ドロシー「またハニートラップかよ…って、プリンセスに!?」

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528 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/04/17(土) 01:34:53.63 ID:jJ3C4nHZ0
…数日後・イーストエンド…

ドロシー「さて、ここだ」

ベアトリス「イーストエンド、ですか…あまり治安のいい場所じゃありませんよね」

アンジェ「そうね。切り裂きジャックの事件が起きたのもこの辺りだし、お世辞にも上品な地域とは言えない」

ドロシー「しかしそういう場所の裏通りにこそ思わぬ「お宝」が転がっているもんさ」

ちせ「…とはいえ、こんな所に王国情報部の関係者が潜んでおるのか」

ドロシー「おそらくはな。まぁ、それをお前さんたちに確かめてもらうわけだが」

アンジェ「すでに店にはカットアウトを通して繋ぎをつけてあるから、すぐ契約してくれるわ」

ちせ「一体どんな「店」なのやら…」

ドロシー「まぁ、イーストエンドでコソコソやっている店ってことは……そういうことさ。なにせ世の「貴族様」はそういう不道徳なことはしない建前になっているからな。そういう遊びがしたい時はそう言う店までこっそりおいでになるんだ」

ちせ「なるほど……倫敦(ロンドン)に表と裏の顔があるとするなら、さしずめそれは「裏」の方じゃな」

アンジェ「そうね」

…とある通り…

ベアトリス「あれがそうですか…」

ドロシー「ああ、そうだ」二つばかり離れた街区からそっと問題の店を示した…


…薄汚れたイーストエンドの通りに建っている一軒の建物は特にこれといった看板などもなく、煤煙やボイラーの蒸気で霞んだ日差しを浴びて静まりかえっている……周囲には輸入品の宣伝をする張り紙や壊れた木箱などが散らかっていて、ホンコンやマカオといった極東の雰囲気をかもし出す漢字の看板などもいくつか見える…


ちせ「ふむ…見た目はなんの変わり映えもせぬが、どうにも妙な空気を感じるのう……」

ドロシー「へぇ、さすがはちせだ…鋭いな」

ベアトリス「……それで、私とちせさんで教えてもらった通りに挨拶すればいいんですね?」

アンジェ「基本はそうね。けれど一言一句「教えた通り」ではだめよ」

ドロシー「もしかしたら向こうで何か探りを入れてくるかもしれないからな……カバー(偽装の身分)から逸脱しないように気をつけながら、上手く話をすりあわせろ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「それと私たちも後方支援はするけれど、あまり足しげくこの場所に来るわけにもいかない…定時連絡の時は私かドロシーのどちらかが顔を見せるけれど、もし緊急事態に陥ったら事前に説明した手はずに従い、私たちが到着するまではちせと二人で切り抜けること」

ベアトリス「分かりました」

…建物の裏…

ベアトリス「それじゃあ、行きますよ…?」

ちせ「うむ」

…扉についているドアノッカーを数回叩くと、一人のおばさんが顔を出した…化粧の厚い、白髪交じりの黒髪と黒目をしているおばさんは清国の「袍」を意識した中華風のデイドレス姿で、手には羽の扇を持っている…

おばさん「…なんだい?」

ベアトリス「えぇ…と、実は私たち「ローダンセ」から紹介されて……」

おばさん「あぁ、あんたたちかい…話は聞いているよ。さ、とっとと中に入りな……ホコリが吹き込んできて仕方ないじゃないか」

ベアトリス「は、はい」

529 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/04/19(月) 02:26:02.26 ID:6Gob2bOI0
おばさん「さてと……あたしゃここを取り仕切っている「ルーシー・チョウ」ってもんだ。あんたたち、名前は?」

ベアトリス「私は「エミリー」と言います」

おばさん「それでそっちは?」豪奢な椅子に腰かけて脚を組み、扇でちせを指差した…

ベアトリス「彼女は……」

おばさん「あんたに聞いているんじゃないよ。別に口が利けないわけじゃないんだろう?」

ちせ「はい…「やえ」と申します」

おばさん「日本人かい?」

ちせ「そうです」

おばさん「そうかい…まぁいいさね、どっちみちアルビオン人どもには東洋人の区別なんてつきゃしないんだ」

おばさん「…それで、今日からあんたたちはここで過ごすことになる……エミリー、あんたは買い出しやこまごました用事、それにここの掃除だのをしてもらうよ。もっとも、そう悪い顔じゃあないから、場合によっては「表」に出てもらってもいいかもしれないねぇ…♪」

…そう言うとまるで肉の品定めをするようにベアトリスの腕やあごを撫で回し、真っ赤な唇をゆがめてニヤリと笑った…

ベアトリス「…」

おばさん「それから「やえ」だったかい……ここの娘たちはたいていホンコンやカントンの出身だからね、あんたにもそれらしい名前をつけてやらないといけないが……まぁとりあえずカントン出身の「ロータス・リン」とでもしておこうかい」

ちせ「分かりました」

おばさん「よし。とりあえず今夜は店の様子を教えてやるから、明日っからはちゃんとやるんだよ…いいね?」

ちせ「はい」

おばさん「それとエミリー、雑用は前の所でもやっていたんだろう?」

ベアトリス「は、はい…」

おばさん「ならすぐにでも出来るだろう…ちょうどあたしの小間使いが買い物で留守なんだ。奥の台所に「祁門(キームン)」があるから淹れてきな」(※祁門紅茶…三大紅茶の一。中国で生産され、上等な茶葉は甘く「蘭の香りがする」などと言われる)

ベアトリス「分かりました」

…数分後…

ベアトリス「…お茶をお持ちいたしました」

おばさん「そうかい、どれ……」ジロリとねめつけると、注いでもらった紅茶をひとすすりした…

おばさん「ほう…だてに「ローダンセ」にいたわけじゃないようだね」

ベアトリス「ありがとうございます」

おばさん「だが、あんたの役割はお茶を淹れるだけじゃないんだ…上手くやれないようなら叩き出すからね」

ベアトリス「はい、一生懸命やります」

おばさん「ふん、「一生懸命」なんて言うのは世渡りの下手な奴らの常套句さ…「一生懸命」じゃなくても結構だから手際よくやるこった。ただし手抜きは許さないよ」

ベアトリス「はい」

…その夜…

おばさん「さて…「リン」の準備はできたかい?」

黒髪の娘「はい、出来ています」

おばさん「そうかい、どれ…」

…シノワズリ(中華趣味)に統一された室内では、濃緑色の生地に金の龍をあしらったチャイナ風のドレスに身を包んだちせが立っている…ちせの支度を手伝っていた黒髪の娘は一歩離れると、おばさんに一礼した…

おばさん「ほほう…「馬子にも衣装」とは言うが、なかなかのもんじゃないか」

ちせ「…」

おばさん「しかし、少しばかり左右の姿勢が悪いようだね……もっと真っ直ぐ立てないのかい?」

ちせ「…っ、済みません」幼い頃から修練を積み、腰に得物の大小を差していたせいで身体が少しかしいでいる……もちろん気取られては困るのでいつもできるだけ気をつけているが、目の鋭いマダムの「チョウおばさん」にかかってはごまかしきれない…

おばさん「…まぁいいさ、ついておいで」

530 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/04/29(木) 02:35:39.33 ID:ZlCI+SY90
…隠し部屋…

チョウおばさん「さて…あれがあんたたちの過ごす『サロン』さ」

…おばさんは丸い中華風の飾り棚と日本風の浮世絵が描かれた屏風でうまく隠されている裏側から、扇子から持ち替えた長い煙管で室内を指し示した……まだ夕食が過ぎたばかりといった早い時間帯にも関わらず、すで数人ほどの客が入り、それぞれ可愛らしいホンコン、マカオ、あるいはサイゴン娘をそばに座らせて長い煙管をふかしている……煙管から伸びる煙は妙に甘ったるい、まるでカラメルでも焦がしたような匂いがしていて、店の娘たちにかしずかれているドレス姿のご婦人や令嬢たちは紫煙をくゆらせながらぼんやりしている…

ちせ「…」

ベアトリス「…」

チョウおばさん「見て分かるだろうが、ここは暇を持て余した紳士淑女が煙管をふかして息抜きに来る場所なのさ…客の部屋は男女で別れているが、あんたは「ローダンセ」にいたんだそうだから、こっちの淑女たちのお相手をしてもらうよ…分かったかい?」

ちせ「分かりました」

チョウおばさん「よし、それじゃあ顔見世と行こうじゃないか…ついてきな」

ちせ「はい」

チョウおばさん「エイミー、あんたも付いてくるんだ……そこのお茶菓子を持ってだよ」

ベアトリス「は、はいっ…!」

チョウおばさん「いちいちあたふたするんじゃない…ったく」

ベアトリス「済みません…」

チョウおばさん「ふん、謝ってる暇があるんならとっととしな」

…数時間後…

チョウおばさん「…それじゃあまたいらっしゃって下さいな」

貴族令嬢「ええ……そのときはまた「カメリア(つばき)」嬢をお願いしますわ」

チョウおばさん「もちろんですとも、それでは……」

…客の令嬢が忍ぶように出て行き、目印のない裏口に停めた運転手つきのロールス・ロイスに乗りこんで走り去るのを見届けると唇をしかめた…

チョウおばさん「やれやれ、やっと帰ってくれたね……あのしみったれと来たら、金払いは悪いくせに長っ尻しやがる…本当なら叩き出したい所だが、親の爵位を考えると粗末にはできないからね……」吐きすてるように言うと、あごをしゃくってちせとベアトリスを呼んだ…

…隠し部屋…

チョウおばさん「……で?」

ちせ「はい、大丈夫です」

チョウおばさん「そうかい、なら明日の晩からやってもらおう…ところで、だ」

ちせ「はい」

チョウおばさん「あんたたちは一体どういうわけで、二人まとめて「ローダンセ」を首になったんだい…?」そう言ってジロリとねめつけた目は「嘘なんかついてもお見通しだよ」という色をたたえている…

ベアトリス「えぇと、それは…私がお店で失敗をしてしまって、それを「やえ」さんがかばってくれたのですが……そのことでお店のマダムから不興を買ってしまって……」

チョウおばさん「…それだけかい?」そう言ったきり、金と象牙で出来た煙管を不機嫌そうにふかしている…

ベアトリス「はい、あの……」

…王国の情報機関と関係があるらしい店となれば、当然「身分調査」として前の店に問い合わせたりすることもあるだろうと、手を回してちゃんと(学業の合間を縫って)「ローダンセ」で数ヶ月働いていたちせとベアトリス……もちろん二人同時にエージェントを送り込むと言うのは目立つので、婦妻といったカバーでもないかぎり本来あり得ないが、ベアトリスは「エージェントらしくない」事と、ちせの「コントロール」である堀河公も日本のお隣を浸食している王国の勢いを削ぎたいということからゴーサインが出ていた……その上で「レジェンド(偽装身分)」がそれらしいものになるよう、わざと店を追い出されるような失敗をしていた……が、チョウおばさんはまだ疑り深い目を向けている…

チョウおばさん「なんだい、もったいぶるんじゃないよ」

ベアトリス「いえ…実は……///」口ごもるようにして、机の下でちせの手を握った…

チョウおばさん「……まさかとは思うが、お前たちは「そういう仲」なのかい?」

ちせ「…お恥ずかしながら///」

チョウおばさん「それでか…ったく、「ローダンセ」や「ザ・ニンフ・アンド・ペタルス」みたいに『お上品な』所で店の娘っ子同士が付き合うだなんて……どういう事になるかくらい分からなかったのかい?」

ベアトリス「いえ、分かってはいたのですが……以前やえさんには困っていたとき助けてもらったことがあって…それから……///」

チョウおばさん「ったく馬鹿だね、あんたたちみたいな口の端にミルクがついているような娘っ子っていうのは…それで店を追い出されちゃ世話ないじゃないか」

ちせ「おっしゃるとおりです…」

チョウおばさん「そうさ……言っておくが、ここでいちゃつきたいなら店が終わってからやりな」

ベアトリス「はい…///」

チョウおばさん「全く、どうしようもないね……事情は分かったから、後は奥で休んでな。ベッドの場所だの着替えだのは「アイリス(あやめ)」に教えてもらうんだよ」(……だが、そういうのを見るのが好きな客もいる…案外いい「客寄せ」になるかもしれないね)

………

531 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/04(火) 03:16:46.81 ID:sMUhM2HI0
…数日後・昼間…

ベアトリス「後は青果店で玉ねぎを買えばおしまいですね……」

…野菜やパンがはみ出している柳のカゴを手に、いかにも「お買い物」といった様子のベアトリス……が、ちらりと左右に視線を配ると細い横道に入って、一軒の木賃宿の二階に続く階段を上がっていく……宿の扉を独特なリズムで叩くと、そのまま中に入った…

ドロシー「よ…調子はどうだ?」

ベアトリス「はい、どうにか上手くこなしています」

ドロシー「結構。そいつは何よりだ」

ベアトリス「そうですね。それに試験休暇の時期で助かりました」

ドロシー「まったくだ。何しろ「不良」の私と違ってお前さんやちせは真面目な生徒だからな、長く休んでいると人目をひく…本当に今回の工作がこの時期で助かったよ。それにちせもどうにか英語とラテン語のテストに合格したしな……もし不合格だったら追試だの補習だので計画が潰れるところだったし、もしそうなったら笑えないところだった…」

ベアトリス「そうですね」

ドロシー「ああ…で、何か報告はあるか?」

ベアトリス「はい、やっぱりあのお店は王国情報部と関係があるみたいです……この前来ていたお客さんの中に、資料にあった人がいましたから」

ドロシー「やっぱりな…他には?」

ベアトリス「私たちのカバーストーリーですが、ドロシーさんたちの言ったように「プランB」で行くことになりました…お店のおばさんは鋭い人でしたので」

ドロシー「無理もない。ホンコンかマカオくんだりから連れてこられた娘っ子が女手一つでもって、こんなところで店を構えるまでにのし上がったんだ……鋭くなきゃ生き残れないさ…それから?」

ベアトリス「はい。まだ詳しい場所までは突き止めていませんが、店には秘密の隠し通路があって、そこを使えば数区画離れた場所に出られるようになっているみたいです」

ドロシー「ほほう、そいつは……よし、それじゃあこれからは「客」の素性だけじゃなく、その「隠し通路」の出口がどこにあるのかについても探りを入れてみてくれ」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「頼むぜ…ところで、ちせはどうだ?」

ベアトリス「ちせさんですか……ちせさんは…///」

ドロシー「どうした?」

ベアトリス「いえ、その……///」

…その夜…

気だるげなレディ「…これが新しい娘ね?」

チョウおばさん「ええ、さようでございます……まるでもぎたてのリンゴのように甘くて引き締まった娘です♪」

ちせ「はい、ワタシ「ロータス」と申しマス…」

レディ「そう……それで、そっちは?」

チョウおばさん「こっちの娘も新入りでございますよ…ほら、ご挨拶」

ベアトリス「エ、エイミーでございます……何とぞお見知りおきを///」

レディ「……ふぅん、この二人がそうなの?」

チョウおばさん「ええ、いかにも。ではどうぞ二人をお側においていただいて……ごゆっくり♪」

レディ「そうね、そうさせていただくわ……♪」ぼんやりとした表情で、ぷかりと煙管の煙を吐き出した…

ちせ「お姉サマ、お隣ニ座らせていただきマス……」

ベアトリス「失礼致します…///」

レディ「ええ…」

ベアトリス「…あ」普段からプリンセスの身の回りをお世話しているだけあって、何かとよく気がつくベアトリス……中身の少ないグラスを見て、手際よくワインを注ぐ…

レディ「あら、気が利くのね……」

ベアトリス「お褒めにあずかり光栄でございます…///」

532 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/07(金) 02:22:15.44 ID:2GjYI2x80
レディ「ふぅ……」ワインをすすり、煙管をふかしているレディ……カールさせた髪の先端がドレスの胸元にかかっている姿と、気だるげな表情があいまってとても色っぽい…

ちせ「…失礼致します」

レディ「ええ……」

ちせ「…」お世辞やおべんちゃらを言ったり、色気を振りまいたりするわけでもないが、そっと隣に座って肩を寄せる……

レディ「ん…ところで貴女……」

ベアトリス「あ…はい///」

レディ「…」

ベアトリス「…ロータスさん……///」

ちせ「エイミー…///」

…左右に座っていたちせとベアトリスにちょっとした合図をしたレディ……それを受けて、レディの前で橋渡しをするように「恋人つなぎ」で指を絡める二人…

レディ「…そう、いいわね。どうぞ続けて……」

ベアトリス「……はむっ…///」

ちせ「ん…ぺろ……っ///」

…お互いの指先を舐め合い、それからソファーの上で上体を崩すと、レディのふとももにあごを乗せるようにして顔を近づけ、ゆっくり口づけを交わした……レディはそれをとろんとした目つきで眺めながら、ゆっくりと二人の頭を撫でた…

………



チョウおばさん「…少しぎこちないが悪くないじゃないか。やっぱり元から「デキて」いるとなると違うね……奥で夜食を詰め込んだら、あとは寝ちまいな」

ちせ「はい」

ベアトリス「分かりました」

チョウおばさん「ああ…とっとと行きな」

…娘たちの部屋…

切れ長の眼をした娘「…お帰り、リン」

ちせ「うむ…」

年かさの娘「なかなかだったよ、二人とも……初々しくってさ♪」

ベアトリス「の、覗いていたんですか…っ///」

可愛い娘「覗くだナンテとんでもないヨー、たまたま隠し窓から見えただけネー」

ベアトリス「それが「覗く」って言うんですよっ…///」

ほっそりした娘「まぁまぁ、二人ともご飯を食べなよ…早くしないとおばさんに叱られるからね」

ちせ「かたじけないの、ミス・オーキッド(蘭)」

ほっそり娘「「ノープロブレム」アルヨ、ミス・ロータス…♪」ちせの堅苦しい英語をからかうと、料理の器を近づけた…

ちせ「う、うむ…///」ぼそぼそした焼きなましのパンと、だいぶ冷めているジャガイモ入りのスープを受け取って食べ始めた……

勝ち気な娘「じゃああたしは寝るよ…エリカ(ヒース)、一緒においで?」

小さな娘「は、はい…///」

ベアトリス「///」

年かさの娘「なに照れてるのさ、エイミー…あんたたちだってそういう仲じゃないの♪」

ベアトリス「い、いえ、私たちはそうじゃなくて…いえ、そうじゃないって言うのはそうじゃないんですけれど……///」

ちせ「済まぬな、ゴールデンライム(キンカン)嬢…エイミーは恥ずかしがりなので」

年かさの娘「分かってるってば……だから可愛いんじゃない♪」

ちせ「悪いがエイミーはやらぬぞ?」

年かさの娘「ちぇっ、味見くらいさせてくれたっていいじゃないの……まぁいいわ、お休み」

ベアトリス「ふぅ、おかげで助かりました…」

ちせ「なに「困ったときはお互い様」であろう。しかしここでの暮らしがあまり長くならなければ良いが…このままでは、朱に交わればなんとやらで、戻ったときにまともに皆の顔を見られなくなりそうじゃ……」

ベアトリス「ですね…」
533 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/11(火) 02:58:17.62 ID:WmVfD+/b0
…夜中…

ちせ「……そろそろ皆も寝静まった頃合いか…」

ベアトリス「…すぅ…すぅ……」

ちせ「…慣れぬ場所で疲れたのじゃな、無理もない……ゆっくり休んでおるがよい……」

…廊下…

ちせ「…化粧室はこっちだったか……」寝間着代わりに渡されたのはまがい物の「キモノ」ではあるが、ちせはきっちりと帯を締め、衣ずれの音がしないよう裾を払っておき、音も立てずにそっと廊下を進む…

(※キモノ…伝統的な和服を西洋風にアレンジしたもの。帯をほどくだけで脱げることから、エキゾチックなナイトガウンやバスローブ代わりとして、いわゆる「夜の商売」に従事する女性の間でも流行した)

ちせ「…?」

…廊下の奥にある「チョウおばさん」の部屋の扉からはまだ光が漏れていて、何やらくぐもった会話の声も聞こえる…

ちせ「………」抜き足差し足でそっと扉に近寄るちせ…

チョウおばさん「…ほほう、なかなかの上物だねぇ…これは」

会話の相手「もちろん……インド産の精製済み、一オンス当たりで値段はこのくらいだ……」位置が悪く会話している人間の姿は見えないが、どうやら「粉」のやり取りをしているらしい……声を聞く限りでは、相手はそこそこの教育を受けた男性に聞こえる…

チョウおばさん「ちょっと高いねぇ…このくらいでどうだい?」

相手「それじゃあ経費も回収できない。ここまで運ぶのにも金がかかっているんだ…」

チョウおばさん「だったらよそへ持って行くんだね……それだけ大量のブツを抱えたまま新規に捌く相手を見つけるとなると、そりゃあ大変だろうけどさ」

相手「……人の足下を見るのはあまりいい趣味とは言えないな、ミス・チョウ」

チョウおばさん「そのセリフはそっくりそのままお返しするよ…ミスタ・ゴードン」

相手「ふむ…よかろう、それじゃあ今回はこの値段で……」

チョウおばさん「ああ、それなら納得さ…」そういった所で椅子を引く音がした…

ちせ「…」

…とっさに廊下に置いてある巨大な壺の陰に隠れたちせ…両側面に取ってが付いたふた付きの壺は景徳鎮あたりで作られた値打ちものらしく、黒と紫、それに金で胡蝶が描かれている…

紳士の後ろ姿「…ではおいとまさせてもらうよ」

チョウおばさん「ああ、今度はもっと早い時間に来るんだね……」

紳士「ふん…こんな時間の訪問では美容に悪いかね?」

チョウおばさん「そういうことさ……サー・ウィッタリングにもよろしく言っといておくれ」

紳士「言われずともあの方はよく分かっているよ……」二人のシルエットが廊下の角を曲がり、そのまま上客の中でも選ばれた人間しか入れない「貴賓室」へと消えていった…

ちせ「ふむ…どうやら隠し通路は「貴賓室」のどこかにあるようじゃな。それにあの男の声も覚えた……」

ちせ「…いずれにせよ、これで報告のタネができたの……」

ちせ「……さて、後は廊下をうろついていてもおかしくないよう、化粧室に行っておしまいじゃな…」

…化粧室…

ちせ「うむ、これで良し…そろそろ出るとしよう……」数分ほど個室にこもり、夜半に廊下に出ていたことへの「理由」を作ったちせ…そしてそろそろ個室を出ようと言うときになって、化粧室の扉の開く音がした…

ちせ「…間が悪いの…こんな時間に厠へ来るとは、一体誰じゃろうか……」

勝ち気な娘「……ほら、ここなら誰もいないから」

小さい娘「で、でもマダム・チョウが……///」

勝ち気な娘「いくらあの人の地獄耳でもここまでは聞こえないって……それに…」

小さい娘「それに…?」

勝ち気な娘「声を出すのがまずいなら、こうすればいいだけの話だって…♪」んちゅっ、ちゅむ……くちゅっ…♪

ちせ「…これは……しばらくは出られそうにないの///」立ち上がりかけた陶器の便座にもう一度腰かけ、個室の向こうから聞こえるねちっこい音と抑えた嬌声を聞きながら、報告の内容を頭の中でとりまとめた…

………

534 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/15(土) 03:52:00.57 ID:Pd/BHAn80
…翌日…

ドロシー「…それでちせは相手の名前を「ミスタ・ゴードン」その上役と思われる人物を「サー・ウィッタリング」だって言ったんだな?」

ベアトリス「はい、少なくともそう聞こえたという事でした」

ドロシー「そうかい…しかし、もしかしたらこれで糸口が見つかるかもしれない。戻ったらちせに「お手柄だ」って伝えてくれ」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「後はこっちで官公庁の人事情報や新聞の人名録を洗ってみるから…ご苦労様」

ベアトリス「ありがとうございます」

ドロシー「それから店の婆さんは「それだけのブツを抱え込んで…」うんぬんって言ったんだな?」

ベアトリス「そうみたいです」

ドロシー「だとするとあちらさんはあの店をホンコン辺りから輸入したブツを流したり、その儲けを「洗浄(ロンダリング)」するために活用しているに違いない……しかも会話の様子じゃあ「ちょっとばかり持ち込んだ」って言うのとは規模が違うようだ…」

アンジェ「どうやら思っていたよりも根は深いようね」

ドロシー「ああ……やつら、こっちにつながっているとみた相手を軒並みクスリ漬けにしちまう気だぜ?」

アンジェ「迷惑な話ね」

ドロシー「そうだな…とにかくご苦労さん、引き続き耳をそばだてて情報収集にあたってくれ」

ベアトリス「はいっ」

………

アンジェ「…それで、どうする?」

ドロシー「とりあえずコントロールには「ある人物に注目している」とだけ言えばいいさ……情報提供者やカットアウトを切り崩されているかもしれない今、あんまり詳細に報告するのは考え物だ。どこで水が漏れるか分かったものじゃない」

アンジェ「同感ね……」

ドロシー「とりあえず何か腹に詰め込んでから「サー・ウィッタリング」がどちら様なのか調べてみようじゃないか…」

アンジェ「ええ」

…午後・ロンドン図書館…

アンジェ「…あった」貴族の家系や個人の経歴が書いてある「人名録」をめくっていたアンジェ……

ドロシー「あったか…?」

アンジェ「ええ…サー・ウィッタリングは元「内務省極東課」の課長補佐。今は退職して「ホンコン・サウスシー・アンド・イースト貿易」なる小ぶりな商社の重役をしているようね」

ドロシー「サウスシー・アンド・イースト……あぁ、あったぞ。資本金は1000ポンド。去年の株価は100株単位で五ポンドだそうだが、ほぼ取引はなし。現在はインドのマドラス、ボンベイ、それから清国のホンコン、シャンハイ、それにインドシナ(ヴェトナム)のサイゴンなんかに事務所を構えているみたいだが……くさいな」企業年鑑をめくり、該当する記事を素早く読み通すと眉をしかめた…

アンジェ「そうね。規模も小さく目立って利益を上げているでもなく、株価も低い……典型的な「ゴースト・カンパニー(隠れ蓑企業・ペーパーカンパニー)」に見えるわ」

ドロシー「それともう一つ。この会社は貨物を運ぶのに、とある船会社から船をチャーターしているんだが……見ろよ」

アンジェ「……ファーイースト・クラウン・ライン」

ドロシー「ああ……で、この船会社は「アルビオン・スチーム・アンド・ケイバーライト・シップ」の出資を受けた子会社だとある。そして「アルビオン・スチーム・シップ」と言えば王国情報部ともつながりがある……」

アンジェ「上手くつながったようね」

ドロシー「そうだな…あとは「コントロール」に保険会社をあたってもらって、どんな荷にいくらの保険を掛けているか調べるだけだ」

アンジェ「そして積み荷の量に対して妙に高かったり、反対に無保険、あるいは船荷証券そのものがない荷物があるようなら…」

ドロシー「そいつが例の「粉」ってことに間違いないだろうな」

アンジェ「後は店に出入りしている人間で、他に「関係者」がいないかを探り報告する……」

ドロシー「…それで任務は完了、と」

アンジェ「ええ。それに二人をあまり長く置いていて、ボロが出てもまずい……手際よく調査を済ませて、違和感をもたれないうちに引き上げさせる必要がある」

ドロシー「同感だ…何しろ二人とも「演技派」って方じゃあないからな」

………

535 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/17(月) 02:14:08.53 ID:Oya48AR60
…数日後・アルビオン王国・ナショナル・ギャラリー…

アンジェ「…」

7「……ターナーの絵がお好きですか?」


(※ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー…イギリスを代表する画家の一人。当初はロマン派に属するスタイルだったが次第に変化していき、後の印象派を先取りしたような明るい鮮やかな色調、粗いくらい大きなタッチ、またはっきりしたアウトラインを描かず(神話や聖書といった決まり切った宗教的なテーマや構図ではない)見たままの風景を描くことで新しい表現方法を確立した)


アンジェ「はい、とても…長らく見たいと思っていたのですが、ようやく機会が得られました」

7「それは良かったですね……ちなみにどの絵が見たかったのですか? 「グレート・ウェスタン鉄道」あたりかしら?」

アンジェ「いえ。実は「解役されるテメレール号」を…」

7「なるほど……尾行はされていないようね」

アンジェ「ええ」


…決めておいた合い言葉……しかも美術館での会話にふさわしく、特定の絵の名前にしておいたもの……を交わすと、さも絵画に関する会話でもしているように寄り添って立ち、情報を伝達する…


7「それで…?」

アンジェ「今から話すわ…これまでに入手した情報だけれど……」

7「なるほど…よく分かりました。では、船と積み荷の情報収集に関してはこちらが引き継ぎます。そちらは引き続き王国情報部と関係のありそうな人物を探してちょうだい」

アンジェ「分かった…」

7「それから、この短期間でよく調べてくれたわね、ご苦労様。では……」

アンジェ「ええ…」

…数時間後・コントロール…

L「FC(ファーイースト・クラウン)ラインか……ロイド船級協会の船舶カタログとロンドン港の出入港予定表を頼む」

7「ここに持ってきております」

L「結構。ふむ……」火のついていないパイプをくわえ、ページをめくる…すると、ある一ページで手が止まった……

L「あったぞ…FCラインは九隻の船を抱えているな」

7「フリート(本来は「艦隊」…転じて、ある船会社が持っている船)が九隻ですか……極東貿易がこれだけ盛んだと言うのに、少なすぎますね」

L「いかにも…いくら弱小の船会社とはいえ、大手の子会社扱いで出資を受け、加えて極東やインドでの貿易に手を出すような会社ならもっと船を抱えていてもおかしくないはずだ」

7「ますます引っかかりますね……」

L「うむ…ところで、ロンドン港に入港した直近の船は分かったか?」

7「はい。FCライン所属で一番最近入港したのは「ガルフ・オブ・ホンコン」です…トン数1200トン、積み荷は絹製品や紅茶、陶磁器とあります」

L「よかろう……港湾労働者の所に入り込んでいる低級エージェントに調査させろ。ただし、あまり深入りはさせるな…嗅ぎ回っている事を感づかれては困る。あくまでもその船に「妙に鋭い」連中がうろついているかどうかだけ分かればよい」

7「承知しております」

L「それから「D」以下はあと二週間前後でこの任務から切り上げさせ、当該船に対する「工作」に関しても他の者にやらせる」

7「分かりました……」そう言いながらも「なぜです?」といった様子で、かすかに眉をひそめて見せた…

L「もし何らかの工作を実施した場合、真っ先に疑われるのは関係先に入ってきた新入りだからだ…そうならないためにもある程度ほとぼりを冷まし、痕跡を消してから「具体的な」作業に取りかかる必要がある。違うか?」

7「いえ、おっしゃるとおりです」

L「……それに「休み」の期間もそろそろおしまいだろう」

7「言われてみればそうでした……エージェントとして接していると、つい忘れそうになってしまいますが」

L「ふむ。つまりはそういうことだ…ご苦労だった、下がってよろしい」

7「はい。では失礼致します」
536 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/21(金) 01:51:18.94 ID:iBCGnGEl0
…さらに数日後…

ちせ「ふぅ…くたびれたの」

ベアトリス「お疲れ様です、いま紅茶を注ぎますね」

勝ち気な娘「あ、だったらあたしにも一杯ちょうだいよ」

ベアトリス「いいですよ。はい、どうぞ」

勝ち気な娘「ありがとね……それにしても、二人ともだいぶここの暮らしに慣れたんじゃない?」

ベアトリス「そうでしょうか?」

年かさの娘「ああ、ここに来たときに比べればずいぶんと手慣れたもんだよ……特にエイミーなんて一事が万事おっかなびっくりだったのに、今じゃあメイドの立ち居振る舞いを身体で覚えているみたい」キモノの前をだらしなくはだけ、ティーカップのふちを持って酒をあおるような格好でぬるめのミルクティーをすすった…

ベアトリス「ありがとうございます…」

勝ち気な娘「ところでさ、この間の生意気な伯爵令嬢がとうとう「貴賓室」を使えるようになったらしいよ」

年かさの娘「えぇ? …伯爵令嬢って言うと、あのこまっしゃくれたロール髪の?」

勝ち気な娘「それそれ。何でも結構な額を積んだらしいって話だけど…」

年かさの娘「……あんなのをお得意様扱いしなくちゃいけないと思うといやんなっちゃうねぇ」

勝ち気な娘「ね…まぁ、マダムは上得意の「六番街」が増えてほくほく顔だろうけど」

ベアトリス「六番街?」

年かさの娘「あぁ、エイミーは知らなかったか……この店には上客のための裏口があってさ、その出口が「ピーボディ・ストリ−ト六番街」につながっているんだ」

ベアトリス「へぇ、そうなんですか」

勝ち気な娘「そうさ。まさかお偉い貴族やお金持ちがこんな場所に来るわけにもいかないからね、そういう時は六番街の裏口から地下を通ってこっそりおいでになる…ってわけ♪」

ベアトリス「お忍びでこっそり来ないといけないなんて、偉い人も大変なんですねぇ……」

年かさの娘「あはははっ、そんなにしみじみと言うことかい?」

可愛い娘「エイミー、可愛いネ」

ベアトリス「も、もう…止めて下さいってば///」

…翌日…

ドロシー「……ピーボディ・ストリート六番街だな…なるほど」

ベアトリス「はい。少なくとも店のお姉さんたちはそう言っていました」

ドロシー「分かった。そこまで分かれば後はたやすい……その近所に張って、場末の街角には不釣り合いな乗り物や人を観察すればいいだけだからな。とにかくそいつはコントロールに報告しておく」

ベアトリス「お願いします…それから前回の報告から今日までにお店で見かけた「お得意さま」ですが……」暗記した貴族や資本家、議会関係者の名前を思い出しながらあげていく…

ドロシー「へぇ、ずいぶんと有力者が多いんだな……そいつも役に立つ」

ベアトリス「ええ、そうですね」

ドロシー「…ところでベアトリス、お前さんたちにいい知らせがある」

ベアトリス「何でしょうか?」

ドロシー「ああ、実はコントロールから指令が来た…「来たる10日を持って任務を完了、こちらの指示に従い後処理を施して離脱せよ」だそうだ」

ベアトリス「……つまり任務終了、ですか?」

ドロシー「そういうことだ。コントロールとしてはある程度の情報を手に入れる事が出来たし、何よりあの店と王国情報部につながりがある事が裏付けられたからな……つなぎ役の名前も分かったし、後は他のエージェントでもどうにかなる。となると、これ以上お前さんたちを店に長居させておく必要はないし、だらだらと続けて「チェンジリング」に影響するとまずい」

ベアトリス「なるほど…」

ドロシー「不服か?」

ベアトリス「いいえ、それを聞いてむしろほっとしています」

ドロシー「ならいいがな……てっきり煙管で「粉」をふかして、ぼんやり気分でどっかの男爵夫人だの子爵令嬢だのといちゃつくのが気に入ったかと思ったよ♪」

ベアトリス「そんなわけないじゃないですか…まったくもう」

ドロシー「そうか? …ま、残り少ないとはいえ油断は禁物だ。ちせにもよろしく言っておいてくれ」

ベアトリス「分かりました」
537 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/24(月) 02:18:37.55 ID:wn+nR+9u0
…数日後・マダムの部屋…

チョウおばさん「ふぅぅ…それで「話」っていうのはなんだい?」煙管をくゆらせながら、脚を組んで座っているチョウおばさん…

ベアトリス「えぇと……その…」

チョウおばさん「ええい、まどろっこしいね! 言いたいことがあるならとっとと言ったらどうなんだい?」

ちせ「…もうよい、ここは私が……」

ベアトリス「す、済みません……///」

チョウおばさん「どっちだって構わないから早くしな…この調子じゃあ日付が変わっちまうよ」

ちせ「では、単刀直入に…ミス・チョウ、お店で拾ってくれた事には感謝しておりますが……実は私たち二人、そろそろお暇をいただこうと思っております」

チョウおばさん「……何だって? ここを出て行くって言うのかい?」

ちせ「はい」

チョウおばさん「ふん、まぁ言うのは勝手だよ…だが「契約」の事は知っているだろうね?」

ちせ「無論です……契約には「違約金」を払えばいつでも辞めることが出来るとありますが、そのお金も用意してあります」

チョウおばさん「ほほう…他の小娘どもと違って服だの遊びだのに使わないで、爪に火をともして貯めたっていうのかい……なるほど、そのやりくりの上手さだけは大したもんだ」

ちせ「…いかようにでも取っていただいて結構ですが、とにかく両耳揃えて払う準備は出来ています」

チョウおばさん「ふん、いっぱしの口を利くじゃないか…だが小娘二人、頼る先もなくここを出て行って、このロンドンで生計(たつき)の道を立てるアテがあるのかい?」

ちせ「…いざとなれば街角の物売りだろうがゴミ漁りだろうが何でも……彼女と二人なら耐える自信があります」

ベアトリス「…わ、私もです///」

チョウおばさん「ふんっ「パンと恋さえあれば生きていける」って訳かい? …三文芝居じゃあるまいし」

ちせ「ですが、すでに二人で決めたこと…どうかお留めなさいますな」

…煙管に豪奢なチャイナ風ドレスをまとい、脚を組んで椅子にふんぞり返っている様子がまるで中国の武侠ものの「大姐(姐さん)」を絵に描いたようなチョウおばさん…そんなチョウおばさんとやり合っていると、ついつられて芝居じみた口調になってくる…

チョウおばさん「誰が止めるものかい、馬鹿馬鹿しい……だが、やっと馴染んできた矢先にここを出て行っちまって、ようやっとお前たちにつきはじめた上客はどうするのさ?」

ちせ「それについては重々申し訳ありませぬが、しかしそれは身どものあずかり知らぬ事……」

…ちせとベアトリスはそうしたサロンの裏事情にも詳しいドロシーたちから「入れ知恵」されているので、チョウおばさんが渋っているのはあくまでも二人をぐらつかせようとする芝居だと知っていた……

チョウおばさん「後はご勝手に…ってかい? それじゃあ義理が立たないってもんだよ……違うかい?」そう言ってちせに煙管を突きつける…

ちせ「…しかし、私とエイミーが抜ければその分エリカたちにお鉢が回り、彼女もより多くのご婦人をお客に取れるというもの」

ベアトリス「わ、私もそう思います…」

チョウおばさん「ない知恵を絞るのはやめな。 ……しかし、どうしてもっていうなら考えてやらんでもない」

ベアトリス「本当ですか…っ?」

チョウおばさん「浮かれるんじゃないよ。 ま、こっちとしても「出て行きたい」って言うのを無理に引き留めておいても、ぶすったくれるわ、ささくれだって娘っ子同士で喧嘩はするわ、客への態度は悪くなるわと、ろくな事がない……しかしそうなると後釜の事だの何だのを考える必要があるわけだ……そうだね、土曜日までには返事をしてやるつもりだが…それでいいね?」

ちせ「はい」

チョウおばさん「分かった。じゃあそれまでは今まで通りに客の相手をするんだよ…いいね?」

ベアトリス「はい…っ!」

ちせ「…かたじけない」

チョウおばさん「ふんっ。せっかくしきたりだの行儀だのを教えてやった矢先にこれじゃあ、教えてやった甲斐がないってもんだ……いまいましいからとっとと出ていきな」

ちせ「では、失礼いたす……」丁寧に礼をして部屋を出た…

ベアトリス「……ふー、一時はどうなるかと思いました…でも、やりましたね♪」

ちせ「うむ…っと、済まぬ…!」

ベアトリス「えっ…んくっ!?」

ちせ「んちゅぅ…♪」

ベアトリス「ぷはっ! い、いきなり何を……!?」

ちせ「しーっ……もしやしたらミス・チョウが聞き耳を立てていたりするかもしれぬ…とあれば、晴れて自由になれる二人らしくせねばまずいじゃろう……」

ベアトリス「…確かに……でもちょっと驚きました///」

ちせ「うむ、それは私も同じじゃ…顔が火照って仕方ない……///」
538 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/30(日) 01:11:58.17 ID:FI68fXi70
…さらに数日後…

勝ち気な娘「…へぇ、じゃあ手切れ金を払っておさらばってわけね?」

年かさの娘「久しぶりに見たよ、全額用意できた娘なんて……あんたたち、意外とやるじゃない♪」

可愛い娘「オメデト、二人とも…よかたネ♪」

ベアトリス「いえ、そんな…」

ちせ「……かたじけない。短い間とはいえ世話になったな」

勝ち気な娘「なぁに、いいってこと…こっちも新しい面子が入ってきて楽しかったしさ」

年かさの娘「そうそう…それより、ことわざにも「一个巴掌拍不响(※拍手は片手では出来ない…「一人の力では物事は進まない」の意)」って言うし、こっから出て行っても二人で仲良くやるんだよ?」

ベアトリス「はい///」

ちせ「うむ…」

切れ長の眼をした娘「ところで、そういうことなら最後にぱーっとやろうじゃない…出て行くのは明日の朝方なんでしょ?」

ベアトリス「それはそうですが……怒られないでしょうか?」

ほっそりした娘「大丈夫大丈夫。どうせ明日はお休みなんだし、ちょっとくらい羽目を外したって怒られやしないわよ……ね?」

年かさの娘「その通り。それに詩人もこう詠んでいるわよ…」普段から「皇帝の血を引く」と自称しているだけあって、李白の書いた文の一節をすらすらと暗唱してみせた…


夫(それ)
天地者萬物之逆旅也(天地は万物の逆旅なり)
光陰者百代之過客也(光陰は百代の過客なり)
而(しかして)
浮生若夢(浮生は夢のごとし)
為歓幾何(歓をなすこと幾何(いくばく)ぞ)
古人秉燭夜遊(古人、燭を秉(とりて)夜遊ぶ)
良有以也(まことに以(ゆえ)有るなり)


年かさの娘「…ってね。だから楽しくやらないと♪」

(※「春夜宴従弟桃花園序(春夜、従弟の桃花園に宴するの序)」…従弟の宴席に招かれた時に李白が詠んだ「序」で、後に「奥の細道」で芭蕉にも引用されている)

勝ち気な娘「その通り…ってなわけで、ちょーっと待っててね……」

…数分後…

ほっそりした娘「…うわぁ♪」

勝ち気な娘「ふふーん…この間買ったんだけど、せっかくの機会だから一緒に飲もうじゃない」年代物のコニャックを一瓶と、あり合わせのグラスを数個持ってきた…

ちせ「これは…かたじけない」

勝ち気な娘「なーに、いいのよ……あたしはあんたたちと違って、出て行ってどうこうする予定もないしさ。いくら稼いだって使い道なんてありゃしないのよ…だからこうやって気分良く使っちゃうのが一番いいってわけ」

年かさの娘「そういうこと……ロンドンって街は、東洋人が一人で暮らすには厳しいからさ。良くも悪くもここが私たちの居場所なんだ」

ベアトリス「そうなんですね…」

年かさの娘「はいはい、そんなしけた顔しない♪ 今は浮世の憂さを払って、明け方になるまで楽しくやりましょ♪」

ほっそりした娘「おー♪」

可愛い娘「ハイ、楽しくやるネ♪」

年かさの娘「それじゃあ乾杯といこうか…二人の門出を祝って♪」

ほっそり娘「乾杯♪」

ベアトリス「あ、ありがとうございます…///」

ちせ「あい済まぬな……」

年かさの娘「いいのいいの…さ、もう一杯」

………


539 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/01(火) 10:49:42.61 ID:GzCXAZhP0
…明け方近く…

勝ち気な娘「そら、みんな出せるもんは出そうじゃない……♪」

切れ長眼の娘「はいはい」

…ちせとベアトリスの「お別れ」にかこつけて、チョウおばさんから大目玉を食らわない程度にこっそりと…しかしなかなかご機嫌なパーティを始めた一同…それぞれとっておきのブランデーだの、中国風の甘いクルミ入り菓子だのといったものを持ち出し、すでに数時間ばかり愉快なおしゃべりが続いていた…

ちせ「…この菓子はちと脂っこいが、なかなかの美味じゃな」

年かさの娘「気に入ったならもっと食べな? リンは小さいんだからうんと食べないとね」

ベアトリス「ふふ、なんだか秘密のお茶会みたいで楽しいです…♪」

可愛い娘「おー、エイミーは可愛い事言うネ」

切れ長眼の娘「同感。物腰も丁寧だし、まるで偉い人のお付きみたいよね?」

ベアトリス「えっ…そんなことないですよぉ///」

勝ち気な娘「なぁに照れてるんだよ……ところでみんな、よかったらどうだい? 店で片付けをするときに吸いさしやらこぼれたやつを集めて、ちょっぴりだけ「がめて」おいたんだけど…」そう言って手のひらほどの小さな木箱を開け、中に半分ばかり入っている純白の「粉」をみせた…

年かさの娘「…それじゃあ、皆で一服ずつ回すとしましょう……煙管は私のを使えばいいわ」そう言うと金と翡翠をあしらった、ほっそりした煙管を取り出した…

ベアトリス「えっ、でも…」

年かさの娘「いいじゃない、これでお別れなんだし…それにこのくらいくすねたからって店は傾いたりしないんだから、マダムだって怒りゃしないわ」

切れ長眼の娘「そうそう……♪」

可愛い娘「ちょっとだけにすれば大丈夫ヨ♪」

ベアトリス「…」困ったふりをしながらさりげなくちせに見て「どうします?」と目線で尋ねた…

ちせ「…」ここで妙にかたくなな態度を取って断ると、かえって余計な疑念を抱かせる…そう判断して「やむを得まい」と言うように、かすかにうなずいた…

ベアトリス「じ、じゃあちょっとだけですよ…?」

勝ち気な娘「もちろん。そもそもそんなにあるわけじゃないし、本当は私の安眠用なんだから……そんなにはやらないよ♪」

年かさの娘「そうけちなことを言わない…とはいえ、苦手なら少しにしておけばいいわ」

勝ち気な娘「そういうことよ……それじゃあ詰めてやって♪」

年かさの娘「ええ…っとと」

…いささか酔っているのか酔眼をしばたたき、こぼさないよう煙管の壺に粉を詰める…それから赤いかさかさした感じの薄紙をこよりにして火を付け、煙管に近づけると幾度か吸った……火を移すのにしばらくすぱすぱやっていると、甘ったるいのと焦げたのが合わさったような独特の香りが漂い、ほのかに煙が立ちのぼった…

年かさの娘「はい、できた……それじゃあ最初は「主賓」からね♪」

ベアトリス「わ、私からですか…?」

勝ち気な娘「なんだよ、遠慮するなって」

切れ長眼の娘「早く吸って回してちょうだいよ」

ベアトリス「わ、分かりました……」まるで貴重な骨董品でも扱うかのようにおそるおそる煙管を手に取り、ためらいがちに軽く吸った…

ベアトリス「…あ、あれ?」

勝ち気な娘「吸い方が弱いから届かないんだよ…ほら、消えちゃうからもっと勢いよくしないと」

ベアトリス「なるほど、それじゃあ……けほっ、こほっ!」今度は「すぅ…っ!」と勢いを付けて吹かし、途端にいがらっぽい煙が喉に入り派手にむせた…

年かさの娘「あはははっ…それじゃあお次はリンの番♪」

ちせ「う、うむ……」

勝ち気な娘「どうだい?」

ちせ「ん、ごほっ…なんだか煙いだけではなく、妙な香気があるのぉ……」

年かさの娘「そういうもんだからね…さ、次に回して?」

ちせ「うむ…」

………

540 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/05(土) 11:15:27.51 ID:oS107LIF0
…朝方・マダムの部屋…

チョウおばさん「……それじゃあこれでおしまい。後はどこへでも好きなように行っちまいな」

ベアトリス「ふぁい…」

ちせ「うむ……」

チョウおばさん「あんたたち、聞いてるのかい? ったく、どうせ今日でおさらばだと思って夜通し大騒ぎでもしてたんだろう……そんなんで財布や荷物を盗られたって知らないからね、あたしゃ」

ベアトリス「き、気をつけまふ…」

チョウおばさん「ふんっ、そんなんじゃあ赤ん坊からオートミールを守ることだってできやしないだろうさ…いいからとっとと出ていきな。出て行くときは表じゃなくて裏口を使うんだよ」

ちせ「承知…しております……」

チョウおばさん「結構だね…さぁ、行った行った!」

………

…合流地点…

ベアトリス「えーと…あー、ここれすね」

ちせ「うむ、ならば入ろうではないか……」

…まだ朝も早いロンドンの裏通りを、少々おぼつかない足取りでやって来たベアトリスとちせ……ドロシーたちが確保している一軒の「使い捨て」用のネストまでたどり着くと、よろよろと椅子に腰かけた……そしてしばらくすると、尾行や監視がないことを確認してからアンジェとドロシーが入ってきた…

ドロシー「よぅ、おはようさん…任務ご苦労だったな♪」柳のカゴを開けると「部屋から出ないで済むように」と、ガタついたテーブルの上に水の瓶やパン、まだ暖かい肉入りのパイやチーズ、そして果物などを置いていく……

ベアトリス「ふぁい、おはようごらいまふ…」

ドロシー「おいおい、一体どうした。まるでろれつが回っちゃいないぞ……歯でも引っこ抜かれたか?」

ベアトリス「そうれはないのれすが……」

ドロシー「…やれやれ、こいつはてっきり「アレ」だな」

アンジェ「そのようね…瞳孔が開き気味だし、焦点が定まっていないもの」ベアトリスに顔を近づけると、まぶたを指で広げて瞳をのぞき込んだ…

ドロシー「だな……おい、聞こえるか?」

ベアトリス「ふぁい、聞こえまふ…」

ドロシー「よーし、それじゃあ私が立てている指は何本に見える?」

ちせ「二本じゃ…」

ドロシー「どうやらそこまで大量にくゆらした訳じゃないらしいな…ったく、だからあれほど煙を肺までいれないようにする吸い方を教えたっていうのに……仕方ない、身体から抜けるまではそのまま寝ておけ」

ベアトリス「…えへへ、ドロシーさんはやさしいれふ♪」

ドロシー「ばか言え。お前たちが使い物にならないと任務の遂行に影響するからだ……そら、いいから水を飲め」

アンジェ「そうね、少しでも成分を希釈しないと…それと明日になったら蒸し風呂にでも入れて、汗をかかせる必要があるわね」

ドロシー「ああ…汗と一緒に毒気を抜かないと」

…数分後…

アンジェ「……それにしても、二人は耐性が低いようね」

ドロシー「無理もない。何しろ身体が小さいし、それにこれまで吸ったこともないんだろうからな」

アンジェ「私たちと違って毒が染みこんでいないわけね」

ドロシー「そういうことだ…もっとも、私だって色々悪いことを覚えちゃいるが、自分から「粉」に手を出したことはないな……任務ならさておき」

アンジェ「私もよ」

ドロシー「とにもかくにも、あの状態でネストまで連れ帰るわけにも行かないな……少なくとも半日はあそこに置いておくしかない」

アンジェ「そうね…二人とも、余計な事を言っていなければいいけれど」

ドロシー「まぁ、大丈夫だろう…二人の様子だと吸ったのは二、三時間前だから、きっと情報を吐かせるためじゃなくて「別れの一服」に誰かが勧めたんだろう……それに必要以上の情報は教えちゃいないんだからな」

アンジェ「だとしてもよ……こうなるとより警戒が必要ね」

ドロシー「そうだな…さて、それじゃあ私は戻る」

アンジェ「私は「7」に報告を済ませてくるわ」

ドロシー「ああ。よろしく言っておいてくれ」
541 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/09(水) 02:27:47.32 ID:cB4ZBGvZ0
…数十分後…

ベアトリス「なんらか……身体がふわふわしまふ…♪」

ちせ「そうじゃのう…私も身体の芯が定まらぬ……」

ベアトリス「やっぱりあの粉のせいれすね…」

ちせ「じゃな……そら、水を飲むように言われたのひゃから、ちゃんと飲まぬと……」

…さらに薬が回ってきたのか、ますます焦点の定まらない目と力の入らない腕で水の瓶をつかむと、慎重にひびの入った陶器のカップに注ごうとする…

ちせ「おっ…とと……」

ベアトリス「らいじょうぶれひゅか…?」

ちせ「うむぅ…ろうにからいひょうふひゃ……ほれ…」

ベアトリス「ありらろうごらいまふ、いららきます…んくっ、こくっ♪」

ちせ「うむ……しからは、わらひも飲むとひよう……」

…酩酊しているときのようなもうろうとした状態で、どうにかこうにか水をあおる二人…

ベアトリス「わらひももう一杯……ひゃうっ!」

ちせ「らいじょうぶか…?」

ベアトリス「あんまりらいひょうふりゃないれふ……」目算をたっぷり数インチは誤ったまま水を注ごうとし、結果として派手にスカートを濡らしてしまったベアトリス…

ちせ「しひゃたないの……ぬれていると風邪を引くからぬいらほうがよいな…」

ベアトリス「ふぁい、そうれふね……」ノロノロとぎこちない手つきでスカートを下ろしていく…

ちせ「うむ、それでよし……♪」

ベアトリス「ならちせひゃんも脱いれくらひゃい…わらひらけなんて不公平れふ♪」

ちせ「んあぁ? それもそうか…ならわらひも付き合うろひよう……んんぅ?」スカートを脱ごうとしたが上手くいかず、首を傾げている…

ベアトリス「もう、そんらころもれきないんれすかっ…いいれす、わらひがやりまひゅっ♪」

ちせ「ああ、かまわぬから座っておれ……このくらい、わらひにらってれきる!」

ベアトリス「そんなころいっれ、れきれないひゃないれふか…えいっ♪」

ちせ「おっ…とと!」

…お互いふらふらの状態でベアトリスが威勢よくスカートを下ろすと、勢い余って二人ともベッドにひっくり返った…

ベアトリス「あはははっ、ちせひゃんってばぁ…♪」

ちせ「くくくっ、いっらい誰のせいひゃと思っておるのひゃ……このぉっ♪」

ベアトリス「ひゃぁん♪」

ちせ「なんひゃ、そのいやらひい声は…っ♪」

ベアトリス「そんなの、ちせひゃんらって同じれすよぉ……っ♪」

ちせ「んあぁ…っ♪」引き締まった脚をベアトリスの小さな手で撫でられただけで、全身にぞわぞわと甘くしびれるような感覚が伝わってくる…

ベアトリス「あれれぇ、ちせひゃんったらよわよわれすねぇ?」

ちせ「なにおぅ…♪」ちゅむっ、ぴちゅっ…♪

ベアトリス「あっ、あっ、ふわぁぁぁ…っ♪」色事には慣れていないちせの軽くついばむ程度のキスにも関わらず、秘所からはとろりと蜜がしたたり、腰が抜けるほど気持ちがいい…

ちせ「どちらがよわよわなのら、教えてやらねひゃな…♪」ぺろっ…♪

ベアトリス「ふあぁぁぁん…っ♪」

ちせ「ろうした、こんあ程度か…?」ちゅる…っ、くちゅっ♪

ベアトリス「あふっ、ふぁぁぁっ、んぁぁ…っ♪」とろっ…とぷ…っ♪

ちせ「ほぉ…れ、ここはろうじゃ…?」ベアトリスの脇腹を撫で上げ、首筋に舌を這わせる…

ベアトリス「あひぃ、ひう…ちせひゃん…ちせひゃんも…気持ちいいれひゅか……?」とろんとした視線を向けるとちせの舌先に自分の舌を絡め、
それから濡れたふとももを重ね合わせた…

ちせ「うむ……ぅ、わらひも…気持ひいい……っ♪」にちゅっ、くちゅっ…♪

542 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/11(金) 03:13:36.70 ID:QofCbdd+0
ベアトリス「はぁ、はぁ、はぁぁ…っ///」

ちせ「ふぅ、ふぅ、ふぅぅ……///」

ベアトリス「ふわぁぁぁ……ちせひゃぁ…ん///」

ちせ「ふぅぅ…っ…そんら声をあげられひぇはひゃまらぬ…っ♪」

ベアトリス「きゃあぁ…んっ、んぁぁぁぁっ♪」

…小柄とは言え常々武道で身体を鍛え、刀を振るっているちせだけあって苦もなくベアトリスを組み敷くと、両の手首をまとめて押さえ込み、きゅっと引き締まったふとももで彼女の腰を挟みこむ…

ベアトリス「はぁ、はぁ、はぁ……///」くちゅ…♪

ちせ「んはぁ、はぁ、はぁ…ん、くぅぅ…♪」にちゅにちゅっ、くちゅっ…♪

ベアトリス「ちせひゃん……もっろ…ぉ///」

ちせ「べあとりひゅ……んちゅる、ちゅくっ、んじゅる……っ♪」ペチコートを足元にずりおろすとそのまま白い太股の間に顔を埋めて、緩慢で気だるい、とろけたようなペースで舌を這わせる……

ベアトリス「ちひぇひゃぁ…ん……わらひも…♪」

…舌で迎えるようにしてちせの慎ましやかな胸元に吸い付き、とろんとした恍惚の表情を浮かべて舐めたりしゃぶったりするベアトリス……二人とも夢うつつの気分で、ただただ重ね合わせた身体がこすれ、粘っこく暖かい蜜が太股を伝って垂れていく感覚だけが脳髄を刺激する…

ちせ「んじゅるぅ…っ、ぐちゅっ、ちゅぷ……ぅっ♪」

ベアトリス「ふぁぁぁ…あっ、あふ…っ♪」

ちせ「ぷは……んあぁぁ…あ、あっ、んぅぅ…っ♪」

ベアトリス「まら、ちせひゃんには負けまひぇんよ……ぉ♪」


ちせ「なにを……なら教えれやろう…っ♪」そう言うなりベアトリスが付けていたリボンを引きほどいで手首に巻き付けて縛り上げ、余った部分をベッドの柱にくくりつけ、拝むような姿勢をとらせた……そのまま下から滑り込むようにして、とろりと濡れそぼった秘所に舌を滑り込ませる…


ベアトリス「ふあぁぁぁんっ♪」普段ならあり得ないようなトロけた様子でがくりと天井を向き、がくがくと身体をひくつかせる…

ちせ「このままいつまれ耐えられるかためひてやろう…れろっ、じゅぷ、じゅるぅぅ…っ♪」

ベアトリス「はひゅっ、ふあぁぁ…っ♪」

ちせ「こう見えれも、わらひもいろいろ覚えひゃのら……っ♪」ぐちゅぐちゅ…っ、じゅぶっ、ぬちゅ…っ♪

ベアトリス「はひぃぃ…ふあぁぁ、ちせひゃん……そこぉ、気持ひぃぃれす……ぅっ♪」とろっ…♪

ちせ「わらひも……気持ひいい…ぞ…ぉっ♪」舌と右手の指でベアトリスの花芯をくちゅくちゅと責め立てつつ、同時に左手を自分の秘所に滑り込ませてかき回した…

ベアトリス「ふあぁぁ……ちせひゃぁんっ、イくの…ぉ、気持ひいいれひゅ……あぁぁぁんっ♪」

ちせ「わらひも…気持ひよくれ……指が…止められぬ……あっ、あっ、ふあぁぁ…っ♪」

…ベアトリスがひくひくと身体を引きつらせたはずみでリボンが解けると、力の抜けた身体がどさりとちせの上に落ちた……そのまま二人は身体を重ね、緩慢な動きでねちっこく交わり合う…

ちせ「ふあぁぁぁ…あふぅっ、んくぅぅ…っ///」ぐちゅ、ぬちゅ…っ♪

ベアトリス「んぅぅっ……はぁっ、はあぁ…っ///」じゅぷ……っ、にちゅ…っ♪

ちせ「…こんな有様をみたら、そならの「姫様」はろう思うじゃろうなぁ……?」そう耳元でささやくと、教わった知識を使って耳たぶを甘噛みした…

ベアトリス「ず、ずるいれひゅっ…そ、そんなころぉ…言われひゃらあ…ぁぁぁっ♪」呆けたような表情で愛蜜を垂らし、絶頂しているベアトリス……

ちせ「ふふ、その調子ならわらひの勝ち……」

ベアトリス「わらひらって…姫しゃまから教わっれいるんれす……れろっ、あむっ…くちゅ♪」わざとみずみずしい果実に吸い付くような音を立てながら、ちせの耳に吸い付いた……

ちせ「おおぉ゛…ぉっ、んぁぁぁ……あ、んあぁぁっ♪」

ベアトリス「ちせひゃぁぁ…んっ♪」がくがくっ、ぷしゃあぁぁ…っ♪

ちせ「べあとりひゅぅ……ぅっ♪」とぷっ、ぷしゃぁぁ…♪

………

543 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/06/19(土) 03:31:23.34 ID:gYeCE8mI0
…翌日…

ドロシー「……で、こうなったわけか」

ベアトリス「はい……///」

ちせ「///」

…愛蜜にまみれたふとももを隠すように脚を閉じ、一糸まとわぬ姿を恥じる様子でベッドに腰かけている二人と、額に手を当てて苦笑いを浮かべているドロシー……部屋のあちこちには脱ぎ散らかされたストッキングやペチコート、ビスチェが放り出され、ベアトリスとちせの身体にはいくつもキスの跡が残っている…

ドロシー「やれやれ……まあいいさ、任務があらかた済んでほっとしたところに、あの「粉」をキめちまったらそうもなるだろう」

ちせ「面目ない……///」

ドロシー「なぁに、気にすることはないさ…しかしお前さんたちときたら私とアンジェが帰ってから、一日中ずーっと盛りのついたネコよろしく過ごしていたってわけだな♪」

ベアトリス「うぅ、言わないで下さいよ…ぉ///」

ドロシー「悪いな、しばらくはこれをネタにからかわせてもらうつもりさ……さ、引き上げるからとっとと着替えてくれ」

…そんなことになっているとは思っていなかったので下着こそ持ってこなかったが、人目を引かないよう地味な色合いの着替えを持ってきていたドロシー……ふっと真面目な口調に戻ると、それぞれに向けてデイドレスやスカートを放った…

ちせ「う、うむ…///」

ベアトリス「は、恥ずかしくてまともに顔も見られません……///」

ドロシー「ふぅぅ…とっととしてくれ、予定が控えてるんだからな。 そら、どっちのだ?」ひょいとストッキングをつまみ上げ、二人に向かって放る…

ベアトリス「た、多分私ので…///」

ちせ「あ、それは私のかもしれ……っ///」

…飛んできたストッキングを同時に取ろうとして指先が触れたとたん、びりっと軽い電流のような感覚が走る…

ちせ「す、済まぬ…///」

ベアトリス「い、いえ…私こそ……///」

ドロシー「なんだ、まーだ疼きが収まらないのか……いっそのこと、私がどうにかしてやろうか?」わざとらしく好色な表情を浮かべてみせた…

ベアトリス「け、結構ですっ…///」まだ乾いていない愛液で冷たくねっとりと濡れたストッキングに脚を通し、顔を赤らめる…

ドロシー「そうかい…ちせ、支度は済んだか?」

ちせ「うむ…///」

ドロシー「よし……私は部屋の痕跡を消して最後に行くから、まずはお前さんが出ろ。川に向かって二本行った通り、角の八百屋の裏でアンジェが待ってる…灰色のデイドレスで頭にはボンネットだ」

ちせ「承知」

ドロシー「…ベアトリス、着替えはすんだか?」

ベアトリス「は、はい…///」

ドロシー「おい、そのもじもじするのは止めるんだな……そんな様子じゃあ人目を引く」

ベアトリス「き、気をつけます…」

ドロシー「そうしてくれ。お前さんは私の片付けを手伝いながら、ちせが出て五分以上経ってから部屋を出る…いいな?」

ベアトリス「分かりました」身体に火照りが残っているとは言えそこは手慣れたもので、乱れたベッドシーツや動かした椅子、テーブルと言った調度をてきぱきと整えていく…

ドロシー「…よーし、それじゃあ行け」ベアトリスに手伝わせて後片付けをしながらおおよその時間を計っていたが、頃合いを見計らって出て行かせるドロシー…

ベアトリス「はい」

ドロシー「……ふっ、それにしてもあの二人が…ねぇ♪」部屋の痕跡を消して最後に確認を済ますと、口の端に笑みを浮かべながら部屋を出た…

………

544 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/25(金) 01:39:41.27 ID:S2v7jigi0
…後日・部室にて…

ドロシー「よう、おはようさん…♪」

ちせ「うむ、おはよう」

ベアトリス「お早うございます……今朝はずいぶんご機嫌ですね、ドロシーさん?」

ドロシー「ふふん…まぁな♪」

プリンセス「…何かいいことでもあったのですか?」

アンジェ「いいことかどうかは分からないけれど……ドロシーがご機嫌なのはこの記事を読んだからでしょうね」

プリンセス「なぁに、アンジェ? …えーと「貨物船ドーヴァー海峡で遭難、救難活動続く」……私にはただの海難事故を報じる記事にしか見えないわ」

ドロシー「そりゃあ一見するとそうさ……しかし記事を読めば分かるが、その船を運航させていた海運会社は「ファーイースト・クラウン・ライン」で、遭難した船はホンコンから陶磁器を運んでいたとあるはずだ」

ベアトリス「確かにそう書いてありますね…あれ、でも「ファーイースト・クラウン・ライン」って……」

アンジェ「そう…貴女たちが行った情報収集のおかげで、実際には「粉」や秘密の物資、資金を運ぶために船を運行していることが判明した王国情報部のフロント企業よ」

ドロシー「そういうこと……で、あちらさんが山ほど「粉」を積んでドーヴァーの沖までやって来たところで、その船をドボンと沈めてやったわけさ♪」

ベアトリス「なるほど…」

アンジェ「ドーヴァー海峡といえば潮の流れも速いし、霧も出やすい……」

ドロシー「つまり事故を起こすには「うってつけの場所」ってわけでね…♪」

ちせ「しかし、どうやってそれだけの「粉」を疑われずにロンドンのあちこちに運んだのじゃろうな…」

ドロシー「ふふん、それじゃあお茶のお供にトリックの種明かしと行こうじゃないか…ベアトリス、一杯注いでくれるか?」

ベアトリス「はい♪」

ドロシー「あー…」注がれた紅茶をひとすすりすると、長いため息をついた…

ベアトリス「いかがですか?」

ドロシー「そうだなぁ……今朝のブレンドはセイロンをベースに「ラプサンスーチョン(正山小種)」とアッサムか?」

(※正山小種…茶葉を燻製して独特のいぶした香りを付けた中国原産の紅茶)

ベアトリス「むっ…ドロシーさんって意外と鋭いですよね?」

ドロシー「おいベアトリス、「意外と」は余計だぞ……ま、上流階級に潜り込むエージェントとならこのくらいは出来ないとな」

ちせ「それで、肝心の「種明かし」とやらは…」

ドロシー「まぁまぁ、そう慌てるな……」

…ドロシーはもう一口紅茶をすするとカップを置き、テーブルにひじをつくと両手を組んだ…

ドロシー「さて……ロンドン港に陸揚げされる「粉」をどうやって需要のある場所へ運ぶか。王国情報部の連中にしても、こいつが一番の悩みどころだったはずだ」

ベアトリス「はい…」

ドロシー「そこで連中は考えた…たいてい「粉」が消費されるのは会員制のサロンみたいなところだ。そういうところで使う物と言えば何か……これさ♪」飲み終えたティーカップを持ち上げてみせる…

ドロシー「ちせが前に「景徳鎮」らしい大きな花瓶の陰に隠れたと言ったな……実はああいう焼き物の糸底を高めに作っておいて、そこに「粉」を仕込んで上から陶土で塗り固めたり、梱包されたカップやポットの中にぎっしり詰め込んだりしていたんだ……焼き物なら大きさに比して重さがあってもおかしくないし、サロンが箱で注文するのもおかしくない」

アンジェ「そういうことね……他にも箱を二重底にしたり、他にも色々な手段を講じていたはずよ」

プリンセス「……真面目な人たちが少しでも中毒者を減らそうとしているかたわらで、そんなことが平然と行われていたのね」

ドロシー「プリンセスの気持ちは分かるが、諜報活動はきれいごとだけじゃあ回せないからな……ま、とにかくこれで連中もしばらくは金のやりくりに困るだろう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ。しかしそう考えると気分がいいや……今度はブランデーを垂らしていただこうかな♪」カップに紅茶を注ぐと、秘密のキャビネットからブランデーの瓶を取り出した…

ベアトリス「もう、朝からお酒なんてだめですよ…っ!」

ドロシー「やれやれ、口うるさい限りだぜ」

プリンセス「ふふふっ…♪」

ちせ「ははは…♪」

アンジェ「ふっ…」

………

545 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/26(土) 16:44:32.15 ID:yLc9kPu80
というわけでこのエピソードは完了ですが、今回はあまり肩肘張らずに書くことが出来ました(ちょっと忙しくて更新自体は遅かったですが)

それと、昨日(6月25日)は「百合の日」だったそうですね…読み返してみるとあんまり百合百合しいストーリーがありませんが、そのうちに「女学校ならでは」と言ったものも書こうと思います……
546 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/06/29(火) 02:03:45.84 ID:8afd0S7V0
…caseプリンセス×アンジェ「The prayer for spies」(スパイたちへの祈り)…


ドロシー「……おいアンジェ、しっかりしろ…っ!」

アンジェ「…」

ドロシー「頼むから目を覚ませよ、アンジェ……お前を愛しているあの女性(ひと)を独りぼっちにして、自分だけ先に逝っちまうつもりかよ…!?」天井が高く寒々しい雰囲気のする場所で底冷えのする大理石の床に膝をつき、意識を失っているアンジェの身体を抱き上げて、ののしりながら必死に救命措置を取るドロシー……

アンジェ「…」

………



…数週間前…

7「……今回の目的は王国植民地省の機密情報を入手することにある…資料は内部の協力者によってダウニング街(官公庁街)から持ち出され、それをカットアウトがメールドロップに運び、それを受け取ったエージェントが改めて貴女たちに引き渡す手はずになっていた」

ドロシー「結構だね……だが、運ぶ手はずに『なっていた』って言うのはどういう意味だ?」

7「実は、今回の情報引き渡しにちょっとした「障害」が発生していて、まだ情報は中継役であるエージェントの手元に留まっているの」

ドロシー「どうやら厄介そうな話だな……」

…それから数時間後…

アンジェ「なるほどね…」

ドロシー「ああ……当然ながら植民地省の方針を知りたがる奴は多い。フランスやドイツをはじめとする列強はもちろん、日本やイタリアといった後発列強の国々…あるいはその情報を元に商機をつかもうとする財閥や商社、それから「ザ・シティ」(金融街)に巣くっていて、そういう内輪の情報を流してひと儲けているような連中…」

アンジェ「一切れのパイに対してお客は十数人と言ったところね」

ドロシー「そういうことだ……で、その情報を受け取ったエージェントは監視を付けられ、にっちもさっちもいかなくなっているらしい」

アンジェ「……それで私たちが代わりに資料を受け取りに行く事になった…と」

ドロシー「ご名答」

アンジェ「どうやら話を聞く限りでは、荒事の可能性もありそうね」

ドロシー「ああ…おまけに誰が敵か分かりゃしないって言うんだからな。全く最高だよ……」

アンジェ「とはいえ、パイを「食べたがっている」相手は多いけれど、その中で王国を怒らせることを覚悟した上でパイに「手を出す」プレイヤー(関係国・当事者)となると、そう多くない……」

ドロシー「当然だな…まぁ、一番あり得るのはフランスかドイツだろう。オランダもあり得なくはないが、このところオランダ情報部はアルビオンだけじゃなくてフランスやベルギー相手の諜報合戦にも忙しいから、そこまでのプレイヤーにはならないな」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「それからイタリアだが…連中、今は自分の国土を維持するので精一杯だから、そこまで派手なことはできないと見るね」

アンジェ「そうね……となれば彼らと「未回収地」を巡って領土争いをしているオーストリア・ハンガリーも同じということになる」


(※未回収地…イタリア語で「イレデンタ」と呼ばれた、フィウメをはじめとするイタリア北東部やダルマティア地方(現在はクロアチア等の領土)のこと。当時オーストリアに占領されていて、その回収が当時のイタリア王国にとって悲願だった。後の第一次大戦時、イタリアを連合国へと寝返らせるためオーストリアから「未回収地」を取り上げ、イタリアへ割譲させるとした「ロンドン密約」(1915年)が結ばれ、これをきっかけにイタリアは協商国側を見限り連合国側へとついた)


ドロシー「まぁ、そういうことになるな……それからロシア帝国の連中も「極東」と聞けば鼻を突っ込んでは来るだろうが、オフラーナ(ロシア帝国警察省警備局)はむしろ日本をにらんでいるところだから、ロンドンにそう頭数は割けないだろう」


(※オフラーナ…ロシア帝国警察省警備局。帝政ロシア時代に存在した防諜・諜報組織。ロシア国内では貴族の圧政に対する抗議を行っていた労働運動を監視・弾圧し、同時に外国にも多くのエージェント送り込んで諜報活動を行っていた。その「遺産」(入手した情報や人材)は後の「チェーカー」(秘密警察)や「KGB」にも引き継がれた)


アンジェ「そうね…」

ドロシー「しかしまぁ、よくもこう世界中の情報部が集まったもんだ…エージェントの見本市が開けるぜ?」

アンジェ「見本市に名前が出るようではエージェント落第ね」

ドロシー「はは、違いない…♪」

アンジェ「……それで、引き渡しの場所と時刻は?」

ドロシー「ああ、そいつは今から話す…」

………


547 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/04(日) 03:00:30.72 ID:qdfFtzn60
…その日の夜…

プリンセス「…ねぇ、アンジェ」

アンジェ「なに…?」

プリンセス「あのね、どれも遂行しなければいけない任務だというのは分かっているけれど……気をつけてね?」


…真鍮の蛇口が付いている脚付きのバスタブに入り、アンジェを後ろから抱きしめるような形で湯に浸かっているプリンセス……いつものように無表情ながらも少しだけ安心しているような雰囲気のアンジェと、そのアンジェを気づかいつつ、細く引き締まった身体を慈しむように撫でるプリンセス…


アンジェ「大丈夫よ、プリンセス……私は目的を達するまで死ぬつもりはないから。あくまでも「蛇のように狡猾に、狐のように賢く、イタチのようにすばしこく」生きるつもりよ」

プリンセス「ならいいけれど…くれぐれも無理をしないでね?」

アンジェ「ええ。よく「墓地には勇敢な英雄たちの墓が並んでいる」と言うけれど……私は英雄になるつもりなどないもの」

プリンセス「良かった…♪」そう言うと後ろからぎゅっとアンジェを抱きしめた…

アンジェ「…っ///」

プリンセス「ふふ…相変わらずこういうのには弱いのね♪」ふにっ…♪

アンジェ「別に弱いわけじゃあないわ……んっ///」

プリンセス「それにしてはずいぶんと身体をすくませているようだけれど?」

アンジェ「それは…こうやって一緒にお風呂に入るのなんて久しぶりだから……///」入浴のためではない理由からかすかに頬を赤らめ、内ももをもじもじとこすり合わせるアンジェ…

プリンセス「……したい?」

アンジェ「言わせるつもり…?」

プリンセス「いいえ…♪」ばしゃっ…と湯をはね上げつつ、アンジェのうなじに唇を這わせた…

アンジェ「あ…///」

プリンセス「アンジェ…好き、好き、好き……♪」そうつぶやきながらうなじから肩へと口づけを続け、同時にアンジェを抱きしめるように腕を回して、硬くなった乳房を優しく揉みほぐした…

アンジェ「ん、んっ…///」

プリンセス「アンジェ……♪」そのまま湯の中にざぶりと顔を沈めると、背中に沿ってキスを続けていく…

アンジェ「あ…あっ……///」

プリンセス「…♪」レモンを浮かべた爽やかなお湯の中で少し意地悪な笑みを浮かべると、胸元に回していた片手を離してアンジェの秘部に滑り込ませた…

アンジェ「んん…っ!?」びくんと身体が跳ねると波打ったお湯がバスタブから溢れ、浴室の床にこぼれた…

プリンセス「ぷはぁ……どう、アンジェ? 気持ちいい?」

アンジェ「プリンセス…///」

プリンセス「アンジェ…♪」

…そのままお互いに身体を預けながら、自分の花芯へと相手の指を誘導する二人……空いている方の手は指を絡ませあい、唇は相手の唇と重なり合う…

アンジェ「プリンセス…///」

プリンセス「シャーロット…///」

アンジェ「あ、あ、あっ……んぅぅ…っ///」

プリンセス「はぁぁ、あぁ…んっ、んんぅ……っ///」次第に浴槽の水面が激しく波打ち始め、縁からお湯がこぼれる回数も次第に多くなっていく…

アンジェ「ん、ちゅぅぅ…ん、ちゅぅ……///」

プリンセス「んふ、ん……ちゅっ、ちゅぅ…っ///」

アンジェ「ん、ちゅるっ…ちゅぅぅ…っ///」

プリンセス「ん…っ、ちゅる……っ///」

アンジェ「……ぷは…ぁ///」

プリンセス「はぁ、はぁ、はぁ……ぁ♪」バスタブに背中をもたせかけ、甘い笑みを浮かべつつトロけた表情を浮かべているプリンセス…

アンジェ「…ふぅ」一方、ポーカーフェイスを保っているように見えるが、目の焦点が定まらないままプリンセスに身体を預けているアンジェ…

プリンセス「さ、もう少ししたら出ましょう? このままだとのぼせてしまうものね…♪」

アンジェ「ええ…///」
548 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/06(火) 12:20:13.69 ID:guk/Kaac0
…事後…

アンジェ「そろそろ部屋に戻るわ…」

…交わった後の気だるい雰囲気の中、いつも通り淡々と身支度を整えて出て行こうとするアンジェ…

プリンセス「ねぇアンジェ、ちょっと待って…」

アンジェ「なに?」

プリンセス「えーと……そう、良かったら占いでもしていかない?」

アンジェ「占いは嫌いよ。現実的じゃないもの…カードごときに先々の事が分かるなら何の苦労もいらないし、そんなものに未来を決められてはたまったものじゃないわ」

プリンセス「まぁまぁ、そう言わずに…ね?」

アンジェ「ふぅ、分かった……プリンセス、貴女がそこまで言うなら付き合ってあげる」

プリンセス「まぁ、嬉しい…さっそく準備するわね♪」

…卓上によく混ぜたタロットを並べ、向かい側の椅子にアンジェを座らせたプリンセス…揺らめくランプの灯にアンジェの瞳がきらきらと光る…

プリンセス「それじゃあこっちが過去、こっちが未来ね……アンジェはいつ頃の未来を占って欲しい?」

アンジェ「そうね…それじゃあ今回のコンタクトが上手くいくかどうかを占って欲しいわ」

プリンセス「むぅ……もっとロマンティックな事を占ってあげようと思ったのに…」

アンジェ「その点については心配する必要などないもの」

プリンセス「///」

アンジェ「さ、寮監の見回りが来る前に済ませてちょうだい」

プリンセス「そ、そうね……えーと、まずはそっちのカードをカット(シャッフル)して?」

アンジェ「ええ」手際よくタロットをシャッフルした…

プリンセス「次に半分にした山から一枚ずつ…」手順に沿ってカードを切り、山を混ぜ、またカットする……最後にアンジェに一枚のカードを引かせた…

プリンセス「それじゃあ、アンジェの運勢は……」見えないように絵柄を隠していたカードをめくると、表情がこわばった…

アンジェ「だから言ったでしょう…それじゃあ帰るわ。お休み」プリンセスがめくったタロットのアルカナ(絵柄)はアンジェに対して正位置の「死神」を示している…

…翌日・部室…

ドロシー「さて、それじゃあ任務説明といこうか」

アンジェ「ええ、頼むわね」

ドロシー「よしきた…まずコントロールからの連絡によると「ボール」を持っているエージェントから報告があって、引き渡しの時間と場所を指定してきた」

アンジェ「…どうにか監視の目をくぐって動けるようになったという事かしら」

ドロシー「いや、おそらくこれ以上「ボール」を抱えちゃいられないって言うだけだろう……あんなものは長く手元に置いておけば置いておくほど敵さんを引き寄せるからな」

アンジェ「となると、コンタクトの際はより慎重になる必要があるわね…」

ドロシー「ああ。それで引き渡し場所だが……ここだ」机に広げてあるロンドンの市内地図から一点を指差した…

アンジェ「聖堂?」

ドロシー「ああ。ちなみにここはカトリックの聖堂だから「アルビオン国教会」の多いこの国じゃああんまり近寄る人間もいないし、コンタクトの場所としては悪くない…」

アンジェ「ええ」

ドロシー「コンタクトは三日後の日没ちょうどに聖堂の中、左側最前列の長椅子で待つ……もしコンタクトできなかったら、その際は第二のポイント……ここにあるパブ(居酒屋)で17時って手はずになってる。いずれの場合も五分経って現れなかったら中止だ」

アンジェ「分かった」

ドロシー「当然ながら車で乗り付けるのは目立ちすぎるから「ダブルデッカー」(※二階建て…ロンドンバスの通称)とか辻馬車とか、とにかく交通機関を乗り継いで近くまで行くことになる」

アンジェ「それがいいでしょうね」

ドロシー「ああ…それから私は一応ハジキ(ピストル)を持って行くつもりだが……アンジェ、お前は?」

アンジェ「そうね、市街でのコンタクトとなる以上撃つ機会はまずないでしょうけれど……一応身に付けていくつもりよ」

ドロシー「分かった。私はいつも通りウェブリーの.380口径だ」

アンジェ「私もいつも通りウェブリー・フォスベリーにするわ」

ドロシー「よし…それじゃあこれはもういいな」広げた地図をしまうと「部室」の鍵を開けた…
549 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/10(土) 11:16:00.37 ID:USquDalD0
…当日…

ドロシー「しかし、やっぱり引っかかるんだよな…」ウェブリーに弾を込め、念のため予備の弾をコルセットの隠しスペースに詰めていく…

アンジェ「…そうね」

ドロシー「アンジェ、お前もそう思うか?」

アンジェ「ええ…情報を受け取ってからあがきが取れないほど監視されていたはずのエージェントが、急に接触を試みるわけがない……たとえ導火線に火が付いた爆弾だとしても、被害を被る人間は最小限に抑えるよう行動するはず」

ドロシー「だよな……となると、誰かが「餌」としてわざと監視を緩めたってところか」

アンジェ「それが一番ありそうね…どう、準備は出来た?」

ドロシー「ああ、ばっちりだ…お婆ちゃん♪」

アンジェ「結構ね。それじゃあ行きましょう…」

…ドロシーは緑色のデイドレスにアルスターコートを羽織り、頭には目線を隠しやすい大きめの婦人帽をかぶっている…一方のアンジェはランデヴーの場所が聖堂と言うことで、お祈りに熱心な老婦人に化けている…肩に灰色のショールをかけて頭には同色のボンネット、それに灰色と紫色が合わさったような、何色とも表現しようがないスカートと上着…

ドロシー「よし……さぁお婆ちゃん、お手をどうぞ♪」少し背中を屈め、よちよち歩きになっただけで急に小さな老婦人へと化けたアンジェに舌を巻きながらも、おどけて手を差し出した…

アンジェ「ありがとねぇ、キャスリンさんや……」

ドロシー「キャスリンじゃなくてメリルですよ、お婆ちゃん」

…数時間後…

ドロシー「どうやら無事に着いたな」

アンジェ「ええ…今のところ監視も尾行もなかったわね」

ドロシー「ああ」

…二人がやって来たのは、国教会が主流のアルビオンでは少数派であるカトリックの聖堂(カテドラル)で、かつては排斥されたり攻撃されたりもしたが、今ではある程度の立場を認められ、信徒こそ少ないながらもそれなりに活動している……それを象徴するように、聖堂はそこまでの大きさこそないとはいえ、厳かな姿を見せて夕空にそびえ立っている…

ドロシー「……ここだな」

アンジェ「ええ…」

…薄暗いゴシック式の聖堂に入った二人は、拝廊(聖堂の入口付近)からさっと左右を見渡した……柵の向こうに伸びる身廊(聖堂の中央にある、柱で挟まれた広い部分)は静まりかえり、柱から伸びて天井を構成する高い扇形の穹窿(きゅうりゅう)は陰影を際立たせるような彫刻が施され、夕闇の中に霞んでいる……窓には聖書の場面を描いたステンドグラスがはまっていて、昼間なら陽光を取り込み聖堂を万華鏡のように照らしているのだろうが、日が落ちたこの時間帯では暗い一枚の板でしかなく、左右の側廊(聖堂左右の柱より外側の部分)も薄暗く沈んでいる…

ドロシー「…」ドロシーは「右側を頼む」と軽く身振りで示すと、柱に沿って奥の祭壇の方へと近づいていく…

アンジェ「…」小さくうなずくと慎重に歩を進めた…

男の声「……夕刻の礼拝には少し遅すぎるようですな」唐突に男の声が響くと、白い衣をまとった太めの男が物陰から現れた…

ドロシー「…っ!」

白い衣をまとった男「おっと、そう慌てないでもよろしい……ここは祈りの場であり、主の家でもある。そして貴女方をここへ導いたのは他ならぬこのわたくしですからな」

ドロシー「そりゃあどうも……で、どこのどちら様なのか自己紹介を頼めるかな?」

男「わたくしはアレサンドロ司祭と申します…主のご加護を」

…アレサンドロと名乗った司祭は白い僧服にミトラ(司祭の帽子)をかぶり、胸元には金の十字架を提げている……丸く血色のいい顔は愛想笑いを浮かべているが、目はずるそうに小さく動いている…

ドロシー「ご丁寧にどうも…それで、司祭様が私たちにどんなご用で?」

アレサンドロ「ふむ、では率直に申し上げましょう……貴女方が欲している文書はわたくしどもが預かっております」

ドロシー「文書?何のことだい? 私はただお婆ちゃんを連れて墓参りに来ただけなんだがね」

アレサンドロ「隠さなくてもよろしい……それに主の御前では嘘、偽りを申さぬことです」

ドロシー「汝、偽りを申さぬこと…十戒か」

アレサンドロ「さよう」

ドロシー「それじゃあ司祭様、一つお尋ねしますがね……私たちが会うはずだった間抜けはどこにいる? 正直にお答えいただこうじゃないか」

アレサンドロ「重要な点はそこではありますまい……貴女方が欲しているのはとある文書だったはず。そしてこちらとしてはそれを引き渡すつもりがある、ということです。無論相応の代価が必要ではありますが……」ドロシーの質問を黙殺し、両手を広げて迎合するような姿勢を取った…

ドロシー「なるほど…だが聖書にあったよな「イエスは『私の父の家を商売の家にするな』とおっしゃられ、鞭を持って商人たちを追い出された」…とね」

アレサンドロ「残念ながら交渉決裂ですな…」片手を上げて合図をすると、入口から修道士や神父が一ダースばかりなだれ込んできた…いずれも手にはモーゼル・ピストルや、口径10.4×22ミリRのイタリア製リボルバー「ボデオ・M1889」を持っている…

ドロシー「主のお言葉は銃口から発せられるってわけか……アンジェ!」

アンジェ「…ええ!」
550 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/12(月) 10:19:23.47 ID:yK0iPnLQ0
アレサンドロ「撃て!」

…司祭が片手を振り上げるよりも先にぱっと左右の柱の陰に飛び込み、銃の引金を引く二人…

修道士A「ぐうっ…!」

修道士B「がは…っ!」

…たちまち数人を仕留めた二人に対し、数と教会への信念を持って果敢に詰め寄ってくる修道士たち…

ドロシー「…ちっ!」バン、バンッ!

アンジェ「…」パン、パァン…ッ!

神父A「うぐっ!」

修道士C「うっ…!」

アレサンドロ「えぇい、たかだか二人を相手に何をしている…撃て、撃て!」部下をけしかけ、その一方で自分は法衣の裾をからげて奥の聖具室へと入り、扉を閉めようとしている…

アンジェ「くっ…!」司祭を逃がすまいと祭壇の方へと身を躍らせ、追いすがろうとするアンジェ…

ドロシー「…よせ!」

神父B「…!」ぱっと柱から身をさらし、続けざまに数発撃った…

アンジェ「かは……っ!」銃弾の一発を浴びたように見えたアンジェは、そのまま身体をくの字に折って石の柱に叩きつけられた…

ドロシー「くそっ…!」礼拝用のベンチから身を乗り出して銃口を向けようとする修道士に二発の銃弾を叩き込むとそのままベンチの間に飛び込み、修道士がとり落としたM1889を取り上げて左側の相手を撃った…

修道士D「うわっ…!」

ドロシー「ふぅ、どうにか片付いたか……アンジェ、大丈夫か!?」

アンジェ「…」石の柱にもたれかかるようにして目を閉じているアンジェ…血こそ流れていないが応答はない……

ドロシー「おい、しっかりしろって…なあ、返事をしろよ……!」

アンジェ「…」

ドロシー「…ったく、愛しの人とならともかく、馬鹿らしい任務なんかと心中してどうするんだよ……この大馬鹿野郎の冷血女が…!」

アンジェ「……大馬鹿で悪かったわね…」

ドロシー「アンジェ…!」

アンジェ「大声を出さないで…頭に響く……」

ドロシー「あぁ、アンジェ……無事か? どこを撃たれた?」

アンジェ「撃たれてなんか…いないわ……ただ…跳ねた銃弾が……鳩尾に……当たっただけ……うっ…!」

…そう言って息を吸った瞬間、猛烈な痛みに顔をしかめた……アンジェに当たった跳弾は身体を撃ち抜くほどの勢いこそ残っていなかったが、柱に叩きつけられた時の衝撃のせいで軽い脳震盪のようになっているらしく、視界はぐらつき、まともに動けそうにはない…

ドロシー「なんだよ、畜生…驚かせやがって……それじゃあなんともないんだな?」

アンジェ「ええ、一応は……だけど、少しでも動くと……」

ドロシー「分かった、しばらくじっとしてろ…私はあの司祭の奴を追いかける」

アンジェ「ええ…お願い……」

ドロシー「任せておけ…」そう言ってウェブリーの弾を込め直し、聖具室の扉を開けようとした……が、押しても引いてもビクともしない……

ドロシー「くそ、中世の城じゃあるまいに……!」

アンジェ「どうしたの、ドロシー……?」

ドロシー「ああ、このいまいましい聖具室の扉が開かないんだ…かんぬきをかけているわけじゃなさそうだし、かといって鍵穴も見当たらない。どうやら、何か仕掛けがあるらしいんだが……」そこまで言いかけて、急に話すのを止めた…

アンジェ「何かあったの…?」

ドロシー「ああ、こうなりゃそこいらの奴に話を聞こうじゃないかと思ってな…」辺りに転がっている修道士や神父の間を歩き回り、息のありそうな相手を探した…

ドロシー「……やれやれ、あんまり射撃が上手いのも考え物だな…どいつもこいつも口を利くのは難しそうだ」つま先で仰向けにしてみたり、口元に手を寄せて呼吸を確かめてみたりするが、たいていの相手は息の根が止まっている…

アンジェ「ネクロマンシー(死霊術)でも習っておけば良かったわね……」

ドロシー「同感だ…」
551 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/13(火) 02:09:41.48 ID:IaIzlsrW0
神父「う…く……」

ドロシー「おっと、一人いたぞ…」

…床を這いずり、ほんの数フィート先に転がっている「ボデオ・M1889」リボルバーに手を伸ばそうとしている神父を見つけると、つま先でピストルを蹴って遠くに滑らせ、それから仰向けにさせてウェブリーを突きつけた…

ドロシー「さて、と……神父様ともなりゃ告解を聞くことはあるだろうが、自分が告解をするってのは初めてだよな? ま、素直に話してもらおうじゃないか……どうやってあの扉を開ける?」

神父「誰が話すものか、この背教者め……ああ゛…っ!」

ドロシー「…次は左ひざをぶち抜くからな。もう一度聞く…どうやってあの仕掛け扉を開けるんだ?」

神父「くそ……この悪魔の手先め!地獄の業火に焼かれるがいい!」右手で胸元の金の十字架を握り、歯を食いしばっている…

ドロシー「はは、今さらかよ…こんな世界に住んでいるんだ「すでにして、我ら地獄の底にてあり」ってやつさ……だがね、それはあんたも同じだぜ?」

神父「なにを言うか…我らは主の御心に従い、その栄光のために戦うものだ……貴様らのような背教者とは違う…!」

ドロシー「へぇ、そうかい……それじゃあなにか、「汝の隣人を愛せ、汝を滅ぼさんとする敵のために祈れ」っていうのは嘘っぱちかい?」

神父「減らず口を…」

ドロシー「それに「汝、人を殺める事なかれ」ってのもあったよな…だとしたらこんなものを持ってるのはおかしいんじゃないか?」蹴り飛ばしたピストルを拾い上げると、ゆらゆらと振って見せた…

神父「くっ…!」

ドロシー「まぁいいさ、言う気がないなら言わなくても構わないぜ? …天国だがどこだか知らないが、もし向こう側に着いたらよろしく言っておいてくれよ♪」

神父「ま、待て…!」

ドロシー「…」パン…ッ!

アンジェ「どうやら彼らは開け方を知らされていなかったようね」

ドロシー「あるいは知っていても話す気がなかったか、だな……まぁ仕方ない、こうなりゃこっちで調べるさ。そう難しい仕組みになっているはずもないしな……」

アンジェ「どうかした…?」

ドロシー「…いや、このパイプオルガンなんだけどな」

…何か扉を開ける仕掛けがあるのではないかと祭壇や聖水盆などを確かめていたが、パイプオルガンの前までくると眉をひそめた…

アンジェ「パイプオルガンがどうかしたの…?」

ドロシー「ああ…普通聖堂にあるパイプオルガンなら「テ・デウム」だの「マタイ受難曲」だのみたいな宗教曲か、さもなきゃ賛美歌の楽譜が置いてあるはずだろ?」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「ところがな、こいつはどうだ……ここの台に置いてあるのは「トッカータとフーガ・ニ短調」ときた」

アンジェ「バッハの? 聖堂のパイプオルガンにしては妙ね……」

ドロシー「ああ…もしかしたらこいつが扉を開ける鍵になっているのかもな……」

アンジェ「なら私が……っ…!」立ち上がろうとしてそのままへたり込むアンジェ…

ドロシー「よせ、まだ動ける状態じゃないだろう……なぁに、どうにか私が弾いてみるさ…♪」そう言うと腕まくりをし、パイプオルガンの席に座った……

アンジェ「おそらく調律は出来ているはずだから、楽譜通りに弾けばいいはず……それとピアノと違って「ストップ(音栓)」があるけれど、それも弾くだけならいじらなくてもいい……」

ドロシー「分かった…えーと、どれどれ……」ペダルに足を乗せ、鍵盤に指を下ろす……

…訓練生時代に「ファーム」でピアノ程度は習っているとはいえ、パイプオルガンともなるとそれとは比べものにならないほど複雑で難しい……にもかかわらず、それを天性の器用さと勘の良さでどうにか弾きこなしてみせるドロシー…

アンジェ「…即興だというのにたいしたものね……」

ドロシー「褒めてくれるとは嬉しいね。 頭に響くだろうが、もうちょっと我慢してくれよ……そら、これでどうだ?」最初の幾小節かを弾いたところで、聖具室の扉の辺りで何かの音が響いた……

アンジェ「開いたようね…行きましょう……」

ドロシー「いいからお前さんは座ってろ…それに後ろから誰か来ないよう、ここを確保しておいてもらう必要もあるしな」

アンジェ「…分かった」

ドロシー「心配するな、すぐ片付けて戻ってくるからさ…♪」派手なウィンクを投げると、母親が「お休み」を言うときのような態度で頬にキスをした…

アンジェ「ええ…」

ドロシー「それと…もし十五分経っても私が戻ってこなかったら、手はず通りに撤収しろ」

アンジェ「そうするわ」

ドロシー「ああ、そうしてくれ」
552 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/18(日) 00:50:44.30 ID:9Y+bhcZR0
…聖具室の奥・隠し部屋…

アレサンドロ「何と言うことだ、役立たずの愚か者どもめ…たかだか女二人に……!」机の上にピストルを置き、引き出しを全て開けて手当たり次第に書類を出しては、次々と鞄に詰め込んでいる……

ドロシー「おっと、お取り込み中のところ悪いがね…少々お話ししようじゃないか」

アレサンドロ「…っ!」とっさに机上のピストルに視線を向けた…

ドロシー「……言っておくが、テーブルのピストルは取ろうとしない方が身のためだぜ?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「さて、司祭さん…確かアレサンドロとか言ったよな……あんた、どこの何者だい?」

アレサンドロ「……この私が貴様のような小娘に答えると思っているのか、この汚れた女め…見ておれ、主の裁きが貴様の頭上に降り注ぐだろう!」

ドロシー「我らが主ねぇ……それじゃあ聞きたいんだがね、主がいらっしゃるのなら、どうして飢えや暴力がなくならない? 可哀想な子供が物乞いをし、殴られているのをどうして救おうとしないんだ?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「…それに聖書にあるソドムの街だって、作っておいた人間の出来が悪いからってそれを放り出して滅ぼしちまうってのは、万物の創造主としてはあんまりじゃないか?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「答えなしか…まぁいいや、禅問答をやりに来たわけじゃないんだしな……」

アレサンドロ「それではいったいなにを求めに来たのだ?」

ドロシー「簡単さ…書類はどこだ」

アレサンドロ「エデンの園に潜り込んだ蛇か……貴様のような者に答えるとでも思っているのか?」

ドロシー「ああ、答えると思ってるよ…」パンッ!

アレサンドロ「あ゛っ、ぁ゛ぁぁ…っ!」

ドロシー「次は右耳かな…せっかくの法衣に穴を開けちゃ悪いもんな?」

アレサンドロ「ま、待て…書類ならある……!」

ドロシー「結構、正直は美徳だぜ」

アレサンドロ「…書類を渡して私を撃たないという保証は?」

ドロシー「私が欲しいのは書類だけだ……素直に渡してくれれば頭を吹っ飛ばしたりはしないさ」

アレサンドロ「……アルビオンのスパイを信用しろと?」

ドロシー「スパイなんてものは、必要以上の嘘はつかないもんさ…心配だって言うんなら、ほら♪」銃をホルスターに戻した…

アレサンドロ「なるほど、ではお望み通りに……っ!」書類を差し出すと見せかけて法衣の下に隠していたピストルを抜こうとする…

ドロシー「…」途端に袖口から投げナイフが飛び、法衣の胸元に突き刺さった…

アレサンドロ「うぐっ…お、おのれ……!」

ドロシー「私は「頭を吹っ飛ばしたりはしない」って言ったんだ。嘘はついてないだろう?」

アレサンドロ「うぅっ……」

ドロシー「……嘘をつく相手を間違えたな」目的の書類を取り上げると、胸元に押し込んだ…

…聖堂…

ドロシー「戻ったぞ…♪」

アンジェ「どうだったの?」

ドロシー「ああ。てっきりそのまま秘密の通路でも伝ってとんずらしたかと思ったが、奴らはそこまで利口じゃなかったよ……そら」

アンジェ「だとしたらこれ以上の長居は不要ね…」

ドロシー「ああ。肩を貸してやるから、裏から出よう……隣はちょっとした森になっているから、人目に付かずここから離れる事ができるはずだ」

アンジェ「ええ……それとドロシー」

ドロシー「ん?」

アンジェ「感謝しているわ…」

ドロシー「なぁに、気にするなって……♪」
553 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/20(火) 11:43:58.17 ID:ZIx1ptnR0
…後日…

ドロシー「…ってわけでね。あれが果たして神父や修道士の格好をしただけの連中だったのかは分からないが、とにかくランデヴーの場所で待ち構えていやがった」

L「……その連中は何人だった?」

ドロシー「えーと確か…ひい、ふう、みい……アレサンドロとかいう奴を除いたら十二人だな」

L「なるほど…持っていた銃はおおかたボデオ・リボルバー辺りだったと思うが、どうだ?」

ドロシー「ああ、イタリアの「ボデオ・M1889」だったな…あ、そういえばグリップの木に十字架のエングレーヴ(彫刻)が施されていたっけ」

L「ふむ、やはりそうか……厄介な事になったな」

ドロシー「…心当たりが?」

L「うむ」

ドロシー「で、あいつらはイタ公の情報部かなにかか?」

L「フランスやオーストリア・ハンガリーを相手に競り合っているイタリア王国には…情報の窃取はともかくとして…外国でエージェントを処理して、その情報を奪取するような積極的活動を行うほどの余裕はない……」

ドロシー「それじゃあ連中はどこの回し者なんだ?」

L「教皇庁だ」

ドロシー「教皇庁?」

L「いかにも」

ドロシー「…ってことは、あいつらはバチカンから送り込まれてきたっていうのか?」

L「そうだ……イタリア王国が統一された過程で教皇領はイタリアに合併させられたが、バチカン自身は未だにそのことに納得していない」

ドロシー「そりゃあそうだろうな…」

L「そしてまた、衰えたとはいえバチカンの権威やカトリック教会を通じた情報網は未だに隠然たる影響力を持っている……現に彼らは各地に「神父」や「司祭」をカバーとしたエージェントを派遣し、情報収集や各種の工作を行わせている」

ドロシー「それがここロンドンでも動き始めたってわけか…」

L「ああ……彼らの目的は情報収集を通じて各国の弱点を探り出し、同時にその情報を売買することで資金集めを行い、最終的に教皇領の復活と勢力の回復を行うことにある」

ドロシー「じゃあ、連中はそのための工作班だったわけか…」

L「その通り…十二人というのは「十二使徒」になぞらえた連中の工作班の単位で、その上に現場指揮官として「司祭」クラスが一人つくという編成になっているものらしい」

ドロシー「そりゃあまた、ずいぶんと厄介な連中と関わっちまったな……」

L「うむ。奴らは「主の御心」に従い、バチカンのためとあらばあらゆる行為を容認される…そして少なくともイタリア、フランス、スペイン、ポルトガルといったカトリック教国とはある程度の友好関係にあると思われる。 君も知っている通り、今言った国のうちでフランス以外は後発列強、あるいは二流に数えられる国ばかりだ……金のかかる情報活動を教皇庁に肩代わりしてもらえるとなれば喜んで協力するだろうし、事実そうしている」

ドロシー「で、その見返りにバチカンはそうした国での活動の自由や工作員のスカウトを黙認されている?」

L「恐らくはな。そもそも彼らの組織は外部からの植え込みが難しい「内輪」の組織である上に、網の目のように張り巡らされた情報網…と、活動実態が捉えにくいのが現状だが、分かっている限りではそうした傾向が見られる」

ドロシー「なるほどなぁ…」

L「連中にしてみれば…共和国か王国かを問わずだが…我々アルビオンが勢力を弱めることになれば、権益の確保の面で自国の好機となる」

ドロシー「その尻押しをしつつ勢力を伸ばそうとしているのがバチカンってわけか……まるで人形つかいだな」

L「いささか人形の方は出来が悪いようだがな」

ドロシー「ははっ…しかしそんな連中の工作班を片付けちまったとなると、こりゃあ後がおっかないな」

L「うむ……しかし君と「A」が連中の工作班を全員処理できたのは不幸中の幸いだった…容姿を通報されずに済んだわけだからな」

ドロシー「たまたま連中が全員で取り囲むようなドジをしたからさ。腕もそこまでじゃあなかったし」

L「ふむ…だが注意しろ、連中の中でも「一流」とされるグループは鍛えられたスイス人を使っているというからな」

ドロシー「そいつはまた…」

L「とにかく書類の回収、ご苦労だった……しばらくは骨休めをしたまえ」

ドロシー「そりゃあどうも」
554 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/24(土) 02:51:01.71 ID:pL+XiA/c0
…caseアンジェ×ちせ「Trick or lie」(いたずらといつわり)…

…メイフェア校・部室にて…

ドロシー「…そろそろハロウィーンの時期か」

アンジェ「そうね」

ドロシー「となると、ここでもカブに顔を彫ったり仮装したりするんだろうな…こっちの活動に差し障りが出なきゃいいが」

アンジェ「その辺は私たちで上手くさばくしかないわね」

ドロシー「だな…」

ちせ「済まぬ、まだこちらの慣習には詳しくないので分からぬのじゃが……『はろうゐーん』とは何のお祭りなのじゃ?」

ドロシー「あー、そういえばちせはまだハロウィーンをやったことがなかったか…」

ちせ「うむ」

ドロシー「そうだな…ハロウィーンってのはもともとアイルランドの伝統行事で、十月の最後にやるお祭りだ……昔のケルト人はその日に一年が終わるって考えて新年を祝うことにしたんだな。それと同時に、ハロウィーンの晩には亡くなった先祖の霊が戻ってきたり、それにかこつけて悪魔だの妖怪だのが大騒ぎするって事になってる」

ちせ「ふむ、つまり大晦日とお盆を掛け合わせたような祝祭ということじゃな……おっと、話の腰を折ってしまって悪かったの。続けてくれるか?」

アンジェ「ええ…けれど本来は異教のしきたりだから、こちらでは祝う風習はなかったの……」

ドロシー「その代わりに王国じゃあ十一月五日の「ガイ・フォークス・ナイト」で国王が無事で済んだことを祝って花火を打ち上げるのが風習でね」

(※ガイ・フォークスの夜…「火薬陰謀記念日」とも。ガイ・フォークスは1605年、イングランドでカトリック教徒を弾圧していたジェームズ一世を議会開催の挨拶を行う国会の建物ごと爆殺しようとした人物。しかし計画は事前に露見し、国王は無事だった。このことを祝ってイングランドでは十一月五日を「ガイ・フォークス・ナイト」あるいは「ガイ・フォークス・デイ」と呼び、お祭りの日とし、焚き火をたいて「ガイ」というわら人形を燃やしたり、花火を打ち上げたりする)

ちせ「ふむ…」

ドロシー「ところがアルビオンが分裂して共和国が出来た。 共和国は王制に反対しているし、その共和国としては「国王が無事で済んだことを祝うお祭りなんてとんでもない」となったわけだ。そして同時にアイルランドを味方に取り込むため「ガイ・フォークス・デイ」の代わりにハロウィーンを取り入れて歓心を買おうとした」

アンジェ「王国としてもそれを黙ってみているわけにはいかない…もちろん公式にはいまでも「ガイ・フォークス・デイ」が祭日だけれど、ハロウィーンのお祭りもある程度なら許されている」

ドロシー「そういうこと。で「開明的」なメイフェア校としては…形の上だけだとしても…そのどちらも平等に祝うことになっているってわけさ」

ちせ「なるほど……して、その「ハロウィーン」ではどんなことをするのじゃ?」

ドロシー「そうだな、例えばカブに切れ込みを入れてろうそくを点す「ジャック・オ・ランターン」を作ったり、仮装をしたりとか…」

(※ジャック・オ・ランターン…一説によると、とある悪いアイルランド人が悪魔を騙したことから天国、地獄のどちらにも行けなくなり、地上をさまよっている姿とされる。明るいのは騙された事を怒った悪魔により焼け火箸で鼻をつつかれたためで、手には人を惑わせるためのランタンを持っており、うっかりその灯りを目指して歩くと沼に入って溺れてしまうという。それをかたどったランタンは、アメリカ大陸でカボチャが発見されるまでカブで作られていた)

ベアトリス「他にも灯りを点している家の玄関で「トリック・オア・トリート」って言って、お菓子をもらったりもするんですよ」

ちせ「なるほど…なかなか愉快なお祭りのようじゃな」

プリンセス「ええ。それにこうして皆さんと一緒にハロウィーンを過ごせると思うと一層楽しみです…ね、アンジェ?」

アンジェ「いいえ、私は別に……」

プリンセス「そう?」

アンジェ「まぁ、そうね…少しくらいなら楽しめるかもしれないわ」

ドロシー「ははっ、相変わらず素直じゃないな…♪」

アンジェ「余計なお世話よ……ところでハロウィーンのタイミングを使って、一つやっておきたいことがある」

ベアトリス「やっておきたいこと、ですか?」

ドロシー「そうそう、その話をしなくちゃな……このクィーンズ・メイフェア校にはプリンセスがいらっしゃるが、ノルマンディ公はここの寄宿生の何人かを使って、常々その動向を報告させている」

ちせ「いつぞやのリリ・ギャヴィストン嬢のように、じゃな?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それで、だ…このハロウィーンのお祭りにかこつけて連中が隠し持っている連絡手段を探し、盗聴出来るようにその波長や送信の時間帯を調べておきたいってわけだ」

アンジェ「ある程度の目星は付けてあるから、後はその部屋の主を上手く誘い出して、その隙に室内を調べればいいだけ」

ドロシー「それから、今回は室内を調べる私とアンジェ、通信機を調べるベアトリスの組…それに対して陽動として華やかに動き回ってもらうプリンセス、そしてちせには「毛色が変わった存在」として、またプリンセスに対して何か行動を起こされたときのための守り刀として側についていてもらう」

ちせ「委細承知した。責任重大じゃが……この身命にかけて、必ずやお守りいたす」

ドロシー「任せたぜ♪」
555 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/27(火) 01:15:48.19 ID:62y48hEH0
…数日後…

女生徒A「あらドロシーさん、ごきげんよう…少々よろしいかしら?」

ドロシー「ごきげんよう……何か私に用事かい?」

女生徒B「ええ。実はハロウィーンに備えてジャック・オ・ランターンを作ることになっているのですが、よろしければお手伝い頂けませんかしら?」

ドロシー「いいとも。お安いご用さ♪」

女生徒A「助かりますわ」

ドロシー「…それで、どうすればいいのかな?」

女生徒B「はい、このカボチャやカブが顔に見えるよう切り込みをいれるのですが、これだけあるとわたくしたちだけではどうにも……」大小様々なカボチャ(とカブ)が入った箱を指し示した…

ドロシー「やれやれ、これじゃあまるで厨房だな。手伝ってはやるけど、あとでお茶の一杯でもご馳走してくれないとひどい目に合わせるぞ♪」

女生徒A「まぁ、ドロシーさんったら…♪」

女生徒B「わたくしたちをどんな「ひどい目」に合わせるおつもりですの…?」

ドロシー「そりゃあもう、甘くてとろけるような…いや、ここで言うのは止めておくとしよう♪」相手のほっぺたを軽く撫で、いたずらっぽい笑みを浮かべて顔を寄せる…

女生徒A「あん…っ♪」

女生徒B「もう、いけませんわ…///」

ドロシー「へぇ、本当かな? …ま、とにかくさっさと作ろうじゃないか」

…もちろんナイフも巧みなドロシーではあるが、あまりに器用すぎては必要以上の興味を持たれてしまうので、適当に手を抜いておしゃべりしながらカボチャに目や口をつけていく…

女生徒A「んっ、く……!」固いカボチャの皮をくりぬこうと、危なっかしい手つきで果物ナイフを突き立てている…

ドロシー「…それじゃあ手を切っちまうよ?」後ろから抱きつくように身体を寄せ、相手の手に自分の手を重ねた…

女生徒A「…あっ///」

ドロシー「切り込みを入れたいならこうやって……」手を添えてナイフを動かしながら胸を押しつけ、こめかみの辺りでカールしている女生徒の巻き毛を軽く吹き、耳元で吐息の音をさせる…

女生徒A「は、はい///」

ドロシー「どうした、私に抱かれて嬉しかったのかな?」

女生徒A「もう、ご冗談ばっかり…///」

ドロシー「ふふ、悪かった…さ、今やって見せたようにやってみるといい♪」

女生徒A「はい///」

女生徒B「ドロシーさん、わたくしも手伝って下さいませんか?」

ドロシー「ああ♪」

…一方…

女生徒C「…まぁ、プリンセス♪」

女生徒D「ようこそいらっしゃいました…いま椅子をお持ちいたしますから♪」

プリンセス「いえ。そんなお気遣いなさらずに、どうぞお楽になさって?」

女生徒E「そのようなお言葉を頂けるなど、わたくしどもの身に余る光栄にございます」

プリンセス「あら、ここではお互い共に学ぶ学友ではありませんか…遠慮は不要ですよ♪」

女生徒C「プリンセスの優しさに感謝いたします。ところで、わたくしどもの所にいかようなご用でございましょうか?」

プリンセス「ええ、せっかくのお祭りですからわたくしもお手伝いを…お邪魔ではありませんか?」

女生徒D「そんな、滅相もございません」

プリンセス「良かった…では、ちせさんもご一緒して構いませんかしら?」

女生徒E「え、あぁ……はい、もちろんですわ♪」

女生徒C「…プリンセスが日頃仲良くなさっているお方でしたら、どのような方でも歓迎いたしますわ」

プリンセス「そう、ありがとう♪」

ちせ「よろしく頼む」
556 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/31(土) 10:54:14.74 ID:S+FDhnVg0
…しばらくして…

ドロシー「…さて、後はもう私が手伝わなくても大丈夫だよな?」

女生徒A「ええ…///」

女生徒B「とても助かりましたわ///」

ドロシー「なぁに、必要とあらばいつでも手伝うよ」

…さりげなく身体を寄せたり手を重ねたりと、心をときめかせるようなドロシーの言動に頬を火照らせている女生徒たち……普段は何かと素行の悪い振る舞いをしてみせているドロシーだが、その気になって演技をすると大変に魅力的で、同時に「籠の鳥」である女生徒たちからすると、その自由で奔放な様子には憧れめいた物も感じている…

女生徒A「はい///」

ドロシー「ああ……今度機会があったらお茶にでも招いてくれ」

女生徒B「喜んで///」

ドロシー「そっか、それじゃあ楽しみにしてるよ♪」

女生徒A「はぁぁ……ドロシーさんが側にいらっしゃると、わたくし顔が熱くなってしまいますわ///」

女生徒B「ええ…///」

…一方…

すました態度の女生徒「あら、ごきげんよう」

アンジェ「ご、ごきげんよう…」

取り巻きA「ごきげんよう、アンジェさん」

取り巻きB「ここでの暮らしにはもう慣れまして?」

アンジェ「え、ええ…」

すましや「それは何よりですわね。こうした上流社会の子弟が多い場所ではなかなか馴染むのが大変でしょうけれど」

アンジェ「ど、どうにか気張っておりますだ……いえ、頑張っております///」

取り巻きA「あらあら、お国言葉が出るほど緊張なさらなくたって…♪」

取り巻きB「わたくしたちはただアンジェさんのことを気にかけているだけですのよ?」底意地の悪いすましやと取り巻き二人が小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、猫がネズミをいたぶるようにちくちくと嫌味とあてこすりを言ってくる…

アンジェ「そんな、私ごとき平民にお気を使って下さるなんて…///」

すましや「構いませんのよ、それが「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の務め)」というものですから……今度、機会がありましたらお茶にでも呼んで下さいまし…ではごきげんよう」

アンジェ「ごきげんよう…」

…数分後・廊下…

ドロシー「よう、アンジェ…道が混んでたのか?」

アンジェ「いいえ、毛並みだけは立派な性悪猫に絡まれていただけよ」

ドロシー「なぁに、冗談だよ。むしろ時間通りさ……ところでベアトリスは?」

アンジェ「もう来るわ」

ドロシー「よし」

アンジェ「…手はずは大丈夫ね?」

ドロシー「当然だ……まずは私が廊下で見張り番をするから、アンジェとベアトリスで室内を調べろ」

アンジェ「ええ、お願いするわ…一応つじつま合わせのための「小道具」は持ってきているけれど、感づかれないのが一番いい」上手く理由を付けて借りたラテン語の書き取りを持っているアンジェ…もし鉢合わせしても「貸してもらった書き取りを返しに来た」と言い逃れることが出来る…

ドロシー「当然だな」

ベアトリス「…遅くなりました」時間に遅れまいと焦りつつも普段通りの歩調を心がけているのか、少しぎくしゃくした動きのベアトリス…

ドロシー「大丈夫、まだ許容範囲さ…むしろ焦って走ってきたりしたら人目を引くからな、よく我慢した♪」

ベアトリス「だってお二人に、急いでいるような時こそ「いつも通りに見えるよう行動しろ」って教わりましたから」

アンジェ「結構」

ドロシー「…よし、それじゃあ二人は室内に入ってくれ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「ええ」
557 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/02(月) 01:10:46.40 ID:9/Rkgjuq0
ベアトリス「それで、何をしたらいいですか?」

アンジェ「まずは通信手段を探す…と言っても通信機にしろ電話にしろ、それなりに大きさがあるから隠せるような場所はそう多くない」

ベアトリス「それはそうですが、部屋一つをくまなく探すとなると結構大変ですよ?」

アンジェ「そんなことはないわ。例えばここを見てみなさい…」クローゼットが置いてある部分の床に、わずかながら物を引きずった跡がある…

ベアトリス「あっ…!」

アンジェ「…見ての通り、この跡はクローゼットの脚とちょうど一致する」手際よく確認したが、さりげなく張られている細い糸や動かすと落ちるようになっている針と言った特段の措置は取られていない…クローゼットを動かすと、案外すんなりと動いて後ろの壁が現れた…

アンジェ「そしてここに…」

…少しふちがめくれている壁紙をそっとめくるとぽっかりと開いた壁の穴が出てきて、その穴にタイプライター大の通信機が収まっていた…

ベアトリス「わ、ありましたね」

アンジェ「通信機は貴女に任せるわ。その間に私は他の物を探す」

ベアトリス「分かりました」

…ベアトリスが通信機の前にしゃがみ込むと、アンジェは室内を素早く検索していく……引き出しを開けてノートや聖書を流れるようにめくり、本棚に並んでいる本の間を確かめ、ベッドと壁の隙間に何か挟んでいないかのぞき込む…

アンジェ「あったわ…」ベッドに敷かれたマットレスを持ち上げると、隙間に挟みこまれるようにして薄っぺらい紙が差し込んである…

ベアトリス「…えぇと、それから……」

アンジェ「…波長は確認できた?」

ベアトリス「はい、確認できました…アンジェさんは?」

アンジェ「その通信機用のコード表を手に入れた…王国の一般向け暗号。 簡単な暗号だから、破るのには五分もかからない」

ベアトリス「じゃあもういいですか?」

アンジェ「ええ、長居は無用よ」さっと懐中時計を確認すると、まだ数分と経っていない…

…廊下…

ドロシー「…済んだか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「よし、それじゃあ次に行こう…部屋の主はプリンセスがお茶に誘ってあるから、今は空っぽだ」

アンジェ「そうね」

…そのころ・庭園…

シニヨンの女生徒(王国側協力者)「お招き頂いて恐悦至極に存じますわ、プリンセス」

女生徒F「プリンセスとお茶を頂けるなんて…嬉しゅうございます」

女生徒G「わたくしも、憧れのプリンセスとお茶が頂けて……///」

プリンセス「何もそう固くならずとも大丈夫ですよ…さ、お茶をどうぞ♪」

…アンジェたちが室内を調べる時間を稼ぐべく、お茶に呼んで手ずから紅茶を淹れるプリンセス……もっとも「プレイヤー」の一人である女生徒と差し向かいというのでは何かおかしいと勘ぐられる可能性があるので、同時に毒にも薬にもならない「無難な」女生徒を二人ほどを招きカモフラージュとしている……その間ちせは席を外し、庭園の外側でさりげなく警戒にあたる…

シニヨン「…ありがとうございます」

プリンセス「お砂糖は二つ?」

シニヨン「ええ」

女生徒F「はい、わたくしも」

女生徒G「…わたくしも二つでお願いします」

プリンセス「はい。それにしても雨が降らなくて良かったですわね?」

女生徒F「プリンセスのおっしゃるとおりですわ♪」

シニヨン「そうですね」

プリンセス「ええ…さぁ、サンドウィッチもどうぞ?」ティータイムにはお馴染みの、小さな長方形に切ってあるきゅうりのサンドウィッチを勧めるプリンセス…

シニヨン「…いただきます」

プリンセス「どうぞ召し上がれ♪」
558 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/09(月) 01:02:02.59 ID:zclCxpev0
…同時刻・談話室…

女生徒H「…うーん、分かりませんわね」

女生徒I「ええ。これは難解ですわ……」

ドロシー「…」

女生徒J「あ、あれは……そうですわ、ドロシー様ならお分かりになるかもしれません。 ドロシー様!」アンジェたちとはルートを変えて談話室の脇を通り抜けようとしたドロシーを見かけ、廊下に出て声をかけた…

ドロシー「お…なんだジョセフィンか。 いきなり声をかけるからびっくりしたじゃないか…どうした?」

女生徒J「あぁ、それは…ええと……大したご用ではないのですけれど///」

ドロシー「構わないさ…ただこの後ちょっとした野暮用が控えてるんでね、早めに済ませてくれると助かるな♪」

女生徒J「ええ、それはもう…実は……」

ドロシー「……なるほど、間違い探しか」

女生徒H「そうなんです。ですが最後の一つだけ見つけられなくて…良かったら一緒に解いて下さいませんか?」

ドロシー「ああ、いいとも。 どれどれ…」

…そう言ってページに目を走らせるドロシー…職業柄、多くの文書やそっくりな贋作を瞬時に記憶、判別する機会が多く、ファームで鍛えられた観察眼は常に鋭く研ぎ澄まされている…それもあって容易く残りの間違いを見つけ出したが、あえてしばらく探すふりをした…

ドロシー「んー……あ、これじゃないのか?」

女生徒I「ああ、これですわ!」

女生徒J「さすがはドロシーさんです」

ドロシー「なぁに、たまたまだよ…それじゃあな」

女生徒H「ごきげんよう♪」

…数分後…

アンジェ「…そんなに長い距離だったかしら?」

ドロシー「なぁに、ちょっと可愛い女の子を口説いていたら遅くなってね…♪」

アンジェ「そう…私はてっきり途中で息切れしたのかと思ったわ」

ドロシー「…おいアンジェ、何度も言うが私の事を年寄り扱いするのはやめろ」

アンジェ「事実を認めたがらないのは頭が固くなってきた証拠よ」

ベアトリス「もう、二人とも相変わらずなんですから♪」

ドロシー「やれやれ、ベアトリスにまで笑われちまうとはね…いいからさっさと済ませようぜ?」

アンジェ「それじゃあ今度は私が廊下に立つ……五分以内で済ませてちょうだい」

ドロシー「ああ」

…室内…

ベアトリス「あ、かぼちゃの飾りがありますね…」

ドロシー「そうだな…王国側協力者の中には、あまりにもがちがちの王党派だと入り込みにくいグループや組織があるって言うんで、わざとこうやって開明的で共和派にも理解がある風を装った「敷居を下げる」偽装をしている連中もいるんだ……もっとも、ここで学生をしながらプリンセスの動向を報告しているような連中はたいてい小物だし、そこまでの考えがあってやってるわけじゃないだろうがね」

ベアトリス「なるほど…あ、ここに緩んだ羽目板がありますよ」

ドロシー「やるじゃないか……どうだ、何か見つけたか?」

ベアトリス「はい、何か冊子のようなものが……っ///」そう言って一冊の本を取り出すと、表紙を見て赤面した…

ドロシー「どうした…おいおい、コードブックにしちゃあずいぶんと刺激的だな♪」他の場所を調べていたがベアトリスがどもると振り向き、表紙を見るなりニヤニヤ笑いを浮かべた…

ベアトリス「もう…なんなんですか///」

ドロシー「そう言うな……ちょっと見せてくれ」

ベアトリス「…えっ!?」

ドロシー「別に私が読むわけじゃない。ただ、こういうのも大事な情報だからな……のちのちこれをネタにして脅したり、好みに合わせてハニートラップを用意したり出来るってわけだ」女学生同士のいかがわしい関係について書かれた読み物の本を受け取り、さっと中身に目を通す…

ベアトリス「なるほど……」

ドロシー「…中身が気になるようなら音読しようか?」

ベアトリス「い、いりませんっ…///」
559 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/10(火) 02:45:54.45 ID:IVWjJFmo0
…その日の夜…

アンジェ「さて、今日の成果だけれど…」

ドロシー「王国側協力者三人分の通信手段とその暗号帳を確認。うち一人は受信メッセージの紙を処理し忘れていたおかげで「管理者」のコードネームや通信内容も確認できた」

アンジェ「結構、他には?」

ドロシー「たくさんあるぞ……調べに入った対象者のうちで王国側協力者ではなかったものの、面白いネタを持っていたのが何人かいる…「チェシャ猫」はクラスメイト数人と肉体関係を持っている仲だって事が分かったし「マグパイ(カササギ)」は常習的な喫煙者だ」

アンジェ「なるほど…」

ドロシー「…それと「ファイアフライ(ホタル)」は見た目こそしとやかな貴族の令嬢だが、後輩の女生徒を手籠めにするのが趣味のようで、部屋には飲み物に混ぜる睡眠薬や荒縄なんかが隠してあった」

アンジェ「なるほど…「ファイアフライ」といえばベアトリスにも親しげに声をかけているけれど……」

ドロシー「…もしお茶に誘われたら要注意だな」

アンジェ「それとなく警戒しておく必要がありそうね…それから?」

ドロシー「後は「チコリ」だが……」

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「それがな、どうやらお前さんにぞっこんらしい…」

アンジェ「…私に?」

ドロシー「ああ。平民で田舎者、不器用でフランス系のお前さんにだ……部屋には画家に描かせたらしいお前さんの小さな肖像画や、ああしたいこうしたいっていう秘密の日記帳が隠してあった…それとどこから手に入れたのか、髪の毛数本とかな」

アンジェ「そう…しかし私たちの立場上、必要以上の興味を引かれるのは好ましくないわね」

ドロシー「確かにな……とはいえ相手は「普通の」女学生だ。まさか消すわけにも行かないし、事を荒立てるのもまずい」

アンジェ「となると、しばらくはこのまま放置するしかないわね…」

ドロシー「そうだな……とにかく今日はくたびれた、休ませてもらうよ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ま、あと数日もすればハロウィーンだ…そのときは女学生らしく楽しむとしようぜ♪」

アンジェ「そうね……お休みなさい」

ドロシー「お休み♪」

…数日後・ハロウィーン…

ちせ「皆、お早う…」

ドロシー「トリック・オア・トリート♪」

ちせ「…っ!」物陰から「わっ」と飛び出したドロシーに対して、反射的に正拳での突きを入れるちせ…

ドロシー「おっと、私だから安心しな……お菓子をくれないといたずらするぜ?」鳩尾に叩き込まれそうになった突きをとっさに腕でガードすると、ニヤリと笑って手を出した…

ちせ「全く、驚かすではない。 …ふむ、菓子といってもそう持ち合わせがあるわけでもないのじゃが……これならどうじゃ?」

ドロシー「いや、悪いね…って、なんだこりゃ?」掌の上に載せられた、ぎざぎざした星のようなものを見て眉を上げた…

ちせ「金平糖という日本の伝統的な菓子じゃが…不服か?」

ドロシー「いいや、お菓子ならいいわけだからな。どれ、それじゃあ一つ味見してみるか……」ぽいと口の中に金平糖を放り込み、がりがりと噛んだ…

ちせ「どうじゃ?」

ドロシー「味はただの砂糖みたいだな…さ、ちせも「トリック・オア・トリート」って言ってみろよ」

ちせ「うむ、しからば…トリック・オア・トリートじゃ」

ドロシー「あいよ…♪」そう言って派手なウィンクを投げると、紙袋に入ったクッキーを手渡した…

ちせ「なるほど、これを言うだけで菓子がもらえる……なかなかいい日じゃな」袋をがさがさ言わせてクッキーを取り出すとつまんだ…

ドロシー「ま、人によってはやらない連中もいるから一概には言えないが…カボチャかカブで「ジャック・オ・ランターン」が飾ってある場所ならたいていは大丈夫なはずだ」

ちせ「なるほど…せっかくの機会じゃから、あちこち巡ってくるとするかの」

ドロシー「菓子をもらうのはいいけど、一服盛られたりするなよ?」

ちせ「なに、心配無用じゃ……では、御免♪」

ドロシー「おう」
560 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/13(金) 02:11:27.56 ID:ZwMkMxdK0
…しばらくして…

ドロシー「しかし何だなぁ、まだ地味な方だから救いようがあるものの……ヴェニスのカーニバルじゃああるまいし、いつからハロウィーンにあんな仮装をするようになったんだ?」

アンジェ「本来は仮装なんてしないらしいわね?」

ドロシー「少なくとも古いアイルランドのしきたりにのっとったハロウィーンではそうらしいな……あの仮装ってのはここアルビオンか、新大陸あたりで始まった風習らしい」

アンジェ「なるほど…でもこうした風習が流行れば一つだけ都合のいいことがある」

ドロシー「仮装をしているから人相や風体を知られずに済む……だろ?」

アンジェ「その通りよ……というわけで、貴女にも用意しておいたわ」黒いマントと三角帽子、それに掃除用具入れから引っ張り出してきた箒を差し出す…

ドロシー「あたしは魔女か…だったらどっかの「スノウ・ホワイト(白雪姫)」に毒リンゴでも仕込んでやらなきゃな♪」

アンジェ「ええ、ぜひそうしてちょうだい」

ドロシー「アンジェ、お前は?」

アンジェ「ええ、私はこれを……」二つのぞき穴を開けてあるだけの紙袋をかぶり、頭に崩れたシルクハットを載せる…服はよれて駄目になった燕尾服で、片脚で跳ねてみせた…

ドロシー「スケアクロウ(カカシ)か…」

アンジェ「今だけはね。他の仮装もいくつか持っているから、途中で切り替えていくつもりよ」

ドロシー「それは私もさ……それじゃあ、また夜に」

アンジェ「ええ」

…数時間後・とある通り…

カカシ「トリック・オア・トリート!」一軒の家の裏口を叩き、袋ごしのくぐもった声で呼びかけた…

中年男性「あぁ、はいはい……ハロウィーンね」

カカシ「…」ボロボロの燕尾服からすっとウェブリー・フォスベリーを取り出し「パン、パンッ!」と心臓に二発撃ち込んだ…

男性「う……ぐっ!」

アンジェ「…まずは一人目」蒸気で煙る街角を曲がるとカカシの燕尾服を捨て、白いシーツをまとった幽霊になった……

…同じ頃・裏通り…

貧しい子供「ねえ魔女のお姉ちゃん、お菓子ちょうだい…!」

汚れた子供「僕にも…!」

やつれた子供「おいらにも…!」

ドロシー「よーし、みんなにちゃんとやるから安心しな……ただ、今日はお菓子をもらうのに言うべき言葉があるだろう?」

やつれた子供「えーと…トリック・オア・トリート!」

ドロシー「正解だ。 そら、持ってけ♪」お菓子と一緒にさりげなく半クラウン硬貨も握らせるドロシー…

やつれた子供「お姉ちゃん、これ…いいの?」

ドロシー「あたぼうよ♪ ただし、魔女のお姉ちゃんから一つ頼みがある……角に立ってる茶色い山高帽のおじさんが見えるか?」共和国の連絡役が泊まっている木賃宿の向かいに陣取り、出入りを監視している王国防諜部員を指差した…

貧しい子供「うん、背の高いおじさんだね」

ドロシー「そりゃあお前たちからしたらな…とにかく、あのおじさんにしつっこくまとわりついて「トリック・オア・トリート!」をやってくれ……追い払われたり蹴飛ばされるかもしれないが、最低でも一分はねばるんだぞ」

汚れた子供「それだけでいいの?」

ドロシー「おうさ、それだけで十分だ……あとはその半クラウンを持って飯屋に行って、美味いものでも腹一杯詰め込めばいい」

やつれた子供「分かったよ…ありがと、魔女のお姉ちゃん!」菓子は誰かに盗られる前にその場で食べ、それから一斉に駆けだしていく子供たち…

ドロシー「ああ(これで雪隠詰めになっている奴もどうにか抜け出せるはずだ…)」

子供たち「……トリック・オア・トリート! お菓子をちょうだいよ、おじさん!」

山高帽「何だ何だ……えぇい、うるさい! あっち行け!」

子供たち「トリック・オア・トリートだってば! お菓子くれないならいたずらするよ!」

山高帽「ええい、まとわりつくなっ…このガキ共が!」子供にまとわりつかれて監視の邪魔になる上、目立つ状態に置かれて焦る防諜部員……いらだって腕を振り回したり蹴ろうとすればするほど子供たちはちょこまかと動き回りはやし立てる…

青年(共和国連絡員)「…」その隙を逃さず、連絡員はするりと裏通りの陰へと姿を消した…

………

561 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/13(金) 03:27:08.80 ID:ZwMkMxdK0
…一方・メイフェア校…

女生徒「トリック・オア・トリート!」

女生徒B「はい、お菓子…♪」

女生徒C「トリック・オア・トリート…お菓子をくれないといたずらするわよ!」

女生徒D「お菓子ね…はい、どうぞ」

ちせ「ふぅむ…ただ菓子をやったりとったりするだけでなく、魑魅魍魎の格好もするのが「ハロウィーン」とやらの風習か。 何とも奇っ怪じゃのぅ……」妙に感心しながら菓子をつまむちせ…

ちせ「しかしこの「南京(なんきん)」の菓子はなかなか…「いもくりなんきん」とは上手いことを言ったものじゃ」

(※南京…カボチャの通称。中国から伝来したことからこう呼ばれ「いもくりなんきん」とは「いも(サツマイモ)」「栗」「なんきん」で、江戸時代に女が好きなものとしてよく言われた)

ちせ「……さて、プリンセスとベアトリスはまだ公的行事でこちらには戻ってきておらぬし…もう少し「トリック・オア・トリート」して行ってもよかろう」

…とある部屋…

ちせ「失礼いたす」

しとやかな女生徒「あら、ちせさん…ごきげんよう、何かわたくしにご用事?」

ちせ「うむ、一つ言わせてもらわねばならんことがあるのじゃが……」

しとやかな女生徒「あら、何かしら…?」

ちせ「では、はばかりながら……トリック・オア・トリートじゃ」

しとやかな女生徒「あぁぁ、そういうことでしたのね…では遠慮せずお入りになって?」

ちせ「かたじけない」

しとやかな女生徒「いいえ。でもちせさん、せっかくのハロウィーンなのに制服だなんて……いい機会なのだから仮装でもしたらいかが?」

ちせ「ふむ…とはいえ仮装の持ち合わせなどありはせぬし、そもそも何をどうすれば良いものやら……」

しとやかな女生徒「言われてみれば、ちせさんは経験が無いから分からないですわね…あ、ならわたくしが仮装をお手伝いして差し上げますわ♪」

ちせ「いや、そのような手間をとらせるのは…」

しとやかな女生徒「まぁまぁ、そんな遠慮をなさらないで……ね♪」さりげなく後ろに回り込んで身体をすりよせ、両肩をやんわりとつかんでいる…

ちせ「し、しかし……///」

しとやかな女生徒「過ぎたる遠慮はかえって無礼というものですわ、わたくしの好意…どうかお受け下さいな」

ちせ「そ、そこまで言われては……では、お願いするといたそう」そのまま柔らかな手つきで押され、椅子に座らされるちせ…

しとやかな女生徒「あぁ、良かった…♪」

ちせ「それで、いったいどうすれば良いのじゃ?」

しとやかな女生徒「まぁまぁ、まずはお茶でも召し上がりになって…もちろんお菓子もありますわ♪」丁寧に紅茶を注いでから「ミルクと砂糖はどのくらい?」と聞き、ちせの注文通りふたさじの砂糖とミルクを入れた…

ちせ「かたじけない…」ふたさじにしては甘過ぎるような気がする紅茶をすすり、ルバーブの砂糖漬けが入った小さなパイをひとつ食べた…

しとやかな女生徒「ふふふ……お代わりはいかが?」にこにこしながらちせを眺めている女生徒……口角にえくぼを浮かべ、紅茶をすすめてくる…

ちせ「いや、もう十分じゃ…して、仮装とやらのやり方を指南してもらえるという話であったが……」

しとやかな女生徒「ええ、それはもう……でもまずは制服を脱がないといけませんわね?」

ちせ「なに…?」

しとやかな女生徒「だってそうではありませんこと? 仮装をするのですもの…制服の上からでは動きにくいでしょうし、それに上から着込むのでは暑いと思いますわ♪」

ちせ「それはそうかもしれぬが……しかし、人前で服を脱ぐとなると少々気恥ずかしいのじゃが///」

しとやかな女生徒「まぁ、遠慮することはありませんわ…ここにはわたくしとちせさんしかおりませんし…それにわたくしたちは女の子同士で、殿方がいるわけではありませんもの♪」そう言いながらちせの手に自分の手を重ねる女生徒……

ちせ「確かにそれはそうじゃが…///」そう言っているそばから泥酔したときのように視線が揺らぎ、頭がくらくらしてくるちせ……目の焦点が定まらず、優しげな女生徒の微笑みが四つにも五つにもぼやけて見える…

しとやかな女生徒「あら、ちせさん…どうなさったの?」

ちせ「いや、あい済まぬ……どうも目まいがしてかなわぬゆえ、部屋に戻ることにいたそうかと」

しとやかな女生徒「まぁ、それは大変…でも、その様子では歩くのも難しいでしょう……わたくしのベッドをお貸ししますから、しばらくお休みになられたら?」

ちせ「いや、心配無用じゃ……!」鍛えられた身体と強固な意志の力でどうにか立ちあがると、詫びを言って部屋を出た…

しとやかな女生徒「……ふぅ、あと一息と言ったところだったのですけれど…でも、欲張りはいけませんわね……くふふっ♪」お茶の道具を片付けクローゼットを開けると、乱れた制服に縄をかけられ、口にハンカチーフのさるぐつわをかまされた小柄な生徒が愛液をしたたらせ、情欲にとろけたような表情を浮かべている…

しとやかな女生徒「…なにしろ、一匹目の蝶々はちゃんと糸にからめたのですもの……ね♪」小柄な女生徒を見おろし、ねっとりとした笑みを向けた…
562 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/16(月) 02:15:58.52 ID:chh5Mciy0
…しばらくして・部室…

アンジェ「ふぅ…どうにか午後だけで二人始末する事ができたわね……」

…いくどか仮装を変えつつ王国情報部のエージェントを片付け、最後は中世の医師を模したフードと鳥のようなマスクの仮装で戻ってきたアンジェ…一日中歩いたりバスに乗ったりと休む暇もなく、さらには尾行に対する予防措置もあってうんと回り道をしたため、脚はすっかり棒のようで足裏がじんわりと熱く、洗面器に張った冷水に足を浸けている…

アンジェ「ドロシーもまだのようだし、少し休憩しようかしら…」

アンジェ「とりあえずちせには戻ったことを伝えておかないと……」

…壁の掛け時計を見るとまだ夕食には時間がある…足を水で冷やしていたしばらくの間はレースをあしらった白いペチコートとビスチェだけで椅子に腰かけていたが、ちせの部屋に顔を出して戻った事を伝えるため脚の水滴を拭ってストッキングを履き、制服をまとって眼鏡をかけた…

アンジェ「これでいいわ……」部室に誰かが忍び込んでも分かるよう「保安措置」の髪留めピンをドアノブに載せて鍵をかけ、何事もなかったかのように歩き出した…

…ちせの部屋…

ちせ「…誰じゃ?」

アンジェ「アンジェだけれど、入ってもいいかしら」

ちせ「うむ、入ってくれ……」

アンジェ「ちせ?」ドア越しに聞こえる力の抜けたような声を聞いて眉をひそめ、身構えつつドアを開けた…

ちせ「ここじゃ……ぁ///」ベッドにもぐり込み、壁の方を向いて身体を丸めている様子のちせ…

アンジェ「…今戻ったわ。ドロシーたちはまだのようだから……どうしたの?」

ちせ「アンジェどの……ぉ///」

…布団をめくって顔を出したちせはとろんとした目つきで頬を赤く染め、いつもはきりりと引き締まっている口元を半開きにして涎を垂らしている…そして折り目正しくきちんとしたちせにはあり得ないが、制服は床に脱ぎ散らかされ、切ないような甘ったれたような声をあげている…

アンジェ「ちせ、誰に何を盛られたの…何をしゃべらされた?」

ちせ「何もしゃべってなど……おらぬ……ただ、ハロウィーンの菓子と茶をごちそうになって…数分もしないうちに……///」

アンジェ「…お茶を飲ませたのは誰?」

ちせ「メイナードの令嬢じゃ……」

アンジェ「メイナード…メイナード伯爵令嬢のこと?」(ベアトリスを狙っていた「ファイアフライ」ね…)

ちせ「うむ…菓子も茶もあちらが食べ、かつ飲むのを見てから口にしたのじゃが……///」

アンジェ「おおかた先に中和剤を飲んでおいたのね…それで?」

ちせ「数分もしないうちに…まるでいつぞや酩酊した時のように頭がくらくらして……どうにか戻ってきたのじゃが…それから身体が火照って…しかたないの…じゃ///」

アンジェ「分かった。様子を見るから布団をめくるわね」

ちせ「いや、それは……///」

アンジェ「何を隠し立てするつもり? 貴女の状態を確認しなければいけないのは分かるでしょう…!」力なく首を振るちせの布団をなかば強引に引き剥がした…

ちせ「///」

アンジェ「…ちせ、貴女」

ちせ「だから…言ったのじゃ……ぁ///」

…赤子のように身体を丸め、ネグリジェ姿でベッドに入っていたちせ……その右手は花芯をねちっこくかき回し、溢れた愛蜜でふとももからネグリジェ、そして敷き布団までがぐっしょりと濡れている…

アンジェ「……いつから?」

ちせ「…分からぬが…メイナード嬢の部屋には日も暮れなんとする黄昏時に訪ねて……それからずっと……んんっ///」ぐちゅっ、にちゅ…っ♪

アンジェ「だとすると、かれこれ一時間半くらいね…」

ちせ「アンジェどの……どうにかしてくれぬか…まるで下半身がしびれたように…気持ちよくて…一向に……指が止まらぬのじゃ……ん、んあぁぁ///」ちゅぷっ、くちゅ…♪

アンジェ「分かった。どのみちそろそろ効果は切れるはずだけれど……後は私に任せればいい」

ちせ「頼む…///」くちゅ…っ、とろ…っ♪

アンジェ「ええ」
563 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/21(土) 11:13:33.18 ID:BhNVgAfP0
アンジェ「それじゃあ、始めるわ……」

ちせ「はぁ、はぁ…後生じゃから、早く……っ///」

アンジェ「ええ」

…アンジェはスカートとペチコートを脱ぐとベッドに上がり、ちせの小さな身体にまたがった…ふともも越しに触れるちせの身体はしっとりと汗ばみ、熱いくらいに火照っている…そのまま足元から手を差し入れてネグリジェをまくり上げると、引き締まった身体があらわになる…

ちせ「んぁぁ…はぁ、はぁ……んくっ///」

アンジェ「ちせ…」ちゅっ…♪

ちせ「あっ……///」

アンジェ「ん…ふ……ちゅっ、ちゅる…っ……」

ちせ「んぅぅ…あ……んむ…っ///」

アンジェ「ここも…すっかり固くなっているわね……」小ぶりな乳房に指を這わせ、桜色をした先端を軽くつまんで引っ張る…

ちせ「あふっ、ん…っ///」

アンジェ「…ちゅっ、れろ……っ♪」

ちせ「ふぁぁんっ…そんな、な…舐め……っ///」

アンジェ「ちゅぅ、ちゅぅ…じゅるっ、れろ…っ……♪」顔を近寄せて舌先からちせの胸へと唾液を垂らすと、それを舐めとるように吸い付き始めた…

ちせ「あ、あぁ……んぅっ…///」

アンジェ「汗ばんでいるせいかしら、少ししょっぱいわね……れろっ、んちゅ…ちゅむ……♪」

ちせ「ふあぁぁ…♪」

アンジェ「それじゃあ、今度はここを……」ちせの指を花芯からゆっくり引き抜いて手をどかすと、代わりにアンジェ自身の細い指を滑り込ませた…

ちせ「ふわぁぁぁ…あっ、あぁぁん……っ♪」ぬちゅっ、ぷしゃぁぁ…っ♪

アンジェ「…イったみたいね」

ちせ「んんぅ、はぁ…あぁ……んぅぅ♪」

アンジェ「…入れただけで果ててしまっては張り合いがないわね。 それに、貴女もまだ火照りが収まらないようだから……色々と試させてもらうとしましょう」

ちせ「んえ…?」

アンジェ「大丈夫、すぐに分かるわ…最近はこっちの練習がすっかりおろそかだったし……(それにプリンセスとも機会がなかったから…)」

…いつもの冷めた表情に少しだけ情欲をにじませ、ちせの秘部にぬるりと二本目の指を滑り込ませる…そのまま膣内に第二関節まで入れると、唇をキスで塞ぎつつゆっくり動かした…

ちせ「んっ、んむぅぅ……っ♪」

アンジェ「ちゅるぅ…むちゅ……れろっ、じゅるぅ…っ♪」

ちせ「ふー、ふーっ……んぐぅ゛ぅ…っ♪」ぐちゅっ、ぢゅぷ…っ♪

アンジェ「…ちせ、貴女は体力があるしまだまだ大丈夫のはずだから……続けるわね」

ちせ「あひっ、はひぃ…っ♪」

アンジェ「それじゃあ、今度はこっちにも入れてあげるわ…」それまでやんわりと乳房を揉みしだいていた左手を離すと人差し指を舐めてたっぷりと唾液を付け、それをきゅっと引き締まったちせのヒップに這わせ、それからアナルに滑り込ませた…

ちせ「一体なに……んひぃぃっ♪」

アンジェ「…こういう経験は乏しいでしょうから、ゆっくり慣らしていってあげるわ」

ちせ「んあぁ…ふあぁぁ……♪」前後に指を入れられ、巧みな技巧でねっとりと責められて喘ぐちせ……

アンジェ「何も恥ずかしがったり気兼ねすることはないから……思う存分声をあげてよがるといいわ」

ちせ「あっ、あっ……あ゛ぁ゛ぁぁ…っ♪」

アンジェ「ふふ、よくイったわね……ご褒美にもう一度キスしてあげる…」ちゅっ…♪

ちせ「あふぅ…はひぃ……ぃ♪」

………

564 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/24(火) 01:50:21.63 ID:rJmTyEgW0
…数時間後・部室…

ドロシー「…よう、アンジェ」

アンジェ「ドロシー、戻ってきていたのね」

ドロシー「ああ…ついさっきな」

アンジェ「その様子だと上手くいったようね」

ドロシー「当然さ……♪」黒マントにドレスの洒落た姿には似つかわしくないだらしのない姿勢で座り、テーブルの上には仮面舞踏会で使うようなヴェルヴェットの仮面が放り出してある…仮面のかたわらにはブランデーの瓶が置いてあって、その隣のカットグラスには琥珀色をした液体が親指の幅ほど注いである…

アンジェ「そう…それを聞いて安心したわ」

ドロシー「おやおや、ずいぶんと信用がないんだな?」

アンジェ「別にそういうわけじゃないけれど……ところで」

ドロシー「ん?」

アンジェ「実は貴女が戻ってくる前にちょっとしたことがあって……」年下好きの貴族令嬢にちせが媚薬を盛られた顛末を説明した…

ドロシー「ほーん……それじゃあさっきまでちせの相手をしてやってたのか」

アンジェ「ええ…すっかり出来上がっていたから私がどうこうするほどのものでもなかったけれど……」

ドロシー「まぁ、お疲れだったな……それで?」

アンジェ「…何が」

ドロシー「とぼけるのはよせよ…要は「お味はいかがでしたか?」ってことさ♪」

アンジェ「そういうことを他人(ひと)に話すような趣味はないの」

ドロシー「はは、冗談さ……しかしそうなるとあのお嬢様につけた「ファイアフライ(ホタル)」ってコードネームは変えた方がいいかもしれないな。あれはファイアフライよりもっとタチが悪い」

(※ホタル…欧米では日本のような「はかなく光る」イメージよりも、獰猛な肉食昆虫である幼虫のイメージが強いとされる)

アンジェ「何か候補が?」

ドロシー「そうだな…例えば「スパイダー(蜘蛛)」とか」

アンジェ「悪くないわね…」

ドロシー「あとは「マンティス(カマキリ)」でもいいかもしれないな……どっちも交わった相手のことを食っちまうって言うし、しとやかなふりをして寄宿舎の可愛い娘たちを食い散らかしているメイナードのお嬢様にはぴったりだぜ?」

アンジェ「そうね」

ドロシー「だろ? ところでアンジェ、今日は一日歩き詰めだったはずだが…ハロウィーンの菓子はもらえたか?」

アンジェ「…仮装をしているのにカゴに何にも入っていなかったらおかしいし、焼き菓子の数個は用意しておいたけれど……もらえていなかったらどうなの?」

ドロシー「さあな。まぁ「トリック・オア・トリート」って言ってみれば分かるだろうよ」

アンジェ「ふう…どうせ貴女の事だから、私が言うまでやいのやいのとせっつくんでしょう……トリック・オア・トリート」

ドロシー「おめでとう、よく言えました…そらよ♪」

アンジェ「……これは?」リボンのかかった紙袋を受け取るとリボンをほどき、包みを開けた…中には上手に出来ている手作りとおぼしき半ダースあまりのクッキーと、数切れのパウンドケーキが入っている…

ドロシー「クッキーとパウンドケーキさ」

アンジェ「そんなことくらい見れば分かるわ…で?」

ドロシー「今日は妙に鈍いじゃないか……まだ分からないか?」

アンジェ「……ドロシー、もしかして…これ///」よく見ると菓子の出来に見覚えがある…

ドロシー「ああ、もしかしなくてもそうさ」

アンジェ「だとしたら、一体どうして貴女が…?」

ドロシー「お前さんがなかなかやって来なかったから、代わりに渡すよう頼まれたのさ……それと、クッキーだけじゃなくて伝言もひとつある……誰からのメッセージかは言わないが「お菓子はあげたけれど、いたずらもして欲しいからお部屋で待っています…♪」だそうだ」

アンジェ「ええ、分かった…///」

ドロシー「やれやれ、これでようやく私もベッドに行けるってわけだ……それじゃあハロウィーンの夜を楽しんでくれ♪」残っていたブランデーを流し込んでグラスと瓶を隠しスペースにしまい込むと、手をひらひらと振って出て行った…

アンジェ「お休みなさい…」ドロシーを見送ると、クッキーをひとつ手に取って口へ運んだ…

アンジェ「……美味しい///」

………

565 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/28(土) 13:42:08.98 ID:Mq/Nk66k0
…case・アンジェ×ドロシー「The forgery」(贋作)…

…アルビオン共和国・とある港…

税関吏「…ここで下ろす積荷はこれだけだな?」制服姿の税関吏が通関書類とにらめっこをしながら箱を数え、送り状をあらためる…

船長「ええ、そうです」

税関吏「それで、この箱の中身は……家具とあるが?」

船長「依頼主からはそのように伺っております」

税関吏「ふむ…ま、いいだろう」手に持った書類にさらさらとサインをすると船の舷梯(タラップ)を降りはじめた…

船長「いいぞ、荷下ろしを始めろ!」

…税関吏が埠頭に降り立つと、まるでそれを待ちわびていたかのように港の蒸気起重機が動きだして大きな真鍮の歯車が回り、パイプやあちこちの隙間からシューッと音を立てて白い蒸気が噴き出す…

水夫長「ほら、ロープをかけろ!何をもたもたしてる!そんなんじゃあ日が暮れちまうぞ!」

掌帆長「とっととやれ!だらだらするな!」

水夫「えんやこら…どっこいしょ!」

水夫B「よーし、いいぞ!上げろ!」木箱がロープでくくられ結び目が起重機のフックに引っかけられると、蒸気の響きと共にアームが上昇してロープがぴんと張り、きりきりと軋む音を立てながら大きな箱が徐々に釣り上がる…

税関吏B「…や、ご苦労さん。次はあの船だな」

税関吏「まだあるのか、全く忙しいったらありゃしない……次の船を検査する前に休憩して、詰所でお茶でも飲もうじゃないか」

税関吏B「いいね…」そう言って二人で税関詰所へ歩き始めた…

荷役労働者「よーし、そのまま…そのまま……」

…やり取りこそ荒っぽいが、それまでは手際よく進んでいた荷下ろし作業…ところが数個目の箱がクレーンで吊るされ埠頭の上で揺れていると、不意に木箱に結びつけられていた太いロープのささくれた部分が「メリメリ…ッ」と音を立ててほぐれ始め、あっという間にぷっつりと切れた…

水夫「おいっ!」

荷役労働者「危ないっ!」

税関吏「何だ…っ!?」持ち上げられていた木箱が埠頭に落ち、中のアンティークものの家具が壊れてバラバラになって飛び散った…

税関吏B「あーあ、こりゃあひどいことになったな……っ!?」

…壊れた椅子のクッション部分がすっかりめくれて、中の詰め物がはみ出している……が、その詰め物は当たり前の白い綿ではなく、共和国の人間が見慣れたデザインをしたとある紙の束だった…

税関吏「こいつは……すぐ情報部に連絡しろ!」

………



…数日後・コーヒーハウス…

ドロシー「…ずいぶんと唐突な呼び出しだな、何があった?」

7「ええ、実は少々急を要する事態が発生して……王国側に気取られる前に事を済ませたいから、貴女たちも投入することになった」

ドロシー「ほほう?」

7「今回はまず、とある人物を確保して所定の場所に「配達」してもらいたい…詳細はメールドロップに」

ドロシー「分かった」

7「それじゃあ、よろしくお願いするわ」
566 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/29(日) 02:02:01.29 ID:J1ecVcy00
…数時間後・部室…

ドロシー「どうだった?」

アンジェ「…さっき暗号を解読したけれど、明日のうちには対象人物を届けるよう指示されていた。普段は綿密な工作を要求するコントロールだけに、これだけせわしないのは珍しいわね」

ドロシー「それだけ尻に火が付いている事態だってことだろうよ…で、その「対象人物」とやらはどんな奴だ?」

アンジェ「ええ……情報によると対象はアンティークの美術品を扱っている老人で「トーマス・フロビッシャー」を名乗り、髪は白髪で目は淡いブルー、身長は5フィートそこそこ」

ドロシー「小柄な爺さんだな…他に特徴は?」

アンジェ「ないわ」

ドロシー「ずいぶんあいまいだ…」

アンジェ「そういう意見もあるわね。それと、店の場所はここ」指示書と一緒に入っていた薄紙を法則に従って地図に重ねると、一点を指し示した…

ドロシー「分かった、それじゃあ急いで支度をしよう……もし爺さんをさらうとしたら、誰かに見られても人相や風体が捉えにくい黄昏時にしたいし、現地の様子を確かめる時間も二時間はいるからな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「よし、そうと決まれば車を用意してこないとな…その間にそっちも準備を整えておいてくれ」

アンジェ「そうするわ」

…黄昏時…

ドロシー「ここか…」

アンジェ「ええ」

…しばらく車を流して公安や防諜部の見張りがないことを確かめると、小さな間口の店の前にロールス・ロイスを乗り付けた…ドロシーは黒のシルクハットに燕尾服、長髪を結い上げて帽子の中に隠して男装をし、アンジェはペールグレイのドレスに長いケープをまとい、顔はボンネットの陰に隠れている…店の入口の脇には小さく古びてはいるが良く磨かれたマホガニーのプレートがあり、かすれかけた金文字で「古美術商、トーマス・フロビッシャー」とある…

ドロシー「…ごめんください」

老人「いらっしゃいまし……」

…入口を開けるとカランコロンと鈴の音が鳴り、カウンターの奥にいた老人がゆっくりと出てきた…老人は白髪で小さいレンズの丸眼鏡をかけ、地味な格好をしている…店内は古びた布が発しているかすかなカビの臭いや絵画のテレピン油、ニスや木材の匂いが合わさって、いかにも年季の入った骨董品屋の雰囲気をかもし出している…床にはロココ調やバロック調の家具が所狭しと置いてあり、壁にはくすんだ額縁に入った絵画やリトグラフが飾ってある…

老人「…いかがです、何かご興味がございますか?」

アンジェ「ええ…これは素敵な絵ですね」

老人「おや、こちらがお気に召しましたか……お若いレディはお目が高くていらっしゃる、こちらはかのエドゥアール・マネが「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」の構想を練るため別に描いた物でして……」

ドロシー「…それじゃあこれは?」

老人「こちらはフラゴナールの作品ですな…元はとあるフランス貴族が所有していた物なのですが、家が没落し手放さざるを得なくなったものでございます」耽美で柔らかな色づかいで描かれた、川沿いに建つフランスの館(シャトー)を描いた風景画…

ドロシー「そうですか…しかしフラゴナールにしては画題が珍しいですね。普通フラゴナールと言えば優美な雰囲気で上品にまとめた青年男女の絵か、神話をモチーフにした裸婦画が多いものと思っていましたが……」

老人「いかにも…フラゴナールはイタリア旅行の際には自然の風景を絵にしておりますが、建物を描いた物というのは珍しい……それだけにこの絵には価値があると申せましょう」

ドロシー「なるほど」

567 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/30(月) 00:59:09.12 ID:3qHUnNkw0
アンジェ「それじゃあこれは?」

老人「ああ…これはですな、当時のパリで作られた……」

ドロシー「…」コートの下からナイフを抜くと、いきなりクッションの部分に突き立てて表地を切り裂いた…

老人「何ということを…この椅子は十六世紀のアンティークだというのに!」

ドロシー「…アンティークが聞いてあきれるぜ、どれもこれも贋作のくせしやがって」

老人「何を言うか、このルイ王朝時代の家具を贋作じゃと!?」お客相手のへりくだった言い回しを使うことも忘れ、真っ赤になっている…

ドロシー「下らない芝居はやめな…骨董品もお前さんの素性も真っ赤な偽物だって事くらい分かって来てるんだよ、こっちは」

アンジェ「…それに本物のルイ王朝時代の家具だったらここの曲線はもっと柔らかく、色はもっとくすんでいる」

老人「……ほう、二人とも若い娘のくせになかなかの鑑定眼じゃな」すっかり調べ上げられている事を理解して、急に大人しくなった…

ドロシー「商売柄そういう機会が多いものでね。それじゃあトーシロ相手の商売はお休みにして、一緒にドライブとしゃれ込もうじゃないか…」

老人「その上でわしの頭に鉛玉を撃ち込んでテムズ川へ放り込むのか…?」

ドロシー「ああ、本来ならな……だが、まだお前には重さ200グレインの鉛玉一発よりは価値がある、逃げようとしなければ脳天をぶち抜く真似はしない」

老人「…信用できるのか?」

ドロシー「少なくともここのアンティークよりゃな」

老人「……分かった」

ドロシー「よし…」軽く指を動かして合図すると、アンジェが後ろに回って老人の腰に銃を押しつけた…押しつけた銃そのものはまとっている長いケープに隠れて外からは見えない…

ドロシー「それと今さら言うことでもないだろうが、おかしな真似はするなよ?」

老人「分かっておる。こんな年寄りじゃが、それでもまだ長生きはしたい」

ドロシー「いい心がけだ……どうもこの世界では命を無駄にする人間が多いもんでね」

老人「…それで、どこに連れて行くつもりなのかね?」

ドロシー「おいおい、言ったそばから寿命を縮めるような真似はするなよ…余計なせんさくは怪我の元だぜ?」

老人「沈黙は金(きん)…か」

ドロシー「その通りさ……それと目隠しもさせてもらう。ロンドンの眺めを見られなくて残念に思うが、これもお互いの健康のためだからな」

老人「ああ、それもやむを得まい…」

…車内…

老人「ところで、どうしてお前さんたちのような若い娘がスパイ稼業なんぞをしとるんじゃ…?」

ドロシー「さぁ、どうしてだろうな♪」

アンジェ「…あなたこそ、一体どうして贋作作りなんてしていたの?」

老人「わしか……実はな、わしには昔エマという女房がいてな…もうあれが先立ってしまってから二十年にもなるが……」

アンジェ「それで?」

老人「そのころまだわしは「まっとうな」古美術商だったんじゃが、ろくろく稼ぐこともできんでな…貧しい生活をしている中でエマは病気になってしまって……」

ドロシー「なるほど…」

老人「うむ…で、あるとき古い無名の絵を買ってきて元の絵をすっかり削り落とし、そこに有名画家の画風を真似た絵を描いたところ、それがいい値段で売れての……エマに栄養のあるものを食わせてやったり、薬を買ってやるためにも金が入り用だったものじゃから、そのまま続けておったのじゃ…」

ドロシー「…ところがある日、なんの特徴もない男が二人ばかりやって来た」

老人「いかにも……連中は殴ったりこそしなかったが、女房の事を持ち出してきての」

アンジェ「あなたが刑務所に入ったら、病気の奥さんは面倒を見る人間もなしに亡くなってしまうだろう…と」

老人「その通りじゃ…それ以来、わしは連中の言うがままに贋作を作ってきた……」

ドロシー「もうその必要も無くなったな……よし、着いたぞ。 転ばないよう足元に気をつけな」

老人「うむ…」慎重に足元を確かめ、そろそろと車から降りた…

ドロシー「それじゃあな、爺さん…」

アンジェ「……奥さんの事は気の毒に思うわ」

老人「おかしなもんじゃな…わしをさらったお前さんたちの方が、女房の事を気にかけてくれるなんてな……」そのまま共和国側のエージェントに支えられて、奥へと連れて行かれた…
568 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/04(土) 01:58:03.34 ID:3NuIQS9a0
…翌日…

ドロシー「お帰り…それで、コントロールからは何だって?」

アンジェ「ただいま…任務説明は受けてきたから、今からかいつまんで説明するわ」

…部室に隠してある装備の中から、三インチ銃身のウェブリー・アンド・スコット・リボルバーを取り出して手入れをしているドロシー…アンジェはその向かいに腰かけると、テーブルに「メール・ドロップ」から取り出してきた任務概要と、暗記してきた詳細を伝達した…

ドロシー「……つまりここに偽の共和国ポンドを印刷している施設があるって事か」

アンジェ「そのようね。そして王国情報部の部員はあの老人の店で偽の骨董品を「買い」込んで、共和国に向けて荷を送る……そしてその中には偽札が詰めてあり、それを壁の向こう側で使って共和国ポンドの信用を落としている」

ドロシー「そりゃあコントロールが躍起になるはずだ…」

アンジェ「ええ…通貨の信用(クレディット)は国の存続に関わる。特に王国と分裂した影響で金(きん)の保有高が少ない共和国は、もし「共和国ポンド紙幣は同額のポンド金貨と交換できない」と思われれば一気に国際的な信用を失い、共和国ポンドの価値が暴落する……そうした事態はどうあっても避けたい」

ドロシー「そして偽札作りの拠点がどこにあるか明らかになった以上、早めに手を打つ必要がある」

アンジェ「その通り」

ドロシー「……それにしても贋作の家具に詰めた偽札か。 まるで詐欺師が作ったクリスマスのチキンだな♪」

アンジェ「ええ」

ドロシー「…それで、この後は?」

アンジェ「偽札の流通ルートは確認できたし、共和国側で活動していた連中も押さえたと連絡があった…あとは製造拠点を叩くだけよ」

ドロシー「鉄火場ってわけか、久々に面白くなりそうだ…♪」にやりと不敵な笑みを浮かべてみせる…

アンジェ「ドロシー、あくまでも私たちは情報部員よ…ちんぴらやギャングの「出入り」じゃない。冷静に、確実によ」

ドロシー「もちろんだ」

…数時間後・ネストのひとつ…

ドロシー「よし…それじゃあ支度に取りかかろう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「まずは銃…お前さんはいつも通りウェブリー・フォスベリーか?」二挺のウェブリーに.455口径の弾を込めつつ問いかける

アンジェ「ええ」

ドロシー「分かった」

アンジェ「ドロシー、貴女は?」

ドロシー「見ての通りウェブリー・スコットが二挺と…それからこれを♪」少しだけニヤッと笑みを浮かべると、銃身を切り詰めた垂直二連の散弾銃を持ち上げた…

アンジェ「弾は?」

ドロシー「今回は鳥撃ち用の細かい散弾を込めてある…とっさにぶっ放す時は役立つはずさ」そう言いながら手際よく弾を込めて銃尾をパチリと閉じると、服のポケットに予備の散弾をひとつかみねじこんだ…

アンジェ「そうね。それから私はこれを…」よく研がれたナイフ二ふりと、細いワイヤーの両側に木の持ち手が付いた首絞め具を用意する…

ドロシー「あとは施設をぶっ飛ばす訳だから、爆弾がいるよな…」器用なベアトリスがいくつか作り置きしていた時限装置と、束にまとめられている丸棒状の爆薬を用意し、腰のベルトに付いているループに引っかけた…

アンジェ「ええ…特に「原版は確実に破壊しろ」とのことだったわ」アンジェは発煙弾をいくつかと、真鍮で出来た球状の手榴弾を三つほど腰に提げる…

ドロシー「だろうな…」

アンジェ「これで準備は整ったわね……そっちは?」

ドロシー「ああ、こっちも準備万端だ」

アンジェ「そう、それなら最後にこれを…」事前に届けられていた「C・ボール」を保管用の筒から取り出し、これも腰に提げた…

ドロシー「それじゃあ出かけようぜ…♪」出口を開けると「お先にどうぞ♪」と手で示し、ぱらぱらと降り始めた小雨を避けるように車に乗り込んだ…
569 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/11(土) 11:05:04.79 ID:iHlGpjVm0
…夜…

ドロシー「…偽札作りの拠点はあそこか」

アンジェ「間違いないわね…表と裏手にそれぞれ見張りが二人」Cボールで飛び上がった建物の屋根の上から望遠鏡で様子をうかがう…

ドロシー「やるんなら同時に片付けないとな」

アンジェ「ええ…」パチリと望遠鏡を畳むと、ドロシーの手をつかんで飛び降りた…

…倉庫・裏口…

見張り「ふー……嫌な天気だな。こんな時の見張りは嫌いだ」しとしとと降る霧雨の中ハンチング帽をかぶり、コートのポケットに手を突っ込んで肩をすくめている…

見張りB「全くだな…なぁ、煙草あるか」安物のパイプを口にくわえながら、空っぽの煙草入れを開けて見せた…

見張り「なんだよ、切らしちまったのか?」

見張りB「いや…刻み煙草そのものは買っておいたんだが、来る時に詰めてくるのを忘れちまって……」

見張り「やれやれ、準備の悪い野郎だ…今回だけだぞ?」

見張りB「ああ……なぁ、ついでに火もあるか?」

見張り「なんだぁ?煙草もなけりゃあマッチも忘れて来たのかよ…そら」

見張りB「いや、マッチはポケットに入れておいたはずなんだけどな……悪ぃ」火が上手く点くようにすぱすぱとパイプを吸うと、ふぅっ…と煙を吐き出した…

見張り「ったく、今度からは忘れるんじゃ……ぐっ!」

見張りB「おい、どうした……うっ!?」喉元を締める細いワイヤーをかきむしり、脚をばたつかせていたがすぐ静かになる……

ドロシー「……片付いたぞ」

アンジェ「こっちも」

ドロシー「よし…」

…廊下…

見張りC「ふわぁ…あ」机の上に脚を乗せ、椅子にふんぞり返るようにして一日遅れの新聞をめくっている……と、物陰から音もなく黒いシルエットが近づいた…

見張りC「……むぐっ、ぐう…っ!」

…詰所…

情報部若手エージェント「…そーら、いただきだ」

若手エージェントB「くそっ……やめだやめだ、今夜はツいてねえらしい」カードをテーブルの上に放り出すと、伸びをしながら部屋を出て行こうとする…

年かさのエージェント「どこに行くんだ?」

エージェントB「ああ、ちょっと用を足してくる……」

…数分後…

エージェントC「…なあ、エディの大将ずいぶんと遅くないか? 便所にいっただけだってのに……」

年かさ「確かに遅いな、誰か様子を…」

エージェントD「なーに、心配いらないさ…それより勝負するのか、降りるのか、どっちなんだ?」

エージェントC「それじゃあ……」ふっと冷たい風が廊下から入ってきて、煙草の煙が立ちこめる室内の空気をかき回した…

エージェントC「ようエディ、ずいぶん遅かったじゃな……!?」ドアの方に頭を巡らしながら言いかけたところで表情が凍り付く…

エージェントD「…っ!」

年かさ「あっ…!」とっさに卓上に置いてあったホルスターに手を伸ばす…

ドロシー「…」バン、バンッ!

エージェントE「銃声!?」

エージェントF「くそっ…!」

…隣の仮眠室で寝ていた交代要員数人が慌てて飛び起きた矢先に「コン、コン、コン…ッ」と床に金属が当たって弾む音を立てながらころころと真鍮の丸い物が転がってきて、一人の足元でころりと半回転して止まった……

エージェントE「危ない、伏せ…!」言い終える前に手榴弾が炸裂した…

ドロシー「…これであらかた片付いたみたいだな」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「それじゃあ残りを片付けよう…右側を頼む」
570 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/19(日) 01:23:53.29 ID:uxoBpbXI0
エージェントG「…くそ、何としても原版を守れ!」

エージェントH「アトキンス、お前は味方に連絡を!」

エージェントI「はい!」遮蔽物の陰から飛び出し、戸口の方へと駆け出す…

ドロシー「させるかよ…!」バンッ、バン…ッ!

エージェントI「ぐは…っ!」背中に二発の銃弾を浴びよろめきながらドアにたどり着いたものの、そのまましがみつくようにして崩れ落ちたエージェント…

エージェントH「ちっ…!」

ドロシー「…くそ、粘られたらこっちの負けだぞ!」

アンジェ「ええ…!」

エージェントH「いいか、味方が来るまで時間を稼げばいい!」散弾銃の弾を込め直しながら部下に声をかける指揮官格のエージェント…

エージェントG「再装填する、援護を!」

エージェントJ「ああ!」

ドロシー「まずいぞ、このままじゃあ時間切れになる……っと、そうか!」アンジェがマントの内側にぶら下げている中から球形の発煙弾をひとつ取り、時限信管のぜんまいを巻いてから木箱の向こうに投げ込んだ…

エージェントG「…うえ…っ!」

エージェントH「げほっ、ごほ…!」

エージェントJ「がはっ、げほっ!」

ドロシー「今だ!」バン、バンッ!

アンジェ「ええ…!」パン、パンッ…バンッ!

…数分後…

アンジェ「……原版があったわ」

ドロシー「ったく、こいつが厄介の種か…こんなものはとっととぶち壊すに……ん?」ふと輪転機の脇に積んである木箱に目を留めた…

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「ひゅー♪ 見ろよアンジェ、手が切れそうなほどのピン札だぜ? …しかもこんなにだ」まだふたがされていない木箱の中に、帯封付きの札束が大量に詰まっている…木箱に手を突っ込むと、ニヤニヤしながら紙幣の束をアンジェに見せびらかすドロシー……

アンジェ「…こっち側で共和国ポンドの紙幣を持っていても何にもならないし、どのみちそれは偽札よ」

ドロシー「分かってるさ……でもこれだけあると良い気分じゃないか?」カードを切るようにパラパラと札束をめくる…

アンジェ「良かったわね。それより早く爆弾をしかけてちょうだい」

ドロシー「ちぇっ、相変わらず感情の希薄な奴だな……」

アンジェ「黒蜥蜴星人だもの」

ドロシー「そう言うと思ったよ…時間は?」

アンジェ「三分にしましょう」

ドロシー「それじゃあ出て行くのがやっとだな…準備出来たぞ」

アンジェ「ならもうここに用はないわ、行きましょう」

ドロシー「そうだな」最後に輪転機のかたわらに置いてあった機械油の缶を開けて、札束の入っている木箱に注ぎ込むとマッチを擦って放り込み、肩をすくめて立ち去った…

…しばらくして・裏通り…

アンジェ「…ドロシー、ちょっといい?」

ドロシー「ん?」

アンジェ「いいから…動かないで」すすけたレンガの壁にドロシーを押しつける…

ドロシー「おいおい、今夜はずいぶん積極的じゃないか……」

アンジェ「とうとう頭までおめでたくなったのかしら……そこ、怪我をしているわよ」そう言って指差したドロシーの左腕からは、ゆっくりと血が滴っている…

ドロシー「えぇ? …本当だ、どうもさっきからヒリヒリすると思ったんだ」

アンジェ「きっと散弾がかすめたのね……戻ったら手当をしてあげるわ」

ドロシー「えー、どうせ手当をしてくれるなら冷血なお前さんよりもベアトリスかプリンセスの方がいいんだけどなぁ♪」

アンジェ「どうやら胡椒かカラシでも擦り込まれたいようね……」
571 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/09/24(金) 01:47:18.26 ID:qxHGoxvW0
…深夜・部室…

アンジェ「さ、手当をするわ」

ドロシー「悪いな……っ」そう言って上着を脱ごうと腕を動かした瞬間に傷口が痛み、ぎゅっと唇をかみ締めて渋い表情を浮かべた…

アンジェ「痛む?」

ドロシー「ああ…撃ち合いの時は感じなかったが、落ち着いたら急に痛み出しやがった……」

アンジェ「どんな風に痛いか教えてちょうだい…痺れる感じ?」

ドロシー「いや、血管が脈打つたびにズキズキする感じだ」

アンジェ「なら神経は傷ついていないはずよ……何よりね」

ドロシー「…ちっとも嬉しくないぞ、痛いのは同じなんだからな」

アンジェ「それじゃあ文句を言っていないで、早く上を脱いで…ほら、これを飲むといいわ」琥珀色の液体が入ったカットグラスをコトリとテーブルの上に置いた…

ドロシー「ああ、悪いな……マッカランの18年ものか」香りを嗅ぎ、目をつぶって一口含むと口の中で転がして味わった…

アンジェ「ええ、痛み止めの代わりに」

ドロシー「そいつはどうも…今日は気前が良いな」

アンジェ「治療を始めた途端に貴女にぴーぴー泣かれたら迷惑だもの」

ドロシー「ったく、虫歯を抜かれる子供じゃあるまいし…そんなことで泣くかよ」

アンジェ「じゃあいらないわね」

ドロシー「そうは言ってないだろ…経費でいい酒が飲めるなら文句はないさ」上着を片手で脱いで下着姿になる…

アンジェ「でしょうね……腕を出して」

…テーブルの上に古い布を敷き、その上に腕を置かせたアンジェ…軽く傷口を洗うと薬箱を脇に置き、しげしげと眺めた…

ドロシー「で、どうだ?」

アンジェ「たいしたことないわ……縫合する必要もなさそうよ」

ドロシー「そりゃ良かった、この柔肌に傷が残るようじゃあ困るからな♪」

アンジェ「サメ肌の間違いじゃないかしら…いま軟膏を塗るわね」プリンセスが部室に置いている薬箱から、大変よく効くが同時に目玉の飛び出るような値段がする塗り薬を傷口に擦り込んでいく…

ドロシー「おう……こいつはずいぶんと沁みるな」眉をひそめ、片手でグラスのウィスキーをあおる…

アンジェ「我慢しなさい、情報部員でしょう」

ドロシー「お前は私の母ちゃんか? …終わったら教えてくれ」そう言って片手で「アルビオン・タイムズ」の夕刊をめくりだした…

アンジェ「…何か興味深い記事は?」

ドロシー「んー…そうだな「去る二週間前、陸軍の『グレイ・ストリーム』連隊がドーセットシャーで演習を行った。演習結果は極めて好調であり、見事に仮想敵を打ち破った」そうだ」

アンジェ「その演習の結果なら、陸軍省に入り込んでいる情報源が確認したわね」

ドロシー「ああ、先週のやつだな…それから「本日『劇場版プリンセス・プリンシパル〜クラウン・ハンドラー・第二章〜』が公開され、おおむね好評であった」だって……もっとも、もう時計の針は零時を回っちまってるから「昨日」のことになるけどな」

アンジェ「そうね……さあ、終わったわよ」

ドロシー「相変わらず手際が良いな…」感心したように言うと腕に巻かれた包帯を眺め、軽く手を開いたり閉じたりしてみるドロシー…

アンジェ「黒蜥蜴星では必須の技能よ」

ドロシー「そうかよ…とにかくありがとな」

アンジェ「どういたしまして……ところでドロシー」

ドロシー「ん?」

アンジェ「少し、いいかしら…///」ドロシーの横に腰かけると、身体を寄せた…

ドロシー「あ、ああ…そりゃ、構わないけどさ……アンジェからだなんて珍しいな」

アンジェ「ええ、まぁ…その…このところプリンセスは公務で忙しくて……///」

ドロシー「それに、撃ち合いの後は妙に血がたぎる……か?」

アンジェ「それもあるわ…///」

ドロシー「……傷の所には触らないでくれよな?」

アンジェ「もちろん///」ちゅ…っ♪
572 :sage :2021/09/24(金) 08:03:26.76 ID:C+LEEkTI0
第二章、確かにおおむね良かったですね
いずれ劇場版キャラも出して貰えると嬉しいです
573 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/25(土) 01:54:19.18 ID:OVjaGCgX0
>>572 まずは意見をありがとうございます

個人的には「第二章」はちょっとストーリー展開が忙しい感じで、黒幕を出すのは第三章あたりに引き延ばしても良かった気がしないでもないですが、出来は相変わらず良かったですし見応えがありましたね


それと劇場版のキャラですが、いずれどこかで出してみても良いかなと思いつつ、公式のストーリー展開が(その人物の「退場」等)どうなるか分からないのでちょっと難しいかもしれません……ただ、回想か何かで「委員長」とかも少し出してみたいとは思います
574 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/26(日) 01:00:40.24 ID:dBec+Ixp0
このままアンジェ×ドロシーを続けようかと思ったのですが、何となくキリが良い感じなので次のエピソードに移行させようと思います…アンジェ×ドロシー(ドロシー×アンジェ)はお互いに背中を預けられるよき相棒として描きやすいので、また機会があれば百合百合しい場面を入れていく予定です
575 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/26(日) 01:43:21.61 ID:dBec+Ixp0
…case・アンジェ×プリンセス×ベアトリス「The Thirteens apostle」(十三番目の使徒)…

…とある日…

ドロシー「さて…と、今回の任務を説明しよう」勢揃いしている「白鳩」の面々を見回すと、紅茶を一口すすってから話し始めた…

アンジェ「お願いね」

ドロシー「ああ…詳しい内容は省略させてもらうが、以前アンジェと私が任務中にかち合った教皇庁からの工作員について調べがついたとコントロールから連絡があった」

ちせ「教皇庁?」

ドロシー「ああ、ローマ・カトリックの総本山…いわゆるバチカンだな」

プリンセス「その教皇庁のスパイがどうしてここ、アルビオン王国に?」

ドロシー「理由は簡単さ。アルビオンには世界を制する力の源「ケイバーライト」があり、そしていま王国は揺れている」

アンジェ「ドロシーの言うとおり…すでに幾度も聞かされているとは思うけれど、王国には様々な勢力が乱立している……」

アンジェ「…例えば、綿々と続いてきた王国の歴史を守らんとする保守派と、新しい力である共和国に対抗するためには自分たちも変わらなければならないと考える革新派…それからアルビオン国教会とそれに対抗する親フランスのカトリック教徒、王党派に共和派、王制に不満を募らせている労働者階級や植民地出身者、アイルランドやウェールズ、スコットランドの独立主義者……挙げだしたらキリがないわ」

プリンセス「そうね」

ドロシー「…それだけじゃない。女王の後継者を誰にするかで、それぞれの利益や損得からいくつもの派閥が出来ている……つまり王室でさえも一枚岩とは言えない」

プリンセス「ええ……そのことはわたくしもひしひしと感じているわ」

…日頃から王室に渦巻く謀略や醜い権力争いを見てきているプリンセスだけに、その声には疲れとかすかなあきらめが混じった苦い響きが沁みだしている…

ベアトリス「姫様…」

ドロシー「あー……つまり、今やアルビオンはスプーンでひっかき回した巨大なベイクドビーンズ(煮豆)みたいなもんで、どこもかしこもぐちゃぐちゃ…まさしくスパイが必要とされる舞台が整っているってわけだ」

アンジェ「そしてその「プレイヤー」の一つが教皇庁ということね」

ドロシー「その通り……コントロールからの連絡によると、先日フランスを経由してイタリアから数人のコーチビルダーが王国に入国した」

(※コーチビルダー…馬車架装者。自動車の登場以前は文字通り馬車の制作を行っていたが、自動車の時代になると客がメーカーから購入したシャーシに特製の胴体や内装などの架装を施すようになった。イタリア語の「カロッツェリア」としても知られる)

プリンセス「コーチビルダー、ですか」

ドロシー「ああ…イタリア人ってやつはそういう職人が多いからな。 ところが足取りに不審な点があって、よく調べたらそいつらがバチカンからのお客様だって事が分かった」

アンジェ「嘘か本当かは分からないけれど、ローマ教皇庁のどこかの組織には本来は存在しないはずの「第十三課」があると言われていて、そこに所属している神父や司祭、修道士が諜報活動を行っているとまことしやかに言われているわ」

ドロシー「とは言えあくまでも噂だし、真相を知っているやつはそいつらの一員か死人だけだからな…身内の連中はしゃべるわけはないし、死人はしゃべれない…真相は謎のままさ」

アンジェ「いずれにせよ、その連中がアルビオン入りした」

プリンセス「目的は?」

ドロシー「それが分からないんだ。いくら連中がしつこいからって、まさか私とアンジェに手下をやられた復讐をしに来た…とも思えないしな」

アンジェ「まずはその目的を探り出すこと……今回の任務はそれが当初の目標となるわ」

ドロシー「コントロールからも定期的に連中の動向を連絡してもらう予定だ…とりあえず今は分かっている情報をつなぎ合わせることから始めよう」

プリンセス「ええ、そうしましょう」

ベアトリス「分かりました」

ちせ「うむ」

………

…同じ頃・内務卿の執務室…

ノルマンディ公「…ふむ、バチカンからの訪問客か……遠路はるばるご丁寧なことだ」

ガゼル「はい、すでに四人は入国したことが確認されております」

ノルマンディ公「普段フランスやスペインをけしかけている「人形つかい」がとうとうこらえきれなくなって出てきたか……この機会に連中の情報網を調べ上げるのも良いかもしれんな。ガゼル」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「すぐに車の支度を…それと防諜部や警察のスペシャル・ブランチ(公安部)のような「素人(アマチュア)」に鼻を突っ込まれないよう、部内の機密保持は徹底させろ」

ガゼル「承知しました」

ノルマンディ公「さて、次はどう来るかな……」コーヒーテーブルの上にあるチェス盤をちらりと横目で眺め、黒い駒を一つ動かした…
576 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/29(水) 14:10:07.69 ID:ipHN+6W40
…数日後・ロンドン市立図書館…

ドロシー「…ここだな」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「コントロールいわく、ここに問題解決のヒントがあるとかなんとか……」

アンジェ「そういう話ね」

…ドロシーとアンジェはノートやペン、教科書の詰まった鞄を抱え、制服姿で図書館にやって来ていた…受付のカウンターにいる気難しそうな司書も女学生の二人連れということで特に声をかけるでもなく、二人を見送った…

ドロシー「ここだな…」

…借りる人の少ない不人気な歴史書が並ぶ一角に席を占めると、目的のものを含めた数冊を引き抜いてきて卓上に並べ、ノートを広げる……分厚い百科事典のような、革表紙に金文字で装丁された歴史書をパラパラとめくると、中に一枚の薄紙が挟まれていた…

アンジェ「…これね」暗号で書かれたメッセージの紙はいかにも歴史書に挟んで忘れてしまったようなメモ書きを装ってあり「エリザベス一世」や「サー・マーティン・フロビッシャー」などと書き込んである…

ドロシー「よし…それじゃあしばらく「お勉強」をしてから帰ろうじゃないか。あんまり早く席を立つと怪しいからな」

アンジェ「ええ、ついでに貴女はこの前やった不品行の罰に課せられたラテン語の書き取りをしておけば良いわ」

ドロシー「あれか…あんなものはとうの昔に済ませたさ」

アンジェ「…なかなか手際がいいわね」

ドロシー「当然…♪」

………

…その日の午後・部室…

ドロシー「…それで、内容はどうだ?」

アンジェ「ええ、いま読むわ…「ライムハウス通り十二番地の三階…西の角部屋にある暖炉の敷石の手前から三列目、右から四番目を外し、中にある書類を回収せよ」だそうよ」

ドロシー「ライムハウス通り…あぁ、この辺りか」さっと市街地図に目を走らせ、納得したようにうなずいた…

アンジェ「それじゃあ行きましょうか」

ドロシー「そうだな…書類は私が回収するから、見張りは任せる」

アンジェ「ちせは連れて行く?」

ドロシー「いや…三人、四人とぞろぞろ連れだって行くような話じゃない。 それにお前さんがいれば大丈夫さ」

アンジェ「それはどうも」

…数時間後・下宿の空き部屋…

ドロシー「ここか…」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「よし、廊下の見張りは頼む」


…いかにも安部屋住まいのタイピストといった冴えない格好で、時代遅れなスタイルのボンネットに何色とも言えないような野暮なスカート、よれた上着を羽織っている……しかしスカートで隠れている足元はがっちりした茶革の編み上げブーツで固められ、いざというときのためにスティレット(刺突用の針状ナイフ)も隠し持っている…


ドロシー「緩んだ暖炉の敷石……これか」下宿人が入らなくなって半年は経っている空き部屋の、灰まですっかり取り片付けられている暖炉…ドロシーが四つん這いになって、表面が黒く煤けている敷石のレンガを動かしてみると「ず、ずっ…」と擦れるような抵抗をしながら敷石が出てきた…

ドロシー「よし…あった……」レンガの下にはほんのわずかな隙間があり、そこに古新聞に挟まれた一枚の紙が隠してある…

アンジェ「…見つけた?」

ドロシー「もちろん……アンジェ、お前が先行して出ろ。安全が確認できたら合図をくれ」

アンジェ「分かった」

………



577 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/04(月) 10:41:15.40 ID:qmTr05JN0
…数時間後・部室…

アンジェ「解読が終わったわ」

ドロシー「相変わらず早いな。どれどれ……」

…まだ湯気を立てているミルクを入れたアッサム紅茶のカップを置くと、解読された暗号文にさっと目を通す…その短い内容を確認してからちらりと視線を上げ、アンジェの顔を見て眉をひそめてみせると、内容を読み上げた…

ドロシー「…サー・エドワード・ウィンドモア著「緑なる石の輝き」およびウィンドモア家の歴代当主を調査のこと……アンドロメダ」

アンジェ「内容はこれだけだったわ」

ドロシー「そうか……なぁアンジェ、このメッセージを発信している「アンドロメダ」って…」

アンジェ「ええ…このメッセージが残された時期を考えると、おそらくは「委員長」のものよ。きっと「ダブル・クロス」(二重スパイ)に転向させられる直前、最後に遺した「プロダクト」(資産)でしょうね」

ドロシー「…ったく、委員長のやつ…最期までくそ真面目でやがる……」読み終えた用紙を暖炉にくべて焼き捨てると、小さくつぶやくように言った…

アンジェ「そうね……でもこれだけではこの本が何の役に立つのか見当もつかない」

ドロシー「つまりそれを調べろって事だろう…とりあえずはロンドン図書館だな」

…数日後…

アンジェ「……どうやら今度の調べ物は一筋縄ではいかないようね」

ドロシー「そうだな」

…図書館巡りに明け暮れたアンジェたちを始め、立場を利用して…しかし慎重に…王室秘蔵の書物まで調べたプリンセス……と「白鳩」それぞれが数日間努力して得た結論を前にして困惑気味の二人…

アンジェ「とはいえ今回もケイバーライトと関係があったわね……図書館で調べ物をしたおかげで、色々な事を知ることが出来たわ」

ドロシー「そうだな…なんでもケイバーライトが発見された直後は飲み物にケイバーライトの粉末を入れて、緑色に光るさまを楽しみながら飲むのが貴族や富裕層の間で流行したそうだ……古代ローマ人が鉛を赤ワインの味付けに使った話みたいだな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「…で、この「ウィンドモア家」ってのはケイバーライト…発見当初はケイバーストーンとも言われていたそうだが…を発見したうちの一人で、その力に魅せられて研究に一生を捧げた貴族だ。以後代々の当主は領地の城に閉じこもってケイバーライト研究と資料の収集に没頭しているが、その狂気じみた入れ上げぶりは有名だ」

アンジェ「私もその話は聞いたことがある…領地に客も招かず、ロンドンにもほとんど出てこないというわね」

ドロシー「ああ…実際問題、ケイバーライトってやつは「パンに塗ってむしゃむしゃ食べる」以外なら何にだって使える便利なシロモノだからな。取り憑かれちまったら、そりゃあ夢中にもなるだろうさ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「とにかくウィンドモア家にはおおよそケイバーライトに関して「ないものはない」っていうくらいに資料が収集されている…中には王立博物館さえ所蔵していないものがあるくらいだ」

アンジェ「そしてあのメッセージにあった本は、初代当主が当時行った研究と実験について記したものだと言われている……しかし余りにも異常な内容だったことから禁書扱いとされ、内容のほとんどが削除された不正確な写本だけが王立図書館と博物館に所蔵されている……」

ドロシー「…分かったのはここまでか」

アンジェ「ええ…あとは原本を読むしかないようね」

ドロシー「そいつが難関だな…まさか泥棒じゃああるまいし、城に忍び込んで盗み読みするわけにも行かない……」

アンジェ「そうね……でも一つだけ手がある」

ドロシー「…アンジェ、お前さん「金の卵」を使うつもりなのか?」

アンジェ「ええ……プリンセスなら王国にあるほぼ全ての扉が開けられる」

ドロシー「そりゃあそうだが……」

アンジェ「貴女の心配はもっともよ。だからプリンセスではなくて私が行けばいい……そもそもプリンセスは腰が重いタイプじゃないから、公務以外にも慈善活動やねぎらいのために「お忍び」であちこち訪問している。今回もそういう形で訪問すれば怪しまれることはない……何より私は「本物」をよく知っているのだから、ボロが出る可能性はまずない」

ドロシー「まぁな…」

アンジェ「後はつじつま合わせとして、プリンセスが公務で国民の前に顔を出す予定のない日を選べばいいだけ…それは私が聞いておく」

ドロシー「……分かった」

アンジェ「ドロシー、まだ何か…?」

ドロシー「教皇庁の連中さ…わざわざここまでやって来ているんだ、何かしらの目論みがあって来ているはずだ……」

アンジェ「その本のことを始め、ある程度の事は知っていると?」

ドロシー「そう考えてもおかしくはないだろうな……連中が敵だとすると面倒だぞ」

アンジェ「そうね。 でも必要ならやるだけよ」

ドロシー「お前さんならそういうと思ったよ…気を付けてな」

アンジェ「ええ」
578 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/09(土) 01:54:30.42 ID:G/+QNg6x0
ドロシー「さて…それじゃあウィンドモア家についてだが、当主のサー・ジョン・ウィンドモアは身体が弱っていて、実質的には娘のレディ・クロエ・ウィンドモアが取り仕切っているようだ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それとウィンドモア家は「ケイバーライトと女性が支配する世の中こそアルビオンを発展させる」って考えの持ち主だそうだ…女王の後継者争いで誰を支持するかはまだはっきりさせていないようだが、こいつは「プリンセス」にとって少し有利な点かもしれない」

アンジェ「そうね……それにかつてのエリザベス女王や今の陛下の治世を考えるとあながち間違いでもない気がするわ」

ドロシー「確かにな…ウィンドモア家の城だが「ケイバーモア・オン・ミリントン」っていう片田舎にある。数マイル離れた場所には小さな村があるが、城とはほとんど交流がない…せいぜい収穫物を城から来る使用人たちに売る程度だそうだ」

アンジェ「つまり、当主一家はほとんど閉じこもっているのと同じということね」

ドロシー「何しろすっかりケイバーライトにイカれているそうだからな……城には飛行船の係留塔もあるが、目立つのは御法度だ…車で行ってくれ」

アンジェ「当然ね」

ドロシー「それと、プリンセスのふりをして行くわけだからな…スティレットや毒針みたいな暗器くらいなら隠し持って行ってもいいだろうが、ハジキ(銃)はだめだな」

アンジェ「ええ…その代わりベアトリスにはいつも通り護身用の.320口径ピストルを持たせるつもりよ」

ドロシー「そうだな、そいつは「いつも通り」って所だろう」

…数日後…

ドロシー「……アンジェ、ベアトリス、聞いてくれ。 ついにコントロールからの「ゴー」が出た…決行は明後日だ」

アンジェ「プリンセスの公務がない日と擦り合わせるのはなかなか大変だったわね」

プリンセス「そうね、私も何かと顔を出す機会が多いし……」

ドロシー「おかげで色んな情報が入ってくるからな…感謝してるよ、プリンセス」

ベアトリス「もう、ドロシーさんってば姫様に対してそんなぞんざいな……!」

ドロシー「っと、こいつは失礼…」

ちせ「して、私たちはその間なにをすればよいかの?」

ドロシー「そうだな……ノルマンディ公配下の情報部や、教皇庁から送り込まれた連中の動向も気になるところだが、ケイバーモアの村は片田舎だ…よそ者は目立つから、できれば近寄りたくはないが……」

アンジェ「そうね…それに私とベアトリスがウィンドモア家の城に行っている間、少なくとも一人はここでプリンセスを守っていて欲しい」

ドロシー「となると私とちせが留守番ってことになるが…」

プリンセス「でも、アンジェとベアトが二人きりで乗り込むのは危険ではないかしら?」

ドロシー「そこは何とも言いがたいね…私だって決行をためらうほど危険だと予想できるなら考え直すし、たとえウィンドモア家の連中がまともじゃないとしても王族である「プリンセス」をどうこうしようとは思わないはずだ……そりゃあ私が後方支援でついて行ってもいいが、ちせにプリンセスをお任せしちまうのは筋違いってもんだ」

ちせ「私なら構わんが…?」

ドロシー「ああ…ちせはそう言ってくれるが、こういうのは「都合」ってものもあるからな…例えば、もしプリンセスに何かあったときに「部外者」のちせに任せきりだったとなればコントロールも納得しないだろうし、共和国の工作に関与していたとなれば堀河公の立場を悪くする事にもなっちまう……ひいてはこっちとそちらさんの信頼関係にとって具合が悪い」

ちせ「確かにそうじゃが…」

ドロシー「分かっているとは思うが、別にちせの能力を疑っているわけじゃないんだ……気持ちはありがたくいただくよ」

ちせ「うむ、気を遣ってもらって済まぬな…」あからさまな不満の表情などは見せないが、少し残念そうに紅茶をすすっているちせ…

ドロシー「とは言うものの…さて、どうするか」

プリンセス「…ドロシーさん、よろしいかしら?」

ドロシー「なんだい、プリンセス?」

プリンセス「わたくしのことは大丈夫ですから、ドロシーさんはどうかアンジェとベアトの後方支援についてあげてもらえませんか?」

ドロシー「そりゃあ私だって私が二人いればそうしたいさ…ただ、残念なことに私は「ジンジャークッキー(人型のしょうがクッキー)」じゃないんでね……生地を型抜きして複製を作るってわけにはいかないんだ」

プリンセス「ええ、わたくしもそのことを承知の上で申し上げております」

ドロシー「……何か考えが?」

プリンセス「はい…以前からアンジェやベアトが王宮の女官やメイド、お付きの者たちから信用できそうな方々を調べてくれていますから、その日はその方々に身の回りのお世話をお任せしようかと」

ドロシー「そりゃあ王宮では私たちが一緒にいられないから、やむを得ずプリンセスに近い立場の人間を探しているだけだ…それに王宮でならそれでもいいが、ここではどうする?」

プリンセス「でしたら一日中お部屋に閉じこもっておりますわ♪」

ドロシー「そうは言ってもな……」

アンジェ「ドロシー、プリンセスが一度こうなったらてこでも動かないわ…それにちせだって「白鳩」の一人としてすでに本来の立場を越えて協力してくれている……もちろんちせに「おんぶにだっこ」という形になってしまって申し訳ないけれど、今回もお願いするのは駄目かしら」

ドロシー「うーん……よし、分かった。 アンジェがそう言うならそうしよう…ちせ、済まないがプリンセスを頼む」

ちせ「うむ♪」
579 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/12(火) 10:22:34.07 ID:qQ2ElEW60
…二日後…

ドロシー「……今のところまだ動きはなし、か」


…ドロシーは一見すると鹿撃ちでもしに来たように見える茶系のハンチング帽にツイードの上着、膝丈の革ブーツに裾をたくし込んだズボンといった姿で、冷めていくエンジンのチリチリ言う音を聞きながら、真鍮製の望遠鏡で一時間ばかり周囲を観察していた……ドロシーが陣取った監視地点は畑地との境界線上にある小さいがこんもりと茂った森の端で、かたわらには.303口径の狩猟用ライフルが一挺あり、望遠鏡でのぞく視線の先には畑や牧草地が入り交じった農地が広がっている…


ドロシー「村にもよそ者の姿はないな………ん?」


…視線を巡らせていくうちに望遠鏡の丸い視界の中へと入って来たのは城の裏手に通じる細い道だったが、そこではちょうど城からは見えない林の陰に三台ばかりの自動車を停め、そこから黒い僧服をまとった男が何人も降りているのが見えた……三台のうちの一台は城門を開けさせるための芝居にでも使うつもりらしく、いかにも南欧貴族の若い遊び人といった格好をした二人が乗り込んでいる…


ドロシー「あいつら、間違いないな…」望遠鏡をパチリと畳むとライフルを助手席に放り込んで車に飛び乗り、エンジンをかけた…

…同じ頃・ウィンドモア家の城…

アンジェ(プリンセスの姿)「…突然の訪問を許して下さいね、レディ・ウィンドモア」

レディ・クロエ「いいえ、プリンセスの行啓(御幸)とあらばこの城の門はいつでも開いております…父も近ごろはめっきりと身体が弱ってしまい、なかなかプリンセスのご尊顔を拝見する機会がないと気に病んでおりましたから……こうしてお忍びでおいで下さり、大変に喜ぶかと存じます」


…ウィンドモア城の古い城館はあちこちに手が加えてあり、厩だった場所には自動車が三台と、城の塔を改造した飛行船の係留塔にはウィンドモア家の家紋をあしらった小型の飛行船が係留されている…建物のあちこちでは真鍮の歯車や誘導棒が蒸気を発しながら回ったり動いたりしていて、装飾や絨毯にはケイバーライトの緑色がアクセントとしてあしらわれている……プリンセスの格好をしてにこやかに微笑むアンジェを出迎えたレディ・クロエはまだ少女と言ってもいい細身の娘で、後ろには数人のメイドが控えている…


アンジェ「そうですか、それを聞いてわたくしも嬉しく思いますわ…では、よろしければサー・ジョンにもご挨拶などさせていただきますわ♪」

クロエ「もちろんでございます、どうぞこちらへ……」廊下の左右に並んでいる古い学術書や様々な実験器具に興味を示すアンジェにそれぞれの内容や機能を紹介しながら、当主の部屋へと案内するクロエ…

アンジェ「どれもこれもみな素晴らしい価値がありますわね…わたくし、これまでケイバーライトについて学んできたことよりも多くの事をこの十分あまりで学んだ気がします」

クロエ「恐縮でございます、プリンセス。せっかくお出で下さったのですから後で図書室にもご案内いたします…我が一族に伝わる秘蔵の書物などお見せいたしますわ」

アンジェ「まぁ、わたくしにそのような…お気遣いに感謝いたしますわ、レディ・ウィンドモア」

…数十分後…

クロエ「プリンセス……お茶など用意いたしましたので、よろしければどうぞお召し上がりになって下さいませ」

アンジェ「ありがとうございます、レディ・ウィンドモア…ありがたくいただきますわ♪」

クロエ「では、どうぞこちらへ…」

…アンジェとベアトリスが案内された応接間には歴代当主の肖像画がかけられ、家紋をあしらった盾と交差した剣の他にも、ガラスと真鍮のケースに収められたケイバーライト原石が飾ってある…

クロエ「どうぞお召し上がり下さい…」

…後ろに控えていたお付きのメイドたちが側につき、アンジェとベアトリス、そしてレディ・クロエのカップにいい香りのする紅茶を注ぐ……と、レディ・クロエがエメラルドグリーンの縁取りが施されている砂糖つぼを開けた…

クロエ「よろしければ、プリンセスも紅茶にお入れになりませんか?」

アンジェ「何をでしょうか、レディ・ウィンドモア……お砂糖ですか?」

クロエ「いえ…これでございます♪」

…レディ・クロエが銀のスプーンですくい上げたのはほのかに光る緑色がかった粉…明らかにケイバーライト鉱の粉末で、それを当たり前のようにさらさらと紅茶に入れた…

ベアトリス「…っ!」

アンジェ「そうですね、ではわたくしも少し……♪」

…驚愕の表情を必死にこらえたベアトリスと違って、鍛え上げられた冷徹な神経を持つアンジェはためらうそぶりも見せず小さじに半分ほどのケイバーライト粉を紅茶に入れ、ティースプーンでかき回した…と、カップの中に夜光虫でもいるかのようにほのかに緑色の光が生じ、またすぐに収まった…

クロエ「ふふ……博学なプリンセスの御前でひけらかすような事を申しまして恐縮ではありますが、わたくしどもウィンドモア家が長年行ってきた研究によりますと、ケイバーライトは摂取することで人間をより活性化させ、その能力を余すことなく発現させることが出来るのでございます……おかげでわたくしも頭脳が冴え渡っておりますわ」

アンジェ「まぁ、それは素晴らしい限りですわね♪」

クロエ「はい…そしてわたくしはこの恩恵を独り占めすることなく、わたくしのメイドたちにも分け与えているのです……♪」

…そう言って紅茶をすすっているレディ・クロエの瞳はケイバーライト鉱毒で緑色に染まり、窓から射し込む日差しを反射して妖しく光っている…そして左右に控えているメイドたちも全員がエメラルドのような緑色の瞳をしていた…

アンジェ「なるほど…」

クロエ「…確かにケイバーライトを摂取すると時には手や脚が利かなくなることもありますけれど、わたくしたち人間を人間たらしめているのは手や脚ではなく頭脳なのですわ…腕や脚は無くても生きていくことは出来ますが、脳が無かったら生きていくことは出来ないのは道理でございます」

アンジェ「…おっしゃるとおりですわね」
580 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/19(火) 01:25:01.93 ID:eZsyzoGZ0
…同じ頃・城門…

青年貴族風の男「やぁ、君…済まないけれどね「ダルモア・クィグリー」って村をご存じないかい?」

門番「申し訳ありませんが、そのような地名は聞いたこともありませんので……」

…名前こそ「門番」と言っても外敵に備えるような時代ではないので、門の小屋で座っているのは人付き合いの嫌いなウィンドモア家が余計な詮索を防いだり来客を告げるために雇っているだけの村人だった……門番はいかにもアルビオンの田舎者らしく、鼻にしわを寄せて外国人に対する不愉快さを表現し、のっそりと立ち上がった…

男「えぇ? それじゃあ間違った道を来てしまったのかな……ちょっと地図を見てくれないか?」

…運転席の若い男がそう言うと、助手席の男が降りてきて地図を差し出した……いかにも遊び人といった格好の男が門番に近寄って門番に地図を差し出すと、一緒に地図をのぞき込むふりをしながら肩に腕を回すような格好を取った…

門番「えぇ、どれどれ……ぐっ!?」

助手席の男「ふ…っ!」腕を回し、門番の首を折るともう一度椅子に座らせた…

男「よし、門はこのまま開けておけ「求めよ、さらば与えられん」とな」

助手「はい」

…森の外れ…

ドロシー「……くそっ、あいつら日も落ちないうちに仕掛ける気か…」

…先行して城門を開けた二人から合図があったらしく、それぞれ修道士や司祭の法衣をまとっている残りの工作員たちは二台のフェートンタイプ乗用車に五人ずつ分乗し、城の視線から遮蔽された森の小道からアクセルを吹かして一気に城の玄関へと車を乗り付けようとしている…

ドロシー「そうはいくかっての…!」

修道士「なんだ!?」

…ドロシーは森の出口で合流しているもう一本の小道を使って、相手の進路を塞ぐ形で車を割り込ませた…が、相手の一台目はそれをかわしてすり抜け、そのまま小道を走り抜けて城内へと入っていった…

ドロシー「ちっ…!」

神父「構うな、やれ!」

ドロシー「…っ!」抜き撃ちで運転席と助手席の二人を一気に片付けると車から脇に飛び降りて車のボンネットを盾にしつつ、三人目に二発撃った…

修道士B「うぐっ!」

神父B「くっ…私は左からだ、お前は右から!」

修道士C「はい!」

…乗用車の周囲で左に動いたり右に動いたりしながら、互いに相手を撃つ機会を狙う…と、ドロシーは地面に伏せて、スポークタイヤの隙間から見える相手の脚を撃った…

神父B「ぐあぁっ!」

修道士C「……もらった!」途端にもう一人が飛び出し、銃を構える…

ドロシー「…」パンッ!

修道士C「…!」

ドロシー「ふぅ……」まだ銃口から煙が出ている二挺目のピストルを一旦ホルスターに戻し、撃ちきった銃のシリンダーを開いて弾を込め直す…それから一発使った二挺目の方にも弾を込め、車を回り込んだ…

ドロシー「さてと、単刀直入に行こうじゃないか……お前さんの親分がバチカンだって事くらいは知ってるから、そんなことは言わなくてもいい…ウィンドモア家の何を手に入れるために送り込まれてきた。ケイバーライトの研究資料か?」

神父B「ぐ、うぅっ……」すねの辺りを撃ち抜かれ、両手で脚を押さえてのたうち回っている…

ドロシー「…早く返事をするんだな」

神父B「おのれ……この悪魔め」

ドロシー「そいつはお互い様だろう…さ、早くしゃべれ」

神父B「この…!」

ドロシー「…いいか、お前がジョン(ヨハネ)だかピーター(ペテロ)だか知らないが、返事をしないって言うなら大好きな天国に送り込んでやる……もっとも、そのハジキの扱いや場慣れした様子を見ると、天国の門をくぐるにはちっとばかり行いが悪かったようだが」

神父B「黙れ…!」

ドロシー「口が利けるなら幸いだ、早く言え」銃口を傷口に押し当ててぐいぐいとえぐる…

神父B「ぐあぁっ…! わ、我々の目的は……」

ドロシー「…」始末を付ける前に聞き出した内容を聞いて、一瞬だけ表情をくもらせたドロシー……が、すぐ冷静さを取り戻して車に飛び乗り、城の方へと向かった…

581 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/26(火) 10:30:35.59 ID:TqJF9VPx0
…同じ頃・城内の玄関ホール…

執事「失礼ですが、今日はお客様がいらっしゃいますのでお引き取りを……」慇懃な態度で追い返そうとした瞬間、胸元に細身のダガーが突き刺さった……呆然とした表情を浮かべて崩れ落ちた老執事…

司祭「よし、目的は分かっているな…それからこの城館にいるのはいずれも背教者だ、出会った相手は一人も逃がすな」十字架のデザインになっているダガーを引き抜いて胸元で十字を切ると、残りの工作員も合わせて十字を切り、それからさっと駆けだしていく…

…応接間…

クロエ「……さきほどの銃声はなんだったのでしょう?」

アンジェ「城のすぐそばから聞こえてきたようにございますけれど…」

メイド「レディ・ウィンドモア、失礼いたします」

クロエ「……何があったのです?」

メイド「はい。実は何者かが城館の入口に車を乗り付け、侵入してきた模様にございます…執事のアダムス老人が刺されて倒れておりました」

クロエ「なるほど……アン、クララ。貴女たちはプリンセスを安全な場所までお連れしなさい、残りのものは急ぎ銃器室から武器を取ってくるのです」

長身のメイド「承知いたしました」

クロエ「武器を整えたら、その後はなんとしても図書室を守りなさい……相手がどこの何者であれ、あの貴重な資料を渡すわけには参りません」

巻き毛のメイド「承知いたしました」

…クロエはメイドたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ、暖炉の脇に交差して掛けてあった二挺の.320口径リボルバーを取ると、亜鉛の内張りがしてある湿気防止の小箱を開けて弾薬を取り出し、一挺ずつ弾を込め始めた…

アンジェ「…レディ・ウィンドモア、どうなさるおつもりなのです?」

クロエ「ご心配には及びません、プリンセス…わたくしは図書室に向かい、研究記録を賊に盗られぬようにするつもりでございます」

アンジェ「しかし、それは余りにも危険ですわ…」

クロエ「存じております…ですが図書室にあるのは王国を発展させるための力にして、我がウィンドモアの一族が生涯を捧げてきた研究の全てを記した貴重な記録なのです……そうやすやすと渡すわけには参りません…どうかプリンセスは城の安全な場所へ」

アンジェ「分かりました、レディ・ウィンドモア…参りましょう、ベアト」

ベアトリス「は、はい…!」

…城内・廊下…

長身のメイド「どうぞこちらへ…この先に階段がございますので、そこを上がって行けば飛行船を係留してある塔へ向かうことが出来ます」

…右手に.320口径の四発入り護身用リボルバーを持って先導するメイド…歩くたびにかすかな金属音が聞こえるところから、身体のどこかが義肢になっているらしい…

アンジェ「ええ、分かりました……ベアト、わたくしの側から離れないようにね?」こんな時のプリンセスだったらそうすると、いたわるような笑みを浮かべてベアトリスを気づかった…

ベアトリス「はい、姫様」

長身のメイド「次はここを右へ…」

…長身のメイドと、やはり背が高く金茶色の髪をしているメイドの二人が先に立ち、足早に飛行船のある塔へと向かっていたが、とある廊下の角を曲がったところで二人の神父と鉢合わせした…

神父「…っ!」いきなりものも言わずに銃を向ける神父…

長身のメイド「……どうかあちらへ、反対側の階段からも行けます!」くるぶしまで裾のあるメイド服でアンジェの前に立って「人間の盾」となり、同時に持っていたリボルバーを撃った…

神父B「くっ…!」バン、バンッ!

メイドB「どうぞ急いで! ここはわたくし共が食い止めます!」

アンジェ「ベアト、早く!」

ベアトリス「はい!」

………
582 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/29(金) 23:28:09.16 ID:OXm/exnq0
…同じ頃・とある部屋…

神父C「よし…行くぞ」

神父D「ああ…」一人がドアを押し開けてもう一人が中へと飛び込む…

栗色髪のメイド「……ひっ!」

…重いカーテンが引かれ薄暗くされている室内に小柄なメイドが一人、うずくまって震えている…

神父C「…」

…メイドの側につかつかと歩み寄ると、相手がまだ年端もいかない少女であるにもかかわらず躊躇することなく頭に銃口を押しつけた……そのままリボルバーの引金をゆっくり引き絞る…

巻き毛のメイド「…ふっ!」

…バチカンのエージェントが引金を引こうとした瞬間、物陰から飛び出してきたもう一人のメイドが良く研がれている戦斧(バトルアックス)を片手で振り下ろし、ピストルを握っていた工作員の手が吹っ飛んだ…

神父C「ああ゛ぁぁ…っ!」切り落とされた右手首を左手で押さえて絶叫した…

神父D「くっ…!」さっとピストルを向け、巻き毛のメイドに照準を付ける…

栗色髪のメイド「…っ!」

神父D「がは…っ!」

…工作員が身体をねじって巻き毛のメイドを狙った瞬間、小柄なメイドが飛び込んで胴体を一撃した…手には短剣が握られていて、真鍮で出来た義肢の手首の部分までが深々と脇腹に突き刺さっている…

巻き毛のメイド「…無事ね?」

栗色髪のメイド「はい」

神父C「…あぁぁ…うぅ」

巻き毛のメイド「……クロエ様に手を出そうなどと…償っていただきます」エメラルド色の瞳がぎらりと光ると、重い戦斧が振り下ろされた…

…廊下…

ベアトリス「…一体どうするんですか、アンジェさん」

アンジェ「こうなった以上は仕方がないわ。この場はやり過ごして時間を稼ぐ…レディ・ウィンドモアとメイドたちが教皇庁のエージェントを相手に時間を稼ぐ事さえ出来れば、連中は目的をあきらめて撤退せざるを得ない」

ベアトリス「でも時間を稼ぐと言っても、あの人たちはメイドですし…」

アンジェ「とは言っても「普通の」メイドではないわ……貴女も見たでしょう、あの精巧かつ頑丈に出来ている義肢を」

ベアトリス「はい」

アンジェ「あれなら小口径の銃弾程度なら受けても多少は大丈夫でしょう、それにクロエの側についていたメイドたちはいくらか格闘や射撃の心得があるようだった…」

ベアトリス「…言われてみれば、確かに落ち着いていましたね」

アンジェ「今までもケイバーライトの資料を巡って散々狙われてきたウィンドモアの一族だから、当然と言えば当然ね……それに恐らくクロエ自身も、興味本位でメイドたちに色々教え込んでいたに違いないわ」

ベアトリス「なるほど…とにかく今はお城の最上階まで避難しましょう」

アンジェ「ええ、貴女の言うとおりよ……けれど、そう簡単には行かないようね」

修道士「…っ!」

…お忍びという体裁を取っている手前、豪奢なドレスや肩からたすき掛けにするサッシュ(勲章リボン)、ティアラこそ付けてはいないが、たびたび新聞の紙面を飾ってきたアルビオンの「プリンセス」をバチカンのエージェントが知らないわけがない…ためらうことなくアンジェとベアトリスに銃口を向けた…

アンジェ「ベアト!」

ベアトリス「!」

…小柄なベアトリスはさっと屈むと同時に.320口径リボルバーを撃ち込んだ…

修道士「ぐうっ…!」ベアトリスの放った銃弾は急所こそ外したが、一瞬ぐらりとよろめいた…

アンジェ「…ふっ!」

…ドレスの内側に隠していたスティレットを引き抜くと、一気に間合いを詰めて相手の喉に突き立てる…ぜえぜえ言う呼吸の音が数回したかと思うと、口の端から細く鮮血の糸が垂れ、どさりと床に崩れ落ちた…

ベアトリス「はぁ、はぁ…」

アンジェ「大丈夫?」

ベアトリス「……なんとか」

アンジェ「分かったわ…それじゃあ急ぎましょう、ベアト」そう言うと足元にまとわりついて邪魔なドレスの裾を切り裂き、ヒールを脱いで駆けだした…

ベアトリス「はい、姫様」
583 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/11/09(火) 02:47:52.63 ID:eClQ3rFS0
…数分後・図書室前…

アンジェ「ああ、レディ・ウィンドモア…」

クロエ「プリンセス、どうしてこちらに? わたくしはすでにアンとクララが飛行船まで案内したものとばかり……」

アンジェ「ええ。お二人はもちろんそうしてくれるつもりでしたが、途中で行く手を阻まれまして……それで、次善の策としてレディ・ウィンドモアのいらっしゃるここが一番良かろうと思って参りました」

クロエ「そうでしたか……分かりました、どうか室内へとお入り下さい。プリンセスのお命はわたくしどもがお守りいたします」

アンジェ「かたじけなく思いますわ、レディ・ウィンドモア」

クロエ「もったいないお言葉でございます……エリー、ハンナ。お二人をお守りしなさい」

義手のメイド「かしこまりました」

義足のメイド「はい、レディ・ウィンドモア……プリンセス、ベアトリス様…どうぞこちらへ」

…しばらくして…

クロエ「……どうやら侵入者は一掃出来たようでございます…プリンセス」

アンジェ「あぁ、良かったですわ…レディ・ウィンドモア、お怪我は?」

クロエ「いいえ、わたくしも使用人たちもほとんど無事にございます……執事のアダムス老には気の毒ではありますが、命を落としたのが彼一人で済んで幸運だったと言わざるを得ませんわ」

アンジェ「……とはいえ、罪もない人の命が失われてしまったのですね」

クロエ「残念ながら…しかしプリンセス、このような日になってしまったとは言え、この図書室をプリンセスのお目にかけることができて光栄に思います」


…レディ・ウィンドモアが腕を広げて指し示した室内は城の三階分をぶち抜きにした高い部屋になっていて、中央には天体望遠鏡と蒸留器をあわせたような複雑な機材が鎮座しており、機材についている丸いのぞき窓からはケイバーライトの光がぼんやりと漏れている……周囲の壁は四面全てが本棚になっており、一部の本棚には本ではなく小さな機材や肖像画が収められている……そして、プリンセスらしく興味深そうに辺りを眺めているアンジェは動きやすくするためとはいえドレスの裾を破いてしまったので、クロエがエメラルドをあしらったグリーンのドレスを用立てていた…


アンジェ「……ここがあの有名なウィンドモア家の図書室なのですね…素晴らしいですわ」

クロエ「光栄に存じます、ユア・マジェスティ(陛下)」

アンジェ「…レディ・ウィンドモア、わたくしはたかだか王位継承者第四位のプリンセスにすぎませんよ。 その称号を継ぐのはわたくしではなくお兄様ですわ♪」

クロエ「そうかもしれませんが、わたくしの胸の内ではプリンセスこそが王位を継ぐべきお方……そう思っております」そういって緑色の瞳でプリンセスを見る目には、どこか妖しい光がたたえられている…

アンジェ「未熟なわたくしをそこまで信じて下さって恐縮です、レディ・ウィンドモア」

クロエ「もったいないお言葉にございます……ところで、ケイバーライトについてはどの程度ご存じでいらっしゃいますか?」

アンジェ「そうですわね、わたくしが王室技術顧問のサー・ピーターから学んだのは……」

クロエ「あぁ、サー・ピーター・ヒンクリーですか。 彼がケイバーライトについて知っていることなど、せいぜいそのスペルぐらいなものですわ…まして「王室技術顧問」などと言ってプリンセスに何かをお教えするなど愚かしいにもほどがありますわ……分かりました。はばかりながら、わたくしがプリンセスにケイバーライトについて基礎からしっかり説明いたしましょう」

アンジェ「まぁ、レディ・ウィンドモアじきじきに教えていただけるなんて…またとない機会ですわね♪」

…アンジェは事前にケイバーライト研究の第一人者を自任しているウィンドモア家が「肩書きばかり」の王室付技術顧問たちとそりが合わないことをすっかり調べておき、あえてその名前を口にした……すると案の定、レディ・ウィンドモアはふんと鼻を鳴らし、一冊の分厚い本を鍵のかかった本棚から取り出してきた…

クロエ「……これこそ、我がウィンドモア家に代々伝わるケイバーライトの研究資料『緑なる石の輝き』です」

…ずっしりと重そうな金文字の装丁が施された本は、紙の縁にケイバーライト粉をまぶしてあるおかげできらきらと緑色に光って見える…

アンジェ「これが…噂には聞いておりましたが、見るのは初めてですわ」

クロエ「いかにも。王室の図書室にもない貴重な一冊でございます……これは我がウィンドモア家初代当主、サー・ジョンが行った研究の記録にして、大変に有益かつ貴重な文献なのでございます……では、まずはケイバーライトの発見とその利用の歴史から……」

アンジェ「ええ、お願いいたしますわ♪」

…クロエが書見台を引き寄せ、プリンセスの横に腰かけた……プリンセスのお付きとはいえ下級貴族の娘であり、お客様でもあるベアトリスはプリンセスの左に腰かけてはいるが、クロエは気にするそぶりも見せずプリンセスに講義を始めた…

クロエ「……これによってケイバーライトを初めて分離・抽出することが出来、そこから一気にケイバーライトの利用が広がったのでございます」

アンジェ「なるほど……それで分離をする場合は温度と圧力以外の要素は必要なのでしょうか?」


…どの分野であれ、いずれもその道の玄人である相手をがっかりさせないように予習をしておき、ありきたりな通り一遍の質問ではない疑問を用意しておくのが王室の人間としての態度であり、ましてやケイバーライトともあればプリンセスとしての偽装を抜きにしてもをしっかりと知識をおさえているアンジェ……それだけに質問も適切なものが多く、クロエの説明にも熱がこもる…


クロエ「そのことについてサー・ジョンはこう書き残しております……」

アンジェ「なるほど…」説明を聞いて、紙に教わったことをつづりながら記憶力をフル回転させ、貴重な文献の内容を暗記していく…


584 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/11/21(日) 01:07:46.84 ID:f2EBGwbN0
…夕刻…

クロエ「……よろしければお茶のお代わりなど?」

アンジェ「ああ、いえ……どうかお気になさらず、レディ・ウィンドモア」

…むげに断るのも失礼と勧められた紅茶を二杯ばかり飲んだアンジェだったが、十分ほど前から酔った時のように頭がくらくらし、クロエの熱のこもった説明を聞き漏らさないように集中しているが、紙面の文字がちらつき、焦点がぼやけて見える…

クロエ「さようで……おや、気付けばもうこのような時間に。 時の経つのは早いものでございますね」

アンジェ「全くですわ……レディ・ウィンドモア、貴女のおかげで大変に有意義な時間を過ごすことが出来ました」

クロエ「わたくしもでございます……それに、新しい実験の「材料」も手に入った事ですから、しばらくは研究に没頭できそうですわ♪」隣に立つメイドが付けている、戦闘用とおぼしき拷問器具じみた義手を撫で回しながら八重歯をかすかにのぞかせた…

ベアトリス「……」

アンジェ「では、あの修道士たちの「後片付け」はレディ・ウィンドモアにお任せすると致しましょう……それから言わずとも分っているかと思いますが、このことは……」

クロエ「もちろん、内密にしておきますわ……わたくしがプリンセスを危険な目に合わせたとあっては王室に対し立つ瀬がございませんもの」

アンジェ「わたくしも「お忍び」と称して勝手気ままにあちこち飛び回っていたなどと知られては、叔父様に叱られてしまいます♪」

クロエ「プリンセスの叔父様とおっしゃると……ノルマンディ公、ですか?」

アンジェ「ええ。叔父様は立派な方ですが、厳格でもありますから」

クロエ「まぁ、ふふ……では、これはわたくしとプリンセスだけの秘密ということで♪」

アンジェ「はい♪」

クロエ「でしたらわたくし、わがままついでに一つプリンセスにお願いしたい事があるのでございますが……///」

アンジェ「ええ、わたくしに出来うることでしたら何なりと♪」

クロエ「そうですか、では……口づけをお願いしたいのでございます」

アンジェ「……まぁ///」

クロエ「いえ、プリンセスがお嫌でしたら無理にとはもうしません……ですが、わたくし……」

アンジェ「構いませんよ……クロエ♪」ちゅっ♪

クロエ「ん……っ///」

アンジェ「……これだけでよろしいでしょうか?」

クロエ「まさか、プリンセスがわたくしめの唇に直接して下さるとは……これ以上は望めないほどでございます///」

アンジェ「このことに関しては、なおのこと口外してはいけませんよ?」

クロエ「もちろんでございます……今よりわたくしレディ・クロエ・ウィンドモアは、プリンセスの味方として忠誠を尽くします」

アンジェ「レディ・ウィンドモア、貴女の忠誠心はしかと受け取りました。至らぬ事も多いかと思いますが、どうか王国のため、わたくしのことを助けて下さいまし……ね?」

クロエ「無論にございます///」

アンジェ「ありがとう、レディ・ウィンドモア……それではそろそろお暇させていただきます」

クロエ「では、帰路に襲撃など受けぬようわたくしのメイドを護衛にお付けいたします……車を用意し、プリンセスのお車がロンドンに着くまで護衛なさい」

長身のメイド「かしこまりました」

…数十分後・城外…

ドロシー「お、出てきたな。一時はどうなることかと思ったが……」ベアトリスが運転してきた華奢な自動車に、ウィンドモア家の自動車が護衛として付いている……

ドロシー「なるほど、レディ・ウィンドモアが護衛を付けてよこしたか。それならこっちは遠巻きにして見張ってりゃあいいな……」

…猟に来ていた活動的なレディが手ぶらではおかしいので、手回し良くウサギ数羽とおおきな鴨を一羽用意しておいたドロシー…後部の荷物入れに獲物と銃を詰め込むと、観測用の望遠鏡をしまって車を出した…

ドロシー「後は戻って報告書か……ふっ、下手な弾よりもおっかないな」
585 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/04(土) 00:24:18.45 ID:zsSiDh0M0
…夜・部室…

ドロシー「よう、ただいま」

ちせ「うむ、無事でなによりじゃな」

アンジェ「そうね……プリンセス、いま戻ったわ」

プリンセス「ええ、お帰りなさい♪」

ベアトリス「ただいま戻りました」

プリンセス「ベアトもお帰りなさい……今日は一日ご苦労様」

ベアトリス「いえ、そんな……///」

ドロシー「それじゃあ私はしょうもない報告書をまとめちまうから、その間にお二人には「着替え」を済ませておいてもらおうか」ドロシーたち「白鳩」を除いては極秘である「入れ替わり(チェンジリング)」を当たり障りなく言い換え、意味深な目くばせをした……

アンジェ「ええ、そうするわ……それじゃあ、また後で」

ドロシー「あいよ」連絡用の薄紙と万年筆を取ると、さらさらと暗号文を書きあげていく……

…しばらくして…

ちせ「……茶のお代わりでもどうじゃ?」

ドロシー「もらおうか……」少し時間が経っているせいで渋く冷めはじめてもいる紅茶をすすりつつ、レポートを仕上げた

ちせ「相変わらず手際の良い……して、今日はどうだったのじゃ?」

ドロシー「そうさな……どうにかアンジェの事は守れたし、アンジェ自身もウィンドモア家に伝わるケイバーライト技術に関する秘伝の文献を見せてもらった……仕掛けてきた教皇庁の奴らはみんな返り討ちに遭わせてやったし、一応は「文句なし」ってところだ……」暗号文をしまい込むと椅子の背もたれに身体をあずけて頭の後ろで手を組み、天井を眺めながら言った…

ちせ「その割には浮かぬ顔じゃな」

ドロシー「ああ、色々と始末に困る事があってな……それにしてもアンジェのやつ、やけに遅いな……」

…一方・プリンセスの部屋…

プリンセス「……今日は疲れたでしょう、アンジェ?」

アンジェ「いいえ、大丈夫よ……それと今日着ていったドレスだけれど、色々あって破いてしまったわ」ウィンドモア城でバチカンの工作員たちから襲撃を受けた際、動きの邪魔にならないよう裾を破いてしまったことをわびた……

プリンセス「アンジェが無事ならドレスなんてなんでもないわ……それに、もし破れたのなら糸でかがればいいだけですもの♪」

アンジェ「そういってもらえると助かるわ……」ドレスを脱ぎ、ベアトリスに受け取ってもらうとナイトガウンに着替えようとした……

プリンセス「ちょっと待って……アンジェったら、こんな所に怪我をしているじゃない」よく見るとふくらはぎに銃弾がかすめた傷がついている……

アンジェ「……どうやらそのようね」

プリンセス「もう、アンジェったら……すぐに薬を持ってくるから……」

アンジェ「必要ないわ、こんなかすり傷なんてつばでもつけておけば十分よ」

プリンセス「あら、そう? なら私がつけてあげる……♪」れろっ…♪

アンジェ「ちょっと……///」

プリンセス「だって、アンジェがそう言ったのよ? そうでしょう、ベアト?」

ベアトリス「はい、姫様♪」

アンジェ「なるほど……ベアトリス、貴女はそういう態度を取るのね」

ベアトリス「う……だって姫様が……///」

アンジェ「そう、ならこれはどうかしら……ベアト♪」頬に手を当てて困ったような笑みを浮かべ、ベアトリスに近づいた……

プリンセス「あ、そんなのずるいわ……それじゃあ私も♪」

ベアトリス「わわ……まるで姫様が二人になったみたいです///」左右から顔を寄せられ、ドレスを抱えたまま真っ赤になっている……

プリンセス「……ねぇアンジェ、久しぶりに二人でベアトのことをねぎらってあげましょう?」

アンジェ「そうね、いい考えだわ……何しろ今日は大活躍だったものね、ベアト♪」

ベアトリス「ふあぁ……あぅ///」

プリンセス「ふふふ、ベアトったら真っ赤になって……♪」

アンジェ「ベアトってばかーわいい♪」

ベアトリス「あ、あっ……///」そのまま二人から押されるようにして、ベッドに押し倒された……
586 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/12/18(土) 02:34:00.51 ID:eASMT6nX0
プリンセス「ベアト……♪」

アンジェ「ベアト……」

ベアトリス「あぁぁ……あっ、んぁぁ……っ///」

…左右の耳元に入ってくるのはプリンセスとアンジェのささやき声……鼻腔はプリンセスがよく使っている香水と、それを借りたアンジェの肌から立ちのぼる甘い香気で満たされ、頭の芯までぼーっとしてくる……左右にぴったりと押しつけられた二人の身体からはじんわりと熱が伝わってきて、ほの暗い部屋の中に二人のシルエットがぼんやりと白く浮かび上がっている…

ベアトリス「ふあぁぁ……ひ、姫様……///」

プリンセス「なぁに、ベアト?」

アンジェ「どうかしたの、ベアト?」

ベアトリス「ふぁぁ……んっ///」

プリンセス「あらあら、ベアトったら……んちゅ♪」

アンジェ「ふふ、こんなにしちゃって……ちゅぅ……っ♪」

…アンジェとプリンセスは手を伸ばしてベアトリスの上着の胸元を押さえている紐をほどき、しゅるりと衣ずれの音をさせながら脱がせていく……下にまとっていたビスチェもはだけさせると、桜色をした乳房の先端に軽く吸い付いた…

ベアトリス「あふっ……だ、だめですぅっ……ひめひゃまぁ……っ///」

アンジェ「んちゅ、ちゅぷっ……ちゅぅぅ♪」

プリンセス「あむっ、ちゅぅぅ……っ、ちゅるっ、んちゅぅ……♪」ベアトリスの左右の手首をそれぞれ抑えて「ばんざい」の状態にして、上から覆い被さるようにして唇を這わせるプリンセスとアンジェ…

ベアトリス「ふあぁぁ……あふぅ、んあぁぁ……っ♪」小さな口から可愛らしい嬌声が漏れ始めると、次第に抑えが効かなくなっていくかのように大きくなり始めていく……

プリンセス「んちゅ……もう、ベアトったら♪ そんなに大きい声を出したら見回りの寮監に聞こえてしまうわ♪」

ベアトリス「ら、らってぇ……ひめしゃまぁ……♪」

…ベアトリスの視線はプリンセスの方を向いているが目の焦点は合わず、ろれつも回らないままで、口の端からは一筋の唾液がこぼれて枕に垂れている……

アンジェ「皆眠っている時間なのだから、静かにしないといけないわ……ね♪」とても演技とは思えないほどプリンセスと瓜二つな、いたずらっぽいがどこかはにかんだような笑みを浮かべると、ナイトガウンの腰に付いている飾りリボンを引き抜き、同時にまだ脱いでいなかったシルクのストッキングも下ろしていく……

プリンセス「あら……ふふっ♪」

…白いシルクのリボンをベアトリスの目にかぶせると、プリンセスも息を合わせてベアトリスの後頭部と枕の間に手を差し入れて頭を軽く持ち上げ、そのままリボンを後ろに通した……片方の端をプリンセスが持ち、反対側の端をアンジェが持って、手を寄せ合うとリボンを結ぶ……それからアンジェは脱いだストッキングを丸めてベアトリスの口に押し込むと、目隠しをさせたベアトリスの上でプリンセスへと顔を近づけ舌を伸ばし、ゆっくりと確かめ合うような口づけを交わす…

プリンセス「あむっ、ちゅぅ……ちゅぱ……んちゅ…っ♪」

アンジェ「ん、ちゅる……っ♪」

ベアトリス「んふっ、んむぅぅ……っ♪」くちゅ……とろっ♪

プリンセス「ん、ちゅぅぅ……っ、ちゅるぅ……っ♪」

アンジェ「はむっ、んちゅぅっ……じゅるっ、れろ……っ♪」

…交わす口づけが次第にむさぼるような甘くねちっこいものになっていくプリンセスとアンジェ……ベッドの上で上体を伸ばし、右手の指を絡めて握り合っている……と同時に左手の指はベアトリスのとろとろに濡れた秘部に滑り込ませていて、くちゅくちゅと優しく……しかし容赦なくかき回している…

ベアトリス「んむぅぅ……んんぅぅ……っ♪」ひくひくと身体が跳ね、ふとももを伝ってとろりと蜜が垂れる……

プリンセス「ぷは……それじゃあベアト、そろそろイカせてあげるわね♪」

アンジェ「んちゅ……ベアトったら待ちきれなくて、すっかりとろとろに濡らしちゃっているものね♪」

ベアトリス「んーっ、んぅ…っ♪」

プリンセス「それじゃあベアト……♪」

プリンセス・アンジェ「「……イっちゃっていいわよ♪」」

ベアトリス「んむっ、んぅぅぅぅ……っ♪」

…左右の耳元に口を寄せてささやきながら耳を舐め、同時に中指を奥まで滑り込ませたプリンセスとアンジェ……途端に身体をがくがくと跳ねさせ、花芯からとろりと愛蜜を噴き出したベアトリス…

ベアトリス「はー、はー、はー……はひぃ……ぃ♪」

プリンセス「ふふ、ベアトったらすっかりトロけちゃって……♪」

アンジェ「もっといっぱいしてあげるわね……♪」

ベアトリス「ふぁ……い、ひめしゃま……///」

………

587 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/25(土) 00:19:38.12 ID:/SQ0fewr0
…数日後…

7「Dから報告が届いております」

L「そうか、見せてくれ」

7「はい」

L「どれ……『海の中には小さな魚が十二匹、投網を打ったがまだ一匹隠れていた』か」

7「これは教皇庁から送り込まれた例の「使徒」のことですね」

(※魚…古代ローマなどキリスト教が禁止されていたころは祈りの言葉の頭文字をつなげた合い言葉「イクトゥス(魚)」がキリスト教徒のシンボルになっていた)

L「うむ……連中の工作班とは別に指揮を執る上級エージェントが一人いたと言うことだな」

7「……どうなさいますか?」

L「このままおめおめと逃がすわけにもいくまいが、かといってこちらが排除を実行して王国に我が方のエージェントがいることを教えてやるのは面白くない……我々にとって一番好ましいのは王国側がこの『十三人目の使徒』を始末してくれることなのだが」

7「あちらも同じように考えていると?」

L「恐らくはな……誰が好き好んで火の粉をかぶりたいと思うかね?」

7「しかしこのままお互いに手をこまねいていては……」

L「魚は網をすり抜けてしまうな……仕方がない、例の泳がせているダブル・クロス(二重スパイ)に情報を流してやれ。 これで向こうも『餌を付けた釣り竿を渡してやるからそちらで釣り上げろ』という意味だと理解するだろう」

7「果たして王国情報部はそれに乗ってくれるでしょうか?」

L「連中とてリボンまでかけてプレゼントしてやればそう嫌な顔はせんだろう……それにバチカンのエージェントに「資産」(プロダクト)を持ち帰られて困るのはあちらの方だ、我々ではない」

7「おっしゃるとおりですね」

L「とにかくDを始め「プリンシパル」にはよくやったと伝えてやれ……ウィンドモア家と良好な関係が築けたことも、ケイバーライト技術の情報を手に入れると言う面ではひとつの成果だ」

7「はい」

…さらに数日後・ロンドン港…

乗船係「失礼いたします、券を拝見いたします」

地味な装いの女性(バチカンのエージェント)「ええ」

乗船係「はい、確かに。第二デッキ左舷側、二等船室の3Aです」

エージェント「どうも」

乗船係「では次の方」

…ドーヴァー海峡…

エージェント「……ふぅ」


…ドーバー海峡を渡ってフランス側にあるアルビオン王国の飛び地、ノルマンディ地方に向けて快調な航海を続けている客船……二本煙突からは石炭の煙を吐き出し、うねりの強い灰色の海面に白波を立てて航行している……地味な装いで二等船室に乗り込んだバチカンの「十三人目の使徒」は食事を済ませ、クモの巣のように張り巡らされた王国の防諜網をかわして乗船できたことに少しだけ安堵していた。何度か途中でひやりとすることもあったが、ノルマンディに着いてすぐパリ行きの汽車に乗り、パリ東駅からローマ行きの夜行寝台列車に乗り換えれば、あとは一日揺られているだけでバチカンにたどり着く…


エージェント「さて、そろそろ船室に戻るか……」と、顔にヴェールをかけた褐色肌の若い女性とぶつかった

エージェント「失礼……」

…非礼をわびて行き過ぎようとした瞬間、ふっと相手が後ろに回り込んで一歩近寄り、左手で口を覆うと同時に右手のナイフを下から突き上げるようにして、肋骨の間に深く刺した…

エージェント「……ぐっ!」

ガゼル「……」

…そのまま後部デッキへと引きずられ、スクリューの航跡で泡立つ海面へと投げ込まれたバチカンのエージェント……ガゼルは懐から布を取り出すとナイフを拭い、ふとももの鞘へと戻した…

…しばらくして・とある船室…

客船の士官「……あの、ご用はお済みでしょうか」

…船長に書類を突きつけ、普段は後部甲板で乗客乗員の転落を見張っている監視係を遠ざけておくよう指示していたガゼル……バチカンの「十三番目の使徒」を片付け、船室に戻ってしばらくすると、おっかなびっくりの様子でやって来たオフィサー(士官)がおずおずと質問してきた…

ガゼル「ああ、ご苦労だったな……船長にもそう伝えろ」

士官「分かりました……」

588 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/25(土) 01:06:24.12 ID:/SQ0fewr0
…翌日…

ノルマンディ公「今回はご苦労」

ガゼル「いえ、任務ですから」

ノルマンディ公「そうだな……」

ガゼル「……一つ、質問をしてもよろしいでしょうか」

ノルマンディ公「なんだ?」

ガゼル「はい。今回の件ですが、これでは共和国の撒いた餌に乗せられただけに思えますが……反対にあちらは我が方が餌に食いついたと見て、ますます多くの偽情報を流してくるのではないかと……申し訳ありません、出過ぎたことを申しました」

ノルマンディ公「ふむ、私も送り込んでいるあのエージェントがそこまで大した情報を入手出来る腕前だとは思っておらん……」


…能率的で余計なおしゃべりを嫌うノルマンディ公にふと疑問を投げかけてしまい、一瞬のうちに「口を滑らせた」と考えて謝罪するガゼル……ところがノルマンディ公は機嫌がいいのか、珍しいことにペンを止めてガゼルの質問に答えた…


ノルマンディ公「……にもかかわらず今回は一流の「プロダクト」(産物)を入手してきた……つまりこれはほぼ間違いなく向こうが「贈り物」としてよこした情報だ。あるいは急に高度な情報源を「開拓」するような場合もそうだ」

ガゼル「はい」

ノルマンディ公「しかし考えようによっては、共和国の連中がこちらに信じ込ませようとする情報から向こうの考えを推測することもできる……違うかね?」

ガゼル「いえ」

ノルマンディ公「つまりはそういうことだ……連中の差し出した餌ではなく、その餌の付け方から考えるのだ」

ガゼル「なるほど……」

ノルマンディ公「とにかく今回はよくやった」

ガゼル「私ごときにはもったいないお言葉です」

ノルマンディ公「いいや……前にも言ったかもしれんが、私は能力のある人間ならば正当に評価するつもりだ。 ちゃんと狐を追いかけられるなら、フォックスハウンド(狐狩りの猟犬)が黒かろうと白かろうと構わんからな……もっとも、だから私は嫌われるのだ」表情はいつものように険しいままだが、口元に少しだけ笑みのようなものを浮かべている……

ノルマンディ公「……少しおしゃべりをしすぎたな。次の資料に取りかかろう」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「うむ、最近活動がとみに活発化している共和国の情報網だが……」

…同じ頃・部室…

ドロシー「ほう……ってことはウィンドモアの令嬢はプリンセスにホの字なのか」

アンジェ「ええ。間違いなくあの目つきはそういう目つきだったわ」

ドロシー「いやはや、モテる女は大変だねぇ……♪」

アンジェ「貴女だって他人(ひと)の事は言えないでしょう?」

ドロシー「なぁに、こっちはそういうスタイルだからしかたないさ……しかしプリンセスの人気ってやつは「プレイガール」の私から見たって大したもんだ」

アンジェ「そう」

ドロシー「ああ。何しろ気さくで愛想が良くって勉強熱心……下々の者にも気を配り、威張り散らしたり分け隔てすることもない。だからといって優柔不断な「王室のお飾り」って訳でもなくて、必要とあらばしきたりを破ってみせるような大胆さもある……まさに国民が求める理想の王女様ってやつだ。おまけにあの可愛らしい顔立ちとくりゃ……そりゃあイカれちまうお嬢様方も出るってもんだな」

アンジェ「今日はずいぶんとプリンセスのことを持ち上げるのね」

ドロシー「別に持ち上げてるわけじゃない、思った通りの印象を述べたまでさ」

プリンセス「……そんなに褒めていただいては困ってしまいますわ♪」

ドロシー「おや、プリンセス。ごきげんよう」

プリンセス「ごきげんよう、ドロシーさん……ふー♪」耳元に口を寄せると、軽く息を吹きかけた……

ドロシー「……っ///」

プリンセス「それで、ドロシーさんはアンジェかわたくしに何か頼みたい事がおありなのでしょう? 遠慮なさらずにおっしゃって下さいな♪」

ドロシー「やれやれ、すっかりお見通しって訳か……実は、この間の授業のノートをとっていなかったもんでね」

プリンセス「もう、ドロシーさんったら……ではノートを貸して差し上げますから、代わりにアンジェをしばらく貸して下さいね?」

ドロシー「ええ、どうぞどうぞ♪」

アンジェ「ちょっと……///」

プリンセス「ふふっ。 私ね、今日の午後は何も用事がないのよ……アンジェ♪」

アンジェ「///」
589 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/31(金) 01:46:08.59 ID:ln18LMee0
…今年も早いものであと一日、去年に続き今年も何かと大変な年でありました……このssを見て下さっている皆様におかれましては、どうか良い新年を迎えられますよう祈っております…


それから書きたいアイデアはいくつかあるので、また時間が出来たらぽつぽつと投下していきたいと思います
590 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/01/02(日) 00:47:46.28 ID:GgALU43l0
明けましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします。


ちまちま更新していきますので、お暇なにでも見ていって下さい
591 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/01/08(土) 10:10:07.30 ID:anJVyN4D0
>>590 「お暇な時にでも」ですね……改めて誤字脱字には気を付けたいと思います
592 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/01/08(土) 10:45:33.35 ID:anJVyN4D0
…case・アンジェ×ちせ「The gift」(贈り物)…

駅員「……ベイカー・ストリート、ベイカー・ストリートです」車輌のドアを開けながら駅員が声を張り上げる…

冴えない印象の男「……」

…ロンドンっ子から親しみを込めて「ザ・チューブ(筒)」と呼ばれる、トンネルに合わせたかまぼこ形の車体が独特な「アンダーグラウンド(地下鉄)」の車輌から降りた一人の男……身に付けているのはごく地味なグレーの帽子と、背広とチョッキのスリーピースで、あまり磨かれていない革靴を履き、手には茶革の鞄を持っている…


…王立音楽院…

案内人「おや、教授。今日もいらっしゃったのですね……今日もハンドル(ヘンデル)の研究ですか」

(※ゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデル…ドイツ生まれの作曲家でオルガン奏者。イタリアで活躍した後イギリスに帰化した。英語読みではジョージ・フレデリック・ハンドル)

男「ええ、そうです……」

案内人「だろうと思いました……いつもの場所を空けてありますから、ごゆっくりどうぞ」

男「ありがとう」

…「教授」と呼ばれた男は案内人に礼を言って、王立音楽院の貴重かつ膨大なコレクションが収められている図書館の片隅に席を取ると、ヘンデルの代表的なオラトリオ「メサイア」の公演と編曲について書かれた古い文書をめくりはじめた…

男「……」

…男はともすれば鼻からずり落ちそうになる書見用の小さい丸レンズの眼鏡を持ち上げながら黄ばんだ古い楽譜や書物をめくっていたが、しばらくすると一冊の本に挟まれていた紙を取り出し、書物の内容を書き写していたノートに挟んで一緒に鞄へとしまい込んだ…

案内人「おや、お帰りですか」

男「うん。今日ははかどったよ」

案内人「それは何よりです……またいつでもおいで下さい」

男「ありがとう」


…男は鞄にノートや筆記用具をしまい込むと再び「アンダーグラウンド」の乗客となり、ウェストミンスター駅で降り、そこから王室美術館があるバッキンガム宮殿へと向かおうとした……が、途中で気が変わったのか道を折れ、セント・ジェームズ公園の中を歩き出した……うららかな春の日差しの中にある公園は午後のお茶の時間に近いこともあってか、コーヒーハウスでお茶と政治談義にいそしんでいるらしい上流階級の姿はほとんど見当たらないが、はしゃぎ回っている子供たちや、遅い休憩を取ることが出来たらしい数人のタイピストや事務員がサンドウィッチや呼び売り商人から買った軽食を持ってベンチに座っていた…


男「…」早くもなく遅くもない歩調で、中央の人工湖で泳ぎ回っている水鳥や鳩を眺めつつ、広大な公園を抜けた西側にあるバッキンガム宮殿へと歩いていたが、途中のベンチに腰かけると、呼び売りの商人から買い求めたサンドウィッチの包みを取り出した…

男「……うむ、たまにはこういうのも悪くないものだな」

…ぽかぽかと暖かな陽気に、清涼な木の葉の香りあふれる新鮮な空気、さえずる小鳥の鳴き声……煤煙と悪臭と騒音にまみれたロンドン市街とはまるで別世界の自然豊かな風景を見ながら遅い昼食を終えると、サンドウィッチの紙包みを丸めてポケットにしまい、それから鞄を開けて研究資料のノートを取り出して読み返しはじめた…

男「ふむ…」

…午後の日差しに暖められながら細かな字でつづられた研究資料を読み込んでいると次第に丸眼鏡がずり下がりはじめ、それからノートが手から滑り落ち、男はいつしかこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた……と、ノートのページが開いて、挟んでいた紙片がはらりとベンチの下に落ちた…

男「む、いかん……」数分してがくんと首が傾いた拍子に目を覚ました男は、落としたノートに付いた土を軽くはたくと鞄にしまい、それから王室美術顧問の秘書のカバーを与えられている内務省のエージェントへ「メッセージ」を届ける協力者として、再びバッキンガム宮殿に向かって歩き始めた…

………



…二日後・メイフェア校…

ドロシー「……へぇ、内務省のエージェントが落とし物ねぇ」

…メイフェア校の裏手にある、木々の生い茂った人気のない一角でたわむれる二人の生徒……甘えるような表情を浮かべて膝枕にうっとりしている女生徒と、時々からかうような事を言いながらも愛おしげに女生徒の頭を撫でているドロシー…

女生徒「ええ。詳しいことは存じませんけれど、事もあろうに機密文書を携えた職員が、確か……ケンジントン・ガーデンズだったかハイドパークに機密資料を置き忘れてしまったそうで、内務省はてんてこ舞いだとお父様が言っておりましたわ」

ドロシー「世の中には間抜けがいるもんなんだなぁ……それじゃあ私もメアリを落っことさないようにしないと……な♪」そのまま覆い被さるようにして女生徒を抱き寄せ、豊かな胸元に顔をうずめさせた…

女生徒「あんっ♪」

ドロシー「はははっ♪」

(……この件であちらさんも「バレた」と考えて使わなくなっちまうだろうが、王立音楽院に「メールドロップ(メッセージの隠し場所)」があったって言うのは初耳だ……それにその「落とし物」とやらも、ちょいと探してみる価値がありそうだな)

………

593 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/01/18(火) 02:03:45.84 ID:DJOiByZJ0
…数日後…

ドロシー「……と言うわけで、その機密文書とやらを探し出すのが今回の任務だ」

アンジェ「どうかしら。そんな低級の協力者が運んでいた……しかもうっかり無くしてしまうようなシロモノだもの、どんな「機密」だか分かったものじゃないわ」

ドロシー「確かにな……しかし、数日前から内務省の情報部員が活発に動き回ってこの資料を回収しようと活動しているところから、コントロールはこいつをある程度は価値ある情報だと考えているらしい」

アンジェ「あるいは内務卿がこちらをあぶり出すために、わざと書類を無くして大騒ぎしているのかもしれない」

ドロシー「その可能性も十分にある……だが逆に「本物」だったら降って湧いた幸運ってことになる。いずれにせよ向こうの情報部や防諜部が見つけ出すまでの勝負ってことだ」

アンジェ「そういうことね」

ドロシー「それから今の段階でコントロールがつかんだのは、その機密資料を拾ったであろう奴はイーストエンドの貧民街に暮らしている乞食らしい……って事だけだ」

アンジェ「結構な情報ね……「イーストエンドにいる乞食」を探せなんて言うのは「芝生に生えている一本の芝を探せ」と言っているのとさして変わらないわ」

ドロシー「まぁな……おまけに私は別件でとある貴族のご令嬢のお屋敷に招待されているから、数日ほど留守になる。アンジェ、おまえさんが主体になって動いてくれ……ベアトリスを使うかちせを使うかの判断も任せる」

アンジェ「分かった」

ドロシー「それと、コントロールからはイーストエンドにいる協力者を使っていいとは言ってきている……あまりあてには出来ないだろうが、まぁ「気持ちだけでも」ってやつだな」

アンジェ「思いやりがあるわね」

ドロシー「ああ……とにかく判断は一任する。もしヤバそうなら構うことはないから手を引け」

アンジェ「そうね。そうさせてもらうわ」

…その日の午後…

アンジェ「……そういうわけで今回はちせ、貴女を使う」

ちせ「うむ」

アンジェ「ベアトリス。貴女はプリンセスの身辺をお守りすると同時に、王宮内で色々な情報を耳に入れることが出来る立場にある……今回はその方面で活躍してもらう」

ベアトリス「分かりました……でも「外国人」のちせさんがイーストエンドにいたら目立ちませんか?」

アンジェ「前にも言ったけれど、王国の人間からすれば日本人だろうが清国人だろうが、肌が黄色い人間はどれも「東洋人」に過ぎない……それに裏町には素性の怪しい色々な人間が出入りするから、誰も余計な詮索をしたり鼻を突っ込んだりはしない」

ベアトリス「なるほど」

…しばらくして…

アンジェ「イーストエンドのような貧民街にはさまざまな顔がある……」

…ベアトリスを下がらせ、ちせを相手に貧民街の「講義」をするアンジェ…

アンジェ「……最底辺はその日その日のパンをもらおうとする物乞いたちや、アルコールやケイバーライト鉱といった各種の中毒患者。彼らのたいていは落ちぶれていて気力も無くしているから、余計なちょっかいを出さない限りは何かしてくることなどまずない」

アンジェ「そしてその上にのさばって上前をはねる物乞いの「元締め」たち……そうした連中はたいていの場合そこそこに腕力があってある程度顔も広いから、目を付けられると厄介なことになる」顔色は変わらないが、どこか声の奥底に実感がこもっている……

ちせ「ふむ」

アンジェ「それから貧民街をねぐらにしている小悪党たち……彼らのうちの何人かは「スコットランド・ヤード」(ロンドン警視庁)に自分の犯罪をお目こぼししてもらう代わりに刑事たちの探している犯罪者を密告したり、使い走りのような事をしたりしている……こうした連中は汚い真似をいとわず、おまけに小ずるいから、もしそうした連中を相手にするなら手段を選んでやる必要はない」

ちせ「心得た」

アンジェ「……そして私たちが探したいのが、貧民街で「商売」をする怪しい連中。彼らはありとあらゆるものを取引している……盗まれた銀食器から偽造の身分証、果ては官公庁の内部情報……そしてその周辺には国内外のエージェントや諜報に関わる人間がうろうろしている……接触して「取引」する場合には慎重に慎重を重ねないといけない」

ちせ「なるほど……」

アンジェ「場合によってはナイフにモノを言わせる必要が出てくるかもしれない……とはいえ、必要以上に目立つ真似はしたくない」

ちせ「当然じゃな」

アンジェ「ええ……ベアトリスを外したのはそれもあるからなの。彼女は素直過ぎてこういう場面には向かない……貴女なら表情を押し隠せるし、腕も立つ」

ちせ「恐縮じゃ」

アンジェ「カバー(偽装身分)に関してはすでに用意してあるから、後は探しに行くだけでいい」

ちせ「うむ、委細承知した」
594 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/01/22(土) 01:21:38.02 ID:7LRbdqDF0
アンジェ「……それで、今回用意したカバーは「王国情報部の協力者」よ。私はノルマンディ出身の亡命フランス人家庭の三世で、王党派の貴族だった先祖を革命でギロチンにかけられたために共和制に反感を抱いており、理想と報酬の面から王国に雇われている……今回は連中が手に入れた資料をフランス側が入手する前に回収するために接触を試みたということね」

ちせ「ふむふむ……して私は?」

アンジェ「ちせは私のお付きとして世話を焼くインドシナ(ヴェトナム)人ね……貴女はかなり英語が出来るようになっているけれど、相手方を油断させるためにあえて「英語はまるで分からない」という設定にしておく」

ちせ「承知した……どのみち難しいやり取りや言い回しの微妙な差異は分からぬからの」

アンジェ「大丈夫。もし実力が必要な場合だったら分かるように合図をする……」

ちせ「よろしく頼む」

アンジェ「とはいえ、今回の工作では出来うる限りに穏便に済ませる……もしこれが王国情報部の撒いた餌だったとしたら、血を流すことで奴らを引きつけることになってしまう」

ちせ「サメと同じじゃな」

アンジェ「そうね……工作費としてはコントロールから百ポンドほどもらっているから、連中がその金額以内で取引に応じるようなら上々ね」

ちせ「応じない場合はどうするのじゃ?」

アンジェ「二十ポンド程度ならあちらの提示した額を飲んでも大丈夫だけれど、五十ポンドを超えるようなら取引を止めるか、値下げさせるべく努力する」

ちせ「ふむ……」

アンジェ「場合によってはそちらの「コントロール」にも情報の一部を渡し、見返りとして応分の負担をしてもらうような事も考えてある……ちせ、貴女が定期連絡をする機会があったら堀河公に「興味を抱くような情報を見つけた可能性がある」とでも言ってほしい」

ちせ「うむ、その旨しかと伝えておこう。 しかし、私の上役としても情報の内容も見ずに言い値で買うことはせんと思うが……別に信用しておらぬとか、そういうことでは無いのじゃが」

アンジェ「分かっている。その場合はこちらとしても、そちらが「一口乗るか」どうかの判断基準として、どのような種類の情報だとか、どの省庁や地域に関係しているかとか、そういった大まかなところを伝えてもいい」

ちせ「承知した」

アンジェ「……ちせ、長い方の刀は置いていってもらって短い方をマントで包むようにすればどうにか隠せると思うけれど……どう?」

ちせ「うむ……脇差ならばこのような具合じゃな」

…脇差を腰に差し、試しに裾の長いマントを羽織って前を合わせると、一フィート半(およそ四十五センチ)ばかりの鞘はほとんど目立たなくなった…

アンジェ「少し後ろ側の裾が持ち上がっているわね……もう少し鞘を立てて差せる?」

ちせ「あまり立てて差すと抜きにくいが、どうにかなるじゃろう……」

アンジェ「ならそれでお願いするわ」

ちせ「あい分かった」

アンジェ「私は護身用のピストルとスティレットを持って行く……口径の大きいリボルバーは大きくてかさばるから、威力では劣るけれど.320口径の五連発にする」

ちせ「撃ち合いに行くわけではないのじゃから、それで良いということじゃな?」

アンジェ「ええ」

ちせ「足ごしらえはどうすれば良いじゃろう?」

アンジェ「そうね……出来れば編み上げのブーツにでもして欲しいけれど、どうしても落ち着かないようならいつも使っている木や草のサンダルとか、あるいはあの靴下みたいなものでいいわ」

ちせ「下駄に草履、そして足袋じゃな……あの革長靴はつま先が痛くなるし脚が締め付けられる気がするのでな、下駄で良いというのは助かる」

アンジェ「慣れない履き物を履いていて、肝心なときに滑ったり転んだりされては困るもの……ただし、文字通り「足元を見られない」ように注意を払ってちょうだい。東洋の風習に詳しい人間が見たらそれだけでどこの人間か分かってしまう」

ちせ「その通りじゃな……足元に何か落としたりしないよう気を付けるといたそう」

アンジェ「そうしてちょうだい……当日はアンダーグラウンド(地下鉄)やダブルデッカー(二階建てバス)のような公共交通を使って目立たないように行く」

ちせ「貧しい街区に車や馬車で乗り付けようものなら目立って仕方がないからのう」

アンジェ「そういうことよ……問題の文書を持っていると思われる情報屋は昼夜関係なく取引しているそうだから、まずはその情報屋の周辺に「興味を持っている」人間がいることをそれとなく知らせる」

ちせ「それから?」

アンジェ「後は向こうが食いつくまで待つ」

ちせ「いわゆる「待ちの一手」じゃな」

………

595 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/01/28(金) 01:08:45.58 ID:VGjoX0eq0
…数日後・イーストエンドの裏通り…

アンジェ「……対象の人物とは向こうのパブで待ち合わせをすることになっているわ」

ちせ「さようか……しかしどうにもガラの悪い所じゃな……」


…露骨にちょっかいを出されたり邪魔をされるということはないが、辺りをブラブラしているちんぴらや、横目でちらちらと通行人の品定めでもしているごろつきからよこしまな視線を感じる……アンジェは黒のシルクハットに長いコートで、コートの襟を立てて出来るだけ顔を隠している……ちせは長いマントに使用人らしいボンネットをかぶり、やはり顔が分からないよう濃い色のヴェールを垂らしている…


アンジェ「ええ。何しろこの辺りはお世辞にも上品とは言えない街区だもの。 あえて言うなら小悪党だとかちんぴら、ごろつきのような連中がしのぎを削っている場所よ」

ちせ「ふむ……」

アンジェ「今回の商談も、諜報機関と取引をしようという「生き馬の目を抜くような」連中が相手だから油断は出来ない……彼らが頼りにしているのはそれぞれの才覚と得物、共通している価値観は「現金」(げんなま)に対するものだけ……もっとも、それだけにかえって取引そのものはやりやすい」

ちせ「……というと?」

アンジェ「欲得ずくで動く連中なら、札びらを切ればいくらでも転ばせることが出来るということよ……自分の持っている信条にこり固まった理想主義者だの、ころころと考えを変える「良心」の持ち主なんかよりも、ある意味ではずっとアテになる」

ちせ「なるほど」

アンジェ「とはいえいいことばかりではない……金で動くということは、相手方がより多くの金を出せばそちらに転ぶということにもなる」

ちせ「確かに……」

アンジェ「だから今回は「飴と鞭を使い分ける」ために、このカバーを選んだというわけね……」

ちせ「ふむ……闇社会のけちな情報屋は王国情報部を相手にこざかしい真似はしない、ということじゃな」

アンジェ「ええ。少なくともそれくらいの知恵があることを願っているわ」

…薄汚いパブ…

アンジェ「……あの男よ」

ちせ「うむ……」

歯並びの悪い男「……」


…日差しの悪いイーストエンドでもとりわけ薄暗い一角に建っている一軒のパブ……待ち合わせ場所として相手方と取り決めたその店にアンジェとちせが入ると、店主の注意がちらりと二人に注がれ、また無関心へと戻っていった……店内には四人ほどが座れるカウンターと二人掛けのテーブルがいくつか、そして指定された奥の角にあるテーブルには小汚い男が座っている…


アンジェ「……」

ちせ「……」アンジェは無言で男の向かいに座り、ちせもそれに習う…

男「……よう、待ちかねたぜ」


…男は数週間は着たきりらしい汚れた上着とすっかりよじれたクラヴァット(襟飾り)を締めていて、薄汚れたグラスでジンをあおっている……噛み煙草ですっかり黄ばんでいる歯は歯並びも悪く、ニヤついた笑い方は人を小馬鹿にしているような不愉快さと同時に、常に卑怯な手段で相手から何か巻き上げようとたくらんでいるような印象を与える…


アンジェ「……」

男「待ちくたびれて喉が渇いちまったもんだからな、先に一杯飲(や)らせてもらったぜ」

アンジェ「……そう」

男「よかったらあんたらも何か頼めよ、な?」そういうと人差し指を立てて招くように動かし、カウンターにいた給仕を呼びつけた…

給仕「へい」盆を小脇に抱えてやって来た給仕はどうやら給仕と用心棒を兼ねているらしく、低い天井につかえてしまいそうな身長と炭鉱労働者のような太い腕、それにヤミの拳闘試合か何かに出場していたらしく潰れ折れ曲がった鼻をしていて、うなるような声をしていた…

男「おれには同じのをもう一杯……」

給仕「……そちらさんは?」

アンジェ「紅茶を……カップは二つ」

ちせ「……」

男「レディ、あんた酒は飲らねえのか」

アンジェ「ええ」

給仕「……へい、お待ち」むすっとした口調で紅茶の入ったポットとカップを持ってきたが、硬貨を受け取るまでは絶対にテーブルに置くつもりはないような顔をしている……

アンジェ「……」

給仕「……毎度」

…商売相手の男から目をそらさないようにしながら、アンジェが硬貨を盆に置く……給仕がぞんざいな手つきでドスンとポットを置くと、注ぎ口からばちゃりと薄い紅茶がこぼれた……

アンジェ「……」黒い革手袋をはめた両手をテーブルの上に置いたまま、やって来た紅茶を注ごうともしないアンジェ……
596 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/02/08(火) 01:39:19.62 ID:r3z1/x7M0
男「……それじゃあ、まずはお互いに自己紹介と行こうじゃないか。 おれはスミス。ジョン・スミスさ」並びの悪い汚れた歯を見せてニヤニヤ笑いを浮かべている情報屋……

アンジェ「トムよ」

男「あんたみてえな若いお嬢さんが「トム」ってことはねえと思うけどなぁ」

アンジェ「そんなことはどうだっていい……話によると、あなたは「落とし物」を見つけるのが上手だと聞いている」

男「まぁな……ブツが何かは知らねえが、たいていのもんなら見つけ出してご覧に入れるぜ」そう言うと大げさに腕を広げてみせた……

アンジェ「結構。 今回こちらが探しているのは数日前に公園で「私たちの共通の友人」が落としたものよ……もしも見つけてくれるというなら、それ相応の報酬を支払う用意があると「友人」は言っている」

男「そうかい? しかしロンドンの公園って言ったって範囲は広いし、探すってなると人手がいる……それに人を雇って頼むとなりゃ、ただ働きって訳にもいかねえしな」

アンジェ「それで?」

男「そうさなぁ……人手やらなんやら、もろもろ込みで二百ポンドっていうのはどうだい?」

アンジェ「……五十ポンド」

男「五十だって? お嬢ちゃん、ちょいと冗談がキツいんじゃあねえのか? そんなんじゃあロンドン市内どころか、この店の中だって探せやしねえよ」

アンジェ「五十ポンド……ロンドン市内の公園をちょっと探して「なくし物」を見つけるのに、そこまで払うつもりはない」まさしく「けんもほろろ」といった口調で突き放す……

男「そうかい? だったら自分で探してみりゃあいいんじゃねえのか」

アンジェ「私たちもそこまで暇じゃないから、早く済ませる手段としてあなたに連絡を取ったにすぎない……それに、こちらがその気になれば無料でその「なくし物」を入手することだって出来る」立場を行使することをためらわない王国情報部のエージェントならこういうだろうと、冷たく高圧的な態度でそっけなく言った……

男「分かった分かった、百五十でいいよ……それ以上は無理だぜ。人手を使おうって言うんだからな」

アンジェ「百ポンド」

男「分からねえかな、あのブラッディ(くそったれ)なだたっ広い公園から一枚の紙きれを探すなんていうのは並大抵の苦労じゃあねえんだぜ?」

アンジェ「そう……ところで私はいつ、探し物が「一枚の紙切れ」だと言った?」

男「……」一瞬「しまった」という表情を見せたが、すぐまたニヤついた顔に戻る……

アンジェ「どうやら納得いただけたようね。 それでは、次回会うときに「一枚の紙切れ」を渡していただく……まずは手付けとして半金の五十ポンドを渡しておくわ」

男「……ああ」

アンジェ「お互いに満足の行く取引が出来るよう、くれぐれも余計な小細工はしないことね……それでは失礼」

…裏通り…

アンジェ「ご苦労だったわ、ちせ……貴女があの店の『ブルドッグ』を牽制していてくれたおかげで、こっちはあの『チェシャ猫』じみたニヤニヤ男だけに注意していられた」

ちせ「……うむ。しかしどうにもあの男は虫が好かぬ」

アンジェ「そうね……これはただの勘だけれど、あの情報屋はきっとおかしな真似をしてくるような気がするわ。 ……例えば、いま私たちを尾けてきている男のような……ね」

…ごみごみとした裏路地をすいすいと歩いて行くアンジェとちせ……そしてその後ろから足音を立てないよう、距離を開けて二人を尾行している一人の男……男は薄汚れたチョッキと鳥撃ち(ハンチング)帽とだぶだぶのズボンで、ゴミ漁りでもするような態度を取っているが、尾行を気付かれないようにするには二人との距離が近すぎ、また人の少ない裏通りで「たまたま行く先が同じ方向」と言うのも少し無理がある…

ちせ「どうするのじゃ……撒くか?」

アンジェ「いいえ、馬鹿にわざわざ「こっちは尾行に気付いているぞ」なんて教えてやることはないわ……どのみちあの格好で表通りに出られはしない」

ちせ「……ではどういうつもりなのじゃろう」

アンジェ「おそらくこちらにコンタクト(協力者)や支援要員がいるかどうか確かめたいのね」

ちせ「して、もし支援要員がいないとなったら……」

アンジェ「おそらくはこわもての数人でもかき集めてこっちを脅し、値段をつり上げるでしょうね」

ちせ「しかし、仮にも相手は王国情報部じゃぞ……そんなことをするじゃろうか?」

アンジェ「ええ、するわ……内務卿を相手に商売が出来ると思っているような愚か者なら」

ちせ「ふむ、愚か者か」

アンジェ「そう……元来、裏社会の人間というのは同じ社会の人間を相手に必要以上の嘘やごまかしはしないものなのよ。 何しろ保険もなければ裁判所もない世界だもの。信用だけが評価を決める中で、年中でまかせを言ったり取引相手をごまかすような人間は長生き出来ない」

ちせ「ではなぜ……?」

アンジェ「おそらく、私たちが連中にとっては「よそ者」で、なおかつ年若い女でくみしやすいと見たから」

ちせ「困ったことじゃのう」

アンジェ「ええ、きっと今ごろはどうやって二百ポンド以上の儲けに出来るか考えているでしょうね……」

597 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/02/26(土) 00:47:11.12 ID:RCQa+Foe0
…数分後・先ほどのパブ…

薄汚い身なりの男「戻りやしたぜ、ミスタ・ホッジス」

情報屋(歯並びの悪い男)「……おう。で、どうだった」

薄汚い男「表通りに出る手前まで尾けてみたが、気付いた様子はなかったぜ」

情報屋「ふん、そうかい……それにしてもあのアマめ。情報部だかなんだか知らねえが、このおれになめた口を利きやがった……」そういうとジンのグラスをあおり、グラスをテーブルに叩きつけた……

情報屋「それにいけ好かねえ東洋人まで連れてきやがって……払うものを払わねえって言うんなら、こっちだって考えがある」

パブの用心棒「で、どうするんで? なんだか仮面みてえに無表情で気持ちの悪ぃ女だったが……」

情報屋「ふん、表情があろうがなかろうがやる事なんぞ決まってるだろうが……あんな小娘にコケにされてたまるか、両耳揃えて二百ポンド払うか、さもなきゃ「手荒い歓迎」ってやつよ。 おい、取引の日までに使える連中を数人集めておきな」

薄汚い男「へへっ、そうこなくちゃ」

………

…その晩…

アンジェ「……ふう」


…普段は「感覚が鈍る」と、必要のないときは出来るだけ酒を口にしないアンジェ……が、いくつもの任務や情報活動を並行して進め、なおかつ学生としてのカバーを維持するために授業にも欠かさず出席していると疲れがたまり、珍しく「ナイトキャップ」(寝酒)として温めたミルクにブランデーを垂らし、一口ずつゆっくりと喉に流し込んでいる…


ちせの声「……アンジェどの、入っても構わぬか?」

アンジェ「ちせ? ……どうぞ」

ちせ「……夜分遅くに済まぬな」寝間着でもある長襦袢をまとって入って来たちせ……

アンジェ「いいえ……どうかした?」

ちせ「いや……別にどうしたというわけでもないのじゃが……」そういいながらもわずかに視線をそらし、心なしかもじもじしている……

アンジェ「話があれば聞くわ……ホットミルクだけれど、飲む?」

ちせ「そうじゃな……では一口頂戴するとしよう」

…カップのミルクを飲むでもなく、椅子に腰かけてどう話を切り出そうか迷っている様子のちせ…

アンジェ「……」アンジェも聞き上手な腕利き情報部員らしくわきまえたもので、眉毛一つ動かすでもなく、ちせが重い口を開くのをまっている……

ちせ「その、じゃな……ちと頼みがあって……」

アンジェ「……どうぞ」

ちせ「かたじけない……それで、笑わないでほしいのじゃが……」

アンジェ「ええ」

ちせ「その……一緒に寝ても構わぬか?」

アンジェ「……私と?」

ちせ「うむ……実はなにやらこの数日、妙に人恋しくての……一人で寝ているとむしょうに淋しいのじゃ」

アンジェ「そう……きっとホームシックね、無理もないわ」

ちせ「……ほうむしっく?」

アンジェ「何て言えばいいのかしら……旅先で郷里を思い出して淋しく感じる状態の事よ」

ちせ「いわゆる「里心がつく」ということじゃろうか」

アンジェ「おそらくね……」

ちせ「そうか……とはいえこんな恥ずかしい事はベアトリスには言えぬし、プリンセスは公務で多忙、ドロシーも今はおらぬ……しかしおぬしならば口も固いし、こんな恥ずかしい事を相談しても黙っていてくれるかと思っての……///」気恥ずかしいのか、目をそらし気味にしてかすかに頬を赤らめている……

アンジェ「そうね。私は黒蜥蜴星人だもの、口は固いわ……それにちょうど寝るところだったし」

ちせ「さようか……では、構わぬじゃろうか?」

アンジェ「ええ……ただ寮監の見回りがあるから、朝の七時前には出て行ってもらうわ」

ちせ「無論じゃ……では、済まぬ」

アンジェ「どうぞ」ミルクを飲み干すとこびりつかないよう水差しの水をカップに入れ、それからベッドの羽布団をまくってちせを手招きした……
598 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/03/06(日) 01:16:22.67 ID:daE3CvdX0
ちせ「うむ、では……」

アンジェ「ええ」

…ベッドの片隅に遠慮しいしい入ってくるちせ……と、アンジェはベッドの上でふんわりしたナイトガウンを脱ぎ始めた……白い肩があらわになり、滑らかな曲線を描く背中から腰のライン、そして細っぽいが引き締まって綺麗なヒップラインがちらりとのぞく…

ちせ「な、なぜ脱ぐのじゃ……?」

アンジェ「別にそういうつもりじゃないわ……単に着たままだとガウンにしわが寄るし、生地が厚手でうっとうしいってだけよ」

ちせ「さようか……」

アンジェ「ええ……さ、入ったわね?」

ちせ「うむ」

アンジェ「なら灯りを消すわ」そう言って灯りを消すと、ふわりと布団をかけた……

ちせ「……今夜は冷えるのう」

アンジェ「そうね……」

ちせ「ドロシーは上手くやっておるじゃろうか」

アンジェ「今ごろはお相手のご令嬢とシャンパンでも傾けているか、ベッドでいちゃついているでしょうね」

ちせ「ふふ、そうじゃろうな……」

アンジェ「ええ……それよりちせ、もう少し身体を寄せたらどう? ここのベッドはそんなに広いわけじゃないし、転がり落ちたりされては困る」

ちせ「いや、しかし……」

アンジェ「別にいまさらどうこう言うほどよそよそしい間柄でもないでしょう……構わないから、いらっしゃい」

ちせ「では……///」

アンジェ「ええ」

…任務となると眉毛一つ動かすことのないアンジェだが、暗がりの中で目をこらすとかすかに微笑を浮かべているように見える……どこかあどけないその表情を見ていると、あるいはそうであったかもしれない一人の少女としての姿が浮かんでくる…

ちせ「……アンジェ」

アンジェ「よしよし……」

…しっとりとした柔肌にぎゅっと抱きついてきたちせの黒髪を優しく撫でるアンジェ……もう片方の腕はちせの背中に回し、ゆっくりとした拍子をつけて軽く叩いている…

ちせ「母上……」

アンジェ「……ちせ、いい娘ね」

ちせ「……ぐすっ」

…ベッドの中でしゃくり上げそうになるのを押し殺しているちせと、それを抱きしめているアンジェ……そのうちにアンジェはちせの頭を優しく胸元に押しつけ、全身で包み込むようにして抱きしめた…

ちせ「ん……」

アンジェ「いい娘、いい娘ね……」温かい身体に包まれて夢うつつのちせがアンジェのつつましい乳房に吸い付くのを、そっと抱きしめながら撫でてやる……

ちせ「んむ……ちゅぱ……」

アンジェ「♪〜……お休みなさい、いい娘だから……」

ちせ「ちゅぱ……ちゅぅ……」

アンジェ「♪〜ぐっすりお休み、胸の中で……」小さな声でハミングするようにそっと即興の子守歌を聞かせながら、ちせの身体を優しく抱きしめる……

ちせ「すぅ……すぅ……」

アンジェ「ふふ……」まるで小さな子供へと戻ったように無邪気な寝息を立てているちせを見て、慈愛に満ちた表情を浮かべた……

アンジェ「お休み、いい夢をね……」
599 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/03/13(日) 01:59:47.80 ID:jev6pPBd0
…取引当日…

アンジェ「ベアトリス、ちょうどいいところに……貴女にやってもらいたいことがある」

ベアトリス「はい、何ですか?」アンジェにどんな無理難題を言われるかと、用心しいしい答えるベアトリス

アンジェ「大丈夫、そんなに難しいことじゃない。ネストの一つから声を変えて電話をかけて欲しいだけよ……」

ベアトリス「なんだ、そんなことですかぁ」

アンジェ「ええ、でも貴女にしか出来ない事よ……そうね、名前は「ブライアン」とでもしておいて、コックニー(ロンドンの下町)訛りの塩辛い声でやってちょうだい……相手の番号は分かっているから、私の指定した時間に「悪いが今日の取引は中止で、明後日に延期する」としゃべってもらう……細かい台本はここにあるから、行くまでに暗記すること」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「それじゃあ番号と時間を教えるわ……ちせ、準備は?」

ちせ「万端じゃ」

…脇差を腰に差すと暖かなマントを羽織る……厚手のマントは生地が重いので、鞘を縦に近い状態で差してあまり寝かせなければ、マントが持ち上がることもない……

アンジェ「結構。それじゃあ貴女はベアトリスと一緒にネストへ向かい、電話が済んだら私と合流」

ちせ「うむ」

アンジェ「集合場所はイーストエンドのこの場所……分かるわね?」トントンと地図の一点を指で叩いた……

ちせ「大丈夫じゃ」

アンジェ「よろしい……もしここにいなかった場合は三十分後にここの角で合流する。もし私がそこにもいなかったら、監視に充分注意した上で引き上げること」

ちせ「承知」

…夕刻・裏通りのパブ…

情報屋「……どうだ、集まったか」

薄汚い男「もちろんでさ、ミスタ・ホッジス……六人ばかり集めてきやした」

…薄汚れたパブには「かっぱらい」のロブに「タタキ(強盗)」のジョー、「向う傷」のスタッフォードに「ブルドッグ」のベンソンといった、イーストエンドの中でも特に評判の悪い鼻つまみ者たちが集まり、だらしなく椅子に座って、ひびの入った陶器のジョッキで気の抜けたエールをあおっている…

情報屋「よし、それだけいれば充分だな……得物はあるんだろうな?」

薄汚い男「そりゃあ……ただ、ナイフはあってもハジキ(銃)はもってねえって奴もいるんで」

情報屋「ったく、締まらねえな……なら店にあるやつを貸してやるから、そう言ってこい」

…机の上には型も口径もバラバラな寄せ集めのピストルが何挺か置いてある……あまり手入れもされていないため金属もくすんでいるが、中の一挺や二挺はどこかのお屋敷から盗んだか何かしたらしいウェブリー&スコットで、グリップには黒檀が使われている…

薄汚い男「へい」

情報屋「よし。約束の時間は夕方の五時だ……ちゃんと雁首並べて、飲み過ぎて役に立たねえなんてことがないようにしろ」

薄汚い男「分かりやした」

情報屋「ふん……せっかくのネタをただみたいな金で持って行かれてたまるかってんだ。デスクでふんぞり返ってるお偉いさんにここでの流儀ってのを教えてやらあ」情報屋は五連発の.320口径ピストルに弾を込めるとシリンダーを閉じ、薄汚れたズボンのベルトに突っ込んだ……

…夕方…

ちせ「……今じゃ」

ベアトリス「はい」

…何食わぬ顔でネストにさっと入ると、人工声帯を調整するベアトリス……事前に指定された通りの塩辛声に喉を合わせ、言葉のあちこちを端折ったり濁らせたりすると、一気に粗野な雰囲気が出る…

ちせ「相変わらず見事なものじゃな……では、私は外を見張っておるからの」

ベアトリス「分かってます」電話機の箱に付いている起電用の手回しハンドルを回すと、受話器を取り上げた……

電話交換手「はい、交換台です」

ベアトリス「おう、イーストエンドの……番に繋いでくれ」

交換手「ただいまお繋ぎいたします……」

600 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/03/22(火) 00:18:41.38 ID:0pKUnlEE0
…パブ…

情報屋「……おい、電話だぞ」

…取引やタレコミ(密告)に使うため、イーストエンドではめったに見られない電話機が設置してある情報屋のパブ……その電話が「ジリリリンッ……!」とやかましく鳴りだし、用心棒が受話器を取った…

用心棒「誰だ」うなるような声でぶっきらぼうに電話に出たが、眉をひそめると情報屋に受話器を差し出した……

情報屋「何だ?」

用心棒「今日の取引相手から「ミスタ・スミス」にと……なんでも伝言があるとかで」

情報屋「分かった、代われ」

情報屋「……もしもし……そう「スミス」ってのはおれだ。 ……で、用件は?」

情報屋「ああ、そうだ……なに?」

情報屋「……明後日? おい、一度決めた取引の日取りを急に変えるってのはどういうつもりだ?」

…受話器を取り上げてしばらく相手の話を聞いていたが、急に渋い顔をして文句を付けはじめた情報屋……しかし相手は聞く耳を持たぬまま、伝えたい事だけ伝えて電話を切ってしまったらしい……情報屋は切れた電話に向かって「おい!待て!」と怒鳴りつけたが、最後は投げつけるように受話器を掛け金に戻した…

情報屋「くそったれめ……!」

用心棒「……ミスタ・ホッジス?」

情報屋「取引相手からの伝言で、明後日のこの時間に変えたいと抜かしやがった……ええい、くそっ!」

用心棒「それじゃあ集めた連中は……」

情報屋「今日の所は用がねえ……帰らせろ」

用心棒「分かりやした」

…しばらくして…

情報屋「くそったれめ、手前(てめえ)の都合だけで取引の日時を勝手に変えやがって……」ゴミだらけの裏路地に面しているパブの奥の部屋で、いらだちながらウイスキーをストレートであおっている……

情報屋「あの小娘め、もう勘弁ならねえ。今度会ったら……」

アンジェ「……今度会ったらどうするつもり?」

情報屋「っ!?」いつの間にか裏口から入って来たアンジェとちせ……アンジェはフランス風に裁断してある黒いマントに目深にかぶったシルクハット、ちせは厚手のマントを羽織り、その表情はボンネットで隠れている……

アンジェ「取引時間には間に合いそうになかったからそう伝言を頼んだけれど、やはり「モノ」は今日のうちに欲しい……どこにある?」情報屋の向かいに座ると、早速切り出した……

情報屋「モノはここにあるが……その前に金だ。なくっちゃ話にならねえ」

アンジェ「残金の五十ポンドならここにあるわ……王国ポンドよ」誤解のないよう、ゆっくりと札束を取り出す……

情報屋「確認させてもらうぜ」

アンジェ「ええ、どうぞ」

情報屋「……どうやら間違いはねえようだ」手元に書類を抱えたままで手際よく紙幣を数え、上着の内ポケットにしまい込んだ……

アンジェ「でしょうね」
601 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/03/22(火) 00:37:40.71 ID:0pKUnlEE0
情報屋「ああ。だがな……こういうやり口は気に入らねえ。お互いに「取引」をする以上、ふざけた真似はしねえもんだ」

アンジェ「……それで?」

情報屋「悪いが、あんたのこのちょっとした「ご挨拶」の分として、値段に色を付けさせてもらうぜ」

アンジェ「それで、いくら上乗せするつもり?」

情報屋「まぁ、五十ポンドってえ所だな……嫌なら手ぶらで帰ってくれたっていいんだぜ?」

…集めていたちんぴらはすでに帰ってしまった後だったが、用心棒が水平二連の散弾銃を抱えてのっそりと現れた…

アンジェ「なるほど……なかなか用心がいいようね」

情報屋「そうでないと世渡りが難しいもんでな……で、答えを聞こうじゃあねえか」

アンジェ「……これでは払うより仕方がないようね」ひと悶着あるかと思いきや、肩をすくめてあっさりと認め、長いマントの内側からポンド札を取り出した……

情報屋「なるほど、きっちり五十ある。それじゃあこいつを……」手早く札を内ポケットにねじ込むと、何の変哲もない一枚の紙を滑らせた……

アンジェ「確かに」さっと内容を読み通し、紙をしまい込む……

情報屋「それじゃあお帰りいただこうじゃねえか……まぁ、なんだ。 お互いに行き違いがあったとは言え「終わりよければ全て良し」ってもんだ、そうだろう?」両手を広げるようにして「してやったり」というような顔をしている……用心棒も散弾銃の銃口を少し下げ、緊張を緩めた……

アンジェ「そうね、それに対する私の考えだけれど……残念ながら「ノン」よ」

…合図のフランス語を言うよりも早くナイフを抜き、ふところに飛び込むようにして下から情報屋の胸元に突き立てる……同時にちせは身体を屈め、椅子を蹴り倒すようにして反転すると、抜き打ちで用心棒を切り捨てた…

情報屋「ぐ……っ!」

用心棒「がは……っ!」

アンジェ「……片付いたわ」

ちせ「こちらも……書類はどうじゃ?」

アンジェ「どうやら求めていた物で間違いなさそうよ」

ちせ「さようか。 して「後片付け」はどうする?」

アンジェ「そうね……今夜は冷えるし、ここには暖炉がある。それにしてもこんな火のそばにコートを掛けたりして、火の用心が足りていないように見えるわね」

ちせ「なるほど」

アンジェ「ええ……」

…数日後…

ドロシー「ここ数日そっちを手伝えなくて悪かったな……で、どうだった?」

アンジェ「大丈夫よ、こっちも片付いた」

ドロシー「だろうな、新聞記事を読んだよ……まったく火事ってのはおっかないもんだよな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「それで、肝心の情報は?」

アンジェ「……これよ」

ドロシー「なんだ、わざわざ私に見せるために取っておいたのか? 内容を暗記したならとっとと焼き捨てちまえば良かったのに……」 

アンジェ「そう言わないで、とにかく見てちょうだい」

ドロシー「ああ、そうさせてもらおうかな……どれどれ……なるほど、こいつは大した情報だよ♪」苦労をして手に入れた王国情報部の書類には、音楽院で共和国に親近感を示す「注意すべき人物」のリストが書かれているだけだった……

アンジェ「全くね」内容を読み終えたドロシーが書類を返すと、肩をすくめて暖炉に書類を放り込んできっちり灰になるまで焼き捨てた……

ドロシー「……それで、王国情報部の監視はあったか?」

アンジェ「確認した限りではなし」

ドロシー「ということはその情報屋、餌として使われたわけでもないんだな」

アンジェ「ええ……おそらくは商売のやり方が汚いから、情報部に見捨てられたのではないかしら」

ドロシー「後ろ盾が無くなった以上、あとは誰に消されるのも時間の問題だった……ってわけか」

アンジェ「きっとそうでしょうね」

ドロシー「……欲張りは長生き出来ないってことだな」

アンジェ「ええ、そういうことよ……だからそのクッキーを取るのは止めておくことね」菓子皿に載っているクッキーを取ろうとするドロシーに、とがめるような視線を向けるアンジェ……

ドロシー「ごあいにくさま、私は型破りなんでね」そう言うと、ニヤニヤしながらクッキーを頬張った……
602 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/03/24(木) 11:33:13.73 ID:2H75oLZ0O
SS避難所
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603 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/04/05(火) 00:40:02.30 ID:UWpKHBdx0
…case・プリンセス×ベアトリス「The old lady in the old rose」(枯れバラ色ドレスの老婦人)…

L「よし、ではこの作戦で行こう……書類を二部タイプして、一部はファイルに、もう一部は経理の連中に回してくれ」

7「分かりました」

L「それで、作戦名はどうなった?」

7「はい……今回の作戦名は「シェパーズ・パイ」です」(※シェパーズ・パイ…ひき肉とマッシュポテトを重ねたパイ風の料理)


…情報部が立案、計画する作戦名はたとえ敵側に流出したとしても内容が推測できないよう、規則性を持たせないように注意している……特に関係のある単語であったり、関連する作戦に共通するカテゴリーから命名したりといった法則を作らないよう、作戦名は内勤の職員が辞書を適当にめくって見つけた単語をリストアップした中からランダムに付けられ、そのリストも使い回したりせず、不定期に変更することで「不規則性」という「規則性」が生まれないようになっている…


L「シェパーズ・パイか……いいだろう。作戦課と人事課は適任と思われる部員と支援要員を選び出し、文書課は偽造書類を、技術課は装備を用意するように……基本の装備で構わん」いつものように渋い顔で、西インド諸島産の葉巻をくゆらさせている……

7「分かりました」

L「それから財務課には活動資金を用意させろ……もっとも、年度末も近いだけに出し渋るだろうが」

7「どうにか言いくるめてみます」

L「頼むぞ」

7「それにしても、今回の作戦ですが……」

L「君に言われなくても分かっている」


…声はいつものように落ち着き払っているがどこか問いかけるような響きを持たせ、語尾を濁した7……と、Lはそれをさえぎるように苦い声を出した…

7「申し訳ありません、出過ぎたことを申しました」

L「構わん……こういう仕事を続けていると、感覚がおかしくなってくるからな。大金を扱う銀行員の金銭感覚がおかしくなるのと同じだ」

7「そうですね」

L「だが、とにかくこれを成功させてもらわなければならん……」

7「承知しております」

L「ああ」

………



…同じ頃・メイフェア校の部室…

ドロシー「……なぁ、ベアトリス」


…気だるい午後に、淹れたばかりのセイロン茶にお菓子を添えてお茶の時間を過ごしている「白鳩」の面々……プリンセスは多忙な公務の合間を縫って学業にも精を出していて、甘いホワイトティー(ミルクティー)で一息ついている……ベアトリスは王宮でも寄宿舎でも変わりなく、プリンセスにまめまめしく仕えているが、今は甘いお菓子をつまんでゆったりと過ごしている……プリンセスの向かいに座っているアンジェはいつものように眼鏡をかけているが、普段のカバーである「田舎娘」の表情はせずに冷静な顔で砂糖なしの紅茶をすすり、ちせはそのかたわらで王室御用達の菓子店から取り寄せている銘菓をぱくつき、ドロシーは頬杖をついたまま氷でもかみ砕くように、パリの菓子店から取り寄せたというマカロンをやる気なく口に放り込んでいる……と、三つ目のマカロンを噛んで飲み込むと手についた粉をはたき、それからベアトリスのことをじっと眺めて切り出した…


ベアトリス「なんでしょう?」

ドロシー「お前さん、裁縫は得意な方だったよな?」

ベアトリス「お裁縫ですか? まぁ苦手ではありませんけど……どうかしたんですか?」

ドロシー「ああ、なに……もし手が空いているようならちょいと手伝ってくれ」

ベアトリス「はい。もう宿題も片付けちゃいましたし、別に構いませんよ……大丈夫ですよね、姫様?」

プリンセス「ええ、大丈夫よ……ドロシーさん、今日はベアトを連れていっても構わないわ」

ドロシー「そいつは助かるよ……それじゃあ、ちょっと出かけようか」

ベアトリス「どこに行くんです?」

ドロシー「ああ、ネストの一つにな……そこで手伝ってもらいたい事がある」

ベアトリス「はあ……それじゃあ、少し出かけてきます」

プリンセス「行ってらっしゃい♪」

ドロシー「悪いな、プリンセス……アンジェ、ちょっと「グリーン・ルーフ(緑の屋根)」の倉庫まで行ってくる。夜の八時には戻るつもりだ」

アンジェ「了解」
604 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/04/12(火) 11:06:07.87 ID:BbqgF6nP0
…運河(エンバンクメント)沿いの倉庫街…

ドロシー「……よーし、着いたぞ」


…ドロシーとベアトリスは寄宿学校を抜けだし、ネストの一つで地味な格好に着替えるとエンバンクメント沿いまでやって来た……まだ終業時刻には早過ぎるため通りを行き交う人間はほとんどなく、ときたま辺りの倉庫で荷運びをしている労働者が運河にもやって(係船して)いるはしけに荷物を積んだり降ろしたりしているだけだった……と、ドロシーは何やらかすれた文字で会社名らしきものが書き込んである一棟の古ぼけた倉庫を軽く指し示した……そして先ほど言っていた「緑の屋根」という言葉はどうやら冗談か安全策の一つであるらしく、屋根は赤茶色をしている…


ベアトリス「ここですか……私は今まで来たことがないですね」

ドロシー「ああ、ここは情報部が調達してよこした武器装備を調整するところだからな……お前さんには普段アンジェや私が調整したやつを渡しているから、来てもらう必要がなかったのさ」

ベアトリス「それじゃあ今日はどうして私の事を連れてきたんですか?」

ドロシー「なに、すぐに分かるさ……よっこらしょ」たてつけの悪いドアを開けると、倉庫の中に入った……

ベアトリス「ずいぶん蝶番が錆び付いてますね……油を差さないんですか?」

ドロシー「ああ。何しろこれだけキーキーいうからな。誰かがこっそり入り込もうとしてもきしむ音で分かるってわけだ……もし防諜部やスペシャル・ブランチの手入れを喰らっても開けるのに手間取るから、その間に向こうの窓から運河に飛び込めるって寸法さ」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「さて、それじゃあおしゃべりはこのくらいにして……と」唐突に上着を脱ぎ始めるドロシー……

ベアトリス「え、ちょっと……!」

ドロシー「まぁまぁ、そう驚くな……別に手籠めにしようってわけじゃない。こいつを手伝ってほしいだけさ♪」

…そう言って作業机の上に取り出したのは、型紙と大きな牛革の切れが数枚。それに皮革用のナイフと仕立屋のような鋭い裁ちばさみ……そして穴開け用と思われる小さいフォークのようなものや、風変わりな器具が一揃い…

ベアトリス「何ですか、これ?」

ドロシー「こいつは革用の細工道具だよ。普段ピストルを突っ込んでいるホルスターなんだが、情報部がよこす既製品のやつだとぴったり馴染まなくてな……大きさを合わせたり、手作りしたりしてるんだ」

ベアトリス「そうなんですか」

ドロシー「そうさ。何しろ肩吊り用にしろ腰用のにしろ、私やアンジェみたいな若い女が使うようには作られちゃいないからな……モノによっちゃあ普通に革製品の店で注文することもあるが、レディが軍用の.380だの.455口径のピストルに合う肩吊りホルスターなんて買ったら目立つことこの上ないし、何より自分で作れば経費の節約にもなる。 そしてその「ちょろまかした」分で他のモノを買ったり、うまいものを食ったりするのさ」

ベアトリス「……そう言うのっていけないんじゃないですか?」

ドロシー「そりゃあ厳密にいけばいいとは言えないさ……ただ、そうでもしなくちゃ活動費用が追っつかないし、私はコントロールも知ってて黙認していると踏んでるよ」

ベアトリス「そういうものなんですね」

ドロシー「ああ。お互いに成果さえあげてれば言うことなしってわけでね……話がそれちまったが、ホルスターなんか場合によってはイチから作ることもあるんだ」

ベアトリス「すごいですね」

ドロシー「ま、一秒を争うって時に使う道具だから、そのくらいはしないとな。 それで、お前さんには私が革地をあてがっている間、このインクで印を付けてもらいたいんだ……あと、裁断済みのやつがあるから、終わったらそいつの縫製も手伝ってもらいたいな」

ベアトリス「なんだ、そういうことだったんですね。いきなり上着を脱ぐから、てっきり……///」

ドロシー「……したいようなら別に構わないぜ?」

ベアトリス「ち、違いますっ!」

ドロシー「なーに、ちょっとした冗談だよ……それにどのみち、いつも腰が抜けるほどプリンセスに愛してもらってるんだろうからな」

ベアトリス「……ノーコメントです///」

ドロシー「はは、口で言わなくてもその雄弁な表情じゃあなんにもならないぜ?」

ベアトリス「///」

ドロシー「さ、おしゃべりはほどほどにして取りかかろう」


…ある程度のサイズに切ってある革地を肩にあてがうと、ベアトリスが仕立屋のように前後左右と飛び回りながら目安の線を入れていく……時折ドロシーが銃を抜く動作をしてみたり、ホルスターをあてがって脇から吊るしたときの高さを確かめ、しばらくして納得したようにうなずいた……それからけがき線にそってナイフを入れて革を切り、全体を組み立てる前に小さいパーツや留め革の部分をにかわでくっつけ、おもしを載せて作業台に固定した…

ベアトリス「こんな風になっているんですね」

ドロシー「ま、普段は革なんて扱わないだろうからな……そっちを押さえておいてくれ」

…作業台には他にも工程の途中にあるホルスターや何かのポーチのようなものが並んでいて、今度はそれを取り上げて渡した……縫い目となる部分には印の線が引いてあり、そこに「目打ち」(小さいフォーク状の道具)をあて、木槌で「とんとん……っ」と打って、針が通る穴を開けていく…

ベアトリス「縫い方はどうすれば良いですか?」

ドロシー「糸の両側に針を通して、互い違いに縫っていってくれ……糸は縫う長さの四倍はないと足りなくなるから、遠慮しないで多めに使いな」ベアトリスにやり方を教えながら、蝋が塗ってある革用の糸を使ってすいすいと縫っていくドロシー……

ベアトリス「上手ですね、ドロシーさん……いつもはお裁縫なんて全然しないのに」

ドロシー「まぁな……とりあえずここにある出来かけを作り終えたら戻ろう。ついでに屋台のミートパイでも腹に詰めて行くとしようぜ♪」
605 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/04/22(金) 01:28:52.48 ID:7UgJNwkr0
…同じ頃・とある下級貴族の屋敷…

初老の男爵「ミス・クロウリー、お茶を持ってきてくれ」

中年のメイド「承知いたしました、カーフィリ様」

男爵「頼むよ」

メイド「はい、ただいま……」

…一週間前…

管理官「……今回の任務は我々の考えに共鳴している王国貴族と接触、当該人物から王国議会の情報を入手することにある。君は「ミス・クロウリー」として該当する人物にコンタクトし、情報を入手しろ」

中年の女性エージェント「はい」


…管理官から任務説明を受けている女性エージェントは髪に白いものが交じり、身体も小さく、手には小じわがより始めている……年の差でいえば孫ほど若い管理官から任務説明を受けながら、時折ミルクの入ったアッサムをすすっている…


管理官「それから支援要員だが、当面の間は二人だけだ。 頭数は少ないが、王国防諜部の監視が厳しい中で無闇に人数を送り込むことも出来ん。どうにかやりくりしてくれ」

エージェント「分かりました」

管理官「必要な機材や道具立てはロンドンの支援要員がミスト・ヴェール墓地の奥、右奥の三つ目にある「ジョージ・マックウェル」の墓に埋めておいた」

エージェント「ジョージ・マックウェル? 一体誰なんです?」

管理官「縁者も親戚もない無縁仏の一つだよ……三十年も前に酔っ払って運河に落ちて溺れた男だ。今さら本人が気にするとも思えないがね」

エージェント「そう願いたいですね」

管理官「大丈夫さ。もし気になるようならウイスキーの瓶でも供えてやるといい……ネストとしては、メイベリー街の12番地にある「アルフレッド・カーフィリ男爵」の家を用意した……男爵と言っても平民とさして変わらない貧乏貴族で、君はそこのハウスメイド(女中)として雇われていることになっている」

エージェント「ええ」

管理官「ロンドン入りは石炭運搬の艀(はしけ)の積荷に紛れて行ってもらう……居心地は悪いだろうが、そこは我慢してくれ」

エージェント「堆肥を積んだ荷車じゃなかっただけでも上等ですよ」

管理官「そう言ってもらえるとありがたいな……目標との接触についてはネストに入り次第、追って指示する」

エージェント「分かりました」

…その数日後・運河沿い…

水夫「そら、もやい綱をかけろ! 道板を渡せ!」

荷下ろし係「ぼやぼやするな! あまり遅いようだと給料を減らすぞ!」

エージェント「……」山ほど積まれている質の悪い泥炭やくず炭が次々と艀から運び出されていく間にそっと船倉から抜けだし、するりと人混みに紛れ込んだ……

…数時間後・墓地…

エージェント「あったわね……」

…無縁仏の粗末な墓石を少し動かすと、その下に包みの手ざわりがある……年齢の割りに機敏な動作で包みを引っ張り出すと、何事もないように墓にお参りをし、ちょこちょこした歩調で歩き出した…

…さらに数時間後…

エージェント「……」

…人目に付かない裏通りで着替えたエージェントは前に着ていたぼろぼろの服をゴミの山に突っ込み、よくいるメイドらしい格好に着替えていた……オールドローズ色のあせたエプロンドレスに、頭に着けたヘッドドレス、手には卵が数個とニンジンが入った買い物用のバスケットを持っている……そのまま何事もなかったかのように、一軒の邸宅の裏口を開けて入った…

エージェント「……ただいま戻りました」

男爵(共和国の支援者)「ああ、お帰り……」

………

606 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/05/02(月) 01:37:43.74 ID:fB1pEJuO0
…数日後・コントロール…

7「L「シェパーズ・パイ」の件で管理官から報告が上がって参りました」

L「ほう……それで?」

7「はい。無事にネストへと入ることが出来たとメッセージが届いたそうです」

L「よかろう」

7「何か指示はございますか?」

L「いや、ない。 管理官に事前のブリーフィング通り任務を始めるよう通達してくれ」

7「承知いたしました」

L「ああ……」

…別の日・カーフィリ男爵の屋敷…

男爵「ミス・クロウリー、少しいいかね?」

エージェント「何でございましょう、カーフィリ様」

男爵「うむ……実は今度、ベニングスビー伯爵の屋敷で夕食会があるそうだ」

エージェント「それはよろしゅうございますね」

男爵「ああ……だが、さすがにベニングスビー伯ともなると大したものだね。屋敷に数十人はいるメイドや執事たちに加えて、当日は幾人もの料理人や給仕、メイドを雇うそうだ」朝刊を軽く振り動かしてみせた……

エージェント「さようでございますか」

男爵「うむ、現にこうして新聞に募集が出ておる……どことは書かれておらんが、間違いなく伯のパーティに合わせたものだよ」

エージェント「さようですか。 ところでカーフィリ様、わたくしは少々出かけなければならない用事があるのですが……数日ほどお休みを頂けますでしょうか?」支援者でもある男爵に、取り決めてある合図をしてみせた……

男爵「……うむ。かまわんから遠慮せずに行ってきなさい」

エージェント「承知いたしました、では失礼いたします……」

…同じ頃・メイフェア校…

アンジェ「……今度ベニングスビー伯爵のお屋敷でパーティが開かれるそうね」

ドロシー「ベニングスビー伯……例のパーティ好きの伯爵だな。 頭の出来はニワトリとどっこいどっこいだが、それだけに敵視されることもなければ、余計な政争にくちばしを突っ込むこともない……ある意味では「中立地帯」として最も信用できる人物だな」

アンジェ「要約ありがとう……そのベニングスビー伯爵よ。 そこに私もプリンセスのお誘いで同行することになった」

ドロシー「けっこうじゃないか、せいぜいうまいもんでも食ってくることだな」

アンジェ「残念だけれど、どうもそうは行かないようね」

ドロシー「……ほう?」

アンジェ「プリンセスが耳にした情報だと、どうやら今回のパーティは内務卿……つまりノルマンディ公の勧めでベニングスビー伯が開くことに決めたパーティなの」

ドロシー「ふぅん……奴さんが好き好んでパーティなんぞを開くようには見えないな」

アンジェ「ええ。 おそらくノルマンディ公はパーティにかこつけて誰かと接触を図るか、さもなければ招待客の動きを観察する機会を設けたいということね」

ドロシー「そうなると話が変わってくるな……ダモクレスの剣を上から吊るされた状態ってことか」

アンジェ「そういうこと」

ドロシー「まさかプリンセスとそのご学友を疑うとも思えないが……くれぐれも気を付けて、ボロを出さないようにしろよ」

アンジェ「ええ……」

ドロシー「ベアトリスは知ってるのか」

アンジェ「その情報を聞いたのはベアトリスよ」

ドロシー「へぇ、案外やるもんだな」

アンジェ「そうかもしれないわね……とりあえずパーティには出席するけれど、しばらくの間は鳴りをひそめる必要がありそうね」

ドロシー「ああ。さすがにこれだけ動き回っていると、どこかでほころびが出たっておかしくないものな……」

アンジェ「内務卿が動いたのも気になるし、もしかしたら何かをつかんでいるのかもしれないわね」

ドロシー「……そうでないことを願うばかりだな」
607 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 18:23:18.72 ID:ihDcxAkHO
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
608 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/05/09(月) 01:57:55.32 ID:9fHPSI/e0
…王国内務省…

防諜部長「……どうもこのところ、議会で審議された議案や予算案の情報が漏れている。むろん、各省庁の書記や秘書といった人物が関与しているとも思われたが、今回流出した情報は下級官僚には閲覧が許されていない」

管理官「つまり……」

防諜部長「議会内の重鎮、あるいは有力者……つまりは貴族の誰かが共和国に情報を売っているか、どこかで軽々しく話題にしているということだ。 そこでしばらくの間調査を続けていたところ、近々共和国のスパイがその情報提供者と連絡を取るべく接触するという情報が入ってきた」

管理官「では、その糸をたぐっていけば……」

防諜部長「おそらくは情報漏れの穴が見つかるだろう……共和国のスパイとは、どうやら今度行われるベニングスビー伯爵のパーティで接触する予定らしい。 ……情報漏洩の元と思われる人物はある程度まで絞り込んである。後はそれを手がかりとして目標の人物が誰か特定し、共和国のスパイもろとも確保する」

管理官「承知しました」

防諜部長「それから、今回の対象人物からは色々と聞く必要があるのでな……きちんと話せる状態で捕らえてもらいたい」

管理官「お任せを」

防諜部長「頼むぞ……この件はノルマンディ公直々の指示だ。くれぐれも手抜かりのないようにな」

管理官「あの方のですか……」

防諜部長「そうだ。ノルマンディ公が手元に置いている子飼いの連中は別件で動かせんらしい……そこでこちらにお鉢が回ってきたと言うことだ」

管理官「例の褐色娘ですね」

防諜部長「ああ……だが、よそで軽々しくそういう言い方をするな。 内務卿はあの娘をずいぶんと高く評価している」

管理官「そのようですね……部下は誰を頂けますか」

防諜部長「内務卿からは特にこれと言った指示を受けてはいない、ただ「必要な人物を過不足なく確保しろ」と言われているだけだ」

管理官「そうですか……こちらとしては対象の人物やパーティ会場の来客数から考えても、監視に並クラスのエージェントが六人、連絡役(メッセンジャー)として使える下級のエージェントか協力者も同数は欲しい所ですが」

防諜部長「合わせて一ダースか……もう少し減らせないか?」

管理官「これだけの会場で監視対象も複数ということになると、これだけの人数は必要です……もしかすると内通者は女性の可能性もある。男女それのエージェントが三人ずつでは、それぞれ対象を一人か二人監視するので精一杯です」

防諜部長「……仕方ないな、どうにかかき集めてみよう」

管理官「お願いします」

防諜部長「機材で必要なものは?」

管理官「パーティ会場での監視任務ですから、それ相応の格好と、カバー(偽装)に使える身分証やそれに類するものを……貴族は顔が知られていますからなりすますことは出来ませんが、料理の仕出しや雇われの給仕といった人間が入るでしょうから、そうした店の身分証があれば助かります」

防諜部長「分かった」

管理官「後は連絡用の機材ですが、パーティ会場ではモールス信号機も伝書鳩も必要ありませんし……標準的な装備で構わないかと」

防諜部長「うむ、そうしてくれ……予算も無限ではないからな」

管理官「よく知っています」防諜部内で提供される不味い紅茶のポットを軽く見てから、さらりと皮肉を言った……

防諜部長「結構」

………

…ロンドン・仕出し料理店…

雇用係「なるほど、貴族のお屋敷で……それならちょうどいい。じゃあここにサインをして」

共和国エージェント「はい」

…貴族のお屋敷と言えども、さすがに大がかりなパーティともなると屋敷の人間だけでは配膳や調理がまかないきれないこともあり、そういったときには高級レストランからシェフを呼んだり、気の利いた執事やメイドを派遣する「口入れ屋」が注文を取ったりする……生真面目である程度の教養もありそうな人間はそうした場所で受けが良く、エージェントの女性も「盆の運び方」や「食器の上げ下げ」といった実技のテストを受けた後、あっさりと契約書を交わした…

雇用係「当日はお屋敷の勝手口に行き、そこでハウスキーパー(女中頭)から指示を受けること。 あと、忘れずにこの書類を持って行くように」

エージェント「分かりました」

雇用係「それじゃあご苦労さん……次の方」

609 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/05/28(土) 10:25:16.95 ID:hdtDc26e0
…一方…

堀河公「ふむ……ベニングスビー伯爵のパーティか」

ちせ「はっ、どうも内務卿の差し金によるものと思われます」

…表向きは慣れないロンドンでの生活や勉学の支援のため、大使館で定期的に設けられている「相談会」にやってきたちせ……留学生という立場は堂々と大使館に通う理由が付けられるので、指示や報告の機会も得やすい……堀河公とは廊下で出くわした形を取り、雑談でもするかのように何気なく歩きながら報告を済ませる…

堀河公「なるほど、気になる所ではあるな……なにはともあれ情報の入手、大儀であった」

ちせ「もったいないお言葉にございます」

堀河公「いや、君は「倫敦(ロンドン)特務機関」の中でも実に優秀だ……引き続き励んでくれ」そう言うと日本から届いたばかりの菓子折を手渡した……

堀河公「……これは、ぜひ君の「ご学友」と一緒に」

ちせ「かたじけのうございます」

堀河公「うむ……君たち若い女学生はこれからの国家を支えてもらうためにも見聞を広め、勉学に励んでもらいたいものですな!」それまでは周囲には聞き取れない程度の口調で話していたが、急にあたりの事務官たちにも聞こえるような大声で言った……

ちせ「はい」

…そのころ・メイフェア校…

ドロシー「ベアトリス、分かっているとは思うが今回のパーティには気を付けて臨めよ」

ベアトリス「ええ」

ドロシー「お前さんが仕入れてきた情報が確かなら、内務卿がベニングスビー伯爵をつついてパーティを開かせることにした。 だが内務卿……ノルマンディ公が理由もなしに何かをすることなんてない。ましてやパーティを開くよう勧めるなんてことは、プリンセスが机の上に脚を乗っけるくらいあり得ない」

ベアトリス「そうですね」

ドロシー「とにかく当日は絶対に余計な色気を出すな……姫様のお付きとしていつも通りに振る舞え」

…ドロシーとしても着実に進歩しているベアトリスにあれこれ言うのはいささか気が引けたが、そこそこ情報活動に慣れてきてある程度の動きが分かったような気になっている時期が一番危ないと、しつこく言い聞かせた…

ベアトリス「はい」

ドロシー「頼んだぜ?」

ベアトリス「もちろんです、姫様を危険にさらすようなことをするわけがないじゃないですか」

ドロシー「ああ、ならいいんだ」

…一方…

プリンセス「アンジェ、今度のパーティには何を着ていくの?」

アンジェ「そうね……私は例の薄紫色のドレスにするつもりよ」


…アンジェはすでに日々の生活と一体となっている「地味で冴えない庶民出身の田舎娘」のカバー(偽装)を活かすために、パーティやお茶会ではたいてい印象を薄くするようなぼんやりした色合いのドレスを選んでいる……無邪気に微笑むプリンセスに対して素っ気なくそう言うと、また書きかけのノートに視線を戻した…


プリンセス「もう、アンジェったらまたあんな地味な色のものを着るつもりなの? ……せっかくなのだから、あの明るい黄色のドレスを着ればいいのに」

アンジェ「あのドレスは嫌いよ」

プリンセス「むぅ……アンジェの意地悪」

アンジェ「意地悪でも何でもないわ。 ああいう目立つ色を着るのは私の仕事じゃないってだけ」

プリンセス「でもたまにはいいじゃない、特に今回は私の「ご学友」として参加するわけだし……だめ?」いたずらっぽい笑みを浮かべて、下からのぞき込むようにしながら小首を傾げるプリンセス……

アンジェ「だめね」

プリンセス「そう、せっかく綺麗なドレス姿のアンジェを見られると思ったのに……残念」

アンジェ「そんなに見たければ今度二人きりの時にでも着てあげるわ」

プリンセス「ねぇ、アンジェ……それってもしかして「そういう」意味?」

アンジェ「……別にそういうつもりで言ったわけじゃないわ」

プリンセス「あら、でもその割には頬が赤いわよ?」

アンジェ「気のせいよ」

610 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/06/19(日) 02:31:01.15 ID:FQq1VuyC0
…数日後・ロンドン市内の高級美容室…

令嬢A「それで、今度のパーティにはプリンセスも出席なさるとか……」

令嬢B「ええ、その噂でしたらわたくしも耳にしておりますけれど、本当かしら?」

令嬢C「……あのクリーム色と緑のドレスは首回りのデザインが良くなくって……やはり仕立屋はロンドンに限りますわ」

令嬢D「そうですわね……ところでお父上から聞いたのですけれど、今度のスピットヘッドの観艦式には新型の軍艦が参加するそうですの」


…美容院の待合室で順番を待ちながらおしゃべりに興じるレディたち……ドレスや髪型、化粧や宝飾品の流行りすたりといった話題に交じって、王室や有名貴族の動静、夫や友人、はたまた父親から聞きかじった植民地事業や株価の値動き、官僚や軍の人事異動や配置転換といった、情報部員にとってよだれの出そうな情報も流れている……地味な格好をして髪を整え、結び、鋏を動かし、あるいは手にクリームを塗り、爪を磨き艶を出している「髪結い」の女性たちは何も言わず黙々と作業をこなしているが、その中にはしっかりと情報を聞き留めている共和国の情報部員や、情報を売って「副業」にしている下級の「タレコミ屋」なども交じっていた…


髪結い「では、ここを結い上げて……いかがでございましょう?」

令嬢「結構ね、これでよろしくてよ」

髪結い「はい……お待たせいたしました、どうぞ」

…その頃・王宮…

プリンセス「あら、叔父様。 ごきげんよう」

ノルマンディ公「ああ……ときにプリンセス」

プリンセス「なんでしょう?」

ノルマンディ公「うむ、今度のベニングスビー伯爵が開く夕食会についてだが……」

プリンセス「何かありましたの?」

ノルマンディ公「うむ、最近はロイヤル・ファミリーに対する不穏な動きが多いのでな……護衛官を二人ほど付けさせてもらう」

プリンセス「まぁ、王族を狙う事件だなんて怖いことですわね……叔父様、お気遣い嬉しく思いますわ」

…内務卿配下の護衛官に監視されていては何かと動きが制限されてしまうが、申し出を断れば疑惑を招く……プリンセスは仕方なく微笑みを浮かべ、丁寧に例を言った…

ノルマンディ公「なに、王国の将来を担うプリンセスに何かあっては困るからな……当日は誰も彼も着飾って来ることだろうから、うんとおめかしをして行くといいだろう」

プリンセス「あら、叔父様ったら……それでは素敵な格好をしませんと♪」

ノルマンディ公「うむ……では失礼」

ガゼル「……」ノルマンディ公に付き従っている「ガゼル」が、一瞬だけプリンセスとベアトリスに視線を向け、それから軽く礼をして歩いて行った……

ベアトリス「……姫様」

プリンセス「ええ」

ベアトリス「どうしますか?」

プリンセス「仕方のないことでしょう……ドロシーさんたちの言うように、当日は余計な事をせずに過ごしましょう」

ベアトリス「分かりました」

…その日の晩・部室…

ドロシー「やっぱりな……」

アンジェ「ええ。疑念を抱いているわけではないとしても定期的な「身体検査」は怠らないでしょうから、この動きは予想出来た」

ドロシー「しかし、こうなると当日は眉毛一つ動かせないな」

アンジェ「構わない。 コントロールには接触の時期をずらしてもらえばいい」

ドロシー「もちろんだ……ねずみ取りが仕掛けてあるって分かっていながらチーズに飛びつく馬鹿はいないさ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ちせにもおおよそのところは伝えておいた……これで堀河公にひとつ貸しを作ってやったことになる」

アンジェ「ええ……何かあったときに向こうから譲歩を引き出すいい質草になるわね」

ドロシー「そういうこと♪」
611 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/07/01(金) 02:54:09.15 ID:avGTljDO0
…パーティ数時間前・伯爵家の勝手口…

ハウスキーパー「なるほど、貴女たちが雇われた方々ね……結構。私はハウスキーパーのミセス・ダルトン」


…丸縁の眼鏡をかけた貫禄のあるハウスキーパー(女中頭)が新兵を見定める軍曹のような目つきでジロリと雇われメイドたちを眺め回した……上流階級の家庭における「ハウスキーパー」はいわゆるメイドとは異なる「女性版の執事」といった立場にあり、同格にあるバトラー(執事)を除く全員の人事権と家庭内におけるやりくりを全て把握していて、屋敷の中では一国の宰相を上回る権力を持っていると言っても過言ではない……そしてその威圧感は口入れ屋から派遣された一時雇いのメイドたち相手でも変わらない…


ハウスキーパー「料理をお出しする順番やお客様へのもてなしは私が、食器や料理に関する指示はうちのコックが出します……くれぐれも粗相のないように」

雇われメイドたち「「はい」」

ハウスキーパー「よろしい」

…しばらくして・厨房…

コック「カナッペは三種類、煮こごり料理は後で出す……スープ皿はここに並べるんだ」


…大きな厨房では火が赤々と燃え、屋敷のコックが指揮を執り、まるで戦場のような勢いで料理を仕上げていく……きれいに磨き上げられている銅の小鍋でソースを仕上げている者に、大きな銀の皿にローストビーフを盛り付けている者、煮こごり料理に最後の仕上げを加えている者…


コック「おい、ショウガソースはまだか!」

料理人「あと少しです!」

コック「こら、火が強いぞ! 焦げ付かせるつもりか!」

料理人B「すみません!」


…屋敷のコックは火加減の難しい料理を担当しつつ周囲にも目を配り、下働きや雇った仕出し料理屋の料理人たちに指示を飛ばしたりののしったりしている……きれいな赤身のローストビーフや手間のかかる煮こごり(ゼラチン寄せ)料理、木の葉をモチーフにした大きなパイ、料理を彩る濃厚なオランデーズソースや甘酸っぱいクランベリーソース……そしてデザートに使うメレンゲやカスタード、ルバーブの砂糖漬けやラズベリーのジャムも次々と仕上がっていく…


コック「味にメリハリがないな……コショウをもう少しだ!」

料理人「はい!」

コック「おい、レモン果汁はどうした?」

料理人B「今やります!」

…一方…

貴族女性「これはプリンセス……お目にかかれて嬉しゅうございます」

プリンセス「ええ、わたくしもです」

貴族女性B「プリンセスとのお目もじが叶いまして、わたくし幸せでございます」

プリンセス「まぁまぁ、わたくしもですよ。レディ・ヘリング……」

…いつも通りにこやかに左右の貴族たちに笑顔を振りまき、挨拶を交わしているプリンセス……と、そこに最新流行の洒落た格好に身を包んだ頬が赤く締まりのない貴族の男性……主催のベニングスビー伯爵がやってきた…

伯爵「おぉ、プリンセス……ようこそつつましき我が家へお越し下さいました♪」人のいい笑顔を浮かべた伯爵が頭を悩ませることと言ってはハンカチの位置やチョッキのしわといったことに限られるらしく、時折胸元のハンカチをいじっている……

プリンセス「まぁまぁ「つつましやか」だなんて……伯のお屋敷はとても立派でいらっしゃいますよ。 以前見せていただいた十六世紀のタペストリーや絵画はとても立派なもので、わたくし感心しておりました♪」

伯爵「いやはや、覚えていて下さって光栄です♪ ささ、どうぞこちらへ!」

ベアトリス「……」さりげなくプリンセスに従っているが、内務卿配下の私服護衛官が目を離さずについているせいか、少し緊張しているベアトリス…

アンジェ「……」一方、さしたる印象も与えずにさらりと会場に溶け込んでいるアンジェ……プリンセスから数歩ばかり距離を開けて次第に離れていき、少し退屈な表情をして壁際に立っただけで、あっという間に誰も気に留めない置物のようになってしまう……

…その頃・厨房…

コック「……よし、いいだろう……さぁ、前菜から持って行ってくれ!」


…食器室から運ばれてくる皿とグラスはピカピカに磨き上げられ、そこに料理が盛り付けられるとメイド達が運び出していく……共和国エージェントもメイド達に交じって忙しく立ち働くと同時に、屋敷の間取りや鍵の種類、家具の場所を頭に入れていく…


ハウスキーパー「乾杯はシャンパンから、前菜は順番を取り違えないように……」きちんと身なりが整っているか確認すると、料理を運ぶメイドや給仕たちをうながした……



612 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/07/21(木) 01:26:56.44 ID:nuHZs7J40
…しばらくして・食堂…

伯爵「えー、では……今宵、小生の主催いたしますこのささやかな夕食会にプリンセスのご臨席を賜りましたこと、心より御礼を申し上げます」伯爵が一礼すると、プリンセスも微笑みを浮かべて礼を返した……

伯爵「つきましては御一同、どうぞグラスをお持ちいただき……」


…見事なグラスに注がれた黄金色の美しいシャンパンがろうそくやランプの灯りに照り映え、乾杯のために立ち上がった貴族たちがまとう色とりどりの服やきらびやかな宝飾品、また勲爵士のリボンや勲章がきらきらときらめいている……


伯爵「では、これからも陛下の治世の長きことを願って」乾杯の音頭を取ると一同はシャンパンを飲み干し、一旦席につく……すぐに次の一杯が注がれ、今度はプリンセスが返杯のために挨拶をする……

プリンセス「今宵、私をお招き下さいましたベニングスビー伯と伯爵夫人、またウィンターボザム伯爵夫妻、グレイスレード伯爵夫妻、バーコウ男爵夫妻、サザード男爵夫妻……また今宵を共に過ごします皆様方の健康を祝して、乾杯」


…有力貴族たちの名前を次々と誤ることも言いよどむこともなく網羅しつつ、それぞれに軽く一礼し、無事に言い終えるとグラスを持ち上げて乾杯した…


伯爵「いやはや、まさか本当にプリンセスにご来駕頂けるとは……わたくしめは嬉しく思っております」

プリンセス「いえいえ、伯のお誘いをむげにお断りするわけには参りませんもの……♪」

伯爵「恐縮でございます」


…にぎやかに会話が弾む中、さっそく前菜がやってくる……新鮮なエンドウ豆のきれいな緑色とサーモンの鮮やかな鮭色を残したままムースにした手間のかかる一品や、小さなクラッカーに丁寧に盛り付けられたフォアグラのパテにクリームチーズ、アスパラガスなどがさっと供される…


太めの伯爵夫人「相変わらずベニングスビー伯は美食家でいらっしゃいますわね」

伯爵「ははは、ポールトン伯爵夫人はフォアグラがお好きだとうかがっておりましたので、特に用意させたのですよ」

伯爵夫人「まぁまぁ、お気遣いいただいて……大変結構なお味ですわ」

口ひげの伯爵「うむ、実に見事だ……ベニングスビー伯はいい料理人を抱えていらっしゃる」

伯爵「いやいや、過分のお褒めをいただき恥ずかしい限りです」

…一方・テーブルの末席…

鼻のとがった貴族令嬢「……それで、貴女様はプリンセスとご学友でいらっしゃるの?」

アンジェ「え、ええ……」


…アルビオンでは白い目で見られがちなフランス系の名前を持ち、かつ「平民」であるアンジェは本来このような席に呼ばれることすらあり得ないが、あくまで「プリンセスのご学友」としての、いわば「添え物」として招待され、つんと取り澄ました貴族令嬢の端くれと向かい合う席に座っていた……その点では形ばかりとは言え貴族令嬢であるベアトリスの方が席次が上で、テーブルの中央より少し手前、あまり悪くない位置に座っている…


貴族令嬢「そう」

アンジェ「はい……」いかにも貴族に圧倒されてしどろもどろ……といった演技をしながら、抜かりなく室内を観察しているアンジェ……

アンジェ「……(給仕の中に内務卿のエージェントが一人、二人……合わせて四人)」

騒がしい貴族令嬢「それにしてもプリンセスと同じ夕食会にお招きいただけるなんて! わたくし、もう感激で胸が一杯ですわ!」

アンジェ「……」

…いくつか離れた席に騒がしくしている貴族令嬢がいるおかげで注意がそちらに引きつけられ、あたりを観察するのには都合がいい……きらびやかな服の伯爵に仲むつまじい様子の男爵夫妻、優雅な物腰の伯爵令嬢に美男子の男爵子息……

貴族令嬢「……それで、プリンセスとお話しするような機会はございますの?」

アンジェ「いえ。わたくしのようなものでは、そのようなことは滅多に……」相手が退屈になるようあいまいな返事をしながら、並んでいる貴族たちを冷めた心で観察しているアンジェ……料理を口に運びつつ、胸中ではコントロールに送る報告書に書くべき、貴族たちの人格的欠点や素行を書き並べている……

豪華な格好の伯爵「いやはや、それがですな……」

アンジェ「……(あの伯爵は株で一財産をすったけれど、まだ見栄を張ってぜいたくな暮らしをしている……金銭面で転ばせることはたやすい)」

丸顔の男爵「良かったねえ、おまえが一緒で私も嬉しいよ」

しとやかな男爵夫人「ええ、あなた」

アンジェ「……(あの男爵夫妻は仲むつまじい振りをしているけれど、実際には政略結婚で関係は冷え切っている……ちょっとした誘いがあれば、どちらも火遊びにのめり込む可能性はある)」

優雅な伯爵令嬢「まぁ、ふふふ……♪」

アンジェ「……(あの男爵令嬢は裏で会員制サロンに入り浸っては、店の女の子を相手にみだらな行いの限りを尽くしている……それをネタに脅しつければあっという間に情報を吐くはず)」

………

613 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/08/05(金) 00:13:21.28 ID:wrXc5wju0
伯爵「それではそろそろパイの方に参りましょう♪」

高齢の貴族婦人「まぁまぁ、美味しそうなパイですこと」

伯爵「でしょうな。これはうちの料理人が特に自慢している一品でしてね……ささ、私がお取りしますよ」

貴族婦人「まぁ、ありがとう」

男爵「……うむ、確かに絶品だ」

男爵夫人「実に美味しいですわ♪」


…まるで軍艦の船体かアイロンのような、立ち上がりのある木の葉型をした大きなパイが食卓に運ばれてきた……まだ湯気を残しているパイはこんがりといい色をしていて、表面にはパイ皮で産業のシンボルである歯車と自然の象徴である木の葉をあしらってある……中に詰まっているのはたっぷりのビーフで、じっくりと煮込まれていて柔らかく、オレガノやローズマリーの風味、そして肉の臭みを消すために使われている黒胡椒の後に残すぴりっとした刺激がよく調和している…


赤ら顔の男爵「いや、これは素晴らしいですな……どうです、うちの料理人と取り替えませんか?」

伯爵「ははは。 ウィルポール男爵、あなたの抱えていらっしゃる料理人はスープが絶品だと聞いておりますよ」

男爵「ええ、いかにも……スープの時はうちの料理人を使って、パイの時は伯爵の料理人を使えれば言うことなしなのですがね」

伯爵「世の中はままならないものですな」

男爵「まったくですな……もう一切れお願いいたしますよ」

伯爵「ええ、お取りしましょう」


…壁際でじっと動かず装飾のように控えている護衛官は切り分け用のナイフが動くたびに、いつ刃がプリンセスに向けられても対応できるよう、そのたびごとにちらっと注意を向けている……プリンセスは背中に護衛官たちの視線を意識しながらもにこやかに微笑み、あくまで「プリンセスらしい」上品な冗談で軽い笑いを取り、ドレスを汚すことのないよう、小鳥が餌をついばむように少しずつパイをいただく…

伯爵「いかがですか、プリンセス? お口に合いますでしょうか」

プリンセス「ええ、とても……本当に美味ですわ♪」

…体調を崩して公的行事を欠席したりすることがないよう、常に食事は控え目で節制を求められているプリンセスは、いかに美味しいパイではあってもお代わりを頼むようなことはできず、好きなように飲み食いできる立場の貴族たちが少しだけ羨ましい……しかしながらそれと同時に、周囲に気を配り余計な事を口走ったりしないよう緊張し頭を働かせているためか、こうした場面ではあまり空腹を感じない…


男爵「……いやはや、絶品でしたな」

男爵夫人「素晴らしい食事でしたわ」

伯爵「そう言っていただけると実に嬉しい。 ワインはいかがですかな? それともブランデー? プリンセス、いかがですか?」

プリンセス「ありがとうございます、それではワインにしましょう」

貴族婦人「それではわたくしも……」

伯爵「チーズは? ロクフォール? チェシャ? スティルトン?」

プリンセス「そうですね……」

………

…厨房…


…明るく照らされた食卓で笑いさざめいている間に、厨房には次々と皿やグラスが運ばれてくる……湯を沸かした大きな桶に次々と皿がつけ込まれ、汚れが浮いたところで海綿(かいめん)のスポンジを使って汚れを洗い落としていく……ワイングラスは丁寧にゆすぎ、皿とは別に管理される…

料理人「おい、丁寧にやれ! これだから雇われの下働きは嫌なんだ……」

料理人B「盆はそっちじゃない! こっちだ!」

共和国エージェント「……」

…めまぐるしく人が行き来し、料理人でさえ目が回りそうな空間からさっと抜けだすと、人気のない廊下で対象と待ち合わせるエージェント……と、そこへやせ型の貴族が一人やってきた……わし鼻に気難しそうな顔立ち、愉快なパーティに来たというのにへの字に曲がっている口……身に付けている物こそ悪くないが底意地の悪そうな態度のせいで、したくもない仮装をさせられた寄宿学校の校長先生か何かに見える…

貴族「おい、メイド。手洗いはどこだ」

エージェント「申し訳ございません、わたくしは臨時に雇われただけでございますので……」

貴族「なんだ、使えんな。これだから下層階級は困る。 これならうちの犬の「グロウラー(うなる奴)」の方がよっぽど利口だ……まったく、教養という物はないのか」そう吐きすてるように言った中にさりげなく、取り決めてあった「グロウラー」という合い言葉が入っている……

エージェント「はい、あいにくと「マクベス」も読んだことがありませんので」

貴族「ふん。 シェークスピアなんぞただの劇作家に過ぎん……もういい」

エージェント「申し訳ございません」頭を下げてわびながら、相手に連絡手段の手はずを書いた紙片をつかませる……

貴族「うむ……」
614 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/08/19(金) 01:21:51.92 ID:oNjKTgDS0
…一方・婦人室…

やせこけた貴族婦人「ええ、それでわたくしはね……」

恰幅の良い貴族婦人「あのフランス人という方々には本当に我慢がなりませんわ!」鼻にしわを寄せて見くだしたような口調の貴族婦人……

プリンセス「なるほど、そういった意見もございますわね」


…男性陣は政治談義やちょっとした賭けトランプ、そして年代物のブランデーを楽しみに談話室へ……一方プリンセスを始めとする女性陣も世間話や多少のお金を賭けたトランプをするために婦人室(ブドワール)に集っていた……メイドは呼び鈴が鳴らされ次第すぐ来られるよう次の間で待機しているが、プリンセスに付いている内務卿配下の女性護衛官たちは、サロンの片隅で存在感を消して立っている…


鼻のとがった貴族令嬢「ですからね、わたくしはお父様にこう申し上げたんですの……」

くせっ毛の貴族令嬢「……近頃はクィーンズ・メイフェア校にも平民の方がいらっしゃるのでしょう?」

ベアトリス「ええ、はい……」


…食卓でのワインやシャンパン、それに婦人室のテーブルに置かれている上等なコニャックをちびちびと舐めているうちに、中の何人かはかなり舌の回りが良くなっている……室内の灯りが放つ熱と火との体温で少々蒸し暑い室内に響いている切れ切れの会話から耳寄りな情報を含んでいるものがないか、おしゃべりしながらも意識を集中させているプリンセスとベアトリス…


貴族婦人「よろしければプリンセス、私どもとテーブルを囲んでいただけますでしょうか?」

プリンセス「ええ、わたくしでよろしければ……♪」たしなみの一つとして、相手の機嫌を損ねない程度にホイストやポーカーが出来るプリンセスは、カードテーブルを囲んだ色とりどりのドレス……をまとった、頭は空っぽだが見た目やおしゃべりは上手な「パーティ向き」の貴族婦人たちに呼び止められた……

男爵夫人「あらまぁ、プリンセスと同席が叶うだなんて光栄ですわ! でも、カードの方は遠慮しませんわよ?」

プリンセス「まぁ、どうぞお手柔らかに♪」

…そのころ・外庭…

内務省エージェント指揮官「……どうだ?」

エージェント「さきほど接触があった模様……対象は給仕のために雇われたメイド。 髪は茶、身長は五フィートそこそこ。厨房を離れ、廊下に出た所を確認……他に怪しい動きを見せた者はおりません」

指揮官「よし、最後まで気を抜くな……気取られないよう、必要以上に視線を向けたりするな」

エージェント「了解」

指揮官「よし、まずは食いついたな……」

………



…深夜…

プリンセス「……ただいま戻りました」

アンジェ「お帰りなさい、プリンセス」

ベアトリス「ふー……すっかり遅くなっちゃいました」

ドロシー「よう、堅苦しい格好に堅苦しい話し相手で疲れただろう。 今日はもう着替えて休めよ」

ベアトリス「ええ、ですが姫様のお召し物を片付けてからでないと……」

プリンセス「大丈夫よ、ベアト。 そのくらい私でも出来るわ」

ベアトリス「いえ、私が姫様のお世話をしたいだけなので……///」

プリンセス「そう、だったらお願いしようかしら♪」

ベアトリス「はい♪」

ドロシー「仲むつまじい事でうらやましいよ……こっちは相変わらず冷血の相手でイヤになっちまう」そう言いながらも、冗談めかしているので毒気はない……

アンジェ「結構なご意見ね……二人も戻ってきたことだから、私も休むわ」

プリンセス「ええ。 お休みなさい、アンジェ♪」プリンセスは絹の白い長手袋を外すとアンジェに近寄り、片頬に手を当てると反対側のほっぺたにキスをし、にっこり微笑むとベアトリスを連れて出て行った……

アンジェ「///」

ドロシー「ひゅう、お熱いねえ♪」

アンジェ「……」軽口を叩くドロシーに向かって、冷たい目線を向けるアンジェ……

ドロシー「おー、おっかない……っと、そうそう。 私も数日後にとある貴族のパーティがあるんでね、その日は代わりに頼んだぜ」

アンジェ「分かった」

ドロシー「美味いものが食えると良いんだがな……それじゃあお休み♪」
615 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2022/08/19(金) 02:56:41.87 ID:e+DWnUH90
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
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616 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/08/28(日) 01:41:35.85 ID:2pt1Y3Au0
…数日後…

ベアトリス「出来ましたよ、ドロシーさん」

…針仕事の上手なベアトリスと、おおざっぱなふりをして、意外と何でもこなせる器用なドロシー……二人でちくちくと針を進めていく内に、次第に形になっていく三インチ銃身「ウェブリー・スコット」用の肩吊りホルスター……最後にベアトリスが糸を返してほどけないように縫い、末端の糸を切って道具を置いた…

ドロシー「どれどれ……よいしょ」

ベアトリス「どうですか?」

ドロシー「ほほう……こいつはいいな、まるで誂えたみたいにぴったりだ」工作場の崩れかけたレンガの奥、油布に包んで隠してあるウェブリー・リボルバーを取り出してホルスターに差し込むと、何度か抜き撃ちの動作を試してみる……

ベアトリス「良かったですね」

ドロシー「ああ、これなら肩や腕周りが突っ張って服の上からシルエットが目立つって事もないな。よし、今日はこれでおしまいにしよう」

ベアトリス「それじゃあ灯りを消しま……」

ドロシー「待て」

ベアトリス「……どうかしましたか」ぴたりと動きを止めて声を潜めた……

ドロシー「ああ……そっとのぞいてみろ、窓の向こう……運河の対岸だ。道に車が停まってるだろう」

ベアトリス「ええ、黒い四人乗りくらいの……」

ドロシー「あの車、たぶん同業者のだ……」

ベアトリス「それじゃあまさか……?」

ドロシー「いや、こっちから丸見えのところに車を止める馬鹿はいないさ……ありゃあ、おおかたどっかの監視だな」

ベアトリス「どうします?」

ドロシー「なに、簡単さ……何食わぬ顔で出て行けばいいだけのことさ」

ベアトリス「ずいぶんと落ち着いていますね」

ドロシー「慌てふためいたって良いことなんかないからな……この世界で長生きしたいなら用心深いことはもちろんだが、図太いくらいに落ち着いてなきゃダメだぜ」

ベアトリス「できるだけそうできるように頑張ります」

ドロシー「ああ……とりあえず連中、動くつもりはないみたいだな」あまり長いこと覗き見ていると感づかれてしまうかもしれないので、自分たちに関係がないと分かると早々に窓から離れた……

………



…次の晩・共和国のセーフハウス…

共和国若手エージェント「……あれが今回「オーヴァー・ザ・フェンス(越境)」させるやつですか」

共和国エージェント「そうさ」

…中年女性のエージェントは落ち着きはらった様子で椅子に腰かけている……一方、まだ青さの残る若手エージェントは労働者風の格好をしているが、偽装もエージェントらしい振る舞いもまだ板に付いている感じではない……越境希望者の貴族と指定の場所で合流すると、運河沿いの目立たない貸家に入り、越境を手伝う味方エージェントを待っている二人…

若手「ふーん……さっき用事を頼まれたんですが、なんだか高慢ちきな貴族野郎ですね」

エージェント「その「貴族野郎」を向こうに連れ出すのが今回の任務さ……今夜は月の出が遅い。月光で明るくなる前に手配しておいた車に乗って「壁」の近くにあるセーフハウス(隠れ家)まで移動。 越境は明日の朝、明け方すぐに行う」

若手「分かりました。 でも今夜じゃダメなんですかね?」

エージェント「管理官のやつが言うには数週間前の夜に越境を試みた一般人がいたせいで、「B検問所」(チェックポイント・ベーカー)は夜間の見張りが増員されている……そこで相手の裏をかいて、明け方に越境を図る」

若手「なるほど……?」

エージェント「明け方の検問所が開く時間はまだ係官も目が覚めきっていないからぼんやりしているし、壁や建物で日差しが遮られて顔も見分けにくい……それでいて壁を越えて商売をしたりする人間がかなり多くやってくる」

若手「つまり、どさくさに紛れて顔を確かめられずに済む可能性がある……と」

エージェント「そうあって欲しい、ってところさ……もっとも、査証や身分証は情報部の方で移動先のセーフハウスに用意してあるそうだから、あとはそいつがきちんと出来ている事を祈るばかりさ」

若手「分かりました……それじゃあ、また奴さんの様子を見てきます。 さっきまでは紅茶がまずいの、ベッドが汚いだのって言ってましたが……静かにしているところをみると眠っちまったのかな」

エージェント「ま、奴さんもやっこさんなりに越境が心配なのさ」

若手「無理もないですね……」
617 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/09/16(金) 01:41:27.09 ID:7/yvy8yf0
…数時間後…

エージェント「……どうだった?」

若手「寝てたので起こしてきました……こんな時によく眠れるもんですね」

エージェント「連絡を取って「壁越え」の計画が動き出してからと言うもの、ベッドに入ってもまんじりともしなかったんだろう……さ、準備を整えるんだ。 それと、壁越えをするときの身体検査で引っかかったら厄介な事になるから、銃はここに置いていくんだよ」

若手「分かってます」


…女性エージェントは銃と入れ替えに床下にしまい込んであった衣服を身につけていた……黒い厚手のボンネットで隠しがちにした顔と、貴族婦人にしてはどこか派手で、かといって街中の主婦というには金がかかっているという印象を与える濃い紅のドレスは、貴族や金持ちがこっそり一晩楽しむ時にお相手をするような女性に見える……化粧もそういう女性にふさわしく心持ち派手にはしているが、かといって興味本位の目を引くほどでもない…


エージェント「どう、準備はできたかい?」

若手「ええ、僕なんかはごくあっさりしたもんですから……」


…若手エージェントは鳥打ち帽(ハンチング)に茶色の上着と同系統のズボン……誰が見たって下っ端の雑用係にしか見えない格好で、上着の裾は生地がすり切れ始め、ズボンは寸法が足らずくるぶしが見えるほど、おまけに革靴もすっかり艶がない…


エージェント「ああ、それならいいだろう……コヴェントガーデン(青果市場)の御用聞きか、商店の下働きにしか見えないね」

若手「どうも……」と、亡命希望者の貴族が寝室から出てきた……髪にいくらか寝癖が付いていて服もしわがよっているが、少しは体力を回復したらしく、いくらかましな様子になっている……

エージェント「よく眠れました?」

貴族「ふん、馬鹿な……あんな寝心地の悪い寝台は初めてだ」

エージェント「まぁまぁ、壁を越えたらいくらでも柔らかいベッドで眠れますよ」

貴族「そのくらいは当然だろう。 わしがどれだけ貴様らの政府にとって有用だったと思っているのだ」

エージェント「だからこうして壁越えをお膳立てしているんですよ……そろそろ迎えの車が来ます」

貴族「そうか」

若手「ん、ちょっと待って……」

エージェント「どうした?」

若手「いえ、エンジン音が聞こえたような気がします……」

エージェント「あと十五分はあるけど、間違いないか?」

若手「いや、もしかしたら聞き違いかもしれません……見てきますか?」

エージェント「いい。下手にうろちょろして人目をひくようなもんじゃない……」窓から見える歩道には玄関の灯りが弱々しく光を投げかけているが、そこにいくつかの影が動いた……

エージェント「っ!」

王国エージェント「動くなっ!」


…安普請の玄関ドアを蝶番(ちょうつがい)ごと蹴り破って屋内へなだれ込んできた王国のエージェントたち……いずれも私服姿で、手にはそれぞれ三インチ銃身のウェブリー・スコットだの、もっと銃身の短い「ブルドッグ」タイプのピストルだのを握っている…


若手「くそっ!」とっさに居間の椅子を投げつけて相手をひるませ、敵方のピストルをもぎ取ろうする若手エージェント……

エージェント「……ちっ!」若手が時間を稼いでいる間に亡命希望者の手をひっつかみ、とっさに裏口へと通じている台所に駆け込む…

王国エージェントB「そこまでだ、悪あがきはよせ」

エージェント「……くっ!」裏口からも突っ込んできた王国エージェントの一人にピストルの銃身で横面を張られた女性エージェント……右頬に強烈な打撃を受け、口の中が切れたらしく血の味がする……

若手「かは……っ!」もみ合っていた若手も相手に投げ飛ばされ、ひっくり返ったところで脇腹に蹴りを入れられた……

貴族「……こんな……ここまできて……」

王国エージェント「よし、全員押さえたな……本部に無電を打ってこい」下っ端らしい一人が表に駆け出していくと、指揮官格のエージェントが冷たく言い放った……

王国エージェント「お前たちには国歌転覆、スパイ、文書偽造、武器の不法所持といった容疑がかけられている……うまい言い訳を今のうちに考えておくことだな」

………



618 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/09/26(月) 01:38:32.09 ID:9SN7V7qY0
…数十分後・コントロール…

7「失礼します」

L「うむ……何があった?」すでに時計は深夜を回っているにもかかわらず、幾人ものタイピストや伝達吏が行き交っている「コントロール」の施設内……冷めた紅茶を横に置いて書類を片付けていたところに「7」が足早に入って来た……

7「先ほど「シェパーズ・パイ」作戦の支援チーム「ホワイト・ラビット(白ウサギ)」から緊急電が入りました」

L「内容は?」

7「はい、内容ですが「ティーポットにはティーコジー(ポット覆い)が被せられた。アリスのお茶会はハートの女王が来て流れてしまった」とのことですが、これは……」

L「分かっている「エージェントが逮捕され、作戦継続は危険」だな……B暗号を使って各チームに脱出を指示しろ」

7「承知しました」

L「さて、これからが本番だ……」


…同じ頃・ノルマンディ公の執務室…

ガゼル「失礼いたします、報告が入りました」

ノルマンディ公「それで?」

ガゼル「はっ、亡命を図っていた貴族「カーナーヴォン子爵」および、越境を支援していた共和国エージェント二名を確保。同時に解読済みの暗号から支援グループの位置も特定、うち一つはすでに検挙し、残りも確保するべく部員が急行中です」

ノルマンディ公「ふむ……それで、エージェントの尋問は?」

ガゼル「すでに「迎賓館」に連行中で、到着次第開始します」

ノルマンディ公「結構。下がってよろしい」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「……ふむ、これで「水漏れ」が止まればよいがな」ガゼルを下がらせると、チェス盤の駒を一つ動かした……

………



…しばらくして・王国内務省のとある施設…

内務省の尋問官「さて……我々はお互いに玄人(プロフェッショナル)だから分かると思うが、今回はたまたま君の運がなかったと言うだけのことだ。気を落とすことはない」まるで友達とおしゃべりするような口調でそう言うと、銃身で張られた頬を気づかってリカーキャビネットからグラスを取り出し、ウィスキーを注いで渡した……

エージェント「ご丁寧にどうも」笑ってみせようとしたが、頬の傷が痛んでしかめ面になってしまう……


…逮捕されてからずっと目隠しをされていたので場所も分からないが、おそらく王国内務省がロンドン市内に持っている尋問施設へと連行された共和国のエージェント……若手のエージェントとは別々にされて連れてこられたのは小さな一室で、小ぎれいな室内には窓こそないが、その代わりにちょっとした机と椅子、小さい戸棚が据え付けてある……エージェントが座っている椅子の向かいにはネクタイのノット(結び目)もきちんとした、真面目そうな顔をした男が座っている……逃亡のしようもないということなのか、手首をきつく締め付けていた手錠も腰縄も解かれている…


尋問官「さてと……お互いによく分かっているもの同士、ざっくばらんにいこうか。 カーナーヴォン子爵のオーヴァー・ザ・フェンス(越境)に協力したのは誰だったのだ? 検問所を通過するのに必要な書類も揃っていたが、誰が用意した?」

エージェント「用意したのはこちらの書類・旅券担当だと思うね。偽造書類でおおよそ作れないものはないっていう話だから」

尋問官「ではカーナーヴォン子爵の越境を指示したのは? 担当官は誰だった? ヘンリー?スタイルズ?それともアーヴィン老かね? 彼はそろそろ引退する頃合いだと思っていたが」態度は穏やかだが、まるで「全て知っているぞ」というように共和国情報部の細かな事まで披露してみせる……

エージェント「いいや、担当はハーバートだったよ」

尋問官「あぁ、ハーバートか……文学に詳しい男だろう?」

エージェント「そう……任務説明の指示書にやたらと比喩や小難しい言い回しを使うんで、読むのに苦労するんだよ。「一回限り暗号帳」方式だからなおのことさ」

尋問官「相変わらずだな、彼も……それで、連絡役は誰だった?」

エージェント「さあ。デッドレター・ボックス方式で指示書を受け取るだけだから正体は知らないね……メールドロップは三か所あって、メッセージを届けるのはそれぞれ暗号名で「メトセラ(旧約聖書に登場する、969歳まで生きたとされる長命の老人)」「ペリウィンクル(ニチニチソウ)」「ヘッジホッグ(ハリネズミ)」と呼ばれていたよ」

尋問官「そのコードネームだが……なにか本人と関係のある名前だと思うかい?」

エージェント「それはないね。うちの情報部はそういう連想できるような名前を付けることをひどく嫌っていたから……おおかた辞書でもめくりながら適当に決めたんだろうさ」

尋問官「なるほど、そりゃそうだ……ウィスキーをもう一杯どうだね?」自分のグラスにも少し注ぐと、エージェントにそう尋ねた……

エージェント「いただくよ。 傷が痛くて、飲まなきゃやってられないからね」

619 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/10/09(日) 02:17:01.30 ID:QO/oYXvJ0
尋問官「現場の連中が手荒な真似をして済まなかった、彼らはこういった「ゲーム」の運び方が分かっていないからな」

エージェント「……ああいう現場の連中はカッとなりやすいから仕方ないさ」

尋問官「申し訳ない。 こういった場合も隠し事なしで率直に話し合えば、お互いに面倒がなくっていいんだが……」

…口ごもるようにして途中で言葉を濁すと、暖炉の通して下の階からうめき声と、尋問官とおぼしき男の冷徹な声がかすかに聞こえてきた…

エージェント「……」眉をひそめて尋問官を見る……

尋問官「あの若者はずいぶん頑固だね、感心なほどだ……しかしどうにも、あまり気味のいいものじゃないね」暖炉には火が入っていないので、焚き口を閉じて音が聞こえないようにした……

尋問官「……と、話がそれた。 メールドロップに入っている文章はどんな用紙で、どんな暗号を使っていたか教えてくれ……「並べ替え式」の暗号だったっけね?」エージェントの言ったことがでまかせかどうか、さりげなくかまをかけてくる……

エージェント「いいや。あんたも若いのに物覚えが悪いね。 暗号は一回限り暗号帳を使った暗号で、コードブックになるのはシェイクスピアの「マクベス」だよ。あの本なら貴族の家の本棚に入っていてもおかしくないからね」

尋問官「なるほど……「バーナムの森が動かぬ限り……」というやつか」

エージェント「そう、それさ……用紙はたいてい何かの裏紙だったりするんだが、一度だけ「ペリウィンクル」のよこしたメッセージにリバティで売ってる便せんが使われていたことがあったっけ」

尋問官「リバティ? リバティ百貨店のことか? ウェストエンドのマルボロー・ストリートにある?」

(※リバティ…ロンドンにある「ハロッズ」と並ぶ名門百貨店)

エージェント「リバティ百貨店が他にあるかい?」

尋問官「いや……しかしリバティで売ってる便せんとなると、連絡役はある程度の身分がある立場ということか?」

エージェント「どうだか。もしかしたら使用人が主人の書斎から便せんを数枚ちょろまかしただけかもしれないし、スリ取ったのかもしれない……私に分かるもんかね」

尋問官「そりゃあそうだ。 それで、メッセージがドロップに入っているのはそれぞれ何曜日だった?」

エージェント「そいつは一定じゃなくて、ドロップにメッセージがある時はそれを知らせる印が特定の場所に付けられていたんだ」

尋問官「ほう」

エージェント「……例えば「メトセラ」からのメッセージがあるときは、コヴェントガーデン(青果市場)の西のすみっこにある「ジェリー・ホーキンス青果店」で、ジャガイモの空き箱にチョークで丸印が描いてある」

尋問官「ということは、その店は関係があるのか?」

エージェント「そんなのあたしが知っているわけがないだろう。 まさかいきなり入っていって「ここは共和国スパイの協賛店ですか」なんて聞くのかい?」

尋問官「たしかにそうだ。それじゃあ次に、連絡を受けた場合の事について聞こう……」

………



…相当な時間ののち…

尋問官「……さて、君もくたびれただろうし、とりあえずはこのくらいにしておこう。後で朝食も持ってこさせるよ」

エージェント「朝食? いったい今は何時なんだい?」

尋問官「えーと……ちょうど朝の九時だ」チョッキから懐中時計を取り出すと時間を見て、エージェントに教えた……

エージェント「それじゃあ八時間近くあんたとおしゃべりしてたってことかね」

尋問官「そうなるね。朝食が済んだらまた来るよ」疲れの色も見せず、まるで茶飲み話の約束でもするかのようにさらりと言ってのけると部屋を出た……

…尋問官の執務室…

部下「どうでした?」

尋問官「ああ。 おおかたは「歌った」が、まだ分からないところがあってな……上からは何と?」

部下「内務卿の方から「出来うる限り迅速に」吐かせろと言ってきました」

尋問官「そう来ると思ったよ。漏れた情報の事も少し聞き出したが、かなりの大事になりそうだからな……そうそう、彼女に朝食を持って行ってやってくれ。私にはチョコレートと紅茶を……紅茶はいつもみたいにミルクと砂糖を入れてな」

部下「そうおっしゃると思って用意してあります」

尋問官「ありがとう、気が利くな……ふぅ、あのご婦人はかなりのベテランだよ。お互いの「呼吸」って物が分かってる」凝り固まった肩を回しながら、甘い紅茶とチョコレートで一息ついた……

部下「……ところで、あの若造の方ですが」

尋問官「ああ、どうだった?」

部下「肝心なことは何も知らされていないようです……それにとにかく強情で、ジョージも「吐かせるのに苦労した」と言っていました」

尋問官「ああ、こっちにも聞こえたよ。とにかくご苦労だったな。 尋問の調書は写しを取って、内務卿宛てにしてすぐ出してくれ。それが済んだら少し休憩していいぞ」

部下「分かりました、ありがとうございます」

尋問官「いいんだ……とにかく彼女には早くしゃべってもらわないと」
620 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/10/21(金) 01:39:08.09 ID:vgqRftdI0
…内務省…

役人「おい、この書類を急いでタイプしてくれ!」

タイピスト「分かりました」

郵便係「こっちは内務卿の執務室……こっちは次官宛て、こっちは……」

下級官吏「済みません、ミスタ・ペパンズ。この手紙には六ペンスの切手を貼っていただかないと……」

役人B「そうだった……構わんから君が貼り直しておいてくれ」

…官庁街の一角にある王国内務省では、朝から役人たちがせわしなく活動していて、数多くの書類や情報が行き来する中、多くの人々がそれを見て、サインをし、タイプを叩き、封をしている……くたびれた役人たちは時折休憩を取るために庁舎の休憩室や近くの屋台で紅茶やパイを腹に入れつつ、しばらくするとまた机に戻っていく…

役人C「聞いたか? なんでも共和国の諜報網が一網打尽になったそうだ……紅茶とベリージャムのパイを二つずつ」

役人D「ああ、噂になってるな……昨日の深夜だって?」小銭をカウンターに置いて大きな紅茶のマグカップを受け取ると、しばし噂話に興じる……

役人C「そうらしい。きっと内務卿(ノルマンディ公)子飼いの部下だろうよ」

役人D「あり得る話だな……どうもごちそうさん」温かい紅茶を飲み終えると、また庁舎に戻っていく……

屋台のオヤジ「へい、毎度どうも……」

…夜・とある邸宅…

内務省官僚「ふぅ……今日は散々だった。 内務卿が共和国スパイのアジトを「手入れ」したもんだから、スコットランド・ヤードには「うちの管轄に手を出すな」とばかりに嫌味を言われるし、陸軍省だの外務省だのがしゃしゃり出て来るし……」

官僚の妻「お疲れでしたわね、あなた。 それにしても、そろそろ休暇をいただいたらいかが?」

官僚「そうしたいのは山々だがね、内務卿であるノルマンディ公もうちの局長も休みを取らないのに、まさか局長秘書の私だけ休むというわけにはいかないよ……そうだ、せめて君だけでも気分転換してきたらどうだ?」

妻「でも、私だけお出かけだなんて……よろしいの?」

官僚「ああ、いいさ。 美容室にでも行って流行の髪型にでもして、ついでにドレスでも見繕えば退屈もまぎれるだろう? レスター次官夫人のティーパーティもあるし、ちょうどいいじゃないか」

妻「そうね、それじゃあそうするわ」

官僚「ああ、それがいいよ」

…別の日・とある花屋…

花屋「いらっしゃいまし、どのようなお花にいたしましょう?」

おしゃべりな婦人「そうねぇ、まずは赤いバラを中心にした花束を……」

花屋「はいはい」

おしゃべり婦人「それから食卓に飾る白い花が欲しいの……そうそう、ところでさっき美容室で聞いたのだけれどね……秘密の話よ?」

花屋「おや「秘密のお話」ですか?」

おしゃべり婦人「ええ、だから皆には内緒よ? あのねぇ、一昨日の話なのだけれど、共和国のスパイが摘発されたんですって……しかもなんとかいう貴族を壁の向こうに連れて行こうとしたんだそうよ」

花屋「そりゃあまた……スパイだなんておっかないですね」

おしゃべり婦人「ええ、本当にね。ああそれから、こっちの緑のも入れてちょうだい……」

…次の晩・とある社交クラブ…

貴族令嬢「……まぁ、お久しぶりですわね♪ そのドレスも大変お似合いでいらっしゃいます♪」

ドロシー「よせよ、照れるじゃないか……君の方こそトロイのヘレン(※ギリシャ神話の美女)もかたなしってところだ」

貴族令嬢「あら、お上手ですこと♪」

ドロシー「ふふふ……もっと言ってあげようか?」耳元に口を寄せてささやきかける……

貴族令嬢「ええ、ぜひお願いしたいですわ……///」唇を半開きにし、濡れた瞳でドロシーを見つめる令嬢……

ドロシー「おいおい、まだ飲み物も飲んでないんだぞ……シャンパンでいいかな?」

貴族令嬢「ええ。でもわたくし、お酒はあんまり……」

ドロシー「なーに、そんなに量を過ごさせるようなことはしないよ♪」

貴族令嬢「……でも、貴女とでしたら少しくらい飲み過ぎても……構いませんわ///」

ドロシー「そうか? まぁ、ほどほどにしておこうか。 焦らなくたって私は逃げないんだから……さ♪」

貴族令嬢「ええ/// ……ところでさっき、共和国スパイが捕まったという噂話を耳にしましたわ」

ドロシー「へぇ、世の中には色んなやつがいるもんだねぇ……ま、私だったら国家機密なんかよりもこっちが欲しいけどな♪」ちゅっ♪

貴族令嬢「あんっ……///」
621 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/10/30(日) 01:17:30.45 ID:8S4KiRdc0
…同時刻…

7「失礼します。「シェパーズ・パイ」に関して「プリンシパル」より再び報告が入っております」

L「そうか。どれ……」タイプされた解読済みの暗号文を読む……

L「……『報告一四号、続報。一昨日逮捕されたエージェントおよび支援グループはストランド街近辺に存在する内務省施設において尋問を行われており、尋問が終わり次第刑務所へ収容されるとの由。また亡命希望者は現在郊外の邸宅にて軟禁状態にあり。来週水曜日の午前中、鉄道を用いてリンカーンシャーに向け移送される模様』か」

7「なかなか耳が早いようですね」

L「そうでなくては困る……出している活動費に見合うだけの働きはしてもらわんとな」

7「はい……それで、どのように指示しましょうか」

L「君なら分かっているだろう「これ以上の情報収集は中止。摘発を避けるための保全措置を充分にとれ」と指示すれば良い……臨時活動費を渡すついでに、君からそう言ってくれ」

7「承知しました」

………



…翌日・とあるコーヒーハウス…

ドロシー「……よう、相変わらずそうでなによりだ」

7「ええ、おかげさまで……それと報告は受け取ったわ、ご苦労様」

…事前に尾行がないか確認し、用心に用心を重ねてロンドン市内のコーヒーハウスで顔を合わせた7とドロシー……卓上にはしっとりとした美味しいクルミ入りのパウンドケーキと紅茶のカップが並び、かたわらには7が取り出したワーズワースの詩集が置いてある…

ドロシー「ああ」

7「何か不足は?」

ドロシー「いいや、もうちょっと活動費があればいいんだが……どうせこれ以上は出せないんだろう?」

7「そうね、今月は難しいわ」

ドロシー「なら仕方ない、残りはこっちでやりくりするさ……」

7「そうしてちょうだい……それとこの件に関する情報収集だけれど、中止していいわ。 肝心の亡命者が逮捕された以上、これ以上貴女たちがリスクを冒してまで関知する必要はない」

ドロシー「……分かった、それじゃあ小耳に挟んだネタはさておき、積極的な情報収集はしないでおく」

7「ええ、それでいい」

ドロシー「分かった……それじゃあお先に失礼するよ」ページに活動費が挟みこんである詩集をしまい込むと、さっと立ち去った……

…午後・部室…

アンジェ「……なるほど」

ドロシー「あくまで推測だけどな。プリンセスの利用価値を考えたらそのくらいはやるだろう」

アンジェ「確かにプリンセスにはそれだけの価値があるわ……ところでドロシー」

ドロシー「分かってる。プリンセスには言わないでおくよ」

…長くコンビを組んで、お互いにその機微が分かる二人だからこそ察することのできるアンジェの気後れを感じとると、先手を打って安心させるように言った…

アンジェ「お願いね」

ドロシー「ああ……それから、夜は寮の悪い娘どもが集まって「お茶会」をする予定だから、定時連絡の時間はそっちで無線の聴取をしておいてくれ」

アンジェ「分かったわ。くれぐれも寮監に見つかるような事がないようにね」

ドロシー「任せておけ♪」

………

622 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/11/22(火) 01:53:17.66 ID:0M5KG08J0
…夜・寮の一室…

ドロシー「おーおー、これはまた皆様お揃いで……♪」

巻き毛の女生徒「あら、ご機嫌よう♪」

大柄な女生徒「ドロシー、来てくれて嬉しいわ」

青い目の女生徒「お姉さま、今宵はてっきり来てくれないのかと思いました」

ドロシー「冗談だろう? こんな楽しい集まりをすっぽかすかよ」

…白いナイトガウン姿のドロシーが訪れた寮内の一室には、クラスや年齢もバラバラな何人かの生徒がすでに集まっていた……校舎の大きなメイフェア校の中には、寮監でもなかなか目が行き届かないような空き部屋や物置といった、何人かでちょっとした「悪さ」をするには都合の良い場所がいくつもある……室内に置きっぱなしにされているテーブルにはランタンが置いてあり、どこからか用立ててきたティーポットや皿、それにお行儀の良い生徒たちが見たら目を回すような物もいくつか置いてある…

巻き毛「それにしてもドロシーさまったらすっかりご無沙汰で……そんなにプリンセスと親しくなさっていたの?」

ドロシー「なんだ、妬いてるのか?」

巻き毛「いいえ? でもこのところずうっといらっしゃらないものだから……♪」猫のように身体をすり寄せ、ドロシーの胸元に頬ずりする……

ドロシー「このところ都合が合わなかったんだよ。 例によって「貴女は淑女としてのお品がよろしくありません」ってな具合でラテン語の書き取りをやらされてね」そう言って手をひらひらさせた……

青目「ええ、わたくし見ておりましたわ。この間図書室でお見かけしましたもの」

ドロシー「やれやれ、エミリーに見られていたとはね……ヤキが回ったな」

大柄「さぁさぁ、それはそうと……ほら、ドロシーも飲(や)んなさいよ♪」

…普段おしとやかな貴族の令嬢をしているとは思えないような態度で寝間着の裾をまくり上げてベッドに座り、ポートワインの瓶を差し出した女生徒……またどうやって覚えたのか、それなりな腕前をしたイカサマカードの使い手でもあり、ドロシーはそれを利用して校内の利用できそうな生徒を金に困った状態に追い込んでコントロールに「釣り上げ」させたりしたこともあった…

ドロシー「お、ちょうど喉が渇いていたところなんだ。それじゃあお返しに……そら♪」胸元にねじこんで隠し持ってきたウィスキーの瓶を投げ渡す……

青目「もう、お姉さま方ったらはしたないです……」

ドロシー「へえ、一丁前な事をいうじゃないか……じゃあこれはいらないな?」教科書に手挟んで持ってきた、胸をはだけた二人の女性が絡み合っている相当いかがわしい本をちらりとのぞかせた……

青目「もう……」

ドロシー「冗談だよ……にしても、今週だけで何冊目だ? まったくいやらしいお嬢さんだ」

青目「だって……好きなんですもの♪」そういって可愛らしい見た目にはそぐわないみだらな笑みを浮かべ、小さく舌なめずりをする青目の令嬢……

大柄「好き者だものねぇ、おしとやかなエミリーお嬢ちゃんは♪ ところでドロシー、せっかくだからちょっとやらない?」ガウンの袖からトランプのカードやサイコロといった賭け事の道具を取り出すと、カードを切る手つきをしてみせる……

ドロシー「イカサマは無しで頼むぜ?」冗談めかして小銭を賭けたカードに付き合う……

大柄「しないわよ、生意気な小娘からむしり取る時じゃないんだから……実家からお小遣いも来たばかりだし、ね♪」ティーカップでドロシーの持ってきたウィスキーをあおりつつ、カードを切る……

………

…しばらく後…

ドロシー「っと、もうこんな時間だ……そろそろお開きにしないとな」

大柄「相変わらずいいカードさばきだったわ、巻き上げられるかと思っちゃった」

ドロシー「そういうわりにはそっちの懐の方が二ポンドばかり暖かくなったようだがね……ところでお二人さん、終わったか?」

巻き毛「ええ……んはぁ……あ///」

青目「くすくすっ……とっても素敵でした、お姉さま♪」乱れた髪をくしけずり、汗ばんだ身体を拭っている二人……

ドロシー「まったく、後ろから甘ったるい声が聞こえるもんだから気が散って仕方がなかったぜ……♪」

青目「ごめんなさい、お姉さま……ところで、帰る前に面白いものを試してみませんか?」そう言うと置いてあった袋の中から一片の青かびチーズを取り出した……

大柄「チーズ?」

青目「スティルトン・チーズです。これを見ると不思議な夢を見るって言いますし、今度の時にお互い見た夢の話でもしませんか?」

(※スティルトン・チーズ…フランスの「ロックフォール」やイタリアの「ゴルゴンゾーラ」と並ぶ三大ブルーチーズ。寝る前に食べると奇妙な夢を見るとされる)

ドロシー「へぇ、面白い事を考えたな……ポートワインとも相性がいいし、ちょうどいいんじゃないか」

大柄「変わった趣向でいいかもね」

巻き毛「こんなことをした後ですし、きっとすごくみだらな夢を見てしまいますわ……♪」それぞれスティルトンを一切れずつ口にし、残っていたポートワインを飲み干す……

ドロシー「……それじゃあ、また今度な」

………

623 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/11/29(火) 01:08:25.93 ID:rmFY1LJd0
…部室…

アンジェ「……お帰りなさい」

ドロシー「ああ……ベアトリスも夜分遅くにご苦労さん。プリンセスは部屋か?」

ベアトリス「はい、これが済んだら戻ります」

ドロシー「そうしてくれ……それじゃあ連絡事項だ」そう言うと逮捕されたエージェントに関する情報収集の打ち切りを伝えたドロシー……

ベアトリス「……じゃあそのエージェントは捕まる事を前提に送り込まれたって言うことですか?」

…送り込まれたエージェントと支援グループは貴重な情報源であるプリンセスから防諜機関の視線をそらすため、始めから失敗するような作戦に用いられたらしいというドロシーの話を聞いて、珍しく腹を立てた様子で詰め寄ってくるベアトリス…

ドロシー「まぁ、そういうことになるな。金の卵を産むニワトリを生かすために、普通のニワトリを潰すことにしたわけだ」

ベアトリス「そんな……」

ドロシー「所詮はそんなものさ……いったい何を期待していたんだ?」

ベアトリス「でも……!」

ドロシー「やめろ、言ってもどうにかなる事じゃないんだ……私だって喜んでこんな事をやってるわけじゃない」

ベアトリス「それだったらなおのこと……」

ドロシー「じゃあどうしろって言うんだ? くたびれた捨て駒のエージェントを助け出して、どんなルートで逃がしてやるつもりなんだよ」ドロシー自身も内心では苦々しく思っているために、ついきつい言い方になってしまう……

ベアトリス「それは……」

ドロシー「よしんば奇跡的に助け出したとして、偽造の身分証一つ、ポンド札一枚持っちゃいないんだぞ? おまけに共和国のエージェントだってことは王国中に知られちまってる……うっかりするとこっちにまで火の粉が降りかかることになるんだ」

アンジェ「……それに今回の作戦がプリンセスの安全のためである事を忘れてもらっては困る。この世界では目的のために犠牲を必要とすることもある」

ベアトリス「でも、いくら何でもあんまりです」

ドロシー「いいか、私たちが携わっているのは慈善事業じゃあないんだ……それに大局的に見れば、今回の犠牲によって得られたものが、いずれ多くの命を救うことになる」使い古された空疎な言い訳に、ドロシー自身もヘドが出そうな気分になる……

ベアトリス「だからって……」

ドロシー「分かってる。 私だってそんなお題目で「納得しろ」とは言わねえよ」

アンジェ「ドロシーの言うとおりよ。私たちが好きこのんでこんなことをしているとでも?」

ベアトリス「それは分かっていますが……」

ドロシー「だったら子供みたいな泣き言はよせ。 言っておくがな、私もアンジェも今後の動向次第でいつああなるか分かりゃしないんだ」

ベアトリス「えっ……」

ドロシー「ベアトリス、お前だって知っているだろうが……一時的とは言え共和国が軍部の強硬路線に傾いて女王を除こうとしたとき「コントロール」も軍部に再編されかけて、私もアンジェもこの任務から外されて遠ざけられる予定だった」

ベアトリス「確かにありましたね」

ドロシー「……あのまま行けば軍部の意に染まない情報部員ということで、いずれ私もアンジェも「カットアウト」扱いを受けて切り捨てられるか、よくて毒にも薬にもならない書類仕事に回されるのがオチだったろう……だけどな、エージェントってのはそれを知った上で平然としてなきゃならないんだよ。あの時アンジェが命令をまるごと無視してプリンセスを助けに来たことだって、方針転換があったからどうにか黙認されたようなものの、本当だったらクビにされていたっておかしくなかったんだからな」

ベアトリス「あの、まさか「クビ」っていうのは……」


ドロシー「いや、別に生命までとるってわけじゃない……ただ帰国命令を出されて、戻ったらそれっきり日の目を見ることはなくなるってことだ。エージェントを辞めさせられ、それ以外で生計を立てようと思ったって、情報部は推薦書類の一枚だって書いちゃくれないし、年金ももらえない。 そしてもし墓に入るようなことがあったとしても、墓石はおろか花の一輪だって供えてはくれないし、「R.I.P.」(Rest In Peace…安らかに眠れ)とさえ書いてもらえないだろうな」自嘲気味にそういうと、苦笑してみせた……


アンジェ「それに例えどこかに勤めようと思ったところで、エージェントだった経歴を書くわけにはいかないもの」

ドロシー「そういうこと。もし本当のことを書いてみろ、採用係だって目を回しちまうよ」

ベアトリス「それは……そうですね」

ドロシー「分かってもらえたようで結構」

ベアトリス「はい」

ドロシー「よし、分かったならもう寝ていいぞ……後の書類仕事は私とアンジェでやるからな」

ベアトリス「そうします、ではお休みなさい」無理していつも通りの声で「お休み」をいうベアトリス……

アンジェ「お休み」

ドロシー「お休み。せめていい夢をな」
624 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/12/08(木) 01:46:36.83 ID:s/B6tjh40
アンジェ「……ドロシー、そっちの報告書をお願い」

ドロシー「ああ」

…ベアトリスを帰した後、二人で黙々と書類仕事をこなす二人……もちろんエージェントが「アルビオン共和国情報部様」で領収書を切ってもらうことなど出来るはずもないが、会計課を黙らせるためにもおおまかな活動資金の流れは報告しておかないと後がうるさい…


ドロシー「はぁ……」カバーとしての学生生活とエージェントの「二足のわらじ」で、なおかつここしばらく活発になっていた情報活動のせいもあって寝不足のドロシー……体力は多い方だが、ランプの下で数字の羅列と取っ組み合っているとさすがにあくびが漏れてくる……

アンジェ「……」

ドロシー「……ふわ……ぁ」

アンジェ「……ドロシー、少し寝たら?」

ドロシー「冗談よせよ、お前が寝ないで書類書きをやってるっていうのに、私だけグースカ寝ていられるかよ……ふわ……」

アンジェ「その調子でやられても訂正だらけになるのがオチよ……現にここの数字が間違っている」

ドロシー「本当かよ……あー、くそっ」

アンジェ「だから言っているでしょう。 幸い私は昼間に居眠りをさせてもらったからまだ平気だし、しばらく仮眠を取ってちょうだい」

ドロシー「悪いな……それじゃあしばらくしたら起こしてくれ」

アンジェ「ええ」

…あきらめて椅子に背中を預けると、すぐこっくりこっくりと船を漕ぎ出したドロシー……それから十五分ばかり、底冷えのする部屋でアンジェが黙々とペンを走らせている中でドロシーの静かな寝息だけが聞こえていたが、急に息づかいが荒くなったかと思うともだえるように手で空中をかきむしり、最後はがばっと椅子から跳ね起きた…

ドロシー「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

アンジェ「大丈夫?」

ドロシー「あ、ああ……大丈夫だ。それにしてもひでえ夢を見た」

アンジェ「ずいぶんうなされていたようね」

ドロシー「だろうな……くそ、こいつは間違いなくさっき食ったスティルトン・チーズのせいだ」

アンジェ「あれを寝る前に食べると妙な夢を見たり、夢見が悪くなるというものね……良かったら私に話してすっきりしたら?」

ドロシー「あー、いや……他人が見た悪夢の話なんて聞くものじゃないさ」

アンジェ「構わないわ」書類から目を離すことなく淡々と言ったが、その声には少しだけ優しさのような気持ちが入っている……

ドロシー「そうか、じゃあ……実はな、革命前後の夢を見たんだ」

アンジェ「……」

ドロシー「おぼろげなくせして細かい部分は妙にはっきりしてやがって……道端に転がってた片腕の取れた人形だとか、割れて粉みじんになってるガラスに、焼き討ちにあった店……」額に浮かんでいた冷や汗を拭い、張り付いていた前髪をかき上げた……

アンジェ「嫌な夢ね……一杯飲む?」ブランデーやウィスキーがしまってある部室の隠しスペースの方に向けて軽く視線を向けた……

ドロシー「いや、悪夢を見るたんびに酒に頼ってたら早々にアルコール中毒患者さ……やめとくよ」

アンジェ「そう」

ドロシー「ああ……さ、書類の残りを片付けちまおう」

…一方…

ベアトリス「ただいま戻りました……」

プリンセス「お帰りなさい、ベアト」

ベアトリス「ええ……いま寝支度を整えさせていただきますね……」

…表向きはいつも通りテキパキとしているが、その心の中ではドロシーたちから聞かされた「捨て駒」のエージェントや、意に染まぬエージェントたちの扱いといった冷酷な話がずっとこだまのように反響したままで、素直で優しい性格のベアトリスは我慢しようと思っても自然と目頭が熱くなってくる…

プリンセス「ベアト、どうかして? ……泣いているの?」

ベアトリス「いえ、大丈夫ですから……」

プリンセス「そうは思えないわ……ほら、こっちにいらっしゃい」両腕を広げ迎え入れるようにしてベッドに腰かけた……

ベアトリス「姫様……」

………

625 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/12/20(火) 01:16:04.45 ID:12LZSRMb0
プリンセス「……それで、何があったの? ベアトがかまわなければ話してくれる?」

ベアトリス「それは、その……」

プリンセス「話したくないことなのね?」

ベアトリス「そういうわけでは……ですが、聞けばご気分を害されるかと……」視線をそむけてベッドを暖めたウォーミング・パンを暖炉の脇に戻した……

(※ウォーミング・パン…寝具を暖めるために用いる柄の長いフライパン状の器具。暖炉の燃えさしや温かさの残っている炭を先端の密閉容器に入れて寝具を暖めるが、使い方にコツがいることから次第に湯たんぽ等に取って代わられた)

プリンセス「かまわないから言ってごらんなさい……つらい事でも話して分かち合えば楽になると思うわ?」

ベアトリス「姫様がそうおっしゃるのなら……」


…ふんわりとした寝間着をまとったプリンセスを相手に、アンジェとドロシーから聞いた「捨て駒」の話や使えなくなったエージェントの末路についての事を話し始めたベアトリス……アンジェのように事務的かつ理路整然と話せればいくらかでも衝撃的な内容をごまかせる気がするが、どうにも動揺していて、ちぐはぐで感情的な説明になってしまう…


プリンセス「そういうことだったのね……」

ベアトリス「はい……ですからその作戦は最初から失敗に終わっても良いように計画されていた、と……」

プリンセス「……よく分かったわ。 言い出しにくい話だったでしょうに、最後まで話してくれてありがとう」

ベアトリス「そんな、お礼なんて……」

プリンセス「いいのよ。 それより、早くしないとせっかく暖めてくれたお布団が冷めてしまうわ……さ、ベアトもいらっしゃい?」布団をめくると夜着をするりと脱いでベッドに入り、可愛らしい手つきで手招きした……

ベアトリス「いえ、私はそのような……///」

プリンセス「いいから……♪」

ベアトリス「ひゃあっ!?」

プリンセス「せっかくベアトが寝具を暖めてくれたのにこんなことを言ってはいけないのだけれど、やっぱり一人で寝るよりもこうしている方が暖かいわ♪」布団の中にベアトリスを引っ張り込み、ぬいぐるみか何かを抱えるようにぎゅっと抱きしめた……

ベアトリス「あ……っ///」

…アルビオン王室の一員として肌荒れやあかぎれのようなみっともない姿をさらすことがないように、就寝前はしっかりと乳液やクリームを塗ってベッドに入るプリンセス……そのしっとりとした白い肌がベアトリスの肌に触れ、そっと重ねられた手が小さなベアトリスの手を優しく包み込む…

プリンセス「ベアト……♪」艶のあるみずみずしい唇が優しく重ねられ、ベアトリスの鼻孔をプリンセスの甘い髪の香りが満たす……

ベアトリス「んっ……///」

プリンセス「ベアト、私と貴女はずーっと一緒よ……だから、ね?」ちゅ……ちゅぅ……っ♪

ベアトリス「あふっ、あ……っ///」

プリンセス「何も隠し立てする事はないわ……ベアトの楽しい事も、つらいことも、全部私と分かち合って……」

ベアトリス「ふあぁ……あっ、ん……っ///」

…プリンセスのほっそりとした上品な指がピアノの鍵盤を滑るようにベアトリスの身体を撫で、小さな乳房やきゃしゃな脇腹、そして次第に下半身へと下っていく…

ベアトリス「はひっ、あっ……んんぅ///」

プリンセス「くすくすっ……あんまり大きな声をあげると、寮監に気付かれてしまうかもしれないわね♪」その声の響きから、プリンセスがちょっと意地悪な笑みを浮かべているのが分かる……

ベアトリス「んっ、ん……ひ、姫様は意地悪でいらっしゃいま……んんっ♪」くちゅ……っ♪

プリンセス「なぁに、ベアト?」くちゅっ、ちゅぷ……ぬちゅ……っ♪

ベアトリス「ひ、ひめさま……ぁ///」声をかみ殺し、空いている手で布団をつかんで嬌声をこらえようとするベアトリス……が、すでにベアトリスの事を知り尽くしているプリンセスは優しく、しかし意地悪でワガママな指遣いでベアトリスの花芯を責め立て、身体を絡ませて全身をくすぐるように撫で回す……

プリンセス「いいのよ、ベアト……ほら、我慢しないで……私にイくところを見せて♪」くちゅり……♪

ベアトリス「んんっ、んくぅ、んんっ……っ♪」ひくひくっ……とろ……っ♪

…シーツの端を噛みしめて絶頂の声をこらえながらも、プリンセスの滑り込ませた指でトロけたように身体をひくつかせるベアトリス……二回、三回とけいれんするように身体が跳ね、生暖かい愛蜜がプリンセスの人差し指と中指を伝って手のひらを流れ、とろりと手首まで垂れてきた…

ベアトリス「……んはぁ、はぁ……はひ…ぃ……ひ、ひめさま……ぁ///」ぐったりと身体を横たえ、息も絶え絶えのベアトリス……

プリンセス「ふふ……とっても可愛い、私のベアト♪」ちゅぷっ……くちゅくちゅっ♪

ベアトリス「ひうっ、はひ……っ///」

………



プリンセス「お休みなさい、ベアト」愛液でべとついた手を拭うと、疲れ果てて眠っているベアトリスの頭をそっと撫でた……

ベアトリス「すぅ……すぅ……」

プリンセス「私の分までお休みなさい、ね……(私はアンジェのため、そして貴女や皆のために王位を継承する。たとえそれが多くの犠牲を伴うとしても、王国を変えるためにはどんな事でもしてみせるわ……)」
626 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/01/05(木) 01:20:54.10 ID:Sk+riOHW0
…case・ちせ×ドロシー×ベアトリス「She afraid the Manjuu」(饅頭こわい)…

…とある日・ネストの一つ…

ベアトリス「今日は何をしますか?」

ドロシー「そうだな……まずは基礎の訓練に、それから格闘術でもやろうじゃないか。今日はちせもいることだしな。いつも私やアンジェを相手にしていると代わり映えがなくっていけないし、体格の違う相手だと戦い方もまた変わってくるからな」

ベアトリス「はい」

ドロシー「いい返事だ……ちせ、悪いがそういうわけでベアトリスに付き合ってくれるか?」

ちせ「うむ。ではその代わりと言ってはなんじゃが、後で作文の方を手伝ってはもらえぬだろうか」

ドロシー「だ、そうだ」

ベアトリス「分かりました、ちせさんの英作文は相変わらずですものね」

ちせ「うむ……」


…ロンドン市内のとある場所にあるネストの一つで、訓練に余念がない「白鳩」の面々……もっとも、プリンセスはたまっていたさまざまな書類やアルビオン王国各地から届く手紙への返事(文面自体は王室の祐筆(ゆうひつ)が書き、あくまでも末尾のサインだけとはいえ……)を書くのに忙しく、別メニューということになっていた……少々ほこりっぽい室内には古びたマットレスだの絨毯だのが敷かれていて、レンガ敷きの床に直接投げ飛ばされるよりは多少ましな状態にしてある…


アンジェ「でもまずは手本を見せてあげないことにはね……ドロシー?」

ドロシー「ああ。 ちせ、お手柔らかに頼むぜ?」

ちせ「うむ」

…互いに正対するちせとドロシー……ちせが視線を下げないよう注意しつつ、しかし折り目正しく一礼すると、ドロシーも茶化すような笑みが消えてふっと真面目な表情になる…

ベアトリス「……ごくり」

アンジェ「始め」

ドロシー「……ふっ!」アンジェの声がかかった途端に距離を詰め、みぞおちや喉といった急所に拳を叩き込もうとするドロシー……

ちせ「やっ!」

ドロシー「……っ!?」

…途端にちせの小さい……しかし体格にはふさわしくないほど力強い手が襟元と腰の辺りの布地をつかみ、次の瞬間には派手に一回転をさせられてマットレスの上に放り出された……ドロシーは投げ飛ばされた勢いを使ってはずみをつけ、跳ね起きるようにして立ち上がっていたが、その前にアンジェが声をかけた…

アンジェ「やめ」

ちせ「……ドロシー、大丈夫かの?」また一礼すると、ドロシーに近寄った……

ドロシー「なーに、へっちゃらさ……なるほど、これが東洋の「ジュージュツ(柔術)」ってやつか」感心したようにうなずいている……

ちせ「いかにも。柔よく剛を制し、小兵(こひょう)でも雲つくような大男を投げ飛ばせるという武術じゃ」

ドロシー「ああ、どうやらそいつは確からしい」

アンジェ「絵に描いたように投げられていたわね」

ちせ「とはいえ一瞬で起き直って態勢を立て直すあたり、見事なものじゃ」

ドロシー「ま、だてにエージェントをやっちゃあいないさ……それよりアンジェ、お前もやってみろよ。 ちゃんと覚えたらこいつは役に立つぜ?」身体についたホコリを払うと、軽く肩と首を回した……

アンジェ「そうね……でもまずは私よりもベアトリス、貴女が覚えるべきね」

ベアトリス「私ですか?」

アンジェ「ええ。この技は自分にかけられた力を受け流して無理なく相手を投げ飛ばすことができる……つまりベアトリス、小柄な貴女にもっとも適した格闘術だということよ」

ドロシー「確かにな。なにしろ正面切っての殴り合いともなっちゃあお前さんに勝ち目は薄い。汚い手口の使い方だってまだまだお世辞にも上手くはないしな」

アンジェ「……はっきり言って貴女は「白鳩」の中で一番非力で、しかもプリンセスと違って実際に動き回る機会も多い。覚えておいても損はないわ」

ドロシー「同感だね」

ベアトリス「でも、こんなに難しそうな技を覚えられるでしょうか?」ちせとマットレスを交互に眺めて、気後れしたような声を出す……

ドロシー「なーに、心配することはないさ……こんなものはリボンの結び方や何かと同じで練習次第だよ。 お前さんは難しいお付きの仕草や行儀作法が覚えられるんだから、どうってことないさ」

ちせ「うむ。私が付きっきりで伝授するから安心するがよい」

アンジェ「プリンセスを守るためなのだから、頑張って覚えることね」
627 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/01/10(火) 02:11:53.06 ID:VbC7I6il0
…一時間後…

ベアトリス「やっ!」

ちせ「うむ、なかなか良くなってきたのう。 さあ、もう一本じゃ」

ベアトリス「は……っ!」

ドロシー「ちせ、その辺でいいだろう……ベアトリスの足元がふらついてきているしな」

ちせ「承知した」

ベアトリス「ふぅ、ふぅ……はぁ……っ」呼吸一つ乱れていないちせとは対照的に、投げたり投げられたりですっかり息が上がっているベアトリス……額からは汗を垂らし、片隅においてある休憩用の椅子へ崩れるように腰を下ろした……

アンジェ「なかなか頑張ったわね」

ベアトリス「ぜぇ、はぁ……ひぃ……こんな……たくさんやらされるなんて……思っても……いませんでした」

ドロシー「良いことだ『訓練で汗をかいた分だけ、実戦では血を流さずにすむ』って言うからな」

アンジェ「それに柔術は相手の力を使って投げを打つから、慣れれば自分の力を使わずにすむ……つまり同じ格闘をするのでも疲労することなく、より合理的かつ長く戦うことができる」

ドロシー「最近じゃあ「婦人参政権運動」に関わっている女たちの間でも練習しているほどだからな……なんでも警察に取り押さえられたりしたときに使うそうだが」

アンジェ「聞いたことがあるわ。特に非力な女性でも格闘術を習っているような相手を無理なく投げられるというのが大きいようね」

ちせ「……なまじ格闘術をかじっている相手ならば、むしろ扱い易いというものじゃ」

ドロシー「そういう奴は定石にのっとって掴みかかってくるからな。むしろどう出るか分からないトーシロ(素人)だの、頭のイカレちまった奴らの方がおっかないな」

アンジェ「同感ね」

ドロシー「……さて、そろそろ呼吸も落ち着いてきただろう。今度は射撃の訓練といこうか」

…ベアトリスとちせが格闘訓練をしている間にドロシーとアンジェは徒手格闘の訓練を済ませ、そのうえさらに射撃練習用の銃を用意し、銃弾を選別してある…

ベアトリス「はい」

ドロシー「いいだろう……それじゃあいつも通り.320口径辺りのリボルバーで練習することにしよう」

ベアトリス「分かりました」


…ベアトリスが台から取り上げたのは小ぶりな五連発の護身用リボルバーで、青みがかった黒い六角銃身はきちんと油がひいてあり、ランプの光を受けて艶やかに照り映えている……ドロシーやアンジェに口酸っぱく言われたおかげか、先に中折れ銃身を開いてシリンダーに弾が入っているかを確認し、それから改めてパチリと銃身を戻すと標的に向き合った…


アンジェ「標的との距離は十ヤード、とにかく初弾を命中させるように」

ドロシー「一発目を外したやつに二発目を撃たせてくれるお人好しなんていやしないからな……好きなタイミングで撃て」

ベアトリス「はい……!」パンッ!

ドロシー「お、命中だ」

アンジェ「でも右上にそれている……あの位置だったら相手の鎖骨辺りね。場合にもよるでしょうけれど、あれでは致命的な一撃にならない」

ドロシー「ああ……ベアトリス、もう一発撃ってみろ。跳ね上がりがある事を頭に入れて少し左下……心臓をぶち抜くつもりならみぞおち辺りを狙うんだ」

ベアトリス「はい」バンッ!

ドロシー「いいじゃないか、あれなら相手はのたうち回ってくれるだろうよ……よーし、今度は続けて二発撃て。一発目の跳ね上がりをひじで吸収するようにして、続けざまに撃ち込め」

アンジェ「無煙火薬の銃ならともかく黒色火薬の銃だと硝煙がひどいから、相手を見ようとして時間をかけたりしないように」

ベアトリス「分かりました。ふー……」パンッ、パンッ!

ドロシー「へぇ、前よりも良くなったな」

アンジェ「悪くないわね。 ベアトリス、貴女は小口径の銃を使う分、より一層正確に相手の急所を撃ち抜けないといけない……まずはきちんと命中させられるようになって、それから早さを磨いていくこと」

ドロシー「ああ……これが.455みたいにある程度口径のあるピストルなら多少狙いがズレてもいいんだが、そもそもそういうピストルは私たちみたいな情報部員が普段隠し持つには大きすぎて向かないし、お前さんみたいに小柄な女の子ならなおさらだ」

アンジェ「ドロシーの言うとおりよ。そもそもああいう大型のリボルバーは反動や衝撃が大きくて、貴女のように経験が少ない人間にはまともに扱いきれない」

ドロシー「だからってくさるなよ? 腕の立つエージェントや暗殺者ってのは小口径を使いこなせてこそ……だからな」

ベアトリス「そうなんですか?」

アンジェ「……あくまでもスタイルによるけれど、小口径できちんと急所を狙えるというのは腕が良い証拠よ。それに小口径のリボルバーは隠しやすく、銃声も小さい」

ドロシー「つまり私たちみたいな商売の人間が使うのに向いているっていうわけだ……それじゃあそこにある一箱を撃ちきったら休憩にしよう」

ベアトリス「はい」
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