魔剣士「やはりフキノトウは最高だ」武闘家「えっ?」

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681 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/11/28(月) 08:02:34.19 ID:tHcpMRvf0
>>680 sage
682 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:09:09.06 ID:sNgVk1I+o
魔剣士と魔道士の字面が似すぎていてややこしいので
魔道士→黒魔道士
です
683 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:13:35.14 ID:sNgVk1I+o

第二十四株 選択する先


魔導槍師「せっかく可愛い妹を連れて帰ることができたのに、」

魔導槍師「国王に私用で呼び出し食らってる隙に案の定誘拐されちゃったんですよねえ」

魔導槍師「というわけで、カナリアを返してもらいに来ました」

黒魔道士「何故ここがわかった……! 発信機は破壊したはずだ」

魔導槍師「カナリアにはお兄ちゃんマークのお守りを渡しておきましたからね」

黒魔道士「発信機は1つではなかったのか……!!」

魔導槍師「カナリアに手を出すこともできなかったでしょう」

黒魔道士「…………」

魔導槍師「ふむ、あそこの岩陰に張った結界に彼女を隠しているようですね」

黒魔道士「我が姪は渡さぬ……!」
684 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:16:56.15 ID:sNgVk1I+o

魔剣士「とりあえずそいつはたのん」

黒魔道士「逃がすか!」

黒魔道士『逃げ惑う憐れな四匹の羊 世を断絶する檻』

奴はかなりの早口で詠唱した。

黒魔道士『目に見えぬ牢獄<プルシッド・プリズン>!』

魔剣士「うわああ出れねえ!」

歌姫「エリウス!」

次女「すごぉぉぉい!」

クレイオーはどうにか逃げられたが、俺達兄妹は閉じ込められた。

歌姫「カナリアさんの元に行きますわ!」

魔剣士「頼む!」

魔導槍師「旧魔術系統の呪術を専門とするオディウム教徒の信者達と違い、」

魔導槍師「あなたは現代魔術を専門としているはず」

魔導槍師「それなのに、わざわざ詠唱の長い旧式の術を使うとは」

魔導槍師「やはりあなたは……相当ムラムラしていますね」

黒魔道士「だからなんだ」

魔導槍師「思っていたよりもこちらが有利だと判明したというだけですよ、イガルク」

アーさんは術名を言わずに中の上レベルの雷魔術を放った。
おかしいな、以前より魔適傾向が上がっているような気が……。

魔導槍師「発動速度ならばこちらが圧倒的に早い!」

黒魔道士「おのれ……!」
685 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:17:48.94 ID:sNgVk1I+o

とにかく巻き添えを食らわないようにしねえと。かなり頑張って精神を落ち着かせる。

魔剣士「守護の壁<プロテクション・バリア>」

魔剣士「あーだめだ……脆いのしか張れねえ……」

次女「古い魔術ならムラムラしてても使えるの?」

魔剣士「ええと……」

携帯でネットに接続して調べた。

魔剣士「現代魔術よりは比較的発動成功率が高いらしい」

次女「へえぇ!」

雷がバリアに当たってバチリとでかい音が鳴った。

魔剣士「ひぃ……」

さっきは現代魔術も使っていたから、ある程度は性欲を制御できるのかもしれないが、
やはり術名を言うだけの現代魔術は不発が多いようだ。

成功率の高い旧魔術の方が安心して使えるのだろう。
686 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:18:30.71 ID:sNgVk1I+o

アーさんそっくりだし、「我が姪」とか言ってたし、マリナさんの兄弟っぽいなあの人。
アーさん(金髪)を黒髪にして眼鏡をとって老けさせたら絶対あんな感じだ。

魔剣士「バリア五重にしとこ……」

恐れで乱れた精神では、弱いバリアを重ねる程度の自衛しかできない。

次女「雷いっぱいで綺麗だねー!」

魔剣士「…………」

黒魔道士「その力は一体どうやって手に入れた……!」

黒魔道士「おまえの瞳はそのような色ではなかったはずだ」

魔導槍師「簡単なことですよ。後天的に魔適傾向を上げたのです」

魔導槍師「『他人の魔適傾向を上げる能力をもつ魔適体質者』に協力してもらいましてね」

魔剣士「それ国際法違反じゃ」

魔導槍師「カナリアが攫われて漸く許可が下りたんですよねー」

イガルクとかいう人が術を発動する前に、アーさんは中・上級の術であいつを嬲っていく。

魔導槍師「カナリアを見て母はたいそう嘆いていましたよ」

魔導槍師「娘“も”あなたと同じになってしまった、と」

魔導槍師「まあ私はまだなんの罪も犯していないので同類扱いはされたくないのですがね!」

黒魔道士「ぐあああああ!!」
687 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:19:23.87 ID:sNgVk1I+o

魔導槍師「よくも私の可愛い妹に穢れたあなたの魔力を注ぎ込んでくれましたね」

黒魔道士「…………」

魔導槍師「……ボロ雑巾が」

イガルクは一瞬気を失ったようだが、すぐに起き上がって小さな突風をアーさんの顔にぶつけた。
アーさんの眼鏡が吹っ飛ぶ。

黒魔道士「くくく……やはり大きな力をもった者は過信で動きが大振りになるな」

黒魔道士「そして、視力の弱い者は眼鏡を失った途端精神を乱す」

魔導槍師「…………」

黒魔道士「さあ、我が闇に包まれるがよ」

魔導槍師「あれ、伊達なんですよね」

魔導槍師「圧・神の雷霆<コンプレッセト・ケラウノス>」

次女「わあ! おっきい雷!」

魔剣士「雷系最強の攻撃魔術じゃねえか!! 圧縮してなきゃ余裕で町一個余裕で吹っ飛ぶぞ!!」

そんだけすごい術を食らっても、イガルクはまだ息があるようだった。しぶとい。

魔導槍師「何故私が眼鏡をかけているのか教えて差し上げましょうか」

魔導槍師「あなたに似ているからですよ」
688 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:19:54.09 ID:sNgVk1I+o

ゴッ

魔導槍師「父は私を母似だと言って可愛がってくれましたが、」

ドゴッ

魔導槍師「成長するにつれ、母は私の顔を直視しなくなりました」

ゴスッゴスッ

黒魔道士「ゲフッ!」

魔導槍師「そしてある時、両親の会話を聞いてしまったんですよね」

魔導槍師「母は、自分を穢した憎き兄に似た私の姿を見るのが怖いのだそうです」

ガッ

黒魔道士「う、くっ……!」

魔導槍師「だから私は私の顔を嫌いました」

アーさんはこれでもかというほどボロボロのイガルクを足蹴にしている。怖い。

魔導槍師「あー憎いですねー、あなたが。あなたに似て生まれた己の存在が」

黒魔道士「く……くくく…………はははははははは!」

魔導槍師「……何を笑っているのです」
689 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:20:27.48 ID:sNgVk1I+o

黒魔道士「おまえは私に似ている。姿形だけではない。精神そのものもだ」

黒魔道士「やがておまえの理性は蝕まれ、性欲を抑えられなくなる」

魔導槍師「…………」

黒魔道士「おまえはいずれ私と同じ罪を犯す。必ずだ」

魔導槍師「……黙りなさい」

黒魔道士「もう20は越しているだろう? 臨界点は近いぞ」

魔導槍師「黙れと言っている!」

アーさんが手をかざすと、イガルクの口から煙が上がった。

魔導槍師「……もう安心していいですよ。喉を焼きました。もう魔術は使わせません」

魔剣士「ヒェッ、ソッスカ」

次女「つよいつよーい! すごおおおい!」

魔導槍師「…………」

魔導槍師「私はいつか、罪を犯す…………」

魔導槍師「…………悍ましい血だ」
690 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:20:53.76 ID:sNgVk1I+o

次女「カナリアお姉ちゃんいないよー? クレイオーちゃんも」

魔剣士「まさか……」

魔導槍師「……イガルクを片づけるのに時間をかけすぎたようですね」

魔導槍師「他の呪術師に連れ去られたのでしょう」

重斧士「おい、カナリアは……」

魔剣士「あ…………」

重斧士「! エリウス」

魔剣士「…………」

重斧士「おまえ、無事だったんだな」

魔剣士「っ……」

気まずさに耐え切れず、俺は目を背けた。
あいつが寝ているすぐ横で、あいつの想い人に犯されたんだ。まともに顔を見ることができない。
691 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:21:31.35 ID:sNgVk1I+o

次女「ねえねえ、お姉ちゃん達探しに行かなきゃ!」

魔導槍師「……発信機の魔導波を遮断されているようです」

重斧士「……あっちだ!」

魔導槍師「便利ですねー、そのブレスレット」

次女「あれ雑貨屋さんで売ってるの見たことあるー」

次女「持ち主のところまで連れてってくれるんだって」

魔剣士「カナリアが持ってた奴だ」

魔剣士「魔力は本体の元に戻ろうとする性質があるからな」

魔剣士「それを利用しているんだろう」

次女「ぼく達も助けに行こ!」

魔剣士「っ…………」

魔剣士「おまえは兄ちゃんと一緒に逃げるの!!」

次女「えー…………」
692 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:22:11.68 ID:sNgVk1I+o

白旅人「エリウスさん!」

魔剣士「無事か!?」

白旅人「ええ、どうにか」

白旅人「リモンは眠らせ、この国の兵士さんに保護していただきました」

魔剣士「クレイオーとカナリアが奴等に捕まってる」

魔剣士「ガウェイン達と一緒に助けに行ってくれねえか」

白旅人「……わかりました」

敵を薙ぎ払い、岩陰に隠れながら丘を登る。

魔剣士「ほら!」

次女「んー!」

ルツィーレに手を伸ばしたところで、すぐ近くの岩壁に何かが勢いよくぶつかって大量の石片を弾き飛ばした。

兇手「ぐあぁ!!!!」

魔剣士「うわやっべ」
693 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:22:43.51 ID:sNgVk1I+o

戦士「レザール!!」

兇手「くっ……」

父さんがでかい火の玉を宙に作っている。

魔剣士「待って待って今魔術使われたら俺達も巻き添え食らっちゃう!」

戦士「うわああいつの間にそんなところにいたんだおまえ達!」

兇手「足止めの氷<コンファインメント・アイス>!」

魔剣士「あばばばばば」

兇手「これで攻撃できまい!」

兇手「回復までの時間稼ぎに使わせてもらうぞ」

次女「…………」

次女「あ、そうだ!」

次女「白く灼ける炎 身を焦がす恋慕のように 熱き心を炭と化せ!」

次女「ヴァイス・フランメ!」

兇手「っ!? なんだこの強烈な胸焼けは」

兇手「うっ」

魔剣士「…………」

魔剣士「……おまえ今何したの?」

次女「あははは〜アニメの主人公の真似したら変なのできちゃったあ〜」

戦士「嘘だろ…………」
694 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:23:43.43 ID:sNgVk1I+o

兇手「俺はただ……力比べをしたいだけなのに……またしても邪魔が…………」

次女「かっこよく光線出したかったのにな〜」

戦士「戦闘不能になるほどの胸焼けを引き起こすとは……」

魔剣士「どんな原理で発動できたんだろ……」

魔術はただ呪文を唱えれば発動できるというものではない。

戦士「……今度こそ逮捕だ。脱獄はさせないぞ」

兇手「…………」





それから数時間経ち、争いは一応鎮静化した。

魔剣士「……疲れた」

戦士「……はあ」

魔剣士「オディウム教徒のリーダー格とか見つかんなかったの?」

戦士「ああ……上層部の人間はさっさと逃げたらしくてな」

戦士「だが、捕まえた連中から情報を聞き出せそうだ」

ルツィーレの世話を父さんの部下に任せて、ちょっと村を出歩くことにした。
695 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:24:46.05 ID:sNgVk1I+o

白旅人「あまり顔を見ないでください。不気味でしょう」

歌姫「…………」

クレイオーがメルクの顔をがしっと掴んだ。

歌姫「これくらい近くで見れば、虹彩と白目の境界がよくわかります」

歌姫「不気味なんてことはありませんわよ」

いい雰囲気のようだ。
邪魔をしちゃ悪いだろうと思って黙って去ろうとしたのだが、クレイオーに呼び止められた。

歌姫「エリウス。そちらも逃げ切れたようで、安心しましたわ」

魔剣士「まだ気を抜くわけにはいかねえけどな」

白旅人「いつ残党が襲ってくるかわかりませんからね」

歌姫「……カナリアさんのお兄様、随分とお強いのですね」

魔剣士「あの人マジ怖い……」

カナリアから離れたことに関して責められないかと俺はビクビクしている。

魔剣士「カナリアの様子、どうだった?」

歌姫「正気に戻られたようですわよ。しかし、悲しげな目をしておられました」

魔剣士「……そうか」

歌姫「伯父君の魔力を注ぎ込まれ、欲望を暴走させられていたと聞きました」

歌姫「親族であるが故に魔力の親和性が高く、取り除くのは大変だったそうですわ」

歌姫「攫われる前には解術が完了していたそうですが……」

武闘家「あ……」

魔剣士「っ……!」
696 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:31:41.72 ID:sNgVk1I+o

武闘家「あのね、エリウス、あのね」

魔剣士「…………」

武闘家「あたしね、あなたがいなくなった日のこと、よく憶えてないの」

武闘家「でも、自分が何をしたのかはなんとなくわかってて……」

武闘家「ごめんなさいっ…………」

カナリアはポロポロと涙を零した。

こいつは、好きであんなことをやったわけじゃない。
でも、顔を見ると反射的に恐怖が蘇って、声を出せなくなる。

魔剣士「…………」

俺はただカナリアの頭をぽんぽんと軽く叩いて、その場を去った。
697 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:32:07.09 ID:sNgVk1I+o

花壇の煉瓦に腰を下ろして溜め息をついた。
胸が緊張で苦しい。

重斧士「おい」

魔剣士「えっ!? いつの間に」

重斧士「おまえが来る前から俺はここにいたんだが」

魔剣士「…………」

全然周りが見えていなかった。

魔剣士「……勝手に消えてごめん」

重斧士「別に責めちゃいねえだろ」

魔剣士「…………」

重斧士「あいつを助けに行って、んでまた気持ちを伝えたんだが」

重斧士「しばらく時間がかかるかもしれないけど、それでもいいか……って」

重斧士「前向きな答えを貰えたぞ」

魔剣士「そうか。……おめでとう」

重斧士「おう。まあまだお兄様公認じゃあねえけどな」

魔剣士「アーさんは絶対厳しいぞ……」
698 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:32:33.71 ID:sNgVk1I+o

魔剣士「ヴィーザルが来てなくてよかったな」

重斧士「まったくだ」

いたら絶対口を挟んできていただろう。

魔剣士「……俺とカナリアの間に何があったのかは」

重斧士「なんとなく察してるぞ」

魔剣士「…………」

魔剣士「あいつの身体、綺麗だから」

重斧士「じゃなけりゃカナリアの兄貴がもっと荒れてただろうな」

魔剣士「ああ、あの人ならそういう情報も魔力から読めるだろうな……」

魔剣士「…………」

重斧士「カナリアの兄貴もおまえを責める気はねえみてえだぞ」

重斧士「『これは仕方ありませんねーはぁー』って感じでよ」

魔剣士「…………」
699 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:33:10.10 ID:sNgVk1I+o

重斧士「おまえ、カナリアとは会ったのか」

魔剣士「さっき会った」

重斧士「どうだったんだ」

魔剣士「……まともに話せなかった」

魔剣士「どうしてもさ、顔見ただけでもつらいんだ」

魔剣士「……いつか、何年か経って、つらい記憶が薄れた頃にさ」

魔剣士「何事もなかったかのように、また友達になれたらな……って」

魔剣士「そう思う」

重斧士「そうか」

魔剣士「……おまえって大人だよな」

重斧士「そりゃおまえよりは年上だからな」

魔剣士「いくつだっけ」

重斧士「18だ」

魔剣士「同い年じゃねえか」

重斧士「来月で19なんだよ」

魔剣士「そっか」
700 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:33:38.58 ID:sNgVk1I+o

宿に行って、父さんとルツィーレにユキを紹介した。

次女「一億歳差のカップルだね〜すごいね!」

魔剣士「ユキは永遠の16歳だからぁ!」

白緑の少女「エリウスさん……」

戦士「……すごい子と恋人同士になったんだな」

戦士「大事にするんだぞ」

魔剣士「もちろん!!」

実体化しているユキを抱きしめた。甘い花の香りがする。

魔剣士「ん〜〜」

白緑の少女「ご、ご家族の前ではしたないですよ」

白緑の少女「人はそう感じるものなのでしょう?」

魔剣士「そうだけどぉ〜」

戦士「精霊のユキさんの方が人間の常識ありそうだな……」

白緑の少女「長い時間の中で、ずっと人の生活を見守っていましたからね」

白緑の少女「若き日のあなたがアクアマリーナに訪れた日のことも覚えていますよ」

戦士「え? なんだか恥ずかしいな……」
701 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:34:08.52 ID:sNgVk1I+o

翌朝。外に出ると、メルクやガウェイン達が何やら集まって談笑していた。

白旅人「初恋は司書のお姉さんでしたね……」

武闘家「騎士のお兄ちゃんだったなあ……初恋っていうか、憧れだったんだけどね」

武闘家「クレイオーさんは?」

歌姫「……お、覚えてませんわ!」

クレイオーは頬を赤く染めた。
あいつの初恋の相手? 心当たりはないな……まずあんまりあいつに興味なかったし。

重斧士「そもそも身内以外に女がいなかったな……。俺は自分をゲイだと思い込んでたんだが、」

重斧士「今思えば男に恋をしたこともなかった気がするしよ」

重斧士「だからカナリアが初恋だ」

武闘家「ちょ、ちょっと! オープンすぎ!」

武闘家「ねえ、お兄ちゃんは?」
702 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:35:06.87 ID:sNgVk1I+o

魔導槍師「初恋ですかー……」

魔導槍師「幼い頃、私はとある女性に恋をしました」

魔導槍師「煌びやかな金の髪、青い瞳、薔薇のような唇…………」

魔導槍師「私は彼女を見かける度に必死に追いかけましたが、彼女の素性を知ることはできませんでした」

ストーカーじゃねえか……?

魔導槍師「しかしある時、魔感力が冴えてきた頃……私は気がついてしまったのです」

魔導槍師「彼女が女装をした実の父親であることに」

武闘家「え……」

魔導槍師「ショックでしたねー……」

武闘家「いやあああああああああああああ!!!!」

魔導槍師「それ以来、私は女装の達人しか愛せなくなってしまいました」

武闘家「そこまで訊いてないから!!」

うわあ。
703 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:35:36.10 ID:sNgVk1I+o

重斧士「こ、広義のゲイなのか?」

魔導槍師「いいえ。異性愛者です」

魔導槍師「しかし、本物の女性は何かしら男を幻滅させる要素をもっているでしょう」

魔導槍師「それに対し、女性になりきった男性は男性の理想を最大限に再現していますからね」

魔導槍師「純女(じゅんめ)よりも女性らしく、それでいて男への理解もある」

魔導槍師「最高じゃないですか」

武闘家「やめてお兄ちゃん!!」

白旅人「いわゆるトラニーチェイサーですね」

専門用語が出てきてもうわけがわからない。

魔導槍師「そこで聞き耳を立てているエリウス」

魔剣士「え」

魔導槍師「あなたは妙に私を恐れているようですが……」

魔導槍師「私、あなたの女装の腕前だけは認めているんですよ」

魔剣士「…………」

魔剣士「ひいいいいいいいい!!」

本気でゾッとしたから、俺は震える脚をどうにか前に出してその場から逃走した。
704 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:36:03.69 ID:sNgVk1I+o

魔剣士「ユキ〜……!」

白緑の少女「どうしたのですか、エリウスさん。そんなに怯えて……」

魔剣士「未知の業界の人間に未知の業界へ引きずり込まれそうな感じがしたー!!」

白緑の少女「よしよし……」

あの人の前では絶対に女装しないと俺は誓った。

次女「むか〜しむかし、あるところに」

ルツィーレはこの村の子供達を捕まえて昔話を聞かせているようだ。

次女「玉無しのおちんちんが住んでいました」

は?

次女「玉無しおちんちんはお母さんおっぱいに訊きました」

次女「『どうして僕には玉がないの?』」

他人の振りしとこ……。

〜〜〜〜


戦士「おいエリウス」

魔剣士「ん」

戦士「これから遺跡の調査に行くんだが」

魔剣士「あー俺も手伝う」
705 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:36:35.37 ID:sNgVk1I+o

戦士「ルツィーレを頼む」

魔導槍師「ええ」

次女「ねえねえアークイラお兄ちゃんのおち」

魔剣士「こらー!!」

魔導槍師「サイズには自信があるんですよ」

次女「見せて見せてー!」

魔導槍師「ははは、それはちょっと」

もう……もう知らない…………。



戦士「っ止まれ!」

車に乗り込み、父さんの部下やこの国の兵士達と村を出た直後、呪術師達が姿を現した。

戦士「…………!」

奴等の内の一人は……ぐったりした母さんを腕に抱えていた。

四女「とーしゃ、にーいーに!」

末の妹も少し離れた所にいる別の呪術師に抱きかかえられている。

戦士「貴様等……!」
706 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:37:08.77 ID:sNgVk1I+o

勇者「う……」

呪術師「くくく……かつての勇者も弱ればただの女。捕らえるのは容易であった」

ルツィーレが誘拐されたせいで、母さんは寝込んでいた。

まともに戦える状態ではなかったのだろう。

魔剣士「あいつ、なんで母さんが勇者だったってことを……」

呪術師「ここは通さぬぞ。動けば……この者達の血を見ることになる」

戦士「…………」

魔剣士「なっ……!」

呪術師達は皆臨戦態勢をとっており、そして実力は相当なものだろう。
下手に動くことはできない。

戦士「……奴等の目的は、足止めだけじゃない」

戦士「激しい憎しみを抱えた復讐者を生み出そうとしているのだろう」

戦士「『蜜の八年間』……それは、アルカさんが復讐の旅をしていた期間だ」

父さんは不思議と冷静さを保っている。

呪術師「あれは良き時代であった」

呪術師「魔族により世には憎しみが溢れ、極上の復讐者が誕生した」
707 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:40:49.79 ID:sNgVk1I+o

呪術師「勇者ナハト……復讐のためだけに生きた鬼神」

呪術師「世を憎む破壊の化身と化した勇者ナハトを取り込み、オディウム神は復活を遂げるはずであった」

呪術師「おまえとの接触さえなければ、我等の悲願は果たされていたのだ!」

戦士「聖玉の波動をもった人間の復讐心は最高の養分らしい」

戦士「復讐心に己を支配されるんじゃないぞ。何があってもだ」


このままじっとしていても、誰かが奴等に殺されてしまう。
俺は奴等に気づかれないよう、こっそり奴等の足元の草の精霊に頼んで呪術師の一人を転ばせた。

「おい誰だ俺の足引っ張ったの!」

「俺じゃないぞ!」

「気を乱すな!」

隙が生まれたその瞬間、父さんは剣を抜いて走り出した。
奴等はすぐにでも態勢を整え直すだろう。一人で二人共を助けることは困難だ。

だが、俺は父さんが迷わず向かう先がわかっていた。
だから、俺も迷わずに行く先を選択することができる。

俺は勢いよくアクセルを踏み込んだ。
708 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2016/11/30(水) 18:41:38.42 ID:sNgVk1I+o
kokomade
遅くなって申し訳ない
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/11/30(水) 19:41:09.72 ID:kabQncpA0
アーさんもそりゃ人格ひん曲がるわなwwww
710 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/11/30(水) 19:47:14.91 ID:wTm1ew6uO
711 :sage :2016/12/15(木) 21:09:34.73 ID:lPzzHx0Q0
保守
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/19(月) 05:25:29.53 ID:LG6xGbIX0
保守
713 : ◆qj/KwVcV5s [sage]:2016/12/31(土) 00:15:04.64 ID:NrIwBDw4o
生存報告
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/31(土) 02:09:26.49 ID:HAn5qCcA0
書きため中かなww
715 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/01/10(火) 07:52:58.50 ID:27Yela8IO
わたしまーつーわー
716 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 19:54:45.37 ID:yl2oRthUo

第二十五株 憎悪の開花



呪術師を跳ね飛ばす勢いで、俺はラヴェンデルに向かって集団に突っ込んだ。

魔剣士「ユキ!」

白緑の少女「ええ!」

助手席から実体化したユキが手を伸ばす。彼女の株を乗せていてよかった。

「ぐぁっ!」

魔剣士「ラヴェンデルは!?」

白緑の少女「怪我はないようです」

四女「にー! にー!」

魔剣士「あー……よかった」

人を轢く衝撃を気にする余裕もなく、俺は車を飛ばして奴等から距離をとった。
717 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 19:57:55.00 ID:yl2oRthUo

まだ安心はできない。呪術師の連中は既に反撃の準備をしている。
父さんは……上手いこと母さんを奪取できたようだ。

父さんがこの世で最も大切に思っているのは母さんだ。
いざという時に迷わないよう、子供に対しては常に精神的に距離を置いている。

父親としての責任は果たしてくれているし、人並みに可愛がってはくれるが、
いつでも割り切れるよう情が移り過ぎないようにしているらしい。そういう人だ。

それを特に不満に感じたことはない。ちょっと寂しく感じたことがある程度だ。
718 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 19:59:05.40 ID:yl2oRthUo

素晴らしいハンドルさばきで呪術師達の術をかわす。
見たところ優秀な呪術師達のようだが、術の精度が不自然な程低い。

焦っているためだろう。


こっちの戦力は父さんと俺とその他兵士。向こうは呪術師二十数名ほどだ。

アーさんやメルクはカナリアやルツィーレを守るために村から離れられない。
あっちも別のグループに襲われている。
719 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 19:59:47.37 ID:yl2oRthUo

父さんは母さんを抱えながらも俊敏に動いて炎弾を打っている。すごい筋力だ。

幸いこの辺りは草がそこそこ生えている。
魔力を通して精霊達にメッセージを送り、俺も遠隔で術を発動しつつ呪術師達の攻撃を避けた。

呪術師達がてんやわんやしている隙に父さんの部下達が物理攻撃で更に敵の戦力を削いでくれる。


ザンッ!


車体に風の刃が叩きつけられた。
防護壁を張っているから傷はつかなかったが、衝撃そのものを防ぎきることはできなかったようだ。

ガタガタと音を立てて緑の車体は動きを止めた。

魔剣士「ちょ……俺のエメラルド号ー!」

白緑の少女「精霊達に応急処置をしてもらいます!」
720 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:01:10.89 ID:yl2oRthUo

精霊達は車の構造なんて把握していない。つまり修理してもらうことは不可能だ。
壊れた車を精霊の力で無理矢理動かすことになる。

とりあえず寄ってきてくれた精霊に魔力を分け与えた。

魔剣士「やばいやばいやばいってあー! なんか敵増えてる!!」

瞬間転移術を使ったのか、呪術師がまた二十名ほど増えていた。
容赦なく俺達に向かって呪術が放たれる。


母さんの叫び声が聞こえた。完全に意識を取り戻したらしい。

四女「かーしゃ、かーしゃ!」

魔剣士「わああじっとしてろラヴェンデル!」

車が動き始めたところで、ニタニタと笑う立派なローブを着た老人が現れた。

主教「いいぞ……殺せ! 憎しみの華を咲かせるのだ!」

魔剣士「冗談じゃねえ!!!!」

精霊ブーストで走る車はやや動きがぎこちないがパワーはある。
721 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:01:40.30 ID:yl2oRthUo

主教「さあ早く!」

司祭「遺跡の守護結界の発動は完了しました」

司祭「しかし、殺してしまって本当によろしいのですか」

主教「聖玉の波動をもつ者なら他にもいる。また捕らえればよい」

司祭「いくら強力な結界を張っても、勇者ナハトには破られてしまうかもしれませぬ」

司祭「遺跡を失えば、儀式を行うことができなくなってしまうでしょう」

主教「全盛期の力はない。力をもたぬ復讐鬼は養分にしか成り得ぬ」

奴等は朔の日の夜に儀式を行い、ルツィーレがもつ聖玉の波動を最大限に高め、
聖玉の結界にぶつけようとしていた。

もし成功していたら、魔族が復活してこの世には憎しみが溢れる上に、
母さんはルツィーレを失ったことで再び復讐者になる。

オディウム教にとっては一石二鳥だっただろう。
722 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:02:06.17 ID:yl2oRthUo

すげえイライラしてきたから、琥珀で魔力を増幅して幹部と思われる連中に向かってでかい攻撃魔術を放ってやった。
父さんのでかい炎弾で攻撃された直後だったから、タイミングよく命中させることができた。

主教「うぐっ! おのれ……!」

司祭「づっ……」

腹が立ちすぎて逆に集中力が上がっている。
普段は運転しながら強力な術を発動するなんて器用なことはできない。

ついでにトリカブトの毒も撒いてやったのだが、
すぐに魔導器で防がれ、致死量を体内に流し込むことはできなかった。

司祭「げ、解毒を……!」

新たに現れた呪術師達の半数がその場に倒れ、中には嘔吐する者もいた。ざまあ。
嘔吐していない奴も手足の痺れでしばらくは動けなさそうだ。
723 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:02:32.73 ID:yl2oRthUo

白緑の少女「彼等……トリカブトを解毒する術をもっているようですね」

魔剣士「解毒剤も解毒術もまだ開発されてねえのにな……呪術やべえわ」

主教「オディウム神の加護を最も強く受けたこの私が直々に手を下してやろう!」

空気がピリピリと張りつめた。まずい。どうにか発動を食い止めねえと。

白緑の少女「駄目です! 結界に阻まれて攻撃が一切通りません!」

魔剣士「やべえ!」

戦士「防御に集中しろ!!」

魔剣士「ユキ!」

白緑の少女「はい!」

聖玉の波動持ち同士が力を合わせると、特殊な反応が起きて術が強力なものになるらしい。
ユキの魔力は、聖玉のプロトタイプである聖結晶の波動を濃く編み込んでいる。

互いの力を合わせれば強力な守護壁を張れる……と思ったのだが、
あくまでここにいるユキは少しの力しかもっていない分身だ。

強大な力を誇る本体じゃない。
植物を活気づかせる俺の魔力を大量にユキに流し込み、やっとの思いで強固な結界を生み出した。
724 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:03:00.02 ID:yl2oRthUo

老人の呪術が発動した。この世を呪う死の波動が雷のように宙を裂く。

魔剣士「どうにか持ちこたえてくれ……!」

何度も黒い柱が結界と衝突する。右腕が痺れて弾けそうだ。
ユキの肩を抱える左手から、ユキが受けているダメージが伝わってくる。

白緑の少女「浄化……しきれません……!」

魔剣士「くっ……」

結界にひびが入った。琥珀を通す魔力の量を増やす。

魔剣士「あっ」

琥珀が激しく瞬き、目映い閃光を何度も放ち始めた。

四女「ひゃっ」

魔剣士「まずい暴走する!!」

魔力の爆発を防ぐため、咄嗟に琥珀の使用を中断した。
725 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:03:34.75 ID:yl2oRthUo

溢れた生の波動が木の枝となって伸び、黒い柱をいくらか防いだが、
俺が魔力の放出をやめたことで結界が弱まってしまった。

ユキとラヴェンデルを庇った瞬間、守護壁の欠片がガラスのように散った。
死の波動に体を撃たれる。

魔剣士「ってえ……」

四女「ふあ……にいに……うああああああああん!!」

魔剣士「急所には当たってないからっ……大丈夫だって」

白緑の少女「すぐに浄化を!」

魔剣士「そんな余裕はなさそうだぞ」

老人はでかい呪術を撃った直後で膝をついているが、部下達が次の攻撃の準備を終えていた。
痛む足でアクセルを踏む。

体のあちこちから血が流れるが、そんなことは気にしていられない。

「ええい、ちょこまかと!」

「あつっあつっ誰かヘリオスを止めろ!!」
726 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:04:06.41 ID:yl2oRthUo

再びさっきの術を放たれたら勝ち目はない。
あれは、イガルクとかいう人のよりも鋭い闇だった。

血に視界を塞がれ、何度も瞬きを繰り返すと、前方に白い軍服を着た兵士が見えた。
味方だ。轢くわけにはいかない。急ハンドルを切る。

ガツッ

でかい石を踏み、車体が浮いた。玉がヒュンとする。
左のタイヤが先に地面と接触した。

横転こそしなかったが、大きな隙が生まれ、鋭い棘で車体が刺された。

白緑の少女「……もう精霊の力を借りても走れません!」

呪術師「娘は貰うぞ!」

呪術師はまるで氷の上を滑るかのように移動し、ラヴェンデルに手を伸ばした。
庇おうとしたユキが振り払われ、実体化が弱まる。

魔剣士「させるかよ……!」



あれ、おかしいな。

歩けねえ。
727 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:04:46.38 ID:yl2oRthUo

脇腹に激痛が走る。目をやると、そこには闇が纏わりついていた。

四女「や! やーあー!!」

魔剣士「ラヴェンデル……ラヴェンデル!!」

主教「よくやった」

司祭「私が手を下しましょう」

主教「よかろう。さあ見よ、かつての勇者よ! 己の子がこの世から消え去る様を!!」

勇者「嫌……いやあああああああああ!!!!」

戦士「くっ……アルカさん!」

父さんも深い傷を負っている。

魔剣士「やめろ!!!!」

司祭「哀れな子羊 幼き娘よ」

司祭「其方は憎しみの糧 新たな時代の礎と成れ」

黒なのか白なのかわからない雷が、ラヴェンデルを撃った。

それと同時に、力が暴走しかけた影響なのかどうかわからないが、
琥珀越しに俺の魔力がどっと抜けた。手に力が入らなくなる。


幼い悲鳴が響き、末の妹の姿は消え去った。



守れなかった。


俺の力不足で。
728 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:05:20.26 ID:yl2oRthUo

ちくしょう……ちくしょう……!!
腹の底から怒りが込み上げる。何よりも憎いのは自分自身だ。


ただただ茫然とする母さんを、父さんが支えていた。
やがて母さんの目に憎悪の色が表れる。

主教「よいぞ……憎しみの波動じゃ……!」

司祭「オディウム神を祀る遺跡が近いこの土地で開花させることができました」

司祭「この波動はすぐに我等が神の糧となるでしょう」

主教「これで……これで漸く我等の時代が訪れるのじゃな」

主教「オディウム教の繁栄の時代じゃ!!」

勇者「よくも……よくも……」

勇者「…………殺してやる!!!!」
729 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:05:55.41 ID:yl2oRthUo

主教「漲る……漲るぞ! もう少しで我が神は復活する!」

空に黒い靄が現れた。まるでカラスの大群だ。

戦士「エリウス、母さんを気絶させてくれ!」

魔剣士「っ……気絶<フェイント>!」

勇者「っ――!」

……父さんは、至って冷静に判断を下した。黒い靄の増加が止まる。

呪術師「旭光の勇者ヘリオスからは、憎悪の波動が放たれていないようです」

呪術師「在るのは……静かでありながら激しい怒り」

主教「馬鹿な!! 我が子を目の前で殺されていながら冷静さを保つなど!!」

司祭「子を愛していなかったというのか!?」

魔剣士「ちげえよ……!」

父さんはただ……子供を見殺しにする覚悟ができていただけだ。
俺達は愛されていないわけじゃない。

主教「その男も殺せ!! 流石に2人も失えば少しは取り乱すだろう!」

司祭「しかし、エリウス・レグホニアは生かしておけば糧となるでしょう」

主教「奴は大精霊の力を秘めておる。あまりにも危険じゃ」

司祭「わかりました」

男が俺に向かって杖を掲げ、再び呪文を唱え始めた。
730 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:06:23.65 ID:yl2oRthUo

魔剣士「母さん! ずっと素直になれなくてごめん!」

魔剣士「俺、本当は母さんのこと大好きだから!!」

魔剣士「母さん…………」

気を失っている母さんに向かって、俺は虚しく叫んだ。

あー、俺もここで終わるのか。親孝行したかったのにな。

最後に悪足掻きでもしようと思ったが、
また琥珀に魔力を吸い取られ、大量に放出された。

もう、俺にできることは何も残されていない。体中が痛む。

起き上がったユキが俺に寄り添った。彼女は弱々しく消えかかっている。
俺達は互いの手を握り合い、見つめ合い、そして静かに目を閉じた。


激しい重力に引きつけられるような、無重力の空間に放り出されたような、
未知の感覚に襲われた。
731 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:07:02.91 ID:yl2oRthUo























732 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:07:57.32 ID:yl2oRthUo

魔剣士「……ここが天国かあ。緑が溢れてるんだな」

周囲には草原が広がっている。近くには森もあった。

魔剣士「はあ……意外と痛くなかったな……」

魔剣士「父さん……母さん……ラヴェンデル……ユキ……」

魔剣士「こんなことなら、カナリアとしっかり仲直りすればよかったな……」

白緑の少女「あの……エリウスさん」

魔剣士「はは……愛車も一緒に天国来てるのか……」

白緑の少女「エリウスさん!」

魔剣士「あれ……なんでユキまで天国にいるの」

姿は見えないが、声だけが苗から聞こえている。

白緑の少女「生きてるみたいですよ」

魔剣士「え?」

瞬きをして、よく景色を見渡した。
寒い地方に多く分布している針葉樹がたくさん生えている。
草もよく観察した。

魔剣士「この植生……おそらくセーヴェル大陸の真ん中より北らへんの土地だ……」
733 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:09:41.26 ID:yl2oRthUo

魔剣士「……なんで?」

白緑の少女「……何故でしょう」

白緑の少女「さっき、不思議な力を感じたのですが、私も弱っていたので……」

白緑の少女「はっきりと感じ取ることはできませんでした」

傷は治ってはいないが、闇がいつの間にか浄化されていた。

魔剣士「あっちに町があるな。行ってみるか……車修理してえし」

街道を走っていた高級車が俺達の目の前で止まった。
中から出てきたのは初老の気品のある貴族だ。

貴族「そこの君、血だらけじゃないか。一体どうし……」

貴族は俺の顔を見た途端に眉をひそめ、涙を流して俺に抱きついた。

貴族「う……うぅぅぅ……うぁあああ」

魔剣士「あの……」

一体なんなんだ。とてつもなく逃げたいがそんな気力は残っていない。

貴族「あぅ……ぁ…………ずまながっだ…………あぃじでだのに……」

魔剣士「すみません、俺そういう趣味ないんすけど……」

貴族「アルカ……ディア……」

魔剣士「んえ?」

知っている名前が聞こえたところで、俺は体力が尽きて意識を失った。
734 : ◆qj/KwVcV5s [saga]:2017/01/11(水) 20:10:27.75 ID:yl2oRthUo
kokomade
735 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/01/11(水) 21:17:42.44 ID:lKVUEA5Z0
736 : ◆O3m5I24fJo [sage]:2017/02/10(金) 22:00:14.36 ID:A4DH+0Roo

番外編スレでやらかしたので新しいトリップ使います
737 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/02/21(火) 14:40:39.91 ID:EhQodqGA0
まだか?
738 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/03/07(火) 22:54:59.03 ID:sJ27/pgnO
待ってる
739 : ◆O3m5I24fJo [sage]:2017/04/04(火) 21:36:01.29 ID:HPLoS3P1o
生きてますすみません
今月中に更新できたらいいな……
740 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 16:49:33.05 ID:BUrDLkIS0
741 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 19:28:38.28 ID:oh72yMapo
生存報告乙
ゆっくり待ってるよ
742 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:12:42.19 ID:Io1ZmpR2o

第二十六株 インドールとかスカトールとか


甘いバラの香りがする。
目を開けると、品のあるデザインの天井が見えた。金持ちの館だろう。

上体を起こした。

メイドさん「あら、目を覚まされましたか。少々お待ちください」

白緑の少女「ああエリウスさん、よかった……」

魔剣士「ユキ……」

全長20cmほどの小さなユキが枕元で胸を撫で下ろした。
力が回復していないのだろう。完全には実体化しておらず、半透明だ。

青い石「あれここどこ」

魔剣士「モル久しぶり」

喋るのは面倒だから念で今までの状況をアウィナイトに注ぎ込んだ。

しばらくすると、この館の主であろう男性が部屋に入ってきた。
俺に抱きついてきた貴族だ。

魔剣士「助けていただいたようで」

貴族「…………」
743 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:13:40.40 ID:Io1ZmpR2o

まだ体が痛むが、思ったほどではない。

貴族「酷い傷だったからね。治療師を呼んだのだが、すぐには完治させられなかったそうだ」

貴族「まだ無理をしてはいけないよ」

魔剣士「はあ……どうも」

貴族「…………」

神妙な面持ちだ。

貴族「エリウス・レグホニア君だね。すまないが身分証を確認させてもらったよ」

魔剣士「……うちの母のことをご存じなんすかね」

貴族「…………」

貴族「彼女は……幸せかね」

魔剣士「…………」

魔剣士「はい」

貴族「そうか。それはよかった」

主に俺やルツィーレが泣かせてはいたけれど、母さんは……幸せに暮らしていたと思う。
744 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:15:01.17 ID:Io1ZmpR2o

貴族「今はゆっくり休みなさい。事情は落ち着いた後で聞かせてくれるかね」

魔剣士「はい」

貴族「ああ、まだ名乗っていなかったね。私はヴァルター・フォン・デーニッツだ」

ヴァルターさんは部屋を出て行った。

青い石「あー、彼のこと知ってる。アルカの文通相手」

あれから一体どうなったのだろう。父さん達は無事だろうか。
携帯で連絡を……と思ったが連絡機能が立ち上がらない。故障しているようだ。

通話器を借りようにも、そもそも番号を覚えていない。
パソコンは電源すらつかない。あれだけ揺れたら壊れもするだろう。

携帯の日付けを見たら、あれから1日後だった。

魔剣士「……精霊達に父さん達のことを聞きたいんだけど」

白緑の少女「精霊達はひどく怯えています」

白緑の少女「だいぶ距離も離れているようですし、情報の伝達は遅れるでしょう」

参ったな。
745 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:16:55.31 ID:Io1ZmpR2o

窓から外を見た。薄曇りだ。
しばらくしたら動く気力が湧いてきたから、執事に断りを入れて庭に出てみた。

魔剣士「うわすごい……こんな見事な薔薇園を見たのは初めてだ」

たくさんの夏薔薇が咲いている。
アポロン先生が手入れをしている大学の薔薇園よりすごい。

魔剣士「……あぁ」

いけない……性欲が……。

白緑の少女「…………」

魔剣士「ごめん」

ユキが嫉妬してぎゅっとしがみついてきた。

薔薇の花に情欲を掻き立てられはしたけど、これは決して浮気ではない。
普通の男だって、本命以外の女の裸を見ても勃つものは勃つんだろ。同じことだ。

手入れを施された薔薇の精霊達はいたって元気だ。
中指サイズのお色気お姉さんな精霊が手を振ってくれた。
746 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:17:46.35 ID:Io1ZmpR2o

魔剣士「見るのもいいけどローズティーにもしてえな」

貴族「メイドがこしらえたものがある。飲むかい」

魔剣士「ひえっ」

わりと近くにいることに気が付かなかった。

魔剣士「いただきます。できればテイクアウトもしたいです」

貴族「好きなだけ渡そう」

魔剣士「あざます」

貴族「…………」

魔剣士「なんでそんな悲しそうな顔してんすか」

貴族「…………」

いっけね聞いちゃいけないことだったかな。

貴族「……彼女と最後に会った時、私は彼女がアルカディアであることに気が付かなくてね」

貴族「酷いことを言ってしまった。……言わせてしまった」

魔剣士「…………」

貴族「君の姿を見ていると、その時のことを思い出してしまってね」

すみません。
747 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:18:22.32 ID:Io1ZmpR2o

貴族「彼女にこの薔薇園を見せることが、子供の頃の私の夢だった」

……結婚指輪をしているから既婚ではあるのだろうが、
若い頃のことには何かと悔いが残っているのだろう。

魔剣士「見せたいなら、俺が見せますよ。写真になりますけど」

幸い携帯のカメラ機能は生きていた。

撮影が特別得意というわけではないのだが、被写体が植物の場合は別だ。
プロのカメラマン並みの写真を撮ることができる。

貴族「……彼女はいい息子をもった」

どうだろう。俺はろくな息子じゃないと思う。親不孝ばっかで。

……母さん達、生きてるのかなあ。
748 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:22:23.95 ID:Io1ZmpR2o

貴族「君の車は修理に出している。……修理の見通しは立たないそうだ」

マジかよ……。

魔剣士「携帯とパソコンも修理に出したいんすけど、いい業者さんご存じじゃないですかね」

貴族「すぐに呼ぼう」

魔剣士「助かります」

メイドさん「ローズティーをお持ちいたしました」

魔剣士「どうも」

カップに浮かべられた花弁が何とも愛らしい。

魔剣士「……うめえ」

優雅な香りが神経を刺激する。

魔剣士「後で作り方教えてもらっていいすか」

メイドさん「すみません、門外不出でして」

貴族「いいよ」

メイドさん「え、いいのですか?」

魔剣士「あざっす。人に教えたりネットに上げたりはしないんで」

秘伝のレシピゲットだぜ。

精霊王「しかし美味だなこれ」

魔剣士「ほんと美味い」
749 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:23:06.50 ID:Io1ZmpR2o

魔剣士(なんだ今の声)

精霊王「生命の結晶の力が琥珀に馴染んできてさあ」

精霊王「思念体として魂の部屋の外に出られるようになってきたんだよ」

魔剣士(は?)

精霊王「説明しよう。死後、精神体は主に己の魂にある自室で過ごすのだ」

精霊王「だが俺は極めて強力な生命のエネルギーを浴びたことにより、」

精霊王「この琥珀越しに魂の外の世界と干渉できるようになったのである」

魔剣士(は?)

精霊王「いやだからおまえの前世である俺がおまえに話しかけられるようになったんだよ」

精霊王「ピンチの時に琥珀光ってたろ、あれ俺が助けてやったんだよ」

魔剣士(ふーん)

魔剣士(……名前なんだったっけ)

精霊王「おまえの名前俺から来てるんだけど」

魔剣士(え、そうなの)
750 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:23:39.89 ID:Io1ZmpR2o

精霊王「おまえの体に宿った時、おまえのおっかさんの夢の中で」

精霊王「『我が名はイウス!』って名乗ったら」

精霊王「エルディアナのエルとくっつけてエリウスになった」

魔剣士(マジかよ)

精霊王「これでもう忘れないだろう少なくともファーストネームは」

魔剣士(そういや似たような話母さんから何回も聞かされてたけど今の今まで忘れてた)

青い石「ひどい」

魔剣士(聞こえてんのかモル)

青い石「うん」

背後霊が増えてしまった。

白緑の少女「……イウス?」

精霊王「俺のスフィィィィィ!!」

白緑の少女「イウス、イウス!」

ユキが泣きながら琥珀にくっついている。
751 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:24:21.88 ID:Io1ZmpR2o

そりゃあなあ、死に分かれた恋人と話せたら泣いて喜ぶよなあ。
薔薇の棘が突き刺さったかのような痛みが胸に走る。

精霊王「敵の術を捻じ曲げて助けてやったんだから感謝しろよなー」

魔剣士(琥珀に魔力をごっそり抜かれたの、あんたの仕業だったのか)

魔剣士(……ってことは、ラヴェンデルは)

精霊王「生きてると思うけど何処に飛んだかわからん」

精霊王「植物が生えてる場所にさえいれば、」

精霊王「多少時間はかかるかもしれんがそのうち精霊が情報を寄越すだろう」

魔剣士(砂漠のド真ん中や雪山に飛んでたら)

精霊王「諦めてくれ」

……生きている可能性があるというだけでも希望が持てる。
母さんに知らせないと。

精霊王「礼の1つでも言ったらどうだ」

魔剣士(ありがとうございます前世様!)

青い石「孫を助けていただきましてありがとうございますありがとうございます」
752 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:25:01.69 ID:Io1ZmpR2o

魔剣士「…………」

精霊王「その体と魔力の回復し具合じゃあろくに行動できねえだろ」

精霊王「そわそわしてても仕方ないぞ」

魔剣士「…………」

精霊王「とにかく今は休んどけ」

「おい通せ! 中に入れろ!」

「どうかお帰りください」

「通せと言っている!」

貴族「また来たか……」

魔剣士「なんすかこの言い争い」

貴族「ローズティーのレシピを教えろとしつこく言ってくる喫茶店の店主がいてね」

魔剣士「よく貴族にそんなことできますね」

貴族「彼自身は平民なのだが、どこぞの王族の血を引いているらしくてね」

あーいるいる、先祖が王侯貴族だからって自分も偉いと勘違いしてる奴。
753 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:25:36.49 ID:Io1ZmpR2o

執事「お引き取りくださ……あああああ」

喫茶店主「あのローズティーのレシピを寄越せ! 利益の一部は払ってやる!」

喫茶店主「悪い話ではないだろう。これ以上勿体ぶるのであれば手段は選ばんぞ」

貴族「ふう……」

魔剣士「脅迫じゃないですかねそれ」

喫茶店主「なんだこのボロボロの男は!」

魔剣士「俺なりにおすすめのレシピ教えるんで勘弁してさしあげてくださいませんかね」

喫茶店主「おまえのような若造がレシピの1つも持っているものか!!」

魔剣士「あ???????????」

魔剣士「俺一応料理の道では有名人なんですけど???????」

魔剣士「俺が運営してる料理教室サイトは毎日1000万PVいただいてるんですけどぉ!?!?!?!?!?!?」

喫茶店主「で、出まかせを……あっ」

喫茶店主「ししししかし所詮は平民だ!」

魔剣士「あんたこそ平民だろ」

腹が立ったので、回復しかけの魔力で簡単な魔法を発動した。
754 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:26:15.30 ID:Io1ZmpR2o

喫茶店主「うっ」

青い石「何したの」

魔剣士(あいつの鼻に濃縮したとある成分を送り込んでやったんだが)

魔剣士(薔薇ととあるきったねえものはにおいの成分一緒だって知ってた?)

青い石「え、わかんない」

喫茶店主「うぉげえええげほっげほっ」

魔剣士(ヒントというか答えは『イッヒ フンバルト デ』)

青い石「ああうん言わなくていいよ」

喫茶店主「なんだこの臭いはあああああああ覚えていろ!」

奴は逃げ帰っていった。

魔剣士「ちょっと屋敷に簡単な術式を取り付けていいですかね」

貴族「か、構わんが」

魔剣士「……よし」

魔剣士「これであの人が来る度に、あの人の鼻を便臭が襲うんで」

魔剣士「あの人はもうこの屋敷に入れないっす」

貴族「う、うむ」

魔剣士「あ、バッテリーの補充はお忘れなく」

貴族「た、助かった……よ……?」
755 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:26:42.21 ID:Io1ZmpR2o

魔剣士「善行を積むのって気持ちいいな」

青い石「やり方が汚すぎる」

……回復しきらない状態で魔法使ったから疲労がやばい。

魔剣士「薔薇園のど真ん中で寝てていいすか」

貴族「い、いいよ」

薔薇の精霊達に元気を分けてもらおう。
愛されてる子達はバイタリティに溢れてて最高だ。

魔剣士「ふぅー……」

白緑の少女「風邪、引きますよ」

魔剣士「ユキの愛があったかいから大丈夫だよ」

精霊王「あ、それ俺が奪ったから。というか返してもらったから」

魔剣士「ちょっと待てや」

白緑の少女「イウス!!!!」
756 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:27:10.97 ID:Io1ZmpR2o

白緑の少女「…………」

魔剣士「両方好きでいていいよって言ったの俺だし」

魔剣士「俺にも愛を注いでくれたらそれでいいから」

ユキが申し訳なさそうにしながら添い寝してくれた。可愛い。

精霊王「なんだかんだで器のでかい今生だな」

どうだろう。

青い石「お父さんに似たんだよ」

自分に自信がないから諦めているだけかもしれない。
負い目を感じているユキに安心感を覚えるのも、やっぱり自信のなさの顕れなんだろう。

他人が失敗してるのを見たらほっとすることあるでしょ。
それと似たような……感じ…………ねっむ。

――――――――
――
757 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:27:39.62 ID:Io1ZmpR2o

2日後

貴族「……随分回復したようだね」

寝まくってたし、ヴァルターさんが呼んだ治療師の腕が良かったから早く回復できた。

車も今日中に直るらしい。
見通しが立たないと言われたのは、俺の車がフルオーダーであるために車種が特定できなかったからだったらしい。
設計書を提出してからはスムーズに修理が進んでいる。

貴族「この記事を見てみなさい」

新聞を出された。この間の戦いについて記述されている。
アークイラが前に出て、トップには逃げられたものの呪術師連中のほとんどは倒したらしい。

やっぱばけもんだわあの人。
父さんも生きている。母さんについては……何も書かれていない。
758 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:28:08.45 ID:Io1ZmpR2o

業者「携帯とノートパソコンをお届けに上がりました」

魔剣士「データは……」

業者「無事です」

よかった。

魔剣士「もしもし父さん」

戦士「……エリウス!? おまえ……」

魔剣士「ラヴェンデルも生きてるかもしれないんだ」

戦士「そうか……よかった」

魔剣士「……母さん、どうしてる?」

戦士「……アークイラ君に強力な眠りの魔術をかけてもらった」

母さんが起きたら、きっとオディウム神は更に憎悪を吸うだろう。
眠らさざるを得ないんだ。

魔剣士「こっちの詳細は後でメールで送るから」

もう一度新聞に目を落とした。
オディウム神は今にも復活しかかっているそうだ。
759 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:29:40.67 ID:Io1ZmpR2o

車を引き取りに行くため外に出た。

魔剣士「あ……ピカピカだ……」

涙が出た。

魔剣士「……オディウム神って一体どうすりゃいいの」

精霊王「俺そういうのそっちのけで来世の体探し回ってたからあんまよくわかんねえや」

精霊王「とりあえず他の大精霊に話聞きに行くか」

白緑の少女「ここから最も近くにいる大精霊様は……シレンティウム様です」

精霊王「げっ、俺あいつ苦手なんだよなあ」

魔剣士「どんな奴だそれ」

精霊王「シレンティウム=ラピスラズリィ。融通が利かない堅物だ」

青い石「ラズ半島の守護神だよ」

魔剣士「ってことはモルの故郷に行きゃいいんだな」
760 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:30:06.67 ID:Io1ZmpR2o

魔剣士「お世話になりました」

貴族「いつかまた顔を見せてくれ」

魔剣士「はい」

挨拶を済ませて町を出る。少々名残惜しいが、そう長く滞在する時間はない。

精霊王「他の大精霊のとこ行かない?」

白緑の少女「我がままを言う余裕はありませんよ」

ラズ半島……ラピスラズリの産地。母さんの故郷。

魔剣士「モルの墓参りかあ〜」

青い石「複雑な気分なんだけど」

南東に向かって車を走らせる。
南の空で、僅かに黒が揺れた気がした。
761 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/04/11(火) 23:32:38.14 ID:Io1ZmpR2o
ここまで
>>571でうっかり青い石が喋ってるのはあれです、消し忘れ的なミスです……
762 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/12(水) 09:43:41.65 ID:BFobnxWDO
乙ぅ
待ってたのよ
763 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/12(水) 19:19:36.73 ID:Xe7RpcvvO
待ってた‼乙‼
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/15(土) 13:26:01.60 ID:lp7JNG+/0
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/15(土) 19:14:16.61 ID:WLY0sTWbo
待ってた乙乙
766 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:29:12.03 ID:QnccxTUoo
第二十七株 瑠璃の土地


シコシコシコシコ

精霊王「あー性感ってすげえな、人間の体気持ちいー」

魔剣士「ちょっ、喋んなや」

シュン……

魔剣士「っだーもう萎えたじゃねえか!!」

精霊王「頑張って復活させろ」

魔剣士「ちくしょう!!!!」

魔剣士「…………うっ」

精霊王「ふぅ……」

魔剣士「こんな最悪なオナニーは生まれて初めてだ」
767 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:29:45.06 ID:QnccxTUoo

魔剣士「勝手に感覚共有するのやめろ」

精霊王「えーだって人間の身体興味深いんだもん」

精霊王「琥珀を置いてこなかったお前の自業自得だ」

魔剣士「装備してなかったらなかったで不安なんだっつの」

精霊王「え? 俺のこと頼りにしてくれてんの??」

魔剣士「そうじゃねえよ」

生命の結晶の力が循環する経路が形成されているため、下手に手放すことができないのである。
魔法も琥珀があった方が強力になる。

精霊王「ちなみに琥珀を装備しなくても、口を利いたり感覚の共有ができなくなったりするだけで」

精霊王「おまえのやってることは全部見えてるからな」

魔剣士「俺のプライバシー……」

非常に憂鬱である。
賢者モードになり、性的な嫌な記憶がじわじわと精神を圧迫してきたことで更に気が滅入……

魔剣士「はっ、ぐ、ぅっ……」

上手く呼吸ができない。

精霊王「おいしっかりしろ!」

――――――――
――
768 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:30:29.21 ID:QnccxTUoo

魔剣士「う……」

白緑の少女「エリウスさん……よかった」

パニック発作を起こして失神していたらしい。まだ体がだるい。

魔剣士「ユキ、ユキ」

普通の人間サイズに実体化しているユキに抱きついた。

白緑の少女「もう、あんな目に遭うことはないんです。大丈夫ですよ」

トラウマはそう簡単には解消できない。

不能はもう治ってるし、性欲も普通に湧くから処理をしないといけないのに、
今でもフラッシュバックを起こすことがある。

今はわざわざ強姦されなくても、充分質のいい魔力を植物に供給することができるし、
身の守りを固めれば、余程のことがない限り人間にも襲われないだろう。

でもつらいものはつらいんだ。
769 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:30:57.94 ID:QnccxTUoo

魔剣士「そういやさあ、俺の恋愛対象が植物なのってさあ」

魔剣士「前世があんただから?」

精霊王「おまえが変態なだけだぞ」

魔剣士「あっそ」

精霊王「ごめん適当に言った」

魔剣士「……俺が普通の男だったとしても、ユキとだったら恋に落ちていたような気がする」

精霊王「そりゃ運命の相手だし」

精霊王「陰陽太極図を思い浮かべてみろ」

魔剣士「なにそれ」

精霊王「検索しろ」

勾玉が2個くっついたような図形だ。

精霊王「俺達の魂が黒い方の勾玉だとしたら、俺のスフィの魂は白い勾玉なのだ」

魔剣士「つまりぴったり型が合うと」

精霊王「そのとおりだ」
770 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:31:38.20 ID:QnccxTUoo

精霊王「型が合わない相手と恋に落ちることは全く珍しくないし、結婚することもある」

精霊王「しかーし! 運命の相手と出会ったら必ず惹かれ合うのである」

精霊王「己のセクシュアリティとは関係なくな」

精霊王「ゲイでありながら1人の女性と愛し合ったって話たまにあるだろ」

魔剣士「知らねえよ」

精霊王「ちなみに俺のスフィも人間は恋愛対象じゃないからな」

魔剣士「いちいち『俺の』って付けるな」

精霊王「お? 嫉妬か? お?」

魔剣士「ユキはおまえの所有物じゃない。もちろん俺のでもない。ユキはユキ自身のものだ」

精霊王「一枚上手なこと言いやがって」

魔剣士「おやすみ」
771 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:32:44.97 ID:QnccxTUoo

――ラピスブラオの町

白緑の少女「シレンティウム様の許には夜に伺った方がいいでしょう」

精霊王「あいつの波動夜のが活発になるもんな。弱ってるわけだし昼は寝てそうだ」

魔剣士「夜までは時間あるな……。モル、おまえの墓何処?」

青い石「あっちの丘」

魔剣士「黒髪青目率たけえなこの町」

青い石「ラズ半島に住んでたら『瑠璃の民』が生まれてくる確率が高くなるからね」

瑠璃の民……前にモルが言っていた「うちの民族」のことだ。



青い石「これが第一次レッヒェルン領襲撃事変の集団慰霊碑」

青い石「あっちが第二次の方みたいだね」

魔剣士(おまえの名前一番でかく彫られてるんだな)

魔剣士「安らかにお眠りください」ペコリ

青い石「私がまだ眠ってないのは君のことが心配すぎるからなんだけど」

魔剣士(ところでさ)

青い石「うん」
772 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:33:16.03 ID:QnccxTUoo

魔剣士(主にジジババ世代が俺の顔見てめっちゃ拝んでくるんだけど)

青い石「私の顔……というか、代々領主になる人間の顔を知ってる人は」

青い石「君の顔を見たら期待しちゃうかも」

青い石「『やっと瑠璃の民の族長になる人物が生まれたんだ』って」

魔剣士(奇行に走って幻滅してもらおーっと)

青い石「やめて恥ずかしい」

魔剣士「ドクダミおいしー」

青い石「うう……」



領主代理「あのー……」

魔剣士「はい」

領主代理「もしかして、エリウスさんですか」

魔剣士「はい」

20代半ばか30前後くらいの、真面目そうな眼鏡の男だ。
髪色はクリームだが目はアウィナイトの色をしている。

領主代理「族長が現れたという騒ぎを聞いて、もしかしてエリウスさんではと思いまして」

領主代理「私はこの土地の領主代理を務めているエーアスト・フォン・ハーメルです」
773 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:35:28.04 ID:QnccxTUoo

魔剣士(親戚?)

青い石「そうだよ。前は彼の両親がこの土地を管理してくれていたんだ」

領主代理「もしよろしければ、領主の館にお招きしたいのですが」

魔剣士「え、泊めてもらえるんですか」

領主代理「はい」

そういえばまだ宿を取ってなかった。


青い石「実家が建て直されてる……ありがたいなあ。外観そのままだし」

青い石「ああ、エントランスの構造も昔のままだ……」

魔剣士(良い家に住んでたんだなおまえ……そりゃ大貴族だもんな)

青い石「意外と置き物とかも残ってて嬉しいな」

領主代理「こちらがあなたの祖父、モルゲンロート氏の肖像画です」

モルだけじゃなく、モルの兄弟や両親らしき人物も描かれている。

魔剣士「アルクスかと思った」

描かれているモルは10歳ほどの子供だ。アルクスが成長したらこんな感じになるだろう。

領主代理「アルクスさんのことは伺っております」

領主代理「私がきっとアルクスさんを立派な領主に育て上げてみせますよ」

魔剣士(え?)
774 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:35:56.50 ID:QnccxTUoo

魔剣士(どういうこと)

青い石「あー、えっと」

青い石「アルクスは瑠璃の民の族長、即ちレッヒェルン領の領主となる存在だから」

青い石「12歳になったらこっちに来ることが決まってるんだよ」

魔剣士(本人の意思と関係なくか?)

青い石「なんというか……代々当主となる人物は、この土地を守ろうとする本能があるから」

青い石「いずれ自ら来たがると思う」

魔剣士(母さんもこっちに来るわけじゃないんだろ)

魔剣士(あんなに母さんべったりなのに大丈夫なのかよ)

青い石「それ私もヘリオス君も心配してる」

よくわからんが、レッヒェルン家には「瑠璃の民の族長となる人物」が生まれてくるらしい。
んで、そいつ等は代々同じような顔をしていて、ラズ半島を守ろうとする本能があると。

それ以外の人物が領主になろうとしても、なかなか民から認めてもらえないらしい。
だからエーアストさんはあくまで領主“代理”なのだそうだ。
775 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:37:01.21 ID:QnccxTUoo

アルクスのことを大して可愛いと思ったことはなかったが、少し可哀想に思えた。
あいつ絶対母親離れできねえもん。
母さんも子離れできないだろうし……。


エーアストさんに晩餐をご馳走になって、それから鉱山に向かった。

精霊王「やっぱり行゛き゛た゛く゛ね゛え゛よ゛お゛」

魔剣士「うるせえぞ……」

白緑の少女「ええと、あの洞窟におられるようです」

魔剣士「暗っ……」

急な坂が続いている。

精霊王「だいぶ下まで潜る必要がありそうだぞ」

魔剣士「俺運動神経鈍いんだけど」

何度も怪我を負い、その度に回復魔術を使って洞窟の下層部に進んだ。

精霊王「可哀想なほど不器用な奴」

魔剣士「うっせ」
776 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:37:53.82 ID:QnccxTUoo

魔剣士「ちわ〜っす……」

瑠璃精霊「……来おったか、とちくるって我が眷属に転生した阿呆め」

精霊王「ほっとけ」

洞窟の奥にいる大精霊は、髪も目も夜空のような深い青だ。
そしてラピスラズリのように金が散っている。肌は白い。

勇者ナハトを彷彿とさせる容姿である。

青い石「私と顔立ちそっくりー」

精霊王「オディウムのことなんだけどさあ」

精霊王「多分大精霊達で協力して毎回封印してたんだろ」

精霊王「でもおまえらもう力残ってないじゃん」

瑠璃精霊「おまえ1人が欠けたおかげで、我等がどれほど苦労したか」

瑠璃精霊「おまえは知る由もないだろう。色ボケ男は一生死んでいればよかったものを」

精霊王「そう言うなよ……」

一生死んでいるというのもなかなか特殊な表現である。
777 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:38:50.07 ID:QnccxTUoo

精霊王「俺だって好きで転生し損ねたわけじゃないしー!」

瑠璃精霊「我等はオディウムが復活する度に蘇生術を使用した」

瑠璃精霊「戦う力を取り戻すには、まだあと数万年は要する」

魔剣士「蘇生術?」

瑠璃精霊「滅亡の危機に瀕した際、我等大精霊にのみ使用を許される術だ」

瑠璃精霊「瑠璃の民は私が人間の死体と魂を基に創った。おまえはその末裔だ」

精霊王「一応俺が直接治めていた土地の人間の子孫でもあるからな」

魔剣士「え、そうなの」

精霊王「おまえの親父さんの祖先は今で言うアクアマリーナから南に移住したのだ」

魔剣士「ふーん」

精霊王「あ、ついでに言うとおまえのおっとさんは俺の下僕のうまれかわ」

瑠璃精霊「話を戻すぞ」
778 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:41:38.26 ID:QnccxTUoo

瑠璃精霊「オディウムが完全に復活すればこの世は滅びる」

瑠璃精霊「おそらく自らの信徒をも皆殺しにするであろう」

瑠璃精霊「奴は生を司る神々を深く憎んでいるからな。命ある者全てを闇に葬るに違いない」

精霊王「対処法は」

瑠璃精霊「無い」

瑠璃精霊「……と思っていたのだがな」

瑠璃精霊「この世で唯一、奴と戦っておらぬ大精霊がいるだろう」

精霊王「俺じゃん」

瑠璃精霊「わかっているならば話は早い」

精霊王「いや俺自体は生きてないし全盛期の力は使えねえよ」

瑠璃精霊「使う手段はあるだろう」

精霊王「そりゃあるけど」
779 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:42:22.72 ID:QnccxTUoo

瑠璃精霊「幸いオディウムの復活は不完全だ。今ならばおまえ一体の力で葬ることができる」

精霊王「やだー! 怖ーい!」

白緑の少女「イウス、そんなことを言っている場合じゃないでしょう」

魔剣士「前世様が戦うってつまり俺も神様レベルの存在と戦わなきゃいけないんじゃ」

精霊王「もっとさあ、大精霊全員の回復速度を速める方法とかさあ」

瑠璃精霊「あったら苦労しておらぬ」

精霊王「マジかよ」

魔剣士「で、どうやったらおまえの力を復活させられるんだよ」

精霊王「1.おまえの中にある生命の結晶の力をフルに使って俺と相性の良い木を急成長させます」

精霊王「2.この肉体を捨ててその木に宿ります。以上」

魔剣士「あ、それなら多分すぐにでき……」

魔剣士「……俺はどうなんの? それ」

精霊王「死ぬ」

魔剣士「ええー……」

青い石「やだー!」
780 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:42:52.88 ID:QnccxTUoo

魔剣士「どうしても死ななきゃおまえの力復活させられねえの?」

精霊王「少しくらいならこの前のように琥珀越しに使えるんだが」

精霊王「フルパワーを出そうとしたらこの肉体は弾け飛ぶだろうな」

魔剣士「…………」

瑠璃精霊「我が加護の力を強めてやろう。その青き石を渡すがよい」

シレンティウムさんはアウィナイトを手に取り、力を注ぎ込んだ。

青い石「あっすごい。温泉に浸かってる気分」

瑠璃精霊「数ヶ月しかこの力は持続せぬが、少しは体が丈夫になるだろう」

瑠璃精霊「……疲れた。私は眠る精々健闘することだな」
781 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:43:45.41 ID:QnccxTUoo

精霊王(スフィに聞こえねえようにおまえの脳内に直接話すけど)

精霊王(俺の精神体と融合すればおまえの精神は死なずに済むぞ)

魔剣士(融合?)

精霊王(スフィは二股をかけていることに負い目を感じている)

精霊王(俺とおまえが1人になれば、スフィを罪悪感から解放してやれるわけだ)

魔剣士(…………!)

精霊王(融合といっても、魂の中にある互いの部屋を繋ぐだけだ)

精霊王(おまえが強く表に出ることだってできるし、面倒な時は引っ込んでいられる)

精霊王(不要な感情を意識的に抑えることができるから人間よりも遥かに楽だ)

精霊王(ただ一つ、愛を求める感情だけは抑えられねえけど)

魔剣士(……それってさ、自閉症治んの?)

精霊王(この肉体を捨てれば脳に精神を支配されることはなくなるからな)

精霊王(そういったエラーからもおさらばだ)
782 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:44:47.13 ID:QnccxTUoo

精霊王(たかだか数十年しか生きられないおまえでも、俺と融合すれば永遠にスフィと共にいられる)

精霊王(悪い話じゃないだろ)

魔剣士「…………」

魔剣士(俺さ、自分のことがあんまり好きじゃないし、)

魔剣士(ユキと一緒にいられるなら、おまえと1つになることには抵抗ないんだけど)

魔剣士(俺はやっぱり父さんと母さんの子供だから)

魔剣士(2人が生きている限りはエリウス・レグホニアでいたい)

精霊王(そうか)

精霊王(ならしゃあねえな、他の方法考えるか)

精霊王(おまえが生きたまま敵を倒す方法をな)

魔剣士(わりぃ)
783 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:48:09.94 ID:QnccxTUoo

白緑の少女「あの……」

魔剣士「ん」

白緑の少女「難しい顔をしておられるので、イウスが妙なことでも言ったのではと……」

魔剣士「まあ、いつものことだから」

魔剣士「ほら、掴まって。鉢植え持ったままじゃ上手く登れないでしょ」

白緑の少女「ありがとうございます」

ユキは実体化を保ったまま空を飛べるが、飛行は消費魔力が多く、今は念のため魔力を節約している。
分身だから魔力容量が小さいのである。

実体化しなければ別に浮遊は何の負担でもない。

魔剣士「つらかったら俺が鉢植え持つから実体化解いてもいいよ」

精霊王「おまえがすっころぶからスフィは自分で依り代運んでんだろ」

魔剣士「うっせ!!!!」

苦笑いしているユキの細い手を掴む。

花弁のような、滑らかでひんやりとした肌触りだ。
ずっと繋がっていたい。
784 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:48:47.24 ID:QnccxTUoo

町に戻った。

少女「お父さん、晩御飯おいしかったね! また食べに行こうね!」

父親「ああ、今度はお母さんの誕生日にな」

父親が小さな女の子を両手で持ち上げて抱っこした。

青い石「いいなあ」

青い石「私は……この腕で娘を抱き上げることができなかった」

青い石「あんまり早く死んじゃだめだよ」

魔剣士「そうしてえわ」

白緑の少女「……もしかしたら、私の本体を使えば、」

白緑の少女「エリウスさんの命を犠牲にしなくても、」

白緑の少女「イウスの力を復活させることができるかもしれません」

魔剣士「ほんと?」

白緑の少女「悠久の時を生きた私の体なら、イウスの力の大きさに耐えられるでしょう」

白緑の少女「相性も問題ないはずです。ただ……」

魔剣士「ただ……なに?」
785 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:50:21.68 ID:QnccxTUoo

白緑の少女「その……ヒトの倫理的にはあまり女性が口にすべきことではないのですが」

精霊王「事前に魔力を交換して馴染ませなきゃいけないんだろ」

魔剣士「それはつまり」

精霊王「セックス」

魔剣士「…………」

魔剣士「普通に魔力送り込むのじゃだめなの」

白緑の少女「エリウスさんは人間ですから、肉体的に深く交わる必要がありますし、」

白緑の少女「そして、できるだけ昂っている魔力が望ましいので……」

魔剣士「…………」
786 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:50:57.73 ID:QnccxTUoo

白緑の少女「オディウム神の影響で不安定になっていた本体との通信状況も、」

白緑の少女「ある程度回復してきました」

白緑の少女「できれば、今のうちから……」

精霊王「良かったなあ一線を越える大義名分ができて!」

魔剣士「ちょっと待って」

未婚の状態でそんなことしたら母さんに去勢される……なんて言ったらマザコンだと思われそうだ。

魔剣士「……する前に、その……人間の価値観を押し付けるようで申し訳ないんだけど」

魔剣士「結婚の証が欲しい」

閉店時間間際の貴金属店に駆け込んで対の指輪を買った。
案外夜まで営業してる店ってあるもんだな。
787 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:51:29.01 ID:QnccxTUoo

俺達に用意された部屋は、まあ貴族のお屋敷なのでロマンチックだ。
初夜を迎えるには申し分ない。

俺だけ気持ち良くなるのはなんかやだなあと思っていたのだが、
ユキレベルの精霊は性感も再現できるらしい。

精霊王「はやくはやくー」

魔剣士「頼むから黙っててくれ」

魔剣士「……ユキ、こっち来て」

ユキと手をつなぎ、寝台に引き入れ、そっと押し倒した。
月光で彼女の白い肌がよく映える。

魔剣士「…………」

えっと……これからどうすればいいんだっけ。
788 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:52:28.86 ID:QnccxTUoo

やばい。

愚息だけじゃなく、全身が緊張でガチガチだ。

そもそも俺は人間の女性を抱いたことがない。
植物とはいえ、今現在人間の姿をしているユキをどう抱けばいいのかなんてわからないのである。

いや知識としては一応知っているのだがそれはあくまで生殖の知識であってうわああああ!!

白緑の少女「……エリウスさん、落ち着いてください。大丈夫ですよ」

ユキは俺の首に腕を回した。

白緑の少女「私に任せてください」

あ、あれ……俺、いつの間にユキの下に寝かされてたんだろ。
一つ一つシャツのボタンが外されていく。

魔剣士「ゆ、ユキっ……あの……」

なされるがまま愛撫され、愚息を口に含まれるとすぐに達してしまった。
普段はここまで早漏じゃないのに。嘘だろ……。



しかもこの後俺は自ら後ろを犯してほしいとねだってしまった。

疼いて仕方がなかったとはいえ……あー…………。
何かとやり直したいことの多い人生ではあるけど、せめて一晩だけでも時間を戻したい。
789 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/06(土) 22:52:58.26 ID:QnccxTUoo
ここまで
790 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/05/07(日) 01:29:22.35 ID:MovQ5wWpO
久々
素晴らしく乙
791 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:19:41.33 ID:ajS1yEwUo

第二十八株 花言葉は「実りある人生」


魔剣士「…………」

白緑の少女「あの……エリウスさん」

魔剣士「…………」

白緑の少女「可愛かったですよ」

魔剣士「…………」

白緑の少女「…………」

魔剣士「…………」

白緑の少女「……嫌、でしたか?」

魔剣士「嫌じゃない! ただ……」

こっちがリードして、もっとロマンチックな初夜を過ごしたかったんだ。

白緑の少女「ごめんなさい。私、あなたと体を重ねた精霊達に対する嫉妬心を募らせるあまり」

白緑の少女「あなたに欲をぶつけてしまいました」

精霊王「おまえは抱かれる側じゃなきゃ満足できない体になっちまってるからあれで納得しとけ」

魔剣士「…………」

情けなすぎる。
792 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:30:12.13 ID:ajS1yEwUo

白緑の少女「私の……私のエリウスさん」

ユキがべったりと俺を抱きしめた。ひんやりとしているが、不思議と優しい温もりがある。

求めて止まなかった体温。木と花の柔らかい香り。

抱きしめ返したかったけど、あんまりにも面映ゆくて、俺はユキの顔さえ見ないまま寝台から降りた。

魔剣士「あだっ」

ずっこけた。足腰が立たない。

精霊王「生まれたての小鹿かよぎゃはははは」

白緑の少女「ち、治療します!」

つらい。……つらい。
793 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:30:45.54 ID:ajS1yEwUo

客室を出た。

領主代理「昨晩は大変でしたね」

魔剣士「えっ」

領主代理「歩き方がぎこちないですね……余程お体に負担がかかったのでしょう」

お、おかしい……ユキが防音結界を張ってくれたはずだ。バレているはずがない。
い、いや、夢中になっている内に結界が弱まっていた可能性も……。

領主代理「氏神様とは無事にお会いできましたか?」

魔剣士「え、あっ……はい」

なんだ、そっちか……吃驚した。
氏神様とはシレンティウムさんのことだ。

エーアストさんに結果報告をした。
794 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:34:00.86 ID:ajS1yEwUo

領主代理「なるほど……。念のため、あなたの身体の守りを固めた方が安全でしょう」

領主代理「ここから西南西に向かうと、グレンツェント国の首都・ディアマントブルクの町があります」

領主代理「その町では、大精霊様の御力を借りた英傑が身に着けていたと言われている、」

領主代理「大粒のダイヤモンドがオークションにかけられています」

領主代理「しかしなかなか落札者が決まらないらしく……」
領主代理「もし手に入れることができれば、きっとお役に立つでしょう」

精霊王「ああ、あった方がいいかもしんねえな」

精霊王「スフィの身体を借りるにしても、おまえ自身が強いに越したことはないし」

魔剣士「あざます」

領主代理「ご健闘を祈ります」
795 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:36:33.16 ID:ajS1yEwUo

――――――――
――

魔剣士「でっけえ……流石都会の首都だな」

貴族の屋敷がくっっっそたくさん並んでいる。
富裕層御用達であろうお高い店も……これはすごい。

魔剣士「オークションが始まるまでにはまだ時間があるな」

魔剣士「宿探さねえと」

精霊王「セックスが盛り上がりそうな豪華なホテル探そうぜ!」

魔剣士(言われなくてもそうするつもりだっつの!!!!!!!)

青い石「懐かしいな〜この町……」

魔剣士(来たことあんのか)

青い石「この国との国境を治めていたからね」

青い石「自分の国の首都よりもたくさん来てたと思う」

魔剣士(領主ってすげえコミュ力が要る仕事だっただろ)

青い石「コミュ力は基礎の基礎だね……それ以上に交渉力とか」

青い石「裏を読む力とか……駆け引きをする能力がないとすぐに食い潰されるよ」

魔剣士(俺には無理だな……)

魔剣士(にしてもやっぱり白い肌の人間だらけだな)

ラズ半島にある町の方が似たような容姿の人間は多かったが、この顔のせいで少々目立ってしまっていた。
この町ではそんなことはないため、特に浮くことはない。落ち着くのである。

青い石「あ、あっち! よくお世話になってた理容店だよ」

青い石「流石に代替わりしてるだろうけど、今でもお店自体はあったんだね……嬉しいな」

髪伸びてきてたし切るか。
796 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:37:54.57 ID:ajS1yEwUo

理容店主「お客さん〜私が子供の頃によくいらっしゃってた貴族の方にそっくりなんですよ〜」

理容店主「ああでも目尻だけ違うかな〜」

魔剣士「そんな大昔に会った人の顔なんてよく覚えてますね」

理容店主「可愛がってもらいましたからね〜」

青い石「彼にブルーベリーキャンディをあげたらいつも喜んでたよ」

青い石「舐めて小さくなったのを鼻に詰めて遊んでたなあ」

青い石「一回それで取れなくなっちゃってね、病院沙汰になったんだ」

魔剣士(髪切ってもらってる最中に笑わせにくるのやめろ)

理容店主「この頃物騒ですよね〜おっかない神様が復活したとかで」

理容店主「でもまだ特に何も被害が出てないので、皆危機感持ってないんですよね〜」

魔剣士「その神様をどうにかするためにこの町に来たんすよ」

魔剣士「英傑が使っていたとかいうダイヤモンドが欲しいんすけど」

理容店主「ああ〜……持ち主が財政難らしくてねえ」

理容店主「事業を立て直すのに必要な資金を得るために家宝をオークションにかけたらしいんですけど」

理容店主「最低落札価格が高すぎてねえ。誰も落札できないそうなんですよ〜」
797 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:39:01.08 ID:ajS1yEwUo

理容店主「しかし怖い話も聞きましてねえ」

魔剣士「怖い話?」

理容店主「誰も落札しないうちに盗もうとしてる輩がいるらしいんですよ〜」

理容店主「落札するおつもりでしたらお気をつけくださいね」

魔剣士「あざっす」

上手く落札できたとしても背後を狙われそうだな……。

魔剣士「ブルーベリーキャンディたくさん持ってるんですけどどうですか」

おすそ分けした。エーアストさんにいただいたものだ。
ブルーベリージャムとかもいただいている。
あの土地はブルーベリー栽培が盛んらしい。

理容店主「ああ、ありがとうございます。懐かしいなあ……」
798 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:40:12.53 ID:ajS1yEwUo

白緑の少女「さっぱりしましたね」

魔剣士「いい男でしょ」

魔剣士「ユキも髪型変えよ?」

ツインテだったのをポニテにしてもらってみた。
長い優雅なポニテであるため大人っぽい。

そういやダイヤの出品者ってどんな事業やってたんだろ。
一応調べるか……と思ったところで携帯が鳴った。

工学院生『もしもしエリウス君?』

魔剣士「ようセド」

工学院生『できたんだよ! 太陽光魔力変換装置!』

魔剣士「マジかよ! よくやった!」

工学院生『ところで頼みがあるんだけどさ』

魔剣士「なんだ」

工学院生『君の下の弟さんの写真……』

魔剣士「やらねえよ」
799 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:41:58.01 ID:ajS1yEwUo

オークション会場はこの町でもトップクラスのホテルにあるでかいホールだ。
俺は田舎者なので内心ビビっているのだが、それを顔に出すのはかっこ悪い。

余裕をかましている体を装った表情を浮かべて席を取る。

他の客は皆大金持ちなのだろう。高級な服を着ている。
ちゃんとした服を拵えてくればよかった。



司会「えー、最後はこちら! 今夜こそ落札者は現れるのか!?」

司会「大英傑のダイヤモンドです! 5億Gから!」

手を上げる人間はいない。

魔剣士「じゃあ俺最低落札価格で落札します」

司会「な、なんと」

会場がざわついた。

「なんだあの男の格好は……平民じゃないか」

「でもレッヒェルン家の人間の顔してるわよ」

「確か有名人じゃないか?」
800 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:42:39.64 ID:ajS1yEwUo

大商人「ま、待て! 私が落札するぞ! ローンを組めるだろう!? 5億5千万Gだ!」

魔剣士「んー、じゃ10億G、一括で」

青い石「待って待って待ってそんなにお金持ってたっけ!?」

魔剣士(購入したまま忘れてた株があってさ)

青い石「え、株なんて興味なかったでしょ」

魔剣士(付き合いの都合で仕方なく買ったのがあったんだよ)

大商人「ぐぬぬ……」



魔剣士「あ、出品者の方と色々話したいことがあるんすけど」

司会「連絡を取ってみましょう」
801 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:45:10.72 ID:ajS1yEwUo

オークションが行われたホテルにある小さな会議室を借りた。

社長「君……いえ、あなたが落札してくださったのですね」

魔剣士「どうも。あ、携帯いじっててすみません。今振り込み完了したんで」

社長「う、うむ……この頃は携帯ですぐに金銭のやり取りができるのか……便利な世の中になりましたね」

魔剣士「あなたの会社では環境保全活動をしていると聞きました」

社長「……はい」

魔剣士「利益よりも自然環境を優先し過ぎて倒産しかけているとも」

社長「…………」

社長「私は愚かでした」

社長「いくら世界のための活動を行っても、社員の生活も大事にしなければ、」

社長「会社が成り立たないのはごく当たり前だというのに……」

社長「技術は足りず、社員の心も見えず、目標ばかり大きかった」

魔剣士「組織マネジメントのことはよくわからないですけど、技術面ではお力になれるかもしれないんですよ」

魔剣士「実はうちの大学でこんな研究をしてまして」
802 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:46:54.78 ID:ajS1yEwUo

社長「……太陽の光から、魔力を?」

魔剣士「技術自体はもうできてるんで、後は実用化です」

魔剣士「あなたの会社のご協力を得るができれば」

魔剣士「魔力不足問題が解決される未来はぐっと近づくと思うんですよ」

社長「…………」

魔剣士「どうですかね」

社長「倍の額で買っていただけた上に、これほど素晴らしい話を……」

社長「ありがたい。あなたは私の……我が社の恩人です」

ちょっと照れくさい。

社長「ああ、あなたは誰かに似ていると思っていたのですが」

社長「子供の頃、馬車にはねられて怪我をした私を助けてくれた男性に瓜二つです」

社長「あの方がくださったブルーベリーキャンディはおいしかった……」

魔剣士(また飴かよ)

青い石「子供好きだったから……飴ちゃんを子供達に配るのが楽しくて楽しくて」

魔剣士「この飴要ります?」

社長「!?!?!?!?」

社長「な、なんと……まさか生まれ変わり……?」

魔剣士「孫なんすけどね……」

社長「え?」
803 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:48:06.30 ID:ajS1yEwUo

――――――――
――

夜の街を歩く。

魔剣士(ねえおじいちゃん)

青い石「『じ』の付く呼び方しないで私まだ24歳」

死んだら精神年齢伸びないのか……?

魔剣士(多分おまえはブルーベリー使った料理よく食べてただろ)

魔剣士(どんな料理があったのか教えてよ)

体質に合うのか、北の土地の食べ物を食べると調子が良くなる。
どうせならご先祖が食べていた料理も味わいたい。

殺し屋1「ちょっと待て、そこの兄ちゃん」

魔剣士「ん?」

殺し屋1「ダイヤを置いていってもらおうか」

魔剣士「……落札したがってた太ったおっさん、そこに隠れてんだろ」

大商人「…………」
804 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:49:29.41 ID:ajS1yEwUo

大商人「あのダイヤは出品された当初から私が目を付けていたものだ」

大商人「返してもらおう」

元々おまえのもんじゃねえ。

白緑の少女「……穢れた魔力。いつもあくどい手段で利益を得ているのでしょう」

仮に落札できたとしても、入金前に盗んでたんだろうな。

魔剣士「渡すわけねえだろ」

大商人「やむを得ないな。かかれ!」

50人くらい殺し屋が出てきた。

魔剣士「囲まれてることくらい最初っから気づいてんだよ!」

精霊王「俺の力を使ういい練習台になるな」

俺の魂からグリーンアンバーに、グリーンアンバーから身体にイウスの力を流し込み、
俺の魔力と混ぜて魔術を発動していく。

魔剣士(身体がバチバチいてえ)

精霊王「ダイヤで身体を強化しろ」

魔剣士(マルチタスクは苦手なんだよ!)
805 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:52:35.10 ID:ajS1yEwUo

殺し屋25「こいつがどうなってもいいのかー!?」

一般人を人質にとってやがる。卑怯だ。
殺し屋達はやけに装備が整っている。

人数は多いし慣れない力を使っているしでちょっときつい。

魔剣士「あいだだだだイウスちょっと力抑えろ!」

精霊王「ヘタクソォー!」

ついでに腰の痛みも再発した。原因はセックスのし過ぎである。

白緑の少女「エリウスさん危ないっ!」

うっわやっべと思ったが、敵の攻撃が当たることはなかった。

重斧士「おいしっかりしろ!」

聞き覚えのある声だ。

魔剣士「ガウェイン!? なんでここに」

重斧士「着拒否のままにしやがって!!」

残りの殺し屋はほとんどガウェインがどうにかしてくれた。
806 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:54:06.02 ID:ajS1yEwUo

重斧士「ボスはこいつか?」

大商人「ひぃっ!」

国家憲兵が駆けつけた。あとは兵士に任せよう。



魔剣士「なんでここにいるんだよ」

重斧士「おまえを探しに来てやったに決まってるだろ」

魔剣士「いやでも……どうやってこんな北まで……高速で飛ばしてもこんなすぐに移動できないだろ」

重斧士「暴走族なめんな。あ、一応ギリギリ違法行為はしてねえからな」

魔剣士「…………」

重斧士「おまえあんまりしっかりしてねえしよ。ボディガードは必要だろ」

魔剣士「……ありがとな」

気まずいのと嬉しいのとで顔を合わせられず、横を向いたまま礼を言った。
807 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:55:16.67 ID:ajS1yEwUo

魔剣士「飯食うかー」

重斧士「俺もまだ食ってなかったな」

すぐ近くにあった酒場に入り、カウンターに座った。
がやがやした音が頭に響いてつらいが、一刻も早く腹を満たしたかった。

ユキは実体化を止めて休んでいる。

重斧士「おまえの親父さんから大体の居場所は聞けたからよ」

魔剣士「あくまで大体の居場所だろ……相当走り回ったんじゃないのか」

重斧士「まあな」

魔剣士「……カナリアはどうしてる」

重斧士「おまえのことをすげえ心配してた」

重斧士「でもおまえには会わない方がいいだろうからって」

重斧士「俺についてこようとはしなかったな」

魔剣士「……そっか」
808 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:57:30.50 ID:ajS1yEwUo

重斧士「おまえ、なんか雰囲気変わったよな」

魔剣士「しばらく前に父さんからも言われたけど……今度は何処が変わったんだ」

重斧士「ヘラヘラした感じが薄くなった」

魔剣士「……色々あったからなあ。あんまりヘラヘラする余裕がねえんだよ」

全くヘラヘラしないわけではないけど、ああいった笑みを浮かべることは確かに減ったと思う。



雑兵1「せっかく平和な時代になってたってのになあ」

雑兵2「魔王が復活したってのはデマで、こわーい神様が現れたのがマジなんだっけか?」

雑兵2「昔みたいに異常に強い勇者でもいれば少しは希望がもてるんだけどな」

雑兵1「そういやディオさん、あんた勇者ヘリオスと会ったことあるんだっけか?」

元騎士「ああ、あいつはおっかなかったな。危うくスパイ活動中に両腕と股間を切り落とされるところだった」

雑兵2「ひっ」

元騎士「見た目の割りに純で温厚な奴なんだが、キレると容赦がなくなるんだ」

雑兵1「絶対怒らせちゃ駄目なタイプってことかあ」
809 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:58:02.41 ID:ajS1yEwUo

雑兵1「そういや、勇者ナハトが女だって説あるよな」

元騎士「俺あいつの胸揉んだことあるぜ」

は?

雑兵2「えっマジかよ」

元騎士「ご存じのとおり俺はあいつに恨みがあったわけなんだが」

元騎士「あの時は少し気が晴れたな」

雑兵1「ディオさんパネェ」

元騎士「手にすっぽり収まるサイズでよ」

元騎士「乳首は可愛い桜色で、くりくり〜っとしてやったら可愛く啼いてたぜ」












810 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 22:59:29.37 ID:ajS1yEwUo















重斧士「おい、そのへんにしとけ」

魔剣士「……え?」
811 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 23:00:14.52 ID:ajS1yEwUo

足元にはボロボロになった金髪のおっさんが倒れている。

魔剣士「これ……俺がやったのか?」

重斧士「憶えてねえのかよ……」

キレすぎて記憶が吹っ飛んでいる。

魔剣士「俺、こんなことができるほど腕力ないはずなんだけど」

このおっさんの方がずっと体格がいい。
ヒョロガリの俺に殴りかかられたところで負けはしないだろう。

重斧士「普段のおまえなら到底できないような器用な動きでこのおっさんの重心を崩して」

重斧士「関節技を決めて動けなくなったところをボコボコに殴りまくってたんだぞ」

幼い頃身に着けた合気道の技を使っていたのだろう。

元騎士「キレ方が親父そっくりなんだよ……! うっ」

魔剣士「あ、えっと……治療費置いときます」

視界がチカチカする……。

自分で治療する気は起きなかったし、そもそも精神が安定してなくて治療術を使うのは困難だった。
頭を押さえながら店を出る。
812 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 23:00:46.01 ID:ajS1yEwUo

魔剣士「あれ……」

重斧士「どうした」

魔剣士「草にやけに白い粉ついてるなって」

よくよく観察してみた。イチゴやキュウリがなりやすい某病気とよく似ている。

白緑の少女「これは……!」

ユキが驚きながら実体化した。

白緑の少女「ああ、なんという……」

魔剣士「これなんなの」

白緑の少女「……オディウムがこの世にもたらず呪いの1つに、“白き粉”があります」

白緑の少女「あの神は……この粉を撒き散らし、草花を枯らすことで生命のバランスを崩そうとするのです」

魔剣士「は……!?」

魔剣士「やっぱりうどん粉病の神じゃねえか!!!!」
813 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/05/11(木) 23:01:24.98 ID:ajS1yEwUo
madekoko
814 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/05/12(金) 10:08:31.74 ID:hLbrp8/OO

やはりうどん粉病w
815 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 20:52:35.10 ID:rDmS2C07o

第二十九株 花のローレライ


魔剣士「んーむ……」

重斧士「何見て……!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

重斧士「なっなんでっ……おまえがっ……そんな物をっ」

魔剣士「あ?」

重斧士「それは! 普通に女が好きな男が見る至って健全な!」

重斧士「ごく普通のエロサイトじゃねえか!!!!」

魔剣士「俺の嫁を見てみろ」

ユキは俺の携帯でレディコミを読んでいる。

重斧士「人間みてえな姿してんな」

魔剣士「だから参考程度にな」

重斧士「ああ……そうか」

魔剣士「納得したか?」

重斧士「納得っつうか……安心したぜ。すごく」
816 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 20:53:00.93 ID:rDmS2C07o

魔剣士「ちなみにこっちは樹木性愛者向けエロサイト」

重斧士「なんで存在してんだ」

魔剣士「んで、こっちが俺が作った樹木性愛者専用SNS」

重斧士「全アカウント数20……意外といるんだな……」

白緑の少女「…………」

魔剣士「あ、俺等そろそろ自分の部屋帰るわ」

重斧士「おう。宿代ありがとな」

魔剣士「ああ」

魔剣士(今夜こそ俺の方から……)









魔剣士(駄目だった……)
817 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 20:53:27.39 ID:rDmS2C07o

重斧士「よく眠れ……なかったのか? げっそりしてるぞ」

魔剣士「熟睡はした……んだけど……」

搾り取られた。5年分くらい。

魔剣士「おまえの絶倫具合を少しでもいいから俺に分けてくんねえかな……」

重斧士「……凄腕絶倫トレーナーを知ってるんだが、紹介してやろうか?」

魔剣士「……おまえの知り合いってことは掘られそうな気がするから遠慮しとくわ」

重斧士「まあ、そうだな」

重斧士「あれ、おまえの嫁は」

魔剣士「今日は緊急事態が起きない限り寝るらしい」

今晩はもっと張り切るんだそうだ。
……恐ろしい。触手何本生やすつもりなのかな。

精霊王「ん、そこの木が何か言いたそうだぞ。ちょっと近づいてくれ」

魔剣士「なんだろ」
818 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 20:54:04.53 ID:rDmS2C07o

精霊王「ここの近くの土地が、白き粉の呪いを強く受けちまったらしい」

魔剣士(精霊からの情報理解するの俺より早いなおまえ)

精霊王「そりゃあな」

携帯で地図を出した。

魔剣士(どの辺?)

精霊王「エーデルヴァイス領って書いてあるとこ」

魔剣士「えー……」

あそこの大叔父ちょっとめんどくさいんだよな……。
良い人なんだけど、愛情表現がオーバーで。

っていうかちょっと遠い。イウスは近いって言ってるけど遠い。
車で数時間飛ばさないと着かない。

精霊王「寄るぞ。ちょっと探し物もしてえし」

精霊王「あ、緑色の魔鉱石の玉を用意してくれ。魔力伝導率は低くてもいいから、」

精霊王「容量ができるだけでかい奴。それに俺達の魔力を込めて浄化の石にするから」

魔剣士(わかったよ)

まあ、顔出してくか。モルが大叔父……弟に会いたいって前ダダこねてたし。
819 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 20:54:41.57 ID:rDmS2C07o

――道中

重斧士「前世か……」

魔剣士「知ってもそんないいことないぞ」

魔剣士「気になるなら前世が見える人紹介するけど」

重斧士「おまえほんと色んな知り合いいるよな」

魔剣士「まあ、クレイオーのお母さんなんだけどさ」

――――――――

占術師「……あなた方の魂は、非常に縁が深いようです」

占術師「一代前は、互いに想い合っていたものの、身分の差により結ばれることが叶わなかったみたいですね」

占術師「それより前も、結ばれることもあれば、引き裂かれることもあったようです」

戦士「はあ」

勇者「素敵だね。そんなに昔から、何度も出会っていたなんて」

魔剣士「ケーキどうぞ」

手作りのケーキとお茶を出す。

詩人「すまないね。いつもご馳走になって」
820 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 20:55:44.26 ID:rDmS2C07o

次男「兄ちゃんゲームしよ」

魔剣士「いいよ」

勇者「あの子達には、どんな魂が宿っているの?」

占術師「アルバ君は……今のアルバ君自身とよく似た少年と遊んでいる光景が見えます」

戦士「!」

占術師「野山を駆け、楽しく遊んでいます。30年ほど前にこの村で暮らしていたわんちゃんのようですね」

戦士「ジョン…………ジョン!」

父さんがアルバに抱き着いた。

次男「お父さんどうしたの? ……泣いてるの!?」

戦士「ジョン……! うぅ……」

子供と精神的に距離を置いている父さんが、
まさか子供に抱き着いて泣くなんて……と驚いたのを覚えている。

占術師「エリウス君は……何も見えません。長らく転生していない可能性が高いです」

占術師「私が視ることができるのは、大体500年前まで」

占術師「どれほど集中しても、精々1000年前までですから……ごめんなさい」

――――――――
821 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 20:56:12.40 ID:rDmS2C07o

重斧士「まあそのうち気が向いたら訊いてみてえな。カナリアと一緒によ」

魔剣士(そういやイウスって人の前世とかわかるのか?)

精霊王「見れるけど今の状態じゃ疲れるからあんまやりたくねえな」

精霊王「知ってる奴の魂だったら会えばすぐわかるけど」

魔剣士(ふうん)

精霊王「カナリアとかいう娘っ子はまあ多分肉食獣だろうな」

精霊王「じゃなきゃ平気で生肉食ったり謎の筋力を発揮できたりしねえもん」

魔剣士(前世が肉食獣なら生肉食えるもんなのか……?)

精霊王「稀にいるんだよ前世の力が染み出してる奴。おまえがそうだろ」

魔剣士(あー、なる)

魔剣士(……おまえって俺の記憶どのくらいもってんの?)

精霊王「全部」

魔剣士(俺のプライバシー……)
822 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 20:59:05.37 ID:rDmS2C07o

――エーデルヴァイス領

名のとおりエーデルワイスの花が領のシンボルとなっている。

インクルージョンやクラックがたくさん入ったエメラルドの玉を手に入れ、
イウスの言う場所に移動した。町のすぐ近くだ。

精霊王「そうそうこの辺。ここが呪いの中心地」

魔剣士「こりゃひでえな……白い粉だらけになってやがる」

精霊王「魔法陣展開するぞ。おまえの身体越しに発動するから耐えろよ」

魔剣士「えっちょっあいだだだだだだだだだだ!!!!!!」

玉を中心に魔法陣が展開された。多分直径20メートルくらい。

重斧士「おい、大丈夫か?」

魔剣士「大丈夫じゃねえええええええええええええ」

精霊王「いくらスフィの力を借りれるにしても、おまえ自身が俺の力に馴れなきゃ何もできねえんだからがんばれよ!」

魔剣士「むりぃぃぃぃぃ!!!」

精霊王「はい終わりー」

魔剣士「う……うっ……」

重斧士「泣くほどいてえのか……」

精霊王「しっかりしろ」

魔剣士「う ご け な い」

重斧士「担いでくか」
823 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:00:06.66 ID:rDmS2C07o

少しずつこの土地からうどん粉が浄化され、美しい緑が戻っていく。

魔剣士「いっけねえ宿のネット予約すんの忘れてた」

重斧士「親戚いるんだろ? 泊めてもらえねえのかよ」

魔剣士「もらえるだろうけど……」

町に入る。

伯爵「あーーーーーーーーーーー! エリウス君!!!!!」

魔剣士「はい?」

なんでいるんだ。

伯爵「胸騒ぎがして来てみたら!! 体調悪いの!?!? 大丈夫!?!?!?」

伯爵「来るなら連絡入れてくれたらよかったのに!!!!!!!!」

青い石「あーくん? あーくん!!」

伯爵「ああっ兄さん!!」

寝たい。さっさと寝たい。
伯爵は石の声を聴く能力はそんなにないそうなのだが、モルの声を聴くことはできるらしい。
824 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:01:26.49 ID:rDmS2C07o

――伯爵の屋敷

青い石「うちの民族は家族との繋がりがすごく強いから、」

青い石「身内に危機が迫ってたりすると電波みたいなのが飛んでくることがあるんだよ」

魔剣士「めんどくせえ……」

貴族のお館のベッドだけあって寝心地は非常にいい。
部屋にはエーデルワイス……セイヨウウスユキソウの鉢植えがあるが、欲情する元気は残ってなかった。

伯爵「エリウス君大丈夫!? うちの領地を救ってくれてありがとね!!」

魔剣士「この石お貸しいたしますんで、兄弟水入らずでどうぞ話してきてください俺は休みたいです」

モルが宿った石をベッドサイドテーブルに置き、俺は布団を被った。

魔力はごっそり減るしイウスの力が流れ込んできたせいで身体は痛むしでとてもつらい。
人と喋る元気なんてない……。
825 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:01:58.67 ID:rDmS2C07o

……数時間後。寝て起きた。

重斧士「おいエリウス」

魔剣士「ん。入っていいぞ。なんだ」

ガチャリと扉が開く。

重斧士「……貴族の館って、落ち着かねえもんだな」

魔剣士「そりゃあな。仕方ない」

魔剣士「カナリアと付き合ってんなら豪華なもんにも馴れとけよ。一応あいつ王族なんだし」

重斧士「ああ、そうだな。晩飯だってよ。動けるか?」

魔剣士「なんとか」

こいつとまた友達として一緒にいられるのが妙に嬉しい。
826 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:02:44.23 ID:rDmS2C07o

伯爵「エリウス君少食だよね? 量多かったら言ってね」

伯爵「シェフに頼んで、お肉はあっさりめにしてもらったからね」

魔剣士「あ……どうも」

良い人なんだよな。
愛情表現の仕方が母さんそっくりで、鬱陶しいけど憎めない。

母さん……まだ眠ってのかな。

伯爵「本当に兄さんそっくりだなあ。レッヒェルン領に行った時騒ぎになったでしょ」

伯爵「明日にはもうこの地を離れるのかい? しばらくここにいてほしいなあ」

伯爵「ああでもそんなことを言っていられる場合じゃないもんね」

重斧士「この人すごい喋るな」

魔剣士「…………」

青い石「エリウスもいつかこうなるよ」

魔剣士(ならねえよ……)
827 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:03:35.06 ID:rDmS2C07o

晩餐が終わり、部屋に戻って月を眺める。
世界のピンチなんて忘れてしまうほど綺麗な夜空だ。

魔剣士「そういや前世様、探し物ってなんだ?」

精霊王「俺のおかんである女神ユースティティアが持ってるもの、わかるか?」

魔剣士「わかんねえ」

精霊王「剣だよ、剣」

魔剣士「剣? 俺あんまり剣の必要性感じてないんだけど」

精霊王「あれはただの剣じゃない。俺の力を高濃度で込めることができる」

魔剣士「俺の身体に負担をかけずに浄化の力を使えると」

精霊王「そうなる。今持ってるちっこい剣よりはでかいが、おまえの身体によく馴染むはずだ」

精霊王「おまえは俺の生まれ変わりなんだからな」

魔剣士「んで、その剣は何処にあんだよ」

精霊王「この領地にある山岳地帯」

魔剣士「……体力要りそうだな」

精霊王「体を鍛えるいい機会だろう」
828 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:04:15.89 ID:rDmS2C07o

精霊王「正邪を図る天秤は地球の裏っ側にあるし今は要らないか」

白緑の少女「……あの、エリウスさん」

魔剣士「ああ、ユキ、おはよう」

白緑の少女「今日、お疲れ……ですよね……」

魔剣士「……疲れない日なんて当分なさそうだし……一回くらいなら……」

精霊王「ヤッてる途中でちょっと多めに俺の力流し込むから覚悟しとけよ」

精霊王「まあおまえの身体は被虐趣味に目覚めてるから心配ないだろうけど」

魔剣士「目覚めてねえよ萎えるわ!!!!」

前世様に時折口を挟まれて腹を立てつつも結局3ラウンド致した。
829 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:04:54.21 ID:rDmS2C07o

青い石「あーくんと話せて嬉しかった」

魔剣士「そうか」

青い石「もう思い残すことないかも」

魔剣士「そうか、もうお別れの時か。あの世でも元気でな」

青い石「半分冗談だから……」


――エーデルヴァイス領・山岳地帯

咲き始めのエーデルワイスがとても美しい。

魔剣士「ああ、なんて可憐なんだ」

魔剣士「かつて険しい場所でしか咲き誇ることができなかった君達は、」

魔剣士「“花のローレライ”と呼ばれ、多くの罪人を死に至らしめたそうだね」

魔剣士「君達の気高さに僕はもう」

重斧士「人の背中の上で花口説いてんじゃねえよ」

魔剣士「ごめん」
830 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:05:39.96 ID:rDmS2C07o

すぐに体力切れを起こしたのでガウェインに背負ってもらっている。

白緑の少女「…………」

重斧士「しかも嫁さん怒ってんじゃねえか浮気者」

魔剣士「ごめん。つい癖で……」

精霊王「俺の彼女を泣かせやがって」

魔剣士「一億年も放置してたくせに彼氏面してんじゃねえ」

精霊王「一億年なんて大した時間じゃねえもん!」

魔剣士「いやどう考えてもなげえだろ!」

重斧士「俺には独り言言ってるようにしか聞こえねえんだが」

精霊王「おまえには俺の声聞こえるようにしとくわ」

重斧士「おおう」

白緑の少女「……長かったです。寂しかったです。イウスのバカ」

精霊王「ごめん……」
831 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:06:49.09 ID:rDmS2C07o

魔剣士「まだ剣がある場所まで着かねえの?」

精霊王「もうちょっと先ー」

魔剣士「てかなんでこんなとこにあるの」

精霊王「人間に悪用されないよう隠したんだよ」

重斧士「にしても白骨化死体が地味に多いな」

魔剣士「採集しに来た連中が足を滑らせたんだろ」

魔剣士「エーデルワイスの花は採集されすぎて極端に減っちゃったことがあってさ」

魔剣士「断崖絶壁とかにしか生息できなくなったんだよ」

重斧士「それを摘もうとした奴が死んだのか」

現在は手厚く保護されているため、この辺りではたくさん咲いている。

重斧士「……けどよ、あの死体とかちょっと新しくねえか。あれも」

魔剣士「特に崖とかもないのになあそこ。普通に転んだのかもしれないけど」

白緑の少女「……花を守ろうとする人もいれば、利益のために罪を犯す人もいます」

白緑の少女「密かに採集しようとした人間に怒った精霊が、彼等を死に至らしめたのでしょう」

魔剣士「…………」
832 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:07:49.09 ID:rDmS2C07o

白緑の少女「声をもたないがために、警告を出すこともできず」

白緑の少女「命を奪うことしかできなかったのでしょう」

白緑の少女「しばしば起こることです」

似たような話は散々聞いた。そのせいでとんでもない目にも遭ってきた。

白緑の少女「この世には足りないのです。人と草木を繋ぐ理が」

橋渡しをすることができるのは、俺の魔力。
しかし俺一人でできることは限られている。もどかしいな。

オディウム神を倒してからも、大学に戻らずに旅を続けようかな。
少しでも多くの植物を助けたい。犯されるのと殺されかけるのだけは勘弁だけど。
833 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:08:23.77 ID:rDmS2C07o

精霊王「この岩壊して」

魔剣士「攻撃魔術使う元気ない」

重斧士「俺に任せろ」

斧で割りやがった。頼りになる男だ。
ここからは自分の足で歩く。

洞窟内は水晶がテラテラ光っている。草花の魔力の影響を受けているのだろう。
しかし、足元を確認するにはちょっと暗かった。

魔法で明かりを灯す。

魔剣士「あれ」

水晶が激しく輝いた。眩しいくらいだ。

精霊王「俺達の魔力に反応してるんだ」

精霊王「女神ユースティティアに愛された魂の持ち主にのみ反応する」

奥に進むと、大きな水晶の中に閉じ込められた剣が地面に突き刺さっていた。
834 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:10:15.77 ID:rDmS2C07o

精霊王「触れてみろ」

おそるおそる手を伸ばす。
空色の水晶には淡い虹色が揺れていて、まるで青空の下に色とりどりの花畑が広がっているようだ。



表面に手が触れた瞬間、目映い光が視界を覆った。

――いらっしゃい、愛しの我が子――

優しい声が聞こえた。

白い空間に、水晶と同じ彩が緩やかに流れている。
俺の目の前で光が集まって、それはやがて人の輪郭を形作った。

女神「イウス、そしてエリウス」

精霊王「ママーーーーーッ! の残留思念!!!!」

女神「この子ったら」

可視化したイウスが女神に抱き着いた。こいつマザコンかよ。
とりあえず俺はサングラスをかけた。視覚過敏のある俺にこの空間は眩しすぎる。
835 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/06/09(金) 21:11:39.34 ID:rDmS2C07o
kkmd
836 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/06/09(金) 22:18:25.39 ID:orCQO64To
おつ
837 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/06/10(土) 08:37:45.02 ID:yxoBkXfUO
おつー
838 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/06/10(土) 21:10:59.62 ID:B2X5VlY8o
おつおつ
839 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/06/12(月) 23:31:26.97 ID:1WSOS5yD0
840 : ◆O3m5I24fJo [sage]:2017/07/12(水) 23:56:32.67 ID:ZZyY/WDno
self hoshu......himagahoshii
841 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/07/13(木) 00:12:53.63 ID:Cd23eMgVo
ganbatte
842 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/07/13(木) 15:16:42.39 ID:0Z7F7fsHO
syatikudamashiwomisero
843 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 20:54:55.04 ID:yEea0tfSo

第三十株 アーチン・ドライアンドラ


精霊王「ままー」

女神「……馬鹿な子。次に生を得る時は、安易に命を捨てちゃだめよ」

精霊王「ごめんなさい」

あれ見てたら俺もちょっと母さんに甘えたくなってきた。

大精霊は、神の代理としてこの世に生み出された存在だ。
本来は自分の後継を生み出す前に死んではいけなかったらしい。

女神「“概念”には“対”となるものが必ず在ります」

女神「生と死。愛と憎しみ。陰と陽が双方存在していなければこの世は成り立ちません」

女神「しかし、あれは本来存在した憎しみの神ではありません」

女神「オディウム神の抜け殻が、この世の憎悪を吸い取り続けて生まれた偽神」

女神「それがあれの正体。されど神に等しい力をもっています」

女神「あまりにも大きく膨らんでしまったあれは、」

女神「自らは理解しえぬ“愛”を憎しみで食い潰そうとしています」

精霊王「この世のバランスが崩れちまうわけだ」

魔剣士「母親に抱き着いたまま語るな」
844 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 20:55:30.18 ID:yEea0tfSo

女神「しかし、あれが膨れ上がったのと同様、古き時代よりもこの時代は愛が溢れています」

女神「故に、あれを消滅させてはなりません」

魔剣士「え?」

女神「急にあれを完全に消し去ってしまえば、この世を占める愛の割合が大きくなり過ぎてしまうのです」

女神「両者が釣り合うよう、あれを小さくしなければなりません」

ややこしいことになってきた。

女神「愛が世を占める割合の方が大きいに越したことはありません」

女神「ただ、変化が緩やかでならないと秩序が崩壊するのです」

女神「余剰となっている憎しみを削り、その後は少しずつ争いを治めていくのが最良の歴史となるでしょう」

魔剣士「え、え? ええ?」
845 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 20:56:06.95 ID:yEea0tfSo

精霊王「かーさん、それじゃどのくらいオディウムを浄化すればいいのかわかんないよ」

精霊王「正邪の天秤取りに行く余裕ないよ」

女神「スファエラ=ニヴィス。彼女は愛の子。天秤の役割を担ってくれるでしょう」

そういえば、ユキがどんな神様の加護を受けているのか知らなかったな。
生まれてから神様に愛されたらしいから、大精霊とはちょっと違う存在らしい。

女神「……エリウス、もっとこちらへ寄りなさい」

戸惑いながら近づくと、抱きしめられた。

女神「たくさん理不尽な目に遭ってきたのですね」

女神「納得できないことの多い人生でしょう。人との違いに孤独を覚えることも多かったでしょう」

女神「けれど、悲観する必要はありません。あなたは、心の痛みを知っている人です」

女神「大丈夫。幸せになれますよ」

胸が熱くなった。

恋みたいな激しいドキドキじゃなくて、もっと穏やかで、
まるで母さんに抱きしめられてるみたいな暖かさだ。
846 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 20:56:54.59 ID:yEea0tfSo

女神「さあ、私の剣を持ってお行きなさい」

女神「あなた達なら、使い道を誤ることはないと信じています」

いろいろと不安だけれど、乗り越えたいと思う。
再び景色が光に包まれ、目を瞑った。



目を開けると、俺達は洞窟に戻ってきていた。
剣が光の珠になって弾け、俺の身体に入っていく。

精霊王「念じればいつでも呼び出せるぞ」

魔剣士「持ち運びの苦労がなくていいな」

魔剣士「じゃあスモールソード売っ払っていいかな」

精霊王「一応持っとけ」

魔剣士「えー」
847 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:01:03.43 ID:yEea0tfSo

――ヴァールハイト国、勉学の都ミネルヴァブルク

北の大陸でも最高レベルの学校や研究施設が多く存在している。

この辺りもオディウムの白き粉の影響を受けているのだが、
持ち前の技術力ですぐに対策法を開発したためたいした被害はない。


俺の恩師も、この町のくっそ頭のいい大学出身だ。
なのにド田舎の大学なんかで研究してるのは、暖かい土地でのんびり過ごしたかったかららしい。

恩師の母校の門の前に立ち、校舎を見上げた。ゴシック様式の立派な建物だ。
ちなみに今は俺1人だ。たまにはゆっくり息抜きしたい。

構内に入り、医薬学部へと進む。気晴らしにちょっと覗いていこうと思ったのである。
花壇には黄色いドライアンドラの花が咲いている。花言葉は劣等感だ。

魔剣士「すんません、アポ無しなんですけど見学いいですか」

学生証を見せると、警備員はビビりながら通話器でどっかに連絡を入れた。

警備員「どうぞ」

俺の恩師の同級生という人がすぐに出迎えに来てくれた。
848 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:02:16.85 ID:yEea0tfSo

教授友人「去年の学会で会った時よりも身長が伸びたねえ」

魔剣士「あ、どうも」

そういえば、学会の時とかに俺の恩師とよく喋ってた人のような気がするけど、
俺は人の顔を覚えるのが苦手であるためうろ覚えである。

外観とは違い、校舎の内装は最新のものだ。
廊下を通る学生や学者達の人種は様々で、ちょっと驚く。

うちの大学と違い、世界中から人材が集まっているからだろう。
うちは地元民や、精々大陸内の別の国から来た人間がほとんどだ。

教授友人「あっちが医薬学図書館だよ」

人材と同様、世界中の本が集められているみたいだった。
植物と子作りするヒントになるような文献ないかな。

読み漁りたいけどそこまでゆっくりする時間はない。

魔剣士「あっちの植物園見たいんすけど」

教授友人「ああ、いいよ」
849 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:02:50.47 ID:yEea0tfSo

南じゃ滅多に見られない薬草がたくさん栽培されている。
あー癒されるー……。世界の危機といえども、やっぱり息抜きは必要だ。

魔剣士「きゃわいぃぃぃ」

教授友人「あ、相変わらずだね……」



教授友人「種をいくつかお裾分けしよう」

魔剣士「いいんですか!? あざっす」

教授友人「……何やら大変なようだが、もし落ち着いたらうちに留学しないかい」

教授友人「君の才能は世界最高峰の研究施設で生かされるべきだと思うのだけどね」

魔剣士「んー、留学っつうとちょっと重く感じるんで」

魔剣士「たまに遊びにきたいです」

教授友人「そうか。いつでも来ておくれ」

教授友人「場所にこだわらないところが彼とよく似ているよ」

魔剣士「今日はお忙しい中ありがとうございました」
850 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:03:48.95 ID:yEea0tfSo

さっぱりした気分で校舎を出た。
しかし緊張が解けたせいだろうか。急激な疲労感に襲われた。

そういえば昨晩も激しかったな……。
うごけねえ。だっる。

医学部生「……大丈夫ですか?」

俺と年の変わらなさそうな男に声をかけられた。
路考茶色の短い髪、目は何故か懐かしく感じるオリーブ。

医学部生「エリウスレグホニアそっくりですね」

魔剣士「本人です」

医学部生「あ、やっぱり」

医学部生「肩貸そうか」

魔剣士「頼んます」

俺とちょっとだけ魔力情報が似ている気がしたが、
あんまり深く情報を読み取る元気はなかった。

宿まではちょっと遠い。大学構内の喫茶店で休むことになった。
851 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:04:50.48 ID:yEea0tfSo

医学部生「俺、誰かわかる?」

魔剣士「どっかで会いましたっけ」

医学部生「実際に顔を合わせたのは10年くらい前に1回だけだね」

誰だっけ……。

医学部生「俺、エルナト・フォン・コーレンベルク」

魔剣士「俺のひいじいちゃんの曾孫か何か?」

医学部生「そうだよ」

思い出した。ひいじいちゃんと映像通話してる時にたまに端っこに映ってた奴だ。
ってことは、ええと……

魔剣士「はとこ」

医学部生「そうなるね」

なんか親近感湧くなあとは思ってたんだ。
エルナトはエルディアナばあちゃんの弟の孫だそうだ。
852 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:05:19.73 ID:yEea0tfSo

医学部生「何処の具合が悪くて蹲ってたんだ」

魔剣士「全身の疲労感。腰痛。軽い頭痛もある」

医学部生「まだ若いのに……」

治療を施してくれた。

当然薬学部出の俺よりも医学部の奴の方が治療魔術の腕は上だ。
だいぶ楽になる。

魔剣士「貴族の次男三男はよく医者か弁護士を目指すとは聞くけど」

医学部生「俺は長男なんだけどね。どうしても医者になりたいんだ」

魔剣士「そりゃまたなんで」

医学部生「母さんを看てくれた産科医が素晴らしい人でさ。それで憧れたんだ」

魔剣士「へえ」

こいつもきっと良い医者になるんだろうなと感じさせる何かが雰囲気から滲み出ている。
笑い方がひいじいちゃんとよく似てると思う。
853 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:06:43.14 ID:yEea0tfSo

俺は人の目を見るのが苦手なんだが、こいつのオリーブの目を見るのはなんでか平気だ。
でも、気味悪がられない程度に相手を見るっていうのができないから、すぐに目をそらした。

医学部生「君のお母様とおばあ様の目は、本当は俺のとおんなじオリーブだって、」

医学部生「ひいじい様がよく言ってたよ」

魔剣士「えっ……そうなのか」

知らなかった。そういえばセファリナの目もオリーブだ。母さんの遺伝だったのか。

魔剣士「医学部って忙しいだろ。大学行かなくて大丈夫なのか」

よく医学部の奴等に忙しい自慢されたなあ。今となっては懐かしい。

医学部生「今日は5限ないんだ。大丈夫だよ」

ちょっと一緒に遊ぶことになった。
店を出て、そこらへんの雑草に「ユキに晩飯は外で食べてくるって伝えてくれ」と情報を送る。
854 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:07:45.02 ID:yEea0tfSo

校門に向かって少し歩くと、エルナトの知り合いらしきグループとすれ違った。

医学部生友1「ようピストン! ……隣にいるの有名人じゃねえか!」

医学部生「はとこなんだ」

医学部生友2「俺達も混ぜろよピストン」

医学部生「また今度な。2人でゆっくり話したいんだ」

魔剣士「……ピストンってなんだよ」

医学部生「俺の名前、『ツノで突く』って意味なんだよ」

医学部生「親はただ星の名前つけてくれただけなんだけどさ」

医学部生「天文学好きの奴に元の意味を指摘されて以来、あんな仇名で呼ばれるようになったんだ」

ひどい……思春期じゃあるまいし……。
エルナトは苦笑いしつつも怒ってはいないようだ。

器のでかい奴なんだろうなと思う。それとも慣れてるのかな。
なんだか、劣等感がじわじわと刺激されていく。
855 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:08:34.74 ID:yEea0tfSo

俺はこいつほど穏やかじゃないし、器は小さいし、捻くれてるし。
親戚なのになんでこんなに違うんだろう。

特別な才能なんて要らないから、もっとまともな人間になりたかった。

……俺はいつまでこういうコンプレックスを抱え続けるんだろう。

どんな慰め方をされても、普通の人間とは違うコンプレックスを解消できることはなかった。
ユキに俺を肯定してもらえてるおかげで、だいぶマシにはなったつもりだけれど。

旅に出てから、コンプレックスを見ないふりすることが減ったな。
でもちゃんと向き合ってるわけでもない。

医学部生「どうした? 俺何か嫌なことでも言ったか?」

魔剣士「なんでもない」

医学部生「正直に言ってほしいんだけどな」

魔剣士「おまえが他人と当たり障りなく話してるのを見たらコンプレックスが刺激された」

医学部生「あ……ははは」

苦笑された。嫌味な感じはない。
856 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:10:52.50 ID:yEea0tfSo

医学部生「ちょっとついて来てくれるかな」

進む方向が変わった。
さっき俺が伺ったのとは別の棟に向かっているみたいだけど、建物自体は繋がっている。

同じく医学系の施設だろう。

魔剣士「アスペの当事者会でも紹介してくれるのなら大きなお世話だけど」

医学部生「そうじゃないよ」

魔剣士「じゃあ何? 俺より重度の奴でも見せてくれんの?」

医学部生「違うよ。まあ、知り合いにいっぱいいるけどね。ほら、こっちだよ」

一般論で慰められるのにはもう飽きている。
でも、エルナトはそういうことをするつもりじゃないみたいだ。

地下に降りていく。

医学部生「俺の専門じゃないんだけどね」

扉が開かれたその先には、たくさんの画面と、見たことのない機械がたくさんあった。

エルナトは部屋の中にいた人々と軽く挨拶をして、俺の方へ振り返った。
857 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:12:10.04 ID:yEea0tfSo

医学部生「一般世間には公表していない技術がこの町にはたくさんある」

医学部生「その1つがこの部屋にあるんだよ」

医学部生「君のコンプレックスの原因を治す技術は、実はもう理論上存在しているんだ」

魔剣士「え……?」

医学部生「今はまだ実験段階だけれど、全ての被験者の障害は改善されつつある」

医学部生「当然、すぐに障害の特徴が全て消えるわけじゃない」

医学部生「けれど、これらの装置で、発達障害者の神経細胞の働きを定型発達に近づけ、」

医学部生「リハビリを行うことによって、コミュニケーション能力や、」

医学部生「能力の偏りを大幅に……」

魔剣士「ちょ、ちょっと待ってくれ」

魔剣士「急すぎて思考が追いつかない」

目と耳を疑った。

発達障害の原因でさえもはっきりしていないと一般世間では言われているのに。
死んでイウスと融合しなくても、今、生きてる状態で、治療できるなんて。

まあ障害が治っても、多分性的嗜好はそのままだろうから、完全に普通になれるわけじゃないだろうけど。
それでも“普通”に近づける。
858 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:14:51.84 ID:yEea0tfSo

医学部生「被験者になってくれれば今すぐにでも治療を始められるし、」

医学部生「不安だったら、もう数年待ってくれたら世間にも公表できる治療法になるだろう」

医学部生「どうする?」

どうする、って……。

医学部生「もちろんデメリットはあるよ」

医学部生「特別な才能が失われる可能性は著しく高い」

魔剣士「…………」

医学部生「君はギフテッドではなくなるかもしれないんだ」

自閉が治っても、植物の成分を操る能力は残るだろう。
でも、能力を使いこなし、ものを開発する頭脳は失われる。

俺は研究が好きだ。人との関わりを避けながら、研究にばかり打ち込んできた。
普通になりたい。でも、研究できない俺なんて俺じゃない。

おかしいな。

才能よりも、マジョリティに溶け込めるようになることを望んでいたはずなのに。
いざ実現できると告げられると、自分が自分じゃなくなるのが怖くなってしまった。
859 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:15:26.52 ID:yEea0tfSo

自宅に、俺宛てのたくさんの手紙が届くことを思い出した。
全てお礼の手紙で、俺が作った薬や健康食品だとかで救われたって内容だった。

最初は嬉しかったけど、段々慣れて、いつの間にか手紙を受け取っても何も感じなくなっていった。
やっぱり普通との違いに悩んで自己嫌悪に陥った。

俺にしかできないことがあるって、今までいろんな人から散々言われ続けた。
その度に耳を塞いでいた。


今、才能を捨てたら、助けられるはずの人々も、植物達も、助けられなくなる。

医学部生「君は今の君のまま成長していけばいいと俺は思うけどね」

魔剣士「……いつか、人生に耐えられなくなったら、その時は頼ると思う」

医学部生「うん。それがいいよ」
860 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:15:52.11 ID:yEea0tfSo

望めば、いつでも“普通”に近づける。だから、今のままでいい。

それは、いつでも自殺できるんだからと自分を誤魔化して頑張るのと似ているかもしれないけど、
でも、それよりもずっと心は上を向いている。

魔剣士「ありがとう」

医学部生「どういたしまして」

屋外に出ると、再びドライアンドラの花が視界に入った。

良い意味の花言葉もあったっけな。自分の価値を評価する、だっけ。
さっき見た時よりも、なんだか綺麗に見えた。




861 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:18:24.91 ID:yEea0tfSo

重斧士「なんかおまえ、暗い感じっつうか……あれだ、厭世的な感じがしなくなったな」

魔剣士「難しい言葉覚えたじゃねえか」

重斧士「使い方合ってるよな?」

魔剣士「ああ」

更に南下し、(モルは嫌がってたけど)ひいじいちゃんの所に顔を出して、港町に出た。

道中、俺が生きていることに気が付いたオディウム教徒の連中に襲われることも何度かあったけど、
特に問題なく戦闘は終わった。

父さん達はずっと膠着状態らしい。
はやく終わらせないと。

海岸に立ち、サントル中央列島の方角を見る。

大樹の蒼いシルエットと、水平線から空に向かって渦巻く黒。
嫌でも覚悟が固まっていくのを感じた。
862 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/18(火) 21:19:15.35 ID:yEea0tfSo
kkmd
863 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/07/19(水) 01:37:50.51 ID:zLcty/nj0
今までで1番良かった乙
864 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/07/19(水) 10:02:01.83 ID:RCoxmFCpo
選択の余地って大事だよな
今回も面白かった乙乙
865 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/07/19(水) 21:13:29.39 ID:ZfhqcJlmo
乙です
866 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:34:51.62 ID:m8bMPIqxo

第三十一株 キンセンカ


魔剣士「栄養ないからってキュウリを馬鹿にするんじゃないぞ」

魔剣士「熱中症・夏バテ予防には塩揉みしたキュウリがとても効果的なのだ」

魔剣士「シャリシャリとした食感を楽しみながら、」

魔剣士「水分と塩分、ビタミンB群やミネラルを補給できる」

重斧士「うめえ」

魔剣士「だろ?」

重斧士「食欲ねえ時もこれなら食えるな」

魔剣士「表面の緑色が濃く、いぼが鋭いものを選ぶのがコツだ」

白緑の少女「梅キュウリにしてもおいしいですよ」シャリ

重斧士(植物の精霊が植物食ってる……共食い……)
867 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:35:23.23 ID:m8bMPIqxo

精霊王「エリウス君に嬉しいお知らせ」

魔剣士「んだよ」

精霊王「ラベンダー色のあの子が見つかりました」

魔剣士「マジでか!?」

青い石「ほんと!?!?」

精霊王「うおっハンドル操作ミスんなよ」

魔剣士「何処にいるんだよ!」

精霊王「竹とか桜とかたくさん生えてる島」

魔剣士「竹? 桜……?」

魔剣士「じいちゃんが取引してる商人の島か?」

精霊王「せーかい!」

魔剣士「あああじゃあすぐ迎えに行かねえといやでもうどん粉病野郎どうにかするのが先だしうわああどうしよう!!」

精霊王「落ち着け!!」
868 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:36:12.31 ID:m8bMPIqxo

魔剣士「ラヴェンデルはまだ全然喋れねえのに」

魔剣士「ほっといたらどうなっちまうか」

精霊王「まあ聞け」

精霊王「保護されてしばらく経った頃に、おまえのじいちゃん家のことを知ってる商人が身元を証言してくれたみたいでな」

精霊王「もう村には連絡が行ってるそうだ」

魔剣士「あーよかったー……はあ」

アクアマリーナの町に着いた。父さんも今はそっちにいるらしい。
車を停めて、軍が駐在している建物に向かう。

魔剣士「あっいたいたとうさーん!」

魔剣士「ラヴェンデルがっはあはあ、ラヴェっ、ぜっ、ぜえっ」

戦士「落ち着け」
869 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:36:45.33 ID:m8bMPIqxo

戦士「生きててくれてよかった」

一瞬ハグされた。

戦士「母さんの顔、見てくか」

魔剣士「うん」

病人ではないけれど、母さんは医療棟で寝かされていた。
まるで死人のようだ。

青い石「アルカディア……」

ルツィーレは母さんを見守っているが、いつもの元気はない。

次女「エルお兄ちゃん!」

俺を見つけると、すぐに抱き着いてきた。

次女「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

魔剣士「……よしよし」
870 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:37:39.54 ID:m8bMPIqxo

次女「お母さん、いつになったら起きていいの?」

魔剣士「もうすぐだよ」

次女「ラヴェンデルは?」

魔剣士「見つかったんだ。ちゃんと生きてる」

次女「お兄ちゃんとお父さん、また戦うんだよね? 死んだりしないよね?」

魔剣士「もちろん生き残るよ」

魔剣士「……母さん」

母さんの右手を両手で握る。

魔剣士「母さんが安心して目を覚ませる世界に、絶対、してみせるから」

僅かでも、オディウムに母さんの憎しみを吸わせるわけにはいかない。
ラヴェンデルは生きていたけれど……まだ、眠りの魔法を解くわけにはいかないんだ。
871 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:38:33.55 ID:m8bMPIqxo

今すぐにでもうどん粉病の神を倒しに行きたいけれど、慌てても仕方ないので空いた時間に中庭に出た。
俺がやることを各国の軍人だとかに説明して、作戦を練らなきゃいけないため、少々時間がかかるのである。

中庭には木が植えてあって、花も咲いている。休むには適した環境だ。
終わりかけている深い黄色の花はキンセンカだ。別名はカレンドラ。

カレンデュラが正しい発音だけどちょっと言いにくい。
花言葉は「寂しさに耐える」。元気な見た目の花なのに、花言葉は悲しい感じだ。

精霊王「エリウス君に残念なお知らせ」

魔剣士「んだよ」

精霊王「君の苦手な人がこっちに向かってきてまーす」

足音のする方向へ振り向くと、そこには

魔導槍師「……」

げっ、って思った。でも、前ほど怖くはなかった。全く怖くないわけじゃないけど。
障害のことを馬鹿にされたって、今なら跳ね返せる。

魔剣士「何の用?」

魔導槍師「死に損ないの顔を見ようと思いまして」
872 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:39:05.18 ID:m8bMPIqxo

この人の目は、相変わらず俺を蔑んでいる。
……あれ?

魔導槍師「ああ、この目の色ですか。戻ってしまったんですよね」

魔力の色――琥珀みたいな、蜂蜜みたいな色に染まっていた目が、元の草色になっていた。

魔導槍師「『魔人』の力が弱かったらしいんですよね。本当は維持したかったのですが」

魔剣士「……魔人って、なんだよ」

魔導槍師「ああ、知りませんでしたか?」

魔導槍師「『他人の魔適傾向を上げる能力をもつ魔適体質者』のことですよ」

魔剣士「なんでそんな呼び方してんだよ」

まるで魔族みたいじゃないか。

魔導槍師「魔族に穢されて魔適体質者となった者は、通常の魔適体質者とは異なりますからね」

魔導槍師「彼等の魔適傾向は『穢れ』の種が発芽するにつれて上昇し、」

魔導槍師「そして彼等のみが他者の魔適傾向を上昇させることができます」

魔導槍師「“穢れた母”をもつあなたが知らないとは」

魔剣士「は?」

魔導槍師「あなたの母親は魔族と性行為をしたことで魔適体質者となったのですよ」

魔導槍師「魔適傾向が下がったのは、聖玉の浄化作用を直に受けたからです」

青い石「…………」
873 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:39:31.87 ID:m8bMPIqxo

母さんは、極端に男を恐れている。

アウロラ達が性的な暴力を受けないかどうかも、いつも過剰に心配してたし、
俺が大学の女に襲われかけた時も泣き叫んでた。




『汚いお母さんでごめんね』




魔剣士「…………」

魔導槍師「ショックでしたか? そうでしょうね」

魔導槍師「母親が父親以外と、ましてや魔族と関係をもっていたなんて」

魔導槍師「くくっ」

喉の奥から押し出すような嗤い。
874 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:39:58.25 ID:m8bMPIqxo

魔剣士「黙れ!」

魔剣士「母さんを侮辱することは許さねえ!」

ぶん殴ろうとしたけれど、あっさり俺の右手首は掴まれてしまった。
俺の動きが固まったところで腹に膝蹴りを食らわされる。

鈍いが激しい痛みに耐えきれず、俺は地面に倒れた。

精霊王「おい、しっかりしろ」

それでもアークイラを睨み返す。
こいつの目からは、もう笑みは消えていた。

やけに虚しい蔑みの目で俺を見下ろしている。
しゃがんだと思ったら、俺の前髪を左手で掴み、軽く顔を持ち上げた。

どうしてこの人は、こんなに俺のことを憎んでいるのだろう。
875 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:40:38.75 ID:m8bMPIqxo

殴られるのかなと思ったけれど、アークイラは一瞬建物の方を見ると去っていった。
走ってくるのは、アークイラと同じ髪の色の女の子だ。

武闘家「エリウス!?」

そういや、こいつらの名字……この花の名前だったっけなあ。
カナリアの姿を捉えたところで、視界が真っ暗になった。

精霊王「あの男、おまえを侮辱しているようで、本当は――」





武闘家「ねえ、何があったの?」

武闘家「お兄ちゃんとエリウスの気配がしたから、まずいんじゃないかと思って中庭に向かったのだけれど」

魔剣士「……喧嘩しただけだよ」

武闘家「喧嘩ってレベルじゃないわよ。暴力事件じゃない」

魔剣士「先に殴り掛かったの、俺だから」

武闘家「殴らせるようなことをお兄ちゃんが言ったんでしょ!?」

魔剣士「……心配してくれてありがとな」

やっぱり苦々しい記憶と恐怖が蘇ってぎこちなくはなったけど、
カナリアとちゃんと話せた。

細かいことを気にする余裕がなかったのも大きいけどさ。
876 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:41:22.54 ID:m8bMPIqxo

こいつ、お兄ちゃん大好きなのに。
大好きなお兄ちゃんが他人を傷つけて、どんなに苦しいだろう。

魔剣士「……多分なんだけどさ」

魔剣士「あの人、家族から嫌われたら、もっと歪むと思う」

魔剣士「だから、あの人が何しても、おまえはあの人のことを嫌いにならないでいてあげてほしい」

生育環境のせいであんな性格になったのかもしれないし、可哀想だとは思うけど、
俺がいじめられる筋合いはない。これ以上の八つ当たりは勘弁だ。

武闘家「エリウス……ごめんね、ごめんね」

泣かれた。

聖騎士「貴様ー! よくもカナリアーナを泣かせたな!」

窓からいきなり現れたのはプラチナブロンドの男だ。来てたのかこいつ……。

重斧士「おいヴィーザル、言っとくけどカナリアは俺の女だからな」

聖騎士「私はそのようなことを認めてはいない!」

武闘家「ちょっと静かにしてよ!」

魔剣士「いいじゃん、喧嘩させとけよ。俺はもう行くから」

武闘家「あ、まだ動いちゃだめよ」

魔剣士「もう治ってるよ」

内臓にダメージを受けた場合、治療を受けてもしばらくは安静にした方がいい。
しかし、俺の身体は生命の結晶のおかげで回復力が上がっている。動いても大丈夫だ。
877 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:41:48.59 ID:m8bMPIqxo

魔剣士(アーさんの感情ってオディウムのエサになんないの?)

精霊王「ならねえこともねえけど、オディウムが好む憎しみの情とは違うっぽい」

精霊王「なんつうか、あの男の負の感情は……寂しさから来てるものなんだよな」


英雄「うっぐすっ」

戦士「何泣いてんだよ」

アキレスさんだ。来てたのか。

英雄「アーキィも俺も国を離れるのはまずいって陛下に渋られてたところを、」

英雄「無理矢理こっちに応援に来る許可をもぎ取ったのにさあ」

英雄「兵士達が酷い噂してるの……聞いちゃって……」

アーキィってのは多分アーさんのことだ。
878 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:42:31.24 ID:m8bMPIqxo

戦士「どうしたんだ」

英雄「アーキィが……汚い手段で普通の男の子をメス堕ちさせてセフレにしたって……」

戦士「げっほっ。子供の性的な話はきついな」

英雄「しかも5人も……」

戦士「いつの間にそんな」

英雄「全員マリナっぽいきつめな印象の黒髪美女に仕上げたんだって」

英雄「俺のせいだ……」

戦士「…………」

英雄「あの子が“男が演じてる理想的な美女”と上辺だけの恋しかできなくなったのは明らかに俺のせいだし、」

英雄「あの子にばかりきつくあたるマリナを諭しきれなかったのも俺だから……」

戦士「全部が全部おまえの責任ってわけじゃないって」

体育座りで泣いているアキレスさんを、どう慰めればいいのか父さんは困っているみたいだ。
俺は気配を消しつつその場を去る。
879 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:43:01.76 ID:m8bMPIqxo

メルクはどうしてるかな。
建物をうろつくと、死んだ魚のような目をした女の子と2人で座っているメルクを見つけた。

クレイオーが、少し離れた所からあいつらの様子を伺っている。

歌姫「理詰めでリモンさんの洗脳を解いたんですのよ」

魔剣士「解けたんだ。よかったじゃん」

歌姫「しかし、彼女はオディウム教に協力していた罪の重さを自覚してしまったことで、」

歌姫「生きていく気力を失いかけてますの」

歌姫「カウンセリングには時間がかかるそうですわ」

魔剣士「そっか」

魔剣士「おまえは彼氏が浮気しないか見張ってんのか」

歌姫「ちっ違いますわよ。嫉妬はしてますけれど、あたくし、彼のことは信じてますもの」

歌姫「ただ、ただ気になってるだけですわ」

魔剣士「そりゃ好きな男が他の女と2人きりってのはなあ」

魔剣士「浮気の可能性がなくても複雑だよな」

歌姫「わかったような口を利かないでくださいまし!」
880 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:43:30.25 ID:m8bMPIqxo

怒られたので俺に用意された部屋に帰ることにした。
扉を開けるとそこには……

白緑の少女(本体)「おかえりなさい、エリウスさん」

白緑の少女(分身1)「戦いに備えて、準備を最終段階に進めようと思うんです」

白緑の少女(分身2)「お体の負担が大きいでしょうけれど、がんばってくださいね」

白緑の少女(分身3)「ああ、シャワーは終わった後で大丈夫ですよ。あなたの汗のにおい、好きですから」

白緑の少女(分身4)「さあ、こっちへ」

魔剣士「……うん?」

目を疑った。最愛のユキがたくさんいる。

白緑の少女(本体)「ここは私の土地。分身はいくらでも増やせるんです。驚きましたか?」

うん。

魔剣士「ちょっと分身同士でいちゃいちゃしてみて」

白緑の少女(分身1)「こうですか?」

白緑の少女(分身2)「もう。人間の男の人って、どうしてこういうのがお好きなのかしら」

とても幸せな光景である。
881 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:43:57.47 ID:m8bMPIqxo

でも、こんな時にお嫁さんとのいちゃいちゃを楽しんでいいのだろうか。

白緑の少女(本体)「素直に、幸福に溺れていいんですよ」

白緑の少女(本体)「あなたの正の感情が、何よりも大きなエネルギーになるんです」

セックスしないとオディウム神には対抗できないし……大事なのは気持ちの切り替えだよな、うん。

ベッドに引き込まれた。

たまには夕方にやるのもいいかな。
……前も後ろももたない気がする。
882 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:44:52.65 ID:m8bMPIqxo

……。
…………。

食堂に来た。メニューは日替わりらしく、今晩のメインはカレーだった。
食事をしている兵士達のほとんどは疲れ切った顔をしている。空気が重い。

戦士「遅かったな。もう30分くらいで閉まるぞ」

魔剣士「うん……」

戦士「フラフラじゃないか」

魔剣士「うん」

次女「ち」

戦士「やめなさい」

おっさんみたいな冗談を言っているものの、やはりルツィーレのテンションは著しく低い。

次女「ねえエルお兄ちゃん」

魔剣士「なんだ」

次女「救急車が遠くに行くと音が変になる現象ってなんて名前だっけ? どっぷんちょ効果?」

魔剣士「ドップラー効果な」
883 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:45:36.52 ID:m8bMPIqxo

次女「じゃあ水で流れないトイレの名前ってなんだっけ? だっぷんべんじょ?」

魔剣士「げほっ……ボットン便所だろ。そもそも食事中にする話じゃねえ」

次女「カレーってうんちと似てるよね」

戦士「いい加減にしてくれ」

近くで食事をしている兵士達はむせたり笑いをこらえたりしている。
ルツィーレは真顔だ。

次女「食堂のおばちゃんにね、カレーを巻きグソ型に盛ってって頼んだんだけどね、」

次女「下痢うんちみたいにドロドロだから上手くいかなかったんだよ」

父さんは頭を抱えた。

次女「お兄ちゃんのコップに入ってるの、おしっこみたいな色してるね」

魔剣士「ウコン茶だよ」

次女「ウンコ茶? 苦そうだね」
884 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:48:16.61 ID:m8bMPIqxo

「げほっがふっ」

「ぷっくすくすくす……」

「俺の地元では汲み取り式便所のことポッチャン便所って呼んでたんだけど」

「俺の村だとゴットンだった」

「ちょっとかっこいいな」

「俺のとこゲッダン」

「切ない気持ちが揺れて廻って振れてそうな呼び方だな」

戦士「……部屋に帰るぞルツィーレ」

次女「えー」

戦士「アニメ見させてやるから」

次女「クレパスしんくんとジャングルの覇者ターさんね」

戦士「……わかった」

どっちも下ネタが多いタイトルだ。父さんは溜め息をついた。
……食堂の雰囲気が随分和らいだ。

しかし、すぐに再び重苦しくなることになる。
885 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:49:29.77 ID:m8bMPIqxo

兵士達、特にプティアの軍服を着ている人達の動きが緊張で硬くなった。

魔導槍師「先程は手加減したはずだったのですが、どうやら内臓を傷つけてしまったようで。すみませんでしたね」

言葉だけの謝罪だ。目には嫌な笑みを浮かべている。

魔導槍師「カナリアに叱られましたよ」

魔剣士「あんたさ、そんなに俺に構ってほしいの?」

アーさんは豆鉄砲を食った鳩みたいな顔をした。
俺がこんなことを言うなんて思ってもみなかったらしい。

魔剣士「暇ならセフレとでも遊んでればいいじゃん。なんでわざわざ大っ嫌いな俺なんかに話しかけるんだよ」

魔導槍師「……植物などと愛し合っている異常者が」

魔剣士「俺の頭のおかしさを大勢の前に晒すためにわざわざ出向いたわけ?」

魔剣士「あんたのその精神のがよっぽどおかしいと思うけどね」

魔導槍師「ほう? 随分と偉そうな口を利くようになったじゃありませんか」

人の視線は苦手だ。でも、俺はしっかりと相手の目を見据えた。

魔剣士「……確かに俺は異常だよ。でも、俺とユキは心の底から恋をして愛し合ってるんだ」

魔剣士「お遊びの恋しかできないあんたに口を挟まれたくない」

プティア兵は俺達を見てガクブルしている。
アーさんに口答えできる人間なんてほとんどいないだろうから、彼等にとっても俺の反応は意外だったようだ。
886 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:50:01.47 ID:m8bMPIqxo

魔剣士「……もしかしてさ、あんた、本当はかなり臆病なんじゃないの」

魔剣士「いつもいつも親がいないところばかり狙ってさ。今だって俺の父さんが出てったから入ってきたんだろ?」

魔剣士「恋愛対象は女だっつってるわりに、女装男ばかりと遊んでるのだって、」

魔剣士「本気で他人を愛するのが怖いからだろ」

かなり適当に喋ってる。合っているかは知らない。
でも、今までの鬱憤を晴らしたくて、何か言わずにはいられなかった。

魔導槍師「…………」

どんな言葉を返されるのだろう。
俺よりもずっと会話が得意な人だ。かなりきついことを言われるかもしれない。


覚悟したけれど、アークイラはもう何も言ってこなかった。
887 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/26(水) 19:50:30.18 ID:m8bMPIqxo
kkmd
888 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/07/26(水) 20:07:44.00 ID:krifQAQU0
889 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/07/27(木) 10:08:13.88 ID:fzxPCbLkO
乙です
890 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/07/30(日) 16:44:19.60 ID:H3LjpQBko
ほも
891 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 19:53:38.76 ID:wOYlwML9o

第三十二株 クロユリ


オディウム教の呪術師は、倒しても倒しても何処かから人員補充しているらしい。
また、復活しかかったオディウム神もどきの力を利用して更に強力な呪術を使うようになっている。

そして、こちらからあまり派手に攻撃することもできなかったそうだ。
奴等はオディウム神(もどき)が復活しかかっていることを利用して、
「入信すれば救われる」と民間人の不安を煽り、入信者を増やしている。

一般人を戦いの犠牲にすることは極力避けたいというのが各国の軍の意向だった。

精霊王「オディウムの活動には波がある」

精霊王「一番活発な瞬間を狙うぞ」

精霊王「封印の外部からはこっちからも攻撃できねえからな」

精霊王「最もあいつの力が溢れ出している時なら、封印の“穴”になってる遺跡にこっちの力を注ぎ込むことで、」

精霊王「封印の内部まで浄化できるんだ」

ということらしいので、どう戦うか何度か軍人達と会議を重ねた。
アウェイ感が半端ない。軍人達のほとんどはガチムチマッチョだ。
892 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 19:54:23.82 ID:wOYlwML9o

魔剣士「問題は俺の身体がもつかどうかだろ」

精霊王「散々慣らしたし大丈夫だとは思うんだけどな」

ダイヤモンドを手に握る。
剣もあるし、アウィナイトの加護も強化してもらったし、きっと持ち堪えてみせる。

戦士「あいつらはあらゆる手を尽くして人の憎しみを煽り、封印を弱めている」

戦士「オディウムと戦うのは少しでも早い方がいいだろう」

戦士「洗脳された一般人を犠牲にできないなんて言っていられる余裕ももうない」

戦士「多国籍軍は本気で戦い、おまえを守る」

俺がうどん粉病の神の呪いを浄化する力をもっていることは既に敵に知られている。

仮にそうじゃなかったとしても、俺達が遺跡に直接攻撃を加えていることに気づいたら妨害してくるだろう。
オディウム神もどきへの攻撃に集中するためには軍の協力が必要不可欠だ。
893 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 19:56:33.58 ID:wOYlwML9o

現在、オディウム教徒は遺跡に呪いの結界を張って立てこもっている。
聖玉の結界を破壊することもまだ諦めていないらしいが、父さん達は刺客の撃退に成功している。

俺のいとこ軍団が誘拐されかかる事件もあったらしいけどなんやかんやで阻止できている。
……父さんのすごい人数の兄弟には、同じようにすごい人数の子供がいる。

俺はいとこの人数を把握できていない。

レグホニア家の娘を嫁にもらったら孫に恵まれるとか、
逆にレグホニアの男に娘を嫁がせたら孕まされすぎて大変だとかと地元ではよく言われているけどそんなことはどうでもいい。

戦士「もうあんな思いは勘弁だ。死ぬなよ」

魔剣士「わかってるよ」

精霊王「……はあ」

魔剣士(何溜め息みたいな声出してんだよ)

精霊王「死んでからはすごい速さで時が進んでさ」

精霊王「気づいたら知ってる人間は皆死んでた」

魔剣士(寂しいな)

精霊王「つらいから悲しい感情は全部封じ込めてた」

精霊王「でも、やっぱ生まれ変わりは過去世と雰囲気似ててさ」

精霊王「つい昔のことを思い出しちまう」

魔剣士(ふーん)
894 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 19:57:05.53 ID:wOYlwML9o

突然空気が凍りつくようにピリリとした。

白緑の少女「呪術師です!」

黒い気を纏った男が現れた。
一瞬でここまで転移してきたんだ。相当高位の呪術師だろう。

呪術師「勇者ノ 眠リ 憎シミ 解放ヲ」

様子がおかしい。とりあえず狙いは母さんみたいだ。
念じて剣を具現化する。

戦士「おい下がれ!」

魔剣士「大丈夫だ!」

呪術師は呪いを放ったが、俺は呪いごと呪術師を斬った。
イウスの力を剣に纏わせれば、黒い気は浄化できる。
895 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 19:57:31.78 ID:wOYlwML9o

呪術師の身体からは黒い気がもやもやと煙のように出ている。

魔剣士「こいつ……本当に人間なのか?」

戦士「この頃現れる奴の多くはこんな感じなんだ」

白緑の少女「……オディウムの力で、無理に高位の術者となったのでしょう」

白緑の少女「力に呑み込まれ、彼本来の人格はほとんど消失していたものと思われます」

戦士「道理で倒しても倒しても強い連中が湧き続けていたのか」

魔剣士「ねー父さん俺腕を上げたでしょ」

戦士「確かに太刀筋は綺麗になったが……運動神経の鈍さは相変わらずだな」

戦士「剣が強いだけだろ」

ちくしょう。
896 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 19:59:38.47 ID:wOYlwML9o

精霊王「ねえ明日すぐ軍動かせる? オディウムの活動が活発になりそうなんだけど」

戦士「なんだ今の声」

魔剣士「ごめん俺の前世が喋った」

戦士「おまえにもちゃんと過去世があったんだな……」

魔剣士「なんで喋れるのかは後で説明するよ」

戦士「ええと……軍はいつでもすぐに動かせる。問題ない」

精霊王「そっか」

戦士「なんにせよそろそろ総攻撃を仕掛けようと思っていたしな」

魔剣士(なんで父さんと喋ったんだよ)

精霊王「だって構ってほしくて」

魔剣士(あっそ)
897 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:00:18.70 ID:wOYlwML9o

翌日。

多国籍軍が仕掛けようとしている気配に感づいたのか、オディウム教徒達も臨戦態勢らしい。
アクアマリーナの山を登る。車道が続く限りは車での移動だ。

メルクと兵士数人が護衛として同行してくれている。



クロユリの花が咲いている。
ある株の根元に、ユキの散った花が落ちていた。

対照的だな、と思った。
クロユリの花言葉は“呪い”だ。
898 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:01:20.88 ID:wOYlwML9o

魔剣士「この花って確か伝説あったよな」

白緑の少女「古い時代、この土地はアレカレスという一族に治められていました」

白緑の少女「ある代の当主にはリリィという名の美しい側室がいたのですが、」

白緑の少女「リリィは最も深く当主の寵愛を受けていたために、他の側室の妬みを買い、」

白緑の少女「不義の噂を立てられ、怒り狂った当主に切り殺されてしまいました」

白緑の少女「その際、リリィは言いました」

白緑の少女「『この山にクロユリが咲く時、私の呪いであなたの一族を滅ぼしましょう』と」

白旅人「悲しい伝説ですね」

白緑の少女「あの時はすごかったです」

魔剣士「実話だったんだ」
899 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:02:20.71 ID:wOYlwML9o

白緑の少女「呪術にもさまざまな種類があります」

白緑の少女「リリィの呪いは愛から生まれた憎しみによる呪い」

白緑の少女「オディウム教徒の呪術は、もっと純粋な憎悪によるもの」

白緑の少女「あ、あそこを見てください。昔、あの榎の所に行けばリリィの霊に会えたんですよ」

白旅人「流石にもう成仏なさっているのですか?」

白緑の少女「ええ。根も葉もない噂を信じてすまなかった、と当主の霊が土下座し、」

白緑の少女「2人の憎しみは浄化され天へと昇っていきました」

白緑の少女「愛から生まれた憎しみは、愛によって浄化され救われます」

魔剣士「オディウム教徒の呪いはどんな原理で浄化してんだ」

精霊王「相反する属性の神の力をぶつけることで相殺してる感じ」

精霊王「あれは単純な愛の力だけじゃ浄化できねえからな。」

魔剣士「ふーん」

専門じゃねえから結局よくわかんねえや。

精霊王「あ、でも俺とスフィの愛の力はすげえ強力な浄化のエネルギーになるからな!」

魔剣士「せめて“俺等とユキ”って言ってくんねえかな」

精霊王「だってなんか嫌じゃね……?」

魔剣士「仕方ねえだろ……」
900 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:02:47.05 ID:wOYlwML9o

白旅人「白いユリも咲いているんですね」

魔剣士「カサブランカだな。綺麗だ。好きなのか? 白百合」

白旅人「いえ、クレイオーさんに似合いそうだと思いまして」

魔剣士「まああいつ顔はいいからな。でかくて綺麗な花ならなんでも似合うだろ」

白旅人「あなたにとって、クレイオーさんはどんな人ですか」

魔剣士「え? んー、ひたすらうざくてめんどくさい奴」

白旅人「それだけですか?」

魔剣士「うん」

魔剣士「小さい頃からずっと、あいつ俺のこと嫌いなくせにひっついてきてさ」

魔剣士「馬鹿にしてくるくせにおせっかい焼いてくるんだぜ。嫌いなら離れりゃいいのにさ」

白旅人「聞き捨てなりませんね」

魔剣士「え?」

白旅人「……わかって言ってるわけじゃないんですよね?」

魔剣士「ちょっと待って意味わかんない」

白旅人「まあ、過去は過去なのでいいですけどね」

青い石「この子そういう機微は察せないから……」
901 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:04:46.44 ID:wOYlwML9o

ユキと2人(+霊体2人)で大樹に上る。
頂上付近から北方を見下ろす。人が米粒のようだ。丁度戦いが始まっている。

呪術師がこちらに感づいている気配はない。

精霊王「じゃあ始めるぞ」

精霊王「おまえの身体からスフィに俺の力を流して浸透させるからな」

俺のものとは異なる魔力が胸から湧き溢れる。
この頃漸く慣れてきた感覚だ。

精霊王「痛くないか」

魔剣士「平気だ」

精霊王「スフィ、大丈夫そうか」

白緑の少女「問題ありません」

精霊王「スフィを俺で満たす作業には時間がかかる。つまり暇だ」

白緑の少女「お父様達の様子でも窺いましょうか」

白緑の少女「目を閉じてください」

白緑の少女「魔力を同調させている今なら、共に遠視の術を使うことができます」
902 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:06:02.17 ID:wOYlwML9o

言われたとおり目を閉じると、スコープで拡大したような映像が瞼の裏に表れた。
父さんは……前線にはいない。まだ後方にいるみたいだ。

すぐ傍にアキレスさんもいる。

英雄「俺そろそろ部下連れて前線行くね」

戦士「死ぬなよ」

英雄「もちろん。それに今日は怪我だってするわけにはいかないんだ」

英雄「うっかり女性用の下着つけてきちゃってさ」

英雄「こんなの見たら、治療班の子がびっくりしちゃう……うふ」

戦士「…………」

カナリアの気持ちがちょっとわかった気がする。父親がこれだとつらい。

佐官「あの、レグホニア中将」

前は大佐だったような。昇格したんだ。

佐官「何故か女装してる隊があり、他の部隊員が精神統一に支障をきたしているという苦情が入ってます」

英雄「あっごめんそれ俺の部下達〜」
903 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:06:50.13 ID:wOYlwML9o

英雄「女装で敵の精神をかき乱す作戦、俺よく使っててさ……だめ?」

戦士「やるなら事前に会議で言え!!」

佐官「どうしましょう」

戦士「気にせず戦闘に集中しろと命令を下してくれ」

佐官「……がんばります」

英雄「ところでさ、キャロルさんが男ってほんと?」

戦士「今する話なのかそれ」

副官「ほんとですよ〜」

英雄「すごい……女性にしか見えないよ。美しさを保つコツとかあるの?」

副官「毎晩ちゃんと寝るといいですよ〜」

戦士「この戦いが終わってから話せ!!」


白緑の少女「愉快な方々ですね」

魔剣士「うん……」

オディウム教徒よりも多国籍軍の方が圧倒的に人数が多いのになかなか決着がつかないのは、
やはりオディウム教徒の使う術が厄介だからだ。

でも多国籍軍は対抗策を次々と編み出した。負けはしないだろう。
904 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:09:20.64 ID:wOYlwML9o

精霊王「あ、そうだ」

精霊王「今ならおまえの術、遠視の術を使った原理を利用して遠くまで飛ばせるぞ」

魔剣士「あ、まじで?」

鞄を漁って毒草を食べ、ユキの力を借りて戦場に飛ばした。
数十人のオディウム教徒は嘔吐・下痢により戦闘不能になった。ざまあ。

精霊王「んー、もうそろそろよさそうだ」

精霊王「剣を構えろ」

魔剣士「はい」

遺跡の方に切っ先を向ける。

精霊王「行くぜ相棒!」

魔剣士「もう1人のボクとは呼ばねえからな」
905 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:11:16.80 ID:wOYlwML9o

大樹に流し込んだ力を剣に集中させ、白と緑の光を放った。
直接膨大なエネルギーを俺から剣に流すと俺が死ぬため、わざわざ大樹に力を溜め込んだのである。

精霊王「おまえが破裂する寸前にまで出力上げるからな!」

ちょっと怖い。恐れを覚えた瞬間、ユキが俺の手を強く握った。
大丈夫だ。戦える。


光が遺跡に落ちた手応えが不思議と感じられた。
しかし憎しみの黒は浄化しきれない。量が多すぎる。

長時間耐えなきゃいけなさそうだ。
呪術師達がこっちの攻撃に気づいたようだ。

でも、ユキの身体全体はイウスの力で覆われているから遠距離攻撃は効かないし、
近づいた敵はメルクと兵士が倒してくれる。

父さん達が戦ってくれているから、大勢でこっちを襲うこともできないだろう。
大して気にする必要はない。
906 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:12:22.53 ID:wOYlwML9o

精霊王「気をつけろ!」

カラスの大群のような“闇”が形を変え、襲い掛かってきた。
遺跡への攻撃を中断し、剣を振るう。

精霊王「反射神経にっぶ」

魔剣士「うっせ!!」

多少動きが鈍くても靄は浄化できている。気持ちいい。しかしいかんせん疲労が溜まる。

魔剣士「あんまり激しく動くと枝から落っこちそうでこええな」

白緑の少女「落ちても私が助けます! 思いっきり戦ってください!」

背後から針のような形になった闇が襲い掛かってきた。速い!

魔剣士「やばっ!」

青い石「ああもうっ!」

勝手に素早く体が動いた。

青い石「ちょっと体借りるから!」

魔剣士「正直助かる」

剣を極めたモルの方が俺よりも上手く戦える。
これやると後から気持ち悪くなるけど仕方ない。
907 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:14:59.22 ID:wOYlwML9o

白緑の少女「――イウスの力との融合率が上がりました。私からも行きます!」

大樹のあちこちから光が放たれ、闇を浄化していく。



闇の靄の動きに隙ができた。
モルの憑依を解いてもらって、辺りに漂う靄を一気に浄化し再び遺跡へと力を放つ。

精霊王「封印の内部に光を押し込むぞ!」

白緑の少女「エリウスさん、血が!」

吐血した。

魔剣士「っまだ大丈夫だ!」

このままならオディウムを倒せる。

そう思った瞬間、奇妙な違和感に襲われた。
力の一部が黒く染まり、逆流している。

精霊王「嘘だろっ!?」

それは剣から俺の右手へ流れ、胸を撃った。
908 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:15:46.90 ID:wOYlwML9o























負の感情が蠢いている。
909 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:18:26.76 ID:wOYlwML9o

目を開けると、見るに堪えない悍ましい色が空間を漂っていた。
低い、脳を揺らすような声が聞こえる。

『人は誰でも憎しみの感情をもっている』

『大精霊の生まれ変わりたるおまえも同じことだ』

『我は浄化の力に混じっていたおまえの憎しみの情によりおまえを引きずり込んだ』

嫌な記憶がぐるぐると頭を回った。


馬鹿にされたこと、逆恨みされたこと、マスコミに追いかけられたこと。
理解してもらえなかったこと、誤解されたこと。

何度も犯されて殺されかけたこと。
910 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:18:52.66 ID:wOYlwML9o

『この世界は、救うに足る世界なのか?』




「おまえさ、もうちょっとまともに喋れねえの?」

「たまに喋ったと思ったら全然空気読まないじゃん」

やめろ

「うわ、こっち見ないでよ」

「ごめん、もうついてこないで。ちょっと優しくしただけで、こんなに依存されても困るよ」

ごめんなさい、もう関わりません。ごめんなさい。




『おまえの人生は、愛されることよりも、憎み憎まれることの方が遥かに多かった』

『おまえを救うのは憎しみによる復讐のみだ』
911 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:20:32.76 ID:wOYlwML9o

魔剣士「……そんなことねえよ」

涙が止まらない。でも、幸せだった記憶を必死に思い返す。

魔剣士「生憎、絶望はもう乗り越えてるんだ」

魔剣士「おまえなんかに洗脳されやしねえよ」

『――おまえに外の世界を見せてやろう』


……空が黒い。地上は血と肉の山で覆われている。


兇手「くくっふはははは! ついに倒したぞ! この俺が最強だ!」

戦士「っ――」

父さんの胸が、剣で貫かれた。

魔剣士「父さん!」

身体を支えようとしたけれど、すり抜けた。

次女「やだ! 放して!!」

次女「いたいー!」

魔剣士「ルツィーレ!」

ルツィーレが……男達に蹂躙されている。

次女「おとうさん! 助けて! お父さーん!」

妹の太ももを血が伝った。

魔剣士「やめろ……やめろ!!」
912 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:21:17.58 ID:wOYlwML9o

悪寒が背筋を走った。振り向くと、母さんが呆然と立ち尽くしていた。
眠りの魔法が解けて、ここに駆けつけたのだろう。

母さんは膝をつくと、傍に落ちていた剣を拾い、立ち上がった。

勇者「……皆殺しだ」

やめろ、母さんが人を斬るところなんて見たくない。
血に染まった母さんなんて、見たくない……!


……携帯が鳴った。メールだ。誰からだろう。
あまり折り合いのよくない大学の知り合いからだ。

「これ、おまえだよな?」

本文にはURLが貼られている。
押すと、動画サイトに飛んだ。

魔剣士「あ……」

誰が、いつの間に、撮っていたんだろう。
俺が、精霊に犯されているところ。
913 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:22:03.71 ID:wOYlwML9o

嘘だろ。他にいくつもアップロードされている。削除は追いつかないだろう。
再生数はどんどん増えている。仮に全て削除しきれたとしても、もう……。

『この世界におまえの居場所はない』

まともに呼吸ができない。

『母の愛を拒絶したおまえは、我が肉体に相応しい』

『憎悪に染まれ』

泣き叫ぶ母さんの壊れた笑い声が、耳に響いた。


もう、この破壊衝動にすべてを任せてしまった方が、楽かもしれない。
914 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/07/31(月) 20:22:35.75 ID:wOYlwML9o
kkmd
915 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/07/31(月) 20:39:18.29 ID:6ozLj9kvo
otu
916 : ◆O3m5I24fJo [sage]:2017/07/31(月) 23:51:16.67 ID:wOYlwML9o
>>153誤字
四歳下じゃなくて四歳上
917 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:20:08.32 ID:q0MlyY+Zo

第三十三株 ユカリ


足元の血溜まりを見つめる。
生きていたって仕方ないや。


背中から誰かに優しく抱きしめられた。
おかしいな。人に触ろうとしてもすり抜けたんだ。誰かと触れ合えるはずないのに。



「大丈夫だよ。これ、全部嘘なんだから」



聞き覚えのある声だ。

魔剣士「……モル…………?」
918 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:24:48.47 ID:q0MlyY+Zo

「よく見るんだ。意外とちゃっちいよ、これ」

指差された方を見る。
服が大きく裂けたアキレスさんの死体が転がっていた。

魔剣士「……女物の下着つけてない」

幻影だわこれ!



景色が下方に流れ落ちていくように消え去った。


『馬鹿な……! 封印の内部へはこの男1人しか引きずり込まなかったはず!』

「私も人間だからね。負の感情を同調させてここまで追いかけるのはそう難しくなかったよ」

さっきまでが嘘みたいに、憎悪の感情が心から流れ去っていった。

「エリウス、聞こえるだろう? 君を呼ぶ声が」
919 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:25:40.89 ID:q0MlyY+Zo

白緑の少女「このままでは精神体が死んでしまいます!」

精霊王「戻ってこいエリウス!」

精霊王「俺はおまえが胎児の頃からずっと見守ってきたんだ。自分の子供みてえに思ってる」

精霊王「おまえに死なれたくねえんだよ!」

白緑の少女「もう私を置いていかないで!」

帰らなきゃ。

「この子を憎しみの塊に渡しはしないよ」

『おのれ……おのれ!』

青い光に守られている。もう幻影を見せられることはないみたいだ。
920 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:26:45.27 ID:q0MlyY+Zo

俺とよく似た少し年上の、でも目尻は吊り上っていない男がこっちを向いて微笑んだ。

   「もう、大丈夫だね。君は大人になったんだから」

魔剣士「なんだよ、心配してばっかで、全然俺のこと信頼してくれなかったくせに」

   「はは。実は、君が他のことに集中している間に、こっそりヘリオス君に訊いたんだ」

   「どうしてエリウスのことを信頼できるのかって」

   「『親が子供を信じてやらないと、子供は自信をもてないじゃないですか』って答えられたよ」

   「同じ人の親として負けたなって思った」

魔剣士「…………」

   「私は、これから何があっても君は乗り越えられるって信じることにしたよ」

魔剣士「……じいちゃん」

   「一緒にいられて楽しかった」
921 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:27:21.96 ID:q0MlyY+Zo

目を開けると、元の景色が見えた。

白緑の少女「エリウスさん!」

精霊王「エリウス!」

魔剣士「もうひと踏ん張りだな!」

闇の靄がまとわりついてくる。でも負ける気はしない。

精霊王「封印の内部から奴を引っ張り出すぞ!」

魔剣士「このままじゃ駄目なのか?」

精霊王「封印の中に奴を残すと、いずれ奴は再び憎しみを吸って復活する。同じことの繰り返しだ」

精霊王「俺の母さんの言葉を思い出せ」

『余剰となっている憎しみを削り、その後は少しずつ争いを治めていくのが最良の歴史となるでしょう』

精霊王「憎しみを敢えてこの世界に解き放ち、緩やかに浄化しなきゃいけねえんだよ」

魔剣士「……わかった」

釣竿を引き上げるように、闇を引きずり出した。
922 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:28:11.29 ID:q0MlyY+Zo

白緑の少女「まだ……もっと、もっと浄化してください」

白緑の少女「……今です!」

浄化を止め、赤ん坊くらいの大きさになった憎しみの塊を光で包む。

精霊王「これを分割して世界にばら撒く」

精霊王「これからこいつは、憎しみに翻弄される運命を背負った者として転生するだろう」

精霊王「だが、小さな憎しみであれば浄化は容易い」

精霊王「生ある者として生まれ変わり、愛を学べば尚更だ」

精霊王「だから、争いの種をばら撒くことに、おまえが責任を感じる必要はないからな」

剣で細かく切り刻み、イウスの力によってオディウムは世界中に散っていった。

あれは厄災の種だ。
責任を感じなくていいと言われても、やっぱり少しは罪悪感を覚えてしまう。

魔剣士「……はあ」

オディウム教徒達は信じる神を失い、途方に暮れて攻撃をやめた。
終わったんだ。

ユキの枝に腰を下ろす。随分疲れた。
……もう、激しすぎるセックスはしなくていいんだ。ほっとした。
923 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:29:09.40 ID:q0MlyY+Zo

胸元のアウィナイトに、もう祖父はいない。
魔力を使い果たして成仏したんだ。

魔剣士「……悲しくないよ。ちょっと寂しいけど」

魔剣士「本当はとっくの昔にあの世に逝っているはずの魂が、漸くあるべき場所に還っただけなんだから」

白緑の少女「…………」

魔剣士「あれ……でもおかしいな……」

目頭が熱い。

白緑の少女「泣いて、いいんですよ」

ずっと一緒にいた家族が、いなくなった。

あんなに鬱陶しかったのにな。
突然去られて、思考が感情に追いつかないんだ。
924 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:29:41.56 ID:q0MlyY+Zo

ユキの胸を借りてしばらく泣いた。

泣いてる間に癒しの術をかけてくれたらしくて、
イウスの力を使ったことによるダメージは癒えている。

白緑の少女「もうそろそろ降りましょうか」

魔剣士「……ちょっと待って」

腹が……生命の結晶が埋め込まれたあたりが熱い。
なんだろう。今なら奇跡を起こせそうな気がする。

魔剣士「ユキ、俺さ……すごくセックスしたい」

ユキはちょっと驚いたみたいだけど、俺の手を引いてくれた。

白緑の少女「いいですよ。こちらへ」

なされるがままユキについていくと、樹皮をすり抜けて木の内部に入れた。
925 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:30:58.52 ID:q0MlyY+Zo

白緑の少女「大樹の内部は私の精神世界になっています」

オディウム神もどきが封印されていた空間と違って、
すごく綺麗で淡い色彩が浮いている。

白緑の少女「通常、私以外の存在がここに入ることはできません」

白緑の少女「どうやら、私達の魔力と、生命の結晶や緑の聖結晶が共鳴しているようです」

神聖な波動が魂を揺さぶる。

白緑の少女「ドロドロに、溶け合いましょう」

ユキに押し倒された。

魔剣士「……俺、男だから」

ユキの肩を掴み、上体を起こして組み敷いた。
やっぱり、俺には男のプライドがある。たまには抱かれるんじゃなくて抱きたい。

ユキは微笑んで、俺の首に手を回してくれた。
926 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:31:30.00 ID:q0MlyY+Zo

――
――――――――

戦士「なあ、エリウスは」

白旅人「まだ降りてこられないんです。だいぶ経つのに」

戦士「まさか死んだんじゃないよな……」

白旅人「遠すぎて魔力を追えません。大丈夫だとは思うのですが」

戦士「トパーズで探すか」

白旅人「!? 急速にエリウスさんの魔力が降りてきています!」

魔剣士「いでっ!」

戦士「うわっ!?」

勢いをつけすぎて、幹の中から思いっきり飛び出してしまった。

魔剣士「あっ父さん!」

戦士「今の見間違いじゃないよな……? おまえ、木の中に入ってたのか?」

魔剣士「父さん……俺、妊娠した」

戦士「は?」
927 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:32:02.19 ID:q0MlyY+Zo

魔剣士「受精したのはユキの霊体の中でなんだけど〜人間の体温を覚えさせた方がいいからって〜」

戦士「ちょっと待ってくれ、おまえが何を言っているのか全くわからない」

魔剣士「父さんの孫ができたんだよ? 嬉しくないの?」

戦士「あ……ああ? そうか、俺ももうおじいちゃんか……40だもんな……」

父さんは状況を理解しようと必死に考えている。後でちゃんと説明しよう。

父さんの部下が運転する車が近くに停まった。
後部座席から降りてきたのは母さんだ。

勇者「エル!」

魔剣士「母さん」

抱きしめられた。おっぱい柔らかい。

魔剣士「俺、悪い奴やっつけたよ。もう心配要らないんだ」

抱きしめ返す。

戦士「えらい素直になったな……」

勇者「ちょっと、反抗期が長かっただけだもんね、エル……」
928 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:33:02.43 ID:q0MlyY+Zo

――――――――――――
――――――――
――

旅は続けるつもりだけれど、最初の子は慣れた環境で産み育てたかったから里帰りした。
久々の我が家だ。

四女「かーしゃ!」

次女「ラヴェンデルー!」

勇者「ラヴィ! よかったぁ……」

戦士「なあ、おまえの子供って……何処から産まれるんだ?」

魔剣士「へその辺り突き破って生まれてくるって」

戦士「うっ……痛そうだな……」

父さんは腹を押さえた。

ちなみに普通の赤ちゃんほど腹の中で大きくなることはない。
産まれてくる時の大きさはクルミくらいだ。

俺とユキの子供は、人間であり、植物であり、精霊でもある。
人と草木の間に立ち、共存のために働くことができる新たな種族だ。
929 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:33:51.32 ID:q0MlyY+Zo

魔剣士「俺今日父さんと母さんと川の字になって寝るー!」

戦士「いや、流石に気持ち悪い」

魔剣士「子供の頃充分に甘えられなかった分取り戻したいんだけど」

勇者「一晩くらいいいでしょ?」

戦士「アルカさんがそう言うなら……いや……しかし……」

三男「おかあさんにちかづくなあああうわああああ!!」

魔剣士「押さないで! 殴らないで! お腹に赤ちゃんいるから!!」

戦士「アルクスはアウロラと一緒に寝てくれ」

三男「いやだああああああああ」

魔剣士「母さんもーらい」

三男「ぐずっうぇぇ……うえええええん! あっちいけー!」

四女「かあしゃー、とおしゃ」

戦士「ラヴェンデルはベビーベッドな……」

魔剣士「久々に母さん独り占めしちゃうもんねー!」

戦士「なんだこの状況……」
930 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:34:25.94 ID:q0MlyY+Zo

戦士「ベッドが狭いんだが」

魔剣士「かあさーん」

戦士「マザコンは……嫁さんに嫌がられないか……?」

魔剣士「俺のお嫁さん1億歳だよ? 細かいこと気にしないよ」

戦士「そ、そうか」

戦士「……でかくなったもんだなあ」

勇者「もう……大人だもんね」

魔剣士「成人しても、俺が父さんと母さんの子供であることは変わらないよ。ずっと」

かつて拒絶してしまったこの温もりが、ひどく愛おしい。

戦士「暑い……」
931 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:34:52.26 ID:q0MlyY+Zo








魔剣士「なあユキ、ちょっと散歩しよ」

白緑の少女「ええ」

真夏の日射し。たまには暑い中歩くのもいいかな。
また旅に出たら、たまにしか故郷には帰ってこないんだから。
932 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:36:13.76 ID:q0MlyY+Zo

しばらく歩くと、アポロン先生がふらふらしていた。
散々泣いた後なのだろう。目が腫れている。

魔剣士「ちわっす」

詩人「ああ……やあ、エリウス君……」

魔剣士「娘が彼氏作って帰ってきたのがショックなんですよね」

メルクはクレイオーと一緒にこの国に来た。リモンさんも一緒らしい。

詩人「その通りだよ……」

詩人「悪いところまで僕に似てしまって、なかなか貰い手が見つからなかったからほっとしているんだ」

詩人「でも……なんだろうねこの気持ちは。涙を禁じ得ないよ」

非常にげっそりとしている。それでいて妙な美しさがあるのはすごいと思う。

詩人「アウロラちゃんが彼氏を連れてきた時のヘリオス君はどんな様子だったか教えてくれるかい?」

魔剣士「父さんは、子供にはドライなところがある人ですから」

魔剣士「『ふーん』って感じでしたよ。元々知ってる相手でしたし」

詩人「そうか……」

俺の娘が彼氏を連れてきた時、俺はどんな気持ちになるんだろう。
余程変な男じゃない限りは素直に祝福できる父親になりたいな。
933 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:37:03.78 ID:q0MlyY+Zo

まだまだやらなきゃいけないことはたくさんある。
自然破壊を止めるNGOでも立ち上げようかな。

でもまずは……

魔剣士「子供の名前、どうしよっか」

白緑の少女「ゆっくり考えましょう」


青空の下で深い緑が輝いている。



人と草木を繋ぐ新たな理。生命の結晶と、ユキとの絆から生まれた奇跡。
より良い世界を、きっと築いてみせる。
934 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2017/08/01(火) 20:38:38.92 ID:q0MlyY+Zo

END





ごっそり修正したいのでこっちのスレは転載禁止で
書くのに時間かかりすぎた
近日中に番外編スレに後日談いくつか投下して終わります
935 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/08/02(水) 02:11:20.22 ID:3ZEeR/Lzo
お疲れ様でした

終わってしまうのは悲しいけど、番外編楽しみにしています
936 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/08/02(水) 07:46:22.38 ID:0crK9aTLo
カモノハシみたいにアナルから産めばいいのに
937 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/08/02(水) 08:26:51.78 ID:G5PCElfc0
心から乙
938 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/08/02(水) 12:36:01.56 ID:b2SOU8qBO
乙でした‼
番外編楽しみ
939 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/08/02(水) 20:57:52.30 ID:1AHlnSIWO

とても面白かった…
940 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/08/03(木) 10:46:42.32 ID:OyZ/IMy5o
乙乙
とても面白かった!番外編楽しみにしてる
941 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/08/03(木) 14:01:55.01 ID:MBXOgxHA0
乙カーレ
良かった
942 : ◆O3m5I24fJo [sage]:2017/08/03(木) 17:46:37.12 ID:6fPzesjTo
後日談ここからです
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1475058552/460
943 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [age]:2021/12/22(水) 00:35:38.46 ID:rrDaGIejO
Steam(PC)オープンワールドハードコアRPG

『KENSHI(剣士)やる』
(23:19〜放送開始)

https://www.twitch.tv/kato_junichi0817
944 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2021/12/22(水) 02:37:37.54 ID:7pfa9W8q0
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945 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [age]:2021/12/23(木) 00:19:49.26 ID:rirMQINvO
Steam(PC)
オープンワールドハードコアRPG

『KENSHI(剣士)やるDay2』
(23:52〜放送開始)

https://www.twitch.tv/kato_junichi0817
946 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2021/12/23(木) 10:11:49.92 ID:fax62cTS0
日本人はカス民族。世界で尊敬される日本人は大嘘。

日本人は正体がバレないのを良い事にネット上で好き放題書く卑怯な民族。
日本人の職場はパワハラやセクハラ大好き。 学校はイジメが大好き。
日本人は同じ日本人には厳しく白人には甘い情け無い民族。
日本人は中国人や朝鮮人に対する差別を正当化する。差別を正義だと思ってる。
日本人は絶対的な正義で弱者や個人を叩く。日本人は集団イジメも正当化する。 (暴力団や半グレは強者で怖いのでスルー)
日本人は人を応援するニュースより徹底的に個人を叩くニュースのが伸びる いじめっ子民族。

日本のテレビは差別を煽る。視聴者もそれですぐ差別を始める単純馬鹿民族。
日本の芸能人は人の悪口で笑いを取る。視聴者もそれでゲラゲラ笑う民族性。
日本のユーチューバーは差別を煽る。個人を馬鹿にする。そしてそれが人気の出る民族性。
日本人は「私はこんなに苦労したんだからお前も苦労しろ!」と自分の苦労を押し付ける民族。

日本人ネット右翼は韓国中国と戦争したがるが戦場に行くのは自衛隊の方々なので気楽に言えるだけの卑怯者。
日本人馬鹿右翼の中年老人は徴兵制度を望むが戦場に行くのは若者で自分らは何もしないで済むので気楽に言えるだけの卑怯者。
日本人の多くは精神科医でも無いただの素人なのに知ったかぶり知識で精神障害の人を甘えだと批判する(根性論) 日本人の多くは自称専門家の知ったかぶり馬鹿。
日本人は犯罪者の死刑拷問大好き。でもネットに書くだけで実行は他人任せ前提。 拷問を実行する人の事を何も考えていない。 日本人は己の手は汚さない。
というかグロ画像ひとつ見ただけで震える癖に拷問だの妄想するのは滑稽でしか無い。
日本人は鯨やイルカを殺戮して何が悪いと開き直るが猫や犬には虐待する事すら許さない動物差別主義的民族。

日本人は「外国も同じだ」と言い訳するが文化依存症候群の日本人限定の対人恐怖症が有るので日本人だけカスな民族性なのは明らか。
世界中で日本語表記のHikikomori(引きこもり)Karoshi(過労死)Taijin kyofushoは日本人による陰湿な日本社会ならでは。
世界で日本人だけ異様に海外の反応が大好き。日本人より上と見る外国人(特に白人)の顔色を伺い媚びへつらう気持ち悪い民族。
世界幸福度ランキング先進国の中で日本だけダントツ最下位。他の欧米諸国は上位。
もう一度言う「外国も一緒」は通用しない。日本人だけがカス。カス民族なのは日本人だけ。

陰湿な同級生、陰湿な身内、陰湿な同僚、陰湿な政治家、陰湿なネットユーザー、扇動するテレビ出演者、他者を見下すのが生き甲斐の国民達。

冷静に考えてみてほしい。こんなカス揃いの国に愛国心を持つ価値などあるだろうか。 今まで会った日本人達は皆、心の優しい人達だっただろうか。 学校や職場の日本人は陰湿な人が多かったんじゃないだろうか。
日本の芸能人や政治家も皆、性格が良いと思えるだろうか。人間の本性であるネットの日本人達の書き込みを見て素晴らしい民族だと思えるだろうか。こんな陰湿な国が落ちぶれようと滅びようと何の問題があるのだろうか?
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