20: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:50:20.52 ID:RvB9VQpu0
 だから、私は同じような声量で尋ねた。 
  
 「紬さんは、どうして……」 
  
 続く言葉を吐き出すことができたなら、誠実さを失わずに済むかもしれない。 
21: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:51:25.52 ID:RvB9VQpu0
 「うちは、まだ何も残してない」 
  
 頭の中はもうぐちゃぐちゃで、私は胸に溢れるうねりを制御できなかった。 
 紬さんに何か大事なことを言わなくてはならないのに、 
 その言葉が何なのか、どうしても、分からないのだ。 
22: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:53:06.87 ID:RvB9VQpu0
 仕掛け人さまが怒らなかったのは、叱らなかったのは、 
 紬さんの言葉を知っていたからなのだろうか。 
  
 「できません」 
  
23: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:54:28.36 ID:RvB9VQpu0
 私は、紬さんの痛切なことばを思い返した。 
  
 「怖いのですか?」 
  
 時間が、ぴたりと止まって。 
24: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:55:25.52 ID:RvB9VQpu0
 「エ、エミリーさん?」 
  
 紬さんはぎょっとしているみたいだった。 
 自分の耳を疑ったに違いない。私は心の中で、紬さんに頭を下げる。 
  
25: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:56:20.58 ID:RvB9VQpu0
 「責任、なんて、強い……ただ強いだけの、言葉を使って」 
  
 しどろもどろになりながら、私はなんとか口を動かす。 
 嫌な汗が止まらないし、今この瞬間にも既に後悔しているけれど、 
 2人は何も言わずに耳を傾けてくれている。 
26: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:57:19.38 ID:RvB9VQpu0
 開演を告げるアナウンスがあって、幕が上がれば、そこには幾つかの光がある。 
  
 どれもまばゆい光だ。選ばれた光。 
 ひたむきに輝けるように、ゆっくりと磨かれた時間。 
  
27: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:59:22.74 ID:RvB9VQpu0
 「隣、失礼します」 
  
 低く優しい声に会釈を返そうとして、スーツ姿の男性を見上げる。 
  
 私は硬直するしかなかった。 
28: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 20:00:44.58 ID:RvB9VQpu0
 仕掛け人さまは、私の受け答えに一度怪訝な顔を見せて、 
 それからすぐに「しまった」と呟くと、急に不自然なほどにこやかになった。 
  
 「紬さんから、何か聞きましたか」 
  
29: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 20:02:52.73 ID:RvB9VQpu0
 「ありがとうございます」 
  
 なぜかその言葉だけは、すらりと口から溢れた。 
  
 「紬さんは、残さなくても良いのだと気付いたそうです」 
30: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 20:13:35.81 ID:RvB9VQpu0
 その音楽は、あまりに近くで響いた。 
  
 床がせり上がって、優しい光線がその姿を明らかにした時、 
 私は一瞬だけ、紬さんの視界を覗いた気がした。 
  
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