんて」ポン

私「わっ!」

私(歩道を歩いていると、後ろから美少女に話しかけられた)

美少女「さっきのやりとり、隠れて見ていました」

私「もう。相変わらずのストーカーだね」

美少女「お姉さんは最後まで私を売りませんでした。ますます好きになっちゃいましたよ」

私「あなたはマスターに私を売ったけどね」

美少女「おや。言いますねぇ」

私「……ふふ」

美少女「えへへ」

アハハハハ…
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:16:13.70 ID:O8t46fem0

私(陽が傾いて歩道が夕焼けに染まる。彼女の美しい容姿に濃い影が落ちた)

美少女「人は皆、美しい者に惹かれる──」

私「?」

美少女「その本能自体を恨むのは見当違いというもの。お姉さんのおっしゃった通りです」

美少女「でも……惹かれた先に何を期待するんでしょうね。美しいものは、美しくないものに惹かれることなどないというのに」

私「……。…………」

美少女「世の中に幸せというものがあるのなら、それはきっと──」

私(言葉は続くことなく消え、美少女はくすくす笑って私の手を握った)

私(指の先まで彼女は完璧に美しかった)

私(間もなく夜が訪れる)
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:17:09.87 ID:O8t46fem0

──1年前──

研究員『博士っ。大変です!』ガチャ

博士『シャーベットもぐもぐ』

研究員『B棟の主任が研究体をつれて研究所を脱走しました!』

博士『え……』ポロ

──

美少女『主任。どうして私を逃がしたんですか?』

マスター『主任じゃなくて、今日から俺はシャーベット屋のマスター。そしてお前はデザインベビー改め謎の美少女Xだ』

美少女『改めって……そんなことが可能なんですか?』

マスター『戸籍改竄のつてがあったのさ。貯金するような性格でもないし、今回の件で失職してホームレスだろうけど』
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:18:09.77 ID:O8t46fem0

美少女『質問に答えてください。どうして私を逃がしたんです?』

マスター『決まってるだろう。お前が美しいからだよ』

美少女『答えになってないと思うんですけど』

マスター『なっているさ。これ以上ないくらい』

美少女『……。今頃研究所は、大変なことになっていると思いますよ』

マスター『なんとかするだろうさ。A棟にはあの博士もいることだし』
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:19:37.77 ID:O8t46fem0

美少女『博士……人面虫の研究をされてる方ですよね。妖精プロジェクトとか言われてる』

マスター『彼女の研究は最高さ。妖精が完成すれば、人類の道徳観を根底から覆す存在となる』

美少女『最高……』

マスター『あ、嫉妬してるね? 同じ研究体のライバルだもんなぁ』クスクス

美少女『はぁ? 虫ケラに嫉妬するはずないでしょう』

マスター『とにかく、妖精さえいれば研究所は安泰だよ。君1人ぐらいの脱走なんて許されるよ』

美少女『……まぁ、別に私はなんでもいいですけど。安全に寝れる場所さえあれば』

マスター『折角シャバにでれたんだ。何か外でしかできないことでも始めてみたら?』

美少女『外でしかできない? ……ふーん。じゃあ、青春にでも挑戦してみることにします』

マスター『? 青春って?』
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:20:41.26 ID:O8t46fem0

美少女『バイトと……れ、恋愛』

マスター『恋愛? あはは、お前って理想が高そうだけど』

美少女『理想はもちろん高いですよ』

マスター『どんな人が好みなのかな?』

美少女『美しい人。当然でしょう』

──研究所──

博士『この件については黙っているように。研究所内部にもまだ秘密でお願い』

研究員『何か良い考えがおありで?』

博士『うん。良いかどうかは、わからないけどね』ニヤ

──
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:21:39.75 ID:O8t46fem0

──家──

私(ある日のこと、家に帰ると1通の手紙が置かれていた)

手紙『君がこの手紙を読んでるということは、家に帰ってきたということだろう』

私「そりゃそうでしょ」

手紙『冗談はさておき、やはりというか何というか、お別れを告げる時が来たようだ』

私「え?」

手紙『直接挨拶できなくて申し訳ない。急な仕事が入ってしまってね』

手紙『その仕事というのがやっかいで、詳しくは書けないが、君を巻き込みたくない事なんだ』

手紙『まぁ、散々巻き込んできた私が今更言えるセリフではないけれど(笑)』
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:22:35.62 ID:O8t46fem0

手紙『こんなこと書くのは柄じゃないんだけど……君には感謝をしているよ』

手紙『今、いつもの軽口だと思ったでしょ。残念ながら、今回ばかりは心の底からの本音なんだな』

手紙『見ず知らずの私を匿ってくれてありがとう。本当に助かった』

手紙『君は容姿も美しいが──それだけじゃなく、もっと根本的なところが綺麗なんだと思う』

手紙『妖精については色々と意地悪な質問をしてしまったね』

手紙『君の目に私はちゃらんぽらんに映ったかもしれないが……いや実際ちゃらんぽらではあるんだけど』

手紙『最低限の責任感はあるつもりだ。だからこの事件は、私の手で終止符を打たなければならない』

手紙『……ここまで読んだら、手紙はどこか人気のない場所で燃やしてほしい』

手紙『今までありがとう』

手紙『追伸:君の手料理は非常に美味だった:)』
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:23:19.59 ID:O8t46fem0

──

私(就寝中。夢でヒヨコが話しかけてきた)

カラーヒヨコ『どうしてあの時、僕を買ってくれなかったの?』

私『着色したヒヨコを買うということは、その行為に間接的に加担してしまうため』

カラーヒヨコ『お姉さんって、たまに教科書みたいな返答するよね』

私『よく言われるけど、ヒヨコに言われたくはないかな』

アハハハ…

カラーヒヨコ『真面目な話、お姉さんは逃げているんだよ』

私『私が逃げている?』

カラーヒヨコ『怖いんだ。自分の本能に従ってしまうことが』

カラーヒヨコ『僕を美しいと認めてしまうことが』
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:24:05.75 ID:O8t46fem0

私『言っている意味がよくわからない』

カラーヒヨコ『美しいと感じるということは、つまり本能を肯定してしまうこと』

カラーヒヨコ『だからこそお姉さんは、美少女から受け取ったシャーベットに口をつけようとしなかった』

私『シャーベットの話は、ここでは関係ないように思えるけど』

カラーヒヨコ『関係あるよ。だってあれは、美少女の気持ちの暗喩なのだから』

私『……』

カラーヒヨコ『本当は、自分で食べたかったくせに』

ガリガリガリ…

私(どこからともなく粉砕器の音が聞こえて、気がつくと目の前のヒヨコがペースト上に広がっている)

私(ヒヨコは完全に粉砕され失われた)

私(──失われた?)

私(一体ヒヨコの、何が失われたというのだろう)
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:25:00.95 ID:O8t46fem0

──工事現場──

メラメラメラ…

私「……」

少年「何してるのお姉さん」

私「わっ。誰!?」

少年「僕だよ。夏休みの最初の方に会ったよね」

私「……あぁ。公園にいた虫取り少年の」

少年「中止中とは言え工事現場だよ。不法侵入じゃん」

私「それは君も同じでしょ。何しに来たの?」

少年「虫取りスポットなんだよね、ここ」
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:25:43.76 ID:O8t46fem0

少年「その炭みたいなの何? ソロキャンプ?」

私「そうだよ」

少年「へぇ。夏休みの最終日にしては寂しい過ごし方だね」

私「夏休み最終日……そっか。もうそんなに時間が経ったんだ」

少年「小学生と大学生(?)とじゃ、夏休みの期間が違うか」

私「同じようなものだよ。思えば長い夏休みだった気がする」

少年「……」

スッ

私(私がよほど寂しげな表情をしていたのか、少年は憐れんだ顔で籠を差し出した)

少年「あげる」

私「え? 何これ」

少年「妖精。道すがらに捕まえたやつ」
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:26:27.93 ID:O8t46fem0

私「いらないよ」

少年「平気。虫籠ならもう1個あるから。これでもう寂しくないね?」

私「そうじゃなくて」

私(少年は奥の林の方に走り去ってしまった)

私(私は手渡された虫籠の中を覗いた)

妖精『ひらひらひら〜』

私(妖精が1頭いる)

私(相も変わらず、脳みそをくり抜いたら人間こうなるんだろうなって表情だ)
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:27:27.61 ID:O8t46fem0

私「でも、だけど……それでも可愛い」

私(妖精は何も言わない。何も考えない。目も合わせない)

私(それでいて、吸い込まれるような漆黒の瞳が、私に何かを訴えいるかのようにも思えた)

私「……」

私(私は籠の入り口を解放し、妖精を外へと逃がす)

私(ひらひらと空中を浮遊し、やがて粉石機の角っこにとまった)

私(粉石器。石は粉砕されアスファルトの一部になる。アスファルトは日差しに熱せられ、夏の陽炎を作る)

私(粉砕。粉砕。粉砕。ヒヨコを粉砕して失われたもの)

私(──妖精を粉砕して失われたもの)

ミーンミンミン…
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:28:24.85 ID:O8t46fem0

──路地裏──

ギャーッ!

マスター「暴れるなよ。うまく刺さらなかったじゃないか」スッ

浮浪者「何故だ! 今まで散々協力してきてやっただろう!」

マスター「そうだったっけ。そうだったかも」

浮浪者「戸籍改竄に加え、ヤクザに投稿者の特定と誘拐の指示を出したのも俺だ!」

マスター「大した活躍だ。で、そんなことでお前の罪が赦されると思っていると?」

浮浪者「罪? だからそれはあんたに命令されて──」

グサッ!

浮浪者「うぐっ!?」

マスター「”そんなこと”を俺は咎めているんじゃない」

マスター「お前の罪は、可愛いヒヨコを染色して虐めたことだよ」

…バタン
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:29:26.69 ID:O8t46fem0

マスター「……さてと。じいさんを家に持ち帰る趣味はないから、氷用と偽って買った砕石機ですり潰すとするか」

博士「そこまでだよ」ザッ

マスター「!!」

博士「観念しなよ主任。いや、今はシャーベット屋の店長なんだっけ?」

マスター「……誰かと勘違いしているんじゃないでしょうか。俺はあなたと面識ありませんけど」

博士「整形したようだけど、シロップ作りの腕は落ちていないようだね」

マスター「何?」

博士「研究所にいた時、職権濫用で君をアイス製造係に任命していたこと覚えてる?」

博士「シャーベットの味が同じだったんだ。容器からシャーベット屋の従業員を調べた。そしたらビンゴだ」
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:30:15.32 ID:O8t46fem0

マスター「……わぁ。そんなアホみたいな理由で見つかるなんて驚きです」

博士「そうだね。でも人生って驚きの連続って言うでしょう?」

マスター「今から思えば、あれってパワハラ寸前の行為でしたよね。博士」

博士「良いじゃないか。そのおかげで君は手に職つけられたんだから」

マスター「あはは……博士は今無職ですか? 警察に追われる身だと再就職も難しそうですねぇ」

博士「あっはっはっはっは」

──パァン!

博士「動かないでね。次は当てるから」カチャ

マスター「拳銃って……そんな物騒なものどこで手に入れたんですか」

博士「よく言う。ヤクザ囲いの君が。包丁を地面に捨てて」

マスター「……博士は俺のことを恨んでいるんでしょうけど」

…カラン

マスター「俺も同じくらい、博士のことを恨んでいるんですよ」
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:31:06.40 ID:O8t46fem0

博士「君が研究体を逃さなければこうして捕まえることもなかった。それは逆恨みというものだよ」

マスター「そうじゃない。俺の身なんてどうだっていいんだ」

博士「何?」

マスター「なぜ妖精を外に放ったんです。スケープゴートなら他にやりようがあったでしょう?」

博士「……」

マスター「外に出た妖精は人間に虐められ、金儲けのために下衆な輩に身体を弄りまわされてしまった」

マスター「許せるはずがない。美に対する冒涜だ。そんなの、可哀想すぎる」

マスター「見て見ぬふりするなんてこと、俺には絶対にできなかった……」

博士「だから妖精の仕返し事件を?」

マスター「そうです。全ては”愛情”による犯行です」
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:32:06.75 ID:O8t46fem0

博士「君がご執心の妖精。あれはただの変形した蝶なんだよ?」

マスター「違います。あれは妖精という存在で、鱗翅目の昆虫とは別の生き物なのです」

博士「……”美少女は人間とは違う別の生き物”であるのと同じように、か」

マスター「ええ。いつか俺が言った言葉ですね」

博士「君の主張には論理の飛躍が見られるけど、あえてそれを指摘することもしないよ」

マスター「そうですか」

博士「どんな考えを持っていたって別にいい。でもね、人間に危害を加えるのはダメだ」

マスター「……」
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:33:18.18 ID:O8t46fem0

博士「君を捕まえる理由は2つある。研究体を逃がしたこと」

博士「そして何より、妖精の仕返し事件を起こしたこと。人を傷つける人間を、流石の私も放ってはおけない」

マスター「……博士って、本質的には結構まともな思考回路をしてるんですね。もっとマッドな人かと思っていました」

博士「よく言われる」

マスター「妖精には引くほど冷たいくせに」

博士「妖精が何匹死のうが、所詮は痛覚もない虫ケラだ」

マスター「多分このまま言い争っても、わかりあうことはできないんでしょうね」

博士「おそらく。一生ね」

マスター「俺は美しければ、例え虫でも人命より優先する派です」
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:34:12.66 ID:O8t46fem0

博士「君はマイノリティだよ」

マスター「博士。それは差別発言ですよ──」

カチャ

博士「……拳銃!?」

マスター「俺もこのぐらいの装備は持っています。単発式から回転式まで自宅に10本ほど」

マスター「博士。恨んではいますが、研究者としてのあなたは常に尊敬の的でした」

マスター「後のことは任せてください。妖精は必ず、俺の手で救って見せます」

博士「!!」

パァン!
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:35:27.02 ID:O8t46fem0

私「博士っ!」

バッ

私(博士を突き飛ばし、一緒になって転がる)

博士「! どうして君が!」

私「この路地裏が私の時短コースだということをお忘れなく。そんなことより!」

私(カラカラと音を立てて、博士の持っていた拳銃が路地を滑っていく)

私(マスターの持つ拳銃の照準は、依然として私たちに合ったままだ)

マスター「……2人がどういう関係なのかは知らない。でもお願いだ、そこを退いてくれ」

私「……退きません」スッ

マスター「お前を撃ちたくない。だってお前は”可愛い”から。俺は美しいものの味方……!」

私「退きません。どうしても撃つの言うのなら、私ごと撃ち抜いてください」

マスター「はぁ。はぁ、はぁ……」
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:36:13.61 ID:O8t46fem0

私(今さっきまでの冷静な顔が嘘のように、マスターは青ざめて小刻みに手を震わせている)

私(絞り出すようにマスターは言った)

マスター「俺には……帰る家があるんだ。家で美少女が、俺の帰りを待っている……!」

マスター「俺の全ては美しいものに注がれる。命を賭けて、彼女は俺が守らないといけない!」

私「……」

マスター「舐めるな!! 俺はより美しいものの味方だッ!!」

──パァン!

私(銃声が鳴り響く。痛みはない)

私(ゆっくりと目を開くと──マスターが地面に倒れ込んでいた)
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:37:27.88 ID:O8t46fem0

美少女「……」カチャ

マスター「ど、どう、して」

美少女「……別に私はなんでもいい。安全に寝れる場所さえあれば」

美少女「脱走当初は、そういう風に考えていたんですけどね」

マスター「……」

美少女「お姉さんを傷つけようとする人は、誰であっても許さない」

マスター「……。そうか。そうだったんだな」

マスター「心配してたんだぞ、お前は理想が高いから」

マスター「でも良かった……恋が実って」

バタン…
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:38:27.91 ID:O8t46fem0

──

私(返り血を浴びた美少女の姿が、あの日、夕暮れの歩道で見た時の光景と重なった)

 美少女『世の中に幸せというものがあるのなら、それはきっと──』

私(彼女はあの時、何を言うつもりだったのかな)

ピーポーピーポー
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:39:13.05 ID:O8t46fem0

──病院──

博士「まだ目を覚まさないけど、死ぬことはないってさ。主任も、あの浮浪者も」

私「……そうですか」

博士「手紙は読んだかい? あれで格好良く去るつもりだったのに。予定が狂ってしまったね」

私「博士はそんな柄じゃないでしょう」クス

博士「ふふふ……春に助けてもらってから、色々と迷惑をかけたよ」

私「なんですか改まって。……いえ、迷惑っていうほどじゃ」

博士「料理を作らせたり、好物のアイスをねだったり」

私「そんなの、全然ですって」

博士「拳銃のパーツのお届け先を君の家に指定したりね」

私「そんなの……いやそれは本当に大迷惑ですけど」

アハハハ…
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:40:08.50 ID:O8t46fem0

博士「……主任が目を覚ましたら事情聴取が始まる」

博士「その時、彼の身元を証言する人間がそばに必要だ」

博士「公の場に出るのは不本意だけど、これでも最低限の責任感はあるつもり。腹をくくるとするよ」

私「……。そうですか」

博士「4ヶ月間ありがとう。君との同居はとても楽しかった」

私「そういうの、やめてください。別れが寂しくなっちゃいます……」

博士「家をプレゼントしよう」

私「え?」

博士「拳銃のお届け先にいつまでも住んでいたくないだろうし。せめてものお礼だよ。君が使ってくれ」

私「は、はぁ。ありがとうございます」

博士「うむ。……それじゃあ、さようなら」

私「ええ。またいつか会いましょう」

スタスタ
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:41:30.09 ID:O8t46fem0

私「……ええと。最後に1つ聞いてもいいですか?」

博士「ん。何だい?」クル

私「結局、博士はどうして妖精を作る研究をしていたんでしょう」

博士「え?」

私「逃した方の理由はだいたい察したんですけど、作った方の理由がいまいちわからなくて」

博士「その質問には、前にも答えたよ」

私「……?」

博士「”見た目が全てなのか?”。そのつまらない問題提起のためさ」

シーン…

私「嘘つけ」

博士「さぁ。どうだろうね」クスクス
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:42:37.90 ID:O8t46fem0

──1ヶ月後──

私「ただいまー」ガチャ

美少女「お帰りなさい」

投稿者G「うぅ……」グスン

私「あ、また意地悪してたんでしょ」

美少女「別にそんなことしてません。な?」ポン

投稿者G「は、はいぃ。そんなことないですぅ」

私「も〜……」
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:43:59.00 ID:O8t46fem0

私(身の回りに起こった大きな変化が2つある)

私(1つ目は住居。博士の言っていたように新しい家に住むことになった)

私(煌びやかな豪邸で、元々はマスターの住んでいた家だったんだとか)

私(なので引っ越しというか、実質的には美少女の住居にお邪魔させてもらっている形になる。家主は私みたいだけど)

私(2つ目は同居人。私は美少女と、妖精の仕返し事件生き残りの動画投稿者と住んでいる)

私(他の投稿者は、砕いてアスファルトに埋めちゃっただとか、実験体として研究所送りにしただとか、色々と情報が錯綜していた)

私(とにかく1人だけ見つかった。背の低い可愛らしい女の子)

私(妖精の解剖の件で家族に勘当されてしまったので、この家で一緒に住むことになったというわけだ)
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:44:50.84 ID:O8t46fem0

私「仲良くしてくれないと困っちゃうんだけど」

美少女「そうは言いますけどお姉さん。弱いもの虐めをしていた者を、より強い者が虐めて何が悪いんでしょう」

私「弱いもの虐めって……自分だって妖精にスプレー吹き付けてたでしょ」

美少女「私はいいんです。妖精とはライバル関係だったので。こいつは無関係のくせにゲスな真似を」グイ

投稿者G「ひいぃ……」

私「あなた、ちょっと乱暴だよ。そういうの良くないって」

美少女「デザイナーベビーにまともな倫理観を求めないでください」

私「つ、つっこみ辛い冗談やめて……」
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:45:44.10 ID:O8t46fem0

投稿者G「ゔうぅ……」

私「ほら、怯えちゃってるじゃん。大丈夫だよ。こっちにおいで」

スッ

私「よしよし。可愛い可愛い」ナデナデ

投稿者G「お、お姉様……!」ドキ

美少女「こ、こいつ。私のお姉さんに色目使うなっ!」グイッ

投稿者G「わーん!」

ドタバタ…
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:46:43.32 ID:O8t46fem0

私「これは少し離した方が良さそうだね……それじゃあ悪いけど、レッドちゃんにご飯あげてきてくれるかな?」

投稿者G「レ、レッドちゃんって……?」

美少女「お姉さんが引き取ったカラーヒヨコだよ。ブルーちゃんにもグリーンちゃんにも忘れずにね!」

投稿者G「は、はい〜っ」

タタタ…

美少女「全く……あ、すみません。お姉さん帰ったばかりで疲れているのに」

私「ううん。食材買ってきたから、一緒に夕ご飯作ろっか」
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:47:45.44 ID:O8t46fem0

トントントン…

テレビ『妖精を放出させた犯人も捕まり、秋になって妖精の個体数も減少』

テレビ『妖精問題も無事に落ち着いてきた……なんてこと、思ってるんじゃありませんか!?』

テレビ『また春になれば妖精は増えだします。仕返し事件も未解決のままです。一言でまとめると……そう!』

テレビ『これは、責任問題だッ!』

シツコイゾ! ソレイイタイダケダロ!

私「……」

美少女「どうかしましたか。手が止まってますよ」

私「ううん、なんでもない」

ピッ
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:48:44.68 ID:O8t46fem0

──

私「よし、こんなところかな」

美少女「お姉さん。私デザート作っていいですか?」

私「デザート? 勿論いいけど……何を作るの?」

美少女「かき氷です。なんと言っても今日は、秋とは思えないほどの夏日ですからねぇ」

私(そう言って美少女は、かき氷機を取り出した)

私(潰れたシャーベット屋から持ってきた物だろう)

ガリガリガリ…

私(かき氷機のハンドルがぐるぐる回る)

私(粉砕。粉砕。粉砕)
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:49:38.41 ID:O8t46fem0

私「──妖精を粉砕して失われたもの」ボソ

美少女「え?」

私「すり潰された妖精は、一体何を失ったんだろう……」

美少女「……」ポカーン

私「あ、ごめん。急に変なこと言って」

美少女「”機能”じゃないですか?」

私「──え?」

美少女「機能。”美しさ”という機能」
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:50:32.42 ID:O8t46fem0

シーン

私「……美しさが機能なのだとしたら、蝶と蛾は別の生き物ということになってしまう」

美少女「そうですね。蝶と蛾は別物で、妖精と蝶は別物で──」

美少女「美少女と人間は、別の存在ということになります」

私「……」

美少女「彼女はどうして生き残ったと思います?」

私「彼女……?」

美少女「投稿者G 。彼女が生き残った理由。それは、容姿が美しいからでしょう?」

私(握りつぶされた蛾のことを思い出した)
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:51:35.87 ID:O8t46fem0

美少女「後先考えられない頭の悪さ。性格も陰湿で最悪」

美少女「それでも彼女は唯一生き残った。”美しい”という機能によって生かされた」

私「……。…………」

美少女「あの子は美少女なんです。美という機能を持った人間とは別の生き物なんです」

美少女「だから今この家にいる」

美少女「あの子だけじゃない。私も。そして他でもない、お姉さん自身も」

カラン

美少女「……人は皆、美しいものに惹かれます」

美少女「そして美しいものは、美しくないものに惹かれることはありません」

美少女「世の中に幸せというものがあるのなら、それはきっと──」
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:52:18.93 ID:O8t46fem0

美少女「美しいもの同士が惹かれ合うことしかないですよね」

──チュッ

私(美少女がキスをせがむ。今度は私も拒まない)

私(違う。拒めないのだ)

 先生『”美しいものに惹かれるという本能には誰も抗えない”』

ミーンミンミン…

私(庭先から季節外れのセミの鳴き声が聞こえてくる)

私(放置されたかき氷が夏みたいな気温に溶けて、テーブルの上に丸い水たまりを作った)

私(妖精が1頭、ひらひらと部屋に迷い込み、左腕の時計にとまる)
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:53:26.95 ID:O8t46fem0

──

妖精『道徳が失われたんだよ』

私(喋るはずのない妖精が、そんなことを言った気がした)



おわり
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:54:15.74 ID:O8t46fem0

お疲れさまでした

見てくださった方、ありがとうございました
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:55:15.16 ID:O8t46fem0

よかったら他の作品も見てください

https://twitter.com/sasayakusuri
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/12/24(金) 23:59:22.76 ID:VnJFlRub0
マルチからの売名とか哀れやな
実力あれば小細工しなくても勝手に読まれるしね
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/12/28(火) 01:33:44.73 ID:Z14JCHlcO
俺は好きだったよ
次も期待してる!
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/01/31(月) 23:30:23.07 ID:JePu2AnnO
今更だけど乙、面白かったっすわ
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