20:名無しNIPPER
2018/07/24(火) 19:47:22.94 ID:D6YqytWR0
「プロデューサーさぁん」
弾むような声で、俺の耳に彼女の声が響く。
溜息を吐き出したくなる気持ちを押さえて、俺は彼女の方を向かずに答える。
「どうした、まゆ」
「うふふ」
いつもであれば、微笑んだ後に話が続くのだが、今日はそれが無かった。
不思議に思い、まゆの表情を伺おうとしたが、出来なかった。
彼女が胸のあたりで大事そうに握るそれに、視線を吸われてしまったからだ。
思わず体が固まるが、直ぐにはっとなり、距離を取るように立ち上がる。
椅子は大きな音を立てて倒れたが、気づいてくれる人間は居ない。
ちひろさんは有休を取り、実家に帰っている。
時計をちらと見たが、日を跨いでいる時間帯。
……分かっているが、助けは来ない。
「うふふ」
「……まゆ、まずは落ち着いて、それを、放してくれ」
「嫌ですよぉ……♪」
俺を見る彼女の顔は、とても楽し気だ。
だからこそ、俺は恐ろしいが。
「まゆ、話し合おう。そんな物騒な物置いて、な?」
「うふふ」
どうにも、彼女の様子がおかしい。
包丁を持って来ている時点で、既におかしいが、そうじゃない。
「うふふ」
「……」
彼女は微笑を崩さず、ゆっくりと俺に近づいてくる。
その時、俺はようやくおかしいと感じる原因が分かった。
「……本当に、まゆか?」
「うふ……」
彼女の双眸には生気が無かった。
魂が、抜けたかのように、そこに本来あるべきはずのハイライトが無かった。
「まゆっ……!?」
「……」
気が付くと、俺の体に包丁は刺さっていた。
鋭い痛みを感じると同時に、包丁が抜かれる。
血液がどっと流れる感じがする。
浅い呼吸を繰り返していると、視界に、包丁を振り上げたまゆの顔が入った。
「……プロデューサーさん」
「……ま、ゆ?」
包丁を、俺に向って突き立てる前に、彼女は確かに、俺を呼んだ。
―――左目から一筋、涙を流しながら。
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