萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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13: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 21:03:07.93 ID:bbgcA4Fi0
「ねえ、コロちゃん。ひとつ聞いてもいいかしら?」

「いいですよ、チヅル」

 ロコの悩みを吹き飛ばすために必要な質問がすぐに思い浮かぶことはなかった。だから、まずはずっと気になっていたことを率直に聞いてみることにする。

「コロちゃんにとって、アートって何ですの?」

「アートは…………ロコの気持ちを、伝えてくれるものです。ハートビートも、エモーションも、まっすぐに。ロコの言葉がたまに首を傾げられていることは、わかってますから」

 千鶴は少しの間、口元に手を当てて考え込んでいた。ロコが吐露した言葉は彼女の悩みを想像させるには十分すぎるくらいだ。そして、それを解決してしまう言葉を用意するのは、実はとても簡単なことなんじゃないかと思うのだ。
 例えば、そう。おあつらえ向きの具体例がすぐそこにある。

「でも、今日はアートに頼らなくても、桃子と仲直りできましたわよね?」

「それは……。チヅルが背中を押してくれたからです。ロコひとりじゃ、キャンノットでした」

 小さな物置に、膝を抱えて座り込んでいたロコの姿を思い出す。見つかりたくないという以上の感情を受け取れない場所に隠れている彼女を、千鶴が見つけられたのだって本当に偶然だった。
 幾らか励ましの言葉をかけて、どうにか連れ出したことを覚えている。確かに千鶴がいなければロコが勇気を持てたかは怪しいだろう。でも、それでいいと千鶴は思うのだ。

「今回の公演は一人でやりきらなきゃいけないものではありませんわ。むしろ、力を合わせることが大事なはず。だから、誰かの助けがあって前に進めたのなら、それも正しいのではありませんこと?」

 つい言い聞かせるような口調になってしまった千鶴の言葉を、しかしロコはしっかりと聞き届けていた。それこそ、まるで指導を受けている生徒のように。
 そして、弱弱しく揺らした瞳の焦点が千鶴に向けてはっきりと定まる。その表情は思い詰めているようにも見えて、震える声からは、焦りのような感情を感じさせた。
 ロコは、視線の先にいる、一回り年上の少女に問う。

「……チヅルはっ」

「…………チヅルには、ロコの言いたいこと、ちゃんと伝わってますか?」

 どきり。千鶴の心臓が跳ねた。切実な声音と向けられた視線が、鋭敏で透き通った刃のように、すとんと胸を突き抜けるような感覚を覚えた。
 恐ろしく感じることなんてどこにもない、弱弱しくて、抱きしめてあげたくなるような悲鳴のはずなのに。千鶴には、易々と応えることのできない重さをはらんでいるように思えた。
 だけど、わかっている。彼女が求めている言葉を、二階堂千鶴は知っている。ためらう時間はほんの一瞬あれば十分だろう。きっと、自信たっぷりに笑みを浮かべて。

「……ええ、もちろん! 当然、全部が全部わかるわけではありませんけど、わたくしなりに感じ取っていると思いますわ」

「……! サンクスです。ロコも、決心がつきました」

 ロコが千鶴の言葉をどう受け取ったのか、完璧に理解することはできるはずもない。だけど、彼女が迷いを振り切ったことは確かだとわかるから、それで十分だと信じてみる。
 ……そして。

「チヅルは頼りになりますね。これからも、ロコが迷ったときはアドバイスをお願いします!」

 少しだけ照れるように笑うロコの言葉を、裏切ってはいけないと強く思わされるのだ。



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