560:名無しNIPPER[saga]
2019/01/17(木) 08:13:53.39 ID:Ujr5meaP0
 竜狩りが窮地に追いやられている頃、グウィンドリンは暗月の君主という名とそれが背負うであろう重責の元、苦渋の選択を迫られていた。 
 霧の向こうからは、明らかに苦戦を強いられていると推察できるオーンスタインのうめきと、勝ち誇るかのように饒舌を振るう敵の声が漏れる。 
  
  
 グウィンドリン「………」 
  
  
 グウィンドリンは振り返り、これからの長い旅路を共に行くであろう者達を見る。 
 二人の不死の顔には不安と焦燥が入り混じり、意識を失ったままのコブラを支えるレディは、食い入るように霧を、その向こうに展開される戦いを見つめている。 
  
  
 グウィンドリン「………」 
  
  
 大扉に挟まれ、両門を支え、波打ち際の巌の如く立つスモウの足首には、大きな矢傷が穿たれている。 
 しかし暗月の力に癒しの力は無い。魔法ではなく、奇跡こそがその傷には必要だった。 
  
  
 グウィンドリン「………スモウ…」 
  
  
 スモウ「………」 
  
  
 グウィンドリン「……我が無力を…許してくれ」 
  
  
 グウィンドリンの沈んだ言葉は、純粋に己の不甲斐無さを謝罪するものだった。 
 傷を癒せぬことと、敵を打倒できぬこと。忠義の士に犠牲を強いてしまうこと。迷い悩み、策を決めかねていること。 
 それらをまとめて口に出し、いよいよ選択肢を挙げねばという状況に、己を追い詰めるための言葉でもあった。 
  
 だが、鈍ではあるが愚かではないスモウは、主であるグウィンドリン以上に、この闘いに思いを巡らせていたのだ。 
 過分な重責を負い、しかし戦場に赴いては決してならぬ者には確実に備わらない、戦場の教養。 
 それがスモウの義心と混ざり、火花を起こしたのだ。 
  
  
 バアン!! 
  
 グウィンドリン「!」 
  
  
 正門の大扉をスモウは渾身の力で跳ね上げ、全開させた。 
 そして鈍い脚を奮い立たせ、大鎚さえも拾わずに… 
  
  
 ドドオォン!! 
  
 グウィンドリン「!? 待て!スモウ!」 
  
 ジークマイヤー「ふおおお!?」 
  
 レディ「みんな伏せて!」サッ 
  
 ビアトリス「くっ…!」ササッ 
  
  
 霧に向かって跳躍し、抵抗無く霧に飲まれた。 
  
  
  
 父の仮面「では、別れの時だオーンスタイン」 
  
 オーンスタイン「………」 
  
  
 万事休す。あらゆる打つ手を失い、いよいよ斬り刻まれるのを待つのみと悟ったが、槍は手放さないオーンスタイン。 
 その竜狩りから四間ほど離れた所に立つ、仮面の騎士の眼に… 
  
  
 ボオォン! 
  
 父の仮面「あ」 
  
  
 霧を巻いて打ち破り、竜狩りの遥か頭上を飛び越えて飛来するスモウが映った。 
  
  
 ドグワアアアァーーッ!!! 
  
  
 馬小屋程の大きさもある金属塊の飛び蹴りを喰らい、騎士の仮面は粉砕し、全身を包む巨人鎧は、矢に射抜かれた鳥の羽毛のようにスモウの周りを舞った。 
 蹴り散らかされた仮面騎士は、鎧を剥がれたボロを着たまま、大広間を飛翔したあと、蹴鞠のように石床を四度跳ね、スモウから十七間は離れた地点に墜落した。 
 しかし、オーンスタインは勝どきを上げず、スモウを讃えもしなかった。 
 むしろ竜狩りの背には哀しみさえのしかかっていた。 
 まるで、避けられぬであろう悲劇を避けるよう努め、しかし敗れたと嘆くかのように。 
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