黒埼ちとせ「メメント・ウィッシュ」
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32:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/11(木) 20:10:02.10 ID:fM9nM/xA0
「……白雪姫の話、私も小さい頃に聞かせてもらったな……」

 あは、と、少し掠れた笑い声が耳朶に触れる。

「ちとせ……!」
「キスで目覚める御伽噺……陳腐でありふれた物語だけど、でも、効果はあったみたいよ? 魔法使いさん」

 この場合は王子様と呼ばなきゃいけないのかな。いつものように冗談めかして、ベッドに身を横たえていたちとせがゆっくりと身を起こす姿が、月の薄明かりに照らされて、網膜に焼き付いていく。
 奇跡。きっと世の中に転がっていて、だからこそ陳腐になって、いつしか御伽噺と同じように、何かを笑い飛ばす言葉になってしまったもの。
 それでも、今目の前にある光景をそう呼ばずして何と呼ぶというのか。

「ちとせ、ああ……っ!」
「ふふ、私はここにいるよ。ちゃあんと生きてる。わかるでしょ? 私の心臓が動いてる音」

 いつの間にか握りしめていた掌からは、確かにちとせの鼓動が伝わってくる。さっきまで止まっていたわけでもないのに、それが急に温かな熱を帯びて、少しずつこぼれ落ちた透明なものを心臓へと戻していくような感覚が、指先へと確かに刻まれていく。

「……奇跡、っていうのかな。これもあなたが起こしてくれたんでしょう? 魔法使いさん」
「……俺は何もしてないよ、きっと、ちとせがそう願ったから」

 紡ぐ言葉を遮るように、細い、左の人差し指が唇に押しつけられる。

「あんなの、誓いのベーゼと変わらないでしょ? だからこの奇跡は貴方のもので……そして、私のもの」
「ちとせ」
「だから、ありがとう。私の魔法使いさん。もう少しだけ……頑張ってみるから」

 だから、私を見ていてね。そして、忘れないでね。
 言葉に代えて、包み込む右手にちとせがそっと鋭く尖った犬歯を突き立てる。鋭い痛みが先に走って、鈍く、鼓動と同期するようなそれが遅れて刻まれる。それはきっと誓いだった。天邪鬼な彼女の、精一杯の正直を包み隠した、本当だった。


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