黒埼ちとせ「メメント・ウィッシュ」
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17:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/11(木) 19:54:55.75 ID:fM9nM/xA0
『お嬢さまは、価値のなかった私に意味をくれた』

 どこかで読んだ本に書いてあった。人生とは今まで積み重ねた過去の総和であると。
 だとすれば積み重ねた過去が全て無価値になる、無に帰することがあったのなら、そして更にそこから引き算が成されたら、人間はどうなるのか。
 大学時代にキルケゴールの本を読んで、レポートを書けという課題が出たのを思い出す。死に至る病だったか、宗教観が強くて大分癖のある本だったが、それでも多くの人間がタイトルから想起する通りに、絶望は人を死に至らしめるのだと、そういうことが書いてあったはずだ。

「大丈夫じゃないだろう、千夜」
「…………」
「俺は……君が評する通り、あまり期待に添えているような人間じゃない。それでもずっと見てきたんだ、それぐらいはわかる」

 絶望の淵から彼女を掬い上げて、今日までその命を繋ぎ止めてきた主が今このときに真でもおかしくはない。それがどれほどの絶望になるのか、俺にはただ推し量ることしかできないが、きっと千夜の地球は今より遙かに回るのが遅く、両肩には砕けそうなほどの重力がのしかかっているのだろうと、それぐらいは理解できる。
 沈黙。千夜の地球と俺のそれが重なり合ったかのように、時間の進みがおかしくなって、時計の針が一秒を刻むのにも天文学的な数字を要求しているような、そういう感覚が先にあって、中庭からベンチと、俺たち以外の全てが削り取られていくような錯覚に、脳みそが支配されていく。


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