3: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2017/12/30(土) 06:07:24.49 ID:amdXqONW0
※ ※ ※
「送っていただいてありがとうございます」
「私が遅くまで仕事を入れてしまったんです。このぐらいはさせてください」
「このぐらいだなんて……とっても助かりますし、何より嬉しいです!」
「嬉しい……ですか?」
時刻は21時を過ぎた頃。
島村さんを一人で帰らせるのは申し訳なく、ちょうど手が空いていたので送ることとなりました。
……手が空いていた、というのは語弊がありました。
本当はアレから手が仕事につかない、というのが正しい表現です。
こうして送るのは、島村さんが眠る私に口づけしたなど、思い違いにすぎないという確信を得るためでもあります。
ですが車内に漂う薔薇の香りが、あれは夢ではなかったと語りかけてくるのです。
そのせいで――
「え……あ、その。最近プロデューサーさんとお喋りする時間が無かったから」
「そ……それは、申し訳ありませんでした」
――このような島村さんの何気ない言葉に、過敏に反応する始末。
島村さんは誰が相手でも明るく話す、社交性のある方です。
今の発言も深い意味は無いに決まっているというのに。
「あの……プロデューサーさん、どうかされましたか?」
あまりの様子のおかしさに、ついに島村さんに心配されてしまいました。
しかしこれはいい機会です。
ここではっきりと、そのようなことは無かったと確かめましょう。
今は運転中ですが、先ほどから道路が渋滞して動きが無いので、多少話に集中しても大丈夫です。
「――島村さん。お聞きしたいことがあるのですが」
「はい、なんでしょう」
「19時頃ですが……私の部屋に来ませんでしたか?」
「あっ――」
劇的な反応でした。
愛らしく、そして心配げに私を見上げていた顔が硬直する。
かと思えば次の瞬間には朱に染まり、視線を逸らし困ったようにうつむくのです。
その反応は、私の思い違いをさらに加速させるに十分な威力を持つものでした。
まさか本当に、いやそんなはずは――
恥ずかしさに頬を染める島村さんの顔を、これ以上二人っきりの状態で見続けると良くない感情が芽生えそうな予感がして、とっさに私も目を逸らしました。
「あっ……」
目を逸らす最中、あるモノが視界に写ります。
島村さんが恥ずかしさからか、両手を合わせてどうしたものかと思案しているその姿が。
その両手が――その指先が――節くれだった硬い男のそれとは根本から違うと思わせる、柔らかな指先が――
あの時、ドアが閉まる直前に垣間見えた白く細い指先に、良く似ているのです。
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