結標「私は結標淡希。記憶喪失です」
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775: ◆ZS3MUpa49nlt[saga]
2022/01/15(土) 23:52:13.40 ID:2z6G7I5Go


 ふらふらとした足取りでも結標淡希は最短距離を進んでいく。黒い翼を持つ白い怪物へ向かって。
 視界の端にいる金髪の少年が何かを言っているようだったが、今の彼女には何を言っているのかわからなかった。
 それほど疲弊した少女は、歩きながらも考える。
 なぜこんなことをしているんだろう。結標は心の中で小さく笑った。

 こんなにも痛いのに、苦しいのに、疲れているのに。
 だけど、震える足をゆっくりと動かして、一歩一歩たしかに前へと進んでいく。

 こんなにも怖いのに、怖いのに、怖いのに。
 だけど、決して目を逸らすことなく、少年を見つめている。

 自分に何が出来るのかなんてわからない。自分が何をすべきなのかなんてわからない。
 だから、こうやって歩いている。
 
 大層な理由なんてない。ただ、自分がこうしたいと思っただけだ。
 なぜこうしたいと思ったのかなんて自分でもわからない。でも、そう思ったのはたしかに自分だ。
 自覚はなくても、それは紛れもない自分が抱いている想いだということだ。


 そして、結標淡希は辿り着いた。世界で一番嫌いな少年の目の前へ。


結標「あく、せられーた……」


 掠れた声でも、聞こえるように、少年の名前を言う。
 一方通行は反応を示さない。
 左手を前方にかざしながら、背中から一対の黒い翼を噴射し続ける。

 結標の姿がまるで見えていないようだった。
 その赤黒い瞳は目の前の少女ではなく、まったく別のものを見ている。

 結標の声がまるで聞こえていないようだった。
 耳栓でも付けているように、その声へ意識すらしない。

 結標淡希という存在自体を認識していない、そう思えた。
 しかし、


 結標はうろたえない。
 熱を帯びていてろくに働いていない脳みそを無理矢理動かして思考する。
 そして、

 結標は理解した。
 二人の距離が離れすぎているのだ。
 何千キロと離れている相手を肉眼で捉えることが出来ないように。何千キロと離れている相手に肉声を届けることが出来ないように。

 結標は思いつく。
 だったら、距離を縮めてしまえばいい。
 一ミリでも短く、一ミクロンでも先へ。

 結標は迷わない。
 これ以上近付いたら何が起こるかなんてわからない。
 心臓を抉り取られるかもしれない。木っ端微塵に吹き飛ばされるかもしれない。
 そんな怪物に近付くために、少女はさらにもう一歩踏み出した。

 結標は止まらない。
 一歩、一歩と一方通行との距離を詰める。
 そして、目と鼻の先に彼がいる位置へと足を踏み入れた。
 だが、一方通行に変化はない。まだ遠い。





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