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狸吉「華城先輩が人質に」アンナ「正義に仇なす巨悪が…?」【下セカ】
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◆86inwKqtElvs
[saga]:2020/08/21(金) 10:08:19.29 ID:Vqcr7VCy0
「…………」
あ、母さんは無理だ。卑猥を取り締まる動機が正義ではなく憎しみだから不破さんの求める答えは持っていないし、理論や理屈に関しては僕は不破さんを上回る人を知らない。
「殺人はなぜいけないのかと同じレベルの稚拙な疑問だな。小学生レベルだ」
「そう思われるならばそれで構いません。何故ですか?」
「貴様のような小娘が知る必要はない。また答える義務も私にはない」
議論する気はない、と母さんはバッサリ断ち切った。
「でしょうね。善導課の幹部なら、そう言うしかない。ならばわたしは、アンナ会長の解釈を知りたいと思います」
意外にあっさりと引き下がり、おそらく最初からこれが目的だったのだろう、矛先がアンナ先輩に向けられた。不破さんの瞳に宿る挑戦的な光が強くなる。
「アンナ会長、お聞かせ願いますか? 卑猥は悪だからと教えられたからではなく、何故悪なのか、あなたの中に理由はありますか?」
不破さんも、あの一夜に関して思うところがあったのか、わからない。
ただここでアンナ先輩の暴走を止められる母さんがいるからこそ、不破さんは訊いているのだろうと思った。母さんが不破さんの指揮する特攻隊をポイポイと投げ捨てていく様子を見ているから、不破さんの観察力ならアンナ先輩と母さんが同等の身体能力を持っていることには気付いているだろうし。
「わたくしの考えでよろしいですの?」
アンナ先輩が困惑しているように見えた。なんでそんな当然のことを聞くのだと言いたげな。
「そういうテーマのディベートをしたい、ということでよろしいですの?」
「そうですね。もしよければ、奥間さん親子にはそのジャッジをしていただきたいかと」
「……奥間君とお義母様がいいなら、かまいませんけど」
どうしますの?と視線で問いかけられる。僕は母さんの方を見た。
「私は構わん。若い世代が考えるのは悪いことではないからな。ただ私は善導課の人間だ。狸吉、お前が決めろ」
丸投げじゃねーかそれ。母さん、理屈で丸めこむんじゃなくて力業でねじ伏せて従わせるタイプだからな。
でも正直、アンナ先輩が卑猥についてどう考えているかは僕も興味あった。というより、卑猥をどう捉えているか、何故絶対悪とするのか、社会は何故そう教え知識からすら一切を切り離していると思っているのか、アンナ先輩の頭脳ならある程度答えを持っているはずだった。それが僕らから見てどう歪んでいるにせよ、それがこの社会の在り方として、僕も理解する必要があると思えた。
「あの、アンナ先輩。不破さん、本当にしつこいですから、答えてあげた方がいいと思いますよ」
「いえ、その、意外でして」
アンナ先輩の困惑は続いていた。
「不破さんがそういう方なのはわかっているつもりではありますが、不破さんはわたくしのことが嫌いだとばかり思っていましたわ」
「嫌い、ではありません。見解は絶対重ならないかとは思っていますが。ただ」
不破さんが初めて、真正面から見るのではなく、眼を伏せた。いつも科学者として事実を追い求めていたあの強い好奇心の光はなかった。
「わたしも、大事な存在を奪われた時、自分で自分を止められなくなったことがありますので」
それ以上のことは、不破さんは言葉を重ねようとはしなかった。
そうか。
ペスが善導課に没収され去勢された時の事と、アンナ先輩の目線では僕が奪われて怒りと憎しみに酔っていた時のこと、重ねているのか。
それにあの時不破さんは、不破さんも含めた時岡学園の生徒たちの為に何も出来ないながら走り回っていたアンナ先輩を陥れようとしていた。そのことも、罪悪感が残っているのかもしれない。
僕も不破さんはアンナ先輩のことを嫌っているのかと思っていたけど、むしろ反対で、心配しているのかもしれない。
それがアンナ先輩にも伝わったのだろうか。あの夜を境に変化した、しかしやはり人を救う天使ではなく女神の微笑で、
「わたくしの考えで良ければ」
少しだけ嬉しそうに申し訳なさそうに、不破さんの問いを受け止めた。
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