川島瑞樹「ミュージック・アワー」
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4: ◆u2ReYOnfZaUs[sage]
2018/08/01(水) 00:47:14.96 ID:Ai+XpKnp0
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「ただいま」

家に戻る。当然、返事はない。

市内の一等地に構えられた高級マンション。
クローゼットと入浴、睡眠のためだけにしては、あまりに広すぎる部屋。

瑞樹は、アナウンサーになりたての頃を思い返した。
とにかくお金に困っていた。

美しくなくては、テレビに映る資格がないと思っていた。
美しくいるためには、金がかかった。

安い古アパートの一室で徹底的に自分を磨いた。
苦しかったが充実していた。

自分が次第によいものになっていくという実感があった。

今も、稼いだお金の大半は美容とファッションに費やされている。

化粧品、エステ、アンチエイジング、スポーツジム。
誰もが羨む高級ブランドの服、下着、バッグ、靴、アクセサリィ。

だが、それらは瑞樹の内面の充実になんら寄与していない。
女子アナとしてはもう先がない。現状を維持するか、寿退社の二択になっている。

もうすぐ30代。
あと2年を過ごすだけだが、20代ほど愉快に過ごせないことは目に見えている。

10代の大半は思い通りにならない荒野だった。
20代からは、なんでも自分でやらねばならない戦場だ。

瑞樹はその戦場を生き抜いてきた。少なくとも8年は。
だがこれからはどうだろう。

新しく入ってくる若々しい女子アナと、いつも比較される。
奪われる仕事もあるだろう。
さらに歳をとれば、「まだアナウンサーやってるんだ」、と笑われるかもしれない。

その時がやってくるまで、大人しくしているしかないのだろうか。
この空っぽな2LDKのマンションの一室で。

嫌、いやよ。

呟いただろうか、心の中で思っただろうか。
それを確かめてくれるひともない。



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