げんきいっぱい5年3組 (オリジナル百合)

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66 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 10:35:31.21 ID:hYHb1m9lO
本当のやすはの気持ちを、私はこの頃考えたことはなかった。
人に気持ちに鈍感だった。自分の心を守ることでいっぱいだったんだと思う。

「みやちゃんにとって、良くないことだよね」

「それもあるんだろうけど……ううん、なんでもない」

「やすは?」

「言い忘れたけど、みやちゃんの前であんまりやすはって言わない方がいいよ」

「え、なんで」

「仲間外れにされたって顔してるから」

どういうこと。
私の顔になんで? と書いていたのか、

「自分で考えて」

と言われてしまった。
それに関しては考えてもあまりよく分からなかった。
急に呼び方が変ったから疎外感を感じたのかもしれないけど、そんなことをいちいち気にしても仕方がない。
けれど、この頃の彼女達はそう言ったささいな仲間意識を大切にして過ごしてきたんだろう。
私も、かつてそうだったんだと思う。
今は、大ざっぱになった。人の気持ちに大ざっぱになって、自分の気持ちに鈍感になった。
昔とは逆になってしまったのかもしれない。
67 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 10:37:08.04 ID:hYHb1m9lO
>>65
の二行目の文章おかしいですが気にしないで
68 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 10:47:52.48 ID:hYHb1m9lO
午後、おそらくほとんどの子どもが待ち遠しかったであろう遊園地に到着した。
大人になっても、遊園地というのはわくわくするものがある。
ただし、訪れたのは地方の賑わってる感がかろうじてある遊園地だったが。

みんなどこから乗りたいんだろう。
蟻のように散り散りに分かれていく子ども達の背を見つめる。
やっぱり、ジェットコースターは人気だった。
先生も手を繋がれて、一緒に向かっている。
顔は少し引きつっていた。ぎっくり腰でも起こさなければいいんだけど。

私は隣のやすはを見て、ついでみやちゃん、そして上林さんの位置を確認した。

「あゆむ、あの子は放っていくから」

みやちゃんが言った。
ええっと。

「上林さんはいいって?」

やすはが聞いてくれた。

「知らない」

「みやちゃん、上林さん一人は危ないよ?」

私もやんわりと言ってみた。

「じゃあ、あゆむ行ってくれば」

みやちゃんはやすはの手を握って、ずんずんと突き進む。

「え、ちょっとみやちゃん」

やすははつんのめりながら、前に歩き出す。
一瞬こちらを振り向いて、上林さんに視線を投げた。
そっちはそっちで何とかしてということか。

69 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 10:54:01.39 ID:hYHb1m9lO
上林さんは上林さんで動く気配がない。
しょうがない。

「上林さん、最初どこ行きたい?」

みやちゃんがいなくなって、喋ってくれるものだと思ったが、無視された。
長めの横髪が顔にかかって表情がよくわからない。

「あの」

上林さんに近づこうとしたら、

「来ないで」

と、あろうことか走り出されてしまった。

「なんで!?」

「嫌い、あの女も、あの女の言うことを聞くあなたたちも嫌い」

私も遅れて走り出す。
上林さんの方が背が小さいので、しばらくしたら追いついてしまい彼女の腕を掴んだ。
70 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 11:04:45.27 ID:hYHb1m9lO
大声で彼女は叫ぶ。だいたいが、私たちへの不平不満だった。
周りにいた子連れの客が何事かと足を止めていたので、私は彼女を引っ張って人気の少ない所に移動した。
癇癪を起し泣き始めていた。手で目元をこすって、嗚咽をもらす。

ど、ど、どうしたら。
泣いてる子どもの扱い方が分からない。

「ど、どうどう」

馬じゃないし。
ハンカチを取り出して、彼女に手渡す。
それを受け取ってはくれたけど、握りしめたままだ。

「上林さん……」

私は恐る恐る背中に手伸ばしてさすってやった。
ぎこちないことこの上ない。
上林さんは今度は逃げなかった。
何度もさすって、しっかりとさすって、頭ごと引き寄せて、

「よしよし」

と、頭をぽんぽん撫でた。
日差しがきつかったので、彼女の頭も温かかった。
小さな頭が、幼さを強調する。
彼女は、ようやくハンカチで目元を拭いて、ご丁寧に鼻まで噛んだ。

71 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 11:13:26.03 ID:hYHb1m9lO
もうティッシュだと勘違いしているんだろう。
そういうことにしよう。

「あなた……」

「うん」

「あの子の奴隷でしょ、行かなくていいの」

「奴隷って」

だから、どこでそういうの習ってくるのかな。

「ほんとに奴隷なら、今、こうやって上林さんと話してないよ」

「だって……私だけ、名前で呼んでくれない」

「え」

名前って、そんな大事なファクターだっけ。

「それを言うなら、上林さんだって」

「……」

黙ってしまった。
図星を突かれるのが苦手なんだ。
私は慌てて、

「な、名前……なんて言うのかなあ?」

と聞いてしまった。

「は?」

「ご、ごめんッ、苗字で呼んでたから覚えてなくて…」

「しおりに書いてたけど」

だいたいの流れと禁止事項くらいしか読んでませんでした。
上林さんが溜息を吐いた。
72 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 11:19:43.29 ID:hYHb1m9lO
「……もも」

ぼそりと呟く。

「もも?」

彼女は頷いた。
可愛い名前。

「ももちゃんか」

「二回も言わないで」

頬をビンタされた。
なぜ。

「ももちゃ」

反対側をビンタされる。
頬をさすりながら、私も名前を口にしようとして、

「私は……」

「あゆむでしょ、知ってるから。普通は」

「は、はあ。ごもっともです」

ももちゃんは、にたりと笑った。

「私は、この学校に来て最初に覚えたもん」

後ろの席だもんね。
なんとなく、前の席の人って親近感わくよね。
無防備な背中を見続けているからかもしれない。
73 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 11:25:15.66 ID:hYHb1m9lO
「あなたが、あゆむが振り向いてくれるの、嬉しかったから……」

もにょもにょと赤くなって言った。

「そっか……」

「……いつも、3人で楽しそうだったから……羨ましかった」

「うん……」

「だから、つい、あの女にもあゆむは奴隷でしょって、言ってやったの」

ついって、すごいなあ。

「そうなんだ。みやちゃんはなんて?」

「あんたなんて、友達いないくせにって。だから、私、あの女にこうも言ってやったわ。あんたなんて、本当の友達いないくせにって」

「ほ、ほお」

えげつない戦いだな。
74 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 11:41:56.41 ID:hYHb1m9lO
「私、あの女とは一生分かり合えないと思うの」

「じゃあ、仲直りする予定は全くないということ?」

「そうよ」

困った。

「今日の夜、あの女には仕返ししてやるんだから。協力してよ」

「いやいや、しないから」

「してくれないと、あゆむにいじめられたって言うけど」

「無茶苦茶ですね……」

「あの女の方が100倍は無茶苦茶よ」

二人で咀嚼するような音を発しながら、顔を突き合わす。

「私は二人に仲良くなって欲しい」

「人に頼みごとをする時は、まず自分からでしょう」

勝手なんだか理にかなっているのかよく分からないことを言いながら、
彼女は私に抱き着く。

「じゃあ、そういうことで」

なんのオーケーサインも出していないのに、
彼女はゴーサインを出した。
75 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 11:42:51.74 ID:hYHb1m9lO
いったんここまで
76 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 13:37:16.18 ID:jMyFTMMdO
「仕返しって何するの」

「内緒」

と、彼女は言ってその後は何も教えてくれなかった。
顔を見ると、涙はすでに止まっていた。
復讐の手伝いをするつもりはさらさらなかったので、詳しくは聞かなかった。
彼女はけろりとした様子で、

「あれ乗ろうよ」

と、指を指した。
観覧車か。

「乗ってもいいけど、仕返しはしないから」

彼女は薄く笑って、歩き出した。
何を考えているんだろう。
みやちゃんの方がまだ分かりやすいのかもしれない。
77 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 13:47:55.66 ID:jMyFTMMdO
数分後、観覧車に乗ったことを後悔することになった。
どうしてそういう状況になったのか分からない。
あまりにも唐突だった。

「……は?」

ももはポケットからカッターを取り出して、振り上げていた。

「ま、待って話せばわかる」

キリキリと刃を出す。
彼女が立ち上がると地面が揺れた。
殺される、と思ったので両手を掲げて目を瞑った。

ビリリ――。
痛みはなく、布が破れるような音。
彼女は自分の服に刃を突き立てて、スカートを引き裂いていた。
はらはらと布切れが床に落ちた。

「何してるのさ!?」

私は叫んだ。
彼女はもう用は無くなったと言わんばかりに、カッターを小窓から外に放り出す。

「ちょ!?」

なんてことを。
78 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 14:01:46.50 ID:jMyFTMMdO
ぎざぎざになったスカートの下には真新しい痣が見えた。

「私に協力してくれないなら、いじめられたって言うけど?」

やられた。
私がやってないと言えば済む話だけれど。
じゃあ、なぜこうなったかと永遠と問答が続くだけだ。

「じ、自分でつけたの?」

「痣? そうよ。私は、気に入らない人に気に入られたいなんて思わないから。徹底的に嫌いになるだけよ」

呆れて、私は破れたスカートを見るばかり。

「先生にはね、前からあの子に酷いことを言われてるって言ってたから、信じてくれると思う。それに、クラスの子もだいたい私が悪口言われてたの知ってるでしょうし」

ももは言った。
私は冷静になろうと過去の記憶と経験を引っ張り出していた。
確かに二人は喧嘩していたけど、ももはここまで引きずったりはしなかった。
今日の夜だって、確か当時、二人が喧嘩して、仲裁に入ろうとはしたけど、結局びびって入れなかった。それで、二人の仲は修復できなかった。
だから、今度は懸け橋になれればなんてそんなことを思っていたのに。

「あなたもばかね。私なんて放っておけば良かったのに。私、気に入った人はとことん自分のものにしたいの」

原因は、私か。
小学生の私が彼女にできなかったことをしてしまったから。
79 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 15:06:35.25 ID:oH4qIxGEO
「確かに、みやちゃんがももちゃんにしてることは私も賛成できなかったから、今、ももちゃんサイドにいるわけだけど」

「一度面倒見てくれたなら、最後まで付き合ってよ」

なんというお姫様理論。

「いやいやいや」

彼女の暴論はヒートアップする。
観覧車の眺めも絶好だった。

「あなたが断る権利とかない。私の傷は深いのよ。あなたたち3人のせい。クラスのみんなのせい。なんの助け舟も出さなかった、あの先生のせい。私の傷は誰が治してくれるの? 誰が、謝ってくれるの? あの女? あの女は絶対しないもん」

こめかみが痛くなった。
現実逃避気味に、外を眺めた。

「聞いてるの!?」

叱られた。
鼻息を荒くしていた。
恨みがましく見ている。

「仕返ししたい気持ちがよおおおく、分かったよ。ほんとに、ごめん……私のせいでもあるよ」

「わかってくれただけでは、私の気は収まらないから」

観覧車を降りた時に周囲になんて言い訳をしようか考えながら、

「これからはみやちゃんにそういう悪口とか言わせないし、言ったら私からも止めるように言うよ」

「あなた、さっきまでの私の話聞いてなかったようね。それじゃあ許せないの。何か、罰を与えないと許せないのよ」

身ぶり手ぶり、感情をぶちまける。
この小さな体に、どうやってこんな負のエネルギーを蓄えているんだろうか。
半ば感心して聞いていた。
80 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 15:13:31.97 ID:oH4qIxGEO
「提案があります」

私は彼女に言った。

「なによ」

「するなら私に仕返しして、それなら喜んで手伝うから。荷物持ちでも、話し相手でも、できることはするから」

「ふうん?」

一生とかって言われたらどうしようか。彼女はあごに手を置いた。
一件悩んでいるように見えるが、私を困らせるために一計案じようとしている風にもとれた。

「あなた、今だけだしとかって思ってるでしょ」

なかなか鋭い。

「気が済むまでは」

「じゃ、キスしてよ」

「なんで……?」

「できないの?」

できるけど。

「そういうのは好きな人としないと」

ましてや小学生。
これから色々な出会いが待っているのに。
初っ端から変な思い出を作らなくてもいいじゃない。
81 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 15:20:09.65 ID:oH4qIxGEO
そうこうしているうちに、観覧車が地上へと近づいていた。

「もう、外に出ないと。この話は出てから別の所でしようよ」

「いいや。今、決めなさい」

「そりゃ、キスは嫌だよ」

私だってキスは好きな人としたい。ね、願わくば、大人になったやすはとうにゃうにゃ。
もちろん、こんな子どもとしたってノーカンだけど。

「嫌って言ったわね? 傷ついたわ」

「それは、ごめん」

私は軽く言って小さく頭を下げた。
それは、彼女を逆なでするには十分だった。
私もいい加減彼女のわがままに辟易していたのかもしれない。

「あゆむ!」

思いっきり睨んで、眉根を釣り上げた。
そして、座っていた私の肩をシートに押し付ける。
またビンタかと思い目を瞑った。

「ッ……!?」

唇に生暖かいものが当たった。
それが何なのか理解するのに、数秒要した。
鼻息が当たっていて、長い睫がふるふると震えていた。
82 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 15:26:53.90 ID:oH4qIxGEO
ガシャコンッ!
体が着地の衝撃で揺れた。
それによって、唇が離れる。
そっと開いた彼女の唇からわずかに聞こえたのは、

「ざまあみろ」

だった。我に返って、外を見た。
ドアを開けようと立っていた従業員はもちろん、後ろで待っていた最前列の何人かもこちらを覗くように首を伸ばす。
そして、その中にみやちゃんとやすはの姿もあった。運命の悪意としか思えない。
扉が開いた瞬間、ももちゃんは飛び出していった。
みやちゃんとやすはになんの言い訳もできずに、私は彼女の後を追った。
83 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 15:33:27.07 ID:oH4qIxGEO
彼女を捕らえたのは私ではなく、ちろるだった。
わめくももちゃんを羽交い絞めにしていた。

「お縄につけー!」

と本人は冗談のつもりなんだろうけど、グッジョブ。

「ちろる、でかした!」

「離しなさいよ!」

「なに? ほんとになんかしでかしたか」

「あなたには関係ないでしょ」

「えー、水臭いじゃんか」

ちろるは少し焼けた顔で、にかっと笑った。

「ももちゃん、逃げても無駄だよ。ちろるは足早いから」

「逃げるも何も、捕まってて動けないわよ」

「ももちゃんは軽いねー。小さいし。可愛い」

自分の頬をすり寄せるちろる。

「止めなさいよッ、気持ち悪いわッ」

84 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 15:37:20.25 ID:oH4qIxGEO
ちろるがももちゃんで遊ぶのを見て、周りで見ていたじっちゃんらも参戦し始める。

「どれどれ」

「近寄らないで、加齢臭がうつるわ!」

だから、そういうのどこで――。
もちろん、じっちゃんらがその単語の意味を知っているわけもなく、
かまわずまとわりついていった。

「……わあ」

あっという間に、彼女を包囲してしまった。
私に対してあれほど強気の態度を取っていた彼女は欠片も見当たらない。

「友達、いるじゃん」

私は、ももちゃんに笑いかけた。
彼女は、それを認めたくなかったのかもしれない。
なんで認めたくなかったのかなんて、私には分からないけれど。
85 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/03(金) 15:37:53.44 ID:oH4qIxGEO
ちょっとここまで
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/05(日) 16:40:24.74 ID:sZIt7pdto
さあここからどうなるか
87 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 17:22:23.03 ID:pCqT42gVO
舌打ちして、手足をばたつかせる。

「なんで、あんなことした?」

私は聞いた。

「あなたたちを困らせてやろうと思ったのよ」

「そうですか……」

「あれ、そう言えば、ももちんすごい恰好だね」

ちろるがまじまじと見つめる。

「だれがももちんなのよ」

ちろるはそれには答えず、

「ちょうど体操服持ってきてたから、トイレいこっか!」

じっちゃんらに担がれるももちゃん。

「ちょ、や、やめ。体操服なんていやよッ。恥ずかしい!」

「きょんのコスプレよりよっぽど恥ずかしいけど」

じっちゃんが言って、ずるずるとももちゃんを引きずっていく。
88 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 17:33:59.62 ID:pCqT42gVO
私はそれを突っ立って見送った。
助かった。あのまま、先生の所に行かれていたら楽しい旅行が台無しになるところだった。
もうすでに、疲労感はあったけれど。
私は少し胸を撫で下ろした。
のも、つかの間――、

「あゆむ」

名前を呼ばれた。誰かすぐ分かった。
だから、振り返るのを戸惑った。

「何やってたの」

「というか、なんでそんなに仲良くなってるの」

一度深呼吸して、私は二人を見た。

「あれ、観覧車乗らなかったの?」

と、わざとらしく話題をそらす。
みやちゃんが、眉間にしわを寄せた。

「あんなの見せられて、乗れると思う?」

ですよね。
ど、どうしよう。
ももちゃん、早く出て来て事情を説明して。
たぶん私が言っても言い訳みたいにしかならないよ。

「あゆむ、なんで黙ってたの」

やすはが静かに言った。
89 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 17:43:46.05 ID:pCqT42gVO
「黙ってたって、何を……」

質問の意図が分からず、聞き返してしまう。

「二人が付き合ってるなんて、知らなかった」

「んんッ!?」

思わず、鼻から汁が出そうになった。

「裏切り者」

極めつけに、みやちゃんが言った。
裏切り者って。
今日は厄日か何かか。

「付き合ってなんてないからッ。そもそも、女の子でしょ!?」

自分でも頭の悪い言い訳だとも思ったが、他に思いつかなかった。

「じゃあ、なんであんなことしてたの。きも」

みやちゃんが吐き捨てるように言った。

「あれは……その」

言いよどんでしまった。
なにせ、それを言えば、ももちゃんの周囲の評価はさらに低下する。
そして、そうやって口ごもって何も言えなかったのは良くなかった。

90 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 18:28:53.58 ID:pCqT42gVO
「言えない……ごめん、でも」

「こうもり女。あゆむ、ほんと誰にでも良い顔しようとするよね」

当時の私なら、心に突き刺さる言葉だった。
ただし、今の私はこちらの話を聞かないみやちゃんに、腹も立つし、呆れもした。鈍感にもなった。
けれど、みやちゃんはそういう言葉を平気で口にしてしまうことも分かっていた。
しょうがない、という気持ちも強かった。

「仲良くしないでって、言ったのに……どうして分かってくれないの」

みやちゃんが私の肩を掴んで揺さぶった。
それから似たような文句を何度もぶつけられた。
それは余りにも勝手過ぎて、聞くに耐えれないこともあった。

「みやちゃん」

やすはが、みやちゃんを私からはがすように引き寄せた。
最後にみやちゃんが打った拳が私の肩に当たった。
少しよろけて、二人を見た。
賑やかな遊園地の喧騒が、ふいに耳に入ってきた。
過去のことだ。思い出の中のこと。
現実じゃない。
私が生み出した妄想。
だから、この痛みも妄想。
肩に触れた。
先ほど、観覧車でももちゃんが言った言葉が蘇る。

『私、あの女にこうも言ってやったわ。あんたなんて、本当の友達いないくせにって』

興奮して、頬を染めるみやちゃん。唇を結び、何も言わないやすは。本当の友達を繋ぎ止めるために作ったルールだったんだ。
大人になった今、常識と言う暗黙の規則さえ守っていればたいていのことは修復することができる。
自分のエゴを通せば、醜い大人のレッテルを張られる。大人は分かって欲しいなんてしがみついたりしない。
でも、みやちゃんからひしひしと感じるのは分かって欲しいという強い気もちだ。
それで、関係が滅茶苦茶になるとか、戻れないとか、きっとそんなこと考えちゃいない。

それはあの頃――本当は私が欲しかった衝動だった。
91 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 18:56:08.55 ID:pCqT42gVO
ややあってちろるらに挟まれるようにしてももちゃんが出て来た。
しかし、彼女の姿が視界に入るのすら嫌なのか、みやちゃんは踵を返した。
遅れながら、やすはも着いていく。

「……」

悲しくは無かった。
やり切れなさはあったけど。

「元気ない?」

ちろるが声をかけてくれた。

「ちょっと」

私は笑って答えた。
92 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 19:23:08.89 ID:pCqT42gVO
気まずかったのは、今日の旅程を追え、バスに乗り込んだ時だ。どうしても二人に挟まれて座る形になってしまった。
席をちろると代わってもらうこともできたけど、何か余計なアクションを起こされても困るので動くことはしなかった。
バスの中ではちろるやじっちゃん以外に話しかけられることはなかった。
つまらなさそうに窓を見るみやちゃんに何度か話しかけたが、うんとかへー、とかしか返ってこなかった。
そりゃそうだろうけど。やすはに至っては完全無視。
最悪か。

当のももちゃんはそのピリピリとした空気を感じとったのか、さすがにこちらを向くことはなかった。
バスがホテルに着いてから、夕飯を食べ終えて、班ごとに分かれて部屋に向かった。
みやちゃんとももちゃんの距離は、5m程離れていてもはや別の部屋に行くのではと疑ってしまうレベルだった。
と言っても、私とやすはも距離こそ変わらなかったけれど、互いに部屋の中で全く話さなかった。
けれど、私は一つ疑問があった。
みやちゃんは分かるけど、どうしてやすはまでそんな態度を取る必要があるんだろうか。
最初、みやちゃんに遠慮して、素っ気なくしているだけかとも思った。
でも、そうじゃない。私自身に怒っている。普段クールな分、分かりにくいけど。
私は額をこする。この間こけた所はかさぶたになっていた。あの時、私を心配してくれたやすは。
やはり、ももちゃんに良い顔をする私が気に入らないのかもしれない。
みやちゃんに合わせて自分を変える子じゃない。

無言のままも辛いものがあったので、私はテレビをつけた。
ホテルは部屋にお風呂が付いてあったので、どちらが先に入るか話しかける必要があった。

「お風呂、どうする」

さり気なく聞いた。
無視されるかと思ったけど、

「入るけど、私、みやちゃんの所で入るから」

と言ってごそごそと用意し始めた。
え。えええ。素でショックだった。

「や、やすは」

ドアの前まで来て、やすはは振り向いた。
射抜くような目に、約束を思い出す。
夜、部屋から出ないように。

「就寝には帰って来る」

と素っ気なくやすはは言った。


93 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 19:48:26.55 ID:pCqT42gVO
やすはが出て行ってしばらく放心していた。ドラマ一本終わった頃に、ちろるらがやってきた。
よく覚えていないけど、色々変なポーズをさせられて写真を撮られた。
たぶん全部素直に従ったと思う。大爆笑しながら部屋から出て行ったのがつい今しがた。

そのあとやってきたのは、ももちゃんだった。
もうすでにお風呂に入っていた。濡れて艶やかになった黒髪から、備え付けにしては高級感のある甘い香りを漂わせていた。
部屋に招いてベッドに座らせた。それからは、私から喋りかけはしなかった。

煮を切らしたのはももちゃんだった。

「あなたたちへの復讐は、形は違えどまあ成功に終わったわ」

満足そうに鼻をならす。
遅れて意味を理解した。

「それは、良かったね」

まるで役者のような口ぶりに辟易しつつ答えてやった。
この結末を招いたのは私。この子に関わった私の自業自得が招いたこと。
みやちゃんとやすはの心に、いらぬ傷を負わせた。
なにより、私自身ここまでとは思わなかったけれど、やすはに冷たく当たられるのは堪えた。

「……憎いあの女を困らせて、お気に入りのあなたは一人。最高ね。笑える」

笑えませんが。
94 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 20:01:53.81 ID:pCqT42gVO
「これで、あなたも私と同じね」

「同じって、ああ、一人だってこと? 何言ってるの。ももちゃん、もう一人じゃないじゃん。ちろるやじっちゃんがいる。良かったね」

「あれは、知らないわよ。いつの間にか、勝手に、絡みついてきたんだから」

「いつの間にか? 勝手に?」

それこそ、友達だ。
そういうもんなんだから。

「良かったじゃん」

「だから!」

と、何か耳元でわめかれた。私こそ勘違いしていた。方法は悪かったけれど、ももちゃんは立派だ。
誰に嫌われようと、自分の置かれた状況に抗って、そして打ち勝った。
成し遂げたのは復讐だけじゃない。
それは、どこかで私自身期待していたこと。
彼女自身で、現状を打破して欲しいと、昔願ったこと。
私の理想のももちゃんそのものだ。
95 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 20:13:27.47 ID:pCqT42gVO
「ふふ……ふふふッ」

急に笑えてきた。

「な、なに」

ももちゃんが気味悪がった。

「私、まだどこか遠慮してたんだ。ここで、そんなことしてもきっと意味なんてないのに」

「お、怒ったってこと?」

「怒ったよ。それはもう、すごくね」

私は立ち上がった。
ももちゃんが両腕を顔の前に出して、拳を握った。
何のポーズだろうか。私とキャットファイトでもするつもりだろうか。

「殴り合いしたいの?」

可笑しくて聞いてしまった。

「したくないわよ!」

96 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 20:34:01.35 ID:pCqT42gVO
そんなことするわけないのに。
やり直したかったことはそんなことじゃない。
やりたかったこと、できなかったこと。
そう、まずは――しなければいけなかったこと。
私自身がいつまでも過去にとらわれていた。
子どもの時から培ってきた自尊心が邪魔をする。
怒った。自分の甘ちょろさに怒った。
目の前のことにぶつからない自分に。
分かろうとしていなかった自分に腹が立った。
ももちゃんが欲しかった言葉を一番最初に言わなかった自分に反吐が出た。
話は、まず、そこからだったんだ。

私は、ベッドの端に座る彼女の目の前で膝をついて正座した。

「はい?」

彼女の声が頭上から降ってくる。
私は手と頭を床に着けて、深々と土下座した。

「ごめん、ももちゃん」

沈黙。
ベッドが鳴った。
上を向いてももちゃんの表情を見てみたかった。
が、その前に何を謝っているのか言わないと。
私は下を向いたまま、

「みやちゃんのいじめ見て見ぬふりしてごめん。止めなくてごめん。助けようとしなくてごめん。復讐は終わったのかもしれないけど、でも、許さなくていいから。私も忘れないから。私がやったこと忘れないから。ももちゃんを傷つけたこと、覚えてる。ずっと」

言った。
とめどなく何かが心にどっと生み出された。あの時、言えなかったことを言いたくて、でも、やっと言えた。
あの頃の感情が一緒に溢れて来て、友達が怖くて、自分のしていることが辛くて、何もできなくて、ももちゃんの何の力にもなれなくて悔しくて。
そうだ。自分のしたいことばかり目を向けてしまっていたんだ。
目元が熱くなって、自分が泣いているのが分かった。

「そ、そういうことはちゃんと目を見ていいなさいよ」

「そうだね……」

顔を上げて、ももちゃんはさらにぎょっとしていた。

「なんで、今さらそんな顔するのよ……」
97 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 20:47:36.53 ID:pCqT42gVO
「ごめんね、大人になっても絶対謝りにいくから」

「はい?」

彼女は、意味不明、と呟いた。

「私ね、心の中で……ずっと、私は悪くないって思ってたんだ。それで、みやちゃんのせいにばかりしてた」

ぽつりとこぼしていく。
ももちゃんは、口を挟まなかった。

「最悪だよね。分かってる。だから、どこか他人ごとみたいに考えてた。みやちゃんの問題だから、ももちゃんの問題だから、私には関係ないって……」

涙を拭う。
鼻水をすする。

「みやちゃんに嫌われたくないくせに、ももちゃんになんとかするなんて言ったりして……やすはのこと好きなのに、ももちゃんに優しくして……誤解を招いた。ももちゃんにも嫌われたくなかったんだ。周りに振りまされて……ううん、周りに合わせてただけ。でも、今日のももちゃんはその逆だったから……私も、ももちゃんみたいになるよ」

「い、いっぺんに色々言わないでよ」

ももちゃんがたじろいだ。

「私、ももちゃんみたいになりたい」

「そこだけ切り取って言わないでよ! 怒らないの? なんなのよ、もお!」

98 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 21:15:37.93 ID:pCqT42gVO
「怒らないよ、でも、ももちゃんのお気に入りにはなれない」

「なんでよ、どうせあなたもう一緒にいる友達いないでしょ」

「今から、やり直してくるよ」

私は正座をといて、立ち上がる。

「あの女、話聞くと思えないけど」

「うん」

例え、嫌われても言わなくちゃいけない。
やすはと一緒にいられなくたって。
一人でも、辛くても。
いつか、大人になって、後悔しないように。
過去にすがりたくないから。
ここで思い出したこと、知ったこと、行ったことが何も未来に影響しなくても。
今、しなくちゃきっと何も変わらない。
99 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 21:17:15.61 ID:pCqT42gVO
ごめんね、やすは。
私は扉に手をかけた。
約束、破るね。

「ちょっと行ってくる」

「あーあ」

呆れたような、面白がるような、寂しそうな。
そんな声が背後から聞こえた。
100 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 21:34:39.07 ID:pCqT42gVO
みやちゃん達がいる部屋の前に立って、深呼吸した。

「それいるの?」

「いるよ」

なぜか着いて来てしまったももちゃんの方を見ずに言った。
彼女は私の様子を気に留めずに、そそくさとキーをセットして暗証番号を入れた。
電子錠が外れる。

「お邪魔します」

ノックでもした方が良かったのか。
ま、ほら、ももちゃんの部屋でもあるし。
なんて言い訳。

「やすは?」

ドアを開けるとすぐにみやちゃんが見えて、そう問いかけてきた。

「キー持ってないのに、なわけないでしょ」

と、すかさずももちゃんが敵意むき出しで突っ込む。

「こらこら」

「あんたたち、何しに……」

みやちゃんが、手に持っていた物をさっと後ろに隠した。
なんだろう。

「あんた、何、隠したのよ」

放っておこうと思ったのに、ももちゃんが茶々を入れる。

「か、関係ないでしょ!」

「みやちゃん、わたしたち喧嘩しにきたわけじゃなくて」

「それ、私の携帯でしょう? なんで、あなたがいじってるの」

101 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 21:43:53.13 ID:pCqT42gVO
「え」

と、私はみやちゃんとももちゃんを交互に見た。

「鳴ってたから、うるさいし、止めようと思ってただけよ」

「じゃあ、返して」

みやちゃんに向かって、ももちゃんは手を伸ばした。
しかし、みやちゃんはこちらを睨むばかりで、いっこうに携帯を見せる様子はない。

「みやちゃん、返してあげてよ」

「返せないんでしょ? 私の携帯見てるの知ってるんだから」

「……そうなの? みやちゃん」

「ふんッ」

「ますます気に食わないわ」

この二人の応酬は尽きることがない気がする。

「みやちゃん、携帯返せばいいんだから」

私はみやちゃんに近づいて、後ろ手に持っている携帯を取ろうとした。
別の手に持ちかえられた。

「……」

「そいつの携帯なんて、ろくにアドレスもないし写真も無いし……持ってたって意味ないわよ」

と言って、壁に放り投げた。
放物線を描いて、ごんと派手に当たって、床に落下した。
102 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 21:57:57.99 ID:pCqT42gVO
携帯はそのまま、ももちゃんの足元に滑っていった。
ももちゃんはそれを掴み上げ、口元を引くつかせた。
そして、そのまま、こちらに向かって進んできて、手を上げた。
叩かれる。と、みやちゃんは直感で感じたようで、両腕を頭上でクロスさせた。
ももちゃんは今まで見たことも無い冷たい目で、手を振り下ろした。

「いッ!!」

当たったのは、私の頬だった。

「あなた、なにをッ」

かなり痛かった。
でも、ももちゃんをこれ以上憎まれ役にしたくなかった。

「みやちゃんッ」

私はガードを解いて、今、何が起こったかピンときていないみやちゃんの左頬を見やる。
次の瞬間、そこにめがけて、自分の平手を打ち付けた。

「あゆ……む」

私は、きっと怖い顔をしていたに違いない。
みやちゃんは、じっと私の顔を凝視しながら、やがて、嗚咽を漏らし始めた。

「今までちゃんと止めてあげなくてごめん。でも、もう、ももちゃんにこういうことしないで」

「あんた……かんけ……な」

途切れ途切れに、みやちゃんが言った。

「ももちゃんは、私の友だちだから」

お気に入りとか、ほんと意味が分からない。
友だち。それ以上でも以下でもない。
好きな人と、友だち。子どもの時なんて、それくらいのカテゴリーで分けたので十分。

「みやちゃんにも、これ以上嫌なことして欲しくない」
103 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 22:08:34.05 ID:pCqT42gVO
「私はみやちゃんのこと友だちだと思うし、好きだよ。ただ、ももちゃんをこれからもいじめるって言うなら、二人の友だちとして止めるから」

私は、左頬に添えられたみやちゃんの手を上から握った。
強く握ってやった。
届けばいいのに。
未来の彼女に。
願っても届かないだろうけど。
私の自己満足で終わるのだろうけど。

「言いたかったのは、それだけ」

私は部屋を見回した。

「あれ、やすはは……」

そうだ。
みやちゃんは、最初私たちに、やすは? と言わなかったか。

「やすは来てないの……?」

みやちゃんに聞いた。
顔を両手で覆って、小さく丸まって泣いていた。
私の問いには、ただ、首を振る。
知らないのか。

みやちゃんをこのままにしておくのも心苦しい。

「ももちゃん、私ちょっと出てくるね」

「ちょ、ちょっとこの女と一緒なんて」

「大丈夫」

「なにが大丈夫よ」

「たぶん大丈夫」

気休めだ。
でも、言わないより、言った方が何も無いよりマシだと思ったから。
少しでも大丈夫な方に転がって欲しいんだ。
104 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 22:19:52.84 ID:pCqT42gVO
部屋を出て、やすはの行きそうな所を考えて見た。
暗い所は苦手だから、たぶん明るい所にいると思うけど。
とりあえず、この階は女子部屋になってるから片っ端から回ろう。
私もやすはも携帯は持ってきていないし。走り回るしかないか。

一つ一つノックして、私は部屋を訪ねていった。
途中部屋で捕まって、変なポーズをまたやらされて、よろよろと部屋を出た。
最後の女子の部屋に行って、事情を説明したら、こんな助言をされた。

「男子の部屋かもよ」

「それは」

なくていい可能性。
何か、用事でもあったとか。
そういうことであって欲しい。
仕方なく、下の階に行って、男子部屋も回ってみた。

最初の部屋はやたらうるさくてノックの音も全然聞こえないくらいで数分待たされた。
ようやく出てきたと思ったら、上半身は熱いからと脱いでいて、兄ので見慣れていたのもあり、
普通に会話を始めてしまって、逆にあちらに恥ずかしい思いをさせてしまった。
まあ、Tシャツくらい着ておけ。

次の部屋は出なかった。
なぜなら、最後の部屋に大量にうじゃうじゃと集まっていたからだ。

「は? やすは? あー、みんな知ってる?」

そこにいた男子が一斉に首を振る。

「だってさ……」

「ありがと」

「……あのさ」

「え?」

彼は声量を落として、私に耳打ちしてくれた。

「坂本がホテルの前の公園で告ってると思う」
105 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 22:31:55.80 ID:pCqT42gVO
坂本。
坂本と言うのは、旅行に行く前に好きな子の話でからかわれて、ケンカしていた少年のことだ。
私はそれを聞いて猛ダッシュでホテルのエレベーターに向かった。
二人の密会の場に行って、見つかれば嫌われてしまうかもしれない。
でも、心は正直で例え嫌われても、他の男にやるくらいなら――。

ホテルの自動ドアから転がるように出て、公園に向かって一直線に走った。
約束。
夜出ないように。
だから、あんなこと言ったのか。
そんなに邪魔されたくないの。
思っている以上に、恐ろしい事態。
ホテルの灯りと遠くの街灯でうっすらと噴水が浮かび上がっていた。
そこに腰掛ける、二人が見えた。
とりあえず坂本を池に着き落とそうか。
とも考えたが、もしやすはが坂本のことを気に入っていたら。
私はやすはの視界に入らないように、茂みに隠れた。
小学5年生の淡い恋を応援しないと。
落ち着け。
相手は小学生。
アラサーおばさんがシャリシャリ出るまくじゃない。
じゃないけど。
走ったせいで息が荒い。
大人の姿で仮に彼らを見つめていたら、ただの変質者だ。
106 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 22:37:16.96 ID:pCqT42gVO
ここからじゃ聞こえない。
もう少し近づかないと。
にじり寄って、噴水の反対側に腰を屈めて身を潜めた。

「ほら、今日の美術館でさ見た刀、あれ、めっちゃカッコよくてさ――」

「あー、細工もすごかったよね」

ん。
何の話をしてるんだ。耳をそばだてる。
どうやら、今日の旅行の感想を述べあってるだけっぽい。
世間話するために、わざわざ呼び出したりはしないから。
坂本がまだ、告ってない。
か、告って円満に終わって、仲良くお喋り。
前者か後者か。
いや、でもやすはが出てってからけっこう時間が経ってるし。
前者の方だよね。
間違いなく前者。
やすは――。
う――。
涙が目尻にたまってきた。
107 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 22:42:57.38 ID:pCqT42gVO
体育座りで音が出ないように鼻をすすった。
砂利音。
懐中電灯の明かりが、ぱっと坂本やすはを照らした。

「こらッ!?」

担任だった。

「夜はホテルから出ないようにと」

「す、すいませんッ。俺が呼んだんです」

坂本が謝った。
いいやつだ。
なんていいやつ。
先生はなんとなくシチュエーションを把握したようで、
それ以上深く突っ込まずに、早く部屋に帰るよう促した。

「……あ、あの」

やすはが口を開く。

「もっと、公園の奥の方にもしかしたら他の生徒がいるかもしれないです。花火しようって、言ってた子がいて」

「なんですって」

「たぶんなんですけど」

「わかりました。見てきますので、あなたたちは早く帰りなさい」

「はい」

先生は足早に暗がりへ溶けていった。
108 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 22:47:49.91 ID:pCqT42gVO
「戻ろうか」

「ごめん。坂本くん、先に帰ってもらっていい?」

「あ、そ、そうだよね。ごめん」

私はできる限り頭を低くする。
やはり、付き合ってることがばれないようにってこと。
話しももう終わった感あるし。
坂本もどこか、やり遂げた顔をしてるし。
いらっとするね、あの顔。
坂本がホテルに向かうのを少しだけ見送って、やすはは噴水に腰掛なおした。
あんな暗い所で一人でやすはが耐えれるわけないのに。
早く帰らんかい。
と、ばばくさいことを脳内で呟いていると、やすはが、あろうことかこちらを向いた。
何。

「あゆむ」

名前を呼ばれて、打ち上げられた深海魚みたいに口から内臓が飛び出しそうになった。
109 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 22:57:37.02 ID:pCqT42gVO
「にゃ、にゃあ」

できる限り本物に近づかせた。

「あゆむでしょ」

観念して、私は恐る恐る立ち上がった。

「……ごめん、盗み聞きするつもりだった」

嘘を吐くわけにもいかなかった。
やすはは一瞬笑ったような気がした。

「約束……どうして破ったの」

「守ろうと思ったよ。でも、みやちゃんの所で言いたいこと言ってきたらやすはがいないんだもん」

「行ったんだ」

「うん」

やすははその二言三言から何か察したのか、

「そっか」

と短く頷いた。

「あゆむは、みやちゃんに何も言えないと思ってたよ」

「……昔はそうだった。それで、みやちゃんが切れたり手に負えない時、いつもやすはがなだめてたんだね」

やすははきょとんとした。

「聞いたの?」

「ううん、カン」



110 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 23:04:29.84 ID:pCqT42gVO
「やすはに言わないといけないことがあったから、このままの自分じゃだめだと思ったの」

「呪いかけられても?」

「やすはがくれるなら不幸だって嬉しいよ」

「呆れる」

「でも、一番の不幸はもうさっき味わったし、しばらくは幸せだと思う」

「みやちゃんと絶交でもしたの」

「え、いやそうじゃないけど」

告白のことだったんだけど。
まあいいか。

「でも、それでもいいの。後悔しない先にそういう道しかなかったとしても」

自分でも照れくさいことばかり言ってる自覚はあった。
暗くて良かった。

「そう言えば、暗いの大丈夫?」

「大丈夫そうに見えるなら、あゆむの目も坂本と同じだね」

私ははっとしてすぐに駆け寄った。
111 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 23:14:15.61 ID:pCqT42gVO
手を取ると、わずかに震えていた。
夏だと言うのにひんやりとしていた。

「どうしてすぐ坂本に言わないの、もお!」

私はやすはの手を引いてホテルに急ぐ。
やすはは抵抗せずに着いて来た。

「坂本に優しくされたいわけじゃないから」

「どういうこと」

意味がよく分からず聞き返す。
自動ドアが開いて、眩いエントランスホールに戻った。
掴んでいた手は、やすはが立ち止まったことによってするりと抜けた。

「それに、あゆむも、ももちゃんに勘違いされる」

「勘違い? 何を」

「嫉妬されたら、色々面倒」

「嫉妬? なんで……」

あ、そっか。
私達が付き合ってると勘違いしてるんだ。

「違うよ。私ももちゃんと付き合ってなんかいないよ」

手を握り返そうとしたら、避けられた。

「……」

やすはに見つめられて照れくさくなりながらも、負けじと見つめ返した。

「女の子だから?」

やすは言った。

112 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 23:30:43.71 ID:pCqT42gVO
「ももちゃんは友だちだから」

私はそう返した。
夢を見ていた。
夢の中を歩いているみたいだった。
そう思って、ここ何日か過ごした。

「みやちゃんも友だち。離れることもあるけど、いつまでも友だちだよ」

叶わぬ夢かもと思いながら。
夢なら、いつかたどりつくかとも。

「私は?」

「尊敬できる友だちだった」

「だった?」

やすはが小首を傾げる。
それは、あの写真で見た時と寸分違わぬ愛らしさがあった。

「でも、いつまでも離れたくない。どこにも行かないで欲しいし、誰の所にも行かないで欲しい。そういう自分勝手な想いがどんどん膨らんで……ごめん、坂本がいるのに迷惑なこと言うんだけど」

「……言うだけならタダだよ」

「えへへ、そうだよね」

私は少し背の高いやすはを見据えた。
そして、私は最後の後悔を口にした。

113 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 23:39:36.89 ID:pCqT42gVO
――――
―――
――


耳元でくしゃりと音がした。
うっすらと開いた瞼。
睫毛がからまっている。
ぼんやり見えてきたのは、見知らぬ部屋。
見知らぬ?

「ん……」

見知らぬ人。

「うえええ?!」

飛び起きた。
かけていたタオルケットがめくれ上がった。
見知らぬ人は、全裸だった。
女性。
白く陶器のような肌。
黒く癖のある髪。
ふと、自分も確認すると丸裸だった。

「ええ?!」

「あゆむ、どうしたの……」

どこか聞き覚えのある声。
見知らぬ人――ではない。
114 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 23:48:09.70 ID:pCqT42gVO
身体ごとこちらを向く。
何もかも包み隠さず見えてしまい、私は急いでタオルケットをかけ直した。
ぶわさッと風が舞う。

「けほッ……なに」

「あ、な、な」

小首を傾げた。
それは、愛らしく。
大人びた顔つき。

「ゆ、夢?」

すっと私の頬に手が伸びた。
ぐにぐにと容赦ない。
めちゃくちゃ痛い。

「寝ぼけてるの?」

「や、やすは」

「……うん」

「昔、小学5年の時、私に呪いかけた?」

「かけたよ……よく覚えてるね」

「不幸になるやつ?」

「うん……普通の人生歩めなくしてやるって」

彼女は笑って、私に啄むようにキスをしたのだった。







おわり
115 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/05(日) 23:50:57.31 ID:pCqT42gVO
ありがとうございました
だいぶはしょってすいません
久しぶりにハッピーエンド……かな
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/05(日) 23:55:07.56 ID:sZIt7pdto


いきなり戻るのか
バタフライエフェクト1のハッピーエンド百合版みたいな?

あと、>>106だけど、多分「後者」が正しい?
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/06(月) 00:00:11.66 ID:Z++niVVV0
おつ。
めっちゃ面白かった!
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/06(月) 00:05:43.16 ID:Zw6D+b3s0
とりあえず乙。これで本当に終わりなのか…?
ここまで綿密に描写して来たのに終わり方だけ唐突というか雑な印象が残る。
もうちょっと小○生時代の話を長くしても良いし、現代に戻ってからのエピローグ的な
のでも良いし、とにかくその”はしょって”の部分をはしょらずにもうちょっと
長く書いてほしかった…
119 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/06(月) 00:23:00.54 ID:V8evPFDXO
>>116
後者で合ってます。
成立せず円満に終わった感じです

>>117
ありがとうございます

>>118
ありがとう
結末までの布石を打つので力尽きました
120 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/06(月) 00:34:22.76 ID:V8evPFDXO
ちなみにバタフライエフェクトは見たことないです
ルート255という藤野千夜さんの小説を少し意識しました
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/06(月) 00:40:35.06 ID:TP5TML6Bo
>>119
>成立せず円満に終わった感じです

それは読み取れました

あと、あゆむの主観として「夜の公園」の直後が「2人の朝」でOK?
それとも、端折られてるけど「夜の公園」と「2人の朝」の間の出来事も体験してる?
122 : ◆/BueNLs5lw [saga sage]:2016/06/06(月) 00:48:43.11 ID:V8evPFDXO
>>121
間の出来事はあります
夜の公園→告白→OK→部屋に帰ってちょっといちゃいちゃして寝る→二人の朝(未来)

二人の朝で少しいちゃいちゃするので、↑のいちゃいちゃ飛ばしちゃいました
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/06(月) 01:16:38.90 ID:TP5TML6Bo
なん……だと……
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/08(水) 01:43:21.54 ID:kyw0US3tO
せ、せめてみやちゃんと上林さんの後日談だけでも......
125 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/11(土) 18:59:32.28 ID:A1BtcuvlO
>>124
簡単に後日談を考えたので後は頼んだ
126 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/11(土) 19:11:05.28 ID:A1BtcuvlO
上林さんに対するみやちゃんのいじめは無くなった。
ただし、相変わらず、上林さんとは口喧嘩の絶えない関係が続いていた。
中学に上がって、二人は同じクラスになった。
みやちゃんは相変わらず、嫌いな人への態度がはっきりしていた。
上林さんは相変わらず孤立してしまう。

上林さんは中学に上がって、美人になって男子生徒から人気が出始めていた。
みやちゃんははっきりした性格のせいか男子からは嫌われていた。
男子にもてる上林さんをネタに、やはり喧嘩をふっかけるみやちゃん。
ある日、みやちゃんがノートが汚いと男子にケチをつけて、逆に怒鳴られる。
びびったみやちゃんだったけど、みやちゃんの周りの友人もみやちゃんが悪いので何も言えない。

上林さんがそれを見ていて、男子に対して謝れないみやちゃんの横に立ち、
一言「謝りなさいよ、あなたが悪いんでしょ」。
周りぽかんと上林さんを見る。みやちゃん、逆上して教室を出て行く。
みやちゃんの友だちも男子もそれを見送る。上林さん席に戻る。

やすはとあゆむがそれとなくいちゃいちゃしている所に、悔しそうに涙を浮かべて突撃するみやちゃん。
みやちゃん公認になった二人に、無言でヨシヨシとフォローされるみやちゃん。
ぽつぽつとみやちゃんが、反省の弁を述べる。
やすはが「そういう風に言ってくれる友だちを大事にしないと」と諭す。

「友だちじゃない」とみやちゃん。やすは「友だちでしょ」と応酬が始まる。
その頃、みやちゃんのいなくなった所で、みやちゃんと一緒だった子たちの陰口を上林さんが聞かされる。
なぜか、上林さんの株が上昇。上林さん特に陰口に参加することなく当たり障りなく教室を出る。


廊下で3人に出くわす上林さん。先ほどの陰口を思い出す上林さん。
みやちゃんは、少し冷静になっていて、やすはとあゆむに押されながら、感謝の言葉を述べる。
上林さん土下座を要求。口喧嘩勃発。
ただ、ケンカしながら上林さん心の中で笑う。
みやちゃんみたいに不器用な人間をいじる楽しみを覚えていた。
上林さんは、いつか自分に泣きついてくればいいのにと秘かに思っていた。



後日談 おわり
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/11(土) 19:54:06.84 ID:1/8f50FtO
>>125
>>126

ありがとう!頼まれても困るけどw
大人になったらどんな感じになるんだろうな(チラッ
128 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/11(土) 20:39:59.49 ID:9xgtdKunO
>>127
うん、何も考えてなかったけど、そう言われるとちょっと大人になった二人書きたくなってきたので、
このスレもうHTML申請出しちゃってるから新しくスレ立てます
129 : ◆/BueNLs5lw [saga]:2016/06/11(土) 20:43:52.25 ID:9xgtdKunO
げんきいっぱい5年3組 大人編 (オリジナル百合)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1465645344/

立てました
何も考えてないのでのろのろ進んで唐突にまた終わると思いますご了承ください
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/11(土) 21:51:03.89 ID:HV/tWTBcO
やったぜ
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