10: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:37:45.30 ID:qUczw4Pjo
狂人ではないはずの男のあまりの狂った論説に、本来の夏を取り戻したかのように、俺の体は発熱していた。混乱、恐怖、愕然としたまま酒井を見る。何もかもが現実味がないまま進んでいる。
としまえんに、なった?は?はぁ?
俺の相方と名乗った男は、酒井は、あまりにも真剣に……真面目に、どこまでもめちゃくちゃなことを言っている。なんだ、どこまでが本当で、どこまでが嘘なんだ?
一度頭を抱え、言葉を整理しながらも酒井は続ける。
「いや、説明がむずいんだけど……まず前提として、平子さんは俺がとしまえんだ、みたいなこと言ってたのね」
「はぁ……そうらしいな、らしいって言っちゃうけど」
「で、同時に、としまえんは夏の概念の具現化だとも言ってたわけよ」
「ほう?それで?」
「この時点で、平子さん=としまえん=夏、ね。俺もかなりバグったこと言ってるけどまぁ聞いて」
正直、本当に言っていることがバグり過ぎていて、今すぐ話し合いを放棄したかった。
「でこっからが大事。あの日、あの8月最後の日。アンタはどうしても『としまえんが無くなる』ってことを受け入れられなかった」
「どれだけとしまえんに入れこんでたんだ、そいつは、いや、俺なのか?知らんけど」
何がなんだか、聞いているだけで疲れてくる話だった。遊戯施設にハマった男の話だろう、これは?それがどうして、夏がどうこうだの、俺が記憶を失っているだの、そんな話になるのだ、と思ってうんざりしていたが、酒井は話を続ける。
「その日、普通に仕事をこなしたアンタは、帰り道で失踪した、ことになってる」
「……何?」
よくわからなかった。
現実を受け入れようとした男は、突然姿をくらませた?なぜ?どうして。
「分かんねえのよ。仕事も、家族も、何もかも放り出して、突然消えたんだから。なんでかも分かんねえし、探してもずっと見つかんなくて、それで、それで……」
家庭を持っている男が、それほどのことをする理由とはなんだ?さすがに『としまえんが無くなることを受け入れられないから』、だけではないはずだ。
なぜだろうかと考えながら聞き入れていた酒井の声がふいにうわずってブレる。……ブレる?なんで?
「マジ、探したんすよ……やっとみっかって……でも全部忘れてて……!」
彼は、泣きそうな顔をしてそう言った。
「お前、」
「めちゃくちゃ心配、したんだかんな……バカ、超バカ……」
涙を堪えている顔は妙に切なくて、ちょっと面白くて、どこか懐かしくて、けれど言うわけにもいかなくて黙って見つめるしかなかった。
ふぅ、と大きく息を吐いた酒井は一瞬天井を見上げる。何もない場所だろうが、涙腺を締め直すにはちょうどいい景色だったろう。
「……ともかく、見つかった。だからそれはそれでまず一個、喜ぶべきことなんで」
「そうだな、俺には微塵も自覚がないからとりあえず、他人事のように『おめでとう』と言うことしかできねえんだけども」
「はい、ありがとうございます……じゃねえのよ」
「何だよ今度は」
すっかり泣き顔をやめた酒井が今度こそ大真面目になった。もともと真面目だったのはわかっているのだが、にしたって会話の内容があまりにも意味不明すぎて理解が及ばない。バグに溶かされかけた脳をなんとか奮い立たせて更に話を続けていく。
「いいですか?としまえんは夏の概念で、それが平子さんなんだけど、平子さんは全部忘れちゃってるの。わかる?」
「つまり?」
「俺もうまく説明できないんだけど……要はその……」
うん、と頷いて酒井は言った。簡潔に。
「結果から言うと、平子さんが……としまえんという『夏の概念』が、東京から失われちゃって、そんで東京に夏が来なくなったんすよ」
再びバグるかと思った。
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