8:名無しNIPPER[saga]
2019/11/22(金) 20:58:21.36 ID:QXbKSZYO0
  男をゲストルームに案内し、紅茶を出す。 
  椅子の背にもたれることの無いまま、男は頭を下げた。まるで背中に大きな定規が刺さっているかのようだ。 
  
 「コーヒーの方が、よろしかったでしょうか」 
 「いえ、お気遣いなく……あの」 
9:名無しNIPPER[saga]
2019/11/22(金) 21:01:50.98 ID:QXbKSZYO0
  大方、歯の浮くような誘い文句が矢継ぎ早に飛んでくるのだろうと思っていた。 
  私のような魅力の無い者に、どのような褒め言葉を繰り出してこれるものかと、高を括っていたのは認める。 
  
  しかし――少し意表を突かれたが、男の続く言葉にはある程度の予測はついた。 
  
10:名無しNIPPER[saga]
2019/11/22(金) 21:04:51.45 ID:QXbKSZYO0
  ――知った風なことを。 
  人の幸不幸を、この男は定義できるというのか。 
  
 「はい、幸せです。 
  他に何か、ご用件はありますか?」 
11:名無しNIPPER[saga]
2019/11/22(金) 21:06:17.92 ID:QXbKSZYO0
  こんな山深くまでわざわざ足を運んできた相手に対し、いくらか気が引けた思いも無いわけではない。 
  だが、この男も好きでここに来たのだ。たとえ骨折り損で終わることに、まさか文句は言うまい。 
  
  
 「最後に、一つだけお伝えしたいことがあります」 
12:名無しNIPPER[saga]
2019/11/22(金) 21:08:59.79 ID:QXbKSZYO0
  頑とした態度を見せつける私に、男は黙って頭を下げて車に乗り、屋敷を去って行った。 
  
  
  まったく――芸能界というのは極めて図々しい輩の集まりだな。 
  一体何様のつもりだろうか。 
13:名無しNIPPER[saga]
2019/11/22(金) 21:10:39.25 ID:QXbKSZYO0
  一通り家事を終えて自室で休んでいると、時計は夕刻を指そうとしていた。 
  
  おじさまとお嬢様、遅いな――。 
  だが、そろそろ夕食の準備をしなくてはならない。 
  
14:名無しNIPPER[saga]
2019/11/22(金) 21:12:27.40 ID:QXbKSZYO0
  ――? 
  
  妙だな。おじさまもお嬢様も、帰宅を報せるのに呼び鈴を鳴らすことはない。 
  また客人だろうか。こんな時間に? 
  
15:名無しNIPPER[saga]
2019/11/22(金) 21:14:47.48 ID:QXbKSZYO0
 「どうぞ、召し上がってください。 
  この子の作るハンバーグは、ウチの自慢です。ささ、遠慮せず」 
  
  食卓に着いたおじさまが、ニコニコと笑いながら、同じく席に着いたあの男に促す。 
  せっかくだからと、夕食を共にするよう勧めたのだという。 
16:名無しNIPPER[saga]
2019/11/22(金) 21:15:54.76 ID:QXbKSZYO0
  食事を終え、テーブルの上を片付ける。 
  男は私に、「ごちそうさまでした」と丁寧に頭を下げた。 
  
 「とても美味しかったです。 
  よく利用する洋食屋で食べるものよりも、繊細な味付けと食感で、非常な手間暇を感じさせるものでした」 
17:名無しNIPPER[saga]
2019/11/22(金) 21:17:22.71 ID:QXbKSZYO0
  なるほど。 
  お互い車で移動していたはずのお嬢様方と男が、ここに来るまでどう接触をしたのか不思議だったが、そういうことか。 
  
  同時に、そうまでして私をアイドルにしたかったのかという、お嬢様の強い意欲を感じる。 
  
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