【オリジナル】男「没落貴族ショタ奴隷を買ったwwww」

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455 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:12:17.88 ID:R3zx0t5S0
「馬鹿な女」
 侮蔑と嘲笑を込め、言葉を吐き出した。
 おそらく彼女は、タカシとショウタの移植の適合率が極めて低いと知らぬに違いない。
 嘗て、様々な病によって失われた臓器は、大体パーツでも、生体パーツでもなく、
多くの場合、見知らぬ誰かのそれらによって補われたと聞く。
 他人の臓器を移植するなどと言う信じがたいことが、医療として年に何件も行われていたのだそうだ。
 適合検査はまず、ごく親しい身内から。
親兄弟、配偶者から検査を行い、それに適合しなかった場合、適合する赤の他人から貰い受けたのだという。
そんな背景も手伝ったのだろう、彼女は親子間の移植が、高確率で、殆どの場合可能であり、
かつ成功率も当然高いと勘違いしているに違いなかった。
 おそらく、あのマッドサイエンティストが、何故タカシの嘗ての息子であった『あの子』を死に至らしめたのか、
その詳細までは知らないのだろう。
 ミユキは女児が生まれることを厭っていた。
タカシが手出しをしないように――、そんなことを言っていたが、
なるほど、自分が『産み落とした器』にタカシを閉じ込めることが目的であったというのなら、
男児に執着した意味も判らなくもない。
彼女の目的は、『タカシを自分のものにすること』だ。意識はどうにもならなくとも、
魂たる脳と記憶を『自分の産んだ体』、即ちショウタに閉じ込めることは、
彼女にとって『タカシを自分のものにする』ことと同義なのだろう。
 だが、それが果たして成功するかと言えば、
門外漢であるタカシから見ても成功率が極めて低いことは確実で、
ミユキの狂った計画が頓挫の道を辿ることは安易に知れた。
 自分の産み落とした器にタカシを閉じ込める――、ぞっとするほどの執着に、吐き気を覚える。
 だが今はそんな気持ちの悪い思惑に囚われている場合ではない。
ショウタを早急に見つけなくてはなるまい。
456 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:20:39.31 ID:R3zx0t5S0
 誰にも必要とされていない――、
そんな残酷な真実を、この世に生まれて僅か数年の子供は、痛いほどに知っている。
父親からは邪険にされ、母親からは臆面もなく『入れ物』と呼ばれる。
そんな環境で育った彼は幸か不幸か、
アンドロイドによれば『情緒面が五歳分ほど発達している』のだという。
 幼い子供ならば思いつかぬようなことを、ショウタがやってのける可能性も大いにあるだろう。
 そう、例えば自殺。
 タカシはそれをなによりも懸念していた。
 闇雲に歩き回るつもりはない。
 ショウタが引っ掴んでいったフライボードは、先日の出奔を期にGPS登録を済ませたところだ。
 それを知ってか知らずか、彼がフライボードを小脇に挟んで行方をくらましたことは、
タカシにとっては幸いだった。 
 タカシはステアリングから手を離し、自動操縦に切り替える。
 タブレットを立ち上げ、ショウタの現在地を確認すれば、やはり彼は花街の方向を目指しているようだった。
 そもそも彼が足を運べる場所など、この周囲には花街しかなくて、懸念しているのは寧ろ行き先よりも、
そこに向かう道中の事故、或いは自殺だ。
 一度目はなにもなかったかものの、二度目も無事に済むとは限らない。
何よりも今ショウタは、自棄を起こしかねない精神状態に置かれているのだから、
わざと操作を誤って転落事故を起こす可能性もないわけではない。
 おおよその緯度経度をスピーカーに告げたのち、シートに深く沈み身を預ける。
 ショウタの居場所を示すGPSは、一定の速度で細かに移動を続けていた。
 点滅を繰り返すタブレットの光が、暗闇の視界に酷く刺激を与える。
457 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:25:14.20 ID:R3zx0t5S0
 耳にこびりつくのは、ショウタの痛々しい叫びだ。
 ――少しずつ、自滅の道を辿っている予感があった。
 シュウもいつまでも子供はいない。自分の出自をいつかは知るだろうし、
今の人生がいかにして与えられたかも、そのうち悟るだろう。
また、父親が、己の異母兄弟であるショウタにどんな残酷な仕打ちをしたのかも。
 溜息が漏れる。
 タカシの人生は、きっと全てが間違っているのだろう。
 姉を犯したことも、この国を破滅に導く機械を作ったことも、姉との間に子をもうけたことも、
好きでもない女と結婚したことも、子供に優劣をつけ接していたことも。
 人生の殆どが過ちで埋め尽くされている。
 だが、果たして、綺麗で傷ひとつない、美しいだけの一生を送る人間などいるのだろうか。
 人は自分の為に、時として人を殺すほどの我侭を通すイキモノではないだろうか。
 タカシはヒーローではない。自身の生き様を大手を振るって肯定するつもりは毛頭ないが、
大きな何かを守るために、我が身を犠牲にできるほどの器もまた、持ち合わせてはいないのだ。
 どこにでも居る、欲にまみれた人間なのだ。
ただ、我を通した代償が重すぎた。自分の身は然して痛くはない。
その重みを背負っているのが、ショウタであるのが問題なのだろう。
 結局のところ、タカシもミユキも、ショウタへと同等の負担を強いている。
 だが、そこまで理解しているくせに、頑なに愛してやることはできなかった。
 それでも、泣かせてしまうほどに追い詰めたことは、後ろめたく思うのだ。
『タカシさん』
 控えめに呼ぶ子供の声が木霊する。
 タカシさん、と実の父をショウタは名前で呼んだ。
 ああそうか――、と気づく。
 ミユキを真似ているのではない。
 おそらくショウタは。
「呼べなかったのか……」
 お父さん。そう呼べなかったのだ。
 タカシの顔が険しくなるから。
 タカシがあからさまに嫌そうな顔をするから。
458 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:28:34.70 ID:R3zx0t5S0
 ショウタがまだ幼い頃、片手で足りる程度には、『お父さん』と呼ばれた記憶があった。
 ショウタは母であるミユキが面倒を見ない割りに、言葉の発育が早かったと記憶している。
 同い年の子供が漸く意味の判る会話をするようになった頃に、
ショウタはすでに『お父さん』とハッキリと発音をしていた。
 微かな笑いが漏れた。
 そんなことを記憶しているのに、可愛いとは思えないのだ。愛しいと思えないのだ。
 どうしても、愛せない。
そしてタカシは、おそらく後ろめたさを打破するためだけに、ショウタの足取りを追っている。
 誰も愛してやれない子供を連れ戻して何になるというのだろう。何のために連れ戻すのだろう。
 エゴイスティックな感情で、逃げ出した子供を連れ戻そうとしているタカシは、
悪魔か鬼か、それともただの鬼畜か。
 愛してるフリくらいは、するべきだったのだろうか。
 いいや、と、タカシは己の穢い考えを即座に否定した。
 おそらく偽りの愛情など、聡いあの子供はすぐに見抜くことだろう。
 アンドロイドから与えれる紛い物の愛情は、ショウタが『致し方がなく』揃えた『本物の愛情』の代替品だ。
ショウタは渇きを潤すために、仕方がなくそれを選択したのだ。
生身の人間からの、薄汚い偽物を与えられることなど、きっと彼は望んでいないし、
与えられたところで、シュウと己を比較し、ますます惨めな気持ちになったことだろう。
 結局のところ、誰もショウタを満たせないのだ。
 いっそのこと、生まれなければ幸せだったのかもしれない。
 だがショウタの生き死にを勝手に決めようとするそれもまた――。
「勝手なエゴか……」
459 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:29:55.24 ID:R3zx0t5S0
 タカシはショウタのことなど考えていない。自分が楽になりたいだけなのだろう。
 唯一つだけショウタの為に『なかったこと』にできるのなら、タカシはなにを選ぶだろう。
 それならばタカシはいっそ、自身が生まれてくることを諦めたいかった。
 なにもかもが間違っているのなら、なにもかもを諦め『なかったこと』にしたほうが潔い。
 そうすれば誰も、そして何も失わず、傷つかず、タカシ自身は渇望を覚えることもない。
 自滅的な思考がやたらと渦まいていく。 
 ――楽に、楽に、楽に。
 呼吸がしやすい環境を探して、得られることは永遠にないと確定している自滅を、いやらしく夢想する。
 タカシはどこまでも自己中心的な嫌な人間なのだ。
 でなければ意識の碌にない姉を犯したりはしないだろう。
 子を産ませたりしなかっただろう。
 そう、タカシはどこまでも身勝手なのだ。
『目的地に到着しました』
 機械的な声が、花街への到着を告げた。
 はっとして視線をタブレットへと移せば、いつの間にかGPSは一定の場所で制止している。
 ショウタがGPSの存在に気づいてフライボードを手放したか、あるいはそこに留まっているのかどちらかだ。
 タカシは車から降り立つと、あの日そうしたように通行証を購入しようと鳥居の根元に近づいた。
460 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:32:08.01 ID:R3zx0t5S0

「旦那」
 声を掛けてきたのは、屈強な男だった。
見覚えがあるかないかと言われたら、どちらかと言えば『ない』に傾くその顔を、タカシはジッと見た。
「ああそうか、覚えているわきゃないですね。自分は先日、お子さんを保護した警らですわ」
 ああ、と返事をしたものの、タカシは男のことを殆ど覚えていなかった。
そこに居ただけで、男の顔だとか身体的特徴だとか、その人物を人物たらしめている個性の全てを失念していたのだ。
 一事が万事、タカシはこうなのだろう。
「またお子さんが?」
 タカシの胸のうちなどに気づく様子もなく、男は声を潜めて尋ねた。
 色とりどりの火花が空高く舞う中、タカシはどう答えるべきか思案したのち、結局頷いてみせる。
「そりゃいけない。どのあたりにいるかはご存知で?」
「いや、GPSの動きが途中で途絶えて……」 
 そこにショウタが居なくとも、一先ずはタブレット上で点滅を繰り返す地点までは向かうつもりで居たのだが。
「ああ、ここいらは男娼が多い店ですわ。おいお前!」
 男が後ろを振り返り、同じ衣類に身を包んだ青年に声を掛けた。どうやらこの場を離れ、案内をしてくれるようだ。
「場所は把握しました。行きましょう」
「いや、一人でも、」
 大丈夫だが、と言い掛けたるも、男は、「客引きに行く手を阻まれるから」と言って引かなかった。
 タカシはそれなら、と男に従い彼の背後を歩いたが、彼の大きな声をもってしても、
時折為される会話は花火の音に掻き消えていき、男の話は殆ど聞き流している状態であった。
 赤い提灯が、水面をただよう金魚のように、ゆらゆらと揺れている。
形は様々であったが、色はみな一様に赤だ。
風に煽られゆったりとした動きを見せる赤い光りに、頭が次第にぼんやりとしていくのをタカシは感じた。
鼻を刺激し思考力を奪う香もよくないのだろう。視覚と嗅覚を同時に攻め立てられ、まともで居られるはずはない。
前を行く男は、この光景や匂いに慣れっこなのか、顔色を変えることなく前を進んでいく。
461 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:33:52.24 ID:R3zx0t5S0


「……と言うわけですわ。旦那? ああ、すまないね、香に当てられたかな」
 男はパンツの裾に挟んだ手ぬぐいを差し出てきたが、
タカシはそれをやんわりと断り、男に付き従い只管歩き続けた。
 花火の弾け飛ぶ轟音が、内臓を揺らすように響いて気持ち悪い。
「この辺りですわ」
 男の足がピタリと止まった場所は、なんとなく見覚えのある場所だった。
 玉砂利が引かれた道に、木製の建物。
それらはこの界隈では定番の風景であったが、僅かにでも見覚えを感じるのは、
おそらくこの場でひどくバツの悪い思いをしたからに違いない。
 ショウタを差し置き、男娼の手を握ろうと必死になった、あの場所だ。
 GPSの点滅は相変わらずこの場で制止している。
 周囲をぐるりと見回し手がかりを探そうと体を二二五度回転させたところで、
タカシの視線はある一点に止まったのだった。
 朱塗りの格子の中、それはいた。
 一見しただけでは骨格も風体も華奢で、少女であると勘違いをすること必須の『少年』だ。
 タカシの視線に気づくと、彼は煙管を片手にチッと舌打ちをするような仕草を見せる。
 そのまますっくと立ち上がり、格子のもっと奥へと姿を消そうという素振りを見せたが――、
しかし彼は、ピタリと足を止めると、突然、ぐるりと振り返ったのだ。
 間違いない。格子の中の少年は、あの日タカシが腕を掴もうと躍起になったあの男娼だった。
 彼は、格子の向こうから冷えた視線をタカシに寄越していた。
睥睨、とまではいかないが、汚物を見るような眼差しだ。
462 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:35:40.97 ID:R3zx0t5S0
「アンタ、子供を捜してるんだろ」
 花火の轟音の中、少年はハスキーな声を響かせ、タカシに向かって話しかけた。
「ああ」
 声が微かに上ずったのがバレたのか、少年は口許を歪め、そして煙を吐き出して見せる。
「知ってるよ、僕。あの子がどこにいるのか」
 咄嗟に反応できず、タカシは言葉を詰まらせた。
「なんだい、その反応。連れて帰りたいわけじゃないのか」
 姉と同じ――、よく、細かく観察すればどこかしら異なるのだろうが、
もう記憶の片隅に薄っすらと残る程度になった姉の面影を重ねると、
少年のそれは、ひどく似ているように感じられた。
 タカシを馬鹿にしたように、少年は嗤う。
「ま、あの子がどうなろうが僕には関係ないけどね。元貴族として教えてあげるけどさ、
貴族ってここじゃ手酷く扱われることが多いよ。
あんな乳臭いガキ相手にでも平気で無体を強いるから、ひと月後には死体になってるかもね」
 ここには花魁などという存在はなく、街全体で気取った雰囲気を取ってはいるものの、
ただの純粋な色の売り買いを目的とした場所であることから、
志願すればその年齢に関係なく、自らを売り出すことはできるのだという。
 小馬鹿にした顔で、小馬鹿にした声音で、少年は一気にそう言って退けた。
 唇から漏れる煙が、揺らめきながらタカシの鼻先を掠める。
 通りすがりの男に体当たりされよろけるが、タカシはただ少年の顔を見ていた。
「呆れた。あんた、自分の子供よりも僕が気になるわけ?」
「いや……」
 そうではない。
 いや、そうなのかもしれない。
 少年は幾度見ても姉に良く似ているような気がしてならなかった。
「……さっさとガキを連れて帰ンなよ。この店の旦那が保護しているよ。裏口から声掛けな。
こままじゃ、あの子、本当に自分を売っちまうよ」
「ま……っ」
 待ってくれ。そう声を掛けようとするも、少年は闇に紛れるかのごとく格子の奥へと消えていった。
463 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:37:24.78 ID:R3zx0t5S0
「旦那、アンタ何しに来たんだい」
 警らが少年と同様に、呆れの入り混じった声でタカシを呼んだ。
 ショウタを――、遺伝上の息子を連れ戻しに来たのだ。
 そう、そのはずだ。
「どうも、好奇心の強い子供が、屋敷を抜け出して遊びに来ているだけってわけじゃなさそうだ。 
なにがあったんだい」
 タカシは何ひとつ答えられずに、ただぼんやりとした思考のままそこに佇んでいた。
「……まぁいいさ、深く首を突っ込まないこともこの街のルールだ。
とにかく、お子さんを連れて帰ってやんな。
その日のうちに格子に入れられることはなくとも、なにかあったら拙いだろう」
 拙いだろう――、そう言う割りに男が飄々としているのは、こういった事態に慣れっこであるためか、
それとも花街の内情をよく知っているためか。
 おそらく後者なのだろう。
 彼はきっと、ここでの生活が人生の大半を、いや、もしかしたらすべてをここで過ごしているのかもしれない。
「シャキッとしてくれよ」
 ひどくお節介な性分なのか、男は無遠慮にタカシの頬をつねって捻りあげると
「旦那、アンタ父親だろ」と少々語気を荒げ、苛立ったように叱責してみせたのだ。 
 体の表面を、なにか薄い膜で覆われたように、全ての事象に現実味がない。
 家を出る時は、あれほど明確に『ショウタを連れ戻す』と言う意志を持っていたクセに、
突如としてそれらが酷く些末な、どうでもいい決意のように感じられたのだ。
 香のせい――? いやそうではない。あの姉に良く似た少年。彼のことが、頭から離れない。
 ショウタを連れ戻すことに集中しようとしても、ふと思い浮かぶのは彼の顔。いや、姉の顔かもしれない。
 不安定な思考はゆらゆらと揺れ続け、
少しでも突けばショウタを連れ戻すという本来の目的を容易く放棄しそうになる自分が居た。
464 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:38:52.53 ID:R3zx0t5S0
「旦那!」
 警らにドンッと力強く背中を叩かれる。
「いいかい、旦那。ここで色を売るということは、楼主の犬になるということだ。
楼主は往々にして真っ当な人間ではない。
借金があってもなくても、一度身売りを始めたら、逃げ出せないことが殆どだ。
アンタ、お子さんとなにがあったかは知らんが、血を分けた子をそんな風にしたいのか?」
 ――血を分けた子供。
 タカシにとっては、その事実もまた、現実味のない内容だった。
 ショウタが憎いわけではない。
 ただ、タカシの人生には不必要だったのだ。 
 だから、ショウタをどうしたいのか、と問われても、タカシには答えようがない。
 答えたくとも、なにかを答えるほどの感心がないのである。
 近くに居れば鬱陶しいとは感じても、何故ここまでやってきたかと問われたら、
それはおそらく保身の為で、
タカシにはショウタを連れ帰ることについて、明確な目標があるわけではなかった。
「……判らない」
 ぽつりと漏れ出たのは正直な胸のうちで、それを聞くやいないや、警らの男は溜息を盛大に吐いた。
「冗談じゃねぇぞ。勘弁してくれよ……」
 タカシは、圧倒的に無関心で、圧倒的に自己中心的な自身を、そろそろ自覚し始めていた。
 誰のことも、たとえ『血を分けた子供』であっても、基本的にはどうでもいい存在なのだ。
 ならば姉とシュウにのみここまで執着を燃やす自身は何者なのだろう、とも考える。
 タカシの基本は『無関心』だ。ならば執着を見せる自身は別者なのだろうか。
無関心なタカシも、執着をするタカシも同一の人間であるはずなのに、この熱量の差はなんなのだろう。
465 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:41:03.69 ID:R3zx0t5S0

「あの坊ちゃん、随分思いつめた顔をしていたが……」
 父親がこれじゃあな、と警らは苛立ちを含んだ声で吐き捨て、
そしてタカシの二の腕をグイッと強引に引っ張った。
「困るんだよ、金のある『普通の家庭』の子供に出入りされちゃあ。
ここにいるガキどもってのは不運な星の下に生まれついちまって『仕方がなく』ここに来た奴らばかりだ。
そんな中にぽつんと『志願』して来た子供が居てみろ。
いいとこ虐めの対象、悪ければ一週間も持たずに死体になる。
ここはあんな坊ちゃんが居ていい場所じゃない。なにがあったのか知らんが、とっとと持ち帰ってくれ。
幸せな家族って言うのと縁遠くなっちまったガキどもにゃ、アイツみたいな子供は目の毒だ!」
 幸せな家族と縁遠い――、その言葉がやけに耳についた。
 戦後に広がった貧富の差は政府の支援によって縮小され、
今では食うに困って子を手放す親など、殆ど居ない。
 お家取り潰しとなった貴族と、
政府の支援から零れ落ちた『存在しないはずの子供』であるかのどちらかに絞られるのだろう。
貧困層は殆ど存在しない――、それが国の見解であるが、ないわけではないというのが真実だ。
存在しないはずの子供は大抵そんな場所から生まれ出る。
つまり彼らは、戸籍を提出されなかった子供なのだ。
もしかしたら、売り払うために生み出された可能性さえもある。
 貴族にせよ、存在しない子供にせよ、簡単に売り払われた彼らは、
家族の情が薄い環境で生きてきた可能性が極めて高いだろう。
そうでないのなら、家族を売り払った金で安穏と生きられるわけがないはずだ。
 そんな悲惨な環境があるその一方で、タカシやショウタのように、恵まれた人間も存在する。
経済的に逼迫していないことは、すなわちそれ自体が幸福なことだろう。
 戸籍もある、教育も受けている。医療機関にもなんの問題もなく赴くことができる。
 物のように売り払われた彼らかすれば、幸せな家族と縁遠い、とは言いがたい幸せな環境に身を置いていた。
 昔の――、今の生を受ける前のタカシも。
466 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:42:45.44 ID:R3zx0t5S0
 しかし、とも思う。
 衣食住も揃っており、それなりの生活をしつつも、どこか満たされなかったあの頃をふと思い出す。
 姉の介護をしつつ学生生活を送っていた遠い遠い、気が遠くなるほどに遠いあの頃のことだ。
 思春期から青年期、その多くの時間を姉の介護に追われていた理由の一つに、
姉がタカシ以外の介護を暴れて拒んだことが上げられるが、
それ以上に、二人の両親がタカシたちに『無関心』であったことに原因があった。
 母は一族の女たちが発症する病を何も知らされずに嫁いできた女であった。
 父への愚痴を飲み込む代わりに、タカシへと何度『私は騙された』と呪詛の言葉を投げつけただろう。
そんな母を知ってか知らずか、父は凡庸なサラリーマンであるにも関わらず『仕事人間』を装い、
次第に帰宅の足は遠のいていった。
 そんな事情から、姉の面倒を見る人間が、タカシをおいて他には居なかったのだ。
しまいに両親は、まだ幼かったタカシへと、姉の全てを押し付けたので、
タカシの子供時代は子供らしく過ごせた期間がとても短かったと言える。
 タカシもまた、そういう意味では『幸せな家族と縁遠い』子供時代を送っていたのかもしれない。
 両親は子供を見ない。
 唯一一緒に過ごしていた姉は物言わぬ人形と化していたから、タカシはずっと一人で居たようなものだ。
 一方的に話しかけ、一方的に世話を焼く。
 それでも、タカシの傍に常に居たのは姉だった。
 ――なるほど、とタカシは現実感を伴った『今現在』に引き戻されつつ、
奇妙なまでにハッキリとした理解を覚えた。
 タカシが姉とシュウに執着をしていたのは、『血の繋がり』があったからだ。
どこまでも濃い、紛うことなき血の繋がりは、タカシにとって重要なものなのだ。
 そこに異物を含んだ血の流れは必要がない。
ショウタは、いつの間にか生まれ出ていた子供で、ミユキの血を含む、
『タカシとは違う団体』の人間なのだ。
 姉とシュウへの執着は、人恋しさを拗らせた上に成り立っているのかもしれない。
467 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:44:40.71 ID:R3zx0t5S0
「旦那!」
 いつまでもその場でぼんやりとするタカシに痺れを切らしたのか、
警らの男はもう一度乱暴にタカシの腕を引っ張った。
傷みを訴える間もなく、男はタカシを引きずるようにして歩き出す。
「幸いなぁ、あの坊ちゃんが駆け込んだ店の楼主は比較的良識のある男だ。
だがな、だからと言って無事に済むかと言えばそうでもないのが現実だ。ここはそういう場所だ。あんた、」
 男は歩みを止めて振り返ると、血走った目でタカシを睨みつけた。
「あんた、判っているか、あの坊ちゃんがどれだけ『利巧な子供』か。
利巧な頭を持っているくせにこんな場所に来た。
あの子はな、ここがなにをする場所か判った上で来てんだよ! その意味が判るか!!」
 奇妙な風景だった。
 赤の他人、それもおそらく出会ったばかりで、会話も碌にしたことがないであろう男が、
ショウタの為に怒りを露にしている。それはとても奇妙で、不思議な光景であった。
 人の身が容易く売り買いされる場所で、
何故彼はここまで必死でショウタを守ろうとするのかが、タカシには理解ができない。
そんなもの、日常茶飯事だろうに。
 タカシはされるがまま腕を乱暴に引かれ、気づけば表通りの裏がわ、店の裏口が立ち並ぶ、
人一人が通るのもやっとの小道に連れ込まれていた。
 相変わらず花火は煩く鳴り響いているが、香はだいぶ薄れている。
それでもまだ霞が掛かったように白くぼんやりとする思考を拭い去れず、タカシは男の行動に、
ただ素直に従っているだけであった。
 間に合えばいいが、と花火の残響が残る中、男は小さく言った。
 縦に細長く格子が作られた引き戸を、男は我が物顔で開ける。
表通りの朱塗りのけばけばしい格子と異なり、
こちらはこげ茶の、至ってシンプルな木枠である。
 タカシは転げるように靴を脱ぎ、再び引きずられるようにして木製の廊下を歩んでいった。
 抵抗の言葉は上げるだけ無駄。そんな気迫が警らの男の背中からは溢れ出ていた。
468 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:47:01.63 ID:R3zx0t5S0
 廊下に窓は一切ない。天井に点在する電気は、今時センサータイプではなく、スイッチタイプで、
電源を切るまでは点灯しっ放しになるタイプのもののようである。
 鴬張りとでも言うのだろうか、男とタカシが歩みを進めるたびに、
長い廊下はキィキィと小さく悲鳴を上げて続けた。
 花火は一晩中ならされるわけではないのか、それとも休憩なのか、爆音は聞こえてこない。
その代わりに、男女入り混じった笑い声と、そして時折艶めいた喘ぎ声がどこからともなく漏れ出てくるが、
タカシも男もそれらに気を止めることはしない。 
 人の気配は数え切れぬほどあるにも関わらず、その廊下を進む間、誰かにすれ違うことはついになかった。
 やがて数々の曲がり角を経てたどり着いたのは、鶴と松のような枝が描かれた襖で、
その部屋の前では嬌声も談笑も、その一切が響かぬ、シンと静まり返った場所であった。
 どうやら廊下は少しずつ斜めになっており、
タカシは気づかぬうちに、地下に相当する深さまでやってきてしまった、ということらしい。
 男はそこまで来ると漸くタカシの腕から手を離し、そして嘆息した。
「また後でどやされるな……」
 心底嫌だ。そう言いたげな顔でタカシを振り向くも、タカシの表情にまるで変化がなかったためか、
半ば諦めた顔つきのまま、声を掛けるでもなし、ノックをするでもなし、するすると襖を開けた。
 中は暗く、しかし完全なる闇に覆われているわけではない。
 ある一点からほの明るい光りが放たれ、室内を辛うじて照らしていた。
明かりの正体は、足の低いテーブルに置かれた行燈で、タカシはそれよりは僅かに明るい廊下から、
なにもかもが判然としない室内を、検めるようにして眺めた。
 警らの男は、なにも言わずにタカシの背中を押した。よく室内をみろ、と言うことだろう。
 タカシはその腕に従い、目を細めて室内を観察する。
 と――、小さな影が動くのが目に留まる。
 白いそれはゆっくりと動くと、やがてパッと姿を消す。
 塊は瞬時にどこかへと喪失した――、わけがなく、動いたように見えたのは真っ白い衣類で、
それが今まさに脱ぎ捨てられたところだと、闇に慣れてきたタカシの視神経は脳細胞へと明確な伝達を施した。
 薄闇の中、ぼんやりと浮かび上がるのは、白く滑らかな背中。
469 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:49:24.10 ID:R3zx0t5S0
「それで、どうするんだ?」
 男がおかしそうに、くつくつと笑いながら問う声が聞こえた。
 やけに小さな背中は男の質問に困惑したのか、一瞬、ピタリと動きを止め、
しかし、そんな自分に苛立ったのか、或いは己を鼓舞するためか、
下肢を覆うズボンを乱暴に引っ掴むと、脚から勢いよく引き剥がした。
 それから下着も同様に。
 迷いを断ち切るようにして衣類の全ては捨て去られ、
そして覆い隠すものは何ひとつなくなった裸体は、痛々しいまでに細かった。
行燈の光りの中に浮かび上がった背骨は、まるで鎖だ。
非現実的な裸体と、タカシが実在するこの現実を引き結ぶ、唯一の存在のように感じられた。
 タカシと警らの男がそこに居て、廊下から室内を覗き込んでいるともしらぬのだろう、
その裸体――、少年だと体のラインで判る――、は背骨を不自然にくねらせ、そして男の膝に跨った。
 腕が、男の首に巻きつき、そして臀部は太ももの上へとすとんと落ち着く。
「それからどうするんだ?」
 意地の悪い質問だ。
 なけなしの勇気を振り絞って全裸になったのであろう彼が、
ひどく戸惑っていることがその背中からも窺い知れた。
「まずはネクタイくらいは解いてみたらどうだ」
 優しげな言葉に促され、首に巻きついた腕がするりと外され、男の襟元に伸ばされる。
 だが、その行為に慣れていないのか、腕をもたつかせたまま、
ネクタイを解くことさえままならないようだった。
 そのまま暫しの時間が流れ、男はふ、と息を吐くと、
自分の膝の上に乗る小さな体の背中を慰めるようにして撫でた。
その手つきには、性的なものを求める怪しさは何ひとつなく、単純に子供をあやすかのようなもので、
それは、息を詰めて成り行きを見守るタカシも拍子抜けするほどにあっけない接触であった。
470 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:51:19.74 ID:R3zx0t5S0

「お前は器量がいい。あと五年もたって店に出れば売れっ子になるだろう。だが――、」
 男が、『それ』の腕を掴んだ。
「今日はここまでだ。そんなに怯えているようじゃ、なにもできんよ。
少しずつ慣れていかないと。膝から降りろ」
「やだ」
 響いた声に、タカシは反応できなかった。
「うん?」
「さ、いしょは、お、おやじさまが全部教えてくれるって聞いた」
 親父様――、そんな風に呼ばれているが、男の年齢は声音から推測するに、
精々三十代半ばと言ったところだ。
 男は「うん」と返事をすると、その細い腕を掴んでいた手をするりと引いた。
「その通りだ。客の前で粗相をしないよう、手順を教えるのが私の役目だ。
だが、お前の『初めて』はどこの誰とも知らん女か男だよ。
お前は器量がいいから、競を開くことになるはずだ。
安心しろ、その辺りは丁寧にしてやる。いきなり格子の中に放り出すことはしない。
だが今日は、」
「僕は、今日、全部したい。それがどんなことか意味も判っている。それで、明日から店に出たい。」
「駄目だ。こんなに全身を強張らせて何ができるって言うんだ?」
「嫌だ。じゃあ、店なんかに出なくてもいい。僕を、おやじさまのものにして」
 消え入りそうな声が、それでも必死に訴え続けていた。
 知っている声だ。
 今まで、ろくすっぽ耳に入れようとしなかった、幼い声を、タカシは知っていた。
「駄目だ。お前にはできないよ。それに――、」
 薄闇の中、小さな影と向き合っていた男は視線を持ち上げ、そしてそれをタカシへとかち合わせた。
「……迎えが来ている。さぁ坊ちゃん、お遊びはここまでだ」
471 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:56:44.10 ID:R3zx0t5S0

 『迎え』と言う言葉に、小さな影が、油の切れた機械のようにぎこちなく動き出した。
首だけを背後に巡らせ、室内よりは辛うじて明るい、と言った程度の廊下を見つめる。
 タカシと、その黒い瞳は、殆ど初めてと言っていいくらいに、真っ直ぐに互いの視線を交し合った。
「何しに来たの」
 少年は――、ショウタは、至極冷静に、冷ややかに言い放った。
「ここはあなたみたいにコーショーな人間が来るところじゃないんじゃないの」
 アンドロイドは、ショウタの精神年齢を、随分と高く計測していたが、
それもあながち間違ってはいないのだろう。
彼は大人びた口調で、シュウならば決して紡ぐことのないであろう単語を唇に乗せ、
タカシを静かに、しかし激しく拒絶して見せた。
 最悪だ――、タカシは口には出さずにそう呟いた。
 五歳どころの話ではない。
 ショウタは形式上の『家族』に最早なんの未練もなく、
そしてその砂上の楼閣からひとり離脱したかと思えば、
今度は生きる手立てを整えるべくこんな街へともぐりこんだのだ。
 彼はここがどんな場所か理解している。なされる行為の意味は判らなくとも、
それを自らが行うことにどれほどの『経済的な効果』が生まれるのかを、
ハッキリと、これ以上ないほどに自覚しているのだ。彼は、小さな大人だ。
「ギムカンとか、そういうの、もう要らないから。『俺』はもうひとりで生きていくって決めた」
 男の膝からすとんと降りると、ショウタは全裸の体を隠そうともせず襖に近づいてきた。
 半袖半ズボンからはみ出す部分の手足が、小麦色に染まっている。
それとは対照的なは白い腹は、ほんの少しだけ膨らんでおり、彼の肉体的な幼さを如実に示していた。
472 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:58:02.25 ID:R3zx0t5S0
「あ、違うか。ギムカンじゃなくて、ジコベンゴって言うの?
そんなの俺はよくわかんないから、早く帰ってよ。あなたはシュウだけ大事にすればいいんだよ、
今までと同じように」 
 死んだ魚の目――、生気の宿らぬ瞳をそんな風によく呼ぶものだが、ショウタの目はそれとはまるで違った。
 瞳に表情はない。ただ一つ、侮蔑を除いては。
 この世の全てを汚らわしいと謗るように、ショウタの瞳は全てを侮蔑していた。
 タカシも、ミユキも、シュウも、この店の楼主も、この街も、全てを侮蔑していたのだ。
 ショウタにはもう迷いがない。
 細い指が襖に触れ、タカシとの間に物理的な隔たりを作ろうと試みる。
「ショウ、」
 名を呼ぼうとしたが、しかしそれは未遂に終わる。
 ショウタの瞳が、そうさせなかったのだ。
「見ていたいのなら、見ていれば。気持ちのいいものじゃないと思、」
「おいおい、やめてくれ。興醒めだ!」
 パンパン、とおざなりな拍手を二度したのは、先ほどから部屋の奥へと鎮座していた『親父様』だった。
「家族のメンドクサイいざこざに赤の他人の私と、私の店を巻き込まないでくれ」
 背丈はタカシと同じくらい。年齢は予想した通り、三十代半ば。
薄闇の中、心底面倒だといわんばかりに歪めた顔は、タカシの腹に巣くった偏見に反して、
顔立ちそのものには清潔感があった。
店で焚いている香の香りがしみこんだ髪をかき回し、
ネクタイがほつれたままの姿でゆらりゆらりと廊下まで這い出てくる。
 タカシの顔を具に確認するかのように、目を細めてジッと見ると、咥えた煙草を指で挟みこみ、紫煙を吐き出した。
「つまらん顔をしてるな」
 ぽつりとそんな暴言を吐いたかと思えば、男はどけといわんばかりにタカシを押しのけ、
どこへ向かうのか、僅かに傾斜のついた廊下を歩いていく。
歪な構造の建築物に慣れた体は、そんな廊下に立ってさえ背筋がシャンと伸びている。
473 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:59:38.34 ID:R3zx0t5S0
「おやじさま!」
「でっかい声を出すんじゃない、煩いだろ。さぁパパがお迎えに着たんだ、帰ってくれ。
それから二度とこの街に来るんじゃない。
うち以外の店だったら、お前、とっくに尻が裂けてゴミみたいに捨てられていたぞ」
「まって! おやじさま!」
「待たないよ、でっかい声を出すなって言ってるだろ」
「ゴミになったほうがマシだよ!」
「あ?」
 パンツのポケットから携帯灰皿を取り出しつつ、男はそれでも律儀に振り返った。
「どうせ俺は家に帰っても死ぬしかない。だったらこの街で殺されても一緒だよ。
どうせなら自分の死に方くらい選びたい」
「……なに言ってんだ、お前。お坊ちゃまだろ」
「生まれたときから俺の体は俺のものじゃなかった。俺はイショクの為に生まれてきた」
「――お前、何者なんだ。クローンなんて今時流行ってないだろ。結構前に違法行為になったろ。
あれ、こいつくらいの年齢ならギリギリだがクローンの製造が許されてたんだったか」
 自身の記憶を探るように視線を彷徨わせる楼主の腕に、ショウタがしがみつく。
「おい! あぶねぇだろ、灰が落ちる!」
「クローンじゃない! クローンじゃないけど、
俺は、お母様にずっとずっとアイツの脳をイショクするための入れ物だって言われてきた!」
 ショウタはもう頼れるのは楼主だけだと言わんばかりの眼差しで、彼を見上げていた。
 楼主の腕にしがみつく腕は、細い。腕だけではない。脚も、捲くし立てる口も。
 まだ、誰かに保護されるべき年齢なのだ。
 そんな年齢の子供が、娼館の楼主にすがり付いている。
 本来、この店の主である彼ががすがりつかれる瞬間と言うのは、こういうシチュエーションではないはずだ。
おそらく娼婦や男娼が、己の置かれた立場に堪り兼ね、
『どうかここから出してくれ』と身売り行為を拒否する。そんな場面こそが相応しい。
 決して、ショウタのような子供が『働かせてくれ』と頼み込む場面ではないはずだ。
474 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:01:24.80 ID:R3zx0t5S0
「……なんだそりゃ。けったいなこと考えるんだなお前の母ちゃんは。恐ろしいね」
 楼主の瞳が揺らめき、タカシを一瞬だけ見遣った。
ショウタの言葉が事実であるのかどうかを、探っているのだろう。
 クローン――、その言葉が廃れて幾年経ったことだろう。
それでも、ショウタが吐き出した言葉を推測で補いつつ「クローン」と言う単語を導き出した彼は、
比較的頭の回転がいい人間なのかもしれない。
「俺の、俺の……、俺だけの、俺のものなんてない!」
「人権の話か? おい、パパさんよ、こいつなに言ってんの。なんでこんな変な妄想してんだ」
「父親じゃない! この人は俺のイデンジョーの父親ってだけだもの……!」
「そんなん最近じゃ珍しくないだろうよ、いいから、」
「は、話しかけてもらったことなんてない! 名前を呼んでもらったこともない!」
「お前ねぇ……」
「親なんて……、親なんて居ない!!」
 一際大きな声で、ショウタが叫んだ。
 タカシを目の前に、親はいないと叫んだ。
 タカシは溜まらず目を逸らすが、ショウタの叫びは幾度か続いた。
 思春期の子供に良く見られる親を忌避する態度とも、
己の不幸を叫んで悲劇の主人公を演じたいのとも異なる。
ショウタには、まさしく親など存在しなかったのだ。
 だからショウタは叫ぶ。本当のことを叫んで、なんとか自分の足で生きていく手段を整えようとしている。
もううんざりなのだと。身勝手な大人に自分の『人生』を蹂躙されるのはもうごめんなのだと。
 身勝手な大人がショウタを捨てたのではない。
 タカシとミユキが、ショウタに『捨てられた』のだ。
475 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:03:26.28 ID:R3zx0t5S0
 ショウタは、アンドロイドに深く依存し親子ごっこを繰り広げていた。
だがやはり彼はただの阿呆な子供とは違うのだ。
 彼は、アンドロイドは本物の親にはなりえないと知った上で、仮初の親子ごっこに興じていたのだろう。
 深く傷ついている心を癒すための、ショウタ自らが無理やりひねり出した秘策だったのかもしれない。
 だがシュウが、凶暴なほどに純粋な『愛されている子供』の視点での呟きでもって、
容易くそれ潰してしまったのだ。
 シュウに触れられるのを厭うほどに依存したアンドロイドは、その瞬間に、
ショウタの中でただの『偽物の父親』に成り下がったのだろう。
 それでも完全にアンドロイドを『物』として扱えずに『お父さんになってくれて嬉しかった』と
生物でさえない彼に告げたのは、ショウタに残された柔らかい子供らしい部分に違いない。
「親なんていない!」
 ショウタは尚も叫び続けていた。
「親なんていないもん!! ずっと一人だった!」
「育ててもらったんだろうが」
「違う! 俺を育てたのは、俺だよ! 俺はひとりで大きくなった!」
 肩をいからせ、呼吸もままらない勢いで思いを吐露したショウタに、楼主の視線が注がれる。
 きっと、彼の琴線にショウタの何かが触れたのだとしたら、この瞬間だろう。
「だったら俺の体を俺が好きなようにしても別にいいじゃん!
俺のものなんて、ほかになんにもないんだもの!!」
 涙で滲んだ瞳は、タカシを一切見ない。
ずっとタカシに付き添っていた警らの男も、何とはなしに事情を察したのだろう、
それ以降は侮蔑の視線を寄越すだけだ。
 重苦し沈黙が続いた。
「坊主」
 不意に沈黙の帳を裂いたのは、楼主の静かな声だった。
彼はショウタの顎をグイッと指先で持ち上げ、検分するように正面、そして左右から見た。
 ふぅん、と言う溜息混じりに声のあと、楼主はショウタの鼻を摘み「シャンとしな」と命令口調で言い張ったのだ。
「ベソかくんじゃない。前を向け。
ここじゃ泣いているガキを可哀想〜なんて思ってくれるやつはいない。お前の名前、なんだっけ」
「ショウタ」
「ショウタ、ね……、ここは大体ワケアリの人間しか居ないんだがな。私もヤキが回ったかね。
お前とりあえず服着なさいよ。フルチンじゃ風邪引くだろうが。倒れても面倒なんざみねぇぞ私は」
 警らと楼主がどんな関係なのかは知らないが、楼主は彼に、ショウタの服を持って来るように命じた。
476 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:05:35.22 ID:R3zx0t5S0
「怒り散らしている時の生意気そうな顔は、まぁ悪くない。
だからつまらんことで泣くな。いつも人を見下したような顔をしていろ。
お前はそのほうが断然可愛い」
 ショウタは呆気に取られた顔をしたのち、小さいながらもハッキリとした声音で『はい』と返事した。
 剥き出しの腕で目元を拭い、口角を持ち上げ勝気に笑う。
 それでよし、と楼主は言った。
「店の人間も客も、お前に同情したりしないだろう。だが私はお前を『可哀想』だと思う。
親が居て、金銭的にも恵まれているくせに、お前は何も持っていない。だけど何でも持ってもいる。
お前は何でも持っているくせに、こんな場所にノコノコやってきて
身売りをさせろという。こんなガキが、だ。これ以上に不幸なことはないだろう」
 廊下に響く声は、ショウタ自身に聞かせるためのものではないのだろう。
楼主はタカシへのあてつけとしてこう言葉を紡いでいるのだ。
 間もなくすると警らの男がやってきて、ショウタの頭からシャツを被せた。
ショウタが家を飛び出す際に身につけていたセーラーではない。楼主のものなのだろう。
「これ一枚を羽織ったほうが早い」
 ショウタは警らに従うようにして、そのシャツに腕を通した。
 成人男性の衣類は、ショウタの膝までを覆い隠す。
小さな指先がボタンをソツなく閉めて行くが、それは「ショウタ」と言う呼び声によって遮られた。
 名を呼んだのは、タカシが先であったか、それとも楼主が先であったのか、
いまひとつ判然としないタイミングであった。
 ――ショウタは、迷うことなく楼主を見上げた。
「おいで。どれ、閉じてやろう」
 少々面食らった顔でショウタは楼主を見つめたが、少し気恥ずかしそうに頷いた。
「パパさんよ。アンタにはこの子の名前を呼ぶ権利はないよ。これは今からウチの店のモンだ」
 名を呼ぶ権利はない。それには、二重の意味があったに違いない。
 一つ目は、楼主が述べたように、ショウタはもうこの店に『属している』と言う理由で、
二つ目は『お前の今までの所業のどこにショウタの名を呼ぶ権利がるのだ』という、責めたてるような理由だ。
「アンタがなにを思ってショウタを迎えに来たのか知らんが、この子がギャーギャー叫ぶ間に何も否定しなかったということは、
殆どが事実であるって考えていいと言うことだろ。だったら私は遠慮なくこれを貰う」
477 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:08:03.47 ID:R3zx0t5S0
「ショウタ、」
「だから呼ぶなっつってんだろ!
ガキが追い詰められてこんな場所に来るまで放置していたくせになに気安く名前なんざ呼んでんだテメェは!!」
 どすの利いた声がタカシを責め、そしてその脚は容赦なくタカシの腹部を蹴り上げた。
 急に飛んできた蹴りに反応することができず、タカシは痛みに耐えかね体を海老のように丸めて床へと転がった。
 天井から僅かに灯される光の影になって、下からではショウタの顔は碌に見えない。
 だが、シルエットで、ショウタが楼主の後ろに隠れて我関せずを決め込んでいることは確認できた。
「……お前、ここがなにをする場所なのか判っているのか」
 それでも、確めずには居られなかった。ショウタはここがどんな場所であるのか、完全に理解しているのだろうか。
「知ってる。あなたが『あのお兄さん』にしたかったことをさせられる場所だ」
 今まで視線の一切をタカシに向けなかったショウタが、漸くタカシの顔を見た。
 お兄さん? と怪訝そうに楼主が己を盾にしタカシから身を隠す子供を振り向くと、
ショウタは小さく『今日、赤い着物を着てお店の格子に居た人』と小さく説明をした。
「ああ、あいつか。そういえば前になんか言ってたな。変な男に腕を掴まれたって。
なんだ、じゃあショウタ、お前が『父親に忘れられていた子供』か。
アイツはウチの店じゃ三番目に人気の男娼だ。たまたま外に遊びに出ていたら嫌な思いをしたってな」
 『忘れられていた子供』と言う言葉に、ショウタは顔をくしゃりと歪ませたが、
直ぐにそれを隠すように口角を持ち上げた。
「上等だ。いつもそういう顔をしていろ。お前、大福は好きか?」
「? 好き……」
「私の部屋の戸棚にある。それ食ってそいつと待ってな。直ぐに行くから。あとパンツ履け」
 判った、とショウタは素直に頷き、警らに手を引かれて去っていった。
やがて襖は閉じられ、世界は二つに分かたれたのだった。
 横目で世界が割れるのを確認し終えた楼主は、煙草に火をつけ、そして紫煙をタカシに向かって吐き出した。
「あの警らと私の弟なんだわ。
つっても血の繋がりはない。ここじゃ誰が誰の子供かもわかりゃしねぇのが常だが、
アイツと私は一緒に育った。あいつになにかあったら、それなりに心配する。
アンタはどうだ。ショウタはテメェの子供だろ。突き放すなら情けの欠片を与えるような真似をするんじゃない」
478 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:09:37.76 ID:R3zx0t5S0
 それで、なんのためにアイツを迎えに来た――?
 己のネクタイを結いなおしながら、楼主は問うた。
 白蝶貝のボタンが、鈍いオレンジ色の光りを反射して光る。
きっちりとアイロンを掛けられたシャツに、シワのないパンツ。この性産業で栄える界隈において、
楼主は不自然なほどに清潔感のある身なりをしていた。口に咥えた煙草を捨て、髪を手櫛で整えれば、
その姿はオフィス街を歩いていてもおかしくはない好青年にさえ見えるだろう。
 こんな場所で。
 こんな汚れた街で。
 現実味がないのは、この街か、それともこんな場所で好青年然としている楼主か。
 楼主がゆらりと動けば、天井からの光りが直接タカシの目に入り込む。
 鈍い光が網膜から入り込み、ズンと脳を突き刺すような気持ちの悪い感覚に、タカシは目を眇めた。
 なんのために迎えに? そう問われても、保身の為に、と言う言葉しか出てはこない。
「体裁を保つためだけってんなら、金輪際ここにこないでやってくれ。
アンタを見るたびにあのガキは腐っていく。アンタ、何のためにショウタを迎えに来た。
アンタとあのガキの親子関係が普通じゃねぇってのは、会話を聞いただけで判る。
要らないってんなら、いっそスッパリ捨ててやれ」
 ショウタはタカシと遺伝的な繋がりがある。タカシの子供であることは間違いがないだろう。
何故そこまで受け入れがたいのかが、タカシ自身にも判らない。
479 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:11:11.04 ID:R3zx0t5S0

「……不幸だとは思う……」
 ぽつりと漏れ出た言葉は、残酷な一言だった。
「あの子は、勝手に作られて勝手に産み落とされた。俺が知らない間に、俺の了承なしに俺の妻が作った。
可哀想な子供だとは思う。俺はどうしてもあの子を受け入れることができない。
あの子の祖父は、俺の子供を殺した。俺から……、いや、この話はここでは関係ないな」
 身の上を曝け出し、己がショウタを拒否する理由を述べよとすることは即ち、己の正当性を立証させようとすることだ。
人に聞かせて楽しいとは言いがたい身の上話をしなくてはならないほどに、
タカシのショウタへの扱いは『身勝手』で『手酷いもの』であることの証明なのだ。
「どうしても受け入れがたい。どうしても大事にしてやることができない。どうしても父親になってやれない」
 どうしても、どうしてもショウタを可愛いとは思えなかった。
 どうしても、愛情を抱くことができなかった。
 そうしようと試みるたびに、すさまじい嫌悪感が背中を走り抜けていくのだ。
「可哀想だとは思うし、不幸だとは思う。人の様子を窺う姿が、痛ましいとは思う」
 だが――。
「もうここには来るな」
 楼主が凛とした声で言った。
「ここには、こないでやってくれ。アンタが置かれた立場やアンタが考えていることなんざ、
ショウタには関係ねぇんだよ。
アイツにあるのは、ただ父親に拒否されている事実だけだ。
可哀想だと思うってんなら、金輪際顔は出さないでやってくれ。
お坊ちゃんにはここでの仕事はきつかろうが、アイツの面倒は私が見る。
だからもう、こないでやってくれ。あんな顔をさせないでやってくれ」
 結局、タカシはショウタを受け止めることができないのだ。
 不幸にすることしかできず、父になることもできない。
 ショウタを突き放すだけ突き放して、結局まだ幼いはずの彼に大人びた選択をさせた。
そのくせ中途半端に気にかけ、ショウタに小さな希望を抱かせる。
 いっそ突き放してやるべきなのだ。楼主の言うように、なにもかもをスッパリ忘れさせ、
新しいショウタとして生きていくことを望むべきなのだ。
 にも関わらず、タカシは楼主の懇願に頷くことも返事をすることもできなかった。
「……あの子を、頼みます」
「アンタにそれを言う権利なんざないね。ショウタは望んでここに来た。自分の意思で」
「また、来ます」
「ふざけんなよ。テメェ、人の話を聞いていたのか! 今更父親面すんじゃねぇよ!」
「償いくらいはさせてくれ」
「あ?」
「金は言われただけ用意する。だから店に出さないでやってくれ。それくらいしか、俺にはできない」
「アンタは、夢見の悪い思いをしたくないだけだ。テメェの所為で子供が――、『遺伝上の子供』が
男娼になってなんていう『嫌な思い出を』作りたくないだけだ」
「判っている」
「気にくわねぇな。金で解決しようって考えがまずテメェはおかしい」
 気持ち悪ィ、と楼主は吐き捨てた。
「家が落ちぶれて泣く泣く売られてきたガキの親の方がマシだな。テメェは頭がおかしい」
 どん、と楼主の拳がタカシの胸へと当てられる。
 よろける体に追い討ちを掛けるように、楼主の脚がタカシの腹を蹴り上げた。
「帰ってくれ。あいつはもうウチの店のモンだ。テメェも金輪際うちの店に来るんじゃねぇぞ」
 おい、と楼主は自室の方向を向いて呼びかけると、警らがノソノソと歩いてきた。
「お帰りだ。このパパさんをさっさとこの店から追い出してくれ」
480 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:14:43.12 ID:R3zx0t5S0

***

 タカシが花街のあの店から追い出されてはや一週間が経過した。
 ミユキはミユキで、ショウタの所在をしつこく尋ねてきたものの、タカシは頑として答えなかった。
そしてミユキは、一人目星をつけ勝手に赴いた花街で、ひと悶着を起こし、所謂『出入り禁止』を食らい、
彼女は要注意人物として鳥居を潜ることさえできなくなった。
 タカシもタカシで、要注意人物の夫、と言う立場上、そしてあの店からの『出禁』を命じられているため、
鳥居の前でもいい顔をされていないのが現状だ。
 ショウタ、ショウタ、ショウタ。
 ミユキは毎日狂ったように『ショウタが』だとか『ショウタを』だのと叫んでいるが、
アンドロイドもタカシもそ知らぬ顔でやり過ごしていた。
 発狂したかのようにあの子供の名を呼ぶのは狂った母親ただ一人で、
だがそれも子の身を案じているわけではないのだから、
やはりショウタがこの広くも狭い世界でたった一人で立ち尽くしているのは紛れもない事実であった。
「お父さん……」
 パソコンを広げ、通常通り業務をこなすタカシに、シュウが遠慮がちに話しかけた。
 返事を欲しているわけではないことは判っている。
タカシは寄り添うシュウの頭を抱きこみ『大丈夫だ』と中身のない返事をした。
 気が触れたかのような様子のミユキに、シュウは怯えていた。
 怖いものを見て怖いと感じ、そして父親に助けを求める。
 健全な子供らしい反応に、タカシは心底ホッとした。
 この家にはまともな人間が、シュウを除いては一人も居ない。
 タカシも含め、全員が狂っている。
「今日も夜、出掛けちゃうの?」
「ごめんな。ショウタを探さなくちゃいけないんだ」
 そういうと、シュウは僅かに頷いた。
 ――ショウタが居なくなってしまったのは自分の所為に違いない。
 そんなシュウの思い込みを解くのにも丸二日ほどが要された。
 次々と送られてくる『製造機』の異常箇所とその対処、箱庭計画についてのトラブルや、
社内でしか話せない最重要機密について容易くネット回線を通じて相談を持ちかける馬鹿な部下など、
頭の痛い話が多かった。
481 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:17:36.68 ID:R3zx0t5S0
 庭から、ミユキの声が聞こえる。
 ショウタ、ショウタ。
 まるで愛しい我が子を探すかのように、あの女はショウタの名を呼び続けている。
 ならば何故ショウタが出奔したあの夜に彼を探しに行かなかったのだろうか。
 ミユキの情緒が徐々に瓦解していっているのをタカシは感じていた。
 発端は、タカシの脳をショウタに移植することは事実上不可能であることをタカシがぶちまけたことに起因する。
ショウタの連れ戻しに失敗し、肩を落として帰宅したその明け方、
タカシは待ち構えていたミユキへと、ショウタがある場所に自ら望んで留まることを決めたこと、
そしてどう足掻いてもタカシがショウタの器に宿ることはないと怒り任せに吐き捨てたのだ。
 考えなしに、その場その場の勢いで行動をするのは、時としてタカシの長所にもなりえたが、
多くの場面では短所となって自分自身を追い詰める破目となった。
 今回も、ミユキの精神が蝕まれるスピードを速めてしまったことは隠しようのない事実だ。
 ミユキは、何を求めてショウタの名を呼ぶのだろうか。
 ほんの少しの情がそこにあるのなら、ショウタを『生かす』取っ掛かりになりえたかもしれないが、
残念ながらミユキの中にあるのは歪な野望を凝縮した妄想だけで、
彼女の中にあの暗い眼をしたショウタ自身は存在しなかった。
 では、ショウタはなんの為に生まれてきたのだろうか。
 贅沢で、しかしどこまでも空虚で、己の『個』が一切尊重されない檻を、ショウタは一人飛び出していった。
 行き着いた先は、痛みや汚れ、そして人権が踏みにじられる可能性が極めて高い、危険極まりない場所だった。
 それでも、ショウタはあの場所を選んでしまったのだ。選ばせてしまったのだ。
482 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:19:43.93 ID:R3zx0t5S0

「同じことの繰り返しだな……」
 呟いた言葉に、シュウは首を傾げて見せた。
なんでもない。そういうかのように、シュウの頭を撫でてやる。
 ショウタとシュウの、何が違うというのか。
 結局のところ行き着くのはその疑問であった。
 最早、何ゆえショウタを受け入れがたいと感じているのか、あれほどまでに強固に拒絶した割には、
その頑なな感情がなにに起因していたのかタカシにも判らなくなっていた。
 ただ一つはっきりしているのは、相も変わらずショウタを己の息子として愛情を抱くことは難しい、と言う結論だけだった。
 ならば、親子とは異なる、全く別物の関係ならば築くことができるのだろうか?
 親子でなかったのなら――?
 想像してみたものの、それはいまひとつ現実味を伴わず、なんともしっくりこない。
 ショウタをどうしたいのか、いっそ切り捨ててやったほうがいいのではないか、
この身勝手な二つの思考のはざまを、タカシは行きつ戻りつを繰り返していた。
 ショウタはこの歪みに歪んだ家から逃げたのではない。ここを捨てたのだ。
 遺伝上の両親を厭うのならば、義父のところ――、
ショウタを遠まわしに可愛がる、彼にとっては祖父にあたるあの男だ――、彼のところへ行けばいい。
 人の肉体に値段をつけて売りさばく場よりも幾分もマシなはずだが、
おそらくそう提案をしたところで、ショウタは頑として了承しないだろう。
 ミユキと繋がりのある場所に身を置けば、肉体的な危険が伴うことには変わりない。
移植計画を失い狂ってしまったミユキが、勢いあまってショウタを手に掛けないとも限らないだろう。
まだまだ稚いショウタの体では、女とは言え成人した大人の力にはまともに抵抗することさえ難しく、
屈服させられてしまうであろうことは安易に想像できた。
 愛せはしないが、タカシは彼の命が失われることまでをよしとするほど非道にはなれないのだ。
 それに、ショウタは自分で選んだのだ。自分を守ることを。
 そして何よりも、ショウタ自身が、タカシとミユキの傍に居ることを拒絶しているのだ。
483 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:20:33.92 ID:R3zx0t5S0
 ふ、と奇妙な溜息が漏れた。
 ――ミユキのことを笑うことはできない。ショウタのことばかりを考えているのは、タカシもまた同じだ。
 タカシには失った、と言う感覚はなかったが、それでもあの花街の置屋に彼を託してしまってからは、
あの子供のことばかりを考えていた。
 どうするべきか、なにをすべきか、彼をどうしたいのか。
 答えは未だに導き出せず、同じことばかりを考え続けている。
 ならばもっと大人として――、シュウにするようにはできずとも、
当たり障りなく接してやればよかったものの。
 自嘲は浮かんでは消え、時折自身を苛み、
しかしショウタをどうするかの根本的な解決には全く繋がらなかった。
 日が傾き始めている。
 自身の膝にピタリと耳をくっ付け不安を露にしているシュウの額を一度撫でると、
タカシは立ち上がる旨を示した。
 そろそろ支度をしなくてはなるまい。
 タカシは今夜も花街へと赴かなければならないのだ。
484 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:22:25.17 ID:R3zx0t5S0
 
***

「馬鹿みたい」
 心底嫌そうに暴言を吐いたのは、姉とソックリなあの男娼だった。
 今夜も店先で帰れと追い立てられそうになったのを、
彼を通常の三倍の金額を支払い一晩買い取ることを条件に入店を許されたのだった。
 不思議なことに、彼への興味は薄れつつあった。
 ショウタの存在を忘れきってまで、彼の腕を掴もうとした記憶は、遠い過去の断片のようである。
「アンタなにがしたいんだよ。わけがわからないね」
 随分と気が強い。タカシが相手だからだろうか、それとも常日頃からこうであるのかは定かでない。
ちびちびと酒を舐めるように飲みながら、男娼はタカシを牽制するように時折睨みつけた。
「店が入店を許しちまったんじゃあ相手をしないわけにはいかない。最悪だ。
アンタみたいに乱暴な男に、死んでも買われたかなかったよ」
 当然と言えば当然であるが、彼の中でタカシの心象は『最悪』であった。
タカシの顔を見るなり奥歯を噛み締め眉間にシワをよせ、挙句『冗談じゃない』と吐き捨てた。
三倍の価格――、決して安くはないそれではあるが、
あの楼主が『たかが三倍』に目がくらんだとは到底思えない。
 ならば何故、男娼にも嫌われ入店さえも拒絶されているタカシが、
こうしてこの場にいることができるのかは不明である。
「――元気にやっているか」
「僕は元気だよ」
 タカシの曖昧模糊とした問いが、己に向けられたものではないと承知した上で、男娼はこう答えている。
「何故俺は入店を許された?」
「知ったこっちゃないね。僕にそんなことを質問されたところで、
答えようがないことくらいアンタだって本当は知っているだろ」
 ただ、と男娼は付け加えた。しかし彼はそこで沈黙すると、意地悪く口角を持ち上げ、
ン、と言いながら掌を意味深に差し出した。
 なるほど、ここからは別料金、と言うことか。 
「電子マネーしか持ち歩いていない。
時代遅れも甚だしいが、この懐中時計なら質に入れればそれなりの値がつくはずだ」
 こんなこともあろうかと懐に仕込んできたそれがやはり役に立った。
そんなことを思いながら、金に輝く懐中時計を差し出した。
鎖国中、こっそりと輸入されたもので、
昨今、国内で好事家の間で出回っている安物とは比べようがないほどに価値の高い品だ。
 少年らしいラインを描く掌がそれを受け取ると、
彼は煙管の煙を吐き出しながら「懐中時計なんざ初めて見た」と物珍しそうに言った。
485 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:25:04.63 ID:R3zx0t5S0
「――なんで一度捨てた子供にそんなに必死になるかね――、あの子、ちょっと体調を崩している」
 曰く、店に出ることもなく、『親父様』の丁稚として傍に置かれたショウタは、
男娼や娼婦の妬みの対象となっているらしい。
 ショウタが楼主に特別極端に目を掛けられている様子はないものの、
それでも『入店』した立場のくせに、楼主の丁稚として常に傍に置かれ、楼主と共に生活し、
楼主の部屋で寝起きするショウタを、楼主の『イロ』として認識しているものは多いようだ。
イロであるショウタに大っぴらな嫌がらせをする者は少ないが、
しかし細々とした、非常に嫌なお使いを頼んだりするのだという。
「それが原因なのか、それともこの間あの子の為に用意された汁物に下剤でも入れられたのか。
よくわかんないけど、ここ二、三日は臥せっているみたいだね。おやじさまが医師を呼んでいた」
 熱もあるみたいだ、と少年は言う。
「僕は親父様に特別に可愛がられているから――、
あ、変な意味じゃないぜ。売れっ子男娼だからだ。
時々こっそりと菓子を貰ったりすんだけど……、あの人あんなんだけど、結構甘いんだ」
 少年は時折自身の自慢を交えて話すものだから、肝心のショウタの話へはなかなか行き着かない。
しかしそこで不平を述べようものなら、この気まぐれな子供が途端に臍を曲げないとも限らないのだ。
手放してしまった懐中時計になんの未練もなかったが、
果たしてその価値に見合うだけの情報が引き出せるかどうか、などと、
長々と続く比較的無益な話に静かに耳を傾けつつ、タカシはそんな打算的なことを考えていた。
「ほかの男娼や娼婦は親父様の部屋に近づいちゃいけないってのは暗黙の了解なんだけど、
僕レベルになれば部屋に居座ることくらいはできるってわけ。
そんであの子……、名前はなんていったっけ、ケンタだっけ? あ? ショウタ?
そうだった、ショウタだ。ここ数日は、ずっと布団の中。親父様の布団でずっと寝てる。
相当に体調が悪いのかもね。寝ている顔が真っ白なんだ。え? だから原因なんて判んないって。
親父様もショウタがどうして寝ているかなんて僕に話さないし、まぁ話す必要もないか。
問題は親父様の部屋に布団が一人分しか用意されてないってことだよね。
噂って勝手に広がるものだろ。あれは、『寝ちゃってる』かもしれないね。
意味判るだろ、親父様の『イロ』だってのは本当かもね、って話だよ」
 安酒を舐めるようにちびちびと飲みながら、しかし酔いが回ってきたのか、
少年は一気に、捲くし立てるように、ショウタの現状を洗いざらい吐き出した。
486 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:26:50.68 ID:R3zx0t5S0
 男娼は不思議な少年だった。
親父様に特別可愛がられている、と自称する彼が、
雇い主の懐に深く入り込んだショウタの存在を脅威とも思わず、すんなりと受け入れ、
そして時折心配をしているような表情さえ見せる。
好奇心が大部分を占めていることは明白であるが、
彼の言葉を嘘偽りのないものとして判断すれば、
彼はショウタをよく観察し、しかし男娼や娼婦たちの『意地悪』に加わろうとはしないのだ。
 姉によく似た面立ちの少年は、当然のように姉とは異なる性質を持っている。
 タカシは喋り、そして動く生身の彼に接したことで、漸く姉と彼を分離して認識することができた。
 ――他人ならば、こうも簡単に割り切ることができるのだ。
 冷静に、違いを見出し、全くの別者として判断し、
そして彼のそのサッパリとしたあけすけな性格を好ましく思うことさえできる。
 ショウタに対して、同様の判断を下すことができないのは何故なのだろう。
「なに、黙っちゃって」
 少年は軽く酔いが回り、熱を持った赤い耳を弄くりながら首を傾げて見せた。
「いや、なんでもない」
 プライベートな事柄を、ただの男娼にまで話す必要はあるまい。
何せ、タカシたちは「避難中」なのだ。細かな身の上を話すことは危険だ――、ミユキ曰くではあるが。
 しかし、とも思う。いつまで続くか定かでないショウタの逃避行に付き合うにも限度があった。
 店はショウタをすんなりと返してくれるだろうか。ショウタは、帰ってくるのだろうか。
 ショウタが花街の住人になることを決めたその覚悟は、決して生半可なものではないはずだ。
だが、帰ってこなくては困るのだ。返してもらわなくては困る。
タカシたちはいずれ、一週間後か二週間後、もしかしたら二日後には、自宅に戻ることになるのだから。
 けれど、ショウタが突発的にした選択を、タカシは止めることができなかった。
487 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:29:24.17 ID:R3zx0t5S0
 子供の単純な家出ならば腕を無理やり引っ張り連れ帰ることができただろう。
だが、ショウタは今や立派な『花街の住人』なのだ。
きちんとした手続きを踏まなければ、鳥居の向こうへと一歩を踏み出すこともままならない。
 ショウタは帰りたがらない。楼主もおそらくショウタを手放すことはない。
 どうしたものか、とタカシは考えた。
 ショウタをここから連れ出す為に取るべき行動は、複雑化してしまっているのだ。
 しかし、『あの男』の手を借りれば、
あるいはその複雑さも一瞬にして単純なものへと姿を変えるかもしれない。
一度相談すべきなのだろう。そうすれば、ショウタの気持ちはさておき、
彼の身の安全が保たれる可能性は高まる。大人として取るべき行動はそれだ。
 だが、とも考える。
 外の世界の常識が、どこまで通用するのかも、本当のところは定かでない。
 外の世界ならば、あの男――、ショウタの祖父で、タカシの義父、そしてA社のCEOであり、
貴族の社会に広く顔の効くあの男だ――、の権力はこの大日本帝国内のあらゆる場所に
波及させることが可能であるが、
しかしここは『存在しない都市』なのだ。
独自の自治が存在し、国には存在さえしていないと言う建前の、ない筈の都市。
 かなりの高齢の年寄りと、近隣の大都市(と言っても、その近隣の都市はかなり離れている)の
住人が知るばかりの花街なのだ。限られた人、限られた都市の人間ばかりが知る小さな花街は、
独自のルールが罷り通る程度には、都市として自立している。
 独自の自治には、外側の世界の常識を応用させることは不可能だ。
果たしてあの男の権力がどこまで通用するか。
それよりも何よりも、タカシ自身があの男を頼ることを良しとしていなかった。
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/18(月) 22:31:13.59 ID:4Q6+JX7co
来てた
489 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:31:32.33 ID:R3zx0t5S0
「アンタさ、どうしたいの」
 少年が不意に言った。
 どうしたいのだろう。
それを明確にしないことには、身動きを取れないことは明白だというのに、
タカシはその質問に対し、満足のいく答えを導き出すことができずにいた。
 もう何度も、何度も自問自答した。しかし答えは全く浮かび上がらないのだ。
 連れて帰って、どうしたいのか。
「――僕さぁ、ジンコージュセージなわけ。まぁ、珍しくはないよね」
 呆れたような深い溜息のあと、少年は何かを告白するかのように、ポツリと語りだした。
「兄が一人、下にもう一人小さいのがいる。あ、弟ね。
でもさ、売り飛ばされたのは僕だけ。まぁ、年齢が丁度『オイシイ』時だったってのもあるし、
まぁ? 僕が一番可愛い顔をしていたってのもあるんだろうけど。
弟なんて猿だからね、猿。今年で十二になるのかな、あれは猿だね。
僕がこんだけウツクシイのが嘘みたいに、猿顔。
……でもねぇ、シゼンなニンシンで生まれたんだよね、兄と弟はさ。
 僕だけ、ジンコーテキに生まれてきた。
こんだけジンコージュセーが推奨される世の中だから、
腹の中に入るまでの方法で親の愛情に差が生まれるなんて思っちゃいなかったんだけどねぇ。
いざ家の経済状況が逼迫してさ……、さてどうなるかって頃になればさ、なんか、ね」
 元貴族、と言っても、彼は末端の末端、庶民より僅かに裕福な貧乏貴族だったのだろう。
名門貴族同士はお互いを庇いあうが、庶民に近い貴族など気遣うことさえしないのが常だ。
 己の身の上をさらりと話したのち、彼は『同情してもらいたいわけじゃないよ』と勝気な顔で言った。
「ケンタも人工的な子供だと聞いている」
「……ショウタだ。それと、どうやって生まれたかはあまりこの問題に関係ない」
 それは半分事実で、半分は嘘だった。
 勝手にミユキが身篭ったことは気に入らないが、タカシがショウタに愛情を抱けるかどうかは、
それ以前の問題であるからだ。
490 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:33:53.39 ID:R3zx0t5S0
「ケンタさ、」
「ショウタだ」
 ああ、それ、と猪口を口に運びながら少年は言った。
「アンタと怖い母ちゃんから逃げてきたんだって、お喋りな警らに聞いてるよ。
そんで、なんで今更ショウタを連れ戻したいの。下手に優しくするとかえって酷だ。
スッパリ捨ててやりゃあいいのに」
 どうしたいの、ともう一度問われ、タカシは再び口を噤むこととなった。
「自分でも判んねぇってやつね。馬鹿馬鹿しい。大方嫁がアンタのあずかり知らないところで
勝手にショウタをこさえたって程度の事情だろ。そんなんで拒絶されたほうはやりきれないよ。
だからハッキリしてやれよって話!」
 どん、と肩に軽い衝撃が走る。
 少年がタカシの肩を蹴ったのだ。その後、彼は二度三度とタカシの肩を蹴り上げた。
 元貴族にしては、随分と足癖の悪い子供だ。
 タカシはその少年然とした肉の薄い脚を引っ掴むと、ショウタがこの年齢にまで成長するには、
一体何年が要されるだろうかと考えた。
 シュウと殆ど年齢の変わらないあの子供の年齢を、よく考えなくては思い出すこともままならない。
本当に、タカシはただ『遺伝子を提供しただけの男』に過ぎないのだ。
だが、ショウタにとってはタカシは紛うことなき父親なのだ。
 生まれたときからずっと、ショウタの父親はタカシだけだった。
しかし、タカシにとって子供はシュウだけだなのだ。ショウタにとってはこれほど酷い話はないだろう。
そしてついに彼は逃げ出した。この薄汚れた、きらびやかな街へ。
「ショウタが可愛くないんだ。生まれたときからずっと」
 何故話す気になったのかは判らない。
 少年の脚から手を離すと、考えるより早く、口はそう言葉を紡いでいた。
 懺悔などと言う高尚なものではない。たんに、吐き出してしまいたかっただけだ。
自慰行為と然して変わらぬ告白だ。
「俺と妻、そして俺と妻の父との間には、遺恨がある。俺の子供は、妻の父に間接的にではあるが、殺された。
俺はそれを知らずに、義父の『息子のクローンを作ってやる』と言う口車に乗せられ、
妻と婚姻関係を結んだ。息子のクローンを作っているのと時を同じくして、
ショウタは妻の腹を介し、『勝手に』生まれてきた」
「つまり、アンタの息子を殺した男の娘が、ショウタを産んだわけか。
それも、アンタの精子を使って『勝手に』産み落とした、と。そりゃ可愛くないわな。
たとえアンタから遺伝子の半分を貰っている子供でもさ」
 タカシが他人に話せるのはここまでだ。多少は話を端折り、
シュウに関する事柄にも偽りを含ませているが、これ以上の複雑な事情を話すことはできなかった。
本来、身の上を話すことさえもあまりよいことではないのだ。
 だが、どうしても吐き出したかった。どうにかして、道を開きたかったのだ。
491 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:36:34.51 ID:R3zx0t5S0

「なるほどねぇ。アンタ、自分で自分の道を断っているんだ」
 猪口を放り投げると、少年は足先でタカシの腿に触れた。足癖は、本当に良くないようだ。
そのままつま先でタカシの股間を弄くり回すが、
どんなに刺激しても反応しないタカシに呆れたのか、彼は本日数度目となる溜息を吐いた。
「なんだ、アンタ男は駄目なの」
「試したことはない」
「ヤッてみる?」
「……遠慮しておく」
「人気の男娼を買っておいて馬鹿だね」
「『客でも相手をするのは嫌だ』って言ってただろ」
「気が変わったんだよ。口でしようか?」
「……結構だ」
 一瞬遅れが生じたのは、少しばかり『惜しい』と感じたからかもしれない。
 馬鹿だね、と少年は呆れたように言った後、じゃあさ、と付け足した。
「三倍の価格に見合うだけの答えをあげるよ」
「答え?」
「アンタがどうしてショウタを受け入れられないのか」
 酒で高潮した耳を弄り、赤い舌を覗かせ、その舌で真っ赤な唇を舐め上げ少年は言った。
 まるで今から事に及ぶかのような、誘うように妖艶な仕草。だが、その眼差しに艶は一切ない。
 今から大切な話をしてやるから黙ってお前はそれを聞いていろ。そう言わんばかりの眼差しだ。
目やら口やらとは対照的な、血管一つ見えない真っ白な白目。
その中央に鎮座する真っ黒い瞳に、威圧的な匂いを感じ取れる人間はどれほどいるだろうか。
多くの男――、或いは女は、例えこの場に居たとしても、
彼が意味ありげに『ワザと』覗かせた健康的な少年らしい太ももだとか、
妖しく動いた舌だとかに意識の殆どを持って行かれるに違いない。
そして彼が『何か話をしようとしていた』事実などはすっかり忘れさって、
布団の上に移動するのも面倒だと言わんばかりに彼の着物をその場で剥いで、
その薄い背中を畳の上へと引き倒すことだろう。
 そんな衝動に襲われなかったのは、おそらくタカシが『相当に切羽詰っている』からであって、
決して聖人君子だからと言うわけではない。
 座したまま動かぬタカシを見遣り、少年はおかしそうに笑った。
492 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:37:46.85 ID:R3zx0t5S0
「いいよ、教えてあげる。
――簡単だよ、アンタは最初からショウタが嫌いなんだ」
 彼はこともなげにそう告げた。
 ショウタが嫌い。
 可愛くない、そう思っていたし、おそらくタカシ自身にもあの小さな子供を嫌って、
そして遠ざけている自覚は大いにあった。
 今更指摘されるほどのことではない。
 だが、彼はその先の言葉を紡いだ。
「嫌わなくちゃいけないって思ってるんだよ。
アンタと嫁には確執がある。凄く根の深い、嫌な確執だ。
そんな女の産んだ子供を、アンタは愛したりしちゃいけないんだよ。
アンタはショウタは可愛いはずのない存在だって『思い込みながら生きなくては』ならない。
判る? アンタはそう思いながら生きていくしかないんだ。
アンタは、ショウタを可愛がってはいけないんだよ、決して。
ショウタを少しでも可愛いなんて思っちゃ、いけないんだ。
だってアンタは、子供を殺されているんだ。
大切な子供を殺した人間の血を受けつぐショウタなんざ、愛しちゃいけないんだ」
 なにか、奇妙な音がしたような気がした。
 内側からすべてが瓦解していくような、耳障りな音だ。
「違う……」
 気がついたらそう呟いていた。
「それは違う」
 愛してなどいない。
 可愛いなどと、思ったことはない。
「ホントかなぁ」
 少年は、タカシを冷ややかな目で見遣り、
空になった徳利をタカシの顔面を向かって乱暴に放り投げた。
どうやら、足癖だけではなく手癖も悪いようだ。
少年は悪びれもせず、タカシの額に徳利がぶち当たる様を眺めていた。
ガツンと鈍い音が響き、酒がタカシの衣類を僅かに濡らした。
493 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:38:46.00 ID:R3zx0t5S0
「俺がここへ来たのは、単なる保身の為だ」
 連れ帰りたいのにも、やはり理由はないはずだ。
義父にばれてしまってはまずい、それが一つ目の理由で、
ショウタはいずれA社を継ぐという役目も担っているのだから、いつまでもこんな場所に居ては外聞が悪い、
と言うのが二つ目の理由だ。
「ふぅん。あ、そ」
 少年は舌をちろりと覗かせ『馬鹿な男』と呟いた。
「ショウタが泣いたことは?」
「ないわけじゃない」
「どう思った?」
「単純に、バツが悪かった」
「何故?」
「子供を泣かせてしまったから」
 詰問するような物言いに、段々と苛立ちが募っていく。
「可愛いと思ったことは?」
「ない」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ何故迎えに来たの」
「だからそれは、」
「『保身の為』?」
「そうだ」
「単純に『拙い状況であるから』と?」
「そうだ」
「馬鹿じゃないの」
 少年は吐き捨てるように言った。
 馬鹿で愚鈍な、ずる賢い大人を心底軽蔑するような眼差しは、思春期の子供によく見られる表情だ。
 世界の全てを知っているとでも言わんばかりの目が、忌々しい。
494 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:45:04.86 ID:R3zx0t5S0
「馬鹿じゃないの、アンタ。これ、アンタに訪れた好機なんだよ?」
「好機?」
「復讐できるじゃん。ショウタがひどい目に遭えば、アンタはスッとするんじゃないの? 
アンタの大事な子供を殺した男の孫が、男か女――、大体男だね、に組み敷かれて
ケツの穴を好き勝手されてヒィヒィ泣くなんて、こんなに楽しい話はないだろ?
アンタの義父は、アンタから大事なものを奪ったんだ。じゃあアンタはショウタを取り上げて、
その男がしたように『間接的』に奪ってやればいいんじゃん。
なんでそうしないの? 上手く行けば、ショウタは死ぬよ」
「それは、そこまでは、俺は望んでいない」
 嫌な汗が背中にふつりと浮かぶのを感じる。
 罠に嵌った獣のように、タカシは少年の言葉に囚われていた。
 みっともなく喚くことはしない。
 タカシは罠に嵌っているが、しかし慌てることはないはずなのだ。
 何故なら少年が仕掛けた罠は実際には罠などではなく、彼の勘違いに他ならないのだから。
 タカシはその罠に痛みなど感じない。少年が今口にする言葉は全て彼の思い込みであり、
タカシの現実とは大きく隔たりがある。だから、焦る必要はない。
 ――だというのに、何故こんなにも背中に冷たく冷えていくのだろう。
「は? なんで? アンタの子供を殺されたのに、
アンタの子供を殺した男の孫は生きているんだよ? なんでそんな子供に生きていてもらいたいの?」
「ショウタが殺したわけじゃない」
「それはそうだけど、アンタはショウタにその男の血が流れているから厭っているんだろ?
ショウタがこんなところに逃げ込むほどに追い詰めたクセに、『そこまでは望んでいない』ってなに?
殺された子供のこと、そんなに愛していなかったんじゃないの?」
495 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:49:38.79 ID:R3zx0t5S0
「違う!!」
 タカシは声を荒げて少年の着物の襟首を引っ掴んだ。
 少年はほつれた髪が額に落ちても、無表情のままタカシを見上げるばかりだった。
「アンタの子供を殺した男の孫が、上手くすれば死ぬ状況にある。
なら復讐すればいいじゃん。なんで迎えに来ているの?
復讐が終わったら、死んだ息子のクローンを連れて逃げればいい。いくらでも逃げようがあるだろ」
「それは……! 子供に不自由な思いをさせたくないからだ!
それに俺はなにもショウタに死んで欲しいわけじゃない!」
 いくらでも逃げようがある――?
 そんな可能性はあるのだろうか。シュウを連れて逃げる選択は、可能なのだろうか。
 前回の生で、今のシュウよりもさらに幼かったあの子を連れて逃げた記憶が甦る。
 石を投げられ、恐怖と餓えとの戦いだった。
 またあの日々に戻れというのか。
 いや――、タカシは気づいしまった。
たった今、少年の問いから、意識的に問題をずらそうとしている自分自身に。
 少年はまず最初に、何故ショウタを使って復讐を果たさないのかと尋ねた。
 そこまでは望んでいない。それは、綺麗ごとだ。
 あの子は、あの男に殺されたのだ。
 シュウは手に入った。
 復讐を果たして逃げてしまえばいい。
ショウタが死すること、それは、遠まわしながらもショウタを確実に愛しているあの男へと、
この上ない打撃を与えることになるであろう。
 何故そうしない? 何故その選択を避ける?
 少しも可愛くはない子供など、『自分の子供』の為に利用することくらい、容易いはずだ。
 なぜならば、タカシは『あの子』の父親で、ショウタは憎むべき男の血を受けつぐ忌み子なのだから。
 殺してしまえばいい。殺してすっきりしてしまえばいい。
 可愛い子供の為ならば、『他人』であるショウタなどどうなっても構わないはずだ。
 何故そうしないのだろう。
 一体、何故。
 たったひとつの、見えそうで見えない答えに、吐き気が生じる。
 判っている。判っているが、判りたくはない。
496 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:50:43.00 ID:R3zx0t5S0
「ショウタを可愛いと思ったことは?」
 少年はもう一度そう尋ねた。
「……ない」
「本当に?」
「あるわけがない!!」
 何故ならショウタは、あの男の孫で、ミユキが産み落とした子供なのだ。
 可愛いはずがない。可愛く思ってしまったら、それは――。
「あるわけが、ないだろ」
「じゃあ殺せよ」
 少年は、微笑みながら静かに言った。
 タカシの心の奥底にある燻りに火をつけ、さらにそれを本格的な火災にすべく、
息をこっそりと吹きかけるように、『殺せ』と囁いたのだ。
「大切な子供も望んでいるんじゃないの? 復讐を」
「あの子は、そんな、」
「望んでいるかもしれないじゃん。殺しちゃいなよ」
「それは、俺は、そこまでは望んでいない」
「望んでいない? アンタおかしいんじゃないの? アンタは子供を殺されたんだよ?
僕は例えば全然可愛いと思っていない子供を殺して借金がチャラになってここから出られるって聞いたら、
簡単に殺すけど? 知らない子供じゃなくて、全然可愛いと思っていない知っている子供なら、
より簡単に手を掛けられるね。アンタはなんでしないの。自分の子供を殺されたのに」
「ショウタを殺したところで、あの子が戻ってくるわけではないからだ!」
「へぇ、それでアンタの憎しみとか怒りはちゃんと解消されているんだ?
死んだ子供は未だに悔しがっているかもしれないのに」
「そうではないが!」
「アンタが手に掛けなくても、ショウタはきっとそのうち死ぬさ。
だったらアンタは放っておくだけでいいんだよ。何故そうしない?」
「だから!」
497 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:51:24.67 ID:R3zx0t5S0
 ショウタが死することを望むほど、外道にはなれないのは、何故なのだろう。
復讐を実行すれば、確実に義父への恨みは綺麗に解消されるだろう。
何故そのためにショウタを利用しないのだろうか。
ショウタはタカシにとって『どうでもいい子供』のはずだ。
その存在を忘れて、男娼の手を引くほどに。
シュウをこの花街で見つけたとき、ナビゲーション代わりのショウタの存在を失念するほどに、
タカシの中でショウタの存在は『どうでもいいもの』であったはずだ。
 どうでもいい子供など、利用してやればいい。
 健全に保たれているこの国で、人が一人消えれば大騒ぎになるのは明白であるが、
しかしそれは国が管理している地域での事件に限られる。
 国が存在を忘れ去ったこの花街でショウタ一人が失踪した場合は、遺体があがっても『不幸な事故』として
処理されることは間違いないだろう。
 何故ショウタを利用しない。この突如訪れた好機を、何故利用しない。
 そこまで望んでいない? そこまで外道にはなりきれない? そこまで道を踏み外したくはない?
 だが、タカシは、平気で意識のない姉を犯すような外道なのだ。その上子供まで生ませるような、鬼畜だ。
 そんな外道が、果たして復讐に子供を利用しないことなど有り得るのだろうか。
 己の中で渦まく疑惑と、それを打ち消す思考で、頭の中が破裂しそうになるのをタカシは感じていた。
 何故利用しない、何故。
498 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:52:53.09 ID:R3zx0t5S0
「――アンタ、ショウタを嫌おうとしているよ」
「なに……?」
「アンタは、ショウタが可愛いんだよ。無理やりショウタを嫌おうとしている」
 怒りが、ぶわりと浮かび上がるのを感じた。
 タカシとショウタ、それを取り巻く重く不愉快な背景を断片的にしか知らない少年は、
したり顔でタカシに的外れな意見を寄越す。
「違う!!」
 気がついたとき、タカシは腹の底から搾り出すような声で叫んでいた。
「じゃあなんでそんなに必死に叫んでるんだよ!」
 少年が、中身が一滴も減っていない徳利で、タカシの額を打ち付けた。
額に広がるのは、痛みと熱。酒臭くなった服を気にする余裕もなく、
タカシはもう一度「違う!」と叫ぶように言った。
 額が熱い。滑りを帯びた液体が額を滴り、角膜の表面を瞬時に覆っていく。
視界が赤く染まり、世界そのもののカラーリングが歪になる。
左の視界はクリアだというのに、右の視界は真っ赤。不安定な視界もそのままに、
それよりももっと不安定な己の胸のうちを隠すかのように、タカシは叫び続けた。
「可愛いはずがない!!」
「馬鹿じゃない? アンタはとっくにショウタを気に掛けていた。
ショウタがアンタの前で泣いたとき、本当はどう思った?
ショウタがアンタを見るとき、いつもどんな気分になった? 後ろめたくなったんじゃないの。
ショウタにどんな風に接した? 冷たく当たったんだろ? 何故?
そうしなければ、愛しく思ってしまいそうだったんじゃないのか?」
「違う!!」
「アンタはもう既に負けている。過去のショウタを愛すまいとしていた自分に、負けているんだ」
「違う、俺はただ、ショウタが帰ってこないと不都合があるだけで……!」
 家に連れ帰らなくてはならない。
 ショウタの祖父であるあの男が、孫の不在に気づく前に。
 家に連れ帰らなくてはならない。
 子供の家出などに付き合っている場合ではない。何故なら、ショウタはいずれA社を継ぐ子供なのだから。
 タカシがショウタを家に連れ帰らなくてはならない理由など、それしかない。
そのはずだ。
 いつも窺うようにしてタカシを見ていた子供を、鬱陶しいと思いこそすれ、
可愛いと思ったことなど一度としていない。
 遠慮がちにタカシを盗み見るようにしていた子供を可愛いと思ったことなど、一度としていない。
499 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:53:51.31 ID:R3zx0t5S0

「可愛いわけがない。生まれたときから、一度も可愛いと思ったことなどない!」
「どうして?」
「可愛いと思えないだけだ! 理由なんてない」
「理由なく可愛いと思えないなんて、それこそおかしいだろ。
目つきがキモイとか、おどおどした態度に腹が立つとか、あるだろ」
 記憶の片隅にある、ショウタの影を引きずり出そうとタカシは躍起になった。
 手をつかまれたとき、寒気がした。なんともいえない嫌悪感に襲われた。
本能的に、ショウタを厭い、体がそう反応したのだ。
「嫌なものは嫌なだけだ。単純に可愛いと思えない。それのどこが悪い」
 声が上ずり、紡がれる言葉の一つ一つは細かく揺れた。
動揺している――、タカシにはその自覚があった――、自分を隠すように、
ショウタの『嫌な部分』を具に上げていった。
 窺うような目が嫌だ。
 タカシをミユキのように『タカシさん』などと呼ぶのが嫌だ。
 子供のくせに、妙に大人びている部分があるのが気持ち悪い。
 ミユキの腹を介して生まれてきたのが何よりも気持ち悪い。
 大嫌いな貴族の出身であることが気に食わない。
 ――全部、全部、ショウタの存在そのものが気味が悪い。
 感情の赴くままぶちまけたそれらは、床に散らばり空しく転げ落ちる。
 肩を怒らせ、はぁはぁと熱く荒い呼吸とは裏腹に、
無機質で中身のないそれらは、無理やりひねり出したかのような『てきとう』な理由であった。
 これが本心とは大きく隔たりのある言葉だと、タカシ自身が自覚していた。
 無理やりひねり出さなければ、ショウタを嫌う理由が見つからない――、
その事実が、ひどく恐ろしかったのだ。
500 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:54:57.26 ID:R3zx0t5S0
「……ひっどいね、アンタ。あのさ、大人びちゃったのもアンタの態度を窺うのも、
アンタの所為じゃん。アンタが邪険にするからそうなっちゃったんじゃないの。
それにさ、アンタが嫌っている女の腹を介して生まれてきたなんて、
ショウタにはどうしようもないことじゃん」
 呆れたように言った少年は、溜息を吐いたあと、『カワイソ』と心底同情したように言った。
「ショウタ」
 少年は、静かにそう呟いた。
 まるで、ショウタを呼ぶように、そう口を開いたのだ。
 嫌な予感に、背筋が冷たくなる。
「入っておいで」
 少年の背後のある襖が、音もなく開けられた。
 廊下に膝をつき、ショウタはそこに佇んでいた。
「ショウ、タ」
 瞳孔が、ギュッと引き絞られるような錯覚を覚える。
 体中の血液と言う血液が、足元に落下していくような、嫌な寒気。
 そして、この場違いな空気の中、ただただ微笑むショウタ。
「もう帰っていい? 貴方が襖の前にいろって言うから俺はここにいた。用事は済んだよね?」
「……いいよ。親父様ンとこに帰りな」
 ショウタの口角が更に持ち上がる。頭をゆっくりと下げ、そして襖は閉じられた。
 何事もないように、ショウタは悠然と微笑んでいた。
 タカシの暴言など、痛くも痒くもないと言うように、ただ自然な笑みを浮かべていたのだ。
 唇が戦慄く。
 脚に力が入らない。
 だが、タカシは無理やり立ち上がった。
 今、ショウタを追いかけなければ、永遠にショウタを失うような気がしたからだ。
 失っても構わないはずの子供を、タカシは追いかけようとしていた。
501 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:56:08.78 ID:R3zx0t5S0
「ショウタ!」
「追いかけるな!!」
 ぴしゃりとした声が、叱責するように言った。
「終わらせてやれ! 歪な家から、開放してやれ!! そうじゃないなら認めろ!
ショウタが可愛いって認めちまえ!!」
 可愛くない。今度はそう叫ぶことはできなかった。
 壊れたように震えている唇では、そう叫ぶことはかなわなかったのだ。
 少年が立ち上がり、タカシの襟首を掴む。
 少年の顔を見下ろすその瞬間、タカシは彼を『姉に似てなどいない』と再確認をしたのだ。
 姉は人形のように身動きの取れぬ人であったが、元気であった時分でさえ、
美しく微笑んでいることの多い人だった。そう、先ほどのショウタのように。
 眉根を寄せて叫んだり怒ったりなど、決してしない人だった。
 襟首を掴み、捲くし立てる少年は、生きた、血の通った少年だった。
思い出と同化することは決して有り得ぬ、怒り、笑い、泣く、普通の人間なのだ。
 ショウタも、そうだ。
 ショウタは傷つく。ショウタは、悲しむ。
 だが、ショウタはホログラムで作られた虚像のように微笑んだ。
記憶の片隅に住み着く、思い出の一部分のように微笑んだ彼は、
痛みなど少しも感じていないようだったのだ。
 だが、タカシは己の行動に焦っていた。
 タカシが暴力的に吐き出した言葉はあまりにも鋭利で、
その虚像のトゲは、見えないショウタの内側を、
しかし確実に深々と抉って、おそらくこの先死ぬまで癒えることのない裂傷を作ったのだ。
502 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 23:01:13.57 ID:R3zx0t5S0
「可愛いんだろ? そうじゃないならなんでアンタはそんなに焦っている?
可愛くないはずがないだろ、アンタはショウタに会おうとわざわざこんな場所まで毎日通ってきた。
可愛くないなんて思っちゃいないんだよ!」
「ち……が……」
 ――違う。
 違う。
 違う。
 違う。
 違う。
 可愛いのはシュウだけだ。シュウだけがタカシの息子だ。
姉と自分の遺伝子を受け継ぐあの子だけが、殺されてしまったあの子だけが、あの子だけが――。
「違う! 可愛いはずがない!」
「だったら要らないって切り捨てればいい! そうすれば楽になる!
アンタ、中途半端なんだよ! さっさと切り捨てて、
毎日こんな所までノコノコやってくるのもやめればいい!」
 体が震えて、呼吸もまともにできない。
 タカシは少年の言葉を遮るように、両耳を掌で塞いだ。
 可愛いはずがない。生まれた瞬間から鬱陶しいだけだった。
 赤ん坊のショウタは、真ん丸い瞳で真っ直ぐにタカシを見上げた。
 そんなことは思い出したくないのに、タカシ本人の気持ちとは裏腹に、記憶は勝手に溢れ出す。
赤ん坊のショウタの黒目に反射した自分の顔。
それがどんな風であったのか、タカシには思い出すことができない。
 いや、思い出したくはない。
503 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 23:02:39.83 ID:R3zx0t5S0
「違う!」 
「だから、そう思うならそれでいい! ただし早く切り捨ててやれ! 追いかけるな!!
それができないなら殺された子供に一言『ゴメン』って謝って認めちまえばいいんだよ!
可愛いって、ただ認めればいい。どうせ死んだ子供はアンタの裏切りなんて知らないよ! 
死んでるんだから!!」
 謝った程度で済むものか。
 何故ならあの子供は、タカシが間抜けであったがために死んだのだから。
決して信用してはならない貴族などを信じて、自ら罠に嵌って、そして己のみが生き残った。
 だからこそ、せめて裏切ることだけはしてはならないのだ。
 それが父親としてしてやれるただ一つのことなのだ。
 タカシはショウタを愛してはならない。それだけは。
 
『タカシさん』
 
 緊張した声が聞こえた。
 歪で不恰好な、痛々しい笑顔。
 真珠のように、白い前歯。
 記憶の中の、数少ないショウタが浮かんでは消える。
 小さい爪、黒い瞳、窺うような眼差し。
 己に触れる手に怖気が走ったのは、
その柔らかさに『胸の温かくなる感情』を抱きそうになった自分に恐怖を覚えたから。
 違う、違う、違う。
 ショウタが歪に笑う。ショウタがタカシを見上げる。
 ショウタ、ショウタ、ショウタ。
 ああ、ショウタは――、タカシは、最初から、生まれたときからショウタを。
504 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 23:04:05.20 ID:R3zx0t5S0
「認めろ!」
 少年の脚が、タカシの腹を蹴った。
 ここにいる人間は、どいつもこいつも、ひどく暴力的だ。 
 だが、タカシがショウタに与えていた暴力に比較すれば、それらは随分と可愛らしいものだ。
 少年が押し黙り、タカシの短く繰り返される呼吸だけで部屋が満たされた。
 獣染みた呼吸のほかに、なにもない部屋の外で、花火がドン、と破裂した。
 障子の向こうでは、色とりどりの火花が空を彩っているのだろう。
 シュウはいい子にしているだろうか――、不意に、可愛くてたまらない子供の顔を思い出す。
 シュウと、ショウタの顔が重なって見えた。   
 そんなことは、有り得ないはずなのに。
「……明日、またここへ来る。覚悟を決めて」
 唇を引き結ぶ。
 少年が笑ったような気がした。
 彼は、きっと美しい父子の物語を思い描いているのだろう。
 父が子を受け入れ抱き合って、物語は幸せなまま幕を下ろす。 
 だが現実はそうは行かない。
 それが、タカシの選択だ。
 ショウタに罪は何ひとつない。
 彼はただ生まれて、必死に手を伸ばしただけだ。その手を振り払い続けたのはタカシの都合だ。
 生まれた場所が悪かったとしか、言いようがない。
 彼の中の二三本の染色体が、別の男のものであったのなら――、
いや、いっそ、四六本全てが全く見知らぬ、愛し合う男女のものであったのなら、
きっとショウタは凡庸に、だが幸せな人生を歩めただろう。
 鳥でも、犬でも、猫でも。
 人間以外の生き物でもきっと、今よりは幸せであったはずだ。
505 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 23:06:48.99 ID:R3zx0t5S0
 ――殺してしまいたい。
 ふと、そんなことを思う。
 あの子供を傷つけるくらいなら、殺してしまいたい。
そんなエゴイスティックな感情が、胸に広がった。
 だが、これ以上にあの小さな子供からなにかを奪っていいはずなどなかった。
 子供。
 ショウタは、ただ少しだけ利巧な、だけどそう、寂しいだけの小さな子供なのだ。
 どこにでもいる、普通の子供。
 小さくて、慈しむべき存在。
 伸ばされた手は、いつでも遠慮がちだった。
 あの手が伸ばされなくなったのは、いつからだろう。
 もう、思い出せないくらい遠い日のことのようだ。
 タカシは、遠くまで来てしまったのだ、後戻りができぬほど遠くへと。
 タカシはやっと認めた。
 タカシはショウタを、憎んでいたのだ。
 憎くて憎くて、そして――。
 タカシの顔色を窺うような、ショウタのあまりにも不器用な笑顔がチラついて見えた。
 丸い頬に、少しだけ焼けた手足。
 タカシさん、とやはり遠慮しながら呼ぶ声。
 シュウを羨ましそうに見る、潤んだ瞳。
 そして、寂しさを乗せた、項垂れる小さな後頭部。
 可愛くなどない。可愛くなど、ない。
 父親が本能的に子へと抱く感情など、決して抱いては居ない。

『タカシさん』
 
 小さな指が、タカシの袖を掴んだことを思い出す。
 汗に濡れた額。
 赤ん坊用のシャンプーの匂い。 

「今日は帰る」
 タカシは宣言して立ち上がった。
 幸せな結末はやってこない。
 小さな後姿がチラついた。

『タカシさん』

 愛してなど、いない。
 絶対に。
 額から滴る血液を拭き取ると、タカシは静かに立ち上がったのだった。
 幸せな結末は、決してやってこない。
 ――殺してしまいたい。そして、死んでしまいたい。

 花火の音が、遠く近くで、しつこいほどに鳴り響いていた。
506 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 23:07:33.83 ID:R3zx0t5S0
お久しぶりです。今日はここまで。
保守、感想ありがとうございます。嬉しいです。
507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/18(月) 23:22:30.54 ID:kSRM4PhIO
来てた!すごい物騒なことになってた…
忘れかけてたけどまだ回想なんだよね
殺害失敗からの逆襲で最初に繋がるのかなー?
なんにせよ夏か秋か冬か分からないけど楽しみ
508 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/05/05(木) 12:40:31.32 ID:+DEy+jEYo
様々な事情があり、エロ・フェチを含むSSは
http://ex14.vip2ch.com/news4ssr/
に移動をするようです

エロもフェチ(近親系)もガッツリ含んでいるので、移動することになるかと
おそらく自動で飛ばされるかと思いますが、
もしも「あれ、板がねぇぞ」となったら上記に移動していると思うのでよろしくお願いします
509 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/05/05(木) 12:46:11.25 ID:+DEy+jEYo
板じゃない、スレだった
恥ずかしい
510 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/05/05(木) 12:54:11.22 ID:+DEy+jEYo
新しいエロ向け板ですが、現在作業中らしく
ガラケーおよびスマホではエラーが出てしまう模様
511 :スレッドムーバー [sage]:2016/05/17(火) 23:41:25.67 ID:???

このスレッドは一週間以内に次の板へ移動されます。
(移動後は自動的に移転先へジャンプします)

SS速報R
http://ex14.vip2ch.com/news4ssr/

詳しいワケは下記のスレッドを参照してください。。

■【重要】エロいSSは新天地に移転します
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1462456514/

■ SS速報R 移転作業所
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463139262/

移動に不服などがある場合、>>1がトリップ記載の上、上記スレまでレスをください。
移転完了まで、スレは引き続き進行して問題ないです。

よろしくおねがいします。。
512 :真真真・スレッドムーバー :移転
この度この板に移転することになりますた。よろしくおながいします。ニヤリ・・・( ̄ー ̄)
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 01:31:45.25 ID:ACNnFxMLo
久しぶりに来たら更新来てた!

タカシの自己中ぶりがやっと露になったね。確かに不幸な少年時代だけど、ショウタには
全く関係ない訳で。正直サイコパスっぽいとすら思っていたから死んだ子供に対する義理と知って納得
楼主が男前だわ。やっとタカシに正論ぶつける人が現れて胸がスッキリした
514 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/06/24(金) 23:00:19.72 ID:q3vuq3VY0
セルフ保守
515 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/07/25(月) 00:27:20.30 ID:A8AZJ2of0
ほしゅ
516 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 21:31:54.59 ID:+cea9A2Jo
待ってるよ!
517 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/08/21(日) 23:54:12.30 ID:U/JKSAXq0
続き楽しみほしゅ
518 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/09/21(水) 01:44:57.75 ID:At/g53Kb0
ほしゅ
519 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/10/02(日) 23:24:19.13 ID:aXw3IVeb0
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/10/22(土) 01:14:34.68 ID:kX0VNZdto
作者生きてる?生存報告欲しい
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/10/22(土) 22:20:29.05 ID:YGu4M2th0
ほしゅ
522 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/11/03(木) 22:33:51.14 ID:KvgSZ96xo
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/11/20(日) 23:54:51.15 ID:aag0X5eY0
ほしゅ
524 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:07:31.78 ID:199uZvbgo
お久しぶりです……
525 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:18:13.82 ID:199uZvbgo
 報告の全てはセキュリティを何重にも施したメールで送られてきた。
 細かな文字の羅列を一文字も逃すことなく目を通しながら、タカシは感心していた。
たった一日での報告にしては、内容に富んだ満足のいく報告書が画面に広がっている。
ここまで詳細な報告を寄越す探偵は、前回の仕事では全く役には立たなかったものの、
今回はいい仕事をしてくれたようだ。
かつてミユキと義父の思惑を探るために、
そしてタカシの一族の末裔を見つ出すために雇った、そのうちの一社だ。
前者については全く役に立たなかったが、後者の末裔探索については当時も仕事が速かったと記憶している。
 忘れ去られた都市の一画に存在する小さな店を探れ――、
一般人が耳にしたのなら、鼻で笑われそうな内容であったが、相手は探偵だ、
依頼を受けたその日に動き出し彼は現地入りを果たした。
 自分の社会保障番号が登録された都道府県より他の地域には移動してはいけない――、
そんな意識が深く根付いているのもまた一般人のみであり、
探偵は仕事となれば北へ南へ、どこへでも飛んで行った。
その職業上、探偵は『忘れ去られた都市』についてもその存在を噂程度には知っていたし、
タカシの依頼の目的についても詮索したりはしない。そしてこの充実した報告書。
一般の範囲内の仕事ならば、優秀と言ってもいいだろう。
 タカシは画面をスクロールし続ける。
526 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:27:53.55 ID:199uZvbgo
 その内容の殆どは、タカシにとって喜ばしいもので、
しかし花街にとってはその逆であることは間違いのない内容であった。
 結論から言えば、花街は死を迎えつつあった。
 最も花街が栄えていた時代――、それと比べての近頃の利用者数は、
その存続も危ぶまれるほどに減少していたのだ。
特定の人間以外とも性的な関係を結びたいと感じる若者が減少していることにその原因があった。
 若者が枯れている、と言うわけではない。
 思春期ともなれば、性への興味は暴走するばかりであるのは、どの時代の若者であっても常である。
しかし今はバーチャルの時代だ。おおよそのことは電脳空間で体験可能な、素晴らしい時代なのだ。
あたかも生身のように感じられるリアルな空間、それがあまりにも生活に深く根付きすぎた為だろう。
生まれたときから直ぐ傍にリアルな紛い物が存在した彼らにとっては、それらは現実と変わりない『紛い物』なのだ。
バーチャル空間で散々遊び倒し、しかし肉体そのものは婚姻後まで清いまま――、などという、
健全なのか不健全なのか判然としない、ちぐはぐな若者は多いようだ。
何と言っても、生身の体験は危険を伴う。
おおよその病気は治せる世の中になったものの、しかし性病の治療には羞恥を伴う。
医者に恥部を晒すことをよしとする人間はあまりいないだろう。
おまけに最悪の場合、免疫系へと一生モノの傷を残す可能性もあるわけで、
そんな危険は誰もが避けたいと願うのは、当然のことと言えよう。
そのような価値観が根付くに従い、若者は徐々に花街の存在そのもを危険なものと認識し、
存在を存じていても避け、見ようとせず、そして記憶の彼方から消し去っていったのだった。
お貴族さまのボンボンは、馬鹿馬鹿しくも『箔をつける』為に花街へと赴くこともあるようだが、
それだって祖父、いや、曽祖父の代からの慣例染みた行いのようなもので、貴族の全てがそうであるわけではない。
つまり、花街の利用者数は著しく減少傾向にあるのだ。
 当然、ショウタが逃げ込んだあの店も、一時ほどの――、
今現在楼主となっているあの男の父の代の話である――、
賑わいはなく、花街全体はあれほどまでに華やかかつ賑やかであるにも関わらず、
店としての収入はとても少ないようだった。
527 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:30:59.39 ID:199uZvbgo

 奴隷の売り買いのイベントが開催されるシーズンには、一時的に客足がが増えることもあるようだが、
それとて年に数回開催される『奴隷市』などという悪趣味この上ない催しが行われた時だけのこと。
数ヶ月もの間、賑わいが続くわけではない。
 その奴隷を購入する人間も少しずつ減少しているというのだから、
花街には少しずつ、だが確実に終焉へと向かっているようだった。
 毎月支払わなければならないショバ代も馬鹿にならないはずだ。
 花街の住人は、最初からそこに居たか、或いは外部から無理やり連れてこられたかのどちらかだ。
 ――彼らには後ろ盾がない。新天地でなにかを始めようにも、その手立てがないのだ。
 ならばタカシが後ろ盾になればいい。
 実入りの少ない商売などはスッパリと捨て、
タカシの力添えで新天地でなにか新しい事業を始めたほうが、
その後、彼の人生にプラスになることは間違はないだろう。
 あの如何わしい街にいつまでも居座っていたところで、何になるというのだ。
 セックス、セックス、セックス。
 肉と肉のぶつかり合いに金を掛ける時代はもう終わった。
 タカシは、あの楼主を己の手駒にすべく、彼について様々な事柄を調べていた。
 両親は夭逝しきょうだいは居ない。
身内と呼べるのは伯父で、その伯父も花街で医者をしているようだった。
伯父は国家資格を保持してはいるようだが、
彼が見るのは客の無体によって体を傷つけられた男娼や娼婦、
或いは使えなくなった『彼ら』の『後始末』であり、
真っ当な医者ならばまずこなさないような仕事ばかりを請け負っていた。
 兄弟のように育ったのは警ら。彼の職業は一応は花街の警備や面倒ごとの片付けではったが、
花街内での建物や機器類の修繕も手がけているようだった。
 そして楼主自身はと言えば、あの男娼が言っていたように『優しい』らしく、
不細工でろくな商品にもならないような男娼や娼婦まどをも引き取り、世話をし、
その都度店を赤字へと向かわせていた。
経営者としては全くお話にならない、と言うレベルの仕事ぶりである。
528 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:33:29.50 ID:199uZvbgo
 それでも店がなんとか持っているのは楼主の人柄のためであるらしい。
彼は一度引き受けた人間の面倒は最後まで見る人物として周知されていた。
 色を買う客には楼主の人柄など『どうでもいい』ことは間違いないが、
店を取り仕切る長の態度は、そのまま娼婦・男娼の性格や勤務態度に浮かび上がるものなのだろう、
赤字には赤字であったが、あの街では、中の中程度の売り上げは弾き出していた。
 報告書をスワイプで消し、タカシは背もたれに身を深く沈めた。
 材料は揃っている。
 赤字経営、金にもならない娼婦に男娼、忘れ去られた土地。それは正に沈み行く泥舟であった。
 材料だけは、ふんだんに揃っているのだ。
 ――だが、あの楼主は一筋縄ではいかない。
 たぶらかすには、なにか『いい話』を作り上げなければならないだろう。
 戸籍の移動はなんとかなるに違いないが、しかし肝心の『いい話』が思いつかなかった。
 約束を反故にしたりはしない。
 ショウタの身に安全を確保するためには、楼主を陥落させるよりほかはない。
 だが、果たしてあの楼主が、『いい話』を提示したところで、ショウタを手放すだろうか――?
 あの、花街に似合わぬほどに、情に厚いと評判の男が……。
529 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:35:37.21 ID:199uZvbgo
 伸びをして体を動かし、ストレッチをする。
 腿の上には、シュウの頭が乗っていたが、それにも気づかぬまま報告書を熟読していたようだ。
 幼いシュウの目の下に、クマが浮かんでいる。
アンドロイドによれば、ここのところ、情緒が不安定なようで、睡眠が満足に取れていないとのことだ。
眠っても直ぐに目を覚まし、タカシの姿を探しては、その不在の落胆するのだという。
 不安定になるのも無理はない。父親が何をしているのか判らない上に、
慣れぬ土地で頭の狂った女と一つ屋根の下に閉じ込められていたら、タカシでも気持ちが塞ぐというものだ。
おまけに、友人であるショウタは、シュウが理解できぬ『何か』にとても腹を立てた様子で突如として姿を消したのだ。
 早くなんとかしてやらねば、シュウ自身もおかしくなってしまうだろう。
 アンドロイドに眠ったシュウを自室へと連れて行くように促し、報告書にもう一度目を通す。
 シュウを安心させるためには、まずショウタをどうにかすることが急務であろう――、
そんな思案を重ねていた瞬間、タブレットが急速に明るく輝きだした。
 どうやらA社本社にいるはずの部下からの、仕事用の連絡機による連絡のようだ。
 対話には不向きな、互いの顔が見えないタイプの、要するに単純な『電話』での連絡である。
遠く離れた部下と話す際には、互いの表情を確認できるタイプでの通信方法が望ましい。
そのほうが相手が何を言わんとしているのかより理解し合えるからだ。
通常とは異なる連絡方法をいぶかしみながら、タカシはタブレットを手に取った。
 だが、変化はそれだけではなかった。
 画面上で、いくつものポップアップが浮かび上がっては消えていく。
 一つ、二つ、三つ。
 五つ目ほどでタカシは異常を察知し、一先ずは部下からの電話を受け取ることにした。
530 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:37:20.78 ID:199uZvbgo
「はい」
『テレビつけてください!』
 部下は名乗りもせず、タカシの都合も尋ねず、突如そう言い放った。
 言われるがままにタカシはテレビの電源を入れ、
取敢えずは日本放送技術公社にチャンネルを合わせた。
ホログラムがゆっくりと浮かび上がり、電波が悪いのか、緊迫した様子の女性がなにやら必死に告げていた。
女性が何を言っているのかタカシが理解できないうちに、映像は『現場』に切り替わったようだ。
 揺れる不明瞭な映像に、タカシは見覚えがあった。
 空を貫くような高さのビル、その壁面が大きく崩れている。
 地面から伸びるのは、この大日本帝国が誇る防空用のミサイルだ。
通常は人が携帯して攻撃するもののようだが、この国では国民にそれをさせることがない。
完全にコントロールされた地下システムによって、有事に際して『勝手に』地下から伸びだし敵を攻撃するもの――、
その禍々しい筒状のそれに対するタカシの認識はそれだった。
その国防の為の小型のミサイルコンテナーが、どういうわけか、ビルに向けられていたのだ。
 一度、二度、三度。整列したそれらは規則的にビルを攻撃していた。
531 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:40:17.37 ID:199uZvbgo
『ご覧下さい、物凄い勢いで建物が崩れています!』

 髪を振り乱しながら、アナウンサーが叫んでいる。
 揺れるホログラムは、タカシのよく見知るビルであった。
 空を貫かんばかりに縦長であったその建物は、
国防の為の小型ミサイルによって攻撃され、頂上部分が殆ど欠けた状態となっていた。
地上から百数十メートル上空を攻撃するのは不可能であろうから、
近隣の防護壁に設置されたものから放たれたのかもしれない。
 激しく火を吹くビルから、落下するのは瓦礫に、そして時折――、人と思しき形状のもの。
 続いてズームされた映像として映し出されるのは、
ビルから這い出るようにして逃げてくる者、慌てて避難する通行人、怪我をして歩けない者。
 現実味のない映像が、立て続けにタカシを襲った。
 だらんと膝の上へと放った手の中から、激しい叫び声が聞こえてくる。部下との通信はそのままだったのだ。
 気分が悪くなる。
 腹の底から、食べたものが競りあがってくるような感覚に、タカシは慌てて便所へと駆け込んだ。
 喉が焼き付けられるような感覚と苦しさに、涙が零れ落ちるのもそのままに、
タカシは幾度も便器へと吐瀉物をぶちまけた。
 今の生を受ける前の、戦中の記憶が一気に溢れ出した。
 吐き気が治まった頃、タカシはゆらりと立ち上がる。電話はいつの間にか途切れていた。
 国防システムによる破壊の渦中にあるのは、どうやらA社の本社社屋だと、タカシは漸く理解した。
 細長いビルがまるで特撮のジオラマのように崩れ、火を噴いている。
532 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:44:38.50 ID:199uZvbgo
 タブレットが『異常事態宣言発令』の文字を画面へと浮かび上がらせている。
これは自身の住まう地域が災害や異常事態――、他国からの攻撃などがそれに当たる――、に、みまわれた際に、
国民が一人でも多く逃げ延びるために発令されるものだ。
 ホログラムに浮かび上がるのは、喚くアナウンサー、そして『国防システムの暴走か?』の文字。
 唐突に理解した。
 『終わり』が来たのだと。
 これは、A社に対する明確な殺意が形になった攻撃に違いない、と。
 A社はこのまま転覆するのだろう――、そんな確信めいた予感が、タカシの頭を駆け巡った。
 それは『開放』か、『終焉』か、それとも――、『完全な死』か。
 自分の身に降りかかるであろう三つの未来が生々しく浮かび上がり、そしてタカシは床を蹴るようにして立ち上がった。
 ヒュッと、喉が鳴り、一瞬呼吸が途切れていた己を自覚する。
 肺一杯に空気を吸い込み、考えるより早く、たった一つの名を叫んでいた。
「シュウ!」
 声を荒げて息子を呼ぶ。
 国防システムの異常? そんなはずはない、とタカシは確信していた。
 国防システムには何重にもロックが掛けられているはずだ。
 二度目の生をスタートさせたばかりの学生時代、課外授業で国防システムを見学させてもらったことがある。
 パスワード、声紋認証、角膜認証、そしてまたパスワード。
 それぞれの異常事態発生地の都道府県知事が国に報告、国が異常事態を確認、
そして漸く、異常が認められた各当都道府県の知事がそれらのロックを遠隔的に外し、初めて国防システムが動くのだ。
 非常事態でもないのに、仰々しい白いヘルメットを被った施設の管理者がそう説明していた。
 間違いは起こらない。決して。安全が一番大切なのだと、説明を繰り返していた。
 だから、間違いは起こりようがないのだ。
 それが『意図的』でないのなら。
533 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:46:30.49 ID:199uZvbgo
「シュウ!」
 もう一度叫ぶようにシュウを呼んだ。
 先ほどアンドロイドに部屋に運ばせたばかりではあるが、
そう暢気に構えている時間はない。
 何故ならば、一家は『避難』しているのだ。
 何から避難しているのか、そろそろみなが、いや、その避難を強固に願ったミユキでさえ忘れているようではあるが、
危険から身を隠すために避難をしていたのだ。
 国防システムの暴走など有り得ない。有り得るはずがない。
 誰かしら意図的に暴走を引き起こしたとしか思えなかった。
 そう、例えば――、A社をよく思わない連中。
 水製造機の存在を未だによく思わない団体は国内にいくつかあって
、開発者であるタカシは疾うに死んでいることになっているものの、
まるでその遺志を継ぐかのようにしてメンテナンスを積極的に行うA社を、
彼らは当然のようにタカシそのものよろしく敵視している。 
 デモ行為など可愛いものである。
 抗議活動は何度か社屋前で行われたが、実害らしい実害と言えば、社員の誘拐未遂事件くらいであった。
 社員の誘拐から社屋爆発――、手口が急激にテロリスト染みたことに些かの違和感は覚えたものの、
しかしタカシは今漸く急激に身の危険を意識したのだった。
 ミユキの戯言などに付き合うのは馬鹿馬鹿しいと感じていたが、
しかしこうも明確に敵意を剥き出しにされては、危険を認知せざるを得ない。
 軋む階段を駆け上がり、寝ぼけ眼でベッドに座すシュウの両肩を引っ掴む。
534 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:48:24.33 ID:199uZvbgo
「お父さん……?」
「シュウ、よく聞いて。今すぐにこの家を出なくてはならなくなった。
アンドロイドと一緒に荷物をまとめてくれ」
「お家に帰るの?」
「違う」
 即座の返答に、シュウは少しばかり落ち込んだ顔を見せた。
 しかし、タカシの掌が己の肩に食い込むほどにきつく力を込めたことによって、
聡い子供は異常を察知したようだった。
「わかった」
 シュウが力強く頷く。眠気はどこかに吹き飛んだようだった。
「十分で済ませられるね?」
「十分……、長い針が十個分? できる」
「いい子だ」
 頭を撫で、己は階下に駆け降りる。
 タブレットが明滅を繰り返している。
 それらの全ては無視して、義父へと連絡を繋ぐ。
 義父へも怒号の勢いで連絡が行っているのであろう、タカシからのそれはなかなか繋がらなかった。
 苛立ちながら、己もこの出立の準備を進める。
 敵が、どこまでタカシたちの動向を把握しているのかは定かでないが、
ここに留まるのが得策でないことだけは判っていた。
 大阪か、兵庫か、或いは愛知、静岡か。
 人々は、己の住処を離れてはならない。
離れることは『よくないこと』だと、箱庭計画を実行するための下地として長きに渡って刷り込まれてきたが、
しかしタカシは違う。タカシは戦火を潜り抜け西へ東へとひた走った過去を持つ、若者の皮を被った老人なのだ。
己の身を守るためならば、県を跨いで移動することに何の罪悪感も後ろめたさも感じない。
 兎に角逃げなくてはなるまい。
535 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:52:22.04 ID:199uZvbgo
 家に戻ることは得策ではない。
ショウタの通う初等部へと脅迫状が届いているということは、住まいなどとっくに割れているだろう。
 自宅周辺の都道府県への移動も避けるべきだろうか。
 いっそのこと、古都東京、そうでないのなら神奈川――、駄目だ、とタカシは首を振る。
この二都県には水製造機全一二〇機それぞれ十機ずつが存在する。これはかなり多い数だ。
東京都の面積に対して機体が多いのは、頻繁に歴史的建造物の修復を行うためだ。
神奈川に多いのは、
単純に先の大戦の元となった『無国籍軍による横浜空港襲撃事件』の二の舞を危惧してのことである。
あの県には、万が一の襲撃に備え、最も規模の大きい国防軍を配置してあるのだ。
 A社に露骨な攻撃が仕掛けられたということは、
全国に配置された製造機にも同様のことが起きることは安易に想定できる。
寧ろ、起こされた行動は遅すぎたくらいである。もっと早くに今と同様の事態が訪れても不思議はなかった。
 最悪の場合、A社そのものが解体されることになるだろう。
 だが、それはいい。そうなってしまったら、それはそれとして仕方がないことだ。
 タカシは婿ではあるが息子ではない。A社に然したる思いいれはない。
 だが――、ぞっとした。
 先の大戦、逃げ惑う日々、息子を、あの子を、タカシを奪われた悲劇。
 こみ上げる吐き気を掌で押さえ込み、すぐさま荷造りを再開させる。
 必要最低限のものだけをトランクに積み込み、それを庭へと運び出す。
 シュウのしたくはアンドロイドが手伝っている。
 ミユキは異常事態を把握しているだろうか。
ここ数日、寝ているか叫んでいるかが多くなったミユキには、正気で居る時間が全くない。
 タカシが全てを告白した途端に、もとより不安定であった彼女の精神は、木っ端微塵に砕け散った。
 尤も、彼女の狂った計画は最初から成功の見込みはなく、
いずれは彼女もその事実を知るに至っただろうから、少しだけ、崩壊の瞬間が早まったに過ぎないのだが。
 だが、置いていくわけにはいかないのだろう。
 タカシには、ミユキへの関心が全くない。彼女がどうなろうが知ったことではない。
だが、ここに捨て置けるだろうか。彼女を放置することはきっと『よくない』ことだろう。
536 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:54:16.12 ID:199uZvbgo
 タカシは嘆息しつつ、小走りで屋内へと戻る。
 と、揺らめくシルエットがホログラムの前に確認できた。
 ――ミユキだ。
 彼女は視線をホログラムへと張り付かせたまま、小刻みにゆらゆらと揺れていた。
 揺れるスカートに、既視感を覚える。
 気分が悪くなる。
 あれは、タカシが二度目の生を受けたばかりの、あの日の残像だ。
 マッドサイエンティストであるあの女を殺害したタカシのもとへと、ミユキはやってきた。
 既に若返った己の肉体へと脳を移植した彼女は、少女になっていた。
少女の彼女は、全てを任せろと言い、そしてタカシの罪を全て洗い流したのだった。
「ミユキ」
 名前を、久しぶりに呼んだ。
 細い首が静かに動き、真っ直ぐにタカシを見据えた。
 本の僅かな正気を宿した瞳が、恐怖と不安を綯い交ぜにして揺れている。
「ここも危険かもしれない。逃げよう」
 言葉は、すんなりと出た。
 捨ててしまえばいい。
 ここに置いていけばいい。
 何故か、どうしてかそうは思えなかった。
 この女は、ショウタの母親なのだ。
 ショウタを産んだ、女なのだ。
 いいや、言い訳だ。
 単純にタカシは『寝覚めの悪い思い』をしたくないだけだ。
 ミユキを捨て置くことには罪悪感が生じる。だから、仕方がなく。
 そんなことは判っているであろうミユキの首が、だがしかし、ぎこちなくはあるも縦に振られた。
537 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:57:03.46 ID:199uZvbgo
****

「ショウタを迎えに行く」
 助手席にミユキを乗せ、シュウは運転席の後ろに、
アンドロイドはトランクに荷物と一緒に詰めて車は動き出した。
 楼主はすんなりショウタを返してはくれないだろう。
 だが、非常事態だ。
 なんとしても返してもらわなくてはならない。
 ――日差しが、眩しい。
 あの街へと向かうのは、いつでも夜だった。
 昼間に見る捨て去られた街への道筋は、とても新鮮だ。
 自動運転機能は解除し、危険は自らの運転で回避する。
時折小石に乗り上げ、その衝撃が体を襲った。
 運転が得意な訳でも好きな訳でもなかったが、不測の事態に陥った時、
限界までスピードを出せるセルフ操縦の方が危険が少ないと考えたのだ。
 木々の合間に、燃えるような赤い鳥居がチラチラと影を見せる。
現実味のない虚像のような鳥居は確かにうつしよのものなのだ。
 国防の為の道具がどういうわけかA社を攻撃している。
その不可解な事実に比べれば、赤い鳥居の存在の方が判りやすく現実的だ。
 ミユキが運転席を凝視ししている。
 いや、運転席のその横、窓の更に奥にある鳥居を見ているのだろう。
538 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:59:32.59 ID:199uZvbgo
「馬鹿みたい」
 ミユキが小さく呟いた。
 本来、神聖な場所への入り口であるはずの鳥居が、汚れた街への入り口となっている。
 奇妙な現実だ。
「私、貴方が好きだったのよ」
 なにかを思い出したように、ミユキが言った。
 知っていた。そんなことは、タカシ自身が充分に知っていた。
 タカシと生きるために、新たな体を用意し自身の脳を元の体からくり貫いたのだ、この女は。
 危険を承知で、戦犯となったタカシに協力さえしてみたのだ。
 ミユキがどれほどタカシを求めていたのかなど、今更語るべくもない。
「貴方だけが好きだった。殺したいほどに、全部自分のものにしたいほどに」
 それきりミユキは黙りこくった。
 ミユキはタカシだけを好きだった。
 確かにそうではあるが、それよりも何よりも好きなのは自分自身だと言うことに、
悲しい彼女は気づいていない。
 見栄えのしない面立ちと言うわけではない。家柄とて悪くはないのだ。
 そんなミユキに一切の興味を抱かず、惑わされず、振り向かず――、
だというのに実の姉にトチ狂った男。そんなタカシをモノにしたかっただけだろう。
 彼女はタカシに踏みにじられた自尊心を、
タカシを完璧に手中に収めることによって回復したかっただけだと気づかない。
 でなければ、自分の欲の為に子供を――、自分が産んだ子供の体に、
好いた男の脳を移植しようだなんて、いかに鬼畜な母親だって考え付かないはずだ。
 彼女の気持ちも、行動も、全てが彼女の為のものだ。
 彼女がそれに気づいてるかどうかは兎も角、彼女はタカシを求めていたが、
それは純粋な恋情からくるものではないはずだ。
 勘違いを拗らせ、彼女はついには狂ってしまった。
 ミユキはイカレている。
 そのミユキに対する評価だけは、タカシは譲ることができない。
 尤も、イカレているのはお互い様だろう。
 二人は二人とも、イカレていて、ある意味、似た者夫婦なのだ。
 やがて鳥居が間近に迫ってきた。
 タカシはより一層スピードを上げ、ショウタのもとへと一分一秒でも早く駆けつけようとした。
539 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:01:32.67 ID:199uZvbgo


 鳥居の前は、日々の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
 国防システムの暴走。その事実に人々の興味は集中しているようだった。
 国防システム――、
それらの力が及ばない、殆ど無法地帯と化しているこの街でさえもが注目をせざるを得ないほどに、
その事件は重要なものなのだ。
 何せ、国の根幹が揺らぎかねないのだ、その『暴走』は。
 多額の税金が投じられた国防の為のシステムは、今やその信頼を失墜させ、
国民の安心感を根こそぎ奪い取る存在となっていることであろう。
 なにがあったのかは定かではないが、この体たらくでは、万が一他国に攻め入られた場合、
それらが正常に機能するかどうかさえ怪しいものだ。
そればかりか、守るべき国民を攻撃しさえもする。
 あってはならぬはずの、いや、あるはずのない事態がこうして現実に起きている。
 この事実に、注目しないほうがおかしいだろう。
 フロントガラス越しに、鳥居とその奥を盗み見るが、誰もが立ち止まり、そして俯いていた。
 鳥居の出入り口を監視する警らたちでさえ、一人が手にしている小型端末を数人で囲んで覗き込んでいる。
 鳥居を潜ろうとしていた客の男たち数名もその場で固まったように立ち尽くし、
警らたちと同様に、手の中のそれを睨むようにして見ていた。
 車を駐車し、後部座席を振り返る。シュウが不安げな顔でタカシを見上げてきた。
 ――ここへ置いていくべきか、それとも鳥居を潜らせるべきか。
「シュウ、おいで」
 迷った挙句、タカシはシュウを抱き上げた。ミユキの傍にシュウをおいておきたくはなかったのだ。
 ミユキは助手席に座ったまま、動こうともしない。
540 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:03:07.23 ID:199uZvbgo
 鳥居へと近づくと、画面を食い入るように見つめていた男たちが顔を上げた。
いつもの警らもそれには含まれており、「旦那」と、かさついた声で呼びかける。
「二人分の通行証を」
 なにか言いたげな顔で警らの男は逡巡したが、結局通行証は発行された。
「ありがとう」
 礼を言って鳥居を潜るが、警らは二人を監視するためか、
それとも単純になにか申し伝えたいことがあるのか、二人の後を追ってくる。
 玉砂利が擦れる音がする。花火も今日は鳴り響いてはおらず、
揺らめく提灯だけが、この非常時に場違いなほどに明るかった。
「旦那」
 タカシは返事をしなかった。
 もう何度この道を辿っただろう。
漸く覚えた道を行く最中、何度か警らに声を掛けられたが、ついに会話は成立しなかった。
 やがて辿り付いた置屋は、やはりシンと静まり返っており、格子の中にも男娼や娼婦は皆無であった。
 構わず扉を開ければ、そこには――、楼主が居た。
 楼主は世のざわめきと忙しなさなど何ひとつ知らぬと言った顔で煙草をふかし、
しかしタカシの姿を認めると、視線を鋭く尖らせ煙を吐き出した。
541 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:04:57.32 ID:199uZvbgo
「ここは保育所じゃねぇんだ。そんなチン毛も生えてねぇようなガキをつれて来られても困る」
 自分のことを何か悪く言われたと感じたのだろか、腕の中でシュウが縮こまるのをタカシは感じた。
 だが、シュウには悪いが、今はそんなことに構っている場合ではない。
「――ショウタを、返してもらいに来た。金はいつか耳を揃えて払う。
平和的解決の為に、いくつかの提案も考えていたが、時間がない」
 取り繕ったりご機嫌を窺っている時間はない。タカシは要求を端的に述べた。
「提案、ね」
 楼主は小馬鹿にしたようにして煙を吐き出した。
「店を畳めって? 出資してやるから、もっと治安のいい場所で新たに事業でもしろってか」
 誰かがこちらを嗅ぎまわっているのは知っていた、と楼主は言った。
「あんまり馬鹿にしないで貰いたいねぇ。私は好きでこの店をやっているんだよ」
 その通りであろう。この男が思わずグラつくような話を用意せねば、説得が難しいことは判っていた。
 だからこそ、なにかいい手はないものかと考えていたわけだが――、
結局、『いい話』などと言うものは、浅はかなタカシには思いつかなかったのだ。
 ならばもう、脅すしかない。
 この情に厚い男の、一番突かれたら嫌な部分を、突き倒すしかないのだ。
「このままここに居たらショウタは死ぬ」
「安心しろよ、そんなことにはならない。私の店に居る限りは」
 タカシはかぶりを振った。
 楼主は、未だショウタが何者であるのかを把握していないのだろう。
 ショウタはただのボンボンではない。A社を取り仕切るあの男の孫なのだ。
 だが、その事実を安易に公表できるほど、今現在ショウタを取り巻く環境は安全なものではなくなっている。
 どこに『反水製造機』を掲げるテロリストが潜んでいるかも判らない状況なのだ。
542 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:06:58.58 ID:199uZvbgo
「ショウタは、ただの子供ではない」
「ほう?」
 楼主はなにも判っていない。だから理解できない。
ショウタが今、どんな状態であるのかが、判らないのだ。
 当たり前の事実に、苛立ちが募る。
「詳細は述べることができないが、ショウタは――、政治家だとか、つまりそういう立場にある人間の孫だ」
「それで?」
「――知ってのとおり、今この国では何かが始まってしまった。
ショウタの身にも、いつ何時なにが起こるか判らない状況だ」
 ショウタを目標としたテロが、近々起こるかもしれない。
それは起こるかもしれないし、起こらないかもしれない――、
曖昧さを含ませてそう告げるが、タカシは確信していた。それは必ず起こる。
 敵はおそらく、ショウタの居所など容易く突き止めることであろう。
「国防システムが暴走した」
「ならば国防システムのないこの街に居るほうが安全だろう」
 その通りだ。この街には日本全土に張り巡らされている国防システムが、
例外的に外されている唯一の場所だ。
 システムが脅威だというのなら、寧ろこの場に居たほうが安全なのは、タカシでも判る。
 だが、敵はそれだけではない。
「システムが暴走するように仕向けた者が居る。それは『人間』だ。人間がシステムを狂わせた。
そいつらがここに来ないという保証はない。
この街全体に火の粉が降りかかるかもしれない。勿論、この置き屋にも」
「――脅しているのかい」
 楼主の眼差しがスッと冷えていく。
タカシを小馬鹿にしたように三日月形に細めていた目は、今や鋭利な刃物のようだ。
不快感と拒絶を滲ませた視線に、だがしかし、タカシは怯むことなく「そうかもしれない」と続けた。
 今更取り繕ってどうなるというものではない。
兎に角今は、ショウタの身の安全を確保することが最も大切なことなのだ。
543 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:07:53.07 ID:199uZvbgo
「申し訳ないが、ショウタを返して欲しい」
 シュウを抱えたまま、頭を下げる。
 プライド、ショウタを拒絶したい気持ち――、それらが散り散りになっていく。
 だが、ショウタを受け入れることができない。
拒絶と言うよりも、ただただ、ショウタの存在を『己の子』として受け入れることができないのだ。
 愛している? そんなはずはない。未だにその気持ちは変わらない。
 あの子の手前、ショウタを愛せない? その気持ちも、否定したい。
ショウタを愛せないことは、タカシ自身の欠陥であって、あの子は無関係だ。
 だが、ショウタの命が失われること、それだけは避けたかった。
 愛してはいない。
 タカシの息子は、あの子とこの腕に抱いたシュウだけで、そこにショウタは含まれて居ない。
 では、何故助けたいのか。
 未だタカシはその答えを出せずに居た。
544 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:09:25.69 ID:199uZvbgo

「愛していないと、駄目だろうか」
 タカシはポツリと呟いた。
「ぁあ?」
 楼主が苛立ったように声を荒げた。
「親になることは、きっともうできない」
 ショウタはもうタカシになにも求めていないし、望んでもいない。
 タカシはタカシで、ショウタを受け入れることもできなければ、
そんな存在であるショウタになにかを強制することもできない。
 親子の関係は、まやかしだ。
 たとえ己の遺伝子を受け継いでいたとしても、乳飲み子から片時も離さず育て上げたとしても、
だからと言って一心同体、子が愛しくてたまらない、ということはない。
子もまた同様に、無条件に親を慕うというわけではない。
 おそらく、最初から、タカシは間違えていたのだ。脳を移植された若い身体に引きずられたのか、
それとも元来の性分なのか、タカシの中にある、どうしても昇華できぬ子供染みた拒絶と拘りは、
大いにショウタを傷つけたことだろう。
 それらの過去をなかったことにはできない。
ショウタの胸にタカシが作った傷を塞いでやることはかなわない。
 ならばいっそ、親でもなんでもない立場の人間として、ショウタを保護することはできないだろうか。
 簡単なことだ。
 親になる必要はない。
以前のショウタならばそれを求めていただろうが、彼はもうすでに、親を求めることを諦めた。
 今更そんなもの、熨斗をつけられたとしても彼は必要ないと拒絶することだろう。
 親にはなれない。
 だが、遺伝上のつながりを持つ『他人』として保護をすることならば。
545 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:11:22.65 ID:199uZvbgo
「ショウタに一番近い『他人』として、彼の身柄の保護に全力を注ぎたい」
「それはお前さんのエゴだ。自分の体面を保つためにショウタを手元に置きたいだけだろう。
ふざけたことを言うんじゃないよ」
 楼主がタカシを睥睨した。いや、汚物を見るような目、とでも言うのだろうか。
 彼の目には、タカシに対する怒りと侮蔑で鋭さを湛えた光りが宿っていた。
「そうだ。それに他ならない。だけどショウタが死ぬことは避けたい。
親になれないのだから、命くらいは守ってやりたい」
「勝手なことを言うな! 万が一ショウタが死んだらテメェの寝覚めが悪いだけだろ!」
「その通りだ」
 タカシは頷いた。
 隠すことはできない。
 逃げることも、今はもうできない。時間的余裕がない。
 今はただ、ショウタを守らねばならないという使命感が胸にあった。 
 それはただ、別に逃げ道を作っただけだということも理解している。
問題はなにひとつ解決していないのだから。
 タカシが選んだのは、ショウタの父となることを結局のところは拒絶したままで、
その代わりに自身の体裁を整え『他人』としてできうる最低限の務めを果たすことだ。
 タカシの言動に逐一傷つくことがなくなったショウタにとっては、ただのありがた迷惑に他ならないだろう。
 結局自分本位に生きていることには変わりない。 
「自分の立場が悪くなることも避けたい。自分の所為でショウタが死ぬことも避けたい」
「アンタな……!」
「それが俺にできる『限界』なんだ」
 楼主の顔を見て、タカシは言った。
546 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:13:08.65 ID:199uZvbgo
 タカシは生涯、ショウタに父親として接してやることはないだろう。
 きっとそれは、永遠に覆ることはないはずだ。
 例え500年タカシが生きたとしても。
「取り繕って父親のフリをしてやることさえもできなかった俺に、唯一できることだ。
命を守ることが、俺があの子の為にしてやれる最初で最後の、たった一つのことだ」
 今更、可愛がるフリなどできない。
 今更、善人のフリをすることなどできない。
 ならばせめて、命を守ってやることくらいしか、タカシにはできないのだ。
「……命を守る、なんてたいそれたことをするよりも、愛しているフリをするほうが何ぼも楽だろうが。
私はアンタが理解できないね」
「そんな紛い物、与えられたところで、あの子は気づいただろうよ」
 ショウタは賢い。
 タカシがシュウに注ぐ愛情と、自身に注がれるそれに温度差があることなど、
きっとあの子供はすぐに気づいたことだろう。
 ショウタはそういう子供だ。
 ――だが、ふと、考える。
 偽物の愛情でも与え続けたら、ショウタは笑顔で気づかないフリをしてくれただろうか。
 大人の身勝手を責めることもなく、こんな場所に出奔することもなく、ただ『いい子』を演じただろうか。
 それはそれで、とても残酷なことだ。
 今、タカシに歯向かい自由に行動しているショウタは『本物』だ。
 アンドロイドを父と呼んだときから、ショウタは脱皮し『本物』のショウタになった。
 自身の行動を擁護するつもりなどタカシにはなかったが、
だが、本物のショウタは、今この残酷な経験を通過することによって、漸く発露されたものだとも思えるのだ。 
「そんなもの、与えたところで意味はない」
 嘘は嘘だ。紛い物には温もりがない。
 結局のとこと、ショウタを歪ませる結果に終わることだろう。
「――だが、私の知る限り、あの子はアンタにそれを求めていたよ。偽物でもな」
 楼主は暫く考えこみ、そして溜息を一つ吐いた。
「あの子が拒絶したら、それっきりだ。もうここにも来ないでくれ」
 タカシは唇を引き結んだ。
 頷くことができず、時間が1秒、2秒……、1分と経過していく。
 了承せねば、ショウタと面会することさえも叶わないのだろう。
 不承不承、タカシは頷く道を選んだのだった。
547 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:41:07.47 ID:199uZvbgo
今日はここまで

なんか、すみませんでした
元気です
保守してくださった方、ありがとうございます

全くの外部サイトで申し訳ないのですが
過去作のうちいくつかを乗せたアドレスおいておきます
(非公開中のものもあります)
http://www.pixiv.net/member.php?id=9400707
あとカクヨムにもこの『没落貴族〜』を加筆修正したものがあるんですけど
IDを失念してしまったのでまた今度
タイトルは『そして彼らはひとり記憶の荒野に立つ』に改題してあります
548 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/11/23(水) 11:17:34.22 ID:NKtG+c8SO
スレタイ詐欺
549 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/12/21(水) 20:36:48.32 ID:7RAkgpJo0
ほしゅ
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/24(土) 02:07:00.33 ID:GGsgR2Ac0
お疲れ様です。作者さん、元気ということで安心!お待ちしておりました。
今回も読みごたえあって楽しませて頂きました!いつもありがとうございます。

タカシ本人の口から、ショウタへの思いが語られましたね…
ずっとショウタかわいそうと思っていたので、納得はできないし自己中なヤツだなって気持ちは変わらないけど、
それでも彼なりにショウタのことを考えているということは理解してあげたい。

作者さんを知ったのは別の作品だったのですが、偶然この作品を目にして「もしかして、あの作品の作者さん?」と思い出して
その後過去作品を探して読ませて頂き
作者さんの作品の、話自体も勿論、凝った世界観なども本当に大好きなので、
あらためて過去作品を読めるの嬉しいです。

続きも楽しみに待っています!
551 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/22(日) 01:39:26.11 ID:Ijgc/kL80
ほしゅ
552 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/02/16(木) 01:38:56.45 ID:d9helZXj0
hoshu
553 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/02/26(日) 20:32:57.27 ID:dhbkqUsFo
久しぶりに続き来てたんだね。乙
まだまだ待ってます
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/03/28(火) 20:20:04.42 ID:j5YtEOMz0
ほしゅ
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