萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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23: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 21:11:32.14 ID:bbgcA4Fi0



 こうしてみんなにお茶をいれるのも、なんとなく板についてきたかな、と雪歩は思う。もうすぐ劇場に戻ってくるはずのロコのために、とびきり熱いお茶を用意していた。
 ちょっとだけでいいからお話したい、とメッセージが届いたときには少しだけ驚いたけど、そういう受け皿に自分がなれるのであればそれは願ってもないことだと思う。ロコが精神的にも本調子でないことは彼女の素振りからも感じ取れたから。
 何かを解決してあげなくちゃと気を張る必要はない。話を聞いて、寄り添って……それだけで、相手が乗り越えるための勇気を少しでも蓄えられるなら、それで十分。桃子から教わったことを、心の中で繰り返す。
 控え室の扉が開く音がした。水玉模様の黒いリボンで髪を結んだ少女の姿に、雪歩はゆるく微笑む。出来上がったばかりのお茶を湯のみに注いで、ロコに差し出した。

「ロコちゃん、おかえりなさい。お茶をいれたところだから、どうぞ」

「サンクスです、ユキホ。それじゃあ遠慮なく……熱っ!?」

 でも、雪歩は忘れていたのだ。長いこと暖房の利いた室内にいた自分の手と、さっきまで外にいたロコの手の温度は大きく異なっていて。つまり、雪歩には温かい、程度で済むはずの湯のみが、ロコにとっては持っていられないくらいに熱く感じられるということを。
 重力に従って落ちていく湯のみは、地面にぶつかったときの衝撃に耐えきれなかった。

「あ、そ、ソーリーです!」

「私こそごめんなさい、ケガしてないっ? やけどは?」

 大慌てでロコの元へ駆け寄る。見たところお茶がかかっていたり、手を切っていたりする様子はなくて安心した。ロコは眉を下げてうつむく。

「ロコはノープロブレムです。でも、湯のみが……」

「よかった……湯のみはまた新しいのを買えばいいから、気にしないで。とりあえず、片付けちゃおう」

「わ、わかりました。ロコはほうきとちりとり……あと、破片を入れるための袋を取ってきますね」

 動揺しているようにも見えるけれど、彼女の判断は素早かった。アートの関係で割れ物の扱いには慣れているのかな、とすぐに納得して、雪歩は濡れ布巾を用意することにした。
 ロコを待つ間に思い切りお茶がこぼれてしまった床をふき取っていく。まずは破片が余り散らばっていない方から、それでも念の為注意深く。
 小さなほうきとちりとり、そしてビニール袋を手に戻ってきたロコが欠片を一つ一つ回収していく。さっきまで湯飲みの形をしていたそれが一通り袋の中に収まってから、改めて床を拭きなおした。

「目に見えないくらいのピースがついてるかもしれませんから、布巾を流すときはケアフルに、ですよ」

「うん。……ごめんね、帰ってきて早々ばたばたしちゃって」

 片づけを一通り終えて、改めてお茶をいれなおすことにした。雪歩の分を飲んでもらおうかと思ったけど、申し訳ないからと断られてしまった。

「……ユキホ、ロコは……色んなものをダメにしていくばっかりじゃないでしょうか」

 ロコは割れた湯飲みのかけらをじっと見つめたまま、暗い声でそうこぼした。まるで、これが動かぬ証拠だと信じきっているみたいに。

「上手くいかないことばっかりで、ままならないことばっかりで、ロコは何も出来ないんじゃないかって。みんな、離れていっちゃうんじゃないかって」

「大丈夫、私は、そうは思わないよ。……ゆっくりでいいから、話してみない?」

 フォローを入れようとした。それとなく、吐き出してもらおうと思った。だけど、ロコは緩慢な所作で首を横に振った。

「……ダメなんです。ロコには、この感覚を伝えることなんてできないんです」

「そんなことないよ。ロコちゃんの言ってること、ちゃんと」

「違いますっ! そんなはずないっ。だって、ロコ自身が誰よりも、ロコの言葉がロコの気持ちと違うことを、わかってるんですから!」

「っ……!?」

ロコは言葉とともに、だん、と両手で机を突いて立ち上がった。目を見開いて、余裕なく叫んで……その勢いは、すぐに失われていったけど。

「それに……それに、みんなロコに気を遣って、悩んでるところを見せないようにして」

「そんなロコが、みんなに何を伝えられたって言うんですかぁ……っ!!」

 その声音は胸が詰まるほどに痛切で、震える姿は手を差し伸べることすら躊躇わせるような激しい情動を抱えて見えたから。雪歩には、何もできなかった。
 ロコから伝えてもらったこと……数えてみれば、言葉にすれば、すぐに時間が過ぎていってしまうくらいたくさんあったはずなのに。たった今ぶつけられた一言に勝る感情が、雪歩には見つけられなかった。その事実が、どうしようもなく悲しいのだ。

「ロコ、ちゃん……」

「っ……! ぅ、あ……。その、ユキホ、ごめんなさい。……頭を、クールダウンしてきます」

 はっとして、ロコが申し訳なさそうに背を向ける。落ち着いて、そして落ち込んでいるように見えたけど、それ以上に暗然とした決意を感じさせた。

「しばらく時間がかかるかもしれません。だから、レッスンもお休みします。……きっとモモコが知ったらアングリーでしょうけど……ロコを庇ったり、しないでください」

「え、ロコちゃん、ちょっと」

「チヅルには……やっぱりロコにはできませんでした。ごめんなさい、って。伝えてください」

 ぽつり、ぽつりと矢継ぎ早に。雪歩の言葉を押しつぶすように。返事はいらないから、代わりに伝えてほしい……そんな、置手紙のような言葉だった。



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