8:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:03:44.34 ID:33Pc5UOzO
 「そういうことじゃねぇんだよ。いいか?全く同じ人間なんていないんだ。口で言わなきゃ伝わるわけねぇだろ?」 
 「…確かに」 
 「それによぉ、仮に伝わっていたとしても女っつうのは言ってほしいもんなんだよ」 
 「…そういうものなのか」 
  
9:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:05:28.97 ID:33Pc5UOzO
 「そりゃあお前らのことだから、普段の話の流れで察してるとは思うぜ?けどな、その敢えて言わなかった一言が大事に思う瞬間があるんだよ」 
 「…なるほどな」 
 「鮭大根が美味いことだって、伝えてんのか?少なくとも俺はお前からそんな台詞が聞こえて驚くくらいには、言ってなかったと思うぜ?」 
 「うっ…」 
  
10:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:06:10.86 ID:33Pc5UOzO
 「『思ってたんだ』じゃ伝わらないんだぜ?そんなこと、お前ならわかっているはずだろう?」 
 「…」 
  
  返す言葉もない。前世では結局死に別れてしまった。前世ほどではないかもしれないが、今世だって何が起こるかわからない。明日一緒にいられる可能性は100%ではないのだ。 
11:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:06:52.94 ID:33Pc5UOzO
 「俺の気持ち…か…」 
  
  仕事を終えた帰り道。義勇は一人呟く。思えば生徒として再会した時から、しのぶには多くの我慢をさせてしまっていた。教師と生徒だからと、付き合うのは卒業するまで待たせてしまったし、付き合ってからも口下手な義勇に合わせてくれるのはしのぶの方だ。 
  元々溜め込みやすい性格で、油断をするとすぐに自分を犠牲にしようとする。そんな彼女のことを幸せにしたかった。前世から、自分のことより他人のことを大切にする彼女のことを何より大事にしたかった。それなのに、どうして鮭大根が美味いくらいのことを言ってやれなかったのだろうか。 
12:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:08:00.10 ID:33Pc5UOzO
 「いや…違うな…」 
  
  そうだ、鮭大根どころではない。ずっとずっと、しのぶには世話になりっぱなしだ。口下手を良いことに甘えてきてしまった。もっともっと言わなければいけないことがあるのではないか。 
13:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:08:35.47 ID:33Pc5UOzO
 「…よし」 
  
  帰ったら全部伝えよう。唐突かもしれない。ひょっとしたら上手く伝わらないかもしれない。けれど伝えずにはいられない。これまでの想いを、前世の分まで。 
  さて、どんな言葉で伝えようか。あまり長々と話すべきではないな。簡潔に、それでいて気持ちが伝わる言葉を… 
  そんな風に考えながら義勇はいつもの帰り道をゆっくりゆっくり歩いていった。 
14:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:21:37.13 ID:33Pc5UOzO
 「話があるんだ」 
  
  家に帰り、荷物を置く。しのぶはもう既に夕食も風呂も準備してくれている。けれど、その前に義勇は決心が鈍らないうちに日頃の想いを伝えようと心に決めていた。 
15:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:24:01.12 ID:33Pc5UOzO
 「話…ですか?」 
  
  けれどしのぶはどこか浮かない表情だ。まるで何かに怯えているかのようだ。なるほど、確かに宇髄の言っていることは正しかったらしい。俺はこんなにもしのぶを不安にさせていたのか。 
16:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:24:33.24 ID:33Pc5UOzO
 「あぁ、いや、何、大した話ではないんだが…」 
  
  いざ言うとなると、少し気恥ずかしく思ってしまい、言葉が詰まる。こんなことではいけない。しっかりと伝えなければ。呼吸を整えて、話を始めようとしたその瞬間からだった。 
17:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:27:01.74 ID:33Pc5UOzO
 「わ、私も!義勇さんにお話があります!」 
  
  なんとしのぶの方からも話があるという。なんだろう。この不安そうな表情…というより、青ざめているようにも見える…ひょっとして、もう手遅れなのだろうか。向こうは既に俺に愛想を尽かしてしまったのかもしれない。 
18:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:27:37.71 ID:33Pc5UOzO
 「…そうか、だが俺から言わせてほしい」 
  
  もしもそうだったとしても、ちゃんと今までの感謝は伝えよう。そうしないと、自分の中で納得ができない。 
  
19:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:28:10.23 ID:33Pc5UOzO
 「い、嫌です!私からがいいです!」 
  
  珍しい。いつもは折れてくれるしのぶが、自分の意見を通そうとするなんて…それほどまでに俺といるのはもう限界なのだろうか…そう思うと胸が締め付けられるけれど、だとすればこちらも尚更譲れない。フラれた後に気持ちを伝えられる程、強いメンタルは持ち合わせていないのだ。 
20:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:29:24.08 ID:33Pc5UOzO
 「わかった…それならお互いに同時に言うと言うのはどうだ?」 
 「え?」 
  
  我ながらバカげた提案だと思った。けれどしのぶも譲りそうにない。俺にとってはこれ以外にこの状況を解決する方法がわからない。こうするしかないのだ。 
21:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:29:50.36 ID:33Pc5UOzO
 「…わかりました」 
  
  そんなバカげた提案にしのぶは珍しく乗ってきた。そこまで俺に愛想が尽きたのか。もうしのぶの顔は涙が溢れて見ていられない。すまない、しのぶ。これだけ…これだけ言えば、俺はもうお前の目の前からは消えるから…だから、これだけは言わせてくれ… 
  
22:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:33:22.56 ID:33Pc5UOzO
 「しのぶ…」 
 「義勇さん…」 
 「愛してる」 
 「愛しています…」 
 「「え?」」 
23:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:44:52.88 ID:33Pc5UOzO
 「しのぶ…俺に愛想を尽かしたんじゃ…」 
 「義勇さんこそ…他に好きな女の人ができたんじゃ…」 
 「何の話だ?」 
  
  本当に何を言っているのかがわからない。そこで俺は宇髄の言葉を思い出す。なるほど、こう言う時に俺は一言足りなかったのだったな。 
24:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:45:23.15 ID:33Pc5UOzO
 「俺はしのぶ以外の女を愛したことなどないが?」 
 「義勇さん!」 
  
  言い終わるか終わらないかのうちにしのぶが抱きついてきた。わんわん泣いている彼女を俺は傷つけてしまったのだろうか。 
25:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:47:05.41 ID:33Pc5UOzO
 「なるほどな…そんなことが…」 
 「うぅ…恥ずかしいです…」 
  
  しのぶをなんとか泣き止ませ、お互いに事情を説明する。なんという偶然だろう。いや、それだけ自分たちのことを心配してくれている人が多いということか。感謝するべきことだな。 
26:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:47:37.75 ID:33Pc5UOzO
 「しかし、確かに言ってみないとわからないものだな…まさか、しのぶが俺のことをそんなに浮気性だと思っていたとは…」 
 「ぎ、義勇さんだって!口に出してなかっただけで私が愛想を尽かした冷血女だと思ってたじゃないですか!」 
 「そこまでは言っていない」 
  
  いや、これはお互いさまだな。宇髄の言う通り、言わなければ伝わらないこともあるのだ。 
27:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:48:15.36 ID:33Pc5UOzO
 「ほら、もう夕食にしましょう!今日は鮭大根ですよ?」 
  
  恥ずかしさを誤魔化すように顔を背けてしのぶが言う。そうだ、そういえばこれも言っていなかったな。 
28:名無しNIPPER
2020/04/05(日) 20:49:50.29 ID:33Pc5UOzO
 「しのぶ」 
 「はい?」 
 「いつもありがとう…しのぶの鮭大根が、一番美味い」 
 「…どういたしまして」 
  
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