60:名無しNIPPER[sage saga]
2018/10/27(土) 22:32:33.78 ID:tpe1QzXHo
   ・  ・  ・ 
  
 「――おや」 
 「部長」 
  
  
  プロダクション内にある、休憩スペース。 
  その、自販機の前で、今西部長と出会った。 
  
  
  ――カタンッ。 
  
  
  缶が落ち、音を立てた。 
  恐らくだが、缶コーヒーで、喫煙所に煙草の供として持っていくつもりだろう。 
  喫煙所の設置に関して、部長は本当に努力されていたので。 
  
  
 「缶コーヒーで良いかい?」 
 「いえ、部長、それは……」 
 「なあに、遠慮するな」 
  
  
  部長は、鼻歌を歌いながら小銭を投入し、自販機のボタンを押した。 
  
  
 「ちょっと、小銭がいっぱいになってしまってね」 
  
  
  そう言いながら、こちらにコーヒーの缶を差し出してくる。 
  一瞬躊躇ったが、先の物と合わせてコーヒーの缶は二つ。 
  受け取らないわけにもいかず、ここは、お言葉に甘えておこう。 
  
  
 「ありがとうございます」 
  
  
  感謝の言葉。 
  言うべき場面、当たり前の事にも関わらず、何故か部長は少し驚いた顔をしていた。 
  私の反応は、驚くようなものだっただろうか。 
  気が付かない内に、私の知り得ない何かをしてしまったのだろうか。 
  
  
 「……ああいや、すまんすまん」 
  
  
  口を開きかけた所を部長に制止された。 
  その顔には――笑顔が。 
  ニコニコと、人の良さそうな笑みが浮かんでいた。 
  一体、どういう事だろうか。 
  
  
 「すみません、ではなく……ありがとうございます、が来るとは思わなくてね」 
 「えっ?」 
  
  
  言われて、ふと、気付く。 
  以前の私だったならば、部長の言う通りの反応をしていただろう。 
  それが、意識せずに、似ているようでまるで違う言葉が口から出た。 
  小さいようで、とても、大きな変化。 
  
  
 「……」 
  
  
  何と言っていいかわからず、右手を首筋にやり、言葉を探す。 
  思えば、この癖も部長と接する内に、いつのまにか染み付いていた。 
  先程の変化も、恐らくは、彼女達の影響だろうと思う。 
  しかし……どう、返したものか。 
  
  
 「きっと、彼女達の影響だろうねぇ」 
  
  
  自分の中で思い至った結論を言い当てられ、より一層、返しに困る。 
  部長は、そうなるとわかっていて、先の発言をしたのだろう。 
  この人は、私を試し、からかうような事を時折する。 
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