黒埼ちとせ「メメント・ウィッシュ」
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12:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/11(木) 19:49:28.16 ID:fM9nM/xA0
「ちとせさん、どうしたら目が覚めるんでしょう」
「……わからない」

 医者というスペシャリストが事実上匙を投げたのだ。彼女には悪いが、そんなことを素人の俺たちがわかるはずもない。
 持て余した右手に持ったエナジードリンクを流し込んで、喉元まで出かかった溜息を押し戻す。
 十時さんの言葉にあるものは混じりけのない善意だ。悪意でも皮肉でもない。だけどその優しさを受け止めきれないでいる自分が情けなかった。

「いっそ、キスしてみるとか?」
「ごほっ!?」

 恐らくそれは大まじめな提案だったのだろう。ただ、あまりにも突拍子がなくて、危うく飲んでいたものを盛大に噴き出しそうになってしまった。
 予想もつかないところから殴られた心地だ。鼻に入り込んだ炭酸の痛みに悶えながら、俺は十時さんに向き直った。

「わ、ごめんなさいっ、そういうつもりじゃなくて」
「……それは、どういう」
「ええと、昔話なんですけど。シンデレラって、王子様のキスで目覚めるじゃないですか」

 だったら、そういう可能性もあるんじゃないかなって。
 十時さんは釈明も早々に慌てた様子でハンカチを取り出して、フローリングの床に散らばったエナジードリンクの残滓を拭い始める。

「……それは白雪姫だよ」

 俺がやるからいいよ、と答えるより先に出てきたのは、そんな言葉だった。
 白雪姫。お姫様がその美貌を王妃に妬まれて、森の奥で静かに暮らしていたにもかかわらず、悪い魔女に毒林檎を食わされて覚めない眠りに就いてしまう物語。
 十時さんは母親と仲が良かったと、そう聞いたことがある。きっと幼い頃に枕元で何度もその物語を聞かされたのだろう。そうじゃなくたって、桃太郎や金太郎の読み聞かせをせがんでいた俺ですら覚えている程度には、有名な童話だ。
 彼女は素で間違えたのかもしれない。だけど、不幸な目に遭った女の子が奇跡を体験して最後にハッピーエンドを迎えたところでピリオドを打つ物語を括ってシンデレラ・ストーリーと人が呼ぶなら、王子様のキスで目覚めた白雪姫も、シンデレラガールに違いはない。


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