渋谷凛「これは、そういう、必要な遠回り」
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16: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2019/12/08(日) 21:13:24.30 ID:clFucneV0



アイドルにスカウトされた一件以降の私の日常は、まさに平穏そのもので、高校生としての生活にも慣れ、級友とも打ち解け始め、私の青春は順調と言えそうだった。

そして今日も、最後の授業の終鈴が校舎に鳴り響く。

教壇に立っている現代文の先生は「じゃあ、キリも良いしここまでにしようか」と手についたチョークの粉を払っている。

あとはホームルームを残すばかり。

担任の到着を今か今かと待ち、学校から解放される瞬間を心待ちにする生徒たちで俄かに教室は浮足立つ。

現代文の先生が綺麗に黒板を消し終えて、教室を出るのとほぼ同時に担任の先生がやってきた。

上下をスポーツウェアに身を包み、首からは笛を提げて、手には学級日誌。

おそらく、担当していた体育の授業が終わるなり、私たちのもとへと来てくれたのだろう。

まだ数週間しか関わりがないけれど、なんとなく良い人なのだろうな、という気がしているし、周りの友人たちも「担任、アタリでラッキーだよね」なんて言っていたので、おそらくはそうなのだろうと思う。

そんな先生が、ぱちんぱちんと二回手を鳴らして雑談が飛び交う教室を鎮め、注目を促す。

たったそれだけでぴたりと静かになるのだから、すごいものである。

「ほい。今週も一週間お疲れさん。授業が始まってしばらく経つけど、もうみんな慣れたか? 俺の見てないとこで寝てたりすんなよ?」

お調子者の生徒へ軽く先生が視線を飛ばし、生徒もそれを受けてわざと動揺した素振りをしてみせる。

「俺からの連絡事項は、朝伝えた以外は特になし! 体験入部の期間は来週の水曜までだから、今日も体験入部に行く者は限られた時間を大切にな。あと、俺のバスケ部は大歓迎だ。特に渋谷、お前はタッパあるんだからバスケやろう。な?」

急に話題が私のもとへ飛んできて、一瞬驚いてしまったがすぐに「あはは」と愛想笑いを返す。

それ以上の追及は何もなく、胸をなでおろした。

なんて、和やかなホームルームを経て、先生の「来週も元気な顔を俺に見せるように!」なんてお決まりの言葉を以て、私たち生徒は解放される。

一目散に体験入部へと駆けていく者、教室に残って下校後の遊ぶ予定を賑やかに取り決めている者、みんなそれぞれ思い思いの方向へと散っていく。

私はと言えば、席に着いたまま立ち上がれずに、ぼんやりと校庭を眺めていた。

先生がホームルームで言ったことが気になって、帰る気にも友人たちとの談笑に交じる気にもなれずにいたのだ。

体験入部、それは部活動に本入部する前のお試し期間のようなもので、一年生の生徒たちは自分に合った部活動を見つけるために様々な部活を見て回る。

私も初めは様々な部活を友人と共に見て回ったものだが、結局「これだ」というようなものには出会えず、未だに決めかねていた。

「入学を機に、何か始めてみるのもいいんじゃない」なんて、母は言っていたし、父からも「何か始めるなら必要なものなんかは用意してあげるし、部活で遅くなるならハナコも代わってあげる。だからその辺りの心配をして可能性を狭めちゃダメだよ」とまで言ってもらっているので、何か決めなくては、という焦りだけが募っていた。



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